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TPPとどう向き合うか -TPPの国際政治経済分析 - J

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TPPとどう向き合うか -TPPの国際政治経済分析 - J
提言論文
TPPとどう向き合うか -TPPの国際政治経済分析
【構成】
1.はじめに-TPP とは
(1)TPP の法制度上の位置付け
(2)TPP の沿革と経緯
(3)TPP での交渉内容
2.TPP 交渉関与国をとりまく国際経済環境
(1)TPP 交渉関与国の経済規模と貿易規模
(2)日本の交易環境-日本の農産物輸入を焦点に
(3)交渉のイニシアチブを取るアメリカ、成立のキャスティングボードを握る日本
3.TPP をどう評価するか
(1)国論を二分する TPP
(2)TPP を巡る主張:TPP 関連文献での主な論者の見解
(3)TPP の評価軸と背後にあるイデオロギー
4.TPP とうまくつきあうために
(1)企業経営者の観点からの評価
(2)国民の観点からの評価(その1):関税障壁撤廃について
(3)国民の観点からの評価(その2):非関税障壁撤廃について
(4)TPP に対する評価-まとめ
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提言論文
1.はじめに-TPP とは
(1)TPP の法制度上の位置付け
TPP とは、環太平洋戦略的経済連携協定(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership
Agreement)の略で、環太平洋地域の国々による経済の自由化を目的とした多角的な経済連
携協定(EPA)である。ここで EPA(Economic Partnership Agreement)とは、FTA(Free Trade
Agreement:自由貿易協定)の一種であるが、貿易取引に直接かかわるような関税やその他
通商上の規制の撤廃に止まらず、別名「非関税障壁」とも呼ばれている、経済制度や経済
取引に絡むルールの調和や連携強化、協力推進をも含めた形で結ばれる、包括的な経済協
定である(図表 1)。
日本が現在 EPA を結んでいるのは、シンガポール(2002 年)、メキシコ(2005 年)、マレ
ーシア(2006 年)、チリ(2007 年)、タイ(2007 年)、インドネシア(2008 年)、ブルネイ
(2008 年)、ASEAN(2008 年)、フィリピン(2008 年)、スイス(2009 年)、ベトナム(2009
年)、インド(2011 年)、ペルー(2011 年:発効待ち)の 12 ヶ国 1 地域、現在交渉中は豪
州(2006 年から交渉開始)、GCC〔湾岸協力会議〕
(2006 年交渉開始)、韓国(2003 年から交
渉開始)の 2 ヶ国 1 地域。その他、交渉の段階には至ってないもののうち、「アセアン+6」
と「アセアン+3」「日中韓」については関係政府間で議論中、カナダ、モンゴル、コロン
ビアとの EPA については共同研究が進められ、EU との間では協定の対象と範囲を決める予
備交渉作業(いわゆるスコーピング作業)の段階に入っている。
FTA および EPA では、協定を結んだ国同士の間でより低い関税を適用され、協定相手国で
の経済活動に際し制度上の優遇を受けられることとなるため、協定を結んだ国と協定を結
んでいない国との間で取り扱い上の差別が生じることとなる。GATT を含めた WTO 協定では
原則、すべての国との交易に関し関税を含め同一に扱うことを義務づけている(WTO の無差
別原則とよばれる)ことから、協定相手国との交易だけを自由化する FTA または EPA の結
成には GATT 上厳しい制限が課されている。それを具体的に定めたのが GATT24 条であり、
FTA や EPA が GATT 上許容されるためには、
「関税その他の制限的通商規則がその構成地域の
原産の産品の構成地域間における実質上すべての貿易について廃止されていなければなら
ない」(24 条 8 項 b 号)としている。「実質上すべての貿易」について具体的な数字等の規
定は GATT 上存在していないが、たとえば NAFTA では 98%以上、EU が結んだ FTA や EPA で
は概ね 97%以上の貿易について関税が撤廃されており、先進国の FTA や EPA では 95%以上
は関税撤廃が求められるという「相場観」が定着しているという。だが他方で、日本が過
去に締結した EPA では、関税撤廃率は 90%ぎりぎりに達しているかどうかのレベル、とも
言われている。
FTA および EPA は、
(2 国間か 3 ヶ国以上の多国間かにかかわらず)国と国同士で結ばれる
協定であり、条約と同様、国会の批准手続きを経て承認されない限り、発効されない。し
たがって、仮に政府が独断で交渉内容に全面的に合意したところで、その合意が日本国民
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を直ちに拘束するものではない。ましてや、単に交渉参加を表明したぐらいでは、法的に
は何の拘束力ももたない。
(2)TPP の沿革と経緯
TPP の元となる協議が始まったのは、2002 年メキシコでの APEC 首脳会議からであり、当
初はチリ、シンガポール、ニュージーランドの 3 ヶ国間で交渉が開始された。TPP の原協定
(一般に P4 協定と呼ばれる)はシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの 4 国
が調印し、2006 年 5 月から発効している(図表 1)。
その後、2010 年 3 月からアメリカ、オーストラリア、ベトナム、ペルーが、2010 年 10 月
からはマレーシアが交渉への参加を表明した。原協定を締結した 4 ヶ国を含む参加 9 ヶ国
で進められている拡大交渉会合は、2011 年 11 月の大枠合意を受けて、2012 年 7 月に全分
野での実質的合意を目指している。
日本も 2011 年 11 月の APEC 首脳会議の場で「交渉参加に向けて関係国との協議に入る」
と表明、カナダ、メキシコ、台湾の三ヶ国も TPP への参加の方針を示してはいるが、拡大
交渉会合への参加はいまだ許されず、交渉会合中の情報共有や協議にも応じてもらえない
「蚊帳の外」の状況が続いてきた。
2011 年 12 月のマレーシアでの 9 ヶ国拡大交渉の場でようやく、メンバー各国が参加希望
国との 2 国間協議を進めることが打ち出されたことで、日本も交渉参加への同意取り付け
に向け、2012 年 1 月半ば頃より 9 ヶ国への代表団派遣を急ぎ進めてきた。1 月 19 日までに
ベトナムとブルネイから、1 月 27 日までにペルーとチリから了承を取り付けるとともに、2
月に入り次第、オーストラリア、マレーシア、シンガポールへの事前協議団派遣の動きを
進める予定だ。
最大のヤマ場となるアメリカとの事前協議は、当初、1 月末からのスタートで調整を図っ
ていたが、アメリカの関心が 1 月 31 日からワシントンで始まる交渉参加 9 ヶ国による中間
会合での交渉調整の方に向かってしまったため、日米事前協議は棚上げされたままとなり、
交渉参加の見通しが一向に立たない有様だ。事前協議とは別に、日本の政治家や交渉に関
わる官僚、業界団体関係者などが、ウェンディ・カトラー米通商代表部(USTR)通商代表
補を始めとする USTR の首脳たちと非公式な折衝を行い、その内容がメディア等から断片的
に漏れ聞こえてはくるが、その真偽のほどは定かではなく、(仮にその場での発言が正しか
ったとしても)事前協議の場でも予めアナウンスしていた通りのスタンスで臨んでくるか
も疑わしい。むしろ、非公式な折衝でのやり取りをブラフとして巧みに利用され、USTR の
都合のいいように日本側の関係者が振り回されてしまっている観が否めないところだ。
(3)TPP での交渉内容
