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教育制度論的観点からの学校ソーシャルワーク(SSW

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教育制度論的観点からの学校ソーシャルワーク(SSW
−124−教育制度論的観点からの学校ソーシャルワーク(SSW)研究の必要性─子どもの人権救済・擁護活動との比較検討をふまえて─
教育制度論的観点からの学校ソーシャルワーク(SSW)研究の必要性
─子どもの人権救済・擁護活動との比較検討をふまえて─
住 友 剛
SUMITOMO Tsuyoshi
1:はじめに ─文部科学省「スクールソーシャルワーカー活用事業」実施をめぐって─
2008(平成20)年度から文部科学省初等中等教育局児童生徒課は,
「スクールソーシャルワー
カー活用事業」を実施した。この事業の趣旨について,文部科学省児童生徒課・生徒指導第一
係長の岡本泰弘は,次のように説明する。
いじめ,不登校,暴力行為,児童虐待など,児童生徒の問題行動等については,極めて
憂慮すべき状況にあり,引き続き教育上の大きな課題となっています。一方,児童生徒の
問題行動等の状況や背景には,児童生徒の心の問題とともに,家庭,友人関係,地域,学
校等の児童生徒が置かれている環境の問題が複雑に絡み合っているものと考えられます。
文部科学省では,問題行動に対してねばり強い指導と毅然とした対応を進めていく中で,
警察や福祉機関等との連携を十分図っていくことが重要であると考えています。このよう
な考え方の延長線上にあるものとして,問題を起こす児童生徒の社会的背景や環境要因に
対し,関係機関等とのネットワークを活用するなどして,問題を抱える児童生徒に支援を
行う専門家である SSW の存在とその活動の意義に,文部科学省は着目いたしました。
「ス
クールソーシャルワーカー活用事業」においては,教育分野に関する知識に加えて,社会
福祉等の専門的な知識や技術を用いて,児童生徒が置かれた様々な環境へ働き掛けたり,
関係機関等とのネットワークを活用したりするなどして,問題を抱える児童生徒に支援を
行う SSW の活用方法等について調査研究を行い,その成果等を全国に普及することとし
ています。1
一方,ここで岡本がいう「スクールソーシャルワーカー」(以後,本稿では SSWr と標記する)
の仕事や内容については,ここ数年,山下英三郎や門田光司,日本スクールソーシャルワーク
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協会などが,積極的に論じてきたところである2。また,大阪府や香川県などでは,すでにそ
の先行的な事業が各府県教育委員会の独自事業として実施され,その成果も公表されている3。
ちなみに,先行研究では「学校ソーシャルワーク」(門田光司)あるいは「スクールソーシャ
ルワーク」(日本スクールソーシャルワーク協会)という用語が使われているが,どちらも英
訳すれば School social work であるため,本稿では「学校ソーシャルワーク」もしくは SSW
と略記することにする。
では,その「学校ソーシャルワーク(SSW)」とは何なのか。SSW は,門田光司によると,
「『種々
な要因によって,児童生徒が教育を受ける権利や機会が社会的不公正な状態におかれている場
合,そのような状況を速やかに改善していくこと』を目的とした専門的援助活動」4と定義する。
また,門田はソーシャルワークについて,一般的には「『人権』と『社会的公正』を基盤とし,
『人と環境との相互作用』に焦点をあてていく」5ものと説明する。そのソーシャルワークの実
践体系を,門田の文献を参考に筆者が整理すると,次のとおりとなる6。
①個人や家族,グループを対象とする「マイクロレベル」でのケースワーク,グループワー
ク。
②保育所・幼稚園,学校,病院,福祉機関,ボランティア団体,町内会,近隣等々,地域
レベル(メゾレベル)を対象として住民の組織化や福祉関係機関の組織化を図っていく
コミュニティワーク。
③教育委員会や福祉機関,政府等の制度や法律を対象とするマクロレベル。および,その
レベルでの制度や政策を変革するソーシャルアクション,社会福祉計画など。
このような SSW 論の概要を知ったとき率直に感じたのは,別稿7にて筆者がくり返し論じて
きた川西市子どもの人権オンブズパーソン(以後「川西オンブズ」と略)の仕事と,SSW の
取組みとが,どこかよく似ているのではないか,ということである。
さて,川西オンブズでは,後述するように,学校内外での子どもの人権にかかわる諸問題に
ついて,子どもを含む市民からの相談を受け付け,学校と家庭・地域社会や関係する行政機関
との調整活動を行い,子どもの人権やオンブズ制度そのものに関する広報・啓発活動を行って
いる。これらの川西オンブズの諸活動のなかには,申立て等に基づく調査と勧告・意見表明の
ように,SSW には含まれていない取組みもあるが,それ以外のところでは,SSW とオンブズ
のスタッフの仕事には,類似点もかなり見られる。
このような川西オンブズの取り組みは,あくまでも SSW 活動ではなく,子どもの人権救済・
擁護活動(アドボカシー)の取り組みとしておこなわれているものである。しかし,このよう
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な子どものアドボカシー活動については,今日,SSW 論においても重要な検討事項のひとつ
に挙げられている8上,たとえば児童福祉施設入所中の子どもの権利擁護の問題など,児童福
祉学の領域でも重要なテーマでもある9。
このように見ていくと,SSW と川西オンブズの活動には,どこまで類似性があって,どこ
からちがってくるのか,という疑問が生じてくる。個人的には,SSW と川西オンブズのよう
な子どもの人権救済・擁護活動,両方とも「必要だ」と考える。しかしその両者のちがいより
も,筆者は類似性にまず気づくことが多い。
一方,筆者の経験から言えば,川西オンブズは市の条例に根拠を持ち,さらには子どもの権
利条約(児童の権利に関する条約)などの人権諸条約,子どもの人権に関する日本政府の諸法
令などを参照しつつ仕事をすすめる。だが,SSW は文部科学省や各地の教育委員会の実施要
綱以外に,どのような制度を根拠に活動をするのであろうか。この点も,筆者としては気がか
りな点である。
そこで本稿では,筆者らが川西オンブズでの子どもの人権救済・擁護活動(以後「子どもの
人権救済活動」と略)を,今,大阪府や香川県などで先行的に実施されてきた SSW 事業や,
