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19年度報告書概要版 - 一財)エネルギー総合工学研究所
革新的実用原子力技術開発費補助事業 (基盤技術分野強化プログラム) 平成19年度成果報告書概要版 Innovative and Viable Nuclear Energy Technology (IVNET) Development Project 高 Ni 合金の高温水中 SCC 機構解明と耐 SCC 成分 設計に関する基礎的研究 平成20年3月 東 北 大 学 本報告書は、国立大学法人東北大学が経済産業省からの補助金を受けて実施した技 術開発の成果報告書であり、その著作権は上記連携機関に属します.本報告書の一部 または全部について使用・転載する場合には、事前に許可を受けることが必要です. (要旨) 高 Ni 合金の高温水中 SCC 機構解明と耐 SCC 成分設計に関する 基礎的研究(事業成果概要) Compositional design for improved SCC resistance based on understanding SCC mechanism of high Ni alloys in high-temperature water 庄子哲雄*、米澤利夫*、山崎浩道**、渡辺 * 東北大学 ** 東北大学 豊*、竹田陽一*、市川裕士* 大学院工学研究科 サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター 高 Ni 合金の高温水中 SCC 機構解明と耐 SCC 成分設計に関する基礎的研究を平成 19 年 度より開始した。本報告では平成 19 年度に得た成果について報告する。 キーワード: SCC(応力腐食割れ)、オーステナイト系合金、高温高圧水、酸化皮膜、粒 界酸化、SCC メカニズム、酸化動力学、Cr 含有量、酸化力、過熱水蒸気 1.目的 軽水炉冷却水環境下での応力腐食割れの根本的解決のために不可欠な材料学的な知識基 盤を獲得するため、耐応力腐食割れの観点から基本的な合金組成の適正ウインドウを明ら かにすることを目的とする。 2.技術開発成果 (1)Ni-Cr 二元系合金の製作: オーステナイト単相領域の Ni-Cr 二元系合金について、Cr 含有量を 14wt%∼30wt%の範囲で 2%刻みに調整した材料を溶製した。 (2)高温水中 SCC 感受性評価: SCC 感受性評価および高温水環境中における酸化挙動に 及ぼす応力効果を検討するために、機械的性質の異なる合金に対して力学条件を揃える ための試験片形状および応力負荷方法の検討を行い、評価条件を決定した。高温水中の 試験においては、当初計画通りの試験環境(288℃、9MPa)において試験期間中も安定し た環境下での評価試験を実施することができた。 (3)酸化皮膜評価: 高温水中環境および過熱水蒸気環境における合金/皮膜ならびに皮膜 /環境での元素移動の評価のため、同環境中で酸化された合金表面に対する表面分析法 の選定を行った。水環境中における酸化挙動のその場計測法の検討を行った。溶存酸素 を含む酸化性の比較的高い高温純水環境においては、14%から 30%の Cr 濃度範囲にお いて、表面に形成された酸化皮膜形態に明確な差が現れた。 (4)固相酸化・拡散動力学評価: 水素の有無ならびに酸化力を制御した雰囲気中での評価 を行うための試験方法を考案し、実現した。すなわち、アルゴンガス系(高純度 Ar ガ ス+微量酸素圧制御)および過熱水蒸気系(水素/水蒸気比制御)の2種類の気相系に おいて、酸化力を変数とした応力下加速酸化試験を実施するための試験設備の設計・製 作を行い、性能を確認した。アルゴンガス系および過熱水蒸気系において、酸化力を変 数とした応力下酸化試験に着手した。所望の酸素分圧領域に試験環境が維持されていた ことを確認した。 3.まとめ 平成 19 年度は所定の技術開発を実施した。本研究は平成 21 年度までの 3 年間で実施し ていく計画としており、耐応力腐食割れ性の観点からの合金の成分設計指針の提供を目指 す。 Abstract 高 Ni 合金の高温水中 SCC 機構解明と耐 SCC 成分設計に関する 基礎的研究(事業成果概要) Compositional design for improved SCC resistance based on understanding SCC mechanism of high Ni alloys in high-temperature water (2007) Tetsuo SHOJI*, Toshio YONEZAWA*, Hiromichi YAMAZAKI**, Yutaka WATANABE*, Yoichi TAKEDA*, Yuji ICHIKAWA* * Graduate School of Engineering, Tohoku University ** Cyclotron Radioisotope Center, Tohoku University The research “Compositional design for improved SCC resistance based on understanding SCC mechanism of high Ni alloys in high-temperature water” has been started in the fiscal year of 2007. This report describes the results of the project obtained in the fiscal year of 2007. Keywords: Stress Corrosion Cracking、Austenitic Alloy、Pressurized High-Temperature Water, Oxide Film, Grain Boundary Oxidation, SCC Mechanism, Oxidation Kinetics, Cr Content, Oxidation Force, Superheated Steam 1. Objective This fundamental research aims to obtain appropriate window of compositions for SCC resistance of alloys, which is one of the indispensable knowledge to solve the SCC problems in the light water reactor coolant environments. 