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Kobe University Repository
Kobe University Repository : Thesis
学位論文題目
Title
胎子・新生子期エストロゲン様物質曝露による生殖障害
発現機序の分子形態機能学的研究
氏名
Author
割田, 克彦
専攻分野
Degree
博士(農学)
学位授与の日付
Date of Degree
2008-03-25
資源タイプ
Resource Type
Thesis or Dissertation / 学位論文
報告番号
Report Number
甲4365
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/D1004365
※当コンテンツは神戸大学の学術成果です。無断複製・不正使用等を禁じます。
著作権法で認められている範囲内で、適切にご利用ください。
Create Date: 2017-03-29
博士論文
胎子・新生子期エストロゲン様物質曝露による
生殖障害発現機序の分子形態機能学的研究
平成 20 年 2 月
神戸大学大学院 自然科学研究科
割田 克彦
目
次
総緒
1
第Ⅰ章
胎子・新生子期 diethylstilbestrol(DES)曝露における成熟雄
マウスの用量-影響評価
4
1.小緒
5
2.材料と方法
7
1)供試動物
7
2)投与物質と投与スケジュール
7
3)妊孕能試験
7
4)採材
8
5)一般組織学的解析および免疫組織化学的解析
8
6)内分泌学的検索
9
7)遺伝子発現解析
9
8)統計学的解析
10
3.結果
11
1)体重変化
11
2)妊孕能
11
3)肉眼所見および組織重量
11
4)一般組織学的所見
12
5)免疫組織化学的所見
12
6)内分泌学的所見
12
7)遺伝子発現解析
13
4.考察
15
5.小括
20
第Ⅱ章
新生子期内分泌攪乱物質曝露による雄マウス生殖障害に対する
activin A(ACT)および equine chorionic gonadotropin(eCG)の
作用
22
1.小緒
23
ⅰ
2.材料と方法
25
1)供試動物
25
2)投与物質と投与スケジュール
25
3)8 週齢雄マウスの採材
25
4)繁殖試験および 12 週齢雄マウスの採材
26
5)一般組織学的解析および免疫組織化学的解析
26
6)Cell proliferation index の算出
27
7)走査型電子顕微鏡解析(Scanning electron microscope; SEM)解析
27
8)内分泌学的検索
27
9)統計学的解析
27
3.結果
29
1)肉眼所見
29
2)体重および組織重量
29
3)一般組織学的および SEM 所見
29
4)免疫組織化学的所見
30
5)Cell proliferation index
30
6)内分泌学的所見
30
7)妊孕能
31
8)12 週齢における精巣の一般組織学的所見
31
4.考察
33
5.小括
36
第Ⅲ章
外因性エストロゲン様物質がステロイドホルモン産生系
遺伝子のエピジェネティック転写制御に与える影響
37
1.小緒
38
2.材料と方法
40
1)培養細胞
40
2)培養試薬および培養方法
40
3)添加物質および濃度
40
4)8-bromo-cyclic adenosine monophosphate(8-Br-cAMP)の添加実験
41
ⅱ
5)TTE1 の回収
41
6)遺伝子発現解析
41
7)Chromatin Immunoprecipitation(ChIP)assay
42
8)統計学的解析
42
3.結果
43
1)StAR 遺伝子発現量
43
2)8-Br-cAMP による StAR 遺伝子発現誘導
43
3)P450scc 遺伝子発現量
43
4)アセチル化ヒストン 3 の変化
43
4.考察
44
5.小括
47
総括
48
ABSTRACT
52
謝辞
55
引用文献
56
付図および付図説明
62
ⅲ
総 緒
近年,個体や細胞の死を引き起こすような従来の化学物質の影響とは異なり,内
分泌攪乱作用が生殖機能の破綻を通じ,種の絶滅を導く潜在的危険性をはらんでい
ることが指摘され,『内分泌攪乱化学物質』という概念が提唱された.内分泌攪乱
化学物質は『生体の恒常性,生殖,発生,あるいは行動に関与する種々の生体内ホ
ルモンの合成,分泌,体内輸送,結合,ホルモン作用,およびそのクリアランスな
どの諸過程を阻害する性質を持つ外来性の物質』
(ホワイトハウスワークショップ,
1997 年 1 月;http://www.epa.gov/edrlupvx/Pubs/smithrep.html)と定義されており,環
境由来の物質が内在性ホルモンに類似した作用を発揮,もしくはホルモンの合成や
分泌を阻害した場合,正常な内分泌系を攪乱する可能性が考えられる.環境中に広
がった化学物質の問題についてはすでに,1962 年米国のレイチェル・カーソン著
『Silent Spring(沈黙の春)
』の中で,ある種の農薬が内分泌系のバランスを狂わせ
る可能性のあることが記載され,実際, 1960 年代後半から dichlorodiphenyltrichloroethane
(DDT)などがホルモン様作用を有することが指摘されていた.また,
世界保健機構 WHO および国際化学物質安全計画 IPCS は,1972 年にホルモン作用
性化学物質についての取りまとめを行い,化学物質による内分泌系への影響の問題
を指摘していた.その後も調査研究は続けられ,1991 年に米国ウイングスブレッ
トで内分泌攪乱化学物質の問題に関する専門家会合が開催されたが,広く一般に認
識されるようになったのは,1996 年に出版されたシーア・コルボーンらの『Our
Stolen Future(奪われし未来)
』でホルモン作用を攪乱する化学物質の危険性が指摘
されたことによる.この著書の中で,デンマーク他世界各国でのヒトの精子数減少
をはじめ,フロリダ湾岸におけるハクトウワシの生殖不全,アポプカ湖のワニにお
ける陰茎の奇形や卵の孵化率の低下,ミシガン湖周辺のミンクの生殖異常,南カリ
フォルニア チャネル諸島のセイヨウカモメの行動異常などが取り上げられ,内分
泌攪乱化学物質の種の絶滅を導く潜在的危険性が指摘された.この書物を皮切りに,
世界各国で内分泌攪乱化学物質の生態系への影響に関する報道が多くなされ,日本
の環境省においても内分泌攪乱化学物質問題への対応方針として,1998 年 5 月,
環境ホルモン戦略計画 Strategic Programs on Environmental Endocrine Disruptors ’98
(SPEED’98)が発足し,また,2005 年 3 月,その後の科学的知見の蓄積等を踏ま
1
え,新たな対応方針として Enhanced Tack on Endocrine Disruption 2005(ExTEND
2005)を策定した.環境省は SPEED’98 の発足当初,優先して調査研究を進めてい
く必要性の高い物質群として,化学物質 67 種類をリストアップしたが,その後,
見直しを行い,2000 年 11 月に 65 物質に修正して各種の取組みを進めてきた.そ
の中には,非イオン界面活性剤ならびにプラスチックの酸化防止剤の原料であるア
ルキルフェノール類(octyl phenol,nonyl phenol)や,哺乳瓶を含む食品容器の製
造工程に使われ,かつほぼすべてのヒトから検出される bisphenol A(ポリカーボネ
ート樹脂やエポキシ樹脂の合成原料),殺虫剤の o,p’-DDT やその代謝物,絶縁体と
して使用されていたポリ塩化ビフェニル(PCB)類や非意図的生成物ダイオキシン
類などが含まれる.化学物質への関心の高まりの中で,環境省では 1998 年以来,
SPEED’98 に従って,内分泌攪乱作用に関する調査・研究を進め,性ホルモンだけ
でなく様々な内分泌系,さらには内分泌系への作用を介した免疫系や神経系への作
用も視野に置いて,一層幅広い科学的知見の蓄積に努めてきた.しかしながら,こ
れらの内分泌攪乱化学物質が環境中に存在する濃度はごくわずかであり,また,環
境中に蔓延した何万種類もの化学物質と生物系への影響の因果関係を特定するこ
とは非常に困難を極める.
内分泌攪乱化学物質により野生生物の生殖機能に異常を来たした事例が確実視
されている一方で,具体的にどの化学物質にどのような内分泌攪乱作用があるのか,
その攪乱作用はどの程度の影響なのか,そして如何なるメカニズムで作用するのか
等の詳細な内容は研究途上のものが多い.内分泌攪乱化学物質に関する研究の難し
さから,社会的・科学的に認知される成果を出すことは,ごく短期間では困難であ
った.そうしている間にこれら環境化学物質の毒性や環境汚染に関する問題は,
『企
業寄り理論』の科学評論家による過剰反応論が取り沙汰され,棚上げにされてしま
った感がある.しかしながら,胎子および新生子は成体と比べて薬物等への感受性
が極めて高く(Sharpe et al., 1993)
,また,内分泌攪乱化学物質はある低用量では影
響がなくても,それよりもさらに低い用量で影響がみられるという特徴(Palanza et
al., 2001),すなわち単純な濃度依存的効果がもたらされるとは限らないことが明ら
かになるなど,その作用メカニズムは非常に複雑であり,これまでに蓄積した知見
を再考する必要があると考えられる.
一般的に内分泌攪乱化学物質の多くはエストロゲン受容体(estrogen receptor,
2
ER)結合能を有し,個体の器官形成期における ER の発現は,生殖腺をはじめ中枢神
経系など広範囲にわたる(Fisher et al., 1997; Saunders et al., 1997)ことから,生殖腺の発
生・分化,フィードバック機構の機能獲得に様々な影響を及ぼすことが想定される.
実際,胎子あるいは新生子がエストロゲン様物質に曝露されることにより,長期に
わたって不可逆的にフィードバック機構の破綻を招来することが多くの動物実験
で報告され,すでに明らかになってきた事実に基づく新たな視点をもつことが求め
られている.近年,細胞世代を超えて継承され得る,塩基配列の変化を伴わない遺
伝子発現制御について研究する新たなパラダイムとして,エピジェネティクスの領
域が提唱され,環境による遺伝子発現の決定と可塑性,すなわち,外部環境が生物
系に及ぼす環境エピジェネティクスの展開が期待されている.エピジェネティクス
は,発生,分化に伴う細胞の表現型の記憶に中心的な役割を果たし,エピジェネテ
ィクス系が異常になると細胞固有の形質が失われ,異常な細胞が生じる原因となる.
重要な課題は,受精から始まる個体発生で連続的な細胞分裂,増殖,分化を繰り返
し,如何にして異なった形質が獲得・発揮され,記憶されているかを知ること.そ
して,それらの遺伝子発現記憶が,我々の周囲に存在する外部環境因子によって異
常を来たすか否かである.従来,調べられてきたような転写レベルでのゲノム『発現制御
機構』は,比較的早い細胞応答を担う機構と考えることが出来る.一方,より長期的なゲノ
ム情報発現機構として,近年,とくにエピジェネティクスによる遺伝子発現制御が大きく注
目されるようになってきている.
内分泌攪乱化学物質の作用メカニズムの解明は,分子生物学的知見をもとに新た
な時代に入ったといえるが,器官形成・発達時期である胎子・新生子期での内分泌
攪乱化学物質曝露が,長期にわたって不可逆的にフィードバック機構の破綻を招来
するメカニズムについては不明な点が多い.本研究では,胎子・新生子期における
エストロゲン様内分泌攪乱化学物質の曝露によって,視床下部-下垂体-性腺軸の
機能障害が長期にわたって引き起こされることに着眼し,生殖障害を引き起こす作
用メカニズムの一端を解明することを試みた.
3
第Ⅰ章
胎子・新生子期 diethylstilbestrol(DES)曝露における
成熟雄マウスの用量-影響評価
4
Ⅰ‐1
小 緒
生物の体内では,その受精の瞬間から発生・発達過程に至るまで極めて複雑な化
学反応が起き,いくつものホルモンが然るべき時期に適度な量分泌されなければ,
身体各部の正常な発生や機能の発達はない.また,この内分泌系は生体の生殖機能
および恒常性維持に必須であり,内分泌系の攪乱は生体調節,生殖,発生,性分化
および行動に広範な影響を与えることになる.
人類はこれまでに 1,700 万種類以上もの化学物質を合成し,その中で我々の身近
に存在するものでも 5~10 万種類といわれている.これらのごく一部については,
外因性内分泌攪乱化学物質としての作用が明らかとなっており,その大半がエスト
ロゲン様作用を持つことから,ヒトを含めた哺乳動物への影響が懸念されている
(Colborn et al., 1993)
.胎子・新生子期には,ホルモン様物質に対して非常に敏感
な臨界期 critical window と呼ばれる時期が存在し,ホルモン様物質に対する感受性
は成体と比べて極めて高いことが明らかとなっている(McLachlan et al., 2001;
Sharpe et al., 1993).さらに,個体の器官形成期における ER の発現は,生殖腺をは
じめ中枢神経系など広範囲にわたり,それ故にエストロゲン様物質は,胚発生にお
いて様々な組織および器官の発達・分化,フィードバック機構の機能獲得に影響を
及ぼすことが想定される.また,胎子が内分泌攪乱化学物質に曝露される時期と濃
度によっては,出生時に障害を発現しなくても,性成熟以後あるいはさらに次世代
に障害が発現することも指摘されている(Colborn et al., 1993).しかしながら,内
分泌攪乱化学物質がどれくらいの濃度で,またどのような機序でフィードバック機
構の破綻を招来するのか,その作用メカニズムには不明な点が多く,さらに内分泌
攪乱化学物質が,単なるホルモン作用ではなく種々の転写因子活性に影響を及ぼす
など,近年,分子毒性作用を有する可能性も想定されている(Adachi et al., 2004;
Matsuno et al., 2004).
ステロイド骨格を持たない DES は,ER に結合して高いエストロゲン活性を示し,
齧歯類の胎子期および新生子期における DES の曝露は,17β-エストラジオールや
DDT,メトキシクロル(DDT の代用品として近年用いられる農薬)の曝露と類似
した影響を引き起こすことがこれまでに報告されている(Arai et al., 1983; Gaytan et
al., 1986; Kaldas and Hughes, 1989; Walters et al. 1993).そこで本研究では,エストロ
5
ゲン様作用を有する数多くの化学物質の代表として合成エストロゲン DES を用い,
マウスの胎子期およびヒトの胎齢 3~4 ヵ月に相当する新生子期(Iguchi et al., 2002)
に曝露させ,その性成熟期以降における影響を組織学的,内分泌学的および分子毒
性学的に検討した.とくに,器官形成期におけるエストロゲン様物質の曝露が如何
にして視床下部-下垂体-性腺軸のフィードバック機構を破綻し,生殖機能を低下
させるのか解明すべく,低濃度から高濃度の DES を曝露し,性成熟時の雄マウス
における生殖器系および内分泌系について,曝露量とその影響を評価した.