文部科学省がこれから実施しようとする SSW 事業の中身とを比較検討していく。筆者の立場,
すなわち子どもの人権救済活動に取り組んできた側からその両者を比較するなかで,類似点が
どのくらいあるのか,相違点がどこにあるのかを,できるだけ具体的にまとめていくことにし
たい。そうすることで,他の諸活動とは異なる SSW の特色や今後の理論面・実践面での検討
課題が浮かび上がってくるのではないかと考えるからである。
なお,本稿は2008年7月5日・6日に西南学院大学(福岡県)で開催された日本学校ソーシャ
ルワーク学会第3回大会での筆者の発表原稿「子どもの人権救済活動の実践から見た学校ソー
シャルワーク論の課題─兵庫県川西市の取り組みをふまえて─」を,その後の検討をふまえて,
大幅に加筆修正したものであることをお断りしておく。
2:従来の学校における子どもの人権救済活動の概要
現在,SSW の主な実践対象となる課題は,文部科学省の事業の趣旨から言えば,「いじめ,
不登校,暴力行為,児童虐待など,児童生徒の問題行動等」である。また,2008年度の大阪府
教育委員会「スクールソーシャルワーカー等活用事業実施要領」でも,文部科学省の事業委託
を前提に,
「不登校や問題行動等に対して適切に対応すること」を事業の目的としている10。こ
れ以外にも,例えば「障害のある子どもの学校生活」(特別支援教育)や「子どもの虐待」,
「子
どものメンタルヘルス」に関する諸課題などが,SSW の対象として考えられる11。
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ただ,こうした子どもの諸課題については,これまで日本の教育学の領域においても,子ど
もの人権保障の観点の有無・強弱にかかわらず,すでにさまざまな研究や実践,政策提案など
が行われてきた12。また,こうした子どもの諸課題への具体的な対応の試みとして,子どもの
人権救済活動という観点から,1980年代あたりから市民団体や日本弁護士連合会(以後「日弁
連」と略)などの取組みや,川西オンブズに代表されるように,地方自治体における子どもの
人権救済システム整備の取組みなどが行われてきた。
たとえば,日弁連(編著)『子どもの権利ガイドブック』(明石書店,2006年)は,1995年に
出版された同名の著作の改訂版とでもいうべきものである。
日弁連では1985年以後,学校における校則問題やいじめ・不登校,中途退学の問題などにつ
いて,「学校という場面に焦点を当てて,どのように子どもの人権を擁護し実現させるか」と
いう観点から,子どもの人権救済活動に積極的に取り組んできた13。同書は,その約20年にわ
たる取組みを反映して新たに作成されたものである。
その同書は目次によると,「総論」で子どもの人権(権利)に関する基本的な考え方を述べ
たあと,
「各論」として「いじめ」「教師の体罰・暴力等」「校則」「学校における懲戒処分」「原
級留置(いわゆる「落第」
)」「不登校」
「学校事故(学校災害)
」「教育情報の公開・開示」
「障
害のある子どもの権利」
「『教育改革』と教育への権利」
「親子関係」
「児童虐待」
「性と子ども
の権利」
「警察と補導」
「少年事件」
「犯罪被害を受けた子ども」
「児童養護施設と子どもの権利」
「児童自立支援施設・少年院と子どもの権利」「外国人の子どもの権利」といった事項を取り上
げている。この「各論」のいくつかの項目は,SSW が主な実践の対象としているものを含む
とともに,SSW 以外の領域に広がっていることに注目してほしい。
このように,1980年代以来,日弁連では子どもの人権(権利)に関わる諸問題を,学校教育・
児童福祉・少年司法などの諸領域を網羅的に扱ってきた。また,弁護士として子どもの人権救
済活動の実務に携わる際や,子ども人権救済にまつわる諸問題に関心を抱く研究者,市民など
が利用可能なように,同書には「救済活動の基本要領」14や,「いじめ」対応のケースに際し
て「弁護士などが相談を担当するときの具体的注意」15といった節も設けられている。
一方,荒牧重人・吉永省三・吉田恒雄・半田勝久編『子ども支援の相談・救済』(日本評論社,
2008年)では,川西オンブズや川崎市・多治見市などの地方自治体における子どもの人権救済
システムの活動状況が紹介・検討されている。また,同書では,たとえば長野県教育委員会や
大阪府教育委員会における子どもの人権救済活動,沼津市・摂津市・横須賀市における子ども
の虐待防止活動,スクールカウンセラーや児童虐待対応教員(埼玉県)の活動,川崎市の子ど
もの居場所づくり,チャイルドラインなど市民団体レベルでの子どもの相談活動など,すでに
取り組まれている多様な子どもの相談活動の概要も紹介されている。同書ではこれらの活動を,
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子どもの自己肯定感の回復・向上を目指し,子どもの人権(権利)を基盤とした子ども支援活
動,子ども支援施策として位置付けようとしている16。
SSW が学校における子どもの人権状況の改善に努める活動であるとするならば,上記のよ
うな,既存の子どもの人権救済に関する理論・施策・実践の動向と SSW がどう重なり,どう
ずれるのかという検討が,今後,ますます重要になるであろう。特に,SSW とこれら子ども
の人権救済活動との類似性のほうが大きいということになれば,あらためて,SSW の独自性
とは何かがあらためて問われることになる。その点では,今後も本稿のように,SSW と子ど
の人権救済活動等,類似の活動との比較研究17を充実させていく必要がある。
3:川西市子どもの人権オンブズパーソン(川西オンブズ)制度の概要
⑴ 条例の趣旨及び制定過程について
さて,川西オンブズは,日本初の地方自治体条例「川西市子どもの人権オンブズパーソン条
例」(この条例は1998年12月制定・1999年3月施行。以下の文中では「同条例」と表記。)にも
とづく子どもの人権救済制度である。
まず,同条例は,子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)に基づく川西市内の子ども
の諸権利の保障などを目的とするものである。また,市内の公立学校園における教育について
も,「本市は,子どもの権利条約に基づき,子どもの教育についての権利及び教育の目的を深
く認識し,すべての人の基本的人権と自由を尊重して自己の権利を正当に行使することができ
る子どもの育成を促進するとともに,子どもの人権の侵害に対しては,適切かつ具体的な救済
に努めるものとする」(同条例第3条)と定められている。
