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「在日外国人の子どもの学校教育」に関する一考察

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「在日外国人の子どもの学校教育」に関する一考察
帝京大学文学部教育学科紀要 35:1-12
平成 22 年(2010 年)3 月
「在日外国人の子どもの学校教育」に関する一考察
―大阪地裁[平18(ワ)1883 号]平 20・9・26 判決を素材に―
浦野東洋一
帝京大学文学部教育学科 〒 192-0395 東京都八王子市大塚 359
要 約
我が国の法制度上、日本人の子どもは教育を受ける権利の享有主体である。子どもは義務教育学校に
通う義務を負うものではないが、保護者が義務教育学校に就学させる義務を負っている。在日外国人の
子どももまた、国際法により、また日本国憲法の解釈上も、教育を受ける権利の享有主体である。しかし
その保護者は、子どもを日本の義務教育学校に就学させる義務を負うものではない。在日外国人の子ど
もの保護者に就学義務が課せられていないことは正当なことであるが、そのことが一要因となり、また
日本の政府・自治体に国際法規範を遵守する姿勢が欠けていること等から、在日外国人のこどもの教育
を受ける権利の保障の実態はきわめて貧困である。
グローバル化の進展の中で、日本の学校が外国人の子どもを受け入れることは、特定の地域だけの現
象とはいえなくなった。教員をふくめ、関係者の「在日外国人の子どもの学校教育」についての法制度上
の認識と子どもの権利保障への自覚が強く求められている。本稿は、一つの裁判事例をとおして、その
基礎的な知識を確認しようとするものである。
キーワード:日本国憲法、
国際人権規約、子どもの権利条約、教育を受ける権利、在日外国人、義務教育、
就学義務、校長の職務権限、子どもの意見表明権
はじめに
地域だけの現象とは言えない状況になりつつあると言え
る。」
(7 頁)と書いている。私の体験の範囲でも、大都市
冷戦体制の終焉――1989 年 11 月 10 日ベルリンの壁崩
だけでなく私の田舎(長野県箕輪町)においてさえそう
壊、同年12月2日米ソ首脳会談・冷戦終結を宣言、1990
した外国人を見かけるようになってから、すでにだいぶ
年 10 月 3 日東西ドイツ統一、1991 年 12 月 21 日ソビエト
時が経っている。
連邦消滅――以降、いわゆるグローバル化が進行し、ヒ
ところで、
「世界人権宣言」およびその実質化・実効化
ト、モノ、カネの世界的規模での流通・移動が飛躍的に
を目指しているところの、我が国も批准している「経済
増大した。IT など通信および交通の技術・手段の発達
的、社会的及び文化的権利に関する国際規約[A 規約]」
がその動向に拍車をかけた。日本においても、日本の植
や「子どもの権利条約」は、すべての人・子どもの教育
民地であった国の人々とその子孫である「在日外国人」
を受ける権利について規定している。締約国である日本
(オールド・カマー)に加えて、南米、東南アジア、中東
は、その権利を保障する責任と義務を負っているはずで
などの国々の人々である「在日外国人」
(ニュー・カマー)
ある。ところが、佐久間孝正・著『外国人の子どもの不就
が急増した。
学』
(2006 年初版、勁草書房)が詳細かつ具体的に明らか
文部科学省の『教育委員会月報』2009年 10 月号は、
「外
にしているように、その権利保障の実態は極めて貧弱で
国人児童生徒の教育について」特集している。それによ
ある。
ると、在日外国人数は 1990 年頃から加速度をつけて増
他方で、われわれは教育実習校訪問の折などに、明ら
加し続けており、2000 年頃からはその増加率が高まり、
かに外国人と思われる児童・生徒がクラスに居るのをし
2008 年度では 222 万人、我が国総人口の 1.74%に達して
ばしば目撃している。したがって、教員を目指す学生は、
いる。文科省当局者は、
「外国人児童生徒が非常に多い地
外国人の子どもの教育に関する国際法規範、国内の法制
域と、ほとんどいない地域との間でばらつきが大きいも
度の仕組みと問題点、異文化教育・共生教育、在日外国
のの、
・・・外国人児童生徒の受け入れは、もはや特定の
人児童生徒の教育の内容と方法などの関する最低限の知
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識・理解・技能等を、大学在学中に教職教養として身に
指導主事などとかかわりをもちながら、
「別室登校」
(別
つけることが必要と判断される。
室授業)などを求める B との話し合いを続けた。この間
帝京大学教育学科では、土屋千尋教授がこの問題につ
B との間で若干のトラブルも生じた。
いての研究と教育におおいに尽力されている。しかし、
2001 年 10 月 17 日に B は、A を退学させたいと学校に
土屋先生の授業だけでは教員志望の学生全体をカバーで
申し入れた。翌日、B の相談にのっている人物も同席し
きないことは明白である。そこで私も、担当する授業の
て、学校側との話し合いがもたれた。その席で Bは、
「こ
シラバスの 1 項目として、この問題に関わる事項を入れ
のまま在籍しても我々の安心・安全が保たれないので、
たほうがよいと考えている。授業では、できるだけ具体
除籍する。1年間要求してきたことが何も実現しないし、
的な最近の事例をあげて講義した方がよいであろう。本
市教委の対応も法律を盾に冷たい。」
「『除籍』という初め
稿は、そのための準備作業の中間報告である。
ての前例を作り、それを元にして京都市・京都府・文部省・
厚生労働省を相手に行政闘争をしていくつもりである。
」
1.事案の概要
などと述べた。これに対し F 校長は B に対して退学を思
原告は事件当時中学生であった A とその母親 B であ
日、B は退学届を提出し、F 校長はそれを受理した。
(一
る。被告は学校の設置管理者である京都市(C)である。
度目の退学届の受理)
原告 A は、1987 年 11 月 24 日生まれで、特別永住資格
その後 B は児童相談所、社会福祉事務所などとのかか
を有する在日韓国人四世である。Aは本件訴え提起時に
わりを深め、また人権擁護委員会に人権救済の申し立て
は未成年であったが、本件口頭弁論終結前に成年に達し
をするなどした。それらの機関の職員が E 中学校に来訪
た。原告 B は、特別永住資格を有する在日韓国人三世で
して、時には B も同席して、学校側との話し合いがもた
ある。
れたこともあった。
A は 1994年 4月に京都市立 D 小学校に入学し、2000 年
2002 年 4 月 1 日付で、E 中学校の校長がGに代わった。
3 月に同小学校を卒業したが、小学校1年生の後半頃から
同月 8 日、B は児童相談所に電話をかけ、E 中学校の
不登校状態にあった。B は、A が不登校になった原因は
校長が代わったこと、A の大嫌いな音楽の先生が異動し
学校側の怠慢にあるとして慰謝料請求の訴えを提起し、
たこと、G 校長がA と話し合いたいといっていることな
最高裁まで争ったが敗訴した。
どを伝えた。同月 11 日、G 校長は B 宅を訪問し、A,B,
A は 2000 年 4 月 1 日に京都市立 E 中学校に入学した。
G の三人で話し合いをした。翌 12 日、B は児童相談所に
