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ROSEリポジトリいばらき (茨城大学学術情報リポジトリ) Title Author(s) Citation Issue Date URL アメリカにおける子ども博物館の理念と実際 菊池. 龍三郎 / 白田. 奈都子 茨城大学教育学部教育研究所紀要(29): 85-93 1998-03 http://hdl.handle.net/10109/11293 Rights このリポジトリに収録されているコンテンツの著作権は、それぞれの著作権者に帰属 します。引用、転載、複製等される場合は、著作権法を遵守してください。 お問合せ先 茨城大学学術企画部学術情報課(図書館) 情報支援係 http://www.lib.ibaraki.ac.jp/toiawase/toiawase.html 茨城大学教育学部教育研究所紀要第29号(1998)85−93 アメリカにおける子ども博物館の理念と実際 菊 池 龍三郎*・白 田 奈都子** (1996年11月1日受理) The Principle and The Fact of American Children’s Museum Ryuzaburo KIKucHI*and Natsuko SHIRATA** (Received November 1,1996) 1 はじめに 近い将来における学校週5日制の完全実施を控え,子どもたちの豊かな学校外活動を保障するため の条件づくりについては,しばしばその重要性が指摘されている。しかし,現実はその努力は決定 的に不足している。いわゆる「受け皿」論議は盛んであるが,親や教師や社会教育関係者の誰が学 校外活動の主たる担当者になるべきかという「主体論」, 「責任論」,あるいは「動員論」に短絡 しがちで,現在の日本の子ども達にとってどのような学校外活動が必要なのかの本質的な論議にま では深まってはいない。 そうしたとき,既成の子ども集団や育成組織にとらわれない新しい学校外活動の組織化の試みが, とりわけ父母・大人達によって行われていることに注目すべきであろう。いちいち取り上げられない ほど多くの実践例がある。例えば,親たちが自分たちの生協活動を展開する中で,その活動の発展 として生み出した「子どもコープ」の活動は,その多彩さの点で特筆に値するし,「あしたの日本 を創る会」などの組織による実践は,子どものための地域づくりに関してさまざまな有益な知恵や 情報を提供してくれている。 しかし,大事なのは子ども達の施設である。子ども達の自主的な活動を促す子ども達のための施設 が決定的に少ない。その意味でも子ども達のための独自の施設づくりの重要性に着目した最近の実 践として,どうしても「子ども博物館」の実践に注目する必要がある。その理由は,子ども博物館 は人類が蓄積した多様な文化に系統的に直に触れさせることで,子ども達の自主的な態度や創造的 な思考をできるだけ引きだそうとする試みだからである。残念ながらわが国では,守山市での実践 例などごく僅かしか見られない。大人のための博物館は近年かなりの数が建設されている。中には 展示物や展示の仕方に関して工夫を凝らしている施設も少なくない。しかし,英米の「子ども博物 館」に見られるような,子ども達の創造的な活動や思考を引き出し発展させるのに十分かというと 必ずしもそうではない。 われわれは,ここ数年来特に英米の「子ども博物館」の活動を中心に現状を調べてきた。以下に報 *茨城大学教育学部(〒310−8512水戸市文京2丁目1番地;Faculty of Education,lbaraki Univer sity,Mito,Ibaraki 310−8512Japan). ** ノ奈町立板橋小学校(〒300−2307筑波郡伊奈町板橋2379) 86 茨城大学教育学部教育研究所紀要第29号(1998) 告するのは,特に米国の「子ども博物館」の現状とそこを貫く学校外教育の思想である。 H 「子ども博物館」の概念 1.定義 「子ども博物館」とは学校とも家庭とも違う学習の施設である。「博物館」という名称が不似合い なのではないかと思えるほど,そこでは子どもたちが伸び伸び,生き生きと活動している。 「子ども博物館」について八並勝正氏はrアメリカ及び日本における子ども博物館における創造性 育成について』の中で次のように定義している。