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人工心臓埋め込みのための血液循環系計測システムに関する研究

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人工心臓埋め込みのための血液循環系計測システムに関する研究
筑波大学大学院博士課程
システム情報工学研究科修士論文
人工心臓埋め込みのための血液循環系計測システムに関する研究
山 岸 宏 匡
(知能機能システム専攻)
指導教官
山海 嘉之
2003年2月
論文要旨
本研究室では, 人工心臓自体をセンサ化することで非観血的に生理情報を計測するス
マート化人工心臓を提案・開発してきた. 人工心臓をスマート化することで医師は患者
を拘束することなく, 常に安全で確実な治療を施すための生理情報を獲得することがで
きる. 本研究ではこれまでの研究を踏まえ, 人工心臓体内埋め込みのための血液循環系
計測システムを構築することを目的としている.
本研究では,生体を管理する上で重要な血液循環係生理情報として血液温度・血液流
量・血圧ヘマトクリット値・酸素飽和度を取り扱い,これらを連続的,非観血的に計測す
る以下のシステムを開発した.1) 人工心臓にこれらセンサ群を直接埋め込んだプロトタイ
プスマート化人工心臓(SAH),2) センサ群を集積化して血液循環チューブ上で計測を行う
ことにより血液循環系生理情報を獲得することを可能としたISU(Integrated Sensor Unit) .
また, 計測回路も多種のセンサ回路を共通化,簡略化等を施すことで小型化を行った.
センサに関する基礎実験においては,市販されている大型あるいは侵襲的計測機器と
比べ誤差がおよそ3%~10%と充分実用可能な精度を示した.また動物実験に本システムを
長期適用することでその有効性を確認した.
ISUのサイズは30×35×18[mm]となり,プロトタイプスマート化人工心臓と同様に体内
埋め込みが可能なものが得られた. また, 計測回路も臨床的に体内埋め込みが可能な
100×70×10[mm]のサイズで実現できた.
これらの結果, 人工心臓体内埋め込みのための血液循環系計測システムを構築できる
ことが確かめられた.
目
次
論文要旨
第1章
第2章
第3章
序論
1
1-1 研究背景
2
1-2 研究目的
4
1-3 論文構成
4
人工心臓のスマート化
5
2-1 スマート化人工心臓
6
2-2 プロトタイプスマート化人工心臓(SAH)
7
2-2-1 プロトタイプ人工心臓の仕様
9
2-2-2 動物実験
9
2-3 考察
10
ISU (Integrated Sensor Unit)
12
3-1 ISU (Integrated Sensor Unit)
12
3-1-1 ISUVer.1
12
3-1-2 ISUVer.1の仕様
13
3-2 血液循環系生理情報計測
第4章
15
3-2-1 血液温度計測
15
3-2-2 血液流量計測
20
3-2-3 血圧計測
26
3-2-4 ヘマトクリット値, 酸素飽和度計測
30
3-3 動物実験への適用
35
3-4 結果と考察
36
体内埋め込み計測システム
39
4-1 ISUVer.2
40
第5章
4-1-1 ISU内蔵型血圧センサ
42
4-1-2 計測回路の小型化
43
4-2 考察
46
結論
47
謝辞
49
参考文献
51
第1章
序論
第1章 序論
1.1 研究背景
心臓疾患の中でも複雑な心奇形,広範囲に侵された心筋梗塞や末期的な心不全などの治
療は現時点の医療技術では困難を極め,これらの患者を救う手段として心臓移植や人工心
臓の利用といった方法が提案され研究が進められてきた.心臓移植に関しては日本でも
1997年に臓器移植法が施行され,心臓移植によって治療された例も17例挙げられるに至っ
た(2002年末,日本臓器移植ネットワーク調査).一方でドナー不足の問題は深刻であり,
日本臓器移植ネットワークに登録している人数だけでも61人(2002年末現在),心臓移植適
応者数は600人を越えるという報告もある.また移植の際には拒絶反応の問題を生じるこ
ともあり,心臓移植は心疾患に対して万能な解決策とは必ずしも言えない.
心臓移植による治療に対し,人工心臓による治療法は安定的な供給,拒絶反応の軽減等
の面で非常に大きな可能性を有している.人工心臓はその用途によって,装着方式や駆動
方式が異なる様々な人工心臓の開発が進められている.装着方式で分類した場合,自然心
臓の左心系あるいは右心系に対して並列に接続し(バイパス)心機能の補助を行なう補助人
工心臓と,自然心臓の機能を完全に代替する完全置換人工心臓がある.さらに,駆動方式
で分類した場合,自然心臓と同様に拍動することで血液を送り出す拍動流型人工心臓と,
脈を打たずに連続的に血液を送り出す連続流型人工心臓がある.先行して臨床応用が進め
られているのは拍動流型人工心臓であるが,人工心臓本体,駆動系(主に空気圧による)共
に非常に大型であるため,体内埋め込みや自律移動が困難である等の問題点が挙げられて
いる.一方,連続流型人工心臓は1999年に欧米にて臨床実験が始められ,遠心力によって
血流を発生する遠心ポンプや,揚力によって血流を発生する軸流ポンプ等新しいタイプの
人工心臓が開発されている.連続流型人工心臓は拍動型人工心臓に比べ機構上小型化が可
能なため,体内埋め込みに適していると言われている.図1.1に示すのは"DeBakey型人工
心臓(MicroMed Technology, INC.)"と呼ばれる人工心臓[1]であり,サイズは親指大と埋め込
みに充分な小型化が施されており,実際に臨床例も報告されている.このように,人工心
臓の開発段階として体内埋め込み可能なポンプが今後の主流になると考えられる.
図1.1 DeBakey型人工心臓(MicroMed Technology,INC.)
しかしながら,人工心臓の開発が急速に進められている一方で,人工心臓を装着した患
者の生体管理をするために必要な生理情報計測機器は,現在でも大型なものが使用されて
いることが一般的である.現状では,人工心臓は体内に埋め込むことが可能なほど小型化
されているにも関わらず,医師が患者に対して安全で確実な治療を施すためには患者の生
理状態を常に把握・管理する必要があるため,大型あるいは侵襲的な生理情報計測機器を
用いて患者の生理状態を長期的に監視する必要があるなどの問題がある.
人工心臓の開発・臨床応用を進めるために,これらの問題を解決する小型かつ高性能な
センサシステムの開発が望まれている.