原協定(P4 協定)で定められていることは、拡大交渉会合で改訂されない限り、全ての
交渉国が従わなくてはならない。
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中でも、原協定第 3 章第 11 条 で、農業輸出補助金は原則撤廃とされている(ただし、農
業に関わる全ての補助金が撤廃されるわけではない点は、注意を要する)。
TPP での交渉項目として現在、次の 24 項目が協議に上っている(図表 1)。
図表 1.TPPの概要と沿革
市場アクセス交渉として取り上げられているのは、以下の 9 項目である。
1)工業製品
2)繊維・衣料品
3)農業産品
4)越境サービス
5)電気通信サービス
6)金融サービス
7)ビジネス関係の移動
8)政府調達
9)投資
これら 9 項目では主に、各分野での関税障壁の撤廃に加え、外資の参入条件緩和などが焦
点となっている。
ルール交渉として取り上げられているのは、以下の 15 項目である。
1)原産地規制
2)貿易救済措置(セーフガード、補助金相殺措置)
3)貿易円滑化
4)SPS(衛生植物検疫措置)
5)TBT(貿易に対する技術的障壁)
6)知的財産権
7)競争政策
8)環境
9)労働
10)紛争解決
11)協力
12)分野横断的事項
13)電子商取引
14)制度的条項
15)首席交渉官協議
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これら 15 項目では主に、非関税障壁の撤廃を視野に、TPP に参加する各国間でのルール
の統一化や規制条件の均一化などが焦点となっている。
TPP では原則、関税障壁ならびに非関税障壁の完全撤廃を目指している。関税障壁撤廃へ
の具体的な進め方として、
「タリフライン」
(つまり、関税分類上の細目数ベース)で 95%、
貿易額ベースで TPP 参加国累計の 90%で即時関税撤廃、残りは協定発効後 7 年以内に関税
撤廃、という方針を過半数の国々が支持している、といわれている。
「タリフライン」で関
税撤廃率 90%ぎりぎりの日本がこれを達成するには、市場アクセス交渉の 3)農業産品分
野で、これまでの EPA よりも更に踏み込んだ条件提示を迫られる可能性が高い。
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2.TPP 交渉関与国をとりまく国際経済環境
(1)TPP 交渉関与国の経済規模と貿易規模
TPP の理念としては、(貿易自由化進展のための経過措置の一環として)関与国間での関
税障壁並びに非関税障壁を原則撤廃して、貿易機会を増やし、貿易の利益を増やすことが
挙げられる。ただ、TPP の交渉関与国をみると、その経済条件はまちまちであり、貿易の利
益を享受できる度合いも、国により大小さまざまである。
TPP 交渉関与国全体での経済規模とその構成比をみると、2010 年時点での TPP 正式交渉メ
ンバー9 ヶ国(シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランド、アメリカ、オーストラ
リア、ベトナム、ペルー、マレーシア)プラス日本の計 10 ヶ国での名目 GDP 合計は 22.3
兆ドル、構成比の内訳はアメリカが 65%、日本 25%、オーストラリア 6%、残り 7 ヶ国で
5%である。TPP 正式交渉メンバー9 ヶ国+交渉参加表明 4 ヶ国(日本、カナダ、メキシコ、
台湾)だと、計 13 ヶ国での名目 GDP 合計は 25.3 兆ドル、構成比の内訳はアメリカが 57%、
日本 22%、カナダ 6%、オーストラリア 5%、メキシコ 4%、残り 8 ヶ国で 6%である(図
表 2)。経済規模で見た限り、TPP は、米・日・豪の EPA、または NAFTA(アメリカ、カナダ、
メキシコ)+日豪 EPA といった感じになる。中でも日米 2 ヶ国の存在感が頭抜けている点
は、交渉関与国いずれのベースでみても変わらない。
図表 2.TPP 交渉関与国の名目 GDP 構成比
TPP 交渉関与国全体での輸出入の規模とその構成比でみると、日米の 2 ヶ国の存在感はや
や小さめとなる一方、経済規模の時には見えてこなかった国々の存在感がクローズアップ
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される。TPP 正式交渉メンバー9 ヶ国+交渉参加表明 4 ヶ国(日本、カナダ、メキシコ、台
湾)の計 13 ヶ国での輸出額合計は 4.9 兆ドル、構成比の内訳はアメリカが 37%、日本 17%、
シンガポール 10%、カナダ 9%、メキシコ 6%、台湾 6%、オーストラリア 5%、残り 6 ヶ
国で 10%である。他方、計 13 ヶ国での輸入額合計は 5.3 兆ドル、構成比の内訳はアメリカ
が 45%、日本 15%、カナダ 9%、シンガポール 8%、メキシコ 6%、オーストラリア 5%、
台湾 5%、残り 6 ヶ国で 8%である(図表 3)。輸出入規模で見ると、TPP は、NAFTA(アメ
リカ、カナダ、メキシコ)+日・豪・台・シンガポール EPA といった感じにはなるが、NAFTA
(アメリカ、カナダ、メキシコ)+日・豪で TPP 交渉関与国全体の輸出の 75%、輸入の 80%
を占めている点は注目に値する。
図表 3.TPP 交渉関与国の輸出入額の構成比
TPP 交渉関与国の貿易依存度(輸出依存度+輸入依存度)をみると、シンガポールが 394%
(輸出依存度 211%/輸入依存度 183%)と突出しているのに続き、マレーシア、ベトナム、
台湾、ブルネイの 4 ヶ国が貿易依存度 100%を超えている。台湾や ASEAN 所属の小国では、
薄い内需よりも厚みのある外需主導で、自らの比較優位を活かした経済運営を行っており、
その成果を高める意味でも関税引き下げを含めた貿易自由化には積極的である。その後に
続くチリ、メキシコ、カナダ、ニュージーランドは貿易依存度 50%を超えている。
中でも、メキシコとカナダでは、NAFTA の締結によりアメリカとの取引関係がより一層緊
密になったことが、貿易依存度を高める方向に働いていると推察される。残ったペルー、
オーストラリア、日本、アメリカは貿易依存度 50%を割っており、中でも日本とアメリカ
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は貿易依存度 30%を割っている(図表 4)。世界的にみても圧倒的な経済規模を誇る日米で
の内需の厚みが、多様な製品への需要の創造と重層的な産業連関の形成を支える要因とな
っている。日米での貿易依存度の低さは、当該国の交易環境の閉鎖性を意味するものでは
勿論なく、そうした需要の多様性と産業構造の重層性に支えられた国内経済の懐の深さに
起因するものである。
図表 4.TPP 交渉関与国の貿易依存度
(2)日本の交易環境-日本の農産物輸入を焦点に
貿易依存度の低さが当該国の交易環境の閉鎖性を意味するものではないことの傍証とし
て、世界各地域主要国・地域 25 ヶ国の関税率を見てみよう。提示 25 ヶ国のうち、貿易対
象全商品での実行関税率(単純平均)が最も高いのはバングラデシュ(13.89%)、最も低
いのはシンガポール(0%)である。TPP 交渉関与国の中で貿易依存度の低い 3 国に着目す
ると、オーストラリア 2.86%、アメリカ 2.90%、日本 2.59%である。その内訳として、工
業製品での実行関税率(単純平均)が最も高いのはブラジル(14.01%)、最も低いのはシ
ンガポール(0%)であり、オーストラリア 3.09%、アメリカ 2.98%、日本 2.13%である。
他方、一次産品での実行関税率(単純平均)が最も高いのは韓国(26.31%)、最も低いの
はシンガポール(0%)であり、日本 5.11%、アメリカ 2.55%、オーストラリア 1.31%で
ある(図表 5)。日本の関税率は、世界的にみてきわめて低い水準にある。一次産品ではや
や高めでも、世界的にみて低い方であろう。両者を比較すると、関税の下げ余地が残され
