...

複雑構造材料の特性解析グループ

by user

on
Category: Documents
19

views

Report

Comments

Transcript

複雑構造材料の特性解析グループ
複雑構造材料の特性解析グループ
骨細胞のメカノセンシング機能とリモデリングによる機能的適応
工学研究科機械理工学専攻
安達 泰治
Abstract: In bone functional adaptation by remodeling, osteocytes in lacuno-canalicular system are
believed to play important roles in the mechanosensory system. Under dynamic loading, the bone matrix
deforms and its stress/strain field generates fluid flow in the lacuno-canaliclar system. The fluid flow
induces shear stress on cell process membrane that is believed to stimulate the osteocytes. In this sense, the
osteocytes behave as mechanosensors and deliver its mechanical signals to the neighboring cells through
the intercellular network. In this study, bone remodeling is assumed to be regulated by the mechanical
signals collected by the osteocytes. From the viewpoint of multiscale biomechanics, a rate equation for the
trabecular bone remodeling considering the lacuno-canalicular network system is proposed. Based on the
rate equation, a computational simulation for trabecular bone remodeling was conducted for a single
trabecula under uniaxial compressive loading, demonstrating the functional adaptation to the applied
mechanical loading as a load-bearing construct.
Key words: Trabecular remodeling, Flow-induced shear stress, Cellular response, Poroelasticity
1. はじめに
海綿骨の骨梁内部には,骨細胞がお互いにネットワーク構造を形成しながら存在しており,骨のリモデ
リングによる機能的適応において,メカノセンサーとしての役割を果たしていると考えられている.骨基質
の変形により骨細管-骨小腔系内に生じる間質液の流れは,細胞のメカノトランスダクション過程におい
て,重要な役割を担うと考えられている[1].その主たる機構として,骨細胞が突起の細胞膜に作用する流
体せん断力を感知し,受容した力学情報を周囲の細胞に伝達することで,骨リモデリングが調整されると
の仮説[2]が提案されている.一般に,骨細管とその内部に存在する骨細胞ネットワークの形態は,異方
性を有しており,間質液の流れや骨細胞の力学刺激感知,および,力学情報伝達などに大きな影響を及
ぼすと考えられる.したがって,骨リモデリングのメカニズムを細胞レベルから解明する上で,このような異
方性を考慮した理論的検討が必要である.
本研究では,著者らがこれまで提案した骨梁リモデリング[3]のシミュレーションモデルを拡張することに
より,骨細管の配向性が間質液流れや骨梁形態変化に及ぼす影響について検討する.まず,骨細管の
異方性を考慮した三次元単体骨梁に対し,多孔質弾性論を用いた有限要素解析を行い,間質液の流れ
を定量的に評価する.次に,骨細胞突起表面に作用する間質液のせん断力を力学刺激とした骨梁のリ
モデリングシミュレーションを行う.
2. 骨梁内間質液流れの有限要素解析
2.1 多孔質弾性論 骨梁は,骨基質(固相)と間質液(流体相)より構成され,多孔質弾性論を用いて,
その力学的振舞いを定量的に解析することが可能である.骨細管形態の異方性が間質液の流れに及ぼ
す影響を考慮するため,流体の流れやすさの指標である透水係数を異方性の 2 階のテンソルとして扱う.
骨基質の力学特性に等方性を仮定すると,多孔質弾性論の平衡方程式,および拡散方程式は,それぞ
れ,変位 ui,流体圧 p,および物体力 Fi を用いて,
G∇ 2ui +
α
G ∂ 2 uk
∂p
=α
− Fi
∂xi
1 − 2ν ∂xi ∂xk
∂uk ,k
∂p kij
p,ij
+ Sε
=
∂t
∂t μ
(1)
(2)
と表される[4].ここで,定数 G はせん断弾性係数,ν は排水 Poisson 比,α は Biot-Willis 係数,kij は透水
係数テンソル,およびμ は粘性係数である.上式に基づき,有限要素解析[5]により,荷重負荷にともなう
内部流体圧変化を計算した.
2.2 骨細胞突起に作用する流体せん断応力 骨細管骨小腔系内に生じる間質液の流体圧勾配により,
間質液の流れが発生する.簡単のため,間質液の流路を,プロテオグリカン等が張り巡らされた同軸二重
円管とみなす.Stokes 方程式に流速比例抵抗を加えた Brinkman 方程式を,壁面上でのすべりなし条件
を仮定して解くと,骨梁内部の任意の点 x において,n(θ, φ) 方向に配向した骨細管内の細胞突起表面
に作用するせん断応力 τp(xn) は,点 x における間質液圧力 p(x) の勾配を用いて,
r
τ p ( x , n ) = c { A1 I1 ( γ q ) − B1 K1 ( γ q )} ∇p ( x ) ⋅ n (θ , φ )
(3)
γ
と表される[2].ここで,rc は骨細管の半径,q は骨細管半径 rc と細胞突起半径 rp との比(q = rc/rp)を表す.
その他の定数については,Weinbaum の文献[2]を参照した.
3. 骨梁リモデリングの数理モデル
本研究で用いた数理モデルの理論的枠組み[3]を Fig.1 に示す.図中の括弧付番号は,本報の各節に
対応する.以下の節において,骨細胞による力学刺激感知から,細胞間の力学情報伝達,骨の形成・吸
収までの過程を概説する.
3.1 骨細胞による力学刺激感知 骨細胞が感知する力学刺激として,細胞突起表面に作用するせん
断応力の時間平均値 | τ p | を,その表面積で積分した値を定義する.このとき,単位体積中で n(θ, φ) 方
向に配向した細胞突起の局所配向長さ lc(n) を導入することにより,骨細胞ネットワークの異方性を考慮
することができる.ここで,lc(n) を用いると,骨細胞が単位体積あたりに感知する力学刺激量 Soc(x) は,
次式のように表される.
Soc ( x ) = ∫
2π
0
π
dφ ∫ 2π rp lc ( n ) | τ p ( x , n ) | dθ
0
(4)
3.2 細胞間の力学情報伝達 骨細胞が感知した力学情報は,細胞間ネットワークを通して周囲の細胞に
伝達され,骨梁表面に存在する骨芽細胞・破骨細胞が,それぞれ骨の形成・吸収を調整すると考えられ
ている.そこで,情報伝達距離の増加と共に情報量が低下するものと仮定し,骨梁表面上の点 xsf に存在
する細胞が受け取る力学刺激情報量 Ssf(xsf) を,
S sf ( xsf ) = ∫ w ( l , n ) Soc ( x ) d Ω
Ω
(5)
と定義した.ここで,重み関数 w(l, n) は,情報伝達距離 l ( = | x - xsf | ) に関する単調減少関数であり,
骨細胞ネットワークの配向方向 n に依存する.本報では,力学情報伝達の異方性は考慮せず,
w ( l , n ) = w ( l ) = 1 − l / lL ( l ≤ lL ) と定めた.
Fig. 1: Framework of the adaptive bone remodeling.
3.3 骨形成・吸収則 骨リモデリングの自己調節機構は,生理的な範囲内の刺激に対して,刺激量が増
大すると骨形成が促され,減少すると骨吸収が進行すると定性的に特徴付けられる.そこで,前節で定義
した力学刺激量 Ssf(xsf) をリモデリングの駆動力とみなし,骨梁表面移動速度 M& ( xsf ) と Ssf(xsf) とを区分
的な正弦曲線[2]で関連付けた.また,骨細管の配向方向は,骨形成時の形成方向に一致すると考えら
れていることから,新生骨の骨細管配向方向については,骨梁表面の法線方向と一致するよう決定した.
4. 三次元骨梁リモデリングシミュレーション
4.1 単体骨梁モデル 解析領域 0.8 mm×1.2 mm×1.2 mm を Fig.2 に示すように一辺 40 μm の立方体
Voxel 要素を用いて分割し,中央に直径 240 μm の円柱型骨梁を,その主軸と x3 軸とのなす角が 30 度と
なるよう配置した.骨細管は,円柱の主軸から骨梁表面に向け放射状に配向しており,それに垂直な面
内では等方的に分布するものとした.この骨梁モデルを,骨梁と同じ力学特性を有する幅 40 μm の板で
挟み込み,空隙部を骨髄液で満たした.
Fig. 2: Three-dimensional single trabecular model.
骨梁の透水係数は,Beno ら[6]の手法に倣い,骨細管配向方向の主値を kn = 2.0×10-21 m2,それに垂
直な面内での主値を kp = 6.4×10-22 m2 と決定した.他の材料定数は,粘性係数 μ = 1.0×10-3 Pa·s,せん
断弾性係数 G = 5.94 GPa,排水 Poisson 比 ν = 0.325,固相の体積弾性係数 Ks = 17.66 GPa,流体相の
体積弾性係数 Kf = 2.3 GPa,および孔隙率 φ = 0.05 とした[7].
境界条件として,下端面の面外変位を拘束し,骨梁表面からの間質液の自由流出入を仮定した.上端
面に x3 方向の変位が一様となるような振幅 a = 0.1 MPa,周波数 f = 1 Hz の圧縮引張振動荷重を与え,
各種力学量の変化,およびリモデリングによる骨梁の形態変化を調べた.なお,式(4)中の平均せん断応
力 | τ p | は,荷重変動 1 周期中(1 s 間)に変化するせん断応力の時間平均値とし,また,骨梁の形態変化
は,Level Set 法を用いて表現した.
4.2 結果および考察 リモデリングによる骨梁の形態変化,および,間質液流れにともなう流体せん断応
力分布を Fig.3 に示す.初期状態において,せん断応力が高い部位で骨形成,低い部位で骨吸収が生
じた結果,Fig.3(b)に示すように,骨梁は一時的に太くなった.その後,骨梁端部の骨吸収が進行し,最
終的に,Fig.3(d)に示すような,荷重軸方向に配向した円柱形状の骨梁が形成された.これらの結果は,
骨の機能的適応現象をよく表現していると考えられる.
Fig. 3: Morphological change of a single trabecula and distribution of fluid-induced shear stress.
また,Fig.3(d)に示す 30 days の骨梁において,負荷開始 1 s 後の間質液の浸透流速分布を Fig.4 に
示す.同図では,流速ベクトルを x2 - x3 平面上に投影して示した.同図右に示す拡大図中において,骨
梁の右側表面では,水平方向の流速が顕著であるのに対し,左側表面での流れは,斜め上方を向いて
おり,流速も小さい.リモデリング後の骨梁には,Fig.5 に示すように新旧二つの骨梁領域が存在すること
から,上述の結果は,両領域における骨細管配向方向の相違に起因すると考えられる.同一骨梁内にお
いて骨細管の配向方向が異なる領域が共存するという事実は,実際の観察結果によっても認められてお
り,本シミュレーションは,このような骨梁の微視的構造とその形態変化とを関連付けて検討する上で,有
用な手段となり得ることが示唆された.
Fig. 4: Seepage velocity at t = 1.0 s in 30-days trabecula.
Fig. 5: Orientation of canaliculi after bone remodeling.
5. おわりに
本研究では,多孔質弾性論を用いて間質液の流体せん断力を評価し,それを骨細胞への力学刺激と
みなした骨梁リモデリングシミュレーションを行った.その際,骨細管の異方性を考慮し,骨梁の形態変化
との関連を調べた.結果として,骨梁は荷重軸方向に配向し,荷重支持に適した形態へと変化した.また,
リモデリング後は,同一骨梁内において骨細管配向方向の異なる領域が共存することが確認された.以
上から,本シミュレーションが,骨リモデリング現象を表現する上で,有用であることが示唆された.京都大
学大学院工学研究科亀尾佳貴君には,解析・シミュレーションにご協力頂いた.記して謝意を表す.
参考文献
[1] Cowin, S. C., Bone Poroelasticity, J. Biomech., 32-3, (1999), 217-238.
[2] Weinbaum, S., Cowin, S. C., and Zeng, Y., A Model for the Excitation of Osteocytes by Mechanical
Loading-Induced Bone Fluid Shear Stresses, J. Biomech., 27-3, (1994), 339-360.
[3] 亀尾佳貴,安達泰治,北條正樹, 間質液流れを考慮した骨梁リモデリングシミュレーション, 日本機
械学会 2006 年度年次大会講演論文集, 06-1-6, (2006), 41-42.
[4] Wang, H. F., Theory of Linear Poroelasticity, (2000), Princeton Univ Press.
[5] 亀尾佳貴,安達泰治,櫛田慶幸,北條正樹, 多孔質弾性論を用いた骨梁内間質液の微視的流体シ
ミュレーション, 第 11 回計算工学講演会論文集, 11, (2006), 293-294.
[6] Beno, T., Yoon, Y. J., Cowin, S. C., and Fritton, S. P., Estimation of Bone Permeability Using Accurate
Microstructural Measurements, J. Biomech, 39-13, (2006), 2378-2387.
[7] Smit, T. H., Huyghe, J. M., and Cowin, S. C., Estimation of the Poroelastic Parameters of Cortical
Bone, J. Biomech., 35-6, (2002), 829-835.
アクチン細胞骨格による複雑構造システムのマルチスケール力学
工学研究科機械理工学専攻
井上 康博
Abstract: Dynamics of complex structural systems of actin cytoskeleton play main roles in mechanical activities
of cells in which interactions between the mechanical and biochemical factors beyond multi-scales are utilized as a
means to sense and interact with the physical environments. While a lot of studies have been carrying out to clarify
the mechanism at each scale such as the molecular and cellular scales, few studies have been done from the
viewpoint of integrating these several scales. To enhance knowledge about the multi-scale interactions itself and
the multi-scale mechanism, we focus on the multi-scale dynamics of the complex structural systems of actin
cytoskeleton. In this study, first we carried out simulations of dynamic constructions of F-actins to investigate how
actin serving affects actin turnover behaviors. We point out the actin serving enhances both the apparent
polymerization and depolymerization velocities in the system due to increase of the number of F-actin. Second, we
carried out simulations of actin polymerizations beneath the membrane. We investigated how actin
polymerizations are affected by the deformability of the membrane. We point out the amount of polymerized actins
depends on the deformations of the membrane induced by the thermal fluctuations.
Key words: Cell biomechanics, Actin filament, Plasma membrane, Brownian Dynamics, Statistical Mechanics
1. はじめに
細胞は,周囲の物理環境に対して機械的な堅牢さを保つために,内部の構造を適切に調節し,さらに,
周囲の物理環境の変化に適応するため,内部構造の再構築を行う.また,細胞分裂時や組織を形成する
際には,細胞は変形を伴い運動する.これらを力学的にも生化学的にも支えるのが,アクチン細胞骨格
による複雑構造システムである.アクチンは,細胞内で複雑なアクチン細胞骨格構造を作りだし,その
動的な制御によって,細胞の運動や適応機能を生み出している.
アクチン細胞骨格構造は,小さなアクチン単量体から組み立てられている.単量体を基本ユニットに
した構造は,常に組み立て(重合)と解体(脱重合)が行われており,これらの機構とアクチン関連タンパク
の作用によって,フィラメント状に集まったアクチンフィラメント,アクチンフィラメントが束になっ
たアクチンストレスファイバー,アクチンフィラメントが網目状に集まったアクチンネットワークとい
った複雑な骨格構造が形成される[1].
分子スケールでは単量体の重合と脱重合が常に起きている非平衡状態にありながらも,細胞スケール
では,アクチン細胞骨格の量が常に一定に保たれた平衡状態にある(トレッドミル状態).トレッドミル
状態は,動的な準安定状態にあり,このことが,外部のシグナルに応じた新しい平衡状態への遷移を生
み出すと考えられている.また,単量体は,細胞の端々を数秒程度で拡散し,関連タンパクによる新し
い重合核形成やフィラメント末端への重合にすばやく対応することが出来ると考えられる.
このようにアクチン細胞骨格は,その複雑構造を分子スケールから動的に再構築し,細胞スケールの
環境変化にも適応することの出来る複雑構造システムを形成している.周囲の環境変化は,力学情報と
して,複雑構造システムに伝わり,力学因子と生化学因子を連成する機構を通じて,分子スケールの生
化学情報に変換され,内部に新しい適応構造の構築を引き起こす.また,その逆として,複雑構造シス
テムの内部の自己組織化と再構築における動的不安定は,細胞移動[2],飲食作用[3]などのダイナミック
な細胞活動と関連していると考えられる.
しかしながら,これらの細胞活動と分子スケールのアクチンダイナミクスには,力学的スケール間に
大きな隔たりが存在し,分子スケールから細胞スケールに至る力学的作用機序や,力学因子と生化学因
子におけるスケール縦断的なマルチスケール相互作用についての知見は多くない.
本研究では,分子スケールにおけるアクチン単量体の非平衡ダイナミクスから細胞スケールにおける
複雑構造の構築に至る過程及びその複雑構造システムに基づく細胞スケールの機能発現の機構について
明らかにするため,理論モデルの構築及び計算力学手法を用いた数値解析による検討を行う.
2. 分子スケールのアクチン細胞骨格構造の変化
本章では,アクチン細胞骨格の基本構造であるアクチンフィラメントの動的な再構築を検討する.再
構築の動的な部分は,主にアクチンの重合と脱重合により担われている.アクチンの重合と脱重合によ
り,細胞内には,アクチン単量体から始まりアクチン細胞骨格構造を経て単量体へと戻る一連の流れが
存在する.この流れは,アクチンターンオーバーと呼ばれており,アクチン単量体から複雑構造の構築
に至る過程や動的再構築を表す現象の1つとして捉えられている[1].
