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痛みについて
● 痛みの定義 ・Pain is what the patient says hurts=患者が痛いというのであればそれが痛みである。 頭痛大学 ・「永久に個人的で私的なもの」という痛みの特性 痛みの心理学 丸田俊彦 ・痛みの強さは、その組織損傷の程度に比例するという考えではなく知覚体験と同時に、 不安、注意集中、抑うつなどの情動体験である。 痛みの対策と治療 町田英世 中井吉英 ・痛みは気分の一種であるので、原因が突き止められなくても患者が痛いと感じたら痛 いのである。 疼痛コントロールの ABC;1998 日本医師会偏 ● 臨牀における疼痛の概念 ①疼痛は体表や内臓の神経末端の侵害受容器から末梢神経、脊髄、脳幹を伝導し、視床 で認知され、さらに大脳皮質でその内容が評価、判断され、それに対する反応が生ずる。 すなわち視床で感じるまでは個人差がないが、その痛みをどう感じ、そして反応するか は大脳皮質であり、個人によって異なる。 ②疼痛は、特定の刺激によって生ずる単一の感覚ではなく、視覚や聴覚と同様に複雑な 知覚体験である。すなわち痛みは、感じ方に個人差がある。 ③疼痛の強さは、刺激に対して常に比例するものではなく、主観的、個人的なものであ り、過去の経験、疼痛に対する注意や患者の状態によって影響される。すなわち痛みは、 状況によって感じ方が変化する。 ④疼痛の持続や繰り返しにより、疼痛の悪循環が形成され、疼痛が増強し、症状を複雑 多彩にし、疼痛が中枢にしっかりと記憶されてしまう。すなわち慢性疼痛が形成される。 出典:疼痛コントロールのABC、日本医師会雑誌特別号:32.1998 *視床で認知されるのは疼痛ではなく、痛覚とした方が誤解が少ないのではないだろう か。よって、痛覚域値と耐痛域と表現するのはどうなのだろうか。(山名) ● 疼痛の分類 痛みの伝導速度、部位、原因、治療効果によって分けられるが、治療効果による分類が より臨床に即している。 *部位から:中枢神経性疼痛と末梢神経性疼痛 *原因から:身体的痛みと心因的痛み、精神疾患性の痛み *経過から:急性疼痛(数日から数週の痛み)と慢性疼痛 *治療効果から:治療により痛みの原因を除去した場合に、 痛みが消失するものを急性疼痛、 痛みが持続するものを慢性疼痛 痛みの除去が困難なものを難治性疼痛 という。難治性疼痛には、癌性疼痛と中枢神経障害による痛みがある。 出典:疼痛コントロールのABC、日本医師会雑誌特別号:32.1998 *スピリチュアルケアを要する痛みは、慢性疼痛と難治性疼痛であろう。 (山名) Components of pain ・nociception:組織損傷がある ・perception of pain:侵害刺激により誘発される。nociception なしでも起こりうる ・suffering:(苦痛)肉体的、精神的保全が脅威にさらされると生じる Pain、fear、anxiety、stress、loss of loved objects などで起こる(Cassell、1982) ・pain behaviours ● 痛みの評価 痛みは、主観的な「痛み感覚」と、客観的な「痛み行動」で評価される。 「痛み感覚」は、痛み刺激に対する個人の主観的で複雑かつ不快な感覚体験であり、こ れを客観的に評価する普遍的方法は確立されていない。 「痛み行動」は、知覚された痛みの存在を周囲に伝えようとする多種多様な表現様式で ある。これにより、周囲の人々が患者の痛みを間接的に理解することができる。 「痛み刺激」と「痛み行動」との関係についてみてみる。急性痛では、「痛み行動」の 大部分は痛み刺激に対する直接的な反応であるが、慢性痛においては、時間の経過と共に、 「痛み刺激」と「痛み行動」との相関が徐々に失われていく。そのため、適切な治療をや っていても痛み(の訴え)が継続することがあるため、正しい評価ができなくなることが ある。 出典:疼痛コントロールのABC、日本医師会雑誌特別号:34-35.1998 を一部修正 ● 疼痛患者への理解 1. 患者が痛みを訴えるのは、 痛みの侵害刺激が、痛み刺激を認知する視床での疼痛閾値を超えたからではなく, 痛み刺激の内容が評価、判断され、それに対する反応を生じる、その患者の大脳皮質 での耐痛閾が限界に達したからである。 2. 疼痛閾値はたいていの人たちで比較的一致している。 