...

中小企業白書 2011 - 中小企業庁

by user

on
Category: Documents
7

views

Report

Comments

Transcript

中小企業白書 2011 - 中小企業庁
第3部
経済成長を実現する中小企業
第1部では、2011年3月11日に発生した東日本大震災により、多くの中小企業が
被災し、津波、地震による産業基盤の壊滅、工場、店舗等の損壊、原子力発電所事故に
よる事業活動の停止等の甚大な被害を受け、取引先の被災による事業の停滞や消費マイ
ンドの低下による小売、サービス等の販売減少による影響が全国に波及したことを示し
た。第2部では、中小企業がサプライチェーンの中核を担い、地域コミュニティの支え
となるなど、経済的及び社会的に重要な存在であり、中小企業の良さを守るために、急
速な景気低迷や深刻化する構造的課題への対応が必要であることを示した。
第3部では、震災の影響により、多くの中小企業が倒産、廃業を余儀なくされ、エネ
ルギー供給制約、国内需要の収縮、グローバル競争の激化等の震災前からの課題がより
深刻化する中で、我が国経済が持続的に成長するためには、起業、転業により経済の新
陳代謝を促進し、労働生産性の向上、国外からの事業機会の取り込みにより、中小企業
が成長していくことが重要であることについて論じていく。
中小企業白書 2011
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
第1章
経済成長の源泉たる中小企業
戦後復興を支え、急激な事業環境の変化の中でも成長を遂げてきた我が国の企業の多
くは、企業家精神にあふれる起業家によって創設され、時代の潮流に合わせて積極果敢
に新分野に進出し続けてきた。パナソニック株式会社、本田技研工業株式会社、ソニー
株式会社等の我が国を代表する大企業も、松下幸之助、本田宗一郎、井深大や盛田昭夫
といった起業家によって誕生し、幾度の転身を経て、町工場から世界的な企業へと成長
を遂げている。第1章では、我が国の企業の起業・転業活動について分析を行い、起業
や転業が経済成長に大きな役割を果たしていることを論ずる。
第1節
我が国の起業の実態
1
企業には、全て誕生の瞬間がある。起業後間
業構造に絶え間ない新陳代謝をもたらして経済
もない揺籃期の企業は、無限の可能性に満ちた
成長を牽引し、
多様な経済社会を創造していく。
存在である。起業家は、その才能を十二分に発
第1節では、我が国の起業の現状、起業の意義、
揮して多様な企業を創出し、市場にイノベー
起業の促進に向けた課題と取組について分析を
ションをもたらすとともに、多数の雇用を創出
行う。
する。こうした起業家の積極果敢な挑戦が、産
❶ 我が国の起業の現状
●開廃業の状況
の傾向を捉えていく。
企業の誕生・消滅は日々起こっており、その動
我が国の開廃業率を算出する方法は複数考えら
態を正確に把握することは、非常に困難である。
れるが、ここでは第3-1-1図に示された3種類の方
ここでは、政府統計を用いて開廃業率を算出し、
法で開廃業率を算出し、その結果を基に、開廃業
時系列比較や各国比較によって、我が国の開廃業
の動向について概観する。
1 オーストリアの経済学者シュムペーターは、著書「経済発展の理論」にて、
「旧いものは概して自分自身のなかから新しい大躍進をおこなう力をもたない ・・・」と述
べている。
178
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
第3部
経済成長を実現する中小企業
第3-1-1図
開廃業率の算出方法
∼開廃業率は、算出方法により定義が異なるため、比較する際には注意が必要である∼
法務省
「民事・訟務・人権統計年報」
及び
国税庁
「国税庁統計年報書」
による算出
節
厚生労働省
「雇用保険事業年報」
による算出
第
総務省
「事業所・企業統計調査」
及び
総務省
「経済センサス−基礎調査」
による算出
1
「民事・訟務・人権統計年報」
会社設立の登記を行った法人
対象
母集団
統計
データベースの
調査年
全ての事業所及び企業
(ただし、農林漁家等を除く)
「事業所・企業統計調査」
事業所:5,702,781事業所
企業:4,210,070社
(2006年、民営、非一次産業)
雇用保険の適用事業所
2,023,397事業所(2009年度末)
「国税庁統計年報書」
2006年分以前
各年2月1日から翌年1月31日までの
間に事業年度が終了した法人数
2007年度分以降
翌年6月30日時点の法人数
2.841,088社(2009年6月30日)
「経済センサス−基礎調査」(基本集計(速報))
事業所:5,855,127事業所
企業:4,202,630社
(2009年、民営、非一次産業)
「事業所・企業統計調査」:
1947年に第1回調査を実施
1948年調査から1981年調査までは3年ごと、
1981年以降は5年ごと(直近は2006年)
※ただし、1989年及び1994年に
事業所名簿整備のための調査を実施、
1999年及び2004年に簡易調査を実施
毎年度
「民事・訟務・人権統計年報」:毎年
「国税庁統計年報書」:毎年度
「経済センサス−基礎調査」:
2009年に第1回調査を実施
1986∼1989年、1991∼1994年、1996∼1999年、
1999∼2001年、2001∼2004年、2004∼2006年の期間
前回調査以降の開業事業所数(企業数)から
年平均開業事業所数(企業数)を算出し、
期首事業所数(企業数)で除したもの
開業率の
定義
2006∼2009年
2007年以降設立の開業事業所数(企業数)から
年平均開業事業所数(企業数)を算出し、
存続及び廃業事業所(企業)から算出した
期首事業所数(企業数)で除したもの
当該年度に雇用関係が新規に成立した
事業所数を、前年度末の雇用保険適用
事業所数で除したもの
当年の会社設立の登記の件数を
前年の法人数で除したもの
当該年度に雇用関係が消滅した事業所数を、
前年度末の雇用保険適用事業所数で除したもの
当年の会社開業率と当年の会社増加率の差
上記以外
事業所の開設時期から
年平均開業事業所数(企業数)を算出し、
期首事業所数(企業数)で除したもの
廃業率の
定義
1986∼1989年、1991∼1994年、1996∼1999年、
1999∼2001年、2001∼2004年、2004∼2006年、
2006∼2009年の期間
前回調査以降の廃業事業所数(企業数)から
年平均廃業事業所数(企業数)を算出し、
期首事業所数(企業数)で除したもの
上記以外
事業所の開設時期から得られる
年平均開業事業所数(企業数)と
年平均増加事業所数(企業数)によって
年平均廃業事業所数(企業数)を算出し、
期首事業所数(企業数)で除したもの
①全事業所・企業が対象(農林漁家等を除く)
①毎年度の捕捉が可能
②業種別動向の把握が可能
②業種別動向の把握が可能
①毎年の捕捉が可能
長所
①調査の間隔が2∼5年と長く、
調査期間内に開業し、次回の
調査までに廃業に至る事業所(企業)の
動向が把握できない
短所
②統計報告徴収が調査区単位で行われるため、
調査区間の移転の際に、廃業及び開業と
捕捉される
①対象が従業員を雇っている事業所に
限定される
②企業単位の開廃業率を算出できない
③「事業所・企業統計調査」に関しては、
調査員の直接の確認による調査であるため、
外観から把握できない事業所(企業)は、
捕捉されない ①母集団と開廃業の数値を同じ統計から
取得できない
②ペーパーカンパニーや休眠法人等が
含まれる可能性がある
③個人事業主の開廃業率が捕捉できない
資料:総務省「事業所・企業統計調査」、「経済センサス−基礎調査」
、
厚生労働省「雇用保険事業年報」、法務省「民事・訟務・人権統計年報」
、
国税庁「国税庁統計年報書」
中小企業白書 2011
179
経済成長の源泉たる中小企業
第1章
1)総務省「事業所・企業統計調査」及び「経済
ると、開業率は、企業単位でも事業所単位でも
1980年代から低下し、1990年代後半から持ち直
センサス−基礎調査」による算出
我が国の事業所及び企業を対象とする唯一の全
したものの、近年低迷しており、依然として長期
数調査である事業所・企業統計調査及びそれに代
的に増加傾向にある廃業率を1980年代末から下
2
わって創設された経済センサス−基礎調査 によ
回る状況が続いている(第3-1-2図)
。
事業所・企業統計調査及び経済センサス−基礎調査による開廃業率 ( 年平均 )
第3-1-2図
∼企業単位でも事業所単位でも、1980年代末から、開業率が廃業率を下回る状況が続く∼
廃業率(左軸)
開業企業数(右軸)
廃業企業数(右軸)
7.0
5.6
90
6.2
3.6
3.5
2.7
2.0
1.0
4.0
40
3.0
0.0
3.4
60
4.1 4.2
50
40
99
01
04
06
0
66 69 72 75 78 81 86 89 91 94 96 99 01 04 06
09
69 72 75 78 81 86 89 91 94 96 99 01 04 06 09
(年)
∼
96
0.0
06
∼
91
10
∼
86
1.0
∼
81
30
20
∼
78
2.6
∼
04
80
70
∼
01
∼
99
∼
96
∼
91
∼
86
∼
81
∼
78
∼
3.2
6.4 6.4
20
0
75
∼
90
2.0
10
∼
4.1
3.8
4.7 4.7 4.7
4.2
4.6
4.0
3.8
4.1
3.8
3.7
3.6
5.0
50
100
6.5 6.4
30
2.0
∼
5.9
∼
3.5
3.0
3.2
6.0
∼
4.0
6.2 6.1
6.5
∼
3.8
(万事業所)
7.2
∼
3.5
4.0
廃業事業所数(右軸)
6.7
70
60
廃業率(左軸)
開業事業所数(右軸)
7.0
7.0
6.0
開業率(左軸)
∼
4.3
8.0
80
6.2
5.1
5.0
4.0
100
∼
6.0 5.9 5.9
6.8
6.1
5.8
(万社) (%)
∼
開業率(左軸)
∼
(%)
8.0
(年)
資料:総務省「事業所・企業統計調査」、「経済センサス−基礎調査」再編加工
(中小企業庁試算)
(注)1. 企業数は、会社数及び個人事業所(単独事業所、本所・本社・本店、支所・支社・支店の事業所)
数とする。
2. 事業所単位の開廃業率は、支所や工場の開設・閉鎖及び移転による開設・閉鎖を含む。
3. 2006年までは「事業所・企業統計調査」、2006∼2009年は「経済センサス−基礎調査」に基づく。ただし、1991年までは「事業所統計調査」
、
1989年は「事業所名簿整備」、1994年は「事業所名簿整備調査」として行われた。また、1999年及び2004年は簡易調査として実施された。
4. 開業率=年平均開業企業(事業所)数/期首の企業(事業所)数×100。
2006年期首の企業(事業所)数は、平成21年経済センサス−基礎調査の存続及び廃業企業
(事業所)
数から算出した。
5. 廃業率=年平均廃業企業(事業所)数/期首の企業(事業所)数×100。2006年期首の企業
(事業所)
数は、平成18年事業所・企業統計調査の数値を用いた。
6. 開業率については、開業企業(事業所)の定義が異なるため、06∼09年の数値は、過去の数値と単純に比較できない。また、06∼09年の数値については、
開業企業
(事業所)と廃業企業(事業所)の定義の違いにより、開業率と廃業率を単純に比較できない。開廃業率の算出の詳細については、
付属統計資料4表参照。
経済センサス−基礎調査では、後述のとおり、
業種別の開廃業率(2004∼2006年の年平均)を
事業所・企業統計調査と比較して、開業率が過小
算出したものが第3-1-3図である。多くの業種で
に算出されている可能性がある(コラム3-1-1参
開業率が廃業率を下回る中、情報通信業や医療,
照)
。そこで経済センサス−基礎調査に移行する
福祉においては、開業率が廃業率を大きく上回っ
直前の事業所・企業統計調査に基づいて、企業の
ている。
2 以下、経済センサス−基礎調査は、基本集計(速報)に基づく暫定のものであり、詳細集計
(確報)
に基づく結果とは異なる場合がある。
180
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
第3部
経済成長を実現する中小企業
第3-1-3図
事業所・企業統計調査による業種別の開廃業率
(2004∼2006年、企業単位、年平均)
∼情報通信業、医療,福祉において、開業率が高く、廃業率を上回る∼
第
情報通信業
(開業率、%)
15.6
15.0
節
純増減
1
金融・保険業
9.6
10.0
飲食店,
宿泊業
運輸業
教育,
学習支援業
医療,
福祉
サービス業
4.9
5.0
卸売業
建設業
小売業
製造業
4.1
(他に分類されないもの)
不動産業
7.0
2.9
4.8
4.8
6.2
6.8
7.6 7.6
4.7
5.5
0.0
5.2
5.4
4.7
8.7
5.3 7.4
5.7
5.0
6.3
10.0
9.7
11.5
15.0
(廃業率、%)
資料:総務省「事業所・企業統計調査」再編加工
(注)1.横軸は、2004年期首の全企業(非一次産業)に占める各業種の企業の割合を示している。
2.鉱業、電気・ガス・熱供給・水道業及び複合サービス事業は、企業数が少なく、表示されていない。
3.開業率=年平均開業企業数/期首の企業数×100。
4.廃業率=年平均廃業企業数/期首の企業数×100。
中小企業白書 2011
181
経済成長の源泉たる中小企業
第1章
コラム3-1-1
総務省「経済センサス−基礎調査」を用いた業種別
開廃業率の算出
従来、開廃業率の算出に用いていた事業所・企業統計調査は、2006年を最後に、新しく創設された経済セン
サス−基礎調査に統合され、2009年に経済センサス−基礎調査の第1回調査が実施された。経済センサス−基
礎調査は、①商業・法人登記等の行政記録を活用して、事業所・企業の捕捉範囲を拡大しており、また、②本社
等の事業主が支所等の情報も一括して報告する本社等一括調査を導入しているため、事業所・企業統計調査と単
純に比較することは適切でない。
経済センサス−基礎調査では、各事業所について、存続事業所、新設事業所、廃業事業所といった異動状況を
調査しているが、それを基に2006∼2009年の企業単位の業種別開廃業率(年平均)を算出すると、前掲第
3-1-2図で示したように開業率が2.0%、廃業率が6.2%と、開業率が大きく低下する。これは、近年開業率が
3
低下傾向にあることもあるが、調査手法の変更 も影響していると考えられるため、以前の開廃業率とは単純に
比較はできない。しかしながら、依然として直近の開業率が低いという傾向は、変わらないといえる。また、業
種別の開業率を比較すると、情報通信業や医療,福祉の分野で引き続き他業種と比べて開業率が高いことが分か
る。
コラム3-1-1図 経済センサス−基礎調査による業種別の開業率及び廃業率
(2006∼2009年、企業単位、年平均)
∼依然として開業率は低いが、情報通信業や医療,福祉の分野で他業種と比べて開業率が高い∼
(開業率、%)
10.0
サービス業
(他に分類されないもの)
不動産業
医療,
福祉
運輸業
情報通信業
5.0
建設業
0.0
1.3
製造業
1.1
3.9
1.3
飲食店,
宿泊業
金融・保険業
卸売業
小売業
1.6
3.2
1.7
3.7
教育,
学習支援業
3.8
1.2
2.2
サービス業
(他に分類されないもの)
不動産業
運輸業
(廃業率、%)
10.0
金融・保険業
情報通信業
9.3
建設業
製造業
卸売業
小売業
5.9
5.9 6.2
医療,
教育,
福祉
学習支援業
飲食店,
宿泊業
9.5
5.0
5.1
2.2
8.3
6.8
4.7
5.0
6.5
5.3
0.0
資料:総務省「経済センサス−基礎調査」再編加工 ( 中小企業庁試算 )
(注)1. 横軸は、2006年期首の全企業(非一次産業)に占める各業種の企業の割合を示している。
2. 鉱業、電気・ガス・熱供給・水道業及び複合サービス事業は、企業数が少なく、表示されていない。
3. 開業率=年平均開業企業数/期首の企業数×100。
期首の企業数は、平成21年経済センサス−基礎調査の存続及び廃業企業数から算出した。
4. 廃業率=年平均廃業企業数/期首の企業数×100。期首の企業数は、平成18年事業所・企業統計調査の数値を用いた。
5. 開業企業と廃業企業の定義の違いにより、開業率と廃業率を単純に比較できない。開廃業率の算出の詳細については、付属統計資料4表参照。
2)厚生労働省「雇用保険事業年報」による算出
方、廃業率は、1990年代半ばに一度下落するも、
第3-1-4図は、雇用保険の新規適用事業所数及
2000年代初頭には漸増して開業率を上回ったが、
び廃止事業所数から算出した有雇用事業所の開廃
近年は、開業率と拮抗している。また、適用事業
業率を示している。開業率は、バブル崩壊後の
所数は、1980年代末、2000年代初頭及び半ばに
1980年代末から急落し、低い水準で推移する一
増加している。
3 事業所・企業統計調査では、調査員が調査区内で新たに捕捉した事業所を新設事業所と定義していたのに対し、経済センサス−基礎調査では、事業所の開設時期によっ
て新設事業所を定義している。そのため、他の調査区から移転してきた事業所について、事業所・企業統計調査では、新設事業所と捕捉されていたが、経済センサ
ス−基礎調査では、事業所の開設時期として、移転ではなく創設の時期が調査票に記入された場合、存続事業所として捕捉されるため、従来よりも開業率が過小に
算出される可能性がある。また、新たに発見された事業所についても、事業所・企業統計調査では、新設事業所と捕捉されていたが、経済センサス−基礎調査では、
開設時期によって新設事業所又は存続事業所として捕捉されるため、従来よりも開業率が過小に算出され得る。
182
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
第3部
経済成長を実現する中小企業
雇用保険事業年報による開廃業率
第3-1-4図
∼2000年代初頭には廃業率が開業率を上回るも、近年は、開業率と廃業率が拮抗している∼
(%)
(事業所)
廃業率(左軸)
廃止事業所数(右軸)
6.0
6.1
節
6.8
6.4
1
6.7
6.3
5.9
5.8
6.0
150,000
5.8
5.8
5.1
5.0
4.3
4.0
200,000
7.4
7.2
7.0
新規適用事業所数(右軸)
4.8
4.2
4.6
4.2 4.1
3.7
3.4
3.3 3.3
3.2
3.4
3.4
4.9
4.7
4.6
3.7
4.4
4.4
4.2
3.6
3.9
2.8
3.0
3.0
4.6
4.8
4.8
4.4
4.0
4.0
5.0
4.4
4.1 4.0
4.1
4.7
4.5
4.5 4.4
4.3
4.7
4.4
100,000
4.2
3.1
2.5
2.0
50,000
1.0
0
0.0
81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09
(年度)
資料:厚生労働省「雇用保険事業年報」
(注)1.開業率=当該年度に保険関係が新規に成立した事業所数/前年度末の適用事業所数×100。
2.廃業率=当該年度に保険関係が消滅した事業所数/前年度末の適用事業所数×100。
3.適用事業所とは、労働保険の保険料の徴収等に関する法律の規定により、雇用保険に係る労働保険の保険関係が成立している事業所をいう
(雇用保険法第5条)。
3)法務省「民事・訟務・人権統計年報」及び
廃業率は、1990年代以降上昇傾向にあり、足下
国税庁「国税庁統計年報書」による算出
では開業率とほぼ同じ水準となっている。また、
我が国の会社数及び設立登記数から開廃業率を
設立登記件数は、1980年代後半に急増、2000年
算出すると、開業率は、1980年代後半には上昇
代半ばに微増している(第3-1-5図)
。
したものの、その後は下落傾向にある。一方で、
会社数及び設立登記件数による開廃業率
第3-1-5図
∼開業率と廃業率の差は、バブル崩壊以降に縮小し、足元ではほぼ同水準である∼
(%)
会社開業率(左軸)
会社廃業率(左軸)
(件)
設立登記件数(右軸)
20.0
180,000
18.0
160,000
16.0
140,000
14.0
120,000
12.0
100,000
10.0
80,000
8.0
60,000
6.0
40,000
4.0
20,000
2.0
0
0.0
55
第
開業率(左軸)
8.0
60
65
70
75
80
85
90
95
00
05
08
(年)
資料:法務省「民事・訟務・人権統計年報」、国税庁「国税庁統計年報書」
(注)1.設立登記件数については、1955年から1960年は「登記統計年報」、1961年から1971年は「登記・訟務・人権年報」、1972年以降は「民事・訟務・人
権年報」による。
2.会社開業率=設立登記数/前年の会社数×100。
3.会社廃業率=会社開業率−会社増加率。
中小企業白書 2011
183
経済成長の源泉たる中小企業
第1章
以上、3種類の手法を用いて開廃業率の算出を
て、開業率・廃業率の推移を見てきたが、ここで
行ったが、①特にバブル崩壊以降、開業率の低迷
は、総務省「就業構造基本調査」を用いて、起業
及び廃業率の上昇という傾向が著しい、②1980
の担い手の状況を概観する。
年代末のバブル期、2000年代初頭の情報通信産
第3-1-6図によると、我が国には1979∼2007年
業の好調期、2000年代初頭からの最低資本金規
に一貫して20∼30万人の起業家が誕生している。
制の緩和・撤廃後等、起業が特に活発に行われる
一方で、起業希望者及び起業準備者は、1990年
時期があったと総括できる。
代後半から急激に減少しているものの、2007年
●起業の担い手
には100万人以上の潜在的な起業家が存在してい
以上では、我が国の企業や事業所の数に注目し
る。
起業の担い手
第3-1-6図
∼近年減少傾向にあるが、2007年に起業家は20∼30万人、起業希望者は100万人存在する∼
(万人)
起業希望者(うち有業者)
200
180
166.5
166.0
150.6
48.9
51.7
42.2
50.9
140.6
38.0
120
100
80
起業家
起業準備者
178.4
169.1
160
140
起業希望者(うち無業者)
129.5
117.4
115.0
75.1
112.6
82.5
80.0
61.2
124.4
101.4
80.1
38.4
67.8
79.4 60.8
60
63.0
40
26.6
29.4
25.1
29.2
28.7
23.5
52.1
24.8
20
0
79
82
87
92
97
02
07
(年)
資料:総務省「就業構造基本調査」再編加工
(注)1.起業希望者(うち有業者)とは、有業者の転職希望者のうち、「自分で事業を起こしたい」と回答した者をいう。
2.起業希望者(うち無業者)とは、無業者のうち、「自分で事業を起こしたい」と回答した者をいう。
3.起業準備者とは、起業希望者のうち、「(仕事を)探している」又は「開業の準備をしている」と回答した者をいう。
4.起業家とは、過去1年間に職を変えた又は新たに職に就いた者のうち、現在は自営業主
(内職者を除く)
となっている者をいう。
起業希望者及び起業家を、性別及び年齢別に分
める割合が増加していることが分かる。60歳以上
解したものが第3-1-7図である。これによると、
の年齢階層では、1979年以降、起業希望者に比
2007年には、女性及び60歳以上の起業家がそれ
して起業家の割合が常に高く、若年層よりも資金
ぞれ全体の約3割を占めている。また、1979年以
や経験を蓄積した60歳以上の年齢階層で、起業を
降、60歳以上が全体の起業希望者及び起業家に占
実現しやすいと考えられる。
184
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
第3部
経済成長を実現する中小企業
起業希望者及び起業家の性別及び年齢別構成
第3-1-7図
∼2007年には、女性及び60歳以上の起業家がそれぞれ全体の約3割を占める、また、近年起業家に占める60歳以上の割合が増加しており、
60歳以上は、
起業希望者の割合よりも起業家の割合が高い∼
女性
(%) 29歳以下
100 3.3
4.3
31.3
80
31.0
39.8
28.1
42.0
27.2
39.0
25.6
39.8
40.4
31.6
30.6
34.3
90
32.3
70
80
12.3
60
50
50
40
8.1
4.9
14.9
12.7
13.5
5.9
20.2
36.7 37.1
21.9
19.9
12.1
36.1 35.1
22.1
20.7
31.6 27.4
30
69.0
60.2
71.9
58.0
72.8
61.0
74.4
60.2
59.6
68.4
69.4
65.7
67.7
20
10
10
31.7 23.7
11.9
20.5
22.4
26.4 25.2
20.2
16.7
15.2
23.1
16.5
25.7 24.8
28.5 26.7
17.6 16.4
20.4 14.8
02
起業家
起業希望者
97
起業家
起業希望者
起業家
起業希望者
92
26.9
17.1
19.5
30.2 22.3
起業家
87
10.9
17.6
26.5 22.2
31.6 28.1
起業希望者
82
24.6
20.1
14.2
24.0
起業家
起業希望者
79
28.7 22.4
起業家
07
(年)
起業希望者