同条例にもとづき,川西市は地方自治法上の市長の付属機関として(同第4条)「子どもの
人権オンブズパーソン」
(前述のとおり「川西オンブズ」と以後も称する)を設置した。川西
オンブズは,条例の規定にもとづき,川西市内の子どもの人権に関する相談に応じる(同第10
条)とともに,申立てなどに基づく調査等を実施(同第11条)し,子どもの人権擁護・救済の
ために必要な事項について,市教委や市立学校園などに対して是正措置の勧告・制度改善等の
意見表明を行うことができる(同第15条)
。一方,市教委や市立学校園などの市の機関には,
条例上,川西オンブズの活動に対する協力援助義務(同第8条),勧告・意見表明等の尊重義
務(第15条)などがある18。
ところで,川西オンブズは,当初,市内の小中学生のいじめ・不登校などの問題への対応策
を検討してきた川西市教委が,1995年10月の『子どもの人権と教育についての提言』
(同検討
委員会,以後「提言」と略)に基づき,子どもの権利条約にもとづく市立学校園での教育のあ
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り方や教育行政の施策の見直しなどとともに,「地域の子どもの人権を守り不断に確立してい
くシステム」として設置を提案したものである。その後,川西オンブズの設置について川西市
教委が具体的な条例案の検討に入り,市教委の付属機関から市長の付属機関へと条例案を修正
するなどの経過があって,1998年12月の川西市議会の全会一致で可決・成立するに至った19。
この1995年10月の「提言」をとりまとめた「子どもの人権と教育」検討委員会は,当時,マ
スメディアなどでさかんに報道された子どもの「いじめ」問題や,それと関連する形で「不登
校」の問題などに触れつつ,「すべての子どもの成長・発達を支えるためには,人権にかかわ
る教育を進め,問題をもたらしている意識と仕組みに迫り,これらを変えることが必要」20と
いう認識を示していた。また,1995年7月に,市教委は市内の小学校6年生・中学校3年生を
対象に「子どもの実感調査」を実施し,「学校に来るのが楽しくない」と答えた小学生の
57%・中学生の27%に「いじめ」を受けた経験があったこと,くり返し「いじめ」を受けてき
た小学生・中学生のなかに「一人でがまんする」
「相談できる人はいない」といった回答が目
立つことを明らかにした21。
この調査結果を受けて,「子どもの人権と教育」検討委員会は川西市教委に対して,「一人ひ
とりの子どもの人権を真に尊重する学校園づくりのために」という観点から,「すべての学校
園で『子どもの権利条約』を具体的に実現する教育実践を」等の10項目,
「家庭の子育てに対
する地域社会の連携と相互支援を推進するために」という観点から,「特に乳幼児段階からの
親の実践的な子育ての連携や相互支援を」等の6項目の教育改革の提案を行った。そして,こ
れに加えて,同委員会は「子どもの人権確立のために必要な教育委員会の取組み」として,
「地
域の子どもたちの人権を守り不断に確立していくシステムとして,『子どもの人権オンブズマ
ン制度』の創設を図ること」22をあわせて提案したのである。
もちろん,このような教育改革の提案が,その後,実際どこまで実現されたかは別問題であ
る。ただ,基本的には川西市内の学校教育・社会教育(生涯学習)に関する諸制度や現場での
実践を,
「子どもの人権尊重」という視点をつらぬく形で改革する構想のなかに,現在の川西
オンブズにつながる制度設置の提案が位置づいていた。また,この提言の諸項目は,学校内外
における子どもたちの「問題とすべき現状」に対応する形で,
「問題をもたらす意識や仕組み
の変革」をねらったものであった23。1990年代半ばの子どもたちの現状を前に,地方独自の取
組みとしての川西市での教育改革構想のなかに,川西オンブズの制度設置が含まれていたこと。
ここをあえて今,強調しておきたい。なぜなら,筆者の見たところでは,現在の SSW 論は門
田光司のいうマイクロレベル・メゾレベルの課題に議論が集中しており,マクロレベルにあた
る教育制度・政策的課題への働きかけ,検討作業が弱い印象があるからである24。
ちなみに,すでに実施中及び今後各地で展開される SSW の実践のなかで,おそらく SSWr
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の間から,既存の教育・福祉に関する諸制度の不備や施策の不十分さに気づくことがあると考
えられる。また,2005年6月に日本社会福祉士会が採択した「社会福祉士倫理綱領」では,社
会福祉士に対して,「人々をあらゆる差別,貧困,排除,暴力,環境破壊などから守り,包含
的な社会を目指すように努める」という「ソーシャル・インクルージョン」と,「社会に見ら
れる不正義の改善と利用者の問題解決のため,利用者や他の専門職等と連帯し,効果的な方法
により社会に働きかける」こと(社会への働きかけ)を求めている25。そのように考えると,
今後,SSW 論はソーシャル・インクルージョンの視点に立って,現場の SSW 実践論を,文部
科学省や各地の教育行政当局の施策の改善提案づくりの取組み,つまり教育制度・政策論へと
つなげていく必要があるのではないだろうか。
⑵ 制度の担い手について ─ SSWr との比較─
現在,川西オンブズでは,臨床心理学(男性)
・教育学(女性)の大学教員及び弁護士(男性)
の3名のオンブズパーソンと,
これを補佐する調査相談専門員(前述のとおり,以後も「スタッ
フ」と略)が,市内の子どもの人権侵害の救済,子どもの人権の擁護及び侵害防止,市内の子
どもの人権擁護のために必要な制度改善等の提言などの職務に従事している。また,発足当初
のオンブズパーソンは,児童福祉学専攻の大学教員(女性),弁護士(男性),障害児教育・保
育などに関する民間研究団体役員(男性)で構成されていた。
一方,スタッフのうち,現在,事務所で日常的に子ども・保護者などからの相談業務等に従
事するスタッフは「相談員」と称し,市の嘱託職員として採用されている(2008年7月現在,
4名)。また,2002年度から,弁護士や医師,児童福祉学の大学教員など,主に退任後のオン
ブズ関係者を「専門員」として位置づけ,必要に応じて,川西オンブズへの活動に協力が得ら
れるようにしている(2008年7月現在,6名)。ただし,筆者が在職中の2001年度までは,「専
門員」「相談員」の区分はなく,「調査相談専門員」が日常的な相談業務等に従事してきた。
この相談員の仕事について,かつてオンブズ事務局に勤務した吉永省三は,次のように説明
する。以下の文中にあるように,オンブズのスタッフの職務は,現在想定されている SSWr の
