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韓国語の濃音の促音としての知覚*

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韓国語の濃音の促音としての知覚*
韓国語の濃音の促音としての知覚*
Japanese Geminate perception of Korean tense consonants
権延姝
Kwon Yeonjoo
神戸大学
Kobe University
ABSTRACT.
Korean tense consonants are often introduced into Japanese as geminate sounds, also called
sokuon. Investigating Japanese loanwords from Korean, Kwon (2014) found that even in word-medial position—
where Japanese language allows sokuon—only in 51% of Korean tense consonants were borrowed as sokuon. On
this matter, Kwon (2015) conducted a perceptual experiment with Japanese native speakers in order to investigate
how Korean tense consonants are perceived by Japanese listeners. The result revealed some phonological factors
that influence the perception of Korean tense consonants as Japanese sokuon. The response rate of sokuon
decreased in following cases: a) when the preceding consonant was /m/ or /l/, b) when the preceding consonant
did not share point of articulation with the following Korean tense consonant, c) when the Korean tense consonant
was /s'/, d) when the preceding vowel was Korean /u/, or e) when the following vowel was Korean /ɨ/. A facilitator
factor was also found: Sokuon responses increased when the following vowel was /u/. In this paper, we revisited
and analyzed Kwon (2015) in terms of phonetic factors, such as segment duration, F1, F2 and F3. The result
showed that high values of F2 of the following vowel increases sokuon responses.
Keywords: sokuon, geminate, Korean tense consonant, loanword
1. はじめに
日本語の阻害音には有声・無声の 2 対立があるが、韓国語の阻害音には 3 対立(平音・激音・濃音)
がある。韓国語の平音は長い VOT と低い f0、激音は長い VOT と高い f0、濃音は短い VOT で表現され
る(邊 2015)が、日本語において借用語として用いられる場合には、平音は無声子音か有声子音、激
音は無声子音、濃音は<促音+無声子音>となる(Kim H. 2007)。また、韓国語の濃音は日本語の促音
に似た音として紹介されることも多くみられる(姜 1995; 由谷 1996 など)
。しかしながら、韓国語母語話
者が日本語を学習する際には促音が、一方、日本語を母語とする韓国語学習者は濃音の習得が難しい
ようである(閔 2007)
。本稿では日本語母語話者が韓国語の濃音を促音と知覚する際の条件を調査し、
Kwon (2015)の音韻的条件での分析に加えて、Kwon (2015)を音声面から再分析し、促音判断の音声的要