6
Ⅰ‐2
材料と方法
1.供試動物
未経産の ICR 雌マウス(Japan SLC Inc., Hamamatsu, Japan)を交配し,その母マ
ウスおよび得られた新生子雄マウスを本実験に用いた.授乳期には発育格差のない
ように新生子マウスを雄 4 匹,雌 4 匹の計 8 匹に揃えて飼育し実験に供した.動物
は,北里大学ならびに神戸大学の実験動物施設で 12~14 時間の人工照明および
21~24℃の室温下で飼育した.飼料はノーサン実験動物用飼料ラボ MR-A1(NOSAN
Corp., Yokohama, Japan)を,飲水は給水瓶で自由摂取させた.本実験における動物
の飼育および実験は「神戸大学動物実験実施規則」に基づき,動物愛護・福祉を考
慮して適切な実験環境の下で行った.
2.投与物質と投与スケジュール
DES(Sigma-Aldrich Corp., St. Louis, USA)0.4 g をアセトン 4 mL に完全に溶解さ
せた後,Sesame oil(Kanto Chemical Co., Inc., Tokyo, Japan)を 40 mL 加え沸騰石を
入れて加温した.アセトン臭がなくなるまでアセトンを気化し,最終濃度 10 mg/mL
の DES 溶液を作製した.マウス 1 匹あたりの投与量が 10 µL となるように Sesame
oil で適宜希釈調製し,DES 投与液を作製した.
各投与群の設定と投与スケジュールを図 1 に示した.胎子マウスの子宮内曝露を
in utero exposure(以下,IUE),生後の新生子期曝露を neonatal exposure(以下,NE)
とし,発情前期の未経産マウス(n = 12)を交配後,膣栓が確認された日を妊娠 0
日として母マウスに DES 10 µg/animal を妊娠 7,10,13,16 日目の計 4 回皮下投与
した.得られた新生子雄マウスに,出生後 3~7 日の 5 日間にかけて Sesame oil な
らびに DES 0.1 µg,1 µg,10 µg/animal を 1 日 1 回皮下投与し,それぞれ Group 1
(IUE のみ,n = 16),Group 2(IUE+NE 0.1 µg,n = 15),Group 3(IUE+NE 1 µg,
n = 16),Group 4(IUE+NE 10 µg,n = 17)とした.Control 群として,3 匹の母マ
ウスとその新生子(n = 10)に Sesame oil の投与を行った.
3.妊孕能試験
8 週齢に達した各群の雄マウスを,妊孕能を確認した 1 回経産雌マウスと 2 週間
7
1 対 1 で同居させ,
妊孕能を判定した.各群の雄マウスにおける交配の確認として,
雌マウスの膣栓の有無を指標とした.
4.採材
性成熟に達した 8 週齢の雄マウスをエーテルで麻酔し,総頚静脈からヘパリン採
血後,頚椎脱臼による安楽死処置を行った.血中ホルモン濃度を測定するため,採
取した血液を 3,000 回転,10 分間遠心分離し,得られた血漿を-80℃下で保存した.
また,精巣および副生殖腺を採取し,組織重量を測定した.
5.一般組織学的解析および免疫組織化学的解析
右の精巣および精巣上体を 10%中性緩衝ホルマリンで 24 時間固定し,脱水,透
徹 後 , パ ラ フ ィ ン に 包 埋 し た . 滑 走 式 ミ ク ロ ト ー ム ( Leica SM2000R, Leica
Microsystems AG, Wetzlar, Germany)を用いて 5 µm 厚の間断連続切片を作製し,常
法に従ってヘマトキシリン‐エオジン(H&E; Merck & Co Inc., Whitehouse Station,
USA)染色を施し,各切片の一般形態観察を行った.
免疫組織学的解析として,抗アンドロゲン受容体(androgen receptor,AR)ウサ
ギ血清および抗 ERα ウサギ血清(Affinity Bio Reagents, Inc., Golden, USA)を用い,
精巣および精巣上体の抗 AR 染色および抗 ERα 染色を行った.
抗原の賦活化処理として,脱パラフィンした切片を 10 mM クエン酸ナトリウム
緩衝液(pH 6.0)に浸し,マイクロウェーブ迅速試料処理装置 MI-77(Azumaya Co.,
Inc., Tokyo, Japan)で 95℃,30 分間,マイクロウェーブ照射を行った.切片を室温
まで冷却後,10 mM リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で 3 回洗浄し,0.3%H2O2 加メ
タノール 20 分処理により,内因性ペルオキシダーゼ除去を行った.PBS で 3 回洗
浄後,10%ヤギ正常血清で 10 分間ブロッキングし,200 倍希釈した抗 AR 抗体お
よび抗 ERα 抗体を 14 時間,4℃の条件下で反応させた.Labeled streptavidin
biotinylated antibody(LSAB)法の原理を用いた Histofine SAB-PO (R) Kit(Nichirei
Corp., Tokyo, Japan)により,酵素抗体反応を行い,3,3’-diaminobenzidine(DAB)
発色を行った.
8
6.内分泌学的検索
Europium (Eu)-labeled rat FSH,Eu-labeled rat LH および Eu-labeled rabbit antibody
against bovine serum albumin (BSA) conjugated with testosterone を用いて,Sugino ら
(2002)の方法に準じ,時間分解蛍光免疫測定法(TR-FIA)により,血中 FSH,
LH およびテストステロン濃度を測定した.
7.遺伝子発現解析
2 step reverse transcription polymerase chain reaction(RT-PCR)法により,精巣およ
び精巣上体の AR,ERα,steroidogenic acute regulatory(以下,StAR)蛋白遺伝子発
現量の変化を検索した.
TRIzol ReagentTM(Invitrogen Corporation, Carlsbad, USA)のプロトコールに従い total
RNA を抽出し,Super ScriptTM First-Strand Synthesis System (Invitrogen Corporation)
を用いて cDNA を合成した.Taq DNA polymerase(TaKaRa Bio, Otsu, Japan)および
以 下 の プ ラ イ マ ー セ ッ ト を 用 い て , PCR を 行 い , Internal standard と し て
glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase(GAPDH)を増幅した.
①Mus musculus AR primer set(Product size:203 bp)
Sense primer:5'-cag cac act gag gat ggt tc-3'
Antisense primer :5'-tca tcc tga tct gga gga gc-3'
②Mus musculus ERα primer set(Product size:244 bp)
Sense primer:5'-gcc tct ggc tac cat tat gg-3'
Antisense primer :5'-cat ctc tct gac gct tgt gc-3'
③Mus musculus StAR primer set(Product size:356 bp)
Sense primer:5'-gtt cct cgc tac gtt caa gc -3'
Antisense primer :5'-gaa aca cct tgc cca cat ct -3'
④Mus musculus GAPDH primer set(Product size:451 bp)
Sense primer:5'-acc aca gtc cat gcc atc ac-3'
Antisense primer :5'-tcc acc acc ctg ttg ctg ta-3'
Denaturing 95℃ 30 秒,Annealing 58℃ 30 秒,Extending 72℃ 60 秒の条件で,精巣
AR,ERα においては 28 cycles,精巣 StAR 19 cycles,精巣上体 AR,ERα 27 cycles,
9
GAPDH においては精巣,精巣上体共に 19 cycles で PCR を行い,2.5%アガロース
ゲル電気泳動を行った.得られたバンドについて画像解析ソフトウェア NIH image
を用いてその輝度を数値化した.
8.統計学的解析
体重,組織重量,血中ホルモン濃度,遺伝子発現量について,StatView software for
Windows(version 5.0; SAS Institute Inc., Cary, USA)を用い,統計学的解析を行った.
多群間の組み合わせ検定として One-way analysis of variance(ANOVA)および
Tukey-Kramer multiple comparison test を行い,妊孕率の統計学的解析として Fisher’s
exact probability test を行った.いずれも危険率 5%未満を有意差有りとした.
10
Ⅰ‐3
結 果
1.体重変化
生後 1 週齢から 8 週齢の体重変化を表 1 に示した.実験期間を通し,Control 群,
DES 曝露群とも,体重は週齢とともに増加したが,最高用量群である Group 4 は他
の 4 群と比較し,1 週齢から 8 週齢に至るまで有意(P<0.05, respectively)な体重の
低下がみられた.2 週齢から 5 週齢にかけて,Group 3 の体重は Group 1 と比較して
有意(P<0.05, respectively)に低下した.また,2 週齢において,Group 2 の体重は
Group 1 と比較して有意(P<0.05)な低下がみられ,一方,Group 1 の体重は Control
群と比較して有意(P<0.05)な増加が認められた.
2.妊孕能
8 週齢における各群の妊孕能を表 2 に示した.妊孕能は,Control 群で全例(妊孕
率 100%),Group 1 で 5 個体中 3 例(妊孕率 60%),Group 2 で 4 個体中 1 例(妊孕
率 25%)観察されたが,Group 3 および Group 4 では全例不妊であった.Fisher’s exact
probability test では Control 群と比較し,Group 2(P<0.05),Group 3(P<0.001),Group
4(P<0.001)で有意な妊孕能の低下が認められた.Group 1 においては不妊雄マウ
スが 5 例中 2 例存在したが,Control 群との間に統計学的有意差はみられなかった
(P=0.15).Control 群,DES 曝露群ともに,雌マウスに膣栓を形成した個体はすべ
て妊孕能が認められ,雌マウスの分娩に至った.
3.肉眼所見および組織重量
Control 群と比較し,胎子期+新生子期投与群の Group 2,3,4 で精巣,精巣上体,
精嚢の小型化が認められたが,奇形等の先天異常は観察されなかった.
8 週齢における精巣,精巣上体および凝固腺を含む精嚢の組織重量を表 2 に示し
た.Group 2,3,4 の精巣および精巣上体は,絶対・相対(体重比)組織重量とも
に,Control 群,Group 1 と比較して有意(P<0.01 for all)に低下した.精嚢重量で
は,Control 群と DES 曝露群との間に有意差は認められなかった.
11
4.一般組織学的所見
8 週齢における精巣および精巣上体尾部の一般組織形態をそれぞれ図 2,図 3 に
示した.Control 群と比較して,Group 4 では生殖細胞の減数に伴う精上皮の菲薄化
と精細管内腔の増大が観察された.また,胎子期+新生子期投与群の Group 2,3,
4 において,ライディッヒ細胞の低形成とエオジンの染色性の低下がみられ,とく
に Group 4 で顕著であった.さらに精巣上体では,Group 3,4 で精巣上体管の著し
い低形成が観察された.一方,Group 1 では精巣,精巣上体ともに異常所見は認め
られず,Control 群と同様の組織像が観察された.
5.免疫組織化学的所見
抗 AR 染色では,ライディッヒ細胞,筋様細胞および精巣上体管上皮細胞の核が
陽性を示した(図 4).Group 3,4 におけるライディッヒ細胞核の免疫染色性は,
Control 群と比較してわずかに減弱し,また,Group 2,3,4 の精巣上体管上皮細胞
核においては,DES の用量に相関して AR の染色性の減弱が観察された.
一方,抗 ERα 染色では,ライディッヒ細胞,精母細胞,精巣上体管上皮細胞,
とくに精巣輸出管の上皮細胞の核で染色性が観察された(図 5).Control 群の染色
性と比較し,Group 3,4 では,ライディッヒ細胞核の染色性の低下がみられ,とく
に Group 4 で顕著であった.精巣輸出管の上皮細胞核の染色性においては,Control
群と DES 曝露群との間に顕著な差は認められなかった.
6.内分泌学的所見
各群の血中 FSH,LH,テストステロン濃度を図 6 に示した.DES 曝露群の血中
FSH 濃度は,
DES の曝露量に相関して低下し,Control 群と比較して Group 3(P<0.05),
Group 4(P<0.01)で有意な低下がみられた.一方,血中 LH 濃度では,Control 群
と比較して Group 2(P<0.01)
,Group 3(P<0.05),Group 4 (P<0.01)で有意な低
下が認められた.血中テストステロン濃度は,胎子期+新生子期投与群の Group 2,
3,4 で著しく低下し,Control 群および Group 1 と比較して,有意(P<0.01 for all)
な低下が認められた.
12
7.遺伝子発現解析
精巣における AR,ERα,StAR,精巣上体における AR,ERα の遺伝子発現量を図
7 に示した.精巣 AR の発現は,Control 群と DES 曝露群との間に顕著な差はみら
れなかったが,ERα の発現は Control 群と比較して Group 3,4 で有意(P<0.05,
respectively)な低下が認められた.Control 群と Group 1,2 との間に ERα 発現量の
統計学的有意差は検出されなかったが,DES の曝露量に相関して発現が低下する
傾向(P = 0.10, P = 0.06, respectively)が認められた.精巣における StAR の発現は,
Control 群および Group 1 と比較して,Group 3,4 で有意(P<0.01 for all)な低下が
認められ,Group 2 においては Control 群との間に統計学的有意差はみられなかった
ものの,発現低下の傾向(P = 0.14)が認められた.
精巣上体における AR,ERα 遺伝子発現量では,Control 群と DES 曝露群との間
に統計学的有意差は検出されなかった.しかしながら,ERα の発現は DES の曝露
量に相関して発現が低下する傾向(P = 0.06)が認められた.
13
表 1. 体重変化(mean ± SD).
Age
(week)
Body weight (g)
Control (n=10)
Group 1 (n=16)
Group 2 (n=15)
Group 3 (n=16)
Group 4 (n=17)
1
6.28 ± 0.51
6.59 ± 0.27
6.47 ± 0.49
6.30 ± 0.64
5.90 ± 0.59*, a, b, c
2
10.34 ± 0.67
11.30 ± 0.60*
10.44 ± 0.83 a
9.75 ± 1.15 a
7.51 ± 0.84*, a, b, c
3
18.01 ± 1.55
18.50 ± 0.54
18.60 ± 1.50
17.04 ± 1.52 a
14.66 ± 1.44*, a, b, c
4
30.58 ± 1.46
31.76 ± 1.08
30.12 ± 1.46
28.85 ± 1.94 a
25.59 ± 2.16*, a, b, c
5
36.01 ± 2.37
37.45 ± 1.85
35.98 ± 2.03
35.28 ± 2.20 a
31.62 ± 1.88*, a, b, c
6
38.60 ± 2.21
40.01 ± 2.10
39.56 ± 2.58
40.01 ± 2.10
34.89 ± 3.29*, a, b, c
7
39.87 ± 1.98
42.42 ± 2.58
40.78 ± 2.54
41.29 ± 2.95
36.78 ± 3.48*, a, b, c
8
41.64 ± 2.09
44.36 ± 2.70
42.06 ± 2.37
41.80 ± 3.33
37.76 ± 3.53*, a, b, c
a
*: significantly different from the Control group, P<0.05. : significantly different from Group 1, P<0.05.
b
: significantly different from Group 2, P<0.05. c: significantly different from Group 3, P<0.05. The
data were analyzed using Tukey-Kramer multiple comparison test.
表 2. 各群の妊孕能と絶対および相対組織重量(mean ± SD).
