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エネルギー・環境分野をめぐる域内協力― 東アジア経済

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エネルギー・環境分野をめぐる域内協力― 東アジア経済
立命館国際地域研究 第 22 号 2004 年 3月
195
<論 文>
エネルギー・環境分野をめぐる域内協力
――東アジア経済共同体の結成に向けて
張 文 青
はじめに
現在、東アジア全体の経済規模は世界の1/3を占め、日中韓三カ国と東南アジア諸国連合
(ASEAN)を合わせると 20 億の消費者を抱えており、外貨準備も1兆ドルに達し、世界全体
の半分にのぼっている1)。しかし、東アジア地域において、地域経済連携の動きは、ヨーロッ
パ連合(EU)や北米自由貿易地域(NAFTA)の締結に比べ出遅れている。97 年のアジア通
貨危機以降、東アジア諸国経済の素早い回復や良好な経済運営パフォーマンスが改めて世界注
目の的となっている。そんな中、とくに飛躍的に経済発展を遂げてきた中国や日本、韓国など
東アジア主要国間の経済交流・相互貿易額の拡大がスポット・ライトを浴びている。東アジア
諸国間は貿易の拡大につれ、相互依存が高められ、今や二国間自由貿易協定(FTA : Free Trade
Agreement)締結のラッシュを迎え、EU や NAFTA の形成に刺激され、ついに東アジア諸国
間における域内経済共同体の構築に関する議論が今までない盛況を見せている。
とくに近年、「世界の工場」として立ち上がった中国の経済発展は、東アジア地域に新たな
貿易・投資システムの形成に大きな影響を与え始めていることに注目が集めている。1991 年 11
月、中国はアジア太平洋経済協力(APEC : Asia Pacific Economic Cooperation)への参加が
認められ、多角的な地域経済協力会議に参加できたことにより、域内の貿易・経済交流がより
一層拡大し、深化させた。さらに、2001 年 11 月、中国は積極的に ASEAN との FTA を結ぶ考
えを ASEAN 諸国に提案し、ASEAN 諸国もまた発展している中国市場を見込んで ASEAN プ
ラス日中韓といった ASEAN+3(APT : ASEAN Plus Three)自由貿易圏の構築を提案した。
現在、中国は既にタイやインドネシアなどと農業分野における譲歩によって協議や合意を重ね
ており、2010 年までに ASEAN 諸国との FTA 締結に向けて積極的な姿勢で検討している。
日本も 2002 年 11 月にシンガポールと FTA を合意したことを初め、今はメキシコや韓国、タ
イ、マレーシアなどの東アジア諸国とも FTA 締結に向けて積極的に議論している。韓国も
2003 年3月にシンガポールとの FTA 締結に関する共同研究を開始している。今後、タイなど
196
張 文 青:エネルギー・環境分野をめぐる域内協力
ASEAN 諸国を初め、メキシコ、ニュージーランド、豪州、米国などとも FTA に関する具体的
な議論や研究を進めていく方針を決めている。
しかし、今日の世界経済が世界貿易機関(WTO)の主導のもと、益々グローバル化になっ
ている中、なぜ地域経済の結束や二国間自由貿易協定の締結が競い合っているように結んでい
るのか。その問題を解明するためには、グローバル・スタンダードがどんどんアメリカ・スタ
ンダードやヨーロッパ・スタンダードに代わりつつあることに注意する必要があろう。アメリ
カや EU 以外の地域でもアメリカ・スタンダードやヨーロッパ・スタンダードが世界経済に関
する諸問題の取り決め基準として進まれ、米国とドイツ、フランスを核に国際分業システムの
ネットワークが形成されつつあることを見逃してはならない。
さらに、2004 年に E Uは加盟国を 15 から 25 に増やし、域内大統領の設置も決めている。一
方、米国も 2005 年 11 月に米州自由貿易協定(FTAA)の締結に向けて地域主義を拡大し、多
国籍企業による他国市場への参入を猛スピードで強化している。こうした中、東アジア諸国は、
世界経済地図における NAFTA や EU といった中心的な核から、地政学上「周辺」に位置して
いるにもかかわらず、アメリカ的標準或いはヨーロッパ的標準を「国際取引基準」として従わ
なければならなくなることや、経済運営に関しても、この地域諸国の固有文化と慣習が反映さ
れた経営方式及び理念を切り捨てなければならなくなるといった危機意識が高まっている。し
たがって、これら二大経済圏拡大のインパクトを受け、また、アジア通貨危機を経験した東ア
ジア諸国は、域内諸国自身によるセーフティ・ネットワーク構築の必要性に対する自覚が高め
られ、長期的・戦略的目標として域内経済共同体を結成する意識が強まってきた。
こうした一連の動きにつれ、近い将来 APT 経済圏或いは東アジア経済共同体の誕生への期
待も高まってきた。それを実現させるためには、日中韓三ヵ国はまず協力できる分野を拡大し、
共同プロジェクトを通じて共通認識や連帯感の形成に努め、日中韓三ヵ国がコアとなって、
APT を実現して行かなければならない。本稿では、東アジア地域で経済共同体を構築するため
に、日中韓三ヵ国がまずエネルギーや環境分野における協力を深め、そして拡大し、資金援助
や技術協力、人材育成、情報交換などの協力を通じて幅広い共通認識のもとで、相互利益とな
る共同プロジェクトを増やしていくことの重要性を主張したい。同時に、東アジア地域で如何
に経済共同体を構築していくかその実現に向けて、まず、エネルギー・環境分野における相互
協力の具体的方法を探ってみたい。
一.域内経済発展とエネルギー需要増及びエネルギー貿易
1. 域内経済発展、貿易拡大とエネルギー需要増
1)域内諸国の経済成長及び貿易拡大
世界経済における主要地域別の構成比推移を見ると、東アジア経済は 1980 年の 3.1 %から 2000
立命館国際地域研究 第 22 号 2004 年 3月
197
年の 7.4 %へと、2.4 倍の拡大を見せた2)。さらに、東アジア経済は 1997 年の「アジア経済危機」
から素早く立ち直り、2001 年の後半には米国経済に先駆けて回復に向かい、2002 年には好調な
個人消費など域内の内需に支えられ、域内諸国の実質 GDP 成長率は 6.1 %と 2001 年の 3.8 %から
成長率を伸ばしてきた3)。2002 年の東アジアの景気回復は、これまで米国景気一辺倒の回復パタ
ーンと違った動きをみせた。すなわち、東アジア域内貿易を通じて東アジア景気の底打ちに貢献
し、その後、米国向けの輸出拡大が図れたことで、東アジア経済の成長率が底上げられた。東ア
ジア経済成長に大きく貢献したのは、域内諸国間の貿易拡大である。
2000 年、東アジア諸国の対世界輸出額は 99 年に比して 20.6 %の大幅増を見せ、金額も1兆
ドル台を記録し、輸入も初めて1兆ドルを超え、1 兆 838 億ドルとなった。同年、世界貿易拡
大の約 3 割は東アジアの貿易によるものであった。さらに、日本貿易振興会(ジェトロ)の発
表によると、2002 年の世界貿易は、米国、日本などが低迷であったことに対して、東アジアと
EU は世界貿易成長の下支えとなっている構図となった。世界貿易に対する寄与率を見ると、
輸出では東アジアが 42.3 %、EU が 52.4 %、輸入では東アジアが 35.9 %、EU が 32.4 %と大き
く引き上げたのに対し、輸出では米国の寄与率がマイナス 14.4 %、輸入では日本の寄与率がマ
イナス 5.8 %と不振であった4)。
東アジア貿易発展の中では、とくに中国の貢献度が高い。2002 年中国の輸出額は前年比
22.3 %増、輸入は同 21.2 %の増加を見せており、貿易黒字は前年より 78 億ドル増の 303 億
5,000 万ドルとなった。世界貿易に対する寄与率も輸出が 23.8 %、輸入が 21.1 %となっており、
最大の貢献国となった5)。中国の貿易拡大により、日本や韓国をはじめ、周辺諸国が中国への
輸出拡大も実現した。2003 年、日本の輸入相手国として、中国が米国を抜いてトップとなり、
日中間貿易額も世界最大の二国間貿易額となり、両国間の貿易が躍進的に拡大してきた。
ここで注目すべきこととしては、日本が東アジア地域における貿易活動のスタンスも変化し
つつ点である。1985 年、日本の輸出総額に占める対米輸出の割合は 37.6 %で最大のウェートを