因を明らかにする。さらに、先行または後続する子音・母音の種類や持続時間、前後母音の質が促音の
知覚に及ぼす影響について考察を試みる。
2. 促音と濃音
Kwon (2014)では日本語で書かれていてる韓国関連の雑誌 1 から、韓国語の濃音の日本語における借
用実態を調査した。カタカナ表記の 438 語例の中、濃音が借用された例として 131 語あった。それら
を単語内の位置と、日本語での借用形態とでまとめたのが次の Table 1 である。日本語の促音は語頭で
は現れることはないとされるため、語頭に現れる濃音の 19 語例は全て無声子音として日本語に借用さ
れていた。語中では無声子音、または<促音+無声子音>として借用される語例が各半分ずつを占め
た。
Table 1
日本語の韓国語濃音の借用 (Kwon 2014)
韓国語単語の中の位置
語頭
合計
19(100%)
日本語の中での
借用
語中
찌개/c ’ike/
h
無声子音
2
49(44%)
갈비찜/kalpic’im/
チゲ
カルビチム
57(51%)
促音
+無声子音
국수/kuks’u/
クッス
4(4%)
을밀대/ɨlmilt’e/
有声子音
ウルミルデ
2(2%)
促音
+有声子音
참숯골/c amsutk’ol/
h
チャムスッゴル
19
112
68
57
4
2
131
では、韓国語の濃音はどんな条件で日本語の促音として知覚されるのか。韓国語の濃音と日本語の
促音は、音韻・音声的に Table 2 のような特徴を持っている。
Table 2 日本語の促音と韓国語の濃音の比較 3
日本語の促音
類似点
相違点
音韻特徴
子音の種類
音声特徴
子音の破擦・閉鎖時間
音韻特徴
単語内の生起位置
音声特徴
先行母音の持続時間を
韓国語の濃音
阻害音
他の子音より長い
語中
語頭・語中
長くする
短くする
両者が類似している子音の音韻的・音声的特徴として、両者ともに阻害音であり、他の子音より閉鎖
区間・持続時間が長いことが挙げられる。一方、相違点は音韻的特徴である単語内に現れる位置で、日
本語の促音は語中にだけ現れるが、韓国語の濃音は語頭と語中で現れる。さらに、音声的特徴である先
行母音の持続時間にも相違点がみられる。日本語の促音に先行する母音は非促音に先行する母音より
長くなり、韓国語の濃音に先行する母音は他の子音に先行する母音より短くなる。日本語母語話者は
先行母音が長い場合に促音を知覚しやすい(竹安 2011)ため、語中で先行母音が長い場合に韓国語の
濃音が日本語の促音として知覚されやすくなることが予想される。
3. 日本語母語話者の促音の知覚
Kwon (2015)では韓国語の濃音が日本語母語話者に促音として知覚される条件を音韻的要因から調査
した。以下では Kwon (2015)の音韻的条件に基づいた実験方法とその分析を紹介した後に、Kwon (2015)
のデータを音声的に分析する。
3.1 刺激
音声知覚実験の刺激としてランダムに配列した Table 3 に示す 74 の単語をソウル方言話者である3
0代の女性に各3回連続発音してもらい、2回目の発音分を用いた。なお、録音時は密閉された約 12m2
の空間で Sony stereo headset MH410 マイクを使い、Praat で 44,100Hz 16bit で入力した。用意した 74 の
単語には濃音と濃音で発音される濃音化平音 4 が 78 箇所含まれる。74 の単語のうち4つの単語は濃音
や 濃 音 化 平 音 が 語 中 に 2 箇 所 含 ま れ る た め 、 刺 激 数 は 合 計 で 78 箇 所 と な る ( 까쓰/k’as’ɨ/ 、
미끄럽다/mik’ɨləpt’a/、부끄럽다/puk’ɨləpt’a/、빠뜨리다/p’at’ɨlida/)。各音声刺激を流す前に案内番号を日本語
の音声で聞かせ、実験時には濃音を含まない刺激も 8 語含まれた。
Table 4
知覚実験の刺激
갈 법/kalp’əp/
남다/namt’a/
딸러/t’allə/
멀까가/məlk’aka/
빨다/p’alta/
갑빠기/kapp’aki/
남빠/namp’a/
딸리다/t’allita/
멉까가/məpk’aka/
빼다/pe’ta/
갑자기/kapc’aki/
남싸/nams’a/
땜/t’em/
멕자/mekc’a/
빽/p’ek/
갓뿌기/kasp’uki/
데또/tet’o/
떼다/t’eta/
멛꼬/metk’o/
뺀드/p’entɨ/
겓쑤/kets’u/
데뽀/tep’o/
막자/makc’a/
미끄럽다/mik’ɨləpt’a/