1.2 研究目的
本研究室では,上記の問題を解決するだけでなく,より正確な診断・治療をも可能とす
る事を目的とした"スマート化人工心臓"を提案・開発してきた [2][3][4][5] .人工心臓のス
マート化は人工心臓自体をセンサ化,知能化することで,大型な計測機器を使用せずに患
者の診断や管理に重要な生理情報を非観血的に(直接血液に触れる事なく)獲得することを
可能とするシステムである.人工心臓をスマート化することにより患者には大きな負担を
かけずに患者の生理状態や人工心臓の状態を計測することが可能となる.
このシステムはあらゆる人工心臓に適用でき,非観血的かつ連続的に生理情報を獲得で
きるものであり,人工心臓を装着することのみにより医師は患者の生理状態を常に監視し
続けることを可能するシステムである事が望まれる.
本研究では人工心臓のスマート化を目指し,人工心臓埋め込み時における血液循環系計
測システムを構築することを目的とする.
具体的には,
・センサを人工心臓に埋め込むことで血液循環系生理情報の計測を行うスマート化人
工心臓
・人工心臓において重要な血液循環系生理情報である血液温度,血液流量,血圧,ヘ
マトクリット値,酸素飽和度の各センサによって構成されるセンサ群を集積化し,
血液循環チューブ上で計測を行うISU(Integrated Sensor Unit)
の開発を行い,その有効性を確認する.
1.3 論文構成
本論文の構成は,第2章にて人工心臓のスマート化,及び,プロトタイプスマート化人工
心臓について述べ,第3章で,あらゆる人工心臓に対して適用可能な血液循環系計測ユ
ニットであるISU(Integrated Sensor Unit )のシステム構成について述べ,動物実験を通して
その有用性について考察を行う.第4章にて人工心臓埋め込み時に適用するための血液循
環系計測システムの構築について述べる.最後に第5章では本研究についてまとめる.
第2章
人工心臓のスマート化
第2章 人工心臓のスマート化
これまで,本研究室ではセンサを人工心臓やその周辺に組み込むことで生体情報を連続
的・無侵襲的に計測することが可能なスマート化人工心臓を提案してきた.スマート化人
工心臓により,センサスペースの削減,生体情報の常時観測,人工心臓の生理的制御,異
常状態検知等が可能となり,人工心臓を装着した患者がどこにいても,医師は人工心臓に
内蔵したセンサーにより,患者の生体情報及び人工心臓の状態を病院に居ながらにしてリ
アルタイムに知ることができ, また,危険を感知した場合には適切な対処を可能とする
ことを目的としている。
2-1 スマート化人工心臓[2][3][4][5]
本研究室で 提案,研究を行っているスマート化人工心臓とは以下のような機能を備え
た人工心臓システムである.
人工心臓は患者の血液や循環係に直接接しているため,人工心臓やその周辺にセンサを
組み込むことにより,人工心臓を装着するだけで必要な生体情報の計測を行うことが可能
となる.さらに計装可能 なWearable PCに生理情報を取り込みネットワークを介して提供
を行うことにより,遠隔地でもリアルタイムに生体情報を観測可能となる.このシステム
を適用することににより患者に大きな負担を与えないで人工心臓の状態,患者の生理状態
をモニタリングすることが可能になると考えられ,また治療時における人工心臓の運転状
態や患者の内部状態を捕らえられれば,安全かつ効果的な治療制御やネットワークを介し
遠隔・在宅治療および遠隔モニタリングへの展開も考えられる[6][7].
その実現のためには,スマート化人工心臓による信頼性のある生体情報計測が必要とな
る.本研究では,まず人工心臓に直接センサを埋め込むことにより血液循環系生理情報を
獲得するため,既存の人工心臓にセンサを埋め込みを施したプロトタイプスマート化人工
心臓( SAH)を提案し,開発を行った.
HOSPITAL
HOME
DOCTOR
PATIENT
NETWORK
PUMP
SENSOR
WEARABLE-PC
図2.1 スマート化人工心臓イメージ図
2-2 プロトタイプスマート化人工心臓(SAH)[2]
プロトタイプスマート化人工心臓(SAH)は共同研究を行っている産業技術総合研究所
(AIST)製の連続流左心室補助人工心臓(DDシリーズ)[8]を用いて製作した.本ポンプは左心
室補助人工心臓であり,自然心臓と並列に設置し,左心室から脱血した血液を大動脈へ戻
す形態となっている.プロトタイプSAHは血液循環系生理情報を計測するためのセンサを
人工心臓に埋め込んだ.計測センサは血液温度計測のための温度センサ(Temperature
Sensor),血液流量計測のためのドプラ流量計(Doppler Flow Meter),ポンプ入口圧及びポン
プ出口圧計測のための圧力計(PIP Probe , POP Probe )を取りつけた.プロトタイプSAHの外
形を図2.2,図2.3に示す.
PIP Probe
POP Probe
Doppler Flow Meter
Temperature Sensor
図2.2 プロトタイプSAHのセンサ群取り付け位置
PIP Probe
POP Probe
Doppler Flow Meter
Temperature Sensor
図2.3 プロトタイプSAHの外形
2-2-1 プロトタイプ人工心臓の仕様
ここで本研究においてスマート化人工心臓を製作するにあたり要求される仕様について
述べる.まず,計測する血液循環系生理情報はそれらの情報を医師に提供するだけで患者
の状態を把握できる必要かつ十分なものとする.また,センサは小型かつ高精度で,生理
情報計測の上で要求される精度と持つものとする.ここで本研究で取り扱う生理情報の測
項目及び,その際に臨床において要求される計測値の範囲・実用計測誤差を表2.1にまと
める.
表2.1 プロトタイプSAHにおける計測項目および仕様要求
計測項目
計測値の範囲
実用計測誤差
血液温度
32~45[℃]
±3[%]
血液流量
-1.0~15.0[L/min]
±10[%]
血圧
−100~250[mmHg]
±10[%]
2-2-2 動物実験
このプロトタイプSAHは既に動物実験の長期適用実験を行い,各センサによって生理情
報を計測した.その際のデータを図2.4に示す.これらのデータはプロトタイプSAHを用
いて計測した血液温度計測データ(図2.4左上段),血圧短期計測データ(左中段),血圧長期
計測データ(左下段),血液流量短期計測データ(右上段),血液流量(右下段)を,データの比
較のため臨床において一般的に利用されている大型の計測機器のデータとともに示してい
る.これらのデータは先に述べた人工心臓のスマート化における仕様を満たし,プロトタ
イプSAHの有用性が確認できたと考えられる.