占めていたが、90 年代には日本の対米輸出の割合は 20 %台に落ち、代わって対アジア輸出が
増大し最大となった。輸入についても同様な状態にあり、最大のシェアを占めているのは東ア
ジア諸国である。その中、日本が 10 年にわたる不況を経験し、今や「脱亜経済」から「入亜
経済」と意識し、貿易における転換策を打ち出しつつある。
2)経済成長によるエネルギー消費増
東アジア諸国は経済発展につれ、エネルギーの需要増は世界平均や他の地域諸国より大きい
ことを表1-1で分かる。今後 20 年の間、東アジアのエネルギー需要量が世界平均や経済協力
開発機構(OECD)諸国平均よりも随分大きくなることが予測され、特に、石油、天然ガスの
需要量は世界平均の 2.4 倍に上ると予測されている。また、OECD 諸国の多くは既に撤廃や廃
止を検討している原子力発電も 97 ∼ 2020 年の間に、年平均 6.3 %の増加と予測されている。こ
198
張 文 青:エネルギー・環境分野をめぐる域内協力
表 1-1 世界及び東アジアのエネルギー需給見通し
供給量(石油換算 100 万トン)及び構成比
世界
1971
1997
一次エネルギー供給量 5012 100 (%)
8743
固
形
燃
2010
100 (%) 11390
年平均伸び率(%)
2020
100 (%) 13710
1971-1997 1997-2010 1997-2020
100 (%)
2.2
2.1
2.0
料 1446
29
2255
326
2820
25
3350
24
1.7
1.7
1.7
油 2461
49
3541
41
4589
40
5494
40
1.4
2.0
1.9
ス
900
18
1911
22
2724
24
3551
26
2.9
2.8
2.7
力
29
1
624
7
690
6
617
5
12.5
0.8
0.0
力
14
2
221
3
287
3
336
2
2.9
2.1
1.8
その他再生可能エネルギー
72
1
189
2
279
2
361
3
3.8
3.0
2.8
OECD 一次エネルギー供給量 3310
100 (%)
4750
100 (%)
5532
100 (%)
5895
100 (%)
1.4
1.2
0.9
802
24
1013
21
1060
19
1091
19
0.9
0.3
0.3
石 油 1691
51
1935
41
2222
40
2367
40
0.5
1.1
0.9
天 然 ガ ス
645
19
999
21
1349
24
1549
26
1.7
2.3
1.9
原 子 力
27
1
516
11
533
10
453
8
12.0
0.2
-0.6
水 力
74
2
112
2
119
2
124
2
1.6
0.5
0.5
その他再生可能エネルギー
72
2
174
4
248
4
309
5
3.5
2.8
2.5
中国 一次エネルギー供給量
239
100 (%)
905
100 (%)
1426
100 (%)
1937
100 (%)
5.2
3.6
3.4
固 形 燃 料
190
79
662
73
940
66
1192
62
4.9
2.7
2.6
石 油
43
18
201
22
371
26
541
28
6.1
4.8
4.4
天 然 ガ ス
3
1
21
2
56
4
111
6
7.6
7.8
7.5
原 子 力
0
0
4
0
22
2
37
2
−
14.4
10.5
水 力
3
1
17
2
35
2
53
3
7.5
5.8
5.1
その他再生可能エネルギー
0
0
0
0
2
0
3
0
−
−
−
東アジア 一次エネルギー供給量
96
100 (%)
550
100 (%)
908
100 (%)
1279
100 (%)
5.8
4.6
4.4
(日本、 固 形 燃 料
34
35
101
18
154
17
222
17
5.5
3.8
3.5
中国を 石 油
58
60
315
57
498
55
665
52
5.6
4.8
4.5
除く) 天 然 ガ ス
1
1
88
16
176
19
286
22
9.8
6.8
6.6
原 子 力
0
0
30
5
52
1
57
4
8.4
6.6
6.3
水 力
2
2
7
1
12
7
16
1
4.4
3.9
3.4
その他再生可能エネルギー
0
0
9
2
17
2
33
3
−
47.5
26.9
石
天
原
水
然
ガ
子
固 形 燃 料
出所: IEA/World Energy Outlook 2000 (エネルギー 2003、資源エネルギー庁編 P.31 より作成)
199
立命館国際地域研究 第 22 号 2004 年 3月
の予測からは東アジア諸国の工業発展に見合った電力供給が求められていることを窺える。
周知のように、東アジア地域諸国の工業化発展やモータリーゼーション時代の到来につれ、
石油や石油製品の需要増は確実である。また、天然ガスによる火力発電や民生用天然ガスの利
用増も顕著になる見通しである。今後、東アジア地域は世界エネルギー需要増加の中心的地域
になることは違いない。
2010 年まで、東アジアのエネルギー消費大国である日本の一次エネルギー供給予測として、
表1-2が示しているように、一次エネルギーに占める石油の構成比は、99 年の 52 %から 2010 年
の 45 %に低下していくが(以下同様基準ケース)
、世界平均の 40 %より相変わらず高いことが予
測されている。天然ガス利用としては、99 年の 12.7 %から 2010 年の 13.2 %へと微増し、原子力
発電も同 13.0 %から 15.0 %へと増加することが予想されている。この予測で注目すべきこととし
ては、石炭利用の割合が 99 年の 17.4 %から 2010 年の 21.9 %へと、他のエネルギー源消費増予測
値に比べて増加幅が大きいことである。これは、電力自由化によって、電力各社が発電コスト・
ダウンを図り、石炭火力発電を増加させることで石炭消費増をもたらすのを背景になっていると
予想されている。その他に、新エネルギー利用や再生可能なエネルギー利用は、一次エネルギー
供給の1割を占めるように成長する見通しである。上記予測からは、日中両国が今後も経済発展
につれ、東アジア地域の2大エネルギー消費国であり続けることを確認できよう。以下では、と
くに中国のエネルギー需要増及び石油需要増による輸入急増の現状を取り上げてみる。
表1-2 日本の一次エネルギー供給の推移と見通し(単位:原油換算 100 万 kl)
年 度
2010 年
項目
1990 年
1999 年
基準ケース
目標ケース
一次エネルギー総供給
526
593
622
602 程度
エネルギー源別
実数
構成比%
実数
構成比%
実数
構成比%
実数
構成比%
石 油
307
58.3
308
52.0
280
45.0
271 程度
45 程度
石 炭
87
16.6
103
17.4
136
21.9
114 程度
19 程度
天 然 ガ ス
53
10.1
75
12.7
82
13.2
83 程度
14 程度
原 子 力
49
9.4
77
13.0
93
15.0
93
15 程度
水 力
22
4.2
21
3.6
20
3.2
20
3 程度
地 熱
1
0.1
1
0.2
1
0.2
1
0.2 程度
新エネルギーなど
7
1.3
7
1.1
10
1.6
20
3 程度
再生可能エネルギー
29
5.6
29
4.9
30
4.8
40
7 程度
出所:日本エネルギー経済研究所 2002.5「わが国の石炭供給をめぐる現状について」
200
張 文 青:エネルギー・環境分野をめぐる域内協力
2.中国のエネルギー需要増と石油輸入急増
1) 中国のエネルギー需要増と石油・石炭需給ギャップの拡大
中国は、旺盛な内需を背景に 1990 年代を通じて高い経済成長を維持してきた。2000 年に
入っても7∼8%の成長率を維持している。とくに、2001 年米国経済の失速により、アジア
NIEs や ASEAN 諸国経済が軒並み減速する中、中国は依然として7%台の成長率を保ってき
た。続く 2002 年には WTO への加盟を実現し、実質 GDP 成長率は 8.0 %を実現し、2001 年の成
長率よりも 0.5 ポイントを上回った。さらに、世界通貨基金(IMF)の予測によると、2003 年
中国の経済成長率は 7.5 %になると見込まれていたが、中国政府は、通年の成長率が当初目標
の 7 %前後を上回り、8.5 %程度を達成できると見込んでいる。また、中国政府のシンクタンク
である国務院発展研究センターの研究グループの報告によると、2010 年まで中国の経済成長率