2. Results (1) Preparation of Ni-Cr Binary Alloys: Austenitic Ni-Cr binary alloys, which contain Cr from 14wt% to 30wt%, have been fabricated. (2) Evaluation of SCC Susceptibility in High-Temperature Water: In order to give an equivalent stress condition to the alloys having different mechanical properties, specimen’s shape and loading method have been carefully examined and those for the SCC and stress-accelerated oxidation experiments in high-temperature water have been determined. The experiments have been successfully carried out under the planned environmental conditions, 288oC and 10MPa. (3) Evaluation of Oxide Films: Surface analysis methods have been selected for the evaluation of elemental transfer through the alloy/film and film/environment interfaces in high-temperature water and in superheated steam. In-situ evaluation method for high-temperature water use was carefully determined. Clear differences have been found in oxide film morphologies, which were formed in oxygenated high-temperature water, between the Ni-Cr binary alloys with different Cr content from 14% to 30% (4) Evaluation of Diffusion Kinetics in Solid State Oxidation: Experimental methods have been invented for oxidation of alloys under stressed conditions in well-defined atmosphere in terms of presence of hydrogen and of oxygen partial pressure. Two kinds of gas systems have been employed, high-purity argon gas with very small and controlled amount of oxygen, and superheated steam with controlled H2/H2O ratio. Programs of oxidation experiments under stress have been started. It was confirmed that desired zone of oxygen partial pressure has been achieved and maintained in the experiments. 3. Summary The planned research and development for the fiscal year of 2007 have been successfully done. This program is supposed to continue for three years to the fiscal year of 2009. A guiding principle in alloy compositions for SCC resistance is expected as the outcome of the program. 目 次 1. はじめに ........................................................................................................................ 1 2. 技術開発計画................................................................................................................. 3 3. 平成 19 年度事業成果の概要 ......................................................................................... 1 3.1 Ni-Cr 二元系合金の製作............................................................................................. 1 3.2 高温水中 SCC 感受性評価 ......................................................................................... 1 3.2.1 試験および評価方法............................................................................................. 1 3.2.2 結果および考察.................................................................................................... 4 3.2.3 まとめ .................................................................................................................. 6 3.3 酸化皮膜評価 ............................................................................................................. 7 3.3.1 表面分析 .............................................................................................................. 7 3.3.2 水環境中酸化挙動の計測 ..................................................................................... 8 3.3.3 結果および考察.................................................................................................... 8 3.4 固相酸化・拡散動力学評価 ...................................................................................... 19 3.5 事業成果の一覧........................................................................................................ 25 3.6 実施計画と進捗状況との比較および実施計画見直しの要否 .................................... 25 3.7 その他、特筆すべき点 ............................................................................................. 