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に足りない要件 ~必要な将来の移民政策と労働市場の流動化を促す政策
Economic Trends マクロ経済分析レポート テーマ:「働き方改革」に足りない要件 2016年12月13日(火) ~必要な将来の移民政策と労働市場の流動化を促す政策~ 第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣(03-5221-4531) (要旨) ● 消費税率引き上げは、将来の社会保障の充実のために上げるため、非ケインズ効果的な考えに 基づけば、個人消費が増えるという見方もある。しかし、実際は逆に個人消費が減っているこ とからすれば、社会保障の充実だけでは消費は増えないことと示している。 ● 日本の潜在成長率と人口動態は非常に関連が深く、将来の人口予測に基づけば、2020 年代後半 以降は日本の潜在成長率は非常に厳しい状況になることが予測される。我が国では就業希望の 非労働力人口が 400 万人以上存在するため、こうした人材が活躍できる環境を整えれば、ある 程度は潜在成長を維持する時間稼ぎができる。 ● 根本的には人口を増やさないことには経済成長の維持は不可能。特に、外国人留学生を大量に 受け入れる取り組みの強化が将来の移民政策の突破口を開くと考えている。日本でもオースト ラリアの成功事例等を参考に、外国人留学生の増加と将来的な移民政策といった方向にかじを 切っていく必要がある。 ● 直近の就業希望の非労働力人口を性別で見ると、全体の四分の三が女性であり、最大の要因は 出産・育児となっており、この要因だけで 100 万人近くの就業希望非労働力人口が存在する。 このため、人材・インフラ面も含めて待機児童を解消することが重要な政策になる。 ● 日本では女性・高齢者・外国人の労働市場参入が難しいことの根本にあるのが、同じ会社で長 く働けば長く働くほど恩恵が受けやすいという就業構造があり、日本的雇用慣行を段階的に変 えていかなければ日本経済の成長持続は危うい。 ● 労働市場の流動性が高い国ほど潜在成長率が高くなりやすい。しかし、労働市場の流動化を促 す正社員解雇の金銭解決や脱時間給制度は安倍政権が打ち出した「働き方改革」に含まれてい ない。労働市場の流動化を促す一方で、労働者の能力開発を促進して失業の長期化を防ぐ積極 的労働市場政策に一刻も早く踏み込むことがアベノミクスの喫緊の課題といえる。 (注)本稿は 7 月 20 日に開催された内閣府経済財政諮問会議政策コメンテーター委員会総会にお ける筆者の発言内容の一部をまとめたもの。 ●消費増税先送りは賢明な判断 一般的には、アベノミクスが始まっても、賃金の上昇が不十分といわれている。しかし実は従前 言われているよりも賃金は上がっているというデータがある。賃金統計としては、毎月勤労統計が 一般的に注目され、これによれば、2015 年における一般労働者の所定内給与は前年比+0.6%にと どまる。しかし、それよりもサンプル数の多い賃金構造基本統計調査によれば、一般労働者の所定 内給与は前年比で+1.5%も伸びているということになる。従って、実は一般的な認識よりも、家計 収入は増えていることになる。 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が 信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがありま す。また、記載された内容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 しかし、雇用者報酬が増えているにも関わらず、個人消費が増えていない。そして、雇用者報酬 と個人消費のかい離が生じたきっかけが 2014 年 4 月の消費税率引き上げとなっている。一方で消費 税率引き上げというのは、将来の社会保障の充実のために上げるため、非ケインズ効果的な考えに 基づけば、消費が増えるという見方もある。しかし、実際は逆に個人消費が減ってしまっていると いうことからすれば、社会保障の充実は必要だが、それだけでは消費は増えないということを示し ている。 (%) 3 一般労働者の所定内給与比較 ~本当の賃金はもっと上がっている~ 雇用者報酬と個人消費 ~収入増えても増えない個人消費~ 270 2.5 毎月勤労統計(30人以上)(3.3万事業所) 2 260 個人消費 賃金構造基本統計調査(7.8万事業所) +1.5% 1.5 雇用者報酬 1 +0.6% 兆円 250 240 0.5 0 230 -0.5 220 -1 -1.5 ( 出所)内閣府 2016/03 2015/11 2015/07 2015/03 2014/11 2014/07 2014/03 2013/11 2013/07 2013/03 2012/11 2012/07 2012/03 2011/11 2011/07 2011/03 2010/11 2010/07 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 (出所)厚生労働省 2010/03 210 -2 1989/12 1990/03 1990/06 1990/09 1990/12 1991/03 1991/06 1991/09 1991/12 1992/03 1992/06 1992/09 1992/12 1993/03 ●人口動態に左右される潜在成長率 そうなると、なぜ家計や企業の財布の紐が緩まないかというと、マクロ的には個人消費にも設備 投資にも関係してくることになるが、生産年齢人口が今後も減少を続け、国内のパイが縮小してし まうという漠然とした不安が大きいのではないかと考えられる。 