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TPPと日本の知財問題について考える

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TPPと日本の知財問題について考える
視点
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が秘密裡に交渉されている。これが日
本の知財に与える影響について考えたい。
毎号の恒例で、創英の所長という立場をちょっと離れて、一人の弁理士と
して本音を書きますので、勇み足の議論がありましたら、ご容赦ください。
****************************
TPP と日本 の知財問題
について考える
長谷川 芳樹
所長・弁理士
04
APRIL 2014
《TPPは知財の強化、アメリ
がかなりの無理難題を主張し、他
カ化》
の国がこれに是々非々で対応する
TPPの交渉範囲は、貿易や競争
形となっているが、今後、農業や
政策、労働、知財など21分野にわ
その 他の 分野 との バータ ー取 引
たるが、米国が最も重視している
で、知財分野の米国の要求が通っ
のが知財分野である。米国は海外
てしまうかもしれない。このよう
からの特許・著作権使用料収入が
な知財保護強化がTPP域内のスタ
年10兆円近くあり、米国にとって
ンダードになれば、米国のメジャ
知財は、自動車や農産物を上回る
ーな世界的企業は大きな利益を得
最大の輸出産業である。日本の農
ることになるだろう。
産物の関税問題は、米国にとって
は交渉材料の一つに過ぎない、と
≪知財権の利用料・賠償金の
いうのも過言ではない。
高額化≫
TPPは厳格な秘密交渉が貫かれ
日・米の知財の実情を比較した
ているが、ウィキリークスが一部
とき、最も対照的なのが知財権の
をリークし、「知財の強化、TPP
利用料・賠償金の格差である。比
域内のアメリカ化」と言える内容
較デ ータ は 持 ち合 わせて いな い
が米国提案に含まれていることが
が、米国に比べて日本の「相場」
明らかになった。漏れ伝わってく
がかなり低いことは常識である。
る情報も含めて整理すると、
この日本の相場が米国並みに変わ
①知財の保護対象の拡大 (治療
るとしたら、そのインパクトは計
方法の発明、音や匂いの商標の保
り知れない。
護対象化)
秘 密交 渉 の ベー ルの隙 間か ら
②知財の保護期間の長期化 (著
は、米国が法定損害賠償金や懲罰
作権の保護期間の20年延長、新薬
的賠償金の導入を提案している、
特許の存続期間の実質延長など)
という情報も漏れ伝わってきてい
③知財の損害賠償額などの高額
る。「法定損害賠償」とは、実損
化(法定損害賠償金・懲罰的賠償
害の有無の証明がなくても、裁判
金の導入など)
所が(ペナルティ的な要素を含んだ)
の3点に集約されるようだ。
賠償 金額 を 決 めら れる制 度で あ
いずれのテーマも、各国の利害
り、「懲罰的賠償金」とは、故意
が対立しており、知財大国の米国
侵害などで裁判所が懲罰的な損害
賠償 金額 を決 めら れる 制度 であ
入を世界中から掻き集めている米
財を 日本 で権 利化 する仕 事で あ
る。
国が主導するTPPであるから、そ
り、日本の事務所は海外企業の代
これらは著作権をターゲットと
の域内で知財の重要性は更に高ま
理人として日本企業と対峙・敵対
しているようだが、特許・意匠や
るだろう。
する。仮に、TPPによって日本の
商標権の侵害にも広がり得る (米
このようなグローバル環境下に
賠償額相場がアップすることがあ
国にそのような狙いがある) か否か
おいて、日本の特許事務所が果た
るとしたら、海外発の知財の日本
は、秘密交渉のベールに遮られて
すべき役割は、内々、内外、外内
での権利化(+権利の行使と活用)の
見え難い。万一、特許権侵害も法
および外々で今までとは異なって
仕事の需要が増大することもある
定損害賠償金制度等を導入する対
くるだろう。
だろう。
象とされたら(又は、著作権料の高額
「内々」は、日本で誕生した知
最後に、「外々」では、海外(特
化に引きずられるように特許権侵害の
財(発明など)を日本で権利化する
に欧米先進国)で誕生した知財を東
賠償額相場も上昇するようなことがあ
仕事である。日本の弁理士事務所
南アジア等で権利化する際に、日
れば)、TPPは我が国の特許をめ
は日 本企業の 味方・協 力者とし
本の事務所が実体処理上のハブ事
ぐる状況に大きな影響を与えるだ
て、有効かつ強力な知財権(特許権
務所として機能する。今はまだ需
ろう。
など)を獲得する「頼りがいのあ
要は多くないが、今後は増えてく
我が国では、知財に関わる主要
る」代理人でなければならない。
るかもしれない。
な日本企業の大半が呉越同舟で日
TPPによって、万一、損害賠償額
本知的財産協会(JIPA)を組織
やライセンス料の相場が上昇する
≪知財の権利化を担う知財人財≫
し、裁判所が相対的に低額の損害
ことがあるとするなら、特許権は
「知財の強化、TPP域内のアメ
賠償判決をする相場観が定着して
広くカバーできて打たれ強くなけ
リカ化」が時代のトレンドである
いるが、この国において、TPPが
れば使い物にならない。
なら、それに見合った知財人財の
どのような「改革」をもたらして
「内外」は、日本発の知財を海
層が日本にも形成されていなけれ
くれるのか、興味は尽きない。
外で権利化する仕事である。米・
