...

第1 話完全版 - 凸版印刷株式会社

by user

on
Category: Documents
13

views

Report

Comments

Transcript

第1 話完全版 - 凸版印刷株式会社
クリエーターズファイル
vol.38 Aug.10, 2007
No.
言 葉を伝えるデザイン
タイポグラフィの豊かな世界
=
のんびりと
〝アドリブ〟
的に育った少年時代
出身は愛知県の豊橋市。そこに二十歳までいま
した。小さい頃から図画・工作は好きだったけれ
ど、美術部に入って活動するほどでもなかったし、
絵を描くということが職業の選択肢のひとつにつ
ながる発想自体が頭にありませんでした。
高校時代はバンド活動に熱中していて、2つ3
つのバンドのドラムをかけもちしていました。メ
インのバンドは一応、東三河地区では一番うまい
高校生バンドと言われていたんです︵笑︶
。
でも、だからといってそっちの方面でやってい
こうという考えもなく、単に楽しいからやってい
た⋮のんびりしていたんですね。
ただ、当時からジャズやギターミュージックを
聴いていたので、ECMレーベルのシンプルで端
正なジャケットをかっこいいなあと思ってはいま
した。それは今の嗜好に通じているかもしれませ
んね。
進 路 の 選 択 を し な け れ ば な ら な く な っ た 時 に、
父親から﹁絵が好きなんだったらデザインとかイ
ラストレーションという世界もあるぞ﹂と言われ
て、初めてそういう職業もあるのかと知ったくら
い、何も知りませんでした。
目にしていたけれど、それは別世界のもので自分
デ ザ イ ン に つ い て は 横 尾 忠 則 さ ん な ど、 メ
ジャーな人の仕事はレコード・ジャケットなどで
とは関係ないと思っていたほどです。
それでデザイン学校に入ってみたら、ノートに
絵を描いたり、タイトルの文字を明朝やゴシック
© 2 0 0 7 T O P PA N / G A C
G A i n f o . / C R E AT O R ' S F I L E v o l . 3 8 A u g . 1 0 , 2 0 0 7
1
「タイポグラフィの広大な沃野へ」
第1話
Y O S H I H I S A
S H I R A I
白井敬尚
biz.toppan.co.jp/gainfo
19
C R E ATO R ' S F I L E
しらいよしひさ
グラフィックデザイナー
1961 年愛知県生まれ。株式会社正方形、正方形グラフィックスを経て、98 年白井敬尚形成事務所を設立。
主にタイポグラフィを中心としたデザインに従事している。主な仕事に、朗文堂『タイポグラフィの領域』
『書物と活字』
『ふたりのチヒョルト』『欧文書体百花事典』、大日本印刷『秀英体研究』
、青土社『ユリイカ』
、誠文堂新光社『アイデア』など。
武蔵野美術大学、京都造形芸術大学、東洋美術学校非常勤講師。タイポグラフィ学会会員。
ブックデザインや雑誌のデザインをはじめ、タイポグラフィを中心としたデザイン分野で活躍する白井敬
尚氏。タイポグラフィ史の研究にも積極的に取り組み、美術大学でデザイン教育に携わるなど、多角的な
活動を続けているが、その起点には常にタイポグラフィへの熱い情熱があった。白井氏のタイポグラフィ
との衝撃的な出会いを軸に、グラフィックデザイナーとしての歩みを追った。
で描いたりと、それまで小・中・高の頃に授業中
基礎から理解するところから始めるべきだ、とい
ですから、その時点でも、職能としてデザイン
を考えるというよりも、自分としては楽しく遊ん
なとカタカナ、それに漢字を、骨格がきちっと書
ければダメでした。そこで国語のノートにひらが
いてびっくりしました。
でいたことが授業や課題になるなんて、なんて素
になったら明朝体、その次はゴシック体と、文字
けるようになるまで練習して、それができるよう
そ れ ま で タ イ ポ グ ラ フ ィ と は、 デ ザ イ ン の 一
部だと思っていたのが、その本を見るとレタース
に出会いました。
シュミットさんの﹃タイポグラフィ・トゥデイ﹄
宮崎さんに言われるままにタイポグラフィの勉
強をはじめて、1年ほど経った頃、ヘルムート・
タイポグラフィへの覚醒
いきました。
つ活字や組版への興味が引き出され、顕在化して
おのずと書体も覚えました。そんな感じで少しず
やりはじめるとそれはそれで楽しかったんです
ね。写植の見本帳もひんぱんに見るようになって、
数表を片手に夢中になって指定を書いたり⋮。
と、課題を出されたりもしました。家に帰って級
ピーを渡され﹁これの組版指定を書いてきなさい﹂
それから杉浦康平さんの手がけた﹃銀花﹄や工
作舎の﹃遊﹄など、組版の複雑な冊子や書籍のコ
覚で続けていました。
の一環だと思って、学校の課題の延長のような感
