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長周期地震動対策に関する検討業務 報 告 書

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長周期地震動対策に関する検討業務 報 告 書
長周期地震動対策に関する検討業務
報
告
書
平成 22 年 3 月 19 日
社団法人 日本建築学会
目
1.目
次
的
1
2.実施内容
2
3.建築物の非構造部材・設備・家具等について予測される長周期地震動による
3
被害の調査
3.1 序
3
3.1.1 はじめに
3
3.1.2 モデル建物
3
3.2 長周期地震動による建物挙動
8
3.2.1 長周期模擬地震動の作成
8
3.2.2 時刻歴応答解析
11
3.2.3 時刻歴応答解析結果考察
17
3.3 非構造部材・設備・家具等の被害状況
19
3.3.1 非構造部材・設備について
19
3.3.2 家具等について
26
3.3.3 非構造部材・設備・家具等の被害状況について
36
3.4 被害による影響の予測
37
3.4.1 在館者の人的被害への影響
37
3.4.2 避難への影響
38
3.4.3 救助活動への影響
39
3.4.4 建物被害状況の調査への影響
40
3.4.5 建物の復旧への影響
40
3.5 まとめと今後の課題
4.長周期地震動により建物内部で発生が想定される事象の建物用途ごとの整理
4.1 建物用途ごとのシナリオ
41
44
44
4.1.1 オフィスビルのシナリオ
44
4.1.2 集合住宅のシナリオ
71
4.1.3 ホテルのシナリオ
85
4.1.4 オフィスビル,集合住宅,ホテルのシナリオのまとめ
95
4.2 長周期地震時に想定される建物用途ごとの事象に影響を与える要因について
98
4.2.1 構造関係
102
4.2.2 設備関係
102
4.2.3 仕上げ関係
103
4.2.4 その他
104
4.3 まとめと今後の課題
106
4.3.1 まとめ
106
4.3.2 今後の課題
107
5.長周期地震動による建築物への被害把握のために確認すべき項目の調査
5.1 はじめに
108
108
5.1.1 はじめに
108
5.1.2 用語に関する補足
109
5.2 超高層建築物の被害把握において特に考慮すべき課題の整理
112
5.2.1 超高層建築物の全体像把握のための棟数調査
113
5.2.2 被害把握に要する資源
128
5.2.3 応急危険度判定と建物トリアージ
131
5.2.4 被害把握の阻害要因
133
5.3 構造体の損傷を把握するために必要な応答量の取得方法の整理
137
5.3.1 評価対象と応答量の種類
137
5.3.2 各応答量の取得に資する方法と道具およびセンサ
139
5.3.3 各応答量取得方法の特徴と課題
142
5.3.4 応答量取得における新しい技術の活用
154
5.3.5 3 節のまとめ
157
5.4 建築物の応答量をもとに構造体の損傷を推定する方法の整理
160
5.4.1 時間軸と目的に応じた構造体の損傷推定方法
160
5.4.2 各評価対象における応答量と評価指標
161
5.4.3 評価指標に影響する因子
170
5.4.4 地震応答解析による推定
171
5.4.5 地震観測等の実応答量と地震応答解析とを併用した推定
175
5.4.6 残存耐震性の評価
176
5.5 発災後の経過時間を基軸とした構造体損傷の総合的な評価方法の整理
180
5.5.1 損傷把握シナリオ
180
5.5.2 事前準備
182
5.5.3 事後対応 1(応急危険度判定)
187
5.5.4 事後対応 2(被災度区分判定)
189
5.5.5 事業継続に有効な対策
191
5.6 まとめと今後の課題
192
5.6.1 まとめ
192
5.6.2 今後の課題
194
5.付録
実地震における被害調査および損傷評価の実施例
196
5.付録.1 超高層建築物の被害調査の事例
196
5.付録.2 微動測定による建築物の損傷評価の事例
198
5.付録.3 地震観測記録とシミュレーション解析に基づく建築物の損傷評価の事例
200
5.付録.4 鋼構造建築物の修復実績コストを基にした修復限界の評価事例
201
6.まとめと今後の課題
204
6.1 まとめ
204
6.2 今後の課題
207
1.目
的
マグニチュード 7~8 クラスの巨大地震は広い震源域をもち,そこから発せられる地震動は周期 2~
20 秒程度のやや長周期成分(以下,
「長周期地震動」という.)を多く含むと共に,長い継続時間を有
し減衰せずに遠くまで伝搬するという特徴を持つ.また,伝播経路に存在する浅部地盤構造や堆積盆
地等により特定の周波数をもつ表面波が励起され,その周期と同じ固有周期特性を持つ建築物や構造
物に大きな影響を与えるおそれがある.
実例として,平成 15 年十勝沖地震におけるスロッシング現象による石油タンク火災や,平成 16 年
新潟県中越地震における東京都心でのエレベータ停止等がある.今世紀前半にもその発生が懸念され
ている東海地震,東南海・南海地震,日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震などの大規模地震において
も,長周期地震動が励起され,首都圏を始めとする都市部における高層建築物の被害,あるいは沿岸
部に存在する石油タンクのスロッシングによる被害等が懸念される.これらの被害軽減のためには,
到達が予想される長周期地震動自体の予測精度の向上に加え,長周期地震動に対する各種構造物の揺
れを正しく把握し,安全や機能を確保するために必要な対策を講じていく必要がある.
従来,地震動が各種構造物に及ぼす影響の検討は,過去の大規模な地震で観測された近地での強震
波形記録を入力として,その挙動と耐震性等を評価することでなされてきた.しかし長周期地震動に
ついては,これまで甚大な被害を及ぼす規模の地震が発生していないことから,将来発生が懸念され
る大規模地震に対する各種構造物の対策を考える上では,その特徴を適切に考慮した入力波形を用い
た検証により慎重に進めていくことが求められる.
平成 20 年度までの調査で,長周期地震動に対する各種構造物の挙動等についての基礎的な知見が得
られている.本業務では,これまでの成果をふまえ,建築物の非構造部材,設備,家具等が長周期地
震動を受けた際に予測される被害の調査を行うと共に,それらを踏まえた発災時の建物内部の状況想
定,用途毎のシナリオ想定を行うことで,長周期地震動対策を推進していくことを目的とする.
1
2.実施内容
これまで,土木学会が内閣府より「平成 16 年度 長周期地震動対策の必要性の検討に係る調査」
,
「平
成 17 年度 長周期地震動対策に関する調査」および「平成 18 年度 長周期地震動対策に関する調査」
を受託し,日本建築学会は土木学会と共同体制のもとに実施した.
さらに,平成 19 年度からは,日本建築学会が内閣府より「平成 19 年度 長周期地震動対策に関する
調査」,
「平成 20 年度 長周期地震動対策に関する調査」を受託し,実施した.
本年度は,昨年度に引き続き日本建築学会が内閣府より「平成 21 年度 長周期地震動対策に関する
検討業務」を受託し,実施した.
「平成 21 年度 長周期地震動対策に関する検討業務」では,下記の 3 項目から構成される研究を実
施し,これら研究から導かれる今後の課題を明らかにする.
①
建築物の非構造部材・設備・家具等について予測される長周期地震動による被害の調査
長周期地震動によって建築物が共振し長時間大振幅の揺れを受け続けた場合,建築物の被害は
構造躯体以外の非構造部材等にも発生すると予想される.そのため,躯体が損傷しながった場合
でも,建物内部では部材や設備の損傷とそれによる人や物への被害が想定される.建物内の非構
造材,設備,家具等について,それらの受ける被害及び他に及ぼす被害を個別に想定を行う.
①間仕切り壁,天井,仕上げ材などの割れ,落下等非構造部材が受ける被害とそれが及ぼす影
響について想定
②照明,配管,スプリンクラー等設備機器の受ける被害とそれが及ぼす影響について想定
③家具,備品等の移動,転倒の状況推定とそれが及ぼす影響について想定
②
長周期地震動により建物内部で発生が想定される事象の建物用途ごとの整理
①の結果も利用し,長周期地震動により建物内部で起こることが想定される事象について整理
を行う.また,それを受けてオフィスビル,マンション,ホテルといった建物の用途毎に発災時
に想定される事象についてシナリオの形でまとめる.
③
長周期地震動による建築物への被害把握のために確認すべき項目の調査
長周期地震動による避難計画や復旧計画の作成に資するため,長周期地震の被害を受けた建
築物の被害状況の確認等取るべき対策を検討するとともに,建築物の被害状況を把握するための
確認事項について,長周期地震動の特性を考慮して整理する.
またこれら研究から導かれる今後の課題を明らかにする.
①から③までの調査・検討から得られた成果をまとめるとともに,今後の課題を提示する.
2
3.建築物の非構造部材・設備・家具等について予測される長周期地震動による被害の調査
3.1 序
3.1.1 はじめに
長周期地震動によって建築物が共振し長時間大振幅の揺れを受け続けた場合,建築物の被害は構造
躯体以外の非構造部材等にも発生すると予想される.そのため,躯体が損傷しなかった場合でも,建
物内部では部材や設備の損傷とそれによる人や物への被害が想定される.
本項では,モデル建物が長周期地震動を受けた場合の構造体の被害を時刻歴応答解析により想定し
た上で,建築物の非構造部材・設備・家具等について,被害および影響を個別に想定し考察する.具
体的には以下の手順で検討を行うこととする.
①長周期地震動の想定とモデル建物の時刻歴応答解析による挙動の把握
②各々の被害度及び影響の把握
・非構造部材…間仕切り壁,天井,仕上げ材のなどの割れ,落下などによる被害と影響
・設備…設備機器,配管類等の破断,落下などによる被害と影響
・家具…家具,備品等の滑動,転倒などによる被害と影響
③考察
3.1.2 モデル建物
長周期地震動による被害の可能性が高い超高層建物をモデル建物とする.本検討では,事務所用途
の 50 階建て鉄骨造建物(S50L)と集合住宅用途の 30 階建て鉄筋コンクリート造建物(RC30)の2つ
の検討を行う.各モデル建物は文献 1)で示されているが,基準階平面と構造伏軸と断面を以下に示す.
○鉄骨造 50 階モデル桁行方向(モデル名称:S50L)
鉄骨造 50 階建ての事務所ビル.検討方向は桁行方向とする.
B1
C2
15.6
G3
B1
C1
3.2
3.2
9.6
76.8
図 3.1 基準階伏図
検討方向
3
15.6
G3
G5
G1
C3
42.4
11.2
G4
G6
B3
G1
G5
C3
C4
B1
C2
B1
C1
9.6
G2
G2
G6
C4
G3
A
B3
C4
B2
C5
B3
C3
G5
G1
G5
G3
C4
G4
B
C1
B2
C5
B3
C3
B1
G1
B1
C1
15600
11200
1
15600
4
1
2
1
4
2
3
5
5
3
6 7
12
3200 3200 3200 3200 3200 3200 3200 3200 3200 3200 3200 3200 3200 3200 3200 3200 3200 3200 3200 3200 3200 3200 3200 3200
図 3.2 基準階平面図
表 3.1 階高及び重量
表 3.2 梁断面
(使用鋼材
SN490)
階高(m)
重量(kN)
50 階
5.76
37270
R
H-800x200x12x16
H-800x200x12x16
H-800x300x12x16
49 階
3.84
29810
45~50
H-800x200x12x16
H-800x200x12x16
H-800x300x12x16
48 階
~2 階
3.84
18630
39~44
H-800x200x12x19
H-800x200x12x19
H-800x300x12x19
33~38
H-800x200x12x19
H-800x200x12x19
H-800x300x12x19
27~32
H-800x200x12x22
H-800x200x12x22
H-800x300x12x22
21~26
H-800x200x12x25
H-800x200x12x25
H-800x300x12x25
15~20
H-800x200x12x25
H-800x200x12x25
H-800x300x12x25
9~14
H-800x200x12x28
H-800x200x12x28
H-800x300x12x28
1階
7.00
表 3.3 柱断面(使用鋼材
FL
26090
B1
B2
B3
3~8
H-800x200x12x28
H-800x200x12x28
H-800x300x12x28
2
H-1000x200x16x32
H-1000x200x16x32
H-1000x300x16x32
SN490)
F
C1
C2
C3
C4
C5
50
□-650x650x12x12
□-650x650x12x12
□-650x650x19x19
□-650x650x12x12
□-650x650x12x12
44~49
□-650x650x12x12
□-650x650x12x12
□-650x650x22x22
□-650x650x16x16
□-650x650x12x12
38~43
□-650x650x16x16
□-650x650x12x12
□-650x650x28x28
□-650x650x22x22
□-650x650x16x16
32~37
□-650x650x16x16
□-650x650x16x16
□-650x650x36x36
□-650x650x28x28
□-650x650x19x19
26~31
□-650x650x19x19
□-650x650x19x19
□-650x650x45x45
□-650x650x36x36
□-650x650x22x22
20~25
□-650x650x25x25
□-650x650x19x19
□-650x650x55x55
□-650x650x40x40
□-650x650x25x25
14~19
□-650x650x28x28
□-650x650x22x22
□-650x650x60x60
□-650x650x50x50
□-650x650x32x32
8~13
□-650x650x28x28
□-650x650x25x25
□-650x650x65x65
□-650x650x55x55
□-650x650x36x36
5~7
□-650x650x32x32
□-650x650x28x28
□-650x650x70x70
□-650x650x60x60
□-650x650x40x40
2~4
□-650x650x36x36
□-650x650x32x32
□-650x650x75x75
□-650x650x60x60
□-650x650x55x55
1
□-650x650x40x40
□-650x650x32x32
□-650x650x80x80
□-650x650x75x75
□-650x650x55x55
4
3.84
3.84
50FL
5.76
RFL
5.76
RFL
50FL
30FL
30FL
20FL
10FL
10FL
3.84
20FL
2FL
1FL
図 3.3 軸組図
5
7.0
1FL
7.0
2FL
3.84
197.08
40FL
197.08
40FL
○RC 造 30 階モデル(モデル名称:RC30)
3LDK 約100㎡
鉄筋コンクリート造 30 階建て
3
5
純ラーメン構造の集合住宅.
1
6400
6
浴室
洗面所
便所 4
7
2
1
1
7
3
7
6400
6400
3
6400
3
7
4
便所
6400
1
1
洗面所
浴室
5
1
2
6
図 3.4 基準階平面図
2LDK 約75㎡
B3
C3
B4
C2
B4
C2
B4
C2
B3
C2
B1
B2
C1
B2
C1
B2
C1
B1
C1
C2
B1
B2
C1
B2
C1
B2
C1
B1
C1
C2
B1
B2
C1
B2
C1
B2
C1
B1
C1
C2
B1
B2
C1
B2
C1
B2
C1
B1
C1
C2
B3
B4
B4
B4
B3
6400
6400
6400
C3
6.4
30FL
6.4
C2
6400
3.0
6400
C2
20FL
6.4
A
C3
C2
6.4
C2
6.4
C2
6.4
C2
6.4
C3
6.4
32.0
15FL
図 3.5 基準階伏図
検討方向
10FL
表 3.4 階高及び重量
30 階
29 階~16 階
15 階~11 階
10 階~2 階
1階
階高(m)
3.0
3.0
3.0
3.0
4.5
重量(kN)
16750
11440
11630
11870
12770
2FL
1FL
図 3.6 軸組図
6
4.5 3.0
B
6.4
C2
25FL
32.0
6.4
C2
表 3.5 梁断面
(1~5 階;Fc60, 6~10 階;Fc54, 11~15 階;Fc48, 16~20 階;Fc42, 21~;Fc36,主筋 SD490)
FL
27~
R
22~
26
17~
21
12~
16
5~
11
600x800
600x800
600x800
600x800
600x850
3~6
600x850
2
600x900
B1
B2
B3
4-D22
4-D22
4-D25
4-D25
4-D29
4-D29
4-D32
4-D32
4-D29,2-D25
4-D29,2-D25
4-D29,2-D25
4-D29,2-D25
6-D29
6-D29
4-D22
4-D22
4-D32,2-D25
4-D32,2-D25
4-D32,2-D29
4-D32,2-D29
6-D32
6-D32
4-D32,2-D29
4-D32,2-D29
4-D32,2-D29
4-D32,2-D29
6-D29
6-D29
4-D22
4-D22
4-D32,2-D25
4-D32,2-D25
4-D32,2-D29
4-D32,2-D29
6-D32
6-D32
4-D32,2-D29
4-D32,2-D29
4-D32,2-D29
4-D32,2-D29
6-D29
6-D29
600x800
600x800
600x800
600x800
600x850
600x850
600x900
600x800
600x800
600x800
600x800
600x850
600x850
600x900
B4
600x800
600x800
600x800
600x800
600x850
600x850
600x900
4-D22
4-D22
4-D22
4-D22
4-D25
4-D25
4-D29
4-D29
6-D25
6-D25
4-D29,2-D25
4-D29,2-D25
4-D29,2-D25
4-D29,2-D25
表 3.6 柱断面
(1~5 階;Fc60, 6~10 階;Fc54, 11~15 階;Fc48, 16~20 階;Fc42, 21~;Fc36,主筋 SD490,芯筋 SD685)
F
26~30
21~25
16~20
11~15
6~10
2~5
1
C1
800x800
800x800
850x850
850x850
850x850
850x850
900x900
C2
16-D32
16-D32
16-D32
16-D32
16-D32
16-D32
16-D32
850x800
850x800
900x850
900x850
900x850
900x850
950x900
16-D32
16-D32
16-D35
16-D38
16-D41
16-D41+4-D38
16-D41+8-D38
7
C3
850x850
850x850
900x900
900x900
900x900
900x900
950x950
16-D32
16-D32
16-D35
16-D38+8-D38
32-D41+8-D41
32-D41+8-D41
32-D41+8-D41
3.2 長周期地震動による建物挙動
長周期模擬地震動を作成し,モデル建物 2 例について時刻歴応答解析*を行う.
3.2.1 長周期模擬地震動の作成**
作成方法は,告示スペクトルに適合した波形(継続時間 160 秒)と,かさ上げした長周期の後続波
(継続時間 920 秒)をそれぞれ作成し,足し合わせる方法 2)とした.これは,長周期地震動を含む観
測記録において,短周期成分は波形の先頭部分に含まれ,後続波の部分は特定の長周期成分のみが卓
越して短周期成分がほとんどないという特徴を模擬したものである.全継続時間を対象に短周期成分
も含めて作成すると,後続波の部分で短周期成分が過大になるので,これを避けている.
スペクトルのかさ上げの形状は,日本建築学会「長周期地震動と建築物の耐震性」の「付2.長周
期地震動に対する検討用スペクトル」を参照した.そこでは,既往の多数の模擬地震動を分析した結
果,長周期成分が卓越する「特定の周期帯」において,おおむね応答スペクトルが Sv=120~180cm/s
(h=5%),エネルギースペクトルが VE=270~400cm/s(h=10%)となっていることが指摘されている.
これを参照し,S造 50 階建て建物(S50L)の検討用模擬地震動は,固有周期 4.5 秒付近で告示スペクト
ルの 1.5 倍の Sv=120cm/s にかさ上げし,位相を与えて時刻歴波形を作成した後,エネルギースペクト
ルが VE=270~400cm/s(h=10%)の指標を満たし十分なエネルギーを保有していることを確認して採
用した.同様に,RC 造 30 階建て建物(RC30)の検討用模擬地震動は,固有周期 3.1 秒前後でかさ上
げした.以下に S50L と RC30 それぞれの検討用模擬地震動の詳細を示す.
(1)S50L に対する模擬地震動
下図にかさ上げしたスペクトルを示す.検討用建物モデルの固有周期(4.5 秒)を中心に幅 1.5 秒(周期
3.75~5.25 秒)の高原部分を設けた.さらに両側に幅 1 秒(周期 2.75~3.75 秒と,周期 5.25~6.25 秒)
でスロープを設けた.高原部分の擬似速度応答スペクトル値は告示スペクトルの 1.5 倍とした.
以下に作成した模擬地震動の(a)加速度波形,(b)速度波形,(c)変位波形を示す. (a),(b)にそれぞれ,
擬似速度応答スペクトル(h=5%),エネルギースペクトル(h=10%)を示す.エネルギースペクトルは,
かさ上げの高原部分(3.75~5.25 秒)で 350~410cm/s あり,VE=270~400cm/s(h=10%)の指標を満
たして十分なエネルギーを保有している.
告示スペクトルをかさ上げ
したスペクトル
図 3.7 告示スペクトルの長周期部分をかさあげしたスペクトル
*
時刻歴応答解析は,鹿島小堀研究室の小鹿紀英,鈴木芳隆が行った.
**
模擬地震動の作成は,大成建設の吉村智昭,山本優が行った.
8
赤線:フィッティング
後の模擬地震動
(a) 加速度波形
(a) 擬似速度応答スペクトル(h=5%)
(b) 速度波形
(c) 変位波形
図 3.8 作成した模擬地震動の時刻歴波形(S50L)
(2)
(b) エネルギースペクトル(h=10%)
図 3.9 作成した模擬地震動のスペクトル
RC30 に対する模擬地震動
下図にかさ上げしたスペクトルの概要を示す.検討用建物モデルの固有周期(ひび割れ等により伸び
たときの固有周期 3.1 秒)を中心に幅 1.5 秒(周期 2.35~3.85 秒)の高原部分を設けた.さらに両側に幅 1
秒(周期 1.35~2.35 秒と,周期 3.85~4.85 秒)でスロープを設けた.高原部分の擬似速度応答スペク
トル値は告示スペクトルの 1.5 倍とした.
告示スペクトルをかさ上げ
したスペクトル
図 3.10 告示スペクトルの長周期部分をかさあげしたスペクトル
以下にに作成した模擬地震動の(a)加速度波形,(b)速度波形,(c)変位波形を示す. (a),(b)にそれぞ
れ,擬似速度応答スペクトル(h=5%),エネルギースペクトル(h=10%)を示す.エネルギースペクトル
は,かさ上げの高原部分(2.35~3.85 秒)で 300~440cm/s あり,VE=270~400cm/s(h=10%)の指標
を満たして十分なエネルギーを保有している.
9
赤線:フィッティング
後の模擬地震動
(a) 加速度波形
(b) 擬似速度応答スペクトル(h=5%)
(b) 速度波形
(c) 変位波形
(b) エネルギースペクトル(h=10%)
図 3.11 作成した模擬地震動の時刻歴波形(RC30)
10
図 3.12 作成した模擬地震動のスペクトル
3.2.2 時刻歴応答解析
各建物は以下に示すようなモデル化を行い,時刻歴応答解析を行った.
解析結果は,以下に示す主要な出力を示すこととして,応答最大値を図 3.13~3.14 に示す.併せて,
参考として,文献 1)に示された地震動 LL(BCJ-L2+BCJ-L2)による応答結果も提示する.
○モデル化
(1) S50L
a.解析モデル:外フレーム,内フレームの 2 構面を平面フレームでモデル化し,剛床を仮定
b.梁の曲げ剛性増大率
c.梁の復元力特性
1.0
フランジ断面のみ考慮全塑性モーメントを折れ点とする Bi-Linear 型
耐力にはスラブは考慮しない
d.柱の復元力特性
長期軸力を考慮した全塑性モーメントを折れ点とする Bi-Linear 型
(2) RC30
a.解析モデル:立体フレームでモデル化し,剛床を仮定
b.梁の曲げ剛性増大率
片側スラブ付:1.2,両側スラブ付:1.4
c.梁の復元力特性:ひび割れ及び降伏を折れ点とする Tri-Linear 型
耐力にはスラブは考慮しない
降伏点割線剛性は菅野式による
d.柱の復元力特性:長期軸力を考慮したひび割れ及び終局モーメントを折れ点とする Tri-Linear 型
○解析結果(出力図)
(a) 最大層間変形角 R
(b) 最大層せん断力
(c) 最大絶対加速度 a
(d) 最大絶対速度
(e) 最大相対水平変形
(f) 最大塑性率 μm
(g) 最大部材累積塑性変形倍率 ηm
(h) 残留層間変形角(応答解析結果の最後の 20 秒間である 900 秒-920 秒の層間変位の平均として
求めた)
11
(1)
S50L モデル建物
S50L
(階)
50
50
S50L
(階)
40
40
40
30
30
30
20
20
20
10
10
10
0
0
0.005
0.01
0.015
0.02
0
(kN)
0
40000
80000
0
120000
(Gal)
0
(b) 層せん断力
(a) 層間変形角
S50L
(FL)
S50L
(FL)
50
40
40
40
30
30
30
20
20
20
10
10
10
(cm/s)
50
100
150
0
(cm)
0
(d) 最大絶対速度
50
50
40
40
30
30
20
20
10
10
0
0
20
40
60
100
150
80
0
S50L
(階)
0
(g) 最大累積塑性変形倍率
0.005
0.01
0.015
0.02
(h) 残留層間変形角
図 3.13
S50L の地震応答解析結果
12
0
0
2
4
(f) 最大塑性率
(e) 最大相対水平変形
S50L
(FL)
50
400
600
S50L
(FL)
50
0
200
(c) 最大絶対加速度
50
0
S50L
(FL)
50
6
(2)
RC30 モデル建物
30
RC30
(階)
30
RC30
(階)
30
25
25
20
20
20
15
15
15
10
10
10
5
5
5
0
0
0.005
0.01
0.015
0
0.02
25
(kN)
0
20000
40000
0
60000
RC30
(FL)
RC30
30
25
25
25
20
20
20
15
15
15
10
10
10
5
5
5
(cm/s)
50
100
150
200
0
(cm)
0
(d) 最大絶対速度
30
50
100
(e) 最大相対水平変形
RC30
(階)
25
20
15
10
5
0
0
0.005
0.01
0.015
0.02
(h) 残留層間変形角
図 3.14
RC30 の地震応答解析結果
13
400
600
RC30
(FL)
30
0
200
(c) 最大絶対加速度
30
0
(Gal)
0
(b) 層せん断力
(a) 層間変形角
(FL)
RC30
(FL)
0
0
2
4
(f) 最大塑性率
6
<参考>
LL
(階)
50
50
LL
(階)
40
40
40
30
30
30
20
20
20
10
10
10
0
0
0.005
0.01
0.015
0.02
0
(kN)
0
40000
80000
120000
0
LL
LL
(FL)
50
40
40
40
30
30
30
20
20
20
10
10
10
0
50
(cm)
100
50
150
0
LL
LL
(階)
(FL)
50
40
40
40
30
30
30
20
20
20
10
10
10
0
20
40
60
(g) 部材累積塑性変形倍率
参考図 1
80
0
2
(f)
50
0
0
(e) 最大相対水平変位
(d) 最大絶対速度
(FL)
100
400
600
LL
(FL)
50
(cm/s)
0
0
150
200
(c) 最大絶対加速度
50
0
(Gal)
0
(b) 最大層せん断力
(a) 最大層間変形角
(FL)
LL
(FL)
50
4
6
最大部材塑性率
LL
50
0
0.005
0.01
0.015
(h) 残留層間変形角
0.02
0
0
1
(i) 梁降伏割合
S50L の地震動 LL に対する地震応答解析結果(文献 1)より抜粋)
14
LL
LL
(階)
30
30
LL
(階)
(FL)
30
25
25
20
20
20
15
15
15
10
10
10
5
5
5
0
0
0.005
0.01
0.015
0
0.02
25
(kN)
0
20000
40000
0
60000
(b) 最大層せん断力
(a) 最大層間変形角
LL
LL
30
30
25
25
25
20
20
20
15
15
15
10
10
10
5
5
5
(cm/s)
0
100
150
200
(cm)
0
LL
30
100
0
0
2
(f)
4
最大部材塑性率
LL
(階)
(FL)
30
25
25
20
20
15
15
10
10
5
5
0
50
(e) 最大相対水平変位
(d) 最大絶対速度
0
0.005
0.01
0.015
(g) 残留層間変形角
参考図 2
0.02
0
600
(FL)
(FL)
50
400
(c) 最大絶対加速度
30
0
200
LL
(FL)
0
(Gal)
0
0
1
(h) 梁降伏割合
RC30 の地震動 LL に対する地震応答解析結果(文献 1)より抜粋)
15
6
250
S
L
LL
(cm/s)
INPUT(RC30)
INPUT(S50L)
(h=0.05)
200
150
100
50
0
(sec)
0
2
4
6
8
(a) 速度応答スペクトル
600
S
L
LL
(cm/s)
INPUT(RC30)
INPUT(S50L)
(h=0.10)
450
300
150
0
(sec)
0
2
4
6
8
(b) VE スペクトル
参考図 3
検討用模擬地震動と地震動 LL などとのスペクトル比較
16
3.2.3 時刻歴応答解析結果考察
(1) S50L
以下に主要な応答結果を示し,これを日本建築構造技術者協会の性能判断判断表 3) 4) 5)により表示し
たものを下表に示す.
表 3.7
S50L の主要応答結果
最大層間
最大絶対
最大絶対
最大頂部
最 大
最大部材
残留層間
梁降伏
変形角
加速度
速度
水平変位
塑 性 率
累積塑性
変形角
割合
(rad)
(cm/s2)
(cm/s)
(cm)
変形倍率
(rad)
(%)
1/136
305
137
105
39.1
1/2668
95
3.90
表 3.8 性能判断基準値表
性能評価項目
損傷限界
判断値 λ
建物の機能
建物の損傷度
修復の程度
層間変形角
建物挙
動
R
(rad)
床 加 速 度
a
2
(cm/s )
層塑性率 μ
安全限界
安全限界
余裕度Ⅰ
余裕度Ⅱ
4
3
2
機能維持
主要機能確保
無被害
軽微
小破
中破~大破
大破以上
修復不要
軽微な修復
小規模修復
中・大規模修復
修復困難
1/200 以下
1/200-1/150
1/150-1/100
1/100-1/75
1/75 以上
―
250 以下
250-500
500-1000
1000 以上
1.0 以下
1.0-2.0
2.0-3.0
3.0-4.0
4.0 以上
0
0-30
30-60
60-100
100
1.0 以下
1.0-2.5
2.5-3.75
3.75-5.0
5.0 以上
0
0-5.4
5.4-12.0
12.0-21.5
21.5 以上
0
0-9.0
9.0-20.5
0
0-3.5
3.5-7.5
安全限界
安全限界
超過
1
指定機能確保 限定機能確保
0
機能確保困難
構造骨
組
塑性ヒンジ発生率
(%)
部材塑性率 μm
JASS6
型
構造部
累積塑性
材
変形倍率
ηm
ノンスカ
ラップ
梁 端
混用
17
20.5-36.5
7.5-13.5
36.5 以上
13.5 以上
○結果概略
・建物挙動・骨組の被害度をマクロにみると,性能基準表でいう判断値2~1の結果となる.
・構造部材の最大損傷をみると,15~19 階で ηm が 35 を超える結果となっており,被害度としては
大破という結果となった.
(2) RC30
以下に主要な応答結果を示し,これを同様に日本建築構造技術者協会の性能判断判断表 3) 4) 5)により表
示したものを下表に示す.
表 3.9
RC30 の主要応答結果
最大層間
最大絶対
最大絶対
最大頂部
最 大
最大部材
残留層間
梁降伏
変形角
加速度
速度
水平変位
塑 性 率
累積塑性
変形角
割合
(rad)
(cm/s2)
(cm/s)
(cm)
変形倍率
(rad)
(%)
1/87
356
142
69
-
1/1068
100
2.20
表 3.10 性能判断基準値表
性能評価項目
判断値 λ
建物の機能
建物の損傷度
修復の程度
層間変形角 R
(rad)
損傷限界
安全限界
安全限界
安全限界
安全限界
余裕度Ⅰ
余裕度Ⅱ
4
3
2
1
0
機能維持
主要機能確保
指定機能確保
限定機能確保
機能確保困難
無被害
軽微
小破
中破~大破
大破以上
修復不要
軽微な修復
小規模修復
中・大規模修復
修復困難
1/200 以下
1/200-1/150
1/150-1/100
1/100-1/75
1/75 以上
―
250 以下
250-500
500-1000
1000 以上
1.0 以下
1.0-2.0
2.0-3.0
3.0-4.0
4.0 以上
0
0-30
30-60
60-100
100
超過
建物挙動
床加速度
a
2
(cm/s )
層塑性率 μ
構造骨組
塑性ヒンジ発生
率(%)
○結果概略
・建物挙動・骨組の被害度をマクロにみると,性能基準表でいう判断値 2~1 の結果となる.
・構造部材の最大損傷に関しては明確なクライテリアがないため明記していないが,被害度として
は中破~大破という結果以上になると想像できる.
18
3.3 非構造部材・設備・家具等の被害状況
モデル建物 2 例について各々の被害状況および影響の検討を行う.なお,S50L は短辺方向の応答解
析を行っていないが,便宜的に短辺方向も長辺方向と同様の応答が生じたととして以降の検討を行う.
3.3.1 非構造部材・設備について
3.3.1.1 耐震性能評価に関する指標
非構造部材・設備の耐震性能は,主に水平震度と層間変形で評価される.各指標は,文献 6)を参考
に設定する.
建築設備に関して,一般には「建築設備耐震設計・施工指針」
(日本建築センター)7)に基づいて設
計されていることが多く 8),同指針の 2005 年版に基づき検証を行う.以下に文献 6)より該当部分の
抜粋を示す.
---------------------------------- 以下 文献 6)より抜粋 -------------------------------建築設備耐震設計・施工指針」(日本建築センター)7) 2005 年版の概要
設備の耐震設計指針は,設計用地震力に耐えるように各部(アンカーボルト,基礎など)の設計を
すること,地震力と変形に耐えるように配管の耐震措置をすること,の 2 点を中心に記述されている.
設計時に動的解析が行われない建物(高さ 60m 以下)では,設備機器に対する設計用水平地震力 FH
は次式で算定される.
FH  Z  K S  W
ここに, Z は地域係数, K S は設計用標準震度(表 3.11 参照), W は機器の重量である.
設計時に動的解析が行われる建物では,設備機器設置床の応答加速度値を用いて,設計用水平地震
力を算定することになっている.但し,実際の超高層ビルの設計図書を調べると 8),設計震度は表 3.12
のようになっており,表 3.11 と同等の値が用いられていることがわかる.
表 3.11 建築設備機器の設計用標準震度(指針 2005 年版)7)
19
対象:動的解析が行われない建築物
表 3.12 建築設備機器・配管類の支持・固定金物選定の震度
(超高層ビルの調査結果より) 文献 8)より引用
配管の耐震措置については,地震時に配管・支持材に発生する応力や変形が許容限界内にとどまる
かを確認する必要があるが,個別の配管に対して詳細な検討するのは煩雑なため,配管の重量と耐震
支持の支持形式により,適した支持形式部材の選定が可能な表が示されている.このとき,立て管に
ついては,層間変形角 1/100 が生じるものと想定されている.また,エキスパンションジョイント部
を通過する配管については,原則として建物の層間変形角を鉄骨造 1/100,鉄筋コンクリート造 1/200
として,建物間の相対変位量を計算する.
-----------------------------------------------------------------------------------------建築設備機器に関する震度については,表 3.11 の数値に基づき指標を考える.本検討のような超高
層建築物では耐震クラスA以上であることが多いことから,表 3.11 の耐震クラスAの数値(1 階:0.6,
中間階:1.0,最上階:1.5)を指標として用いる.
配管類について,水平震度は表 3.12 の数値(事務所 S50L では 1 階~中間階:1.0,最上階:1.5,
集合住宅 RC30 では全階 0.6)を指標とする.また,配管類の変形追従性は,層間変形角 1/100 を指標
として用いる.
20
非構造部材の耐震性能評価に関しては,文献 6)に示すように,水平震度と変形追従性について各指
針や実験等に基づいた数値を掲載している.以下に文献 6)の該当部分を抜粋する.
---------------------------------- 以下 文献 6)より抜粋 -------------------------------非構造部材の耐震性能は,一般に,慣性力と強制変形角に対する検討により確認される.
日本建築学会「非構造部材の耐震設計施工指針・同解説および耐震設計施工要領」9)では,非構造
部材の耐震安全性の目標について,以下の記述がある.
a.きわめてまれに(数百年に一度程度)発生する地震動時においても,非構造部材の破壊や変形が
直接あるいは間接に人命に危険を及ぼさないこと.また,震災時に果たさなければならない社会
的に重要な機能を持つ建物にあってはその機能を確保すること
b.まれに(数十年に一度程度)発生する地震動時には,非構造部材が破損したり,過大な変形が生
じることがないこと.また,非構造部材の挙動が直接あるいは間接に建築物の居住性を損なうこ
となく,また財産の保護が確保されること
具体的な耐震安全性の検討の内,慣性力に対する検討では,大地震動時の地震力に対して非構造部
材(接合部を含む)の応力が材料許容応力度以内としている.強制変形角に対する検討では,中地震
動時と大地震動時の2つの強制変形角について,非構造部材の破壊程度が設計目標以内であることを
確認するとしている.
同指針中,非構造部材の重心に作用する水平方向慣性力の算定式として,以下の式が示されている.
FHij  Z   Hj  k Hi  Wij
Wij :i 階の非構造部材 j の重量
Z :地震地域係数
 Hj :非構造部材 j の応答倍率により定まる係数
k Hi :主体構造の床応答倍率より定まる係数で,以下の略算式で求めることができる.
k Hi  (1  (7 / 3)  ( X i / H )) K 0
H :主体構造の地表面からの高さ
X i :i 階の地表面からの高さ
K 0 :基準震度(0.3 としてよい)
最上階では k Hi =1.0 となるため,最上階に設置される非構造部材の慣性力は, Z =1 の場合,
FHij   Hj  1.0  Wij となる.非構造部材の応答倍率により定まる係数  Hj は,表 3.13 のように定められ
ている.
表 3.13 非構造部材の応答倍率により定まる係数  Hj
21
文献 9)より引用
公共建築協会「官庁施設の総合耐震計画基準及び同解説」10)では,高さが 60m を超える高層建築物
の耐震安全性の目標に関して,
「大地震動に対しても,施設の機能が確保されることを目標とし,計画
に当たっては,原則として,地震応答解析を行って振動性状等を確認する」としている.また,
「非構
造部材は,構造体の地震応答に対して十分に安全なものとすること」としている.具体的に保有すべ
き性能の項目の1つとして,最大層間変形角を挙げ,入力地震動 25cm/s 程度(レベル1)に対して
1/200 以下,50cm/s 程度(レベル1)に対して 1/100 以下との目安が示されている.
JASS14「カーテンウォール工事」11)では,カーテンウォールの耐震安全性の目標として,ⅰ)大地震
時にも脱落しないこと,ⅱ)中地震時には,ファスナーが躯体変位にスムーズに追従し,かつ漏水など
の外壁機能の低下を生じないこと,が挙げられている.慣性力に対する安全性能の検討では,カーテ
ンウォールの設計用水平震度を 1.0 としている.また,金属カーテンウォールの層間変位追従性能と
しては,日本カーテンウォール工業会の「カーテンウォール性能基準」(表 3.14)が示されている.
一般的な高層ビルでは,最低限グレード 2,通常はグレード 3 程度が要求される.PC カーテンウォー
ルの層間変位追従性能としては,表 3.15 が示されている.
表 3.14 日本カーテンウォール工業会の「カーテンウォール性能基準」に示される
層間変位追従性能グレード
層間
変位角
条件1:健全で再使用
できる程度
1/300
条件2:主要部が破損
しない程度
性能グレード
1
1/200
2
3
1/400
1/300
1/150
1/100
4
5
文献 11)より引用
表 3.15 PC カーテンウォールに関する性能基準
破壊程度
A
・被害なし
具体的現象
参 考
層間変形角
R<1/300
B
・パネルの微妙な
面内外移動(目
地ずれ,目違い)
・シーリ ング材 の
一部剥離
1/300≦R<1/200
C
・ヘアークラック発
生
・パネル交差部の
一部割れ・欠け
・シーリ ング材 の
剥離・破断
1/200≦R<1/120
D
・大きなクラック発
生
・ファスナー金物
変形
・ファスナー部コン
クリートの損傷
1/120≦R<1/75
E
・ファスナー破断
・パネルの破壊
・パネルの脱落
1/75≦R
文献 11)より引用
○耐震実験
カーテンウォール
カーテンウォールに関しては,その開発期において多くの静的加力実験が行われた.現在でも,大
規模な建物に取り付けるものや,特殊な形・ディテールのものについては実験が行われている.
内壁
間仕切壁についての耐震実験は少ないが,最近では軽量鉄骨下地間仕切り壁の実験 12),13)が行われ
ており,層間変形角 1/100 程度までは大きな損傷のないことが確認されている.
22
試験体
層間変形角
加力
パターン
1/300
正負繰返
ボード
端部に微
小なシワ
1
1/200
1/150
1/100
ボード
シワ多数
端部はらみ
単調
2
正負繰返
ボード
端部に微
小なシワ
3
正負繰返
開閉困難 開閉不能
(残留変形なし)
1/75
1/50
ボード
ボード
端部に微 シワ多数
小なシワ 端部はらみ
ボード
端部破損
ボード
端部はらみ
ビス抜け
ボード
はらみ大
開口部隅
にシワ
1/40
目地開き
ボード
はらみ大
開口部隅
のシワ大
ボード
端部破損
ドア枠残留変形
(変形0に戻しても
開閉困難)
図 3.15 軽量鉄骨下地間仕切り壁の加力実験状況と実験結果
文献 12)より引用
扉
RC 造の壁に取り付けられた扉は,建物の層間変形だけでなく,壁の損傷により枠が変形して開閉不
能になることが多い.このため実験では,その両方の影響を考慮する必要がある(図 3.16 参照).文
献 14)では,実大鉄骨造骨組にコンクリートブロックの間仕切壁を設けて,その中にスチール製ドア
を取り付け,静的に層間変位を与える実験が行われている.その結果,ドアとドア枠の間に大きなク
リアランスをとった場合には許容変形が大きいことが確認されている.また,図 3.17 のように二重枠
型ドア,扉周辺に変形吸収部をつけたドアなども開発され,耐震性の検証実験が行われている 15).
図 3.16 扉が開閉不可能となる要因
文献 15)より引用
二重枠型ドア
扉変形吸収型ドア
図 3.17 耐震性の高い扉の機構
文献 15)より引用
軽量鉄骨下地間仕切り壁に取り付けられたスチール製扉に関しては,文献 12),13)で実験が行われ,
層間変形角 1/50 を経験した後では,除荷後にも開閉不可能になっている.層間変形角 1/50 まで開閉
可能だったのは,壁に対してドア枠の剛性が相対的に高かったためと考えられる.
23
天井
2001 年芸予地震の体育館の天井落下被害や,2005 年宮城県沖の地震のプールの天井落下被害を受け
て,天井の耐震実験が多く実施されている.一般的なオフィスに用いられる在来天井やシステム天井
についても,静的加力実験による耐震性把握,振動台実験による限界状態の把握(図 3.18)が行われ
ている.また,天井の耐震性を高めるために,天井構成部材の耐震性を強化したり(図 3.19),ダン
パーを付加して天井の振動エネルギーを吸収するシステム(図 3.20)も開発されている.
図 3.18 静的加力実験の状況と実験後の状況 文献 16)より引用
図 3.19 天井吊りハンガーの補強金具
図 3.20 天井用ダンパーの構成と取り付け状況
文献 17)より引用
文献 18)より引用
-----------------------------------------------------------------------------------------非構造部材に関する震度については,文献 9)の数値のうち最も小さい数値で設定されているとする
と,1 階:0.3,中間階:0.65,最上階:1.0 となる.一方,多くの高層建物で参考とされる文献 10)
での最も小さい数値は,1 階:0.4,中間階:0.6,最上階:1.0 であり,ほぼ同様であるため,これを
指標として用いる.また,変形追従性は,層間変形角 1/100 を指標として用いる.
24
3.3.1.2 被害および影響について
(1)S50L
応答結果を再掲し,影響を考察する.
表 3.16
S50L の主要応答結果
(再掲)
最大層間
最大絶対
最大絶対
最大頂部
最 大
最大部材
残留層間
梁降伏
変形角
加速度
速度
水平変位
塑 性 率
累積塑性
変形角
割合
(rad)
(cm/s2)
(cm/s)
(cm)
変形倍率
(rad)
(%)
1/136
305
137
105
39.1
1/2668
95
3.90
○建築設備
・各階の応答加速度の最大値は,最上階でも 400gal 以下で,中間階では 200gal~300gal 以下となって
いる.文献 10)等で想定している設備機器類における増幅は最大2倍であるため,応答増大を2倍
とすると,機器類に生じる最大加速度は最上階で 800gal 以下,中間階で 600gal 以下となる.
これを前掲の機器類での水平震度の指標(1 階:0.6,中間階:1.0,最上階:1.5)と比べると,下
層階では機器転倒などの危険性があると考えられる.また,配管類は水平震度の指標(事務所 S50L
では 1 階~中間階:1.0,最上階:1.5,集合住宅 RC30 では全階 0.6)と比べると,強度としては安
全なレベルにあると考えられる.
・配管類で考慮すべき層間変形角は,前掲指標の 1/100 以下となっているが,梁端部の破断等による
局所的な変形の増大が考えられ,配管類は局所的には破損の危険性が考えられる.
○非構造部材
・建築設備と同様に,応答増大を2倍とすると,機器類に生じる最大加速度は最上階で 800gal 以下,
中間階で 600gal 以下となる.前掲の水平震度の指標(1 階:0.4,中間階:0.6,最上階:1.0)と比
べると,下層階では破損や落下などの危険性があると考えられる.
・指標の層間変形角 1/100 以下となっているが,配管類と同様に,梁端部の破断等による局所的な変
形の増大が考えられ,配管類は局所的には破損の危険性が考えられる.
(2)RC30
応答結果を再掲し,影響を考察する.
表 3.17
S50L の主要応答結果
(再掲)
最大層間
最大絶対
最大絶対
最大頂部
最 大
最大部材
残留層間
梁降伏
変形角
加速度
速度
水平変位
塑 性 率
累積塑性
変形角
割合
(rad)
(cm/s2)
(cm/s)
(cm)
変形倍率
(rad)
(%)
1/87
356
142
69
-
1/1068
100
2.20
○建築設備
・各階の応答加速度の最大値は,最上階でも 400gal 以下で,中間階では 200gal~300gal 以下となって
いる.文献 10)等で想定している設備機器類における増幅は最大2倍であるため,応答増大を2倍
とすると,機器類に生じる最大加速度は最上階で 800gal 以下,中間階で 600gal 以下となる.
25
これを前掲の機器類での水平震度の指標(1 階:0.6,中間階:1.0,最上階:1.5)と比べると,下
層階では機器転倒などの危険性があると考えられる.また,配管類は水平震度の指標(事務所 S50L
では 1 階~中間階:1.0,最上階:1.5,集合住宅 RC30 では全階 0.6)と比べると,中間層より上部
層で破損などの危険性が考えられる.
・配管類で考慮すべき層間変形角は,前掲指標の 1/100 を下回っており,配管類は破損の危険性が考
えられる.
○非構造部材
・建築設備と同様に,応答増大を2倍とすると,機器類に生じる最大加速度は最上階で 800gal 以下,
中間階で 600gal 以下となる.前掲の水平震度の指標(1 階:0.4,中間階:0.6,最上階:1.0)と比
べると,下層階では破損や落下などの危険性があると考えられる.
・指標の層間変形角 1/100 を下回っており,破損や落下の危険性が考えられる.
3.3.2 家具等について
3.3.2.1 家具配置
各建物モデルに以下に示す家具をレイアウトし,応答結果を用いて文献 19)の方法で検討を行う.
なお,家具の摩擦係数については文献 19)で示すように標準の状態を 0.6 とし,金属系家具と P タイ
ルなどのすべり易い材料の組合せを考え,摩擦係数低下の場合を 0.2
23)24)25)
として想定する.
(1)S50L
各事務室に1~7の家具をレイアウトした.以下に各家具の諸元と配置を示す.なお,検討は家具
の摩擦係数を標準の数値(摩擦係数1)と摩擦係数低下の場合(摩擦係数2)の2種類について行っ
ており,その数値についても表に示す.
図 3.21
S50L の事務室家具配置
26
表 3.18 被害予測に用いた家具の諸定数(事務室)
家具 No.
高さ[cm]
奥行[cm]
幅[cm]
摩擦係数1
摩擦係数2
(通常)
(低下)
備考
1 キャビネット
210
40
80
0.6
0.2
2 キャビネット
110
40
80
0.6
0.2
3 机
70
80
160
0.6
0.2
4 コピー機
120
100
150
0.05
0.05
足元キャスター
5 コピー機
120
100
100
0.05
0.05
足元キャスター
6 給茶機
150
70
70
0.6
0.2
7 冷蔵庫
180
70
70
0.6
0.2
(2)RC30
各住戸(3LDK と 2LDK)に1~7の家具をレイアウトした.以下に各家具の諸元と配置を示す.
図 3.22
RC30 の家具配置(左;3LDK 右;2LDK)
表 3.19 被害予測に用いた家具の諸定数(集合住宅)
家具 No.
高さ[cm]
奥行[cm]
幅[cm]
摩擦係数1(通常)
摩擦係数2(低下)
1 本棚
180
40
90
0.6
0.2
2 本棚
150
40
80
0.6
0.2
3 クローゼット
180
60
90
0.6
0.2
4 クローゼット
120
40
90
0.6
0.2
5 冷蔵庫
180
70
70
0.6
0.2
6 テレビ
100
20
100
0.6
0.2
7 サイドテーブル
60
40
40
0.6
0.2
27
備考
3.3.2.2 検討手法
文献 19)に準拠した検討を行う.文献 19)より抜粋した以下に示す方法で,家具の転倒・滑動の有無
を検証する.
Amax:床応答の最大加速度
Ao :転倒限界加速度 (6)式
AR50:転倒率50%の加速度 (3)式
AS :移動限界加速度=μg
Ao>AS
移動判定
転倒判定
Amax>AS
Amax>AR50
Amax>Ao
転倒可能性
かなり高い
転倒可能性
高い
転倒可能性
低い
図 3.23 被害予測フロー
滑る(移動量
推定;(9)式)
滑ら
ない
文献 19)より引用
各検討は,以降の式を用いる.(文献 19)より引用)
○金子(2003)
金子(2003)20)は,家具の寸法や床の滑りやすさに応じて家具の転倒率関数を簡易に推定する方法を
示している.家具転倒率 Rは下式で表現されている.

R     ln Af    / 

·····································································································
(2)
ここに, は家具の滑りにくさを表現するパラメータ, は平均  ,標準偏差  の正規分布関数, Af
は床応答加速度[cm/s2]である.平均  は,転倒率 50%となる床応答加速度 AR 50 の対数であり,剛体の
転倒解析結果に基づいて,対象家具の平均の幅 B [cm]と高さ H [cm]を用いて(3)式のように求められ
ている. Ff は(4)式で算定される床応答の等価振動数[Hz], Fb は(5)式で算定される家具の境界振動
数[Hz], g は重力加速度[cm/s2], V f は床応答絶対速度[cm/s]である.
e  AR 50
B
B

 g (1  )
, Ff  Fb

H
H

10 B (1  B )2.5  2 Ff , Ff  Fb

H
H
Ff  Af /(2 V f )
·································································
(3)
··················································································································
(4)
F  15.6 / H  (1  B / H )1.5 ··························································································· (5)
b
過去の地震の家具転倒被害率と(2)式で算定した転倒率関数を比較して図 15 に示す.いずれのケー
スも,家具の寸法と床の滑りやすさを考慮して作成した転倒率関数は,被害データと整合している.
また,(3)式では,床応答波の卓越周期の影響を考慮しているので,高層建物内の地震被害予測に適用
28
できる可能性がある.
1
1
0.8
0.8
転倒率関数
家具転倒率
家具転倒率
転倒率関数
0.6
0.4
被害データ
0.2
0
0
0.6
0.4
0.2
被害データ
0
50
100
150
0
床応答最大速度 [cm/s]
100
200
300
400
500
床応答最大加速度 [cm/s2]
(a) 兵庫県南部地震の大型家具(たんす・
本棚・食器棚)の被害率との比較
(b) 兵庫県南部地震の高層住宅内
の本棚転倒率との比較
図 3.24 転倒率関数と過去の地震被害データとの比較
○日本建築学会(2003)
日本建築学会(2003)21)には,家具の転倒可能性とすべり可能性の高い領域が,図 3.25 のように床応
答の最大加速度と等価振動数(最大加速度を最大絶対速度×2πで割って算定される振動数)との関係
で示されている.
図 3.25 家具の転倒・すべり条件
このとき,家具の転倒限界加速度 Ao は(6)式のように示されている.
 b
 h g , Fb  Fe
Ao  
 g b Fe , Fb  Fe
11 h
······································································································
Fe  A f /(2 V f ) , Fb  11/ h
··············································································
A f :床応答の最大加速度[cm/s2], V f :床応答の最大絶対速度[cm/s]
b :家具の幅の 1/2[cm], h :家具の重心高さ[cm], g :重力加速度[cm/s2]
また,家具のすべり移動量についても,(9)式のような簡易評価式が示されている.
29
(6)
(7),(8)
 s  0.035 0.3 Fe 0.5 (V f  V0 )1.56
V0   g /(2 Fe )
·························································································
·················································································································
(9)
(10)
 :摩擦係数
日本建築学会(2003)に示された転倒予測式,移動量予測式は,いずれも床応答波の卓越周期の影響
が考慮されており,高層建物内の地震被害予測に適用できる可能性がある.
3.3.2.3 被害および影響について
3.3.2.3.1 検討結果1(通常の摩擦係数の家具の滑動・転倒可能性について)
各建物の家具滑動・転倒の可能性について,通常の摩擦係数を用いた場合の検討結果を示す.なお,
S50L は短辺方向の応答解析を行っていないが,便宜的に短辺方向も長辺方向と同様の応答が生じたと
として以降の検討を行う.
(1)S50L
検討は,最上階(50 階),中間階(25 階),最下階(1 階)について行った.検討結果を以下に示す.
※凡例
:転倒の可能性が非常に高い
:転倒の可能性が高い
:滑動(数値は滑動距離)
図 3.26
S50L <50F> 検討結果
30
図 3.27
図 3.28
○考察
S50L <25F> 検討結果
S50L <1 F> 検討結果
S50L
・大地震時を想定しているため,高さの高い家具が転倒する可能性が高い結果が得られた.
・転倒する可能性は上層にいくに従い非常に高くなる.特に高さ 2100mm を想定した家具1(キャビネ
ット)は全階にわたり転倒する可能性が高く,中間階より上層では非常に高い結果となった.しか
も容易に転倒が考えられる家具の「薄い」方向に倒れるだけでなく,幅を有する方向にも転倒する
可能性も高く,出入口付近に壁に沿って配置されたキャビネットは出入口をふさぐ可能性が高い.
・コピー機などのキャスター付機器の滑動は各階でみられる.特に最上階では 2m近い距離の滑動と
いう結果となった.
31
(2) RC30
検討は最上階(30 階),中間階(15 階),最下階(1 階)について行った.以下に検討結果を示す.
※凡例
:転倒の可能性が非常に高い
:転倒の可能性が高い
:滑動(数値は滑動距離)
図 3.29
図 3.30
RC30 <30 F 3LDK> 検討結果
RC30 <15 F 3LDK> 検討結果
図 3.31
RC30 <1 F 3LDK> 検討結果
32
図 3.32
○考察
RC30 <30 F 2LDK> 検討結果
図 3.33
RC30 <15 F 2LDK> 検討結果
図 3.34
RC30 <1 F 2LDK> 検討結果
RC30
・大地震時を想定しているため,多くの家具が転倒
する可能性が高い結果が得られた.
・転倒する可能性の家具は上層にいくに従い増える.
しかも転倒が考えられる家具の「薄い」方向に倒
れるだけでなく,幅を有する方向にも転倒する可
能性が増えている.出入り口付近に壁に沿って配
置された家具などが出入り口をふさぎ,リビング
から出られないなどの危険性が高い.
・滑動はみられなかったが,家具内部の備品(例えば
戸棚の食器など)は床に散乱している可能性は高い
と思われる.
※凡例
:転倒の可能性が非常に高い
:転倒の可能性が高い
:滑動(数値は滑動距離)
33
3.3.2.3.2 検討結果2(摩擦係数低下の場合の家具の滑動・転倒可能性について)
家具の滑動・転倒の可能性について,摩擦係数低下の場合の結果を示す.検討は,最上階,中間階,
最下階を行った.中間階と最下階は同様の結果であったため,最上階と中間階の結果を以下に示す.
(1)S50L
最上階(50 階),中間階(25 階)の検討結果を示す.
※凡例
:転倒の可能性が非常に高い
なお,家具 4 と 5 のキャスター付き家具の摩擦係数
:転倒の可能性が高い
は同じとしており,この家具は同じ結果である.
:滑動(数値は滑動距離)
図 3.35
図 3.36
○考察
S50L <50 F 摩擦係数低下> 検討結果
S50L <25 F 摩擦係数低下> 検討結果
S50L
・高さの高い家具1は滑動せずに転倒の可能性が高く,他の家具は滑動する結果となった.
・摩擦係数低下により滑動する家具の滑動量は最上階では 33cm であるが,中間~最下階では 2cm 程度
と小さな数値に留まった.数値は小さいが,滑動により内容物や机上の備品などが落下する危険性
が考えられる.
34
(2) RC30
最上階(30 階),中間階(15 階)の検討結果を示す.
:転倒の可能性が非常に高い
:転倒の可能性が高い
:滑動(数値は滑動距離)
図 3.37
RC30 <30 F 3LDK
μ低下>
検討結果
図 3.38
RC30 <15 F 3LDK
μ低下>
検討結果
図 3.39
RC30 <30 F 2LDK
図 3.40
摩擦係数低下>
検討結果
RC30 <15 F 2LDK
検討結果
35
摩擦係数低下>
○考察
RC30
・奥行きに対して背の高い家具(家具1:薄型クローゼット,家具6:テレビ)は,滑動せずに転倒
の可能性が高く,他の家具は滑動する結果となった.
・摩擦係数低下により滑動する家具の滑動量は最上階では 55cm であるが,中間~最下階では 7cm 程度
と小さな数値に留まった.数値は小さいが,滑動により家具内部の備品(例えば戸棚の食器など)
は床に散乱している可能性は高いと思われ,出入り口付近をふさぐことも十分考えられる.
・S50L に比べて床応答加速度が大きいため,滑動量はが大きくなっている.
3.3.3 非構造部材・設備・家具等の被害状況について
3.3.1 および 3.3.2 に示した非構造部材・設備・家具等の長周期地震動による被害状況検討結果の
まとめを以下に示す.
(1)S50L
○建築設備について
・設備機器は下層階では転倒の危険性が考えられる.
・配管類は構造体の被害度が大破の階があり,この階では局所的に破損の危険性が考えられる.
○非構造部材について
・下層階では破損や落下の危険性が考えられる.