は年平均 7 ∼ 7.9%、2011 ∼ 2020 年までは 5.5∼6.6%になると予測している6)。中国の飛躍的な
経済成長につれ、国内エネルギー消費量は、全国挙げての省エネ運動にもかかわらず増加傾向
を示し、とくに電力、石油の消費増加が顕著である。
2000 年、中国の国内総生産(GDP)は 1985 年より約 10 倍増えたが、エネルギー構造調整や
近代的工業設備の導入及び全国挙げての省エネ推進策が奏功し、中国のエネルギー総生産量は
約 1.3 倍しか増えず、総消費量も総生産量を超えていたが、総消費量は同比約 1.7 倍の増加に抑
えることができた。日本エネルギー経済研究所の研究成果によると、99 年∼ 2020 年中国 GDP
の伸び率は中国政府の公表予測数字より控えめの年平均 6.7 %となっているが、それにしても、
中国の一次エネルギー総供給量の年平均伸び率は国際エネルギー機関(IEA)の予測を超え
5.2 %となり、発電量も年平均 7.3 %で増加し、石油、天然ガス、石炭、液化天然ガス(LNG)を
含めたエネルギー純輸入量は、今後 20 年で年平均 15.6 %の伸びになることが予測されている7)。
さらに、エネルギー源別で見ると消費量が生産量をはるかに超え、最も著しく増加していく
のは石油消費であることが想定されている。石油生産・消費のバランスを見てみると、85 ∼
2000 年の 15 年間で石油生産量は 1.3 倍増加したのに対し、消費量は約 2.5 倍に増えた。また、
電力消費の増加も目立っており、生産量・消費量とも約 3.3 倍の増加を見せた。石油・電力消
費増に比べては、石炭の生産量、消費量は同 1.2 倍と 1.5 倍増に止まっており8)、石油、石炭の
需給ギャップが拡大する一方である。
さらに、中国の戦略的経済目標としては、2020 年までに GDP を 2000 年の4倍にすることが
提起されている。中国能源研究所(中国エネルギー研究所)の発表によると、経済発展につれ、
今後 20 年間、中国の一次エネルギーの需要伸び率は中国政府が公表した経済成長率7%の約
半分 3.2 %(エネルギー弾性値 0.49)と見込まれている。したがって、エネルギー弾性値は 0.49
であると計算すれば、今後 20 年間、エネルギー総需要量が現在の約 2 倍に増加する9)。表1-3
は、中国国家発展計画委員会エネルギー研究所と日本エネルギー経済研究所の研究発表である
が、中国の 2010 年の一次エネルギー総需要量は 96 年の2倍となり、その中、石油需要量は 96
201
立命館国際地域研究 第 22 号 2004 年 3月
表1-3 2030 年まで中国のエネルギー需要予測推移
需要量・比率
項目
1980
1996
2010
2020
2030
4.1
8.9
16.2
24.2
37.4
構成比(%):石油
74.2
76.2
68.3
58.2
50.8
石 炭
21.7
19.5
22.5
24.8
26.8
天然ガス
2.9
2.1
4.7
10.7
15.9
原 子 力
0.0
0.4
2.3
3.7
3.8
一次エネルギー生産(億TOE)
4.3
8.9
12.5
15.5
17.1
石油需要(億 TOE)
0.9
1.7
3.6
6.0
10.0
石油自給率
120.3
90.7
49.6
35.8
18.0
石油純輸入量
− 0.2
0.2
1.8
3.9
8.2
− 24.2
1.6
10.1
19.7
43.7
一次エネルギー需要(億TOE)
石油純輸入の外貨負担率
出所:李志東、伊藤浩吉、戴彦徳「中国 2030 年の経済・エネルギー・環境に関する計量経済分析」日本エ
ネルギー経済研究所、2001 年春「第 16 回エネルギーシステム・経済・環境コンファレンス講演論文」
年の 1.7 億トンから 2010 年の 3.6 億トンの 2.1 倍増と予想されている。
しかし、中国の石油生産は消費増に対応できなく、国内主力3大油田の生産量は近年横這い
か低下している。今後、石油の自給率予測としては、96 年の 90.7 %から 2010 年の 49.0 %へと
低下し、2010 年石油純輸入量も 1.8 億トンに達し、石油純輸入の外貨負担率は 96 年の 1.6 %か
ら 10.1 %へと急拡大することが想定されている 10)。
2)中国の石油輸入急増と中東依存拡大
表1-4に示したように、東アジアの石油輸入2大国の中国と日本は、90 年代に入り、東ア
ジア域内諸国からの石油輸入量が次第に減少してきた。2000 年域内最大の産油国インドネシア
から輸入した原油の割合は両国とも過去最低となり、その他アジア諸国からの輸入比率も低下
か微増に止まっている。
表1-4 日中両国が東アジアの原油輸入依存度推移(単位:全体量に占める割合%)
1991
1995
1996
1997
1998
1999
2000
中
インド ネシア
46.3
30.9
27.8
18.6
12.5
10.8
6.5
国
その他 アジア
5.4
10.5
8.4
8.0
7.5
7.9
8.6
日
インド ネシア
9.9
7.9
6.7
5.5
5.7
5.7
4.8
本
その他東南アジア
4.8
5.3
4.4
3.8
2.9
3.1
2.7
出所:資源エネルギー庁「エネルギー 2003」、日本エネルギー経済研究所資料 2001.6
202
張 文 青:エネルギー・環境分野をめぐる域内協力
中国は、93 年に石油純輸入国、96 年には原油純輸入国となって以来、石油需給ギャップは
年々拡大し、2002 年、そのギャップ(純輸入量)は約 7,184 万トン(うち原油輸入量は 6,940 万
トン、対前年比 15.2 %増)にまで拡大してきた。さらに、国内主力油田の生産停滞に加え、国
内工業生産の飛躍的な発展や車社会の到来につれ、石油輸入における中東依存度が年々高まっ
ている。2000 年、中国石油輸入の中東依存度は 56.4 %であったが、2001 年は 56.6 %となった。
2002 年、スーダンやアンゴラ、ロシア、カザフスタン、ベトナムなどの諸国からの原油輸入が
伸びて、中東からの輸入比率は低下傾向を示し、50 %を割り込み 49.6 %になっていた 11)。同年、
中国の石油消費量は 2.4 億トン弱(日本は約 2.6 億トン強)、石油に対する輸入依存度は約 3 割
に上昇し、その中、中東依存度は約 5 割であった。しかし、2003 年上半期(1∼5月)、中国
の原油輸入量合計は 4,380 万トンに達し、2002 年同期の 3,300 万トン比約 37.0 %の大幅増とな
った。その中、中東からの原油輸入量は全体量の 52.9 %を占めている(アフリカ地域 25.2 %、
アジア太平洋地域 14.0 %、ロシア・中央アジアな地域 7.9 %)。主要輸入先はサウジアラビア
(17.1 %)
、イラン(15.9 %)
、アンゴラ(11.5 %)
、イエメン(7.9 %)スーダン(7.2 %)
、ロシア
(4.4 %)となっている。現在そして中長期的から見ても、日中両国は原油輸入の拡大につれ、
中東原油への高い依存度が大きな問題となっている。
今後、日中両国は石油輸入の中東依存を低減させていくには、ロシア・中央アジアやアフリ
カ諸国などからの輸入拡大を図らなければならない。このことは、日中両国政府や石油輸入業
者も認識している。したがって、輸入先多様化戦略を打ち出すと同時に、今やロシアの石油や
天然ガスの共同探鉱開発における日中韓協力も、東アジア地域のエネルギー安全保障にかかわ
る非常に重要な課題となっている。日中韓三カ国には長期的戦略を織り込んだ総括的政策の早
期策定が求められている。
東アジアの経済発展は、今後も高い成長率を保ちながら発展していくことが想定されている。
この地域のエネルギー安定供給やエネルギー・セキュリティー問題を解決するために、石油輸
入に頼っている日本や韓国、そして、石油輸入量が急増している中国との間で、石油備蓄体制
の構築に関する協力や石炭のクリーン化利用、省エネ技術の移転、新・再生可能なエネルギー
利用の共同投資開発、コージェネレーション(熱電併給)システムの普及など、日中韓三カ国
の協力が極めて重要である。さらに、エネルギー消費構造に起因する中国の大気汚染問題を解
決するために、日中韓三カ国のパートナシップは、この地域が自然と調和した持続的経済発展
を成し遂げて行けるかどうかにかかわる極めて重要なことである。
二.エネルギー分野をめぐる域内協力と相互信頼の向上
1.欧州に学び、連帯感を形成
アジア地域で経済連携の強化や経済共同体を形成していくには、域内諸国間共同プロジェク
