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1990 年比 CO2 の6%削減を目指す京都議定書

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1990 年比 CO2 の6%削減を目指す京都議定書
2002 年度
第8回早稲田大学寄付講座
2002.6.12
「地球温暖化対策の経済影響」
佐和隆光氏(京都大学経済研究所所長)
藁谷
本日は「地球温暖化対策の経済影響」というテーマでお話いただきます。佐和
隆光先生は計量経済学で多くの成果を上げられ、多くの貢献をなされていることはわ
れわれも知っています。計量経済学において厳密な議論をなされ、われわれも計量経
済学を勉強するというと、佐和先生の本で勉強したと言っても過言ではないくらいで
す。厳密な議論を展開される一方、そうした道具を使って現実の問題についてご検討
される。その部分でも非常に大きな成果を上げられてこられた先生です。
先生は今、京都大学経済研究所所長、そして国立情報学研究所副所長をされていて、
さらには環境経済政策学会会長を務められています。そうした先生がわれわれの「環
境と経済の新世紀」という講座でお話をいただけることを非常に光栄に、楽しみにし
ております。それでは佐和先生にお話をお願いしたいと思います。
1990 年比 CO 2 の6%削減を目指す京都議定書
佐和
京都大学の佐和です。
「地球温暖化対策の経済影響」というタイトルになってい
ますが、最近新聞等で環境税という言葉を目にされることが時々あると思います。環
境保全のために税金をかけたらどうか。それに対してつい最近、日本経営者団体連盟
(日経連)と合併した経済団体連合会(経団連)は、とにかく環境税ということに対
しては非常に反発したわけです。なぜそんなに反対なのかと聞くと、真っ先に挙げる
理由が「経済影響があるから」ということなのです。つまり、日本経済の成長率が環
境税、あるいは炭素税などを導入すると、こんなにも成長率が下がるということを言
うのです。実際に、では本当に経済影響というものをきちんと筋道だって考えてみれ
ばどうなのかということを中心にお話させていただきたいと思います。
京都議定書というものをみなさんはどの程度ご存知なのか知りませんが、5年前の
1997 年 12 月に気候変動枠組条約第3回締約国会議が京都で開催されました。その略
称が COP3です。そして今年 10 月にインドのニューデリーで COP8が開催されます。
去年の COP7はモロッコのマラケシュ、その前がドイツのボンというように世界のあ
ちらこちらで毎年1回地球温暖化をめぐる国際会議が開催されているわけです。それ
が今から5年前には京都で開催されました。
その京都議定書で何が決まったのか。一言で言うと、いわゆる西側先進国だけでは
なく、旧ソ連、東ヨーロッパ諸国も含めた先進約 40 ヵ国に対して、次のようなことを
義務付けました。「2010 年をはさむ5年間、つまり 2008 年から 2012 年までの5年間
の CO 2 をはじめとする温室効果ガスの平均排出量を、1990 年に比べて少なくとも5%
削減する」ということを決めたのです。約 40 ヵ国全体として少なくとも5%削減する
ことを約束したのです。目下、各国で批准が進んでいて日本もつい最近批准しました。
もともとは8月末から9月初めにかけて南アフリカのヨハネスブルグで開催される環
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境開発サミットの場で条約の発効をお祝いしようというもくろみがあったのですが、
ロシアがなかなか批准しないということで、どうも9月の発効は難しい。それで 10
月になるのか、11 月になるのか、あるいは年を越すかということになっています。
しかし早晩、京都議定書は発効する。そうなると日本は「2010 年をはさむ5年間
(2008 年∼2012 年)の平均排出量を 1990 年に比べて6%削減する」ということが義
務付けられています。念のために申し上げると、温室効果ガスというのは二酸化炭素
(CO 2 )以外にメタン(CH 4 )、そして亜酸化窒素(NO)、一酸化二窒素(N 2 O)、そし
て代替フロンがあります。フロンガスはエアコンの冷媒に使われたり、冷蔵庫の冷媒
に使われたり、あるいは半導体を作る工場で洗浄剤として使われるものです。フロン
というのは 20 世紀の化学の最大の発明であると言われていたのですが、実はそのフロ
ンガスはオゾン層を破壊する。そして皮膚癌を発生させるということがわかり、1987
年にモントリオールの会議でフロンの使用を一切禁止することが決まりました。
その代わりに代替フロンというものが使われるようになりました。フロンではない
のだけれどもフロンの代わりになる。そうすると、その代替フロンは幸いなことにオ
ゾン層を破壊しません。ところが、温室効果、温暖化効果はあり、温暖化ガスの一つ
なのです。何の問題もない化学物質というのはめったにないわけで、その代替フロン
というのはフロンの代わりになって、しかもオゾンを破壊したりはしないのだけれど
も、残念ながら温室効果がある。それも CO 2 の1万倍程度の温室効果があるのです。
代替フロンには2種類あります。最初に戻って言うと、CO 2 、CH 4 、N2 O、そして代
替フロンが2種類あるのです。そしてもう一つが六フッ化硫黄(SF6)というものが
あります。それらも実は温室効果があるのです。それも同じグラム当たりで見ると CO2
の 200 倍程度の温室効果があるということなのです。それらを全て CO 2 に換算します。
例えばフロン1gだとそれの1万数千倍をかけて、それを CO 2 に換算すれば、フロン
1gは CO 2 1万数千gということになります。日本では、CO 2 換算したもののうち CO 2
は 90%を占めるわけですので、ほとんど CO2 と言ってもいいほどです。
メタンはどこから発生しているかというと、田んぼからゴボゴボと出てきたり、牛
のゲップで発生します。例えば、日本ではそんなに牛肉をたくさん食べるわけではな
いので、あちらこちらに牛がいるということはありませんが、アメリカやオーストラ
リアに行くと牛肉は主力輸出品の一つですから、たくさんの牛を飼っています。その
牛のゲップにけっこうメタンがあるそうです。それが温室効果がある。メタン1gは
CO 2 で言うと約 25gの温室効果があるということです。それではメタンを減らすには
一体どうすればいいか。
「牛の胃薬を開発するのが一番良い」という、ばかげた話もあ
ります。
今申し上げた六つのガスを全部 CO 2 に換算したものを、1990 年に比べて 2010 年を
はさむ5年間の排出量の平均値で6%削減するということを日本は義務付けられたの
です。しかし、いずれにせよメタンや亜酸化窒素というのは量的には少ないので、こ
れからは温室効果ガスと言ってもそれはほとんど CO 2 を意味するというようなことを
断った上で話を進めたいと思います。
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高度成長期からバブル期へ:CO
高度成長期からバブル期へ:
2 の排出も急増
では CO 2 はどこから発生するのか。みなさんが自動車に乗れば必ずガソリンを燃や
して CO 2 を発生させています。あるいは、例えば電気を使っている。この部屋では明
かりだけではなくエアコンディショナーも使っているわけですから、ここで1時間半
授業をする間に kWh で見て相当量の電力を使うわけです。それで、この場では全く
CO 2 を出していないけれども、この電気をどうやって作っているのかというと、約半
分が天然ガス火力発電所、場合によっては石炭火力発電所や石油火力発電所で作って
いるのです。つまり化石燃料を燃やして電気を作っているというわけです。ですから
ここで1時間半講義したことによって、けっこう CO 2 を排出したということになるの
です。
人間は毎日生きていく上で必ず CO 2 を排出しなければならない。そしてモノを作っ
たり、サービスを提供する会社も何らかのかたちで電気を使ったり、ガソリンを使っ
たりしているのです。ですから、そういう意味で CO 2 の排出というのはわれわれの生
活とは切っても切れない関係にあるのです。
まず、みなさんに一つ質問をしたいのですが、「20 世紀はどういう世紀だったので
しょうか」とたずねたらどう答えられますか。もちろんいろいろな答えがあり得るわ
けですが、一つのあり得べき答えは、「20 世紀は経済発展の世紀であった」というこ
とです。非常に経済が発展しました。例えば、この日本で 1901 年という 20 世紀最初
の年にどのような生活をしていたのかというと、今と比べると生活水準は雲泥の差が
あります。もちろん車は走っていなかったと思いますし、1945 年に終わった第二次世
界大戦の前までは、例えば家庭の中で電気は何に使っていたと思いますか。明かりは
もちろんありましたが、その他にはせいぜいラジオです。アイロンもよほどお金持ち