・構造体の被害度が大破の階があり,この階では局所的に破損や落下の危険性が考えられる.
○家具の滑動・転倒について
・キャスター付き家具の大きな滑動がみられ,家具の転倒危険性が非常に高い結果が得られた.家
具の転倒により出入り口をふさぐ可能性が高い結果と考えられる.
・家具の摩擦係数低下の場合でも,高さの高い家具では転倒危険性が高い.この家具以外の家具で
は滑動がみられた.低~中層階の滑動量は小さいが,滑動により机上備品落下の危険性がある.
(2)RC30
○建築設備について
・設備機器は下層階では転倒の危険性が考えられる.
・配管類は層間変形の大きな階があり,この階において破損の危険性が考えられる.
○非構造部材について
・下層階では破損や落下の危険性が考えられる.
・層間変形の大きな階があり,この階では破損や落下の危険性が考えられる.
○家具の滑動・転倒について
・滑動は見られなかったが,家具の転倒危険性が非常に高い結果が得られた.家具の転倒により出
入り口をふさぐ可能性が高い結果と考えられる.
・家具の摩擦係数低下の場合でも,高さの高い家具では転倒危険性が高い.この家具以外の家具で
は滑動がみられた.低~中層階の滑動量は小さいが,滑動により家具収納物の散乱などで避難に
困難をきたす可能性が考えられる.
36
3.4 被害による影響の予測
この章では,長周期地震による建築物の非構造部材,設備,家具について予測される被害が,建物
の人的被害,救助活動,避難,建物の被害状況の調査への影響,建物復旧への影響などについて,考
察する.3.3 における検討では,鉄骨造建物の設備機器,配管,内外装材など,長周期地震によって
被害を受けないという結果も得られているが,ここでは適用している仕様が低いこと,施工の不備等
によって被害があったものとして検討する.
3.4.1 在館者の人的被害への影響
在館者の人的被害に影響を与えるのは天井吊りの設備機器,建物の内外装材特に天井と,家具であ
る.内装材では天井の部材の落下が大きな人的被害をもたらす.
設備機器落下は,吊ボルトの位置や本数の不足,吊ボルトの振れ止めの不足などによりおこる.吊材
の仕様をきちんとすると共に,アネモや点検口など,取り外し可能とすることで落下しやすい部材に
ついては落下防止ワイヤーを付けておくことが有効である.
天井部材の落下は以下のような要因で起こる.
・天井と下地材を止めているビスやタッカーの不良による脱落
・天井下地材の変形による下地と天井材の固定不良
・天井下地がクリップ止めで組まれていることによるクリップのはずれ
・天井部材のゆれと壁,ダクト,設備機器などのゆれの周期が異なるこ
とによる相互干渉
設備部材の落下防止用コード
天井については,2005 年の宮城沖地震の時にスポパーク松森で起きたプール天井パネルの落下によっ
て多くの負傷者が出たのが記憶に新しい.この後,大面積の天井については,耐震対策として国土交
通省の技術的助言が出されている.この内容は①重量の大きい(面内剛性の高い)天井材については,
周辺の壁との間にクリアランスを取ること②天井裏スペースが大きく吊ボルトの長さが長くなる場合
に天井と構造体の固有周期に配慮しつつ吊ボルト相互を補鋼材で連結するなどにより,揺れを抑制す
ることが書かれている.これらの他に天井の下地を固定するクリップのビス止め,設備機器の吊材と
の十分な離隔確保等が有効である.
家具については,3.3 の検討で,長周期地震時には十分な固定
をしていないと転倒や滑動が起こるという結果が出ている.それ
によって大きな人的被害が起こることになる.
家具の対策は,確実な固定をすることが一番である.特に振幅
の大きくなる高層ビルの上層階では家具に加わる加速度に応じた
確実な固定が必要となる.またフローリングなどの滑りやすい床
では滑動についても注意しなければならない.家具の下にゴム等
摩擦係数の高い材料を敷くことが有効である.但し,この対策は重
心の高い家具の場合は転倒の原因となるので上部の固定も必要であ
る.
37
天井下地クリップのビス止め
キャスター付の家具は,キャスターがフリーになっていると大きな距離を往ったり来たりするので
キャスターの固定,できればキャスター受けなどで確実に固定することが望ましい.
非固定家具の居間の家具転倒状況(E ディフェンスによる実験)
ピアノ用キャスター受け
3.4.2 避難への影響
避難に対する影響としては,扉の枠の変形による開閉
障害,脱落した設備機器・仕上げ材や,落下,転倒した
家具や什器の散乱による歩行障害,停電による照度低下
による歩行困難などがある.またセキュリティシステム
が停電等によりダウンすると閉じ込めなどの危険がある.
扉の開閉障害に対しては,扉廻りの変形を枠の変形に
より吸収するもの,扉の変形により吸収するものなどが
耐震扉として開発されている.重要な避難経路ではそう
した耐震扉を使用することが対策となる.また地震で転
耐震扉の構造
倒した時に扉の軌跡内に倒れこむような位置に家具や什
器を置かないことも基本である.
設備機器や内装材の散乱に対しては在館者の人的被害の章で記したような転倒,脱落対策をするこ
とが重要である.また住宅や旅館など素足になる施設では,ガラスの破片など小さな散乱物でも歩行
の妨げとなるので,少なくとも避難経路上では,スリッパや上足などを履いて避難することができる
ような配慮をしておくことが望まれる.
停電が起こると,夜間の避難,窓のない空間での避難に支障が生じる.非常照明が点灯していても
その法定照度は床面で1ルクス以上と非常に低く,また法定の点灯継続時間は 30 分なので超高層建築
物ではその間に避難が終了しないこともありうる.そのため重要な避難経路には自然光の入る窓を付
けておくことが有効である.
セキュリティについては,煙感知器と連動でセキュリティが自動解除される機構を組み込めば,閉
じ込めは起こらないが,高度なセキュリティが要求される場合は,こうした機構を悪用したセキュリ
ティ突破も想定されるので,難しい.その場合でも,セキュリティシステムへの給電が途絶えた場合
に,セキュリティシステムが解除される機構としておかないと,閉じ込めの危険がある.
38
3.4.3
救助活動への影響
地震時に救助が必要な状況は以下のようなものが考えられる.
・転倒や,落下物にぶっかったことによる怪我で歩行困難
・地震による落下物,倒壊物やドアの損傷による閉じ込め
・落下物や倒壊物の下敷きになってしまった場合
怪我人の救助の場合は,怪我人のいる場所へ到達し,検索,発見,そして歩行介助あるいは担架で
の搬送ということになる.閉じ込められていたり,下敷きになっている場合には,現地での障害を取
り払って救出ということが必要になる.
救助の行動は,避難と逆の方向への移動となるので,避難時と同じように,扉の枠の変形による開
閉障害,脱落した設備機器・仕上げ材や,落下,転倒した家具や什器の散乱による歩行障害,停電に
よる照度低下による歩行困難などの影響が考えられる.特に発見,救助後に建物外など安全な場所へ
の怪我人の搬送は,困難が伴う.水平移動は,ちょっとした床の障害物が邪魔になったり,一人なら
すり抜けられる隙間でも歩行介助者を伴ったり,担架での通過ができなかったりする場合がある.最
も困難なのは建物内の垂直移動である.エレベータが使えれば,垂直移動は容易であるが,今回検討
対象としている長周期地震の場合には,エレベータはロープ類のひっかかりなどにより使用できない
ケースが多いと考えられる.そうした場合のために歩行困難者を階段経由で搬送するための装置が開
発されており,超高層建物への整備が望まれる.
EVACUATIOBN CHAIR による救助の状況
救助対象者が閉じ込められていたり,倒壊物の下敷きになって
いたりすると,救助に時間がかかる.
場合によっては被災者を発見するための画像探索機(ファイバ
ースコープによる人の入れない狭い空間の探索),熱画像直視
装置(人の体温を感知する装置)や障害物の破壊,撤去のための
工具などが必要になる.
長周期地震時の,超高層建物では,多くのエレベータ閉じ込め
が起こると想定される.地震時にエレベータ保守会社の要員が,
閉じ込め救出にすぐに駆けつけてもらえる可能性は低いので,
ビル管理者が救出のための講習を受け,ノウハウを取得してお
コクヨのエレベーター用防災キャビネット
く必要がある.
中には多機能ラジオライト,非常飲料水,非常食,
また,閉じ込められた人のためにエレベーター内で必要になる
備品一式を収納した防災キャビネットを用意しておくのも有
効である.
39
簡易トイレ,ブランケット,笛,救急医薬品など
が市有能されている.
3.4.4
建物被害状況の調査への影響
被害状況調査は被災直後に,建物が利用可能かを緊急に判定するための応急危険度判定と,被災後
の長期利用に向けて,補修の必要性などを見極める詳細調査がある.
応急危険度判定は,構造体の損傷状況,残留変形などを調べ,建物の継続利用が可能かを判断する.
判定は,構造体の損傷や残留変形,構造部材の座屈や,接合部の破損などの調査と共に,設備や内外
装については落下危険物,倒壊危険物がないかを判定することになる.建築物の二次部材や設備の被
害の程度は,構造体の被害の判定の指標となるが,倒壊や散乱が著しいと,逆に傾斜や変形を見定め
る際の障害となる.二次部材や設備の損傷状況によっては,余震によってさらなる落下や倒壊が起こ
る可能性があるので損傷状況を適格に見定めなければならない.
特に長周期地震動が想定される場合には,周期が長く,振幅が大きいという揺れの特性を考慮して,
危険度の判定をする必要があろう.
被災後の本格調査については,被災後かなり日数が経過してからになるので,落下や倒壊した二次
部材,設備については撤去されていると考えられる.構造体の詳細調査のためには,主要な接合部な
どの破断,亀裂などを調査する必要があり,構造体を一部むき出しにする必要がある.その際,内外
装,設備ダクト,配管機器が調査の邪魔になる場合が考えられる.将来的に建物を使い続けていくた
めにはまずは構造体の安全が必要なので,そのような場合は,二次部材,設備の撤去が必要になる.
3.4.5
建物の復旧への影響
建物の二次部材が地震により被害を受けた場合,復旧の手順は以下の通りになる.
・落下,倒壊物の撤去
・応急利用のための仮復旧
・復旧のための被災調査
・復旧計画の立案
・本格復旧
被災後,構造体の損傷が少なく,建物の継続利用の危険が少ないと判断された場合は,生活や事業
の継続のために,仮復旧が必要となる.まずは落下,倒壊したものを,余震によってさらに落下,倒
壊しそうなものを含めて撤去する.そして生活や事業を継続するに当たって,必要な物の優先順位を
考えて,それにしたがって仮復旧をおこなうべきである.たとえば,住宅設備では,まず飲料水と排
水の確保が優先され,次に電気,ガスの順となるだろう.また外装や窓の復旧が内装の復旧に優先さ
れる.このときの復旧は,あくまで仮であり,最低限の仕様となる.なぜなら,将来の本格的な被災
度調査によって建物の継続利用が困難になることも考えられるし,そうでなくとも構造体の補修や,
補強と行った改修が必要な場合は,二次部材や設備を一度撤去して工事を行わなければならないこと
が考えられるからである.
40
3.5
まとめと今後の課題
以上,長周期模擬地震動を作成し,その入力によってモデル建物の応答を予測した.その応答をも
とに非構造部材,設備,家具の被害を予測した.また,長周期地震動による建築物の非構造部材,設
備,家具について予測される被害が,建物の人的被害,救助活動,避難,建物の被害状況の調査への
影響,建物復旧への影響などについて,考察した.
検討では,非構造部材,設備についてはある特定の階を除き大きな被害は出ないが,家具について
は,ほぼ全層にわたり長周期地震動特有の被害として転倒,滑動が著しく,大きな被害となる.
これら被害が地震後の避難,救助,調査,復旧等に与える影響では,非構造部材や設備の倒壊や落
下が,怪我や,閉じこめなどの直接の人的被害を与えること,そしてそれらが避難,救助の際の人の
移動の障害になることが,被災時のあらゆる場面において最も大きな影響になる.また,建物の被災
調査,復旧に向けては構造体を含めた建物全体の構成部材の中で,優先度や順位を考えて対応してい
くことが重要である.
今後の課題として,以下のようなことが考えられる.
<予防の見地から>
・正確かつ簡単な手法により被害予測が可能となれば,対策を行いやすい.高精度化と共に評価方法
の簡単化が望まれる.
・設備・非構造部材は,ある特定の階(層間変形角が大きな階や梁端部の塑性化が非常に進む階)で
被害が生じる結果となった.各建物固有の被害度が進みやすい階の特定を行い,予め対策(機器で
あれば取付け部の強度を増す,配管等であればジャバラのような変形追随性の高いものを使用する)
を施す必要があると思われる.
・家具については,特に背の高いものについては転倒・滑動の可能性が非常に高いので,固定対策を
必ず行う.また,層間変形の進みやすい階については,扉の対策も行う必要がある.
<応急の見地から>
・震災直後は,避難もしくは救助ができるように通路確保が最重要となる.災害直後でも有用な避難
通路となるように,家具固定や扉対策は最重要と思われる.
<復旧の見地から>
・復旧にあたり,使用できなくなった設備・非構造部材・家具什器備品など大量のゴミが発生する.
これらの移動と復旧のための搬入も考えると,応急においても重要な通路確保は,復旧においても
重要な課題になる.
・建物の神経である設備の早期復旧は,建物全体の機能復旧につながる.機器の早期復旧も必要であ
るが,水廻り配管等の復旧は,生活・活動するために最重要である.特に配管類などの復旧につい
ては手間のかかることが予想されるため,予め対策を講じることが重要と思われる.
41
参考文献
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2)
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べき各種性能項目の明確化およびその基準策定に向けた調査,長周期地震動対策に関する公開研
究集会,p.69-141,日本建築学会・構造委員会・高機能社会耐震工学ワーキンググループ,2009
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7月
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研究-時刻歴応答解析に基づく JSCA 耐震性能メニューの検証-,日本建築学会構造系論文集,第
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8)
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12) 田村和夫・金子美香・神原浩・塩原等・寺田岳彦:軽量鉄骨下地間仕切壁の静的加力実験,日本
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13) 加藤美喜子・松宮智央・吹田啓一郎・松岡祐一・中島正愛:軽量鉄骨下地間仕切り壁の性能検証
実験 実験結果(E-ディフェンス鋼構造建物実験研究 その7),日本建築学会大会学術講演梗概
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16) 金子美香・神原浩・小川雄一郎・菅谷善昌:グリッド天井の耐震性能確認実験,日本建築学会大
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17) 小林俊夫・由利隆行・荒井智一:天井の耐震性に関する研究(その 1)(その 2)(その 3),日本建築
学会大会学術講演梗概集,pp.837-842,2006 年 9 月.
18) 金川基・中原理揮・松本喜代隆・稲井慎介・桑素彦・飯塚信一・鹿籠泰幸:在来天井の耐震対策
に関する振動台実験(その 1)(その 2)(その 3),日本建築学会大会学術講演梗概集,pp.867-872,
2007 年 8 月.
42
19) 田村和夫・金子美香:室内家具の固定対策の検討,長周期地震動対策に関する公開研究集会,
p.227-265,日本建築学会・構造委員会・高機能社会耐震工学ワーキンググループ,2008 年3月
7日
20) 金子美香: 地震時における家具転倒率の簡易推定法の提案,日本建築学会大会学術講演梗概集,
pp.61-62,2003 年.
21) 日本建築学会: 非構造部材の耐震設計施工指針・同解説および耐震設計施工要領 15 章 家具,
2003 年.
23) 金子美香: 家具の寸法と摩擦係数を考慮した地震時の家具転倒率の推定,日本建築学会大会学術
講演梗概集, pp.95-96,2001 年.
24) 酒入行男・山岸秀之・中田信治・花井
勉,福和伸夫,鶴田庸介,鈴木章弘,飛田
潤:家具転
倒防止対策促進のための振動実験・シミュレータウェブの作成,日本建築学会技術報告集, 第
26 号, P.463,2007 年.
25) 独立行政法人防災科学技術研究所:大地震を受ける超高層建物内部の被害様相と防災啓発,建築
防災 2009 年8月号.
43
4.長周期地震動により建物内部で発生が想定される事象の建物用途ごとの整理
建物の地震後の状況を考察するに当たって,建物の部位ごとの被害想定や,在館者の避難の状況,
ビル管理者の対応,建物周辺の被災状況と被災者の行動などを想定して検討し,それを時系列に起こ
る事象のシナリオとしてまとめた.これにより長周期地震動によって起こる事象がより具体的に想定
できる.本稿では,オフィスビル,集合住宅,ホテルの 3 つの用途について,シナリオを提示し,そ
れらの比較から,建物用途ごとに特徴的な事象を明らかにする.また,それぞれのシナリオに影響を
与える要因について考察を行う.
4.1
建物用途ごとのシナリオ
4.1.1
オフィスビルのシナリオ 1)
オフィスビルのシナリオについては,平成 21 年 3 月社団法人日本建築学会
る調査報告業務
1.
報告書
5.5
長周期地震動対策に関す
オフィスビルの行動シナリオより転載する.
シナリオの条件
平日の夕方に東海地震・東南海地震・南海地震が連動して発生した場合の,名古屋市における超高
層オフィスビルでの行動シナリオを作成した.作成に用いた条件を下記に示す.
【地震概要】
・20XX 年 10 月 28 日(木)午後 5 時 5 分に地震が発生(東海地震・東南海地震・南海地震が連動)
・気象庁より緊急地震速報が発令.17:05:20 に紀伊半島沖を震源とするマグニチュード 7.5 の地
震が予測され,三重県,愛知県,静岡県,和歌山県,高知県に緊急地震速報の警報が出される.
・実際に観測された震度は名古屋市内で震度6弱~6強
【建物概要】
・建物名称
ABC 共同ビル
・名古屋市中央に位置する 1970 年代に建設された鉄骨造 30 階,地下 2 階の超高層建物
・高さ 121.5m,基準階の平面の面積が約 1230m2
・2 階~29 階が貸しオフィスのテナントビルで,1 階にガードマン常駐の防災センターがある.
・B1 階は地下街と連絡しており,B1 階には飲食店が 4 店舗入っている.B2 階に機械室
・エレベータは低層用 3 基(B2 階~16 階)と高層用 3 基(B2 階~1 階,16~30 階)
,非常用が 1
基(B2 階~30 階)がある.高層用エレベータの 2 階~15 階は急行ゾーンとなっている.
・高層用エレベータには P 波センサーと S 波センサー(高ガル,低ガル)が設置されており,低層
用エレベータと非常用エレベータには S 波センサー(高ガル,低ガル)だけが設置されている.
・消防設備として煙感知器,閉鎖型スプリンクラー設備(湿式)がある.ただしスプリンクラーの
配管はフレキシブル管による施工がなされていない.
44
【テナント概要】
■株式会社竹成産業
・ABC 共同ビルに本社を置き,全国に営業拠点(札幌,仙台,東京,大阪,広島,高松,福岡)を
持つ化学製品会社
・製造拠点は名古屋工場(名古屋港付近),静岡工場(清水港付近),滋賀工場(名神高速道路沿い)
,
茨城工場(鹿島臨海工業地帯)にある.また研究所が愛知県東部の内陸部にある.
・本社は ABC ビルの 26~28 階を占めている.本社には社員 150 名,派遣社員 30 名が勤務してい
る.また全社の従業員は約 1000 名である.
・会社のメールサーバーや会計処理システムは,外部のデータセンターにハウジングサービスで預
けている.データセンターは自家発電設備,免振床を採用し,24 時間 365 日の安定稼働を実現し
ているとの売り込みであった.
■いろはコンサルティング株式会社
・ABC 共同ビル 14~15 階に営業所を構える東海地区を中心としたコンサルティング会社.社員 80
名,派遣社員 20 名が勤務している.
・メールサーバー等は外部のデータセンターにホスティングサービスで運用しているが,その他の
社内システムは全て ABC 共同ビルのオフィス内に設置している.
■ユウヒファシリティ株式会社
・ABC 共同ビルのビル管理を担当している会社.1 階の防災センターや中央管理室に常駐している
ガードマンや管理人はユウヒファシリティに属している.ユウヒファシリティのオフィスは ABC
ビルの 2 階にある.
■中華料理店「銀将」
・ABC 共同ビルの地下一階にある中華料理店.
2.
地震発生直後から 12 時間後までのオフィスビルの様子
20XX 年 10 月 28 日
17:05:20
緊急地震速報が発令
ABC 共同ビルの 26 階には竹成産業名古屋本社のエンジニアリング事業部が入っている.26 階には
エンジニアリング事業部の他に情報システム部と営業部の一部がいる.終業時間の 17:30 まであと 30
分を切った木曜日の夕方,突然,フロアの中で携帯電話が各所から一斉に鳴った.普段聞いたことの
無い着信音だ.勤務時間中はマナーモードにしておかないとなぁと周りの人々が思った直後に,一人
の若手社員が叫んだ.
「緊急地震速報です.三重南東沖で地震発生です!地震が来ます!」
エンジニアリング事業部・第 1 グループのN課長は,地震発生時は 26 階のオフィスの自席に居た.
緊急地震速報だ!ッと言う声を聞きながら「本当に地震が来るのだろうか?」と思っていると,ゴー
ッという地鳴りの様な音とともにガタガタと上下動を感じ始めた.上下の揺れを感じてから 10 秒くら
い経つと徐々に水平に揺れ始めた.緊急地震速報が出るくらい大きい地震だから,横揺れも結構大き
くなるのかな?っと思っているうちに,今までに経験したことの無い感覚で揺れが大きくなっていく
のを感じた.まずいっと思い叫んだ.
「机の下に潜って!安全確保!」
45
図 5.5.1
携帯電話による緊急地震速報受信のイメージ(NTT ドコモ HP より)
ABC 共同ビル B1 階の中華料理店「銀将」の店長は,開店準備をしながら,ふと店内のテレビから
緊急地震速報を知らせるアラーム音がなっていることに気がついた.厨房からはテレビが見えない.
気になるので,つい調理中の鉄鍋の火を消さずに店内のテレビを見に行った.NHK テレビではアナウ
ンサーが繰り返しアナウンスしている.
「緊急地震速報が出ました.次の地域では強い揺れに警戒して
下さい.三重県,愛知県,静岡県,和歌山県,高知県です.強い揺れが来るまではわずかな時間しか
ありません.身の安全を確保して下さい.倒れやすい家具などからは離れて下さい.テーブルや机の
下に隠れてください.各地の震度は情報が入り次第お伝えします.
」
店長は慌てた.
「東海地方に地震?!」っと思っていると,ゴーッという地鳴りの様な音とともにガ
タガタと上下動を感じ始めた.
「火元を消さないと・・・」
20XX 年 10 月 28 日
17:06:00
エレベータでの地震時の状況
■高層用エレベータ
外の打合せから戻ってきたT君(竹成産業社員,26 階のエンジニアリング事業部所属)は,B1 階
からエレベータに乗り 26 階のオフィスに向かう高層用エレベータの中で地震に遭遇した.急行ゾーン
(1 階から 16 階までの間)を上昇中のエレベータかご内に放送が入った.
「地震です.扉が開いたら
降りて下さい.
」エレベータの階数ボタンの上にも「地震発生」と表示されている.エレベータが減速
していくのが解ったと思った瞬間,突然,ガンッとエレベータが急停止して体が一瞬浮くような感覚
を覚えた.エレベータが途中で停まってしまった.扉は開かない.停まった瞬間にエレベータのかご
の中で大きくバランスを崩す人はいなかった.しかし次の瞬間,横に大きくふられる感覚を感じた.
「本当に地震だ!」エレベータには 6 名の乗客が乗っていたが,皆,かごの中でバランスをとるの
で必死である.揺れは 20 秒くらいで揺れも収まるのかな?と思っていると,揺れが収まらずどんどん
大きくなってくる.たまらず皆,エレベータのかごの中でしゃがみこんだ.
■低層用エレベータ
Cさんは ABC 共同ビル 15 階のいろはコンサルティング株式会社に勤める派遣社員.定時の 17 時
を過ぎて同じフロアの仲間と退社するエレベータの中で地震に遭遇した.16 階から降りてきたエレベ
46
ータは,ちょうど退社の時刻と重なっていたため,定員 15 名の EV かごはほぼ満員の 12 名が乗って
いた.15 階からCさん達が乗って降り始めた時に,不意にエレベータが急に停止した.エレベータか
ご内には「地震です.扉が開いたら降りて下さい.」と言うアナウンスは入っていたが,ガーンと言う
衝撃の中,何が起こったのか,まるで判らなかった.エレベータが急停止した影響で数名の人がバラ
ンスを崩し転んでしまった.
「何だろう?」
「大丈夫ですか?」とお互いに声を掛け合っているうちに,
建物が横揺れで動いていることに気がついた.Cさんはようやく地震によりエレベータが緊急停止し
て,自分達が昇降路内に閉じ込められたことに気がついた.しかし地震による横揺れはなかなか収ま
らず,どんどん大きくなっていく気がした.次第に立っているのも困難になりしゃがもうとしたが,
他の乗員も同じようにしゃがみこもうとしたため,エレベータかご内でバランスを崩し,全員が倒れ
こんでしまった.もう何がなんだか解らない.一瞬停電で暗くなりパニックになったが,すぐに非常
用照明が点灯した.
20XX 年 10 月 28 日
■26 階
17:08:00
オフィスでの地震時の状況
竹成産業のオフィス
N課長は叫んだ.
「机の下に潜って!安全確保!」打合せテーブルの下に入っている社員も見えた.
横揺れは徐々に大きくなり,不安感はます一方である.とその時,どーんと大きい音がして悲鳴が聞
こえた.声の上がった方に目をやると,なんとオフィス内のコピー機が動き回って机に衝突している.
悲鳴はコピー機の衝突した机の下に避難していた女子社員のようだ.コピー機以外にもキャスター付
の椅子も縦横無尽にオフィス内を動き回っているようだ.そういえば自分の座っていた椅子も見当た
らない.N課長は以前に見た防災ビデオのシーンを思い出しながらまた叫んだ「机の脚を押さえて身
構えろ!横からもぶつかるものがあるから気をつけて!」
揺れが始まってから 3 分くらい経って室内の照明が消えた.停電したようだがすぐに非常灯が点灯
した.薄暗い部屋の中で地震の横揺れがまだ続いている.机の上のパソコンや書類が床下に落下して
いる音が聞こえた.壁際の本棚類は転倒防止措置がしてあるので転倒はしていないようだ.しかし置
き物や書類が落ちている音はしている.ガラスの破損している様な音も聞こえてきた.何が起こって
いるのだろうか.
47
■15 階
いろはコンサルティングのオフィス
ABC 共同ビルの 15 階にはコンサルティング株式会社の技術部が入っている.17 時の定時終業時刻
を過ぎて派遣社員は概ね帰宅し,オフィス内には社員が数 10 名残っていた.普段からオフィス内は日
中は出張や調査などで社員は少なく,夕方以降に戻ってくることが多い.技術第1グループの中堅社
員のSさんは夕方前に帰社した.グループは 10 名であるが,グループリーダーも今日は一日外出で,
グループにはSさんの他に若手社員2名しかいなかった.17 時過ぎに派遣社員のCさんが退社するの
を見送った後に地震に遭遇した.ゴーっという地鳴りの様な音とともにガタガタと上下に揺れを感じ
始め,
「地震か?」とオフィス内から声が上がった.そのうちにいつも感じる横揺れよりも大きくなる
のを感じたため,数名の社員が自分の席近くのウォールキャビネットが転倒しないように押さえ始め
た.もうそろそろ地震が収まるかな?と皆が思っていると,カタカタとした横揺の揺れ幅が徐々にガ
ッタンガッタンとゆっくりと大きくなっていくのを感じた.すると突如,オフィス内のコピー機が動
き始め,ウォールキャビネットを支えている社員の方に向かって動き始めた.Sさんは叫んだ.
「危な
い!机の下にもぐって!」慌ててウォールキャビネットを押さえている社員が自分の机の下にもぐっ
(1)地震前
(2)地震中にコピー機が移動
(3)地震中にコピー機が机に衝突
図 5.5.2
(4)地震の揺れが収束
高層ビルのオフィスでの長周期地震動イメージ
(E-ディフェンス実験
耐震固定がある場合
19)
映像より)
た瞬間,ウォールキャビネットが倒れてきた.Sさんも慌てて机の下にもぐった.ウォールキャビネ
ットが転倒している音が聞こえる.
そのうちにふと照明が暗くなった.
地震の揺れはまだ続いている.
48
■B1 階
中華料理店「銀将」
銀将の店長は緊急地震速報のテレビ画面を確認,そしてゴーッという地鳴りの様な音とともにガタ
ガタと縦揺れを感じ始めると動転した.「火元を消さないと・・・.
」慌てて厨房に戻りガスの火を消
そうとしたが,今度は横揺れでなかなか思うように動けない.するとガスコンロの火がふいに消えた.
火が消えただけでガスは出続けているのだろうか?状況は正確に判らない.暫くすると店内の照明が
落ちて非常灯がついた.停電したようである.薄暗い中で店長は地震が収まるまで一旦,店の外に退
避することにした.
■防災センター(1 階)
1 階の防災センターにいたユウヒファシリティの Y さんは,ゴーッという地鳴りの様な音とともに
ガタガタと縦揺れを感じた.揺れは次第に横揺れが強くなり始めたので慌てて身の安全を確保するた
め机の下にもぐった.エレベータの管理盤では地震時管制を示す赤ランプが表示された.エレベータ
が地震時管制で停止したようである.詳細を確認したいが揺れが続いているためじっとしていると,
部屋の照明が消え非常灯が点灯した.停電したようである.Mさんはかなり大きな地震が来ているこ
とを認識した.
すると制御盤から警告音が鳴った.14 階のスプリンクラーの流水検知装置が作動している信号だ.
14 階は「いろはコンサルティング」のオフィスで,基本的に出火の火元になる設備は無いはずだ.煙
感知器による反応も無い.地震によってスプリンクラーのヘッドが破損したのかもしれない,と Y さ
んは思った.
20XX 年 10 月 28 日
17:15 地震の揺れが収束した直後のオフィスの状況
■ライフライン関係の状況
・全館停電は続行中で非常用電源を稼動して一部に電気を供給している.上下水道やガスの健全性
は未確認である.
・ビル内部の電話はつながるが,外部への電話は不通.携帯電話はつながる場合が多い.
■防災センター(1 階)
地震の揺れは 10 分程度続いた.建物は全館停電状態で,エレベータは地震時管制で停止中である.
14 階ではスプリンクラーが稼動している.火災が発生した場合にはただちに全館避難の体制に移る必
要があるため,早急に火災の有無を確認しなければいけない.防災センターにいたユウヒファシリテ
ィの Y さんは,まず煙感知器の作動の有無を確認した.幸い煙感知器は作動していなかったため,出
火ではない可能性が高い.Y さんは 2 階の事務所に電話し,14 階の現状確認を指示した.
次に Y さんは地震情報を収集すべくテレビを付けた(防災センターは非常用電源で電力が供給され
るエリアであった)
.テレビでは東海沖で大きな地震が発生したことを伝えていた.マグニチュードな
どの詳しい値は判っていないが,名古屋市では震度 6 弱から 6 強の揺れを観測したようである.津波
警報も出されており,伊勢・三河湾では大津波への警戒が呼びかけられている.エレベータは地震時
管制の高ガル(S 波)を検知したので自動復旧は無理のようだ.以上の確認できた情報から警備員に
非常用放送を用いてアナウンスをお願いした.
「こちらは防災センターです.ただいま東海沖を震源とする大きな地震が発生しました.現在,建
物の状況を確認中ですが,全館停電しております.復旧までには時間がかかるものと思われます.ま
49
たエレベータは停止しております.エレベータは安全が確認されるまでご利用できません.復旧時間
などが分かりましたら,随時,ご報告致します.以上,防災センターからでした」
2 階のユウヒファシリティ事務所からも応援で 3 名が防災センターに掛け付けてきた.そこで Y さ
んはさらに 3 つの確認指示を出した.
①地下 1 階の飲食店街での出火の有無の確認
地下 1 階の飲食店街で煙感知器は作動していないが,厨房からの発火やガス漏れなどにより地震
後火災の発生が危惧される.そこで地下 1 階にある飲食店の 4 店舗で出火とガス漏れの有無の安全
確認を行う指示を出した.
②エレベータの閉じ込め確認
エレベータの監視盤では,高層用と低層用とで異なる地震時管制が行われていた.高層用では P
波による最寄り階停止が機能したため,急行ゾーンでの昇降路内での閉じ込めは 3 基中 1 基だけで
あった.一方,低層用では S 波による制御しかないため,S 波センサーが高ガルを検知した直後に
緊急停止して昇降路内で 3 基中 2 基が停止しているようだ.非常用エレベータは使用されていなか
ったようで 1 階に停止している.そこで昇降路内で停止しているエレベータに対して順番にインタ
ーホンでかご内の状況確認を行うこととした.地震時のエレベータ対応マニュアルを引き出し,順
番にインターホンでかご内に呼びかけを行った.
③非常用階段の安全確認
エレベータで S 波センサーの高ガルによる制御がかかってしまった場合には,エレベータ会社に
よる安全確認が必要となり,エレベータの自動復旧は出来ない.そのためエレベータが復旧するま
での移動ルートとして非常用階段を用いるため,安全確認が必要となる.そこでユウヒファシリテ
ィの担当員に無線機を渡して非常用階段の安全確認を指示した.30 階まで徒歩で上がらなければい
けないため,比較的若い社員を担当とした.
■竹成産業(26 階)
館内の非常放送が入ってからN課長は机の下からゆっくりと起き上がった.放送では地震が収まっ
たと言う内容であったが,まだ 26 階では揺れが続いている気がする.通路の非常灯だけが点灯してい
る薄暗闇の中,周囲を見渡した.ウォールキャビネットは転倒防止対策により立ったままであるが,
棚の中のクリアファイルや置物は一部床に散乱している.コピー機や事務用椅子などのキャスター付
きの家財は元々あった場所から大きく移動して転がっていた.
「大丈夫か?」とフロアの社員同士で声
をかけ合う.コピー機が激突した机の下にいた女子社員が軽傷を負ったようだ.他にも数名,落下物
によりケガをした社員がいるようだ.27 階の総務グループから厚生を担当しているKさんが下りて来
た.Kさんは非常灯の明かりが届き,かつトイレに近い入り口付近の場所の散乱物整理を周囲の人に
依頼した.
K:
「総務のKです.いまの地震でケガをした方はいらっしゃいますか?頭を強く打った方は無理に動
かないで下さい.周りの人は安静にできるように整理をお願いします.出血のある方は応急処置
を致しますので,入り口付近に集まってください.」
■いろはコンサルティング(15 階)
地震の揺れが収まってSさんは机の下からそろそろと這い上がり周囲を見渡して愕然とした.薄暗
闇の中,ウォールキャビネットのほとんどが転倒し,机の上に覆い被さっている.ケガをした人はい
50
ないだろうか?とSさんは不安になった.ウォールキャビネットの下敷きになっている社員もいるか
もしれない.何人の社員が実際に地震が発生した時にいたのかも定かではない.自分のグループはあ
と二人いたかな?等と思いながら,Sさんは周囲に声をかけた.
S:
「皆さん,大丈夫ですか.大丈夫な方はこちらに集まってください.
」
非常灯の明かりの下に無事に自力で脱出できた 5 名の社員が集まった.そこでSさんは提案した.
S:
「ニ人と三人に別れて,このフロアの従業員の安否を確認しましょう.キャビネットの下から脱出
できない人がいるかもしれません.
」
Sさん達は二手に分かれて 15 階のオフィス内の巡回を始めた.
(1)ウォールキャビネットの転倒
図 5.5.4
(2)コピー機衝突によるボードの損傷
オフィス内の家財の転倒や衝突のイメージ 20)
■ユウヒファシリティ(2 階)
地震発生直後からユウヒファシリティの事務所では緊急事態の体制となった.地震の揺れが収まっ
た直後に社員の安否確認を確認,1 階の防災センターからの支援要請に応えるべく従業員が動いた.
電話が使えなくなる可能性があるため建物の高層階を担当する社員には無線機を持たせた.
ユウヒファシリティではネットワーク回線を用いて本社(東京)に建物の保守情報や社員の安否情
報を共有するシステムがあるが,サーバーへのアクセスが出来なかったため,携帯電話のインターネ
ット機能を用いて安否情報を登録した.
■中華料理店「銀将」
(B1 階)
店内から出て避難していると防災センターからユウヒファシリティの従業員が安全確認に来た.地
震中にガスコンロの火が自然に消えた旨を話すと,それはガスの緊急遮断弁が正常に機能したためで
あると教えてくれた.ガス漏れ臭が無いことを確認し,ガス復旧時の漏洩を避けるため元栓を閉めた.
とりあえず店舗は閉店としてドアの戸締りを行い,防災センターのある 1 階に避難した.
■高層用エレベータ
高層用エレベータに乗っていたT君(竹成産業社員)は,エレベータかごの中で館内の非常用放送
を聞き,地震により ABC 共同ビルの色々な機能が失われたことが判った.非常用照明の下で,乗客
同士,不安そうに顔を見合わしていると,エレベータのインターホンから問いかけのメッセージが聞
51
こえてきた.
防:
「こちらは ABC ビル防災センターです.私はユウヒファシリティの Y と申します.エレベータの
中に乗っている方はいらっしゃいますか?いらっしゃいましたらインターホンのボタンを押して
エレベータの中の状況を教えてください.
」
慌ててT君はインターホンのボタンを押して叫んだ.
T:
「乗っています.いま何階で停まってしまったのですか?」
防:
「15 階の辺りです.先ほど東海沖で地震が発生し,エレベータの地震センサーが反応して非常停
止しました.ただ今救出の準備にかかっております.エレベータは安全で危険は全くありません
し,窒息する心配もございません.安心してお待ち頂きますようお願いします.今からエレベー
タの状況をお聞きしますのでお答えをお願いいたします.
エレベータの扉は閉まっていますか?」
T:
「閉まっています.
」
防:
「エレベータの中の照明は点灯していますか?」
T:
「非常灯がついています.」
防:
「エレベータの中には何名の方が乗っていらっしゃいますか?」
T:
「全員で 6 名乗っています.」
防:
「けがをされた方はいらっしゃいますか?」
T:
「大丈夫です.皆さん,けがはしていません.
」
防:
「ありがとうございます.高層用エレベータには緊急救出運転機能が付いております.これから私
の申しますように,かご操作盤のボタンを押して下さい.
」
T:
「了解しました.
」
防:
「はい.では今より私が安全スイッチを解除します.声をかけましたら,かご操作盤の閉じるボタ
ンを押し続けて下さい.ゆっくりとエレベータが動き出します.はい,お願いします」
T君はエレベータの戸閉ボタンを押した.するとエレベータはゆっくりと上昇を始めた.そして 16
階につくと扉が開いた.
T:
「扉が開きました.
」
防:
「お疲れ様でした.皆様,全員,エレベータから降りて下さい.扉は自然に閉まります.エレベー
タホール内にも危険物の落下などがあるかもしれません.安全な場所今しばらくお待ち下さい.
」
エレベータホールに降り立ち,周りを見渡すと人々も大きな負傷の人はおらず,概ね無事なようだ.
よく見るとエレベータホールの防炎垂れ壁にひび割れが入っているものがあった.普段は降りない 16
階であるが,16 階に入っている他社のオフィスでも大きなけがを負った人はいないようである.
とりあえず家族の安否を確認しようと思い,携帯電話を取り出して自宅にかけてみると,つながっ
た!地震直後でも携帯電話は使える場合があると言うのは本当のようだ.お互いの無事を確認し,こ
れから電話が輻輳してつながらなくなる可能性が高いので,これからは携帯電話の災害伝言ダイヤル
を使って情報共有する場合があることを伝えた.
次に会社の様子が気になりN課長の携帯電話に電話をかけてみるが,話し中でつながらない.エレ
ベータは停まったままで,ボタンを押しても当然,反応は無い.かなり大きく揺れた建物の中をさら
に上階に登っていくことに一瞬躊躇したが,T君は意を決して,26 階の自分のオフィスを目指して非
常階段を登っていくことにした.非常階段を登っていくと所々で壁が剥がれていた.安全性は大丈夫
なのだろうか?とちょっと心配になった.T君とは逆に階段を下りて行く人が,段々と増えてきた.
52
図 5.5.5
各種携帯キャリアでの災害伝言ダイヤルのイメージ(各社ホームページより)
■低層用エレベータ
低層用エレベータに乗っていたCさん(いろはコンサルティング派遣社員)は,エレベータの床に
倒れこんでいた.エレベータ内は満員電車時の急ブレーキでバランスを失った状態のようだ.非常用
照明の下で,乗客同士,不安そうに顔を見合わしていると,エレベータのインターホンから問いかけ
のメッセージが聞こえてきた.
防:
「こちらは ABC ビル防災センターです.私はユウヒファシリティの Y と申します.エレベータの
中に乗っている方はいらっしゃいますか?いらっしゃいましたらインターホンのボタンを押して
(1)ガラス防煙垂れ壁の割れ
図 5.5.6
(2)階段室内壁の剥落
非構造部材の被害イメージ 20)
53
エレベータの中の状況を教えてください.
」
Cさんはエレベータのかご操作盤のそばにいたので立ち上がり,インターホンのボタンを押した.
C:
「現在,エレベータは途中の階で停止しています.中には 10 数名の方が乗っています.何が起こ
っているのですか?」
防:
「先ほど東海沖で地震が発生し,エレベータの地震センサーが反応して非常停止しました.ただ今
救出の準備にかかっております.エレベータは安全で危険は全くありませんし,窒息する心配も
ございません.安心してお待ち頂きますようお願いします.今からエレベータの状況をお聞きし
ますのでお答えをお願いいたします.エレベータの扉は閉まっていますか?」
C:
「閉まっています.
」
防:
「エレベータの中の照明は点灯していますか?」
C:
「非常灯がついているようです.
」
防:
「エレベータの中には何名の方が乗っていらっしゃいますか?」
C:
「全員で 12 名乗っています.
」
防:
「けがをされた方はいらっしゃいますか?」
C:
「4 名の方が足にけがを負って立ち上がることができません.
」
防:
「12 名の中でお子様やご年配の方は乗っておられますか?」
C:
「子供はいませんが,お年寄りの方は 3 名いらっしゃいます.
」
防:
「具合の悪い方,病気の方はいらっしゃいますか?」
C:
「今のところ大丈夫みたいです.
」
防:
「ありがとうございます.お客様が乗っているエレベータは機能的に問題は全くなく,まもなく閉
じ込め位置から復旧することが可能です.ただし余震の可能性もありますので,今しばらくお待
ち下さい.エレベータ内と防災センターは,インターホンにて常に通話が可能な状態となってお
ります.何かございましたらいつでも声をお掛けください.
」
インターホンからの放送に,ようやくかご内の乗客は安堵の表情を浮かべた.足のケガで立つことが
出来ない 4 名をかごの中に座ってもらい,残った 8 名は立ったままで待機することとした.
20XX 年 10 月 28 日
17:35 地震発生 30 分後の対応
■ライフライン関係の状況
・全館停電は続行中で非常用電源を稼動して一部に電気を供給している.上下水道の健全性は未確
認である.ガスは供給が停止している.
・ビルから外部への電話は不通.携帯電話はつながる場合が多い.
■防災センター(1 階)
防災センターでは各階からの電話対応に追われていた.PBX(構内電話交換機)のバッテリーが働
いており構内電話による通話は機能しているようだ.防災センターで確認された地震後の被害の概略
は以下の通り.
・地震直後から停電が発生.5分後に非常用電源が自動起動した.
・エレベータは全基,S 波センサーの高ガル検知により停止している.
・エレベータの低層用で閉じ込めが 2 基発生した.高層用では閉じ込めから救出された.エレベー
タ会社に閉じ込め対応の救出を依頼.
54
・上下水道のライフラインが生きているか,また建物内の配管の健全性は不明である.高架水槽の
水が残っているため,まだトイレ等での水は出る.
・14 階のスプリンクラーから散水が発生している.
・B1 階の飲食店等ではガス緊急遮断弁が作動した.ガスの漏洩は無い.
・高層階(16~29 階)のテナントで転倒によりケガをした人が多数いる.何名かは脳しんとうを起
こして意識を失っている.
・各階で非構造部材の被害が報告されている.天井の一部落下や壁の剥落など.20 階ではオフィス
内の家具の衝突により窓ガラスにひびが入ったらしい.
なおテレビ放送より,東海沖を震源とするマグニチュード 7.5 の地震であることが判った.震度速
報では静岡県中部,静岡県西部,愛知県東部で震度 6 強以上,愛知県西部は震度 6 弱~6 強,東京都
23区では震度 5 弱~5 強,大阪府北部では震度 5 強と速報が出ている.津波警報も太平洋岸一帯に
広範囲で出されている.電車は震度 5 弱以上の地域では全て運行を見合わせている.
■竹成産業(26 階)
26 階では従業員の安否確認が続けられていた.まずオフィス内での負傷者の応急手当てが施されて
いた.頭を強く打って意識の無い人が3名であるが,呼吸はしているため安静の状態を保った.落下
物による中度なケガは 10 名,捻挫などにより歩行困難者が 5 名,その他ガラスなどの散乱物により軽
度なケガを負った人は多数いた.安静している 3 名の容態が変わった場合に備えて担架を準備した.
その他,健常者を中心に安否確認が続けられた.オフィス内に白板による行き先表示はあったもの
の,近年導入されたイントラネット上のスケジュール管理システムが多用されていたため,停電によ
りシステムが参照できないことから,不在者が外出しているのか出張しているのか,それともビル内
で負傷しているのかが正確に判らない状況になっていた.とりあえず電話番号一覧表に安否確認の取
れた人をマーキングしていった.
オフィス内での応急救護が一段落してから,各自,携帯電話やオフィスの電話を用いて家族の安否
確認を始めた.地震直後はつながった人もいたようであったが,30 分後ではほとんどつながらない.
しばらくすると N 課長のもとに T 君が安全確認の報告にやってきた.エレベータに閉じ込められた
が,緊急救出運転機能ですぐに脱出できたこと,しかしエレベータは運転停止となったため非常用階
段を 16 階から上ってきたことを聞いた.
N:
「非常階段は安全に通行できたのか?」
T:
「所々で壁が落ちているところもありましたが,足元に注意すれば歩くことはできます.私は上っ
てきましたが,階段を降りて避難していく人もいました.
」
N:
「そうか.現在,3名の人が頭を打って意識が無い.場合によっては病院への搬送が必要になるか
もしれない.その場合には悪いが,一緒に負傷者の搬送を手伝ってくれ.」
T:
「了解しました.
」
■いろはコンサルティング(15 階)
15 階ではSさんを中心とした安否確認が進められていた.地震発生時にオフィスにいた従業員が 12
名と少なかったためか,幸いにして外傷を負った人はいなかった.一安心しているところに 14 階から
55
上がってきた社員のD君が言う.
D:
「14 階でスプリンクラーが稼動して水浸しになっています.」
S:
「火災は発生しているのか?」
D:
「火災は発生していないと思います.火災報知器は鳴っていません.
」
S:
「ケガ人はいるのか?」
D:
「まだフロア全体の確認ができていません.手伝ってください」
Sさんは大きくうなずくと,15 階にいる 12 名を 2 つの班に分け,1 班は 14 階の安全確認のサポート
に,もう 1 班は 15 階で対策本部のスペース作りを依頼した.そして自分もD君と一緒に 14 階に下り
て行った.そう言えば社内のサーバーが 14 階にはあったはずだ,とSさんは思った.
14 階のフロアでは数箇所のスプリンクラーから散水されていた.スプリンクラーヘッドが天井から
剥き出しになっている.ちょうどユウヒファシリティの担当者が 14 階に上がってきた.SさんとD君
は担当者と一緒にフロアを点検し,火災が発生していないことを確認した.ユウヒファシリティ担当
者がエレベータホールのパイプスペースにある流水検知装置の制御弁を締めると,スプリンクラーか
らの散水はようやく止まった.担当者は防災センターに無線で状況を報告した.
Sさんが社内のサーバーを見に行くと,幸いにもスプリンクラーの散水による影響は無かったよう
であった.停電しているが UPS(無停電装置)により給電されているため,サーバーは起動を続けて
いた.ちょうどシステム管理担当の社員がサーバーの停止操作を行っているところであった.社外の
ネットワークにつながるか?と尋ねたが,駄目であるとの返事であった.ふとSさんは地震直前に帰
(1)埋込型のスプリンクラーヘッドの損傷
図 5.5.7
消火の被害イメージ
(2)流水検知装置
20)
宅したCさんの安否が気になった.
■ユウヒファシリティ(2 階)
1 階の防災センターからの指示を待つとともに,
災害対策本部を 2 階会議室に設営することとした.
会議室には非常用電源が供給され停電時にも機能する計画になっているからだ.1 階の防災センター
にいるYさんから,Mさんにエレベータ閉じ込めの救出をお願いしたい連絡が入った.Mさんはエレ
ベータ会社主催の閉じ込め救出対応講習会を受講しており,救出資格者の認定を受けていたからであ
る.14 階のスプリンクラー稼動の状況確認に行ったMさんに無線で連絡をとった.
56
■低層用エレベータ
低層用エレベータに乗っていたCさん達は,自分達の閉じ込め救出がいつになるかと待っていた.
防災センターとインターホンで結ばれていると言う安心感からか,携帯電話を使って自宅と連絡をと
る乗客もいた.しかし時間が経つにつれ携帯電話もつながりにくくなってきた.地震発生から 30 分程
度経過した頃だろうか.今まで点灯していた非常灯が暗くなり始め,ついに消えてしまった!乗客は
不安から悲鳴を上げた.Cさんは慌ててインターホンのボタンを押した.
C:
「すみません,すみません.エレベータの中の電気が消えてしまいました.大丈夫なのですか?救
出はいつ来てくれるのですか?」
防:
「こちらは防災センターの Y です.すみません,非常灯の電源が切れてしまったようです.ABC
ビルの建物被害は小さく,地震で倒壊することはありません.エレベータも安全面ではまったく
問題ありませんのでご安心下さい.暗い中ですみませんが,いましばらくお待ちください.現在,
エレベータ会社の担当者がこちらのビルに向かっているところです.
」
パニックを煽動してはいけない.Cさんは不安な気持ちを隠しながら言った.
C:
「建物も安全の様ですし,もうじきエレベータ会社の救助が来るみたいです.もうちょっと我慢し
ましょう.気分が悪くなったらすぐに言ってくださいね.防災センターに連絡しますから.
」
20XX 年 10 月 28 日
18:05 地震発生 1 時間後の対応
■ライフライン関係の状況
・全館停電は続行中で非常用電源を稼動して一部に電気を供給している.上下水道の健全性は未確
認のままである.ガスは供給が停止したままである.
・ビルから外部への電話および携帯電話が不通の状態である.
■防災センター(1 階)
・被害調査の速報を確認(B1 階の出火は無し,非常用階段は一部壁の剥落があるが使用可能)
・2 階のユウヒファシリティの会議室に対策本部を設置.
・社外の情報を収集すべく,1 名を最寄りの避難所に派遣した.また建物周囲の火災発生に備え,
屋上の高架水槽の状況を確認に行ったユウヒファシリティ社員 1 名をその場に待機させ,無線で
状況報告を行わせることとした.
・建物の現状調査(負傷者確認,建物構造被害,非構造部材被害,設備被害など)を開始した.
・1 階に救護スペースを設営.中間階(16 階)に備蓄品(携帯用トイレ)を運搬.
・エレベータ会社からの連絡が来ないため,エレベータかご床と乗り場敷居との段差が小さいエレ
ベータの閉じ込めに対して,ユウヒファシリティの救出資格者の立会いで救出することを決断.
・断水に備えるため受水槽および高架水槽の状況を確認.震災後に濁り水が流入してくるのを防ぐ
ために受水槽の受け入れ口のバルブを閉じた.また同時にビル内配管の損傷で自然に放出する水
を防ぐために放出側のバルブを一時閉じた.
・建物外構にマンホールトイレの設置.
・各階の洋式トイレで水を使わなくても用を足せるように,非常用袋を設置した.
館内には以下の一斉放送を行った.
「こちらは防災センターです.先ほどの地震は東海沖を震源とするマグニチュード 7.5 の地震でし
57
た.ABC 共同ビルでは火災は発生しておりませんのでご安心下さい.ケガを負った方がいらっしゃい
ましたら,防災センターまでご連絡下さい.電話番号は XXX-YYYY です.現在,建物の状況確認
を行っておりますが,全館停電しております.非常用電源が稼動しておりますが,全館復旧までには
時間がかかるものと思われます.またエレベータは停止しております.エレベータは安全が確認され
るまでご利用できません.復旧時間などが分かりましたら,随時,ご報告致します.なお,非常用階
段は一部で壁の剥落がありますが,歩行は可能です.余震には気をつけてご利用下さい.
水道は現在,断水しておりますが,地下の受水槽には 3 日分の飲料水を確保していますのでご安心
下さい.またトイレの水は使用しないで下さい.現在,各階のトイレに非常用の袋を取り付けていま
す.ご面倒ですが地震から復旧するまではご協力下さい.また防災用トイレのマンホールトイレを 1
階に設置しております.ご不明な点は防災センター,電話番号は XXX-YYYY までか,防災センタ
ー担当職員にお聞き下さい.以上,防災センターからでした」
■竹成産業(26 階)
・意識を失っていた社員 3 名が意識を取り戻す.その後,特別な症状(吐き気など)を示さないが,
念のため安静を確保した状態とする.
図 5.5.8
マンホールトイレ設置のイメージ
・社員,家族の安否確認を実施するが携帯電話がつながらず進まない.家族の安否が確認できない
従業員から帰宅希望者が続出する.人道的な立場から家族の安否が確認できず,かつ ABC ビル
から半径 10km 以内の従業員へは帰宅を認めることとした.
・本社として全国拠点の状況確認を始める.基本的に家族の安否が確認できた管理職を現地対策本
部員とした.対策本部長は社長であるが,社長は東京出張中であった.
■いろはコンサルティング(15 階)
・現在,ABC ビルにいる従業員の安否確認がとれた.14 階は水浸しになっているエリアがあるた
め 15 階に対策本部を設置した.
・14 階にある各種サーバーは無事に電源オフができた.サーバーは水や落下物の危険性が無い場所
に移動した.
・社員,家族の安否確認を実施するが携帯電話がつながらず進まない.家族の安否が確認できない
従業員から帰宅希望者が続出する.人道的な立場から家族の安否が確認できず,かつ ABC ビル
から半径 10km 以内の従業員へは帰宅を認めることとした.
58
■低層用エレベータ
低層用エレベータに乗っていたCさん達は,暗闇の中,救出を待ち続けた.段々とかごの中も息苦
しくなってきた気がする.最初は立ちながら救出を待っていた何人かも,体調不良を訴え座り込んだ.
Cさんはインターホンを押して防災センターに問い合わせた.
C:
「すみません,すみません.エレベータ会社による救出はまだですか?気分が悪くなった人も出て
きたのですが?」
防:
「こちらは防災センターの Y です.お待たせして申し訳ございません.エレベータ会社の担当者
がこちらに向かっているのですが,現在,到着が遅れています.そこでユウヒファシリティのビ
ル設備管理技能士のNが,お客様の救出のために,乗車されているエレベータの位置確認をして
います.もう少々お待ち頂けますか?」
エレベータの上のほうから,ドンドンと扉を叩く音が聞こえた.
防:
「ユウヒファシリティのMです.お待たせ致しました.今からエレベータの扉を開けます.すみま
せんが扉のそばにいる方は場所を空けてもらえますか?」
C:
「はい,了解です.どうぞお願いします.
」
ゆっくりとエレベータのドアが手動で開かれていく.見上げると腰の高さの位置くらいにエレベータ
ホールの床が見えた.はしごが降ろされてきたので,乗客同士で協力して足にケガを負って歩行が困
難な人から順番にエレベータホールに押し上げた.ようやくCさんの順番が来て降り立ってみると,
エレベータホールの階は 10 階であった.全員がエレベータから脱出すると防災センターのMさんはエ
レベータの扉を閉め,立ち入り禁止措置を施した.
59
図 5.5.9
20XX 年 10 月 28 日
エレベータ閉じ込め時の救出イメージ
20:05 地震発生 3 時間後の対応
■ライフライン関係の状況
・全館停電は続行中で非常用電源を稼動して一部に電気を供給している.上下水道の健全性は未確
認のままである.ガスは供給が停止したままである.
・ビルから外部への電話は不通であるが,携帯電話は災害伝言ダイヤルにつながる場合がある.
■防災センター(1 階)
・建物の一次被害調査結果がまとまる.調査結果をもとに今回の地震への対処方法を連絡するため
に,各テナントから代表者2名を参集し,第1回対策会議を開催することとなった.
・建物の一次調査結果で明らかになった壁・天井・防煙垂れ壁・窓ガラスなどの損傷箇所の安全区
画分けや養生を指示した.
・建物の一次被害調査では建物の構造被害に対する判断が出来ないため,ABC 共同ビルの元請のゼ
ネコン担当者に調査依頼を連絡するが,まだ連絡はつかない.
・マスコミ情報および区役所から入手した名古屋市内の被害をまとめる.また屋上からの目視で
ABC 共同ビル周辺では火災が発生していないことを確認.全館放送にて告知.
・深夜であるため原則として ABC ビル利用者に帰宅は行わないように注意を促す.
・1 階に救護スペース設営,低層階(3~10 階)のテナントに会議室などの共用スペースを,ABC
共同ビルの利用者向けの避難所に開放してもらうことを交渉.外来の避難者は 1 階に避難しても
60
らうこととした.
■竹成産業(26 階)
・夜間の移動は二次災害の危険性が高いため,帰宅希望者は原則として,ABC 共同ビルに留まるこ
とを推奨した.ABC 共同ビルより半径 10km 以内に自宅がある従業員に対しては,無断で帰宅し
安否が確認できなくなることを避けるために,個別に帰宅許可対応をとることとした.
・本社として全国拠点の状況確認を始める.東京支社に本社のバックアップを依頼したいが,連絡
手段が無い.携帯電話を用いた連絡も試みるがつながらない.
■いろはコンサルティング(15 階)
・外出先から帰社しない従業員の安否確認を続けたいが携帯電話のバッテリーの残量も気になるた
め,一時,確認電話を中断することとした.
・夜間の移動は二次災害の危険性が高いため,帰宅希望者は原則として,ABC 共同ビルに留まるこ
とを推奨した.ABC 共同ビルより半径 10km 以内に自宅がある従業員に対しては,無断で帰宅し
安否が確認できなくなることを避けるために,個別に帰宅許可対応をとることとした.
