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論文 - 政策研究大学院大学

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論文 - 政策研究大学院大学
意匠の斬新さを保つ
秘密意匠制度の効果について
政策研究大学院大学
MJI12506
知財プログラム
村 上
卓
<要旨>
意匠法には、意匠(デザイン)の斬新さを保つために、製品発売時まで意匠掲載公報を発
行せずに、意匠を隠しておける秘密意匠制度が制定されている。本稿では、意匠が販売を
大きく左右している製品である乗用自動車に注目し、秘密意匠制度の利用の有無等で販売
台数の推移についての計量分析を行った。その結果、意匠を秘密にして斬新さを保つこと
は需要・売上に大きく寄与し、販売台数の初動の伸びにも大きく影響することが実証された。
また、意匠掲載公報の発行が発売時より前である場合、売上が減少することも示された。
1
目
次
1.はじめに ...........................................................................................................................3
1.1.問題意識 ......................................................................................................................3
1.2.先行研究 ......................................................................................................................3
1.3.論文の構成 ..................................................................................................................3
2.秘密意匠制度の概要 .........................................................................................................4
2.1.秘密意匠制度の説明 ....................................................................................................4
2.2.秘密意匠制度の利用状況 ............................................................................................5
3.分析の方法 .......................................................................................................................6
3.1.使用したデータ ...........................................................................................................6
3.2.検証する仮説 ...............................................................................................................7
3.3.推計式 ..........................................................................................................................7
4.実証分析 ...........................................................................................................................8
4.1.推計結果1 ..................................................................................................................8
4.2.検証 1(仮説①、仮説②について) .........................................................................10
4.3.推計結果2 ................................................................................................................ 11
4.4.検証 2(仮説③について)........................................................................................13
5.秘密意匠制度についての考察 ........................................................................................14
5.1.事業が日本の国内展開の場合-秘密意匠制度に有用性 ...........................................14
5.2.国際事業展開をしている場合-各国公報の時間差と立証負担の相違 .....................16
6.政策提言 .........................................................................................................................20
2
1.はじめに
1.1.問題意識
iPhone 等の家電や、モデルチェンジする新車など、外観である意匠(デザイン)は消費
者が製品を購入する際に、製品の性能と同様に大きな要素となっている。意匠登録によっ
て、創作性豊かな意匠の模倣品を安易に創らせないように、意匠を保護する意匠権は重要
な権利である。コモディティ化していると称される製品分野では、性能より意匠が需要・
売上に寄与している場合まである程であり、近年、意匠並びにそれを保護する意匠権の重
要性は一層増してきている。
現在、優れた意匠を持つ企業の新製品は、発売* 1直前の製品発表会まで、意匠を徹底的に
隠して、顧客に期待を抱かせて発売する手法が用いられている。意匠は流行性に富む外観
であるため、創作性のほか、
「斬新さ」も重要な要素であるからだ。時間経過とともに斬新
さ・新鮮さが失われると、その意匠は見慣れたありふれたものになってしまい、購買欲に
結びつかなくなっていくと推察される。