を書く練習を課せられました。仕事に必要な訓練
ん で す 。 同 級 生 で 課 題 を サ ボ っ て る 人 が い る と、
当時は手描きの時代の最末期でしたから、ラフ
を作るにも最低限、明朝体とゴシック体が書けな
う考えをされる方だったのです。
執筆・編集:組版工学研究会
に遊んでいたようなことの延長が、課題になって
『本明朝-Book』
(書体見本帳)
リョービイマジクス
2004 年
晴らしいんだろうと思って、ひたすら楽しかった
なぜ?と不思議に思うくらい楽しかったですね。
卒業後は先生の知人に紹介されて大阪のデザイ
ン 会 社 に 入 る こ と に な り ま し た 。 そ の 時 で す ら、
面接の具合からなんとなく採ってくれそうだと感
知し、その帰路になって﹁あ、大阪に就職という
ことは、僕は家を出るんだ﹂と気づいたくらいの
んびりしていて︵笑︶
。好きなジャズにならって
いうなら、テーマのないアドリブのように過ごし
ていたというか⋮。
上司の
〝誘導〟
でタイポグラフィと出会う
会社に入って直属の上司になった宮崎利一さん
という方が、タイポグラフィ研究家でもありタイ
プデザイナーだった佐藤敬之輔先生の最晩年のス
タッフだった方でした。
宮崎さんとの出会いは大きかったですね。最初
から﹁君はタイポグラフィがどういうものか知っ
ているか﹂と、何も知らなかった僕に手取り足取
り初歩から叩き込んでくれました。
宮崎さんは印刷物には必ず文字活字があるのだ
から、グラフィックデザインはタイポグラフィを
© 2 0 0 7 T O P PA N / G A C
G A i n f o . / C R E AT O R ' S F I L E v o l . 3 8 A u g . 1 0 , 2 0 0 7
2
第1話
白井敬尚
no.19
ペースの調整から行の組み方まで、デザインに関
する視覚コントロールのあらゆることが展開され
ていたのです。
活字だけでこんなことができるなんて本当にす
ごいと、震えるほどの感動を覚えました。こうい
うことがやりたい、こういうものが作れるデザイ
ナーになりたいと心から思いました。この時の衝
動が今の僕につながっているんですね。
この感激を宮崎さんに話したら、うれしそうに、
そういうことならと、またいろいろな資料を見せ
てくれたりして、さらに興味の度合いが深まって
い っ た の で す。 し か し わ か っ て く れ ば く る ほ ど、
さらにわからないことが増えていって⋮。
これを理解するにはどうしたらいいのかという
ことから、一般の書店では手に入らないデザイン
関連の洋書を買ったり、古書店巡りをして文献を
ようになりました。
集めたりと、給料のほとんどを資料購入に充てる
今でもデザインに関する書籍や雑誌は高価です
が、 当 時 も 今 と 変 わ ら な い く ら い の 単 価 で し た。
だから当時の給料で1万円のデザイン書を買うと、
相当きついんですね。
でも宮崎さんは﹁自分の職業のためにお金を使
わないでどうするんだ﹂という方でしたし、自分
でもそれはそうだなと思っていました。とにかく
タイポグラフィを学びたい、理解したいという気
持ちばかりが先行していました。
当 時、 仕 事 で は S P︵ セ ー ル ス プ ロ モ ー シ ョ
ン︶ものを数多く手がけていました。アシックス
のキャンペーンツールやリーフレット、カタログ
などのデザインです。書籍組版のタイポグラフィ
© 2 0 0 7 T O P PA N / G A C
G A i n f o . / C R E AT O R ' S F I L E v o l . 3 8 A u g . 1 0 , 2 0 0 7
3
第1話
白井敬尚
no.19
『イヴ叢書』
ギャラリー・イヴ 2000 ∼2007 年 展覧会の開催に合わせて刊行された画文集。白井氏の造本が作品とテキストをひとつにし、独特の世界観をつくり出している
という自分の興味領域とは少し違う分野の仕事を
していたのです。
カタログは限られた紙面の中に膨大な数の商品
を掲載し、しかも品番、品名、価格、サイズ、カ
ラーなど多種多様な情報を整理して載せなければ
なりません。
ユーザーやディーラーが使いやすいようにする
には、組版で情報に優先順位をつけてやるしかな
いわけです。
商品スペックひとつ組むにしても、同じ書体で
ボールドからライトまでのウエイトで濃度差によ
る強弱をつければ、単に文字サイズを大きくしな
くても解決できるとか、飾りではない機能として
の罫線の使い方とか、いくつもスペック組みのパ
ターンを作って、試行錯誤を重ねていました。
そういうことは今の仕事にも生きているし、制
約だらけの実践の中でしか学べないことだと思い
ます。
当時、写植は高価なものでした。けれどずいぶ
んと試し打ちをさせてもらいました。そういうこ