■中華料理店「銀将」
(B1 階)
・防災センターからの炊き出しに関する依頼が来たので,他の飲食店と協同で対応することとした.
3.
地震発生 6 時間後から 48 時間後までのオフィスビルの様子
20XX 年 10 月 28 日
23:05 地震発生 6 時間後の対応
■ライフライン関係の状況
・全館停電は続行中で非常用電源を稼動して一部に電気を供給している.上下水道の健全性は未確
認のままである.ガスは供給が停止したままである.
・ビルから外部への電話は不通であるが,携帯電話はつながるケースが出てきた.
■防災センター(1 階)
・マスコミ情報および区役所・避難所からの情報入手を継続的に続ける.
・深夜の移動は二次災害の危険性が高いため,1 階の入り口を原則としてクローズした.
・エレベータ会社の保守担当が到着.非常用エレベータの 1 基の安全確認を行い,1 基だけ運転復
旧させて次のビルの保守に向かってしまった.他のエレベータについては明日以降の対応になる
とのことであった.
・非常用エレベータが復旧したが,利用者が殺到するのを避けるため,無線でユウヒファシリティ
の担当者が連絡をとりながら,重傷者を優先して 1 階に搬送することにした.
・建物の構造被害調査依頼するために元請のゼネコン担当者に連絡を試みるが,連絡がつかない.
■竹成産業(26 階)
・深夜の移動は二次災害の危険性が高いため,帰宅希望者は原則として,ABC 共同ビルに留まるこ
とを推奨した.
61
・高層階での揺れに不安を持っている従業員には,希望すれば 10 階に設営された休憩所に移動して
体を休めてもらうこととした.
・水,食料品の備蓄が少ないため,16 階の中間階に備蓄品を取りに向かった.タイミングよく非常
用エレベータが再開したため,要救護者の搬送が終わってから,エレベータにより備蓄品を 26
階に持ち込んだ.
■いろはコンサルティング(15 階)
・深夜の移動は二次災害の危険性が高いため,帰宅希望者は原則として,ABC 共同ビルに留まるこ
とを推奨した.
・水,食料品の備蓄が少ないため,16 階の中間階に備蓄品を取りに向かった.
20XX 年 10 月 29 日
5:05 地震発生 12 時間後の対応
■ライフライン関係の状況
・全館停電は続行中で非常用電源を稼動して一部に電気を供給している.上下水道の健全性は未確
認のままである.ガスは供給が停止したままである.
・ビルから外部への電話は不通であるが,携帯電話はつながるケースが出てきた.
■防災センター(1 階)
・夜明けとともに辺りの状況が判明し始める.建物外構周りの配管系の損傷を確認した.上下水道
については建物周辺の地盤沈下(液状化に伴なうものか)が激しく,機能回復しているか否かの
判断は建物側では出来ない.
・ガラスが割れている箇所はダンボールやベニヤ板で応急補修を行った.
・屋上の高架水槽などの設備機器を点検.高架水槽はスロッシング現象により損傷がひどく,再利
用は難しい状態であった.
・建物の構造被害調査依頼するために元請のゼネコン担当者との連絡がついた.10 月 29 日中には
応急調査の担当者が来るとのことであった.
■竹成産業(26 階)
・家族との安否確認がとれている管理職社員は対策本部員として,このまま会社に残って対応する
こととなった.
・夜明けとともに辺りの状況が判明し始める.家族との安否確認がとれない従業員が帰宅を強く希
望し始めた.そこで従業員の帰宅を支援するために水と食料を配布し,自宅の方向が近い人同士
で班を作り帰宅することとした.ハイヒールの女性社員には,避難所からもらってきた運動靴を
配布した.
・本社として名古屋地区の事業所(名古屋工場,研究所)の状況確認を行うため,家族の安否確認
がとれた管理職 2 名のチームを作り,名古屋工場と研究所に派遣することとした.
・全国の事業所と連絡をとるために,会社のシステムサーバーを設置しているデータセンターにも
3 名派遣し,多地点との連絡を試みる.情報システム部の担当者 1 名に加えて,今日が金曜日で
社外への支払い手続きが発生するため,総務の担当者も 1 名加えた.
62
■いろはコンサルティング(15 階)
・家族との安否確認がとれている管理職社員は対策本部員として,このまま会社に残って対応する
こととなった.
・携帯電話がつながるので,社員の安否確認を再開した.
■ユウヒファシリティ(2 階)
・8 時になって交代要員が出社してきた.今回は通常の引継ぎとは大きく違い,ABC 共同ビルの現
状の機能について報告.引継ぎの打ち合わせは2時間程度かかった.
・家族との安否が確認できている社員は引き続き ABC 共同ビルの復旧に泊り込みで協力してもら
うこととした.ただし夜勤明けの担当者は仮眠室で睡眠時間をとることとした.
■中華料理店「銀将」
(B1 階)
・引き続き炊き出しへの協力要請がきているため,対応した.
(1)特高引込配管の破断
(2)ガラス割れ
図 5.5.10 建物外周の地震被害のイメージ
20XX 年 10 月 29 日
20)
17:05 地震発生 24 時間後の対応
■ライフライン関係の状況
・全館停電は続行中で非常用電源を稼動して一部に電気を供給している.上水道の外部からの供給
は停止している.下水道は建物内は低層部(B1 階,1 階)では漏洩が無いことを確認した.ビル
から外部の下水道機能の健全性は未確認のままである.ガスは供給が停止したままである.
・ビルから外部への電話および携帯電話はつながるケースが出てきた.
63
■防災センター(1 階)
・建物の構造調査を,建物の元請のゼネコンに依頼.その結果,建物の壁や天井などの非構造部材
の被害から判断して,外見上は小破レベルであり,建物の倒壊などの危険性は無いとの第一次報
告を受けた.ただし,詳細な判断のためには仕上げや耐火被覆を剥がした調査が必要であるとの
回答をもらった.
・エレベータの復旧作業のための担当員は来なかったので,再度,復旧依頼を行った.
・非常用トイレなどをはじめとする地震後の生活ごみが増えてきたため,B2 階にごみ収集スペース
を確保し,非常用エレベータで夜間に運搬することとした.
・マンホールトイレだけでは絶対数が不足しているため,地下 1 階と 1 階の便所に関して,B1 階の
受水槽からバケツで水を運搬して利用することとした.
・以上の結果を踏まえ,各テナントからの代表者を交えた第 2 回対策会議を開催した.
■竹成産業(26 階)
・地震発生より 1 日経って,名古屋地区の従業員安否は 85%確認が出来た.
・名古屋地区の事業所のうち,研究所に向かった担当より電話で連絡が入る.研究所周辺では震度
5 強~6 弱の揺れであったが,RC 造 3 階建ての研究所では建物の機能は維持できている.電源,
ネットワークも復旧しているとのことで,会社のメールサーバーや会計処理システムも利用でき
るとのことであった.
・東京支店以北,大阪支店以西の従業員安否確認は 90%確認できた.ただし静岡工場の正確な情報
が確認されていない.
・名古屋工場に向かった担当からは,建物は無事で工場の従業員の安否確認が取れたこと,周辺地
盤の液状化がひどくライフラインが寸断され,工場の生産機能はゼロであることが報告された.
・ABC 共同ビルでの建物機能の復旧時間が読めないため,名古屋本社の機能は研究所と東京支店に
移すことに決定した.社長は東京支店で指示をとることとなった.
・ABC 共同ビルの本社機能を移転させるための準備ワーキングを立ち上げた.
■いろはコンサルティング(15 階)
・地震発生より 1 日経って,名古屋地区の従業員安否は 80%確認が出来た.電話がつながるように
なったので引き続き安否確認を続行した.
・家族の安否などが確認できた社員が対策本部に詰めているが,なかなか交代要員が集まらない.
■ユウヒファシリティ(2 階)
・明るくなった時間帯に建物内の詳細調査を行った.低層部分の上下水道の配水管の健全性が確認
できたが,建物から外のライフラインでの上下水機能が回復していないため,いまだ生活用水は
利用できない状態である.
・ビル復旧に向けて人員が不足しているため,家族の安否が確認されている従業員は,ここ数日泊
り込みで対応することとなった.
20XX 年 10 月 30 日
17:05 地震発生から 2 日後の対応
■ライフライン関係の状況
64
・電力が復旧した.上水道およびガスの供給は停止している.下水道は建物内の低層部(B1 階,1
階)では漏洩が無いことを確認した.ビルから外部の下水道機能の健全性は未確認のままである.
・ビルから外部への電話および携帯電話はつながるケースが多くなってきた.
■防災センター(1 階)
・第 2 回の対策会議を開催,ABC 共同ビルの現状を説明した(建物構造被害は小破以上,ライフラ
インは一部復旧).
・電力は復旧したが通電火災などを避けるために,防災センターから担当者を派遣して安全確認後
にフロア毎に停電復旧をすることとした.
・エレベータの復旧作業のための担当員は来なかったので,再度,復旧依頼を行った.
■竹成産業(26 階)
・被災社員への会社としての援助を検討開始した.
・ABC 共同ビルの本社機能を移転させるための準備ワーキングでは,本社機能を研究所に移転する
ための東京支社への支援要請内容を検討開始.
■いろはコンサルティング(15 階)
・地震発生より 1 日経って,名古屋地区の従業員安否は 90%確認が出来た.
・家族の安否などが確認できた社員が対策本部に詰めているが,なかなか交代要員が集まらない.
・余震などでも揺れが大きいため,事務所移転ができないかと言う意見が出てきた.
■ユウヒファシリティ(2 階)
・高層棟のテナントより,低層棟のオフィスへの臨時移転が可能であるかどうかの打診がくるよう
になった.
4.
1 週間から1年後までの様子
1 週間後:20XX 年 11 月 4 日
■ ユウヒファシリティ(2 階)
・ エレベータは部品調達中の2台を除き復旧した.
・ 外構周りの配管,高架水槽,スプリンクラーの補修工事には,1 か月程度かかることが分かった.
・ 建物の点検を依頼した設計者から,倒壊する恐れはないので居つづけることは可能であると言
われた.
・ また,設計者から躯体に損傷の恐れがあるので健全性の調査をする必要があると言われた.
■竹成産業(26 階)
・ ABC共同ビルの機能の復旧期間や健全性が不明のため,名古屋本社の従業員全員は研究所,
東京支店,大阪支店に分散して勤務することを決めた.
・ 室内の清掃後,ビル内にある業務に必要な資料や計算機などを運び出した.
・ 自宅から研究所には通うのが難しい人には研究所近くにある独身寮,社宅を手配した.車や自
65
転車による通勤も許可した.
■ いろはコンサルティング(15 階)
・ 引越し先を探したが適当なのが見つからず,ABC共同ビルの継続利用の両面から検討する.
・ 低層階はトイレが使えるため,とりあえず空いている部屋を借りて連絡を取り合っている.
・ 約半数の社員がバス,自転車,徒歩などで通勤できることが分かった.
1 ヶ月後:20XX 年 11 月 28 日
■ ユウヒファシリティ(2 階)
・ エレベータは全面復旧した.
・ 設備の補修工事が終了し,上下水が回復しトイレが使えるようになった.
・ インターネットもつながり復旧した.
・ 建物健全性調査の見積もりをとり詳細調査を依頼することにした.その旨をテナントに伝えた.
・ 調査には耐火被覆をはがすため長時間かかるので,設計者はシミュレーション解析をするなど
して迅速な調査をすることになった.
■竹成産業(26 階)
・ ABCビルから設備は復旧し,構造の健全性の調査を設計,施工者に依頼したとの連絡を受け
る.
・ 名古屋本社としての復帰可能性について検討を開始した.
■ いろはコンサルティング(15 階)
・ ABC共同ビルから 15 階での設備・情報機能の復旧が確認できたこと,およびこれから健全性
を確認する調査を実施する連絡を受けた.
・ 鉄道の 50%以上が運行を再開し,全国からバスが集められているため,8割の社員が,交通手段
を用いて通勤できるようになった.
・ 通勤できない遠方の社員用に近くのホテルを契約した.
・ 事業を継続再開するための最低の社員数が確認できたのでこのビルでの事業継続を決めた.
3ヶ月後:20XY 年 1 月 28 日
■ ユウヒファシリティ(2 階)
・ 構造の調査により接合部の一部に破断が見つかり補修工事が必要となった.調査した設計,施
工者に補修工事を依頼した.
・ 構造の補修工事は,業務を継続しながらフロアごとに実施することをテナントに伝える.
■竹成産業(26 階)
・ ABCビルから構造の補修工事がフロア単位で行われ,空いている 26-28 階は先に工事を始め
るので,3月以後には入居可能であるとの連絡を受ける.
・ 社内会議を開き,4月にABCビルに戻ることを決めた.
66
■ いろはコンサルティング(15 階)
・ ABC共同ビルから補強工事の実施と,15 階の工事期間 1 ヶ月間空けること様に要請される.
5月に工事を希望し,16 階に移動した後,6月に戻ることになった.
・ 鉄道がすべて開通し社員は通常の通勤ができるようになった.
1年後:20XY 年 10 月 28 日
・ ABCビルの補修工事が終了するが,テナントの入居率は被災前の6割程度である.
・ 地震の影響で中京地域の経済活動は減退しているため,地域復興を図るべく近隣企業での協議
会が発足した.
67
5. まとめと今後の課題
まとめ
1) 超高層建物はこれまで長周期の大地震を受けた実例がなく,今回の調査では昨年度検討した対策
未実施のモデル建物について想像力に頼りながら長周期地震動対策を検討した.対象建物として
鉄骨造 30 階の超高層テナントオフィスビルを抽出した.
2) 選択した超高層建物モデルは被害を受け易い構造なので,最悪に近い長周期の地震動を受けて,
ゆっくり大きく揺れて中破となるが,防災拠点として使用することは可能であると推測した.構
造部材の一部に被害が生じている可能性があり,点検・補修が行われる.復旧予想期間は専門技
術者と補修資材の不足から 12 ヶ月とした.
3) エレベータは震度 5 以上となるので地震時管制運転装置が作動して緊急停止し,エレベータに人
の閉じ込めが発生する.専門技術者が不足するため平常時に比べ救助に時間がかかる.全面復旧
するには,7 日以上かかる.
4) 設備,非構造部材,家具什器の点検・補修についても専門技術者と補修資材の不足から,復旧す
るのに 1 ヶ月以上かかる.
5) 高架水槽内の水が長周期の揺れに共振するスロッシング現象を起こし,成長した波が水槽を破損
する可能性が高い.
6) 消火設備であるスプリンクラーが揺れによってヘッドが破断して水損を起こす可能性が高い.
7) 什器・備品は高層階ほど移動や転倒を起こして室内が散乱する.キャスター付きのコピー機が移
動し,人が当たって負傷する可能性がある.
8) 在館者は大きな揺れが4-5分続き不安を感じる.館内放送で被災状況などを伝え余震に対する在
館者の不安を和らげる.揺れが収まると在館者は家族の安否確認を行い,帰宅手段の目処がたつ
まで建物内に留まる.
9) 地震直後に火災が起きても,初期消火,防火区画が機能して延焼する可能性は少ない.
10)
テナントとして入っている企業は機能が回復してから少しずつ戻ってくる.12ヶ月後,補
修工事が終了するが,入居者は元の 7 割程度である.
68
今後の課題
1) 鉄骨の損傷部を点検する期間を短縮化
主構造部材である鉄骨が損傷を受けたと認められる時,点検には長期間かかることが分かった.
点検期間を短縮化するためには,建物内にセンサーを配置して健全性を迅速に判断する技術開発が
必要である.
2) 改修方法の標準化
初期の超高層の場合,現在用いられていない工法がある.制震ダンパーなど新しい工法を取り入
れて改修や補修を行う際,既存の構造システムと整合するように標準化しておく必要がある.
3) 安全なエレベータの実用化
エレベータ内での人の閉じ込めを無くし,迅速な復旧ができる,高耐震エレベータを,行政・設
計者・エレベータ業界・研究機関が協働して開発しており,速く実用化する必要がある.
4) ライフライン途絶時間の違いによる被害推定
電気や上水などのライフラインが途絶する時間の長さによって損失は大きく影響される.複数の
途絶時間を想定して,自家発電設備の有無や種類,受水槽の位置や容量など被害シナリオを想定す
る必要がある.
5) 安全な避難誘導の研究
超高層建物では,長期間揺れが続くので超高層の在館者は不安を感じ,一斉に地上に避難を試み
る可能性があるが,一斉避難は想定していない.一斉避難の必要が生じたときの効果的な誘導方法
や避難階段のあり方について研究する必要がある.
6) 不安心理の許容値に関する研究
在館者は予想外の揺れを受けて大きな不安を感じ,異常行動を起こしたり,心的外傷を受ける可
能性がある.人が心理的に許容できる揺れの許容値について大型震動台などを用いた実スケールで
の実験的研究が必要である.
7) 特定の地震断層を考慮した地震動対策の研究
超高層建物の建設地によっては被害を与える長周期地震を起こす地震断層が特定できる場合があ
る.特定断層による地震動は,設計以上の応答を与える可能性があるので被害対策に当たり考慮す
る必要がある.
69
<参考文献>
1) (社)日本建築学会:長周期地震動対策に関する調査業務
報告書
2008 年 3 月
2) 中央防災会議「東南海,南海地震等に関する専門調査会」長周期地震動の卓越周期と深部地盤の
固有周期,2008 年 12 月
3) 日本建築構造技術者協会編:建築の構造設計,第 4 編目標性能と性能メニュー,オーム社,2002
年7月
4) 北村春幸,宮内洋二,福島順一,深田良雄,森伸之:性能設計における性能判断基準値に関する
研究-時刻歴応答解析に基づく JSCA 耐震性能メニューの検証-,日本建築学会構造系論文集,
第 576 号,pp47-54,2004 年 2 月
5) 北村春幸,宮内洋二,浦本弥樹:性能設計における耐震性能判断基準値に関する研究,日本建築
学会構造系論文集,第 604 号,pp183-191,2006 年 6 月
日本エレベータ協会:エレベータ,エスカレータの維持保全,地震防災,pp.3-22,2006 年 8
6)
月.
7) 大塚雅之:初学者の建築講座 建築設備,市ヶ谷出版社,2006 年 9 月
8) 内閣府防災担当:中央省庁業務継続ガイドライン,2007 年 6 月
9)
阪神・淡路大震災調査報告編集委員会(日本建築学会・地盤工学会・土木学会・日本機会学会・
日本地震学会):阪神・淡路大震災調査報告 建築編-7 建築設備・建築環境,1999 年 3 月
10) 日本建築学会:長周期地震動と建築物の耐震性,2007 年 12 月
11) 独立行政法人防災科学技術研究所
兵庫耐震工学研究センター:高層建物の地震応答再現実験-
非構造部材,家具什器の地震時挙動-http://www.bosai.go.jp/hyogo/img/reafpdf/kousou.pdf
12) 田村和夫・金子美香・神原浩・塩原等・寺田岳彦:軽量鉄骨下地間仕切壁の静的加力実験,日本
建築学会大会学術講演梗概集,pp.985-986,2006 年 9 月
13) 加藤美喜子・松宮智央・吹田啓一郎・松岡祐一・中島正愛:軽量鉄骨下地間仕切り壁の性能検証
実験 実験結果(E-ディフェンス鋼構造建物実験研究 その7),日本建築学会大会学術講演梗概
集,pp.709-710,2006 年 9 月
14) 伊藤弘・西田和生:鋼製ドアの層間変位追従性,第 7 回日本地震工学シンポジウム,pp.1831-1836,
1986 年
15) 佐藤謙和・五島只禄・岡本肇・渡辺博司・坪内信朗:地震後に解放可能な RC・SRC 造建物用鋼
製ドア(その1)(その 2),日本建築学会学術講演梗概集,pp.939-942,1997 年 9 月
16) 金子美香・他 3 名:2003 年 5 月 26 日に発生した宮城県沖の地震に関するアンケート調査-仙台市
内の高層建物を対象にして,2003 年日本建築学会関東支部研究報告集,pp.175-178,2004 年 3 月
17) D.イーガン:建築の火災安全設計, 鹿島出版会, 1981 年
18) 中央区高層住宅防災対策検討委員会 報告書, 2006 年 3 月
19) 榎田竜太,長江拓也,梶原浩一,紀 暁 東,中島正愛:大振幅応答を実現する震動台実験手法の
構築と超高層建物の室内安全性,日本建築学会構造系論文集 No.637
pp.467-476
20) 竹中工務店:「阪神大震災(兵庫県南部地震)
」調査報告 第 3 報,1995 年 3 月
70
2009 年 3 月
4.1.2
集合住宅のシナリオ
集合住宅のシナリオについては,福和伸夫 2009 年度日本建築学会大会構造部門研究協議会資料より
転載する.
名古屋市内の高層住宅に住む家族の行動シナリオの例 2)
1.はじめに
大規模堆積平野に立地する三大都市圏は,軟弱な沖積低地に都市圏を広げ,さまざまなライフライ
ンや交通機関に頼りきった社会を形成している.ここには,長周期で揺れやすい高層ビルが林立し,
巨大地震を受ければ,長周期が卓越し長時間揺れが継続する長周期地震動に見舞われ,想定外の被害
を受けることも懸念されている.三大都市圏のような高機能社会では,個々の被害が連鎖的に他に波
及し,社会が対応不可能な被害を引き起こす可能性がある.このため,高機能社会の耐震対策を考え
る際には,個別の建物の耐震対策に留まらず,発災時の都市社会の被災状況をイメージし,被害を波
及させないようにするための耐震対策を考えることも必要となる.そこで,本稿では,このような対
策を考える契機とするために,我々建築構造技術者のイメージ力を増すことを目的として,名古屋市
内の高層マンションに居住する 4 人家族を主人公に,巨大地震発生時の様子をシナリオ風に再現して
みることにする.ただし,下記に示す内容は,いずれも,仮想のシナリオであることを断っておく.
ここでは,下記のような条件を設定している.
・家族構成
サラリーマン(名古屋駅前高層ビルに勤める部長)・専業主婦・高校生の息子と中学生の娘の4
人家族
・住まい
名古屋市南部の沖積低地に位置する地下鉄駅前に建つ 35 階建て高層マンションの 27 階
・日時
12 月 7 日(金)朝 7 時 30 分
・想定地震
東海地震・東南海地震・南海地震が連動,震源は紀伊半島沖
2.地震発生当日のマンションの部屋での様子
地震発生当日,朝7時,夫は朝食中,妻は台所で炊事,高校生の息子は便所の中,中学生の娘はベ
ッドの中にいた.
20XX 年 12 月 7 日 7 時 30 分
緊急地震速報が作動
緊急地震速報の報知音がテレビから聞こえた.民報テレビを見ながら食事をしていた夫は,緊急地
震速報のテロップに見入り,家族全員に「緊急地震速報だ」と伝える.夫はすぐに食卓の下にもぐっ
た.妻はその声が聞こえなかったのか,台所にいた.緊急地震速報の範囲にはなぜか静岡は含まれて
いなかったので,余り大きな地震だとは感じなかった.
*現状の緊急地震速報では,M8を超える巨大地震では推定地震規模が徐々に育つ傾向があるため,当初はM7の地
71
震と過小評価した.震源は潮岬沖のため,震源から離れている名古屋では震度 4,静岡は震度 3 との予測になってし
まい,在名テレビ局の画像のテロップには三重県と愛知県のみに対して強いゆれの警戒が呼びかけられた.緊急地震
速報に連動したエレベータの非常停止機能は震度 5 弱以上だったので作動しなかった(巨大地震に対する緊急地震速
報の限界).
20XX 年 12 月 7 日 7 時 30 分
揺れが到達
ゴーという地鳴りのような音とともにガタガタとした上下動を感じる.それほど強い揺れではない.
二十秒ほど経って,徐々に水平に揺れ始めた.最初はガタガタした揺れが多かった.そのうち,徐々
にゆったりとした揺れになるが,あまり揺れは大きくない.その後,だんだん揺れ幅が大きくなって
きて,40 秒後位には前後左右に往復 3m程度の強い揺れとなる.ぐわんぐわんと,楕円を描くように
床が動く.時折,窓から空が見えたり地面が見えたりして,床が傾きながら振り飛ばされそうになる.
揺れに加え,物凄い音が鳴り響く.何かが壊れるような音がし(コンクリートのひび割れの音)
,物
がぶつかる音,家具が倒れる音,ガラスが割れる音など凄まじい音の中で翻弄される.
なかなか揺れは収まらず何度も大きく揺れる.ある時は左右のゆれが大きく,ある時は前後の揺れ
が大きい.揺れは 10 分以上も続き恐怖を感じる.その後も,揺れがおさまったかと思うと,余震によ
る揺れが何度も続き,気分が悪くなった.いつの間にか揺れ続けているのに慣れてしまって,揺れて
いるのが当たり前のような感覚になる.
*震源域が 700km にも及ぶ巨大地震のため,潮岬沖からから開始した破壊は東西に 2 分以上かけて破壊し続けた.大
規模な堆積平野である濃尾平野に位置する名古屋市中心部では,周期 3~4 の揺れが増幅され,平野の中で波がトラ
ップされて 10 分以上揺れが続いた.幾つかのアスペリティから複数の波群が到達するため,大きな揺れが何度も繰
り返しやってくる.特に破壊開始して 50 秒後程度に壊れたアスペリティは名古屋に近い位置にあったため強く揺れ
た.周期 3 秒程度で揺れやすい超高層マンションは,地盤の揺れと同調して,時間とともに揺れ幅を大きくした.超
高層建物は低減衰の建物のため,共振振幅に育つのに時間がかかる.そして,水平 2 方向の周期が近接し減衰が小さ
いので,モード間カップリングにより,うなり現象が生じて,楕円の軌道を描きつつ,前後の揺れが大きくなったり
左右の揺れが大きくなったりした.一端揺れ始めた揺れは,減衰が小さいためなかなか収まらない.上層部ではせん
断変形に加え曲げ変形が大きくなるため,外の風景が上下する.本震の後,M7クラスの余震が続くため,何度も揺
れ続けることになる.
20XX 年 12 月 7 日 7 時 30 分
室内の様子
室内の家具は大きく移動しながら転倒した.特にフローリングの上は滑りやすく食卓は前後左右に
大きく移動した.夫は机の下に潜っていたが余りの移動量で机の下から逃げ出した.その後,机が掃
き出し窓にぶつかって,窓ガラスが粉々になった.転倒した家具は,前後左右に床の上を滑り壁に何
度もぶつかった.
作りつけの食器戸棚からは観音開きの扉があき,中の食器が一気に飛びだし,割れた食器が床に散
乱した.沸騰したヤカンが落ち,電子レンジや電気ポットも横に飛んだ.妻は台所から逃げ出そうと
するが,冷蔵庫が一気に倒れ,逃げ道をふさがれた.冷蔵庫の中のものが散乱し,周辺が水浸しにな
り,ガラスが散乱した.妻は軽いやけどと切り傷を負った.
リビングルームのピアノはものすごい勢いで前後左右に動き,ALC版でできた壁を割り,
その後,
ものすごい勢いで倒れた.キャスター付きのテレビ台の上に乗った大画面テレビは,テレビ台ごと床
を走りまわり,その後テレビだけが飛んだ.デスクトップのパソコンも吹っ飛んだ.
便所にいた息子は狭い部屋の中で両腕を使って壁を押さえて揺れをこらえた.地震後はドアが開か
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なくなったが,思いっきり体でドアにぶつかって何とか開けることができた.ドアを開けると,廊下
は,浴槽からあふれた水で水浸しになっていた.
子供部屋で寝ていた娘は,ベッドごと前後左右に移動し,壁にぶつかった.石膏ボードの壁に大き
な穴ができた.また,本棚から落ちた本がベッドの上に散乱した.転倒防止をしていたおかげで本棚
は倒れなかった.娘はとっさに布団を被って本から逃れた.
揺れが収まった後,家族の安否を確認した.皆,多少怪我をしているが,大丈夫だった.次に室内
を点検した.玄関に行くと,靴箱から靴が飛び出していた.また,玄関のドアがこすれて開きにくく
なっていたが,力を入れると何とか開いた.廊下にでると,あちこちにコンクリートの破片が落ちて
いる.エレベータは止まっているようだ.隣の家からも人が飛び出してきていた.両隣の家の家族の
安否は確認できた.
室内は,いろいろなものが散乱し,めちゃくちゃになってはいるが,作りつけの家具が多かったお
かげで,片付ければ何とか生活できるように感じた.しかし,停電していて,水道もチョロチョロと
しか出ない.
20XX 年 12 月 7 日7時 45 分
室外の様子
ベランダに出て下をみると,多くの人が外に飛び出してきていた.アスファルトの道路は茶色にな
っていて,車が立ち往生していた.また,水道管が破裂したのか,水が噴き出している様子が見えた.
周辺の低層のビルにはあまり被害は見られないが,十数階建てのビルがやや傾いている.1 階がつぶ
れているようだ.隣の高層ビルを見ると,あちこちでガラスが割れ,家の中で住民が右往左往してい
る様子が見える.よく見るとところどころ外壁に穴があいている.外壁が一部落下しているようだ.
道路に外壁が散乱している様子が見える.落下した外壁でつぶされた車もある.
しばらくすると,遠くに見える名古屋駅の西側に,煙の筋か幾本かたちのぼっているのが見えた.
港の方でもずいぶん遠くで黒い煙が立ち上っている.普段とは違う静けさの中,サイレンの音だけが
響いている.そのうち,少しずつザワザワとしてきて,大丈夫か,とか,助けて,とかの声があちこ
ちから聞こえてくる.
*地盤は液状化し,泥水が噴き出し,噴砂が発生した.液状化による大きな地盤変位で地下の水道管やガス管が破断
した.また,高層のビルからガラスや室内の家具などが落下している.大きな層間変形により落下したものと,室内
の大型家具が窓や壁にぶつかったことによるものがある.名古屋駅西部には木造密集地域が存在し,高層ビル故に遠
くの火災の様子を一望できた.港の方に見えた火災は長周期の揺れによりスロッシングしたタンク火災である.停電
のため,周辺は静寂になり,その中でサイレンの音や人間の声だけが響き渡る.
20XX 年 12 月 7 日 8 時
情報収集
どんな地震だったのかを確認しようとするが,停電でテレビはつかない.夫は,思いだして,携帯
のワンセグで情報を聞きはじめた.夫人はリビングボードの中から携帯ラジオを取り出した.テレビ・
ラジオから,この地震は南海トラフで発生した巨大地震であり,東海地震・東南海地震・南海地震が
連動したらしいことを知る.震源は紀伊半島沖の熊野灘のようだ.東海地震も連動したらしいが,東
海地震の予知情報や警戒宣言は出なかった.どのチャンネルも津波への警戒を訴えている.三重や和
歌山,高知などではすでに津波で甚大な被害にあっているようで,テレビには尾鷲港の定点カメラの
ビデオ映像や水没した高知市の映像が繰り返し流れている.名古屋港には 1 時間程度で津波が到達す
るはずだが,港には人影が多く見える.消防隊員が避難を促しているようだ.テレビでは画面の周辺
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にL字型のテロップが流れていて,各地の震度や,津波への警戒情報が流れている.震度速報では名
古屋市西部では震度 6 強,名古屋市東部は震度 6 弱になっている.マンションは海抜ゼロメートル地
帯に建っているため,万が一,堤防が損壊していると水に浸かる可能性があり,心配になる.しかし,
堤防の状況についての情報は全く流れてこない.
ヘリテレの映像が流れているテレビ局もあるが解説もなく混乱気味である.名古屋市西部での損壊
した家屋の映像や,四日市のコンビナートでの石油タンク火災の映像が流れている.まだ,映像だけ
で被害状況はよくわからない.夫は,携帯のバッテリーが気になりはじめ,ワンセグを切り,携帯ラ
ジオの情報に頼ることにした.
高校生の息子はノートパソコンで情報を得ようとしているが,家のインターネットにはつながらな
いようだ.夫はノートパソコンを出し,モバイルブロードバンドに接続した.これはうまくつながっ
た.だが,どのサイトにも情報が上がってきていない.被害が広域すぎて,情報収集に手が回ってい
ないようだ.気象庁には震度情報が示されていた.東京以西の西日本全体が震度 6 弱以上で揺れたよ
うだ.夫は会社や親せきの様子が心配になりはじめ,あちこちに携帯で電話するが,輻輳のためかつ
ながらない.取りあえず,携帯電話の災害用伝言板で家族の安否情報を登録する.家の固定電話は光
通信のため停電で使えない.不安が募る.公衆電話に行くしかないと考え,いったん,電話連絡はあ
きらめる.
余震の揺れが来るたびに先ほどの揺れを思い出し恐怖感を感じる.家族でどうするかを相談した.
以前に聞いたことのある高層難民という言葉を思い出した.停電,断水では,オール電化の我が家で
は生活ができない.区役所から配布された防災マップや防災パンフレットを何とか探し出し,避難所
を調べる.しばらく,避難所で生活することを覚悟する.皆で,まずは階下に降りることを決断した.
以前に用意していたはずの非常持ち出し袋を探す.中を見ると賞味期限切れのものが多い.当面必
要なものをバッグに入れる.そして意を決して,ブレーカーを下し,階下に降りることにする.
*兵庫県南部地震でも通電後の電気火災が問題になった.このため避難時にはブレーカーを遮断することが必要とな
る.
3.地震発生当日の屋外と避難所の様子
部屋から外に出て避難所に向かった.
20XX 年 12 月 7 日 9 時
階下におりる
外は非常に寒く,今にも雪が降る出しそうな空模様である.家族で 1 階まで階段で下りる.他の住
民も同じように階段で下りている.
最上階で,家具の下敷きになって骨折している人がいると聞く.しかし,エレベータも止まってい
て,消防に電話しても連絡が取れず困っているらしい.たとえ救急車がやってくることができても,
消防隊が上階に行って,負傷者を階下に運搬するは大変だろうと感じる.昔,聞いた話では,大災害
時には,骨折程度では,病院に行ってもトリアージで手当してもらえない可能性もあったはずだ.高
層階で怪我をすることの怖さを感じる.
*220 万人強が居住する名古屋市の消防・救急・医療の力は,消防局職員 2324 人,うち交替制勤務員約 1700 名(2 交
替制),119 番の稼働回線は 10 台,救急隊 33 隊,消防隊 65 隊である.また,医師は 5698 人,うち外科医は 646 人,
八事斎場の火葬炉は 46 基,火力源は天然ガスである.日常の火災件数は 1 日平均 3.5 件,救急出動 1 日平均 240 件,
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死者一日平均 50 人である.これに対して,愛知県が実施した被害想定結果によると東海・東南海地震発生時の被害
は,名古屋市内で,全壊棟数 21,000 程度,出火件数 260 程度,焼失棟数 6,200 程度,死者数 420 人程度,負傷者数
21,000 人程度と予想されている.このため,消防・救急・医療・荼毘など何れも対応が困難になり,消防は消火が優
先,医療現場ではトリアージが行われることになる.20XX 年は現在よりもさらに高齢化が進んでおり,エレベータ
が停止した場合の災害時要援護者の避難行動は困難を極めると想定される.
階段をうまく下りられなくて困っているお年寄りを見つけ,子供たちが二人でお年寄りを介助して
階下に降りる.このマンションは高齢の住民が多いので,他の住民のことが心配になる.途中階で,
エレベータ閉じ込めの住民が居るらしく,エレベータホールに人が集まっている.管理会社に連絡が
取れないとのこと.この状態では,当分,エレベータからは出ることができないだろうと考え,その
まま階段を降りる.
*東海 4 県には7万台程度のエレベータがあるが,保守員は1千人程度しかいない.管理会社への連絡が滞ること,
保守員も被災すること,道路も渋滞をすることなどから,大地震時には,早期にエレベータの閉じこめを解決したり,
エレベータを稼働することが困難になる.このため,地震計で揺れを感知することでエレベータを自動停止するシス
テムが普及している.ただし,加速度センサーを使っている場合には,長周期の揺れに対しての検知能力が不十分な
場合がある.
だんだん,膝が笑ってきた.こんな調子では,エレベータが動かないと,自宅に戻ることはできな
いと実感する.生活必需品をバックに入れてきて良かったと感じる.
1 階に着いたので,管理事務所に立ち寄る.防災センターには多くの住民が集まっており,管理会
社の人間にいろいろ問い合わせている.管理会社の人も何の情報もなく右往左往している.この建物
には非常時のための発電装置があるようだが,
うまく作動しなかったとのこと.マニュアルを読むと,
燃料は軽油で 12 時間分の燃料しかないこと,連続運転も 12 時間が限界と書いてある.これでは,電
気が復旧するまでは建物に戻るのは難しいと感じた.管理会社の人間は必死になってあちこちの設備
会社に電話をしているが,なかなか通じないようである.あまりに設備の種類が多く,それぞれ点検
をしないと作動させることができないようだ.断水もしているとのことである.断水が解消しても停
電であればポンプアップができない.
テレビを見ていた人から,あちこちの発電所が被災して発電が停止していると報じられていたこと
を聞く.原子力発電所は,緊急停止装置が働いて停止したそうだ.名古屋市西部を中心に断水とガス
停止が広域に広がっている.軟弱な沖積低地では液状化が発生してあちこちで水道管・下水管・ガス
管が破断しているらしい.また,鉄道・地下鉄もほとんどが止まっている.道路も,信号が止まり,
電柱が折れたり,電線が垂れ下がったりし,倒壊した家屋で閉塞された場所もあるようで,一部の都
市高速道路だけが緊急用に使われているとのこと.ただし,名古屋市西部の高速道路は道路に段差が
できているため,通行止めのようだ.火災もあちこちで発生していて,消防力が不足し,消火が滞っ
ているとのこと.あちこちの病院も患者が次々を運ばれ,混乱しているようだ.テレビではトリアー
ジタッグを付けた負傷者が多数映っている.軽傷の人は各自で手当てするようにと報じられていると
のこと.高層マンションの上階に怪我をして取り残されている人も多いらしい.
これでは,避難生活が相当に長引きそうだと感じる.とりあえず,防災センターにいる他の住民と
相談して,入口に,家族の安否と避難場所・連絡場所を書いた模造紙を貼ることにした.
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20XX 年 12 月 7 日 10 時
屋外~避難所
マンションから外にでると,大渋滞だ.道路が泥だらけで,あちこちがデコボコになっていて車が
立ち往生している.マンションと道路の間に大きな段差があり,建物の周辺と地盤との間がぽっかり
空いている.水が噴出しているところもある.どうも,建物と地盤との間で水道管や下水管が破断し
てしまっているようだ.
まずは,市内に住む夫の実家の安否と,東京に住む妻の実家の安否を確認するため,近くのコンビ
ニに公衆電話を探しに行く.行ってみると既に大行列だった.一人1通話という制限が付いていたの
で,家族4人で1時間ほど並んで電話をした.コインが無いと電話がかけられなかったが,娘が持っ
ていた 10 円玉が役に立った.家族4人で手分けをして電話した.案の定,輻輳で,2 つの実家も,会
社も電話が通じない.仕方ないので,普段練習していた災害用伝言ダイヤル 171 を使って家族の無事
を録音する.同時に,171 で名古屋と東京の実家の安否を確認する.名古屋の実家の方は以前に練習
したこともあり,171 にすでに録音がされており無事であることを確認する.会社には連絡ができな
いので,携帯メールで安否確認登録を行い,避難所に向かった.途中の路地では,倒壊した木造家屋
やブロック塀でふさがれてしまっている場所がたくさんある.
○○小学校に行くと,すでに体育館は満員になっていた.暖房器具や毛布が足りなく,みんな寒さ
で震えている.そこには,同じマンションの住民が沢山来ていた.話を聞くと,あちこちのマンショ
ンから人が集まっているとのこと.建物は大丈夫なのに,揺れの怖さとライフラインの途絶で避難し
ているらしい.最近できた××マンションの住民だけは姿を見ない.免震マンションで地震防災設備
を完備していることが売り文句だったようだ.
体育館の入口のところで,家が倒壊して泥だらけになって避難してきた地元住民とマンション住民
でいざこざが起きている.マンションは壊れていないのだから,マンション住民よりは家を失った人
たちを優先しろ,と怒鳴っているようだ.古い木造の戸建て住宅は,倒壊・大破家屋が多く,生き埋
めに成っている人も多いようで,揺れが怖くて避難してきているマンションの住民とは気持ちの余裕
が違うのだろう.
避難所での家族のスペースを確保したのち,夫は会社まで歩いてでかけることにした.帰宅支援マ
ップを持っていたので,それを頼りに出勤する.
妻は当分の間,二人の子供と一緒に避難所に滞在することにした.夫は,その後,災害対応のため
会社にずっと滞在することになり,妻と子供二人だけで避難所で過ごすことになる.
避難所には,情報があまり入ってこず,皆が持ち寄った飲み物や食べ物を分かち合った.残念なが
ら,行政からの支援は当日には届かなかったので,寒さと空腹の中,皆で肩を寄せ合いながら,寝付
くこともなく,夜を明かした.携帯で情報を入手したいが,停電で充電ができないため,携帯の電源
が落ちてしまった.乾電池で聞ける携帯ラジオが唯一の情報源となった.ラジオから,どんどん被害
が広がっている様子が伝わってくる.また,政府から,災害規模に対して対応力が全く不足している
こと,当面の数日は,救援物資も不足するので,個々人で助け合って生き延びていってほしいとの談
話が発表されていることを知る.避難所の外では,消防車や救急車のサイレンが鳴り響いている.
4.出勤した夫の当日の行動
夫は避難所を出て名古屋駅前の会社に向かった.
76
20XX 年 12 月 7 日 11 時 30 分
夫が会社にたどり着くまで
夫は,
名古屋駅前の高層ビルの 40 階にある会社に向かった.
自宅から会社までは 6km程度なので,
普段なら 1 時間ちょっとの距離である.会社まで,安全のためにできるだけ広い幹線道路を歩いたが,
どの道も,信号が停止していて大渋滞である.途中,泥だらけで冠水している場所や,倒壊家屋で道
の一部がふさがっている場所,橋のたもとの段差などで,車が立ち往生している.周辺の橋は落ちて
しまっており,通行できる橋はここだけらしく,車が集中してきている.途中の被災状況を携帯で撮
りながら道を急いだ.障害物も多く,会社にたどり着くまでに 3 時間を要した.帰宅支援マップに記
されているコンビニで便所を借りようとしたが,断水で使えなかった.平屋建てのコンビニは開店し
ていたが,ビルの 1 階のコンビニは柱にクラックが入っていて閉店していた.コンビニの中は陳列棚
から商品が落ちてメチャクチャになっていた.商品はかなり少なくなっていたが,水と簡単な食べ物
を購入することができた.停電でレジは使えないようだった.名古屋駅前に着くと人がごった返して
いた.交通機関が停止して帰宅困難になった人たちや,強い揺れでビルから外に出てきた人たちで,
道路全体に人があふれている.このため,車は全く動けなくなっていた.皆,駅近くのノリタケの森
や,白川公園に避難するため,ぞろぞろと歩いている.
20XX 年 12 月 7 日 14 時
夫は名古屋駅前の会社にたどり着く
会社の入っている高層ビルにたどり着いた.ビルは大丈夫のようである.非常用発電装置も作動し
ているようで,自動扉も空いた.非常用発電装置の燃料は 1 日分しか無いようだ.エレベータはすべ
て停止している.やむなく 40 階のオフィスまで非常階段で登った.同じように非常階段で上り下りし
ているサラリーマンが沢山いる.思いのほか非常階段が狭いので,相当に混雑している.途中階で休
憩しながら 30 分ほどでオフィスに着いた.その間,何度も余震によって,建物が大きく揺れ,マンシ
ョンでの揺れを思い出すと恐怖を感じた.
オフィス階に着くと,電子ロックシステムがうまく作動しないため,入室できない同僚が十人ほど
たまっていた.総務担当の人間が鍵を持ってくるのを待っているとのこと.地下の防災センターまで
階段で下りて行ったらしく,30 分ほど鍵が届くのを待つ.その間に,集まった同僚と,情報交換をす
る.
20XX 年 12 月 7 日 15 時
夫の同僚の被災体験
単身赴任で,熱田台地上にある白壁地区の低層マンションに住んでいる部長は,大した揺れでもな
く周辺の様子も特にひどくなかったとのこと.途中目にした三の丸官庁街の県庁・市役所も外観上は
全く問題が無かったようだ.官庁街の建物はほとんどが耐震改修され,一部は免震改修が施されてい
たことが幸いしたのだろう.ただ,会社に来る途中,堀川を超えたあたりから急に被害が大きくなり,
古い木造家屋や 10 階建てくらいの建物を中心に傾いた建物が沢山あったとのこと.地盤の硬軟で被害
が大きく異なるようだ.東京の多摩に住む家族とは連絡が取れたらしく,ご家族の方は多少の揺れは
感じたが何事もなかったとのこと.
東部丘陵地の星が丘の中層マンションに住んでいる課長によると,相当によく揺れたとのこと.東
山通りを 2 時間かけて歩いてきたらしいが,途中本山周辺や,今池から新栄周辺で被害が大きく,栄
の被害は小さかったそうだ.伏見周辺のビジネス街も,耐震補強がずいぶん進んでいることもあり,
あまり被害が大きくないらしい.ただし,堀川を超えると高層の建物や 1 階が店舗や駐車場になって
いる建物を中心に大きな被害を出していたとのこと.
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中川区から歩いてきた部下によると名古屋駅西部の状況は相当に酷いとのこと.倒壊した木造建物
の下敷きになって,救助を求めている人も大勢いるらしい.また,液状化で家屋やビルが傾き,道路
も泥水で溢れ,段差が多くて車が通行できないらしい.地下の貯蔵タンクが浮きあがっているガソリ
ンスタンドもあるそうだ.火災が発生しているが,消防車は路面の凹凸や家屋倒壊による道路閉塞で
通行できず,また断水で放水も十分にできないらしい.南北に走る鉄道や高速道路の橋脚にも被害が
あるようで,倒壊の危険があるため,東西の交通をストップさせているらしい.
家から歩いてきて自分が見た被害の様子を重ね合わせると,名古屋市西部・南部の沖積低地を中心
に相当の被害が出ていることが分かってきた.
20XX 年 12 月 7 日 16 時
オフィスの中
鍵が届いたので,オフィスに入った.いつもの整然とした机の配置がめちゃくちゃになっていた.
窓の外には,あちこちから煙が上がっている様子が分かる.階下を見ると,名古屋駅の西側では,屋
根が茶色になり,あちこちから火が上がっている.遠く港の方にも黒煙が立ち上っている.オフィス
内の棚は作りつけなので倒れていないが,床にはPCやファイルが散乱している.コピー機やファッ
クス機もひっくり返っている.
なぜか,
壁には大きな穴が空いている(コピー機がぶつかったらしい)
.
まずは,集まった十人ほどで,今後の対応について相談する.まずは,手分けをしてオフィスの損
傷状況を調べることにした.電気はつく.IP 電話はつながらない.インターネットもつながらない.
オフィスに 2 本だけある ISDN 回線はつながるようだ.倉庫には,防災担当が準備した水や食料,携
帯トイレなどが揃っていた.
全員で役割分担をした.オフィスの被害状況の情報収集,本社への連絡,関連会社の被害状況の確
認,社員の安否の確認,早期の事業再開への資機材の調達などなど.外との連絡手段は,ISDN の電
話 2 本だけである.何度かトライをして,本社と電話がつながった.一度電話を切るとつながらなく
なるので,ISDN の 1 本は,本社とつなぎっぱなしにする.非常用発電設備の燃料はすぐに届くとは
思えないので,電気が使えるのはせいぜい 1~2 日.高層階のため建物外との移動は困難を決める.一
両日で重要なものを整理し,被害の少ない名古屋市東部地区の営業所に支店の拠点機能を移すことを
決める.
その後,一週間,夫は業務の早期復旧のため,会社に泊まって働くことになる.
5.翌日以降1週間後までの様子
20XX 年 12 月 8 日 7 時
翌朝の避難所の様子
親子 3 人は避難所で夜を過ごす.夜が明けて,はじめてのおにぎりが届くが,数が不足している.
学校の中は,体育館だけでは避難者が入りきれず,教室・廊下にまで人が溢れている.相変わらず,
余震が続いている.危険を感じて,避難者が続々と集まってきている.ペットを連れてきた人もおり,
担当者が対応に困る場面もある.寒いため,泥だらけの運動場には,暖を取りながらワンボックスカ
ーの中で横になっている人がたくさんいる.このためちょっとガソリン臭い.皆,車の中で夜を明か
したようだ.車の中の人たちはカーナビでテレビを見ているようでいろいろな情報を伝えてくれる.
避難所では,便所が全く不足していて,便器はすでに満杯.グランドに仕切りを作って簡易便所を
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作って,用を足している.最初は,文句を言っている人が沢山いたが,外からの助けが来ないことが
徐々に分かってきて,皆で頑張ろうと口々に言う人が現れ,助けあいの雰囲気になる.持参したわず
かな食糧や水を分け合い,避難者同士で,助け合いが始まる.
市西部ではどこの避難所も満員とのこと.一方で,市東部の被害は少ないらしく,名古屋市長は,
市東部や郊外の親戚・知人を頼って疎開することを勧めている.自宅に毛布や布団を取りに行く人や,
非常食・水を取りに行く人も増えてきた.マンション住民は,揺れが怖かったり,ライフラインが途
絶したりしたために,避難所に避難している人が多いため,家に帰れば家財があるようだ.親子 3 人
もマンション 27 階の自宅に,貴重品,毛布,最低限の食料などの荷物を取りに行くことにした.
20XX 年 12 月 8 日 9 時
翌日のマンションの様子
マンションに戻った.マンションの入り口には,昨日作った住民の安否リストが貼ってある.一部,
安否の確認が取れない人もいるようだ.多くの人が避難所や知人の家に避難している.中には病院と
書いてある人もいる.1階の管理事務所で状況を聞いたところ,低層階の人はマンションに留まった
らしいが,高層階の人たちは余震の揺れの恐怖と,電気・水道が使えないことで,ほとんどが避難し
ているとのことだ.ただ,高層階で怪我をした人の中には,階下に移動することができず,まだ部屋
に残っている人もいるようだ.
EV の保守員もまだ来ていないようで,EVの中には相変わらず何人かが閉じ込められているとの
こと.管理事務所から,管理会社や施工会社,設備会社などあちこちに連絡しているが,どこも連絡
がなかなか取れないようだ.連絡が取れても,人手不足でより被害が大きいところや重要拠点を優先
しているらしく,建物の損傷が小さいこのマンションは後回しらしい.管理事務所の人は,一軒一軒
のお宅を回って,ドアが開かなくて困っていた人を何人か救出したとのことである.また,高層階の
怪我をした人たちを階下に下ろす工面をしているが,なかなか難しいとのことであった.息子が,地
元の高校に頼んでみたらどうか,高校生が沢山いるから助けてくれるかもしれない,と言ったら,早
速頼んでみるとのことだった.
電気・水道の回復の見通しは全くつかないようであるが,低層階にとどまっている人たちは,非常
用の水と食料,携帯トイレ,カセットコンロなどを使って生活をしているらしい.一方で,高層階の
人は便所・水・電気・エレベータが使えないため,元気な人たちは皆,避難所に移っているようだ.
1 階の郵便ポストを見るが,新聞も郵便物も届いていない.この被害では郵便配達が無いのも当然
だなと納得する.これでは当分,避難所生活になりそうだと覚悟を決めて,27 階まで 3 人で階段を登
った.途中,何度か余震があり,昨日の揺れを思いだす.娘は最初の余震で恐怖の顔になり,昨日の
揺れのトラウマのためか階段にうつ伏せになった.やむなく,娘には 1 階で待つように言い,息子と
二人で家に戻った.
家に着くと,安心感とともに,改めて昨日の揺れを思い出した.割れたガラスや飛散したものを多
少片付け,必要なものを持って再び 1 階に下り,避難所に戻る.途中,公衆電話に並んで,友人や隣
人,親戚の安否を確認する.夫は,会社にいったまま戻ってこない.171 に電話すると,夫はしばら
く会社に留まるとのこと,自分たちは避難所に当分居ることを録音して電話をきる.
20XX 年 12 月 8 日 12 時
翌日の周辺状況
カーナビでのテレビの情報によると,国全体に相当に混乱していて,被害の全容把握に手間取って
いるようだ.高層ビル内にある中央省庁は長周期の強い揺れで機能不全になっているようで,首相官
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邸と有明の森の防災拠点を中心に災害対応が行われているらしい.首相の談話も発表されている.被
害が甚大で,すべての地域には救援の手がすぐには入らないので,数日間は一人一人頑張って,互い
に助け合って生き抜いてほしいとのコメントしている.また,重機や人手が不足しているので,建設
重機の提供やボランティアを呼び掛けている.
首都圏では,一般の建物や住宅の被害はほとんど無く,交通機関やライフラインは支障なく動いて
いる.ただし,高層建物に入居する中央省庁や大企業,高層マンション暮らす住民には種々の問題が
発生しているようだ.このため,政治・経済の方で問題が生じている.日本な甚大な被害の状況は世
界中に配信され,円はストップ安,日本株も大暴落し,東京証券取引所は市場を閉鎖している.
続々と被害の映像が入ってくる.静岡から四国にかけての海辺の町では津波の被害が甚大で,犠牲
者の捜索が続いている.湾岸の埋め立て地の被害も大きいようで,石油の中継基地,エネルギー施設,
化学プラント,製鉄施設,倉庫・物流施設などが全面操業停止となっている.
海抜ゼロメートル地帯が広がる愛知県西部の海部地域では,堤防もあちこちで崩れているようで水
没した地域もある.この地域では,液状化や強い揺れで役場や消防署にも被害がでているようだ.
鉄道は停電のため全面ストップである.高架橋を走る電車が何両か脱線して多くの犠牲者が出てい
るようだが,消防は消火に手一杯で救出作業ができず,自衛隊の到着を待っている.
高速道路は緊急車両優先で,一般車の通行はできなくなっている.名古屋市西部の高速道路は路面
のジョイント部での段差が大きく,簡単な修繕はしたもののノロノロ運転になっている.一般道は,
名古屋市西部を中心に倒壊家屋のため通行できなくなっている地域が多く,大渋滞になっている.
西日本の主要な原子力発電所はいずれも緊急停止した.火力発電所も多数被災していて,送電再開
の見通しがつかない.技術者や建設作業者の要員不足のため,復旧の見込みが立たないようだ.
ガスは,可撓管が敷設されていない沖積低地を中心に被害が出ているようだ.上下水道は,沖積低
地での配管の破断に加えて,一部の市町村では浄水施設や下水処理施設が被災していて,直ぐには給
水や排水ができないようだ.また,マンションやビルでは停電でポンプアップができないため,給水
が止まっている.
人材,資材,機材のすべてが不足していて,何を優先して復旧するかの協議が続いている.まずは,
堤防の復旧と輸送路の確保に重点が置かれているようだが,国・県・市町村の間で綱引きが続いてい
る.一級河川や国道を優先するのか,生活再建のため瓦礫撤去と市道復旧を優先するかが議論の焦点
のようだ.産業界からは,電力の早期復旧を望む声が大きい.
テレビ局は,非常用発電設備の不足から,放送時間帯を限ることになった.幸い,瀬戸のデジタル
タワーは構造・設備は健全で,非常用の電力設備も完備されているので,名古屋地区ではデジタル放
送は生きている.他地域では,デジタルタワーの設備が損壊して,完全に停波しているところもある
ようで,アナログ放送のラジオが頼りになっているらしい.
役所などの災害対応拠点も発電設備の不足が懸念されているようだ.大手企業も電気と情報・通信
が回復するまで,身動きがとれないようである.参集人員も不足して,あらゆる対応が後手に回って
いる様子がよく分かる.ライフラインがあることを前提にした事業継続計画(BCP)の限界が浮き
彫りになりつつある.
岐阜や長野では,揺れも小さくほとんど物的な被害が出ていないにも関わらず,電気が止まって,生
活が困難になっているとの報道がされている.また,豪雪地帯では,停電での凍死の危険性が危惧さ
れている.東西で周波数が 50Hz/60Hz と異なることで被災を免れた東日本の電気を融通できないこと
が,問題となっている.また,広域な被災のため,東日本の電力会社の応援態勢も十分に整っていな
80
い.
名古屋市内では,沖積低地が広がる西部の木造密集地域で,多くの建物が壊れ,延焼が拡大してい
る.また,繰り返す余震で,新たに倒壊する住宅も出ているようだ.消防の人員が全く不足し,断水
しているため,耐震防火水槽とタンク車しか頼るものが無い.倒壊家屋で道路が閉塞されたり,液状
化で通行が困難な道路が多い.これらのことが事態をさらに悪くしている.
また,湾岸の埋立地の被害も甚大だ.津波による浮流物に加え,側方流動による岸壁の損壊で,船
が接岸できない.また,埋立地は広範に液状化し,道路や地中埋設物の被害が甚大になっている.地
上の輸送設備の損壊も大きい.このため,埋立地に立地する様々な施設の機能が完全にマヒしている.
また,石油工場や化学工場から石油や有害物質が流出し,立ち入り規制も行われているようだ.一部
の石油タンクではスロッシングによって,タンクが炎上しているが,消防力の不足のため燃えるにま
かしている.また,長周期の揺れで,途中で折れている煙突や鉄塔もある.
20XX 年 12 月 10 日
3日後のマンションの様子
マンションでは,やっと設備会社との連絡がとれ,徐々に,設備の点検が始まる.エレベータの保
守員も到着し,閉じ込めも解消した.ただし,エレベータはワイヤーなどが損傷しているようで,稼
働には時間がかかるとのこと.電気と水道の復旧の見通しは立たず.結局,すべての住民が,避難所
や親戚・知人宅に避難することになった.落下した壁や割れた窓ガラスの補修についても建設会社の
要員不足でめどが立たないので,とりあえずブルーシートを手配して,家の内側からブルーシートで
塞ぐことになった.周辺の火災はまだ鎮火せず,堤防の復旧の見通しもはっきりしない.
あちこちで非常用発電装置の燃料切れや,連続運転での停止などで,電気が使えなくなったとの話
が聞こえてきた.特に重油を使っているところでは,液状化や家屋倒壊,段差などによる道路閉塞の
ためにタンクローリーが到着せず再び停電しているようだ.軽油を使っているところでは社員が携帯
タンクで軽油を買い集めているらしい.
病院でも,膨大な患者に対する対応が困難を極めているようで,医師・看護士の不足する中,水と
電気が途絶え,負傷者の手当てが十分にできていないようだ.安全と言われていた免震構造の病院で
も,長周期の揺れで多くの設備機器が移動したり転倒したりして,手術等が出来ないところもあるら
しい.一部の免震病院では,建物が擁壁にぶつかったために,建物が損壊したとのニュースも報じら
れている.また,検死医の不足と八事火葬場へのガス供給停止のため,お亡くなりになった方の検死
や荼毘の問題などが大きな課題になっているようだ.苛立つ市民が怒鳴っている中で,公務員の人た
ちの憔悴しきった様子が画面に映し出されている.