実際、日本の潜在成長率と生産年齢人口や人口ボーナス指数の変化率といった人口動態との関係 を見ても非常に関連が深い。そして、将来の人口予測に基づけば、2020 年代後半以降は日本の潜在 成長率は非常に厳しい状況になることが予測される。従って、将来の漠然とした不安を緩和するに は生産年齢人口の下落を抑え込まなければいけないことになる。そうした意味では、現在、アベノ ミクスでは一億総活躍社会の実現に基づいた政策が打ち出されつつある。そして実際に、我が国で は就業希望の非労働力人口が 400 万人以上存在し、失業者の2倍の規模となる。従って、こうした 就業希望の非労働力人口が労働市場で活躍できる環境を整えれば、ある程度は潜在成長を維持する 時間稼ぎができる。しかし、やはり根本的には人口を増やさないことには経済成長の維持は不可能 と筆者は考えている。つまり、潜在的な消費、投資の拡大を持続させるために、将来的には移民政 策が必要だと考えている。 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が 信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがありま す。また、記載された内容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 就業希望非労働力人口は失業者の二倍弱 人口動態に左右される潜在成長率 3 潜在成長率 450 ( 出所)国立社会保障人口問題研究所、内閣府、潜在成長 率予測は第一生命経済研究所 ( 出所)総務省 ●外国人留学生増で潜在成長力引上げ しかし、いきなり移民政策は難しいと思われるため、外国人留学生を大量に受け入れる取り組み の強化が将来の移民政策の突破口を開くと考えている。実際、日本政府は以前から留学生 30 万人計 画という目標を掲げているが、日本の外国人留学生数は国際比較可能な 2013 年時点で 13.6 万人、 2015 年時点でも 18 万人にとどまっている。一方、オーストラリア等では外国人留学生の大量受け 入れによる経済活性化に成功している。特にオーストラリアでは、地方に留学すると移住ビザの発 給要件を緩和する等の優遇措置をすることで地方創生などにも貢献している。従って、日本でもこ うしたところを参考に、外国人留学生の増加と将来的な移民政策といった方向にかじを切っていく 必要があるのではないかと考えられる。 オーストラリアの財・サービス輸出上位10品目(2014年) 単位:豪ドル 順位 品目 輸出額 200,000 400,000 600,000 800,000 1,000,000 1位 鉄鉱石 660億 外国人留学生受入数(2013年) ~留学生30万人計画にはほど遠い~ 0 アメリカ 784,427 イギリス 416,693 オーストラリア 249,868 フランス 228,639 ドイツ ロシア 196,619 石炭 380億 3位 天然ガス 178億 4位 外国人留学生の留学費用(教育・生活費等) 170億 5位 個人旅行サービス(教員関連除く) 142億 6位 金 135億 7位 原油 106億 8位 牛肉 78億 9位 アルミニウム鉱(アルミナ含む) 63億 小麦 59億 138,496 日本 135,803 カナダ 135,187 中国 2位 96,409 イタリア 82,450 オーストリア 70,852 オランダ 68,943 サウジアラビア 62,143 スペイン 56,361 韓国 55,536 トルコ 54,387 10位 ( 出所)OECD (出所)Australian Government Department of Foreign Affairs and Trade 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が 信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがありま す。また、記載された内容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 7~ 9月 4~ 6月 -4 2016年 1~ 3月 -2 0 10~12月 -3 就業希望非労働力人口 50 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022 2023 2024 2025 2026 2027 2028 2029 2030 -1 完全失業者 100 7~ 9月 -2 0 150 4~ 6月 1 200 2015年 1~ 3月 -1 10~12月 2 250 7~ 9月 0 予測 300 4~ 6月 前年比: % 3 350 2014年 1~ 3月 1 10~12月 4 400 2013年 7~ 9月 2 人口ボーナス指数(右) 万人 生産年齢人口 5 生産年齢人口/従属人口の前年差:倍 6 500 ●女性活躍に必要な日本的雇用慣行の是正 一方、女性の活躍も重要である。実際、直近の就業希望の非労働力人口を性別で見ると、全体の 四分の三が女性である。そして、女性の就業希望非労働力人口を要因別で分けて見ると、最大の要 因は出産・育児となっており、この要因だけで 100 万人近くの就業希望非労働力人口が存在する。 従って、やはりいかに出産・育児をしながら働きやすい環境を整備するかが喫緊の課題となってい る。 