アクチンターンオーバーは,生化学因子であるアクチン関連タンパクなどによる調節を常に受けてい
る.これにより,物理環境の変化あるいは細胞内における力学バランスの変化が,トレッドミル状態に
擾乱として作用すると,アクチンターンオーバーを通じて,アクチン細胞骨格は新しい構造へと再構築
される.このときの生化学因子の1つとして考えられているのが,アクチンフィラメント切断活性タンパ
クである.切断活性タンパクは,アクチンフィラメントの切断を促進する機能を持ち,切断活性タンパ
クのアクチンフィラメントへの結合親和性は,アクチンフィラメントの張力状態と関連している[4].つ
まり,切断活性タンパクは,力学バランスの変化をアクチンフィラメントの再構築へとつなぐ生化学的
シグナルとしても働くと考えられる.
切断活性タンパクの分子スケールにおける機能について研究が進められるにつれ,アクチンフィラメ
ントの切断がトレッドミル状態をどのように変化させ,アクチン細胞骨格構造の再構築にどのような影
響を与えるかといったアクチンターンオーバーと関連させた細胞スケールの検討が望まれ始めている.
これは,アクチン細胞骨格の複雑構造システムにおける力学因子-生化学因子間のスケール縦断的なマ
ルチスケール相互作用及びそれに基づく再構築過程の解明に繋がるため,重要な検討課題である.
そこで,本研究では,アクチンフィラメントの切断がアクチンターンオーバーに与える影響について
検討を行う.
2.1 アクチンダイナミクスモデル
重合と脱重合の時間スケールは,単量体内部の分子緩和の時間スケールと比較して圧倒的に長く,一
般に速度論の範疇にある時間スケールである.一方で,単量体の重合核への拡散や脱重合による空間へ
の拡散は,分子緩和のスケールより長く,速度論的な時間スケールより短い単量体の動力学的な時間ス
ケールにある.
したがって,本研究では,単量体のダイナミクスを記述できるモデルを構築する.また,アクチン間
の相互作用について,速度論的な重合,脱重合及び切断現象を再現できるように相互作用モデルの構築
を行う.
そこで,分子緩和スケールの自由度をアクチン単量体のダイナミクスのスケールに粗視化する.これ
により,アクチン単量体の重心運動の時間発展を記述するLangevin方程式が得られる.粗視化された自
由度は,重心運動に対する摩擦力及び熱ゆらぎによるランダム力として働く.式(1)に,アクチン単量体
の重心運動が従うLangevin方程式を示す.
f − γv + f B = 0
(1)
ここで,アクチン単量体の速度ベクトルを v ,アクチン単量体間の分子間力をf ,摩擦力を −γv ,熱ゆ
らぎによるランダム力を f B として表した.摩擦係数 γ は,ボルツマン定数 k B と温度T の積である熱エ
ネルギー k B T を拡散係数で除したものである.アクチン分子間力として,アクチン単量体の大きさを表
す分子間斥力と,フィラメント内におけるアクチン間結合を表すバネ力を導入する(図1).
図 1 アクチンフィラメントモデル
次に,アクチンの重合と脱重合についてモデル化する.アクチンフィラメントへの重合は,アクチン
フィラメントのbarbed endと呼ばれる端で頻繁に起こり,pointed endではあまり起こらない[1].逆に,脱
重合は,pointed endで頻繁に起こり,barbed endではあまり起こらない[1].そこで,重合は,barbed end
でのみ起こり,脱重合は,pointed endでのみ起こるとする.
図2に重合モデルを示す.本モデルでは,アクチン単量体がアクチンのbarbed endに近づいたとき,ア
クチンフィラメントのbarbed endまでの距離 r が,アクチン単量体の半径以下であれば,そのフィラメン
トへ重合するとした.
図 2 重合モデル
脱重合は,フィラメントからのアクチン単量体の離脱数が単位時間当たり一定であるため,フィラメ
ントを構成するアクチン単量体の数 N Factin として,
dN Factin
= − kd
(2)
dt
と表される.ここで,脱重合速度 kd を単位時間当たりにフィラメントから離脱する単量体数とした.
アクチンフィラメントの切断は,フィラメントを構成するアクチン分子間で起こる.本研究では,切
断は,フィラメント内の各アクチン分子間で同じ速度で起こるとした.この切断速度を ksev [1/μs]とす
ると,単量体数 N Factin からなる1本のフィラメントが1回切断される速度 ksev-filament [1/μs]は,
ksev-filament = ksev (N Factin − 1)
(3)
と表される.
2.2 数値解析結果及び考察
アクチンダイナミクスモデルの数値解析結果を図 3,図 4 に示す.図 3 は,重合した粒子数の時間変
化を表す.実線及び点線は,それぞれ kd = 1.93×10-2, 3.86×10-2 [1/μs] における結果である.破線は,アク
チン単量体の濃度が一定で,切断が起こらないと仮定したときの理論値である.まず,実線及び点線を
破線と比較すると,切断が起こることによって単量体のフィラメントへの重合が促進され,見かけの重
合速度が上昇したことがわかる.次に,実線と点線を比較した場合,250 μs 付近まではほぼ一致してい
るが,それ以降は,実線の値が点線の値を上回り,重合速度が上昇している.これは,切断によるフィ
ラメント数の増加に加えて,脱重合速度が大きいほど,フィラメントから離脱するアクチン単量体が増
え,計算領域内の単量体濃度が上昇し,重合が促進されるためであると考えられる.
フィラメントから脱重合したアクチン単量体の数変化を,
図 4 に示す.
実線及び点線は,kd = 1.93×10-2,
3.86×10-2 [1/μs]における本計算の結果を示し,破線及び一点鎖線は,切断が起こらない場合における結果
である.まず,実線と破線及び点線と一点鎖線の比較より,切断が起こることにより脱重合端の数が増
加し,見かけの脱重合速度が上昇したと考えられる.次に,実線と点線の比較より,脱重合速度が大き
いほど,脱重合する粒子数が大きくなることが確認された.
以上の結果から,フィラメントの切断により,アクチンターンオーバーを引き起こす重合・脱重合の
見かけの速度が上昇することが示された.特に,脱重合速度が大きい場合,フィラメント周囲の単量体
濃度が上昇するので,見かけの重合速度が上昇した.さらに,フィラメントの切断によって,重合端お
よび脱重合端の数が増加し,フィラメント内での単量体の入れ替わりが促進されたと考えられる.これ
らの傾向は,実験結果[5,6]とも定性的に一致している.
図 3 重合したアクチン単量体数の時間変化
図 4 脱重合したアクチン単量体の時間変化
3. アクチン細胞骨格の再構築による細胞スケールの細胞移動
細胞内におけるアクチン細胞骨格の自己組織化と動的な再構築により,細胞はダイナミックな活動を
行う.例えば,移動性細胞(図 5(a))の運動では,細胞先導端のアクチン細胞骨格が,アクチンネットワー
ク構造となり,細胞膜から受ける抗力を支え,膜を伸張させる.細胞後部のアクチン細胞骨格は,細胞
膜形状に沿ったストレスファイバー構造となり,縁に沿った収縮力を発生して,細胞後部の接着班を基
質から引き剥がす.このような細胞内におけるアクチン細胞骨格構造の適応的な自己組織化は,細胞膜
を介した周囲の物理環境における力学因子や生化学因子との相互作用に関連していると考えられるが,
その相互作用の詳細及び細胞スケールの機能発現に至る過程については,良くわかっていない.
本研究は,アクチン細胞骨格の再構築が活発に行われる細胞先導端に着目し,膜伸張に関連する細胞
膜の力場と連成したアクチン重合について検討する.移動性細胞の前方部には,図 5(a)に示す葉状仮足
と呼ばれる 2 次元シート構造が形成され,膜伸張の駆動装置となり,後方部の細胞体はそれに引きずら
れる.細胞体を取り除いた葉状仮足フラグメント(図 5(b))においても,同様にアクチンネットワーク構
造が形成され,動的な再構築による移動性が発現される.したがって,本研究では,フラグメントを用
いて,アクチン細胞骨格と細胞膜の相互作用と移動性の発現を検討する.
(a)移動性細胞(ケラトサイト)
(b)葉状仮足フラグメント
図 5 移動性細胞と葉状仮足フラグメント:いずれも上方向に移動
3.1 アクチン細胞骨格-細胞膜系のマルチスケール力学モデル
細胞膜の連続体モデルとして,連続体近似した 2 次元膜の自由エネルギーモデルを採用する.
2
⎛ A
⎞
⎞
1
1
1 ⎛ dl
Emem = ∫ dl κc 2 + K A A0 ⎜⎜
− 1⎟⎟ + ∫ dl K l ⎜⎜
− 1⎟⎟
2
2
2 ⎝ dl0
⎝ A0
⎠
⎠
2
(4)
第 1 項は膜の曲げ剛性によるエネルギー,第 2 項はフラグメントの面積変化によるエネルギー,第 3 項
は膜の伸縮によるエネルギーである.記号はそれぞれ,膜の微小要素の長さ dl ,曲げ剛性係数 κ ,曲率
c ,面弾性係数 K A ,フラグメントの面積 A ,その平衡面積 A0 ,線弾性係数 K l ,平衡時の膜の微小要素
の長さ dl0 である.
フラグメントの基質への接着をバネ結合と捉えて,次式のバネエネルギーによる接着モデルを提案す
る.
2
1
Ead = ∫ dl K ad (x m,ad ) x m − x m,ad
(5)
2
ここで,膜の微小要素あたりの接着の強さを表すバネ定数 K ad (x m , ad ) は,基質上の位置 x m, ad と膜の位置
x m の間に接着が形成される場合は K ad とし,接着が形成されない場合はゼロとする.
アクチン重合が膜近傍において生じるとき,膜の存在は,アクチンフィラメントの成長を妨げる.一
方で,熱ゆらぎにより膜は変形し,膜の直下に新たな空間が生じる.その空間でアクチン重合が起こる
と,アクチンフィラメントは,膜の抵抗を受けずに成長する.また,アクチンフィラメントが存在する
ことで,膜は元の位置には戻れず,変形状態が維持される.これを Brownian Ratchet モデルと呼び[7],
式(6)で表す.
⎛
∂la
δE ⎞
⎟⎟
= k+ ρσ exp⎜⎜ −
∂t
⎝ nb k BT ⎠
(6)
ここで,アクチンフィラメントの長さを la ,重合率を k + ,アクチン単量体の密度を ρ ,1つのアクチ
ン単量体が重合したときのフィラメント長の増分を σ とする.指数関数は,熱ゆらぎによって自由エネ
ルギーが δE nb 変化する確率であり,全自由エネルギーを E = Emem + Ead ,膜近傍におけるアクチンフ
ィラメントの数密度を nb とする.
しかし,式(6)では自由エネルギー変化 δE が未定のまま残っている.そこで,δE をフィラメント長の
増分だけ膜法線方向に変位したときの全自由エネルギー変化として求めると,
1 ∂2E
δE =
2 ∂xn 2
⎛ ∂l a ⎞
δt ⎟
⎜
⎝ ∂t ⎠
eq
2
(7)
と表せる.
次にフラグメントの移動過程として,突出,接着及び牽引を反映した以下の 5 過程からなるプロセス
を提案する.
1)
アクチン重合による膜の突出
2)
突出した膜とその隣接する膜の接着
3)
膜の緩和
4)
2)で接着した膜の脱離,2)で接着しなかった膜の接着
5)
膜の緩和
ここで,2)で接着する膜の突出領域の判断については,閾値 Δlac を導入し, Δl ac より大きいフィラメ
ント長の増分を示す領域を突出領域とする.
3.2 数値解析結果及び考察
数値解析結果を図 6 に示す.矢線ベクトルの大きさは,式(6)より計算される 1[s]あたりの突出量を 100 倍
に拡大して示し,矢線ベクトルの方向は,膜の法線方向を示す.式(7)の右辺に現れる 2 階微分値をカラーコン
ターで示す.2 階微分値は,膜の局所的な見かけのバネ定数であり,膜の変形能を表す.図中における(a),
(b)は,それぞれ,(a) A0 =0.6π, Δlac =0.81 σ ,(b) A0 =0.9π, Δlac =0.81 σ の条件に対応する.
図 6(a)より,膜の突出量の空間分布が上下に非対称のとき,形状も上下に非対称であることがわかる.
(a)の条件では,形状は図 5(b)に示す三日月形をしており,非ゼロの正味の移動速度が存在する.一方,
図 6(b)では,突出量の空間分布が対称的であり,正味では静止している.
この違いは,見かけのバネ定数の空間分布による.図 6(a)では,見かけのバネ定数は上下に非対称で
あり,赤く表示された領域では,見かけのバネ定数が大きい.この領域では,細胞膜と基質の間に接着
が形成されており,その寄与により,見かけのバネ定数が大きくなっている.したがって,式(7)より,
膜変形による全自由エネルギーの増分も大きくなる.一方,熱ゆらぎのエネルギー k BT は変わらないた
め,式(6)により,アクチンの重合量は接着領域で小さくなる.また,(b)では接着が形成されず,見かけ
のバネ定数は小さいためアクチン重合量は多いが,その分布は一様であるため全方向で釣り合ってしま
い,フラグメントは静止する.
[106kBT/μm2]
(a) A0 =0.6π, Δlac =0.81 σ
(b) A0 =0.9π, Δlac =0.81 σ
図 6 細胞膜の突出量と見かけのバネ定数
4. おわりに
本研究では,分子スケールにおけるアクチン単量体の非平衡ダイナミクスから細胞スケールにおける
複雑構造の構築に至る過程及びその複雑構造システムに基づく細胞スケールの機能発現の機構について
明らかにするため,アクチンダイナミクスモデルの数値解析による検討およびアクチン細胞骨格-細胞
膜系のマルチスケール力学モデルの数値解析による検討を行った.アクチン単量体のダイナミクスから
フィラメントの再構築を解析し,切断による重合端・脱重合端の増加がアクチンターンオーバーのサイ
クルに影響することを示した.次に,アクチン細胞骨格の重合と細胞膜の変形を連成した解析を行い,
アクチン重合が熱ゆらぎを介して細胞膜の変形能に依存し,それにより,膜における見かけのバネ定数
の分布に非対称性が生じると,細胞移動が生じることを示した.
島田義孝君(京都大学大学院)には,アクチンダイナミクス解析にご協力いただいた.安達泰治准教
授(京都大学)
,北條正樹教授(京都大学)には,研究全般に渡り,ご協力を頂いた.記して謝意を表す.
参考文献
[1] Thomas D. Pollard, Laurent Blanchoin and R. Dyche Mullins, Molecular Mechanisms Controlling Actin
Filament Dynamics In Nonmuscle Cells, Annu. Rev. Biophys. Biomolec. Struct., 29, (2000), 545-576.
[2] Thomas D. Pollard and Gary G. Borisy, Cellular Motility Driven by Assembly and Disassembly of Actin
Filaments, Cell, 112, (2003), 453-465.
[3] Marko Kaksonen, Christopher P. Toret and David G. Drubin, Harnessing actin dynamics for clathrin-mediated
endocytosis, Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 7, (2006), 404-414.
[4] Hayakawa Kimihide, Tatsumi Hitoshi, Sokabe Masahiro, Mechanical tension in actin filaments prevents the
filaments from disassembly by cofilin, 生物物理, 46, (2006), S226.
[5] Kenji Moriyama and Ichiro Yahara, Two activities of cofilin, severing and accelerating directional
depolymerization of actin filaments, are affected differentially by mutations around the actin-binding helix,
Embo J., 18, (1999), 6752-6761.
[6] JH Hartwig, Mechanisms of actin rearrangements mediating platelet activation, J. Cell Biol., 118, (1992),
1421-1442.
[7] Alex Mogilner and Leah Edelstein-Keshet., Regulation of Actin Dynamics in Rapidly moving cells: A
quantitative analysis, Biophys. J., 83, (2002), 1237-1258.
材料破壊に伴う発光の観測
工学研究科機械理工学専攻
助教 岩前 敦
Abstract: We have developed a spectroscopic system to observe triboluminescence. By using the system, we
observed luminescence which was generated when a sugar crystal is fractured. The luminescence is thought to be
attributed to the light emission of nitrogen molecules, the excited state of which may be generated by high voltage
generation at the fracture.
Key words triboluminescence, sugar crystal, nitrogen emission
1. はじめに
トライボルミネッセンス(triboluminescence, mechanoluminescence ともいう)とは摩擦,破壊等の機械
的励起により物質から生じる蛍光をいう[1].古くからは,砂糖をつぶしたときに出る光がよく知られて
いる.トライボルミネッセンスの発光強度は低く,詳細なメカニズムは近年の観測技術の進歩により次
第に明らかになりつつある.希土類(Sm2+, Eu2+, Dy3+)をドープしたセルシアン(BaAl2Si2O8)からの強いト
ライボルミネッセンスが得られることが報告されており[2, 3].また,ダイヤモンドの面を磨く際の蛍光
分光によりこの発光メカニズムは電気的な蛍光を介して起きていると推察されている[4]。また,半導体
デバイス,太陽電池,MEMS 材料などの工学的材料として有用なシリコンについても,真空中でのウェ
ハ破断時の微粒子から蛍光が発せられることが報告されている[5].地震などで岩盤が破壊された時の発
光現象もトライボルミネッセンスと考えられている[6].
