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多国籍企業のバッファリングおよびブリッジング戦略と イッシューズ

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多国籍企業のバッファリングおよびブリッジング戦略と イッシューズ
経営論集 第53号(2001年3月)
多国籍企業のバッファリングおよびブリッジング戦略とイッシューズ・マネジメント
1
多国籍企業のバッファリングおよびブリッジング戦略と
イッシューズ・マネジメント
中 村 久 人
Ⅰ はじめに
Ⅱ 組織の境界スパニング
Ⅲ 企業の PA 活動とバッファリングおよびブリジッジング活動
Ⅳ 多国籍企業の PA 戦略とバッファリングおよびブリッジング活動
Ⅴ 多国籍企業のバッファリング―ブリッジング活動とイッシューズ・マネジメント
Ⅵ おわりに
Ⅰ はじめに
わが国で企業戦略としてこれまで「バッファリング戦略(buffering strategy )と「ブリッジング戦
略(bridging strategy )」が議論の俎上に上ることはほとんどなかったように思う。増してや、多国籍
企業のステークホルダーズ(利害者集団)への対応やイッシューズ ・ マ ネ ジ メ ン ト( issues
management)との関係といったコンテクストで、2つの戦略が論んじられたことは皆無であったと
思われる。
本稿では、企業(あるいは組織)のバッファリング戦略とブリッジング戦略を扱った3つの論文
を比較・検討することにより、組織の境界スパニング、国内企業および多国籍企業のPA戦略として
のバッファーリングおよびブリッジング戦略を解明する。最終的には、両戦略をイッシューズ・マ
ネジメントの一環として位置づけ、多国籍企業はイッシューズ・マネジメントのプロセスを活用す
れば両活動を効果的に実行しうることを提唱したい。
最初の論文は、フェネル=アレキサンダー(Fennell & Alexander, 1987)の「制度的環境下での組
織の境界スパニング」
(Organizational Boundary Spanning in Institutionalized Environment)では、米国
内の病院組織の戦略対応をバッファリングとブリッジングの両活動からなる「境界スパニング」と
いうキー概念を使って検討している。2番目の論文は、メズナー=ナイ(Meznar & Nigh, 1995)の
「バッファーそれともブリッジ?米国企業における渉外活動に関する環境および組織上の決定要
因」(Buffer or Bridge? Environmental and Organizational Determinants of Public Affairs Activities in
American Firms)では、企業の公共問題に関する活動との関係でバッファリング活動とブリッジング
活動が、どのような環境条件の下でそれぞれ重点を置かれるべきかを検討している。3番目の論文
2
経営論集 第53号(2001年3月)
は、メズナー=ジョンソン(Meznar & Johnson, 1996)の「多国籍事業とステークホルダーの管理―
―国際化、PA 戦略、および経済的業績」(Multinational Operations and Stakeholder Management:
Internationalization, Public Affairs Strategies, and Economic Performance)では、バッファリングとブ
リッジングの概念を使って企業の国際的拡大と渉外に関する活動(以下、PA活動という)との関係
を検討している。以下、順を追って検討したい。
Ⅱ 組織の境界スパニング
最初のフェネル=アレキサンダー論文では、制度的環境下において独立の病院と複数の病院から
なる統合システムのメンバー病院との戦略対応の違いを、境界の見直し、バッファリング、および
ブリッジングの3要素からなる境界スパニングという概念を用いて検討している。つまり、独立の
病院と大きなシステム(統合組織)の会員になっている病院とでは、バッファリングとブリッジン
グの境界スパニングはどのように違うのかの検討である。また、彼らは全米の901病院をサンプルと
したデータにより、制度的環境変数(法的厳しさと上記システム・モデルの存在)および組織の特
徴(規模、所有権、立地)と境界見直しおよび境界スパニング(バッファリングおよびブリッジン
グ)との関係を仮説の設定により検証を試みている。それらの仮説を示せば、以下の通りでる。
H1a :病院は法的規制が厳しいほど(あるいは税金が高いほど)システム(統合組織)に加入す
る傾向がある。
H1b :厳しい規制環境下では、非営利システムの方が営利システムよりメンバーとなる病院を買
収しやすい。
H2 :病院は統合システムが既に機能しているか競争可能なモデルを提供している州では、そう
した統合システムに加入する傾向が強い。
H3a :システムのメンバーであることは個々の病院にとって環境から組織をバッファすることに
なり、バッファー活動に費やす努力は軽減される。
H3b :システム本部でのシステム内のいろいろな機能を集権化する決定は、実際にブリッジング
活動を増加させることになるかもしれない。
H4 :法的規制の厳しさは、内部でのバッファーや外部とのリンクを増加させ、病院に経営上の
複雑性を増大させることになる。
H5 :有効な統合システムが機能している領域では、高水準のブリッジングが行われる。
測定に関しては、次の3組の従属変数が使われている。1)システムの会員とシステムのタイプ
(公立、宗教系、非宗教・非営利、営利)を示すダミー変数、2)3種類のバッファリング戦略を
示す指標、3)3種類のブリッジング戦略を示す指標、である。
経営論集 第53号(2001年3月)
多国籍企業のバッファリングおよびブリッジング戦略とイッシューズ・マネジメント
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バッファリング戦略は組織と環境との間に緩衝(クッション)あるいはバッファを増加させるこ
とによって組織の中核となる技術(コア・テクノロジー)を保護する戦略として概念化され測定さ
れている。この場合、病院は管理者や監督者といった責任者の数を増やすことによって、あるいは
理事会でのコミュニティ代表メンバーを増やすなど理事会の規模を拡大することによって外部の不
確実性から自組織をバッファすることができる。バッファリング戦略は次の3種類の基準によって
分けられている。1)全常勤従業員数に対する管理者数の割合、2)理事会の規模、3)非医療従
