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第13章 消化器系

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第13章 消化器系
第13章 消化器系
こうくう
こうもん
だえきせん
かんぞう
たんのう
すいぞう
消化器系 digestive system は、口腔から肛門までの長さが4~6 m の消化管と唾液腺、肝臓、胆嚢、膵臓
などから構成されています。
この系の働きは、食べ物を機械的および化学的に細かく砕き(消化作用)、水分や栄養素(アミノ酸や単糖、
脂肪酸、ビタミン、無機塩類)などを体の内部に吸収することです。
食べ物の化学的消化は主に胃と小腸とでおこなわれ、栄養素などは小腸で主として吸収され、水分の吸収は
けつちよう
主に結 腸でおこなわれます。
第1節
消化管の一般的構造と腹膜
食道から肛門管までの消化管の壁は、基本的に同じ構
産生することによって自然免疫や獲得免疫の誘導に関与
かんくう
造です。消化管の壁は、管腔側から外表面に向かって、
ねんまく
か
します。
しょうまく
じょうざいさいきんそう
四つの層(粘膜、粘膜下組織、筋層、外膜または漿 膜)に
一方、腸内に定着する常 在 細 菌 叢は、病原性細菌の増
区分されます。
殖を抑制します。
1.粘膜
2.粘膜下組織
かくしつそう
じょうひ
粘膜 mucosa は、表層に角質層が見られない上皮組織
粘膜下組織 submucosa は、粘膜をその深層の筋層に
で構成され、消化管の内表面を被い、粘膜固有層と呼ぶ
結びつけます。粘膜下組織に存在する太い血管網からは、
疎性結合組織の表層に乗っています。粘膜の深部には粘
細い血管を粘膜や筋層に送り出します。多数の神経網で
膜筋板と呼ぶ薄い平滑筋の層が存在します。
つくられた粘膜下神経叢(マイスネル神経叢)が、粘膜下
しんけいそう
上皮組織は、食道や肛門管ではその深層の組織を保護
組織に存在します。粘膜下神経叢は、粘膜における腺組
じゅうそうへんぺい
するために特殊化した非角化重 層 扁 平上皮で構成され、
織の分泌調節や粘膜筋板の収縮などに関与します。
他の消化管の部位では粘液や消化液を分泌し、栄養素を
吸収するために単層円柱上皮となっています。また、胃
3.筋層
や小腸では、消化や吸収を促進するために、ヒダを形成
えんげ
し、表面積を増加させています。
いんとう
嚥下に働く内臓性横紋筋が、口腔や咽頭、食道の上部
粘膜では、表層のケラチンがないために、様々な腺の
などの筋層に見られます。残りの消化管の筋層は、平滑
しつじゅん
分泌物によって表層部が湿 潤に保つ必要があります。ま
筋から構成されています。
た、深層を流れる血液の色が透けて観察されるために、
粘膜は赤く見えます。
多くの部位では、筋層は2層です。管腔側の層の筋(輪
筋層)は輪状に走行し、外表面に近い層の筋(縦筋層)は縦
栄養素を運ぶ多数の血管網や脂質を吸収するリンパ管
方向に走行します。
が、粘膜固有層に見られます。粘膜固有層に見られるリ
筋層の筋のリズミカルな収縮で消化管の食べ物を肛門
ンパ組織は侵入した病原性微生物(ウイルスや細菌など)
に向かって運ぶことができ、この運動を蠕動と呼びます。
ぜんどう
に対する防御の役割を果たします(図13-3)。
筋の局所的な収縮である分節運動は、食べ物を機械的
粘膜の表面を被う粘液や抗体は、病原性微生物が体内
に侵入するのを防ぎます。
に砕き、また消化液との混合を促進させ、化学的消化を
促進します。
粘膜上皮細胞は、数多くのサイトカイン cytokine を
- 161 -
輪筋層と縦筋層との間には多数の神経網があり、筋層
間神経叢(アウエルバッハ神経叢)と呼び、消化管の筋層
大を防ぐために、リンパ節も大網のなかに存在します。
の収縮を調節しています。
結腸間膜は、結腸を後腹壁に固定しています。
4.外膜
5.消化管の運動と分泌の調節
がいまく
外膜 adventitia は、疎性結合組織で構成され、消化
消化管の活動は、自律神経系とホルモンとで調節され
管の外表面を被っています。横隔膜より下の消化管では、
ています。特定の消化作用に関与するホルモンが、消化
この結合組織は、単層扁平上皮(中皮)といっしょになり、
管の粘膜に存在する細胞で産生されています。
ふくまく
消化管の収縮と分泌などの活動は、局所的には粘膜下
臓側腹膜(漿膜)を構成します。
臓側腹膜は、種々のヒダによって腹腔や骨盤腔の内面
神経叢と筋層間神経叢とで調節されます。
へきそく
食べ物による消化管の膨脹は伸展受容器を刺激し、こ
を被う壁側腹膜とつながります。
ふくまくくう
臓側腹膜と壁側腹膜との間の隙間は、腹膜腔です。
の受容器は刺激(インパルス)を神経叢に送ります。その
腹膜炎になれば、感染は容易に隣接する器官に広がり、
結果、神経の刺激が筋層の平滑筋に伝えられて収縮し、
じゆうとく
重 篤な状態になります。
また腺組織にも送られて分泌を刺激します。このような
肝硬変などの場合には、過剰の液体が腹膜腔にたまり、
局所的な制御は、中枢神経系から独立して進行します。
ふくすい
腹水と呼ばれます。
通常では、脳や脊髄からの自律神経系が消化管の制御
ちょうかんまく
腹膜の二重のヒダである腸 間 膜は、壁側腹膜から伸び
たもので、空腸と回腸の全長にわたって付き、空腸と回
を助け、直接に平滑筋に作用したり、二つの神経叢の神
経細胞とシナプスを作り間接的に作用します。
腸を後腹壁に固定します。また、腸間膜は、空腸と回腸
副交感神経である迷走神経の分枝は、胃や小腸、大腸
に向かう神経や動脈、静脈、リンパ管などを支えます。
の吻側部などを支配します。副交感神経の刺激は、主と
たいもう
しょうもう
けっちょうかんまく
他の重要な腹膜のヒダは、大網や小 網、結 腸 間 膜な
して筋層間神経叢を介して作用し、消化管の活動を活発
化します。
どです。
つる
交感神経は、ほぼ消化管の全長を支配し、消化管の運
小網は、肝臓から胃や十二指腸を吊します。大網は、
動と消化作用とを抑制します。
胃から広がり横行結腸に付いている大きなヒダです。
多量の脂肪が大網のなかにあります。また、感染の拡
第2節
口腔
こうくう
こうしん
きょう
こうがい
口腔 oral cavity は、上下の口唇と 頬 、口蓋、舌で囲
口唇 lip と頬 cheek は、内表面を口腔粘膜で被われ、
はさ
まれた部位で、口腔の天井は口蓋と呼ばれます。口腔の
外表面を皮膚で被われ、その間に表情筋を挟みます。
ぜんてい
なかで、上下の歯と歯肉より前の部位は口腔前庭と呼び、
1)口唇
これよりも後ろの部位は固有口腔といいます。
こうれつ
口唇の赤く見える部位は皮膚から粘膜への移行部で、
こうかく
上唇と下唇の間には口裂があり、その外側端を口角と
呼びます。
この部位には感覚神経の終末(三叉神経由来の下顎神経の
分枝)が密に分布します。さらに、この真皮乳頭には触覚
こうきょう
口腔は、口 峡によって咽頭に通じます。
小体が多数存在し、敏感な部位となっています。
口腔粘膜は、厚い非角化重層扁平上皮と粘膜固有層と
口唇の内部には、口輪筋が存在しています。口輪筋(顔
から構成され、粘膜筋板と筋層を欠きます。粘膜固有層
面神経が支配)は口を閉じ、食べ物が口からこぼれないよ
にゅうとう
は多数の乳 頭を上皮に向けて突出させています。
うにしています。
口唇腺は、粘液細胞と漿液細胞とで構成されています。
1.口唇と頬
口唇の内面の正中線上には、歯肉につながる粘膜のヒダ
(上唇小帯、下唇小帯)が観察されます。
- 162 -
し そ う ぶ
上唇には顔面動脈からの分枝の上唇動脈が分布し、下
しにく
上顎骨と下顎骨の歯槽部を被う粘膜を歯肉と呼びます。
しかん
歯 tooth は、外に現れている部分を歯冠、歯槽部に埋
唇には下唇動脈が分布します。
しこん
もれている部分を歯根と呼びます。歯根は切歯と犬歯で
2)頬
きよう
頬 cheek の皮下組織には、脂肪細胞が多数集まり頬
脂肪体を形成する部位があります。頬脂肪体が減少する
はそれぞれ1本ずつですが、小臼歯では1本から2本、
大臼歯では2本から3本に分かれています。
しずいくう
ほお
歯の内部には、歯髄腔が存在し、歯根管を経て歯の先
と、頬がやせたといわれます。
頬の深層にある頬筋(顔面神経が支配)などは、食べ物
端に開き、そこから血管や神経に富む結合組織(歯髄)が
歯髄腔に入り込みます。
を上下の歯の間に押しつける役割があります。
じ か せ ん
歯の主要成分はゾウゲ質です。ゾウゲ質は、結合組織
上第二大臼歯に面する頬粘膜には、耳下腺乳頭という
にカルシウムが沈着して形成され、歯の形と硬さを作り
高まりが見えますが、耳下腺が開口する部位です。
頬粘膜には、粘液細胞と漿液細胞とで形成された頬腺
ます。ゾウゲ質は、骨組織に似ていますが、カルシウム
量が多く(乾燥重量の約70%)、骨組織よりも硬い。
が開口します。
歯冠ではゾウゲ質の表面をエナメル質が被います。エ
頬には、顎動脈から分枝した頬動脈が主に分布します。
頬に分布する感覚神経としては、上顎神経からの頬骨
ナメル質は、歯肉を被う上皮から分化した細胞で作られ
顔面枝・眼窩下神経や下顎神経からの頬神経などが分布
たものです。エナメル質は、リン酸カルシウムと炭酸カ
します。