でなければ持っていませんでした。火鉢で鉄を温めて、それでハンカチなどのしわを
延ばしたりしていました。ですから家庭で使っていた電気などは本当に少なかったの
です。では暖房は何でやっていたのかというと、炭です。冬寒いときに寝るのは湯た
んぽを使っていました。それも薪などでお湯を沸かして、そのお湯を湯たんぽに入れ
て暖をとる。ですから 20 世紀の半ば頃までは、本当にエネルギーを使わなかったので
す。
ところが、戦後の高度成長期に次から次と電化製品が登場しました。みなさん「三
種の神器」という言葉を知っていますか。高度成長期になって登場した電化製品の中
で、みんながほしがって一生懸命お金を貯めて昭和 30 年代の半ば頃に買ったものは何
だったでしょうか。まだカラーテレビは出ていなかったので白黒テレビ、電気冷蔵庫、
電気洗濯機。この三つを非常にみんながほしがりました。これらは非常に便利です。
それまでは手で洗濯していたわけですし、昔の冷蔵庫などは木の箱のようなものがあ
って、その一番上の段のところに大きな氷を入れておいて全体を冷やしていました。
そういう冷蔵庫をみんな使っていたのが、今度は電気冷蔵庫になった。画期的でした。
私は昭和 36 年に大学に入ったので、そういうものがわれわれの生活の中に入りこんで
きてどんどん便利になっていくということを、まさに身をもって実感していたのです。
どちらかと言えば日本は所得分配が平等な国ですので、昭和 40 年頃になると、とにか
くどこの家に行っても先ほどの三つ(白黒テレビ、電気冷蔵庫、電気洗濯機)がある
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というくらいまで普及しました。
その次に3C という言葉が出ました。これは何だと思われますか。みんなが競って
買い求めた C の付く三つの製品です。それはカラーテレビ、クーラー、カーです。今
から思い起こせば、だから経済は成長していたのです。毎年約 10%の成長率で経済成
長していたというのは、みんながそれだけほしいものがあったからです。一生懸命お
金を貯めては、例えばカラーテレビを買う。そして昭和 39 年に東京オリンピックがあ
りました。東京オリンピックをカラーテレビで見たいということで、一生懸命お金を
貯めてカラーテレビを買った。次はクーラーです。熱い地域だとクーラーがほしい。
昔はエアコンディショナーとは言わず、クーラーと言いました。クーラーはただ夏の
暑いときに冷やすだけであって、冬は使い物にならなかったのです。そしてカー(自
動車)です。そういうことで次から次とほしいものが登場したから、個人消費は旺盛
で経済はどんどん成長したのです。
ところが、今は成長率はゼロ∼1%でしょう。そこまで落ちた一つの理由は、ほし
いものがなくなったということでもあるわけです。どこの家に行っても一通りのもの
はあります。
「 今、何か一生懸命お金を貯めて買いたいと思っているものはありますか」
と言ってもあまりない。ところが、今から十数年前のバブル経済の時代(1987∼1990
年)の頃はとにかくみんなが贅沢なものに切り替えていったのです。例えば、車でも
今までは 1,000cc くらいの小さな車に乗っていた人が、そろそろ買い替えの時期にな
ったとなると3ナンバーの高級車を買う。バブル経済のときにはまた消費が旺盛だっ
たのです。今から十数年前にシーマ現象という言葉がありました。日産シーマという
車があります。あれが3ナンバーの高級車として売り出され、テレビでコマーシャル
をして、非常によく売れました。売れる車の半分以上が3ナンバーの高級車というく
らいに高級車がどんどん売れたのです。ですから 1987∼1990 年にかけてのバブル経済
の頃には非常にエネルギー消費が増えました。そして、結果的に CO 2 の排出も増えた
ということになります。
温暖化対策の三つの手法
温暖化対策(CO 2 の排出削減のための対策)と言うけれども、いったいどんな対策
があるのか、レジュメには三つ挙げています。一つは自主的取組(voluntary cares)。
これが今は名前が変わった旧経団連が好んで使う言葉でした。
「放っておいてくれ。政
府は税金をかけたり規制をするのは止めてくれ。放っておいてくれれば自分たちでき
ちんとやる」というのが自主的取組です。
みなさん、このような授業に出られる方は少なくとも平均以上に環境を大切にした
いという気持ちが強い人が多いでしょうから、みなさんも自主的取組ということでで
きるだけ電気を使わないように、あるいはできるだけ歩くように、できるだけ公共交
通機関を使うようにしていらっしゃるかもしれない。それは単にお金がないからかも
しれませんが、なるべく贅沢なことは止めておこうという人が多いと思います。それ
が自主的取組です。人に強制されてやるのではなく、自ら進んでやるということです。
二つ目が規制的措置(regulatory measures)です。これは何かを義務付けたり、何か
を禁止したりする。例えば、ちょうど京都会議の前に日本が CO 2 の排出削減を義務付
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けられたりすれば、どんなことをしなければいけないのかというと、例えばコンビニ
エンスストアの午後 11 時の閉店を義務付ける。ガソリンスタンドの日曜営業を禁止す
る。あるいはこれから新しく新築家屋を建てる人は必ず屋根に太陽光電池を付けるこ
とを義務付けるなどというような、恐ろしいような話が新聞に出たりしました。この
ように何かを禁止したり義務付けたりするということは、あまりスマートなやり方で
はありません。日本というのは自由主義の国、市場経済の国です。ですからそのよう
に義務付けたり、禁止したりするというような野蛮なことは止めた方がいい。少なく
とも私はそう考えます。
では、それに代わるものとして三つ目が経済的措置(economic measures)です。経
済的措置とは何かというと、先ほど少し申し上げたような炭素税です。要するに、CO2
は化石燃料を燃やすから出るのだ。化石燃料の消費を減らせばいいではないかという
ことになるわけです。消費を減らすためにはどうすればいいかというと、少なくとも
経済学の ABC によれば価格弾力性という言葉があります。価格が 10%上がればその
消費は必ず減る。減り方はものによってさまざまである。非常に弾力的な商品であれ
ば、10%値段が上がれば 10%以上消費が減るだろう。弾力性が閾を越えるというわけ
です。逆に、値段が上がってもほとんど消費が減らないものもあります。
酒やタバコにかなりの税金がかかっています。なぜ酒やタバコに税金をかけるのだ
と思われますか。これはどこの国でも酒やタバコに税金をかけています。みなさんに
答えを紙に書いて下さいと言うと、おそらく三人に一人くらいは「体に悪いから」と
書くかもしれません。消費を抑えるために酒やタバコに税金をかけているのだと思っ
ても実はそうではないのです。酒やタバコは少々高くなっても消費は減らないのです。
ですから税金をかけても消費は減らない。つまり、やや難しい言い方をすれば税源と
して非常に安定している。だから酒やタバコに税金をかけるということなのです。と
ころが、炭素税というのは何のためにかけるのかというと、化石燃料の消費を減らす
ためにかけるのだというと、これは邪道のようなところがあります。税源をやせ細ら
せるために税金をかける。これは本来の税ではないと言う人がいます。税金をかけた
からといって消費が減らないようなものに税金をかける。ガソリンにも相当税金がか
かっています。1リットルに対して約 50 円かかっています。みなさんが 100 円でガソ
リンを買えば半分が税金です。ガソリンというのも生活必需品に近いので、税金をか
けて高くしても消費が減らないから、税源として安定しているから、かけているとい
うことになります。
では炭素税というのは一体どういうことなのか。税金としては非常に特殊な税金だ
ということになります。しかし、いずれにせよこれについては後ほど詳しく申し上げ
ます。
そして、自動車の取得税や保有税を燃費効率に応じて変えたらどうか。トヨタ自動
車のハイブリッドカー、プリウスの保有税をグンと安くすれば、プリウスが相当売れ
るのではないかということになります。ハイブリッドカーというものがどういう車か
みなさんご存知でしょうか。モーターとエンジンを両方積んでいて、それを両方組み
合わせて上手に走る車のことです。燃費効率は約2倍です。言い換えれば、ガソリン
消費が 50%で済むということで非常に優れものなのです。トヨタ自動車がこのハイブ
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リッドカーのプリウスをちょうど京都会議の直後に発売しました。これは当初は一種
の妬みでいろいろと悪口も言われましたが、今は1ヵ月に約 2,000 台売れています。
年間2万数千台売れているということでなかなかたいしたものです。そしてホンダも
シビックのハイブリッドカーを出しました。このように日本がハイブリッドカーの面
では非常に進んでいるということになります。
