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品質経営原論 - 一般財団法人 日本規格協会

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品質経営原論 - 一般財団法人 日本規格協会
新連載 持続的成功のための顧客価値提供マネジメント
第1回
品質経営原論
飯塚 悦功
Yoshinori Iizuka
東京大学 特任教授
1.ISO 9004:2009 の大胆な標題
半年ほど前の昨 2010 年 10 月 20 日,JIS Q 9004 の改正版(JIS Q 9004:2010)が発行された。
その 1 年前の 2009 年 11 月 1 日に発行された ISO 9004:2009 の翻訳規格である。ISO 9004:2009
は,2000 年に発行された ISO 9004:2000 の改正版,それも大幅な改正版である。ISO 9004 の改
正審議において日本は重要な役割を果たしてきた。ISO 9004 改正のベース文書は,実は,JIS Q
9005(持続可能な成長の指針)と JIS Q 9006(自己評価の指針)なのである。
この意味で,日本は ISO 9004 改正版の基本概念に深い思い入れがあった。1999 年,TQM
(Total Quality Management:総合的品質管理,総合的品質マネジメント)の JIS 化の方針が定
められ,その 3 年後には,JIS の技術報告書,TR Q 0005(持続可能な成長)と TR Q 0006(自
己評価)を発行した。これら TR ではその焦点を「変化への対応」に当て,「学習と革新に基づく
持続可能な成長」を標榜した。強調したことは,変化した環境における自己のあるべき姿を明確に
認識し,その実現のために必要に応じて自己革新することの重要性であった。自己評価において
は,与えられたチェックリストとの照合から脱却し,あるべき姿を自ら描くことによって評価基準
を自ら定め,現状とのギャップを認識する形とした。これら二つの TR は,その後 JIS に昇格して
いる。それが 2005 年 12 月 15 日発行の JIS Q 9005/9006 である。
ISO 9004:2009 の標題は,
“Managing for the sustained success of an organization̶A quality
management approach”
(組織の持続的成功のための運営管理̶品質マネジメントアプローチ)
である。この標題をじっくり見ると妙なことに気づくに違いない。主題に品質という用語が含
まれていないのだ。ISO 9000 ファミリーは品質マネジメントに関する一連の規格であり,ISO
9001 と ISO 9004 は,一対の品質マネジメントシステム(QMS:Quality Management System)
の 規 格 で あ る。 対 に な っ て い る ISO 9001:2008 の 標 題 は,
“Quality management systems̶
Requirements”
(品質マネジメントシステム̶要求事項)とあり,明確に規格の性格を物語ってい
る。ところが ISO 9004 の主題には,品質とか品質マネジメントという用語が含まれていない。か
ろうじて副題で「品質マネジメントアプローチ」といっている。
この標題は,考えようによっては相当大胆なことをいっている。この規格の主題が,持続的成功
のためのマネジメントの方法にあり,その方法として,副題に示す品質マネジメントアプローチを
推奨しているのである。指針として記述されていることは,品質マネジメントに関することかもし
れないが,品質マネジメント,あるいは QMS そのものの指針ではなく,持続的成功のために品質
マネジメントの方法を適用する指針である。
これから 10 回ほどの連載において,ISO 9004 の大胆な宣言,そのベース文書となった JIS Q
9005/9006 の基本的考え方を通して,組織の持続的な成功において,なぜ品質マネジメントが推奨
できる方法なのか,どのようにすれば持続的成功を実現できるのかを明らかにしていきたい。
