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東海地域の産業クラスターの発展の課題: 産学官連携の中小

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東海地域の産業クラスターの発展の課題: 産学官連携の中小
産業経済研究所紀要 第16号 2006年 3 月
論 文
東海地域の産業クラスターの発展の課題:
産学官連携の中小企業への影響を中心に
The Agenda for the Development of Industrial Clusters in the Tokai Region:
Focus on Increasing Cooperation between Universities
and Small and Medium Enterprises
舛 山 誠 一
Seiichi MASUYAMA
鈴 木 正 慶
Masayoshi SUZUKI
はじめに
この研究の目的は,東海地域の産業クラスターの実態,その強化・新たな形成への
取り組みを分析して,その課題と将来展望を明らかにすることにある。
研究の枠組みは,図1に示すようなものである。ある地域に立地する企業が競争上
の課題を克服するために産業クラスターが好影響をもたらすと考えられる。本稿では
企業の競争戦略の比較的簡単な分析手法であるSWOT分析によってこのような経営
課題を探り,この課題の克服に産業クラスターがどのように関わるのかを考える。
ある地域の産業とそのなかの企業が,強さ(Strengths)・弱さ(Weaknesses)を現
在もつなかで,脅威(Threats)に直面する一方で機会(Opportunities)を有してい
る。脅威とは例えば中国など途上国の製品との競争であり,機会とは例えば環境ビジ
ネスなどの成長市場の存在である。このような状況から主に中長期的な経営課題が発
生しており,その課題を解決するための一つの中心的な方向性としてイノベーション
能力を高める必要性が挙げられる。
イノベーションとは,技術革新,新製品・新事業・新ビジネスモデルの開発などで
ある。企業間連携・産学官連携などを含む産業クラスターは,この産業・企業のイノ
ベーション能力を高めるための有力な要素であると考えられる。このクラスターの強
化と新たなクラスターの形成を促進するために,政策支援,金融機関による支援が行
われる。つまり,経営課題に対応する企業の行動が主で,政策支援は従の関係にある。
方法論としては,前年度プロジェクトのアンケート調査(舛山)の結論・仮説を下
― 1 ―
舛
山
誠
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慶
敷きとして,今年度の研究では主にインタビュー調査により,これを深掘りすること
を試みる。インタビューしたのは,主に東濃西部の陶磁器クラスターの企業(5社)
と中部大学との産学連携に関連している企業を中心とした大学周辺企業(5社),大
学教員(5名),金融機関(2社),行政機関(3機関),商工会議所(2機関)であ
る。インタビュー時期は 2005 年 12 月∼ 2006 年3月である。また,補完的に中部経済
産業局ウェブサイト(参考ウェブサイト1)
,中部経済新聞ホームページ(参考ウェブ
サイト2)から企業行動に関する事例を集めた。これらを総合して分析し,結論を導
く。
以下に,第 1 章では,東海地域の産業クラスターの現状と課題について,第 2 章
では,産業クラスター強化・形成への取り組みについて分析し,これを下に第 3 章で
は,東海地域の産業クラスター形成への課題について論じる。第 4 章では今後の東海
地域の産業競争力を強化する上で専門サービス機関の役割に重点を置いて考察する。
第 1 ∼ 3 章を舛山が,第 4 章を鈴木が分担して執筆した。
図1 研究の枠組み
東海地域の産業
クラスターの特色
課題
脅威と機会
強さと弱さ
イノベーション
能力の強化
産業クラスターの強化・形成
政
策
支
連携
企業
大学・公的
研究機関
援
(出所)筆者
― 2 ―
金
融
機
関
の
支
援
東海地域の産業クラスターの発展の課題
!.東海地域の産業クラスターの現状と課題
1.特 色
東海地域の産業クラスターの構造に関しては,図2のようなイメージが描けよう。
図2 東海地域の産業クラスター群のイメージ
ものづくりクラスター
繊維
自動車
部品
化学
IT
陶磁器
ファイン
セラミックス
機械
域外
金属製品
・加工
電機・電子
部品
住宅・建設
食品
(出所)筆者
先ず,自動車産業クラスターが牽引して複合的なものづくりクラスターを形成して
いる(図の真ん中の大きな楕円で囲んだ部分で表される)。自動車産業は,東海地域
の核となる産業であり,絶え間のない技術革新を継続して,複合的なものづくり産業
の牽引者となっている。トヨタ自動車,ホンダ技研工業などの完成車メーカーのほか
に,アイシン精機,デンソー,フタバ産業などの自動車部品産業が愛知県三河地域を
中 心 に 立 地 し て い る 。 そ し て , 自 動 車 産 業 と そ の 周 辺 産 業 に お い て , ITS
(Intelligent Transportation Systems =高度道路交通システム),環境対応の低排出
車(Low Emission Vehicle)
,先端安全システム(Advanced Safety Vehicle)などの
先端技術と知識の集積が進んでいる(参考ウェブサイト3)
。
機械,金属製品・加工,化学,ファインセラミックス,電気・電子,ITなどの産
業が自動車産業向けを中心とした多様な産業に生産財・サービスを供給している,納
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入先産業も含めて「ものづくり産業」クラスターともいうべきものを形成している。
愛知県尾張地区および美濃地区を中心にオークマ,ヤマザキマザック,豊田工機など
の工作機械メーカーが立地して,自動車産業などを支えている(中部経済産業局)。
このような複合クラスターは需要構造の変化に対して強い展開力をもっている。例え
ば,あるファインセラミックス企業は自動車エンジンのセンサー部品を生産する一方
で,電子レンジのマグネット部品を生産している。自動車産業,家電産業の需要動向
に合わせて事業展開をおこなっていける。ただ,この地域のものづくり産業は,現状
ではこの能力の大きな部分が域内に一大拠点を持ちながら拡大を続ける自動車産業の
ために使っている。
第2に,いくつかの自己完結的な小規模クラスターが存在している。東海地域には
複合的にものづくりクラスターが形成されているので,自動車産業を除くと特定産業
の際立った集積はそれほど見られない。しかし,より小さな自己完結的クラスターと
して東濃地域の陶磁器産業クラスター(美濃焼き陶磁器産地1),瀬戸陶磁器産地)と一
宮市を中心とする繊維産業クラスター(尾州・羽島毛織物産地)などの産地型のクラス
ターがある。
第3に,域内完結的度の高いクラスターと域外連結度の高いクラスターが存在して
いる。自動車,機械,陶磁器,繊維などの産業が域内完結的であるのに,電気・電子,
IT産業はその中心が関東・関西の域外にあり,東海地域のものづくり産業クラスター
は域外と広域的につながる傾向が強い。
第4に,クラスターによって企業間の連携関係に違いがある。 自動車産業クラス
ターは,タイトな垂直的な連携関係が特徴的である。トヨタ自動車を中心に系列部品
企業が緊密な連携関係が形成されている。しかし,クラスターの周辺に行くに従って
関係はより独立的になる2)。例えば,東濃西部地域の陶磁器産業の場合は,分業関係
が確立しており,コア企業が不在で相互間の関係は独立性が極めて強いのが特徴的で
ある3)。後の2つのカテゴリーにおいて水平的な連携関係の可能性が存在するのでは
ないかと考えられる。
2.東海地域のクラスター形成の背景
東海地域のクラスター形成の背景は様々である。①コア企業の発展・拡大,②原料
立地にもとづく産地化,③誘致政策の成果,④複数の要因の累積などのパターンが見
られる。
①のコア企業の発展・拡大によるものとしては,トヨタ自動車を核とする豊田市を
中心とする自動車産業クラスターの形成が挙げられよう。②の原料立地に基づく産地
化に関しては,東濃西部地域の陶磁器クラスターなどがあげられる4)。③誘致政策の
成果の例としては,三重県の液晶関係工場の集積が挙げられる。
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東海地域の産業クラスターの発展の課題
小牧市の機械産業を中心とするものづくり産業の集積は,誘致政策の成功に加えて,
インタビューによると幾つかの出来事が積み重なって形成されたと言われる。小牧市
は,昭和 30 年ごろは農業地帯であり,菜種,養蚕などの農業が行われていた。この地
域は地盤が固く,機械産業の立地に適するという特徴があって立地優位性を持ってい
る。戦前に軍事工廠があったのはこの理由による。このような優位性があるところに,
伊勢湾台風(昭和 34 年(1959 年)9月 26 − 27 日)により,湾岸は危険だということで,
湾岸から内陸工業地帯へのシフトが起きて,小牧が恩恵を受けた。東海道新幹線開通
(1964 年)
,東名高速開通(1965 年)
,小牧インター完成(1965 年)による交通環境の
著しい改善の恩恵も受けた。
このようにクラスター形成のパターンに多様性があることは,クラスター形成・強
化のための戦略(クラスター戦略)も,個々のクラスターを取り巻く状況によって異
なるものである必要があることを示唆しよう。
3.近年の傾向
近年の傾向としては,①好調なクラスターと低迷クラスターが並存していること,
②好調なクラスターの地理的拡散傾向が顕著であること,③ものづくりクラスターに
おいてITコンテントが大きく増加していること,④新たなクラスター形成への限定
された展開が見られることなどが挙げられる。
先ず,自動車,機械関連などの好調なクラスターと,東濃西部の食器,タイルを中
心とする陶磁器クラスター,一宮市を中心とする繊維などの低迷するクラスターとに
明暗が分かれる。例えば,岐阜県陶磁器工業組合連合会の調べによると,食器・タイ
ルの生産出荷額は,91 年の約 1,437 億円をピークに年々減少し,2004 年には約 560 億
円にまで落ち込んだ(参考ウェブサイト2,2005 年 7 月 18 日記事)
。
自動車,機械関連などの好調さの背景としては,これら産業がグローバル経済化の
なかで国際的な競争優位性を強めていることがある。低迷クラスターの一般的な背景
としては,国際競争力を失い,製品素材の海外調達や海外生産の増加,海外からの安
価な製品の輸入などで取引が縮小していることがある5)。繊維産業に関しては,原料
コスト(原油)の高騰の悪影響も大きい。陶磁器産業に関しては,輸出市場,国内市
場における途上国製品との競争劣位が基本的な背景にある6)。陶磁器セクターに関し
ては,途上国との競争に敗れただけでなく,産地の陶磁器企業が需要堅調分野への転
換に乗り遅れた面もある。高付加価値化したノリタケ,日本特殊陶業,日本碍子など
のコア企業は堅調であり,適応できなかった産地企業との間に二重構造化が起きてい
る。これら低迷産業においては廃業の増加傾向が見られる7)。
自動車産業を中心として好調なものづくり産業クラスターは,地理的拡散傾向を強
めている。増設ニーズに対して土地・環境・人的資源の制約がタイトになってきてい
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ることがある。例えば,小牧市などは市内の中核企業の他地域への拡散・移転傾向に
危機感を持っている。
IT革新の進展の影響を受けて,ものづくり産業クラスターにおいてもITコンテン
ツが著しく増加している。例えば自動車産業においては,環境,安全,乗り心地など
の多様なニーズに対応する車の制御をITソフトによって依存する度合が高まってい
る。トヨタ自動車が 2005 年3月に発表した「ハリヤー―ハイブリッド」は「走るソフ
トの固まり」と言われている8)。新たなクラスター形成への限定された展開もある。
三重県の液晶クラスターの成長,バイオクラスター計画等が挙げられる。
4.東海地域産業の強さ,弱さ,直面する脅威,機会と戦略的課題
(1)東海地域の産業クラスターのSWOT分析と戦略的課題
東海地域の産業・企業は,前述のSWOT分析の枠組みに従えば,その特色を背景
に強さ,弱さを持っているが,環境の変化からもたらされる脅威と機会とに直面して
いる。このような状況において産業・企業は経営課題を抱えているが,このような課
題を解決していく上で,産業クラスターの強化・新たな形成が大きな助けとなりうる。
前述のような東海地域の産業クラスターが置かれた状況から,産業・企業のこのよ
うな対応プロセスは,①好調なものづくり産業クラスターのコア部分,②その周辺部
分の中小企業からなる層と,それに③低迷している陶磁器,繊維等のクラスターなど
とに分けて考える必要があろう。昨年度のアンケート調査においては,これらをひっ
くるめて扱ったが,本稿においてはこれらを分けて分析する。
①ものづくりクラスターのコア部分の強さと弱さ
好調なものづくりクラスターのコア部分に関して,簡単なSWOT分析は表1のよ
うにまとめられよう。その強さに関しては,ものづくり産業の広範で高度の集積から
もたらされる競争力と展開力,自動車産業等における核となる企業グループ(トヨタ
自動車グループ)の技術力と経営能力,緊密な垂直的連携関係による擦り合せ型のイ
ノベーション能力が挙げられる。例えば,トヨタ系自動車部品メーカー各社が,生産
性の大幅な向上などをめざした「モノづくり改革」をグループとして積極的に推進し
ていると伝えられる。トヨタ自動車の国内緊急増産,グローバル化,などへの対応を
契機に国内拠点の競争力の底上げをねらっているとされる。生産ラインのハード面の
改革に加え,熟練技能の伝承や品質 管理の再教育など,ソフト面でも新たな取り組み
に挑戦しているという(参考ウェブサイト2,2005 年 7 月 18 日記事)