しかし耐痛閾には個人差があり、たとえば年齢、性、文化的背景などに影響され、ま た時間的経過によっても変化する。 http://homepage2.nifty.com/uoh/kiso/z_pain.htm 例 1)他人に対する共感性が乏しい家庭環境に育った子供は、被害者の痛みや恐怖に、 無関心で、暴行を加えるという。 例 2)疼痛に対する耐性や閾値レベルに、民族や人種の違いがあるか実験した結果、 黒人の方が白人に比べて疼痛耐性が低い事が報告されている。 例 3) 冷刺激と温熱刺激に対する、ヒスパニック系、黒人、白人の疼痛閾値・耐性 レベルの違いを調べる実験も行っているが、ヒスパニック系と黒人は白人に 比べて、閾値・耐性レベルが共に低い 例 4)女性は男性に比べて疼痛と温熱疼痛刺激を強く感じる 例 5)疼痛耐性は仕事着の方が高まるらしい 例 6)低温で日照が少ない日ほど痛みの訴えが強く、高温・高湿度・低温・低湿度 ともに偏頭痛に影響しているらしい 例 7)情緒的な状態による変化では、興奮している英雄的な心理状態では疼痛耐性 が上昇し、臆病的な心理状態では疼痛耐性が低下したそうだ。 また、満足感が高い状態では痛みを軽く感じ、悲しみ・怒り・不安の状態 では痛みを強く感じるようだ。 例 8)色情的な状態では男性だけが疼痛の閾値が上昇する もし、人の体がコンピュータや機械のように、一定の刺激に対し一定の反応を起こす のであれば、人それぞれのユニークさはありません。ユニークさは一定の刺激を与えて も、違った反応をするところから生まれます。その違いはどこから生まれるのでしょう。 ・第一が、神経系統の構造的生化学的な違いです。 その違いが、痛み知覚の個人差を生む素地となると考えられます。 ・第二に、過去の体験の違い。 ・第三に、痛みが生じた状況の理解の違い。 第二、第三は、痛みの知覚ばかりでなく、痛みに対する反応の仕方にも影響を 与えます。 痛みの心理学 疾患中心から患者中心へ 丸田俊彦 著: より 3. 疼痛患者には全人的痛み(total pain)が存在する. すなわち痛みの原因は身体的なものだけでなく、精神的、社会的、そして霊的(spiritual) な要因などで、それらが複雑に絡み合って痛みを表現している. *痛みを訴えるのは大脳皮質が関与する耐痛域が関与するために、痛み感覚は個人の 主観的・複雑・不快な感覚体験となり、多数の外来要因によって影響されることにな る。このことから、痛みを評価・理解するためには、一元的評価ではなく、身体面・ 精神心理面・社会生活面およびスピリチュアルな面からの多元的な評価が必要となる。 このことこそが、痛みをトータルペインとしてとらえなければならない理由と考える。 (山名) 4. 患者は 3 つの側面から痛みを訴える. ・生理的側面: 有害刺激として、痛みの源泉を知らせる一種の警告、防御反応とする. ・精神・心理学的側面: 精神的・身体的苦痛を、他人に知ってもらおうとする. ・社会的側面: 自分の周囲の人達との人間関係を有利に図ることや、補償金などの社会的利益を 得る手段とする. 5. 患者によって側面の主体性、あるいはこれらの側面の占める比率が異なってくる. 特に癌性疼痛患者は痛みに苦しめられているだけでなく、死の迫っていることを自覚、 あるいは無意識に知りながらも、決して希望を失うことなく、毎日を必死になって過ご している.その精神・心理状態は、きわめて複雑多彩である. 出典:疼痛コントロールのABC、日本医師会雑誌特別号:33、1998 では痛みを和らげるには? 疼痛閾値は、視床下部での認知される刺激への反応であって個人差が少ないのである から、一般的に言われている疼痛閾値を上げることでは、痛みは和らがないと思われる。 痛みを和らげるためには、大脳皮質での評価・判断とこれに基づく反応を制御すること が必要であり、いかに耐痛域を上げるかという方策を模索する必要があると思われる。 ・耐痛域を上げる要因とケア 患者が精神的にプラス・前向きな感情を抱く事 病気や痛みに負けないぞ!という強い気持ちを抱くこと 患者に勇気づける言葉をかけること 十分な睡眠 休憩 不安の解消 他症状の緩和 理解 (人との)ふれあい 気晴らしとなる行為 *ある夜、パスカルは非常な歯の痛みに襲われた。一人ベッドに伏して輾転とし ているうち、あまりの痛さに耐えかね、少しでも気をまぎらわすため、数学の 問題を解いてみることにした。そのとき思い浮かんだのが、曲線の面積と重心 に関する問題であった。それをサイクロイドの問題に応用してみようと考えつ いた。