0
27.6 22.1
起業家
起業希望者
02
起業家
起業希望者
97
起業家
起業希望者
92
起業家
起業希望者
87
起業家
起業希望者
82
起業家
起業希望者
起業家
起業希望者
起業家
起業希望者
79
17.1
30
20
0
21.1
60歳以上
13.5
40
68.7
50歳代
7.4
14.2
16.0
19.9
70
60
10.1
40歳代
07
(年)
資料:総務省「就業構造基本調査」再編加工
(注)1.起業希望者とは、有業者の転職希望者のうち「自分で事業を起こしたい」と回答した者及び無業者のうち「自分で事業を起こしたい」と回答した者をいう。
2.起業家とは、過去1年間に職を変えた又は新たに職に就いた者のうち、現在は自営業主
(内職者を除く)
となっている者をいう。
●各国との比較
我が国の開廃業率をアメリカ、イギリスと比較
以上では、我が国の開業率が足下で低迷してい
したものが第3-1-8図である。国によって統計の
ること及び近年特に起業への意欲が減退している
性質が異なることに留意する必要があるが、我が
ことを見てきたが、次に、我が国の開廃業及び起
国の開廃業率は、他国に比べて低い水準にある。
業家の状況について、
国際比較による分析を行う。
各国の開廃業率
第3-1-8図
∼我が国の開廃業率は、他国に比べて低い水準にある∼
日本(有雇用事業所数)
日本(設立登記数)
(%)
開業率
14.0
11.6
11.3 11.1
11.1
10.7 10.8
10.0
8.0
イギリス
廃業率
14.0
13.0
12.5
12.0
アメリカ
(%)
12.6
11.7
12.3
11.6
11.5 12.0
11.5
10.8 10.6
10.4
11.0
10.7
10.4 10.2
10.9 10.9
10.6 10.8
11.2 11.1
10.3
9.7 9.7
10.0
9.7 9.8 9.8 9.7
9.4 9.5
10.1
10.2
9.8
8.1
10.4
10.9
10.1
11.3
10.5
10.0 9.8
9.5
9.8
9.5 9.4 9.6 9.4
8.0
7.6
6.3
6.0
4.0
5.8
5.1
6.0
4.6 4.8 4.6 4.7
4.9
4.2
4.5
3.9
3.6 3.6
3.9
3.5
4.4
4.4
3.9
3.1 3.3
3.6
4.1 4.0 4.1
4.4
4.1
3.3
3.2 3.4
3.7 3.7
5.0
4.8
4.5
4.2 4.0
3.6
3.2
2.0
3.6
3.4 3.3 3.3 3.4 3.4
4.0 4.0
2.5 2.8
1.7
1.6
1.9 2.1
2.3
4.6 4.8 4.5
4.4 4.3 4.4 4.5
3.1
3.0
2.0
4.4
2.0
4.1
2.7
2.2 2.4 2.5
3.1 3.1
3.4
3.2
2.4
1.0
0.0
0.0
90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08
(年)
90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08
(年)
資料:日本:厚生労働省「雇用保険事業年報」、法務省「民事・訟務・人権統計年報」
、国税庁「国税庁統計年報書」
アメリカ:U.S. Small Business Administration「The Small Business Economy : A Report to the President(2010)
」
イギリス:Office for National Statistics「Business Demography(2009)
」
(注)1.アメリカの開廃業率は、雇用主(employer)の発生・消滅を基に算出。
2.イギリスの開廃業率は、VAT(付加価値税)及び PAYE(源泉所得税)
登録企業数を基に算出。
3.国によって統計の性質が異なるため、単純に比較することはできない。
中小企業白書 2011
185
節
6.6
8.4
90
30歳代
第
男性
(%)
100
1
第1章
経済成長の源泉たる中小企業
また、
GEM
(Global Entrepreneurship Monitor)
起業家の地位、起業という職業選択を肯定的に捉
が行った各国の人々への意識調査(第3-1-9図)
える人も少数である。
によると、日本では、起業活動に関するメディア
このように、各国と比較しても、我が国では開
の関心が高いと考える人は多いものの、起業の機
廃業が活発とはいえず、人々の起業に対する意識
会、能力、意思があると考える人は少なく、また、
も高くはないと考えられる。
第3-1-9図
起業活動に対する態度と意識
∼我が国では、起業に対する態度や意識が全般的に否定的である∼
今後 6 か月以内に、
自分が住む地域に
起業に有利なチャンスが
訪れると思うと
回答した割合
100
(%)
自国では、新しいビジネスの
成功物語について
公共放送でしばしば
目にすると
回答した割合
80
60
日本
アメリカ
イギリス
新しいビジネスを始めるために
必要な知識、能力、経験を
持っていると
回答した割合
40
20
自国では、新しくビジネスを
始めて成功した人は
高い地位と尊敬を
持つようになると
回答した割合
0
自国の人々が、
新しいビジネスを
始めることが望ましい
職業の選択であると
考えていると
回答した割合
起業の機会があるが、
失敗することに対する
恐れがあり、起業を
躊躇していると
回答した割合
現在は新しいビジネスを
始めようとはしていないが、
今後 3 年以内に
新しいビジネスを
始めることを見込んでいると
回答した割合
資料:Global Entrepreneurship Monitor「2010 Global Report」
❷ 起業の意義
以上では、開廃業の動向及び起業家の現状に関
新陳代謝が活発となり、革新的な技術等が市場に
する各種統計・調査等によって、近年の我が国の
持ち込まれ、経済成長を牽引する成長力の高い企
起業活動が、時系列で比較しても、国際的に見て
業が誕生するということが考えられよう。企業の
も、数字の上では低調であることを確認した。確
参入・撤退は、日々繰り返されており、こうした
かに、我が国では、近年起業活動が活発とはいえ
企業の参入・撤退こそが、産業構造の転換やイノ
ない状況であるが、果たして起業は、我が国の経
ベーション促進の原動力となり、経済成長を支え
済社会や人々にどのような影響を与えており、起
ているのではないだろうか。特に、新しい技術や
業活動が盛んになることにはどのような意義や重
製品等を携えて市場に参入する起業家は、急速に
要性があるのだろうか。以下では、起業が国民経
成長して既存の経済秩序を一変させ、経済成長の
済に与える影響を、①経済の新陳代謝と新規企業
エンジンとなる可能性を秘めているといえよう。
の高い成長力、②雇用の創出、③起業が生み出す
第3-1-10図は、1988年以降の我が国の製造業の
社会の多様性といった三つの観点から探っていく。
起業年別の事業所の割合を示したものである。こ
れによると、2007年には1988年以降に起業され
●①起業が促す経済の新陳代謝と新規企業の高い
成長力
起業の意義として第一に、起業によって経済の
186
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
た事業所が約45%を占めるなど、毎年絶え間なく
新規事業所が起業されていることが分かる。
第3部
経済成長を実現する中小企業
起業年別の事業所の割合(製造業)
第3-1-10図
∼製造業では、2007年に、1988年以降に起業された事業所が約45%を占める∼
(%)
第 節
100
90
1
80
70
60
50
40
88∼97年に
起業
17.4%
30
88年∼07年に
起業
45.4%
20
10
98∼07年に
起業
28.0%
0
87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07
(起業年)
資料:経済産業省「工業統計表」再編加工
(注)従業者4人以上の事業所が対象。
他方、第3-1-11図は、1980∼2009年に創設され
20年後には約5割の企業が撤退しており、新規企
た企業の創設後経過年数ごとの生存率の平均値を
業は、絶えず市場に参入するが、創設後の淘汰も
示したものであるが、10年後には約3割の企業が、
また厳しいことがうかがわれる。
第3-1-11図
企業の生存率
∼起業した後、10年後には約3割の企業が、20年後には約5割の企業が退出しており、起業後の淘汰もまた厳しい∼
(%)
100
100
97
93
90
89
86
82
80
80
77
70
60
50
75
73
70
68
66
64 62
61
60
57
56
54 52
51
50 49
48 47 46
46
47
45
40
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29
(創設後経過年数)
資料:
(株)
帝国データバンク「COSMOS2企業概要ファイル」再編加工
(注)1.創設時からデータベースに企業情報が収録されている企業のみで集計。
2.1980∼2009年に創設した企業の経過年数別生存率の平均値を取った。
3.起業後、企業情報がファイルに収録されるまでに一定の時間を要し、創設後ファイルに収録されるまでに退出した企業が存在するため、
実際の生存率よりも高めに算出されている可能性がある。
中小企業白書 2011
187
経済成長の源泉たる中小企業
第1章
企業の参入・撤退は、絶え間なく続くが、特に
る実態調査4」
(以下「起業実態調査」という)
市場に新規企業が参入する際には、新技術・新生
によると、多くの新規企業が、経営上の工夫(新
産方式の導入や新商品・新サービスの開発といっ
技術の導入、新生産方式の導入、新商品・新サー
たイノベーションが市場にもたらされることが考
ビスの開発)を有した上で起業しており、こうし
えられよう。2010年12月に中小企業庁が
(株)帝
た企業が、イノベーションを市場にもたらしてい
国データバンクに委託して実施した「起業に関す
ることがうかがわれる(第3-1-12図)
。
起業に際しての経営上の工夫
第3-1-12図
∼多くの新規企業が市場に新技術、新生産方式、新商品・新サービスを導入・開発している∼
業界内において、新技術を導入した
業界内において、新生産方式を導入した
業界内において、新商品・新サービスを開発した
(%)
50
44.7
45
40
35
33.2
31.8
30.0
28.7
30
24.4
25
26.8
26.3
22.8
20.8
20.1
20
15
10
5
7.6
3.4
11.0
6.7
3.0
11.9
10.5
3.9
2.1
4.8
1.6
3.0
4.6
2.7
5.3
3.9
3.8
0.9
企業 官・公庁向け
サービス業
医療、福祉
教育、学習支援業
飲食店
不動産業
金融業、保険業
小売業
卸売業
運輸業
情報通信業
0.0
9.8
8.3
5.7
一般消費者向け
サービス業
1.3
5.7
4.1
13.8
11.4
9.1 9.1
4.5
製造業
建設業
全体
0
12.2
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、
(株)帝国データバンク)
特に、イノベーションの担い手として期待され
1,809社となっている。中小企業白書(2009年版)
る企業が、大学発ベンチャーである。第3-1-13図
では、イノベーションにおいて、顧客や一般消費
が示すように、
大学発ベンチャーは、
1998年の「大
者のニーズを把握することが重要である旨を示唆
学等における技術に関する研究成果の民間事業者
したが5、こうした大学発ベンチャーが、大学の
への移転の促進に関する法律」や、2001年の「大
潜在的な研究結果を掘り起こし、事業化すること
学発ベンチャー1,000社計画」の制定後に増加し、
によっても、イノベーションが市場にもたらされ
2008年度末時点で事業活動を行っている総数は、
ることが期待される6。
4 中小企業庁の委託により(株)帝国データバンクが実施。2010年12月に2001年以降に起業された企業10,000社を対象に実施したアンケート調査。回収率
25.8%。東日本大震災前の調査であることに留意が必要である。
5 中小企業白書(2009年版)p.74∼75を参照。
6 ただし、経済産業省委託「大学発ベンチャーに関する基礎調査」(2009年2月、
(株)日本経済研究所)によると、2年分のデータが取得できた大学発ベンチャーにつ
き、1社当たりの直近及び前年の営業利益は赤字となっており、大学発ベンチャーが必ずしも高い成長を示しているわけではないと考えられる。
188
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
第3部
経済成長を実現する中小企業
第3-1-13図
大学発ベンチャーの累積企業数
∼大学発ベンチャーの累積企業数は、2008年度には1,809社に上る∼
(社)
1,809
1,600
1,430
1,200
1,207
960
800
747
566
400
420
54
55
62
70
84
165 215
112 130
97
0
89以前 90
91
92
93
94
95
96
97
98
294
99
00
01
02
03
04
05
06
07
08
(年度)
資料:経済産業省委託「大学発ベンチャーに関する基礎調査」(2009年2月、
(株)
日本経済研究所)
(注)ここでいう大学発ベンチャーとは、大学で達成された研究成果に基づく特許や新たな技術・ビジネス手法を事業化する目的で新規に設立された企業、創業者の持
つ技術やノウハウを事業化するために、設立5年以内に大学と協同研究等を行った企業、既存事業を維持・発展させるため、設立5年以内に大学から技術移転等を
受けた企業、大学と深い関連のある学生ベンチャー及び大学からの出資がある等、その他、大学と深い関連のあるベンチャーをいう。
事例3-1-1
Case
大学での研究成果を活かして、副作用の少ない新たな制ガン剤や再生治療
薬を開発する大学発ベンチャー企業
大阪府豊中市のクリングルファーマ株式会社(従業員13名、資本金1億円)は、2001年に起業された大阪
大学発のバイオベンチャー企業である。
同社は、大阪大学医学部の中村敏一名誉教授が発見した HGF(肝細胞増殖因子)及びそのアンタゴニスト7の
NK4を用いたバイオ医薬品の開発を行っている。HGF は、多種多様な臓器及び細胞に対して強力な再生治癒能
力を有する因子であり、これを利用することで様々な疾患の発症を阻止及び治癒することが可能となる。また、
NK4はガン細胞を凍結・休眠状態に封じ込める作用を持ち、これを用いた制ガン剤の開発が期待されている。
同社の岩谷邦夫社長は、大手製薬会社で海外事業の立ち
上げなどに携わった後に、中堅製薬会社の代表取締役まで
勤めたが、HGF 及び NK4の存在を知り、
「難病で苦しむ
人々を救う医薬品を開発したい。」との思いから2003年
に同社の代表取締役社長に就任した。前職の製薬会社での
経験や人脈を通じて専門家の助言を活かしながら、ベン
チャーキャピタル等に事業について適切に説明した上で出
資を得て事業を展開し、2009年には第6回バイオベン
チャー大賞を受賞した。現在は、アメリカで急性腎不全に
対する HGF の臨床試験を、日本では難治性神経疾患に対
する HGF の臨床試験の準備をしており、今後の成長が期
待される企業である。
研究所の様子
7 特定の受容体と結合して、受容体の活性化を抑制する物質のこと。
中小企業白書 2011
189
節
1,755
1,627
第
2,000
1
経済成長の源泉たる中小企業
第1章
事例3-1-2
Case
バイオ医療やリチウム電池分野での応用が期待される
プラズマ技術の開発に成功した大学発ベンチャー企業
京都府京都市にある株式会社魁半導体(従業員8名、資本金300万円)は、2002年に起業された京都工業
繊維大学発ベンチャー企業である。分子・原子から電子が分離し反応性が高い状態となるプラズマの現象を用い
た同社の技術は、バイオ医療やリチウム電池への応用が期待されている。
同社の田口貢士社長は、学生時代からプラズマに関する研究に従事し、修士号取得後にプラズマ関連企業に就
職した。2000年代初頭のベンチャーブーム到来時に、起業への憧れから再び大学に戻り、博士課程在学中の
2002年に研究成果の活用を目的として同社を設立した。28歳での起業であったが、「活力にあふれ、失敗も
ある程度許容される20歳代後半での起業が、ベストのタイミングであっ
た。
」と田口社長は語る。同社が開発した、粉体の分散溶液の生成を効率
化する粉体プラズマ処理技術は、
「関西フロントランナー大賞2010」を
受賞し、今後はリチウムイオン電池等の様々な分野での応用が見込まれて
いる。
高成長が期待される新規ベンチャー企業ではあるが、
「堅実な事業の展
開が重要である。
」と語る田口社長は、社会貢献や人材育成を主眼とした
着実な経営を心掛けている。同社は、人材、技術、経営理念等の無形経営
資源を債権者、株主、顧客に伝えるべく「知恵の経営報告書」を作成して
おり、顧客や取引先等に企業概要や今後の事業計画を伝え、また、社員一
同が企業理念を共有し、共同して事業運営に参画できるよう工夫を凝らし
ている。
プラズマによる表面改質を行う真空プラズマ装置
次に、新規企業の成長性を把握すべく、1998
比較したものが第3-1-14図である。これによると、
∼2007年までの各年に創設した我が国の企業の
新規企業の売上高は、創設後に高い成長を示すこ
平均売上高を、1997年以前創設の企業の平均と
とが分かる。
第3-1-14図
創設後の一企業当たりの売上高
∼新規企業の売上高は、創設後に既存企業と比べて高い成長を示す∼
創設年
1998年
1999年
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
(1997年以前創設企業=100)
400
350
304
300
301
250
200
150
158
1997年以前創設企業の平均
121
115
100
100
84
74
100
50
28
0
98
38
18
99
00
34
01
44
49
19
02
03
04
27
05
29
06
54
27
07
08
09
(年)
資料:(株)
帝国データバンク「COSMOS2企業概要ファイル」再編加工
(注)1.1997年以前創設企業については、1998∼2009年の売上高がファイルに記録されている企業が、1998年以降創設企業については、設立時から2009年
まで売上高がファイルに記録されている企業が対象。
2.金融業、保険業を除く。
3.子会社及び創設時に大企業に分類される企業を除いて集計。
190
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
第3部
経済成長を実現する中小企業
事例3-1-3
第
Case 綿密な市場分析を行い、起業後急速に売上高を伸ばしている企業
東京都新宿区の株式会社ジェネレーションパス ( 従業員19名、資本金1,100万円)は、2002年に設立され
節
1
たインターネット通信販売等を営む企業である。
同社は、当初、映像制作等を手掛けていたが、2006年に市場が拡大しているインターネット通信販売に参入、
総合ショッピングサイト「リコメン堂」を開設し、2010年の売上が約13億円に上るなど、急成長を遂げている。
参入時、同社内には、インターネット通信販売の知見や経験がある者が皆無であったが、「競合大手企業の倍は
働く。
」という信念と、サイト内の商品のアクセス数や顧客層等を細かくデータ化し、効果的な SEO(検索エン
ジン最適化)戦略によって、顧客が欲しがりそうな商品を効率的に紹介することに注力したことが、同社の強み
となっている。
同社の岡本洋明社長は、金融機関に勤務していたが、30歳で退職、
渡米して会社を起業した後に、ハーバード・ビジネス・スクールで
マーケティング論を学んだ。帰国後には IT 企業の経営に参画し、
2000年には上場を果たし、その後に同社を起業している。
同社は、高齢者がインターネットを利用する時代となりつつある
現在、特にインターネット通信販売市場は高齢化が進展するにつれ
て拡大していくものと捉えている。今後は、市場ニーズに合わせて、
取扱商品・業種を拡大し、また、卸売や自社製品の製造にも挑戦して、
5年後に売上50億円を突破することを目標としている。
同社の運営する総合ショッピングサイト「リコメン堂」
業種別の成長性を比較すべく、第3-1-15図は、
通信業及び医療,福祉の分野で大企業への成長企
2001∼2009年に創設した企業のうち、中小企業
業が多い。これらの分野は、開業率も高い分野で
から大企業に成長したものについて、その業種構
あり、
将来性のある業種に多くの起業家が参入し、
成を示したものである。これを2001∼2009年に
高い成長を遂げていることが分かる。
創設した企業全体の業種構成と比較すると、情報
第3-1-15図
創設後に中小企業から大企業に成長した企業の業種構成
∼情報通信業及び医療,福祉の分野で、中小企業から大企業に成長した企業の割合が多い∼
建設業
製造業
情報通信業
運輸業,郵便業
卸売業
小売業
金融業,保険業
不動産業,物品賃貸業
学術研究,専門・技術サービス業
宿泊業,飲食サービス業
生活関連サービス業,娯楽業
教育,学習支援業
医療,福祉
サービス業(他に分類されないもの)
その他
1.2
2.4
2001∼2009年に
創設された企業
うち
中小企業から
大企業に
成長した企業
20.3
6.7
9.4
14.8
0.5
1.2 5.3
20.9
10.7
6.0
9.1
11.3
2.6
5.8
6.6
2.6
8.2
1.9
9.6
0.7
0.9
4.1
11.2
1.2
4.1
1.0
14.2
0%
5.5
100%
資料:
(株)
帝国データバンク「産業調査分析 SPECIA」再編加工
(注)1.ファイルに収録されている企業で、2001∼2009年に創設された企業123,492社及びそのうち中小企業から大企業へと成長を遂げた企業416社について
集計。
2.公務
(他に分類されるものを除く)及び分類不能の産業を除いて集計。
中小企業白書 2011
191
第1章
経済成長の源泉たる中小企業
●②起業による雇用の創出
存続事業所よりも、一部の開業事業所及び廃業事
以上では、起業家が次々と市場に参入し、急速
業所における雇用変動が、全体の変動に大きく寄
に成長することによって、経済の新陳代謝が活性
与しており、特に2004∼2006年に創出された雇
化し、我が国の経済成長に寄与していることを見
用の約6割は、開業事業所で創出されていること
てきた。次に、起業が雇用の創出に果たす役割に
が分かる。また、情報通信業や医療,福祉といっ
ついて、論じていく。
た開業率の高い業種では、開業事業所における雇
第3-1-16図は、2004∼2006年にかけての業種別
用創出が雇用増加に大きく寄与しているが、小売
の雇用変動率を、存続事業所における雇用創出、
業や飲食店,宿泊業といった生業型の業種におい
開業事業所における雇用創出、廃業事業所におけ
ても、開業事業所における雇用創出が大きく、起
る雇用喪失、存続事業所における雇用喪失に分解
業が雇用創出に重要な役割を果たしていることが
したものである。これによると、大部分を占める
分かる。
第3-1-16図
開廃業及び存続事業所による雇用変動(2004∼2006年、事業所単位)
∼2004∼2006年に創出された雇用の約6割は、開業事業所で創出されている∼
(増加率、%)
40.0
不動産業
飲食店, 金融・保険業
医療,福祉
宿泊業
13.1
20.0
卸売業
28.1
製造業
12.1
10.0
13.6
9.4
9.6
9.1
8.6
11.3
11.7
15.7
13.5
17.4
20.3
21.3
+761 万人
17.2
純増減
16.1
+75 万人
▲11.6
▲7.6
▲9.8
▲10.0
▲6.8
▲12.8
▲13.0
▲7.8
▲9.4
▲17.0
▲14.9
▲7.8
▲14.7
▲21.7
廃業喪失
▲619 万人
▲13.5
▲13.2
▲14.4
▲13.4
▲11.4
▲11.2
▲13.0
▲14.4
▲12.2
▲40.0
(減少率、%)
資料:総務省「事業所・企業統計調査」再編加工
(注)1.横軸は、2004年期首の全事業所(非一次産業)に占める各業種の従業者の割合を示している。
2.鉱業及び電気・ガス・熱供給・水道業は、従業者数が少なく、表示されていない。
3.事業所単位の開廃業には、支所や工場の開設・閉鎖及び移転による開設・閉鎖を含む。
192
+554 万人
12.7
0.0
▲20.0
存続創出
開業創出
17.1
6.9
14.4
10.3
9.5
12.5
合計
15.0
小売業
運輸業
建設業
サービス業
(他に分類されないもの)
複合
サービス事業
純増減
情報通信業
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
▲17.4
▲12.6
▲14.8
存続喪失
▲621 万人
教育、
学習支援業
第3部
経済成長を実現する中小企業
コラム3-1-2
総務省「経済センサス−基礎調査」を用いた雇用創出の算出
動を算出したものが、コラム3-1-2図である。これによると、開業事業所410,354事業所 (2009年時点の事
