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3.ガス組成設計による熱プラズマの熱源特性制御

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3.ガス組成設計による熱プラズマの熱源特性制御
3.ガス組成設計による熱プラズマの熱源特性制御
田中 学,Anthony B. Murphy1),田代 真一
大阪大学接合科学研究所,1)CSIRO
(原稿提出日:2011 年●月●日)
熱プラズマの熱源特性はプラズマの発生に使用するガスの熱力学輸送特性に強く依存する。
例えば、水素や窒素の様な解離を伴う多原子分子は比熱が高いため、ガスとして用いること
により、ジュール加熱により発生した熱がプラズマ中に保持されやすくなり、高エネルギー密
度のプラズマの生成が容易となる。本章では、特にアーク溶接を対象とした、ガス組成設計
による熱プラズマの熱源特性制御に関するシミュレーション研究の最近の取り組みについて
述べる。
Keywords:welding, heat source, thermodynamic properties, transport properties
3.1 まえがき
Tungsten Inert Gas(TIG) 溶 接 は Gas Tungsten Arc
Welding(GTAW)とも呼ばれ、産業において広く用いられて
いる。TIG 溶接ではアーク放電によりタングステン陰極と
母材となる陽極との間に熱プラズマを発生させ母材を溶
融溶接する[1]。この時、母材に形成された溶融池を空気
から保護するために、陰極周囲のガスノズルからシール
ドガスを導入する。このシールドガスの物理的性質により
アークの熱源特性は大きく変化するため、コストや求めら
れるアークの熱源特性に応じて最適なガス種が選択され
ることとなる。
最も一般的なシールドガスは、不活性で比較的安価な
アルゴンである。しかしながら、このアルゴンアークは母
材への入熱が比較的低く、例えば、母材がアルミニウム
の様に高い熱伝導率をもつ場合、母材に形成される溶融
池に十分な深さが得られないという欠点をもつ。そこで、
母材への高い入熱が必要とされる場合、アルゴンに代わ
り、アルゴンとヘリウムまたは水素の混合ガス等が用いら
れることがある[2]。例えば、水素の様なガスを単体で用
いると、溶融池に多量に吸収され、ブローホールや低温
割れ等の溶接欠陥の原因になる。したがって、溶接用シ
ールドガスを用途とする場合には、アルゴンに対して比較
的尐量の他のガスが添加され用いられることが多い。
現在は主として実験的に得られた知見に基づき、要求
されるアークの熱源特性や母材の溶け込み形状を得るこ
とが可能なシールドガス組成が決定されているが、理想
的な熱源特性を得るためには、数値シミュレーションを通
じて現象を本質的に理解し、シールドガス組成を最適化
することが不可欠である。本章では、特にアーク溶接を対
象とした、ガス組成設計による熱プラズマの熱源特性制
御に関するシミュレーション研究の最近の取り組みについ
て述べる。3.2 では本研究で用いられているシミュレーショ
ンモデルの概要を説明する。続いて 3.3 では各種ガスをシ
ールドガスとして単独で用いた場合に、ガス種の違いがア
ーク特性に及ぼす影響について検討する。3.4 では混合
ガスをシールドガスとして用いた時、混合ガス組成がアー
ク特性に及ぼす影響について検討し、最後に 3.5 にてまと
めを述べる。
3.2 シミュレーションモデル
本研究では静止 TIG 溶接を対象とし、溶接条件として
アーク電流を 150A、アーク長を 5mm、タングステン陰極径
を 3.2mm、陰極先端角度を 60 度、母材(陽極)を水冷銅、
シールドガス流量を 10L/min、圧力を大気圧とした。ここで
は、シミュレーションモデルの主要な点について簡単に説
明する。モデルの詳細については文献[3,4]を参照頂きた
い。計算領域は 2 次元軸対象(r, z)とし、陰極、アーク、陽
極領域から構成される。主な支配方程式は質量、運動量、
エネルギー、電流の各保存式から成り[3]、Patankar によ
る SIMPLE 法を用いて解かれている[5]。また、各領域間
での熱や運動量等の輸送については、以下の様な内部
境界条件を通じて考慮される。
アーク-陽極間の内部境界条件について簡単に説明す
る。陽極表面における入熱密度は以下の式で与えられ
る。
S a  je wa  k
T
  aT 4 .
