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成人教育の組織と経営に関する研究班

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成人教育の組織と経営に関する研究班
79
成人教育の組織と経営に関する研究Ⅲ
-リカレント教育システムとしての大学成人教育-
安il'ii肘l
(平成4年9月14日受理)
はじめに
生涯学習振興法(「生涯学習の振興のための施策の推進体制等の整備に関する法律」)の
施行と生涯学習審議会の設置,答申と生涯学習をめぐる最近の動きはめまぐるしいものが
ある。それらは,臨教審で提起された生涯学習体系化への方策の具体化である。教育を人
の全生涯に関わるものとして捉え,個々人の創造的な自己形成を達成する自己教育を基盤
とする新しいパラダイムの構築である。しかし,今日,生涯学習体系化をめぐる論議が社
会教育の拡散的方向づけに終わることのないよう,個別的,実態的なアプローチが求めら
れている。その一環として,生涯学習への教育経営学的アプローチを標梯し,生涯学習体
系への移行をめざすシステムづくりをアンドラゴジカルな視点から分析することを企図し
たのがシステム論的社会教育研究である。
本稿は,こうした認識に立ち,成人教育組織経営研究の第三報として,リカレント教育
のモデル的システム,教師の生涯学習,教職生涯研修体系化に言及しながら,大学成人教
育は生涯学習体系化の中でどのような意義をもち,課題を提起するのかについて,学習環
境とシステムを中心に考察する。そして,大学成人教育を支えるアンドラゴジカルな成人
発達教育学研究の導入を提起する。
Ⅳ生涯学習としてのリカレント教育システム
ー教師の生涯学習と大学成人教育1教師の研修と生涯学習
臨教審後の教育改革施策の推進の大きな柱の一つに位置づけられたのが教師の研修の問
題であった。教育の荒廃状況や子どもの病理現象を背景とする教師の資質向上を求めた政
策提言の具体化である。教師の「質」と力量形成は,研修問題と不可分の教育問題として
語られてきた経緯がある。教師の研修権は,近代以降,わが国の教育史上,現行教育法制
のもとではじめて保障された権利であり,多様な課題が包摂されている1)。そうした研修
問題が学校経営の職務権限と教師の教育権,保護者の教育権等と絡み合い,戦後のわが国
特有の教育力学を形成してきたといえる。とりわけ, 「現職研修の体系化」の問題は, 「自
主研修」と「行政研修」という教師の学習権問題と直接に関わり,学ぶ側の主体性が厳し
く問われる。
昭和53年の中教審答申「教員の資質能力向上について」において,教師の「年齢・経験」
に応じた「適時・適切な内容・方法」による研修の「体系的な整備」が示され,現職教師
.兵庫教育大学第1部(生徒指導講座)
80
の大学院・学部での研修機会の拡大が求められた。そして, 1980年代,教師研修の体系化
は, 「行政研修を前提としつつ, "教師生涯教育"的な立場に立っ教師生涯にわたる研修」,
すなわち年齢・経験年数別によるものと「 "学校中心"的な研修の組織化」,校内・学校
間研修の活発化を意図するものを基盤とするようになった2)0
こうしたわが国の動きは,ユネスコなどの国際的な動向と連動している。すなわち,
1975年,ユネスコ国際教育会議勧告「教師の役割の変化と専門的教職への準備および現職
教育への影響に関する勧告」において, 「教師教育」の基本に「自己教育・自己学習」を
おくということが提起された。また,英国で1971年に答申が出された「教師の教育と訓練」,
いわゆるジェームズ・レポートは,現職教育の重要性を示したものとして知られている3)。
さらに, OECDの教育戦略構想に沿ったリカレント教育政策,教師教育に照らしてみれば,
「教職に役立っよう方向づけられた教育」に研修の継続性が強調されている。
こうした一連の教師の研修をめぐる内外の情勢は,わが国においては,教師教育,学校
経営に関わる問題領域においてのみ論議され,生涯教育論展開のプロセスにおいては看過
されてきたといえる。もちろん,大学教育開放の問題として教師の現職教育を考えること
がなされてこなかったわけではないが,生涯学習論議の中での取り上げ方はマージナルな
ものにとどまっている4)。しかし,今日の生涯学習論議や生涯教育政策の検証が教師の問