所の91.5%に該当 )) 約618万人 (62.4%) の雇用を増大させていることが分かり、雇用が特に開業事業所で増
加していることが分かる。
コラム3-1-2図 開業及び存続事業所による雇用創出(2006∼2009年、事業所単位)
∼雇用は、開業事業所で増加している∼
(増加率、%)
40.0
情報通信業
複合サービス事業
不動産業
30.0
13.1
5.6
金融・保険業
飲食店,
宿泊業
20.0
小売業
運輸業
卸売業
建設業
製造業
14.7
10.2
15.0
13.9
11.0
サービス事業
(他に分類されないもの)
医療,
福祉
11.4
28.8
11.5
23.7
10.0
教育,
学習支援業
16.3
存続
事業所
4,408,050
618
事業所
万人
(62.4%) (91.5%)
7.0
開業
事業所
371
410,354
万人
事業所
(37.6%) (8.5%)
11.1
3.9
0.0
2.4
4.5
4.7
11.1
7.6
5.9
8.0
4.9
事業所数
14.0
9.6
8.8
雇用
創出
資料:総務省「事業所・企業統計調査」、「経済センサス−基礎調査」再編加工 ( 中小企業庁試算 )
(注)1. 横軸は、2006年期首の全事業所 ( 非一次産業 ) に占める各業種の従業者の割合を示している。
期首の従業者数は、存続事業所及び廃業事業所から算出した。
2. 鉱業及び電気・ガス・熱供給・水道業は、従業者数が少なく、表示されていない。
3. 事業所単位の開業には、支所や工場の開設及び移転による開設を含む。
4. 開業事業所については、2009年時点の従業者数を、存続事業所については、平成18年事業所・企業統計調査と接続が可能な事業所の
雇用変動分を用いて算出している。 存続事業所は、事業所・企業統計調査における調査範囲に限定されるため、存続事業所による
雇用増加が過小に算出されている可能性がある。
5. 存続事業所4,408,050事業所のうち、雇用創出に寄与している事業所数は、1,085,387事業所。
以上は、起業時の雇用創出に関する分析である
第3-1-17図は、2002年時点と2007年時点で比較
が、次に、起業後の雇用創出について見ていく。
して雇用が増加した企業11万3,336社を、増加数
アメリカの経済学者バーチは、特に成長力の高い
が多い企業から順に並べ、雇用増加に対する累積
少数の企業を「ガゼル(Gazelle)
」と命名し、そ
貢献度を示したものである。これによると、雇用
の雇用創出能力に注目した。ここでは、我が国の
の約5割は約7.0%の企業が創出しており、ほんの
ガゼル企業について、その年齢や業種の分析を行
一部の企業が大部分の雇用を創出していることが
う。
見て取れる。
中小企業白書 2011
193
節
業所の8.5%に該当 ) が約371万人 (37.6%) の雇用を、存続事業所4,408,050事業所 (2009年時点の事業
第
新しく創設された経済センサス−基礎調査を用いて、2006∼2009年の開業及び存続事業所による雇用変
1
経済成長の源泉たる中小企業
第1章
第3-1-17図
雇用増加に対する累積貢献度(2002∼2007年)
∼一部の企業が多数の雇用を創出している∼
(%)
100
90
80
70
60
ガゼル企業
50
40
雇用の約5割は、
7,954社/113,336社
≒7.0%の企業が
創出
30
20
10
0
0
10,000
20,000
30,000
40,000
50,000
60,000
70,000
80,000
90,000
100,000
110,000
(社)
資料:(株)
帝国データバンク「COSMOS2企業概要ファイル」再編加工
(注)1.2002年及び2007年の2時点間で雇用が増加した企業11万3,336社を対象に集計。
2.雇用増加数が多い企業から順に並べ、雇用増加累積貢献度を算出。
3.M&A、会社分割及び営業譲渡を行った企業並びに系列企業を除いて集計。
ここでは、従業員増加数の累積が50%を超える
点の全企業及びガゼル企業の創設年別の分布
部分の雇用を創出した企業(5年間で30名以上の
(1945年以降)を示したものが第3-1-18図である。
雇用を創出した企業7,954社、全雇用増加企業の
これによると、ガゼル企業は、全企業と比較して
約7.0%に該当)をガゼル企業として、その年齢
年齢が若い方に分布しており、起業後間もない企
構成及び業種構成について見ていく。2002年時
業の雇用創出能力の高さがうかがわれる。
第3-1-18図
ガゼル企業の創設年の分布
∼全企業に比して、ガゼル企業には創設間もない企業が多い∼
(%)
ガゼル企業
全企業
3.5
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
45
50
60
70
80
90
00 02
(創設年)
資料:(株)
帝国データバンク「COSMOS2企業概要ファイル」再編加工
(注)ガゼル企業及び2002年時点のファイルに収録された企業の創設年ごとの分布を比較。
次に、全企業及びガゼル企業の業種構成を示し
業種構成と比較して、医療,福祉の分野に極めて
た第3-1-19図によると、ガゼル企業は、全企業の
多いことが分かる8。
8 他方、労働集約的な医療,福祉の分野のみならず、多くの人手を必ずしも必要としない情報通信業等の分野においても、ガゼル企業が存在することも分かる。
194
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
第3部
経済成長を実現する中小企業
第3-1-19図
ガゼル企業の業種構成
∼全企業の構成と比較して、医療,福祉の分野にガゼル企業が多い∼
製造業
情報通信業
卸売業
小売業
第
建設業
運輸業,郵便業
不動産業,物品賃貸業
学術研究,専門・技術サービス
生活関連サービス業,娯楽業
教育,学習支援業
医療,福祉
サービス業(他に分類されないもの)
その他
26.3
15.1
3.1 3.1
17.2
15.0
1
3.2
0.5
全企業
節
金融業,保険業
宿泊業,飲食サービス業
5.2
2.2
2.1
3.8
1.4
1.1
0.6
0.9
ガゼル企業
4.6
18.6
5.0
9.2
7.3
8.1
3.0
2.7
4.4
8.2
2.4
21.5
1.0
3.0
0%
100%
資料:
(株)
帝国データバンク「COSMOS2企業概要ファイル」再編加工
(注)1.ガゼル企業及び2002年時点のファイルに収録された企業の業種構成を比較。
2.公務(他に分類されるものを除く)及び不明を除いて集計。
このように起業時及び起業直後には雇用が増大
失われている。こうした厳しい中にも、企業家が
しており、起業が雇用創出に果たす意義の大きさ
果敢に起業や事業の再建を行い、雇用を維持、創
が分かる。特に、震災による津波や原発事故の被
出していくことが我が国経済の復興にも大きく寄
害を受けて、被災地域では、多数の企業が事業の
与するといえる。
中断や廃止を余儀なくされており、多くの雇用が
事例3-1-4
Case
企業向け総合アウトソーシング事業を展開し、
起業後間もなく300人の雇用を創出した企業
2005年に設立された東京都中央区の株式会社ティーケーピー(従業員300名、資本金2億8,779万5,000
円)は、IT 技術を活用した企業向け総合アウトソーシング事業を展開する企業である。
同社は、商社でインターネット上の金融機関の立ち上げに携わった河野貴輝社長が、IT 技術を現実の事業に
活用することを目標に設立した。六本木のビルの1フロアから始まった貸会議室事業は、東京、大阪を始めとす
る全国主要都市に500室以上を運営するまでに拡大し、これまでに7万社、150万人以上が利用している。また、
貸会議室事業に加え、旅行業免許を取得して会議室、出張、宿泊の一括予約を行うほか、研修プログラムの提供、
弁当の手配、中古オフィス用品のレンタル、コールセンターや
給与計算業務の受託等、貸会議室から派生する様々な事業に次々
に参入し、企業向け総合アウトソーシング事業を幅広く展開し
ている。河野社長一人で起業した同社は、事業拡大に伴い、
2005年の設立から5年で雇用を約300名まで成長させている。
同社の貸会議室事業は、不動産を所有しないことによって初
期投資を抑え、資金力を高めたことが、その後の事業展開や発
展につながっている。現在、国内での事業拡大を図ると同時に、
ニューヨーク、上海等の国外の大都市で事業展開する準備を進
めている。
社長一人から従業員約300名まで成長したティーケーピーの社員
中小企業白書 2011
195
経済成長の源泉たる中小企業
第1章
●③起業が生み出す社会の多様性
仕事、生活に対する満足度を尋ねても、収入に関
以上では、起業時のみならず起業直後にも多く
しては不満を感じる者の方が多いが、仕事及び生
の雇用が創出されることを概観してきたが、起業
活に関しては、満足している者の方が多い(第
が経済社会に与える効果として、多様な生き方・
3-1-20図)
。つまり、多くの起業家は、既存の環
働き方を可能にするということも挙げられよう。
境では実現できなかった個性・能力の伸長の場を
人は、様々な動機・目的で起業という選択をする
求めて、より良い生き方・働き方を実現するため
が、単により良い収入を得るためだけではなく、
に、起業を選択しているといえよう。こうした起
自己実現、裁量労働、社会貢献、専門的な技術・
業家の活動は、経済成長等の数値には表れないも
知識等の活用ができる舞台を求めて、起業する者
のもあるが、社会をより多様で豊かにするもので
9
も多いであろう 。また、起業家に現在の収入、
第3-1-20図
あるといえよう。
起業家の収入、仕事、生活に対する満足度
∼起業家は、収入に関しては、不満を感じる者の方が多いものの、仕事及び生活に関しては、満足している者の方が多い∼
(%)
100
90
満足している
やや満足している
やや不満である
7.2
不満である
10.2
24.4
20.2
80
22.2
70
26.3
60
40.0
50
39.9
40
29.0
30
20
10
32.7
27.7
仕事
生活
20.3
0
収入
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)
中小企業白書(2010年版)では、就業意識の
第一に、女性起業家をめぐる環境を概観する。
多様化、産業構造の変化、経済のグローバル化、
第3-1-21図は、女性の起業の担い手について示し
労働市場の規制緩和等により、
労働力が多様化し、
たものである。起業希望者については、足下減少
中小企業において女性や高齢者の活用が進展して
傾向にあるものの、2007年には約30万人の女性
10
いることを指摘した 。ここでは、女性及び高齢
起業希望者がいること、男女の総数(前掲第3-1-6
者の起業をめぐる環境について分析を行い、従来
図)と比較すると、起業希望者に占める無業者の
の環境では十分な就労機会に恵まれてこなかった
割合が大きいこと、そして、起業家については、
人々が、起業によって多様な生き方や働き方を可
ここ30年近く継続的に約10万人存在しているこ
能とする舞台を自ら創出していることについて論
とが分かる。
ずる。
9 起業の動機・目的については後述する。
10 中小企業白書(2010年版)p.131∼134を参照。
196
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
第3部
経済成長を実現する中小企業
女性の起業の担い手
第3-1-21図
∼女性の起業希望者は直近で約30万人、女性起業家は継続的に約10万人存在している∼
起業希望者
(うち有業者)
51.4
起業準備者
起業家
節
52.9
起業希望者
(うち無業者)
第
(万人)
60.0
1
50.2
50.0
44.5
42.7
40.9
40.0
34.0
27.7
31.7
20.4
30.0
31.0
21.1
24.0
30.8
22.2
21.1
18.1
20.2
19.4
20.0
17.9
15.7
10.0
10.5
10.6
18.9
11.5
22.5
19.7
11.6
22.2
9.4
19.8
10.0
13.7
0.0
79
82
87
92
97
8.0
12.9
02
07
(年)
資料:総務省「就業構造基本調査」再編加工
(注)1.起業希望者
(うち有業者)とは、有業者の転職希望者のうち、
「自分で事業を起こしたい」と回答した者をいう。
2.起業希望者
(うち無業者)とは、無業者のうち、「自分で事業を起こしたい」と回答した者をいう。
3.起業準備者とは、起業希望者のうち、「(仕事を)探している」又は「開業の準備をしている」と回答した者をいう。
4.起業家とは、過去1年間に職を変えた又は新たに職に就いた者のうち、現在は自営業主
(内職者を除く)
となっている者をいう。
次に、女性起業家の詳細について、起業実態調
献したい」及び「年齢に関係なく働きたい」など
査を基に男性と比較しながら分析を行う。まず、
と回答する割合が男性と比べて高い
(第3-1-22図)
。
起業の動機・目的であるが、女性は、
「社会に貢
第3-1-22図
男女別起業の動機・目的
∼女性起業家は、男性起業家と比較して、「社会に貢献したい」及び「年齢に関係なく働きたい」という動機・目的で起業する割合が高い∼
(%)
60
50
男性
54.6
53.0
50.4
50.0
50.0
45.0
40
女性
42.0
38.5
34.5
30.4
29.9 28.6
27.0
23.6
30
20
15.9
10
14.1 13.8
9.8
6.9
10.3 9.2
7.2
10.3
5.2 7.0
5.7
5.2
1.7 3.5
6.4 5.7
その他
不動産等資産を
有効活用したい
以前の勤務先の
賃金面での不満
親や親戚等の事業経営の
経験からの影響
ほかに就職先がない
親会社等の要請
時間的・精神的ゆとりを
得たい
以前の勤務先の
将来の見通しが暗い
経営者として
社会的評価を得たい
年齢に関係なく働きたい
より高い所得を得たい
アイディアを事業化したい
専門的な技術・知識等を
活かしたい
社会に貢献したい
自分の裁量で自由に
仕事をしたい
仕事を通じて
自己実現を目指したい
0
15.8
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)
帝国データバンク)
(注)複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。
中小企業白書 2011
197
経済成長の源泉たる中小企業
第1章
起業する事業分野の選択理由であるが、女性起
立が可能」と回答する割合が男性と比べて特に高
業家では、
「社会に貢献できる分野」
、
「以前から
い(第3-1-23図)
。
興味のある分野」
、
「家事・育児・介護と仕事の両
男女別事業分野の選択理由
第3-1-23図
∼女性起業家では、「社会に貢献できる分野」、「以前から興味のある分野」
「家事・育児・介護と仕事の両立が可能」と回答する割合が男性と比べて特に高い∼
(%)
70
男性
女性
60.9
60 55.4
50
42.8
42.6
40.5
37.3
34.9 33.7
40
30
31.1
26.6
23.1 23.4
20
27.8
25.4
21.3
19.7
16.6
13.8
10.7 11.1 8.9
10
4.6
2.0
3.63.6
2.3 2.4
2.2 0.6
その他
知識・経験・ノウハウが
あまり必要ない
世の中にない事業分野
家事・育児・介護と仕事の
両立が可能
不動産等資産が
有効活用できる
高収入を得る見込みがある
とにかく事業を
始めたかった
以前から興味のある分野
少ない資金で起業できる
成長性のある分野
以前の勤務先と
類似の業種
社会に貢献できる分野
起業前までの人脈が
活かせる
以前の勤務先と
同じ業種
専門的な技術・知識等を
活かせる
0
7.7
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)
(注)複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。
い業種で女性起業家が活躍していることが分かる
さらに、起業した業種であるが、男性と比べて
(第3-1-24図)
。
医療、福祉の分野が圧倒的に多く、教育、学習支
援業でも高い割合を示すなど、これら開業率の高
第3-1-24図
男女別起業業種の構成
∼女性起業家は、男性起業家と比べて、医療、福祉や教育、学習支援といった業種を選択する割合が多い∼
男性
建設業
製造業
情報通信業
運輸業
卸売業
小売業
金融業、保険業
不動産業
一般消費者向け
サービス業
飲食店
教育、学習支援業
医療、福祉
企業・官公庁向け
サービス業
その他
7.7
7.0
0.6
女性 4.1 3.5 2.9 2.4
3.52.0 5.7
14.1
15.0
0.6 6.5
2.1 5.6
5.9
7.8
11.2
0%
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)
198
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
5.3
12.2
3.3
28.2
9.1
3.6
15.2
2.4
12.4
100%
第3部
経済成長を実現する中小企業
起業家の方が男性起業家よりも、30∼40歳代の
いない(第3-1-26図)
。このことから、結婚・出産・
年齢階層で割合が高いことが分かる(第3-1-25
育児のために常用雇用者として働きにくい女性に
図)
。一部の女性は、結婚・出産・育児を機に労
とって、起業という選択がライフステージに合っ
働市場から退出するため、15歳以上の人口に占め
た働き方を可能にしているといえる。
節
労働等が可能な自営業主の場合、割合は低下して
1
る常用雇用者の割合は一時的に低下するが、裁量
第3-1-25図
男女別起業家の年齢構成
∼女性起業家は、男性起業家と比べて30∼40歳代の年齢階層で割合が高い∼
29歳以下
男性
30歳代
11.7
女性
40歳代
28.4
10.1
50歳代
60歳以上
27.4
28.5
24.7
32.3
7.9
21.5
7.6
0%
100%
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)
帝国データバンク)
第3-1-26図
男女別常用雇用者及び自営業主の割合
∼女性の常用雇用者割合は一時的に低下するが、女性の自営業主割合では、そうした傾向は見られない∼
(%)
100
男性・常用雇用者(左軸)
女性・常用雇用者(左軸)
男性・自営業主(右軸)
女性・自営業主(右軸)
(%)
20
90
18
80
78.7
81.3
78.4
16.3
76.5
70
68.4
62.1
60
55.1
52.3
50
12.3
50.7
48.2
10.4
10.0
0.1
0.1
0.7
0.5
2.2
0.9
1.5
2.3
16
14
60.7
10.8
12
10
47.9
8
38.8
34.2
4.4
20
16.3
14.3
6.8
30
0
50.9
51.8
9.8
8.2
40
10
73.3
16.9
2.8
3.3
3.6
4.0
4.5
21.4
6
4.3
14.3
10.5
第
最後に起業家の男女別年齢構成を見ると、女性
4
3.7
5.8
4.6
2.0
1.5
1.2
15−19歳 20−24歳 25−29歳 30−34歳 35−39歳 40−44歳 45−49歳 50−54歳 55−59歳 60−64歳 65−69歳 70−74歳 75歳以上
資料:総務省「平成19年就業構造基本調査」
(注)1.「総数」に占める常用雇用者及び自営業主の割合を示している。
2.ここでいう自営業主には、内職者を含まない。
中小企業白書 2011
199
2
0
第1章
経済成長の源泉たる中小企業
以上から、出産や育児が一段落した女性が、社
性の就業率が低下する傾向にある我が国では、出
会に貢献し、家事・育児・介護等の自己の経験を
産・育児を経験した女性が、母親・主婦の視点を
活用できる事業分野で、
家庭との両立を図りつつ、
活かして、自らの活躍の場を創出するという意味
新たな活躍の場を求めて起業に踏み切っている現
で、
起業は大きな意義を持つことになるといえる11。
状が推察される。とりわけ出産・育児の時期に女
事例3-1-5
Case 女性起業家の育児体験を活かした子育て雑貨商品の企画販売を行う企業
沖縄県那覇市の沖縄子育て良品株式会社(従業員3名、資本金500万円)は、2004年に起業された子育て
雑貨商品の企画や販売を行う企業である。
同社の山本香社長は、前職の沖縄物産を扱う企業で、伝統的な工芸品や織物等の商品開発や店舗の立ち上げに
携わる一方で、趣味で自らの育児体験から得たアイディアを基に商品の開発を行っていたが、2004年に独立し、
安心・安全に配慮した子育て雑貨商品や、沖縄の地域資源を用いた製品の企画販売を始めた。特に、(財)沖縄県
産業振興公社の平成21年度 OKINAWA 型産業応援ファンド事業に採択された「子どもが口にしても安心な生
活雑貨の開発プラン」では、沖縄県産木のリュウキュウマツやハンノキ
を用いた弁当箱等の日用雑貨品等の開発を行い、
「安心、安全、良質、ナ
チュラル」なこだわり製品を生産している。
「身の丈にあった事業を展開してきた」と語る山本社長であるが、書籍
等を参考に自ら起業の手続を行い、2010年2月には、商社等との取引
を増やすべく法人成りも果たしている。2010年10月には、沖縄の素
材を活かした母子に優しい化粧品・雑貨・食品の開発と販路開拓事業が
経済産業省の地域産業資源活用事業計画に認定され、更なる発展が期待
安全・安心にこだわり
リュウキュウマツを用いた弁当箱
される。
第二に、起業実態調査に基づき、高齢者12の起
「年齢に関係なく働きたい」
、
「親会社等の要請」
業の現状を見ていく。年齢階層別に起業の動機・
と回答する起業家の割合が、他の年齢層よりも高
目的を見ると、高齢者では「社会に貢献したい」
、
い(第3-1-27図)
。
第3-1-27図
年齢階層別起業の動機・目的
∼高齢者では、「社会に貢献したい」、「年齢に関係なく働きたい」、「親会社等の要請」と回答する起業家の割合が、他の年齢層よりも高い∼
60歳以上
(%)
70
50歳代
40歳代
30歳代
29歳以下
60
50
40
30
20
10
その他
親会社等の要請
不動産等資産を
有効活用したい
以前の勤務先の
賃金面での不満
ほかに就職先がない
親や親戚等の事業経営の
経験からの影響
時間的・精神的ゆとりを
得たい
以前の勤務先の
将来の見通しが暗い
経営者として
社会的評価を得たい
年齢に関係なく働きたい
より高い所得を得たい
アイディアを事業化したい
専門的な技術・知識等を
活かしたい
社会に貢献したい
自分の裁量で自由に
仕事をしたい
仕事を通じて
自己実現を目指したい
0
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)
(注)複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。
11 日本公庫では、
「女性、若者/シニア起業家支援資金」として、新規開業して5年以内の女性、若者(30歳未満)
、高齢者
(55歳以上)に対して、優遇金利での支援
を行っている。また、商工会・商工会議所では、
「創業塾」として、女性も含めて、起業を志向する者を対象に、事業を開始するための心構え、事業計画作成のポ
イント、税務・法務等の実践的な内容等について、経営コンサルタント、中小企業診断士、創業体験者による講義を行っている。
12 ここでいう高齢者は、60歳以上の年齢階層をいう。
200
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
第3部
経済成長を実現する中小企業
の年齢層に比べて、前職の企業で経験を積んだ後
社化又は関連会社として起業」
、
「他社での勤務経
にその企業の分社・関連会社として起業した者や、
験なく、独自に起業」と答えた企業の割合が相対
第二の人生として新規分野で独自に起業した者が
的に高い(第3-1-28図)
。つまり、高齢者は、他
多いことが特徴だといえる。
第
起業の経緯は、
「前職の企業の方針として、分
節
1
年齢階層別起業の経緯
第3-1-28図
∼高齢者では、
「前職の企業の方針として、分社化又は関連会社として起業」や「他社での勤務経験なく、独自に起業」の割合が高い∼
前職の企業を退職し、
その企業とは関係を
持たないで起業
前職の企業は退職したが、
その企業との関係を
保ちつつ独立して起業
29 歳以下
56.8
30 歳代
57.1
40 歳代
前職の企業の方針として、
分社化又は関連会社として
起業
22.7
13.2
8.4
28.0
48.8
60 歳以上
7.3
27.1
53.9
50 歳代
他社での勤務経験はなく、
独自に起業
13.2
25.3
43.4
7.5
4.9
18.1
22.8
7.7
22.8
11.0
0%
100%
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)
帝国データバンク)
起業家の年齢階層別に業種分類を見てみると、
向けのサービスを提供していることがうかがわれ
高齢者では特に医療、福祉分野での起業が顕著で
る(第3-1-29図)
。
あり、同年代の立場であることも活かし、高齢者
年齢階層別起業業種の構成
第3-1-29図
∼高齢者では、医療、福祉分野での起業が顕著である∼
