...

別冊若年脳損傷者のリハビリテーションに関するワーキング

by user

on
Category: Documents
24

views

Report

Comments

Transcript

別冊若年脳損傷者のリハビリテーションに関するワーキング
【別冊】
若年脳損傷者のリハビリテーション
に関するワーキンググループ
中間報告
目次
第一部.若年脳損傷者の存在
Ⅰ.2006年長野県「脳損傷による後遺障害実態調査」
1.調査にいたる背景
2.調査の趣旨
3.調査の概要
Ⅱ.脳損傷による後遺障害
1.生活支障として実感されている障害(該当障害感)
2.重複した状態
① 点描図の考え方
② 全体点描図 (マザーチャート)
③ 有用性
3.介護者にとっての主訴
4.植物症からのリハビリテーション
① 当初の診断と調査回答時の障害現況
② 植物症 − 植物状態、遷延性意識障害との区別
Ⅲ.若年脳損傷者
1.若年脳損傷者
2.若年脳損傷者の抽出
3.若年脳損傷者の概要 −4群間の比較
① 居所別
② 年齢構成
③ 主な介護者
④ 発症原因
⑤ 該当障害感
⑥ 障害状態
⑦ 点描図による比較
Ⅳ.探し出し、復権させよ(訪問調査)
1.訪問調査を希望した者
第二部.若年脳損傷者のリハビリテーション
Ⅰ.復権に向けて
1.復権としてのリハビリテーション
2.若年脳損傷者のリハビリテーションに関するワーキンググループ
① 基本方針
② 検証の経過(中間報告)
Ⅱ.制度間格差
1.「障害(者)」の定義と重複した障害
1
2.「先天性/後天性」の格差
3.県障害者総合リハビリテーションセンターによる支援状況
① 概要
② 運営実績(H22 年度)
③ 高次脳機能障害者への訓練・支援 −ふるさと社−
④ 若年脳損傷者の利用状況
4.医療福祉の連携―若年患者の不利益
5.医療と介護の連携
① 長野県『医療と介護の連携マニュアル』
② 地域支援ネットワーク
6.居宅事業所から見る「実質格差」
7.難病特別対策推進事業 (重症難病患者入院施設確保事業)
① 相談・支援センター
② 信大病院難病診療センター・訪問診療部門
8.障害者自立支援法に基づく指定療養介護事業
Ⅲ.回復の過程
1.調査結果より
2.重症脳損傷者の発生率と転帰
3.医療機関における若年脳損傷者
4.「長期にわたる回復」具体事例
A.遷延性植物状態から長期に渡って回復を見せている重症脳挫傷の一例
B.受傷後約3年間の意識障害の遷延後に
植物症からの脱却がみられた頭部外傷の若年症例
C.発症後16年、植物症からのリハビリテーション途上にある、低酸素脳症の症例
5.自動車事故対策機構療護センター
6.リハビリテーション 全 置
第三部.新しい枠組み
Ⅰ.時代の要請
1.救命困難・回復不能を越えて
2.社会的障壁
Ⅱ.現在の必要
1.基本的な法整備―新しい酒は新しい革袋に盛れ
2.その間に
3.国への提言に向けて
(附) 委員名簿
2
第一部.若年脳損傷者の存在
Ⅰ.2006年長野県「脳損傷による後遺障害実態調査」
1.調査にいたる背景
脳損傷患者が救命救急後、どのような転帰をたどり、どのような現況にあるか、全体としての状況
は不明である。
その理由として、医療福祉制度内にある次のような区別の影響が挙げられる。
【発症・受傷】
①
②
③
④
⑤
⑥
変性疾患
脳血管障害
中毒・低酸素
腫瘍性疾患
感染性疾患
外傷性疾患
【医療】
【福祉】
児童福祉法
介護保険法
急性期
回復期
維持期
身体障害者福祉法
精神保健福祉法
第一は、発症原因による区別である。
脳を損傷する原因は「8割が脳血管障害・1割が脳外傷・1割がそれ以外」だと言われている。この
ためデータバンク・ネットワーク・地域連携事業も、8割をしめる脳卒中患者のみが対象とされてい
ることが多い。また、自動車事故による脳損傷者は、自動車事故対策機構の事業対象となり、他と
区別して援護体系が組み立てられている。
第二は、年齢による区別である。
児童福祉法による援護は、18歳未満での発症や認定に限定される。例えば17歳で自動車事故に
より脳損傷した者と、18歳でのそれとは、行政的な支援体系が別である。その一方で、18歳まで
の発症であれば、先天性疾患と後天的な脳損傷とが区別されない。また、介護保険法の適用は原
則65歳以上だが、脳血管疾患など特定疾病の場合のみ40歳からとなる。
第三は、現出の症状による区別である。
身体障害の認定は身体障害者福祉法別表の範囲に限られる。精神障害の認定は精神保健福祉
法第5条の範囲に限られる。実際の生活支障があっても、行政的には「障害」と認定されない症状
がある。また、両福祉法にまたがる重複した障害を持つ者については規定自体がない。
第四は医療機能による区別である。
現出の症状による診療科の別に加え、病棟機能の分化が進められていることから、患者全員が必
ずしも「急性期・回復期・維持期」の全区分を経過しない。
以上のようなことから、発症原因や障害名、診療時期を限定した実態は部分的に把握されてい
るものの、脳損傷患者の全体は実数調査すら実施されたことがない。特に、介護保険法の適用や
児童福祉法による援護対象から外れる若年患者のフローは、ほとんど不明である。
一方、若い脳損傷患者をめぐっては、2001年に国の高次脳機能障害支援モデル事業が開始
3
されたことを契機に、2003年には日本意識障害学会(1992年設立)の脳神経外科医らを中心に、
広い範囲の脳障害者(植物状態、植物症、高次脳機能障害等)を対象とした「意識障害を考える
会」が発足するなど、これを支援しようとする機運が次第に高まってきた。
県内でも2004年、脳損傷による後遺障害を持つ若年者に対する支援の要請が、関係団体から
県に対してなされた。しかし、前述のように脳損傷患者の全体状況は不明である。支援対象と目さ
れる者の概数さえ判然としないことから、支援の前段として、「原因を限定しない、診療科や病棟機
能を選定しない、現在の障害名や適用されている制度を指定しない」、ある程度に全体状況を把
握し得る調査の実施が必要となった。
2.調査の趣旨
全体の状況が不明である以上、回答されてくる介護者の実感を尊重し、それを基に、脳損傷に
よる後遺障害がどのようなものであるかを把握して問題を構造化していく手法を取らざるを得ない。
以下に紹介する、第一回調査推進会議における鹿教湯三才山リハビリテーションセンター長・小林
俊夫氏(当時)による「調査対象者を理解するために」と題した基調講演が、調査の趣旨と意義をよ
く伝えている。
『……従来の発想では、医者と行政が懇談会を作り、調べやすいように行政や医学からの定義
をすることが普通でした。しかし今回の調査には、脳の損傷によって困っていることを《全部》調べ
てみようという、困っている人々の立場から出てきた論理があります。
……植物状態と高次脳機能障害の間にある、いろいろな状態が《全部》入ってきます。八ヶ岳の
北端にある蓼科山が植物状態、南端の阿弥陀岳が高次脳機能障害だとすると、そのベースには
「脳損傷」といったものがある。それを《全部》見ましょうということです。植物症や高次脳機能障害の
調査がわかりやすいのは、定義を決めた単独登山だからです。しかし、2つの間には沢山の峰が
あり、状態による種分けが難しい。今回の「若年(介護保険適用前)の、後天的な脳の損傷によって
障害が残っている人」に該当する方は沢山あるはずです。それを《全部》含めます。
……水俣病の発生から50年。今問題になっているのは認定基準です。医者が定義をして、「こ
れに該当した人が水俣病である。それ以外は水俣病患者ではない」としたものですが、実際には、
認定されなかった方々が非常に大きな問題であると、今も言われています。定義するということは、
逆に言えば漏れる人が出てくる形になります。
……今回の調査は、脳の後天的な損傷によって困っていることを、とにかく《全部》調べてみよう
という熱意から始まったものです。「これでいいのだ」と強く主張しておきたいと思います。その面に
おいて非常に画期的な調査であるし、そうしなければ、脳の損傷によって起きた障害を持つ人々
に、支援の手を伸べることができないだろうと。調べた後で整理をすればよいこともあるではないか
と。』
4
3.調査の概要
【調査目的】
脳損傷による後遺障害者の実態やニーズを的確に把握し、今後の支援策の検討に資する。
【調査対象】 長野県内に住所を有する「脳損傷による後遺障害者」
【対象者定義】
後天的な事由により脳を損傷し、何らかの障害を後遺している者
【調査時期】
平成 18 年3月20日から平成 18 年9月20日まで
(平成 18 年5月31日までの当初の調査期間を延長して実施)
回収後、訪問調査(希望者のみ)を平成 19 年3月22日まで実施
【調査事項】
(1) 基本情報(年齢、発症年月日、発症原因、居所、日常生活動作等)
(2) 日中活動の状況
(5) 在宅移行時の支援
(8) 公的支援の状況
(3) 通所施設の利用状況
(4) 復学・復職の状況
(6) 在宅医療の利用状況
(9) 情報・相談の状況
(7) 居宅サービスの利用状況
(10) 介護者への支援の状況
【調査方法】
x 長野県内の病院、福祉施設、介護保険制度による指定居宅介護支援事業所、障害者自
立支援制度による指定介護事業所、市町村、特別支援学校、地方事務所福祉課、保健所
等に調査票を配布して、該当者への配布を依頼。
x 全病院を訪問し ICD10コードからのカルテ検索を依頼。
x 関係者の会議、研修会等での調査協力依頼と調査票の配布。
x 調査票は、専用返信用封筒により長野県へ郵送により回収。回収した調査票のうち、訪問
調査を希望する者については、若年脳損傷者支援チーム及び地方事務所福祉課、保健
所が分担して訪問調査を実施。
【調査実施・集計機関】
長野県若年脳損傷支援チーム(事務局:長野県社会部地域福祉課)
支援チームは、長野県社会部、衛生部、生活環境部、教育委員会の関係課で構成
【最終回答者数 】
700名
【備考】
・ 2006年7月、第15回意識障害学会・サテライトシンポジウムにおいて中間経過を発表。
・ 2007年10月、支援チームによる一次集計結果の発表報告。
・ 以後、作業中断。
本ワーキンググループでは、「若年脳損傷者への支援を目的とした」当初の趣旨に立ちかえり、
あらためて調査データを詳細に分析し考察するものである。
5
Ⅱ.脳損傷による後遺障害
1.生活支障として実感されている障害(該当障害感)
『制度の谷間にある』との訴えを言い換えれば、現にある症状が既存の支援カテゴリーに合致せ
ず困っているということである。したがって、問題を構造化し支援のあり方を検討していく基礎は、
脳損傷による後遺障害が「介護者にどのように実感されているか」を把握することにある。
調査項目【問17】該当すると思われる障害名すべてを選択
1.遷延性意識障害
4.知的障害
6.重症心身障害
遷延性意識障害
身 体 障 害
3.身体障害
2.高次脳機能障害
5.精神障害
7.その他
高次脳機能障害
いずれも、医学や法制度上の定義に合致するか否か
知的障害
ではなく、「意識がハッキリしない、身体に不都合がある、
メンタルな問題」等、生活支障としての障害を、
重症心身障害
精神障害
どう感じているかを問うたものである。
回答総数に対する各障害名の比率を表示すると上図のようになる。
身体障害のみを回答している167名(24%)等を含みつつも、介護者にとって脳損傷による後遺
障害が、「意識・認知機能の障害」と「身体機能の障害」が重複した状態 として実感されていること
がわかる。
2.重複した状態
脳損傷による後遺障害が、「意識・認知機能の障害」と「身体機能の障害」が重複した状態として
実感されているのであれば、これを強引に一直線上の「重度/軽度」に並べ、分類することは適当
ではない。
そこで、本ワーキンググループでは、若年脳損傷者ネットワーク(植物症からのリハビリテーショ
ンを啓発し、若年脳損傷者にかかわる法制度の改善に取り組んでいる任意団体)が、2006 年の長
野県「脳損傷による後遺障害実態調査」を基に作成した全体点描図(マザーチャート)による分析
を引用することとした。
ちなみに国連は「障害者の権利宣言(1975 年)」で、障害者を『先天的か否かにかかわらず、身体
的又は精神的能力の不全のために、通常の個人又は社会生活に必要なことを確保することが、自分
自身では完全に又は部分的にできない人』と定義している。
6
① 点描図の考え方
x 【問 12】 A・意識コミュニケーション、F・行動への回
答より、意識・認知機能の障害程度を 8段階に整理。
これを横軸の位置とする。
x 【問 12】 B・運動機能、C・食餌、D・排泄 への回答
より、身体機能の障害程度を 8段階に整理。
これを縦軸の位置とする。
・ 交点位置を「脳損傷による後遺障害の現況」とする。
② 全体点描図 (マザーチャート)
調査回答者700名のうち、障害現況を表示することができた者は687名である。
調査が、「原因を限定せず、診療科や病棟機能を選定せず、現在の障害名や適用されている制
度を指定せず」、脳損傷による後遺障害の全体状況把握を目的に実施されたことから、これを全
体集合と考えるべく、マザーチャート(Mother Chart)と名づけたものである。
ここには、おおむね次の状態が含まれている。
・植物症 ・・・遷延性植物状態、及び最少意識状態
・認知機能の障害全般、身体の麻痺、及び両者を重複しているもの
・脳脊髄液減少症、軽度外傷性脳損傷(MTBI)の疑いあるもの
【便宜上、それぞれおおよその状態を4段階で付記した】
↑
身体機能の障害
↓
←
意識・認知機能の障害
→
③ 有用性
マザーチャートにより視覚的に理解できることは、脳損傷による後遺障害が、特定の障害名に
よる大きな枠組みで明確に区別されているものではなく、段階的に小さな差を持ちながら、広く
分布しているという当然の事実である。回復経過もまた時間をかけた段階的な小さな移行の繰り
返しとなるであろう。脳損傷後の障害現況とは、発症から現在までの回復経過の位置でもある。
介護者が「ここまで回復してきた」という実感を持っていることは、看過できない重要事である。
7
また、これまで原因や年齢別に位置づけられてきた各グループも、それぞれをマザーチャー
ト状の分布として比較すれば、脳損傷による後遺障害者として「同じような困り方で、同じような支
援を必要としている」ことが明らかとなる。 ― Ⅲ−2参照
さらに、本ワーキンググループにとって最も大きな利点は、議論の対象者や対象範囲を明確
に示し得ることである。次のような例を挙げることができる。
調査回答者のうち、高次脳機能障害に関して「診断されている。症状を回答している。該当す
る障害として選択している」のいずれかに該当しているものは、実に403名にのぼる。その障害
現況を点描すれば【図1】である。しかし、2001年に開始された国モデル事業において、喫緊の
課題とされた条件で 高次脳機能障害者 を抽
【図1】
出すれば【図2】となる。
高次脳機能障害という用語は、広く脳損傷に
起因する認知障害全般(点描図の横軸)を指し
て使われることもある。
しかし、【図1】の403名すべて(点描図の全
範囲)が、障害者自立支援法第78条に基づく
高次脳機能障害者支援事業により支援され得
るかと問われれば、答えは「否」であろう。
【図2】
さらには、『いわゆる高次脳機能障害者』とい
う曖昧な表現が示すのは、【図1】か【図2】か。
対象範囲を明確にする手立てを持たなければ、
曖昧なまま議論が続いていくこととなる。
同様のことが、『いわゆる植物状態』という表
現についても言える。
8
3.介護者にとっての主訴
脳損傷による後遺障害が、全体としては「意識・認知機能の障害」と「身体機能の障害」が重複し
た状態として実感されているにしても、介護者個々の主訴は一様ではない。そして現実には、脳損
傷による後遺障害に対して、福祉法や行政定義、医学定義、あるいは社会一般の通念によって持
ち込まれた、既存の 区切り が存在している。
「見えない」
高次脳機能障害
↑
2.行政的な高次脳機能障害(精神保健福祉法の想定範囲)
4.