。多くの優良大
企業が企業グループを主導し,教育訓練も充実していて,人材の質も高い。
― 6 ―
東海地域の産業クラスターの発展の課題
表1 ものづくりクラスターのコア部分のSWOT分析
強 さ
弱 さ
・集積からもたらされる競争力
・技術の蓄積
・タイトな垂直的連携による擦り合
わせ型イノベーション
・高度経営能力
・人材の質
・全世界的な販売網
・IT技術の相対的弱さ
・金融技術の弱さ
・国際経営経験の不足
・人材の量的不足
機 会
脅 威
・途上国市場の成長
・先進国市場でのシェア拡大可能性
・自動車関連需要
・環境関連市場
・国内市場の低成長
・自動車エンジンの技術革新
・途上国企業との競争
(出所)筆者
一方において弱さとしては,急速な事業規模の拡大に比べての人材の量的な不足,
国際的人材の不足,急速な海外拡充の負担,水平的連携メカニズムの弱さ,地域にお
けるIT産業の発達の不足,が挙げられよう。
機会としては,核となる自動車産業の抜群の国際競争力からもたらされる関連需要
の堅調,急成長する途上国市場,先進国市場でのシェア拡大,環境ビジネス市場など
の成長機会などが挙げられよう。一方,脅威としては,高齢化などによる国内市場の
低成長,自動車エンジンの技術革新による構造変化の可能性,低付加価値製品を中心
とした途上国企業との競争などが挙げられよう。
SWOT分析の枠組みによれば,企業はその強さ,弱さ,機会,脅威に対応して以
下のようなタイプの経営戦略を追求すべきであるとされる。自社の強さと機会に対応
したS−O戦略は,自社の強さに適合する機会を追及する戦略である。W−O戦略は,
自社の弱さを克服できるような機会を追求する戦略である。S− T 戦略は,自社の強
さを生かして脅威を減らすことを追求する戦略である。W−T戦略は,自社の弱さが
アキレス腱になるのを避けるための防衛戦略である。
ものづくりクラスターのコア部分の企業に関しては,以下のような戦略が妥当であ
ろう。先ず,S−O戦略に関しては,成長市場への継続的展開,海外市場,特に途上
国市場の開拓,環境市場向けの製品開発などである。次に,S−T市場に関しては,
途上国企業との製品差別化,国内既存市場でのシェア拡大などであろう。W−O,
W−T戦略に関しては,共通してIT技術・金融技術の補強,国際経営人材の開発・
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補充,海外人材の活用などを行うことによって有望市場を開拓すると同時に,途上国
企業に対する競争優位を確立し,技術革新に対応したイノベーションを強化していく
ことであろう。
クラスター戦略との関係に関しては,垂直的な連携による擦り合せ型イノベーショ
ンの競争優位を維持・強化していくことに加えて,IT技術,金融技術,バイオ技術な
どの形式知インプットが多くてモジュール型の産業に適合するように,水平的なネッ
トワークの形成,産学連携,ベンチャー企業との連携を強化していくことが必要であ
ろう。
②ものづくりクラスターの周辺企業群のSWOT分析と戦略的課題2
ものづくりクラスターの周辺部分のSWOT分析に関しては,表2に示すように整
理できよう。強さとしては,ものづくり産業の広範な集積からもたらされる競争力と
展開力,中小企業が中心であることから,大企業に比べての小回りのよさ,オーナー
経営者のコミットメントが挙げられる。一方,その弱さに関しては,多くの部分が,
中小企業の体質的な弱さに起因する,新たな展開へのやる気・能力の不足を示すもの
である。即ち,技術開発能力の弱さ,財務的な弱さ,つまり借入依存度の高さ9),新
市場開拓のためのマーケティング能力の不足,国際経営の知識・能力の不足である。
さらに,水平的連携メカニズムの弱さ,人材の質の低さが弱さとして数えられる。
このような強さと弱さが存在する下で,ものづくり産業周辺企業群が有する機会と
しては,自動車産業を中心とするものづくりクラスター全体の繁栄と地理的拡大,環
境対応市場,安全市場,ナノテク市場,途上国市場などの成長市場の存在,ニッチ市
場の存在,海外市場,特に途上国市場のポテンシャルが挙げられる。直面している脅
威としては,途上国企業との競争,需要構造の変化による既存市場縮小の可能性,コ
ア企業群との格差拡大により取り残される危険性 10)が挙げられる。
このようなSWOT分析による戦略的課題は,以下のように考えられよう。先ず,
S−O戦略に関しては,成長市場,途上国を中心とする海外市場を,大企業と棲み分
けながら開拓することであろう。S−T戦略は,自社のコア技術を下に大企業製品と
の差別化を行いながら,国内市場を中心に,高付加価値商品など,途上国製品との差
別化を強めていくことであろう。W−O戦略は,成長市場,ニッチ市場,海外市場の
開拓のために,技術開発能力,販売力を強化して,より差別化した製品を供給してい
くことであろう。このためには人材開発・補充によって人材の質を高めることが必要
になる。海外市場を開拓する選択をする場合は,人材を含めた国際経営能力の向上が
必要である。
産業クラスター戦略との関係に関しては,製品開発能力の向上のために,産学連携
を含むクラスター内の連携の強化が望まれる。また,生産効率の向上,マーケティン
― 8 ―
東海地域の産業クラスターの発展の課題
グ能力強化のための企業間連携の強化が望まれる。さらに経営の近代化,企業合同な
どによって人材市場における訴求力を高めるとともに,産学連携などを通じて質の高
い人材を獲得する必要があろう。
表2 ものづくりクラスターの周辺部分のSWOT分析
強 さ
弱 さ
・広範な集積からの競争力と展開力
・大企業にくらべた小回りのよさ
・オーナー経営者のコミットメント
・技術開発能力の弱さ
・販売力の弱さ
・差別化の不足
・経営の非近代性
・財務的弱さ
・水平的連携メカニズムの弱さ
・人材の質的不足
・国際経営の知識・能力の不足
機 会
・成長市場
・ニッチ市場
・海外市場,特に途上国市場
脅 威
・途上国製品,生産との競合
・コア企業との格差拡大
(出所)筆者
③東濃西部地域の陶磁器産業クラスターのSWOT分析と戦略課題
東濃西部地域の陶磁器産業クラスターの場合,SWOT分析の枠組みからは表3の
ように捉えられよう。
その強さとしては,技術の伝承があること,一貫した分業システムを形成している
こと,中小企業で構成されていることによる小回りのよさがあること,オーナー経営
者によるコミットメントなどが挙げられる。技術に関しては,分業構造の下で特定の
機能分野に能力が集中している。インタビュー調査によると以下のようである。素材
関係は,大手3社の寡占状態でR&D能力を持っている。上薬の製造は,配合が技術
集約的でR&D指向がある。窯屋は,分業体制の下で生地屋の温度指示で焼くだけで
あり,R&D指向がない。装置メーカーは,数社で構成され,技術力がある。
一方その弱さとしては,差別化の不足,産地問屋への依存度の高さ,地域ブランド
の弱さなどからくるマーケティング志向・能力の不足,中小企業の人材の質の不足な
どからくる企業家精神・能力の不足,ビジョン,リーダーシップの不足などによる全
体最適化の不足,国際的視野・展開力の不足,などが挙げられる。
差別化の不足に関しては,地域ブランドが弱く,デザインなどによる差別化が少ない
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ために,美濃焼きの付加価値が低いと言われる。地域ブランドに関しては,美濃焼き
は,日常品路線を行き,この中では 60 %のシェアがあるが,それゆえブランド・イメー
ジは低いとされる(C金融機関)
。また,美濃焼きは磁器,陶器,ボーンチャイナまで
あらゆるものに展開したため,他の地域(有田焼)などと異なり特色がないとされる。
また,タイルなどはバブル期には作れば売れたからバブル以前に比べてデザインによ
る差別化能力が低下したとも言われる(Aタイル素材メーカー)
。瀬戸地区はニューセ
ラミックスに転換したが,小規模で技術力がなく,下請けに甘んじているとされる。
表3 東濃西部陶磁器クラスターのSWOT分析
強 さ
弱 さ
・技術の伝承
・確立した地域内分業システム
・中小企業の小回りのよさ
・オーナー経営者のコミットメント
・製品の差別化の不足
・バリューチェーン内連携最適化の
不足
・販売力の不足(商社依存)
・技術開発力の不足
・経営の非近代性
・人材の質の不足
・国際的視野・展開能力の不足
機 会
脅 威
・新たな成長市場
・ニッチ市場
・途上国製品との競合
・既存市場の縮小
(出所)筆者
クラスターの全体最適化の不足に関しては,専門業者は相互に独立的であり,全体
システムの設計者が欠如していることが背景にあると指摘される。ほとんどが小企業
でコアとなる大企業がなく,且,相互に独立的で仲が悪く,リーダーシップが欠如し
ているとされる。各々の業者が同じものを作って差別化がなくライバル関係にあるこ
とも,本音がでてこず,ネットワーク作りを難しくしていると言われる。例えばタイル
産業の場合,
「地場業者が勝手に開発テーマを選択し,全体のコーディネーション機能
がない。自動車産業のように最終メーカーが全体を統括するようになっていない」
(A
タイル素材メーカー)と言われる。同時に業界としてのビジョンの不足もクラスター
内の連携を制約していると考えられる。
国際的視野の不足に関しては,以下のような例がある。
「タイルの場合,世界需要は
伸びているが,その市場は内装市場であり,イタリア企業が世界市場を支配している。
国内メーカーは東アジアのごく一部にしか需要がない外壁用タイルに特化している。
― 10 ―
東海地域の産業クラスターの発展の課題
イタリア企業に加えて韓国,エジプト,トルコなどの企業の積極投資による規模の経
済に日本企業は対抗できないでいる」
(Aタイル素材メーカー)とされる。
機会としては,環境対応市場などの成長市場の存在,途上国市場,ニッチ市場の存
在が挙げられる。一方,東濃西部陶磁器クラスターの受けている脅威としては,途上
国との競争 11),需要構造の変化,クラスターの分業体制の崩壊可能性などが挙げられ
る。上述のような量的志向の低付加価値・低差別化路線をこのクラスターが歩んでき
たことから,途上国との競争に対して特に脆弱性を持つことになった。分業構造を形
成しているので,その一部が弱くなると全体が弱くなる。タイルのプレス屋は2軒し
かなかったが,そのうちの1軒が倒産して分業体制が危機に瀕した。幸い,社員が再
生し,非タイル分野を伸ばしている(Bタイル・メーカー)
。このようなSWOT要因
は,②のものづくりクラスターの周辺企業群のそれと多くを共有しており,それに対
応する戦略も似たようなものになると考えられる。
S−O戦略としては,伝承技術,分業体制を生かしながら周辺技術と組み合わせる
ことなどにより新商品を開発して,環境ビジネス,リフォーム市場などの新たな成長
市場を開拓することであろう。W−O戦略は,技術開発力の強化による差別化商品の
供給,マーケティング志向・能力の強化,経営の近代化,人材の質の向上によって,
成長市場,ニッチ市場,海外市場への販売を強化することであろう。S−T戦略とし
ては,上述のような技術開発力の強化により差別化して途上国製品との棲み分けを進
めることであろう。W−T戦略としては,低付加価値市場から撤退すること,分業体
制のネットワーク関係を維持・再編することであろう。
クラスター戦略との関連では,クラスター内の企業間連携を維持・強化し,また産
官学連携を強化して差別化製品の開発力を高めること,クラスター内の連携強化によ
り地域ブランドを含むブランドを強化するなどして,マーケティング力を強めること
が挙げられよう。
(2)低迷クラスターの共通的戦略的課題と企業の対応
上記のような産業クラスターの強さ・弱さとそれが直面する脅威・機会への対応に
おいて,ものづくりクラスターの周辺企業群と東濃西部の陶磁器産業クラスターの企
業は共通して以下のような課題を抱えていると考えられる。それらの課題は,一次的
な課題,それを達成するための二次的な課題,そしてそれを補完するためのクラスタ
ー形成によるサポート,そして全てに共通する推進力と考えら得る課題とに分けて捉
えることができよう(図3)
。
先ず,一次的課題として,①既存市場における高付加価値化・製品の差別化, ②市
場リスクの分散と継続的市場転換,③品質・生産効率の向上,④海外進出が挙げられ
る。
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①の高付加価値化・製品の差別化は,途上国製品に対抗していくために必要である。
②に関しては,以下のように言えよう。中小企業の場合,事業分野が限られているので,
需要構造の変化によって大きな打撃を受けるリスクが高い。継続的に衰退市場から撤
退し,成長市場やニッチ市場を取り込んでいく必要がある。このためには,アンテナ
を張って市場・技術の変化とその自社への影響を常にウォッチしていく必要がある。
図3 戦略的課題と企業の対応
国内の強化
既存市場における
高付加価値化・
製品の差別化
海
外
開発力の強化
マーケティング志向・
能力の強化
継続的市場転換
進
出
品質・生産効率の向上
クラスターにおける連携・
バリューチェーンの最適化
人材の育成・補充
企業家精神・経営能力
(出所)筆者
次に,以上のような一次的課題を達成するための二次的課題として,⑤開発力の強
化,⑥マーケティング志向・能力の強化,⑦人材の育成・補充がある。
製品の高付加価値化,成長市場・ニッチ市場への参入という市場転換,を行うため
には,開発力の強化が必要である。また,このような市場展開を行うためにはマーケ
ティング志向・能力の強化が必要である。新市場への参入,差別化新商品の販売を行
う場合,既存の販売チャネルを使えない場合が多い。この場合,新製品を開発する場
合に,既存の販売チャネルで売れるものに絞るか,新しい販売チャネルを開拓するか
のどちらかが必要である。また,ブランド開発・強化が必要である。
このような一次的・二次的な経営課題への対応において,産業クラスターにおける
企業間・産学官の連携が有効に働くと考えられる。開発力の強化のために,産業クラ
スターの深化・拡大が貢献する可能性が高い。また,地域ブランドの開発・強化など