この意匠の斬新さを保つため、意匠法には、秘密意匠制度が設けられている。意匠権は物
権的な独占権であり、登録公報による公開・公示が原則となっている。これに対し、秘密
意匠制度は売れ行きの上がる製品発売時と製品の公開時期である登録公報発行時とがずれ
ることがあるために、登録から 3 年以内の指定した期間、斬新さを失わないよう公報掲載
せず秘密にして隠しておける特則の制度である。
しかし一方で、出願人は同制度を利用すると、公報に意匠が掲載されないことを理由に、
類似する意匠の他人の実施に対して、差止請求、及び、過失の推定の規定(40 条)を用いた損
害賠償請求ができなくなるデメリットがある。他人に不測の不利益を与えないためである。
そこで本稿では、デザインの斬新さを保つことは果たして本当に需要に結びついている
のか、また、現在の秘密意匠制度はデメリット等を考えた際に十分に機能しているのかに
ついて、計量分析を通じて考察を加え、提言を行うこととしたい。
1.2.先行研究
知的財産権では、山田(2009)* 2が特許について、特許性向や専有可能性の研究を通じて経
済的な価値の分析を試みているが、意匠についての経済的な機能の計量分析の先行研究は
行われていない。
1.3.論文の構成
本稿の構成は次の通りである。まず、第 2 章で、秘密意匠制度の概要を俯瞰する。第 3
章では、分析の方法と仮説を提示し、第 4 章では実証分析の結果を検証する。第 5 章では、
秘密意匠制度の利用の有無での立証負担の相違を中心に、日本国内の事業と国際事業展開
*1 本稿は、時系列的要素の場合「発売」の語を、経済的要素の場合「販売」の語を用い、以後使い分ける。
*2 山田節夫(2009)「特許性向と特許生産関数」(山田節夫著『特許の実証経済分析』収載)
3
での制度利用の実益を考察し、第 6 章で政策提言を行う。
2.秘密意匠制度の概要
2.1.秘密意匠制度の説明
(秘密意匠)
第 14 条 意匠登録出願人は、意匠権の設定の登録の日から3年以内の期間を指定し
て、その期間その意匠を秘密にすることを請求することができる。
2
前項の規定による請求をしようとする者は、次に掲げる事項を記載した書面を
意匠登録出願と同時に、又は第 42 条第1項の規定による第1年分の登録料の納付と
同時に特許庁長官に提出しなければならない。
1.意匠登録出願人の氏名又は名称及び住所又は居所
2.秘密にすることを請求する期間
3
意匠登録出願人又は意匠権者は、第1項の規定により秘密にすることを請求し
た期間を延長し又は短縮することを請求することができる。
(4 項省略)
秘密意匠制度は、意匠法 14 条に規定された制度であり、意匠登録から 3 年以内の指定し
た期間、意匠の斬新さを失わせないように、意匠掲載公報を発行せず秘密にして隠しておけ
る制度である。意匠掲載公報は秘密指定期間経過後に遅滞なく発行される(20 条 4 項)。意
匠権の存続期間は通常の意匠と同様、登録から 20 年である。意匠法は特許法と異なり、技術
の累積進歩の側面が小さく、意匠の早期公開が不要であることに基づいて制定されている。
出願人の利益としては、即実施しなくとも先願としての出願を確保できるほか、公報発
図1 秘密意匠出願の概要と通常の意匠との相違
4
行されないことで、模倣対策と斬新さの維持ができる。
一方、不利益として、秘密意匠制度を利用すると、意匠掲載公報が発行されていないた
め、侵害訴訟の際に、過失の推定規定(40 条)を用いることができず、自分で侵害者の故
意・過失を立証する負担が生じるので、偶然に類似の意匠を販売されたときは、故意・過
失を立証できない可能性が高く、敗訴の可能性が高くなる。通常の意匠権で意匠掲載公報
が発行されていた場合は、偶然に類似する意匠が創作され販売されたとしても、公報発行
により過失が推定されるので、損害賠償請求できる可能性は高い。
図 1 に示した様に、侵害時は、特許庁長官の証明書面を提示して、警告した後は差止が
可能となり、以降は過失の推定がされる。それ以前の侵害行為に対しては過失の推定がさ
れない。なお、侵害を警告された者は秘密開示請求(14 条 4 項)し、その後の対処を行う
ことになる。
また、秘密意匠制度を利用していて、侵害者が故意の場合とは、企業内で営業秘密が漏
洩していた場合等であり、この場合、不正競争防止法 2 条 1 項 4 号から 9 号で、侵害を問
うこととなる。
(この点については 5 章 5.1 で後述する。
)
なお、設定登録時には、意匠の掲載されない書誌的公報が発行され(66 条 3 項)
、出願人
の氏名等が公表される。
2.2 秘密意匠制度の利用状況
1998 年 1 月から 2011 年に出願の秘密意匠制度の利用状況を、製品名(物品の名称欄か
ら筆者分類)によって集計すると下記表の通りとなった。
表1.秘密意匠制度の利用されている製品
1998 年 1 月~2011 年 12 月に出願の 1 万 948 件を対象
順位
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
秘密意匠制度を
利用した
意匠登録数
証券用紙
1152
自動車部品
759
パチンコ
630
包装用容器・箱・瓶
466
231
携帯電話・携帯端末
乗用自動車
229
138
発光ダイオード
プリンタ
126
芳香剤
112
オートバイ
110
エアコン
110
ゲーム機
101
洗濯機
93
電磁加熱調理器
91
製 品
順位
15
16
17
18
19
19
21
22
23
24
25
26
27
秘密意匠制度を
利用した
意匠登録数
歯間清浄具
85
スロットマシン
81
冷蔵庫 76
いす
75
コンロ付き流し台
72
脱臭剤
72
69
デジカメ
68
金属板材
61
テレビ
テーブル
59
57
スクーター
便器
55
ガスコンロ
50
(登録数には部分意匠を含む)
製 品
※物品の名称をもとに筆者作成。利用されやすい製品名を把握することを主目的としている
表であり、自動車部品などの異なる物品名でも類似の物品であるものは一部まとめた。
5
上記表 1 から分かることは、携帯電話・携帯端末や乗用自動車、オートバイ、システム
キッチン関連製品(電磁加熱調理器、冷蔵庫、コンロ付き流し台等)など、消費者が意匠
の斬新さを重視して購入する製品に、秘密意匠制度が多く利用されていることがわかる。
また、パチンコやスロットマシンなどの意匠が重視される物品にも多く利用されていた。
なお、1 位の証券用紙は行政庁の証券用紙の文様の部分意匠であり、一般的な製品とは性格
を異にするものである。
そこで、本稿では、モデルチェンジ等で需要・売上に意匠の斬新さが大きく求められる
製品である「乗用自動車」に注目し、考察・研究を行うこととした。
3.分析の方法
3.1.使用したデータ
本研究の分析には、特許庁が公開している「意匠登録公報」の各記載情報と、社団法人
日本自動車販売協会連合会の「新車登録台数年報」の「車名別販売台数(月間)」を用いた。
これにより、2001 年から 2011 年にモデルチェンジ(マイナーチェンジを含む)が行われた
特定企業の 53 車種モデル(うち秘密意匠 23 モデル)の意匠について、分析を行った。製品
発表日、発売日はメーカー発表(HP 等)を参照した。以下表 2 に基本統計量を示す。
表2 基本統計量
販売台数(意匠全体)
販売台数(秘密意匠)
最小
値
変数・
販売経
過月次
モデ
ル数
30142
129
1
8614.008
35778
