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2008年 3月

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2008年 3月
ISSN 13490281
拓 殖 大 学
第
82
号
2008 年 3 月
論
文
日米の物流大賞にみる物流改革最前線………………………芦
誠 ( 1 )
田
原価計算制度における費目別計算思考の萌芽
原価計算制度の初期的胎動 1
…………………………建
部
英国 「財務報告原則書」 の基礎的考察………………………
宏
明 ( 29 )
( 63 )
茂
雄 ( 97 )
中
秋 (127)
情報社会の新しい情報システムの再考
CALSと経営システムの考察
…………………………金
山
研究ノート
世界のコンテナ積替ターミナルの発展………………………潘
拓殖大学経営経理研究・執筆要領 …………………………………………………… (155)
拓殖大学経営経理研究所
前
論
号
目
次
文
営業担当者パーソナル・セリング考
比較マーケティング史序説
…………………小
博 ( 1 )
原
イノベーションの普及と社会ネットワーク構造に関する
エージェント・ベース・アプローチによる考察
…………………北
中
英
明 ( 27 )
情報化テクノロジーと研究開発ネット形成 ………金
山
茂
雄 ( 65 )
光発電による環境会計報告書構想から ……………三代川
正
秀 ( 95 )
研究ノート
2006 年度月例研究会報告 ……………………………………………………… (105)
経営経理研究・執筆要領 ……………………………………………………… (111)
拓殖大学
第 82 号
拓殖大学経営経理研究所
経営経理研究 第 82 号
2008 年 3 月 pp. 127
論
文〉
日米の物流大賞にみる物流改革最前線
芦
要
田
誠
約
現代を代表する物流の考え方は, 製販を統合し情報を共有することよっ
て在庫縮小とリードタイムの短縮を実現する SCM であり, 日本政府の現
行物流政策は, 「東アジア SCM」, 「環境・静脈物流」, 「DCM」, 「安心安
全を支える物流」 の構築が中心となっている。
現代企業 100 社の物流改革を探ってみると, 「物流の再編・物流拠点の
集約」 と, 「SCM の推進」, 「輸送・倉庫の効率向上」, 「グリーン物流」, 4
つに取り組んでいる。 06 年日本における物流大賞は 「IT トラックを活用
した 削減の数値的把握」, 「包装資材のリターナブル」, 「配送状況の
可視化による CS 向上」 であった。
アメリカの物流大賞では, 06 年が 「貨物輸送費見積モジュールの構築」,
「物流システムの一元化」, 「荷主とトラック会社, ドライバーとの信頼関
係回復による輸送効率の向上」 であり, 07 年が 「DC の新設による輸送費
の削減とリードタイムの短縮」, 「荷主の輸送貨物と運送会社のトラックを
連動させた Connected Capacity Portal の開発」, 「中国からの輸入物流
における分散型から統合型物流システムへの転換」, 「GHG を 50%削減さ
せるモーダルシフトの推進」 であった。 日米の物流大賞とも, 日本の現代
企業 100 社が取り組んでいる既述 4 大改革に収束される取り組みである。
実際の物流現場では SCM だけでなく, より広い範囲の物流改革が行わ
れている。 それらを動機付けているものは, 物流に関する資産を縮減する
一方, 顧客サービスを充実することによって売上高の増大を図っていく企
業の目的と経営戦略, そのものにある。 問題は, 棚卸・固定資産, ならび
にロジスティックスコストの削減と顧客サービスの向上が対抗軸にある点
であり, 現代企業の物流改革の評価は, 物流コストとカスタマーサービス,
二つの対抗軸を関連させてみていかなければならない。
キーワード:SCM, 物流政策, 現代企業 100 社の物流改革最前線, 日米の
物流大賞, 物流改革の経営戦略的意義
―1―
はじめに
本研究は, 図 1 の 「研究の枠組み」 が示すように, 企業の物流改革に影
響を及ぼす現代の代表的な物流理論 「Supply Chain Management (左
辺)」 と, 「政府の物流政策 (右辺)」 を確認した上で, いわばブラックボッ
クスとなっている企業の現行物流改革の中身を日米の物流大賞を切り口に
明らかにするとともに, その改革の経営的意義を考察するのが目的である。
図1
研究の枠組み
1. Supply Chain Management と現行物流政策
物流という概念は時代とともにその範囲を拡大してきた。 1960 年代,
マーケティングの販売の一部と考えられていた保管や輸送を統合した 「物
流」 へと進化し, 80 年代には軍隊の兵站 (へいたん) を意味し, 一企業
の調達から回収までト−タルな物の流れを範囲とする 「ロジスティクス」
へと発展した。 そして 90 年代に入り, サプライヤー (原材料部品供給者)
とメーカー, 倉庫業者, 運送業者, 販売会社などとの連携, 共同にまで範
―2―
囲を拡大した 「Supply Chain Management」 が注目されている。
SCM は, 製販を統合し情報を共有することによって在庫縮小とリード
タイムの短縮を実現する経営手法であり, SCM の目的は大別して 「高速
化」 と 「在庫圧縮」 2 つに収斂される 1)。 そして, それらを実現する具体
的な施策が下記の生産, 輸送, 取引業者の 3 条件である。
高
速
化
在庫圧縮
☆生産条件:部品や製品の品質基準の設定, 生産
の平準化, 流れ作業, 不良品の発生
時の従業員による即座の作業中断,
在庫圧縮など。
☆輸送条件:配達時間枠の設定,
サイド積みトラッ
クの採用,
クロスドッキング,
小口
ロ
ッ
ト
,
混
載
輸
送
,
Milk
Runs
(巡回集貨) など。
☆取引業者間の条件:コラボレーションの確立と
ネットワーク構築による情報の共有
図2
SCM が成功する条件
生産条件においては, 部品や製品の品質基準の設定, 生産の平準化, 流
れ作業, 不良品の発生時の従業員による即座の作業中断などであり, 輸送
条件においては, 配達時間枠の設定, サイド積みトラック, クロスドッキ
ング, 小口ロット, 混載輸送, Milk
Runs など, そして取引業者間の条
件はネットワーク構築による情報の共有とパートナーシップの確立である。
SCM を有効に機能させるためには, 関係企業間のコラボレーションが不
可欠である2)。 アメリカのロサンゼルス・タイムスのコラムニストであっ
た Michael Schrage は, コラボレーションとは異なる二つの主体が共通
の目的をもって協同することであり, 個別企業では到達できなかった成果
を生み出すための相互作用のプロセスがコラボレーションであるとした3)。
単なる共同作業ではなく, イノベーションを生み出す共同がコラボレーショ
ンなのである。
SCM は現在の物流理論を代表する経営手法であり, 物流の現場レベル
―3―
でも流行のように使われ始めているが, 実際企業がどの程度どういうかた
ちで取り組んでいるのか現段階では明らかになっていない。
2. 日本の現行物流政策
一国の物流政策をコンパクトにまとめることは簡単ではない。 何か問題
があってその結果, 物流に関する政策や対策を断片的に講じる体制が一般
的であったからである。 しかしながら, 日本の場合, 平成不況の真っ只中
にあった 1997 年に初めて総合物流施策大綱が立案され以降 3 回改訂され
たが, この大綱が政府の物流政策の骨子であるため, 非常にわかりやすい
かたちになっている。
2005 年 11 月 15 日, 日本政府は表 1 の 4 項目を目標とした総合物流施
策大綱を決定した。 05 年大綱で最も力を入れているのは, 東アジアの物
流である。 日本と ASEAN, 中国, ベトナムとの間で生産ネットワークが
形成され, 国内物流と国際物流を連携させたシームレスなロジスティクス
の構築が急務となっているからである。 このためには, 港湾運送事業法を
はじめとした規制緩和, 荷主と物流事業者, 物流インフラをオンラインネッ
トワークで結ぶ東アジア SCM の形成, スーパー中枢港湾構想による港湾
諸料金の引き下げ, 物流インフラの 24 時間運用, 手続の簡素化, 規格統
一された IC タグの導入, マルチモーダルのアクセス改善などが必要であ
る。
グリーン物流の分野では, モーダルシフトを推進するため, 新型交直流
高速貨物電車の開発や電気推進船 (スーパーエコシップ) の普及, 京都議
定書で確約した 「温室効果ガス 1990 年比 6%削減」 を実現するため改正
省エネ法の推進など。 物流改革では, 顧客を起点に関係するプレイヤーで
情報を共有し, 製品の効率的な生産と配送, 在庫補充を行うとともに, さ
らに新製品の開発に結びつけていく Demand Chain Management の推
―4―
進を強調している4)。
一般消費者を意識した物流では, IC タグの国際標準化や流通業界全体
を取込んだ IT 化が求められている。 セキュリティ対策では, トラックの
重大事故防止, 改正 SOLAS (海上人命安全) 条約に対応した港湾の保安
対策, 認証を迅速にするため電子タグを利用したコンテナ管理, 本人確認
の自動化などの促進が目標となっている。
日本政府の現行物流政策を要約すると, 物流サービスとコストのグロー
バル・スタンダード化を目標として, 「東アジア SCM」, 「環境・静脈物
流」, 「DCM」, 「安心・安全を支える物流」 の構築, 4 つが中心となって
いる。 物流政策においては, の物流理論で考察した SCM を軸に, グリー
ン物流, やや広い安心安全の物流が中心になっていると理解することがで
きるのである。
もちろん, これらの実現施策は容易ではない。 たとえば, 港湾コストを
30%低減, リードタイムを 1 日程度に短縮することを目標としたスーパー
表1
総合物流施策大綱 (05∼09 年)
①
スピーディでシームレス, 低廉な国際と国内一体となった物流の実現
(スーパー中枢港湾プロジェクト, 東アジア SCM の形成, 大都市拠点空
港の整備, 国内外の物流ネットワークの構築, 港湾・空港へのアクセス道路
の整備, ロジスティクス機能の強化, 輸出入・港湾手続等のワンストップサー
ビス)
② グリーン物流をはじめ効率的で環境にやさしい物流
(ISO 14001 の取得, グリーン物流パートナー会議の活用, エネルギー使
用の合理化 (省エネ法) の推進, 貨物交通のマネジメント, 情報化・標準化
の推進, 人材の育成)
③ ディマンドサイドを重視した効率的な物流システム
(売れ筋商品情報の共有, 品切れの解消, 迅速な配送)
④ 国民生活の安全・安心を支える物流システム
(物流セキュリティの確保, 交通安全の確保, 災害時の的確な対応, 消費
者ニーズに対応した流通システム及び食の安全・信頼の確保, トレサビリティ
の普及)
―5―
中枢港湾プロジェクトは, 3 湾 6 港に絞ったことによってかえって陸上輸
送と内航フィーダー輸送のコストが高くなる可能性がある。 陸上高速輸送
の距離が長くなるとともに, 内航フィーダー輸送では人件費が安い外国人
船員の混乗が認められていないからである 5) 。 いずれにしても国交省が
2006 年度から 5 年間で中枢港湾に指定した東京, 大阪, 名古屋の各港か
ら, 国際標準の大型コンテナを工場や物流拠点まで積み替えせずにトラッ
ク輸送できる道路網を整備する壮大なプロジェクトとなる。
既述 4 つの日本政府の物流政策を受け, 現代企業はどのような物流改革
に取り組んでいるのであろうか。
3. 現代企業の物流改革最前線
現代企業 100 社の物流改革
最初に一つの手がかりとして, 現代企業 100 社の物流改革をみてみよう。
表 2 は, 全日本トラック協会の資料をベースに, 日本の現代企業 (荷主)
100 社の物流改革を筆者が集計, カテゴリー別に分類したものである 6)。
類型化の方法は, 特別明確な基準があるわけではなく, 企業が重点的に取
り組んでいる物流改革を重複分類可として振り分け整理したもので, 細分
化の仕方によっては 4 分類ではなく 7 つあるいは 8 つのグルーピングもあ
り得ることを予めお断りしておきたい。
表 2 で明らかなように, 企業の現行物流改革は 「物流小会社の統合・再
編」 から 「WEB パレット回収システムの導入」 に至るまで, ややオーバー
に言えば 100 社あれば 100 通りあるといった方が実態を正確に表している
といえる。 その上で, 類似的な内容をまとめていくと, 最大公約数 4 つに
分類できると考えられる。 「物流の再編・物流拠点の集約 (48 社)」 がそ
の一つであり, その中で最も多くの企業が取り組んでいるのが 「物流拠点
の統廃合 (21 社)」 である。 二つ目が 「SCM の推進 (35 社)」 で, 「製販
―6―
表2
現代企業 100 社の物流改革最前線 (07 年)
1. 物流の再編・物流拠点の集約 (48 社)
○物流小会社の統合・再編 (新日本製鐵, JFE スチール, ニコン, 三越
○グループ企業の物流一元化 (ハウス食品, 東ソ, 三菱瓦斯化学, 日立製作所,
ヤマハ, 共同印刷, ソフトバンク BB)
○社内物流組織の再編 (伊藤忠商事, ダイエー)
○物流拠点の統廃合 (キリンビール, キリンビバレッジ, メルシャン, 住友化
学, 武田薬品工業, キッコーマン, カネボウ化粧品, 東ソ, 三菱瓦斯化学,
明治製菓, 森永製菓, 日清オイリオグループ, Jオイルミルズ, キャノン,
コクヨ, 国分, トーハン, ハピネット, 西友, セブン・イレブン・ジャパン,
日本たばこ産業)
○物流システムの再編 (ミサワホールディングス, マルハニチロホールディン
グス, サントリー, 味の素, 王子製紙, 第一三共, カルピス, クボタ, 大丸,
ラオックス, JA 全農)
○中国物流の展開・強化 (三菱化学, 伊藤忠商事, 丸紅)
○釜山新港に生産サポート体制のハブ拠点を設置 (内田洋行)
○物流の外販 (アウトソーシング) 比率の向上 (武田薬品工業, 資生堂, 大丸,
ムトウ)
○ 3 PL 事業の推進 (三菱化学, 三洋電機, 丸紅)
2. SCM の推進・情報化 (35 社)
○グローバル SCM への取り組み (住友化学, 武田薬品工業, 旭硝子, 小松製
作所, 日立製作所, 東芝, 松下電器産業, トヨタ自動車, フランスベッド,
ナイガイレーベン)
○製販統合による在庫縮小とリードタイムの短縮 (協同飼料, 三井化学, 武田
薬品工業, 花王, アサヒビール, カゴメ, 古河電気工業, 日本電気, 日産自
動車, オンワード樫山, ナイガイレーベン, ダイエー, 東日本電信電話, 旭
化成)
○調達物流の機能強化 (安川電機)
○在庫, 商品管理をウォルマートの 「スマートシステム」 に転換 (西友)
○ 「お届け日確定生産方式」 に対応した物流システム (サンウエーブ)
○求貨求車情報システムの事業化 (キューピー)
○製品トレースのスピード化 (森永乳業)
○トレサビリティの強化 (明治乳業, 協同飼料)
○物流 IT プラットホームの構築と人材育成 (コニカミノルタ)
○在庫・販売情報の集中管理で在庫半減, 欠品率減少 (キングジム, コクヨ)
○顧客までの走行距離, 輸送重量など物流データの整備と有効活用 (三菱瓦斯)
○物流クレーム DB の活用による物流品質の向上 (旭硝子, TDK)
―7―
3. 輸送・倉庫の効率向上 (41 社)
○共同輸送・共配, 拠点の共同利用7) (アサヒビール, サッポロビール, サン
トリー, カゴメ, 明治製菓, 森永製菓, 森永乳業, 明治乳業, 協同飼料, 日
清オイリオグループ, 富士フイルム, カネボウ化粧品, 新日本石油, ジャパ
ンエナージ, JFE スチール, 小松製作所, 日本電気, 本田技研工業, フラ
ンスベッド, サンウエーブ工業, セイコーウオッチ, ダイエー)
○工場直送比率のアップ (キリンビバレッジ, 三井化学, ライオン, 横浜ゴム,
宮田工業, 学習研究社, フランスベッド)
○工場直送から中継の配送センター経由に転換, 積載効率の向上とトラック台
数の削減 (三菱電機)
○積載効率の向上 (東レ, 横浜ゴム, 日産自動車, トステム)
○トラックの構内滞留時間・手待ち時間の短縮 (ブリヂストン)
○国内フィーダー輸送の走行距離削減による物流コストの削減 (富士フイルム
ホールディングス)
○ローリーの大型化と夜間休日配送の全国展開 (出光興産, 新日本石油, ジャ
パンエナージ)
○物流センターの効率化 (ワコールホールディングス)
○入庫から出庫までスキャナーによる管理 (森永乳業)
○自動立体倉庫の建設稼働 (日清製粉)
○安定した輸送力確保 (太平洋セメント)
○輸出入業務の整備改善 (ヤマハ)
4. 環境対策・静脈物流 (35 社)
○モーダルシフト (日本製粉, 日清食品, 東レ, 富士フイルムホールディング
ス, 花王, ライオン, サッポロビール, ブリヂストン, 横浜ゴム, INAX,
トステム, クボタ, 小松製作所, 三菱電機, トヨタ自動車, 日産自動車, 本
田技研工業, キャノン, リコー, フランスベッド, 日本タバコ産業)
○改正省エネ法・削減計画の推進 (王子製紙, 太平洋セメント, セブン・
イレブン・ジャパン)
○グリーン経営の認証, 環境 ISO の取得 (帝人, 古河電気工業, 共同印刷,
ソフトバンク BB)
○エコドライブの徹底 (明治乳業, 本田技研工業)
○31 エコライナーの導入 (キッコーマン)
○廃油を原料としたフォークリフト用バイオディーゼル化 (Jオイルミルズ)
○低公害車の導入 (内田洋行)
○国内燃料使用量 90 年比 35%削減の推進 (出光興産)
○デジタルによる車両管理システムの徹底 (日清食品)
○リターナブル容器使用の拡大 (本田技研工業)
○包装資材の削減 (INAX)
○WEB パレット回収システムの導入 (東洋ガラス)
※重複あり。
―8―
統合による在庫縮小とリードタイムの短縮 (14 社)」。 3 つ目が 「輸送・倉
庫の効率向上 (41 社)」 と 「共同輸送・共配, 拠点の共同利用 (22 社)」。
そして最後が 「環境対策・静脈物流 (35 社)」 で, そのうち最も多くの企
業が試みているのが 「モーダルシフト (21 社)」 である。
物流理論で注目を集める一方, 政府の物流政策でも強調されている
SCM や DCM の改革だけを企業が行っているわけではない。 「物流の再編・
物流拠点の集約」 と 「輸送・倉庫の効率向上」, 「グリーン物流」 などでく
くることができるカテゴリーの改革も多くの企業が取り組んでいるのであ
る。
日本の 06 年物流大賞にみる物流改革
社団法人日本ロジスティクスシステム協会が毎年表彰する物流大賞を切
り口として企業の物流改革をみてみよう8)。
○金賞:国分株式会社
正徳 2 年 (1712 年) に創設され, 07 年で 295 年の歴史を有する国分株
式会社は, 従業員 1,527 名, 06 年 12 月期で 13,889 億円 (単体 12,952 億円)
の売上高を誇る国内有数の食品酒類卸売業者である。 170 の物流センター,
約 350 の営業倉庫, 配送車両約 3,000 両を有している。
従来, 国分㈱は本業の環境負荷低減に取り組んできたが, 06 年 4 月に
施行された改正省エネ法への対応の一環として, 配送車両の環境負荷数値
の把握とその低減に取り組むことになった。 ドライバーが携帯電話から走
行距離や給油量などを入力することにより, 車両 (エコトラック) 毎, 事
業所 (エコステーション) 毎の排出量計算を行うことが出来る機能の開発
にトライし, 走行距離や車両台数を削減する仕組みを構築している。
図 3 は, 物流改革の効果を示したものである。 IT トラックを活用した
省エネと 削減の数値的把握によって, 燃料費の削減による 削減
―9―
にとどまらず, 整備費削減や無事故, ドライバー一人一人のやる気の向上
による生産性の増加, 荷主企業, 運送業者, 協力企業とのコミュニケーショ
ンが深まったことによる一体感の向上などの効果が現われている9)。
出所:国分株式会社, 人事総務部・物流統括部課長山田英雄氏, 07 年 9 月 4 日第 2 回拓殖
大学物流セミナーにおける講演配付資料より。
図3
国分株式会社の物流改革の効果
○技術賞:新英産業株式会社
新英産業は, 1948 年に設立され, 資本金 25 億 2,387 万円, 従業員数 229
名, 2007 年 3 月期売上高 104 億 3,500 万円の株式会社サンリツを親会社と
する 3 PL である。
包装資材には大量の木材, 紙, 緩衝材 (スチロール, エサフォーム) 等
が使用されているが, 新英産業では包装資材を徹底的に使い切ることが環
境保全に有効であり, かつコストダウンにも寄与するものと考え, 包装資材
のリターナブルに取り組むことになった。 1999 年からキャノンファインテッ
― 10 ―
ク㈱との連携で製品包装資材の簡素化を研究, 2001 年 6 月より事務機メー
カーの KD 部品の包装資材の日中間のリターナブル業務をスタートさせ,
独自の 「資源循環型包装資材供給システム」 を実現するに至った10)。
成功の一つのカギは, 軽いセルロイド製のフラップジョイントの開発に
あった。 通常の段ボール箱は紙テープで封印するが, これだと開封作業時
に破損してしまう。 そこでフラップジョイントを段ボール箱に挟み込み,
回転させるだけで封印することが可能となり, 作業効率が大幅にアップ,
段ボール箱もフラップジョイントも再使用することができるのである。
しかしながら, リターナブルが無料でできるわけではない。 使用済み包
装資材の回収, 一時保管, 検品, 輸送費用がかかり, これが想像する以上
に大きいのである。 図 4 は, 段ボール箱の単価を 100 円, リターナブルコ
ストを新規段ボール箱価格の 80%と仮定し, そのコストメリットを示し
出所:新英産業株式会社代表取締役三浦康英氏, 07 年 9 月 4 日第 2 回拓殖大学物流セミナー
における講演配付資料より。
図4
新英産業の物流改革によるコストメリット
― 11 ―
たものである。 リターナブルの体制を取らない場合には, 段ボール箱
1,000 pc で 100 万円が必要となる。 新規投入 50% (50 万円) +リターナ
ブル 50% (50 万円×80%) で計 90 万円となり, 10 万円のコスト節約と
なる。 リターナブル 75%で 15 万円, 再利用 90%で 18 万円のコストダウ
ンとなる。 本モデルケースのコストメリットはそう大きくないが, 年間に
使用する段ボール箱が数十万, 数百万箱となっていけば, コスト的にも決
して無視できない金額となってくるのである。
○奨励賞:日本板硝子株式会社
日本板ガラス㈱は 1918 年 (大正 7 年) に設立され, 事業規模は資本金
961 億円, 従業員数 2,670 名 (単体), 連結 07 年 3 月期で売上高 6,815 億
4,700 万円の世界 3 大硝子メーカーの一つである。
日本板硝子が奨励賞を受賞した理由は, 「配送状況の可視化による CS
向上のためのシステム導入」 である。 可視化への取り組みは, ①破損や遅
延などのクレームへの対応, ②正確な到着時間を知りたい顧客への対応,
さらに③全国で推定約 20 万個ある通函 (ガラスを搬送する際に利用する
パレットのこと) の計画的な回収, 3 つを同時進行で行うことになった。
その手順は, 図 5 で明らかなように, ドライバーである DA (デリバリー
アテンダント) が GPS 携帯に配送情報, クレーム情報, 回収情報を入力,
位置情報は携帯アプリが自動起動しセンターサーバーに送信, それらの情
報をリアルタイムで把握できる受注センターが顧客に伝えるシステムであ
る11)。
システムの導入効果は, 1 ヵ月当たり 10 件ほどの写真が DA から送ら
れ, 物流クレームへの迅速な対応と可視化が可能になるとともに, 延着可
能性の事前把握ができるようになった。 また従来は経験と実績から判断せ
ざるを得なかった空函の所在が, システムの地図上にプロットアウトされ
るために計画的な空函回収が可能となり, 取引先での空函の滞留抑制と回
― 12 ―
出所:日本板硝子株式会社硝子建材カンパニー・ロジスティクス部長草野隆司氏, 07 年 9
月 4 日第 2 回拓殖大学物流セミナーにおける講演配付資料より。
図5
日本板硝子の物流改革のフローチャート
収コストの大幅な削減をもたらすことになった。
4. アメリカの物流大賞にみる物流改革
アメリカの Logistics Management 社の 「And The Winners are…
Best Practices」 によって, アメリカの物流大賞の内容を探ってみよう。
06 年物流大賞12)
○Gold Award (金賞):社名 American Identity
本
社:Overland Park, カンサス州
製
品:ブランド品のアパレル & その他商品の販売
営業収入:年 222 億円
― 13 ―
従業員数:約 1,000 人。
物流ベスト・プラクティスの理由:貨物運送費見積モジュールの構築
多くの商品が売り手から顧客へ直接輸送されているが, そうした輸送費
を American Identity はほとんど把握しておらず, 貨物費用に関して過
大負担の感情を抱くクライアントの疑問が従来から一貫して存在していた。
そこで American Identity は, 取り扱っている 70,000 品目の重量と容
積をすべて個別に計量し, 包装の有無別, 小包輸送からトラックの貸切輸
送別に, 顧客が予め最適な輸送方法を選択することができる独自の貨物輸
送費見積モジュール (proprietary freight-quoting module) を構築し
た13)。 これによって, 顧客のエクスプレス貨物サービス費を 5 割カット,
輸送に関連する不満を約 92%解消するとともに, 同社の付帯的な輸送料
金を年間 6,000 万円以上削減することを可能にした。
○Silver Award (銀賞):社名 Diageo
本
社:ロンドン
製
品:Smirnoff, Johnny Walker, Guinness, Tanqueray など
のブランドで知られるアルコール飲料の製造販売
営業収入:05 年 2 兆 520 億円 (90 億£)。
物流ベスト・プラクティスの理由:品目別物流システムの一元化
Diageo がシーグラムのアルコール, ワイン事業を買収した後, 消費基
地へ 3 PL が輸送していた Diageo のケースは実に年間約 8,500 万箱に達
していた。 しかしながら, 他方でドライバーやトラックの不足, 規制の変
化, 積荷やインターモーダルのキャパシティの記録的な需要は, もはや
Diageo の輸送ニーズと供給を一致させることが困難になってきた。
そこで, ビールやウィスキーなど品目別に採用していた物流システムと
ネットワーク, 管理体制を統合することによってシナージ効果, すなわち
人員の縮小や経路の単純化, 管理コストの削減など大きな連結の利益を実
― 14 ―
現するとともに, 荷主や顧客, 3 PL など関係者全てが出荷状況を可視す
ることができる独自のウェッブベースを開発した。 物流の Simplicity
(単一化) が効を奏した事例である。
○Bronze Award (銅賞):社名 Vulcan Threaded Products
本
社:Pelham, アラバマ州
製
品:ボルトやナット用の細いスチール棒, 特殊品の製造販売
従業員数:約 300 人。
物流ベスト・プラクティスの理由:荷主とトラック会社, ドライバー
との信頼関係の回復による輸送効率の向上
1 日 10 便のトラックを必要とする Vulcan は, 1 日 80∼200 便を動かす
スチール棒の荷主とトラックのキャパスティの確保に関して競争する状況
にあった。 荷主側はシートを必要としない積み荷に対して良い支払い提示
していたのに対して, Vulcan の積み荷の幾つかはシートを必要とし, 数
カ所でストップ, 支払いは少なかった。 長い積み込み時間, 少ないペイは
ドライバーにとって魅力のない仕事にさせていたのである。 この結果,
Vulcan の注文は, 時にはピックアップのために 10 日間待たされ, 在庫
の維持費用は増加し続けていた。
この最悪の状況に対して, Vulcan はドライバーとのコミュニケーショ
ンの増加やパーティの開催と賞品の贈呈などを通じて多くの不平不満を確
認し是正, バルカンとトラック会社およびドライバーとの信頼関係を改善
し, トラックの配送ブロカー数の削減, 積込時間の短縮, トラック会社と
の安定的な長期契約の締結などを実現したのであった。 その後 Vulcan で
働きたい運転手が急増しており, 同社の “模範的な荷主” としての社会的
評価を一段と高めるのに貢献した。
― 15 ―
07 年物流大賞14)
○Gold Award (金賞):社名 CDW Corp.
本
社:Vernon Hill, イリノイ州
製
品:アメリカとカナダの企業, 自治体, 教育機関を顧客とする
マルチブランドの情報技術商品の販売
営業収入:680 億ドル (06 年), フォーチュン 500 社中 347 番目にラ
ンク
従業員数:約 5,000 人。
物流ベスト・プラクティスの理由:シカゴの DC だけでなく, 荷主の
2 割が集中する西海岸に DC を新設することによって輸送
費の削減とリードタイムの短縮を実現
イリノイ州 Vernon Hill の物流センター (450,000 平方フィート) が混
雑し, 身動きが取れずケガが発生する事態に及び, 顧客ベースの 20%が
トラック輸送で丸 2 日間を要するカリフォルニア州であることに注目し,
西海岸の原野ネバダ州北ラスベガスに 96,000 個の貨物をさばくことが出
来る高規格の DC (513,000 平方フィート) を計画, 建設した。 これによっ
て高速の発注処理, リードタイムの短縮, エクスプレス輸送費の 40%カッ
ト 等 , 大 幅 な 顧 客 サ ー ビ ス の 改 善 と 大 き な 利 益 を 実 現 し た 。 Space
Crunch (空間の危機) から学び, Go Greenfield (原野へ行く) を実践
することによってベネフィットを実現したのである。 成功の秘訣は, DC
の場所の選定に当たってベストサービスを提供していた UPS, FedEx,
DHL のコア運送業者に加え, メーカー, 購買者 (顧客) と密接に協議し
推進したところにあった。
○Silver Award (銀賞):社名 Alcoa
本
社:Pittsburgh
― 16 ―
製
品:主要なアルミニウム, 規格アルミニウムの生産, 販売
営業収入:304 億ドル (06 年)
物流ベスト・プラクティスの理由:荷主の輸送貨物と運送会社のトラッ
クを一致させる Connected Capacity Portal (ACCP) を
開発し, コストの削減と安全性の向上に貢献
アルコアは北アメリカで 1,200 社のトラック会社を利用し, その費用は
4 億 1,000 万ドルに達していたが, トラックの積載効率は 18%と極端に低
くなっていた。 Inbound と Outbound のトラック・フローもまったく調
整が行われず無駄な走行と非効率な運営を繰り返していた。
アルコアが年間 236,000 のトラック貨物をオファーしたのを機会に, ア
ルコアとベスト・トランスポート (コアトラック会社) は, 荷主と運送業
者をリンクする Alcoa Connected Capacity Portal (ACCP) を開発した。
これによって, インバンドとアウトバンドの貨物量, 行き先と方向, ドラ
イバーの作業時間を基にトラックの適切な再配置を計画, トラック会社を
285 社にまで削減するとともに, インバウンドのトラックをアウトバウン
ドの貨物輸送に活用し, 物流ネットワークにおける効率性の利益と輸送コ
ストの大幅な節約, 安全性の改善を実現した。
○Bronze Award (銅賞):社名 Bakers
本
社:St. Louis
製
品:婦人用履物の販売
営業収入:2 億 480 万ドル (06 年)
物流ベスト・プラクティスの理由:中国から婦人用履物をアメリカへ
輸入する分散型物流システムを統合型に転換することによっ
て, 大幅な物流コストの削減とリードタイムの短縮を実現
Bakers は, 中国における 20∼40 の供給者から 7∼10 日かけ 200 のアメ
リカのストアへ商品を搬入していたが, 競争が激しい業界にあってさらに
― 17 ―
輸送コストを削減しリードタイムを短縮することが期待されていた。 当時
の輸送状況は供給者単位の個別輸送に頼っていたためコンテナの半分の利
用率に加え, 週複数回輸送するケースが少なくなかった。 この理由は, ア
メリカの買手がセットした購入日に合わせ, Bakers が航空便を手配して
いたからであった。
そこで, バイヤーが使用する週に合わせて購入週を決め輸送日をまとめ
るとともに, 中国からの商品を 1 箇所に集約し, パッケイジへの荷札付け,
バーコード検品, 発送作業等の輸送を専門の貨物フォワダー “Transmodal Associates” に任せたのであった。 年間約 200 万個を中国から輸入し
ていた Bakers にとって, バーコード検品は 1 時間当たり 65∼70 箱から
100 箱へ生産性を高め, 25%の労働コストの節約につながることになった。
その他, 15%の輸送費の削減, 40%のリードタイムの短縮 (所要日数
7∼10 日から 3∼5 日へ), 保管コストの 30%カット, 貨物追跡調査の可視
性の向上等の改善は, こうした一連の改革がもたらした結果であった。
○Honorable Mention (佳作):社名 Interface
本
社:Atlanta
製
品:モジュールカーペット, 広幅じゅうたん, パネル織物, 布
張り織物の製造販売
営業収入:11 億ドル (06 年)
物流ベスト・プラクティスの理由:GHG を 50%削減するため, 製品
輸送を 25%鉄道で行うモーダルシフトを推進
1994 年 Interface の CEO Ray Anderson は, パウエル・ホウケンが書
いた書物 「商業の生態学」 を手にし, 2020 年までに環境的に創造的な組
織を作り出す使命感を抱いた。 以来, Interface は製造過程において 3 億
6,600 万ドルを拠出し, GHG (温室効果ガス) の排出を 60%削減する経営
努力を行ってきた。
― 18 ―
GHG の排出を削減する彼の目標と努力は, 今度は輸送と物流に向けら
れ, サプライチェーンにおける原材料の輸送, 工場内の移動, 製品の輸送
に お い て , 次 の 13 年 間 GHG を 50% 削 減 す る 試 み が 策 定 さ れ た 。
Interface の場合, 製品輸送の 25%を鉄道で行った場合, ミッションゼロ
の目標に合致する 50%削減を容易に達成することができる。 価格だけを
基礎とした交通手段の選択はもはや受け入れられない時代になっている。
Interface の顧客サービスの提携者は, 自分たちの意思決定が全てのステ
イクホルダーに与える影響に注目するとともに, Interface はサプライヤー
に対してグリーン物流を拡大している。 われわれが進もうとしている方向
を彼らは理解していると信じているからである。
5. 経営戦略からみた物流改革の意義
企業の経営効率化を評価する指標の一つとして R.O.A.
Return on
Asset (総資産経常利益率) や R.O.E. (株主資本利益率) が重視されて
いる。 株主の持ち分である資本をどれだけ効率よく活用しているか示す
R.O.E. は, 最終的なもうけである純利益を株主資本 (資本金や剰余金な
どの合計) で除して算出するのに対して, R.O.A. は純利益を総資産で割っ
て算出する。 分子の純利益は売上高から経営にかかわる全費用を引いたも
のであり, 分母の総資産の内訳は, 現金や商品, 原材料, 売掛金など流動
資産, 土地や建物, 機械など固定資産の合計である。 したがって, R.O.A.
を向上させるためには, 分子を大きくし分母を小さくすることが求められ
る。 売上高を増大させて原価を縮小, 総資産を減少させることが必要なの
である。
物流改革は, こうした企業の基本的な要求に基づいて構築され, 商品供
給に関して顧客満足を充足し売上高を増大させる一方, トータルの物流コ
ストを削減, 経営原価を低減することが必要なのである15)。
― 19 ―
出所:重田靖男 「提案営業の背景」, 流通設計 21, 8, 輸送経済社, 2004 年, p. 67.