本研究では破断やレーザーアブレーション等の物質の破壊に伴う発光を分光計測するシステムを構築
し,どの程度の感度でトライボルミネッセンスが観測できるかを確認する.さらに,観測されるトライ
ボルミネッセンスのスペクトルから材料破壊時の蛍光過程について知見を得ることを目的とする.蛍光
は物質の励起状態を反映するため,破壊プロセスで材料破断面に生じる高いエネルギー状態に関する情
報が得られると期待できる.
2. 実験装置
構築を進めている実験装置の概要
と、その実際の様子を図1に示す.
トライボルミネッセンスは破壊時
に瞬間的に生じ、また比較的広いス
ペクトルを有すると考えられるので,
低分散の分光系を組み,一度に幅広
いスベクトルを観測することにした.
そのため,焦点距離250 mmの小型分
光 器 ( NIKON , G250 ) に 150
grooves/mmの回折格子を用いた.ま
た,スペクトルの計測は,感度を上
げるためイメージインテンシファイ
ア付きの分光計測用CCD カメラ
(
Princeton
Instruments
,
ICCD-576-LDS/1)を用いた.波長校
正用に用いた水銀スペクトルランプ
図1 実験装置の概略図(上)と実際の装置の写真(下)
のスペクトルを図3に示す.このときの同時観測
可能スペクトル領域は200 ~ 733 nmであり,空気
中で観測可能な紫外域からほぼ可視域全体が観測
できるようになった.640 nmあたりでステップ上
に強度が変化しているのは,イメージインテンシ
ファイア付きCCDカメラ(以下ICCDカメラと呼
ぶ)の特性によるものと考えられる.なお,分光
器の逆線分散は27.26 nm / mmであり,CCDカメラの
1 pixelに対応するスペクトル幅は計算上0.92 nm と
なる.ICCDカメラの光電面の位置が分光器の焦点
位置と後方になっていたため,観測された水銀のス
ペクトルは広がっている.分光器‐ICCD接続治具を
図3 波長校正用水銀ランプのスペクトル
新たに修正し,現在では焦点位置にあわせられるよ
うになった.
このように広い範囲のスペクトルを観測する場合,得られるスペクトルは分光器の回折効率とイメー
ジインテンシファイアの感度の波長依存性より影響を受ける.測定系の感度補正を行うため,まず標準
分光照度光源であるタングステンランプ(USHIO JPD100V500WCS)からの光を反射率の波長依存性が
機知の白色散乱体に照射し散乱光のスペクトルを観測した.その結果を図4に示す.実線が測定データ,
点線がランプに値付けられた分光放射照度に白色散乱体の反射率を掛けた値である.両者の比より,レ
ンズを含む測定系の相対感度を求めた.結果を図5に示す.ICCDカメラの感度はこのような紫外域の感
度を有しているので,分光器の回折効率の影響が大きいことが分かる.紫外域の計測については,分光
器回折格子の適切なブレーズ波長もしくはホログラフィック回折格子の検討が必要である.タングステ
ン標準光源は波長250 nm以下で照度の値付けがない.波長400 nm以下では重水素ランプの標準照度光源
を用い感度補正を行う.
図4 標準光源のスペクトル
図5 光学系の相対感度曲線
試料は氷砂糖とし,光量の損失を出来るだけ避けるために焦点距離50 mm,有効直径35 mmの合成石
英レンズを用いて,発光を分光器入口スリットに集光した.氷砂糖の破壊は図1(下)の右端に見られ
るように空気中にてペンチで挟むことにより行った.
3. 実験の状況
図6に氷砂糖を破壊した時に観測される蛍光の例を示す.暗室中で写真撮影を行ったものである.氷
砂糖全体から青みを帯びた蛍光が見られている.
このような蛍光を図1の分光装置を用いて計測した結果の一例を図7に示す。発光強度が低いため分
光器の入口スリットの幅を1 mmとした.図7の画像はICCDカメラの撮影画像であり,横軸・縦軸がICCD
カメラのpixel数となっている.横軸方向は分光器による分散のため,観測光強度の波長分布(左端が200
nm,右端が733 nm)に対応する.一方,縦軸方向は実空間の光強度分布に対応する.縦軸方向の視野の
大きさは約13 mmである.蛍光が試料に用いた氷砂糖の大きさと同程度の10 mm程度の大きさで観測さ
れている.また,観測光強度の波長分布(スペクトル)の形状は縦軸に依存しておらず,氷砂糖全体で
一様な蛍光を発していることを示している.
図6 氷砂糖破壊時の発光写真
図8は図7の光強度を縦軸方向に足し合わ
せ,横軸を観測波長に変換し求めたスペクト
ルである.640 nm以上の波長では信頼性がな
いため,図には示していない.300 ~ 450 nm
に構造が見られる.600 nmあたりにも構造が
見られるが,この波長域では300 nmの二次光
も重ね合わされて観測されるので,600 nmの
蛍光が存在するかは今のところ明らかではな
い.二次光の回折効率の評価を含め,検討が
必要である.
図8のスペクトルを図5で示す相対感度曲
線を用いて補正した結果が図9である.装置
図7 氷砂糖のトライボルミネッセンスの
ICCD カメラ二次元像.縦軸は空間位置,
横軸は発光波長に対応する.
図8 氷砂糖のトライボルミネッセンススペクト
ルの生データ
分解能が27 nm(参照用水銀スペクトル観測時
の装置分解能は5 nm)程度であり,観測され
るスペクトルの構造の広がりは,装置分解能
で決まっている.波長 300 ~ 400 nmに現れ
ているスペクトルのピーク構造は,空気中の
窒素分子からの発光とされている.現在スペ
クトル線の同定を行っている.
発光の起源としては,固体の摩擦により荷
電粒子が放出され,摩擦面の近傍にマイクロ
プラズマが発生するというメカニズムが提案
されている[7].マイクロプラズマは,摩擦に
より生成される新生面とその近傍で電荷分離
図9 氷砂糖のトライボルミネッセンススペクト
ル(上)波長較正用水銀スペクトル(下)
が起こるために発生すると考えられ,その高電場により周囲の原子・分子が励起され,発光すると推察
される.
4. 展望
本実験は今年度にスタートし,現在のところ氷砂糖の破壊に伴う蛍光のスペクトル観測まで到達した
ところである.破壊後の氷砂糖の様子を見る限り,現在行っている氷砂糖の力学的破壊は,結晶内部の
亀裂発生により生じていると思われる.応力がどのように亀裂を発生させ,破壊面を摩擦し,その結果
どのように電場が形成され,マイクロプラズマが発生するかを明らかにする必要があると考えられる.
蛍光観測からのアプローチとしては,発生したプラズマの状態がどのようなものであるかに迫りたい.
観測される蛍光は窒素分子のものと考えられ,窒素分子の振動・回転スペクトルから温度情報が得られ
ると期待される.また,プラズマパラメータ(電子温度・密度)の評価のため,ヘリウムガス雰囲気中
での発光スペクトルを計測するなど,プラズマ診断手法の応用が有効であると予想している.また,現
在用いているICCDカメラはキネティックモードを利用することにより10 μs 程度の時間分解能で時間
掃引出来る.蛍光スペクトルの時間変化を観測することでプラズマパラメータの時間変化が観測できれ
ば,マイクロプラズマの発生メカニズムについて知見が得られると期待される.
参考文献
[1] S. C. Langford, J. T. Dickinson and L. C. Jensen, J. Appl. Phys. 62, 1437 (1987).
[2] T.Ishihara, K.Tanaka, K.Hirano and N. Soga, Jpn. J. Appl. Phys. 36, L781 (1997).
[3] T. Taniguchi, K. Fujita, T. Ishihara, K. Tanaka, K. Hirao, J. Soc. Mat. Sci., 49, 622 (2000). (in Japanese)
[4] J. R. Hird, A. Chakravarty, A.J. Walton, J. Phys. D: Appl. Phys. 40, 1464 (2007).
[5] D.Haneman and M.MacAipine, Phys. Rev. Lett. 66, 758 (1991).
[6] I.Maeda, Jour. Fac. Sci., Hokkaido Univ., Ser. VII (Geophysics), 9, 197 (1991).
[7] K. Nakayama, Ceramics, 32, 9 (1996)
組成変調による薄膜材料の結晶構造制御
およびその電気・機械的特性の評価
工学研究科マイクロエンジニアリング専攻
神野伊策
Abstract: (Kx,Na1-x)NbO3 (KNN) thin films were deposited on (001)SrRuO3/(001)Pt/(001)MgO substrates by
rf-magnetron sputtering and their piezoelectric properties were investigated. The x-ray diffraction measurements
indicated that the KNN thin films were epitaxially grown with the c-axis orientation in the pseudo-cubic perovskite
structure, and the lattice constant of c-axis increased with increasing the concentration of potassium. The KNN thin
films showed typical ferroelectric behavior and their relative dielectric constant εr were 270~320. The piezoelectric
properties were measured from the tip displacement of the KNN/MgO unimorph cantilevers, and the transverse
piezoelectric coefficient e31* (d31/s11E) of KNN (x=0) thin films was calculated to be -0.9 C/m2. On the other hand,
the doping of potassium causes the increase of the piezoelectric properties and the KNN (x=0.16) films showed a
relatively large transverse piezoelectricity of e31* = -2.4 C/m2.
Key words: KNN thin films, Piezoelectric, MEMS, lead-free
1. はじめに
アクチュエータやセンサの小型化・集積化が加速するに伴い,機能性材料の MEMS デバイス応用が注目
されている.これまで我々は多様な機能性を有する強誘電体材料,その中でも特に圧電特性を用いた
MEMS デバイス開発を目的として研究を行ってきた.圧電材料は結晶構造の異方性により応力による電荷
の発生,ならびに電荷によるひずみの発生が生じる材料であり,電気機械変換素子としてこれまで数多
くの実用化がなされてきた.
従来の圧電 MEMS デバイスは PZT に代表される鉛系の酸化物が使用されてお
り、その優れた圧電性は他の材料では代替できないため,長く実用材料として応用されてきた。MEMS デ
バイスへの圧電応用についても、PZT 材料の薄膜化技術とともに進展しその研究も活発化してきた。
これまで我々は PZT 材料の圧電 MEMS 応用を目的とし、スパッタ法による薄膜化技術、更に PZT 材料の
結晶構造制御により各種電気特性の制御・向上に関する取り組みを進めてきた。これらの材料技術をベ
ースとして,Si 基板上に形成した PZT 薄膜を基板とともに微細加工し、MEMS スイッチおよび MEMS 可変
ミラーへの応用を検討し,その結果について報告してきた。これまでの研究において、PZT 材料の有す
る優れた圧電特性を薄膜材料において実現することにより、
従来の機能性を上回る MEMS デバイスが創出
可能であることが示された。
実用化に関してはその機能性の向上以外に、近年環境に関する要求も大きな研究課題として取り上げ
られている。
その機能性と共にエネルギー消費、
廃棄に際しての環境負荷の低減が強く求められている。
圧電体の場合,前述したように鉛を含有した酸化物が一般に用いられており,鉛の人体に対する影響が
指摘されている中で他の代替物質がないため継続して主に電子部品として使用されている.環境問題の
視点から,鉛を含まない圧電体の開発が近年研究され,アルカリニオブ酸系の化合物で PZT に匹敵する
圧電性が得られることが報告された[1].
これは配向制御とモルフォトロピック相境界の探索により実現
した材料であり、
セラミックスとしての実用に際しては今後の製造技術の向上に期待が寄せられている。
一方薄膜材料の場合、配向制御および組成制御についてはバルク材料より容易に実現できるため、同
様な材料系において非鉛圧電薄膜が創出できると期待できる。今回、これまで鉛系で進めてきた圧電体
の薄膜化技術および結晶制御技術を元に(K,Na)NbO3(KNN)系材料の薄膜化を行い,その結晶構造,電気特
性,および圧電性について評価した[2,3].今回バルクの KNN 系非鉛圧電材料と同じく擬立方晶系で c
軸に配向したエピタキシャル薄膜を成膜し,K/Na 組成比に対する結晶構造を評価して薄膜における相境
界を見いだすことで高い圧電性を有する薄膜の作製を試みた.
2. (K,Na)NbO3 の薄膜化
スパッタ法を用いて
表1 KNN 薄膜のスパッタ条件
(KxNa1-x)NbO3の組成比が
Target
mixed powder:
x=0 0.6となるKNN薄膜を形
xKNbO3 and (1-x)NaNbO3 (x=0~0.7)
Substrates
(001)SRO/(001)Pt/(001)MgO
成した.組成を変化させた
Sputtering gas
0.5 Pa (Ar/O2=20/1)
薄膜を作製するためスパッ
Growth temperature
580 ~ 650oC
タは主に粉末ターゲットを
Growth rate
2.5 ~ 5 nm/min
用い,混合比の異なるKNbO3
Film thickness
0.5 ~ 2.5 µm
およびNaNbO3粉末をターゲ
ットとして成膜を行った.
今回は擬立方晶のペロブス
カイト構造においてc軸配向エピタキシャル膜を
形成する目的で,(001)SrRuO3/Pt/MgO基板を用い
た.スパッタ条件を表1に示す.スパッタはAr/O2
雰囲気中で行い,基板温度を580∼650℃程度に加
熱して成膜を行った.形成したKNN薄膜の膜厚は
0.5 0.7μmおよび2.0 2.5μmの2種類用意し,
薄い
膜厚の者は主に結晶構造評価,
厚いKNN薄膜に関し
ては電気特性,および圧電特性評価に用いた.
形成した薄膜の組成はエネルギー分散X線分光
法(EDS)により評価を行った.
また表面構造につい
ては走査電子顕微鏡(SEM)により観察を行った.
膜
の結晶構造については粉末X線回折法(XRD)を用い
て薄膜の結晶相および配向性について評価を行い,図 1 KNN(x=0)薄膜の表面 SEM 像
一部のサンプルについては4軸XRDを用いて逆格子
像の評価を行い,エピタキシャル薄膜の評価を行
った.
KNN膜の上部にAuもしくはPtのドット電極を形成し,誘電特性および強誘電性について評価を行った.
誘電特性はLCRメータを用いてKNN膜の比誘電率および誘電損失を測定した。強誘電性についてはソー
ヤ・タワー回路を用いてP-Eヒステリシスを測定した。圧電特性は基板とKNN薄膜を短冊状に切り出し一
端を固定した片持ち梁構造として先端変位量から評価した。KNN薄膜上面に薄いPt電極をスパッタで形成
し、上下電極間に片持ち梁の共振周波数以下のサイン波を印加し、KNN薄膜の圧電横効果により発生した
片持ち梁の先端変位をレーザドップラー振動計で測定した。
図 2 KNN 薄膜の XRD パターン: (a) x=0, (b)x=0.16
3. KNN 薄膜の圧電特性評価
3.1 結晶構造評価 はじめに作製し
たKNN薄膜の表面構造をSEMを用いて
観察した.図1は膜厚0.5μmのKNN薄膜
(x=0)の表面形態である。比較的スム
ーズな表面構造が確認できたが、Kの
添加量の増加と共に表面の乱れが増
加する傾向を示した。図2にK組成量x
が0および0.16のKNN薄膜のXRDパター
ンを示す。図より強いc軸に配向した
KNN薄膜が成長していることが分かる。
KNN(x=0)薄膜の(004)回折ピーク付近
図 3 KNN 薄膜の格子定数と組成依存性
を4軸XRDで測定した結果、ブロードで
あるがスポット状の回折像が観察で
き、エピタキシャル成長していること
が確認できた。K/Na添加量に対するc
軸の格子定数依存性を調べ、その結果
を図3に示す。評価したKNN薄膜の膜厚
は0.5μm∼0.7μmであるが、2μm以上
の膜厚においてもほぼ同じc軸の格子
間隔を有していることを確認しており、
0.5μm以上の膜厚では結晶構造の膜厚
依存性は小さいと考えられる。図より、
K添加量の増加と共にc軸の格子定数が
増加していることが確認できた。バル
クのKNNは斜方晶系の結晶構造でa=c>b
の格子定数を有しており、図中にバル
クのc軸の格子定数も同時にプロット
した[4]。図よりK濃度の増加とともに
図 4 KNN 薄膜(x=0, 0.16)の P-E ヒステリシス曲線
格子定数が増加していることがわかる。
この傾向はバルクのKNNと同じであるが、同じ組成で見た場合KNN薄膜の格子定数はバルクのそれよりも
大きな値を示した。その原因は明らかではないが、同様の現象は他の強誘電体薄膜でも報告されており、
基板からの拘束による異方的な応力が影響したものと考えている[5]。
3.2 電気特性評価 KNN 薄膜の誘電特性の評価を行った。x=0 および 0.16 の KNN 薄膜の比誘電率はそれ
ぞれ 270 および 320 であった。一方、誘電損失(tanδ)は 9%および 15%と比較的大きく、K の添加量が増
えるに伴い誘電損失も増加し、正確な電気特性の評価はできなかった。
引き続き、x=0 および 0.16 の KNN 薄膜の P-E ヒステリシスを測定した結果を図 4 に示す。図より両組
成の KNN 薄膜は良好な強誘電性を示しており、特に K を 16%添加する事により残留分極値も増加した。
3.3 圧電特性評価 x=0 および0.16 のKNN 薄膜からなるユニモルフカンチレバーの先端変位から圧電横
効果を評価した。図 5 に長さ約 10 15mm、基板厚 0.3mm のカンチレバー先端変位量と電圧との関係を示
す。両 KNN 薄膜とも電圧に対して良好な比例特性を示した。先端変位量は KNN 薄膜の有する圧電横効果
により発生し、その圧電特性を下記の式を用いて評価した。
*
e31
=
d 31
hs2 δ
≅−
E
3s11,s L2 V
s11, p
(1)
図 5 KNN 薄膜(a) x=0, (b)x=0.16
ここで h,L,V,s,δはそれぞれ厚さ、カンチレバー長さ、印加電圧、弾性コンプライアンスおよび先端変
位量で、下付の s,p は基板、圧電膜をそれぞれ示す。図 5 の先端変位量と電圧との関係から式(1)を用
いて圧電定数 e31*を求めた結果を図 6 に示す。図より KNN 薄膜の x=0 および 0.16 組成の e31*はそれぞれ
-0.9 および-2.4C/m2 の値が得られた。MgO 基板上に形成した c 軸配向 PZT の e31*は約-5C/m2 であること
から[6]、今回形成した KNN 薄膜の圧電特性は PZT 薄膜の約半分の特性を有していることがわかった。今
回の実験では NaNbO3 に K を添加することにより薄膜の圧電特性が向上することがわかった。しかし、こ
れまで作製した KNN 薄膜では、K の添加により誘電損失の増加、更に XRD の回折ピークもブロードにな
り正確な相境界の同定ができず、圧電特性についても最適化された組成での値ではない。今後薄膜の成
膜条件を最適化することにより更なる圧電特性の向上に対する取り組みを進めていく予定である。
4. まとめ
スパッタ法を用いて KNN 非鉛圧電薄膜を(001)SrRuO3/Pt/MgO 基板上に形成し、その結晶構造、電気特
性、および圧電特性の評価を行った。粉末ターゲットのスパッタ法により x=0 0.6 の K/(K+Na)添加量の
c 軸配向エピタキシャル KNN 薄膜を形成した。c 軸の格子定数は K の添加量とともに増加した。x=0 およ
び 0.16 の KNN 薄膜の比誘電率はそれぞれ 270 および 320 であり tanδは 9%および 15%であり、圧電定数
e31*は-0.9 および-2.4C/m2 の値を示した。
参考文献
[1] Y. Saito, H. Takao, T. Tani, T. Nonoyama, K. Takatori, T. Homma, T. Nagaya, and M. Nakamura, “Lead-free
piezoceramics”, Nature, 432 (2004) 84
[2] T. Mino, S. Kuwajima, T. Suzuki, I. Kanno, H. Kotera, and K. Wasa, “Piezoelectric Properties of Epitaxial
NaNbO3 Thin Films Deposited on (001)SrRuO3/Pt/MgO Substrates”, Jpn. J. Appl. Phys., 46 (2007) 6960
[3] I. Kanno, T. Mino, S. Kuwajima, T. Suzuki, H. Kotera, and K. Wasa, “Piezoelectric properties of (K, Na)NbO3
thin films deposited on (001)SrRuO3/Pt/MgO substrates”, IEEE Trans. Ultrason. Ferroelectr. Freq. Control, to be
published.