싸다/s’ata/
국수/kuks’u/
데씨/tes’i/
맏짜/matc’a/
믿지/mitc’i/
싸인/s’ain/
굽쑤/kups’u/
데찌/tec’i/
말짜/malc’a/
밋까가/misk’aka/
쎄미나/s’emina/
기쁘다/kip’ɨta/
덷또/tett’o/
맘짜/mamc’a/
밎꾸가/mick’uka/
짜다/c’ata/
긱수/kiks’u/
덷뽀/tetp’o/
맞고/mack’o/
바쁘다/pap’ɨta/
째다/c’eta/
까다/k’ata/
델꼬/telk’o/
머까가/mək’aka/
받지/patc’i/
째즈/c’ecɨ/
까쓰/k’as’ɨ/
드찌/tɨch’i/
먹까가/məkk’aka/
발생/pals’eŋ/
찾지/chatc’i/
깨다/k’eta/
듣고/tɨtk’o/
먹꾸가/məkk’uka/
부끄럽다/puk’ɨləpt’a/
할 법/halp’əp/
께임/k’eim/
듣꼬/tɨtk’o/
먹다가/məkt’aka/
부크럽다/pukhɨləpt’a/
헛기침/həsk’ichim/
꾸기다/k’ukita/
듣쑤/tɨts’u/
먹빠가/məkp’aka/
빠뜨리다/p’at’ɨlita/
횟집/hoesc’ip/
남고/namk’o/
따다/t’ata/
먹뿌가/məkp’uka/
누그러뜨리다/nukɨlət’ɨlita/
3.2 被験者
知覚実験の被験者は韓国語の学習歴が 2 年以上の日本語母語話者 24 人で、年齢は 35-65 歳の女性で
ある。なお、被験者は関西居住者に限られるが、日本語での促音知覚に関する方言差の報告はみられな
いため、関西方言話者であることは考慮対象から外した。
3.3 手順
知覚実験は 8 人を 1 組とする被験者を対象に教室(約 50m2)の前方に設置したスピーカ(Creative Inspire
T10-T10-R2)を用い、Table 3 に示した 74 個の単語を含む刺激対象音を聞かせた。3 組延べ 24 人を対
象に 2 回にわたって実施したが、2 回目の実験に一人が欠席したため、1825(=23 名*78 回答+1 名*31
回答)の韓国語の濃音に対する促音反応を得たこととなる。
3.4 結果・音韻的分析(Kwon 2015)
Kwon (2015)では、濃音刺激の前後の子音と母音の種類によって実験結果を分析した。まず、単語
内の位置からみると、語頭では促音と知覚された割合が4%になっていた。
この結果は、Kwon (2014)で韓国語の濃音の日本語における借用実態を調査した結果と同様に日本
語では語頭で促音が現れないことに原因があると考えられる。一方、語中で促音と知覚された割合は
68%を示した。語頭では促音反応が少ないことから、以下、前後の子音や母音による分析は語中のみ
を対象とする。
Table 5
単語内の位置による促音反応
語頭
語中
合計
促音反応
18
919
937
総刺激数
483
1342
1825
促音反応の割合
4%
68%
51%
以下では促音の判断に対して、ターゲット子音(韓国語の濃音)の種類(竹安 2009; 松井 2012)、
先行子音と後続子音の調音点の一致、先行子音の種類(田中・窪薗 2008)、先行母音の種類(川越・竹
村 2011)、後続母音の種類(松井 2012)の条件に分けて分析したデータ結果を示す。SPSS Windows
12.0 の Binary Logistic
regression を使ってデータを統計処理した結果の中から、統計的な有意差が
あった項目①-⑦をまとめたのが Table 5 である。各条件に対して Exp(B)の値が 1 より大きければ促
音反応が多くなることを、1 より小さい時は促音反応が低くなることを表す。
Table 6
促音知覚に統計的に有意に影響する条件
従属変数
独立変数
濃音の子音の種類
(促音反応有1
・
促音反応無 0)
有意確立
Exp(B)
①/s’/
0.005
0.217
②先行子音と濃音の調音点が異なる
0.000
0.179
③/l/
0.000
0.001
④/m/
0.000
0.002
後続母音
⑤ㅜ/u/
0.001
17.126
(a,ə,o,u,ɨ,i,e)
⑥ㅡ/ɨ/
0.001
0.090
⑦ㅜ/u/
0.000
0.049
(p,t,k,s,c)
促音反応
P
先行子音
(母音,k,l,m,p,t,s,c)
先行母音
(a,ə,u,ɨ,i,e)
条件⑤のみが促音の知覚を促す方向へ働き、条件⑤以外の、条件①②③④⑥⑦は促音を知覚しにく