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持続的成功のための顧客価値提供マネジメント 8
2.ISO 9000 を超える
連載第 1 回の本稿では,本題の品質経営原論及び今後の連載記事の理解を深めるべくもう少し
伏線的な話を続けさせていただきたい。一つは ISO 9001 の QMS モデルについて,もう一つは品
質立国日本についてである。
この連載で主題にしたい「持続的成功」を標榜する ISO 9004 は,2000 年改正のときに,ISO
9001 とのコンシステントペア(統一のとれた一対の規格)をなし,ISO 9001 からシームレス(継
ぎ目のない)な拡大・深化が可能な QMS モデルと位置付けられている。いや現実には,1987 年
発行の初版のときから,ISO 9001 は要求事項,ISO 9004 は指針として,対をなす上位の規格と
位置付けられてきた。
上位ではあるが,ISO 9004 の販売数は ISO 9001 に遠く及ばず,実際の適用組織数もあまり多
くはないものと推定される。その理由は単純である。ISO 9001 は QMS 認証の基準に使われてい
るからである。自主的に事を行うのは難しく,多くは強制され,要求されて対応しているという現
実が見えてくる。その ISO 9001 の QMS モデルに対する評価は様々である。実際,品質マネジメ
ントの本質,ISO 9001 の性格を理解せずに適用している組織の評価には,誤解に基づく絶賛と酷
評が混在している。このような現象が起きる構造,対応策について考察することは別の機会に譲
り,ここでは,ISO 9001 を有効活用したい,ISO 9001 を超えたいと願う経営者が少なからずい
ることを指摘しておこう。
実際,ISO 9001 認証は取得したが,期待したほどの効果がないと嘆く声は多い。認証取得と維
持に少なからぬ費用が必要で,それに見合う経営効果を期待しているが,それほどでもないとい
う。ISO 9001 は 2000 年版で大改正をし,2008 年版では,技術的内容は変わらないがその意図が
明確になるような追補改正がされた。2000 年改正においては QMS のレベルも上がり範囲も拡大
したはずなのに,顧客に提供する製品(サービスを含む)の品質レベルが上がったとも思えない,
というのである。
こうした声に応えるものとして,筆者自身は,TQM 9000(ISO 9000 から TQM への発展モデ
ル)とか,超 ISO 企業(ISO 9000 を超える品質マネジメントを実施している企業)などの考え方
と方法論を提示してきた。
「超える」にあたって,例えば次のような段階があるだろうと指摘して
いる。
① ISO 9001 の QMS 認証の枠組みの中で,QMS 認証の本質を理解した上で有効活用
する。
② ISO 9001 モデルより包括的な上位モデルを参考に,TQM へとステップアップして
いく。
③ 対象にしている事業領域における競争優位要因を明確にし,この能力を体現できる
QMS を構築する。
実は,③は JIS Q 9005 と同じような考え方で,ある事業環境においてもつべき組織の能力を明
確にし,この能力を日常的に発揮できるようなマネジメントシステムを構築し運営していくという
立場であり,言ってみれば,改正された ISO 9004:2009 が志向した QMS モデルである。
3.新・品質の時代
前置きが長くなって申し訳ないが伏線を続ける。品質立国日本についてである。1980 年のこと,
米国の 3 大テレビネットワークの一つ NBC で“If Japan can ..., why can t we?”という番組が放
映された。番組の主題は,工業製品において世界に冠たる品質を誇り奇跡的な経済発展を遂げた日
本の成功の理由を分析し,
「日本にできてなぜ米国にできないのか」と訴えるものであった。確か
に,歴史的事実として,日本は 1980 年代に,品質立国日本,ものづくり大国日本,ジャパン・ア
標準化と品質管理 Vol.64 No.6 ̶̶ 63
ズ・ナンバーワンなどともてはやされ,品質を武器に工業製品の競争力を確保して世界の経済大国
にのし上がった。