仕事の内容と,かなり類似している。
かれらは相談や申立てがよせられたとき,まず最初に応対し,オンブズパーソンに復命す
る立場にある。また,
継続的な相談や調査の過程ではオンブズパーソンとともに─または,
その指示を受けて単独にでも─活動する。ときには活動の一環として子どもと遊んだり,
家庭訪問したり,学校や幼稚園,保育所などにも出向いていく。その活動はかなりの部分
でソーシャルワークの要素をもつものであり,オンブズパーソンがスーパーバイザーの役
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割を果たすことになる26。
その相談員は川西オンブズの場合,公募・選考の上,採用されている。また,公募に際して
の応募資格は,最近行われたケースの場合,以下のとおりである。川西オンブズの相談員公募
に際しては,社会福祉的援助の専門家や実務経験者が,教育や心理,法律,社会学などの他領
域のそれととともに,並列的に扱われている点に注目してほしい。
本市における子どもの権利条約の普及と子どもの人権問題の解決に積極的に寄与する意
欲を持ち,次のいずれかの要件を満たす人
⑴ 教育,法律,心理,福祉,社会学に関する大学院修士課程を修了した人
⑵ 学校教育法に基づく4年制大学を卒業した人で,子どもにかかわる活動経験が3年以
上ある人
ちなみに SSWr の任用資格であるが,たとえば大阪府教育委員会の2008年度 SSW 事業では,
「社会福祉に関して専門的な知識・経験を有する者(社会福祉士及びそれに準ずると認められ
る者)で,過去に小中学校において相談・援助活動をした経験のある者」27としている。また,
香川県教育委員会の SSW 事業では,
「社会福祉士か精神保健福祉士の資格を取得し,5年以上
現場経験のある者」28である。そして,文部科学省「スクールソーシャルワーカー活用事業」
においては,
「社会福祉士や精神保健福祉士等の資格を有する者のほか,教育と福祉の両面に
関して専門的な知識・技術を有するとともに,過去に教育や福祉の分野において活動経験の実
績等がある者など」のうち,「問題を抱える児童生徒が置かれた環境への働きかけ」「関係機関
等とのネットワークの構築,連携・調整」等の職務内容を適切に遂行できる者を任用しようと
している29。
なお,大阪府教委の SSW 事業とスクールカウンセラー派遣事業の両方にスーパーバイザー
としてかかわった野田正人は,
「全国的には臨床心理士が SSWr を行うところもあるようで,
混沌としている状況」であることや,「むしろどのようなところから人材を確保するのがよい
のかということ自体が,今回の調査研究(引用者注:文部科学省のスクールソーシャルワーカー
派遣事業のこと)の課題となっている状況」という30。この野田の指摘からは,SSWr の具体
的な職務や任用資格等について,文部科学省や各地の教育行政当局の間で,まだ共通理解が十
分にできていない現状がうかがえる。
ただ,筆者の立場からすると,
「人権と社会正義の実現」という SSW の本来の趣旨から見て,
専門的資格の有無以上に,
「子どもの人権尊重」や「子どもの権利実現」という観点をふまえ
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た形で「学校と福祉をつなぐ専門家」31を任用するということが,まずは何よりも重視される
べきであると考える。ただし,この SSWr の任用資格については,その仕事の内容や制度上の
位置づけ,専門職としての養成課程の問題とあわせて,今後の検討課題であることはいうまで
もない。
4:川西オンブズにおける子どもの人権救済活動の実際
川西オンブズでは,条例の規定(第20条)にもとづき,毎年1∼12月までの相談や調査など
の条例の運営状況等について,『子どもオンブズ・レポート(川西市子どもの人権オンブズパー
ソン条例の運営に関する報告)
』32(以後「年次報告」と称する)として取りまとめ,市長宛
に報告するとともに,市民に対して公表している。今のところ,川西オンブズの制度が発足し
た1999年から2007年まで,延べ9回の年次報告が出されている。今後,各地で SSW 活動が進
むとしたら,その SSW 活動の運営状況に関する情報公開も必要となってくるであろうが,こ
のような川西オンブズの年次報告の形式等が参考になると思われる。そこで,ここでは,2007
年の年次報告を主な素材として,川西オンブズにおける子どもの人権救済活動の実際を,
「相
談活動」「調整活動」「申立て等にもとづく調査及び勧告・意見表明等」「広報・啓発活動その他」
の4つの領域に分けて紹介しておきたい。また,特に断りがない限り,以下の文中の数字は
2007年(1∼12月)の年次報告のものである。
⑴ 相談活動
まず,2007年の相談受付は159案件・延べ602件であった。2006年が179案件・延べ603件の相
談受付であるので,この2年間はほぼ横ばいというところであろうか。ちなみに,過去9回の
年次報告中で相談受付数の多かった2002年は228案件・延べ654件である33ので,ここ最近はや
や減少という見方もできる。
相談者の内訳は2007年の場合,延べ602件中の246件(約40%)が子ども(高校生まで)から
のものであり,親・祖父母などの保護者からが304件(約50%),残りが教職員・保育士その他
のおとなからであった。また,子どもからの相談は2001年(20.6%)以降,徐々に増加傾向に
ある。ちなみに,子どもの年齢による内訳であるが,2007年の場合高校生・中卒後が15.3%,
中学生11.1%,小学校高学年7.1%,小学校低学年6.8%であった。
相談受付の方法は,子どもの場合オンブズ事務局や相談スペース「子どもオンブズクラブ」
への「来所」
(68.3%)が多く,「電話」は28.9%と少ない。これに対して,保護者・教職員な
どのおとなの場合は「電話」が74.7%,
「来所」が23.3%と逆転する。また,子どもからの相談
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受付の時間は放課後に相当する「15∼18時」に集中する傾向にある(60.2%)が,おとな側は「12
時まで(午前中)」が37.6%,「12∼15時」が28.1%と,分散する傾向にある。
具体的な相談内容であるが,初回相談の主訴を中心に案件を整理すると,子どもの場合は「い
じめ」
(21.6%),
「交友関係の悩み」
(18.9%),
「家族関係の悩み」
(13.5%),
「進路問題」
(10.8%)
などである。一方,おとな側は,
「子育ての悩み」
(23.0%),