例えば自動車が排出する CO 2 の量はトータルの排出量の何%だと思いますか。トラ
ックなども含めてちょうど 20%です。ですから、燃費効率が仮に平均して 30%改善さ
れれば、0.2×0.3 で計算上トータルの6%削減ができるということになります。
経済的インセンティブの導入が最適
京都議定書がまもなく発効します。発効すれば先進各国とも対策に取り組まざるを
得なくなる。そうすると、一番効果的で、一番痛みが少ない対策とは何かというと、
やはり自動車の燃費効率を上げることなのです。つまり、燃費効率の良い車をみんな
が買うことに incentive を社会の中に上手く仕掛ける。そのためには燃費効率の良い車
の税金を安くすればどうか。要するに、自動車税制をそのようにグリーン化したらど
うかという考え方があります。
「経済学のエッセンスは incentive の一語に尽きる」ということを言う経済学者もい
るくらいです。incentive とは何なのかということをわかりやすく説明するためのおも
しろいエピソードを紹介すると、ラルフ・ネイダーというアメリカの弁護士で消費者
運動をやっている人がいます。先日の大統領選挙にも無党派で選挙に出ました。その
ラルフ・ネイダーが「どんなスピードであっても自動車は危険だ」ということを 1965
年に発表しました。ものすごい反響があり、アメリカ政府は自動車メーカーに次のよ
うなことを義務付けました。一つはシートベルトを付けること。そして、今で言えば
エアバッグを取り付けること。そしてフロントガラスが当時は割れたら散乱するよう
な普通のガラスだったので、割れても散乱しないようなガラスにすることを義務付け
ました。そして、その結果自動車事故が増えたでしょうか、減ったでしょうか。増え
たのです。安全運転をする incentive は何でしょう。事故で怪我したり、死ぬのがいや
だからです。ところが、シートベルトが付いて、窓ガラスが割れても散乱しない。お
まけにエアバッグが付いているということになると、少々乱暴な運転をして事故を起
こしても命に別状ないし、かすり傷ぐらいしか負わない。だから安全運転をする
incentive が損なわれた。その結果みんなが乱暴な運転をするようになって交通事故の
件数が増えた。ただし、言うまでもなく運転していて怪我をする人の数は激減したと
いうことなのです。まさにそれが incentive なのです。ですから、incentive という言葉
一つがカギになって、いろいろなことの理解が深まるということは数多くあるわけで
す。
このようなことで、経済的措置の方が規制的措置よりも望ましいというのが、私の
立場です。なぜそうなのかというと、
「 日本は自由主義国家ではありませんか」という、
ただそれだけの理由なのです。例えばどこかの社長が 6,000cc のベンツに乗りたいと
いうのならば、
「どうぞ乗って下さい。その代わり高い税金を払って下さい」という方
がずっとスマートです。
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さて、過去の CO 2 の排出量の推移というものを見てみたいと思います。1986 年度か
ら 1996 年度にかけて CO 2 の排出量は平均年率 2.8%で伸びました。この間、確かに経
済もそれなりに成長したけれども、CO2 の排出量の伸び率はすごかったのです。1985
年頃にエアコンの普及率は一体どのくらいだったと思いますか。100 世帯に何台くら
いだったと思いますか。正解は 80 台です。ですから無い家が2割ほどあったというこ
とです。一家に2台も3台も持っている家もあるので、半分くらいの家が無かったか
もしれません。1985 年というのはそんなに昔ではありません。それが 1995 年にはど
のくらいになったかというと、160 台になっています。つまり、どこの家にでもある
し、2台、3台のエアコンを持っている家がけっこう多くなったということです。で
は 2005 年にはどのくらいになると思いますか。日本人の家が狭いということを忘れて
はいけません。そしていくらお金持ちになったからといって、一部屋に2台のエアコ
ンを付けるバカはいません。ですから、そんなには伸びなくなっている。だから電機
メーカーも売れないから困るわけです。
しかも、これから先のことを考えると、例えば 10 年前のエアコンと今売っているエ
アコンを比較すれば、消費電力が3分の1程度減っています。効率がそれだけ良くな
っている。ですから黙って、地球のことも何も考えずにエアコンを新しいものに取り
替えるだけで、少なくともエアコンの消費電力を3分の1程度減らすことができると
いうことです。しかし、いずれにしても 1980 年代の半ばから 1990 年代の半ばにかけ
てはまだまだ電力多消費の耐久消費財の電化製品が普及途上にあったのです。ですか
らこんなに CO2 の排出量が増えていったということです。
そして自動車もこの間どんどん普及しました。しかも、先ほど言いましたようにバ
ブル経済の 1987 年から 1990 年にかけて3ナンバーの高級車を買う人が非常に増えた。
当然、燃費効率が悪くなります。そして、RV(recreation vehicle)が流行りました。
どこかの家庭の主婦が、自分の家には RV1台しかないからちょっとそこまで買い物
に行くのもあんなに大きな車で行く。これはもったいないです。そういうことでガソ
リンの消費も増えた。
そして、1980 年代半ばから 1990 年代半ばにかけて待機電力を消費するような機器
が非常に増えました。待機電力とは何なのか。待機電力というのは、例えばファクシ
ミリ。ファクシミリというのはいつ受信するのかわからないので絶えず電気が付いて
います。テレビのリモコンもいつスイッチを押されるかわからないので、待機して待
ち構えています。約5Wの電力をずっと消費しているのです。そして温水洗浄機付ト
イレの保温便座も全て待機電力を消費しているのです。絶えずお湯を温めて待機して
いる。ですから、普通のごく標準的な家庭が1ヵ月に払う電気料金の 15%が待機電力
の消費なのです。ですから本当を言うと、テレビなどは電源を抜いて寝るべきなので
す。抜けばゼロですが、抜かなければずっと5W消費しているのです。そういう家電
製品が普及したということもあります。
そしてテレビも冷蔵庫も大型化しました。家がもともと狭いのでこれ以上大型化で
きないくらい大型化している。1986 年から 1996 年度にかけての間に大型テレビ・冷
蔵庫が非常に増えました。その後傾向が変わりました。1997 年度は CO2 の排出量が
0.2%減りました。1998 年度は 3.6%も減りました。1999 年度には 3.4%増えました。
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2000 年度は 1.1%増ということで、減ったり増えたりだけれどもほとんど 1996 年頃か
らは横ばいになっているという状況です。
シーマ現象からヴィッツ現象へ
なぜこんなに横ばいになっているのか。もちろん成長率が低い。経済成長率がほと
んどゼロだということも関係しています。しかし、それだけではなく、これからは私
の考え方を申し上げますが、要するに電力多消費型家電製品の普及、自動車の燃費効
率の悪化というのは、そろそろ飽和状態(saturation)に近づきつつある。これ以上は
あまり伸びないというところまできた。
みなさんにも考えていただきたいのですが、例えば、また経済が急成長してどんど
ん豊かになったとします。しかし、東京一極集中というのはあまり変わらないでしょ
う。ですからみんな狭いところにしか住めない。それでますます不動産の価格は景気
が良くなって上がるかもしれない。ますます狭いところにしか住めない。しかし、仮
に収入がどんどん増えていった。少なくともお金の面で豊かになったとします。そう
すると自動開閉ドアを家に付けるという人はいるでしょうか。まずいないでしょう。
そして、健常者ならばエスカレーターやエレベーターを家庭の中に取り付けるという
人はまずいないでしょう。ですから、これから新たに家庭の中に電力を多消費しそう
なものが入ってくる可能性というのは、非常に乏しいのです。そういう意味でほとん
ど家庭用の電力事情は、これ以上増えないところまで増えきっていると言っても言い
すぎではないということなのです。
車も最近は「シーマ現象からヴィッツ現象へ」という言葉があるように、小さな車
に乗っているほうが格好良いと思うような人が増えました。結局、消費者は何が格好
良いかなのです。バブルの頃というのは、大学生でもアルマーニの洋服を着ているの
が格好良かったのです。ところが、今どきそんな人は一人もいません。むしろそんな
格好をして大学を歩いていると「なんだ、あの人は」ということになります。そうい
う意味で、何が格好良いかということも移り変わってきているのです。その昔バブル
経済の前までは、日本人というのは質実剛健、質素倹約ということを旨にして、贅沢
とは格好悪いことだったのです。ところが、バブル経済の4年間、なぜか贅沢は格好
良いというように、ライフスタイルの美意識というものが 180 度ひっくり返ったので