まず手始めに 1970 年代に,鉄鋼において大型の高炉とコンピュータ制御を武器に米国の鉄鋼産
業に致命的な打撃を与えた。そして,低燃費,高信頼性,高品位によって米国の自動車産業に参入
した。さらには,家電製品,半導体でも,圧倒的な高品質,高信頼性,合理的な価格によって,世
界の市場を席巻した。ついには,日米経済戦争などといわれる経済摩擦を起こすに至る。こうした
経済・産業活動を支えたもの,それは日本的経営と日本的品質管理であった。
品質立国日本はなぜ可能であったのか。それはまさに,時代が品質を求めていたからにほかなら
ない。時代は,工業製品の大衆化による経済高度成長期であった。こうした事業環境における競争
優位要因は「品質」である。顧客の要求に応える製品を設計し,仕様どおりの製品を安定して実現
する能力をもつことによって,良質安価な工業製品が生まれる。工業製品の企画,開発,設計,生
産,販売,アフターサービスで成功するためには,顧客のニーズの構造を知り,ニーズを実現する
ために必要な技術を熟知し,必要な機能,性能,信頼性,安全性,操作性などを考慮した合理的な
製品設計をし,品質,コスト,生産性を考慮した工程設計をし,安定した製造工程を実現し,顧客
ニーズに適合する製品を提供し続ける経営システムを構築し運営する必要がある。
こうして顧客が満足する品質のよい製品を合理的なコストで生み出すことができれば,安定した
利益を確保できる。経営において品質の考え方と方法論を適用することが,工業製品の提供で成功
する有力な方法である。品質の重要性を認識し,これを経営の中心に置いたこと,これが品質立国
日本を成立させた理由であった。
バブル経済によって認識が遅れたが,我が国の経済・社会は,1980 年代半ばには,成熟経済社
会期に移行していた。こうした変化は,事業における競争優位要因と経済構造の変化を引き起こ
す。競争優位要因とは,事業において競争優位に立つために必要な能力・側面であり,経営環境が
変化すれば,当然のことながら変化する。経済構造の変化とは,事業の構造,役割分担,競合構造
の変化であり,例えばアジアへの生産基地シフト,コスト構造の変化,生産̶消費地関係の変化,
生産委託状況の変化である。
日本の経済的な相対的地位の低下,品質への理解や熱意の低下の背景には,1980 年代半ば以降
の日本の社会・経済の変化,成熟がある。1980 年代半ばには時代は変わり成熟経済社会に移行し
始めていたが,時あたかもバブル経済という雑音があり,その変化に気づくのが少なくとも数年は
遅れた。
変化の時代になって,組織はどのような事業環境にあっても持続的成功ができるような経営を求
められている。工業製品の大衆による経済高度成長期における競争優位要因が品質であったから
「品質立国日本」が成立した。高度成長期とは,実に「品質の時代」であった。時代は移り,いま
「新・品質の時代」を迎えている。1980 年代半ばまでの四半世紀とは異なる意味での品質を中心に
置くべき時代が来ているといえる。
新・品質の時代における経営スタイル,これが JIS Q 9005 の主題であった。ISO 9004:2009 発
行に向けての改正審議において,ISO 9001 を超える QMS の指針を提示するのなら,それは成熟
経済社会の品質経営のモデルであるべきと考えて,JIS Q 9005 を提示した。審議の過程で,その
意図は完全には伝わらず,指針の内容としては不十分と言わざるを得ないが,それでも ISO 9004
の大胆な標題に,品質マネジメントの本質,意義の示唆を込めることはできた。
4.経営における品質の意義
さて,伏線から本線に戻りたい。ISO 9004 の大胆な標題がいう「品質マネジメントアプローチ
による持続的成功」の意味と根拠を明らかにしたい。
「持続的成功」とは,どのような経営環境の
変化があっても,それに的確に応じて,事業の成功を維持し続けることをいう。ここでいう事業の
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持続的成功のための顧客価値提供マネジメント 8
「成功」とは,財務的には好業績,さらにその基盤としての製品を通した顧客への価値提供におい
て,顧客の高い評価を受け続けることをいう。これを実現するためには,顧客価値提供に重大な影