25 4. まとめ.......................................................................................................................... 27 1.はじめに 軽水炉構造材料の応力腐食割れ(SCC:stress corrosion cracking)は、軽水炉の構造健 全性を確保する上で最も重要な経年劣化事象の一つであるが、材料因子、環境因子、力学 因子の連成した複雑な現象であることから、メカニズムには不明な点も多い。これまでの プラントにおける SCC 問題の経験に対してはその都度有効な対策材の開発により対応され てきた。しかしながら、これら対策材の耐 SCC 限界の評価や個々の割れ事例に対するメカ ニズム解明といった軽水炉の一層の安全性向上のためのメカニズム研究とそれに基づく新 しい構造用合金の開発が引き続き強く求められている。 軽水炉高温水環境で使用される合金には、相安定性、強度、靭性、加工性、溶接性、基 本的耐食性、熱伝導性(伝熱管の場合)、経済性、そして耐 SCC 性など、多面的な特性が 同時に要求される。合金開発あるいは材料選択においては、これらを同時に満たすべく成 分設計あるいは選択が行われるが、この中でもとくに SCC 感受性に関しては、系統的なデ ータ取得とメカニズム検討に基づいた最適組成の知識基盤が必ずしも完備されていない。 これまで提案されている SCC モデルにおいては、その多くがき裂先端部での物質移動挙 動を取り扱っている。その一つとしてき裂酸化モデルが挙げられ、き裂先端部における高 い塑性拘束と多軸高応力条件下での固相酸化に主眼をおいている。多成分系金属(合金) の酸化においては、原則的には特定成分の優先酸化が生じるが、この酸化物が保護性の皮 膜を形成するか、あるいは拡散障壁として充分に機能せずに酸素侵入による内方酸化が進 行するかによって劣化速度が大きく異なる。優先酸化成分(この場合は Cr)濃度あるいは 環境の酸化駆動力の僅かな違いによってこの保護性皮膜/内方酸化のバランスが決定され ている可能性がある。加えて、応力による酸化加速効果も上記バランスに影響を与えると 考えられる。従って、上記の因子を系統的に調査し、酸化動力学と酸化皮膜の関係と高温 水中 SCC 感受性決定要因との関係が明らかにされることにより、SCC メカニズムにおける 固相酸化の主導的関与の正否についての証左が得られることが期待される。 本補助事業では軽水炉冷却水環境下での応力腐食割れの根本的解決のために不可欠な材 料学的な知識基盤を獲得するため、高 Ni 合金を対象に、系統的な実験と分析に基づいて、 耐応力腐食割れの観点から基本的な合金組成の適正ウインドウを高温水の酸化力の関数と して明らかにすることを目的とする。SCC 感受性の基本条件および発現機構について、皮 膜特性と内方酸化の観点から調査し、酸化に対する応力効果を考慮した合金成分設計指標 の提供を目標とする。 1 2.技術開発計画 本補助事業では、以下の三項目について、技術開発を行う。 (1)高温水中 SCC 感受性評価に関する技術開発 以下の評価に基づき、材料組成(Cr%)−酸化力−温度空間上での系統的な SCC 感受性 データベース(マップ)の取得を推進し、耐 SCC 性の観点から基本的な合金組成の適正ウ インドウの提案につなげる。 オーステナイト単相領域の Ni-Cr 二元系合金および Fe-Ni-Cr 三元系合金について、Cr 含有量を主たる材料変数とし、軽水炉構造材あるいは溶接材として使用されている Ni 基合 金の成分範囲をカバーするよう適切な範囲で調整した材料を溶製する。 環境は軽水炉模擬水環境とし、水素、酸素および窒素を用いて酸化力(電位)を広い範囲 で調整する。酸化力を軸として合金 Cr 量との組み合わせの下で定ひずみ型 SCC 試験法に より SCC 感受性評価を行う。 初年度から 2 年目半ばにかけては主として Ni-Cr 二元系合金の評価を行い、3 年プログラ ムの後半には冷間加工による加速効果ならびに Fe-Ni-Cr 三元系合金を対象とした検討を行 う。 (2)酸化皮膜特性評価に関する技術開発 皮膜および皮膜界面近傍での特性評価を推進し、界面反応ならびに酸化物内物質移動の 検討を行い、保護性皮膜形成と内方酸化進行のしきい条件の検討を行う。 上記(1)ならびに下記(3)の項目にて環境中にて実施された SCC 試験ならびに水蒸気 酸化試験において形成された表面皮膜特性の調査を行う。皮膜組成および構造について、 ESCA、XRD、PIXE を始めとした固体表面分析手法を組み合わせることにより同定する。 表面皮膜の両界面すなわち合金/皮膜ならびに皮膜/環境での元素移動を評価し、酸化反 応界面の位置を検討する。 材料組成と酸化力の関係について皮膜組成の観点から検討を進める。合金の元素濃度の 変化に伴い、酸化皮膜直下からの合金元素の供給速度と酸化速度の大小に依存して皮膜界 面近傍での合金元素の濃化もしくは枯渇が生じることが予測される。これら元素濃淡を深 さ方向組成分析により調査し、上記の皮膜組成・構造の調査結果と併せて検討する。界面 での酸化反応および皮膜内拡散挙動を環境の酸化力ごとに整理する。 内方酸化に対する母材合金への応力負荷の役割を明らかにするため、表面皮膜両界面に おける応力の有無による反応速度の変化について検討を行う。内方酸化における粒界など の酸化経路については、透過型電子顕微鏡による微視領域の観察を行う。マクロ表面にて 得られた反応より推定される酸化形態との比較により、その特異性を検討する。 (3)固相酸化・拡散動力学評価に関する技術開発 割れにおける固相酸化の役割を検討するための酸化試験を実施する。適切に温度加速し た加熱水蒸気を利用し H2O/H2 比によって環境の酸化力を制御して主たる環境変数とする。 3 通常の無応力下での酸化速度評価に加え、定ひずみ負荷の下での酸化速度評価を実施し、 応力加速効果を検討する。 酸化力制御下の水蒸気酸化速度を、 (1)の高温水中 SCC 感受性評価マップと同様に、 材料組成(Cr%)−酸化力を両軸とした評価線図としてまとめ、高温水中 SCC 感受性との 対応関係を調査する。 粒界を経路とした内方酸化に注目し、その促進条件領域を明らかにするため、酸化形態 に関する調査を応力依存性に着目して行う。形成される酸化皮膜の材料学的特徴(構成成 分分布、皮膜構造、構成酸化物種、欠陥構造、異方性など)を調査し、加速的内方酸化が 生じる条件との関係を検討する。 平成 19 年度は下記について実施する。 ①Ni-Cr 二元系合金の製作 オーステナイト単相領域の Ni-Cr 二元系合金について、Cr 含有量を主たる材料変数とし、 その成分範囲と製作法を決定する。軽水炉構造材あるいは溶接材として使用されている Ni 基合金の成分範囲をカバーするよう適切な範囲で調整した材料を溶製する。 ②高温水中 SCC 感受性評価 材料組成(Cr%)−酸化力−温度空間上での系統的な SCC 感受性データベース(マップ) の取得に着手する。環境は 288℃純水環境とし、溶存ガス濃度を調整することにより酸化力 (電位)を制御した条件下での定ひずみ型 SCC 試験を実施する。割れ感受性の評価指針と して、試験片に発生した割れ個数、長さおよび深さを用いる。 ③酸化皮膜評価 高温水中 SCC 試験ならびに水蒸気酸化試験において形成された表面皮膜について、その 皮膜組成および構造を ESCA、XRD、PIXE、RBS により調査する。合金/皮膜ならびに 皮膜/環境での元素移動の評価のため、各界面近傍での元素分布の明示のための分析条件 を決定する。電気化学的手法による水環境中酸化挙動のその場計測法の適用性について検 討する。