A は入学前に父親から韓国系の外国人学校への入学を勧
電話で、G 校長との話し合いの結果、翌週から登校を予
められたが、自ら E中学校への進学を選択した。A は入
定することになったこと等を伝えた。同月 15 日、B は市
学後の 4月には半分近く登校していたが、5 月頃から徐々
教委に復学の意思を伝えた。同月 18 日、G 校長は B 宅を
に不登校になり、学校側はAが登校した時には空き時間
訪ねて復学の手続きを行い、A は同月 22日にE中学校に
の教員が対応するようになった。この間、B と学校側と
復学した。 の間でいくつかのやり取りがあった。2000 年 10 月 18 日
B はその後もしばしば、ないしは頻繁に児童相談所に
に B との話し合いのなかで校長 F は、
「義務教育の学校
電話をかけ、B の要求している「別室登校」を認める気
では原則として退学は考えられないが、外国籍生徒の就
はなさそうだなど、学校側の対応に対する不満を伝えて
学については、民族学校等への就学の権利を保障するた
いる。
め、義務教育学校への就学の義務はなく、退学の意思表
2002 年夏ころ、A は、京都を出て大阪へ行きたいと言
示をされた場合には除籍扱いになると思われるが、京都
い始めた。同年 8 月中旬ころ、B は G 校長に対して、
「一
市教育委員会に確認して後日連絡する」と述べた(除籍
旦退学して京都市と完全に縁を切り、心機一転堺市へ行
発言)
。Fは後日、市教委に確認の上、あらためて B に対
き、心の整理がついたうえで、堺市の学校に就学したい」
し、A が退学できる旨伝えた。Aは、上記除籍発言以降、
と述べて、退学の意向を伝えた。G 校長は、
「退学より転
中学校 1年生の年度中、登校しなかった。
学届の提出という手続のほうが、堺市で転入学しなかっ
中学 2 年生になってから A は、保健室であれば登校す
た場合でも、事務手続上、学籍が E 中学校に残っている
ることが徐々に増えていき、受けたい授業を選択して出
ことになり、卒業認定のこと等を考慮した場合、ベター
席するようになった。この間Bは、児童相談所に相談し、
である」と述べて、B を説得した。しかし、B の受け入
あるいは人権擁護委員会に訴えるなどした。学校側は、
れるところとはならなかった。
児童相談所の相談員、児童福祉センターの医師、市教委
同年 8 月 28 日、B は退学届を G 校長に提出した。G 校
いとどまるよう説得したが、B は応じなかった。同月 22
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長は再度退学ではなく転学にするよう説得したが、B は、
年度まで、途切れることなくいずれかの普通教育機関に
A の意思もあること、親子ともゆっくりしたいこと、拘
在籍し続けているような措置を受ける権利を有している
束されたくないこと、京都市と縁を切りたいことなどを
と解すべきである。
述べたため、それ以上の説得を断念した。G 校長は、退
(3)したがって、F 校長、G 校長は、A の中学校終了年
学について、A の意思を確認したわけではなかったが、
度まで途切れることなくいずれかの普通教育機関に在籍
Bが退学届を提出した以上、受け取らざるを得ないと考
し続けているような措置を講じるべき義務を負ってい
えて、退学届を受理した。
(二度目の退学届の受理)
た。
その後、Aは、2002年10月3日付けで就学手続きをし、
しかるところ、F 校長は、2000 年 11 月 28 日に、B に
堺市立中学校に転入学し、2003年3月に同校を卒業した。
対して「A 君には就学義務がないので除籍することがで
きるのですよ」と述べた。
2.原告の主張
F 校長は「一度目の退学届」を受理した時、またG校長
原告は、C(京都市)を相手取って、A,B それぞれに
人学校等を含む転学先が存在せず、復学等の新たな手続
慰謝料 500 万円及び 2002 年 8 月 28 日から支払い済みまで
きをとらない限り、学校において教育を受ける機会を失
年 5 分の割合による金員を払えとの損害賠償を求め、提
うことになることを認識していた。また、ともに、退学
訴した。その理由、主張は以下のとおりである。
届の受理に際して、A 本人から意思の確認・事情聴取等
は「二度目の退学届」を受理した時、ともに、A に外国
(1)経済的、
社会的及び文化的権利に関する国際規約(社
を行わなかった。
会権規約、A規約)13条、市民的及び政治的権利に関す
このように、F 校長の除籍発言並びに F 校長及び G 校
る国際規約(自由権規約、B 規約)26 条、児童の権利に
長による退学届の受理という違法な公権力の行使の結
関する条約28条等により、国際法上、子どもの教育を受
果、A は少なくとも合計 8 カ月の間、いかなる種類の学
ける権利は外国人籍の子どもにも保障されている。
校にも属さない状況になり、学校において教育を受ける
憲法上の人権保障は、権利の性質上日本国民のみを対
権利を侵害された。
象としているものを除き、日本に在留する外国人に対し
ても等しく及ぶ。憲法 26 条 1 項の規定に含まれる子ども
3.被告の主張
の教育を受ける権利は、一人の人間として成長、発展し、
自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする固
(1)憲法 26 条の「国民」とは日本国民を指し、外国人を
有の権利であるから(自由権的権利)
、性質上、子どもの
含まない。憲法は条約より上位の最高法規であるから、
国籍を問わないと解すべきである。したがって、国や地
憲法の規定の意味、解釈が憲法より下位の法規である条
方公共団体は、その運営する公立学校において学ぶ外国
約によって変わるような論理は妥当ではない。日本国籍
籍の子どもに対して、日本国籍を有する子どもと同様に
を有しない者に対する義務教育の実施については、憲法
教育を施すべき義務があるというべきである(社会的権
利)。
上も教育基本法上も要請されていない。
(2)憲法 26 条 2 項が「すべて国民は」と規定しているこ
2003 年8月7日、文部科学省は「外国人児童生徒等の教
とから明らかなように、憲法上就学義務を負うのは、日
育に関する行政評価・監視結果に基づく通知」を発し、
本国民である保護者であり、日本国籍を有しない者は、
外国籍の子どもにつき、入学を希望する者については、
憲法上はもちろん、学校教育法に規定されている保護者
公立の義務教育諸学校への受け入れを保障することとし
の就学義務も負わない。
た。京都市も「京都市立学校外国人教育方針」を策定し
ただし、このことは、外国人の外国人の義務教育諸学
ている。外国籍の子どもの受け入れの保障(就学機会の
校への就学を否定するものではなく、外国人が希望する
保障)は、希望によって与えられる恩恵ではなく、権利
場合には就学の機会を保障すべきである。被告 C が保障
性を有する。
すべき就学機会の内容は、公立の小中学校に在籍する外
(2)外国籍の子どもが憲法26条1項の教育を受ける権利
国籍児童生徒については、授業料はこれを無償とし、教
を保障されるということは、併せて保護者がその子女に
科書も無償で給与すること、指導要録等についても日本
たいして同条 2 項の普通教育を受けさせる義務を負担す
人と同様に作成するなど、日本国籍の児童生徒と同様に
ることを意味する。したがって、日本人の子どもと同様、