ルシウムを主成分とし、カルシウム塩が多く(乾燥重量の
約95%)、人体の中で最も硬い組織です。エナメル質は、
【口角炎】
ま もう
こうかく
口角炎は、口 角における痛みを伴う紅斑あるいはかさぶ
咀嚼による摩耗や酸から歯を守ります。虫歯などでエナ
た(痂皮)を生じるものです。通常、カンジダ(常在する
メル質がなくなると、ゾウゲ質が酸などによって容易に
真菌の一種)によって発症します。多くの場合には、口
溶かされていきます。
歯根では、ゾウゲ質の表面を骨組織に似たセメント質
腔内のカンジダ症を伴います。一般に衰弱した患者や強
が被います。
いストレスがあるヒトなどで発症しやすい。
セメント質と骨の陥凹部の歯槽とを結びつけて歯を固
【アフタ性口内炎】
アフタ性潰瘍(口内炎)は、反復性に突発的に口腔粘膜に
定する強靱な結合組織がありますが、歯周靭帯(歯根膜)
丸い潰瘍が単発性あるいは多発性におこる病気です。直
と呼ばれています。
径が1 cm 以内の小さなものは、5日から10日以内に
上からの一般体性感覚は、上顎神経から枝分かれした
治ります。直径が1 cm 以上の大きなものは、しばしば
上歯槽神経の分枝によって伝わります。一方、下歯の感
数週間も続き、時には数カ月も続くことがあります。
覚情報は、下顎神経から枝分かれした下歯槽神経の分枝
単純ヘルペスウイルス I 型などによるウイルス性潰瘍
によって伝わります。
の場合には、多発性の口腔粘膜の水疱を引き起こし、そ
上歯には、眼窩下動脈から分かれた前上歯槽動脈と、
の後に、不規則な輪郭の浅い潰瘍ができます。また、小
顎動脈から分かれた後上歯槽動脈とからの分枝が分布し
すいとう
児では水痘の初期症状として観察できることがあります。
ます。下歯には、顎動脈から分かれた下歯槽動脈からの
成人における一側性のものでは、三叉神経の分枝に沿
分枝によって血液が供給されます。
たいじようほうしん
上歯の前部からの静脈は顔面静脈に向かい、後部から
う帯 状 疱疹のことがあります。
のものは翼突筋静脈叢に注ぎます。下歯からは下歯槽静
脈によって、オトガイ孔を通じて顔面静脈に向かったり、
2.歯
下顎管を通り翼突筋静脈叢に向かったりします。
完成したヒトの上下の歯列弓は、それぞれ左右八対の
永久歯 permanent tooth から構成されています。この
せっし
けんし
しょうきゅうし
3.舌
にゅうし
うち切歯や犬歯、小 臼 歯などは乳歯の抜けたあとに生え
ぜつ
舌 tongue は、舌背に形成されるV字状の分界溝を境
ますが、大臼歯には先行する乳歯がありません。
にして、前方を舌体、後方を舌根といいます。舌体の先
- 163 -
パ管に向かい、有郭乳頭より後部の領域からのリンパは
背側のリンパ管に流れます。周辺部からのものは、顎下
リンパ節に向かいます。中央部のものは、顎下リンパ節
や頚静脈二腹筋リンパ節などに向かいます。ただ、中央
部のリンパは、両側性に流れます。後部からのものは、
頚静脈二腹筋リンパ節や頚静脈肩甲舌骨筋リンパ節に向
かいます。
4.唾液を分泌する口腔腺
図13-1 舌の下面と舌下小丘を模式的に示す
だ えきせん
じ か せ ん
口腔腺には主要な3対の唾液腺が存在し、耳下腺と顎
端は舌尖と呼びます。舌根では、粘膜の深層にリンパ組
下腺、舌下腺です。口腔に面した粘膜にある多数の小さ
織がある舌扁桃が観察できます。
い頬腺などもまた唾液を分泌します。
舌の下面と口腔底の間には、正中線上に粘膜のヒダで
口腔腺の中で最大の耳下腺 parotid gland は、外耳の
ある舌小帯が存在します。舌小帯は、舌が後方に過剰に
前方および下方に位置し、皮膚と咬筋との間に存在しま
移動するのを制限します。
す。耳下腺からの唾液は、耳下腺管によって上第二大臼
ぜっかしょうきゅう
舌小帯の両側にある舌 下 小 丘には、顎下腺や舌下腺の
導管が開口します。また、舌下小丘の深部には、舌下腺
歯に面する粘膜(耳下腺乳頭)の開口部から口腔に運ばれ、
口腔前庭に分泌します。
顎下腺 submandibular gland は、下顎骨の内面に接
があります。
舌は、舌筋とその表面を被う粘膜とでつくられます。
して存在します。舌下腺 sublingual gland は、舌の下
舌筋は、内臓性横紋筋で構成されます。舌内で始まり
の舌下小丘の中にあります。顎下腺と舌下腺の導管は、
舌内に終わる内舌筋としては縦舌筋や横舌筋、垂直舌筋
舌の下の床にある舌下小丘に開口します。
などがあり、舌下神経の働きで収縮し、舌を動かします。
舌の粘膜は、無数の舌乳頭を形成しています。舌の前
口腔腺には機能的に2種類があります。一つは
しょうえきせん
漿 液 腺で、消化酵素であるアミラーゼ amylase を含ん
しじょう
ねんちゃくせい
三分の二には糸状乳頭があり、V字形の分界溝に沿って
だ漿液(粘 着 性がなく、水っぽい)を分泌します。他方、
ゆうかく
ねんえきせん
じじょう
有郭乳頭が観察されます。茸状乳頭は舌の先に赤い斑点
粘液腺は、糖タンパク質のムチン mucin を多量に含み、
ようじょう
なめ
として見られます。葉 状乳頭は舌の両側面に存在します。 ねばつく粘液を分泌し、口を滑らかにし保護するととも
舌粘膜の固有層には舌腺が存在します。舌腺は、リパ
えんげ
に、嚥下を容易にします。
ーゼを含んだ漿液と粘液とを分泌します。
耳下腺は漿液のみを分泌し、舌下腺は粘液だけを分泌
みらい
味蕾は、茸状乳頭や葉状乳頭、有郭乳頭などに存在す
します。顎下腺と頬腺は、混合腺で両者を分泌します。
る味覚器で、食べ物の化学分子に反応して、甘味や酸味、
塩味、苦味、うまみなどを感じます。舌に存在する味蕾
からの味覚情報については、舌の前三分の二の領域から
口腔腺の分泌は、副交感神経や交感神経によって制御
されます。副交感神経の刺激では、有機物質の少ない
ねんちよう
粘 稠性の低い唾液を中等量分泌し、粘膜を湿潤に保ち、
のものは顔面神経の分枝を通じて延髄の孤束核に伝わり、
舌や口唇の動きを滑らかにします。そして、嚥下を助け、
舌の後三分の一のものは舌咽神経の分枝から孤束核に伝
食道を湿潤に保ちます。一方、ストレスなどによる交感
わります。
神経の刺激では、有機物質に富み、粘稠性の高い唾液を
舌の前三分の二の一般体性感覚は、舌神経によって伝
わり、後三分の一のものは舌咽神経の分枝によって運ば
表13-1
れます。
耳下腺と顎下腺、舌下腺を比較
%分泌量 粘液細胞 漿液細胞 介在部
舌に血液を運ぶ主な動脈は、舌動脈です。舌からの静
脈血は、舌背静脈や舌深静脈によって運ばれます。
舌の前部からのリンパは周辺部あるいは中央部のリン
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線条部
耳下腺
25%
-
++
長い
長い
顎下腺
70%
+
+
短い
長い
舌下腺
5%
++
+
なし
長い
少量分泌し、口が渇いた感じがします。
耳下腺に分布
類を二糖類まで加水分解します。
ぜついんしんけい
する副交感神経は、舌咽神経の節前神経線維がシナプス
◆唾液の働き
じ
を形成する耳神経節からの節後神経線維です。舌下腺や
唾液の働きは、1)嚥下を容易にする、2)口腔を湿潤に
顎下腺を支配する副交感神経は、顔面神経の節前神経線
する、3)味蕾を刺激する化学物質を溶かす、4)口唇や舌
維がシナプスを形成する顎下神経節からの節後神経線維
の動きを滑らかにし発声を助ける、5)口腔や歯を清潔に
です。これらの節後神経線維の一部の神経伝達物質はア
保つ、6)殺菌作用がある、7)口腔の pH を中性に保つ、
セチルコリンであり、アトロピン atropine や他のアセ
などの働きがあります。
チルコリン拮抗薬によって唾液の分泌が抑制されます。
【流行性耳下腺炎】
耳下腺には外頚動脈からの分枝が分布し、顎下腺には
流行性耳下腺炎は、ムンプスウイルスによる急性炎症で、
顔面動脈からの分枝が分布、舌下腺には舌動脈からの分
通常、耳下腺が大きく腫れる病気です。ウイルスを含ん
枝が分布します。
だ唾液などを吸入することで感染し、18日から21日の潜
耳下腺からのリンパは、主に深頚リンパ節の上部(上深
伏期間を経過して発病します。通常、発病の前1週間と
リンパ節)に流れます。顎下腺からのリンパ管は、主とし
後1週間ぐらいは唾液腺のなかにウイルスがとどまって
て頚静脈肩甲舌骨筋リンパ節に向かいます。舌下腺から
います。このウイルスは、通常、膵臓や精巣などでも炎
のリンパは、主にオトガイ下リンパ節に流れます。
症を引き起こし、時には髄膜炎も引き起こします。
◆唾液
【唾石症】
だ せき
唾液は、水分が99.5%で、pH は弱酸性で、1日に
唾石症は、唾液のなかの塩類が唾液腺や導管の中で結晶
1.0~1.5㍑分泌されますが、睡眠中にはほとんど分泌さ
化し唾石を形成し、唾液の通過障害を引き起こすもので
れません。
す。食事の時に、唾液腺が腫れ、痛みがおこります。
耳下腺が唾液の約20%を分泌し、顎下腺が約70%、舌
下腺が約5%を分泌します。
5.咀嚼筋
唾液は、嚥下されたのちに、大部分の成分は消化管か
そしゃくきん
ら吸収され、再利用されます。
食べ物をかみ砕くのに使われる骨格筋を咀嚼筋と呼び、
唾液のなかには、唾液アミラーゼや塩類(Na,Cl)、抗
そくとう
ないそくよくとつ
さんさしんけい