z
(1)
各項はそれぞれ電子凝縮による入熱、熱伝導、及び放射
による冷却を表している。ここで、je は電子電流密度、Φwa
は仕事関数であり、k は熱伝導率、T は温度、εa は陽極
物質の放射率、αはステファンボルツマン定数である。ま
た、ここでは陽極降下電圧の影響は無視している。陽極
降下電圧は陽極への強い電子拡散の影響により負極性
となるが[6]、陽極への熱流束に及ぼす影響は電子凝縮
による成分と比較して小さくなることが知られている。
アーク溶接では陽極の一部に溶融が生じるため、アー
ク-溶融池間には運動量に関する境界条件が必要となる。
溶融池表面に平行な成分は式(2)のように、
 a  w 

0
r
(2)
溶融池表面に垂直な成分については式(3)のように定義さ ては文献[12]にて詳細に検討されているので、ここでは説
れる。
明を省略する。金属蒸気の発生量はアルゴンアークで最
も尐なく、陽極への入熱が大きくなるヘリウムや水素アー
(3)
Pa  Pw    0
クで多くなるが、TIG アークでは陰極近傍にて電磁力を駆
動力とした陽極へと向かう高速のプラズマ流が生じ、これ
式(2)の 1 項目及び 2 項目はそれぞれアーク及び溶融池 が溶融池近傍の金属蒸気を周囲空間へと掃き出すだめ、
のせん断力を表している。アーク及び溶融池のせん断力 アーク特性へ及ぼす影響は、電極自体を溶融させること
は、境界領域近傍での陽極表面に平行な速度と粘性に により溶接を行う Metal Inert Gas(MIG)アーク等の場合と
比例する。3 番目の項はマランゴニ力であり、溶融池の表 比べて大幅に小さくなる[13]。
面温度の勾配により生じ、表面張力γの半径方向の変化
(dγ/dr = (dγ/dT )(dT /dr))で表される。表面張力の温度 3.3 ガス種の違いがアーク特性に及ぼす影響
依存性 dγ/dT は多くの純金属で負の値となるが、酸素
本節では、シールドガスとなるアルゴン、ヘリウム及び
や硫黄等の不純物が高濃度で存在する場合は正の値と 水素に加え、シールドガス流量が不十分であったり、外力
なる。式(3)の最初の 2 項はアーク-溶融池境界面におけ 等によりアークが擾乱した際に混入する可能性のある窒
る、各領域側の圧力である。圧力差と表面張力から境界 素のアーク特性について検討する。
面の曲率κが決定される。
Fig. 1 にアルゴン、ヘリウム、水素及び窒素ガスの熱力
溶融池の形状は溶融池対流による熱輸送に強く依存し、学・輸送特性の例として、比熱、粘性、熱伝導率及び電気
溶融池表面で働く上述のせん断力ならびにマランゴニ力 伝導率の温度依存性を示す。アルゴンは最も比熱及び熱
に加え、溶融池内での電磁力(j×B)及び浮力がその主な 伝導率が小さいことがわかる。3,500K での水素及び
駆動力となる[3]。ここではガス組成がアークの特性に及 7,000K での窒素に見られる比熱のピークは、分子の解離
ぼす影響を中心に検討するため、評価の簡便さから溶融 に要するエネルギーを表している。15,000K に見られるア
の生じにくい水冷銅陽極を仮定する。
ルゴン、水素及び窒素のピークは原子の電離に要するエ
本研究では、アークと陽極の境界域における主要な 4 ネルギーに対応している。一方、ヘリウムは電離電圧が
種類の特性、すなわち式(1)で与えられる入熱密度、式(2) 高いために 20,000K 近くまで電離度が低くなる。また、熱
の 1 項目で与えられるアークによるせん断力τa、(3)の 1 伝導率においても、解離や電離に起因した同様のピーク
項目で与えられるアークによる圧力 Pa、及び陽極表面に が生じることがわかる。ヘリウムを除いた各ガスはほぼ同
おける電流密度を評価する。なお、電流密度は入熱密度 程度の電気伝導率をもつ。この電気伝導率は電子密度と