高温純水中での電極反応速度評価のため、皮膜電気特性のその場計測を実施し、 合金中 Cr 濃度と皮膜内拡散挙動を環境の酸化力ごとに整理する。 ④固相酸化・拡散動力学評価 過熱水蒸気系における酸化評価試験法について、酸化力を制御した雰囲気中での評価を 行うため、その試験条件ならびに試験法を決定し、試験装置を製作する。割れにおける固 相酸化の役割を検討するための酸化試験に着手する。酸素分圧により環境の酸化力を制御 し、無応力下での酸化速度評価に加え、定ひずみ負荷の下での酸化速度評価を実施し、応 力加速効果を検討する。 4 上記技術開発を下記の体制で実施する。 (1)高温水中 SCC 感受性評価に関する技術開発: (2)酸化皮膜特性評価に関する技術開発: 竹田 (3)固相酸化・拡散動力学評価に関する技術開発: 市川 陽一*、山崎 渡辺 *東北大学大学院工学研究科 **東北大学サイクトロン・ラジオアイソトープセンター 5 裕士*、米澤 利夫* 浩道** 豊*、庄子 哲雄* 3.平成 19 年度事業成果の概要 3.1 Ni-Cr 二元系合金の製作 オーステナイト単相領域の Ni-Cr 二元系合金について、軽水炉構造材あるいは溶接材 として使用されている Ni 基合金の成分範囲をカバーするよう適切な範囲で Cr 含有量を 調整した材料を溶製した。すなわち、表 3.1-1 に示されるとおりの組成の一群の Ni-Cr 二元系合金を作製した。これらはいずれも、1230℃/10 時間の均質化熱処理と熱間圧延 の後に 1180℃/30 分の溶体化熱処理が施されている。 また、上記合金の組成範囲のうち代表的値を持つ 14%、22%および 30%の Cr を含む 合金については、SCC 評価試験温度である 288℃にて引張試験を実施し、表 3.1-2 に示 されるとおり機械的性質を求めた。 表 3.1-1 Ni-Cr 二元系合金の成分 Ni Cr Fe Mn Mg Si P S O Ni-14Cr Bal. 13.89 0.014 0.049 0.008 <0.001 0.002 <0.001 0.006 Ni-16Cr Bal. 15.7 0.015 0.049 0.005 0.001 0.001 <0.001 0.002 Ni-18Cr Bal. 17.73 0.017 0.047 0.003 0.005 0.001 <0.001 0.003 Ni-20Cr Bal. 19.79 0.018 0.045 0.005 0.009 0.001 <0.001 0.008 Ni-22Cr Bal. 21.87 0.019 0.046 0.003 0.007 0.001 <0.001 0.004 Ni-24Cr Bal. 23.76 0.027 0.047 0.003 0.008 0.001 <0.001 0.003 Ni-26Cr Bal. 25.51 0.022 0.046 0.008 0.007 0.001 <0.001 0.003 Ni-28Cr Bal. 27.55 0.024 0.045 0.001 0.006 0.001 <0.001 0.006 Ni-30Cr Bal. 29.67 0.029 0.044 0.002 0.012 <0.001 <0.001 0.003 表 3.1-2 0.2%耐力 (MPa) Ni-Cr 二元系合金機械的性質の例 引張強さ (MPa) 伸び (%) 絞り (%) ヤング率 (GPa) ポアソン比 Ni-14Cr 85 386 50.7 65.3 237 0.339 Ni-22Cr 124 454 55.0 56.1 225 0.346 Ni-30Cr 156 478 58.7 60.5 247 0.346 3.2 高温水中 SCC 感受性評価 3.2.1 試験および評価方法 (1) 試験片形状および負荷応力の検討 合金組成の影響を検討する際、組成により機械的性質が異なることに注意すべきであ る。具体的には 0.2%耐力および引張強さが異なるが、これら異なった機械的性質を有す る合金に対して SCC 感受性ならびに酸化に及ぼす応力の効果を系統的に検討するため 1 には、応力の負荷に伴う塑性変形やひずみ量を考慮した負荷を行う必要がある。また、 評価のためには極端に高い応力場にて現象が顕在化している状態を観察することが望ま しく、例えば弾性限度を上回る応力を負荷することが考えられる。しかし、単純な一軸 引張荷重では、同一応力を負荷した場合においても、合金ごとに塑性ひずみ量が異なる ことになり、応力の影響と塑性ひずみによる変形の影響が混在した結果となるおそれが ある。 本研究においては、切り欠き付き試験片により試験片に二軸応力場を形成させ、塑性 拘束により高い応力負荷時においても塑性変形を抑制した条件での評価試験を実施する。 そのための試験片への負荷方法について弾塑性有限要素法解析により検討した。 解析には Abaqus 6.7 を用い、軸対称モデルに対し弾塑性解析を行った。対象とした試 験片形状の例を図 3.2-1 に示すが、いずれも丸棒平行部中央に切り欠きを有する試験片 とした。切り欠き曲率、切り欠き部最小直径をパラメータとして二軸応力状態および表 3.5 G0.2 .5 R0 2.0 G0.1 1.0 G0.05 面近傍での降伏状態に着目して解析を行った。 3 M3x0.35 - 6g 単位:mm 図 3.2-1 切り欠き丸棒試験片 (2) 高温水環境中試験 高温水中試験は、水質調整ループを備えた循環式オートクレーブ内にて行った。オー トクレーブは高温高圧水循環システムに組み込まれており、試験中水質をモニターなら びに所望の条件に設定することが可能である。試験環境溶液は超純水を用い、タンクに おいて純窒素および純酸素混合ガスを吹き込むことにより溶存酸素濃度を調節した。タ ンクの超純水は高圧ポンプにより加圧送水され、熱交換器及び予熱ヒーターにより熱さ れることでオートクレーブ内での試験温度が制御される。オートクレーブを出た溶液は 熱交換器及び冷却管を通り室温に冷却された後、保圧弁を介し、大気圧まで減圧した。 その後、pH 計, 伝導度計、溶存酸素計により水質が測定され、フィルター、イオン交換 樹脂を通ってタンクに戻される。 試験片は機械加工により作成し、ノッチ部については、コロイダルシリカにより鏡面 に仕上げた。試験前にはエタノールおよび純水中で超音波洗浄した。 試験片への負荷方法は引張によるものとし、図 3.2-2 に示される負荷治具を製作した。 2 コイルスプリングによる定荷重負荷とし、熱応力や長時間試験における応力緩和の影響 を避けるため、全長の比較的長いスプリングを用いた。前項において決定された試験片 への負荷荷重は、スプリングをナットにより圧下することにより引張応力が負荷される。 圧下量は、予備試験により求めたスプリングのバネ定数(29.4 N/mm ;at 288oC)を元に算 出し、ノギスおよびハイトゲージを用いてスプリングに対する締め込み量が所定の変位 となるようナットを調節した。 試験片は負荷治具に固定された状態で図 3.2-3 (a)に示されるようにオートクレーブ 内に設置した。オートクレーブの概観(図 3.2-3 (b))に示されるように、容器外側には複 数区画に区切られて独立したヒーターが設置されており、内部に複数個設置された熱電 対からの計測信号に基づき内部の均熱が保たれるようにヒーター出力を調整している。 加えて今回は代表的な試験片について、その近接した位置にシース熱電対を設置し、試 験中の温度変動をモニターした。試験後、試験片表面に形成された酸化皮膜について各 種評価を実施する。 ナット コイルスプリング 試験片 2cm 図 3.2-2 負荷治具および試験片 3 温度モニター用 熱電対 (a) 試験片設置位置 (b) オートクレーブ概観 図 3.2-3 高温水環境中試験 3.2.2 結果および考察 (1) 試験片における応力分布 図 3.2-4 にノッチ先端半径 0.5mm、最小部半径 0.5mm の試験片について解析にて 得られたミーゼス応力分布を示す。