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擬画「物語の出現」ハイパープリントについて 松岡正剛
MATSUOKA & ASSOCIATES 擬画「物語の出現」ハイパープリントについて 松岡正剛 擬画というのは、自著にドローイングを載せたことを機縁に派生してきたもので、絵画というのはお こがましくて、 名付けたものです。ハイパープリントは、高度なデジタルプロセスを駆使した技法によっ て生まれたもので、21 世紀の版画としての可能性を秘めていると思います。 ぼくが版画にとりくむのは高校以来のこと、いったいどんなふうになるのやら、どぎまぎしながら制 作に当たりました。いまだ未熟きわまりないものですが、ぼくなりに「言葉のある絵」 「絵が文字を孕む」 ということを意表しています。 それぞれの作品は少しずつシリーズ性を帯びています。9 枚仕立てのハイパープリント「物語の出現」 は古代オリエントや小アジアに取材したもので、土中から物語マザーが出現してくるところをやや複雑 な手順をもって版画化してみました。そのほかの作品は、李白、ゴーゴリ、ドストエフスキー、マラルメ、 コクトーなどの「語り」を引き取った擬画調のもの、これまであまりアート化されてこなかったスクリ プト性を意向しています。 いずれも本歌を意匠の作分にしているのは、ぼくは本歌をもった意表・意向・意匠が好きだからです。 それが目と手のストロークのあいだから生まれていくことにひたすら関心があるのです。 MATSUOKA & ASSOCIATES コクトー 15ed. 22.5×29 昔から春信の線に感服していた。 そのうち浮世絵の中 に勝手なイメージを投げ込んで見るようになった。 ここで は、 ジャン ・ コクトーのドローイングが傍若無人する。 ― Seigow Matsuoka ゴーゴリ 15ed. 22.5×29 ニコライ ・ ゴーゴリの 『外套』 は、 ぼくを冬のペテルグ ルグではなく、 少年時代の八幡様の境内に運んだ。 そ こに掛かっている外套は、 父が 「お前も、 大人になっ てみろ」 と渡してくれた古着である。 ― Seigow Matsuoka マラルメ 15ed. 22.5×29 絵画や版画が 「絵」 だけを自立させたことは、 美術の 近代をつくったけれど、 もともと 「絵」 と 「字」 は共棲 していたものだった。 書物こそファッションであると見抜 いたステファヌ ・ マラルメのために、 この文字入りの一 幅を刷ってみた。 ― Seigow Matsuoka MATSUOKA & ASSOCIATES ドストエフスキー 15ed. 33×41 物語はさまざまな部品でできている。 いつかそれを図示 してみたかった。 このシリーズは、 フォーマットのある用 紙の上に、 和具の部品をあしらって、 ドストエフスキー の断片の配合を試みた第一弾。 ― Seigow Matsuoka 李白 15ed. 33×41 ぼくがタオ ・ カリフラフィと呼んでいる道教護符は、 東ア ジアきっての柔らかな形象に富んでいる。 その動的パ ターンに李白の絶句を按配しつつ、 自由な変形を試み た。 このシリーズ、 もっと作ってみたい。 ― Seigow Matsuoka MATSUOKA & ASSOCIATES 物語の出現 1 ミノア 物語の出現 2 母と子 15ed. 41×33 15ed. 41×33 ぼくは中学生のころから岩石や化石の収集に遊んでき このシリーズはハイパープリントによっている。 制作過程 た。それらのなかには、ときに淡い物語が芽生えつつあっ はまだ内緒だが、 水墨山水の手法、 デカルコマニー、 た。 このシリーズは、 小アジアと地中海に取材して、 土 スクラッチ、 たらしこみ、 そして立体デジタル入力の手 中から発見された塑形物に、 ぼくなりのイメージの出現 法が重なっている。 ― Seigow Matsuoka を刻印したものである。 ― Seigow Matsuoka 物語の出現 3 鳥門 15ed. 33×41 この作品は、 比較的大きな出土品の表面に、 ぼくが三 本の柱を見いだしたことに始まっている。 それを筆に移 すうちに、 三匹の鳥が動き出した。 たらしこみは日本画 家だった叔父が教えてくれた。 ― Seigow Matsuoka MATSUOKA & ASSOCIATES 物語の出現 4 語り部 物語の出現 5 テッサリアの女 15ed. 41×33 15ed. 41×33 かつて古代の語り部には、 ホメロスのごとき盲目の者が 小アジアの出土品は、 まだ解読されていないものが多 多かった。 しかし、 かれらは鳥のさえずりにすら言葉を い。 そのいくつかを手元に置いていると、 時々、 その 聞いた。 ここには石化しつつある形象のなか、 最後の 一部に文字を刻印したくなる。 ここでは、 用紙を細く剥 言葉を発する者の姿がある。 しつつ、 その文字を出現させてみた。 ― Seigow Matsuoka ― Seigow Matsuoka 物語の出現 6 双眼 15ed. 33×41 この形象は、 もともとは古代酒器なのである。 今日、 こ んなツインカップがあればおもしろかろうに、 試みる者は ない。 なんだかサイホンの原理から小さな宇宙が飛び 出すような気がする。 ― Seigow Matsuoka MATSUOKA & ASSOCIATES 物語の出現 7 性雨 15ed. 33×41 まことに奇怪な出土品である。 ぼくはそれを陰陽の突起 に強調してみたけれど、 古代人たちはそんなつもりはな かったのかもしれない。 スクラッチには、 医療用ピンセッ トを使った。 濃墨部は押圧による。 ― Seigow Matsuoka 物語の出現 8 ヴィンチャの女 物語の出現 9 水神 15ed. 41×33 15ed. 41×33 シリーズ作品 5 と対応する。 浅葉克己さんが、 「これは シリーズ作品 1 には原初の文字を配してみたが、 ここに 俺だね」 と言って、 入手してくれた。 水墨の重畳の上 は水紋の出現が文字になりかかる寸前の動向を記して に付された金には、 粉末が混じる。 ハイパープリントは みた。 作品 8 と同様に金を加えたが、 ここではそれが その細部をも再現してくれる。 淡墨と衝突するようにしてみた。 ― Seigow Matsuoka ― Seigow Matsuoka