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蚕糸 - alic|独立行政法人 農畜産業振興機構

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蚕糸 - alic|独立行政法人 農畜産業振興機構
平成 18 年度消費者代表の方々との現地意見交換会
~群馬県の蚕糸業~
総括調整役
大澤
教男
当機構は情報提供業務の一環として、消費者の方々に、生産現場を実際に見てい
ただき、生産者や関係者の方々と話し合うことにより、相互に理解と認識を深めて
いただくため、現地意見交換会を平成 18 年9月 13 日(水)開催した。
今回の現地意見交換会は、製糸工場、養蚕農家および裏絹問屋を視察し、蚕糸絹
業の現状を理解していただき、関係者と意見交換を行った。
全国的な消費者組織において活躍されている方々をはじめ、服飾関係の大学院生
4名にも参加いただき、蚕糸絹業の理解を深めるとともに、関係者への情報発信を
していただいた。今回は、専門家として、着物関係のジャーナリスト、群馬県蚕糸
園芸課および全農農産部養蚕対策室からも参加いただいた。
出席者名簿
所
属
主婦連合会
消費科学連合会
全国地域婦人団体連絡協議会
全国消費者団体連絡会
1
(順不同、敬称略)
所 属
氏 名
美しいキモノ編集部
棚町 敦子
氏 名
高野富士子
福増 久子
岩本 雅子
摺木 昭子
福井 隆子
文化女子大学
加藤さゆり
岩本 孝子
菅 いづみ
鵜生川朋美
群馬県蚕糸園芸課
蚕糸グループ
全国農業協同組合連合
会養蚕対策室
山田
巧
花田 朋美
有泉知英子
小野 泰代
森
久
原 登喜雄
安藤 俊幸
碓氷製糸農業協同組合
現在日本で稼動している器械製糸工場2社のうちの1つで、農業協同組合組織に
よる製糸工場である。
○
高村組合長挨拶要旨
昭和 33 年、ニューヨーク市場での生糸取引が停止され、輸出に支えられていた
製糸工場が廃業していく中、農家が繭を抱え困っていた。養蚕業の盛んであった当
地に、営利目的でなく、農家が繭を生産するだけでなく加工しようと農業協同組合
による製糸工場が設立された。
1
我々製糸業が川下と連携し顔の見える産業、使ってもらえば良さの分かる産業と
して生き残りたいと考えている。
○ 群馬県の養蚕・製糸
<群馬県蚕糸園芸課蚕糸グループ 森グループリーダー>
「蚕糸」という言葉の付く課を持っているのは群馬県だけで、県としても蚕糸の
火を消さないようがんばっている。
群馬県は、昨年度 278 トン(全国の 45%)の繭を生産している。また、全国の
養蚕農家 1,590 戸中、650 戸が群馬県に集中している。県内の農家のほとんどが養
蚕を行っていたが、昭和 33 年の 84,000 戸をピークに、高齢化や、安い生糸・絹製
品の輸入により減少傾向が続いている。養蚕農家が減っていく中、県としていかに
養蚕を残していくか取り組んでいる。
群馬県のオリジナル蚕品種「世紀二一」、「ぐんま 200」、「新小石丸」、「ぐんま黄
金」、「新青白」、「蚕太」の6品種は県内の農家で飼育し、碓氷製糸で生糸にして、
県発行の認証シールを貼って出荷している。加工されると中国、ブラジルの糸との
違いは判りにくいが、シールにより保証、履歴がわかるという点で差別化を図って
いる。
<意見交換の概要>
消 費 者:オリジナルの各品種毎にどの程度作っているのか。
群 馬 県: 碓氷製糸からの糸の需要情報により蚕種を作り、養蚕農家に飼育して
もらっている。1位は「ぐんま 200」、2位は「新小石丸」、3位は「世
紀二一」、4位は「新青白」である。また、
「ぐんま黄金」
「蚕太」も少し
需要がある。
消 費 者: 工場見学の際、
「繭の中の蚕はどうのなるのか」と質問したところ、
「蚕
は乾燥した時点で死んでしまう。これは鯉の餌として再資源化される」
と聞いて安心した。個人的な意見として、環境面から生糸は石油から作
られたものではないもの、また、食べ物ではフードマイレージと言われ