響を与える QMS の要素の特定とその管理が必要となる。
変化への対応が重要になる理由は,成熟経済社会において質的な変化が速いことにある。かつて
日本も大いに楽しんだ経済高度成長期は,量的な成長は著しいものの質的な変化は案外ゆったりと
していた。量的な変化がほとんどないにもかかわらず,質的な変化が激しい成熟経済社会とは対照
的である。時代が変わっても,製品を通して顧客のニーズに応える価値を提供し続けるという事業
経営の基本に変わりがないが,その顧客のニーズが激しく変化し,ニーズを満たす技術に大きな変
革が絶え間なく起こるので,
「変化への対応」が重要な経営課題になる。
経営における成功というと,通常の事業においては財務的な側面を思い浮かべるが,前述したよ
うに,むしろその基盤となる顧客価値提供の方が本質的である。組織を設立する目的は価値提供に
ある。すると,経営の目的は,
「製品を通して顧客に価値を提供し,その対価から得られる利益を
原資として,この価値提供の再生産サイクルを回すことにある」ということになる。品質とは「ニ
ーズに関わる対象の特徴の全体像である」と考え,
「製品を通して提供される価値に対する顧客の
評価である」ととらえるなら,製品の品質こそが経営の直接的な目的となる。
「経営の目的は利益である」という論は一般的だが,その利益をあげるためには,何にもまして
売上げを増すために顧客満足という意味での製品品質の向上が必須となる。社会・顧客への価値の
提供という組織設立の目的を考えるなら,利益をあげることそのものが経営の目的というよりはむ
しろ,顧客に価値を提供し続けるために利益をあげるのだと考えるべきである。
品質マネジメントとは品質に関わる経営の一側面であるなどと矮小化して理解するのでなく,ま
さに経営の直接的な目的を達成するためのマネジメント,すなわち「顧客価値提供マネジメント」
ととらえるなら,品質マネジメントは経営の広い範囲をカバーする,経営の中心的な活動となる。
QMS とは,品質マネジメントのためのシステム,すなわち経営の目的である「顧客価値提供のた
めのマネジメントシステム」である。この QMS の質は,結果を生み出すシステム(プロセス,リ
ソース)の質に左右される。さらに,顧客価値提供における優秀性を決定付ける競争力は,その事
業領域における,競合との比較における QMS の能力に依存する。
すなわち,優れた組織かどうかは,顧客価値提供において優れているかどうかで決まり,それは
マネジメント
システム
組織,プロセス,
技術,能力,資源
組織
経営
QMS
製品
価値
品 質
マネジメント
システム
顧客
品質 Quality
製品の品質
=顧客に受け入れられる製品
=競争力の源泉
=経営における成功の基盤
組織設立の目的:製品を通した顧客価値提供
経営の目的:品質のよい製品の提供
利益:顧客価値提供の再生産サイクルの原資
QMS:顧客価値提供のためのマネジメントシステム
QMS の質:システム(プロセス,リソース)の質
競争力:競合との比較における QMS 能力
図 1 経営における品質の意義
標準化と品質管理 Vol.64 No.6 ̶̶ 65
価値提供のためのシステム,つまり QMS の質で決まる。品質マネジメント,そしてそのためのシ
ステムである QMS について考察するとき,経営の目的である顧客価値提供に焦点を当てて検討し
なければ的を外すことになる。こうした考察をいかなる経営環境においてもできるようにするには
どのような QMS を設計・構築し,どう運営・改善していくべきか,その方法論の全体が持続的成
功への品質マネジメントアプローチである。
5.品質マネジメントアプローチ
顧客価値提供において顧客の高い評価を得るために何が重要であろうか。第一は,製品に固有
の「技術」である。自動車を設計・生産・販売したいなら,主要な材料である鉄鋼の性質や内燃機
関(エンジン)に関わる膨大な技術知識を保有していなければならない。そもそも顧客ニーズの構
造(どのような顧客層・市場セグメントが,どのようなニーズをもち,それらのニーズがどのよう
な要因に左右されるか)を理解していなければ適切な製品の企画はできない。第二は,こうした技