においてクラスターの形成・強化が有効だと考えられる。
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東海地域の産業クラスターの発展の課題
このような経営課題への対応とそれへの産業クラスターの貢献のプロセス全体に必
要なのが人材の育成・補充であり,またこの推進力となるのが,企業家精神の高揚と
経営能力の強化である。
5.戦略的課題への企業の対応
(1)既存市場における製品の高付加価値化・差別化
多くの企業が中国などの途上国製品に対抗し,また棲み分け,そして大企業製品・
サービスとの差別化を行うために高付加価値製品への特化などで差別化していく必要
を感じている。複合的ものづくり産業クラスターの多くの企業がこのような戦略を実
行している 12)。東濃西部の陶磁器クラスターにおいて,インタビューによると,D 陶
磁器食器メーカーは高級食器に特化して,生き残りに自信を示し,E陶磁器食器メー
カーは,リサイクル食器により環境対応に加えて,真似されにも製品を開発すること
による差別化・高付加価値化を推進している。
(2)市場リスクの分散と継続的市場転換
クラスター内の企業は,将来の需要増分野への転換を常に準備しておく必要性があ
る。特に中小企業の場合,事業分野が限られているので需要分野の変動から業績を悪
化させたり,廃業に追い込まれたりするリスクが高い。下請け企業の場合,納入先の
好調・不調によって業績が大きく左右される。インタビューによると「自動車は良い
が家電の場合怖い」
(H化学メーカー)
,
「大手が買ってくれればくれるほどいったんス
トップしたときの影響が大きいので,リスク分散の必要性が強まる」
(Bタイル・メー
カー)との声もある。
企業・クラスターの資源を活用して,既存技術を核としながらも,周辺技術を取り
込んで新分野での製品を開発し,需要増分野に継続的にシフトしていく必要がある。
F陶磁器機械メーカーは,売り先を低迷する陶磁器産業から自動車,PDP,バッテ
リーなどより成長性の高い産業に多角化している。海外展開より新分野への展開に重
点を置いている。現在は全売上に占めるオールドセラミックスは 30 %∼ 40 %,あるい
はそれ以下に低下し,シェアは逆転しているという。
このような継続的な市場シフトを行うためには,アンテナを張って市場・技術の変
化とその自社への影響を常にウォッチしていく必要がある。そして,成長市場の取り
込み,ニッチ市場への特化を行わねばならない。人材の層が薄い中小企業では,多く
の場合,経営者自らがこれを行わなければならない。
Bタイル・メーカーにおいては,社長が,ホームセンターに壁面タイルがないこと
に気がつき,個人住宅用タイル市場の可能性に注目した。この背景には,中小企業同
友会での勉強で,行政,企業が資金不足になる中で,エンドユーザーである個人は資
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金的に余裕があることを学んでいたからひらめいたという。この市場に入るためには,
軽いタイルを開発する必要があるとして,テーマを絞って開発したという。
より大きな中堅企業の場合,より組織的な対応が可能であるが,やはり社長の役割
が大きい。G中堅パッケージ・メーカーの場合は,製品開発には目先の製品開発,3―5
年先の製品の開発という2つのタイプがあるが,後者については同社では企画開発部
が受け持ち,市場調査から始めて社長に答申する。このような長期的な製品開発部分
に関しては大学の先生に相談することが多くなるという。
成長市場としては,環境ビジネス,液晶・携帯電話関連,安全市場,リフォーム市
場などへの参入の動きが目立つ。特に,環境ビジネス市場への参入の動きが目立つ。
環境ビジネスとしては,リサイクリング市場参入,環境にやさしい製品の開発,新エ
ネルギー(燃料電池など)の開発などの動きがある。
昨年度のアンケート調査では,東海3県の回答企業は,①環境対応(17.3 %),②
交通輸送機器システム(9.3 %),③IT全般(8.0 %),④住宅(7.7 %),⑤安全性向
上(6.0 %),⑥サービス分野(5.3 %),⑦事業モデル革新(5.1 %),⑧高齢化対応
(4.9 %)
,⑨ナノテクノロジー(4.6 %)の順に自社のイノベーション活動の主要分野
としてあげている。このうち環境対応,交通輸送機器システム,住宅,安全性向上は,
その他の地域の企業に比べて大幅に高い比率を占めているが,IT全般,サービス分
野,事業モデル革新の比率は,その他地域企業に比べて大幅に低くなっている(舛山,
51 頁)
。また,高齢化対応,バイオテクノロジー,マーケティング手法の革新に関して
も,東海3県企業の回答比率はその他地域企業のそれに比べて格段に低くなっている。
環境対応に関しては,インタビュー,報道によると,リサイクリング市場参入の
ケースが目立つ 13)。 燃料電池などの新エネルギー開発を進めているケースも多く見ら
れる 14)。環境にやさしい製品の開発の動きも活発である 15)。
液晶・携帯電話関連などの電子関係の成長市場への販売に注力しているケースも目
立つ 16)。また,安全市場をターゲットとしているケースも見られる 17)。さらにリフォー
ム市場を開拓するケースも見られる 18)。成長市場とは,限らずに差別化の一環として
ニッチ市場への特化を進めるケースもある 19)。
また,昨年度のアンケート調査によると東海3県企業は,その他地域企業に比べて
イノベーションのアプローチにおいて既存分野の深掘りを指向する傾向が極めて強い
が,新分野においては,その他地域企業と同様に,全くの新分野に進出するよりも既存
分野と新分野の組み合わせを指向する傾向が強い(舛山,53 頁)
。自らの強みを極め,
またそこをベースに新しい分野に展開する戦略をとる傾向が強いことを示している。
クラスター戦略の観点からは,このような新成長分野への展開においてクラスター
内での企業間連携,産学官連携による製品開発,企業間競争が効果を発揮するのでク
ラスター戦略のニーズが高まるといえる。
― 14 ―
東海地域の産業クラスターの発展の課題
(3)品質・生産効率の向上,環境対応の生産システム
品質・生産効率の向上と環境対応の生産システムの構築が,途上国製品への対抗と
環境対応のために必要だと認識され,多くの企業が生産システムの改善努力を行って
いる。クラスター戦略は,主に企業間の生産システムに関連した機器の共同開発,ノ
ウハウのシェアリング,クラスター内の企業間競争などの効果を高めることにあろう。
本稿においては,プロダクト・イノベーションに焦点を当てるので,このプロセス・
イノベーションは中心的テーマではない。
(4)海外進出
途上国からの挑戦からの脅威と途上国市場の急拡大という機会に対応する有力な選
択肢の一つが海外進出である 20)。クラスター戦略との関連では,海外に移すべき部分
と国内に残してクラスターの強化を行うべき部分との峻別が必要である。このテーマ
も本稿の主要テーマではない。
(5)技術開発力の強化
昨年度のアンケート調査によると,イノベーションにおける産業クラスター内の企
業・機関間の連携において重要な機能として,東海地域企業は技術開発を特に重視し
ている。重要な機能として,①技術開発(34.9 %),②人材の確保(13.4 %)
,③事業
化計画の作成(11.0 %)
,④マーケティング調査(9.8 %)
,⑤生産体制の確立(7.1 %)
の順であげているが,特に技術開発が重要だという回答の比率が他地域気企業に比べ
て高い(舛山,54− 55 頁)
。
このような技術開発力の強化において,クラスターにおける企業間連携,産学官連
携の有効な活用がますます求められるようになっている。
(6)マーケティング志向・能力の強化
上述のように,特に低迷クラスターの企業において,マーケティングは製品開発に
劣らず重要である。上記の継続的な市場転換の戦略の一環として新市場への参入,差
別化新商品の販売を行う場合,既存の販売チャネルを使えない場合が多い。この場合,
新製品を開発する場合に,既存の販売チャネルで売れるものに絞るか,新しい販売チ
ャネルを開拓するかのいずれかを行う必要がある。前者の製品開発を既存販売チャネ
ルで売れる製品に限るケースとして,F 窯業機械メーカーの場合は,新技術を自社の
製品に埋め込んで,自社の機械設備として売るしかないとする。
後者の新規販売チャネル開拓の例として,Bタイル・メーカーのケースがある。同
社は,新商品であるカラータイルをそれまでマンション用タイルを扱ってもらってい
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た産地問屋に持っていっても保守的で相手にされなかったので,土木展示会に出店し
て代理店を募集したと言う。他にも新しい販路を構築しようとの動きが繊維産業など
において見られる 21)。このように新しい販路の獲得に当たっては,商社任せなどせず
に経営の直接的なマーケティングへの関与することが必要である 22)。
中小企業が新しい販売チャネルを構築する手段として,展示会の活用で成果を上げ
ている例が見られる。インタビューによるとBタイル・メーカーは,新商品である壁
面用の軽いタイルの販売に関しては,それまでのマンション用建材は問屋任せだった
のに対して,DIYショー(幕張)
,インタナショナル・ギフト・ショーに出展して,
これにカタログ通販会社が反応したことによって,自分でエンドユーザーに売れるよ
うになったと言う。最初,自治体の補助で建築建材展への出展をして展示会の活用を
覚えたと言う 23)。
販売地域が広域に渡る場合,営業拠点の開設が必要になる。Bタイル・メーカーは,
リフォーム用の壁面タイルの販売において歩合の地域担当セールスマンを採用し,産
業用画像処理システムのベンチャー企業トークエンジニアリング(各務原市)は,
2005 年7月東京営業所を開設した(参考ウェブサイト1)
。
マーケティングにおいて,商品によってはブランドの強化が重要なテーマになる。
産地型のクラスターの場合は,地域ブランドの構築が重要である。繊維産業クラス
ターなどにおいてこのような動きが強まっている。例えば,400 年の歴史を持つ伝統工
芸,有松・鳴門絞を産地の商工業者が一丸となってブランド化しようとする試みが行
われた 24)。
産業クラスター戦略との関連においては,クラスター内での連携の結果開発された
新製品を市場化する過程において技術に劣らずマーケティングの側面が重要であり,
個々の企業としてあるいはクラスター全体としてマーケティング志向とコミットメン
トとが要求されるということである。また,クラスター支援政策は,マーケティング
の重要性に十分に配慮したものである必要があろう。連携による研究開発を支援する
決定を行う際にマーケティングの側面も精査する必要がある。また,クラスター内の
企業の展示会等への出店の支援も有効であろう。前述のように,Bタイル・メーカー
は展示会を有効に活用して新しい販路を構築したが,これを行うきっかけになったの
は,自治体の補助金による展示会への出店であった。さらに,地域ブランドの構築に
は,クラスター全体での取り組みが必要になる。
昨年度のアンケート調査によると,前述のように重要な機能としてマーケティング
調査を挙げる比率が他地域企業に比べて極めて低い。
(7)クラスター内の連携の深化・緊密化とバリューチェーンの最適化
クラスター内の連携の深化・緊密化とバリューチェーンの最適化の問題は,次の 2
― 16 ―
東海地域の産業クラスターの発展の課題
章において扱う。
(8)企業家精神の高揚・経営能力の強化
上記の全ての要素を推進するのは,企業化精神に導かれた経営者の行動である。ま
た,クラスター内における水平的連携は,自立的な企業の行動によってのみ可能とな
る。そして,クラスターとしての連携促進に必要なリーダーシップもこのような経営
者によって担われる必要がある 25)。
(9)人材の強化
上記のような製品開発,マーケティング能力の向上などの課題を解決していく上で,
低迷クラスターにおいてはその弱点である人材の強化が必要である。そして,クラス
ター内の特に産学連携が人材供給に好影響を及ぼすことが期待されている 26)。昨年度
のアンケートに如実に現れているように,東海地域企業はその人材を域内に依存する
傾向が極めて顕著であるので,特にそのニーズが高い。前述のように,昨年度のアン
ケート調査によると産業クラスター内における企業・機関間の連携における重要な機
能として,人材の確保を2番目に高い比率であげている(舛山,54 頁)
。
@.産業クラスター強化・形成への取り組み
1.枠組みと東海地域の特色
産業クラスター強化・形成への取り組みの枠組みは図4のように示せよう。
まず,産学官の集積のもとにおける企業間連携・産学官の連携・競争の促進,起業
活動の活発化などは,プロダクト・イノベーション及びプロセス・イノベーション
(特に前者)を促進する働きがある。イノベーションは,製品開発だけではなく,それ
が販売されて事業化に成功することによって始めて成就する。技術開発力だけでなく
マーケティング力が大事である。政策支援,金融機関による支援が,このようなプロ
セスを促進する効果がある。行政サイドの場合,補助金,産業立地支援などの政策支
援の側面と公的研究・試験機関の連携参加の側面との両面の関与がある。
特定の産業クラスターの形成・強化に向けて方向付けを行うことによってクラス
ター全体としての有機的な連携を推進するためにビジョン形成・リーダーシップ,調
整の機能が重要な役割を果たす。また,これまで何度も延べたように,このようなプ
ロセスにおいて企業家精神が最大の推進力である。政策よりも企業の自立的な行動が
大きな役割を果たす。これらの要素の相互作用による既存クラスターの強化と展開,
新事業の創造,ひいては新クラスターの形成が期待される。この場合,特筆すべきは
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新事業の創造・新しい産業クラスターの形成だけではなくて,既存クラスターの強
化・展開がこれに劣らず重要であるということである。特に,ベンチャー企業が育ち