ているのは、それでも一次産品の方である。
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図表 5.世界各地域主要国・地域の関税率
一次産品の中で関税の下げ余地が大きいのは、農産物の中でも、実はごく一部の商品であ
る。図表 6 より、日本の農産物の関税構造をみると、農産物課税対象全品目ベース 1,332
品目中、関税率 0%のものは 23.9%(319 品目)、関税率 0 超~20%以下のものは 47.6%(634
品目)、関税率 20 超~50%以下が 16.9%(225 品目)、関税率 50 超~75%以下が 1.5%(20
品目)、関税率 75 超~100%以下が 0.7%(9 品目)
、関税率 100 超~200%以下が 1.8%(24
品目)、関税率 200%超のものが 7.6%(101 品目)である。農産品のうち、関税率 20%以
下が 7 割超を占めており、関税率 100%超のものは 10%にも満たない。200%超の高関税品
として典型的に挙げられるのは、コメ(778%)、小麦(252%)、大麦(256%)、脱脂粉乳
(218%)、バター(360%)、タピオカでんぷん(583%)、小豆(403%)、粗糖(305%)な
どである。
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図表 6.日本の農産物の関税構造
農産物の関税の完全撤廃の影響を見ていくうえでの前提として、日本の食料品生産と輸出
の状況を確認しておこう。図表 7 より、日本の農業・食料関連産業の生産額の推移をみる
と、漁業+農業+食品工業の生産額の合計は 1990 年の 54.3 兆円からその後も下がり続け、
2009 年時点では 45.5 兆円(-8.8 兆円)となっている。漁業は 2.8 兆円から 1.5 兆円に減
少(-1.3 兆円)、農業は 13.4 兆円から 9.5 兆円に減少(-3.9 兆円)
、食品工業は 38.1 兆
円から 34.5 兆円に減少(-3.6 兆円)している。2009 年時点での農業生産額の主な内訳を
みると、野菜は 2.10 兆円、コメは 1.87 兆円、酪農が 0.91 兆円、果実が 0.73 兆円、肉牛
が 0.72 兆円である。関税撤廃で比較的大きな影響を受けそうなコメ、酪農、肉牛の生産額
を合わせると 3.5 兆円、農業生産額合計 9.5 兆円のうちの 37%である。
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図表 7.日本の食料品生産状況
図表 8.日本の食品輸入状況
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図表 8 より、日本の輸入総額および食料品輸入額の推移をみると、輸入総額は 1990 年の
33.9 兆円から 2010 年には 60.8 兆円へ上昇(26.9 兆円)、食料品輸入額は 1990 年の 4.6 兆
円から 2010 年には 5.2 兆円へ上昇(+0.6 兆円)している。2010 年時点での日本の食料品
輸入の内訳をみると、魚介類は 1.26 兆円、肉類が 0.97 兆円、穀物類が 0.72 兆円、野菜 0.37
兆円、果実 0.35 兆円である。関税撤廃で比較的大きな影響を受けそうな肉類と穀物類の輸
入合計は 1.69 兆円、(魚介類を除いた)農産品輸入額合計 3.94 兆円のうちの 43%である。
特定品目をみれば、関税の完全撤廃による TPP 関与国の日本への輸出拡大効果は大きいよ
うに見えるが、それでも影響を受けそうなのは、農産品輸入額の 4 割強、または、農業生
産額の 4 割弱、いずれも数兆円のオーダーである。
(3)交渉のイニシアチブを取るアメリカ、成立のキャスティングボードを握る日本
現在 9 ヶ国間で行われている TPP 交渉において、圧倒的な存在感で強い発言権を有してい
るのはやはり、アメリカである。
TPP の原協定は元々、国内の経済規模も小さく貿易依存度が高めな小国間で、主力となる
産業を棲み分けつつ双方向的に輸出入を活発化させることで Win-Win の交易関係を形成し、
各国の経済成長のエンジンとしていくことが大きな狙いであった。だが、後にアメリカや
オーストラリアなどの大国が協定に参入してくると、大国としての国内市場の大きさが需
要の求心力を生み出すともに、大国で比較劣位な産業でも特化には至らず国内の生産基盤
が一定程度は残存することとなりやすいため、当該産業に属する企業や労働者のレベルで
は輸出国側と利害が競合し、Win-Win の交易関係の形成が難しくなる。大国同士の場合には、
(交易関係としては、同じ産業内で互いに輸出入をする産業内貿易がより活発化すること
となるが、反面で)幅広い産業で輸出入の両面から、企業や労働者のレベルでの利害の競
合が起こりやすくなる。
(勿論、消費者全体では、特定産業の企業や労働者のレベルでの競
合の有無にかかわりなく、「貿易の利益」として十分なメリットを享受できることは言うま
でもない。したがって、個人レベルで最終的にプラスかマイナスかは、消費者としてのメ
リットと企業経営者または労働者としてのデメリットとの大小関係に依存する。
)
そこで大国としては、利害の競合が起こる産業で自国に有利になるような方向へ取引条件
やルール作りを誘導していくことが経済交渉での重要なタスクとなり、その武器となるの
が関税の引き下げや取引規制撤廃、市場参入障壁撤廃や市場開放要求、「ハーモナイゼーシ
ョン」の名の下での自国に有利な法制度の採用などである。
TPP を積極推進しているアメリカのオバマ現政権にとっては、金融危機後の経済再成長と
雇用創出が最大の課題である。その実現に向け、2010 年 1 月の一般教書演説では「国家輸
出イニシアチブ(National Export Initiative)」を発表、5 年間でアメリカの財・サービス
輸出を倍増させ、200 万人の雇用創出を図ると表明している。輸出倍増のための具体策とし
て、金融・非金融面での輸出企業支援策や既存の協定内容の強化による輸出促進策、更に
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は関税・非関税障壁の撤廃による新市場の開拓・開放策を打ち出している。オバマ政権に
とって TPP は、三番目の新市場開拓・開放をアメリカ企業の輸出拡大につなげ、アメリカ
の経済成長と雇用創出を図るための一手段に他ならない。
TPP への参加表明を打ち出した当初のアメリカの意図は、「輸出を少しでも伸ばせるチャ
ンスがあれば何でも利用する」といったシンプルなものだったが、
「(当時の)TPP 参加国の
陣容では経済規模が小さく、輸出拡大はおろか、雇用増もおぼつかない」として、ウォー
ル・ストリート・ジャーナル等のメディアから突き上げを受けることとなった。そんな矢
先に、経済規模も大きく輸出先として魅力のあるターゲットとして狙い撃ちされたのが、
まさに日本である。日本という成熟した巨大な市場には、アメリカだけでなく、開発途上
国もアクセスの機会を虎視眈々と狙っている。日本が参加することは、TPP の他の参加国に
とって大きなメリットである。その意味では、日本が TPP 成立のキャスティング・ボート
を握っており、「日本が入らないと置いていかれる」というよりもむしろ、「日本が入らな
いとアメリカが困る」、もっと正確にいえば「オバマ政権が困る」ということは間違いない。
アメリカと日本の間では過去、貿易摩擦・経済摩擦の名の下に、激しい貿易・経済交渉を
交わしてきた。当時、貿易収支の観点から見ても日本から米国への輸出が米国から日本へ
の輸出を大きく上回っていたことから、アメリカはこの状態を不公正とし、その原因を、
農産品を中心にみられる輸入制限的な規制や高関税に加え、日本独自の規制やルールが関
税以外の貿易の障害すなわち非関税障壁となっていると非難してきた。その上で、日本に
対しアメリカからは、(後に批判の的となった数値目標なども含め)日本への輸出拡大を企