事者および非病院関連従事者の理事会での割合、である。
また、ブリッジング戦略はある組織がその環境のさまざまなアクター(担い手)とリンクを取り
結ぶやり方で実施される。病院にとって重要なリンクはその地域の他の病院や組織との協力によっ
て可能になるさまざまな病院のサービスである。ブリッジング戦略も次の3種類の基準によって分
けられている。1)外部より提供された医療サービスの割合、2)外部より提供された非医療サー
ビスの割合、3)その地域の病院の統合企画本部の会員であるかどうか、である。
独立変数は病院の環境に、コントロール変数は組織の特徴にそれぞれ焦点が当てられている。病
院の環境は、法規制の厳しさの程度、その地域での病院統合システムの存在、の2つの基準によっ
て測定された。特に、病院統合システムの存在は、その統合組織がその州においてコントロールし
ているベッド数のコミュニティ病院総ベッド数の比率で計算されている。コントロール変数の組織
の特徴は、病院の規模(ベッド数)、所有権のタイプ(営利、宗教系、政府コントロール)、および
立地(東部、西部、南部)により測定された。
上記の仮説は、重回帰分析によりテストされ、平均値、標準偏差値、ゼロ・オーダー相関が測定
された。分析結果として、まず、H1aおよびH1bは支持されなかった。法規制の厳しさが強まると、
統合システムへの病院の加入はネガティブに相関する。従って、H1aはむしろ反対であった。法規制
が強まると、特に非営利の統合システムに加入したり、買収されたりする病院は減少している。
H2は支持された。一般的に、統合システムによるその地域でのベッド数によって測定された統合
システム・モデルの存在は、病院のシステムへの加入性向と相関している。しかし、注意しなけれ
ばならないのは、それは非宗教系で非営利の統合システム会員にいえることで、他の公立、宗教系、
営利システムの会員とは有意な相関は認められなかった。コントロール変数である病院の規模と所
有権についても同じことがいえる。病院規模が大きくなればなるほど、システムの会員になりやす
いという傾向は非営利セクターに該当するだけである。
H3に関しては、統合システムの会員になることとブリッジング活動とは有意に相関していたが、
バッファリング活動とは相関関係はなかった。従って、H3bについては、統合システムの会員になる
ことが3種類のブリッジングの測定値と正の有意な相関を示したので支持されたことになる。しか
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経営論集 第53号(2001年3月)
し、H3aは、バッファリングの測定値とは相関していないので、支持されなかった。
H4に関しては、病院の理事会の規模のみが境界スパニング(特にバッファリング)と相関してい
るだけであった。つまり、法規制の環境が厳しければ厳しいほど、病院理事会の規模は拡大される
ことになる。管理者の比率と外部から提供される医療サービスについては仮説とは反対に、法規制
が強まれば縮小している。
H5は、3種類のブリッジングの測定値のうち2つが1つの州での統合システム・モデルの存在と
正の有意な相関を示していたので、全体的には支持された。しかし、システム・モデルの存在と3
種類のバッファリングの値との関係では有意な相関はみられなかった。
以上の調査結果から、結論として次のことがいえよう。まず、独立の病院とシステム会員の病院
とではブリッジング活動の採用傾向がまるで違っているということである。システム内の病院は、
おそらくは機能を集権化しコストを極小化しようとする政策結果として、よりブリッジング活動を
重視する傾向にある。さらに、ブリッジング活動は、多くの病院を統合するシステム・モデルが存
在する州でより多くみられる傾向がある。
次に、制度的制約が境界スパニング活動の組織上の選択に影響を及ぼすという彼らの主張はかな
り支持された。しかし、法規制の厳しさ、その地域での病院統合システムの存在という2種類の制
度的諸力(あるいは病院の環境)については、同じ影響力があるとはいえなかった。仮説に示した
ように、病院の統合システムに参加する傾向はそのようなシステムが強固に存在する州では高いよ
うである。その傾向は特に宗教色のない非営利システムではよく当てはまる。しかしながら、前者
の法規制の厳しさについては、法規制が強まれば病院統合システムへの参加が増加し、また複雑性
が増大するためにバッファリング活動、ブリッジング活動ともに盛んになるという仮説は支持され
なかった。従って、法規制圧力のために統合システムの保護的傘下に入るという想定は検証不可能
であった。
最後に、ガバナンス機能を有する理事会が依然として病院内の重要な境界スパニング の担当機関
になっている。制度的環境がより複雑になるにつれて、理事会は組織を拡大するようである。つま
り、規制環境が強まれば、環境との効果的な統合およびリンクの必要性から、それだけ理事会の組
織も拡大するといえよう。
Ⅲ 企業の PA 活動とバッファリングおよびブリジッジング活動
次に、2番目のメズナー=ナイ論文の概要をみてみよう。既述のように、この論文はアメリカ企
業がPA活動を行う場合、どのような環境条件の下でバッファリングとブリッジングのそれぞれの活
動があるいはその両者が重要になるのか、ということをコンティンジェンシー理論、資源依存理論、
多国籍企業のバッファリングおよびブリッジング戦略とイッシューズ・マネジメント
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および経営戦略論を拠り所にして解明しようとするものである。
彼らは、アメリカ企業のPA活動をその置かれた環境との関係でいかに行うべきかの分析において、
先のフェネル=アレキサンダー(1987)による環境スパンニング機能を構成するバッファリングと
ブリッジングの概念を切り口として利用している。彼らは、
「バッファリングとは、政治活動委員会
への献金、ロビー活動、主張広告等を通じて、企業が外部の干渉から自社を絶縁したり、あるいは
その置かれた環境に積極的に影響を与えようとすること」と定義している。つまり、バッファリン
グによって、企業は環境の変化に対抗したり、あるいはそれをコントロールしようとするのである。
また、「ブリッジングとは企業が自社の属する産業での法的要請を満たしたり、その要請基準を超
えて積極的に活動しようとすることであり、また変化する社会の期待に自組織をうまく順応させる
ことができるようにその期待を早急に確認しようとすること」と定義している。ブリッジングによ
り、企業は変化する外的環境に合わせて、内的適応を促進する必要がある。ここで注意しなければ