にくいと言われる東海地域においてはこの側面が重要である。
図4 産業クラスター強化・形成の枠組
ビジョン・リーダーシップ・調整
調整
政
策
支
援
産学官連携
産学
官連携
企業間連携
ベンチャー
企業
イノベーション能力の向上
向上
(イノベーション=製品開発×マーケティ
ン=製品開発
製品開発×マーケティング)
既存クラスター
既存
の強化・展開
の強化
強化・展開
展開
新事業の
新事業
創造
サ金
ポ融
ー機
ト関
の
企
業
家
精
神
新産業クラスター
新産業
の形成
形成
(出所)筆者
このような連携における昨年度のアンケート調査に現れた東海地域の特色は,以下
のようである。開発・革新のための連携において重要なパートナーはどのようなとこ
ろ か と い う 質問に 対し て ,東海3県の 回答企業が 挙げ た の は ,①共同開発企業
(43.1 %)
,②部品・素材などの仕入先(18.3 %)
,③大学(11.1 %)
,④研究機関(6.5 %)
,
⑤IT・金融機関以外のプロフェッショナル・サービス(6.1 %),⑥ITサービス
(3.8 %),⑦自治体(3.4 %),⑧金融サービス(1.9 %),⑧ベンチャー企業(1.9 %),
⑩中央政府機関(0.4 %)の順になっている。また,その中で最も満足な連携相手はど
のような機関かという質問に対しては,①共同開発企業(45.2 %)
,②部品・素材など
の仕入先(17.5 %),③大学(9.1 %)
,④研究機関(7.5 %),⑤IT・金融機関以外の
プロフェッショナル・サービス(6.0 %)
,⑥ITサービス(3.2 %)
,⑥金融サービス
(3.2 %),⑧自治体(2.4 %),⑨ベンチャー企業(1.2 %),⑨中央政府機関(1.2 %)
― 18 ―
東海地域の産業クラスターの発展の課題
の順であげている(舛山)
。
その他地域企業に比べて企業間連携を重視し,連携相手の企業に対する満足度が高
いのが特徴的である。東海地域の擦り合せ型産業への傾斜とそこでの優位性を反映し
ていると思われる。一方では連携相手としてのベンチャー企業,ITサービス,金融
サービス,IT・金融サービス以外のプロフェッショナル・サービスに対する重要性
の認識と満足度がその他地域の企業に比べて相対的に低い。形式知的インプットの多
い産業,モジュール型産業から距離を置く姿勢が反映されていると言えよう。
大学との連携は,本来,形式知のインプットの多い産業で特に効果が大きいと思わ
れる。現状の擦り合せ型産業中心の産業構造の下での発展のためには重要性は比較的
低いと思われる。今後,IT,バイオ,金融など多くの形式知を必要とする産業への
展開やそれとの融合への動きを強めていくとすれば,大学やそれに関連したり,そこ
から派生したりする,ベンチャー企業との連携が重要になってくると思われる。
中央政府,自治体との連携があまり重視もされず,満足もされていないことは,一
面では企業の自立性を示すものとして評価すべきことでもあろうが,他方では今後こ
の面の改善余地が大きいことを示してもいよう。
2.行政の取り組み
本来の行政の役割は,産業クラスター戦略において企業のサポート役のはずである
が,本稿の主要な考察対象であるものづくりクラスターの周辺部分,陶磁器産業クラ
スターのような現在不振なクラスターにおいては,中小企業政策を源流とする政策支
援の役割が大きく,また,全体の枠組・展開を規定している面があるので,最初に取
り上げる。
(1)枠組み
クラスター形成・強化における政策支援の枠組みについて考える。図5のように整
理されよう。
本来的なクラスター振興政策は,企業間連携を促進するような政策,教育研究政策
を含む産官学連携を促進するような政策,起業促進政策,ハイテク振興政策,産業立
地政策,中小企業振興政策など,個々に独自の目的をもった政策が関連している。図
の楕円形で囲んだような部分から構成されている。
このような政策を動員して産業クラスター形成に向かって方向付ける横断的な政策
として,経済産業省が 2000 年以降全国規模で推進する,
「産業クラスター計画」が注
目される。企業間連携,産学官連携を中心に水平的でオープンなネットワークの形成
を促進しようとするものである。また,政策当局の多大なプロモーション努力の結果,
多くの中小企業や金融機関によって,このクラスター計画が産業クラスター振興政策
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と同義語と理解されているように見える。
ただ,このクラスター計画は,基本的に中小企業振興政策をベースにして,これを
クラスター形成の目的のもとに動員するという性格が強く,中小企業振興政策の側面
が突出している。図で四角く囲んだような部分からなる。したがって,純粋なクラス
ター振興政策とは言いがたい面がある。産業クラスター強化・形成において,産業ク
ラスター計画のこのような特徴と限界をよく理解してこれを活用すべきであって,こ
れに引っ張られるのはミスリードされる危険性を持つと考えられる。
図5 政策支援の枠組
ハイテク
振興政策
中小企業
振興政策
起業
振興政策
クラスター計画
産学官
連携促進
企業間
連携促進
教育研究
政策
産業立地
政策
(出所)筆者
(2)中央省庁主導の産業クラスター計画
経済産業省の「産業クラスター計画」の目的は,①オープンなネットワークの形成
により,地域における中堅・中小企業間や大学等の研究機関との新たな連携を促すこ
とによってイノベーション活動を活発化させること,②国家戦略として重要な地域産
業を発展させること,③地域が主体となって行う地域産業振興と連携して相乗効果を
上げること,にある(参考ウェブサイト4)
。中小企業振興政策の一環としての地域振
興政策である。
― 20 ―
東海地域の産業クラスターの発展の課題
産業クラスター計画は,全国 19 のプロジェクトからなり,地域の経済産業局と民間
の推進組織が一体となって,新事業に挑戦する中堅・中小企業約 6,100 社,250 校強の
大学の研究者等と連携して行われている。具体的には,①地域における産学官のネッ
トワーク形成(企業訪問,研究会・交流会・セミナー等の開催,コーディネーターに
よる連携促進など),②地域の特性を活かした技術開発支援(地域における産学官コ
ンソーシアムによる研究開発,中堅・中小企業によるリスクの高い実用化技術開発に
対する補助金事業など)
,③インキュベーション機能の強化,④商社等との連携による
販路開発支援,④資金供給機関との連携(産業クラスターサポート金融会議との連携
による技術開発補助金などへのつなぎ融資制度),⑤人材育成(技術人材育成のため
のMOT関連研修,金融の目利き人材育成のための研修,ビジネスセミナー等)を内
容とする(参考ウェブサイト4)
。従来の中小企業振興スキームを産業クラスター支援
のために組織的に活用しようというものである。
②の補助金事業として,新しい支援スキームとして「新連携」制度 27)が発足し,多
くの注目を浴びている。異分野の複数の中小企業が連携して新事業を行うのに融資の
優遇,補助金の支給を行うものである。連携体として認められためには,中核となる
中小企業の存在し,参加事業者間の役割分担,責任体制等が明確であることが必要で
あるが,中小企業の貢献度合が半数以上であれば連携相手のなかに大学,研究機関,
NPO,組合,大企業が入っても良い。この新連携制度の導入に対応して,中部地域
の中小企業に企業関連携を模索する動きが活発化している。
クラスター計画を推進する中で経済産業省の中小企業振興政策は,今までの薄く広
く補助金を出すのではなく,やる気のあるところに出すというように変わってきてい
る。このようなスタンスは,自立的な企業による連携を前提とする点で,クラスター
戦略の主旨に沿っているといえよう。しかし,他方では,このような自立的企業の数
が限られている現状では,このような政策転換はクラスター内での企業間格差の拡大
につながり,クラスター全体の機能低下につながるリスクも併せ持つことになろう。
また,このプロジェクトの特色として,省庁間の連携が強化されていることが挙げ
られる。役所のスタンスが従来と変わって他省庁との連携に前向きになってきたとさ
れる。文部科学省の研究プロジェクトを経済産業省のそれにつなぐための枠が設けら
れた。これにより資金効率の向上。経済産業省の説明会に国土交通省傘下の整備局の
ブースを設けるなどが行われている 28)。
クラスター計画において,これまでの 2000 ∼ 2005 年は長期計画の第1ステージの立
ち上げ期として位置づけられている。国が支援するクラスターとして全国 19 のプロ
ジェクトを立ち上げ,自治体が独自に展開するクラスター計画と連携することが追求
された。2006 ∼ 2010 年の第2ステージは,産業クラスター成長期として位置づけられ,
具体的な事業を展開し,自立化する時期に当たる。2011 ∼ 2020 年の第3ステージは,
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産業クラスター自立的発展期として位置づけられ,それぞれの地方に任せる時期とす
る計画である 29)。
クラスター計画の今後(第2ステージ)の展開に関しては,個別プロジェクト計画
の策定,全体計画の策定,政策モニタリングの導入,年度計画の作成が予定されてい
る。個別プロジェクト計画策定においては,産業クラスター形成に関するビジョンの
策定,プロジェクトのシナリオ・目標の設定,目標達成のための中長期的戦略の策定
が計画されている。プロジェクトの数値目標に関しては,新事業開始件数,産業規模,
ベンチャー創出数などが想定されている(参考ウェブサイト4)
。
この産業クラスター計画は,東海地域においては 2001 年1月より中部経済産業局が
拠点となって「東海ものづくり創生プロジェクト」と「東海バイオものづくり創生プ
ロジェクト」の2プロジェクトとして展開されている。ここではより包括的な「東海
ものづくり創生プロジェクト」を例にとって説明する。地理的には名古屋から1時間
の交通圏を特定している。会員組織であるものづくり協議会を組織して,登録企業を
募り,このメンバーに絞ったかたちで連携の支援を行っている。現在 922 社が登録し
ており,この規模は全国の 19 プロジェクト中最大である。このうち 95 社が大企業であ
る。このプロジェクトの特色として,他地域のプロジェクトと異なり,会員に他の地
域と違って大企業も含めていること,地域経済会のインボルブメントを確保している
ことなどが挙げられる。業種の絞込みは行わず,新しいこと(5―10 年先の事業)を
みつけるヒントになる場の形成を目的としている 30)。
また,東海ものづくり創生プロジェクトの拠点組織として,窯業・一般機械産業の
集積地である尾張東部・東濃西部を対象に,新セラミックス,脱セラミックス等の新
材料分野と新エネルギー分野の開拓を志向する「尾張東部・東濃西部ものづくり産学
官ネットワーク」,東三河地域を対象に,精密加工分野等での新産業創出の活動を行
う「東三河産業創出ネットワーク事業」,愛知県を中心に,健康・福祉を中心とした
製造分野における共同研究プロジェクトと,臨床現場ニーズとのマッチングの活動を
行う「あいち健康長寿クラスター形成事業」,愛知・岐阜・三重を対象に,航空宇宙
産業で培われた高度先端技術の他産業への波及・連携,他産業技術の航空宇宙分野へ
の活用を指向する「中部航空宇宙産業プロジェクト」,愛知・岐阜・三重を対象に,
ITとものづくりの融合をテーマにした活動とものづくり現場へのITの有効活用を行
う,ソフトピアジャパン「スイートバレーから拡がるものづくり連携IT新産業支援
事業」が組織されている(中部経済産業局)
。
(3)尾張東部・東濃西部ものづくり産学官ネットワーク事業の事例
「尾張東部・東濃西部ものづくり産学官ネットワーク」事業は,前述のように「東海
ものづくり創生プロジェクト」に属する5つの地域単位の拠点事業の一つである。
― 22 ―
東海地域の産業クラスターの発展の課題
従って,当事業は産業クラスター計画の枠組みに沿って設計・運営され,且,親プロ
ジェクトである「東海ものづくりプロジェクト」との密接な連携のもとに実施される。
事業計画では,
「地域の優れたポテンシャルをより有効に活用していくために,中部
大学や名古屋工業大学,商工会議所,その他自治体等の支援機関のネットワークを有
効に活用しつつ産業クラスター計画の5つのツール(下記の5つの個別事業)を有効
に活用し,対象地域内の意欲的な企業,大学等の研究機関,行政機関等を更に有機的
に結びつけることにより,
『東海ものづくり創生プロジェクト』との人的ネットワーク
の深化・拡充を図り,ものづくりを中心とした地域の産業を振興させることが事業の
概要である」としている。
5つの個別事業(ネットワーク形成事業,新商品・技術評価事業,連携促進事業,
販路開拓事業,情報提供事業)を推進することによって全体の目的を達成しようとい
う仕組みになっている。クラスターとしては,尾張東部の工作機械・一般機械・新エ
ネルギーの集積,東濃西部地域のセラミックス産業の集積をつなぐもとのとしてもの
づくり産業として捉えている。産業クラスター単位のネットワークではなく,既存の
ネットワークを連結して地域の産業振興を図ろうという計画になっている。
初年度(平成 17 年度)の事業報告によると,連携促進事業の中で,「陶磁器グリー
ンプロセス研究会」
,
「環境材料研究会」
,
「新エネルギー研究会」
,
「金融サポート研究
会」という4つの研究会が立ち上げられた。陶磁器グリーンプロセス研究会では,陶
磁器製品のリサイクルに関連する技術,流通,経済,コンセプト,法律などを包括的
に議論している。環境材料研究会は,環境及びエネルギーに関する材料およびプロセ
スに関する将来展望に関して意見交換を行っている。新エネルギー研究会は,中部大
学における燃料電池の研究開発をベースに,新エネルギーに対する情報把握,各企業
としての取り組みについて検討している。これらが新しいクラスターの創生につなが
ることが期待される。
「金融サポート研究会」は,金融ツールを当ネットワークにどの
ように有効活用していくかを検討している。また,連携促進事業の一環として,中部