立命館国際地域研究 第 22 号 2004 年 3月
203
トの立ち上げを通じて連帯感や共通認識、信頼感の形成が先決である。東アジア諸国には宗教、
文化、社会風習の違いや歴史的隔たりもあって、域内諸国が連携して共同作業の進行や共通認
識に基づく経済共同体の構築がなかなか進まないのが現状である。こうした中、EU の形成か
ら学ぶべきものが多い。例えば、1952 年に経済共同体(EEC)、原子力共同体、石炭鉄鋼共同
体の 3 共同体によって形成された欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)は、その後の欧州共同体(EC)、
さらに、今日 EU 形成の基礎ともなった。
ECSC が主導した欧州域内での原子力に関する安全利用やエネルギーの安全調達及び鉄鋼生
産は、欧州は一つの共同体であるという理念や行動基準の形成、さらに法整備などの統一を図
ることに寄与した。さらに、欧州は 70 年代の酸性雨被害に立ち向かうために、「欧州酸性雨条
約」を 1979 年に採択し、83 年に発効させた。その後も、二酸化硫黄(SO2)排出量モニタリン
グや環境保全に関する議定書を数多く採択し発効させ、欧州域内酸性雨の抑制やその他の公害
抑制に大いに貢献した。
また、91 年 12 月、旧ソ連や東欧諸国のエネルギー分野における貿易および投資といった企
業活動を促進し、経済移行の支援などを目的とする政治宣言「欧州エネルギー憲章」が発表さ
れ、それは今や欧州諸国に日本、豪州などを含む 50 カ国が署名した世界規模の「エネルギー
憲章」12)へと発展した条約である。現在、EU 諸国が一体化となって地球温暖化防止にも積極
的に取り組み、環境保全理念をもって世界をリードしている。こうした地域協力を通して、困
難な問題に立ち向かう連帯感を高め、また、共同作業を通じて共通認識の形成や法・基準・規
則の作成・遵守を経験してきたから故に、94 年の EU が結成できたのだと言えよう。東アジア
地域諸国もこうした EU 形成の経験から学べるものが大いにある。本稿では、域内諸国の石油
備蓄体制の協力やガス・パイプラインの建設、石炭のクリーン化利用などの面から日中韓三カ
国の協力体制作りの可能性を探ってみたい。
2.日中韓+ ASEAN の石油備蓄体制構築
東アジア諸国経済の石油依存度は中東諸国に次ぐ世界第2位となっている。近い将来、本格
的なモーダリゼーション時代の到来や中国石油需給ギャップの拡大及び域内産油国の国内消費
増輸出減によって、域内諸国の石油中東依存が高くなっていくことは避けられないと想定され
ている。中国の石油需給ギャップについて、特に 2010 年以降は拡大する見通しとなっており、
2020 年までには 800 バレル/日以上を輸入するようになり(2020 年の OECD 太平洋地域諸国の
予想純輸入量は 760 バレル/日(以下 B / D と記する)となる見通し)
、世界の主要石油輸入国に
なると予測されている 13)。したがって、中国の石油輸入急増は、東アジア地域全体のエネルギ
ー・セキュリティーにかかわる問題であり、地域全体で解決策を考えて、対応していかなけれ
ばならない問題である。
しかし、持続的な経済成長を目指している東アジア諸国において、IEA に加盟している日本
204
張 文 青:エネルギー・環境分野をめぐる域内協力
と韓国以外に、有事に備えての石油備蓄体制は殆どない(表2-1参照)。ASEAN 諸国の間に
「石油安全保障協定」(1986 年に締結、発動したことはない)があるが、これは加盟国に国内需
要の 20 %を上回る大幅な石油不足が生じないと発動されない仕組みとなっているため、有名
無実であり、よって、発動基準の緩和が必要である。今後、中東地域の紛争やテロ発生などの
石油供給における不安定要因を考慮し、日中韓及び ASEAN 諸国の石油備蓄制度の設立や
ASEAN 諸国間の相互融通ができるように、域内石油安全保障に関する合意達成が急務となっ
ている。
具体化的な協力方法としては、石油
表 2-1 東アジア諸国石油備蓄制度の状況(2003 年)
備蓄制度が整えてない諸国に対して、
国家備蓄制度 民間備蓄制度 在庫日数
日韓両国の石油公団や民間企業による
日 本
あ り
あ り
約 170 日分
資金援助と技術支援、人材派遣などが
韓 国
あ り
あ り
約 100 日分
考えられる。この石油備蓄制度創設の
中 国
準備中
な し
約 40 日分
支援対策は、東アジア諸国の相互信頼
タ イ
検討中
あ り
約 60 日分
の醸成や連帯感の強化、共通危機認識
シンガポール
な し
あ り
約 44 日分
の形成には大いに役に立つと考えられ
マレーシア
な し
不 明
不 明
る。また、日韓両国から、原油や石油
インドネシア
あ り
あ り
20 ∼ 25 日分
製品など種類に応じた備蓄手法や価額
フィリピン
な し
あ り
約 66 日分
上昇を抑えるための有効な放出法と備
資料:経済産業省の資料などより作成
蓄費用を消費者に転化する石油税の仕
組み及び国家備蓄と民間備蓄のどちらを選択するかなど実務的なノウハウを提供することも非
常に重要である。さらに、日本は現在、石油備蓄過剰の傾向にあるため、備蓄用タンクを中国
や他の諸国に貸付も可能である。また、備蓄施設整備に対する政府開発援助(ODA)の活用
なども資金面での協力として、今後日本政府が検討すべき課題となろう。
3.ロシア石油開発をめぐる日中協力と海外権益油開発協力
最近、東シベリア石油パイプラインの建設をめぐり、ロシア側の動きに左右され、日中間の
石油競合関係が露呈されている。ロシア・東シベリアの石油を極東地域に運ぶパイプライン建
設構想は2つのルートが考えられている。①東シベリア・アンガルスクと中国・黒龍江省の大
慶を結ぶルート、②東シベリア・アンガルスクから太平洋に沿ってナホトカを経て日本と結ぶ
ルートである。最終建設ルートの選定をめぐり、ロシア側の思案が頻繁に変化している。
中国とロシアとのエネルギー協力協議に関しては、1999 年2月、朱鎔基前首相が訪ロした際、
石油と天然ガスパイプライン建設の事業化調査でロシアと合意し、また、2001 年8月、朱鎔基
がロシア訪問した際、ロシアのカシヤノフ首相と環境・エネルギー・林業分野での経済協力に
ついて協議した。協議は、2005 年からロシアから中国に年間 2000 万トン、2010 年から年間
立命館国際地域研究 第 22 号 2004 年 3月
205
3000 万トンの石油を供給することに合意した。そのためのパイプライン建設の総工費は約 17
億ドル(内ロシア 10 億ドル、中国7億ドル負担)も見込まれている。この協議にしたがえば、
供給開始期限に間に合わせるため、2003 年秋にパイプライン建設に着工する必要がある。しか
し、ロシア政府関係者は 2003 年9月、中国の温家宝首相との会談で、中国との協議を継続す
る一方、日本参加のナホトカ・ルートにも強い関心を示した。今になって、ロシアは経済的利
益と国際政治における利益関係から、大慶油田に回るルートで中国に石油を供給するか、太平
洋ナホトカ・ルートで日本に供給するかをめぐって、巧みな戦略を見せている。
このようなロシアの動きから、ロシアは石油開発に関して日本からの協力を必要としている
ことが窺える。しかし、日本経済新聞の記事は、「ロシアでのエネルギー開発戦略や石油輸入
に関する協議で、日中両国が競合関係に回されるようになった」と鋭く指摘している 14)。現状
として、ナホトカ向けパイプラインだけでも建設費は 50 億ドル超えると予測され、さらに、
東シベリア油田開発を加えれば 100 億ドルに上るとも予想されている 15)。永久凍土上での開発
は資金面や技術的にもメジャー(国際石油資本)が参加しなければ困難だと想定されている今、
日中両国は外交やエネルギー戦略、経済性などの面から冷静で総括的な判断が求められている。
東アジア地域全体のエネルギー安全保障の構築という見地からすれば、ロシアのエネルギー開
発戦略において日中両国が競争相手として競合することは利益にならない。今、日中両国の石
油政策の協調関係構築が求められる時代を迎えている。
中国は 1990 年初期、特に 2000 年に入ってから、海外探鉱・開発などの国際事業を着実に展
開してきた。今まで、中国石油国有企業大手三社の CNPC(中国石油天然ガス集団公司)、
Sinopec(中国石油化工集団公司)と CNOOC(中国海洋石油総公司)は、中東やアフリカ、
中央アジア、東南アジア地域に進出し、90 年代後半からその進出はさらに加速されている。現