サイクロイドは「一つの円が一本の直線状を滑らずに回転するとき、円 周状の一点が描く曲線」である。この問題を考え、解こうとしてすべてを忘れ て没入した。その間に歯の痛みはどこかへいってしまい、問題を解き終わって 気がついてみると、もう痛みはなくなっていた。人間を考える葦(unroseau pensant)とみたパスカルは数学の問題を考えることによって、歯の痛みから 逃れたわけである。 不安減退 気分高揚 創造的活動 過去の痛みからの回復経験 痛みの原因を明確にする ・耐痛域を下げる要因 不眠 不快 疲労 不安 悲しみ 怒り 恐怖 抑うつ 倦怠感 孤独感 過去の痛みの体験 社会的地位の喪失 痛みの原因が不明 内向的心理状態 孤独感 ・疼痛閾値を上げるケア 1)日常性の維持 一人の人間として尊重する:人として遇する 出来る限り普段と同じような生活ができるようにする 2)側にいること(Presence) Doing から Being へ 意識的・意図的に患者のそばにいる 分かち合い 観察 傾聴 慰め 付き添うこと コミュニケーション 共感 カウンセリング 触れること 希望 教育 元気づけること 支え 3)気分転換(注意転換法) 一種の感覚遮断の手段 聴覚・視覚・触覚など、痛覚以外に意識を集中させることによって痛みの感覚 から自己を遮断する方法 テレビを見る、読書、会話、散歩、リハビリ、ユーモア、笑い等 4)リラクセーション 深呼吸法 漸進的筋肉置換法 平和で穏やかな過去のことを想起するイメージ法など 5)音楽療法 音楽は情動と感情をつかさどる大脳辺縁系に影響し、精神生理学的反応を 生じさせる その場の雰囲気を変える 患者の気分になる 痛みのために心を閉ざしている時の一種の風穴としての作用がある 6)アロマセラピー療法 芳香成分を含む精油を吸入・入浴・マッサージなどによって体内に吸収し、 不安や緊張を緩和 7)患者を支えるコミュニケーション 8)マッサージ 9)ポジショニング 10)罨法(温罨法・冷罨法) 11)腹式呼吸 ● 心因性疼痛・身体表現性障害とくに疼痛性障害をどう考えるか 心因性疼痛は、中枢神経系に生じた可塑的変化や心理学的機序による歪みが生じた、「神 経系の異常」として捉えられている。「心因性」とは、からだの異常によるものでなく、 心理的な原因に由来し、明らかな身体的原因がなく、その発生に心理社会的因子が関与し ている痛みを、従来「心因性疼痛」という病名が用いられた。しかし、いわゆる「心因性 疼痛」の多くには、心にのみ原因があるということではなく、多くの要因(生物学的、心 理的、社会的、行動要因)が複雑に関与する可能性があり、これに対しても全人的対応が 必要と思われる。 身体表現性障害とは、「身体疾患を模倣する疾患(ただし詐病を除く)」で、器質的な 異常が見あたらないにもかかわらず、執拗に身体の異常を訴えるものであり、医学的に説 明不能な身体症状:medically unexplained physical symptom: MUPS としてとらえられる。 不定愁訴:unidentified complaints とも表現される。 疼痛性障害には、持続期間が 6 月未満の急性のものと、6 月を超える慢性のものに分類さ れ る 。 ま た 、 心 理 的 要 因 と 関 連 し た 疼 痛 性 障 害 ( Pain Disorder Associated With Psychological Factors)と、心理的要因と一般身体疾患の両方に関連した疼痛性障害(Pain Disorder Associated With Both Psychological Factors and a General Medical Condition) に分けられるという。 疼痛性障害の定義は、次表に示される。 疼痛性障害の定義 (DSM-IV-TR) A 1 つまたはそれ以上の解剖学的部位における痛みが臨床像の中心を占めており、 臨床的関与が妥当なほど重要である。 B その痛みは、臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領 域における機能の障害を引き起こしている。 C 心理的要因が、痛みの発症、重傷度、悪化、または持続に重要な役割を果たして いると判断される。 D その症状または血管は、(虚偽性障害または詐病のように)意図的に作り出され たりねつ造されたりしたものではない。 E 痛みは、気分症が、不安障害、精神病性障害ではうまく説明されないし、性交痛 症の基準を満たさない。 