Control
Group 1
Group 2
Group 3
Group 4
7/7
3/5
1/4#
0/8###
0/8###
137.5 ± 13.8
140.0 ± 18.6
93.0 ± 6.2*,a
96.6 ± 10.4*,a
91.5 ± 5.6*,a
47.8 ± 2.9
49.4 ± 3.9
38.0 ± 3.2*,a
34.3 ± 1.5*,a
35.9 ± 4.0*,a
329.5 ± 10.8
300.1 ± 43.9
288.9 ± 50.8
257.2 ± 121.1
249.7 ± 90.3
Testis
0.343 ± 0.040
0.312 ± 0.046
0.220 ± 0.018*,a 0.231 ± 0.014*,a 0.238 ± 0.023*,a
Epididymis
0.119 ± 0.008
0.110 ± 0.008
0.090 ± 0.005*,a 0.083 ± 0.010*,a 0.094 ± 0.013*,a
Fertility rate
Delivered/no. tested
Absolute organ weights (mg)
Testis
Epididymis
Seminal vesicle
Relative organ weights (%)
Seminal vesicle
0.823 ± 0.038
0.668 ± 0.106
0.684 ± 0.139
0.602 ± 0.273
0.655 ± 0.248
: significantly different from the Control group, P<0.05, P<0.001, respectively. Fertility rates were
analyzed using Fisher’s exact probability test.
*: significantly different from the Control group, P<0.01. a: significantly different from Group 1, P<0.01.
The data of organ weights were analyzed using Tukey-Kramer multiple comparison test. The weights of the
seminal vesicles include the weight of the coagulating glands.
#, ###
14
Ⅰ‐4
考 察
一般に内分泌調節系を支える主要な分子基盤はリガンド分子とレセプター分子
間の結合であり,それによって主々の生体反応が引き起こされる.ER は主要な機
能ドメインとして蛋白質の C 末端側にリガンド結合ドメイン,N 末端側に DNA 結
合ドメインを持ち,その DNA 結合ドメインで標的遺伝子プロモーターの調節領域
内に存在するエストロゲン反応要素(ERE)と結合し,構造遺伝子の転写を開始す
る(Gruber et al., 2004)
.エストロゲン様内分泌攪乱化学物質は ER のリガンド結合
ドメインと結合すると,本来のエストロゲンと同様に DNA 結合ドメインが活性化
され,受容体は標的遺伝子 DNA の ERE に結合,それに引き続いて標的遺伝子が転
写され,ホルモン効果がもたらされると想定されている.とくに胎子期および新生
子期における ER の発現は,中枢神経系や生殖器系など多岐にわたり,ホルモン様
物質に対して非常に感受性が高く(McLachlan et al., 2001; Sharpe and Skakkebæk,
1993; Sharpe et al., 1995),性成熟後に精巣重量の低下や精子数および精子運動能の
低下を引き起こすことが報告されている(Goyal et al., 2001; Toyama et al., 2001).
本実験では,器官形成期におけるエストロゲン様物質が如何にして視床下部-下垂
体-性腺軸のフィードバック機構を破綻し,生殖機能を低下させるのか解明すべく,
高濃度曝露(IUE+NE 10 µg)による顕著な生殖障害から,低濃度曝露(IUE only)
による軽微な影響までを網羅した各曝露群を設定し,成熟時の雄マウスにおける生
殖器系および内分泌系について,曝露量とその影響を評価した.
本実験では胎子・新生子期における DES の曝露量に相関した組織学的および内
分泌学的変化,ならびに遺伝子発現変化が認められた.DES のようなエストロゲ
ン様物質の高濃度曝露が短期および長期にわたり,精巣の発達抑制を引き起こすこ
とはこれまでに報告されている(Atanassova et al., 1999; Sharpe et al., 1998)が,本
実験においても同様に,IUE+NE 1-10 µg の DES 曝露群で精細管内構成細胞の減少,
ライディッヒ細胞の低形成,精巣上体管の低形成が観察された.胎盤を経由してど
れくらいの濃度の DES が母胎から胎子へと伝わるのか調べた報告はこれまでにな
いが,妊娠マウスに DES 10 µg を投与した胎子の子宮内曝露(IUE)のみの群では,
精巣および精巣上体の組織重量ならびに一般組織形態に異常所見はみられず,形態
学的変化を引き起こさずに不妊マウスが 6 割程度出現する濃度であると考えられ
15
た.
血中 FSH は精子形成に関わり(Zirkin, 1998),さらに精子形成能力は血中 FSH
濃度に依存することが報告されている(Atanassova et al., 2000).一方,LH はライ
ディッヒ細胞の細胞膜に存在する LH 受容体に結合し,ステロイドホルモン産生系
酵素をコードする遺伝子の転写を活性化することが知られている.今回の実験では,
DES 曝露群の血中 FSH 濃度および LH 濃度はともに,Control 群に比べて低値をと
り,曝露量に相関して血中濃度の低下がみられた.さらに精子形成に直接的に影響
を及ぼす血中テストステロン濃度(Awoniyi et al., 1992; Sharpe et al., 1992)は,DES
の新生子期曝露を行った 3 群(IUE+NE 0.1-10 µg)で著しい低下が認められた.ス
テロイドホルモン産生の第一段階はすべて,StAR 蛋白によるコレステロールのミ
トコンドリア外膜から内膜への移行から始まり,その後,コレステロールは側鎖切
断酵素 P450scc によってプレグネノロンへと変換される(Clark et al., 1994)
.すな
わち,StAR 蛋白はステロイドホルモン産生に直接的に影響を及ぼす律速因子であ
る(Lin et al., 1995; Sugawara et al., 1995).ライディッヒ細胞におけるテストステロ
ン産生のシグナル伝達は,まず LH がライディッヒ細胞の LH 受容体へ結合するこ
とから始まり,cAMP をセカンドメッセンジャーとして StAR 遺伝子の発現が促さ
れる(Tsuchiya et al., 2003).本実験において,血中 LH およびテストステロン濃度
の有意な低下は,ともに IUE+NE 0.1-10 µg の 3 群で認められたが,精巣における
StAR 遺伝子の有意な発現低下がみられたのは,全個体不妊であった IUE+NE 1-10
µg の 2 群であった.すなわち,妊孕能の低下は,精巣における StAR 遺伝子の発現
低下と密接に関連していることが推察されたとともに,血中 LH,テストステロン
濃度の低下は,精巣機能に影響を及ぼすよりもより低濃度のエストロゲン様物質で
影響を受けることが示唆された.
AR の免疫染色では,ライディッヒ細胞,セルトリ細胞および精細管周囲筋様細
胞の核が陽性を示し,一方,ERα の免疫染色ではライディッヒ細胞,精母細胞およ
び精子細胞の核が陽性を示すことが報告されている(Pelletier et al., 2000; van Pelt et
al., 1999).本実験における AR の免疫染色では,Control 群と比較し,IUE+NE 1-10
µg の 2 群で染色性のわずかな減弱がみられたが,精巣における AR 遺伝子発現量を
検索したところ,各群に有意な差は認められなかった.それに対して,IUE+NE 1-10
µg の 2 群における ERα の免疫染色では,ERα 遺伝子の発現低下と一致して,染色
16
性の減弱が観察された.AR および ERα の免疫染色における染色性の低下は,受容
体の量あるいは活性の低下と関連していることが推察され,とくに IUE+NE 1-10 µg
の 2 群では,アンドロゲンおよびエストロゲンに対するモニタリング機構の破綻が
示唆された.また,精巣における AR,ERα の免疫染色性ならびに AR,ERα,StAR
遺伝子発現に関して,IUE+NE 0.1 μg 曝露では顕著な変化は認められなかったが,
血中 LH およびテストステロン濃度は,
Control 群と比較して有意に低値を示した.
以上のことから,視床下部-下垂体機能は精巣機能が障害される曝露量よりもより
低濃度で攪乱されることが考えられた.
出生後における精巣上体の発達は比較的ゆっくりと進み,ライディッヒ細胞から
テストステロン分泌が盛んとなる春機発動期以後,急速に発達することが知られて
いる(Ramirez et al., 1999; Sun and Flickinger. 1979).Bellido ら(1990)はエストラ
ジオール(E2)の新生子期曝露において,精巣はゴナドトロピン分泌の低下を介し
て間接的に,精巣上体は E2 により直接的に障害されることを報告している.本実
験では,IUE+NE 0.1-10 µg の DES 曝露により,性成熟後のテストステロン濃度が
顕著に低下したため,DES が精巣上体に直接的に及ぼした影響を見極めることは
困難であるが,IUE+NE 1-10 µg の 2 群で精巣上体管における AR 免疫染色性の減弱
が認められた.IUE+NE 1-10 µg の 2 群で観察された精巣上体管の著しい低形成は,
血中テストステロン濃度の低下と,精巣上体における AR 活性の低下により,相乗
的に引き起こされたと推察される.
本実験結果のまとめを表 3 に示した.子宮内曝露のみの IUE 群では,顕著な組
織学的変化はみられなかったが,妊孕能のない個体が 5 個体中 2 例存在し,また,
Control 群との間に統計学的有意差はみられないものの,個体レベルでみると血中
のゴナドトロピン濃度および精巣における ERα 遺伝子発現が低下する傾向が認め
られた.IUE 群における妊孕能の低下は,これらのパラメーターの変動が関与して
いるか,もしくは胎子期における DES の曝露が,生殖行動に関与する脳の性分化
に何らかの影響を及ぼした可能性が示唆される.
本実験により,マウスの胎子期および新生子期における DES の曝露は,性成熟
後の FSH,LH 分泌およびステロイドホルモンレセプター遺伝子発現に変化をもた
らし,ゴナドトロピン分泌の制御は,生殖器よりもより低濃度のエストロゲン様物
質で影響を受けることが示された.さらに,雄マウスの妊孕能はテストステロン濃
17
度,とくにステロイドホルモン産生の律速因子である StAR 遺伝子発現と密接に関
わっており,内分泌攪乱化学物質が StAR 遺伝子に与える影響の重要性が示唆され
た.
18
表 3. Outline of this study.
IUE
IUE+
NE 0.1 µg
IUE+
NE 1 µg
IUE+
NE 10 µg
Thinning of germ cell layers
-
-
-
+
Hypoplasia of Leydig cells
-
±
±
+
Decrease of AR immunoreaction
-
-
±
±
Decrease of ERα immunoreaction
-
-
±
+
Fertility rate
Testis
AR mRNA expression
ERα mRNA expression
StAR mRNA expression
Plasma hormone levels
FSH
LH
Testosterone
: No change.
: Tendency to decrease (0.05≦P≦0.20).
: Significant decrease (P<
0.05).
: Significant decrease (P<0.01).
-: No change; ±: Slight change; +: Remarkable change in the results of the histological and
immunohistochemical analyses.
19
Ⅰ‐5
小 括
人類はこれまでに 1,700 万種類以上もの化学物質を合成し,その中で我々の身近
に存在するものでも 5~10 万種類といわれている.これらのごく一部については,
外因性内分泌攪乱化学物質としての作用が明らかとなっており,その大半がエスト
ロゲン様作用を持つことから,ヒトを含めた哺乳動物への影響が懸念されている.
個体の器官形成期における ER の発現は,生殖腺をはじめ中枢神経系など広範囲に
わたり,それ故にエストロゲン様物質は,胚発生において様々な組織および器官の
発達・分化,フィードバック機構の機能獲得に影響を及ぼすことが想定される.し
かしながら,内分泌攪乱化学物質がどれくらいの濃度で,またどのような機序でフ
ィードバック機構の破綻を招来するのか,その作用メカニズムには不明な点が多く,
さらに内分泌攪乱化学物質が,単なるホルモン作用ではなく種々の転写因子活性に
影響を及ぼすなど,近年,分子毒性作用を有する可能性も想定されている.本実験
では,器官形成期におけるエストロゲン様物質が如何にして視床下部-下垂体-性
腺軸のフィードバック機構を破綻し,生殖機能を低下させるのか解明すべく,合成
エストロゲン DES の高濃度曝露による顕著な生殖障害から,低濃度曝露による軽
微な影響までを網羅した各曝露群を設定し,成熟時の雄マウスにおける生殖器系お
よび内分泌系について,曝露量とその影響を評価した.
その結果,性成熟後の精巣では,DES の曝露量に相関して精上皮の菲薄化およ
びライディッヒ細胞の低形成がみられ,さらに AR,ERα の免疫染色性の低下が観
察された.また,血中 FSH,LH およびテストステロン濃度は曝露量に相関して減
少した.精巣における ERα 遺伝子発現ならびにステロイドホルモン産生の律速因
子である StAR 蛋白の遺伝子発現は,全個体不妊の DES 曝露群で有意に低下し,長
期にわたる視床下部-下垂体-性腺軸の機能障害が示された.本実験により,マウ
スの胎子期および新生子期における DES の曝露は,性成熟後の FSH,LH 分泌およ
びステロイドホルモンレセプター遺伝子発現に変化をもたらし,ゴナドトロピン分
泌の制御は,生殖器よりもより低濃度のエストロゲン様物質で影響を受けることが
示された.さらに,雄マウスの妊孕能はテストステロン濃度,とくにステロイドホ
ルモン産生の律速因子である StAR 遺伝子発現と密接に関わっており,内分泌攪乱
化学物質が StAR 遺伝子に与える影響の重要性が示唆された.
20
本章の内容については,Journal of Veterinary Medical Science, 68: 1257–1267, 2006
に公表された.
21
第Ⅱ章
新生子期内分泌攪乱化学物質曝露による
雄マウス生殖障害に対する activin A(ACT)および
equine chorionic gonadotropin(eCG)の作用
22
Ⅱ‐1
小 緒
雄動物へのエストロゲン様物質曝露は,精巣および副生殖腺の重量低下や精子数
の減少,運動率の低下を引き起こすことが従来報告されてきた(Arai et al., 1983).
近年,器官形成期における高濃度のエストロゲン様物質曝露が,精巣のセルトリ細
胞数の減少(Saunders et al., 1998; van Pelt et al., 1999)やセルトリ細胞の機能異常を
引き起こすこと(Sharpe et al., 1998),さらに DES とテストステロンの同時投与が
生殖細胞数の減少を抑えること(Atanassova et al., 2005)が報告され,生殖障害に
至るエストロゲン様物質の作用メカニズムは非常に複雑で不明な点が多い.一方,
下垂体からのゴナドトロピン分泌の制御は,生殖器よりもより低濃度のエストロゲ
ン様物質で影響を受けることが示され,器官形成期におけるエストロゲン様物質の
曝露は,長期にわたり生殖内分泌系およびそれらの遺伝子発現に影響を与え,視床
下部-下垂体-性腺系におけるフィードバック機構の破綻を招来することが明ら
かとなった(Warita et al., 2006).
