Comments
Description
Transcript
3PLにみるイノベーションの要因と課題
研究レポート No.279 November 2006 ロジスティクスのイノベーション -3PLにみるイノベーションの要因と課題- 主任研究員 木村達也 富士通総研(FRI)経済研究所 ロジスティクスのイノベーション -3PLにみるイノベーションの要因と課題- * 主任研究員 木村達也 【要旨】 1.トラック輸送業では、90 年以降進んだ規制緩和が競争を激化させ、事業者の創意工夫 を引出し、ロジスティクスにおけるイノベーションを促進した。またトラック輸送業以 外のロジスティクス関連産業でも進展した規制緩和、新たにに打ち出された法律や政策 方針、ロジスティクス関連産業で重要性が高い情報通信ネットワークのインフラ整備の 進展から、今後ロジスティクスにおけるイノベーションはさらに進展するとみられる。 2.サードパーティ・ロジスティクス(3PL)についてのケーススタディから、3PL におけるイノベーションには以下の4つの要因が重要であることが判明した。①3PL 関連のデータの蓄積:リファレンスデータベースの構築、②顧客企業と共同で3PLの 業務改善を行うための努力、③従業員のモティベーションを向上させる制度に支えられ た現場の高い業務遂行能力、④3PLに使用する情報システム開発能力の高さ 3.3PLのイノベーション促進には、上記の4つの要因を3PL事業者と業務を委託す る顧客企業の双方が、十分に意識し活動を行う必要がある。また3PLのイノベーショ ンを今後さらに進展させるためには、3PL事業者と顧客企業者間の情報連携を進展さ せる必要がある。そのためには、政府が物品の調達にEDI標準を用いEDI標準普及 へのインセンティブを高めること、3PL事業者が提言力の向上等により顧客企業の業 務に深く入り込むことが重要である。 * 本稿を作成するにあたりヒアリングに応じて頂いた、株式会社ハマキョウレクックス 代表取締役社長 大須賀正孝氏、山九株式会社 ロジスティクス・ソリューション事業本部 3PL事業統括部 企画開発担当 部長 大浜伸之氏、ロジスティクス・ソリューション事業本部 企画部 企画グループ グループマネージャ ー 吉野光宣氏、調査・広報部 広報グループ グループマネージャー 植竹政次氏、国土交通省 総合政策局 貨物流通施設課 課長補佐 松下雄介氏、EDI推進協議会 普及啓発部会長 大久保秀典氏に感謝の意を申 し述べたい(ご所属、お役職はヒアリング当時のもの、記載順はヒアリングの日時順)。 i 【目次】 1.ロジスティクスのイノベーションの重要性と特性 ・・・・・・・・・・・・・ 1 2.規制緩和のイノベーションに対する影響・効果 ・・・・・・・・・・・・・ 2 2.1 90 年代以降進むロジスティクス関連産業での規制緩和 ・・・・・・・・ 2 ・・・・・・・・・・・・・ 3 2.3 トラック輸送業における経済的規制緩和の影響 ・・・・・・・・・・・・ 3 2.4 イノベーションに対する経済的規制緩和の効果 ・・・・・・・・・・・・ 4 2.2 トラック輸送業で進展した経済的規制の緩和 3.イノベーションとしてのサードパーティ・ロジスティクス(3PL) ・・・ 8 3.1 3PLへの着眼理由 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8 3.2 ハマキョウレックス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16 3.3 山九 3.4 3PLにおけるイノベーションの要因 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 4.3PLにおける重要事項とさらなるイノベーションへの課題 参考文献 ・・・・・・・ 23 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ii 21 25 1.ロジスティクスのイノベーション 1 の重要性と特性 イノベーションの研究は、従来は製造業を中心に行われてきた。しかし、近年サービス 分野のイノベーションは次第に注目を集めてきており、OECD(2001)、Tidd and Hull ed. (2003)、Tamura et al.(2005)などがまとめられている。本稿でサービス分野のイノベ ーションのうち、ロジスティクスのイノベーションに焦点を絞って論じるのは、その重要 性が高いとみられるからである。 この理由は、ロジスティクスは物の動きと保管を中心とするが、より広い範囲の活動を 含むためである。これはロジスティクスの定義に確認できる。米国のCLM(the Council of Logistics Management) 2 によるロジスティクスの定義は、 「ロジスティクスとはサプライ チェーン・プロセスの一部で、原材料の産出地点から製品の消費地点までの財・サービス 及び関連情報の効率的、効果的なフローと保管を、顧客の要求に応じるように 計画、実施、 統制すること」である 3 。すなわち、ロジスティクスは原材料の調達から製品が顧客に渡る までに及び、ほとんどの取引に不可欠である。今後ICTを用いたバーチャルな取引が拡大し ても、電子化されない製品、商品にはロジスティクスは必要であり、この重要性に大きな 変化はないとみられる。ロジスティクスのイノベーショインの重要性は、こうしたロジス ティクス自体の重要性から明らかである。 ロジスティクスのイノベーションは、製造業のイノベーションに比べ、①産業を取り巻 く制約に大きく左右される、②地理的制約が大きい――という特性を持つ。 まず、製造業に比べ産業を取り巻く制約に大きく左右されるという点については、主な 制約として、交通インフラと規制などの制度がある。交通インフラは、単に港湾、空港、 高速道路、鉄道などの整備状況だけでなく、ロジスティクスの結節点としての港湾、空港、 高速道路のインターチェンジ、貨物駅等との近接状況が重要になる。また規制などの制度 については、まず新規参入の難易などにより競争状況を変化させ、企業家の創意工夫の発 揮に影響する。さらに機動的な事業体制や、効率的なサプライチェーンの構築にも影響す る。 次に、地理的制約が製造業に比べ大きいという特性についてみる。ロジスティクスはネ ットワークの構築を前提として提供されるサービスであり、ネットワークの構築にあたっ ては、地理的な制約から影響を強く受ける。したがってロジスティクスではイノベーショ ンが生じたとしても、物流拠点によっては、それを適用できない可能性がある。一方製造 業では、工場内の環境と電力などの供給条件が一定であれば、イノベーションが生じた場 1 本稿におけるイノベーションは、全要素生産性(TFP)の上昇としてとらえている。 現在はCSCMP(the Council of Supply Chain Management Professionals)と名称が変更されている。 3CLMによる定義の原文は次のとおりである。 “Logistics is that part of the supply chain process that plans, implements, and controls the efficient, effective flow and storage of goods, services and related information from the point of origin to the point of consumption in order to meet customers' requirements. ” 2 1 合、どこに工場が立地しても適用が可能である 4 。 本稿では、まずロジスティクスにおける規制緩和のイノベーションに対する影響・効果 についてみる。次に規制緩和後の競争激化のなかでの事業者の創意工夫の1つであり、ま たロジスティクスのイノベーションの1形態であるサードパーティ・ロジスティクス(3 PL)について、ケーススタディにより成功要因を探る。そして最後に本稿のまとめとし て3PLにおける重要事項とさらなるイノベーションへの課題について述べる。 2.規制緩和のイノベーションに対する影響・効果 2.1 90 年代以降進むロジスティクス関連産業での規制緩和 1章で述べたようにロジスティクスのイノベーションは、規制などの制度に大きく左右 される特性を持つ。日本のロジスティクス関連産業では、90 年代以降大幅に規制緩和が進 んだが、その状況を最も厳しい規制と考えられる需給調整規制にみる(需給調整規制とは、 供給者の数や供給量を規制して、競争を抑制する規制であり、より具体的にロジスティク スに関して言えば、「運輸省または国土交通省が、需給が不均衡にならないと判断した場合 のみ新規参入が認められる規制」である)。日本のロジスティクス関連産業では、図表1の とおり 90 年のトラック輸送業を始めとして、それ以降に需給調整規制の撤廃が進展した 5 。 本章では、このように規制緩和が進展するロジスティクス関連産業のうち、国内貨物輸 図表1 ロジスティクス関連産業での需給調整規制の廃止・改革の状況 産 業 需給調整規制の廃止・改革の状況 トラック輸送業 90 年 12 月:免許制(需給調整が前提) → 許可制(資格要件) 内 航 海 運 業 98 年 5 月:従来の需給調整規制から新たな規制に移行 2005 年 4 月:再度の規制改革 貨 物 鉄 道 事 業 2003 年 4 月:需給調整規制廃止 航 空 運 送 事 業 2002 年 2 月:需給調整規制廃止 → 許可制(安全確保事項などを審査) 港 湾 運 送 事 業 免許制(需給調整規制が前提) → 許可制、主要 9 港は 2000 年 11 月に先 行実施、主要 9 港以外の港は 2005 年 7 月に実施 (出所)閣議決定「規制緩和推進3か年計画(再改定) 」、総合規制改革会議「規制改革の推進に関する2次答申」、内閣 府「規制改革推進 3 か年計画(再改定)(平成 15 年 3 月 28 日閣議決定)フォローアップ結果」等より筆者作成 (注)1.