4
Flow[L/min]
Temperature[℃]
42
40
38
Transit Time Flow Meter
Doppler Flow Meter
2
36
0
0
1
2
3
0
4
1
2
3
Time[sec]
3
AoP
POP
100
2
80
1
60
40
0
Pressure[mmHg]
0
2
4
6
Time[sec]
8
10
5
Transit Time Flow Meter
Doppler Flow Meter
2.2
Flow[L/min]
AoP[mmHg]
120
POP Strain Gauge Output[V]
Time[day]
4
2
1.8
1.6
0
5
10
15
Time[hour]
20
AoP
POP
110
100
90
80
70
60
0
5
10
15
Time[hour]
20
図 2.4 プロトタイプSAH動物実験データ
2-3 考察
一方,プロトタイプSAHは計測精度という点での要求は満たされたが,本研究では産業技
術総合研究所が製作した人工心臓(DDシリーズ)でのみ利用できる形状である.しかし,先
に述べたとおり,現在は多種多様な人工心臓ポンプが開発が進められ,それぞれのポンプ
に対して加工を施し基礎実験を行うことは,コスト面を考慮しても合理的な手段とはいえ
ない.そこで,SAHはあらゆる人工心臓をスマート化する際に有効な手法であるかという
問題が生じた.
第3章
ISU (Integrated Sensor Unit)
第3章 ISU (Integrated Sensor Unit)
プロトタイプスマート化人工心臓は先に述べたとおり産業技術総合研究所(AIST)が製作
した人工心臓(DDシリーズ)にセンサを埋め込むことによって人工心臓のスマート化を実現
している. しかし現在,臨床では多種多様な人工心臓が存在し,それぞれ形状や用途が
異なっているため,全ての人工心臓をスマート化するためには,それぞれの人工心臓に加
工を施す必要があることになる. そこで,あらゆる人工心臓のスマート化を可能とする
センサユニットISU(Integrated Sensor Unit)を提案し,開発を行った.
3-1 ISU (Integrated Sensor Unit)
あらゆる人工心臓をスマート化するためには、全ての人工心臓ポンプに対して同条件と
なる位置において生理情報を計測する必要がある. そこで本研究では,人工心臓と血管
をつなぐ血液循環チューブに着目した. この血液循環チューブの素材は軟質塩化ビニー
ルであり,特にTygon Tube(U.S.Stoneware Co.)と呼ばれる血液循環チューブは臨床におい
て広く利用されており,またその径が規格化されている.よってこのチューブにセンサを
集積化したユニットを取りつけ、生理情報を計測することで、全ての人工心臓ポンプに対
して同条件となる位置においての計測が可能になると考えた. そこで,チューブに取り
つけることであらゆる人工心臓のスマート化を可能とするISU(Integrated Sensor Unit )の製
作を行った.
3-1-1 ISUVer.1
ISUは生体管理に重要である,血液温度,血圧,血液流量,さらにヘマトクリット値(以
下Hct)及び酸素飽和度(以下SaO2)を連続的かつ非観血的に計測することが可能なユニット
である. 本研究では血液温度,血圧,血液流量に関してはプロトタイプ SAHと同様のセ
ンサを用いた. また、HctおよびSaO2に関しては近赤外線レーザー光を照射し,本研究室
で開発したBLAZERという計測器を用いて計測を行うことのできるISUVer1を製作した.
これらの計測方法については後に詳しく説明する. ISU Ver.1は大きさが41*38*25mmで
あり,さらにチューブ上に固定させることで計測中のISUのずれによる測定値の変動を最
小限としている.
Temperature Sensor
Optical Fiber
Flow Meter
Pressure Sensor
図3.1 ISUver.1の外形
3-1-2 ISUVer.1の仕様
ISUVer.1は,プロトタイプSAHの問題点を改善するために,人工心臓の形状に依存し
ない,そして取り付けが容易な事が必要であると考えた.そこで、以下の点を踏まえて設
計・製作・改良を行った.
1. 汎用性
2. センサプローブの小型化
3. センサの配置の効率化
1. 汎用性
プロトタイプSAHではセンサの配置は人工心臓の形状に依存してしまうので,この問題
を解決するために,人工心臓の形状に依存しないセンサユニットの設置方法を提案した.
これは,センサユニットを人工心臓そのものに取り付けるのではなく,人工心臓と生体と
を繋ぐ血液循環チューブにセンサユニットを設置することで,人工心臓の形状に関わら
ず,人工心臓や生体に関する情報の計測が可能となる.
2. センサプローブの小型化
ISUを体内に埋め込むためには,ISUに内蔵するセンサプローブの小型化が欠かせな
い.そこで、内蔵するセンサプローブの中の超音波流量センサプローブと血圧センサプ
ローブに関して、小型化を行った.
超音波流量センサプローブについて,市販の超音波流量センサプローブの大きさは
8(Φ)*150(H)mmであるのに対し,ISU用の超音波センサプローブの大きさは 8(Φ)*9(H)mm
である.よって、市販のセンサプローブと比較して非常に小型化されていることがわか
る.また,血圧センサプローブについて,無侵襲的血圧センサプローブの大きさは
7(W)*7(H)*17(D)mmであり,市販用の圧力トランスデューサと比較しても十分に小さく,
さらに無侵襲的な計測が可能であるという利点がある.
3. センサの配置の効率化
センサプローブの大きさやセンサ計測情報の性質によって,ISUの内部に各センサを効
率的に配置した.血圧センサは,血液循環用チューブに生ずる歪みを安定かつ効率的に計
測するため,特殊なプローブの形状および装着方法を用いて,血圧を計測している.従っ
て,血圧センサは他のセンサとは構造上に独立した部位に配置する必要があったため,
ISUの上部に血流センサ,温度センサ,BLAZER(HctとSaO2センサ)を配置し,またISUの
下部に圧力センサを配置した.
さらに,ISU上部の各センサの中で,超音波流量センサプローブは循環用チューブとの
間に15度の角度を傾けることで最も高い精度の計測が可能となった[3].そこで,ISU内で
は超音波センサプローブに15度の角度を持たせ,さらに設置スペースが最小となるよう配
置を考慮した.
また,臨床使用上問題のないように,ISUにおける血液循環系生理情報計測の計測目標
を表3.1に示すように設定した.