ω A,r科学博物館』の中の子どものためのプログラム・活動 B,r美術館』の中の子どもを対象にした絵画や工作のプログラム C,r動物園』 r水族館』 r昆虫園』の中の子どもを対象にしたプログラムや設備 D,『植物園』 『自然園』の子ども対象のプログラム F,『Discovery Museum』 rAからFの部分(子どもを対象にした部分)を集めて独立した施設を造り,内容を総合化して, 子どもの為のプログラムを造り,子どもたちに提供しようとする」というものである。 さらにここで大切なのは,ガラスケースに納められている展示品を眺めるだけという従来の博物館 のイメージとは違い,全ての展示品に「さわる」ことができるところにある。動かしたり,使った り,遊んだりすることを通して,楽しみながら体験学習していくことができるのである。子ども博 物館とは,五感を通した直接経験を重視していることが特徴である。(2) 2.歴史 子ども博物館の歴史は1889年,アメリカ,ブルックリンに世界で最初の子ども博物館(Children’s Museum)が造られたところから始まる。理科教師たちが中心となり,学校教育の補完と社会教育を 目的として設立されたのであった。 子ども博物館設立の動きは,その時代,時代に生きた教育学者たちの哲学によって力づけられてい くことになる。 まずアメリカで初めての子ども博物館が造られたころ,ジョン・デューイは,学習における個人的 体験の必要性を強調していた。「大人の役割は,子どもに厳しく教えることではなく,子どもの手 伝いをするガイドのようなもの」と主張し,参加体験を基調とする子ども博物館の初期の発展に影 響を与えたのだった。 1960年代アメリカでは麻薬や暴力などにより子どもにとっては暮らしにくい地域もあり,本物に 触れる機会が少なくなった。そこで,博物館で本物を体験することにより自分の生き方を見つけさ せようとしたことがきっかけとなり,子ども博物館が再び脚光をあびることになる。そしてこのこ ろ活躍したピアジェの教育理論はこの子ども博物館の広がりを促していくものであった。ピアジェ は「物事を知るということは,それに働きかけることである」とし,「子どもたちが効果的に学ぶ ためには,今までに知っているものについてだけでなく,新しい物について比較,分類,分析して いく必要がある」と主張していたのだった。 ピアジェの理論を子ども博物館という形で実践していったのが,『スポック博士の育児書』の著者 菊池・白田:アメリカにおける子ども博物館の理念と実際 87 の長男のマイケル・スポック氏であった。彼は1962年ボストン子ども博物館の館長となり,博物館 の新しい形を打ち出していった。「体験学習」を基礎とする,参加しながら学ぶ方法を定着させた のである。この学習の方針はアメリカ国内の多くの子ども博物館のモデルとなっていった。(3) 3.展示のスタイル 現在アメリカには200以上の子ども博物館がある。それぞれにユニークな取り組みをしているが, どこの博物館にも共通しているのは展示のスタイルである。これは「ハンズ・オン(Hands On)」とい われるもので,どんどん触って自分で確かめてみようということを意味している。触れたり,匂い を嗅いだり動かしたり試したり遊んだりすることを通していろいろなことを発見させようというも のである。④ ハンズ・オンのスタイルの背景にある思想は次のようなものである。 What l hear I forget. 聞いたことは忘れがちです。 What I see hemember. 見たことは記憶に残ります。 What I do I understand. 自ら行動したことは理解が深まります。(5) これはボストン子ども博物館に掲げられている標語であるが,全米の子ども博物館に共通する「ハ ンズ・オン」の背景にある思想でもあるといえる。 ルーツは,中国の諺であり,ここから,子どもが主体的に参加することの有効性を見ることができ る。聞いたことはその時分かっても,何度も頭の中で反鋼しなければ忘れてしまう。見たことは忘 れはしないが,思い出すきっかけがなければ,忘れたことと同じ事になってしまう。自ら行動した ことは記憶に残るばかりではなく,これから先,使える知識となって,蓄積されるのである。 1991年に来日したボストン子ども博物館の館長ケネス・ブレッカー氏は,「(子どもたちが)展示 を見,活動に参加し,いつもの生活とは違った体験の中から,事実を記憶することや,単に見るこ とではなく,世界とその働きを知り,感じてもらいたい」と語っている。「子ども博物館の役割は, 子どもたちが,自分たちの住むこの世界を理解し,楽しむことができるよう手助けすること」であ るという。