図6
経営戦略からみた物流改革
分母である総資産を減少するためには流動資産, すなわち原材料や仕掛
品, 製品の在庫など棚卸資産の削減が必要であり, また固定資産において
は生産工場や倉庫, 物流センターの縮減と再編成が求められる。 メーカー
は, 経営の効率化を目指した物流改革として, 図 6 で示したように, ①カ
スタマーサービスの展開に対して, ②ロジスティクス活動を通じたトータ
ルコストの削減, ③在庫回転率の向上, 在庫削減など棚卸資産の圧縮, ④
倉庫・物流拠点の統廃合など固定資産の縮減が重要な課題となってくるの
である。
純利益
売上高−経営原価
総資産
総資産
現代企業の物流改革最前線 (表 2) と経営戦略からみた物流改革 (図 6)
をオーバラップさせると, 表 2 の 「製販統合による在庫縮小とリードタイ
ムの短縮 (14 社)」 と 「共同輸送・共配, 拠点の共同利用 (22 社)」 は,
― 20 ―
「顧客満足の展開」 や 「トータル物流コストの削減」, 「棚卸資産の縮減」
に関連するものであり, 「物流拠点の統廃合 (21 社)」 は 「固定資産の縮
減」 に当たる。 承知のように 「モーダルシフト (21 社)」 の取り組みは,
優先度が高い環境対策であり, 今日の国家的要請でもある。
日本の物流大賞にみる物流改革と経営戦略からみた物流改革 (図 6) を
比較すると, 「IT トラックを活用した 削減の数値的把握」 は, 2008∼
2012 年に京都議定書における日本の目標達成を支援する試みであり, 「包
装資材のリターナブル」 は重要な 「グリーン物流」 であり, また 「トータ
ル物流コストの削減」 に貢献するものである。 そして, 「配送状況の可視
化による CS 向上のためのシステム導入」 は 「顧客満足の展開」 と 「トー
タル物流コストの削減」 に関連している。
同様の方法で, アメリカの物流大賞を考察すると, 「貨物運送費見積モ
ジュールの構築」 と 「荷主の輸送貨物と運送会社のトラックを連動させた
Connected Capacity Portal の開発」 は, 「顧客満足の展開」 と 「トータ
ル物流コストの削減」 に該当し, 「品目別物流システムの一元化」 と 「中
国から婦人用履物を輸入する分散型物流システムから統合型への変更」 は,
「顧客満足の展開」 と 「トータル物流コストの削減」, 「棚卸資産の縮減」
に貢献している。
「DC の新設による物流コストの削減と顧客サービスの改善」 を実現し
た改革は, 「固定資産の縮減」, 「顧客満足の展開」, 「トータル物流コスト
の削減」 に貢献, 「荷主とトラック会社, ドライバーとの信頼関係の回復」
は, とりわけ 「顧客満足の展開」 や 「トータル物流コストの削減」 に関係
している。 「GHG を 50%削減するモーダルシフトの推進」 は, 環境問題
で後ろ向きと見られがちなアメリカにとっても緊急の課題であり, それぞ
れ明確な経営上の狙いを持っている。
現代企業が重点的に取り組んでいる物流改革は, R.O.A. や R.O.E. を最
大化する企業目的と, 棚卸資産と固定資産の縮減, ロジスティックスコス
― 21 ―
トの削減, カスタマーサービスの向上を目標とした経営戦略ないし戦術か
らみて明確な裏打ちがあり, 経営的意義を有していると総括することがで
きるのである。 問題は, 棚卸資産と固定資産, ならびにロジスティックス
コストの削減とカスタマーサービスの向上が対抗軸にある点である。
図 7 は, 物流コストと物流サービスの弾力性を示したものである16)。 現
在 80%の物流サービスを実現するため, 40%の物流コストを要している
とする。 いま工場直送比率をアップさせ 90%の物流サービスに引き上げ
ると仮定すると, 今まで以上に多くのドライバーとトラックが必要となる
ため, コストが 20%増加して 60%に跳ね上がる。 パーフェクトの 100%
の物流サービスを提供するためには, コストはさらに 40%余分にかかっ
てくる。 高度のカスタマーサービスを提供すればするほど, 物流コストが
高くなるのである。
企業はどのレベルの物流サービスを提供するか, サービスとコストのト
出所:Geoff Lancaster and Paul Reynolds, Marketing,
(Butterworth Heinemann 2002), p. 201.
図7
物流サービスの弾力性
― 22 ―
レードオフを常に突きつけられる。 理論的には付加的な物流サービスの改
善よって得られる限界収入がそのために要する追加的な物流コストを上回
る限りサービスを改善し, 両者が等しくなる点で最適な物流サービスが選
択されると結論づけることができる。 限界収入≧限界費用が物流サービス
水準の決定ポイントなのである。 現代企業の物流改革の評価は, 物流コス
トとカスタマーサービス, 二つの対抗軸を関連させて見ていかなければな
らない。
おわりに
現代を代表する物流の考え方は, リードタイムの短縮と在庫圧縮を目標
とした SCM である。 これに対して, 日本政府の現行物流政策は, 「東ア
ジア SCM」, 「環境・静脈物流」, 「DCM」, 「安心・安全を支える物流」 の
構築, 4 つが中心となっている。
企業の物流改革に影響を及ぼすと思われるこれら二つの動きを踏まえた
上で, 現代企業 100 社の物流改革を探ってみると, 「物流の再編・物流拠
点の集約」 と, 「SCM の推進」, 「輸送・倉庫の効率向上」, 「グリーン物
流」, 4 つに取り組んでいる。 既述 4 つの試みのうち, とりわけ現代企業
が取り組んでいるのが 「物流拠点の統廃合」 であり, また 「製販統合によ
る在庫縮小とリードタイムの短縮」, 「共同輸送・共配, 拠点の共同利用」,
そして 「モーダルシフト」 である。
切り口を物流大賞において物流改革の内容を分析すると, 06 年の日本
が 「IT トラックを活用した 削減の数値的把握」, 「包装資材のリター
ナブル」, 「配送状況の可視化による CS 向上」 であり, 相対的にグリーン
物流に重点を置いた結果となっている。
アメリカの物流大賞では, 06 年が 「貨物輸送費見積モジュールの構築」,
「物流システムの一元化」, 「荷主とトラック会社, ドライバーとの信頼関
― 23 ―
係の回復による輸送効率の向上」 であり, 07 年が 「DC を新設することに
よって輸送費の削減とリードタイムの短縮を実現」, 「輸送貨物と運送会社
のトラックを連動させた Connected Capacity Portal の開発」, 「中国か
らの輸入物流における分散型から統合型物流システムへの転換」, 「GHG
を 50%削減する鉄道によるモーダルシフト」 であった。 アメリカの物流
改革も物流大賞の内容から考察する限り, 日本の現代企業 100 社が取り組
んでいる改革と同様に, 「物流の再編・物流拠点の集約」, 「SCM の推進」,
「輸送・倉庫の効率向上」, 「グリーン物流」 の 4 つに集約している。
物流改革というと, SCM のイメージが強く, 製販統合による在庫縮小
とリードタイムの短縮だけに注目しがちであるが, 実際の物流現場ではよ
り広い範囲の物流改革が行われている。 それらを動機付けているものは,
本論で考察したように, 物流に関する固定資産と流動資産を縮減するとと
もに, 顧客サービスを充実させることによって売上高の増大を図っていく
企業の目的とその戦略, そのものにある。
問題は, 棚卸資産と固定資産, ならびにロジスティックスコストの削減
と顧客サービスの向上が対抗軸にある点であり, 現代企業の物流改革の評
価は, 物流コストとカスタマーサービス, 二つの対抗軸を関連させてみて
いかなければならない。
附記
2007 年 9 月 4 日, 韓国物流協会の会員 20 名が参加し, 拓殖大学で第 2 回物流
セミナーを開催した。 報告して頂いた国分株式会社, 新英産業株式会社, 日本板
硝子株式会社の関係者の方々, また同セミナーを後援して頂いた拓殖大学経営経
理研究所に改めて感謝申し上げます。
《注》
1)
SCM については, Jones and Riley (1984) から Mentzer (2001) に至るまで
多様な定義があるが, コアの要素は 「IT を通じた財と情報のフロー(Flows)」,
「調達から回収に至る供給連鎖と関係企業の統合 (integration)」 二つを指摘
― 24 ―
している。 James Wang, Daniel Olivier, Theo Notteboom, Brian Slack,
Ports, Cities, and Global Supply Chains, Ashgate Publishing Limited, 2007,
pp. 1117 参照。
2)
SCM が欧米ですべてうまくいっているわけではない。 企業が 3 PL との契
約を解消した理由としては, ①不満足なサービス, ②コスト削減などの目標未
達成, ③契約に基づく成果をあげなかったことがあげられる。 その原因は, 本
論の生産・輸送・取引業者の 3 条件のビルトインにあると考えるのである。
鈴木暁 「国際物流の理論と実務」, 成山堂, 2001 年, p. 24 参照。
3)
http://www.collabo-mi.com/book/article-1.html p. 1.
4)
Peter R. Chase, “Beyond CRM: The Critical Path to Successful Demand
Chain Management”, DCM Solutions Ins., 2000, p. 3.
5)
スーパー中枢港湾のフィーダー航路の研究については, 次の論文が詳しい。
古市正彦 「スーパー中枢港湾育成に向けた内航・外航連続型フィーダー航路の
提案」, 運輸政策研究 NO. 031, 運輸政策研究機構, 2006 年, pp. 211.
6)
全日本トッラク協会の 「荷主企業 100 社の物流管理に関する基礎データ」 を
基に, 筆者が類型化したものである。 全日本トラック協会, 企業物流とトラッ
ク輸送」, 全日本トラック協会, 2007 年, pp. 2136.
7)
共同輸送・共配は二つの方式で使われている。 同業他社同士が行う場合と,
同一企業グループ内の異業種企業が行う場合である。
8)
日本の物流大賞 (ロジスティクス大賞) は, 社団法人日本ロジスティクスシ
ステム協会が物流の分野で毎年優れた改革の実績をあげた企業を表彰するもの
であり, 1984 年より導入され, 07 年で 25 回目を迎えている。
http://www.logistics.or.jp/fukyu/prize/g-prize
9)
国分株式会社
人事総務部・物流統括部課長
山田英雄氏
07 年 9 月 4 日
に開催された第 2 回拓殖大学物流セミナーにおける講演配付資料を要約。
10)
新英産業株式会社
代表取締役三浦康英氏
07 年 9 月 4 日に開催された第 2
回拓殖大学物流セミナーにおける講演配付資料を要約。
11)
日本板硝子株式会社硝子建材カンパニー・ロジスティクス部長
草野隆司氏
07 年 9 月 4 日に開催された第 2 回拓殖大学物流セミナーにおける講演配付
資料を要約。
12)
Logistics Management Com., Best Practices 2006 “AND THE WINNERS
ARE…”, Logistics Management, Jun 2006, p. 240.
13)
物流における情報の利用目的については, 次の文献がアンケート結果に基づ
いて現状をよく分析している。 それによれば, 最も高い利用目的が約 60%で
「オンラインの貨物追跡のため」 であり, 続いて 「RFQs (見積もり) のため」
― 25 ―
が 30%強, 「必要なものの調達とサプライチェーン管理」 が 19%ずつであり,
「オンラインオークション」 と 「積み込みのための調整」 が, それぞれ 13.9%
と 9.9%であった。 IT の利用は貨物追跡調査が圧倒的であり, あとは貨物輸送
の見積もりが目立つ。 Iris I. Lin 他, “Electronic Marketplaces for Transportation Services ― Shipper Considerations”, Transportation Research
Record, 1790, 2002 年, pp. 19 参照。
14)
Logistics Management Com., Best Practices 2007 “AND THE WINNERS
ARE…”, Logistics Management, Jun 2007, p. 230.
15)
物流改革の経営的意義に関する基本的な考え方については, 下記の文献を参
照した。 重田靖男 「提案営業の背景」, 流通設計 21, 8, 輸送経済社, 2004 年,
p. 67.
16)
Geoff Lancaster and Paul Reynolds, Marketing, (Butterworth Heinemann 2002), p.201.
参考文献
1.
Angelo Artale, Supply Chain Management, Univ. of California, Berkeley,
Haas School of Business, 2003
2.
A.Maltz & L. Ellram, “Total cost of relationship: An analytical framework for the logistics outsoucing decision,” Journal of Business Logistics,
Vol. 18, No. 1, 1997
3.
Geoff Lancaster and Paul Reynolds, “Marketing”, Butterworth Heinemann,
2002
4.
恒信社 「物流の知識」 国際出版研究所, 1999 年, p. 35 参照
5.
物流効率化大事典編集委員会 「物流効率化大事典」 産業調査会, 1993 年
6.
成田守弘 「よくわかるこれからの在庫管理」 同文館出版, 2004 年
7.
和久田佳宏編
国際輸送ハンドブック 2007 年版
オーシャンコマース,
2006 年
8.
河西健次, 津久井英喜 「これからの物流」 同文館出版, 2004 年 14.
9.
Jeffrey K. Liker Yen-Chun Wu Japanese Automakers, “U.S Suppliers
and Supply-Chain Superiority,” Sloan Management Review, Fall, 2000
10.
Morris A. Cohen, Carl Cull, Hau Lee Don Willen, “Saturn’s Supply-Chain
Innovation,” Sloan MIT, Summer, 2000
11.
Peter R. Chase, “Beyond CRM: The Critical Path to Successful Demand
Chain Management,” DCM Solutions Ins., 2000
12.
http://home.att.ne.jp/sea/tkn/Issues/FushojiResponses-Bridgestone.htm
― 26 ―
13.
全日本トラック協会 「企業物流とトラック輸送」 全日本トラック協会, 2007
年
14.
日本物流団体連合会 「数字でみる物流」 日本物流団体連合会, 2007 年
15.
Brian Slack, “Corporate realignment and the global imperatives of container shipping,” Shipping and Ports in the Twenty-first Century, New York:
Routledge, 2004
16.
環境省編 「平成 19 年版環境・循環型社会白書」 ぎょうせい, 2007 年
17.
全日本トラック協会 「日本のトラック輸送産業」 全日本トラック協会, 2007
年
18.
Douglas M. Lambert & Renan Burduroglu, 「Measuring and Selling the
Value of Logistics」, 2000, Vol. 11, No. 1
19.
Michael Hugos, Essentials of Supply Chain Management, John Wiley &
Sons, Inc. 2006
20.
社団法人日本ロジスティクスシステム協会, 「Logistics Systems」, Vol. 16,
2007 年
(原稿受付
― 27 ―
2007 年 12 月 21 日)
経営経理研究 第 82 号
2007 年 3 月 pp. 2961
論
文〉
原価計算制度における費目別
計算思考の萌芽
原価計算制度の初期的胎動 1
建
要
部
宏
明
約
明治維新後, 大蔵省が国庫金の濫費を防ぐ目的で制定した 「出納司規則
書」 (明治 2 年), 「金穀出納順序」 (明治 6 年), 「各支庁経費渡方并勘定帳
差出方規則」 (明治 7 年), 「経費概計表及内訳明細簿ヲ製スルノ順序」 (明
治 8 年), 「大蔵省出納條例」 (明治 9 年) までの一連の過程を原価計算制
度誕生の先行要件の形成という側面から考察する。 すなわち, 明治維新後
の社会経済的展開と国家会計の展開を基礎とし, 原価計算制度誕生へ至る
先行要件がいかにととのえられていったかを原価計算制度の初期的胎動と
して論じる。
キーワード:会計史, 原価計算, 原価計算史, 原価計算制度史, 費目別計
算, 原価計算基準
Ⅰ
はじめに
私はかつて
日本原価計算理論形成史研究
(同文舘, 平成 15 年) にお
いて, わが国で原価計算が理論的にいかに展開してきたかについて一定の
結論を提示した。 拙著では, 研究期間を明治中期から昭和 20 年 (1945 年)
までに限定し, この期間内に出版された文献を理論の形成主体と考え, こ
― 29 ―
れらの文献の分析によってわが国における原価計算理論の形成を史的に考
察した。 このとき, 研究対象を出版書物に限定し, それらがいかに原価計
算理論を形成したかを中心に考察したために, 理論形成の側面には考察が
及んだが, 原価計算と社会経済的背景, 実務との関連などが充分に描出さ
れたわけではなかった。 もっとも, それらすべてを拙著で一度に明らかに
しようとする意図はなく, さらに多くの研究が積み重ねられるべきであろ
うと考えた。 それでは, 拙著の研究をいかに補完できるのであろうか。
原価計算史は一般会計史になぞられて, 文献史, 実務史, 制度史, 思想
史の 4 つに区分される1)。 拙著は文献史研究 (理論史研究) であったので,
引き続き実務史研究, 制度史研究, 思想史研究のいずれかによって文献史
研究が敷衍されるべきである。 そこで, 原価計算と社会経済的背景の関係
を明確にするという問題意識のもとに, 本稿を手始めに今後しばらく原価
計算制度を対象として, わが国の原価計算の形成過程を考察していきたい。
この試みによって, 原価計算制度の観点から, 社会経済的な要請が原価計
算にいかなる影響を与えたかを考察し, 原価計算が有する社会的機能の一
端を明確にする。 このとき, 制度とは 「政府を含む公的機関・組織が制定
した明文化された原価計算手続規程」 を念頭においている。
原価計算制度史研究は, そのルーツの探求から始めたい。 わが国で原価
計算制度といえば, 昭和 37 年に大蔵省企業会計審議会によって制定され
た 「原価計算基準」 を想起する。 この現行 「原価計算基準」 への過程は,
戦後に公定価格算定のために制定された 「原価計算規則」 (昭和 23 年),
各業種別に実施すべき原価計算を規定した 「各業種別原価計算準則」 (昭
和 17∼18 年), 戦時下で低物価政策および生産力拡充のために制定された
「原価計算規則」 および 「別冊製造原価計算要綱」 (昭和 17 年), 準戦時下
で軍需工場への調弁価格の決定, 適正原価の設定および生産力の向上のた
めに制定された 「海軍軍需品工場事業場原価計算準則」 (昭和 15 年) や
「陸軍軍需品工場事業場原価計算要綱」 (昭和 14 年) , 不況期に産業合理
― 30 ―
化運動の一環として臨時産業合理局財務管理委員会が制定した 「製造原価
計算準則」 (昭和 12 年) やその草案である 「原価計算基本準則」 (昭和 8
年) へと遡れる。 このように, 原価計算制度は基準, 準則, 規則, 要綱な
どの名称で制定された。 多くの論者が 「製造原価計算準則」 や 「原価計算
基本準則」 を原価計算制度のルーツとしている2)。
しかしながら, かつて私は 「海軍工廠の原価計算」 ( 経理知識
第 68
3)
号, 平成元年 6 月) において, 敷田の見解 をもとに 「海軍工作庁工事費
整理規則」 (大正 14 年) をわが国の原価計算制度の初期的展開として論じ
た。 この後, 君塚芳郎先生からもっと古い原価計算制度が存在するとのコ
メントつきで, 「明治 14 年の原価計算規程」 ( 会計学研究
第 4 号, 平成
2 年 12 月) を頂戴したが, 自らの研究にこれの位置づけを行わずに, 「大
正 12 年 「鉄道局工場経理規程」 について」 ( 経理知識 第 78 号, 平成 11
年 9 月) において 「鉄道院工場経理規程」 を最も古い原価計算制度として
論じた。 再び, 君塚先生からは 「後のものが先になるか―建部教授に答え
て」 ( 経理知識
第 81 号, 平成 14 年 9 月) を頂戴し, この点にご批判を
いただいた。 君塚先生によれば, 大蔵省
印刷局諸規程
「簿記順序」 (以
後, 「簿記順序」 と略称する) にある記述が, 最も古い原価計算制度であ
るという 4) 。 もし, 「鉄道院工場経理規程」, 「鉄道局工場経理規程」 や
「海軍工作庁工事費整理規則」 を原価計算制度の嚆矢として論じるならば,
君塚先生の発見された 「簿記順序」 も同様の性格を有するので, 同等の扱
いをするべきであり, それは前二者よりも年代的にはさらに古い。 したがっ
て, 先生の主張は至当であり, 全面的にこれを受け入れ, 先生のご指摘を
今回の制度史研究の出発点としなければならない。 また, 私は現行原価計
算基準への道が当初 2 つの源流, すなわち商工省の原価計算制度 (「製造
原価計算準則」, 「原価計算基本準則」) と国家会計から展開した原価計算
制度 (「鉄道院工場経理規程」, 「鉄道局工場経理規程」, 「海軍工作庁工事
費整理規則」, 「海軍軍需品工場事業場原価計算準則」) があり, それが統
― 31 ―
合されて戦中に統一原価計算制度 (「原価計算規則」 および 「別冊製造原
価計算要綱」) となり, 現行原価計算基準へと至ったと考えている。 今回,
「簿記順序」 を出発点として選択したことは, 当初の 2 つの源流のうち国
家会計側から展開する原価計算制度を考察することになる。
君塚先生が発見された 「簿記順序」 は, 大蔵省の造幣寮で用いられた経
理マニュアルである5)。 それは出納簿記であり, いわば国庫金の出納管理
を目的とした官用簿記の規程集である。 明治維新後, 大蔵省は国庫金の濫
費を防ぐ目的でさまざまな条例を制定し, 公布した。 すなわち, それらが
「出納司規則書」 (明治 2 年), 「金穀出納順序」 (明治 6 年), 「各支庁経費
渡方并勘定帳差出方規則」 (明治 7 年), 「経費概計表及内訳明細簿ヲ製ス
ルノ順序」 (明治 8 年), 「大蔵省出納條例」 (明治 9 年), 「作業費区分及受
払例則」 (明治 9 年), 「作業費出納條例」 (明治 10 年), 「改正作業費出納
條例」 (明治 12 年) などである。 これらが 「簿記順序」 の基本的な考え方
を形成し, ついには 「簿記順序」 に至り, この延長線上に 「作業会計條例」
(明治 23 年), 「官設鉄道特別会計條例」 (明治 23 年), 「鉄道院工場経理規
程」 (明治 43 年), 「鉄道局工場経理規程」 (大正 12 年), 「海軍工作庁工事
費整理規則」 (大正 14 年) などがあると思われる 6)。 したがって, 「簿記
順序」 の性格を明らかにするためには, それに至るまでの諸規程の考察を
系譜的に行わなければならない。
しかし, 本稿の紙幅から考えて, 今回は 「出納司規則書」, 「金穀出納順
序」, 「各支庁経費渡方并勘定帳差出方規則」, 「経費概計表及内訳明細簿ヲ
製スルノ順序」, 「大蔵省出納條例」 までの一連の過程を原価計算制度誕生
の先行要件の形成という側面から考察したい。 すなわち, 明治維新後の社
会経済的背景と国家会計制度の展開を基礎とし, 「原価計算制度誕生へ至
る先行要件がいかに整えられていったか」 を原価計算制度の初期的胎動と
して論じていきたい。 もちろん, 研究の方法, 制度とは何かなどの基本的
な研究の枠組みの表明を行うべきであると考えるが, これは他日を期した
― 32 ―
い。 また, 本稿で提示する諸規程の原史料は国立公文書館, アジア歴史資
料センターから取得し, それらの基本的な概念は明治財政史編纂会編纂
明治財政史
(明治財政史発行所, 大正 15 年) の記述や公会計の歴史的
展開を論じている亀井孝文
明治国づくりのなかの公会計
(白桃書房,
平成 18 年) における論攷を参照した。
Ⅱ
出納統制のもとでの支出記録の形成
1. 官用 (官庁) 簿記の導入と進展
明治維新後, 西洋簿記として商業簿記, 工業簿記, 銀行簿記などの導入
および発展が西川孝治郎 ( 日本簿記史談
同文舘, 昭和 46 年) によって
明らかにされたが, もうひとつの簿記の発展の道筋として官用簿記ないし
は官庁簿記がある。 これは久野秀男 ( 官庁簿記制度論
税務経理協会,
昭和 33 年) によって明らかにされた。 官庁簿記とは, 「国家や地方公共団
体が行う経済行為を対象として, その記録・計算を通じて管理をなす会計
手段としての簿記」 7) と定義されている (この際, 簿記は必ずしも複式を
意味するのではない)。 すなわち, 国庫収支に関する会計制度を簿記的視
点から見たものであり, 公会計として法令によって計算構造や経理方式が
規定されている。 久野は
官庁簿記制度論
の冒頭において, わが国の官
8)
庁簿記の展開を次のように述べている 。
「明治八年頃から明治二十二年に至る間は, 西欧の文物制度ととも
にわが国に移入された複式簿記を, 大蔵省当局者がいち早く消化吸収
し, その強力な指導によって, 各省庁及び府県郡区の経理に積極的に
とり入れていった時代であって, ひろく日本の簿記会計制度発展史の
中軸につながるものとして, 重要な意味をもっていると考えられる。」
― 33 ―
すなわち, 久野は
官庁簿記制度論
における自らの研究を明治 8 年か
ら明治 22 年, 明治 22 年以降の 2 期間に分け, とくに前者における期間に
国庫出納制度と予算制度の整備が行われ, これが日本の簿記会計制度発展
に大きな貢献をなしたと主張している。
本稿の研究範囲である明治 2 年の 「出納司規則書」 から明治 9 年の 「大
蔵省出納條例」 までの国庫収支制度と予算制度の展開を図表 1 に示した。
図表 1 は, 政府が国庫金の出納統制を次第に強めていく一連の過程と見
ることができる。 すなわち, 国庫金の出納において出の削減は大きな課題
であった。 このためには, 支出の徹底管理が必要とされ, その施策として
支出の報告とその予算化が行われた。 支出の報告は費目の区分, 記帳, 集
計, 報告などの諸過程から成り, これは支出項目を費目別に計算していく
原価計算の原初的形態に他ならない。 さらに, あらかじめ支出が予期され
る項目, 新規事業に必要な項目を費目別に挙げ, それを概算し, これに基
づいて支出することで, その統制が行われた。 これは原価計算の有してい
る管理思考の嚆矢的形態である。
諸規程に内包された原価計算の原初的形態や管理思考の嚆矢的形態は,
原価計算制度誕生ための先行要件として考察しうるものである。 以後, 本
稿ではいくつかの史料に基づいてこれを検証していく。
図表 1
明治 9 年までの財政会計制度の進展
元号
年
明治
2年
出納司規則書
国庫収支規程
6年
歳入出見込会計表
予算規程
府県, 院省金穀出納順序
国庫収支規程
7年
各庁経費渡方并勘定帳差出方規則
国庫収支規程
8年
経費概計表及内訳明細簿ヲ製スルノ順序
予算規程 (雛形)
歳入歳出予算表
予算規程
院省庁現金納払規則
国庫収支規程
大蔵省出納條例
予算・国庫収支規程
〃
〃
9年
〃
公布された規程や条例など
出典:久野秀男
官庁簿記制度論
種
税務経理協会, 昭和 33 年, 712 頁より作成
― 34 ―
類
2. 出納規程の初期的展開の概要
出納の取扱規定の明文化と会計表の作成
「出納司規則書」 と 「歳入出見込会計表」
明治維新後, 新政府は政治, 経済の混乱を一刻も早く鎮め, これらの安
定を図らなければならかった。 しかし, 新政府の財政基盤は脆弱であり,
財政的な困窮を極めた。 それは明治 2 年 5 月 24 日, 同年 12 月 27 日に公
布された節約を求めた勅問と諭告から窺い知ることができる。 勅問は 「理
財之道ハ経国ノ要務ニシテ人心之離合風俗之厚薄ニ関係シ至重之事ニ候嚮
キニ幕府之衰ル理財其道ヲ失ヒ用度不変新貨廉製シテ府庫僉空シク外ハ各
国ノ債ヲ負ヒ内ハ私鋳之弊ヲ生シ殆ント矯救スベカラサルニ至ル」 と現状
を嘆き, 「会計之基礎不相立候テハ皇国御維持の儀如何有之哉」 と会計
(財政) の重要性を説き, 「全国之力ヲ合セ従来之弊害ヲ矯救シ富国強兵之
本ヲ被為開度」 としている9)。 また, 諭告は官省府県に対し 「官省藩県宜
ク非常ノ倹約ヲ施行シ務メテ冗費ヲ約省シ用度万分ノ一ヲ補充スルへシ」
と節約を呼びかけている 10)。 他に, 「諸官庁并府県ニ節約ヲ主トシテ務テ
冗費ヲ省カシム」 (明治 2 年 12 月 10 日) も通達されている 11)。 このよう
に, 初期の明治政府は財政難に見舞われ, 国家会計システム (担当部署,
会計法規, 監視機関, 予算編成) の整備に迫られた。
国家会計に関する業務を取り扱う部署としては, 幕府においては慶応 3
年に金穀出納所, 新政府においては徳川時代の官職はすべて廃止され, 慶
応 4 年に会計事務課 (会計事務総督および会計事務掛が統括) が創設され,
明治元年 2 月会計事務局, 同年 4 月会計官を経て, 明治 2 年に大蔵省が設
置された。 以後, 大蔵省は外国から近代的な技術と会計制度の導入に大き
な役割を果たすことになる。
他方, 国家会計に関する法規としては, 財政の健全化の一環として, 金
穀の収支を監督し政費の濫費を防ぐ目的で 「出納司規則書」 (明治 2 年 1
― 35 ―
月) が制定された。 この前文には 「出納ノ儀ハ米金御収締専一ニ相心得左
ノ通取扱様可仕奉存候」 とあり, 以下はその一部である12)。
一. 米金渡方ノ儀各官各司共差定候諸入用ノ分ハ凡見込ヲ以伺ニ不及渡
方取計一箇月限リ清算ノ上翌月初旬ノ内仕上勘定帳請取内諾相改不
相当ノ廉ハ其官其司ヘ申談為引直右清算仕上帳差出方遅遅オヨヒ候
向ヘハ諸渡方仕間敷候事
一. 月給渡方ノ儀ハ弁事衆ニテ人名並等級共突合相違無之分ハ伺ニ不及
渡方取計並諸向等外附属ノ者其向見込以月給取極判官事知司事等ヨ
リ断有之不相当無之分ハ其官其司ノ印ヲ以是又伺ニ不及一纏ニ渡方
取計候様可仕候
一. 本禄並御扶助米被下候分モ先達テ追迫御取極メ相成候分ハ是又伺ニ
不及渡方取計候様可仕候
一. 旅費渡方等御定則ニ不振分ハ勿論其時宜ニ寄取捨仕候儀御座候トモ
前同様取計候様可仕候
一. 清算仕上帳其官其司又ハ其局総裁ノ者印ヲ目当ニ取扱請取書等ノ突
合ハ不仕積ニ御座候
以上のように, 「出納司規則書」 は米金渡方, 月給渡方などのわが国最
初の金穀の出納の順序を明文化した規程であった。
大蔵省史
は 「出納
司規則書」 の貢献として, 各官庁への経費の定額の支払方法は 「出納司が
月額を概計して支払の証書を交付し, これに基づいて各官庁が月次に精算
して帳簿を出納司に提出するようになった」13) ことを挙げている。
国家会計の監視機関としては, 明治 2 年 5 月に大隈重信の建議に従って
会計官のなかに監督司が設置された。 監督司は 「創設に当って 「諸般ノ請
求ヲ拒否スル権ヲ付与」 され, また冗費を省き濫費を防ぐ任を与えられた
ほか, 収支勘定帳の検査など決算検査を担当することに定められた」14) と
― 36 ―
いう。 設置後, 度重なる官制改革により, 監督司の所属は会計官 (2 年 5
月 8 日―7 月 7 日), 大蔵省 (2 年 7 月 8 日―8 月 10 日), 民部省 (2 年 8
月 11 日―3 年 7 月 9 日), 大蔵省 (3 年 7 月 10 日―4 年 7 月 27 日廃止)
と頻繁に変更され, やがて, 監督司は検査寮, 検査局, 会計検査院と変遷
する。 だが, 会計監督 (財政監督) を行う部署としての性格は変わらなかっ
たし, 制度の監視人として財政制度の整備と財政監督制度の強化に一定の