の想定範囲︶
3.︵
身体障害者福祉法
言語障害
↓
﹁
意識は戻った﹂
身体機能の障害
片麻痺
1.植物状態の定義
←
意識・認知機能の障害
→
大きく次の4つを挙げることができる。《前頁図内の番号に対応》
1.
植物状態の定義、あるいは周囲の多くが「意識が戻った」とする区切り。
2.
行政的な高次脳機能障害。国モデル事業診断基準は、精神保健福祉法の範囲内
にある。しかしその中にも、外見からは「見えない障害」と形容される 高次脳機能障
害 と、必ずしもそれに合致しない状態とがある。
3.
身体障害者。身体障害者福祉法の範囲に合致する障害像。
4.
脳卒中(巣症状)。脳損傷原因の8割は脳卒中で、一般的にイメージされている脳損
傷の後遺障害像は「片麻痺・失語」である。また、それぞれ「片麻痺⇔全身性障害」
「言語訓練の適応⇔失われているのは意識(言語ではなく)」とする区切りでもある。
9
以上の 区切り を基に、各群ごとの該当障害感を表示すると下図のようになる。
1 遷延性意識障害
5 重症心身障害
2 高次脳機能障害
6 身体障害
3 知的障害
4 精神障害
Ⅴ
↑
Ⅶ
(122 名)
(222 名)
身体機能の障害
Ⅳ
(72 名)
Ⅱ (57 名)
Ⅵ (105 名)
↓
Ⅰ
(82 名)
Ⅲ
←
(27 名)
意識・認知機能の障害
→
同じ障害名でも、それぞれの生活支障全体にしめる割合には差異がある。他群と比較して、そ
の割合が大きいものが主訴であると言えよう。例えば、客観的に見て「Ⅰ群」は、身体機能障害が
最重症の状態にある。しかし介護者にとっては「意識がハッキリしないこと」が主訴である。
10
4.植物症からのリハビリテーション
① 当初の診断と調査回答時の障害現況
調査項目【問7】当初、医師の診断表現はどのようなものであったか。
1.植物症
2.植物状態(人間)
3.遷延性意識障害
5.意識は戻るが障害が残るかもしれない
4.意識は戻らない
6.高次脳機能障害が残る
7.その他
またいつ頃言われたか。
1.直後
2.2週間後
3.1ヵ月後
4.3ヵ月後
5.その他
当初の診断表現について、「植物症、植物状態(人間)、遷延性意識障害、意識は戻らない」
のいずれかを回答している者が 129 名。このうちの 70 名(54%)が、診断された時期を「直後」
と回答している。以下「2週間後 18 名」「1ヶ月後 15 名」「3ヶ月後 10 名」と続く。
当初「植物症、植物状態(人間)、遷延性意識障害、意識は戻らない」と言われた 129 名の
障害現況は下図で、「コミュニケーションに問題を感じない」と回答している者が 33 名(26%)。
「十分とは言えないがコミュニケーションがとれる」とする回答者も含めると 63 名(49%)である。
↑
身体機能の障害
↓
←
意識・認知機能の障害
→
発症後数ヶ月の時点では、個々の脳損傷者がどのような状態まで回復するかの予測はつかな
い。現行の医療制度では、少なくとも一度植物症レベルまで重症化すると、急性期から在宅まで一
貫して診ている医療機関はありえない。また急性期病院では、その後のフォローアップまではほと
んどできない。発症当初から現況にいたるまでを、最もよく知るのは家族である。
この調査結果は、 植物症からのリハビリテーション の必要を強く示唆している。
② 植物症 − 植物状態、遷延性意識障害との区別
脳損傷後の回復過程を論じるには、まず「植物症、植物状態、遷延性意識障害」を区別してい
くことが先決である。
11
【遷延性意識障害】
自動車事故対策機構千葉療護センター所長、岡信男医師『植物状態をめぐって』より抜粋。
『誰がいつ考案したのか不明である。日本脳神経外科学会用語集には載っていない。植物状態
と同じ意味で使われている。1972年日本脳神経外科学会の植物状態定義をあげて、これが遷
延性意識障害の定義であると、誤った理解をしている場合も見られる』
植物状態や植物症とは、「ずっと続く性質を持つ意識障害」のことではない。むしろ逆に、意
識障害が「ずっと続かないよう」回復を促すべき状態であり、遷延性意識障害という用語の安易
な使用は、かえってそれを妨げる。
【植物状態】
1972年日本脳神経外科学会による定義
『Useful life を送っていた人が脳損傷を受けた後で、以下に述べる6項目を満たす状態に陥り、
ほとんど改善が見られないまま 満3ヶ月以上経過したもの。①自力移動不可能
不可能
③屎尿失禁状態にある
②自力摂食
④たとえ声は出しても意味のある発語は不可能
⑤ 目を
開け・手を握れ などの簡単な命令にかろうじて応じることもあるが、それ以上の意思の疎通は不
可能
⑥眼球はかろうじて物を追っても認識はできない』
その一方で、現代用語辞典等には次のような解説が散見される。
『植物性(自律)神経系に支配される植物性機能、すなわち呼吸、循環、消化などは正常なのに、
運動、感覚が麻痺し、意識を失って回復の見込みが全くない状態が3ヵ月以上続く場合と定義さ
れる。(百科事典マイペディア)』
日本脳神経外科学会定義は、植物状態の前提として『useful life を送っていた人が脳損傷を受
けた後で』を挙げている。しかし現在、この前提から切り離され、「useful life を送っていた人、脳
損傷を受けた後」でなくても、6項目に類似の状態を指す一般名詞として誤用、濫用される 植物
状態 がある。その中には、ほとんど改善がみられないことが結論であるかのごとき説明も少なく
ない。
植物症
脳神経外科医の太田富雄氏によれば『植物症とは、重症脳損傷の進行が停止し、昏睡から覚
醒できるまでに回復したものの、後遺症として周囲との意思疎通を、完全ないしほとんど完全に
喪失した意識障害患者の示す症候群であり、脳腫瘍などの進行性疾患は原因とはならない。』
『植物症を、一つの固定した状態、時期のものに限定せず、重症脳損傷後の回復過程の中で流
動的に把握すべき』ものである。
『重症脳損傷の後遺症である。症候群である。重症脳損傷後の回復過程の中で流動的であ
る』という植物症定義は、脳損傷による回復途上の重複症状を持ち、医療福祉サービスを必要と
している若年脳損傷者の特徴と、ほぼ重なり合う。
本ワーキンググループは、「脳損傷後の回復過程を支援する(植物症からのリハビリテーショ
ン)」との立場から、課題が顕著である若年脳損傷者へのリハビリテーションのあり方を検討し
た。
12
Ⅲ.若年脳損傷者
1.若年脳損傷者
2006年調査において、調査対象となる脳損傷者が「後天的な事由により脳に損傷を受け、何ら
かの障害を後遺している者」と定義された。
本ワーキンググループでは、この脳損傷者のうち、「介護保険法の適用を受けておらず、児童福
祉法の援護対象ではない者(若年脳損傷者)」を検討の対象とする。
よって、本報告書による若年脳損傷者の定義は、次の通りである。
後天的な事由により脳に損傷を受け、何らかの障害を後遺している者のうち
介護保険法の適用を受けておらず、児童福祉法の援護対象ではない者
【注】
① 後天的な事由で脳に損傷を受け、……後遺している
発症の原因は限定しないが、損傷の進行が継続している状態は除く。
② 何らかの障害
障害状態あるいは障害名を指定しない。脳損傷者、特に若年脳損傷者は、非常に長期に
わたって状態が変化していく。次のように言える。脳損傷による後遺障害には、身体障害「も」
含まれるが、脳損傷者は身体障害者「のみ」ではない。高次脳機能障害「も」含まれるが、脳損
傷者は高次脳機能障害者「のみ」ではない。
③ 介護保険法の適用を受けておらず
介護保険の適用は原則65歳からであるが、特定疾病は40歳から適用となる。
したがって、若年脳損傷者を「○歳未満の者」と規定することは、適当ではない。
④ 児童福祉法の援護対象ではない
児童とは法的には 18 歳未満を言うが、障害児への援護は、年齢を超過して継続される場合
がある。
重症心身障害児は重症心身障害児(者)となり、知的障害児は知的障害児(者)となる。
「後天的な事由で脳に損傷を受け、何らかの障害を後遺している」脳損傷児(者)は、若年脳
損傷者に含まれない。
2.若年脳損傷者の抽出
有効回答687名より、次のようにして若年脳損傷者を抽出した。
①介護保険第1号被保険者群(調査時年齢が65歳以上の者・169名)を分別する。
②介護保険第2号被保険者群(調査時年齢が40歳以上64歳未満で、
発症原因が脳血管障害である者・182名)を分別 する。
③児童福祉法援護対象者群(発症時の年齢が18歳未満の者、
および療育手帳所持者・137名)を分別 する。
④若年脳損傷者(①∼③のいずれにも該当しない者)は、
199名(29%)であった。
13
3.若年脳損傷者の概要 −4群間の比較
① 居所別
【問9】
② 年齢構成
(人)
【問4、問5】
(歳)
調査時年齢
発症年齢
経過年数
介護者年齢
(平均±標準偏差)
(平均±標準偏差)
(平均±標準偏差)
(平均±標準偏差)
介護保険1号被
72.3
±
7.2
60.2
±
16.0
12.2
±
13.5
56.5
±
18.5
介護保険2号被
55.1
±
6.3
47.4
±
8.4
7.7
±
7.3
53.0
±
12.7
児童福祉法対象
26.9
±
16.5
4.0
±
5.0
23.0
±
17.2
47.8
±
13.1
若年脳損傷者
44.4
±
12.6
36.2
±
13.4
8.3
±
9.6
54.3
±
12.7
【若年脳損傷者の詳細】
(人)
③ 主な介護者
(人)
【問1、問2、問4】
親
介護保険1号被
介護保険2号被
児童福祉法対象
若年脳損傷者
0名
[
配偶者
79名(47%)
[68.9 歳が 71 歳を]
16名(8%)
77名(42%)
[75.5 歳が 47.8 歳を]
[55.3 歳が 56 歳を]
88名(64%)
[50.6 歳が 22 歳を]
(人)
0名
76名(38%)
66名(33%)
[64.3 歳が 35.9 歳を]
[49.7 歳が 51 歳を]
]内は平均年齢
子
家族以外
47名(28%)
(20%)
6名(3%)
(38%)
0名
(31%)
5名(2%)
(18%)
14
④ 発症原因
【問6】
⑤ 該当障害感
(人)
【問17】
1.遷延性意識障害
4.精神障害
2.高次脳機能障害
5.重症心身障害
3.知的障害
6.身体障害
1
1
1
2
6
6
2
6
5 4
5
介護保険1号被
6
2
3
3
1
2
5
3
4
4
介護保険2号被
5
児童福祉法対象
4
3
若年脳損傷者
⑥ 障害状態
(意識・コミュニケーション) ― 【問12A】 複数回答可
1 声をかけても全く反応がない
2 呼びかけたりすると、体に反応がある部分がある
3 簡単な指示や話しかけに応じる時がある
4 簡単な問いかけには応じるが、自発的な意思表示はあまりない
5 十分とはいえないが、コミュニケーションをとることができる
6 コミュニケーションに問題は感じない
7 コミュニケーションに問題は感じないが、感情のコントロールが難しい
8 コミュニケーションに問題は感じないが、時間感覚があまりない
9 コミュニケーションに問題は感じないが、記憶が定着しない
10 コミュニケーションに問題は感じないが、性格が変わったようだ
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
15
(運動機能)― 【問12B】 複数回答可
1 自分では動かせない
2 刺激に反応する部分が少しはある
3 体の一部が自発的に動くことがある
4 手は動かせるが、目的に合わせて手を使用する時には「ほとんど」介助が必要
5 手は動かせるが、目的に合わせて手を使用する時には「ある程度」介助が必要
6 自発的に手が動き、自助具等により自力で手を使った行動ができる
7 足は動かせるが、歩行(移動)には「ほとんど」介助が必要
8 足は動かせるが、歩行(移動)には「ほとんど」介助が必要
9 自発的に足が動き、車椅子等により自力で歩行(移動)できる
10 自発的に手足が動き、自助具、車椅子等は使用せず行動できる
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
(食餌・栄養)― 【問12C】 複数回答可
1 経管(鼻・胃ろう等)で食事をしている
2 食事介助をすれば飲み込むことができる
3 自助具等により、自分で口に運び食べるが、見守る必要がある
4 自助具等により食べることができ、見守りの必要はない
5 介助や自助具なしに食事ができる
1
2
3
4
5
(排泄)― 【問12D】 複数回答可
1 自発的に知らせることはまったくなく、カテーテルやオムツを使用する
2 自発的に知らせることはほとんどなく、座薬等を使用して排泄する
