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プラスティック材料に含まれるナノ添加剤の透過電子顕微鏡観察 -粉体
「労働安全衛生研究」, Vol. 3, No.2, pp.125-128, (2010) 短 報 プラスティック材料に含まれるナノ添加剤の透過電子顕微鏡観察 -粉体塗料を試料とした試料調製-† 久保田 久 代*1 鷹 屋 俊*2 芹 光 田 富美雄*2,3 甲 田 茂 樹*4 ナノマテリアルのうち,製造量が多いカーボンブラックと金属酸化物は,ゴムや合成樹脂の添加剤として用 いられていることが多く,これらの材料にナノマテリアルが含まれているかどうか不明である場合も多い.製造 者からの情報がない場合でも,ゴムや合成樹脂中にナノ材料が含まれているかどうかを判定する方法を開発する ために,試料として粉体塗料を用い,粉体を直接および,包埋切片として電子顕微鏡観察を行うための方法を開 発した.電子顕微鏡観察の結果,ナノ材料を含む合成樹脂材料では,粉体内部だけではなく,表面に突出してナ ノマテリアルが観察された.本試料調製法は粉体塗料中に含まれるナノ粒子を確かめることのできる有効な方法 であることを確認した. キーワード: ナノマテリアル,粉体,塗料,合成樹脂材料,ナノ粒子 1 脂粉じんより体内でナノ粒子が放出されるかどうか,な はじめに ナノテクノロジー産業の発展に伴い,ナノ材料を取り 扱う労働者の健康影響に関心が高まっていっており 1,2), どナノ粒子添加材料の取り扱いに伴う労働者へのナノ粒 子曝露の有無については全くわかっていない. 各国の労働安全衛生機関より取り扱いについてのガイド 著者らは,ナノ材料を含むゴム・合成樹脂材料取り扱い ラインが示されている 3-5).厚生労働省でも労働基準局長 労働者のナノ粒子への曝露アセスメントを行う方法の最 6,7)により,自主的・予防的措置をとることを要請し 初の段階として,材料中にナノ粒子が含まれているか否 通達 ており,検討会をもうけ対策の方向を示している 8).フ かを識別する方法を検討することとした 10).本研究では, ラーレンやカーボンナノチューブといった新しい材料に ナノ材料由来粒子を含む合成樹脂中のナノ粒子の透過型 関心が集まりがちだが,生産量や取り扱う労働者の数か 電子顕微鏡観察手法を開発したので実試料の観察結果と らいえば,カーボンブラック(CB)や,金属酸化物の方が ともに報告する. 遙かに多い 8,9).CB や金属酸化物の使用目的は,多岐に 2 わたるが,タイヤ・塗料・コピー機や,レーザープリン 試料 ターのトナーなど,ゴム・合成樹脂の添加剤としての用 本研究で用いた試料は,ナノ材料の使用例として,現 途が主要なものとして挙げられる 8,9).CB や金属酸化物 場調査を行った粉体塗料を用いた機械部品の塗装工程よ は,以前から広く使われているが,近年,より良い性能 り得た粉体塗料試料である.MSDS によれば,この粉体 が得られることから粒子径が微小化され,新たな生体影 の合成樹脂成分はエポキシ合成樹脂と硬化剤からなって 響が懸念されるようになった 2).ナノ以前では有害性が いる.あらかじめ行った蛍光 X 線分析(XRF)の結果, ほとんど指摘されていなかった材料も多く,その場合は, チタニウムやアルミニウムなどの金属元素を含んでいる ゴムや合成樹脂中に添加されていても製品安全データー ことが確認できている.さらに,粉末 X 線回折(XRD) シート(MSDS)に記載する義務はなく,記載されてい の結果,XRF で確認された物質とは別の金属元素が確認 る場合も,その材料の粒径情報・即ちナノなのかどうか され,これらの粉体には,アモルファス状態あるいは, の情報について,記載されていない場合が多いと考えら XRD のピークを生じないナノスケールの結晶として金 れる.ゴムや合成樹脂に混入した状態であるため,直接 属化合物が含まれていることが示唆された 10). 的なナノ粒子の曝露の可能性は低いと考えられるが,ナ 3 ノ粒子を含む粉体を吸入した後や,ナノ粒子を含むゴ ム・合成樹脂材料を切断等の加工する際などにナノ粒子 1) 電子顕微鏡試料作製・観察方法 粉体塗料をそのまま観察する方法 コロジオン膜を張った 3mm グリッド上に粉体塗料 が発生するかどうか,またナノ粒子を含むゴム・合成樹 (原材料)を乗せ透過型電子顕微鏡(FEI Tecnai G2 † 原稿受付 2010 年 01 月 22 日 † 原稿受理 2010 年 07 月 07 日 *1 (独)労働安全衛生総合研究所 健康障害予防研究グループ. *2 (独)労働安全衛生総合研究所 環境計測管理研究グループ. spirit 120kV)で観察した. 2) 粉体塗料を切片にする方法 粉体試料そのものは,2~30μm の大きさをもつため, *3 現所属:(社)日本作業環境測定協会 試料厚みも 30μm 程度となり,中に含まれているナノ粒 *4 (独)労働安全衛生総合研究所 有害性評価研究グループ 子を観察するのは困難である。従って粉体塗料のスライ 連絡先:〒214-8585 川崎市多摩区長尾 6-21-1 ス作製を試みた.通常,生物試料を対象にした透過型電 労働安全衛生総合研究所健康障害予防研究グループ 久保田久代*1 子顕微鏡の切片試料は材料をエポキシ合成樹脂で包埋し E-mail:[email protected] たのち,超薄切するが,粉体塗料そのものが,エポキシ 126 合成樹脂であるという問題がある.