の電子凝縮成分(式(1)の 1 項目)と、溶融池対流の駆動力 密接な関係があり、ヘリウムは上述の様に他のガスと比
となる電磁力の大きさを決定する。
較して高い温度でのみ電離が生じるため、電気伝導率は
ま た 、 ア ー ク は 局 所 熱 平 衡 (Local Thermodynamic 特に低温で非常に低い値となる。アルゴン及び窒素ガス
Equilibrium; LTE)状態にあるとする(LTE の定義の詳細は は同程度の粘性をもつ。ヘリウムは高温で高い粘性を示
2 章を参照頂きたい)。LTE は溶接アークのモデリングにお し、水素ガスでは全ての温度域において低くなることがわ
いては標準的な仮定である。LTE の仮定を用いない場合、かる。粘性は原子質量の平方根に比例し、衝突積分に反
プラズマの各粒子種毎の反応や輸送を取り扱う非常に精 比例する。水素の低い粘性は原子質量が小さいことによ
巧なモデルが要求されるが、熱力学・輸送特性の計算の るものである。ヘリウム原子同士の衝突の際の衝突積分
困難であることに加え、反応計算に必要なデータが不十 は他のガスの場合と比較して低いが、これはヘリウムの
分であった場合等には、かえって計算精度の確保が難し 質量が小さい影響と相殺される。
くなる問題がある。したがって、本計算のように複雑な混
Fig. 2 はアルゴン、ヘリウム、水素及び窒素アークにお
合ガス組成を仮定する場合には、計算負荷の低減や計 ける温度分布及び流速分布を示している。アルゴンアー
算精度向上の観点から LTE の仮定が多く用いられる。
クと比較して、他のガスを用いたアークでは温度、流速、
各混合ガスの熱力学・輸送特性の算出方法について 電圧及び陽極温度はすべて高い値となることがわかる。
は、本小特集 2 章ならびに 2006 年の本誌小特集[7]にて なかでも水素アークは特に大きく、アーク電圧は 35.5V、ア
詳細に説明されている。本研究では、熱力学・輸送特性 ークの最高温度及び流速は 27,000K 及び 4,332m/s に達
は Murphy ら[8~10]のモデルを、アークの放射係数は した。また、水冷銅陽極の表面温度は 2,500K に及び、そ
Cram[11]のモデルを用いて計算した。
の一部が溶融し溶融池が形成されている。一方、アルゴ
また、アルゴン-ヘリウムやアルゴン-水素混合ガスの ンアークでは、それぞれ 10.8 V, 17,000 K, 217 m/s 及び
様に、粒子種毎に質量等が著しく異なる場合、各々の粒 600K となった。ヘリウム及び窒素アークの値はアルゴン
子の拡散のし易さの違いから、粒子組成が空間的に不均 及び水素アークの中間的なものとなる。Fig. 1 に示される
一な分布となることがあるが、本計算では簡単のためこ 様に、ヘリウムアークは高い熱伝導率をもつため、熱伝
の影響を無視し、均一な分布を仮定することとする。
導による熱輸送の影響が大きく、アークのフレームは丸
最後に、溶融池から発生する金属蒸気の影響について みを帯びた形状となっている。一方、水素アークは後述す
も無視する。金属蒸気がアーク特性に及ぼす影響につい る熱的ピンチ効果の影響が大きく、アークは中心軸付近
に緊縮する。
Fig. 3(a)に各アークにおける陽極への入熱密度分布及
び全入熱量を示す。式(1)にて求められる入熱密度は、熱
伝導及び電子凝縮による成分が支配的であり、これらと
比較して放射による冷却等の成分は無視できる程小さい。
アルゴンアークの入熱密度及び全入熱量は、他のガスの
ものと比較して低いことがわかる。ヘリウム及び窒素アー
クにおける陽極への全入熱量は、アルゴンアークと比較
して 2 倍となり、水素アークでは約 4 倍となる。これは主に
アルゴンアークに比べてアーク電圧が高く、陽極へ輸送さ
れる熱量が多くなるためと考えられる。これに対して、ヘリ
ウム及び窒素アークの入熱密度は、中心軸上でアルゴン