29 歳以下
建設業
製造業
情報通信業
運輸業
卸売業
小売業
金融業、
保険業
不動産業
一般消費者向けサービス業
飲食店
教育、
学習支援業
医療、
福祉
企業・官公庁向け
サービス業
その他
4.4
4.0
5.2
1.2
1.6
21.2
1.6 3.6
13.2
18.4
4.4
6.8
2.4
12.0
1.6
30 歳代
40 歳代
5.7
7.7
50 歳代
60 歳以上
5.7
3.3
6.2
11.0
6.0
5.7
3.8 2.7
11.0
5.4
0.6
3.0
7.1
15.4
6.7
2.1
15.7
3.7 1.3 6.2
10.7
8.7
1.7
13.3
1.8
6.4
7.7
4.5
2.1
5.4
15.1
7.5
11.2
6.0
5.0
7.1
4.2
7.3
3.3
4.0
2.3
17.3
7.7
4.3
11.2
13.7
4.0
2.7
3.6
14.8
13.3
14.6
20.2
0%
100%
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)
帝国データバンク)
中小企業白書 2011
201
第1章
経済成長の源泉たる中小企業
以上の結果から、これまでの就業経験を買われ
働きたい高齢者が、起業によって新たに活躍の場
て分社・関連会社を任されたり、年齢に関係なく
を得ていることが推測される。
事例3-1-6
Case
起業家が前職の人脈を活かして優れた高齢者人材の確保に成功し、
生きがいや働きがいの創出に成功している企業
東京都港区の株式会社じんざいセンター・ゆずり葉(従業員9名、資本金1,000万円)は、大企業 OB を活
用した試験監督業務や金融機関関係者向けの通信講座答案添削業務を行う企業である。
同社の本多熟社長は、前職の社団法人でサラリーマンの生涯設計、ライフプランの相談指導に従事していたが、
その中で高齢者に仕事を提供することで、生きがいや働きがいを提供していきたいと考えるようになった。本多
社長が55歳の時、
社団法人で受託していた試験監督業を事業として分離することになり、それに応えて起業した。
同社は、大企業の管理職経験者を中心に、本多社長の人脈を活用した紹介による採用を基本としており、優秀
な人材を潤沢に確保できている。特に、金融機関関係者向けの通信講座答案添削業務では、金融に特化した専門
知識が必要とされるため、首都圏在住の都市銀行、信託銀行の OB を多数確保できている点で、他社と差別化
できている。
高齢化社会を前提とした雇用慣行の変化から65歳まで働くというケースが多くなり、同社でも登録時の年齢
が高齢化し、現在の中心層は60歳代後半である。こうした中、
同社では登録人材の年齢の上限を70歳としている。これは、
社長の「70歳になったら次の人に道を譲って、人生を楽しん
でほしい。
」という考えに基づくもので、社名の「ゆずり葉」
の由来にもなっている。現在では、登録者が2千名を超え、
高齢者の就労機会を創出し、更に生きがいや働きがいを創出
していくことが期待される。
試験の受付や通信講座の答案添削を行う同社の社員
これまで女性及び高齢者の起業の実態を概観し
らが設定することによって、社員という立場では
たが、我が国の雇用慣行では、必ずしも就業や能
実現が難しい自己実現、裁量労働、能力発揮等の
力発揮の機会に恵まれてこなかった女性や高齢者
機会を得ることができる。こうした選択肢の多様
が、起業という選択によって、自らの活躍の場を
化という意味で、
起業は経済社会のみならず、
人々
切り拓いていることが分かった。我が国では、得
の生活・労働を豊かにし、経済社会をより多彩な
てして大きな会社組織の中で働くことが志向され
ものとする可能性を秘めているといえよう。
がちであったが、起業を選択し、活躍の舞台を自
❸ 起業の促進に向けた課題と取組
以上では、我が国の起業活動が、経済社会に新
●起業の動機・目的
陳代謝をもたらし、経済成長を支え、社会をより
人は、様々な動機・目的によって起業家となる
多様なものにしていることを見てきた。我が国経
と考えられるが、起業した動機・目的別に、起業
済が長期的に低迷している中、起業活動を促進す
家の類型化を行った場合、
①所得増大や自己実現、
ることは、経済を再生させ、日本経済の未来を切
裁量労働、社会貢献目的等の積極的理由から起業
り拓く上で、
非常に重要な課題となる。本項では、
した「能動的起業家」
、②生計目的等の消極的理
2010年12月に実施された起業実態調査を中心に、
由から起業した「受動的起業家」に区分できる。
我が国の起業の現状を詳細に分析し、起業の実態
起業実態調査によると、起業家の8割以上は、能
や課題を抽出することで、起業を促進するために
動的起業家であり、約2割の受動的起業家を大き
はどのような取組が重要となるのか、起業を成功
く上回っていることが分かる(第3-1-30図)
。
させるためには何が必要となるのかについて、論
じていく。
202
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
第3部
経済成長を実現する中小企業
第3-1-30図
起業家の類型
∼起業家の8割以上は、能動的起業家である∼
第
節
受動的起業家
18.8%
1
能動的起業家
81.2%
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)
帝国データバンク)
(注)1.起業の動機・目的について、最も該当するものとして選択されたものを集計。
2.能動的起業家とは、所得増大や自己実現、裁量労働、社会貢献目的等の積極的理由から起業した者を、受動的起業家とは、生計目的等の消極的理由から起業し
た者をいう。
起業の動機・目的について更に詳しく見ると、
由が上位を占めており、
起業という選択によって、
自己実現、裁量労働、社会貢献、専門技術・知識
個性や能力の発揮、社会への貢献等のための舞台
等の活用、アイディアの事業化のためといった理
を創り出していることが分かる(第3-1-31図)
。
第3-1-31図
起業の動機・目的
∼自己実現、裁量労働、社会貢献、専門技術・知識等活用、アイディアの事業化といった動機・目的が多い∼
(%)
60
52.1
50
49.5
45.2
38.1
40
29.7
30
28.8
28.5
20
15.1
15.1
13.9
11.2
7.3
10
5.4
3.5
6.3
その他
不動産等資産を
有効活用したい
以前の勤務先の
資金面での不満
ほかに就職先がない
親や親戚等の事業経営の
経験からの影響
親会社等の要請
時間的・精神的ゆとりを
得たい
以前の勤務先の
将来の見通しが暗い
経営者として
社会的評価を得たい
年齢に関係なく働きたい
より高い所得を得たい
アイディアを事業化したい
専門的な技術・知識等を
活かしたい
社会に貢献したい
自分の裁量で自由に
仕事をしたい
仕事を通じて
自己実現を目指したい
0
7.0
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)
帝国データバンク)
(注)複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。
●起業のきっかけ
見つけた」
、
「既に起業している人に勧められた」
、
起業家が誕生するまでのプロセスを詳細に分析
「取引先に勧められた」
、
「働き口を得る必要が生
すると、起業を考え始めた段階及び起業を決心し
じた」
「
、以前の勤務先での待遇が悪化した」
といっ
た後の段階に分けることができる。第3-1-32図は、
た起業の引き金となった出来事(トリガーイベン
段階別に起業に踏み切ったきっかけを示したもの
ト)に誘発されて、起業を決心した者も多いこと
である。起業を考え始めたきっかけとしては、
「事
が分かる。起業を決心した後の段階では、
「資金
業化できるアイディアを思いついた」
が一番多く、
面のめどが立った」
、
「事業内容のめどが立った」
、
次に、
「以前の勤務先ではやりたいことができな
「独立に必要な技術やノウハウを習得した」こと
かった」が続く。また、
「一緒に起業する仲間を
をきっかけに、実際に起業に踏み切る者が多い。
中小企業白書 2011
203
第1章
経済成長の源泉たる中小企業
起業に踏み切ったきっかけ
第3-1-32図
∼起業を考え始めた段階では、
「事業化できるアイディアを思いついた」や「以前の勤務先ではやりたいことができなかった」が、起業を決心した後の段階では、
「資金
面のめどが立った」や「事業内容のめどが立った」が起業に踏み切ったきっかけとして多く挙げられる∼
その他
マーケットの情報をある程度
収集した
許認可の取得等のめどが立った
製品・商品・サービス等の
めどが立った
起業に必要な技術や免許を
取得した
人材面のめどが立った
取引先のめどが立った
前職からの離脱
起業を考え始めた段階
家族の同意が得られた
事務所・店舗のめどが立った
独立に必要な技術やノウハウを
習得した
事業内容のめどが立った
資金面のめどが立った
起業セミナー等で起業の
魅力を感じた
以前の勤務先での
待遇が悪化した
働き口を得る必要が生じた
取引先に勧められた
既に起業している人に
勧められた
一緒に起業する仲間を見つけた
以前の勤務先ではやりたいことが
できなかった
事業化できるアイディアを
思いついた
(点)
1,310
1,400
1,232
1,200 1,101
929
931
1,000
771
800
655 625 604 596
647
519 500 466
499
600
388
400
255 249 234 254
200
73
0
起業を決心した後の段階
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)
(注)第1位を3点、第2位を2点、第3位を1点として計算した。
●起業の経緯・形態
「前職の企業は退職したが、その企業との関係を
起業の経緯であるが、多くは、
「前職の企業を
保ちつつ独立して起業」した「のれん分け型」の
退職し、その企業とは関係を持たないで起業」し
起業が増えており、前職での経験や人脈を活かし
た「スピンオフ型」であることが分かる(第3-1-
つつ独立する起業家が増えていることがうかがわ
33図)
。また、2001年12月に中小企業庁が実施し
れる。
13
た「創業環境に関する実態調査 」と比べると、
起業の経緯
第3-1-33図
∼多くの起業は「スピンオフ型」であるが、近年「のれん分け型」が増加傾向にある∼
前職の企業を退職し、その企業とは関係を持たないで起業【スピンオフ型】
前職の企業は退職したが、その企業との関係を保ちつつ独立して起業【のれん分け型】
前職の企業の方針として、分社化又は関連会社として起業【分社型】
他社での勤務経験なく、独自に起業【独自型】
その他
2001 年調査
43.9
2010 年調査
44.2
16.1
21.8
23.6
12.5
6.0
6.9
0%
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)
中小企業庁「創業環境に関する実態調査」(2001年12月)
13 中小企業庁が実施。2001年12月に1991年以降に起業された企業15,000社を対象に実施したアンケート調査。回収率33.7%。
204
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
10.4
14.5
100%
第3部
経済成長を実現する中小企業
起業の形態に関しては、
「起業に係る手続が容
調達や販路拡大等が容易」という理由から会社組
易・低費用」
、
「事業の性格が個人事業に向いてい
織での起業を選択する起業家が多いことが分かる
(第3-1-34図)
。
第
る」
、
「会社組織になる前段階」という理由から個
人事業での起業を、
「社会的信用が得られ、資金
節
1
起業の形態選択の理由
第3-1-34図
∼「起業に係る手続が容易・低費用」等という理由で個人事業での起業を、
「社会的信用が得られ、資金調達や販路拡大等が容易」という理由で会社組織での起業を選択
する起業家が多い∼
(%)
80
68.2
70
60
49.6
50
37.6
40
33.3
30
21.4
20
15.0
12.3
10
11.2
2.9
その他
個人事業での起業の理由
有限責任
会社を設立したかった
社会的信用が得られ、
資金調達や販路拡大等が容易
その他
運営・税務申告等の手続が容易
会社組織になる前段階
事業の性格が個人事業に
向いている
起業に係る手続が
容易・低費用
0
会社組織での起業の理由
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)
帝国データバンク)
(注)1.「個人事業での起業」との回答割合は25.7%、「会社組織での起業」との回答割合は74.3%。
2.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。
●事業分野の選択理由
る」と回答しており、起業前までに蓄積した専門
事業分野の選択理由に関しては、多くの起業家
技術・知識、経験、人脈を活かせる事業分野を選
、
「以前の
が「専門的な技術・知識等を活かせる」
択していることが分かる(第3-1-35図)
。
勤務先と同じ業種」
、
「起業前までの人脈が活かせ
第3-1-35図
事業分野の選択理由
∼多くの起業家は、起業前までに蓄積した専門技術・知識、経験、人脈を活かせる事業分野を選択∼
(%)
60
55.5
50
42.0
40
39.6
34.2
30.3
30
23.5
21.5
20
20.1
13.6
10
4.7
3.6
3.0
2.3
2.3
その他
知識・経験・ノウハウが
あまり必要ない
家事・育児・介護と仕事の
両立が可能
世の中にない事業分野
不動産等資産が
有効活用できる
高収入を得る見込みがある
とにかく事業を
始めたかった
以前から興味のある分野
少ない資金で起業できる
成長性のある分野
以前の勤務先と
類似の業種
社会に貢献できる分野
起業前までの人脈が
活かせる
以前の勤務先と
同じ業種
専門的な技術・知識等を
活かせる
0
10.7
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)
帝国データバンク)
(注)複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。
中小企業白書 2011
205
第1章
経済成長の源泉たる中小企業
●起業時及び起業後の課題
る。また、起業時の課題として「起業に伴う各種
起業時に直面した課題及び起業後に直面した課
手続」も上位に挙げられており、起業に必要な手
題を比較すると、起業の前後で起業家が直面する
続が煩雑であったと考える起業家も少なからず存
課題が変化することが分かる
(第3-1-36図)
。特に、
在している。以下、課題として多く挙げられてい
最大の課題として起業時には「資金調達」が、起
る起業時の資金調達及び人材確保に焦点を当てて
業後には「質の高い人材の確保」が挙げられてお
詳細に論じていく。
り、起業時と起業後で中心的な課題が変化してい
第3-1-36図
起業時及び起業後の課題
∼最大の課題として起業時には「資金調達」が、起業後には「質の高い人材の確保」が挙げられており、起業時と起業後で中心的な課題が変化している∼
(%)
60 54.9
起業時の課題
起業後の課題
55.7
50
40
39.8
37.2
28.1
30
20
10
6.1 4.7
5.8 5.47.3 4.8
4.0
2.8
2.0
1.32.5
その他
特にない
前に経営していた
※
会社の整理
有能な専門家の確保
業界慣行
家族の理解・協力不足
前職からの退職
※
企業理念の設定/
従業員への浸透
対象とするマーケットの
選定/競争激化
事業内容の選定/陳腐化
マーケットの情報収集
製品・商品・サービス等の
価格競争力の強化
製品・商品・サービス等の
高付加価値化
規制
量的な労働力の確保
起業場所の選定/
事業所や土地の賃借料の高さ
事業に必要な
専門知識・技術の習得
経営知識の習得
仕入先の確保
販売先の確保
起業に伴う各種手続
※
質の高い人材の確保
資産調達
0
29.8
24.5 23.0 20.6
22.4
19.5 15.0
18.1
17.5 18.8
17.0
15.9 14.1 13.7
12.5
11.3
13.013.4 13.3
9.8 9.6 9.4 8.9 9.3 8.3
10.1
8.1
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)
(注)1.起業時とは起業準備期間中、起業後とは起業から現在に至るまでの時期をいう。
2.※印は、起業時のみで尋ねた項目。
3.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。
●起業資金の調達及び人材の確保
また、約2割が「公的機関・政府系金融機関の助
起業家の資金調達先の割合及び調達額
(中央値)
成金・借入金」を得ており、起業において政策金
を示したものが第3-1-37図である。資金調達先の
融が重要な役割を果たしていることが分かる。調
割合を見てみると、
「自己資金」
、
「配偶者や親族
達額の中央値を見てみると、ベンチャーキャピタ
からの出資金や借入金」
、
「友人や知人からの出資
ル等からの出資の金額が最も大きく、ごく少数の
金や借入金」が上位を占めており、いわゆる3F
起業家がベンチャーキャピタル等から大口の資金
(Founder, Family, Friends)からの融資が多い。
206
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
を得ていることがうかがわれる。
第3部
経済成長を実現する中小企業
起業資金の調達先
第3-1-37図
∼多くの起業家は、自己資金、配偶者や親族、友人や知人からの出資金や借入金によって起業資金を調達している∼
80
割合
(左軸)
(万円)
4,000
調達額の中央値
(右軸)
77.8
3,000
60
50
2,000
40
30
25.1
17.0
20
12.0
12.0
1,000
11.9
8.3
10
6.6
4.5
3.2
2.1
2.0
0.5
フランチャイズチェーン
本部からの借入金
ベンチャーキャピタル等からの
出資金
取引先からの出資金や借入金
地方公共団体からの
助成金・借入金
都市銀行からの借入金
以前の勤務先からの
出資金や借入金
信用金庫・信用組合からの
借入金
事業に賛同してくれた
個人・法人からの
出資金や借入金
地方銀行からの借入金
友人や知人からの
出資金や借入金
公的機関・政府系金融機関の
助成金・借入金
配偶者や親族からの
出資金や借入金
自己資金
0
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)
帝国データバンク)
(注)複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。
起業資金の調達に関して、金融機関の種類別に
受けた起業家が多く、これらの金融機関が積極的
見ていくと、第3-1-38図が示すように、地方銀行、
に起業資金を融資していることが分かる。
信用金庫・信用組合、政府系金融機関から融資を
金融機関からの起業資金の借入れ
第3-1-38図
∼地方銀行、信用金庫・信用組合、政府系金融機関が積極的に起業資金を融資している∼
都市銀行
(%)
60
地方銀行
信用金庫・信用組合
政府系金融機関
51.9
50
44.4
37.8
40
27.6
27.4
30
37.2
25.5
22.8
20
16.8
13.1
10
9.7
8.4 8.8
12.1
9.2 8.2
8.8
7.6
3.0
0.8 1.3 0.8 1.2
融資の必要がなかった
申請しても難しいだろうと
判断して、融資を
申請しなかった
金利、返済期間等の条件が
折り合わず、融資を
受けなかった
融資を申請したが断られた
調達希望金額からは
減額されたが、
ある程度の
金額の融資を
受けることができた
調達希望金額の融資を
受けることができた
0
15.5
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)
帝国データバンク)
次に、起業家の人材確保の手段について概観す
様に、知人や家族を中心として人材を確保してい
ると、
「知人や友人を採用」
、
「知人からの紹介」
、
ることが分かる(第3-1-39図)
。
「家族や親戚を採用」などが多く、資金調達と同
中小企業白書 2011
207
節
70
0
第
(%)
90
1
経済成長の源泉たる中小企業
第1章
第3-1-39図
起業時の人材確保
∼多くの起業家は、知人や友人、知人からの紹介、家族や親戚を中心に人材を確保している∼
42.0
28.5
27.9
22.0
15.2
13.8
6.4
2.1
0.9
教育機関との連携
合同就職説明会への参加
その他
3.1
助成金の活用
民間の人材紹介会社の利用
インターネットや求人誌で募集
家族や親戚を採用
知人からの紹介
ハローワークを通じて募集
知人や友人を採用
(%)
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)
(注)複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。
●業種別の傾向
び起業後の課題について分析を加える。
以上、我が国の起業活動の動向について概観し
類型ごとの起業の動機・目的の特徴であるが、
てきたが、同じ起業活動でも、業種によってその
IT 型では「アイディアを事業化したい」
、ものづ
実態や課題は多様であり、業種別に起業動向を把
くり型では「専門的な技術・知識等を活かしたい」
握する必要があるだろう。ここでは、①開業が特
と回答する割合が他業種と比べて高く、起業家が
14
に活発で、起業後の成長が顕著 な情報通信業を
自己のアイディアや技術・知識等を活かすべく起
「IT 型」
、②開業が特に活発で、起業後の雇用創
業していることが考えられる。医療・福祉型では、
15
出能力に富む 医療,福祉分野を「医療・福祉型」
、
「社会に貢献したい」と回答する割合が著しく、
③開業及び廃業が活発であるが、開業による雇用
必ずしも営利目的ではない「社会起業家」が活躍
16
創出能力が高い 小売業及び飲食・宿泊業を「生
していると推測される。また、生業型では、
「仕
業型」
、④開業率は低く廃業率は高いが、我が国
事を通じて自己実現を目指したい」と考える起業
の産業・技術の基盤となっている製造業を「もの
家の割合が高い(第3-1-40図)
。
づくり型」として、起業の動機・目的、起業時及
14 第3-1-3図及び第3-1-15図を参照。
15 第3-1-3図及び第3-1-19図を参照。
16 第3-1-3図及び第3-1-16図を参照。
208
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
第3部
経済成長を実現する中小企業
類型別起業の動機・目的
第3-1-40図
∼IT 型では「アイディアを事業化したい」
、ものづくり型では「専門的な技術・知識等を活かしたい」
、医療・福祉型では「社会に貢献したい」
、生業型では「仕事を通
じて自己実現を目指したい」との動機・目的が比較的多いのが特徴である∼
IT型
医療・福祉型
生業型
第
全産業
(%)
80.0
ものづくり型
58.5
55.3
54.4
52.1
60.0
50.0
節
70.9
70.0
1
59.5
46.1
52.2
49.5 48.0
46.7 49.7
45.6
46.8
45.2
41.6
40.0
37.7
35.3
45.6
38.1
37.1
30.0
26.5
31.9 29.7
34.2 34.4
28.8
22.1
32.0
29.1
28.7
28.5
25.7
18.9 20.4
20.0
22.8
18.3
15.1 14.3
10.0
8.4
5.4
時間的・精神的ゆとりを
得たい
以前の勤務先の
将来の見通しが暗い
経営者として
社会的評価を得たい
年齢に関係なく働きたい
より高い所得を得たい
アイディアを事業化したい
専門的な技術・知識等を
活かしたい
社会に貢献したい
自分の裁量で自由に
仕事をしたい
仕事を通じて
自己実現を目指したい
0.0
19.0 18.6
17.7
15.1 13.5
14.1
13.9
11.1
10.7
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)
帝国データバンク)
(注)1.全体の回答数上位10位の項目を集計。
2.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。
次に、起業時及び起業後に直面した課題である
は、
一貫して「質の高い人材の確保」が課題となっ
が、IT 型及びものづくり型では、
「販売先の確保」
ていること、生業型では、他類型と比べて、起業
から「質の高い人材の確保」へと大きな課題が変
時には「仕入先の確保」が、起業後には「製品・
化することは共通しているが、起業時において、
商品・サービス等の価格競争力の強化」及び「製
ものづくり型では、
「資金調達」が最大の課題と
品・商品・サービス等の高付加価値化」といった
なる一方、IT 型では、
「資金調達」を課題として
製品・商品・サービス等の改良が課題となってい