題はもとより,学校に関わることをあえて忌避しているかのごとく一般化していることが
大きな問題である。
2大学院教師教育
大学院において,現職教員の学ぶ構図,学習環境,成人相互の教授-学習過程(研修)
の関係性を考えてみるOこの体系的な研修プロセスにおいて,学習内容の選択,学習の階
層構造,学習環境の相互作用などを明確にし,学習要因を分析し,設計・実施・評価・改
善方策という一連の作業(plan-do-see)から, 「最適化」への方策と技法を開発していく
学習のシステム化に関する取り組みが大きな課題である。
さらに,成人の学ぶ大学院大学,いわば大学の新しいパラダイムを志向する立場の組織
論的基盤はどこに兄いだせるであろうか。今日,組織に対する着目は「自己革新組織」
(セルフ・オーガニゼーション)への言及が中心となっているOこれは,コンティンジェ
ンシー理論に依拠した組織の生存条件として,情報環境の多様性(情報負荷)と組織内の
多様性(情報処理)を主眼としている。この自己革新組織,すなわち「``生きている情報"
を自在に駆使し,情報そのもののネットワーク的本質を生かしたメン!ヾ一によって活動す
る"生きている組織" 」5)である。その組織の条件として野中は,次の6項目をあげてい
る。6) 。すなわち, 「組織の目標と戦略」 「ゆらぎの創造」 「リズムの自律的協調」 「臨界点
を越える自己超越性の可能性」 「偶然を必然に転化する機会と機能」 「組織的学習の余地」
である。
組織理論は組織行動の文脈における知識のシステマティックな配列を含んでいるもので
あり,現職教員の学ぶ成人教育においてもプログラミングのための組織的なフォーマット
は,学習活動の価値,ニーズ,機関施設への援助の優先性が反映されなければならないo
すなわち,援助組織の下位部分としての成人教育サービスは,その組織環境と一致してい
なければならない。組織環境における成人教育の協同的プログラミングは教育プログラム
の次の三つの側面にそって構想されなければならない。すなわち,第一に,組織構造が企
成人教育の組織と経営に関する研究
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図された具体的な最終目標の達成をどの程度,促進できるか。第二に,組織構造が機関施
設の価値をどの程度,反映しているか,第三に,学習指導者としての教員スタッフおよび
学習者に対して組織構造がどの様な影響を及ぼしているかである。ともすれば,大学成人
教育の現状が理念的,法制的な先行に振り回され,成人の学ぶ学習環境,学習の組織につ
いて論及されない傾向は, 「研修」内容そのものにも大きな陥葬をもたらしかねない。教
員スタッフの構造的な意識変革が求められる理由もそこにある。
形式的な「新構想」という枠組みに窮することなく, 「教員に求められる資質」として
示される以下の項目7)が,成人の学ぶ大学院組織にどのように位置づけられ,新たなパダ
イム構築となりうるか,より厳しい検証が必要であろう。
a)教員個人の性質にかかる使命感,教育についての理念等
b)一般教養,教科の専門に関する基礎的学力及び教科の指導法,子供の理解等にかかる
教員のKnowledge Base
c)学級・学年・学校経営,生徒指導,進路指導等の指導者としてのマネージメントの能
力
d)教育法規・行政,地域と学校との関係にかかる行政的能力
上記の資質向上項目が,現場教師の強烈ともいえる問題解決意識に支えられている学習
環境にどのように組み入れられているのか。従来の大学(大学院)とはことなり,研究者
側からの実践への接近が,実践者(大学院生として学ぶ現職教員)の側の理論-の接近と
どのように交錯しているのかがまさに問題となる。
3大学におけるリカレント教育
さらに,大学がリカレント教育システムとして機能することは,これまでの社会教育が
生涯学習振興を支えるシステムとして発展することに関わる。すなわち,社会教育,生涯
学習における教育委員会の指導性発揮と専門家養成,社会教育主事の専門性の深化(幅広
い情報の収集・整理・蓄積),生涯教育の多義性の理解,生涯学習推進のための経営的発
想であり,そのための社会教育行政の組織学習の必要性など,社会教育と大学との今日的
な課題である8)。
また,社会教育の自己変革は,その実践原理を「社会教育の根本精神から敷桁されると
ころのもので,しかも実際に社会教育活動を効果的に展開していくための方法論」と理解