エストロゲン様物質のさらに詳細な作用メカニズムを解明するため,DES の新
生子期曝露により生殖障害モデル雄マウスを作製し,FSH・LH 作用を有する生理
活性物質に対する生体反応を検討した.ウマ絨毛性ゴナドトロピン(eCG,または
妊馬血清性ゴナドトロピン PMSG)は,α および β サブユニットで構成され,β サ
ブユニットは eLH と同一の遺伝子でコードされている.興味深いことにウマ以外
の動物では LH 作用に加えて強い FSH 作用を有する性腺刺激ホルモンとして知ら
れている(Combarnous et al., 1981; Stewart et al., 1976).また,transforming growth
factor β (TGF-β) superfamily に属するアクチビン A(ACT)は,下垂体からの FSH
分泌促進をはじめ,視床下部からの GnRH 分泌や精祖細胞の DNA 合成に関わるな
ど,その他,数多くの生理活性が報告されている(Boitani et al., 1995; Hakovirta et al.,
1993).予備実験として,eCG および ACT を,ゴナドトロピン放出ホルモン GnRH
の産生不全(ゴナドトロピン欠損)である hypogonadal mouse(hpg マウス)に 2
週間投与したところ,極めて未発達だった精巣に著しいライディッヒ細胞の増殖と
精子形成が観察され,また,テストステロン産生の亢進がみられることが明らかと
なった(unpublished data).
これらの予備実験データを踏まえ,本研究では,器官形成期のエストロゲン様物
23
質曝露により低下した精子形成能力が,hpg マウスと同様に eCG や ACT によって
顕著に回復するか否か,また,これらの生理活性物質に対する生体反応から,エス
トロゲン様物質の作用機構の一端を解明することを試みた.具体的には,確実に不
妊を引き起こす DES 100 µg を新生子期の雄マウスに単回投与し,生殖障害モデル
雄マウスを作製後,性成熟に達する 6 週齢から 8 週齢にかけて eCG および eCG+ACT
の投与を行い,その効果を検討した.eCG および ACT の影響を形態学的,内分泌
学的に評価し,脳および生殖器系諸器官の未分化な時期に曝露したエストロゲン様
物質が生殖障害を引き起こす作用機序,ならびに視床下部-下垂体-性腺軸の回復
能力を検討した.
24
Ⅱ‐2
材料と方法
1.供試動物
未経産の ICR 雌マウス(Japan SLC Inc.)を交配し,得られた新生子雄マウス(n
= 29)を本実験に用いた.授乳期には発育格差のないように,母マウス 1 匹当たり
新生子マウス 8 匹(雄 3~4 匹を含む)に揃えて飼育し実験に供した.動物は,北
里大学ならびに神戸大学の実験動物施設で 12~14 時間の人工照明および 21~24℃の
室温下で飼育した.飼料はノーサン実験動物用飼料ラボ MR-A1(NOSAN Corp.)
を,飲水は給水瓶で自由摂取させた.本実験における動物の飼育および実験は「神
戸大学動物実験実施規則」に基づき動物愛護・福祉を考慮して適切な実験環境の下
で行った.
2.投与物質と投与スケジュール
マウス 1 匹あたりの投与量が 10 µL となるように Sesame oil(Kanto Chemical Co.,
Inc.)で DES(Sigma-Aldrich Corp.)を適宜希釈調製し,22 匹の 3 日齢新生子雄マ
ウスに DES 100 µg/animal の単回投与を行った.その後,6 週齢から 8 週齢にかけ
て 1 日 1 回,PBS を投与した群を Control 群(DES+PBS),eCG (Teikoku Zouki Co.,
Tokyo, Japan) を投与した群を eCG 群(DES+eCG),eCG に加えて ACT(Hasegawa
et al., 1994)を投与した群を eCG+ACT 群(DES+eCG+ACT)とした.具体的には
Control 群(n = 7)に PBS 200 µL を腹腔内投与し,また,eCG 群(n = 7)には 5 単
位の eCG を含んだ PBS 200 µL の腹腔内投与,eCG+ACT 群(n = 8)には 5 単位の
eCG に加えて 20 µg の ACT を含んだ PBS 200 µL の腹腔内投与を行った.また,
比較対照として未処置未投与の Untreated 群を設け,8 週齢および 12 週齢での影響
を検討した.
3.8 週齢雄マウスの採材
精 巣 に お け る 増 殖 性 細 胞 の 同 定 を 行 う た め , 採 材 2 時 間 前 に 30 mg/kg
5-bromo-2′-deoxyuridine(以下,BrdU)labeling reagent(Amersham Pharmacia, Tokyo,
Japan)を腹腔内投与した.マウスをエーテルで麻酔し,頚静脈からヘパリン採血
後,頚椎脱臼による安楽死処置を行った.血中ホルモン濃度を測定するため,採取
25
した血液を 3,000 回転,10 分間遠心分離し,得られた血漿を-80℃下で保存した.
また,精巣および副生殖腺を採取し,組織重量を測定した.
4.繁殖試験および 12 週齢雄マウスの採材
8 週齢に達した各群の雄マウス(n = 3–4)を,妊孕能を確認した 1 回経産雌マウ
スと 2 週間 1 対 1 で同居させ,妊孕能を判定した.雄マウスにおける交配の確認と
して,雌マウスの膣栓の有無を指標とした.12 週齢時に精巣を採材し,組織学的
解析を行った.
5.一般組織学的解析および免疫組織化学的解析
右の精巣および精巣上体を 10%中性緩衝ホルマリンで 24 時間固定し,脱水,透
徹 後 , パ ラ フ ィ ン に 包 埋 し た . 滑 走 式 ミ ク ロ ト ー ム ( Leica SM2000R, Leica
Microsystems AG)を用いて 5 µm 厚の間断連続切片を作製し,常法に従ってヘマト
キシリン‐エオジン(H&E; Merck & Co., Inc.)染色を施し,各切片の一般形態観察
を行った.
免疫組織学的解析として,抗 AR 抗体(Affinity Bio Reagents, Inc.)
,抗 StAR 抗体
(a generous gift from Dr. Jerome F. Strauss III of the Virginia Commonwealth University,
Richmond)および抗 BrdU モノクローナル抗体(Amersham Pharmacia)を用い,精
巣の抗 AR 染色,抗 StAR 染色,抗 BrdU 染色を行った.抗原の賦活化処理として,
脱パラフィンした切片を 10 mM クエン酸ナトリウム緩衝液(pH 6.0)に浸し,マ
イクロウェーブ迅速試料処理装置 MI-77(Azumaya Co., Inc.)で 95℃,30 分間,マ
イクロウェーブ照射を行った.切片を室温まで冷却後,10 mM PBS で 3 回洗浄し,
0.3%H2O2 加メタノール 20 分処理により,内因性ペルオキシダーゼ除去を行った.
PBS で 3 回洗浄後,抗 AR 染色および抗 StAR 染色においては,10%ヤギ正常血清
で 10 分間ブロッキングし,200 倍希釈した抗 AR 抗体および 500 倍希釈した抗 StAR
抗体を 14 時間,4℃の条件下で反応させた.その後,LSAB 法の原理を用いた
Histofine SAB-PO (R) Kit(Nichirei Corp., Tokyo, Japan)により,酵素抗体反応を行
い,DAB 発色を行った.抗 BrdU 染色では,内因性ペルオキシダーゼ除去後,内在
性マウス IgG の除去を行い,抗 BrdU モノクローナル抗体を室温下で 2 時間反応さ
せた.その後,HistoMouse Plus Kit(Zymed Laboratories, Inc., San Francisco, CA, USA)
26
のプロトコールに従って酵素抗体反応を行い,3-amino-9-ethylcarbazole で発色を行
った.
6.Cell proliferation index の算出(図 8)
1 個体の精巣から無作為に選んだ 3 切片について抗 BrdU 染色を行い,切片上の全
精細管に関し Bak と Panos(1997)の変法を用いて以下の如く点数化した.
4 点:80%以上の精祖細胞に染色性が認められる.
3 点:50 以上 80%未満の精祖細胞に染色性が認められる.
2 点:20 以上 50%未満の精祖細胞に染色性が認められる.
1 点:20%未満の精祖細胞に染色性が認められる.
0 点:無染色である.
上 記 の ス コ ア に 各 ス コ ア の 精 細 管 数 を 乗 じ , 全 精 細 管 数 で 除 し た 値 を Cell
proliferation index とした.
Cell proliferation index =
各スコア×精細管数
全精細管数
7.走査型電子顕微鏡(Scanning electron microscope; SEM)解析
Morecki と Becker(1968)の方法に従い,パラフィン包埋された精巣を脱パラフ
ィン後,0.1 M PBS で洗浄し,0.2% osmium tetroxide で 4℃下,一晩固定した.エタ
ノ ー ル で 脱 水 処 理 後 , t-butyl alcohol freeze-drying method に よ り 乾 燥 さ せ ,
Hitachi-1038(Hitachi Ltd., Tokyo, Japan)を用いて platinum-palladium コーティング
を行った.観察は走査型電子顕微鏡 S4300(Hitachi)を用いて行った.
8.内分泌学的検索
Eu-labeled rat LH および Eu-labeled rabbit antibody against BSA conjugated with
testosterone を用いて,Sugino ら(2002)の方法に準じ,時間分解蛍光免疫測定法
(TR-FIA)により,血中 LH およびテストステロン濃度を測定した.
9.統計学的解析
体重,組織重量,Cell proliferation index,血中ホルモン濃度について,StatView
27
software for Windows(version 5.0; SAS Institute Inc.)を用い,統計学的解析を行った.
多群間の組み合わせ検定として one-way analysis of variance(ANOVA)および
Tukey-Kramer multiple comparison test を行い,危険率 5%未満を有意差有りとした.
28
Ⅱ‐3
結 果
1.肉眼所見
Untreated 群と比較し,不妊雄マウスからなる Control 群,eCG 群,eCG+ACT 群
で,精巣および副生殖腺の小型化が観察されたが,その他の病理学的異常所見はみ
られなかった.
2.体重および組織重量
各群 8 週齢における体重および絶対・相対(体重比)組織重量を表 4 に示した.
Untreated 群の体重と比較し,DES 曝露群の体重はすべて有意(P<0.01, respectively)
な低下が認められた.DES 曝露群間で比較すると,不妊雄マウスからなる Control
群,eCG 群,eCG+ACT 群との間で体重における有意な差はみられなかった.精巣,
精巣上体および凝固腺を含む精嚢腺の絶対組織重量では,Untreated 群と比較し,
DES 曝露群ですべて有意(P<0.01, respectively)な低下が認められたが,DES 曝露
群間で比較すると,Control 群,eCG 群,eCG+ACT 群との間で精巣,精巣上体およ
び精嚢腺の絶対組織重量に有意な差はみられなかった.精巣における相対組織重量
では,Untreated 群と比較し,DES 曝露群ですべて有意(P<0.05, respectively)な低
下が認められ,精巣上体の相対組織重量では,Untreated 群と比較して,Control 群
および eCG+ACT 群で有意(P<0.01, P<0.05, respectively)な低下がみられた.また,
精嚢の相対組織重量では,Untreated 群と比較し,DES 曝露群ですべて有意(P<0.01,
respectively)な低下が認められたが,DES 曝露群間で比較すると,Control 群,eCG
群,eCG+ACT 群との間で相対組織重量に有意な差はみられなかった.
3.一般組織学的および SEM 所見
Untreated 群(図 9a)では 8 週齢雄マウスの正常な精子形成像とライディッヒ細
胞が観察されたのに対し,不妊雄マウスの Control 群(図 9b)では,生殖細胞の減
数に伴う精上皮の菲薄化とライディッヒ細胞の著しい低形成がみられ,精細管内に
は生殖細胞が変性した多核細胞が観察された.一方 eCG 群(図 9c)では,Control
群と比較し,著しい精上皮の肥厚がみられ,また,ライディッヒ細胞数の増加が認
められた.しかしながら,精細管内には Control 群と同様に変性した多核細胞が散
29
見された.eCG+ACT 群(図 9d)では正常な精子形成がみられ,Untreated 群と同様
の精巣組織像が観察された.
Control 群の精細管における SEM 像では,精上皮の菲薄化に伴う精細管内腔の著
しい増大が観察されたが,eCG+ACT 群では生殖細胞が顕著に増加し,活発な精子
形成像がみられた(図 9e,f).
4.免疫組織化学的所見
精巣における抗 AR 染色では,ライディッヒ細胞,セルトリ細胞および筋様細胞
の核が陽性を示した(図 10).Untreated 群と比較し,Control 群では AR 陽性細胞
数の減少がみられ,ライディッヒ細胞核の免疫染色性の減弱が認められた.eCG 群
では,AR 陽性ライディッヒ細胞の増加ならび免疫染色性の増強が観察された.一
方,eCG+ACT 群では,Control 群に比べ免疫染色性が増強したものの,eCG 群より
もその染色強度は低かった.
抗 StAR 染色では,ライディッヒ細胞の細胞質が陽性を示した(図 11).Untreated
群と比較し,Control 群では StAR の染色強度および染色領域が著しく減少したが,
eCG および eCG+ACT の投与により,それらが著しく回復した.StAR の免疫染色
性に関して,eCG 群と eCG+ACT 群との間に顕著な差はみられなかった.
5.Cell proliferation index
精巣における細胞増殖能を表す Cell proliferation index を図 12 に示した.Untreated
群(1.93±0.06)と比較し,不妊雄マウスからなる Control 群(1.57±0.01)では細胞
増殖能の有意(P<0.01)な低下が認められた.一方,eCG 群(1.85 ± 0.04)および
eCG+ACT 群(1.98 ± 0.03)では,Control 群と比較して,細胞増殖能が有意(P<0.01,
respectively)に回復した.さらに eCG+ACT 群は eCG 群よりも Cell proliferation index
が有意(P<0.01)に高く,細胞増殖能が Untreated 群と同等のレベルにまで回復し
た.
6.内分泌学的所見
各群の血中 LH およびテストステロン濃度を図 13 に示した.不妊雄マウスから
なる Control 群の血中 LH 濃度は,Untreated 群と比較して有意(P<0.05)に低下し
30
た.eCG および eCG+ACT の投与により,血中 LH 濃度は Control 群および Untreated
群と比較して有意(P<0.01 for both)な増加が観察された.血中テストステロン濃
度は,Untreated 群と比較し,Control 群で著しい低下(P<0.01)がみられたが,eCG
群と eCG+ACT 群では有意(P<0.01)な増加が認められ,Untreated 群と同等のレベ
ルにまで回復した.
