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Title 屋久島におけるアカウミガメの孵化状況と未孵化卵の死 亡原因
Title Author(s) Citation Issue Date 屋久島におけるアカウミガメの孵化状況と未孵化卵の死 亡原因について 山田, さやか; 和田, 正人 東京学芸大学紀要. 総合教育科学系, 57: 463-468 2006-02-00 URL http://hdl.handle.net/2309/1465 Publisher 東京学芸大学紀要出版委員会 Rights 東京学芸大学紀要 総合教育科学系 57 pp.463∼ 468,2006 屋久島におけるアカウミガメの孵化状況と未孵化卵の死亡原因について 山田 さやか * ・和田 正人 ** 教育実践研究支援センター ** (2005 年 9 月 30 日受理) キーワード:アカウミガメ,屋久島,孵化率,pip 後死,積算温度 1 .研究の背景と目的 因を解明して,脅威となっている要因を取り除いてい く必要がある。 1 .1 背景 鹿児島県屋久島の永田地区は北太平洋におけるアカ ウミガメの最大の産卵地として知られている。特に, 永田区の田舎浜と前浜での産卵回数の合計は,北太平 洋全体の約 3 ∼ 4 割を占めるほどである。ウミガメは, 生息する拠点が海の中であるため,研究段階で未だ解 明されていないことが多く,謎に包まれている。これ まで北太平洋のアカウミガメは大きく減ったが,その 理由もまた詳細な原因は解明が困難である。 したがって,屋久島の産卵,孵化に関する状況は, たとえ僅かな変化であっても,個体群全体に大きく影 響し,極めて重要だと考えられる。屋久島では,産卵 回数は回復傾向にあるが,安心は出来ない。産卵され た卵が全てきちんと孵化し海に帰ることが出来るわけ ではないからだ。そこで,仮に卵に対する脅威がある 図Ⅰ- a 屋久島永田区の上空写真 のであれば,それが何なのかを解明し,取り除く努力 も必要である。 しかしながら,屋久島では,これまでその孵化状況 に関する情報は,その調査の困難さも伴い断片的なも のに限られていた。その一方で,これまでの研究から, 少なくとも台風の影響を受けて砂が移動し,卵が流さ れたり,埋没してしまったり,浜に出入りする人に踏 みつけられることで孵化率が低下するというの脅威が わかっており,その他の要因も含めて,孵化状況と環 境要因についてより一層の情報が求められている。 適切な保護を行うためには,まず自然での孵化状況 を正しく把握し,それが著しく悪い場合には,その原 * 東京学芸大学教育学部情報教育課程 ** 東京学芸大学(184-8501 小金井市貫井北町 4–1–1) − 463 − 図Ⅰ- b アカウミガメの孵化の様子 東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 57 集(2006) 1 .2 目的 ったため,ここでは前浜の産卵層に関しても田舎浜の 温度データを使うものとした。 本研究の目的としては, ・2004 年に屋久島永田区の田舎浜と前浜に産卵された アカウミガメの卵の孵化状況を,産卵の時期や場所 による違いなどに注目しながら詳細に把握すること。 ・未孵化卵については,発生ステージ区分と積算温度 を用い未孵化卵の死亡日を推定することにより,そ の死亡の要因が何であったのかを探り,卵に対する 保護の必要性とその方法について検討すること。 とする。 図Ⅱ _ b データロガー 2 .方法 2 .3 2 .1 脱出後:巣穴の位置を特定し孵化調査を行う 産卵時期:巣穴の位置を特定できるようにする 8 月∼ 9 月末にかけて子ガメの脱出後はその足跡を 5 月∼ 7 月末までにかけての産卵調査時に可能な限 たどっていき脱出巣の場所を特定する足跡調査と呼ば り,産卵巣に図 1 - a のようなマーカーを埋めて,巣穴 れる方法や,産卵時期に埋めたマーカーを専用の探知 の位置の目印とした。 機で探すことで,巣穴の位置を特定した。その後は特 埋める位置としては,産卵中のウミガメの巣穴を中 定された場所を掘り返して孵化調査を行った。 図 1 _ c に示すのは,実際の孵化調査風景である。 心とし海側または,その逆の山側に,巣穴付近に深さ 20b ほどで埋めた。本数は約 400 本,なるべくその環 通常,屋久島では日中ではなく,涼しくなった夜間に 境による違いを把握するため環境の異なる地区に均一 行われる。巣穴を人の手で掘り返し,約深さ 50b ほど に埋めるようにした。 掘ると,子ガメや孵化した卵の殻,未孵化卵などが出 またマーカーには番号を付け,いつ埋めたものか判 てくる。その卵殻の数や,未孵化卵の数,そしてその るように,何番のマーカーをいつ,どの辺りに埋めた 未孵化卵の状態なども出来るだけ詳細に見分けて調査 かを調査票に記入し掘り返したとき,産卵日の特定が 票に記入していく。脱出した子ガメの数は巣穴の卵殻 行えるようにした。 の数により導き出し,未孵化卵については miller のウ ミガメ発生ステージ区分に従い,胚胎と卵黄の大きさ などにより,それぞれどの発生ステージまで達してい たか調べた。 図Ⅱ _ a 2 .2 マーカー 産卵時期∼孵化脱出時期:砂中温度を測定する 5 月∼ 8 月末までにかけてデータロガーを用いて, 浜の中の温度(砂中温度)を測定した。 