大学,名古屋工業大学のシーズの発表会であるテクノフェアとの連携活動が行われて
いる。
(4)産業クラスター計画の評価
以下に,尾張東部・東濃西部ものづくり産学官ネットワーク事業を含む産業クラス
ター計画について,東海地域の産業クラスター戦略の観点からの評価を試みる。
ポジティブな点としては,①中小企業の製品開発等における資金制約の緩和,②ネ
ットワーク形成効果,③参加者,特に若手の間の問題意識の高まりと知識の蓄積,④
地域特徴の活用,⑤クラスター概念とリーダーシップの提供,などが挙げられる。
①の中小企業の製品開発等における資金制約の緩和効果に関しては,補助金等は特
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に中小企業にとって大きな財務負担・リスク軽減効果をもつことがインタビューにお
いても指摘されている。
「大学と結びつくことによって補助金の申請がやりやすくなる
と考える」
,
「コア部分の製品開発は,経験が豊富で計算が出来るのでリスクが小さい
が,周辺技術の分野は知識不足でリスクが高いので,補助金によるリスク軽減効果が
大きい」などの指摘があった。ただ,経済産業省の姿勢の変化もあり,本来このよう
な資金援助をあまり必要としない内容の良い中堅企業に資金が流れて,このような資
金の必要性の高い中小企業に回らなくなったとの不満も強く聞かれる。自立的な中小
企業が長年の保護行制の下で十分に育っていない現状においては,脆弱な中小企業の
自立化政策も併せて行う必要があると思われる。
②のネットワーク形成効果に関しては,産官学連携補助金事業の人脈形成効果が大
きいと考えられる。企業インタビューにおいて,
「地域コンソーシアム・プロジェクト
の大きなメリットは人脈が広がることである」との声がある。また,アドバンストフー
ドテック社は,国などの補助事業を利用したことで,人脈が広がったとする(参考ウ
ェブサイト1)
。産業用画像処理システム開発のベンチャー企業トークエンジニアリン
グ(各務原市)は,産業クラスター計画に参加し,他企業と提携して共同開発できる
ようになったと言う(参考ウェブサイト1)
。
尾張東部・東濃西部ものづくり産学官ネットワーク事業に関しては,尾張東部・東
濃西部にまたがる新たな交流の場を提供したことによって,産学官の新たなネット
ワークが形成され始めた。また,春日井の機械加工企業と土岐のセラミックス企業,
窯業メーカーとIT企業の間のような異質な分野間での連携による新事業創造への動
きも見られている。当事業によって政策的な連携支援スキームに関する認識が高まっ
たこと,両地域にまたがる場が提供されたこと,この事業を通じて産官学間の相互理
解が深まったことなどが背景にある。
③の参加者,特に若手の間の問題意識の高まりと知識の蓄積に関しては,大学,金
融機関などの支援機関間の情報の共有効果が大きい。
④の地域特徴の活用に関しては,中部地域において大企業をプロジェクトのメン
バーに加えることにおいて,同地域において主導性の強い大企業の地域貢献を引き出
していることが挙げられる。
⑤のクラスター振興概念とリーダーシップの提供については,以下のように考える。
本来,産業クラスターのネットワーク形成において主導性を発揮すべきなのは,一に
地域の民間企業,二に地域の大学,自治体,商工会議所などだと考えられる。しかし,
このようなイニシアティブが不在の状況において,中央政府主導のこのプロジェクト
は,相当のバイアスを持ちながらも,必要なリーダーシップと構想力を提供している
と考えられる。
問題点としては,①本来の産業クラスター戦略との乖離,②計画経済的色彩がある
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東海地域の産業クラスターの発展の課題
こと,③中央主導の問題,④ビジョン,民間のリーダーシップの不足,⑤より有機的
なネットワークの必要性などが挙げられる。
①の本来の産業クラスター戦略との乖離に関しては,
「産業クラスター計画」が中小
企業振興政策を基盤としていること,新技術・新事業創造へのバイアスがあることか
ら,本来の産業クラスター戦略との整合性が十分でない点も見られる。クラスターは,
本来,ある特定の技術の体系のもとにおける,地理的に集中したかたちでの企業間,
産学官間等の連携・競争の状態をいうと考えられ,地域よりは産業が従となる概念で
ある。しかし産業クラスター計画やその拠点事業である尾張東部・東濃西部ものづく
り産学官ネットワーク事業においては,地域が主体になっている。
産業クラスター計画が新事業の創造に焦点を当てているが,既存クラスター強化・
再生への志向がもっとあっても良いのではないかと考えられる。本来のクラスター計
画は,現在のクラスターのボトルネックの解消が中心のはずであり,こちらをやる前
に新事業創造に走るのは前後が逆の感を否めない。あるいは,本来厳しく目を当てる
べき部分から目がそらされる危険性もあろう。
このようにクラスターが産業をベースに定義されていないことから,本格的なクラ
スター戦略の発動を困難にしている面がある。例えば,全体を貫く産業ベースのクラ
スター戦略がないことから,地方自治体が中心となる産業立地政策との連携が必ずし
も十分ではないと思われる。
②の計画経済的色彩に関しては,クラスター計画の今後の展開において数値目標の
導入などが挙げられていることにも現れている。このような数値目標が,企業とは別
のガバナンス構造・目標を持つ役所によって追及される時,企業の真の目標と乖離す
る危険性が強いと考えられる。
③の中央主導の問題に関しては,先述のように産業クラスター政策は,本来企業,
地方が主導権をもつべき政策ではないかと考えられる点から,日本の現状から無理の
ない点もあるとはいえ,違和感があることは否定できない。地域特性に合わせている
とはいえ,全国規模の計画の一部であり,本当に地域の実情にあったものと言えるの
かという疑問がある。ネットワーク事業に参加している支援機関の若手の中に,中央
省庁に気兼ねした上からのストップがかかったりして本音で発言できない部分がある
との声も聞かれた。
④のビジョン,民間のリーダーシップに関しては,地域全体よりも個々のクラス
ターにおいて必要である。このようなビジョンの共有なしには,クラスター内におけ
る調整はうまくいかないであろう。クラスター計画の今後の予定では,ビジョンを作
成するとしている。しかし,産学官の出会いの場を優先し,ビジョン形成はその後と
いうのは,このクラスター計画の本質が,クラスター形成にあるのではなく,中小企
業振興政策の一環としての産学官連携だということを表しているのであろう。また,
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果たしてこのようなビジョンを官制ではなくボトムアップ的にうまく作れるのかとい
う疑問がある。
⑤のより有機的なネットワークの必要性に関しては以下のようなことが言えよう。
産業クラスター計画の尾張東部・東濃西部ものづくり産学官ネットワーク事業によっ
て異なった地域・業種をまたがる企業間・産学官間のネットワークの形成が促進され
つつあることは,確かであるが,これが有機的なネットワークを形成するには依然多
くのハードルがあると思われる。この大きな理由として,当事業におけるクラスター
の概念が産業ベースに整理されていないことから,企業間・産学官間の連携は個別事
業単位にとどまっており,産業単位としての波を形成するようには至っていないこと
があげられる。産業クラスターとしてのビジョン・戦略が不在であることが,有機的
な連携につながらない理由の一つであろう。もう一つには,例えば尾張東部・東濃西
部ものづくり産学官ネットワークなどの事業における連携が,ネットワーク形成事業
による交流会,連携促進事業におけるテクノフェア,情報提供事業におけるホームペ
ージ,e−メールなど公式的,デジタル的なものが中心で,人間くさい濃密なネットワ
ークが欠けていることにもよろう。例えば,シリコンバレーにおいては昼食などの頻
繁なレストラン等での接触が有効に働いていることが知られている。
(5)地方自治体の取り組み
地方自治体の取り組みには,ハイテク産業形成と起業活動の支援が含まれる。東海
地域の起業活動は低調であるが,地方自治体による研究開発拠点形成政策は,起業活
動にある程度貢献している 31)。東海地域の各県は,何れも主としてハイテク指向のク
ラスター計画を持っている。上記の経済産業省の産業クラスター計画は,上述のよう
にこのような地方自治体の産業クラスターと連携することをうたっている。
愛知県は,2005 年1月に策定した「愛知県産業創造計画」においてものづくりの進
化による次世代産業の創出に向けて,健康長寿(医療機器,福祉機器,再生医療,医
薬品)
,環境・エネルギー,ライフ・クオリティ(デジタルコンテンツ,デザイン,パー
トナーロボット)
,航空宇宙などの新産業分野での集積と,それを支える基盤技術(バ
イオ,ナノテク,IT)の研究開発を推進している(中部経済産業局)
。
岐阜県は,
「スイートバレー」プロジェクト 32)を推進し,大垣市を中心とした西濃
地域にソフトピアジャパンを中核として岐阜県版シリコンバレーづくりによる情報産
業の集積,岐阜市,各務原市を中心とした岐阜地域にテクノプラザ(各務原市)を中
核拠点にITとものづくりによるVR(バーチャル・リアリティ)
,ロボット技術等の
産業集積,可児市を中心とした中濃地域にバイオ産業,環境産業の創出を企図してい
る。構造改革特区の第1号に指定された,スイートバレー・プロジェクトでは,
「岐阜
情報スーパーハイウェイ」による光ファイバー網の整備,と地公社による事業用地の
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東海地域の産業クラスターの発展の課題
長期リース制度の導入,外国人研究者の積極的企業活動参加の促進,国立大学の研究
施設の企業への開放など,規制緩和を積極的に推進している(参考ウェブサイト3)
。
三重県は,2004 年4月に「県民しあわせプラン」を策定して,自立的産業集積を推
進するために,地域経済を支える戦略的な産業振興政策を推進している。県内の産業
集積を軸とした地域産業クラスターを形成するため,FPD関連産業,半導体関連産
業,医療・健康・福祉産業 33)など,先端的成長産業の集積を目指している(中部経済
産業局)
。
本稿においては,これらの地方自治体の産業クラスター計画の分析は行っていない
ので,その評価は差し控える 34)。
3.企業間の連携
企業間の連携は,前述のようにクラスターにおける連携の最重要部分であり,特に
擦り合せ型産業の多い東海地域においては,その重要性が高い。この中で納入関係で
の連携が主体となっている。技術の持ち合いによるユーザーとの共同開発などが行わ
れている。ものづくり産業のコア部分においては,トヨタなどの川下産業の大企業が
リーダーシップをとることによって,このような垂直的連携が極めて有効に機能して
いる。より水平的な連携をものづくり産業の周辺企業群の中で行うことが課題となる
が,このような動きが垣間見られる。
中小企業やベンチャー企業は自社の資源に制約があるので,このような連携が特に
必要になる。J化学メーカーは,インタビューによると,自らできないところ,例え
ば,熱処理,成型,焼成などは,周辺に多い陶磁器メーカーに頼むことが多いという。
拡散接合DB(Diffusion Bonding)を開発中の富士プラスチックス(小牧市)は,自社
の現在の力では,プラスチックの最終自社製品を作るのはなかなか難しく,自分たち
の持つ固有技術と,他社に存在する他社の企画力・設計の機能を合わせることによっ
て初めて自社製品を売ることができるとしている(参考ウェブサイト1)
。
産地型クラスターにおいて,バリューチェーン内の水平的連携によってバリュー
チェーン全体の競争力を高めようとの動きが存在する。チェーン染色大手の東海染工
は,一昨年に結成した織り編み染色など専業の川中業者のコラボレーションチームに
紡績会社を交え,さらに連携を大手アパレルまで広げた。一緒になってものづくりを
行うことでそれぞれの技術を結集,付加価値の向上をねらうという(参考ウェブサイ
ト2 2006 年2月3日記事)
。Aタイル素材メーカーは,インタビューによると,やは
り競争力のあるユニークな製品を開発するためにタイル・メーカー,釉薬業者との勉
強会を組織しているという。
今回のインタビュー調査においては,産学連携に焦点を当てたために,企業間連携
に関しては十分な取材ができなかった。ただ,納入関係による垂直的連携に比べて水
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平的な連携はそれほど活発でないように思われる。
4.産学官連携
(1)枠組
産業クラスターの中で重要な部分を占め,今回のインタビュー調査の中心的な内容
である産学官連携についての枠組みについては,図6のように示せよう。産官学連携
は,基本的に,前に検討したような戦略的課題を解決するための企業のニーズが存在
し,これを解決するために官学の研究開発資源を利用するべく行われる。このような
連携には,きっかけが必要である。人材が十分でない中堅・中小企業の場合,このよ
うな新しい分野の研究開発を行うに当たっては,人材の供給もあわせて大学に期待す
る傾向も強いようである。前に述べたように,行政,金融機関の支援がこのような産
官学連携を促進する。
図6 産学官連携促進の枠組
企業家精神
ビジョン・リーダーシップ
官・学・金融機関
官・学・金融機関の変化
金融機関の変化
変化
支援政策
産官学
連携
企業のニーズ
企業
官学の研究
官学 研究
開発資源
きっかけ
金融機関
の資源
資源
(出所)筆者
インタビューなどでうかがわれる企業の産学官連携ニーズは以下の様なものである。
一つには商品化のための研究開発である。このため,特に中小企業の場合は応用研究
へのニーズが高い。
「大企業の場合は,本当のコア技術は公開せずに,設備投資負担の
軽減,社員の勉強といった要素が強いように見えるが,中小企業の場合は商品化する
必要がある」