血液流量については,生体の心臓の拍動に合わせて流量が大きく変化するため,計測
範囲の最大値を15L/min,そして最小値は弁の閉鎖時やポンプ異常等での血流の逆流を考
慮して-1L/minと設定した.血圧については,計測点を大動脈,中心静脈やポンプの出入
り口などに設置することを考慮し,模擬循環系での基礎実験より-100~250mmHgの計測範
囲を決定した.温度センサについては,血液温度は体温とほぼ等しいので生体の体温の変
化として妥当な35~43℃を計測範囲と決定した.酸素飽和度についても動脈血や静脈血で
の計測を考慮し,酸素飽和度50~100%を計測範囲と決定した.最後にヘマトクリット値に
ついては,生体が生存していられる範囲であるHct 25~45%を計測範囲とした.
表 3.1 ISUVer.1における計測項目および仕様要求
計測項目
計測値の範囲
実用計測誤差
血液温度
35~43[℃]
±3[%]
血液流量
-1.0~15.0[L/min]
±10[%]
血圧
−100~250[mmHg]
±10[%]
ヘマトクリット値(Hct)
25~45[%]
±5[%]
酸素飽和度(SaO2)
50~100[%]
±3[%]
3-2 血液循環系生理情報計測
先に述べたように,ISUは生体管理に重要である,血液温度,血液流量,血圧,Hct及び
SaO2 の計測を可能としたユニットである. 現在,医師が患者の状態を把握するために
は、それぞれの生体情報に対して計測装置を使用しなければならない.それに対し、 ISU
は生体管理に必要な情報を計測するセンサをほぼ網羅しているため,ISUを装着すること
のみで,医師は患者の状態を把握することが非観血的かつ連続的に獲得できる環境を実現
できると考えられる.
3-2-1 血液温度計測
体温は,健康状態を管理する上で重要な生理パラメータであり,体温を計測し体調変
化を把握する事は,病状に対し的確に対処する基準となる. 本稿では温度センサを人工
心臓に埋め込むことにより,体温とほぼ等温度である血液温度を非観血的に計測可能とし
た.
本研究ではスマート化人工心臓に適用する温度センサとしてトランジスタ温度計であ
るCMOS温度センサS-8100B(図3.2)を用いた.また,S−8100Bの電気的特性を表3.2に示
す.
図3.2 温度センサ
表3.2 S−8100B 電気的特性
項目
計測温度
入力電圧
出力電圧
Min
Typ
Max
単位
3.0
5.0
5.5
V
-20℃
1.884
1.908
1.932
V
30℃
1.484
1.508
1.532
V
80℃
1.071
1.095
1.119
V
±3.0
%
±1.0
%
再現性
リニアリ
ティ
-20℃~80℃
−8.0
温度係数
消費電流
25℃
5
10
V/℃
20
μA
トランジスタ温度計はシリコントランジスタのベース・エミッタ間電圧に一定の温度
係数を利用した温度計である. このセンサの使用温度範囲は-50℃~200℃であり、小型,
高精度で経時変化も少なく,一点較正で互換性のある温度センサが得られるなどの特徴が
ある. S-8100Bは幅4.0mm,高さ3.0mm,奥行き2.0mmと小型であり,またサーミスタや
熱電対に比べ,リニアリティ,再現性に優れ,また特殊な増幅系を必要としないため本研
究に適していると考えられる.
本研究では,温度センサをISUの内側に取りつけて血液温度の計測を行った. 精度の
良い温度計測を行うためには,ポンプ内を流れるを血流管路に対しセンサの計測面を平行
にする必要がある. そこで本研究では,温度センサの計測面を血流管路に対し平行に設
置し,血液循環チューブに直接接触できるようにISUに加工を施した.
本センサは,非観血的に血液温度を計測しているため,センサ出力と実際の血液温度
には隔たりが存在する. したがって,センサの出力から血液温度を計測するためには温
度補正が必要となる. 血液温度:T1はセンサ内側温度:Txおよびセンサ外側温度:Tyを用い
て以下の補正式(1)で表せる.
T1=RaTx+RbTy
(1)
温度センサをISUに埋め込む際に生じる固定状態の相違により計測値が変わるので,温
度較正は個々のISUについて行う必要があるが,Ra,Rbは熱伝達率および血液と温度セン
サとの距離によって決定されるので,計測の際初期補正を必要としない. また,TxとTy
はほぼ一定であることから同値として扱っている.
ここで,ISUによってチューブ内温度計測の精度を検証するため、基礎実験を行った.
本実験で用いた生体を模擬した循環系を図3.3に示す.図より本実験では、ISUを用いて連
続流人工心臓のアウトレット付近の計測を行い,既成の温度計にて人工心臓から離れた位
置にあるReservoir内の水温計測を行った. Reservoir内の液体はチューブを介してポンプ
につながっている. この状態で人工心臓を回転させ、人工心臓内部を通る水温を血液温
度を想定した43℃から35℃まで変化させた.実験結果を図3.4に示す.この両者の計測出
力はほぼ一致し,相関係数0.997と 十分な精度が得られた.
また,プロトタイプSAHでは温度計測点がモータに近いことから,特に流量が1[L/m]を
下回る時など,温度出力にモータの発熱の影響をうけることが確認されていた. それに
対して ISUは人工心臓外部にて温度計測をしているため,モータからの影響は軽減される
と考えられる.そこで,モータ回転数と計測温度の関係を検証するために実験を行った.
本実験は上記と同じ実験系を用いてモータ回転数を0回転から2000回転までを段階的に変
化させた際のISUによるチューブ内温度計測を行った. 実感結果を図3.5に示す. 実験の
結果, モータ回転数に関わらず安定に温度計測を行うことができ,モータ電流による発
熱の影響を受けずに血液温度計測が可能という結果が得られた.
Reservoir
Thermometer
Tygon Tube
Pump
ISU
図3.3 温度計測模擬循環実験系
Temperature (℃)
45
Temperature(ISU)
Temprerature
40
35
0
10
20
30
Time(minutes)
図3.4 模擬循環系におけるISU温度センサと熱電対との計測比較
30
Temperature
28
27
26
25
1000
24
23
22
21
20
Temperature(ISU)
Rotational Speed
Temperature
10
20
Time(minutes)
0
30
図3.5 模擬循環系における連続流人工心臓の回転数変化に対する
ISU温度センサおよび熱電対による計測比較
Rotational Speed(rpm)
2000
29
3-2-2 血液流量計測[3][9]
ISUはチューブ上に取りつけてチューブ内部を流れる血液流量を計測する.よってISU
を取りつける人工心臓によってその計測対象は様々であるが,人工心臓付近にISUを取り
つけることで,人工心臓内部を流れるポンプ流量を計測することとなる.