仮設住宅建設の検討も始まっているが,資材不足とスペース不足で十分な量を確保できないようで
ある.また,瓦礫の置き場の確保も難しいようで,瓦礫置き場と仮設住宅建設地とで場所の取り合い
になっているらしい.
20XX 年 12 月 14 日
1週間後のマンションの様子
学校が再開した.交通機関も名古屋市東部を中心に回復しつつある.軟弱地盤が広がる市西部地区
もバスの運行が始まる.市内の火災も鎮火し,救援物資も行き届くようになり,混乱も沈静化しつつ
ある.
マンションの方も,設備点検が一通り終わり,一部の配管・配線,エレベータのワイヤーを補修す
れば機能回復するらしい.業者の手配が必要なため,修復には 1 か月程度の時間が必要とのことであ
81
った.非常用発電設備も修理が終わり,最低限の電力は確保できたようだ.一方,建物の安全性につ
いては,十分に分からない状態が続いた.戸建住宅や一般の建物は応急危険度判定士がチェックをし
ているようだが,高層マンションについては,専門家の点検が必要らしく,専門家のチェックを待つ
状況が続いた.マンションを施工した建設会社が点検をしてくれるらしいが,建物の規模が大きいこ
とと人手不足のため時間がかかっている.構造体が内装材などで隠れているために,損傷度合いをす
べて点検するのは難しいとのことである.住民にとって一番知りたいのは,いつマンションに戻って
生活ができるかなのだが,明快な回答が得られないことに苛立つ住民も多い.発災後の生き残ったこ
とへのユートピア状態から,今後の生活を考え始める段階になって,住民の精神的なストレスもたま
ってきた.
地震から 1 週間が経って,夫がやっと帰宅した.疲労困憊した様子である.こんなときには,風呂
とビールがあるとよいのだが,避難所生活が続いているため,ゆっくりと体を休めさせることができ
ないのが残念だ.社会は,西日本全体の経済がストップする中,正月が近づいてきて,不安感が広が
ってきた.
6.翌月以降の様子
20XY 年 1 月 7 日
1ヶ月後のマンションの様子
家族は,正月休みを東京の実家で過ごして避難所に戻った.新幹線も静岡県内を徐行する形で再開
していた.車内は満員だったが,被災地の外で過ごすことで疲れを癒すことができた.途中通過した
静岡県下の被害状況は名古屋とは比べ物にならないくらいひどい状況だった.
名古屋市内では重要な施設を中心に,補修が行われるようになり,やや明るさが見えてきていた.
十分な発電量では無いが,送電もされるようになった.しかし,構造的な点検と補修ができていない
ので,再入居はまだ無理だった.その後,被災度調査が終わり,多少の補修が必要であることが分か
った.補修の内容は大きなクラックの入った構造体の補強と,脱落した外壁材や窓ガラスの補修,共
用部分の内装の補修などであった.1 軒当たり 100 万円程度の負担になる.
分譲マンションのため,住民の総会を開いて補修の是非を決定する必要があるが,お年寄り世帯を
中心に,被災地外の知人宅に身を寄せている人が多いため,意思決定のための総会がなかなかできな
かった.委任状なども取りよせながら総会を開催した.あの揺れを経験しトラウマになっている人も
多いようで退去を決めた住民も居る.また,お年寄りの世帯からは構造的な補修に後ろ向きな声も聞
こえる.このため,合意をとるのにしばらく時間がかかった.
低層階の一部の住民は,すでに,マンションに戻って生活を始めている.一方,高層階の人は,エ
レベータと上下水道が回復するまでは避難所暮らしをするしかなかった.4 人家族は,避難所暮らし
での疲労が溜まったため,名古屋市東部にある会社の社宅でしばらく過ごしていた.
地震から約 1 ヶ月後経った 1 月 13 日に,岐阜・東濃でマグニチュード 6.8 の地震があった.東濃に
集中する自動車・電気関係の工場に被害が出たため,また,大企業のサプライチェーンに不具合が出
たようだ.この地震は,復旧を急いでいた産業界に再び大きなダメージとなった.4 人家族が住む高
層マンションは,この地震ではあまり揺れなかったので被害は出なかった.
あちこちで,罹災証明発行のための家屋被害の確認作業が始まっている.応急危険度判定と被災度
判定を一緒にして効率化を図っているようだが,被害家屋が余りに大量で人手不足のため認定ははか
どっていない.また,生活再建支援法での再建支援については,積立資金が全く不足しているため,
82
国会で被災者支援のための特別措置法の制定が議論されている.地震保険も 5 兆円を軽く超える支払
金額になるとのことで,支給は減額されることになった.
20XY 年 6 月
半年後のマンションの様子
大型台風が接近してきた.まだ,一部の堤防が復旧工事中のため,海抜ゼロメートル地帯の住民は
集団避難することになった.しかし,幸い,台風が名古屋市をそれたため,事なきを得た.
マンションの総会では,2度と大きな揺れを経験したくないという若者世帯は制震補強を主張し,
リタイア組みの中高年世帯は最低限の補修を主張している.当初,退去を考えていた住民も,買い手
がつかず住み続けようだ.結局,2 か月ほど議論して,諦めと妥協の中,必要最低限の補修をして,
再入居することになった.ライフラインや交通機関も半年でおおむね回復した.4 人家族も,地震か
ら 6 ヶ月後に,再入居することになった.近くの高層マンションは,解体撤去されると聞き,補修の
みで再入居できたことに胸を撫で下ろす.
20XY 年 12 月
町の再建
ボランティアが継続して活動している.地震直後には分からなかった様々な問題が,地域に入り込
んだボランティアの人たちから提起されている.当初は,目が届かなかった災害時要援護者の方たち
の状況を,ボランティアの人たちの虫の目で伝え続けている.また,復旧・復興へとつながる心の支
えとしての活動も続いている.被災地では,被災した人たちの声をじっくりと聞くことの大事さが共
有されつつある.あちこちで,復興まちづくりの活動も地域ぐるみで始まりつつある.4 人家族が住
む高層マンションでも,若者が中心にお年寄りの世帯を定期的に訪問し,さまざまな相談に乗ってい
るようだ.
7.おわりに
本稿では,筆者の想像力の範囲の中で,都会の高層マンションにおける地震時の状況の一つのシナ
リオを描いてみた.このような形でのシナリオ作りは非科学的であるとの声もあるかもしれないが,
すべてのことを科学的に予測できるとは思えないので,様々なシナリオを複数用意しながら,我々建
築構造技術者の想像力を高め,事前に,種々の対策を施していくことが必要だと考えている.筆者の
浅学ゆえに不適切なシナリオも多数存在するかもしれないが,これは,あり得るシナリオの一つとい
うことでお許しいただけると幸いである.
参考文献
1) 愛知県防災局:愛知県東海地震・東南海地震等被害予測調査,2003
2) 宮腰淳一, 中田猛, 福和伸夫, 柴田昭彦, 白瀬陽一, 斉藤賢二:名古屋市三の丸地区における耐震改
修用の基盤地震動の作成, 日本地震工学会年次大会, 2005.1
3) 井上貴仁他:高層建物の耐震性評価に関する E-ディフェンス実験,日本建築学会学術講演梗概集,
2008.9
4) 日本建築学会:長周期地震動対策に関する調査業務報告書,2008.3
5) 日本建築学会:長周期地震動対策に関する調査業務報告書,2009.3
83
付
まとめと今後の課題
(この部分は注 2)の引用でなく著者による)
まとめ
1)RC 造超高層マンションは周期 3 秒程度で,長周期地震動の周期 3~4 秒と一致するので大きなゆれ
が起こる.また水平 2 方向の周期が近接しており,うなり現象により複雑なゆれを起こす.
2)振幅と周期の大きいゆれで,家具の転倒・滑動が著しい.
3)エレベータが停止することで,怪我人の救助,高齢者の避難が困難になる.
4)地震による構造被害がなくても,ライフラインの途絶や恐怖により,住居を出て避難所に避難する
住民が多い.その後もエレベータの復旧は遅れ,低層階の住人のみマンションにとどまることがで
きる.
5)エレベータ会社の保守員が到着し,設備の点検ができるのは 3 日後以降.エレベータはワイヤーな
ど破損によりすぐに稼動できない.電気・水道の復旧見込みもまだ立たない.
6)建物の構造安全の判定も要因不足や,構造体の隠蔽などで 1 週間後でも正確にはできない.
7)分譲住宅の場合,補修方法や費用に関する合意形成が難しく,補修工事実施までに時間がかかる.
今後の課題
1)安全なエレベータの実用化
超高層マンションではエレベータの稼動が被災後の生活に大きく影響する.閉じ込めがなく,迅速な
復旧が可能な高耐震のエレベータを実現すべきである.
2)家具固定の推進
超高層マンションが長周期地震を受けた場合,家具の転倒・移動による人的被害が最も懸念される.
家具の固定の徹底,作り付け家具化の推進を図るべきである.
3)合意形成の促進
超高層マンションの補修,復旧には住民の合意形成が問題となる.中長期修繕に備えた計画と共に,
地震被災時の想定被害と補修コスト等についても事前に検討し周知を図っておけば,迅速な合意形成
の助けとなる.
84
4.1.3
ホテルのシナリオ
1.シナリオの条件
平日の夜に東南海地震が発生した場合の,東京都渋谷区における超高層ホテルでの行動シナリオを
作成した.作成に用いた条件を下記に示す.
【地震概要】
・20XX 年 7 月 1 日(木)午後 10 時 03 分に地震が発生(東海+東南海地震)
・気象庁より緊急地震速報が発令.22:03 に紀伊半島沖を震源とするマグニチュード 8.1 の地震が
予測され,三重県,愛知県,静岡県,和歌山県,高知県に緊急地震速報の警報が出される.
・実際に観測された震度は名古屋市内で震度6弱~6強
建物位置で震度 6 弱
【建物概要】
・神奈川県小田原市に位置する 1980 年代に建設された鉄骨造 30 階,地下 2 階の超高層建物
・高さ 105m,基準階の平面の面積が約 2400m2
客室
600 室
・1 階~2 階に宴会場・会議室・カフェ・ロビー,3 階から 29 階に客室,最上階は展望レストラン
・B1 階には店舗 5 店舗,B2 階は機械室
・エレベータは低層用 4 台(B2 階~15 階),高層用 4 台(B2 階~1 階,15~30 階)
,
非常用が 2 台(B2 階~30 階)
30階
レストラン
客室
東南海
地震震源
東海
地震震源
ホテル建設地
店舗
機械室
85
【性能判断基準地と応答結果】
【構造被害】
・最上階最大水平変位
±110cm
・構造体の損傷
小破
・残留変形角
1/250
【エレベータ】
・地震管制装置により全エレベータの緊急停止
・一台のエレベータで閉じ込めが発生したと想定
・非常用エレベータは自家発運転が可能だが地震管制により動かない
・閉じ込め救助,管制解除はメンテ会社スタッフでなくても訓練を受けていれば可能
【設備】
・耐震設計指針を満たした設備は,最大応答加速度がその基準値に達しないので被害は受けない.
・スプリンクラーヘッドは仕上げ材や什器の衝突により放水口の破損により出水する.
・給水設備は,加圧給水ポンプによるものが最近の主流であるが,既存のホテルでは高架水槽式も
少なくない.また,高級ホテルでは両者の特性を補うために併用システムが多い.ここでは高架
水槽方式を想定し,スロッシングが発生,固定ボルトが破断し,給水接続部が損傷を受けたと想
定する.ボイラーは感震器により自動的に停止する.
・電気設備は,損傷を受けないが,変電所よりの受電が 3 日間不能と想定する.館内では自家発電
設備が作動する.自家発の燃料は 24 時間運転分とする.
・空調設備は,ファンコイル+外調機による換気なので損傷は受けない.但し停電により作動はし
ない.(自家発のバックアップはない)
・客室のインターネット,電話は自家発によりバックアップされていると想定.
但し外線はケーブル破断,過剰通信によりほとんど使えない.
86
・照明器具の脱落などはないとするが,1 階のシャンデリアがくりかえしの揺れにより支持金物が
破損し落下したと想定する.
【非構造部材】
・外壁
プレキャストコンクリートの外壁でシール等の破断はあるがパネル脱落は起こらない.
・内壁
軽量鉄骨間仕切りで部分的なひびやわれ以外大きな損傷はない.
・扉
軽量鉄骨間仕切壁に付いた鋼製扉で,一部扉に開閉不具合があるとする.
・天井
脱落無し.
【家具・什器】
・家具は基本的に造り付けになっているので転倒・移動は起こらない.
テレビは変位の大きい室では転倒,落下する.
什器はほとんど落下.
2.地震時の在館者の行動
シナリオの想定人物は下図の通りとする.
30階
30階レストラン Cさん
神奈川県在住 会食中
レストラン
29階シングルルーム Aさん
福岡より出張
20階ツインルーム B夫妻
群馬より観光で宿泊
老夫婦
客室
1階事務室 ホテルスタッフ
Dさん
宴会場・会議室
カフェ・ロビー
店舗
機械室
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■宿泊客 A さんの行動
・35 歳
・会社員
男性
福岡より出張中
・29 階のシングルルームに宿泊
A さんは,福岡より出張で小田原のメーカーと打ち合わせに来ていた.その日は無事仕事を終えホ
テル近くのレストランで食事をして,ホテル 29 階のシングル客室でくつろいでいるところだった.突
然室内のスピーカーから,緊急地震速報発令の放送が始まった.テレビの画面も切り替わって三重県
沖で地震があり,関東,東海の各県で強い揺れに警戒するように画面表示されている.安全な場所は
どこかと考え,とっさにベッドの上に避難した.小刻みなゆれがしばらく続いた後,次第にゆっくり
した間隔で水平方向に大きく揺れだした.デスクの上のコップやスタンド,液晶テレビが水平にすべ
り,床に落下した.デスク上のパソコンが落下するのをおさえようとしたが,揺れが大きく,思うよ
うに動けない.
ベッド自体も揺れの向きが変わるのにあわせてカーペットの上を数十センチずつ移動しているのが
わかる.それと同時に壁際から,建物がうなりをあげているような音が聞こえてくる.揺れ始めて 30
秒ほどで停電し,非常用照明だけのわずかな明るさになる.A さんは,いまだ経験したことのないゆ
れで,最悪の事態も覚悟しなければと思い出す.
7 分後くらいには,だんだん水平方向のゆれが小さくなり,10 分もたつとほとんどゆれはおさまっ
た.部屋の中は散乱した備品や什器で足の踏み場もない.余りにゆれが大きかったのでとりあえず階
下へ避難することを決意する.身支度をして,自分の荷物をまとめていると館内放送が入った.
「お客様にお伝えします.地震の揺れはおさまりましたが,建物の安全が確認できるまで一度建物の
外に避難してください.エレベータは現在すべて停止し,使えませんので,避難階段を使って 1 階ま
で降りてください.御自分で避難できない方は,ホテルのスタッフが救助に行きますのでそのままお
部屋でお待ちください.
避難の際は,
上部からの落下物や床に落ちている物に十分お気をつけ下さい.
」
エレベータホールには数人の宿泊客が集まっており,エレベータが動かないのでどうしたものかと思
案していたが,館内放送を聞いて皆で避難階段に向かった.避難階段の隣には非常用のエレベータが
一台あるが,これも動いていない.非常用照明だけの暗い廊下を 1 階目指して降り始める.
階段室の中の人はまばらである.時々廊下から階段に避難してくる人が階段の扉を開ける音が階段
室に響き渡る.途中の踊り場では,階段を一気に降りることができずに休んでいるお年寄りに数回出
会った.降りる途中でかなり強い余震があり,手摺につかまってゆれをやり過ごすことが何度かあっ
た.
1 階へ到着し,ロビーへ出る.ロビーは客室階に比べてゆれが大きかったのか,天井の材料がとこ
ろどころ落下し,壁のモールディングなども一部で剥がれ落ちている.スタンド型の照明器具などは
すべて倒れている.ホテルのスタッフが散乱物を寄せて,通路を確保し,屋外への出口へと誘導して
いる.正面の入り口は,周囲のガラスが割れて飛散しているので,通用口へと誘導される.
天井の高い宴会場はシャンデリアが落下したようで,立ち入り禁止の張り紙が貼られている.ホテル
のスタッフから建物の安全が確保されるまで広域避難場所で他の宿泊客と,離れ離れにならないよう
に避難していてほしいと告げられる.スタッフに誘導され,広域避難場所に到着する.すでにたくさ
んの人が不安そうに身を寄せている.
A さんは帰宅することもできないので,しばらく避難所で過ごす.ラジオを持っている人や,携帯
88
のワンセグなどから,断片的に地震の情報が入ってくるが,まだすべてが混乱状態にあるようで,正
確な状況は把握できない.2 時間ほどするとホテルスタッフが来て,客室はまだ使えないが,会議室
は安全が確認されたので希望者はそちらに退避して欲しいと告げられる.
他の宿泊客と共にホテルへ戻る.スタッフからペットボトルと毛布を渡される.水洗トイレは水が
出ないので使えないが,各トイレに数カ所非常用のトイレ袋を設置したのでそれを使って欲しいとの
ことである.床に寝そべるだけだが,こんなときに屋内で寝られるのはありがたいと思う.
朝になって,ホテルからパンとジュースの簡単な食事の提供があった.ホテルからは,宿泊客の方
で,他に身を寄せる場所のない方は,帰宅する交通手段が回復するまで居続けて良いと言う説明があ
る.
遠方からの出張者である A さんにとってはありがたい話ではあるが,
ここには会社の支社もあり,
そこへ行けば支援や情報が得られると思い,ホテルを離れることにする.部屋を出るときに置いてき
た荷物は,エレベータが動かない中で 29 階まで階段を上ることを考えて放棄することにした.
■宿泊客 B 夫妻の行動
・夫 75 歳
妻 72 歳
・群馬より観光で訪問
・20 階のツインルームに宿泊
B 夫妻は,箱根小田原を観光し,ホテルに戻ってテレビを見ていた.緊急地震速報の館内アナウン
スと同時に,突然テレビの画面が切り替わって三重県沖で地震があり,関東,東海の各県で強い揺れ
に警戒するように画面表示されている.突然のことにどうして良いかもわからずおろおろしていると
小刻みなゆれが始まり,ゆれは次第に大きくなり立っていることができないほどの揺れになる.妻は
思わず転倒して足をねじってしまったようだ.テーブルの上の液晶テレビや,電気湯沸し,コップな
どはゆれが大きくゆっくりとしているため,机をすべるようにすべて床に落ちてしまった.
ゆれが始まって 30 秒後には照明が消えて非常照明の薄暗い明かりだけになる.揺れはその後 7 分ぐら
い続き徐々に小さくなっていった.
妻は,今までに経験したことのないゆれで,気が動転し,転倒した際の足のけがもあって自力で立
ち上がることができない.夫は妻をなんとかベッドに寝かせた.避難してほしいというアナウンスが
あったものの,自分の力で妻を背負って階下に降りることはできないので,助けを呼ぼうとフロント
に電話をする.幸い発信音はするので電話は通じているようだ.ずいぶん長い間呼び出し音を鳴らし
たが,応答がない.電話をあきらめ,客室の外に出て様子を伺おうとするが,ドアのロックをはずし
てもドアが開かない.どうやら先ほどのゆれでドア枠が変形して,ドアを押し付けているようだ.夫
は途方にくれてしまう.このままいつまで部屋の中に居なくてはならないのか,まさか火災が発生し
て逃げ遅れたりしないだろうか等,次々と不安がよぎる.
念のためと思い,携帯電話で親戚の住所へ電話して見るが「ただいま回線が混雑しているので後ほど
おかけください.」というメッセージが繰り返されるだけである.部屋の窓から外の様子を見ると停電
しているようで先ほどまで見えていた街の明かりは全く見えない.火災と思われる炎と,月明かりに
浮かび上がる煙が所々に見られる.絶望的な気分になり,しばらく放心状態ですごす.室内は空調が
停止し,だんだん蒸し暑くなってくる.水道の水も出ないが,冷蔵庫の飲み物があるので何とか水は
飲める.水が出ないのでトイレも使えない.
何度かフロントに電話をしていると,地震が発生して 2 時間後にやっと電話がつながった.
89
「妻がけがをしていて,部屋のドアも開かない.救助に来て欲しい.
」ということを告げると,
「これ
からホテルのスタッフを向かわせるのでしばらくお待ちください.
」と言うことだった.
15 分後にホテルのスタッフが到着,ドアはなんとか開けることができる.ホテルスタッフに妻が足
をけがして歩けないことを告げると,今はエレベータが動いていないので,階段を降りるしかなく,
20 階分の階段を担いで下ろすのは大変なので,エレベータが動き出すまでしばらく待機して欲しいと
言われる.トイレが使えないことを訴えると,携帯用トイレを届けるとのことだった.救助を待つし
かないことにかわりないが,ドアは開き,ホテルスタッフとも連絡がとれたので,少し安心する.
時々余震と思われるゆれがあるが,最初の揺れに比べればはるかに小さい.1 時間もたったと思わ
れる頃,ふたたびホテルスタッフが来て,非常用エレベータだけ運転できるようになったのでそれを
使って 1 階の会議室に移るように言われる.二人で足をけがした妻を支えるようにして 1 階の会議室
に移動した.
妻の足が心配なので病院に行きたいと相談したが,この程度のけがではもっと重症な患者があふれ
るほど居ると思われるので,診察は受けられないだろうと言うことだったのであきらめて様子を見る
ことにする.
ここは毛布しかなく客室に比べると寝心地はすこぶる悪いが,贅沢は言っていられない.
翌朝ホテルからパンとジュースの簡単な食事の提供があった.少しずつ情報が入ってくるが,交通
機関は完全に麻痺しているようで,自宅に戻るのは不可能なようなので,しばらくホテルにとどまる
ことにする.ホテルからは,行き先が確保されるまで,ホテルへ滞在できるようできるだけの努力は
すると言う説明があった.
昼過ぎホテルスタッフから,専門家の調査の結果により建物に一部損傷はあるものの,使用しても
崩壊などの危険はないとのことなので,希望者には低層階の客室を提供するとの説明がある.
夫妻は,
3 階の客室へ移動した.相変わらず,空調やトイレも使えないが,プライバシーもあり,ベッドで休
めるのはありがたい.二日目の夕方,館内放送があり,非常電源の燃料がなくなり,非常照明や電話,
エレベータなどすべてつかえなくなるので,1 階の会議室へ移動してほしいと言われる.仕方がない
のでまた会議室へ移る.夜中に非常照明が切れるが,可搬式の自家発で裸電球がともされ,最低限の
光はある.食事はホテルの保存品を使った簡単なものが提供されるので,こんな事態にしてはまとも
な食事ができるのはありがたい.
3 日目の昼に電気が復旧し,夫妻は再び客室へ戻る.今度は照明もエアコンも使えるので,以前に
比べればすこぶる快適な状態になる.妻の足も捻挫だけで折れてはいないようで,少しずつ歩けるよ
うになった.
さらにホテルに 2 日滞在後,自宅のある群馬に臨時バスが運行するとのことで移動を決意する.旅
行先で大地震に出会うと言う危機にあったが,それなりのホテルに泊まっていたので期待以上のケア
を受けられて幸運だったと思う.
90
■レストラン客Cさんの行動
・45 歳
男性
・会社員
・神奈川在住
・最上階レストランで会食中
C さんは取引先の会社員二人と会食中だった.突然聞きなれないチャイムの音と共に「緊急地震速
報.紀伊半島沖で強い地震.強い揺れに注意してください.
」と言う放送が流れた.突然のことで,ど
こかに逃げるでもなく様子を見ていると,最初小刻みな小さなゆれから,次第に大きなゆれになって
いく.ゆれが振り切ったところでは,テーブルの上の物がすべるように移動し,移動距離が次第に大
きくなっていく.3 人は立ち上がってテ―フルから離れようとするがふらついて思うように動けない.
ついにテーブルの食器やボトル類が落ちだしてあちこちで食器の割れる音がし出した.レストランの
窓際の床はフローリングになっていて C さんのいるカーペットの床よりすべるので机や椅子も,建物
のゆれに合わせて前後左右にゆれている.一部は窓のガラスにぶつかって音を立てている.C さんは
今まで地震は何度か経験したが,こんなに大きくゆっくり水平方向に揺れるのは初めてで,恐怖を覚
える.他の二人と共に壁際に寄ってしゃがみこんだ.レストランの色々な場所で客の悲鳴が聞こえる.
レストランの厨房で火災が発生したりしないかと心配になる.揺れ始めから 30 秒ほどで非常照明だけ
になり店内は薄明かりになる.余計恐怖が増してくる.6,7 分でゆれは小さくなり始め,10 分後には
ゆれはおさまるが,船酔いのような気分がして,いつまでも建物が揺れているように感じる.
館内放送で地震はひとまずおさまったが,建物の安全が確認できないので,とりあえず外へ避難し
てほしい.避難はエレベータがすべて止まっているので階段で避難するように告げられる.
レストランの従業員が,床の散乱物を避けながら,避難階段の方へ誘導を始める.C さん達 3 人も
階段を降り始める.階段を降りていると途中で宿泊階から避難して来た宿泊客と合流した.酒の酔い
と暑さもあって,15 階付近の踊り場に座り込んで一度休憩することにする.階段の中は大きな混乱は
ない.
再び歩き出し,1 階に到着する.ホテルのスタッフの話だと,すべての交通機関が止まっているとの
ことなので,普段なら電車を利用して帰宅するのだが,歩いて帰宅することにした.自宅の状況が心
配だ.
■ホテルスタッフ D 氏の行動
・29 才
男性
・ゲストリレーションとしてホテルに勤務.
・当日は夜勤日で,仕事にとりかかったばかり.1階事務所で被災.
ホテルスタッフの D 氏は,ゲストリレーションとして 1 階の事務室に待機していた.事務所内の緊
急地震速報の受信機が警報音と共に強い地震があることを告げる.マネージャーから館内放送の指示
があり,直ちに地震の予告と,震源地,ゆれへの注意喚起を用意してあったマニュアルに沿って全館
に放送した.程なくゆれが到達し,小刻みなゆれから次第に大きなゆれになっていく.机の下にもぐ
り,安全確保の姿勢をとる.30 秒後には停電し,非常電源だけになる.ゆれはさらに大きくなり,事
務所内の書類棚は倒れ,机の上の書類やパソコンも落下を始める.これは相当大きな地震だと覚悟す
91
る.
ゆれがおさまると,ゼネラルマネージャーの指揮下,すでに作成されていた地震時対応マニュアル
に沿ってスタッフの役割を確認する.夜間体性に入っているのでホテルのスタッフは全員で 25 名.余
裕のある数ではない.宿泊客の避難誘導と安全確保が最優先であるとの基本方針がゼネラルマネージ
ャーから告げられる.
防災センターから火災報知器の感知はないが,客室 3 室でスプリンクラーが作動しているとの連絡
が入る.至急スタッフが確認に走る.
D 氏は 29 階から 20 階までの宿泊客の安否確認,避難誘導を担当することになる.エレベータが動
いていないので,とりあえず 29 階まで階段で上がらなければならない.途中で降りてくる宿泊客に何
度か出会う.下は安全なのでゆっくり降りてくださいと声を掛ける.30 階分の階段を上るのは容易で
ない.5 階くらいで息が上がり,15 階で一度休憩しなければならないほど苦しくなった.結局 29 階ま
で上がるのに 15 分かかってしまう.もうその時点でへとへとであるが,非常時だと思いなおして客室
一つ一つにノックし,在室者を確認する.応答がない場合マスターキーで開けて室内に怪我をした宿
泊客がいないかを確認して行く.宿泊客には,建物の安全が確認できないのでとりあえず外へ避難し
てほしい旨を伝える.歩けないほどの怪我人は少ないが,軽傷の人は結構多い.どうしても自力で階
段を降りられない人はとりあえず宿泊室で待機してもらうことにする.情報が少ない中,色々なこと
を聞かれるので一部屋の確認にかなり時間がかかり,思うようにはかどらない.
23 階まで確認したところでスタッフ用の館内 PHS に事務室から着信があり,20 階に B 夫妻が閉じ
込められているので救助に向かって欲しいと連絡を受ける.至急 20 階に向かう.B 夫妻のルームのド
アは枠の変形で引っかかっているようで,力任せにノブを引くと,何とか開けることができた.部屋
の状況は他の室同様,落下物が散乱している.婦人が足に怪我をして自力歩行困難と言うことなので
とりあえず待機してもらうことにする.20 階に非常用倉庫があり,そこから携帯トイレを届ける.
23 階に戻り各室の点検を続ける.結局大怪我は 0,歩行困難な人が 3 人,それ以外は自力で階段を
降りてもらうことができた.PHS で結果を事務室へ報告し,戻る.
事務室に戻ると,エレベータ内に閉じ込められている人がいるが,なかなか保守会社と連絡がとれ
ないとのこと.D 氏は過去にエレベータ会社の閉じ込め救助の講習会に参加したことがあり,できる
なら閉じ込められた宿泊客を救出して欲しいと頼まれる.籠の位置が着床位置に近ければ自分でもで
きるかもしれないと,籠のある 4 階へ移動.幸い籠は 4 階の床に近い位置にあることがわかる.これ
であれば安全を確認しながら籠の扉さえ開ければ,救出可能である.D 氏は教えられた手順を思い出
しながら,乗り場扉,籠扉と順番に開いていった.籠は床から 30cm 上で停止していたので,閉じ込
め客は容易に籠を出ることができた.ヤレヤレである.
事務室に戻ると,広域避難所に避難してもらった宿泊客をどうするかマネージャーの間で議論がさ
れていた.建物の安全が確保されないうちは,館内に収容することは危険が多すぎるという意見も多
い中,1 階の会議室は,天井が高く,面積も大きい宴会場やロビーに比べ,被害も内装の脱落やひび
割れにとどまっており,今後余震が来ても大きな損傷は起こらないだろうと言うゼネラルマネージャ
ーの判断で,宿泊客を会議室に収容することになった.手分けして,宿泊客の誘導,毛布,ペットボ
トルの準備,トイレ袋の設置などを行う.D 氏が仮眠を取れたのは明け方近くになってからだった.
翌日,宿泊客のために厨房に残された食材の中から,調理しなくても提供できるものを選んで朝食
を提供する.本来ならここで日勤のスタッフと交代の時間だが,交通機関も途絶したままの中,スタ
ッフが到着することは期待できないので,非常時と自分に言い聞かせ,業務を続けることにする.ゼ
92
ネラルマネージャーは一睡もしていないらしい.
非常用エレベータが動くようになったので,もう一度最上階から建物の安全点検をする.1 台でもエ
レベータが動くのはありがたい.一部屋ずつ点検し,安全上問題のある部分はロープを張ったりして
立ち入り禁止としていく.昼までには建設会社の職員が到着し,建物を一通り点検してもらう.幸い,
直ちに立ち入りを禁止するほど危険な損傷は受けていないと言う判断である.情報はマネージャーに
伝えられ,低層階の宿泊室に宿泊客を受け入れる手はずが話し合われる.客室の散乱した什器を整え,
破損物を搬出しなければならない.スタッフ総出で,作業にかかる.2 時間後には 60 名の宿泊客を底
層客室に収容することができた.
夕方,震源地に近い名古屋の系列ホテルから連絡が入る.ようやく電話がつながるようになったよ
うだ.震源地に近くゆれは東京より激しかったようで,宿泊室のガラスが割れて落下している部屋も
あるとのこと.宴会場は天井が落下しており,ロビー廻りの内装も損傷が激しい.ロビーの大きなガ
ラスも一部ひびか入ったり割れ落ちたりしている.安全に収容できるような場所はなく,専門家によ
る安全確認もできていないので,宿泊客はすべて広域避難場所に避難してもらっているとのこと.東
京の被害も甚大だが,それでも震源から遠い分,被害は軽いようだ.
その日はさすがに激務の疲れで夜 10 時には仮眠に入る.
地震発生から二日目,自家発電気設備の燃料がその日の夜に尽きることがわかる.燃料の補給は病
院や警察,消防,庁舎など行政機関が優先で民間には回ってこない状況のようだ.再び宿泊客をどう
するかの話し合いがされる.夜間だけろうそくを支給するなどの話も出たが,安全上問題だと言うこ
とになり,結局会議室に再び移動してもらい,仮設の自家発電気設備で最低の照明だけ確保すると言
う案に決定した.幸いポータブルの自家発電気設備があり,燃料も確保されているということだ.3
日目には電気が復旧したが,給電を開始するには,各器具やコンセントに短絡の危険がないかなどを
点検する必要があり,それに半日かかってしまい,給電開始したのは夕方になってしまった.
結局すべての宿泊客がホテルを退去できたのは地震発生 5 日後で,
それまで水道の復旧はなかった.
ホテルのスタッフは数人の保安要員を残して自宅待機となった.
93
3.まとめと今後の課題
まとめ
1)ホテルの場合は,宿泊客の安全確保がまず優先される.地震後も帰宅できるまでの宿泊客の滞在を
支援しなければならない.
2)超高層ホテルの場合は,エレベータの停止が怪我人の救助,宿泊客の安否確認にとって障害となる.
閉じ込めに関してはスタッフが訓練を受け,救出できるようにしておくことが好ましい.
3)長周期のゆれにより家具の転倒,滑動が起こるが,ホテルの場合は比較的家具も少なく,作り付け
の例も多い.什器も限られるので住宅などに比べればそれによる人的被害は少ない.
4)客室扉まわりの変形で閉じ込めが起こる可能性が高い.
5)展望レストランがあると家具の滑動,食器の落下などが避難障害となる.
6)地震後の利用については構造体の被害がなければ,エレベータが稼動しなくても低層階の客室が使
える.水や食料は厨房のたくわえが利用できる.
7)時間帯では,就寝中あるいは酔っていたりする滞在宿泊客が多く,ホテルスタッフが少ない夜間が
最も状況として厳しい.避難誘導,安否確認が大変.
今後の課題
1)エレベータが停止すると地震後の救助,避難,安否確認に大きな支障となるので,閉じ込めが起こ
らず地震後迅速に復旧,稼動する高耐震のエレベータを実現すべきである.
2)客室扉は,閉じ込めが起こらないように耐震扉を付けることが望ましい.
3)地震時に備えて,スタッフによる避難,安否確認,救助,火災発生有無の確認などさまざまな役割
分担や指揮系統を決めたマニュアルを用意し,地震に備えておくことが必要.
4)ホテルの総合的な耐震対策をホテルの評価に反映する仕組みを作ることも,耐震対策の普及に有効
だと考えられる.
参考文献
1) 平成 21 年 3 月社団法人日本建築学会
5.5
長周期地震動対策に関する調査報告業務
オフィスビルの行動シナリオより転載
2) 福和伸夫
2009 年度日本建築学会大会構造部門研究協議会資料より転載
94
報告書
4.1.4
オフイスビル,集合住宅,ホテルのシナリオのまとめ
以上オフィスビル,集合住宅,ホテルという超高層建物に典型的な 3 つの建物の用途を想定して,
それらが長周期地震に遭遇した時に,起こりうる事象をシナリオ形式で検討した.
これらの検討の主要項目を表 4.1.1 にまとめた.
表 4.1.1
3 つのシナリオの比較
項
目
オフィスビル
想定建物概要
集合住宅
ホテル
名古屋市中央
名古屋市南部
神奈川県小田原市
S 造 30 階
RC 造 35 階
S 造 30 階
高さ 121.5m
延べ
36,000 ㎡
3,000 人収容
想定地震
東海地震・東南海地震・南
海地震の連動
客室 300 室
東海地震・東南海地震・南
東海+東南海地震
海地震の連動
マグニチュード 8.0
マグニチュード 8.3
マグニチュード 8.1
震度 6
震度 6 強
震度 6 弱
7:30 発生
22:00 発性
17:00
発生
被災状況
建物機能
機能確保困難
機能確保困難
建物の損傷
中破~大破
小破
層間変形角(rad)
1/100~1/75
1/100~1/75
250~500
250~500
2
床加速度(cm/s )
ゆれの状況
周期
4秒
3~4 秒
4秒
継続時間
10 分
10 分
10 分
頂部変位
±1,100mm
±1,500mm
±1,100mm
楕円軌道のゆれ
余震の継続
構造被害
修復可能な損傷
修復可能な損傷
構造材の落下なし
エレベーター
修復可能な損傷
構造材の落下なし
きしむ音が発生
きしむ音が発生
きしむ音が発生
地震管制で最寄階停止
地震管制で最寄階停止
地震管制で最寄階停止
閉じ込めの発生
閉じ込めの発生
閉じ込めの発生
保守員の到着大幅遅延
保守員の到着大幅遅延
保守員の到着大幅遅延
講習受講者による救出
講習受講者による救出
仕上げ材とヘッドが緩衝
仕上げ材とヘッドが緩衝
設備
スプリンクラー
し一部で放水
水槽
し一部で放水
スロッシングにより,蓋,
スロッシングにより,蓋,
支持ボルト,配管の破損
吊リ照明
支持ボルト,配管の破損
ゆれによる破損,落下
揺ゆれによる破損,落下
95
機器
重心の高い機器の転倒
重心の高い機器の転倒
ボイラーは感震器により
自動停止
配管
電気
建物内は無被害
建物内は無被害
建物内は無被害
建物取り込み部で破断
建物取り込み部で破断
建物取り込み部で破断
断水
断水
断水
送電停止により停電
送電停止により停電
送電停止により停電
自家発による保安電力の
自家発不作動
自家発による保安電力の
供給
ガス
構内電話
供給
緊急遮断弁により供給停
緊急遮断弁により供給停
止
止
被害なし
被害なし
非構造部材
外壁
損傷・脱落なし
一部外壁・ガラスが脱落
室内からの衝突でガラス
室内からの衝突でガラス
飛散
飛散
内壁
しわ・はらみの発生
一部損傷
一部損傷
扉
一部で開閉障害発生
一部で開閉障害発生
一部で開閉障害発生
天井
在来天井
在来天井
在来天井
被害なし
被害なし
損傷・脱落なし
被害なし
システム天井
パネルずれ
家具・什器
防災センター
非固定の背の高い家具が
非固定の背の高い家具が
非固定の背の高い家具が
転倒
転倒
転倒
キャスター付家具の移動
キャスター付家具の移動
キャスター付家具の移動
机上の什器などはすべて
机上の什器などはすべて
机上の什器などはすべて
落下
落下
落下
緊急地震速報の受信
エレベーター保守会社,建
緊急地震速報の受信
火災発生有無の確認
設会社,設備会社へ連絡
火災発生有無の確認
被害状況の確認
被害状況の確認
避難経路の安全確認
避難経路の安全確認
放送による地震情報提供
放送による地震情報提供
と避難指示
と避難指示
EV 籠内閉じ込め対応
EV 籠内閉じ込め対応
スプリンクラー損壊対応
スプリンクラー損壊対応
備蓄品の配布
(ホテルスタッフ)
宿泊客の安否確認・救助
宿泊客の避難所への誘導
備蓄品の配布
96
在館者
(テナント社員)
(住民)
(宿泊客)
安全確保
安全確保
緊急地震速報放送
負傷者の確認
情報収集(携帯ラジオ,ワ
安全確保
一斉避難による避難階段
ンセグなど)
状況確認
の混雑
階下へ避難
階下へ避難
非常照明での避難
ブレーカー遮断
避難所へ避難
帰宅困難者の発生
高層部負傷者の搬送困難
安全確認後客室で交通機
社員の安否確認
家族の安否確認
関の復旧を待つ
伝言ダイヤルの利用
(レストランの客)
避難所へ避難
緊急地震速報放送
調査・修復の遅れ
安全確保
改修工事への同意の取り
状況確認
付け
階下へ避難
徒歩で帰宅
97
4.2
長周期地震時に想定される建物用途ごとの事象に影響を与える要因について
以上の検討から,地震被害のシナリオに影響を与える因子ごとに各 3 つの用途で地震による影響に
どのような違いがあるかを比較検討してみた.これを表 4.2.1
表 4.2.1
と表 4.2.2 にまとめた.
建物用途ごとの被害シナリオの違い
(上段は被害シナリオに相違が生じる要因,下段はシナリオの内容)
項
目
構造被害
オフィスビル
集合住宅
ホテル
・構造設計地震力の設定
・損傷大きいほど業務再開ま
・倒壊危険ある場合,補修ま
での時間がかかる.
・倒壊危険がある場合,宿泊
で居住できない.
・損傷大きいほど,生活再開
客の仮泊ができない.
・損傷大きいほど業務再開ま
までの時間がかかる.補修
での時間がかかる.
工事の合意取り付けも困
難.
エレベータ
・適用耐震基準の違い(設置年代)
・地震管制装置があるか
ある-閉じ込めが少ない
ない-閉じ込めが多い
・長周期地震対策(ロープ類の引っかかり対策等)がされているか
い
る-長周期地震動による停止が少ない
いない-長周期地震動による停止が多い
・被害が大きいほど閉じ込めの危険が高く,救出にも時間がかかる
・停止により高層階のけが人の救出が困難
・復旧まで高層階の使用困難
断
水
・配管や送水設備の適用耐震設計基準
・建物周囲の液状化対策
・高架水槽があるか
ある-送水が停止しても水槽分が使える
ない-送水が停止すると即断水
・トイレが使用不可
・飲料水が得られない
・水洗トイレが使用できない
・入浴ができない
・調理ができない
排水途絶
・建物周囲の液状化対策
・トイレが使用困難
・入浴ができない
・調理ができない
98
停
電
・引き込み回線の信頼度(2系等,ループ等)
・自家発電気によるバックアップがあるか(法定設置義務以上で)
通信システム
内線・LAN が使える/使えない
エレベーター
エレベーターが使える/使えない(1台/バンク)
・夜間等避難がしづらい
・業務継続困難
ガスの停止
・引き込みガスの種別
・被災生活に支障
・業務継続困難
(照明・空調停止)
・宿泊客の仮泊困難
低圧-信頼性低い
中圧-信頼性高い
・熱源がガスの場合空調ができない
・調理ができない
・レストランの営業ができな
い
電話の不通
・安否確認が困難
(外線)
・関係各所との通信が困難
電話の不通
・自家発電気による通信設備のバックアップがあるか
(内線)
ある-停電時の不通なし
ない-停電時不通
・事業所内連絡に支障
外装材の損傷
・管理室との通話困難
・宿泊客の安否確認困難
・外装材の設計用層間変形角
・シール破断により降雨時に内装,什器がぬれる
・落下により避難や周辺歩行者への危害
・カーテンウォールなどが落
・バルコニーがあり外装材の
落下は少ない
下危険高い
内装材の損傷
・カーテンウォールなどが落
下危険高い
・内装材の設計用層間変形角
・落下,破層,散乱により避難に支障
扉の開閉障害
・耐震ドアの使用
あり-開閉障害なし
なし-開閉障害アリ
・避難に支障
・ドアが少なく人も多いので
・各住戸入口で閉じ込めの
閉じ込めは起こりにくい
電気錠の開閉障害
・宿泊室入口で閉じ込め発生
発生
・電気錠が非常電源にバックアップされているか
い
る-非常電源により避難,救助可能
いない-避難,救助に支障がある場合がある
・鍵が停電時開になっているか
い
る-電源供給途絶時に避難,救助可能
いない-電源供給途絶時に避難,救助に支障があり
・セキュリティ強化に伴い各
所にゲートあり
・電気錠はエントランス部分
のみ
・通行不能の可能性あり
99
・電池式の電気錠により問題
がない場合が多い
家具の転倒移動
・家具固定の有無
・ウォールキャビネット類の
・多くの家具があり,転倒,
転倒,コピーの滑動が危険
滑動により怪我,閉じ込め
・家具は比較的少なく作り付
けの例も多い
が起こる
緊急地震速報の発動
・緊急地震速報の放送の有無
ある-事前の安全確保が可能
ない-安全確保が遅れ死傷者が増える
・死傷者の抑制
備蓄の有無
・食料,水等の備蓄がある
・死傷者の抑制
・死傷者の抑制
・火災発生の抑制
・火災発生の抑制
ある-被災者の生活維持が可能
ない-被災者の生活維持が不可能
・帰宅困難者への支援が可能
・住民の最低限の生活維持が
可能
地震後火災の発生
・地震後火災が発生するか
す
・帰宅できない宿泊者の仮泊
が可能
る-損傷の拡大,死傷者の増加
しない-現状のまま
・防火設備の損傷による火災の拡大
・消防力の限界や道路混乱により,消防隊が到着できない
・火気使用室が多く火災の発
生の可能性が高い
100
・厨房からの火災の発生可能
性がある.
表 4.2.2
時
発生時間の違いによる影響の検討
間
6:00~9:30
オフィスビル
・通勤時間帯
・社員が通勤途上で被災
・安否確認困難
・オフィスの在館者は少
集合住宅
・朝食時
炊事による火
災発生の可能性が高い
・通勤が始まると家族の
ホテル
・宿泊客多い
・宿泊客の安否確認に
時間がかかる
安否確認困難
ない
9:30~11:30
・オフィスアワー
・外出者多い
・宿泊客少ない
・在館者多く,負傷者,
・一人で怪我や閉じ込め
・安否確認等比較的容
帰宅困難者など発生
・エレベータ利用者多く
にあう危険高い
易
・家族の安否確認困難
閉じ込めが多く発生
11:30~13:30
・昼食時,オフィス外に
いる人多い
・昼食時
炊事による火
災発生の可能性が高い
・昼食時
レストラン利用者多い
・安否確認困難
13:30~18:00
・オフィスアワー
・外出者多い
・宿泊客少ない
・在館者多く,負傷者,
・一人で怪我や閉じ込め
・安否確認等比較的容
帰宅困難者など発生
にあう危険高い
易
・家族の安否確認困難
18:00~21:00
・通勤時間帯
・通勤時間帯
・宿泊客が多い
・エレベータ利用者多く
・家族の安否確認困難
・レストラン利用者多い
・夕食時
・宿泊客の安否確認に
閉じ込めが多く発生
・社員が通勤途上で被災
・安否確認困難
・オフィスの在館者は少
炊事による火
災発生の可能性が高い
時間がかかる
・夜間のため停電時の避
難など困難
ない
21:00~6:00
・在館者少数
・在宅者多い
・宿泊客多い
・少数で館内の安全確認
・就寝中
・就寝中
・安全確保や避難の遅れ
・安全確保や避難の遅れ
社員の安否確認,他事
業所との連絡などに対
応することになる
がある
・夜間のため停電時の避
難など困難
がある
・宿泊客の安否確認に
時間がかかる
・夜間のため停電時の安
全確認や避難が大変
・夜間なのでスタッフが
少なく十分な対応が困
難
101
4.2.1
構造関係
構造的な被害については,構造設計をする際に想定する地震力の大小によって被害の大きさが異な
る.大きな地震力を見込んで設計しておけば損傷は少なく,補修に係る費用や時間も少なくなる.こ
のことは,建物の地震後の使用に大きな影響を与える.
オフィスビルではオフィスにおける業務再開にどれだけの時間と費用がかかるかと言うことになる.
集合住宅では,地震後も継続して居住できることが理想であるが,被害が大きく倒壊の危険があった
りすると,補修をするまで居住はできない.また補修にかかる費用や時間も多くなり,分譲住宅の場
合は補修工事に対する居住者の合意を取り付けるのも困難になる.
ホテルの場合,地震後,宿泊者が帰宅できるようになるまで継続して宿泊できることが理想である
が,倒壊の危険がある場合はそれができない.また損傷が大きいほど業務再開までの時間と費用が多
く必要になる.
4.2.2
設備関係
設備については,浴室や厨房のある集合住宅やホテルとそれらのない事務所で,シナリオの大きな
違いがある.断水やガスが途絶するとこれらの設備は利用できなくなる.その他の項目については建
物用途に関わらず建物に与える影響はほぼ同様といえる.以下に主要な設備についてシナリオへの影
響を記す.
・エレベータ
エレベータについては設置された年代によって適用耐震基準が違うので,エレベータが受ける影響
もそれによって違ってくる.また,地震管制設備が設置されているか,長周期地震対策がされている
かによって被害に軽重がある.被害が大きいと閉じ込めの発生が増え,救出に時間もかかる.エレベ
ータの停止は,高層階への往き来を著しく困難にするだけでなく,高層階の怪我人の搬出にも支障を
きたすことになる.
・断水
断水が起こるかどうかは建物内においては配管や送水設備の適用耐震基準の違いによる.また建物
外の配管については,周囲地盤の液状化により,配管の破断が生じることがある.また高架水槽を使
った送水方式の場合,水槽以降の配管に問題がなければ,水槽分の水は断水時でも利用できるという
メリットがある.但し最近の水槽はたまり水を避けるため,常時満水とはなっておらずある程度減水
しないと補給されない.高架水槽の水を緊急時の水源と考えるなら,水槽容量の 60%~70%の容量とし
ておくべきである.断水すると飲料水が得られないことと,水洗トイレが使えなくなるのが最も大き
な影響である.断水時,集合住宅,ホテルでは調理や入浴ができなくなる.
・排水途絶
排水設備は,液状化などにより,建物から敷地内配管への接続部分で破断することが最も多い.1
階部分での直接放流でなく,一度水槽に貯留する方式であれば水槽の容量分は途絶後も排水可能であ
る.
途絶時にトイレが使えないのは最大の問題で,集合住宅・ホテルでは入浴,調理もできなくなる.
102
・停電
停電を防ぐには,引き込む電源の信頼性をあげることが有効である.引き込みを 2 系等にしたりル
ープにすると冗長性により停電の可能性を下げられる.建物側で法定義務以上の自家発電設備を設置
することにより,燃料がなくなるまで,電力を確保できる.自家発電力は限りがあるので何のために
優先的に自家発電力を使うかどうかの判断も大事である.たとえば通信システムに電力を供給すれば
停電時も構内の通信が可能になる.これは被災者の救助などには有効である.またエレベータについ
ても各バンクで 1 台へ電源供給できれば,最低限の建物内交通が確保できる.
停電はオフィスビルの場合直ちに業務停止につながる.集合住宅の場合は必ずしも使用できないと
いうことにはならないが,照明や空調は使えないので,高層マンションの場合は相当の不自由が伴う.
高層ホテルの場合も停電時に宿泊客を泊まらせることは困難である.
・ガスの停止
ガス設備については供給側の途絶が起こるが,中圧ガスはインフラの信頼性が高く,低圧に比べて
地震時の途絶は少ない.ガス配管は堅牢で建物の大きな損傷がなければ破断の危険は少ない.ガス設
備には各種安全設備が設置されており,地震を感知すると自動的に供給を停止するシステムとなって
いる.
地震後,インフラ側の供給が復旧しても建物側の安全装置をリセットしないとすぐに使用はできない.
ガスは建物の空調熱源として使われている場合,途絶によって空調が使えなくなる.また集合住宅や
ホテルでは途絶によって調理ができなくなる.
・通信
建物内の通信は,自家発電設備によりバックアップされていれば,停電が起こっても使用が可能で,
地震後の被災者の検索などに有効である.集合住宅では各住戸と管理室,ホテルでは各客室とフロン
ト間での通信が確保されていれば迅速な状況確認が可能である.
建物と外部の通信は,インフラの途絶や,通信の混雑により,ほとんど不能となる.
4.2.3
仕上げ関係
仕上げに関しては建物の用途によって地震後のシナリオが異なってくるということはない.超高層
建物として起こりうる被害がどの用途にも共通して起こる可能性がある.
・内外装材
地震時の想定層間変形角を大きく見込んでおけば脱落や割れなどの被害は少なくおさえられる.被
害が大きく落下や飛散が多くなると避難に支障が生じる.外装材の場合は,周辺歩行者への被害が発
生する.シャンデリアのような吊照明は長周期地震の場合に共振によって大きく揺れる場合があるの
で要注意である.
・扉
扉枠の変形により,扉が開かなくなると,避難に支障が生じる.集合住宅やホテルでは,各住戸や
宿泊室に扉があり,閉じ込めの発生する可能性が高い.変形を吸収する機構を持った扉も開発されて
いる.
103
・電気錠
電気錠の場合は,地震による電気錠そのものの損傷より電気錠が作動するために必要な電力の供給
が途絶しないかが問題となる.電気錠が非常電源にバックアップされていれば,通常時と同じに避難,
救助が可能だが,そうでない場合は,停電時に鍵が「開」なのか「閉」なのかが問題となる.避難を
優先するのであれば当然鍵は停電時「開」でなければならないが,高度なセキュリティが必要な場合
「閉」の場合があり,その場合は迅速な人的対応が必要になる.最近のオフィスビルでは,エントラ
ンスロビーからエレベータホールに入る所やオフィスの入り口に電気式のセキュリティゲートや電気
錠が設置されている場合が多い.集合住宅の場合は玄関の扉にカードやテンキーの電気錠が付けられ
ている.ホテルの場合はカードキーと連動した電気錠が各宿泊室に付けられているが,多くの場合電
源は電池式なので,停電時の問題はない.
4.2.4
その他
・家具の移動転倒
家具についてはいずれの用途においても固定の有無が大きくシナリオに影響する.固定が確実にさ
れていれば,転倒や移動によって負傷したり,避難経路が閉ざされたりすることはない.特にキャス
ター付きの家具については長周期地震のように振幅が大きいゆっくりしたゆれの場合,移動範囲が大
きいのでキャスターのロックやキャスター受けの設置が必要である.
・緊急地震速報
緊急地震速報は本震が到達する前に,地震の発生が予告されるので,事前に安全確保が図れ,死傷
者の抑制に大きな効果がある.安全確保は,家具から離れる,トイレ,洗面,廊下など家具のない部
屋へ移動するなどが有効.火気使用がある集合住宅の住戸や,ホテルの厨房などでは事前に火元を断
つことができるので,地震後火災の発生も抑制できる.
・備蓄の有無
非常食や飲料水など生命維持に必要な最低限の備蓄があるかどうかもシナリオに影響する.オフィ
スビルでは帰宅困難者,集合住宅では住民,ホテルでは帰宅できない宿泊客がそこにとどまることが
可能になる.
・地震後火災の発生
地震後火災の発生も著しくシナリオに影響を与える.厨房のある集合住宅やホテルでは,時間帯に
よっては地震後火災の発生の可能性がある.火災が発生すると,迅速な避難が必要で,避難施設の損
傷などがあると非常に危険な状態になる.また地震によって防火区画の壁や防火設備が損傷を受ける
と火災が早期に拡大し,消防力の不足や道路混雑で消防隊の到着も遅れるので大変厳しい状況となる.
また,停電していた建物で復電する場合,破壊や機器の破損によって,短絡が起こり火災が発生す
ることがある.復電に際しては十分な点検と安全確認にが必要である.
・地震発生時間
地震発生時間は,地震後のシナリオに大きな影響を与える.
・余震の発生
104
余震は場合によっては本震を越えるゆれが起こることがあるので,余震の大きさ,時期等がシナリ
オに大きな影響を与える.
就業時間以外は在館者がほとんどいなくなるオフィスビルでは,地震発生が就業時間か,通勤時間
か,夜間かによってシナリオが異なる.就業時間の場合は在館者が多く,地震による負傷者や帰宅困
難者が多く発生する.従業員の安否確認は容易にできる.通勤時間帯の場合は,社員が交通機関を利
用している可能性が高く,安否確認に時間がかかる.また,エレベータの利用率も高く,エレベータ
閉じ込めが起こる確率も高い.夜間の場合は,在館者は残業をしている少数となり,負傷者や帰宅困
難者の発生は少なくなるが,社員の安否確認や被害状況の確認,他事業所との連絡などを少人数で対
応しなければならない.
集合住宅の場合は,家族が外出している昼間と,就寝中の夜間の違いがある.昼間は主婦が一人あ
るいは子供と一緒に住戸に在室していることが多く,ドアの変形による閉じ込めや,家具の転倒など
による負傷によって孤立してしまう可能性が高い.外出している家族との連絡もとりにくく,安否が
確認できない.夜間は,住戸内に家族がそろうが,就寝時間になると,安全確保ができなかったり避
難が遅れたりして,負傷や閉じ込めにあう可能性が高い.また停電してしまうと,薄暗い中での安全
確保と避難を余儀なくされる.また朝,昼,夕の食事時には,火気使用の可能性があり,地震後火災
が発生する可能性が高い.
ホテルでは,宿泊客の多い夕方から,朝のチェックアウトまでとそれ以外の時間帯とで,シナリオ
に違いがある.宿泊客の多い時間では,地震発生後の宿泊客の安否確認に時間がかかる.さらに時間
が就寝時間帯であると,寝ていることや,停電によって宿泊客の安全確保や避難が遅れること,さら
にホテルのスタッフの数が夜間シフトで少ないこともあり,安否確認が遅れ,実際の負傷者も多くな
ると思われる.それ以外の時間帯では,在室している宿泊客は少なく,夜間に比べ安否確認が容易で
ある.レストランでは,昼間,特に食事の時間帯では,厨房で火気を使用している可能性も高く,地
震後火災が起こりやすい.
105
4.3
まとめと今後の課題
4.3.1
まとめ
以上,オフィスビル,集合住宅,ホテルの 3 つの用途の超高層建物について長周期地震動を受けた
時に起こりうる事象について検討し,それを一連のシナリオの形でまとめた.また 3 つのシナリオを
比較検討し,用途の違いによって生じるシナリオの違いを,シナリオに影響を与える項目ごとに検討
した.
結果を要約すると以下の通りとなる.
<予防の見地から>
・
緊急地震速報の発信はいずれの用途でも有効である.地震速報を聞いてから,本震までの間にい
かに安全を確保するかが人的被害を防ぐ.
<応急対応の見地から>
・
用途ごとの長周期地震後のシナリオは,建物の構造,設備といったハードの部分の相違より,建
物の使われ方,管理体制などソフトの部分の違いによって変わってくる.
・
断水や排水の途絶は,調理や入浴など水が欠かせない機能を含むホテルや集合住宅に影響が大き
い.
・
停電時に自家発電設備などのバックアップがあるかがシナリオに影響する.特に通信,エレベー
タ,電気錠などで,バックアップの有無がシナリオに影響する.
<復旧の見地から>
・
構造被害は,生活の場として使用される集合住宅の場合,補修までの生活の確保や,補修工事の
費用負担に対する合意の取り付けなど大きな影響をもたらす.
<その他>
・ 地震発生時間は,シナリオに大きな影響を与える.オフィスビルは就業時間帯の地震だと負傷者,
帰宅困難者が多く発生する.集合住宅,ホテルでは在館者が多い夜間の就寝時の地震が,安全確
保や避難開始の遅れを生み,負傷者が多く,安否確認も遅れる.また火気の使用がある食事時間
帯は地震後火災発生の可能性が高くなる.