(6) またこれらの施設は,参加,体験型であるとともに,子どもに教え込もうと待ち構える人はいな い。子どもは,興味のあるものを選んで追求することができ,必要なときにだけ大人が顔を出す。 これによって自分で興味のある課題から自分のペースで取り組んでいくことができるのである。 皿 アメリカの「子ども博物館」の実際 ここでは,ボストン子ども博物館(Children’s Museum)を中・O・に,ソーホー・子どものアート博物館 (Children’s Museum of the Art),アクトン・子どもの発見博物館(The Children’s Discovery Museum),ヒュ 一ストン・子ども博物館,シアトル・子ども博物館における現状を,取り寄せた資料をもとにいくつ かの観点に立って分類してみていく。 88 茨城大学教育学部教育研究所紀要第29号(1998) 1.館設立の目的,理念 ボストン子ども博物館は館設立の理念として次の3つを挙げている。(7) ①子どもたちが自分たちの住む世界を理解し楽しむことの手助けをする。 ②子どもたちに早くから博物館という環境を体験させるため,館内はくつろいだ雰囲気であるが, 展示の内容及び目的は「本物を用いた直接体験と楽しむことは学習の助けとなる」という信条に基 づき,一貫してとても真剣なものである。さらに多岐にわたる学習者が利用できるよう,様々な展 示方法及びプログラムを利用する。 ③子どもたちが人間と自然界を尊重すると共に,自分に自信を持って安心して成長してくれること を願う。想像力,好奇心,疑問を抱くことそして現実にしっかり目を向けることを奨励し,人間ひ とりひとりの違いを理解すること,自分の住む世界への積極的参加,新しい洞察への機会を与える。 また上記の理念を受け,次の7つの目的を掲げている。 ①多岐にわたる文化的及び経済的背景を持つ来館者,とくにボストン近郊の都市,さらにニューイ ングランド地域全体とアメリカ全土にわたる人々を対象にサービスを行う。 ②文化の理解,科学,人間の発達などの分野に於て実物を用い,思考力を刺激し,〈体験学習〉を促 すような展示,その他のプログラムを開発する。 ③文化,自然史のコレクションを最も重要なものとして保持し,それらを広く一般に利用できるよ うにする。 ④子ども好きで創造性と専門能力に富んだスタッフを養成する。 ⑤親たちのために展示の補助となる資料,教材などを供給する。 ⑥学校教職員や地域の団体等と一体となり,ミュージアムの教育理念やそれに基づく教材,資料等 を広める。 ⑦博物館としての本来の役割を果たすと共に,新しい非公的教育法を探求するための国立調査機関 としての役割も保持する。 ボストン子ども博物館を始め,アメリカのどこの子ども博物館にも共通しているスローガンは, 「自分を知り,自分や多くの隣人が構成している社会を知り,それを取り巻く自然界を知り,かけ がえのない自分や自然を愛そう」というものである。 自分を知り,社会を知り,自然を知る。知ることから親しみや愛しさが沸き,大切にしようという 気持ちを持つことができるのではないだろうか。未来を切り開いていく子どもたちが,自分自身や 回りのもの全てを大切にしていこうという姿勢は大切である。また,「本物を用いた直接体験と, 楽しむことは学習の助けになる。」に見られるように,直接触れることや,体験することを大切に しているのが子ども博物館である。 2.常設の展示について 展示,とはいっても,それを「見る」のではなく,「体験」することを大切にしていることが,子 ども博物館の特徴である。展示を体験するなかで,子どもたちは楽しみながら新しいことを学び, 発見し,身につけていくのである。 芸術に関する展示の中で,シアトル・子ども博物館に,rImagination Station』(8)がある。ここで はゲストとして訪れる芸術家から指導を受けながら,子どもたちは自分の作品を作っていく。ホン モノの人にホンモノのことを教えてもらえる環境は子どもにとって魅力的であるに違いない。紹介 菊池・白田:アメリカにおける子ども博物館の理念と実際 89 のパンフレットには,「ゲストにくる芸術家は毎月変わるので,学ぶことはいつも新鮮で楽しい」 とある。いろいろな考え方や技法を持ったアーティストがゲストとして呼ばれるのであろう。いつ も同じでは飽きてしまうことがあるかもしれない。しかし,様々な表現方法を体験することができ れば同じ子どもが何度でもきて楽しむことができる。 自然に関する展示では,木々や岩,鉱物,貝殻,骨などを直接手にとることのできることが特徴で ある。