外部負荷荷重の増加に伴い、ノッチ底近傍での応力 が増加していることが分かる。負荷荷重 176N の場合では、中心部に向かい高い応力場 が発達していることが読み取れる。 (a) 負荷荷重 147 N (b) 負荷荷重 176 N 図 3.2-4 ミーゼス応力分布コンター図 図 3.2-5 には同条件での最小直径部の接線方向応力および軸方向応力を中心軸からの 距離にて整理したものを示す。負荷応力の増加に伴い、ノッチ底部表面での両応力は増 4 加している。軸方向応力に関しては、176N では合金内部のより深い位置まで高い応力 が比較的均一に分布しているのに対し、147N においては表面から 0.1mm 程度の位置か ら応力値の減少が見られる。この軸方向応力値が均一な領域は接線方向応力が極大を示 す位置と一致している。同様の挙動は過去の研究においても報告[1]されており、解析は 妥当であったと考えられる。 上記に示された二軸応力の解析を元に、負荷荷重を選定する。SCC 感受性評価に加え、 酸化に及ぼす応力の影響を評価するために、比較的単純な応力分布を得ることを目的と し表面から内部に向かい応力分布が単調減少となるように高温水中酸化試験時の負荷荷 重を選定することとした。ここではノッチ半径 0.5mm、最小部直径 0.5mm のエラー! 参 照元が見つかりません。に示されるような試験片形状とし、負荷荷重は 147N および 127N と決定した。 70 A Axial F=147 N F=176 N 250 R 60 A=0.5, R=0.5 200 50 150 40 0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 Axial Stress, MPa Tangential Stress, MPa Tangental 0.5 Distance from center axis, mm 図 3.2-5 試験片最小直径部における接線方向応力および軸方向応力分布 (ノッチ半径 0.5mm、最小部半径 0.5mm) (2) 高温水中酸化試験 前項の応力分布評価に基づき、表 3.2-1 に示される条件にて試験を行った。酸化試験 中における温度、溶存酸素、伝導率の推移を図 3.2-6 に示す。オートクレーブの制御用 熱電対の指示は 300 時間の試験期間中に渡り 288±1℃以内に保たれていた。また、試験 片近傍の温度は同様に 288±3℃以内の変動であった。 溶液伝導率は、288℃到達後 10 時間までは 0.3∼0.2µS/cm と比較的高い値であったが、 経時的に減少し、試験開始後 80 時間以降では 0.1µS/cm 以下に保たれていた。 高温純水中における SCC においては、電位(溶存酸素濃度)および溶液伝導率がその感 受性に影響を与えることが知られており、それら諸条件を制御された環境下での試験が 5 望まれる。試験期間後半において、溶存酸素濃度の推移に乱れが見られるが、今回条件 とした 2.0ppm 近傍の溶存酸素濃度においては、濃度の変化が電位の変化に与える影響 の小さい濃度領域であり、酸化形態に及ぼす影響は小さいものと考えられる。以上、今 回の試験において各値は良好な制御の下に実施されており、試験期間中も安定した環境 下での評価試験を実施することができたといえる。 表 3.2-1 高温水中酸化試験条件 番号 合金 荷重 a 14Cr 147N b 14Cr 127N c 22Cr d 30Cr 温度 環境 純水 288℃ 溶存酸素濃度:2.0ppm 147N 300 AC Temp. (upper) AC Temp. (middle) AC Temp. (bottom) DO inlet 290 0.30 2.5 0.25 2.0 0.20 1.5 270 1.0 260 250 0 50 100 150 200 250 0.15 0.10 0.5 0.05 0.0 0.00 Conductivity, µS/cm 280 Inlet DO, ppm o Autoclave temperature, C 3.0 Cond. inlet Cond. outlet 300 Time, hr 図 3.2-6 高温水中試験における水質 3.2.3 まとめ SCC 感受性評価および高温水環境中における酸化挙動に及ぼす応力の影響を検討す るため、Ni-Cr 合金について下記の検討を行った。 合金ごとに異なった機械的性質を有する際には、同一の外部負荷荷重を付与した場合 には、降伏応力やヤング率に応じて塑性ひずみ量や応力負荷レベルが異なることになり、 系統的な評価が困難となる。そのため、力学条件を揃えるための試験片形状および応力 負荷方法の検討を行い、評価条件を決定した。 高温水中の試験においては、当初計画通りの試験環境(288℃、9MPa)において試験期 間中も安定した環境下での評価試験を実施することができた。 6 3.3 酸化皮膜評価 3.3.1 表面分析 これまで軽水炉環境において形成される酸化皮膜についての研究は多くあり、多数の 研究で用いられるなど皮膜分析に有効な表面分析手法がいくつか挙げられる。 表 3.3-1 にそれら表面分析法の特徴をまとめて示すが、なかでも X 線光電子分光分析 法 (X-ray Photoelectron Spectroscopy, XPS あ る い は Electron Spectroscopy for Chemical Analysis, ESCA)は定量精度も良く、元素の化学状態を調査することが可能で あり、酸化物に対してはその酸化状態を知る上で重要な情報が得られる。また、情報深 さが非常に浅く、ごく表面の分析が可能であり、スパッタリングを併用することにより、 比較的正確な深さ方向分析が可能である。一方で Ar スパッタリングによる Fe 系および Ni 系酸化物の還元が指摘されており、高温水中で形成されると考えられる Fe3O4 や α-Fe2O3、NiFe2O4 等の酸化皮膜分析を困難にしている。 一方でそれら酸化物構造の同定には結晶回折を用いた X 線回折法(X-ray Diffraction, XRD)が優れており、既知の回折パターンを元に構造の同定が可能であり、ESCA 等に対 して構造の同定に優れている。 粒子線励起 X 線分析(Particle Induced X-ray Emission, PIXE)は、設備が大型となる が ESCA および XRD で評価不可能な厚さ方向の構造に関する情報を得ることが可能で ある。 一般に環境中において合金上に形成される皮膜は環境や合金組成の影響を強く受け、 多層構造の皮膜を有することが多いが、これら複数の分析手法を組合せることにより、 物質移動モデルや割れ過程の追跡のため必要とされる表面酸化皮膜の構造および組成に ついて詳細な情報を得ることが可能である。 表 3.3-1 酸化皮膜分析に適用される表面分析の例 誘起粒子 検出粒子 深さ方向 分解能 平面空間 分解能 検出下限 得られる 情報 分析対象 元素 その他 X 線光電子 分光分析装置 (XPS または ESCA) オージェ電子 分光分析装置 (AES) X 線回折 (XRD) 高周波グロー 放電発光表面 分析装置 (GD-OES) 粒子線励起 X 線分 析(PIXE) X線 光電子 電子 オージェ電子 X線 回折 X 線 イオン 光 イオン 特性 X 線 5-50Å 5-50Å 100nm-数十μm 数十-数百Å 数-数百 nm >10μm >10nm >10μm 不可能 >数μm >0.05ac% 元素情報 化学結合 >0.1ac% 元素情報 化学結合(一部) 数% 1ppm 0.1-数十 ppm 結晶同定 元素情報 構造(深さ層構造) H 以外の元素 H,He 以外の元素 結晶体 H を含むすべての 軽元素の測定に難 元素 あり 固体試料のほとん 定量分析可能 どすべて 金属・無機物 定量精度が良い 結晶性の悪い場合 定量分析可能 は困難 取り扱いが簡単 大気中の分析 7 絶縁体計測可能 3.3.2 水環境中酸化挙動の計測 これまでの研究においては、酸化皮膜特性を高温高圧水環境下でその場評価すること は困難であるため、多くの実験では高温高圧水環境下からいったん大気中へ試験片を出 した後に分析する評価が中心であった。