ICD-10 では、身体表現性障害のうちの「持続性身体表現性疼痛障害」(F45.4)に相当 する。「主な愁訴は、頑固で激しく苦しい痛みについてのものであり、それは生理的過程 や身体的障害によっては完全には説明できない。痛みは、主要な原因として影響を及ぼし ていると十分に結論できる情緒的葛藤や心理的社会的問題に関連して生じる。」とされて いる。 疼痛性障害の特徴は、過度な痛みの訴えである「痛み行動」であり、患者の満足が得ら れないことに対する医師の責務感から頻回の手術が施行されたり、特別扱いをされていた り、そういった特殊な注目を集めることで、患者の痛み行動が強化されていることもある また、患者の訴えが、「気のせい」として無視されがちになり、医療スタッフー患者の信 頼関係が障害されて患者の医療不信を生じ、二次的な医原性因子として病態を修飾してい る症例もある。 さらに、疼痛性障害の評価や治療には生物心理社会モデルでの病態理解が必須であり、心 身症としての取り扱いが妥当であるとされている。 ● 痛みや苦痛に対する精神医学的アプローチ スピリチュアル・ケアの中に含まれるケア(治療法?)として、精神療法があるのでは ないかと考えた。 精神療法(心理療法)は、医師などの治療者が、言葉や人間関係によって、患者の心に 働きかける治療法であり、治療をおこなう人は、患者の症状や悩み、不安などを聴き、そ の解決に向けて一緒に考え、問題の解決方法を示しながら支援していくものである。 代表的な精神療法(心理療法)には次のようなものがある。 ・支持的精神療法(支持療法) ・認知療法 ・行動療法 ・自律訓練法 ・家族療法 ・集団精神療法 支持的精神療法は、最も基本的な精神療法であり、治療者が「患者の悩みや不安をよく 聴き(傾聴)、それを理解して支持することが基本となる。治療者は、患者の訴えに対し て、よいとか悪いとか、間違っているというようなこと(価値判断)は言わず、また、安 易に励ますようなこともしない。あくまで支持することによって、患者の気持ちを楽にさ せ、精神的に自立できるようにして、回復させていくものである。支持療法は、精神療法 の中で特別なものではなく、治療者の患者に対する働きかけは、すべて支持療法とされる という。 川合隼雄による「傾聴・反復・適度の間」を中心としたカウンセリングのやり方とは、 このような内容のものではないだろうか。(山名) 認知療法は、比較的軽いうつ病患者や恐怖症・摂食障害などの治療でも行われることが ある治療法である。人は、強いストレスや不安感などで心理的な不調が生じると、考え方 に柔軟性が失われ、認知にゆがみが生じてくるため、考え方のゆがみを治療者と患者との 共同作業によって考え方のゆがみを修正していく治療法である。患者のものの見方が本当 に正しいかどうかを検討し、もっと別なものの考え方ができないかどうか話し合い、いっ しょに考えていくことによって、治療者は、悲観的で非現実的な認知のゆがみを修正し、 患者がより現実的なものの見方ができるように援助していくことになる。 これは、ケアというよりは治療(キュア)の範疇にはいる療法と思われる。(山名) 行動療法は、問題行動や症状が、どのようにして獲得されてきたのかを解明した上で、 新たに学習理論に基づいた訓練をおこなうことによって、問題行動や症状を修正したり、 消し去ろうとするものである。その背景には、人の行動というのは、過去の経験や訓練に より学習されてきたものであり、困った行動や症状は誤って学習されてきた結果であると いう「学習理論」がある。 これもキュアの範疇にはいるものであろう。 (山名) 自律訓練法とは、「自己催眠状態」を体験する治療法であり、心身が十分にリラックス した状態、いわゆる「リラクゼーション」の状態になることによって、不安や緊張からく る心身の不調を改善したり、心身の自己調整能力を高めようとするものである。この自律 訓練法は、治療ばかりではなく、日ごろの心身の健康維持・増進にも利用されている。 これはスポーツ選手などが取り組んでいる訓練法と同じ範疇にはいるものと思われ、ラ イフレビューと似たような効果があるのではないかと思われる。(山名) 家族療法とは、患者を含めた家族に働きかける精神療法で、家族が持っている問題解決 能力を引き出しながら、治療していくものである。背景には、家族との関係が、患者の症 状や問題行動に影響を与えている場合は、患者と家族のかかわりを修正していかない限り、 問題は解決しないという認識がある。 