補助人工心臓を装着した場合、生体にとってポンプ内血液流量は自然心の機能の評
価,ポンプの駆動状態,人工心臓の制御において重要な意味を持つ. また,完全置換人
工心臓を装着した場合,さらに全血液流量を計測することが可能となる. 本研究では,
当研究室で開発された小型流量計をISU内に組み込むことにより,人工心臓内を流れる血
液流量を非観血的に計測する事を可能とした.
本実験では超音波ドプラ法を利用した流量計を用いて血液流量を計測する. 超音波ド
プラ法による生体計測は,無侵襲血流計測法の代表的な定量的機器であり,主要血管にお
ける血流計測の基軸をなしている. 図3.6に本実験で用いた流量計プローブの外形を示
す.
また,効率良く超音波の送受信を行うためには, 血流に対して適当な角度を与えてプ
ローブを固定することが有効である. 本研究では血流に対し流量計プローブの先端が
図3.6 流量計プローブ
15゜の角度でチューブに超音波が送信できるようISUに加工を施している.
超音波ドプラ流量計とは,超音波を血流に照射した場合に血球に反射されることに
よって生じるドプラ効果を利用して,血液流量を計測している.
血球の動く速度:Vb,超音波の照射周波数:f0,音速:C(体内では約1500m/s),血球の移動
方向と超音波ビーム進行方向との交差する角度:θ,超音波の反射周波数:frを用いて,そ
のドプラシフト周波数:fdは
fd = frーf0 = 2Vbcosθ*f0 / C
(2)
と表せる.ここで以下のことを考慮する必要がある.
・血液速度は血球の移動速度,血漿の移動速度と等しい. したがって,血球速度による
ドプラ効果は,血流によるドプラ効果と考えて良い.
・血流は速度分布をもち,血管断面内での速度は一様ではない. そこで,血管断面内の
平均血流速度Vbを用いることにより,ほぼ式(2)が成り立つことがわかっている.
・血球からの超音波反射は無指向性の等方散乱である.
よって,血流速度Vbは
Vb = Cfd / 2f0cosθ
(3)
Ultrasonic
Probe
Echo Jerry
Red Corpuscle
fr
f0
Vb
V
Blood Flow
Blood Vessel
図3.7 血液流量計測のイメージ図
として求められる. 血流量:Qは(3)式に血管断面積:Aを乗じることによって得られる.
Q = AVb
(4)
ここで,流量計の生体計測における実用性を検証するため,連続人工心臓流,
Reservoir,血液循環チューブによる人体を模擬した模擬循環系を用いてドプラ流量計の基
礎実験を行った. 基礎実験に用いたモックのイメージ図を図3.8に示す.
本実験では 現在広く臨床でも使われている大型の流量計測機器であるTransonic社のト
ランジットタイム流量計とISUとの比較を行った. トランジットタイム流量計は血液に照
射したパルス波が血管内を通過した時間差から流量を計測する. 本実験ではモック内に
食塩水を注入しイオン化した食塩を赤血球と見立て流量計測を行った. また,計測プ
ローブと血液循環チューブとの間に空気がわずかでも入り込むと,超音波が減衰して計測
の精度が大幅に落ちることとなる. そこで計測プローブとチューブの間をシリコンで埋
めることにより、超音波の減衰を抑え、安定な計測を行う事が可能となった.
最初に,ISUの計測精度を確かめるため,ポンプ回転数を段階的に変化させた際の流量
計測を行った. 比較データとしてトランジット流量計でISUとほぼ同じ位置を計測した.
ポンプ回転数は実際の使用時の計測範囲である0[rpm]から1800[rpm]まで変化させている.
図3.9に実験結果を示す. 図より,ポンプ回転数に伴ってISUとトランジット流量計にて
ほぼ同期した出力波形が得られた事が解った.これによりISUの計測精度は、トランジッ
ト流量計に比べて、十分な精度で計測できることが確認された.
次に,ISUの拍動計測の精度を確かめるため,ポンプ回転数を生体の拍動に近い2Hzで
変化させた. そして、 ISUとそれとほぼ同位置において計測したトランジット流量計の計
測値を比較した. 図3.10に比較結果を示す. これによりISUは拍動に伴って既成の流量
計とほぼ同期した出力が得られ,十分な精度で計測できることが確認された.
Reservoir
Water with Chalk
Tygon Tube
Pump
Transit
ISU Flow Meter
図3.8 流量計測模擬循環実験系
4
Rotatinal Speed(rpm)
Flow(l/min)
2000
Flow(ISU)
Rotational Speed
Flow(Transonic)
1000
2
0
0
2
4
6
Time(minutes)
8
図3.9 模擬循環系における連続流人工心臓の回転数変化に対する
ISU流量センサおよびトランジット流量系との計測比較
Flow[L/min]
6
Transit Time Flow Meter
Dopper Flow Meter
4
2
0
1
2
3
Time[sec]
4
5
z
図3.10 模擬循環系におけるISU流量センサとトランジット流量計との計測比較
3-2-3 血圧計測[10]
現在,広く臨床で用いられている血圧計、はカテーテルを直接血管に差し込むことで
計測している. しかし、生体に対して 侵襲的であるため、 特に長期計測を行う場合,こ
の手法は患者に対して肉体的のみならず、精神的にも大きな負担となり得る. ISUは血液
循環チューブ内の内圧を計測することにより、ISUを取りつける位置によって有効な生理
情報を計測することが実現できる.
例えば,左心室補助人工心臓においてISUをポンプの入口側に装着した場合,ISUはポ
ンプ入口圧(PIP:Pump Inlet Pressure)を計測することになり,ポンプの出口側に装着した場
合ISUはポンプ出口圧(POP:Pump Outlet Pressure)を計測することになる. 人工心臓の入
口,出口はそれぞれ心臓の左心室及び大動脈流と接続しているので,PIPにより左心室内
圧(LVP:Left Ventricular Pressure)の推定, POPにより大動脈圧(AoP:Aortic Pressure)の推定
が可能と考えられる(図3.11). LVPは心臓自体の機能の低下を予測するのに有効な指標で
あり, 特にサッキング状態の検知に用いられると考える.サッキングとは,心室内壁が
ポンプに吸引される状態を意味し,これにより血流が人工心臓に流れにくい状況となり,
患者にとっては致命的な事態である. また, AoPは,体中に血液を送る血管の脈圧であ
り,患者の健康状態を知る上で重要な生理パラメータである. 本研究では特に左心室補
助人工心臓を用いて,ISUによるAoPの推定およびサッキング状態の検知を目的としてい
る.