表に掲載している産業以外で、従来から需給調整規制の無かった倉庫業でも、参入規制は 2002 年に許可制(資 格要件)から届出制へと緩和されている。 2.内航海運業では 98 年 5 月より前には、新船舶の建造にあたって、建造量にみあった既存船腹の解撤を義務付 けるスクラップ&ビルド方式を主体とした需給調整規制が行われていた。98 年 5 月の規制の移行では、新船舶 の建造にあたって必要とされた既存船のスクラップが、それと同等額程度の金銭(建造納付金)の納付に変わ っただけで参入障壁は依然高いままであった。2005 年 4 月の規制改革でも、参入規制が許可制から登録制に緩 和されたが、建造納付金は撤廃されず依然参入障壁は高い。 4 5 これは言い換えれば、ロジスティクスはネットワークを前提として行われるため、使用可能な技術、す なわち生産のフロンティアに対するロジスティクスでの物流拠点等の立地による影響が、製造業におけ る工場の立地による影響に比べ大きいことを意味している。 ただ、内航海運業では、形式的な規制改革は進展したが、現在も需給調整規制と同等とみられる厳しい 参入規制のもとにある。 2 送量のシェアが最も高いトラック輸送業(2004 年度で 49.6%、これに次ぐのは内航海運用 の 38.5%)に注目し、規制緩和とそのイノベーションへの影響をみる。 2.2 トラック輸送業で進展した経済的規制の緩和 トラック輸送業では、90 年 12 月の貨物自動車運送事業法の施行により需給調整規制が撤 廃されるなど、ロジスティクス関連産業のなかで先行して規制改革が進められた。貨物自 動車運送事業法施行以前のトラック輸送業に関する規制は、1951 年に全面改訂された道路 運送法によるものであった。同法は時代の変化に合わせ多くの部分改正が行われ、行政上 の運用方針の変更などによる規制緩和はあったが、事業の免許制と運賃料金の認可制は一 貫して維持されてきた。このような規制は、81 年の第2次臨時行政調査会の設置により見 直しの方向に動き出し、貨物自動車運送事業法の施行により規制改革は大きく進展するこ ととなり、経済的規制は大きく緩和された 6 。すなわち同法の施行により、需給調整規制の 撤廃だけでなく、運賃・料金への規制も認可制から事前届出制となるなど経済的規制が緩 和された。また同法の施行後も、順次経済的規制の緩和が進展している(図表 2)。 図表 2 トラック輸送業の経済的規制緩和の流れ 年月 事 項 51. 7 70. 6 81. 3 84. 6 90.12 94. 2 96. 4 99. 3 99. 4 (改訂)道路運送法施行(51.6 制定) 運輸省自動車局長通達:事業免許の緩和 第2次臨時行政調査会発足 はじめての拡大営業区域「首都圏区域」、「阪神圏区域」の設定 貨物自動車運送事業法の施行(89.12 制定) 運輸省自動車局長通達:運賃・料金の届出における手続き簡素化 最低車両台数の基準引き下げ、地方運輸局間の格差是正 運賃・料金届出の原価計算書の添付不要範囲:上下 20%に拡大 全国8ブロック単位の拡大営業区域の設定完了 01. 4 03. 4 最低車両台数一律5台に(ただし拡大営業区域は 15 台) 改正貨物自動車運送事業法の施行 (出所)木村(2002)の図表 3-3 を改変し筆者作成 2.3 トラック輸送業における経済的規制緩和の影響 90 年 12 月の貨物自動車運送事業法施行後まもなく、トラック輸送業の市場環境は厳しい ものとなった。すなわちバブル崩壊後に経済が低迷するなかで貨物量が伸び悩み、運賃率 の低下が続いた。この結果、トラック輸送業全体の売上高は、91 年度はバブル経済からの 貨物量の増加が続いたため大きく増加したが、92 年度以降は低迷が続き、減少を記録した 年度も多い。 このような市場環境にもかかわらず、トラック輸送業の事業者数は、91 年度以降顕著に 増加した。90 年度末に約 4 万であった事業者数は、 04 年度末には 6.1 万にまで達している。 6 経済的規制は緩和されたが、社会的規制は強化された。 3 また増加率でみても 90 年度の 1.3%が 96 年度には 4.3%になるなど高まりが見られる(図 表 3)。97 年度以降は、増加率は低下基調であるが、これは事業者の全体数が多くなってい る影響が大きい。事業者の増加数をみると、増加率の高まりが顕著になった初年度の 91 年 は 981 社であり、04 年度は 1,511 社と 96 年の 1,991 社から減少はしているが高水準の増 加数が継続している。厳しい市場環境のなかで、トラック輸送事業者数が増加しているの は、90 年 12 月の貨物自動車運送事業法施行以降の経済的規制緩和による影響とみられる。 すなわち総資本営業利益率をみると、同法の施行以前はトラック輸送業 7 では参入規制によ る超過利潤が発生していた 8 。経済的規制緩和後はこの超過利潤が主因となって新規参入が 進んだものとみられる。 図表3 65,000 60,000 55,000 50,000 45,000 40,000 35,000 30,000 25,000 20,000 15,000 10,000 5,000 0 トラック輸送事業者数の推移 貨物自動車運送事業法施行 事業者 4.5% 事業者数(年度末):左目盛 4.0% 増加率:右目盛 3.5% 3.0% 2.5% 2.0% 1.5% 1.0% 0.5% 0.0% 年度 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 (出所)運輸省、国土交通省『陸運統計要覧』、国土交通省自動車交通課「貨物自動車運送事業者数の推移」より筆者作成 (注)貨物自動車運送事業法の施行は 90 年 12 月であるが、グラフでは便宜的に上記のとおりとした。 2.4 イノベーションに対する経済的規制緩和の効果 2.4.1 トラック輸送業で目立つ経済的規制緩和後のTFP改善 前節でみた 90 年 12 月の貨物自動車運送事業法施行以降の経済的規制緩和による競争激 化のもとで、トラック輸送業の生産効率がどのように変化したか、全要素生産性(Total Factor Productivity:TFP)変化率 9 にみる。統計の制約から、トラック輸送業のTFP 7 トラック輸送事業者における全事業(トラック輸送業だけでなく、他の事業も行っている場合はそれら の事業も含む事業全体)ベース。これは、比較に用いている他産業の値が法人企業統計年報により、こ こでの業種決定が売上高の最も多い業種とされており、合わせて行う他の業種に関する値も含むことと 整合的である。 8 75~90 年度までのトラック輸送業(運輸省『自動車運送事業経営指標』による)と全産業(大蔵省『財 政金融統計月報(法人企業統計年報特集)』による)の総資本営業利益率(本来は総資本事業利益率を用 いるべきであると考えられるが、統計の制約から総資本営業利益率を用いた)について、80~82 年を除 くすべての年でトラック輸送業が全産業を上回っている。また 75~90 年度における年度平均総資本営業 利益率は、トラック輸送業が 5.6%、全産業が 4.8%である。 9 ここで示すTFP変化率は、木村(2002) 補論に示した一般的に行われているTFP変化率の計測方法におけ 4 変化率が計測できるのは 94 年度までであるが 10 、トラック輸送業では、経済的規制緩和が 進んだ 92~94 年度に、TFP変化率は 0.9%の上昇とプラスを維持し、同期間に全産業で -1.5%、トラック輸送業が含まれる運輸・通信業で-0.4%であるのと対照的である。また運 輸業内の他の業種をみても、トラック輸送業以外に同期間にプラスであったのは、国際線 で激しい競争のあった航空運送のみとなっている。したがって 92~94 年度におけるトラッ ク輸送業のTFPの改善は目立ったものである(図表4) 。 図表4 産業別のTFP等の変化率 81~85 全産業 製造業 運輸・通信業 トラック輸送業 労働 資本 投入 投入 86~90 TFP 付加 労働 資本 価値 投入 投入 92~94 TFP 付加 労働 資本 価値 投入 投入 TFP 付加 価値 1.7 4.4 0.9 3.6 1.6 6.4 2.7 6.2 0.1 5.4 -1.5 1.8 2.8 2.0 4.2 -0.2 4.9 3.3 5.1 -2.4 -0.3 2.0 0.3 -1.6 0.7 -0.4 -1.1 7.7 -1.8 1.2 0.9 -0.3 -8.0 ― ― 2.4 3.6 ― 0.1 ― ― 2.8 ― 3.3 3.0 ― 4.5 ― 0.6 -8.1 -0.5 8.3 2.7 1.9 -0.2 8.0 8.5 -5.3 1.3 -5.3 航空運送 1.4 7.7 10.3 14.1 2.5 6.2 4.4 8.6 -4.3 6.5 8.0 8.2 貸切バス 3.7 4.7 0.9 4.8 -0.7 2.1 3.1 3.1 -0.5 -1.0 -7.5 -7.4 民営乗合バス 0.4 -2.9 -6.0 -5.8 -2.8 3.7 4.9 2.5 -1.1 -3.4 -3.5 -4.8 タクシー・ハイヤー 2.2 1.4 -1.6 0.5 -1.2 2.0 3.1 2.2 -0.9 -6.6 -3.8 -5.0 鉄道(JRを除く) 0.7 2.8 -1.4 0.2 -1.4 6.0 -0.5 1.7 1.6 0.8 -3.3 -2.1 内航海運業 (出所)木村(2002)図表 5-32 より筆者作成 (注)1.81~85、86~90、92~94 は、各々に含まれる年度の平均変化率(%) 。 