取り扱うことである。
外国籍の子どもについても、いったん日本の公立中学校
(3)本件においてA に不利益が生じたとすれば、その原
に在籍した場合には、義務教育とされている中学校終了
因は、B が退学届を提出したことにあり、その責任は B
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が負うべきである。
め必要であるという国家的要請だけによるものではなく
外国人であるAに就学義務はなく、
「除籍発言」そのも
して、それがまた子女の人格の完成に必要欠くべからざ
のは真実に反する発言ではない。
るものであるということから、親の本来有している子女
「一度目の退学届」の受理の際、F校長は退学を思いと
を教育すべき責務を全うせしめんとする趣旨に出たもの
どまるよう説得したが、Bが応じないため、受理せざる
である(最高裁昭和 39 年 2 月 26 日大法廷判決・民集18巻
を得なかった。
「二度目の退学届」の受理についても同様
2 号 343 頁参照)
。子女を教育すべき責務は、親が本来有
であり、G校長がAの就学機会を奪ったものではない。
している性質のものであり、この責務は、外国人である
F 校長及び G 校長としては、日本国籍を有しない B か
からといって免れるものではない。
ら退学届が提出され、Bの退学の意思が固い以上、これ
しかしながら、憲法 26 条 2 項前段は、上記の親が子に
を受理しなければ、日本国籍を有しない A,B に日本の
対して負担するいわば自然的な責務(親が子に対して負
教育を強要したことになってしまうから、A の退学後の
う責務)を具体化して、法律の定めるところにより、そ
進学先が確認できないからといって、A を退学させない
の保護する子女に普通教育を受けさせる義務(親が国に
という扱いはできなかった。
対して負う義務)を規定している。そして、上記憲法の
原告は F 校長、G 校長が退学届を受理する際 A と面談
規定に従って法律によって普通教育の内容を定めるに
して意思確認をしなかったことを非難するが、A の意思
当たっては、言語(国語)の問題や歴史の問題を考えれ
を最も容易に確認できたし、また確認しなければならな
ば明らかなように、わが国の民族固有の教育内容を排除
かった者は実母である原告 B である。退学が A の意思に
することができないのであるから、かかる学校教育の特
反していたのであれば、その責任を一番に負うべきは B
色、国籍や民族の違いを無視して、わが国に在留する外
である。
国籍の子ども(の保護者)に対して、一律にわが国の民
族固有の教育内容を含む教育を受ける義務を課し、わが
4.判決の要旨
国の教育を押しつけることができないことは明らかであ
(1)
「憲法第3章の基本的人権の保障は、権利の性質上日
人がその属する民族固有の教育内容を含む教育を受ける
る(このような義務を外国人に対して課せば、当該外国
本国民を対象としていると解されているものを除き、わ
権利を侵害することになりかねない。)。
が国に在留する外国人に対しても等しく及ぶと解すべき
したがって、憲法 26 条 2 項前段によって保護者に課せ
であるが(最高裁昭和53年10月4日大法廷判決・民集 32
られた子女を就学させるべき義務は、その性質上、日本
巻 7 号 1223頁参照)
、この理は、外国人の権利についての
国民にのみ課せられたものというべきであって、外国籍
み及ぶものではなく、その義務についても及ぶものと解
の子どもの保護者に対して課せられた義務ということは
するのが相当である(例えば、憲法30条は、
「国民」が納
できない。」
税の義務を負う旨を定めるが、文言に従ってわが国に在
「上記就学義務の性質に照らせば、教育基本法及び学
留する外国人に対して納税の義務が全く及ばないと解す
校教育法(同法規則及び同法施行令を含む。
)における就
ることができないことは明らかである。)。」
学義務に関する諸規定が、上記憲法の規定を具体化した
「原告らは、世界人権宣言26条、社会権規約 13 条及び
ものであることは明らかであり、文言上はもちろんのこ
児童の権利に関する条約28条等の条約規定中に、初等教
と、その性質上も、日本国民のみを対象とするものであっ
育を義務的なものとすべき旨の規定があることを主張す
て、外国人に対しては就学義務が課されていないと解す
る。
べきである。」
しかしながら、これらの条約には、直接的な国内法的
「よって、外国人である原告 B 及び A には、憲法上はも
効力が認められないということもさることながら、そも
ちろんのこと、教育基本法及び学校教育法上の就学義務
そも、上記各条約は、
「初等教育」を義務的なものとする
規定の適用もなく、公立中学校においても自主退学する
旨を定めており、児童の権利に関する条約が、他に「中
ことができるというべきであるから、F 校長が、B に対
等教育」
「高等教育」
の概念を用いていることからすると、
して、A が退学できる旨の除籍発言をしたこと自体が法
これらの条約にいう「初等教育」とは、わが国における
的に誤っているということはできない。」
小学校教育と解すべきであり、本件で問題となっている
(3)
「教育基本法及び学校教育法等は、外国人の就学を明
確に排除しているわけではない。そして、世界人権宣言
中学校がこれに該当しないことは明白である。」
(2)
「憲法が、保護者に子女を就学させるべき義務を課し
26 条 1 項、社会権規約 13 条 2 項(b)及び児童の権利に関
ているのは、単に普通教育が民主国家の存立、繁栄のた
する条約 28 条 1 項(b)等の条約規定には、
すべての者(外
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国人を含む。
)に対して、中等教育等の機会を与えるべき
受けることについて法的保護に値する利益を有していた
旨が規定されている。また、永住を許可された在日韓国
というべきである。
人については、その地位にかんがみ、
「日本国に居住する
そして本件では、上記のとおり、G 校長が原告 B から
大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓
提出された退学届を受理したこと自体を違法ということ
民国との間の協定」
(以下「日韓協定」という。)によって、
はできないものの、上記認定のとおり、G 校長による退
日本国における教育について妥当な考慮を払うものとさ
学届の受理当時、原告 A は中学 3 年生であり、年齢に応
れ(4 条(a)
)
、日韓協定の実施に伴い出された昭和 40 年
じた理解力があったと考えられること、原告Aは、平成
12 月 25 日付け文初財第464号各都道府県教育委員会教育
14 年 4 月ころから高校への進学希望を明確にして、これ
長、各都道府県知事あて文部事務次官通達「日本国に居
について H 教諭らに相談していたこと、G 校長は、原告
住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国
A の復学前後に家庭訪問をしたり、原告 Aが登校した際
と大韓民国との間の協定における教育関係事項の実施に
には学校で複数回にわたって原告Aに声をかけるなどし
ついて」によれば、学齢生徒に相当する年齢の永住を許
て、自ら原告 A と直接コミュニケーションをとっている