し, 「生活即応の原理」という立論から進める必要がある9)。こうした自己変革への志向
性を社会教育の理論開発の促進,実践レベルでの立て直しとして認識し, 「成人教育に固
有な実践原理」 10)の追究が課題となるとき,大学におけるリカレント教育の展開はモデル
ケースとなりうる。
現代は,生活の質的・文化的向上が成人の学習意欲の高揚をともなって進んでいる。こ
れは,具体的には「生涯学習体系への移行」という文脈において,人々の学習の可能性を
強調する「学習社会」への転換という問題として言及されていることにはかならない。ま
た,リカレント・モデルとしての大学成人教育に関わって,成人の個々の学習を提供する
場も「既存の枠を超えた,プラスチックな(思いどおりの形に作れる),柔軟性のあるも
のとなる。この可塑性(plasticity)こそが,これからの交流型社会における重要なキー
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ワードとして位置づけられる」 ll)という言質のように成人学習の自己組織化パラダイムは,
学習およびその環境そのものの「可塑性」を示唆するものである。
現実課題として,実質的な意義は希薄であるにすぎないにもかかわらず,今日における
人々の生活水準の向上や豊かさ感が消費者欲求としての学習の高度化,多様化,個性化と
いった現象となり,結果として「学習消費市場」の成熟化をもたらしている。機能合理的
な側面からではなく,差異化への動機づけが学習の生涯にわたるシステム化を立場の違い
こそあれ国民的な志向性たらしめている。今日,問われなければならないのは,学習機会
を提供する組織と学習者との相互作用のダイナミクスとは何かであり,学習を取り巻く組
織環境の差異性と個別化との関係性についてである。
国民的な合意に基づく意志決定によって選択された新しい解釈パターンを自らが組織化
し,革新を遂げた組織文化が絶対的要素を提示するのであれば,組織の差異は自動的に人々
の学習環境を個別化することになる12)。戦後段階的な発展を遂げてきたわが国の社会教育
を取り巻く政治・教育的環境はこうした観点から理解ができる。
教師の生涯学習が直接的に社会の秩序体系の保持や変容を促す契機となる場合に,その
学習を取り巻く生活世界の論理はいかなるものであろうか。人々の学習を行為の合理性で
はなく生涯学習社会へ向けての社会システムの合理性という観点で理解すると,従来型の
教師研修と異なるシステムと環境の差異に依拠した教師の生涯学習論が展開される。大学
におけるリカレント教育の推進はその一つであり,そこにおいて,大学成人教育のシステ
ム分析は,生涯学習に関わる合理性の問題を大学における成人の学習システムと学習環境
の区別によって再定義することを提起する。
生涯学習体系化は,教育システムが総体として学校教育中心の「活字文化型システム」
から統合型「情報化社会型システム」へ転換する必要があることを示している。すなわち,
情報技術の可能性を徹底的に取り入れて,全ての個人が必要とする情報を,いっでも,義
も望ましい形で提供し,各人の希望する学習活動を可能にする環境が整備されることであ
る。つまり学習の目的が社会変革型生涯学習論の根拠となる。リカレント教育が大学にお
いて制度化される,あるいは,大学院そのものがリカレント教育システムとして機能する
ことは,こうした文脈で理解するべきであり,既存の教育力学のパラダイムから本質的に
脱却することを意味している。
Ⅶ大学成人教育研究の課題
大学成人教育(University Adult Education)の一つのモデルケースとして, 「教師の生
涯学習」が意義づけられる背景はいかなるものであろうか。既述のように,生涯学習時代
を迎え,かっての伝統的な教育状況がゆすぶられている。そうした中,注目を集めている
のが, 「社会人の再教育と学習」の問題である。その要因としては,よくいわれるように
労働時間の短縮に伴う余暇時間の拡大,技術革新の加速化による職業上の知識・技術の継
続的な学習の必要性,さらには,社会の情報化による知識や情報そのものに対する欲求の
増大などがあげられる。総体として,社会全体の学習ニーズが高まりつつあることが前提
となっている。
こうした市民の学習ニーズの高度化,専門化多様化といった課題に対応するために,
大学等の高等教育機関の果たすべき役割が問われるのは,必至の状況といえる。また,大