2.表示している TFP 変化率は、脚注 9 に記載している一般的に行われている TFP 変化率の計測方法の 2~4 の問 題点を補正したものである。 3.運輸・通信業について、81~85、86~90 の計測値の掲載が無い理由は、データ制約から脚注 9 に示した一般的 に行われている TFP 変化率計測の問題点で補正したもののうち、データ制約から 4.資本稼働率の未調整が行え ないためである。 2.4.2 TFP変化率の要因分解 92 から 94 年度におけるトラック輸送業のTFPの変化について要因分解を行ってみる。 要因分解は国内貨物輸送量のシェアがトラック輸送業に次ぐ内航海運業についても行い、 トラック輸送業との比較を行う。要因分解の考え方は、TFPの変化率で表される付加価 値生産における生産効率の変化が、一定の投入量の下での実質付加価値額(ここで要因分 解の対象としている両業種では輸送量となる)の変化によるのか、一定の実質付加価値額 る5つの問題点のうち、2.粗資本ストックデータの使用、3.投入要素から土地が除かれていること、4. 全産業および非製造業での資本稼働率の未調整――について補正を行ったものである。他の2つの問題 点(1.生産関数と市場環境における非現実的な仮定、5.労働力過不足の未調整)については、データ制約 から補正することができない。すなわちトラック輸送業を含む運輸業内の業種について、1.の問題は資 本のコストウェイトに用いる資本コスト単価が算出できず、5.の問題は労働過不足率の推計に用いる日 銀『短観』のデータが利用できないため補正を行っていない。 10 トラック輸送業のTFP変化率計測データのうち、運輸省/国土交通省『自動車運送事業経営指標』によ る有形固定資産のデータが 95 年以降調査されなくなったため、94 年までの計測しかできない。また運 輸省/国土交通省『自動車運送事業経営指標』のデータには 90 年と 91 年の間に断裂があるため、90 年 代のTFP変化率の計測は、92~94 年度の平均となっている。 5 (輸送量)のもとでの投入量の変化によるのかをみることである 11 。要因分解の結果をみる と、92~94 年度におけるトラック輸送業のTFPの改善には、輸送量要因が最も大きな寄 与をしている。これには、バブル崩壊後に総貨物輸送量が伸び悩むなか、各事業者が商品 開発・サービス改善など創意工夫を行ったことが大きいとみられる。一方、内航海運業で は、労働投入量のみがTFPの変化に対しプラスに寄与している。この寄与は、低迷する 利益率を引き上げるための労働投入量削減とみられ、トラック輸送業における輸送量拡大 のための創意工夫とは、大きく異なっている(図表5)。 以上のようなTFP変化率の分析から、92~94 年度のトラック輸送業における生産効率 化は、経済的規制緩和の進展により、事業者数が増加し、競争が激化した結果とみられる。 すなわち、競争の激化のなかで、事業者の創意工夫が引き出された結果としての生産効率 化であり、イノベーションと考えられる。事業者の創意工夫によるイノベーションの例と しては、①サードパーティ・ロジスティクス(3PL)12 などロジスティクスのアウトソー シングへの取り組み、②ジャストインタイムなど輸送の定時制の改善、③配送拠点などネ ットワークの整備や、④宅配便にみられるような顧客の需要にあった商品開発――をあげ ることができる。 図表5 TFP変化率(92~94 年度平均)の要因分解(%) TFP変化率 投入 要 労働投入 資本投入 因 中間投入 輸送量 トラック輸送業 0.9 -1.8 1.5 -0.3 -3.1 2.7 内航海運業 -5.3 2.1 3.0 -0.4 -0.5 -7.4 (出所)木村(2002)図表 5-33 より筆者作成 2.4.3 規制・制度改革による今後のロジスティクスのイノベーションへの効果 ロジスティクスのイノベーションは、規制や制度の改革により今後も促進されるとみら れる。これは、これまで進んだ規制緩和の効果が期待され、さらに 05 年から 06 年に新た に打ち出された法律や政策方針が、ロジスティクスのイノベーションを促進するとみられ るからである。すなわち、需給調整規制の廃止にみたように、90 年代からロジスティクス 関連産業での規制緩和が進んでおり、これはイノベーションを促進すると考えられる。ま た 05 年に施行の「流通業務の総合化及び効率化の促進に関する法律」(物流総合効率化法)、 06 年に施行の「エネルギーの使用の合理化に関する法律」の一部改正(改正省エネ法)、05 年 11 月に閣議決定された「総合物流政策大綱(2005-2009)」は、いずれもロジスティク 11要因分解の方法については、木村(2002)pp.102-103 参照。 12サード・パーティロジスティクス(3PL)とは、荷主に対してロジスティクスの改革を提案し、包括的 にロジスティクスサービスを受託する事業である。 6 スの効率化を促進する措置、施策内容を含み 13 、この面からのロジスティクスのイノベーシ ョンは促進されるとみられる。 ただこのような規制・制度改革以上に、今後のロジスティクスのイノベーションは、イ ンターネットなど情報通信ネットワークのインフラ整備の進展により促進されるとみられ る。従来のイノベーションの議論における中心である製造業の 20 世紀におけるイノベーシ ョンは、利用するネットワークにおいては道路インフラと電力インフラに支えられてきた とみられる。これを産業連関表における投入係数にみると、両インフラのネットワークの 使用状況を示す道路貨物輸送および電力の投入係数は、広義のサービス業に比べて比べ高 い。一方ロジスティクス、またロジスティクスを含む広義のサービス業 14 は、情報通信イン フラのネットワークの利用状況を示すとみられる電気通信(インターネットの利用を含む) の投入係数が高水準にある。したがって、今後ロジスティクス、また広義のサービス業で イノベーションが進展すると考えられる。また小売業の電気通信の投入係数は、ロジステ ィクスの約2倍である。今後ロジスティクスでは、RFIDとEDIの組合せによる決済機能の 取り込みなど、従来商流として小売業が行っていた業務の取り込みが見込まれる。これに より、さらに電気通信の投入係数が上昇し、イノベーションが促進されることも考えられ る(図表 6)。 図表6 2004 年の投入係数 2.0% 電気通信投入係数 道路貨物輸送投入係数 電力投入係数 1.5% 1.0% 0.5% 0.0% 製造業 広義サービス産業 ロジスティクス 小売業 (出所)経済産業省「平成 16 年簡易延長産業連関表」(http//www.meti.go.jp/statistics/index.html)より筆者作成 (注)広義のサービス産業、ロジスティクスの内容については脚注 14 を参照。 13 物流総合効率化法は、新たに必要な複数の物流関連の登録、許可の一括化、特定流通業務施設の整備に 関する立地規制の緩和などの措置内容を含む。また改正省エネ法は、積載率向上、回送距離の最小化、 自家用トラックから高積載の営業用トラックへの切り替えなどの措置内容を含む。総合物流政策大綱 (2005-2009)は、物流拠点の再編・合理化、3PL促進、EDI・電子タグの普及促進といった具体的 施策内容を含む。 14 ロジスティクスの内容は、鉄道貨物輸送、道路貨物輸送、外洋輸送、沿海・内水面輸送、港湾運送、航 空輸送、貨物運送取扱、倉庫、こん包、その他の運輸付帯サービスである。広義のサービス産業の内容 は、商業、金融・保険業、不動産業、運輸業、通信・放送、電気・ガス・熱供給、水道・廃棄物処理、 サービスである。 7 3.イノベーションとしてのサードパーティ・ロジスティクス(3PL) 3.1 3PLへの着目理由 本章では、2.4.2 で取り上げたトラック輸送業における4例のイノベーションのうち、3 PLに着目し、その要因をケーススタディにより考察する。3PLに着目する理由は、ま ずジャストインタイムなど定時制の改善、配送拠点などネットワークの整備――について は、ロジスティクス全体の改革を行う3PLでも取り組みが行われることによる。また宅 配便はロジスティクスの1商品である一方、3PLはロジスティクス全体の改革を行うも のであることにもよる。さらに、①04 年より国土交通省主導で、3PL事業者向けの研修 会が実施されていること、②05 年 5 月の日本3PL協会の設立――など、近年3PLへの 関心が高まっていることも、3PLに着目する理由である。 3PLにおけるイノベーションの要因を特定するためのケーススタディは、3PLを行 う代表的な企業のうち、文献調査を行った上で、ヒアリング調査に応じて頂いた2つの企 業、株式会社ハマキョウレクックスと山九株式会社(以下株式会社を省略し、各々ハマキ ョウレックス、山九と表記する)を取り上げる。 3.2 ハマキョウレックス 15 3.2.1 企業概要 ハマキョウレックスは静岡県浜松市に本社を置き、71 年にトラック輸送業として創業し、 01 年に東京証券取引所2部に上場され、03 年には同 1 部に指定されている。単体ベースで、 06 年 3 月期の売上高は 207.7 億円、06 年 3 月末の資本金、総資産は、各々40.5 億円、191.2 億円である 16 。 3PL業務を開始したのは 93 年であり、この主たる理由は、3章で述べたようなトラッ ク輸送業の経済的規制緩和による競争激化のなか、安定収益源を求めたためである。トラ ック輸送業では、荷主の輸配送を受託するだけであるため、他の事業者への委託の切り替 えが行われ易い。