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第 7 回 ニューロンの祖先と神経分泌

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第 7 回 ニューロンの祖先と神経分泌
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細胞社会のコミュニケーション(全 12 回)
第 7 回 ニューロンの祖先と神経分泌
浦野明央(北海道大学名誉教授)
現生の多細胞動物がその体内に作っている細胞社会では,これまで見てきた
ように,細胞同士のコミュニケーションに,直接的な方法や化学的な方法が用
いられている.体を作っている細胞数が増え,体の構造(体制)が複雑になる
につれて化学的なコミュニケーションが広く用いられるようになったが,それ
とともに神経系,次いで内分泌系などの生体制御系が出現し発達してきた.
生体制御系は,体外あるいは体内の環境が変動した時,それを検出し,個体
として調和の取れた反応をするための重要なシステムで,進化にともない大き
く変化,というよりは多様化してきたのだが,その起源はいわゆるパラニュー
ロンもしくは神経分泌細胞 1)に求めることができる(Scharrer and Weitzman,
1970;浦野明央,小林英司,1973)
.と言うのには,2 つの大きな理由がある.
1 つは,上皮性の腺細胞からなる内分泌腺が,多細胞動物の系統進化(図 1)
では,高等な左右相称動物にならないと見られないことである 2).もう 1 つは,
分泌機能を持つと考えざるを得ないパラニューロン型の細胞(Fujita et al,
1981)が,最も原始的だとされている海綿動物を始めとして,すべての多細
図1 多細胞動物の類縁関係.動物界に近いとされている菌類および襟鞭毛虫も含めてある.海綿
動物,平板動物および有櫛(ゆうしつ)動物の分岐の先・後については,まだ議論が多い.
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図 2 典型的な運動ニューロンの形と各部位の名称.
「細胞体」は神経突起(軸索と樹上突起の両
方を含めて言う用語)の根元までを含めた細胞質と核を含めた部域を言い,周核体は核の周りの細
胞質を指している用語.
胞動物に存在していると言ってもよいことである.パラニューロンは,ニュー
ロンとしての特性 3)を持ちながら,ほとんどの神経解剖学者や神経生理学者か
らは,ニューロンとして認識されてこなかった多様な細胞群を指す用語である.
なお,刺激を感受して化学的な情報分子を放出することで情報を発信している
細胞には,図 2 に示すような共通性がある.なお,パラニューロンは腺細胞と
ニューロンに共通する特徴を持っているのだが,どのタイプが系統発生学的に
より古いかについては議論が多い.
(著者がこれまでに目にしたことのある)すべての生物学あるいは動物学の
教科書には,大学レベル,さらにはかなり専門的なものまで含めて,神経系(あ
るいはニューロン)は,刺胞動物 4)になって初めて出現したと書かれている.
本連載で前回までに述べてきたこと,および海綿動物が少なくともパラニュー
ロン,おそらくは神経分泌細胞と言ってもいい細胞を持つことを考えると,進
化の段階で,刺胞動物になって降って湧いたようにニューロンが出現したとす
るのはいささか不自然である.刺胞動物にネットワークを形成することができ
るニューロンが存在するのなら,その祖先で,ニューロンとしての特性を発現
する遺伝子のセット(すべてではないにしても)を持つ細胞,すなわちプロト
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ニューロンが存在して然るべきではないだろうか.そこで,今回はニューロン
の祖先について考えてみることにしよう.
ニューロンとは?
いざ「ニューロンとは?」という問いに答えようとすると,それほど簡単で
はない.ニューロンは,神経系を作っている主要な細胞で,複数の突起を持つ
(図 3)が,存在している場所や機能によって多様な形態を示す(図 4).一般
的には,細胞膜上にあるイオン透過性のタンパク質(チャンネル)を介した電
気的な興奮性を持ち,短い樹状突起と呼ばれる突起で受け取った情報を電気的
な信号に変換して,軸索と呼ばれる長い突起の終末(神経終末)まで伝える.
