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五十嵐レポート - MU投資顧問株式会社

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五十嵐レポート - MU投資顧問株式会社
五十嵐レポート
平成 27 年 5 月 22 日
財政健全化への道
基礎的財政収支を黒字化させるという目標
財政の健全化を目指す上で、本来目標とすべき指標を挙げるとすれば「債務残高対 GDP
比率」だろう。これは家計で言えば「債務残高対年収比率」のことだ。「年収=返済能力」
だと考えられるから、この指標は返済能力に対してどれくらいの借金を背負っているかを
教えてくれる。まさに財務の健全性を示す指標であるわけだ。
日本の「債務残高対 GDP 比率」を主要国と比較すれば、主要国の中では抜きん出て悪い
ことはご承知のとおりだ。図1に示すように、200%を超えている国は日本以外には存在し
ない。
図 1 債務残高対 GDP 比率の国際比較
(GDP比、%)
250
200
150
100
50
0
日本
米国
ドイツ
フランス
英国
イタリア
カナダ
(注)一般政府ベース
(出所)OECD "Economic Outlook No96"(2014年11月)
一方、日本が 2020 年度に基礎的財政収支(プライマリーバランス、以下 PB)を黒字に
することを目標にして、対外的にも公言している(国際公約?)ことはご存知の通りだ。
政府が PB の黒字化を財政健全化の目標として採用しているのはなぜだろうか。
図 2 を使って説明しよう。PB とは、再び家計でいえば「収入の範囲内で生活費を賄って
いるか」を示す指標だ。政府(国および地方)の生活費は経常的歳出とか政策経費と呼ば
れる支出(15 年度の当初予算の概数で 73 兆円)のことであり、一方、収入は税収等の経常
的歳入(同 60 兆円)のことだ。政府の支出には政策経費以外に、発行済み国債の元利金支
払いに充てる国債費(同 24 兆円)もあるが、PB を計算する時には除かれている。
-1-
図 2 15 年度の一般会計の当初予算
(単位:兆円)
歳入
経常的歳入(60)
<税収等>
プライマリーバランス
(赤字)
歳出
国債発行(37)
13
経常的歳出(73)
<政策経費>
利払い
(10)
償還
(13)
(国債費24)
(出所)財務省 (注)2015年度政府予算
経常的歳入と経常的歳出の差額である PB は 15 年度の一般会計予算ベースで 13 兆円の
赤字だ。税収以上に政策経費を使っているわけで、不足する分は国債を発行するしかない。
さらに、PB には入っていない国債費を賄うためにも国債の発行が必要なので、国債の発行
額は PB の赤字(13 兆円)と国債費(24 兆円)を合計した 37 兆円になる。
そこに注目すると、国債費のうち元本の償還のために国債を発行しても国債の発行残高
は増えない(発行と償還が同額だから)。しかし利払いのために国債を発行すると、その分
だけ国債の発行残高が増えてしまう。したがって、PB の赤字を埋めるために発行する国債
の額と、利払い費を賄うために発行する国債の額の合計分だけ、年度末の国債発行残高が
増えてしまうことになる。
しかし、PB がバランスして赤字がなくなれば、国債の発行残高の増加額は利払い費の分
だけになる。
「利払い費=発行残高×金利」だから、PB がバランスすると国債発行残高の
増加率と金利が一致する。国債の発行残高は金利のペースで増加することになるのだ。
その場合、冒頭に挙げた「債務残高対 GDP 比率」において、経済成長率が金利並み(GDP
の増加率=金利)だと想定すれば、分子の債務残高(国債発行残高)と分母の GDP が同じ
ペースで増えることになり、債務残高対 GDP 比率が安定することがわかる。
さらに、PB が黒字になると、経常的歳入が経常的歳出を上回った分を利払い費に回して
国債の発行額を削減することができるから、「債務残高の増加率<GDP 増加率」となって、
債務残高対 GDP 比率が低下(改善)する。結局、この 2 つの目標の間には、
「PB の黒字化」
が「債務残高対 GDP 比率」を改善させるという関係があるわけだ。
-2-
政府の財政健全化計画
政府は夏までに財政健全化計画を固めて、国と地方を合わせた PB を 20 年度に黒字化さ
せる道筋を明らかにする方針だ。その大まかな姿が図 3 で示されている。
図 3 政府が描く財政健全化の道筋
(兆円)
0
①ベースラインケース:平均実質経済成長率が1%程度
-2
②経済再生ケース:平均実質経済成長率が2%程度
-4
9.4兆円
(中間目標)
-6
-8
-10
7兆円
-12
-14
-16
-18
2015
2016
2017
2018
2019
2020
(年度)
(注)復旧・復興対策の経費及び財源の金額を除いたベース
(出所)内閣府「中長期の経済財政に関する試算」(2015年2月12日)などをもとに作成
内閣府が 2 月に発表した「経済財政に関する中長期試算」では、20 年度に国と地方を合
わせた PB を黒字化させるために 15 年度対比で 20 年度に必要な赤字の削減額を次のよう
に示している。
① GDP の実質成長率が 1%弱、名目成長率が 1%半ばの現実的ケース
② GDP の実質成長率が 2%以上、名目成長率が 3%以上の高成長ケース
16.4 兆円
9.4 兆円
15 年度の PB の赤字額が 16.4 兆円と見込まれているので、①の現実的なケースでは目標
年次の 20 年度の PB 赤字は 15 年度と変わらない、つまり改善しないという予想だ。これに
対して高成長を見込むケース②では、成長戦略による税収の増加を 7 兆円見込んでおり、