体(IgA)、細菌を殺す物質(リゾチーム lysozyme やラク
トフェリン lactoferrin)、ムチン、歯を保護するプロリ
こう
側頭筋や咬筋、内側翼突筋、外側翼突筋があります。
すべての咀嚼筋は三叉神経の下顎神経からの刺激で収
縮します。
ンが豊富なタンパク質なども含まれます。
唾液アミラーゼは、デンプンやグリコーゲンなどの多糖
6.口腔に分布する神経
表13-2 唾液の性状のまとめ
性
状
無色、弱酸性
消化の対象
・唾液アミラーゼ
pH6.3~6.8
デンプン→デキスト
1.0~1.5㍑/日
リン→マルトース
・マルターゼ
マルトース→グルコ
ース
口腔の一般体性感覚は、三叉神経の分枝によって情報
消化以外の働き
が伝わります。つまり、口蓋や上歯を含む口腔の上部は、
・食べ物を飲み込み
やすくする
上顎神経の分枝によって感覚情報が伝わります。一方、
下歯や舌などの下部の感覚情報は、下顎神経の分枝によ
・粘膜の保護
って伝わります。
・口腔内の細菌の繁
殖を抑制
・味覚を助ける
味蕾からの味覚情報については、舌の前三分の二の領
域からのものは顔面神経の分枝によって伝わり、舌の後
三分の一のものは舌咽神経の分枝によって伝わります。
・舌リパーゼ
トリアシルグリセロ
口腔に分布する副交感神経は、顔面神経由来のもので、
三叉神経の分枝とともに分布しています。
ール→2-モノアシル
グリセロール
第一胸髄由来の交感神経が上頚神経節でシナプスを形
成し、この節後神経線維が、三叉神経の分枝とともに口
- 165 -
腔に分布したり、直接に血管に分布したりします。
口腔内の細菌の特徴として、歯面や粘膜面に強い付着
口蓋舌筋は迷走神経の分枝によって支配され、残りの
すべての舌筋は舌下神経で支配されます。
能力があります。そのために、歯磨きなどによって機械
的に除去しないかぎり、容易に細菌数を減少させること
軟口蓋に存在する口蓋帆張筋は下顎神経の分枝によっ
はできません。
て支配されますが、残りのすべての軟口蓋の内臓性横紋
筋は迷走神経の分枝によって支配されます。
口腔内で一番多い細菌は、レンサ球菌です。その他、
グラム陰性嫌気性球菌のベイヨネラ属や放線菌、グラム
口腔の床を形成する顎舌骨筋は、下顎神経の分枝によ
陽性嫌気性桿菌のラクトバシラス属なども見られます。
って支配されます。
高齢者では唾液の分泌が悪くなり、食べ物が口腔にと
どまりやすく、口腔内の自浄作用が低下し、細菌の繁殖
がしやすくなります。さらに、寝たきりになると、口腔
7.口腔内の細菌
内の細菌数は急激に増加します。
出産直後の新生児の口腔内は、無菌状態ですが、主に
口腔内の細菌は約700種類もあり、それぞれが助け合
でん ぱ
ったり抑制し合ったりしながら、頬粘膜や舌背、歯面、
さいきんそう
母子間の伝播によって、細菌が口腔内に定着します。最
初に定着するものは、レンサ球菌です。口腔の細菌叢は、
歯肉溝、唾液などに固有の細菌叢を形成します。
ほう が
1 mL の唾液のなかには約1億の細菌が含まれます。
乳歯の萌芽や、永久歯への交換期、思春期などを経て、
これらの細菌は免疫防御機構が強い口腔内に存在する
成人のものへと変遷していきます。
へんせん
口腔ケアが適切におこなわれると、口腔内の汚染物が
かぎり、ただちに病気を引き起こすことはありません。
ごいん
ところが、唾液の誤飲で、咽頭や肺のような口腔以外の
取り除かれたり、歯磨きの刺激により唾液の分泌が促進
部位に定着し増殖すると、咽頭炎、さらに肺炎のような
されたり、自浄作用が強化され、口腔内細菌数が減少し
重い感染症を引き起こします。
ます。口腔ケアは嚥下性肺炎の予防からも大切です。
えん げ
第3節
咽頭と食道
か
一口分の食べ物は噛みくだかれ、湿らされ、柔らかい
えんげ
下がおこり、食べ物が咽頭から食道に運ばれます。
いんとう
なんこうがい
塊になり、そして嚥下されて、咽頭と食道を通過します。
口部と鼻部の間は軟口蓋によって仕切られます。両者
の間には、軟口蓋の自由縁がカーテンのように垂れ下が
っています。筋性の軟口蓋は硬口蓋の後方にあります。
1.咽頭
硬口蓋は口腔の天井の前部を形成し、上顎骨の口蓋突起
咽頭 pharynx は、長さが約12cm ほどの筋性の管状構
と口蓋骨の水平板とから構成されています。
こうがいすい
小さな円錐形の突出物である口蓋垂が軟口蓋の下端の
造で、呼吸器系と消化器系との通路になります。
つ
咽頭には三つの部位に区分され、口腔の後方にある口
部と鼻の後ろにある鼻部、喉頭や食道に続く喉頭部があ
中央から吊り下がっています。軟口蓋は、嚥下時に、食
べ物などが鼻腔に入ることを防いでいます。
こうきょう
口蓋垂の基部の両側面から内臓性横紋筋線維を含んだ
ります。口腔から口部への入口は口 峽と呼ばれます。
咽頭の粘膜上皮は鼻部の前部が偽重層(多列)線毛円柱
二つの粘膜のヒダが外側かつ下方に広がります。前方の
こうがいぜつきゅう
上皮で、鼻部の後部や口部、喉頭部は非角化重層扁平上
ヒダは口 蓋 舌 弓と呼びます。口蓋舌弓は、口腔と咽頭の
皮です。
結合部で舌の後部の両側に伸びます。後方のヒダは口蓋
咽頭の筋は、内臓性横紋筋です。上咽頭収縮筋や中咽
咽頭弓といい、咽頭口部の外側壁を下行します。
頭収縮筋、下咽頭収縮筋の筋線維は、ほぼ輪状に走行し
口蓋舌弓と口蓋咽頭弓との間には、粘膜の深層にリン
ています。一方、茎突咽頭筋と耳管咽頭筋などの筋線維
パ組織が存在する口蓋扁桃があります。咽頭扁桃は咽頭
は縦方向に走っています。これらの筋層の収縮により嚥
鼻部で観察でき、舌扁桃は舌の後部で見られます。これ
こうがいへんとう
ぜつへんとう
- 166 -
らの扁桃は、体内に入ってきた異物に対する監視・防御
スの場合には、口蓋扁桃の腫れが強いが、抗生物質が効
(免疫反応)で重要な役割を果たします。
かないので、自然に治るのを待たなければなりません。
いんか
口蓋扁桃では、粘膜が深く窪み、扁桃陰窩を形成しま
す。扁桃陰窩の中で病原性微生物が繁殖すると、窪みが
2.食道
深いために排除が容易でなく、長く住み着き、慢性扁桃
しょくどう
ぜんどう
食 道 oesophagus は、蠕動運動によって食べ物を胃
炎となる傾向があります(図13-30)。
咽頭には七つの開口部が存在し、口峽や、咽頭鼻部に
に運ぶ働きのみで、消化作用はありません。
見られる左右の耳管開口部、鼻腔から咽頭鼻部への出口
である二つの後鼻孔、咽頭喉頭部から喉頭への入口、咽
食道は、長さが約25cm の管で、咽頭喉頭部の続きと
して始まり、胃に終わります。
頭喉頭部から食道への入口などです。
食道は、気管の後ろで、かつ脊柱の前(後縦隔)を下行
食べ物が喉頭部から食道へ向かうときには、喉頭蓋の
つらぬ
し、横隔膜を 貫 いて、腹腔に入り、通常、第十一胸椎の
りじようかんおう
外側にある梨状陥凹という窪みを通過します。この窪み
左前方で胃に続きます。
きょうさく
は狭く、魚骨などが引っかかりやすい部位です。
食道には、3カ所の狭 窄部位(食道の入口、気管分岐
咽頭の上部には、上行咽頭動脈や、顔面動脈から分か
部が接する場所、横隔膜貫通部)が存在します。そのなか
がん
れた上行口蓋動脈・扁桃枝、顎動脈や舌動脈からの分枝
で、胸部狭窄(気管大動脈狭窄)部位は、食道癌が発生し
などが分布します。それに対して、下部には、下甲状腺
やすいところです。
動脈の咽頭枝などが分布します。
◆食道の構造
口蓋扁桃には、顔面動脈から分枝した扁桃枝が分布し
ます。
食道の壁は、粘膜や粘膜下組織、筋層、外膜から構成
されます。
三つの咽頭収縮筋や口蓋咽頭筋、耳管咽頭筋、口蓋垂
筋は、咽頭神経叢を経由した副神経の延髄根由来の神経
粘膜上皮は、厚い非角化重層扁平上皮です。粘膜固有
層と粘膜下組織の間には、粘膜筋板があります。
で支配されます。茎突咽頭筋は、舌咽神経からの分枝に
よって支配されています。
粘膜下組織は厚く、この部位のなかに粘液腺の小さな
食道腺が存在します。食道腺が分泌する粘液は、食べ物
咽頭鼻部の感覚には、上顎神経から分枝した咽頭枝が
の移動を容易にし、粘膜を保護する働きがあります。
関与しています。口部の感覚は、咽頭神経叢を経由した
筋層は輪筋層と縦筋層の2層から構成され、上部では
ものが舌咽神経によって伝わります。喉頭部の感覚は、
内臓性横紋筋で形成され、下部は平滑筋で構成されます。
咽頭神経叢を介して迷走神経が関与しています。
中部の筋層は、内臓性横紋筋と平滑筋とが混在します。
◆食べ物を食道へと運ぶ嚥下運動
食道の上部の3~4 cm は、通常、輪筋層の収縮によ
嚥下の際に、一口分の食べ物は舌により咽頭口部に押
って閉じ、空気が吸気時に食道に入るのを防ぎます。食
込められます。咽頭の筋の反射運動によって食べ物は、
道の下部でも輪筋層が括約筋として働き、通常は収縮し、
咽頭喉頭部から食道へと運ばれます。嚥下の時に、喉頭
強酸性の胃液が食道に逆流するのを防ぎます。
の入口は喉頭蓋で閉じられます。同時に、軟口蓋は上に
◆食道に分布する血管とリンパ管、神経
引上げられ、咽頭鼻部を閉鎖します。一連のこれらの作
食道は、胸大動脈から分枝した食道動脈や気管支動脈
用は、食べ物がそのコースを外れて呼吸器に入るのを防
の分枝、左胃動脈から分枝した食道枝などによって血液
止します。
が供給されます。
【急性咽頭扁桃炎】
食道からの静脈血は、奇静脈や半奇静脈、左胃静脈の
