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全員経営 - TOPPOINT
全員経営
自律分散イノベーション企業 成功の本質
野中郁次郎/勝見 明 共著
in brief
社員全員が当事者意識を持ち、仕事に取り組む。市場の変化
が加速し、不確実性が増す中、日本企業が取り戻すべき「全員
経営」について解説する。
● 日本が戦後、
奇跡的な経済発展を遂げた背景には、
「全員経営」
日本経済新聞出版社
2015 年 1 月 23 日発行/303 頁
1 , 800 円+税/ISBN 978 - 4 - 532 - 31984 - 7
主要目次
1 章 日本企業が取り戻すべきは衆知を
集めた「全員経営」である
2 章 JAL 再生には「全員経営」のすべ
ての要素が凝縮されている
3 章 企業の全体と部分が相似形になる
「フラクタル組織」をつくり出せ
4 章 共感できる目標を立てメンバーが
自律的に動く「自己組織」を生む
5 章 自律分散リーダーを育て「知的機
動力経営」を実現する
6 章 会社のなかに「企業内特区」をつ
くり思う存分仕事をさせる
7 章 実践知を育成し組織に埋め込む
著者紹介
のなか いくじろう
1936 年生まれ。一橋大学名誉教授・早稲
田大学特命教授。早稲田大学政治経済学
部卒業。カリフォルニア大学経営大学院
で Ph.D. 取得。
かつみ あきら
1952 年生まれ。東京大学教養学部教養学
科中退後、フリージャーナリストとして
経済・経営分野を中心に執筆。
によるイノベーションの積み重ねがある。日本企業が再び強
い競争力を取り戻すカギは、優れた実践的知恵=「実践知」
を社員 1 人 1 人に組み込む全員経営にある。
● 実践知とは「即興の判断力」である。すなわち、現場でミク
ロの現実に直面した時、背後にある関係性を読み、マクロの
大局と結びつけ、適時に最善の判断を俊敏に行うことだ。
● 全員経営で重要なのが、ミドルマネジャーやミドルリーダー
である。トップはビジョンを示すが、フロント(第一線社員)は
現実に目を奪われ、考え方が硬直しがちだ。そこでミドルが
両者の間の矛盾を統合し、新しいビジネスモデルを紡ぎ出す。
● 実践知に優れた人材には、次のような
6 つの能力がある。
①
「何がよいことなのか」という判断基準を持ち、
「よい目的」
をつくる能力
②ありのままの現実の中で本質を直観する能力
③
「場」をタイムリーにつくる能力
④直観した本質を概念化し、物語として伝える能力
⑤あらゆる手段を駆使し、概念を実現する政治力
⑥実践知を埋め込み、組織化する能力
● 市場分析的な競争戦略の考え方が広まった結果、多くの日本
企業が「分析マヒ症候群」に陥った。何かというと分析を行
い、傍観者的に仕事と関わる。これと対照的なのが、顧客の
いる現場に行き、共体験し、対話する、実践知を重視する考
え方だ。分析マヒ症候群から脱するには、日本人が本来持っ
ていた実践知を、もう一度取り戻す必要がある。
1
全員経営
● 全員経営によるイノベーション
日本企業の DNA は「全員経営」
企業が成長を続けるには、絶えずイノベーショ
著者らが、全員経営や衆知経営という経営のあ
ンを起こしていくことが必要である。
り方を強く意識するようになったのは、リーマン
経済学者シュンペーターは、イノベーションの
ショック、それに続く東日本大震災の頃からだ。
遂行は困難な仕事であるため、
「 1 人あるいは数
この困難をどう乗り越えていくかと考えた時、
人の者が成果をあげて先駆すれば、多くの困難は
浮かび上がったのが、日本的経営の DNA の中に
除去される」として、ごく少数の人間だけがリー
ある全員経営のあり方だった。
ダーシップを持って成功に至るという展開を想定
日立はリーマンショックのあおりを受け、2009
した。ただ、日本においては、過去、シュンペー
年 3 月 期 決 算 で 7873 億 円 の 最 終 赤 字 を 計 上 し
ターの想定とは様相を異にする展開を見せてきた。
た。再建のため子会社会長から本社社長として呼
日本が戦後、奇跡的な経済発展を成し遂げた過
び戻された川村隆氏は、「世界有数の社会イノベ
程を見ると、政府主導による社会資本整備など、
ーション企業」を日立の新たなアイデンティティ
ケインズ流のマクロ政策があったのは確かだ。
として掲げる。その大きな目的の 1 つは、社員た
しかし、日本の経済成長を推進したのは、個々
ちに「自分は何のために仕事をするのか」、未来
の企業のたゆまざる努力の成果であり、それはカ
への道筋を示すことだった。
リスマ的リーダーの功績というよりは、全員経営
川村氏は、著者の取材にこう答えている。
によるイノベーションの積み重ねに他ならない。
「例えば、材料の仕事に携わっている社員にと
その DNA は、現代の経営者にも受け継がれて
って、いい材料ができれば、いい電池がつくれ、
いる。例えば、経営破綻した日本航空( JAL )の