118
9225.66
8778.292
33439
53
7558.208
7362.411
5
53
7349.208
6
53
7
変数・
販売経
過月次
モデ
ル数
1
平 均
標準偏差
最大
値
53
7494.057
7235.374
2
53
9015
3
53
4
最小
値
平 均
標準偏差
最大
値
23
9367.913
7575.128
25978
387
2
23
12285.35
10424.36
35778
1753
169
3
23
11163.65
8663.098
33164
1734
37641
118
4
23
10062.57
8747.363
37641
1621
7885.56
33242
85
5
23
9512.87
8122.772
33242
1531
7358.623
7816.951
42621
117
6
23
10042.91
9515.564
42621
1325
53
6515.264
6932.47
32686
127
7
23
8256
7560.206
32686
1105
8
53
6361.585
6827.093
29871
102
8
23
8728.043
8487.771
29871
1106
9
53
6409.189
7016.119
32945
110
9
23
7541.391
7406.36
32945
886
10
53
5486.679
5824.855
27836
64
10
23
7009.652
6761.355
27836
639
530
7277.347
7495.145
42621
64
230
9397.035
8364.071
42621
387
合計
合計
販売台数(意匠全体)
変数・
年
観測
数
販売台数(秘密意匠)
平 均
標準偏差
最大
値
最小
値
変数・
年
観測
数
平 均
標準偏差
最大
値
最小
値
2001
13
2433.077
1468.158
5690
392
2001
4
2921.25
929.7671
4233
2039
2002
65
9049.554
10489.92
37641
163
2002
40
12661.48
11448.11
37641
963
6
2003
99
9119.061
8616.253
42621
118
2003
68
10270.01
9442.356
42621
872
2004
74
7034.405
5428.597
26266
102
2004
57
7610.246
5586.956
26266
639
2005
27
8115.444
6265.523
22481
490
2005
18
10068.56
5148.007
22481
2673
2006
32
8457.906
7568.342
30142
818
2006
3
5321
4380.459
10360
2421
2007
36
10078.39
8488.185
33439
1143
2007
2
6777
1996.87
8189
5365
2008
37
8724.838
7465.484
31610
129
2008
6
5340.667
1601.36
7992
3604
2009
63
4466.619
5561.498
29325
85
2009
12
11508.92
9139.636
29325
387
2010
68
4290.353
4208.257
19186
64
2010
16
7476.125
5519.218
19186
906
2011
16
4078.625
4105.99
13587
110
2011
4
2627.25
1753.047
4803
652
530
7277.347
7495.145
42621
64
230
9397.035
8364.071
42621
387
合計
合計
※1 販売経過月次は 2 月ごとの単位である。年は出願年ではなく販売年を表す。
※2 観測数は、各年単位での観測した、モデル数×月数(2 カ月単位)を示す。
基本統計量のうち上段は販売経過月次(2 月ごと)での販売台数についての基本統計量で
ある。平均値について意匠全体と秘密意匠で比較すると、秘密意匠の場合、販売台数が多
く、厳密な差までは分からないが、売上の最初の 2 月の初動の伸びが意匠全体に比べ早い
ことが覗える。また下段は、各年の観察数(モデル数×月数)等が示されており、秘密意匠
制度を利用した製品の販売数が 2006 年前後から極端に減っている傾向にあることが分かる。
3.2.検証する仮説
①
秘密意匠制度を利用することで、意匠の斬新さを保つことができ、売上げに寄
与する。
②
公報発行が製品の発売に先行すると、意匠の斬新さが失われ、売上げが減少す
る。
③
斬新な「フルモデルチェンジ」の自動車の方が売上げの初動の伸びが良い。
1.1 に記した問題意識に基づき、前章記載のデータを用いて、秘密意匠制度の利用や意
匠の斬新さが売上(販売台数)に寄与すると考え、上記3点の仮説をたて実証研究を行う。
3.3.推計式
計量分析にあたり、以下の推計式を設定した。自動車のモデルごとにパネルデータの固
定効果分析を行う。
10
10
𝑡=1
𝑡=1
𝑄𝑄𝑄𝑄𝑄𝑄𝑄𝑄𝑡 = 𝛼 + � 𝑚𝑚𝑚𝑚ℎ𝑡 × 𝛽𝑡 + (𝑠𝑠𝑠𝑠𝑠𝑠) × � 𝑚𝑚𝑚𝑚ℎ𝑡 × 𝛾𝑡
12
2011
+ � 𝑑𝑚𝑚𝑚𝑚ℎ 𝑚 × 𝛿𝑚 + � 𝑑𝑦𝑦𝑦𝑦 × 𝜀𝑦
𝑚=1
𝑦
𝑦=2001
7
+𝑢
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・推計式(1)
10
10
𝑡=1
𝑡=1
𝑄𝑄𝑄𝑄𝑄𝑄𝑄𝑄𝑡 = 𝛼 + � 𝑚𝑚𝑚𝑚ℎ𝑡 × 𝛽𝑡 + (𝑘𝑘𝑘𝑘ℎ𝑖) × � 𝑚𝑚𝑚𝑚ℎ𝑡 × 𝛾𝑡
12
2011
+ � 𝑑𝑚𝑚𝑚𝑚ℎ 𝑚 × 𝛿𝑚 + � 𝑑𝑦𝑦𝑦𝑦 × 𝜀𝑦
𝑚=1
𝑦
𝑦=2001
+𝑢
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・推計式(2)
ここで、𝑚𝑚𝑚𝑚ℎ𝑡 はtが 1 から 10 の販売月からの月次(2 月ごと)ダミー変数、𝑠𝑠𝑠𝑠𝑠𝑠 は
秘密意匠であれば1をとるダミー変数、𝑘𝑘𝑘𝑘ℎ𝑖 は公報発行が製品発表に先行していれば1
をとるダミー変数、𝑑_𝑚𝑚𝑚𝑚ℎ𝑡 は季節調整用の 1 月から 12 月までの各月のダミー変数、
𝑑_𝑦𝑦𝑦𝑦𝑡 も同じく季節調整用の
図2
2001 年から 2011 年の各年のダ
推計式の変数の意味
秘密意匠の需要の
↓初動の推移 ミー変数、𝑢 は誤差項である。
𝑠𝑠𝑠𝑠𝑠𝑠 と𝑘𝑘𝑘𝑘ℎ𝑖 の交差項を用
γ2
γ1
いて分析を行う。図 2 で示す様
意匠全体の需要の
↓初動の推移 β2
β1
に、販売月次ダミー変数と交差
項を用いて各変数の差を分析することで、秘密意匠の需要の初動の大きさ、推移を分析す
る。
なお、秘密意匠登録出願か、通常の意匠出願かは、企業が自発的に選んでおり、一見、
内生変数とも思える。しかし、各社知財部の方の話によると 3、他国で秘密意匠制度がない
国があり、実質的に情報が漏れてしまうので、過去には多く秘密意匠制度の利用がされて
いたが、近年、事業の世界展開が進み使われなくなってきているという。その結果、通常
出願で公報発行のペースを経験則から測って各国へ出願するという、自発的に決めるべき
ことが、外生的に制約されている(5 章 5.2 で詳述)ので、上記の推計式を用い分析を行う。