ているが輸入したものでないものとして、エコロジーの部分を打ち出し
てグリーン購入として宣伝や販売を促進すればよいのではないか。
消 費 者:倉庫、工場の防虫対策はどうしているのか。
碓氷製糸: 人間と同じでいい繭に虫が付く(笑)
。生繭は、熱により乾燥を行い、
倉庫は年2回程度消毒をしている。1年を通じ室内温度は 20~25 度、湿
2
度は 70%以下に調整し、倉庫にはねずみ返しを付けている。また、製品
ケースにはナフタリンなどの防虫剤を入れて搬出している。
消 費 者:輸入ものとの価格差はどのくらいか。
碓氷製糸: 「ネットロウシルク」という。芯にモヘヤなどいろんな糸を入れること
が出来る。繊維がネット状になっていて、糸の内部に多くの空気を含み、
嵩(かさ)高性があるのが特徴になっている。
学
生: 以前ニュースで8角形の容器の中に蚕をたくさん入れて大きな繭を育
てているのを見たが、
(蚕糸の)これまでと違った用途はないのか。また、
若い人向けの取り組みはどうか。
群 馬 県: ジャンボ繭といい、ランプシェードなどの用途が考えられる。県の蚕
業試験場で作り方の開発をしているが、なかなか商品化ができない。
若い人向けの取り組みについては頭の痛い問題である。旧富岡製糸場
を世界遺産登録に向けた運動のなかで、この度、旧富岡製糸場の主要建
物が国重要文化財に指定された。世界遺産登録に向けて大きな弾みとな
った。その相乗効果で富岡やシルクに目を向けてもらい、蚕糸の生き残
る方向が見つかればと思う。しかし、現状は、機構から補助金が拠出さ
れて、県もいろいろと手を打っているが、農家の減少傾向は食い止めら
れない状況である。
3
2
養蚕農家
<高橋純一氏宅(群馬県富岡市)>
養蚕と椎茸を中心に水稲や野菜を組み合わせた複合経営で、耕作面積 300a の内、
桑園面積が 100a を占める。同じ施設で、養蚕と椎茸栽培をしている。17 年産繭の
生産実績は 881kg であった。
最近は、品質重視・品質改善に取り組んでおり、セラミックを投与するプロジェ
クトにも協力した。
昭和 43 年に発足した甘楽富岡蚕桑研究会の会長として、研修会の開催、オリジ
ナル絹製品の販売、養蚕・シルクの PR などの活動の輪を広げているところである。
また、富岡製糸工場の世界遺産登録推進に積極的に取り組んでいる。
<意見交換の概要>
高 橋 氏: 高齢化が進んでいる。60 歳近い人がやっている中では私は若い方であ
る。農家としては中の上の規模で、養蚕の他にいろいろやらないと食べ
ていけない。
一人でも多くの人に養蚕に興味を持ってもらうように活動しているが、
なかなか仕事として蚕をやろうという人はいない。
消 費 者:セラミックシルクを作る目的は何か。
高 橋 氏: 他の製品と差別化を図るため、セラミックの効果(遠赤効果、抗菌効
果)のある糸を作りたいというメーカーの要望で始めた。そのため、繭
価格を 500 円引き上げていただいた。農家としても収入が増えて良かっ
たが、今は休止している。
消 費 者:なぜ、休んでいるのか。
高 橋 氏: メーカー側の事情で休止しており、こちらもその繭を買ってくれない
ことには作れない。
メーカーも特徴を出せればといろいろと工夫している。シルクは織物
だけでなく化粧品や食べ物にも利用されているので、国産、できれば群
馬ブランドの繭を使って欲しい。
消 費 者:作業で一番きついのは何か。
高 橋 氏: 生活のすべてを蚕に合わせなければならないこと。5令になると、絶
え間なく給桑に追いかけられている。
4
3
絹小沢株式会社
明治6年創業の裏絹製造卸売業で、養蚕農家、製糸、製織、染加工業者と連携し
ながら群馬のオリジナルブランド生糸(「世紀二一」、「ぐんま 200」、「新小石丸」)
および普通品種の国産生糸を 100%使用した商品を開発し、日本全国の専門店・地
方卸などへ販売している。
<意見交換の概要>
絹 小 沢: 平成9年に群馬県のオリジナル蚕品種「世紀二一」を使用した裏絹を
初めて開発、発売した。以降同じく「世紀二一」を使用した紋付地、長