106
4.3.2
今後の課題
<予防の見地から>
・3用途共通で,エレベータの閉じ込め,震災後の稼動障害,復旧の遅れが,シナリオを厳しくして
いる.震災後の円滑な垂直交通手段の確保として高耐震のエレベータの開発が必要.
<応急の見地から>
・超高層建物では用途を問わず,照明,通信,エレベータ,換気など電気に依存する率が高い.
自家発電設備は設置されているが,法定の最低限の負荷,運転時間であることが多く,震災後の
需要を満たすものではない.最低の保安電力 3 日分の運転が可能なような設備の設置が望ましい.
<その他>
・各シナリオの検討は,超高層建物がオフィスビル,集合住宅,ホテルの単独用途として使われてい
る例を想定している.実際にはオフィスの上にホテル,オフィスの上に住宅などが乗った複合用途
の建物も多く建設されており,そうした場合のシナリオについても検討してみる必要がある.
・シナリオによるスタディは,建築を専門としない人にもわかりやすく,啓蒙的な価値があるので,
これらを関係者,関係機関に対して公表し,長周期地震に対する啓蒙活動に役立てていくことを検
討する.特に室内の状況,エレベータの被害について啓蒙が必要.
107
5.長周期地震動による建築物への被害把握のために確認すべき項目の調査
5.1
はじめに
5.1.1
はじめに
長周期地震により被害を受けた建築物,特に超高層建築物に対して取るべき対策を検討するために
は,その被害状況を確認する方法が必要となる.そのため,超高層建築物の被害を把握するために必
要となる確認事項について整理する.
ここでは,地震被害に対して最も重要と考えられる構造体の損傷を対象とする.高度機能化社会に
おいては建物機能の維持が地震を受けても求められ,建築設備・仕上げについても検討が必要である
が,そのような検討が意味を持つには構造体が健全であることが前提になるからである.
また,主な検討対象は鉄骨造の超高層建築物に絞ることとする.一般に,同じ規模なら鉄筋コンク
リート造より固有周期が長く長周期地震動の影響を受けやすく,また初期の超高層建物には鉄骨造が
多いことを考慮した.このときの長周期地震動のレベルにもよるが,危険側を想定すると,繰返しの
塑性変形が主架構の塑性ヒンジ部(一般には溶接部近傍の梁端である)および制振ダンパーに加えら
れるため,大きな被害として梁端溶接部の破断あるいは制振ダンパーの破損が考えられる.一方,鉄
骨構造では通常,鉄骨構造体が仕上げ材(場合によっては設備機器・配管)によって隠され,直接観
察できないため,外観や内装の変化に発災直後は注目せざるを得ない.しかし,長周期地震動を受け
ても変形の絶対量が常に大きいとは言えないので,このときは外観・内装には変化があまり見られず,
特に被災直後の構造被害調査において誤って判断をすることが懸念される.
特に事業継続(後述の 5.1.2 項(1)参照)の観点から重要であるが,被害把握の目的の1つは「建物
を継続使用できるかどうかの判断材料とすること」であって,通常,直接的および間接的な手法を駆
使して種々の検討結果を総合的に判断する.ただし,構造体の損傷程度は鉄骨造を主対象にすると,
被災直後に目視などで容易に判断できることは,兵庫県南部地震などの過去の震災経験を基にすれば,
稀である.前述のようにむしろ極めて困難と考えた方がよい.それゆえ,定量的に計測できる「応答
量」を基に構造体の損傷程度を推定せざるを得ない.そこで,被害把握のプロセスを「応答量取得→
構造体損傷推定」と分けて検討することとした.
また,
「被害把握」の必要とされる精度は,被災部位や被害程度などだけではなく,地震発生からの
時間によっても異なる.ここでは発災後の経過時間を1つのキーワードにして実際の被害把握作業に
おける問題点を整理することとした.
具体的には下記の項目について検討した.
(a) 長周期地震動を受けた超高層建築物の被害把握において特に考慮すべき課題の整理
検討の前提として,超高層建物の規模・構造形式別の数をまず把握する.これとともに被害把
握手法を実際の被災時・被災建物に適用するに当たって予想される障害(技術的および社会的)
について整理する.特に,被災建物の数や調査の困難さ(徒歩での垂直移動,など)に比べて,
調査を行いうる人材が圧倒的に不足していると予想されるため,調査対象を選別せざるを得ない
(これには救急医療で使われる「トリアージ」を連想させる(5.1.2 項(2)参照))という問題につ
いても検討した.障害の除去手法については今後の課題として指摘するに留まることも多い.
(b) 長周期地震動による構造体の損傷を把握するために必要な応答量の取得方法の整理
定量的に計測できる「応答量」として,ここでは,①計測センサを事前に設置しておいて得ら
れる物理量のみならず(「地震観測(構造ヘルスモニタリング)(5.1.2 項(3)参照)」),②被災後の
108
測量・目視調査などで得られる残留変形なども含めて検討する.もちろん,③被災後におけるセ
ンサによる計測も含む.これらの方法を実際の超高層建物に適用するに当たっての長所・短所,
および問題点の指摘と解決法について整理を試みた.特に,発災後の経過時間を考慮して問題点
の抽出に当たることとした.
(c) 建築物の応答量を基に構造体の損傷を推定する方法の整理
前項(b)において得られた「応答量」を基にして構造体の損傷を推定する方法について整理した.
まず,この推定方法は「応答量」ごとに異なることを指摘した.また,有意な「応答量」が得ら
れない場合も考慮し,
「地震応答解析」によって建物近傍の地震動データと建物解析モデルによっ
て構造体の応答と損傷を推定する方法も整理した.この項においても,発災後の経過時間を考慮
して問題点の抽出に当たることとした.
(d) 発災後の経過時間を基軸とした構造体損傷の総合的な評価方法の整理
過去の地震被害調査の経験では,地震後の経過時間に応じて異なる手法を用いて建物の被害程
度を推定していた.すなわち,地震発生直後は使用できる資機材および調査に投入できるマンパ
ワー,ならびに1棟の調査にかけられる時間が限られ,精度の低い方法によらざるを得ないが,
一般に時間の経過とともにこれらの制限が減り,精度の高い方法を用いることができるようにな
る.このため,特に目視で構造体の被害を確認することが困難と予想される鉄骨造超高層建物に
おいてはこのような「復旧シナリオ」を考慮した整理は有用と思われる.
(e) 超高層建物の震災調査事例の調査
過去の地震被害調査での超高層建物に関する事例を 1 例,収集し,上記の調査の整理において
参考にした.また,その他,地震観測や常時微動による損傷把握に関する研究例や被災度レベル
の設定に有用な復旧費用の検討例も調査した.
なお,これらの損傷の調査・評価の技術・手法は長周期地震動を受ける超高層建物に特有のもので
はない.しかし,超高層建物は「社会インフラ」であり,超高層建物の事業継続は社会全体とって重
要であることを考慮すると,超高層建物の損傷の調査・評価は「質」的な意味で一般建築より高度な
もの(速さ・精度)が求められる点が特色といえる.
以上の検討を行ったが,問題点の指摘に留まる部分も多い.今後の課題として研究が推進されるこ
とを期待する.
5.1.2
用語に関する補足
(1) 事業継続
ここで対象とする「事業」とは企業体の活動としての「事業」であるが,一般市民の「生活」も含
むことができる.しかし,コンセンサスの形成が一般市民の集団にあっては企業体より遅いことが多
いと考えられ,この報告書に示す方法の適用が困難になる事例もあると予想している.
(2) トリアージ
医療現場におけるトリアージの意義は「現存する限られた医療資源(医療スタッフ,医薬品等)を
最大限に活用して,救助可能な傷病者を確実に救い,可能な限り多数の傷病者の治療を行うためには,
傷病者の傷病の緊急性や重症度に応じて治療の優先順位を決定し,その優先順位に従って患者搬送,
病院選定,治療の実施を行うこと」1)とされている.
すなわち,通常時なら 1 名の患者=「救わなければならない人」に多数の医療スタッフ=「救う人」
109
が張り付いて手術を行うが,災害時の救急医療においては「救わなければならない人」の数が「救う
人」に圧倒的に多いため,できるだけ多数の人を救うためには「救える見込みのある人」に医療を集
中せざるを得ないという現実的な判断がある.これは救急医療に限らず,救出活動・消火活動や建物
被害調査(応急危険度判定)にも当てはまる.すなわち,建物の応急危険度判定では緊急性・被災度
に応じて常に建物のトリアージを行い,調査対象を絞り込んでできるだけ多数の建物の調査を行うこ
とが求められる.
広義に考えれば,被害が大きい建物が多数,存在する地域に多数の調査員を派遣すること,あるい
は災害時の重要建物を優先して調査することも建物トリアージの一種と言えよう.
なお,災害医療のトリアージはする方もされる方もメンタルヘルスの点で事後のケアが重要である
と言われている.建物のトリアージにおいてもそれがやむを得ない処置であることを社会的に認知さ
せる努力が必要であろう.
(3) 地震観測と構造ヘルスモニタリング
センサを使って建物挙動を調べる点で地震観測と構造ヘルスモニタリングは似ているが,ここでは
文献 2 の定義(表 5.1.2.1)に従って構造ヘルスモニタリングを捉えることにする.この定義に従えば,
通常の「地震観測」では地震時建物挙動の把握のために加速度を計測するが,それと損傷把握とを結
びつけるシナリオ(表 5.1.2.1 の 3~7,特に 5~7)が明確でないため,理想的な「構造ヘルスモニタ
リング」とは言えない.そこで,この報告書ではセンサを設置して地震時の「応答量」を計測するこ
とを単に「地震観測」という言葉を使っている.将来的には地震観測が発展・強化されて「地震時構
造ヘルスモニタリング」と言えるようになることが望ましい.特に事業継続の観点から短期間で損傷
把握をすることが必要とされるからである.
110
表 5.1.2.1
構造ヘルスモニタリングの要件 2)
番号
構造ヘルスモニタリングの要件
例 1:建物の例
例 2:制振ブレースの例 3)
1
モニタリングの対象とすべき外的要因
地震
地震
その外的要因により構造物に生じる損
加速度入力○○○gal で躯
制振ブレースの残留変形
傷要因を推定する.
体の亀裂
が増える
損傷により生じる物理量の定量的変化
層剛性の変化
最大ひずみ
固有振動数の変化
最大ひずみの把握
加速度計を各層に設置
最大ひずみ記憶型センサ
を想定する.
2
3
(または物理量の値そのもの)を推定
する.
4
その物理量の変化(または物理量の値
そのもの)をセンサで検出するメカニ
ズムを想定する.
5
必要とされるセンサスペック・配置等
を設定する.
6
全体のシステム構成を決定する.
を制振ブレースに設置
加速度計の記録を FFT 分
最大ひずみの計測
析.結果を PC で自動分析
7
システムによる損傷検出シナリオを構
正常時からの偏差がある
最大ひずみ量が設定値を
築する.
設定値を超えたら警報を
超えたら,制振ブレース
出す.
の交換の要否を判断
備考
メンテナンスマニュアル
を整備
参考文献
1) 横須賀市医師会:災害時医療救護マニュアル
http://www.yokosukashi-med.or.jp/topics/saigaimanual/3.htm
2) 中村充:構造ヘルスモニタリングと地震観測,建築物の地震時挙動を知るために-建築物における
強震観測の意義-,2006 年度日本建築学会大会構造部門(振動)パネルディスカッション資料,pp.9-16,
2006
3) 川合廣樹:性能目標設計としての損傷制御構造,2003 年度日本建築学会大会構造部門(振動)パ
ネルディスカッション資料,pp.32-37,2003
111
5.2 超高層建築物の被害把握において特に考慮すべき課題の整理
この節では,発災後を中心にして,被害把握において考慮すべき課題を整理する.これの課題には,
事前の準備次第で解消されるものや,影響度が減じられるものも多い.事前の準備の重要性や有益性
については,5.3 節以降に委ねることとし,本節では,現状での平均的な超高層建物での状況を踏まえ
た課題点に着目することとする.
ここでは,図 5.2.1 に示す項目に大別して整理を試みる.すなわち,①被害把握の対象となる超高層
建物の「母数」,②被害把握に資する「資源」,③有限な「資源」で被害把握に努める上で必要とな
る「トリアージ」,④被害把握を「阻害する要因」に大別する.
①の「母数」の実状を把握することは,被害把握に必要とする「資源」の質と量の見極めに必要不
可欠である.全国の超高層建物の棟数を調査し,これを地域性,建物特性,構造形式で整理する.②
の「資源」は,人的なものと物的なものに分けて整理する.③の「トリアージ」は制度上の観点から
と技術的な観点から整理する.④の「阻害要因」は,被害把握の上で基礎資料である図面情報の整備
状況,建物へのアクセス性,建物内でのアクセス性,建物内部の危険性,応答痕跡の保全性,情報通
信網の稼働状況,の観点から整理する.被害把握の判断手法未整備,については 5.3 節と 5.5 節で扱う
ので、この節では言及しない。
被害把握
①母数
建物棟数の把握
・地域性
・建物特性(年代、規模(高さ、階数,延床面積),用途,固有周期)
・構造形式( S / RC/ SRC/CFT)
③トリアージ
・制度 ・技術
④阻害要因
② 資源
人
物
・技術者
・技能者
・必要な人数と
可動人数
・調査道具、
機械,装置
・移動装置
・情報通信
・図面の保管状況
・建物へのアクセス性
・建物内のアクセス性
・建物内部の危険性
・応答痕跡の保全性
・情報通信網の稼働状況
・被害把握の判断手法未整備
図 5.2.1 課題の整理項目
112
5.2.1 超高層建築物の全体像把握のための棟数調査
5.2.1.1 棟数調査の概要
近い将来,発生が予測されている東海地震,東南海地震,南海地震などマグニチュード 8 クラスの
海溝型巨大地震の発生に伴う長周期地震動の影響は,大都市の集中する関東平野,濃尾平野,大阪平
野など広域に及ぶ可能性が高い.このような長周期地震動による超高層建築物の被害の全体像を予測
し,被害調査や復旧活動によって低下した都市機能を回復するために必要な時間などを推定するため
には,都道府県別あるいは地方別に存在する超高層建築物の全体像(棟数,規模,固有周期,構造種
別など)をあらかじめ把握しておく必要がある.
ここでは以下に示す資料1~資料3に掲載されたデータを基に高さ 60m以上の超高層建築物の全
体像について調査した.
なお 2000 年の建築基準法改正後に(財)日本建築センター以外の評価機関で扱われた超高層建築物
の情報を整理できていないため,資料2と資料3を組み合わせて基準法改正後の超高層建築物の全体
像を推定した.また資料1~資料3に記載があっても建設されていない建築物,解体されている建築
物のデータが一部含まれると考えられる.また,煙突も超高層建築物としてこのデータの中に含まれ
ている.このため,データは誤差を含むものであるが,わが国の超高層建築物の全体像を把握する上
で大きな支障はないと判断した.
資料 1:(財)日本建築センター発行のビルディングレター掲載の評定シート
(~平成 13 年 8 月号,基準法改正前の旧 38 条評定分,ほぼ全数)
内容:建築場所,用途,延べ床面積,骨組形式,固有周期など
資料2:(財)日本建築センター発行のビルディングレター掲載の評価シート
(平成 13 年 9 月号~平成 21 年 8 月号,基準法改正後評価分,公表分)
内容:建築場所,用途,延べ床面積,骨組形式,固有周期など
(財)日本建築センター以外の評価機関分の情報のすべては含んでいな
いデータ
資料3:国土交通省ホームページに掲載の構造方法等の認定に係る帳簿
(最終更新日
平成 20 年 12 月 26 日)
内容:基準法改正後の超高層建築物大臣認定の総数 1007 棟のリスト
113
5.2.1.2 わが国の超高層建築物棟数〔資料1,資料3より〕
わが国に存在する高さ 60m以上の超高層建築物は 2000 年の基準法改正前に旧基準法 38 条により
日本建築センターが評定した建築物が 1566 棟,基準法改正後の超高層建築物大臣認定分が 1007 棟で,
合計 2573 棟と推定できる.
5.2.1.3 都道府県・地域別の超高層建築物棟数〔資料1,資料3より〕
表 5.2.1.1 に都道府県別・地域別超高層建築物一覧表を示す.
(1) 都道府県別の超高層建築物棟数
都道府県別の棟数(割合%)では,東京都の 1082 棟(42.1%)が最も多く,以下,大阪府 376 棟
(14.6%),神奈川県 190 棟(7.4%)
,兵庫県 122 棟(4.7%)
,千葉県 103 棟(4.0%)
,愛知県 102
棟(4.0%),埼玉県 86 棟(3.3%),北海道 77 棟(3.0%),福岡県 70 棟(2.7%)と推定できる.
(2) 地方別の超高層建築物棟数
地方別の棟数(割合%)では,関東地方の 1494 棟(58.1%)が最も多く,近畿地方は 523 棟(20.3%),
東海地方は 147 棟(5.7%)と推定できる.
114
表 5.2.1.1 都道府県別・地域別超高層建築物棟数一覧表
都道府県名
北海道
青森県
岩手県
宮城県
秋田県
山形県
福島県
茨城県
栃木県
群馬県
埼玉県
千葉県
東京都
神奈川県
山梨県
長野県
新潟県
富山県
石川県
福井県
静岡県
愛知県
岐阜県
三重県
滋賀県
京都府
大阪府
兵庫県
奈良県
和歌山県
岡山県
広島県
鳥取県
島根県
山口県
徳島県
香川県
愛媛県
高知県
福岡県
佐賀県
長崎県
熊本県
大分県
宮崎県
鹿児島県
沖縄県
不明
計
基準法改正前 基準法改正後
棟数 割合(%) 棟数 割合(%)
49
3.1
28
2.8
2
0.1
0.0
4
0.3
1
0.1
27
1.7
19
1.9
2
0.1
1
0.1
4
0.3
1
0.1
3
0.2
3
0.3
14
0.9
3
0.3
3
0.2
2
0.2
9
0.6
2
0.2
53
3.4
33
3.3
67
4.3
36
3.6
645
41.2
437
43.4
101
6.4
89
8.8
0.0
1
0.1
3
0.2
1
0.1
11
0.7
5
0.5
6
0.4
0.0
11
0.7
0.0
3
0.2
0.0
17
1.1
16
1.6
60
3.8
42
4.2
3
0.2
2
0.2
5
0.3
2
0.2
7
0.4
4
0.4
3
0.2
3
0.3
218
13.9
158
15.7
90
5.7
32
3.2
0.0
0.0
3
0.2
5
0.5
8
0.5
7
0.7
34
2.2
11
1.1
0.0
0.0
2
0.1
0.0
8
0.5
1
0.1
4
0.3
0.0
9
0.6
1
0.1
2
0.1
0.0
4
0.3
0.0
35
2.2
35
3.5
1
0.1
0.0
6
0.4
2
0.2
5
0.3
2
0.2
7
0.4
0.0
2
0.1
0.0
4
0.3
1
0.1
1
0.1
4
0.4
11
0.7
17
1.7
1566 100.0
1007 100.0
115
地方別
改正前+改正後
棟数
割合(%) 棟数 割合(%) 地方名
77
3.0
77
3.0 北海道
2
0.1
5
0.2
46
1.8
67
2.6 東北
3
0.1
5
0.2
6
0.2
17
0.7
5
0.2
11
0.4
58.1 関東
86
3.3 1494
103
4.0
1082
42.1
190
7.4
1
0.0
4
0.2
甲信越
16
0.6
1.6
41
北陸
6
0.2
11
0.4
3
0.1
33
1.3
102
4.0
5.7 東海
147
5
0.2
7
0.3
11
0.4
6
0.2
376
14.6
20.3 近畿
523
122
4.7
0.0
8
0.3
15
0.6
45
1.7
2.8 中国
71
0.0
2
0.1
9
0.3
4
0.2
10
0.4
0.8 四国
20
2
0.1
4
0.2
70
2.7
1
0.0
8
0.3
九州
7
0.3
105
4.1
沖縄
7
0.3
2
0.1
5
0.2
5
0.2
28
1.1
28
1.1 不明
2573 100.0 2573 100.0
5.2.1.4 固有周期別の超高層建築物棟数〔資料1,資料2,資料3より〕
表 5.2.1.2 に固有周期別に整理した各都道府県の超高層建築物一覧表を示す.ここで「固有周期○
秒以上」としているのはその建築物の方向別で最短の固有周期が○秒以上であることを示すことに注
意されたい.表 5.2.1.4~表 5.2.1.10 についても同様である.
全体像把握のための棟数推定手法
基準法改正前のデータは資料1による.
基準法改正後のデータは資料2に固有周期が記載されている 254 棟分のデータを基に,基準法改
正後の超高層建築物大臣認定を取得した 1007 棟分を推定したもので,
資料2のデータに 1007/254
を乗じて整数化した棟数とした.このような棟数推定手法を用いたため基準法正後のデータに 4 の
倍数が多く,小計など値で整合性が取れていない箇所がある.したがって基準法改正前のデータと
比較し,基準法改正後のデータはより大きい誤差を含む.
(1) 固有周期 2.0 秒以上の超高層建築物棟数
固有周期 2.0 秒以上の超高層建築物は全国で 1124 棟,固有周期 3.0 秒以上が 483 棟,4.0 秒以上が
203 棟と推定できる.
基準法改正前では,固有周期 2.0 秒以上が 581 棟,3.0 秒以上が 217 棟,4.0 秒以上が 60 棟と推定
できる.基準法改正後では固有周期 2.0 秒以上が 543 棟,3.0 秒以上が 266 棟,4.0 秒以上が 143 棟
と推定できる.
明らかに基準法改正後は固有周期が長い建築物の割合が増え,一般には長周期地震動による影響を
受ける恐れが増大していると言えよう.
(2) 地方別の固有周期 2.0 秒以上の超高層建築物棟数
関東地方では,固有周期 2.0 秒以上の建築物が 756 棟,3.0 秒以上が 339 棟,4.0 秒以上が 140 棟,
5.0 秒以上が 36 棟と推定でき,固有周期 4.0 秒以上の建築物が東京都と神奈川県,埼玉県に集中して
いることがわかる.基準法改正前の周期 4.0 秒以上の建築物は 41 棟,基準法改正後は 99 棟と推定で
きる.
近畿地方では,固有周期 2.0 秒以上の建築物が 190 棟,3.0 秒以上が 81 棟,4.0 秒以上が 41 棟,
5.0 秒以上が 15 棟と推定でき,固有周期 3.0 秒以上の建築物が大阪府と兵庫県に集中していることが
わかる.基準法改正前の周期 3.0 秒以上の建築物は 49 棟,基準法改正後は 32 棟と推定できる.
東海地方では,固有周期 2.0 秒以上の建築物が 45 棟,3.0 秒以上が 8 棟,4.0 秒以上が 6 棟,5.0
秒以上が 5 棟と推定でき,固有周期 3.0 秒以上の建築物が愛知県に集中していることがわかる.基準
法改正前の周期 3.0 秒以上の建築物は 4 棟,基準法改正後も 4 棟と推定できる.
116
表 5.2.1.2 固有周期別・都道府県別・地域別超高層建築物棟数一覧表
基準法改正後
基準法改正前
改正前+改正後
固有周期
固有周期
固有周期
都道府県名
地方名
2.0秒 3.0秒 4.0秒 5.0秒 2.0秒 3.0秒 4.0秒 5.0秒 2.0秒 3.0秒 4.0秒 5.0秒
以上 以上 以上 以上 以上 以上 以上 以上 以上 以上 以上 以上
北海道
18
3
1
8
26
3
1
北海道
小計
18
3
1
8
26
3
1
青森県
岩手県
宮城県
9
3
8
4
4
17
7
4
東北
秋田県
1
1
山形県
3
1
3
1
福島県
1
1
1
1
小計
14
5
8
4
4
22
9
4
茨城県
4
2
1
4
2
1
栃木県
群馬県
4
2
4
2
埼玉県
13
5
1
8
8
4
4
21
13
5
4 関東
千葉県
16
5
4
20
5
東京都
256 111
36
7
345 167
79
20
601 278 115
27
神奈川県
39
12
3
1
67
28
16
4
106
40
19
5
小計 332 137
41
8
424 202
99
28
756 339 140
36
山梨県
長野県
1
4
4
4
5
4
4
新潟県
4
3
2
4
4
8
7
2
甲信越
富山県
1
1
北陸
石川県
2
1
2
1
福井県
小計
8
4
2
8
8
4
16
12
6
静岡県
6
1
1
8
14
1
1
愛知県
16
3
1
1
12
4
4
4
28
7
5
5
東海
岐阜県
三重県
3
3
小計
25
4
2
1
20
4
4
4
45
8
6
5
滋賀県
1
1
1
1
京都府
2
4
6
大阪府
99
42
12
3
44
32
28
12
143
74
40
15
近畿
兵庫県
31
6
1
8
39
6
1
奈良県
和歌山県
1
1
小計 134
49
13
3
56
32
28
12
190
81
41
15
岡山県
3
1
3
1
広島県
16
1
16
1
鳥取県
中国
島根県
山口県
4
2
4
2
小計
23
4
23
4
徳島県
1
1
香川県
1
4
4
5
4
四国
愛媛県
1
1
高知県
1
1
小計
4
4
4
8
4
福岡県
13
6
1
16
12
4
4
29
18
5
4
佐賀県
長崎県
1
1
熊本県
2
2
九州
大分県
3
3
3
3
沖縄
宮崎県
2
2
2
2
鹿児島県
1
1
沖縄県
1
1
小計
23
11
1
16
12
4
4
39
23
5
4
計
581 217
60
12
543 266 143
48 1124 483 203
60
117
5.2.1.5 骨組形式別の超高層建築物棟数〔資料1,資料2,資料3より〕
表 5.2.1.4~表 5.2.1.6 に固有周期別と骨組形式(構造種別,制振構造や免震構造の採用の有無)で
整理した超高層建築物一覧表を示す.
表 5.2.1.4~表 5.2.1.6 で使用した骨組形式の凡例を表 5.2.1.3 に示す.
棟数推定は 5.2.1.4 に示す手法による.
(1) 骨組形式別の固有周期 2.0 秒以上の超高層建築物棟数
固有周期 2.0 秒以上の超高層建築物では S 系の骨組形式が 503 棟と最も多く,以下 RC 系の 314 棟,
CFT 系の 253 棟,SRC 系の 54 棟と推定できる.
S 系の骨組形式では純ラーメン鉄骨造(S),ブレース付き鉄骨造(SB),鋼板(または PC)耐震壁
付き鉄骨造が大半を占めると推定できる.
CFT 系の骨組形式は,基準法改正後に棟数が増加しており,柱 CFT 梁 S 構造(CFT-S)や柱 CFT
梁 S 構造に鋼板(または PC)耐震壁が付いた骨組み形式(CFT-SB,CFT-SP)が多いと推定できる.
RC 系の骨組形式は,近年の超高層マンションブームの影響で基準法改正後著しく増加しており,
その多くが純ラーメン鉄筋コンクリート造(RC)と推定できる.
SRC 系の骨組形式は,純ラーメン鉄骨鉄筋コンクリート造(SRC)と柱 SRC 梁 S 構造が大半を占
めるが,他の構造形式と比較し棟数は少ないと推定できる.
(2) 制振構造が採用されている固有周期 2.0 秒以上の超高層建築物棟数
基準法改正前の制振構造の採用比率は,固有周期 2.0 秒以上の建築物の S 系の骨組形式で 17%(全
412 棟中 70 棟),CFT 系の骨組形式で 54%(全 67 棟中 36 棟)となっており,固有周期が 3.0 秒以
上であっても制振構造の採用比率に大きな差が無いことがわかる.CFT 構造が比較的新しい技術であ
ることと,制振構造の採用が阪神淡路大震災以降に大幅に増加したため CFT 系の骨組形式の制振構
造採用比率が S 系と比較し高くなったと推定できる.SRC 系,RC 系の骨組形式では制振構造は殆ど
採用されていない.
基準法改正後の制振構造の採用比率は,固有周期 2.0 秒以上の建築物の S 系の骨組形式で 82%(全
91 棟中 75 棟),CFT 系の骨組形式で 88%(全 186 棟中 163 棟),SRC 系の骨組形式で 33%(全 12
棟中 4 棟),RC 系の骨組形式で 23%(全 254 棟中 59 棟)となっており,基準法改正前と比較して制
振構造の採用比率が S 系,CFT 系の骨組形式で非常に高いと推定できる.また基準法改正後の S 系,
CFT 系,SRC 系の骨組形式は殆どの建物で制振構造あるいは免震構造が採用されていると推定でき
る.
制振構造は継続時間が長く,繰返し数が多い長周期地震動に対して一般に有効であると考えられて
いるので,制振装置がこのような地震荷重に耐えることができれば,基準法改正後の建築物の方が長
周期地震動による影響を受ける恐れが少なくなっていると予想される.
(3) 免震構造が採用されている固有周期 2.0 秒以上の超高層建築物棟数
基準法改正前は高層免震建築物が殆ど建設されていないため免震構造の採用比率は,全体の 0.5%
程度(581 棟中 3 棟)と非常に低い.
基準法改正後は高層免震建築物が普及したこともあり,免震構造の採用比率は固有周期 2.0 秒以上
の超高層建築物の 29%(全 543 棟中 155 棟)と高くなっている.また,免震材料の改良や超高層免
118
震の普及により,固有周期の長い免震構造の比率も高い.
表 5.2.1.3 骨組形式の分類に使用した凡例一覧
構
成
凡
例
構
造
凡
例
○
○
○
○
・ ○
- ○
+ ○
/ ○
S
SP
SB
SPB
SS
SRC
SRCW
SRCB
SRCBW
RC
RCW
RCFT
WRC
SC
CFT
: 1フロアに異種構造が混在
: 柱の構造-梁や壁・ブレースの構造
: 下部構造+上部構造
: X方向構造/Y方向構造
: 鉄骨造 純ラーメン
: 鉄骨造 鋼板(またはPC)耐震壁付き
: 鉄骨造 ブレース付き
: 鉄骨造 耐震壁、ブレース併用
: 鉄骨造 スーパーフレーム(またはスーパーストラクチャー)
: 鉄骨鉄筋コンクリート造 純ラーメン
: 鉄骨鉄筋コンクリート造 耐震壁付き
: 鉄骨鉄筋コンクリート造 ブレース付き
: 鉄骨鉄筋コンクリート造 耐震壁、ブレース併用
: 鉄筋コンクリート造 純ラーメン
: 鉄筋コンクリート造 耐震壁付き
: 鉄筋コンクリート鋼管柱
: 壁式鉄筋コンクリート造
: 鉄骨コンクリート造
: 鋼管コンクリート造
119
表 5.2.1.4 固有周期別・骨組形式別超高層建築物棟数一覧表(基準法改正前)
骨組形式
基準法改正前
固有周期
2.0秒以上
3.0秒以上
4.0秒以上
5.0秒以上
全体 制振 免震 全体 制振 免震 全体 制振 免震 全体 制振 免震
167
18
56
9
12
2
2
36
7
14
2
3
S
S/SB
S/(SB+S)
S/SP
7
S/SPB
2
S/SS
1
(S・CFT)-S
1
S+SB
3
S・SRCW
1
SB
93
SB/S
11
SB/S+SB
1
SB/SB+S
1
SB/SP
1
S系 SB+S
3
(S・CFT-SB)+(S・CFT-SC)
1
SB・S
1
SC-S
2
SP
55
SP/S
4
SP/SB
1
SP・SB
SP+S
1
SP+SB
1
SPB
7
SS
9
SS+SB
1
SB・RC
1
小計 412
(CFT・S)-S
4
(CFT・S)-SB
4
(CFT・S)-SP
2
CFT-S
28
CFT-S/CFT-SB
1
(CFT-S)+S
2
CFT-S・SB
1
8
CFT系 CFT-SB
(CFT-SB)+SB
(CFT-SB)+(CFT-S)
1
CFT-SC
9
CFT-SCB
1
CFT-SP
5
(CFT・RCFT)-SB
(CFT-S)+S/(CFT-S)+SB
1
小計 67
SRC
17
SRC+S
1
SRC+(SRC・RC)+RC
1
SRC・S
3
SRC-S
9
SRC-S/SRC
1
(SRC-S)+S
1
1
SRC系 SRC-SB
(SRC-SB)+S
2
SRC-SC
1
SRC-SP
1
SRC-SPB (SRC-SP)+SB
1
SRCW+S
2
SRCW+SPB
1
小計 42
RC
38
RC・CFT
1
RC/RCW
RC+SB
1
RC系 RC・S
RC・SP
RCW
1
RCW/RC
WRC
19
小計 60
計
581
1
1
1
2
1
1
2
21
39
4
1
1
1
1
1
1
1
1
8
12
4
4
1
1
1
1
1
10
1
1
1
1
12
26
3
1
1
2
3
1
70
4
4
2
11
1
0
3
5
1
1
1
1
156
1
4
2
15
27
1
4
2
7
1
3
2
1
5
1
3
1
1
1
2
1
37
4
1
1
22
1
6
1
1
1
4
1
36
2
1
1
2
0
44
1
1
1
3
7
1
1
1
2
0
1
1
1
11
1
0
1
1
2
1
1
1
11
7
1
1
0
0
0
0
0
0
0
0
14
0
1
0
12
0
1
0
0
1
1
1
1
2
2
2
4
1
0
2
9
5
1
2
0
1
3
1
5
113
2
3
10
15
217
2
52
1
2
1
2
60
120
表 5.2.1.5 固有周期別・骨組形式別超高層建築物棟数一覧表(基準法改正後)
骨組形式
S
S/SB
S/(SB+S)
S/SP
S/SPB
S/SS
(S・CFT)-S
S+SB
S・SRCW
SB
SB/S
SB/S+SB
SB/SB+S
SB/SP
S系 SB+S
(S・CFT-SB)+(S・CFT-SC)
SB・S
SC-S
SP
SP/S
SP/SB
SP・SB
SP+S
SP+SB
SPB
SS
SS+SB
SB・RC
小計
(CFT・S)-S
(CFT・S)-SB
(CFT・S)-SP
CFT-S
CFT-S/CFT-SB
(CFT-S)+S
CFT-S・SB
CFT系 CFT-SB
(CFT-SB)+SB
(CFT-SB)+(CFT-S)
CFT-SC
CFT-SCB
CFT-SP
(CFT・RCFT)-SB
(CFT-S)+S/(CFT-S)+SB
小計
SRC
SRC+S
SRC+(SRC・RC)+RC
SRC・S
SRC-S
SRC-S/SRC
(SRC-S)+S
SRC系 SRC-SB
(SRC-SB)+S
SRC-SC
SRC-SP
SRC-SPB (SRC-SP)+SB
SRCW+S
SRCW+SPB
小計
RC
RC・CFT
RC/RCW
RC+SB
RC系 RC・S
RC・SP
RCW
RCW/RC
WRC
小計
計
基準法改正後
固有周期
2.0秒以上
3.0秒以上
4.0秒以上
5.0秒以上
全体 制振 免震 全体 制振 免震 全体 制振 免震 全体 制振 免震
28
20
8
20
12
8
4
4
8
8
4
4
4
4
8
8
4
4
24
16
8
4
16
16
4
4
4
4
4
4
4
4
4
4
91
8
12
75
8
12
16
44
32
16
8
8
8
4
4
83
8
4
75
4
8
4
32
4
4
28
4
4
12
4
12
44
4
36
4
8
40
32
8
28
20
4
16
4
4
16
4
4
4
4
4
4
4
186
4
163
20
4
95
4
75
16
4
52
4
40
4
4
4
4
4
4
8
91
8
91
8
59
8
52
0
8
4
4
8
4
4
8
4
4
12
4
4
4
12
4
111
155
119
266
75
111
67
143
12
59
4
12
222
4
56
4
4
4
16
4
254
543
8
4
59
301
121
0
20
4
12
4
4
8
4
4
4
4
4
4
4
0
4
8
8
4
12
4
12
8
4
4
8
44
4
28
0
4
28
28
48
0
12
28
36
4
4
4
4
24
131
8
4
56
83
表 5.2.1.6 固有周期別・骨組形式別超高層建築物棟数一覧表(改正前+改正後)
骨組形式
S
S/SB
S/(SB+S)
S/SP
S/SPB
S/SS
(S・CFT)-S
S+SB
S・SRCW
SB
SB/S
SB/S+SB
SB/SB+S
SB/SP
S系 SB+S
(S・CFT-SB)+(S・CFT-SC)
SB・S
SC-S
SP
SP/S
SP/SB
SP・SB
SP+S
SP+SB
SPB
SS
SS+SB
SB・RC
小計
(CFT・S)-S
(CFT・S)-SB
(CFT・S)-SP
CFT-S
CFT-S/CFT-SB
(CFT-S)+S
CFT-S・SB
CFT系 CFT-SB
(CFT-SB)+SB
(CFT-SB)+(CFT-S)
CFT-SC
CFT-SCB
CFT-SP
(CFT・RCFT)-SB
(CFT-S)+S/(CFT-S)+SB
小計
SRC
SRC+S
SRC+(SRC・RC)+RC
SRC・S
SRC-S
SRC-S/SRC
(SRC-S)+S
SRC系 SRC-SB
(SRC-SB)+S
SRC-SC
SRC-SP
SRC-SPB (SRC-SP)+SB
SRCW+S
SRCW+SPB
小計
RC
RC・CFT
RC/RCW
RC+SB
RC系 RC・S
RC・SP
RCW
RCW/RC
WRC
小計
計
改正前+改正後
固有周期
2.0秒以上
3.0秒以上
4.0秒以上
5.0秒以上
全体 制振 免震 全体 制振 免震 全体 制振 免震 全体 制振 免震
195
38
8
76
21
8
16
2
4
2
44
15
18
6
3
4
4
7
1
1
2
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
11
10
6
5
1
1
1
117
37
8
47
12
4
16
4
4
4
11
4
1
1
1
1
1
3
1
1
1
1
1
1
2
71
28
30
7
14
4
5
4
4
1
1
1
1
4
4
4
4
4
4
1
1
1
7
2
3
1
2
9
3
5
1
1
1
1
1
1
503 145
16 200
59
12
60
15
8
15
5
0
12
12
1
1
1
1
16
16
12
12
5
5
2
2
2
2
1
1
111
86
8
47
35
4
15
14
4
4
9
5
4
4
4
4
4
4
6
4
1
1
52
42
8
43
34
8
29
20
8
9
4
4
4
1
1
1
1
1
1
9
1
1
5
1
1
2
1
5
5
1
1
21
20
7
6
5
5
4
4
4
4
1
1
1
1
253 199
21 132
97
17
63
47
13
13
8
4
21
2
4
8
1
4
4
4
1
1
1
3
1
13
4
1
1
1
1
1
2
2
2
1
1
4
4
4
4
4
4
4
4
1
2
1
54
6
8
17
1
8
11
0
8
4
0
4
260
60
93
96
22
60
53
8
44
28
28
1
1
4
4
4
4
1
4
4
4
4
4
4
4
4
17
12
12
8
8
8
4
4
4
4
4
4
19
10
1
314
64 113 134
26
76
69
12
56
28
0
28
1124 414 158 483 183 113 203
73
84
60
13
36
122
5.2.1.6 延べ面積別の超高層建築物棟数〔資料1,資料2,資料3より〕
表 5.2.1.7 に固有周期別と延べ床面積で整理した超高層建築物一覧表を示す.
棟数推定は 5.2.1.4 に示す手法による.
基準法改正前の総棟数が前出の表 5.2.1.2,表 5.2.1.6 で示した 581 棟より若干少ない 563 棟となっ
ているが,棟数の減少は延べ床面積の記載の無い煙突を除外したことによる.
基準法改正前+改正後の固有周期 2.0 秒以上の建築物の延べ床面積を見ると,50,000 ㎡未満の建築
物が 579 棟と最も多く,50,000 ㎡以上 100,000 ㎡未満が 341 棟,100,000 ㎡以上が 186 棟と推定し
た.固有周期 3.0 秒以上では 50,000 ㎡以上 100,000 ㎡未満の建築物が 185 棟と最も多い.
表 5.2.1.7 固有周期別・延べ床面積別超高層建築物棟数一覧表
基準法改正前
基準法改正後
改正前+改正後
固有周期
固有周期
固有周期
述べ床面積
2.0秒 3.0秒 4.0秒 5.0秒 2.0秒 3.0秒 4.0秒 5.0秒 2.0秒 3.0秒 4.0秒 5.0秒
以上 以上 以上 以上 以上 以上 以上 以上 以上 以上 以上 以上
14
1
8
4
4
4
22
5
4
4
10,000m2未満
31
4
2
71
24
24
102
28
26
10,000m2以上20,000m2未満
56
8
91
32
28
12
147
40
28
12
20,000m2以上30,000m2未満
77
7
87
16
164
23
30,000m2以上40,000m2未満
76
22
2
67
36
12
4
143
58
14
4
40,000m2以上50,000m2未満
42
4
0
325 111
67
20
579 153
71
20
50,000m2未満 小計 254
59
19
1
56
32
8
8
115
51
9
8
50,000m2以上60,000m2未満
36
13
1
32
20
8
68
33
9
60,000m2以上70,000m2未満
45
19
5
24
20
4
69
39
9
70,000m2以上80,000m2未満
2
2
30
21
5
24
16
8
54
37
13
80,000m 以上90,000m 未満
20
10
3
16
16
12
8
36
26
15
8
90,000m2以上100,000m2未満
2
2
190
82
15
0
151
103
40
16
341
185
55
16
50,000m 以上100,000m 未満 小計
58
36
10
3
28
16
86
52
10
3
100,000m2以上150,000m2未満
31
23
12
5
28
24
24
4
59
47
36
9
150,000m2以上200,000m2未満
19
16
12
3
4
4
4
4
23
20
16
7
200,000m2以上300,000m2未満
4
4
3
1
4
4
4
4
8
8
7
5
300,000m2以上400,000m2未満
4
1
1
4
4
4
8
5
5
400,000m2以上500,000m2未満
3
3
2
3
3
2
500,000m2以上
83
40
12
67
52
36
12
186 135
76
24
100,000m2以上 小計 119
計
563 207
59
12
543 266 143
48 1106 473 202
60
123
5.2.1.7 都道府県・地域別の超高層建築物延べ床面積〔資料1,資料2,資料3より〕
表 5.2.1.8~表 5.2.1.10 に都道府県別・地域別の超高層建築物の延べ床面積の状況を示す.
棟数推定は 5.2.1.4 に示す手法による.
(1) 固有周期 2.0 秒以上の超高層建築物の延べ床面積
固有周期 2.0 秒以上の建築物の総延べ床面積は,基準法改正前が 4,363 万㎡,基準法改正後が約
3,295 万㎡となっている.基準法改正前と基準法改正後を合わせた総延べ床面積は 7,658 万㎡で霞ヶ
関三井ビル(延べ床面積 15 万㎡)510 棟分に相当する.
長周期地震動の影響が大きくなると予想できる固有周期 3.0 秒以上の建築物の総延べ床面積は,基
準法改正前が 2,328 万㎡,基準法改正後が約 2,155 万㎡で基準法改正後の約 8 年間でほぼ倍増したこ
とになる.
(2) 地域別の固有周期 2.0 秒以上の超高層建築物の延べ床面積
地域別の固有周期 2.0 秒以上の建築物の総延べ床面積は,関東地方が 5,833 万㎡(全体の 76%),
近畿地方の 1,047 万㎡(全体の 14%),東海地方の 267 万㎡(全体の 3.5%)と推定できる.
都道府県別総延べ床面積は東京都が 4,825 万㎡(霞ヶ関三井ビル 320 棟分)で大阪府の 811 万㎡(霞
ヶ関三井ビル 54 棟分),神奈川県の 721 万㎡(霞ヶ関三井ビル 48 棟分)と続く.
1棟平均延べ床面積は固有周期 2.0 秒以上の建築物で約 7 万㎡,固有周期 3.0 秒以上では約 9 万 5
千㎡,固有周期 4.0 秒以上では約 11 万 6 千㎡である.
25 ㎡に1人の割合で勤務者あるいは居住者がいると仮定し,巨大地震に伴う長周期地震動の発生に
より固有周期 3.0 秒以上の全超高層建築物が被害を受けると,関東地方で約 140 万人,近畿地方で約
23 万人,東海地方で約 5 万人が何らかの直接的影響を受ける可能性がある.
これらの超高層建築物の中に事業所を置く企業についてはその取引先や従業員の家族にも間接的な
影響があると予想される.関東地方の超高層建築物に本社機構を持つ大企業が多いので,この間接的
影響はより顕著であろう.仮に間接影響の乗率 10~50 とすれば,関東地方の超高層建築物への影響
は 1400 万~7000 万人にもなるという試算になる.
124
表 5.2.1.8 固有周期別・延べ床面積別超高層建築物棟数一覧表(基準法改正前)
基準法改正前
固有周期
都道府県名
棟
数
北海道
小計
17
2.0秒以上
1棟平均
総
延べ床
延べ床
面積(㎡)
面積(㎡)
687,137
40,420
棟
数
2
3.0秒以上
1棟平均
総
延べ床
延べ床
面積(㎡)
面積(㎡)
153,661
76,831
17
687,137
40,420
2
153,661
76,831
宮城県
9
411,871
45,763
3
188,499
62,833
秋田県
1
4,899
4,899
山形県
3
142,573
47,524
1
70,085
70,085
棟
数
1
1
4.0秒以上
1棟平均
総
延べ床
延べ床
面積(㎡) 面積(㎡)
107,868 107,868
107,868
棟
数
5.0秒以上
地方名
1棟平均
総
延べ床
延べ床
面積(㎡) 面積(㎡)
北海道
107,868
青森県
岩手県
福島県
小計
茨城県
東北
1
51,853
51,853
1
51,853
51,853
14
611,196
43,657
5
310,437
62,087
2
79,061
39,531
栃木県
群馬県
4
227,599
56,900
2
102,665
51,333
埼玉県
13
875,928
67,379
5
368,508
73,702
千葉県
15
999,973
66,665
4
545,696
136,424
東京都
254
23,455,254
92,344
111
14,163,591
神奈川県
39
4,530,350
116,163
12
1,715,653
327
30,168,165
92,257
134
16,896,113
3
1
小計
1
74,306
74,306
127,600
36
6,510,410
180,845
7
1,395,155
199,308
142,971
3
805,721
268,574
1
231,060
231,060
126,090
40
7,390,437
184,761
8
1,626,215
203,277
333,325
111,108
2
282,243
141,122
61,308
61,308
関東
山梨県
長野県
1
21,042
21,042
新潟県
4
358,921
89,730
富山県
1
35,802
35,802
石川県
2
164,858
82,429
甲信越
北陸
福井県
8
580,623
72,578
4
394,633
98,658
2
282,243
141,122
静岡県
小計
5
323,453
64,691
1
151,326
151,326
1
151,326
151,326
愛知県
16
970,198
60,637
3
441,543
147,181
1
355,150
355,150
3
150,733
50,244
24
1,444,384
60,183
4
592,869
148,217
1
51,791
51,791
1
51,791
51,791
1
355,150
355,150
東海
岐阜県
三重県
小計
滋賀県
2
506,476
253,238
1
355,150
355,150
3
392,845
130,948
京都府
2
81,643
40,822
大阪府
99
6,498,947
65,646
42
3,810,692
90,731
12
1,539,804
128,317
兵庫県
31
1,922,364
62,012
6
465,202
77,534
1
135,669
135,669
13
1,675,473
128,883
近畿
奈良県
和歌山県
1
31,348
31,348
134
8,586,093
64,075
49
4,327,685
88,320
岡山県
3
85,248
28,416
1
38,245
38,245
広島県
15
625,167
41,678
1
195,789
195,789
小計
3
392,845
130,948
鳥取県
中国
島根県
山口県
1
2,779
2,779
小計
19
713,194
37,537
2
234,034
117,017
徳島県
香川県
1
5,729
5,729
愛媛県
1
37,413
37,413
高知県
1
17,635
17,635
小計
四国
3
60,777
20,259
12
516,438
43,037
2
38,339
19,170
宮崎県
1
114,246
114,246
鹿児島県
1
78,621
78,621
沖縄県
1
27,041
27,041
17
774,685
45,570
7
365,944
52,278
1
19,355
19,355
563
43,626,254
77,489
207
23,275,376
112,441
59
9,981,852
169,184
福岡県
6
251,698
41,950
1
114,246
114,246
1
19,355
19,355
佐賀県
長崎県
熊本県
九州
沖縄
大分県
小計
計
125
12
2,374,210
197,851
表 5.2.1.9 固有周期別・延べ床面積別超高層建築物棟数一覧表(基準法改正後)
基準法改正後
固有周期
都道府県名
棟
数
北海道
小計
8
2.0秒以上
1棟平均
総
延べ床
延べ床
面積(㎡)
面積(㎡)
252,786
31,881
8
252,786
31,881
8
306,904
38,706
棟
数
3.0秒以上
1棟平均
総
延べ床
延べ床
面積(㎡)
面積(㎡)
棟
数
4.0秒以上
1棟平均
総
延べ床
延べ床
面積(㎡) 面積(㎡)
棟
数
5.0秒以上
地方名
1棟平均
総
延べ床
延べ床
面積(㎡) 面積(㎡)
北海道
青森県
岩手県
宮城県
4
193,927
48,915
4
193,927
48,915
東北
秋田県
山形県
福島県
小計
8
306,904
38,706
4
193,927
48,915
4
193,927
48,915
8
535,834
67,578
4
363,954
91,802
4
363,954
91,802
162,302
茨城県
栃木県
群馬県
埼玉県
8
535,834
67,578
千葉県
4
152,494
38,464
東京都
345
24,799,030
71,898
167
16,587,170
99,616
79 10,530,856
132,812
20
3,217,293
神奈川県
67
2,676,647
39,714
28
1,176,531
42,394
16
408,167
25,738
4
215,331
54,314
424
28,164,005
66,392
202
18,299,535
90,505
99 11,302,977
114,040
28
3,796,579
136,804
小計
関東
山梨県
長野県
4
66,565
16,790
4
66,565
16,790
新潟県
4
208,988
52,714
4
208,988
52,714
4
66,565
16,790
8
275,553
34,752
4
66,565
16,790
4
770,068
194,238
4
770,068
194,238
甲信越
北陸
富山県
石川県
福井県
8
275,553
34,752
静岡県
小計
8
222,215
28,025
愛知県
12
1,002,168
84,260
4
770,068
194,238
東海
岐阜県
三重県
小計
20
1,224,384
61,766
4
770,068
194,238
4
770,068
194,238
4
770,068
194,238
32
1,298,406
40,938
28
1,108,654
39,949
12
394,997
33,211
滋賀県
京都府
4
73,649
18,577
大阪府
44
1,607,103
36,852
兵庫県
8
206,284
26,016
56
1,887,037
33,998
近畿
奈良県
和歌山県
小計
32
1,298,406
40,938
28
1,108,654
39,949
12
394,997
33,211
岡山県
広島県
鳥取県
中国
島根県
山口県
小計
徳島県
香川県
4
329,071
83,003
4
329,071
83,003
四国
愛媛県
高知県
小計
福岡県
4
329,071
83,003
4
329,071
83,003
16
511,498
32,254
12
385,258
32,392
4
28,543
7,200
4
28,543
7,200
佐賀県
長崎県
熊本県
九州
沖縄
大分県
宮崎県
鹿児島県
沖縄県
小計
計
16
511,498
32,254
12
385,258
543
32,951,238
60,667
266
21,551,817
28,543
7,200
4
28,543
7,200
81,136 143 13,470,734
32,392
94,383
48
4,990,187
104,891
126
4
表 5.2.1.10 固有周期別・延べ床面積別超高層建築物棟数一覧表(改正前+改正後)
改正前+改正後
固有周期
都道府県名
棟
数
北海道
小計
25
2.0秒以上
1棟平均
総
延べ床
延べ床
面積(㎡)
面積(㎡)
939,923
37,704
棟
数
2
3.0秒以上
1棟平均
総
延べ床
延べ床
面積(㎡)
面積(㎡)
153,661
76,831
棟
数
1
4.0秒以上
1棟平均
総
延べ床
延べ床
面積(㎡) 面積(㎡)
107,868 107,868
25
939,923
37,704
2
153,661
76,831
1
107,868
107,868
宮城県
17
718,775
42,458
7
382,426
54,910
4
193,927
48,915
秋田県
1
4,899
4,899
山形県
3
142,573
47,524
1
70,085
70,085
棟
数
5.0秒以上
地方名
1棟平均
総
延べ床
延べ床
面積(㎡) 面積(㎡)
北海道
青森県
岩手県
福島県
小計
茨城県
東北
1
51,853
51,853
1
51,853
51,853
22
918,100
41,867
9
504,364
56,262
2
79,061
39,531
51,333
4
193,927
48,915
5
438,260
88,278
4
363,954
91,802
110,809 115 17,041,266
171,960
栃木県
群馬県
4
227,599
56,900
2
102,665
埼玉県
21
1,411,762
67,454
13
904,342
69,946
千葉県
19
1,152,467
60,769
4
545,696
136,424
東京都
599
48,254,284
80,569
278
30,750,761
神奈川県
106
7,206,997
67,736
40
2,892,184
751
58,332,170
77,651
336
35,195,648
小計
147,810
27
4,612,448
1,213,888
64,369
5
446,391
89,915
104,689 139 18,693,414
134,375
36
5,422,794
151,678
72,756
19
関東
山梨県
長野県
5
87,607
17,646
4
66,565
16,790
4
66,565
16,790
新潟県
8
567,909
71,304
7
542,313
77,867
2
282,243
141,122
富山県
1
35,802
35,802
石川県
2
164,858
82,429
1
61,308
61,308
甲信越
北陸
福井県
16
856,176
53,749
12
670,186
56,181
6
348,808
58,480
静岡県
小計
13
545,668
42,205
1
151,326
151,326
1
151,326
151,326
愛知県
28
1,972,366
70,710
7
1,211,611
173,968
5
1,125,218
226,650
3
150,733
50,244
44
2,668,768
60,899
8
1,362,937
171,125
1
51,791
51,791
1
51,791
51,791
5
1,125,218
226,650
東海
岐阜県
三重県
小計
滋賀県
6
1,276,544
214,021
5
1,125,218
226,650
15
787,842
52,898
京都府
6
155,292
26,036
大阪府
143
8,106,050
56,841
74
5,109,098
69,307
40
2,648,458
66,625
兵庫県
39
2,128,648
54,680
6
465,202
77,534
1
135,669
135,669
41
2,784,127
68,319
近畿
奈良県
和歌山県
1
31,348
31,348
190
10,473,130
55,266
81
5,626,091
69,702
岡山県
3
85,248
28,416
1
38,245
38,245
広島県
15
625,167
41,678
1
195,789
195,789
小計
15
787,842
52,898
鳥取県
中国
島根県
山口県
1
2,779
2,779
小計
19
713,194
37,537
2
234,034
117,017
香川県
5
334,800
67,438
4
329,071
83,003
愛媛県
1
37,413
37,413
高知県
1
17,635
17,635
徳島県
小計
四国
7
389,848
55,976
4
329,071
83,003
28
1,027,936
36,899
18
636,956
35,597
2
38,339
19,170
宮崎県
1
114,246
114,246
1
114,246
114,246
鹿児島県
1
78,621
78,621
沖縄県
1
27,041
27,041
33
1,286,183
39,143
19
751,202
39,759
1106
76,577,492
69,229
473
44,827,193
福岡県
5
47,898
9,648
4
28,543
7,200
佐賀県
長崎県
熊本県
九州
沖縄
大分県
小計
計
47,898
9,648
4
28,543
7,200
94,847 202 23,452,586
116,261
60
7,364,397
123,616
127
5
5.2.2 被害把握に要する資源
被害把握に要する資源について,人的資源と物的資源に大別して,その課題点を整理する.
(1) 人的資源
被災建物の被害を把握するには,多種類の技術者や技能者が必要となる.必要な技術者の種類,お
よび被害把握における役割を整理して,表 5.2.2.1 に示す.必要な技術者としては,構造技術者,検査
技術者,施工管理技術者,およびその他の技能者に大別できよう.
構造技術者は被害把握の調査計画の立案や調査結果に対する判断の主体であり,調査の中心的な役
割を担う.発災後の初期の時期には,後述の検査技術者との連携は困難と想定され,構造技術者は,
暫定的なデータに基づき技術的な判断を下さなければならない.また,超高層建築物の過半を占める
鉄骨造建物では,仕上げ等により構造体を直接観察することができないため,種々の応答データや解
析結果などに基づく総合的な判断を行うことになる.これらの事情を踏まえると,ここで指す構造技
術者にはかなり高度な資質が求められることになる.検査技術者は,構造技術者が必要とする検査情
報を収集・整理・分析を担う.ここで言う検査とは,5.3 節に後述する「応答量」を取得する行為であ
り,「応答量」の種類,評価対象,使用センサは多種多様であることから,検査に必要な技術者も多
種多様となる.調査においては転倒・落下物の片付け,足場の仮設,仕上げ材の撤去,および荷揚げ
作業が必要となる状況がある.調査が大規模になるに従い,これらの作業量や種類が増加し,作業の
安全管理,工程管理などは構造技術者や検査技術者では対応できず,通常の施工現場と同様に施工管
理技術者に委ねる必要がある.また,各作業にはそれぞれの専門技能者を用意する必要もある.特に,
超高層建築物で停電の場合には,全ての物資の垂直搬送を人力にて行う必要があるため,より多くの
人手が必要となる.
次いで,超高層建築物の被害把握に必要な技術者の質について整理する.質を客観的に示す指標と
して資格に着目する.構造設計技術者の資格としては,超高層建築物の特徴を考慮すると,高度な構
造技術力を有する構造設計一級建築士や建築構造士(JSCA)1)が該当すると考えられる.これらの資
格を保有していない場合でも,超高層建築物の設計経験がある場合はこれに準ずるものと考えられる.
検査技術者においては,「応答量」に応じて技術者の種類が多岐にわたる.その区分は必ずしも明確
ではなく,資格も整備されていないのが実状である.その中でも,鉄骨部材の非破壊検査に関する資
格は,(社)日本非破壊検査協会にて整備されている 2).施工管理技術者については,一般的には一
級建築士もしくは一級建築施工管理技士が該当する.超高層建築物の施工管理の経験者であるほうが
望ましいのは言うまでもない.その他の技能者においては,超高層建築物に特別な資格は不要と思わ
れる.
次に,各技術者の必要な人数はどのくらいで,その必要人数を確保できるかという課題がある.必
要な人数も対応できる人数も,被災地域がどこであるかにより大きく変動すると想定される.以下で
は,技術者の対応可能な人数を見積もるために,その居住地を調査・推定した結果を示す.次いで,
必要な人数の推定を試みた結果を示す.