7.妊孕能
Untreated 群(n = 3)の妊孕能が 100%であったのに対し,Control 群(n = 3)で
は全例不妊であった.eCG 群(n = 3)においても Control 群と同様,妊孕能はみら
れず,雌マウスの膣栓形成も認められなかった.一方,eCG+ACT 群(n = 4)では
4 個体中 1 例,雌マウスに膣栓形成が確認されたが,妊娠・分娩には至らず,他の
3 例も不妊であった.
8.12 週齢における精巣の一般組織学的所見
eCG および ACT の投与を停止して 4 週間後の 12 週齢における eCG 群,eCG+ACT
群の精巣組織像を図 14 に示した.8 週齢で顕著に精巣組織の回復がみられた両群
の組織像は一変し,精細管内構成細胞数の減少ならびにライディッヒ細胞の著しい
萎縮が観察された.
31
表 4. 各群 8 週齢における体重および絶対・相対組織重量(mean ± SD).
No. of male mice examined
Untreated
Control
4
4
eCG
eCG+ACT
4
b
4
b
31.8 ± 2.0 b
39.8 ± 1.6
33.3 ± 2.1
134.5 ± 10.6
89.0 ± 4.0 b
92.3 ± 14.0 b
83.7 ± 8.1 b
46.1 ± 4.0
23.9 ± 5.6 b
32.6 ± 2.1 b
26.3 ± 4.2 b
326.8 ± 11.0
83.2 ± 40.2 b
115.1 ± 51.7 b
86.9 ± 14.6 b
Testis
0.338 ± 0.035
0.267 ± 0.013 a
0.264 ± 0.041 a
0.264 ± 0.024 a
Epididymis
0.116 ± 0.011
0.072 ± 0.019 b
0.093 ± 0.006
0.083 ± 0.013 a
Seminal vesicles
0.822 ± 0.047
0.249 ± 0.117 b
0.328 ± 0.146 b
0.273 ± 0.044 b
Body weight (g)
35.0 ± 2.3
Absolute organ weights (mg)
Testis
Epididymis
Seminal vesicles
Relative organ weights (%)
The right testis and epididymis were weighed. The weight of the seminal vesicles includes the weight of the
coagulating glands. The relative organ weights are a percentage of body weights.
a, b
: significantly different from the Untreated group, P < 0.05 P < 0.01, respectively. Both in the body weights
and in the absolute and relative organ weights, there was no significant difference among the Control, eCG, and
eCG+ACT groups.
32
Ⅱ‐4
考 察
器官形成期におけるエストロゲン様物質の曝露は,雄動物において中枢神経系の
脱雄性化やアンドロゲン依存性の器官発達障害を引き起こし,様々な実験動物で長
期にわたる組織学的,内分泌学的,分子毒性学的変化を引き起こすことが報告され
ている(Ohta et al., 1995; Shibayama et al., 2001).本実験では,さらに詳細な作用メ
カニズムを検討するため,DES 100 µg の新生子期曝露により生殖障害モデル雄マ
ウスを作製し,eCG,ならびに ACT の作用を検討した.TGF-β superfamily に属す
る ACT は,下垂体前葉における FSH 産生および分泌を促進し,視床下部-下垂体
-性腺軸において典型的な負のフィードバック機構を示す蛋白として同定された
(Burger et al., 1988)
.ACT は近年,生殖機能に関連した作用以外に細胞の分化や
機能調節など,様々な生理作用を示すことが明らかとなっている.一方,eCG はウ
マ以外の動物種で FSH 作用(雌)および LH 作用(雄)を有し,生物学的製剤 PMSG
として繁殖障害の治療や過剰排卵誘起等に利用されている.eCG は雄動物では精子
形成を促し,我々が予備実験として行った hpg マウス(先天性 GnRH 欠損マウス)
への投与実験においても,未熟な精巣に著しいライディッヒ細胞の増加と精子形成
が観察され,さらにテストステロン産生の亢進が認められた(data not shown).す
なわち,雄マウスへの eCG 投与は強力な LH 作用を有することが明らかとなった.
本実験では,新生子期における DES 曝露により生殖障害を起こした雄マウスに,
ACT および eCG を投与し,その生体反応をみることで不可逆的な生殖障害に至る
より詳細な作用機序を検討した.
DES 100 µg の新生子期曝露を行い 6~8 週齢にかけて PBS を投与した Control 群
では,Untreated 群と比較して顕著な精上皮の菲薄化が観察されたが,6~8 週齢に
かけて eCG を投与することにより,精細管内構成細胞およびライディッヒ細胞の
著しい増加が認められた.eCG に加えてさらに ACT を投与した eCG+ACT 群では
精子形成がみられ,Cell proliferation index の結果から,Untreated 群と同等の細胞増
殖能を有していることが明らかとなった.ACT の細胞内シグナル伝達は activin type
II receptor(ACVR2A および ACVR2B)を介して始まり,ラット精巣における in situ
hybridization 解析では,円形精子細胞とパキテン期の精母細胞に ACVR2A シグナル,
ライディッヒ細胞に弱い ACVR2B シグナルが存在することが知られている
33
(Cameron et al., 1994).また,in vitro では ACT が精粗細胞分裂における DNA 合
成の調節に関わっていることが報告されている(Boitani et al., 1995; Hakovirta et al.,
1993; Mather et al., 1990).DES の新生子期曝露により障害された精巣は,eCG や
ACT 投与に対して顕著に反応し,精巣組織像の回復がみられたが,それらの投与
停止後には精子形成の低下ならびにライディッヒ細胞の著しい萎縮が認められた.
すなわち,新生子期 DES 曝露により障害された精巣は回復能力を有し,かつその
回復が eCG や ACT の投与期間中のみであったことから,精巣の機能低下は,視床
下部-下垂体系の機能異常を介した間接的なものであることが推察された.
8 週齢における精巣の AR 免疫染色では,Control 群でライディッヒ細胞核の染色
性の減弱が認められたが,eCG および eCG+ACT の投与により染色性の著しい増強
が観察された.AR の免疫染色性の変化はその量あるいは活性の変化を示している
と考えられ,新生子期 DES 曝露により低下した AR 免疫染色性は,eCG や ACT に
より正常動物と同等のレベルにまで回復することが明らかとなった.
内分泌学的には,新生子期 DES 曝露により血中 LH およびテストステロン濃度
が健常動物に比べ有意に低値を示したが,eCG および eCG+ACT の投与により,著
しいホルモン濃度の増加が認められた.とくにテストステロン濃度の増加において
は eCG の単独投与で顕著であった.eCG の LH 作用と増加した血中 LH がライディ
ッヒ細胞を刺激し,テストステロン産生を促したものと考えられる. ACT はライ
ディッヒ細胞からのテストステロン分泌を抑制することが報告されており(Hsueh
et al., 1987; Lin et al., 1989),eCG 群に比べ eCG+ACT 群でテストステロン濃度が低
値を示した原因として,ACT によるテストステロン分泌抑制が関与している可能
性が示唆される.
ステロイドホルモン産生の律速因子である StAR の免疫染色ではライディッヒ細
胞の細胞質が染色性を示し,新生子期 DES 曝露によりその染色性の減弱が認めら
れた.eCG および eCG+ACT の投与により StAR の免疫染色性は著しく増強し,血
中テストステロン濃度の増加とおおよそ一致する結果となった.すなわち,新生子
期 DES 曝露は性成熟後のライディッヒ細胞における StAR 蛋白量を低下させるが,
不可逆的な低下ではなく,正常動物のレベルにまで StAR 蛋白量を回復する能力を
有していることが明らかとなった.
8 週齢における eCG+ACT 群では,健常動物と同等の精巣組織像が観察されたが
34
妊孕能はみられず,4 個体中 1 例のみ雌マウスに膣栓を形成したものの分娩には至
らなかった.精粗細胞が精子に成熟するまでに要する時間は,本実験で行った eCG
および ACT の投与期間より長いため,さらに投与期間を延長すれば妊孕能が回復
した可能性が考えられる.あるいは,組織学的な回復がみられたに過ぎず,精子の
運動率低下や,受精に至るまでの時間延長,すなわち卵細胞の過成熟(Butcher,
1981)などにより,妊孕能がみられなかった可能性が示唆される.eCG 群のすべて
の個体および eCG+ACT 群の 4 個体中 3 例では,雌マウスの膣栓形成が認められな
かった.性ステロイドホルモンは脳における性的二型核の形成に関与し(Kelly et al.,
1999; MacLusky and Naftolin, 1981),それ故に本能行動や認知に大きな影響を及ぼす
ことが知られている(Arnold and Gorski, 1984).本実験において,新生子期 DES 曝
露は生殖行動に必要な脳機能を不可逆的に障害した可能性が考えられる.
以上のことから,新生子期 DES 曝露により低下した精巣機能は,回復能力を有
していることが示されたとともに,回復した精子形成が eCG/ACT の投与期間のみ
であったことから,視床下部-下垂体-性腺軸一連の不可逆的な機能障害メカニズ
ムにおいては,より中枢側の責任が大きいことが明らかとなった.
35
Ⅱ‐5
小 括
器官形成期におけるエストロゲン様物質の曝露は,雄動物において中枢神経系の
脱雄性化やアンドロゲン依存性の器官発達障害を引き起こし,様々な実験動物で長
期にわたる組織学的,内分泌学的,分子毒性学的変化を引き起こすことが報告され
ている.本実験では,エストロゲン様物質のさらに詳細な作用メカニズムを検討す
るため,DES 100 µg 新生子期曝露により生殖障害モデル雄マウスを作製し,FSH
および LH 作用を有する eCG,ならびに下垂体からの FSH 分泌促進や精祖細胞の
有糸分裂に関わる ACT の投与を行った.生殖障害モデル雄マウスにおける eCG お
よび ACT の影響を形態学的,内分泌学的に評価し,脳および生殖器系諸器官の未
分化な時期に曝露したエストロゲン様物質が生殖障害を引き起こす作用機序,なら
びに視床下部-下垂体-性腺軸の回復能力を検討した.
その結果,Control(DES+PBS)群で精上皮の菲薄化,ライディッヒ細胞の低形
成および変性した多核の精子細胞がみられたのに対し,eCG 群(DES+eCG)では
精子細胞およびライディッヒ細胞の顕著な増加が認められた.さらに eCG+ACT 群
(DES+eCG+ACT)では,正常雄マウスと同様の精巣組織像が観察され,細胞増殖
能のマーカーである BrdU の定量免疫組織化学的解析により,造精機能の回復が裏
付けられた.また,ライディッヒ細胞における AR および StAR の免疫染色性は DES
曝露により顕著に低下したが,eCG および eCG+ACT 投与により正常雄マウスと同
程度にまで回復した.同様に,血中 LH およびテストステロン濃度は,DES 曝露に
より有意に低下したが,eCG および eCG+ACT 投与によって有意に増加した.しか
しながら,eCG/ACT 投与停止 4 週間後の 12 週齢雄マウスでは,精細管内構成細胞
数の著しい減少とライディッヒ細胞の萎縮が観察された.以上のことから,新生子
期 DES 曝露により低下した精巣機能は,回復能力を有していることが示されたと
ともに,回復した精子形成が eCG/ACT の投与期間のみであったことから,視床下
部-下垂体-性腺軸一連の機能障害メカニズムにおいては,より中枢側の責任が大
きいことが明らかとなった.
本章の内容については,Biology of Reproduction, 78: 59–67, 2008(Epub 2007 Oct
10)に公表された.
36
第Ⅲ章
外因性エストロゲン様物質がステロイドホルモン産生系
遺伝子のエピジェネティック転写制御に与える影響
37
Ⅲ‐1
小 緒
近年,細胞世代を超えて継承され得る,塩基配列の変化を伴わない遺伝子発現制
御について研究する新たなパラダイムとして,エピジェネティクスの領域が提唱さ
れた.クロマチンへの後天的な修飾により遺伝子発現が制御されるエピジェネティ
クスは,発生,分化に伴う細胞の表現型の記憶に中心的な役割を果たし,エピジェ
ネティクス系が異常となると細胞固有の形質が失われ,異常な細胞が生じる原因と
なる.重要な課題は,受精から始まる個体発生で連続的な細胞分裂,増殖,分化を
繰り返し,いかにして異なった形質が獲得・発揮され,記憶されているかを知るこ
と,そしてそれらの遺伝子発現記憶が,我々の周囲に存在する外部環境因子によっ
て異常を来たすか否か,すなわち,環境エピジェネティクスの展開である.
ステロイドホルモン合成の一連の水解酵素群に共通な転写因子である StAR 遺伝
子(Clark et al., 1994)がクローニングされて以来,そのプロモーター活性がステロ
イドホルモン産生の律速因子であり,さらに性分化関連遺伝子でもある
Ad4BP/SF-1 にも関与することが明らかとなった(Christenson et al., 2001; Sugawara
et al., 2000).StAR 蛋白によりミトコンドリア外膜から内膜への移行が促進された
コレステロールは,ミトコンドリア内膜に存在するコレステロール側鎖切断酵素
P450scc(CYP11A1)によってプレグネノロンへと変換され,その後,17α 位水酸
化酵素(CYP17),3β 位水酸基脱水素酵素(3β-HSD),17β 位水酸基脱水素酵素
(17β-HSD),芳香化酵素アロマターゼ(CYP19)の作用により性ホルモンへと変
換される.内分泌攪乱化学物質に曝露されることでステロイドホルモン合成が阻害
された場合,生物における発生や生殖において深刻な影響が表れることが想定され,
内分泌攪乱化学物質がステロイドホルモン産生系に与える影響は過小評価できる
ものではない.これまでに行った in vivo の実験データより,雄マウスの妊孕能は
テストステロン濃度,とくにステロイドホルモン産生の律速因子である StAR 遺伝
子発現と密接に関わっていることが推察され,内分泌攪乱化学物質が StAR 遺伝子
に与える影響の重要性が示唆された(Warita et al., 2006)
.また,コレステロールの
ミトコンドリア内膜への移行に引き続き,P450scc によって行われる側鎖切断は,
以後のステロイド合成を行う第一段階であり,ステロイドホルモン合成系に
P450scc が及ぼす影響は非常に大きい.
38
近年,温度感受性 Simian virus 40(tsSV40)大型 T 抗原遺伝子を導入したトラン
スジェニックマウスが作製され,これまでの癌化した株化細胞よりもより本来の性
質を保った培養細胞株が樹立されるようになった.これにより,従来よりもさらに
生体反応に近い in vitro の解析結果を得ることが可能となった.本実験ではこのト
ランスジェニックマウスから得られたライディッヒ細胞株 TTE1(Ohta et al., 2002)
を用い,外因性エストロゲン様物質が StAR および P450scc 遺伝子に与える直接的
な影響を解析し,ステロイドホルモン産生系遺伝子のサイレンシングとエストロゲ
ン様物質との関連性,ならびに生殖能の低下を引き起こすより詳細なメカニズムを
検討した.遺伝子の転写調節機構の解析には,従来,Reporter assay や Gel shift assay
などの方法が一般に行われてきたが,近年,免疫沈降法を利用して,クロマチンの
自然の状態を調べる新たな研究法(Chromatin Immunprecipitation assay; ChIP assay)
が確立され広く行われている(Christenson et al., 2001).本実験では,エストロゲン
様物質がライディッヒ細胞の StAR および P450scc 遺伝子発現に及ぼす影響を解析
し,また,これらの遺伝子のプロモーター領域におけるヒストンアセチル化の変化
について ChIP assay により検討することを試みた.