急性咽頭扁桃炎は、化膿(A群)レンサ球菌やアデノウイ
食道枝などによって運ばれます。
ルスによって、口蓋垂や口蓋舌弓、口蓋扁桃などに頻繁
食道の粘膜下組織には、縦走する多数のリンパ管が存
に起こる感染症で、高い熱が出て、のどに強い痛みが起
在します。食道頚部からのリンパ管は、直接的に、ある
こります。化膿(A群)レンサ球菌による感染であれば、
いは気管傍リンパ節を経由して、深頚リンパ節に向かい
口蓋扁桃の腫れは少なく、抗生物質が効くが、リウマチ
ます。食道胸部からのリンパ管は後縦隔リンパ節に向か
熱や急性腎炎を併発することがあります。アデノウイル
- 167 -
い、食道腹部からのものは左胃リンパ節に向かいます。
食道の上部の内臓性横紋筋は、迷走神経の体性運動性
【食道静脈瘤】
りゆう
食道静脈 瘤 は、肝硬変や肝癌などの肝臓における門脈
の神経線維で支配されます。一方、食道の平滑筋は、迷
血の通過障害にともなって側副路の一つである左胃静脈
走神経の副交感性の神経線維によって支配されます。
から食道静脈への流れが強まり、食道下部における静脈
両者は、共に、食道の壁に存在する粘膜下神経叢や筋間
神経叢でシナプスを形成する節前神経線維です。
そう
ど ちよう
叢の怒 張 によります。
【逆流性食道炎】
食道の感覚情報は、迷走神経や交感神経、大・小内臓
逆流性食道炎は、胃の内容物が食道などに逆流すること
神経などに含まれる内臓性感覚神経線維によって伝えら
によって、食道や咽頭口部、喉頭、気管などに障害をお
れます。迷走神経は、食道の機能や反射活動に関係する
こす病気です。逆流によって食道に粘膜の炎症(ビラン)
情報を伝え、痛みは伝えません。交感神経と大・小内臓
などの障害がおこると、反復性の胸やけを訴えます。
神経は、食道からの痛みを種々のレベルの中枢神経系に
近年、老化による噴門における平滑筋の減弱が一つの原
伝えます。
因としてあげられています
第4節
胃
胃 stomach は、腹腔の左上部に存在し、食べ物を
【先天性幽門狭窄】
かゆじょう
粥 状まで止め、消化するための大きな筋性の器官です。
先天性幽門狭窄は、先天性に幽門括約筋がけいれん性の
胃は、内容物がない時には小さくホットドッグの形を
収縮を伴い肥厚し、授乳後に、飲んだ母乳を噴水のよう
示し、内容物が増えると容積は約1.5㍑にも拡張します。
に吐き出す、との特徴があります。
胃の粘膜と粘膜下組織とで構成されるヒダは胃粘膜ヒ
ダと呼ばれ、胃の内面を縦走するシワだらけにします。
2.胃壁の構造
嚥下した食物が胃に運ばれるにしたがって胃粘膜ヒダは
伸び、胃の容積を大きくします。
胃壁の構造は、消化管の基本的構造を示し、管腔から
表層に向かって、粘膜や粘膜下組織、筋層、漿膜があり
1.胃の名称
ます。
胃壁の内面の粘膜上皮は、食道までの非角化重層扁平
ふんもん
食べ物が食道を通過し、胃の入口である噴門口や噴門
上皮と異なり、単層円柱上皮で構成されています。
いたい
を通り、胃に最初に入る部位は胃体です。胃の入口であ
いてい
円柱上皮の細胞は、多量の粘液と炭酸水素イオン
HCO3-とを分泌し、強い酸性の胃液から胃壁を保護す
る噴門よりも上の部位を胃底と呼びます。
胃体から胃の出口に向かうに従って狭くなる部位があ
ゆうもん
る上で重要な役割を果たします。また、円柱上皮の細胞
は、グレリン ghrelin と呼ばれる28個のアミノ酸で構成
り、幽門部といい、幽門洞と幽門管とに区分します。
胃の出口は幽門・幽門口と呼び、強く厚い輪状の平滑
されたペプチドホルモンを分泌します。
かつやくきん
筋である幽門括約筋で囲まれています。通常は、この筋
グレリンは、視床下部に作用し、オレキシン orexin
は収縮し、胃の出口を針のように狭くしています。この
やニューロペプタイドY neuropeptide Y の合成と分泌
かゆ
括約筋のために、胃の内容物は、液体や粥状(乳糜粥)に
を増やし、レプチン leptin の働きを抑制し、食欲を増
なったものだけが、少しずつ十二指腸に送り出されます。
進させる働きがあります。そのために、血液中のグレリ
たいわん
胃の左縁は大弯と呼び、胃の右縁は小弯といいます。小
ン量は、食事の前に増加し、食後には減少します。さら
かくせっこん
弯には、潰瘍やガンが発生しやすい角切痕(胃角)が存在
に、グレリンは腺下垂体に働き、成長ホルモンの分泌を
します。
増やしますので、食事の時に成長ホルモンの分泌が増加
します。脂肪細胞から分泌されるレプチンは、グレリン
- 168 -
ぜんどう
の分泌を抑制します。
かゆじよう
洞では蠕動運動を生じ、粥 状 の内容物を幽門から十二指
胃の粘膜上皮からは、水の一部や塩類、アルコール、
腸に向かって押しだす働きもあります。
脂溶性の薬物(アスピリンなど)が吸収されます。
食べ物が胃に止まる時間は2~7時間と、その内容物
いしょうか
粘膜で観察できる胃小窩は数百万の腺組織の入口です。
で異なりますが、鳥の丸焼きのような脂肪を多く含む食
こゆういせん
めんるい
固有胃腺(胃底腺)は、胃体と胃底とに存在し、粘膜上
皮と同じ細胞と数種類の特殊な上皮細胞とから構成され
べ物は長く止まり、パンや麺類のような炭水化物を多量
に含むものは短くなります。
しゅさいぼう
ます。主細胞では、ペプシノーゲン pepsinogen を含む
かりゅう
顆粒が多数観察でき、ペプシノーゲンを分泌します。こ
表13-3
食べ物が胃にとどまるおよその時間
の顆粒は酵素原顆粒と呼ばれています。また、主細胞は、
米飯(100㌘)
2時間15分
トリシアルグリセロール(トリグリセリド)を分解する胃
パン(200㌘)
2時間46分
リパーゼ lipase を分泌します。固有胃腺の上部に存在
牛肉(100㌘)
3時間15分
魚肉(100㌘)
3時間15分
バター(50㌘)
12時間
へき
する大きな壁(傍)細胞は、塩酸と、小腸からビタミンB
ないいんし
を吸収するのに必要な内因子とを分泌します。塩酸は、
12
ペプシノーゲンをタンパク質分解酵素であるペプシン
pepsin に変え、食べ物のタンパク質の消化を促進する
3.胃液
とともに、さらに食べ物といっしょうに運ばれてきた微
生物を殺す役割があります。頚粘液(副)細胞は、粘いア
ルカリ性の粘液を分泌し、胃壁が酸や消化酵素によって
胃粘膜や腺組織などから分泌される胃液は、1日に1
~2㍑にもなり、pH は約2の強酸性です。胃液の重要
ないぶんぴつ
障害をうけないように働きます。この腺組織の内分泌細
な成分は、塩酸とペプシン、粘液、内因子です。
胞には、腸クロム親和様細胞があります。腸クロム親和
ペプシノーゲンは、胃液の塩酸によって最初のタンパ
様細胞は、アセチルコリン(迷走神経由来)やガストリン
ク質分解酵素であるペプシンに変わります。ペプシンは
gastrin などの刺激を受け、ヒスタミン histamine を放
タンパク質のペプチド結合を切断し、タンパク質を10~
出します。放出されたヒスタミンは、ヒスタミン受容体
100個のアミノ酸から構成されるペプタイドに分解します。
(H1)をもつ壁細胞に作用し、塩酸の分泌を促進します。
ペプシンの至適 pH は2.0です。
ヒスタミンは、アミノ酸のヒスチジンから酵素の働きで
合成されます。
内因子は、胃の中でビタミンB12と結合し、複合体を形
成します。ビタミンB12と内因子との複合体は、小腸(主と
噴門腺は、噴門部に存在し、主に粘液を分泌する外分
して回腸)から吸収されます。そのために、胃の切除など
で内因子が無くなれば、ビタミン B12を体内に吸収する
泌腺です。
幽門腺は、幽門洞に存在する外分泌腺で、粘液とペプ
ことができません。
シノーゲンとを分泌します。粘液細胞の間には、ガスト
リンを分泌する内分泌細胞(G 細胞)が存在します。ガ
表13-4
脳や胃、腸による消化活動への影響
ストリンは、壁細胞の塩酸の分泌を促進します。幽門腺
蠕動運動
デルタ
の底部に存在する d 細胞(D 細胞)は、ソマトスタチン
胃液%分泌量
唾液
胃液
膵液
胃
↑↑
↑
↑
↑↑↑
↑
↑↑↑
腸
somatostatin を分泌します。ソマトスタチンは、壁細
脳相
10-20%
胞からの塩酸分泌や腸クロム親和様細胞からのヒスタミ
胃相
70-80%
ン分泌などを抑制します。
腸相・初期 10-20%
↑
↑↑
↑
↑
腸相・後期
↓
↑↑
↓
↑
胃体の筋層は、平滑筋で構成された3層構造を示し、
↑
管腔側の斜線維、中間の輪筋層、外表面側の縦筋層など
があります。胃底と幽門部の筋層は2層構造で、管腔側
◆胃液の分泌の調節
の輪筋層と外表面側の縦筋層とがあります。これらの筋
胃液は、通常、食後1時間半で最も分泌が盛んになり、
があらゆる方向に胃の収縮を可能にし、食べ物と胃液と
食後4時間ぐらいで絶食時の状態まで分泌が低下します。
の混合を促し、化学的消化を促進します。さらに、幽門
- 169 -
また、食べ物を見たり匂いを嗅いだり(脳相)、あるい
は口のなかに食べ物が入ったりすると(脳相)、胃液の分
胃に分布する神経には、迷走神経の分枝(副交感神経)
と腹腔神経節からの分枝(交感神経)とがあります。
泌が増加します。さらに、食べ物が胃のなかに運ばれる
迷走神経の刺激で、粘液や塩酸などの分泌が増加し、
と一段と分泌が増加します(胃相)。ところが、十二指腸