図した市場開放要求が出されてきた。こうした交渉の舵取りをしてきたのが、米通商代表
部(USTR)である。
アメリカにおける TPP 交渉の担当部局でもある米通商代表部(USTR)は、予てより公表し
てきた「外国貿易障壁報告書」の内容や、2011 年 2 月に開かれた「日米経済調和対話」で
の主張、前もって進めていた米国内の業界団体からの意見公募の内容などを材料に、日本
の TPP 交渉参加への同意の条件として、事前協議の段階から日本市場の開放要求を突き付
け、呑ませようとする構えを見せている。
「2011 年外国貿易障壁報告書」、
「日米経済調和対話(2011 年 2 月)」、USTR が米国内の業
界団体からの意見公募の内容をまとめたもののサマリーとなる「TPP 協定(日本との協議
に関する米国政府意見募集の結果概要)」などをもとに、米 USTR から日本市場開放に向け
要求されている事項を見てみると、関税障壁を中心とした「輸入政策」での要求項目に比
べ、「サービス障壁」で要求されている金融、情報通信、司法などのサービス分野や「政府
調達」などでの市場開放、「知的財産保護及び執行」や独禁法に焦点を当てた「反競争的慣
行」などでのルール改正といった非関税障壁の撤廃の方に、力点が置かれていることは明
らかだ。「分野横断事項の障壁」の中では、個々の業界に向けた改善要求が出されており、
具体的には自動車や自動車部品、医療機器や医薬品、化粧品や医薬部外品、食品(栄養補
助食品、栄養機能食品など含む)、航空や船舶・港湾といった業界がターゲットとなってい
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るが、要求事項の数の多さからみると、医療機器や医薬品、食品(栄養補助食品、栄養機
能食品など含む)、化粧品や医薬部外品、自動車や自動車部品に対する USTR の関心の高さ
がうかがわれる。USTR による規制の撤廃・緩和や法解釈・運用の変更などの要求は、
(旧態
依然たる市場こじ開け的な色彩の強い自動車や自動車部品を除けば)米国企業が有利な条
件で市場に参入できることを見越してのモノが多い。そうした要求は、国内の既存企業に
とっては競争が激化し市場を奪われるという意味でデメリットとなる可能性が高いのに対
し、国内の新規参入企業にとっては過去の規制等のしがらみから自由な分だけメリットと
なりやすいと考えられる。
アメリカ以外の当事国からも、これまでの交渉の経過を踏まえ、
「のるかそるか」
(Take it
or leave it.)の対応を突きつけられてもおかしくはない。たとえ、日本の TPP 参加は歓
迎されていたとしても、日本の都合よく門戸を開いてもらえる保証はないことも、厳然た
る事実である。ただ反面、TPP では、日本が一方的に受け身の側に回らされる訳ではないこ
とも、確かである。現状ではアメリカに主導権を奪われているとはいえ、TPP 成立を左右す
るキャスティング・ボートの握り手として、瀬戸際戦略も辞さないギリギリの駆け引きで
切り札を出しアドバンテージを確かなものに出来るかが、事前協議も含めた TPP 交渉関与
国との交渉の際のカギとなってこよう。
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3.TPP をどう評価するか
(1)国論を二分する TPP
TPP に対する評価は賛成派と反対派に分かれており、世論としてどちらが多数派となって
いるのかも、まだ定かではない(図表 9)。
図表 9.TPP を巡る利害対立
政府の中でも、賛成派である経済産業省、反対派である農林水産省それぞれより極端な試
算が出されるとともに、比較的中立的に見える内閣府の試算や更には政府の統一見解をみ
ても、表向きはプラスでも誤差の範囲ともいいうるような数値しか現状では出てきてはお
らず、メリットがどのくらいあるのも定かではない。
政界では、反対派の党が多いようだが、与党民主党と野党筆頭の自由民主党ではともに、
党内が賛成派と反対派に分裂、コンセンサスに至るには程遠い状況であり、TPP の協定が締
結しても、果たして批准するのかしないのかも定かでない。業界団体の姿勢は、財界が賛
成に対し(財界の TPP 賛成の重点は図表 10 参照)
、農林水産関連業界と医薬関連業界を中
心に根強い反対を打ち出している。
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15
提言論文
図表 10.財界による TPP 賛成のポイント-日本経団連『わが国の通商戦略に関する提言』
学会・有識者の顔触れをみると、反対派の人の方が多いようにみえる。ただ、法学者や経
済学者と呼ばれる人たちの中では、表だって態度を示さない人たちがむしろ多数派のよう
であるが、彼らのスタンスは世間には未だ漏れ聞こえては来ない。
1980 年代後半から 1990 年代前半にかけて沸騰した日米経済摩擦の過程では、通商交渉の
場で激しい攻防が展開されるとともに、スーパー301 条の妥当性を含めた米 USTR の外交交
渉姿勢に対し、日米双方の学者・有識者グループから国際世論をバックに是々非々での異
議申し立てもなされるなど、学会・有識者とよばれる人たちの見解・主張が尊重され、そ
の行動がそれなりのインパクトをもたらした。今、国論を二分しコンセンサスの見えない
TPP に対し、その中身を理解でき、メリット・デメリット含め冷静な判断が下せるとともに、
世間の人々に是々非々での評価をおそらく説得的に説明できるであろう人たちが、十分な
説明を尽くさずに上っ面な主義・主張に終始するか、または、余計な火の粉をかぶりたく
ないとばかりに沈黙したままとなっている。
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提言論文
(2)TPP を巡る主張:TPP 関連文献での主な論者の見解
最近出版ないし寄稿された TPP に関する文献をもとに、TPP に対する賛成派と反対派の主
張を確認しておく。図表 11 では TPP 参加に賛成している主な論者 12 名、TPP 参加に反対し
ている主な論者 12 名を挙げている。各人の主張の出所は、TPP に関し書籍の形で出版され
たものや月刊誌に寄稿された論文や対談集をベースにしており、ブログや動画等での発
言・主張は採用していない。
TPP 反対派に属する論者は多くの
図表 11.TPP 関連文献での主な論者
場合、TPP に直接焦点を当てたテー
マで、書籍の刊行や論文の寄稿を行
っている。TPP 反対派では、論者一
人で複数の書籍の出版や論文の寄
稿もし、複数の論者が相乗りで書籍
や論文を出すケースも目立つ。
Amazon.co.jp のサイトで TPP をキー
ワードに書籍検索をすると、反対派
の論陣の著作物の多さが目立つ。
TPP 賛成派に属する論者では、TPP
をテーマにした論文の寄稿や対談
集への参加は見られる。ただ、TPP
に直接焦点を当てた書物・論文で明
確に論陣を張っている人はむしろ
少数派であり、書籍の内容の一部と
して TPP に言及しているものが散見されるにすぎない。
TPP 賛成派のうち、TPP に直接焦点を当てて体系的な解説を行いながら賛成の立場を表明
しているのは、渡邊頼純氏(慶応義塾大学総合政策学部教授)のみである。渡邊(2011)
で展開されている主張は、前職の外務省での GATT・WTO 交渉を担当してきた知識と経験の
蓄積やこの分野の専門家としてのネットワークに裏打ちされたものと推察される。伊藤元
重氏(東京大学大学院経済学研究科教授)は代表的な国際経済学者の一人であり、TPP 賛成
を標榜する学会・有識者の集まりである『TPP 交渉への早期参加を求める国民会議』の代表
世話人でもある。伊藤(2011)では、経済学では常識とされる「貿易の利益」を大前提に、
財界が訴える競合国との関税格差の解消と農業での保護撤廃・競争原理の導入を主張して
いる。同じく国際経済学者として知られている木村福成氏(慶応義塾大学経済学部教授)
は、TPP の国際経済協定としての意味を「仲間作り」
「ルール作り」
「貿易自由化」の三つに