す。また最近では元に戻りつつあると私自身は見ています。
大学などで使うエネルギー、銀行のオフィス、ホテル、そしていろいろな小売店な
どで使うエネルギー消費を業務部門のエネルギー消費と言います。家庭と業務を両方
合わせて民生部門のエネルギー消費と言いますが、民生部門のエネルギー消費の伸び
はほとんど止まりつつあるのです。運輸もかつてのようには伸び続けることはないだ
ろう。電力の需要は確かに今伸び悩んでいます。ここにいらっしゃるみなさんは、原
子力発電ということにどういう考えをお持ちなのかわかりませんが、推進すべきだと
強く思っている人はあまりいらっしゃらないと思います。今、電力の自由化がどんど
ん進んでいます。電力の自由化とはどのようなことかというと、例えばみなさんが大
学を出て何人かで電力会社を作るとします。石炭火力発電所や天然ガスの火力発電所
を作ろうと思えば多額の投資をしなければいけないから、なかなか元が取れないので
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そんなことはできないけれども、例えば、自分は非常に自然エネルギーが大好きだと
いうことで風力発電所をいくつか作って、それを電力会社に買ってもらうということ
ができるのです。ですから風力発電で電気を作れば1kWh が約 10 円で買ってくれま
す。ですから、そろばんを弾いて、非常に風が強く土地代が安い北海道に作ろうと思
えば、風車一つを作るのに、1kW 分の風力発電所を作るのに、何百万円でできる。
ではこれだと何年間で元が取れるから作ってみよう、ということで会社を作ることが
できるわけです。
今申し上げたのは、電力会社に買い取ってもらうということです。それが今の現状
なのですが、これからはどこかの消費者と契約を結んで直接売ることもできるのです。
直接売るためには当然、電力会社の配電網を使わせていただかなければいけないわけ
です。配電網に流し込んでほしい人のところで使ってもらうということです。そうす
ると宅送料を電力会社に払わなければいけないというような問題があります。ですか
ら、そう簡単には儲からないかもしれませんが、少なくともそういうことが可能にな
るということが電力の自由化です。つい最近までは電気事業法という法律があり、電
力を人に販売することができるのは電力会社だけだということでした。今、沖縄も含
めて全国で 10 の電力会社があるのですが、電力会社以外は絶対に電力を売ってはいけ
ないという法律がありました。
ところが、それがどんどん自由化された。そうすると、このような環境下で電力の
需要そのものがほとんど伸びなくなっているところに、そういう小さなマイクロパワ
ーのようなものが入り込んでくるということになると、電力会社に対する需要は明ら
かに減ります。そうすると、原子力発電所というのは 100 万 kW、120 万 kW という大
規模な発電所ですから、そんなものを作る必要がそもそもなくなるというのが目下の
状況です。ですからこれからは原子力発電所を囲む環境が大きく変わってくると言わ
ざるを得ないのです。
CO 2 削減につながる燃料電池とマイクロ・ガスタービン
今、自動車メーカーが燃料電池車の開発に躍起になっています。燃料電池車という
ものをご存知でしょうか。その昔、中学か高校の理科の授業で水の電気分解をやった
のではないでしょうか。水は H 2 O だから水素、酸素ができました。そのときは電気を
使って水を水素と酸素に分解した。今度は逆に水素と酸素をくっつければ水ができま
す。そうすると副産物として電気ができるのです。電気分解の逆です。その電気で走
る自動車が燃料電池車です。
同じようなことで、燃料電池は家庭の中に据え付けることもできるのです。ちょう
ど冷蔵庫くらいのものを置いてそこで発電する。発電するときに熱も出るので、熱は
お湯を沸かして使うというようなことで、そういう機器もまもなく登場する。家庭の
中で、自分で発電して自分で使う。そのときに副産物としてできる熱でお湯を沸かし
ているということです。冬はその熱で暖房するということです。そうすると、エネル
ギー効率は非常に良さそうです。しかし、水素はどこから持ってくるのだということ
になります。ガスというのは CH 4 です。C が一つと水素が四つです。要するに、天然
ガスを改質して水素と炭素に分けて水素を使う。C は CO2 として大気中に出ますが、
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それは仕方がない。そこから水素を取り出して、それで発電する。自分のための電気
を作って、そして熱もそこから副産物として取り出す。そういうものもどんどん普及
していくと思います。
マイクロ・ガスタービンというものもあります。スーパーマーケットは相当電力を
使っているという感じがします。明かりなどよりも冷蔵や冷凍庫などに非常に使って
います。ですから、そういうところはマイクロ・ガスタービンという小型の発電機を
付ける。これも燃料としてはガスを使います。ですから、これからはガスの需要は相
当増えると思っていいわけです。電力よりはガスの時代だと言う人もいますが、確か
にそういう側面はあります。そういうマイクロ・ガスタービンを付けて熱と電気を作
り出す。それがコジェネレーション。コジェネという言い方をします。熱と電力を併
給する。例えば、スーパーマーケットやコンビニエンスストアの場合はあまり熱需要
はないけれども、ホテルや病院は相当熱需要があります。つまりお湯が必要なのです。
ですからホテルや病院にそういうものを付ければ、電力会社とガス会社に払っていた
お金をずいぶん節約することができるようになると期待されるのです。
それやこれやで、今はエネルギーの供給のあり方に大きな変化が起こりつつある。
それが CO 2 の排出削減ということにつながるということを申し上げておきたいと思い
ます。
炭素税の導入、自動車税のグリーン化で6%削減は可能
産業構造の転換についてお話しましょう。日本経済の産業構造というと、GDP の
何%を鉄鋼が生産していて、自動車メーカーが何%の GDP を生産して、というような
ことを産業構造と言います。1985 年度の GDP に占める製造業の比率が 29.5%で、約
30% だっ たの です 。 日 本は やは り製 造業 の 国 だっ たの です 。そ れ が 1999 年 度に は
23.1%まで下がっている。ということは、製造業の比率が相当下がったということに
なります。しかも、製造業に占めるエネルギー多消費型産業(鉄鋼、非鉄金属、窯業
土石、金属製品)の比率は、24.3%から 14.5%まで下がっている。これは何を意味す
るのか。
鉄鋼や窯業土石(セメント)のメーカーというのは、非常に石炭を消費して CO 2 を
大量に出しています。そういう産業の比率がどんどん下がっている。では製造業の中
で一体何が増えているのかというと、加工組立型製造業です。自動車や電機が比率を
上げているということなのです。そうすると、結果的に GDP を 100 万円生産するのに
どれだけエネルギーを使っているのか、あるいは CO 2 をどれだけ排出しているかとい
うのは明らかに下がるのです。それを CO 2 の GDP 原単位という言い方をします。GDP
を 100 万円生産するのにどれだけ CO 2 を出しているのか。その量が明らかに減るので
す。例えば、銀行が 100 万円の付加価値を生産するというのにどれだけエネルギーを
使っているのか、どれだけ CO 2 を出しているのかと言えば、電力を贅沢に使っている
としてもたかが知れています。鉄鋼が 100 万円の付加価値を生産するのにどれだけ
CO 2 を排出しているかというと、やはり銀行の数十倍の CO 2 を出しているということ
になります。
ですから、そういう意味で素材型産業の比率がどんどん下がってくるというように
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産業構造が変化することによって、やはりこれは明らかに GDP 当たりの CO2 排出量
は徐々に減っていくだろうということが予想されるわけです。
Information Technology(IT)がどんどん普及、進歩する。そうすると、 CO 2 の排出
量が増えるのだろうか。これはみなさんどう思われますか。例えば、eコマースがあ
ります。みなさんが例えばアマゾン(注:インターネットでの購入・宅配専門の書店)
で本を買ったとします。今までだと本屋まで歩いていくかバイクに乗って買いに行っ
ていたけれども、eコマースでやれば当然やっているときには若干の電力を使ってい
ます。結局電力ということはエネルギー消費は増えているのではないか。しかし、そ
れだけではないのです。というのは宅配便が1冊の本をみなさんの下宿まで届けにく
る。今までは大量に本を積んだトラックが生協などまで運んできます。そこにみなさ
んが自分で取りに行くというのと、各戸に配達されるのとではどうも各戸に配達され
るほうがエネルギー消費が増えているような感じがする。しかし、いずれにしても自