ならないのは、ブリッジング活動とバッファリング活動とは相互に排他的なものではないというこ
とである。
仮説設定では、まずコンティンジェンシー理論(Thompson, 1967; Katz & Kahn, 1978)を基盤に、
次の仮説を設定している。
H1a :環境の不確実性は、PA活動のバッファリングと正の相関がある。
H1b :環境の不確実性は、PA活動のブリッジングと正の相関がある。
次に、資源依存論(Pfeffer & Salancik, 1978; Salancik, 1979)に基づいて、以下の仮説が設定され
ている。
H2a :組織の規模はPA活動のバッファリングと正の相関がある。
H2b :組織の規模はPA活動のブリッジングと負の相関がある。
H3a :資源の重要性はPA活動のバッファリングと正の相関がある。
H3b :資源の重要性はPA活動のブリッジングと負の相関がある。
H4a :知名度(visibility)はPA活動のブリッジングと正の相関がある。
H4b :知名度(visibility)はPA活動のバッファリングと正の相関がある。
H4c :規模は透明性と正の相関がある。
さ ら に 、 経 営 戦 略 論 ( Andrew, 1971; Child, 1972; Schendel & Hofer, 1979; Ansoff,1979;
Freeman, 1984; Miles, 1987; Freeman & Gilbert, 1988)に基づいて、次の仮説が設定されている。
H5a :協力的・パイオニア的な企業戦略はPA活動のブリッジングと正の相関がある。
H5b :協力的・パイオニア的な企業戦略はPA活動のバッファリングと負の相関がある。
上記仮説を検証するために、質問表が作成され、アメリカ大企業405社のトップ・マネジメントお
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経営論集 第53号(2001年3月)
よびパブリック・アフェア担当重役に郵送された。110社から回答があったが、有効回答は81社に留
まった。変数の測定は、次の7種類のコンストラクトについて行われた。1)会社の規模(資産お
よび従業員数)
、2)知名度(新聞での社名の出現頻度)、3)資源の重要性(自社の財またはサー
ビスの重要性)
、4)不確実性 (感知された環境の複雑性および環境変化)
、5)企業戦略(経営者
の社会問題についての協力重視およびパイオニア的取り組み)
、6)バッファリング(政治活動委員
会、主張広告、ロビー活動等の社会的および政治的ステークホルダーズと関連した活動)、7)ブ
リッジング(法規の遵守や社会的期待の変化への適応スピード等の社会的および政治的ステークホ
ルダーズと関連した活動)
7種類の変数については、知覚的・定性的であることに加え、ほとんどの企業で1社1回答で
あったという性格から、上記コンストラクトの有効性 (varidity)についてテストが実施された。そ
の結果、この研究で使われた7種類の変数について平均値、標準偏差値、相関が計測された。さら
に測定方法として、LVPLS(latent variables path analysis using partial least squares)が探索モデルの変
数間の関係予測の強度を分析するのに使われた。さらに、パスの有効性(efficient)の統計的有意を
決定するのに、ジャックナイフィングの手法(jackknifing package)が用いられた。
LVPLS分析の結果は、まずH1aとH1bを支持した。すなわち、環境不確実性の増大がPA活動のバッ
ファリングとブリッジングの双方の活動の増大につながるという仮説は支持された。H2aについても
支持された。つまり、組織の規模はバッファリングと正の有意な相関を有しており、規模は企業の
バッファリング活動を説明する唯一の最も重要な変数であった。しかし、組織の規模がブリッジン
グと負の相関を有するとするH2bは、その方向性はマッチしていたものの、有意ではなかった。この
研究の知見から、フェッファー=サランシック(Pfeffer & Slancik, 1978)による、大組織の方が社
会的コントロールをうまく行い(withstand)、その組織の環境に影響力を行使することができるとい
う主張は支持されたことになるが、大企業の方が小規模の企業に比べて適応する(ブリッジする)
ことが少ないという主張は支持されなかったことになる。
H3aは支持されたが、H3bは支持されなかった。従って、パワフルな組織(重要な資源をコント
ロールする大組織)はより多くのバッファリング活動に従事しているという資源依存論の主張は支
持されたことになる。さらに、H2aとの関係では、パワーの一局面としての規模はバッファリングを
予見する際に、企業がコントロールする資源よりも重要であるようである。資源の重要性とブリッ
ジングの関係は何の相関もみられず、従ってH3bは支持されなかった。これらの結果から、「バッ
ファリングとブリッジングとはPA活動における一つの連続体の両極にあるものでもなければ、相互
に排他的でもない」、との結論が得られることになろう。
H4a、H4bの双方とも、統計的に支持されなかった。つまり、この結果は知名度 (visibility)はそ
多国籍企業のバッファリングおよびブリッジング戦略とイッシューズ・マネジメント
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れ自体企業のバッファリング活動やブリッジング活動の水準と相関はないということである。H4cの知
名度と規模の関係については、強い相関がみられた。しかし、PA活動に一貫して影響を与えるのは
知名度ではなくて規模であった。
最後に、H5aは支持されたが、H5bは支持されなかった。企業トップ・マネジメントの協力的・パ
イオニア的なPA 活動に関する理念がブリッジング活動を予見する場合の最強の指標であった。しか
しながら、そうした協力的・パイオニア的な企業戦略とバッファリング活動との間には何の相関も
なかった。
以上から、結論として次のことがいえよう。まず、資源依存モデルは何がバッファリング活動を
促進しているかを理論的に理解するのに役に立つ枠組を提供しているようにみえる。資源の重要性
と規模(組織上のパワーの局面)とはどちらもバッファリングと有意な関係にあった。従って、パ
ワフルな企業は、パワーのない企業よりもより多くバッファリング活動を行っているということが
いえよう。しかし、資源依存論ではブリッジング活動を説明するには不十分なようである。資源依