くする。各条件別に詳しく見ていくと、 韓国語の濃音が/s’/である条件①の場合、促音反応が統計的
に有意に少なくなる。この結果は、ターゲット子音の種類と促音反応を研究した先行研究(竹安
2009; 松井 2012)と一致している。また、条件②③④は韓国語の濃音と日本語の促音の音韻的な条件
の違いによるものと解釈できる。
日本語の促音は後続する子音と調音点が一致する。また母音と阻害音の間でのみ現れる。しかしな
がら、韓国語の濃音は子音に先行されることもあることから、その子音と調音点は一致しない場合も
ある。実験被験者の日本語母語話者は条件②の先行子音と濃音の調音点が一致しない条件の場合、有
意に低い促音判断率を示した。条件③④に関しても日本語の促音の生起条件にはあたらない先行子音
が/m/や/l/の場合、有意に促音反応が少なくなる。これはイタリア語からの借用語を調査した田中・窪
薗(2008)が先行子音が/m//l/の場合には促音の生起率が低いと示した結果と同様であった。したがっ
て、条件②③④は共に日本語では促音が生起する条件ではないため、日本語母語話者の促音としての
判断率が低くなったと結論づけられる。
⑤⑥⑦の条件は日本語と韓国語の母音目録の違いによるものである。後続母音と促音の知覚されや
すさに関する先行研究には松井(2012)がある。松井(2012)では後続母音が/ɯ/の場合、促音が知
覚されにくいと報告している。今回の結果でも日本語の/ɯ/に近い韓国語のㅡ/ɨ/の場合に促音反応は
有意に少なくなっていた。しかし、韓国語の母音ㅜ/u/が後続母音である場合には、逆に促音を知覚
しやすいという結果になっている。このような結果は、韓国語のㅜ/u/とㅡ/ɨ/の区別が、日本人学習
者に難しいということを考えると予想外のものである。
次に条件⑦(先行母音のㅜ/u/)では促音反応が少なくなっている。先行母音の条件に関して言及す
べき先行研究は川越・竹村(2011)がある。川越・竹村(2011)では英語の/ɪ/,/e/,/ʌ/の場合に促音
の知覚率が高く、/æ/,/ɑ/の場合促音の知覚率が低かったと報告している。今回の実験でも統計的に
有意ではないが、その傾向として川越・竹村(2011)と類似した結果になっている。本実験の先行母
音による促音知覚をまとめたのが Table 6 である。本研究でもㅡ/ɨ/(94%)、ㅣ/i/(86%)、ㅓ/ə/(74%)、
ㅔ/e/(88%)では促音反応率が高く、ㅏ/a/では促音反応率が低かった。
Table 7
先行母音による促音知覚(網掛けのところは統計的に有意に促音判断に影響した条件)
ㅏ/a/
ㅓ/ə/
ㅔ/e/
ㅜ/u/
ㅡ/ɨ/
ㅣ/i/
合計
促音反応
233
227
232
17
89
121
919
総刺激数
467
306
263
70
95
141
1342
促音反応の割合
50%
74%
88%
24%
94%
86%
68%
本実験の中には先行母音に韓国語のㅗ/o/が含まれていなかったため、韓国語のㅜ/u/のみが、先行母
音の中では唯一の円唇性を持つ母音であった。母音の円唇性が促音知覚にどう影響するか、今後実験していく必要
があると考えられる。
3.5 結果・音声的な分析
促音と先行母音の関係について、竹安(2012)は先行母音の持続時間、語のアクセントが促音知覚に
及ぼす影響から、先行母音が長くなると促音が知覚しやすくなり、アクセントは促音知覚に影響しな
いという結果を示した。前節で言及した川越・竹村(2011)でも母音の種類による促音知覚の違いを母
音の持続時間によるものと結論づける。しかしながら、Kwon (2015)では、後続母音がㅡ/ɨ/の時とㅜ/u/
の 時 と で 促 音 反 応 は 逆 の 傾 向 を 見 せ た 。 こ の 二 者 間 の 相 違 点 と し て 、 円 唇 性 ( ㅡ/ɨ/ : [roundness],ㅜ/u/:[+roundness])が挙げられるが、日本語母語話者の被験者が後続母音 ㅡ/ɨ/を
illusion と解釈し(Dupoux et al. 1999)、それが促音の有無の判断に影響を及ぼしたことも考えられる。
本研究では以上のことを踏まえて Kwon (2015)を音声的に再分析する。分析の際には、音韻的な分析
で有意な影響があった子音の条件を除外したデータのみを用いた 6。先行子音が/m/や/l/の刺激と濃音が
/s’/の刺激(合わせて 18 単語)からの回答を除外した 917 件の事例を分析した。分析尺度としては音声的
な要因―濃音の持続時間、後続母音の持続時間、前後母音の F1、F2、F3 を用いた。また母音の持続時
