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ワイヤレス・コミュニティ・ネットワークに関する比較研究
平成 20 年度情報教育センター研究課題報告書 ワイヤレス・コミュニティ・ネットワークに関する比較研究 人間関係学科 石盛真徳 インターネットを中心とする情報通信技術へのアクセス手段を持つものと持たざる者と の間の分断、デジタルデバイドへの有効な取り組みの方法として、ワイヤレス・コミュニ ティ・ネットワーク(以下、WCNs)と呼ばれるコミュニティでのボランティア活動を基盤と した地域情報化活動が世界的に注目されている(石盛, 2008)。本研究では、WCNs の現状に ついて、日本、英国、そしてドイツの 3 カ国間の事例に基づき比較を行う。 WCNs は、ノートパソコンなどに標準装備されることも多くなり、一般にもなじみのあ る無線 LAN 技術を地域情報ネットワークの構築に利用することによって実現される。具体 的 に は 、 1990 年 代 末 か ら の IEEE( 電 子 情 報 通 信 学 会 ) の 802 委 員 会 に よ る 標 準 化 (IEEE.802.11.a/b)(2)を受けて、各国の情報機器メーカーが免許不要の周波数帯を利用す る無線 LAN 機器を発売して以降に、それらの技術を用いた WCNs の活動が世界中で同時 多発的に草の根レベルで展開されるようになった(石盛, 2008)。WCNs のインフラはユーザ ーの利用するアクセスポイントを無線電波の受信可能な数百メートルの範囲内に設置する ことにより構成されるため、地域コミュニティ全体をカバーする地域情報ネットワークの インフラを有線で整備するのと比較して、圧倒的にコストが低く抑えられる。そして、WCNs 活動の主要な目的には、物理的なデジタルデバイドの解消だけでなく、すでに存在する情 報やサービスへのより容易なアクセスを提供すること、地域経済の発展や雇用の促進、そ して地域コミュニティにおける紐帯の維持や再生などが含まれている。 近年、ユーザーが自宅などに設置した無線 LAN 装置を他のユーザーに開放し共用するこ とで、ブロードバンド・サービスを利用するためのモバイル環境を整備しようとする Fon や Whisher といった草の根の無線 LAN の取り組みが広がっている。これらは、無線の周 波数帯を共用することでブロードバンド・サービスを実現する草の根の活動である点やア クセスがほぼ無料であることなどは WCNs の特徴を満たす活動であるが、ユーザーは個々 人が独立してサービスを利用するにとどまり、デジタルデバイドをコミュニティで取り組 むべき課題として捉え、共同して活動に取り組んでいるわけではないので通常 WCNs には 分類されない。 WCNs は、特にブロードバンド・サービス自体がそもそも利用不可能である地方の町や、 サービスは利用可能であっても、それが価格やスピードの点で地域住民のニーズを満して いない都市において続々と立ち上げられた。日本においては、特定非営利活動法人にんじ んネット協議会が、2001 年より長崎県西彼杵郡長与町において WCNs による地域情報化活 動を開始し、現在では町のほぼ全域をカバーするインフラを構築し運営している(石盛, 2008)。さらに、にんじんネットの技術協力を受けて、長崎県大村市、長崎県新上五島町、 福岡県遠賀郡岡垣町、そして、広島県庄原市においても WCNs が展開されている。 海外では、英国において、ブリストル・ワイヤレス、バーングリーブネット、およびバ ウンドレスの 3 団体は、それぞれ、ブリストル、シェフィールド、そしてロンドンという 英国では大規模な都市のインナーシティと呼ばれるマイノリティの多い貧困地区で活動を 展開している。またドイツのフライファンクは、設立者であるノイマン氏が 2002 年にベル リンの旧東ドイツ地区に移り住んだ際に、自宅から利用可能な通信インフラが ISDN のみ であるという状況を知り、ADSL の開通している家に住む仲間を見つけて、屋根に無線 LAN のアクセスポイントを設置し、ネットワークを構築し共用を開始したのが活動を始めるき っかけであったという(石盛 ,2009)。そして、英国のバーングリーブネットがアメリカの初 期の代表的 WCNs である NYC ワイヤレスの活動に、ドイツのフライファンクが英国コン シュームの活動にそれぞれ触発され活動を開始したというように WCNs は国境を越えて相 互に大きな影響を与え合っている(石盛 ,2009)。こうした WCNs の発展にとっては、開発 された技術が個人や団体の所有物にとどまらずに、ワークショップなどでの技術交流を通 じてのオープンにされ、団体間で共有されるようになったことが大きく作用している。す なわち、WCNs はソフトウェアの自由な流通を実現させることを目的として、ソースコー ド非公開や複製の禁止を契約違反とする措置を取るオープンソース・ムーブメントの恩恵 を受けているといえる。具体的には、無線 LAN 機器に関しても、ハードウェアやソフトウ ェアをオープンソースで開発する取り組みは、CUWiN というインターネット上のコミュニ ティをはじめとして、無線アクセスポイントの大手メーカーであるリンクシス社が OpenWRT というソフトウェアの開発がオープンソースで行われることが前提となる機器 を販売するなど幅広く行われている。そして、個別の団体でも、バーングリーブネットと フライファンクは GNU GPL に基づくソフトウェア開発を明確に打ち出し、他団体への技 術提供を積極に行っていた。すでに述べたように WCNs の主要な目的には、デジタルデバ イドを解消し地域の人々に情報やサービスへのより容易なアクセスを提供すること、地域 経済の発展や雇用の促進させること、そして地域コミュニティにおける紐帯の維持や再生 に取り組むことなどが含まれるが(石盛, 2008)、各団体は、インターネットアクセスの提供 だけにとどまらず、それを有効に利用するための、知識、スキル、そして支援的な組織を 住民に提供している。また、他団体と提携することによって、インターネットテレビなど の多様な地域情報化活動を展開していた。もちろん、WCNs 自体がすべてのサービスを提 供する必要は必ずしもないが、他の地域団体との提携を通じて、より積極的な地域情報化 活動を展開することは重要であろう。 【引用文献】 石盛真徳 (2008) 『地域情報化と心理学』 心理学ワールド, 40, 26-27. 石盛真徳 (2009) 英国とドイツにおける Wireless Community Networks による地域情報 化活動 日本 NPO 学会第 11 回年次大会報告概要集.