学そのものが地域の文化的,教育的な中核施設として,地域社会の構成員として,地域に
成人教育の組織と経営に関する研究
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おいて幅広い貢献が期待されていることの再認識が重要である。今日の大学開放の現状を
概観してみると,各大学が実施している公開講座,開放センターをもっ大学の事業,社会
人のための夜間学部や夜間大学院,放送大学など,それぞれの開放事業の実績がある。さ
らに,現在実験的に行われているリカレント・リフレッシュ学習コースなど,今後はさま
ざまな社会人のための学習機会が開かれることが期待される。
また,わが国の18歳人口は,本年がピークであり,大学が「冬の時代」に突入する。戦
後の量的な拡張から質的な拡充に大学そのものが求められ,自ら新たな道を模索する必要
性がいわれる。そうした社会的な文脈からも生涯学習や社会人再教育を重視した事業が多
様な形ではじめられている。子ども人口の減少は,教員市場にも大きな影響を与え,ひい
ては教員養成学部(教育学部)のあり方にも迫る。今日ではいわゆる「ゼロ免」課程や生
涯教育課程(コース)などの新設,学部の再編等で生き残りをかけた改革がはじまってい
る。
一般社会人や何らかの専門的職業人の大学での再教育,生涯学習は大学市場における成
人学生の増大を必然的にともない,大学成人教育の研究体制の整備が求められる。十八歳
から二十歳代前半層を中心とする学生に対する教授,研究指導といわゆる成人を対象とす
る学習,教育指導との相違はこれまでの成人教育研究,とりわけアンドラゴジー研究から
示唆される。
大学成人教育研究の方向づけとしてアンドラゴジーのトランス・ディシプリナ')-,す
なわち「問題領域の側から既存の学問体系を再編成し直す」視点は注目される。これは,
アンドラゴジー論の構造をマトリックスで示したものであり,成人の学ぶ大学の基礎研究
として位置づけられるものであろう13)。
また, OECDの報告書14)では,リカレント教育は「伝統的な義務教育以後の教育システ
ム」 「あらゆる種類のあらゆるレベルの企業内教育(on-the-job training)」 「成人教育」
の分野を総合化するものであるとする。そして,基本原理としていくつかの項目にまとめ
ている。そこでは,再び参入した教育機関での学位や卒業証明書が,その教育の最終的評
価(end result)ではなく,学習を継続していく一人の人間の成長過程の段階,生涯教育
の方向性への指針とみなすことが示されている。
生涯学習者としての教師が,主体的な学習能力を子どもに育成することができるといわ
れる。自己教育力の豊かな教師とは,職業的,専門的な側面に加えて,人間的な側面の成
長,発達を継続的に遂げていく者である。この両側面の形成は,学問的(論理的)経験と
職業的(実践的)経験とによって相乗効果を持ってなされていくものであるとするならば,
教師教育カリキュラム研究に対して「教師の生涯学習」が積極的に意義づけられるべきで
ある。臨教審以後の生涯学習体系化と教師教育の課題を大学成人教育の一つのモデルシス
テムとして考察する意図は,次の通りである。すなわち, 「教師の生涯学習」を考える視
点が,潜在的な生涯学習者となりうる「自己教育力」のある子どもを育てる教師の意識変
革と教師の生涯教育システム化(研修,研究活動等)を志向することである。
Ⅷ大人の生活世界の論理と学習の問題
一課題としての成人発達教育学(イントロダクション)I
大学成人教育の先行研究として,学会でのとりくみは「社会教育と大学開放」の問題と
して総括的にとりあげられてきた15)。そして, 「大学開放-大学地方講座一高等成人教育
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-構外教育-大学成人教育-継続高等教育」と表現される16)大学と社会教育(成人教育)
の結合,すなわち「大学拡張」において,わが国の環状を位置づけている。現状として,
わが国の「大学拡張」は,既述した大学生き残り時代における開放事業の量的拡張の時期
であるといえる。今後は,こうした大学での成人のパートタイマー学生の学習環境の整備
が急務となってくる。
ところで,成人の学習は本来,自己革新にその根拠を求めるべきであり,職業,仕事上
の必要による知識習得や単なる趣味・教養活動を基本とすることは,本旨ではないであろ