間ではなく、竹安(2012)で指摘があった C1/V1(先行母音と先行母音の前の子音の比=C1V1QC2V2)も
分析尺度として取り入れた。
分析尺度によって分類したデータは SPSS Windows 12.0 の Linear Regression Analysis を使用して、統
計処理を行った。連続変数としてロジスティック回帰のモデルに投入した結果をまとめたのが Table 7
である。各独立変数に対しての VIF が 10 以下であるため、変数間の多重共線性が高いと判断できな
い。また、0-4 の値を持つ Durbin-Watson は 0 か4に近い値になると分析の説明力がないとされるが、
今回の分析では 2 に近い 1.597 になっていたので、分析の説明力がないと判断できない。従属変数であ
る促音知覚率は、特定の刺激に対して、促音と判断した被験者の人数とその刺激に対して参加した被
験者の人数の比で求めた(促音知覚率=促音と判断した被験者数/被験者数)。Figure 1 の尺度の中で促
音判断率に有意味な関係を示したのは(9)後続母音の F2 で、後続母音の F2 が大きいほど促音として知
覚されやすいという結果になった(Table 7、Beta=0.47>0)。
Figure 1 分析に使われた尺度と促音の長さの測定画面 (Praat)
C1/V1
濃音の持続時間
後続母音の持続時間
前後母音の F1, F2, F3
Table 7 促音知覚に影響する音声的要因の統計的分析
従属
変数
B
独立変数
Beta
(常数)
0.833
(1) C1/V1
0.069
T
P
VIF
1.051
0.3
0.188
1.238
0.224
1.599
促
(2) 濃音子音の持続時間
-3.841
-0.196
-1.435
0.16
1.29
音
(3) 先行母音の持続時間
0.295
0.05
0.361
0.72
1.303
知
(4) 後続母音の持続時間
-0.396
-0.125
-0.856
0.398
1.478
覚
(5) 先行母音の F1
0.001
0.367
2.31
0.027
1.752
率
(6) 先行母音の F2
0
0.212
1.265
0.214
1.935
(7) 先行母音の F3
0
-0.201
-1.19
0.242
1.969
(8) 後続母音の F1
0
-0.172
-1.087
0.284
1.727
(9) 後続母音の F2
0
0.47
3.239
0.003
1.46
(10) 後続母音の F3
0
-0.154
-1.099
0.279
1.353
R2=.495, Adjusted R2=.350, Durbin-Watson=1.597, **p<.01
統計的に有意ではないが、(5)先行母音の F1 が促音の知覚に正の影響を与えていることが観察でき
た。先行母音の F1 が大きいほど、促音として知覚されやすいという結果である。子音の持続時間が促
音の判断にもっとも影響を与えるという諸先行研究から考えると、本実験で(2)濃音子音の持続時間と
促音判断に有意味な相関が観察できなかったのは一見不思議に見えるが、これはこの実験で使われた
子音の持続時間と関係があると思われる。本研究で濃音の持続時間は閉鎖区間と破裂の VOT を合わせ
て計測したものである。竹安(2012)の結果でも特定の持続時間(0.139s)以上の子音は促音と判断され
ていた。
本実験に使われた濃音の子音の持続時間は全て 0.16s 以上で、
この条件に達している(Table 8)。
Table 8
Mean
0.30
Median
0.31
実験の刺激の濃音の持続時間(単位:s)の統計量
Mode
0.36
Standard Deviation
0.06
Range
0.24
Minimum
0.16
Maximum
0.40
4. 考察・結論
韓国語の濃音を刺激にした実験の結果、日本語母語話者が促音と知覚しやすい条件を調べることが
できた。先行子音が/m/や/l/、濃音が/s’/、先行母音が/u/、後続母音が/ɨ/の場合、促音の知覚率が低かっ
た。促音の知覚率を高くする条件は音韻条件では後続母音が/u/の場合、音声的条件では後続母音の F2
が大きい場合であった。以上の結果の一部は日本語促音の日本語の中での音韻的生起条件で説明でき
る。しかし、後続母音が韓国語の母音が/ɨ/の場合と/u/の場合とで、促音判断への影響が反対の傾向にあ
ることと、
後続母音の F2 が促音知覚に影響しているということは日本語の音韻だけでは説明できない。
英語の語末子音が韓国語で母音挿入を起こすか起こさないかは英語の母音の持続時間と関係する