襦袢地、また、「ぐんま 200」、「新小石丸」、純国産生糸 100%使用の製
品を順次開発するなど、オリジナル商品の販売に力を注いでいる。
現在、日本の蚕糸絹業界は、様々な要因で存亡の危機に直面している
が、その復活を目指して、製糸、製織、染加工、流通までの、いわゆる
川上から川下までの関係業者が協力して差別化した製品開発を手がける
日本蚕糸絹業開発協同組合を、以前からものづくりに取り組んでいる当
社が中心となり昨年4月に設立した。
オリジナルブランド生糸をはじめ純国産の生糸を 100%使用し、消費
者のみなさんに安心して使ってもらえる高品質、高機能の商品づくりを
目指している。
消 費 者:御社では撥水、防水加工はするのか。
絹 小 沢: 撥水、防水加工をすると生糸が傷むのだが、消費者からのニーズがあ
り、今、7割くらいは加工している。加工すると湿気や汗を吸わなくな
り、表地を傷めるため、裏地はあまり加工しない方が良い。絹は生きて
おり、素張の裏絹の素晴らしさを知っていただきたい。
学
生:素材のこだわりを生かした新しい商品の企画はあるのか。
絹 小 沢: 当社はきものの裏絹・無地物の分野にこだわっているので、現段階で
は考えていない。
当社では扱ってないが、絹の成分であるセリシンに保湿・美肌効果が
あるため化粧品などに、また蚕の餌になる桑の木の実がジャムやワイン
などに加工されるなど多方面に利用されている。
消 費 者:裏地の良さについて消費者からの反応はどうか。
絹 小 沢: 良さについての反応は小売店からはある。なお、これまで不具合があっ
て「取り替えてくれ」というクレームは1件もない。
5
4 大学院生の意見、感想
今回参加していただいた大学院生のみなさんから建設的なご意見や感想をいただ
いたので以下に紹介したい。
○
文化女子大学大学院
山田 巧
絹は古くより各地で生産され、資源の少ないわが国においては一貫した生産が可能
となる貴重な衣料資源であるといえる。長い歴史の中で着物に始まり、技術の集積、
伝承を経て産みだされた模様・色彩・質感などから、われわれ日本人にとって「絹」
という一素材から受けている美意識の恩恵は計り知れない。綿・麻・絹・毛の 4 大天
然繊維のうち、最も日本人の感性の粋の込められた原料ではないだろうか。現在、欧
米諸国を中心に「食」・「住」を媒体として様々な日本文化が注目され始めている。
アメリカでは日本食・お茶、ヨーロッパでは日本庭園などそうであろう。しかしなが
ら、日本人の「衣」はというと、今ひとつ振るわない感が否めない。そうした日本の
衣産業の現在を垣間見ることが出来る機会として、官営富岡製糸工場のころより日本
の近代化を支え、また全国繭生産第一位の群馬県を訪れる事が出来た。現在絹産業を
取り巻く状況下で、どのような問題を抱えているかを知り、生産現場へ伺わせていた
だき、そのとき感じたことを自分なりにレポートさせてきます。
<
碓氷製糸農業協同組合 >
最初に訪れたのは碓氷製糸農業協同組合である。第 2 次大戦後化学繊維の普及など
により国内の生糸相場は暴落し、各地の製糸会社が廃業に追い込まれた。各繭の処理
に困った農協および養蚕農家を救うべく、またこの碓氷という地域の基幹作目を養蚕
として位置付けるべく設立されたという。日本国内に存在する製糸会社は 2 社あり、
その一つがこの碓氷製糸である。繊維から「糸」へ形を変える生産現場が国内でわず
か 2 社のみとなっている事実に驚く一方、廃業に追い込まれること無く現存するここ
では多くの技術やアイデアが集積されている現場なのだということを実感した。群馬
県オリジナル蚕品種「ぐんま 200」「新小石丸」「世紀二一」等の付加価値の高いブ
ランドを展開し、顧客ニーズの多様化に向けて小ロット生産を展開している。いずれ
も純国産の蚕によって作られた糸だけに、いずれも商品の展開によっては多くの付加
価値がついた、国際的競争力のある生まれる布が出来るのではないかと、大きな可能
性を感じる糸であった。
<
養蚕農家 高橋純一さん宅 >