役割を果たした15)。
予算の作成としては, 「歳入出見込会計表」 が明治 6 年に提示された。
井上馨と渋澤栄一によって明治 6 年に提出された建議 「政府の財政は破綻
している」 は, 物議をかもした。 政府はその建議への反論として, 大隈重
信に 「歳入出見込会計表」 (明治 6 年) を作成させ, 建議が事実でないこ
とを示そうとした 16)。 「歳入出見込会計表」 はわが国における予算作成の
始まりであり, 国家収支がいかなる雛形でいかなる費目で表示するべきか
を明らかにしたとされる。 しかしながら,
明治政府財政基盤の確立
に
おいて, 深谷は 「歳入出見込会計表」 を 「歳入と歳出の見積額を項目別に
明らかにしたものであったが, 歳出額もその支出額を拘束するものではな
かったし, 決算についても触れていなかった」17) と評している。 この評価
によれば, 「歳入出見込会計表」 は予算の性格を有するとは言えないが,
国庫収支・概計 (概算) に関する統一的な出納手続きである 「金穀出納順
序」 への大きなステップとなったと考えられる18)。
ここまでの過程において, 維新後生じた財政難を打開する方策である支
出節減を背景として, 国家会計部署の創設, 出納規則の公布 (出納手続き
の文章化), 監査機関の設立 (監視機関の創設), 歳入出見込会計表の作成
(概計表の作成) が行われ, 国家支出抑制への挑戦が始まる。 以後, これ
らのうち出納規則, 概計方式の進展を追尾していく。
― 37 ―
経費概算および経費の帳簿記録に関する規定の整備
「金穀出納順序」
「出納司規則書」 は渡し方の規定であったが, 「金穀出納順序」 はわが国
初の国庫収支・予算に関する法規であり, 明治 6 年 12 月 27 日に 「府県金
穀出納順序」 (大政官達第 427 号) および 「院省金穀出納順序」 (大政官達
第 428 号) がそれぞれ公布された19)。 前者は二府 (京都, 大阪) 諸県, 後
者は院省に対する 「金穀出納順序」 であり, これによって金穀収支の手続
き, 帳簿の種類, 記帳法が制式化された。 それまで, 各府県や各院省には
金銭出納に関する明確な規程はなかった。
「金穀出納順序」 の冒頭には 「各庁金穀 (下線部の記述は 「府県金穀出
納順序」 のみ) 出納ノ順序等一定ノ方法無之ニ付今般右取扱ノ順序並書式
勘定帳雛形共別冊頒布候條」 と太政大臣三條實美の前書きがあり, 条文前
文では 「凡ソ金穀ヲ出納スルノ順序ハ須ク先ツ簿書ノ体裁ヲ精覈ニシ日々
ノ出入ヲ遺漏錯雑ナキ様詳記スヘシ」 (「府県金穀出納順序」 および 「院省
金穀出納順序」 前文) と記され, 諸帳簿とその記入による出納管理を指示
している20)。 以下, 院省金穀出納順序の各規定を瞥見することによって,
出納規則, 概計方式の概要を明らかにしたい。
「院省金穀出納順序」 は 8 条から構成され, 条文は 10 頁程度であるが,
それに比して帳簿の雛形には 100 頁が割かれている。
第 1 条では院省が年額の 12 分の 1 を毎月の初めに受け取ることが規定
され, 次いで第 2 条では提出すべき各種帳簿の説明が行われている。 第 2
条に提示されているおもな帳簿は, 日計簿, 金銀預ケ帳, 金銀受取帳, 金
穀受払帳, 追算簿, 差継帳, 金穀有高表であり, これら帳簿によって金穀
出納が管理される。
まず, 最初に注目したいのは, 以下の費用概計に関する第 3 条の規定で
ある21)。
― 38 ―
「支庁ハ一ヶ所毎ニ豫メ定額ヲ立定シ毎月本庁常額金ノ内ヲ以テ支
派シ日計簿ヨリ之ヲ追算簿ニ移載シ漸次決算スヘシ其出納簿記ノ体裁
ハ本庁ノ順序ニ傚ヒ勘定帳式ノ如ク整理シテ毎月本庁ニ送致シ之ヲ本
庁ノ勘定帳エ合算スヘシ」 (「院省金穀出納順序」 第三條)
すなわち, 第 3 条では支庁が支出する費用を毎月概計し, それに基づい
た支出を行うことが規定されている。 この際, 仮払いが考慮され 「日計簿
から追算簿に移載し決算する」 という出納簿記が行われ, この結果は毎月
本庁に送致され, 本庁の勘定帳に合算される。
次に, 第 4 条では経費内訳明細表について, 次のように規定されてい
る22)。
「額内外トモ経費内訳調査ノ為メ明細表雛形ノ如ク一種類毎ニ之ヲ
製シ勘定帳一同大蔵省エ送致スヘシ」 (「院省金穀出納順序」 第四條)
すなわち, 第 4 条では支庁において発生した諸経費ついては内訳明細表
を作成し, 勘定帳ともに大蔵省に送付することが規定されている。 諸経費
明細表は支出した費用の明細記録であり, 費目別計算の基本思考を形成す
る。
また, 第 5 条では本庁支庁おける不要物品やその他の物品の売却代金,
受取手数料などの一切の収入金は大蔵省に上納することが指示されてい
た23)。
さらに, 第 6 条では出納手続きについて, 次のように規定されていた24)。
「凡ソ金穀ヲ出入スル細大トナク主務ノ者必ス考按ヲ具シ逐一其受
払フヘキ員数ト事款トヲ掲ケテ廻議ニ付シ長官ノ検印ヲ経ルノ後タル
ヘシ假令急遽ノ際些少ノ員数ト云フトモ長官ノ検印ナクシテ出納スル
― 39 ―
ヲ許サス而メ其検印アル原書ハ宜ク分類編集シ以テ異日ノ照会ニ供ス
ヘシ」 (「院省金穀出納順序」 第六條)
すなわち, 第 6 条では受払いする科目と金額を逐一挙げ, それを長官の
検印後に執行することを指示している。 すなわち, これは金穀出納に関す
るチェックを機能させる規定である。
そして, 第 7 条では総ての支出には必ず領収書を取ること, 日用品や什
器の購入には切符を交付のうえ, 後に精算することなどが規定されていた。
最後に, 第 8 条では経費概計表の作成について, 次のとおりに規定され
ていた25)。
「毎年十一月ニ至リ翌全年其庁所管ノ費用一切ノ目的ヲ立常費臨時
費ヲ区分シ詳明ニ列載セル概算帳ヲ作リ之ヲ大蔵省ニ送付ス於同省ハ
院省使府県ノ概算ヲ集計シテ一表ヲ製シ前年十二月限正院ニ上申スヘ
シ」 (「院省金穀出納順序」 第八條)
すなわち, 第 8 条では翌年の経費概計をなし, 常費と臨時費を区分した
一覧表である経費概算表の作成を規定している。 第 4 条の諸経費明細表で
は生じた支出を記載するが, 第 8 条の経費概算表は生じうる支出に対する
ものである。 なお, 本規程では大蔵省への提出期限が定められていなかっ
たが, 明治 7 年 3 月の太政官達第 27 号ではそれが明確化された。
大蔵省史
によれば, 金穀出納順序には, 次のような特徴点があると
26)
いう 。
①
毎年諸官庁に常費と臨時費を区別した概算を提出させ, 大蔵省はこ
れによって予算を編成して太政官へ提出する
②
大蔵省は常費中の定額金を各省へは 12 等分して毎月, 府県へは年
2 回に分けて交付する
― 40 ―
③
予備費の残金は翌年度の経費に繰入れさせ, その他の残金はすべて
大蔵省に納付させる
久野は 「金穀出納順序」 を次のように評価している27)。
「爾後, 出納勘定帳簿の附属内訳明細表の様式の改正, あるいは,
「諸収入金予算内訳簿」・「収入概計表」・「経費予算内訳明細簿」・「経
費概計表」 等の制式を行っただけではなく, 計算帳簿の様式も漸次旧
習にならった従来の方法を改めようとする機運が盛んになった。」
また, 深谷も 「金穀出納順序」 を次のように評価している28)。
「これは, 月計, 歳計を明瞭にかつ誤謬なく報告できるよう, 収入
と支出の区分を明確にする計算簿の様式, 出納の順序を定め, かつ今
後各官庁より明年一切の費用を概算して, 毎年十一月十五日を期し,
これを大蔵省に送付させ, 大蔵省はこれによってその当否を点検査定
し, 明年一切の経費を予算し, これを太政官に具申することにした。
…中略…これによって, 府県, 各院省が歳費を概算し, 大蔵省はこれ
を累計して一年間の経費を予算することが制定化されることになった。」
「金穀出納順序」 に対する久野や深谷の評価は, ほぼ同じである。 この
ように, 「金穀出納順序」 ではそれまで明確でなかった予算の渡し方, 使
用帳簿の枠組み, 概計に基づく支出の実行, 諸経費明細表の作成, 収入金
の大蔵省への上納, 出納に関するチェック, 支出証拠の保持, 次年度の概
算表の作成が明確化されている。 要するに, 「金穀出納順序」 は会計帳簿
の統一化による経費明細表の作成を可能にし, 経費概算表による予算編成
の前提条件を形成した。 これは収入と支出を帳簿体系の中で管理し, それ
に基づいて収支額を概計し, 支出を統制していくという思考を作り上げ,
― 41 ―
大蔵省の財政統制強化に裨益した。
支出報告期限の制定
「各支庁経費渡方并勘定帳差出方規則」
「金穀出納順序」 では各種帳簿の大蔵省への提出が定められた。 そこで,
速やかな経費渡しと勘定帳の提出を図るために, 明治 7 年 11 月に 4 項目
から構成される 「各庁経費渡方并勘定帳差出方規則」 が制定された。
まず, 4 項目の規定の前に, 次のような前文がある29)。
「各支庁経費ノ儀ハ本庁常額金ノ内ヨリ分送シ其月ノ勘定帳ハ翌月
廿日マテニ差出到着次第本庁ノ勘定帳へ組入来候処自今本庁ヨリ五十
里以外ニアル支庁ハ本庁常額ノ内ヨリ繰上ケ渡及ヒ勘定帳差出期限別
紙ノ通相定候條繰上ケ金額ノ儀ハ雛形ノ通リ取調大蔵省へ照会可致此
旨相達候事大蔵
但本庁常額金ノ儀是迄其月初旬ニ相渡来候処自今前月二十二日ヨリ
二十五日マテニ可相渡尤勘定帳定規ノ通大蔵省へ差出サヽル時ハ延日
中ハ常額金不相渡候事」
前文では当該規則の概要が示されている。 当然, 経費の引渡しとその精
算書である勘定帳の提出は, 本庁からの距離により難易がある。 そこで,
第 1 項および第 2 項では本庁からの距離によって, 勘定帳の差出し期限が
図表 2 のように規定されている。
例えば, 支庁が 200 里外五百里までの地にある場合, 3 月分の経費は 1
月 10 日までに受取り, その勘定帳は 4 月 20 日までに本庁へ送付し, 本庁
の 5 月分勘定帳へ組込まれることになる。 さらに, 「右ノ通リ相定ムト雖
モ回送ノ便ナル場所ハ期限ヲ待タス速ニ差出スヘシ」 とされ, 定められた
報告をしない場合には, 「期限ヲ過キ未タ差出サヽルハ延期中其後回送ス
ヘキ金額不相渡候事」 と強硬な対応が通達されている30)。 こうした勘定帳
― 42 ―
提出期限の設定とその履行の強制は, 資金の使用に伴う報告制度のさらな
る強化であると評価できる。 くわえて, 提出期限だけではなく, 報告の内
容充実を期するために詳細な規程が公布される。 それが明治 8 年 「経費概
計表及内訳明細簿ヲ製スルノ順序」 である。
図表 2
距
本庁からの距離の違いによる支庁の勘定帳差出し期限
離
差
出
期
限
五十里外二百里マテ
ノ地ニアル支庁
其月ノ経費ハ前月十日マテニ相渡スヘシ依テ右勘定帳ハ翌
月廿日マテニ該地差立本庁翌月分へ組入差出スヘシ
二百里外五百里マテ
ノ地ニアル支庁ハ
其月ノ経費ハ前々月十日マテニ相渡スヘシ依テ右勘定帳ハ
翌月廿日マテニ差立本庁翌々月ノ勘定帳へ組込差出スヘシ
出典:「各支庁経費渡方并勘定帳差出方規則」 JA (国立公文書館) Ref.2 A00900・太00511100,
明治 7 年 11 月 24 日, MF 006000-0600 より作成
経費科目の細分化, 経費の概算と支出記録の精緻化
「経費概計表及内訳明細簿ヲ製スルノ順序」
「金穀出納順序」 (明治 6 年 12 月 27 日) では, 収入および経費概算表の
提出を定めていたが, これをより厳密化するために, 明治 8 年 3 月太政官
達 36 号をもって各府県に対し 「収入金穀概計表ヲ製スルノ順序」 および
「経費概計表及内訳明細簿ヲ製スルノ順序」 を定め, 収入および経費など
1 年間の総額を概算した収入経費総額予算書を翌年 2 月 2 日期限で大蔵省
へ提出させることにした 31)。 さらに, 明治 8 年 5 月太政官達 75 号におい
て, 「会計年度改正ニヨリ各庁収入経費予算表及内訳明細簿ヲ製スル順序
ヲ定ム」 が公布された。 これは前文, 収入金予算内訳簿雛形, 収入金増減
差引内訳明細簿, 収入金概計表及内訳明細簿ヲ製スル順序, 正院元老院経
費概目例言, 正院元老院経費概目, 経費概計表及内訳明細簿ヲ製スルノ順
序, 経費予算内訳明細簿から構成される。 それでは 「会計年度改正ニヨリ
各庁収入経費予算表及内訳明細簿ヲ製スル順序ヲ定ム」 から概計方式の内
容を概観していきたい。
― 43 ―
この冒頭には, 次のように規定されていた32)。
「達号外院省庁へ金穀出納期限釐正ノ儀明治七年十月十三日相達候ニ
付テハ百般ノ収入及ヒ経費等一周年ノ総額ヲ予算シ本年ヨリ毎年別冊
雛形ノ通計表其外帳簿共期限迄大蔵省へ送達可致尤明治八年分第一葉
計表及ヒ内訳明細簿ノ儀ハ発令ノ日ヨリ三十日ヲ限リ可差出此旨相達
候事」
但書きとして, 科目簿の提出不要や 「金穀出納順序」 第 8 条に挙げる経
費概算帳の廃止など旧方式の破棄が添えられていた。 くわえて, 本年 (明
治 8 年) は第一葉計表に付添する内訳明細簿などの送達期限が迫っている
ので, 雛形のとおり作成できない場合は明治 8 年経費予算内訳明細簿に限
り, 大科目および小科目の金穀を区分概算するだけでよく, 小科目中の細
目を区分しなくてもよい旨が添えられている。 むろん, 「来ル明治九年分
ヨリハ総テ雛形ノ通取調可差出事」 とされていた。
次に, 経費区分が示され, 一般の経費を, 定額常費, 額外常費, 臨時費
に大別している。 これは経費を概計し, それを支出していく際に欠かすこ
とができない区分である。 定額常費とは 「毎歳費額ヲ定メ概額ヲ十二分ニ
シ毎一月該庁ニ交付スルモノ」, 額外常費とは 「毎歳費程ヲ予算シ費額ヲ
確定セス毎伴事由ヲ詳悉シ時々許可ヲ経テ大蔵省ヨリ受領スル費用及成規
ニ従テ同省ニ請求スル平常ノ費用」 である。 臨時費については 「凡ソ概目
ニ掲ル如シト雖モ他ニ非常ノ費途アラハ之ヲ臨時費トスヘシ」 とされ, 臨
時費目 (各科目および小科目など) は 「概ネ定額常費及額外常費中ノ科目
ニ照準」 して区分すると規定されている33)。
予算編成は各費中各科目別 (大科目すなわち給与, 庁中費など, および
小科目, すなわち給与中官員月給, 諸雇給など, 庁中費中需用費, 運送費
など) に費途を分類して行う。 この際, 各科目, 小科目に至るまでの金額
― 44 ―
を流用したり, あるいは給与中官員月給, 旅費等の金額を流用したり, ま
たは庁中費中需用費, 運送費などの金額を流用したりすることをすべて認
めていない。 もっとも小科目中細目については流用を容認している。 ただ
し, 流用の際は 「其旨ヲ詳悉シテ伺出ヘシ」 と定めている34)。 流用の禁止
は資金の流れの透明性を保つ意味で重要な規定であるが, 一部容認してい
る。
これらの規定の後に, 次の 4 項目が挙げられ, 常費, 額外常費, 臨時費
の運用に関わる細則を定めている35)。
第 1 項目:予算規模が確定した後に生じた常費はその会計年度の額外常
費とし, その事業が翌年に渉る場合には翌年の常費へ編入す
ること。
第 2 項目:額外常費は科目名の概略を示し, 定額常費, 臨時費でない経
費なので, 適切な科目で処理すること。
第 3 項目:各科目中類似の経費は小科目に編入できるが, 類似しない科
目は雑費の小科目を設けて処理すること。
第 4 項目:営繕費 (新営および修繕) は事由を詳細記載したうえで, 千
円未満を定額常費, 千円以上 3 万円未満を額外常費, 3 万円
以上を臨時費とすること (このとき, 定額常費は当初概計高
を変更してはならない)。
上記 4 項目は, いずれも費途を定額常費, 額外常費, 臨時費に分類した
ときに生じる問題の処理にかかわり, 予算概算と予算の執行を円滑に進め
るための規定である。 これらは経費概算や経費内訳表を作成していく上で
の前提を作り上げた。
次に, 「経費概計表及内訳明細簿ヲ製スルノ順序」 を瞥見していきたい。
この順序は全 7 款から構成され, 主たる内容は第 1 款から第 5 款までに規
定されている。 すなわち, 第 1 款はこの規程の大枠, 第 2 款は経費概計表
の提出期限, 第 3 款は経費概計表の区分, 第 4 款は第 5 葉の経費概計表,
― 45 ―
第 5 款は第 1 葉の経費概計表をそれぞれ説明している。
第 1 款の規定は, 以下のとおりである36)。
「経費概計表モ収入概計表ノ如ク一歳中 会計年度ヲ云フ以下傚之 支出ス
ヘキ金額ヲ統理概算シテ之ヲ登上シ猶三ヶ月毎ニ大蔵省ヨリ受取タル
員数ト実際支出スル員数トモ経費ノ増減トヲ掲ケテ其比ヲ見積ノ該額
ニ取リ一ヶ年五葉ニシテ比較ノ全キヲ見ルヘシ」 (「経費概計表及内訳
明細簿ヲ製スルノ順序」 第一款)
すなわち, 第 1 款では収入概計表とともに経費概計表を作成し, これに
よって支出金額を概算し, 定期的に概算額と実際支出額を比較し, 3 ヶ月
ごとの増減, 年間のその一覧の提出を規定している。
第 2 款では 「一葉ヨリ五葉ニ至ルノ計表差出期限及表面ノ書式体裁数位
等ノ件ハ収入概計表ニ異ナルコトナシ」 と一連の経費概計表の提出期限と
雛形は, 収入概計表と同様であることが規定されている37)。 第 1 葉は 2 月
2 日までに大蔵省への提出が求められ, 各葉は次の期間をカバーする。 第
2 葉は 7 月から 9 月まで, 第 3 葉は 10 月から 12 月まで, 第 4 葉は 1 月か
ら 3 月まで, 第 5 葉は 4 月から 6 月までである。 なお, 第 1 葉には翌年度
の支出概計, 第 2 葉から第 5 葉までには実際支出額が記載される。
第 3 款では, 提出する経費概計表の区分が, 図表 3 のとおりに説明され
ている38)。
経費概計表は 10 区分から構成される。 第 1 区は 「本院支局段別」 であ
り, 2 区以降は予算, 実績, 差異などが示される。
まず, 当初予算を示す第 2 区には 「各其費額」 を記載する。 次に, 追加
予算を示す第 3 区は 「費額ノ増加スルモノニシテ七月以降許可ヲ経テ新タ
ニ事業ヲ興スニ因リ増額スル員数ト事業ノ興ラセルモ見積ノ高ヨリ増加ス
ルニ因リ許可ヲ経テ受領スヘキノ員数」, 修正予算を示す第 4 区では 「総
― 46 ―
図表 3
第6区
第5区
第4区
第3区
第2区
第1区
経費概計表の雛形
本院支局段別
経費見積
増費
減費
差引高
大蔵省ヨリ
受取高
第 10 区
第9区
第8区
第7区
実費高
差引残
見積ト受取ト 見積ト実費ト
仮払未決高
残金大蔵省納
出典:「経費概計表及内訳明細簿ヲ製スルノ順序」 第 3 款より作成
テ第三区ニ反シテ減額スルノ員数ヲ挙ケ」 をそれぞれ掲げ, 補正予算額を
示す第 5 区は 「増減ヲ差引シタル高」 を記載する。 さらに, 交付金を示す
第 6 区は 「見積ノ内大蔵省ヨリ受取タル員数」, 実際の支払額を示す第 7
区は 「実際仕払タル員数」 を記載し, 交付額と支払額の差額を示す第 8 区
は 「甲乙ノ二区」 に分け, 甲は 「大蔵省ヨリ受取タル員数ト見積トヲ差引」,
乙は 「実際ト見積ヲ差引シタル高」 を提示する。 そして, 第 9 区は 「一旦
支払シタル金穀ノ中仕切精算ニ至リ難ク仮払ニ属スルノ員数」 を掲げる。
最後に, 第 10 区は 「支払残金ノ大蔵省ヘノ納付シタル員数」 を記載する。
主要な部分は第 1 区と第 2 区であり, 「計表ハ二区ニ止リテ三区以下ハ省
クヘシ」 とされている。
第 4 款では, 「第五葉ノ計表」 について説明している。 それは年度末に
諸経費勘定の締切りを行い, 勘定帳と共に差出す。 もし受取高のうち残金
がある時は大蔵省へ返納して決算が完結することになる。 しかし, その年
度中に仕切精算できない仮払金があるような場合には, 許可を経て翌年に
編入する。 この場合, 「第五葉ノ副表ヲ製シ其高ノ決算ニ至ルマテヲ限ト
シ翌年第二葉以下ノ計表ト共ニ差出スヘシ」 と定められている39)。
第 5 款では, 「第一葉ノ計表」 について説明している。 それは 1 年間の
経費額を予定し, 一般歳入出の基礎にするために内訳明細簿を作成し, 計
― 47 ―
表に添えて提出する。 内訳明細簿においては 「前十八ヶ月或ハ前三ヶ年ノ
平均高又ハ前一ヶ年ノ費額ヲ比照」 を行わなければならなく, 第 1 葉の提
出後, 第 2 葉以下で 「見積ヨリ増減スルトキハ雛形ノ如ク内訳簿冊ヲ付添
スヘシ」 ことを規定している40)。
第 6 款では一般経費のうち, 区分が明確でない科目に特定の名称を付け,
同様な経費を集計しなければならないとき, 「経費概目ト内訳明細簿トヲ
対照シ彼是混同セサルヲ要スルヘシ」 と規定されている41)。 また, 但書き
においては 「本院支局等ノ経費彼是混同セシムルヘカラサルハ本款ニ掲ル
如シト雖モ譬ハ印書局需用費ノ如キ正院於テ物品ヲ購入シ而シテ其請求ニ
応シ現品ヲ支給スルモノハ姑ク之ヲ正院ノ経費ニ編入シ其旨ヲ内訳明細簿
ニ詳記スヘシ」 と付け加えられている42)。 この規定は特定化できない支出
を防ぐ効果を有する。
第 7 款では経費見積もりを金額算定したが, 実際には金銭以外, 例えば,
米などで支払いをした場合には, 見積もり金額 (墨字) と実際に支払った
米などの量 (朱字) を 2 段に記入することが定められている43)。
「経費概計表及内訳明細簿ヲ製スルノ順序」 では, 第 1 款から第 7 款ま
でに見るように提出すべき書類の雛形, 支出すべき経費の概算法および科
目明細が示され, これにより支出経費の計画, 統制を行う機構が形成され
ている。 また, 予算実績差異分析が行われており, 費目別集計, 報告とそ
れに基づく次年度予算の編成が明示されている。
このように, 「会計年度改正ニヨリ各庁収入経費予算表及内訳明細簿ヲ
製スル順序ヲ定ム」 の公布により, 会計年度が改正され, 予算概計の方法
も漸く整備されることになったが, 収入支出の出納方法については部分的
な改正に終わっていたので, 出納に関する規定を体系的に整備する必要が
生じ, 明治 9 年 9 月 「大蔵省出納條例」 が制定された44)。
なお, 出納規程としては 「金穀出納順序」 の後, 明治 9 年 2 月には 「院
省庁現金納払規則」 (太政官達第 18 号) が制定された。 これは 「各省庁は
― 48 ―
予算月額の通知をうけ, 現金の取り扱いははっきり大蔵省出納寮が取り扱
うことし, これにより国庫統一への歩みは一歩進められた」45) と評価され
ている。 また, 「金穀出納順序」 によって, 各年度経費概計が行われるよ
うになると, 設定された定額 (予算) の執行を通じて, 各省庁及び府県の
経費支出規制が強められるようになる46)。 これに伴い, 概計の公開が慣行
化され, 前述した 「歳入出見込会計表」 (明治 6 年) に代えて, 明治 8 年
にはより内容が充実した 「歳入出予算表」 が公布された47)。
予算作成と執行規則の集大成
「大蔵省出納條例」
「大蔵省出納條例」 はこれまで検討してきた諸規程と比較して, 予算作
成が極めて鮮明に規定されている。 「大蔵省出納條例」 は綱領 36 条のほか
20 款の個別的条例 274 条から構成されている予算会計法規であり, 明治 9
年に公布された。 「大蔵省出納條例」 綱領の前文には, 次のように記され
ている48)。
「政府歳入出ノ出納ハ当省ノ本務ニ於テ最緊要ノ事項ニ付其方法規
則ニ於テハ置省以来専ラ心力ヲ盡シ逐次変更釐正ニ及ヒ数年間沿革一
ナラス候処昨年来 (明治 8 年−筆者) ヨリハ会計年度モ設立シ予算概
計ノ法モ頗ル緒ニ就キ候様相成彼是経験ヲ重ネ漸々習熟ニ至リ候旁以
其法則モ稍一定スヘキノ時ニ有之且又記簿法ノ儀ニ就テハ昨年十一月
中御許可ノ通追々着手ニ及ヒ本年七月一日以後ヨリ当省計算帳簿ハ悉
皆其分ニ改定可致筈ニ候然ルニ出納上ノ法則一定ノ明文無之テハ自然
記簿上ニ差響計算整理難相成候條」 (「大蔵省出納條例」 前文)
前文には大蔵省が置省以来, 政府歳出入に関する規則設定 (予算概計と
記簿法) に取り組んできており, これらの整備が最近かなり進み, 総括的
な規程の設定への機が熟したことが説明されている。 つまり, これまで瞥
― 49 ―
見してきたような諸規程が制定されたのであり, これらの集大成が 「大蔵
省出納條例」 であると言える。
「大蔵省出納條例」 は包括的な会計法規であるが, とくに出納, 予算作
成に関わる条文を瞥見していきたい。
第 1 条から第 7 条までは出納の大枠が示されている。 まず, 第 1 条にお
いて, 「大蔵省ニ於テ出納ニ関スル要件ヲ大別シテ二種トス一ハ収入一ハ
支出是ナリ」 と規定し, 出納に関する 2 要件として収入と支出を明示して
いる49)。 また, 第 2 条では 「収入支出ヲ区分シテ二部トス一ハ常用金ノ収
入支出一ハ準備金ノ収入支出是ナリ」 と規定し, それぞれを常用金の収入,
支出と準備金の収入, 支出に分類している50)。 さらに, 第 3 条では 「常用
金ハ一歳ノ入ヲ以テ一歳ノ費ニ充ツル者ニシテ其金額ハ法令ニ依テ之ヲ定
ム」 と同期間の入で出がまかなわれるべきであると規定され, 会計年度の
原則が示唆されている51)。 この他, 第 4 条から第 7 条までにおいて, 準備
金の第一類, 第二類, 第三類への分類, 常用金出納会計のために甲部と乙
部の設置, 準備金第二類の本部と後部への分割, 常用歳出の租税と税外収
入への分割, 歳出の通常と臨時への分割などが規定されていた。 したがっ
て, 「大蔵省出納條例」 における出納の体系は, 図表 4 のとおりである。 こ
図表 4
「大蔵省出納條例」 における出納概念の体系
租税
歳入
税外 定額常費
部
通常
額外常費
部 歳出 臨時
甲
収入
常用金
乙
出納 第一類 本部
支出
準備金
第二類
後部
第三類 出典:亀井孝文 明治国づくりのなかの公会計
78 頁の図を横書きにして引用
― 50 ―
白桃書房, 平成 18 年,
うした出納規則が明確に規定されなければ, 予算編成は順調には進まない。
第 8 条以降, 予算に関わる規定は以下のとおりである。
第 8 条では, 科目設定について 「常用準備共ニ其収入支出ハ厳ニ之カ科
目ヲ立ツ最モ大綱ヲ枚挙スルモノヲ出納科目」 とすること, これを 「大科
目小科目及ヒ細科目」 の 3 項目に分類することを規定している。 このとき,
大科目は 「主管ノ記帳上ニ用ユル」, 小科目および細科目は 「其詳細ヲ悉
知スル為メニ之ヲ置ク」 と規定している52)。
また, 第 10 条では, 決算について次のように規定されている53)。
「凡ソ収入支出ハ予算ヲ以テ之カ標準ヲ立テ決算ニ至テ之カ完結ヲ
為ス者トス」 (「大蔵省出納條例」 第十條)
この規定ではすべての収入および支出に対して予算を立て, それを決済
することが述べられている。 したがって, 収入, 支出ともに厳しい管理下
に置かれることになる。 とくに, 歳出の予算化については第 12 条で, 次
のように規定されている54)。
「歳出ノ予算ハ各庁見込ノ概計ヲ徴集シテ之レヲ定ム亦皆経費予算
法ニ照ラシテ之ヲ処置ス」 (「大蔵省出納條例」 第十二條)
上記のとおり, 歳出予算は各庁から支出見込み (見込概算) を集計して
編成する。 さらに, 第 33 条では恣意性の介入を排除するために 「金銀計
算ハ必ス其算法ヲ一定センヲ要ス決シテ私見ヲ以テ区々ノ算則ヲ立ルヲ得
ス」 と規定され 55), さらに不正や誤謬をなくすために下記の第 34 条が規
定する複式記入が採用された56)。
「凡ソ計算ニ関スル帳簿并記載法ハ総テ 「フツクキービンク」 ニ従
― 51 ―
ヒ之カ規則ヲ立ツヘシ私ニ之ヲ改竄スルヲ得ス」 (「大蔵省出納條例」
第卅四條)
「大蔵省出納條例」 のなかでも, 久野が
官庁簿記制度論
において唯
57)
一引用提示しているのはこの第 34 条である 。 すなわち, この規定は複
式簿記の採用を意味しているのである。 また, 亀井も 「いくつかの重要な
点に勝るとも劣らぬ大きな特徴を持っている」58) と述べ, この条項を評価
している。
また, 「大蔵省出納條例」 の個別条例である第 6 款歳入出予算條例には,
第 40 条から第 47 条まで予算に関して規定されており, 次の第 40 条がそ
の最初の規定である59)。
「一年度中ノ収入スル者ヲ以テ其年百般ノ経費ニ充用スルニ依テ其
収入支出スヘキ目途ノ概計ヲ立ルヲ歳入出ノ予算合計トシ出納科目ニ
随テ計表ヲ製スルコトヽス」 (「大蔵省出納條例」 第六款第四十條)
明治財政史
第三巻
では, 「大蔵省出納條例」 第 6 款歳入出予算條例
における 8 つの規定について次のようにまとめているので, これを瞥見し
たい60)。
「総予算調製方ヲ定メ大蔵卿ハ各官庁ヲシテ毎年二月二日限リ概計
表及帳簿ヲ提出セシメ之ヲ検査頭ニ附シ検査頭ハ前五年或ハ三年又ハ
一年ノ実計ニ対照シ且ツ当年出入ノ多寡ヲ比較シテ歳入出予算内訳明
細簿ヲ作リ六月五日ヲ限リ大蔵卿ニ提出シ大蔵卿ハ之ヲ統計頭ニ附シ
歳入出予算会計表ヲ作ラシメ且ツ理財ノ方案ヲ附シ六月二十日ヲ期シ
テ正院ニ上呈セシメ正院ハ六月三十日ヲ限リ之ヲ公布スルモノトセリ
而シテ既ニ議定ヲ経タル予算ハ該年度中変更増減スルヲ得ス巳ムヲ得
― 52 ―
サル場合ニハ正院ノ議決ヲ経テ其命令ニ従フへキモノトシ其他租税及
準備金ノ整理等ニ関スル規定ヲ設ケタリ」
予算概計表の作成について, 綱領では簡単な枠組みのみの規定であった
が, 個別条例第 6 款 (第 40 条から第 47 条) では, 上記のように提出され
た概計表を検査頭が検査したり, 統計頭が歳入出予算会計表を作成したり,
予算どおりに執行することなどが詳細に規定されていた。
「大蔵省出納條例」 は
大蔵省史
によれば, 次のような特徴を持って
61)
いた 。
①
収入と支出を常用金と準備金に分ける
②
常用金の歳入を租税, 税外, 款外に分け, 税外収入は官工収入,
官有物払下代などとし, 款外収入は繰換借入, 過誤納返などとする
③
常用金の支出を通常と臨時に分け, 通常歳出をさらに定額費と額
外常費に分ける
④ 定額費は毎年の歳入をみて大蔵省が定め, 年度中の増減を許さず,
額外常費は必需の経費ではあるが, 収入の状態などによってその額
を節減できるものとする
さらに, 「大蔵省出納條例」 には
大蔵省史
によれば, 下記のような
62)
不備があった 。
①
会計帳簿の不備に加え, 年度の収支ごとに収入が数年にわたって
収納されている
②
諸官庁が歳計余剰を留保しようとして, 会計帳簿をなかなか提出
しない
③
特別会計の制度が整備されず, 事業会計, 資金会計にあたるもの
までが同一の会計の中で収支されている
④
中央・地方間の租税の配分, 送納の方法が確立していない
以上, 概観してきたように, 大蔵省における出納の基本は 「収入」 と
― 53 ―
「支出」 であるので, 「大蔵省出納條例」 ではこれらをいかに記帳し, そし
ていかに取り扱い, いかに統制するかが詳しく規定されており, 出納にお
ける概念を整理したことに大きな特徴がある。 また, 「大蔵省出納條例」
には歳入出予算條例が個別条例として内包されており, 今までの諸規程と
比べて詳細に予算自体を規定している点も注目に値する。
維新以来, 進められてきた財政制度の一応の集大成が行われ, 支出項目
の細分化, 支出項目の記録および集計のための帳簿の整備, 収入の概計,
報告のための様式の標準化など支出許容範囲の設定と予算編成などに関す
る規定が今までの諸規程にも増して強化された。
Ⅲ
おわりに
本稿では, 原価計算制度を 「政府を含む公的機関・組織が制定した明文
化された原価計算手続規程」 と解している。 したがって, 原価計算制度と
して形式的には規定が明文化されていること, 内容的には原価計算である
ことの 2 要件を満たす必要がある。
まず, 制度として, 形式的には文章化が必要条件であり, 条文化が十分
条件である。 次に, 内容的には原価計算手続であるべき要件を満たす必要
がある。 かつて,
日本原価計算理論形成史研究
において, 私は原価計
算を 「財貨を生産し用役を提供するにあたり消費された経済財の価値犠牲
を測定するための技術, 概念の総称」63) と定義し, 原価計算の基本問題は
「原価をいかに把握し, 計算するかにある」 ことや原価計算は 「製品原価
を構成するいくつかの重要な要素が個別に集計されるような形態を有する」
ことを論述の基礎とした64)。 これによれば, 原価計算であるとみなすため
の要件は費目別計算の存在が必要条件であり, 製品別計算の存在が十分条
件である。 すなわち, 原価計算は費目別に費用を計算することから始まり,
経済活動の高度化に伴い, さまざまな技法が工夫され, 現在の体系に逢着
― 54 ―
した。 歴史的には費目別集計 (対象集計, 期間集計), 製品別集計, 製造
間接費計算および部門別計算へと進展してきたと考えられる。
「出納司規則書」 (明治 2 年), 「金穀出納順序」 (明治 6 年), 「各支庁経
費渡方并勘定帳差出方規則」 (明治 7 年), 「経費概計表及内訳明細簿ヲ製
スルノ順序」 (明治 8 年), 「大蔵省出納條例」 (明治 9 年) は, 下記のよう
に整理できる。
1.
出納司規則書
出納の取扱規定の明文化
2.
金穀出納順序
経費概算および経費の帳簿記録に関する規定の
整備
3.
各支庁経費渡方并勘定帳差出方規則
4.
経費概計表及内訳明細簿ヲ製スルノ順序
支出報告期限の制定
経費科目の細分化,
経費の概算と支出記録の精緻化
5.