3 自発的に知らせることはほとんどないが、尿器等をあてると排泄する
4 自発的に知らせることもあるが、失敗も多く、常時オムツ・パットを使用する
5 自発的に知らせることもあるが、夜間等にはオムツ・パットを使用する
6 介助があればトイレで排泄する
7 介助なしにトイレで排泄する
16
1
23 4 5
6
7
(呼吸)― 【問12E】 複数回答可
1 人工呼吸器を装着している
2 自発呼吸しているが、気管切開をしている
3 痰や唾液の吸引が「頻繁に」必要である
4 痰や唾液の吸引が「ときどき」必要である
5 痰や唾液の吸引は必要ない
1 2
3
4
5
(行動) ― 【問12F】 複数回答可
1 自発的に行動することができない
2 自発的に行動するが、常時見守りが必要である
3 常時見守りが必要ではないが、誰か見ていないと勝手に出て行ってしまう
4 火の始末等が心配なので、ひとりで留守番をさせられない
5 ひとりでも留守番ができるが、来客等への対応ができない
6 ひとりでも留守番ができ、来客等への対応ができる
1
2
3
4
5
6
17
⑦ 点描図による比較
介護保険第1号被保険者
児童福祉法援護対象者
介護保険第2号被保険者
若年脳損傷者
【結語】
以上の調査結果より、4群には年齢や発症原因により人為が設けた枠組みの違いはあるが、
「意識・コミュニケーション、運動、行動」など、障害の質に関わる大きな差はない。「食餌、排
泄、呼吸」など、障害への医療的ケアや介助の必要にも大きな差はない。
若年脳損傷者群と他群との間で、『脳損傷による後遺障害』に差がないことは明白である。
さらに、若年脳損傷者を介護している親 76 名(38%)、配偶者 66 名(33%)は、それぞれ平
均年齢「64.3 歳の親が 35.9 歳を」「49.7 歳の配偶者が 51 歳を」介護している状況にある。時
間の経過とともに双方が加齢し、やがて老障介護、老老介護となることは必然である。それぞ
れ、児童福祉法による援護対象者を介護する高齢の両親、あるいは介護保険法が適用され
ている者の老老介護と、なんら変わるところはない。
したがって、脳損傷というアクシデント、またその後遺障害を、年齢や疾病で区分する現行
体系に 『合理性はない』 と言える。
18
Ⅳ.探し出し、復権させよ (訪問調査)
調査回答者700名のうち、訪問による聞き取り調査を希望した 215名(31%)すべてについて、
若年脳損傷者支援チームおよび地方事務所福祉課、保健所が分担して訪問調査を実施した。こ
のような規模の訪問聞き取り調査には前例がなく、2006年調査の アウトリーチ的な性格 を端的
にあらわしている。かくして若年脳損傷者は探し出され、行政は彼らと出合ったのである。
1.訪問調査を希望した者
① 年齢別内訳
全体
(人)
希望者
(人)
希望率
(%)
10歳未満
14
8
57
10歳代
32
18
56
20歳代
45
20
44
30歳代
87
35
40
40歳代
88
35
40
50歳代
178
39
22
60歳代
155
38
25
70歳代
77
17
22
80歳以上
24
5
21
総計
700
215
31
② 発症原因別内訳
全体
(人)
希望者
(人)
希望率
(%)
外傷
196
87
44
脳血管疾患
348
79
23
その他脳疾病
109
31
28
低酸素など
47
18
38
700
215
31
全体
(人)
希望者
(人)
希望率
(%)
病院
148
37
25
福祉施設
161
24
15
在宅
389
154
40
215
31
総計
③ 居所別内訳
無記入
総計
2
700
19
第二部.若年脳損傷者のリハビリテーション
Ⅰ.復権に向けて
1.復権としてのリハビリテーション
1979年発行の「リハビリテーション白書」で日本リハビリテーション医学会は、リハビリテーション
を次のように定義した。『リハビリテーションとは、人間たるにふさわしい権利・資格・尊厳が何らか
の原因によって傷つけられた人に対して、その権利・資格・尊厳などの回復することを意味するも
ので、単なる治療訓練の域をはるかにこえて、全体的な人間としての障害者の生きる権利の回復
全人間的復権 である。』
これを、「若年脳損傷者のリハビリテーション」として読みかえれば、『何らかの原因によって権
利・資格・尊厳が傷つけられた若年脳損傷者に対して、治療訓練の域をはるかにこえて、生きる権
利を回復させること』が、本ワーキンググループの目的であり、2006年調査の趣旨にも合致する。
若年脳損傷者は、長くその存在が無視されてきた。まずこれを探し出し(調査)、認知して名づける
(定義)ことが、リハビリテーションの原初であった。これを引き継ぎ、若年脳損傷者の権利・資格・
尊厳を傷つけている『何らかの原因』を明らかにして『生きる権利を回復』させていくことが、本ワー
キンググループの課題である。
2.若年脳損傷者のリハビリテーションに関するワーキンググループ
① 基本方針
調査の結果から、若年脳損傷者問題の構成要素が「2つ」明らかになった。
◆ 脳損傷による後遺障害者が抱えている「重複した障害」に関するもの
◆ 重症脳損傷者が抱えている「 その後 の回復」に関するもの
本ワーキンググループでは、2つの要素を軸に、
① 現行の医療福祉体系の中で若年脳損傷者に生じる、固有の不利益を検証する。
② 調査データを再検証し、可能な限り主要対象者の追跡調査を行う。
関係団体・職種に対し、必要な実態調査、アンケート、ヒアリング等を行う。
③ 若年脳損傷者に隣接する患者・障害者(児童および要介護高齢者を含む)に
提供されている支援の「通常レベル」を明らかにする。
さらに、
同じように困っている人には同じような支援がなされるべきである との立場から、
これら格差の解消 ―若年脳損傷者の『生きる権利の回復』― を
長野県における地域リハビリテーションのあり方検討会、長野県、および国に対し
『治療訓練の域をはるかにこえて』、報告提言する。
20
② 検証の経過(中間報告)
現行の支援カテゴリーとその根拠を、次のように整理した。
支援カテゴリー
難病患者
支援の根拠
難病対策要綱
要介護高齢者
介護保険法
重症心身障害児(者)
障害児・
者
知的障害児(者)
身体障害者
国モデル事業診断基準による
高次脳機能障害者
若年性認知症患者
若年脳損傷者
自動車事故による脳損傷
のみ
児童福祉法
身体障害者福祉法
精神保健福祉法
(※)
状態の一部が身障法等の対象と
なることはあるが、全体的支援の
根拠はない
自動車事故対策機構法
その上で、根拠となる法律や要綱を持つそれぞれの支援カテゴリーについて、若年脳損傷者
にも類似する要素、あるいは若年脳損傷者には合致しない要素を整理し、結果として生じている
格差を検証した。
この検証は、脳損傷による後遺障害の特異性を明らかにすることが目的であり、本ワーキング
グループは、「いずれかの既存カテゴリーに若年脳損傷者も含めるべき」との立場は取らない。
**********************
【注】
2012年1月現在、項目ごとに作業の進捗差が生じている。
特に、2006年調査から若年脳損傷者のデータを抽出し整理する作業に遅延がある。
このため、次章以降、第二部おわりまでの内容には、「法の定義等の客観的事実から
格差の概要が明らかなもの」と「格差が予見され、補足調査等を準備中のもの」。また
「基礎データを収集している段階」から「何らかの具体的提言に至り着いたもの」まで、
複数の階層が混在している。あらかじめ寛恕を願うものである。
できる限り調査結果(暫定値)を添え、若年脳損傷者で「同じような事業を行うと仮定し
た場合」に、求めうる支援根拠、事業費拠出の可能性、当面の代替となり得る方策など、
今後の支援策検討および提言に向けた観点を、点線囲み内に整理した。
21
Ⅱ.制度間格差
1.「障害(者)」の定義と重複した障害
脳損傷による後遺障害は「意識・認知機能の障害」「身体機能の障害」の重複した障害として実
感され、重複の度合いや主訴となる生活支障の種類は様々である。しかし、身体障害の認定は身
体障害者福祉法別表の範囲に、精神障害の認定は精神保健福祉法第5条の範囲に限られる。そ
して、2つの福祉法にまたがる重複した障害を持つ者については規定自体がない。
日本の障害者制度は、障害ある人すべてを援護する仕組みとは言えず、脳損傷による後遺障
害に限らず、実際の生活支障があっても行政的には「障害」と認定されない症状や対象者がある。
2006年、障害者自立支援法の施行に際し、 一元化 の語が喧伝されたため誤解を生じているむ
きもあるが、これは3障害別(各福祉法ごと)であった福祉サービスを統合し、提供主体を(一部を
除き)市町村に 一元化 したのみである。対象とされる障害(者)の範囲には、何ら変更がない。
【障害者自立支援法】 この法律において「障害者」とは、
身体障害者福祉法第4条に規定する身体障害者、知的障害者福祉法にいう知的障害者
のうち18歳以上である者及び精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第5条に規定
する精神障害者(発達障害者支援法第2条第2項に規定する発達障害者を含み、知的障
害者福祉法にいう知的障害者を除く)のうち18歳以上である者をいう。
一方で、障害者基本法における障害者の定義は、次のようである。
【2004年以前】 この法律において「障害者」とは、
身体障害、知的障害又は精神障害(以下「障害」と総称する)があるため、
長期にわたり日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者をいう。
【2004年改正】 この法律において「障害者」とは、
身体障害、知的障害又は精神障害(以下「障害」と総称する)があるため、
継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者をいう。
【2011年改正】 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各
号に定めるところによる。(注:下線筆者)
一 障害者
身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害
(以下「障害」と総称する。)がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に
日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう。
二 社会的障壁
障害がある者にとつて日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会にお
ける事物、制度、慣行、観念その他一切のものをいう。
22
障害者基本法に「その他の心身の機能の障害」の文言が付け加えられたことで、身体障害、知
的障害、精神障害の3障害以外にも「障害(者)」が存在することが確認された。これにより、3障害
の併記にとどまっている障害者自立支援法で、対象外となっている「障害(者)」が存在することも、
法律上はっきりわかる形となった。
以下に若年脳損傷者ネットワークの分析を引用する。
身体障害者福祉法は、意識や認知は正常であると
仮定して、身体機能の障害のみを認定する。想定さ
れているのは、「コミュニケーションに問題は感じな
い」という範囲である。
精神保健福祉法は、身体機能は正常であると仮定
して、意識や認知を含む精神機能のみの障害程度を
認定する。想定されているのは、「身体の障害はほと
んど感じない」という範囲である。
2つの福祉法にまたがる、「身体機能の障害」と「意
識・認知の障害」が重複している状態については、ど
ちらにも規定がない。想定されていないと言える。
このため、「身体機能の障害」と「意識・認知の障
害」が重複している状態の若年脳損傷者にとっては、
次のような構造となる。
調査回答者687名のうち
発症年齢が18歳未満で、
児童福祉法の援護対象となる者は、
137名
18歳以上発症(550名)のうち、
「身体機能の障害」と「意識・認知の障害」
が重複している状態の者は195名
介護保険法が適用される者が119名。
「身体機能の障害」と「意識・認知の障害」が重複している
状態の若年脳損傷者(76名)は、いずれの福祉法によっ
ても援護されない状況に陥る。
「 3障害列挙」の障害者制度自体が改善されるべきであるが、いずれにしても『長期にわたっ
て症状の改善回復が継続する』脳損傷者を、障害者としてのカテゴリーだけにおさめようとす
ることには無理がある。医療制度と障害者制度の両方に関わる枠組み、支援根拠の法制度が新