特に衣服が最も相応すると思うが、われわれ消費者は多くの付加価値で覆われた商
品の原料・素材がどういったものであるかを意識しない。この養蚕農家で改めてそれ
を実感した。ショップで陳列されている絹製品と掌でキョロキョロしている生き物が
なかなか頭の中で繋げることが出来ず、童心に返ったように絹素材の不思議さを体験
できた。普段高価な絹製品を手にすることが少ない自分は、植物から繊維を取り出し
布・衣服が作られるという風に認識してしまう。絹製品を普及させる上で最終製品の
デザイン、ブランドイメージ、価格帯などは重要なファクターであるといえるが、自
分のようにあまり原料を意識しない消費者に対しては蚕という生き物を提示してゆ
くことも重要なことではないか、絹への関心と理解を深める効果的な手段ではないか
と感じられた。
6
<
絹小沢(株) >
養蚕農家、製糸工場から各工程を経た純国産の絹がたどり着く終着点である。群馬
県のオリジナル蚕品種 新小石丸、世紀二一、ぐんま 200 などの生糸を 100%使用した
胴裏絹、長襦袢地、紋付地、八掛地、などを展開なさっている。絹という素材が和装
の随所に浸透していることがうかがわれた。和装専門店を訪れると、和装を核とした
商品の良し悪しは、ある程度の着用経験やモノがわかる年齢が必要なのではないかと
考えさせられる。しかし、衣服という多くの要素を内含している商品よりも、純国産
絹が凝縮されたこうした和装を形成するパーツ一つ一つを実際手にすることでより
絹という製品の説得性が感じられた。
絹産業を取巻く現状として、日本人の和装離れ、産業従事者の高齢化、輸入製品と
の摩擦などの問題が横たわっている。こうした状況は絹産業のみならず、各地で展開
されている地場産業すべてに課せられた問題であり、様々な方策で取り組んでいる。
静岡県では伝統工芸職人の後継者育成、伝統工芸活性化のため、若者たちに対して県
が職人に弟子入りを仲介し、一定期間その技術を学んでもらうという、いわば徒弟制
度を導入した。これは就職ではなく、あくまで手作業によるモノづくりや技術を一定
期間で教え込むという拘束力の無いものであるものの、U ターン就職希望者や自分に
あった仕事探しを求める若者たちとのマッチングも測れるものと考えられる。事実、
この制度によって独立し、地場産業に新たな未来を描こうという若者もいた。また、
石川県の漆器産地では JAPAN ブランド育成支援事業によってデザイナーを起用し、海
外に向けて伝統漆器を展開させた。それによって古いブランドイメージを払拭させ、
再び国内で生まれ変わった漆器を展開するという、いわばブランドの逆輸入という方
策である。新たなブランドイメージを確立させ、外需へ展開することで各工程の職人
たちも奮起し、これによって新たな若者たちのモチベーションのアップにも繋がるの
ではないかと考えられる。
こうした他産業では様々な企画によって産業のブランド化や生まれ変わりが成さ
れている。今回訪れた地域においても新たな技術で開発した生糸「ネットロウシルク」
や官営富岡製糸場を世界遺産にする動きなど前向きな展開をなされていたが、それ以
外で自分が強く感じたことは地元生産地域の人々に絹を深く理解してもらう動きも
重要なのではないかということだ。繊維産業は我々の衣生活を支えるものであるが、
それら周辺に住む人々、特に子供から若者にその産業・製品に触れる機会をもっと持
つべきではないか、蚕を手にし、見てもらうべきだと強く思う。さらに絹によって作
られるモノが和装に関わるものだけに、本当にその土地で生産された絹製品を手にす
るにはいくらかの年月を要するであろうし、またかつての自分にも経験があるのだが、
生まれ育った地域を出て初めて出身地の特産に触れるという時間差が生じることが
ある。そうした若者たちの時間差を埋めるため、地場産業地域をしっかり認識しても
らうことによって、より多くの若者が地元の絹産業に関心を寄せることに繋がると考
えられる。そうした中で産業活性化に際して若者たちを巻き込み、県をあげて対策し
てゆく必要を感じた。例えば祭り、イベントでの和装体験はもちろんのこと、デザイ