アクトン・子どもの発見科学館の,rEarth Science Alea』(9)では「岩や鉱物が展示されてい て,筋や匂いなどの特性を直接手にとって調べることができる。」また,ボストン・子ども博物館の rBones』(10)では,動物の骨や生きた亀,魚に触れたり,骸骨の操り人形があって遊べるようにな っている。博物館の外に出て自然に親しもうという企画もある。ヒューストン・子ども博物館のrThe Cortyard』〈11)がその例である。 r The GreenhouseとBabbling Bayouは,自然や植物,水の特性や環 境について学ぶことのできる場所である。」自然界を知るのには,実際の自然に触れて自分たちで 発見していくことが一番良い理解の方法なのかもしれない。 科学に関する展示は,簡単な機械や装置を使って,子どもたちが自分で実験できることが特徴であ る。アクトン・子どもの発見科学館では,電気回路,水圧,水力学,音波などについて,実験によっ て確かめることができる。(12)ボストン・子ども博物館の『Science Playground』(13)では,「ゴルフ ボールやシャボン玉を使って物理学を探求する。」日常よく知っているものを使うことで,身構え ることなく“物理学”の世界へ入って行くことができるのであろう。 生活。文化に関する展示は,自分たちの身の回りのことや,様々な国,地域の伝統や文化を理解し ようという目的で作られている。シアトル・子ども博物館の『Welcome To Our Neighborkood』(14)に は,町の様子が再現されている。食料品店,病院,レストラン,劇場などがあり,消防自動車や地 下バスもある。自分の身の回りの生活について知るための展示である。子どもたちは大人が何気な く利用している町の中のものに,興味を持つものである。実際の町の中に出てしまっては,一人で あちこち動き回ることができないし,使い方もよく分からない。しかし博物館の中では友:達と大人 の真似ごとをすることができる。大人の真似ごと,“ごっこあそび”を好きなだけすることのできる 環境は,子どもにとって嬉しいに違いない。子ども博物館でも,“ごっこあそび”を,子どもたちが 実際の世界に入っていくための一つの過程として,重要視しているのであろう。ボストン・子ども博 物館のrJapanese House』(15)には,京都にあった町屋が移築されている。日本の文化を知るための 展示である。世古一穂氏のレポート(16)によると,昭和30年代の一般的な家庭の様子が再現されてい て,靴を脱いで部屋に入る。そこで折り紙を教えてもらったりするそうであるが,ここでは布団に 入ってみることがエキゾチックな体験として一番人気があるということであった。アメリカの家庭 にベッドはあっても,布団やマットレスはないので珍しいのである。異文化も体験することで理解 でき,親しみも沸くのであろう。子どもたちが成長する中で日本人に出会った時,子ども博物館の 中で“体験”したことを思い出すのではないだろうか。 3.特別の展示・企画について あるテーマにそって短期間開催される企画展がある。また,夏休みや冬休みには日ごとに楽しいプ ログラムが用意されていることがある。 企画展について,ソーホー・子どものアート博物館の例を紹介する。 rWar througu Children’s Eyes:Refugee Childfen’s Art from Bosnia and Croatia』という1993年11月6 90 茨城大学教育学部教育研究所紀要第29号(1998) 日から1994年5月31日まで行われた展示は,「避難民キャンプに住む6歳から17歳までの子どもの 作品が約50点ある。Refugees Internationa1のコレクションによるもので,世界が今見ている出来事を 遠くから直に教えてくれるものである。」(17) 『Spirit of the Lacandon Children』というラカンドンというメキシコに住む部族を知る展示では, 自然を大切にし,共存している生活を,彼等の作品を通してみてみようというものであった。(18) ボスニア・クロアチアの事情,ラカンドンの部族のこと,どちらも他の人の体験している現実であ る。自分が体験することばかりではなく,他の人の体験している現実を表しているアートに触れる ことを大切にしている展示なのである。豊かさの中で,大人も忘れがちになっている現実の世界に, ふと立ち止まって気づかせてくる。時代に則していてタイムリーな企画である。 