大蔵省出納條例
予算作成と執行規則の集大成
亀井は上記の諸規程のうち, 「出納司規則書」 を金銭出納についての取
扱心得 (明治最初の会計規定), 「金穀取扱順序」 を会計年度の独立性を規
定および 「一般会計」 概念登場, 「大蔵省出納條例」 を 「収入」 と 「歳入」
の区別および 「支出」 と 「歳出」 の区別とそれぞれについての特徴づけを
行っている65)。
「出納司規則書」 は出納の取扱規定が明文化されており, わが国におけ
る最初の出納規定である。 次いで, 「金穀出納順序」 では経費概算および
経費の帳簿記録に関する規定の整備が行われ, 経費概算および経費の帳簿
記録に関する規定が設けられた。 さらに, 「各支庁経費渡方并勘定帳差出
方規則」 は支出報告期限を制定する規程であり, 報告義務の強化が図られ
た。 また, 「経費概計表及内訳明細簿ヲ製スルノ順序」 では経費科目の細
分化, 経費の概算と支出記録の精緻化が行われ, 予算, 実績比較も可能に
なった。 最終的に 「大蔵省出納條例」 では予算作成と執行規則が集大成さ
れ, 予算による支出の統制強化が図られた。
― 55 ―
上述した諸規程は原価計算制度である形式要件と内容要件からすると,
形式要件としては必要条件である文章化および十分条件である条文化を満
たしているものの, 内容要件としては必要条件である費目別計算の存在を
満たしていない。 しかしながら, 諸規程には, 期間計算に基づく費目別計
算らしき仕組みが見られる。 これは明らかに以後, 原価計算制度へ進展し
ていく 「芽」 であると考えられる。 それは 「金穀出納順序」 では第 4 条諸
経費明細表, 第 8 条諸経費概計表, 「経費概計表及内訳明細表ヲ製スルノ
順序」 では 1 款から 5 款までの経費概計表, 「大蔵省出納條例」 綱領では
第 12 条見込ノ概計, 「同條例」 個別條例第六款歳入出予算條例では第 40
条概計表及帳簿, 第 42 条歳入出予算内訳明細簿, 第 43 条歳入出予算会計
表である。 当初は支出記録であったが, 次第に支出概算, 予算, 予算実績
比較へと進化していく。
諸規程に提示されている経費概計表は生じた経費の認識, 記録, 集計,
報告からなる支出記録であり, 支出対象は製品の製造ではないが, 費目別
計算である。 基本的にここには原価計算の原初的形態が存在する。 また,
諸規程における出納簿記の 「出」 の処理は, 支出記録をもとにあらかじめ
支出額が概算され, 予算表が作成され, それに伴って実際の支出 (予算の
執行), 実績差異分析が行われ, 支出の統制いわば予算による統制が行わ
れたのである。 ここには, 管理思考の嚆矢的形態を看取できる。 当初はこ
うした原初的形態や嚆矢的形態が出納に関する諸規程の中に内包され, 水
面下 (諸規程内) において徐々に醸成されて, ついにはこれが表面化して
原価計算制度と言い得る形態に至る。 そこで, 本稿で考察した諸規程の一
連の流れを原価計算制度の 「誕生」 とか 「生成」 という側面ではなく, 原
価計算制度の初期的胎動と捉えているのである。
財政学においては, 経費論という分野がある。 かつてはいかに税収等で
資金を集めるかが, 主たる財政学の分野であり, いかに使うかは行政の問
題であるといった見解のないわけではなかった。 しかし, 国家収入と国家
― 56 ―
支出はセットで考えられるべきであろう。 しかも, 国家予算を作成するた
めには, 国家支出という側面から経費を捉える視点は重要である。 このと
き, 経費は 「国家が, その財政理想を達成するために, 国民より強制的に
獲得 (収入) した購買力を, 国民に対して再び強制的に移転 (支出または
配分) する購買力をいう」66) と定義される。 経費は国家目的達成のための
支出であり, 多様な費目から構成されているので, それは類型分類され,
支出に当たってその合目的性が判断されなければならない。 したがって,
経費は管理のために使途別に細分化され, 綿密な検討により科目が設定さ
れるようになる。 その過程で, 作業場に支出された高額な経費を節減する
ために, 作業場を独立採算させ, 不足分だけを補填する方策がとられた。
このとき, 作業場への経費は製造費を意味する作業費へと厳密化していく。
すなわち, 国家財政の逼迫により 「出」 の管理が重要になり, 「出」 の記
帳, 報告, 概算は資金の有効活用が行われているかどうかの管理手段とし
て用いられ, これが加速的に進められていく。 明治 9 年までは, 通常経費
と作業費の明確な区別は存在しなかったが, 「作業費区分及受払例則」 (明
治 9 年) 以降, これが明確化する。 この作業費に至るまでの展開が, 本稿
で取り上げた 「金穀出納順序」, 「各庁経費渡方并勘定帳差出方規則」, 「経
費概計表及内訳明細簿ヲ製スルノ順序」, 「大蔵省出納條例」 である。 これ
らの諸規程における費目別計算思考や管理思考は, 作業費概念形成へと繋
がる。 したがって, 本稿で検討した諸規程は, 作業費概念の形成を経て原
価計算制度誕生へ至るための先行要件を整えていったと考えられる。
(未完)
《注》
1)
建部宏明
2)
太田, 黒木, 黒澤ほか共著
日本原価計算理論形成史研究
同文舘, 平成 15 年, 15 頁。
解説原価計算基準
中央経済社, 昭和 38 年,
3335 頁および 4347 頁。
床井睦子 「日本原価計算制度小史
戦時期を中心として」 研究論集 第 9
― 57 ―
号, 昭和 56 年 3 月。
3)
大即, 君塚, 近藤ほか共著
4)
君塚芳郎 「後のものが先になるか
有斐閣, 昭和 47 年, 273 頁。
原価計算
建部教授に答えて」
経理知識
第 81
号, 平成 14 年 9 月。
5)
君塚芳郎 「明治 14 年の原価計算規程」
会計学研究
第 4 号, 平成 2 年 12
月。
6)
明治期における公会計の展開は, 下記の文献が詳しく, これらの条例の成り
立ちやその背景が説明されている。 本稿でも大いに参照した。 とくに, 第 3 章
の明治公会計史の概観表は示唆的である。
亀井孝文
7)
明治国づくりのなかの公会計
黒澤清編集代表
白桃書房, 平成 18 年, 5053 頁。
東洋経済新報社, 昭和 57 年, 195 頁。 ここ
会計学辞典
で用いられている会計は明らかに, 現在の会計の意味ではなく, 財政に近い。
8)
久野秀男
9)
「外国交際及会計ノ両事ヲ各官ニ勅問ス」 JA (国立公文書館) Ref.2 A 0900・
官庁簿記制度論
税務経理協会, 昭和 33 年, 3 頁。
太 00021100, 太政類典・第一編・慶応 3 年∼明治 4 年・第二十一巻・官制・
文官職制七, 明治 2 年 5 月 24 日, MF 000300-0502。
10)
小峰保栄
11)
財政監督の諸展開
大村書店, 昭和 49 年, 17 頁。
「諸官庁并府県ニ節約ヲ主トシテ務テ冗費ヲ省カシム」 JA (国立公文書館)
Ref.2 A 0900・太 00182100, 太政類典・第一編・慶応 3 年∼明治 4 年・第百八
十二巻・理財・国債及紙幣三, 明治 2 年 12 月 10 日, MF 0020001270。
12)
明治財政史編纂会編纂
明治財政史第一巻
明治財政史発行所, 大正 15 年,
593 頁。
13)
大蔵省財政金融研究所財政史室
14)
15)
小峰
亀井
明治・大正・昭和
第1巻
910 頁。
前掲書
上掲書
16)
大蔵省史
大蔵省財務協会, 平成 10 年, 78 頁。
(第一期∼第四期)
1617 頁。
2248 頁。
前掲書
明治財政史編纂会編纂
明治財政史第三巻
明治財政史発行所, 大正 15 年,
139 頁。
17)
深谷徳次郎
18)
亀井
19)
「院省金穀出納順序並書式勘定帳雛形共頒布の件 」 JACAR (アジア歴史
明治政府財政基盤の確立
前掲書
御茶の水書房, 1995 年, 118 頁。
48 頁。
資料センター) Ref.C 04017545200, 陸軍, 陸軍省大日記類, 太政官, 明治 6 年
「太政官布達 5
12 月」, 明治 6 年 12 月 27 日 (防衛庁防衛研究所)。
「院省金穀出納順序並書式勘定帳雛形共頒布の件 」 JACAR (アジア歴史
― 58 ―
資料センター) Ref.C 04017545300, 陸軍, 陸軍省大日記類, 太政官, 明治 6
年 「太政官布達 5
12 月」, 明治 6 年 12 月 27 日 (防衛庁防衛研究所)。
「府県金穀出納順序並書式勘定帳雛形等頒布並に第 1 第 2 常備其他唱改の件
」 JACAR (アジア歴史資料センター) Ref.C 04017544800, 陸軍, 陸軍省大
日記類, 太政官, 明治 6 年 「太政官布達 5
12 月」, 明治 6 年 (防衛庁防衛研
究所)。
20)
JACAR, Ref.C 04017545200, 院省金穀出納順序, 前文。
JACAR, Ref.C 04017544800, 府県金穀出納順序, 前文。
21)
JACAR, Ref.C 04017545200, 院省金穀出納順序, 第 3 条。
22)
「上掲資料」 第 4 条。
23)
「上掲資料」 第 5 条。
24)
「上掲資料」 第 6 条。
25)
「上掲資料」 第 8 条。
26)
大蔵省財政金融研究所財政史室
27)
久野
前掲書
17 頁。
28)
深谷
前掲書
118 頁。
39)
「各支庁経費渡方并勘定帳差出方規則」 JA (国立公文書館) Ref.2 A 00900・
前掲書
71 頁。
太 00511100, 太政類典・第二編・明治 4 年∼10 年・第二百八十八巻・理財八・
勘定帳一, 明治 7 年 11 月 24 日, MF 006000-0600, 前文。
30)
「上掲資料」 14 項。
31)
深谷
前掲書
120121 頁。
明治財政史編纂会編纂
32)
前掲書第三巻
139140 頁。
「第七十五号会計年度改正ニヨリ各庁収入経費予算表及内訳明細簿を製スル
順序ヲ定ム」 JA (国立公文書館) Ref.2 A 03107・誌 00182100, 太政官・日誌・
明治八年
元老院日誌巻之二
五月, 明治 8 年 5 月, MF 001700-0257。
33)
「上掲資料」 正院元老院経費概目例言, 第 14 項。
34)
「上掲資料」 第 5 項。
35)
「上掲資料」 第 69 項。
36)
「上掲資料」 経費概計表及内訳明細簿ヲ製スルノ順序, 第 1 款。
37)
「上掲資料」 第 2 款。
38)
「上掲資料」 第 3 款。
39)
「上掲資料」 第 4 款。
40)
「上掲資料」 第 5 款。
41)
「上掲資料」 第 6 款。
42)
「上掲資料」 第 6 款。
― 59 ―
43)
「上掲資料」 第 7 款。
44)
深谷
45)
遠藤湘吉 「財政制度」, 鵜飼信成, 福島正夫, 川島武宣, 辻
前掲書
120121 頁。
本近代法発達史 4
清明
講座日
勁草書房, 1958 年 7 月, 314
資本主義と法の発展
頁。
46)
大蔵省財政金融研究所財政史室
47)
坂入長太郎
明治前期財政史
79 頁。
前掲書
酒井書店, 昭和 64 年, 375 頁。
政府は明治 8 年 3 月太政官達第 36 号によって各府県に 「百般ノ収入及経費
等一周年ノ総額ヲ予算」 として大蔵省に提出するよう求めている。 これがはじ
めて 「予算」 という用語を用いた制度の開始である (亀井
48)
前掲書
86 頁)。
「大蔵省出納條例」 JA (国立公文書館) Ref.2 A 00900・太 00508100, 太政
類典・第二編・明治 4 年∼10 年・第二百八十七巻, 明治 9 年 10 月 3 日, MF
006000-0259, 前文。
49)
「上掲資料」 第 1 条。
50)
「上掲資料」 第 2 条。
51)
「上掲資料」 第 3 条。
52)
「上掲資料」 第 8 条。
53)
「上掲資料」 第 10 条。
54)
「上掲資料」 第 3 条。
55)
「上掲資料」 第 33 条。
56)
「上掲資料」 第 34 条。
57)
久野
前掲書
32 頁。
58)
亀井
前掲書
8186 頁。
59)
明治財政史編纂会編纂
前掲書第一巻
669670 頁。
60)
明治財政史編纂会編纂
前掲書第三巻
140 頁。
61)
大蔵省財政金融研究所財政史室
62)
上掲書
63)
櫻井通晴
64)
建部
前掲書
1720 頁。
65)
亀井
前掲書
5053 頁。
66)
岡野鑑記
前掲書
73 頁。
74 頁。
経営原価計算論
国家経費の理論
中央経済社, 昭和 54 年, 1 頁。
白桃書房, 昭和 40 年, 32 頁。
〈付記〉
国立公文書館, アジア歴史資料センターの資料は, アジア歴史資料センターの
HP 内の推奨引用例に概ね準拠している。
― 60 ―
http://www.jacar.go.jp/inyo/suisyou.html (2007 年 12 月 20 日取得)
本稿では 「規程」 と 「規定」 を分けて使用している。 前者は制度そのものであ
り, 後者はその中の決め事 (条文) である。 また, 「條」 と 「条」 も区別してい
る。 前者は引用を示し, 後者は文中にて繰り返し使用する場合に用いている。
参考文献 (注に提示したものは除く)
斉藤
正 「明治初期の官業と民業」
経済研究
第 14 号, 昭和 36 年 11 月, 47
74 頁。
斉藤
正 「明治初期の官業と民業」
経済研究
第 16 号, 昭和 37 年 11 月,
3154 頁。
池田浩太郎 「官金出納の展開過程」
経済研究
第 16 号, 昭和 37 年 11 月, 55
79 頁。
池田浩太郎 「官金出納の整理過程」
経済研究
第 17 号, 昭和 38 年 3 月, 4157
頁。
長山貴之 「明治 9 年大蔵省出納条例の構造と機能―明治初期における日本の予算
制度」
経済論究
第 95 号, 平成 8 年 7 月, 139198 頁。
長山貴之 「明治前期公会計における複式簿記」
香川大学経済論叢
第 70 巻第 4
号, 平成 10 年 3 月, 117146 頁。
(原稿受付
― 61 ―
2007 年 12 月 21 日)
経営経理研究 第 82 号
2008 年 3 月 pp. 6396
論
文〉
英国 「財務報告原則書」 の
基礎的考察
要
嶋
和
重
許
雰
約
本稿では, まず, 1999 年 12 月に英国 ASB が公表した 「財務報告原則
書 (SPFR)」 の作成までの経緯を経済社会の背景から検討し, 次に概念
フレームワーク作成の提唱に関する様々なレポートの考察に基づき, 正式
版の SPFR の設定基礎を明らかにする。 SPFR は 8 章構成となるが, 前
半の第 1 章から第 3 章までが財務会計の基本的な前提設定の基礎である。
本稿の 2. と 3. は SPFR の前半の内容を中心に, 米国の SFAC と比較し
ながら, SPFR の見解を紹介し, 明らかにしたいと思う。
キーワード:財務報告原則書 (SPFR), 財務会計概念書 (SFAC), 意思
決定有用性アプローチ, 資産・負債アプローチ, 収益・費用
アプローチ, 信頼性, 慎重性, 理解可能性
はじめに
英国の会計制度を概観すると 「真実かつ公正な概観 (True and Fair
View)」 が会計制度に指針を与え, 最優先的な指導原則となっていること
が明らかになる。 本稿は英国の概念フレームワークである 「財務報告原則
書 (Statement of Principles for Financial Reporting : SPFR)」 を米国
FASB の 「財務会計概念書 (Statement of Financial Accounting Con― 63 ―
cepts : SFAC)」 と比較検討し, SPFR の基本的な考え方およびその前提
設定に関する独自な見解を明らかにしようとするものである。 SPFR は全
8 章構成からなり, 前半の第 1 章から第 3 章までは基本的な前提設定の規
定であり, 後半の第 4 章から第 7 章までは実際に財務諸表の作成に係わる
規定である。 本論文は SPFR の前半を中心に SPFR 独自の見解を紹介す
ることと共に, SFAC との比較検討によって, SPFR の特徴をより鮮明
にしようとするものである。
1. 英国の経済社会と SPFR の作成経緯
70, 80 年代英国の経済社会
1970, 80 年代の英国では 「政府による国の経済問題への介入はかつてな
いほどに大規模で, 細部にわたり, あるいは執拗であった。 労働組合の支
持を受けた労働党は 1951 年から 80 年までの 12 年間を担当し, シティー
の支持を受けた保守党は残りの 18 年間を担当した。 理論的に, 両党の経
済政策は天と地ほどの違いがあるはずであるが, 実際にはこれらの期間,
両党とも経済を管理し, 牛耳ることに力を入れた」1)。 英国は 1970 年代を
通じて, 複合的な原因で激しいインフレーションに見舞われた。 戦後の
50 年代から続く国際収支の大幅な赤字, 財政支出の肥大化, 賃金上昇, 60
年代から採られたデフレ政策が成功せず, ポンド切り下げといった原因で,
70 年代の英国経済はインフレーションに悩まされた。 さらに, 1973 年 10
月の中東戦争から派生した 「石油危機」 が英国経済に壊滅的な打撃を与え
た。 70 年代から 80 年代に国際競争力が低下した結果, 国際市場の占有率
は下がりつつあり, その影響により国内失業率は高まる一方であった。 国
際政治における立場の回復のため, 1973 年 EC へ加盟し, EC 加盟諸国と
政治面および経済面での交流を急速に拡大し, さらに 1982 年にフォーク
ランド戦争の勝利により, 国際政治における立場が強固になる。 財政面は,
― 64 ―
北海原油生産が採算に乗ったことから, 政府の経常収支も改善し, 英国経
済は回復の軌道に乗り始めた。
証券市場について, 1960 年代末から 70 年代初頭にかけての金融自由化
競争のなかで, 株式の発行が活発化した結果, 投機ブームが起こり, 投資
者は無理な報酬率を追求し, また石油危機の到来をきっかけに株式ブロー
カーが相次ぐ破産という事態に追い込まれた。 そのため, 70 年代後半に
は証券取引に関する政府系の審査会や審議会の設置など, 政府の介入をあ
る程度容認せざるをえなくなった。 証券市場について, 不透明 (最低手数
料制限, 会員資格制限など) な取引慣行の問題が存在し, その後の金融ビッ
グ・バンや 1986 年金融サービス法の下地となった。 80 年代には国営企業
の民営化をきっかけに, 政府保有株式の売却を通して証券市場の活発化は
個人投資家の大幅増加に繋がったのである2)。 一方, 1979 年には為替管理
令が撤廃され, ロンドン証券取引市場は国際化の時代を迎えた。
1970 年代から 80 年代まで英国経済の動きのなかで, 企業会計制度の展
開に重要な影響を及ぼした大きな四つの事項が挙げられる。 第一は, 企業
の合併・買収ブームをきっかけに, 会計基準の公正性について疑問が投げ
られ, 会計基準の公正性および首尾一貫性が求められる。 第二は, 証券取
引をめぐる諸改革の一環として証券取引所上場会社の財務開示に対して改
善の要求が出され, 上場企業の財務開示拡充に繋がり, さらに一般会社の
会計開示の充実, そして会社法の会計規定の改正にも繋がったことである。
会社法規制の改正, 会計基準充実化の要請など, 基準設定機関である
ASC の改革, FRCASB 体制の設置にも直接的なヒントを与えることに
なった。 第三は, インフレーションの進行に伴うインフレ会計の基準設定
をめぐる政府の大幅介入の問題である。 インフレ会計基準の設定は政府が
明確に関与する初めてのケースとなったのである。 第四は, 1973 年の英
国の EC 加盟に伴う EC 会社法指令国内法化による会社法の調整過程から
生じた会計制度改正の問題である。 EC 会社法指令により, 英国の会社法
― 65 ―
会計の修正が要求され, 1985 年基準会社法および 1989 年修正会社法では
大幅に会計規定が設けられた3)。
1970, 80 年代の会計制度の展開は外的要因, とりわけ経済的, 政治的,
さらに国際的要因に大きく左右され, 従前以上に法的, 国家的規制を強く
受けるようになった点が重要である。 会計規定のマニュアル化が進み, 会
計の法制化と政治化が強力に進行した点が英国現代会計制度の動向の特徴
である。 そのため, 会計制度全般の指針および基準設定の原則である概念
フレームワーク設定の必要性が高まってきた。 英国では, 概念フレームワー
ク作成の要請が 70 年代以降度々提起されたが, 1990 年 8 月に FRCASB
体制が確定するまで作成作業は実現できなかった。
概念フレームワーク作成までの経緯
70 年代半ばに, 米国の FASB をはじめ, IASC, そして英国 ASC は会
計基準設定の際, 基礎となる原則の欠如により基準の一貫性欠如問題を痛
感して, 改善策として会計概念フレームワークの作成を提唱した。 会計制
度全般の基礎となる原則ができれば, それに従い作成した会計基準の一貫
性も維持できると考えた。 米国 FASB は 1978 年に SFAC 第 1 号を公表
してから, 80 年代終わりまで約 10 年間, 全 6 号の SFAC を米国の会計
概念フレームワークとして公表した。 IASC は FASB より少し遅れたが,
80 年代には概念フレームワークを作り上げた。 それに対して, 英国は 70
年代から概念フレームワークの作成に関して, 提案のままで作成作業に至
らなかった。 90 年代に会計基準設定機関は ASC から ASB へ移行した後,
ASB の下で英国の会計概念フレームワークの作成作業はようやく開始さ
れた。 70 年代から 90 年代までにおける概念フレームワーク作成の提案を
いくつかのレポートの検討により概観する。
― 66 ―
①
1975 年 ASSC4) が公表した 「コーポレート・レポート」5)
ASSC は財務報告書の基本目的および利用者のニーズの再検討が不可欠
であると認識し, 公表財務報告書の範囲と目的を検討するディスカッショ
ンペーパーとして 「コーポレート・レポート (The Corporate Report)」
を 1975 年 7 月に公表した。 これまでの会計制度の状況と欠陥を把握した
うえで, 財務情報を公開すべき経済組織体の種類, 財務情報の利用者グルー
プの定義, そして利用者のニーズに対処できる報告の様式について検討を
行った。 「コーポレート・レポート」 は, 利用者のニーズに対して有用な
情報の提供を会社報告書の基本目的とし, 「意思決定有用性アプローチ」
が採用されている。 「コーポレート・レポート」 は 「誰が利用者であるか」,
「彼らのニーズは何か」 そして 「如何にしてそのニーズの充足を図るべき
か」 の 3 点が概念フレームワークの基幹であることを示した。 利用者集団
は株主と債権者のみとする当時の慣習的な見解を非難し, 従業員と顧客な
らびに一般大衆をその利用者集団に含めた6)。 そうすると, 資金を出資し
た所有主または資金を貸出した債権者との受託責任関係ばかりではなく,
広範な利用者集団に対する説明, 報告責任の拡張により 「公共アカウンタ
ビリティー」 概念が導入され, 受託責任の定義も一層拡大された。 「コー
ポレート・レポート」 は 「アカウンタビリティー」 の拡充にとって, 画期
的なレポートであり, その後における財務報告に関する議論および会社報
告書自体にとって貢献は大きい。 されに 90 年代の SPFR 作成に対して少
なからず影響を与えたことも高く評価される7)。 しかし, 残念ながら英国
は 1975 年 「コーポレート・レポート」 を公表した後, 具体的な概念フレー
ムワーク作成作業には至らなかった。
②
1981 年 ASC8) が公表した 「ワッツレポート」・1988 年 「ディアリ
ング・レポート」9)
同じ状況に対して同じ成果を算出する会計基準の存在により, 財務報告
― 67 ―
は 「真実かつ公正」 であることが確認され, 信用性が高められる。 つまり,
財務諸表の作成・表示の基礎となる諸概念を提示する概念フレームワーク
は将来の会計基準の展開および現行の会計基準の再検討を行うに当たって
役立つことができ, 該当基準がない場合には, 財務諸表作成者は概念フレー
ムワークを援用して会計処理することができる。 代替的な会計処理の数を
縮小するための基礎を提供することによって, 標準化が促進され, 財務諸
表の比較可能性も信頼性も高まることとなる。
1981 年に ASC は 「会計基準の設定 (Making accounting standards)」
通称 「ワッツレポート (Watts Report)10)」 という当時の会計基準設定プ
ロセスの検討結果報告書を公表した。 「ワッツレポート」 は従来の会計基
準設定プロセスの検討・改善のほかにも, 会計基準設定機関に関する全
般的かつ基本的な問題の解決策を考察, 提示している。 主要な提案は,
会計基準設定機関の再構築, 合同審査委員会の設置, 特殊業種の
SSAP11) の公表, 基準設定プロセスの改善, 概念フレームワークの作
成, ASC 運営のための資金確保, である。 しかし, ASC の組織内再構
築は実現されたが, 以下は作成や実行に移されることはなかった。 つま
り, 概念フレームワークの欠如問題は依然として解決できず, CCAB
ASC 体制も全面改革まで追い詰められた。
ワッツレポートで提案された基本的問題 (概念フレームワークの作成を
含む) を再検討するため, 1987 年 11 月に 「再検討委員会 (ディアリング
氏を委員長とする)」 を設置した。 「ディアリング・レポート (元名は The
Making of Accounting Standards 「会計基準の作成」 という)」 の主な
内容は, 会計基準の作成・公表権を有する会計基準審議会 (Accounting
Standards Boards 以下は ASB と称す) の設置および会計基準の法的裏
付けの強化, ワッツレポートと同様に概念フレームワークの作成を強く主
張した。
「ディアリング・レポート」 が主張したポイントは, 次のように実現し
― 68 ―
た。 まず会計基準の法的裏付けの強化問題は, 1989 年会社法修正の際,
法律条文で会計基準を明文化したことにより基準の法的バックアップを得
られた。 会計基準の作成・公表権を共に有する会計基準審議会 (ASB)
の設置は 1990 年 8 月に実現して, 基準設定機関は正式に ASC から ASB
へ移行した。 そして, 概念フレームワークの欠如に会計基準の設定と適用
における一貫性欠如の欠陥については, FASB や IASC で行われた概念
フレームワークの作成プロセスを参考にしながら英国会計制度ならではの
考え方も大切にし, 英国独自の財務会計概念フレームワークの作成を主張
し, その後の作業につなげた。
③ 財務報告原則書 (Statement of Principles for Financial Reporting : SPFR)
ASB は理論的アプローチの採用により, 首尾一貫した概念フレームワー
ク を 1991 年 か ら 1994 年 の 四 年 間 に か け て 七 つ の 原 則 書 の 公 開 草 案
(SPED) を作成し, 公表した。 1995 年 11 月に七つの SPED を一冊にま
とめて 「財務報告原則書 (Statement of Principles for Financial Reporting : SPFR)」 と名付けて公開草案を公表した。 SPED も SPFR 草案
も 1975 年の 「コーポレート・レポート」 の思考を受け継いだものである。
財務諸表の目的について, SPED と SPFR 草案との最大の差異は, SPFR
草案は利用者の経済的意思決定有用性のために情報の提供以外に, 「経営
管理者の受託責任を評価する」 ための財務諸表目的を明言したことである。
その後の SPFR も 2 つの財務諸表目的の考え方を継承し, SPFR の大き
な特徴となった。 SPFR 草案を公表した後, より多くの意見やコメントを
求め, 修正作業を行うため, いくつかの公聴会を開いた。 ASB は公聴会
で各界から寄せた意見やコメントに基づき, SPFR 草案に修正を加えて,
1999 年 12 月に 8 章12) 構成の 「財務報告原則書」 を正式に公表した。
SPFR の目的については, 「この財務報告原則書は, 一般目的財務諸表を
― 69 ―
作成し公表する際にその基礎となる原則である」 (Introduction par. 1)
とし, 「本原則書の主要目的は会計基準設定主体 (ASB) に現行基準
(SSAP) の再検討や新基準 (FRS)13) の作成の際に, 首尾一貫して準拠で
きる枠を提供することである」 (Introduction par. 2)。
英国 SPFR と米国 SFAC との差異
英国の SPFR は米国の SFAC と比べて, 作成開始の時期は 10 年以上
遅れることとなり, 90 年代最後の年となる 1999 年に漸く公表することが
できた。 作成プロセスの年代の違いから経済社会背景もかなり違う。 その
結果, SPFR と SFAC とは基本的な考え方から, 概念フレームワーク設
定の前提, 財務情報に関する観点など, 様々な点で相違が見られる。
米国証券市場は発展の当初から, 個人投資家は常に半分以上の割合を占
め, 企業の直接金融による資金調達の源泉は, 個人投資家からの資金が大
半を占めている。 そのため, 個人投資家の立場も比較的に強くて, 投資者
が企業の財務情報開示を要請する権利は当然視され, 企業側にとって投資
者に提供する財務情報の作成・開示は大きな課題となる。 こういう経済社
会の背景において, FASB は会計基準作成の際に原則となる概念フレー
ムワークの必要性を感じ, 70 年代後半から, ほぼ 10 年間の時間をかけ,
SFAC の作成に力を入れた。 SFAC の考え方は投資者の観点から出発し,
投資者の経済的意思決定有用性を前提にした。 つまり, 企業が開示する財
務情報は, 投資者にとって理解可能であり経済的意思決定の際に有用性を
持たなければならない。
一方, 英国の経済的背景は, 前述したように 70 年代までは銀行金融が
強く, 企業の資金調達は証券市場も利用するが銀行の融資により資金を調
達する, いわゆる間接金融が主流であった。 その結果, 企業の財務情報開
示もメインバンクに提供することが最も重要である。 銀行側の要請に応じ,
財務諸表などの財務情報が作成・開示されることである。 1979 年為替管
― 70 ―
理令の撤廃により, ロンドン市場は急速に国際化を果たし, ヨーロッパに
おいて最大規模の取引市場まで発展した。 80 年代国営企業の民営化によ
り, 個人投資家は大幅に増加し, 証券市場は活発になった。 上場企業の開
示拡充要求や比較可能性確保のため, 基準の一貫性や公正性問題が問われ
た。 既述のように, FASB や IASC とほぼ同時期の 70 年代に基準設定の
原則指針となる概念フレームワーク作成の計画は提起されたが, 70, 80 年
代には作成作業に至らなかった。 当時の会計基準設定機関である ASC は
各職業会計士団体の権力統合や会計基準設定プロセスから基準公表権を持
たないなど様々な問題を抱えたことが最大の原因と思われる。 80 年代半
ばに ASC を大幅に改革し根本的に組織変更しなければならない状況となっ
てきて, 様々な議論や提案を重ねた結果, 1990 年に ASC から ASB への
組織変更が為された。 ASB の下で英国は漸く出遅れた会計概念フレーム
ワークの作成作業に踏み出した。
英国の場合は, 証券市場における投資者に対する財務情報の開示のみな
らず, 資金調達の際に間接金融で大きな役割を担う銀行・債権者に対する
情報の提供も, 財務諸表目的設定の前提とする。 そのため, SPFR は利用
者グループを幅広く定義し, 各グループ利用者の要求を考え, 財務情報は
すべての利用者の各種の意思決定に理解可能の上, 有用性を持つべきとす
る。 SFAC は, 利用者=投資者とする前提から利用者に財務情報の理解
能力を求めるのに対して, SPFR は, 幅広く定義される利用者にとって財
務情報自身が理解可能性を持つべきと規定する。 SPFR と SFAC とは利
用者設定の違いから, 財務諸表構成要素の定義や財務諸表体系にまで差異
が生じる。 つまり, 米国 SFAC と英国 SPFR の設定前提は根本的に違う
ので, それらを比較分析すると内容に様々な差異が出る結果となる。 以下
は, 英国 SPFR の紹介を中心として米国 SFAC との差異分析を行う。
― 71 ―
2. 財務諸表の目的と利用者
意思決定有用性アプローチの採用
英国も米国も会計概念フレームワークを作成する際 「意思決定有用性ア
プローチ」 を採用している。 しかし, 同じアプローチを採用しても SPFR
と SFAC は前提設定について, 「誰にとっての有用性か」 つまり利用者の
設定の前提が異なる。 その結果, SPFR の 「意思決定」 の定義の拡張およ
び 「有用性」 の判断基準における SFAC との違いによって, 財務情報の
質的特徴を定義する際の SPFR の独特の考え方が示されることとなった。
FASB は SFAC を設定する際に, 投資者=利用者の考え方に基づき投
資者の立場で SFAC を作成する。 投資者にとって, 経済的意思決定は
「投資意思決定」 であり, 投資者の投資意思決定に際し有用な財務情報を
提供することを財務諸表の目的として設定する。 また, 財務情報の有用性
判断は投資者の立場によって判断する, つまり有用性の有無の判断は利用
者側にある。 投資意思決定が一方的に優先され, 投資者にとって提供され
る情報が有用と判断されれば, 他の全ての利用者にとっても有用であると
考える。
それに対し ASB が設定した SPFR は利用者を幅広く定義する。 利用者
を広範に定義することによって SPFR は意思決定を考える際に, 様々な
種類の意思決定を想定する。 投資者の投資意思決定をはじめ, 債権者の与
信意思決定, 取引先の取引意思決定, 従業員の継続勤務意思決定まで幅広
く意思決定を定義する。 そうすると, 情報の有用性判断は利用者側が意思
決定の結果で判断するのではなく, 作成側が規定に従い有用性ある情報を
作成し, 提供することである。 SPFR はより客観的に有用性を判断するこ
とと考えられる。 つまり, SPFR は有用性を情報自身が持つべき特性と考
え, 作成側は原則指針である概念フレームワークに基づく基準に従い, 有
― 72 ―
用性を有する財務情報を作成・提供しなければならないのである。
SPFR と SFAC とともに 「意思決定有用性アプローチ」 を採用しなが
ら, 意思決定に対する SPFR の広い定義と SFAC の狭い定義の相違があ
り, さらに情報の有用性の判断方法について SPFR はより客観的な観点
で判断していることが窺える。
受託責任評価の重視
企業活動および企業所有資源の利用に関する情報は多くの人々にとって
最も興味のある情報である。 一部の特定目的財務諸表利用者を除き多数の
利用者は 「一般目的財務諸表」 を求め, その財務情報を利用する。 SPFR
は財務諸表の目的について, 「財務諸表の目的は, 経営管理者の受託責任
を評価しかつ広範な利用者の経済的意思決定有用性のために, 報告企業の
財務業績および財政状態に関する情報を開示することである。 企業の財務
業績と財政状態に関する情報は, 現在または潜在的な投資者が, 企業の現
金創出能力 (創出のタイミングと確実性とを共に含む) および企業の財務
的適合性 (financial adaptability) を評価する際, 有用と認められる情
報として提供される」 (Ch. 1 Principles), 「財務諸表の目的は, すべての
経済的意思決定の際に有用な情報を提供することである。 さらに現存の投
資者は彼らの投資を保有するか, 売却するかを決定するとき, または経営
者の再任か交代かの判断において企業経営者の受託責任を評価するためで
ある」 (SPFR par. 1.4) と規定している。 意思決定に有用な情報の提供は
財務諸表の当然な目的として, さらに経営者の受託責任評価も大きく取り
扱われる。 「一般目的利用者は関心の焦点を一般目的財務諸表に置く。 企
業の財務業績情報と財政状態情報が提供される目的は, 広範な利用者が受
託責任を評価する際 (経営管理者の受託責任評価に基づくものである) そ
して経済的意思決定の際に有用性を持つためである」 (SPFR par. 1.6)。
つまり, SPFR における財務諸表の目的は, 広範な一般目的利用者に必要
― 73 ―
とされる情報を提供することである。 利用者が経営者の受託責任を評価し
かつ経済的意思決定をする際, 企業の財務業績と財政状態に関する情報を
求めている。
SFAC は一般目的外部財務報告の基本目的について 「原則として自分
が欲する財務情報を企業に要求する権限を持たないために, 経営者が伝達
する情報を利用せざるを得ない外部情報利用者の情報ニーズから導き出さ
れる」 (SFAC No. 1 par. 28) と外部利用者のニーズに満足できる情報を
提供することは財務報告の目的と説明した。 SFAC は外部利用者につい
て, SPFR のようにはっきり分類してそれぞれのニーズまで説明すること
はない。 「外部情報利用者のなかでも投資者および債権者ならびに彼らに
助言する者は, 明らかに財務報告によって提供される情報を利用し, 一般
に自分が欲する情報を要求する権限を持たない最も重要な外部情報利用者
集団である。 さらに, 投資者および債権者のニーズを満足させるために提
供される情報は基本的に, 投資者および債権者と同様に営利企業の財務的
側面に関心を持つ, その他の情報利用者グループの構成員にとっても一般
に有用であると思われる」 (SFAC No. 1 par. 30) と投資者の重要性を強
調する。 SFAC は利用者を投資者と債権者であることを前提として, 情
報が彼らに有用性を持つことはその他の利用者にとっても有用であると想
定する。 SFAC は経済社会における財務報告の役割とは, 経営者および
経済的意思決定を行うにあたり有用な情報を提供することと設定し, どの
ような意思決定が存在するかについては設定していない。 つまり, SFAC
は SPFR のように受託責任の評価の目的を明白に提起していない。
SFAC にとって, 財務諸表目的は 「経済社会における財務報告の役割
は経営および経済的意思決定に行うにあたり, 有用な情報を提供する」 こ
とである。 つまり, SFAC の財務諸表目的はあくまでも情報の提供・開
示である。 それに対して, SPFR は SFAC のように, 意思決定有用性目
的に全ての焦点を置き中心思考とすることなく, 意思決定有用性目的は依
― 74 ―
然として財務諸表の目的として重視するが, 会計の本来の目的である 「受
託責任の評価」 も大きく取り上げ, もう 1 つの財務諸表目的として重視す
る。 受託責任の評価および意思決定有用性のための情報開示という 2 つの
財務諸表目的を同じく重視し, 概念フレームワークで明言するのは SPFR
の大きな特徴である。
利用者の幅広い定義
SPFR 設定当時, ASB は概念フレームワーク作成委員会のメンバーを
職業会計士のみならず, 産業界の代表, 労働組合の代表, 金融業界 (銀行)
の代表, 政府側 (通産省, 金融庁) の代表など, 財務情報を使用するあら
ゆる領域の代表をメンバーとし, さらにいくつかの公聴会を開き, 意見聴
取することにした。 そのため, SPFR の情報利用者を定義する際に, 各界
の代表の立場を配慮し, 利用者の重要性により順番を付けて, 7 種類の利
用者グループに分けた。 SFAC の財務情報利用者はあくまでも 「外部利
用者 (=投資者)」 に設定したことに対して, SPFR は各利用者グループ
の視点から情報へのニーズを分析し, 様々な意思決定を持つことについて
説明を設ける。 以下は SPFR の財務情報利用者の定義である。
現在および潜在的な投資者 (以下は 「一般投資者」)
受託者 (管理責任を持つ) の立場である経営管理者は会社財産の保護,
管理, 有効かつ適切な利用に責任を負っている。 リスク資金の提供者は,
会社の経営管理者の役割について完全に果たしたかどうかを評価する際に
その情報に興味を持つ。 さらに, 彼らも現在の投資決定または将来の投資
を判断する際に, 有用性のある情報に興味を持つ。 結果として, この種類
の利用者は企業のキャッシュ創出能力および財務適合性を判断するため,
リスク属性, 投資から生じるリターンおよび企業の財務業績と財政状態に
関する情報を求める (SPFR par. 1.3)。 このグループの利用者の経済的
― 75 ―
意思決定とは 「投資意思決定」 を示すことである。
債権者
債権者は企業の満期債務の支払い能力およびその債務に関する利息の支
払いについて判断するために情報を求める。 同じく, 潜在的, 将来債権者
になるものの場合も情報を求めることにより, 貸し出しまたはその期間に
ついての決定を判断する (SPFR pra. 1.3)。 債権者にとって, 財務情報
を利用して, 「与信意思決定」 という経済的意思決定をする。
仕入先とその他の債権者
仕入先とその他の債権者について, 企業に商品を販売するかどうかの判
断, そして彼らが所有する債権の満期支払い見込みを判断するため, 情報
に関心を持つ (SPFR par. 1.3)。 仕入先の業者は企業の財務情報により,
企業の運営状況を判断し, 売掛金の回収可能性を評価する。 その結果, 当
該企業との取引を継続するか否かの判断もできる。 つまり, このグループ
の利用者の経済的意思決定とは 「取引意思決定」 を意味する。
従業員
会社の財務情報に関心を持つ理由とは, 会社の安定性と収益性を把握す
るため, 特に所属する部門または子会社の状況が知りたい。 そして, 会社
の報酬支払い能力, 雇う機会, 退職給付金およびその他の給付金の支払い
能力を評価するため, 財務情報を求める (SPFR 1.3)。 従業員は会社の
財務情報に関心を持つ理由とは, 報酬やボーナス, そして退職金について
会社の支払い能力を評価するためである。 また, 企業の安定性や収益性に
よる職場の評価の際, 財務諸表の利用も不可欠である。
― 76 ―
顧
客
顧客は企業の継続的な経営に関する情報に関心がある。 特に企業と長期
契約関係, または企業に依存する場合, 例えば, 最も一般的なのは製品保
証が含まれる販売, または特別に取替え部品が必要となる場合のことであ
る (SPFR 1.3)。 特に, 長期契約を結び販売する場合, 顧客は企業の存
続, 継続的に経営する能力に関心を持つ。 企業の財務情報によってそれを
判断し, 自分の権利を守ろうとする。 つまりこのグループの利用者は 「購
入意思決定」 をする。
政府とその機関
政府とその機関は企業の資源配分, したがって企業活動に関する情報に
興味を持つ。 さらに企業活動規制を促進する情報, 課税の評価および国家
の統計数値にベースを提供することを要求する。 この種類の情報の大部分
は特別目的財務諸表となるが, 一般目的で公表される財務報告の提供も要
求される。 特別目的財務諸表はどんな目的であるかにかかわらず, 一般目
的財務諸表との一貫性を明示しなければならない (SPFR 1.3)。 政府と
その機関は主に特別目的財務諸表 (課税ベースの計算) を求めているが,
一般目的財務諸表との一貫性を示すため, 一般目的財務諸表と合わせて提
供することも企業に要求する。
一般大衆
企業は一般大衆に様々な面で影響を及ぼす。 例えば, 地元の人を雇うこ
とにより就職のチャンスを提供すれば, 地域の経済発展に実質的な貢献と
なりうる。 そのため, 一般大衆, 地方自治体を含め, 趨勢の評価, そして
企業繁栄に示す最近の発展性と活動の範囲に関する情報に関心を持つ
(SPFR 1.3)。 つまり, 企業の発展により, 地域資源の使用に伴う地域
経済の繁栄から生じる付加的貢献がある。 一般大衆は企業が地域経済発展
― 77 ―
への貢献を評価するため財務情報を求める。
SPFR の利用者順位の設定は, 作成側にとっての重要性順である。 事業
に出資する投資者は株主 (所有者) となり, 企業にとって最も重要な存在
となるので利用者順位を一位に付ける。 次に債権者を挙げるのは SPFR
の特徴であるとも言える。 SFAC は利用者を投資者として設定したのに
対して, SPFR は投資者以外に債権者, 仕入先, 従業員, 顧客, 政府さら
に一般大衆まで拡大し, より広範的に利用者を定義している。 SPFR の利
用者の幅広い定義に基づき, 意思決定の意義は投資意思決定に限らず広く
なり, その結果, 提供される情報の有用性判断を規定する際に, SPFR は
より客観的に規定することができると考えられる。 SPFR は, 利用者の幅
広い定義が様々な面に直接ないし間接に影響して, その特徴が現れる結果
となったと思われる。
3. 財務情報の質的特徴
財務情報の質的特徴としては, 目的適合性, 信頼性, 比較可能性および
理解可能性の 4 つの特性が提起される。 財務諸表による情報の提供は目的
適合性と信頼性をともに満たさなければならない。 目的適合性とは, 利用
者の経済的意思決定に影響力を持つこと, つまり予測価値と確認価値が存
在することである。 また, 情報は影響力を持つとき適時に提供されなけれ
ばならない適時性も考えられる。 信頼性とは, 取引やその他の市場活動を
忠実に表現して, 意図的な偏見や重大な誤謬を避ける中立性や完全性を達
成し, 不確定な状況下では慎重性による判断が必要とされる。 そして,
SPFR は比較可能性と理解可能性を財務情報の質的特徴の基本特性に加え,
SFAC と異なる観点で概念フレームワークを設定している。 比較可能性
のため, 財務諸表は継続的に同じ会計原則の採用により, 財務諸表を作成・
― 78 ―
開示しなければならない。 理解可能性とは, 利用者が情報の意義およびそ
の重要性に気付くことができれば, 当該情報は理解可能性を持つと判断す
る。 SPFR は利用者に基本的な理解能力を求めるが, 情報自身が理解可能
でなければならないことを強調する。
財務報告プロセスにおける規準としての目的適合性
SPFR は目的適合性について 「財務報告プロセスのすべての段階におい
て選択規準として利用される一般的性質であり, 提供される全ての情報は
目的に適合しなければならない」 (SPFR par. 3.1) と規定し, 目的適合性
と信頼性のトレード・オフ調整について 「情報パッケージが全体として目
的適合性を最大化出来るような情報 (別言すれば, それは信頼性があり経
済的意思決定の際に最も有用) が選択されなければならない」 (SPFR
par. 3.1) とする。 つまり, 信頼性を持つ前提として最も目的適合性ある
情報が提供されるべきであるとする。 SPFR では, 目的適合性の構成要素
は予測価値と確認価値であるとしている。 過去, 現在そして将来の事象に
ついての評価ないし査定をすることができれば, 明白な予測の形は必ずし
も必要ではなく, 利用者にとって予測価値があるということである。 そし
て, 情報が, 利用者の過去の評価や判断を確認または是正するのに役立て
ば, その情報は確認価値が存在する。 情報は予測価値および確認価値の両
方ともに含むべきである (SPFR par. 3.3)。 財務情報の目的適合性を最大
にすることは, 情報の予測価値および確認価値を最大にすることである
(SPFR par. 3.5)。 つまり, 過去や現在の情報を利用して将来を予測する
こと, または予測が実際に発生したときの訂正や確認ができれば, 情報の
予測価値もしくは確認価値の存在が確認でき, 情報は目的適合性を持つと
判断する。
一方, SFAC の 「目的適合性」 は, 「適時性」, 「予測価値」 および 「フィー
ドバック価値」 の 3 つの要素で構成されている。 「情報は意思決定者の予
― 79 ―
測能力を改善すること, または彼らの事前の期待値を確認もしくは訂正す
ることによって, 意思決定に影響を及ぼしうる」 (SFAC No. 2 par. 51)。
つまり, 事前の期待値を発生した事象と確認し合い, 訂正することから生
じる情報の価値は 「フィードバック価値」 である。 財務情報はフィードバッ
ク価値を具備することで意思決定に影響を及ぼし, 目的適合性を有する情
報となる。 「すでに行った行動の成果についての予備知識があれば, 一般
に将来の類似する行動についての結果を予測する意思決定者の能力が改善
されるので, 通常, 情報は意思決定者の予測能力を改善すると共に, 意思
決定者の事前の期待値の確認または訂正に影響を及ぼす。 過去についての
関心がなければ, 通常, 予測のための基礎が欠けるし, 将来についての関
心がなければ過去についての知識は無意味になる」 (SFAC No. 2 par. 51)。
予測モデルを利用して, 過去のデータから将来を予測することは, 過去の
情報を理解しかつ将来への関心を持つ前提で行うべきである。 つまり, 予
測ができる前提として, 過去についての知識をまず理解しなければならな
い。 過去の情報に基づき将来への関心を示し予測を行うことに役立てば,
目的に適合する財務情報である。 情報の予測価値の有無は情報の目的に適
合するか否かの判断による。
SFAC の 「フィードバック価値」 と SPFR の 「確認価値」 は, ともに
事前の期待値を確認または訂正する意味を持つので名称は異なるが, 実は
同じ内容を示し, 財務情報の目的に適合するために欠かせない要素である。
そして, SFAC も SPFR も財務情報が目的に適合するため, 過去の知識
に基づき将来について予測する情報の 「予測価値」 を構成要素とする。
「予測価値」 について, SPFR は特に詳しい説明を設けないが, 「企業の財
務業績および財政状態がどのように観察されたかによって予測は異なり,
採用された予測は資産, 負債の認識計上およびその金額数値に大きな影響
を与えることとなる。 財務諸表の目的において最も目的に適合する予測は,
企業が予見できる将来において現実の経営を継続するという仮定に基づく
― 80 ―
ことである」 (SPFR par. 3.6)。 つまり, 継続経営を前提に, 過去の情報
に基づき将来を予測することが財務情報の 「予測価値」 である。 SFAC
は 「予測価値」 について 「会計情報が予測価値を持っているということと,
会計情報はそれ自体が予測であるということとは別である。 …予測価値と
は, ここでは予測過程にインプットされる価値を意味するのであって, 予
測そのものとしての価値を意味するのではない」 (SFAC No. 2 par. 53)
と解釈する。 「情報の予測価値を抽象的に事前評価することは不可能であ
るという点が重要である。 情報の予測価値は, 予測に変換されなければな
らず, したがって, 用いられるデータのみならず, その変換の性質もその
成果を左右するものとなる」 (SFAC No. 2 par. 54)。 つまり, 予測を行う
際, 事前評価の不可能を理解する上で予測を行うが, 利用する過去の情報
データおよび予測モデルの採用により, 異なる結果となったのは当然だと
認識されなければならない。 「情報は人間の行動に影響を与え, また, 情
報に対する反応は人によってそれぞれ異なるという理由から, 財務情報は
それに基づく正確な予測と一致しているかどうかによって, 単純に評価す
ることはできない。 それにもかかわらず, 予測価値は目的に適合する会計
情報と目的に適合しない会計情報とを区別する上で考慮すべき重要な要素
である」 (SFAC No. 2 par. 55)。 予測価値の判断は難しいが, 財務情報の
目的適合性にとって欠かせない重要な構成要素の 1 つであることは
SFAC も SPFR も認める。 そのため, SPFR は目的適合性を財務報告プ
ロセスの規準として取り扱う。
情報が必要とされる際, 即時に提供できることは当該情報の 「適時性」
と認める。 SPFR は当然, 情報の目的適合性を達成するため適時性を求め
る。 しかし, SPFR では 「適時性」 を目的適合性の構成要素とはせず,
「利用者の経済的意思決定の際, その決定に影響できる情報であってそれ
が適時に提供されれば情報は目的適合性を持つ」 (SPFR par. 3.2) と一言
だけ述べている。 それに対して, SFAC は 「適時性」 を目的適合性の構
― 81 ―
成要素の 1 つとする。 「適時性は目的適合性の補完的な側面である。 情報
が必要とされるときに利用不可能であり, または将来の行動にとって何の
価値も持たなくなるほど, 報告されるべき事象から長時間経過して初めて
利用できるようになったとしても, 当該情報は目的適合性を欠き, 利用価
値がない。 適時性とは情報が意思決定に影響を及ぼす効力を有する間に,
意思決定者に当該情報を利用可能とさせることをいう」 (SFAC No. 2 par.