また、前述の説明変数に加え、ここで、フルモデルチェンジであれば1をとるダミー変
数 𝑓𝑓𝑓𝑓 を説明変数に用い、同じく交差項を作り、以下の推計式で分析を行う。
10
10
𝑄𝑄𝑄𝑄𝑄𝑄𝑄𝑄𝑡 = 𝛼 + � 𝑚𝑚𝑚𝑚ℎ𝑡 × 𝛽𝑡 + (𝑠𝑠𝑠𝑠𝑠𝑠) × � 𝑚𝑚𝑚𝑚ℎ𝑡 × 𝛾𝑡
𝑡=1
𝑡=1
10
10
+ (𝑓𝑓𝑓𝑓) � 𝑚𝑚𝑚𝑚ℎ𝑡 × 𝛿𝑡 + (𝑠𝑠𝑠𝑠𝑠𝑠) × (𝑓𝑓𝑓𝑓) � 𝑚𝑚𝑚𝑚ℎ𝑡 × 𝜀𝑡
12
𝑡=1
𝑡=1
2011
+ � 𝑑𝑚𝑚𝑚𝑚ℎ 𝑡 × 𝜁𝑚 + � 𝑑𝑦𝑦𝑦𝑦 × 𝜂𝑦
𝑚=1
+𝑢
𝑦
𝑦=2001
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・推計式(3)
*3 政策研究大学院大学の講義で講師をされた自動車メーカー知財部の方々や弁理士の方々に 2012 年 11
月頃に、企業での利用状況、出願手続、手数料等について、訪問してヒアリング調査を行った。
8
4.実証分析
4.1.推計結果 1
表3 パネル分析(固定効果モデル)の推計結果1 (推計式1・2)
被説明変数販売台数
係数
標準誤差
係数
標準誤差
係数
販売月次 + 1 ダミー
5392.978
***
992.3291
8483.781
販売月次 + 2 ダミー
6423.823
***
980.3827
販売月次 + 3 ダミー
7738.645
***
販売月次 + 4 ダミー
5102.498
販売月次 + 5 ダミー
***
859.4428
5768.157
***
1262.135
8840.676
***
842.1345
8001.566
***
1249.306
973.2053
9711.784
***
837.0222
10394.01
***
1246.381
***
974.7064
7305.328
***
837.6923
5479.445
***
1245.586
5229.084
***
979.1849
7949.81
***
842.4823
6046.123
***
1251.113
販売月次 + 6 ダミー
5237.88
***
986.2048
6747.789
***
883.5738
5008.823
***
1293.562
販売月次 + 7 ダミー
5056.711
***
1005.888
7048.981
***
897.3305
4811.821
***
1305.631
販売月次 + 8 ダミー
5765.176
***
1022.791
6787.506
***
917.0218
5762.919
***
1323.89
販売月次 + 9 ダミー
4993.97
***
1042.209
6670.413
***
944.5824
5285.56
***
1347.154
(公報先行ダミー)×(販売月次+1)
-3603.276
**
1742.009
-949.5418
(公報先行ダミー)×(販売月次+2)
-4832.504
**
1746.355
-3981.641
**
1963.068
(公報先行ダミー)×(販売月次+3)
-5972.406
***
1748.595
-6688.964
***
1967.018
(公報先行ダミー)×(販売月次+4)
-2752.998
1747.239
-978.6973
1963.223
(公報先行ダミー)×(販売月次+5)
-3923.531
1746.584
-2018.886
1964.487
(公報先行ダミー)×(販売月次+6)
-992.5116
1624.106
482.2468
1815.776
(公報先行ダミー)×(販売月次+7)
-1365.388
1638.3
550.2046
1825.763
(公報先行ダミー)×(販売月次+8)
-926.1678
1644.593
0.7113665
1834.341
(公報先行ダミー)×(販売月次+9)
-1874.018
1651.548
-687.3674
1842.511
**
標準誤差
1959.695
(秘密意匠ダミー)×(販売月次+1)
5280.064
***
1482.296
4906.492
(秘密意匠ダミー)×(販売月次+2)
3133.565
**
1479.043
1548.286
1668.411
(秘密意匠ダミー)×(販売月次+3)
1393.878
1476.357
-1249.147
1666.462
(秘密意匠ダミー)×(販売月次+4)
3698.211
**
1477.699
3325.045
**
1666.023
(秘密意匠ダミー)×(販売月次+5)
4303.226
**
1476.909
3483.235
**
1666.76
(秘密意匠ダミー)×(販売月次+6)
2787.756
*
1480.481
3000.574
(秘密意匠ダミー)×(販売月次+7)
3719.907
**
1493.37
3968.581
(秘密意匠ダミー)×(販売月次+8)
1801.036
1492.822
1808.513
1670.823
(秘密意匠ダミー)×(販売月次+9)
2591.595
1490.065
2340.523
1668.224
**
1660.985
**
1 月~12 月ダミー (季節調整用)
YES
YES
YES
年ダミー (季節調整用)
YES
YES
YES
定数項
8791.017
***
2339.173
9078.994
***
2349.687
9023.207
***
R2値
0.3751
0.3707
0.3853
F値
0.0000
0.0000
0.0000
9
1673.404
1670.047
2334.859
観測数
分析方法
530
530
530
固定効果モデル
固定効果モデル
固定効果モデル
(注1)販売経過月次は2月を1単位とした。
(注2)1 月~12 月ダミー、年ダミーの統計結果は省略した。
(注3)***、**、* はそれぞれ1%、5%、10%水準で統計的に有意であることを示す。
固定効果モデルにより計量分析を行っており、ダミー変数を用いているため販売月次等
の各ダミー変数の 1 番目をはずして分析を行っている。いずれの分析も表 3 の示す***、**、
の部分で、それぞれ 1%、5%、10%水準で統計的に有意である。係数の符号は仮説①、②
*
で予想した方向と同方向になった。販売月次ダミー変数の交差項による各係数は、販売台
数(2 月ごと)の動きを示しており、前章で説明したとおり推計式は、交差項の係数(販売
台数)は、意匠全体の販売台数からの差や他の交差項からの差を示している。なお、販売
台数が多い年や少ない年がある場合や、1 月から 12 月で販売台数が異なるといった季節の
影響は 1~12 月ダミー変数と年ダミー変数を用い、影響を取り除き分析した。
4.2.検証1(仮説①、仮説②について)
図3 秘密意匠の売上と意匠全体の売上の推移の比較
12000
販売台数
10000
γ1
8000
γ2
秘密意匠
の売上の
推移
6000
4000
β1
2000
β2
意匠全体
の売上の
推移
0
0
2
4
6
8
10
12
販売からの時間(月)
14
16
18
前章の分析結果を基に係数から作成したのが図 3 のグラフである。
まず、仮説①の「秘密意匠制度を利用することで、意匠の斬新さを保つことができ、売
上げに寄与する」かについて検証する。図 3 に示される様に、秘密意匠制度を用いた方が