Heart
AoP
Valve
LVP
Pump Inlet Pressure
Artificial Heart
Pump Outlet Pressure
図3.11 LVP,AoP推定イメージ図
ここでチューブ内圧力と推定圧力との関係について述べる.まず,PIPとLVPとの間に
は,血液の密度:ρ,左心室地点の血流速度:v1,ポンプ入口地点の血流速度:v2,重力加
速:g,心臓の高度:z1ポンプの高度:z2,左心室-ポンプ管路総損失:H1を用いて,以下の関係
が導ける.
LVP / ρ + v12 / 2 +gz1 +H1 = POP / ρ + v22 / 2 + gz1
(5)
ここで,血液における動圧の差は1m/sでおよそ4mmHgと非常に小さいのでほぼ無視で
きる. また心臓の位置とポンプの位置もほぼ同位置なので,式(5)は以下の様に置き換え
られる.
LVP = PIP + ρH1
(6)
なお,H1は管の長さ:l,管の断面積:d,管摩擦係数:λ,損失係数:ζを用いて以下のよ
うに表せられ,流速の項はほぼ一定なのでH1は一つの系に対しては定数と見なせる.
22
ji
ζ+λ=
221
gjvjgividiliH
(7)
同様にPOPとAoPとの関係も,ポンプ出口地点の血流速度:v3,大動脈流合流地点の血流
速度:v4,大動脈流合流地点の高度:z3,ポンプ-大動脈流間管路総損失:H2とし、上記と同
様な手順で求めることができる.
POP / ρ +v32 / 2 +gz2 − H2 = AoP / ρ + v42 / 2 + gz3
(8)
AoP = POP − ρH2
(9)
ここでH2は式(7)と同じ理由により一定と見なすことができるとする.
以上よりPIPからのLVPの推定,POPからのAoPの推定が可能と考えられる.
本 研 究 で は , ポ ン プ 入 口 付 近 及 び 出 口 付 近 の Tygon Tube に ひ ず み ゲ ー ジ ( 型 番
KFR-2-120-C1-11)を張りつけた金属板のプローブを取りつけることにより、チューブ内の
圧力変化を金属板のひずみに置換することで、圧力を非観血,無侵襲的に測定する. ひ
ずみゲージには,ひずみを受けることにより電気抵抗が変化する抵抗体材料が貼り付けら
れており,圧力を受けひずみを生じることにより出力電圧が変化する. これにより,圧
力変化の計測が可能となる. 計測プローブには厚み0.3mm,幅5mmのリン青銅板を用い
た. 図3.12に本研究で製作した圧力計プローブの写真を示す.
圧力計測の原理は,まずチューブ内の圧力が上昇すると金属板が開きひずみゲージ付
近で金属板は内側に力を受ける(図3.13右). また,チューブ内の圧力が減少すると逆に金
属板は外側へ引っ張られる(図3.13左). よって、このチューブ内の圧力変化による金属板
のひずみを金属板上に張り付けたひずみゲージにより検出することにより、チューブ内の
圧力計測が可能となる.
図3.12 圧力計プローブ
Tygon Tube
Strain Gauge
Phosphor Bronze Plate
図3.13 圧力計測の原理図
ここで,本圧力計の生体計測における実用性を検証するため、人工心臓とReservoirから
なる実験系を製作して実験を行った.
連続流人工心臓はポンプ回転数に比例する圧力を発生する圧力発生源であるため,人
工心臓の入口と出口では回転数に比例する圧力差が生じる. その結果、ポンプの入口圧
と出口圧は逆位相となって表れる. 本実験では、本圧力計にてチューブ内の圧力変化を
計測し,ひずみゲージの出力とチューブ内の圧力変化の関係を調べた.
実験は模擬循環系を用いて人工心臓の回転数を定常状態から1Hzで800回転から2000回
転で変化させ,その際のポンプ回転数とポンプ入口,ポンプ出口に取りつけた圧力計の出
力の比較を行った.
図3.14,図3.15に実験結果を示す. 図3.14はポンプ回転数とポンプ出口圧力計の出力の
関係を示しており,両者はほぼ同じ挙動を示した. また,同時刻におけるポンプ回転数
とポンプ入口圧計の出力の関係を図3.15示す. 両者はほぼ正確に逆位相の出力を示し
た. これより圧力計はチューブ内の圧力変化の計測が可能であると思われる.
POP
Rotational Speed
2000
0
1000
-2
0
0
2
4
6
POP Strain Gauge Output[V]
Rotation Speed[rpm]
3000
Time[sec]
3000
-4
PIP
Rotational Speed
2000
-6
1000
-8
0
0
2
4
6
Time[sec]
図3.15模擬循環系実験におけるポンプ回転数とPIP出力の関係
PIP Strain Gauge Output[V]
Rotation Speed[rpm]
図3.14 模擬循環系実験におけるポンプ回転数とPOP出力の関係
また,ISUを用いてサッキング状態の検知が可能であるか検証するため、以下の実験を
行った.先に述べたとおりサッキング状態は生体に取って危険な状態であるため,本研究
では疑似的にサッキング状態を作り出して,その際のPIP波形を観察した.本実験系は,
人工心臓,自然心臓,Reservoirを血液循環チューブでつなぐことで構成しており,疑似的
なサッキング状態はポンプ入口側のチューブをクランプすることで発生させている.実験
データを図3.16に示す.本実験の結果,クランプしている間は計測圧力が大きく減少する
という状態を観察された. これによりサッキングが起こった際は,PIP計測を行うISUの
波形に大きく影響を与えることが確認でき,PIPによるサッキング検知が可能となると考
PIP Strain Gauge Output[V]
えられる.
4
releacing
2
clamping
clamped period
0
0
10
20
Time[sec]
図3.16 模擬循環系を用いたISUによる疑似サッキング状態における圧力変化波形
[10][11]
3-2-4 ヘマトクリット値,酸素飽和度計測
ISUより計測項目に新たにヘマトクリット値(Hct)及び酸素飽和度(SaO2)の計測を加え
た. Hctとは,血液中に占める赤血球の容積比を百分率で示したものであり,SaO2は血
液中の酸素濃度を百分率で表したものである. これらは血液循環系生理情報において重
要なパラメータであり,臨床的にも広く利用されている.