近年では、計測技術および環境装置の技術発達 により高温腐食環境へのその場計測の適用が広がってきている。それら計測法の代表的 な例を表 3.3-2 に示す。手法により得られる情報がことなるため、必要に応じて適切な 方法を選択することになる。 表 3.3-2 高温腐食環境に適用された計測手法の特徴 顕微ラマン 分光分析法 得られる 情報 時空間 分解能 対象への 影響 その他 インピーダンス法 光音響法 ひずみ電極法 X 線回折法 酸化物構造 酸化物種 酸化物厚さ 酸化物種 拡散種 欠陥寸法 欠陥部位 酸化物 腐 食 現 象 の 直 接 計 酸化物構造 測(腐食電流計測) 酸化物種 ・高感度 ・高感度 高平面分解能 表面平均情報 高平面分解能 高時間分解能 電極の取付けによ 非接触 非接触 る反応の擾乱あり 簡便 高精度光学系が必 環境装置の影響 環境装置の影響 環境装置の影響 要 (振動、電気ノイズ) (電気ノイズ) (電気ノイズ) 非接触 高定量精度 非接触 試験片もしくは X 線源の高精度駆動 が必要 本研究においては、高温純水環境でありその低伝導率の高温溶液に対する適合性に加 え、酸化反応に対する計測の時間分解能も考慮すべきである。 高温純水環境における電気化学計測は、溶液の低伝導率性を原因として計測が困難で あるが、高温水中において試験片間の距離を精密に駆動することが可能な治具を用いて インピーダンス計測に成功した例[2,3]も報告されている。この機構は、外部に設置され たステップモータによる駆動機構からの変位をオートクレーブ中でコイルスプリングを 介して試験片保持具に与えることで、試験片表面間での位置決めを高温高圧水環境中で も精密( ≈ 10-8 m)に行う事を可能としている。ここで、電極となる試験片間距離を数十∼ 数百 µm と小さく設置することが可能であり、溶液の抵抗率の影響を小さくすることが できる。 以上より、高温純水環境において形成される酸化皮膜に対し、電気化学インピーダン ス法を採用した評価を実施することとした。 3.3.3 結果および考察 (1) 高温水中の表面酸化形態に及ぼす負荷応力の影響 図 3.3-1 に 3.2 にて得られた切欠き丸棒試験片表面について走査型電子顕微鏡にて観 察した結果を示す。負荷荷重が 127N(平均応力 161 MPa)および 147N(平均応力 187MPa)の二条件における比較を実施した。両条件においては、表面に針葉状酸化物粒 8 子の形成が認められる。また、負荷荷重が大きい方がよりよい結晶性を持つ皮膜が形成 されているように思われる。今後はより詳細な評価を実施するために、酸化膜厚さや酸 化物構造に着目しての観察・分析を予定している。 (a)負荷荷重 127N (b)負荷荷重 147N 図 3.3-1 高温水中で Ni-14Cr 合金の切欠き底部に形成された表面酸化物 (2) 高温水中の表面酸化形態に及ぼす合金 Cr 濃度の影響 図 3.3-2 に Ni-Cr 二元系合金について、Cr 濃度依存性検討のため 14%、22%および 30%の Cr を含む 3 つの合金を用いて 3.2 にて実施した切欠き丸棒試験片表面を示す。 14%Cr 合金においては、針葉状の皮膜が形成されている一方で 22%Cr および 30%Cr 合金では、より密な酸化物で表面が覆われていることが分かる。また、30%Cr 合金の表 面では、皮膜がはく離したと考えられる痕跡も確認できた。同条件では、表面皮膜の起 伏がより顕著であり、はく離はその結果と考えられる。これら起伏に対しては、酸化時 間をパラメータとした酸化試験および母地合金の粒界の影響等を考慮した酸化物の分 析・評価が必要であると考えられる。 9 (a) Ni-14Cr 切欠き底部(147N) (b) Ni-22Cr 切欠き底部(147N) (c) Ni-30Cr 切欠き底部(147N) 図 3.3-2 高温水中で Cr 濃度の異なる合金に形成された表面酸化物 図 3.3-3 から図 3.3-6 に切欠き底部に形成された皮膜に対して ESCA による計測にて 得られた光電子スペクトルを示す。Ni,Cr,Fe の合金元素成分については 14Cr から 30Cr において、おおむね類似のスペクトルが得られた。計測条件を鑑みれば、表層の数 nm の情報深さであると考えられ、このことは Ni,Cr,Fe はそれぞれの合金上に形成された最 外層皮膜では、同様の価数となっていると考えられる。O に関するスペクトルでは、22Cr のみピークが低エネルギー側にシフトしているが、他の元素に関してはピーク位置の他 の合金に対する相違が見られていない。図 3.3-2 に見られるように、22Cr では表面に微 細な粒子状皮膜が被覆された形態であり、表面のコンタミネーションなどの OH 由来の ものと考えられる。炭素スペクトルの観察等により、詳細の検討が必要であると考えら れる。 10 1.4 -Ni2p3 1.2 Normalized Intensity -Ni2p1 1 Ni-14Cr Ni-22Cr Ni-30Cr 0.8 0.6 0.4 0.2 0 895 890 885 880 875 870 865 860 Binding Energy (eV) 855 850 845 図 3.3-3 試験片表面 ESCA 分析 Ni2p 規格化スペクトル 1.4 -Cr2p3 1.2 Ni-14Cr Ni-22Cr Ni-30Cr -Cr2p1 Normalized Intensity 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 605 600 595 590 585 580 Binding Energy (eV) 575 570 565 図 3.3-4 試験片表面 ESCA 分析 Cr2p 規格化スペクトル 11 1.4 Ni-14Cr Ni-22Cr Ni-30Cr -Fe2p3 1.2 Normalized Intensity -Fe2p1 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 740 735 730 725 720 715 Binding Energy (eV) 710 705 700 図 3.3-5 試験片表面 ESCA 分析 Fe2p 規格化スペクトル 1.4 -O1s 1.2 Ni-14Cr Ni-22Cr Ni-30Cr Normalized Intensity 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 546 544 542 540 538 536 534 532 Binding Energy (eV) 530 528 526 524 図 3.3-6 試験片表面 ESCA 分析 O1s 規格化スペクトル 12 試験後の Ni-14Cr 試験片切欠き底部表面における PIXE スペクトルを図 3.3-7 に,各 試験片切欠き底部表面における PIXE 分析結果を表 3.3-3 にそれぞれ示す.本スペクト ルは 50×50µm の分析領域全てから得られたスペクトルである.