術を組織で活用していくための「マネジメント」である。せっかくの高い技術をもっていても,そ
れが特定個人だけのものであれば組織全体として共有することはできないし,組織として保有して
いたとしても,しかるべきときに適切に活用できるような仕組みを構築しておかなければその技術
は役に立たない。マネジメントとは,この意味で,製品に固有の技術を使って目的を達成する技術
(=再現可能な方法論)といえる。
品質マネジメントアプローチは,顧客価値提供のための一つの有力なアプローチであろうが,ど
ういう意味で有力といえるのであろうか。例えば,先端技術分野においては,堅苦しい管理などよ
りは優秀な人材を集めて自由に泳がせるマネジメントスタイルの方が優れているのではないか,と
いう問題提起があってもおかしくない。
こうした反論があり得ることを念頭に置いて,品質マネジメントアプローチの意義を考察する
にあたり,QMS を構成する三つの単語 Quality(品質),Management(マネジメント)
,System
(システム)のそれぞれが,価値提供においてどのような意味があるのか考えてみよう。
Q:Quality(品質)
経営,組織活動において,何事につけ,顧客に焦点を当てる。4. で考察したように,
経営の目的は顧客価値提供にあり,顧客価値提供マネジメントとはすなわち品質経営であ
る。顧客志向の考え方は,外的基準で物事を考えることであり,それは目的志向にほかな
らない。経営におけるこの思考・行動様式は様々なよい影響をもたらす。
M:Management(マネジメント)
品質のよい製品を提供するには,何よりもその製品に固有の技術が必須だが,同時にこ
れらの技術(=目的達成,要求実現のための再現可能な方法論)を活かして,日常的に目
的を達成していくことが必要であり,その方法論であるマネジメントに注目する。また,
マネジメントの原則,例えば,PDCA,標準化,プロセス管理,事実の重視,改善,原因
分析,ひと中心経営などを理解し,その原則に従い合理的,効率的に目的を達成してい
く。
S:System(システム)
個人の思い,頭の中の漠とした思いを,目的達成のための仕組み,仕掛けによって,確
実に形にしていくことが必要で,「思いを形に」という意味でのシステム化に焦点を当て
る。システムという用語は,全体としてある目的をもち,多くの要素から構成され,その
要素間の関係,目的と要素との関係を理解した上で,目的達成,最適化を図るときに使わ
れるが,こうした意味でのシステム志向を重視する。したがって,組織全体で組織目的を
達成するために,組織を構成する各部門,各機能,各人の役割を認識し,統合化していく
ことが必要である。
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持続的成功のための顧客価値提供マネジメント 8
さて,「品質マネジメントアプローチ」とはどのような品質マネジメントなのだろうか。どのよ
うな概念と方法論を基礎にした品質マネジメントのモデルであっても,持続的成功が可能なのだろ
うか。この考察にあたって,まず QMS という用語から何を連想するかを問うてみたい。一部の読
者は,QMS を ISO 9001 のことだと思うかもしれない。それは大変な誤解である。QMS とは,品
質のためのマネジメントシステムという一般名詞であって,ISO 9001 のシステムモデルという固
有名詞ではない。
QMS のモデルは,ISO 9001 に限らず,いくらでもある。ISO 9001 に関連するものを挙げる
な ら,ISO 9001:2008,ISO 9004:2000,JIS Q 9005, ビ ジ ネ ス エ ク セ レ ン ス モ デ ル(BEM:
Business Excellence Model)などがある。これらのモデルの広さと深さをざっくりと比較してし
まえば,
ISO 9001:2008 < ISO 9004:2000 < ISO 9004:2009 < JIS Q 9005
BEM
ということになろう。すなわち,
◦ISO 9001
顧客要求事項に適合する品質の製品を提供するための基本的な QMS
のモデル
◦ISO 9004:2000
顧客のニーズに応える品質の製品を提供し,またその他の利害関係者