しかし3PLでは顧客の様々な情報を扱うシステムを持つため、自社の 顧客である荷主が、すぐに他の事業者の顧客に切り替わることは生じにくい。他の事業者 の顧客となる場合にも、その前に行われる話し合いから予測することができる。すなわち、 顧客が他の事業者の顧客に突然切り替わるかもしれないという常に持つ不安を払拭するた め、顧客の業務と深い関係を持ち付加価値も高い3PLに参入したものである。3PL参 入後は、この分野の収益を順調に伸ばし、06 年3月期における売上高の構成比は、3PL ハマキョウレックスには 2006 年 1 月 27 日に代表取締役社長 大須賀正孝氏にヒアリングを行わせて頂 いた。また日本証券アナリスト協会主催による同社の物流センターの見学会に参加し、2006 年 2 月 28 日に同社浅羽センター(浅羽営業所)の見学を行った。 16 連結ベースでは 06 年 3 月期の売上高は 726.3 億円、06 年 3 月末の総資産は 679.8 億円。ハマキョウレ ックスの決算データは単体を中心に記述する。これは 06 年 3 月期の売上高で、単体ベースでは約 9 割が 3PLによるものであるが、連結では6割強が貨物自動車運送事業(トラック輸送業)によるため、3 PLのイノベーションを論じる本稿では、単体のデータの方が適していると考えられるためである。 15 8 が 90.1% 17 を占め事業の主軸となっている。その結果全社の業績は順調で、2006 年3月期 まで 10 期連続増収・経常増益である(単体ベース、年度平均 15.3%増収、27.3%増益:図 表7参照)。 運営する物流センター数は、06 年3月末において単体 25 センター、連結 44 センターで、 3PL事業を受託している企業数は、ヒアリング実施時点(06 年 1 月 27 日)で約 300 社 である 18 。また現在、社長の大須賀正孝氏は、日本3PL協会の会長である。 図表7 ハマキョウレックス(単体)の売上高・経常利益の推移 億円 250 億円 20 売上高:左目盛 200 経常利益:右目盛 15 150 10 100 5 50 0 96 97 98 99 00 01 02 03 04 0 05 年度 (出所)日経 NEEDS―Financial QUEST のデータより筆者作成 3.2.2 3PLの成功要因 ハマキョウレックスの3PLの成功要因は、大きく分けてロジスティクス改善への高い 提案能力と、現場の高い業務遂行能力にあると考えられる。それぞれの内容について以下 で述べていく。 A.ロジスティクス改善への高い提案能力 A.1 顧客企業に関する徹底したデータ収集 ハマキョウレックスでは、まず新たな顧客の3PL業務を引き受けるにあたっては、顧 客の事業内容、事業環境、ライバル企業の物流の仕組み、顧客の販売先のニーズにまで及 ぶ徹底的な調査を行う。特に顧客の物流については詳細な調査を行い、1 日の出荷件数、出 荷トン数などについて顧客から可能な限り提供をうける。その上で、なおデータが必要な 場合は、顧客の既に稼働している物流センターでデータを収集する。既に稼働している顧 客の物流センターがない場合には、同業種の物流センターを研究し、足りないデータの補 17 ここでの3PLの比率は、同社へのヒアリングにおいて3PLと見なるとのことであった物流センター 事業の比率。 18 運営センター数と3PL受託企業数の違いは、1 つの受託先の製品・商品を扱う単独センターだけでな く、複数の受託先の製品・商品を扱う複合センターがあることによる。 9 完に努める。このような調査には最低4ヵ月を要し、顧客のデータが十分でない場合には 1年以上が必要となる場合もある。このような調査は、既に引き受けている顧客の業種と 同業種で、新たな顧客の業務を引き受ける場合にも必要である。これは同業種であれば物 流センターの運営方法に共通する特徴はあるが、業務のルールが会社により全く異なるた めである。 こうした事前の十分なデータ収集から、適切な物流センターの規模や作業員数を決定す ることが可能となる。また出荷量を予想し、それに対応した物流センターの各エリアの人 員投入数を正確に予測するなど、しっかりと業務に関する段取りを行うことが可能になる。 3PL業務の開始前だけでなく、開始後も正確な物流コストなど顧客に関するデータが 把握、蓄積されている 19 。このような正確なデータの蓄積が、近年契約期間の終了時に、多 くの場合に行われるようになったコンペにおいて役立っている。すなわち、コンペで非常 に安い見積りを出してくる競走相手の企業もある。しかし、その価格には根拠のないこと が多い。したがって顧客に対し、委託先を切り替える前の見積りの段階で、競合先の見積 りにある低価格では、コスト面からみて業務の実施が不可能であることを、データの裏付 けに基づき説明する。するとこの説明により、顧客も競合先の価格では業務の実施が不可 能であることを理解し、契約を継続してくれことがかなり頻繁にある。 A.2 顧客の業務改善に向けた提言 3PL業務を引き受けた後には、主に荷動き状況から判断し、適正水準まで在庫を低下 させ、コストが削減されるるように、顧客企業に対し提言が行われている。この提言は、 日次、週次、月次で行うことが基本になっている。こうしたハマキョウレックスの提言を 受け入れ生産計画やサプライチェーンを変更している企業に成長している企業が多い。ハ マキョウレックスの提言を受け入れて、大幅なコスト削減に成功した事例としては、中国 で生産を行っているメーカーが製品の送付方法を変えたものがある。この事例では、従来 は日本に大ロットで一括して製品を送付していたため、日本の倉庫での高い保管料金を支 払っていた。しかしこれを、必要な量だけを日本に送付するよう変更し、中国の安い倉庫 料金でカバーする部分を大きくして費用が節減された。 B.現場の高い業務遂行能力 ハマキョウレックスの現場の高い業務遂行能力は、①収支日計表、②日替わり班長制度、 ③アコーディオン方式――といった独特な業務の遂行制度が基礎になっていると考えられ る。これらのうち、収支日計表と日替わり班長制度は、パート従業員も含むすべての従業 員各々が、コスト意識を高く持つための工夫であると言える。すなわち個々の従業員が、 漫然と仕事をするのではなく目標を持ち、その目標に向かって自主的に工夫を行って行く 19 このような、3PL業務開始後の正確な物流コストの把握、蓄積には、4.2.2-B.1 で述べるハマキョウレ ックス独自の業務遂行制度である収支日計表が役立っているものと考えられる。 10 ための指針を与えている。またこの2つの制度による自主性の向上、会社の業務への改善 意識の向上が、業務量により労働者数を伸縮させるアコーディオン方式という制度での協 力を引き出しているものとみられる。以下では、これらの各制度について述べる。 B.1 収支日計表 収支日計表は、会社全体として日々の概算の収支状況を明確にし 20 、業務の問題への早期 で適切な対応を取り易くしている。また日々の収支の最小集計単位は、物流センターの各 作業員、トラックの各ドライバーであり、作業員、ドライバーごとの日々の収支を示すこ とにより、コスト意識を向上させている。すなわち、この制度により個々の従業員につい て、収益改善、生産性向上のための基礎情報となる各自の日々の収支状況が明確化される。 従業員はこれを、それぞれの立場で把握することで、自発的に収益・生産性改善のマイン ドを持つようになっている。 収支日計表の仕組みは、作業員、ドライバーについて売上高(作業員であれば作業時間 内でのピッキング個数から算出、ドライバーは運賃収入) 、費用を計上し、収支の差額を利 益として算出するものである。費用は作業員、ドライバーの稼働日 1 日当たりの人件費、 物流センターの建物やトラックなどの減価償却費、管理費などが計上される 21 。これらのう ち管理費には、事務作業担当の社員のコストも計上される。ただし、収支日計表の目的は、 自分たちの生産性が解るということにあるため、厳密なデータである必要はない。例えば ドライバーの費用として計上される燃料費は、給油した日のみ計上すればよく、また修繕 消耗品費も費用として計上されるが、いつ発生するか明確ではないため、前年度実績をベ ースに概算値を計上すればよい。 収支日計表は、物流センターの作業員、ドライバー1人ひとりに、自分の行っている仕 事の損益状況を理解させることを目的とするため、最初に仕組があってそのなかに数字を 入れるようなことは一切行っていない。様式を予め本社が用意すると、業務として指示が あるため作成することとなり、ただ儀礼的に作成するようになる。このため、物流センタ ーごとに用いる様式を従業員全員が話し合って作るように指導が行われており、物流セン ターごとに作り方が違っている。 このように、従業員が作成方法も自分達で決めた収支日計表により、自分の収支が黒字 であれば、仕事に自信を持ち、仕事へのモティベーションがアップする。また赤字であれ ば自主的に工夫をするようになる。 B.2 日替わり班長制度 20 21 ただし概算といっても、決算との誤差は 0.3~0.4%程度となっている(大須賀(2005)pp.60-61)。 ドライバーの場合に費用項目として計上されているのは、「①固定費、②燃料費、③タイヤ・チューブ費、 ④修繕消耗品費、⑤人件費、⑥有料高速代、⑦食事代、⑧管理費――など」(大須賀(2005)p.54)で ある。このうち、固定費はトラックの減価償却費である。 11 日替わり班長制度は、物流センターの作業員が仕事に責任感を持ち、 「動かされる」ので はなく、自分から「動く」環境を作るために考案された制度である。物流センターの業務 は、主として主婦のパートタイマーの作業員が行っている。