そこで,粉体塗料(原 材料 7 色)を 35mm 細胞培養用ディッシュに約 150mg 秤量し,6mA で 60 秒間,表面を金でコーティング(蒸 着)した。その後,エポキシ合成樹脂で包埋し,そのブ ロックを 40nm~60nm 厚で超薄切した.粉体を金でコ ーティングしたことで,粉体と包埋材の境界に金粒子に よる境界線ができ,粉体と包埋材の区別が可能となる. 作製した切片を透過型電子顕微鏡(FEI Tecnai G2 spirit 120kV)で観察した. 4 写真 1 粉体塗料(原料)の TEM 像(黒) 結果および考察 塗料粉体そのものの透過型電子顕微鏡観察像の一例と して,黒色の粉体の例を写真1に示す.粉体の形状は多 彩な形態を呈し,その表面は凸凹が著明で滑らかではな かった.また,粉体塗料の粒子径は概ね 30µm 程度であ った.これは粉体そのものが粉じんとして空気中に存在 している場合は,肺胞までは至らず,鼻部、咽頭、喉頭 に沈着し、多くは気管支までに留まると考えられる 11). さらに,粉体の一部を拡大して観察すると,粉体の表 面にナノ粒子が付着しているか,あるいは内部に含まれ ていると考えられる電子顕微鏡観察像が得られた(写真 2).また,粉体そのものの直接観察でも,直径 100nm 以下のナノ粒子が凝集している粒子が観察された(写真 3). 写真 2 表面又は内部に見られるナノサイズ粒子像(黒) 粉体をエポキシ合成樹脂に包埋し,切片にした試料の 観察では,粉体塗料内部に,塗料原材料である固形エポ キシ合成樹脂や固形ポリエステル合成樹脂に含まれて, 大きさや形状,電子密度の異なる粒子が存在していた. (写真 4)合成樹脂よりも電子密度が高いことから炭素 より重い元素,すなわち添加剤として加えられている金 属酸化物である可能性が高いと考えられる.写真 5 に示 すように,これらの内部粒子には塗料表面に突出してい る像も観察された.本論文では,黒色および青色塗料の 結果のみを示すが,粉体塗料内部粒子の数や分布,大き さや形状,電子密度などは塗料の色で異なっていた. MSDS および,XRF の測定結果から,青系統の顔料と してはフタロシアニン銅,茶系統に顔料としてビスマス 写真 3 直径 100nm 以下の粒子像(青) などを加えていることが確認できている.このことから, 金蒸着面 写真 4 粉体塗料内部 TEM 像(黒) 「労働安全衛生研究」 127 Workers Potentially Exposed to Engineered Nanoparticles. http://www.cdc.gov/niosh/docs/2009-116/, DHHS (NIOSH) Publication No. 2009-116; 2009. 5) Ostiguy C, Roberg B, Ménard L, Endo CA. Best Practices Guide to Synthetic NanoparticleRisk Management, IRSST Report R-599. http://www.irsst.qc.ca/files/documents/PubIRSST/R-59 9.pdf, Institut de recherché Robert-Sauvé en sant é, et 金蒸着面 en sécurité du travail, Montréal; 2009. 6) 厚生労働省労働基準局長通達,ナノマテリアル製造・取扱 い作業現場における当面のばく露防止のための予防的対 写真 5 粉体塗料内部 TEM 像(黒) 応について,厚生労働省労働基準局,基発第 0207004 号; 2008. 7) 厚生労働省労働基準局長通達,ナノマテリアルに対するば 電子顕微鏡像で確認できる添加剤粒子の大きさや含有率 く露防止等のための予防的対応について,厚生労働省労働 の違いは色により,添加剤の成分,含有率が異なるため 基準局,基発第 0331013 号; 8) だと考えられる. 5 結 2009. ナノマテリアルの安全対策に関する検討会, ナノマテリ アルの安全対策に関する検討会報告書, 論 http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/03/dl/h0331-17c.pd 粉体を金でコーティング(蒸着)して包埋し,超薄切 f, 厚生労働省; 2009. 片を作製する本方法は,粉体塗料中に含まれるナノ粒子 の存在を明確に確かめることのできる有効な方法である 9) 策調査報告書,株式会社東レリサーチセンター, 2008. と考えられる.また,塗装現場では粉体塗料の移し変え 作業や,塗装ブース内に残った塗料の除去作業等により 平成 19 年度厚生労働省委託業務ナノマテリアル安全対 10) 鷹屋光俊,甲田茂樹,芹田富美雄,久保田久代,篠原也寸 粉体塗料が粉じんとして空気中に存在している.今回行 志,安彦泰進,プラスティックに添加されているナノスケ なった形態観察の結果より粉体塗料に含まれる微粒子 ール無機化合物粒子のキャラクタリゼーション,第 47 回 (ナノ粒子)がこれらと共に存在する可能性は否定でき 日本労働衛生工学会,抄録集; 2007:160-161. 