たに整備されるべきであろう。
23
2.「先天性/後天性」の格差
障害者自立支援法の中に地域生活支援事業があり、日常生活用具の給付が行われる。市町村
単位の事業のため多少ばらつきはあるが、概ね次の条件が設けられている。
x 排泄管理支援用具(ストーマ造設者)
x ストーマ装置(高度の排便機能障害者)
x 紙おむつなど(脳原性運動機能障害者かつ意思表示困難者)
x 収尿器(高度の排尿機能障害者)
【注】
脳原性運動機能障害とは、乳幼児期以前の非進行性脳病変によるもの
高度の排尿排便障害とは、
・二分脊椎等先天性疾患に起因する神経障害によるもの
・先天性鎖肛に対する肛門形成術に起因するもの
脳原性運動機能障害(脳性麻痺)は、乳幼児期以前の非進行性脳病変によるものと定義されて
いる。若年脳損傷者(例:20歳時に交通事故で脳挫傷)も、同じように非進行性の脳病変であるが、
乳幼児期以前の発症には該当しない。このため、同じ非進行性の脳病変により、同じく紙おむつ
が必要な状態となっても、幼児期以前の発症者には、障害者自立支援法に基づいて日常生活用
具として支給される紙おむつ等が、若年脳損傷者には全額自己負担となる状況が生じてくる。
排尿障害については、次のように国会答弁されている(H22.10.27 厚生労働委員会)
『身体障害者福祉法に基づく身体障害者認定で、高度の排尿機能障害について、先天性疾患に
よる神経障害に起因する排尿機能障害は対象にしている。直腸の手術や自然排尿型代用膀胱に
よる神経因性膀胱に起因する排尿機能障害についても対象としている。 しかし、事故などによっ
て後天的に高度の排尿機能障害が生じた場合には対象にしていない。』
・市町村事業であり、ここには市町村間格差も影響する。
・介護保険法の介護予防地域支援事業の中で、介護用品として給付をうける要介護高齢
者との格差もある。
・障害者制度改革により、どこまで もれのない 障害認定が実現するかは不透明。
・こと紙おむつ等にだけに限れば、市町村や県が、『同じように紙オムツを必要としている
人には…』の観点から、次のような配慮をすることは可能である。
・そのために、県内市町村の支給状況を明らかにすることが必要となる。
【参考:奈良県葛城市】
在宅のねたきり身体障害者(65 歳未満)で、下肢、体幹又は内部障害が、1 級又は 2 級
であり、かつ常時失禁状態にある者に、奈良県及び葛城市において紙おむつ及びお
むつカバーを支給します。
脳性麻痺等脳原性運動機能障害の方は、日常生活用具給付等事業で対応します。
65 歳以上の方は、高齢福祉の事業から支給します。
24
3.県障害者総合リハビリテーションセンターによる支援状況
① 概要
【名 称】 長野県立総合リハビリテーションセンター
【所在地】 長野市 下駒沢 618−1
【設置年月日】 昭和49年(1974年)年11月1日
【設置者】 長野県
【根拠法規/施設】
・長野県立総合リハビリテーションセンター条例(昭和 49 年長野県条例第 31 号)
・身体障害者更生相談所(身体障害者福祉法第 11 条第 1 項)
・障害者支援施設(障害者自立支援法第 5 条第 12 項)
・身体障害者補装具製作施設(身体障害者福祉法第 32 条)
・病院(医療法第 1 条の 5 第 1 項)
【設置目的】 身体障害者の福祉増進を目的として、身体障害者に係る次の業務を行う。
・医学的、心理学的及び職能的判定
・補装具の処方、製作、修理及び適合判定
・障害者自立支援法第 5 条に基づく便宜の供与(施設入所支援、生活介護、自立訓練、
就労移行支援、短期入所)
・障害者自立支援法に基づく自立支援医療の提供等
② 運営実績(H22 年度)
病院、障害者支援施設、更生相談所、補装具製作施設が一体となって運営されている。
【病院】 一般病棟 80 床を運営
・整形外科、内科・神経内科、リハビリテーション科、麻酔科、泌尿器科
・整形外科の医師が4人、神経内科は1名、麻酔科は1名、泌尿器科は非常勤隔週
・入院患者数、718 名/年
・平均在院日数
1階(リハビリ病棟。脳卒中、脳外傷、脊髄損傷等。40 床) ― 45.2 日
2階(手術病棟。40床)― 20.3 日
【神経内科入院患者の状況】 (H21.4∼H22.7)
・退院者数 ― 106 名
・平均年齢 ― 54.2 歳
・発病から入院までの日数 ― 平均 137.1 日 (中央値 43 日。概ね発病から2カ月以内)
・在院日数 ― 平均 86.1 日 最大 417 日
(若い脳損傷患者。気管切開し全介助で入院し、1年以上かけて立って歩くようになった)
・利用内容 ― 一般リハビリテーション 60 名。 高次脳機能障害リハ 28 名。
難病レスパイト(ALS、筋ジス、パーキンソン関連疾患者の短期受入れ)
・退院先 ― 81 人(8割)が自宅。老健、療養型病棟が5人(5%)
残り(13%)が、当リハセンターの障害者施設に移行。
25
【障害者施設】
訓練等給付
対 象 者
自
機能訓練
立
訓
練 生活訓練
就労移行支援
身体障害者
精神障害者(高次脳機能障害者)
身体障害者
精神障害者(主に高次脳機能障害者)
(65 歳未満)
期 間 ・定 員
最長 18 カ月
62 名
最長 24 カ月
6名
最長 24 カ月
6名
介護給付
対 象 者
施設入所支援
身体障害者
精神障害者(主に高次脳機能障害者)
生活介護
身体障害者
短期入所
身体障害者
施設入所支援
身体障害者
精神障害者(主に高次脳機能障害者)
期 間 ・定 員
80 名
6名
4名
80 名
・年間に入所者 61 名、退所者 76 名。この種の施設としては、かなり回転が早い
・主な障害原因別利用者は、脳血管障害 72 名、脊髄損傷、脊髄疾患が 11 名
③ 高次脳機能障害者への訓練・支援 −ふるさと社−
高次脳機能障害者に対し、1日を通した模擬会社活動を通して、生活場面から就労(福祉的
就労を含む)までの訓練を行う。
【対象者】
行政的な診断基準に基づく高次脳機能障害者
・脳の器質的な病変により、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害のために、
社会生活に制限のある方。
・具体的には、一般就労、福祉的就労を目的とする方、社会生活を営むことができることを目
的とする方で以下の条件に当てはまる方。
①高次脳機能障害のために精神保健福祉手帳を持っている方
②身障手帳を持っているが障害の程度が軽く、高次脳機能障害の症状が主となる方
26
④ 若年脳損傷者の利用状況
【更生相談】
年齢性別
原因
18 歳 女
交通事故
59 歳
交通事故
手帳
身障
1級
なし
不明
不明
29 歳 男
事故
なし
21 歳 女
交通事故
なし
なし
(H22 年 5 月∼平成 23 年 6 月)
相談者
居所
状態
父
中部療護センター
不明
病院 SW 病院
遷延性意識障害、
半年
病院 SW 病院
植物状態 2 ヶ月
本人
自宅
高次脳機能障害、
知的障害
本人と母 自宅
高次脳機能障害
年間 4、890 件のうち
相談内容
対応
リハセンター
施設入所
転院の可否
相談のみ
その後連絡なし
手帳取得の可否
アドバイス実施
受傷後働いていた
が失職。 就労支
援、手帳などの相談
就労に向けての
訓練を希望
外来診察
療育手帳手続き
実施
アドバイス、支援
部利用となった
【通院・入院・障害者施設利用】
通院
植物症患者
なし
入院
なし
(依頼自体が少ない)
閉じ込め
症候群
高次脳機能
障害患者
障害者施設
稀にショートステイ
1例 (※)
高次脳機能障害外来あり
70名程度が通院中
評価、治療実施。 8 名
評価、生活訓練や就労準
備訓練、就労支援実施。
平成 21 年度は年間2名。
(※)閉じこめ症候群を呈した後、運動麻痺の回復が長期にわたって認められた症例
脳幹障害による閉じ込め症候群や、重度の ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者など、
気管切開や胃瘻がある患者の利用も、リハビリテーション的に意味があるケースに
ついては、断っていない。
閉じ込め症候群とは、意識は清明であるが、意思の伝達が不可能となった状態。
眼は動かすが無動・無言。四肢の完全麻痺。動眼神経、滑車神経は保たれ眼は動くが、
それ以下の運動神経系が遮断され顔面・咽頭・四肢は全く動かない。
橋底部の梗塞性病変によるものが知られている。
感覚系は保たれ、網様体賦活系は障害されないので意識は清明。
睡眠・覚醒のリズムはあり、脳波は正常。
27
【症例】
発病時 27 歳男性。脳動静脈奇形から橋出血。脳神経外科病院にて脳室ドレナージ施術。
当初、閉じ込め状態となり、気管切開、経管栄養。2 カ月後、総合病院に転院。胃瘻造設。
その後、瞬きなどのサインが可能となり、発症から 1 年1ヶ月、コミュニケーション確立を目的
として当リハビリテーションセンター病院に転院。
【転院時所見】
気管切開あり気管カニューレ挿入。自発呼吸。胃瘻あり。尿カテーテル留置。
瞬き可能。両眼上下転は可能だが水平運動不能。右顔面は高度の麻痺。左顔面は指示に従
って動かし、笑顔あり。軟口蓋挙上なし、舌挺出少し可能。嚥下不能。
四肢麻痺だが、右肘屈曲と右手拇指、示指の屈伸が可能。
これらの動きを口頭指示に従って随意的に行え、瞬きなどで質問に対して「yes/no」で正しく
答えることが可能であった。
【経過】
リハビリテーション目標を、家庭復帰、身体機能とコミュニケーションの向上として、理
学療法、作業療法、言語療法訓練を開始。気管カニューレからは、多量の痰の噴出があった
が、カニューレの吸引チャンネルからの低圧持続吸引を行うことでほとんど痰は出なくなった。
気管切開部と膀胱は慢性感染状態が持続し、時に高熱を発することがあったが、抗生物質内
服程度で対応可能であった。
【理学療法】
関節可動域訓練、麻痺回復訓練実施。1 年3ヶ月頃、右下肢は膝と足関節の屈伸が出現。
1年6カ月、右下肢の伸展により仰臥位で尻を浮かせることが可能。
【作業療法】
上肢麻痺回復訓練と示指でのスイッチ操作練習から開始。
1 年3ヶ月頃、右上肢は空中での運動が可能なまで改善。指折りもある程度可能だが失
調のため書字は不能。左上肢にも肘や手首の屈伸が少し出現。
1年6カ月、意思伝達装置「伝の心」を、作業療法士製作の押しボタンスイッチで操作可
能。ナースコール可能。その後、各種スイッチを試用し、最終的には PPS スイッチシステ
ムのエアバッグの使用。
1年9カ月、文字盤の指差し、手指でのサインも可能。
【言語療法】
言語の理解力の検討から開始。透明文字盤は眼球運動制限のため使用不能で、検者が
口文字盤方式で 50 音を言って聞かせ、目標の音のところで瞬きする方式で開始。
嚥下についても検討開始。ゼリーでも気管カニューレから出てしまい、経口摂取にはい
たらず。 スピーチカニューレを用いての発声、構音も試みたが、発声、構音とも不能。
退院時、左眼は全方向に動くようになった。右眼は上下転が中等度に可能にとどまった。
Brunnstrom stage (麻痺を 6 段階で評価。数字が大きいほど良) は、「右上肢Ⅴ、左上肢Ⅲ、
右下肢Ⅴ、左下肢Ⅱ」と入院時よりかなり改善。自力での座位保持は不能。車椅子に 1 時間程
28
度は乗っていられるようになった。電動車椅子の顎での運転の練習をしたが、きちんと走行で
きず断念。
発症から 2 年1か月、在宅に復帰。近医の往診により、気管カニューレ、胃瘻、尿カテーテ
ルの管理を受ける。
発病から 3 年 1 か月、家族の都合により 5 日間レスパイト入院。 左眼は全方向に動くように
なっていた。Brunnstrom stage は「右上肢Ⅴ、左上肢Ⅲ、右下肢Ⅴ、左下肢Ⅱ」と初回退院
時と変化なし。自力での座位保持不能のままであった。
植物症患者への対応にあたっての制限・問題
【病院について】
・リハビリテーション病院という基本的役割に沿って運営している。
・対応するのは神経内科、医師は 1 名、入院ベッド総枠が 25 床程度。
・長期間の入院は困難で、現在、最長でも 1 年程度の利用としている。
【障害者施設について】
・生活介護(定員 6 名)の枠はある。
・しかし、基本的に通過型の施設(治療訓練施設)として整備されている。
人工呼吸器や酸素、吸引ラインの居室への設置はない。
心電図などのモニタ装置は無い。
介護用ベッド、マット、車椅子、吸引装置、リフター、特殊浴槽なども無い。
・上記の整備には高額の費用がかかり、予算措置が必要だが、
経営的にはプラスとなる要因は無い。現場の判断の域を超える。
・生活支援員には気管内吸引技術がないので、再教育が必要。
・しかしながら、現に難病レスパイトは実施している。同じような障害状態の在宅若年脳損