作業員は、5~10 名の小グルー プ単位で活動している。そしてこの班の構成員は全員が、毎日日替りで班長となる。この 小グループの班長は、①朝礼、昼礼の実施、②作業場の清掃や整頓の完了といった作業環 境の状況の確認、③グループ全体の作業進捗状況の確認――を行い、さらに④グループ内 の作業員の生産性を考慮し、作業の終了時間の計算といったグループ内の時間管理も行う。 日替わり班長制度の効果は、①従業員は班長になると課された目標をクリアしよう努力 し、これが全従業員のモティベーションの向上につながっていること、②従業員間の競争 意識の向上(他の人が班長の時には上手く作業が進んだのに、私の時にはどうして上手く 行かないのかなどと考えることによる自主的な努力促進) 、③各従業員が所属するグループ の作業全体を理解し、作業の流れを考慮しながら作業を実施するようになることでの作業 品質の向上、④現場の在庫波動などに伴うムリ、ムダ、ムラへの現場の従業員からの積極 的な問題提起による改善――といったことがある。 現場における作業員発案の作業改善についての具体例には、①安定性の向上、検品を容 易にする等の商品の棚への積み方や、②作業効率を向上させる台車の使い方や台車に乗せ る量など、現場での細かなノウハウも多い。しかし配送先別に商品を振り分けるシュータ ーにおける業務で、机上計算で必要な 8 名からスタートした作業員数を、4名に減少させ 画期的な効率化を実現したものもある。この改善には商品が軽すぎてシューターから落ち て来ない場合に引きおろす器具(棒の先端に商品を引きおろす板の着いたT字型の器具) の従業員による発案が大きな役割を果たした。 このようなハマキョウレックスの日替班長制度は、仕事への意欲向上、発想の拡がり、 生産性の向上等の効果が指摘される小集団活動 22 であり、その効果が顕著にみられる一形態 と考えられる。 B.3 アコーディオン方式 アコーディオン方式とは、日々の物流センターで扱う物量に応じて作業員の数を変更す るために発案された制度である。アコーディオン方式という名前は、作業量に応じて作業 員数が増減する状況が、アコーディオンで音を出す際に蛇腹の部分が伸び縮みする様子と イメージが重なることによる。物流センターでの作業体制は、毎日動いている商品は納品 の前日の朝 10 時頃に発注が入ってくる。したがって作業体制は、発注に従って予測を行い 組んではいるが、予想から外れた場合に作業員を増減させる。 作業員の増減は、パート従業員の勤務体系を流動的にして、必要な時に働いてもらうよ うにすることで実現している。すなわち作業予定では終業時間までの勤務であったとして 22 小集団活動については、上田(1988)に詳しい。 12 も、作業が早く終了した場合には帰宅してもらい、逆に作業員が足りなくなった場合には、 連絡して出勤してもらっている。またパート従業員の帰宅後に、翌日の作業員数が、予定 よりも必要数が少なくなくなった場合には、電話連絡で翌日は仕事が無いことを連絡して いる。 このような柔軟性に富んだ勤務体系を、パート従業員が受け入れている背景には、まず パート従業員に、配偶者控除が受けられる上限の 103 万円の所得を保証していることがあ る。しかしこうした勤務体系の受け入れは、突然の生活スケージュールの変動につながる。 したがってアコーディオン方式の受け入れには、収支日計表と日替り班長制度により、自 らの仕事に対するモティベーションが向上し、会社業務への改善意識が高まっていること の影響が大きいとみられる。 3.2.3 3PLにおける問題点 3.2.2 では、ハマキョウレックスにおける3PLの成功要因についてみていた。ここでは、 成功している3PL事業のもとで、さらなる効率化、イノベーションの実現の障害になっ ている事象について取り上げる。 A. 顧客企業による情報開示 3PL業務では、顧客からの生産、仕入、出荷に関する情報開示がロジスティクスの効 率化に重要であるが、顧客は実際にはなかなかこうした情報を開示しない。また顧客には 様々なレベルの企業が存在するため、情報を開示しないのではなく、販売など他の業務の システムを整備することには力を入れていても、物流につながるシステムを作っていない ために情報を開示できない企業も多い。こうした企業にも、3.2.2-A.2 で述べたように荷動 きにより得た情報から最適在庫への提言を顧客に行うが、情報を多く開示する顧客企業の 方が、ロジスティクスの効率化は進みやすい。特にロジスティクス業務の委託に加えて、 仕入も一括して委託を行っている企業では、在庫が適正水準に保ちやすく、キャッシュフ ローも改善されている。情報開示によるロジスティクスの効率化、すなわちイノベーショ ンが実現された良い事例として、生産ラインの情報までハマキョウレックスが把握してい るジュース会社における3PL業務がある。 A.1 情報開示によるイノベーション実現の事例 ハマキョウレックスがイノベーションを実現させたジュース会社(A 社)では、2003 年 に株主が変動したことに伴い、経営課題の1つとして物流改革が取り上げられた。この物 流改革のコンサルティングを行い、生産量の約 7 割を担う主力工場の物流センターを設置 し、その運営を行っているのがハマキョウレックスである。 A 社の物流における最大の問題点は、製造したジュースのすべてを工場周辺の倉庫に輸送 していることにあった。これは、ジュースは食品衛生法に基づく微生物検査のために、製 13 造してから 1 週間程度保管する必要があるためであった。ジュースのすべてを製造後倉庫 に配送していたため、主力工場では年間 5~6 億円の運賃が発生していた。この運賃を無く すため工場の隣地に物流センターを建て、工場と物流センターの間をコンベアで結び、工 場で生産後のジュースが物流センターに直接自動搬入される仕組みが作られた。また物流 センターは、工場の隣地とは言っても公道を挟むため、地下トンネル設置により、コンベ アで工場と結ばれている。ただ工場敷地内の地下トンネルの設置は、ジュースの製造に地 下水を利用していたため、地下水の水質への影響が懸念され実施できなかった。このため 工場敷地内は地下トンネルに代わって、コンベアのためのブリッジを建設した(A 社の主力 工場と隣接する物流センター間のコンベアによる自動搬送の仕組みは、図表8参照) また物流センター内での保管についても、独自に開発した組立式保管ラックや、電動式 移動ラックの仕様変更で、保管のためのデッドスペースを削減するなどの工夫が行われて いる。このように施設の設置や機器に工夫を加えた上に、A社の主力工場の物流センター では、工場で生産されたジュースが直接物流センターにコンベアにより搬入されるため、 生産情報をハマキョウレックスが完全に把握できている。この結果、工場と物流センター 間で配送運賃が生じなくなったことに加え、物流倉庫内での省スぺ-スが実現し、在庫水 準が常に適正在庫に保たれ、A 社の主力工場に関するロジスティクスでは、30%のコスト 削減が実現している。主に荷動きのデータから判断し提言を行っている他の物流センター でのコスト削減の実現は、3~5%程度である。 このA社の事例からみて、顧客から生産、仕入、出荷などに関するすべてのデータが開 示されれば、顧客企業のサプライチェーンの改革により、大幅な効率化、すなわちイノベ ーションが実現する可能性は増すと考えられる。 図表8 A社の主力工場と物流センター間の自動搬送の仕組み A社主力工場 ブリッジ 物流センター 公道 工場敷地 物流センター敷地 (出所)刈屋(2005)図2を筆者が一部変更、加筆 A.2 荷主による情報開示の困難性 3PLにより、大幅な効率化、すなわちイノベーションが実現されるためには、A社の 事例にみたように顧客企業からの広範囲にわたる情報開示が、3PL事業者に行われるこ 14 とが望ましい。しかし、A 社のような広範囲な情報開示は、ほとんど行われていない。この 理由としては、先に述べた顧客によっては情報開示に必要なシステムを持っていないとい うこと以外に、①物流センターへ入荷される製品・商品のアイテム数、経路の問題、②顧 客企業が情報の開示をリスクと考えること――がある。 まず物流センターへ入荷される製品・商品のアイテム数、経路の問題であるが、A社の 物流センターの場合は、製品がジュースのみでアイテム数が限られており、また製品をA 社ですべて生産しているため、生産情報などが開示されやすい。ハマキョウレックスの他 の物流センターで扱うアイテムアイテム数は、数万点にも及ぶ。またメーカーによっては、 自社で生産する製品はごく一部で、ほとんどの製品は下請け会社が生産しているという会 社もある。また生産される製品だけではなく、一部は仕入れている商品が物流センターに 入荷される。このようにアイテム数が増加し、物流センターまでの入荷経路が複雑になる と、顧客企業による情報開示は難しくなる。 顧客企業がスーパーの場合では、物流センターで在庫を保有する商品については、POS データが開示される。しかし出荷日に物流センターに入荷、仕分けし出荷する商品につい ての POS データの開示はない。ここでは在庫商品と、当日入荷し仕分けを行う商品の混在 という複雑なサプライチェーンが情報開示の障害となっている。 次に顧客企業が情報開示をリスクと考えることは、メーカーの顧客企業は、3PL事業 者と秘守契約を結んでいても、情報漏洩の危険が高いと考えるためである。したがって仕 入れ価格や販売価格まで分かるような情報開示を行わない。このためメーカーが、3PL 事業者に開示するデータは、価格などが削除されたものとなる。この価格などのデータの 削除には、専用ソフトが必要で相当な支出が必要となり情報開示が進まない。 B. 