う。その本来の姿を追求するためには,成人の学習が自らの生活を主体化する自己変革の
動機とむすびつく必要がある。派遣による大学院での再教育の場においても個々人の学習
のあり方はそうした観点で捉えられるべきである。-例えば教育大学院大学において,重要
なことは教師としての学習者の生活体験に依拠した問題発見のプロセスであり,学校現場
や地域社会,家庭とリンクした教師個人としての学習の組織化の視点である。
現職教員の個人学習の組織化の問題は,自らの教師生活設計における社会システム(学
校)の差異化とリフレクションの受容形態と密接に関わっており,生活世界における学習
(教職研修)の自己組織化現象である。そうした活動が自己革新としての学習であり,そ
れを可能とするシステムとしての生涯学習体系化の文脈に教師の研修,教師の生涯学習は
位置づけられなければならないであろう。
こうした現職教員大学院教育の事例に見られるようなフォーマルなシステム化にかかわっ
て,とりわけ体系的な生涯学習のプランニングの課題がいくつか考えられる。それは,坐
涯学習における学習の段階と領域の問題である。学習の段階とは,成長,適応,成熟とい
う3つの社会化のプロセスとして学習を定置することであり,学習の領域とは,有用,享
受,発展という側面で学習をとらえることである。人々の生涯学習が実際に個々人にとっ
て「役に立つ」ものであり,学習することが「楽しむ」ことであり,さらに現在の学習が
次なる学習の基礎となるという視点は,自己革新を基礎づけいわゆる必要課題,要求課題
という従来の枠組みの再考にもっながる。とくに,学習市場の拡張ということでは, 「楽
しむ」プロセスを重視したプランニングが必要となってくるであろう。生涯学習計画のシ
ステム化は,これらのことを基盤とする「主体的な生涯学習の設計」にはかならない。
現代社会は不確実化の時代といわれ,こうした新しい時代の潮流,すなわち社会変化が
流動的で価値観が異質である時代状況への対応が成人教育に求められている。例えば,目
標が不確定的であり,そのための手段も不確定とならざるをえない「環境応答型」の学習
計画(コンティンジェンシー・モデル)が必要とされる社会的背景が存在している。今日,
学校における登校拒否(不登校)の増大に対する対処の多様さは,まさにその典型事例で
ある。
もともと,リカレント教育の考え方は,こうした社会的文脈のもとOECDが展開してき
た教育戦略構想であり,概念提唱が経済学者であることにも伺えるように労働,職業を重
視した教育論である。そして,人の生涯における教育の位置づけを「フロントェンド・モ
デル」の代替として「リカレント・モデル」に置く。すなわち,リカレント教育の具体的
な生涯学習体系化のための施策としての意義は,よりフォーマルな教育機会の配置に求め
られる。
以上のような視点に照らすと,大学院における教員再教育はアンドラゴジカルなアプロー
チをとる「成人キャリア教育」の研究が重要となることがわかる。すなわち,教職生涯研
修体系は教師が教職をとおして生じるところの役割変化に伴った生活全体の再編成のプロ
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セスを開拓しうる「キャリア開発教育」によって基盤づけられるべきである。このことは,
「成人継続教育」として再編され,職業キャリア開発の重要性が認識されはじめている今
日の生涯職業能力の開発論議とも関わっている。そして,生涯学習体系化において教師の
キャリア開発の視点は,教育改革,教育システム変革の中での教職の「キャリア・ダイナ
ミクス」の分析に焦点化されうる17)。これまでもライフサイクル論やキャリア教育論に基
礎づけられた研究は,社会教育研究者の問でも取り組まれている18)。さらに,人間のライ
フサイクルに焦点化した成人の個々人の「生活構造」に着目した発達段階研究への取り組
みが必要である19)。
また,今日,生涯学習社会の構築へ向けて学習者が自ら学習を企画,立案し,主導する
学習-のアプローチを促進しようという潮流が,はば広い学習機会にわたって拡がってい
る。こうした生涯学習の文脈での個人学習のあり方を成人の発達と学習の主体性考える上
でD.ロングの「学習者経営型学習」論は示唆的である20)。
ロングは, 「生涯学習がいかなる人々の経験においても現実のものとなるためには,自
らの全学習プロセスを活発にコントロールすることが必須である」という前提にたっ。彼