分が移動して電車に乗るなり、自分が自動車を運転したり、バイクに乗ったりして本
屋に行く。そういうところでエネルギーは節約されているわけなので、トータルとし
て IT がどんどん普及すればエネルギー消費が増えるかどうかということはよくわか
らないと言わざるを得ないのです。これは一つの今後検討しなければならない重要な
問題だと思います。
電力の消費もエネルギーの消費も、CO 2 の排出量も 1980 年代半ばから 1990 年代半
ば頃にかけては激増した。しかし、今それはおおむね伸びは止まりつつある。ですか
ら6%削減ということが大変だと政府は言っているけれども、そんなに難しいことで
はないということを言いたいのです。そのためには、適切な経済的措置を講じればい
い。例えば、炭素税を導入するなり、自動車の保有税を燃費効率に比例させる、燃費
効率の良い車の税金を安くするというようなことをやれば、6%削減は十分可能だと
いうのが私の言いたいことなのです。
クリーン開発メカニズム(CDM)というものがあります。これは京都議定書に詳し
い方は知っていると思いますが、例えば、中国に非常に古びた 20 年前に作った石炭火
力発電所があるとします。そこは非常に効率が悪い。その代わりに日本がお金を出す、
あるいは半分お金を負担して新しい技術も提供するから天然ガスの火力発電所を作っ
たらどうかということで、天然ガスの火力発電所を作ったとします。そうすると、石
炭と天然ガスを比べると、同じ kcal の熱量を出すのに排出する CO 2 は5対3ですから
60%程度です。つまり、単純に比較しても CO2 排出量が 40%削減できるのです。
最新の技術を使えば効率がそれだけ高いので、その分も考えると 50%程度は削減で
きるはずだ。日本が中国に投資をして新しい発電所を作って古い発電所を止めたとす
ると、そこで削減した分というのは日本の削減分にカウントできるのです。ですから、
国内で対策をやり尽くして6%削減が達成できないというときには、中国の場所を借
りて削減するということも京都議定書で認められているわけですので、それをどんど
んやればいいではないですかということです。
仮に目標が達成されなかった場合には、排出権取引によって不足分を埋め合わせる
ことができます。先ほど申し上げたように、日本は6%削減を義務付けられていまし
た。しかし、ロシアはゼロ%、つまり 1990 年のレベルを保っていればそれでいいので
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す。ところが、ロシアは 1991 年 12 月にソビエト連邦が崩壊して、ロシアを始めとす
るいくつかの国に分かれたのです。以来、ずっと経済は低迷状態が続いていて、実は
1997 年の時点で 1990 年に比べて CO 2 の排出量は 30%も減っているのです。意図せざ
る削減をしているのです。生活水準も落ちましたし、産業もぱっとしないとなればそ
のくらい落ちて当然です。それをゼロまで持っていくわけですので、やり放題のこと
をやってもなかなかゼロまでいかないだろうということで、ロシアの手元には排出権
がたくさん残るのです。その排出権を、日本のように排出権の足りなくなるような国
に売りましょうということになる。これが排出権取引です。
CO 2 大量排出国・米国の離 脱で排出権取引市場不成立の可能性
ここで一言触れておかなければいけないのは、アメリカの離脱ということです。ア
メリカが京都議定書から離脱しました。去年(2001 年)3月 28 日に突然ブッシュ大
統領が記者会見をして「アメリカ合衆国は京都議定書から離脱する」と言いました。
その理由として二つ挙げました。一つは、これはアメリカ経済に対して非常に悪い影
響を及ぼす。もう一つは、途上国が入っていないのはけしからんということで、そう
いう議定書からは自分たちは離脱するということでした。先ほど約 40 ヵ国が京都議定
書によって削減が義務付けられていると言いましたが、ヨーロッパの国はすでに非常
に削減しているのです。1990 年に比べて5∼10%くらいまで削減しています。ヨーロ
ッパ全体として8%削減を義務付けられたのですが、十分それを達成できるくらいの
水準にある。ロシアやポーランド、ウクライナなどという国は経済ががたがたである
ために、1990 年に比べて CO 2 の排出量は落ちている。そして、なぜか日本、ニュージ
ーランド、オーストラリア、カナダ、アメリカ、つまりヨーロッパ以外の先進国が CO2
の排出量がひどく増えているのです。不思議です。排出権取引の市場ができたとする
と、売り手はロシアを始めとする旧社会主義国。ヨーロッパは自分たちできちんと約
束は守る、義務は果たす(compliance)。買い手になるのがアメリカであり、オースト
ラリアであり、ニュージーランドであり、カナダであり、日本であったわけです。
ところが、アメリカという最大の買い手がマーケットから消えたのです。というこ
とは、排出権の取引市場が明らかに供給超過です。ですから、排出権取引の価格自体
がただ同然になるかもしれない。つまり、ロシアから買ってくれば何も努力しなくて
もいい。そういう意味で、アメリカが離脱した京都議定書は意味がなくなったと言っ
ても言いすぎではないくらいなのです。それだけアメリカは大量排出国なのです。な
ぜなら、みんなが自動車に乗っているわけですから。
その昔、私がアメリカで1年間生活したときに、ある大学にいました。大学の建物
は夜中も全部電気がつけっ放しなのです。なぜつけっ放しにしているかというと、安
全のため、犯罪を防ぐためです。ところが、あるアメリカ人に「なぜあんなに夜通し
電気をつけっ放しにしているのか」と聞くと、半ば冗談ですが、
「いちいち電気を消し
て回る人を雇うよりもつけっ放しにしておくほうが安くつく」つまり、人間の賃金に
比べて電力料金がそれほど安いというわけです。つけっ放しにしておいて電気代を払
ったほうが安くつくというくらいに電気代が安い。ですからみんな電気を湯水のごと
く使うのです。
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そして大きな自動車にみんな一人1台乗っています。それから見ても、いかにたく
さんの CO 2 を排出しているか。一人当たりの CO 2 の排出量を日本人とアメリカ人で比
較すると、アメリカは日本の2倍以上なのです。それほど大量に排出している。ヨー
ロッパは日本よりもやや少なめです。不思議なのですが、世界中で見ると一人当たり
の排出量は炭素換算で1tというように過去 20 年間ずっと一定なのです。これは先進
国、特にアメリカや日本の一人当たりの排出量が増える分、あまりエネルギーを使わ
ない途上国の人口がどんどん増えているので、なぜか平均すれば一人当たり1tとい
うのがずっと続いているのです。今世界の人口が 63 億人として、世界でどれだけ CO 2
が出ているのかというと、一人1tなので 63 億tだと思えばいいわけです。日本人の
場合は一人当たり 2.5t出している。それに対してアメリカ人は 5.5t出しているので
す。乗っている自動車の燃費効率もぜんぜん違います。
そのようにアメリカが抜けたということで、京都議定書の意味が半ば消えうせたと
言っても言いすぎではない。
炭素税で産業界は winner と looser に分かれる
さて次に、ご存知だと思いますが北欧三国、オランダ、デンマークというのは 1990
年代の初めに炭素税を導入しています。つまり、化石燃料に対して炭素含有量に応じ
て税金をかけているわけです。今現在、日本ではガソリンには揮発油税という税金が
かかっているけれども、石炭には全く税金がかかっていません。しかし、炭素含有量
に応じてですから、やはり石炭に一番重い税金がかかるということになります。ドイ
ツが 1999 年に導入、フランス、イギリスが去年(2001 年)導入、イタリアが 2005 年
から、ニュージーランドが 2008 年から導入するということがすでに決まっています。
日本も最近の新聞報道などによると、そろそろ 2005 年頃から導入するのではないかと
いう記事が新聞にもたまに出ています。
しかし、産業界は依然として反対はしていたようです。しかし、6月から日経連と
経団連が一緒になって、日経連の会長であるトヨタ自動車の奥田会長が日本経団連と
いう新しくできた組織の会長になられました。トヨタ自動車というのは燃費効率の良
い車の開発で一番先んじている会社なので、炭素税でも導入してくれたほうがむしろ
会社にとっては得になるわけです。ですから、非常に積極的であるということで今話
題になっています。
結局こういう炭素税を導入すると何が起こるかというと、産業を winner industry(得
する産業)と looser industry(損する産業)に分かつ。同じ産業の中でも winner company
(得する会社)と looser company(損する会社)に分かれる。そこが問題なのです。
例えば、自動車メーカーの中で言うと、当然トヨタ自動車などは燃料電池車の開発で
も最も先んじていて、来年あたり1台 500 万円程度で売り出すということが新聞では