可された者の保護者が、その者を住所地の市町村立の中
ことなどからすると、G 校長としては、原告 B による退
学校に入学させることを希望する場合には、市町村の教
学届の提出が原告 A の意に反しないものであるか否か、
育委員会は、その者の入学を認めることとされ、入学期
原告 A が退学と転学の違い及び退学によって被る不利
日の指定、就学時の健康診断、授業料等の取扱いについ
益について十分理解しているか否かを直接確認すべき義
ては、日本人と同様の取扱いをすることとされている。
務を負っていたものと考えられる。しかるに、G校長が、
さらに、日韓協定に基づく協議を受けて出された平成 3
原告 A に対して、直接、これらの確認を行うことなく退
年 1 月 30 日文部省初等中等教育局長通知「日本国に居住
学届を受理したことは、原告 A の上記法的利益を侵害す
する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する協議にお
るものであり、違法であるといわざるを得ない。
」
ける教育関係事項の実施について」によって、市町村教
「原告 A は、二度目の退学届の受理に際して、G 校長
育委員会は、わが国の公立義務教育諸学校への入学を希
から、退学と転学の違い及び退学によって原告Aが被る
望する在日韓国人がその機会を逸することのないよう、
不利益について説明を受けなかった結果、指導要録の引
就学予定者相当する年齢の韓国人の保護者に対して、入
き継ぎや卒業認定の問題等、退学によって被る不利益に
学に関する事項を記載した就学案内を発給することに
ついて十分に検討することができず、原告 Bによる退学
なっている。
」
届の提出に対して主体的に関与することができなかった
「以上の諸規定、通達等及び原告 A が現に E 中学校に
ことにより精神的苦痛を被ったと認められる。
在籍していたことなどからすると、憲法 26 条の規定する
一方で、退学届を提出したのは、原告 Aの親権者であ
教育を受ける権利が外国人に及ぶかという問題は措くと
る原告 B であること、原告 B は F 校長及び G 校長から退
しても、原告Aは、引き続きE中学校に在籍し続け、あ
学による不利益について説明を受けていたこと、原告 A
るいは、転学に当たっては指導要録等の引き継ぎを受け
は、一度目の退学届の受理の結果、未就学の状態を経験
ることなどして、卒業の際には卒業認定を受けるべき法
しており、未就学状態についての不利益を感じていたこ
的利益を有していたと認めるのが相当である。」
とが認められること、原告 A は、平成 14 年10月3日付け
(4)
「学校教育法、同法施行規則、同法施行令等に、公立
で堺市の中学校に転入し、同中学校を卒業していること
中学校の生徒についての退学手続きを定めた規定は存在
などを考慮すると、原告 A の上記精神的苦痛を慰藉する
しない。しかしながら、校長には、懲戒、指導要録の作成
ための慰謝料は 30 万円が相当である。」
(判決文は『判例
及び引き継ぎ等の中学校の管理権限が与えられているこ
時報』2027 号 43 ~ 57 頁)
と(旧規則12条の3及び4,13条)
、高等学校の生徒が退学
するに当たっては、校長の許可を受けなければならない
5.考察
旨の規定があること(旧規則62条)からすると、中学校
においても校長に退学届の受理権限があるというべきで
(1)判決は、
「これらの条約には、直接的な国内法的効力
あり、G 校長が原告 B が提出した退学届を受理して、原
が認められないということもさることながら・・・」と
告 A を退学(除籍)扱いにしたことがその権限に違背す
述べ、条約には直接的な国内法的効力はないという立
る違法な行為ということはできない。
」
場を表明している。また別の判決(大阪地裁[平 16(ワ)
「上記のとおり、原告Aは、転学に当たって指導要録等
7957 号]平 20・1・22 判決、
『判例時報』2010 号 93 ~ 112
の引き継ぎを受けるなどして、卒業の際には卒業認定を
頁)においても、
「自由権規約 27 条が、国家に積極的な作
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浦野:「在日外国人の子供の学校教育」に関する一考察
為を求めるマイノリティの教育権を保障するものであ
実行されている慣習国際法)を成文化した条約や、ある
り、国内法としての効力を有することを前提とする原告
いは領土や降伏などに関する条約は憲法に優位するとみ
子どもらの主張は採用できない。
」
「社会権規約 13 条は、
るべきであろう。
(31 ~ 32 頁)
締約国において、すべての者の教育に関する権利が、国
ウ.日本国憲法上、条約は、法律に優位するが、憲法よ
の社会政策により保護されるに値するものであることを
り劣位に立つ。日本国憲法の保障する人権と矛盾するも
確認し、締約国がこの権利の実現に向けて積極的に政策
のは、日本国憲法の下で妥当しえないことになるが、憲
を推進すべき政治的責任を負うことを宣明したもので
法の保障する人権を条約によってより徹底して保護する
あって、個人に対し即時に具体的権利を付与すべきこと
ことは、憲法の禁止するところではない。日本国憲法下
を定めたものではない。
・・・したがって、社会権規約 13
の人権保障は、条約も視野に入れて、具体的に捉えてい
条から直ちに、原告子どもらが主張するマイノリティの
く必要がある。したがって、たとえば国際人権規約違反
教育権という具体的な権利が保障されていると認めるこ
の具体的措置を適用違憲に準ずるものとして扱うべき場
とはできない。
」などと判示している。
合もありえよう。
(395 頁)
周知のように、日本国憲法第 98 条 2 項は「日本国が締
エ.憲法第三章の標題が「国民の権利及び義務」となっ
結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵
ていることや、憲法は元来国民に対する国権発動の基準
守することを必要とする。
」と規定している。そこで、憲
を示すところに本質があるとの考えから、外国人は憲法
法学は条約等の国際法規をどのように位置づけているの
の定める基本的人権の享有主体ではないとの説(A 説)
かみてみよう。
もあるが、人権の前国家的権利性や憲法のよって立つ国
① 佐藤幸治・著『憲法・第三版』
(1995 年)は、大要次の
際協和主義を指摘して外国人の享有主体性を肯定する
ようにいう。
説(B 説)が支配的である。人権の本質はまさに人を「個
ア.国際法と憲法以下の国内法の関係について、理論
人として尊重」する(憲法 13 条)ことの帰結であるから、
上、両者はその妥当根拠において全く次元を異にする別
B 説が正当である。最高裁判所も、幾多の事件で、外国人
個の法秩序とみるか(二元論)
、両者は一個の統一的法秩
が憲法上の主張を行う適格性を問題とすることなく実体
序を構成しているとみるか(一元論)
、のいずれかが可能
判断を行ってきている。
(417 頁)
である。一元論の場合にはさらに、国際法を国内法の上
②戸波江二・著『憲法[新版]』
(1998 年)は、大要次の
位秩序とみるか(国際法優位説)
、逆に国際法の妥当根拠
ようにいう。
を、それぞれの国家の憲法の承認するところに求めるか
ア.国際法と国内法のとの関係について、法の現実を
(国内法優位説)
、のいずれかが可能である。右の諸説の