胃の消化作用が強まります。また、迷走神経は、胃の筋
における脂質や炭水化物、酸などが増えると、ホルモン
層を収縮させ、消化作用を強め、胃から十二指腸に内容
や神経の働きによって、胃の運動や塩酸やペプノーゲン
部が運ばれるときは、幽門括約筋を弛緩させます。
の分泌などが抑制されます(腸相)。
胃に分布する交感神経は、血管を収縮させ、胃の筋層
の働きを抑制します。さらに、交感神経は、幽門括約筋
を収縮させます。胃の痛みなどは、交感神経によって脊
髄に伝わります。
【胃潰瘍】
胃の壁の防御因子と傷害因子とのバランスが崩れて、塩
図13-2
塩酸やペプシンの働きを模式的に示す
酸やペプシンなどによって胃粘膜の欠損が、粘膜筋板よ
りも深くなった場合を胃潰瘍と呼びます。傷害因子には
表13-5 胃液の成分
アルコールやピロリ菌などがあります。タバコやコーヒ
陽イオン:ナトリウムイオン、カリウムイオン、マグ
ー、お茶などに含まれるカフェインは、これらの傷害因
ネシウムイオン、水素イオン(pHは約2.0)
子を増強させることになります。さらに、ストレスは、
陰イオン:塩素イオン、炭酸水素イオン、硫化物イオ
粘膜の防御因子の働きを弱め、潰瘍を悪化させます。
ン
【嘔吐】
ペプシン(タンパク質分解酵素)
毒物などの有害物を食べた場合や、過食や炎症などで胃
リパーゼ (脂質分解酵素)
壁が過度に伸展させられると、嘔吐がおきます。嘔吐で
粘液(胃壁の保護作用)
は、食道下部の筋が弛緩し、腹壁の骨格筋と横隔膜が強
内因子(ビタミンB12の吸収に必要)
く収縮し胃を強く締め付け、迷走神経の激しい刺激によ
おうと
って胃に幽門部から噴門に向かう逆の蠕動運動を引き起
4.胃に分布する血管および神経
こし、胃の内容物が口に向かって吐き出されます。通常、
幽門括約筋が収縮しているので、小腸の内容物は吐き出
胃には、多量の血液(腹腔動脈からの動脈血)が供給さ
れます。また、胃からの静脈血は、最終的に門脈に流れ
されないが、激しい嘔吐では、小腸の内容物も吐き出さ
れることがあります。
ます。
消化管での反射性の嘔吐以外に、脳圧亢進や尿毒症、
甲状腺機能亢進症などでも嘔吐が起こることがあります。
第5節
小腸
食べ物を食べて、通常、3~4時間後に、胃の内容物
かゆじよう
十二指腸の次の部位は空腸 jejunum で、長さは約2 m
で粥 状 のものは小腸 small intestine の最初の部位で
です。最後の部位は回腸 ileum です。空腸と回腸とは
ある十二指腸に送り出されます。多くの化学的消化は十
腸間膜によって後腹壁に固定されますが、十二指腸は腹
二指腸でおこなわれます。
膜の後方(腹膜後隙)に存在します。
小腸は、ねじれた長い管状構造物で、直径が約4 cm
で、長さはおよそ2.5~4 m です。
十二指腸には、膵管や総胆管の開口部(大十二指腸乳
頭)が存在します。
十二指腸 duodenum は、小腸の最初の約22cm の長さ
の部位で、膵臓の頭部を取り囲み、C字形をしています。
- 170 -
ンA(分泌型 IgA)が高濃度に存在し、感染に対する防御
1.小腸の構造
を強めています。しかし、新生児や乳児などの消化管の
小腸の特徴として、内面に輪状ヒダと呼ばれる粘膜と
粘膜下組織のヒダがあります。このヒダは、8 mm 以
粘膜での免疫系は発達が悪く、母乳から供給される免疫
グロブリンが免疫を補っています。
小腸の上部の粘膜の細胞には、セクレチン secretin
上も盛上がり、永久ヒダです。そのために胃のヒダのよ
うに小腸が拡張しても輪状ヒダは伸びません(消失しな
(S 細胞が分泌)やコレシストキニン cholecystokinin(I
い)。輪状ヒダのために、小腸の粘膜の表面積は、約200
細胞が分泌)などのホルモンを分泌する内分泌細胞が存在
㎡にもなります。また、小腸の内面のビロードのような
します。
セクレチンは、小腸の上部に酸性でタンパク質の多い
感じは、無数の腸絨毛のためです。腸絨毛は粘膜の小さ
な突出物(長さが0.5~1 mm)です。輪状ヒダと腸絨毛
消化物が運ばれて来ると、分泌が盛んになります。セク
により小腸の内面の面積は、消化や吸収のために大幅に
レチンは水分(炭酸水素イオン)の多い膵液の分泌を増加
増加することができ、表面積は30倍ぐらいに増えます。
させます。通常、小腸での消化物の pH が4.5よりもア
びじゅうもう
さらに、表面積は微絨毛により600倍ぐらいに増加します。 ルカリ側に傾くと、セクレチンの分泌は抑制されます。
栄養素の吸収は腸絨毛にある円柱上皮細胞でおこなわ
コレシストキニンは、小腸の上部の粘膜にペプタイド
れ、その後、吸収されたものは毛細リンパ管や毛細血管
やアミノ酸などが接触することや、炭素の数が10個以上
に入ります。そのために、腸絨毛の粘膜固有層のなかに
の脂肪酸の接触などで分泌が盛んになります。コレシス
は、吸収した脂肪酸などを運ぶ毛細リンパ管や、単糖類
トキニンは、胆嚢を収縮させ、消化酵素の多い膵液の分
やアミノ酸などを運搬する毛細血管が多数存在します。
泌を増やします。
たんのう
腸絨毛の間には腸腺があります。腸腺は、単純管状腺
で、粘膜固有層から筋層近くまで伸び、腸絨毛の間に開
2.腸液
口しています。腸腺は多量の液を分泌しますが、この液
の pH は中性で、一日に約2㍑分泌されます。しかし、
腸腺や十二指腸腺から分泌される腸液(1日に約2㍑分
分泌された液は直ちに腸絨毛から吸収されます。腸腺の
泌)は、ほとんどが粘液で、ごくわずかな量の消化酵素を
底部に存在するパネート細胞 Paneth cell は、殺菌作用
含みます。腸液に含まれる消化酵素には、次のものがあ
のあるデフェンシン a-defensin などを分泌し、正常な
ります。
糖質分解酵素には、マルターゼ maltase やラクター
腸内細菌叢の維持に重要な役割を果たしています。
杯細胞は、小腸の粘膜にも見られ、毎日多量の粘液を
分泌しています。
ゼ lactase、スクラーゼ sucrase などがあります。マル
ターゼはマルトース(麦芽糖)をグルコースに分解し、ラ
さらに、特殊な粘液腺である粘膜下腺が十二指腸の最
クターゼはラクトース(乳糖)をグルコースとガラクトー
初の数 cm に観察できます。この腺は粘着性の強い粘液
スとに、スクラーゼはスクロース(ショ糖)をグルコース
を分泌し、強酸性の胃液などが触れる部位を被い、組織
とフルクトース fructose とに分解します。
脂質分解酵素にはリパーゼ lipase があり、トリアシ
を保護します。粘膜下腺は、ストレスが強い時などに交
感神経の働きで分泌が抑制されます。この神経の過剰な
ルグリセロールを脂肪酸とグリセロールとに分解します。
かいよう
抑制は、腸壁を無防備にし、十二指腸潰瘍の原因になり
蛋白質分解酵素には、アミノペプチダーゼ
aminopeptidase とジペプチダーゼ dipeptidase が存在
ます。
小腸の壁には多数のリンパ組織(リンパ小節)が存在し、
し、ともにポリペタイドをアミノ酸に分解します。
腸粘膜に侵入してきた病原体から体を守る働きがありま
核酸を分解するヌクレオチダーゼ nucleotidase やヌ
す。さらに、リンパ組織の集合が回腸の下部の粘膜固有
クレオシダーゼ nucleosidase、トリプシンを活性化す
層と粘膜下組織に存在し、孤立リンパ節あるいは集合リ
るエンテロキナーゼ enterokinase なども存在します。
ンパ小節(パイエル板)と呼ばれています。また、内表面
を被う粘液の中には、粘膜から分泌された免疫グロブリ
- 171 -
表13-6 小腸の粘膜上皮の頂部細胞膜などに存在する消化酵素の種類と働き
消化酵素名
至適pH
作用する物質(基質)
最終産物
スクラーゼ
pH5~7
スクロース
フルクトース、グルコース
マルターゼ
pH5.8~6.2
マルトース
グルコース
ラクターゼ
pH5.4~6
ラクトース
ガラクトース、グルコース
エンテロペプチダーゼ
トリプシノーゲン
トリプシン
アミノペプチダーゼ
ポリペプタイド
アミノ末端から1分子のアミノ酸を分離
ジペプチダーゼ
ジペプタイド
2分子のアミノ酸に分離
ヌクレアーゼ
核酸
5炭糖、プリン、ピリミジン塩基
表13-7 体内における食物の化学的消化のまとめ
炭水化物の化学的消化
脂質の化学的消化
タンパク質の化学的消化
食物のデンプン
↓唾液アミラーゼ
↓膵液アミラーゼ
二糖類(マルトース、ラクトー
ス、スクロース)
↓小腸内でマルターゼ、
↓ラクターゼ、スクラーゼ
単糖類(グルコース、フルクトー
ス、ガラクトース)
食物のトリアシルグリセロール
↓胆汁の胆汁酸塩
トリアシルグリセロールの乳化
↓膵液のリパーゼ
↓小腸内のリパーゼ
脂肪酸とグリセロール
食物のタンパク質
↓胃液の塩酸とペプシン
ポリペプタイド
↓膵液のトリプシン、キモトリプシン
小分子のポリペプタイド
↓小腸内でアミノペプチダーゼ、ジペプ
↓チダーゼなど
アミノ酸やジペプチド
表13-8 腸管における物質の吸収
吸収物質名
糖(グルコース、ガラクトースなど)
アミノ酸
小腸上部(空腸)
小腸中央部
小腸下部(回腸)
結腸
++
+++
++
-
++
++
++
-
水溶性・脂溶性ビタミン
+++
++
-
-
脂肪酸
+++
++
+
-
ピリミジン(チミン、ウラシル)
+
+
?
?