SaO2は光の吸収量に比例して変化するという特徴を利用し計測を行った. また,Hctも
同様に,光の吸収量に比例し変化することが確認されいるが,SaO2変化の影響を大きく
受け,正確な計測が困難であった. そこで,酸化ヘモグロビンと還元ヘモグロビンの光
吸収率を測定すると,800nm付近に2つの吸収率が等しくなる点があることが知られてい
る. すなわち,レーザ光の波長を選ぶことにより,SaO2の影響を受けずにHctの計測が
可能となる. 本研究では本研究室で開発されたレーザ計測装置(BLAZER T2: 図3.17)を用
いて計測を行った. レーザ波長には675nm,805nmを選択している.
ISUには血液情報計測のための発光部及び受光部の加工が施してある. その幅は8mm
とした. ここに光ファイバを差し込み血液情報を計測している.
図3.17 BLAZER T2
ISUを用いてヘマトクリット値変化に対する805nm波長のレーザ光の出力変化を計測し
た. 実験にはヒトの静脈血を用いた. ヘマトクリット値は一定量の生理食塩水を段階
的に加えることで変化させている. この際ヘマトクリット値はISUの仕様要求を満たす
20~45[%]間を計測した.図3.18はその際のヘマトクリット値を遠心分離器によって計測
し,ISU出力と比較したデータである. 両者はほぼ線形に計測できることが確認できた.
これにより,ISUによるヘマトクリット値計測が可能となる.
また,ISUを用いて酸素飽和度変化に対するBLAZER出力変化を計測する実験を行っ
た. 本実験もヒトの静脈血を用いた. ヒトの静脈血の酸素飽和度は一般的に50~60[%]程
度であり,ISUの仕様要求を満たす範囲で実験を行った. 図3.19は実験における675nm波
長と酸素飽和度の影響を受けない805波長の差を計測したものである. A点でポンプを回
転させ血液を撹拌させた. これにより血中に酸素が混入され,徐々に酸素飽和度は上昇
する. B点で酸素ボンベにて酸素を血中に注入した. これにより,酸素飽和度は急激に
上昇する. その後,飽和状態となり酸素飽和度は一定となる. 計測データが示すように
ISU出力は酸素飽和度に伴った変化をとらえることができ,これにより簡単な補正を行う
ことでISUによる酸素飽和度の絶対値計測が可能であると考えられる.
HCT(%)
40
30
20
0.6
0.8
1
BLAZER Output(V)
Output(V)
図3.18 ヒトの血液を用いたISUによる計測データとヘマトクリット値の比較
2
1
A
0
20
B
40
60
Time(minutes)
80
図3.19 ヒトの血液を用いた酸素飽和度変化に対するISUによる計測データ
3-3 動物実験への適用
本研究ではISUを動物実験に長期適用し,その有効性の検証を行った. 本研究室は筑波
大学臨床医学系の協力のもと,筑波大学実験センターにて羊を用いた動物実験を行って
る.ISUを適用した動物実験の様子を図3.20に示す.
動物実験では,羊に対し連続流人工心臓を用いた左心室補助を行っており,ISUは人工
心臓の出口付近に取りつけることでにてそれぞれのデータを計測した. また,これらの
データの比較値として,AoP,ポンプ流量,ヘマトクリット値および酸素飽和度を侵襲的
または不連続的に大型の計測機器にて計測している.
図3.20 動物実験に適用したISUVer.1
3-4 結果と考察
まず,図3.21に動物実験におけるISUによる血液温度計測結果を示す. 本データは動物
実験中における4日間の血液温度を連続的に計測したデータである. 羊の体温計測や,動
物実験における観血的血液温度計測は危険を伴い困難であるため,ここでは比較データを
示すことはできなかった. 4日間における温度変位は37.3℃から38.8℃と約1.5[℃]であっ
た. 本計測結果をプロトタイプ人工心臓による温度l計測結果(図2.4)と比較すると,両者
とも38℃前後と変位の中心値は変わらないが,温度の変化は約3℃から1.5℃となった.
適用している羊が異なるため単純に比較することはできないが, ISUは人工心臓のモータ
による温度変化の影響を取り除いたことから,より正確な血液温度計測ができたと考えら
れ,プロトタイプ人工心臓に比べやや優位性が示せたと考えられる.
ISUよる血圧計測はプロトタイプSAHで使用した血圧計と同形状のものをほぼ同位置で
行っているため本項では新たなデータは示さないが,本センサは長期間の計測においては
チューブへの固定状況により圧力計測が不安定になる現象が見られた. 図3.22は,連続
24時間計測における本血圧計と,AoPとの血圧波形のずれを示す. この解決策としてア
タッチメントの固定などのが挙げられ,本研究室ではISUに内蔵することでさらに安定に
圧力計測を行うセンサの開発が行われている.
また,図3.23に動物実験におけるISUによる血液流量計測結果を示す. 本データは短期
トレンドでの流量波形を示しており,比較データとしてほぼ同位置で計測を行ったトラン
ジットタイム流量計の波形を示した. 両者の波形はほぼ同期しており,誤差はとプロト
タイプ人工心臓とほぼ同精度の10%未満での計測が実現できた.
図3.24はヘマトクリット値(図3.24上)及び酸素飽和度(図3.24下)のISUによる計測結果で
ある. 本データは動物実験中における5日間の連続的計測データである. また,データ
内に丸で囲んである箇所は,比較データとして計測した血液ガス分析装置にて計測した結
果である.両者とも,誤差が3%未満であり,本計測計は長期的に安定計測できることが
確認された. また,一方で,これらのデータは絶対値計測を行うために高価で大型の装
置で補正をする必要があり,さらに高精度で計測するためには,ワンアクションで補正可
能な方法の検討が今後の課題として残っている.
Temperature[℃]
40
38
36
0
1
2
date[days]
3
図3.21 動物実験におけるISUによる血液温度計測結果
AoP
POP
Pressure[mmHg]
100
80
60
40
20
0
0
5
10
15
Time[hour]
20
図3.22 動物実験における本血圧計と,AoPとの血圧波形のずれ
Flow [L/min]
3
ISU flow
Pumpflow
2
1
0
1
2
3
4
Time [sec]
図3.23 動物実験におけるISUによる血液流量計測結果
Hct(%)
35
30
25
20
0
1
2
3
4
3
4
X Axis
Date[days]
SaO2(%)
100
95
90
85
0
1
2
X Axis
Date[days]
図3.24 ヘマトクリット値(上)及び酸素飽和度(下)の
ISUによる計測結果と血ガス装置による計測データとの比較
第 4 章 体内埋め込み計測システム
第4章 体内埋め込み計測システム
ISUは,取り付け位置を血液循環チューブにすることで非観血的に血液循環系生理情報
を計測することが可能となった.しかし,小型化が不十分である点などから,体内に埋め
込むことは現時点では困難である.ISUを体内に埋め込み可能とするために,形状や回路
構成などを再考し体内埋め込み計測システムの構築を行った.