在、中国はすでにスーダン、インドネシア、マラッカ、南米メキシコ湾、中央アジアなどの
国・地域において、資本参加や探鉱及び石油開発権を取得している。2000 年に入って、中国の
石油企業はタイ、ベネズエラ、カザフスタン、ロシア、ミャンマー、オマーン、アゼルバイジ
ャン、インドネシア、イラン、リビア、オマーン、パキスタン、アルジェリア、オーストラリ
ア、米国などの国・地域で積極的に海外探鉱・生産プロジェクトを展開している。2000 年末、
中国が海外で確保した権益油の生産量は 27 万 B/D となり、中国国内消費量の約5%となって
いる。現在、中国は、ロシアから原油を調達するなど輸入先の多様化に加え、中東やアジアで
の直接投資による権益油獲得でエネルギーの安定確保につとめる姿勢が鮮明になっている。計
画としては、2005 年に権益油の生産量を最大 50 万 B/D まで引き上げる目標を掲げている 16)。
一方、2000 年3月、日本のアラビア石油はサウジアラビアのカフジ油田原油採掘権延長交渉
に失敗した後、日本企業はサウジアラビアでのハードシップ(障害・困難)を感じ、その目を
ほかの産油国に向け始めた。現在、中国やノルウェーでの原油生産に参加しているほか、イラ
ンのアザデガン油田開発への参加も検討し、サウジアラビア・カフジ以外でのエネルギー開発
206
張 文 青:エネルギー・環境分野をめぐる域内協力
拡大を狙っている 17)。今後、日本石油公団の潤沢な資金と優良な設備、豊富な人材を動員し、
中国、韓国の海外権益油開発力と協力し合えたら、権益油の採掘コスト削減、輸送方法・ルー
トの確保をはじめ、日中韓共同の海外石油開発が強化されることとなる。このように強い共同
開発力をもって、既存の油田開発や輸送ルートにとらわれず、ロシア石油・天然ガスの共同開
発プロジェクトを立ち上げて挑めば、この地域のエネルギー安全供給体制に根本的な変化を起
こしうる。戦略物資である石油の輸入に関する日中韓協力は、この地域の経済統合にもよいイ
ンセンティブを与えることに違いない。
4.域内ガスパイプラインの建設と東アジアガスグリッドの形成
IEA の報告によると、1997 ∼ 2020 年、東アジア諸国エネルギー需要は年平均 5.2 %の伸び率
と予測されている。これは世界平均 2.7 %の約2倍で、OECD 諸国平均伸び率の 1.9 %に比べて
も明らかに高い(表1-1参照)。しかし、2020 年まで中国や東アジア地域諸国は天然ガスに対
する需要が高まり続けることに対し、現段階、天然ガス輸入における価格交渉力は欧米に及ば
ない状態である。したがって、東アジアの天然ガス輸入における価格交渉力の向上が今後の課
題となっている。
近年、日中韓三カ国がロシアのシベリアから天然ガスを購入するプロジェクトが現実になり
つつある。これをきっかけに、日中韓三カ国に跨るアジア地域初の国際ガスパイプラインの建
設が期待されると同時に、買い手連携で価額交渉バーゲンニングパワーを発揮し、東アジア地
域主要国に連帯感を高めることにしてもよい機会となっている。現在、東アジア地域のガスパ
イプラインプロジェクトとしてインドネシアからシンガポールへ、マレーシアからシンガポー
ルへ、ミャンマーからタイ及びタイ・マレーシアの海上共同鉱区からタイ南部に運ぶガスライ
ンなど稼動しており、他にもいくつかのガスパイプライン敷設計画が進展を見せている。これ
ら個別のプロジェクトは、採算性確保のため、ASEAN 域内のエネルギー大規模消費地に向け
て実施されている故に、将来的には、個々のガスパイプラインを接続・延伸することで、
ASEAN 域内、さらに東アジア域内ガスグリッド形成の可能性が高い。(図2-1参照)。
5.石炭液化・ガス化及び域内石炭利用の拡大
中国の石炭火力燃焼による大気汚染が東アジア諸国に及ぼす影響は数年前から懸念されてい
る。しかし、中長期的なスパンから見ても、今後中国のエネルギー消費構造が転換しつつも
「脱石炭化」はほぼ有り得ない。2015 年のエネルギー消費構造予測においても、豊富な石炭埋
蔵量からすれば、石炭中心のエネルギー消費構造は変容しがたいことであろう。したがって、
今後石炭の液化・ガス化などのクリーン・コール・テクノロジ(CCT)の開発利用が重要であ
り、東アジア地域のエネルギー安全保障問題を解決するには手取り早い方策である。
中国の石炭液化利用について、1980 年代から直接液化技術の研究が進められ、黒龍江省の依
207
立命館国際地域研究 第 22 号 2004 年 3月
図2-1 サハリン∼日本パイプラインとロシア∼中韓ガスパイプライン
ヤクーチャ
3 0 TCF
ロシア
コピクチンスコエ
3 0 TCF
カザフスタン
サハリンⅠ・2 0 TCF
サハリンⅡ・1 4 TCF
モンゴル
ウランバートル
北京
トルクメニスタン
タリム盆地
日照港
中国
ミャンマー
タイ
新潟
韓国
台湾
フィリピン
主要ガス田
稼動・建設中パイプライン
計画・構想中パイプライン
マレーシア
東南アジア合計
174 TCF
日本
東京
シンガポール
パプアニューギニア
インドネシア
オーストラリア
(注1)東南アジア:インドネシア、マレーシア、タイ、ブルネイの埋蔵量合計
(注2)1996年の日本のLNG輸入量
4,557万トン
(LNG換算)
2.25 T C F (兆立方フィート)
55.4 MTOE(石油換算百万トン)
(出所)各種資料より作成
{
〈換算係数〉
・1TOE=1.0688*107kcal
・LNG1t=1,400m3
・1m3 =35.3CF
(立方フィート)
・LNG1kg=13,000kcal
蘭では日本から、雲南省先鋒ではドイツから、さらに陜西省及び内モンゴル自治区では米国か
ら液化プラントを導入する立地可能性調査(FS)と実験事業を進めてきた。その後、すべての
プロジェクトに関して、採用する技術の成熟性と信頼性が実証されたことにより、石炭液体燃
料の事業化プロジェクトが開始された。現在、中国は5トンの石炭から1トンの石油を合成で
きる国産触媒技術を保有し、世界でも石炭液化技術を持つ数少ない国の一つである。さらに、
雲南省の原炭を 80 元/トン(1元= 15 円で計算すれば 1,200 円/トンとなる)という試算に従
えば、中国が石炭液化によって生産される石油の原価は 1,500 元/トンとなる。ドイツの原炭
価額は人民元換算で 1,500 元/トンとなっているため、単純計算ではドイツの原炭価格で中国
が液化石炭をドイツに輸出しても採算が取れることである 18)。
今、中国の石炭液化プロジェクトは全国の 8 つの省で行われ、ドイツや米国、カナダ、南ア
フリカなどのプラント・技術による事業化を展開している。日本の石炭液化技術によるプロジ
ェクトも展開している。日中共同事業として、中国陜西省と内モンゴル自治区に豊富に埋蔵さ
れている神華炭の液化工場の建設概念図設計と立地可能性調査を中国神華集団有限責任公司と
共同で進めている他、中国煤炭科学研究総院北京煤化学研究所とも石炭液化触媒開発を行って
いる。しかし、これらのプロジェクトは石炭の前処理技術に関する交流や人材育成段階にしか
至ってない。今後、プラント製造を含む液化石炭生産のコスト削減と技術の安定性・成熟性を
目指して、日本からの技術協力が大いに期待されている。
208
張 文 青:エネルギー・環境分野をめぐる域内協力
100
90
図2-2 中国の石炭輸出入量推移
出所:「中国能源統計年鑑」及び「中国海関統計」
単位:100万トン
80
70
60
50
40
輸出量
輸入量
30
20
10
19
90
19
91
19
92
19
93
19
94
19
95
19
96
19
97
19
98
19
99
20
00
20
01
20
02
0
また、日中両国は両国間の石炭貿易に関しても協力関係を強化すべきである。近年、中国は
石油の輸入増に対応し、石炭輸出を大幅に増加してきた。図2-2で分かるように、96 年より
中国のエネルギー消費構造が石炭一辺倒から石油、天然ガス、水力、再生可能なエネルギーな
どといった多様化供給源に転換したことによって、石炭の輸出は急拡大した。2000 年の中国石
炭生産量は世界で最も多く、輸出量も世界第 4 位である。2001 年では石炭輸出はついに 9,000
万トンを超えるようになった。日本は豪州からの石炭輸入が最も多く、次ぎは中国からの輸入
である。2000 年、中国からの輸入炭は輸入全体量の 17.6 %を占めるようになった。世界で日本
の石炭火力発電の効率は最も高く、かつ脱硫・脱硝装置の据付率が 90 %にのぼり、SO2、地球