報道されています。ハイブリッドカーでは、クラウンのハイブリッドカーを出すとい
うことを言っています。ですから非常に燃費効率の良い車の開発ということで成功し
ています。そうするとトヨタ自動車などは明らかに winner company になるわけです。
それに対して、そういう開発の遅れている会社というのは looser になるのです。
産業で言うと、やはり電機メーカーなどは新しい省電力の機器をどんどん売り出す
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ということで、むしろ電気製品などは新しいものがどんどん取り替えられ、むしろあ
りがたいことかもしれません。おそらく winner industry と言ってもいいでしょう。最
大の looser は石炭産業です。石炭から天然ガスなどへ燃料シフトがどんどん起こりま
すから石炭が売れなくなる。オーストラリアなどは一番大きな輸出が石炭です。そう
いう国にとってみれば、やはり京都議定書はおもしろくないと思うのは当然です。石
炭産業は明らかに凋落するからです。The biggest looser です。ところが、日本という
国は石炭をもう掘っていない。北海道で掘っていたのもそろそろ閉山されて事実上石
炭は国内では掘っていないということです。The biggest looser である石炭産業が国内
にないという意味で、日本は温暖化対策が最もやりやすい国だと言っても言いすぎで
はないわけです。
先進国では炭素税の導入の影響は中立的
話をマクロのほうに戻しましょう。炭素税制を導入したりすると経済成長率が低下
するから良くないという人がいますが、実は、これは発展途上国ならそうなのです。
ところが、先進国ではそのようなことがないということを簡単に説明します。
発展途上国の経済成長はどのようなものかということを考えていただくと、要する
にどんどん生産能力を増強していってどんどん作る。作ったものは、労働力が安いの
で値段が安いということで外国はいくらでも買ってくれる。今の中国は、まさしくそ
うです。投資の原資には限りがあります。そうすると、100 あるお金を全部生産能力
の増強に使った方が、当然生産量も増える。増えた分は全部海外が買ってくれるとい
うことで、経済が成長する。ところが、いろいろな規制であれ、税金であれ、環境保
全ということが重視され、環境対策というものを政府が講じたとすると、100 ある資
金のうち 30 くらいを環境投資に回さなければならない。環境保全のための投資に回さ
なければいけないということになると、生産能力を増強するために投じられるお金は
70 になりますので、当然経済成長はそれだけ落ちるということになります。
ところが、日本のような国を考えてみて下さい。設備はどこに行っても余っていま
す。とにかく、ずっと経済が停滞しているということもありますし、バブルの頃に設
備投資をやりすぎたということもあります。ホテルなどで稼働率が良いところでも、
50∼40%の設備は余っているという実態があります。同じようなことが製造業でも言
えます。鉄鋼などは多くの余った設備を持っています。化学メーカーもそうです。で
すから設備投資をどんどんやれといっても、公定歩合が 0.1%まで下がっている状況
で企業にもっと設備投資してくれと言っても、情報関連の設備投資は少々していても、
あまり鉄やセメントを大量に使うような設備投資はしません。ところが、仮に炭素税
を導入して省エネルギー、できるだけ化石燃料の消費を減らそうということでそのた
めの設備投資をやったとします。そうすると、設備投資が増えます。
その結果、むしろ経済成長にとってはプラスの側面があるはずです。ですから、先
進国ではもうこれ以上設備投資をしても仕方がないという状況になっているので、む
しろ環境投資を企業に対して事実上義務付けることによってけっこう経済成長にプラ
スの効果があると言うこともできます。とは言いながら、炭素税がかけられるとまず
ガソリンの値段が上がります。数字を挙げると炭素1t 当たり3万円の税金をかけた
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とします。税収はいくらくらいになるかというと9兆円です。消費税は今 10 兆円あま
りと言いますからほとんど消費税です。ガソリンの値段はいくら上がるかというと 20
円なのです。電力料金も当然上がります。ガソリンの値段が上がって、電力料金が上
がれば、例えば喫茶店でコーヒーを1杯飲むのにも電力を使っているので、コーヒー
も何十円か上がるでしょう。当然タクシーの料金も上がりますしあれもこれも上がり
ます。エネルギーを全く使っていないものなどありませんからホテルの宿泊料ももち
ろん上がりますし、何から何まで値上がりする。その結果、所得が一定だとすれば当
然実質的な消費は減ります。そうなるとどうなるのか。当然個人消費支出が減れば経
済成長にはマイナスです。
ところが、話はそこで終わらないのです。一体払った税金はどうなっているのかと
いうことです。政府が税金を金庫に入れておくということだったら話はそこで終わり
です。ところが、実際には政府がそれを温暖化対策に使いましょうということで、例
えば新しい家を建てる人がいたとして、そのときに太陽電池を取り付ける人には補助
金をこれだけ出しましょうとか、自動車の燃費効率の良い車の税金を安くしましょう。
その減税分を補填しますという使い方をすれば、結局太陽電池はどんどん売れる。自
動車も燃費効率の良い車がどんどん売れる、あるいは車の買い替えが進むというよう
なことで、別に個人消費支出は減ってもこれは結局所得が税金というかたちで強制的
に政府が持っていって、それを政府が上手に使えば経済全体としての内需が減るわけ
ではないのです。ですから別にそれで経済成長率が低下するわけではない。ただし、
その結果として得する産業や会社が一方にあれば、他方で損をする会社もあるという
ことです。それは否定できません。
もっと別の例で言うと、ヨーロッパの国々はそうやっているのですが、例えば先ほ
ど炭素1t 当たり3万円の税金をかけたら税収は9兆円と言いましたが、これは金額
が大きすぎるので、炭素1t 当たり1万円の税金をかけたとします。そうすると税収
は3兆円です。その3兆円の税収があるわけですので、それと見合うだけの個人所得
税減税をやったらどうか。個人所得税減税をすれば可処分所得が増えます。可処分所
得が増えれば当然消費が増えます。ちょっと待て、先ほどあらゆるものに税金がかか
って値段が上がったから消費が減ると言ったではないかとなりますが、減ることは確
かなのですが、今、可処分所得が増えて消費が増えると言いましたが、それは差し引
きしてどうなのかと言われても、それはやってみないとわかりませんと言うしかない
です。事前にはわかりません。ですがやってみなければわかりません。しかし、いず
れにせよプラスとマイナスが打ち消し合った結果、絶対値そのものは非常に小さいだ
ろうということで、炭素税を導入したからと言って内需が減るわけではなく、結局マ
クロで見れば、ほぼ中立的であると見ていいのではないかというように私は考えてい
ます。
炭素税制は技術革新、経済成長の原動力
では、本当に炭素税を導入してガソリンの消費は減るのだろうか。自動車は誰も必
要があって乗っているのだからガソリンの値段が上がったからといって急に走行距離
を減らしたりしないはず。全くその通りです。ですから、先ほど価格弾力性という言
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葉を使いましたが、ガソリン消費は価格に対して相当非弾力的である。そんなに弾力
的ではないので税金をかけてガソリンの値段が上がったからといってそんなに簡単に
消費は減らないでしょう。しかし、3年経ち、5年経ち、6年経ち、あなた方が新し
い車に買い換えるときには炭素税がかかってガソリンの値段が上がったから今度買い
換えるときには少し小型の車にしようとか、同じ 1,500cc だけれども燃費効率の良い
車にしよう。この際思い切ってプリウスを買うかというような人が増えるのです。で
すから replacement ということまで視野に入れて考えると、十分ガソリンの消費、需要
も価格に対してそれなりに弾力的だということになります。
電力消費に関しても、次にエアコンを付け替えるときには省電力設計のものを買い
ましょうということになるのです。そういう意味で、一言で言うと短期的に急に税金
がかかって値段が上がったからといってガソリンの消費がそんなに減るわけではあり
ません。しかし、中長期的、3年、5年のタームで考えれば車の買い替えということ
があるので、その結果として確実に税金によるガソリン価格の上昇が自動車のガソリ
ン消費を減らす効果があるということなのです。
政府にはいろいろな省庁があります。税金を取るのが財務省です。予算を作るのも
財務省。財務省は今小泉構造改革をやっています。しかし、小泉構造改革の中身の 80
∼90%までが財政改革なのです。財政再建、財政赤字の解消ということなのです。と
にかく日本というのは非常に対 GDP の比率で財政赤字の大きな国なのです。先進国の