いる企業の割合は低く、少額資金での起業が可能
ることに特徴がある
(第3-1-41図①、
第3-1-41図②)
。
であることが推測される。また、医療・福祉型で
第3-1-41図① 類型別起業時の課題
∼起業準備期間中の課題は、IT 型以外の類型で「資金調達」が最大、また IT 型やものづくり型では「販売先の確保」
、医療・福祉では「質の高い人材確保」
、
生業型では「仕入先の確保」が多いことが特徴である∼
(%)
70.0
60.0
全産業
63.363.8
54.9
IT型
医療・福祉型
61.3
37.2
39.7
37.2 38.0
39.5
41.0
43.8
30.7
30.0
28.2
30.0 28.1
26.3
24.3 24.5
30.0
18.3
20.0
23.0
17.9
29.5 27.5
27.0
20.6
18.3
33.9
24.6
23.0
16.7
15.4
16.5 15.6 14.115.5
14.1
13.3
13.4
13.1 13.7
10.3 8.7
10.3
9.0
8.1
6.9
規制
量的な労働力の確保
起業場所の選定
事業に必要な
専門知識・技能の習得
経営知識の習得
6.5
仕入先の確保
起業に伴う各種手続
質の高い人材の確保
資金調達
6.5
販売先の確保
10.0
0.0
ものづくり型
57.1
50.0
40.0
生業型
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)
帝国データバンク)
(注)1.全体の回答数上位10位の項目を集計。
2.起業時とは、起業準備期間中の時期をいう。
3.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。
中小企業白書 2011
209
経済成長の源泉たる中小企業
第1章
第3-1-41図②
類型別起業後の課題
∼起業後の課題は、全ての類型で「質の高い人材の確保」が最大となっている∼
(%)
80
全産業
75.5
72.7
IT型
医療・福祉型
生業型
ものづくり型
70
60
55.7
57.4
55.8
50
52.9
45.2
40.3 41.7
39.8 39.2
40
42.9
31.2
29.8
30
25.0
20
9.3
10
25.3 25.8
22.1
19.5
20.5
19.5
18.8
25.0
24.5
13.1
5.9
32.1
26.6
23.4
23.4
20.5
19.5 21.3
19.9
18.7
18.1 18.6
17.0
17.5
14.3 16.1 15.9
12.9
11.7
9.7
2.5
仕入先の確保
企業理念の従業員への浸透
製品・商品・サービス等の
高付加価値化
量的な労働力の確保
製品・商品・サービス等の
価格競争力の強化
経営知識の習得
対象マーケットにおける
競争激化
販売先の確保
資金調達
質の高い人材の確保
0
22.4
23.2
21.9
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)
(注)1.全体の回答数上位10位の項目を集計。
2.起業後とは、起業から現在に至るまでの時期をいう。
3.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。
●起業活動の促進
る。資金に関しては、
その大半を自己資金や身内、
以上、我が国の起業の実態や課題について、起
友人から調達しているのが現状であるが、起業活
業家に対するアンケート調査を中心に分析してき
動が我が国経済に与える影響と起業のリスクを考
たが、数字の上では低調であるものの、我が国の
えると、政策的な支援が必要とされる。日本公庫
経済成長に確実に寄与している起業活動を促進す
では、新たに事業を始める又は事業を開始して間
るためには、どのような取組が必要なのであろう
もない起業家向けに、1,000万円までの融資を無
か。
担保・無保証人で利用できる新創業融資制度を取
前掲第3-1-6図が示すとおり、我が国には100万
り扱っており、2009年度には11,562件、総額約
人を上回る潜在的な起業家が存在し、起業に関心
394億円、2010年度には10,522件、総額約358億円
を持つ人々は多い。まずは、そうした潜在的な起
の融資を行っている(第3-1-42図)
。既に示した
業家にとっての課題を除去することが、起業の促
とおり、起業家の17.0%が公的機関・政府系金融
進には必要であろう。
機関の助成金・借入金を利用しており(前掲第
既に述べたとおり、起業家にとって起業時の最
3-1-37図)
、起業活動の促進に果たす政策金融の
大の課題となっているのは、起業資金の調達であ
役割は大きい。
210
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
第3部
経済成長を実現する中小企業
新創業融資制度の実績
第3-1-42図
∼日本公庫は、起業家向けに積極的に融資を行っている∼
(件)
25,000
件数(左軸)
第
(億円)
600
金額(右軸)
503.7
節
485.1
500
20,000
1
394.2
15,000
286.3
11,562
246.6
10,000
400
357.8
14,776
14,108
300
10,522
9,237
200
7,535
5,000
100
0
0
05
06
07
08
09
10
(年度)
資料:
(株)
日本政策金融公庫調べ
問題となるのは、融資を受けた企業が、起業に
影響を受けつつも、86.8%が存続している。また、
成功し、成長しているのかということである。日
61.0%が黒字基調、1企業当たりの従業者数も開
本公庫が融資時点で開業後1年以内の企業を対象
業時の3.8人から4.9人に増加するなど、融資を得
17
に継続的に実施している
「新規開業パネル調査 」
た起業家が着実に成長していることが分かる(第
によると、2006年に起業した企業は、開業4年目
3-1-43図)
。
の2009年12月時点では、リーマン・ショックの
第3-1-43図 (株)
日本政策金融公庫の融資を受けた2006年に起業した企業の動向
∼融資を得た起業家は、着実に成長している∼
採算状況
黒字基調
2006年末
59.1
従業者数の動向(一企業当たり)
赤字基調
経営者本人
家族従業員
常勤役員・正社員
パートタイマー・アルバイト・契約社員
派遣社員
(人)
6
40.9
5
4.5
0.1
2007年末
2008年末
2009年末
0%
72.4
68.3
61.0
27.6
4
0.0
1.8
4.9
0.1
1.8
1.9
3
1.3
2
0.9
1.3
1.5
1.5
0.5
0.5
0.5
0.5
1.0
0.9
0.9
0.9
開業時
2007年末
2008年末
2009年末
1
100%
0.0
3.8
31.7
39.0
4.8
0
資料:
(株)
日本政策金融公庫「新規開業パネル調査」
(注)1.不動産賃貸業を除く。
2.採算状況については、2006∼2009年の全ての調査に回答した企業について集計。
3.従業者数の動向については、起業時及び2007∼2009年の全ての調査に回答した企業並びに廃業企業については、廃業年以前の従業者数を全て回答した企
業について集計。廃業企業については、廃業以降の従業者数を0としている。
17 2006年以降、毎年12月に2006年に起業した国民生活金融公庫(現・日本公庫)の取引先2,897社
(不動産賃貸業を除く)を対象に実施しているアンケート調査。
2009年12月調査では、1,411社が回答。
中小企業白書 2011
211
第1章
経済成長の源泉たる中小企業
前出第3-1-38図では、政府系金融機関のほかに、
等が地域の雇用・産業特性等に合った若者の就業
地方銀行、信用金庫・信用組合も積極的に起業資
促進及び能力向上を図るため、都道府県のマネジ
金を融資していることを示したが、特に開業率が
メントのもと、
民間ノウハウを積極的に活用して、
18
高くない非大都市圏においては 、地域に密着し
キャリアカウンセリングや人材育成研修等の一貫
た地方銀行や信用金庫・信用組合が、独自の技術
した就職支援サービスを一か所で受けられるジョ
や製品等のシーズを持つ潜在的な起業家に対し
ブカフェ事業を実施し、同事業によって2010年
て、より積極的に起業資金を融資し、起業活動を
度には約5.3万人の就職が決まっている。第1部で
促進することが、地方経済の活性化につながると
も述べたように、中小企業庁等は、中小企業と就
いえよう。
職未内定の新卒者等を、職場実習を通じてマッチ
2011年3月11日に発生した東日本大震災によっ
ングする新卒者就職応援プロジェクトや合同就職
て、多くの中小企業が被災したが、特に地震や津
説明会等の事業を実施している。また、
(独)
雇用・
波によって工場や店舗が壊滅した中小企業者に
能力開発機構が創業・異業種進出に伴う人材の雇
とって、事業の再建は、起業時と同様、資金調達
入れに対して助成金を給付しており、2010年度
の課題に直面する。震災によって直接・間接に被
には、4,478人に対して、約37.3億円の助成が行わ
災した中小企業者等に対して、日本公庫では、災
れた20。また、販路の開拓についても、中小機構
害復旧貸付及び東日本大震災復興特別貸付、
(株)
が企業 OB 等を販路ナビゲーターとして登録し、
商工組合中央金庫では、
危機対応業務として長期・
中小企業に対して製品等の評価及び販路候補先に
低利の資金を融資し、また、保証協会では、災害
係る情報を提供する販路ナビゲーター創出支援事
関係保証及び東日本大震災復興緊急保証として、
業や、中小機構によって中小企業総合展等が実施
事業再建資金の借入に対する保証を行うなど、厳
され、販路拡大を支援している。新規企業にとっ
しい中にも事業の再建を図る企業家を支援してい
ての人材や販路確保の難しさは、企業や企業の持
る。
つ製品・商品・サービスの情報が不足している点
また、起業時の課題として「起業に伴う各種手
にあるといえよう。そうした意味でも政府、都道
続」が多く挙げられるが、起業を促進するために
府県等が有望な新規企業を掘り起こしたり、支援
は、起業に必要な手続の簡素化や規制の緩和等が
したりすることは、新規企業の情報を求職者や取
重要であろう。2006年5月に施行された会社法で
引先が得る上でも有効である。
は、最低資本金規制が撤廃されたが、今後とも起
以上、起業活動を促進させる取組について論じ
業を促進するためには、参入障壁を引き下げてい
てきたが、
前述のとおり IT 型で人材や販路、
医療・
く必要がある。同時に、参入障壁を引き下げるの
福祉型では人材、生業型では他業種と比べて仕入
みならず、企業が市場から撤退又は再生しやすい
先確保や製品等の価格競争力・高付加価値化、も
環境を整備することが必要であろう。中小企業白
のづくり型では資金調達、人材、販路確保と、業
書(2003年版)によると、休廃業した倒産企業
種によって抱えている課題は異なっているよう
の経営者の多くが経済的負担や精神的負担から再
に、起業家が有する課題は、多様である。起業の
19
起業を希望していないことが指摘されているが 、
経済社会に与える影響の大きさと起業のリスクを
こうした負担を軽くし、起業のリスクを低減させ
鑑みると、起業活動の促進に果たす政府、都道府
ることで、起業・再起業しやすい環境を整えるこ
県、各種金融機関の役割は大きい。引き続き、有
とが必要といえる。
望な新規企業を掘り起こし、資金調達支援や人材
他に起業時及び起業後の課題として、
「質の高
確保・販路開拓支援、参入障壁の撤廃や市場から
い人材の確保」や「販売先の確保」が多く挙げら
の撤退・再生制度の整備を中心として、起業家に
れているが、新規企業にとって人材や販路の確保
応じたきめ細かい政策的な支援を工夫していく必
は非常に難しく、この分野でも政策的な支援が必
要がある。
要とされる。人材の確保については、経済産業省
18 中小企業白書
(2008年版)p.144では、北海道、東京、大阪、福岡等、人口100万人を超える都市を有するような都道府県は、比較的開業率が高い傾向にあるこ
とを指摘している。
19 中小企業白書(2003年版)p.130を参照。
20 2011年度からは、新成長戦略において重点強化の対象となっている健康・環境分野等に該当する事業への創業・異業種進出に伴う人材の雇い入れに対して、助
成金を給付している。
212
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
第3部
経済成長を実現する中小企業
ここまで起業活動を促進するための取組につい
なったと考える起業家が多いことが分かる21。起
て概観したが、成功した起業家は、起業した事業
業時及び起業後に直面した課題として圧倒的に多
の成果が得られている要因についてどのように考
く挙げられた資金調達や人材確保も、成功要因と
えているのだろうか。第3-1-44図は、事業の成果
して上位に挙げられているが、販売先の確保、事
が得られていると考える起業家に、その要因を尋
業内容の選定、専門知識・技能の習得と同じ程度
ねた結果である。これによると、
「過去の経験や
に成功要因として認識されている。
人脈」が最も多く挙げられており、新規企業とは
第3-1-44図
起業した事業の成果が得られている要因
∼起業した事業の成果が得られている要因として「過去の経験や人脈」が最も多く挙げられており、新規企業とはいえ、起業家の過去の経験や人脈等が
重要な成功要因となっている∼
34.1
33.9
32.8
31.7
30.1
27.5
27.5
23.6
22.8
20.9
17.2
15.8
15.0
製品・商品・
サービス等の高付加価値化
起業家の
リーダーシップ
対象とする
マーケットの選定
起業場所
一緒に起業した
パートナーの存在
事業のもとと
なるアイディア
家族の理解・協力
仕入先の確保
資金調達
事業に必要な
専門知識・技能の習得
事業内容の選定
質の高い人材の確保
販売先の確保
過去の経験や人脈
(%)
50 46.3
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)
帝国データバンク)
(注)1.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。
2.15%以上回答があった項目について集計。
21 女性では、管理職経験がある女性は、男性経営者と遜色ない経営成果や事業拡大意欲を有すること、管理職や事業管理の経験年数が長いほど、経営する企業の資
本金規模や従業員規模が大きくなることが指摘されている。(鹿住倫世「女性企業家の企業家活動における職業経験の影響
(日本ベンチャー学会2006)
」
)。
中小企業白書 2011
213
節
いえ、過去の経験や人脈等が重要な成功要因に
第
●起業の成功要因
1
第1章
経済成長の源泉たる中小企業
事例3-1-7
起業家が前職で培った大学研究者、技術者、職人との人脈や製品開発の経
Case 験を活かして、新薬開発や再生医療に貢献する細胞操作装置を開発した大
学発ベンチャー企業
大阪府豊中市の株式会社アイワークス(従業員1名、資本金550万円)は、誘電泳動の技術を利用して細胞を
操作・選別・融合する装置「セルワークス」を開発した大学発ベンチャー企業である。現在は、大阪大学に研究
拠点を構えて、バイオサイエンス研究ツールの研究開発や製造・販売を行っている。
同社の横山拓也社長は、前職で顕微鏡の開発に従事していたが、大阪大学の脇坂嘉一氏と知り合い、不均一な
電場にある物質に力が働く「誘電泳動」という電気力学現象に興味を抱いた。前職の企業からの資金援助等、各
方面からの支援が得られたこともあり、脇坂氏と共同で2007年に株式会社アイワークスを起業した。経営面は
横山社長が、技術面は脇坂氏が担当し、受託研究や実験器具の製造等を行っていたが、ついに誘電泳動を利用し
て顕微鏡下で細胞を自由に操作・選別・融合することができる細胞操作装置セルワークスの開発に成功、将来の
新薬の開発や再生医療の分野での活躍が期待されている。
「起業には、パートナーの存在、前職企業での経験や取引先、そして、精神的な支柱となってくれた家族が重
要だった。
」
と横山社長は語る。とりわけ前職での経験から、
製造の現場に実際に足を運ぶことの大切さ、そして、製品
開発の初期段階で多額の費用をかけず、設計にある程度め
どが立ってから製品化することの重要性を学んだという。
横山社長は、「今後は、セルワークスを主軸にそのアプリ
ケーションを増やすことに注力し、バイオサイエンスの発
展に貢献したい。
」と語る。
セルワークスの操作風景(左)と細胞を融合させている様子(右)
事例3-1-8
Case
国・県・市から自社の独自技術とビジネスモデルの認定を受けることに
よって販路拡大に成功している企業
福岡県福岡市の株式会社ファーストソリューション(従業員3名、資本金300万円)は、福岡市等のインキュ
ベーション施設、
(株)
福岡ソフトリサーチパークセンタービルに入居する2005年に起業された企業である。汚
泥の凝集沈殿・脱水・輸送までを一貫して行う独自の汚泥処理技術「MC(メッシュカット)工法」を活かし
て、コストを抑えた環境にも優しい小型の汚泥処理装置を武器に着々と成長を遂げている。
同社の高田将文社長は、大学卒業後に、地元の総合設備工事業者に就職し、水処理関連の業務に従事していた
が、管理職に昇進する直前に、現場のエンジニアであり続けたいとの思いから独立を決意し、環境ベンチャーと
して同社を起業した。
高田社長は、前職の経験から汚泥処理の技術には自信があったが、経験のない経営面については、
(独)中小企
業基盤整備機構のアドバイザーから助言を得ている。ま
た、技術の認知やブランドも重要であると考え、経済産
業省の新連携事業及び福岡県の経営革新計画の認定を受
けるとともに、福岡市の福岡市ステップアップ助成事業
の最優秀賞を受賞し、また、国土交通省の新技術情報提
供システム(NETIS)への登録も行い、販路の拡大に
成功している。現在は、東アジアへの海外展開も視野に
入れており、より一層の成長が見込まれている。
214
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
同社が開発した小型汚泥処理装置(左)と汚泥の脱水に用いるエコポーチ(右)
第3部
経済成長を実現する中小企業
(起業後からリーマン・ショック
(2008年9月)ま
この結果を踏まえると、大学や勤め先等で、一定
での売上高、経常利益及び収支)
に影響を与えて
の経験や人脈、専門知識・技能を蓄えた後に、働
いるのか、起業実態調査に基づいて分析すると、
き盛りの年齢で積極的に事業を起こした起業家
能動的起業家であること、起業時の年齢の若さ、
が、その後に成功しやすいことが示唆される(第
大卒以上の学歴等の起業家の属性が、起業後の成
3-1-45図)
。
第3-1-45図
起業家の属性が起業後の成果に与える影響
∼能動的起業家であること、起業時の年齢の若さ、大卒以上の学歴等の起業家の属性が、起業後の成果に有意に影響を与えている∼
能動的起業家ダミー
パートナーダミー
会社組織での起業ダミー
起業の相談相手ダミー
経営上の工夫ダミー
資金の充足感ダミー
売上高
経常利益
収支
***
*
***
**
*
***
*
*
ベンチャーキャピタル等からの出資ダミー
男性ダミー
起業時の年齢
学歴(大卒以上)ダミー
保有資産
親の職業ダミー
就業経験ダミー
事業経営経験ダミー
起業支援策の活用ダミー
**
***
***
**
**
*
***
**
資料:中小企業庁委託「起業に関する実態調査」(2010年12月、(株)
帝国データバンク)
(注)1.詳細については、付注3-1-1参照。
2.リーマン・ショック
(2008年9月)まで3年間(起業して3年未満の場合は、起業時からリーマン・ショックまで)の売上高・経常利益及び収支の状況を被説明
変数としている。
3. *は他の条件が一定の場合、その項目が起業後の成果に影響を与えていることを示す。
4. ***は1%水準、**は5%水準、*は10%水準で有意であることを示す。
我が国の起業家は、その大半が既存企業を退職
専門知識・技能の習得」も多く挙げられており(前
した後に起業する「スピンオフ型」や「のれん分
掲第3-1-44図)
、回帰分析によると起業家の大卒
け型」に分類されるが(前掲第3-1-33図)
、既存
以上の学歴や経営上の工夫(新技術、
新生産方式、
企業に勤めている被雇用者は、業務の中から起業
新商品・新サービスの導入等)を有して参入する
のもととなるアイディア及びやりたい仕事を発見
ことが、起業後の成功に有意に影響を与えている
する機会並びに起業のパートナーと出会ったり、
(前掲第3-1-45図)ことから、大学や過去の職業
起業家や取引先と交渉する中で起業に興味を抱い
等で得た専門知識や技能を活かして、新技術等を
たりとトリガーイベントに遭遇する機会に恵まれ
市場に持ち込むイノベーティブな起業家ほど、成
ている。こうした経験や人脈を有する被雇用者に
功する確率が高いといえよう。
とっては、既にある程度の資金、経験、人脈を有
以上から、教育や職歴によって経験や人脈、専
しているため、資金や人材等が参入障壁となりに
門知識や技能を有する者が、若くして起業に挑戦
くく、また、起業後の課題や成功要因となる販売
するほど、成功しやすいといえる。今後は、こう
先の確保にも有利であるといえる。このように企
した有能な若手の被雇用者が積極的に起業できる
業への勤務経験は、起業の成功に大きく作用する
環境を整備することにこそ、起業による経済の新
ことが推察される。
陳代謝を進めていく鍵があるといえよう。
また、起業の成功要因として、
「事業に必要な
22 詳細に関しては、付注3-1-1を参照。
中小企業白書 2011
215
節
果に有意に影響を与えているとの結果が得られた22。
第
次に、起業家のどのような属性が起業後の成果
1
第1章
経済成長の源泉たる中小企業
以上、第1節では、数字の上では低調であるが、
れまでの延長線上に明るい未来が見通せない現
確実に経済成長の源泉となっている我が国の起業
在、震災からの復興の担い手や、硬直した時代を
活動について概観した後、起業活動を活性化させ
打破し新しい未来を切り拓く旗手となるのは、間
る取組について述べてきた。我が国経済は、震災
違いなく果敢な挑戦を続ける現在そして未来の起
前から、長期にわたって低成長が続いており、こ
業家なのである。
第2節
我が国の転業の実態
23
第1節では、我が国の起業をめぐる動向につ
は、新たに生まれる起業家ばかりではない。既
いて概観し、我が国の起業活動は、数字の上で
存の経営者の中にも、更なる成長や難局の打開
は、必ずしも活発ではないものの、経済の新陳
のために、起業時のような企業家精神を発揮し
代謝やイノベーションの促進、雇用の創出、社
て、新分野への進出や事業転換、業種転換を行
会の多様化といった観点から、起業が経済社会
う者も存在する。そこで、第2節では、既存企
に重要な影響を及ぼしていることを述べた。起
業の新分野進出、事業転換、業種転換といった
業家の誕生が、我が国の経済成長の重要な一翼
転業に着目して、転業の実態及び転業が経済社
を担っていることは確かであるが、経済成長に
会に与える影響について分析し、転業による経
必要となる旺盛な企業家精神を持っているの
済の新陳代謝について詳細に見ていく。
❶ 我が国の転業の現状
品・サービスが変化することをいう。
●転業の定義
転業とは、一般的に「職業や営業内容をかえる
24
③「業種転換」とは、
「事業転換」のうち、売
こと」をいうが 、転業には様々な態様が考えら
上高構成比が最も高い業種が変化することをい
れる。ここでは、転業の態様を、事業内容の変更
う。つまり、主な製品・商品・サービスが業種を
程度によって、①「新分野進出」
、②「事業転換」
、
超えて変化することである。業種について、ここ
③「業種転換」に分類し、分析していく。
では、総務省「日本標準産業分類」を用いること
①「新分野進出」とは、既存企業が主な業種や
にする。日本標準産業分類には、大分類、中分類、
事業を変更することなく、関連事業又は新規事業
小分類、細分類と四段階の区分が存在しており、
に進出することである。例えば、ある製品を製造
大分類では20業種、中分類では99業種、小分類
又はある商品・サービスを販売している企業が、
では529業種、細分類では1,455業種に分類されて
その事業を継続しつつ、関連事業や新規分野で別
いる。例えば、大分類には、
「建設業」
、
「製造業」
、
の製品を製造又は商品・サービスを販売すること
「卸売業,小売業25」等が、中分類には、
「製造業」
である。
の中で例示すると、
「繊維工業」
、
「鉄鋼業」
、
「輸
②「事業転換」とは、
「新分野進出」のうち、
送用機械器具製造業」等が存在する。業種転換の
同じ業種内で売上高構成比が最も高い事業が変化
定義は、業種分類の段階により異なることに留意
することである。具体的には、企業が製造又は販
する必要がある。
売している売上高構成比の最も高い主な製品・商
23 シュムペーターは、著書「経済発展の理論」の中でこう述べている。
「だれでも「新結合を遂行する」場合にのみ基本的に企業者であって、したがって彼が一度創
造された企業を単に循環的に経営していくようになると、企業者としての性格を喪失するのである。またそれゆえ、だれでも数十年間の努力を通じてつねに企業
者のままでいることは稀であって、これはちょうど、どんなにわずかであっても、なんらの企業者的要因ももたない実業家の存在が稀であるのと同様である。」。