傷者を受け入れることは可能であろう。
29
4.医療福祉の連携―若年患者の不利益
患者フロー(下図再掲)の中で、現行体系では若年者に次のような不利益が生じる。
【発症・受傷】
①
②
③
④
⑤
⑥
変性疾患
脳血管障害
中毒・低酸素
腫瘍性疾患
感染性疾患
外傷性疾患
【医療】
【福祉】
児童福祉法
介護保険法
急性期
回復期
維持期
身体障害者福祉法
精神保健福祉法
x 介護保険法による、リハビリテーション前置主義の恩恵を受けない。
x 類似の障害状態でも、児童福祉法による年齢超過児と同じ援護を受けることはない。
x 介護保険への移行を前提に推進された療養病床削減で、代替 受け皿 施設がない。
介護保険施設はもとより、年齢超過児ではないことから児童福祉施設への入所も不可である。
x 介護保険の適用者に比べて、(在宅復帰率算定要件の)自宅退院以外の 出口 が限られる「若年
で重症の」患者ほど、回復期リハビリテーション病棟へ入りにくい。
x 在宅復帰の際、介護保険法における介護専門支援員と同程度のケアマネジメント機能が保障され
ない。復帰後も「常に評価を行う」モニタリング機能を得ることができない。
x 障害者制度は症状固定が前提で、状態の変化(回復)は想定されていない。医療への情報フィー
ドバック、連携ともに希薄である。
【参考注】
① リハビリテーション前置主義
病気の発症や事故後、救命救急治療と並行し、できるだけ早期から体を起こして不要な
機能低下(廃用症候群)を防ぎ、最大限の回復を促す集中的な訓練を行うことで自立度
を向上させる。その上で、残った後遺障害に対して福祉サービスを利用する、という「介
護の前にリハビリテーションを置く」原則。
② 自立支援医療(更生医療)
自立支援医療(更生医療)支給認定実施要綱
第2-2
更生医療と他の法律による医療の給付等との関係は、更生医療の対象とな
る障害は、臨床症状が消退しその障害が永続するものに限られるので他の法律による療
養の給付等とは対象を異にし、原則として競合することはないこと。
30
5.医療と介護の連携
① 長野県『医療と介護の連携マニュアル』
長野県『医療と介護の連携マニュアル』は、介護保険制度における、医療と介護の連携強化の
一環として作成され、高齢者の居宅サービス計画作成における活用や医療と介護の連携、さら
には地域支援ネットワークでの活用を目的としている。介護支援専門員を媒介として、医療と介
護との「情報の共有」から「支援方法の共有」へ、さらに「チームケア」へと向けていくことを目的と
する中で、「誰から誰へ」という、発信者とあて先が明確になっている。
医療と介護との連携のための共用情報交換書取扱要領
【共用情報交換書の目的】
介護支援専門員等支援計画作成者(以下「ケアマネジャー等」という。)と医師・歯科医
師とが連携し互いの情報交換を円滑に行うことにより、在宅の要支援・要介護状態の利
用者の支援を効果的に行うことを目的に、統一した情報交換の書式「共用情報交換
書」を作成し、関係者が共通の理解のもとにこれを使用する。
これを若年脳損傷者に置き換えてみると、「誰から(発信)誰宛(受信)」が明確ではないという
「特異な状況」がある。『医療と介護の連携マニュアル』のように、双方向の情報共有を行う条件
が整っていなければ、連携は成り立たない。しかしながら、「支援を必要としている若年脳損傷
者」が存在し、支援者が単独で支援を展開することが困難である。「誰か」「どこか」と結びついて、
連携した支援を展開していかなければ、必要な支援が行われないという問題を生じる。単に『医
療と介護の連携マニュアル』様のものが欠けているという表層の問題ではなく、「結びつける制
度」そのものが整備されていないことが、支援を困難にしている根本問題である。
「若年脳損傷者のリハビリテーション」を考えるときに、法制度の改善は必須要件である。しか
し、制度の改善・整備のためには時間がかかる。その間も支援は提供されていかなければなら
ない。実質的にこの「当面必要な支援」を、様々な形の連携(病病連携、病診連携、医療とリハビ
リ間の連携、医療と生活の連携、医療と地域の連携など)で、担っていかざるを得ない。そのた
めに、「地域支援ネットワーク」の構築が必要である。
② 地域支援ネットワーク
介護保険制度において、地域支援ネットワークを構築し、機能を果たしていくために欠かすこ
とができない機関は「地域包括支援センター」である。(下線筆者)
第百十五条の四十五
地域包括支援センターは、前条第一項第二号から第五号まで
に掲げる事業(以下「包括的支援事業」という。)その他厚生労働省令で定める事業を
実施し、地域住民の心身の健康の保持及び生活の安定のために必要な援助を行うこ
とにより、その保健医療の向上及び福祉の増進を包括的に支援することを目的とする
施設とする。
31
包括的支援事業
二
被保険者が要介護状態等となることを予防するため、その心身の状況、その置か
れている環境その他の状況に応じて、その選択に基づき、前号に掲げる事業その他の
適切な事業が包括的かつ効率的に提供されるよう必要な援助を行う事業
三
被保険者の心身の状況、その居宅における生活の実態その他の必要な実情の把
握、保健医療、公衆衛生、社会福祉その他の関連施策に関する総合的な情報の提供、
関係機関との連絡調整その他の被保険者の保健医療の向上及び福祉の増進を図るた
めの総合的な支援を行う事業
四
被保険者に対する虐待の防止及びその早期発見のための事業その他の被保険
者の権利擁護のため必要な援助を行う事業
五
保健医療及び福祉に関する専門的知識を有する者による被保険者の居宅サービ
ス計画及び施設サービス計画の検証、その心身の状況、介護給付等対象サービスの利
用状況その他の状況に関する定期的な協議その他の取組を通じ、当該被保険者が地
域において自立した日常生活を営むことができるよう、包括的かつ継続的な支援を行う
【目的】 −「老計第 1018001 号(地域包括支援センターに関する基本解釈通知)」
地域包括支援センターは、地域住民の心身の健康保持および安定のために必要な援
助を行うことにより、地域住民の保健医療の向上および福祉の増進を包括的に支援す
ることを目的として、包括的支援事業を地域において一体的に実施する役割を担う中
核的機関として設置されるものである。
地域包括支援センターは、地域住民の保健医療の向上及び福祉の増進のための「ワン・ストッ
プの相談窓口」機関と位置づけられているものであり、若年脳損傷者に対しても「地域における相
談窓口については地域包括支援センターが担う」という考えは妥当なものだといえる。人材やノウ
ハウの面からも、他の組織に任せるより効率的でもある。
・若年脳損傷者は、平均年齢「64.3 歳の親が 35.9 歳を」「49.7 歳の配偶者が 51 歳を」
介護している状況にある。
介護保険制度の中にある組織であるが、現実に機能している組織としての「地域包括支援
センター」に、若年脳損傷者支援の機能も持たせることは選択肢の一つになる。
・若年脳損傷者は介護保険制度の被保険者ではなく、別途事業費用が必要となる
・若年脳損傷者に対する「地域支援ネットワーク」構築の必要性は、全国共通である。
・第一義的には、法整備をした上で国が出すべきだが、法整備までの間、「県や市町村が
負担して」「試行的に」事業を実施することは可能であろう。
・地域包括支援センターでは「介護予防ケアマネジメント」業務が過重負担となっている。
・予防ケアマネジメントを地域包括支援センターから切り離すことは法改正を必要としない。
県や市町村に対して、介護予防ケアマネジメント「だけ」に特化した地域包括支援センター
の運営を改めるよう働きかけることも、 現実的な 必要条件である。
32
6.(ケア)マネジメント機関から見る「実質格差」
① マネジメント
介護保険制度でも、障害者制度でも、マネジメントの過程は次の「4つ」の段階がある。
・ 利用者の生活状況や置かれている環境の状況の把握
・ サービス等利用のケアプラン原案の作成
・ 関係する事業所が集まってケア会議の開催
・ 作成されたケアプランの実行
・ ケアプランの遂行状況の確認と変更
等
しかし、「介護保険法によるマネジメント」と「障害者自立支援法によるマネジメント」には制度
上での差があり、これが若年脳損傷者(若年障害者)にとって『責任の所在が不明瞭であったり、
利用者にとってわかりづらい構造』となっている。
介護保険法
実施状況
・理論上、未実施の市町村はあり得ない
障害者自立支援法
・障害者自立支援法の相談支
援事業(実施主体は市町村)。
業務内容は、省令・細則でレベル担保
条件が規定されている。
担当者
介護支援専門員(ケアマネジャー)
相談支援専門員
・医療保健福祉分野の有資格+実務経験
・障害分野実務経験
・実務研修受講修了者(資格更新研修あ
・研修(5日)修了者
り)
・県内実働数
・県への届け数
155名
1、342名
作成上限
要介護者34名、要支援8名
規定なし
担当者会議
運営基準に介護支援専門員がサービス担
運営基準に「サービス担当者会
当者会議の開催、意見の聴収を規定
議の開催、意見の聴取」を規定
介護支援専門員が月1回以上、利用者の
運営基準に「月1回以上」居宅
居宅を訪問し、モニタリングを実施すると規
を訪問し、モニタリングすると規
定
定(基準に抵触すると報酬を算
モニタリング
定できない)
(ケア)マネジメントは、(ケア)マネジメントを希望する高齢者や障害者に対し、保健・福祉・医
療・教育・就労などの複雑な課題を抱える者に対し、提供されるべきものであるが、若年性脳損
傷者の場合、介護保険法の介護支援専門員か障害者自立支援法における相談支援専門員か、
医療機関等のソーシャルワーカー等なのかといった責任の主体があいまいなことから、(ケア)マ
ネジメントが実現しにくい状況にある。
33
② 在宅介護者の「日常」―調査結果より
居所【問9】を「在宅」としている 386 名から、「看護や介護を必要としない【問45】」39 名を除
いた347名が、看護や介護が必要な在宅療養者である。介護者が利用したことがある相談相手
や窓口と、そこでの満足度【問 42】をまとめると、次のような結果であった。
《 利用満足度 》
《 利用数 》
《 利用先 》
満足
やや満足
あまり満足でない
全く満足でない
市町村の福祉担当者
181
医療関係者
147
MSW(病院のケースワーカー)
123
ヘルパーや福祉施設スタッフ
78
49
県の福祉担当者
29
保健所
22
自動車事故対策機構
43
障害者総合支援センター
28
家族会
10
その他
この結果からは、利用が多く満足も得られる相手(点線より上)は、 「在宅介護の日常範囲内」
にあることが見てとれる。若年脳損傷者のリハビリテーション(社会的な復権)もまた、在宅介護の
日常範囲内から始まらねばならないとも言えよう。まず必要なことは、若年脳損傷者の在宅療養
には先に述べたような実質格差があるという事実に、関係する周囲が気づくことである。
・若年脳損傷者問題は、より多くの関係者が介護保険法との具体的格差に気づくこと(意識
喚起された裾野が広がること)も、重要なリハビリテーションである。
・具体的には次のようなことが考えられる。
・両制度において居宅サービスを提供している事業所を対象に、障害者サービス利用者
の『利用状況報告書』に関するアンケートを実施する。
介護保険制度では、毎月作成し担当ケアマネへの送付が義務づけられている。
障害者サービス利用者分について「作成の有無。送付先。それに対するリアクショ
ン(ケア会議の開催等)の有無」を確認していくことで、①で述べた実質格差が、
より具体的に明らかになるであろう。
34
7.難病特別対策推進事業 (重症難病患者入院施設確保事業)
重症脳損傷とりわけ意識障害に対する治療方法は未確定で、後遺症を残す恐れが少なくないこ
と、経過が慢性にわたり介護等に著しく人手を要するであろうことは容易に推測できるが、『原因不
明』との条件に合致せず、難病対策要綱による難病にはあたらない。このため次のような体系的な
支援が構築されない。
・ 調査研究 の推進(難治性疾患克服研究事業:臨床調査研究分野の 130 疾患が対象)
・ 医療施設等の整備(重症難病患者拠点・協力病院設備)
・ 地域における保健・医療福祉の充実・連携(難病特別対策推進事業)
・ QOL 向上を目指した福祉施策の推進(難病患者等居宅生活支援事業)
・ 医療費自己負担の軽減(特定疾患治療研究事業)
平成15年、国(厚生労働省健康局長通知)の「難病特別対策推進事業」により、全都道府県にお
いてセンター設置等の事業が決まった。県から業務委託され、重症難病患者入院施設確保事業