温暖化原因物質二酸化炭素(CO2)の排出効率も最も低いと言われている。今後、日本は電力
自由化が進み、発電コストを削減するために、石炭火力発電の割合が増大されると予測される。
それによって、中国炭の輸入増も予測されている。
中国は石炭輸出を拡大するため、第 10 次 5 ヵの年計画(2001 ∼ 2005 年)では、選鉱率を
50 %に引き上げ、原炭洗浄率を現在の 30 %から 2005 年の 50 %に引き上げ、石炭を加工処理後
市場に投入する比率を 95 %に向上させ、輸出拡大を図っていく政策を打ち出している。その
上に、品種配合を増やし、品質や納期を保証できれば、輸出競争力はさらに向上できる。今後、
中国からの高品質炭の日本や韓国、台湾、その他のアジア諸国への輸出拡大は、東アジア地域
のエネルギー安全保障や相互依存を高めていくことに繋がるだけではなく、経済性を考える上
でも重要なエネルギー戦略である。そして、それには日本の省エネ技術や CCT(クリーン・
コール・テクノロジ)の域内諸国への移転が必要となる。それらの技術によって石炭利用効率
の向上が図れると同時に、域内で豊富に産出している石炭の利用拡大も図られるため、石油輸
入による中東依存や日中間石油輸入における競合の緩和が期待できよう。
立命館国際地域研究 第 22 号 2004 年 3月
209
6.メコン川流域の共同開発と「大メコン圏」の建設
インドシナ半島の中心に流れるメコン川流域6カ国のタイ、ラオス、カンボジア、ベトナム、
ミャンマーと上流の中国雲南省は、1992 年アジア開発銀行(ADB)の主導で地域経済協力を
始まった。現在、「大メコン圏(GMS)」開発計画の下、電源開発や道路建設、通信網整備な
どが大規模に推し進まれている。東アジア諸国の間、工業化の段階、所得水準、エネルギー源
などの違いはあるが、殆どの国ではエネルギー消費量の著しい増大、利用効率の低下、及びエ
ネルギー供給条件の悪化という状況が同時進行している。そこで注目を集めているのがメコン
川電源開発である。この開発計画は、メコン川流域で発電所を建設し、国境を越える電力融通
事業を行うことである。
メコン川電源開発については、すでにラオス国営配電会社が設立され、電力不足のタイに売
電する計画を立っている。さらに、タイの電力不足に対し、中国もタイの電力市場に参入する
可能性がある。現在、雲南省の景洪からラオス経由でタイへの導電線を敷設する計画が浮上し
ている。1995 年メコン川 5 カ国と中国雲南省の電力需要は約 11 万 kwh であったが、これは
2020 年には 60 万 kwh に膨れ上がる見通しである 19)。2002 年 10 月、中国の朱鎔基前首相は国境
を越えた電力融通協定に調印し、その他の 5 カ国首脳とも建設計画の推進に合意した。この流
域での電源開発は、域内諸国の経済発展に大きく寄与することであり、中国にとってもメコン
川流域開発と電源開発に参入を果たせば、ASEAN とのエネルギー協力も推進でき、信頼関係
の醸成にも絶好のチャンスとなろう。
中国はこの地域で電源開発に限らず、ミャンマーでの道路建設に協力する他、メコン川を
使ってタイへ抜ける水運ルートの開発やタイ、ベトナム、ラオスでの観光事業推進などにも積
極的に支援している。今後、日中韓三カ国がこの地域の開発に資金・技術・人材育成に協力し、
共同で参与することにより三カ国連携のプレゼンスを強調し、相互信頼や共同開発を促進して
いく必要がある。そういった行動は長期的には「東アジア経済共同体」の結成に寄与するであ
ろう。
三.越境する大気汚染の解決と環境分野における協力
1.中国の SO2 と酸性雨による周辺国への影響と CO2 大量排出問題
近年、中国政府は環境改善やエネルギーの効率利用を図るため、石炭依存一辺倒の消費構造
を石油、天然ガス、LNG、バイオマス、新・再生可能なエネルギーの開発利用といったパッ
ケージ化したエネルギー消費構造へと転換させている。しかし、技術革新の所要時間や資源賦
存の制限を受け、短期的には石炭依存構造から脱却できないであろう。2015 年の一次エネルギ
ーに占める石炭の割合は依然として 60 %を占めると予測されている。
東アジア域内最大の SO2 及び CO2 排出国である中国の大気汚染は煤塵型である。石炭燃焼に
210
張 文 青:エネルギー・環境分野をめぐる域内協力
よる SO2 や煤塵の大量発生で、全国土 29 %以上の地域が酸性雨に侵食されている。さらに大
気汚染が国境を越えて、日本や韓国及びその他アジア諸国にも影響を与えている。1998 年世界
保健機関(WHO)の調査では、世界で大気汚染が深刻な上位 10 都市の中、中国は 7 都市(北
京、太原、重慶、済南、石家庄、ウルムチ、蘭州)も占め、大気汚染の深刻さを表している。
また、中国の SO2 排出量の 6 割以上が自国に沈着し、1.9 %が日本に漂着するが、それは実に日
本に沈着する SO2 全体量の 25.4 %にも達している、と日本の研究者が見ている 20)。
このように、大気中に大量の CO2 や SO2 を排出しているのは、中国のエネルギー供給構造や
利用効率の低さに起因している。1999 年、中国のエネルギー起源の CO2 排出量は米国に次ぐ世
界第 2 位の 30.6 億トン(世界シェアの 13.4 %)となっている。また、日本省エネルギーセンタ
ーの統計によると、中国の GDP 当たりエネルギー起源の CO2 排出量はロシアに次ぐ世界ワー
スト 2 となっている(日本は同項目の世界ベストとなっている)。さらに、中国のエネルギー
専門家によると、2020 年中国の CO2 排出量は米国を超え、世界最大となる可能性が大きい。現
在中国では、温暖化対策を実施するよりも酸性雨や大気汚染などの環境改善、経済発展水準の
向上を優先している。一方、中国は、地球温暖化を抑制するための京都議定書の正式発効を支
持する姿勢も示している。中国としては地球温暖化対策のみならず、より多くの総合的効果が
見込まれている CDM(クリーン開発メカニズム)21)も含めて、日本やその他先進国からの SO2 、
CO2 排出削減協力を大いに歓迎している。
2.中国政府の大気汚染改善策と日本の省エネ技術移転
1)中国の SO2、CO2 削減と省エネの余地
中国政府は大気汚染の改善や CO2 の大量排出を抑制するため、積極的な改善策を打ち出して
いる。第 10 次5ヵ年計画のエネルギー政策として、エネルギー供給セキュリティーの強化、
需給構造の高度化、省エネルギーの促進及び環境対策の強化を表明している。
中国のエネルギー利用効率は平均で 30 %、先進諸国平均より 10 %も低く、日本の半分しか
ないと見られている。しかし、70 年代後半以降、中国は国を挙げての省エネを促進し、90 年
代に入ってからは、技術導入・機械設備改良、エネルギー価格の国際市場価格とのリンク、外
資系企業による先進機械設備の導入、省エネ経営管理の徹底なども功を奏し、エネルギー利用
効率は年々上がってきた。1973 年中国のエネルギー消費原単位は 2,309t で、当時日本同の 20
倍近くであったが、2000 年には、日本同の 10 倍ほど縮小してきた 22)。IEA によると、1971 ∼
1999 年の間で、中国の年平均エネルギー利用改善率は 4.2 %となっており、アジア平均の 0.9 %
や世界平均の 1.1 %に比べると大幅な改善が見られた 23)。
しかし、中国のエネルギー利用効率はまだ日本には遥かに及ばなく、改善の余地が大きい。
中国一次エネルギー消費の 32 %を占めているエネルギー転換部門の内訳を見てみると、発電
が 53 %、自家消費が 23 %、石炭転換が 11 %、三者合計で 87 %を占めている。さらに、発電部
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門の 92 %が石炭火力発電であり、その発電効率は 33.2 %で、日本同効率の 40.1 %とは差があ
る。発電効率を 33.2 %から 40.1 %へと向上することは、単位当たり電力需要に対して必要とす
るエネルギー消費量は 1/0.332 から 1/0.401 へと減少することであり、改善率に換算すると 17 %
である。言い換えれば、中国の発電部門においては、少なくとも 17 %の潜在的省エネ能力を
もっている、ということになる 24)。
中国の低い火力発電効率の原因として、主に発電設備容量の規模が小さすぎると考えられて
いる。1999 年、中国の火力発電設備容量 2.99 億 kW のうち、30 万 kW 以下の設備が 86 %を占め