顧客企業の部分最適化志向 顧客企業は、例えばメーカーでは、生産サイドの効率だけを考えロジスティクスの面か らみた非効率を考えず、在庫が過多な状況を作りだすことが多い。このような状況のもと でも顧客企業に提言を行うが、顧客企業はお金を支払う側であり3PL事業者を下請け企 業とみて、提言を聞こうとしないことが多い。すなわち3PL事業者にアウトソーシング したロジスティクスについては、顧客企業は考慮せず、自社で実施している業務だけの効 率化を考えている企業が多い。言いかえれば、アウトソーシングしたロジスティクスにつ いても顧客企業の重要な業務であるにもかかわらず、自社で実施している業務のみの効率 化、すなわち部分最適化のみを考え、アウトソーシングした部分も含む自社の業務全体の 効率化、全体最適化を考えない企業が多い。 しかし数は少ないものの、ハマキョウレックスに対しロジスティクスとしてのパートナ ーというような意識、より踏み込んだ場合には同じ会社の物流部であるというような意識 を持ち接している企業も存在する。こうした企業は不良在庫が全く無く、すっきりしたロ ジスティクス業務を行うことができ、3PLは成功している。 15 3.3 山九 23 3.3.1 企業概要 山九は 1918 年に創業し、東京都中央区に本社を置く企業で、62 年に東京証券取引所 2 部に上場し、66 年には同 1 部に指定されている。連結ベース 24 で、06 年 3 月期の売上高は 3,641.2 億円、06 年3月末の資本金、総資産は、各々190.2 億円、2,814.2 億円である。業 務内容は、06 年 3 月期で3PLを含む物流事業が 58.6%、機械・設備の据付、メンテナン スなどの機工事業が 35.9%、その他事業が 5.5%となっている。 山九では、3PLという言葉が使われる以前から、物流改革・改善を国内外で積極的に 提案し、顧客企業の物流合理化に貢献する業務を行っていた。そして 2002 年 10 月には、 3PLを、3PM(サードパーティ・メンテナンス)、中国事業とともに3大戦略事業に位 置付けている 25 。山九の近年におけるセグメント別の売上高の推移をみると、05 年度(06 年 3 月)に、全社ではで直近のボトムの 02 年度比で 13.8%の増収であるが、物流事業では 23.7%の増収と伸びが大きい。特にこのセグメントに含まれる3PLは 02 年度の 249 億円 から 05 年度には 377 億円となり、増収率は 51.4%で高さが目立っている(図表9) 。 図表9 山九(連結)のセグメント別売上高の推移 4,500 4,000 3,500 3,000 2,500 2,000 1,500 1,000 500 0 億円 00 01 02 03 04 05 99 00 01 02 03 04 05 全社 物流事業 99 00 01 02 03 04 05 機工事業 99 00 01 02 03 04 年度 その他事業 (出所)EDINET のデータより筆者作成 2005 年 4 月において、3PL受託企業数は約 80 社で、国内で運営する物流拠点数は 144 山九には 2006 年 2 月 2 日に、ロジスティクス・ソリューション事業本部 3PL事業統括部 企画開発 担当部長 大浜伸之氏、ロジスティクス・ソリューション事業本部 企画部 企画グループ グループマネ ージャー 吉野光宣氏、調査・広報部 広報グループ グループマネージャー 植竹政次氏にヒアリングを 行わせて頂いた(ご所属、お役職はヒアリング実施時のもの)。 24 単体ベースでは 06 年 3 月期の売上高は 2,988.0 億円、06 年 3 月末の総資産は 2,374.4 億円。山九の決 算データは連結を中心に記述する。これは 06 年 3 月期に山九における全ての事業の売上高に占める海外 売上高は 10%未満であるが、3PL事業は国際的に展開しているものも多く、海外拠点も中国、東南ア ジアを中心に 22 法人(06.08.20 山九ホームページhttp://www.sankyu.co.jp/work/kaigainw.htm による)を有するなど、連結ベースで考えるることが良いとみたためである。 25 吉田(2005)p.22。吉田氏は、吉田(2005)掲載時は、山九 ロジスティクス・ソリューション事業本 部 3PL事業部 3PL事業統括部 部長。 23 16 拠点である 26 。 3.3.2 3PLの成功要因 山九の3PLの成功要因は、①ロジスティクスに関する分析、企画、実施体制構築能力 の高さ、②情報システム開発能力の高さ、③海外にも展開し幅広い業務を自社で行うロジ スティクスネットワーク――がある。以下では、これらのそれぞれについてみて行く。 A.ロジスティクスに関する分析、企画、実施体制構築能力の高さ 山九では、昭和 40 年代から行ってきた3PLの業務経験の蓄積の上に立った顧客のロジ スティクス改善の分析、企画、実施体制の構築能力の高さが、3PL業務受託における一 つのポイントとなっている。3PL事業の推進体制は、本社の3PL事業部、企画部が担 う他、情報システム開発とメンテナンスは、連結子会社の株式会社インフォセンスが担当 している。さらにオペレーション体制は、国内支店、海外現地法人、国内外のパートナー と共に構築している。また国内外の複数拠点で運営されるネットワーク型3PL事業では、 業務経験の蓄積を生かした統一された業務マニュアルのもと、全拠点均一サービスが提供 されている 27 。 3PL業務における経験の蓄積は、例えば雑貨を扱う顧客からの業務を受託すれば、雑 貨に関するノウハウを取得できる。またノウハウの取得後は、それを生かせる顧客であれ ば、短時間で業務の立ち上げを行い、生産性の向上も実現しやすい。したがってノウハウ を持つ品目を扱う顧客を、受託のターゲットとすることが多く、これによりノウハウの蓄 積は厚みを持つ。またこうした経験の蓄積は、顧客企業により3PL業務の委託先として、 山九が選択される際にも生きている。すなわち、顧客企業が委託先を選定するにあたって は、コストに多少差があっても、安心して業務を任せることのできる企業かどうかを重視 する傾向がある。したがって3PL事業者として実績があることが生きている。 また3PLの経験の蓄積は、同様な品目を扱う際にのみ生きる訳ではない。多くの3P Lを受託すると、全く異なる品目を取り扱う際にも経験の蓄積が生かされる。この事例と して、3.3.3-A で詳しく取り上げる大手化粧品メーカーでの3PL業務がある。この事例で は、化粧品の物流における経験は山九にはほとんどなかったが、その特性や条件について 詳細に分析した結果、山九自身の判断で化粧品業界初の自動ピッキングシステムを採用し、 これが顧客のロジスティクスの効率化に大きな役割を果たしている。 ま た 実 施体制 の 構 築にあ た り 重要な 事 項 に、3 P L の管理 指 標 である KPI( Key Performance Indicator)がある。KPI は3PLにおけるサービスの品質管理のために、顧 客ごとに要望に合わせ決定している。KPI が重要なのは、単に目標の達成度の報告よる顧 客からの信頼の獲得にあるためではない。3PL業務の改善が進展せず、山九だけの取り 26 27 国内運営拠点には、1 社の複数拠点の運営や、複数の受託先の製品・商品を扱う複合センターを含む。 3.3.2-Aのここまでの記述は、吉田(2005) p.23 によるところが大きい。 17 組みでは限界がある場合、KPI の報告の際に顧客企業と問題について話し合い、解決への 取り組みを共同で行っていくために KPI は重要なのである。 B. 3PLに使用する情報システムの開発能力の高さ 顧客が委託先を選択する際に重視する事項の1つに、インフラとしてのシステムを持っ ているかどうかがある。山九では3PLのシステムを持ち、さらに基幹システムに汎用性 を持たせており、これが顧客の信頼獲得につながっている。また汎用性のある基幹システ ムの利用は、顧客のシステムコスト負担の軽減にもつながっている。 情報システム開発能力の高さが生きた事例としては、化学会社(樹脂)からの受託業務 がある。この事例では、全物流作業を行うほか、山九が自社開発した情報システムで、全 国 13 ヵ所の販売ストックポイントを一元管理し、最適在庫決定、在庫補充計画、出荷管理 などを行っている。またデータウェアハウスの導入により、顧客に物流管理・分析データ を開示・提供している。 C. ロジスティクスネットワークの広がり 3PL事業者には、自社で倉庫やトラック車輌など業務に使用する資産を保有するアセ ット型と、保有しないノンアセット型がある。ノンアセット型の事業者は、最適な荷主の ロジスティクスを、中立的な立場で提案・構築できる利点がある。これに対しアセット型 の事業者は、自社所有の資産を用いることにより安定的な水準のサービスが提供しやすい 点に強みがある。山九は、倉庫業、トラック輸送業、港湾運送業など幅広い業務を自社及 び自社グループで行うアセット型の3PLを提供している。さらに国内にとどまらず、早 期に進出した中国など東アジア、東南アジアを中心に、海外にも倉庫、トラックなどを保 有する自社グループの3PL関連拠点を持つ。このような拠点、資産を利用し国内だけで はなく、国際的に一貫して安定的なサービス水準を提供できるロジスティクスネットワー クを保持することが、成功要因の1つとなっている。 3.3.3 3PLの成功事例 山九が実施している3PLの2つの成功事例についてみる。1つは国内におけるロジス ティクス業務に関するものであり、他の1つは日本を含むアジア5カ国に渡る国際的なロ ジスティクス業務についてのものである。 A. 