売上に大きく寄与している。1販売月次(2 カ月間)での売上は意匠出願全体の売上の約 1.97
倍である。販売台数は、意匠全体では販売月から 2 月ごとに 5392 台、6423 台、7738 台、
5102 台と計量結果の係数の通り推移し、秘密意匠の販売では更に上積み分として、5280
台、3133 台、1398 台、3698 台と台数を重ねていき、その総計は図3に示す実線である。
そして、売上の推移は秘密意匠制度を用いた方が、売上の伸びの初動が早く穏やかに減少
に推移していく。意匠出願全体では初動は鈍く、6 月目を目処に徐々に売上を伸ばしていく
ことが示された。なお、秘密意匠との差は 4 月後 1.48 倍、6 月後 1.18 倍と縮んでいくが、
10
その後、売上自体が減少に転じていくことがわかる。推計結果に示す様に、販売経過月次
で 6 月(計 12 カ月)分について 10%水準で有意であり、うち 5 月で 5%水準で有意である。
また、図 4 は、仮説②の「公報発行が製品の発売に先行すると、意匠の斬新さが失われ、
売上げが減少する」についてであるが、公報発行が発売に先行する意匠の製品は、意匠出
願全体に比して、売上が販売台数比で 57.6%程度に減少していることを示している。また、
意匠に斬新さがないため売上の初動が鈍く、6 月の時間経過によっても売上が伸びていかな
いことも、推計結果で 5%以下の水準で有意に出ており覗える。意匠全体では、初動が鈍く
ても 6 月後へ向けて売上を伸ばしていくのと対称的である。具体的に販売台数を比較する
と、公報先行の意匠の売上は 4 月後で 45.3%、6 月後で 38.5%であり、公報発行を先行し
てしまうことは、非常に望ましくないといえる。
図4 公報先行発行の意匠と意匠全体での売上の推移の比較
12000
販売台数
10000
8000
公報先行
の意匠の
公報先
売上の推
行の意
移
匠
γ1 γ2
6000
4000
β1 β2
2000
意匠全体
意匠全
の売上の
体
推移
0
0
2
4
6
8
10
12
発売からの時間(月)
14
16
18
4.3.推計結果 2
表4 パネル分析(固定効果モデル)の集計結果2 (推計式 3)
被説明変数・販売台数
係数
販売月次 + 1 ダミー
4763.634
販売月次 + 2 ダミー
5442.736
販売月次 + 3 ダミー
5172.607
販売月次 + 4 ダミー
7799.274
販売月次 + 5 ダミー
標準誤差
係数
標準誤差
2670.474
3813.209
*
1892.46
2678.846
4015.589
*
1885.886
2674.014
3764.901
*
1881.226
***
2674.956
5231.812
**
1882.172
5659.531
**
2676.157
4636.249
*
1882.941
販売月次 + 6 ダミー
7878.234
***
2388.187
4945.502
**
1892.601
販売月次 + 7 ダミー
8583.208
***
2412.951
5470.241
***
1908.07
販売月次 + 8 ダミー
6618.006
**
2439.881
4916.607
*
販売月次 + 9 ダミー
6262.899
***
2440.291
4249.696
(販売先行ダミー)×(販売月次+1)
2157.131
3075.477
(販売先行ダミー)×(販売月次+2)
731.1456
3085.431
11
**
1922.405
1925.083
(販売先行ダミー)×(販売月次+3)
1639.138
3083.764
(販売先行ダミー)×(販売月次+4)
-1322.282
3089.278
(販売先行ダミー)×(販売月次+5)
2201.183
3089.873
(販売先行ダミー)×(販売月次+6)
-1875.199
2873.124
(販売先行ダミー)×(販売月次+7)
-2312.399
2889.428
(販売先行ダミー)×(販売月次+8)
-599.6841
2912.151
(販売先行ダミー)×(販売月次+9)
-614.2208
2914.736
(フルモデル)×(販売月次+1)
199.9029
3250.518
2156.695
2195.226
(フルモデル)×(販売月次+2)
-2030.506
3255.902
3306.737
2191.696
(フルモデル)×(販売月次+3)
-2038.509
3255.991
5424.54
(フルモデル)×(販売月次+4)
-4785.208
3255.767
-160.6238
2195.859
(フルモデル)×(販売月次+5)
-2432.362
3256.473
816.6196
2193.714
(フルモデル)×(販売月次+6)
-3210.434
2908.208
383.8176
2199.321
(フルモデル)×(販売月次+7)
-4291.097
2924.56
-575.9058
2208.859
(フルモデル)×(販売月次+8)
-1018.364
2949.256
1173.965
2216.571
(フルモデル)×(販売月次+9)
-2100.346
2950.746
1011.336
2218.478
(フルモデル)×(販売先行)×(販売月次+1)
2006.195
3731.138
(フルモデル)×(販売先行)×(販売月次+2)
5796.715
3732.139
(フルモデル)×(販売先行)×(販売月次+3)
6145.106
3730.949
(フルモデル)×(販売先行)×(販売月次+4)
5982.27
3733.078
(フルモデル)×(販売先行)×(販売月次+5)
2566.11
3734.466
(フルモデル)×(販売先行)×(販売月次+6)
4252.966
3469.915
(フルモデル)×(販売先行)×(販売月次+7)
5349.607
3482.046
(フルモデル)×(販売先行)×(販売月次+8)
2074.04
3505.822
(フルモデル)×(販売先行)×(販売月次+9)
3516.611
3504.17
(秘密意匠ダミー)×(販売月次+1)
5176.712
2678.854
(秘密意匠ダミー)×(販売月次+2)
3984.861
2672.999
(秘密意匠ダミー)×(販売月次+3)
5181.427
2670.235
(秘密意匠ダミー)×(販売月次+4)
3211.94
2672.374
(秘密意匠ダミー)×(販売月次+5)
5451.882
(秘密意匠ダミー)×(販売月次+6)
3239.516
2673.236
(秘密意匠ダミー)×(販売月次+7)
3026.353
2683.315
(秘密意匠ダミー)×(販売月次+8)
2578.516
2685.366
(秘密意匠ダミー)×(販売月次+9)
3056.909
2683.674
(フルモデル)×(秘密意匠)×(販売月次+1)
397.9753
3211.182
(フルモデル)×(秘密意匠)×(販売月次+2)
-953.2471
3203.635
12
*
*
2192.909
2671.354
(フルモデル)×(秘密意匠)×(販売月次+3)
-5120.525
3201.367
(フルモデル)×(秘密意匠)×(販売月次+4)
732.763
3203.11
(フルモデル)×(秘密意匠)×(販売月次+5)
-1677.194
3204.817