56)。 適時性には程度の差があり, 適時性を高めることによって目的適合
性を得ようとする場合, その他の望ましい情報の諸特徴の犠牲を伴うこと
もある。 適時性を重視するあまり情報の信頼性を損なう場合もあるので,
この点については目的適合性と情報の信頼性との間のコンフリクト関係が
生じる。 財務情報の質的特徴はお互いに緊張関係 (relationship of tension) があるので, コンフリクトも当然存在する。 このコンフリクト関係
のトレード・オフ調整はで説明する。
SFAC は目的適合性を強調し, 予測価値も適時性も強く主張する。 特
に目的適合性と信頼性は相対的重要性として入れ替えることができるので,
目的適合性が高まれば, 信頼性の多少の犠牲も認める。 一方, SPFR はよ
り信頼性を重視するので, 目的適合性は予測価値と確認価値の 2 つの構成
要素だけ挙げ, 適時性は目的適合性の基本特性に入れずに補助条件として
提示することにしたものであると考えられる。
より信頼性を強調する SPFR
SPFR の信頼性は表現の忠実性, 中立性, 重大な誤謬の排除, 完全性お
よび慎重性の五つの構成要素で構成される。 それに対して, SFAC は 2
つの階層に分けて, 検証可能性と表現の忠実性の基本特性と, 副次的かつ
相互作用的特性である中立性により構成される。 両者を比較してみると,
SPFR は平面構成ではあるが 5 つの構成要素を挙げることでより厳密に信
頼性を規定し, 強調していることが窺える。
― 82 ―
表現の忠実性
取引や事象を記録することにより, 財務諸表はそれを基に情報を提供す
ることができる。 そのため情報が忠実に事実表現することは, 情報に信頼
性を与える前提となる。 財務諸表で認識・測定および開示された取引また
は事象は, 実際の取引および事象の結果に一致すること, すなわちその実
質を反映することが表現の忠実性の意味である。 「大部分の財務情報は表
現の忠実性の欠如により, ある種のリスクの原因となる。 取引や事象の測
定の際に, 正しく反映できるかどうかは測定の難しさを示している。 その
上
表現の忠実性
要素は財務諸表の内容を全般的に理解できる前提とし
て実現できる要素である」 (SPFR 3.11)。 SFAC の 「表現の忠実性」 の定
義は, SPFR とほぼ同じである。 「表現の忠実性とは, ある測定値または
記述, それから表現しようとする現象とが, 対応または一致することをい
う」 (SFAC No. 2 par. 63)。 SPFR も SFAC も実際に発生した取引や事
象を財務諸表上で忠実に反映することは 「表現の忠実性」 と定義する。
検証可能性
SFAC の信頼性は 「表現の忠実性」 と 「検証可能性」 により構成され
る。 SPFR の信頼性は五つの要素により構成されるが, 「検証可能性」 は
挙げなかった。 SFAC の定義において, 検証可能性は財務諸表の作成者
以外に, 監査を行う公認会計士または他の関係者が同じ資料を異なる方法
で作成しても, その結果は変わらないことを意味する。 つまり, 全ての財
務情報は誰によって, どんな方法を使っても, 同じ結果が出る検証可能性
は財務情報の信頼性判断に不可欠な特性と考える。 一方, SPFR はこの特
性を特に取り扱っていない。 SPFR が 「表現の忠実性」 を説明する際, 財
務情報が忠実に表現すれば, 検証することは可能と考えられ, つまり 「検
証可能性」 は 「表現の忠実性」 特性の中に含むことである。 さらに, 英国
の会計制度はコモンロー思考に大きく影響され, 会計士などの専門職人が
― 83 ―
優先的に尊重され, 財務情報は専門家が認める限り, 信頼性も保証され,
改めて検証する必要はない。 英国のコモンロー体系から生じる専門化を最
優先に尊重するコモンロー思考は会計制度にも大きく影響を与える。 その
結果, 財務情報の信頼性を規定する際, 専門家の意見をさらに検証しよう
とする検証可能性の要素を挙げなかった。
中立性
中立性について, SPFR は 「財務諸表で提供される情報は中立性を持つ
べき, 言い換えれば, 計画的, 意図的な偏見を排除することである。 前もっ
て準備される結果や業績を達成することを見せつけ, 意思決定判断の際に
影響しようとすれば, 財務情報の中立性は存在しない」 (SPFR 3.15) と
述べる。 SFAC は中立性を信頼性の副次的かつ相互作用的特性として位
置付けるが, 中立性についての規定内容は SPFR と同じである。 つまり,
信頼性ある情報には, 主観的な思考または意図的な偏見に影響されないよ
うに, 中立性を見せるべきであり, 換言すれば, すべての主観や意図的な
偏見を排除することである。
重大な誤謬の排除と完全性
「重大な誤謬の排除」 と 「完全性」 この 2 つの構成要素は SPFR 特有な
ものである。 英国はコモンロー体系の国であり, 法律の面はもちろん, 会
計制度にもコモンロー思考の影響を受けた。 会計処理に対して, 最小限の
規定しか設定しない。 つまり, 方向性的な原則を示し, 現場で実際の状況
と対面する専門家や職業人にすべての判断を任せる, いわゆる 「コモンロー
会計思考」 という英国ならではの会計思考である。 その結果, 英国の財務
諸表作成について, 弾力性程度は高く, 選択可能な部分が多くて, 選択に
より処理方法の組み合わせは様々な財務諸表の形式となる結果である。 財
務諸表が提供される情報は誤謬を含んでいない要求は信頼性にとって重要
― 84 ―
な要素となる。 「重大な誤謬を含む情報, または重要性以外の理由により
省略される情報は財務諸表の誤りの原因となり, 利用者を誤らせ, そして
信頼できないことにより情報の目的適合性が不完全になってしまう」
(SPFR 3.16)。 この SPFR の定義から見て, 「重大な誤謬の排除」 は信頼
性にとって, 大切な構成要素の 1 つであり, さらに, 信頼できるかどうか
の問題により, 目的適合性にまで影響されることもありうるという解釈で
ある。
「完全性に言及する際, 完全性は相対的な性質があるため, 重要性判断
基準を前提として考えなければならない。 財務諸表は企業の財務業績およ
び財政状態を記述する高度な集合体であるので, 全てを表示することは不
可能である」 (SPFR 3.17) と SPFR は完全性の相対的な特色を示し, そ
の判断基準を規定する。 前にも説明したように, 英国の会計制度はコモン
ロー会計思考に影響され, 財務諸表を作成する際に, 経営者 (財務諸表の
作成側) に任せる場合が多く, 詳細な規定は設けないという会計実務の現
状があり, 財務諸表の内容も作成側の判断により異なる場合は多く存在し
ている。 そのため, 重要性という情報の開示範囲の判断基準に従って, 重
要性基準範囲内の情報をすべて提供することは完全性の意味であり, 信頼
性を支える 1 つの要素である。 作成規定の弾力性により, 財務諸表の開示
内容は作成側の判断で異なる内容となる場合は多いが, 重要性判断基準を
満たす情報はすべて開示すべきという完全性の規定があるので, 情報の信
頼性も維持できる。 「重大な誤謬の排除」 と 「完全性」 は, すべてを任せ
られる専門職人に, 信頼性ある情報の作成および監査して判断する際, 注
意して欲しい最低限の規定として挙げられる。 いわゆるコモンロー会計思
考として, 不可欠な信頼性の構成要素と考えられる。
慎重性
最後は慎重性の検討である。 慎重性は SPFR にとって, かなり使用さ
― 85 ―
れる情報の特性である。 特に資産, 負債, 利得および損失の認識・測定プ
ロセスにとって, 重要な判断基準として利用される。 「慎重性は, 不確実
な状況において予測が要求される際に, どの程度までの注意を払う必要が
あることを明示し, 例えば, 利得, 資産の過大計上, または損失, 負債の
過小計上のことである。 特定の状況下, その存在に確認された証拠が求め
られ, 損失, 負債より利得, 資産のほうがより信頼できる方法で評価する
ことが求められる」 (SPFR 3.19)。 つまり, 企業の経営状況をよく見せる
ため, 利得, 資産を過大な金額で計上すること, または損失, 負債を過小
な金額で計上することは慎重性の欠如と考えられ, 財務諸表作成の際に注
意しなければならないことである。 「しかし, 不確実性が存在する場合の
み, 慎重性の判断が必要とされる。 さらに慎重性はこういう場合の利用に
適切だと考えられる理由とは, 例えば秘密積立金の設定, 過度の準備金の
設定を理由として, 資産, 利得を意図的に過小計上, または負債, 損失を
意図的に過大計上の場合, それは財務諸表の中立性に影響を及ぼし, 信頼
性がなくなる恐れがあるので, 慎重性の判断は必要とされる」 (SPFR
3.20)。
慎重性判断はあくまでも不確実な状況が存在する場合だけ必要とされる。
もし, 取引や事象がすでに確実に発生した場合, 財務諸表への計上の際に,
確かな金額も存在するので, 慎重性判断の必要はない。 逆に, 意図的に慎
重性を利用して財務諸表の中立性まで影響を及ぼすことはないように注意
する必要がある。 利得, 資産を控えめに計上するのは業績の測定に関心を
持つ株主 (投資者) よりも企業の経済的安定性に関心を持つ債権者にとっ
て重要な概念である。 SPFR は 「慎重性」 を強調するのは 「債権者保護」
の立場から, 利得, 資産の過大評価および損失, 負債の過小評価を防止し
て, より厳密に企業の経済安定性情報を提供するためである。 つまり,
SPFR は 「慎重性」 を信頼性の構成要素として大事に取り扱うことは, よ
り債権者の利害を重視し, 情報提供機能も利害調整機能も同様に重視する
― 86 ―
ことである。
英国はこれまで財務諸表に関する会計規定において保守的観点の欠如,
基準の弾力性が行き過ぎる問題から開示される財務情報の信頼性問題が常
に指摘されていた。 SPFR は慎重性をはじめ, 重大な誤謬の排除および完
全性, SPFR 特有の信頼性構成要素を提起し, より信頼性を重視すること
に努力し, これまで国際間で指摘された会計処理の問題や情報の信頼性欠
如問題を改善しようとする。 財務報告の目的で明示したように, 経営者の
委託された会社の資源に対する会計責任を評価する情報, および投資者の
経済的意思決定に役立つ企業の財務業績, 財政状態に関する情報の提供が
財務報告の目的である。 SPFR は SFAC よりも受託責任や会計責任の評
価に重点を置くことで投資者以外の利用者, 債権者や従業員などのことも
同じように重視することを明らかに示している。
基本的特性としての 「比較可能性」
SFAC では 「比較可能性」 を副次的かつ相互作用的特性と位置付ける
が, SPFR は基本的特性として位置付ける。 SFAC も SPFR も 「比較可
能性」 の定義についてほぼ同じである。 つまり同一事業体の各会計期間の
垂直的な比較可能性および同じ時点に企業間の水平的な比較可能性を求め
ることである。 「企業の財務情報は, 企業の各会計期間または特定の時点
に類似する情報を比較することにより, 企業の財務業績や財政状態の傾向
が判断でき, 情報に大きな有用性が創出できる。 また, 同じ業界で他の企
業と類似する情報の比較によって, 自身の財務業績の達成度および財務
適応性の探求ができ, 情報の有用性はよりいっそう増すことができる」
(SPFR 3.21)。 「そのため, 財務諸表情報はできる限り, 比較可能的に作
成されなければならない」 (SPFR 3.22)。 SPFR は意思決定有用性アプロー
チを説明する際, 有用性ある情報の作成・開示を前提に設定する。 比較可
能性による情報の有用性が創出できると判断し, 情報は比較可能であるべ
― 87 ―
きことは SPFR が情報の質的特徴の基本特性に位置付ける意味である。
SPFR の比較可能性は 「継続性」 と 「会計方針の開示」 の 2 つの要素に
より構成される。 「比較可能性に言及するとき, 報告事業体の各会計期間
の財務情報は継続的に比較できることを示す。 しかしながら, 継続性は,
それ自体が目的ではないし, それは改善された会計実務の導入の障害にな
ることを許すべきでもない。 継続性は企業間の比較可能性を高めることに
役立つが, それは各企業を完全に画一化されることと混同してはならない」
(SPFR 3.23)。 「継続性」 とは①企業の継続経営:事業の各期間を比較す
る場合, すべては 「継続経営」 を前提とすべきこと, ②会計原則の継続採
用:事業の各期間を比較する際, 違う会計原則の採用による比較は意味が
なくなるので, 同じ原則を継続的に採用すべきことを規定する。 「財務諸
表の作成に際し採用された会計方針, それらの会計方針の変更, 及び変更
による影響の開示は結果として財務諸表の有用性を高める」 (SPFR 3.25)。
つまり, 会計方針の開示により, 当該企業の財務情報作成の基準がわかり,
情報の利用が可能になる。 また, 企業同士を比較する際, 情報作成の前提
において等しい会計方針の採用が比較検討に不可欠な作業である。 会計方
針が異なる場合, 比較分析の前提が異なり, 比較分析を行っても, その結
果は無意味となる可能性はかなり高いのである。 そのため, 「会計方針の
開示」 を 「比較可能性」 の構成要素の 1 つとして, 財務情報を比較する前
に, 会計方針の比較分析を行わなければならないのである。 SPFR の質的
特徴構造は, 基本特性とその構成要素というシンプルな 2 階層から構成さ
れる。 そのため, SFAC のような副次的かつ相互作用的特性はない。 比
較可能性も財務情報の質的特徴の基本特性として位置づけ, 目的適合性や
信頼性と同じく重要性を強調すると同様に, SPFR はシンプルな財務情報
の質的特徴構造を有していることが窺える。
― 88 ―
情報自身が持つべき 「理解可能性」
SFAC にとって 「理解可能性」 は利用者の固有の特性と考える。 つま
り利用者が情報を理解できる能力を持つことを前提として情報は意思決定
の際に有用性を持つのである。 SFAC の定義により, 利用者は投資者と
設定し, ある程度の経済やビジネスに関する知識を持つと仮定し財務情報
に対して理解できる能力があると想定される。 しかし, SPFR の考え方は
SFAC と違って, 利用者が持つべき基本知識をある程度に求めるが, 「理
解可能性」 を情報の基本的特性と考え, 利用者に提供する情報自身が 「理
解可能性」 を持たなければならないと要求する。 「財務諸表により提供さ
れる情報は理解可能であるべき, 言い換えれば, 利用者は情報の重要性に
気付くことができることが必要である」 (SPFR 3.26)。 作成側にとって,
理解可能性を持つ情報とは, 利用者が財務情報を読むとき, その情報に通
じて, 伝えたい重要性に気付くことができることを意味する。 つまり, 情
報の重要性が利用者に伝達できれば, 情報は理解可能であると判断する。
「財務情報の理解可能性は次の 3 つに依存する。 ①取引やその他の事象
の結果をどのように特徴づけ, 集約し, 分類するか。 例えば, 取引や事象
の本質を十分に記述, 反映されない情報は企業の財務業績や財政状態を理
解できなくする。 ②情報はどういう方法で開示されるか。 ③利用者の能力。
財務諸表は利用者がビジネス, 経済活動および会計処理に関する合理的な
知識を持ち, そして提供される情報に合理的な注意を払う意思を持ってい
ることを前提として作成される」 (SPFR 3.27)。 理解可能性はいつも目的
適合性の一部を表現することとし, 情報の信頼性や比較可能性は利用者の
能力 (利用者の能力とは, 財務諸表の利用者はビジネス環境, 経済活動お
よび会計処理に関する合理的な知識を持ち, そして提供される情報に合理
的な注意を払う義務の意味である) に基づき理解することができる。 つま
り, 情報は目的適合性と信頼性をともに満たす場合, 利用者にとって理解
― 89 ―
可能な情報と考えられ, すでに理解可能性を持つことと考えられる。
SPFR の意思決定有用性は, 様々な利用者の意思決定に有用性を持つこ
とと解釈する。 提供される財務情報は投資者の投資意思決定に有用性を持
つだけではなく, 債権者の与信意思決定, 仕入先の取引意思決定, 従業員
の継続勤務意思決定, 顧客の購入意思決定など, それぞれの意思決定の際
に情報が有用でなければならないのである。 そのため 「理解可能性」 は利
用者が持つべき固有特性であるよりも, 財務情報自身の基本特性とするほ
うが適切だと SPFR は考えている。 そのため, SPFR は 「理解可能性」
を 「目的適合性」, 「信頼性」 および 「比較可能性」 と同じ, 財務情報の基
本特性として位置付ける。
質的特徴間のコンフリクト
「情報の特性である目的適合性, 信頼性, 比較可能性および理解可能性
にはお互いにコンフリクトが存在するはずである。 こういう場合に財務諸
表の目的に合致するトレード・オフを求める必要がある」 (SPFR 3.33)。
各特性の間にはコンフリクトが存在して, それはどうバランスよく, 本当
に有用性を持つ情報として提供することができるか, そのトレード・オフ
の調整は重要である。 例えば, 目的適合性と信頼性の間に存在するコンフ
リクトは一番の例である。 「目的に適合する情報は必ず信頼性を持つわけ
ではなく, その逆の場合にもありうる。 資産や負債はどの数値で評価され
るかについてもコンフリクト性が含まれる。 この場合において, どちらも
信頼性を持つ情報の中の最も目的適合性を有する情報を選ぶことが適切だ
と思われる」 (SPFR 3.34)。 つまり, 信頼性は前提条件として, 情報は信
頼性を満たした上で, 目的適合性が要求される。 FASB の SFAC は財務
情報の各質的特徴の間に 「相対的重要性」 が存在することを示し, そのト
レード・オフを求める。 「財務情報が有用であるためには, 情報に目的適
合性があり, かつ信頼性があるものでなければならないが, 情報は両者の
― 90 ―
特徴程度を異にしてもつことがある。 目的適合性と信頼性は, 一方を完全
になくすわけにはいかないが, 相互に入れ替えることはできる。 特徴間で
トレード・オフを行うことが必要な場合もあり, またそれが有効な場合も
ある」 (SFAC No. 2 par. 42)。 「財務諸表で伝達される情報に関して言え
ば, 信頼性は目的適合性を犠牲にしても, 最も優先されるべき特性であり,
他方, 財務諸表以外の手段で伝達される情報に関して言えば, 目的適合性
のほうが信頼性よりも優先されるべきであるとする見方はかなり一般的支
持を得ているように思われる」 (SFAC No. 2 par. 44)。 SFAC が目的適合
性と信頼性との間のトレード・オフのバランスを決定する際に, 財務諸表
で伝達されるかどうかがそのキーポイントとなる。 財務諸表で伝達する場
合は信頼性が前提となるが, 財務諸表以外の伝達手段の場合, 目的適合性
が優先される。 つまり, SPFR にとっても SFAC にとっても, 財務諸表
は信頼性の前提が満たされないと目的適合性の問題は言うまでもない。 さ
らに, SFAC は財務諸表以外で開示される情報の場合は目的適合性のほ
うを重視すると主張したが, SPFR はそれらの情報を財務諸表で開示され
る情報と同じ基準を適用する。 つまり, 信頼性はすべての財務情報が達成
しなければならない前提条件である。
さらに, SPFR はコンフリクト関係について, 目的適合性と信頼性との
間にだけ存在するわけではないと主張する。 「信頼性における 2 つの見地,
すなわち中立性と慎重性との間に緊張関係 (relationship of tension) が
存在する。 中立性は慎重な思考または故意の偏見から開放されることを意
味するのに対し慎重性は不確定な状況下で, 利得・資産の過大計上や損失・
負債の過小計上などを避ける潜在的に偏った概念である。 こういう緊張関
係は不確定な状況において慎重性が働く際にしか存在しない」 (SPFR
3.36)。 この状況下で中立性と慎重性はお互いにそのトレード・オフを求
める。 これは利得・資産が過大計上されるか, または損失・負債が過小計
上されるかの判断を下す際に, この 2 つの性質の働きにより生じる中立性
― 91 ―
と慎重性のコンフリクトである。 但し, 確定した取引や事象にはこのよう
な問題は存在しない。 あくまでも不確定な状況下において項目の計上金額
を計算する際に, 中立性を取るか, 慎重性を取るかにおいて出てくるコン
フリクト問題である。 財務情報の質的特徴の特性間にコンフリクトが存在
するので, トレード・オフの調整が重要なポイントとなる。
債権者の立場も同等に重視するからこそ, 信頼性は厳格に多くの要素か
ら構成される。 その結果, SPFR の信頼性構成要素は SFAC より多く挙
げられ, より厳密に規定するので, SFAC にはない慎重性と中立性との
コンフリクト問題の検討も SPFR で行っている。 その上で, 財務諸表に
おける認識・測定の規定では中立性と慎重性とのトレード・オフ調整の例
が挙げられる。 質的特徴の基本特性やその構成要素は, 多く挙げれば挙げ
るほど質的特徴間のコンフリクト問題は多く存在することになるので,
SPFR はそのトレード・オフの調整を重要な課題として取り扱うのである。
ま
と
め
英国の財務会計概念フレームワークは 90 年代終わりの 1999 年 12 月に
ASB により正式に公表された。 FASB や IASC の概念フレームワークと
比べて 10 年以上も遅れた。 その原因は① 70 年代からの会計基準設定機関
ASC が職業会計士団体に支配され, FASB のような独立して, 強い権限
を持つ機関ではなかったこと, ② 70 年代経済の混乱, 80 年代経済の再興,
証券市場の発達という経済社会背景で, 概念フレームワークの作成はずっ
と提案のままであったこと, ③ EC 加盟により, 会計制度や会社法規制へ
の衝撃, EC 諸国との調和で精一杯だったことなどによる。 1989 年会社法
の確立, 1990 年 8 月 FRCASB 体制の正式運営による英国の会計基準の
法的地位および設定・公表権の統一により, より現代会計制度に近づく安
定したシステムが確定した。 そこで, もうこれ以上基準設定の原則となる
― 92 ―
会計概念フレームワークの作成を遅らせると, 一貫性ある基準は実現不可
能と認識し, ASB の下で 1991 年から SPFR の作成作業を開始した。
FASB の SFAC も IASC の概念フレームワークも参考するが, 英国は独
自の SPFR を発展させたのである。 まず, 財務諸表の目的は経営者の受
託責任の評価, かつ広範な利用者の経済的意思決定有用性のために提供さ
れるとする。 情報の開示・提供を一方的に重視する SFAC とは違って,
会計本来の目的である受託責任の評価を強く主張した。 利用者の定義を広
げることにより, 財務諸表目的は情報の開示および受託責任の評価の 2 つ
とし, 財務情報に対して, 有用性を持ちかつ理解可能であることが要求さ
れる。
英国の会計基準に対しよく指摘される保守的観点の欠如, 会計基準の弾
力性の行き過ぎといった問題を改善するため, 債権者を投資者の次に重視
し, 信頼性を構成する 「重大な誤謬の排除」 と 「完全性」 の重視, さらに
「慎重性」 の強調により, いっそう厳密な概念フレームワークの作成を目
標としてきた。
本稿において英国財務会計概念フレームワークを検討した結果, 変貌し
つつある英国の会計制度も鮮明になってくるように思える。 SPFR の内容
は SFAC のように注目されないが, 英国会計制度において SPFR ならで
はの発想, SFAC より公平的な会計思考は少なくないように思われる。
SPFR の前半 (第 1 章から第 3 章まで) の基礎面の規定を検討した結果,
幅広く利用者を定義すること, そこから意思決定の幅広い定義, さらに情
報の質的特徴である信頼性の重視などの SPFR における基礎的な面の特
徴を明らかにすることができた。 SPFR の後半 (第 4 章から第 7 章まで)
は制度面の規定であるが, これらの検討は稿を改めて検討したい。
― 93 ―
《注》
C. P. Hill, British Economic and Social History, 17001982 (山浦久司
1)
国株式会社会計制度論
英
白桃書房, 1993 年, 361 頁)。
2)
山浦, 同上書, 364 頁参照。
3)
山浦, 同上書, 365, 366 頁参照。
4)
Accounting Standards Steering Committee : 会計基準運営委員会, 1970
年∼1976 年。
5)
菊谷正人
国際的会計概念フレームワークの構築
ムワークを中心として
6)
英国会計の概念フレー
同文舘, 2002 年, 1933 頁参照。
田中延幸 「英国における会計概念フレームワークの展開」
通・経営科学論集
大阪学院大学流
大阪学院大学, 第 22 巻第 2 号, 1996 年 9 月, 96 頁。
7)
田中, 同上論文, 97 頁。
8)
1976 年 2 月, ASSC は CCAB (Consultative Committee of Accounting
Bodies) のもとで, 会計基準委員会 (Accounting Standards Committee)
へと再編・改称して, 1990 年 7 月まで会計基準設定機関として活動した。
9)
菊谷, 前掲書, 序章を参照。
10)
会計基準設定プロセスを検討するために, 第 3 代 ASC 議長 Watts 氏が
1978 年に 「検討グループ」 を設置し, コメントを公開議論により求めた。 1981
年 1 月に 「会計基準の設定 (Making Accounting Standards)」 通称 「ワッ
ツレポート (Watts Report)」 を公表した。
11)
Statements of Standard Accounting Practice : SSAP は 1976 年から 1990
年まで Accounting Standards Committee : ASC (会計基準委員会) が作成
する会計基準である。
12)
SPFR の構成内容は以下のようになる。
序説 (Introduction), 第 1 章
財務情報の質的特徴, 第 4 章
章
おける認識, 第 6 章
章
13)
財務諸表の目的, 第 2 章
報告主体, 第 3
財務諸表の構成要素, 第 5 章
財務諸表における測定, 第 7 章
財務諸表に
財務情報の開示, 第 8
他の事業における持分に対する会計処理。
Financial Reporting Standards : FRS 財務報告基準。 1990 年 8 月から活動
を開始する ASB が作成・公表する会計基準である。
― 94 ―
参考文献
著
書
Accounting Standards Board, The Statement of Principles for Financial
Reporting, December. 1999.
Accounting Standards Board, Financial Reporting Standards 3 “Reporting
Financial Performance,” October 1992.
Accounting Standards Board, Financial Reporting Exposure Draft 22 “Revision of FRS 3 ‘Reporting Financial Performanc’,” December 2000.
Glynis Morris BA, FCA. UK Accounting Practice, London : Lexis Nexis
Butterworths, 2005.
Kees Camfferman, Stephen A. Zeff. Financial Reporting and Global Capital
Markets ― A History of the International Accounting Standards Committee
19732000, Oxford : Oxford University Press, 2007.
菊谷正人 国際的会計概念フレームワークの構築
広瀬義州, 平松一夫訳
山浦久司
論
英国会計の概念フレームワー
同文舘, 2002 年
クを中心として
FASB 財務会計諸概念
英国株式会社会計制度論
中央経済社, 2002 年 4 月
白桃書房, 1993 年
文
David Cairns, “IAS Convergence Looms for UK,” Accountancy Vol. 127
(February 2001): 92.
Nadine Fry, David Bence, “Capital or Income,” Accountancy Vol. 139 (April
2007): 81
Ron Paterson, “A Remarkable Performance,” Accountancy Vol. 127 (February 2001): 94.