(Oh and Kim 2006; Kwon 2008)。韓国語では non-phonemic であるはずの母音の長さが語末の母音挿入
の判断に影響しているのである。現代韓国語の標準語には母音の長短の対立がなく、韓国人学習者は
日本語や英語などの外国語を学習する際、長短が弁別できずに苦労するにも関わらず、英語の強勢の
有無や子音の有無声に起因する non-phonemic な母音の長さを語末母音の挿入の判断に使うのである。
本実験において日本語母語話者は濃音刺激である韓国語の単語を聞いて日本語のカタカナで書くよ
うに指示された。しかし、日本語では区別しない情報が知覚に使われた結果となった。日本語母語話者
の促音の判断に日本語で区別しない母音の種類が影響していたのである。韓国語の/ɨ/と/u/の相違点と
して円唇性などが考えられるが、本研究の結果からはこれらが促音知覚にどのように影響しているか
は確認できなかった。
本稿で使われた刺激には先行母音としてㅗ/o/が含まれていないなど、全ての韓国語の母音・子音の
種類が含まれてはいない。また、韓国語には前舌円唇母音がないなど、すべての母音の条件が刺激に反
映されていない。今後、刺激の数と被験者の人数を補強した実験を行い、今回の結果を各条件によって
詳しく確認する必要があると考えられる。
注
*
本稿の執筆にあたり、貴重なコメントを下さった審査委員の方々に感謝を申し上げたい。
1
枻えい出版社『ソウル本最新 2014』
(2013)
、成美堂出版『ソウル 2014』(2013)。
2
韓国語の平音・激音の表記は平音は C、激音は Ch と表記する。濃音に関しては研究によって C*もし
くは C’。本稿では平音は C,激音は Ch、濃音は C’を用いる。また、韓国語の母音ㅔとㅐは本来発音が
異なっていたことから、ローマ字表記はㅔ/e/とㅐ/ae/にし、その発音はㅔ[e]とㅐ[ɛ]と区別して表記され
る。しかし、現代の韓国語の標準語は 7 母音とされていて(Shin 2014)
、本研究で録音に参加した 30 代
のソウル話者も ㅔ[e]とㅐ[ɛ]の区別を持たないため、本稿ではㅔとㅐの発音を共に、/e/と表記する。
3
日本語の促音の特徴については Han (1994), Hirata (2007)を、韓国語の濃音については Ahn Sangcheol
(1998), Cho, Taehong, Sun-Ah Jun, and Peter Ladefoged (2002), Lee Kyung-hee and Jung Myung-sook (2000)を
参考にした。
4
濃音化子音とは平音が音韻的・意味的な条件により濃音として発音される現象である。平音が阻害音
に後続する環境で起こる必須的な濃音化現象と、それ以外の環境で起こる随時的な濃音化現象がある。
Kwon (2015)では濃音化子音と濃音との促音知覚率の分析を行ったが、両者間の促音知覚率の差はなか
ったため、本稿では濃音化子音と濃音の発音を区別して表記しない。
6
有意味な子音条件を排除する必要があったかについては審査委員からコメントがあった。今後は被験
者と刺激数を増やして、子音のバリエーションまでも統合して音声的な情報を分析する必要があると
思われる。
参照文献
Ahn, Sangcheol. 1998. An introduction to Korean phonology. Seoul: Hanshinmunhwasa.
Cho, Taehong, Sun-Ah Jun and Peter Ladefoged. 2002. Acoustic and aerodynamic correlates of Korean stops and
fricatives. Journal of Phonetics 30(2).193—228.
Dupoux, Emmanuel, et al. 1999. Epenthetic vowels in Japanese: A perceptual illusion? Journal of Experimental
Psychology: Human Perception and Performance 25(6).1568—1578.
Han, Mieko S. 1994. Acoustic manifestations of mora timing in Japanese. The Journal of the Acoustical Society
of America, 96(1).73—82.
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