みるかぎりでは二元論的な現実があるが、法の理論的・
うち、国内法優位説は結局国際法を否定するに等しく、
体系的理解としては、国際法と国内法とを総合的・連続
今日ではほとんど支持を失っている。
的にとらえる一元論が妥当である。
(508 頁)
このように国際的にみて一元論的傾向が顕著だとして
イ.条約とは、文書による国家間の合意をいう。協定・
も、何が自動執行的条約かについてそれぞれの国の独自
協約・議定書・宣言・憲章などの名称のいかんを問わない。
の判断が働いたり、この種の条約以外の条約について立
「確立された国際法規」とは、大多数の国によって承認さ
法措置を講ずることを怠ったり、条約の執行に必要な予
れ、実施されている成分・不文の国際法規をいう。日本
算措置を講じなかったり、等々というようなこともなく
がその成立に関与していないものであっても、日本は誠
はないようで、一元論的な考え方が純粋な形で実現され
実に遵守しなければならない。
(509 頁)
ているわけでは必ずしもない。
(19~ 31 頁)
ウ.条約は、本来国際法の法形式であり、国家間の関
イ.国際法と国内法との効力の上下関係について、わ
係を規律するが、それと同時に、条約締結国は条約で定
が国では、条約の締結につき国会の承認を要するとされ
められたところを国内的に実施する義務を負うため、条
ていることや 98 条 2項ないしその精神を根拠に、国際法
約を国内法へと受容することが必要になる。受容の方式
が法律に優位するということについてはほぼ異論はな
には、条約の内容と同じ法律を制定する方法と、条約に
い。
そのまま国内法的効力を認める方法とがあり、どの方式
国際法と憲法との効力関係については説が分かれてい
をとるかは各国の国内法の定めに委ねられている。日本
るが(国際法優位説と憲法優位説)
、憲法優位説が妥当と
国憲法は、条約を誠実に遵守することとし(98 条 2 項)
、
解され、判例も条約が違憲たりうることを否定しない。
条約を「条約」として公布することとしているので(7条
しかし憲法優位があらゆる国際法について妥当するかは
1 号)、条約は特別の立法措置をまたずに国内法として通
問題で、確立された国際法規(国際社会で一般に承認・
用すると解されている。ただし、条約の内容がそのまま
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国内法として実施できる自動執行条約ではなく、たとえ
諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国
ば抽象的な政治的宣言を約しているものなどは、別途、
民のみをその対象としていると解されるものを除き、わ
法律の制定をまって国内に実施されることになる。
(509
が国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解す
~ 510 頁)
べきであ」る、としている(最大判 1978・10・4[マクリー
エ.外国人に対しても人権保障が原則として及び、性
ン事件])。
質上外国人も享有できる人権はすべて保障されるとする
社会権については、国家による利益の享受主体として、
性質説が、現在の通説・判例である。とはいえ、外国人の
限りのある資源分配の優先順位の上位に国民を置くこと
法的地位を日本国民とまったく同等に考えることはでき
が認められるとしても、社会を現に構成している人々
(と
ない。そこで、いかなる人権がどの程度外国人にも保障
りわけ租税を負担している人々)を、生存の基本にかか
されるかを人権の性質に応じて個別的に検討することが
わる領域に関してまで社会権の享有主体から排除するこ
必要となる。
(135~ 136頁)
とは、違憲の問題を生じうる。
(184 ~ 185 頁)
③芦部信喜・著、高橋和之・補訂『憲法・第四版』
(2007
(2)これら憲法学テキストの記述から、憲法学の通説的
見解として、次のような認識を得ることができる。
年 3 月)は、次のようにいう。
① 国際法と憲法の関係について、一元論の立場に立
ア.人権が前国家的・前憲法的な性格を有するもので
つ国際法優位説が通説である。
あり、また、憲法が国際主義の立場から条約および確立
② 国際法と法律の関係について、国際法が法律に優
された国際法規の遵守を定め(98条)
、かつ、国際人権規
位する。
約等にみられるように人権の国際化の傾向が顕著にみら
③ 外国人もまた、日本国憲法の定める基本的人権の
れるようになったことを考慮するならば、外国人にも、
享有主体である。
権利の性質上可能な人権規定は、すべて及ぶと考えるの
が妥当である。通説および判例も、そう解する。
(90 頁)
④ 条約の受容の方式について、日本国憲法のもとで
イ.社会権も、各人の所属する国によって保障される
条約は特別の立法措置を待たずに国内法として通用
べき権利であるが、参政権と異なり、外国人に対して原
する。ただし自動執行条約でない場合は、法律の制
定を待って実施されることになる。
理的に認められないものではない。財政事情等の支障が
⑤ 条約とは、文書による国家間の合意である。協定・
ないかぎり、法律において外国人に社会権の保障を及ぼ
協約・議定書・宣言・憲章など名称を問わない。
すことは、憲法上何ら問題はないのである。とりわけ、
⑥ いかなる人権がどの程度外国人に保障されるか
わが国に定住する在日韓国・朝鮮人および中国人につい
ては、その歴史的経緯およびわが国での生活の実態等を
は、人権の性質に応じ個別に検討する必要がある。
考慮すれば、むしろ、できるかぎり、日本国民と同じ扱
ところで前述のように、本件判決は「世界人権宣言 26
いをすることが憲法の趣旨に合致する。国際人権規約の
条、社会権規約 13 条及び児童の権利に関する条約 28 条
批准および「難民の地位に関する条約」の批准という新
等の条約・・・には、直接的な国内法的効力が認められ
しい事態に対応するため、1981年、社会保障関係法令の
ない」としている。ちなみに世界人権宣言 26 条は「すべ
国籍要件は原則として撤廃された。
(92頁)
て人は、教育を受ける権利有する。」で始まる条文であり、
④樋口陽一・著『憲法・第三版』
(2007年 4 月)は、次のよ
社会権規約 13 条は「この規約の締約国は、教育について
うにいう。
のすべての者の権利を認める。」で始まる条文である。ま
ア.
「経済的、
社会的及び文化的権利に関する国際規約」
た、児童の権利に関する条約 28 条は「締約国は、教育に
(A 規約)
「市民的及び政治的権利に関する国際規約」
(B
ついての児童の権利を認めるものとし、」で始まる条文
規約)
(1979年批准・発効)が国内法としての効力を持つ
である。これらの条文が自動執行条約でないことは確か
ようになった現在、
法律に対する関係での条約優位説は、
であるから、
「直接的な国内法的効力が認められない」と
法律等の人権規約違反の主張を憲法違反に準ずるものと
いうのは不当ではない。しかし、これらの条約は法律よ
して扱い、上告理由に該当するものとすることができる
り上位の国内法であり、外国人が教育を受ける権利の享
であろうし、そのことを通じて、国内法整備のためのイ
有主体であることは明白である。本件判決文は、この点
ンセンティブ効果を期待することができるはずである。
の認識が弱いのではないかと思われる。
(条約を実効化
イ.