アークの約 3.5 倍となり、水素アークでは約 8 倍となるが、
これは全入熱量の変化分を考慮すると、入熱が中心軸近
に集中していることを示唆している。
Fig. 1 アルゴン,ヘリウム,窒素及び水素ガス
特に電離の生じにくい低温域において、ヘリウムの電
の熱力学・輸送特性
気伝導率はアルゴンと比較して著しく低い値となる。この
ため、ヘリウムアークでは電流経路は電気伝導率の高い
高温域に制限され、中心軸上において電流密度が増加し
た結果、入熱密度が高くなったものと考えられる。
一方、水素及び窒素アークの入熱密度の増加は、熱的
ピンチ効果により生じるアークの緊縮に起因するものと推
測される[14]。アークの中心軸付近では陰極から陽極へ
と向かうプラズマ流が存在し、これにより生じる熱流量は、
熱の通過断面上における、質量密度ρとエンタルピーh=
∫cpdT(ただし Cp は比熱)の積の面積分値に概ね比例す
る。したがって、Fig. 1 に示される様に水素及び窒素の Cp
はアルゴンと比較して大きく、hは大幅に増加するため、こ
の通過断面積は小さくなり、アークは緊縮し中心軸付近で
の入熱密度が増加することとなる。
Fig. 3(b)に陽極表面におけるせん断力を示す。Fig. 2 に
見られる様にプラズマ流はアークの殆どの領域で陽極表
面にほぼ垂直であるが、陽極表面からわずか 1mm の範
囲では水平方向外向きへと変化する。高いせん断力は、
この方向を変える前のプラズマ流速が、アーク軸付近で
大きいことを示している。ヘリウムの場合のせん断力は他
Fig. 2 アルゴン,ヘリウム,窒素及び水素アーク
のシールドガスと比較して小さいことがわかる。この原因
の温度・流速分布
として、ヘリウムアークでは高い熱伝導率の影響により、
陰極の表面温度が上昇し易く、熱電子放出が陰極表面
の広範囲で生じて電流密度が低下するため、アルゴンと
比較して原子質量が大幅に小さいにも関わらず、電磁力
を駆動力とするプラズマ流の速度が得られにくいことが挙
げられる[15]。また、これに加えてヘリウムの粘性の高さ
も影響しているものと考えられる。粘性は流れに垂直な運
動量の輸送を引き起こす。したがって、高い粘性は流速
Fig. 3 アルゴン,ヘリウム,窒素及び水素アークにおける
分布を広げ、陽極への軸方向流速を低下させる。他のガ
陽極表面での入熱密度・せん断力分布
スは高いせん断力を示すが、これは後述するように主とし
て流速の大きさに起因するものである。
3.4 混合ガス組成がアーク特性に及ぼす影響
以上の様に、シールドガスとして用いるガス種の違いに
本節ではシールドガスとして用いられることの多い、ア
より、アーク特性は大きく変化することが示された。続いて、ルゴン-ヘリウム及びアルゴン水素混合ガスを中心に、混
これらのガスを混合ガスとして用いる際に、組成の違いが 合ガス組成がアーク特性に及ぼす影響について検討す
アーク特性に及ぼす影響ついて述べる。
る。
3.4.1 アルゴン-ヘリウム混合ガスアーク
高くなり、陰極先端近傍で電磁力により流速が増加したた
Fig. 4 にアルゴン-ヘリウム混合ガスの比熱、熱伝導率、めである。
電気伝導率及び粘性の温度依存性を示す。特徴的な点
として、アルゴンとヘリウムの混合ガスの電気伝導率は純
アルゴンのものと近くなり、純ヘリウムに対してのみ著しく
低下することがわかる。ヘリウムの電離電圧は 24.6V であ
り、アルゴンの 15.8V と比較して 1.5 倍程度高い。このため、
純ヘリウムに近づく条件では、特に低温域において電離
が生じ難く、電気伝導率は大幅に低下する事となる。一方
で、尐量でもアルゴンが混合したアークでは、電気伝導に
必要な電子密度を賄うことが可能であるため、純アルゴン
に近い電気伝導度が維持される。また、ヘリウムの混合