(フルモデル)×(秘密意匠)×(販売月次+6)
-595.3446
3205.481
(フルモデル)×(秘密意匠)×(販売月次+7)
1000.885
3210.002
(フルモデル)×(秘密意匠)×(販売月次+8)
-1073.853
3220.099
(フルモデル)×(秘密意匠)×(販売月次+9)
-538.2209
3219.71
1 月~12 月ダミー (季節調整用)
YES
YES
年ダミー (季節調整用)
YES
YES
定数項
8970.882
***
2362.114
8826.962
***
2356.892
R2値
0.3809
0.3825
F値
0.0000
0.0000
530
530
固定効果モデル
固定効果モデル
観測数
分析方法
(注1)販売経過月次は2月を1単位とした。
(注2)1 月~12 月ダミー、年ダミーの統計結果は省略した。
(注3)***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%水準で統計的に有意であることを示す。
推計結果 1(4.2)と同様に、各ダミー変数を用い、交差項による販売台数の差の分析を
行っている。いずれの分析も表 4 の示す***、**、*の部分で、それぞれ 1%、5%、10%水準
で統計的に有意である。
4.4.検証 2(仮説③について)
検証 1 と同様に図 5 を作成した。前章の表で統計上有意に出ていない部分が多く、ここ
ではグラフを作成し符号の向きを中心に分析することとする。
図5 フルモデルチェンジや秘密意匠等による売上の推移の比較
16000
14000
秘密意匠且
つフルモデ
ルチェンジ
販売台数
12000
10000
フルモデル
チェンジ
8000
6000
秘密意匠全
体
4000
2000
意匠全体
0
0
2
4
6
8
10
12
発売からの時間(月)
13
14
16
18
フルモデルチェンジの意匠の方が売上に影響し、初動も大きい。ただし、フルモデルチ
ェンジの意匠出願全体(通常の意匠出願と秘密意匠出願の両方)と比して、フルモデルチ
ェンジ且つ秘密意匠の出願の方が、販売台数の差がマイナスとなっていることがわかる。
各社の知財部の方に話を伺うと、最近の自動車販売が事業の世界展開の兼ね合いから、
秘密意匠制度を国内で使っても、海外で同様の制度がなく公報発行されてしまい、意匠が
公知になってしまう状況になっていることがわかった。自動車ではニューヨークモーター
ショーやパリサロンといった製品発表とともに、またそのほかの製品でもアップルの iPad
等斬新なデザインの製品ほど、世界でその新しいデザインが発表された、当日中にマスコ
ミにより国内にウェブ配信されてしまうので、1 国のみ秘密にしておき隠しておく実益に乏
しい状況が生じているという。そのため、事業が世界展開をしている製品は、各国の審査
期間から逆算して意匠登録出願を行っており、日本の場合、他国との審査期間の兼ね合い
で秘密意匠を用いずに、製品発売が先で公報発行が後になる様に通常の出願を行うことが
多くなっていると伺った。このことが理由で、製品発売が先で公報発行が後になる通常の
意匠出願が増えていることが、この図 5 の秘密意匠且つフルモデルチェンジの意匠と、フ
ルモデルチェンジ全体との比較で、前者がマイナスとなる結果につながっている推察した。
製品発売が先で、公報発行が後であれば、意匠の斬新さは保たれているからだ。
そこで、実証分析として公報発行の前後を考慮してフルモデルチェンジで公報発行前に
発売された意匠について、
公報先行のダミー変数を用い、その差を分析したのが図 6 である。
図 6 からは秘密意匠全体とフルモデルチェンジの意匠全体(秘密意匠と通常の意匠の総
計)の販売台数、また、フルモデルチェンジで発売が公報発行に先行する意匠(通常意匠
のほかに秘密意匠を含む)の、販売台数の差がそれぞれわかる。
図6 フルモデルチェンジと公報発行等の影響と売上の推移の比較
14000
12000
フルモデル
チェンジで
公報発行
前に発売
の意匠
フルモデル
チェンジの
意匠全体
販売台数
10000
8000
6000
秘密意匠
全体
4000
2000
意匠全体
0
0
2
4
6
8
10
12
発売からの時間(月)
14
16
18
図示された結果より、仮説③は成立し、フルモデルチェンジの意匠全体、即ち、公報発
行が発売に先行してしまう意匠を含むフルモデルチェンジよりは、秘密意匠の方が売上に
14
寄与しており、さらに、フルモデルチェンジで発売が公報発行に先行する(通常意匠と秘
密意匠の両方を含む)意匠、即ち、意匠の斬新さが保持されている意匠が、売上に最も大
きく寄与し、初動の伸びが大きいことがわかる。
5.秘密意匠制度についての考察
5.1.事業が日本の国内展開である場合-秘密意匠制度に有用性
前章の検証から、意匠の斬新さを保つことは、需要・売上に大きく結びつくことが明ら
かとなった。ここでは乗用自動車から離れ意匠全般について論じる。前章でも述べた様に、
意匠の斬新さを保つためには、①公報発行前に製品化を急ぎ発売する、②秘密意匠制度を
用い発売と公報発行日を同日に揃える-の2つの方法が考えられる。
図7
立証負担の比較
<通常の意匠出願で
発売先行の意匠>
<秘密意匠>
ここで、この 2 つの方法の利益と不利益を比較すると、①の方法では、発売後公報発行
までの間、不正競争防止法 2 条1項 3 号の商品形態模倣行為として、侵害品を抑えること
となる。要件は、(1)実質同一たる類似の意匠であること、(2)盗用したという依拠性の立証、
(3)販売から 3 年を限度に-侵害を問うことが可能である。
一方、意匠公報発行後の意匠法では、意匠登録による独占権である意匠権を根拠に登録
(秘密意匠は意匠掲載公報発行)から 20 年間、類似の意匠の侵害を問える。この際、依拠
性・盗用の立証は不要で、意匠掲載公報を根拠に侵害者に過失の推定がなされる(40 条)。
よって、意匠法による保護が可能であれば、意匠法による保護をすることで立証負担が
軽く、厚い保護となり望ましい。
また、発売までの間は、①と②どちらの方法を用いても、不正競争防止法 2 条 1 項 4 号
15
~9 号の営業秘密漏洩で侵害を抑えることになる。要件は不正取得(詐取・盗用等)の行為を
行ったか、知った上で営業秘密を使用(類似の意匠を含む)や開示-した場合等である。
ここで、不正競争防止法 2 条 1 項 3 号の商品形態模倣行為と、2 条 1 項 4 号~9 号の営業
秘密漏洩とを比較した場合にいえることは、要件はほぼ同じであるが、盗用・模倣は発売
後の方が容易であること、斬新なデザイン程、類似品を創作しにくいことがいえる。そし
て、公報の発行が、発売に先立ってしまうと売上の減少が生じるのは、前述の実証分析よ
り明らかである。
したがって、事業が日本の国内展開のみの場合、斬新な意匠で且つ創作性が高いときは、
とりわけ生産・販売を急ぐ特段の理由がなければ、公報発行に前倒しして販売を行うので
はなく、模倣の可能性も低いのだから秘密意匠制度を利用して、発売と公報発行時を同日
に揃えた方が、意匠法による確実な保護が受けられ望ましい。秘密意匠制度は、売上を伸
ばし産業発達に寄与するように、より活用されるべきである。また、もし意匠登録が予期
せず発売予定時より早くなった場合、意匠法 14 条で 1 年分の登録料の納付時にも、秘密意
匠の請求が認められており発売時とのずれを生じさせる恐れはない制度となっている。秘