11) ず,更なる調査が必要であると考えられた. Yamada Y, Fukutsu K, Kurihara O, Momose T, Miyabe K, Akashi M. Influences of Biometrical Parameters on 6 謝 Aerosol Deposition in the ICRP 66 Human Respiratory 辞 この研究は,独立行政法人労働安全衛生総合研究所が, 研究所の運営費交付金で行ったプロジェクト研究,先端 産業における材料ナノ粒子のリスク評価に関する研究. (安衛研 研究課題番号 P19-06)で行われた. 文 1) 献 Bang JJ, Murr LE. Atmospheric nanoparticles: preliminary studies and potential respiratory health risks for emerging nanotechnologies. J Mater Sci Lett. 2002; 21:361-366. 2) Oberdörster G, Oberdörster E, Oberdörster J. Nanotoxicology: an emerging discipline evolving from studies of ultrafine particles. Environ Health Perspect. 2005b; 113:823-839. 3) Bundesantalt für Arbeitsschuz und Arbeitsmedizin, Guidance for Handling and Use of Nanomaterials at the Workplace. http://www.baua.de/nn_7554/en/Topics-from-A-to-Z/Ha zardous-Substances/Nanotechnology/pdf/guidance.pdf; 2007. 4) National Institute for Occupational Safety and Health, Current Intelligence Bulletin 60: Interim Guidance for Medical Screening and Hazard Surveillance for Vol. 3, No.2, pp.125-128, (2010) Tract Model : Japanese and Caucasians. Journal of aerosol research .2007;22(3), 236-243. 128 Transmission electron microscopic observation of nanomaterial contained in plastics. -Sample preparation methods for powdery paint- by Hisayo KUBOTA*1, Mitsutoshi TAKAYA*2, Fumio SERITA*2,3 and Shigeki KODA*4 Workers handling and painting with powdery paint have a risk of unintentional exposure to nano-particles during their work. Nano-particles in powdery paint were observed by transmission electron microscopy (TEM) directly without any pretreatment, or with the following pretreatment. An ultra-thin section of epoxy-resin embedded original powdery paint was made using ultra-microtome after a pre-coat of gold was applied to the powdery paint by gold vapor deposition treatment. Nano-particles were observed located not only inside the powder also on the surface. Our results show that the preparation method applied in this research works effectively for TEM observations. Key Words : nano material, nano particle, TEM, powdery paint *1 Health Effects Research Group, National Institute of Occupational Safety and Health *2 Working Environment Research Group, National Institute of Occupational Safety and Health *3 Current affiliation; Japan Association for Working Environment Measurement. *4 Hazard Evaluation and Epidemiology Research Group, National Institute of Occupational Safety and Health 「労働安全衛生研究」