存論に基づいたブリッジングに関する仮説は、支持されなかったのであり、組織上のパワーは企業
による自主的な適応もしくはブリッジングとは無関係なのかもしれない。
また、この調査ではトップ・マネジメントの経営理念が社会的・政治的ステークホルダーに関わ
る企業活動の決定に重要な役割を演じているという想定を支持する結果となっている。そこでは、
トップ・マネジメントの経営理念がブリッジング活動における唯一最大の決定要因となっている。
次に、既述のように、バッファリングとブリッジングはPA活動における一つの連続体の両極にあ
るのではない。環境の不確実性が、双方の活動を促進させるのであるが、組織上のパワー変数(規
模と資源の重要性)はブリッジング活動に影響を与えることなく、バッファリング活動を促進する
のである。経営者による社会問題に対する協力的でパイオニア精神に富んだ企業戦略は、ブリッジ
ングの強化と相関しており、バッファリング活動との関係はなかった。従って、PA戦略においては、
単にいつバッファリングを行い、いつブリッジングを行うのか、を決定するだけでなく、むしろ重
要なのは、いつブリッジングとバッファリングを同時に行うのか、またいつどちらも行わないのか、
そして一方の活動を他方の活動よりも強化するのはいつなのか、といったことである。
別の興味ある結果は、PA活動への企業知名度のPA活動への影響である。既述のようにこの関係は
支持されなかった。知名度の役割は、過去の戦略論でいわれるほど直截的なものでないのかもしれ
ない。この点に関しては、さらなる研究が必要であろう。
さらに、この調査研究は、企業でのバッファリング活動およびブリッジング活動の方向性を解明
する最初の試みとして注目されよう。また、双方の活動を含むPA戦略が環境の不確実性と正の相関
にあるというこの研究での知見は、この機能が企業において今後活発になっていくことを予想させ
8
経営論集 第53号(2001年3月)
る。政治的・社会的環境が複雑になり激変することが、現在以上にPA 戦略の重要性を高めるからで
ある。
最後に、この研究結果は、企業のPA活動を分類する際に一つのツールとして役立つかもしれない。
また、ある環境ごとに特定のタイプのPA活動が重視される必要性を提示していることにもなる。
Ⅳ 多国籍企業の PA 戦略とバッファリングおよびブリッジング活動
最後の、メズナー=ジョンソン論文は、バッファリングとブリッジングの中核概念を使って、企
業の多国籍化の進展過程とPA 戦略との関係を解明しようとするものである。企業は多国籍化への過
程で社会的あるいは政治的に関連を持つステークホルダーとの対応の仕方が変わってくるというの
がこの論文の前提である。この論文はまた多国籍企業のPA活動と企業の経済的業績との関係につい
ても研究対象にしている。本稿では、多国籍企業の観点から社会的・政治的問題への対応であるPA
戦略を、ステークホルダーとの関係で企業(組織)の境界スパニングであるバッファリングおよび
ブリッジングの概念を使って分析している点を特に注目したい。
これまでその重要性にもかかわらず、多国籍企業のPA戦略の領域の研究は非常に少なかったとい
えよう。特に、この論文の主題である企業の多国籍化の進展過程において社会との関係で発生する
複雑な問題に関してはこれまで適切な研究がなされてこなかったということができよう。企業が国
際的に拡大する過程で、それらは国内企業では遭遇し得ないあるいは避けて通ることのできる問題
やステークホルダーに対処していかなければならない。これまで「企業と社会」についての研究は、
ほとんど専ら国内企業の活動に焦点が当てられてきた。他方、国際ビジネスの研究は、 Coase
(1937)、Hymer(1976)、Williamson(1975)、およびDunning(1988)といった伝統的理論に依拠し
ており、ほとんど多国籍企業の経済的側面や多国籍企業の経済的業績に直接関わる機能 (生産、R
&D、財務やマーケティング等)にだけ焦点が当てられてきたといえよう。
さて、ここでいうPA戦略とは、多国籍企業がそのPA活動を企業外部からの要求といかにしてマッ
チさせるかということである。このPA戦略として、企業がその外部環境との対応で採りうる有力な
アプローチとして、バッファリングおよびブリッジングの中核概念が登場するのである。つまり、
一つのアプローチは、ある企業(あるいは組織)を外部環境から「バッファー」もしくは保護する
PA活動を行うことである。先のメズナー=ナイ論文では、バッファリングとは、「企業が自社を外部
の問題から絶縁したり、その環境に積極的に影響を与えること」であった。つまり、バッファリン
グによって、企業は環境変化に対抗したり、それをコントロールしようとする。また、バッファリ
ングは、例えば、その会社の技術的中核を守ることを強調したり、企業がその環境とフィットする
ように社会的契約条件が変わるように働きかけることを正当化しようとするものである。
多国籍企業のバッファリングおよびブリッジング戦略とイッシューズ・マネジメント
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もう一方のアプローチは、外的環境と「ブリッジ」する方法である。企業は自社を外的環境から
コントロールしたり絶縁したりするが、他方では外的な変化に対して自らを継続的に適応させるこ
とにより環境にうまく対応していかなければならない。この外的変化に対する適応のこと(社会契
約条件の変化に応じて企業活動の方を変更することにより正当性を確保すること)を、「ブリッジン
グ」と呼んでいる。ある企業はブリッジングを強化するかもしれないが、他の企業はバッファリン
グを強化するかもしれない。しかし、既述(フェネル=アレキサンダー論文)のように、バッファ
リングとブリッジングは相互に排他的なものではない。
それでは、多国籍企業に受入国での社会的・政治的プロセスからバッファリングのアプローチを
採らせるのはどのような要因なのであろうか。また、ブリッジングのアプローチを採らせるのはど
のような要因なのであろうか。既述のように、この研究では、PA戦略は、少なくとも部分的には、
当該企業の国際的事業の性格によって決定されるというのが前提であった。この論文では上記の要
因、あるいは国際事業の性格として、進出国の数、外国人従業員数の割合、海外資産の割合、海外
売上高の割合、および世界的統合(の度合い)を採り上げ、それらとバッファリングおよびブリッ
ジング(それぞれ社会的および政治的)との関係を仮説を設定して検証しようとしている。また、
最後に企業の経済的業績とバッファリング、ブリッジングの関係も検討している。上記の研究の前
提に従って、以下の仮説が設定された。
H1a.