ている。それに対して、日本の石炭火力発電 2.45 億 kW のうち、30 万 kW 以下の小規模設備容
量はわずか 18 %である。中国において小規模発電設備が多いのは、80 年代から 90 年代前半に
かけて深刻な電力供給不足を解消するために、小規模な発電設備の建設が事実上中央政府によ
り奨励されていたからである。今後、日本から大容量火力発電設備の中国への輸出及び現地製
造による発電設備の大容量化は、日中両国に経済利益をもたらすだけではなく、発電効率の向
上は石炭の使用量を削減することに繋り、地球環境保全に対しても大きく寄与できよう。
2)日本の省エネ技術移転と CDM の実施
日中の共同出資で中国大連に設立した「大連華能国際電力開発公司」の発電所は、日本の技
術を用いたことにより、石炭火力発電効率は現在中国で最も高い省エネ水準を記録している。
(石炭消費水準 323g / kwh、93 年中国の平均石炭消費量は 417g / kwh であった)
。1995 年中国
の火力発電量は約 1 兆 kwh で、大連華能発電所と同じ省エネ効率を達成できれば、中国全体で
9,500 万トンの石炭を節約でき、SO2 の排出も 90 年中国総排出量の9%相当を削減でき、それ
は実に日本の SO2 排出量の 75 %にも相当する。また、この省エネ効果による CO2 排出削減量
は炭素換算で 6,500 万トンとなり、90 年中国総排出量の 10 %、日本同の約 20 %に相当する 25)。
日本から先進な技術・設備を輸入することは、中国のエネルギー消費効率を改善でき、環境
保全効果も明らかである。しかし、省エネ設備・技術の導入には莫大な資金が必要である。換
言すれば、これは大きなビジネスチャンスでもある。現在、中国で廃棄できずに、辛うじで稼
動している 50 年代の旧型火力発電設備を日本 90 年代の技術レベルの機械設備に更新するには、
少なくとも 400 億ドルの資金が必要と言われている。しかし、その資金調達こそ発展途上国が
エネルギー利用効率の改善や環境保全事業の実施に際して、最も大きなボトル・ネックとなっ
ている。日中間省エネ型の火力発電設備・技術移転のための資金調達手段として、CDM プロ
ジェクトの実施がよい選択肢であり、日中両国の企業もすでに検討し始めている。今後、省エ
ネ技術による中国の CO2 排出削減量を CDM の成果として活かせば、省エネ技術の日中間移転
は、両国にとって大きな利益になり、地球環境に配慮した未来思考型の日中協力になると言え
よう。
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張 文 青:エネルギー・環境分野をめぐる域内協力
3.日中間環境関連法制定協力と環境 ODA
日本の対中 ODA は 96 年以降、環境改善重視や内陸部の開発、社会インフラ整備などに力を
注いできた。近年、日本政府内では中国全土の火力発電所に脱硫装置を設置することを検討し
ているが、その実施が期待されている。中国で SO2 削減を実現していくには、排出量徴収金制
度をより一層厳しく改訂し、監督部門や取締り部門の強化を必要とする。そのため、日本から
は環境関連法制度の政策提言、企業と非政府組織(NGO)の活動による公害排除の経験、省
エネ、環境保全技術の開発動向などに関する情報を中国に伝えることも重要である。
2003 年 10 月、日本電子情報技術産業協会と中国電子商会が第 2 回環境会議を開き、日中双方
の環境関連法制度の動向について、情報交換を緊密にすることを決めた。また、グローバルな
循環型社会の形成に向けての協力体制の構築、地球温暖化防止のための取り組みと技術動向な
どの情報交換に合意した。日中間のこうした連携を深めていくことは、中国環境法の整備、監
督部門の強化及び地球温暖化抑止意識の増強などを促進できよう。
さらに、ODA 効果の拡大も含めて、日中間環境市場を広げていく余地も大きい。中国第 10
次 5 ヵ年計画に定められた大気汚染改善対策の一つとして、「二つの酸性雨コントロール地域
内」(中国の華中、西南、華南地域を中心とした全国土面積の 11.4 %を占めている SO 2 排出、
酸性雨発生コントロール地域)37 の火力発電所に脱硫装置を設置し、SO2 排出削減量 105 万ト
ン/年を目指すプロジェクトがある。このプロジェクトの必要資金は 120 億人民元に上る(1
元= 15 円で計算すると 1,800 億円となる)と予測されている 26)。したがって、日本政府の ODA
支援や日本企業が脱硫装置を設置するための資金援助や技術協力に参加することは、日中双方
に利益をもたらすだけではなく、日中間環境技術移転の意義もより大きくなる。
上述したプロジェクトを通じて、両国の大気汚染状況の改善に貢献し、日中両国民の友好信
頼関係を促進することができよう。環境ビジネス分野での協力は、貿易輸出分野での競合関係
を和らげ、両国の間で将来性に満ちた新しい産業分野を生み出し、経済構造の相互補完性を高
められる。また、日中友好関係の強化は、東アジア経済共同体の構築・結成に大きな役割を果
たすこととなろう。
おわりに
上に述べたように、中国のエネルギー安定供給と環境保全分野の問題は、中国一国に止まる
問題ではなくなっている。日中韓三カ国は如何に協力してこれらの問題を解決していくのか、
これはこの地域が今後持続的な経済発展を遂げられるかどうかにかかわる大きな課題となって
いる。現在、政府、企業・研究機関、さらに NGO といった「三位一体」の協力関係が構築さ
れつつであるが、これからは協力分野を広げ、共同プロジェクトを拡大していくこと期待され
ている。そのために、まず政府レベルの石油備蓄協力に関して、2003 年6月、日中韓+
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ASEAN 諸国が有事に備えての石油備蓄増強に協調した行動をとることで合意した。中国、タ
イ、フィリピンなどは備蓄制度作りに取り組みを始めたばかりで、日韓に対しては、備蓄手法
や備蓄制度、放出手法、国家に定期的に報告する制度などの経験とノウハウを期待している 27)。
次ぎに、企業・研究機関レベルの協力は市場メカニズムに乗っ取った最も重要な協力関係で
ある。経済利益こそ日中間環境分野での企業活動や協力関係を拡大していくドライブである。
2003 年2月、三菱重工が中国から天然ガスだき大型火力発電ガスタービン 10 基、総額 700 億円
の一括受注を受けた。この商談には、シーメンズ(独)やアルストム(仏)GE(米)も参加
したが、技術移転における日本側の積極的な姿勢などが評価され、最終的には三菱と GE が分
け合う形となった。中国は 90 年代後半から、石炭や重油から環境負荷の少ない天然ガス発電
へ移行する戦略を打ち出したが、今回の天然ガスだき複合火力発電所向けのガスタービン製造
は初めてである。1号機は日本から輸入するが、2号機以降は周辺機器など一部の部品を三菱
重工と四川省内の中国東方電気が 2003 年に設立する合弁会社で製造し、中国での生産比率を
順次引き上げる方針である 28)。
他にも、2003 年日中韓の鉄鋼最大手の新日鉄、上海宝鋼、ポスコ(旧浦項総合製鉄)、三井
物産が参加する、中国で原料炭の共同開発事業が計画されている。このプロジェクトの総投資
額は 300 ∼ 500 億ドルで、商業生産開始は 2008 年以降、規模は年間数百万トンと見られている。
日中韓鉄鋼最大手による初の共同事業で、中国の山西省で、鉄鋼生産の品質向上やコスト削減
に欠かせない良質な石炭を開発し、自前で確保できれば、今後、中国から日韓両国に輸出する
良質炭が大幅増加するとの期待が高まっている 29)。
そして、民間団体や NGO レベルにおける協力も、これから三カ国のエネルギー・環境分野
での協力にとって、非常に重要な役割を果たすと期待されている。中国の大気汚染は日本や韓
国の大気環境に影響を与えており、数年前から黄砂飛来回数が急増している。日中韓は黄砂や
大気汚染、越境ごみなどの環境問題について、2002 年 11 月に中国で「東アジア環境市民会議」
を開催し、市民レベルでの環境協力を進めるための情報交換や共同調査の実施を確認した。日
中韓三カ国の市民レベルからの国家環境政策強化の促進は、この地域が新たな発展段階に入っ
たことを意味している。
日中韓三カ国は、エネルギー・環境分野での「三位一体」といった協力関係で、東アジア地
域に差し迫った最重要問題と言われているエネルギー安定供給や環境問題に立ち向かうこと