のニーズにも応えるための,組織が自主的に構築・運営する QMS の
モデル
◦ISO 9004:2009
ISO 9004:2000 を基本とし,事業環境の変化への対応も考慮した
QMS のモデル
◦JIS Q 9005
事業環境の変化に対応するために,自らの組織がもつべき能力を明
らかにし,それを実装したマネジメントシステムを構築・運営する
QMS のモデル
◦BEM
顧客及びその他の利害関係者のニーズに応える価値を提供できるマネ
ジメント,あるいは経営の質,組織の質を追求するマネジメントのモ
デル
ひとことで品質マネジメント,QMS といっても,これだけ相違がある。持続的成功のための品
質マネジメント,QMS モデルになり得るかどうかは,「持続的」と「成功」の要件を考察してみ
ればよい。
「成功」の要件から,前述したような意味での経営における品質の意義を理解し,それ
が QMS モデルに埋め込まれている必要がある。すなわち,製品を通した顧客価値提供の重要性,
そのために必要な組織の能力,それらの能力を日常的に発揮するためのシステム(プロセス,リソ
ース)のあり方を考察し,それが QMS のモデルに反映している必要がある。
「持続的」の要件は,
変化への対応であるから,変化の察知,変化の様相の理解,変化した環境における自己のあるべき
姿の認識,そのあるべき姿へ自己を変革していく能力が埋め込まれるような QMS である。簡単に
いえばダイナミズムだが,これを組織の価値観とか文化で決まるなどと言わずに,システム化でき
ていなければならない。以上のように,品質マネジメントアプローチでありさえすれば何でもよい
わけではなく,持続的成功のための QMS の実現に向けた取組み,方法論の全体でなければ持続的
成功への品質マネジメントアプローチとはいえない。
そのモデルたらんとしたのが ISO 9004:2009 であり,そのベースとなった JIS Q 9005 である。
この連載では,JIS Q 9005 の改正を視野に入れ,更に深く考察した内容について,順次紹介して
いく。
標準化と品質管理 Vol.64 No.6 ̶̶ 67
6.品質マネジメントの行動原理
持続的成功を可能にするような品質マネジメントアプローチに内在している行動原理,基礎概念
とはどのようなものであろうか。様々な表現が可能だが,以下のように整理できるだろう。
① 顧客志向,顧客中心
◦顧客のニーズに対する鋭い感受性
◦顧客価値創造・実現の重視
② システム志向,プロセス重視
◦目的志向の思考・行動(管理の考え方,PDCA)
◦目的達成手段への展開(計画,設計)
◦要因系の管理(プロセス重視,源流管理,予測と予防)
◦学習(真因分析,本質把握,教訓獲得,改善)
③ ひと中心
◦人間性尊重(自己実現)
◦技術とマネジメントの補完・超越(知の創造)
◦全員参加(全ての要員の経営参画)
◦チーム,組織(個と組織の Win-Win 関係)
◦人の弱さの克服・許容・補完(ヒューマンファクター工学)
④ 自己変革
◦変化の様相とその意味を知る(学習能力)
◦自己の強み・特徴を認識する(強み・特徴,成功へのシナリオ)
◦あるべき姿を認識する(競争優位要因,組織能力像)
◦自己を変革する(革新,異質性の許容)
持続的成功
顧客志向
自己変革
システム
志向
ひと中心
図 2 品質マネジメントの行動原理
「顧客志向,顧客中心」とは,製品の提供側の価値観でなく,受け取る側の価値観を第一に考え
るという,品質概念の原点そのものである。品質は「考慮の対象についてのニーズに関わる特徴の
全体像」と定義できるので,製品について品質を考察するのであるなら,製品についてのニーズを
もつ顧客が品質概念の中核になるのは当然のことである。
「システム志向,プロセス重視」とは,目的達成に必要な思想・行動の原則を理解し実践できる
思考・行動様式を意味する。それらは,管理の基本や PDCA の理解と実践,目的を達成するため
の手段への展開(計画・設計の合理的な方法),よい結果を得るための要因系の管理(プロセス重
視,源流管理,予測と予防などの考え方や方法)
,さらに学習(深い分析に基づく本質把握,改善)
など,珠玉のようなマネジメントの知恵から成り立っている。
「ひと中心」の根本思想は,組織のパフォーマンスは人で決まるという哲学にある。よい製品を