「(子どもの)交友関係の悩み」
(9.8%),
「教職員等の指導上の問題(暴力・暴言等を除く)
」(9.8%),「学校・保育所の対応上の問題」
(7.4%)という具合である。ちなみに,次のような事例が2007年の年次報告に掲載されていた
ので,その一部を紹介しておきたい34。
相談者
学齢等
相談概要
(休み時間に学校の公衆電話から,泣きじゃくりながら電話をかけてき
子ども
中 学 生 た。)「今学校にいる」
,「やばい」と。授業中にクラスの女子のほとん
女
子 どの子からひどくいじめられた。話を聞いているうちに落ち着き,
「終
わったらそっちいくわ」と言い,放課後に事務局を訪れた。
小 学 校
保護者
低 学 年
男
児
担任の先生から,
子どもがクラスの中で行動が遅いことを指摘され,
「指
示が通りません。家でも指導してください」と言われた。これまでの
子育てがいけなかったのか,と落ち込んだ。母親の不安に寄り添いな
がら話を聴いた。その後も相談が継続された。
子どもをめぐる保護者同士のトラブルの対応に追われ,学校の日常業
教
員
小 学 生 務に支障をきたしている。どう対応するべきかわからない。一緒に課
題整理をしたところ,適切な対応が図られ,問題が収束していった。
この相談活動の各場面において,川西オンブズでは基本的に相談者の自己決定を尊重しつつ,
必要な情報提供を行ったり,
「相談者の話に十分に耳を傾け,その心情を受容していくことを
基本とする。またその中では問題の打開や解決に向けた課題整理が図られていく」という対応
を軸にしている。これは,子どもや当事者の「エンパワメント」の視点に立って,当事者自ら
が課題の解決や打開に向けて具体的に動くことができるように,川西オンブズの側が支援して
いくことを重視しているからである35。
と同時に,川西オンブズに寄せられる相談のなかにも,例えば前出の表にあるようなケース
などは,オンブズで直接相談対応するだけでなく,必要に応じて,学校における学級担任等教
員への支援,あるいは,保護者の子育て支援として取り組むことによって,結果的に当該の子
どもの利益につながるというケースも含まれている。おそらく,前出の表のような相談ケース
には,各地で展開中の SSW の実践においても出会うことが多々あるだろう。それだけに,川
西オンブズにおける相談対応の原則は,
「傾聴」を軸とした SSW の対応36とも共通する部分が
−134−教育制度論的観点からの学校ソーシャルワーク(SSW)研究の必要性─子どもの人権救済・擁護活動との比較検討をふまえて─
あると考えられる。
また,川西市には,例えば市教育委員会の教育相談窓口や,児童福祉担当の行政の子育て相
談窓口などもある。そこで,これらの相談窓口と川西オンブズの相談との連携と役割分担が課
題となってくるが,この点は SSW 活動においても似たような状況があるのではなかろうか。
すなわち,SSW における相談と,既存の教育相談活動(スクールカウンセラーを含む)など
との「役割分担」という課題である。
ちなみに,川西オンブズでは,子どもの人権に関する事項に該当する内容は多岐にわたると
いうことから,どのような相談であっても,まず相談そのものは幅広く受けつけた上で,相談
内容や抱えている課題を相談者側と話し合って整理し,必要に応じ,
「他の適切なカウンセリ
ング等の相談機関や行政窓口等を紹介し,橋渡しする」37ことや,他機関へのアクセスを助け
るといった対応を行っている。
⑵ 調整活動
川西オンブズの特徴的な活動のひとつに,
「調整活動」と呼ばれるものがある。この「調整
活動」は「相談者である子どもや親の意向のもとに,関係機関・関係者に任意の協力を得て,
相談活動の一環として行うもの」38であり,川西オンブズ側は次のとおり説明する。
延べ602件にわたる相談の中には,相談者個人の課題に即して行われた調整(コーディ
ネート)活動も含まれています。調整活動とは,子どもの最善の利益を図ることを原則に,
子どもに関係する相談者以外の人々(学校の先生や親など)にオンブズパーソンが直接会っ
て,子どもの代弁(アドボカシー)に努め,相談者や当該の子どもが関係するおとなと建
設的な対話に入れるよう必要な環境づくりなどにあたることです。それらをとおして相互
関係のつくり直しを支援したり,個々の案件に即して関係機関と連携してきました。オン
ブズパーソンが,子どもを取り巻く人々や環境に働きかけ,子どもを支援するために人と
人をつなぐことに主眼をおいて実際の調整活動を行っています。39
また,この川西オンブズの調整活動は2007年の場合,相談ケース159案件中の7案件におい
て行われており,主に学校生活に関するもの3件,家族関係に関するもの3件,学校生活・家
族関係の両面にまたがるもの1件であった。また,このような調整案件では,オンブズパーソ
ンやスタッフが学校・福祉事務所等と連携し,当該の子どもへの理解や今後の支援の方向性に
ついて話し合い,関係機関が連携して必要な措置を行うように取り組んでいる。このような調
整活動のあり方は,SSW におけるケースワークやコミュニティワークと重複する部分がある
京都精華大学紀要 第三十五号
−135−
と考えられる。
⑶ 申立て等にもとづく調査及び勧告・意見表明等
上記⑴⑵で述べた相談及び調整活動であれば,川西オンブズと SSW 活動との間に類似点が
多々あると思われる。両者が大きく異なる点は,これから述べる申立て等にもとづく調査と,
その調査結果と条例の諸規定にもとづいてオンブズパーソンが行う勧告・意見表明,あるいは
是正等の申し入れといった取り組みであろう。また,川西オンブズにおける相談・調整活動に
ついても,この「調査及び勧告・意見表明等」に関する条例上の権限との関係において理解さ
れる必要がある。
詳しい制度のしくみ等の解説はここでは省きたいが,まず,川西オンブズでは相談対応の場
面において,必要に応じて条例第10条に定める擁護及び救済の申立てに関する説明を行うとと
もに,申立てを行う場合にはその手続きを行う。また,相談内容をオンブズパーソンの「独自
入手情報」
(同第11条)に位置づけ,その職権にもとづく調査(自己発意調査)を行う場合が
ある。
このような点から,子どもや保護者などからの相談を受け付ける場合も,川西オンブズにお
いては当事者の訴える個々の相談ケースの内容と,たとえば条例上の諸原則,子どもの権利条
約その他の国際的な人権条約,子どもの人権に関する国内諸法令と各ケースとの関係,最近の
子どもの人権関係の諸研究や施策の動向などとの関係を意識しながら受け付け,対応している
面がある。SSW においても本来,子どもの人権に関する国内諸法令の趣旨をふまえ,各ケー