4-1 ISUver.2
ISU Ver.1ではセンサを統合し血液循環チューブ上に取りつけることにより,医師が患
者を管理する上で必要な血液循環系生理情報を計測することが可能となった.さらに,本
ユニットを体内埋め込みに適応できるよう,センサの精度を損なうことなくユニット全体
をスリム化したISU Ver.2の製作を行った.ISU Ver.2の設計図および外形を図4.1,図4.2に
示す.ISU Ver.2のサイズは35*30*18[mm]とVer.1と比べて小型化が実現できた.
図4.1 ISUVer.2外形
単位 : [mm]
35
<1>
9
<2>
2
5
6
2
2
7
<3>
7
2
18
4.5 2
12 15
8
15
<中央断面図>
<正面図>
図3.ISUの正面及び中央断面設計図
<1>
18
4−φ2.2
<2>
4−φ1.6
a
10.5
4−φ2.2
3
8
φ3
35
14
35
19 φ8
4
2
2
7
9
5
6
2
<3>
8
11
2
14
27
6
15
2
7
7
a’
17
図4.2 ISUVer.2 設計図
2
14
2
3.5
3
5.5
8
ISU Ver.2は,ISU Ver.1の要求仕様にISU内蔵型血圧センサの開発および計測回路の一体
化を追加した以下の5点を踏まえて再設計し,製作を行った.
1. 汎用性
2. センサプローブの小型化
3. センサの配置の効率化
4. ISU内蔵型血圧センサの開発
5. 計測回路の小型化
上記の仕様要求の内1,2,3,に関してはISUVer.1の開発技術を踏襲して ISUVer.2の開
発を行った.ここでは上記4,5の仕様要求について詳細を述べる.
4-1-1 ISU内蔵型血圧センサ[12]
3章において,ISU Ver.1における血圧センサは長期計測において計測のずれが観察され
た.この原因として,アタッチメント固定方法の不安定さ,血圧計測プローブの熱特性等
が挙げられる.そこで本研究では,外付けされていた血圧プローブをISUに内臓・固定
し,熱特性を補正する機構を追加した新たな血圧センサの開発を行った.ISU内蔵型血圧
センサの形状を図4.3に示す.本血圧プローブをISU Ver.2の内側に固定することで長期の
安定的計測が実現される.
図4.3 ISU内蔵型血圧センサの外形
4-1-2 計測回路の小型化
ISUの開発によって,計測プローブ部分の体内埋め込みに対しては,小型化と血液循環
チューブ上に取り付ける計測法を採用することで体内埋め込みは実現可能となった.しか
しながら,利用に際しては体外にある計測回路と接続する必要がある.このプローブ−計
測装置間を有線化するとケーブルが皮膚を貫く構造になってしまい,患者を常に感染症等
の危険にさらしてしまう等の問題が生じる.安全な生理情報計測の実現のためには,計測
回路に関しても小型化による体内埋め込みを実現する必要がある.本節では各センサー計
測回路の共通化,簡略化を図ることで計測回路の小型化を行った.回路のサイズは臨床で
皮下に埋め込み可能な70*100*10[mm]を目標とする.
1.回路の共通化
ISU Ver.1では,血液温度計測,血液流量計測,血圧計測をそれぞれ別の計測回路で計
測を行っており,また,ヘマトクリット値および酸素飽和度はBLAZER T2を用いての計
測を行っている.そこで,血液温度,血液流量及び血圧の計測回路を共通化することで,
計測回路の小型化を図った.
2.回路の簡略化
回路の小型化において,有効な手段として回路の簡略化がある.本センサでは,超音
波発振回路が複雑な回路であり,小型化の妨げと成っていた.そこで,これらの回路を簡
略化し,計測回路に組み込むことで回路の小型化を行った.
2 f +Δf , Δf
f
f
Δ
フィルタ
水晶発振回路
F-V コンバータ
f +Δf
増幅器
計測PC
プローブヘッド(ISU内部)
受信振動子
送信振動子
v
図 4.4 流量計測回路システム
4-3 考察
本章ではISU,および計測回路の小型化を行うことで体内埋め込みを目的とした血液循
環系生理情報を計測するシステムの構築を行った.ISU Ver.2の開発により,本システムは
体内に埋め込めむことが可能なサイズを実現することができた.しかし,ISUを体内に埋
め込むには,未だ解決すべき問題点が存在する.以下に解決すべき問題点を挙げ,それぞ
れについての考察を行う.
防水及び熱対策に関して,ISUプローブ,及び計測回路部分は体内に埋め込むため、高
湿度状態でも長期安定した計測を実現できる必要がある.そこで,シリコンコーティング
等による防水を行い, 生体内を想定した温度における生理食塩水に沈ませた状態で長期
実験を行なうことで検証する事ができる。
さらに,体外において体内の情報を安全かつ正確に計測するためには,十分な通信速
度を有し,かつ小型の無線通信デバイスが必要となる.
今後は以上の問題点を考慮したISUを改良・開発を行い,動物実験に長期適用すること
でその有効性を検証することが必要となる.
第5章
結論
第5章 結論
本研究では人工心臓のスマート化を目指し,人工心臓埋め込み時における血液循環系計
測システムを構築することを目的とした.
具体的には,
・センサを人工心臓に埋め込むことで血液循環系生理情報の計測を行うスマート化人
工心臓
・人工心臓において重要な血液循環系生理情報である血液温度,血液流量,血圧,ヘ
マトクリット値,酸素飽和度の各センサによって構成されるセンサ群を集積化し,
血液循環チューブ上で計測を行うISU(Integrated Sensor Unit)
の開発を行い,その有効性を確認した.
謝辞
本研究は,筑波大学機能工学系山海研究室において,山海嘉之助教授の御指導のもと行
われたものであり,山海助教授には素晴らしい研究環境を与えて頂き,また公私に渡りご
指導頂き心より感謝致します.
また,人工心臓の研究にあたり,ご協力下さった産業技術総合研究所の山根隆志先生,
丸山修先生,医学的な見地から的確な助言を頂きました筑波大学臨床医学系の筒井達夫先
生,軸屋智昭先生,柳健一先生に感謝致します.
さらに,日頃からさまざまな面で御協力して頂き,温かい励ましを下さった人工心臓
チームのみなさん,及び山海研究室のみなさんに心より謝致します.
参考文献
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テム情報工学研究科修士論文;2003
Fly UP