要約した上で、農業保護のあり方を関税等の国境措置から国内補助金による保護へ切り替
える必要性を説いている(木村(2011))。若田部昌澄氏(早稲田大学教授)は経済学史を
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提言論文
専門とし、リフレ論争をはじめとする経済政策論争の論客としても知られている。若田部
(2012)では、
「貿易の利益」をベースに、APEC 規模での FTA 実現への経過点として TPP を
評価している。長谷川幸洋氏(東京新聞・中日新聞論説副主幹)は、日本が TPP と ASEAN
+6 とで交渉のパイプを複数化することで、米国や中国との交渉をより有利にもっていける
可能性を示唆している(長谷川(2012))。畠山襄氏(国際経済交流財団会長)は元通商産
業審議官で、ジェトロ理事長時代に日本の貿易政策に自由貿易協定(FTA)を根付かせたこ
とでも知られる。畠山(2011)では、競合国との関税格差の解消のためと、EU や韓国を日
本と同じ FTA の土俵へ上げることを狙いに TPP への参加を説いているが、関税撤廃による
農業への影響を緩和する措置として所得補償の補助金にも賛同している。岡本行夫氏(外
交評論家)は、外務省時代に北米一課長など北米畑の有力ポストを歴任し、米国との経済
摩擦を巡る交渉でも最前線に立ってきたタフ・ネゴシエーターの一人である。保阪正康氏
と中野剛志氏との対談(保阪正康&岡本行夫&中野剛志(2012))では、TPP 自体のメリッ
トの薄さは認めた上で、TPP 交渉に参加しない場合のデメリットを強調し、速やかな交渉の
参加で米 USTR との押し合いを乗り切る必要性を説いている。橋爪大三郎氏(東京工業大学
教授)は、これまでの TPP 論争に対し一歩引いた立場から、「自由貿易の是非」「非関税障
壁の撤廃の影響」「政府の行動が制約されることの利害得失」の三つの切り口より TPP を俯
瞰的に評価し、自由貿易は全面的に肯定、非関税障壁の撤廃には部分的に肯定、政府の行
動の制約については致し方なしとした上で、米中との間でのバランスを日本に有利な方に
傾けるのに TPP は有効な手立てと位置付けている(橋爪(2012))。山下一仁(元農水省幹
部・農政アナリスト)、浅川芳裕(月刊『農業経営者』副編集長)、本間正義(東京大学大
学院農学生命科学研究科教授)の三氏は、関税撤廃で最も影響を受けるとされる農業に焦
点を当て、TPP に強硬に反対している農水省が出した試算結果を具体的な数字に基づく根拠
で反駁した上で、TPP 参加を契機とした農業の構造改革の必要性を説いている(山下(2011)、
浅川(2011)
、本間(2011))。若田部氏とともに、リフレ論争などの経済政策論争では若手
の論客として知られている飯田泰之氏(駒澤大学経済学部准教授)は、農業に関しては山
下(2011)、浅川(2011)
、本間(2011)と同様の観点から TPP 参加を支持しつつ、TPP 反対
派が挙げる ISD 条項(=投資家対国家間の紛争解決条項)など含め非関税障壁に関しても
日本が一方的に不利になる条件はないと主張するとともに、岡本(2011)と同様の意味合
いから「TPP はいまメリットが見えにくいが、参加しない時のデメリットがかなり大」との
立場を表明している(斎藤&柴田&飯田(2012))。
TPP 反対派のうち、その急先鋒となった存在が、中野剛志氏(京都大学大学院工学研究科
助教)である。中野(2011)での主張の要点として、TPP 参加による輸出面でのメリットは
薄く、市場として狙われているのがむしろ日本の側であると指摘した上で、更に TPP はア
メリカによる近隣窮乏化政策の一環であり、1930 年代の帝国主義的なブロック経済化の現
代版でしかないことを指弾している。東谷暁氏(ジャーナリスト)も、中野(2011)と同
様に関税の引き下げから得られるメリットはほとんどないことに加え、非関税障壁(制度、
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提言論文
規制、法律)で譲歩を一方的に強いられるとともに、外資の農地・農業法人買収で食料安
保にもマイナスとなる懸念など、TPP 参加のデメリットを強調している(東谷(2011))。廣
宮孝信氏(個人投資家)と青木文鷹氏(アナリスト)は共著の廣宮・青木(2011)で、TPP
による企業側のメリットの存在は認めつつも、海外との競争に敗れたことによる農業の衰
退や地域経済の弱体化、非関税障壁撤廃により日本文化が否定される可能性などへの懸念
を示している。小倉正行氏(参議院政策秘書)も、TPP による企業側のメリットは認めたう
えで、農業衰退による食料主権の喪失や毒素条項による主権と国民の権利の侵害の危険性
を主張している(小倉(2011))。田代洋一(大妻女子大学社会情報学部教授)、鈴木宣弘(東
京大学大学院農学生命科学研究科教授)、森嶋賢(立正大学名誉教授)の三氏は、食料主権・
食料安保を盾に、TPP による関税撤廃や非課税障壁の撤廃に強硬な反対を示している(田代
(2011)、鈴木・木下(2011)、森嶋(2011))。関岡英之氏(ノンフィクション作家)と菊
池英博氏(日本金融財政研究所所長)は、非課税障壁の中でもサービス(金融)
、投資、労
働分野での市場開放を狙ったアメリカ主導での制度変更に警戒感を示し、買収攻勢などの
外資(とりわけ米国企業)の行動に無防備なまま TPP を結ぶことの危険性を指摘している
(関岡(2011)、菊池(2011))。若手の経済評論家として最近脚光を浴びており、韓国通と
しても知られている三橋貴明氏(作家・中小企業診断士)は、韓国企業に対する競争劣位
の打開策の一環として日本企業が TPP を求める理由は理解しつつも、TPP 参加による関税撤
廃では本質的な解決にならないとした上で、中野(2011)と同様に、より本質的な超ウォ
ン安の是正により有効なマクロ経済政策によるデフレ打開・円安誘導の必要性を説いてい
る(三橋(2011))。松原隆一郎氏(東京大学大学院総合文化研究科教授)は経済思想を専
門としつつ、経済・社会に関する広範なテーマで論稿を寄せるなど論壇誌で活躍している。
松原(2011)では、TPP 支持の背後にある重商主義の考え方を問題視し、TPP で国際競争力
をつけても変動為替下では円高で相殺されるため外需で景気不振から脱する重商主義は幻
想でしかないと喝破した上で、TPP で重商主義幻想を繋ぐよりは自然な資本投下の順序での
内需拡大の方がむしろ重要だと力説している。宇沢弘文氏(東京大学名誉教授)は、日本
人の中では数少ないノーベル経済学賞候補と言われてきた、世界的にも著名な経済学者で
あり、日本の経済学界の大御所ともいうべき存在である。宇沢(2011)では、宇沢氏が予
てより持論として掲げてきた社会共通資本の考え方を前面に出し、自由貿易の命題は拡大
しつつある帝国にとっては好都合な考え方だとしたうえで、非現実的・反社会的・非倫理
的な自由貿易の命題によって社会共通資本が広範に亘って破壊されてきたと批判し、TPP 支
持の背後にある新自由主義・グローバリゼーションというイデオロギー自体への疑義を表
明している。
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提言論文
(3)TPP の評価軸と背後にあるイデオロギー
TPP 賛成派ならびに反対派各人の主張を、いくつかの軸に基づき布置すると、賛成・反対
それぞれの立場の主張の共通性と相違が見えてくる。
図表 12 は、TPP での関税障壁撤廃による輸出メリットと輸入メリットの大小で、各人の
主張を布置したものである。賛成派は、輸出入双方のメリットを同時に強調するか、ある
いは輸入のメリットを重点に強調する意見がみられる。伊藤氏をはじめとする経済学者の
多くは「貿易の利益」の考え方を前提に輸出入双方のメリットを同時に強調する傾向がみ
られ、山下、浅川、本間の三氏に代表される農業関係の論者では輸入メリット、具体的に
は農業分野での輸入メリットに焦点を当てた主張が展開されている。国際経済学者である