大手化粧品メーカーB 社 B 社では従来、滋賀県に立地する工場で国内販売する化粧品のほとんどを生産し、3 ヵ所 の在庫型の物流センター(DC)から全国の小売店に、注文後 24 時間以内に製品の配送を 18 行っていた。しかしこの供給体制を見なおし、滋賀県の工場と小売店の間に1ヵ所だけハ ブ DC(在庫型中間流通拠点)を置いて全国に翌日配送を行う方針を決定し、2000 年に3 PL事業者を選定するコンペを行った。このコンペの結果選ばれたのが、化粧品の物流に はほとんど経験がなかった山九である。 山九が、B 社に委託先として選択された理由には、B 社の扱う化粧品以外の分野での物流 業務を既に請け負っていたことにより、B 社の信頼を得ていたことがあると考えられる。ま た B 社の滋賀県の工場の至近に、山九が倉庫を保有しており、これをハブ DC に転用する ことで擬似的に工場とハブ DC を一体化できることも大きかったものとみられる。 しかしこの 2002 年 4 月に開始された3PLを成功に導いたのは、翌日配送を行うために 航空便、宅配便、特別積み合わせトラックなどを組み合わせて経路を選択する山九の能力 にもよる。また航空便を使用し延着した場合におけるバックアップ体制など、山九におけ る3PLの実施体制構築能力の高さにもよる。さらに山九自身の判断による化粧品業界初 の自動ピッキングシステムの採用が、成功につながった大きな要因として指摘できる。3 PL業務開始当初、全国への翌日配送であった B 社の要求が、業務開始後に翌日午前中と より厳しいものとなったが、これに対応できたのは自動ピッキングシステムを導入し、ピ ッキングの精度とスピードを上げ、業務の効率化を実現していたことが大きい。B 社では、 山九への3PL業務の委託により、従来に比べ在庫を3割削減し、欠品率を 10 分の1に減 少することに成功し、これが増益に大きく貢献した(図表 10 は B 社での3PL業務の概念 図)。 図表 10 山九による大手化粧品メーカーB 社の3PLの概念図 (出所)山九ホームページ(http://www.sankyu.co.jp/work/jire2.htm、2006.9.7 時点) B. 米国系多国籍化学会社 C 社 19 アジアでの事業展開に注力している米系多国籍化学品会社 C 社の例をみる。C 社の3P Lにおいて山九は、03 年より日本、韓国、シンガポール、中国、タイの 5 カ国、15 都市で、 輸入通関、海運事業者との製品の運送の取次ぎ、製品の保管、C 社の顧客への配送まで一貫 したロジスティクス業務を実施している。この3PLの受託では、東アジア、東南アジア を中心とした自社グループのロジスティクスネットワークにより、5カ国で同質のサービ スを提供できることが 1 つのポイントとなった。また 2000 年から稼動させていた2つの物 流システム、海外向けの EDI-SANCS と国内向けの SANKYU-LINCS も重要な要因となっ た。すなわちこれらのシステムにより、当時は一般的システムでは不可能であったパソコ ンからアジア地域など特定地域の在庫(輸送中の在庫も含む)を、一括して確認できたこ とが大きな受託の要因となった。 さらに C 社は、多国間にわたる物流拠点についてロジスティクスの情報を一括管理し、 コストの圧縮を図りたいとの要望を持っていた。これを実現するために山九は、XML ベー スのインターネットにより、リアルタイムに物流情報を把握できるのシステムを新たに構 築した。このシステムで C 社の米国本社と山九のシステムをつなぎ、C 社のロジスティク スは大きく効率化された。この3PLにより C 社では、日本国内だけで2割弱の物流コス トを圧縮している(図表 11 は C 社での3PL業務の概念図)。 図表 11 山九による米国系多国籍化学会社 C 社の3PLの概念図 (出所)山九ホームページ(http://www.sankyu.co.jp/work/jire4.htm、2006.9.7 時点) 3.3.4 3PLにおける問題点:顧客企業の商品知識等 山九における3PLについて、3.3.2 では成功要因を、3.3.3 では成功事例をみた。ここで は、こうした3PLの成功のもとで、さらなる効率化、イノベーションに対し問題となっ ている事項を述べる。 20 近年では、コールセンター業務など、受発注に関する業務についても3PL事業者に委 託する企業が増加している。山九では、顧客の生産計画、販売計画を共有し、全物流業務 を行うほか、山九が自社で開発したシステムで最適在庫水準の決定、在庫補充、出荷引当 等の業務を実施している顧客もある。このように情報をオープンにし、受発注を含む広範 囲の業務を委託された場合は、そうで無い場合に比べ、ロジスティクスの効率化は行いや すい。しかし受発注ではエンドユーザーと対面するため、顧客企業の商品知識等の顧客の 本業に関する知識が必要となるという難しさがある。 3.4 3PLにおけるイノベーションの要因 前節までのケーススタディに基づき、3PLにおけるイノベーションの要因について考 察する。ハマキョウレックスと山九における3PLの成功要因と問題点を整理したものが 図表 12 である。両者の成功要因の共通点、すなわちイノベーションの要因としてとして捉 えることのできる事項は、①徹底したデータ収集あるいは、長い業務経験によるデータの 図表 12 ハマキョウレックスと山九における3PLの成功要因と問題点 ハマキョウレックス 成 功 要 因 問 題 点 山 九 1.ロジスティクスの分析・企画・実施体制構築能力 1.ロジスティクス改善への高い提案能力 の高さ ・顧客企業に関する3PL業務開始前、開始後双方 ・昭和 40 年代から行ってきた3PLに関する業務 での徹底したデータ収集 経験の蓄積 ・顧客に対する業務改善に関する日次、週次、月次 ・3PL の品質管理のため設定される KPI を活用し での提言 た顧客との共同取組みによる業務改善体制構築 2.独特な業務遂行制度が基礎になった現場の高い 2.情報システム開発能力の高さ 業務遂行能力 ・パートを含む全従業員の仕事へのモティベーショ ・インフラであるシステムによる顧客信頼の獲得、 基幹システムの高い汎用性による顧客負担軽減 ン、コスト意識を高める制度 ①収支日計表:物流センターの作業員、トラックド 3.ロジスティクスネットワークの広がり ・自社グループ所有の以下の資産を用いることによ ライバー個々の日々の収支を算出 る安定的な水準のサービス提供 ②日替わり班長制度:物流センターの活動単位であ ①自社グループで運営する倉庫業、トラック輸送 る 5~10 名の小グループで、パートも含む構成員 業、港湾運送業などの資産の利用 全員が日替わりで班長を行うことで、モティベー ション・作業への理解・改善提案への積極的性・ ②東アジア、東南アジアを中心に広がる海外にお 従業員間の競争意識の向上 ける自社グループの施設 ③アコーディオン方式:物流センターの作業員数 を日々の物量に応じて変更するための制度 1.顧客企業の商品知識などの本業に関する知識 1.顧客企業による情報開示の困難性 ・3PL による大幅な効率化の実現に必要な顧客企 ・3PL 事業は、オープンな情報のもとで製品・商品 の受発注を含む広範囲の業務を委託された場合 業の広範な情報開示の以下の理由による困難性 に、効率化が進み易い。しかし、受発注ではエン ①情報開示に必要なシステムが顧客にないこと ドユーザーと対面するため顧客の商品情報など ②製品・商品のアイテム数の多さ、経路の複雑さ 顧客の本業の知識が必要となる難しさを持つ。 ③顧客企業が情報の開示をリスクと考えること 2.顧客企業の部分最適化志向 ・アウトソースしたロジスティクスを除き、自社実 施の業務内で最適化を図る顧客企業が多いこと (出所)筆者作成 蓄積、②顧客と共同で業務改善を行うための努力(頻繁な提言や KPI を活用した業務改善 21 体制)――がある。 これらの共通点以外の両社における成功要因をみると、山九におけるロジスティクスネ ットワークの広がりについては、自ら輸送機器や物流センターなど3PLに用いる資産を 所有するアセット型の3PL事業者としての長所である。3PL事業者には、3PL業務 に用いる資産を所有しないノンアセット型の事業者もあるため、これは3PLにおける一 般的なイノベーションの要因には必ずしもならないものと考えられる。 しかし、③ハマキョウレックスにみられる従業員のモティベーションを向上させる制度 に支えられた現場の高い業務遂行能力、④山九にみられる情報システム開発能力の高さ― ―は、アセット型、ノンアセット型に共通なイノベーションの要因と捉えることができよ う。この③、④の要因については、個々の会社において3PLの成功要因として述べてい るため、以下では①、②の要因について両社の状況を併せて考えた際に、イノベーション の要因としてどのようにみられるかを述べる。 3.4.1 データの蓄積:リファレンスデータベースの構築 データの蓄積については、個々の3PLの受託で収集したデータは、当該業務における データとして不可欠なだけではなく、個々の状況と対応策が結びつきノウハウとして蓄積 される。そしてこのような蓄積が行われれば行われるほど、様々な条件の3PLに対応が 可能となり、また大幅な効率化の達成、すなわちインパクトが大きいイノベーションにつ ながり易くなる。 これは山九の3PLの成功事例である大手化粧品会社 B 社の事例に顕著である。 山九は、 ほとんど経験のなかった化粧品の物流において、全国で 1 ヵ所のハブ DC から全国の小売 店への翌日午前中配達を実現し、在庫の3割削減、欠品率を 10 分の1に減少することによ り、B 社の増益に大きく貢献した。これを実現したのは、それまでの業務経験の蓄積による 経路選択のノウハウと、自らの判断による自動ピッキングマシンの導入によるところが大 きい。