率が 50%以下のとき、粘性は低下しアルゴンのものと近く
なる。
Fig. 5 にアルゴン-ヘリウム混合ガスアークにおける温
Fig. 4 アルゴン-ヘリウム混合ガス
度及び流速分布を示す。Fig. 2 との比較から、アルゴンに
の熱力学・輸送特性
30%ヘリウムを混合させても温度分布には殆ど影響を及
ぼさないことがわかる。そして、70%ヘリウムの場合におい
ても、純ヘリウムと比較して純アルゴンに近い温度分布と
なる。ヘリウムを混合させることにより、アークの温度と流
速の最大値が増加する。また、粘性の増加により中心か
ら離れた半径位置での流速を増加させるとともに、陽極
温度も若干増加する。
Fig. 6 に各混合率に対する陽極表面での入熱密度、電
流密度、アーク圧力及びせん断力の半径方向分布を示
す。中心軸上における入熱密度はヘリウムの混合により
わずかに増加するが、90%ヘリウムに対してでも純アルゴ
Fig. 5 アルゴン-ヘリウム混合ガスアーク
ンの 1.6 倍にすぎない。アークの緊縮の程度は電流密度
の温度・流速分布
分布により表されるが、中心での電流密度は 90%ヘリウム
の場合でも純アルゴンの 1.3 倍程度であり、ヘリウムの混
合による影響は尐ないことがわかる。これは、僅かでもア
ルゴンの混合したアークでは、電気伝導率が大きく増加し、
電流経路が広がることに起因する。
純ヘリウムにおける陽極でのせん断力は純アルゴンの
場合と比べて遙かに低い。70%までのヘリウムの混合で
は、せん断力には殆ど影響を及ぼさず、90%以上の混合
率でのみせん断力は大幅に減尐することがわかる。また、
50%以下の場合、せん断力は純アルゴンよりも大きくなる
が、これは粘性の低下によりアークの中心軸付近での軸
方向流速の増加したためと考えられる。
また、この軸方向流速の増加はアーク圧力の上昇とし
ても現れている。陰極近傍で加速されたプラズマ流が陽
Fig. 6 アルゴン-ヘリウム混合ガスアークにおける陽極
極へ到達すると、半径方向外向きの流れへと転換され、
表面での入熱密度・電流密度・せん断力・アーク圧力分
その結果せん断力を増加させる。ヘリウムの混合率が高
布
い時、粘性はアークの殆どの温度域で著しく増加する。こ
れは流れに垂直な運動量の輸送を促進し、陽極へと近づ 3.4.2 アルゴン-水素混合ガスアーク
くにつれ中心軸付近での軸方向流速を低下させ、その結
Fig. 7 にアルゴン-水素混合ガスの比熱、熱伝導率、電
果アーク圧力を減尐させる。そして陽極表面に平行な径 気伝導率及び粘性の温度依存性を示す。比熱及び熱伝
方向流速は小さくなりせん断力の低下につながる。一方、 導率は尐量の水素が添加された場合でも著しく増加する
純ヘリウムの場合の中心軸付近におけるアーク圧力は、 が、粘性及び電気伝導率の変化は僅かであることがわか
70%及び 90 ヘリウムのものより上昇し、純アルゴンと同程 る。
度となる。これは純ヘリウムアークの電流密度が極めて
Fig. 8 にアルゴン-水素混合ガスにおける温度及び流
速分布を示す。わずか 3%の水素の混合によりアークに緊
縮が生じ、最高温度と最大軸方向流速に増加が見られた。
この緊縮と軸方向流速はアークに 9%の水素が添加された
場合さらに増加する。この流速の増加は、熱的ピンチ効
果によりアークが緊縮し電流密度が増加し、プラズマ流を
加速する電磁力が増したことを示唆している。前述の様
に、熱流束が通過する断面積は断面上のρh の積分値に
比例する。h はアルゴンへの尐量の水素の添加により大
幅に増加するが、これに対してρの低下は僅かであるた
め、熱的ピンチ効果が強く働きアークが緊縮したと考えら
れる。
Fig. 9 に 1%から 9%の水素を添加した場合の陽極への入
熱密度、電流密度、アーク圧力及びせん断力の半径方向