39
Ⅲ‐2
材料と方法
1.培養細胞
tsSV40 大型 T 抗原遺伝子導入トランスジェニックマウス由来ライディッヒ細胞
株 TTE1(富山大学 田渕圭章博士より供与)を本実験に供した.
2.培養試薬および培養方法
非働化したウシ胎仔血清 FBS(BioWest, Nuaillé, France)および Minimum Essential
Medium α(α MEM; Invitrogen-Gibco, Carlsbad, CA, USA)を用いて 10%FBS 加 α MEM
を作製し,TTE1 の細胞培養液とした.TTE1 の培養には,25 cm2 コラーゲンコー
ティングベントキャップフラスコ(Corning. Inc., Corning, NY, USA)を用い,33 ºC,
5% CO2 インキュベーターMCO-18AIC(SANYO Electric Co., Ltd. Osaka, Japan)内で
培養した.培養液はクリーンベンチ MCV-B131F(SANYO Electric Co., Ltd.)内で 2
~3 日おきに半量交換し,定期的に細胞の継代を行った.細胞の継代時には 0.05%
Trypsin-EDTA (Invitrogen-Gibco)を用いて細胞を剥離し,適宜,細胞数の調整を行
った.また,内分泌攪乱化学物質の添加実験の際には,6 well コラーゲンコーティ
ングプレート(Corning. Inc.)でコンフルエントになるまで培養後,TTE1 の細胞分
化を促すため,0.5%FBS 加 Phenol red free α-MEM に交換して 24 時間後に実験を
行った.
3.添加物質および濃度
DES
(Sigma-Aldrich Corp.)を Dimethyl sulfoxide(DMSO; Wako Pure Chemical, Osaka,
Japan)に溶解し,培養液への添加時には DMSO 含有量が全体の 0.1%となるよう
にした.予備実験の結果から,添加する DES の終濃度は 10 fg/ml,1 pg/ml,100 pg/ml,
10 ng/ml,1 µg/ml の 5 段階に設定し,培養液に添加後,穏やかにピペッティングし
て 24 時間培養を行った.さらに合成エストロゲン DES の比較対象として,DES
と同等の力価を有する天然エストロゲン Estradiol 17β(E2; Wako Pure Chemical)を
用い,添加実験を行った.なお,DES および E2 の溶媒である DMSO を培養液に
0.1%添加したものを Control 群とした.
40
4.8-bromo-cyclic adenosine monophosphate(8-Br-cAMP)の添加実験
DES が StAR をはじめとする cAMP 反応性遺伝子の発現誘導に影響を及ぼすか否
かを検討するため,DES とともに 24 時間培養した TTE1 に 0.5 mM 8-Br-cAMP
(Sigma-Aldrich Corp., St. Louis, USA)を添加し,3 時間後の細胞反応を検討した.
5.TTE1 の回収
6 well プ レ ー ト を 氷 上 に 置 き , 培 養 上 清 を 吸 引 除 去 後 , TRIzol ReagentTM
(Invitrogen Corporation)を 1 well につき 1 mL ずつ加えて細胞を溶解した.充分に
ピペッティングし,細胞を完全に溶解後,細胞溶解液を RNase free 1.5 mL チューブ
に移して-80℃で凍結保存した.
6.遺伝子発現解析
2 step RT-PCR 法により,TTE1 における StAR および P450scc 遺伝子の発現変化
を検索した.TRIzol ReagentTM (Invitrogen Corporation)のプロトコールに従い total
RNA を抽出し,Super ScriptTM First-Strand Synthesis System(Invitrogen Corporation)
を用いて cDNA を合成した.Taq DNA polymerase(TaKaRa Bio)および以下のプラ
イマーセットを用いて,PCR を行い,Internal standard として GAPDH を増幅した.
①Mus musculus StAR primer set(Product size:356 bp)
Sense primer:5'- gtt cct cgc tac gtt caa gc -3'
Antisense primer :5'- gaa aca cct tgc cca cat ct -3'
②Mus musculus P450scc primer set(Product size:224 bp)
Sense primer:5'- gct gga agg tgt agc tca gg -3'
Antisense primer :5'- cac tgg tgt gga aca tct gg -3'
③Mus musculus GAPDH primer set(Product size:451 bp)
Sense primer:5'- acc aca gtc cat gcc atc ac -3'
Antisense primer :5'- tcc acc acc ctg ttg ctg ta -3'
Denaturing 95℃ 30 秒,Annealing 58℃ 30 秒,Extending 72℃ 60 秒の条件で,StAR
においては 24 cycles,P450scc においては 27 cycles,GAPDH においては 19 cycles
で PCR を行い,2.5%アガロースゲル電気泳動を行った.得られたバンドについて
画像解析ソフトウェア CS Analyzer software(ATTO Corp., Tokyo, Japan)を用いてそ
41
の輝度を数値化した.
7.Chromatin Immunoprecipitation(ChIP)assay
StAR および P450scc 遺伝子におけるアセチル化ヒストンの解析として,クロマチ
ン免疫沈降法 ChIP assay を行った(図 15).ChIP assay kit(Upstate Cell Signaling
Solutions, Charlottesville, VA, USA)の添付プロトコールに従い,DNA とヒストン蛋
白をホルムアルデヒド(Wako Pure Chemical)で架橋し,超音波破砕機(500W,20
kHz,Output 15%,12 秒×8 回)を用いて,DNA を 200~1000 bp 程度に断片化した.
その後,3 μg の抗アセチル化ヒストン 3 抗体を用いて免疫沈降を行い,脱架橋後,
フェノール/クロロホルム抽出およびエタノール沈殿により,免疫沈降した DNA を
精製した.下記の特異的プライマーセットを用いて PCR を行い,目的領域のアセ
チル化状態を検討した.なお,コントロールとして免疫沈降前の断片化 DNA を
Input DNA として一部保存しておき,P450scc 遺伝子の PCR を行った.
①Mus musculus StAR proximal promoter region primer set(Product size:180 bp)
Sense primer:5'- ata tcc tct gcc cca tct cc -3'
Antisense primer :5'- agg ctg tgc atc atc act tg -3'
②Mus musculus P450scc promoter region primer set(Product size:200 bp)
Sense primer:5'- acc cat agg gtg gac act ga -3'
Antisense primer :5'- aac cac cag ctc aag gct aa -3'
Denaturing 94℃ 30 秒,Annealing 57℃ 30 秒,Extending 72℃ 60 秒の条件で,StAR,
P450scc ともに 33 cycles で PCR を行い,2.5%アガロースゲル電気泳動を行った.
得られたバンドについて画像解析ソフトウェア CS Analyzer software(ATTO
Corporation, Tokyo, Japan)を用いてその輝度を数値化した.
8.統計学的解析
RT-PCR および ChIP assay で得られたバンドの輝度について,StatView software for
Windows(version 5.0; SAS Institute Inc.)を用い,統計学的解析を行った.多群間の
組み合わせ検定として One-way analysis of variance(ANOVA)および Tukey-Kramer
multiple comparison test を行い,危険率 5%未満を有意差有りとした.
42
Ⅲ‐3
結 果
1.StAR 遺伝子発現量
DES 曝露 24 時間後における TTE1 の StAR 遺伝子発現量を図 16 に示した.
Control
群と比較し,10 fg/mL から 10 ng/mL の DES 曝露では StAR 遺伝子の発現に影響は
みられなかったが,1 µg/mL の DES で有意(P<0.01)な発現増加が認められた.
2.8-Br-cAMP による StAR 遺伝子発現誘導
DES に 24 時間曝露した TTE1 に 8-Br-cAMP を添加し 3 時間後の StAR 遺伝子発
現量を図 17 に示した.cAMP (-) Control 群と比較し,cAMP (+) Control 群および各
濃度の DES 曝露 TTE1 で有意(P<0.01)な StAR 遺伝子の発現増加が認められたが,
cAMP (+) Control 群と DES 曝露 TTE1 との間に顕著な差はみられなかった.
3.P450scc 遺伝子発現量
DES 曝露 24 時間後における TTE1 の P450scc 遺伝子発現量を図 18 に示した.
P450scc 遺伝子の発現は DES の曝露量に相関して低下する傾向が認められ,Control
群と比較して,10 ng/mL および 1 µg/mL の DES 曝露で有意(P<0.01)な発現低下
がみられた.
4.アセチル化ヒストン 3 の変化
StAR 遺伝子発現および P450scc 遺伝子発現において有意な変化がみられた DES 1
µg/mL に関し,DES と同等の力価を有する E2 を比較対象として各遺伝子のプロモ
ーター領域における ChIP assay を行った(図 19).その結果,StAR では DES 曝露,
E2 曝露ともに Control 群と比較して統計学的有意差は検出されなかった.一方,
P450scc では,DES 曝露により有意(P<0.05)な脱アセチル化が認められた.E2
曝露では P450scc のアセチル化状態に顕著な変化はみられず,Control 群と同等の
アセチル化状態であることが確認された.
43
Ⅲ‐4
考 察
内分泌攪乱化学物質は性ステロイドホルモン・受容体系を介して生殖機能に障害
をもたらすことが知られているが,その作用メカニズムの詳細は未だ不明な点が多
い.胎子・新生子期における内分泌攪乱化学物質の曝露により不可逆的な生殖障害
を引き起こすことが in vivo における解析結果で示されているが(Sharpe and
Skakkebæk, 1993),これらは内分泌攪乱化学物質がエピジェネティックな変化を介
してゲノムのインプリンティングに何らかの影響を及ぼしていることが示唆され
る(Li et al., 2003).これまでに行った in vivo の実験データより,雄マウスの妊孕
能はテストステロン濃度,とくにステロイドホルモン産生の律速因子である StAR
遺伝子発現と密接に関わっていることが推察され,内分泌攪乱化学物質が StAR 遺
伝子に与える影響の重要性が示唆された.これらを踏まえ,本実験では DES がラ
イディッヒ細胞に与える直接的な影響を解析し,内分泌攪乱化学物質とステロイド
産生細胞における遺伝子のサイレンシングとの関連性,ならびに生殖能の低下を引
き起こすより詳細なメカニズムを検討した.
tsSV40 大型 T 抗原遺伝子導入トランスジェニックマウスやラットは,機能保持
細胞株の樹立に非常に有用な動物で,これまでに種々組織から数多くの細胞株が樹
立されている.本実験ではこのトランスジェニックマウスから得られたライディッ
ヒ細胞株 TTE1 を用い,コレステロールのミトコンドリア外膜から内膜への移行に
関わりステロイドホルモン産生の律速因子として働く StAR,およびそれに引き続
いてコレステロールをプレグネノロンへと変換する側鎖切断酵素 P450scc に焦点を
当て,遺伝子発現解析を行った.その結果,StAR 遺伝子は 1 μg/mL の DES 曝露で
有意に発現が増加し,in vivo における遺伝子発現(Warita et al., 2006)とは相反す
る動態が認められた.StAR 遺伝子は LH 刺激により発現が誘導される cAMP 反応
性遺伝子であり,細胞内シグナル伝達への DES 曝露の影響を検討するために
8-Br-cAMP の添加実験を行ったところ,DES の曝露濃度に関わらず Control 群と同
様の発現誘導が認められ,DES がライディッヒ細胞の StAR 遺伝子発現に直接的に
与える影響はみられないと考えられた.一方,P450scc 遺伝子は DES の曝露量に相
関して発現減少が認められ,in vivo においてテストステロン産生低下を引き起こし
た原因の 1 つであると推察された.すなわち,P450scc 遺伝子は DES によって直接
44
的に,StAR 遺伝子は LH の低下を介して間接的に発現低下が引き起こされ,テスト
ステロン産生能低下を引き起こすことが明らかとなった.
クロマチンの基本構造をなすヒストン 8 量体はコアヒストン(ヒストン H2A,
H2B,H3,H4)が各2分子ずつ集まったものであり,近年,クロマチンは単なる
構造体ではなく,ダイナミックな遺伝子発現や発生・分化に大きく関与する要素で
あることがわかりつつある.コアヒストンの N 末端のヒストンテールは翻訳後修
飾を受け,遺伝子発現の調節に関与すると考えられている(Grunstein, 1997;
Kadonaga, 1998).翻訳後のヒストン修飾として,ADP-ribosylation,glycosylation,
メチル化,リン酸化,アセチル化が挙げられるが,その中で,ヒストンのアセチル
化は転写の活性化に関与していることが明らかとなっている.いくつかの転写共役
因子はヒストンアセチル化能を有しており(Brownell et al., 1996),転写因子などの
DNA 結合蛋白が遺伝子のプロモーター領域に結合すると,これらの共役因子を呼
び込み,ヒストンのアセチル化が引き起こされる.これにより,基礎転写装置が遺
伝子にアクセスすることができるようになり,遺伝子の転写が開始されると考えら
れている.遺伝子の転写調節機構の解析において,Reporter assay や Gel shift assay
などの方法が一般に行われているが,近年,クロマチン免疫沈降法 ChIP assay を利
用して,クロマチンの自然の状態を調べる実験法が確立され広く行われている.本
実験において,StAR 遺伝子がクロマチン修飾のレベルで DES の影響を受けるか否
かを検討するため,プロモーター領域について ChIP assay を行ったところ,Control
群との間に有意な差はみられなかった.一方,P450scc 遺伝子は,DES の曝露によ
りヒストン脱アセチル化が引き起こされることが明らかとなり,P450scc mRNA の
発現低下が裏付けられた.興味深いことに,天然エストロゲンの E2 曝露では,
P450scc 遺伝子の脱アセチル化が引き起こされないことが示された.すなわち,エ
ストロゲン様の内分泌攪乱化学物質は,ER に結合して作用するものの,その作用
機序はクロマチン修飾のレベルで内因性エストロゲンと異なることが初めて明ら
かとなった.
以上より,DES はライディッヒ細胞における StAR 遺伝子発現およびその cAMP
の反応性に影響を及ぼさず,コレステロールをプレグネノロンへと変換する側鎖切
断酵素 P450scc 遺伝子の発現低下を引き起こすことが明らかとなった.さらに DES
曝露が P450scc 遺伝子のヒストン脱アセチル化を引き起こし,一方,E2 曝露では
45
顕著な脱アセチル化がみられなかったことから,ステロイドホルモン産生系遺伝子
のエピジェネティクス制御への影響は,合成エストロゲンと天然エストロゲンで異
なることが明らかとなった.