ばならない。知財の権利化を担う
欧・中の主要国に加えて、TPP域
知財人財の中核は弁理士であり、
≪日本の特許事務所の役割≫
内の新興国や、その他の地域で日
その 基幹 業務 は、 特許で 言え ば
TPPの原加盟国はシンガポー
本発の知財を権利化する仕事であ
「発明の技術的本質を理解して事
ル、チリ等の4か国だが、現在ま
る。大事なことは、業務品質(各
業的価値を見極め、適確な明細書
でにアメリカを含む7か国が正式
国における権利の品質)とコスト(日
を作成する」権利化業務であり、
な加盟交渉国となっている。これ
本及び現地で費やすコスト)との両
これ抜きに権利の行使も活用も語
に日本を加えると12か国になり、
立であり、特に現在の円安環境下
ることはできない。TPPを持ち出
韓国も加盟に前向きらしい。中国
では在外コストの問題は大きい。
すまでもなく、米欧中、その他の
が消極的(様子見?)という問題はあ
日本の事務所が日本企業の味方・
諸国での実務対応力も重要だが、
るが、TPPが太平洋を取り囲むア
協力者として、現地代理人への仲
これら海外での権利化業務の処理
メリカ主導の大きな経済圏になる
介機 能を超え て、実体処 理上の
力も、そのベースには上記した基
ことは間違いないようだ。
「ハブ事務所」として機能するこ
幹業務の処理力が必要不可欠であ
圧倒的な知財パワーを保持し、
とが必要になる。
る。
知財で年10兆円ものライセンス収
「外内」は、海外で誕生した知
基幹業務の処理能力は、総花的
DECEMBER 2013
05
TPP と日本の知財問題について考える
[視点]
になりがちな実務研修では修得不
トの見直しがなされ、さらにリー
分と高い。国内外の代理人コスト
能であり、ましてや講義で聴く座
マンショック後の出願減少による
の格差はビックリするほどだ」と
学で修得することなど不可能であ
需給バランスの変化によって手数
発言された。聴衆からは苦笑の声
る。日々の権利化実務を通して指
料相場のデフレ圧力が強まり、弁
が漏れ聞かれたが、笑っている場
導者の下でマンツーマンで実務ス
理士手数料等は絶対的にも相対的
合ではない。
キルを修得するOJT(On the Job
にも低下傾向にある。
「仕事環境・条件が良くないと
Training)の環境が不可欠である
そのような特許事務所の経営・
ころや、安く買い叩かれるところ
が、そのような育成環境が日本で
仕事環境において、新人に基幹業
に人材は集まらない」のは自然の
は急速に劣化している。
務をマンツーマンで修得訓練させ
摂理である。代理人手数料の内外
その理由の第1は、育てられる
る環境を整えようとするのは(僭
価格 差が 続く と、 早晩、 日本 の
側が 増え 過ぎ てい るこ と、 第 2
越ながら我が創英のように人財育成に
“知財力”が諸外国に対して相対
は、育てる側に余裕がなくなって
格別の思い入れがある少数派の事務所
的に低下するのではないか、と危
いること、である。
を除き)一般的ではない。最近、特
惧している。
許事 務所 の求 人広 告で実 務経 験
どこの国でも、その国で生まれ
≪人財の育成環境が劣化した
「有」を応募条件としているとこ
た発明は、その国の知財人によっ
2つの理由≫
ろが 目立 つの は、 その現 れだ ろ
て特許権に仕上げられる。日本で
第1の理由は、弁理士登録者数
う。
生まれた発明の大半は日本の特許
が1万人を超えた(2013年12月31日
仮に、新人の実務訓練の場があ
事務所で日本出願の明細書に仕上
現在で10,171人)現実から明らかだ
ったとしても、経済的にも時間的
げられ、外国出願の明細書は日本
が、さらに指摘すれば、弁理士試
にも余裕のない状態で手間とコス
出願の明細書をベースとして、そ
験制度の改訂で論文式が簡素化・
トをかけて個別指導で実務スキル
の多くは日本の知財人により作成
軽量化していることから、いわゆ
を伝授するのは簡単ではなく、結
されている。
る「日本語力」が受験勉強のプロ
局、短期仕上げの促成環境となっ
日本の特許事務所の基幹業務力
セス(論文答案練習等)で訓練・養
てしまうケースが多い。
が諸外国の代理人事務所と比べて
相対的にレベルダウンしたら、日
成されていない。特許明細書の作
06
成という基幹実務には、法律マイ
≪日本の知財競争力の低下を
本発の発明に係る日本企業・大学
ンドや技術的素養に加えて、論理
招く一因≫
が所有する特許権が、海外発の発
構成力や文章表現力が不可欠であ
ある米国特許弁護士と食事した
明に係る諸外国企業・大学の所有
るが、制度改訂後の弁理士試験で
時、創英で係争事件を扱った場合
する特許権に比べて戦力的に低下
は、合格者と不合格者の間の論文
の報酬を聞かれた。ケースバイケ
することになる。それが日本の国
構成・論述力に有意の差はない、
ースと断りつつ“高め”の金額を
際的な知財競争力の低下を招くの
と感じている。
言うと、彼は即座に「チープ!」
は、自然の成り行きと言って良い
第2の理由(育てる側に余裕がな
と言った。安いというより、安っ
だろう。
くなった)について言えば、規制緩
ぽい(cheep!)らしい。数十人の知
和/弁理士手数料「自由化」の中
財関係者が参加した会合で、出願
で、企業の原材料/仕入れコスト
上位企業の知財トップは「外国の
低減運動の一環として事務所コス
代理人費用は、日本に比べると随
APRIL 2014
以上
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