(H化学メーカー)との声があった。さらに中期的製品開発がある。中堅
企業になるなどして余裕ができ,中期計画にもとづいた中長期的な研究開発テーマが
ある場合,大学との連携ニーズが高まる。「中期計画にもとづく3−5年の製品開発
― 28 ―
東海地域の産業クラスターの発展の課題
に関しては,企業に聞けないので大学の先生に相談することが多くなる」
(G中堅パッ
ケージ・メーカー)との声があった。
このような傾向から,サイエンスは大学,テクノロジーは試験所に相談するという
使い分けも行われている(J化学メーカー)
。また,特に周辺分野への進出を行う場合
に,産学連携のニーズが強まる。その場合,大学への人材供給ニーズも同時に強まる。
コア以外の周辺分野における連携を中心にするとの話もあった。コア分野はブラック
ボックス化する必要が高いので自社でやり,新規事業への進出などのための周辺分野
の研究開発おいて他社や産官学の連携を求めるというやり方も見られる。
「製造技術の
革新はノウハウの固まりであり,特許を取ったとしてもまねされるのでブラックボッ
クス化する必要がある。従ってコア部分の連携は,企業とも大学ともやりたくない。
周辺部分野や新分野への進出のための開発などは企業,大学と連携を志向する。開発
スタッフは5人しかいないので,彼らをコア部分の開発に専念させ,周辺分野では大
学などとの連携を活用する(Iファインセラミックス・メーカー)
」との声があった。
このような企業ニーズに対応する官学の資源に関しては,東海地域には,比較的豊
富な官学の資源が,特に工学分野を中心に存在しており,この地域のものづくり産業
にフィットしている。大学,公的研究機関,公的試験機関など理工系の研究機関の集
積が見られる。例えば,陶磁器クラスターに関しては,財団法人ファインセラミック
スセンター(名古屋市熱田区),産業総合研究所(中部センター:名古屋市守山区),
名古屋工業大学セラミックス基盤工学研究センター(多治見市)などが存在する。東
海ものづくり創生プロジェクト及び東海バイオものづくり創生プロジェクトが確認し
た産業クラスター関連分野における中部の大学にある技術シーズは材料分野 246 テー
マ,チタン9テーマ,ナノテクノロジー 61 テーマ,情報通信分野 125 テーマ,機械 93
テーマ,MEMS 35)・マイクロマシン6テーマ,バイオ 75 テーマである(中部経済産
業局)
。
補助金支給との関係で,2.2で見たような中央政府による産学連携支援スキームが
大きな役割を果たしている。
公的研究・試験機関による技術面の支援は日常的に行われている。例えば,J化学
メーカーは,インタビューによると,陶磁器メーカーとの共同開発で分からない時は
瀬戸の窯業技術センターに紹介を受ける。Iファインセラミックス・メーカーは,イ
ンタビューによると,産業技術総合研究所とも密接に連携している。
ここで特筆すべきことは,過去に大きな問題を抱えていた行政,大学,金融機関の
産学官連携への姿勢が,近年相当に弾力化してきて,産官学連携に前向きになってき
ていることから新しい局面を迎えていることである。
昨年度のアンケート調査に対する回答によると,中央政府,自治体への基本的な不
満は,規制が硬直的で弾力性を欠き,対応が遅くてビジネスの間尺に合わず,敷居が
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高いというものであった。実務に不分明で,技術的,経済的理解や問題意識に乏しい
との指摘もあった。大学,研究機関に対しても,政府機関と同じようなスピードの遅
さ,企業との目的意識の共有の欠如が,企業にとっての連携相手として不満な理由と
して挙げられている。大学・研究機関が大企業寄りであり,中小企業の方を向いてい
ないとの不満もある(舛山)
。
しかしここにきて,地域の大学が産学連携に前向きになってきている。例えば,中
部大学は,2000 年より春日井商工会議所に技術交流プラザを設置して,約 50 社と研
究会を開いてきた。2002 年度に研究支援センターを設立して,春日井,小牧,江南,
岡崎,豊川,大垣などの商工会議所と連携して,産学連携活動を行ってきた。中小企
業の場合,大学に対して敷居が高いと感じている場合が多いため,センターから出か
けていって,困っている問題はないかを聞くようにしているという。また,インキュ
ベーション施設,工業研究施設も設けている。また,1大学のみの資源の制約を克服
するために,愛知県の 11 私大との間で連携して産学連携に取り組んでいる。名古屋工
業大学セラミックス基盤工学研究センター(多治見市)は,従来ファインセラミック
スに重点を置いてきたが,ここ4∼5年,地域貢献の必要性の認識の高まりから,食
器関係に力を入れるようになってきているという。
産学連携のきっかけに関しては,限られたインタビューであるが,そこで浮かび上
がった大きな特徴は,大学の工学部OBと研究室との強いつながりである。例えば,
「大学との連携に関してはほとんどが中部大である。これは当社にOBが 10 名ほどい
るからである」
(J化学会社)というコメントがあった。
このつながりとこの地域の特徴である強い地元指向とをつなぎ合わせると,連携の
きっかけづくりとして,ひいてはクラスター形成に大学の同窓関係が大きな役割を果
たしうるのではないかと考えられる。また,このような人間くさいネットワークが強
いことは,産業クラスター計画で推進されているようなウェブサイトを用いたような
オープンなネットワークに限界があることも示唆しているように思われる。
(2)産学官連携の問題点
大学の問題としては,①大学の取り組み姿勢の不足とばらつき,②応用技術志向の
弱さ,③情報発信の不透明性などが指摘されている。
大学の産学連携への姿勢は大いに改善してきているが,まだ初期段階にある。イン
タビュー調査によると,大学の取り組み姿勢に不足とばらつきあり,改善余地が大き
いと多くの企業,金融機関が見ている。「大学には,教育,研究,地域貢献の役割が
あるが,特に地域貢献のウェイトが極めて少ない。研究にウェイトがかかりすぎてい
ると思う。ものづくりネットワークなどの地域振興の会合に大学の人の参加が少ない。
特に若手の人に参加してほしい。企業,金融機関などの若手とネットワークを形成す
― 30 ―
東海地域の産業クラスターの発展の課題
ることが望ましい」
(A金融機関)との意見もあった。
特に,実業界との間にスピード感に大きな差があるとの意見が多かった。また,応
用技術志向の弱さが,中小企業のニーズとの乖離を招いているとの指摘が多かった。
企業インタビューによると,
「大学は基礎研究指向が強いが,このニーズは企業にはな
いので,企業のニーズとの間にずれがある。先生方は,科研費を取ってやるという思
考が強い。ただで研究できるのはありがたいが,企業としては結果がでるのが全てで
あり,必ずしもニーズと一致しない」
,
「成型など後工程をやっているところは少ない」
などの指摘があった。基本的に大学サイドにビジネス・マインドが不足していること
が大きいと思われる。MOT教育は,大学人に対して必要だと思われる。情報発信の
不透明性に関しては,
「大学の産学連携を説明する冊子がわかりにくい。すし屋の値段
のように不安がある」という声があった。
大学の教員とのインタビューで示唆された企業サイドの問題点としては,以下のよ
うな点がある。基本的には,地域の中小企業の開発意欲,就労環境に対する懸念が強
い。ある教員は,中小企業のことを知れば知るほど学生を送りたくなくなると言うし,
またある教員は,ニッチ製品を持つユニークな企業を選んで就職のアプローチをして
いると言う。
行政サイドの問題点としては,補助金申請の手数・難しさを指摘する声が大きい。
竹内可鍛工業所(豊橋)によると,国の地域コンソーシアム研究開発事業などの補助
金事業は,新技術の研究や商品化にあたってはありがたいが,補助事業の申請書では,
記載内容や方法が細かく,もう少し自由度が高くてもよいのではないかという(参考
ウェブサイト1)
。より基本的な問題は,このような産学官連携支援スキームが中央の
一律的な基準の下に技術指向的に選択されて,企業のニーズ,クラスター戦略上のニー
ズから乖離している可能性があることであろう。
さらに,補助事業の対象が,事業化の可能性を重視するあまり,既にできあがって
いて資金も十分に持っている中堅企業の事業が中心になり,真に資金を必要としてい
る中小企業に流れなくなったとの声も強く聞かれた。これは,
「政策が,かつての弱い
企業を救済するというやり方から,やる気のない中小企業は放っておくとやり方に
変ってきた。この結果。多くの中小企業に無力感が漂う結果となった」
(C金融機関)
とのコメントも聞かれた。
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#.東海地域の産業クラスター形成・強化への課題
1.諸クラスターのバランスの改善
現在の東海地域の産業クラスターは,自動車産業への依存度が極めて強くなってお
り,この動向によっては将来地域的な停滞を招く危険性をなしとしない。長期的に自
動車依存度の低減を図るべきだと考える。このために新事業創出への努力も大事であ
るが,東海地域のものづくり産業クラスターの持つ展開力を最大限に生かすべきであ
ろう。昨年の報告(舛山)でも示唆したように,豊富な暗黙知に支えられた擦り合せ型
産業を中心とするものづくり産業クラスターに,形式知を積極的に活用するモジュー
ル型産業を取り込んでいく必要があろう。第2に,脆弱性を抱えるものづくりクラス
ターの周辺部分の強化を図る必要があろう。そして,低迷する陶磁器,繊維等の低迷
クラスターの再編・効率化と展開の促進を行って,既存クラスターの維持・強化を行
うべきであろう。最後に,既存企業の展開と起業促進によって新産業クラスターの形
成促進を図るべきであろう。
2.差別化の徹底
途上国との競争の下で,また,大企業の調達行動が変化する中で中小企業が生き残
るためには,差別化の徹底が必要である。このような目標のための製品開発のために
産業クラスター内の企業間・産学官連携が活用されるべきである。特に産地型クラス
ターの場合には,地域ブランドの確立が重要になる。ただ,例えばデザインなどにや
る差別化へのインフラに制約もあるようである。
「多治見に意匠研究所があり,2年カ
リキュラム制で教えており,全国から人が来ている。ただ陶芸家志望が多く,商業デ
ザイン志向が弱い」との意見がある(Aタイル素材メーカー)
。クラスター内の企業の
リーダーシップが必須であるが,行政における支援も必要である,
3.個別産業クラスターのビジョンの共有とリーダーシップ
現在のクラスターの特徴,強さと弱さ,直面している脅威と機会について個別クラ
スターごとにしっかりと分析してビジョンを形成し,戦略を立てることが必要である。
3.2の行政の取り組みのところでも触れたように,このようなビジョンとリーダーシ
ップが不足していることが,産業クラスター内の連携や,中央政府・地方政府・大学
などの連携の促進の障害になっていると思われる。このようなビジョンの形成・リー
ダーシップの提供は,本来企業が主体となって行うべきだが,大学,コンサルタント
などの活用も有効ではないかと思われる。行政がこれを支援することも検討されるべ
きだろう。
― 32 ―
東海地域の産業クラスターの発展の課題
4.産官学連携の一層の促進
3.1で述べたように,擦り合せ型産業主体の東海地域の産業構造のバランスを改善
する必要があると思われるが,この点で形式知を積極的に活用するモジュール型産業
を振興する上で産官学連携の一層の推進が必要である。このためには,先ず,大学の
姿勢の一層の改善が必要である。2.4で見たように,産学連携への一層の積極化と情
報発信の改善,基礎研究と応用研究のバランスの改善,OBそして地域企業とのネッ
トワークの強化を行うべきであろう。企業サイドの方も,開発志向・体制の強化,経
営の近代化を行って,大学が協力するインセンティブを高める必要がある。開発意欲
を旺盛にし,企業経営を近代化することが,大学教員との距離を近くすることにつな
がる。行政サイドに関しては,補助金申請書を書きやすくする必要がある。計画を主
とするのではなく,企業のニーズに従う姿勢を確保する必要がある。
5.マーケティング志向と能力の強化
企業の経営トップが自らマーケティングにコミットする必要がある。商社・問屋依
存からの脱皮する必要がある。産業クラスター計画などのクラスター関連政策におい
ても,技術面の連携に比べてこの面が軽視されているように思われる。定番的に出て
くる商社を引き入れるというやり方には限界があるのではないかと思われる。企業
自体のマーケティングへの直接的な関与を引き出すような工夫が必要であろう。マー
ケティング教育・トレーニングの強化が必要であろう。この面で大学の果たすべき役
割があろう。また,業界によっては展示会への参加が新しい顧客の開拓・流通チャネ
ルの開拓に効果があるので,中小企業の展示会参加への支援も課題となろう。
6.中小企業の企業家精神の高揚と経営能力の改善
産業クラスターの強化のためには,企業の差別化志向の強化が必要である。このた
めには経営者教育の強化が必要である。この面で大学に役割がある。企業の開発能力
を高めるためには,企業の財務的独立性の向上が必要である。負債依存度が高い状態
では,製品開発や新規事業の財務リスクが高くなりすぎて,リスク投資ができにくい。
財務的独立性を高めるためにエクイティ・ファイナンスの促進が必要である。この面
で金融機関に役割がある。開発志向の強化,経営の近代化のためにはこれを支える人
材の育成・補充が必要になる。経営能力を高めて,有能な人材を集めるためにはある
程度の規模が必要であり,中小企業の中堅企業化が必要である。このための企業合併
等も必要になろう。
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$.今後の展望と課題:東海3県産業力強化の一考察
心配されていたポスト万博の経済・産業の活力の低下は,東海3県では,まだその
兆候は現れておらず,現状では製造業,とりわけ自動車産業を中心にして,全国相対
的に活況が続いていると言えよう。それでは,中・長期的視野での展望はどうであろ
うか?