産卵時期,孵化脱出時期を通じてこの各浜や地区ご との温度を測定した。測定間隔は 4 時間毎とし,測定 深度は 40b と 60b に埋めて温度を測定した。 図Ⅱ _ c 測定中,台風や高波によりデータロガーが紛失して 孵化調査の様子 しまった場所があった。平均温度は,草地と砂地では 2 .4 若干の温度差が見られ,草地の方が高くなった。 する また,浜ごとでは,田舎浜と前浜では,前浜の方が 全調査終了後,以上により得られた, 若干高かった前浜に埋めていたデータロガーが高波に より流出してしまい,正確な温度データが得られなか 調査後:孵化状況と未孵化卵の死亡日を推定 ・産卵日 − 464 − 山田・和田:屋久島におけるアカウミガメの孵化状況と未孵化卵の死亡原因について ・砂中温度 に,着目しこれが,いつ,どのような確率で起こった ・未孵化卵の死亡ステージ のかを調べた。 これらのデータから孵化率と未孵化卵の死亡日を 2 .6 推定した。 推定方法 図Ⅱ _ e は温度の推移をあらわす模式的なグラフで, また,今回調査したのは,2004 年に前浜と田舎浜で 産卵された 2,004 巣のうちの約 1 / 4 にあたる 491 巣で, 横が時間,縦が温度を示す。産卵日からの温度の積算 残り 3 / 4 の巣については定かではないが, 値(つまり肌色の部分の面積)がある一定の温度,図 ・孵化したが調査前に波などで流されたもの。 では T とする。この T に達すると子ガメは孵化するこ ・孵化したが,子ガメの足跡を見逃し,マーカーも埋 とがわかっている。また pip 時期は孵化の約 94.7 %に めていなかったために場所が確認できず調査出来な あたる段階である。したがって,pip 後死というのは, かったもの。 産卵からの温度の積算値が,T × 94.7 %となる時期に ・孵化前に産卵巣が流されたもの。 死亡したと推定される。このような方法で産卵日から ・孵化・脱出が起こらず,マーカーも埋めていなかっ の温度を計算していき,産卵日が判明している全ての pip 後死の胚について,その死亡日を推定した。 たために場所が確認できず調査できなかったもの。 具体的には, 平均温度℃/日− 17.6 ℃ の積算値が 以上 4 つのいずれかになる。 産卵巣によっては,孵化調査は行ったものの,マー 639.8 ℃に達すると孵化する。 したがって,産卵日からの温度の積算値が 605.5 ℃ カーなどが埋められていない巣穴は産卵日の特定が出 (639.8 ℃× 94.7 %)達するとき幼体は pip 段階にある 来ないため,死亡日推定の対象外とした。 と推定できる。 2 .5 死亡日の推定 まず孵化調査により判明した未孵化卵の全 13846 個 を Miller のウミガメ発生ステージ区分に従って胚胎と 卵黄の大きさにより発生ステージ別に分類した。図Ⅱ _ d は相対頻度を円グラフで示したものである。 「 pip 後死」あるいは「 pip 死」と呼ばれるものは, 殻は破ったものの,孵化できずに死んだものである。 このグラフからも明らかなように,「 pip 後死」で孵化 直前に死亡したものが,全体の約 6 割を占めている。 Miller のウミガメ発生ステージ区分に従うと,「 pip 後 図Ⅱ _ e 孵化までの積算温度 死」は stage 30 に相当する。 2 .7 その他のものは,ステージ 29 が pip する直前の段階 もの,ステージ 28 がカメ型の胚胎と卵黄が同じくらい の大きさの段階ものステージ 27,26 がカメ型の胚胎が 死亡率 次に,推定した死亡日に pip 後死していた幼体の数 をそれぞれ調べた。 卵黄よりも小さい段階のものステージ 23 ∼ 25 は胚胎が まず,着目した点は,産卵はその日やその時期の状 カメの形になるくらいの段階のものである。今回は特 況などで産卵回数は変化することだ。pip 後死の幼体の に大部分を占めていた pip 後死(発生ステージ stage30) 数のみに注目すると,産卵が多い時期には,必然的に pip 後死の幼体の数も増える。しかし,産卵された卵が 少ない時期でもその過半数が死亡していれば,その時 期に pip 後死を引き起こす要因があったと考えられる。 つまり,産卵の数に関係なく次のことが分かることが 重要となる。 それは,推定死亡日に pip 時期にあった幼体全体に 対し死亡した数が多いかどうかということである。 そこで,死亡数ではなく,死亡率として調べた。こ の際,温度の場所や環境による誤差などを考慮するた 図Ⅱ _ d 発生ステージの相対頻度図 め,5 日区切りの期間とみた。それぞれ推定した死亡 − 465 − 東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 57 集(2006) 日を 5 日区切りの期間としてその間に死亡した pip 後死 平均孵化率 の幼体とその期間 pip 段階にあった全幼体の数に注目 65.2% 頻 度 モード:80% 代 した。pip 段階の幼体のは,その時期の全卵数から pip 段階以前に死亡していた数を引いて求めた。そして, その pip 段階の全体数のうちの pip 後死した数として pip 後亡率をだした。 孵化率(%) 図Ⅲ _ d 前浜 E 地区のヒストグラム 3 .