関係性に注目した治療法と考えることができるのではないだろうか。 (山名) 集団精神療法とは、グループの中で自分の心の悩みを話したり他人の悩みを聴いたりし て、お互いに支え合いながら症状をやわらげていく方法であり、患者本人が同じような立 場の人に話すという行為により、自分自身のことをよく知ることができたり、同じ悩みを 持つ人の話から、それを乗り越える知恵や方法を知り身につけることができるという長所 があるとされる。 患者友の会のようなグループワークを想定したらよいのではないかと思われた。 ● スピリチュアル・ケアと心理的ケア 「看護師のスピリチュアル・ケアのイメージと実践内容」 (川崎医療福祉学会誌:19(2)、2010、 445-450)において、「スピリチュアル・ケアが心理的ケアや社会的ケアと混同されている」 との指摘がある。著者らは、【傾聴・共感・受容】、【共にいる】、【その人を大切にし た看護】、【タッチング】などのケアの実践は、「すべての人を対象に実践できるという メリットがあるが、スピリチュアル・ペインが強い人へのケアとしては不十分な場合があ る」として、「超越的な視点を含んだ介入や,生きる意味を見出したり,自己の存在価値 を再構築したりするための介入」が必要であり、これらがスピリチュアル・ケアと一般的 な心理的ケアとの違いであると主張しているように思われる。その根拠として、「窪寺は, 死に直面したときには目に見えない世界や信仰に関心が向くので,その中で新たな人生の 目的や苦難の意味を見つけられるように援助するのがスピリチュアル・ケアである、と述 べている.また村田は、終末期がん患者が死に臨み,自己の存在と意味を喪失する深い苦 しみのなかにあっても、なお生きる意味,生きる意欲を回復できるように支えることがス ピリチュアル・ケアの目的であると述べている.」として、「スピリチュアル・ケアのイ メージは、既存の学術的な概念に沿っているといえるのではないだろうか.」としている。 一方、飯田は、スピリチュアル・ケアを、『「生きがいを持ちやすい人生観」への転換 を推奨し、人生のあらゆる事象に価値を見出すよう導くことにより、人間のスピリチュア ルな要素(心あるいは魂)の健全性を守ること』と定義したうえで、『スピリチュアル・ ケアとメンタル・ケアとの違いは、メンタル・ケアが「とにかく大丈夫ですよ」などと答 えをあいまいにしたままであるのに対して、スピリチュアル・ケアにおいては「人生につ いての根本的疑問」に理路整然と回答し、納得を得る必要があることだ』としている(飯 田史彦『生きがいの創造 III、世界標準の科学的スピリチュアル・ケアを目指して』p.41、 43)。 しかし、「理路整然と回答し、納得を得る必要があること」という表現には違和感があ り、受け入れがたい。人は皆、全く異なった存在であり、お互いを理解し、お互いに共感 することはできないと思うからである。 精神的心理的ケアとスピリチュアル・ケアの間には、集合における共通部分が存在する と思われ、全く異なったものと捉えるべきではないと思われる。(山名) なお、村田によるスピリチュアル・ケアの目的は、「人が人生の終末期を迎えるにあた ってそれまで機能や量で価値が決められていた性のあり方から、自己の精神性を中心とす る新しい生のあり方へと成長し、成熟することを援助する。また、生を、超越者をも含ん だ全体として回顧することを援助し、それを肯定することで自己の人間としての尊厳の回 復をはかり、障害を生き抜いてきた満足を得られるように配慮するのである。」としてい る。 ● 緩和医療が患者予後に及ぼす影響 がん治療の目的は、①がんの治癒を目指す、②治癒が期待できない場合でも、予後の延 長と QOL の向上を目指すという二つがある。この中で、②に目を向けた場合、 ・ホスピス入院は生存期間短縮とは関連なく、むしろ終末期患者においてはホスピスは生 存 期 間 延 長 と 関 連 し て い た 。 ( Stephen R. Connor. J Pain Symptom Manage 2007;33:238-246) ・転移のある非小細胞肺がん患者において、診断後早期に緩和ケアを開始した群では標準 治療群に比べ QOL や気分障害が改善しただけでなく、生存期間の有意な延長も認めら れた。(Jennifer S. Temel. N Engl J Med 2010;363:733-742) などに見られるように、「包括的緩和ケア」を実施することにより、生存期間の延長が見 られたということは、スピリチュアル・ケアを行う上で注目すべき結果と思われる。