憲法第三章の標題は
「国民の権利及び義務」であり、
する立法措置がとられていない場合、判決文でそのこと
各条項の書き方では「国民は」と「何人も」とが使い分け
を指摘することも可能のはずである。) られているようにも見えるが、そのような文言に決定的
なお、社会権規約 13 条 2(b)項は「種々の形態の中等
な意味をもたせるべきではない。判例も「憲法第三章の
教育は、すべての適用な方法により、特に、無償教育の
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浦野:「在日外国人の子供の学校教育」に関する一考察
漸進的な導入により、一般的に利用可能であり、かつ、
政の改善に資するため実施したものである。
」
すべての者に対して機会が与えられるものとすること。」
この行政評価・監視および通知が A 規約の観点に立っ
と規定し、児童の権利に関する条約28条 1(b)項は「種々
てなされていることは、当然のことながら、意義のある
の形態の中等教育の発展を奨励し、
すべての児童に対し、
ことである。関係行政は A 規約を踏まえて行われるべき
これらの中等教育が利用可能であり、かつ、これらを利
であるという主張を含意していると読めるからである。
用する機会が与えられるものとし、
・
・
・」と規定している。
この通知は、
「1.就学案内の徹底」
「2.就学援助制度の
この規定の趣旨を踏まえると、本件判決が、実は義務教
周知の的確化」
「3.日本語指導体制が整備された学校へ
育学校を念頭において、
「本件で問題となっている中学
の受け入れ推進」の 3 項目について、法制度の概略と調
校がこれに該当しないことは明白である。
」としている
査結果を記述したうえで、具体的な行動・施策を勧告し
ことは奇異に感じる。
ている。たとえば「2.就学援助制度の的確化」の中では
(3)本件判決文はまた、
「憲法 26 条の規定する教育を受
次のように述べられている。なお、法制度上は、A 規約
ける権利が外国人に及ぶかという問題は措くとしても」
の批准により市町村は、経済的理由によって就学困難と
と述べている。ここで教育原論を説くまでもなく、ヒト
認められる学齢児童(=日本人か外国人かは問わない。)
は教育によって人間となる。そのうえ現代社会において
の保護者に対して、必要な援助を与えなければならない
は、適切な学校教育を受けることなくして、労働者とし
(学校教育法第 19 条)ことになっている。
て、また市民として生活していくことは困難である。し
「今回、43 市町村教委(以下、市町村教委を「市教委」
たがって、権利の性質にてらして、また国際法規範に裏
と略す。浦野)における外国人児童生徒に対する就学援
打ちされて、憲法26条の教育を受ける権利が外国人に及
助制度の周知状況について調査した結果は、次のとおり
ぶことは明らかである。本件判決文は、この点の認識が
である。
弱いのではないかと思われる。
1)外国人子女の保護者に対する就学援助制度の周知に
本件判決の憲法 26 条 2項前段の解釈――外国人に対し
ついては、43 市教委のすべてが、新入学相当年齢の外国
て就学義務は課されない――は妥当である。
人子女の保護者が入学を決定した後の就学時の健康診断
(4)判決文は「学術論文」ないしは「論文」である必要は
や入学説明の際に,又は、入学後の適期に行っているが、
ない。つまり判決文は判決に必要な限りで議論を展開す
保護者が入学を決定する前には行っていない。
ればよいわけであるが、それにしても外国人が教育を受
また、学齢相当の外国人子女の転入に当たり、16市教
けることについての権利性の認識が弱いのではないかと
委では、市教委の編入学窓口等において、教育制度の説
思う。
原告がそのことについて論じているのであるから、
明などに併せて、就学援助制度の説明を行っている。し
判決文もそれを受けて、傍論であっても論ずるべきでは
かし、27 市教委では、外国人子女の保護者から就学援助
なかったか。
の照会がある場合を除き、編入学後に就学援助制度を説
外国人が教育を受けることについての権利性の認識が
明しており、保護者が編入学を決定する前には行ってい
弱いとすれば、それは何故であろうか。究極的にはそれ
ない。
は日本国民の認識・意識の問題に帰着するが、教育行政
これに関し、外国人保護者の中には、公立小・中学校
の責に帰すべき問題も大きいであろう。
に入学することによって多額の経済的な負担を強いられ
総務省行政評価局は、2003 年8 月7 日に、
「外国人児童
ると誤解している者もおり、入学手続きの前にも就学援
生徒等の教育に関する行政評価・監視結果に基づく通知
助制度について周知して欲しいとする意見が聞かれる。
―公立の義務教育諸学校への受け入れ推進を中心として
2)国際的に公用語として取り扱われている英語や外国
―」を、
文部科学省に対して発出している。その「前書き」
人登録の多い国籍(出身地)の者が日常生活で使用する
には次のように書かれている。
言語により作成された就学援助制度の案内パンフレット
「(前略)外国人子女については、我が国の義務教育へ
を配布している市教委は、11 市教委にとどまり、その他
の就学の義務は課せられていないが、経済的、社会的及
の市教委では日本語による案内パンフレットしか配布し
び文化的権利に関する国際規約(昭和 56 年条約第 6 号)
ていない。」
を受けて、入学を希望する者については、公立の義務教
「したがって、文部科学省は、学齢相当の外国人子女の
育諸学校への受け入れが保障されている。
(中略)この行
公立の義務教育諸学校への受け入れを推進する観点か
政評価・監視は、外国人児童生徒等の公立の義務教育諸
ら、国際的に公用語として取り扱われている英語や外国
学校への受け入れ推進等を図る観点から、就学の案内の
人登録の多い国籍(出身地)の者が日常生活で使用する
実施状況、就学援助制度の周知状況等を調査し、関係行
言語により就学援助制度の案内を就学ガイドブック等に
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帝京大学文学部教育学科紀要 第 35 号(2010 年 3 月)
掲載し、県教委及び市教委に提供するとともに、県教委
1. 締約国は、自己の意見を形成する能力のある児童
に対し、市教委に次の措置を講ずるよう助言を行う必要
がその児童に影響を及ぼす全ての事項について自由
がある。
に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合
1)就学援助制度の周知については、新入学相当年齢の外
において、児童の意見は、その児童の年齢及び成熟
度に従って相応に考慮されるものとする。
国人子女及び学齢相当の外国人子女の保護者が入学を決
2. このため、児童は、特に、自己に影響を及ぼすあ
定する前の適時に行うことにも配慮すること。
2)就学援助制度を説明する資料の作成に当たっては、外
らゆる司法上及び行政上の手続きにおいて、国内法
国人の居住状況等をも踏まえつつ、国際的に公用語とし
の手続き規則に合致する方法により直接に又は代理
て取り扱われている英語や外国人登録の多い国籍(出身
人若しくは適当な団体を通じて聴取される機会を与
地)の者が日常生活で使用する言語を用いることにも配
えられる。
(政府訳)
慮すること。
」
ここで「児童」とは、18 歳未満のすべての者をいう(第
勧告されている事項は、行政担当者が、日本人と同様
1 条)。そして、英文の正式テキストでは、ここでの「意見」
に外国人の権利を保障するという立場に立ちきれば、お
の原文は opinion ではなく view である。英和辞典をひく
のずと考えつく措置であると思われる。もちろん、権利
と、
「view =(個人的感情・偏見を含んだ)意見、見解、
保障のためには一定の財政措置が必要であり、現実の財
考え」とある(ジーニアス英和辞典・改訂版)
。幼い子ど
政的制約から行政担当者が消極的になっているという事
もたちの「意見」も十分尊重されなければならないとい
情があるかもしれない。しかし行政評価局の調査は、そ
うことである。もちろん子どもの意見を「尊重する、十
こまでは及んでいない。外国人の権利保障の立場から、
分聞く」ということと、その意見を教員や大人が「受け
そうしたことについての実態調査や行政担当者の意識調
入れる」こととは、別の問題である。
査の必要を痛感するが、今回は果たせなかった。
さらに一般化していえば、学校運営の現状を、この第
なお、上記勧告を受けた文科省は、2005 年 4 月に「就