ナー・大学・専門学校生徒とのコラボレーション企画、小学校・中学校レベルでの絹
織物の実習などが挙げられる。また、製品のみならず、大学におけるブランドマネー
ジメント講座、企業戦略講座の一環として地元企業・地元産業の展開策をテーマにし
7
てもらうのも有効ではないか。目に見えない各地のお客のニーズを探る一方で、将来
的に顧客にもなりうる地元地域の若者達まで取り込むことによっても様々なコラボ
レーションが生まれ、絹製品に関する直接的な需要のみならず、他ジャンルに伴う間
接的な需要にも期待出来るのではないかと考えられる。そして県外に出る若者たちは
潜在的に地場産業の広告効果ももたらしているのである。今回の私のように蚕を掌に
乗せ、絹の面白さを感じた人、そして幼少のころより絹に触れ、絹の善し悪しについ
てうるさい人たちが育てば、その分直接的あるいは間接的に低迷する絹産業を助ける
因子となりうるのではないかと思われる。
○
文化女子大学大学院 花田 朋美
数ヶ月前、夕方の TV ニュースで群馬県の試験場で取り組んだ蚕の研究について
の特集を観ました。それは、蚕が糸を吐く習性を応用し、一粒ではなく沢山の蚕を
使って様々な形の繭を作り、ランプシェードや帽子等へと展開しているもので、と
ても美しく印象的でシルクの新たな用途を期待できるものだと感じました。
私は、染めや織りに興味があり、テキスタイル加工の研究に取り組んでおります。
近年、日本各地のテキスタイル産地の厳しい現状やそれを乗り越えるための新しい
取り組みについて学ぶ機会が増えてきました。しかし、その大元である蚕糸業につ
いては今まで全く触れる機会がなく、小学生の頃にクラスで蚕を育てたことや映画
で観た糸をひく女工さんの姿しか頭に浮かんでこない状態でした。今回この研修の
お話を頂き、TV で観た研究の印象と蚕糸業という未知の領域が見学できるという期
待を胸に参加させて頂きました。
当日はあいにくの雨降りでした。高速を降り田畑の中をゆっくり過ぎると小高い
山の麓に最初の見学地である碓氷製糸農業協同組合が雨に濡れしっとりと建って
いました。建物の中では、繭から生糸が作られており、選繭→煮繭→繰糸→揚返し
→束装の作業工程を見学させて頂きました。さすがに映画で観た女工さんのシーン
はありませんでしたが、熟練した方々が手際よく選繭されている様子など印象的で
した。この碓氷製糸工場は、日本最大の製糸工場で、群馬オリジナルの蚕品種をは
じめ、県内で生産された繭を全て製糸に加工し、全国に出荷しているそうです。
更に、その繭を生産している養蚕農家も訪ねました。訪問先は、甘楽富岡蚕桑研
究会会長をされている高橋氏のお宅でした。高橋氏は、養蚕と飼育施設の有効利用
が図れる原木シイタケと水稲や野菜などを組み合わせ複合経営をされているそう
です。そして、群馬独自のオリジナル蚕品種は、県内の農家のみ飼育が許されてい
るとのことでした。今回はちょうど晩秋蚕期で、実際に蚕を飼育している現場を見
学させて頂きました。私は生まれて初めて蚕を手に乗せ、その感触を肌で感じ、蚕
の様子をじっくり観察することができました。また、甘楽富岡蚕桑研究会では自ら
生産した「ぐんま 200」の繭を使って、オリジナル絹製品の開発、販売も行ってい
るそうです。
そして、最後の訪問先は、裏絹を取り扱って 130 年という老舗の絹小沢株式会社
でした。こちらは群馬県独自のオリジナル蚕品種にこだわり、本物の着物を愛好す
る方をターゲットに「高級着物には高級裏絹を」というコンセプトの下、各種裏絹
を発売し、伝統ある群馬県の養蚕の継承と活性化の一翼を担っているとのことでし
た。
8
以上、今回見学させて頂いた3カ所は、群馬県の蚕糸業の活性化を目的とした官
民一体の取り組みを象徴する見学先でした。蚕糸業の川上から川下に至る養蚕農家
→製糸業者→生糸加工業者の各々が連携し、差別化された付加価値の高い製品を作
るために、オリジナルの蚕品種を育成し、オーナー養蚕システムを取り入れ、「ぐ