この電気的な信号によって興奮した神経終末からは,Ca2+ 依存的に情報分子
が放出される.といったところであろうか.
樹状突起,時には細胞体,の膜表面で受け取ったアナログ情報が,電気的な
デジタル信号に変換され,終末まで伝えられると,そこでは,デジタル信号が
情報分子という化学的なアナログ信号に変換され,標的細胞に伝えられる.こ
のような一連の働きを司る膜タンパク質や情報分子を合成するため,ニューロ
ンの内部は発達した粗面小胞体やゴルジ装置で満たされている.また,情報分
子を輸送するための分泌顆粒 5)が数多く見られる(図 5).上に述べた機能的
な特徴,あるいはそれを担う細胞内の微細構造のこのような特徴は,神経分泌
図 3 親水性の情報分子を分泌している細胞.A は典型的な上皮性の腺細胞.B は双極性のパラ
ニューロンで,感覚細胞に多いが,海綿動物にもこのタイプの細胞がある(図 6 参照)
.C は樹状
突起と軸索を対でもつ双極性のニューロンであるが,用いている情報分子によっては,軸索の途中
にバリコシティと呼ばれる膨らみがあり,ここから情報分子を放出することができる.
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細胞も含めたニューロンにも,パラニューロンにも共通したものである.
図 4 機能で分けたニューロンの種類の一例.A は脊椎動物の脊髄に見られる基本的なニューロン.
皮膚(d)からの情報は感覚ニューロン(sn)によって脊髄腹根の運動ニューロン(mn)に伝えら
れる.運動ニューロンは筋肉(m)に軸索を送り,筋収縮を制御する.なお,情報の処理には介在ニュー
ロン(in)も関わる.B は魚類の脊髄尾部にある神経分泌細胞(nsc)で,細胞体から出た軸索は,
尾部下垂体と呼ばれる神経分泌器官内で血管(bc)とシナプス様の接触をしている.
図 5 ニューロンの特徴を強調した微細構造の模式図.よく発達した粗面小胞体(er)とゴルジ装
置(g)を持ち,膜タンパク質や情報分子を分泌顆粒(dv)にパックして,神経終末および樹状突
起に輸送する.mt, ミトコンドリア.
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プロトニューロンは海綿動物に見られる?
ケツボカイメンの仲閒を材料として,情報分子あるいはそれに関連する酵素
の分布を組織化学的に調べたところ,アセチルコリンエステラーゼ(アセチル
コリンの分解酵素)
,モノアミンオキシダーゼ(モノアミン分解酵素)
,アドレ
ナリン,ノルアドレナリン,セロトニン,および神経分泌物質が,中膠内(図
6A, B)に散在する紡錘型の双極細胞および多極細胞に局在していたと報告さ
れている(Lentz, 1966).個々のニューロンの全体像を見る染色法である銀染
色でも,
双極細胞および多極細胞の存在(図 6B)が,
Pavans de Ceccatty(1955,
Bullock and Horridge 1965 による)によって報告されている 6).また,電子
顕微鏡で調べた双極細胞の像(Lentz, 1968; Scharrer and Weitzman, 1970 に
よる)には,分泌細胞に特徴的なゴルジ装置と分泌顆粒が存在する(図 6C)
.
これらの形態学的な研究の結果は,海綿動物に(真正)ニューロンとは言えな
いまでも,パラニューロンと言ってもいい細胞が存在することを示しているよ
うに思えるのだが,その機能は長いこと分かっていなかった.