密意匠請求の手続費用は、
特許庁の手数料の 5100 円、代理人手数料の 1 万 2000 円程度が、
出願人の負担となる。
なお、類似品が偶然に創られやすそうな意匠の製品に関しては、販売を前倒しして、不
正競争防止法 2 条 1 項 3 号の商品形態模倣行為の条文を用い侵害からの保護を図る方が望
ましい場合もあることには留意する必要がある。
5.2.事業が国際展開をしている場合-各国公報の時間差と立証負担の相違
前章で指摘したが、企業が事業活動を国際展開するに従って、国内のみで利用するには
本来、実益のある秘密意匠制度を、他国の意匠登録制度との兼ね合いから、使えなくなっ
ている現状があり、この点について、本章では(1) 自動車の秘密意匠制度の利用と審査期間
の影響、(2)各国審査期間の相違、(3)1国だけ秘密意匠制度を利用する実益が乏しい理由、
(4)立証負担の比較、(5)米国法に秘密意匠制度がない理由-の順に考察を行う。
(1) 自動車の秘密意匠制度利用と審査期間の影響
表5 乗用自動車の意匠の平均審査期間の推移
出願年
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
平均審査期間(日)
699.4
732.1
511.6
435.8
275.8
358.0
455.0
出願年
2006
2007
2008
2009
2010
2011
平均審査期間(日)
404.4
338.9
321.4
294.2
346.9
311.0
自動車は 2000 年までは、700 日前後あった審査期間が、現在 300 日(10 カ月)程度ま
16
で短縮されてきている。データによると、この審査期間の短縮のため 2002 年、03 年
頃は審査期間短縮を理由とした早期公開を避けるために、制度趣旨とは異なり斬新な
意匠であるフルモデルチェンジかマイナーチェンジかを問わず秘密意匠制度の利用が
多くなされていた。その後、2005 年から審査期間が 400 日前後で推移し、2005、06 年
頃は東京モーターショーやパリサロンといった、イベントでの製品発表に併せて、秘
密期間を短縮・解除し公報発行を行うという、制度趣旨に合致した利用がされている。
しかし、各社知財部の方の話によると、近年は事業の世界展開の兼ね合いから、表 1
の基本統計量からも覗えるように、秘密意匠制度に依らず、300 日程度と安定している
出願審査期間から逆算し、発売日を公報掲載に先行させた上で、公報発行日との期間
を可能な限り短縮するよう出願がされている。この点については、本章の(3)節におい
て詳述する。
(2) 各国審査期間の相違
表6*4 は各国・地域の意匠制度の比較表である。欧州共同体(EU、OHIM が登録機
関)には出願日(又は優先日)から 30 カ月を上限とした、秘密意匠制度と同様の「公
告繰延制度」がある。韓国は日本と同様に秘密意匠制度があり、登録日から最大 3 年秘
密請求が可能である。また、EU と中国は、事実上の無審査主義となっている。
表 6 各国・地域の意匠制度の比較*4
国・
地域
実
体
審
査
部
分
意
匠
新規性
判断基準
新規性喪失に
対する救済
・新規性
・創作非容易性
7~12 ヶ月
登録日から
20 年
主な登録要件
審査期間の
平均的期間
権利期間
日本
○
○
内外国公知
特定博覧会出品、
意に反する公知等、
自己起因の公知も対
象。
<6 ヶ月間>
米国
○
○
国内公知/
内外国文献
公知
グレースピリオド
<1 年間>
・新規性
・非自明性
・装飾性
5~8 ヶ月
登録日から
14 年
内外国公知
特定博覧会出品、
意に反する公知等、
適用要件は限定的。
<6 ヶ月間>
・新規性
・創作性
5~8 ヶ月
出願日から
10 年
内外国公知
日本とほぼ同程度の
範囲で新規性喪失の
例外適用可能。
<6 ヶ月間>
・新規性
・創作性
10~14 ヶ月
グレースピリオド
<12 ヶ月間>
・新規性
・独自性
・マストフィット
排除
・通常使用時の
視認可能性
1 ヶ月
中国
韓国
欧州
×
○
×
×
○
○
内外国公知
登録日から
15 年
秘密意匠
制度有り(登録
日から
3 年を限度)
出願日から
最長 25 年
(5 年毎更新)
公告繰延
制度有り
(出願日から
30 カ月限度)
*4 表 6 は、特許業務法人オンダ国際特許事務所の HP(http://www.ondatechno.com/Japanese/services/
design/list/index.html)より引用し、筆者が秘密意匠の有無と日本の部分を加筆して作成した。
17
審査期間については、日本と韓国が同程度で最長であり、アメリカ、中国も同程度の
5~8月で続き、欧州共同体の 1 カ月が最短である。この審査期間の各国での長短が、
企業の国際事業展開の過程で、秘密意匠制度を利用することを困難にしている。
(3)1国だけ秘密意匠制度を利用する実益が乏しい理由
①各国の意匠掲載公報発行時のずれ
秘密意匠制度は、アメリカや中国をはじめとして制定されていない他国がある。また、
各国で意匠登録の審査期間(無審査であれば登録までの期間)が異なり、1 国だけ秘密
にして公開時期を将来に伸ばすことが可能でも、他国の公報による公知はコントロール
できず(経験則から審査期間を逆算して出願しても、1 日単位で各国の公知を揃えるこ
とは不可能である)
、世界的には公知になる。日本法では、意匠法が新規性違反について
世界公知主義を特許法に先立って以前より採用している点からも明らかであるが、ネッ
ト社会の今日では一層、意匠の情報伝播や外観の模倣は容易であり、1 国特有の制度で
あれば、斬新さが失われてしまい、実益が損なわれる事態が生じる。
②パリ条約に基づく優先権の利用による制約
また、出願人は国際的な出願をする際に、パリ条約の優先権を用いなければならない
制約を受ける(パリ条約 4 条 A、B、C)
。 自らの他国での出願の意匠登録公報発行によ
り意匠が公知となり、自らの自国(公開国以外の国)の出願も、その登録公報によって
新規性違反で拒絶されてしまう状況が生じる。これは、発明を学会発表等自ら公知にす
ると新規性違反になるのと同様である。
しかし、図 8 で示す様に、優先権を用いることで、出願日は遡及しないものの、第 1
国出願の出願日の利益を得られ、拒絶を回避できる。
18
よって、出願人はパリ条約の優先権を使った出願を、公表や実施等の公知行為に先立
って行うという制約を受ける。
③最適な出願方法
パリ条約の優先権を利用して出願する際には、図 9 の方法で出願するのが、最適な意
匠出願になる。つまり、審査期間の最長の国を第 1 国出願にし、審査期間が最短の国で
優先期間の期限付近の出願にし(秘密意匠類似の公告繰延制度があり、1 月程度で登録さ
れる実質無審査の EU(OHIM)を除く)
、各国の登録公報発行時の時間差・タイムラグ
を最短に調節することである。
意匠公報掲載事項の統計データをみると、自動車の日本企業は 2008 年以降、パリ条
約の優先権主張を伴う出願を日本国内でほとんど行っておらず(計 6 件)
、世界戦略上第
1 国出願を日本で行っている。EU 各国の企業は EU に秘密意匠制度と同様の制度の公告
繰延制度(実質無審査登録・非公開は 30 月上限)があり、EU での出願を最先の出願に
してかつ EU(OHIM) 公告繰延制度を用いていた。
一方、国別の人気車種を考慮して、各国の売上を考えた製品発売開始順に公報が発行