によれば, LML (Learner Managed Learning-学習者経営型学習)は,組織的および
個人の成長と発展にとってキーとなる構成要素であり,学習状況において指導者から学習
者へコントロールを移行することが最大の眼目とされる。彼は, LMLがすべてのトレー
ニングあるいは教育の病軌こ対する万能薬(panacea)ではないことを前提としながらも,
「LMLは人の経験の全体にわたって適応できるものである」とし, Self-Directed
Learning/Learner-Directed Learning (自己主導型/学習者主導型学習)からLearner
Managed Learning (学習者経営型学習)のモデルを示すことによってLMLが教育指導
者,教師,講師,トレーナーにとって有用な最も力強いツールのひとつとなり・うることを
示唆している。
ロングは,職場でのフォーマルなあるいはインフォーマルなプログラムにおいて,通常
のフォーマルな教育的文脈においても連続した教育経験として展開される中で,自らの学
習経験を経営する責任を進んで果たし,またそれができるケースを数多くデータ蒐集し,
それを整理分析している。
こうしロングの発想は,成人学習の分析に経営学,経営的観点からアプローチしたばか
りでなく,生涯にわたるキャリア開発につながる成人発達論的視点の重要さを示唆してい
るO今日,生涯発達研究が着Ejされるのは,社会変動と高齢化にともなうライフサイクル
の変容とライフコースの多様化を背景とし,人生移行における新しい生き方を模索される
時代状況がある。自らの人生を設計し,その糧としての学習を主体化することは,成人期
におけるサバイバル的な意味も含む。生涯発達の学際的研究は,今後の成人教育の基礎研
究として位置づけられるべきである21)。
小結
生涯学習の体系化に位置づけられる長期研修としての教師の再教育は,学校を取りまく
マイナス状況の結果としての「危機の共同主観化」 22)例えば登校拒否(不登校),学力
格差(落ちこぼれ),中途退学等を通じて,内在化された教育課題について教師がディス
コースすることで,生活空間の有機的な自己組織化をめざすものでなければならないであ
ろう。
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教師の生涯学習体制化構築へ向けては,教師の資質向上という「課題化的認識」を媒介
として, 「新構想」大学としての「法制化的認識」とリカレント教育システムとしての
「個性化的認識」とを結合させる方法意識が重要である23)。その際,研究方法として本学
で提唱されている「学校教育実践学」および「教科教育実践学」はユニークな試みであろ
う24)。しかし, 「学校教育実践学」が「学校における(in)教育実践学」, 「学校教育の(of)
実践学」あるいは, 「学校教育実践のための(for)学」どのパースペクティブにおいて考究
されるのか。いずれにしても,観念的教育学からの脱却をうたいながら,これまでの教育
学研究体制と差異はなく,成人を対象とする大学成人教育の基礎研究との関わりへの言及
は弱い。
とりわけ,教育諸科学および関連する心理学の原理的研究と,教育実践のフロントライ
ンに位置する教職の専門性がどのようにリンクされ,実践学となりうるのか。学校に限定
した教育実践について考究することが,院生のほとんどが現職教員であることからくる懇
意性をことさら強調するものでなく25)まさに総合科学としての「生涯教育学」を志向す
る立場から教師の生涯学習を位置づけることが重要である。
また,本学のような一定の社会的背景をもっ成人の学ぶ大学院における教授、学習関係
は,アンドラゴジー理論によって基礎づけられるべきことは自明のことと思われるが,実
態としてはどうであろうかOさらに,環職教員の課題意識を第一義に考案すべきことは重
要であるが,学校における子どもの現象面に過度に収縛されたアプローチにのみに拘泥す
ることはどう評価されるべきであろうか。教育科学と教育臨床の視点を「科学の知と臨床
の知」とし,安易に自らのレゾンデートルを学校教育の革新につながるものとすることで
正当化するだけでよいのであろうか。問われなければならないのは,教師の「ゲートキパー」機能と教育の本質との矛盾を考える態様に教員再教育の場としてどう向かいうるか
ということである。