を、信州大学医学部附属病院難病診療センター・訪問診療部門が担っている。
① 相談・支援センター
【設置】
平成19年6月
【事業費】
国1/2、県1/2
【利用料】
無料(訪問診療費とそれに関わる交通費は患者負担)
【業務内容】 各種相談支援。患者の自主活動に対する支援。講演や研修会の開催。
関係機関との連絡調整。保健所主催医療相談および訪問相談事業へ
の協力など。
【職員配置】
医師1名、保健師1名、事務員1名
【相談人数と相談件数の推移】
【相談内容別の内訳】
【平成22年度相談者の地域別内訳(618人)】
地域
松本
長野市
長野
飯田
諏訪
上田
大北
佐久
伊那
北信
匿名
(人)
210
108
46
41
39
31
30
29
22
22
7
35
② 信大病院難病診療センター・訪問診療部門
【設置】
平成21年6月
【事業費】
重症難病患者入院施設確保事業分は国1/2、県1/2
【利用料】
訪問診療とそれに関わる交通費および入院費は患者負担
【業務内容】
難病患者の受け入れ医療機関などの調整と訪問診療。講演や研修会の
開催。難病医療協力病院(県内23医療機関およびかかりつけ医)への医学的
な指導および助言。関係機関との連絡調整。
【職員配置】
医師1名、看護師1名
【信大病院でのレスパイト入院患者数・利用のべ回数】
【訪問診療】 平成21年6月∼23年3月、 85名に対し計133回の訪問診療を実施
・ 経管栄養 : 21名(25%)
Barthel index(ADLの自立度)
・人工呼吸器装着 : 15名(18%)
・初回訪問後現在までに4名が死亡
0点(23名)∼100点(10名) 平均: 40.5点 ・診療時間:30-170分(平均85分)/回
・平均走行距離:100.4 km/日
【訪問診療地域別内訳】
地域
佐久
上小
諏訪
上伊那
飯伊
木曽
松本
大北
長野
北信
(人)
1
8
9
2
39
0
30
5
21
4
・若年脳損傷者には「難病対策要綱」にあたる支援根拠がない。国事業とはならない。
・県単独事業で実施すれば事業費は全額「県」負担。あるいは市町村に分担を求めること
になる。
・ただし、レスパイト入院は「特に病棟専任の医師、看護師の配置を要せず」「実質の事業
費も不要(不明)」であり、在宅若年脳損傷者の受入促進を進めることは可能である。
36
8.障害者自立支援法に基づく指定療養介護事業
三才山病院には、医療と介護の療養病棟があり、医療療養病床の一部が「障害者自立支援法
による指定療養介護事業所(以下、事業所)」となっている。事業所には、人工呼吸器を必要とする
筋ジストロフィーや筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者などが入所し、事業所以外の医療療養病
棟には、若年脳損傷者が入院している。
事業所入所者(17 名)と、若年脳損傷者(15 名)の、「必要な生活援助と医療ケア」を比較した。
必要な生活援助と医療ケア (2009年1月現在)
食事
排泄
診療報酬平均
呼吸
1日単価
事業所入所者
43、866 円
医療療養病床分診療報酬 34、756 円
療養介護サービス費 9、110 円
若年脳損傷者
医療療養病床診療報酬
経管チューブ
全介助
ほぼ自立
おむつ・カテーテ
ル
介助が必要
ほぼ自立
人工呼吸器
気管切開・吸
引
管理不要
22、990 円
両病棟における診療報酬の平均値
のべ人数:医療療養37名、療養介護23名
(2009年10月現在)
食事と排泄は、程度の差はあるものの「自立以外(チューブ・カテーテル)」の割合が多い。
呼吸では、入所者の多くが人工呼吸器装着者。一方の若年脳損傷者には「気管切開・痰の吸引」
が必要な患者が多い。これも医学的管理が必要で、在宅介護や施設利用で重い負担になる。
軽 ↑ 身体機能の障害 ↓ 重
事業所入所者(●)と、若年脳損傷者(○)を、
チャートで点描すると、入所者の方が身体障害
が「より重い」傾向はあるが、ともに身体機能の
A
障害と意識・認知機能の障害が重複し、重症か
ら軽症まで分布している。チャート上では両者
B
を別の群として明確には区別できない。
同じような障害状態であれば、同じような援
重 ← 意識・認知機能の障害 → 軽
助を必要としている。しかし、両者の診療報酬
には、ほぼ倍近い格差がある。
筋ジストロフィー等の患者には、入院による長期療養が必要となった段階(位置A)で利用できる
制度と事業所があり、機能障害・活動制限が進行していく過程に「43、866円」の、医療と福祉の支
援が存在する。
これに対し、医療制度による医療療養病床では、意識・認知機能および身体機能の障害が重度
で(位置B)介護度が高くても、医療療養病床規定で問われる「医療区分(必要度)」は別物で、長
期療養は困難である。リハビリテーション日数制限も存在し、機能訓練のために長期入院すること
37
も難しい。このため、介護保険施設を利用できない患者(若年層)が、退院を余儀なくされる。 これ
から回復を目指していこうとする若年脳損傷者に対して「22、990円」の支援しかない。今の医療
制度ではそれが 社会的入院である と見なされているからである。「手がかかるのに診療報酬は
低い。病院の経営を圧迫するから退院を」と迫られれば、B位置の若年脳損傷者から、回復の可能
性が奪われるのである。
・診療報酬単価等から生じている格差を、現場の努力で 同じような処遇 にすることは不
可能である。「同じように処遇できない」ことを率直に問題提起していくべきである。
・若年脳損傷者にあたる患者は、医療機関に存在している。現在は在宅療養となっている
患者にも、少なくとも退院した医療機関がある。
・特に退院時指導等にあたり、介護保険適用者と比較して若年脳損傷者への処遇格差に
疑問を持つMSW(メディカルソーシャルワーカー)等は、少なくない。
・若年脳損傷者問題への意識喚起を目的として、医療機関を対象に重症脳損傷者の発生
率、転帰(在院、退院実態)の調査を行うべきである。
【参考】 2006年の調査期間中に、厚生連が系列下11病院のMSW等を招集して実
施した「調査推進会議」の中で提起された事項。
x 長期療養の場所がない。
x 急性期医療現場での見込み以上に、思いのほか回復する方々がある。
x 県内のリハ医らが、エビデンスを形成できるような場(機会・会合・委員会等)を、
県として設けて欲しい。
x 重度者(呼吸器・吸痰)への支援・サポートシステムが必要。
x 高齢の両親が支えている介護も多い。制度として整備され、社会に浸透してきた
とされる介護保険が適用されていても、家族の負担は大きい。まして(介護保険
のようなサポートのない)若年層介護は、家族の負担がどれほど大きいか。
x 家族をレスパイトさせるには、当事者を入院させる以外に方法がない。
x 療養病床の看護体制では、重度者に対応することが難しい。
x 重度でなくても介護が必要な人の行き場がない(回復期病棟へ入れない)。
x 年金取得が可能なほど重度でない場合(言語障害だがADL自立など)は、就労
を求めている。作業所やディではなく、お金を稼ぐことができる「場」を必要として
いる方々もある。高次脳機能障害への就労支援を考える必要がある
x 制度間の年齢区分が統一されてこない(隙間が生じている)
x 介護保険適用までの間に利用できるサービスがない。
x 県境の病院では、県施策の差・制度差にも直面する。
38
Ⅲ.脳損傷後の回復過程
1.調査結果より
若年脳損傷者(199名)のうち、発症当初に「植物症、植物状態(人間)、遷延性意識障害、意識
は戻らない」と言われた者は 66 名であった。
① 調査回答時の障害現況
↑
身体機能の障害
↓
←
意識・認知機能の障害
→
② 経過一覧
一覧表の見方
②発症原因
④現在までの転院回数
③経過年数
⑤現在の居所
⑥障害現況(右図参照)
* :高次脳機能障害ある者
s :何らかの形で就労
(例) ①
57
②
③
④
⑤
⑥
心筋梗塞
2
4
病院
75 *
︵ 軽 ↑ 身体機能の障害 ↓ 重 ︶
①発症年齢
( 重 ← 意識・認知機能の障害 → 軽 )
57 歳で心筋梗塞により脳損傷して 2 年。
「植物状態」と言われた後、4回の入転院をし、
現在も入院中。
「75」位置の障害現況で高次脳機能障害あり。
39
③ 経過年数
④ 転院回数
⑤ 現在居所
⑥ 障害現況
② 発症原因
① 発症年齢
⑥ 障害現況
⑤ 現在居所
④ 転院回数
③ 経過年数
② 発症原因
① 発症年齢
20
外傷
33
3
病院
33
29
外傷
5
5
在宅
78*
20
外傷
20
7
在宅
53*
24
外傷
5
4
在宅
75*
22
外傷
19
1
在宅
78*S
25
外傷
5
4
在宅
22
25
外傷
17
5
在宅
58*
51
糖尿病
5
在宅
22
41
外傷
17
施設
52
52
外傷
4
2
在宅
86
19
外傷
16
3
在宅
65*
21
外傷
4
5
施設
22
34
外傷
15
2
施設
22
32
外傷
4
7
在宅
22
42
外傷
14
1
在宅
54*
59
外傷
4
2
在宅
22
23
外傷
13
在宅
66
30
脳血管
4
3
在宅
12
25
低酸素
13
2
施設
23
61
外傷
3
2
在宅
87
23
外傷
12
8
施設
53*
44
低酸素
3
2
在宅
58
26
低酸素
12
8
在宅
53
37
外傷
3
4
施設
51
46
低酸素
12
2
施設
12
47
外傷
3
1
19
外傷
12
在宅
11
28
外傷
2
2
在宅
88
38
外傷
10
4
施設
77*
27
外傷
2
2
施設
78*
44
外傷
10
4
病院
11
57
心筋梗塞
2
4
病院
75*
22
外傷
9
2
在宅
75*
42
外傷
2
4
病院
54*
49
外傷
9
2
在宅
66*
20
脳血管
2
3
在宅
85
51
外傷
9
3
在宅
65*
62
外傷
2
3
病院
53
31
外傷
9
2
施設
22
37
脳血管
2
病院
46
21
外傷
8
2
在宅
68 S
42
外傷
2
2
施設
33
30
脳血管
8
2
在宅
41
55
心筋梗塞
2
1
病院
23
22
脳炎
8
18
在宅
11
42
低酸素
2
1
病院
22
25
外傷
7
在宅
77*
59
低酸素
2
2
病院
12
44
外傷
7
4
病院
74*
62
低酸素
2
1
施設
11
19
低酸素
7
7
施設
22
37
外傷
1
2
病院
77*
25
外傷
6
1
在宅
88 S
26
外傷
1
3
施設
66*
25
外傷
6
1
在宅
78*
35
脳血管
1
2
施設
65
25
脳血管
6
1
在宅
78*
54
外傷
1
病院
23
20
外傷
6
5
在宅
76*
58
心筋梗塞
1
2
病院
22
34
外傷
6
2
病院
68
59
低酸素
1
1
病院
22
36
外傷
6
2
施設
21
56
ガス中毒
1
1
病院
11
32
外傷
6
4
在宅
11
57
低酸素
1
2
病院
11
22
40
2.重症脳損傷者の発生率と転帰
相澤病院は、救命救急センター受診者数(100名/1日)、救急車受入台数(15台/1日)。
圏域内人口約42万7500人の、2次救急医療指定施設である。
① H23 年 1 月 1 日∼6 月 30 日までの入院患者 420 名を、脳卒中と脳外傷に大別して集計
計
90
歳以上
80
歳代
70
歳代
60
歳代
50
歳代
40
歳代
30
歳代
20
歳代
10
歳代
歳未満
10
疾患分類
外傷性 ASDH
1
外傷性 CSDH
外傷性 SAH
外傷性脳出血
1
脳
外
1
1
1
2
1
1
1
1
1
5
15
17
2
6
6
傷
43
19
2
2
1
5
1
5
2
脳外傷
1
1
1
1
6
4
2
3
1
9
26
23
2
77
5
4
14
39
61
81
27
231
2
6
11
11
16
26
5
78
1
4
2
1
脳梗塞
脳
脳出血
1
卒
非外傷性 CSDH
1
2
多発外傷
計
1
3
中
非外傷性 SAH
7
5
3
5
7
6
1
27
計
0
1
0
7
15
28
56
88
115
33
343
総計
1
7
4
9
18
29
65
114
138
35
420
② 介護保険が利用可能とならない『重症脳損傷者』を抽出し、その転帰を確認
・脳卒中 40 歳未満、脳外傷 65 歳未満(表中網かけ)の者は 30名。
・このうち、「①植物状態・全介助。②GCS10 点以下。③要介護 3 以上」の者は 3 名。
・その転帰は以下のようであった。
21 歳、男性、多発性脳挫傷。植物状態のまま関東地方の市立病院へ転院。