企業が事業を行っている国の数は政治的バッファリングと正の相関にある。
H1b.
企業が事業を行っている国の数は社会的バッファリングと正の相関にある。
H1c.
企業が事業を行っている国の数は政治的ブリッジングと正の相関にある。
H1d.
企業が事業を行っている国の数は社会的ブリッジングと正の相関にある。
H2a.
外国人従業員数の割合は政治的バッファリングと負の相関にある。
H2b.
外国人従業員数の割合は社会的バッファリングと負の相関にある。
H2c.
外国人従業員数の割合は政治的ブリッジングと正の相関にある。
H2d.
外国人従業員数の割合は社会的ブリッジングと正の相関にある。
H3a.
外国での資産額は政治的バッファリングと正の相関にある。
H3b.
外国での資産額は社会的バッファリングと正の相関にある。
H3c.
外国での資産額は政治的ブリッジングと正の相関にある。
H3d.
外国での資産額は社会的ブリッジングと正の相関にある。
H4a.
海外売上高は政治的バッファリングと負の相関にある。
H4b.
海外売上高は社会的バッファリングと負の相関にある。
H4c.
海外売上高は政治的ブリッジングと負の相関にある。
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経営論集 第53号(2001年3月)
H4d.
海外売上高は社会的ブリッジングと負の相関にある。
H5a.
世界的統合度は政治的バッファリングと正の相関にある。
H5b.
世界的統合度は社会的バッファリングと正の相関にある。
H5c.
世界的統合度は政治的ブリッジングと負の相関にある。
H5d.
世界的統合度は社会的ブリッジングと負の相関にある。
H6
政治的バッファリングは経済的業績と正の相関にある。
H7
社会的バッファリングは経済的業績と正の相関にある。
H8
政治的ブリッジングは経済的業績と正の相関にある。
H9
社会的ブリッジングは経済的業績と正の相関にある
メズナー=ジョンソンは、以上の仮説における関係を「国際PAモデル」として図1にまとめてい
る。図1は多国籍化の過程と関連した4つの要素、4つのPA戦略、世界的統合度、および経済的業
績といったコンストラクトで構成され、それらの間の関係が集約されている。
彼らの調査のサンプルは、「ビジネスウィーク1000」に掲載の米国大規模多国籍企業から抽出し、
質問票を送付した 405社である。結果は、 75の有効回答が回収された。分析方法としては、PLS
(Partial Least Squares)がこの研究に最も適しているので使われている。PLSはラテント変数間およ
びラテント変数とそれらの指標間の関係を実際に計算するからである。ウォルド(Wold, 1981)の
定点評価法( fixed-point estimation technique ) に 基 づ い て 、PLSで は ラ テ ン ト 変 数 構 造 方 程 式
(structural equations)の残余(あるいは誤差)を最小にするパス係数とラテント係数が計算された。
パス係数の統計的有意の有無を分析するのにジャックナイフィングの手法(Jackknifing Package)が
使われ、サンプル・サイズについて5%および10%オミットされたサブグループ・サイズのT値が
計算された。その結果は、表1にまとめられている。
多国籍企業のバッファリングおよびブリッジング戦略とイッシューズ・マネジメント
図1 国際的 PA モデル
外国資産
の比率
外国人従業員
の比率
海外売上高
の比率
国の数
世界的統合度
− +
+ −
−
+ −
+
+
バッファリング
・政治的
・社会的
+
+
+
経済的業績
資料:Meznar & Johnson, 1996
ブリッジング
・政治的
・社会的
11
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経営論集 第53号(2001年3月)
表1 ジャックナイフィングによる統計的有意の結果
仮説
5%オミット
されたサブ ・
グループの
規模、係数
サイン・アライ
メントなし
5%オミット
されたサブ ・
グループの
規模、係数
サイン・アライ
メントあり
10%オミット
されたサブ ・
グループの
規模、係数
サイン・アライ
メントなし
10%オミット
されたサブ ・
グループの
規模、係数
サイン・アライ
メントあり
1a*
X
X
X
X
*
1b
X
X
X
X
1c
X
*
1d
X
X
X
X
X
2a
X
X
2b
2c*
X
X
2d
X
X
X
X
3a
X
X
3b
X
X
*
3c
X
X
*
4d
X
X
X
X
X
4b
4c
X
X
3d
4a*
X
X
X
X
X
X
X
X
X
X
X
5a
X
5b
X
5c
X
X
5d
X
X
6*
X
X
X
X
7
*
X
X
X
X
8
9
*
X
X
X
X
(注)ジャックナイフ T値はp<0.05で有意
*印は4つのジャックナイフの計測すべてで有意
資料:Meznar & Johnson, 1996
PLS分析の結果は、表2に示すように、4種類のジャックナイフィングによるT値計算によって10
個の仮説が支持された。
多国籍企業のバッファリングおよびブリッジング戦略とイッシューズ・マネジメント
13
表2 PLS の結果
仮説
独立変数
従属変数
パス係数
1a
国の数
政治的バッファリング
0.14*
1b
国の数
社会的バッファリング
0.28*
1c
国の数
政治的ブリッジング
-0.04
1d
国の数
社会的ブリッジング
0.19*
2a
外国人従業員の割合
政治的バッファリング
-0.03-
2b
外国人従業員の割合
社会的バッファリング
0.11
2c
外国人従業員の割合
政治的ブリッジング
0.15*
2d
外国人従業員の割合
社会的ブリッジング
0.23
3a
外国資産の割合
政治的バッファリング
-0.11
3b
外国資産の割合
社会的バッファリング
3c
外国資産の割合
政治的ブリッジング
-0.08*
3d
外国資産の割合
社会的ブリッジング
-0.05
4a
海外売上高の比率
政治的バッファリング
-0.30*
4b
海外売上高の比率
社会的バッファリング
0.07
4c
海外売上高の比率