[4] V. J. Tennery, and K. W. Hang, “Thermal and X-ray Diffraction Studies of the NaNbO3-KNbO3 System”, J. Appl.
Phys., 39, (1968) 4749
[5] I. Kanno, H. Kotera, K. Wasa, T. Matsunaga, T. Kamada., and R. Takayama, “Crystallographic characterization
of epitaxial Pb(Zr,Ti)O3 films with different Zr/Ti ratio grown by radio-frequency-magnetron sputtering”, J.
Appl. Phys. 93, (2003) 4091
[6] I. Kanno, H. Kotera, and K. Wasa, “Measurement of transverse piezoelectric properties of PZT thin films”, Sens.
Actuators A 107 (2003) 68
高温斜め蒸着による金属ナノウィスカの成長制御
工学研究科マイクロエンジニアリング専攻
鈴木 基史
! " ! ! #! ! $ ! $ ! % & ! !
! はじめに
我々は昨年度, を加熱した基板表面にすれすれに真空蒸着 すると,直径が数 数 ,長さ に達するウィスカが成長することを発見した .その後, に
よって, と同様に など様々な金属のウィスカがガラスや などの様々な基板上に成
長することが分かった.ウィスカが成長するための要因は,Æ を超えるすれすれの角度で蒸着す
ることと,基板を蒸着物質の融点のおおむね を超える高温に保持することである.ウィスカの
成長にはこれまで知られていない普遍的な結晶成長のメカニズムが関与していることが示唆され
ることから,そのメカニズムが解明できれば新しいナノ構造形成技術の開発につながることが期
待できる.またウィスカの成長を制御することができるようになれば,金属ウィスカは機械的な
柔らかさ,高電気伝導,高熱伝導,触媒,磁性などの特性が期待できるため,次世代のナノ電気
機械デバイスの重要な構成要素になるであろう.
による金属ウィスカの成長は,幾何学的な蒸着条件に大変敏感であるため,あらかじ
め微細なパターンを形成した基板を用いることによって,ウィスカの成長位置を制御できる可能
性がある.基礎的な観点からは,微細パターンによって形成される蒸着流の影を上手に利用する
ことで,ウィスカの成長への表面拡散やその他の輸送過程の影響を調べることができると考えら
れる.そこで本年は,トレンチパターンをもつ基板に の を実施したのでその結果を
報告する.
実験
用にデザインされた電子ビーム 蒸着装置を用い,アルミニウム 純度 を
方向に幅 !
表面が酸化されたシリコン 基板に蒸着した. 基板上にはあらかじめ ! ,深さ " の # 種類のトレンチパターンを形成した.成膜室を $% 以下の
圧力に到達するまで排気した後,グラファイト板の上に取り付けた基板にハロゲンランプを照射
し,基板を加熱した.成膜中は基板の温度が Æ & になるように,ハロゲンランプの出力を
調整した.成膜中の基板の姿勢を調節することにより,トレンチの表面と側壁への蒸着角を独立
に設定した.図 % に蒸着の配置を模式的に示した.極角 は基板垂直方向と蒸着流の入射方向
であり方位角 はトレンチの方向と入射蒸着流の面内方位との間の角である.この様な配置では,
図 ' に示すように,表面への蒸着角は に一致し,側壁への蒸着角は に
なる.両側壁の一方には直接蒸着流が入射するので,以下ではその面を堆積側壁とよぶことにす
る.一方蒸着流が直接入射しない側の側壁を陰側壁とよぶ.本報では, Æ と Æ の二つ
(a)
substrate
φ
(b)
trenches
illu
min
α
ate
bot
d si
vapor flux
tom
I)
α
(B)
γ
va
po
rf
surface
source
cos γ = sin α sin φ
図 (
surface (Su)
de (
sha
dow
side
lux
(Sh
)
% 蒸着源と基板の配置と, ' 蒸着流の入射方向とトレンチ構造の関係.
の場合の結果を報告する.いずれの場合も堆積側壁への蒸着角は Æ になるように設定した.
成膜中の圧力は $% 以下であった.作製した試料はエネルギー分散型 ) 線検出器 *
を備えた透過電子顕微鏡 + と走査電子顕微鏡 + で分析した.
結果と考察
図 に Æ Æ で作製した試料 % ' と Æ Æ で作製した試料の断面
の + 像を示す.いずれの試料にも細長いウィスカが成長していることが分かる.典型的なウィ
スカの太さは ! 前後で,長さは Æ で作製した試料では数 程度のものが多く,
Æ で作製した試料では を大きく超えるものも多数見られる.ウィスカは蒸着流がす
れすれに入射する場合にのみ成長する ため, Æ で作製した試料では,ウィスカがトレ
ンチの側壁にのみ成長し,表面と底には観察されない.一方 Æ で作製した試料では,表面,
底,側壁いずれにもすれすれの角度で蒸着されるため,これらのいずれの面からもウィスカが成
長している.この様に, では幾何学的な蒸着条件を制御することで,ウィスカの成長位
置を選択することが可能である.
しかしながらトレンチの側壁へのウィスカの成長は,それほど単純な話ではない.既に気付かれ
た方もおられるかとは思うが,ウィスカは堆積側壁だけでなく,直接 の蒸気にさらされること
のない陰側壁にも成長している 図 % , 参照.驚いたことに,陰側壁へのウィスカの成長は特
別に例外的なことではない.図 は Æ で作製した試料 図 % と Æ で作製した試料
図 ', を様々な角度から撮影した + 像である.図 % ' から明らかなように,数やサイ
ズに違いがあるものの,両試料のいずれの陰側壁にもウィスカが観察される.堆積側壁と陰側壁に
成長するウィスカを比べると,数やサイズに極端な差がないように見える.もちろん,直接蒸着流
にさらされる表面,底,堆積側壁にはウィスカだけでなく の粒状構造が形成されている.例えば
図 - に見られるウィスカと粒状構造は,我々の既報論文 -./0+( $(#/0"%
で報告したように, で作製した試料では一般的に見られるものである.しかしながら大
変奇妙なことに,堆積側壁に成長しているウィスカの根本には図 , からも分かるように,粒状
構造は一切観察されない.さらに興味深いことは,底の部分で直接蒸着流にさらされない陰の部
分には,ほとんどウィスカが観察されないのである 図 ' , 参照.
気相からのウィスカ成長の既存のモデル では,アドアトムがウィスカの側面を拡散によって
駆け上がり,先端部分でウィスカに取り込まれると考えられている.ウィスカの側面に堆積した原
子が全てウィスカに取り込まれ,ウィスカが一定の太さを保ったまま成長すると仮定すると,ウィ
スカの長さ は蒸着量 に対して指数関数的に依存する .すなわち,
(a)
(d)
(b)
(e)
(c)
55°
(f)
85°
85°
85°
図 ( Æ Æ で作製した試料 % ' と Æ Æ で作製した試料の断面の +
像.- 1 にそれぞれの蒸着流の入射方位を模式的に示した.
である.ここで, は今考えている面に堆積された原子の量を平均膜厚に換算したもの, は初期
核の長さ, は蒸着角で,今の場合は もしくは , はウィスカの半径である.この による多くのウィスカの成長をこのモデルに基づいて理解することができるが,一方でこのモデ
ルでは説明できないほど長いウィスカが少なからず存在することも事実である.実際例えば図 -
に見られるウィスカは の太さで,長さは であるため, Æ とおくと,式 から という値が得られる.もっと大きな初期核を必要とするウィ
スカも容易に見つけることができる.この様な初期核の異常に大きな値は,実際の成長では 原
子がウィスカの側面に堆積されたものだけでなく,かなりの量がウィスカの周辺からも供給され
ることを示唆している.我々の既報論文 では,核形成に必要な の不足分が表面拡散によっ
て,ウィスカ周辺の表面から供給されると考えていた.
しかしながら,通常の表面拡散がウィスカの核形成において主要な役割を担っているとするな
らば,トレンチの底の陰の部分にはウィスカが成長しないのに,陰側壁には成長することを説明
することが困難である.陰側壁には粒状構造が無く,ウィスカだけが存在することから,表面に足
跡を残さない原子の輸送過程が存在するはずである. の輸送過程の詳細は現時点では不明であ
るが,トレンチの側壁からの原子の再蒸発や,入射原子の散乱などがウィスカの成長に重要な役
割を担っているように思われる.トレンチ構造への系統的な の実験を行うことで,ウィ
Sh
B
Su
Su Sh
B
I
I
(a)
(b)
I
Su
(c)
B
(d)
B
Sh
図 ( Æ Æ で作製した試料 % 平面像 と Æ Æ で作製した試料 ' 平面
像,- 主に堆積側壁 , 主に陰側壁 の + 像.図中の 23 23 243 253 の記号は図 ' にも示
したように,それぞれ 2表面3,2底3,2堆積側壁3,2陰側壁3 を示す.
スカ成長のメカニズム解明の糸口がつかめるのではないかと期待する.
まとめ
トレンチ構造を有する基板に を実施し, のウィスカ成長を調べた. を Æ Æ で蒸着すると,ウィスカを表面には成長せずに側壁にのみ成長した.一方,表面と側壁に
同時にすれすれの入射が実現できる配置で試料を作製すると,表面にも側壁にもウィスカが成長
した.この様に によれば,幾何学的な蒸着条件によって,ウィスカの選択成長が可能
であること実証した.さらに注目すべきことに,ウィスカは堆積側壁だけでなく,陰側壁にも成
長することを見いだした.また,底の陰の部分にはほとんどウィスカが成長しないことも分かっ
た.この様な奇妙なウィスカ成長を理解するためには,表面拡散以外の新しい原子輸送過程を考
える必要がある.側壁での原子の再蒸発や散乱などがその新しい輸送過程の候補である.
謝辞
本研究は木村健二 教授,中嶋 薫 助手,および研究室の学生諸君,本学機械理工学専攻の木下技
官の協力を得て推進した.ソニー株式会社の高田昭夫様には,トレンチ基板を供給していただき
ました.ここに御礼申し上げます.
参考文献
+ /0 6 7%% 6895.% 6 7%0%:% 6 6;% <0%8 6 %9%0%=% >%?8; ?5%9
;8=.5 81 =590;9 ,-, '@ %- % ,?89.8 %. 55 .?;%.; # + /0 6 7%% 6895.% 6 7%0%:% 6 6;% <0%8 6 %9%0%=% +8;?588-%
A8.8 81 % =590;9 ;8= '@ 55 .?;%.; %- % ,?89.8 " B +, C 8; , 998 1;8 =590;9 ! #
ナノ構造薄膜/均質体界面端近傍における応力分布解析
工学研究科機械理工学専攻
澄川 貴志
Abstract: The purpose of this study is to examine the stress distribution near the interface edge between a
nanostructured thin film and a solid body. A nanostructured thin film consists of Ta2O5 helical nanosprings is
fabricated by dynamic oblique deposition. The mechanical properties of the thin film are obtained by vertical and
lateral loading tests using a diamond tip built into an atomic force microscope. A finite element analysis for a
component, which has the free edge of the interface between the thin film and an elastic solid body, is conducted
under uniform displacement. The analysis indicates the absence of not only stress singularity but also high stress
concentration near the free edge. The characteristic stress distribution near the interface is due to the nanoscopically
discrete structure of the thin film.
Key words: Nanosprings, Thin Film, Stress Concentration, Interface, Stress Reduction, Free edge, Singularity, and
Dynamic Oblique Deposition
1.
はじめに
LSI(Large scale integration)に代表される電子デバイスは,複数の微小要素で構成されているこ
とから,内部に多くの異材界面が存在する.外力負荷や温度変化によってデバイスに変形が加わると,
異材界面の端部では変形のミスマッチに起因した大きな応力集中が発生する.このため,界面端は優先
的な破壊起点となることが知られている.
一方近年,動的斜め蒸着(Dynamic oblique deposition;以下,DOD と記す)により,ナノサイズの
微小要素で構成されたナノ構造薄膜の作製が可能となった[1].このような薄膜は,均質体薄膜とは異な
る特有の機械特性が期待され,将来の様々な電子デバイスへの適用が予想される.しかし,ナノ構造薄
膜によって形成される界面の応力状態についてはこれまで議論されていない.
本研究は,ナノ構造薄膜と均質体との界面端における応力状態を明らかにすることを目的とする.こ
のため,らせん形状を有するナノ要素で構成された薄膜の負荷試験を行ってその変形特性を測定する.
さらに,有限要素法(Finite element method; 以下,FEM と記す)解析を実施し,ナノ構造薄膜と均質
体との界面端近傍の力学状態について検討を行う.
2.
ナノ構造薄膜の作製
電子線蒸着によりシリコン基板上に厚さ500 nmのTa2O5ベース層を成膜し,その上にDODによりTa2O5ナ
ノ構造薄膜を作製する.DOD条件は,蒸着角84°,基板の回転数3.5である.さらに,ナノ構造薄膜の上
に厚さ280 nmのTa2O5キャップ層を成膜する.図1(a)は,ナノ構造薄膜の断面SEM(Scanning electron
microscopy)写真を示す.それぞれのナノ要素はらせん型のスプリング形状を有しており,以下ではこ
のナノ要素を“ナノスプリング”と呼称する.作製したナノスプリングは,巻き数n=3.5,高さhs=560 nm,
外径r=75 nm,線径d=60±10 nmである.
3. 試験片作製及び試験方法
微小負荷試験を実施するために,集束イオンビームを用いてブロック状の試験片を切り出す(図1(b))
.
2
試験片は,上部面積が異なるものを数種類用意する(S=1.9~13.2 μm )
.試験装置は,AFM(Atomic force
microscopy)に微小負荷装置(Hystron: Triboscope)を組み込んだものを用いる.本試験装置は,試験
片に対して垂直と水平の微小負荷(または変位)を独立に与えることができる[2](図2参照)
.垂直方向
の試験では一定荷重速度10 μN/sを,水平方向の試験では一定変位速度5 nm/sを与える.
Fig. 1: (a) SEM micrograph of multi-layered thin films composed of Ta2O5 helical nanosprings
grown by DOD. (b) Configuration of specimen.
Fig. 2: Loading methods for measuring the mechanical properties of the thin film composed of
nanosprings: (a) vertical loading method, (b) lateral loading method.
4.