12 条の視点から見直してみる必要がある。たとえば生徒
学ガイドブック」の改訂を行い、2006 年 6 月 22 日付で文
の懲戒処分規定(内規)は、生徒の聴聞権(聴聞される権
科省初等中等教育局長通知「外国人児童生徒の充実につ
利)を保障しているかどうか。規定がなければ改正すべ
いて」を発出している。
きである、ということになるであろう。本件判決は、こ
(5)本件判決について、外国人の子どもの教育を受ける
のような課題を提起しているものと理解されることが望
権利についての認識が弱いのではないかという判決批評
ましい。
を縷々述べてきた。保護者に就学義務が課されていない
問題をさらに広げて考えてみよう。授業実践や生活指
からといって、
外国人の子どもの教育を受ける権利の「権
導、学級経営(クラスづくり)などの教育実践の場面では、
利性」が弱まるわけではない。判決の論理においてだけ
教師が「子ども理解」を的確にしているかどうかが第一
でなく教育行政・学校運営においても、この点が強調さ
義とされる。子どもはそれぞれ子どもなりの事情、理由、
れなければならない状況がありそうである。
理屈、感情などをもっているから、子どもを的確に理解
それではこの判決は注目に値しない内容であろうか。
するためには、子どもの「意見」を尊重し、丁寧に聞かな
私は、そうではないと考える。判決は、B から退学届が
ければならない。これはその一例であるが、良質な教育
提出された際、Aは状況を正確に認識しているか、退学
法規範は教育条理に合致しているといってよい。
は A の意思に反していないかについて、G 校長がA と面
(6)日本国憲法第12 条前段は「この憲法が国民に保障す
談して確認しなかったのは違法と判断して慰謝料の支払
る自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを
いを命じている点がおおいに注目されるからである。外
保持しなければならない。」とうたい、第 97条は「この憲
国人の子どもの場合だけでなく日本人の子ども場合にお
法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわ
いても、退学等の手続きにおいては子ども本人の意思確
たる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、
認が必要であるということを、判決は学校関係者に対し
過去幾多の試練に堪え、現在及び将来の国民に対し、侵
て警告している。本件判決の意義をそのように受け止め
すことのできない永久の権利として信託されたものであ
るべきであろう。
る。」と規定している。
そのように考えると、原告の主張にも、したがってま
われわれがつい見落としがちである、あるいはわれわ
た判決の論理構成にも、
弱点があるといわざるを得ない。
れが日常的には注目していない事実として、国際法の発
子どもの権利条約第12条が、当然援用されるべきであっ
展がある。国際的な舞台で、自由及び権利の獲得のため
たということである。同条を引用し、確認してみよう。
の人類の多年にわたる努力が継続しているのである。詳
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浦野:「在日外国人の子供の学校教育」に関する一考察
しくはさしあたり畑博行・水上千之編『国際人権法概論
年後の 1994 年にこの条約を締結・批准したが、この場合
[第四版]
』
(2006年)に譲るほかないが、ここでは次のこ
もいくつかの「留保」と「解釈宣言」を付してのことであっ
とだけを指摘しておきたい。
た。
1948 年に国連総会で採択された世界人権宣言は、その
子どもの権利条約においても、その履行を監視する機
名のとおり宣言であり、国際連合の加盟国を拘束する力
関(=子どもの権利に関する委員会。
「子どもの権利委員
はなかった。この宣言の諸規定に拘束力をもたせるため
会」と称されることが多い。)が置かれており、締約国は
には、これを条約につくり変える必要があり、その努力
5 年に一度履行状況を子どもの権利委員会に報告しなけ
が続けられた。その作業には実に 18 年かかり、1966 年
ればならない。その時期には政府のみならず NPO など
になってようやく国連総会がA規約、B 規約を採択した
も報告書を提出できることになっている。子どもの権利
のであった。
委員会はそれらの報告書を審査し、必要があれば政府に
A 規約の締約国は、同規約に規定された人権を実施す
「勧告」することができ、日本政府は毎回「勧告」を受け
るためにとった措置を国連事務総長に定期的に報告する
ている。国際連合からみれば、我が国は条約の履行に消
義務を負う。国連の専門家委員会は、その報告を審議し、
必要に応じて当事国に対する勧告を採択することができ
極的とみられているということになる。その一例として、
(5)で述べた学校運営における子どもの「意見表明権」
(第
12 条)の保障の問題があるという構図になる。
る。
B規約の締約国は、同規約に規定された各種の人権を
(8)上記(1)、
(2)で述べたように、日本国憲法第98条2
即時に実施する義務を負い、そのために必要な立法その
項は「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、
他の措置をとらなければならない。B規約は、締約国の
これを誠実に遵守することを必要とする。」と規定して
義務の履行を監視するシステムを定め、そのための専門
おり、憲法学のテキストは「条約とは、文書による国家
家委員会を設置している。締約国は、専門家委員会の要
間の合意であり、協定・協約・宣言・憲章など名称を問わ
請があった時には、規約の諸規定を実施するためにとっ
ない。」旨述べている。
た措置について、国連事務総長に報告書を提出する義務
国際連合の機関である ILO とユネスコは、1966 年に
を負っている。また、B 規約には選択議定書という名の
特別政府間会議を開催し「教員の地位に関する勧告」を
条約が追加され、B 規約と選択議定書の双方に加入した
全会一致で採択した。日本政府代表も賛成している。し
国は、その管轄下にある個人が国の規約違反によって人
たがって、日本国政府はこの勧告を尊重し、遵守する少
権を侵害された場合、専門家委員会に申し立てをする権
なくとも道義的責任を負っているというべきである。こ
利を認めなければならない。
の勧告は、今日でも生きており、浦野東洋一ほか編の学
我が国は 13 年後の 1979 年になってようやく、A 規約、
陽書房版『教育小六法』
(各年度版)などの教育法令集
B 規約の双方を批准した。それもいくつかの条項につい
に収録されている。そして ILO とユネスコは、この勧告
て「留保」と「解釈宣言」を付してのことであった。B 規
の各国での適用状況を監視するための機関として共同
約の選択議定書は、いまだに批准していない。
専門家委員会(The Joint ILO/UNESCO Committee of
(7)上記のことは、子どもの権利についての国際法の発
Experts on the Application of the Recommendations
展にもあてはまる。
concerning Teaching Personnel. CEART と 略 称 さ れ
1959 年に国連総会が採択した「児童の権利宣言」は、
ている。)を設置している。各国の教員団体等は、その国
前文で「世界人権宣言」に言及している。世界人権宣言
の教員に対する政策や措置がこの勧告に違反していると
が児童の権利宣言の母体であったことはいうまでもな
いう場合に、CEART に対して申し立て(Allegation)を
い。しかし児童の権利宣言もまた、
「宣言」であり、国連
提起できる仕組みが整えられている。
加盟国を法的に拘束するものではなかった。
ところで、教員を「専門職」とみなす「教員の地位に関
19 年後の 1978 年の第 3 回国連人権委員会において、
する勧告」は 146 項に及んでいる。勧告は、今日本で課題
ポーランドが児童の権利宣言を法的拘束力のある条約に
となっている指導力不足教員の問題や教員給与の在り方
することを提案した。以後、条約案作成の作業が続けら
にもからむ「教員評価制度」の存在を否定しているので
れ、その過程で、
「保護の対象」としての児童観から「権
はない。いくつかの項がそれに関係してくるという構造
利の主体」としての児童観へと、子ども観の転換と発展
になっている。例えば次のような項が、それにあたるで
が図られたことはよく知られている。