んまシルク」のブランド化に取り組んでいます。その取り組みが、結果的に商品の
履歴が分かるトレーサビリティの徹底に結びついているのだと思いました。
近年、スローライフ、エコロジカルなどの言葉をよく耳にします。効率優先の大
量生産、大量消費の時代は終わり、少量多品種が求められ、品質重視へと人々の価
値観は移行しています。従って、この様な「差別化された高付加価値商品」は必ず
や人々に受け入れられるものであると思います。しかしながら、更に発展するため
には、消費者のニーズを意識した川下の出口部分の更なる多角化が必要であると感
じます。世界に向け「ぐんまシルク」を発信するためには、日本人の美意識を反映
した洋装やインテリアへの進出が不可欠であり、ファッションクリエーターやイン
テリアデザイナー、グッツデザイナーとのコラボレーションもその一つの方法では
ないでしょうか。又、全国的な問題でもありますが、日本文化継承の面からも和装
離れ対策として、中学校や高等学校での和装体験の実施など、教育面からの取り組
みも必要ではないかと感じました。ひいてはそれが日本全国各産地の後継者育成に
もつながるのではないでしょうか。
今回この様な機会を頂き、絹は日本の文化であることを再認識することができま
した。そして、故郷を大切に思う人々の心にも感動を覚えた一日でした。
○ 文化女子大学大学院 有泉 知英子
< はじめに >
着付けを習い始めて 2 年、和服を研究テーマとして 1 年の私は、シルクに触れる
機会が増すほどにその心地よさを肌で実感し、多様な用途にもますます興味を惹か
れています。そんな時今回の意見交換会に参加できるチャンスをいただきとても楽
しみにしていました。
しかし、蚕糸絹業の現状を知ると、養蚕農家数・繭生産量、製糸工場数・生糸生
産量はいずれも縮小し、現存数も信じがたいほどわずかなのです。私たちの日常生
活の中では蚕糸絹業がそんな危機的状況であることを知る由が無く、それはおそら
く和装を含めシルク製品にそれほどなじみが無いからかもしれません。そのため、
たとえ外国産であってもそれに気づいたり意識したりする人が少ないと思われます。
そんな深刻な状況ではありながら、群馬県では県内に養蚕農家から製品開発までの
業者があり、シルク製品の川上から川下まで一貫した繋がりが持てることで、群馬
県蚕糸絹業の発展へ一体となって運営されているということをお聞きし、明るい兆
しに期待しながら到着を待ちました。
<
碓氷製糸農業組合を訪問して >
碓氷製糸農業組合に到着し、さっそく組合の方が工場のほうへ案内してください
ました。選繭の工程においては、経験者の鋭い目と慣れた手つきが印象的で、煮繭・
繰糸の工程においては、途切れることなく一定の太さで生糸にされる繭とその道具
に関心を抱きました。製糸するには、良い素材と人と道具あって、はじめて美しい
9
生糸が生まれるのだと感じました。しかし日本にはもうわずか二軒のみ。ほんの数
十年前までは日本の支えとなる産業のひとつであったことを思うと、本当に残念な
気持ちと、どうか続けて欲しいという気持ちでなりませんでした。
お話によると、群馬県オリジナル蚕品種を開発しブランド化を図った背景には、
外国からの安い生糸や絹織物が入るようになり、繭の品質の上で差別化が必要とな
ったため海外には真似できない品種を開発されたということです。それらは蚕業試
験場と協力できる体制があり、そしてより優れた品種ができないかという強い想い
があったからこそ成功されたのだと思います。さらには多品種小ロットが求められ
る現在、川下からの細かい要望が直接届くつながりは良いものをつくるには必須と
なると感じました。
<
養蚕農家を訪問して >
次に養蚕農家を経営する高橋純一さんのお話を伺いました。養蚕農家は通常、蚕
と他の作物を平行しているようですが養蚕農家の減少と後継者問題には頭を悩ませ
ている様子でした。その話しを聞きながらふと、近年農業に目覚める方が幅広い年
齢において増えているので、きっかけさえあれば養蚕に興味を持つ人が出てくるの
ではないかと、浅はかではありますが期待してしまいました。