本スペクトルから Ni ならびに Cr の明確なピークが生じていることが分かる.また,Fe のピークも認められ る.表 3.3-3 に示した分析結果を表に示した試験前化学組成と比較すると,何れの試験 片においても Ni ならびに Cr は±3%以内の濃度変化であり,かつ Ni 量は増加し Cr 量 は減少していることが分かる.一方,Fe 濃度は試験前と比較して 1 桁の増加が認められ る.そのため,表面酸化物は試験後に増加した Ni と Fe により構成される粒子が主成分 である可能性が高い.また,Fe が試験前化学組成と比較して 1 桁近く濃化している要因 としては,Fe の外方拡散ならびに高温水中からの析出が考えられる.今回の分析結果で は,試験前化学組成に相対して高 Cr 材ほど Fe 濃度値が小さい.この結果は Cr の拡散 速度は Fe より 2 桁遅く,Fe の外方拡散を抑制するという寺地の考察とよい整合性が取 れている[4].すなわち,Fe の外方拡散により材料表面での Fe 濃化が生じたと考えられ, 高 Cr 材ほど Fe の外方拡散を抑制しやすく耐食性を向上しやすいと考えられる. Cr Fe Ni Escape Peak 図 3.3-7 Pileup Peak 高温水中定応力下酸化試験終了後の Ni-14Cr 試験片 切欠き底部表面 PIXE スペクトル 13 表 3.3-3 高温水中定応力下酸化試験終了後の Ni-Cr 二元系合金試験片 切欠き底部表面 PIXE 分析結果(wt%) Cr Fe Ni Ni-14Cr 12.8 0.19 87.0 Ni-22Cr 20.4 0.17 79.4 Ni-30Cr 27.1 0.14 72.7 試験後の試験片切欠き底部表面における RBS スペクトルを SIMNRA ソフトウェアに よるシミュレーション結果とともに図 3.3-8 および図 3.3-9 に,SIMNRA によるシミュ レーション結果の数値データを表 3.3-4 にそれぞれ示す.図上プロットは RBS に基づい て測定されたスペクトルを表し,曲線は SIMNRA を用いてのシミュレーション結果を 表している.横軸に表した Energy(keV)は後方散乱イオンのエネルギーを表し,この値 が大きい程材料表面で弾性衝突した後方散乱イオンである確率が高くなる.すなわち, スペクトルの左側は材料母材側,右側は材料表面側の情報を表す.しかし,軽元素であ る酸素と衝突した後方散乱イオンは弾性衝突時にエネルギーを失いやすいため,酸素ス ペクトルのピークは Energy が約 1850keV の箇所において生じる.SIMNRA では RBS スペクトル上での酸素スペクトルピーク(約 1850keV)ならびに試験片表面の重元素の情 報を表す 2200keV 付近に着目し,これらの箇所において RBS スペクトルとシミュレー ションで求めた成分元素量の総和曲線が一致するようにシミュレーションを実施した. なお,PIXE 分析の結果から Fe 量はわずかであり,Fe 量をデータに反映することは困 難であるため本シミュレーションでは対象外とした.表 3.3-4 に示した結果における Thickness は酸素スペクトルの幅から求まる値であり,酸素原子個数に着目した酸化皮 膜厚さを示している. 表 3.3-4 に示した SIMNRA シミュレーション結果から,酸素原子個数に着目した酸化 皮膜厚さは高 Cr 材ほど増加していること,ならびに Ni-14Cr,22Cr では Cr 量が非常 に少ないが Ni-30Cr ではこれらに比べ一桁多い Cr 量となっていることが分かる.前者 に関して,寺地らの報告におけるオージェ電子分光装置による深さ方向分析の結果では, 高 Cr 材ほど酸化皮膜厚さが薄くなるという傾向が示されている[4].寺地らの試験は PWR 模擬環境中の試験であることから,材料内 Cr 組成量が表面酸化に及ぼす影響,と りわけ酸化皮膜厚さの成長に関する影響は試験環境によって大きく異なる可能性がある. 一方,後者の Cr 量データの結果に関して,PIXE 分析の結果においては Cr が十分に検 出されている(エラー! 参照元が見つかりません。).PIXE 分析と RBS 分析を比較した 場合,PIXE 分析の方が重元素の分析に適することから,RBS 分析のシミュレーション 結果から得られた Ni-14Cr,22Cr の Cr 量データの信頼性は低いと考えられる.しかし ながら,試験前と比較して試験片表面において Cr 濃度が減少するという結果は全ての 14 分析結果から得られており,この結果に関しては信頼性の高い分析結果であると言える. 図 3.3-8 高温水中定応力下酸化試験終了後の Ni-14Cr 試験片 切欠き底部表面 RBS スペクトルおよび SYMNRA によるシミュレーション結果 15 (a) Ni-14Cr 図 3.3-9 (b) Ni-22Cr (c) Ni-30Cr 高温水中定応力下酸化試験終了後の Ni-Cr 二元系合金試験片 切欠き底部表面 RBS スペクトルおよび SYMNRA によるシミュレーション結果の比較 表 3.3-4 高温水中定応力下酸化試験終了後の Ni-Cr 二元系合金試験片 切欠き底部表面 RBS スペクトルに基づく SYMNRA によるシミュレーション結果 Ni (wt%) Cr (wt%) O (wt%) Thickness Ni-14Cr 39.3 2.8 57.9 1479.234 Ni-22Cr 42.6 1.4 56.0 2915.689 Ni-30Cr 34.7 21.3 44.0 5230.757 16 X 線回折装置 XRD (ブルカーAXS 社製:M21X) を用いて表 3.3-5 に示す測定条件を 適用して Ni-14Cr 試験片表面において元素分析を行った.この結果を図 3.3-10 に示す. また、今回の分析においては酸化物同定のために Hamid らによって報告された Ni-Mo-Cr 合金の XRD 測定結果を参照した[5]。これを図 3.3-11 に示す。 測定結果から、NiO ならびに Cr2O3 の酸化物構造に対応するピークが認められた。す なわち、Ni-14Cr 試験片表面にこれらの酸化物が形成されていることが推察される。こ の結果から Ni-14Cr 試験片表面の酸化皮膜の形態として、NiO 主体の外層と Cr2O3 主体 の内層の二層構造が考えられる。 表 3.3-5 XRD 測定条件 仕様装置 M21X (ブルカーAXS 社製) 管球 Cu 測定方法 2θ/θ 法 測定範囲 20-80º (in 2θ) 測定速度 5 º/min 測定ステップ 0.05º 管電流 40 mA 管電圧 40 mA 17 図 3.3-10 試験後 Ni-14Cr 試験片表面 X 線回折パターン 図 3.3-11 Ni-Cr-Mo 合金表面における X 線回折パターン[5] 18 3.4 固相酸化・拡散動力学評価 酸化力を制御した雰囲気中での評価を行うため、その試験条件ならびに試験法を決定し、 試験装置を製作した。すなわち、アルゴンガス系(高純度 Ar ガス+微量酸素圧制御)およ び過熱水蒸気系(水素/水蒸気比制御)の 2 種類の気相系において、酸化力を変数とした 応力下加速酸化試験を実施するための試験設備の設計、製作および性能確認を実施した。 これら装置の写真ならびに系統図を図 3.4-1 および図 3.4-2 に示す。 アルゴンガス系においては、高純度アルゴンガスの供給ラインにコールド・トラップお よびゲッター付き加熱セクションを設け、コールド・トラップによる水分除去ならびにゲ ッター金属の種類と温度によってアルゴンガス中の微量酸素圧を制御して酸素ポテンシャ ルを制御する方式をとった。