分布を示す。5%の水素を混合することにより、中心軸上で Fig. 9 アルゴン-水素ガスアークにおける陽極表面での
の入熱密度は 50%近く増加する。総入熱量は 10%増加す
入熱密度・電流密度・せん断力・アーク圧力分布
る程度であることから、入熱密度の増加は中心付近にお
いてアークの緊縮が生じたことを示している。尐量の水素 3.4.2 混合ガス組成が溶融池形成に及ぼす影響
の混合によって陽極表面でのせん断力も著しく増加する
本研究では、アルゴンガスに種々のガスを混合させた
が、これは軸方向流速の増加によるのである。水素添加 際に、陽極表面における入熱密度や電流密度、アーク圧
量が 1%から 3%に増加するとき、最大軸方向流速は 225 か 力、せん断力等のアーク特性に及ぼす影響について調査
ら 308m/s に上昇し、水素添加量が 9%に増加する時
した。ここでは、これらの特性が溶融地形成に及ぼす影
365m/s に達する。この軸方向流速の増加はアーク圧力 響について検討する。
やせん断力にも反映される。
Fig. 10 は陽極最高温度及びアーク電圧の混合ガス組
成依存性を示している。明らかに、アルゴンに他のガスを
混合させることにより陽極温度は上昇することがわかる。
特に、ヘリウムと同じ混合率の条件を比較すると、水素や
窒素では大きく上昇する。10%水素や 25%窒素と同じ温度
上昇を得るために、 ヘリウムでは 90%の混合が必要とな
り、これは Fig. 6 及び 9 の入熱密度分布からも明らかであ
る。アルゴンに他のガスを混合させることにより、アーク電
圧が上昇するため投入電力も増加する。これは陽極温度
の上昇をもたらすが、前述の様にアークの緊縮による中
心軸上での入熱密度の増加もまた、陽極温度の上昇に
寄与する。Fig. 10 に見られるように、陽極温度は水素の
混合に伴い電圧以上の比率で急激に上昇する。
本計算は水冷銅陽極を仮定しており、混合ガスを用い
た条件では溶融池は形成されてない。3.2 にて述べた様
Fig. 7 アルゴン-水素混合ガス
に、溶融池の深さは多くの要因に依存し、特に溶融池対
の熱力学・輸送特性
流の方向が重要となる。多くの場合、最も支配的な要因
は、溶融池の表面張力の温度勾配により生じるマランゴ
ニ力である[3]。一般的な条件での温度勾配(dγ/dT < 0)
の場合、対流は溶融池中心で上向きとなり、溶融池表面
では径方向外向きに変化する。その結果、溶融池は浅く
幅広な形状となる。これに対して、溶融金属中に高濃度
の酸素や硫黄等が存在する場合 dγ/dT >0 であるため、
対流は溶融池表面では径方向内向きとなり、溶融池中心
で下向きとなることから、溶融池は深い形状となる。マラ
ンゴニ力の方向は、アーク特性では無く溶融金属の組成
に依存する。しかしながら、アークは溶融池表面における
Fig. 8 アルゴン-水素混合ガスアーク
せん断力やアーク圧力に加え、溶融池中での電磁力を通
の温度・速度分布
じて溶融池対流に寄与する。電磁力に関してはアークに
よる直接的な作用ではないが、溶融池中での電流密度分
布はアークのものと連続しているため、アークの緊縮等に
より影響を受けることとなる。溶融池の深さはせん断力が
小さくアークの電流密度が大きい時に増加する。アーク圧
力は式(3)に示されるように、主に溶融池表面の曲率に影
響する。
田中らは溶融池対流を考慮に入れ、ステンレス鋼を陽
極とし、シールドガスとしてアルゴン及びヘリウムを用いた
TIG 溶接について計算を行っている[4]。150A のアルゴン
アークの場合、溶融池対流は溶融池表面でのせん断力
に強く依存するが、これに対して同じ電流値のヘリウムア
ークの場合、せん断力は著しく減尐し、マランゴニ力及び
電磁力の影響が大きくなることを明らかにした。
Fig. 6 に見られる様に、アルゴン-ヘリウム混合ガスアー
クにおいて、陽極へのせん断力を大幅に低減させるため