されるようにする方法も考えられる。しかし、国によって発売時期をずらしても、米モ
ーターショーやパリサロン、東京モーターショー等のほか、先行販売国で、デザインが
開示・発表されるため、意匠の斬新さは失われてしまい、各国内の販売に望ましくない
結果を招くことになる。
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(4)外国での出願との立証負担の比較
不正競争防止法の 2 条 1 項 3 号の形態模倣行為の規定は日本独自の規定であり、他国
に同様の規定は存在しない。
そこで図 10 の様に、他国で公報の発行より発売を先行して行った場合に、他者の侵害
を抑える規定は、パリ条約 10 条の 2(3)1 に基づく各国の規定となる。
図 10 外国での出願に関わる立証負担の比較
この条文は、類似の意匠を含む商品形態すべてが客体要件であるが、消費者の混同の
立証が要件となっている。
よって、依拠性・盗用の立証は不要ではあるが、消費者の混同が生じたことの立証が
必要であり、これには市場調査等の多くの手間暇がかかり、日本国内の不正競争防止法
より立証は一層困難となる。
したがって、侵害の立証負担を軽減するために、可能な限り意匠公報の発行時期を、
発売日に近づけることが前章で論じた様に必要となっている。
(5)米国法に秘密意匠制度がない理由
日本は願書の提出の先後で、登録の優劣を決める、先願主義を採用している。これに
対し、アメリカは 2011 年以前には、発明の先後で登録の優劣を決める、独自の先発明
主義を特許法で採用していた。このため、意匠に関しても「デザインパテント」として
先発明主義をとっていた。出願の要件としては、意匠の①コンセプション(conception)
、
②実施(use to practice)
、③デリジェンス(diligence)-を立証する必要があり、②の
実施の立証が要件にあるため、意匠を隠しておく秘密意匠制度はアメリカ法になじまず
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存在し得なかった。
しかし、アメリカは先願主義を 2011 年に採用しており、これから数年間は多くの部
分で法制度の修正がなされる可能性は高いといえる。比較法的に検討し、採用するのが
望ましい制度は導入されやすいと推測され、先願主義下では、意匠の公開を控える秘密
意匠制度の導入もありうると考える。
6.政策提言
本研究では、秘密意匠制度を利用し、意匠の斬新さを保つことが、売上・販売に寄与し
ていることを計量分析により実証した。また、日本国内事業では侵害の立証負担を考える
と、斬新な意匠の場合、発売を先行するより秘密意匠制度を利用した公報発行日と発売日
を同日に揃える、意匠権による保護が望ましいことも示した。
しかし、前章で記した様に、本来、需要に結びつき利用することが望ましい秘密意匠制
度が、近年の国際事業展開の過程で利用されなくなっている側面もある。1国だけ秘密に
していても、他国で公知になっては、即日意匠が当該秘密にしている国でも明らかになっ
てしまい、隠しておく実益に乏しいからである。
ここで、日本国政府や特許庁は、多国間経済協定交渉や、条約締結交渉において、秘密
意匠制度が販売に寄与する経済的な有用性を、他国に周知して導入を求めるべきであると
考える。1国だけ秘密にしておく実益は乏しいが、複数国で秘密にでき世界的に公開日を
揃えることが可能ならば意匠の斬新さを世界的に保つことが可能であるからである。WIPO
(世界知的所有権機関)における、意匠制度調和に向けた第 26 回SCT事務局案(2011 年 10
月)* 5でも、秘密意匠制度(出願日から最低6月の非公開)の導入が議論されはじめている。
前述した様に、アメリカでは秘密意匠制度導入になじむ先願主義が 2011 年より採用されて
いる。無審査国の中国についても、同様の実質無審査主義である欧州共同体の導入の前例
がある。
秘密意匠制度の導入先進国である日本は、WIPO や条約交渉等を通じて、率先してその
有用性を他国に説き、世界各国での並列した秘密意匠制度導入による法制度の国際調和を
求めることで、日本の意匠出願人の利益の増大と侵害の立証負担の軽減を図るべきである。
そうして日本の産業発達に寄与すると同時に、各国の意匠出願人の意匠の斬新さを保つこ
とで他国の出願人の利益に供し、世界的に意匠権の有用性を高めることに、大きく資する
べきであると考える。
*5 日本商標協会「第 26 回 SCT 報告」http://www.jp-ta.jp/pdf/committee/005/SCT/sct_26.pdf 参照
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謝辞
本研究を進めるにあたっては、北野泰樹助教授(主査)
、紋谷暢男客員教授(副査)、安
藤至大客員准教授(副査)
、安念潤司客員教授(副査)、知財プログラムディレクター福井
秀夫教授から多大なる御指導を賜りました。また、知財プログラムの岡本薫教授、石丸昌
平准教授、玉井克哉客員教授をはじめとする教員の皆様方から、数多くの御助言を頂きま
した。特許庁審査業務部意匠課にはデータの御協力を快く引き受けて頂きました。さらに、
企業知財部の方々や IPNJ 国際特許事務所の乾利之所長には重要な御示唆を頂きました。
皆様方の温かい励ましと幾たびにもわたる御支援なしに、本研究は決して成し得ませんで
した。ここに、心より深く感謝申し上げます。
参考文献
日本自動車販売協会連合会(2012)「新車登録台数年報(第 35 集)2012 年版」
日本自動車販売協会連合会(2011)
「新車登録台数年報(第 34 集)2011 年版」
日本自動車販売協会連合会(2010)
「新車登録台数年報(第 33 集)2010 年版」
日本自動車販売協会連合会(2009)
「新車登録台数年報(第 32 集)2009 年版」
日本自動車販売協会連合会(2008)
「新車登録台数年報(第 31 集)2008 年版」
日本自動車販売協会連合会(2007)
「新車登録台数年報(第 30 集)2007 年版」
日本自動車販売協会連合会(2006)
「新車登録台数年報(第 29 集)2006 年版」
日本自動車販売協会連合会(2005)
「新車登録台数年報(第 28 集)2005 年版」
日本自動車販売協会連合会(2004)
「新車登録台数年報(第 27 集)2004 年版」
日本自動車販売協会連合会(2003)
「新車登録台数年報(第 26 集)2003 年版」
日本自動車販売協会連合会(2002)
「新車登録台数年報(第 25 集)2002 年版」
日本自動車販売協会連合会(2001)
「新車登録台数年報(第 22 集)2001 年版」
モデルチェンジ・公表・発売日の出典は各社製品発表(HP 等)参照
スザンヌ・スコッチマー(2008)
「知財創出 イノベーションとインセンティブ」
後藤晃・長岡貞男(2003)
「知的財産権制度とイノベーション」
山田節夫(2009)
「特許の実証経済分析」
紋谷暢男 (2012)
「知的財産権法概論」
寒河江孝允、峯唯夫、金井重彦(2012)
「意匠法コンメンタール」
満田重昭、松尾和子(2010)
「注解 意匠法」
田村善之(2003)
「不正競争法概説」
22
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