優れた太陽光発電のシステムが生まれる。自分の
経営再建を託された稲盛和夫氏は、働き方や考え
仕事は社会イノベーションにつながり、下支えし
方の基本となる「フィロソフィ」と、部門別採算
ている。その意識を共有し、コンセンサスをとる
管理制度の「アメーバ経営」を導入した。
ことが何より大切だと思いました」
そのフィロソフィを基に、社員たちがつくりあ
まさに、再建には全員参加の意識が必要である
げた「 JAL フィロソフィ」には、「一人ひとりが
と考えたのだ。
JAL 」
「ベクトルを合わせる」といった言葉が並
● 衆知を集めた全員経営が会社を発展させる
ぶ。アメーバ経営では、1 人 1 人が利益意識を持
「経営の神様」と称された松下幸之助は、多く
つことを求められる。誰もが「経営者の意識」を
の名言を残している。その中で、今の時代に私た
持ち、同じ目標に向かって仕事にあたる。稲盛氏
ちがもう一度目を向けるべきは、衆知経営という
は社員たちに全員経営を実践させることで、V 字
言葉である。
回復を達成したのである。
幸之助氏は自著の中で、次のように記している。
「衆知を集めた全員経営、これは私が経営者と
全員に「実践知」を組み込む
して終始一貫心がけ、実行してきたことである。
日本企業がもう一度、強い競争力を発揮するた
全員の知恵が経営の上により多く生かされれば生
めに、今、私たちが取り戻すべきは、優れた実践
かされるほど、その会社は発展するといえる」
的知恵、すなわち「実践知」を社員 1 人 1 人に組
社員 1 人 1 人が「自ら発意する経営者」の意識
を持って自律的に振る舞い、確固たる経営理念の
み込む全員経営のあり方に他ならない。
もとで結集すれば、最高の経営が実現する。
●「実践知」とは「即興の判断力」
では、実践知とはどのようなものか。
幸之助氏は、このような信念を強く持ち、自ら
現場で個別具体のミクロの現実に直面した時、
の生涯をかけて実践した。
2
全員経営
その都度、背後にある文脈や関係性を読み、マク
彼らが卓越した実践知を発揮したのは、日常的
ロの大局と結びつけ、適時に最善の判断を俊敏に
に防災訓練に注力した成果だった。地震発生時に
行う。それが典型的な実践知である。
はどのような判断が「よいこと」であり、どう行
では、こうした即興の判断力を身につけるに
動すべきかを徹底して叩き込まれていた。
は、どうすればいいのか。その出発点として、
「何
防災学習は「よい習慣」としての日常の凡事で
がよいことなのか」という共通善(コモングッド)
ある。それが、即興の判断力を下支えする非凡な
の価値基準を持たなければならない。
力を生んだのだ。凡事の積み重ねが非凡を生む。
この価値基準をベースにしつつ、その都度、状
ビジネスの世界でも、実践知を高めるには「凡事
況に応じて最善の判断をする。もし判断が結果的
の非凡化」が欠かせない。
に誤っていたら、即、フィードバックして修正し、
次の目標に向けてフィードフォワードしていく。
ミドルアップダウン・マネジメント
このサイクルを速めながら、1 歩 1 歩、自分た
全員経営で一番難しい問題は、現場で実践知を
ちの目指す「よいこと」に近づいていくのだ。
社員たちが「何がよいことなのか」という共通
発揮しながら、新しい価値や価値を持った概念を
善を価値基準として持つと、それを目指そうとす
生み出し、そこから 1 つのビジネスモデルをつく
る思いが共有され、企業であっても、利益至上主
り出して、収益へと結びつけることである。
第一線にいる人間が優秀でも、1 人だけの力で
義ではない共同体的な組織が生まれる。
その共同体的な組織風土のもとで、1 人 1 人が
は限界がある。それでも高い成果を出せるのは、
即興の判断力を発揮し、機動力が生まれるところ
チームを組むメンバーや社内外で出会った人と、
に、日本企業の強みがあった。
対話を通じて互いの知と知を結びつけ、ともに実
例えば、「宅急便」を展開するヤマト運輸には
践していく「場」をつくることができるからだ。
「ヤマトは我なり」の社訓があり、社員の誰もが
対話と実践の場をつくり、そこから新しい概念
経営者意識を持つ全員経営の組織風土がある。小
を紡ぎ出し、その概念からビジネスモデルをつく
倉昌男元社長がドライバーを「セールスドライバ
り出していく上で、重要な役割を演じるのがミド
ー」と命名したのも、配達するだけでなく、現場
ルマネジャーやミドルリーダーである。
組織の内外において、ミドルマネジャーやミド
で顧客のニーズをつかみ、自らの判断で取引に結
ルリーダーがタテとヨコの知の流れが交差する中
びつける権限も委譲する意味合いを込めたからだ。
東日本大震災の際、被災地のセールスドライバ
心点に立ち、トップとフロント(第一線社員)を
ーは自分たちの判断で会社のトラックを使い、救
巻き込み、知識創造プロセスを促進する。これは
援物資の輸送を行った。このエピソードは、自律
「ミドルアップダウン」ともいうべきマネジメン