スでの対応を検討すべきである。ただ,SSW 論の現状は,SSW 実践における手法やアセスメ
ント等の問題に議論が傾斜しており,SSW の実践場面における子どもの人権関連の法的諸課
題の検討は,まだ不十分であるという印象がある。
一方,相談から申立てに基づく調査,あるいは「自己発意調査」を実施した場合,川西オン
ブズでは条例にもとづき,関係する市の機関(市教委,市立学校園を含む)に説明を求めたり,
必要な書類の閲覧・写しの提出などを求める形で調査を実施する。また,調査結果や調査中止・
打ち切りの場合については,申立人や関係する市の機関などに通知することとなる。
そして,この調査結果にもとづいて,川西オンブズが子どもの人権の「擁護及び救済の必要
があると認めるとき」は,関係する市の機関に対して是正措置を講じるよう勧告または是正等
申入れ書を提出することができる。また,「制度の見直しの必要があると認めるとき」には,
同様に当該制度の見直し等を図るよう意見表明または改善等申入れ書を提出することができる
(同第15条)。その勧告・意見表明等を受けた市の機関には,前述のとおりこれを尊重する義務
が生じる(同第15条)とともに,川西オンブズ側から措置報告の提出を求められた場合は,条
−136−教育制度論的観点からの学校ソーシャルワーク(SSW)研究の必要性─子どもの人権救済・擁護活動との比較検討をふまえて─
例上規定の期間内にその措置報告を行わなければならない。
ちなみに,1999年7月に市立中学校ラグビー部の早朝練習におきた熱中症死亡事故に際して,
川西オンブズとして2000年7月,川西市教委に対して事故の原因究明と再発防止策の確実な実
施等を求める勧告・意見表明を行ったケースがあるが,このケースについては条例にもとづき,
調査結果や勧告・意見表明等の概要がマスメディアに公表されている40。
なお,このような調査権や勧告・意見表明権が行使されるケースは,申立てにいたる相談案
件が少なければ,当然ながら少なくなる。2007年の場合も,相談対応159案件に対して申立て
受付,調査実施は2案件しかない。最も申立てや自己発意調査の多かった2002年でも,228件
の相談対応案件に対して申立て8件,自己発意2件であり,そのうち申立て4件は調査不実施・
調整活動により対応となっている41。
このように,川西オンブズには,市の条例にもとづく形で,調査権,勧告・意見表明権,公
表権など,子どもの人権救済活動に必要な権限が認められている。もちろん,文部科学省や各
地で実施中の SSW 事業において,SSWr に川西オンブズのような権限等が認められているわ
けではない。ちなみに,現在,SSWr の諸活動の根拠となるのは,日本政府の諸法令や地方自
治体の条例ではなく,前述したとおり,文部科学省や各教育委員会の SSW 事業実施に関する「要
綱(要項)
」である。それだけに,教育行政当局がどのように SSW 事業を位置づけ,どのよう
な課題を解決しようとしているのか。教育行政当局の SSW 事業に対する姿勢や,学校にかか
わる子どもの諸課題への理解等が問われることになるだろう。
⑷ 広報・啓発活動その他
その他,詳しく述べることができないが,川西オンブズにおいては,子ども及び市民に対し
て,子どもの人権に関する諸課題や条例の趣旨等に関する広報・啓発活動を行ってきた。たと
えば川西オンブズでは,毎年,保育士を含む市長部局職員や市立学校園教職員,市教委職員の
研修,PTA や公民館などでの学習会などに参加するとともに,年次報告を提出する3月頃に,
オンブズの活動報告会を開催し,広く市民に活動状況を知らせる取り組みを行っている。また,
子ども向けリーフレットや電話番号を書いた子ども向けのカードを配布したり,小学校の市役
所見学に際してオンブズ事務局の見学なども行っている。これは,子どもを含む市民が,川西
オンブズへの相談,擁護及び救済の申立てを容易に行うことができるように,
という趣旨で行っ
ているものである。
SSW の場合も,どのような場面に SSW の担い手にアクセスが可能か,具体的にどのような
支援が可能か,といったことを,子どもや保護者,教員や関係する行政機関職員,地域住民な
どに対して周知していく広報・啓発活動が必要不可欠であろう。また,SSW も川西オンブズ
京都精華大学紀要 第三十五号
−137−
のような広報・啓発活動を通じて,地域社会における子どものよき理解者・支援者に出会える
ことや,関係機関との連携体制の構築をはかることができるのではないか。
一方,川西オンブズでは,2005年10月からは「子ども☆ほっとサロン」を月1回開催してい
る。この「子ども☆ほっとサロン」は,中学生・高校生向けの広報活動の一環であり,相談ス
ペース「子どもオンブズくらぶ」に子どもたちを集め,家族や友だちのことに関する悩みを話
し合ったり,クリスマス会などのイベントなどを実施している42。このような取組みと,SSW
にいう「グループワーク」との類似性を今後検討してよいだろう。
このほか,川西オンブズの取り組みに関するさまざまな問い合わせ,子どもの人権等に関す
る市外でのシンポジウムへの参加といった仕事もある。また,オンブズ制度の運営に関する重
要事項を審議する「オンブズパーソン会議」(原則公開)や,個々の相談・調整案件や調査案
件への対応について,オンブズパーソン及びスタッフでの意見交換やケース対応のあり方を検
討する「研究協議」(非公開)も定期的に開催されている。
5:教育制度・政策論的観点から SSW 論づくりを行う必要性
─ひとまず本稿のまとめとして─
以上,川西オンブズの取組みと SSW とをていねいに比較検討するなかで,予定の紙幅の大
半が尽きた。今回の検討はここで終了し,「まとめ」として,いくつかの今後の課題を指摘し
ておきたい。
まず,川西オンブズのような子どもの人権救済・擁護活動と SSW の間には,次のような類
似点がある。また,部分的には,スクールカウンセラーの取組みとも,両者は類似点を有して
いると思われる。
①学校における子どもの人権擁護・救済,特に学校において不利益を被った状態にある子
どもの状態の改善を目指すという,活動の目的の部分。
②相談活動や調整活動を中心としたケースワークの技法や重視すべき視点,あるいは,グ
ループワークやコミュニティワークといった活動領域の重なりや手法。
③学校現場とのかかわりにおいて,対応すべきと考える子どもの諸課題(たとえば「いじ
め」「不登校」や「虐待」の疑いのあるケースなど)。
④制度あるいは活動定着に向けての子どもを含む市民・関係機関への広報・啓発活動の重
要性。
−138−教育制度論的観点からの学校ソーシャルワーク(SSW)研究の必要性─子どもの人権救済・擁護活動との比較検討をふまえて─