つづいて実際に飼育施設に入ることが出来、桑の葉の上をはう蚕を手に乗せると、
小さい頃に蚕を育てた私自身の記憶がよみがえりました。背を反らしつつ動く蚕の
様子はとてもかわいく、しかもほとんど臭いも害もないのです。蚕が糸を吐き繭に
なるその神秘的な変化を体験する機会を持つことは衣服のもととなる素材のルーツ
を理解する上でも、自然を大切にしようとする心を育てる上でも良い教材に成りえ
るはずです。
<
絹小沢(株)を訪問して >
群馬県内の養蚕農家で生産した繭を使用し、高品質へのこだわりと付加価値の高
い製品作りに対する誇りと熱意を感じました。そしてトレーサビリティーを実現さ
れていることからも、消費者からの安心・安全さらに信頼を得ることを大切になさっ
ている様子も伝わってきます。また、シルクの新しい可能性にも注目され、いろい
ろなアイディアで利用の幅を広げ、まだまだシルクの潜在的な可能性を追求されて
いる姿勢に私自身の興味もひかれました。例えば、シルクそのものを利用した商品
だけでなく、着物の保存に関しても注目され、ウコンの防虫効果を利用した紙を開
発されたそうです。和箪笥がなく困っていた私にとっては試してみたいという気に
させられました。そして、古い文化や先人の知恵に学び、現代に活かそうとなさっ
ていることに共感を覚え、自然環境を無視して生活できないこれからの人と環境と
の関わりにおいて、このような視点でものづくりをされることこそ今後主流になっ
て欲しい産業形態ではないかと思います。
< 全体の中で >
良い蚕を育てるには適した環境(水・空気・土壌)が必要。
良い生糸にするには経験のある人の手・目と道具が必要。
良いモノを生み出すには人のアイディアとそれを伝えるデザイン能力が必要。
この関係は互いに連鎖しあい、単にモノだけではなく、気持ちや心意気をも連動
されることが今回の訪問で気づかされました。群馬県のように、各業者が一体とな
10
って地域ごとの特徴を活かしながら、日本のシルク産業を盛り上げようとする試み
が県の枠を越えていって欲しいと願う次第です。
そしてその先にあるのは、シルクの良さがわかる消費者の存在。しかしシルクに
対する消費者教育も必要ではないかという声も耳にします。教育といっても感じる
事が大切だと思うので、そのひとつの対策としては、着ることで感じる和服の復興
が挙げられます。ここ数年で、急激にお店も雑誌への掲載も増え、休日に和服でお
出かけする人も見かけます。私自身着物に袖を通すようになって和服の美的感覚も
着用した時の動きも心地良いのですが、ただひとつ懸念してしまうのは着付けの決
まりごとの多さです。本来、日常着としての和服は自由に緩やかに着付けられてい
たにもかかわらず、現在は着方の手本が静的美に囚われている感があります。従来
のように着物を自由に、自分らしく着る風潮をつくり上げるのも和服復興の近道か
もしれません。
<
最後に >
材料から製品まで安価なものが自由に輸入される時代、日本は日本らしさ、日本
人らしさを活かすことこそ、これからの世界における最大の強みだと思います。ど
の国においてもそれぞれ得意とするものや環境にあった産業、その地ならではの文
化があり、そこに優劣の評価は存在し得ないはずです。グローバル化される中で、
各国が同じものを競い作りだすのではなく、その地域ならではのものを生産し、消
費者が用途に応じて選べる時代になってくるのではないでしょうか。地域色豊かで
質にこだわる日本の産業。今後さらなる発展と、日本のシルクの潜在的可能性に期
待します。
○
文化女子大学大学院 小野 泰代
高層ビルが建ち並ぶ東京を抜け、高速を降りると長閑な自然が広がる安中市に着
いた。天気が良ければ澄んだ空気が味わえたと思うと少し残念だった。
始めに碓氷製糸農業協同組合にて、繭から生糸を繰糸する製糸工場の生産工程の
見学をした。農家から集められた繭を選繭し、煮繭、繰糸、揚返し、チーズ巻、仕
上げ、保管までの工程をゆっくり見学することができた。世紀 21、ぐんま 200 より
もひとまわり小さく、繊細な小石丸は、弱い力で繰糸しなければ糸が切れてしまう