可児島達夫 「イギリスにおける財務会計概念フレームワークに関する一考察」
彦根論叢
滋賀大学経済学会, 通号 331 号, 2001 年 6 月
菊谷正人 「英国の
企業会計
英国会計の概念フレームワーク」
財務報告原則書
英国会計の概念フレームワーク」
Vol. 52, No. 9, 中央経済社, 2000 年 9 月
菊谷正人 「英国の
ク」
Vol. 52, No. 8, 中央経済社, 2000 年 8 月
菊谷正人 「英国の
企業会計
財務報告原則書
企業会計
財務報告原則書
(3・完)
英国会計の概念フレームワー
Vol. 52, No.11, 中央経済社, 2000 年 11 月
菊谷正人 「英国会計の概念フレームワークにおける特徴」
― 95 ―
国士舘大学政経論叢
(国士舘大学政経学会) 通号 116・7 号, 2001 年, 2・3 月号
田中延幸 「英国における会計概念フレームワークの展開」
経営科学論集
大阪学院大学流通・
大阪学院大学, 第 22 巻第 2 号, 1996 年 9 月
田中延幸 「英国における会計概念フレームワークの形成をめぐる近年の動向
ASB の原則書を中心として」
大阪学院大学流通・経営科学論集
大阪
学院大学, 第 22 巻第 4 号, 1997 年 3 月
田中延幸 「英国における会計概念フレームワークの展開とその影響
の年次報告書を手掛りとして」
大阪学院大学流通・経営科学論集
英国企業
大阪学
院大学, 第 23 巻第 1 号, 1997 年 6 月
(原稿受付
― 96 ―
2007 年 12 月 1 日)
経営経理研究 第 82 号
2008 年 3 月 pp. 97125
論
文〉
情報社会の新しい情報システム
の再考(1)
CALS と経営システムの考察
金
要
山
茂
雄
約
高度情報化は通信の高度化, 情報伝達の迅速化, 情報伝達経路の多元化,
情報伝達のフレックス化, 情報機器の高機能化, 情報源の増加・多様化,
そして情報伝達量の増加を引き起こしている。 このような中にあって, 通
信技術と情報技術の発達が, 企業の経営形態と経営戦略に大きな変革をも
たらしている。 情報技術やデジタル技術の発達に伴い新しい原理が必要で
ある。
情報およびエレクトロニクスの技術から観た場合, 次の時代はますます
高度情報化に向うことは疑いがない。 高度情報化を支えるシステムはます
ます大規模化し, 信頼性が高く, 柔軟性に富み, そしてさらに人に近い人
間機械界面をもつものとならねばならない。 システムが巨大化するにつれ
て, 能力の限界が見えはじめてくる。
ここでは, 情報およびエレクトロニクスに対しての技術開発, 進歩とそ
の限界に対し, 企業の経営システムとして CALS による新しい情報シス
テムの利用が可能であることを若干考察する。
キーワード:業務のシステム化, CALS システム, R-E, CALS-EC と
EDI, 生産システム
― 97 ―
目
次
はじめに
1. グローバルビジネスと産業界の動向
2. 企業の組織と取引
2.1
企業と組織および業務とシステム
2.2
光速システムと経営情報の視点
3. GB 情報システムへの確立
3.1
CALS 概念
3.2
競争優位性
おわりに
はじめに
21 世紀へのより高度な社会の実現のため, 世界的レベルにおいて各国
が目標を設定し活動・展開している。 技術革新の急速な進展に伴う環境問
題をはじめ産業の停滞, 企業経営の悪化など解決しなければならない問題
が山積みになっている。 よって, 新しい思考・体系を創造し展開するマネ
ジメントが必要となる。 すなわち, 「変革」 が求められるわけである。 変
革は組織を存続させ, 組織の発展を図るために欠かせない機能であるとし
て数多くの研究が報告されている1)。
政治・経済においても東西冷戦後の体制変化, 特に東欧諸国をはじめ旧
東側世界の急変とそれに伴う産業社会への転換など 19・20 世紀から引き
続いてきた社会経済システムが根底から変わった。
変革に対する企業の戦略は, 情報社会とは何か, 知識社会とは何か, を
明確に定義することである。 人の筋力の代わりに動力, 人の頭脳の代わり
にコンピュータ。 そして, 足の代わりにネットワークと通信であろう。
工業社会のキーワードは自由競争であったが, 情報社会のキーワードは
共生, 共働, 自立であり, 知識社会では, 知恵である。 変革に対する企業
― 98 ―
の戦略は, 従来の考え方を一掃し基本的に変えなければならない。 すなわ
ち, 成功事例を探し, その事例に目標を定め達成する戦術を実施する考え
で, 前例のない使命を探しだし, できる限りの情報を収集して考えうるか
ぎりのシミュレーションを行い, そして最悪の場合を想定し, つまりリス
クを考慮に入れた新しい戦略・戦術を考え構築し, 実施する方法に変えな
ければならない2)。
最近の米国の産業は, 一時期失いかけていた競争力を再び回復させ, 世
界経済の指導者としての地位を取り戻し, 再び弱体化へ向かっている。
米国の産業界は, 製造業の空洞化と技術開発の伸び悩みにあえいでいた。
そこには, 日本の存在があったからである。 失業は増大し, 貿易赤字の拡
大が続いていた。 しかし, 状況は大きく変化した。 日本がバブル経済崩壊
後の不況の長さにあえいでいる間, 米国の経済は徐々に回復へ向かい, 事
実回復した。 しかし, 現在はバブルのような状況で以前のような力強さが
感じられない。 一時期, 米国経済が急速に競争力を回復したその要因の一
つにリエンジニアリングが挙げられる3)。 リエンジニアリング (以下, R-E
と称する) は CALS の一部である4)。 衰退化した経済状況の中で, 米国は
1980 年代半ばから CALS の準備をはじめていた。 その後, その成果が徐々
に現れた。 それまでは, 日本型経営システムが競争力を発揮し, 経済大国
に押し上げてきた。 その強い日本型経営システムは米国と比較してよく指
摘されるのが系列取引の利点である。 企業系列の系列内では技術を共有す
ることで優れた製品開発が実現でき実行してきた。
親会社は子会社や孫会社および協力会社等を育て, 合理的な開発と高品
質管理を実現させた。 米国は企業の独立性が強く, 技術の継承の点で劣り,
さらに企業内では個人単位で仕事を遂行することから各部門や各社員間の
連絡が悪く, 無駄が多いといわれていた。
一方, 日本の企業では, 情報の共有や仕事の同時進行などはもう行われ
ていると批判的であった。 しかし, CALS は, メリットだけを取り入れ
― 99 ―
デメリットは除く形態になっている。 求める者同士が情報交換し, 協力し
会うという意味では系列である。 系列関係にあっても CALS の場合は,
その都度, 全世界規模で最良メンバーを構成する。 すなわち, 短期間の系
列である。 しかも国, 地域, 部門や縦, 横の組織的関係は問わず, その時
その時でグループを構成し, 実行する。 つまり, 企業内でよく見られるプ
ロジェクトチームのような体系である。 しかし, CALS は企業内ではな
く企業を越えたプロジェクトである。 プロジェクトが終われば解散する。
日本企業の系列は, 取引に縛られ時には損をする場合がある。 CALS は
損をしない。 損をした場合は, 他の系列会社の利益で埋めるが, しかし系
列会社が赤字続きであれば倒産と同様の状態になる。 またインターネット
同様, CALS も国防の軍事戦略上のために開発されたシステムである。
つまり, 米国の戦略用情報システムである5)。
以上のことを踏まえて, CALS が今後新しい情報システムとして適応
が可能であるか, 再考して観る。 そこで, 時代の変化に適応できる企業組
織とその能力および組織構造の構築を考えながら, また企業活動の展開に
ついて触れながら CALS について概観し, 企業社会や一般社会に何をも
たらすのかまた, どのような目的で, 社会へ浸透し, その効果が将来にわ
たり最良であるか, 特に, CALS システムが新しい経営システムの確立
や情報システムに成り得るかを若干の検討, 考察する。
本稿では, 以前から数回に渡り情報技術や技術革新が企業の競争力強化
と活性化の一つと指摘したが, 通信技術の発達が企業の戦略・戦術に大き
な変革をもたらしていると同時にこれらの技術発達に伴う新しい原理の必
要性を固定した分野に限らず, システムの大規模化, 高信頼性, 高柔軟性,
さらに人間に近い機械の創造などの能力の限界に関しても検討したい。
― 100 ―
1. グローバルビジネスと産業界の動向
高速通信により, 経済活動におけるネットワークを利用した情報システ
ムもより一層複雑になった。 従来に比べ研究開発, 生産, 流通, 販売のプ
ロセスは, グローバルな経済構造の中で, 非常に高性能な分散型のコンピュー
タ技術, 集中処理技術, 高速通信網の実現によって情報交換が高速かつ迅
速に行われる状況にある。
情報技術と通信技術が持っている可能性, そして通信とインテリジェン
ト・ソフトウェア, 高速ハードウェアの組み合わせがその可能性を無限に
引き出している。 例えば, 情報技術, 通信技術を大規模に活用することに
よって, 開発プロセスが 5%短縮でき, 2,000 億ドルが節減され, 市場の
競争力にも大きな影響を与える。 研究開発プロセスが高速化するだけで市
場に沿った形で開発ができるからである。
従来型の生産社会においては市場というもがあまり顧客重視の形態では
なく, 創造性あるいは革新性を製造する社会においては, 製品のコンセプ
トとカスタマーの要求条件とが密接に連携する必要があった。 既に自動車
業界では, バイヤーが理想の自動車をオンラインのスクリーン上で構築し,
それからプロダクションのプロセスが始まるというシナリオが進められて
いる。 これが実現すれば, カスタム・メイドの車が迅速に納車されていく
ことになる。
情報社会のネットワークの長所の一つは, 普遍的で差別のないネットワー
ク・プラネットホームの構築が挙げられる。 それによってあらゆるサービ
スがシームレスな形で提供できる。 それは, グローバルな競争環境の中で
ネットワーク事業者が成功していくための絶対条件でもあると考える。 こ
れからのネットワークはフレキシビリティの高いものではなければならな
い。 また, 産業界や情報社会が効率的な処理と高速通信に依存することに
― 101 ―
なり, ネットワークは高性能と高信頼性を提供する必要がある。 ネットワー
クのインフラの構築とグローバルなシームレス・サービスの提供が進展す
る中で 「協力と協調」 は欠かせない。 企業間競争の激しい中をそれぞれ独
立独歩で進めば, 決してシームレスなネットワークを実現できず, サービ
スの提供もできなくなる6)。 もちろん標準化に関し, これまでの企業文化
が存在する企業にとって, 既に開発された製品やサービスをさらに研究開
発を積み重ねてきたという実積が企業側にある。 あるいはそれぞれの社会
においてインフラの要件が異なっていること。 さらに, それぞれのエゴイ
ズムがそこに存在する。 そのために, 調整ができず, いわゆるデファクト
標準が出現することになる。 これは他の標準化の事例からでも明らかなと
おり, 結局, 市場が決定を下すことになる。 このような開発と生産活動の
展開というのは, 時としてリスクを追うことになると共に意識しておかな
ければならない。
産業の変化はコンピュータの歴史で明らかである。 約 60 年前は真空管
を使った大型のコンピュータであった。 機能は単機能であったが今では集
中処理, 分散処理, 並列処理が可能になった。 その後, コンピュータ同士
が通信回線で結ばれ, ネットワーク, 情報の共有, 電子メール, 電子会議
などが可能になり, 情報システムのオープン化も実現された。
一方, 通信技術はでデジタル化が進展し, パルス・コード・モジュレー
ション (PCM) が可能になった。 各種部品も IC, VLSI など PCM 開発が
各種部品の集積化を成し遂げた。 1 Gbit/sec の速さを実現し, その過程
で日本のオプティカル・ファイバー・システムは 10 Gbit/sec (1 秒間に
100 億個のパルスを送る) まで進歩した。
以上のことより, 生産, 製造技術の基盤技術は世界に誇れる能力を持っ
ていることが分かっている。 一昨年, 日本では製造能力の閉塞感が言われ
たが, ハードウェアに関しては決して悲観的になる必要はない。 なぜなら,
1994 年の世界市場のコンピュータの生産規模は日本が 666 億ドル, アメ
― 102 ―
リカが 608 億ドル, ヨーロッパが 392 億ドル, アジアが 484 億ドルと日本
の生産能力は決して劣っているわけではない (拙稿
経営経理研究
拓殖
大学経営経理研究所, 第 79 号, 2006, pp. 106108 の表 3 を参照のこと)。
グローバル化が進展することは, 技術移転もまた進むことになる。 これら
の開発のポイントはサービス・ネットワーク化とマイクロ・インテリジェ
ント化が挙げられる。 この二つのポイントは先端技術の開発とサービス・
ネットワーク化を世界に向けて実用化することである。 もちろん総合力に
よるシナジーの発揮とグローバルなネットワーク・アンド・アライアンス
(N & A) を図っていくことでもある。 これは日本の通信産業の発展への
最大の課題であるといえる。 また, 最大の課題には先進技術力に向けた技
術と経営が必要である。 その課題には研究部門と事業部の組織関係の強化
および研究開発のグローバル化の促進。 さらに, 研究者の育成と評価が挙
げられる。
企業の事業部は今日, 明日をテーマに, 研究部門は 5 年, 10 年後の実
用化を目指している。 つまり, 研究成果の商品化, 製品化である。 例えば,
日本電気の場合, 研究成果の商品化と製品化を検討する場として 「技術戦
略交流会議」 や社内の 「受託研究制度の受注研究」, さらに各種のプロジェ
クトなど各部門・組織間で互いに協力できる体制を確立し, 企業全体に反
映させている。 さらに, 大学と国立研究機関等との協力体制など産学官の
一体化体制で様々な課題に取り組んでいる。 そして, グローバルな研究開
発の推進において基礎研究の到達水準が欧米水準を目標にさらに欧米レベ
ルに上げるためには各国の協力が必要不可欠である。 例えば, 海外に研究
所を設立し, 現地の国の企業あるいは国家レベルの研究者, 研究機関など
と協力し合い, 遅れた部分の蓄積を補っている7)。 また, できる限りの情
報の共有を図ることである。 企業経営は人間の能力の尊重, 育成, を目ざ
し, さらに活用することである。 そのためには潜在能力の開発が不可欠で
ある。 また, 評価は知的生産の評価であり, 時系列的評価とその成果によ
― 103 ―
る評価が総合的であること。 その評価基準は複雑化する傾向が多いがむし
ろ単純評価で十分な評価ができる。 全てにおいて怠っていたことを速やか
に行動する。 また, その結果からの改善へり取り組み, 常に各自・各企業
のプラス思考と目的・目標の設定, そして, なによりも各自が努力するこ
とである (拙稿
経営経理研究
拓殖大学経営経理研究所, 第 79 号,
2006 を参照のこと)。 ただし, 経済・経営活動とその展開において, コン
ピュータの発明や先端技術に代表されるインターネットにもみられるよう
に, 商用化への出発点は米国で, さらにネットワークを強化していく国が
日本であるような規則性が導き出される点は様々な課題に対し, 考慮しな
ければならない。 また, この事実関係は文化的側面から異なった文化圏の
違いも根底に存在することに留意する。
研究開発が促進され, 技術水準が向上すると従来の機械化のような定型
業務の業務形態が大きく変わってくる。 仕事の連結性に応えるために, 全
ての労働者は, 自分が直接かかわりを持つ部分についてだけ把握し, 理解
するのではなく, それぞれが全体のシステムの中でどのような機能と役割
を持っているかについて全体的・動態的な把握, 理解, 認識, そして情報
を得なければならない。 つまり, 職能別組織の体系からマトリックス組織
体系になってくる。 全ての労働者が十分な一般的, 工学的, 管理的教育水
準と十分な情報と決定能力を持つことが要求されてくる。 それは, 一般労
働者の知的, 情報水準の向上が産業だけでなく, 社会全体に進む傾向にあ
るからである。 すなわち, 機械的, 定型的, 反復的な仕事などの単純労働
の多くはソフトウェア化され, 工場やオフィスから姿を消す。 さらに, 異
なったポジションの仕事間の連結性が増え, 仕事の境界がなくなり, 柔軟
性と適応性がより一層必要となり, 専門化からオールラウンドに専門化す
る。 また, 一方では通信の分野でもパーソナルコミュニケーションとマス
コミュニケーションを統合しネットワークコミュニケーションという新し
い形態が形成される。 パーソナルコミュニケーション 1 対 1 で双方向 (電
― 104 ―
話・電信など)。 さらに, マスコミュニケーションは 1 対多で一方向 (テ
レビ・ラジオなど)。 そして, ネットワークコミュニケーションは多対多
での双方向で多様化する。 特に, ネットワークコミュニケーションはマル
チメディアに相当し, 個人がさまざまな技術とシステムで世界的, 地域的,
組織的規模で進めており, その活動が各個人の情報選択, 正確な情報の取
得・発信に役立ち, さらにネットワークの基礎能力に寄与している。 そこ
には, 管理する者と管理される者との境界がなくなり, それによって組織
の構造に影響を与え, 各自が責任を持って管理する。 つまり, 自己管理・
共有型の組織構造が考えられる。
2. 企業の組織と取引
2.1
企業と組織および業務とシステム
企業は, モノやサーサービスを商品として提供し, 需要に応えることや
利益をあげることを主な目的としている。 モノであれサービスであれ, 何
らかの商品を作るには経営資源が必要である。 経営資源には 「ヒト, モノ,
カネ, ジョウホウ」 があり, 企業はこれらを使って利益を上げている。 た
だし, 経営資源を維持するには人件費や設備維持費, 税金, 家賃といった
コスト (費用) がかかる。 そのために, 資源を最大限に活用する戦略 (経
営戦略) を立てることが, 企業にとって重要な課題となる。
経営戦略の企画立案はもちろん, 企業の経営者であるトップマネジメン
ト (経営執行機関) の役割であり, トップマネジメントは利益を上げると
いう企業の目的を実現するために, 経営資源をどのように活用すればいい
のか戦略を立て, さらにそれを組織の陣頭に立って指揮・運用する。
最近では, 日本の企業でも, トップマネジメントに CEO, COO といっ
た略称を用いることが多くなってきている。 これには, 経営者や個々人の
役割と責任を明確にすることができる。 ではその中で組織はどうあればい
― 105 ―
いのか。 企業は複数の組織で構成され, 各組織に所属する社員が業務を分
担し合っている。 このように業務を分担することを分業化という。 分業化
によって, それぞれの組織・社員は特定の業務に特化することができ, 専
門性が高まり, より良い成果を上げられる。 その代表的な組織には職能別
組織, 事業部制組織がある。 前者は一般的な組織構成である。 業務の種類
は分業化されており, 経営者の下に総務, 人事, 経理, 営業といった職種
ごとの部門に分かれている。 部門は企業本来の業務, 利益を上げることを
行うライン部門とライン部門を支援するスタッフ部門に分かれている。 こ
の組織は指揮系統が明確であり, 専門化により知識の蓄積が可能になる。
組織の規模が拡大すると部門間のやりとりが複雑になり, すばやい対応や
取締役会
社
長
企画部門
総
務
部
門
人
事
部
門
営
業
部
門
購
買
部
門
製
造
部
門
注) 情報処理関連資料よりアレンジして作成。
図1
製造業の職能別組織の例
経
営
者
管理部門
A 事業部
B 事業部
C 事業部
注) 情報処理関連資料よりアレンジして作成。
図2
事業部制組織の例
― 106 ―
意思決定ができなくなる。
一方, 後者の事業部制組織の構成は, 製品別, 地域別, 市場別などを単
位にした事業部からなる組織で, 主に大企業に多い構成である。 各事業部
は独立採算制で生産, 販売にそれぞれの権限を持ち職能別組織のようにラ
イン部門とスタッフ部門をもっている。 この組織の構成の特徴は, 各部門
間での競争が図られ組織の活性化が企業全体に及ぶことである。 しかし,
組織として命取りに成りかねない競争が激化すると利益優先に暴走し企業,
組織全体が見えなくなることもある。 職能別組織と事業部制組織にはメリッ
トもあるがその反面, デメリットもある。 これらを踏まえて改善された組
織としてマトリックス組織や諸規模な組織としてプロジェクトチームがあ
る。 この組織は柔軟な組織編成ができ, 環境変化にも対応可能で新しい商
品開発や特定の企業目的のために構成, 編成されている。 したがって, 職
能別組織や事業部制組織の基幹業務をシステム化し, 基幹業務以外をマト
リックス組織やプロジェクトチームが行う。 よって企業活動の円滑化が促
進される。 また以前からマトリックス組織では業務責任管理者の責任の所
在が明確化されず曖昧であると指摘されていたが, それは業務や命令系統
の複雑化が要因の一つとされていた。 しかし, 業務内容と分類, システム
化で解消される。 つまり, 基幹業務と非基幹業務に分け, そして完全なシ
表1
業務システム名
営業管理システム
内
容
SFA
顧客情報のノウハウ, 担当者の活動予定など営業活動全般の情
報を管理する。 営業の標準化と質の向上を目指す。
CRM
顧客からの注文などを統合したシステム。 特に, 顧客情報の一
元化でニーズの分析, 嗜好に合った商品情報の提供ができワン
ツーワンマーケティングの実現を目指す。
POS
店頭で顧客が購入した商品情報をバーコードなどで情報収集し,
商品の仕入れ管理や商品開発などに役立てるシステムである。
注) 情報処理関連資料よりアレンジして作成。
― 107 ―
表2
業務システム名
生産管理システム
内
容
FA
コンピュータを利用して商品の加工や組み立てを自動化し, 効
率性を追求する製造システムである。
CIM
研究開発, 設計, 製造, 販売管理などの各部門を統合して生産
の省力化や自動化を目指す。 特に, データベース化された情報
をもとに設計する CAD や CAD からの設計データにより製品
の加工・組み立てを自動制御する CAM と深く関係するシステ
ムである。
注) 情報処理関連資料よりアレンジして作成。
表3
業務システム名
物流管理システム
内
容
SCM
取引先との受発注, 部品や資材の調達, 生産, 販売といったモ
ノの流れを管理する。
EOS
商品データの受け渡しの自動化, 在庫の確認, 検品作業の省力
化, 発注業務の簡素化などを行い, さらに POS と連動するこ
とで商品在庫の管理, 物流のコスト低減を可能にする。
注) 情報処理関連資料よりアレンジして作成。
ステム化, それ以外は個人の柔軟な対応で済むはずである。 現在はまだ完
全な業務のシステム化がされていないが将来的に各部門のシステム化が進
めば各部門を取りまとめるシステムの完全化が達成される。 営業管理部門
では SFA, CRM, POS。 生産管理部門では FA, CIM。 物流管理部門では
SCM, EOS など各業務に適した管理システムがある。 それらをまとめ管
理するシステムが必要である。 それが 「CALS」 と言っていいだろう。
2.2
光速システムと経営情報の視点
1970 年代後半に始まったマイクロエレクトロニクスとテレコミュニケー
ションを中心とする情報技術の革命的な発達によって, 組織における情報
技術の利用は著しい変貌を示している。 それらは, 情報技術のオフィスで
の利用から組織活動の活性化として, また組織戦略と情報技術を統合する
― 108 ―
ものとして, 戦略的情報システムの名で呼ばれている8)。
戦略とは環境の変化に適合させて事業や組織構造の展開を思考し, その
実現を図ることである。 すなわち, 環境との関係で他組織との差別化を図
り, 組織の個性化を追及することであるから, 情報技術の適用対象の選択
や構築されるシステムの性質の決定もかつてのデータ処理の場合のように
画一的システムの分析の手法の適用で済ませるわけにはいかず, 各企業が
属している産業や対象となる事業の性質, あるいは当該組織の経営の在り
方を反映するものでなければならない。
このような理解から実務に適用する業務の探索やシステム構築の提案,
および情報技術適用の機会の探索を助ける経営者や技術者の意識を啓発す
るための認識フレームワークの調査, 開発を必要とするものである。
情報システム戦略の形成に関しても, 最適な方法はなく, 産業の性質,
組織の経験とその結果などに依存して変化する。 この方法は, 環境, 事業,
組織の特性と情報技術の利用を関係づけた点で情報戦略の形成に対するコ
ンティンジェンシー・アプローチということができる9)。 ここで示してい
るフレームワークのそれぞれは組織の情報戦略の形成と評価における重要
かつ適切な視点を与えるが, 情報技術が組織に与える影響を評価し, 将来
開発すべきシステムの性質を決定するために, 情報技術と組織との関係に
ついてより基本的な視点に立つことが必要である。 ここでいう基本的とは
組織に対する情報技術の本質的機能に沿って追求する。 情報技術と組織と
の関係を情報技術が扱う対象となる情報そのものの組織に対する貢献, 情
報技術による人間ないし機械の機能の代替, 情報技術が組織の本質である
コミュニケーションに及ぼす影響の視点に分けて考えなければならない。
それぞれに対する情報技術のアプローチは情報技術の資源化, オートメー
ションおよび組織のネットワーク化と呼ぶのが適切であろう。 以下, これ
らについて若干の考察を加えることにする。
情報が経営の意志決定や事業の運営に欠くことのできない重要な要素で
― 109 ―
あることは, 改めて指摘するまでもない。 1979 年ジョン・ディーボルト
が発表した 「情報資源管理:1980 年代に対する機会と戦略」 の中で情報
技術の利用の拡大と共に組織内に蓄積される膨大なデータや知識を組織の
全体的視点から見直し, それらを経営のニーズに基づいて統一的に管理し,
活用する必要を見いだしたからに他ならない10)。 この考えは多くの管理者
や情報関係者によって共鳴され, 採用されるようになった。 マーチンは
「情報は企業の重要な資源であり, 生産性, 収益性, 戦略的決定に影響す
る」 また, 「将来の情報システムはますます従来のデータベースと共に知
識ベースを利用する」 ようになる11)。
ここでの情報資源管理を二つにわけると情報管理と資源管理 (情報主体)
である。 情報管理は情報を識別, 定義, 収集, 保管 (蓄積), 加工, 保護,
分配する過程である。 それは情報内容を扱う。 そして経営問題でもある。
つまり情報の必要性, 利用, 価値を理解することである。 人間はソフトウェ
アによって情報内容を扱う。 一方, 資源管理は企業の技術的インフラを構
成し, 管理する過程である。 人間はハードウェアを用いて情報の導管を扱
う。 この二つを合わせるとデータベースを中心とするデータ処理システム,
情報検索システム, 経営情報システム, 戦略情報システム, 意志決定支援
システム, 人工知能システムなど含み, それらに共通する関心は組織内に
存在する情報の体系的管理を通じて情報利用の効果を高めることである12)。
経営と情報技術の関係を理解する概念としてオートメーションがある。
ローズは 「現代の革命をオートメーション革命と呼び」, かつての産業革
命が人間の肉体労働の機械による代替を特徴としていたのに対し, 「オー
トメーション革命は人間の精神活動の機械による代替」 を特徴としている。
オートメーションの代表は FMS である。 時と共に変化する機械, 自動
運搬車, 倉庫管理などの状態の監視, 各装置で発生した事柄の判断, スケ
ジュールに基づく作業手配, 原材料の運搬, 加工, 機械の自動運転など人
手を借りることなく連続的作業ができ多品種少量生産の徹底した自動化が
― 110 ―
達成されている。 オートメーションは 「所定の機能を遂行するために必要
とされる一連の作業を人間の直接的介入を必要とせず, あらかじめ設定さ
れた情報の認識, 伝達, 記憶, 解釈, 判断機構を用いて, 機械的制御し,
遂行する技術」 と定義する。 FMS のようにスケジュールによって連続的
に多様な作業を選択的に遂行する。 例えば, 自動販売機, 空調などである。
また, 従来の人間や機械が行ってきた機能を単に代替するだけでなく, そ
れを改善, 拡大し, その精度や信頼性を向上し, かつてあった機能を一つ
に統合し, 作業の連続化を達成する。 そして, 既存の機能に限定されず,
新機能の生成に導くのである。 さらに, 情報処理機能を持つ機械 (Intelligent Machine:知的機械) のように自己制御の機能を持つだけでなく,
通信回線を用いて接続し, 知的機能を生かして相互に交信ができるように
することができる。 これは, コンピュータと通信および機械などとの結合
により, 大規模な集団オートメーションやプロセスオートメーションなど
設備の管理ができ, それもコンピュータ 1 台でできるのである。 すなわち,
オートメーション・システムやハイブリッド・オートメーションなる統合
管理システムが実現できるのである。 ただし, オートメーションは組織に
複雑な問題を与える。 最大の問題は機械による労働の置き換えに伴う技術
的, その他の失業問題, そして人間の知的作業を機械に移管し, 維持する
ために生じた新しい労働, 知的労働に伴う問題である。 もちろん, これら
の問題に対し適切な回答を準備しておかなければならないのがオートメー
ションである。 これらは情報資源の有効活用のためシステムが拡大し, ネッ
トワークへと発展することになる。
FMS のコンピュータと通信との結合よって構成されるネットワークシ
ステムは, コンピュータを中心としたコンピュータネットワークへと変化
する。 コンピュータネットワークは組織のコミュニケーションを大幅に変
え, 組織構造の根本をも変えてしまう。
以上のことから企業の変革はより一層環境の変化に適応しようと対応し,
― 111 ―
自ら情報化へと追い込まれることになる。 情報化による企業進化が進むが
その先には企業情報ネットワークの構築と運用が待っている。
3. GB 情報システムへの確立
3.1
CALS 概念
CALS は米国防総省から生まれたもので13), 米国は世界最大の兵器の量,
兵器の支援システムを誇っている。 そして, 兵器などの使用にあたり必ず
必要になるのがマニュアルである。 第二次大戦後, 東西冷戦の過程で旧ソ
ビエト連邦とアメリカが軍事的優位を重視した国家政策により, 軍事に関
するあらゆる開発競争が進み, 科学技術の発展と高度化が進んだ。 その結
果, 軍事設備全般にわたる書類が増えることになる。 特にマニュアルの厚
さと冊数を増やしている。 例えば, F 16 戦闘機の場合, マニュアルは何
と約 3,500 冊になり, イージス艦の場合は文書書類の総重量が 23.5 トンに
達する。 兵器システム全体が複雑になるとともに, それに伴うマニュアル
は膨大なページ数になり, その山が国防総省の倉庫や国防総省そのものを
埋め尽くすような状況となっている。 また, 宇宙ステーション・フリーダ
ムの技術文書は 15,838 冊で 1,859,000 ページにもおよんでいる。 もしこれ
が故障したら大変なことになる。 それは, 故障した場合, この山のような
文書から該当する箇所を探さなければならない。 それも人の手で探すこと
になるのである。 数日を要するのである。 特に, 地上ではなく一刻を争う
宇宙ではなおさら急用を要する。 このようなことは, 分, 秒単位で迅速に
対応しなければならないのは明白である。 そこで考え出されたのが山積み
された文書を電子化し, コンピュータを利用して迅速な情報検索の処理の
効率化と保管スペースの節約を目的として実行したわけである。 これがペー
パーレス活動の始まりである。 また, 東西冷戦終結後, 国防総省は国防予
算の削減へと追いやられ, さまざまなケースで支援システムの効率化を模
― 112 ―
索していた状況でもあった。 国防総省はこの支援システムの効率化と改善
および応用して登場したのが 「CALS」 のはじまりである。 後に, プロジェ
クトへ発展していくことになる。
国防総省は CALS が単にペーパーレスだけでなく, 戦略的な意味を持
つことを洞察し, 情報の電子化によって兵器マニュアルの保管スペースを
減らすとともに, 情報検索可能な体制を構築するのみならず電子化された
技術文書と CAD/CAM などを関連させることによって, 兵器の開発や製
造の過程にまで変革をもたらす可能性をもっていることに気がついたので
ある。 1984 年国防総省と民間軍需防衛産業の関係者による委員会が設立
され, コンピュータ技術を利用して, コストを下げながら兵器の品質を向
上させる方策について検討をはじめた。 委員会報告を受け, 1985 年タフ
ト副長官が CALS に関する覚書を発行し, 総省内に CALS 専門部署が設
立され, 同時に米国防衛産業協会の中には 「CALS の工業化指導グルー
プ (CALS・ISG)」 が民間企業によって設置され, さらに, 1986 年官民
代表による初会議が開催され, CALS 推進論議が開始されたのである。
国防総省側が考えていた CALS の効果は,
1)
紙や重複したデータ作成作業の廃止によってコスト削減を実現す
る。
2) 技術情報データベースを統合することによって品質の向上を図る。
3)
オンラインによる調達で産業界の反応が速くなり, 設計, 開発,
製造に必要な時間が短縮できる。
以上の三つは現在も同様に変わらないメリットである。
CALS に必要となる情報交換ルールが軍用規格 「MIL 規格」 として制
定され, 米国陸・海・空軍が各軍で情報をデジィタル化し, 共有するため
のプロジェクトを開始し, その過程で CALS は既存の作業手順を効率化
するだけでなく兵器開発・製造・調達運用などの一連の過程を変革する効
果があることを国防総省が確信したのである。
― 113 ―
1990 年代には, 軍需技術の民間への技術移転が順調に進み, 国防総省
と企業, 企業同士の自由な連携を可能にし, 短期間の商品共同開発やコス
ト削減, 企業の徹底的なリストラそして, 1992 年商務次官の 「CALS で
米国の製造業を再生する」 宣言などとあいまって, 米国企業や産業界全体
の競争力回復と体質強化へと効果を上げていった。 もともと国防のために
開発された優れたアイデアであったが, ひとたび民生用になった途端, 企
業や産業界, そして米国経済を変えてしまう技術であり, 同様に 「インター
ネット」 も国防のための技術であった。 これらは, ほんの一例であり, 膨
大な軍用関係の技術がまだまだ残されているのが米国という国である。 今
後もこれらの軍需技術の民間への技術移転が続くと思われる。 これを武器
に米国企業の活性化と企業の戦略上の優位に寄与すると考えられる14)。
CALS の定義に統一されるものはない。 しかもその概念は拡大し続け,
その定義あるいは解釈も変わっている。 なぜ, そのように概念, 定義が拡
大してきたかを把握することは, CALS の概念を理解する上で極めて重
要である。 その過程は, 5 段階に分けることができる。 5 段階の過程を次
に示す15)。
1)
ロジスティックのコンピュータ支援
(Computer Aided logistic Support)
2)
調達およびロジスティックのコンピュータ支援
(Computer-aided Acquisition and logistic Support)
3)
継続的調達と製品ライフサイクルの支援
(Continuous Acquisition and Life-cycle Support)
4)
光速電子商取引 (Commerce At Light Speed)
5)
電子データ交換, 電子商取引 (EDI, EC) による 21 世紀のマルチ
メディア企業社会の具体像
次に詳細に述べると
ロジスティックのコンピュータ支援
― 114 ―
国防総省の兵器に関する組織内の標準化。 つまりマニュアルのペー
パーレス化からはじまりロジスティクス, 部品, 資材の後方支援のルー
ルの制定。 主にマニュアルのペーパーレス化が行われている。
調達およびロジスティックのコンピュータ支援
兵器などの後方支援活動をコンピュータによる効率化するための規
則の制定。 国防総省内の規則では, Cals-Mil と表記している。 主に
ロジスティクス, 部品, 資材の後方支援のルールの制定。
継続的調達と製品ライフサイクルの支援
ここでは, 資材調達が業務に加えられ, 国防総省への納入業者とし
ての軍需防衛産業にそれに準拠することが義務づけられ, 民間企業に
も浸透し, 複雑な機器部品, メンテナンス業務に拡大して有効性が証
明される。 この領域での有効性に着目し乗じたのが軍需防衛産業界で
ある。 取引が確立されれば, 各社が蓄積した経験をもとにシステム開
発やコンサルティング活動に参入することが可能である。 また, 産業
界への拡大が斜陽産業の再生へとつながる。 それには, 国防総省の規
格では普及されないことから一般企業にも効果があるように防衛産業
協会が主導で R-E の要素を取り入れた概念の拡大を図ったのが 1993
年である。 よって, 新しい概念のもと設計, 製造などの技術関連業務
全般をネットワークで接続し, 電子データ交換を可能にした。 ネット
ワーク接続により営業と製造, 設計と製造, マーケティングと製造な
ど業務の緊密化に寄与して業務の遂行ができるようになる。 もちろん
ここまでくると統合データベースの構築が必要不可欠になる。 そして,
データを共有しながら業務を遂行するようになり, 無駄の排除, 意志
決定の迅速化, 高度化と進み業務の改善が達成されることになる。 さ
らに, 情報システムの効率的利用と企業活動の一層の拡大機会が増す
のである。 このような可能性を秘めて普及活動をはじめている。 この
段階では, 軍事目的の際のルールが存在し, 湾岸戦争のような複数国
― 115 ―
(多国籍軍) に対する軍事データの交換が容易で軍事行動がとれるの
である。
光速電子商取引 (Commerce At Light Speed)
EDI (Electronic Data interchange:電子データ交換) は CALS
以前から行われていた受発注など帳票類の交換に各国で積極的に行わ
れていたものである。 これが CALS との統合により一躍脚光を浴び
ることになる。 そこには, 米国政府の政策があり, クリントン政権の
政策に依存するところが大きい。 政府の政策により電子データ交換の
推進活動をより一層加速させた。 NII 構想に見られるように社会全体
の電子商取引 (EC : Electronic Commerce) 化が時限中間目標に四
つ設定され, さらに最終目標は 1997 年 1 月までに政府全体に浸透さ
せることになっていた。 この構想はハードウェア先行ではなく, ソフ
トウェア先行でもない同時平行に進行している実態のあるものである。
EDI と CALS の相違は扱うデータの違いだけで EDI が商取引系,
CALS は技術系でどちらも電子的データの交換を行うことである。
共に電子データであることから情報のインフラを共有でき, しかも規
格の標準化が容易にできる。 つまりお互いに相乗効果がもちやすく,
企業内, 企業間のシステム化による合理化が同時に行うことなど極め
てメリットが大きい。 この延長線上には企業間のデータベースを企業
間のネットワークで統合させ, 各企業の工程の統合 (企業統合 : EI :
Enterprise Integration) そして, 各企業の持つ特定の機能のみを受
け持ちネットワーク全体で一つの企業活動を展開する 「バーチャル・
コーポレーション (仮想企業)」 の設立にある。 現段階では政府機関,
民間企業を取り込み CALS 推進に活動している国は欧州, 太平洋地
域 (北米を含む) の数ヵ国である。
電子データ交換, 電子商取引 (EDI, EC) による 21 世紀のマルチ
メディア企業社会の具体像
― 116 ―
CALS の実現は社会構造の変化と産業構造および産業界の変革を
意味する。 すなわち, 前述した企業統合の実現である。 企業は業務の
全工程を持つ必要性がなく, 必要に応じて他社に任せることができる。
大企業, 中小企業の差別はなく, 低コストで経営資源の有効活用がで
きる。
以上のことから, CALS は 「情報技術を最大限に生かし, 効率化と合
理化を追求しながら, あらゆる情報を蓄積し, さらに一元管理と経営活動
集団の統合化へと増殖させ, 集めせれた資源を有効活用させる仮想空間上
の新しい機能である」 といえる。
3.2
競争優位性
CALS の一部に 「リエンジニアリング (R-E)」 がある。 日本では, マ
スコミによりって話題になったがもう今では, 下火になり口にする者も少
ない。 この R-E と類似しているのが 「リストラ」 である。 日本では, リ
ストラがまだブームといっていいだろう。 R-E は並列工学と呼ばれる管理
手法の一つであり, 経営プロセスの再設計である16)。 例えば, 企業の中に
は, 縦の流れで業務を遂行する典型的パターンの組織がある。 営業が製品
に対するリサーチの結果スペックの改善要望があると企画, 開発, 生産へ
と伝達され改善された製品ができあがる場合がそうである。 それを縦の業
務の流れを並列処理し, 開発から製造までのリードタイムが大幅に短縮さ
れ, 要望のあった製品をタイムリーに市場に提供できる。 業務の流れをよ
り効率的かつ理想的な状態に組み直すことが R-E である。 現在もリスト
ラが望まれるのは, 企業の状態を分析し, その分析結果に基づいて弱点や
欠点を改善することに重点が置かれているからである。 しかし, R-E は発
想の転換を行い, 企業状態の分析から理想とする企業を目標設定し, その
目標を達成するためにはどのような方策が必要か検討して実行に移すので
ある。 したがって, 企業組織を根底から改革することも有り得る。 表面だ
― 117 ―
け変えても意味のないことであり, ある企業のトップは 「日本の企業は経
営効率化のために米国の企業が 1985 年以降通ったコンピュータによる情
報処理をさらに高度化しなければならない」 と言っているが, これがまさ
に R-E であり, その先には CALS の存在があった17)。
特に日本の場合は, バブル経済崩壊後もあって企業の競争力が衰えてい
た時期でもある。 そんなとき R-E の実現のため最新の情報システムが重
要な役割を果たすことになるが, 日本の企業は事業の再構築へとリストラ
を実行した。 しかし, リストラに留まらなかったことは承知のとおりであ
る。 ここでリストラではなく R-E を選択し実行したならば企業の競争力
の回復が速かったに違いない。 その期間分米国に遅れをとっているわけで