あろう。
それからさらに11年後の1989年の国連総会において、
6. 教育の仕事は、専門職とみなされるものとする。
ようやく「子どもの権利条約」が採択された。我が国は 5
教育の仕事は、きびしい不断の研究を通じて獲得さ
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帝京大学文学部教育学科紀要 第 35 号(2010 年 3 月)
れ、かつ、維持される専門的知識および特別の技能
問題の一つは、
「勧告」に対する文科省や教育委員会の
を教員に要求する公共の役務の一形態であり、また、
反応が極めて消極的なことである。二つ目は、そのこと
教員が受け持つ児童・生徒の教育および福祉に対す
もあって、マスコミの注目も弱いかほとんど無いといっ
る個人および共同の責任感を要求するものである。
てよい状況が続いている。したがってまた、多数の国民
9. 教員団体は、教育の進歩に大いに寄与することが
も一連の経緯について知らないでいることである。三つ
でき、したがって、教育施策の決定に関与させられ
目は、多くの教員がまた、知らないでいることである。
るべき勢力として認められるものとする。
グローバル化がしきりにいわれるなかで、この事態はわ
44. 昇格は、教員団体との協議により定められた厳
れわれの国際法規範に対する感覚、認識がいかに鈍く貧
密に専門的な基準を参考にして、新しい職に対する
困であるかを示している。
教員の適格性の客観的な評価に基づいて行うものと
もっとも、文科省には国際法規範を遵守しようとする
する。
姿勢が無いか弱いことについては、日本政府全体の責任
46. 教員は、教員の専門職としての地位または経歴
に影響を及ぼす恣意的措置から十分に保護されるも
でもある。我が国は、8 時間労働制を定めたILOの第1号
条約でさえ締結・批准していないありさまなのである。
(9)しかし他方で、現実に社会がグローバル化するなか
のとする。
63. いかなる監視または監督の制度も、教員の専門
で、国際法への関心は高まっている面がある。そのこと
的な職務の遂行にあたって教員を励まし、かつ、援
はマスコミの報道にも反映している。
助するように計画されるものとし、
また教員の自由、
一例は「国際結婚・離婚の子育てトラブル」の問題で
創意および責任を減じないようなものとする。
ある。
64. (1)教員の仕事についてなんらかの直接評価が
米国在住の実業家 S 氏は、2009 年 9 月 28 日に、福岡
必要とされる場合には、その評価は客観的なものと
県柳川市内で通学途中の 9 歳の息子と 6 歳の娘を連れ去
し、かつ、当該教員に知らされるものとする。
り、福岡市内の米領事館に駆け込もうとしたところ、日
(2)教員は、不当と考える評価に対して不服を
本人の元妻の通報で警戒中の警察官に逮捕された。S 氏
と元妻は 2009 年 1 月米国テネシー州で離婚した。郡裁判
申し立てる権利を有するものとする。
82. 教員の給与および労働条件は、教員団体と教員
所の判決で、元妻は同州内で子どもを引き取り、定期的
の使用者との間の交渉の過程を経て決定されるもの
に S 氏と会わせるなどの取り決めがあった。しかし元妻
とする。
は 8 月に子どもを連れて無断で日本に帰国した。裁判所
全日本教職員組合(
「全教」と略称されている。)は、
は S 氏の親権を認めており、米国の地元警察は「子ども
2002年 6 月に、当時問題になっていた指導力不足教員の
たちが誘拐された」として元妻の逮捕状を取っている。
判定制度をふくむ教員評価制度は、教員の地位に関する
米国メディアは、
「日本の警察は S 氏をなぜ逮捕するの
勧告に著しく反しているとして、CEART に申し立てを
か」
「拉致犯は日本人だ」と日本を批判しているという。
行った。CEART はその後、日本政府(文部科学省)と
国際離婚の親権トラブルを防ぐルールを定めたハーグ条
全教の双方からの報告を求めあるいは受理して審査し、
約(1980 年採択)があるのだが、日本はまだ加盟してい
2003 年 12 月に、日本政府と全教に対し適切な対話をお
ないことから生じた事件であるといえる。
(「東京新聞」
こなうことなどを求めた「勧告」を行った(第 1 次勧告)。
2009 年 10 月 15 日付)
この間の経緯については、浦野東洋一ほか編著『日本の
岐阜県在住の日本人女性Y さんは留学先のオーストラ
教員評価についてのILO・ユネスコ勧告』
(2005 年)を参
リアでチェコ人の夫と出会い、日本で結婚したが、夫の
照願いたい。その後、同じような手続きがくりかえされ、
暴力などで不仲になり、離婚の話が出ていた。夫は 2009
2006 年 1 月には第2次勧告が、2007年5月には第 3 次勧告
年 8 月 23 日、長男(5 歳)を連れて家を出て、所在不明と
が出された。そして、2008 年 4 月には CEART の対日調
なった。翌日「ドイツのフランクフルトにいる」と国際
査団が来日し、文科省、いくつかの県教委、いくつかの
電話があっただけという。父母の一方による子ども連れ
教職員組合などを訪ね、ヒアリング調査を実施するにい
去りを防ぐハーグ条約に日本は加盟していないため、Y
たった。そのうえで、CEARTは2008年 12 月に長文の第
さんはチェコへ子どもの捜索や返還を求めるすべがない
4 次勧告を出した。ここで詳しくふれることはしないが、
という。
(「東京新聞」2009 年 11 月 8 日付)
それは文科省と教育委員会にとって相当厳しい内容と
いま一つの例は、国際間の犯罪をめぐる問題である。
なっている(勧告の和訳全文は、
『クレスコ』2009 年 2 月
日本で 2006 年に、ブランド品をタイで買い付けるアル
号に掲載されている。
)
バイトを募り、それに応募して渡航した人にブランド品
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浦野:「在日外国人の子供の学校教育」に関する一考察
購入の立て替え代金や報酬を支払わなかったとして、タ
イ警察は、詐欺の疑いで、国際刑事警察機構を通じて日
本人の男性を国際手配した。ところが、日本とタイは犯
罪人引渡条約を締結していないため、日本の警察は男性
が国内にいたとしても拘束できず、被害を訴える人たち
は「なぜ野放しなのか理解できない」と憤っているとい
う。日本が犯罪人引渡条約を締結している国は、現在の
ところ米国と韓国だけである。
(
「東京新聞」2009 年 11 月
22 日付)
自民党・公明党政権に代わり、民主党連立政権が誕生
した。民主党は自民党よりも国際法規範に理解があると
みられるので、今後の政策動向に注目したいと思う。
(10)日本を覆っている経済不況の中での経済的格差の
増大は、外国人の子どもの教育についての新たな関心を
呼び起こしている。
たとえばいわゆるブラジル人学校は日本に約 100 校あ
るのだが、各種学校として認可されているのは 5 校だけ
である。ブラジル学校協議会の代表は「公的助成は全く
ない。保護者の失業が相次ぐ中、ただでも高い月謝には
消費税がかかる。通学定期も認められていない」と窮状
を訴えている。
そうしたなか、民主党連立政権成立前、当時の与党の
国会議員が中心になり「外国人学校支援法」制定の動き
が生まれた。法案の内容は、①教育基本法に外国籍の子
どもの教育を受ける権利と、その権利を国や自治体が保
障することを明記する、②学校教育法上に「外国人学校」
のカテゴリーを加えて正規の学校扱いにする、③「外国
人学校振興法」を制定して、外国人学校の認可校には助
成金や受験資格、寄付金税制などで日本の学校と同じ扱
いにすること等である。
(
「東京新聞」2009 年 6 月 29 日付)
これは子どもの権利条約やA規約を履行するための国
内法の整備という性格をもつものであり、実現すれば画
期的な意義をもつことになる。
文科省は 2009 年 1 月 30 日に、平成 20 年度中に講ずべ
き施策を中心に取りまとめた「定住外国人の子どもに対
する緊急支援~定住外国人子ども緊急支援プラン~」を、
3 月 27 日には平成21年度以降に講ずべき施策を中心に取
りまとめた「定住外国人の子どもに対する緊急支援(第
2 次)~定住外国人子ども緊急支援プラン~」を公表し
ている。
これらの施策が、政権交代によってどのように実施さ
れ、あるいは改革実施されていくのか注目していきたい
と思う。
(2009年 11 月 29 日脱稿)
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