ことや、その他の繭の特徴などを知った。意見交換会では、協同組合の方から設立
の経緯を伺い、蚕糸業の現状を把握することができた。蚕糸業と絹製品製造業が交
流を図り、製品開発などの様々な取り組みが成されていることは、あまり知られて
いない事実であり、多くの人に「ぐんまシルク」の美しさを知ってもらいたいと思
った。
続いて、養蚕農家にて蚕の飼育状況の見学をした。見学時期は、8 月掃き立ての
晩秋蚕期で、3 センチほどの蚕が飼育されていた。絶えず桑の葉を食べていて、カ
サカサと小さな音を立てていた。外は雨で、9 月中旬にもかかわらず肌寒かったが、
ハウスの中は暖かく、蚕が育ちやすい環境に設定されていた。
群馬県では、小学校の生徒達が蚕を育てていることを伺った。卵から成虫になる
までの過程を観察することにより、愛着がわき、より身近に感じられる良い取り組
みだと感じた。私も、小学生の頃、昆虫好きな担任の先生に勧められ、雄の羽に黒
い斑点があるアサギマダラという蝶々を飼育していた。幼虫があまり得意ではなか
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ったが、卵から孵化した幼虫が日を追うごとに大きくなり、鮮やかな黄緑色をした
蛹、そして美しい蝶々になる過程を、幼虫の大きさ、食べた葉の形状、気温などを
丁寧に観察し、日記にしたことは良い思い出である。蝶々の美しさは、羽の模様に
特徴がある成虫だが、蚕の美しさは、蛹化した繭だと思う。また、蝶々は標本した
後は観賞するのみだが、蚕は繭をつくりあげた後、糸を引き出し生糸に変身、美し
い着物になるという点において大変魅力的だと思う。
小学校時代の思い出は、その後の人生設計に影響を与える大切な時期である。今
後、蚕糸業に直接関わるかどうかにかかわらず、伝統ある蚕糸業が残る群馬を誇り
に思うとともに、その後の人生で出会う人に、故郷の特徴を説明できるような知識
を持つことが重要であると感じた。
最後に、絹小沢(株)にて、国産ブランド製品の開発などの説明を受け、胴裏絹が
出来上がるまでの工程を見学した。養蚕業は農業従事者の高齢化、低収益性、安価
な外国製品の輸入などの理由により、農家数及び繭生産量の減少が現状であること
を伺った。和装文化から洋装文化へと生活様式の変化により生糸需要の減少が見ら
れる。絹需要の減退に歯止めをかけ、蚕糸業を活性化させるためには、業界内の活
動だけでなく、幅広い分野の専門家が手を取り合い、アピールしていくことが必要
であると感じた。現代は洋装社会、効率化社会であるが、着物が好きな人、伝統工
芸が好きな人は沢山いる。このように、伝統品に対し思いがあるが、実際には行動
に起こさない人々を消費者としてどのように取り込むかが今後の課題であると思う。
一方、イタリアやフランスでは、シルクのスカーフが有名である。着物以外の分
野においても、日本発の有名ブランドとの提携により、日本独自のデザイン性の高
い製品を作ることで、
「ぐんまシルク」の知名度の向上、価値の向上ができるのでは
ないかと考える。
また、私の実家がある浜松では、高級シャツ地などに代表される広幅織物、注染
ゆかたや遠州縞等の小幅織物産業が盛んである。そこで、人材育成と浜松の地場産
業振興を目的として「浜松シティファッションコンペ」というデザインコンテスト
が開催され、デザイナーを目指す若手のクリエーターが多数参加している。このコ
ンペは、浜松地域の綿関連素材を使用することが特徴である。地域の産業に特化し
たイベントを開催することで、日本独自の優れた生糸、染色、織物技術などの伝統
に新たな息を吹き込むことができ、若手クリエーターは、活躍の場を見つけ出すこ
とができるという点で、両者に利点がある。まだまだ勉強不足で、自分の考えを挙
げるだけになってしまったが、今後、様々な話題性のある活動により日本の絹事業
が発展することを期待している。
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