木村氏は、関税撤廃の効果に関する実証研究の結果として余り大きなメリットは出ないこ
とを冷静に認めつつも、
「貿易の利益」の考え方に沿って輸出入のメリットの存在を肯定的
に捉えている。他方、反対派では、輸出メリットのなさを強調するスタンスと、輸入メリ
ットのなさ(というよりはむしろ、輸入がもたらすマイナス面)を強調するスタンスに分
かれる。特に、鈴木、田代、森嶋の三氏に代表される農業への悪影響を主張する論者では
輸入がもたらす産業や雇用へのマイナス面を強調する傾向がみられる。中野氏と東谷氏は
輸出を重点に関税撤廃の効果の薄さを強調しているのに対し、松原市は TPP の背後にある
重商主義そのものが為替の調整を介し輸出メリットを何らもたらさないことを指摘してい
る。
図表 12.TPP 論議の評価軸(その 1):TPP での関税障壁撤廃による輸出入メリット
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提言論文
図表 13 は、TPP での非関税障壁撤廃による企業ならびに国民の利害得失の大小で、各人
の主張を布置したものである。賛成派では、非関税障壁の撤廃を企業の観点からのみ肯定
する論者と企業・国民双方の観点から肯定視する論者とに分かれる。伊藤氏や畠山氏に代
表される、企業の観点からのみ肯定する論者のスタンスは基本的に、財界のスタンスと同
様、TPP 参加で企業活動の規制が緩和されることを歓迎するものである(ちなみに、伊藤
(2011)の中での TPP に関する言及の範囲では、国民の観点から見た非関税障壁の撤廃の
是非についての主張ははっきりとしていない)
。渡邊氏や木村氏に代表される、企業・国民
双方の観点から肯定視する論者の主張では、交渉の枠組みをもつこと自体の意義が強調さ
れている。反対派では、企業と国民の双方の勘点から、非関税障壁の撤廃を危険視する傾
向が強い。中でも、非関税障壁の撤廃による市場開放と外資の参入条件緩和は、自国企業
の競争条件を不利にするとともに、農業に止まらず地域経済にダメージをもたらし、場合
によっては ISD 条項など関連する毒素条項で主権や国民の権利も侵害される、との懸念が
強い。
図表 13.TPP 論議の評価軸(その 2):TPP での非関税障壁撤廃による利害得失
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提言論文
図表 14 では、TPP を巡る産業政策のスタンスとして、輸出産業強化と国内産業保護それ
ぞれの意見の重視度合いで、各人の主張を布置している。賛成派では、国内産業保護より
も輸出産業強化を重視するスタンスが主流であるが、特に伊藤、渡邊、飯田、山下、浅川、
本間ら六氏に代表されるように、農業を焦点に産業保護の撤廃を強調する論者も目立つ。
反対派では、鈴木、田代、森嶋ら三氏に代表される農業への悪影響を主張する論者を筆頭
に、輸出産業強化よりも国内産業保護を重視するスタンスが主流であり、その中心となる
のは農業保護の議論である。中野氏や松原氏のように反対派の一部の論者では、輸出のメ
リットの無さを踏まえて、輸出産業強化を重視しないスタンスだけをより鮮明にしている
ケースもみられる。
図表 14.TPP 論議の評価軸(その 3):TPP を巡る産業政策のスタンス
図表 15 では、TPP の背後にある政治・経済イデオロギーへの態度について、各人の主張
が布置されている。賛成派は、基本的に自由貿易・グローバリズムには肯定的であり、経
済安保・食料安保といった政治的利害についてもやや肯定的である。ここでいう経済安保・
食料安保は、日米安保条約という政治・軍事同盟と TPP という日米"経済同盟"を通じて実
現を図ろうとするものである。ただし賛成派の一部では、そうした政治的利害には表だっ
て言及していない論者や、畠山氏のように、そうした政治的利害を経済関係に持ち込むこ
とを戒める論者の存在も認められる。反対派では、基本的にアンチ・自由貿易、アンチ・
グローバリズムが主流であるが、経済安保・食料安保といった政治的利害を考慮に入れる
かどうかはまちまちである。鈴木、田代、森嶋ら三氏に代表される農業への悪影響を主張
する論者は、関税障壁による農業保護により自国内での食料供給確保を強硬に主張してい
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提言論文
るのに対し、東谷、菊池、関岡の三氏は、TPP といった経済協定に政治・軍事同盟の意味合
いを付与することの愚かさを強調した上で、経済イデオロギーとしても事実上アメリカの
経済的利害を押し通すものでしかない TPP は、日本の企業と国民の双方に損をもたらすだ
けのものでしかなく、突っぱねるべきだとしている。
図表 15.TPP 論議の評価軸(その 4):TPP の背後にある政治・経済イデオロギーへの態度
以上を総合すると、TPP 賛成派は、基本的に自由貿易・グローバリズムには肯定的であり、
国内産業保護よりも輸出産業強化を重視するスタンスが主流である。関税障壁撤廃につい
ては輸出入双方のメリットあるいは輸入のメリットを強調する意見が目立ち、非関税障壁
の撤廃については企業の観点からのみ肯定する論者と企業・国民双方の観点から肯定する
論者とに分かれる。TPP 反対派は、アンチ・自由貿易、アンチ・グローバリズムが主流で、
輸出産業強化よりも国内産業保護を重視している。関税障壁撤廃については輸出メリット
のなさを強調するスタンスと、輸入メリットのなさを強調するスタンスに分かれるが、非
関税障壁の撤廃については企業と国民双方の観点から危険視する傾向が強い(図表 16)。
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提言論文
図表 16.TPP 論議の評価軸-まとめ
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提言論文
4.TPP とうまくつきあうために
TPP に対する評価は、各人の置かれている立場や利害関係で、どうしても分かれてくる。
(1)企業経営者の観点からの評価
企業経営者の観点からは、TPP が目指す関税障壁の完全撤廃は、多かれ少なかれ企業には
プラスのメリットである。日本が TPP に参加しない場合であっても、TPP 域内国に経済活動
の拠点を新たに設けたり、あるいは日本から徐々に移すなどして、そのメリットを享受し
やすくふるまえばよい。例えば農業のように、関連業界含め業界全体では十分なメリット
が期待できるにもかかわらず、競争力のある少数派の専業農業のようにその主導層の政治
的影響力が弱いために実現が阻まれているような状況では、川上または川下にいる立場と
して側面支援の可能性を探る方が、長期的には企業にもプラスとなるであろう(ただし、
農業における政治的強者たる農協からの恨みを買うリスクは孕むかもしれないが)。
非関税障壁については、米 USTR の不公正貿易報告書あるいは日米経済調和対話などで日
本市場開放のターゲットとされている内容に自らの業界の利害に絡む事項がないかどうか
を、細かい法解釈のレベルまで詳細に精査し、ターゲットとして絡んでくる場合には同じ
く影響を受ける競合他社とも協調し、ロビーイング含め打てる手は可能な限りすべて打ち、
その実現阻止に尽くす他ない。「野卑には野卑を以て」は、対応として、何も政府の外交交
渉担当者レベルに限らない話である。
企業経営者としては、財界が宣伝するような TPP を結ぶメリット(あるいは TPP を結ばな
かったときのロス)に安直に乗るだけではなく、川上・川下といった関連業界含め、関税
障壁ならびに非関税障壁を完全撤廃した場合のメリット・デメリットを一度詳細に洗い直
す方が、短期的対応と長期的展望の双方でベストな選択がとれるはずである。
(2)国民の観点からの評価(その1):関税障壁撤廃について
一国民として TPP を評価するならば、関税の完全撤廃で消費者としてより大きなメリット
が得られることは確実だ。関税障壁撤廃の場合、経済学では常識的に語られる貿易の利益