胆汁酸
+
+
+++
ビタミンB12
ナトリウムイオン
カリウムイオン
カルシウムイオン
-
+
+++
-
++
+++
+++
+
+
+
分泌
+++
++
+
?
+++
二価鉄
+++
++
+
?
塩素イオン
+++
++
+
+
+
++
+++
?
新生児における抗体
注)十二指腸もほとんど小腸上部と同じ働きですが、小腸上部と異なる点は、炭酸水素イオンの分泌をおこない、ナトリ
ウムイオンや塩素イオンの吸収をほとんどおこなわないことです。
の分枝で血液が供給されます。
3.小腸に分布する血管と神経
小腸からの静脈血は、すべて門脈に注ぎます。
小腸に分布する迷走神経は、副交感性あるいは内臓感
大十二指腸乳頭より吻側領域の十二指腸には腹腔動脈
からの分枝によって血液が供給され、大十二指腸乳頭よ
覚性のものです。
り肛門側の十二指腸や空腸、回腸には上腸間膜動脈から
- 172 -
また、小腸を支配する交感神経の節前神経は、胸神経
節由来の大内臓神経(T5 ~ T9 または T10)あるいは小
素(ラクターゼ)の活性が低下あるいは欠乏することによ
内臓神経(T9 ~ T10 または T10・T11)のものです。大
って起こります。そのために、乳糖不耐症をラクターゼ
内臓神経は腹腔神経節に終わり、節後神経線維は腹腔神
欠乏症とも呼ぶ。アジア系の人では、通常、2歳ぐらい
経叢を通り、十二指腸の吻側に終わります。小内臓神経
からラクターゼの活性が減少します。
は大動脈腎動脈神経節に終わり、節後神経線維が上腸間
【腸重積】
膜動脈神経叢を経由して十二指腸の肛門側や空腸、回腸
腸重積は、小児に多く、多くの場合にはウイルス性腸炎
に分布します。
などの後に発症し、小腸の一部が肛門側の小腸の中に入
【乳糖不耐症】
り込み、腸が閉塞する病気です。症状としては、強い腹
へいそく
成人になると、牛乳や乳製品を食べると、腹が張ったり、
痛、激しい嘔吐、時には下痢などがあり、腹壁が膨れま
下痢や腹痛を訴える人が増えます。これらの症状は、多
す。適切な治療を 怠 れば、死亡することがあります。
おこた
くの人では、小腸に存在するラクトース(乳糖)の消化酵
第6節
大腸
小腸で吸収された残りの物は、通常、食後約9時間ぐ
らいで大腸 large intestine に送られます。回腸から大
形のS状結腸に続きます。S状結腸は、やがて腹膜腔を
出て、骨盤腔に入り、直腸に移行します。
かいもうべん
直腸は、長さが12cm ぐらいの最後の消化管の部位で
腸への移行部には回盲弁が存在します。通常、回盲弁は
こうもん
閉じていますで、回腸への逆流はおこりにくいものです。
す。直腸は、糞便の出口である肛門に終わります。直腸
大腸では、栄養素の吸収はほとんどなく、水分と電解
の上部には、糞便の貯留場所である直腸膨大部があり、
質の吸収が主な働きです。結腸を通過しいてる間に段々
この部位に糞便は排便まで長く止まっています。直腸の
ふんべん
最後の約4 cm は、肛門管と呼ばれて、この周囲には排
と消化物の未吸収物は硬さが増し、糞便となります。
かつやくきん
胃から十二指腸に運ばれる消化物には、細菌などの微
便を調節する内肛門括約筋や外肛門括約筋が取り囲んで
生物がほとんど存在しませんが、回腸に近づくに従って
います。肛門管の粘膜の多数のヒダは、垂直に並び、肛
微生物が増加します。そして、健康なヒトの結腸の管腔
門柱と呼びます。
じょうざいきん
には、いつも多数の常 在 菌が見られます。
盲腸や横行結腸、S状結腸などは、漿膜で被われ、こ
けっちょうかんまく
大腸は長さが約1.5m ですが、直径が6.5cm ぐらいも
あり、小腸より太いので大腸と呼ばれます。大腸は、
もうちょう
けっちょう
れらが結 腸 間 膜を形成し、これらの腸管を後腹壁に固定
しています。一方、上行結腸と下行結腸は、腹膜よりも
ちょくちょう
盲 腸や結 腸、直
腸に区分されます。
後方に存在します。
じゅうもう
小腸は、大腸の端から7 cm ぐらいのところに合流し
大腸の粘膜には、絨 毛がなく、消化酵素を分泌しませ
いんか
ます。合流より下の部位を盲腸と呼びます。盲腸の端に
ん。粘膜は、深く落ち込んで腸陰窩を形成します。粘膜
ちゅうすい
は虫の様な形をした虫 垂があります。虫垂にはリンパ組
上皮は、単層円柱上皮で、吸収のために特殊化した細胞
織が豊富で、この先端は閉じています。虫垂の炎症を虫
と、粘液を分泌する杯細胞とから構成されます。内表面
垂炎といい、もし、診断や治療が迅速におこなわれなけ
には、深く垂直に伸びた粘液性の腸腺が散在しています。
はい
ふくまくえん
じゅうとく
れば、腹膜炎やその他の重 篤な病気を引き起こすことが
粘液は、糞便の移動を円滑にさせるために必要です。腸
あります。
陰窩の開口部付近には、微絨毛を持った吸収細胞が存在
小腸の合流部位よりも肛門側の上行結腸からS状結腸
し、この細胞は水分と電解質とを吸収します。
までの大腸を結腸と呼んでいます。上行結腸は、盲腸か
結腸では、縦筋層の平滑筋線維は3カ所に集り、結腸
ら腹腔の右側を上行し、肝臓の下縁に達するまでの部位
ヒモを形成します。結腸ヒモの間は、結腸の壁が膨隆し、
です。これから向きを変えて水平に左側に走行する部位
結腸膨起と呼ばれます。また、内表面には、結腸半月ヒ
を横行結腸といい、肝臓と胃の下方で、小腸の前を通り
ダが観察されます。結腸壁からは、腹膜に被われた小さ
ます。腹腔の左側を下行結腸は下行し、左下腹部でS字
な袋状の脂肪組織が垂れ下がり、腹膜垂といいます。
ぼうき
ふくまくすい
- 173 -
表13-9 食中毒や胃腸炎を発症させる病原菌
◆大腸に分布する血管と神経
病原菌
虫垂や盲腸、上行結腸、横行結腸の右半分などには、
食
品
発症までの時間
通常、上腸間膜動脈からの血液が、回結腸動脈や右結腸
毒素型
黄色ブドウ球菌 肉、乳製品
数時間
動脈、右結腸曲動脈、中結腸動脈などで運ばれます。
食中毒
ボツリヌス菌
缶詰
半日~1日
コレラ菌
汚染された
1日~2日
一方、横行結腸の左半分や下行結腸、S状結腸、直腸
の上部などには、下腸間膜動脈を通過した血液が、上行
感染性
枝や左結腸動脈、上直腸動脈などによって運ばれます。
胃腸炎
さらに、直腸の中部・下部には、内腸骨動脈からの血
非加熱食品
サルモネラ菌
卵、肉
1日~2日
腸管出血性
肉
1日~2日
大腸菌O157
液が、中直腸動脈や下直腸動脈などで運ばれます。
虫垂や盲腸、上行結腸、横行結腸の右半分からの静脈
血は、動脈と同じ名前の静脈によって上腸間膜静脈に流
◆腸内細菌
れ、門脈に向かいます。横行結腸の左半分や下行結腸、
ヒトの腸内には、約100種類、約100兆個もの腸内細菌
S状結腸、直腸の上部からの血液は、下腸間膜静脈に向
が存在します。腸内で検出される主要な細菌は、通性嫌
かい、脾静脈に合流した後に、門脈に流れます。
気性菌群(大腸菌、乳酸桿菌属など)や嫌気性菌群(バクテ
けんきせい
盲腸や結腸、直腸にも交感神経と副交感神経とが分布
ロイデス属、ユウバクテリウム属、嫌気性連鎖球菌な
こうきせい
します。虫垂や盲腸、上行結腸、横行結腸の右三分の二
りょくのうきん
ど)、好気性菌群(ブドウ球菌、緑 膿 菌など)です。
の領域には、第五胸髄から第十二胸髄由来の交感神経の
腸内細菌は、食べ物や腸内に分泌・排泄される生体成
節前神経線維が大内臓神経あるいは小内臓神経を経由し
分を多様な物質に変えます。腸内細菌の有益な面として、
て腹腔神経節あるいは上腸間膜動脈神経節でシナプスを
ビタミンやアミノ酸を合成したり、有害な細菌の繁 殖を
形成し、これらの節後神経線維が向かいます。
防止します。一方、腸内細菌のなかには、病原性を発揮
はんしょく
はっき
ふはい
これらの領域に分布する副交感神経は、迷走神経由来
はつがん
したり、体に有害な物質(腐敗産物、細菌毒素、発癌物
の神経が腹腔神経叢や上腸間膜動脈神経叢を経由して分
質)を産生する細菌も存在します。
布したものです。
【虫垂炎】
それに対して、横行結腸の左三分の一や下行結腸、S
虫垂炎は、虫垂における細菌感染による炎症です。炎症
状結腸、直腸には、腰髄上部由来の交感神経の節前神経
が強いと、多くの人では、右下腹部に強い痛みを訴えま
線維が腰内臓神経あるいは仙骨内臓神経などによって分
す。治療が遅れ、虫垂が破れると、 重 篤な腹膜炎にな
布しています。
ることがあります。
じゆうとく
一方、副交感神経は、第二仙髄から第四仙髄由来の節
【腸捻転】
ちようねんてん
結腸における 腸 捻転は、多くの場合、高齢者の S 状結
前神経線維が骨盤内臓神経を介して分布します。
大腸に分布する交感神経は、回盲弁の筋を収縮させ、
腸で発生し、結腸間膜の回転によって腸がねじれ、腸閉
結腸と直腸の壁の筋層の収縮を抑制します。一部の交感
塞を起こします。症状としては、急激な腹壁の膨張、吐
神経は、結腸に分布する血管を収縮させます。
き気、嘔吐、激しい進行性の腹痛などがあります。この
は
おう と
大腸に分布する副交感神経は、結腸と直腸の壁の筋層
状態が長く続くと、生命が危険になります。
を収縮させ、内肛門括約筋の収縮を抑制します。
大腸が拡張したとの感覚を伝える内臓性感覚神経線維
は、通常、副交感神経のなかに存在します。大腸の痛覚
刺激は、交感神経および直腸と肛門の上部に分布する副
交感神経に存在する内臓性感覚神経線維によって伝わり
ます。
- 174 -
第7節