すなわちここでは、業務経験により情報の蓄積量が大きくなるなか、汎用性の高い サービスの原理・原則のノウハウが集積し、イノベーションへのリファレンスデータベー スが構築され、これを用いたイノンベーションが生じているといえる。 3.4.2 顧客企業と共同で業務改善を行うための努力 ハマキョレックスで3PLの問題点として指摘されるように(図表 12 参照)、3PLの 顧客企業には、事業の効率化を自社で実施している業務の範囲だけでとらえ、アウトソー スしたロジスティクス業務を考慮しないものも多い。しかし3PLは、顧客企業のサプラ イチェーン・プロセスの一部であるロジスティクス 28 について、効率化を図るものである。 このため3PL事業者が、アウトソースされたロジスティクス業務のみにより実施できる 28 1章の脚注 3、p.1 参照 22 効率化は限られたものである。これはロジスティクスの非効率は、顧客のロジスティクス 以外のサプライチェーン・プロセスの歪みから生じているものが少なくないからである。 したがってロジスティクスにおける問題点を顧客企業に理解してもらい、ロジスティクス を含む全体最適を考えた改革を、顧客企業が行うようにするための努力が必要となる。す なわちロジスティクスにおいて、顧客企業と共同で業務改革を行うようにするための努力 が不可欠といえる。 本稿でイノベーションの要因を検討するために取り上げた両社では、この努力の方法は 異なる。すなわち、ハマキョウレックスでは、顧客企業に日次、週次、月次で提言を行う ことを基本としており、活発な提言により顧客企業の協力を引出している。一方、山九で は、KPI を用い顧客に3PL業務の改善の進展状況を把握してもらい、改善が進展せず、 その原因が山九だけでの取り組みだけでは限界がある場合に、顧客企業の協力を得ること に役立てている。 4.3PLにおける重要事項とさらなるイノベーションへの課題 本稿では、トラック輸送業における経済的規制緩和が競争を激化させた結果、事業者の 創意工夫を引出し、ロジスティクスにおけるイノベーションを促進したことを示した。ま たトラック輸送業以外でも進展したロジスティクス関連産業での規制緩和、新たにに打ち 出された法律や政策方針のもと、ロジスティクス関連産業での重要性が高い情報通信ネッ トワークのインフラ整備の進展から、今後ロジスティクスにおけるイノベーションが、さ らに進展するとみられることを示した。 その後、3PLにおけるイノベーションに議論を絞り、ケーススタディにより、その要 因として以下の4点が捉えられることを述べた。 ①3PL関連のデータの蓄積:リファレンスデーターベースの構築 ②顧客企業と共同で3PLの業務改善を行うための努力 ③従業員のモティベーションを向上させる制度に支えられた現場の高い業務遂行能力 ④3PLに使用する情報システム開発能力の高さ これらの3PLにおけるイノベーションの要因は、3PL業務の効率化につながる要因 でもある。したがって、3PL事業者は事業の成功のためこれらの要因を業務に取り込む ことが重要になる。また3PL事業者に業務を委託する企業においても、委託によるロジ スティクス業務の効率化には、①、③、④の要因をポイントとして委託先を選定すること が重要である。また委託実施後は、②の要因が示すように3PL事業者と共に業務改革を 行う必要性がある。 このような3PLにおけるイノベーションが、今後さらに進展するための課題は、ハマ キョウレックスと山九の3PLにおいて問題点となっている事項、「顧客企業による情報 23 開示の困難性」、「顧客企業の部分最適化志向」、「顧客企業の商品知識など本業に関する知 識」に示されている。これらはいずれも、顧客企業と3PL事業者間の情報連携を推進す る必要性を示している。すなわち、両者の情報連携が進めば、顧客企業から3PL事業者 への情報開示が進展することは当然として、顧客企業はロジスティクスを含んだ自社の事 業全体に関する最適化を考えやすくなる。顧客の本業に関する情報についても、3PL事 業者が得やすくなると考えられる。 また 2.4.3 で述べた今後情報通信ネットワークの整備進展が、ロジスティクスのイノベ ーションを促進するとみられる点からも、顧客企業と3PL事業社間の情報連携の推進が 望まれる。すなわち3PLにおいても整備された情報通信ネットワークのインフラを十分 に活用することが、イノベーションを大きく進展させるとみられる。 顧客企業と3PL事業者の情報連携を強化する試みとしては、96 年に発表されバージョ ンアップも繰り返されている物流EDI標準のJTRNがある。JTRNの普及促進のた めに、5万円程度のトランスレーター 29(自社固有のデータと標準的なデータの変換を行う ために利用するソフトウェア)の開発や、このトランスレーターを使用したEDIのモデ ル事業への財政支援などが行われてきた。しかし普及は、中小企業を中心に進展していな い。こうした状況を打開するには、大きな経済主体である政府が物品の調達にEDI標準 を用い、EDI標準普及へのインセンティブを高めることが有効とみられる。これはED I標準が普及すれば、その一部をなすJTRNも普及するとみられるからである。 ただ、たとえJTRNの普及が進展したとしても、それだけでは顧客企業と3PL事業 社間の情報連携には十分とは言えない。これはEDIにより情報交換が容易になったとし ても、3PL事業者による「顧客企業の商品知識など本業に関する知識の取得」は進まな いとみられるためである。顧客企業の本業に関する知識の取得には、3PL事業者が提言 力の向上などにより、顧客企業からの信頼性を高めることが重要とみられる。これは信頼 性が高まり、生産や販売の方針を決める企画会議に顧客企業のロジスティクス部門として 出席し、顧客企業の効率化に貢献するようになれば、顧客企業の本業に関する知識の取得 が十分に行えるようになると考えられるからである 30 。 29 30 電子メール送信用の通信規約、SMTP(Simple Mail Transfer Protocol)ベースのトランスレーター で、電子メールとEXCELを導入していれば、中小企業でもEDIが可能になるトランスレーター。 株式会社日立物流は、3PL業務を行うアディダス・ジャパン株式会社の毎週の企画会議に出席し、ロ ジスティクス部門としての意見を述べている。 24 参考文献 Council of Logistics Management のホームページ http://www.clm1.org(2004.10.18 時 点) 刈屋大輔 2005「CASE STUDY ハマキョウレックス――現場改善 飲料メーカーの物流改 革を支援 アイデア満載の新センターが稼動」『月刊 ロジスティクス・ビジネス』2005 年 5 月号、pp42-46 経済産業省流通・物流政策室「流通・物流の標準化に関する施策(経済産業省における取 り組み)」産業構造審議会流通・物流システム小委員会(第2回)2004.12.1、資料 5 菊地康也 2006『SCM サプライチェーンマネジメントの理論と戦略』税務経理協会 木村達也 2004「競争優位のアウトソーシング-ロジスティクス-」富士通総研経済研究所 『研究レポート』No.213 木村達也 2002『トラック輸送業と内航海運業における構造改革 全要素生産性(TFP)変 化率を用いた分析』白桃書房 松田実 2004「ECR の推進に向けて 集約と3PL成功の鍵」関西生産性本部 2004 年度ロ ジスティクス研究会 第 5 回例会資料 OECD, 2001. Innovation and productivity in services, OECD Publications 岡山宏之 2003「P&G ファー・イースト・インク&山九」 『月刊 ロジスティクス・ビジネ ス』2003 年 12 月号、pp18-21 大須賀正孝 2005『やらまいか!―トラック一台から超優良上場企業をつくった破天荒な男 の経営実践録』ダイヤモンド社 大須賀正孝、齊藤実 2005「ハマキョウレックスの3PL戦略」齊藤実編著『3PLビジネ スとロジスティクス戦略』白桃書房、pp.229-242 産 業 構 造 審 議 会 流 通 ・ 物 流 シ ス テ ム 小 委 員 会 ( 第 2 回 ) 2004.12.1 議事録 http://www.meti.go.jp/committee/summary/0002683/ Tamura, Shuji, Sheehan, Jerry, Martin, Catalina and Kergroach, Sandrin, 2005. “Promoting Innovation in Services” OECD Enhancing the Performance of the Services Sector, OECD Publications, pp.133-177 Tidd, Joe and Hull, M. Frank ed., 2003 Service Innovation, Imperial College Press 水流正英 1998『物流 EDI 大競争時代を生き残るために』運輸政策研究機構 上田利男 1988『<新時代の人事・労務講座Ⅱ>小集団活動と職場の活性化-働きがいを求 めて-』ぎょうせい 吉 田 均 2005 「 3 P L 事 業 者 事 例 山 九 に お け る 3 P L の 取 り 組 み 」『 LOGISTICS SYSTEMS』Vol.14 2005. August/September、pp.22-27 全日本トラック協会 2000『わが国におけるサードパーティ・ロジスティクスの現状と将来 動向に関する調査報告書』全日本トラック協会 25