24 岩波書店「広辞苑(第六版)」
25 日本標準産業分類によると「卸売業,小売業」で一つの大分類であるが、便宜上、以下では「卸売業」と「小売業」に区分して分析する。
216
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
第3部
経済成長を実現する中小企業
事例3-1-9
Case 超精密切削加工技術を活かして医療機器関連分野へ進出した企業
大阪府大阪市のハリキ精工株式会社(従業員102名、資本金6,000万円)は、1952年に起業された精密機
器部品を製造・販売する企業である。
第
会社設立以来、超精密切削加工技術をコア技術として AV 関連部品を製造していたが、1990年頃には IT 関
連部品、2000年頃には自動車関連部品と次々に時代の潮流に合わせた新分野進出を果たし成長を遂げてきた。
して、医療機器用の精密部品を製造・販売している。
医療機器分野への進出に際しては、従来の大量の部品を
高い精度で安定して生産する方式から、少量で複雑な部品
を精密に生産する体制への転換や、新しい部品の生産や検
査のための従業員の再教育等のいくつかの課題に直面し
た。しかしながら、医療機器分野を事業の柱とすべく、長
年培ってきた切削加工技術を核に医療機器用精密部品を製
造し、大阪商工会議所や(独)日本貿易振興機構等と共に参
加した見本市では、アメリカの企業との商談を成立させ、
新分野における成功の足掛かりを作っている。
同社の榛木竜社長は、
「医療機器分野への進出を機に、
今後は自社の裁量を増やすべく、部品から商品へと展開し
ていきたい。
」と話している。
同社の製造した医療機器用の精密部品
事例3-1-10
Case
事業転換後にハイパワーLED を開発し、太陽の塔を40年ぶりに開眼させ
た企業
大阪府守口市の株式会社 WDN(従業員7名、資本金1,000万円)は、2001年に起業された LED 照明や投
光器の開発・製造・販売等を行う企業である。
同社は、従来、液晶ディスプレイのバックライトや特殊な磁石を製造する大企業の下請企業であったが、親企
業の海外展開によって受注が減少した。2006年に就任した同社の望月初博社長は、事業転換を決意し、成長が
見込まれる環境分野での事業展開を目指し、約1年半の間、休業して LED 照明の開発に挑戦した。技術者出身
であった望月社長は、転業前のバックライトの偏光板や反射板、
放熱の技術を活かして試行錯誤の末に開発に成功し、2008年
に LED 事業を開始した。2010年の大阪万博開催40周年記念
事業で、万博記念公園の太陽の塔の目玉を点灯させるプロジェ
クトに参加、自社の LED 照明を用いて40年ぶりに太陽の塔を
開眼させた。
望月社長は、
「転業には領域を限定して自社の強みを活かすこ
と、そして、資金繰りが重要である。
」と語る。同社は、2010
年7月に経営革新計画の承認を取得し、中小企業応援センター
26
を活用しつつ、新たに特許申請中のフレキシブル面 LED によ
り、更に事業を成長させている。
同社の LED 照明によって40年ぶりに開眼した太陽の塔
26 照明範囲を調整することができる発光ダイオードのこと。
中小企業白書 2011
217
節
2007年頃からは、国内及び海外で需要が見込まれる医療機器分野に進出し、卓越した最先端の加工技術を活か
2
第1章
経済成長の源泉たる中小企業
事例3-1-11
Case 店頭販売からインターネット通信販売に業種転換して成長を続ける企業
東京都八王子市のタンタンコーポレーション株式会社(従業員15名、資本金4,700万円)は、1946年に設
立された家電を販売する企業である。地元八王子市を中心に店舗販売で業績を伸ばし、バブル絶頂期には10店
舗まで成長した。その後、景気の急速な悪化や郊外型のディスカウントショップの台頭に伴い、店舗の閉鎖を行
い、1999年には3店舗にまで減少した。その頃に始めたのが、インターネット通信販売事業である。現在では、
全ての店舗を閉鎖してインターネット通信販売専門事業者へと転業し、年商40億円まで成長させることに成功
した。
成長の秘訣は、店舗販売で培われた対面販売の心地よさを、インターネット通信販売という仮想の市場で実現
できたことである。象徴的な取組として、電話応対を行う社員には、店舗販売経験者のみを採用しており、また、
顧客に返信するメールの内容について、1時間以上議論をして推敲することが度々あるという。同社は、こうし
た顧客満足を向上させる取組を、システムにも反映している。まず、インターネット上に氾濫する価格情報を自
動検索システムによって1日1万回以上検索し、自社の価格に反映させている。また、インターネット通信販売
利用者が申込ボタンをクリックした瞬間から感じる不安を払
拭するため、申込から商品到着まで進捗を知らせるメールを
4回以上送信している。さらに、注文のページ上に自由記述
欄を設けており、
「お祝い用の包装を施して出荷してほしい。」
など、定型的な要求では満たせない注文にも対応している。
こうした取組が奏功し、一般の消費者以外にも学校、病院、
電気工事事業者から多数の注文が寄せられるようになった。
これらは、「顧客満足度を引き上げることが自らの成長につ
ながる。」という強い経営理念に基づく対応だといえる。とか
く価格だけが注目されがちなインターネット通信販売だが、
同社は血の通った知恵を盛り込むことで更なる成長を目指し
ている。
顧客に返信するメールを推敲する様子
以上で定義した新分野進出、事業転換、業種転
●業種転換の実態
換に基づいて、以下、我が国における転業の現状
まずは、業種転換による産業構造の転換につい
の分析を行う。ここでは、転業のうち、統計や民
て見ていく。日本標準産業分類の大分類で、業種
間の企業データベースで捕捉することが可能な業
別の事業所数の変動を示した第3-1-46図による
種転換に焦点を絞って、我が国では、どのような
と、開業や廃業と比べて、他業種からの転出や転
業種転換が起きているのかについて詳しく見てい
入による事業所数の変動幅は小さく、大分類での
く。
業種転換による新陳代謝は、開廃業によるものと
比べて小さいといえる。
218
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
第3部
経済成長を実現する中小企業
業種別の転出入率及び開廃業率(2004∼2006年、事業所単位、年平均)
第3-1-46図
∼開廃業と比べて、他業種からの転出や転入による事業所数の変動幅は小さい∼
(%)
20.0
情報通信業
1.3
15.0
14..8
14
14.8
運輸業
運輸業
10.0
4.3
3.2
6.0
5.6
0.4卸売業
1.2
6.1 5.2
節
製造業
0.8
第
5.0
建設業
0.4
医療,福祉
教育,学習支援業
複合サービス事業
飲食店,
金融・保険業
サービス業
0.2 0.2
宿泊業
(他に分類されないもの)
小売業
不動産業
0.2
0.3
0.5
0.8
0.8
0.5
1.1
9.4
7.0
6.2
8.4
7.8
5.5
6.4
5.3
2
0.0
5.0
0.3
10.0
6.7 6.6
0.9
7.0
8.0
5.7
9.1
0.1
0.3
0.4 3.0
0.6
0.3
0.1
12..4
12
12.4
1.1
15.0
5.0
5.5
7.6
6.1
0.8
0.8
0.2
0.5
転入 開業 廃業 転出
20.0
資料:総務省「事業所・企業統計調査」再編加工
(注)1.横軸は、2004年の全事業所に占める各業種の事業所の割合を表している。
2.鉱業及び電気・ガス・熱供給・水道業は、事業所数が少なく、表示されていない。
3.事業所単位の開廃業は、支所や工場の開設・閉鎖及び移転による開設・閉鎖を含む。
4.ここでいう事業所の転出入は、産業大分類間での収入額又は販売額の最も多い業種の転換に基づく。
また、企業単位で、どの業種からどの業種への
ると、卸売業と小売業及び卸売業と製造業の間で
転換が起きているのかを把握すべく、
( 株)帝国
の業種転換が多く、卸売業を中心に川上展開、川
データバンクのデータベースを用いて、2千企業
下展開が起きていることがうかがわれる(第3-1-
以上の転換があった業種間について詳細に見てみ
47図)
。
コラム3-1-3
総務省「経済センサス−基礎調査」を用いた転出入率の算出
コラム3-1-3図は、事業所・企業統計調査及び経済センサス−基礎調査を用いて、2006∼2009年の事業所
の転出入率及び開廃業率を示したものである。これによると、依然として多くの業種で、転出入による事業所の
変動幅が小さいことが分かる。
コラム3-1-3図 業種別の転出入率及び開廃業率(2006∼2009年、事業所単位、年平均)
∼多くの業種で、転出入による事業所数の変動幅が小さい∼
0.7
複合サービス事業
(%)
20.0
転入
15.0
開業
情報通信業
1.9
10.0
5.0
21.4
教育,
学習支援業
運輸業
建設業
0.8
1.5
0.0
製造業 6.0
0.8
1.8
1.2
2.0
金融・保険業
卸売業
3.0
小売業
1.2
2.1
2.4
不動産業
1.3
0.6
2.7 1.4
医療,
飲食店,福祉
宿泊業
0.3
0.3
3.8
4.2
サービス業
(他に分類されないもの)
0.5
1.0
2.5
2.4
(%)
20.0
教育,
学習支援業
転出
運輸業
15.0
廃業
10.0
5.0
建設業
0.8
4.6
0.0
情報通信業
1.9
卸売業
製造業
1.1 2.3
1.7
5.3
6.9
4.6
5.5
金融・保険業
小売業
不動産業
1.0
0.5
飲食店,
医療,
宿泊業
福祉
0.4
5.8
3.9
0.2
7.7
4.0
複合サービス事業
サービス業
22.3 (他に分類されないもの)
0.8
0.5
6.5
9.5
5.8
1.3
4.8
資料:総務省「事業所・企業統計調査」、「経済センサス−基礎調査」再編加工
(中小企業庁試算)
(注)1.横軸は、2006年期首の全事業所(非一次産業)に占める各業種の事業所の割合を示している。
期首の事業所数は、存続事業所及び廃業事業所から算出した。
2.鉱業及び電気・ガス・熱供給・水道業は、事業所数が少なく、表示されていない。
3.事業所単位の開廃業は、支所や工場の開設・閉鎖及び移転による開設・閉鎖を含む。
4.ここでいう事業所の転出入は、産業大分類間での収入額又は販売額の最も多い業種の転換に基づく。
5.転入・転出事業所及び廃業事業所については、平成18年事業所・企業統計調査の調査範囲に限定されるため、転出入率及び廃業率が過小に算出さ
れる可能性がある。
6. 開業事業所と廃業事業所の定義の違いにより、開業率と廃業率を単純に比較できない。
中小企業白書 2011
219
経済成長の源泉たる中小企業
第1章
産業大分類間での業種転換(1997∼2007年、企業単位)
第3-1-47図
∼産業大分類では、卸売業と小売業及び卸売業と製造業の間での業種転換が多い∼
1万
10万
19.6万社
3.7万社
3,109
2,758
20万
3,963
3,513
3,378
3,111
5.7万社
6,176
18.4万社
3,481
3,393
8,306
3,599
業種転換企業数
18.2万社
8,801
0.2万
10,867
3.0万社
2,265
0.4万
10,435
21.7万社
0.8万
資料:(株)
帝国データバンク「産業調査分析 SPECIA」再編加工
(注)1.ここでいう業種転換は、売上高構成比の最も高い業種の転換をいう。
2.2千企業以上の業種転換を矢印で示している。
以上では、日本標準産業分類の大分類間での業
た企業の割合は、大分類間では毎年約1%、小分
種転換について見てきたが、業種転換の単位を中
類間では毎年2∼3%であることが分かる(第3-1-
分類間や小分類間にまで拡大すると、業種転換し
48図)
。
第3-1-48図
産業分類別の業種転換した企業の割合
∼産業小分類ベースでは、毎年2∼3%の企業が業種転換を行っている∼
(%)
大分類(19業種)
3.5
中分類(96業種)
小分類(523業種)
3.4
3.0
3.0
2.8
2.6
2.5
2.5
2.4
2.3
2.0
2.3
2.3
2.3
2.2
2.2
2.2
2.1
1.7
1.7
1.7
1.6
2.0
2.0
1.7
1.5
2.4
1.8
1.8
1.3
1.2
1.9
1.8
1.8
1.8
1.2
1.2
1.2
1.6
1.4
1.3
1.2
1.0
1.2
1.1
1.1
1.5
1.0
0.5
0.0
97
98
99
00
01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
(年)
資料:(株)
帝国データバンク「COSMOS2企業概要ファイル」再編加工
(注)1.公務、分類不能の産業及び不明を除いて集計。
2.大分類の「卸売業,小売業」は「卸売業」及び「小売業」と分割して業種転換率を集計している。
3.ここでいう業種転換は、売上高構成比の最も高い業種の転換をいう。
4.業種転換率=当該年の業種転換企業数/当該年の期首の企業数。
●製造業内及び卸売・小売業内での業種転換
200以上の事業所の業種転換を示したものであ
以上では、産業大分類間の業種転換の現状を見
る。これによると、金属製品と一般機械器具間の
てきたが、以下では、経済産業省「工業統計表」
業種転換、一般機械器具、金属製品から輸送用機
及び「商業統計表」を用いて、
製造業内及び卸売・
械器具への業種転換、電気機械器具から一般機械
小売業内での中分類間での業種転換について見て
器具、電子部品・デバイスへの業種転換が多いこ
いく。
とが分かる。
第3-1-49図は、製造業内の産業中分類間での
220
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
第3部
経済成長を実現する中小企業
第3-1-49図
製造業内の業種転換(1997∼2007年、事業所単位)
∼製造業内では、金属製品と一般機械器具間の業種転換、一般機械器具、金属製品から輸送用機械器具への業種転換、電気機械器具から一般機械器具、電子部品・デバ
イスへの業種転換が多い∼
0.5万→0.5万
1万
217
第
253
365
2万
498
節
1.4万→1.2万
2
4.4万→3.3万
97年の
07年の
事業所数 → 事業所数
396
1,030
297
521
972
0.8万→0.6万
505
266
4.0万→3.4万
204
268
332
業種転換事業所数
200
0.4万→0.2万
512
400
1.7万→1.2万
資料:経済産業省「工業統計表」再編加工
(注)1.1997∼2007年の間に存続した従業者4人以上の事業所のうち、製造業内で中分類ベースで業種転換を行った事業所が対象。
2.ここでいう業種転換は、出荷額構成比の最も高い業種の転換をいう。
3.200事業所以上の業種転換を矢印で示している。
また、卸売・小売業内の産業中分類間での500
売と自動車自転車小売の間で盛んに業種転換が起
以上の事業所の業種転換を示した第3-1-50図によ
きていることが分かる。
ると、飲食料品卸売と飲食料品小売、機械器具卸
第3-1-50図
卸売・小売業内の業種転換(1997∼2007年、事業所単位)
∼卸売・小売業内では、飲食料品卸売と飲食料品小売、機械器具卸売と自動車自転車小売の間で盛んに業種転換が起きている∼
1万
10万
3.5万→2.5万
13.5万→9.9万
20万
634
748
1,868
585
97年の
07年の
事業所数 → 事業所数
8.7万→7.6万
521
7,971
8.8万→8.3万
1,697
5,866
9.2万→7.9万
1,079
1,721
1,904
52.6万→39.0万
1,150
業種転換事業所数
825
500
1,000
539
870
9.0万→7.8万
2,000
0.5万→0.5万
20.9万→16.7万
資料:経済産業省「商業統計表」再編加工
(注)1.1997∼2007年に存続した事業所のうち、卸売・小売業内で中分類ベースで業種転換を行った事業所が対象。
2.ここでいう業種転換は、販売額構成比の最も高い業種の転換をいう。
3.500事業所以上の業種転換を矢印で示している。
中小企業白書 2011
221
経済成長の源泉たる中小企業
第1章
❷ 転業の意義
以上では、転業の定義を明らかにし、日本標準
用すべく、既存事業と関連のある分野に進出する
産業分類の大分類間、製造業及び卸売・小売業の
ことが一般的である。そこで、ここでは同じ大分
中分類間の業種転換について概観した。第1節で
類内での中分類間の事業所数の変動に着目し、よ
は、起業が経済の新陳代謝やイノベーションを促
り類似の業種への移動による新陳代謝の効果につ
進し、雇用や社会の多様性を創出することを述べ
いて分析を行う。
てきたが、転業にはどのような意義があるのだろ
第3-1-51図①及び第3-1-51図②は、それぞれ製
うか。以下、転業が産業構造の転換や企業の成長
造業、卸売・小売業の事業所の開廃業、転出入に
に与える影響について分析を行う。
よる事業所数の変動を示したものである。これに
よると、卸売・小売業内の転出入は、大分類間の
●転業による新陳代謝
業種転換同様、中分類間の移動でも事業所の変動
開廃業と比較して、大分類間の業種転換による
に大きく影響を与えていないが、製造業内の転出
事業所数の変動は小さく、業種転換による経済の
入は、事業所変動に大きく影響を与えていること
新陳代謝の効果が起業と比べて限定的であること
が分かる。前掲第3-1-3図によると、製造業の開
は、前掲第3-1-46図が示すとおりであるが、果た
廃業率が特に低いことが分かるが、
製造業内では、
して業種転換が新陳代謝や産業構造の転換に及ぼ
活発に転出入が起こり、新陳代謝が起きているこ
す影響は小さいのであろうか。ある企業が転業す
とがうかがわれる。
る際、既存の人材や設備、技術・ノウハウ等を活
第3-1-51図①
製造業内の業種別事業所変動(2006∼2007年、事業所単位)
∼製造業内では、転出入による事業所変動が比較的大きい∼
(%)
20.0
なめし革・
同製品・
毛皮
10.0
5.0
衣服・
その他の繊維製品
飲料・たばこ・飼料
食料品
0.1
8.6
0.8
1.2
2.1
1.4
9.2
7.3
6.8
石油製品・
石炭製品
0.8
1.6
7.8 7.4
9.5
0.0
8.1
5.0
7.8
2.0
金属製品
3.1
0.6
9.9
10.8
9.7
9.8
9.2 8.1
8.3
6.6
6.2
7.8 8.2 8.5
6.8
1.0
12.1
8.0
10.4
11.4
12.1
11.7
2.5
1.0
1.8
0.8 化学
プラスチック1.1
製品
1.5 1.0 1.6 1.7
繊維
(衣服、その他の
家具・装備品
繊維製品を除く) 木材・木製品
(家具を除く)
0.6
8.4
3.4
10.4
10.4
8.0
7.9
8.4
3.7
開業 廃業 転出
6.6 8.6
10.8
4.7
7.3
6.1
2.9
10.2
電気機械器具
転入
11.7
11.5
9.1
7.9
7.3
2.8
5.5
鉄鋼
20.0
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
3.5
5.2
5.9
資料:経済産業省「工業統計表」再編加工
(注)1.横軸は、2006年の全事業所に占める各業種の事業所の割合を表している。 2.事業所単位の開廃業は、支所や工場の開設・閉鎖及び移転による開設・閉鎖を含む。
3.ここでいう事業所の転出入は、産業中分類間での出荷額構成比の最も高い業種の転換に基づく。
4.従業数4人以上の事業所が対象。
222
一般機械器具
その他
6.2
6.0
9.9
7.7
4.1
4.1
1.5
1.6
15.0
2.0
6.9
5.0
5.2
5.7
11.7
0.1
2.9
1.8
1.2
輸送用機械器具
11.2
窯業・
土石製品
印刷・同関連
パルプ・紙・
紙加工品
1.0
5.6
10.0
非鉄金属
ゴム製品
15.0
情報通信機械器具
精密機械器具
電子部品・デバイス
第3部
経済成長を実現する中小企業
第3-1-51図② 卸売・小売業内の業種別事業所変動(2002∼2007年、年平均、事業所単位)
∼卸売・小売業内の転出入は、大分類間の業種転換同様、中分類間の移動でも事業所の変動に大きく影響を与えていない∼
(%)
20.0
建築材料、
鉱物・金属材料等 織物・衣服・身の回り品
卸売
その他の 小売
10.0 繊維・衣服等
卸売
卸売
0.7
1.3 2.3 2.4 1.9 3.4
5.0
15.0
6.7
6.8
1.8
1.9
5.6
5.1
7.8
7.6
8.3
2.4
3.5
0.6
4.2
0.0
5.0 8.9
10.0
15.0
1.7
飲食料品
卸売
7.2
1.0
2
4.7
6.4
7.1
6.8
0.7
1.9
1.1
機械器具
卸売
転入 開業
20.0
その他の
小売
1.5
節
4.5
0.7
第
5.34.4
6.2
自動車・自転車
小売
家具・じゅう器・
機械器具
0.6
小売
1.6
5.2
3.8
飲食料品
小売
廃業
転出
資料:経済産業省「商業統計表」再編加工
(注)1.横軸は、2002年の全事業所に占める各業種の事業所の割合を表している。
2.各種商品卸売業及び百貨店・総合スーパーは、事業所数が少なく表示されていない。 3.事業所単位の開廃業は、支所や工場の開設・閉鎖及び移転による開設・閉鎖を含む。
4.ここでいう事業所の転出入は、産業中分類間での販売額構成比の最も高い業種の転換に基づく。
第3-1-52図は、製造業内の新陳代謝を更に詳細
行っていない事業所の割合を示したものである。
に分析すべく、1988年以降に起業された事業所
これによると、製造業では、2007年に、1988年
及び1987年以前に起業された事業所のうち、
以降に業種転換した事業所が約2割を占めており、
1988年以降に産業中分類間、同じ中分類内の産
転業による新陳代謝も、産業構造の転換に大きな
業小分類間で業種転換した事業所、業種転換を
影響を与えていることがうかがわれる。
第3-1-52図
業種転換した事業所の割合(製造業)
∼製造業では、2007年に、1988年以降に業種転換した事業所が中分類で約1割、小分類で約2割を占める∼
(%)
88∼07年に
中分類間で
転業
12.0%
100
90
80
88∼07年に
小分類間で
転業
18.3%
70
転業なし
36.3%
60
50
88∼97年に
起業
17.4%
40
30
88∼07年に
起業
45.4%
20
10
98∼07年に
起業
28.0%
0
87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07
(起業、転業年)
資料:経済産業省「工業統計表」再編加工
(注)1.各年における1988年以降の起業事業所及び転業(業種転換)
有無別の事業所の割合を示している。
2.ここでいう業種転換は、出荷額構成比の最も高い業種の転換をいう。
3.従業者4人以上の事業所が対象。
中小企業白書 2011
223
第1章
経済成長の源泉たる中小企業
●業種転換による成長
業とも業種転換を経験した事業所の方が、業種転
以上では、特に製造業内では、転出入による事
換をしていない企業よりも、出荷額、付加価値額、
業所変動が活発である旨を指摘したが、果たして
従業者数及び労働生産性の伸びが大きいことが分
業種転換は、事業所の付加価値や雇用の増加、労
かる。また、1997∼2002年の期間における各指
働生産性の向上に寄与しているのであろうか。以
標に注目すると、業種転換を経験した事業所の多
下では、製造業事業所の業種転換後の成長につい
くの指標は、業種転換を経験しなかった事業所よ
て詳細に分析を行う。
りも低いものが多い。これらの事実は、成長性の
第3-1-53図は、1997∼2002年の期間に、製造業
低い事業所が、業種転換によって、生産能力、雇
内中分類間での業種転換を行った大企業及び中小
用創出能力及び労働生産性を高めていることを示
企業の事業所の、2002∼2007年における出荷額、
唆しており、業種転換が製造業内の新陳代謝を活
付加価値額、従業者数及び労働生産性の変化を示
性化させていることが考えられる。
したものである。これによると、大企業、中小企
第3-1-53図
業種転換による成長
∼業種転換を経験した事業所の方が、業種転換をしていない事業所よりも出荷額、付加価値額、従業者数及び労働生産性の伸びが大きい∼
製造品出荷額等(実質値)
付加価値額(実質値)
変化率(97-02) 変化率(02-07)
中小企業の
事業所
業種転換無し
▲1.3%
4.2%
業種転換有り
▲1.4%
6.8%
大企業の
事業所
業種転換無し
2.0%
6.2%
業種転換有り
1.4%
10.7%
従業者数
変化率
(97-02) 変化率
(02-07)
中小企業の
事業所
業種転換無し
▲1.5%
7.3%
業種転換有り
▲2.1%
10.2%
大企業の
事業所
業種転換無し
2.3%
9.9%
業種転換有り
0.2%
20.0%
労働生産性(実質値)
変化率(97-02) 変化率(02-07)
中小企業の
事業所
業種転換無し
▲1.6%
0.8%
業種転換有り
▲1.5%
1.7%
大企業の
事業所
業種転換無し
▲2.6%
1.7%
業種転換有り
▲3.7%
2.0%
変化率
(97-02) 変化率
(02-07)
中小企業の
事業所
業種転換無し
0.1%
6.5%
業種転換有り
▲0.6%
8.4%
大企業の
事業所
業種転換無し
5.1%
8.0%