一方,川西オンブズの取組みをふまえて SSW の今後の検討課題を整理すると,筆者の見解
としては,やはり「教育制度・政策論的な観点からの SSW 論づくり」や,「子どもの人権関連
諸法令と SSW 実践との対応関係の検討」がまだ不十分ではないか,ということが指摘できる。
具体的には,次のような課題についての検討が不十分だと考える。
① SSW 事業の趣旨・目的や SSWr の担当すべき仕事などのあいまいさ。例えば子どもの
人権救済・擁護活動や,スクールカウンセラーの仕事と SSWr の取組みに類似点があ
るとするならば,その担い手の任用資格等において混乱が生じるのも無理はない。また,
川西オンブズのスタッフの場合,市の条例上に定められた諸規定が職務遂行の根拠に
なるが,SSWr がどのような任務を有し,どのような権限を持って関係機関との調整等
に従事するのか。この点も,SSW に関する法令上の根拠や,SSW 事業の趣旨等との関
係があいまいであれば,はっきりしないであろう。そして,既存の教育制度・政策や
関係法令上,SSW そのものや SSWr はどう位置づくのか。この点を明確にするためにも,
教育制度・政策論的な観点から,SSW と類似の事業とを比較検討していく必要がある
と思われる。
② SSW 事業が日本政府及び地方教育委員会レベルでの教育改革構想と,どのような関係
にあるのか。例えば,各地の教育委員会が地元の子どもの教育課題の何を,どのよう
に解決しようと意図してこの SSW 事業を導入するのか。また,SSW 事業の実施にあたっ
て,既存の教育委員会の諸事業と SSW の関係をどのようにはかるのか。この点の検討
が今後,各地での SSW 事業展開にあたって重要になると思われる。
そして,「種々な要因によって,児童生徒が教育を受ける権利や機会が社会的不公正な状態
におかれている場合,そのような状況を速やかに改善していくこと」を目指す SSW 論が,本
当に子どもの「人権と社会正義」の実現に向けてその理論・手法の充実をはかるのであれば,
川西オンブズの取組みを含め,日本国内でこれまで「子どもの人権救済・擁護」の観点から学
校の問題に取り組んできた人びととの連携,交流は,必要不可欠な作業である。特に,国連子
どもの権利委員会の総括所見・第2回(2004年)では,日本政府に対して,後述のような勧告
が行なわれている。あらためて言うまでもなく,SSWr もまた,こうした国連子どもの権利員
会の総括所見(勧告)にもとづき,子どもの権利条約の諸原則や子どもの人権に関する諸課題
についての体系的な教育・研修を行う必要がある。そして,SSWr が子どもの人権に関して体
系的な教育・研修を行う各場面においては,子どもの人権救済活動の側でさまざまな取り組み
を行ってきた筆者などとの連携が必要とされるであろう。
京都精華大学紀要 第三十五号
−139−
子どもとともにおよび子どものために働いているすべての者,とくに教職員,裁判官,
弁護士,議員,法執行官,公務員,自治体職員,子どもを対象とした施設および拘禁所で
働く職員,心理学者を含む保健従事者,ならびにソーシャルワーカーを対象として,条約
の原則および規定に関する体系的な教育および研修をひきつづき実施すること43。
〈追記〉
本稿執筆にあたって,2008年8月21日,中野澄氏(大阪府教育委員会児童生徒支援課)から,
教育行政側の SSW 事業担当者としての経験談を伺うとともに,貴重な資料を得ることがで
きた。
また,2008年9月3日,喜多明人氏(早稲田大学教授)を中心とする研究グループのみなさ
んとは,SSW 事業のあり方や SSWr の資格等について,主に教育制度・政策面について議論
を行う機会を持った。
そして,最近の子どもの人権論や,「教育と福祉の連携」をテーマにした古い文献を読んで
きた(社)子ども情報研究センター子ども人権部会・子育ち連携部会のメンバーや,今年度
SSW 論を扱った本学大学院人文学研究科の2008年度講義科目「人文学研究Ⅶ(社会)
」の受講
生との議論が,今の SSW 論のあり方を考える上で大変,参考になった。
本稿執筆にあたってのみなさんのこの間のご協力等に,あらためて感謝したい。また,十分
にその成果を論文に反映できなかった点については,今後,稿を改めて,なんらかの形で活か
していくこととしたい。
注
1
岡本泰弘「『スクールソーシャルワーカー活用事業』について」『月刊生徒指導』2008年6月号,学事出
版,p.6。なお,引用文中で岡本がいう SSW は,スクールソーシャルワーカーのことを指す。本稿で筆
者が使う SSW とは異なる使用法なので注意すること。
2
例えば,全米ソーシャルワーカー協会編(山下英三郎編訳)『スクールソーシャルワークとは何か』
(現
代書館,1998年),門田光司『学校ソーシャルワーク入門』(中央法規,2002年)
,日本スクールソーシャ
ルワーク協会編(山下英三郎著)
『スクールソーシャルワーク』
(学苑社,2003年),日本スクールソーシャ
ルワーク協会編(山下英三郎・内田宏明・半羽利美佳編著)
『スクールソーシャルワーク論 歴史・理論・
実践』(学苑社,2008年)などがある。
3
例えば,大阪府教育委員会の SSW 事業を紹介した文献としては,山野則子・峯本耕治編著『スクールソー
シャルワークの可能性』
(ミネルヴァ書房,
2007年)がある。また,中野澄「大阪府でのスクールソーシャ
−140−教育制度論的観点からの学校ソーシャルワーク(SSW)研究の必要性─子どもの人権救済・擁護活動との比較検討をふまえて─
ルワークの取り組み」(『月刊生徒指導』2008年6月号)も参照。
4
門田光司『学校ソーシャルワーク入門』中央法規,2002年,p.22
5
同上,p.17
6
以下の①∼③については,同上,p.18∼19を参照。
7
たとえば,下記の文献がある。当然であるが,著者はすべて筆者(住友剛)である。
子どもの人権オンブズパーソンです』解放出版社,2001年
「専門員の仕事の『舞台裏』」(喜多明人・吉田恒雄・荒牧重人・黒岩哲彦編『子どもオンブズパーソン』
日本評論社,2001年)
「兵庫県川西市・子どもの人権オンブズパーソン制度について─子どもの人権救済・擁護活動に取り組
む自治体─」『社会福祉研究』第82号,(財)鉄道弘済会,2001年
「学校・教育行政の苦情対応のあり方をめぐって─『子どもの人権救済』の現場から見えてきたこと─」
『京都精華大学紀要』第23号,2002年。
「川西市子どもの人権オンブズパーソン制度の実際─『調査相談専門員』としての経験から─」『季刊
教育法』第147号,エイデル研究所,2005年。
8
たとえば門田,前掲書「Ⅲ 学校ソーシャルワーク実践の方法」には,