35 歳、男性、脳幹部梗塞、左小脳梗塞。死亡退院。
38 歳、男性、脳幹部梗塞。死亡退院。
【残された課題】
x 低酸素脳症は、主病名からは拾えず、原疾患分類には入らなかった。
x 急性期病院では、児童福祉法の援護対象となるか否かは判断できず、介護保険の適用
可否により「若年者」を分別するに留まった。
x 重症脳損傷者の定義は、2010年大分県で実施された調査対象者定義を使用した。
x より重篤な脳損傷は、3次救急医療施設へ搬送されていると思われるため、3次救急医療
施設での「発生率と転帰」も調査する必要があるのではないか。
急性期病院では、入院期間中に手帳、遷延性意識障害などの制度利用がなく、この現状もまた
狭間 である。
41
3.医療機関における若年脳損傷者
三才山病院(H23.7.31現在)。左側数字は発症時年齢
500
1000
25
25
24
18
31
25
18
30
40
35
25
30
19
26
23
1500
2000 (日)
3年
5年
4.「長期にわたる回復」 具体事例
10 年
5年
A
(35)
B
(24)
C
15 年
(26)
(発症時年齢)
入院等
在宅
●2012 年1月現在
A.遷延性植物状態から長期に渡って回復を見せている重症脳挫傷の一例
35 歳
5年
認知リハビリ継続中
自発性低下・
注意障害
遂行機能障害残存
バーセル指数70点
退院
食事自立・
尿失禁消失
経管栄養離脱
発語出現し尿意訴える
起座自力で可能
気管カニューレ抜去
42
第 27 回日本リハビリテーション医学会中部・東海地方会(平成 22 年 8 月 28 日)へ報告
1
長野厚生連佐久総合病院リハビリテーション科
2
長野厚生連鹿教湯三才山リハビリテーションセンター三才山病院内科
1
太田 正、1 寺岡史人、1 宍戸康恵、1 蔵島牧子、2 黒岩 靖
【症例】
35 歳男性。転落事故で受傷し当院へ搬送。JCS200、右前頭部陥没骨折・両側前頭葉右側頭
葉に広範な脳挫傷あり、緊急手術で救命。受傷後 3 ヵ月でリハビリテーション専門病院へ転院。
【転院時所見】
JCS3∼20、経鼻経管栄養、気管切開、四肢の自発運動わずかにあり(バーセル指数 0 点)。
【経過】
予防投与であったバルプロ酸(抗てんかん薬)中止を契機に意識レベルは改善傾向となり、7
ヵ月で気管カニューレ抜去。1 年より直接嚥下訓練開始。1 年 2 ヵ月で起座自力で可能。1 年半
で発語出現し尿意を訴える。1 年 8 ヵ月で経管栄養離脱、歩行自力で可能、尿便失禁あり。2 年
4 ヵ月で食事自立、尿失禁消失。3 年 5 ヵ月で退院.自発性低下・注意障害・遂行機能障害残存
(バーセル指数 70 点)し、現在(受傷後 4 年 8 ヵ月)当院外来で認知リハビリを継続中。
【考察】
受傷後3ヶ月でリハビリテーション専門病院に転院まで、植物状態の定義に合致していた。
これには、前頭葉性の無動無言に抗てんかん薬の副作用が重なっていた可能性が高いと考え
る。脳損傷後に、未だてんかん発作がない段階で抗てんかん薬を予防投与することにはエビデ
ンスがない。かえってその精神神経系副作用は、脳損傷そのものによる症状との区別ができず、
いたずらにその回復を阻害する可能性があり有害と考える。
長期に渡る回復については、まず遷延性植物状態からの回復は、外傷性脳損傷では3ヶ月
から 1 年での回復が珍しくないとされている(注)。この症例も、それと合致している。さらに、重度
の前頭葉機能障害からの回復について、慶応大学の布谷氏は「3年程度の期間を要している(1
998年、布谷ら)」と述べている。今回、日常生活の自立に4年以上を要し、さらに遅れて回復し
てきていることは、一時植物状態に陥るほどの重症例であったためと考える。
(注)
43
B.受傷後約 3 年間の意識障害の遷延後に
植物症からの脱却がみられた頭部外傷の若年症例
24 歳
5年
嚥下リハビリテーション
短期入院
バーテル指数0点
広南スコア24点
︱︵
植物症脱却例︶
・ 粥、ミキサー食、
とろみ水の嚥下可能
・ 立位歩行訓練可能
・ 意識障害の改善
聴理解可能
訪問リハ・
通所リハ続行
退所
自動車事故対策機構
療護センター入所
気管カニューレ抜去
長野厚生連鹿教湯三才山リハビリテーションセンター三才山病院リハビリテーション科
泉從道
【症例】
24歳男性。6 月7日、バイク運転中に交差点でタクシーと衝突し受傷。大学病院へ搬送。JCS
300、頭部 CT で脳挫傷・急性硬膜下血腫・脳室内出血・全脳浮腫と診断。ベッドサイドで穿頭、
脳圧センサー挿入、低体温療法施行。脳圧亢進あり、痙攣発作が出現、脳圧降下薬・抗てんか
ん薬使用。4日後脳圧センサー抜去、低体温療法中止。ヒルトニン療法、意識障害は JCS 20、対
光反射出現。一時、心室性期外収縮出現、抗不整脈薬使用。気管切開。喀痰多量、一時 MRSA
検出。経管栄養開始、胃痩造設。リハ開始
●受傷後1ヶ月半で総合病院へ転院。リクライニング式車椅子での坐位可能。音楽に合わせて
四肢を動かす動作あり。注視・追視なし。気管カニューレ抜去。ヒルトニン療法、意識障害の改善
なし。 受傷から5カ月、リハビリテーション病院へ転院。
【転院時所見】(報告者が主治医)
開眼、呼名に対して眼球運動は不定、自発性水平性眼球運動、発声困難(僅かに捻声)、嚥
下障害(胃瘻)、両側片麻痺、左上肢は引っ掻く様な運動、右上肢は屈曲拘縮、両下肢の屈曲
運動、尖足(右<左)、体位変換・坐位・立位・歩行は不能、尿便失禁(おむつ)。
【検査】脳波:全体的に振幅減少、 基礎律動は徐波。右側頭葉に棘波。
【経過】
意識障害の遷延、四肢麻痺あり回復期リハ施行。体温上昇あり中枢性の体温調節障害と判断。
呼名に対する反応は不定。一度だけ頷きが見られたが、意図的な行動であるかは不明。痛み刺
激に対する顔の表情が出現。その他、大きな改善は認められず。
入院時に見られた左上肢の引っ掻く様な運動は徐々に影を潜めた。左手関節拘縮が進行。
抗痙縮薬を漸増、痙縮・拘縮の軽減は軽度。抗てんかん薬は肝機能障害のため中止、多剤へ
変更。痙攣発作はなし。嚥下造影、咽頭期の運動は比較的良好、嚥下反射惹起遅延と口腔期、
先行期障害。リクライニング 45 度、左 30 度前斜位で頸部を正面に向かせて 1.6%の水ゼリー50ml
44
で直接的嚥下訓練を開始、発熱・喀痰増加あり中止。栄養は胃瘻。口腔内清拭にはアズノール
うがい液使用。排泄はおむつ内尿便失禁。
若年であり意識の回復を望みたいが長期の経過観察が必要と判断。リハの基本方針は「音や
声かけに反応できるように刺激を与え意識レベルの向上を図る。介助量の軽減を図る。」とし、4
ヶ月半のリハプログラムを施行するも充分な効果は得られず、移動・日常生活活動は全介助。在
宅療養が出来るまでは療護施設でのリハが適当と判断。
【理学療法】
基本動作不能。坐位・立位保持不能。移動不能。左半身の筋緊張増加。療護センター入所
の方向性となったので、左足の尖足に対して短下肢装具が処方されたが作製せず、車椅
子の検討も必要と思われたが、行わなかった。発声・表情変化の頻度増加。うまく刺激が入
ると口や目を大きくあけ体幹を後方へ突っ張らせる反応が出て来た。
【作業療法】
日常生活活動は全介助。両上肢廃用手。左手関節が掌屈筋群の筋緊張亢進のため常に
屈曲し亜脱臼の恐れがあり、手関節背屈装具が処方された。日常生活活動は入院時と変
化なく全介助。追視・注視・表情変化の頻度増加。端坐位・車椅子坐位時のヘッドコントロー
ルは若干改善。
【言語聴覚療法】
<失語症>覚醒昏睡状態のため評価不能。<構音障害>発声・発語なし。<嚥下>流
涎・むせ。<コメント>大声・痛み刺激で表情が歪み、顔や画面を短時間注視する他にコミ
ュニケーション行動はなく、入院時と特に変化ない。
【臨床心理】
<精神状態>開眼はしているが、自分の周囲と意味のある接触をもつことはない。疎通困
難。持続性植物状態。<知能>計り知れない。<前頭葉機能>検査不能。<記憶力>計り知
れない。<神経心理>計り知れない。<コメント>広範な脳疾患による、覚醒昏睡様状態。
予後的にも厳しいケース。<経過>開眼はしているが、全くの無為無欲状態を呈しており、
疎通困難。生産的症状は目立たず、発動性の低下と感情鈍麻が中心的精神症状と考えら
れる。今までの経過を見る限りでは、リハビリによる改善には限界があるものと考えられる。
●受傷後7カ月、自動車事故対策センター中部療護センターへ入所。リハ施行するも大きな改
善なし。2年8カ月、在宅へ。在宅で訪問リハ(理学療法)、通院リハ(作業療法/言語聴覚療法)を
継続、意識障害の改善あり、聴理解可能、立位歩行訓練可能となった。摂食に関しては母親が
試行錯誤の結果、全粥、ミキサー食、とろみ水の嚥下が可能となった。
●受傷後7年、当院へ自動車事故対策重度後遺障害短期入院(報告者が主治医)。
【現症】
易興奮性あり充分な診察は困難。開眼、言語の理解は可能だが程度は不明、「はい‐いいえ」
反応での簡単な内容の意思疎通は可能、唸声以外の発声は不能、眼球運動は全体に軽度制
45
限、挺舌は不能、摂食嚥下障害、右上下肢に激しい自発運動、左上肢は屈曲位で拘縮、左下
肢は伸展優位の運動、左側に強い両側片麻痺、ベッド上背臥位、起立・立位・歩行は不能、感
覚障害の有無は判定不能、尿便失禁。
FIM 20 点。バーテル指数 0 点。広南スコア 24 点:脱却例。
【経過】
2 週間の維持期リハビリテーションを施行。摂食以外の機能・活動・参加レベルに著変はなか
った。遷延性意識障害は極軽度であり、脳深部刺激・脊髄電気刺激・正中神経療法については
絶対的な適応はないと思われた。四肢痙性麻痺に対しては、今後、バクロフェン髄空内投与療
法を検討する余地はあると思われた。
嚥下造影を 2 回施行し、嚥下リハビリテーションを施行。
中粘度のとろみ水では明らかな誤嚥、ミキサー粥、ミキサーとろみ食では咽頭残留からの喉頭
侵入・誤嚥、全粥・刻み食では咽頭残留が増加、ゼリーも侵入・誤嚥することあり。
自宅でのとろみ水、粥(7 分程度)、ミキサーとろみ食でも喉頭侵入・誤嚥がみられるレベルであ
ったが、熱発・肺炎はなかった経過がある。
ミキサー粥・ミキサーとろみ食から全粥・特軟食(口腔内で潰せる硬さの副食[当院は刻み食を廃
止])に食上げをしたが、咽頭残留の増加に注意が必要、適宜、ゼリーや高粘度のとろみ水で咽
頭残留を除去しながらの摂食が必要。今後、むせの増加、熱発・肺炎等あれば、ミキサー(とろ
み)食に戻す必要がある。またむせの生じない誤嚥も確認されているので、むせがないからとい
って安心とは言えない。
C.発症後 16 年、植物症からのリハビリテーション途上にある、低酸素脳症の症例
26 歳
5年
・ 社会性の向上
短期入院
バーテル指数5点
広南スコア47点
︱︵
不完全植物症例︶
・ 発話量・
語彙増加
・ アイコンタクトあり
・ 端坐位訓練可能
・訪問リハ開始
・胃ろうチューブ抜去
退院
経口摂取開始
意識障害の改善
デパケン・
セルシン
漸減・
中止
胃ろう造設
気管カニューレ抜去
1
長野厚生連佐久総合病院リハビリテーション科
2
長野厚生連鹿教湯三才山リハビリテーションセンター三才山病院リハビリテーション科
1
太田 正、2 泉 從道
46
【症例】
26歳女性。帝王切開で第1子出産。翌夜、トイレ起立時に心肺停止。深部静脈血栓症からの
肺塞栓と推定。一時、多臓器不全となり透析等集中治療を施行して救命。
気管切開、経鼻経管栄養。
●受傷後7ヶ月で転院。気管切開口閉鎖。左膝・足部の矯正手術。その後転院8回。発症から5
年後、2 当院へ入院。1 主治医(当時)。
【転院時所見】
軽症意識障害(遷延性)、持続的植物状態。構音障害(オウム返し様の発語)・嚥下障害(胃瘻
栄養)、舌・顎・頸部の不随意運動(舌を出し首を右へ振り歯ぎしり)。重度四肢体幹麻痺(右上下
肢には半ば不随意的な動き)。ADL:全介助、後方への反り返り(進展パターン)が強く車いす座
位保持困難。頭部 CT 上の著しい脳萎縮所見。
【経過】
車いす(リクライニング式)座位耐性が改善、それ以外の肢体機能には大きな改善なし。経口
摂取は、開口困難や舌の不随意運動のため口腔内に食塊を入れることも困難。
痙攣発作はないため、デパケン漸減・中止。セルシン減量開始。反応改善(「お世話になりま
す」の発語)みられ、経口摂取量も増加。週に2日のみ経口摂取(全粥・5分刻み)。その後、毎
日(昼食)経口(徐々に咀嚼もするようになる)、やがて全面的に経口摂取(水分のみ胃ロウ)へ。
発症後5年経過し、基本的にはプラトーに達していたが、「持続的植物状態」回復し「全般的な知
能低下」といえる状態になって、経管栄養から経口摂取へと移行し得た。