肝臓
肝臓 liver は、横隔膜の下方で腹腔の右上部に存在す
ゲン glycogen が細胞質に貯蔵され、血液中のグルコー
る最大の臓器です。一個の肝細胞は500種類を越える多彩
ス濃度の調節に重要な役割を果たします。肝細胞の平均
な代謝活動をおこないます。
寿命は約5カ月と他の消化器系の細胞と比べて長いが、
肝臓の重さは、通常、1,000~2,300g です。肝臓は、
再生が盛んで、新しく形成された肝細胞は肝小葉の周辺
かまじよう
肝鎌 状間膜で大きな右葉と小さな左葉とに区分されます。 部に存在し、古くなるに従って中心静脈に近づきます。
ほうけいよう
びじょうよう
肝臓の臓側面には、方形葉と尾状葉とが存在します。
洞様毛細血管の内面には一部に星状大食細胞が並び、
肝臓の循環系について理解することは、肝臓の機能を
血液から細菌や異物、古くなった赤血球などを除去しま
理解するうえで重要です。酸素の豊富な動脈血は固有肝
す。洞様毛細血管の近くに存在する類洞周囲脂質細胞(伊
動脈により肝臓に運ばれます(全体の約25%)。さらに、
東細胞)はビタミン A を貯蔵しますが、ある種の病気で
肝臓は門脈からの血液(全体の約75%を占め、1分間あた
は、コラーゲンを合成する細胞に変わり、肝臓の線維化
り約1㍑流れる)も受けますが、この血液は、腸管から吸
を引き起こします。
け さいたんかん
収された栄養素や脾臓からの代謝産物、膵臓からのホル
モンなどを肝臓に運びます。固有肝動脈と門脈から枝分
どうようもうさいけっかん
洞様毛細血管に面しない肝細胞の間には、毛細胆管が
存在します。この毛細胆管は、肝細胞から分泌された
たんじゅう
かれした細い血管は合流して、肝小葉で洞様毛細血管
胆 汁を太い胆管(小葉間胆管)に運びます(血液の流れと
るいどう
(類洞)を形成します。洞様毛細血管は、多数の肝細胞の
逆の方向)。
間を通り、中心静脈に注ぎます。
肝小葉の周囲には、小葉間動脈や小葉間静脈、小葉間
中心静脈は最終的には肝静脈に合流し、肝静脈は下大
胆管などが存在します。
静脈に注ぎ、心臓へと向かいます。
小葉間胆管は合流して、右肝管や左肝管になります。
かんしょうよう
たんのう
肝臓には、顕微鏡で観察可能な肝 小 葉があります。ヒ
さらに左右の肝管が合流し、総肝管を形成します。胆嚢
トの肝臓では五万を越える肝小葉が観察でき、肝小葉は
からの胆嚢管と総肝管は合流し、総胆管になります。総
肝臓の機能単位です。
胆管は、通常、膵管とともに十二指腸に開口します。こ
個々の肝小葉には中心静脈から放射線状にならんだ数
列の肝細胞が存在します。肝細胞には、多量のグリコー
の開口部位(大十二指腸乳頭)は十二指腸の始まりから約
8 cm ぐらいのところに存在します。
図13-2 肝細胞は二つの酵素でアルコールを分解する
成し、細胞内に貯蔵します。血糖値が減少しますと、肝
◆肝臓の働き
にょうそ
にょうさん
①肝細胞は、胆汁や尿素、尿 酸、アルブミン、フィブリ
細胞はグルカゴンなどの働きでグリコーゲンを分解し、
ノーゲン、血液凝固因子、コレステロール、非必須アミ
グルコースを血中に放出します。
ノ酸などを合成します。尿素は、アミノ酸の老廃物とし
③肝細胞は、アルコールや副腎皮質ホルモン、性ホルモ
て体内で産生されたアンモニアから合成されます。
ン、ある種の薬物などを分解(解毒)します。
②肝細胞は血液に含まれるグルコース濃度(血糖値)を調
④肝臓は活性型ビタミン D 3の合成に関与します。
節します。血糖値が上昇すると肝細胞は、血中のグルコ
⑤肝臓の類洞周囲脂質細胞(伊東細胞)は、ビタミンAを
ースを取り込み、インスリンの働きでグリコーゲンを合
貯蔵します。
- 175 -
⑥肝臓は、多量のエネルギーを消費して数多くの化学反
また、肝臓を被う被膜には、下部の肋間神経が分布し
応をおこなっているために、多量の熱を発生します(安静
ています。そのために、肝臓の被膜が拡張したり、破壊
時では、体が発生する熱の約20%となります)。
されたりすると、限局した痛みを感じます。
【胆汁】
【脂肪肝】
胆汁は、有機物質と無機物質との混合物で、通常、
脂肪肝は、肝細胞に脂肪滴が多量に増えた状態です。通
1日に500~1,000mL 分泌されます。これらの大部分は、
常の肝臓では、湿重量の2~4%が脂質で、そのうち、
肝細胞で合成され分泌されたものです。有機成分の主な
3分の2はリン脂質で主に細胞膜を構成し、残りの3分
ものは、胆汁酸(50%)やリン脂質、コレステロール(4
の1はコレステロールやトリアシルグリセロール、脂肪
%)、胆汁色素(2%)などです。
酸などです。主にトリアシルグリセロールが増加して10
%を超えると肝細胞に大きな脂肪滴が見られるようにな
ります。
健康診断で、肝機能検査の ALT(GPT)の値が高値を
示すヒトのなかで、男性では約50%で脂肪肝が疑われ、
女性では約40%で脂肪肝の可能性があります。
かんこうへん
かんがん
脂肪肝が長く続くと、肝硬変や肝癌になる恐れがあり
ます。
図13-3 肝細胞におけるグリコーゲンを染めた顕微鏡写真。
通常では赤いグリコーゲン顆粒が細胞質に充満しているが
(上図)、絶食すると赤い顆粒がほとんど細胞質に見られな
い(下図)。CVは中心静脈を示し、PVは小葉間静脈を示
す
図13-4 脂肪肝のヒトでは、左側のように肝細胞に大き
な脂肪滴(星印)が多数見られる。右上の肝細胞では、大
きな脂肪滴が観察できない。
【ウイルス性急性肝炎】
ウイルス性急性肝炎は、異なる5種類のウイルス(A型、
胆汁は消化酵素を含まないが、脂質の消化と吸収とを
促進します。胆汁酸は、小腸内の脂肪滴を乳化して、膵
リパーゼの作用を助けます。そのために、胆汁の分泌が
妨げられると、脂質の消化・吸収にも障害が起こります。
胆汁色素の主成分はビリルビン bilirubin ですが、ビ
リルビンは脾臓でおこなわれた赤血球のヘモグロビンの
分解物質です。胆汁の黄金の色調は、ビリルビンが存在
するためです。糞便の黄金色は胆汁色素に因ります。
る病気です。この病気になると、疲労感や吐き気、食欲
おうだん
不振、鈍い腹痛、黄疸などがおこる。A型とE型は、流
行性肝炎とも呼ばれ、糞便中のウイルスを経口摂取する
ことによって発症するが、慢性化する傾向は少ない。B
型やC型、D型は、血液中のウイルスが非経口的に体内
に入り、発症させます。C型の場合には、高頻度に慢性
化する傾向があり(50~80%)、その後、肝硬変や肝癌
◆肝臓に分布する神経
(約10年後)を引き起こします。B型とD型は、希に性行
肝神経叢由来の肝神経が肝実質に分布しますが、この
神経には交感神経と副交感神経とが含まれています。
B型、C型、D型、E型)によって、肝細胞が破壊され
為で感染することがあり、少数の感染者(約1%)で慢性
化します。
- 176 -
【アルコール性脂肪性肝炎】
アルコール性脂肪性肝炎を発症し、最終的には肝硬変に
アルコールを多量に長期間飲み続けると、肝細胞での脂
なります。
肪酸の合成が増え、脂肪酸による肝細胞の傷害が起こり、
第8節
胆汁を貯蔵する胆嚢
たんのう
胆嚢 gallbladder は、肝臓の下面に接して存在し、胆
胆汁酸や他の主要成分は約5倍ほどに濃縮されます。
汁を貯蔵し濃縮する器官で、胆汁を産生する器官ではあ
十二指腸に脂肪の多い消化物が存在すれば、腸粘膜の
りません。胆嚢の容積は、通常、30~50mL ぐらいです。
内分泌細胞(I細胞)からコレシストキニン
胆嚢には、胆嚢底や胆嚢体、胆嚢頚、胆嚢管があります。
cholecystokinin が分泌されます。このホルモンが胆嚢
胆嚢管には、ラセンヒダが存在します。
壁の平滑筋に作用し、収縮を引き起こし、総胆管括約筋
胆嚢の壁は、小腸の壁と似ています。粘膜は、黄褐色
や膨大部括約筋を弛緩させ、胆汁を十二指腸に排出しま
を示し、細かい粘膜ヒダが観察され、蜂の巣のように見
す。また、迷走神経は、胆嚢や総胆管の平滑筋を収縮さ
えます。粘膜上皮は、吸収能があり、微絨毛を有する単
せ、総胆管括約筋の収縮を抑制します。
層円柱上皮です。この粘膜上皮には杯細胞は存在しませ
1日に分泌される胆汁は約500mL です。
ん。上皮の基底板より深層には、多数の毛細血管があり
胆嚢あるいは総胆管が拡張すると、上胃部の中央部に
ます。外表面に近い部位には、線維性結合組織と平滑筋
痛みを感じます。また、胆嚢を被っている腹膜が痛みを
とが混在した薄い層が、縦走や輪走、斜め方向に粗く見
引き起こせば、右下肋部に痛みを感じます。
られます。
◆胆汁の働き
総胆管が十二指腸に開口する部位には平滑筋の括約筋
胆汁は消化酵素を含まないが、脂質の消化と吸収とを
が存在し、[胆膵管]膨大部括約筋と呼ばれます。この括
促進します。胆汁酸は、小腸内の脂肪滴を乳化して、膵
約筋が閉じていれば、肝臓で産生された胆汁は十二指腸
リパーゼの作用を助けます。そのために、胆汁の分泌が
に分泌されずに、胆嚢に入り、貯蔵されます。
妨げられると、脂質の消化・吸収にも障害が起こります。
胆汁は、胆嚢で貯蔵されている間に水分などが粘膜か
【胆石症】
ら吸収され、濃縮されるとともに水素イオン濃度(pH)
胆石症は、胆汁成分の構成成分の結晶化によって胆嚢の
が中性になります。水分や塩類は血液に再吸収され、
なかに胆石が形成される病気です。コレステロールを主
成分とする胆石が一番多い(約80%)。四十歳代の肥えた