中で一番大きい。ですから日本の国債の評価の格付けはどんどん下がっているという
のもそういうところにあるのです。政府が毎年赤字を出している。そして国債を発行
しているのです。そういう状況ですので、税と名のつくものなら何でもいいという感
じなのです。ですから、炭素税の導入に対して財務省も当然積極的なのです。
ただし、それを一般財源に繰り入れて財政赤字の解消に使うということになると、
先ほどの話と違ってきます。つまり、先ほど税金を集めてそれを金庫に入れておくな
らば話はそこで終わりだ。個人消費支出が減るだけで終わりだと言いました。ですか
ら財政赤字の削減に使うのならば金庫に入れるのと同じことなのです。それだけ内需
というのは増えません。そういう意味で、一般財源に入れるというのは財務省は是非
そうしたいと思っているでしょうけれども、これですと経済に対してはマイナスの効
果がある。特定財源とするというのは、これは温暖化対策特別会計を作って、集めた
税金を全部温暖化対策に使うということならば、所得が消費者の懐から政府に移って、
政府がそれを温暖化対策に使うということですので、結果的には同じであるというこ
とです。マクロ経済に対しては中立的である。
三つ目が、増減税同額とするか。これは先ほど申し上げたように、個人所得税減税
をやるということです。そろそろ炭素税の導入が 2005∼2006 年くらいからだというこ
とでかなり間近に迫ってきて、こういったことについての議論が繰り広げられつつあ
るというのが目下の状況です。
ただし、一言断っておかなければいけないことは、今まで私は貿易のことは何も口
にしなかったのですが、例えば、鉄鋼というのは先ほど申し上げたように、今のとこ
ろ石炭には全く税金はかかっていないのですが、石炭というのは1t が約 5,000 円です。
そこに炭素1t 当たり1万円の税金がかかったとすると、石炭はほとんど炭素の塊で
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すから値段が3倍になります。そうすると、今まで1t を 5,000 円で買えていた石炭が
1万 5,000 円になるということになれば、確かに鉄鋼は原料として石炭を使うわけで
すから、そういう意味で、鉄鋼については大変痛手であるということは全くその通り
です。つまり、生産コストが上がって日本の鉄鋼産業の国際競争力が損なわれるとい
うことです。
しかし、そのための手当てをきちんと講じればいいということなのです。例えば、
鉄鋼を輸出するときには水際で税金を払い戻します。炭素1t 当たり石炭をどのくら
い使いましたということを申告させて、そこで払った税金分を払い戻す。そして、韓
国から日本に鉄鋼を輸入するときには、水際で税金を取りますということにすればイ
ーブンになります。
あるいは、スウェーデンなどがそうしているように、エネルギー多消費型産業とい
うのは免税にしましょう。つまり、原料として石炭などを使うときにはそれを免税に
しましょうということにしてもいいわけです。そういうようなこともきちんと考慮に
入れなければいけないということです。
いずれにせよ、こういった炭素税制を導入することなどによって、技術革新のイン
センティブが仕掛けられたと理解すべきなのです。つまり、技術というのは制約がな
ければ進歩しないのです。制約や不足ということがあって初めて技術は進歩するし、
新しい技術革新が起こる。そして、また同時にそれによって経済も成長する。ですか
ら、むしろこういう環境制約を材料にして、それを経済成長の原動力と考えるべきで
はないかと私は思っています。
自動車業界再編のきっかけになった京都議定書
今、自動車業界の再編成が起こりつつあります。1998 年にダイムラー・ベンツとア
メリカのクライスラーが合併してダイムラー・クライスラー社ができました。世界で
四十いくつの自動車製造会社があるそうですが、それがやがては5∼6社体制になる
であろうと言われています。生き残るのはいったいどこかというと、アメリカの GM、
フォード。ヨーロッパのダイムラー・クライスラー、フォルクス・ワーゲン。日本の
トヨタ。そして6番目に強いて挙げるとすればルノー・ニッサン。そしてホンダがた
いへんな技術力があるので、ホンダがナンバー7。そのくらいまでで、自動車メーカ
ーの統廃合が進むだろうと言われています。
実は、京都議定書がそのきっかけになっているというのが私の説です。少なくとも
来年には京都議定書が発効します。発効したら各国とも低燃費車の普及に対するいろ
いろな政策措置を講じる。そうなると低燃費車の開発の熾烈な競争が始まります。そ
して、特に一番の大目玉が燃料電池車の開発なのです。燃料電池車を開発するために
は百数十人くらいの技術者を投入して、莫大な研究開発費をかけなければならない。
そうすると、小さい自動車メーカーはとてもそんなことをやっていられないというこ
とで、大きなところが強いということになります。このことから、自動車業界の再編
成は京都議定書がきっかけになって始まったと言うことができるのではないかという
のが私の説です。そういう意味で、環境問題というものが世界の経済、そして日本の
経済に対して一つの活力を与えるということを強調して、私の話を終わりにしたいと
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思います。
藁谷
佐和先生どうもありがとうございました。佐和先生のお話は京都議定書を取り
上げられ、京都議定書で定められている温室効果ガス排出削減は決して不可能ではな
く、適切な対策を速やかに講じることにより実現が可能であるというお話をされまし
た。炭素税の導入を取り上げられ、それは普通、経済的にマイナスであると言われて
いる。それを導入することによって経済界の反対も出ているわけですが、そういう一
般的に言われる事柄が実は経済的な分析をすると、根拠がないものである。それどこ
ろか、先進国においてはそうした環境対策、それによるところの設備投資、それが経
済を活性化するということについて、きちんと目を向けるべきである。さらにはそう
した京都議定書が新しい研究開発のための契機を提供するものであり、あるいは経済
に対して活力を与える側面があるということを、経済的な、マクロ的な、ミクロ的な
分析を踏まえてお話下さいました。それでは質問をどうぞ。
学生
レジュメの[25]で、炭素税の導入に当たって①税収を一般財源に繰り入れる、
②特定財源とする、③増減税同額とすべきだというところで、経済成長の原動力と考
える場合、非常に有力であろうという話であったと受け止めたのですが、その前段で
経済学者の多くは「税のグリーン化」という観点から③を支持するとお書きになって
いますが。
佐和
これは「全ての経済学者がこう考える」というわけではないのですが、特に新
古典派の立場に立つ経済学者はそういうことをよく言います。労働するということは
良いことです。働くという良いことをしているのに対して税金をかけているのはおか
しい。ですから良いことには減税(所得税を安くする)して、悪いこと(CO 2 排出)
には課税すべきである。それが「税のグリーン化」であるというようなことを言う人
がいるということです。
学生
オイルショックの後に、日本では非常に省エネ対策が世界でも有数の対策が講
じられて省エネ化が進んだのですが、その後の高度経済成長によってその効果が相殺
されたということを聞いたことがあるのですが、これから CO 2 の排出を減らす技術を
開発していったとしても、それによって経済が活性化されて消費が増えてその効果が
相殺されてしまうということはないのでしょうか。
佐和
まず、オイルショックというのは 1973 年が第一次オイルショック。そして 1979
年末から 1980 年にかけてが第二次オイルショックです。第一次オイルショックのとき
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には石油の値段が4倍高になって、それがさらに第二次オイルショックのときには3
倍高になりました。それで日本経済の息の根は止まるかと言われていましたが、それ
は見事に切り抜けました。どうやって切り抜けたのかというと、おっしゃったように
省エネ技術などをどんどん開発することによって切り抜けたのです。
これは歴史的な順序の問題です。ただし、高度成長期というのは 1958 年から 1973
年までなのです。つまり、オイルショックで高度成長は終わったのです。それまでガ
ンガン成長していた経済に対して、オイルショックで冷水が浴びせられたようなもの
だったのです。石油の値段がガンと上がったことで成長率がガクッと下がった。成長
率は下がったけれども、むしろ問題は石油の値段が 1986 年頃から下がり始めたという
ことです。それで値段が下がってきたからジャンジャン使えということで、せっかく
第一次オイルショック、第二次オイルショックで 1980 年代前半まではグッと石油の消
費、エネルギー消費も減っていたのに、それがまた増え始めた。そして今日に至って
いるということなのです。
ただし、私は先ほど申し上げたように、もちろんこれから経済が成長すれば消費も