的な判断が徹底されていることを物語るものだ。
トのあり方である。
トップはビジョンや方向性を示すが、フロント
● 凡事の非凡化
3・11 の大震災で象徴的な話がある。岩手県釜
はどうしても日常的な現実世界に目を奪われ、視
石市での中学生たちの活躍である。
野や考え方が硬直しがちである。そこで、ミドル
地震発生後、教師の避難の呼びかけを待つまで
がトップの目指すビジョンと現実世界の間の矛盾
もなく、生徒たちは自らの判断で校庭に集合した。
を統合できるようなコンセプトをつくり出し、
“伝
そして、避難を始める。その際、隣接する小学校
道師”の役割を演じて、新しいビジネスモデルを
の生徒の手を引き、誘導した。避難場所が危険と
紡ぎ出すのだ。
判断すると、より高台にある避難場所まで移動し
このミドルアップダウン・マネジメントも日本
た。結果、小中学校の生徒はほぼ全員無事だった。
企業の得意技であることを我々は再確認すべきだ。
3
全員経営
もっとも、現在の日本企業では、ミドルマネジ
実践知の考え方は、明らかに後者である。
ャーの役割が変化し、弱体化しているという。部
●
「分析マヒ症候群」から抜け出す
下がほとんどいない、自ら現場で職務を遂行して
経営学の世界で、演繹的な考え方の代表格は、
いるミドルマネジャーもいる。そうであれば、あ
ハーバード・ビジネススクール教授、マイケル・
らゆるレベルの社員がミドルアップダウン・マネ
ポーターの競争戦略論である。
これは、市場に存在する 5 つの競争要因、すな
ジメントを実践できることが求められる。
わち、「業界内競争が激しいかどうか」「新規参入
障壁が高いか低いか」「代替品が存在するかしな
実践知の 6 つの能力
いか」「消費者の力が強いか弱いか」「原材料等の
では、全員経営を実現していく時、社員 1 人 1
供給業者の力が強いか弱いか」といった観点から
人に求められるものは何なのか。
市場を分析する科学的な考え方だ。
●「賢慮(フロネシス)
」というリーダーシップのあり方
日本でも、市場分析的な競争戦略の考え方が広
実践知に優れた人材には、次のような共通する
まった。その結果、特にミドル以上の層が陥った
能力がある。
のが「分析マヒ症候群」ともいうべき症状だ。
①「何がよいことなのか」という判断基準を持ち、
何かというとすぐ分析が始まり、「市場の状況
「よい目的」をつくる能力
はこうであり、競合他社はこういう状態にあり、
②ありのままの現実の中で本質を直観する能力
従って、わが社のとるべき最適なポジショニング
③「場」をタイムリーにつくる能力
は…」といった具合に傍観者のスタンスで仕事と
④直観した本質を概念化し、物語として伝える能力
関わる。「自分たちは何をやりたいのか」という
⑤あらゆる手段を駆使し、概念を実現する政治力
主体的な当事者意識が欠如する。多くの日本企業
⑥実践知を埋め込み、組織化する能力
がこの問題を抱えるようになった。
この 6 つの能力を合わせると、「賢慮(フロネ
これと対照的なのは、1 人 1 人の実践知を重視
シス)」と呼ばれるリーダーシップのあり方が浮
する考え方だ。顧客のいる現場に行き、共体験し、
かび上がる。フロネシスとは、古代ギリシャの哲
対話する。そこには、主体と客体の対立を超えた
学者、アリストテレスが唱えた知の概念である。
主客一体の世界が展開される。
アリストテレスは、偉大な哲学者プラトンの弟
この時、大切なのは「競争の度合いは○○%」
子だが、考え方は好対照だった。
といった分析データではなく、マーケットを内側
プラトンは、真善美とは限りなく神に近いもの
から見た時に、現実が自分にどう見えるか、主観
であるため、身体の五感を一切排除した理性によ
的な意味を問うことである。
ってのみ認識できるものであると説いた。世の中
主観的世界の入り口は、自らの思いだ。自分は
の事象にはすべてに普遍性があるから、基本をな
何のために生き、仕事をし、何をやりたいのかと
す普遍性を捉えなければならないと考えた。
いう思いから始まり、主客一体の世界で「何がよ
一方、アリストテレスは真善美は現実に存在す
いことなのか」という気づきを得ていく。
ると考え、個別具体の中から普遍化していくと説
そうした主観的な世界で、ありのままの現実を
いた。世の中には様々な事象があるから、その 1
直観し、直観した本質を概念化し、その概念を物
つ 1 つを捉えていかねばならないと考えたのだ。
語化し、あらゆる手段を駆使して実現し、1 つの
世界を認識するための知の方法は 2 つに大別さ
ビジネスモデルをつくり出す。これが実践知だ。
れ、1 つはプラトン流の普遍から個別具体の結論
私たちが分析マヒ症候群から抜け出すために
を得る演繹的な方法、もう 1 つはアリストテレス
は、日本人が本来持っていた実践知を、もう一度
流の帰納的な方法になる。
取り戻す必要がある。 えんえき
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