ある。 また, R-E による企業全体の経営効率の向上をめざさなければ今後
の企業社会に生き残ることがむずかしいと言える。 現状から観ても低迷し
ている経済活動から脱出できないのは明白であり, R-E はただの効率だけ
を追求するものではないのである。
企業はリストラの効果がなかなか現れなく, そのため, さらに経営の効
率化と業務の改善および無駄の排除とコスト削減などから複数の部門が社
内の情報を共有する方向へと考えを改めた。 もちろんそこにはデータベー
ス化が必要不可欠になる。 ここで述べた社内の情報の共有化こそ CALS
の一つの目標でもある。 それに並列工学を生かし, 開発時間の短縮とコス
ト低減も同様である18)。 企業に必要なのは言うまでもなく R-E の実現であ
る。 さらに規模を拡大, 拡散させ CALS を実現することが他社への優位
性と競争力の回復そして, 強化へと発展し厳しい企業社会を生き抜くこと
ができるのである。 CALS の実現が速ければ速いほど競争に対する企業
の優位性が増し, 他社より速く次の段階へと進むこともできるのである。
すなわち, グローバルな経営手法の改革をめざすものでもある。 物質主義
を中心とする西洋文明はすでに限界に達しているように, 様々な地球規模
の問題が氾濫する中, その解決策として西洋の文明と東洋の精神主義が融
― 118 ―
合し, 新しい概念, そして新しい価値観の創造のもとで政治・経済や社会
のモデルを構築するほか道はないのである。 日本は東洋に属し唯一西洋の
先進国群にも入っている国であり, 新しいモデルを提起できる最適なポジ
ションでもある。 そのためには, 自ら短所を直し, 長所を学び吸収する感
覚と包容力および判断力がなければ他に受け入れられるようなモデル, コ
ンセプトなど創ることは難しい。 R-E や CALS の日本への導入が浮上し
たとき, 日本政府や民間企業のトップは口を揃えて 「日本の習慣がある。
日本には適さない。 欧米とは違う。 我々の業界は特別です」 などと発言す
る者が多い。 すなわち, 変化に敏感でしかも変化を拒絶する態度をとる。
これは, どの業界も同様である。 自社の独自性などに固辞するのは何も日
本企業だけではない。 しかし, 欧米では, 必ず成功したときの鍵になって
いるのは企業の文化や風土, 考え方や意識, そして伝統と習慣を変えるこ
とであると。 変化を求められたとき古いものを固辞するのはどのような組
織でも必ず発生する問題である。 情報システムを最大限活用するためには
合理的思考へ考えざるを得なくなる。 なぜなら, 情報システム自体が合理
的思考のもとに構築されているからである。 企業がネットワーク環境の中
で, 従来よりも緊密な関係を結び維持する際, 過去の伝統や手法, 習慣の
違いをお互いに把握し, 理解を深め納得のいく合意をするように調整が必
要であり, またしなければならない。 そのとき当然合理的判断を行うこと
になる。 自社だけは特別とか, 自社の関係する業界は特殊などという考え
方はもはや通用しないことになる。 自分達だけが特別, 特殊化することに
よって必要な努力を怠っていることになる。 このようなことが今後, 日本
および日本企業が世界的な貢献をする上で必ず障害となってくる。
1995 年, 電子メール元年と位置づけ, 電子メール機能の全社的に導入
を推進させる大企業は多かった。 すでに導入を長年試みていてもなかなか
普及が進まない企業もあった。 この状況を米国のコンピュータ関連企業の
トップは 「日本はどのようにビジネスをしているのか, 全く信じられない」
― 119 ―
と驚き, 反対に日本の企業は米国の状況に驚いた。 電子メールの目的は双
方向のコミュニケーションの確立にある。 米国人などは議論が好きで, そ
の場で対立しても議論が終わればお互いにけろっとしている。 日本の社会
では, 不思議な感じがする。 つまり日本の場合, 議論になれていないし,
学校教育でも一方的な授業展開で終わる。 すなわち, 電子メールの普及に
対し障害として顕在しているのである。 また, 情報交換についても同様に
言える。 この障害を除去しないと新しいアイデアや創造性も生まれてこな
い。 最近では, 社会に浸透してはいるが完全利用にはなっていない。 特に
感情的に走ることは避けなければならない。 日本の企業の意志決定が, 議
論の中で決まるというより感情的な面が多い。 そこには合理性や競争力が
入り込む隙間がない。 もちろん, 感情表現を電子メールで伝達することは
できない。 電子メール一つ取ってもこのような状況である。 CALS の導
入に難色を示すのはあたりまえである。
R-E, さらに CALS に類似した企業変革を実行し成功を納めた日本の企
業は, 花王, セブン−イレブンを含むイトーヨーカ堂グループ, 横河電機,
富士ゼロックス, サンリオなどわずか数社である。 これらの企業は R-E
がブームになる以前から企業変革を行い, 独自の企業変革を確立し, 企業
体質を作り上げている。 特に, セブン−イレブンは流通情報戦略や流通情
報システム, 物流ネットワークシステムの構築に関し成果を上げている代
表事例である。 また, CALS 概念でつくられたシステムが米国ボーイン
グ社に存在する。
以上ほんの一面ではあったが日本および日本企業には CALS に対応し
にくい要素が少なくない。 小手先の改善や改革は, 将来的に命取りになる。
したがって, 根底から変えなければならないのである。 そして, 変化への
拒絶体質を取り除くことである。 現在, 日本の経済は低迷を続けているが,
日本の産業構造に対して, 早急な改革を求められている。 日本の産業構造
は, かつての高度成長を支えたシステムとして発生し, 進化し, 定着して
― 120 ―
きた。 旧財閥に観られるように企業集団, 企業グループ内には金融をはじ
めとしてあらゆる業種, 業界に属し, 無駄のない技術開発, 合理的な製造,
販売, 高い品質など安定したビジネスを確保している。 また, 外国企業の
参入を妨げる規制と雇用制度の確立など安定した経済状態でもあった。 し
かし, 急激な円高は国際的な価格競争力を奪ったため, 安定したビジネス
が崩れ, 従来のような国内生産ができず, 安い雇用と豊富な労働力をアジ
ア諸国へ求めたのである。 特に, 欧米の 1.5 倍の人件費は企業にとって大
きな負担であり, 経営者は生産性の上がらない人, 部署の削減を考えるの
が当然企業原則である。
CALS は完全な自由競争の経済社会を前提としている。 自由競争の中
でもっとも効率よく業績を向上させる武器となる情報システムとして考え
られている。 この社会が確立された場合, 激しい競争社会になると推測で
きる。 また, 集団的企業行動ではなく, 単一的企業行動になる。 日本の大
企業よりむしろ中小企業の新しい企業経営戦略へと方向づけができること
になる。 CALS は世界中から優秀なメンバーを集めるシステムで中小企
業であっても大企業と対等に競争できるわけです。 中小企業が製品開発,
基礎技術, 生産技術, 販売網など競争力のある企業とプロジェクトを組み
事業展開することができるのである。 すなわち, 企業系列の崩壊と自由な
企業間提携を CALS でもたらしてくれるのである。
一方, 企業の成長拡大から観るとペンローズは, 「企業は組織的に利用
される資源の集合体と見なすことができる。 そして, 企業の未利用資源の
有効利用こそが企業成長の基本的な内部要因である。 また, 企業は成功体
験が組織的に蓄積され普遍的組織構造を創りあげてしまう。 新しい環境に
適応するためには, 過去の環境に成功してきたパターンを思い切って破壊
しなければならない。 破壊的行為に必要なのは, 人間と技術である。 特に,
創造的破壊は人間と技術を通じてもっとも徹底的に実現される。 その二つ
の要素は構造転換の鍵を握っている重要な経営資源でもある。 CALS の
― 121 ―
史的展開でも触れたように米国の軍事技術開発のスピートが極めて速く,
次から次へと軍事的構造転換をいやおうなしに推進してきた19)。 技術革新
と人間の集まりである組織構造が整合しながら変化していくのである。
情報技術を駆使して出現した新しい自己組織的な機能を企業自らコント
ロールできる体系に変化・進化しなければならない時期であるといえる。
また, 企業がそれに同期化することで競争力強化と優位性の維持, そして
無限に企業の成長があると考える。
おわりに
情報社会では, 市場の成長を実現する鍵が技術革新である。 過去の市場
動向によれば開発期間が 5 年に満たないような革新的な製品によって生み
出される利益は, 今後ますます増加していく。 それは, 研究開発に多くの
投資を必要とする。 当然, そのためには慎重に, かつ徹底的な技術革新に
ついての管理を行っていくことで, それが欠けると製品開発や技術の進歩
は間違った方向へ向かう可能性がある。
技術革新によって競争力は増加するが, これは技術革新を顧客の求める
ものに応じた製品に置き換えることのできる企業の競争力のみが増加して
いくのである。 情報化社会は様々な側面を持っているが, ユニークな成長
市場であり, ここから実に多くの新しい製品やサービスが生まれ, その源
になっているのは直接, 間接的に情報技術と通信技術であるといえる。 広
い意味での情報を扱うことが, 将来のビジネス・チャンスを生み, そうし
たチャンスをグローバルな社会の形成に活かしていけるかどうかは, 企業
自身のこれからの活動展開で証明されるものである。 また, 情報通信技術
等が新しい資源なら, この資源を最大に活用し運用することであり, ビジ
ネスを成功に導くことにもなると考える。
技術革新というのはユーザに対してメリットをもたらすもので, また,
― 122 ―
製品やサービスを提供する側の競争力というのは, 単なる技術の向上によっ
て決定されるのではなく, 顧客がその方向を決める。 当然, 技術にばかり
過大に縛られてしまうことなく, 技術革新のペースをさらに応用の分野に
も拡大していく必要がある。 つまり, 企業にとっての真の課題は, 急速な
技術革新とコントロールされた応用の技術革新との間の微妙なバランスを
いかにして発見するかということである。 長期的には, こうした顧客指向
の対応に成功した企業のみが市場において成功する。
そして, CALS は情報社会で有効かつ効率的に企業が利用できる情報
システムである。 既に米国を中心とした世界各国で着々と研究・実験を進
めている。 世界を一つにまとめることができ, 強力なリーダーシップを発
揮することもできるのである。 間もなく具体的な姿が現れだろう。 日本に
とってはバブル経済崩壊直後が最高の機会であった。 しかし, その機会を
逃したことが後々大きな打撃になるに違いないと推測できる。
CALS は未完成のシステムであり, まだまだ進化を続ける。 生物界と
同様に環境の変化に対応し, 既存のシステムを吸収しながら新しいシステ
ムを構築し成長するのである。
最後に, 本稿は平成 19 年度拓殖大学経営経理研究所 「個人研究助成」
による研究成果の一部である。 そして, 同研究所に対し大変感謝するもの
であり, ここに記して同研究所に謝意を表したい。
《註》
1)
S. Kanayama., “The Computerization of Management Strategy Fundamental Concepts,” Bulletin of Tokohagakuen Fuji Junior College, 5, 1995. pp.
251253. Hatten, K. and M. Hatten., Strategic Management, Prentice-Hall,
1987. p. 1.
2)
Hatten, K. and M. Hatten., Strategic Management, Prentice-Hall, 1987. p. 1.
3)
Y. Sonoda., “Management Systems,” A Journal of Japan Industrial Management Association, Vol. 6, No. 1, 1996, pp. 1011.
― 123 ―
4)
富士通㈱, 1996 年, pp. 12。
富士通㈱
製造業における生産現場物流改善
5)
富士通㈱
同上書
6)
八木 勤編 「2000 年のマルチメディア市場」 コンピュートピア コンピュー
p. 2。
タ・エージ社, Vol. 28, No. 335, 1994 年, pp. 4247。
7)
M. Nagai, “Information Interdependence and Interchanges in Asia,” A
Journal of Information and Communication Research, Vol. 8, No. 4, 1991, pp.
69.
8)
H. Akiba, “Management Systems,” A Journal of Japan Industrial Management Association, Vol. 1, No. 1, 1991, pp. 814.
9)
野中郁次郎
企業進化論
日本経済新聞社, 1985 年, pp. 123126。
10)
J. Diebold, “IRM−New Directions in Managemet,” Infosystems, 1979.
11)
J. Martin and J. Leben, “Strategic Infornation Planning Methodologies,”
Prentice Hall, 1989, pp. 69.
12)
W. Synnott, “The Information Weapon,” Winning Customers and Markets with Technology, John Wiley and Sons, 1989, p. 13.
13)
石黒憲彦, 奥田耕士
米国情報ネットワークの脅威
CALS
日刊工業新
聞社, 1995 年, pp. 4445。
14)
石黒憲彦, 奥田耕士
同上書
p. 54。
15)
石黒憲彦, 奥田耕士
同上書
pp. 844。
富士ファコム制御㈱
物流現場における C/S システム
富士ファコム制御
㈱, 1996 年, pp. 12。
富士通㈱, 1996 年, pp. 113。
16)
富士通㈱
情報戦略を変革する
17)
富士通㈱
製造業における生産現場物流改善
18)
富士通㈱
製造戦略差別化の鍵
19)
野中郁次郎
20)
野中郁次郎
21)
千早正隆
22)
Kasai, K., Symphonic-space, No. 7, 1992, pp. 3738.
23)
Kasai, K., and S. Kanayama, Symphonic-space, No. 5, 1990, pp. 11415.
24)
NII (情報スーパーハイウェイ構想):Information Super-Highway Plan-
企業進化論
同上書
富士通㈱, 1996 年, pp. 48。
富士通㈱, 1996 年, pp. 18。
日本経済新聞社, 1985 年, p. 39, pp. 187188。
pp. 217231。
日本海軍の戦略発想
プレジデント社, 1982 年。
ning/National Information Infrastructure : NII)。 2000 年までに米国全土の
学校, 図書館, 病院, 企業, 家庭などが高速光通信網でつなぐという構想であ
る。 米国は 1950 年代のハイウェイ道路建設で巨大な自動車産業の創出, 自動
車通勤の普及や郊外住宅の発展などの経済効果をもたらし, 経済活性化の実績
を有している。 情報スーパーハイウェイ構想も米国産業の国際競争力強化と経
― 124 ―
済の情報化を進め, 新たな市場と雇用の創出を狙うでものである。 多種多様に
わたり, プラスの面もあるがマイナスの面も生じる。 むしろその時はプラス面
が多いが現在の環境問題と同様とはいえないが後でマイナス面が多くなってく
ると思われる。
25)
T. Sekimoto, “International Symposium of European, East-Asia, America and Japan,” Technology and Economy, 6, 1997.
26)
H. Akiba, “Management Systems,” A Journal of Japan Industrial Management Association, Vol. 6, No. 1, 1996, pp. 1011.
27)
H. Miyamoto, H. Fukumuro, I. Nakajima, and K. Aoki, “Information
Technology To Support Information Exchanges among Asia-Pacific Region Countries,” A Journal of Information and Communication Research,
Vol. 8, No. 4, 1991.pp. 102120.
28)
金山茂雄 「情報通信と情報技術の史的展開」
経営経理研究
拓殖大学経営
経理研究所, 第 79 号, 2006 年, pp. 85112。
29)
松岡公二, 金山茂雄 「技術と IT ビジネスの戦略的利用」
経営経理研究
拓殖大学経営経理研究所, 第 80 号, 2007 年, pp. 129156。
(原稿受付
― 125 ―
2007 年 11 月 2 日)
経営経理研究 第 82 号
2008 年 3 月 pp. 127154
研究ノート〉
世界のコンテナ積替ターミナルの発展
潘
要
中
秋
約
従来, 世界の港湾においては総取扱高が注目されたが, Alfred J. Baird
は, 今日の港湾活動は直輸出入の港湾間輸送と比べ, 積替 (中継) 輸送が
中心となっていることを強調した。 基幹航路の大型船からフィーダー船へ
の積替え, 異なる長距離路線に展開している大型船舶間のコンテナ交換,
異なる航路でかつ異なる寄港ローテーションをもつ大型船舶間の交換, フィー
ダー間の積替えなどである。 この種の港湾は, フリーポート (バハマ),
タンジュンペラパス (マレーシア), ジオイアタウロ (イタリア), サラー
ラ (オマーン), 深セン, 青島, 寧波などが代表的な港湾である。
積替貨物のインターセプトを通じた港湾活動の拡大は, ロジスティック
ス活動のパイプを太くし, 当該国の GDP を増大させる。 こういう視点か
ら, 現代港湾の潮流である積替 (中継) 港の開発に政府が高いプライオリ
ティを置く政策が今後一層強調されてよい。
キーワード:港湾間輸送, 積替 (中継) 輸送, 1 人当たり取扱高 (TEU),
1 人当たり貿易価値, 積替 (中継) 港湾の開発
前 書 き
経済の発展は人とモノの動きになって現われる。 私は, “港湾” を切り
口として経済の発展を考察している。 2006 年 3 月に 「東アジアの経済発
展と港湾の課題」 と題するテーマで課程博士号 (拓殖大学) を取得し, ま
― 127 ―
た 2007 年 6 月には公益事業学会第 57 回年次大会で 「東アジアにおける港
湾の戦略性と今後の課題」 と題する研究発表を行った。 これらは, いずれ
も研究対象が東アジアの港湾に限定されていた。 東アジアから世界の港湾
に関心を持った時, 発見したのが Alfred J. Baird の 「The Development
of Global Container Transhipment Terminals, 2007」1) であった。
本研究ノートは, Alfred J. Baird の所論の翻訳であるが, この論文は,
世界の港湾の動きを分析しただけでなく, 港湾活動の中心が港湾間輸送か
ら積替 (中継) 輸送にシフトしている新しい知見を提示している。 一読す
る価値が十分あると考える。
1. 序
論
世界の港湾におけるコンテナ輸送の急速な発展は, 港湾能力の追加的な
拡大を導いている。 本分析は, 潮流の積替 (中継) に焦点をあて, 世界の
全ての主要コンテナ港を考察の対象として, 最近の 10 年間にわたる世界
コンテナ港の輸送量を国と地域別に評価したものである。 著者によって行
われた港湾調査は, トランスシップ市場に貢献するために拡大される新し
い港湾能力の必要性に焦点を当てている。
新しいタイプの専門化した積替 (中継) 港の発達が, 最近 10 年間にわ
たるコンテナ港市場の主要な特徴である。 本分析は, 世界の主要経済に関
して, 1 人当たり TEU, 1 人当たりコンテナ貿易価値 (価額) の重要な比
率を評価するとともに, コンテナトランシップ港の重要性を強調し, 港湾
別, 国別相違点の評価を可能にしている。 また貿易とロジスティクスの能
力の観点から, 伝統的な都市港 (city port) としてみなされるものと比
較して, 立ち現れたトランシップ港の重要性も併せて提示している。
本分析は, さらに中央政府がそのテリトリーの積替 (中継) 活動を通じ
て導き出す利益と同時に, 世界貿易におけるトランシップ港の進化する役
― 128 ―
割を考察している。
2. 世界の主要コンテナ港の取扱高
本研究のためのコンテナ輸送のデータは, 1995 年から 2003 年まで 60
ヶ国について入手した。 1995 年のコンテナ輸送量は総計 1 億3,720 万
TEU で, これら 60ヶ国で世界コンテナ輸送の 96.5%を担っている。 2003
年までに世界コンテナ輸送は 121%上昇し, 総計 3 億 310 万 TEU, 60ヶ国
で市場の 97.4%を引き受けている。
1995 年と 2003 年の間に, 最も大きな成長率を経験した国は, オマーン
(+2,250.1%) とバハマ (+957.9%) で, それぞれ Salalah と Freeport
港の新しい工事中のトランシップ港のオープンニングと軌を一にしている。
他の大きな成長率を経験したのはベトナム (+778.4%), コロンビア
(+563.5%), イラン (560.4%), バングラディシュ (+525.2%), ロシア
(+466.5%) であるが, しかし, 輸送量の観点から見ると, これらの国の
出発点は低い。
輸送量で実質的な最大の増加は, 中国によって経験された。 この間, 中
国の港湾は 1,720 万 TEU から 6,160 万 TEU へ 257.6%増加している。 こ
の増加によって, 中国港湾の輸送量は世界第 2 位のアメリカの約 2 倍とな
り, これは 2003 年において世界の港湾コンテナ輸送量の 20.3%を中国の
港湾が担っていることを意味している。 全 60ヵ国で, 1995∼2003 年の平
均成長率は 234.3%であった。
経済が成熟すればするほど, 1995∼2003 年の期間に緩やかな成長を経
験する。 例えばアメリカ (+70.9%), 日本 (+37.4%), オランダ (+48.2
%), イギリス (+51%)。 意外にも同期間のシンガポールの 55.7%という
低さは, 高いベースからの更なる発展が如何に困難かを示している。
急成長は次のような国でも経験されている。 韓国 (+188.6%), ドイツ
― 129 ―
(+136%), マレーシア (+385.35), イタリア (+183.2%), スペイン
(+132.7%) , ベ ル ギ ー (+129%) , ブ ラ ジ ル (+206.4%) , イ ン ド
(+187.9%) である。 他に注目すべき増加国は, トルコ, サウジアラビア,
ギリシャ, メキシコ, パナマ, カナリア諸島, マルタ, ジャマイカ, モー
リシャス (Mauritius) である。 高成長率を経験している国は, この 10 年
間で最も新しいコンテナ・ターミナルの能力を供給するとともに, 同じよ
うな地域に存在する傾向をみせている。
2003 年のトップ 20 の国の輸送量は, 総計約 2 億 4,230 万 TEU で, 世界
の総コンテナ港湾輸送量の 80%を占めている。 このことは, これらと同
じ 20ヶ国が 1 億 1,060 万 TEU で 81%を占めた 1995 年以来, 占有率で殆
ど差がないことを示している。
図表 1 は, 1990 年から 2003 年に至る世界のコンテナ活動の地域分担率
を示したものである。 顕著な傾向は極東の占有率の増加であり, 特に中国
が 1990 年の 27.8%から 2003 年には 34.3%へ増加している。 極東, 南アジ
ア, 東南アジアを同一の地域としてくくると, 1997 年の 45.1%と比較して,
2003 年には世界の総コンテナ輸送量の殆ど 51%を同地域が占めている。
イタリア, スペイン, マルタなど南ヨーロッパで幾つかの新しいトランシッ
プターミナルが開発されているため, 同地域が比較的良いポジションを維
持しているが, 北アメリカと西ヨーロッパは両方ともシェアを失っている。
基本的に, 世界のコンテナ輸送の半分はアジアに集中しており, そして
約 3 分の 1 が北アメリカと西ヨーロッパ, 残りを他の地域が分担している
構図である。 1997 年と 2003 年の間に, 他の地域の割合は, 中東と東ヨー
ロッパで増加する傾向にあるものの, 後者は非常に低い水準からの増加で,
その間, ラテンアメリカ, オセアニア, アフリカでは依然として低い水準
で安定して推移している。
― 130 ―
世界におけるコンテナ活動の地域分担の割合 (19972003)
図表 1
(空コンテナ, 積替えを含む。 単位:%)
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
北 ア メ リ カ
14.2
13.9
13.6
13.1
12.6
12.4
11.8
西ヨーロッパ
22.8
23.3
22.5
22.0
21.3
20.8
19.8
北ヨーロッパ
14.6
14.3
14.0
13.5
12.9
12.5
11.8
南ヨーロッパ
8.2
9.0
8.5
8.4
8.3
8.3
8.0
東
27.8
27.4
28.9
30.2
30.4
31.7
34.3
東 南 ア ジ ア
14.8
14.7
14.4
14.6
14.9
14.9
14.3
東
4.6
4.6
4.8
4.7
5.0
4.9
5.1
ラテンアメリカ
7.4
7.9
7.7
7.6
7.6
7.0
6.7
カリブ諸国/
中央アメリカ
3.9
4.3
4.3
4.2
4.2
3.8
3.6
南 ア メ リ カ
3.5
3.6
3.4
3.3
3.4
3.2
3.1
オ セ ア ニ ア
2.2
2.2
2.2
2.1
2.1
2.2
2.0
南
ア
ジ
ア
2.5
2.4
2.4
2.3
2.4
2.4
2.2
ア
フ
リ
カ
3.2
3.0
3.0
3.0
3.1
3.1
3.1
東ヨーロッパ
0.5
0.5
0.5
0.5
0.6
0.6
0.7
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
極
中
世
界
3. 世界の主要コンテナ港
世界のトップ 100 のコンテナ港の取扱量は, 1995 年の 1 億 1,210 万
TEU から 2004 年の 2 億 8,990 万 TEU へ 159%増加している。 2004 年の
世界コンテナ港市場の総計は 3 億 5,450 万 TEU, 概算であるが上位 100 港
でグローバル市場の 82%を占めている。 1995 年に 100 万 TEU 以上を取
り扱った港湾数は 32 港, 2004 年には上位 100 港の内, 76 港がそれぞれ
100 万 TEU 超を取り扱っている。
1995 年∼2004 年に世界の港湾の中で最大の増加率を記録したのは上海
― 131 ―
で, 150 万 TEU から 1,460 万 TEU へ 853%の増加, 世界 19 位から 3 位
へ大躍進を果たしている。 このような高い成長率を背景として, 上海近く
の洋山島に新しい外港 (offshore) が開発される一方, 上位の香港とシン
ガポールがゆるやかに成長をしていることから, 2010 年までには上海が
世界一のコンテナ港になると思われる。 この期間に, 2 番目に速い成長率
を示したのは中国のアモイ港で 773%の成長率, 290 万 TEU を記録して
いる。
1995∼2004 年の期間に, 北アメリカで良好な成長率を示したのはロサ
ンゼルス港 (+191%), バンクーバー (+235%) である。 中東で高い成
長の港は, ドバイ (+210%), ジェッダ (+205%), Bandar Abbas
(+584%), Port Said (+769%) である。 ラテンアメリカで高い成長率
の港は, パナマ (+398%), キングストン (+204%), ブエノスアイレ
ス (+303%), Callao (+550%), Limon-Moin (+233%) である。 ヨー
ロ ッ パ で は バ レ ン シ ア (+218%) , マ ル タ (+199%) , Las Palmas
(+294%), Ambarli (+320%), St. Petersburg (+749%) である。 ア
ジアの中では, Port Klang (+359%), 天津 (+443%), Laem Chabang
(+585%), Jawaharlal Nehru (+358%), スラバヤ (+497%), 仁川
(+835%), 福州 (+280%) である。
2004 年に, トップ 20 のコンテナ港に 6 つの中国港湾, 香港, 上海, 深
セン, 青島, 寧波, 天津が入っており, 合わせると計 6,000 万 TEU とな
る。 予想される継続的な高い成長率を前提とすれば, これら 6 港に加え,
広東とアモイ 2 つの港湾がこの 2 年以内に 20 港に加わり, 中国港湾は上
位 20 港の中で 8 つになると推測される。
1995 年以後, 中国では 14 の新港湾がビジネスを開始し, それら全てが
瞬時に上位 100 港に顔を出すほど発展してきた。 実際これらの港湾は, ゼ
ロからのスタートでこの間必ずしも一貫した増加ではなかったが, 今まで
とは完全に異なる新しい形態の港湾の出現は, 別個に分析する価値を有し
― 132 ―
ている。 このカテゴリーに属する指導的な港湾は深センであり, 2004 年
には 1,370 万 TEU を記録, 世界で 4 番目に大きなコンテナ港に急浮上し
ている。 上位 20 港の中に 1995 年以来開発された新しい港湾が 3 つ入って
いる。 3 つとも中国で深セン, 青島, 寧波であり, 中国貿易の飛躍的な発
展を反映した結果となっている。 中国の 4 番目の新港湾は広州で, 現在は
上位 20 港外であるが, 早くも 22 位に登場している。
新しい中国の gateway ports を除いて, 1995 年以来創設された世界の
港湾に共通する要素は, 港湾がトランスシップ市場をターゲットにしてい
る 点 で あ る 。 例 え ば , 非 常 に 高 い 積 替 比 率 を 持 つ 港 湾 は , Tanjung
Pelepas (96%), Gioia Tauro (95%), Salalah (95%), Freeport (98
%), Taranto (86%) である。 ドミニカ共和国の Cauceda, 大西洋と地
中 海 が ぶ つ か る 地 点 の Tangier, 中 東 の Port Said East に あ る Suez
Canal Container terminal (SCCT) をはじめ, 新しいトランシップ港が
2004 年以来続々とオープンしている。
中国国有の China Shipping Group は, ギリシャのクレタ島に新しい
コンテナ・ターミナルを開発するプロジェクトを計画している (Lowry
2005)。 China Shipping は可能性のあるコンテナ・トランシップの位置を
検討するため, 多くのヨーロッパの場所を訪問している。 候補地の一つで
あるクレタ島のロケーションは, 東地中海, 黒海, アドリア海にサービス
を拡げる為のトランシップセンター用として理想的である。 注目はクレタ
島南岸の Timbaki に向けられ, 自然の水深, 船舶の最短航路変更時間を
含め, 明らかに積替 (中継) ターミナルの成功に不可欠な特徴を有してい
る。
北ヨーロッパでは, 北海と大西洋 (Pentland Firth) がぶつかるオーク
ニ諸島の Scapa Flow に大規模なコンテナ・ターミナルをつくる計画があ
る。 そこは, すでに船から船へオイル・タンカーの積替の為に長い間利用
されてきた所であり, Orkney Islands Authority によって提案されたター
― 133 ―
ミナルは, Scapa Flow の停泊地をカバーする広大な大深水地形を有し,
バルチック海域, スカンジナビア, アイスランド/Faeroe, イギリス, ア
イルランドを含む北ヨーロッパ全体の積替市場を標的とすることが意図さ
れている。 北ヨーロッパにおける現在のフィーダー/中継市場は, すでに
Le Havre-Hamburg range ports のコンテナ総輸送量のおよそ 1/3 を占
めており, 2005 年にはほぼ 1,000 万 TEU に達し, この地域で既に強く成
長している積替 (中継) 市場であることを立証している。 Scapa Flow で
は, 新しい輸送を誘引するとともに, 現在の積替貨物の一部をインターセ
プトすることが目標となっている。
Scapa Flow のような積替港の競争性は, 第一に平均フィーダー距離/
コスト (average feeder distance/cost) を削減する可能性に基づいてお
り, それは基幹航路の方向転換の時間/コスト, 特に大西洋全域, アジア―
ヨーロッパ―アメリカ東海岸の振り子航路, 世界一周航路に言えることで
ある。 Le Havre-Hamburg range における伝統的な都市港での現在の積
替オプションと比較して, Scapa Flow のようなハブを経由する定期船の
運営コストは, 港湾の生産性の利益と広範囲のスポーク港を通じて 20%削
減されると見積られている (Baird 2006)。
Scapa Flow のターミナルは少なくとも 95%の積替比率をもつと見込ま
れており, 多かれ少なかれ図表 2 のような寄港ローテーションを維持しつ
つ, 北ヨーロッパへのインバウンドの最初の寄港地としてあるいはアウト
バウンドの最後の寄港地として, 大水深船が最短の航路変更時間で Scapa
Flow を利用するものと想定されている。
以上のように, 急成長の中国市場にサービスを供給する為に設けられた
新ゲートウェイ港湾 (gateway ports) が積替比率が高い港湾の開発の一
つに数えられる一方, 世界の至る所で伝統的な港湾に建設された新ターミ
ナルに加え, 東西交易の主要回廊沿いの戦略的場所/合流点に位置する純
粋な地域積替 (中継) ハブ港 (regional transhipment hubs) をこのカ
― 134 ―
図表 2
Scapa Flow のコンテナターミナルに寄港する
北ヨーロッパの港湾ローテーション
テゴリーの港湾として位置づけることができる。 後者は, ハブ&スポーク
の中継機能を果たしながら, 最小限の陸上輸送の要求あるいは都市地域の
需要の優先順位との調和が図られている。
4. コンテナ積替港の発展
Ocean Shipping Consultants (2003) によれば, 世界の積替需要の見
通しは非常に明るく, それにはハブ&スポークと中継の動き両方を含んで
― 135 ―
いる。 実際, コンテナの積替輸送には少なくとも次の 4 つの異なるタイプ
がある。
・ハブ&スポークの積替え:ハブ港において大型船舶 (deep-sea) とフィー
ダー船舶間のコンテナ交換。
・リレー積替え (Relay transhipment):異なる長距離路線に展開して
いる大型船舶間のコンテナ交換。
・Interlining 積替え:異なる航路でかつ異なる寄港ローテーションをも
つ大型船舶間の交換。
・フィーダー間の積替え:一方のフィーダー船から他方のフィーダー船
へのコンテナ移動。 即ち, 域内輸送 (intra-regional traffic) に該当
する。
コンテナリゼーションが始まって以来, 中継ハブ港という新しいタイプ
の需要が増加しているが, 同時に多くの主要港においても全体的な積替比
率が高くなっている。 図表 3 は, 1980 年から 2005 年の間に, 世界コンテ
ナ港の全体が 3,880 万 TEU から 10 倍になり, 概算で 3 億 9,490 万 TEU
となっていることを示している。 しかしながら, この輸送量を構成要素に
分解すると, 我々は全く異なる状態を目にすることとなる。 港湾間輸送が
1980 年の 3,450 万 TEU から 2005 年の 2 億 8,200 万 TEU へ 8 倍に増加し
ているのに対して, 積替えは, 実際に 1980 年の 430 万 TEU から 2005 年
には概算で 1 億 1,290 万 TEU へ 26 倍強増加しているのである。 基本的に
積替えは, 中継市場をコンテナ港市場で最も速い成長部門にさせ, 港湾間
市場よりも 3 倍速く成長させている。 このことは, 積替えに対して前向き
なスタンスを反映しており, 全港湾を通じて評価される平均的な積替比率
に注目が集まっている。
しかしながら, 一部の港湾が高い積替比率を有する一方で, 他の港湾が
ゆるやかな比率を示していることは注目に値する。 実際, 幾つかの港湾で
は, わずかな積替 (中継) である。 1980 年に全港湾の積替比率は 11.1%で
― 136 ―
図表 3
世界のコンテナ取扱高と積替比率 (19802005)
(百万 TEU)
年
度
総港湾取扱高
港湾間輸送
積
替
え
積替比率
1980
38.8
34.5
4.3
11.1%
1985
57.4
49.4
8.0
13.9%
1990
87.9
72.0
15.9
18.1%
1995
145.2
112.9
32.3
22.2%
2000
235.4
173.2
62.2
26.4%
2001
247.4
181.3
66.1
26.7%
2002
275.8
200.4
75.4
27.3%
2003
316.7
230.2
86.5
27.3%
2004
354.5
254.6
99.9
28.2%
2005 (est)
394.9
282.0
112.9
28.6%
増加の倍率
(80/05)
10.2
8.2
26.3
あったが, 1990 年には 18.1%に, そして 2000 年には 26.4%に増加してい
る。 このことは, 2000 年迄に, 積替えの動きが世界のコンテナ港湾活動の
1/4 強を占めていることを意味しており, 積替え貨物だけで約 6,220 万
TEU を扱っていることになる。 2005 年の概算に基づくと, 積替輸送量は
2000 年以来 5 年間で殆ど 2 倍となり 1 億 1,290 万 TEU, 世界の積替比率
を 28.0%に引き上げている。
世界 Top 10 のコンテナ港の平均的な積替比率は 40.2%であり, また
Top 30 の比率は 32.5%, そして Top 100 港の比率は, 2004 年で 24.1%と
見積もられ, 9,460 万 TEU を扱ったことになる。 このことは, Drewry
Shipping Consultants が推計した 2004 年における世界の積替 (中継) 市
場のサイズ (即ち全港) で 9,990 万 TEU に匹敵する (Hailey 2005)。 こ
のデータは, 部分的に既存の資料に基づくとともに, 著者による Top 100
のコンテナ港調査によって補完されている。 調査は, Top 100 港の 2004
― 137 ―
年における積替比率の抽出を目的としていた。 調査には 20 の回答があり,
回答率は 20%。 このデータを支持するため, 調査に回答していない港湾に
関する補足的な情報は, 次の 3 つの資料に基づいている。
◆Cargo systems Top 100 Container (2004)
◆Ocean Shipping Consultants World Container Port Outlook to
2015 (2003)
◆Drewry Container Market Quarterly (2004) である。
Ocean Shipping Consultants (2003) によれば, 1980 年以来, 積替量
は年間 18%の割合で増大しており, 10%の港湾間輸送の成長率と比べて,
約 2 倍の伸びとなっている。 この成長は近年 13∼15%と少し減速している
が, しかし港湾間輸送の成長よりはなお高い。 今後数年間にわたる積替
(中継) 港湾の急速な能力拡大は, 積替輸送の成長が港湾間輸送の増大を
上回り続けるという予想を裏打ちしたものと言えよう。
図表 4 は, 世界経済, GDP, コンテナ港の成長とトランシップとの間の
重要な関係を説明するのに役立つ。 例えば, 1993 年から 2004 年の世界の
図表 4
Percentage Growth
Output Growth
世界の生産高, コンテナ, 積替の成長率
Growth
Container
Transhipment Growth
Year
― 138 ―
経済成長は一貫して年率 2∼4%で動いているのに対して, コンテナ港の成
長はこの間年率 8∼13%で推移し, 近年のここ数年間では 9∼11%となっ
ている。 しかしながら, 積替輸送の拡大は, 更に高く年率 12∼16%で動い
ている。 このことは, 積替輸送が港湾市場で最も早く成長する分野である
ことを示すとともに, 世界の戦略的な場所に位置する純粋な積替ハブ港の
開発へと向かっている最近の趨勢を表している。 新しい積替港湾の能力拡
大は, こうした成長傾向を維持するのに貢献しているのである。
World Bank によれば, 原油を含む世界貿易は 2004 年に劇的に拡大し,
約 10.3%増加した。 年々約 30%増加している輸出入を通じて中国の世界
市場への統合が続いているが, この効果は中国のコンテナ量の急速な増大
となって現われている。 世界の他の場所での貿易拡大ペースはよりゆるや
かで 12.3%であるが, しかしながら高い所得の国家によって記録された 8.5
%の拡大よりは高く, コンテナ量においても中国と比較して, 高所得国家
はゆるやかな増加を示している。 2004 年に世界の GDP は推計で 3.8%増
加したが, これは総貿易量の 10.3%の増加によって支えられている。
1995 年以前に, 特に高い積替比率, すなわち 80%以上を記録した世界
の主要港はシンガポールと Algeciras, そしてやや低い約 70%の港湾がコ
ロンボであったが, これらの積替 (中継) 港は, 当時一般的というよりは
むしろ例外的な存在であった。 急速に増加する貿易の流れは, 中国におけ
る新しい港湾能力の需要を駆り立てているが, 他の地域で新しく, 実質的
に “純粋” な積替 (中継) 港の出現を呼び起こしているものは何であろう
か?