政治的ブリッジング
-0.05
4d
海外売上高の比率
社会的ブリッジング
-0.24*
0.00
5a
世界統合度
政治的バッファリング
-0.04
5b
世界統合度
社会的バッファリング
-0.06
5c
世界統合度
政治的ブリッジング
-0.03
5d
世界統合度
社会的ブリッジング
0.08
6
政治的バッファリング
経済的業績
-0.43*
7
社会的バッファリング
経済的業績
0.37*
8
政治的ブリッジング
経済的業績
0.24*
9
社会的ブリッジング
経済的業績
-0.11
(注)*印はジャックナイフでオミットしたサブ・グループの規模に関係なく、サイン・アライメントがあ
る場合もない場合もp<0.05
資料:Meznar & Johnson, 1996
企業が事業を行っている国の数は、バッファリングとブリッジング両活動とのおおむね正の有意な
相関が検証された。結果的に、H1a、H1b、およびH1dは支持されたが、H1cは支持されなかった。
この結果は、企業が事業を行う国の数が増えれば、ほとんどのタイプのPA活動も増加することを意
味する。
外国人従業員の割合は政治的ブリッジングと有意な関係にあった(H2c)が、H2a、H2b、および
14
経営論集 第53号(2001年3月)
H2dとの相関はすべてのジャックナイフィングのテストで統計的に有意ではなかった。外国資産の割
合は、政治的バッファリング、社会的ブリッジング、および政治的ブリッジングと負の相関を有し
ていた。しかし、社会的バッファリングとの間には相関は認められなかった。この結果は、H3aから
H3dまでの仮説とは反対に、企業の現地での外国資産が増加すれば、おおむね PA機能の役割は減少
することを示している。また、海外での売上高とPA 活動との全般的関係は、負の相関であった。
H4aとH4dは支持されたが、H4bとH4cは有意には至らなかった。
世界的統合度とPA活動との関係では、すべての仮説 (H5a,H5b,H5cおよびH5d)が支持されな
かった。この結果は、統合度の低い企業の方が世界的統合度の高い企業よりすべてのタイプのPA 活
動へ参加する機会が増加する傾向があることを示唆している。この知見は、マルティドメスティッ
ク企業(典型的に統合度が低い)はグローバル戦略を追求する企業よりも、子会社のレベルでPA 活
動に参加することが多いという点で納得できるものである。
さらに、社会的バッファリングと政治的ブリッジングは企業の好業績と相関していた(H7および
H8の支持)。しかし、H6とは反対に、政治的バッファリングは経済的業績と負の有意な相関を有し
ていた。また、社会的ブリッジングも経済的業績と有意ではないが負の相関にあった。
以上の結果にはどのような含意があるであろうか。まず、企業が事業を行う国の数とPA戦略との
正に有意な関係は、少なくとも2つの重要な意味を提起している。第1に、渉外問題に対して特別
なアプローチ(バッファリングおよびブリッジング)を企業にとらせる要因について考えるとき、
企業の国際的事業の範囲(scope)が重要になるということである。第2は、企業活動の国際化・多
国籍化の進展に伴い、企業の効果的なPA戦略の重要性が今後ますます高まることが予想できる。
多国籍企業が受入国で多くの従業員を雇用するようになると、現地での社会的・政治的期待が高
まり、特に政治的ブリッジングが高まることになる。すべての多国籍企業に一般化することはでき
ないが、従業員が増加するにつれて、多国籍企業はよき企業市民になるためにいっそうの努力を払
うことになるようである(政治的・社会的バッファリングが減少し、政治的・社会的ブリッジング
が増加する)。
外国資産の増加とPA活動とは必ずしも関係はない。興味深いのは、外国資産の増加は政治的ブ
リッジングを減少させるという結果である。このことは、企業は海外直接投資を増加させたからと
いって、容易に政治的圧力には屈服しそうにはないということである。この知見は、多国籍企業は
それぞれの「政策」を持っているので、受入国政府の要求に対して簡単にその事業を適応させるよ
うなことはないと述べたマヒニ=ウェルズ(Mahini & Wells, 1986)の見解を支持することになる。
驚くべき結果は、多国籍企業の世界統合度と全種類のPA戦略との関係が弱かったことである。こ
れについては、さらなる研究が必要だが、例えば世界統合度とPA戦略とは直接関係がないとしても、
多国籍企業のバッファリングおよびブリッジング戦略とイッシューズ・マネジメント
15
PA構造には影響を与えるかもしれない。つまり、高度に統合された企業は、本社からすべてのPA活
動を管理するが、総合度の低い多国籍企業はその機能を海外子会社に委譲しているかもしれない。
さらに、興味ある知見としては、PA 戦略と企業の経済的業績との強い関係である。メズナー=
ジョンソンは、この段階で結論することは難しいとしながらも、政治的バッファリングが行われる
のは多国籍企業の経済的業績が悪いときの特徴であり、遵法や適応によるブリッジング活動が行わ
れるのは好業績時の特徴であると述べている。
Ⅴ 多国籍企業のバッファリングーブリッジング活動とイッシューズ・マネジメント
これまで、バッファリングおよびブリッジング活動について、最初の論文では、独立の病院と統
合された組織会員である病院の環境変化に対する環境スパニングによる対応の違い、2番目の論文
では、米国企業のPA活動との関係で両活動を駆使することの有効性、3番目の論文では、企業の国
際化・多国籍化の進展に伴う PA戦略としてのバファリングおよびブリッジング活動の変化、がそれ
ぞれ検討されてきた。
対象とする組織は、病院、米国企業、および米国多国籍企業と異なってはいたが、ともにそれら
のバッファリング活動およびブリッジング活動を中心課題としている点では一貫性を持つ。また、
それら組織のどのような機能 (あるいは側面)と結びつけて論じられているかといえば、最初の論
文は、両活動の制度的環境(法規制の厳しさと病院統合システム・モデルの存在)および組織上の
特徴(規模、所有権、立地)との関係であり、2番目の論文は、両活動を通じた米国企業のPA活動
と組織上の決定要因との関係である。最後の論文は、バッファリングおよびブリッジングによるPA