には、90%ヘリウムの混合が求められる。よって、ヘリウム
の混合率が尐ない場合のアルゴン-ヘリウムアークでは
せん断力が高くなることが予想される。また、アルゴン-水
素またはアルゴン-窒素の場合はさらに大きくなる。アル
ゴンに水素または窒素が混合された場合のせん断力の
増加は、溶融池表面の径方向外向き及びアーク軸近傍
の溶融池内における上向きの対流をもたらし、電磁力に
よる影響を相殺する。対流の向きは、表面張力や溶融金
属の粘性等の多くの要因に依存するため、水素や窒素が
溶融池形状に及ぼす影響について結論付けることは難し
い。しかし、電磁力は電流密度の二乗に比例し、水素や
窒素を加えることによる電流密度の増加割合はせん断力
の増加と概ね同程であるため、電流密度の増加により相
対的にせん断力が抑制され深い溶融池形状が得られる。
従って、アルゴンにヘリウムや水素または窒素を加え
ることによる溶融池形成への影響については、以下の様
に結論付けられる。ヘリウムの場合、溶融池中心での入
熱密度や電流密度の増加、ならびにヘリウムの混合率が
70%以上で生じる溶融池へのせん断力の低下は、全て溶
融池の深さを増加する方向に働く。しかしながら、これら
のパラメータに影響を与えるためには高い混合率が必要
とされ、尐なくとも 50%以下の混合では、せん断力は逆に
増加することとなる。従って、溶融池の深さを増すために
は、尐なくとも 70%のヘリウム混合率が必要とされる。窒
素や特に水素では、僅かな混合率により入熱密度や電流
密度ならびにせん断力は大きく変化する。せん断力の増
加は入熱密度や電流密度の影響を弱めるが、これらの効
果は全体としては溶融池を深める方向に働く。
複雑な多成分混合ガスを用いた、より高度な熱源特性制
御の実現が求められる。
Fig. 10 陽極最高温度及びアーク電圧
の混合ガス組成依存性
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[10] A. B. Murphy: Plasma Chem. Plasma Process., 20, 279
(2000).
[11] L. E. Cram: J. Phys. D: Appl. Phys., 18, 401 (1985).
[12] M. Tanaka, K. Yamamoto, S. Tashiro, K. Nakata, E.
Yamamoto, K. Yamazaki, K. Suzuki, A. B. Murphy, and J. J.
Lowke: J. Phys. D: Appl. Phys., 43, 434009 (2010).
[13] M. Schnick, U. Fussel, M. Hertel, A. Spille-Kohoff, and
A. B. Murphy: J. Phys. D: Appl. Phys., 43, 022001 (2010).
3.5 まとめ
[14] 田中学, 田代真一: 溶接学会論文集, 25, 337
本章では、特にアーク溶接を対象とした、ガス組成設計 (2007).
による熱プラズマの熱源特性制御に関するシミュレーショ [15] S. Tashiro and M. Tanaka: Surface & Coatings
ン研究の最近の取り組みについて述べた。熱加工プロセ Technology, 202, 5255 (2008).
スに熱プラズマを利用する場合、導入するガスの組成設
計を通じて熱力学・輸送特性を最適化することにより、熱
プラズマから加工対象となる材料へと輸送される熱や運
動量を制御し、要求された溶融特性を得ることが可能とな
る。今後、本シミュレーション研究を発展させることにより、
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