(山名) ● スピリチュアル・ケアとICF(国際生活機能分類) ICFは健康状態に関連する生活機能と障害を分類したものであり、健康に関するすべての 構成要素を、生活機能という視点からとらえたものである。その根底となる考え方に「生 活機能モデル」がある。生活機能の3つレベルは以下の通りである。 1)心身機能・構造(生物レベル) 生命の維持に直接つながるもので「心身機能」と「身体構造」に分けられる 「心身機能」… 手足の動き、視覚・聴覚、内臓、精神等の機能面 「身体構造」… 指の関節、胃・腸、皮膚等の構造面 2)活動(生活レベル) 一連の動作からなる目的をもった個人が遂行する生活行動であり、日常生活動作 以外にも職業的動作、余暇活動も含まれるため、文化的な生活、社会生活に必要な 活動すべてを含む。 3)参加(人生レベル) 家庭内での役割を含め、社会的な役割を持って、それを果たすことである。地域 組織の中でなんらかの役割をもち、文化的・政治的・宗教的など広い範囲にかかわ る。 包括概念としての生活機能(心身機能・構造、活動、参加)の3つのレベルはそれぞれ、 その間に相互依存性と相対的独立性の両方がある。この2つの性質とは、生活機能モデルの 各レベルが互いに影響しあうと同時に、状況によってそれぞれの独自性を維持することを 意味している。一般的にICF の適用とその範囲は、前述のとおり、全ての人を対象とした 健康のすべての側面、健康に関連する領域としており、その対象範囲は普遍的である。ま た概念的な枠組みは、予防と健康増進を含む個人的な保健ケア、および社会的障壁の除去 や軽減による参加促進、社会的支援の推進に応用できる。 医療や福祉の現場では、患者自身が何を生活の中で望んでいるのか、何を必要としてい るかということについて具体性を持って目を向けることによってICFを有効に用いるきっ かけとなる。基底還元論から脱却し、生きることの全体像をプラスの面から捉える視点を 持つことが重要である。 スピリチュアル・ケアを必要とするクライアントの多くは、治癒が難しい、もしくは治療 が不可能なケースであり、このようなケースに対して私たちが支援を行う際に、このICFに 基づく健康状態の評価が必要となってくる。ICFの「統合モデル」における健康状態は、衰 えた心身機能を持ちながら行い得る精一杯の活動・参加の統合された全体として捉える。 置かれた状況においてできうる限りの平衡状態を保っているならばそれを認めるものであ る。いずれの心身機能においてもその状況下での統合された健康を維持しているとみなさ れる。これによって、植物状態の人が行える最大限の仕事は「まさに生きているというそ のもの」であり、植物状態の人を「新たな健康状態にいる」とみなすことにより、その状 態をそのまま認め、維持できるように計らうことができるようになる。ICFは単に物理的に 完全な身体機能を持って健康状態と解釈するものではない。 そして、臨床の場で常に状況認識をするに際して、実体と構成概念を理解することが必 要である。 1)実体(実在性): 思考の内にのみ存在する観念と独立に、事物、事象として在立すること。 2)構成概念: 我々の知覚において完全には与えられはしないが、我々が知覚する事柄を理論的に 説明するために構成され、導入される概念 これまで、実体と誤認されてきた終末期に関連した語句は以下のようなものである。 ・健康状態 ・尊厳 ・自分の死 ・QOL ・終末期 ・延命 ・無益性 ・差し控え・中止と不作為・作為について ・事前指示 ・安楽死 など 「終末期の生活者の生き方を支える相談・支援マニュアル策定に関する研究」 :川島 孝一郎、平成22年3月 「在宅移行が可能となる医師の説明マニュアル」:川島 孝一郎、平成22年3月 このような概念に基づいて、「老い・病い・死」に直面し、本来的な自己存在のあり方 への決断を迫られている人に対して、存在し生きている今をより良いものとして支援する ことにより、スピリチュアル・ペインを緩和することができるのではないかと思われる。(山 名) ● 現在の「現象学的アプローチ」というものに対する私の認識 これまでその人が生きてきた過程で経験した喜怒哀楽など、意識に生じた現象の意味を、そ の人の立場に立って考えることにより、その本来の意味(いわゆる本質=実存的意味)を第三者 にも理解できるように解き明かしていく方法論という認識です。