まず,技術者がどの地域に居住しているかを調べてみる.構造技術者の該当資格とした建築構造士
を例にしてみると,その総数は 2,688 人(平成 22 年1月現在)であり,そのうち東京都と神奈川県で
の登録者数は 1,214 人であり,全体の半数弱を占めている 3).この他の技術者の所在地も,非常に偏
在していると想定される.参考までに,総合建設業(ゼネコン)の上位5社(大林組,鹿島,清水建
設,大成建設,竹中工務店)に所属する構造設計部員で経験 10 年以上の者は 500~600 人で,この内
128
の 7 割程度が東京の社屋に勤務しているものと推定される.また,ゼネコン上位5社の技術研究所(所
在地は全て首都圏)に所属する建築構造関係の技術者で経験 10 年以上の者は,100 人程度と推定され
る.
次いで,技術者の必要人数について推定を試みる.関東地域での超高層建築物(棟数で約 1,500 棟)
を対象に,構造技術者を例にして推定してみる.初期のトリアージもしくは応急危険度判定に対して
は,2名一組で臨み,1日で1棟を対処可能と仮定すると,約 3,000 人・日を要することになる.ま
た,それ以降の被災度判定においては,解体もしくは補修可否の評価判定までには,各建物で平均的
に 30 人・日程度を要すると仮定すると,関東の超高層建築物全体では 45,000 人・日を要することに
なる.構造技術者以外の技術者については,算出根拠が乏しく具体的な必要人数を算出するのは困難
である.阪神淡路大震災での調査の実績が参考になると思われるが,その体系的な記録事例は非常に
少ないのが実状である.また,当時の調査に中心的な役割を担った技術者が退職期を迎えている.後
述の物的資源の実績も含めて,当時の記録を再整理しておくことが望まれる.
発災時には,超高層建築物以外の一般建物への対応にも人員が割かれること,およびある程度の通
常業務の継続も必要であることを考慮すると,超高層建築物の調査に参画可能な人員はそれほど多く
はないと想定される.特に,被災地が首都圏となった場合には,超高層建築物は首都圏に集中してい
ることを踏まえると,超高層建築物への対応は事前の計画が重要であると言える.従来の商習慣から
すると,発災時に建物所有者は,被害把握をその建物の設計会社もしくは施工会社に依頼することに
なると想定される.その関係性は,自由競争に委ねられるが,各社においては自社の対応能力の見極
めも含めた準備・計画が望まれる.
(試算)
仮に,現状の数字で,首都圏で超高層建築物の調査に従事できる人員をゼネコンで計 120 名(設計
部 500 名+技研 100 名の 20%),組織設計事務所および大学教員等で同数の 120 名とすれば,合計 240
名となる.応急危険度判定の調査は 3,000÷240=12.5 日はかかるので、超高層建築物の事業の再開は
中間の 7 日あるいは最後の 13 日と予想してよいと思われる.東京都に限定すれば,建物棟数は約 600
である.100 名規模で調査に当たるとして2名一組で臨み,1日で1棟を対処すれば,12 日かかる.
さらに,将来は超高層建物の数がさらに増えるのは確実であり,一方,技術者数は横ばいか減少と
想定すれば,調査日数はさらに増加する.
しかし,事業継続の観点からは最大でも事業再開まで 6 日が限度ではないだろうか?.この応急危
険度判定の終了日の目標をどのように設定するかについては構造技術の側面ではなく,事業継続の側
面からの議論が必要であろう.
129
表 5.2.2.1 被害把握に必要な技術者
種類
役割
該当する資格もしくは相当対象者
所属
構造技術者
・調査計画の立案
・結果に基づく判断
・構造設計一級建築士
建築構造士(JSCA)
・構造士(JSCA)
・応急危険度判定士
・一級建築士
・ゼネコン
・設計部
・技術研究所
・設計事務所
・不動産事業者
・官庁
・大規模施設保有事業者
電力
ガス
鉄道
・大学(建築系)
検査技術者
・必要な情報の収集・整理
・非破壊検査技術者
・測量技師
・検査会社
・一級建築士
・一級施工管理技士
・ゼネコン(施工部門)
・技能士
足場組立作業主任者
建築大工技能士
内装仕上げ施工技能士
カーテンウォール施工技能士
電気工事士
電力
など
・専門工事業者
施工管理技術者 ・調査工事の施工管理
技能者
・仮設材の架設
・寸法測定
・仕上げ材の撤去・搬出
・石綿の除去
・仮設電力の供給
(2) 物的資源
物的資源は調査に必要な道具・機械などの資源,技術者・技能者が移動に要する資源,および情報
通信の資源に大別できる.この内,調査で使用する機械,検査器具,調査道具については詳細を 5.3
節にて後述する.
移動に要する資源については,技術者・技能者などが建物にたどり付くための資源,すなわち公共
交通機関,道路網などがある.さらに,建物内部での移動に要する資源もある.特に超高層建築物で
は,垂直移動の資源であるエレベーターの重要度が非常に高い.これらの移動の資源の稼働状況が被
害把握の効率を大きく左右する.
情報通信の資源については,携帯電話とインターネットが重要である.現代社会においてはこれら
2者への依存度が非常に高い.その稼働状況は,技術者・技能者の効率的な行動,調査の計画,指示
命令,調査結果の回収に強く影響する.
平常時に強く依存している資源が発災時には使用できない状況を想定し,何らかのバックアップの
準備をしておくことが必要である.
130
5.2.3 応急危険度判定と建物トリアージ
有限な資源で,多数の超高層建築物の被害を把握するためには,医療現場での緊急時のトリアージ
※)
に相当する優先順位付けが必要となる.特に,人命の確保や2次災害の防止が主眼となる発災初期
においては,応急危険度判定を如何にして効率良く行えるかが社会全体の損失を最小限に抑えること
に結びつく.現状の一般建築を対象とした応急危険度判定は以下のように行われている.この方法・
体制が超高層建築物に有効であるかは検討が必要である.
・応急危険度判定は自治体あるいは国の管理下(責任)で実施される.阪神淡路大震災のときは明
らかに危険な建物は赤紙,明らかに無被害が青紙,それ以外はほとんど要注意(黄紙)と判定し
ていた.この判定は 2 次被害防止には有効であるが,避難民を増やす結果となった.
・米国では黄紙判定の場合は建物には自己責任で入る.
・日本では要注意(黄紙)のとき詳細な調査をすることになるが,オーナーや管理会社が対処に困
ると思われる.実際,阪神淡路大震災では一般建築に対する詳細調査はあまり実施されていない.
したがって,黄紙判定に対する対処方法を別途,示すべきかもしれない.
ここでは,超高層建築物の被害におけるトリアージの意義を,応急危険度判定の優先順位付けと捉
えて,トリアージおよび応急危険度判定に内在する課題点を制度および技術の観点から指摘する.
(1) 制度上の課題
現状では次に列挙する事項に関して,制度整備もしくはコンセンサス形成が不十分である.
・トリアージは誰がどのような立場で行うのか.
・超高層建築物の応急危険度判定は誰が行うのか,行えるのか.またどのような立場で行うのか.
例えば、次のような意見があろう。
①オーナーに調査はゆだねる方がよい
②長周期地震動を受ける超高層建築物については専門知識や経験が必要であり,一般建築と同
列の人材が応急危険度判定を担当すべきではない
・トリアージおよび応急危険度判定結果の過誤に対するリスクを誰が負担・分担するのか.特に「危
険」を指摘できなかった場合の責任を踏まえると,判定は厳しい側に,すなわち建物の使用を制
限する側に偏ることになる.この結果,過度に建物の使用が制限されることになり,社会全体と
しての損失にも繋がる.
(2) 技術的な課題
応急危険度判定においては,次に列挙する事項が技術的に未成熟である.したがって,判定結果は
判定員によるばらつきが大きくなる.また,判定結果に対する責任を踏まえると,判定は厳しい側に
振れてしまう.これらに対しては,判定のガイドラインの整備が求められる.
・残存耐力もしくは余震に対する耐震性
・余震の繰返しによる破損・損傷の進行,危険度の上昇
・特に,鉄骨造の超高層建築物では,鉄骨部材を直接目視できない状況で,何を拠り所にして判定
するか,できるか
もともと,超高層建築物を継続使用するには従来の応急危険度判定では不十分であろうという指摘
には合理性がある.例えば,発災後 1 ヶ月を目処に設計会社および建設会社からなる専門家チームで
ある程度の詳細調査を行って初めて「真の」応急危険度判定がなされる,という指摘である.一方,
事業継続の立場からは 1 ヶ月も待つことはできない.今後の大きな課題であろう.
131
注※)医療現場でのトリアージの意義は,「現存する限られた医療資源(医療スタッフ,医薬品等)
を最大限に活用して,救助可能な傷病者を確実に救い,可能な限り多数の傷病者の治療を行うために
は,傷病者の傷病の緊急性や重症度に応じて,治療の優先順位を決定し,この優先順位に従って患者
搬送,病院選定,治療の実施を行うこと」4)とされている.
132
5.2.4 被害把握の阻害要因
被害を把握する際の阻害要因を,図面の管理状況,建物へのアクセス性,建物内部でのアクセス性,
建物内部での危険性,応答痕跡の保全性の観点から整理を試みる.なお,被害把握の判断手法が未整
備である問題については 5.3 節と 5.5 節でも扱うので、この節では言及しない。
(1) 図面の管理状況
調査をする上で,図面は不可欠である.調査員が容易に図面を入手できるような管理方法や管理の
仕組みを準備しておく必要がある.図面の入手ができない場合には,調査の計画立案も困難であり,
図面作成のための調査・作業も必要となる.また,後述するように建物内部での危険性の予知も困難
となり,被害把握の上で非常に大きな制約となる.
図面の他にも,次に示すような設計情報を即時に活用できる体制の整備が望まれる.
・設計図書(構造概要書,竣工図,計算書)
・設計時の構造解析用モデルデータ(使用ソフト,ヴァージョンの明示)
このような体制を整えていくには,建物の維持管理体制の中に,設計情報管理も組み込ませること
が重要と思われる.そのためには,設計情報管理の必要要件を明示し,建物管理者に啓蒙する必要が
ある.設計情報の必要要件を5W1Hで整理すると,表 5.2.4.1 に示すようになる.なお,5.2.2 項に示
すように,「事前準備」にて検討した技術情報も活用できるようになっていれば,被害把握に要する
時間の短縮や,被害把握の精度向上にもつながり,建物の機能回復・事業回復に結びつくことと思わ
れる.
表 5.2.4.1 設計情報を即時活用するための必要要件
項目
必要要件
What
設計図書
構造解析モデル
保存媒体(紙,電子データなど)
Who
○○ビル管理会社
Where
具体的な保存場所
When
定期的な保存状況の確認.例えば防災訓練時に確認する.
Why
発災後の安全確保(建物内,建物周辺),復旧の迅速化
How
常備しておくべき資料のリスト化,建物維持管理計画書へ
の組み込み
(2) 建物へのアクセス性
技術者や必要な道具類の当該建物への移動には,公共交通機関や道路状況の影響を強く受ける.発
災初期では,建物へのアクセス性が悪く,徒歩や自転車に頼る地域も想定される.このような状況が
続く期間は,調査の効率は著しく低い状態が続く.
133
(3) 建物内でのアクセス性
発災後の建物内部での技術者や資材の移動には,表 5.2.4.2 に示す阻害要因が想定される.調査の計
画に際しては,これらの阻害要因を念頭に置くとともに,必要に応じては阻害要因の排除も計画に盛
り込む必要がある.特に,超高層建築物では垂直移動の影響度が中低層建物と比べて著しく高く,被
害把握に要する時間や費用を大きく左右する要因である.
表 5.2.4.2 建物内移動に対する阻害要因
阻害される行動
阻害要因
水平移動
廊下,通路での落下・転倒物,危険物
垂直移動
停電や設備の破損などによるエレベーターの停止
対象箇所への近接
仕上げ材の存在
所要室内への侵入
施錠
(4) 建物内部での危険性
発災後の建物内部の調査をする際に,考慮すべき危険性,およびその予知と対策を表 5.2.4.3 に整理
してみた.これまでに,調査時の建物内部の危険性や安全対策について体系的に検討されたことは非
常に少ないと思われる.また,調査を行う技術者側にも安全に関する意識が必ずしも十分ではないと
思われる.安全確保に関する意識を今後は高める必要がある.
以下では,表 5.2.4.3 について,危険性の分類および予知と対策の一例として説明する.ここでは,
危険性を,余震,出火,漏えい,アスベストに分類している.余震以外の危険性では,当該の危険性
が余震により新たに引き起こされる可能性もある.特に,図面により予知可能な危険性が多いので,
調査の安全確保の観点からも,設計図書の維持管理の重要性が再確認される.対策については,個々
の危険性に応じた対策を積み重ねる必要がある.ただし,表 5.2.4.3 に示した対策は,具体性が乏しい
ものや有効性や実効性が不詳なものも多い.
特にアスベストについては,平常時の解体工事においても厳重な安全対策が必要な項目であり,発
災時といえども疎かにはできない危険性である.また,アスベストを含む建材は 2004 年頃まで製造さ
れていたとされている 5)ことから,比較的最近の建物においても,アスベストが使用されている可能
性があり,発災によりアスベストが発じんする可能性を否定できない.ほとんどの建物で,アスベス
トの危険性が潜み,予知と対策が求められることになる.
アスベストの発じんの有無については,現地での空気の測定が必要となる.発災の初期の状況を想
定すると,空気の測定とその判定には時間を要すると考えられる.発じんの有無が確認されるまでは
建物内部の調査を行えない.内部の調査を行うのであれば,発じんを前提とした対策(保護具等の使
用,洗浄設備の用意)を施す必要がある.ただし,保護具の入手も発災時には困難と思われる.初期
に発じんが無いことが確認された場合でも,後続の余震により発じんする危険性もある.また,被害
把握にはアスベスト含有建材を撤去する必要があり,発じんの危険性が生じる.以上の状況を踏まえ
ると,アスベストの発じんの監視が,内部調査の開始時のみならず,調査中は常時必要と言える.発
じんが認められた場合や,発じんの危険性が明らかな場合には,法令に従った飛散・暴露防止や適性
処分を行なう必要がある.これには,多大な時間,労力,費用を要し,被害把握を強く阻害すること
134
になる.なお,アスベストを使用した建物がある程度以上の規模で被災した場合は調査エリアのみな
らず,対策が完了するまでは建物全体が使用不可能と判断されるかもしれない.これはこの報告書の
範囲を超える問題であり,今後の課題としたい.
以上のように,アスベストは被害把握の大きな阻害要因である.しかし,事前にアスベスト含有建
材の有無,場所,量などが調査・把握されて,その記録が適切に保存管理されていると,これらのア
スベストによる阻害要因を大きく減じることが可能と考えられる.あるいは,建物内部に深く調査員
が入り込まなくても応答が把握できるように,センサで建物応答を計測することもアスベストへの対
応策の1つになると思われる.
表 5.2.4.3 建物内部での危険性
危険性
予知
対策
余震
・建物の崩壊
・物の落下,転倒
・崩壊が予想される建物には進入しない
・余震頻度・震度が低下する時期を待つ
・下階から順次安全性を確認しながら調査を進める
出火
・室用途の確認
・防火区画の確認
・防火区画の確認
・避難経路の確認・確保
・下階から順次安全性を確認しながら調査を進める
・余震による新たな出火への備え
漏えい
(ガス,漏電,消火 ・室用途の確認
ガス,水)
アスベスト
・建設年代の確認
・設計図書による調査
・アスベスト含有建材デー
タベース6)による照合
・感知器の携帯
・下階から順次安全性を確認しながら調査を進める
・余震による新たな漏えい発生への備え
・室内空気の調査
・発じん有無の確認までは建物内部に立ち入らない,もしく
は保護具等(防じんマスク、保護衣)と洗浄設備を使用する
・発災以前に,アスベスト使用の有無,使用箇所,量を調査
し,記録・保管しておく
(5) 応答痕跡の保全性
5.3.1 項で後述するように,内外装材や什器の変状・損傷などの「外観」は重要な応答量である.し
かし,建物所有者の立場からすると,これらの変状・損傷はいち早く片付けし,建物としての機能回
復に努めたい.このため,調査の時には,必ずしも発災時の「外観」が保全されていない可能性があ
る.したがって,調査員は建物所有者に,保全性について確認する必要がある.
一方,建物所有者側が,片付け前に写真を撮影することを発災後の行動マニュアル等に組み込むこ
とがより望ましい.このためには,被害把握における「外観」の重要性のみならず,その「外観」が
保全・記録されていると結果として建物機能回復を早める,といった事業継続性の観点からの有効性
について理解してもらう必要がある.
(6) 情報通信網の稼働状況
今日,平常時には携帯電話およびインターネットへの依存度が高い.したがって,調査活動は発災
後の情報通信網の稼働状況の影響を強く受ける.技術者・技能者が計画的に行動するには,技術者・
技能者を統括する「本部」と現地との通信が必要である.また,現地での技術者・技能者相互の意志
135
伝達にも通信が必要である.特に,超高層建築物では,建物内部での連絡にも携帯電話などの移動体
通信が不可欠である.携帯電話が不通になっただけでも,調査の効率が著しく低下し,被害把握に関
する全ての活動が阻害される.
(7) その他
仕上げ材によって鉄骨構造体が隠されて調査が困難であることは何度も述べているが,仕上げを撤
去したとしても設備配管が柱のそばを通っていて梁端の溶接部を隠してしまい,調査ができないこと
もある.仮にその設備配管が「活きた=使われている」状態であるならば、その盛り換えは慎重を期
す必要があり,迅速な調査に対する阻害要因となる.
また,電力等のインフラの復旧程度も調査の阻害要因となる.電力の復旧状況が移動手段や通信手
段に影響を与えることは既に述べた.また,調査内容によっては電力を必要とする場合があり,望ま
しい調査が電力の復旧まで待つ必要が発生する.
参考文献
1)(社)日本建築構造技術者協会ホームページ
(http://www.jsca.or.jp/)
2)非破壊検査協会ホームページ
(http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsndi/)
3)(社)日本建築構造技術者協会ホームページ:JSCA 建築構造士名簿
(http://www.jsca.or.jp/vol2/11as_eng/list/sjis/index.php)
4)横須賀市医師会ホームページ:災害時医療救護マニュアル
(http://www.yokosukashi-med.or.jp/topics/saigaimanual/3.htm)
5)国度交通省:目で見るアスベスト建材(第2版),2008 年3月
6)国度交通省ホームページ:石綿(アスベスト)含有建材データベース
(http://www.asbestos-database.jp/)
136
5.3 構造体の損傷を把握するために必要な応答量の取得方法の整理
この節では,構造体の損傷を把握するために必要となる応答量の取得方法を整理することを目的と
して,具体的な応答量の種別,応答量を取得する方法の種別,それらの個別手法の特徴や課題につい
て整理を試みる.
5.3.1 評価対象と応答量の種類
構造体の損傷を把握するために必要な応答量の取得方法を整理するに当たって,この項では,まず,
建物の評価対象を大きくいくつかの部位に分割し,部位ごとに,どのような応答量を評価することで
構造損傷を把握できるかについて基本的な検討を行う.
まず,建物の評価対象を大きく5つの部位に分割する.すなわち,「建物全体」「層」「構造部材
単体」「制振ダンパー」「非構造部材」である.
「層」は,建築物を構成する「階」を意図しているが,各階をつなぐ柱のどの部分までを上下階ど
ちらの層に含めるかとか,建物の一部面積のみを占める中間階を有する構造の場合,「層」をどう捉
えるかといった問題は,個別の評価方法ごとに適用が異なり,ここで一般論として厳密な定義を目指
すものではない.
「制振ダンパー」については,鋼材系のダンパーのように建築構造と類似の機構により構成される
ものや,オイルダンパー・粘性ダンパーなど建築構造とは異なる機構を有するものなどさまざまなバ
リエーションが含まれる.さらに,最近では能動的あるいは半能動的にダンパーの特性を制御する機
能を有したアクティブあるいはセミアクティブといったダンパーも存在するが,本報告では,一般的
に多用される鋼材系ダンパーならびにオイルダンパーや粘性ダンパーなどに限定する.
「非構造部材」については,内装・外装といった建築物そのものの部材に加えて,空調設備に代表
される各種建築設備機器,建物用途に応じてさまざまに設置される棚などの什器類も,応答評価に際
して重要な手がかりを得られる可能性がある.なお,以後の検討では,これらの「非構造部材」ある
いは「設備」「什器」といったものも「層」や「ダンパー」などと同列で扱っているが,非構造部材
や設備,什器自体の損傷を評価することを検討の目的としているわけではなく,これらの非構造部材
や設備,什器の「応答」から構造体の応答さらには構造損傷を推定する手がかりが得られる可能性を
検討することをあくまで目的とするものである.
次に,これらの建物部位に対して,構造損傷を評価するために把握すべき応答量を列挙する.具体
的には,「外観」「変位」「加速度」「固有振動数」「剛性」などである.
「外観」は,亀裂や割れなどといった直接的な損傷そのものに加えて,耐火被覆の落下や防錆塗料
のはがれなど,構造損傷に伴う間接的な変状も評価対象に含まれる.外観を物理量として定量的に評
価するには,一般的に困難を伴うと思われるが,地震後初期の段階などで迅速にかつ簡易に評価する
際には欠かせない評価項目となると想定される.
「変位」は,スケールや巻尺といった簡易な測定手段から,レベルやトランシットといったやや専
門的な手段,さらには電子的に記録を保存できる高度な測定器まで,目的と対象に応じてさまざまな
適用が考えられる.また,評価対象によって,絶対変位・相対変位・累積変位など変位の種別を使い
分ける必要がある.
「加速度」は,ある程度高度な測定器を地震以前から準備しておかなければならず,より手間とコ
ストがかかる評価手法である.一方,これらの記録からは,建物への直接入力や応答としてのフロア
137
レスポンスなどを評価することが可能であり,より精度の高い構造損傷評価につながる可能性を有し
ている.
また,「固有振動数」「剛性」「温度」など,応答量と定量的な損傷との関係が必ずしも明らかに
なっていないものもある.これらの問題点については,5.3.3 項に示す.
前述の建物評価対象と,
評価すべき応答量との関係を一覧表にまとめると,表 5.3.1.1 のようになる.
表 5.3.1.1 評価対象と「応答量」の種別
評価対象
建物全体
層
構造部材単体
制振ダンパー
応答量
外観
・敷地の変状
・内装材の変
・ 外 装 材 の 変 状,損傷
状,損傷
・設備の動作状
・設備の動作状 況
況
変位
・傾き
・残留変位
加速度
・基礎入力加速
度[最大・履歴]
・固有振動数
その他の物性
・座屈(局部,
捻れ),亀裂,
破断
・耐火被覆落
下,防錆塗料剥
がれ
・層間変位
・残留変位,変
[最大・履歴(累 形
積)・残留]
・床の傾き
・各階加速度
[最大・履歴]
・層剛性
・表面硬さ
・温度[最大・
履歴]
非構造部材(内
外装)
什器,設備(注)
・座屈,亀裂
・防錆塗料剥が
れ
・油漏れ
・ずれ,割れ,
脱落,落下,転
倒,内外装材本
体の破損,取付
け用ファスナ
ー類の破損
・ダンパー変位 ・ずれ(移動量,
[最大・履歴(累 目地)
積)・残留]
・表面硬さ
・温度[最大・
履歴]
(注)「非構造部材」あるいは「設備」
「什器」といったものも「層」や「ダンパー」などと同列で扱
っているが,非構造部材や設備,什器自体の損傷を評価することを検討の目的としているわけで
はなく,これらの非構造部材や設備,什器の「応答」から構造の応答さらには構造損傷を推定す
る手がかりが得られる可能性を検討することをあくまで目的とするものである.
138
5.3.2 各応答量の取得に資する方法と道具およびセンサ
この項では,前項で整理された,構造損傷を把握するために必要な応答量のそれぞれについて,具
体的にどのような道具あるいはセンサが必要となるかという点について整理を行う.
まず,前項で列挙した応答量ごとに,具体的な測定手段を列挙すると表 5.3.2.1 のようになる.
表 5.3.2.1 「応答量」の取得に用いるセンサ
応答量
測定手段
備考
外観
目視,望遠鏡
亀裂
探傷(浸透,磁粉,超音波)
変位(一般)
スケール,巻尺,最大変位記録センサ,累積変位記録
センサ,動的変位計,監視カメラ
変位(鉛直度)
トランシット,下振り
変位(水平度)
水準器,レベル
加速度
P波センサ※1,加速度計
固有振動数などの評価
にも利用可
硬度
硬度計(超音波式,接触式)
温度
温度ヒューズ※2,記録式温度計
※1:P波センサは,地震動の初期微動の主成分である上下方向の加速度最大値を検知するものであり,エレ
ベータの地震時緊急停止用として用いられるものである.同じ目的で地震主要動の加速度最大値を検知す
るS波センサもある.
※2:温度ヒューズは,一定以上の温度に達すると溶断する過熱保護部品であり,通常,電気回路の保護のた
めに用いられるものである.
これらの「測定器」を用いて応答量を取得するに当たって最も重要なことは,「発災前準備の必要
性」,すなわち,その「測定器」が地震より前に設置されている必要があるか,あるいは地震後に設
置することで損傷評価が可能なのかどちらであるのかという点である.例えば,探傷などの方法は基
本的に損傷後に適用すれば評価が可能であるのに対して,地震動そのものの加速度を地震計で捉える
ためには地震以前に測定器を設置しておくことが必要なことは言うまでもないことである.
一方,建物の固有振動数の変化から構造の損傷を評価する手段を適用する場合,事前に「健全時」
のデータを取得しておく必要がある.この場合,測定器は建物に常置させる必要はなく,発災前のあ
る段階でデータを取得しておき,発災後に臨時計測を行うことで適用が可能となる.この点で,発災
前準備の必要レベルには「常置」と「臨時」の差が存在することに注意が必要である.
さらに,表 5.3.2.1 の「測定器」は,比較的簡単に利用可能なものから,十分な準備と特殊な専門的
知識を必要とするものまで,さまざまである.一般的に,コストや手間が少なく容易に設置が可能な
ものでは測定結果の精度が低めであるのに対して,コストと手間のかかる詳細手法ではより精度の高
いデータが得られる傾向がある.
これらの観点から,前項で整理した建物部位と応答量ごとに,利用可能な応答取得手段を「発災前
に設置する必要があるもの」と「発災後に適用可能なもの」に分類,さらに,簡易手法と詳細手法に
分類を試みた結果を表 5.3.2.2,表 5.3.2.3 に示す.
139
なお,各測定手段については,利用に当たって必要な専門的知識や技術者のレベル,また,適用限
界や損傷予測精度に大きな差があるが,これらの問題点や各手段の特徴については次項にてまとめて
示す.
表 5.3.2.2 「応答量」の取得に用いるセンサ(発災前に設置しておく必要があるもの)
部位
建物全体
建物全体
建物全体
応答量
変位(傾き)
建物入力加速度
固有振動数
発災前設置必要
簡易手法
-
P波センサ
-
層
層
層
層
変位(層間変形)
変位(床傾き)
各階加速度
層剛性
-
-
P波センサ
-
構造材
構造材
構造材
構造材
ダンパー
ダンパー
ダンパー
外観
亀裂・破面
表面硬さ
温度
外観
亀裂・破面
変位
詳細手法
-
加速度計(地震計)
加速度計(事前に健全時データを計測
し,そのデータをいつでも使えるよう
に保存しておくことが必要)
-
-
加速度計(地震計)
加速度計(事前に健全時データを計測
し,そのデータをいつでも使えるよう
に保存しておくことが必要)
-
-
硬度計(初期データが必要)
記録式温度計
-
-
動的変位計
-
-
-
温度ヒューズ
-
-
最大変位記憶センサ
累積変位記憶センサ
ダンパー
表面硬さ
-
硬度計(初期データが必要)
ダンパー
温度
温度ヒューズ
記録式温度計
非構造材
外観・破面
-
-
非構造材
変位
-
-
什器・設備 外観
監視カメラ
-
什器・設備 変位
監視カメラ
-
(注)この表で「ダンパー」とあるのは鋼材ダンパーを念頭に置いている.オイルダンパーおよび粘
性ダンパーについては応答量として表面硬さは計測対象ではない.
140
表 5.3.2.3 「応答量」の取得に用いるセンサ(発災後に適用することが可能なもの)
部位
建物全体
建物全体
建物全体
層
層
層
層
構造材
構造材
構造材
構造材
ダンパー
応答量
変位(傾き・外装目地ず
れ・立ち精度)
建物入力加速度
固有振動数
変位(層間変形)
変位(床傾き)
各階加速度
層剛性
外観(耐火被覆落下,防錆
塗料剥がれ)
亀裂・破面
発災後適用可
簡易手法
目視
詳細手法
トランシット
-
-
下げ振り
水準器
-
-
目視
-
加速度計(臨時計測)
トランシット
レベル
-
加速度計(臨時計測)
-
目視
探傷(浸透,磁粉,超音波),破断面
の顕微鏡観察
硬度計
-
-
ダンパー
表面硬さ
温度
外観(耐火被覆落下,防錆
塗料剥がれ,オイルダンパ
ー・粘弾性ダンパー破損)
亀裂・破面
-
-
目視
目視
ダンパー
ダンパー
ダンパー
非構造材
変位
表面硬さ
温度
外観・破面
-
-
-
目視
探傷(浸透,磁粉,超音波),破断面
の顕微鏡観察
-
硬度計
-
ファスナー類の破断面の顕微鏡観察
非構造材
什器・設備
什器・設備
変位
外観
変位
巻尺等
目視
巻尺等
-
-
-
(注)この表で「ダンパー」とあるのは鋼材ダンパーを念頭に置いている.オイルダンパーおよび粘
性ダンパーについては応答量として表面硬さは計測対象ではない.
141
5.3.3 各応答量取得方法の特徴と課題
前項で整理されたさまざまな応答量取得手段については,利用に当たって必要な専門的知識や技術
者のレベル,また,適用限界や損傷予測精度に大きな差がある.この項では,これらの応答量取得手
段の特徴と課題について整理する.
以下の各項目に着目して,各手段の特徴の整理を行った.
(1) 測定手段が必要とする技術者のレベル(普及度,難易度)
測定手段によって,必要とされる技術者のレベルはさまざまである.目視や下げ振り,巻尺といっ
たありふれた道具であれば,特に技術者を必要とはしないが,トランシットやレベルといった建設機
材であれば,少なくとも建設作業経験者でなければ操作は困難である.さらに,加速度計や超音波探
傷などになると,特殊な専門知識あるいは資格を有する技術者しか操作することはできない.たとえ
技術的に有力な損傷評価手法であっても,発震直後にこれら高度な技術者が何人くらい対応可能かが,
現実的な適応可能性を決定付ける鍵となりうる.
(2) 測定手段が必要とする装置の特殊性(コスト,普及度,電力等の要否)
測定手段によって,装置本体のコストや普及度は大きく異なる.レベルやトランシットといった通
常の現場機材であれば,発震直後であっても入手は比較的容易と思われるが,加速度計や硬度計とい
った特殊な装置では,普及の度合いから考えて,発震直後に要求が殺到した場合には手配が極めて困
難になる可能性が予想される.
また,装置によっては電力を必要とするものもあり,大規模な震災で停電が長期化した場合は,装
置の手配が可能になっても装置を使用する環境が整わない可能性も予想される.
前述の技術者の対応可能性と同時に考慮しなければならない点である.すなわち,技術者と装置の
両方が揃わなければ対応ができないという点に注意が必要である.
(3) 建屋内での作業性と安全性(内装撤去の要否とアスベスト飛散防止)
梁端部の部材損傷を直接観察,あるいは硬度計のような措置を直接接触させて測定を行うためには,
建物内装や耐火被覆等を一時的に撤去することが必要となる.この作業には手間と時間とが必要とな
る.
また,これらの撤去にあたっては,5.2.4 項(4)で述べたように,アスベスト飛散の危険性の事前調査・
確認が重要である.建材がアスベストを含んでいる場合には,アスベストの飛散を防止できる適切な
工法の選択が必要となる.飛散防止工法においては,解体作業効率が通常の解体工法と比べて著しく
低いこと,施工業者が限定的であること,防護服などの特殊設備の入手難易度などに注意が必要であ
る.
さらに,内装撤去ならびにアスベスト対応の問題については,発災後の対応ばかりではなく,事前
対応として既存建物に加速度計などを設置する際にも問題となりうる点に注意が必要である.
(4) 発災後,データを得るまでに必要な時間(データの保存性,データの回収方法)
発災後,応答量を取得するまでに要する時間は,装置や技術者手配の難易度と大きく関係する.デ
ータ取得までの時間が重要視される背景には,損傷判定結果を一刻も早く事業継続や復旧計画に反映
させる必要性に加えて,応答量によっては,発災後時間の経過とともにデータ取得が困難になる可能
性があることによる.例えば,5.2.4 項(5)で述べたように,内外装の直接被害や設備機器の移動などは,
初災後比較的短い時間で撤去あるいは元通りに復旧されてしまう可能性があり,地震直後の状況を把
142
握することが時間の経過とともに困難になることが想定される.
一方で,常置されている加速度計などのうち電話回線等でリモート管理されているものについては,
地震後電話回線さえ復旧すれば遠隔地からデータの取得が可能になり,比較的早い段階でのデータ取
得を期待することができる.
(5) 必要な維持管理(事前準備が必要な手段の場合)
建物にあらかじめ設置される加速度計などは,大きな地震が発生するまで設置後長期間の稼動を強
いられる装置がある.これらの装置が,いざ地震が発生した際に目的どおりの機能を発揮するために
は,日常の維持管理が重要な鍵となる.維持管理には,コストと手間が必要となるため,これら装置
の設置に当たっては,運用面とコスト面での適切な対応が求められる.例えば,通常の地震計の場合,
3 年毎の無停電電源装置の交換に加えて,通常 10 年程度と想定されている装置本体の更新期間ごとに
新たなコストが必要となる.
(6) 測定手段による損傷評価の精度,信頼性
各手段から得られる損傷評価結果の精度には大きな差が想定される.一般的には簡易な手法ほど精
度が低いと想定されるが,開発途上の手法や,損傷との定量的関係が明らかでない物理量などは,デ
ータ取得の手間と予想精度との関係をあらかじめ把握した上で適用することが必要である.
各応答量取得手段ごとに,上記各項目について整理した結果を表 5.3.3.1 に示す.
143
表 5.3.3.1(A)
「応答量」取得方法個別の特徴・課題
部位
建物全体
応答量
変位(傾き)
手段
トランシット
必要技術者のレベル
建設技術者
装置の特殊性(電力等の要否)
レンタル品が普及
建物全体
建物入力加速度
P波センサ
加速度計(地震計)
特殊技術不要
専門家
建物全体
固有振動数
加速度計(臨時計測) 専門家
層
変位(層間変形) 下げ振り
トランシット
変位(床傾き) 水準器
レベル
各階加速度
P波センサ
加速度計(地震計)
エレベータ管理用として普及
特殊.電力必要だが,事前設置
の場合通常UPSを装備.
特殊.電力必要(電池でも対応
可).
入手容易
レンタル品が普及
精度を問わなければ入手容易
レンタル品が普及
エレベータ管理用として普及
特殊.電力必要だが,事前設置
の場合通常UPSを装備.
特殊.電力必要(電池でも対応
可).
-
層
層
特殊技術不要
建設技術者
特殊技術不要
建設技術者
特殊技術不要
専門家
層
層剛性
加速度計(臨時計測) 専門家
構造材
外観
目視
構造材
亀裂
目視
特殊技術不要だが,定量化のた
めには知識が必要
特殊技術不要
浸透探傷
専門家
特殊.電力不要
磁粉探傷
専門家
特殊.電力必要
超音波探傷
高度な技術者
特殊.電池駆動可
144
-
作業性(内装撤去の要否等)
建物全体が見通せる立地が必
要
事前設置が必要
事前設置が必要
特殊な準備作業は不要
鉛直の基準(柱等)が必要
鉛直の基準(柱等)が必要
特殊な準備作業は不要
特殊な準備作業は不要
事前設置が必要
事前設置が必要
特殊な準備作業は不要
構造体を露出させるため,内外
装撤去必要の可能性あり
構造体を露出させるため,内外
装撤去必要の可能性あり
構造体を露出させるため,内外
装撤去必要の可能性あり.上向
き姿勢は?
構造体を露出させるため,内外
装撤去必要の可能性あり
手法によって,構造体を露出さ
せるため,内外装撤去必要の可
能性あり
部位
構造材
応答量
表面硬さ
手段
硬度計
必要技術者のレベル
専門家
装置の特殊性(電力等の要否)
特殊.電池駆動可
構造材
温度
温度ヒューズ
特殊.電力不要
作業性(内装撤去の要否)
構造体を露出させるため,内外
装撤去必要の可能性あり
事前設置が必要
特殊.電力必要
事前設置が必要
-
-
ダンパーを露出させるため,内
外装撤去必要の可能性あり
ダンパーを露出させるため,内
外装撤去必要の可能性あり
ダンパーを露出させるため,内
外装撤去必要の可能性あり.上
向き姿勢は?
ダンパーを露出させるため,内
外装撤去必要の可能性あり
ダンパーを露出させるため,内
外装撤去必要の可能性あり
事前設置が必要.記録結果の読
み取りは,通常,点検口等から
可能
事前設置が必要.記録結果の読
み取りは,通常,点検口等から
可能
事前設置が必要
ダンパー
外観
目視
ダンパー
(注)
亀裂
目視
読取だけなら特殊技術不要.評
価には専門家必要.
読取だけなら特殊技術不要.評
価には専門家必要.
特殊技術不要だが,定量化のた
めには知識が必要
特殊技術不要
浸透探傷
専門家
特殊.電力不要
磁粉探傷
専門家
特殊.電力必要
超音波探傷
高度な技術者
特殊.電池駆動可
最大変位記憶センサ
特殊技術不要だが,定量化のた
めには知識が必要
特殊.通常,電力不要
累積変位記憶センサ
特殊技術不要だが,定量化のた
めには知識が必要
特殊.通常,電力不要
動的変位計
専門家
表面硬さ
硬度計
温度
温度ヒューズ
操作の練習必要.評価に知識が
必要
読取だけなら特殊技術不要.評
価には専門家必要.
読取だけなら特殊技術不要.評
価には専門家必要.
特殊.電力必要だが,事前設置
の場合通常UPSを装備.
特殊.電池駆動可
記録式温度計
ダンパー
(注)
ダンパー
(注)
ダンパー
(注)
変位
記録式温度計
145
特殊.電力不要
特殊.長期計測のためには電力
必要.
ダンパーを露出させるため,内
外装撤去必要の可能性あり
事前設置が必要
事前設置が必要
部位
非構造材
非構造材
応答量
外観
破面
手段
目視
電子顕微鏡
非構造材
什器・設備
変位
外観
巻尺等
目視
監視カメラ
必要技術者のレベル
特殊技術不要
操作に特殊技能必要.評価に専
門家必要
特殊技術不要
特殊技術不要
特殊技術不要
什器・設備
変位
巻尺等
監視カメラ
特殊技術不要
特殊技術不要
装置の特殊性(電力等の要否)
-
特殊.オンサイトでは不可
作業性(内装撤去の要否)
特殊な準備作業は不要
破損した部品
入手容易
-
コンビニ等の店舗に普及.地震
時停電には対応できない
入手容易
コンビニ等の店舗に普及.地震
時停電には対応できない
特殊な準備作業は不要
特殊な準備作業は不要
事前設置が必要
特殊な準備作業は不要
事前設置が必要
(注)ダンパーとしては鋼材ダンパーを念頭に置いている.ただし,応答量としての変位は鋼材ダンパーのみならず,他のダンパーでも損傷の指標として有効かも
しれない.
146
表 5.3.3.1(B)
部位
建物全体
建物全体
建物全体
層
層
応答量
変位(傾き)
建物入力加速度
「応答量」取得方法個別の特徴・課題
発災後の対応時間
装備が手配でき次第対応可
エレベータが緊急停止したか
どうかで現地にて判定可能.
加速度計(地震計) リモート管理されていれば,電
話回線が復旧次第データ取得
可能.
リモート管理でない場合,デー
タ回収時間は交通状況に依存.
固有振動数
加速度計(臨時計測) 技術者と装置を準備する必要
あり.数日~数週間オーダ必
要.
変位(層間変形) 下げ振り
装備が手配でき次第対応可
トランシット
装備が手配でき次第対応可
変位(床傾き) 水準器
装備が手配でき次第対応可
層
各階加速度
層
層剛性
構造材
外観
手段
トランシット
P波センサ
レベル
P波センサ
精度,信頼度
作業者の技量に左右される
ある値を超えたかどうかの判
定しかできない
高精度,高信頼度
微動測定結果は非構造材の影
響を受けやすい
精度はあまり期待できない
作業者の技量に左右される
測定箇所のローカルな傾きを
評価してしまう可能性あり
作業者の技量に左右される
ある値を超えたかどうかの判
定しかできない
高精度,高信頼度
装備が手配でき次第対応可
エレベータが緊急停止したか
どうかで現地にて判定可能.
加速度計(地震計) リモート管理されていれば,電
話回線が復旧次第データ取得
可能.
リモート管理でない場合,デー
タ回収時間は交通状況に依存.
加速度計(臨時計測) 技術者と装置を準備する必要 微動測定結果は非構造材の影
あり.数日~数週間オーダ必 響を受けやすい
要.
目視
内外装を撤去する必要がある 定量化の精度は低い
場合,撤去作業の完了待ち.
147
課題
作動加速度設定値が管理者で
なければわからない
装置が高額
維持管理にコストがかかる
構造損傷との定量的相関が不
明
作動加速度設定値が管理者で
なければわからない
装置が高額
維持管理にコストがかかる
技術的に未確立.精度に難点
鋼材表面の防錆塗装の方法で
損傷時の変状様相が異なる
部位
構造材
応答量
亀裂
手段
目視
浸透探傷
磁粉探傷
超音波探傷
構造材
表面硬さ
硬度計
構造材
温度
温度ヒューズ
記録式温度計
発災後の対応時間
内外装を撤去する必要がある
場合,撤去作業の完了待ち.
内外装を撤去する必要がある
場合,撤去作業の完了待ち.
内外装を撤去する必要がある
場合,撤去作業の完了待ち.
技術者と装置を準備する必要
あり.数日~数週間オーダ必
要.
内外装を撤去する必要がある
場合,撤去作業の完了待ち.
内外装を撤去する必要がある
場合,撤去作業の完了待ち.
データ回収方法に依存する
ダンパー
(注)
外観
目視
内外装を撤去する必要がある
場合,撤去作業の完了待ち.
ダンパー
(注)
亀裂
目視
内外装を撤去する必要がある
場合,撤去作業の完了待ち.
内外装を撤去する必要がある
場合,撤去作業の完了待ち.
内外装を撤去する必要がある
場合,撤去作業の完了待ち.
技術者と装置を準備する必要
あり.数日~数週間オーダ必
要.
目視読取り可能なものであれ
ば,直後の対応可能.特殊な読
取装置を要するものは装備が
手配でき次第対応可
浸透探傷
磁粉探傷
超音波探傷
ダンパー
(注)
変位
最大変位記憶センサ
148
精度,信頼度
定量化の精度は低い
課題
亀裂深さは評価不可
高精度
高精度,高信頼度
知見の蓄積が進行中であり,あ
る程度の精度が期待できる
ある値を超えたかどうかの判
定しかできない
温度記録そのものの精度は高
い
定量化の精度は低い
精度の向上
構造損傷との定量的相関が不
明
構造損傷との定量的相関が不
明
鋼材表面の防錆塗装の方法で
損傷時の変状様相が異なる.
オイルダンパー,粘弾性ダンパ
ーは目視で損傷評価が困難.
定量化の精度は低い
亀裂深さは評価不可
高精度
高精度,高信頼度
一定の精度確保は可能
構造損傷の定量的評価には不
十分
部位
応答量
手段
累積変位記憶センサ
動的変位計
ダンパー
(注)
ダンパー
(注)
表面硬さ
硬度計
温度
温度ヒューズ
記録式温度計
非構造材
外観
目視
非構造材
破面
電子顕微鏡
非構造材
変位
巻尺等
什器・設備
外観
目視
監視カメラ
発災後の対応時間
目視読取り可能なものであれ
ば,直後の対応可能.特殊な読
取装置を要するものは装備が
手配でき次第対応可
リモート管理されていれば,電
話回線が復旧次第データ取得
可能.
リモート管理でない場合,デー
タ回収に時間を要する.
内外装を撤去する必要がある
場合,撤去作業の完了待ち.
内外装を撤去する必要がある
場合,撤去作業の完了待ち.
データ回収方法に依存する
直後の対応可能.
発災後時間を経過すると片付
いてしまう可能性あり
破損部材を測定機関まで搬送
する必要あり
直後の対応可能.
発災後時間を経過すると片付
いてしまう可能性あり
直後の対応可能.
発災後時間を経過すると片付
いてしまう可能性あり
記録回収時間は設置環境に依
存.
発災後時間を経過すると消去
されてしまう可能性あり.
149
精度,信頼度
一定の精度確保は可能
課題
高精度,高信頼度
装置が大掛かり
知見の蓄積が進行中であり,あ
る程度の精度が期待できる
ある値を超えたかどうかの判
定しかできない
温度記録そのものの精度は高
い
定量化は困難
精度の向上
構造損傷との定量的相関が不
明
構造損傷との定量的相関が不
明
構造損傷の定量的推定が困難
高精度
定量化の精度は低い
構造損傷の定量的推定が困難
定量化は困難
構造損傷の定量的推定が困難
画像解像度に依存
構造損傷の定量的推定が困難
記録の回収に店舗オーナの協
力が必要
部位
什器・設備
応答量
変位
手段
巻尺等
監視カメラ
発災後の対応時間
直後の対応可能.
発災後時間を経過すると片付
いてしまう可能性あり
記録回収時間は設置環境に依
存.
発災後時間を経過すると消去
されてしまう可能性あり.
精度,信頼度
定量化の精度は低い
課題
構造損傷の定量的推定が困難
画像解像度に依存.
精度の高い定量化は困難
構造損傷の定量的推定が困難
記録の回収に店舗オーナの協
力が必要
(注)ダンパーとしては鋼材ダンパーを念頭に置いている.ただし,応答量としての変位は鋼材ダンパーのみならず,他のダンパーでも損傷の指標として有効かも
しれない.
150
表 5.3.3.1 中には,応答量測定手法として確立したものや,損傷指標としての有効性が確認されてい
ないものなど精粗さまざまなものが含まれている.いくつかの項目について,以下に補足説明を述べ
る.
(a) 固有振動数・層剛性
建屋固有振動数の低下を構造損傷の指標に用いることを意図した研究例は多数見られる 1)など.鉄骨
構造の場合,梁端等の破断により層剛性が低下することは容易に想像できる.また,RC構造におい
てもひび割れの発生に伴い全体の剛性が低下することは自明である.
しかしながら,実際に損傷を受けた構造物において,固有振動数の低下と損傷程度とを定量的に評
価あるいは実測した例は極めて限定的である 2).
また,固有振動数の低下を被災前後の常時微動から評価しようという研究例 3)などが見られるが,常
時微動においては,固有振動数の振幅依存性 4),日変動 5),経年変化 6)がみられるとの事例報告もあり,
また非構造材の影響により正確な評価が困難となる可能性もある.実適用に際しては,これらの問題
点を踏まえた上で検討が行われる必要がある.
一方,構造損傷による固有振動数あるいは層剛性の低下を,シミュレーションを通じて検討しよう
という試みも見られる 7).層剛性については,振動測定結果から直接同定を試みた例 8), 9)もあるが,そ
の精度は実適用にはまだ不十分と思われ,今後の研究が待たれる.
いずれにしても,固有振動数あるいは層剛性が定量的な損傷指標となるためには,今後の実測(地
震観測)を通じた知見の積み重ねが必要と思われる.その一つの方策として建物強震観測の活用など
が提案されている 10), 11).また,地震観測の普及を図るため,低コストの地震計に対する研究なども行
われている 12).
(b) 温度
鉄骨構造については,部材が非線形領域に入ると塑性変形に伴うエネルギー消費が最終的に熱とな
って発散することから,構造体の温度を計測することで損傷評価につながる可能性がある 13), 14), 15).
しかしながら,構造体の温度計測から損傷を評価しようという研究例はほとんど見られない.既往
の部材実験においては,大きな塑性変形時には 50~60 度といった明らかな温度上昇が見られることが
報告されている事例 16), 17), 18) , 19)もあることから,大地震時に塑性変形を生じそうな部位に,温度ヒュ
ーズなど一定の温度以上に達したことを記録できるセンサを設置しておけば,このセンサの記録から
塑性変形量をある程度評価できる可能性はある.しかしながら,定量的な評価は現時点では困難と思
われる.
また,損傷に伴い一時的に上昇した温度は,急速に環境温度に復帰してしまうことが予想されるた
め,損傷評価のための温度測定にあたっては温度履歴を残す工夫が必要になる.
現状では,温度履歴を損傷指標に用いようという事例が見られないことから,この技術が実用的な
段階に至るためには,今後,相当の研究が積み重ねられることが必要と思われる.
151
(c) 破面
破面を観察することによって,負荷応力の大きさ,負荷の方向,破壊形式などが推定できる場合が
ある 20).観察は肉眼もしくは 10 倍程度の拡大率のループによるマクロ観察でも,表 5.3.3.2 に示すよ
うな数多くの情報を得ることができる.また,応力の繰返しによる破壊の場合には,破面には応力の
種類や応力の大きさに応じて,図 5.3.3.1 に示すような特徴が確認できる場合が多い.電子顕微鏡を用
いたミクロ観察によれば,破断までの変位振幅の繰返し回数を推定できる場合もある.また,これら
のような破面から得られる情報は,金属材料に限らず,有機材料でも可能な場合がある 21).
表 5.3.3.2 破面のマクロ観察から得られる情報 20)
152
図 5.3.3.1 マクロ観察による破面の様相 20)
153
5.3.4 応答量取得における新しい技術の活用
「平成 20 年版長周期地震動対策に関する調査業務報告書」22)において,構造損傷検出に利用可能と
思われる各種センサについての整理が行われている.前項では,応答量取得のためのセンサとしての
完成度の観点から,現在研究が進められている新しい技術については検討対象外としたが,本項では,
これらの新しい技術のいくつかについて,特徴と損傷検出への適用可能性について再整理して示す.
(1) AEセンサ
AE(acoustic emission)センサは,構造体に亀裂が生じた際に発せられる超音波弾性波を圧電素子
などを用いた振動センサにて計測するもので,多数のセンサを同時に設置することで岩盤やタンク構
造などの亀裂位置同定に用いられている.損傷の瞬間を捉えるために,常時測定が必要であることに
加えて,比較的コストがかかる測定手法であることから,現状の技術を建築構造の地震時損傷評価に
そのまま適用することは非現実的と思われる.
これに対して,建築構造の損傷評価に特化したセンサを開発しようという試み 23), 24), 25), 26)が見られ
る.この事例では,詳細な亀裂位置同定は目指さず,センサで受信した超音波振動を数段階の閾値に
分けて,その閾値を超えた数のみをカウントしようという簡易な手法を採用することに加えて,セン
サと小型CPUを一体化したモジュールによる無線ネットワークを構成することで大幅なコストダウ
ンを図っている.
本来はRC造を対象とした損傷検出手法として考案されているが,鉄骨造における亀裂検出として
も適用できる可能性がある.
図 5.3.4.1 AEセンサ
154
23)
(2) 自己診断センサ
電力や大掛かりな準備が必要な特殊な測定器を用いずに,損傷を簡便に検知しようというセンサに
ついてはさまざまな試みが見られる.例えば,材料特性に不可逆性を持たせ,過去に経験した最大歪
を記憶させようという研究が行われている 27),28),29).
この材料は,カーボンブラックを分散した導電層をガラス繊維強化プラスチックで保護したもので
あり,歪の大きさに応じて導電層が破断することで電気抵抗が変化し,歪が元に戻っても導電層間の
結合が不可逆となる性質を利用して,過去に経験した最大歪を記憶しようというものである.計測は
電気抵抗値として評価され,最大歪と抵抗変化率の定量的相関性も実験的に検討がなされている.
部材の最大歪を直接評価できることから,RCを対象とした損傷検知手法として効果的であると思
われる.
図 5.3.4.2 自己診断センサ
155
28)
(3)RFIDタグセンサ
こ の セ ン サ シ ス テ ム は , 物 流 管 理 な ど 多 方 面 で 近 年 活 用 さ れ て い る RFID ( radio frequency
identification)タグと導電性塗料を塗布したプリントシートを組合わせて,構造体に貼り付けた導電性
プリントシートが,構造ひび割れにより破断することで,構造の亀裂を検知しようというものである
30), 31)
.亀裂は個々のタグに付属するタンパースイッチの on/off として評価されるが,異なる複数の線
幅をプリントしたシートを用いることで,亀裂幅の定量的評価を可能としている.読取装置は別とし
て,RFID タグとプリントシート自体が極めて安価であるという特徴を持つ.
鉄骨造の亀裂検出を目標として,実験を通じた定量的な検討も行われており,耐火被覆や内装材料
を通した無線の透過性についても検討が行われている.
図 5.3.4.3
RFID タグセンサ
30), 31)
(4)RTK-GPS
RTK-GPSは複数の衛星から受けた電波を基に,計測点の3次元位置情報と時刻情報をリアル
タイムに知ることが出来る測位法である.この技術を利用して,風や地震による高層建物の頂部変位
を測定しようという研究が行われている 32).
この技術を応用すれば,地震動により建物に生じた残留変形を測定することが可能と思われる.た
だし,この技術では絶対変位を測定することから,残留変形を知るためには被災前の位置情報を記録
しておく必要がある.また,常時の風などで揺れ動く建物の変位から「ゼロ点」を評価するために,
ある程度以上の時間長に亘って記録平均を求める必要がある.
以上示したもののほかにも,建物層間の相対変位を直接測定するセンサの開発 33)など,新しい試み
が継続的に行われている.層間の相対変位を計測することが出来れば,加速度記録から推定するより
156
も高い精度で層塑性率や層累積塑性変形倍率を評価することが可能となり,より精度の高い損傷評価
が実現できる.
損傷評価の観点からすれば,今後は,より損傷指標を直接評価できるようなセンサ,例えば部材レ
ベルでの累積塑性変形倍率を直接計測できるセンサの開発に力点が置かれることが望まれる.また,
これらのセンサが広範囲に普及するためには,センサなど単体技術のみならず損傷検出システム全体
について設置後の維持管理まで含めた低コスト化を目指すことが求められる 34).
5.3.5
3 節のまとめ
この節では,構造体の損傷を把握するために必要となる応答量の取得方法を整理することを目的と
して,具体的な応答量の種別,応答量を取得する方法の種別,それらの個別手法の特徴や課題につい
て整理を試みた.
整理された結果からは,被災後の対応のみで損傷評価が可能な手法や,鉄骨造の耐火被覆等を除去
することなく非破壊で損傷検出が可能な手法は,いずれも現時点では限定的であることが読み取れる.
また,損傷評価につながる応答量と実際の損傷との定量的関係について明確でないものが多い,とい
う課題も浮かんでくる.
前者の課題解決に向けては,簡便かつ低価格を目指した新しいセンサの開発研究も精力的に行われ
ており,今後の成果に期待が持たれる.一方,後者の課題を解決するためには,今後,実建物におけ
る地震観測・計測などを通じて知見が積み重ねられることが必要と思われる.
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テムの開発(その1~その3),日本建築学会大会学術講演梗概集,B-2,pp.59-64,2007 年 8 月
25) 中村充,圓幸史朗,米山健一郎,柳瀬高仁,池ヶ谷靖:RC構造物を対象とした構造ヘルスモニ
タリングシステムの開発(その4~その6),日本建築学会大会学術講演梗概集,B-2,pp.257-262,
2008 年 9 月
26) 柳瀬高仁,池ヶ谷靖,圓幸史朗,米山健一郎,中村充:スマートAEセンサを使用した構造物の
実用的ヘルスモニタリング,日本建築学会技術報告集,第 14 巻,第 27 号,pp.149-152,2008 年 6
月
27) 稲田裕,鈴木誠,岩城英朗,ほか:自己診断材料による RC 構造体の損傷検知性能に関する検討
(その1・その2),日本建築学会大会学術講演梗概集,B-2,pp.855-858,2006 年 9 月
158
28) 稲田裕,岩城英朗,熊谷仁志,稲田泰夫:自己診断材料を用いたRC構造物の損傷検知の実用化
に向けた検討(その1・その2),日本建築学会大会学術講演梗概集,B-2,pp.49-52,2007 年 8
月
29) 稲田裕:自己診断材料を用いた損傷検知手法の開発,建築防災,pp.10-14,2009 年 7 月
30) 森田高市,野口和也:RFID タグ及び導電性塗膜を用いたひび割れ検知センサーの研究,日本建築
学会技術報告集,Vol.12,No.24,pp.73-76,2006 年 12 月
31) 森田高市,野口和也:RFID タグ及びプリントシートを用いた亀裂検知センサーに関する研究,日
本建築学会総合論文誌,No.8,pp.88-92,2010 年 1 月
32) 吉田昭仁,斉藤友弘,田村幸雄,今井隆滋:RTK-GPS による鉄塔の変位応答測定,日本建築学会
大会学術講演梗概集(北海道),B-2,pp.773-774,2004 年 8 月
33) 大塩真,松谷巌,高橋元一,西谷章,仁田佳宏,ほか:PSD 相対変位計による免震建物のリアル
タイムモニタリングシステム,日本地震工学会大会 2009 梗概集,pp.88-89,2009 年
34) 中村充:SHM 技術の現状と課題,日本建築学会大会
料,pp.15-24,2008 年 9 月
159
構造部門(振動)パネルディスカッション資
5.4 建築物の応答量をもとに構造体の損傷を推定する方法の整理
5.4.1 時間軸と目的に応じた構造体の損傷推定方法
長周期地震動の発災後の経過時間と目的に対応した損傷推定方法の分類例を表 5.4.1.1 に示す.
発災後には,まずできるだけ早期(当日~翌日)に,被災建物を継続使用可能かあるいは避難すべ
きかの判断を行うことが必要になると想定される.ただし,5.2.2 項で示したように現状では応急危険
度判定には 1~2 週間かかる可能性がある.
次に,発災から 1 週間~半年程度のタイムスパンで,より精度の高い継続使用可否の判断,補修必
要性の判断および補修計画の作成が必要となる段階に移行すると予想される.このうち,建物の被害
調査に要する実質的な作業期間は 1~2 ヶ月程度と推察されるが,被害調査を行う人員が発災後からい
つ調査を開始できるかによって調査完了時期が左右されると考えられる.したがって,発災後に早急
に被害調査を行える体制を事前に整えておくことが重要であろう.