の主張は、輸出よりもむしろ輸入の方で十分な妥当性を持つことは、現状の農産物の関税
構造をみれば明らかである。
農林水産省が示した試算では、関税などの国境措置撤廃で農業生産額は 4.1 兆円減(その
うちコメが 2.0 兆円減)、農業含めた関連業界の GDP は 7.9 兆円減という大きなマイナス効
果があるとの主張がなされている。これに対し浅川(2011)は、コメの生産額自体が 2.0
兆円に満たないのに、試算のとおりだと TPP に参加で生産額がマイナスになってしまうこ
とを指摘、「(農水省の試算自体)そもそも論理破綻もはなはだしい」と批判している(ま
た浅川(2012)では、農家の自家消費分と親類や知り合い等に無償で配る「縁故米」が生
産の約 2 割を占めることを指摘した上で、「国産 9 割減が正しいなら、こうした農家が外米
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提言論文
を買ってまで都会の親類に送らないと計算が合わない」とまで皮肉っている)。加えて浅川
(2011、2012)によると、アメリカのコメ生産量 1000 万トンの大半は長粒種で、日本人が
食べる米(ジャポニカ米の短粒種)はわずか 3%の 30 万トンにすぎず、仮にすべて輸入し
たとしても日本の生産量の 4%にしかならない。更に、短粒種の世界市場はきわめて小さく
これ以上開拓するのは困難と言われている上、アメリカのコメ生産者にとって短粒種は
中・長粒種に比べて利益はほとんど変わらないのに施肥や農薬散布などの技術が必要でコ
ストが高いため、TPP が締結されても短粒種にチャレンジする人は限られることも指摘して
いる。TPP 参加 9 ヶ国による長粒種の輸出量をすべて足しても 800 万トン強であり、国産 9
割減という農水省の試算は要するに、
「日本人が食べたくない長粒種 800 万トンを全部輸入
して、国産 850 万トンのうち新潟米以外をすべて破棄する」と主張しているも同然だ、と
喝破している。こうした農水省の主張の試算や主張のナンセンスさに対し、本間(2011)
は「このように単純な市場需給の変化さえ考慮せず、間違った仮定の下、あたかも TPP の
影響のごとく関税撤廃を想定した試算結果を公表することは、国民の判断を誤らせるもの
である。」と激しく非難している。
農水省をはじめとする TPP 反対派が最も重点を置いているコメのところですらその根拠
がウソ八百であることは、浅川氏や本間氏をはじめとする、農業にむしろプラスという観
点で TPP 賛成の論陣を張った論者たちからの、こうした具体的な反論からも既に明らかで
ある。TPP 反対派の中心が農業関連業界の人間たちであったことを踏まえれば、TPP 反対派
の主張する「関税障壁撤廃で農業が壊滅する」ことの根拠となる試算自体が薄弱であるこ
とが明白となった以上、それらの人々に与する論陣を張った論者の主張には、もはや説得
力のかけらもない。
関税の完全撤廃で仮に現状の輸出産業の方にほとんどメリットがなかったとしても、農業
を中心とする輸入産業の方でそれなりにメリットを享受できるならば、TPP 参加の意義は十
分にある。「関税障壁撤廃で農業の輸出産業化の可能性が拡がる」といった、農業の立場か
らの TPP 賛成の論陣に無条件には賛同出来ないとしても、農産物の関税撤廃が食品工業な
ど農業の川上や川下の産業に十分なメリットをもたらす点はむしろ、TPP 賛成の論拠として
もっと強調されてよいであろう。
したがって、関税障壁撤廃の観点から TPP に賛成することはあっても、TPP に反対する論
拠は極めて薄い。
(3)国民の観点からの評価(その2):非関税障壁撤廃について
非関税障壁の完全撤廃に関して TPP 反対派が懸念していることのうち、
「労働移動の自由
化で安い海外の労働力が入ることで失業が増える」や、「国民皆保険制度が崩壊する」等々
の主張については、現在進められている TPP 交渉の場で(今のところ)議論の対象になっ
ていない(あるいは今回の議論の対象にならない)ということであれば、それらを根拠に
今の時点で反対の論陣を張ったところで杞憂の域を出ない。むしろ、次の交渉のタイミン
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提言論文
グで切り出されたときに"寝首をかかれないように"、今から政府に防護線を徹底的に張ら
せるように促す分には、少なくとも損はないであろう。
TPP 反対派の論陣の中心となっている中野・東谷・関岡らの三氏が特に問題点を強調して
いる ISD 条項については、(彼らの、ISD 条項及びその関連条項に対する理解や ISD 条項に
基づく投資仲裁手続きの運用状況の評価に関して、明らかな誤解や誇張が認められるとし
ても)過去の判例で問題となったケースで鍵となった、内国民待遇や公正衡平待遇などの
条項の規定やその解釈の仕方を踏まえて、それが TPP でも毒素条項として働かないように
外交交渉の場で徹底的に主張し、場合によっては ISD 条項に懸念を示しているとされるオ
ーストラリアと組むなどして協定中で問題となる条項を精査しなおすなどにより、中野・
東谷・関岡らの三氏が恐れているような懸念を出来る限り払拭すればよい。
ISD 条項のそもそもの狙いは、先進国の企業が途上国に進出した際に、途上国政府の裁量
的な政策運営で先進国の企業の投資家として不利益を被った場合に、投資協定で規定され
ている内国民待遇や公正衡平待遇などの原則を盾に、差別的取り扱いを受けたとして途上
国政府を訴えられるようにすることで、途上国政府の不当な政策介入を排除・抑止するこ
とにある。その意味で ISD 条項は、外国企業から訴えられた日本政府の立場を守る上では
悩ましいが、外国政府を訴える日本の企業の立場を守る上では必要な「両刃の剣」でもあ
る。中野・東谷・関岡らの三氏が日本政府の立場から、外国企業から言いがかり的な訴訟
をされるのを警戒して ISD 条項に反対しているならば、物事を一面からしか見ていないこ
とでしかない。かつて日米経済摩擦でスーパー301 条をふりかざしてきた米国 USTR のよう
な外国政府当局の横暴から、投資家として進出した日本の企業がわが身を守るのに、ISD 条
項は有効となる。「ISD 条項に基づく訴訟によって政府や議会の決定が覆されるのは、民主
主義の破壊につながる」云々の主張は、ISD 条項の問題ではなく、協定そのものの中に政府
や議会の決定が覆せるような規定が毒素条項として紛れ込んでいる可能性がないかどうか
の問題である。ただ、現在通用している FTA、EPA、投資協定のなどで広くみられる条項の
範囲では、そうしたことまではそもそも許容してしないとされており、それを支持するよ
うな判例も今のところは出ていないようである。
非関税障壁撤廃の場合、TPP 反対派の掲げる主張や懸念は、抽象的または観念的には存在
しえても、
(例えば、今のところ交渉のテーブルに乗っている話ではないなど)現時点で早々
に実現しうるような具体的な危険性のあるものではなかったり、(または、ISD 条項のケー
スのように)問題点の所在が既に明らかであるとともに ISD 条項とは無関係にそれに対し
適切な対処法を講じれば済むものである。その意味では、TPP 反対派の主張は一定の条件の
上で否定・却下できる類のものである。他方、非関税障壁撤廃のメリットを肯定的に評価
したうえで TPP 賛成の論陣を張っている論者は、ほぼ皆無である。したがって、非関税障
壁撤廃の観点から TPP に反対する論拠が現時点では満たされずに済んでいるとはいえ、TPP
に積極的に賛成できる論拠は極めて薄い。
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提言論文
(4)TPP に対する評価-まとめ
以上より、TPP に対する評価としては、関税障壁撤廃の観点からは積極的に賛成、非関税
障壁撤廃の観点からは(条件付きで)消極的に賛成、というのが、現時点でもっとも無難
な判断ではないだろうか(図表 19)
。