そこで、実際にこれまでの待機児童と保育所の定員の推移を見ると、実は定員数の増加は加速し ているのだが、それを上回る形で女性の社会進出が進んでいるということで、結果的に待機児童者 数が増えてしまっている状況がうかがえる。従って、人材・インフラ面も含めて待機児童を解消す ることが重要な政策になると考えられる。 就業希望の女性非労働力人口 (2016年1-3月期) 120 待機児童数と保育所定員推移(各4月1日時点) 3.0 100 保育所定員 247 万人 80 250 234 224 229 216 220 213 212 211 205 208 2.0 1.0 2.0 1.8 2.6 2.6 2.5 2.3 2.0 2.1 2.3 100 2015年 2014年 0 2013年 0.0 2012年 50 2011年 0.5 2010年 健康上の理由のため 介護・看護のため 出産・育児のため 今の景気や季節では仕事 がありそうにない 勤務時間・賃金などが希望 にあう仕事がありそうにない 自分の知識・能力にあう仕 事がありそうにない 近くに仕事がありそうにない 0 2.5 2.3 2009年 2 150 2008年 11 1.5 2007年 19 2006年 16 200 2005年 38 37 40 ( 待機児童数、,万人) 60 ( 保育所定員、万人) 2.5 20 300 待機児童数 98 ( 出所)厚生労働省 ( 出所)厚生労働省 ●労働市場改革に不可欠な解雇規制緩和 また、そもそも女性だけではなく、高齢者や外国人も含めて日本の労働市場は参入が難しいこと も労働力人口増加の制約となっている可能性がある。そして、その根本にあるのが、新卒一括採用、 年功序列、定年制を象徴とした、同じ会社で長く働けば長く働くほど恩恵が受けやすいという就業 構造があると筆者は考えており、この部分を段階的に変えていかなければ日本経済の成長持続は危 ういと考えている。 実際、OECD 諸国の勤続 10 年以上の労働者割合と潜在成長率の相関をとると、明確な負の相関関 係がある。更に、潜在成長率を先行させた場合の相関と遅行させた場合の相関を比べれば、潜在成 長率を遅行させた場合の相関が高いことからすれば、労働市場の流動性がその後の潜在成長率に影 響を及ぼしている可能性が示唆される。 すなわち、これは労働市場の流動性が高い国ほど潜在成長率が高くなりやすいということを意味 している。そして、労働市場の流動化を促すうえで象徴的な制度改正になると期待されるのが正社 員解雇の金銭解決や脱時間給制度となるが、残念ながら安倍政権が打ち出した「働き方改革」では 踏み込んでいない。ただ一方で、労働市場の流動性が高い国々では、労働者に職業訓練や職業紹介 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が 信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがありま す。また、記載された内容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 を行い、雇用主には労働者雇用に関する助成金を支給するなど、労働市場に積極的な働きかけを行 うために相当な予算を使っているのも事実である。 従って、こうした労働市場の流動化を促す一方で、労働者の能力開発を促進して失業の長期化を 防ぐ積極的労働市場政策に一刻も早く踏み込むことがアベノミクスの喫緊の課題といえよう。 正社員の賃金構造(2014年) 600 計 大企業 小企業 400 5 潜在成長率% 千円/月 500 300 200 100 0 3 2 65~69 60~64 55~59 50~54 45~49 40~44 35~39 30~34 25~29 20~24歳 0 3 2 日本 イタリア ポルトガル 0 -1 y = -12.276x + 6.1661 R² = 0.4959 -3 20.00% イタリア ポルトガル 30.00% 40.00% 50.00% 勤続年数10年以上の従業員割合% ギリシャ 60.00% (出所)OECD資料を基に第一生命経済研究所作成 4 1 y = -13.327x + 6.6454 R² = 0.5769 -2 20.00% ギリシャ 30.00% 40.00% 50.00% 勤続年数10年以上の従業員割合%(2012年) 60.00% OECD諸国の労働市場の流動化と潜在成長率 (潜在成長率1年遅行) 6 潜在成長率%(2013年) 5 日本 1 OECD諸国の労働市場の流動化と潜在成長率 (潜在成長率1年先行) 6 潜在成長率%(2011年) 4 -1 ( 出所)厚生労働省 -2 OECD諸国の労働市場の流動化と潜在成長率 (2012年) 6 5 4 3 2 1 0 -1 日本 y = -12.756x + 6.3963 R² = 0.5903 -2 20.00% イタリア ポルトガル ギリシャ 30.00% 40.00% 50.00% 勤続年数10年以上の従業員割合%(2012年) 60.00% (出所)OECD資料を基に第一生命経済研究所作成 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が 信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがありま す。また、記載された内容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。