とを許してもらえたことには感謝しています。
タイポグラフィを巡る人々との交流
入社して3年目くらいのある日、東京でのタイ
ポグラフィ協会の会合から帰ってきた宮崎さんが
﹁スイスタイポグラフィをきちんと論理的に説明
でき、実践している新島実という人に会った﹂と
語ってくれたことがありました。
そこで、僕も東京出張の折に新島さんに会いに
行ってみたのです。
そうしたらスイスタイポグラフィというのはこ
う い う こ と な ん だ、 と 詳 し く 話 し て い た だ い て、
方法論から何から、想像していたものとはまった
く違うことに衝撃を受けました。それからは東京
出張のたびに新島さんにお会いし、その都度刺激
を受けました。
そ れ と は 違 う 流 れ で、 タ イ ポ グ ラ フ ィ を 専 門
に扱っている出版社であり組版会社の朗文堂の書
体見本帳を入手したいと思い、新宿の朗文堂まで
い っ て み ま し た。 そ こ で 片 塩 二 朗 さ ん に 出 会 い、
以後 年以上にわたって親しくお付き合いさせて
東京に行けば書籍の仕事があり、もっとタイポ
のです。
念ながら大阪には出版の仕事はほとんどなかった
を手がけたいと思うようになりました。でも、残
ポグラフィの中核に近づくため、書籍のデザイン
てきた。今思えば本末転倒なんですが、よりタイ
そうしているうちに、もっとタイポグラフィを
自分なりに突き詰めたいという気持ちが強くなっ
在が大きくなっていきました。
ごさは知れば知るほどに深くて、日増しにその存
いろいろと話してくれていました。清原さんのす
また、宮崎さんがかねてより清原悦志という人
の仕事をとても高く評価されていて、折に触れて
んとなく入ることになったのです。
フィを定着させていこうという人たちの輪に、な
視覚コントロールをきちっと行なうタイポグラ
こうした東京での出会いを通じてスイスタイポ
グラフィ、いわゆる近代造形の考え方に基づいた、
いただくようになりました。
20
© 2 0 0 7 T O P PA N / G A C
G A i n f o . / C R E AT O R ' S F I L E v o l . 3 8 A u g . 1 0 , 2 0 0 7
4
第1話
白井敬尚
no.19
『ASICS TIGER THE
SPORTS SHOES BOOK
IN 1986』
アシックスコーポレーション
大阪時代に手掛けたカタ
ログ。スペックやコピーな
ど、膨大な文字情報を組版
を駆使してデザインした
グラフィを追究できるだろう⋮そんな思いは日に
日に強くなり、ついに東京行きを決意することに
なったのです。
清原悦志氏との出会い、そして東京へ
東京に行くのなら、やはり清原悦志さんが主宰
されていた事務所﹁正方形﹂だと、勝手に決めて
いました。面識も伝手もなかったのですが、とも
かく話だけでも聞かせてくださいということでア
ポを取って。
その時に、自分の仕事といえばカタログなどの
SPツールばかりだったので、組版をしたものも
見てもらわなければと思い、レコードのライナー
ノーツを自分なりに組版し印刷したものを持って
いきました。
そういうものを見ていただいた後、﹁事務所に
入れていただけませんか﹂と話したら、本当に僕
は運が良いというか、人との出会いに恵まれてい
るというか、その場で快諾していただいて﹁正方
形﹂に入社することになりました。
ずっとお世話になっていた宮崎さんには申し訳
ないなという気持ちがありました。だから宮崎さ
んが﹁ここに行くのならしょうがない﹂と納得し
て く だ さ る と こ ろ で な い と、 と 考 え て い た の で、
覚えています。
清原さんのところに決まって、ホッとしたことを
の時でした。
© 2 0 0 7 T O P PA N / G A C
G A i n f o . / C R E AT O R ' S F I L E v o l . 3 8 A u g . 1 0 , 2 0 0 7
5
そんなことで6年間お世話になった宮崎さんの
もとを離れ、上京して﹁正方形﹂で仕事をする生
活が始まったのです。
26
第1話
白井敬尚
no.19
「正方形」での面接に持ち込んだ自作のライナーノーツ
C R E AT O R ' S F I L E vol.38
2007年8月10日発行
発行
凸版印刷株式会社
東京都千代田区神田和泉町1番地
〒101-0024
http://www.toppan.co.jp
発行責任者
久保田秀明
企画・編集・制作
凸版印刷株式会社 GAC
TEL.03-5840-4058
http://biz.toppan.co.jp/gainfo
取材:福田大 菊池巨 野崎優彦 西村広(撮影)
文:野崎優彦
編集:福田大 菊池巨 野崎優彦
デザイン:福田大
interview:2007.3
Fly UP