結果と考察 次に田舎浜 A,B,C 地区と前浜 E,F 地区を比較し 3 .1 孵化状況 てみた。各浜のモードは田舎浜 90% 代に比べ前浜は 70%,80% 代となった。 まず孵化調査により得られた孵化率をまとめる。 ・全体の平均孵化率… 75.1% このように,二つの浜の孵化率に違いが生じたのは, 砂浜の環境の違いが大きく反映していると考えられる。 ・移植産卵巣と自然産卵巣の孵化率 移植産卵巣 平均孵化率 前浜が田舎浜より孵化率が低かった原因として考えら 頻 度 れる前浜の特徴としては,前浜・ E 地区は,後背に護 64.4% 岸があり,砂浜の奥行きが狭く,低くなっている。ま モード: 70% 代 た,前浜・ F 地区は,台風により地形が最も変化した 地区で,砂浜にかなりの高低差がある。このような前 孵化率(%) 図Ⅲ _ a 移植産卵巣のヒストグラム 浜の環境が田舎浜よりも孵化率が悪かった原因である と考えられる。したがって,砂浜の環境条件によって も,孵化率は変化するということがわかった。 自然産卵巣 平均孵化率 頻 度 3 .2 76% 未孵化卵の死亡原因 次に,算出した死亡率と砂中温度を比較した。 モード: 80% 代 ・死亡率と温度 孵化率(%) 図Ⅲ _ b 田舎浜:青 自然産卵巣のヒストグラム 前浜 :赤 死 亡 率 ︵ % ︶ このように孵化率に統計的な有意差がみられ,自然 産卵巣の方が高くなった。(Mann-Whitney’s U-test p < 0.0001)屋久島では,流失・冠水の危険が高い巣に ついては,卵を安全な場所へ人の手により移植してい (月) 図Ⅲ _ e る。その際に,転卵の影響をさけるために,産卵直後 死亡率の推移 に行っている。それにも関わらず,ここに示すような 結果になったことは,改めて移植にはリスクが伴うこ とを示すもので,その必要性を十分検討してから行う 田舎浜:青 べきといえる。 前浜 :赤 ・場所ごとの孵化率 温 度 平均孵化率 77.0% 頻 度 (月) モード: 90% 代 図Ⅲ _ f 温度の推移 その結果,温度の低下と共に死亡率も若干の低下が 見られたが,その後,死亡率は温度にあまり関係なく 孵化率(%) 図Ⅲ _ c 田舎浜 C 地区のヒストグラム 徐々に低下していく傾向がみられた。砂中温度が上昇 し,高温により未孵化卵が死亡することが考えられた − 466 − 山田・和田:屋久島におけるアカウミガメの孵化状況と未孵化卵の死亡原因について が,今回の結果からその関連性はあまりみられなかった。 孵化時期,砂浜に足を踏み入れる際には,巣穴が存在 する可能性を考慮し,なるべく波打ち際を歩くなど, 正しい知識とマナーを考える必要がある。 ・場所ごとの死亡率 最後に,人がウミガメの産卵行動や,孵化し海へと 表Ⅲ 平均死亡率の比較 帰る子ガメを見て思うことはさまざまであると思う。 しかし,その“生命を繋ぐ”という生物の営みを絶や すことなく繋げていくため,私たちに何ができるのだ ろうか。それはきっと,ただ救済しようとするだけで 次に各浜の場所ごとに死亡率を出した結果,他の場 なく,よりよく理解することと,ただ守ろうとするの 所に比べ死亡率が著しく低い場所があった。それは, ではなく,そっと見守っていくこと,なのかもしれない。 田舎浜の中の草地である。特徴としては,砂浜に比べ 人の出入りがほとんど無く,人の踏み付けによる被害 謝辞 が無いということと,波打ち際から距離があり,草の 本研究を行うにあたり,調査協力,データ提供をい 根が生えていることもあり波による砂の移動の被害が ただいた大牟田一美代表と屋久島うみがめ館のボラン 少ないということがいえる。 したがって pip 時期の死亡には人の踏み付けによる ティアスタッフの皆様に深謝すると共に,御指導や御 被害と波による砂の移動の被害が大きく影響している 助言をいただいた松沢慶将先生と日本ウミガメ協議会 ことがわかった。しかし,この結果をより詳細に理由 の皆様に感謝する。 づけるためにも今後もマーカー等を用いた調査の継続 参考文献 が必要であると考えられる。 4 .今後の課題 Matsuzawa, Y., Sato, K., Sakamoto, W., & Bjorndal, K. A. (2002) Seasonal fluctuation in sand temperature: effects on the 以上の結果より孵化率に関しては,保護の一環とし incubation period and mortality of loggerhead sea turtle て行っている移植によって,逆に孵化率が低下してし (Caretta caretta) pre-emergent hatchlings in Minabe, Japan: まう可能性があることがわった。これは,方法に問題 Marine Biology. 140, 639_646. があるのか,移植行為そのものの問題かは,まだ定か Matsuzawa, Y., Kamezaki, N., & Goto, K. (2004, February) Estimation でないが,これからは,無理に移植をすることは避け of date of death for finding out causes of egg mortality. Poster た方が良さそうである。 