業種転換有り
4.0%
17.6%
資料:経済産業省「工業統計表」再編加工
(注)1.1997∼2007年の間に存続した、従業者4人以上の事業所が対象。
2.従業者数29人以下の事業所の付加価値額は、粗付加価値額を用いて算出。
3.労働生産性は、付加価値額を従業者数で除したもの。
4.中小企業の事業所と大企業の事業者は、1997年時点の所属企業の規模に基づき区分している。
5.1997∼2002年に製造業内産業中分類間で業種転換をした事業所を「業種転換有り」、産業中分類間で業種転換をしていない事業所を「業種転換無し」と
している。
6.ここでいう業種転換は、出荷額構成比の最も高い業種の転換をいう。
7.製造品出荷額等及び付加価値額は、内閣府「国民経済計算」の「産出デフレーター」及び「国内総生産デフレーター」で実質化して算出。
224
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
第3部
経済成長を実現する中小企業
事例3-1-12
Case
業種転換によって自社製品を開発することで
下請企業から脱却し成長を続けている企業
27
東京都大田区の株式会社大橋製作所(従業員88名、資本金9,600万円)は、ACF 接合 によるマイクロエ
レクトロニクス実装装置の開発・製造・販売を主力事業とする企業である。
第
当初は、精密板金加工では高い技術力を有する企業であったが、第2次オイル・ショックにより変化した経営
環境に主体的に対応するため、自社製品の開発に進出した。1980年に初の自社製品となる特殊金型を開発し、
1990年代に入って、熱圧着実装分野の将来性に注目して、同分野に経営資源を集中し、市場調査によって有
28
力な取引先の開拓に成功したことから業績が向上した。業界の常識を覆す卓上型 COG 実装機 が1999年に日
29
本経済新聞の日経優秀製品・サービス賞を受賞、2006年には世界初のフルオート FOB ライン の開発に成功し、
ACF 接合実装機のフルラインメーカーに発展するなど、事業の多角化による業種転換と新事業の創造に成功し
ている。
同社の大橋正義社長は、
「企業として持続的に発展するための原動力は、①経営理念の具体化を図り、経営方針・
計画を作成し実践すること、②コア技術の開発や主要製品
の開発を進めるための人材を確保し養成すること、③多様
な人材や企業・機関と連携して、自社ブランド製品を開発
すること、④国際基準、環境問題、企業の社会的責任等に
対応すること。
」と語る。特に、
「経営指針を絶えず更新す
ることにより、社会の変化に応じた新たな課題が明確にな
り、その後の事業展開の方向を定めることができる。」と
いう。1980年に自社製品開発の強化を定めた経営計画を
同社が世界で初めて開発したフルオート FOB ライン
初めて策定しており、2011年度から第11次中期経営計画に着手する。
●転業による企業の成長
数を増大させている一方で、3∼4割近くの企業で
以上、特に製造業内において業種転換が活発に
は、業績や雇用を悪化させていることが分かる。
行われることで新陳代謝が起こり、高い成長を遂
転業類型別に転業後の成長について分析すべ
げていることを示してきたが、
製造業のみならず、
く、新分野進出、事業転換、業種転換ごとに売上
業種転換が我が国の産業全体にどのような影響を
高、経常利益及び従業員数の増減を見てみると、
与えているのか、また、転業の形態を拡大して、
新分野進出、事業転換、業種転換と転業が進むほ
業種転換のみならず、新分野進出や事業転換が企
ど、売上高や従業員数については、減少する割合
業の成長にどのような影響を与えているのかにつ
が高いが、経常利益については、増加又は維持す
いて、分析する必要がある。既存の統計では、業
る傾向にある。これは、既存事業を続けつつ、新
種転換以外の新分野進出や事業転換の効果をうか
たな事業を展開する新分野進出と比較して、
事業、
がい知ることは難しいため、中小企業庁が(株)
業種を変更する事業転換及び業種転換は、企業に
帝国データバンクに委託して2010年12月に実施
大きな変革を迫ることとなり、既存事業よりも売
30
した「転業に関する実態調査 」
(以下「転業実
上高や従業員数を減少させる割合が高いが、転業
態調査」という)を用いて分析を進めていく。
を経営刷新の機会とすることによって、企業の収
まずは、転業前後の売上高、経常利益及び従業
益性を改善させていることが考えられる。
つまり、
員数の推移について見ていく。第3-1-54図は、転
転業には、事業を拡大し、売上高や従業員数等を
業前後の売上高、経常利益及び従業員数の増減に
増加させる意義のみならず、事業規模を縮小する
ついて示したものである。これによると、転業を
ことによって、収益性を改善させるという意義が
経て、過半の企業で売上高、経常利益及び従業員
存在することを示唆している。
27 異方性導電フィルムを用いた導電接着のこと。
28 液晶パネルのガラス基板上に IC チップ等を搭載、圧着する装置のこと。
29 フィルム等に小型液晶パネル等の部品を搭載、圧着する装置で、携帯電話等の組立てに用いられる。
30 中小企業庁の委託により
(株)帝国データバンクが実施。2010年12月に企業10,000社を対象に実施したアンケート調査。回収率26.8%。東日本大震災前の調査
であることに留意が必要である。
中小企業白書 2011
225
節
その後も多様な製品開発を行ったことにより、市場に耐えられる製品づくりと事業化の課題が明確となった。
2
第1章
経済成長の源泉たる中小企業
第3-1-54図
転業類型別の転業後の売上高、経常利益、従業員数
∼転業した企業の半数以上が、売上高、経常利益及び従業員数を伸ばす一方、減少する企業も存在、また、転業が進むほど、売上高や従業員数については、減少する割
合が高いが、経常利益については、増加又は維持させる割合が高くなる∼
増加
維持
全体
減少
売 うち新分野進出企業
上
うち事業転換企業
高
全体
経
うち新分野進出企業
常
利
うち事業転換企業
益
うち業種転換企業
43.3
3.5
29.0
12.5
58.4
32.5
11.7
55.8
うち業種転換企業
37.6
4.7
57.6
53.2
30.2
3.5
66.3
うち業種転換企業
全体
従
業 うち新分野進出企業
員
うち事業転換企業
数
40.2
4.2
55.6
58.8
12.5
28.8
58.9
13.1
28.1
45.5
26.7
18.6
54.7
42.5
33.5
14.6
51.9
34.5
23.0
12.5
42.0
0%
100%
資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)
(注)1.「業種転換企業」は、転換前後の業種が判明するもの、「新分野進出企業」は、進出先の業種が判明するものについて集計。
2.転業後とは、転業の成果が出た後のことをいう。
以上、特に製造業内で産業中分類間の業種転換
することにより、市場の新陳代謝が活性化され、
が盛んであり、
新陳代謝が活発に起きていること、
企業の成長性を高めることは非常に重要な意義を
企業は転業によって事業の拡大や事業の収益性改
持つ。次項では、転業実態調査の結果を分析する
善に成功していることを見てきた。第1節で述べ
ことによって、転業の促進に向けた課題と取組に
たように、企業の参入、撤退が国際的に見て活発
ついて詳細に論ずる。
ではない我が国にとって、既存企業が果敢に転業
❸ 転業の促進に向けた課題と取組
前項では、転業が我が国経済の新陳代謝や企業
●転業の分類
の成長、再生に重要な意義を果たしていることを
転業をその動機・目的によって分類した場合、
述べた。経済成長の源泉となるのは、何も市場に
「自社の成長目的」や「社会貢献目的」といった「能
参入してくる新規企業だけではない。既存企業で
動的転業」及び「既存事業の不調」や取引先の要
あっても、更なる成長のため又は活力再生のため
望、会社再編、親会社の方針等による「外部的要
に、企業家精神を発揮して新規事業に挑戦し、経
因」といった「受動的転業」に分類できるであろ
済成長を牽引する主体となり得る。本項では、転
う。 転業実態調査によると、受動的転業が能動
業実態調査を用いて、我が国の転業の実態及び課
的転業を若干上回るが、詳細な割合を見ると、成
題を分析し、転業を促進させるための取組につい
長目的からの転業が、既存事業の不調による転業
て論じていく。
を上回っている(第3-1-55図)
。
226
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
第3部
経済成長を実現する中小企業
第3-1-55図
転業の分類
∼既存事業の不調のみならず、成長目的からの転業と回答する企業も少なくない∼
受動的転業
55.0%
既存事業の不調
37.7%
能動的転業
45.0%
節
自社の成長目的
41.3%
第
外部的要因
17.3%
2
社会貢献目的
3.7%
資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)
帝国データバンク)
(注)1.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。
2.外部的要因とは、取引先の要望、会社再編、親会社の方針等をいう。
事例3-1-13
Case
機械修理業から、繊維機械や半導体製造機器といった
常に成長過程にある分野に進出している企業
奈良県橿原市の株式会社タカトリ(従業員220名、資本金9億6,300万円)は、半導体、液晶関連機器、ワ
31
イヤーソー 及び繊維機械の製造・販売を主な事業内容とする企業である。
同社は、1950年に高鳥王昌会長により機械修理業を行う会社として起業された。高鳥会長は、
「常に成長過
程にある分野に進出する。
」という方針を有しており、1951年には、当時目覚ましく成長していた繊維機械の
製造を開始した。同社のパンティストッキング自動縫製機は、世界60か国以上に輸出されるまでに成長したが、
高鳥会長の決断で、その全盛期の1983年に、当時成長が見込まれていた半導体製造機器製造に進出した。
1990年には、半導体用の超硬材質、セラミック等を高精度に切断するマルチワイヤーソーを開発し、販売を
開始した。その後も、携帯電話用の水晶の加工市場で世界シェアの6割を獲得、さらに、独自技術である揺動機
32
構 を搭載した中型機は、LED やパワー半導体に使われるサファイア、シリコンカーバイド、ガリウムナイト
ライドの加工市場で世界シェア9割以上を占める。これらの材
料は硬度が高く、同社の揺動機構搭載のマルチワイヤーソーで
しか切断できなかった。近年、省エネ部品の需要の高まりを背
景に、液晶バックライトに LED が使われるなど、LED 市場は
急拡大しており、LED に使われるサファイア基板の加工市場を
寡占する同社のマルチワイヤーソーの出荷台数は急速に伸びて
いる。
現在は、
( 独)産業技術総合研究所つくばセンターが実施する
省エネ半導体に用いるシリコンカーバイドの高度化研究に参画
し、近畿経済産業局により戦略的基盤技術高度化支援事業に採
択され、サファイア加工技術の高度化の取組等を行っている。
同社のマルチワイヤーソーを用いてサファイアを切断する様子
31 ダイヤモンドワイヤーを用いた切断機器のこと。
32 ワイヤーによって素材を円弧状にスライスする機械のこと。
中小企業白書 2011
227
第1章
経済成長の源泉たる中小企業
事例3-1-14
Case
公共事業の減少を受けて建設業から介護福祉分野及び農業分野に進出し、
相乗効果を得ている企業
長崎県佐世保市の株式会社堀内組(従業員105名、資本金8,000万円)は、介護福祉分野や農業分野に進出
している総合建設業者である。
同社は、戦前から旧国鉄松浦鉄道の建設工事を担い、1950年の会社設立後も公共工事を中心に地域に密着し
た事業を拡大してきたが、公共事業が減少していく中、人材や資金、設備等に余裕があるうちに、介護福祉分野
及び農業分野へ進出した。介護福祉分野では、
1998年には社会福祉法人を設立、1999年には特別養護老人ホー
ム「虹の里」を開設して運営している。農業分野では、ブルーベリー、マンゴー、オリーブ等の栽培を行ってお
り、ブルーベリー事業では、2007年から「点滴ポット栽培」を導入し、病害虫等による被害の低減と、低農薬
栽培による安全で高品質な果実を収穫している。また、オリーブ事業では、耕作放棄地を利用して市場ニーズの
ある高品質な食用、化粧用のオリーブオイルを抽出するための果実を栽培し、オリーブの樹木を活かした景観作
りに目を付けて、県内の教会等にオリーブを植樹し、農業と観光の連携の試みも行っている。
介護福祉分野及び農業分野への進出は、本業である建設業での受注にもつながり、売上や雇用を回復させつつ
ある。同社は、今後も新分野での事業を拡大させることで、本業の建設業の受注が増えていく相乗効果を期待し
て、地域への貢献や更なる発展を目指していく。
同社が運営する特別養護老人ホーム「虹の里」
(左)と
ブルーベリーの点滴ポット(中)
、果実(右)
能動的転業とは、主に事業の拡張、拡充を図る
56図①及び第3-1-56図②によると、能動的転業で
ものであり、受動的転業とは、主に事業の改善、
は、情報通信業や医療,福祉といった業種が増加
再生を目指して行われるものと考えられるが、転
しており、成長分野で更なる企業の成長を目指し
業の実態や課題を的確に捕捉するためには、これ
ていることが推測される。他方で、受動的転業で
らの能動的転業と受動的転業を区別して分析を行
は、不動産業,物品賃貸業の割合が拡大しており、
う必要がある。以下では、能動的転業と受動的転
不調な既存事業を縮小し、所有する不動産を活用
業の区別を軸として、転業の現状を詳細に把握し
することに活路を求める企業が多いことが考えら
ていく。
れる。
能動・受動別の転業前後の業種を示した第3-1-
228
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
第3部
経済成長を実現する中小企業
第3-1-56図①
転業前後の業種(能動的転業)
∼能動的転業においては、転業前後で、情報通信業や医療,福祉といった成長分野の業種が増加している∼
製造業
情報通信業
運輸業,郵便業
卸売業
小売業
金融業,保険業
不動産業,物品賃貸業
学術研究,専門・技術サービス業
宿泊業,飲食サービス業
生活関連サービス業,娯楽業
教育,学習支援業
医療,福祉
サービス業(他に分類されないもの)
その他
第
建設業
転業前
13.7
18.8
13.7
1.1
8.1
5.9
2
1.6
6.5
1.6
17.2
節
3.2
5.1
1.9
0.5
14.9
転業後
17.9
4.8
5.3
5.8
1.5
13.1
10.9
1.3
10.1
7.1
1.1
3.8
2.8
0.3
0.5
0%
100%
資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)
帝国データバンク)
(注)1.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。
2.分類不能の産業及び不明を除いて集計。
第3-1-56図② 転業前後の業種(受動的転業)
∼受動的転業では、転業前後で、不動産業,物品賃貸業が大幅に増加している∼
建設業
製造業
運輸業,郵便業
卸売業
情報通信業
小売業
金融業,保険業
不動産業,物品賃貸業
学術研究,専門・技術サービス業
宿泊業,飲食サービス業
生活関連サービス業,娯楽業
教育,学習支援業
医療,福祉
サービス業(他に分類されないもの)
その他
転業前
12.1
23.6
3.3
0.9
4.8
2.4
19.1
15.2
2.0 5.6
3.9
2.8 3.3
0.2 0.9
4.7
3.2
転業後
10.3
13.6
2.4
11.8
15.0
1.4
21.5
4.3
1.6
3.0
5.3
0.8
0%
1.0
100%
資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)
帝国データバンク)
(注)1.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。
2.分類不能の産業及び不明を除いて集計。
●転業の動機・目的及び事業分野の選択理由
受動的転業では、
「既存事業の売上不振又は収益
転業の動機・目的をより詳細に尋ねたものが第
低下の補填」や「既存事業が陳腐化し、将来性が
3-1-57図である。これによると、能動的転業では、
なかった」
ことを動機・目的として転業に踏み切っ
「企業の更なる成長」や「事業多角化の一環」を、
ていることが分かる。
中小企業白書 2011
229
経済成長の源泉たる中小企業
第1章
転業の動機・目的
第3-1-57図
∼能動的転業では、「企業の更なる成長」や「事業多角化の一環」を、受動的転業では、
「既存事業の売上不振又は収益低下の補填」や「既存事業が陳腐化し、将来性が
なかった」を動機・目的としている∼
(%)
80
78.1
全体
60
52.9
52.2
49.0
39.7
24.8
40
32.9
33.3
32.2 31.5
26.4
17.9
22.8
36.1
25.7
20
22 1
22.1
13.8
7.0
12.3 13.2
14.3
10.7
9.4 3.3
7.0 7.9
6.0
10.6 13.0
9.5
7.1
6.8 4.8
6.9 9.7
3.8
その他
下請企業からの脱却
海外からの安価な製品・
商品・サービス等との
価格競争の激化
余剰の従業員、資産、
資金の活用
親会社等の方針
取引先からの要望
社会貢献
既存事業が陳腐化し、
将来性がなかった
既存事業の市場が飽和・
成熟しつつあり、
将来性がなかった
事業多角化の一環
既存事業の売上不振又は
収益低下の補填
企業の更なる成長
0
受動的転業
能動的転業
資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)
(注)1.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。
2.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。
次に、企業が転業先の事業分野を選択した理由
事業分野に選択する割合が最も高く、果敢に成長
について見ていく。第3-1-58図によると、多くの
分野に挑戦している。また、受動的転業では、
「既
企業が既存の専門的な技術・知識、取引先・人脈、
存の設備等が活かせる」
、
「他に事業を行える分野
設備等、既存の専門的能力や人的・物的資産を活
がなかった」といった割合が能動的転業と比べて
用できる分野を選択している。能動・受動別に見
高く、事業分野も消極的理由から選択している割
ると、能動的転業では、
「成長性のある分野」を
合が高い。
事業分野の選択理由
第3-1-58図
∼能動的転業では、「成長性のある分野」を選択する割合が最も高い一方、受動的転業では、
「既存の設備等が活かせる」
、
「他に事業を行える分野がなかった」といった
割合が能動的転業と比べて高い∼
(%)
全体
60
50
47.9
41.2
40
能動的転業
受動的転業
50.5
43.3
37.1
36.0
37.0
26.5
30
20
31.9
31.9
31.3
27.4
28.2
21.0 22.0
24.5 23.0
22.7
21.6
20.0 20.0
17.4
18.6
16.4
15.0
12.2 12.5
11.0 11.7
10
5.5 2.9 7.9
1.8 1.2 2.2
その他
特に意図していた
わけではない
親会社等の方針
技術・経験・ノウハウが
あまり必要ない
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
他に事業を行える分野が
なかった
230
取引先からの要望
資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)
(注)1.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。
2.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。
少ない資金で転業できる
既に副次的に事業を
行っていた分野
高収益を得る見込みがある
社会に貢献できる分野
既存の設備等が活かせる
既存の取引先・人脈等が
活かせる
成長性のある分野
既存の専門的な技術・
知識等を活かせる
0
5.2
10.7
8.0 11.5
9.0 7.1
3.3
第3部
経済成長を実現する中小企業
●転業時の課題
転業企業にも生じていることが推測される。
また、
転業時の課題となった事項について尋ねた結果
受動的転業においては、
「人員整理」も大きな課
が第3-1-59図であるが、上位には「資金調達」
、
「質
題となっており、事業の収縮を伴う転業を行う場
の高い人材の確保」
、
「販売先の確保」が挙げられ
合に、
既存人員の処遇が課題となることが分かる。
ており、起業時に直面した課題と同様の問題が、
第
第3-1-59図
転業時の課題
(%)
40
35
全体
36.8
36.1
35.5
能動的転業
節
∼上位には、「資金調達」、「質の高い人材の確保」、「販売先の確保」が挙げられるが、受動的転業では「人員整理」も課題となっている∼
2
受動的転業
36.8
31.0
30
26.5
25
20
25.7
25.1
21.9
19.1 19.8
14.7
15
23.0
20.8
16.6
18.7
16.2
14.0
13.5
15.9
21.3
15.8
11.5
18.4
15.8
13.2
7.9
10
5
既存マーケットの
将来性の見極め
対象とするマーケットの
選定
人員整理
既存の人材の再教育
新しいマーケットの
情報収集
事業に必要な専門
知識・技能の習得
販売先の確保
質の高い人材の確保
資金調達
0
資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)
帝国データバンク)
(注)1.15%以上回答があった項目のみ集計。
2.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。
3.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。
転業時の課題として資金調達が最も挙げられて
在することが分かる。また、能動・受動別に見る
いるが、第3-1-60図は、転業を行うに当たって要
と、能動的転業よりも受動的転業で1,000万円未
した費用の分布を示したものである。全体で見る
満と回答した企業の割合が高く、
受動的転業では、
と、転業の費用を1,000万円未満とする企業が約3
少額の費用で転業を図る企業が多いことが分かる。
割を占める一方、1億円以上とする企業も約3割存
中小企業白書 2011
231
第1章
経済成長の源泉たる中小企業
第3-1-60図
転業を行うに当たって要した費用
∼1,000万円未満とする企業が約3割を占める一方、1億円以上とする企業も約3割存在し、また、受動的転業では、少額の費用で転業を図る企業が多い∼
500 万円未満
500万円以上1,000万円未満
1,000万円以上2,000万円未満
2,000万円以上3,000万円未満
3,000万円以上5,000万円未満
5,000万円以上1億円未満
1億円以上2億円未満
2億円以上3億円未満
3億円以上5億円未満
5億円以上10億円未満
10億円以上
全体
25.4
8.4
21.7
能動的転業
7.6
27.9
受動的転業
12.3
13.4
8.9
7.9
8.6
7.6
11.6
9.6
11.0
8.3
10.5
6.7
9.8
9.7
8.9
10.3
5.8
5.8
5.8
4.3 3.9 3.9
3.9
5.0
3.9
4.7 3.1 3.8
0%
100%
資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)
帝国データバンク)
(注)ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。
また、新規事業が黒字転換するまでに見込んで
転業期間中は、既存事業からの収益が減少するた
いた期間と、実際に黒字転換するまでに要した期
め、資金繰りが厳しくなる。新規事業が軌道に乗
間の関係を見てみると、実際には見込みよりも長
るまで予想よりも長い時間がかかる傾向にあれ
い時間がかかる傾向にある(第3-1-61図)
。既存
ば、転業期間中の資金繰りは、企業にとって特に
事業を縮小し、
新事業に経営資源を集中する場合、
重要だといえる。
新規事業が黒字転換するまでに見込んでいた期間と実際に要した期間
第3-1-61図
∼黒字転換までに見込みよりも長い時間がかかっている∼
黒字転換するまでに
見込んでいた期間
3か月未満
3か月以上6か月未満
6か月以上12か月未満
1年以上2年未満
2年以上3年未満
3年以上4年未満
4年以上5年未満
5年以上
13.4
実際に
黒字転換するまでに
要した期間
15.3
9.0
8.5
18.6
13.2
0%
資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)
(注)1.既に新規事業が黒字化している企業のみで集計。
2.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。