戦略を米国多国籍企業の国際化・多国籍化、および経済的業績との関係で、ステークホルダー・ア
プローチを用いて解明しようとしている。
この最後のセクションでは、これまでみてきたバッファリングおよびブリッジングの活動が、
いったい「何」を「誰」に対して「どのようなプロセス」で行われるのかを明らかにしたい。結論
を先取りすれば、両活動は、直面する「諸問題(issues)」を、
「ステークホルダー」に対して、「問
題の認識、問題の分析、対応策の実施というプロセス」を通じて解決しようとする行動、というこ
とになる。
ここでいう問題とは、
「疑問、課題、直面する選択」といった日常的に使われている意味ではない。
企業を取り巻くステークホルダーズが企業に対して抱く期待と実際の企業活動に対する彼らの認識
とのギャップ[「期待ギャップ」(expectational gap)といっている]のことである。企業のあるべき姿
(what ought to be)と現実の姿(what is)の間のステークホルダーからみたギャップである。企業は
そのような意味での問題を多く抱えている。多国籍企業となれば、国内単一企業の抱える問題に加
16
経営論集 第53号(2001年3月)
えて、進出先国ごとに新たな問題が加わることになり、その多様性ばかりでなく、複雑性、異質性
も増加することになる。
例えば、多国籍企業に特有な問題として、受入国政府との関係、ナショナリズム、グローバルな
自然環境、テロリズム、現地従業員の人権から、経済的ボイコット、消費者運動、技術移転、課税
逃避、政治的干渉などは、ほんの一例である(Gladwin & Walter, 1980)。これらの問題のほかに、国
内単一企業の場合にもみられる数々の問題、例えば、国内での政治関係、労使関係、財務関係、
マーケティング関係、技術関係、社会関係等の問題が加わることになる。
「期待ギャップ」としての問題を経営学的側面から扱う理論は、現在イッシューズ・マネジメン
トと呼ばれている。これまで検討してきたバッファリングおよびブリッジング活動の多くは、実は
この期待ギャップとしての問題を企業側からコントロール (バッファー)したり、適応によって
キャップを埋めるという活動に他ならないということができよう。その意味では、バッファリング
およびブリッジング活動はイッシューズ・マネジメントの一環であるということができる。少なく
とも、イッシューズ・マネジメントのプロセスを活用すれば、それらの活動は効率的なものになり
得よう。
では、バッファリングおよびブリッジング活動は、どのようなプロセスを踏めば効果的に遂行で
きるであろうか。イッシューズ・マネジメントでは、問題の認識、問題の分析、対応策の実施とい
うプロセスを採ることになる。
これについて、多国籍企業のバッファリングおよびブリッジング活動との関係で概説すれば次の
ようになる(Nigh & Cochran, 1987)。第一の局面は、企業に何らかの影響を与えるかもしれない問
題の確認である。それにはまず、それらのステークホルダーを確認する必要がある。ステークホル
ダーは内部と外部の2種類に分類される。問題の認識では、それらステ−クホルダーの企業に対す
る期待と企業行動についての認識、およびそれらの期待と認識に影響する可能性のある環境要因の
傾向、に焦点を当てて環境精査(environmental scanning)が行われる。
多国籍企業の場合、問題の認識は単一国内企業よりも遙かに複雑である。この複雑性の増大は、
国境を越えて事業を行うことからくるある種の特性に起因している。まず、多国籍企業は国内単一
企業より多くの実際もしくは潜在的なステークホルダーに遭遇する。多国籍企業は母国において一
連のステークホルダーズを有するだけでなく関連会社を有するその進出国ごとにそれらを持つこと
になる。さらに、WTO、OECD、国連の各局などの国際機関を潜在的ステークホルダーとして考え
る必要がある。
多国籍企業は多くの国で事業を行うので、それぞれの国ごとに問題の認識は異なり、複雑性は増
大する。これらの違いは企業環境のすべての局面(経済的、政治・法律的、社会・文化的)におい
多国籍企業のバッファリングおよびブリッジング戦略とイッシューズ・マネジメント
17
て存在する。多国籍企業がたとえいろいろな国で母国と基本的に同じ事業活動を行っていたとして
も、そこでは異なった一連のステークホルダーに直面することになるであろう。
さらに、多国籍企業の問題の認識には異文化コミュニケーションが伴うので、実際もしくは潜在
的なギャプの認識はさらに複雑になる。
次に、多国籍であることは、以上のように問題認識に複雑性の増加をもたらすが、他方ではいく
つかの便益も期待しうるものになろう。問題は国境を越えて移動する。問題の出現には、国家間横
断のパターンが存在するかもしれない。超国家的な広がりを持つ多国籍企業は、単一国内企業に比
べてこれらの国家間横断のパターンを認識し、いち早く問題の出現を感知できる恵まれた立場にあ
るといえよう。問題において先行するある国での経験が、遅れて出現する他の国での問題の認識に
役立つというわけである。
次に、プロセスの第2の局面は、問題分析である。問題分析は、次の4つの主要な要素に分けら
れる。(1)特定の問題についてのこれまでの経緯の検討、(2)その問題が将来どのように展開するか
の予測、(3)それらの結果の可能性についての絞り込み(4)その問題の自社に対する影響の分析、で
ある。
問題分析の最終段階は、経営者がさらに熟慮できるように問題ごとの優先順位をつけることであ
る。企業はそれが認識した問題についてランクづけを行い、それらの問題のリストをいくつかの範
疇に分けて(例えば、重要度で、高、中、低)考察することが多い。
問題を十分に分析するには、
「問題のライフサイクル」を検討する必要がある。問題のライフサイ
クルは、初期段階、発展段階、解決、成熟段階に分けることができる(Tombari, 1984; Wartick &
Wood, 1998)。初期段階は、問題の発生期であり、期待ギャップが広がりかけた段階である。しかし、
何か引き金になるような出来事(例えば、インドのボパールでの工場災害)が起こるまでは、公衆
の注意は喚起されない。次の発展段階は、中期段階で、問題が政党、マスメディア、一般討論会等