は、いうまでもなく、この地域諸国間の相互信頼の醸成と連帯感の形成に寄与し、貿易競合関
係を緩和させ、相互補完型経済発展の実現に大きな役割を果たすこととなろう。そして、その
延長として、「東アジアエネルギー・環境共同体」を形成し、エネルギー・環境分野で共同プ
ロジェクトを増やしていくことで、経済共同体構築・結成の基礎作りになるといえよう。
本稿は、東アジアの経済成長につれ、エネルギー需要が急速に増加し、特に近い将来中国が
石油、天然ガス、電力の大幅需要増にスポットを当て、日中韓三カ国が協力し、地域諸国のエ
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張 文 青:エネルギー・環境分野をめぐる域内協力
ネルギー・セキュリティを確保していくことが非常に重要であることを強調してきた。また、
東アジア地域、とくに日中韓三カ国周辺の大気汚染を改善するために日中両国が協力し、中国
でクリーン・エネルギーの利用拡大を果たせば、この地域の大気環境に配慮した持続的な経済
発展が続けられようと主張した。
しかし、ここでさらに問題となるのは、日中韓三カ国や東アジア主要国の石油や石炭、天然
ガスなどのエネルギー需要をただ単に満足に供給するだけで、この地域のエネルギー安全保障
が実現できるのだろうかということである。世界経済の発展につれ、現在使われている殆どの
枯渇性エネルギー資源は、遠くない将来枯渇してしまう可能性は充分にある。そのため、各国
政府が資源獲得という危機意識をもって、海外資源の優先開発や競争的な輸入拡大策を打ち出
しているのも周知の事実である。
長い目で見て、東アジア地域のエネルギー安全保障を実現していくには、なんと言っても日
中両国が徹底したエネルギー戦略の転換が必要である。日中両国は、省エネ協力や石炭クリー
ン化利用、天然ガスパイプラインの建設、国内外での石油探鉱を強化するなどと同時に、さら
に、21 世紀の経済発展を見込んだコージェネレーションの普及やバイオマス発電、ハイブリッ
ドカーの普及、メタンガス車の普及及び水素車の開発などを含んだ画期的な新型代替エネルギ
ー源の開発利用を戦略的に展開しなければならない。
資金援助や技術移転、人材育成などといった支援にはいろいろな面で限界があろう。現段階
では、まず、省エネ技術の日中間の移転と技術導入をよりしやすくするために優遇税制の適用
が必要であり、また、政府レベルにおける石油備蓄協調常設機構設立に関する協議を優先すべ
きである。そして、日中韓大気汚染問題の解決や越境黄砂、越境ごみの処理、自然生態環境保
全に関する共同研究や共同プロジェクトの立ち上げも促進すべきである。信頼関係や連帯感を
高めてから、次ぎの段階においては、原始力発電の安全確保に関する情報交換や産業公害対策
などに関する共同プロジェクトの実施などを通じて、東アジア地域でエネルギー・環境問題を
共同で解決する地域国際機構の創設を実現すべきである。短期的には、域内のエネルギー安全
保障や環境問題の共同解決を目標として掲げ、長期的には、EU や NAFTA と共に世界経済の
コアとしての東アジア経済共同体の結成に目指すべきである。したがって、今から新しい東ア
ジアのための日中韓協力をはじまらなければならない。
<附記>
本研究は、本学・経済学研究科松野周治教授が代表である「立命館大学国際地域研究所・北東アジア地
域協力プロジェクト」の研究成果として、2003 年9月 27 日、「環日本海学会第 9 回学術研究大会」(開催
地:札幌北海学園大学)で報告させて頂いたものである。本稿の執筆及び学会報告に関して、松野周治教
授及び産業社会研究科林健太郎教授からは貴重なご意見、ご指導を賜ったことをここに記して、感謝を申
し上げる。
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<注 釈>
1)本論文に示す東アジア諸国は日本、中国、韓国プラス ASEAN 諸国を意味する。
2)『通商白書 2003』経済産業省編、P.4 、2003 年7月
3)『ジェトロ貿易投資白書 2003 年版』日本貿易振興会、P.34、2003 年9月
4)『ジェトロ貿易投資白書 2003 年版』日本貿易振興会、P.7、2003 年9月
5)同前掲注釈4
6)日本経済新聞「中国、2010 年まで年 7 %成長」2003 年2月4日
7)藤目和哉「アジアにおけるエネルギー効率改善と再生可能エネルギーの位置づけについて」日本エネ
ルギー経済研究所、2002 年1月
8)『中国統計年鑑 2002 年版』中国統計局、中国統計出版社、P.51 、PP.249 − 252、2002 年9月
9)山口馨、張継偉「中国の天然ガス事情」日本エネルギー経済研究所、2003 年8月
10)李志東、伊藤浩吉、戴彦徳「中国 2030 年の経済・エネルギー・環境に関する計量経済分析」日本エネ
ルギー経済研究所、2001 年春「第 16 回エネルギーシステム・経済・環境コンファレンス講演論文」
11)郭四志「中国石油流通事業についてーガソリンスタンドの小売分野」日本エネルギー経済研究所、
2003 年9月
12)
「エネルギー憲法」の概要:①「投資の保護と促進」に関しては、外国投資家は投資後、一部例外を除
き、内国民待遇、最恵国待遇の付与を義務規定として規定している。②エネルギー産品の貿易に関し
ては、最恵国待遇の付与が義務付けられている。③エネルギー原料及びその産品は締約国内から第三
の締約国に運搬する際に、最恵待遇及び国民待遇を規定し、通過国が不合理な制限や料金を課しては
ならないと規定した。通過料徴収(「通過」)に関する紛争:当事者同士の話し合いによる解決が望ま
しい。調停人が通過の暫定料金を決め、通過国が既存のエネルギー原料及び原産品通過を中断し、縮
小や供給途絶などの状態にならないようにと規定している。通商産業省資源エネルギー庁編『21 世紀、
脚光を浴びるアジアの天然ガスエネルギー』pp.51 ∼ 53、1999 年2月
13)World Energy Outlook1998,International Energy Agency, OECD/IEA, 1999.11, P.278.
14)日本経済新聞「エネルギーと世界石油危機 30 年(下)、日本変わる「安保」−アジア省資源化で役割」
2003 年 10 月9日
15)日本経済新聞 2001 年8月 21 日、2002 年7月4日、2002 年 11 月 30 日、2003 年9月 25 日、2003 年 10 月
2日など参照
16)日本経済新聞「中国・インドネシア、エネルギーで急接近」2002 年5月 20 日
17)日本経済新聞「米ルイジアナ州沖合で鉱区取得、アラ石、天然ガス本格生産、アフジ誘電依存脱却急
ぐ」2001 年 11 月 21 日
18)『中国石油産業と石油化学工業 2002』東西貿易通信社、2002 年4月
19)唐沢敬著『アジア経済の危機と発展の構図』朝日選書、朝日新聞社、P.61、1999 年 10 月
20)張文青、周 生「中国のエネルギー消費による SO2 と CO2 の排出状況及びローカルとグローバルとの
統合削減策」『立命館大学政策化学』、10 巻2号、2003 年1月
21)CDM は先進国が発展途上国で温暖化ガス削減を実施し、見返りに CO2 排出権を獲得する制度である。
22)藤目和哉「エネルギーの効率的利用」日本エネルギー経済研究所、2002 年 12 月
23)藤目和哉「アジアにおけるエネルギー効率改善と再生可能エネルギーの位置づけについて」日本エネ
ルギー経済研究所、2002 年1月
24)沈中元「中国の省エネルギー潜在力」日本エネルギー経済研究所、2003 年7月
25)同前掲書注釈 20)P.40
26)
『中国環境政策全書 2002 年版』中国国家環境保護総局政策法規司編、中国化学工業出版社、P.550、2002
年5月
27)日本経済新聞「石油備蓄アジア協調、ASEAN、相互融通を容易に、日本・韓国、人材送り技術協力」
2003 年6月 21 日
28)日本経済新聞「中国でタービン大型受注、三菱重工、天然ガス発電向け― 10 基、総額 700 億円」2003
年2月 14 日
29)日本経済新聞「新日鉄・韓国ポスコ・上海宝鋼、中国で原料炭共同開発」―三菱物産も参加」2003 年
2月 21 日
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張 文 青:エネルギー・環境分野をめぐる域内協力
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