Ta2O5 ナノ構造薄膜の変形特性
図3は,垂直方向負荷試験及び水平方向負荷試験によって得られた荷重-変位曲線である.両曲線とも
に線形を保っており,試験片は弾性変形をしていることがわかる.曲線に対して最小自乗近似を用いて
傾きを求め,剛性係数Kを算出した.図4は面積の異なる他の試験片から得られたKと試験片面積Sの関係
を示したものである.面積Sと剛性係数Kの間には良い直線関係があり,本試験法より得られた結果の妥
当性を示している.また,試験片面積を考慮に入れて,ナノ構造薄膜の見かけのヤング率E'=0.375 GPa
と見かけの横剛性係数G'=0.060 GPaを得た.また,単位面積当たりのナノスプリング存在本数(65本/μm2)
から,スプリング一本当たりの縦方向バネ定数kv=10.29 N/mと横方向バネ定数kl=1.66 N/mを決定した.
5.
解析方法
ABAQUS 6.5を用い,平面ひずみ条件下でFEM解析を実施する.解析モデル及びメッシュ分割図を図5に
示す.弾性均質体(E=117 GPa,ν=0.28)と基板(剛体)の間にナノ構造薄膜が存在し,変位は図中z方
向に与える.各スプリングは,実験で得たバネ定数を考慮し,等価な変形特性を有するばね要素(要素
長さhb=hs=560 nm,要素長手方向ヤング率Eb=0.11 GPa,要素径Db=259 nm)に変換してある.また,比較
のため,弾性均質体が剛体に直接接合されたモデルについても解析を行う.以下,ナノ構造薄膜を有す
るモデルを“spring model”
,ナノ構造薄膜の無いモデルを“no-spring model”と呼称する.
Fig. 3: Relationship between force and displacement: (a) vertical loading test, (b) lateral loading
test.
Fig. 4: Summary of lateral and vertical stiffness constants of a specimen showing dependence
on specimen area (or numbers of springs).
Fig. 5: (a) Analytical model in which a thin film composed of nanosprings is sandwiched
between an elastic solid body and a substrate. (c) Mesh division for FEM analysis of the model.
6.
解析結果及び考察
図6は,両モデルにおいてナノ構造薄膜界面に隣接した弾性均質体内部の要素から抽出した三つの応力
成分(σx,σz,τzx)を界面中央部のz方向垂直応力σ0で無次元化したものである.no-spring model(図
6(a))では,界面端に近づくとともに応力は増加し,界面端近傍ではσ=K/rλで表される特異応力場が存
在する.ここで,Kは特異性の強さを表すパラメータ,rは界面端からの距離,λは材料や界面端の形状に
依存する定数である.一方,spring model(図6(b))では,界面全体にわたって応力変動はほぼ0である.
界面端における応力集中は,主に異材間のポアソン収縮量の差に起因した界面面内方向の変形のミスマ
ッチによって発生する.本研究で作製したナノ構造薄膜では,構成要素であるナノスプリングが基板に
対して直立しており,横方向の変形に対してはほとんど剛性を持たない.つまり,薄膜は異材の界面面
内方向に対する変形に追従するため,両者間で変形のミスマッチは生じず,界面端での応力集中は起こ
らない.
以上のように,ナノ構造薄膜は均質体との界面端において応力集中を緩和する効果を有することを明
らかにした.
Fig. 6: Distributions of normal stresses, σz and σx, and the shear stress, τzx, along the interface
between the solid body and the thin film from the free edge: (a) no-spring model, (b) spring
model.
参考文献
[1] M. Suzuki and Y. Taga, Integrated sculptured thin films, Japanese Journal of Applied Physics, 40, (2001),
L358-L359.
[2] H. Hirakata, S. Matsumoto, S. Takemura, M. Suzuki, and T. Kitamura., Anisotropic deformation of thin films
comprised of helical nanosprings, International Journal of Solids and Structure, 44, (2007), 4030-4038.
静電型 MEMS デバイスを用いたナノ材料の電気機械特性評価
工学研究科マイクロエンジニアリング専攻 土屋 智由
Abstract: This paper reports a fabrication of doubly-supported free-standing fullerene (C60) nanowires on MEMS
structures to propose an integration process of carbon nano-materials to surface-micromachined silicon devices.
By irradiating vacuum-deposited fullerene film with electron beam (EB), polymerized fullerene nanowires were
patterned. Then, free-standing structures of the fullerene nanowires were obtained by sacrificial etching using XeF2
gas. The fabricated fullerene nanowire was 2 μm long, 400 nm wide and 15 nm thick.
Keywords: C60, nanowire, sacrificial etching, SOI-MEMS, electron beam lithography
1. はじめに
カーボンナノチューブ(CNT)やフラーレン(C60,C72)に代表されるカーボンナノ材料は電気的特
性のみならず,高剛性,高強度等の機械的特性,さらには熱的特性も優れているとされており,様々な
分野への応用が期待されている.実用化のためにはこれらの材料特性を正確に測定することが求められ
ている.本研究では,微小変位や微小力を高精度に検出可能な静電容量型 MEMS(Micro Electro
Mechanical Systems)デバイスの引張試験への応用を提案している.これは静電容量型 MEMS 加速度セ
ンサが 0.1 nN オーダーの慣性力を 1 nm オーダーの変位として加速度を検出している[1]ことに基づき,
この検出方式を引張試験に応用できれば,必要な測定精度を実現できるとの期待からである.我々が提
案する MEMS デバイスは静電力駆動,静電容量変化による変位、荷重検出を特徴とする.また,提案
するデバイスで引張試験を行うためには試験片をデバイスへ設置し,かつ両持梁としてリリースされた
構造とする必要がある.ここでは電子ビーム(EB)により C60 が高分子化する現象に着目し,EB 照射
によるパターン形成とシリコンの犠牲層ドライエッチングを用いたナノワイヤ試験片作製技術を提案す
る. 本報告では,シリコン基板上へのナノワイヤ形成法の検討とその評価,また,犠牲層エッチングを
用いたリリースプロセスの結果,さらには応用デバイスについて紹介する.
2. C60 ナノワイヤの作製
2.1 作製原理と設置プロセス フラーレンの中でもっとも小さい C60 は 60 個の炭素原子がサッカーボール
に似た 12 の六角形と 8 つの五角形の面からなる 20 面体を構成した分子である.2 つの六角形が接する
辺が二重結合しているとされ,他の六角形と五角形が接する辺と異なる結合距離を有している.この C60
の二重結合は電子や光の照射により,他のフラーレンの二重結合とそれぞれ共有結合を形成し,Figure
1に示すように高分子を形成する.この高分子化反応を利用してフラーレンのナノワイヤ,ナノチュー
ブが合成されている.たとえば,C60 の飽和トルエン溶液に 2-プロパノールなどを静かに流し込み2液
の界面で高分子化したナノチューブ,ナノワイヤが合成されることが報告されている. [2].
Soluble in toluene
Insoluble in toluene
-
e , hν
polymerization
Figure 1. Polymerization of fullerene.
2.2 電子ビーム描画による C60 のパターニング 本研究では前述した C60 の高分子化に伴う化学的性質の変
化を用いた直接描画を提案する.真空熱蒸着により C60 分子からなる膜はファンデルワールス力により,
結合している.これに電子ビーム描画装置を用いて電子線を照射すると,電子が照射された膜は高分子
化する.高分子化後に特定の溶媒に対する溶解度が変化することを用いて,単分子 C60 膜を高分子化 C60
膜に対して選択的にエッチングし,レジストのようにパターンを形成することができる.
まず,シリコンウエハ上に真空蒸着した C60 膜に対するパターン形成を試みた.C60 の成膜には標準的
な抵抗加熱の真空蒸着装置を用い,タングステンのボートに必要な量の C60 粉末を載せて成膜した.選
択的な高分子化によるパターン形成は EB 描画装置(東京テクノロジー,L-5000)を用いた.加速電圧
は 30 keV,電流値は 1-4 nA,ドーズ量は 7.7-30.8 mC/cm2 である.EB 描画の線幅は 50, 100, 200, 300, 500,
1000, and 2000 nm として行った.トルエンとヘキサンを1:6で混合した溶液をエッチング(現像)液
として用いた.エッチング時間は 30 s である.全てのプロセスは環境光などによる高分子化を防ぐため
に暗室で行った.Fitgure 2 に EB 描画とエッチングによって得られた C60 のラインパターンを示す.電
子描画のドーズ量を増加させると C60 ラインのコントラストが改善していることが見て取れる.しかし
ながら,描画された線幅は設計値より広くなっていて,200 nm 以下の線幅のラインはほとんど同じ線幅
になっている.電流値 2 nA,ドーズ量 15.3 mC/cm2 で描画した C60 ライン部の原子間力顕微鏡(AFM)
像を Figure 3 に示す.ここから C60 ラインの膜厚は 15 nm 程度であることがわかった.Figure 2 と同様に
50 nm の線幅のラインは 200 nm の C60 ラインの線幅とほとんど同じである.解像度が期待した程度に得
られなかった原因は電子の散乱によるものと考えている.加速電圧を低下させるなど描画条件を最適化
することで 50 nm 程度の解像度が期待できると考える.
1 nA
2 nA
4 nA
10 μm
Figure 2. Patterned C60 film on silicon substrate using election beams and toluene and hexane mixture. The line
widths are 1000, 500, 300, 200, 100, 50, and 2000 nm (from left to right in each electron current condition).
500
Line width (nm)
300
200 100
50
50
25
0
(nm)
2 μm
Figure 3. Surface topology of C60 lines on silicon substrate. Electron current was 2 nA.
シリコンウエハに描画した C60 ナノワイヤを用いて,半導体微細加工で用いられる様々なエッチング
液,溶媒,薬品などに対する高分子化した C60 の化学的耐性を評価し,このナノワイヤがサーフェスマ
イクロマシニングプロセスに対して適合性を持つかどうか検討した.その結果,高分子化した C60 膜は
純水,フッ酸,エタノール,2-プロパノール,ポジ型フォトレジスト,レジスト現像液(水酸化テト
ラメチルアンモニウム水溶液)に対して耐性があり,主な半導体プロセスに対して適合性があることが
わかった.また,C60 ナノワイヤは 2 フッ化キセノンガス(XeF2 シリコンを等方的にエッチングするガ
ス)に対しても腐食されなかった.この C60 の描画プロセスと形成された C60 パターンはサーフェスマイ
クロマシン構造とその作製プロセスに適合することが示された.
4.3 C60 ナノワイヤ作製プロセス これらの性質を利用して.基板からリリースした C60 ナノワイヤを SOI
ウエハベースの微細電気機械構造デバイス(SOI-MEMS)へ作製するプロセスを設計した(Figure 4)
.この
プロセスでは C60 ナノワイヤは前述の手法を用いて SOI ウエハのデバイス層に形成された単結晶シリコ
ンパターン上に作製され,
C60 ワイヤの下の単結晶シリコンを犠牲層エッチングすることでリリースする.
作製プロセスはフォトリソグラフィとエッチングを用いた単結晶シリコンの構造作製からはじめる.電
極構造が必要な場合はアルミ蒸着とフォトリソグラフィ,ウエットエッチングでアルミ電極を形成した
後に,フォトリソグラフィ,ICP-RIE エッチングを用いて単結晶シリコンの微細構造を作製する.(Figure
4a) 本研究ではデバイス層厚さ 5 μm,埋め込み酸化膜厚 2 μm の SOI ウエハを用いた.C60 のナノワイ
ヤを形成するシリコンの梁幅は 5 μm とした.次に,C60 膜を SOI-MEMS 構造を作製したウエハに真空
蒸着した(Figure 4b).単結晶シリコンのパターンに位置合わせして電子ビーム描画装置で電子線による高
分子化 C60 パターンを形成した.このときの加速電圧,電流値,ドーズ量はそれぞれ 20 keV, 5 nA, 38.4
mC/cm2 とした. そして,電子線を照射していない C60 膜の部分をトルエンとヘキサンの1:6混合溶
液で除去した(Figure 4c).次に,ポジ型フォトレジスト(東京応化 OFPR-800)をパターニングした.レジ
ストは単結晶シリコンの犠牲層エッチングにおけるマスクとして用いる(Figure 4d, e).C60 ナノワイヤの
設計長さ,すなわちレジストの開口幅は 2 μm である.シリコンの自然酸化膜(2 フッ化キセノン(XeF2)
に耐性がある)をバッファードフッ酸で除去してから,レジストの開口部からシリコンを XeF2 でエッチ
ングし,C60 ナノワイヤをリリースした (Figure 4f).XeF2 エッチングはパルスエッチング法を用い,ガス
圧は 10 Pa.
気相エッチングは微細で壊れやすいナノワイヤをスティッキングや破壊から防ぐために不可
欠である.
a) Al, Si pattterning
e) lithography
b) C60 deposition
f) XeF2 etching
c) C60 patterning
g) Resisit removal
h) Si structure release by HF
vapor etching
d) Resist application
Si
SiO2
Al
C60
Photoresist
Figure 4. Fabrication process of doubly supported fullerene nanowire on SOI MEMS structure.
Figure 5 に幅 5 μm のシリコン梁構造上にパターニングした C60 ナノワイヤを示す.ナノワイヤの EB
描画における設計幅は 300 nm であるが,描画された線幅は約 400 nm であった.C60 ナノワイヤの位置
と寸法は EB 描画によって制御されて作製されている.
C60
Si
10 μm
C60
SiO2
5 μm
Figure 5. C60 nanowire on silicon beam fabricated on SOI wafer.
Raman Intensity (a.u.)
4.4 ラマン分光 シリコン構造体上の C60 ナノワイヤが高分子化していることを確認するためのラマンス
ペクトルを評価した.
(日本分光 NRS-3100)Figure 6 にラマンスペクトルを示す.1464.5 cm-1 のピーク
は低波数側に広がっている.このピークは C60 の Ag(2) pentagonal pinch mode にほぼ一致する.このこと
から描画されたパターンは C60 であることを確認した [3].
高分子化した C60 の粉末の Ag(2) pentagonal pinch mode は 1462 cm-1 とされている.観察されたピークは
少し高波数側にあり,高分子化が完全ではないもののある程度進行しているものと考えている.可視光
照射により液-液界面法によって形成された C60 ナノウィスカーの Ag(2) pentagonal pinch mode は 1465
cm-1 と報告されている [4].
1400
1450
1500
1550
-1
Raman shift (cm )
1600
Figure 6. Raman spectrum of fullerene nanowire. Spectrum was obtained before sacrificial etching.
4.5 C60 ナノワイヤ Figure 7a に XeF2 エッチングする前のレジストで保護された C60 ナノワイヤを示す.
レジストの開口部が C60 のワイヤ,シリコンの梁構造に対して正しくパターニングされ,C60 ナノワイヤ
はダメージを受けていない.
犠牲層エッチング後のリリースされた C60 ナノワイヤ Figure 7b に示す.C60 ナノワイヤが XeF2 エッチ
ングにより,レジストの開口部の中央に自立して形成されている.しかし,XeF2 パルスエッチングにお
けるパルス回数は 29 であった.初期のエッチングパルスではほとんどエッチングされていなかった.こ
のことから,C60 を除去したとされるシリコン表面に非常に薄い C60 膜が残っていると考えている.この
ためエッチング量の制御が難しく 7-8 μm のアンダーカットが発生した.これによってレジスト除去に
よって形成される C60 ナノワイヤの長さが 15 μm となる.これは,自立されるためにはアンダーカット
量を正しく制御しなければならない.
a)
C60
Si
b)
C60
Si
Resist
Resist Opening
5 μm
Resist Opening
5 μm
Resist
Figure 7. C60 nanowire patterned by electron beam writing. a) before and b) after XeF2 sacrificial etching of silicon.
この後,アセトンや 2-ブタノンによりマスクとして用いたフォトレジストの除去を試みたが除去でき
なかった.酸素プラズマによるレジスト除去を用いることは出来ないので,このあとのプロセスを進め
ることは出来なかった.また,前述の過剰なアンダーカットはレジストが除去できても C60 が自立しな
かったものと推察する.プロセス条件の改良を進めている.
レジストの開口部に形成された自立した C60 ナノワイヤの走査電子顕微鏡像を Figure 8 に示す.C60 ナ
ノワイヤは長さ 2 μm,幅 400 nm,厚さ 15 nm であった.ナノワイヤの下にあるシリコンが完全に除去
されていることが確認できた.自立したフラーレンナノワイヤは電気的,機械的,電気機械的なデバイ
スに応用できると期待される.
C60 nanowire
C60 nanowire
Si
Si
Photoresist
Cavity
Photoresist
SiO2
C60 nanowire
Si
2 μm
Si
Cross-section
Figure 8. SEM micrograph of released C60 nanowire. Scallops in cavity were photoresist that silicon sidewall
pattern formed by ICP-RIE was transferred to. Right drawing shows schematics of sample.
3. 応用:静電容量型 MEMS デバイス
本デバイスは,荷重印加のための櫛歯型静電アクチュエータ,試験片への荷重を変位に変換するため
の荷重検出用ばね,試験片の伸びを検出するための 2 対の差動平行平板静電容量(伸び検出用キャパシ
タ)
,ばねの変形量を変位で検出するための同形状の静電容量(荷重検出用キャパシタ)
,可動部を支え
る 4 本の支持梁からなる.試験片,荷重検出用ばね,支持梁全体をそれぞれ一つのばねとして置き換え,
それぞれのばね定数を kC,kS,kB とする.ここで試験片に印加される荷重 FC は荷重検出用ばねのそれと
等しく,また支持梁の変形量 dB は試験片の伸び dC と荷重検出用ばねの変形量 dS の和に等しい.ゆえに,
櫛歯型静電アクチュエータにより荷重 FC が上端に印加されたときの試験片に印加される荷重 FCNT,試
験片の伸び dC,および kS,dB,dS の関係は次式で示される.