単純化していえば,学校での生活や学校教育への過度の期待自体が,今日のさまざまな
問題の原因の一つであり,最近の「学校五日制」をめぐる論議の中でも,学校依存体質か
らの脱皮が肝要であることがいわれている。そうした学校の抱える問題状況へ新奇な課題
解決の方途を探求することこそ社会教育学の意義であり,教員再教育に焦点化した大学成
人教育研究のレゾンデートルである。具体的課題としての成人発達教育学の提唱は, 「社
会教育研究-成人教育研究ゆえに学校の教師とは無関係」とする視野狭窄の一般化を克服
することを企図するものである。
<注>
1)新構想教育3大学(兵庫・上越・鳴門)の創設にいたる経緯,政治的社会的背景,敬
育改革論議の中での位置づけ等は,教師の研修権との関連で重要な問題であり,歴史的な
検証が必要であろう。 「新構想」の意味は,現職教員に開放され,現実の教育問題に対し
て総合的に研究,分析する学際的なアプローチを志向することにはかならない。これまで
の教員研修とは,基本的にことなるのは実践と研究の相互接近を大学院の修士課程として
試み,研究課題の一元化のもとに取り組まれていることである。
しかし,学ぶ主体としての成人,生涯学習者としての教員という側面でのアプローチは
ほとんど顧みられていない。今日,必要なことは学習者としての教師の生涯研修を生涯学
習体系化の中で,いかに位置づけるか,そのために「現職教員のための大学院大学」の意
成人教育の組織と経営に関する研究
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義を追求することであろう。
2)神田修『教師の研修権-学校教育と教師の地位-』三省堂, 1988年, 19頁。
3)国立教育研究所内日本比較教育学会「教師教育」共同委員全編『教師教育の現状と改
革』第一法規, 1980年を参照。報告書の勧告では,教員養成を3期サイクルに区分し,覗
職教育を第3期に位置づけている。そして,この現職教育を最重要として,実施機関とし
て教職センター(teachers centre)の設置を提唱した。現職教育に関する提案は地方教
育当局,大学,教育カレッジ,教員団体等の全面的な支持を得たが,財源難により段階的
な整備の途上である。
4)例えば,大学院での教師の再教育ではなく,学部レベルに限定して大学教育開放の問
題を教師の現職教育を通して考察したものに次のものがある。市川純夫「教師の現職教育その大学教育開放としての意味-」財団法人大学基準協会『会報』第37号,昭和53年, 2737頁。そこでは,教師教育の中で,現職教育が重視される背景に「教師の量的確保から質
的確保への課題の移行」 「教育関連諸科学の進歩」があるとし,専門職としての教職の位
置づけを指摘し,そこ-の大学および大学人の関わりの体系化が必要であるとしている。
しかし,学部レベルでは講座開放が基本となること以上の論及はみられない。
5)情報文化研究フォーラム編『情報と文化』エヌ・ティ・ティ・アド, 1986年, 248頁。
6)野中郁次郎『企業進化論』 E]本経済新聞社,昭和60年, 132-152貢。
7 )新教育大学現職教員教育調査研究委員会『現職教員の生涯研修体系の在り方に関する
調査研究』平成3年,兵庫教育大学, 81貢。
8)友田泰正「生涯学習体系への移行と社会教育のリーダーシップ」池田秀男編『社会教
育学』福村出版, 1990年。
9)小池源吾「生涯学習時代における社会教育の構図」 『福岡大学人文論叢』福岡大学総
合研究所,平成2年, 1423貢, 1425貢。
10)上掲論文, 1419貢。
ll)田中美子「2 1世紀に向けての社会と生涯学習」瀬沼克彰編『生涯学習ネットワーク
化への挑戦』ぎょうせい, 1990年, 137貢。
12)村上伸一「差別化と組織の差異性」北星学園大学経済学部『北星論集』第27号,北星
学園大学, 1990年, 215-247頁を参照。
13)麻生誠・泉敏郎編『人間の発達と生涯学習』 [生涯学習実践講座②]亜紀書房, 213215貢。
14) Centre for Educational Research and Innovation, Recurrent Education: A
Strategy for Lifelong Learning, Organisation for Economic C0-operation and
Development, 1973, pp.25-28.