今後、TPP を巡る議論と向き合うに際し、上記に挙げたスタンスから、それぞれの論者の
主張を精査・検討していくことで、各人の置かれた立場からみたメリット・デメリットを
より適切に評価できるであろう。関税障壁撤廃または非関税障壁撤廃の一方のみからの、
手放しの賛成論や反対論はいずれも、冷静な議論を妨げる不誠実な主張である。関税障壁
撤廃と非関税障壁撤廃の双方とも否定的であるとしたら、偏狭な保護主義でしかない。逆
に、関税障壁撤廃と非関税障壁撤廃の双方とも積極肯定であるとしたら、あまりにもナイ
ーヴな教条的新自由主義・グローバリゼーション肯定論である。関税障壁撤廃には肯定的
だが非関税障壁撤廃には否定的な場合に、非関税障壁撤廃がもたらす具体的危険性の指
摘・説得が不十分だとしたら、TPP 反対派の主張にまぎれているデマを真に受けているだけ
のことである。関税障壁撤廃には否定的だが非関税障壁撤廃には肯定的な場合には、そも
そも TPP に賛成なのか反対なのか自分自身ですらはっきり分かっていない、論理破綻のケ
ースというべきであろう。
各論者の主張がどれにあてはまるかで、各論者の主張の最終的な収束先と主張の欠陥や盲
点もはっきりしてくる。その上で、各人にとってのメリット・デメリットの評価や、また
は、各人が否定したい主張への反証などに役立つ主張を腑分け・選別していけばよい。そ
れが、TPP とうまくつきあう秘訣である。
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提言論文
【参考文献・資料】
浅川芳裕(2011)「『TPP 不参加で農業を守れる』は幻想だ」
『Voice』2011 年 8 月号
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浅川芳裕(2012)「日はまた昇る・わが農業」TPP 大論争 攘夷 vs 開国『文芸春秋』
2012 年 1 月号 P.161-165
浅川芳裕&飯田泰之(2011)『農業で稼ぐ!!経済学』※
伊藤元重(2011)『時代の"先"を読む経済学』PHP ビジネス新書
宇沢弘文(2011)「TPP は社会共通資本を破壊する-農の営みとコモンズへの思索か
ら」 『TPP 反対の大義』農文協編 農文協ブックレット P.8-18
小倉正行(2011)『TPP は国を滅ぼす』宝島社新書
菊池英博(2011)「TPP は日本国民の金融資産の簒奪をねらうアメリカ仕立てのトロ
イの木馬だ」
『TPP と日本の論点』農文協編
農文協ブックレット P.65-73
木村福成(2011)
「環太平洋連携協定(TPP)とは何か」
『経済セミナー』2011 年 6/7
月号 P.26-30
小寺彰(2007)
「EPA がクリアすべき WTO 協定の条件とは?-条件の決定者は誰か-」
独立行政法人経済産業研究所:コラム第 216 回
斎藤健&柴田明夫&飯田泰之(2012)
「対談集:米国に振り回される日本の TPP 戦略」
『Voice』2012 年 2 月号 P.150-161
坂口一樹(2011)「オバマ政権の通商政策と TPP、および日本の医療」日医総研ワー
キングペーパー No.241
鈴木宣弘・木下順子(2011)「真の国益とは何か-TPP をめぐる国民的議論を深める
ための 13 の論点」『TPP 反対の大義』農文協編
農文協ブックレット P.37-52
関岡英之(2011)「危険、野蛮この上ない TPP「投資」協定-TPP 論議の盲点を暴く」
『TPP と日本の論点』農文協編
農文協ブックレット P.81-87
田代洋一(2011)「TPP 批判の政治経済学」『TPP 反対の大義』農文協編
農文協ブッ
クレット P.19-30
中野剛志(2011)『TPP亡国論』集英社新書
中野剛志(2011)
「誠実な経済学者であるならば、TPP に反対しなければならない」
『TPP
と日本の論点』農文協編
農文協ブックレット P.22-30
中野剛志(2011)
「日米互恵など"できの悪い"おとぎ話」TPP 参加、賛否両論『Voice』
2011 年 7 月号 P.122-128
橋爪大三郎(2012)「巻頭の言葉:TPP に国民が向き合う補助線」『Voice』2012 年 1
月号 P.23-25
長谷川幸洋(2012)「TPP 参加賛成派からの警告」
『Voice』2012 年 1 月号 P.146-152
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提言論文
畠山襄(2011)「TPP で日本の閉塞状況を打破しよう」『中央公論』2011 年 5 月号
P.190-202
東谷暁(2011)『間違いだらけの TPP―日本は食い物にされる―』朝日新書
東谷暁(2011)
「郵政民営化と TPP は同根だ」
『TPP と日本の論点』農文協編 農文協
ブックレット P.74-80
廣宮孝信〔監修:青木文鷹〕(2011)『TPP が日本を壊す』扶桑社新書
保阪正康&岡本行夫&中野剛志(2012)
「『日本の希望』か『米国の陰謀』か」TPP 大
論争 攘夷 vs 開国『文芸春秋』2012 年 1 月号 P.146-154
本間正義(2011)
「日本の食料自給率とTPP問題」
『経済セミナー』2011 年 6/7 月
号 P.36-41
松原隆一郎(2011)
「国際競争力より内需創造力-現代「自然な資本投下の順序」論・
序説」『TPP と日本の論点』農文協編
農文協ブックレット P.12-21
三橋貴明(2011)「TPP より急務は国債増発による内需拡大とデフレ脱却だ」『TPP と
日本の論点』農文協編
農文協ブックレット P.31-38
森嶋賢(2011)
「TPP と日本農業は両立しない-TPP は日本を失業社会にする労働問題
でもある」『TPP 反対の大義』農文協編
農文協ブックレット P.53-59
山下一仁(2011)『農協の陰謀-「TPP 反対」に隠された巨大組織の思惑』宝島社新
書
若田部昌澄(2011)
「『アジア+欧米』で中国に対峙せよ」TPP 参加、賛否両論『Voice』
2011 年 7 月号 P.122-128
渡邊頼純(2011)『TPP 参加という決断』ウェッジ
【図表用データ出所】
経済産業省 EPA/FTA〔対外経済政策総合サイト〕
United Nations Statistical Divisions, the National Accounts Section
日本貿易振興機構/海外ビジネス情報/国・地域別情報/アジア/台湾/基礎的経済
指標
World Bank Data Indicators
大澤誠(2008)「WTO 農業交渉をめぐる最近の動き」食料・農林漁業・環境フォーラ
ム第 86 回学習会「WTO ドーハラウンドの情勢とわが国のポジション」
〔2008 年 3 月
31 日〕
農林水産省「農業・食料関連産業の経済計算」
財務省「貿易統計」輸出入額の推移〔主要商品別〕
社団法人日本経済団体連合会(2011)「わが国の通商戦略に関する提言」
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提言論文
「日米経済調和対話」
(2011)
〔外務省「環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉:
4.参考資料」〕より〕
「2011 年米国通商代表(USTR)外国貿易障壁報告書(日本の貿易障壁言及部分:外
務省作成仮要約)」
(2011)
〔外務省「環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉:4.
参考資料」より〕
「TPP 協定(日本との協議に関する米国政府意見募集の結果概要)」
(2012)〔外務省
「環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉:2.TPP 協定交渉に対する各国の見
方・交渉 参加国の手続き等に関する資料」より〕
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