東海3県を産業クラスター的視点でみると,昨年度の研究報告(舛山)でこれまで
見てきているように,他の地域,とくに関東・首都圏に比して,概ね製造業を中心と
した暗黙知の多い,
「擦りあわせ(インテグラル)型」特徴を備えていると言えよう。
そして,こういった東海3県の産業クラスター的特徴が,自動車産業を中心としたモ
ノ作りの拠点としての発展の原動力となっていると考えられる。しかし今後,わが国
の経済・産業を牽引していくと期待されている新しい産業としての,IT産業,さら
にはバイオ,ナノテクのような,グローバルな視野を持って,知を交換し,結合し事
業化して行くことが求められるとされる新分野の開拓・開発では,むしろ「擦り合わ
せ型」よりは,
「形式知(モジュラー)型」特徴を備えていることが必要とも考えられ
る。そのような視点から考えてみると,
「擦り合わせ型」特徴をもつ産業クラスターが
多い東海3県は,将来的に課題を抱えているとも考えられる。しかし,これは一面的
な考えとも言えよう。
東海3県が,他の地域で生み出された形式知を取り込み,独自の暗黙知をさらに,
深化,進化させ,他に追随を許さないような強靭で凝集性の強いクラスターを築き上
げれば,地域発展の可能性は更に大きくなるとも言えよう。
図7は,昨年の調査・研究をベースに,東海3県(中部圏)と他の地域(首都圏の
企業が約8割占める)の産業クラスターの特徴とその連携関係を示した模式図である。
中部圏は,製造業を中心とした「擦り合わせ型」クラスターに潜む暗黙知のモジュラー
化を進めることにより,首都圏さらには世界へとその知を発信し,影響を与えている。
そして,ITや金融を軸とした「形式知型」クラスターが群雄割拠している首都圏が
生み出す知や,さらにはそこを経由して獲得出来る世界の知を取り入れ,中部圏の独
自の暗黙知を深化させていると言う構図が見られる。ここには,中部圏がモノ作りの
徹底,そして首都圏が変化への対応・最先端の追求といった,それぞれの役割分担が
見られように思われる。
産業クラスターの強さを決めるキーは,クラスター内,クラスター間のプレヤー同
士の連携である。新製品開発や事業革新における連携の要(開発や革新を進めるに当
たって連携する重要な相手)は,表4で見られるように,共同開発企業であることは,
間違いない。
― 34 ―
東海地域の産業クラスターの発展の課題
図7 東海3県・首都圏の産業クラスターの特徴
暗黙知のモジュラー化
(世界への発信)
産業クラスターの特徴:
産業クラスターの特徴:
擦り合わせ
(インテグラル)型
形式知
(モジュラー)型
知の形態:
知の形態:
暗黙知
形式知
製造業等
中部圏
(東海3県)
形式知(グローバル情報)
の注入による暗黙知の
進化・深化
I
T・金融等
首都圏
(その他地域)
(出所)中部大学産業経済研究所及び野中郁次郎氏各種資料を参考に作成
表4 開発・革新において連携が重要な機関
東海3県
立地企業
重要な連携機関
その他地域
(首都圏が中心)
全 地 域
業
43.1 %
44.1 %
43.4 %
部 品 ・ 素 材 な ど の 仕 入 先
18.3 %
4.5 %
14.2 %
大
学
11.1 %
40.8 %
11.0 %
関
6.5 %
1.8 %
5.1 %
6.1 %
13.5 %
8.3 %
ス
3.8 %
8.1 %
5.1 %
体
3.4 %
2.7 %
3.2 %
ス
1.9 %
9.0 %
4.0 %
業
1.9 %
2.7 %
2.1 %
関
0.4 %
0.9 %
0.5 %
3.4 %
2.7 %
3.2 %
共
同
研
開
発
究
企
機
IT・金融機関以外の専門サービス機関
(プロフェッショナル・サービス・ファーム)
I
T
サ
自
金
ベ
中
ー
ビ
治
融
ン
央
サ
チ
ー
ャ
政
ー
府
ビ
企
機
そ
の
他
回
答
数
262(100 %)
(出所)中部大学調査(平成 17 年)より作成
― 35 ―
111(100 %)
373(100 %)
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また,知のセンターとしての大学への期待もそれなりに強いことが伺える。しかし,
擦り合わせ型中部圏と形式知型首都圏での連携の要に対する期待が大きく異なるとこ
ろがある。製造業中心の中部圏では,部品や素材を提供する仕入れ先への期待が,首
都圏に比して極めて大きい。また,逆に世界の知との連携が進んでいる首都圏におい
ては,専門サービス機関(プロフェッショナル・サービス・ファーム:以下PSF)36)
が連携の要としてその重要性が示され,高い期待が集まっている。
首都圏ではITや金融を含めたPSFを最重要とするものが,全体の 30 %以上を占
めている。それに対して中部圏では,そのような傾向があまり見られないと言えよう。
この背景には,製造業を中心とした中部圏においては,必要とする専門的知識やサー
ビスを外部に求めるのではなく,自社など内部で調達する傾向が顕著に見られる。す
なわち,自社内・系列内の人材を前提とした,擦り合わせ型専門サービスに依存して
いると言えよう。しかし,こういった閉じた系の中での知の伝達・交換・結合からは,
新しいフロンテイアを開く革新や創造は生じ難いとも言えよう。
以上から,PSFは新製品の開発や事業の革新において,産業クラスターでの連携
の新しい要として期待されていると考えられる。米国のシリコンバレーでも,起業家
を支援し,成功に導くために,PSFは大きな役割を担っているのである(渋谷,鈴木,
11 ∼ 12 頁)
。大学が新しい知を発見・創造する拠点であるとすれば,PSFは知を伝
達したり,組み合わせたり,変換・翻訳したりし,当事者が抱える問題の解決に貢献
する実践的役割を担おうとするものである。
図8 専門サービス機関(PSF)の事業所数
45000
40000
35000
30000
25000
20000
15000
10000
5000
0
東京都
大阪府
愛知県
岐阜県
三重県 東海3県
(出所) 平成 16 年「サービス業基本調査報告」総務省より作成
注:法律事務所,特許事務所,公証人役場,司法書士事務所,公認会計士事務所,税理士事
務所,獣医業,土木建築サービス業,デザイン・機械設計業,著述・芸術家業,写真業,
その他の専門サービス業が含まれる
― 36 ―
東海地域の産業クラスターの発展の課題
表5 専門サービス機関(Professional Service Firm)の
事業所数及び従業者数
事業所数
従業者数
全 国
191,034
1,142,211
東 京 都
39,351
312,801
大 阪 府
16,416
101,387
愛 知 県
11,357
70,204
岐 阜 県
2,963
15,145
三 重 県
2,076
9,653
東海3県
16,396
95,002
全国シェア
8.60 %
8.30 %
(出所) 平成 16 年「サービス業基本調査報告」総務省より作成
図9 日本人の起業意識:
「できれば自分で独立して事業を起こしたい」
起業意識
(単位:%)
どちらかといえばそう思う
そう思う
45
40
35
39.6%
41.8%
33.5%
30
34.2%
26.1%
26.5%
25
20
15
10
5
主要都道府県
0
愛知
三重
岐阜
東京
大阪
全国
(出所) NRI生活者1万人アンケートのデータ分析より
注:縦軸は「独立して事業を起こしたい」に対して「そう思う」
「どちらかといえば
そう思う」と答えた比率(起業意識)
PSFは独自性の強い暗黙知を形式知化し,一般化することにより生産性をあげた
り,また逆に他(首都圏や世界)から発信される先端的形式知を抽出・伝達し,東海
3県の独自の暗黙知との組み合わせを図り,他に追随を許さない状況を構築したりす
― 37 ―
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るなど,実践的な専門的サービスを提供する 37)。そして,こういった役割を担うPSF
の必要性と存在感が中部圏では,首都圏に比し質,量ともに弱いのである。
表5で見るように事業所(機関)の数やそこに勤める従業者(専門家)の数を見て
も,中部圏(東海3県)の劣勢が目立っている。オープンで多様性に充ちている組織
ほど革新や創造を生み出すのであるが,PSFはそういった傾向を促進する,触媒的
機能でもあり,さらには主導的(イニシアテイブを取る)存在にすらなっているので
ある(舛山,62 頁)
。したがって,今後はPSFの欠落・弱体は新産業・新事業創造の
推進に当たってのクラスター上の大きなネックになろう。
実際,新産業・新事業創造,技術・事業革新に直接つながる,起業家精神という視
点から見てみると,東海3県の水準は東京等他の地域に比べ,かなり低く,全国平均
よりもさらに低位に位置付いているのである(図9)
。
以上,PSFは新産業・新事業創造,技術・事業革新を促す重要な役割の一端を担っ
ていると言え,その強化は地域の経済・産業の発展にとって無視できない存在になり
つつある。
図 10
産学連携の構図
大学とPSFとVenture(新産業)
連 携
知の
研究
高度・実践
専門教育
出
口
就
教育
入
PSF
口
V
人
的(
人的ニーズ
I Venture
T
バ
イ V
オ
ナ
産
業
ノ
テ
ク
︵ マ 再 師等
起ネ
交流
)
業ジ教
育
家メ
管・ン
理リト
者ー教
育ダ育
成ー
︶・
講
PS
・会計・税務
・法律・特許
・シンクタンク
・コンサルティング
(含 経営,マーケティング,
I
T etc.)
・人材派遣・研修
・設計・デザイン
・広告・PR etc.
V
PS提供
職
・
起
業
大
学
交流
V
(出所) 鈴木正慶,相澤吉勝レポート等を参考に作成
しかし,これまでこのPSFは,産業として,またクラスターの一員として,その実
態や役割概念が十分に整理・分析されていなかったと言えよう。したがって,PSF
― 38 ―
東海地域の産業クラスターの発展の課題
にスポットを当て,その実態と特性を明確にすることは,地域の産業力強化を考察・
推進するためには重要な課題と言えよう。そして,今後のPSFの強化を考える場合,
PSFと大学との密なる連携が重要となろう(図 10)
。PSFと大学の間で,専門性の
高い,実践的人材を互いに受け入れたり,育成・提供したりして地域産業クラスター
の新しい要として交流・連携を深めていかねばならないと言えよう。
注
1) 瓦,耐火煉瓦のクラスターは,三河,高浜地域に存在し,瓦は規模の小さな2∼3社で構成
されている。耐火煉瓦は,TYKという比較的大きな企業が存在する。タイルは,笠原町を
中心に存在する。笠原町では戦前,茶碗製造を行っていたのが,戦後タイルに転換した。素
材メーカーのヤマセ(笠原町)などの企業が存在する。最終タイル製品では,INAX(常
滑市)が 50 %程度のシェア,ダントー(大阪市)がシェア 10 %程度,TOTO(北九州市)
が数%である。食器は,瀬戸市,多治見市,土岐市,瑞浪市などに集積している。ヤマカ
(多治見市)
,マルイ(高級食器,多治見市)などの企業がある。ファインセラミックスは,
自動車関連の製品を主に製造している。コア企業である日本碍子,特殊陶業の下請けである。
かつてのファインセラミックス・ブームの時に瀬戸地域の企業が転換した。多治見地域の企
業は転換しなかった。自動車エンジン用などのセンサー需要が拡大している(大学・企業イ
ンタビュー)
。
2) 例えば,ものづくりクラスターの周辺部分に属すると考えられる春日井市の中堅・中小企業
へのインタビューによると,このようなタイトな垂直的関係は見られなかった。
3) 陶磁器クラスターの構造の特徴としては,製品分野別にクラスターが存在して,製品分野ご
とに細分化していることが挙げられる。この個々のクラスターにおいて,機能ごとの分業構
造が定着している。そして,主に小企業で構成されている。分業関係の構成業者は,素材,
上薬,窯屋,最終製品メーカー,装置メーカー,産地問屋,消費地問屋などから構成されて
いる。長石,粘土,陶石を粉砕,乾燥し,プレミックス原料を製造する素材メーカーは三社
の寡占状態である。窯屋は生地屋の温度指示で焼く。食器,タイルなどの最終製品メーカー
は,成型し,焼成する。焼成炉メーカーは,高砂工業など5社程度ある。産地問屋は多治見
市に集積している。
4) 陶磁器クラスター形成の背景としては,この地域に原料が豊富であって,伝統的に陶磁器産
業が発達したことが挙げられる。原料は,粘土,長石であるが,木曽川水系・矢作川水系に
豊富に存在する。
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5) 岐阜県陶磁器産業の低迷の背景には,洋食器などの輸出がアジア製品との価格競争に敗れた
こと,バブル崩壊による建設市場の縮小で建設用タイルの需要 が減少したことなどがあげら
れる(参考ウェブサイト2,2005 年7月 18 日記事)
6) 笠原町のタイル業界の場合,70 年代には円高進行で打撃を受けたが,それでも輸出比率 60%
程度あった。85 年以降の円高によって輸出不振に陥った。その後,バブル時に外壁の内需急
増で作れば売れた時代を経験し,設備更新を実施した。これがバブル崩壊による内需半減で
裏目にでた。さらに,ユニットバス化で,浴室,トイレの需要が減退した(Aタイル素材メー
カー)
。
7) ほとんどが小企業であり,二代目の時代にやめる企業が続出していると言われる。例えば,
笠原町には平成2年はタイル 70 社,茶碗 22 社あったのが,平成 17 年にはタイル 32 社,茶碗
9 社になったという(Bタイル・メーカー)
。
8)「特集 ソフトが危ない,品質崩壊,クルマも電機も鉄道も」日経ビジネス 2005 年4月 25
日・5月2日号,37 ページ。
9) ある地域金融機関によると,中小企業への融資は現状では後ろ向き融資がほとんどだとい
う。
10) ものづくり産業における大手最終組立メーカーは,特に電子産業を中心に,部品をますます
モジュールとして調達する傾向を強めていると言われる。このようなモジュール生産の輪か
ら取り残される中小企業の存在基盤が揺らぐ可能性がある。
11) インタビューによると製造関係は影響を受けているが,トレーディング中心の多治見は困っ
ていないと言われる。
12) 旭精機工業(愛知県尾張旭市)は,2006 年4月以降,プレス機械の中国向け減少傾向に対応
するための高速トランスファープレス,自動車部品向けのばね成形機などの高付加価値機械
を相次いで投入する(参考ウェブサイト2,2005 年 12 月8日記事)
。中部鋼鈑(名古屋市中
川区)は,中国製鋼鈑の品質向上に対抗するために能力増,品質向上,高付加価値化へ追加
投資検討している(参考ウェブサイト2,2005 年 9 月 21 日記事)