「2 アドボカシー活動」とい
う節が設けられている。また,前掲『スクールソーシャルワーク論─歴史・理論・実践─』第6章は,
「子
どもの権利擁護実践者としてのスクールソーシャルワーカーとしての役割」である。
9
たとえば児童福祉学の領域でも,高橋重宏編著『子どもの権利擁護』
(中央法規,2000年)などのように,
子どもの権利擁護のあり方を論じた先行研究がある。
10
大阪府教育委員会児童生徒支援課「スクールソーシャルワーカー等活用事業実施要領」
(2008年4月1
日実施)。なお,本資料は,後掲注27の資料とあわせて,中野澄氏(大阪市教育委員会児童生徒支援課)
より提供を受けたものである。
11
上記の諸課題については,門田,前掲書及び前掲『スクールソーシャルワーク論 歴史・理論・実践』
などを参照。
12
この領域での研究成果などは数多くあり,代表例を示すのが難しいが,それでも一例を挙げると,た
とえば日本教育法学会編『子ども・学校と教育法(講座現代教育法2)
』(三省堂,2001年)は,「学級
崩壊」「不登校」「スポーツ・部活動」
「学校事故」「外国籍・無国籍の子ども」
「特別なニーズをもつ子
ども」などの課題を取り上げている。
13
この点に関しては,黒岩哲彦「弁護士会:子どもの人権の現実化を求めて」前出『子どもオンブズパー
ソン』p.184∼192を参照。
14
日本弁護士連合会(編著)『子どもの権利ガイドブック』明石書店,2006年,p.24∼27を参照。
15
同上,p.48∼57を参照。
京都精華大学紀要 第三十五号
−141−
16
以上については荒牧重人「子ども支援の相談・救済」荒牧重人・吉永省三・吉田恒雄・半田勝久編『子
ども支援の相談・救済』(日本評論社,2008年)p. ⅰ∼ⅵを参照。
17
たとえば管見の限りでは,岩崎久志『教育臨床への学校ソーシャルワーク導入に関する研究』(風間書
房,2001年)や,前掲『スクールソーシャルワーク論』が,子どもの人権救済活動に触れている SSW
論の代表的なものである。
18
川西オンブズ制度の概要などについては,前掲の拙稿のほか,たとえば吉永省三『子どものエンパワ
メントと子どもオンブズパーソン』
(明石書店,2003年)
,川西市子どもの人権オンブズパーソン事務
局編『ハンドブック子どもの人権オンブズパーソン』(明石書店,2001年)で知ることができる。
19
川西市の子どもの人権オンブズパーソン条例の制定過程などについては,吉永,前掲書で詳細に論じ
られている。
20
「子どもの人権と教育」検討委員会(川西市教委)『子どもの人権と教育についての提言』1995年10月,
p.5
21
このときの「子どもの実感調査」の結果については,前出『子どもの人権と教育についての提言』p.44
∼56を参照。
22
上記の提言の具体的な内容については,前出『子どもの人権と教育についての提言』を参照。
23
前出『子どもの人権と教育についての提言』p.4の図を参照。
24
例えば門田,前掲書でも,アセスメントや評価,グループワーク,アドボカシーといった,学校現場
での SSW の実践論が中心である。また,前掲『スクールソーシャルワーク論 歴史・理論・実践』も,
教育制度・政策的次元の課題を取り扱うというよりも,学校現場での他職種と SSWr との連携など,
現場での実践的な課題を主に扱っている。
25
以上の「社会福祉士倫理綱領」については,喜多明人・堀井雅道・大河内彩子・塚田早弥香『学校に
おける相談・救済制度に関する調査研究資料集─スクールソーシャルワーク(SSW)及び児童虐待対
応教員に関する制度の自治体・学校調査資料─』(2008年2月,早稲田大学大学院。文部科学省科学研
究費萌芽研究「いじめ,虐待など子どもの権利侵害に関する校内救済システムの研究」),p.71∼74に
掲載のものを参照した。
26
吉永,前掲書,p.181∼182。
27
大阪府教育委員会児童生徒支援課「平成20年度『スクールソーシャルワーカー等活用事業』
スクール
ソーシャルワーカー等派遣要項」(2008年4月1日実施)を参照。
28
前出『学校における相談・救済制度に関する調査研究資料集─スクールソーシャルワーク(SSW)及
び児童虐待対応教員に関する制度の自治体・学校調査資料─』p.48
29
この点については,前掲の岡本泰弘論文,p.8を参照。
−142−教育制度論的観点からの学校ソーシャルワーク(SSW)研究の必要性─子どもの人権救済・擁護活動との比較検討をふまえて─
30
野田正人「SCr と SSWr の違いと協働の可能性」『月刊生徒指導』2008年6月号,学事出版,p.12。なお,
ここでいう SCr とは,スクールカウンセラーのことである。
31
この言葉は,大阪府教育委員会児童生徒支援課「スクールソーシャルワーカー等活用事業実施要領」
にも出てくる。
32
ただし,第1年次に相当する1999年(4∼12月)の報告のみ,『子どもオンブズ・レポート』という名
称を使用せず,
『川西市子どもの人権オンブズパーソン条例 その第1年次運営に関する報告』という
名称となっている。
33
『子どもオンブズ・レポート2002』2003年3月,p.6
34
『子どもオンブズ・レポート2007』2008年3月,p.18∼19。
35
前掲『子どもオンブズ・レポート2002』,p.17を参照。
36
この点については,門田,前掲書,p.109∼112の「ケース・アドボカシーと傾聴技法,交渉技法」な
どを参照。
37
前掲『ハンドブック子どもの人権オンブズパーソン』p.272∼273を参照。
38
『子どもオンブズ・レポート2007』p.20。
39
同上,p.20。
40
この事故の被害者遺族側からの記録であるが,川西オンブズの具体的な対応の様子がよくわかる文献
として,宮脇勝哉・啓子『先生はぼくらを守らない 川西市立中学校熱中症死亡事故』(エピック,
2004年)をあげておく。
41
前掲『子どもオンブズ・レポート2002』2003年3月,p.18∼28を参照。
42
前掲『子どもオンブズ・レポート2007』p.39。
43
「子どもの権利委員会の総括所見:日本(第2回)」(2004年1月30日)
『解説教育六法 2008年版』三
省堂,p.125。なお,国連子どもの権利委員会は,第1回の総括所見(1998年6月5日)の時点で,す
でに日本政府に対して,教師,学校管理者,ソーシャルワーカーなどを含む「あらゆる専門家グループ」
を対象として,子どもの権利に関する体系的な研修及び再研修のプログラムを組織するよう勧告して
いる。
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