図 6 海綿動物の構造とパラニューロン(神経分泌細胞)様の細胞.外表を覆う扁平細胞と摂餌に
関わる内表の襟細胞の間の中膠(図 A)に,ニューロイドとよばれる双極あるいは多極の細胞があ
る(図 B).このような細胞の電子顕微鏡像(図 C)には,パラニューロンに見られる粗面小胞体
やゴルジ装置(g)
,および分泌顆粒(dv)の存在が認められる.mt, ミトコンドリア;n, 核.(図
は A, レーヴン他 , 2007; B, Bullock and Horridge, 1965; C, Scharrer and Weitzman 1970 より
説明に必要な部分を抜き出し,改変して作画)
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外的刺激への応答 外見だけからは運動性があるように見えないし,体制にも
明らかな組織の分化がなく神経系を持たないので,海綿動物が,個体として外
的な刺激に応答すると考えられてはいなかった.しかし,実際には,外的な刺
激に反応して複数の細胞が協調した応答を示すことが,自由遊泳する幼生でも
付着性の成体でも,数多く報告されているのである(Renard et al, 2009)
.反
応し得る刺激は,機械的刺激,電気的刺激,化学的な刺激,さらには光,温度,
酸素濃度,あるいは塩分濃度の変化など多様である.自由遊泳性の幼生は,走
光性,走地性,走流性などを示す.一方,成体では,大孔(排水口)および小
孔(入水孔)の開閉や襟細胞の鞭毛打による水の流れの調節,あるいは組織の
収縮といった応答が見られる.これらの外的な刺激に対する応答に加えて,自
律的な動き,例えば,体内の水を入れ替えるための周期的な体の収縮,さらに
は成体の移動などが報告されている.
神経感覚細胞 上に述べたような現象は,多くの細胞同士の間に,神経感覚細
胞(neuro-sensory cell)を起点とするコミュニケーション系がなければ成り
立たない.そのため,
(真正)ニューロンがなく,神経系を持たない海綿動物
の中の細胞社会が,どのような方法でコミュニケーションをしているかについ
ては,いろいろな説が提唱されてきた.システムの全体像はまだ見えていない
が,海綿動物は,前回までに見てきた細胞間のコミュニケーションの方法,す
なわち細胞同士の接触,電気的な方法,情報分子と受容体による化学的な方法,
のすべてを用いる複雑なシステムを持っていると考えられる(Renard et al,
2009)
.なお,Renard et al(2009)には,コミュニケーションの起点である
神経感覚細胞として,幾つかの候補があげられているが,それらの電子顕微鏡
像には,パラニューロン(もしくは神経分泌細胞)としての特徴が見られる.
筆者の私見になるが,外部刺激を受容している細胞は複数種あるのではないだ
ろうか.
分子生物学的なアプローチ ここ何年かの海綿動物における分子生物学的な研
究から,化学的なコミュニケーションに関わりのある遺伝子,例えば情報分子
の開口分泌に必要な小胞や顆粒および分泌装置の遺伝子,左右相称動物のシナ
プス後膜(情報分子の受容体が分布している側)を構成しているタンパク質の
遺伝子,あるいは神経系の発生分化に関わる遺伝子などが,セットとして海綿
動物に揃っていることが明らかになりつつある.しかも,形態学的にシナプス
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が見つかっていないにも関わらず,左右相称動物でシナプス形成を担っている
遺伝子発現のネットワークが働いているという(Cocano et al, 2012)
.淡水海
綿を用いた薬理学的な実験結果は,アミノ酸伝達物質であるグルタミン酸が,
GPCR に始まるシグナル伝達系を用いて協調的な行動を制御すること,その
グルタミン酸の作用を抑制性の伝達物質である GABA が抑制すること,また
気体性情報分子である一酸化窒素(NO)が cGMP を生成するシグナル伝達系
を動かしていることを明らかにしている(Elliott and Leys, 2010)
.以上に紹
介した分子生物学的あるいは薬理学的な研究結果は,刺胞動物や左右相称動物
で用いられている化学的コミュニケーションが,海綿動物においてすでに機能
していることを示しているのである.
海綿動物は最も原始的な多細胞動物か?
ニューロンの起源を探る研究は,海綿動物が最も原始的な多細胞動物である
という前提で進められてきたし,本稿でもそれに沿って話を進めてきた.しか
し 150 個の遺伝子の配列をもとに動物界の分子系統樹を作成してみると,図 1
に示したのとは異なり,最も原始的な動物は,クシクラゲの仲閒(有櫛動物)
だったという報告があるという.クシクラゲには(真正)ニューロンがあり,
単純ではあるがネットワークを持つとされているので,もし始原多細胞動物が
クシクラゲであったという仮説が正しいとすると,海綿動物の神経系で何が起
きたのかが,深刻な疑問になる(Miller, 2009)
.