FC = k S ⋅ d S
(1)
d S = d B − dC
(2)
ここから,伸び検出用キャパシタにより dC を,荷重検出用キャパシタにより dB を静電容量変化で測定
することで FC が求められる.Figure 9 に試作した引張試験 MEMS デバイスを示す.今後,この試験片
部に上述の C60 ナノワイヤを設置して引張試験を実現する.
Al pad
FCDA
Support spring
Force spring
kS
dC=dB+dS
kB
dC
Nanowire
kC
600 μm
Figure 9. Tensile testing device for carbon nanowires
4. まとめ
本研究では CNT やフラーレンに代表されるカーボンナノ材料を引張試験することを目的とし,SOI
ウエハを用いた静電駆動,静電容量変化検出によるカーボンナノ材料引張試験デバイスを提案している.
本報告では,その試験片として,フラーレンナノワイヤを検討した.EB 照射によるワイヤ作製,XeF2
ガスを用いたドライエッチングによるワイヤーリリース技術を提案し,
長さ 2 μm,
幅 400 nm,
膜厚 15 nm
の両持梁構造としてフラーレンナノワイヤをデバイスへ設置することに成功した.今後はワイヤの形状
制御,またデバイス単体の動作評価を行い,カーボンナノ材料引張試験の実現を目指す.
参考文献
[1] T. Tsuchiya, et al., A z-axis differential capacitive SOI accelerometer with vertical comb electrode, Sensors and
Actuators A116, (2004), pp. 378-344.
[2] K. Miyazawa, et al., C60 nanowhiskers in a mixture of lead zirconate titanate sol-C60 toluene solution, J. Am.
Ceram. Soc. Vol. 84 (2001), pp. 3037-3039.
[3] M.C. Martin, et al., Infrared and Raman evidence for dimmers and polymers in RbC60, Phys. Rev. B, 51 (1995),
pp.3210-3.
[4] M. Tachibana, et al., Photo-assisted growth and polymerization of C60 nanowhiskers, Chem. Phys. Lett. 374
(2003), pp. 279-285.
磁場中微小磁性要素の相互作用と応用
工学研究科マイクロエンジニアリング専攻
津守 不二夫
Abstract: It is important to control micro structure of the powder particles, which could be used to make new
functional materials. Application of magnetic field is one of effective methods to control microstructures. We are
now developing new micro device using magnetic particles and elastic material such as PDMS
(polydimethylsiloxine) without wiring. The present micro device shows various pattern arrangements under
applied magnetic fields. This deformation of micro array structures could be used for micro pump and other
purposes. To control the deformation, a discrete element method (DEM) is coupled with a magnetic FEM. This
simulation system is an effective tool to design new arrangement of micro structures.
Key words: particulate material, magnetic field, micro actuator, DEM.
1. はじめに
磁性粒子のマイクロアクチュエータへの応用については MEMS デバイスが配線なしで駆動が可能であ
るため,さまざまなバリエーションのものが提案されている.本研究では弾性樹脂材料をマトリックス
としここに磁性粒子を分散させた構造を利用した新たな磁場駆動構造を提案する.磁性粒子のような微
細磁性要素は磁場中でそれぞれに相互作用の力が発生するため,このような磁性粒子を弾性樹脂構造中
にトラップすることにより駆動する新たな微細アクチュエータへと応用することが考えられる.本研究
では具体的に図1のようなものを提案する.従来の磁場を利用したマイクロアクチュエータは磁気勾配
を利用した駆動のものであったため,小型化すると機能が損なわれるという大きな問題があった.ここ
で提案したアクチュエータは,相互作用を利用することにより,この問題を回避できることを既に示し
ている[1,2].このアクチュエータは柱状構造の先端部に磁性要素を配置した単純なものであり,今後の
ナノレベルまでの微細化についても問題ないと考える.また,構造は単純ながらも,多数の要素がお互い
に作用するため,いわゆる「複雑な」挙動を示すことが予想できる.
この相互作用については理論的な定式化および解析的な挙動把握を行う.また,実際に構造を作製し
観察実験を行うことにより解析システムの妥当性の検証を行う.定式化においては,これまで,本研究
においては単純な DEM 解析(Distinct Element
Method)[3]を発展させ,磁性 DEM と磁場 FEM
解析を連成させた解析システム[4-8]により,
従
PDMS
with
magnetic
particles
m
h
来十分に評価できなかった磁場中での粒子間相
互作用を厳密に取り込む手法を完成させた.こ
の解析システムを利用することにより磁性小要
PDMS
素がどのような挙動を示すかを解析的に評価し
てきた.本報告では相互作用をさらに強く意識
し,エネルギーベースでマイクロアクチュエー
タがどのような挙動を示すか,新たなシミュレ
ーション手法の定式化について示す.
D
d
図 1 磁性粒子を含んだ弾性柱状構造アレイ
2. 磁気相互作用を利用した稼動微細構造
ここでは粒子間相互作用を利用した可動構造要素をアレイ化
した微細構造を作製することを考える.図 1 に示したように先
端部に磁性粒子を含ませた弾性樹脂の柱状構造群を作製する.
弾性樹脂として用いる PDMS (poly-dimethyl-siloxane)はシリ
(a)
コンゴムの一種であり微細加工が容易である.また,弾性変形
が可能であり先端部に設置した磁性粉末材料間の相互作用によ
り変形する.
(b)
2.1 構造作製方法 図 2 に構造体の作製方法を示す.まず,用
意した鋳型に硬化前 PDMS に磁性粒子材料(平均粒径がサブミク
ロンの純鉄粉末)を分散させた材料を流し込み(a),その後上面
部ですり切る(b).
この状態で遠心分離機を利用し粉末を沈降さ
(c)
せる(c).
ここに粒子を含まない PDMS を追加し固化(d),
離型(e)
することにより所望の形状を得る.
今回の実験ではピラー形状として,d=50[μm],高さ h=300[μ
m]とした.すなわちアスペクト比( h/d )は 6 である.各ピ
(d)
ラーは中心間距離が 100 μm となるように 10×10 の正方格子
状に配置してある.図 3 に作製した構造を示す.遠心分離によ
り粉末が柱先端部に誘導されていることが見て取れる.図では
(e)
お互いに接触したり倒れている柱も見られるが,液中で超音波
による刺激を加えることによりほぼすべての柱は直立した構造
図 2 構造作製方法
となる.現時点では液外ではこのような相互の接触の問題があ
るが,表面処理により今後このような付着を回避することを検
討している.以降の実験では付着のない液中での変形を観察す
ることとした.
2.2 外部磁場による操作 得られた構造は外部磁場の印加によ
り変形させる.図 4 に変形パターンの一例を示す.正方格子状
に整列した柱状構造を上部より観察した結果であり,磁場は
NdFeB 永久磁石を近づけることにより縦方向にかけてある.ま
ず,外部磁場が増大するに従い,上下隣り合う 2 個ずつのペア
図 3 作製したピラー構造群
Applied magnetic field
が接触し始める.興味深い点はこのペアは左右隣り合った箇所
200 μm
図 4 作製した柱状構造群と磁場による特徴的な変形パターン.
ではほとんど発生せず,左右の列では互い違いにペアが発生していることである.エネルギー的にこの
互い違いの状態の方が安定であることが分かっている.さらに磁場を強めると,図の右のように左右隣
り合った列が結合したライン状のパターンを形成する.これらの3パターンはそれぞれある程度の外部
磁場の強さで遷移的に切り替わる.
このように非常に単純な構造であるにもかかわらず一方向からの磁場の強弱だけで特徴的な変形パタ
ーンが得られることが分かる.
3. 磁気相互作用を含めたアクチュエータ挙動解析の定式化
3.1 外部磁場による操作 柱状構造と磁性要素で構成されたアクチュエータの挙動の解析は下記の通り
シンプルな定式化が可能である.まず,系全体のエネルギは以下のように与えられる.
U = U magnetic + U elastic + U contact
(1)
ここで,Umagnetic は磁場によるエネルギ,Uelastic,は柱状弾性構造の反りのエネルギ,Ucontact,は柱構造の先端部同士が
接触する際の弾性変形エネルギである.弾性変形部のエネルギは Hertz の式等,広く知られている.エネルギ全体
は下記の式を満たす.
∂U
=0
∂x j
(2)
xj は j 番目の柱構造の先端部変位を示す.この式はすべての柱の変位について満たされる必要がある.
また,j 番目の要素の存在する地点での磁束密度は次のように表される.
N
B j = B ′j + ∑ Bkj
(3)
k≠ j
右辺第一項は外部磁場による項,第二項は k 番目の要素(j 以外)が存在することによって発生した影響に関
する項である.Bkj は具体的に以下のように書き下される.
Bkj =
μ0 ⎡ 3(mk ⋅ rkj )
m ⎤
rkj − k3 ⎥
⎢
5
4π ⎢⎣ rkj
rkj ⎥⎦
(4)
ここで,磁気モーメントは下記のように表される.
mk =
4π μ − 1 3 '
a Bk
μ0 μ + 2
(5)
式(3)(4)(5)より,各箇所での磁束および磁気モーメントが導出されると,磁気エネルギは下記のように求められ
る.
N
1
'
U magnetic = −∑ mi Bi
i =1 2
(6)
このエネルギを式(2)に代入することより,
エネルギを最小化するための各柱の変位を導き出すことがで
きる.
3.2 解析例 図 5 に実際に解析を行った例を示す.点線が初期配置であり,左右に磁場をかけることに
より,構造に変形が見られる.3要素の場合,磁場に沿うような直線鎖状の構造が生成している.8要
素の場合にも5要素がひとつの直鎖構造を生成している.
8要素の場合,初期状態として対称なパターンであるに
も関わらず,変形後は上下に非対称となっていることに
注目したい.これは解析における初期ゆらぎに起因する
ものであり,実際の構造においてもこのような初期条件
においては非対称な変形パターンが発生するものと予想
される.
(a) 3 要素
4. まとめ
本研究では微小要素間での磁気的相互作用を応用した
新たなマイクロアクチュエータを提案し,解析手法を確
立した.提案した構造はナノレベルまでの微細化が可能
であり,今後解析システムを利用し,動的に構造が変化
する光デバイスへの応用を検討している.このようなデ
バイスを設計する際,微小要素の単純な相互作用が全体
構造を複雑に制御することを意識し,シミュレーション
(b) 8 要素
をもとにその挙動を予測していくことが重要となると考
えている.
図 5 先端位置解析例.磁場は左右にか
けてある.初期配置を点線で示す.
参考文献
[1] Fujio TSUMORI, Naoki MIYANO, Hidetoshi KOTERA, “Development of Deformable Micropillar Array
using Magnetic Particles and Elastic Material”, Sensors and Actuators A, (2007) submitted.
[2] 津守不二夫,宮野公樹,福井昭夫,佐川光史,小寺秀俊,
“磁性粒子材料と弾性材料を利用したマイ
クロアクチュエータの開発”
,粉体および粉末冶金,(2007) submitted.
[3] Cundall, P. A and Strack, O.D.L , “A discrete numerical model for granular assemblies”, Geotechnique, 29
(1979) 47-65.
[4] R.S. Paranjpe, “Stability of chains of permeable spherical beads in an applied magnetic field”, J. Appl. Phys.
60-1(1986) 418-422.
[5] 津守不二夫, 平田正道, 島進, “FEM-DEM 連成モデルによる磁場中粒子挙動解析”, 粉体および粉末
冶金, 52-3(2005), pp194-198.
[6] 津守不二夫,栗原史和,小寺秀俊,島進, “磁場中粉体成形における粉末流動のキャビティ形状によ
る影響”, 粉体および粉末冶金, 52-6(2005), pp458-463.
[7] Fujio Tsumori, Masamichi Hirata and Susumu Shima, “Column Structure Growth Simulation of Magnetic
Particles by Distinct Element Method Coupled with Magneto-FEM”, Proc. Powder Metallurgy & Particulate
Materials, vol. 1, (2005), pp 74-84.
[8] Fujio Tsumori and Susumu Shima, “Simulation of Column Structure Growth of Magnetic Powder in Applied
Magnetic Field by Coupled FEM-DEM Modeling”, Proc. Intelligent Processing and Manufacturing of Materials
(2005).
物質内の電磁場を考慮した第一原理計算アルゴリズムの開発
工学研究科マイクロエンジニアリング専攻 土井 謙太郎
Abstract: In this work, a computational algorithm for first-principles calculations considering electric
current density and electromagnetic field has been developed. Electromagnetic field is treated as scalar
potentials and vector potentials, and their effects are considered in the Hamiltonian. The electric current
density and the vector potential in the stationary state are expanded using first Fourier transform (FFT)
and their interactions with electrons are calculated using variation principle in a function space of the
linear combination of atomic orbitals (LCAO). Transition of total energies and Mulliken’s atomic charges
according to the external current density were calculated for some molecules. As a result, total energies
linearly responded to the electric current density and polarizations in the molecules were induced by
vector potentials generated from the electric current.
Key words: First-principles calculation, electromagnetic field, electric current density, vector potential,
1. はじめに
近年,物質構造における原子・分子の安定配置やさらにはそれらの電子構造まで,実験的パラ
メータによることなく,第一原理的に計算する技術が発展を続けている.原子・電子の視点から
物質の安定構造や電子状態を知るためには Schrödinger 方程式を解く必要があるが,多体系につい
ては解析解を求めることが不可能であるため,さまざまな近似解法が知られている.現在広く知
られている第一原理計算の手法に,変分原理により電子状態の基底状態の解を導く方法がある.
しかし,実際の実験は,定常的に安定な物質に作用を与えてその応答を見ているのであるから,
実測から得られる系の状態は外乱を受けているはずである.ある固有状態に対して,微弱な外場
が与えられた場合の系の応答については摂動論的に計算することが可能であるが,摂動といえる
範囲に限った場合の計算方法である.しかし,実際に問題となる外乱に対する応答は,摂動とい
える範囲を超えていることが多い.今後さらに,物質を構成する原子・分子,さらには電子の外
部からの作用に対する応答を第一原理的に計算しようとする試みは数多くなされる傾向にあると
考えられる.実際に,ナノテクノロジーの分野では,まさに物質の存在を第一原理計算により確
かめ,合成を行うことがなされている.さらには,そのような新規物質の電子物性を制御しなけ
ればならないところで第一原理的手法の発展が望まれている.
そこで本研究では,摂動の範囲を超える外部電磁場に対する物質の応答を計算するための計算
アルゴリズムの開発を行った.計算方法としては,変分原理を用いた平均場近似の範囲で
Schrödinger 方程式を解くのであるが[1],Hamiltonian に電場と磁場の効果をそれぞれスカラーポテ
ンシャルおよびベクトルポテンシャルとして取り込んだ計算を行った.本研究では電子波動関数
を原子軌道の線形結合で近似する LCAO 法を用いた場合について述べる.開発を行う過程におい
て,ベクトルポテンシャルと電流密度の扱いや,行列要素の積分計算,ゲージの問題など,いく
つかの問題点が明らかになった.その詳細を次節以降で述べる.
2. 計算アルゴリズム
2.1 基底関数
粒子や電子を量子力学的に扱うために,Schrödinger 方程式を解く必要がある. i 番目の固有状
態のエネルギーを ε i としたときの Schrödinger 方程式は
⎛ h2 r 2
r
r
r ⎞ r
r
⎜⎜ −
∇ + Vnuc − e (r ) + Ve −e (r ) + V x (r )⎟⎟ψ i (r ) = ε iψ i (r )
2
m
e
⎝
⎠
(1)
と書ける.ここで,断熱近似により,原子波動関数と電子波動関数を変数分離し,式(1)は与えら
れた原子配置について電子の固有状態を求めるための微分方程式である.式(1)において, h は
r
r
r
Planck 定数であり,Vnuc −e (r ) ,Ve-e (r ) ,および Vx (r ) はそれぞれ,原子と電子のクーロン相互作用,
電子間のクーロン相互作用,および交換相互作用を表している.すなわち,式(1)は Hartree-Fock
r
近似[1]である.本研究では,系の一電子波動関数ψ i (r ) を構成原子の電子状態を基準にした原子軌
道の線形結合(LCAO)[1]により表現する.つまり,原子 a 上の軌道角運動量 l にある原子軌道を
r
r
φ al (r ) としてψ i (r ) を次のように書く.
r
r
ψ i (r ) = ∑∑ c al ( x − x a )l ( y − y a )l (z − z a )l φ al (r )
x
a
y
z
(2)
l
{φ al (rr )}の集合を基底とする関数空間において,変分原理により係数 cal を決める.本研究で用いる
基底関数は原子の固有関数を Gauss 型関数で近似したものであり,
[
r
r r
φal (r ) = ∑ d al ,i exp − α al ,i r − ra
2
]
(3)
i
各元素の各軌道各運動量について縮約した形をしている.