上記の判断を的確に行うためには,時間軸と目的に応じた構造体の損傷推定方法が必要となる.損
傷推定方法は大きく,(1)建物の実応答量による推定および(2)地震応答解析による推定に分類できる.
また,得られた(1),(2)の推定結果を総合的に考慮して,残存耐震性と継続使用性の判断を行うことが
望ましいと考えられる.
160
表 5.4.1.1 時間軸と目的による損傷推定方法の分類例
当日~翌日
1 週間~半年程度
位置付け
緊急・簡易
高精度・詳細
目的
継続使用可否の判断
継続使用可否の詳細判断
発災後から推定に要する
時間
※1
補修計画の作成
(1) 建物の実応答量に
損
よる推定
外観検査:
外観検査:
建物の傾き,層の残留変形
鉄骨梁端接合部のき裂,破断
非構造部材の損傷
加速度計による建物の応答加速
簡易センサーによる最大変位
度履歴
入力地震波:
入力地震波:
K-NET による近傍サイト(地表
建物サイトにおける基礎位置の
面)の観測記録を使用
地震観測データを使用※3
定
(5.4.2,5.4.3 参照) センサー記録 :
推
センサー記録※2:
傷
※2
方
(2) 地震応答解析によ
る推定
法
(5.4.4 参照)
建物モデル:
建物モデル:
※4
多質点系モデル(等価せん断)
フレームモデル(立体)
※1 継続使用可否の判断や補修計画の作成を行うことができる構造技術者が十分確保できている場合
を想定
※2 超高層建物は階数が多く,仕上げや耐火被覆(アスベストを剥がす場合には建物は使用停止とな
る)があることから,センサーを併用した損傷把握が必要と考えられる(例えば,数階ごとある
いは最上階に地震計を設置し,短時間に損傷を推定する,等)
※3 建物サイトで地震観測が行われており,かつ解析担当者側へ地震波データが届くのに数日要する
場合を想定
※4 事前に解析モデルを作成済みの場合を想定
5.4.2 各評価対象における応答量と評価指標
ここでは,鉄骨造超高層建物を対象として,長周期地震動を受ける場合の損傷評価指標を評価対象
ごとに整理する.ここでの評価対象は,建物全体,層(構造骨組),構造部材(柱,梁),および制振
ダンパーとする.制振ダンパーに関しては,鋼材ダンパー(軸降伏型,せん断降伏型),オイルダンパ
ー,粘性ダンパー,粘弾性ダンパー,摩擦ダンパーを対象とする.また,発災後の経過時間に対応し
て,主に目視程度で判断できる「簡易」な評価指標と計算・解析により求められる「詳細」な評価指
標に分類して整理する.
実際に各評価対象の損傷評価を行う場合,センサーで得られた応答量を損傷評価指標に変換するま
でのプロセスが評価時間や評価精度に影響すると考えられる.そこで,既往の研究成果等を踏まえて,
応答量から損傷評価指標へ変換する手法を評価部位ごとに整理し,長周期地震動を受けた場合の損傷
評価に伴う課題点を抽出する.
161
5.4.2.1 損傷評価指標の分類
文献 1),2)には,建物の損傷判定を行う際に拠り所となる性能判断基準値表(表 5.4.2.1)の案が示
されている.同表を参照しながら,以下(1),(2)で評価対象ごとに損傷評価指標を分類する.
表 5.4.2.1 性能判断基準値表
(1) 建物全体,層,構造部材
建物全体,層(構造骨組),構造部材(柱,梁)の損傷評価指標を分類した例を表 5.4.2.2 に示す.
鋼構造建物あるいは鋼部材の損傷評価指標に関しては,研究者が利用目的に応じて様々な指標を提案
している.ただし,長周期地震動発災時に構造技術者が迅速に損傷評価を行うためには,損傷評価指
標を多くの構造技術者にとって利用しやすい「共通」の指標として整理していく必要があると考えら
れる.また,発災後の経過時間や損傷評価に要求される精度に応じて,
「簡易」な指標と「詳細」な指
標に分類して整理していくことが望ましい.
長周期地震動を受ける鉄骨造超高層建物では構造部材の一部(一般には梁端溶接部近傍であること
が多い)に繰り返しの塑性変形が加えられると想定できるため,損傷評価指標として最大変形に基づ
く塑性率だけでなく,累積塑性変形(あるいは累積塑性エネルギー)に基づく累積塑性変形倍率に着
目することが適切と考えられる.
さらに,長周期地震動を受けた建物の損傷評価を迅速に行うためには,こうした損傷評価指標の具
体的な判定値が評価対象ごとに事前に準備されている必要がある.例えば,構造部材(梁)に関して
は,文献 3)で累積塑性変形倍率の「安全限界値 ηu」が提案されており,長周期地震動の損傷評価を行
う上で参考になると考えられる(図 5.4.2.1,表 5.4.2.3 参照).
今後,鉄骨造超高層建物を対象として,上記の観点から「建物,層,構造部材」といった評価対象
毎に損傷評価指標を整備していくことが重要と考えられる.
162
表 5.4.2.2 評価対象と損傷評価指標(建物全体,層,構造部材)
損傷評価指標
発災後経過時間
位置付け
建物全体
長
簡易
詳細
・明らかな外観の変状※
・-
評
*建物の傾き
価
層
対
(構造骨組)
象
構造部材
(柱,梁)
※
短
・明らかな外観の変状※
*層の残留変形
・明らかな外観の変状
*部材・接合部の座屈,破断
・層塑性率
・層累積塑性変形倍率
・部材塑性率
・部材累積塑性変形倍率
外観上の返上がなくても構造部材の損傷が生じている可能性があることに注意する.
図 5.4.2.1 累積塑性変形倍率の算定
文献 3)より引用
表 5.4.2.3 累積塑性変形倍率の安全限界値 ηu
文献 3)より引用
163
(2) 制振ダンパー
文献 4)を参照して,制振ダンパーの損傷評価指標を分類した例を表 5.4.2.4 に示す.また,制振ダン
パーの限界状態(使用限界,損傷限界,安全限界)として現状想定されるものを整理した例を表 5.4.2.5
に示す.
鋼材ダンパーについては,既往の研究成果に基づき損傷評価指標や限界状態がある程度明確に定義
されている状況にある.鋼材ダンパーは一般に繰返しの塑性変形を受けるため,損傷評価指標として
最大変形に基づく指標(塑性率)だけでなく,累積塑性変形や累積塑性エネルギーに基づく指標(累
積塑性変形倍率,累積塑性エネルギー倍率)に着目することが適切である.また,変位振幅と限界状
態に至るまでの繰返し回数との関係を整理した指標(疲労特性)も損傷評価に際して有用である.
一方,その他のダンパー(オイルダンパー,粘性ダンパー,粘弾性ダンパー,摩擦ダンパー)につ
いては,設計時において損傷を許容しない場合や損傷限界の範囲内でしか性能確認試験を行わない場
合もあり,損傷評価指標や限界状態が明確に定義されないことが多い状況にある.
長周期地震動発生時における制振ダンパーの損傷評価を発災後の経過時間と要求される評価精度に
応じて効率的に行うためには, 各ダンパーの限界状態を明確にした上で,損傷評価指標を「簡易」な
指標と「詳細」な指標に分類して整理していく必要があると考えられる.
表 5.4.2.4 評価対象と損傷評価指標(制振ダンパー)
損傷評価指標
発災後経過時間
短
長
位置付け
簡易
詳細
鋼材ダンパー
・明らかな外観の変状
・最大変形(塑性率)
・軸降伏型
*ダンパーの座屈・き裂・破断
・累積塑性変形倍率
・せん断降伏型
*接合部の破断
・累積塑性エネルギー倍率
・疲労特性(繰返し回数)
オイルダンパー
評
価
粘性ダンパー
対
象
粘弾性ダンパー
摩擦ダンパー
・明らかな外観の変状
(・最大温度)
*オイルの漏出
(・最大速度)
*ダンパー部品の破損
(・最大変形)
*接合部の破断
(・疲労特性)
・明らかな外観の変状
(・最大温度)
*粘性体の漏出
(・最大速度)
*ダンパー部品の破損
(・最大変形)
*接合部の破断
(・疲労特性)
・明らかな外観の変状
(・最大温度)
*粘弾性体の破断
(・最大速度)
*ダンパー部品の破損
(・最大変形)
*接合部の破断
(・疲労特性)
・明らかな外観の変状
(・累積摺動距離)
*摩擦材の破断
(・最大変形)
*ダンパー部品の破損
(・最大速度)
*接合部の破断
(・最大温度)
164
表 5.4.2.5 制振ダンパーの限界状態
限界状態
使用限界状態
損傷限界状態
安全限界状態
評価対象
鋼材ダンパー
規定なし
累積塑性変形の損傷限界
累積塑性変形の終局限界
・軸降伏型
一方向変形の終局限界
・せん断降伏型
接合部強度の終局限界
オイルダンパー
粘性ダンパー
粘弾性ダンパー
ほとんど規定
温度上昇の限界
変形ストローク限界
なし
速度の限界
接合部強度の終局限界
ほとんど規定
温度上昇の限界
変形ストローク限界
なし
速度の限界
接合部強度の終局限界
ほとんど規定
温度上昇の限界
変形ストローク限界
なし
速度の限界
粘弾性体の終局疲労限界
粘弾性体の変形限界
接合部強度の終局限界
粘弾性体の疲労限界
摩擦ダンパー
規定なし
累積摺動距離の損傷限界
累積摺動距離の終局限界
一方向変形の終局限界
接合部強度の終局限界
制振ダンパーのうち,鋼材ダンパーに関しては,長周期地震動のように多数回繰返しを受ける場合
を想定した実験データが比較的整備されている状況にある.例えば,文献 5)には,軸降伏型の鋼材ダ
ンパー(座屈拘束ブレース)の設計疲労曲線(図 5.4.2.2)
,せん断降伏型の鋼材ダンパー(せん断パネ
ル)の設計疲労曲線(図 5.4.2.3)がそれぞれ示されており,長周期地震動を受けるダンパーの損傷評
価にも適用することが可能と考えられる.
一方,その他のダンパー(粘性ダンパー,オイルダンパー,粘弾性ダンパー,摩擦ダンパー)につ
いては,損傷評価手法に関する検討があまりなされておらず,多数回繰返しを受ける場合を想定した
実験データの蓄積が鋼材ダンパーと比べると少ない状況にある.文献 6)には,摩擦ダンパーを対象と
して長周期地震動のような継続時間の長い地震応答を考慮した繰返し加力実験(耐久性試験)を行っ
た事例が示されている(図 5.4.2.4)が,こうした実験データの蓄積は未だ十分とはいえない状況であ
る.
超高層建物に制振ダンパーを採用する設計事例が近年増加している現状を考慮すると,鋼材ダンパ
ーだけでなく,それ以外のダンパーに関しても,長周期地震動による多数回繰り返しを受ける場合を
想定した性能検証の実施,実験・解析データの蓄積が必要と考えられる.
165
図 5.4.2.2 軸降伏型鋼材ダンパーの設計疲労曲線(Δεt-Nf 関係)
〔対象鋼種:100,225,400,490N/mm2 級〕文献 5)より引用
図 5.4.2.3 せん断降伏型鋼材ダンパーの設計疲労曲線(Δγ-Nf 関係)
〔対象鋼種:100,225N/mm2 級〕 文献 5)より引用
(b) 荷重-変位関係
(a) FSD の基本構成
図 5.4.2.4 高力ボルト摩擦接合滑りダンパー(FSD)の耐久性試験の例
166
文献 6)より引用
5.4.2.2 応答量から損傷評価指標への変換
長周期地震動を受ける建物の損傷推定を発災後の経過時間と目的に応じて的確に行うためには,応
答量から損傷評価指標へ変換する方法を整理し,各プロセスの実行に要する時間,精度,課題点を事
前に把握しておく必要がある.そこで,既往の研究成果等を踏まえて,応答量から損傷評価指標へ変
換する方法を評価部位ごとに整理し,評価時間,評価精度,課題点について検討する.
表 5.4.2.6 に応答量から損傷評価指標へ変換する具体的な方法・手順をまとめた例を示す.応答量に
ついては,5.3 節で述べられているように検討対象ごとに目的,時間,精度に応じて多種多様なものが
存在する.一方,損傷評価指標については,構造技術者が利用しやすい「共通」の指標という観点か
ら,ある程度代表的な指標に絞り込むことが有効と考えられる.その候補となり得る損傷評価指標と
して,例えば,層や構造部材については,「塑性率」,「累積塑性変形倍率」などが挙げられる.
一方,応答量をもとに損傷評価指標を算出する試みについては,各研究者が独自に着目した応答量
を基に独自の損傷評価指標(あるいは,その中間段階としての指標)を算出しているのが実状といえ
る.例えば,文献 7)では,鋼材表面に塗装したさび止め塗料の剥離状況とひずみ量との関係を試験結
果に基づき整理している(図 5.4.2.5).また,文献 8)では,鋼材の硬さが損傷の度合いとともに変化
することに着目し,硬さ変化率(RHV)と累積塑性歪(Σεp, Σεsp)との関係を整理している(図
5.4.2.6).
以上の点を考慮すると,実際に応答量を基に損傷評価指標を算出する場合,その途中段階において
何度かの「変換」プロセスが発生すると考えられる.一般に「変換」プロセスが多いほど,採用する
仮定条件が多くなるため,評価精度が低下する可能性が大きいと想定される.また,一つの「変換」
プロセスに着目した場合,そのプロセスに関わる研究成果が充実しているほど評価精度が上がる可能
性があると考えられる.
表 5.4.2.6 は,上記の観点に基づき応答量から損傷評価指標に変換するプロセスを整理した一つの検
討事例に過ぎないが,長周期地震動発災時の損傷評価を目的と時間軸に応じて的確に行うためには,
応答量から損傷評価指標に変換するプロセスを事前に体系的に整理しておく必要があると考えられる.
167
168
柱、梁
小分類
硬さ変化率
累積塑性ひずみ 累積塑性変形
最大塑性ひずみ
〃
累積塑性ひずみ
最大変形
最大塑性変形
最大変形
最大塑性変形
累積変形
累積塑性変形
変形履歴
最大塑性変形
〃
累積塑性変形
非構造部材 ALC
損傷・変状
最大層間変形角 最大変形
仕上げ材
石膏ボード
〃
〃
〃
累積塑性変形
※ 「変換」を繰り返すと仮定条件が増えるため,評価精度が下がると予想される.
※ 既往研究が進んでいるもの(参考文献が多いもの)は,相応の評価精度が得られると予想される.
硬さ
累積塑性変形
最大変形
累積塑性変形
塗料の剥離
最大ひずみ
〃
〃
座屈・き裂・破断 最大ひずみ
累積塑性ひずみ 累積塑性変形
塑性率(層)
累積塑性変形倍率(層)
塑性率(部材)
累積塑性変形倍率(部材)
塑性率(部材)
累積塑性変形倍率(部材)
累積塑性変形倍率(部材)
硬さ変化率
硬さ
累積塑性変形
最大変形
累積塑性変形
最大変形
最大変形
〃
累積塑性変形
累積塑性変形
塑性率(層)
塑性率(層)
累積塑性変形倍率(層)
塑性率(層)
累積塑性変形倍率(層)
塑性率(層)
累積塑性変形倍率(層)
塑性率(部材)
塑性率(部材)
累積塑性変形倍率(部材)
最大ひずみ
最大変形
〃
最大変形
〃
変位履歴
〃
最大ひずみ
最大ひずみ
〃
最大変形
-
損傷評価指標
頂部最大変形
頂部最大変形
頂部最大変形
頂部最大変形
応答量
(1次変換後) (2次変換後) (3次変換後)
(データ採取時)
大分類
小分類
損傷・変状
頂部傾き
頂部最大加速度
頂部加速度履歴
固有振動数
損傷・変状
塗料の剥離
〃
残留変形
〃
〃
最大加速度
〃
加速度履歴
〃
損傷・変状
塗料の剥離
〃
座屈・き裂・破断
〃
〃
最大変形
累積変形
変形履歴
〃
制振ダンパー鋼材ダンパー 損傷・変状
〃
〃
構造部材
層
(構造骨組)
大分類
建物全体
検討対象
表 5.4.2.6 応答量から損傷評価指標への変換
文献5),12)
文献
7),9)
文献5),12)
文献
7),9)
参考
文献
○
○
○
△
△
◎
◎
○
○
○
◎
◎
△
△
初期硬さ,ΔHV-∑εp関係,降伏ひずみ,
降伏変形
降伏変形
降伏変形
降伏変形
降伏変形
降伏変形
降伏変形
○
○
△
△
◎
◎
◎
○
○
◎
◎
△
△
△
降伏変形
降伏変形
降伏変形
降伏変形
降伏ひずみ
降伏ひずみ,μ-η関係
降伏ひずみ,降伏変形
◎
◎
○
△
○
◎
◎
◎
○
○
△
△
◎
◎
◎
○
△
△
○
◎
○
△
△
△
○
○
◎
◎
△
△
△
評価※ 評価
精度 時間
○
初期硬さ,ΔHV-∑εp関係,降伏ひずみ,
文献6)
文献
8)
降伏変形
降伏変形
降伏変形
降伏変形
降伏変形
降伏変形
降伏変形
降伏変形
降伏変形
降伏変形
降伏変形,μ-η関係
指標算出に
必要な情報
図 5.4.2.5 各ひずみ度における黒皮及び塗料の剥離状況
文献 7)より引用
図 5.4.2.6 累積塑性歪(Σεp, Σεsp)-硬さ変化率(RHV)関係
169
文献 8)より引用
5.4.3 評価指標に影響する因子
鉄骨造超高層建物に使用されている構造部材の材料,接合ディテール等は建設年代毎に異なるため,
実際に損傷評価指標を算出するに際して,これらの因子の影響を適切に反映させることが必要と考え
られる.5.4.2 項で述べた損傷評価指標に影響する因子を整理した例を表 5.4.3.1 に示す.鉄骨造超高層
建物に使用された技術の建設年代による変遷については,文献 10),11)等を参照した(なお,ここで
の対象は構造部材(柱,梁)に限定し,制振ダンパーに関しては対象外とする).超高層建物の建設年
代ごとに使用材料,部材形状,接合ディテール,施工法が異なり,これらが損傷評価指標に大きな影
響を及ぼすと考えられる.したがって,これらの影響を定量的に評価することが重要と考えられる.
鉄骨造超高層建物が長周期地震動を受けた場合,柱,梁などの鋼部材は多数回繰返しの大変形を受
ける可能性がある.近年,鋼部材の受ける変形履歴が破壊に至るまでの塑性変形能力に影響を及ぼす
として,多数回繰返し変形を受ける鋼部材の塑性変形能力を変形履歴に着目して整理することを試み
た研究例が出始めている(例えば,文献 12),13),14)).この内,文献 13)では,長周期地震動を受け
る鉄骨柱梁接合部の損傷評価に関して,最大変形を考慮した定振幅繰り返しに基づく損傷評価は,実
地震動によるランダムな振幅に基づく損傷評価よりも損傷度を過大に与える可能性があることが指摘
されている.
以上で述べてきたような損傷評価指標の算出に影響する因子,すなわち使用材料,部材断面,接合
ディテール,施工法や載荷履歴をどの程度考慮すべきかを判断するのに必要な資料については,十分
に揃っているとは言えない状況である.文献 10),11)では長周期地震動を想定し,実大試験体を使っ
てその繰返し載荷下の変形能力に着目して性能確認を行った実験事例が示されているが,このような
検証事例は未だ少ない.従って,今後はこのような実大規模での載荷実験データを蓄積し,損傷評価
の精度を更に高めることが望まれる.
表 5.4.3.1 損傷評価指標に影響する因子の整理
文献 7)および 8)を参考にした
建設年代
大項目
小分類
鋼材
溶接材料
(1) 使用材料
※CO2半自動溶接の場合
溶接方法
柱
(2) 柱梁部材
梁
工場溶接
(ブラケットタイプ)
(3) 柱梁接合
ディテール 現場溶接
(現場接合タイプ)
(4) 施工法
パス間温度管理
初期
(1960~1970年代)
最近
(~2009)
SS鋼,SM鋼
SN鋼,TMCP鋼
ソリッドワイヤー
(YGW11)
CO2半自動溶接
被覆アーク溶接
ノンガス半自動溶接
溶接組立箱形断面柱
極厚H形柱
ハニカム梁
H形梁
ソリッドワイヤー
(YGW11, YGW18)
CO2半自動溶接
サブマージアーク溶接
エレクトロスラグ溶接
従来型スカラップ
従来型スカラップ
梁端混用接合
なし
170
溶接組立箱形断面柱
H形梁
JASS6型スカラップ
ノンスカラップ
JASS6型スカラップ
改良型スカラップ
梁端混用接合の新工法
(水平ハンチなど)
あり
5.4.4 地震応答解析による推定
5.4.4.1 発災経過時間と目的に応じた解析
長周期地震動を受けた超高層建物の損傷評価を念頭において地震応答解析を行う場合,解析精度や
結果を出すまでに要求される所要時間(すなわち発災からの経過時間)に応じて地震応答解析の目的・
解析方法・建物モデル・入力地震動・出力すべき解析結果が異なると考えられる.
発災後の経過時間と目的に対応した地震応答解析を表 5.4.4.1 に示す.なお,事前に解析モデル準備
を行っておらず,建物サイトにおける地震観測記録が無い場合を想定している.表の列は発災後の時
間軸を示している.
長周期地震動の発災後には,まず,できるだけ早期に,被災建物が継続使用可能かあるいは避難す
べきかの判断が必要になると想定される.したがって,発災経過時間が短い場合には,建物の応答の
オーダーを推測し,継続使用可否の簡易判断を行うことが目的となり,スピード優先の簡易解析(1
質点系モデルの応答スペクトルを利用した応答推定など)を行うことが考えられる.
次に,発災から時間が経過し,より精度の高い継続使用可否の判断,補修必要性の判断,補修計画
の作成が必要となる段階に移行することが想定される.すなわち,発災経過時間が長い場合には,精
度優先の詳細解析(多質点系モデル,フレームモデルなどによる時刻歴応答解析など)を行うことが
考えられる.
なお,地震応答解析は既に十分に確立した方法といえるが,まだまだ手間がかかる.一方,損傷評
価を念頭に置いた場合には,手法をマニュアル化できる部分も多く,それにより結果を得るまでの時
間が短縮されれば,事業継続に資する可能性があると考えられる.
5.4.4.2 入力,モデル化,応答出力と評価
(1) 入力地震動
建物の地震応答解析を行う際には,解析用の入力地震波をどのように設定・作成するかが課題とな
る.すなわち,入力地震動は地震観測を行っていない場合には種々の方法により定めなければならず,
地震応答解析の精度(ばらつき)に影響を与えることになる.入力地震波の作成に必要となる地震観
測データの入手先を表 5.4.4.2 に示す.
このうち,最適な入手先としては,独立行政法人 防災科学技術研究所 強震観測網(K-NET,
KiK-NET)が考えられる.観測点が比較的多く,地震発生後に早ければ数分後には時刻歴データがイ
ンターネット上で公開され,ダウンロードが可能である.
また,その他の入手先として,自治体,官民の研究機関,建物所有者などを実施主体とした地震観
測も行われている.しかし現状では,これらの地震観測データは非公開であることが多く,他の建物
の損傷推定のために利用することは難しい問題がある.そのため,そういった各地震観測データが大
地震発生時には積極的に公開されるように,行政等からの何らかの働きかけが行われることが望まし
いといえる.
建物の地震応答解析に用いる入力地震波の作成方法を表 5.4.4.3 に示す.当然ながら,建物サイトに
おける地震観測データを直接使用できる場合が最も精度が高く,またデータ入手に要する時間も比較
的短いと考えられる.
これらより,長周期地震動による被害が懸念される超高層ビルには,地震観測装置を設置すること
が望ましいといえる.地震観測装置の設置を更に普及させるためには,センサー設置は復旧期間の短
縮に有効であるという社会認識をつくることが有効と思われ,民間側の努力に加えて,行政等からも
171
何らかの仕掛けがあることが望ましいと思われる.
なお,経済性の観点からは,地震観測装置の設置には通常は数百万円オーダーの初期費用および維
持管理費用が必要となり,このことが地震観測装置の導入の大きな阻害要因となってきたといえる.
しかし,近年では一台 30 万円以下の低価格な地震観測装置も市販されてきており,より普及を推進さ
せるために,地震観測装置の更なる低コスト化が重要と考えられる.
(2) 建物のモデル化
地震応答解析の際の建物モデルについては,解析方法に応じて建物設計図書から定めることが想定
される.
最も簡易な解析モデルとしては,1 質点系モデルが挙げられる.対象となる多層建物と等価な 1 自
由度質点系の固有周期,減衰定数を設定し,応答スペクトルから建物の応答を推測する事になる.ま
た得られた結果を各層の応答に置き換える際には,高次モードの影響,高さ方向の応答分布形状など
の仮定が必要となる.簡易である反面,精度の面では後述のモデルよりも劣ることとなる.
より詳細な解析モデルとしては,多質点系モデル(等価せん断,曲げせん断棒)やフレームモデル
(平面,立体)が挙げられる.これらのモデル作成は,建物図面や設計図書が入手できない場合や,
設計時の解析モデル情報が現存しない場合にはハードルが高いといえる.精度が高い反面,モデル作
成に時間とマンパワーを要する場合も考えられる.
発災から解析終了までの所要時間を短縮するためには,少なくとも建物図面・情報の有無およびそ
れらの保管場所の再確認が必要と考えられる.また可能であれば,建物図面等の用意と解析モデル作
成を予め行っておく事が望ましく,等価せん断型の多質点系モデル程度であれば,事前にモデルを作
成・準備しておくことは比較的実現可能と考えられる.
(3) 解析結果の応答出力と評価方法
1 自由度質点系のスペクトル(応答スペクトル,エネルギースペクトル)を利用する応答推定手法
からは,アウトプットとして 1 質点系モデルの最大・累積応答が得られ,建物の全体的な応答(概ね
弾性範囲内であるか等)がある程度評価できる.
多質点系モデルの解析結果からは,各層の最大・累積・残留応答がアウトプットとして得られ,層
レベルの損傷が評価できる.
フレームモデル(平面,立体)の解析結果からは,各部材の最大・累積・残留応答がアウトプット
として得られ,部材レベルの損傷(例えば,梁端部の累積塑性変形倍率)まで評価できる.
長周期地震動によって引き起こされる超高層建物の被害の特徴として,多数回の繰り返し応答によ
り被害が拡大することが懸念されている.部材レベルの繰り返し損傷を評価するためにはフレームモ
デルを用いることが望ましいと考えられる.
(4) 現在のシミュレーション解析技術の限界
現状の最新の知見に基づくシミュレーション解析技術を駆使しても,建物の実際の地震時挙動を完
全に評価することは難しい.詳細な解析モデルをもちいても各部材の応答を算出したとしても,それ
が実状に適合しているかどうかは慎重な判断が必要である.例えば,振動台実験を実施すると,事前
に行ったシミュレーション解析と実現象の結果とが一致しない場合も多いからである.このように現
在のシミュレーション技術には限界があることを考慮すると,更なるデータの蓄積が望ましいと考え
172
られる.
このためには,実建物に地震観測装置を設置しておき,強震時の実挙動データをさらに取得するこ
とが必要である.また,振動台実験による検証が有効であり,例えば独立行政法人 防災科学技術研究
所 兵庫耐震工学研究センターの大型三次元震動台(E-ディフェンス)を用いた実験が役に立つと考え
られる.
表 5.4.4.1 発災経過時間と目的に応じた解析
発災経過
短
長
位置付け
簡易
詳細
目的
応答のオーダーを推測,
継続使用可否の判断,
継続使用可否の簡易
補修必要性の判断,
時間
判断
解析方法
同左
(より詳細な検討)
補修計画の作成
応答スペクトル,
時刻歴応答解析
同左
多質点系モデル
フレームモデル
エネルギースペクトル
モデル
1 質点系モデル
(平面,立体)
固有周期,減衰定数を設
建物図面や設計図書
設計時の解析モデル情
定し,1 質点系のスペク
が入手可能な場合
報が現存しない場合は
トルから応答を推測
ハードルが高い
(高次モードの影響,高
さ方向の応答分布形状
なども仮定が必要)
入力
観測・公開された地震デ
サイト近傍の観測デー
ータのうち,建物サイト
タ,サイトの地盤情報
近傍あるいは地盤条件
に基づき,建物基礎面
等が類似する観測点の
の入力波を作成
データを利用
応答出力
得られる情報
1 質点系における最大・
各層の最大・累積・残
各部材の最大・累積・
累積応答
留応答
残留応答
全体的な応答(概ね弾性
層レベルの損傷
範囲内であるか等)
173
部材レベルの損傷
表 5.4.4.2 地震観測データの入手先
実施主体
名称
気象庁
地震情報,
公開
データ
備考
震度,
個別建物の地震応答解析に用い
緊急地震
マグニチュード,
速報
震源位置
K-NET
防災科学
公開
時刻歴データ
るためには情報不足
20~25km 間隔,全国 1000 箇所以
上(東京都内 22 箇所程度),自由地
技術研究
所
盤上(地表)
防災科学
KiK-NET
全国約 700 箇所,地中
公開
時刻歴データ
主に
震度,時刻歴データ
実施主体は,自治体,官民の研究
など様々
機関,建物所有者など様々
技術研究
所
その他
非公開
表 5.4.4.3 入力地震波の作成方法
作成方法
精度
備考
課題点
建物サイト近傍の地震観
△
K-NET(地表),KiK-NET
建物サイトと観測点の地盤
(地中)など
条件の差異が反映されない
伝達関数は,近傍観測点お
微小振幅時の伝達関数を用
タを間接利用
よび建物サイトの 2 点の臨
いるため,地盤の非線形特
(観測点-建物サイト間
時観測(数ヶ月実施して小
性等が反映されない
の伝達関数を事前に取得
地震を待つ)等により取得
測点における公開データ
を直接使用
近傍観測点におけるデー
○
し,その伝達関数を用い
て入力地震動を作成)
近傍観測点におけるデー
○
近傍観測点,および建物サ
長周期地震動の三次元的挙
タを間接利用
イトにおける地盤情報(土
動が反映されない
(まず工学的基盤位置の
質図など)を使用
地盤応答を求めた後,建
物サイトの地震波形を計
算)
三次元地盤モデルによる
△~
精度向上には多数の観測
三次元地盤モデルの事前作
地震シミュレーション
○
データを使用した検討が
成が望ましい
必要
建物サイトにおける地震
観測データを使用
◎
建物サイトで地震観測が
各建物または建物群に地震
行われている場合に限定
観測装置の設置が必要
174
5.4.5 地震観測等の実応答量と地震応答解析とを併用した推定
現状では「塑性率」や「累積塑性変形倍率」が重要な損傷指標となると考えられるので,この算出
プロセスにおける課題を整理する.
地震観測として加速度の計測が通常の強震計(加速度の時刻歴波形を記録するタイプ)により適切
な複数の箇所で行われているとするが,全階ではないと想定するのが現実的であり,この場合は地震
観測結果のみから各部材の「塑性率」や「累積塑性変形倍率」を算出するのは困難と予想される.そ
のため,各部材の「塑性率」や「累積塑性変形倍率」を推定するには 5.4.4 項に従って地震応答解析を
行うことになるが,この地震観測結果があるので,これに適合するように地震応答解析のパラメータ
を調整してより実状に近い推定を行うことが一般的であると思われる.
すなわち,推定精度が地震観測により高まり,危険側の過誤を犯す可能性がまず減るであろう.さ
らに,「被災度判定」のために各部位の調査をする際に,「塑性率」や「累積塑性変形倍率」が大きな
箇所に調査を限定して,調査の規模を縮減することが可能であろう.
また,将来においても,地震観測の観測点が建物のすべての部位に及ぶことは現実的にはないと考
えられる.焦点を絞って地震観測が行われると考えると,地震応答解析が併用されるのはまず間違い
ないと思われる.維持管理も含めれば,圧倒的にコストがかかるのは地震観測であり,観測点はでき
るだけ少なくしたいが,解析精度を確保するとともに損傷推定に資するデータを取得するには最低限
の観測は必要である.問題はその最低限の観測の具体化であり,事例を含めた研究・検討を積み重ね
る必要があろう.
これまでは地震観測を前提にして議論を進めてきたが,地震観測によらずとも何らかの形(例えば
被災後の測量・什器の移動,など)で建物の応答量が把握できれば,解析の精度向上の参考になりう
る.これまでの被災程度の把握は地震観測以外で把握された応答量を参考に実施されてきている.し
かし,地震観測に比べれば計測精度は低く,解析と整合しない可能性も高いので,これらを参考にし
て解析を行う際のガイドラインを設けておくとよいかもしれない.
175
5.4.6 残存耐震性の評価
長周期地震動を受けた鉄骨造超高層建物の残存耐震性や継続使用性を判断する場合,性能判断基準
に従って構造体の損傷推定を行った結果を総合的に評価する必要がある.
現在,鉄骨造を対象とした残存耐震性の評価に関する研究例はRC造を対象とした研究例と比べて
非常に少ない.特に超高層建物に限定した研究例はほぼ皆無といった状況である.
鉄骨造建築物の残存耐震性の評価に関する現行の技術指針として,国内では日本建築防災協会の「震
災 建 築 物 の 被 災 度 区 分 判 定 基 準 お よ び 復 旧 技 術 指 針 」( 文 献 9 ), 海 外 で は 米 国 の FEMA-352
「Recommended Postearthquake Evaluation and Repair Criteria for Welded Steel Moment-Frame Buildings,
2000」
(文献 15)などが挙げられる(それぞれの指針の主な特徴と課題点については,
「※参考」を参
照).いずれも過去の地震被害事例を教訓にし,主に中低層の鉄骨造建物を対象として,残存耐震性評
価の枠組が構築されている.これらの指針で扱われている残存耐震性評価の方法は比較的簡略な手法
に限定されるため,超高層建物のように大規模な構造物にこの手法をそのまま適用した場合,残存耐
震性を過小評価する可能性がある.また,最近の超高層建物で多く採用されている制振ダンパー付き
建物の残存耐震性評価については扱われていない.さらに長周期地震動を受けた場合に問題となるよ
うな塑性変形の多数回繰り返しに伴う累積損傷(累積塑性変形倍率)の取り扱いについても不明であ
る.このように現行の技術指針を超高層建物の残存耐震性評価に適用するには様々な困難が予想され
るため,今後,多くの研究により,超高層建物を対象とした残存耐震性評価の枠組を早急に構築する
必要があると考えられる.
また,実際に超高層建物の残存耐震性の調査・判定を行う場合を想定すると,専門知識を要する構
造技術者を事前に十分確保しておくことも必要である.
さらに,長周期地震動発生時において,実際には超高層建物が大変形による損傷を受けているにも
かかわらず,外観上は判別できないような事態も想定される.特に,梁端接合部の破断が仕上げ材や
耐火被覆材に隠され露見しないケースも想定される.また,解析と実験がなかなか一致しないことも
よく経験されている.以上を考慮すると,長周期地震動を受ける超高層建物を建物全体でモデル化し,
図 5.4.6.1 高層建物の耐震性評価に関する
図 5.4.6.2
E-ディフェンス実験
E-ディフェンスによる制振構造
建物実験(震動台上試験体全景)
(震動台上試験体全景)
文献 17)より引用
文献 16)より引用
176
実験や解析により実際の耐力や変形性能,損傷状態を詳細に調査することも重要である.例えば,文
献 16),17)に示すような大型三次元震動台(E-ディフェンス)を用いた実大建物の性能検証は非常に
有効であろう(図 5.4.6.1,図 5.4.6.2).
なお,層や構造部材の累積塑性変形倍率を算定することは現状の外観調査手法のみでは難しいため,
各種応答量の調査結果によって検証しながら地震応答解析を行う必要があり(5.4.5 項参照),発災直
後の応急危険度判定には適用が困難と予想される.ただし,地震観測とその観測結果の処理方法を充
実させることによって累積塑性変形倍率を即座に算定することができれば,応急危険度判定のような
発災直後の残存耐震性判断にも有用と考えられる.
※参考
(1) 日本建築防災協会「震災建築物の被災度区分判定基準および復旧技術指針」(文献 9)
特徴
・
「Ⅲ編」に鉄骨造建築物を対象とした被災度区分判定基準および復旧技術指針が記載されており,
この中で,次式の意味をもつ耐震性能残存率 R を算定できる(図 5.4.6.3 参照).
耐震性能残存率 R=(被災後の残余耐震性能/被災前の耐震性能)×100(%)
課題点
耐震性能残存率 R の算定手法を鉄骨造超高層建物に適用する場合の課題点を以下に示す.
・適用範囲を「高さ 45m以下」に限定しているため,高さ 60m以上の超高層建物に対する適用性
については不明である.
・制振ダンパー付き建物については扱われていない.
・耐震性能残存率 R は,補修相当の復旧計画で対応可能か否かを判断するためだけに用いられる.
従って,層内の一つの部材に破断や座屈が生じている場合には,直ちに「耐震診断による復旧
計画の立案が必要」と判断されてしまうため,建物の残存耐震性を過度に安全側に評価してし
まう可能性がある.
・耐震性能残存率 R を算定する際に,「層内の部材による協働効果」を期待できるか否かを評価
する必要があるが,超高層建物のように大規模な建物において,構造技術者が迅速かつ的確に
評価することは難しいと考えられる.
(2) SAC Joint venture: FEMA-352「Recommended Postearthquake Evaluation and Repair Criteria for
Welded Steel Moment-Frame Buildings, 2000」(文献 15)
特徴
・
「レベル 2(解析による評価)」において,損傷を受けた部材のモデル化手法が示されている.
(図 5.4.6.4 参照).
・残存耐震性は,「地震に対して倒壊を防ぐ能力」と定義される.
・実測被害に応じた解析を行い,それに基づき倒壊危険性を判定することができる.
課題点
・高さ 60m以上の超高層建物に対する適用性については不明である.
・制振ダンパー付き建物については扱われていない.
・次の地震による鋼部材の損傷については不明である.すなわち,地震が発生するたびに被害
177
調査が必須となる.
・「今後何回地震に遭遇したら,どの程度危険性が増加するか」などの検討を行うことはでき
ない.
・・・耐震性能残存率Rの評価
図 5.4.6.3 震災復旧のフロー例
文献 9)より引用
地震動強さの判断
被災度判定
詳細評価
詳細調査
レベル 1
レベル 2
(指標による評価)
(解析による評価)
図 5.4.6.4 震災復旧のためのフローチャート
178
文献 15)より引用
参考文献
1) (社)日本建築学会:長周期地震動対策に関する調査業務 報告書,2007 年 3 月
2) (社)日本建築学会:長周期地震動対策に関する調査業務 報告書,2008 年 3 月
3) 北村春幸,宮内洋二,浦本弥樹:性能設計における耐震性能判断基準値に関する研究,-JSCA 耐
震性能メニューの安全限界値と余裕度レベルの検討-,日本建築学会構造系論文集,第 604 号,
pp.183-191,2006 年 6 月
4) 社団法人日本免震構造協会:パッシブ制振構造設計・施工マニュアル 第 2 版,2005 年
5) 日本建築学会
荷重運営委員会
繰返し荷重効果小委員会:シンポジウム「風と地震による繰返し
荷重効果と疲労損傷」,2004 年 7 月
6) 佐野剛志:高力ボルト摩擦接合滑りダンパーの開発(その 9 継続時間の長い地震応答を考慮した
耐久性試験)
,日本建築学会大会学術講演梗概集,pp.981-982,2005 年 9 月
7) 西山功,岡田忠義,加村久哉,稲岡真也,一戸康生:さび止め塗料の剥離状況による鋼材の損傷度
評価,日本建築学会大会学術講演梗概集,pp.315-316,1999 年 9 月
8) 田中真弥,村田光,松本由香:塑性歪を受けた鋼材の残存変形性能と硬さの関係,日本建築学会大
会学術講演梗概集,pp.941-942,2006 年 9 月
9)財団法人日本建築防災協会:震災建築物の被災度区分判定基準および復旧技術指針,2002 年 8 月
10) 山田祥平,北村有希子,吹田啓一郎,中島正愛:初期超高層ビル柱梁接合部の実大実験による耐
震性能の検証,日本建築学会構造系論文集,第 623 号,pp.119-126,2008 年 1 月
11) 吹田啓一郎,北村有希子,橋田勇生:初期超高層建物柱梁接合部が保有する変形性能と接合部改
良効果の検証,日本建築学会構造系論文集,第 636 号,pp.367-374,2009 年 2 月
12) 桑村仁,高木直人:
「破断履歴の相似則」の検証,日本建築学会構造系論文集,第 548 号,pp.139-146,
2001 年 10 月
13) 吹田啓一郎,橋田勇生,佐藤篤司:繰返し塑性歪履歴を受ける鋼構造柱梁溶接接合部の変形能力
(その 1~2)
,日本建築学会大会学術講演梗概集,pp.1021-1024,2009 年 8 月
14) 山田哲,焦瑜,柴田篤宏,島田侑子,吉敷祥一:載荷履歴の違いに着目した鉄骨梁のエネルギー
吸収能力評価(その 1~3),日本建築学会大会学術講演梗概集,pp.925-930,2009 年 8 月
15) SAC Joint venture: FEMA-352, Recommended Postearthquake Evaluation and Repair Criteria for Welded
Steel Moment-Frame Buildings, 2000
16) 井上貴仁,長江拓也,梶原浩一,福山國夫,中島正愛,斉藤大樹,北村春幸,福和信夫,日高桃
子:高層建物の耐震性評価に関する E-ディフェンス実験-その 1~11,日本建築学会大会学術講
演梗概集,pp.823-832, 873-884,2008 年 9 月
17) 笠井和彦,大木洋司,引野剛,伊藤浩資,元結正次郎,竹内徹,緑川光正:制振構造建物実験概
要:速報 1(E-ディフェンス鋼構造建物実験研究
pp.739-740,2009 年 8 月
179
その 43),日本建築学会大会学術講演梗概集,
5.5
発災後の経過時間を基軸とした構造体損傷の総合的な評価方法の整理
この節では 5.2~5.4 節での検討を受けて発災後の経過時間に応じて変化するであろう構造体損傷の
評価手法について整理する.すなわち,過去の地震被害調査の経験では,地震発生直後は使用できる
資機材および調査に投入できるマンパワー,ならびに1棟の調査にかけられる時間が限られ,精度の
低い方法によらざるを得ないが,一般に時間の経過とともにこれらの制限が減り,精度の高い方法を
用いることができるようになっていた.
具体的には復旧シナリオを想定し,それに応じた損傷把握シナリオを用意して構造体の損傷評価手
法を検討した.なお,検討は構造工学的見地に限定し,個々の経済的・社会的背景は無視し,一般的
な復旧シナリオを想定する.
5.5.1
損傷把握シナリオ
5.2~5.4 節での検討から容易に類推できるように,超高層建物では地震被害後にただ被災箇所を調
査するだけでは,調査の時間・コストがかかって損傷把握に対する現実的なニーズに適合しないと予
想される.したがって,ある程度の事前準備が必要である.これには建設サイドだけでなく,建築主
にも負担を求めて超高層建物の維持管理計画の中に地震被害把握の事前準備を組み込み必要がある.
昨今の事業継続(BC:Business Continuity)に対する認識の深まりから考えて,将来的には社会的なコ
ンセンサスが得られるとここでは考え,ある程度の事前準備を前提としたシナリオを検討した.
そこで,損傷評価手法の時間軸は地震発生以前に遡って設定し,この節で念頭に置く損傷把握シナ
リオを表 5.5.1.1 に示す.この表の段階・時期の分け方,および目的については異論もあると思われる
が,おおよそのシナリオとしては合意可能な範囲と思われる.
表 5.5.1.1
段階
時期(地震発生時
損傷把握シナリオの例
目的
備考
を原点とする)
事前準備
数十年前から
損傷把握作業の軽減
耐震補強も含む
トリアージ
当日~数日後
人命確保・(人的)資源の適正使用
実際は同時に行
応急危険度判定
当日~数日後
人命確保
われる
被 災
初期評価
1週間~1 ヶ月後
解体決定
暫定評価
度 判
中期評価
1 ヶ月~数ヶ月後
補修可否評価
暫定評価
定
後期評価
数ヵ月~半年後
補修等,もしくは無補修での継続使用
確定評価
決定
以下,この表について解説する.
(a) 事前準備の重要性
この表の時間軸については事前準備が周到であればあるほど,作業は前倒しされると期待できる.
例えば,表 5.5.1.2 に示すようなことが期待できる.逆に事前準備がない場合は困難が増大することは
容易に想像できる.
180
表 5.5.1.2
事前準備と損傷把握シナリオ
番号
事前準備
損傷把握
1
建物を十分に耐震補強
耐震補強設計用地震動と計測された実地震動との比較をす
しておき,入力地震動
ることで被害の程度は十分に安全側に,かつ素早く判断する
を計測
ことができる.
建物の所要の箇所に強
まず,強震計の記録から建物の被災の概要が把握できる可能
震計を設置するととも
性がある.また,記録と地震応答解析結果を照合して,建物
に,建物の地震応答解
の被災部位の絞込みや被災程度の把握が可能であり,調査作
析モデルを用意してお
業を大幅に縮減できる.例えば,被災が軽微と予想されるな
く.
らば,確認の意味で数箇所のみの点検で済ますことも考えら
2
備考
れる.
3
建物の設計図書と竣工
一応,図面に基づき,調査箇所を限定することができるため,
図は建物の管理室に用
初期調査時間の短縮に寄与する.図面に基づいた解析検討を
意した.
行えば,応答把握も可能である.しかし,実際の損傷状況と
整合しているかは,構造体の調査が欠かせないため,確定的
な判断を下すまで時間がかかる.
4
建物の設計図書と竣工
調査員が建物の概要を把握するのに手間取り,建物のどこが
図を保管していない
構造上の弱点であるか分からないため,早急には結論が出せ
なくなる.さらに,危険断面全数の構造体調査が前提となる
が,耐火被覆にアスベストが用いられているかも不明である
ならば,地震被害調査の着手がアスベスト調査後になる.
(b) 応急危険度判定と建物トリアージ
応急危険度判定と建物トリアージ(その必要性は 5.2.2 項(1)で示した対象建物棟数と調査員数の比
較でも明らかである)をこの表 5.5.1.1 では分けて示しているが,実際には同時に行われる.一般には,
建物トリアージは次のように行われるであろう.
建物の外観から判断して
a) 倒壊している.または,傾斜が大きく,明らかに構造耐力を失っている.
応急危険度判定の調査はせずに,立ち入り禁止処置のみ行う.
b) 全く無損傷である.
応急危険度判定の調査はせず,建物使用可と判断する.
c) 上記の a)でも b)でもない.
応急危険度判定を行う.建物管理者または所有者に聞き取り調査をしながら,建物使用の可否
を判定する.
上記の b)の場合および c)で建物を安全と判断する場合,危険側の判断をしてしまうリスクがあるこ
とに注意する必要がある(5.2 節参照).したがって,応急危険度判定の調査員は辛目の判断を下す可
能性が高いと想像でき,被災後使用できないと判定される建物が多くなって事業継続にはマイナスの
影響しか与えない場合がありうる.この場合にも事前準備が十分であれば,その情報を用いることに
181
よって応急危険度判定に際してもいたずらに辛目の判定をすることがなく,事業継続に資すると期待
できる.
(c) 被災度判定
建物トリアージで b)または c)の判定をした建物については応急危険度判定後に,精密な調査に基づ
いて被災度判定を行い,建物の解体・補修・補強などの要否を決める.建物トリアージで a)の判定を
した建物については被災度判定をするまでもなく,一般に解体と判断されよう.
一般には表 5.5.1.1 に示したように,危険要因を効果的に減らすという観点から,被災が重度の建物
から段階を踏んで判定は行われるべきであると思われる.
①
まず,危険な建物を長期間放置することはできないので,やや詳しく調査して解体の要否を判
断する必要がある.
②
次いで,それよりは危険でないと思われる建物も含めて検討対象とし,補修で済むのか,やは
り解体すべきかの判断を詳細調査に基づいて行う.
③
最後は,被災が軽度な建物も含めて検討対象とし,さらに詳細な調査を行って補修・補強(減
築・用途変更など原状からの改変工事を含む),
あるいは構造補修なしでの復旧,などを判断する.
注)ここで示した「詳細調査」には建物の直接的調査のみならず,計測センサによる「応答デー
タ」の解析や,建物の「地震応答解析」を行うことも含んだ総合的な調査となることを想定
している.
しかし,兵庫県南部地震などの過去の震災経験からは被災が軽度な建物をまず,補修して使えるよ
うにすることも多く,この方が社会全体の事業継続の点では優れているかもしれない.これについて
は今後の検討課題であろう.実際には両方のアプローチがあり,中程度の被災を受けた建物の復旧が
一番遅れがちであると思われる.
なお,外観上,被災が軽度でも鉄骨造建物では重大な構造被害がありうるので,事業継続の点で補
修工事は進めるとしても,詳細調査は並行して確実に実施することが望ましい.
5.5.2
事前準備
(a) 技術的側面(手法の整理)
超高層建物の地震被害把握の事前準備は,技術的な側面では大きく分けて下記の5つに分類できる.
(1)
耐震補強:最も本質的な耐震対策である.耐震補強設計のための(3)の解析的検討が高度なレベ
ルで実施されることも想定している.
(2)
地震観測:建物の各所に地震計を設置して加速度を計測するのが一般的である.被害把握のた
めだけならば,現状の「建物強震観測」が適切かどうかは,以下の観点から検討が必要であろう.
・現状の地震計の精度が必要か(地震計の精度)
・どの部位の加速度記録が有用か(地震計の配置)
・精度は悪いが多点で計測する方がよいか,精度を高くして少数の点で計測する方がよいか(精
度と配置の組み合わせ)
被害把握のためならば,変形やひずみも同時に計測することも考えられる.特に,大きな損傷が
生じうる制振装置や鉄骨梁端での情報は被害把握にとって有用である.当然,高度なレベルで解
析的検討を行ってどの部位に変形やひずみが集中するか,などを考慮して計測位置が決定されよ
う.
182
(3)
常時微動計測:建物の常時微動計測を行い,事前に固有周期を把握しておく.被災後に再度
計測し,固有周期が変化していれば何らかの損傷があったと見なす.以下のような特長がある.
・容易にセンサを設置・撤去でき,計測作業も簡便であるので,コストがあまりかならない.
・地震直後に臨時に計測することも容易である.
・より詳細に大規模に計測すれば,建物の減衰・振動モード形も把握することは可能であるが,
コスト面で不利であり,地震観測をする方が恒久的な対応になる.あくまで簡易という点にメ
リットがある.
・少なくとも竣工直後に 1 回計測し,地震後の計測固有周期との比較対象を得ておかなければ,
損傷の有無が明確には判断できない.定期的に計測し,固有周期の変動を追跡しておけば,よ
り明確に判断できる.
・建物のどの部分に損傷があるかは分からないが,固有周期の変動があればある程度の損傷があ
ると言えるので,損傷がないとして調査対象から除外できるかどうかのスクリーニングには有
効かもしれない.
(4)
解析的検討:建物の地震応答解析を行う.例えば,以下が考えられる.
・1 自由度と考えて長周期地震動に対する弾性応答スペクトルによって評価することも地震被災
直後の応急危険度判定には参考になるだろう.
・被災が予想される箇所を特定して調査箇所の縮減につなげることも視野に入れるならばフレー
ムモデルによる解析が求められるであろう.この結果は応急危険度判定および被災度区分判定
においてともに有用であろう.
・地震観測結果を被災状況に結びつけることを考えるならば,
「串団子モデル」を用いて解析する
こと,およびその解析モデルを被災後直ちに活用できるように維持管理をしておくことが考え
られる.
(5)
その他:解析的検討によって被災しやすいと予想される部位に対してあらかじめ点検孔を設置
する,などが考えられる.
これらを表 5.5.2.1 に示すように整理した.整理する際の評価軸として,コスト・実現の容易さ・効
果を取り上げた.解析的検討と常時微動計測以外は,一般に建物の改修工事を伴うので,実現には困
難があると整理した.地震観測は高額の装置を設置するが,耐震補強工事よりや安価であろうと期待
して,コストはやや高いとした.
183
表 5.5.2.1
超高層建物の地震被害把握の事前準備手法
手法
コスト
実現の容易さ
効果
備考
耐震補強
高い
困難
非常に高い
地震観測
やや
やや困難
高い
センサ,計測対象に応じて種々のバリエー
高い
常時微動
普通
ションがある.建物の改修工事を伴う.
容易だが,継続
限定的
的努力が必要
解析的検討
普通
容易
損傷がないことのスクリーニングには有
効.
普通
手法に種々のバリエーションがある.解析
結果を被災後のどの時点で使うか,などに
応じて手法を選択
その他
普通
やや困難
普通
建物の改修工事を伴う.
(b) 非技術的側面(維持管理)
次いで,非技術的側面から事前準備について検討する.
まず,事前準備が目標とすることを明確にし,その目標に応じた事前準備を行う.また,地震観測
を行う場合は,観測装置の長期にわたる維持管理が必要であり,コストに関する配慮も忘れてはなら
ない.
一方,事前に建物が長周期地震動を受けた場合を想定した応答解析を行い,建物のどの部分に損傷
が生じやすいかを把握しておくことも調査箇所を限定する意味で有意義である.観測と事前解析を適
切に行えば,圧倒的に調査時間の短縮が可能と思われる.ただし,その解析結果が震災後に適切に参
照できるように資料の保管体制に留意しなければならない.
すなわち,事前準備については継続的な維持管理の努力が必要であり,維持管理ができなければ,
事前準備など無意味と言ってよいかもしれない.
表 5.5.2.2 に事前準備を有効なものにするために留意すべき事項を示す.まず,大きく「建築主によ
る自助」と「災害復旧活動を円滑に進めるための社会的取り組み=公助」の2つに分類している.た
だし,複数の団体が共有して建物を所有すること,あるいは複数のテナントが建物には入ることが一
般的であるとすれば,
「自助」ではなく「共助」とすべきかもしれない.とすれば,関係者間の意思疎
通を図る仕組みが必要になることにも留意が必要である.一方,社会的取り組みまでは進まず,近隣
の建物間で融通しあう仕組みがあってよく,「公助」ではなく「共助」の範囲の取り組みもありうる.
この表 5.5.2.2 に述べられたことのいくつかについて補足する.
・維持管理:建物の維持管理は建築主から維持管理会社に委託されることが一般的であろう.する
と,まず維持管理計画に長周期地震動対策を盛り込むことが重要になる.図面などの保管も維持
管理計画に含めて考えればよい.したがって,長周期地震動対策における維持管理会社の役割は
非常に重要になるため,維持管理会社職員には従来の建築設備を中心とした知識・経験だけでな
く,建築構造工学に関する理解が求められる.
・リスクと応急危険度判定のルール:過去の南海トラフの巨大地震は東海・東南海地震が発生した
のちに南海地震が発生している.しかし,その発生間隔は非常に短い場合もあり,数年ぐらい間
があることもある.特に関西地区では東海・東南海地震時には応急危険度判定で安全とした建物
でも南海地震で大きな被害が生じうることは容易に想像できる.このとき,問題となるのは鉄骨
184
梁端破断などの重要な被災であってもその部位は仕上げ・耐火被覆に隠されているのが一般的で
あり,応急危険度判定という非常に短期間の作業では梁端の破断を発見できずに「安全」と判断
してしまうことであろう.したがって,被災後の地震発生頻度とその大きさに応じて応急危険度
判定の基準を変えるなどの対応が必要であろう.
・リスクの共有:応急危険度判定では限られた時間の中で,限られた情報(調査結果・観測結果)
に基づいて実施しなければならないため,過誤のリスクは大きい.したがって,危険側の判断に
ならないように安全側の判断を取らざるを得ないが,事業継続の観点からは2つの側面から大き
な障害になる.
 事業継続を強行しようとすれば,その危険リスクは高くなる.
 事業継続を断念すれば,その間の事業機会を失うリスクがある.
このリスクは調査員だけが負うのではなく,事業者も共有する必要があるが,現状ではこの種の
社会的コンセンサスが醸成されているとはいえない.
・超高層建物の応急危険度判定とその調査員:どのような知識・経験を持っていれば有効に超高層
建物の応急危険度判定が可能か,事前に明確にするべきであろう.低層~中高層建物向けに作成
された現在の応急危険度判定指針は超高層建物で有効かどうかは検証されていない.特に免震・
制振技術を採用した場合が問題ではないか?.一般の応急危険度判定の判定士では超高層建物の
応急危険度判定は困難と考えられ,超高層建物専用の応急危険度判定指針の作成と判定士の養成
を行う必要がある.
185
表 5.5.2.2
事前準備を有効なものにするために留意すべき事項
大分類
小分類
例
建物,オーナー
資料の整備・保管
図面・設計図書の保管
個別の取組:自
助(共助)
事前対策に関する書類(計算書)の保管
役割分担,体制
テナントによる自衛組織の整備・教育
管理会社への委託
設計会社・建設会社も巻き込んだ取り組み
維持管理
維持管理計画へ長周期地震動対策を盛り込む
地震観測装置などの維持管理費用の支出
維持管理体制の点検・改善
関係者間の意思疎通を図る仕組み
社会的取組:公
技術者の養成・確保
助(共助)
将来,長周期地震動が発生する時点での超高層建物の数や
耐震性に応じた技術者の質と量を養成・確保する.
判定基準の整備
超高層建物における判定基準.より適用しやすいように再
整備
役割分担,体制
超高層建物は通常の応急危険度判定の調査員が調査すべき
対象であるのか明確にする.特別の調査員が必要なら,誰
がその役割を担うのかも示す.
トリアージおよび資源
トリアージの判定基準の整備
(人,設備)の配分ル
資源配分ルールの事前設定
ール
トリアージおよび資源配分に対する不公平感の解消に向け
てのコンセンサス作り
建物,建物群,地域ご
どの建物・建物群・地域を優先的に調査・補修してゆくか,
との(社会的)重要度
およびそのような重要度の設定に対する不公平感の解消に
のランク付け
向けてのコンセンサス作り
リスクの共有
応急危険度判定のミスにより,余震などで大きな被害を受
けるリスクを誰がどのように分担するか.調査員のみに押
し付けるのは現実的ではない.