46
Ⅲ‐5
小 括
細胞世代を超えて継承され得る,塩基配列の変化を伴わない遺伝子発現制御エピ
ジェネティクスは,発生,分化に伴う細胞の表現型の記憶に中心的な役割を果たし,
エピジェネティクス系が異常になると細胞固有の形質が失われ,異常な細胞が生じ
る原因となる.従来,調べられてきたような転写レベルでのゲノム『発現制御機構』は,
比較的早い細胞応答を担う機構と考えることが出来る.一方,より長期的なゲノム情報発
現機構として,近年,とくにエピジェネティクスによる遺伝子発現制御が大きく注目される
ようになってきている.これまでの in vivo における解析結果より,胎子・新生子期に
おける内分泌攪乱化学物質の曝露は不可逆的な生殖障害を引き起こすことが示さ
れた.これらは内分泌攪乱化学物質がエピジェネティックな変化を介してゲノムの
インプリンティングに何らかの影響を及ぼしていることが示唆される.これらを踏
まえ,本実験では DES がライディッヒ細胞に与える直接的な影響を解析し,内分
泌攪乱化学物質とステロイド産生細胞における遺伝子のサイレンシングとの関連
性,ならびに生殖能の低下を引き起こすより詳細なメカニズムを検討した.
本実験には,これまでの癌化した株化細胞よりもより本来の性質を保った tsSV40
大型 T 抗原遺伝子導入トランスジェニックマウス由来ライディッヒ細胞株 TTE1
を用い,ステロイドホルモン産生の律速因子として働く StAR,及びそれに引き続
いてコレステロールをプレグネノロンへと変換する側鎖切断酵素 P450scc に焦点を
当て解析を行った.その結果,DES はライディッヒ細胞における StAR 遺伝子発現
およびその cAMP の反応性に直接的な影響を及ぼさず,コレステロールをプレグネ
ノロンへと変換する側鎖切断酵素 P450scc 遺伝子の発現低下を引き起こすことが
示された.さらに P450scc 遺伝子では,DES の曝露によりヒストン脱アセチル化が
引き起こされることが明らかとなり,P450scc mRNA の発現低下が裏付けられた.
興味深いことに,天然エストロゲンの E2 曝露では,P450scc 遺伝子の脱アセチル
化が引き起こされないことが示された.すなわち,エストロゲン様の内分泌攪乱化
学物質は,ER に結合して作用するものの,その作用機序はクロマチン修飾のレベ
ルで内因性エストロゲンと異なることが明らかとなった.
47
総 括
内分泌攪乱作用が注視されることになった発端は,野生生物の生殖異常とホルモ
ン作用を有する物質との関連性が指摘されたことによる.日本の環境省では,内分
泌攪乱化学物質問題について,1998 年当時,
『人や野生生物の内分泌作用を攪乱し,
生殖機能阻害,悪性腫瘍等を引き起こす可能性のある内分泌攪乱化学物質による環
境汚染は,科学的には未解明な点が多く残されているものの,それが生物生存の基
本的条件に関わるものであり,世代を越えた深刻な影響をもたらすおそれがあるこ
とから環境保全上の重要課題』と位置づけた.生体内のホルモンや生理活性物質と
は異なり,外因性の化学物質には特異的な受容体が本来備わっているわけではない.
内分泌攪乱作用を有する化学物質にしても,ホルモンの受容体に作用するからとい
って,作用点がまったく同じである必然性もなく,1 つの内分泌攪乱化学物質の作
用点が多岐にわたることも十分に考えられる.これまでの研究により,内分泌攪乱
化学物質は個体の発生過程における顕在性の変化を引き起こすだけでなく,発生過
程で受けた潜在的な影響が後に成体となって顕在化する可能性も指摘され,曝露量
と曝露時期,中枢神経系・生殖器系・免疫系諸器官に及ぼす不可逆的な影響,そし
てその作用メカニズムが論点となった.観察された個体レベルでの事象が,内分泌
系の攪乱を通しての一次的影響なのか,二次的影響なのかを見極めるためには,そ
の作用メカニズムの解明が不可欠であり,また,個体レベルでの影響と細胞・分子
レベルでの変化との関連性も明らかにしていく必要がある.内分泌攪乱化学物質の
作用メカニズムの解明は,分子生物学的知見をもとに新しい時代に入ったといえる
が,器官形成・発達時期である胎子・新生子期での内分泌攪乱化学物質曝露が,長
期にわたって不可逆的にフィードバック機構の破綻を招来するメカニズムについ
ては不明な点が多い.本研究では,胎子・新生子期におけるエストロゲン様内分泌
攪乱化学物質の曝露によって,長期にわたる視床下部-下垂体-性腺軸の機能障害
が引き起こされることに着眼し,生殖障害を引き起こす作用メカニズムの一端を解
明することを試みた.
本研究では,エストロゲン様作用を有する数多くの化学物質の代表として合成エ
ストロゲンの DES を用い,胎子・新生子期における DES の曝露量とその影響の評
価を行った.また,eCG および ACT を用いて視床下部-下垂体-性腺軸の回復能
48
力を検討し,また,ステロイドホルモン産生系遺伝子のサイレンシングとエストロ
ゲン様物質との関連性を評価した.
低濃度から高濃度の DES 曝露群を設定し,性成熟時における雄マウスの生殖器
系および内分泌系について,曝露量とその影響を評価したところ,胎子期および新
生子期における DES の曝露は,性成熟後の FSH,LH 分泌およびステロイドホルモ
ンレセプター遺伝子発現に変化をもたらし,ゴナドトロピン分泌の制御は,生殖器
よりもより低濃度のエストロゲン様物質で影響を受けることが示された.さらに,
雄マウスの妊孕能はテストステロン濃度,とくにステロイドホルモン産生の律速因
子である StAR 遺伝子発現と密接に関わっており,内分泌攪乱化学物質が StAR 遺伝
子に与える影響の重要性が示唆された[Warita et al., J. Vet. Med. Sci., 68: 1257–67,
2006].
新生子期における高濃度 DES 曝露により生殖障害を起こした雄マウスに,eCG
および ACT の投与を行ったところ,精巣はこれらの生理活性物質に対して顕著に
反応し,精細管内構成細胞の増加やライディッヒ細胞における AR,StAR の免疫染
色性の回復,精粗細胞における細胞増殖能の増加,ならびに血中 LH・テストステ
ロン濃度の回復が認められた.しかしながら,eCG や ACT の投与停止後には精子
形成の低下とライディッヒ細胞の著しい萎縮が認められ,このことから,視床下部
-下垂体-性腺軸における一連の不可逆的な機能障害メカニズムにおいては,より
中枢側の責任が大きいことが明らかとなった[Warita et al., Biol. Reprod. 78: 59–67,
2008 (Epub 2007 Oct 10)].
エストロゲン様物質が直接的に精巣のステロイドホルモン産生系遺伝子発現と
その発現調節機構に与える影響を検討するため,ライディッヒ細胞の培養系を用い,
StAR 遺伝子とその cAMP 反応性を検討したところ,DES の曝露濃度に関わらず
Control 群と同様の発現が認められ,DES が StAR 遺伝子発現に直接的に与える影響
はみられないと考えられた.一方,P450scc 遺伝子は DES の曝露量に相関して発現
減少が認められ,in vivo においてテストステロン産生低下を引き起こした原因の 1
つであると推察された.転写因子などの DNA 結合蛋白が遺伝子のプロモーター領
域に結合すると,周囲の共役因子を呼び込み,ヒストンのアセチル化が引き起こさ
れることが報告されている.このヒストンのアセチル化により,基礎転写装置が遺
伝子にアクセスすることができるようになり,遺伝子の転写が開始されると考えら
49
れている.StAR および P450scc 遺伝子がクロマチン修飾のレベルで DES の影響を
受けるか否かを検討するため,プロモーター領域について ChIP assay を行ったとこ
ろ,P450scc 遺伝子は DES の曝露によりヒストン脱アセチル化が引き起こされるこ
とが明らかとなり,P450scc mRNA の発現低下が裏付けられた.興味深いことに,
天然エストロゲンの E2 曝露では,P450scc 遺伝子の脱アセチル化が引き起こされ
ず,ステロイドホルモン産生系遺伝子のエピジェネティクス制御への影響は,合成
エストロゲンと天然エストロゲンで異なることが示された.すなわち,エストロゲ
ン様の内分泌攪乱化学物質は,ER に結合して作用するものの,その作用機序はク
ロマチン修飾のレベルで内因性エストロゲンと異なることが初めて明らかとなっ
た.
以上より,エストロゲン様内分泌攪乱化学物質への胎子・新生子期曝露は,精巣
の形態学的・機能的変化を引き起こす濃度よりもより低濃度で,視床下部-下垂体
系の機能障害を引き起こすことが明らかとなり,さらに曝露量が多くなるにつれて,
精巣におけるステロイドホルモン受容体と StAR 遺伝子の発現低下がおこり精子形
成障害が引き起こされると考えられた.また,in vivo および in vitro におけるステ
ロイドホルモン産生系遺伝子の動態から,P450scc 遺伝子は DES によって直接的に,
StAR 遺伝子は LH の低下を介して間接的に発現低下が引き起こされ,テストステロ
ン産生能低下を引き起こすことが明らかとなった.一方,DES 曝露により障害さ
れた精巣機能は ACT および eCG 投与により顕著に回復する能力を有していたこと
から,視床下部-下垂体-性腺軸一連の機能障害メカニズムにおいては,中枢が性
腺をモニターするフィードバック機構の破綻であることが推察された.さらにステ
ロイドホルモン産生系遺伝子のエピジェネティクス制御への影響は,合成エストロ
ゲンと天然エストロゲンで異なることが初めて示され,ホルモン作用を有する微量
化学物質の新たな評価として,生殖内分泌系のエピジェネティクスに焦点を当てた
包括的毒性遺伝学の重要性が示唆された.本研究で得られた成果は内分泌攪乱化学
物質の作用メカニズムを解明する上で重要な基礎的知見であり,また,遺伝子と環
境因子との関連を明らかにする研究の一翼をなすものと考えられる.内分泌攪乱化
学物質が個体の発生時期に最も強い影響を及ぼすことは多くの研究からも議論の
余地はない.今後の課題として,内分泌攪乱化学物質の影響を最も受けやすい詳細
な臨界期の特定が必要であり,エピジェネティックな変化を受けやすい時期として
50
一義的に定義づけられるのか明らかにする必要がある.これらの問題点を解いてい
くことによって,環境中微量化学物質のエピジェネティックな影響がより明らかに
なっていくものと期待できる.
51
ABSTRACT
For the purpose of investigation of working mechanisms in endocrine disruptors, we
evaluated the dose-related effects of fetal and/or neonatal exposure to an estrogenic
compound on the male reproductive organs in adult mice, particularly with respect to gene
expression of steroidogenic acute regulatory protein (StAR). The pregnant ICR mice were
given subcutaneous injections of 10 µg/day/animal of diethylstilbestrol (DES) to subject
the fetal mice to in utero exposure (IUE). Subsequently, the newborn male mice were
subjected to neonatal exposure (NE) by treatment with vehicle or 0.1-10 µg/day/animal of
DES. Fertility rates of each group were as follows: control, 100%; IUE only, 60%;
IUE+NE 0.1 µg, 25%; IUE+NE 1 µg, 0 %; IUE+NE 10 µg, 0 %. In general histology,
germ cell layers in the seminiferous tubules were thinned in the group of IUE+NE 10 µg.
Hypoplasia of the Leydig cells, in which the staining intensity of eosin was diminished,
was also observed in the groups of IUE+NE 0.1-10 µg. The androgen receptor (AR) and
estrogen receptor alpha (ERα) immunoexpression in the Leydig cells of IUE+NE 1-10 µg
was slightly lower than that in the controls. Long-term dysfunction of the
hypothalamo-pituitary-testicular axis, including sustained hypoproduction of gonadotropin
and testosterone, and altered expressions of steroid hormone receptors and StAR genes
were observed. The hypothalamo-pituitary control of gonadotropin secretion may be
affected by the smaller doses of estrogenic agents than the reproductive organs.
Furthermore, the fertility rate in the male mice exposed to this estrogenic agent was closely
correlated with the testosterone levels, and even more so with the rate-limiting factor of
steroidogenesis, StAR. This finding suggests that endocrine disruptors have an important
pronounced effect on StAR gene expression.
(Warita et al., J. Vet. Med. Sci., 68: 1257–67, 2006)
We aimed to elucidate the mechanism of action of estrogenic endocrine disruptors and
the rescue of reproductive function, particularly the responsiveness of testes to equine
chorionic gonadotropin (eCG) and/or activin A (ACT), after establishing reproductive
disorders. Newborn male mice (n = 29) were randomly divided into an untreated group and
52
3 treatment groups that received DES (100 µg/animal) subcutaneously on postnatal day 3
to establish reproductive disorders and daily treatment with PBS (controls: DES+PBS),
eCG (eCG group: DES+eCG), or eCG+ACT (eCG+ACT group: DES+eCG+ACT) at 6–8
weeks of age prior to mating. After treatment, the controls showed diminished Leydig cells
in the testes and thin germ cell layers containing pyknotic germ cells and multinucleated
cells. In the eCG and eCG+ACT groups, spermatids and Leydig cells increased markedly.
The immunoexpression of androgen receptors in the eCG group and StAR protein in the
eCG and eCG+ACT groups recovered to approximately the levels in the untreated group;
plasma LH and testosterone levels also increased relative to those in the controls. In
addition, the cell proliferation index, which is estimated from 5-bromo-2′-deoxyuridine
immunoexpression in spermatogonia, increased significantly under eCG treatment, and
even more with eCG+ACT. However, the numbers of germ and Leydig cells decreased at
12 weeks of age. Thus, ACT and eCG help the testes to recover from the dysfunction
induced by neonatal DES administration. Furthermore, the permanent male reproductive
disorder induced by neonatal exposure to estrogenic agents may be more likely to result
from dysfunction of the hypothalamic-pituitary axis than from dysfunction of the lower
reproductive organs.
(Warita et al., Biol. Reprod. 78: 59–67, 2008; Epub 2007 Oct 10)
To investigate the precise mechanisms underlying the action of estrogenic endocrine
disruptors, we evaluated the direct effects of DES on steroidogenesis in Leydig cells, with
particular emphasis on the expression of the StAR protein and the cholesterol side-chain
cleavage enzyme P450scc. Several cell lines are derived from Leydig cell tumors; however,
only a few of these retain the normal properties of Leydig cells. A Leydig cell line, namely,
TTE1, was established from the temperature-sensitive simian virus 40 large T-antigen
harbored in transgenic mice. TTE1 had temperature-sensitive growth characteristics and a
differentiated phenotype at a nonpermissive temperature. Therefore, TTE1 cells are
excellent Leydig cell models for the study of steroid synthesis and cell differentiation.