2.2 電流密度とベクトルポテンシャル
次に,電流密度の存在により生じるベクトルポテンシャルの電子に及ぼす影響を考慮すると,
r r
r
r
電子の運動量演算子は − ih∇ − (e c )A(r ) となることから,このとき電流密度 j (r ) は
r r
e
j (r ) = −
2me
∑ν
i
i
r
r e * r r r
r
⎡
⎤
* r
⎢− ihψ i (r )∇ψ i (r ) − c ψ i (r )A(r )ψ i (r ) + c.c.⎥
⎣
⎦
(4)
となる[2].ここでν i は状態 i の占有数である.一方,定常状態における電流密度の存在により決
まるベクトルポテンシャルは
r r
r r 1
r j (s )
A(r ) = ∫ d 3 s r r
c
r −s
(5)
r r
r r
となる.式(4)と式(5)より, j (r ) と A(r ) はそれぞれ互いの関数であるから,同時に決定しなければ
r r
ならない.本研究においては,適当な初期値のもとに j (r ) について Fourier 変換したものを式(5)
r r
に代入することとした.その上で,式(5)の収斂を見ることとした.このとき, A(r ) は以下のよう
に展開される.
r r
r r 1
r r r e ik • s
A(r ) = ∫ d 3 s ∑
jk r r
r
c
r −s
k
(6)
⎡
⎤
r 4π ikr •rr ⎥
r 1
1 r
r
= ⎢ jo ∫ d 3 s r r + ∑
j
e
r
⎥
c⎢
r − s kr ≠ 0 k k 2
⎣⎢
⎦⎥
r r
r
r2
r rr r r
ここで, k ≠ 0 のとき ∫ ds 3 e ik •s r − s = 4πe ik •r k を用いた.
また,ベクトルポテンシャルを考慮した運動量演算子を用いたとき,式(1)の Hamiltonian の運動
エネルギー演算子の項を展開すると
r e r r ⎞2
r
he r r r
he r r r e 2 r r 2
⎛
2 2
⎜ − ih∇ − A(r )⎟ = −h ∇ + i ∇ • A(r ) + i A(r ) • ∇ + 2 A(r )
c
c
c
c
⎝
⎠
r
r
r
r
r
r
e2 r r 2
he
he r
= −h 2 ∇ 2 + i
∇ • A(r ) + 2i A(r ) • ∇ + 2 A(r )
c
c
c
[
(7)
]
r r
となる.本研究の計算では, A(r ) はポテンシャル場として与えられているとし,式(6)にしたがっ
て展開する.また,本研究では電子と場との相互作用による生成・消滅については扱わないため,
場の量子化は考えないこととする.式(7)の中でベクトルポテンシャルを含む項については以下の
積分計算が必要となる.
r r
r r r
r
⎤
⎡
r r
φ * (r )(r − s )φ j (r )
j k • k * r ikr •rr r ⎥
1 3 r⎢ r
3r
3r i
(
)
(
)
φ
φ
4
π
i
φ
r
e
φ
r
A
d
r
d
r
j
d
s
+
∇
•
=
−
•
∑
j
j
r2 i
r r3
∫
⎥
⎢ 0 ∫
c∫
k ≠0
r −s
k
⎦⎥
⎣⎢
*
i
(
)
r r
r
⎡
r r
φ * (r )∇ r φ j (r )
1 3 r⎢ r
3r
3r i
∫ φ A • ∇φ j d r = c ∫ d r ⎢ j0 • ∫ d s rr − sr + 4π ∑
k ≠0
⎢⎣
*
i
⎡
r r
1 ⎢r
3r
A
A
d
r
j0
φ
φ
•
=
j
∫
c2 ⎢
⎣⎢
*
i
2
r
⎤
r r r
jk
r⎥
* r ik • r
r 2 • φ i (r )e ∇ r φ j (r )⎥
k
⎥⎦
r
r r
3r
3r'
r r
d 3s
j0 • jk
r * r ∫d s ∫d s
r
r
3 r * r ik • r ∫
r r φ j (r )
r 2 ∫ d rφ i (r )e
∫ d rφi (r ) rr − sr rr − sr ' φ j (r ) + 8π ∑
r −s
k ≠0
k
(8)
(9)
3
(10)
r r
⎤
j •j
r r r r' r r
+ 16π 2 ∑ rk 2 r k2' ∫ d 3 rφ i* (r )e i (k + k )•r φ j (r )⎥
⎥
k ≠0 k
k'
⎥⎦
k '≠ 0
しかし,ここではベクトルポテンシャルに対するゲージの任意性を残したままである.例えば,
r rr
Coulomb ゲージ( ∇ • A(r ) = 0 )を考える場合は,式(8)がゼロとなることから電流密度とベクトルポ
r r
テンシャルの直交性( jk • k = 0 )が条件となる.式(10)の積分値が Hamiltonian に寄与する値は,式
(7)を考慮すると,式(8)と式(9)の値に比して 1 c 2 倍となることから,本研究では式(10)の計算を省
略する.
また,外部から加える電磁場および電流密度についても,適当な関数形を与えることで式(4)か
r r
r r
ら式(10)にしたがって計算することができる.外部磁場については, Bext (r ) = rotAext (r ) であること
から,
r r 1
Aext (r ) = (B y z − B z y, B z x − B x z , B x y − B y x )
2
(11)
r r
として Bext (r ) = B x , B y , Bz を与える.一方,外部
(
)
Electronic
Electronicstructure
structurecalculation
calculation
(Gaussian
(Gaussian03)
03)
からの電流密度については,
(
)
r
r r
r
r
e ⎡
⎤
j ext (r ) = −
f i ξ i* (r ) − ih∇ ξ i (r ) + c.c.⎥
∑
⎢
2m e ⎣ i
⎦
(12)
とする,ここで,外部系の状態 i にある電子波動
r
関数を ξ i (r ) として, f i は状態 i の占有数である.
このときの電流密度を作り出す電子波導関数
r
ξ i (r ) については,例えば
3
[
] [
r r
r ⎛π ⎞2
r r
ξ i (r ) = ⎜⎜ ⎟⎟ exp − β (r − r0 )2 exp ik i • r
⎝β ⎠
]
r r
rr
Calculation of j (r ) and A(r ) from electron
r
ground state wave functions {ψ i (r )}
(Rigged QED)
r r
Is A(r ) converged?
no
yes
r r r
r r r
Calculation of ∇ • A(r ) , A(r ) • ∇ ,
r r r r
and A(r ) • A(r ) (Rigged QED)
(13)
のような分布関数を与えることができる.
2.3 フローチャート
図 1 に本計算手順についてのフローチャートを
Electronic
Electronicstructure
structurecalculation
calculation
(Gaussian
(Gaussian03)
03)
IsIstotal
totalenergy
energyconverged?
converged?
no
yes
SCF
SCFtermination
termination
示す.外部電磁場を考慮しない基底状態計算につ
いては,一般に公開されている非経験的分子軌道
図1 ベクトルポテンシャルを加味した
計算のための計算プログラムコードを用いるこ
電子状態計算のフローチャート
とができる.本研究では Gaussian 03[3]を用いる
こととする.基底状態の電子波動関数から内部に生じる電流密度およびベクトルポテンシャルを
考慮し,外部から加える電磁場と電流密度を加える.そして,式(4)から式(6)にしたがって電流密
度とベクトルポテンシャルを決定する.ベクトルポテンシャルを決定した後に式(8)から式(10)に
したがって,ベクトルポテンシャルに依存する行列要素の積分計算を行い,式(7)のように展開し
て Hamiltonian に加える.次に,再び電子状態計算を行い,ベクトルポテンシャルを考慮した基底
状態を求める.ベクトルポテンシャルを考慮した基底状態が収束するまで繰り返し計算を行う.
その結果として,外部からの電流密度や電磁場を考慮した基底状態を求めることができる.外部
電磁場については詳述しなかったが,一様電場を加えることは容易であり,基底状態計算のプロ
グラムコードには標準で備わっていることが多い.
3. 考察
表 1 に水素分子、酸素分子、および水分子の主軸に対して電流密度を加えたときの全エネルギー変
化と Mulliken 電荷を示す.Mullilen 電荷については,H2,O2 については一方の原子の値を示し,H2O に
ついては O 原子の値を示す.図 2 は各分子のエネルギー変化をグラフにしたものである.この結果は,外
部より与えた電流密度から作られるベクトルポテンシャルに対して,分子内の電子が応答することにより得
られたものである.エネルギー変化を見ると,電流密度に対して線形に応答していることがわかる.式(7)
により運動エネルギーを計算するのであるが,その際に式(8)から式(10)の展開において,今回の計算で
r r
考慮した項は,式(8)の第 1 項と式(9)の第 2 項のみである.式(10)の A(r ) の 2 次の項を考慮していないた
め,線形の応答が得られたものである.フローチャートに従ってベクトルポテンシャルと全エネルギーの繰
0.0008
り返し計算を行うのであるが,電流密度を大きくするに
H2
H2O
0.0006
従って収束までの繰り返し計算の回数は増加する傾向
O2
てはエネルギーの値は振動・発散することなく収束した.
計算では電流密度の Fourier 変換を行っているが,H2
3
3
3
3
と O2 については 2 Ǻ ,H2O については 2.4 Ǻ の空間
Total energy (eV)
0.0004
にある.しかし,今回例として選んだ分子の計算につい
0.0002
0
-0.0002
-0.0004
を 16×16×16 のグリッドに分割して,高速 Fourier 変換
-0.0006
(FFT)により計算を行った.
-0.0008
-1
-0.8
-0.6
-0.4
-0.2
0
0.2
rr
j (r ) 2.36×1014 A cm2
(
0.4
)
0.6
0.8
今回の計算では,式(8)から式(10)のすべての項を
r r
取り込めたわけではなく, A(r ) の 2 次の効果までは見
図2 H2,O2,H2O に対する電流密度
ていない.さらに,ベクトルポテンシャルを扱う際には,
に対する全エネルギーの変化.
1
ゲージの任意性が残るため,何らかの条件を付加する
r rr
のが一般的である.例えば,Coulomb ゲージを用いる場合であれば, ∇ • A(r ) = 0 を収束条件に加える必
要がある.これらの課題は,今後継続して研究を進めていくところである.
4. まとめ
本研究では,物質内の電子状態について,外部からの電磁場の影響に対する応答を計算するた
めのアルゴリズムの開発を行った.本研究では,電子波動関数を展開する関数空間を原子軌道の
線形結合として表し,主にガウス型関数を用いた計算を行った.ただし,式(7)から式(8)に示した
行列要素の積分については,基底関数に依存することはなく,一般化することができる.
本研究の結果として,ゲージの不定性や積分計算の省略等,まだいくつかの課題が残されてい
るが,外部電磁場を考慮した物質内の電子の応答を見ることを可能にした.今後,本計算を用い
ることにより,電場または磁場に対する応答について実測値との比較を行い,さらに計算精度の
向上に努める.
表1 H2,O2,H2O についての電流密度に対するエネルギー変化(ΔE)と Mulliken 電荷
Electric current density (2.36×1014 A/cm2)
-1.0
0.0
1.0
H2
0.082
0.000
-0.054
O2
0.544
0.000
-0.707
H2O
0.626
0.000
-0.789
ΔE (10-3 eV)
Mulliken’s charge
H
[H2]
0.000035
0.000000
-0.000032
O
[O2]
-0.000092
0.000000
0.000093
O
[H2O]
-0.670724
-0.670668
-0.670613
著者は,21 世紀 COE プログラム「動的機能機械システムの数理モデルと設計論」の研究期間
において,物質内の伝導状態のような非平衡状態における電子状態計算の開発ならびにアモルフ
ァス構造のモデル化のための分子動力学計算アルゴリズムの開発など,実験により観測される物
質の電子構造の再現とその電磁場応答についての計算方法の開発を中心に研究を行った.
参考文献
[1] A. Szabo and N. S. Ostlund, Modern Quantum Chemistry, (1996), Chap. 3, Dover.
[2] A. Tachibana, J. Mol. Model., 11, (2005), 301-311.
[3] M. J. Frisch, et al., Gaussian 03, Rev. B.05, Gaussian, Inc., Pittsburgh PA, 2003.
2 次元非線形格子モデルでの非線形局在モードの構造と安定性
大阪大学大学院工学研究科
知能・機能創成工学専攻
土井 祐介
Abstract: Localized structure called intrinsic localized mode (ILM) and its stability in two dimensional
lattice systems are numerically investigated. Numerical solutions of two dimensional ILMs are calculated
by finding the corresponding periodic orbits in the phase space by means of Newton-Raphson method.
In the case of very high internal frequency, structure of ILM are bifurcated. We find two types of two
dimensional ILM: symmetric ILM and asymmetric one.
Key words: Intrinsic localized mode, Lattice system, Localization, Stability
1. はじめに
非線形相互作用をする質点で構成される非線形格子系においては非線形局在モード/離散ブリー
ザー (Intrinsic Localized Mode, ILM/Discrete Breather, DB) と呼ばれる局在振動モードが存在するこ
とが知られている [1].ILM は系の離散性によって生じるフォノンモードの振動数の制限領域内に,
相互作用の非線形性によって振動が励起されることにより生じる.本来線形のフォノンモードが
存在できない周波数領域のため,振動は系全体ではなく限られた領域に局在することになる.従
来,さまざまな理論的解析および数値シミュレーションにより ILM の性質が調べられてきた [2].
それらの解析によって,ILM の構造,移動性や ILM 同士の相互作用,格子構造との相互作用など
さまざまな性質が明らかになってきた.また,分子動力学シミュレーションによる現実の結晶構
造中での ILM の励起の解析も行われている [3].
これまで,ILM の研究は主として格子点が 1 次元に配列をした 1 次元格子系において解析が進
められてきている.しかしながら 2 次元や 3 次元非線形格子系における ILM の構造やダイナミク
スは 1 次元格子系に比べて複雑なことが予想され興味深い問題である.本研究では 2 次元非線形
格子系における ILM の構造およびその安定性について数値解析を行う.
2. 解析モデル
2 次元正方格子型の FPU-β モデルを考える.それぞれの格子点は,x − y 平面内において,x 方
向,y 方向にそれぞれ距離 d ごとに周期的に配列している.各格子点は,最近接および第 2 近接
格子点と連結されているものとし,面内 x 方向および y 方向の 2 自由度を持つとする.この場合,
系の Hamiltonian は,
H =
X 1
[ u̇2i,j + V (|ui+1,j − ui,j | − d)
i,j
2
+V (|ui,j+1 − ui,j | − d) + V (|ui+1,j+1 − ui,j | − d)
+V (|ui−1,j+1 − ui,j | − d)],
(1)
で与えられる.ここで,ui,j = (ui,j , vi,j ) は (i, j) 番目の格子点の位置ベクトル,d は格子間相互作用
の釣り合いの長さである.V (r) は格子間相互作用ポテンシャルであり,ここでは Fermi-Pasta-Ulam
(FPU) β 型,
1
β
V (r) = r2 + r4 ,
(2)
2
4
を考える.β は非線形パラメータである.
以上より,(i, j) 番目の格子点の運動方程式は,
üi,j = −
∂U
.
∂ui,j
(3)
と与えられる.ただし,U は Hamiltonian (1) のポテンシャル部分である.
上記の 2 次元 FPU-β 格子系に出現する ILM を数値的に計算する.本研究では計算の対象を静止型
ILM に限定する.内部振動数 ωILM で振動する ILM は相空間中における周期 2π/ω の周期軌道に対
応する.今,N 2 個の格子点の構成される 4N 2 次元の相空間 {qi,j , pi,j } を考える.Hamiltonian (1)
に従って時刻 t0 で点 P(t0 ) の状態にある点から,P(t) が時刻 t0 + ∆t に移動する点 P(t0 + ∆t) へ
の写像を f∆t と定義する.
P(t0 + ∆t) = f∆t (P(t0 )).
(4)
今,点 P0 が周期 2π/ωILM の周期軌道上にあるならば,
P(t0 + 2π/ωILM ) = f2π/ωILM (P(t0 )) = P(t0 ).
(5)
となる.
したがって,ILM に対応する周期軌道を探すことは,
f2π/ωILM (P0 ) − P0 = 0,
(6)
を満たす P0 を探すことと等価である.そこで数値計算においては Newton 法を用いて,
|f2π/ωILM (P0 ) − P0 | = 0,
(7)
を満たす P0 を探索する.ただし,写像 f2π/ωILM は陽には与えられず,Hamiltonian (1) に従った
時間発展によって決定される.したがって,数値積分による時間発展の計算が必要である.本研
究では 6 次のシンプレクティック数値積分法を用いて計算を行った.
3. 安定性解析
運動方程式 (3) の周期 TILM = 2π/ωILM を持つ周期解 φi,j (t), φi,j (t + TILM ) = φi,j (t) が解析に
よって求まったとする.この解 φi,j (t) の安定性を考える.このためには,解に微小擾乱 ξi,j (t) を
加えた式,
ui,j (t) = φi,j (t) + ξi,j (t),
(8)
を運動方程式に代入して,ξi,j (t) の 2 次以上の項を無視して得られる ξi,j に関する方程式 (変分方
程式) を解析すればよい.
!
Ã
2U
X
∂
ξ¨i,j = −
ξp,q .
(9)
∂ui,j ∂up,q u=φ
p,q
³
ここで変分方程式の係数
´
∂2U
∂ui,j ∂up,q u=φ
は周期 TILM の周期関数である.この場合,変分方程式の
解 ξ の時間発展は線形変換
ξ(t + TILM ) = M (TILM )ξ(t),
(10)
と書くことができる.ここで行列 M はモノドロミー行列と呼ばれる行列であり,M の固有値を
計算することによって解 ξ の安定性を判断できる.すなわち,M の固有値 λi と対応する固有ベク
トル ξ (i) は擾乱 ξ (i) が一周期ごとに λi 倍に成長することを示している.