で採り上げられるようになるので、公衆も注意を喚起される。その結果、任意の自主的な解決、も
しくは政府の立法措置等による強制的な解決がなされることになる。そして、次の成熟段階では、
一応解決が図られたのでステークホルダーの関心はしだいに弱まり、公衆の注意も低下していく。
さらにこの先については、次の3つのシナリオが考えられる(図2参照)。
18
経営論集 第53号(2001年3月)
図2 問題のライフサイクル
資料:Wartrick & Wood,1998. P.178
(a) 再出現−解決が満足の行くものでなかったので、あるいは新たな期待ギャップが出現したの
で、問題が再発する
(b) 均衡−解決が機能している限り、期待ギャップが収まっているか、問題が静止状態になる
(c) 消滅−問題が永久に消滅し、排除される
従って、その問題が今ライフサイクルのどの段階にあるかを理解することが重要である。
多国籍企業では、問題分析は単一企業では直面しないある種の問題が提起されることになる。ま
ず、同じ問題でも国が異なればライフサイクル上を違った風に移動する可能性がある。問題の展開
過程でのこの変化を促進させる要素には、マスメディアの性質、政治システムの性質、利害者集団
の成熟度等がある。さらに国の違いは、多国籍企業にとって問題分析をさらに複雑なものにする。
また、異文化コミュニケーションは、問題の十分な理解、特にそのギャップの性質についての正確
な理解を困難にする。さらに、多国籍企業の本社と海外関連会社とでは自社に対する潜在的な問題
に関して非常に異なった見解を持つようになるかもしれない。
しかしながら、多国籍企業は問題分析において、国内単一企業よりも優位性をいくつか持ってい
る。多国籍企業は、ある一つの国で展開された問題の分析および追跡から得たところの知識や専門
技能を他国での問題分析に活用できる。また、問題の影響は、それぞれの国で違った時点に出てく
多国籍企業のバッファリングおよびブリッジング戦略とイッシューズ・マネジメント
19
るので、多国籍企業は地理的多様性から便益を受けることになる。多国籍企業グループとしての全
体ではなく一部のみが影響を被ることになるだけだからである。
プロセスの第3の局面は、対応策の実施である。問題の優先順位を決定した後、企業は優先度の
高い問題に対して適切な対応策を策定し実行しなければならない。企業の問題に対する対応では内
部および外部によって実施される一連の活動の調整が必要になる。
ステークホルダーの期待と実際の企業行動の間の不一致が問題として存在する場合、次の代替案
のうちの一つもしくはいくつかの併用が実行される。まず、ステークホルダーからの圧力を減少ま
たは排除するために、企業がその行動を十分に変えることである。これにはさまざまな機能領域で
の企業戦略や方針の変更が含まれる。それらはブリッジング活動の局面でもある。これは社会的圧
力に対処する戦略として非常に効果的である。弾力的で自発的な解決手段を講ずると認識される企
業は、より厳しく費用のかさむ立法や規制の影響を受けないで済むことが多い。
第2に、企業はステークホルダーの企業行動に対する期待とその認識との差を埋めるために、彼
らの期待を変えようと努めるかもしれない。これには現実的な企業行動の範囲についてステークホ
ルダーを啓蒙することが含まれる。これはバッファリングの局面である。第3は、世論の領域で、
その問題について議論を戦わせる方法を選択することもできる。これにより問題の所在、性質が明
確になり、対応が容易になる。
もし企業が期待ギャップを無視し、単に自社の行動が正しいと主張するならば、伝統的な「問題
のライフサイクル」が展開され、期待ギャプが立法あるいは規制により埋められたり、訴訟を起こ
される公算が強くなる。
問題への対応において、多国籍企業は受入国でのステークホルダーの認識や期待に影響を及ぼす
ような選択には限りがあることに気づくかもかもしれない。受入国における「外もの」企業として、
受入国の法律、政府方針、現地の態度等において外国嫌いのバイアスに直面するかもしれない。
世論や政府方針に企業が影響を及ぼしうる手段は国によって大きく異なっている。そのような国
の違いは、特に公共政策のプロセスでは、多国籍企業にさらなる課題として、外部に向けた適切な
対応策を策定し実行するのに必要な知識や専門技能の開発を要請する。
多国籍企業では、外部から支配される程度は低くなるので、内部で決定できる対応策の選択幅は
より広いものになろう。その超国家的広がりのために、多国籍企業はどれか一カ国あるいは一つの
社会に依存するといったことは少なくなる。従って、その企業とある一つの国の集団との期待
ギャップに対する一つの可能な対応策はその事業を他の国に移転させることである。そのような行
動はほとんどの場合とられないし、遠回しに言及されることさえないが、そのことは多国籍企業に
多くの問題の解決においてかなりの交渉力を提供することになる。
20
経営論集 第53号(2001年3月)
Ⅵ おわりに
企業(あるいは組織)は環境(具体的にはそれを構成するさまざまなステークホルダー)との対
応において、環境スパニング機能としてのバッファリングおよびブリッジングをどのように使い分
ければ効果的であるのか、また、それらは企業の超国家的拡大によりどのように変化するのか、さ
らに、バッファリング戦略とブリッジング戦略をイッシューズ・マネジメントの一環として捉え、
実行することで効果的な活用が可能になることを考察してきた。
バッファリングとブリッジングは対概念ではあるが、決して一つの連続体の対極にあるものでは
ない。問題がライフサイクルのどの位置にあるかを確認、分析し、政治的および社会的なバッファ
リングとブリッジングの戦略をどのような環境条件の下でそれぞれどの程度駆使すべきかを明確に
することが、問題に対する効果的な対応策を構築することに繋がるといえよう。
企業の国際化・多国籍化の進展により、企業の直面する問題は、増加こそすれ減少することはな
いであろう。バッファリング戦略およびブリッジング戦略の効果的な実施の有用性は今後ともます
ます増加すると思料される。
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