Ocean Shipping Consultants (2003) によれば, 船舶のサイズが拡大
し続け, そして海運会社の合併とアライアンスがより大きな産業集中を導
くにつれて, 一航海 (string) 当たりの寄港数を削減する経済メリットが
より明白になってきた。 この結果として, 基幹航路は数少ない直接寄港に
よってサービスすることになり, ハブ・アンド・スポークのネットワーク
― 139 ―
を強化, さらなる積替部門の成長を導いている。 港湾の視点からみれば,
船舶間でコンテナを動かすことはトランシップメントと同じであるが, 積
替部門における最近の傾向は異なる要因で動いている。 積替えの目的は,
2 つあるいはそれ以上の基幹航路サービス, 典型的には南北サービスと東
西サービスをリンクしサービスの範囲と柔軟性を拡大することによって,
より大きな船舶で単位当たり収益率を実現することを海運会社に可能にさ
せているのである。
図表 5 は, 50%以上の積替比率, 言い換えれば主要活動が事実上積替え
である港湾の輸送データを示したものである。 このカテゴリーに属する港
湾は 21 あり, 一つを除いて, それらの全てが世界 Top 100 のコンテナ港
に入っている。 これら 21 港の積替比率の平均は 78.1%であり, バハマの
Freeport が最も高く 98%, ドバイと Port Klang が最も低く 50%である。
これらの港の 7 つが 90%以上の積替比率を有する一方, 13 港が 80%以上
となっている。 このように今日, 世界の Top 100 港の約 1/5 は, 実質上重
要なコンテナ積替 (中継) 港なのである。
世界最大のコンテナ積替 (中継) 港はシンガポールであり, 2004 年に
1,940 万 TEU の中継コンテナを取り扱い, 積替比率は 91.0%となっている。
港湾別総取扱高に基づけば, シンガポールは 1 人当たり輸送量 (TEU-percapita) の数値は世界で最も高く 4.16%である。 図表 5 で示された 21 港
は, 2004 年に 5,570 万 TEU を扱っており, 同年の全世界の積替市場の半
分強 (55.7%) を占めている。 Top 100 のうち 36 港が 25%以上の積替率
をもっているが, これは Top 100 のうち 1/3 以上の港が積替が重要か, あ
るいは非常に重要な活動であることを示している。
積替港湾市場の重要な特徴は, 積替市場に焦点を合わせた港湾の不断の
開発が行われていることである。 図表 5 で示した 21 の積替港の内, 9 つが
1995 年以後開発された港湾である。 同様に注目すべき点は, これらの港が
素早くかなりの輸送量を誘引できたことである。 例えば, タンジュンペラ
― 140 ―
図表 5
港
湾
50%以上の積替比率をもつ港湾 (2004)
世
界
ランク
総取扱高
(TEU)
積 替 率
積 替 量
(TEU)
シンガポール
2
21,329,100
91.0%
19,409,481
高
雄
6
9,710,000
54.6%
5,301,660
ドバイ
10
6,428,884
50.0%
3,214,442
ポートクラン
(マレーシア)
13
5,200,000
50.0%
2,600,000
タンジュンペラパス
(マレーシア)
20
3,480,000
96.0%
3,340,800
ジオイアタウロ
(イタリア)
23
3,260,000
95.0%
3,097,000
Algeciras
25
2,937,381
85.0%
2,496,774
ジェッダ
30
2,425,930
59.0%
1,431,299
パナマ
31
2,406,741
81.0%
1,949,460
Salalah (オマーン)
34
2,228,546
95.0%
2,117,119
コロンボ
36
2,200,000
72.0%
1,584,000
Sharjah (アラブ首長国)
43
2,003,000
70.0%
1,402,100
Piraeus
56
1,541,563
57.0%
878,691
マルタ
57
1,541,563
89.9%
1,385,557
キングストン
65
1,200,000
86.0%
1,032,000
Damietta
68
1,150,000
87.1%
1,001,650
Las Palmas (スペイン)
70
1,105,438
56.8%
627,889
フリーポート (バハマ)
72
1,052,000
98.0%
1,030,960
Taranto (イタリア)
88
763,318
86.0%
656,453
Port Said East (エジプト)
750,000
90.0%
675,000
Cagliari
494,766
90.0%
445,289
3,486,106
78.1%
2,651,315
2,593,957
77.4%
1,813,407
平
均
シンガポールを除く平 均
― 141 ―
パス (マレーシア) は 1999 年にオープンしたばかりであるが, 2004 年ま
でには 340 万 TEU を取り扱い, また Suez Canal Container Terminal
(Port Said East
エジプト ) は, 営業 1 年目の 2004∼05 年で 750,000
TEU を取り扱い, そして 2 年目で早くもその倍の量の達成を計画してい
る。
最近の 10 年間で, 港湾経営の多国籍企業 (Transnational Corporations
TNC ) を目にするようになったことは偶然ではない。 Olivier
(2005) によれば, これらの会社は, 様々な港, 地域, 国に存在するター
ミナルを横断的にグローバルな portfolio で運営している (例えば,
Hutchison, P & O Ports, PSA, Dubai, World Ports 他)。 Olivier は,
こうした TNC の出現は, 伝統的な港湾ターミナルのグローバル・ネット
ワークを企業論理で経営するため, 港湾経営に関する基本的な概念の見直
しを主張している。 現代では, 次第にその企業論理は, 例えば AP Moller/
Maersk, エバーグリーン, CMA-CGM, MSC, China Shipping, NYK な
ど, 一定の指導的なグローバル海運会社に拡大しており, それらの多くは
現在, コンテナ・ターミナルのグローバルネットワークを開発中で, その
多くは積替 (中継) を対象としたものである。
特化した, あるいはオフショアと呼ばれるこれら新しいタイプの港湾は,
次のような多くの利点をもっている。
・海運会社 (Ocean carries) に対して, 重要なネットワーク効果を与
える戦略的位置によって, 基幹航路の船舶コストを削減すること
・主要な地域市場への距離と輸送時間を短縮することによって, フィー
ダーコストの節約を実現すること
・技術的設備と IT/EDI の設置に加え, 高度なサービス水準への全面的
な支援
・運賃表と地方政府における手続の簡素化
・地域発展と雇用促進を支援する地方政府のバックアップ
― 142 ―
・港湾能力の拡張オプションの構築
・地方の貨物量拡大に役立つ地方自由貿易ゾーンの設置
・自然の物理的優位性に起因するターミナル建設の低資本コスト
最後尾の理由には, 次のようなものがある。
費用のかかる都市港からかなり離れた低コストの土地に建設された
ターミナル
高い浚渫コストを回避できる大深度海面への直接的な接近
高価な陸地側の道路/鉄道・インフラの必要性が極度に限定されて
いること。 つまり大多数の交通の到着・出発が船舶によること
開発に向けて地方の支援 (反対ではなく) による平易で迅速な計画
プロセス
Paul (2005) は, インドの Vizhingjam に大規模なコンテナ積替ターミ
ナルを建設する計画の中で, マレーシアのタンジュンペラパス港を有益な
モデルとして考え, その重要な要因として 「地理的好立地」, 「水深」, 「緑
地」, そして 「統制的かつ官僚主義的な制度が存在しない」 ことを挙げて
いる。 積替港の役割に長く関わってきた研究者である Tongzon (2005)
は, 中継港としてのシンガポールの成功要因について, 次の 6 つを挙げて
いる。
・戦略的位置
・港湾の高度の連結性
・適切な情報インフラ
・適切なインフラ
・港湾の効率性
・広範囲の港湾サービス
Tongzon は, その戦略的な位置は別として, シンガポール港は好運や
偶然で成功した訳ではないと主張する。 むしろ, 先行的な政府の指導や適
切な港湾政策, 効果的な投資が功を奏した結果であり, それらが, 次に世
― 143 ―
界一のグローバル物流のハブ港の一つへと発展させたと強調する。
積替ビジネスは, 直接的な輸出入貨物よりも, 幾らか低い水準で港湾の
取扱料金を価格付けする傾向にある。 それゆえ, より高価な都市港の建設
は, より低い利益 (margin) の積替貨物を取り扱う最適な場所ではない。
特に都市港が, すでに後背地の増加する輸出入貨物を取り扱うのに四苦八
苦している場合にはそうである。 それ故, ゲートウェイ港 (Gateway
port) が, 直接的な輸出入貨物かあるいは積替貨物かどちらを取り扱うか
選択する際には, 通常, 能力の制約の結果として, 前者を選好する傾向が
ある。
基幹航路船舶と同様に, フィーダー船に必要な強調を置くのが積替港の
特徴であり, それはゲートウェイの都市港が基幹航路船舶と, コンテナの
道路や鉄道のアクセスに注目するのと好対照である。 積替貨物はフィーダー
船舶を停泊させる必要があるため, 重要性において評価の基準を下げるの
が一般的である。 このことは, 同様に輸出入と積替コンテナの港湾取扱料
率が異なることの反映であり, 通常, 前者の輸出入コンテナの受け取りが
優先している。
純粋な中継ターミナルのシナリオでは, 逆も又同様であるが, 基幹航路
船舶が完全にフィーダー船に依存しているため, 双方とも重要なものとし
て受けとめられている。 重要なことは, 陸上交通へのアクセスの制約は,
今日, 主要なゲートウェイ港の位置においては決定的な問題であるが, 積
替港においては実際ほとんど影響を受けない問題である。
積替ターミナルがゲートウェイ都市港と比べて, 一般的に優れた利益を
提供しているところでは, 生産性がいま一つの重要な側面である (Ocean
Shipping Consul 2005)。 船から岸壁へのクレーンの生産性は, 積替ター
ミナルにおいては, 次のような理由のため高いと思われる。
・ヤード設備は, 山積みの中から継続的に箱を捜し出してトラックや鉄
道の上へ移動させるが, 積替ターミナルでは船舶から岸壁へ移動させ
― 144 ―
る埠頭クレーンを支援することに中心を置いている。
・積替ヤードの堆積地域は通常埠頭の近くにあり, 埠頭と堆積場所との
間の移動をなるべく短縮させようとしている。
・積替港の寄港数と関連して, 船舶間のコンテナ交換のため, 多くの埠
頭クレーンを同一の船舶について長く使用する傾向がある。
・積み込むことが少なければ, 方向転換の所要時間の短縮に役立つ。
・コンテナ滞留時間が短ければ, ターミナルの年間取扱能力を向上させ
る。
台湾におけるコンテナ・ターミナルの調査では, ターミナルの能力は,
次のような要因に依存していることが明らかになった。
・採用された取扱システム
・クレーンの長さ (dimensions)
・クレーンの高度
・ヤードの大きさ
・コンテナの平均滞留時間と積替比率
・ターミナルの計画手順を促進させるターミナル・オペレーター
の特性である (出所:Chu and Huang 2005)。
積替のコンテナ滞留時間がローカルの輸出入コンテナよりも短じかくな
る傾向にあるが, これは積替比率が高いターミナルでは, 有効な能力がよ
り大きくなることを意味している。 実際, 平均滞留時間が増加するにつれ
て, コンテナ・ターミナルの能力は減少している。 積替比率が 50%で, ター
ミナルの年間最大取扱能力は約 75%になっており, 平均積替比率が約 30
%へ落ちるということは, 平均滞留時間がより長くなることを意味してい
る。 しかしながら, 90%以上の高い積替比率を有する港においては, ター
ミナル能力が, 80%以上になることを期待されている。
― 145 ―
5. 積替港湾の取扱高と 1 人当たり貿易価値
コンテナ量は, 通常, 貿易と同時に空きコンテナも含んでいる。 2004 年
に, 空コンテナはグローバル・コンテナ港の取扱オペレーションの概算で
22%を占めており, 7,800 万 TEU に相当している。 空コンテナは 230 億
US ドルの再配置コストを伴うため, それは海運会社の連結営業収入の
16.5%に達している (Hailey 2005)。
空コンテナの移動といえども, 所与の港あるいは国によって取り扱われ
るコンテナ量が大きければ大きいほど, その港/国を通って移動する貿易
の価値は大きくなる。 それ故, 非常に多くの量のコンテナを取り扱ってい
る港や国は, 国境を越えて多大な貿易価値を実現することが予想され, ま
た逆にコンテナ量が少ない港や国は, それだけ貿易価値が少ないと考えら
れる。
コンテナの輸送量は, 交易品の生産や消費に対する需要を反映しており,
これは直接 GDP の大きさに関連する。 GDP の増加は交易の増加に支えら
れる傾向があり (The World Bank 2005), このことは多くの国が, 積替
によって第三国の貿易をインターセプトしてでも, より大きな貿易の流れ
を促進させようとする理由を説明するのに役立つ。 それ故, 有益な仮説は,
コンテナ輸送量の急増を経験した国 (例えば中国) は, 急速な経済成長を
立証していることが予期され, 逆にコンテナ輸送量においてゆるやかな増
加を記録した国は, 経済成長においてさほど重要な増加をみていないと予
想される。 勿論, 積替えを志向した港湾の場合には, この出方は第三国向
けの貿易量と同様に, より複雑となる。 積替ハブ港は, 海上ターミナルに
近いところに位置し, 付加価値の高いロジスティックス活動を発展させる
ことによってこの交易価値の一部を獲得しようとする。 実際, 実質的に積
替えを志向したすべての港湾は, 自由貿易ゾーンの創設によって支援され,
― 146 ―
ローカル経済へと流れ出す利益をノックオンし, この莫大な貿易価値の一
部をインターセプトすることに成功している。
図表 6 は, 国別 1 人当たりコンテナ取扱高 (TEU) について, 高くラン
クされた国, 低くランクされた国, G 7 の 3 グループを示したものである。
驚くべきことではないが, TEU/人が高くランクされたすべての国は, 高
い積替比率 (例えば, バハマやマルタなど) を有しているか, あるいは第
三国の為の倉庫として機能している (例えば, 香港 SAR, ベルギー, オラ
ンダ)。 それ故これらは, 当該国のコンテナ輸送量の大部分がそうした特
定の国で生産も消費もされず, その代わりに関係する地域を通じて他の第
三国から, あるいは他の第三国へコンテナ貨物が輸送される国である。
図表 6
高いランキング
の国
1 人当たり取扱高 (TEU)
1 人当たり
G 7の国
1 人当たり
TEU
(+China/Spain)
TEU
低いランキング
の国
1 人当たり
TEU
シンガポール
4.160
ス ペ イ ン
0.183
ベ ト ナ ム
0.026
バ
マ
3.491
イ タ リ ア
0.146
ベネズエラ
0.023
マ ル タ a
3.377
ド
ツ
0.128
コロンビア
0.023
香 港 SAR
3.178
イ ギ リ ス
0.118
ブ ラ ジ ル
0.023
U
E
2.700
日
本
0.114
ペ
ー
0.022
オ マ ー ン
0.740
カ
ダ
0.111
インドネシア
0.019
ベ ル ギ ー
0.633
ア メ リ カ
0.110
アルゼンチン
0.018
台
湾
0.527
フ ラ ン ス
0.059
イ
ン
0.017
マ
0.508
中国(Incl HK)
0.047
メ キ シ コ
0.016
オ ラ ン ダ
0.441
G 7 平均
0.112
ロ
シ
ア
0.007
プエルトリコ
0.426
イ
ン
ド
0.004
マレーシア
0.418
バングラデシュ
0.004
ジャマイカ
0.414
トリニーダトバコ
0.409
パ
ハ
A
ナ
イ
ナ
― 147 ―
ル
ラ
ここで明白なことは, 高いランキングの国は, 人口の点で相対的に小国
であり, その範囲は 30 万 3 千人のバハマから 2,410 万人のマレーシアまで
あり, 積替え/物資集散港は, その控え目な人口と比べて莫大な貿易額を
取り扱っている。 高ランキングの国の主要コンテナ港にはすべて自由貿易
ゾーンがあり, ロジスティクスと流通機能を通じて, 第三国のためにイン
ターセプトした貨物に付加価値を付ける機会を与えている。
また最も高いランクの国 (例えば, シンガポールやバハマ, マルタ, 香
港 SAR, UAE など) は, 各々G 7 の平均 0.112 より約 25∼40 倍多い 1 人
当たり TEU をもっている。 興味深いことは, G 7 の全ての国が, かなり
類似した 1 人当たり TEU 比率 (例えば, 年間 1 人当たり約 1/10) を持っ
ているが, イタリアとドイツについては, 積替部門と 3 国間貿易における
重要な役割を反映して, 平均よりも幾分高い数値となっている。
G 7 と比べて, ベルギーとオランダのように相対的に小さな先進国は,
また別の情報を提供している。 ベネルクス諸国は, G 7 の平均よりも大き
く 4 倍から 6 倍の 1 人当たり TEU を記録している。 これは, EU や近隣
諸国の第 3 国貿易の取扱において, 中継と内陸輸送によってベネルクス港
(主にロッテルダム, アントワープ, ゼーブルージュ) が重要な物資集散
かつ高い付加価値の機能を果たしていることを示している。 同様にイタリ
アは, 新しい高い積 替 比 率 港 ( 例えば, Gioia Tauro, Taranto and
Cagliari) の開発への最近の集中によって, G 7 の平均よりも少し高い比
率となっている。 ドイツも G 7 の平均よりは高いが, これはハンブルク
(40.6%) とブレーメルハーベン港 (30%) における大きな積替比率が影響
している。 スペインの僅かに高い比率は, アルヘシラス (85%) とラスパ
ルマス (56.8%) の高い比率が貢献しており, 影響は小さいがバルセロナ
(30.5%) とバレンシア (27%) も影響を及ぼしている。
中国の急速な経済成長は, 2004 年で G 7 平均の約半分に当たる 0.047 と
いう 1 人当たり TEU をもたらしている。 現在進行中の経済成長は中国を
― 148 ―
前面へ押し進め, 今後数年の内に遥かに高い 1 人当たり TEU を達成する
ことになろう。 China Ports & Harbours Association (Grinter 2005)
によると, 2020 年までに中国の港は, 全港で 65 億トンの貨物と 240 万
TEU を取り扱う能力を有するようになるという。 それは, 現在の人口に
基づけば, 1 人当たり TEU が 0.183 という数値へ 4 倍跳ね上がる結果とな
り, 現在のレベルでスペインと同一で, G 7 平均よりも高くなることを示
している。
中国における現在進行中の港湾開発の大半は, 民間部門による投資と経
営の機会が与えられているとはいえ, 国有企業体 (state entities) によっ
て推進されている (Wang and Slack 2004)。 世界最大のコンテナ・ター
ミナルの運営業者の見解は, この点で興味ある情報を提供している。 2005
年に深 の塩田港での署名儀式の挨拶で, Hutchison Whampoa 会長の
Li Ka-shing 氏は, 次の様に述べている。 即ち, 「中国は世界で最も速く
成長する国の一つであり, コンテナの港湾部門の継続的な拡大によって,
その経済発展は大きく成長し続けるであろう (Wallis 2005)」。
最も低いランクの国は, ロシア, インド, バングラディッシュなどであ
る。 近年におけるロシアの発展は, 1995∼2003 年の間にコンテナ輸送量を
466%増大させ, また BRICs の一つインドは同期間中に 187.9%の増加,
ロシアと比べ後塵を拝している。 トルコは積極的にコンテナ輸送量を引き
上げようと試みているが, 1 人当たり TEU は 0.040 で, 7,000 万の人口に
対しては, あまりにも低く過ぎると一般にみなされている。 国の工業化プ
ロセスのペースが向上し, 富の水準が増加するにつれて更なる国際貿易を
促進するため, トルコにおけるコンテナ輸送量は急速に増加すると予想され
ている (Fossey 2005)。 この要求を満たすため, トルコは東地中海と黒海
地域に対して積替サービスを行う港湾と輸送システムに大きな投資を計画
している。
コンテナ積替港は, 明らかに貿易のインターセプター (trade intercep― 149 ―
tor) として機能している。 このような港は, 自国の貿易のニーズに貢献す
るだけでなく, 三国間貿易の実行者として機能している。 これは, 国内向
けであれ外国向けであれ, 国境を越えて移動する貨物と貿易価値をかなり
高めており, 国内の生産と消費のみの需要に基づいて取り扱う水準をかな
り超えている。 この付加的な貿易は, 港湾経営や関係するサービスにおい
て域内の雇用を創出するだけでなく, 重要なことは, 国の付加価値的なイ
ンフラ, サービス, 能力の拡大を導くことである。 これは, 積替 (中継)
ターミナルのハブ・アンド・スポーク機能と連結性 (connectivity) が,
国内企業であろうと多国籍企業であろうと, 多頻度で低コスト, 世界そし
て域内の交通サービスへの直接的なアクセスを通じて, 国の競争力を高め
ることに貢献していることを意味している。
こうした要因は, 国内への投資を誘引するにあたって重要な手段として
機能する。 多国籍企業は, これらの利益を享受するため, 地域のロジスティッ
クスと流通活動をコンテナの積替港の近くで行うことを期待する (Restall
2005)。 これは中央政府が国際コンテナ積替ターミナルと関連するロジス
ティクスをなぜ推進しようとするのかを説明するのに役立つ。 つまり, 相
対的に低コストの物流コストが当事者たる国家の国際競争力を高める為の
鍵となるのである。
これと関連して, 積替能力への投資によって港/国別にインターセプト
される貿易価値を評価することは有益なことである。 World Shipping
Council (2005) によると, 2004 年にアメリカの港湾に到着あるいは出発
した定期船が運んだ国際海上コンテナ貨物は, 総計 5,214 億 US ドルの価
値を有していた。 2004 年に 2,130 万 TEU に及ぶアメリカの国際海上コン
テナ量に基づくと, これは TEU 当り 24,494 ドルの平均的な貨物価値を生
み出していることになる。 アメリカが実質上, 地球の全ての部分と輸出入
していると仮定すれば, この TEU 当りの平均貨物価値は, 世界のコンテ
ナ市場を適切に表わしているものと推測される。 実際, アメリカの港湾が
― 150 ―
世界のコンテナ輸送量の 10.7%を占めているのに対して, World Shipping Council のデータによると, 全部で 1,300 万のコンテナのうち, アメ
リカの貿易だけで 400 万以上のコンテナを常時使用しており, これは世界
を循環している全てのコンテナの約 30%がアメリカの貿易に関わっている
ことを物語っている。
図表 7 は, 平均貨物価値に基づいて, 1 人当たりのコンテナ貿易の概算
価値を示したものである。 1 人当たり TEU に関して, ランキング上位国,
ランキング下位国, そして G 7 の 3 グループに分け示している。 予想され
るように, 高い積替比率港と強力な物資集散機能を有する港が 1 人当たり
非常に高い貿易結果を記録した。 この点について, 最も高い結果であった
図表 7
高いランキング
の国
1 人当たりコンテナ貿易の価値 (US$)
貿易価値
G 7の国
貿易価値
/人
(+China/Spain)
/人
低いランキング
の国
貿易価値
/人
101,894
ス ペ イ ン
4,482
ベ ト ナ ム
637
マ
85,508
イ タ リ ア
3,576
ベネズエラ
563
マ ル タ a
82,716
ド
ツ
3,135
コロンビア
563
香 港 SAR
77,841
イ ギ リ ス
2,890
ブ ラ ジ ル
563
U
E
66,133
日
本
2,792
ペ
ー
539
オ マ ー ン
18,125
カ
ダ
2,719
インドネシア
465
ベ ル ギ ー
15,505
ア メ リ カ
2,694
アルゼンチン
441
台
湾
12,908
フ ラ ン ス
1,445
イ
ン
416
マ
12,443
中国(香港を含む)
1,151
メ キ シ コ
392
オ ラ ン ダ
10,802
G 7 平均
2,750
ロ
シ
ア
171
プエルトリコ
10,434
イ
ン
ド
98
マレーシア
10,238
バングラデシュ
98
ジャマイカ
10,140
トリニーダトバコ
10,018
シンガポール
バ
パ
ハ
A
ナ
イ
ナ
― 151 ―
ル
ラ
のは再びシンガポール港であり, 1 人当たりの貿易価値は 101,894 ドルで
ある。 シンガポールの後に続くのは積替比率が非常に高いランキングの国
であり, その中にはバハマ, マルタ, 台湾, オマーン, マレーシアがあり,
そして積替あるいは物資集散ハブ港が存在する香港, ベルギー, オランダ
と続く。 相対的に人口が少なく, 1 人当たり TEU が高いマルタとバハマ
は, それぞれ 82,716 ドルと 85,508 ドルという非常に高い 1 人当たりの貿
易価値となっている。
上位 14 にランクされる国について, 積替比率の平均は 64%と推計され
るが, これは 2004 年の世界平均である 28.2%をかなり超えている。 この
分析から言える明白な結論は, 高い積替比率, 例えば典型的には 50%以
上をもつ港や国にとって, この高い数値は非常に高い 1 人当たり貿易価値
にシフトする傾向がみられることである。 G 7 諸国の 1 人当たりコンテナ
貿易の平均値は 2,750 ドルと推計され, 最も高いイタリアは 3,576 ドルで,
ドイツが 3,135 ドルで続き, 最も低いフランスは 1,445 ドルであった。 G 7
と比較して非常に高い数値のイタリアは, 積替港開発への集中を強めてき
たことを反映しており, ドイツのより前向きな結果は, 同様にハンブルグ
とわずかに低いブレーマーヘブン港の高い比率を反映している。 スペイン
も同様に, 4,482 ドルと相対的に高い 1 人当たり貿易価値は港湾の高い積
替比率を示している。
中国は, 1,151 ドルの 1 人当たりコンテナ貿易値を記録しており, これ
は G 7 の平均値の約 42%である。 さらにロシアは 171 ドル, インドは 98
ドルであり, 最上位と最下位のランク国との間には明らかに大きな隔たり
があるが, これは経済の実体をそのまま反映しているといえる。 Paul
(2005) が指摘するように, インドをはじめ多くの国は, 新しい積替 (中
継) 港を開発する要望が国家のより高い優先順位となるべきであるが, 本
論文において示した証拠が, そうした見解を支援することになる。
― 152 ―
6. 結
論
世界のコンテナ港の取扱高は 10 年毎に実質的に 2 倍増となっているた
め, 港湾容量を拡大するため港湾とサプライチェーンに投資圧力をかけて
いる。 積替貨物は, コンテナ港市場で最も速く成長している分野であり,
船舶が大型化した結果, 異なる航路でかつ異なる寄港ローテーションをも
つ大型船舶間のコンテナ交換, フィーダー輸送に関連した経済性と運営効
率の向上に加え, 一航海当たりの寄港数を大幅に削減する傾向を強めてい
る。 積替比率は, コンテナリゼーションの初期の頃から着実に増加してお
り, そして予測できる将来において, なお増加し続けるものと思われる。
この変化を反映して, 過去 10 年間に多くの大規模港が開発されており,
それらの港湾は第一に積替市場に焦点を合わせたものである。 世界上位
100 港の内 20 港の貨物の大多数は積替貨物であり, 他の多くの港もまた程
度問題であるが, 積替貨物に関係している。 更に, 積替ビジネスを志向し
た新港が, 現在, 計画中あるいは建設中である。 しばしばこれらの港は島
や半島にあり, 人口密度が高い都市地域から離れ, 大洋とそれ以外の海,
あるいは主要な運河との間の戦略的な合流地点に位置して, 非常に有利な
大深度の自然地形の長所を有している。 そうした地域は, アクセスや環境
バリーアを次第に克服するのが困難な, 混雑しかつ高いコストの都心 (す
なわち都市港) を回避した地域である。 こうした現在進行中の傾向それ自
体が, 港湾の高い積替比率を結果として生じさせている。
三国間貿易を上手くインターセプトするコンテナ積替ハブ港を開発する
国は, その後, 人口規模に対して全人口当たりの貿易価値を引き上げるで
あろう。 この研究から発見されたことは, 高い積替比率は, 低い国よりも
はるかに大きな 1 人当たりの貿易価値を取り扱っていることを証明してい
る。 この貿易のインターセプトは, 表面上自由貿易ゾーンを強化すること
― 153 ―
によって, 積替港のホスト国に 3 国間貿易に積極的に関わる機会, 特にイ
ンターセプトから生じるロジスティクスと付加価値活動を活性化させてい
る。
新しい雇用機会を域内で創り出すとともに, 積替ハブ港がホスト国に与
える優れた競争性は, 在来の輸出入産業の競争力をさらに高め, ホスト国
への投資をより魅力的なものにさせている。 積替ターミナルの開発に関連
した資本費用を所与とし, 能力拡大を支援する民間部門が果たす役割を考
慮すれば, 広範囲の貿易と経済的利益と比較して, ホスト国が実施するこ
うした政策の財政コストはそう大きなものではない。 一般的にこのことは,
クレーンや設備など上部構造に投資する民間部門とともに, 新しい積替ター
ミナルの建設に関連するコストの少なくとも一部を国が援助することに関
連してくる。 積替ターミナルは, それぞれ地方/中央政府, そしてあるい
は港湾当局と協定する長期間の免許を通じて, ターミナルの多国籍企業に
よって支配的に経営されている (Baird 2002, Ocean, Shipping Consultants 2005)。 その経営免許取得者は, 一般に輸送と一定の投資の保証を求
められ, それによって港湾当局とプロジェクトに関わる他の政府系企業体
のリスクを軽減することになる (Notteboom 2006)。
国家の産業発展戦略の鍵となる部分として, コンテナ積替港の経営上の
成功は, それ故ホスト国に重要な地域とグローバルな戦略上の競争的優位
性を与える。 そして, これは, 別の方法では到底持ち得ない優位性である。
《注》
1)
James Wang, Daniel Olivier, Theo Notteboom, Brian Slack, Ports, Cities,
and Global Supply Chains, Ashgate Publishing Limited, 2007
(原稿受付
― 154 ―
2007 年 12 月 21 日)
拓殖大学経営経理研究所
拓殖大学経営経理研究
執筆要領
1 . 発行回数
本誌は, 原則として年 3 回発行とする。 その発行のため, 以下の原稿締切日を
厳守すること。
5 月 10 日締切 (8 月発行)
9 月末日締切 (12 月発行)
1 月末日締切 (3 月発行)
2 . 執筆資格
執筆者 (連名の場合には少なくとも 1 名) は, 拓殖大学 (拓殖大学北海道短期
大学を含む) の専任教員とする。
この他, 経営経理研究所客員研究員, 拓殖大学大学院生 (博士後期課程), 拓
殖大学講師は, 当研究所の研究会において報告後, 投稿することができる。
3. 原
稿
原稿の区分
原稿は論文, 研究ノート, その他 (資料・調査報告・書評・文献紹介および
学会展望) のいずれかとし, 論文以外は, 原稿の 1 枚目左上に明記する。
この区分の指定は執筆者によるが, 経営経理研究所編集委員会は, 執筆者と
協議の上, これを変更することができる。
原稿の分量
原則として以下のとおりとする。
①
論
文
24,000 字 (400 字詰=60 枚) 以内
②
研究ノート
24,000 字 (400 字詰=60 枚) 以内
③
そ
20,000 字 (400 字詰=50 枚) 以内
の
〃
他 (資料・調査報告)
(書評・文献紹介・学会展望)
6,000 字 (400 字詰=15 枚) 以内
なお, 日本語以外の原稿の場合もこれに準じる。
様式等
原則としてワープロ原稿 (A 4 用紙を使用し, 1 行 33 字×27 行でプリント)
とし, 機種名ないし, ソフト名を明記したフロッピーディスクを添付する。
体
裁
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以内, キーワード 10 項目以内を掲げ, その後に本文に入る (目次は省略する)。
図・表
図・表の使用は必要最小限にし, それぞれに通し番号と図・表名を付けて本
― 155 ―
文中に挿入位置を指定する。 図・表も分量に含める。
注・参考文献
注は本文中に (右肩に片パーレンで) 通し番号を付し, 後注方式により本文
の最後に一括して記載する。 また参考文献も同様とする。
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を執筆者に通知する。
既発表原稿については, 用語を変更した場合であっても, 原則として掲載し
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正
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7. 別
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8 . その他
執筆要領に規定されていない事柄については, その都度編集委員会で決定する
ものとする。
― 156 ―
(1999 年 10 月 29 日
改正)
(2006 年 2 月 18 日
改正)
(2008 年 2 月 1 日
改正)
執筆者紹介 (目次順)
誠
商学部教授 (交通物流)
宏
明
商学部教授 (原価計算論)
嶋
和
重
商学部教授 (財務会計論)
許
雰
商学研究科博士後期課程 (財務会計論)
茂
雄
商学部教授 (経営情報論)
中
秋
経営経理研究所客員研究員 (交通物流)
芦
田
建
部
金
山
潘
編集委員
三代川正秀
芦田
誠
小原
拓殖大学 経営経理研究
2008 (平成20) 年 3 月 20 日
2008 (平成20) 年 3 月 25 日
編 集
発行者
発行所
印刷所
博
小林幹雄
第 82 号
建部宏明
松岡公二
ISSN 13490281
印刷
発行
拓殖大学経営経理研究所編集委員会
拓殖大学経営経理研究所長 三代川 正秀
拓殖大学経営経理研究所
〒 1128585 東京都文京区小日向 3 丁目 4 番 14 号
Tel. 0339477595 Fax. 0339472397 (研究支援課)
株式会社 外為印刷
TAKUSHOKU UNIVERSITY
THE RESEARCHES
IN
MANAGEMENT AND
ACCOUNTING
No. 82
March 2008
CONTENTS
Articles
The Improvements of Logistics Management :
Focused on Logistics Management Awards
in Japan and the U. S. A. ………………………………ASHIDA Makoto ( 1 )
The Germ of Costs Accumulation Thought
in Japanese Cost Accounting System :
Indication of Japanese Cost Accounting System 1 …TATEBE Hiroaki ( 29 )
The Fundamental Consideration
about The Statement of Principles
SHIMA Kazushige
( 63 )
for Financial Reporting by ASB ………………
HSU Hsiufen
Reconsideration of the New Information Systems
in an Information Society
and CALS-EC, Part 1 ……………………………KANAYAMA Shigeo ( 97 )
Study Note
The Development of Global Container Transhipment Terminals :
Focused on the paper written by Alfred J. Baird …Pan Chung Chiou (127)
Edited and Published by
THE BUSINESS RESEARCH INSTITUTE
TAKUSHOKU UNIVERSITY
Kohinata, Bunkyo-ku, Tokyo, Japan
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