ボストン・子ども博物館の冬休みのプログラム(19)は興味深い。いくつかを紹介する。 DECE、MβE」R ◇4・FUNDAY SUNDAY《MAKE YOUR OWN TOY》 おもちゃ作家のJill Ammermanがみんなの前でおもちゃを作ってくれる。子どもたちも自分のおも ちゃを作ることができる。Tinker’swolkshopに参加しよう。 ◇11・FUNDAY SUNDAY《KIDS ARE COOKING!》 祝祭日の御馳走を作る。テディーベアの形をしたクッキーや紅茶入りのパンを焼こう。贈物にぴっ たりである。 ◇26・MONDAY《THE NUTCRACKER》 伝統的な音楽と踊りがこの博物館にやってくる。ボストンバレー団の踊りが見られる。 ◇27・TUESDAY《HEAR THE SOUNDS OF YIDDISH MUSIC》 Klezmer Conervatory Bandの演奏する伝統的なユダヤの音楽を聴こう。 ◇28・WEDNESDAY《HORIDAY CARORING−CARIBBEAN STYLE》 Parlanda,プエルトリコ伝統のクリスマスのパレードに参加しよう。子どもたちは歌を覚え楽器を 作り,博物館内で行われるパレードを楽しむ。 ◇29・THURSDAY《CREATE HOLIDAY THANK YOU CARDS》 Merci!Gracious!Thank you!ありがとうと言い方はいろいろであるが,この時期人々はこの感謝の 気持ちを表す言葉を言い合う。ありがとう!の気持ちをこめたカードをデザインし,作ってみよう。 ◇30・FRIDAY《CELEBRATE KWANZAA!》 カンザというアフリカ系アメリカ人の伝統的な祭りと,黒人のダンスや音楽について知ろう。 ◇31・SATURDAY《MAKE NEW YEAR’S EVE HATS AND MASKS》 子どもたちは帽子とお面を作って新年を迎える。この創造的な大晦日の活動に参加しよう。 ここで気づくことは,世界各地の様々な文化をテーマにしたプログラムが多いことである。「ユダ ヤ人の音楽を聴こう。」,「プエルトリコ伝統のクリスマスパレードに参加しよう。」,「“カンザ” というアフリカ黒人の収穫祭を祝おう。」,「スカンジナビアのマスコット人形の劇を楽しもう。」 「中国の新年のお祝いをしよう。」,と世界各地の伝統的なお祭りや工芸,音楽などあらゆる物が テーマになっている。異文化教育は徹底しているようである。様々な伝統文化を持つ人々を知り, 理解していくことを,楽しいプログラムの中に盛り込んでいる。 菊池・白田:アメリカにおける子ども博物館の理念と実際 91 4.館外へ向けての活動について 教材を貸し出したり,持ち出したりして行われる(アウトリーチともいう)博物館外での活動も行 われているところがある。 ボストン・子ども博物館では,学校やその他の施設,団体に教材を貸し出す活動をしている。(2°) 様々な魅力的なテーマによってそろえられた教材が,「キット」という一式になって貸し出されて いるのである。例えば,書道を実際に試してみて日本の文化を知るキットがある。また,病院で使 われている器具,道具を手にとって,それが何であるかを知り,医者や病院に対する不安を取り除 くキットもある。扱うテーマは様々であるが,どのキットにも共通しているのは,活動する内容が 含まれていることである。ただ,資料だけを貸し出すのとはこの点で違っている。 キットは学校に貸し出され,教室でこれを利用できる仕組みになっている。いろいろな時間・場面 においての活用が可能である。教師が,教室の生徒全員を連れて,どこかに見学に行ったり学習に 行ったりということが困難であるとき,このキットの仕組みが有効な手段として生かされるのであ る。普段の授業のような,気取らない形で,新しい物に触れることができる。 また,ほとんどのキットは2∼3週間かけて終了する。一時のイベント的に行うことよりも,いくら か時間をかけて一つの物に取り組んでいくほうが,興味が長続きし,より深く理解できるのである。 以上のような点から,この「キット」の試みは面白いと思う。 教師に対するサービスとして,教材や企画を紹介したり,教材を貸し出したり,夏期には集中講座 を開いたりしている。(21)ここからは,学校と子ども博物館とのつながりを見ることができる。「子 ども博物館」として独自に教育活動を展開するのではなく,子どもが,毎日行くことを義務づけら れている学校と連携する事で,一層の教育効果を上げることができるのであろう。 