TTE1 cells were treated with 10 fg–1 µg/mL DES for 24 h, and gene expression and
histone
modification
of
StAR
and
P450scc
53
were
examined
using
reverse
transcription-polymerase
chain
reaction
(RT-PCR)
analysis
and
chromatin
immunoprecipitation (ChIP) assay. The StAR mRNA expression level in the cells treated
with 1 µg/mL DES was significantly higher than that in the controls. There was no
significant difference between the StAR responsiveness to cAMP in the controls and the
DES-treated cells. The P450scc mRNA expression in the DES-treated cells reduced in
inverse proportion to the DES dose; however, cAMP stimulation induced a recovery in the
expression, which increased to levels approximately equal to that of the control. The ChIP
assay revealed histone deacetylation in the P450scc promoter region. Interestingly,
17β-estradiol, which has potency equivalent to DES, did not cause histone deacetylation.
In the early stages of steroidogenesis, DES directly induced a reduction in P450scc mRNA
expression. The previously reported StAR mRNA reduction was indirectly caused by
reduced plasma LH levels. The estrogenic agents can induce alterations in the histone
modification in the steroidogenic genes, and natural estrogen and estrogenic compounds
induce reproductive disorders through different molecular mechanisms.
54
謝 辞
本稿を終えるにあたり,本研究に終始ご懇切なるご指導およびご助言を賜りまし
た本学大学院農学研究科資源生命科学専攻 星 信彦 教授に衷心より深謝の意を表
します.
また,本論文をご高閲下さいました本学大学院農学研究科資源生命科学専攻 北
川 浩 教授,河野 潤一 教授,生命機能科学専攻 岡山 高秀 教授,ならびに本研
究を遂行するにあたり,研究機器の使用をご許可下さいました資源生命科学専攻
原山 洋 准教授に深謝致します.
さらに,本研究にご懇切なるご助言を賜りました北海道大学大学院医学研究科分
子生化学教室 菅原 照夫 博士,ならびに貴重な培養細胞を供試して下さった富山
大学生命科学先端研究センターゲノム機能解析分野 田渕 圭章 准教授,東北大学
加齢医学研究所 帯刀 益夫 教授に心より感謝いたします.
最後になりましたが,本論文の作成にあたり常時御協力をいただきました教室員
各位に厚く御礼申し上げます.
55
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付図および付図説明
62
Vaginal plug
(0 day)
Estimate
(8 week)
Birth
(0 week)
In utero exposure
7
10 13
(GD)
16
Neonatal exposure
3
4
5 6
(PND)
7
Dams: n=3
Dams: n=12
Control
Pups: n=10
Dams: n=3
Dams: n=3
Dams: n=3
Dams: n=3
Group 1 (IUE)
Pups: n=16
Group 2 (IUE+NE 0.1 µg)
Pups: n=15
Group 3 (IUE+NE 1 µg)
Pups: n=16
Group 4 (IUE+NE 10 µg)
Pups: n=17
図 1 .各群の設定と投与スケジュール
12匹の妊娠マウスに10 µg/day/animalのDES( )を妊娠7,10,13,16日目に皮下投与し,
胎子の子宮内曝露in utero exposure(IUE)とした.分娩後,母子を4群に分け,0-10
µg/day/pupのDESを3~5日齢の5日間皮下投与し新生子期曝露neonatal exposure(NE)と
した.すなわち,sesame oil( )投与群をGroup 1(IUE only), 0.1 µg DES( )投与群を
Group 2(IUE+NE 0.1 µg),1 µg DES( )投与群をGroup 3(IUE+NE 1 µg),10 µg DES
( )投与群をGroup 4(IUE+NE 10 µg)とした.Control群として,母子ともにsesame oil( )を
投与し,性成熟に達した8週齢で採材した.
a
b
d
e
c
図2.各群8週齢における精巣組織像;Control 群(a),Group 1 (b),Group 2 (c),Group 3
(d),Group 4 (e).Control群と比較し,Group 4 では精上皮の非薄化が観察される.また,
Group 2, 3, 4では,Leydig細胞数の減少と細胞質の低形成がみられ,とくにGroup 4で顕著に
認められる.Group 1 はControl群と同等の精巣組織像が観察される(Bar = 100 µm).
挿入写真はLeydig細胞の高倍像(Bar = 50 µm).HE染色.
a
b
d
e
c
図3.各群8週齢における精巣上体組織像;Control群 (a),Group 1 (b),Group 2 (c),
Group 3 (d),Group 4 (e).Control群と比較し,Group 3, 4では精巣上体管径の縮小と,間
質の増大がみられる.Group 1, 2では,Control群と同等の組織像が観察される(Bar = 400
µm).HE染色.
a
*
f
b
c
*
g
d
e
*
i
h
*
*
j
図4.各群8週齢における精巣の抗AR染色像;Control群 (a),Group 1 (b),Group 2 (c),
Group 3 (d),Group 4 (e),および精巣上体の抗AR染色像; Control 群(f), Group 1 (g),
Group 2 (h), Group 3 (i) and Group 4 (j).精巣におけるLeydig細胞(*)および筋様細胞
の核,ならびに精巣上体管における上皮細胞の核にAR免疫染色性がみられる.精巣の
抗AR染色ではControl群と比較し,Group 3, 4で核の染色性の減弱が認められる(Bar =
50 µm).一方,精巣上体ではControl群における染色性と比較し,Group 2, 3, 4でDES
曝露量に相関して染色性の減弱がみられ,とくにGroup 4で顕著に認められる(Bar = 100
µm).抗AR染色.
a
b
*
f
*
g
d
c
*
*
h
e
i
*
j
図5.各群8週齢における精巣の抗ER染色像;Control 群(a),Group 1 (b),Group 2 (c),
Group 3 (d),Group 4 (e),および精巣上体の抗ER染色像; Control 群(f), Group 1 (g),
Group 2 (h), Group 3 (i) and Group 4 (j).精巣におけるLeydig細胞(*)および精母細胞
の核,ならびに精巣上体管,とくに精巣輸出管の上皮細胞の核にER免疫染色性がみ
られる.精巣の抗ER染色ではControl群と比較し,Group 3, 4で核の染色性の減弱が認
められ,とくにGroup 4で顕著に認められる(Bar = 50 µm).一方,精巣輸出管における
染色性はControl群とDES曝露群との間に顕著な差は観察されない(Bar = 50 µm).抗
ER染色.
Plasma FSH (µg/ml)
1.8
1.6
*
1.4
**
1.2
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
Plasma LH (ng/ml)
6.0
Control
Group 1
Group 2
Group 3
Group 4
**
*
Group 2
Group 3
Group 4
**, a
**, a
**, a
Group 2
Group 3
Group 4
5.0
4.0
3.0
2.0
**
1.0
0.0
Plasma testosterone (ng/ml)
Control
Group 1
35
30
25
20
15
10
5
0
Control
Group 1
図6.各群8週齢における血中FSH,LHおよびテストステロン濃度
mean±SD, 3-4 mice/group. *P<0.05, **P<0.01 (compared with respective value for the
Control). aP<0.01 (significantly different from Group 1).
Testis
1.30
1.20
1.10
1.00
0.90
0.80
0.70
0.60
Group 1
Group 2
Group 3
Group 4
*
*
1.00
0.90
0.80
0.70
0.60
0.50
Relative amount of StAR
1.10
1.00
0.90
0.80
0.70
0.60
0.50
Control
Relative amount of ERα
Relative amount of ERα
0.50
1.10
Epididymis
1.10
Relative amount of AR
Relative amount of AR
1.40
1.10
Control
Group 1
Group 2
Group 3
Group 4
Control
Group 1
Group 2
Group 3
Group 4
1.00
0.90
0.80
0.70
0.60
0.50
Control
Group 1
Group 2
Group 3
Group 4
**, a
**, a
Group 3
Group 4
1.00
0.90
0.80
0.70
0.60
0.50
Control
Group 1
Group 2
図7.各群8週齢における精巣,精巣上体のAR,ER,StAR遺伝子発現量
mean±SD, 3-4 mice/group. *P<0.05, **P<0.01 (compared with respective value for
the Control). aP<0.01 (significantly different from Group 1).
a
b
d
e
c
図8.切片上の全精細管に関しBakとPanos(1997)の変法を用い,80%以上の精祖
細胞に染色性が認められる精細管(a)を4点,50以上80%未満の精祖細胞に染色
性が認められる精細管(b)を3点,20以上50%未満の精祖細胞に染色性が認めら
れる精細管(c)を2点,20%未満の精祖細胞に染色性が認められる精細管(d)を
1点,無染色の精細管(e)を0点とした.上記のスコアに各スコアの精細管数を乗
じ,全精細管数で除した値をCell proliferation indexとした(Bar = 100 µm).抗
BrdU染色.
a
b
c
d
e
f
図9.8週齢における精巣の一般組織形態; Untreated群(a),Control群(b),eCG 群
(c),eCG+ACT群(d),ならびにSEM像; Control群(e),eCG+ACT群(f).Untreated
群では8週齢雄マウスの正常な精巣組織像がみられるのに対し,不妊マウスか
らなるControl群では,精上皮の非薄化とLeydig細胞の低形成がみられ,さらに
精細管内には変性した精子細胞からなる多核細胞(arrowhead)がみられる.
eCG群では,Control群と比較して著しい精上皮の肥厚およびLeydig細胞の増数
が認められるが,精細管内にはControl群と同様に変性した多核細胞がみられる.
eCG+ACT群では正常な精子形成がみられ,Untreated群と同様の精巣組織像が観
察される(Bar = 100 µm).挿入写真は精細管内構成細胞の高倍像(Bar = 25
µm) .HE染色.
精細管におけるSEM像では,Control群で精上皮の非薄化に伴う精細管内腔の著
しい増大が観察されるが,eCG+ACT群では生殖細胞が顕著に増加し,活発な
精子形成がみられる(Bar = 50 µm).SEM.
a
b
c
d
図10.各群8週齢における抗AR染色像;Untreated群 (a),Control群 (b),eCG群(c),
eCG+ACT群(d).Leydig細胞(arrowhead),Sertoli細胞,および筋様細胞の核にAR
免疫染色性がみられる.Untreated群と比較して,Control群ではAR陽性細胞数の減少,
Leydig細胞核の免疫染色性の減弱が認められる.eCG群ではAR陽性Leydig細胞の増加
ならび免疫染色性の増強が観察される.一方,eCG+ACT群ではControl群に比べ免疫染
色性の増強がみられるが,eCG群よりもその染色強度は低い(Bar = 25 µm).抗AR染
色.
a
b
c
d
図11.各群8週齢における抗StAR染色像;Untreated 群(a),Control 群(b),eCG群(c),
eCG+ACT群(d).Leydig細胞の細胞質(arrowhead)にStARの免疫染色性がみられる.
Untreated群と比較し,Control群ではStARの染色強度および染色領域の著しい減少が観
察される.一方,eCG群およびeCG+ACT群では,Control群に比べ,染色性の顕著な
増強がみられる(Bar = 50 µm).抗StAR染色.
図12. Cell proliferation index
mean±SD, 4 mice/group. a: P < 0.01
図13.各群8週齢における血中LHおよびテストステロン濃度
mean±SD, 3-4 mice/group. a: P < 0.05; b: P < 0.01
a
b
図14.12週齢における精巣の一般組織形態; eCG群(a),eCG+ACT群(b).eCG群
およびeCG+ACT群ともに精細管内構成細胞数の減少とLeydig細胞の著しい萎縮
が観察される(Bar = 100 µm).HE染色.
Formaldehide
cross-linking
Histones
DNA
Immunoprecipitation
Reverse
Cross-links
Transcription
Factors
Sonication
M
Intact
DNA fragment
: Antibodies for
acetylated H3
Digestion with
proteinase K
1000 bp
DNA extraction
200 bp
M: Marker
500 W, 20 kHz,
output 15%, 12 seconds
Quantitative PCR
図15.クロマチン免疫沈降(ChIP)法
DNAとヒストン蛋白をホルムアルデヒドで架橋し,超音波破砕機を用いて,200~
1000 bp程度にDNAの断片化を行う.その後,3 µgの抗アセチル化ヒストン3抗体
を用いて免疫沈降を行い,脱架橋後,Proteinase Kで蛋白質を分解処理する.フェ
ノール/クロロホルム抽出およびエタノール沈殿により,免疫沈降したDNAを精製
し,特異的プライマーセットを用いて定量PCRを行う.
DES
Control
10 fg/mL 1 pg/mL 100 pg/mL 10 ng/mL
1 µg/mL
StAR
GAPDH
2.5
*
Relative amount
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
Control
10
10fg/mL
fg/mL
11 pg/mL
100 pg/m
pg/mL
pg/mL 100
L 10
10 ng/mL
ng/mL
11 µg/mL
ug/mL
図16.DES曝露24時間後におけるTTE1のStAR遺伝子発現量
mean±SD, n = 3. *: P<0.01
DES
Control
Control
-
+
0.5 mM 8-Br-cAMP
10 fg/mL 1 pg/mL 100 pg/mL 10 ng/mL 1 µg/mL
+
+
+
+
+
StAR
GAPDH
6.0
Relative amount
5.0
4.0
*
*
*
*
*
*
3.0
2.0
1.0
0.0
cAMP(-)
control
cAMP(+)
control
10
10fg/mL
fg/mL
11pg/mL
ng/mL 11 ug/mL
µg/mL
pg/mL 100
100pg/mL
pg/mL 10
10 ng/mL
図17. DES曝露24時間後のTTE1にcAMPを添加し3時間後のStAR遺伝子発現
mean±SD, n = 3. *: P<0.01
DES
Control
10 fg/mL 1 pg/mL 100 pg/mL 10 ng/mL 1 µg/mL
P450scc
GAPDH
1.4
*
Relative amount
1.2
*
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
Control
Control
10fg/mL
fg/mL
10
pg/mL
11pg/mL
100 pg/mL
pg/mL
100
10 ng/mL
ng/mL
10
ug/mL
11µg/mL
図18.DES曝露24時間後におけるTTE1のP450scc遺伝子発現量
mean±SD, n = 3. *: P<0.01
StAR
E2
1 µg/mL
DES
Control 1 µg/mL
ChIP
ChIP
Input
Input
1.4
1.4
1.2
1.2
Relative amount
Relative amount
DES
Control 1 µg/mL
P450scc
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
E2
1 µg/mL
*
*
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
0.0
Control
DES
1 µg/mL
E2
1 µg/mL
Control
DES
1 µg/mL
E2
1 µg/mL
図19.StAR proximal promoter regionおよびP450scc promoter regionにおけるChIP assay
mean±SD, n = 3. *: P<0.05
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