表13-10 肝管内での胆汁の成分
水分
97.0 %
高脂血症の女性に多い病気です。無症状の人も多いが、
脂質の多い食事を摂ると、右下肋部に痛みや吐き気を伴
胆汁酸塩
0.7 %
胆汁色素
0.2 %
コレステロール
0.06 %
無機塩類
0.7 %
脂肪酸
0.15 %
発色剤
亜硝酸ナトリウム、硝酸ナトリウム
ホスファチジルコリン
0.1 %
着色料
赤色(2号, 3号, 40号, 102号)、
うことがあります。
表13-13 人工食品添加物
保存料
ビン酸
表13-11 肝管と胆嚢における胆汁の組成の比較
肝管内の胆汁
固形物の割合
胆汁酸塩
pH
2~4%
黄色(4号, 5号)、青色(1号, 2号)
胆嚢内の胆汁
pH調整剤 アスコルビン酸、亜硫酸水素ナトリウ
10~12%
10~20 mmol/L
50~200 mmol/L
7.8~8.6
7.0~7.4
安息香酸、安息香酸ナトリウム、ソル
ム
甘味料
サッカリン、ソルビトール
※サッカリンは、以前、発ガン性が疑われ、使用禁止にな
った。
- 177 -
第9節
十二指腸に膵液を分泌する膵臓
すいぞう
膵臓 pancreas は、胃の下で、腹膜の後方(腹膜後隙)
に存在します。
に働き、カルボキシペプチダーゼ carboxypeptidase に
転換させます。カルボキシペプチダーゼは、ペプタイド
膵臓は、大きな細長い腺組織で、長さは15cm ぐらい
などに作用し、一分子ずつのアミノ酸に切断します。
すいとう
で、幅は約4 cm、厚さは約2 cm です。膵頭はC字形
すいぴ
の十二指腸に取囲まれています。膵尾は脾臓の近くまで
伸びます。膵頭と膵尾の間を膵体と呼びます。
膵臓には、外分泌腺と内分泌腺が存在します。この内
分泌腺は、インスリンやグルカゴンなどを分泌します(第
9章第5節参照)。
外分泌腺は、トリプシノーゲン trypsinogen などの多
図13-5 膵液の含まれている消化酵素の働きを示す
すいえき
数の消化酵素を含んだアルカリ性の膵液を膵管により十
二指腸に分泌します。
◆膵臓の神経支配
すいせんぼう
膵液を分泌する細胞は、一塊にあつまり、膵腺房と呼
膵腺房は、交感神経と副交感神経の細かい網目によっ
ばれる単位を形成します。膵腺房の細胞は膵液を細い導
て取り囲まれています。この交感神経は、第六胸髄から
管に分泌し、その後、膵液はさらに太い膵管に送られま
第十胸髄由来の節前神経線維が腹腔神経節でシナプスを
す。膵管は、総胆管に伴行し、十二指腸にある大十二指
形成し、腹腔神経節からの節後神経線維のものです。副
腸乳頭に開口します。
交感神経の節前神経線維は後迷走神経幹と腹腔神経叢由
膵液は、主としてホルモンによって分泌が調節されて
います。小腸上部の粘液腺に存在する内分泌細胞(S細
来のものとで構成され、この節後神経線維は膵臓神経節
由来のものです。
胞)が分泌するセクレチン secretin は、膵管に作用し、
腺組織からの感覚は、交感神経と副交感神経を介して
消化酵素が乏しく水分の多いアルカリ性(炭酸水素イオン
伝わります。しかし、膵臓における疼痛は、局在性が明
を多く含む)の膵液の分泌を促進します。一方、コレシス
瞭でなく、上胃部に痛みを感じます。
トキニン cholecystokinin (I 細胞)は、膵腺房細胞に作
慢性膵炎や膵ガンにおける疼痛は、腹腔神経叢を化学
用し、消化酵素を多く含んだ膵液の分泌を促進します。
的にあるいは温熱で破壊することによって軽減できます。
さらに、迷走神経の刺激により、膵腺房細胞は消化酵素
◆膵液
の多い膵液を少量分泌します。小腸の消化物の pH が4.
ヒトは、通常、1日に約1㍑の膵液を分泌します。膵
5よりもアルカリ側に傾くと、セクレチンの分泌は抑制さ
液は、多数の消化酵素と高濃度の炭酸水素イオン
れ、膵液の分泌も抑制されます。
(HCO3-)をふくむ弱アルカリ性です。
膵液に含まれるトリプシノーゲンは、十二指腸に分泌
され、十二指腸にある円柱上皮の微絨毛に存在するエン
糖質分解酵素には、膵α-アミラーゼ amylase があり、
デンプンを二糖類や三糖類に分解します。
テロペプチダーゼ enteropeptidase (エンテロキナーゼ)
タンパク分解酵素には、トリプシノーゲンやキモトリ
の酵素によって活性型のトリプシン trypsin に変換され
プシノーゲン、プロエラスターゼ proelastase、プロカ
ます。トリプシンは、キモトリプシノーゲン
ルボキシペプチダーゼなどがあり、これらは小腸内で活
chymotrypsinogen に作用し、活性型のキモトリプシン
性化され、トリプシン、キモトリプシン、エラスターゼ
chymotrypsin に変えます。キモトリプシンは、タンパ
elastase、カルボキシペプチダーゼになります。
ク質の中程やポリペタイドを切断し、ポリペプタイドあ
脂肪分解酵素には、膵リパーゼ lipase やホスホリパ
るいはより低分子のペプタイドを作ります。またトリプ
ーゼ phospholipase などがあります。膵リパーゼは、
シンは、プロカルボキシペプチダーゼ
トリアシルグリセロール triacylglycerol などに作用し、
procarboxypeptidase
脂肪酸と2-モノアシルグリセロール monoacylglycerol
- 178 -
とに分解します。
【アルコール性急性膵炎】
核酸を分解させる酵素には、リボ核酸を分解するリボ
5~10年間ぐらいにわたって多量のアルコールを飲み続
ヌクレアーゼ ribonuclease、デオキシリボ核酸を分解
けると膵臓の組織が障害され、アルコール性急性膵炎が
するデオキシリボヌクレアーゼ deoxyribonuclease など
発症します。さらに、喫煙や高脂肪食の摂取によって膵
があります。
炎に罹りやすくなります。急性膵炎になると、激しい腹
かか
痛が上腹部におこります。
第10節 排便機構
べんい
排便には、直腸壁の拡張による便意が大切です。便意
【寄生虫】
は、便が直腸に送られてきて直腸を押し広げると、直腸
他の生物に寄生して生活する動物を寄生虫と呼びます。
の内圧を感知するセンサー(伸展受容器)が働き、内圧上
ここでは腸内に寄生するものについて説明します。
昇を脳に伝え、便意を感じるものです。
腸内に寄生するものとしては、回虫や鉤 虫、糞線虫、
こうちゆう
便意が感じられ、排便の姿勢が整うと、大腸のほぼ中
ぎようちゆう
じようちゆう
ふんせん
せき り
蟯 虫 、横川吸虫、 条 虫 (サナダムシ)、赤痢アメー
でんぱせい
央部から強力な伝播性収縮運動が発生し、大腸の内容物
バ、トキソプラズマなどがあります。
が肛門を通って体外に押し出されます。
蟯虫は、日本で最も多い寄生虫です。口から入った蟯
この伝播性収縮運動は、二度、三度と続けて発生し、
大腸の内容物は残ることなく押し出されます。
ふ か
虫の卵は、6~8時間で孵化し幼虫になり、ヒトの盲腸付
近に寄生します。肛門の括約筋が弛緩する睡眠中に、蟯
しかし、便が硬く太くなれば、腹壁を緊張させ腹圧を
かけなければ排出できません。
虫は肛門の周辺に産卵します。このときに蟯虫の活動や
産卵の際に分泌する粘着性物質でかゆみが発生します。
直腸の入口にある弱い括約筋は、便が蠕動運動で運ば
れるまで、便が直腸に入らないようにしています。
産卵された卵は、通常の室内環境で数週間生存でき、感
染性が維持されます。蟯虫に感染するのは、幼児期から
肛門管の出口の壁にある二つの括約筋(平滑筋で構成さ
学童期で多く、5~20%ぐらいの感染率です。おもに幼
かつやくきん
れた内肛門括約筋と内臓性横紋筋で作られた外肛門括約
稚園や保育所、家庭内などで感染します。
筋)が肛門が開くのを防いでいます。直腸に便が入り拡張
横川吸虫は、蟯虫と並んで日本国内で頻度の高い寄生
すれば、内肛門括約筋は弛緩しますが、外肛門括約筋は
虫で、淡水魚、特に鮎の生食で感染し、小腸粘膜に寄生
意識的に拡張させるまで収縮しています。
しますが、多くの人では無症状で、感染が見逃されてい
このように排便は反射的なものですが、学習によって
ます。
いんぶ
外肛門括約筋(陰部神経支配)を意識的に収縮させ、排便
糞線虫は、感染性のフィラリア型幼虫が土壌に暴露し
を調節する(がまんする)ことができます。
た皮膚を突き破って侵入することで始まり、成虫は腸内
◆糞便
で成熟します。雌が腸管内に産卵し、卵は腸管内で孵化
糞便は、小腸などで消化されずに残った物が細菌によ
って分解され、半固形化したものです。糞便の約75%は
し、ラプジチス型の幼虫が生まれますが、幼虫は土壌中
に放出されます。
回虫は、ヒトの腸に寄生できる最大の線虫(長さが
水です。それ以外の成分としては、セルロース
cellulose(食物繊維)や腸管の壁から脱落した上皮細胞、
30~35cm)です。この感染は、感染性卵を食物とともに
粘液、細菌(便1㌘当たり約100億個が含まれる)、ステル
摂取することで始まります。成虫は小腸で成熟しますが、
コビリン stercobilin (胆汁のビリルビンが腸管で変化し、
雌は小腸で1日に最大20万個の卵を生みます。
糞便の独特な黄褐色の色をつくる)、大腸の細菌による発
酵や腐敗による物質と臭い、肝臓などから排泄された解
毒代謝産物などが含まれます。
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