「大学,継続教育,office for childrenの単位のための講座」という,その講座を受講することで, 大学等の単位として認定される取り組みがある。(22)rMulticultural Winter Celebrations(様々な文化 の中の冬の祭典)」rHands−on Science and Math(ハンズ・オンで知る科学と数学)」 r Teaching About Japan(日本について教える)」「Looking At The Eaπth Through Indian Eyes(インディアンの目を 通して地球を見る)」rTV and Me:Media Literacy and More(テレビと私:メディア教育)」等のテーマ で開講されている。子どもにも,教師にも,学生にも一般にも,広く子ども博物館が浸透し,利用 されている様子が分かる。 5.ワークショップについて 子ども博物館では,来館者が主体的に参加することのできるワークショップと呼ばれる活動も盛ん である。日本でも最近良く聞かれるようになったワークショップについて,及部克人氏は次のよう に定義する。「多国籍,多世代の人々が,同時多発,多重交流を通じて,身体で考える集団創造の 方法(23)」アメリカで深まってきたワークショップは,「様々な国の人々,様々な言語や習慣を持つ 人々同士が触れ合うための方法として生まれた。さらに文盲の人々や障害を持つ人々と,どうした らコミュニケーションが取れるのか,といった切実な現実からの要請により生み出された方法⑳」 である。 まず,「様々な国,言語,習慣を持つ人々同士が触れ合う」というところに注目してみる。ソー ホー・子どものアート博物館ではアフリカ・こどもの日を祝うために,国連で絵を描いている。(Day of the African Child)(%)またボストン・子ども博物館では,人種や民族の違いを知り,尊重することを 92 茨城大学教育学部教育研究所紀要第29号(1998) 目的とした展示がある。(『The Kids Bridge』(26))日本の文化や,ネイティブアメリカンの生活習慣 を知ることができるような展示もある。(『Japanese House』『We’re Still Here』(27))子どもたちが 自然な形で,世界の国々,人々を理解していけるようなワークショップが展開されているのである。 アメリカは日本と違い,多くの人種の集まった国であることから,異文化の理解はより現実的で切 実なテーマになっているのであろう。 次に,「文盲の人々,障害を持つ人々とのコミュニケーション」にも注目してみる。ソーホー・子 どものアート博物館で行われた, 『The Extrordinary in the Ordinary』や, 『In Celebration of Creativity』はまさに,視力の弱い子ども,盲目の子どもも一緒に楽しめるワークショップであ る。(28)「視力の弱い人や盲目の人,目の見える人に,同じようにアートの歴史やデザインを教えよ うとした。立体のモデルや音声のテープを使い,触ることや音を聴くことを重視して,作品の構造 や中味を伝えた。」,「彫刻や版画を使用することで,視力の弱い子どもや,盲目の子どもが,楽 しむことのできたワークショップである。」 視力の弱い子,盲目の子どもを特別に対象にしたプログラムではなくて,目の見える子どもと一緒 に楽しんでいる。目の見える子どもも,アートを“見る”ことにとどまらず,目の見えない子どもと 一緒に,アートを“感じる”ことができたのではないだろうか。 ボストン子ども博物館では,ハンディキャップを持つ子ども,持たない子どもの共通理解を深める ためには例えばrWhat If You Couldn’t』という展示がある。これは松葉杖をついてみて,障害者の 生活を体験するといったことを通して,その立場を理解しようというものである。(29)体験すること で,障害者への優しさが自然に身に付いていくのであろう。ボストン子ども博物館ではまた,障害 者のための特別なプログラムも用意している。 ワークショップに関連して,ボストン子ども博物館において,rリサイクル」という興味深い取り 組みをしている。(30)これは,「工場で廃棄された原料のままの素材を,教師や生徒たちに提供する」 ものである。授業の中でも,遊びの中でも,いろいろな場面で使い道が期待できる。がらくたに見 えるようなものでも,子どもにとっては魅力のあるものになることがあるのである。 素材だけあっても,それをどのようにして利用して良いか分からない,という時のために博物館で は「見本」と「人」を用意している。