遺伝学研究所の五条堀研究室が提唱した(Huang et al, 2007)ように,始原
多細胞動物の共通祖先から有櫛動物・刺胞動物や海綿動物が分岐した時,それ
ぞれの動物群に特有のニューロン遺伝子が出現したのであろうか.いずれにせ
よ 6 億年近く前に起きたことである.まだまだ解明すべき問題は多い.
註
1)神経分泌細胞(neurosecretory cell あるいは neurosecretory neuron)
:ニューロンでありな
がら,体液中あるいは血中に,情報分子をホルモンとして放出している細胞(第 4 回・図
5 参照).ニューロンとしての機能と腺細胞としての機能を併せ持つことから腺性ニューロ
ン(glandular neuron)とも言われる.
2)内分泌器官と呼ばれる構造にいたっては,左右相称動物の中でもかなり高等な軟体動物,
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節足動物,脊索動物にならないと見られない.
3)Fujita et al(1981)は,パラニューロンのニューロンとしての特性として次の 3 つを挙げ
ている.それは i)分泌顆粒あるいは分泌小胞を持つ,ii)用いる情報分子が神経分泌物質(多
くはペプチド),神経修飾物質(シグナル伝達系に関わる)あるいは神経伝達物質(イオン
チャンネルに作用する)である,iii)刺激に応答し(カルシウムイオン依存的に)情報分
子を放出する,ということであるが,これらの特性は,放出する情報分子を除けば,腺性
の分泌細胞とも共通する.
4)かつては刺胞動物(サンゴ,イソギンチャク,クラゲなど)と有櫛動物(クシクラゲ)を
合わせて腔腸動物と呼んでいたが,現在では,それぞれが門として扱われている.
5)ニューロンは,分泌顆粒や小胞を,軸索の末端である神経終末だけでなく樹状突起にも輸
送している.情報分子の放出部位も神経終末だけに限られているわけではない.バリコシ
ティと呼ばれる軸索の途中の膨大部や樹状突起同士が作るシナプスでも放出されている.
6)Pavans de Ceccatty は,これらの細胞を始めはニューロンと呼んでいたが,後にニューロ
イド(neuroid, ニューロン樣の細胞)と表現している.
参考文献
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会(1973)
レーヴン他著 R/J Biology 翻訳委員会監訳:レーヴン/ジョンソン生物学[下]培風館(2007)
Bullock T, Horridge G.A. (eds): Structure and function in the nervous systems of invertebrates.
Freeman (1965)
Cocano C., Bassett D.S., Zhou H. et al.: Functionalization of a protosynaptic gene expression
network. ProcNatlAcadSci USA 109: 10612-10618 (2012)
Elliott G.R.D., Leys S.P.: Evidence for glutamate, GABA and NO in coordinated behaviour in
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(Demospongiae, Spongillidae). J ExpBiol 213: 2310-2321 (2010)
Fujita T., Iwanaga T., Kusumoto Y., Yoshie S.: Paraneurons and neurosecretion. in D.S.
Farner and K. Lederis (eds): Neurosecretion - Molecules, Cells, Systems, Plenum Press (1981)
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Hwang J.S., Ohyanagi H., Hayakawa S. et al.: The evolutionary emergence of cell type-specific
genes inferred from the gene expression analysis of
. ProcNatlAcadSci USA 104:
14735-14740 (2007)
Lentz T.L.: Histochemical localization of neurohumors in a sponge. J ExpZool 162: 171-179
(1966)
Miller G.: On the origin of the nervous system. Science 325: 24-26 (2009)
Scharrer B., Weitzman M.: Current problems in invertebrate neurosecretion. in W. Bargmann
and B. Scharrer (eds): Aspects of Neuroendocrinology, Springer (1970)
本稿へのコメント・質問は [email protected] でお待ちしています。
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