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持続的成功のための顧客価値提供マネジメント 8
提供するためには,製品に固有の技術,その技術を活かすマネジメント,さらにその固有技術の
埋め込まれたマネジメントシステムで動く「ひと」が必要である。それらの「ひと」に内在する知
識,技能,意欲が一流でないと,技術もマネジメントシステムも活きてこない。それゆえ,人々
の知識,技能,意欲の向上に意を注ぐ経営を推奨する。ひと中心経営では,人間,人間性を尊重
する。また,個と組織の Win-Win 関係に腐心する。さらに,人の弱さの克服・許容・補完に意を
注ぐ経営を行う。ひと中心の考え方は,私たち日本人には何の抵抗もないマネジメントスタイルだ
が,改めて何とも日本的,東洋哲学的な,短期的視野,限定された範囲での科学的合理性を超える
懐の深い悠久の経営と再認識することができる。
成熟経済社会において持続的成功の基盤となる行動原理には,どのような経営環境の変化にも的
確に対応する能力・文化として,改善能力を拡大・深化させた「自己変革」という行動原理が必要
である。前述のとおり成熟経済社会には,規模・量の変化はわずかだが,質的変化が大きく速いと
いう特徴がある。この変化の激しい経営環境の変化の中で成功し続けるためには,変化に応じて自
らの組織を適切に変化させる能力をもっていなければならない。この能力は,変化への対応が重要
であることを認識し,変化の様相とその意味を知る能力をもち,自らの特徴を十分に認識した上
で,組織のあるべき姿を描き,自らを変革していく能力をもっている必要がある。すなわち組織と
しての学習能力,競争優位要因の認識,自己の特徴の認識,組織能力像の認識,自己変革能力,異
質性の許容などが望まれており,現代の品質マネジメントの重要な要素と認識されている。
7.持続的成功のための QMS
日本は戦後,米国から学んだ品質管理の科学性に,経営・管理における人間的側面への考慮を加
え,経済高度成長を謳歌し,品質立国日本,ものづくり大国日本などと称賛された。時代は移り,
経済,社会の成熟に伴い,経営,すなわち顧客・社会への価値提供のスタイルに変革が求められて
いる。この連載では,顧客価値提供において,どのような経営環境の変化にも的確に対応し,顧客
からの高い評価を受け続けることによって財務的にも成功するような経営スタイルを考察する。そ
の考察をもとに,実際に持続的成功を具現化する QMS の設計,構築,運営,改善についての実践
的研究の内容を,日本規格協会に組織された研究グループのメンバーが紹介していく。
現在のところ,以下のような内容での記事の連載を計画している。
6 月号 品質経営原論(飯塚)
7 月号 持続的成功の主要概念(金子・山上)
8 月号 持続的成功とは(座談会:飯塚・金子・福丸・丸山・村川・山上)
9 月号 組織能力の明確化(適用事例紹介:丸山)
10 月号 持続的成功を実現するためのシステム化(棟近)
11 月号 持続的成功のための QMS の企画(住本)
12 月号 持続的成功実現のための方法論・ツール(ツール開発メンバー)
1 月号 持続的成功のための QMS 運用の条件(座談会:飯塚・金子・丸山・山上)
2 月号 持続的成功のための QMS 展望(飯塚)
日本は,かつて品質大国と称賛され,品質マネジメントに関する,多くの先端的な思想や方法論
を世界に発信してきた。それが 20 年ほど前からは,ISO 9000 などを通して世界に押され気味で
ある。国際化と称して,無用の対応,追従,迎合などに走る才子も少なくない。連載を通して実現
したいこと,それは,品質に対する求心力の低下した日本の産業界に対して新たな品質経営のモデ
ルを提示することだけでなく,自律的・自治的に,現代の成熟経済社会にふさわしいモデルを開発
し発信することの重要性を訴えることである。この連載で訴える内容はゴツゴツして成熟度の低い
ものになるかもしれないが,その心意気は感じてほしいし,眼光紙背に徹する読解力をもって本質
を見極めていただきたい。
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