世古一穂氏のレポート(31)の中で次のような例が紹介されてい た。「・素材・としてウレタンがあった。博物館には,ウレタンを利用した様々な手作りの品物,・見 本・がおかれている。それを見た子どもが,ウレタンを利用した帽子を見て作りたいと思った。その 時,博物館にはその作り方を教えてくれるおじさん,・人・がいて,教えてもらいながら同じように ウレタンで帽子を作った」という過程である。・素材・(ウレタン)があって,・見本・(ウレタンで作 られた帽子)があって,・人・(教えてくれたおじさん)のいる環境なのである。「素材」ばかりでは なく,「見本」と,「人」も準備されているのである。また,ここでもう一つ特筆しておきたいの は,このウレタンの帽子を教えていたおじさんは,もともと,いろいろな形のパンを作る職人であ ったことである。いろいろな才能を持つ人が幅広く集められているのである。子ども博物館は,地 域に住む様々な人が活躍できる場でもあるといえる。 6. ボランティアについて アメリカの子ども博物館では館のスタッフのほかにボランティアもいて,来館する子どもの相手を していることが多い。(32)ボランティアは研修を積み,スタッフと同じような仕事をしている。スタ 菊池・白田:アメリカにおける子ども博物館の理念と実際 93 ッフと同じように子どもの相手をしているのである。一緒になって遊んでくれる,教えてくれる大 人が,至る所にいる環境は子どもにとっても有意義である。子どもたちなりに楽しんでいても,少 しでも何かを教えられたり,助言されたりすると,楽しさも理解も一層深まる展示があるからであ る。また,博物館は一部の人たちのものではなく,その地域に住む人々のためにあるのだという考 え方を見ることができる。「近所に住むあのおじさん,おばさん,お兄さん,お姉さんが一緒に遊 んでくれる」博物館は,子どもにとっても親しみやすく,行きやすいはずである。 7.時間,入場料について ボストン子ども博物館の場合,開館については次のようになっている。(33) ○火曜日から日曜日・午前10時一午後5時 金曜日のみ・午前10時∼午後9時 ○休館日一Labor Day(9月第一月曜)から6月中旬の月曜日(ボストンの学校の休暇期間以外) 感謝祭,クリスマス,元旦 ○入場料一大人7ドル,子ども(2−15歳)とシニア6ドル・金曜日(17∼21時のみ)1ドル 金曜日の夕方は,夕方5時から9時まで,1ドルで開放している。働いている親が,子どもと一緒 にここで有意義な時間を過ごすことができる。親子のコミュニケーションの場としての利用が可能 なのである。 以上,アメリカの子ども博物館の理念や特色を紹介し,そこから見えてくるものを述べてきた。子 ども博物館は「子どもが生き生きと学ぶことのできる環境」であり,「子どもが主人公の施設」で あった。そこには「子どもの発達を願って研究し続けている博物館スタッフ」と「博物館を支える 地域の人々」がいるのである。何よりもこの施設には豊かな教育的可能性が存在しているのである。 注 (1)児童表現活動研究会r児童の感性・自己表現力を育てる地域の総合的表現活動プログラムの開発 研究一国際比較による分析・考察一』,八並勝正著「第七章・アメリカ及び日本における子ども博 物館における創造性育成について」,平成五年度伊藤忠記念財団委託研究p.124 (2)同上書,pp.124−125参照 (3)世古一穂「子どもミュージアムと環境教育」, r子どもと環境教育』,東海大学出版会, PP.178−179参照 (4)染川香澄・西川豊子・増山均著r子ども博物館から広がる世界』,たかの書房1993年,p.8 (5)同上書,pp.8−9 (6)放送大学教材r博物館学』,大塚和義「子どもと博物館」,(財)放送大学教育振興会,pp.178∼179 参照 (7)「ボストン・チルドレンズミュージアムについて」,1992年(日本語版)参照 (8)シアトル・子ども博物館パンフレット:“The Children’s Museum Al1 About Us”参照(9)アクトン・子 どもの発見博物館パンフレット:“THE SCIENCE DISCOVERY MUSEUM’S EXHIBITS”参照 (10)ボストン・子ども博物館パンフレット:“Schoo1 Programs at The Children’s Museum”参照 (11)ヒューストン。子ども博物館パンフレット:“The Children’s Museum of Houston General Information” 参照