●発症から6年9カ月、在宅へ。
当院外来へ通院(月1回)、在宅入浴サービス(週3回)、訪問看護(週1回)、訪問鍼灸等で療
養を継続。さらに咀嚼能力向上(常食可能、水分は主として経管)、座位での体動増加、発話
量・語彙の増加。水分摂取も徐々に可能となり、胃瘻チューブ抜去(造設から3年後)。
左上肢の随意性が出現、作業療法士の訪問訓練開始、その後、理学療法も開始。注意(聴覚・
視覚)の持続時間が延長(音楽・絵本読みへの傾聴。デイサービスでの企画・DVD 鑑賞など)、
簡単な指示に従えるようになってきた。おむつに排尿したことを教えるようなしぐさ。
言語聴覚士による積極的なかかわり開始。
●発症後16年、2 当院へ短期入院。2 主治医。
【現症】
貧血・黄疸なし、頸部にリンパ節腫脹・甲状腺腫なし、肺ラ音なし、心拡大なし、心雑音なし、
腹部平坦、腹筋トーヌス亢進、右大腿部前面に固結、下腿浮腫なし。
認知機能障害、高次脳機能障害、開眼、多動、頭部を左右に激しく振り続け、「ハーヤ」と叫び
続け、時に舌を出し、度々歯ぎしり、頸部・四肢は脱力困難、右下肢は進展し屈曲困難、左下肢
は屈曲進展可能、両側内反尖足(右に著明)、両側片麻痺(右手はよく動き開閉可能、左手指は
変形し僅かな動きあり)、自力では基本動作不能、尿便失禁。
CT:大脳皮質の萎縮、脳溝拡大、脳室拡大は高度。(※下に画像を掲載)
FIM 23点。バーテル指数5点。広南スコア46点:中等症例。
47
【理学療法】
ADL は食事介助以外全介助の状態。全身の筋の緊張が高く、四肢・体幹の関節可動域制
限が著明。現在の身体機能の維持を目的に関節可動域訓練・端坐位保持を行うが、大声を
出すなど拒否が強い。端坐位保持では、重心の位置を安定させると比較的拒否は少ない。
親しい人には笑いかけるなど、人の顔の区別はつく様子。
【作業療法】
主に、うつ伏せやボール上の座位訓練を行う。ボール上での座位保持は最初は抵抗を示
すものの、安定すれば一人介助で跳ねたり前後左右に動くことが可能。風船バレーや TV
ゲームなどへの反応は悪く思うような成果は得られず。四肢の麻痺は重く、また意識障害の
影響もあり目的的な使用は困難。時々音楽に合わせて手を振る行為が見られる。<知的機
能>検査は困難だがおそらく重度の障害。<精神機能>本人の中での快、不快な感覚は
ある様子で、笑顔や声出しなどで表出あり。<コミュニケーション>アイコンタクトはとれると
きがあるが、それ以上は不可能。意思疎通は困難。
【言語聴覚療法】
<コミュニケーション>アイコンタクト(+)、人への嗜好性あり、人を見て笑うことがある。歌
や「こんにちは」との声かけに「あかちゃん、あかちゃん、私、私」と歌詞の続きを話すことが
ある。口頭表出で何かを伝達するようなことはない。表情(笑顔・泣く等)や声の調子(大きさ
や騒ぎ具合)等で、快・不快を表現。
子どもが泣きやむ音楽(「たらこ・たらこ」や「お尻かじり虫」等)を試しに聞かせると、「知らな
い」と叫ぶような大きな声で言う。2回目に「たらこ」の歌を聴かせると、初回とは異なり、歌の
歌詞に近い声出しあり、歌に対する既知感があるのか穏やかになる場面もあり。
数字のカウントアップ1∼10までを実施。嫌がって首を横に振り、騒ぐ。身体接触も嫌がる。
数字の斉唱は騒ぎながら「わからん、わからん」と言うようにも聞こえる。数字を数えましょう
かと説明しているそばから、首を横に振り騒ぎ出す。
【発症後16年時撮影】
【同時期。座位保持、食事の様子】
(※ 写真掲載には家族の了承を得ています)
48
5.自動車事故対策機構療護センター
日本で最も多く植物症患者を診ている施設は、自動車事故対策機構の療護センターであろう。
同機構は自賠責保険の運用益で運営し、療護センターは(自動車事故の被害者に限定して)重
度脳損傷者に最長3年間の入院リハを提供している。全国に6か所ある中で、最も歴史のある千
葉療護センターからの文献(症例数100。当然ながらすべてが頭部外傷例)によると、「事故から
入院までの平均が 2.83 年」、「退院した患者の入院期間は平均で 3.2 年」、「多くの症例で右肩
上がりの改善が見られているが、大部分は治療開始後2年以内におこっている」とある。
また、千葉療護センター独自のスコア(100点満点)で 20 点以下の最重症から、スコアが 25
点以上改善した6例の検討から、検討する価値のある方法として『抗けいれん剤の減量』と『シャ
ント圧の調整』が挙げられている。同センター長の岡信男医師は文献の中で、「重症脳外傷患者
は急性期の治療が落ち着いた後の数年間は、脳神経外科医の下でリハビリテーションを中心と
した治療が行われるべき」ことを述べている。
6.リハビリテーション 全 置
リハビリテーション前置とは、病気の発症や事故後、救命救急治療と並行し、できるだけ早期
から体を起こして不要な機能低下を防ぎ、最大限の回復を促す集中的な訓練を行うことで自立
度を向上させ、その上で残った後遺障害に対して福祉サービスを利用する、「介護の前にリハビ
リテーションを置く」原則である。
現在の医療制度の中で「3∼5年」という時間は、とてつもない長期であるかのように感じられ
る。しかし、若年脳損傷者の発症時平均年齢は「36.2歳(標準偏差±13.4 歳)」である。50余年
の平均余命を残している者が社会に対して、発症初期の「3∼5年」に『最大限の回復を促す集
中的な訓練』を保障してくれるよう望むのは、けして過大な要求ではない。むしろ障害の重症固
定化を防ぎ、本人や介護者および社会の負担を軽減することが、リハビリテーション前置の主要
な目的である。
現在、救命救急とそれに続く急性期に加療された「シャント術。抗てんかん薬の予防投与。胃
瘻造設」などについて、これを調節する、減らす、止める、経口摂食への移行を試みるといった、
減療 とも言える治療に十分な注意が払われているとは言い難い。重症脳損傷者家族の多くが、
「もう医療にできることは何もない」と説明されてくるが、実際のところ治療は終了していないので
ある。若年脳損傷者は、リハビリテーション前置以前に 医療不在 の問題も抱えている。
若年脳損傷者の、脳損傷 その後 の回復は長期にわたる。発症初期に「3∼5年」のリハビリ
テーション前置を要することは前述の通りであるが、その際、必ずしも病院という環境が回復に
最適であるとは言い切れないところに、「脳の機能回復」の複雑さがある。長期療養の場が必要
であると同時に、病前の馴染み環境や地域社会から切り離される期間は短い方が良いという、あ
る種の矛盾こそが『脳の損傷と回復』が持つ特異性であり、生活の中に「リハビリテーションを
全 置する」といった、新しい視点が求められているとも言えよう。
49
第三部.新しい枠組み
Ⅰ.時代の要請
2011年2月、世界で最も権威ある医学雑誌の一つ『The New England Journal of Medicine』に、
「意識障害時の意志による脳活動の変化(邦訳)」と題した論文が発表された。
植物状態に陥った54人を対象に、機能的 MRI(画像診断装置)を使った検査をしてみたところ、5
人に自身の意志による脳活動の変化を検出した。具体的には、YESの時はテニスを想像し、NO
の時は自宅を想像するように伝え、それぞれが答えとなるような質問をした。すると、植物症患者も、
健常者と同じ部位に脳活動の変化を見せた。意識障害があるように見えても、意図的に脳の活動
を変化させることができると結論されている。
1.救命困難・回復不能を越えて
長く医療は、脳の損傷に対して微力であった。重篤な脳損傷が死に直結した時代はもとより、直
近の70余年は「中枢神経の神経細胞は増殖しない(ゆえに脳損傷にも回復はない)」ことが定説で
もあった。神経生物学者のカハールが1928年に発表した論文の中で「いったん発達が終われば、
軸索や樹状突起の成長と再生の泉は枯れてしまって元に戻らない。成熟した脳では神経の経路
は固定されていて変更不能である。あらゆるものは死ぬことはあっても再生することはない」と結論
したからである。以来、結果として脳の損傷は「治療法がない」「完治しない」ことのみが強調され、
重篤な脳損傷者が人として不自然な存在であるかのように、"植物人間"との蔑称さえ生じることと
なった。
しかし1998年、成人の脳にも分化能力のある神経幹細胞が存在すること、さらにこれが新しく成
長することが実証された。神経細胞の新生(ニューロ・ジェネシス)である。現在、脳の可塑性(損傷
からの回復)が否定される要素はない。医療は、脳の損傷を積極的に治療する時代を迎えたので
ある。従来の、傷病を「短期間でより効果的に治療する」、病変が進行しないよう「長期にわたって
状態を維持する」との視点に加え、「長期にわたる回復を継続して治療する」視点が必要となってこ
よう。回復可能性の高い若年脳損傷者が制度の狭間に見捨てられ、回復事例が埋没・散逸してい
ることは、社会医学的損失である。
2.社会的障壁
2011年、改正障害者基本法は社会的障壁を、『障害がある者にとつて日常生活又は社会生活
を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものをいう』と定義
した。若年脳損傷者にとって現行の医療福祉制度が社会的障壁となっていることは明白である。し
かし、より大きな障壁が、社会『観念』の中にも存在している。
脳損傷後の回復過程を身近に実体験する者は少ない。ゆえに社会の大多数は未だ漠然と、
「植物状態に陥ったら、もう回復しないのだ」と思い込んでいる。確たる根拠があるからではなく、知
50
らないからである。そして『観念』の中で植物状態というものを想像し、「その状態に生きている意味
はあるのか」などと論じてしまう。一般に社会は未だ「頭をやったらおしまいだ」との理解に留まって
いるのである。尊厳死議論や終末期を語る際の「ああ、なりたくない」と指差す先にいる「ああ」は、
植物症患者あるいは若年脳損傷者の姿であったりもする。
回復途上の脳損傷者の存在を、漠然と忘れられたままにしておいてはならない。
51
Ⅱ.現在の必要
1.基本的な法整備 ― 新しい酒は新しい革袋に盛れ
ここまで見てきたように、現在の支援体系は、脳損傷というアクシデントおよび その後 について、
今日的な医科学水準を踏まえた上で正面から向き合っているものではない。
脳損傷による後遺障害者への支援については、次の2つが基本的視点として必要である。
x 表出している障害の状態が同じであっても、それが脳の損傷に起因する場合と、他の原因
による場合とでは、必要とされる支援の内容が異なること。
x 脳の損傷に起因する障害には、その原因や年齢に関わらず、原則として同種の支援が必
要とされていること。
現時点では医療福祉にかかわる法律自体に、この基本的視点が欠けている。幾多の狭間や矛
盾が生じてくるのは、むしろ当然であるとさえ言える。現行法の枠内で個々別々の支援策を考えて
みても、根本的な解決には結びつかない。それどころか、さらなる狭間を生み、矛盾を重ねること
にもなりかねない。――新しい酒は新しい革袋にこそ盛るべきである。
年齢や原因にかかわらず脳損傷者全体を視野に入れ、『脳の損傷と回復』の視点から総合的な
施策を展開するために、基本となる法律が必要である。
2.その間に
支援の根拠となる法律を整備し、その法に基づいて国全体で総合的な支援策を構築することが
必須ではあるが、それまでの間にも、国、都道府県、市町村のそれぞれが、現行法の制約の中で
も柔軟に対応できることは、可能な限り進めていくべきである。
3.国への提言に向けて
次年度は、施策に反映できるより有用な提言を行うため、委員による議論のみではなく、調査ヒ
アリングにより実情把握を行うとともに、県担当部局との積極的な意見交換を実施したい。
52
若年脳損傷者のリハビリテーションに関するワーキンググループ
委員名簿
(五十音順)
氏 名
いずみ
役 おおた
ただし
太田 正
佐久総合病院リハビリテーション科 部長
こばやし
ゆうこ
信州大学医学部附属病院医療福祉支援センター
看護師
たまる
ふゆひこ
県立総合リハビリテーションセンター
次長兼リハビリテーション療法部長
小林 裕子
田丸 冬彦
なかむら まさひこ
中村 雅彦
長野県介護支援専門員協会 会長
なるさわ
佐久総合病院老人保健施設こうみ 支援相談員
社会福祉士
つよし
成澤 斉
はら
音楽療法綜合オフィス音多歌樂箱 音楽療法士・看護
師
さちこ
原 幸子
ほりうち
相澤病院医療連携センター医療福祉相談室
社会福祉士
ひろゆき
堀内 寛之
◎座長
等
鹿教湯三才山リハビリテーションセンター三才山病院
副院長兼指定療養介護事業所長
より みち
泉 從道
◎
職
8名
(敬称略)
53
Fly UP