建物情報の一元管理体
建物管理会社だけではなく,建物情報の概要は公的団体が
制
把握しておくと広域的な対策には有効であろう
法整備
継続使用するための補修工事に大臣認定は必要か?,およ
び「大規模な修繕」の範囲は?,を明らかにする
(c) その他(事前対策工事を伴う場合)
災害時に有効な事前対策は耐震補強や地震観測であるが,既存建物の工事を伴う点がデメリットで
ある.耐震補強では言うまでもないが,地震観測装置についてもセンサから収録装置まで専用の収録
ケーブルを敷設する工事が発生する場合がある.一方,既存 LAN 等にてデータをセンサから転送す
る方法もあり,工事量を最小限にとどめることが可能であるが,既存 LAN が災害時に機能しなくな
ると地震観測自体が有効な事前対策とは言えなくなるおそれがある.
186
また,建物躯体のひずみや変形を計測する場合や点検孔を設ける場合,鉄骨造建物では仕上げと耐
火被覆を一旦撤去しなければならない.古い超高層建物では耐火被覆にアスベストを含む場合が多く,
簡単には施工できず,費用が増大する可能性がある.したがって,耐火被覆の除去範囲を最小限にと
どめるような工夫が望まれる.
5.5.3
(a)
事後対応1(応急危険度判定)
応急危険度判定の目的と影響
応急危険度判定の目的は,大きな余震が予想される震災直後において,被害建物の中に立ち入るこ
とができるほど構造耐力が残っているかどうかを非常に短時間で判断することである.短時間という
制約があるため,建物トリアージを行わざるを得ないことは前にも述べた(5.5.1 項(b)参照).
応急危険度判定の結果は,事業継続や社会全体の復興に大きな影響がある.すなわち,5.2.3 項でも
述べたが,仮に住宅が立ち入り禁止となれば避難民として避難所等へ避難しなければならず,避難所
の運営コストや社会の復興コストを増大させる.一方,余震で建物が倒壊して人命が失われることは
絶対的に避けなければならない.応急危険度判定に許された時間などの制約の中では事業継続や復興
に負の影響があっても応急危険度判定では辛目の判断となる場合が多いと予想されるが,やむを得な
い.
一方,民間の超高層建物では多くの場合,ビル管理会社が応急危険度判定の結果を受け入れる第一
次の主体となる.ビル管理会社に調査員が応急危険度判定の結果を報告しても,ビル管理会社が判断
できず,結果として事業継続や危険回避もできない事態も予想される.したがって,調査員にとって
の応急危険度判定のマニュアルを用意するだけでなく,ビル管理会社にとっても判断しやすいガイド
ラインが必要である.さらには,この2つのマニュアル・ガイドラインは,整合があるものとしてお
く必要がある.
(b)
応急危険度判定の実施
被害程度に関する情報が豊富で質が高ければ,
より合理的な応急危険度判定が実施されるであろう.
そこで,応急危険度判定に使用されるであろう各種の情報を以下に列挙した.応急危険度判定はこれ
らの情報に基づいて総合的に行われるであろう.
・外観被害の状況(目視調査による)
 外壁の目地がずれている,鉛直からずれている,などは比較的簡単に判断できるので,応急危
険度判定には有効であろう.
・内部被害の状況(目視調査および聞き取り調査による)
 調査員が超高層建物の頂部から地下階まですべて被災直後に調査すると想定するのは現実的で
はない.建物管理者が調べた部分は聴き取り調査とし,その主要な部分のみ調査員自身が調査
するのが合理的であろう.
・建物の概要(規模,構造形式,建設年,など)
 構造形式では地震に有効な制振装置の有無はぜひ確認しておきたい.長周期地震動の繰り返し
数が多い地震動に対しては制振装置が特に有効であると期待できるからであるが,逆に制振装
置に被害が大きい場合は主架構にも被害が及ぶ可能性がある.
 建設年によって梁端の溶接部に被害が生じにくい詳細を採用していると想定できる場合もあり,
調査箇所の縮減に寄与できる可能性がある.
・設計図書
187
 建物の基本的な情報が網羅されているため,重要である.応急危険度判定の段階では詳細に検
討できず,要所だけを検討するに留まると思われるが,それでも建物に関する情報源としては
質が高く,有用である.
・地震観測データ
 応急危険度判定の段階で地震観測データが調査員に容易にかつ理解できる形で提供できれば,
非常に有用である.例えば,最下階と最上階の加速度波形や最下階については応答スペクトル
が紙面で提供されれば,緊急対応には十分かもしれない.
上記の情報の重み付けはそれらがどれだけ充実しているかによって変化する.ただし,目視にて明
らかに大きな被害が確認できれば,それが最優先される.あるいは応急危険度判定指針の超高層建物
版を早急に策定し,このような重み付けについての統一的な基準を作成することも重要である.
また,地震観測データも含めて応急危険度判定を行うことが予想されるため,高い能力を持つ調査
員を起用する必要がある.前にも指摘したが,このような調査員の養成は非常に重要であり,社会的
なコンセンサスを得る必要がある.
(c)
応急危険度判定における地震観測結果の利用
いずれにせよ,応急危険度判定を合理的かつ精度よく行うには,事前準備が重要である.事業継続
の判断を過誤なく実施しようとするには地震観測を行って建物の応答データを容易に入手できるよう
に体制を整えることが不可欠であることは繰り返し述べておく.地震観測データが有用であることを
再度,まとめて示しておく.
・超高層建物は鉄骨造であることが多いが,仕上げや耐火被覆があるため,躯体を容易に観察でき
ない.例えば,外観上は全く無被害で,内部の状況もほぼ無被害であっても,躯体鉄骨の一部が
座屈(局部座屈を含む)
,破断していた事例も兵庫県南部地震では経験されており,最近の E-デ
ィフェンスなどでの実験においても確認されている.したがって,躯体を観察せずに建物の応答
量を把握し,それから被害程度の推定を行うことは,時間が限られている応急危険度判定の段階
では非常に有用である.
・耐震補強を行えば,被害が生じやすい箇所が限定できるであろう.例えば,制振装置を設置する
耐震補強では,その制振装置に被害が集中するであろう.あるいは一般に長周期地震動を受ける
鉄骨造超高層建物では,梁端の溶接部で破断が生じうる.そこにセンサ(ひずみゲージ・変位計)
を設置して観測しておくことは,躯体の損傷を直接把握することができ,応急危険度判定では極
めて有効である.そのような一番被災しやすい箇所においても顕著な損傷を見出せなければ,建
物を安全と判断してよいであろう.
・梁端に点検孔を設けて被災後に観察することも考えられる.しかし,大きな亀裂に進展する前は
目視確認できないこともありうる.すなわち,ある程度の亀裂が梁端に発生して残余耐震性能が
減じていても安全と判断する恐れに注意する必要がある.
しかし,地震観測結果を応急危険度判定に利用するにはいくつかの条件があろう.例えば,下記に
示すものが考えられる.
・観測装置の適正な維持管理:地震時に観測装置が作動し,記録の収録がされなければならない.
このためには普段から,観測装置の維持管理の努力を継続しなければならない.
・観測結果の即時表示:地震観測結果は一般にデジタルデータとして収録機器に記録される.応急
危険度判定の際に調査員がこの記録を見て判断できるように,観測結果はただちに表示されるよ
うな装置構成を取ることが望ましい.遠隔地にデータを送信して表示を行うシステムも考えられ
188
るが,調査員にその表示結果を届けることができるかさらに工夫が必要である.
・観測結果の加工データの提供:地震観測結果の最大最小値のみ入手できても,ノイズなど観測誤
差の影響を受ける恐れがあるため,時刻歴波形として表示されることが応急危険度判定の判断に
は有用である.さらには,周波数分析を行い,応答スペクトルなどでも提供されれば,被災によ
る固有値の変動傾向や当該建物への有効な地震入力の程度が把握でき,応急危険度判定には非常
に有効であろう.逆に,このような形で提供できない場合は,観測結果を建物の損傷と結びつけ
ることが困難であり,観測結果を無視して応急危険度判定を行わざるを得ない可能性が高い.
・行政の支援:超高層建物は社会インフラと考えれば,前述のように地震観測は社会の事業継続に
とっても有用であるので,地震観測の普及を目的として民間の超高層建物のオーナーに対する行
政の支援も考えてもよいのではないだろうか?.建物の資産価値に関わるが,地震観測データの
公開に応じれば減税や補助金の対象とする,などの施策も議論の俎上に載せてもよいように思わ
れる.
5.5.4
事後対応2(被災度区分判定)
被災度区分判定の目的は,被災した建物の残余耐震性能がどの程度あるかを評価し,その建物を今
後どのようにするか,具体的には
①解体
②補修と補強
③軽微な補修
などについての判断をすることであり,事業継続に大きな影響を与える.
5.5.1 項(c)でも述べたが,事業継続の観点と危険物の除去という観点から,一般には①解体すべき建
物の抽出,②簡単な補修ですむ建物の抽出,③大規模な補修や補強が必要な建物の抽出,の順に実施
あるいは決定され,それぞれの工事計画や設計の段階に移るであろう.事業継続の観点から,このよ
うな作業と並行して被災度区分判定のための調査が行われることも多いと思われる.
残余耐震性能の評価方法は既に一般の鉄骨造・RC造建物などではまとめられているが,この手法
が超高層建物に適用できるか,検証されていない.また,免震・制振技術が普及する前にこの評価方
法は確立されたので,免震・制振建物にはあまり適用できない,と考えるのが自然であろう.現状で
は個々の超高層建物の状況に応じて判断することになり,非常に高度なエンジニアリング能力・知識・
経験を要する.被災度区分判定についても超高層建物では手法の整備と技術者の養成が必要であろう.
以下,技術的な面から残余耐震性能の評価について検討する.なお,兵庫県南部地震での経験では
技術的には解体すべき建物であっても,法規制の関係で解体後に再建しようとする建物面積が減少す
る場合は,解体せずに強引に補強してしまう例があった.また,十分に残余耐震性能があり,補修す
れば継続使用可能な建物であっても,建築構造工学以外の要因(間取りが狭く古臭い,コストがかか
る,テナントが少ない)により解体されることもあった.
以下,各決定について問題点を抽出する.
(a)
解体の決定
大きな残留変形が生じている場合は,明らかに解体と判断できる.判断に困るのはある程度の範囲
に残留変形が留まっているが,鉄骨主架構に座屈・溶接部等での破断が顕著に生じている場合である.
このような場合は,鉛直力には耐えていても台風,および余震や東海・東南海地震のあとの南海地震
によってさらに危険な状況になる可能性があるので,早急に判断しなければならない.
189
補修・補強のコストと解体・新築のコストを比較し,有利な方を選択するのが一般的であろう.し
かし,超高層建物の補修・補強のコストと解体・新築のコストのデータが整備されているとは言えな
い.結果として不合理な選択をしてしまう可能性がある.
なお,解体を行う場合でも,一般に仮設で補強しておく必要はある.このコストも見込む必要があ
る.
(b)
軽微な補修の決定
被害が軽微,すなわち超高層鉄骨建物においては躯体鉄骨の損傷はほとんどなく,外壁・内装・設
備の損傷が認められる場合である.ただし,鋼材系の制振ダンパーでは塑性変形が生じていることが
多いと思われ,別途,注意が必要である.
しかし,一見,躯体鉄骨に被害がないと思われても,実際は溶接部にて破断している事例はよくあ
るので,構造体のうち,被害が生じやすいところを数箇所,実際に調査することが必要不可欠である.
したがって,事業継続の観点からある程度の補修工事は進めるが,同時に構造体の調査も行う必要が
あろう.例えば,次のような手順が考えられる.
①緊急性を有する補修
②緊急性を有する概要構造調査
③一般的な補修
④確認・念押しの意味で詳細構造調査
⑤最終的な補修
過去の事例(5.付録.1 参照)でも同様に構造体の調査は断続的に行われていた.
この軽微な補修で済む場合の構造調査においては,被害が生じやすいところを解析的検討によって
特定する必要がある.これは事業継続の観点から,調査を建物全体にわたって実施することは好まし
くないと考えられるからである.事前準備が良好であれば,解析的検討に利用する解析モデルや設計
図書は既に用意され,観測も行われているはずである.被災後直ちに解析検討が行われ,観測データ
との比較から解析精度が把握でき,その誤差も考慮に入れつつ調査箇所の特定が可能である.したが
って,事業復旧までの時間を大幅に短縮できる可能性があり,今後,推奨してゆくべきである.
(c)
大規模な補修と補強の決定
上記(a)でも(b)でもない場合,はすべて大規模な補修・補強を必要とする可能性があるので,十分な
調査が必要である.しかし,事業継続の観点からは調査が完了するまで建物が全く使用できないのは
好ましくない.現実的には一部の調査と補修と建物使用が並行している状況が考えられる.場合によ
っては危険な状況であるとも言えるので,調査完了前に建物の補修工事や使用を許可できる条件を整
理しておくことが望まれる.
例えば,次のような段階的な手順が考えられる.
①緊急性を有する概要構造調査
②緊急性を有する補修・補強
③建物の部分使用・制限付き使用の許可
④詳細構造調査(その1)
⑤一般的な補修・補強(その1)
⑥建物の部分使用・制限付き使用の範囲拡大
⑦詳細構造調査(その2)
⑧一般的な補修・補強(その2)
190
⑨建物の全面使用許可
場合によっては⑥~⑧の段階を省略することもあれば,さらに何回も⑥~⑧の段階が繰り返され全
面使用に至ることもあろう.また,被災程度が著しい場合は,①が完了しても②や③を許さないとい
う方針もありうる.
(b)と同じく解析的検討を行って調査箇所数を減らす努力が必要であり,明らかに被害が発生してい
ると考えられる箇所は時間を節約するため,調査せず,直ちに補修・補強工事の段階に進んでも良い.
事前準備として地震観測を行っていれば,解析的検討に非常に有用であることは何度も述べてきた.
なお,このような段階的復旧においては,調査が進んだ段階で補修・補強の方針を変更せざるを得
ないリスクを覚悟しなければならない.すなわち,初期の段階の調査において精度高く実施し,適切
に判断する必要がある.調査精度を高めるには地震観測と解析的検討は欠かすことはできない.適切
に判断するには,現状では合理的指針や参考資料が不足していると思われる.被災調査の合理化をタ
ーゲットとした研究・開発が推進されることが望ましい.具体的には鉄骨部材や架構の実験を行い,
被災程度と復旧性についてコストも含めた検討が必要である.
また,補修・補強コストがあまりにかかる場合は,解体・新築に方針が変更される場合もある.調
査においては,ただ結果の報告だけでなく,今後の対策と費用に関する考察も必要とされよう.
5.5.5 事業継続に有効な対策
この報告で対象としている被害把握に関わる問題点から少し離れるが,これまでの検討により分か
ってきた事業継続に有効な対策(事前準備)を列挙してみる.
・耐震補強
・地震観測とそれを利用した判断基準の準備
・長周期地震動を受けると想定しての建物の地震応答解析
・図面など建物情報の整理
・自助・共助に関するテナント-ビル管理会社-ビルオーナーのコンセンサスと体制作り
191
5.6
まとめと今後の課題
5.6.1
まとめ
長周期地震による被害を受けるであろう建築物,特に超高層建築物の対策においては被害把握が重
要である.この報告書ではその被害把握のために必要となる事項について構造技術的観点のみならず
事業継続の観点からも整理した.なお,予防・応急・復旧という段階に分けた整理を試みたが,調査
においては予防・応急・復旧という段階に分けるのが困難であり,共通と整理したものもある.その
結果,以下のことが分かった.
(共通)
(1) 超高層建物を含んで一般に建物の損傷調査においては,①まず建物および各部位の応答量を調
査によって把握し,②次に応答量から損傷を推定する,ことが一般的であることが分かった.た
だし,応答量および損傷程度の把握に対しては,発災後の時間の経過とともに,一般に要求され
る精度が高くなり,調査時間に要する時間も長くすることが許容されるので,これらのための手
法は適切に選択する必要があることを指摘した.
(2) ここでは,応答量としてはセンサや測量などによって計測できる物理量(加速度,変位,温度,
硬度,など)だけでなく,部材の変形・亀裂・破断破面などの外観も含んで整理した.また,①
応答量からの損傷推定に当たって建物の地震応答解析の結果を利用する必要があること,さらに
②応答量に関する調査情報が少なければ少ないほど地震応答解析結果を利用する割合が増えるこ
と,が分かった.
(3) 応答量の把握方法として現状で一般的であると考えられるものを主な対象とし,下記の観点か
ら分類した.
 事前にセンサを設置しておく方法,事後に目視や測量により把握する方法
 鉄骨の耐火被覆等を除去することなく非破壊で損傷検出する方法,それ以外の方法
 簡易/詳細(概ね,低コスト/高コスト,に対応する)
また,以下の観点から各方法を評価した.
 測定手段が必要とする技術者のレベル(普及度,難易度)
 測定手段が必要とする装置の特殊性(コスト,普及度,電力の要否)
 建屋内での作業性と安全性(内装撤去とアスベスト飛散防止)
 発災後,データを得るまでに必要な時間(データの保存性,データの回収方法)
 事前準備に関しては必要な維持管理(コストと手間):例えば,通常の地震計であれば,無
停電電源装置の交換(3 年ごと)と装置本体の更新(10 年ごと)
 測定手段による損傷評価の精度と信頼性
(4) 損傷評価を念頭において地震応答解析を行う場合,精度や結果を出すまでの時間の要求の程度
(すなわち,発災からの経過時間)に応じて地震応答解析の目的・解析方法・建物モデル・入力
地震動・出力すべき解析結果,が異なることが指摘できる.建物モデルは解析方法に応じて建物
設計図書から定めればよいが,入力地震動は地震観測を行っていない場合は種々の方法により定
めなければならず,地震応答解析の精度(ばらつき)に影響を与えることがわかった.
(予防)
(5) 震災調査活動そのものに関する公開資料は非常に乏しいことがわかった.兵庫県南部地震では
膨大な棟数の調査が行われていたはずであるが,資料の逸散が懸念される.幸運にも内部データ
192
として保存されていた超高層建物の震災調査事例の一つを収集することができた.
(6) 日本の超高層建物の内,長周期地震動の影響を受けやすい建物としてやや広く考えて周期 2 秒
以上の建物とすると,その棟数は公表データから推定すると,約 1100 棟である.このうち,東京
都に約 600 棟,大阪府に約 140 棟,愛知県に約 30 棟,存在する.このデータベースを基に,固有
周期,構造種別,延べ床面積,に関して詳しく検討した.また,2000 年以降に建設された超高層
建物のほとんどで制振構造が採用されていることが分かった.
(7) 応急対応のための調査が停滞して事業継続への影響を少なくするには調査精度の向上と調査期
間の短縮を目的とした事前準備が必須であり,構造体の状況をセンサで把握し(地震観測),構造
体に関する情報を数多く取得することが有力となる可能性がわかった.したがって,地震観測は
事業継続にとって有益であることを周知を図る必要がある.
(8) 地震観測を長周期地震動対策として超高層建物に普及させるには低コストの観測装置の開発が
必要であることを指摘した.このためには,その維持管理体制を建物の長期修繕計画の中に織り
込んでおく必要がある.
現状でもエレベータ感震器のデータを残すことができれば,有益である.
(応急)
(9) 超高層建物の損傷調査においては①規模が大きく,建物内部移動とくに最上階への移動に地震
直後はエレベータが止まって困難が予想されること,かつ②仕上げや耐火被覆で覆われていて構
造体を直接確認できないこと,がほとんどである.このため,調査に時間がかかるとともに精度
が低く,建物の使用を制限する方向に損傷の判定がぶれる可能性が指摘でき,結果として事業継
続を制約することが分かった.すなわち,現状では調査精度が低いため,人的被害のリスクと事
業機会損失のリスクの和は大きく,社会全体として損失・負担が大きいと考えられる.
(10) 超高層建物を調査するべき人材として民間有力企業の構造設計者・研究者および大学教員等を
想定すると全国で 1000~2000 名程度と推定される.通常業務をある程度継続し,かつ一般建築の
被害調査にも参画することを考慮すると,超高層建物の調査に参画できる人員は多くないと想定
される.仮に,100 名規模で東京都の超高層建物の調査を行うとすれば,1 日 1 棟 2 名での応急危
険度判定を実施するとして,12 日程度はかかることになると推定された.
(11) 調査に必要な資機材・技術マニュアル・実施体制について検討し,以下のことが指摘できるこ
とが分かった.
 超高層建物に適した応急危険度判定指針(建物のトリアージを含む)や被災度区分判定指針
がなく,調査に支障をきたす可能性がある.海外の同種の指針も超高層建物に適用可能かは
不明である.
 耐火被覆にアスベストが含まれていると調査が困難になる.
 事業継続の観点から復旧を急ぐと,応答の痕跡がなくなり,損傷把握に支障が生じる.
(12) 各種の応答量取得手法や損傷評価手法を検討したが,①被災後の対応のみで損傷評価が可能な
方法,②非破壊で損傷検出が可能な方法については,新しいセンサ等も開発されているが,現段
階ではまだ限定的な範囲でしか利用できないことがわかった.
(13) 累積塑性変形倍率を評価するには現状の外観調査手法では不可能であるため,各種応答量の調
査結果によって検証しながら地震応答解析を行う必要があり,現状では発災直後の応急危険度判
定には適用が困難であることも分かった.ただし,地震観測とその観測結果の処理方法を充実さ
せることによって累積塑性変形倍率を即座に算定できれば,応急危険度判定にも有用であろう.
(復旧)
193
(14) 応答量と損傷程度との関係が十分に確立されていないもの(例えば,固有振動数・層剛性と建
物全体および各部の損傷の関係)も多かった.例えば,地震観測結果を建物全体の損傷評価に結
びつける方法はまだ十分に確立されていないことがわかった.したがって,現状では適切な測定
手段を選択する必要があるとともに,この応答量-損傷程度関係に関するさらなる研究の必要が
あることがわかった.
(15) 損傷評価対象として,既往の研究を参考にして建物全体,層,主架構(柱・梁)
,制振ダンパー
(主に鋼材ダンパーを想定)を設定した.長周期地震動の影響を受けやすい超高層建物は鉄骨造
が多いと予想されるので,その主架構や梁端溶接部の損傷評価指標を調査したところ,研究が進
んでいるのは累積塑性変形倍率であることが分かった.長周期地震動を受ける超高層鉄骨建物で
は塑性変形が繰返して主架構の塑性ヒンジ部(一般には溶接部近傍の梁端である)および制振ダ
ンパーに加えられると想定でき,その損傷評価には累積塑性変形倍率は指標として適切であると
考えられる.ただし,材料・部材断面(H 形鋼,ボックス柱),溶接詳細(形状,施工法)の影響
や載荷履歴の影響をどの程度,考慮すべきかの資料が十分あるとは言えないこともわかった.
(16) 制振鋼材ダンパーは累積塑性変形倍率と損傷程度との関係は研究されていたが,その他の形式
のダンパーについては損傷評価手法に関する検討があまりなされていないことが分かった.
5.6.2
今後の課題
以上の調査の結果から,以下のことが今後の課題として重要と考えられる.
(共通)
(1) 調査した応答量を損傷評価に結びつける方法の研究(特に,超高層建物の地震観測結果を建物
全体の損傷評価に結びつける方法の研究)
:超高層建物の被害把握は困難であり,地震観測結果を
利用して多くのかつ良質のデータを短時間で取得して活用することが事業継続の観点からも望ま
しい.例えば,次の課題が考えられる.
 累積塑性変形倍率は超高層鉄骨造建物の損傷評価手法として有用であるが,これを地震観測
結果から即座に算定できる処理手法とシステムが開発されることが望ましい.
 地震観測では通常,加速度を計測するが,それ以外の変位・ひずみや温度も損傷評価に寄与
できる可能性があるので,その方法を研究することが望ましい.
 外観・測量結果についても超高層建物の損傷評価につなげることができるか検証が必要であ
る.
 計測すべき物理量に最適なセンサの種類と配置について,検討が必要である.
(予防)
(2) 震災調査活動そのものに関する資料の収集:今回の調査では 1 例の収集に留まり,一般的な教
訓を得るには不十分と言える.
(3) 超高層建物の一覧調査の充実:今回の調査結果は 2000 年の建築基準法改正以降のデータに大
きな誤差があると推定される.この誤差を減らすように調査を充実させるべきである.
(4) 超高層建物の地震観測手段の低コスト化と普及の研究:超高層建物での地震観測を普及させる
には低コストが重要である.また,普及の方法それ自体も課題であり,強制または促進の両面か
ら検討するべきである.
(5) 過去の建物や地震動に関する検討との関連性:過去の検討を踏まえて平均から最悪までの種々
の「長周期地震動による超高層建物の被災像」をより広い見地から総合的に想定して,震災後の
194
調査の課題をより定量的かつ現実的に評価する必要がある.また,この作業の前提として超高層
建物は現状の約 1100 棟の内,破壊確率をどの程度が許容されるかについての社会的合意形成に
努めるべきである.
(6) 将来における被害調査体制の想定:長周期地震動による超高層建物の被害が発生するのが遠い
将来になる可能性も考慮して被害調査の対象建物数や調査員数を想定し直す必要がある.
(7) 超高層建物の地震対策の促進に向けての調査:最も本質的な対策は耐震補強であるが,それに
至らなくても種々の対策は可能である.各種の地震対策に関してコスト性能比などの促進に向け
ての基礎的な調査が望まれる.
(応急)
(8) 超高層建物に適した応急危険度判定指針の整備:地震観測の結果を活用するなどの超高層建物
特有の応急危険度判定は仮の案であっても速やかに開発されることが望まれる.また,精度や有
効性に関して実験や被害地震の際に検証をする必要がある.
(9) 超高層建物に適した応急危険度判定体制の整備:応急危険度判定を実施する段階においては危
険を見逃す可能性と過度に安全側に判定することによる事業継続への障害の両面の課題があり,
調査員のみに責任を負わせない社会的合意形成に努めるべきである.
(10) 非構造部材・什器などの損傷から建物の応答量を推定する手法:この手法は特別な事前準備が
不要であり,建物の各部の応答を細かく把握できる可能性があるので,その精度や適用限界を含
めて検討するべきである.
(11) 超高層建物における改修工事事例の収集:超高層建物における被害調査において実際の建物に
おいて,例えば耐火被覆の施工や使用材料の状況を知ることは重要である.改修工事において内
装・外装で隠されている部分が分かれば,貴重な情報となる.
(復旧)
(12) 超高層建物に適した被災度区分判定指針の整備:地震観測の結果の活用や累積損傷倍率による
評価を適切に損傷把握に結びつける方法が開発された場合は,速やかにその結果を取り込み整備
することが望まれる.また,精度や有効性に関して実験や被害地震の際に検証をする必要がある.
(13) 超高層鉄骨造建物における累積塑性変形倍率と損傷評価の研究(部材レベルおよび建物全体レ
ベル)
:既往の研究では累積塑性変形倍率が鉄骨造建物の損傷評価に有用であることが分かってい
るが,各種の因子(材料・部材断面(H 形鋼,ボックス柱),溶接詳細(形状,施工法),載荷履
歴)の影響を,実大実験などを実施して調査し精度を高める必要がある.また,部材レベルの検
討がほとんどであり,局所的に部材の累積塑性変形倍率が設定値を超えたとしても建物全体とし
て直ちに危険かどうかは不明であり,検討が望ましい.
(14) 各種制振ダンパーの損傷評価の研究:制振鋼材ダンパーは一般の鋼部材と同様に累積塑性変形
倍率と損傷程度との関係は研究されていたが,その他の形式のダンパーについては損傷評価手法
に関する検討があまりなされていない.
(15) 損傷評価を念頭においた地震応答解析手法の検討:地震応答解析は既に十分に確立した方法で
あるが,損傷評価を念頭に置くと,手法をマニュアル化できる部分が多く,それにより結果を得
るまでの時間が短縮されれば,事業継続に資する可能性がある.
195
5.付録
実地震における被害調査および損傷評価の実施例
ここでは,実際の大地震(1995 年兵庫県南部地震)による被災建物の被害調査および損傷評価の事
例について紹介する.なお,兵庫県南部地震では膨大な棟数の被災調査が行われたはずであるが,調
査活動そのものに関する公開資料は非常に乏しく,資料の逸散も懸念される.
5.付録.1 超高層建築物の被害調査の事例
兵庫県南部地震により被災した超高層鉄骨造建物の被害調査例として,文献 1)の事例を紹介する.
なお,下記の(2)応急調査については株式会社竹中工務店,それ以外の項目(3)~(6)については株式会社
日建設計より情報を提供して頂いたものであり,幸運にも内部データとして保存されていた超高層建
物の震災調査事例の一つを収集することができたといえる.
(1) 地震および建物概要
・地震:1995 年兵庫県南部地震(平成 7 年 1 月 17 日発生)
・建物:神戸市中央区,地上 30 階建て,3 階以上鉄骨造,官公庁建物,1 次周期 3 秒前後
(2) 応急調査
・実施日:1 月 18 日
・調査内容:主として,外観と内部(2 次部材,設備など)の被害状況
・調査結果:被害は軽微で緊急対策不要
(内装・廊下・扉隅にひび割れ,外装 PCa 版・ゴンドラガイドに 1cm 程度ずれ)
(3) 1次調査
・全面目視調査(2 月 16 日)
・建物頂部水平変位の測定(2 月 16 日):トランシット使用,計 8 点
・内装壁の傾斜測定(2 月 24 日):下げ振り使用,計 4 フロア
・26 階境界耐震壁の変形調査(2 月 24 日):耐火被覆の除去後に目視
(4) 2 次調査
・エレベータシャフトの傾斜測定:下振り使用,エレベータ業者が実施
・常時微動計測による建物固有周期:建設省建築研究所が実施
・外装プレコン取付ファスナー部調査(8 月 10 日):
かぶせコンクリートと耐火被覆の除去後に目視,1 フロア
・床の傾斜測定(8 月 10 日,19 日):トランシット使用,計 4 フロア
・内装ボードの割れ調査(8 月 22 日):目視,計 5 フロア
・鉄骨仕口・継手部の調査(8 月 10 日,19 日)
:
耐火被覆の除去後に超音波探傷試験・磁気探傷試験を実施,計 2 フロアの代表的な梁を対象
(5) シミュレーション地震応答解析
・入力地震動:①JMA 神戸,②NTT 神戸の記録波を使用
・解析モデル:弾塑性立体骨組モデル
196
(6) 損傷推定結果の概要
・建物は NS 方向に大きな揺れを受け,建物上部が塑性に入ったと思われる.
・残留変形は,建物頂部変形角で最大 1/500 程度,層間変形角で最大 1/250 と考えられる.
・塑性域に入ったと思われる建物上部の大梁端部の調査の結果,溶接部とボルト接合部に特に問題
はなかった.
・26 階境界耐震壁は塑性変形を経験し,最大 15mm の残留変形と一部局部座屈を確認.
・外装材の建物変形への追随性は健全.内壁にズレはあるが被害は軽微であり,被害パターンは建
物変形と対応付けられるものであった.
・常時微動計測による固有周期は,設計時のものと良く合っている.
図 5.付.1 超高層建物の被害調査位置(文献 1)より転載)
197
表 5.付.1 兵庫県南部地震を受けた超高層建物の被害調査要員の実例
(施工会社が実施、単位:人時間)
■応急調査※1
年 月 日 設計部 技研A 技研B
内 容
1995 1
18 1.0
1.0
1.0 外観と内部(2次部材,設備など)の被害状況調査
1.0
1.0
小計 1.0
3.0
合計
(人時間)
(設計事務所が実施、単位:人日)
■1次調査※2
年 月 日 設計A 設計B アシスタント
内 容
1995 2
15 1.0
1.0
1.0 調査準備
全数目視調査
16 1.0
1.0
1.0
建物頂部水平変位測定
内装壁の傾斜測定
24 1.0
1.0
1.0
26階境界耐震壁変形調査
1.0
2.0
3.0 報告書まとめ
5.0
6.0
小計 4.0
15.0
合計
(人日)
(設計事務所が実施、単位:人日)
■2次調査※2
年 月 日 設計A 設計B アシスタント
内 容
1995 8
9 1.0
1.0
1.0 調査準備
外部プレコンファスナー部調査
10 1.0
1.0
1.0 床の傾斜測定
鉄骨仕口・継手部の調査
床の傾斜測定
19 1.0
1.0
1.0
鉄骨仕口・継手部の調査
22 1.0
1.0
1.0 内装ボードの割れ調査
1.0
3.0
4.0 報告書まとめ
7.0
8.0
小計 5.0
20.0
合計
(人日)
■シミュレーション地震応答解析※2
年 月 日 設計A 設計B アシスタント
1995 9
1.0
5.0
6.0
2.0
3.0
1.0
2.0
3.0
1.0
2.0
4.0
11.0
16.0
小計 3.0
30.0
合計
(設計事務所が実施、単位:人日)
内 容
弾塑性立体モデルの作成
振動解析
解析結果の検証・確認・考察
解析報告書まとめ
(人日)
※1 株式会社竹中工務店 谷口氏より情報提供
※2 株式会社日建設計 福井氏より情報提供
注:次の要員は上記の表の要員には含んでいない.
・ 耐火被覆の除去等の工事に伴う施工管理者および技能者
・ 超音波探傷試験・磁気探傷試験における専門技術者
5.付録.2 微動測定による建築物の損傷評価の事例
兵庫県南部地震により被災した鉄骨系建物に対して微動測定に基づく損傷評価を行った研究例とし
て,文献 2),および文献 3),4)による事例を紹介する.
(1) 微動測定に基づく層レベルの損傷評価文献 2)
・建物:鉄骨造 7 階建て建物,および鉄骨系 12 階建物
・被災直後および補修後に,建物の各層について微動測定を実施
・補修前後(被災前後とみなす)の層レベルの損傷評価を実施し,各層の剛性,減衰定数,復元力
198
特性等について検討
・柱梁接合部の亀裂,ブレース破断など,大きな損傷が生じた層の剛性低下を評価
・課題として,各層重量推定および立体モード評価等の誤差の問題,減衰データ処理方法の更なる
検討を挙げている
図 5.付.2 補修前後の振動特性の比較(文献 2)より転載)
(2) 微動測定および強震観測に基づく損傷評価文献 3),4)
・建物:鉄骨造 8 階建て建物
・被災直後,および補修後に,建物の数層について微動測定を実施
・補修前後のフーリエスペクトル(水平並進,水平ねじれ,上下)を比較
・強震観測を実施しており,本震およびその前後に記録された余震の分析結果から,建物の振動
特性の変化を評価
図 5.付.3 補修前後の振動特性の比較(文献 3)より転載)
199
5.付録.3 地震観測記録とシミュレーション解析に基づく建築物の損傷評価の事例
兵庫県南部地震を受けた高層建物に対して,地動および建物応答加速度を計測し,得られた地震観
測記録と地震応答解析の結果を比較検討した研究例として,文献 5)~6)による事例を紹介する.
・地震および建物概要
地震:1995 年兵庫県南部地震(平成 7 年 1 月 17 日発生)
建物:神戸市長田区,地上 25 階建て,SRC 造,集合住宅,1 次周期 1 秒前後
・被害の概要
けた行構面の方がはり間構面より被害が大きい.
住戸と中廊下間に設けられた小梁・雑壁構面の被害が著しく,小梁のせん断破壊,雑壁のせん
断ひび割れが生じた.
けた行方向の一部の大梁端部に曲げひび割れが確認された.
・地震観測
地下 1 階,地上 5 階,24 階に加速度計を設置
・地震応答解析
立体フレームモデルによる静的非線形プッシュオーバー解析
せん断多質点系モデルによる動的非線形地震応答解析(各層を単独バネで表現する場合と,
主架構および小梁・雑壁を分けて 2 つのバネでモデル化する場合について検討)
入力波は,地下 1 階の地震観測記録を使用
主架構と小梁・雑壁を分けたモデルの解析結果は,実際の被害状況とほぼ良く対応
図 5.付.4 地震観測記録と応答解析結果の時刻歴加速度波形の比較(文献 5)より転載)
200
5.付禄.4 鋼構造建築物の修復実績コストを基にした修復限界の評価事例
兵庫県南部地震を受けた鋼構造建物に対して修復・解体の実績コストを調査し建物の修復限界変形
を評価した研究例として,文献 7)~9)による事例を紹介する.
(1) 修復実績コストを基にした修復限界文献 7)
文献 7)では,兵庫県南部地震で被災した 12 棟の鉄骨造建物における損傷と修復の実態を調査し,
修復および解体の標準的なコストを調査し,変形角の限界を分析し,以下の知見を得ている.
・12 棟のうち,2 棟は平均変形角が 1/65 および 1/49 になり,解体された.3 棟は 1 層変形角が 1/5~
1/100 になり,残留変形をキャンセルした後に柱修復が実施された.7 棟は平均変形角が 0~1/87 にな
り,柱梁接合部の修復がされた.
・12 棟のうち解体せずに補修等が施された 10 棟では,修復コスト比(=修復工事費/(初期工事費
+解体工事費))は 0.17~0.86 であり,平均 0.52 であった.
・鉄骨接合部や部材修復にかかるコストよりも,内外装や設備の撤去とそれらの復旧にかかるコスト
の方が,解体の選択,修復コストの大小を決定している.
・公共性が高いため全面的に修復した建物 C を除くと,建物 B(最大層間残留変形角 1/71・建物の倒
れ 1/110),建物 D(最大層間残留変形角 1/46・建物の倒れ 1/120)が変形量の限界であったと思われ
る.
(2) 鋼構造建築物の修復限界文献 9)
文献 9)では,建物の修復性に関わる残留変形とコストの分析を行い,技術面および経済面から鋼構
造建築物の修復限界について検討し,以下の知見を得ている.
・鋼構造建物の全体残留変形角の修復限界値は 1/110,最大残留変形角の修復限界値は 1/71 である.
・鋼構造建物の直接復旧コスト比の修復限界値は 0.86,間接復旧コスト比の修復限界値は 0.40 である.
・技術面と経済面を統合した評価では,全体残留変形角の修復限界値は 1/200,最大残留変形角の修
復限界値は 1/90 である.
表 5.付.2 検討対象被災鉄骨造建物(文献 7)より転載)
図 5.付.5 新築・解体・修復工事費用
の比較(文献 7)より転載)
201
図 5.付.6 修復コスト比と建物変形の関係(文献 7)より転載)
図 5.付.7 残留変形角と修復コスト比の関係(文献 9)より転載)
202
参考文献
1) 日本建築学会近畿支部 構造力学部会:過大入力を受ける建築構造物の動的崩壊過程の解明(その
1), 構造力学講究録第 23 号,1996 年 7 月
2) 中村充,安井譲:微動測定に基づく地震被災鉄骨建物の層損傷評価,日本建築学会構造系論文集,
第 517 号,pp.61-68,1999 年 3 月
3) 奥田賢持,二宮利文,赤木久眞,翠川三郎,土肥博,松岡昌志:兵庫県南部地震におけるNTT建
物の地震記録について(その3)-常時微動による神戸駅前ビルの振動特性及び地表面波の推定-,
日本建築学会大会学術講演梗概集,pp.547-548,1996 年 9 月
4) 松岡昌志,奥田賢持,翠川三郎,土肥博,赤木久眞,二宮利文:兵庫県南部地震におけるNTT建
物の地震記録について(その4)-本震前後における神戸駅前ビルの振動特性の変化-,日本建築
学会大会学術講演梗概集,pp.549-550,1996 年 9 月
5) 沢井布兆,江戸宏彰,津田和明,高田香織:SRC 造 25 階建て集合住宅の被害と解析,コンクリー
ト工学,Vol.34,No.11,pp.37-41,1996 年 11 月
6) 津田和明,高田香織,江戸宏彰:阪神・淡路大震災における被災建築物の地震応答解析(2)-SRC
造高層共同住宅-,大林組技術研究所報 特別号 1996 阪神・淡路大震災調査・分析/対応技術,
pp.85-91,1996 年 8 月
7) 杉本浩一,田中直樹,寺岡勝,岩田善裕,桑村仁:兵庫県南部地震における修復実績コストを基に
した鋼構造建築物の修復限界,日本建築学会大会(東海)構造部門(鋼構造)パネルディスカッシ
ョン資料,pp.53-72,2003 年 9 月
8) 桑村仁,田中直樹,杉本浩一,向野聡彦:鋼構造躯体の性能表示-鋼構造建築物の性能設計に関す
る研究
その 1-,日本建築学会構造系論文集,第 562 号,pp.175-182,2002 年 12 月
9) 岩田善裕,杉本浩一,桑村仁:鋼構造建築物の修復限界-鋼構造建築物の性能設計に関する研究
の 2-,日本建築学会構造系論文集,第 588 号,pp.165-172,2005 年 2 月
203
そ
6.まとめと今後の課題
6.1
まとめ
(1) 建築物の非構造部材・設備・家具等について予測される長周期地震動による被害の調査
長周期模擬地震動を作成し,その入力によってモデル建物の応答を予測した.その応答をもとに非
構造部材,設備,家具の被害を予測した.また,長周期地震動による建築物の非構造部材,設備,家
具について予測される被害が,建物の人的被害,救助活動,避難,建物の被害状況の調査への影響,
建物復旧への影響などについて,考察した.
検討では,非構造部材,設備についてはある特定の階を除き大きな被害は出ないが,家具について
は,ほぼ全層にわたり長周期地震動特有の被害として転倒,滑動が著しく,大きな被害となる.
これら被害が地震後の避難,救助,調査,復旧等に与える影響では,非構造部材や設備の倒壊や落
下が,怪我や,閉じこめなどの直接の人的被害を与えること,そしてそれらが避難,救助の際の人の
移動の障害になることが,被災時のあらゆる場面において最も大きな影響になる.また,建物の被災
調査,復旧に向けては構造体を含めた建物全体の構成部材の中で,優先度や順位を考えて対応してい
くことが重要である.
(2) 長周期地震動により建物内部で発生が想定される事象の建物用途ごとの整理
オフィスビル,集合住宅,ホテルの 3 つの用途の超高層建物について長周期地震動を受けた時に起
こりうる事象について検討し,それを一連のシナリオの形でまとめた.また 3 つのシナリオを比較検
討し,用途の違いによって生じるシナリオの違いを,シナリオに影響を与える項目ごとに検討した.
結果を要約すると以下の通りとなる.
<予防の見地から>
・
緊急地震速報の発信はいずれの用途でも有効である.地震速報を聞いてから,本震までの間にい
かに安全を確保するかが人的被害を防ぐ.
<応急対応の見地から>
・
用途ごとの長周期地震後のシナリオは,建物の構造,設備といったハードの部分の相違より,建
物の使われ方,管理体制などソフトの部分の違いによって変わってくる.
・
断水や排水の途絶は,調理や入浴など水が欠かせない機能を含むホテルや集合住宅に影響が大き
い.
・
停電時に自家発電設備などのバックアップがあるかがシナリオに影響する.特に通信,エレベー
タ,電気錠などで,バックアップの有無がシナリオに影響する.
<復旧の見地から>
・
構造被害は,生活の場として使用される集合住宅の場合,補修までの生活の確保や,補修工事の
費用負担に対する合意の取り付けなど大きな影響をもたらす.
204
<その他>
・ 地震発生時間は,シナリオに大きな影響を与える.オフィスビルは就業時間帯の地震だと負傷者,
帰宅困難者が多く発生する.集合住宅,ホテルでは在館者が多い夜間の就寝時の地震が,安全確
保や避難開始の遅れを生み,負傷者が多く,安否確認も遅れる.また火気の使用がある食事時間
帯は地震後火災発生の可能性が高くなる.
(3) 長周期地震動による建築物への被害把握のために確認すべき項目の調査
長周期地震による被害を受けるであろう建築物,特に超高層建築物の対策においては被害把握が重
要である.この報告書ではその被害把握のために必要となる事項について構造技術的観点のみならず
事業継続の観点からも整理した.なお,予防・応急・復旧という段階に分けた整理を試みたが,調査
においては予防・応急・復旧という段階に分けるのが困難であり,共通と整理したものもある.その
結果,以下のことが分かった.
<共通>
・
超高層建物を含んで一般に建物の損傷調査においては,①まず建物および各部位の応答量を
調
査によって把握し,②次に応答量から損傷を推定する,ことが一般的であることが分かった.た
だし,応答量および損傷程度の把握に対しては,発災後の時間の経過とともに,一般に要求され
る精度が高くなり,調査時間に要する時間も長くすることが許容されるので,これらのための手
法は適切に選択する必要があることを指摘した.
・
ここでは,応答量としてはセンサや測量などによって計測できる物理量(加速度,変位,温度,
硬度,など)だけでなく,部材の変形・亀裂・破断破面などの外観も含んで整理した.また,①
応答量からの損傷推定に当たって建物の地震応答解析の結果を利用する必要があること,さらに
②応答量に関する調査情報が少なければ少ないほど地震応答解析結果を利用する割合が増えるこ
と,が分かった.
・
応答量の把握方法として現状で一般的であると考えられるものを主な対象とし,下記の観点から
分類した.
 事前にセンサを設置しておく方法,事後に目視や測量により把握する方法
 鉄骨の耐火被覆等を除去することなく非破壊で損傷検出する方法,それ以外の方法
 簡易/詳細(概ね,低コスト/高コスト,に対応する)
また,以下の観点から各方法を評価した.
 測定手段が必要とする技術者のレベル(普及度,難易度)
 測定手段が必要とする装置の特殊性(コスト,普及度,電力の要否)
 建屋内での作業性と安全性(内装撤去とアスベスト飛散防止)
 発災後,データを得るまでに必要な時間(データの保存性,データの回収方法)
 事前準備に関しては必要な維持管理(コストと手間):例えば,通常の地震計であれば,無
停電電源装置の交換(3 年ごと)と装置本体の更新(10 年ごと)
 測定手段による損傷評価の精度と信頼性
・ 損傷評価を念頭において地震応答解析を行う場合,精度や結果を出すまでの時間の要求の程度(す
205
なわち,発災からの経過時間)に応じて地震応答解析の目的・解析方法・建物モデル・入力
地震
動・出力すべき解析結果,が異なることが指摘できる.建物モデルは解析方法に応じて建物設計図
書から定めればよいが,入力地震動は地震観測を行っていない場合は種々の方法により定めなけれ
ばならず,地震応答解析の精度(ばらつき)に影響を与えることがわかった.
<予防の見地から>
・
震災調査活動そのものに関する公開資料は非常に乏しいことがわかった.兵庫県南部地震では膨
大な棟数の調査が行われていたはずであるが,資料の逸散が懸念される.幸運にも内部データと
して保存されていた超高層建物の震災調査事例の一つを収集することができた.
・
日本の超高層建物の内,長周期地震動の影響を受けやすい建物としてやや広く考えて周期 2 秒以
上の建物とすると,その棟数は公表データから推定すると,約 1100 棟である.このうち,東京都
に約 600 棟,大阪府に約 140 棟,愛知県に約 30 棟,存在する.このデータベースを基に,固有周
期,構造種別,延べ床面積,に関して詳しく検討した.また,2000 年以降に建設された超高層建
物のほとんどで制振構造が採用されていることが分かった.
・
応急対応のための調査が停滞して事業継続への影響を少なくするには調査精度の向上と調査期間
の短縮を目的とした事前準備が必須であり,構造体の状況をセンサで把握し(地震観測)
,構造体
に関する情報を数多く取得することが有力となる可能性がわかった.したがって,地震観測は事
業継続にとって有益であることを周知を図る必要がある.
・
地震観測を長周期地震動対策として超高層建物に普及させるには低コストの観測装置の開発が必
要であることを指摘した.このためには,その維持管理体制を建物の長期修繕計画の中に織り込
んでおく必要がある.現状でもエレベータ感震器のデータを残すことができれば,有益である.
<応急対応の見地から>
・
超高層建物の損傷調査においては①規模が大きく,建物内部移動とくに最上階への移動に地震直
後はエレベータが止まって困難が予想されること,かつ②仕上げや耐火被覆で覆われていて構造
体を直接確認できないこと,がほとんどである.このため,調査に時間がかかるとともに精度が
低く,建物の使用を制限する方向に損傷の判定がぶれる可能性が指摘でき,結果として事業継続
を制約することが分かった.すなわち,現状では調査精度が低いため,人的被害のリスクと事業
機会損失のリスクの和は大きく,社会全体として損失・負担が大きいと考えられる.
・
超高層建物を調査するべき人材として民間有力企業の構造設計者・研究者および大学教員等を想
定すると全国で 1000~2000 名程度と推定される.通常業務をある程度継続し,かつ一般建築の被
害調査にも参画することを考慮すると,超高層建物の調査に参画できる人員は多くないと想定さ
れる.仮に,100 名規模で東京都の超高層建物の調査を行うとすれば,1 日 1 棟 2 名での応急危険
度判定を実施するとして,12 日程度はかかることになると推定された.
・
調査に必要な資機材・技術マニュアル・実施体制について検討し,以下のことが指摘できること
が分かった.
 超高層建物に適した応急危険度判定指針(建物のトリアージを含む)や被災度区分判定指針
がなく,調査に支障をきたす可能性がある.海外の同種の指針も超高層建物に適用可能かは
不明である.
 耐火被覆にアスベストが含まれていると調査が困難になる.
206
 事業継続の観点から復旧を急ぐと,応答の痕跡がなくなり,損傷把握に支障が生じる.
・
各種の応答量取得手法や損傷評価手法を検討したが,①被災後の対応のみで損傷評価が可能な方
法,②非破壊で損傷検出が可能な方法については,新しいセンサ等も開発されているが,現段階
ではまだ限定的な範囲でしか利用できないことがわかった.
・
累積塑性変形倍率を評価するには現状の外観調査手法では不可能であるため,各種応答量の調査
結果によって検証しながら地震応答解析を行う必要があり,現状では発災直後の応急危険度判定
には適用が困難であることも分かった.ただし,地震観測とその観測結果の処理方法を充実させ
ることによって累積塑性変形倍率を即座に算定できれば,応急危険度判定にも有用であろう.
<復旧の見地から>
・
応答量と損傷程度との関係が十分に確立されていないもの(例えば,固有振動数・層剛性と建物
全体および各部の損傷の関係)も多かった.例えば,地震観測結果を建物全体の損傷評価に結び
つける方法はまだ十分に確立されていないことがわかった.したがって,現状では適切な測定手
段を選択する必要があるとともに,この応答量-損傷程度関係に関するさらなる研究の必要があ
ることがわかった.
・ 損傷評価対象として,既往の研究を参考にして建物全体,層,主架構(柱・梁)
,制振ダンパー(主
に鋼材ダンパーを想定)を設定した.長周期地震動の影響を受けやすい超高層建物は鉄骨造が多
いと予想されるので,その主架構や梁端溶接部の損傷評価指標を調査したところ,研究が進んで
いるのは累積塑性変形倍率であることが分かった.長周期地震動を受ける超高層鉄骨建物では塑
性変形が繰返して主架構の塑性ヒンジ部(一般には溶接部近傍の梁端である)および制振ダンパ
ーに加えられると想定でき,その損傷評価には累積塑性変形倍率は指標として適切であると考え
られる.ただし,材料・部材断面(H 形鋼,ボックス柱)
,溶接詳細(形状,施工法)の影響や載
荷履歴の影響をどの程度,考慮すべきかの資料が十分あるとは言えないこともわかった.
・
制振鋼材ダンパーは累積塑性変形倍率と損傷程度との関係は研究されていたが,その他の形式の
ダンパーについては損傷評価手法に関する検討があまりなされていないことが分かった.
6.2
今後の課題
(1) 建築物の非構造部材・設備・家具等について予測される長周期地震動による被害の調査
<予防の見地から>
・正確かつ簡単な手法により被害予測が可能となれば,対策を行いやすい.高精度化と共に評価方法
の簡単化が望まれる.
・設備・非構造部材は,ある特定の階(層間変形角が大きな階や梁端部の塑性化が非常に進む階)で
被害が生じる結果となった.各建物固有の被害度が進みやすい階の特定を行い,予め対策(機器で
あれば取付け部の強度を増す,配管等であればジャバラのような変形追随性の高いものを使用する)
を施す必要があると思われる.
・家具については,特に背の高いものについては転倒・滑動の可能性が非常に高いので,固定対策を
必ず行う.また,層間変形の進みやすい階については,扉の対策も行う必要がある.
207
<応急の見地から>
・震災直後は,避難もしくは救助ができるように通路確保が最重要となる.災害直後でも有用な避難
通路となるように,家具固定や扉対策は最重要と思われる.
<復旧の見地から>
・復旧にあたり,使用できなくなった設備・非構造部材・家具什器備品など大量のゴミが発生する.
これらの移動と復旧のための搬入も考えると,応急においても重要な通路確保は,復旧においても
重要な課題になる.
・建物の神経である設備の早期復旧は,建物全体の機能復旧につながる.機器の早期復旧も必要であ
るが,水廻り配管等の復旧は,生活・活動するために最重要である.特に配管類などの復旧につい
ては手間のかかることが予想されるため,予め対策を講じることが重要と思われる.
(2) 長周期地震動により建物内部で発生が想定される事象の建物用途ごとの整理
<予防の見地から>
・3用途共通で,エレベータの閉じ込め,震災後の稼動障害,復旧の遅れが,シナリオを厳しくして
いる.震災後の円滑な垂直交通手段の確保として高耐震のエレベータの開発が必要.
<応急の見地から>
・超高層建物では用途を問わず,照明,通信,エレベータ,換気など電気に依存する率が高い.
自家発電設備は設置されているが,法定の最低限の負荷,運転時間であることが多く,震災後の
需要を満たすものではない.最低の保安電力 3 日分の運転が可能なような設備の設置が望ましい.
<その他>
・各シナリオの検討は,超高層建物がオフィスビル,集合住宅,ホテルの単独用途として使われてい
る例を想定している.実際にはオフィスの上にホテル,オフィスの上に住宅などが乗った複合用途
の建物も多く建設されており,そうした場合のシナリオについても検討してみる必要がある.
・シナリオによるスタディは,建築を専門としない人にもわかりやすく,啓蒙的な価値があるので,
これらを関係者,関係機関に対して公表し,長周期地震に対する啓蒙活動に役立てていくことを検
討する.特に室内の状況,エレベータの被害について啓蒙が必要.
(3) 長周期地震動による建築物への被害把握のために確認すべき項目の調査
以上の調査の結果から,以下のことが今後の課題として重要と考えられる.
<共通>
・
調査した応答量を損傷評価に結びつける方法の研究(特に,超高層建物の地震観測結果を建物全
体の損傷評価に結びつける方法の研究)
:超高層建物の被害把握は困難であり,地震観測結果を利
用して多くのかつ良質のデータを短時間で取得して活用することが事業継続の観点からも望まし
い.例えば,次の課題が考えられる.
208
 累積塑性変形倍率は超高層鉄骨造建物の損傷評価手法として有用であるが,これを地震観測
結果から即座に算定できる処理手法とシステムが開発されることが望ましい.
 地震観測では通常,加速度を計測するが,それ以外の変位・ひずみや温度も損傷評価に寄与
できる可能性があるので,その方法を研究することが望ましい.
 外観・測量結果についても超高層建物の損傷評価につなげることができるか検証が必要であ
る.
 計測すべき物理量に最適なセンサの種類と配置について,検討が必要である.
<予防の見地から>
・
震災調査活動そのものに関する資料の収集:今回の調査では 1 例の収集に留まり,一般的な教訓
を得るには不十分と言える.
・ 超高層建物の一覧調査の充実:今回の調査結果は 2000 年の建築基準法改正以降のデータに大きな
誤差があると推定される.この誤差を減らすように調査を充実させるべきである.
・
超高層建物の地震観測手段の低コスト化と普及の研究:超高層建物での地震観測を普及させるに
は低コストが重要である.また,普及の方法それ自体も課題であり,強制または促進の両面から
検討するべきである.
・
過去の建物や地震動に関する検討との関連性:過去の検討を踏まえて平均から最悪までの種々の
「長周期地震動による超高層建物の被災像」をより広い見地から総合的に想定して,震災後の調
査
の課題をより定量的かつ現実的に評価する必要がある.また,この作業の前提として超高層
建物は現状の約 1100 棟の内,破壊確率をどの程度が許容されるかについての社会的合意形成に努
めるべきである.
・
将来における被害調査体制の想定:長周期地震動による超高層建物の被害が発生するのが遠い将
来になる可能性も考慮して被害調査の対象建物数や調査員数を想定し直す必要がある.
・
超高層建物の地震対策の促進に向けての調査:最も本質的な対策は耐震補強であるが,それに至
らなくても種々の対策は可能である.各種の地震対策に関してコスト性能比などの促進に向けて
の基礎的な調査が望まれる.
<応急の見地から>
・
超高層建物に適した応急危険度判定指針の整備:地震観測の結果を活用するなどの超高層建物特
有の応急危険度判定は仮の案であっても速やかに開発されることが望まれる.また,精度や有効
性に関して実験や被害地震の際に検証をする必要がある.
・
超高層建物に適した応急危険度判定体制の整備:応急危険度判定を実施する段階においては危険
を見逃す可能性と過度に安全側に判定することによる事業継続への障害の両面の課題があり,調
査員のみに責任を負わせない社会的合意形成に努めるべきである.
・
非構造部材・什器などの損傷から建物の応答量を推定する手法:この手法は特別な事前準備が不
要であり,建物の各部の応答を細かく把握できる可能性があるので,その精度や適用限界を含め
て検討するべきである.
・
超高層建物における改修工事事例の収集:超高層建物における被害調査において実際の建物にお
いて,例えば耐火被覆の施工や使用材料の状況を知ることは重要である.改修工事において内装・
外装で隠されている部分が分かれば,貴重な情報となる.
209
<復旧の見地から>
・
超高層建物に適した被災度区分判定指針の整備:地震観測の結果の活用や累積損傷倍率による評
価を適切に損傷把握に結びつける方法が開発された場合は,速やかにその結果を取り込み整備す
ることが望まれる.また,精度や有効性に関して実験や被害地震の際に検証をする必要がある.
・
超高層鉄骨造建物における累積塑性変形倍率と損傷評価の研究(部材レベルおよび建物全体レベ
ル)
:既往の研究では累積塑性変形倍率が鉄骨造建物の損傷評価に有用であることが分かっている
が,各種の因子(材料・部材断面(H 形鋼,ボックス柱)
,溶接詳細(形状,施工法)
,載荷履歴)
の影響を,実大実験などを実施して調査し精度を高める必要がある.また,部材レベルの検討が
ほとんどであり,局所的に部材の累積塑性変形倍率が設定値を超えたとしても建物全体として直
ちに危険かどうかは不明であり,検討が望ましい.
・
各種制振ダンパーの損傷評価の研究:制振鋼材ダンパーは一般の鋼部材と同様に累積塑性変形倍
率と損傷程度との関係は研究されていたが,その他の形式のダンパーについては損傷評価手法に
関する検討があまりなされていない.
・
損傷評価を念頭においた地震応答解析手法の検討:地震応答解析は既に十分に確立した方法であ
るが,損傷評価を念頭に置くと,手法をマニュアル化できる部分が多く,それにより結果を得る
までの時間が短縮されれば,事業継続に資する可能性がある.
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