OECD編・森隆夫訳『生涯教育政策-リカレント教育・代償教育政策』ぎょうせい,昭
和49年。
15)安原昇「社会教育と大学開放」日本社会教育学会編『現代社会教育の創造-社会教育
30年の成果と課題』 622-627頁。
『社会教育の現代化一大学と社会教育』 [日本の社会教育第11集]東洋館, 1968年。最
近では, 『生涯学習社会と高等教育への期待』 [日本生涯教育学会年報第9号] 1988年,等
を参照。
16)香川正弘「生涯教育と高等教育一大学拡張事業-」元木健・諸岡和房編『生涯教育の
構想と展開』 (教育学研修講座13)第一法規,昭和59年, 195-211貢。
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17)ェドガーH.シャイン,二村敏子・三善勝代訳『キャリア・ダイナミクス』白桃書房,
1991年。 「キャリアとは,生涯を通しての人間の生き方・表現である」とされ,成人のラ
イフサイクルを考える重要な鍵である。
18)池田秀男「成人キャリア教育の研究-アメリカの事例に学ぶ-」 『教育科学19』広島
大学教育学部教育学科, 1988年, 97-117頁。この中で池田は,キャリ開発と成人の生活世
界との関わりを以下のように簡潔にまとめている。
キャリア(career)とは,もともと「経歴」,すなわち「一定の期間にわたって追求さ
れるコース」を意味し,職業,教育や学習,社会活動,社会的責任及び余暇活動を含む個
人のライフスタイル全体に関係する多様な選択の型を内包するするものとして定義されて
いる。これは個人が生涯の人生の中で取得する多様な役割の組み合わせとその系列から成
り立っており,それらの「生活役割」 (life roles)とそれらが展開される場と個人の生涯
の中で起こる出来事とを含むものと考えられている。 (上掲論文102頁)
池田秀男「ライフサイクル論」新堀通也編『社会教育学』 (現代教育学シリーズ11)育
信望, 1981年, 239-259頁。
葛原生子「ライフサイクル論と成人教育一成人の学習内容の解明を中心に-」日本生涯
教育学会編『生涯教育の推進システム』 (日本生涯教育学会年報第6号)ぎょうせい, 151168貢。
19)ダニエル・レビンソン,南博訳『ライフサイクルの心理学』 (上・下)講談社, 1992
年。
20) Long,D.G.Learner managed Learning:The key to lifelong learning and
development.London:Kogan Page.1990.
21)山本多喜司・ S.ワッブナー編著『人生移行の発達心理学』北大路書房, 1992年。
22)佐藤慶幸「共生社会の論理と組織」組織学会編『組織科学』第24巻第4号,白桃書房,
1991年, 29-38貢。
23)小谷江之『歴史の方法について』東京大学出版会, 1985年を参照。
24)昭和62年度より学内特別経費研究プロジェクト報告として, 『学校教育実践学研究』
が第I集から第Ⅴ集まで公刊されている。
また,大学院での「社会教育実験」授業への応用については,鍛治拓美「社会教育にお
ける授業システムの開発」 『兵庫教育大学研究紀要』第7巻第1分冊,昭和61年度, 101-1
13頁を参照。
25) 「学校教育学こそが,従来の教育学でけなし得なかった,教育実践を学問的に組織化
し,教育現場の実践に指針を与え,来るべき21世紀における学校像を輝いて見せるのであ
る」 (新教育大学現職教員教育調査研究委員会『現職教員の生涯研修体系の在り方に関す
る調査研究』平成2年,兵庫教育大学, 87貢)。
成人教育の組織と経営に関する研究
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Organizational Theory and Administration in Adult Education III
- Professional continuing education in university -
Kazuki Yasuhara
Abstracts
This paper is an attempt to discuss implications of the recurrent education for
the university and adult education. The newest role and responsibility of the
university is organizing and administrating recurrent education. It is accepted three
responsibilities for the university: teaching, research and community
service.Professional continuing education is a fairly recent phenomenon, and the
newest function of the university adult education.
The contents of the paper consist of three parts, as follows:
IV. Recurrent education as facilitating lifelong learning,especially focused on
teacher s continuing education and university adult education
1 In-service educaiton and lilelong learning
2 In-service education and training in graduate course
3 Mearmg of recurrent educaiton in university
VL Implications of the study on university adult education
Vffl. Introduction to developmental theory of adult learning and education
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