増えるかもしれませんが、例えば家庭電化製品の普及、自動車の大型化などはほぼ飽
和状態に達しているので、これから経済が成長してもかつてのように、まだ家庭電化
製品などが普及途上にあったときのようには増えないだろうと考えています。ですか
ら、エネルギー消費がその結果として増えて、CO2 の排出量が増えるという可能性は
乏しいと思いますし、そして産業構造もどんどん第三次産業の比率が上がります。今
はまだ約 65%だけれども、2010 年頃になればおそらく 70%を越えています。言い換
えれば製造業の比率が下がる。このことも考え合わせると、やはり GDP を 100 万円生
産するのに排出する CO 2 量は減るでしょうということです。ですからご心配なさるよ
うなことはないと思います。
学生
京都議定書の前に、なぜ北欧三国やオランダ、デンマーク、ドイツは自主的に
炭素税を導入して自国に不利になるようにしていったのでしょうか。
佐和
それは一つには、CO 2 が地球温暖化させるということが、すでに 1990 年に時点
でほぼ公認の事実となっていたということです。もう一つは、一つの税制改革によっ
て財政を立て直すという狙いもあったのです。つまり、化石燃料の消費を抑制すると
いうことが目的の一つで、二つ目が税源を新しいものに求めたという面ももちろんあ
ります。ただし、北欧三国の場合は概ね増減税同額になっているので、別にそれによ
って税収が極端に増えたわけではなく、むしろ所得税減税をするためにそういう税金
を導入した。先ほど少しご説明申し上げた「税のグリーン化」という意味が込められ
ている。
そして、北欧三国とデンマーク、オランダという五つの国はもともと大変国民が環
境保全に熱心なのです。ポール・ケネディという歴史家がいます。
「大国の興亡」とい
う本を書いて大変有名になった歴史家なのですが、ある別の本の中で「これらの五つ
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の国の人は本当に環境保全に熱心である。その理由は何か。二つある。一つは、十分
豊かであること。もう一つは教育水準が高いこと」と言っています。やはりこの二つ
は必要なのです。貧しい国の人に環境を大事にしろと言っても無理です。これらの国々
は一体どのくらい豊かなのかというと、一人当たりの GDP が2万 5,000∼3万ドルく
らいの範囲で確かに豊かである。大学進学率は 37∼38%というところで確かに教育水
準は高い。翻って、日本について考えてみるとどうか。一人当たりの GDP は4万ドル
近いのです。十分豊かである。大学進学率は約 50%で圧倒的に高い。にもかかわらず
環境保全に今一つ熱心でないのはどういうことか。どう思いますか。
学生
やはりホモエコノミクスでどんどん走ってきた弊害ではないでしょうか。
佐和
そういう見方もできますし、もっと皮肉に言えば本当は豊かではないというこ
となのです。一人当たりの GDP では世界1、2を争う水準にあっても、本当にわれわ
れは豊かな生活をしているのでしょうか。
「環境保全」ということに頭が回るほど、豊
かな生活をして余裕があるのだろうかということです。それはホモエコノミクスでや
ってきたということかもしれない。教育水準はどうか。大学進学率は高いけれども、
全体として見れば日本人の知的水準は決して高くないということなのです。
「 大学生の
学力低下」とよく言われています。まさかこの中には、5/8−2/3=3/5(8
分の5引く3分の2は5分の3)と答える人はいないでしょうけど、要するに日本の
教育のあり方に問題がある。これは言い出したらきりがないのですが、高校のときに
受験勉強しかしてこなくて、大学に入ったらあまり勉強しないというのが問題で、や
はり北欧三国やオランダ、デンマークの人たちの知的水準は日本に比べて圧倒的に高
いのです。ですから本当にインテリジェントな国にするということと、本当に GDP
はここまで大きくなったのだから、生活水準のレベルを上げるということが必要なの
ではないでしょうか。
学生
北欧の聖霊崇拝などと多神教の世界だと思うのですが、日本も本来は多神教的
なのになぜ工業化社会に特化してきたのでしょうか。工業化社会から情報化社会に移
動していって、画一的な生産よりはこれからいろいろな製品のコンテンツの内容が求
められてくると思うのです。その点からも、本来、多神教であった日本の特性を活か
して産業が発達していけば、経済的にも環境的にも良いと思うのですがどうでしょう
か。
佐和
確かに先ほどヨーロッパの五つの国を例に取りましたが、ヨーロッパではポス
ト・マテリアリズム(脱物質主義)というものの考え方が、あまねく広まっているの
です。
「物や金も大切だが、それ以上に大切なものがあるのだ。例えば環境であり、人
© B-LIFE 21 2002 早稲田大学寄付講座
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権であり、あるいは文化といったものがむしろ物や金よりももっと大切である」とい
うようなことです。そういう考え方が非常にあまねく広まっている。
ところが日本では、いろいろな統計調査や世論調査によると実に奇妙なことが起き
ているのです。どういうことかというと、ごく最近、統計数理研究所というところが
やった世論調査によると、20 代、30 代の人に物や金が一番大切だという人が増えてい
るのです。もともと若者というのは理想主義で物や金よりももっと大切なものがある
という考えをするのが普通です。割合から言うと、だんだん年をとればとるほど現実
主義的になっていって「やはり物や金がないと…」と考える人が増えてくるのです。
ところが日本では、全体から見ると 20 代、30 代の人に「物や金が大切だ。環境なん
て…」という人が多い。なぜか。
これは私なりの結論なのですが、バブル経済のときに例えば長谷川慶太郎という経
済評論家がいますが、ああいう人が「汗水たらして金儲けをする時代はもう終わった。
これからは頭を使って投機で金儲けをする時代がやってくる。今どき投機をやらない
人は世捨て人だ」という内容を本に書いたりした時代があって、あの頃に「努力、勤
勉」ということの価値が否定されたのだと思います。
日本人というのは、もともと「お金」ということに対して口にしないのが人間とし
て望ましいというような考え方があったのですが、あの頃に「お金」を「マネー」と
言い換えた途端、浄化された印象をみんなが持った。例えば電車の中で“MONEY”
という雑誌をむさぼり読んでいるおばさんがいたり、あるいは満員電車の中で日経新
聞の株式欄ばかりを眺めているサラリーマンがいたりという時代になって、あの頃に
一つの価値観の大きな転換があって、それがいまだに尾を引いて災いしている。20 代、
30 代の人はあの頃に物心がつき、世の中の風潮というものに強く影響されたのではな
いか。本来、20 代の若者はもっと理想主義的でなければ困るのですが、そういうとこ
ろがなんとなく薄らいだのではないかと私は思っています。
学生
発展途上国においては CO 2 の排出量の削減というのは、経済発展を考えると抑
制に働きます。では発展途上国は今後どのように経済発展をしていくべきなのでしょ
うか。
佐和
例えば、中国がどこかに発電所をつくるとします。そのときに円借款などで日
本にお金を貸してくれと言ったとします。そのときに「ではこれだけのお金を貸しま
しょう。ただし、必ずそこに環境のために脱硫装置や脱硝装置、つまり硫黄酸化物や
窒素酸化物を取り除くような設備を必ず取り付けて下さい」ということを日本が要請
して、それでお金を貸す。例えばそのようにして環境保全のための技術、費用を多か
れ少なかれ先進国が負担して、GDP 当たりのエネルギー消費、あるいは一人当たりの
エネルギー消費が増えないような経済発展の仕方があるということを、きちんと彼ら
に理解してもらうように仕向ける必要があると思います。そのための技術は惜しみな
く与えるというようなことで、できるだけ CO 2 の排出を増やさないような経済発展を
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導く必要がある。
「お前たち、豊かになるな」とは絶対に言えません。豊かさを求めるのはみんな当
然です。それでも「CO 2 の排出量を増やさないように豊かになって下さい」という道
はあるのです。そのための技術は惜しみなく提供します、というようなことが必要な
のではないでしょうか。
藁谷
佐和先生、どうもありがとうございました。環境問題を考えるときにいろいろ
な考え、いろいろな説明の仕方をなされるわけですが、その内容が重要であればある
ほど、われわれはそれをただ感情的に受け取るのではなく、それがきちんとした説明
力があるのか、根拠があるのかということを検討しなければいけないわけで、今日は
佐和先生が経済学の観点からそういう検討の仕方、その結果何が言えるのかというこ
とをお話いただいたと思います。本当にどうもありがとうございました。
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