必要な赤字削減額は 9.4 兆円だ。政府は、この額を歳出削減等で埋めるとしている。
さらに、18 年度までを「集中改革期間」と位置付けて、社会保障費の抑制を中心とする
歳出削減を進める方針だ。ケース②では、15 年度時点で 3.3%の「PB 対 GDP 比率」が 18
年度には 2.1%程度に改善すると見込まれているが、これを「集中改革」によってさらに加
速させ、1%程度にまで改善させるとしている。
ここでのミソは、18 年度の中間目標は「PB 対 GDP 比率で 1%」という GDP に対する
比率だということだ。これは、政権内で歳出削減に対する慎重論(反対論)が根強く、歳
出削減額を数値目標にするのは難しいという事情があるようだ。比率であれば、仮に GDP
-3-
成長率が想定以上に高まれば、歳出削減をそれほど進めなくても目標を達成できる可能性
も生じるからだ。追加的な 1%の改善は、「追加的な成長や歳出削減」で実現させるという
「あいまい作戦」で臨もうというわけだ。
実現しそうにない楽観シナリオ
さて、こうした計画の実現可能性はどうだろうか。率直に言って、無理だと思う。これ
は 16 年度以降 20 年度までの 5 年間の計画だが、その期間の平均成長率が実質 2%以上、
名目 3%以上というハードルを越えることがまず大変だ。日本経済の潜在成長率は 1%には
程遠いと見られるから、5 年間の平均で 2%以上という目標を達成するのは極めて厳しいと
言わざるを得ない。ましてそれをさらに加速させるのは不可能ではないか。
潜在成長率というのは供給能力の増加率だ。供給力に余裕がある場合には、需要の伸び
が供給能力の伸びを上回って、結果的に高成長を実現することは当然ありえる。しかし、
最近の人手不足に象徴されるように、日本経済の供給余力はすでに乏しい可能性がある。
そうなると、供給能力の伸び(=潜在成長率)以上の成長率を何年も続けることが難しい
のは明らかだ。
しかし、何らかの理由で(事前的な)需要の伸びが供給能力の伸びを上回り続けるよう
な状況になったらどうだろうか。その場合は物価が上昇するというのが常識的な結論だ。
仮にそんなことが起こるとすれば、増える需要は具体的には個人消費だろうから、消費者
物価が上がることになる。日銀の物価上昇目標が達成されて、量的・質的金融緩和は役割
を終えるだろう。市場では短期金利の先高観が強まるだろうし、さらには日銀が長期国債
を手放すことも加わって、長期金利も大幅に上昇するだろう。為替市場で円が急騰するか
もしれない。ただし、そうした状況下では日本経済が大きなダメージを被ることは避けら
れないから、そんな中で財政の健全化が進むとはとうてい考えられない。
したがって現実には、ケース②のような高成長が実現することはないことを覚悟せざる
を得ないと思われる。経済成長で今の PB の赤字が減少することはないという、ケース①が
想定するような事態が実現する可能性が高いだろう。
2、3 年後に来る正念場
安倍首相は消費税率を 10%以上に引き上げることはないと明言している。増税をしない
上に、税収の大きな自然増は期待できないとなれば、PB の削減は歳出の削減に頼らざるを
得なくなる。しかし歳出の削減は、もちろんその中心は社会保障費の削減だが、政治的に
は極めて困難だ。小泉政権の時に、社会保障費の毎年の増加額を 2200 億円ずつ削るという
政策が実行されたが、自民党内では「あれで民主党に政権を奪われた」という見方が多い
と聞く。このトラウマがあるからこそ、上述した 18 年度の中間目標が歳出削減額ではなく
GDP に対する比率で語られるのだ。
したがって、20 年度に PB を黒字化するという目標は、そしてそれ以前の 18 年度に PB
-4-
対 GDP 比率を 1%程度にまで縮小するという目標は、いずれも達成できないと思われる。
もっとも、15 年度に PB 対 GDP 比率を「10 年度対比半減させて 3.3%にする」という足下
の目標は達成される見込みだ。また、次の目標がまだ 3 年先だということだから、日本の
財政問題が今すぐに市場の関心の中心を占めることにはならないだろう。
時間軸としては、17 年度に予定通り次の消費税の引き上げが実現するか、実現した場合
に景気への影響はどうか、といったことを見極めた上で、18 年度の中間目標が、①全く届
かない数字なのか、②ある程度は近づけるのか、ということに見当がつき始めた段階で、
市場の反応が本格化すると思われる。
仮に市場の反応が厳しいものであれば、つまり長期債相場が大幅に崩れるとか、円相場
が大幅に円安に振れるといった事態が生じるようだと、政府は否応なしの PB 赤字削減策を
実行せざるを得なくなるだろう。その時に浮上するのは、社会保障費の抜本的な見直しと
税体系の見直しだと思われる。とくに後者については、消費税の追加引き上げだけでなく、
税源のウェイトをフローからストックにシフトさせることが真剣に検討されるだろう。具
体的には、資産課税(相続税)の課税ベースを大幅に広げるといったことを通じて、まと
まった税額を安定的に確保することが不可欠になると思われる。
(MU投資顧問客員エコノミスト 兼 三菱UFJリサーチ&コンサルティング
執行役員調査本部長
-5-
五十嵐
敬喜)
MU投資顧問株式会社
登録番号
金融商品取引業者
関東財務局長(金商)
第 313 号
一般社団法人日本投資顧問業協会会員
一般社団法人投資信託協会会員
〒101-0062
東京都千代田区神田駿河台2-3-11
電話
03-5259-5351
※ この資料は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング㈱とタイアップし、同社調査部の作成した
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