。富士プラスチック(小牧
市)は,プラスチック部品のなかでも特に付加価値の高い高性能な製品の製作を行っていく
としている(参考ウェブサイト1)
。竹内可鍛研究所(豊橋)は,特殊合金のなかで成熟し
た既存技術のものは徐々に海外生産にシフトしていくので,今後とも高付加価値の独自製品
を作っていきたいとする(参考ウェブサイト1)
。
13) 東洋樹脂(東洋電機(春日井市)の子会社)は,ナイロンくずなどエンプラ廃棄物を東レな
どから回収して,道路資材などの用途向けに成型ペレットを製造している。畳リサイクルの
ベンチャー企業・三宝(愛知県愛知郡長久手町)は,異分野の事業者と連携し,解体現場か
ら発生した廃塩ビ管を,意匠性の高いベンチやデッキに再生するシステムを構築する(参考
ウェブサイト2 2005 年 12 月 7 日記事)
。菊川鉄工所(伊勢市)は,木材加工場から輩出され
る樹皮やオガ粉などを燃料用に圧縮・固形化する機械を発売した(参考ウェブサイト2,
― 40 ―
東海地域の産業クラスターの発展の課題
2005 年5月 24 日記事)。自動車部品とパチンコ部品の生産販売の東宝商会(名古屋市西区)
は,発泡スチロールの廃材加工工場を名古屋市西区に設置,量産体制に入った(参考ウェブ
サイト2,2005 年3月 24 日記事)。畜糞処理機メーカーの中部エコテック(名古屋市南区)
は,畜糞の発行段階で発生するアンモニアガスを発電機と一体のディーゼルエンジンに供給
して臭気を解消する「脱臭発電システム」の製品化に目処をつけた(参考ウェブサイト2,
2005 年2月 22 日)
。
14) 大同メタル(名古屋市は),集光式太陽光発電装置をNEDOと共同研究しているが,今後
地域コンソーシアム事業の活用を計画している。また,分散電源的太陽電池を得意の「バイ
メタル技術」の発想を応用して単独開発している(参考ウェブサイト1)
。
15) F陶磁器機械メーカーは,二酸化炭素の排出を減らすため水素燃料キルンの開発を志向して
いる。TYKは,独自技術の活性炭フィルターを応用し,電解型浄水器の開発を行っている
(参考ウェブサイト2,2005 年 8 月 25 日記事)
。幾つかのタイル・メーカーが,産官学共同で
壁面緑化素材を開発している。
16) CKD(機械製造,小牧市)は,液晶用バックライト製造システムの生産能力を増強してい
る(参考ウェブサイト2,2006 年2月 9 日記事)。石塚硝子(愛知県岩倉市川井町)は,既
に米モトローラ向けに携帯電話のサブウィンドウ用高強度ガラスを納入しているが,ノキア,
東芝,サムスン電子,NEC向けの受注,納入を開始した(参考ウェブサイト2,2005 年9
月 26 日記事)
。
17) エルモ社,家庭向け監視カメラを発売した。これまでOEM(相手先ブランドによる生産)
供給などは行っていたが,
「エルモ」ブランドの製品は初めてである(参考ウェブサイト2,
2005 年4月 11 日記事)
。愛知時計製造(名古屋市熱田区 )は,主力のガスメーターや水道メー
ター,住宅・ビル関連システムに次ぐ,第四の柱として独自の流量計測技術を応用し,医療
機器分野など新たな市場を開拓する(参考ウェブサイト2,2005 年6月 23 日記事)
。
18) 菊水化学(名古屋市)は,アスベスト対策工法のほか,シート状装飾材,水系発泡耐火皮膜,
セメント系無機材など独自製品を持つが,リフォーム・新築の新市場開拓を行う(参考ウェ
ブサイト 2,2005 年4月4日記事)
。Bタイル・メーカーは,アスベストが使えなくなったこ
とから拡大する窯業系サイディング・リフォーム市場への対応を行っている。
19) 金属部品加工のナック(関市)は,本社工場内に五軸加工の中・大型部品専門工場を新設,
この一月からテスト稼動を始めた。従来の小物部品加工 から,大手メーカーなどが手がけな
いニッチ分野の中・大型部品の加工にシフトし,同業他社との差別化を図るのが狙いである
という(参考ウェブサイト2,2006 年1月 19 日記事)
。
20) たとえば,名古屋メッキ工業(名古屋市)は,めっきの機械を中国で作って輸入している。
2003 年に中国に現地企業との共同出資で「Kan−U」(關羽)という設備メーカーを作り,
同社の設備はすべてそこで作り,中国だけでなく米国にも輸出している(参考ウェブサイト
1)
。
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21) 東海染工は,百貨店向けアパレル が大型ショッピングセンター(SC)内の専門店街で展開
する「サブブランド」に照準を合わせて,新たな販路開拓に乗り出す(参考ウェブサイト2,
2005 年5月5日記事)
22) 産業用画像処理システムのベンチャー企業トークエンジニアリングは,特許流通フェアでの
発表のほか,自ら足を運んで客先を探しアプローチしている。販路開拓で重要なことは,ま
ず,客先の製品技術の分かる人に製品特性をきちんと理解してもらうこと。そして,製品に
見合った市場ニーズが見込めることを事前に把握しておくことだとする(参考ウェブサイト
1)
。
23)他にも以下のような例がある。産業用画像処理システムのベンチャー企業トークエンジニアリ
ング(各務原市)は特許流通フェアを活用した(参考ウェブサイト1)
。富士プラスチック
(小牧市)は,自社のビジョンとして,目玉となるような自社のオリジナル製品を作って PR
していくことにしており,個別にPR営業を行うよりも,不特定多数の人が集まる展示会な
どを有効に活用するとしている。これまで3度東京の大型展示会に参加したことにより,デ
ザイン関係の事業者と接触することもできたという(参考ウェブサイト1)
。
24) 名古屋市緑区の有松・鳴門絞会館で「ジャパンブランド・シボリ」と題する展示会を開催し,
絞り布を利用した洋服,小物,インテリア商品などを展示した(参考ウェブサイト2,2005
年2月5日記事)
。
25) 産業用画像処理システムのベンチャー企業トークエンジニアリング社の佐々木社長は,ベン
チャー企業にとって大切なことは,①十分に練った事業計画を立てること,②事業内容を専
門家に評価・認定してもらうこと,③いかにして社会貢献できるかを考えるとともに,自分
の今もっているイノベーションをどう継続していくか,としている(参考ウェブサイト1)
。
また,富士プラスチック(小牧市)は,8年前に組織改革を行って技術開発部を創設し,4
年前に長期計画を策定し, 受動的から能動的な企業に転換しつつあるとする(参考ウェブサ
イト1)
。
26) インタビュー調査においても,産学連携において新分野や周辺分野に取り組む場合,中堅・
中小企業においては社内に人材がいないので連携先に人材の供給も併せて期待するとのコメ
ントがいくつかあった。
27) 中小企業新事業活動促進法の「異分野連携新事業分野開拓」で,「その行う事業の分野を異
にする企業が有機的に連携し,その経営資源(設備,技術,知識,技能等)を有効に組み合
わせて,新事業を行って新たな事業分野の開拓を図ること(同法第2条第7項)を支援する
ものである(十六銀行営業資料)
。
28) 中部経産局による。また,文部科学省の知的クラスター創生事業における東海地域の取組と
しては,岐阜・大垣ロボティック先端医療クラスター,名古屋ナノテクものづくりクラスター
がある。また,文部科学省の都市エリア産学官連携促進事業の東海地域における取り組みと
しては,豊橋エリアにおける情報通信「スマートセンシングシステムの開発」
,三重・伊勢湾
― 42 ―
東海地域の産業クラスターの発展の課題
岸エリアにおけるナノテク材料「次世代ディスプレイ用心機能材料とその応用機器の創製」
,
東濃西部エリアにおける製造技術「陶磁器の次世代製造技術開発」がある(文献2)
。
29) 参考ウェブサイト4及び中部経済産業局とのインタビューによる。
30) 中部経産局インタビュー
31) 産業用画像処理システムのベンチャー企業のトークエンジニアリング(各務原市)は管理・
販売部門,技術部門をテクノプラザに置いている。①比較的安価に入居できた,②自社の
「モノづくり」に適した経営環境が整っている,③入居によって社会的な信用度を得て,企
業,金融機関,公的機関など外部との接触が円滑になった,というメリットがあるという
(参考ウェブサイト1)
。アドバンスフードテック株式会社は,2005 年 10 月に国立豊橋技術大
学に隣接し,豊橋市の地域産業振興機関であるサイエンスクリエイトによって運営され豊橋
サイエンスコアに拠点を移したが,ここに入居できたことで,たくさんの企業,関係機関な
どと接触する機会が多くなったという(参考ウェブサイト1)
。名古屋メッキ工業(名古屋
市)は,愛知県のベンチャー関連補助事業を利用して,従来のめっきコストを1/2に抑える
ことができる新しい表面処理技術を開発した(参考ウェブサイト1)
。
32)「スイートバレー」とは,岐阜県の南部に広がる濃尾平野を流れる木曽三川(木曽川,長良
川,揖斐川)流域を指す。
33) 三重県は,メディカルバレープロジェクトを推進して,バイオ技術などの医療関係の産業の
クラスター形成を追及している。三重県は安価で適切な規模の事業用地が得やすく,医薬品
製剤や化粧品などの事業所立地が増えている。また,圏内にはアジア最大規模の民間ゲノム
解析センターがある。このような立地を生かして,産官学連携促進を促進する戦略である
(参考ウェブサイト3)
。
34) ただ,内容から見て,ハイテク産業・新クラスター・新事業・起業指向が強く,既存の産
業クラスターとの関連性が明確でないように思われる。既存クラスターの強化・展開,ベン
チャー支援と既存産業構造との関連付けなどの包括的な産業クラスター戦略が不足している
ように思われる。経済産業省の産業クラスター計画は,このような地方自治体のクラスター
計画と抵触しないように,例えば東海地域においては「ものづくり産業創生」事業というよ
うにおおまかなくくりになっているのではないかと思われる。いわば,補助金事業の財源を
持つ中央省庁が,地方自治体のクラスター計画が活用すべきインフラを提供しているのだと
も取れるが,それでは地方自治体のクラスター計画が十分なフィージビリティーを持つ概念
とリーダーシップを提供しているかどうかに関しては疑問なしとしない。
35) MEMS(メムス,Micro Electro Mechanical Systems)は,機械要素部品,センサー,ア
クチュエータ,電子回路を一つのシリコン基板上に集積化したデバイスを指す。現在,製品
として市販されている物としては,プリンターヘッド,圧力センサー,加速度センサー,ジャ
イロスコープなどがある。市場規模も拡大しつつあり,第二のDRAMとも言われている
(Wikipedia)
。
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36) 専門サービス機関(Professional Service Firm :PSF)専門的知識に基づいて顧客(クラ
イアント)の抱える問題の解決に有料で支援する独立的機関:公認会計士事務所,税理士事
務所,法律事務所,特許事務所,司法書士事務所,デザイン・設計事務所,コンサルテイン
グ会社(経営,マーケテイング,IT等)
,人材派遣・研修,広告・PR,シンクタンク等
37) 専門サービスと言っても,36)で見るように実際は多種・多様な業態があり,一概に示し難
く,詳細に見ると,それぞれの役割や特性は異なる。しかし,専門サービスの本質は,知の
伝達・交換・結合等,知的作業をベースに,当事者(相談相手である顧客)の問題解決に迫
る実践的サービスの提供にあり,そのような観点から言えば,専門サービスとしての共通し
た大きな役割を持っている。実践的サービスとは,新製品開発,新事業創造・推進,技術・
事業革新,起業などを支援し,実現させていくためのサービスを指し,その過程で生ずる
様々な問題の解決への支援が重要となる。いいかえれば専門サービス機関として,当事者の
暗黙知をも踏まえながら形式知的解答を出す役割を担わねばならない。
(例えば,複雑な社
内人事問題をも踏まえて経営・組織改革の提案書を作成をする経営コンサルタント。個人財
産の状況をも踏まえて中小企業の税務申告書を作成する税理士。等々)
(Bloom, Maister, マ
イスター,コトラー,岩橋,郷) 尚,知の伝達・交換・結合等がインターネット上で自動
的に(人を介さず)行われ「知の世界の秩序の再編成」ともいうべき変化が起こりつつある。
(梅田,120 − 171 頁)これによって,一部知の伝達・交換・結合等の生産性の向上,コスト
構造の変化が進み,専門サービスにも大きな影響が出てくると考えられる。
参考文献
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,DHB Aug-Sep 1990.
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郷 一尚(1996)
「拡大する法人向けプロフェッショナルサービス」
,ニッセイ基礎研究所インダス
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,ピアソン・エデュケーション
渋谷祐司,鈴木正慶(1995)
「米・中・日 アントレプレナーシップ比較研究:シリコンバレーか
らの考察」中部大学産業経済研究所 特別レポート
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野中郁次郎,他(1995)
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『知識創造企業』東洋経済新報社 デッビト・マイスター著,高橋俊介監訳(2002)
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洋経済新報社
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http://www.chukei-news.co.jp/(2006 年 4 月 9 日確認)
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http://greaternagoya.org/jpn/index.html(2006 年 4 月 10 日確認)
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http://www.kanto.meti.go.jp/seisaku/juten/(2006 年 4 月 10 日確認)
― 45 ―
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