232
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
31.0
26.4
15.7
10.8
8.8
5.5 2.0 4.9
4.2
12.7
100%
第3部
経済成長を実現する中小企業
第3-1-62図である。これによると、能動的転業で
前掲第3-1-54図において、転業企業の過半が売
は、売上高、経常利益及び従業員数を増加させる
上高、経常利益及び従業員数を増加させているこ
企業が多い。他方で、受動的転業では、ほぼ半数
とや、転業が進むほど、売上高や従業員数は減少
の企業で売上高及び従業員数を減少させている
するが、経常利益は増加又は維持する傾向がある
が、過半の企業が経常利益を増大させており、事
ことを指摘した。転業前後の売上高、経常利益及
業規模を縮小させつつも、企業の収益性は改善さ
び従業員数について、能動・受動別に見たものが
せていることがうかがわれる。
第
●転業の影響
節
2
第3-1-62図
転業後の売上高、経常利益、従業員数(類型別)
∼能動的転業に比べ、受動的転業では、売上高及び従業員数を減少させる企業の割合が高いが、過半の企業が経常利益を増大させている∼
増加
維持
売上高
能動的転業
減少
73.6
受動的転業
42.6
4.3
4.4
経常利益
能動的転業
53.1
64.3
受動的転業
12.4
54.4
従業員数
能動的転業
35.9
23.3
12.8
61.1
受動的転業
22.1
32.8
18.5
14.3
20.5
49.7
0%
100%
資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)
帝国データバンク)
(注)1.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。
2.転業後とは、転業の成果が出た後のことをいう。
以上では、転業による売上高、経常利益及び従
が悪化した」などという悪い影響が生じている。
業員数の変化を見てきたが、転業によってほかに
しかしながら、転業直後に比べて転業後には、良
どのような効果が生じたのか、転業直後及び転業
い影響があったと回答する企業の割合が増加して
後と段階別に尋ねたものが第3-1-63図である。こ
いる。また、売上や雇用、資金繰りの面での悪い
れによると、転業直後及び転業後には、
「売上や
影響を受ける企業は、時間を経るに従って減少し
雇用が増加した」以外に、
「企業が存続できた」
、
ている。これらのことから、企業は、転業直後に
「企業の成長性や将来性が上昇した」などという
一時的に悪い影響を被るが、時間を経るに従って
良い影響、
「売上や雇用が減少した」
、
「資金繰り
徐々にプラスの影響を受けていることが分かる。
中小企業白書 2011
233
経済成長の源泉たる中小企業
第1章
転業直後及び転業後の影響
第3-1-63図
∼転業直後に比べて転業後には、良い影響があったと回答する企業の割合が増加している∼
転業直後に出た影響
(%)
50
46.5
40
44.4
41.8
41.0
36.0
28.5
27.4
30
転業後に出た影響
31.9
24.4
18.3
20
30.5
26.0
22.4
11.9
22.6
12.5
20.1
17.3
18.8
16.9
18.6
12.9
17.0
10
資金繰りが悪化した
良い影響
売上や雇用が減少した
既存事業に
良い影響があった
経営刷新の機会となった
社会貢献が可能となった
製品・商品・サービス等の
価格や競争力が上昇した
従業員の能力や意欲が
上昇した
資金繰りが好転した
取引先が増えた
企業が存続できた
企業の成長性や
将来性が上昇した
売上や雇用が増加した
0
11.1
悪い影響
資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)
(注)1.10%以上回答があった項目のみ集計。
2.転業後とは、転業の成果が出た後をいう。
3.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。
4.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。
転業直後及び転業後に出た影響を、能動・受動
3-1-64図)
。つまり、能動的転業においては、転
別に見た場合、能動的転業では、
「売上や雇用が
業によって更なる成長を実現しているが、受動的
増加した」
、
「企業の成長性や将来性が上昇した」
転業においては、事業の再建や企業の存続に成功
と回答する企業の割合が、受動的転業では、
「企
していることが分かる。
業が存続できた」
と回答する企業の割合が高い
(第
転業直後及び転業後の影響(類型別)
第3-1-64図
∼転業による影響として、能動的転業では、
「売上や雇用が増加した」
、「企業の成長性や将来性が上昇した」と回答する企業が、受動的転業では、
「企業が存続できた」
と回答する企業の割合が高い∼
(%)
60
50
40
30
能動的転業(転業直後)
能動的転業(転業後)
受動的転業(転業直後)
52.2
49.7 48.6
44.0
37.9
35.1
37.9
29.4
20
37.5
38.0
31.5
21.3
34.4
31.3 31.9
29.1
22.3
19.7
16.1
32.6
28.2
29.6
25.3
18.0
12.7
20.6
14.6
9.9
10
悪い影響
資金繰りが悪化した
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
売上や雇用が減少した
234
既存事業に
良い影響があった
資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)
(注)1.10%以上回答があった項目について集計。
2.転業後とは、転業の成果が出た後をいう。
3.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。
4.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。
25.3
22.8
16.9 20.4 19.7 20.9
18.6 19.9
15.9
15.3
14.9
13.4 10.1
19.3
10.3 12.0
8.4
5.2
経営刷新の機会となった
良い影響
17.4
社会貢献が可能となった
製品・商品・サービス等の
価格や競争力が上昇した
従業員の能力や意欲が
上昇した
資金繰りが好転した
取引先が増えた
企業が存続できた
企業の成長性や
将来性が上昇した
売上や雇用が増加した
0
受動的転業(転業後)
56.5
第3部
経済成長を実現する中小企業
3項目は転業時の課題の上位3位ともなっている。
以上、転業の効果について述べてきたが、転業
しかし、資金調達は転業時の課題として最も多く
に成功した企業は、どのような点に成果が得られ
挙げられている項目であるにもかかわらず、成功
ている要因があると考えているのだろうか。第
要因としては人材確保や販売先確保を下回ってい
3-1-65図は、転業の成果が得られている要因につ
ることから考えると、優秀な人材確保や新分野で
いて示したものであるが、
「質の高い人材の確保」
、
の販売先確保が、転業時に最大の課題となる資金
調達よりも転業の成否をより大きく左右するとい
「販売先の確保」
、
「資金調達」等が上位に上がっ
節
えそうである。
ている。前掲第3-1-59図で示したように、これら
2
転業の成果が得られている要因
第3-1-65図
∼転業の成果が得られている要因として、「質の高い人材の確保」、「販売先の確保」
、
「資金調達」が多く挙げられている∼
(%)
40
36.5 35.4
35
31.9
30
23.5 23.2 23.0
25
20
21.0 20.8 20.2
19.1 19.0 18.3 18.2
15
15.9 15.6
14.3 13.5 13.1
12.0
10
10.4 10.2
5
規制
人員整理
新規事業内容の選定
量的な労働力の確保
既存の設備等の活用
事業のもととなる
アイディアの確定
対象とするマーケットの
選定
既存マーケットの
将来性の見極め
新規の設備投資
既存の人材の再教育
新製品・新商品・
新サービスの研究開発
既存の技術・知識等の
活用
仕入先の確保
製品・商品・サービス等の
価格競争力の強化
新しいマーケットの
情報収集
事業に必要な
専門知識・技能の習得
製品・商品・サービス等の
高付加価値化
既存の取引先や
人脈等の活用
資金調達
販売先の確保
質の高い人材の確保
0
第
●転業の成功要因
資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)
帝国データバンク)
(注)1.「転業の成果が得られている」と回答した企業のみで集計。
2.10%以上回答があった項目のみ集計。
3.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。
4.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。
転業の成功要因を能動・受動別に示した第3-1-
他方で、受動的転業においては、人員整理を成功
66図によると、能動的転業では、上述の人材確保、
要因として挙げる企業の割合が相対的に高いこと
販売先確保、資金調達を成功要因とする企業の割
が特徴である。
合が、受動的転業と比較して高いことが分かる。
中小企業白書 2011
235
経済成長の源泉たる中小企業
第1章
第3-1-66図
転業の成果が得られている要因(類型別)
∼人材確保、販売先確保、資金調達が成功要因であったと回答する企業は、能動的転業において比較的高いが、受動的転業においては、人員整理と回答する企業の割合
が相対的に高い∼
能動的転業
(%)
45
受動的転業
42.0
32.2
30
37.2
33.9 33.0
30.9
25.9 25.9
24.1
23.5 25.0 22.6
22.8 21.5 20.5 19.0
19.6 21.7 21.1 19.0
17.2 18.2 18.5 17.0 15.9 18.0
15
15.2
13.9 14.6
13.4
12.2 12.5
13.1
11.9
7.8
4.8
規制
人員整理
新規事業内容の選定
量的な労働力の確保
既存の設備等の活用
事業のもととなる
アイディアの確定
対象とするマーケットの
選定
既存マーケットの
将来性の見極め
新規の設備投資
既存の人材の再教育
新製品・新商品・
新サービスの研究開発
既存の技術・知識等の
活用
仕入先の確保
製品・商品・サービス等の
価格競争力の強化
新しいマーケットの
情報収集
事業に必要な
専門知識・技能の習得
製品・商品・サービス等の
高付加価値化
既存の取引先や
人脈等の活用
資金調達
販売先の確保
質の高い人材の確保
0
17.0 17.9
13.7 14.9
15.2
14.2
資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)
(注)1.「転業の成果が得られている」と回答した企業のみで集計。
2.10%以上回答があった項目のみ集計。
3.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。
4.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。
事例3-1-15
Case 質の高い人材の育成に成功し、高付加価値デニム生地を製造する企業
岡山県井原市の日本綿布株式会社(従業員60名、資本金2,000万円)は、ジーンズ製造の工程を一社で完結
する一貫生産体制を構築している。
同社の川井眞治社長は、約20年前に
(株)日本貿易振興機構主催のヨーロッパ視察に参加した際、イタリアの
トスカーナ地方の衰退を目の当たりにし、最後には一貫生産に対応できる企業のみが生き残れるとの思いを強く
した。それ以来、全ての工程を自社に取り込みノウハウを蓄積することを目的とし、1997年に防縮加工設備新
設により「整理加工(防縮加工)
」までの一貫生産を、2004年には設備新設による最終過程である「洗い加工」
までの一貫生産体制を着々と整備してきた。この一貫生産によるノウハウの蓄積が、安価な外国製品に負けない
高付加価値素材の開発・提供へつながった。同社の品質へのこだわりは世界に知れ渡っており、主に付加価値の
高いプレミアムジーンズと呼ばれる1本3万円もする高級ジーンズに採用されている。また、ラルフローレン、
ポール・スミス、ヤコブコーエン等の有名ブランドから指名の引き合いがある。
川井社長は、
「品質を支えるのは、従業員の一人一人の職人としてのプライドである。」と考えており、事務所
内には勤続30年以上の社員の写真を飾ることにしている。同社では、独特の肌触りを生み出すために旧式のシャ
トル織機を使ってデニム生地を織っているが、こうした機器の操作法
を含め、職人の技を身につけるには約20年の長い時間と経験が必要
であり、同社の工場では、60歳のベテラン職人が18歳の新人に技術
を伝承する光景がよく見られる。こうして蓄積された技術と人材を活
かして、同社は、世界初のグラデーションデニム・ファイバーによる
高付加価値デニム生地の開発に成功した。これは1本の糸を3層に染
め分けることにより、色相の多層構造を構成するもので、現在のとこ
ろ同社のみが生産可能である。川井社長は、
「中小企業は、大量生産
の安物では生き残れない。高品質の本物、こだわりで差別化し、顧客
価値の高いマーケットだけを狙っていく。
」と語る。
236
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
同社が開発したグラデーションデニム・ファイバーの生地
を用いたジーンズ
第3部
経済成長を実現する中小企業
事例3-1-16
Case
既存製品を活かして環境分野に進出し、
愛知万博への出展等により販路開拓に成功している企業
陶磁器産地として有名な滋賀県甲賀市信楽町にある近江化学陶器株式会社 ( 従業員50名、資本金9,500万円)
は、1874年に起業された老舗企業である。同社は、陶磁器製の建築物の外装及び床用のタイル等を主に生産し
第
ているが、建設業界の先行きの不透明感から、環境問題への社会的関心の高まりに伴う緑化対策に着目し、既存
の陶磁器製タイルを活かした壁面緑化事業に新分野進出を果たしている。
てきたが、成長しつつある環境分野に着目して、関連会社を中心として建物の緑化事業に着手し、多孔質セラミッ
クと陶磁器質を組み合わせた陶板とスナゴケを用いた植栽断熱発砲陶器「GIF-T」の開発に成功した。陶板部分は、
長年培ってきた技術を活かして、
外装タイル部分は陶磁器質で仕上げ、スナゴケを植える部分には多孔質セラミッ
クを用いて両者を一体焼成する工夫を凝らした。また、タイルに植える植物を探し求めた結果、砂や石の基板で
育ち、乾燥にも強いスナゴケに着目した。同社には、コケに関する専
門人材はいなかったが、社員が学会に参加したり、また、大学の研究
者を訪問したりすることで粘り強く情報を収集し、スナゴケを壁面緑
化に用いることに成功している。
歴史を遡ると、同社の蚕糸鍋は、1900年のパリ万博に出展され、
外装用タイルは、1970年の大阪万博で「太陽の塔」に用いられてい
る。同社の GIF-T は、2005年の愛知万博で、巨大緑化壁「バイオ
ラング」へ出展されたが、それを契機に注目を浴び、全国各地への販
路の拡大に成功している。
愛知万博に出展した巨大緑化壁「バイオラング」
●転業に対する公的支援
投資支援」
、
「販路開拓支援」
、
「人材確保支援」
、
「人
次に、企業は、転業に際してどのような国及び
材教育支援」等の項目において活用した施策と今
地方公共団体等の支援策を活用し、今後活用した
後活用したい施策の乖離が大きく、さらに政策的
いと考えているのだろうか。活用したものについ
な支援が必要な分野であるといえる。特に前掲第
て見ると、多くの企業が自社の転業に際して「資
3-1-65図で見たように、販売先及び人材の確保が
金支援」を活用していることが分かるが、
「特に
転業の成功要因となっていることを鑑みると、販
なし」と回答する企業の割合も高い(第3-1-67図)
。
路開拓や人材確保及び人材教育への支援が重要で
今後活用したいものと併せて分析すると、
「設備
ある。
転業に際して活用した/今後活用したい支援策
第3-1-67図
∼「設備投資支援」
、
「販路開拓支援」、「人材確保支援」、「人材教育支援」等で活用した施策と今後活用したい施策の差が大きい∼
(%)
60
50
活用したもの
今後活用したいもの
49.1
41.6
40.8
40
28.8
27.2
30
22.0
20
11.8
10
18.0
14.8
7.4
14.5
10.2
6.1
5.9
5.0
3.5
13.2
9.2
3.2
2.6
0.0
0.9
特になし
その他
事業承継支援
既存事業の整理に
対する支援
インキュベーション
施設
研究機関や
異分野企業等との
連携支援
資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)
帝国データバンク)
(注)1.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。
2.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。
研究開発支援
人材教育支援
人材確保支援
販路開拓支援
相談窓口
セミナー
設備投資支援
資金支援
0
11.5
14.6
10.5 9.5
8.2
19.5
中小企業白書 2011
237
節
同社は、起業以来、時代の要請に応じる形で、陶磁器技術を核に蚕糸鍋製造、外装タイル製造と事業転換を行っ
2
経済成長の源泉たる中小企業
第1章
転業に際して活用した支援策及び今後活用した
支援策の活用割合及び活用意欲が高い傾向にあ
い支援策を能動・受動別に示したものが、第3-1-
り、受動的転業をした企業は、支援策の利用に消
68図である。これによると、能動的転業の方が、
極的であることが分かる。
転業に際して活用した/今後活用したい支援策(類型別)
第3-1-68図
∼能動的転業の方が、支援策の活用割合及び活用意欲が高い傾向にある∼
能動的転業(活用したもの)
受動的転業(活用したもの)
能動的転業(活用したいもの)
受動的転業(活用したいもの)
(%)
60
50
40
46.2
51.0
47.4
37.4
34.8 33.7
30.3
30
25.2
24.6
20
15.4
8.9
10
15.5
13.7
13.7 13.9
11.4
11.4
9.8
7.4 8.0
5.7
19.4
22.3
8.7
6.3
23.9
21.6
17.1
15.4
19.4
16.8
13.4
13.4
8.4
4.0
7.4
4.3
10.9
7.7
6.0
12.3
8.6
1.1
14.8
12.3
9.0 8.9
5.2
4.0
1.4
0.7
特になし
事業承継支援
既存事業の整理に
対する支援
インキュベーション
施設
2.6
研究機関や
異分野企業等との
連携支援
研究開発支援
人材教育支援
人材確保支援
販路開拓支援
相談窓口
セミナー
設備投資支援
資金援助
0
46.6
資料:中小企業庁委託「転業に関する実態調査」(2010年12月、(株)帝国データバンク)
(注)1.ここでいう転業とは、新分野進出、事業転換及び業種転換をいう。
2.複数回答であるため、合計は必ずしも100にならない。
●成功する転業と転業を支援する取組
存の技術・知識等の活用」よりも、
「質の高い人
以上、転業実態調査を中心に、我が国の企業の
材の確保」や「販売先の確保」等を挙げる企業が
転業活動について詳細に分析を行い、能動的転業
多い。転業に際しては、自社の強みとなる既存の
と受動的転業とで転業の動機・目的や課題が異な
資源等が活用できる分野に進出しやすいが、そう
ること、転業の際には、資金調達、人材確保及び
した自社の強みが新分野でも発揮できるとは限ら
販売先確保が課題となるが、新規事業が黒字転換
ず、むしろ人材・販路・資金といった新規事業を
するまでの期間が見込みを上回ることが多く、資
創出する際と変わらない要素が、成功要因となる
金繰りが逼迫するおそれがあるため、特に資金調
ことに着目すべきであろう。第1節では、起業に
達が重要となること、転業の成功要因としては、
際して起業家の過去の経験や人脈が成功要因とな
人材確保、販売先確保及び資金調達といった事項
る場合が多いことを指摘したが、
転業に際しては、
が多く挙げられること、そして、利用した転業支
転業前の人脈や技術等よりは、むしろ人材・販路・
援策としては、資金支援が多く挙げられるが、利
資金といった要素が、転業を成功させるための鍵
用しなかった企業も多数に上ることを指摘した。
となるのである。
それでは、企業が転業に臨む際にどのような点に
それでは、転業活動を支援する取組には、具体
留意し、また、政府等の機関のどのような支援が
的にどのようなものがあるだろうか。中小企業の
重要なのであろうか。
新事業活動を一括して支援すべく、2005年4月に
まず、転業を図る企業は、楽観視することなく
中小企業の新たな事業活動の促進に関する法律が
綿密な転業計画を立て、多くの場合、新規事業の
施行された。同法によると、国が策定・公表して
黒字化には想定以上の期間がかかることに留意し
いる基本方針を基に中小企業が経営革新計画を作
て、転業に臨むべきである。また、転業の成功要
成し、都道府県等から承認を受けた計画について
因には、
「既存の取引先や人脈等の活用」や「既
は、日本公庫による低利融資、中小企業信用保険
238
2011 White Paper on Small and Medium Enterprises in Japan
第3部
経済成長を実現する中小企業
ネート事業等の販路開拓支援等を受けることがで
が創設された。これにより、中小企業が、収益性
きる。2010年度には、4,436社(1999年以降、累
のある事業を会社分割や事業譲渡により切り離し
計45,415社)が経営革新計画の承認を得ており、
て、他の事業者(第二会社)に承継させ、残され
今後も新分野進出等を図る中小企業の利用が見込
た旧会社を特別清算等することで事業再生を図る
まれる。以上は、主として成長目的の能動的転業
中小企業承継事業再生計画を策定し、当該計画に
への支援であるが、収益性のある事業を有しつつ
ついて認定を受けた場合、事業を引き継いだ第二
も財務状況が悪化している企業に対する事業の改
会社に対する許認可権の承継33、登録免許税・不
善・再生等の受動的転業(利益の出ていない事業
動産取得税の軽減、金融支援34が受けられるよう
を廃止して、利益の出ている事業に集中特化する
になった。
ことを含む)への支援としては、企業再生支援が
挙げられる。特に都道府県ごとに設置された中小
以上、第1節では経済の新陳代謝、企業の成長、
企業再生支援協議会では、過剰な債務により経営
雇用の創出、社会の多様化等から、起業が経済社
状況が悪化しているが、財務や事業の見直しによ
会に重要な影響を及ぼしていること、第2節では
り再生が可能と判断される中小企業を対象に、企
転業が経済の新陳代謝や企業の成長を促進してい
業再生に関する知識及び経験を持つ専門家が、中
ることを概観した。東日本大震災により多くの中
小企業からの相談に対し、課題解決に向けたアド
小企業が倒産、廃業を余儀なくされる中、経済の
バイスを行っている。また、相談案件のうち、再
新陳代謝、企業の成長、雇用の創出等の観点から
生のために財務や事業の抜本的な見直しが必要と
も、起業、転業を促進することが特に重要となっ
判断される場合には、弁護士や公認会計士等の専
ている。また、震災後も、新たな市場に果敢に挑
門家により個別支援チームが結成され、具体的な
戦する起業家、そして、既存事業の変革を試み、
再生計画の策定を支援するとともに、債権の放棄
新たな分野へと参入する経営者の企業家精神こそ
や条件変更(リスケジュール)等、関係金融機関
が、経済成長の原動力となる。こうした新時代の
等との金融調整の支援を実施している。中小企業
旗手を育むべく、政府は、2010年6月に閣議決定
再生支援協議会における2010年度の再生計画策
された中小企業憲章において、
「起業を増やす」
定の支援は364社(2003年度以降、累計2,945社)
ことを中小企業政策の基本理念とし、
「起業・新
となっている。このように、債務の軽減や繰延べ
事業展開のしやすい環境を整える」ことを行動指
により事業の再生が見込まれる企業にとって、事
針に定めた。従来の大企業中心の経済秩序が崩壊
業の改善・再生等の受動的転業を行う際に、中小
しつつある現在、起業家や中小企業の旺盛な挑戦
企業再生支援協議会を活用することも、有効な手
意欲や多様な創意工夫こそが、既存の秩序を変革
段の一つである。また、2009年6月には産業活力
し、より豊かで、より活力にあふれる経済社会を
の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法が
創造していくのである。
33 第二会社への許認可権の承継には、業種の指定がある。
34 金融支援には、別途金融支援を行う機関による審査が必要である。
中小企業白書 2011
239
節
改正され、中小企業承継事業再生計画の認定制度
第
法の特例といった資金支援、販路開拓コーディ
2
Fly UP