session presented at 24th Sea Turtle Symposium, San Jose, また孵化直前の pip 時期における死亡原因は,自然 Costarica. 被害の他に人の踏みつけによる人的被害も大きく関わ Miller, J. D. (1982) Development of marine turtles. Ph.D. っていることがわかった。屋久島の田舎浜は,ウミガ dissertation, University of New England, Armidale, N.S.W., メの産卵地と知られ,砂浜に訪れる観光客の数は近年 Australia 急激に増えてきている。5 月から 8 月の夜間で分かっ ているだけでも,1994 年には約 2000 人だったのに対し 付記 2003 年は約 7400 人,そして昨年は約 8200 人と 10 年前 の約 4 倍にもなっている。その多くは気付かぬうちに 本研究の一部は,第 15 回日本ウミガメ会議で発表した ウミガメにとっての脅威となっているかもしれない。 ものである。 − 467 − Bulletin of Tokyo Gakugei University, Educational Sciences, Vol. 57 (2006) A Research of the Incubation Situation and a Death Cause of Non-Incubation Egg of a Loggerhead Turtle in Yakushima Sayaka YAMADA, Masato WADA Center for the Research and Support for Educational Practice * Key words : loggerhead turtle , Yakushima ,incubation, non-incubation egg, death rate, death after pipping, degree-days This research concerned the incubation situation of Yakushima Nagata district known as the greatest laying eggs place of a loggerhead turtle in the North Pacific. It is important to grasp the incubation situation in nature. A purpose of this study was to grasp the cause of death of non-incubation egg. I suggested the method of protection for egg. I buried a marker in a laying egg’s den to investigation. With datelogger, I measured the temperature of the sand at every beach and district from laying eggs to the incubation and calculated degree-days. To specify the den, I counted on the footprint of a child tortoise and/or used the marker. In outbreak stage I researched the egg shell of incubation and non-incubation egg and I estimated the death day of non-incubation egg from the temperature of the sand. The average hatching rate became 75.1%. A hatching rate on Inakahama distinct was better than on Maehama distinct. A hatching rate of a natural nest was better than that of a transplant nest. The child tortoise which died after pip held total 61%. Estimated from the death time and the death rate, a walker on the sand and a movement of the sand by a wave were related to a death of the pip time. It was thought that the continuation of investigation with markers is necessary to confirm the cause of a death of pip time. * Tokyo Gakugei University (4-1-1 Nukui-kita-machi, Koganei-shi, Tokyo, 184-8501, Japan) − 468 −