一方、過熱水蒸気系では、蒸気発生器流量と高純度 Ar+H2 ガ ス流量の操作によって H2/H2O 比を調整し、試験部の酸素ポテンシャルを制御した。設定す る酸化力は、主要酸化合金成分の解離圧を参考にしながら選択した。試験片には、2 軸応力 を付与でき応力弛緩が少ない逆 U 曲げ試験片(以下 RUB 試験片)を用いることとした[6]。 RUB 試験片の外観写真を図 3.4-3 に示す。試験温度は 400℃、試験時間は 500 時間とした。 試験に先立って、装置のシール性、ガス流量調整機能、試験部の均熱帯寸法(アルゴン ガス系 400mm、過熱水蒸気系 220mm)などをチェックし、所定の性能を満足しているこ とを確認した。今年度のアルゴンガス系初回試験においては、ゲッターに Ti ウールを用い 750 ℃ に 加 熱 し た 。 反 応 容 器 内 の 酸 素 分 圧 範 囲 の モ ニ タ ー と し て 、 3 種 類 の 純 金 属 (Fe,Ni,Cu)を試験片と共に反応容器に設置した。アルゴンガス系および過熱水蒸気系に おける第 1 回試験で目標とした酸素分圧ならびに酸素ポテンシャルモニタリング結果を図 3.4-4 に示す。各種純金属の表面状態(酸化あるいは無酸化)は、計画された試験部酸素分 圧と整合した結果となっており、試験における環境条件設定が精度良く行われたことが裏 付けられた。 過熱水蒸気系における第 1 回試験後の RUB 試験片(Ni-14Cr, Ni-22Cr, Ni-30Cr)の外観写 真を図 3.4-5 に示す。それぞれの試験片について、表面に形成された酸化皮膜の色に明確な 差が認められた。この結果は、試験環境中で形成された酸化物の種類や皮膜厚さが試験片 間で異なることを示唆している。よって、Ni-Cr 二元系合金の水蒸気酸化速度を材料組成 (Cr%)−酸化力を両軸とした評価線図として整理するという目的に照らせば、今回採用した 試験条件(試験温度:400℃、試験時間:500 時間)は妥当であったと判断された。 19 反応容器 ゲッター付き 加熱セクション コールドトラップ 反応容器: 逆U曲げ試験片を 設置 コールドトラップ: 供給ガスに含まれ る水分を凍結除去 ゲッター: ゲッター金属を酸化させて 酸素ポテンシャルを調整 図 3.4-1:アルゴンガス系試験装置(装置写真および系統図) 21 反応容器 水質調整タンク 蒸気発生器 Ar + H2ガス合流部 反応容器: 逆U曲げ試験片を設置 水質調整タンク 蒸気発生器 配管ヒーター: 配管内での結露防止 図 3.4-2:過熱水蒸気系試験装置(装置写真および系統図) 22 図 3.4-3:RUB 試験片の外観写真 無酸化 Fe Ni アルゴンガス系(Arガス+微量酸素) 第1回試験(Crのみ選択酸化) PO2=1.6*10-39 [Ti/TiO2(750℃)] -40 -35 -35 5.3*103 16 T=400℃, PO2(atm) -30 Fe/Fe3O4 PO2=4.0*10-35 -40 Cu 1 -25 Ni/NiO PO2=2.9*10-28 Fe2O3/Fe3O4 PO2=1.9*10-25 -30 -25 0.05 1.6*10-4 第1回試験(Ni/NiO平衡付近) PH2/PH2O=3.0*10-3 Fe -20 Cu/Cu2O PO2=2.4*10-19 -20 5.3*10-7 Cu 無酸化 一部酸化 図 3.4-4:純金属を用いた酸素ポテンシャルモニタリング結果 23 logPO2 PH2/PH2O 過熱水蒸気系(H2/H2O) Ni 酸化 logPO2 Ni-14Cr Ni-22Cr 図 3.4-5:試験後の RUB 試験片外観写真 24 Ni-30Cr 3.5 事業成果の一覧 ¾ オーステナイト単相領域の Ni-Cr 二元系合金について、Cr 含有量を 14wt%∼30wt% の範囲で 2%刻みに調整した材料を溶製した。 ¾ SCC 感受性評価および高温水環境中における酸化挙動に及ぼす応力効果を検討す るために、機械的性質の異なる合金に対して力学条件を揃えるための試験片形状お よび応力負荷方法の検討を行い、評価条件を決定した。高温水中の試験においては、 当初計画通りの試験環境(288℃、9MPa)において試験期間中も安定した環境下での 評価試験を実施することができた。 ¾ 高温水中環境および過熱水蒸気環境における合金/皮膜ならびに皮膜/環境での元 素移動の評価のため、同環境中で酸化された合金表面に対する表面分析法の選定を 行った。水環境中における酸化挙動のその場計測法の検討を行った。溶存酸素を含 む酸化性の比較的高い高温純水環境においては、14%から 30%の Cr 濃度範囲にお いて、表面に形成された酸化皮膜形態に明確な差が現れた。 ¾ 定量分析の結果、試験前と比較して試験片表面において Ni、Fe が濃化し、Cr 量が 減少していることが認められた。また、酸素原子の深さ方向分布に着目した結果、 高 Cr 材ほど酸化皮膜が厚くなる傾向が認められた ¾ 水素の有無ならびに酸化力を制御した雰囲気中での評価を行うための試験方法を考 案し、実現した。すなわち、アルゴンガス系(高純度 Ar ガス+微量酸素圧制御) および過熱水蒸気系(水素/水蒸気比制御)の2種類の気相系において、酸化力を 変数とした応力下加速酸化試験を実施するための試験設備の設計・製作を行い、性 能を確認した。 ¾ アルゴンガス系および過熱水蒸気系において、酸化力を変数とした応力下酸化試験 に着手した。所望の酸素分圧領域に試験環境が維持されていたことを確認した。 3.6 実施計画と進捗状況との比較および実施計画見直しの要否 平成 19 年度は、概ね当初の実施計画に沿った進捗が得られている。現在までのところ、 想定されていなかった根本的な問題などは無く、とくに実施計画を見直す必要は生じてい ない。 3.7 その他、特筆すべき点 特許出願、学位取得などの特筆すべき事項はない。 25 4.まとめ 本補助事業では軽水炉冷却水環境下での応力腐食割れの根本的解決のために不可欠な材 料学的な知識基盤を獲得するため、高 Ni 合金を対象に、系統的な実験と分析に基づいて、 耐応力腐食割れの観点から基本的な合金組成の適正ウインドウを高温水の酸化力の関数と して明らかにすることを目的とし、三年次にわたる技術開発計画を策定した。 平成 19 年度は、概ね当初の実施計画に沿って進捗が得られており、今後は当初計画に従 い、 (1)高温水中応力腐食割れ感受性、 (2)酸化皮膜特性、 (3)固相酸化・拡散動力学、 の評価法の開発および評価に関する技術開発を推進する。 平成 20 年度以降は、詳細な表面酸化物の評価を進めることで酸化現象を明らかにすると ともに、Ni-Cr 二元系合金に加え、Fe-Ni-Cr 三元系合金についての検討も進め、本年度確 立された試験法による系統的な評価へと展開することで、当初の目標である材料中 Cr 含有 量および環境側酸化力を主変数とし酸化と応力加速酸化の基礎的理解を通して酸化に対す る応力効果を考慮した耐応力腐食割れ合金の成分設計指針の提供を目指す。 本年度成果のうち、評価試験法の検討と合金 Cr 濃度の影響評価結果等については、当初 想定された通りの成果が得られている。環境中における評価試験のための方法論も確立し ており、今後は高温水中および過熱水蒸気中における酸化挙動の基礎的知見の蓄積が加速 されることが期待されると同時に、本事業内において開発される評価法により精度の高い SCC 感受性データベース(マップ)の取得が期待できる。 27 参考文献 1. 渡辺正紀、岡本太郎:引張および逆荷重下の切欠き丸棒の挙動、関西造船協会誌、第 145 号 (1972) pp.7-18. 2. 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