モノドロミー行列は一般に解析的に求めることはできないが,数値的に求めることができる.す
なわち変分方程式の n 個の独立な解として ξ (1) (0) = (1, 0, 0, · · ·, 0), ξ (2) (0) = (0, 1, 0, · · ·, 0), · ·
·, ξ (n) (0) = (0, 0, 0, · · ·, 1) を選び,これらの初期解を一周期時間発展させたものを並べた行列,
M (TILM ) = [ξ (1) , ξ (2) , · · ·, ξ (n) ]
がモノドロミー行列の数値的な表現を与える.
(11)
モード 1
モード 2a
モード 2b
図 1: 2 次元型 ILM の構造
4. 解析結果
u
数値計算によって得られた ILM の構造を示す.Hamiltonian (1) で示される系は,固有モード解
析により,分散曲線が存在しない領域は最大固有角振動数 ωmax より大きな値の領域のみであるこ
とが分かる.したがって,系 (1) に出現する ILM の内部振動数 ωILM は常に ωILM > ωmax となる.
また,局在構造の形状は最大固有各振動数のモード (Zone Boundary Mode, ZBM) の構造に由来し
て,局在構造の付近では隣接格子点の変位が逆位相であるジクザグ型の構造をとる.計算の結果,
準 1 次元型および,2 次元型の 2 つのタイプの局在構造が得られた.ここでは 2 次元型の ILM に
着目する.
2 次元 ILM は図 1 に示すように局在構造が 2 次元の拡がった構造である.正方格子をなす 4 つ
の格子点が格子の対角線方向に沿って振動をする.各格子点の変位は縦波成分,横波成分に分解
されるが,両方の成分がほぼ同じオーダを持つ.また,縦波変位は隣接格子点で逆位相,横波成
分は同位相で振動している.
図 2 に 2 次元 ILM の分散曲線を示す.系の最大固有振動
数 ω = 3.089 から励起し,内部振動数の増大に伴い,振幅
0.395
0.39
が増大していく.内部振動数がある値まで大きくなると,2
Mode 2a
0.385
次元 ILM ではモードの分岐が発生し,同一振動数で異なる
0.38
構造をもつ局在が出現することが明らかになった.図 2(b)
0.375
Mode 1
0.37
では ω = 4.357 および ω = 4.409 で分岐が発生しているこ
0.365
とがわかる.
0.36
Mode 2b
図 1 に分岐点 ω = 4.357 で分岐した 2 つの ILM の構造を
0.355
示す.モード 1 は中央の振幅,モード 2a,2b は大きな振幅,
4.34
4.36
4.38
4.4
4.42
ω
小さな振幅のモードを示す.モード 1 は局在のピークが存
在する正方格子を構成する 4 つの格子点の x 方向,y 方向
の変位の絶対値が等しい.
図 2: 2 次元型 ILM の分散曲線
(ũm,n , ṽm,n ) = (c, c),
ILM
(ũm+1,n , ṽm,n ) = (−c, c),
(ũm,n+1 , ṽm,n ) = (c, −c),
(ũm+1,n+1 , ṽm,n ) = (−c, −c).
(12)
ここで,ũi,j は (i,j) 番目の格子点のつりあいの位置からの変位である.したがって,このモードは
x 方向,y 方向の構造が対称であるので,正方格子の 2 つの対角線に沿った変位が対称になってい
ることが分かる.この場合,振動中も 4 つの格子点は正方形の形状を保っており,正方形状の格
子が時間的に伸縮する様子が観測される.この対称性の構造は分岐前の 2 次元 ILM の構造と同じ
である.
モード 2 の場合,隣接する 4 点のつりあいの位置からの変位は以下のようになる.
(ũm,n , ṽm,n ) = (c + ∆c, c + ∆c),
(ũm+1,n , ṽm,n ) = (−c + ∆c, c − ∆c),
(ũm,n+1 , ṽm,n ) = (c − ∆c, −c + ∆c),
(ũm+1,n+1 , ṽm,n ) = (−c − ∆c, −c − ∆c).
(13)
この場合,格子の対角線に沿って,大きな振
幅となる方向と,小さな振幅となる方向がある
ので,正方格子はひし形形状に変形して振動す
る.したがって,1 つの格子点に着目すると,2
つの対角線に沿った振幅によって,内部振動数
および構造が同じで方向の異なる 2 つのモード
が現れる.これがモード 2a およびモード 2b へ
(a)
(b)
の分岐である.これらの性質から,モード 2a を
正方格子の中心点を回転軸として π/2 回転させ
図 3: 不安定擾乱パターン
るとモード 2b となることが分かる.
これらの振動モードの安定性解析を行った.
特に分岐点 ω = 4.357 前後での安定性の変化に着目をする.まず,分岐前モードおよび分岐後の各
モードに共通に不安定な擾乱パターンが存在する.これを図 3(a) に示す.また共通の不安定モー
ドとは別に,分岐前後で安定性が変化する擾乱パターンが存在する.このモードを図 3(b) に示す.
このモードは分岐前は不安定であるが,分岐後にモード 1 に対しては安定であり,モード 2 に対
しては不安定である.この擾乱モードに対応するモノドロミー行列 M (TILM ) の固有値の変化を図
4 に示す.固有値は実軸上を移動し,分岐点で (1, 0) に達する.分岐後,モード 1 では,単位円に
沿って点 (1, 0) から離れる軌道,モード 2 では実軸に沿って点 (1, 0) から離れる軌道を取る.
0
-0.2
0.8
1
Re
分岐前
1.2
0.2
Im
0.2
Im
Im
0.2
0
-0.2
0.8
1
Re
1.2
モード a
0
-0.2
0.8
1
Re
1.2
モード b
図 4: モノドロミー行列の固有値の変化の様子 (分岐モード)
5. おわりに
本研究では 2 次元 FPU-β 格子モデルにおける.ILM の構造および安定性を解析した.特に 2 次
元型 ILM に着目し,その構造を解析した.その結果,2 次元型 ILM においては,高振動数領域に
おいて分岐が発生し,正方格子型とひし形の変位パターンを有する 2 つのタイプの局在構造が存
在しうること,またその構造変化に伴い特定の擾乱モードに対する安定性が変化することが明ら
かになった.
6. 文 献
参考文献
[1] Sievers, A. J. and Takano, S., Phys. Rev. Lett., 61(1988), 970-973.
[2] Flach, S. and Willis, C. R., Phys. Rep., 295 (1998), 181-264.
[3] Yamayose, Y., Kinoshia, Y., Doi, Y., Nakatani, A., Kitamura, T., Europhys. Lett., 80 (2007), 40008.
ナノ要素集合薄膜の変形異方性評価
大阪大学工学研究科 機械工学専攻 平方 寛之
Abstract: We investigate the mechanical anisotropy of thin films that consist of tantalum oxide (Ta2O5) helical
nanosprings fabricated by dynamic oblique deposition. Not only the vertical but also the lateral stiffness of thin
films is evaluated using specimens in which nanosprings are sandwiched between solid Ta2O5 layers. Lateral or
vertical force is applied to the upper solid layer by a diamond tip built into an AFM. In particular, the lateral
stiffness of a nanospring has never been reported before. Apparent shear and Young’s moduli, G’ and E’, of the thin
films are 2-3 orders smaller than those of solid Ta2O5 film. Ratio E’/G’ of the two different nanosprings is 3.4 and
6.2, and about 2.5 for the solid film. The thin films show strong characteristic anisotropy that the solid one could
hardly attain. The stiffness and its anisotropy strongly depend on nanospring shape.
Key words: Nanosprings, Mechanical anisotropy, Shear modulus, Young’s modulus, Dynamic oblique deposition
1. はじめに
変形や破壊の特性は,材料の微視構造によって異なる.このため,結晶粒などの微視組織と材料の巨視的
な機械的特性の相関について大きな関心が払われてきた.一方,部材の剛性等の力学的特性は全体形状
(巨視構造)に依存している.したがって,ナノオーダーの形状を有する独立した要素は,それ自体として固有
の力学特性を有している.さらに,それらを組み合わせることによって,従来の材料にはない様々な巨視的な
機械的特性を発現する材料を創製することができる.とくに,独立した要素を膜状に密生させた場合,従来の
薄膜に比べて低密度であるため,劇的な機械特性の変化が期待できる.例えば,らせん状の構造を有するナ
ノ要素からなる膜は,らせん部のひずみは小さくても要素全体としては大きな変位を生み出すことが可能であ
る.また,個々の要素の構造に異方性を有するため,膜の機械特性にも大きな異方性を付与することができ
る.
一方,真空蒸着において基板と蒸着源の方位を制御する動的斜め蒸着法を用いると,ナノオーダーのらせ
ん,ジグザグ,ねじなどの様々な構造の要素(ナノスプリング)からなる膜を作製することができる[1,2].ナノスプ
リングおよびそれによって構成される膜(ナノスプリング膜)は,微小な機械要素としての応用が期待されている
が,その実現にはナノスプリングの変形の力学を明らかにする必要がある.とりわけ,基本的な力学特性として,
変形特性の評価が必要不可欠である.ナノスプリングの変形特性に関して,これまでにいくつかの検討[3,4]が
行われている.Seto ら[3]は,らせん状のナノスプリングで構成される膜に対してスプリング長手方向の負荷試
験を行い,その変形特性の評価を行っている.Liu ら[4]は,原子間力顕微鏡(AFM)を用いてナノスプリングの
伸縮特性の評価を行っている.このようなナノスプリングは,共通した特徴として細長い構造を有しており,これ
に起因して変形に大きな異方性が存在すると考えられる.しかし,これまでに行われている研究は全てスプリン
グの長手方向の特性に関するものであり,横方向の変形特性を評価した例は報告されていない.
本研究は,ナノスプリングおよびそれによって構成されるナノスプリング膜の変形異方性を明らかにすること
を目的として,縦横両方向の変形特性評価試験法を開発し,シリコン基板上に動的斜め蒸着法によって作製し
た酸化タンタル(Ta2O5)ナノスプリング膜に対する評価試験を実施した[5].
2. 試験方法
2.1 供試材
図 1 は,構造の異なる 2 種類の Ta2O5 ナノスプリング膜(材料 A と B)を示す.材料 A と B ともに,100 nm の
酸化層(SiO2)を形成したシリコン(Si)ウエハ表面(100)に,動的斜め蒸着法を用いて Ta2O5 ナノスプリング膜を
成長させたものである[5].材料 B は,材料 A よりも太さやらせん半径が小さく,巻き数の多いナノスプリングで
(a) 材料 A
Material A
Material B
(b) 材料 B
図 1 ナノスプリング集合薄膜
表 1 試験片寸法
hs, nm
r, nm
690
50
560
75
n
5.5
3.5
d, nm
40 ± 10
60 ± 10
m/S, No./μm2
80
65
構成されている.表 1 に,両材料の巻き数 n,高さ hs,らせん半径 r,太さ d,および数密度 m/S を示す.
2.2 試験片と負荷方法
図2 は,本研究で提案するナノスプリングの変形特性評価法を示す.変形の異方性を評価するためには,異
なる方向,すなわち膜に平行な方向(横方向)と垂直な方向(縦方向),への負荷試験が不可欠である.しかし,
複雑な構造要素の集合体であるナノスプリング膜に,制御された負荷を行うのは容易でない.とりわけの横方
向への負荷は,周囲要素との干渉を防止する必要があり困難である.本研究では,基板上に成長させた複数
のナノスプリング要素を上部のキャップ層によって束ねたサンドイッチ構造を作製し,集束イオンビーム加工
(FIB)によって図 2 に示すような試験片を作製した.この試験片のキャップ層に横方向(図 2(a))および縦方向
(図 2(b))の負荷を行うことによってナノスプリング膜の変形異方性を評価することができる.
試験は,原子間力顕微鏡(AFM)に微小荷重(10 μN~10 mN)負荷装置(Hysitron社製: Triboscope)を組み
込んだ試験装置を用いて行った.本装置は,チップに作用する水平・垂直方向の荷重(Fl,Fv)および変位(δl,
δv)(図2参照)を測定することができ,垂直荷重Fvと水平変位δlを独立に制御できる.水平および垂直変位の測
定分解能は,それぞれ4 nmおよび0.2 nmである.横方向の負荷試験では,図2(a)に示すように,負荷チップを
試験片近傍に下ろし,小さな垂直荷重を負荷(Fv = 5~17 μN)したまま,一定速度(5 nm/s)で水平に変位させ
る.チップには,キャップ層にのみ負荷を与えるため,先端の頂角が60˚の三角錐ダイアモンドを用いる.ただし,
チップ先端の平面部で負荷するようにチップの角度を調節する.縦方向の負荷試験では,図2(b)に示すように,
試験片の中心付近に負荷チップを下ろし,一定速度(10 μN/s)で負荷する.設定荷重(Fv = 9~47 μN)に到達
した後,除荷する.接触により生じるキャップ層のダメージを抑制するため,先端が丸い(曲率半径 ≈ 1 μm)円
錐型ダイアモンドチップを用いる.
弾性変形下では,キャップ層に水平な方向の荷重 Fl を負荷し,変位δl を測定することで,ナノスプリング膜の
横剛性 Kl を次式により評価できる.
Kl =
Fl
δl
(1)
このとき,ナノスプリング膜のせん断剛性 G’を次式のように定義する.
G '= K l
hs
S
(2)
キャップ層の剛性をナノスプリングより十分大きくすれば,試験片に含まれる全てのナノスプリングは同じ変位
を示すため,ナノスプリング 1 本の横剛性 kl は次式により求めることができる.
(a) 横剛性
(b) 縦剛性
図 2 変形異方性評価試験法
kl =
Kl
m
(3)
ここで,m は試験片に含まれるナノスプリングの本数である.同様に,キャップ層に垂直な方向の荷重 Fv を負
荷し,変位δv を測定することで,試験片の縦剛性 Kv,ナノスプリング膜のヤング率 E’,および 1 本のナノスプリ
ングの縦剛性 kv は,以下の式から得られる.
Kv =
Fv
δv
E '= K v
kv =
Kv
m
hs
S
(4)
(5)
(6)
3. 試験結果
3.1 横剛性
図 3 は,材料 A における水平荷重 Fl と水平変位δl の関係を示す.δl ≈ 0.025 μm (a 点)までは,水平荷重が
Fl ≈ 0 μN 付近で一定となっている.この領域では負荷チップは基板の表面に沿って移動している.図中の a 点
から,Fl はδl の増加に伴い増加しはじめるため,a 点でチップがナノスプリング膜のキャップ層に到達したと考え
られる.a 点から b 点(δl ≈ 0.10 μm)までの領域では,Fl がδl の増加に伴いほぼ線形に増加している.この間,
垂直変位δv はほぼ一定の値を示している.したがって,この領域で,ナノスプリング膜は水平方向に荷重を受
けて弾性変形していると考えられる.b 点以降では,Fl-δl 関係の傾きが小さくなっている.また,δv が急に増加し
ている.これらのことから,b 点以降の領域ではチップがキャップ層に対して滑りながら上昇していると考えられ
る.他の試験片についても同様の結果が得られた.
Fl-δl関係の弾性領域(図3のa-b間)の傾き(Fl/δl)を最小二乗法近似して,ナノスプリング膜の横剛性Kl を評
価した.図3に近似直線を併せて示す.図4は,同様にして求めた全ての試験片の横剛性(Kl)と試験片サイズ
(上面積S)の関係を示す.上端は,含有ナノスプリング数mを示している.Klは,概ねSに比例して増加する.得
られたせん断剛性G’とナノスプリング1本の横剛性klを表2に示す.試験片間でのばらつきは小さく,本評価の
図 3 横剛性試験における荷重と変位の関係(材料 A)
(a) 材料 A
図4 横および縦剛性と試験片寸法の関係
(b) 材料 B
再現性高い.ナノスプリング膜の横剛性を評価した例はこれまでに報告されておらず,これが初めての測定結
果である.
3.2 縦剛性
図 5 は,材料 A の負荷-除荷過程における垂直荷重 Fv と垂直変位δv の関係を示す.Fv の増加に伴いδv
はほぼ線形に増加している.除荷曲線は負荷曲線とほぼ一致している.したがって,この範囲の荷重で変形は
弾性変形である.図 4 は,全ての試験におけるナノスプリング膜の縦剛性(Kv)と面積(S)の関係を示す.Kv と S
はほぼ比例しており,評価は妥当である.ヤング率 E’とナノスプリング 1 本の縦剛性 kv を表 2 に示す.
表2
Mat. A
G’, GPa
(G, GPa)
0.113 ± 0.003
ナノスプリング集合薄膜の剛性
Experiment
E’, GPa
E’/G’
kl, N/m
kv, N/m
(E, GPa)
(E/G)
0.380 ± 0.027
3.4
2.05 ± 0.05
6.89 ± 0.50
Mat. B
Solid film
0.060 ± 0.018
(47 ± 4)
0.375 ± 0.026
(117 ± 10 )
6.2
(2.5)
1.66 ± 0.30
-
10.29 ± 0.72
-
kl, N/m
Model
kv, N/m
0.19
2.7
1.4
-
6.4
-
図5 縦剛性試験における荷重と変位の関係(材料A)
4. 考察
4.1 ナノスプリング集合薄膜の変形異方性
材料A と B ともに E’は約0.38 GPa である.インデンテーション試験によって求めた Ta2O5 薄膜の E は 117 ±
10 GPa (ポアソン比ν = 0.23)であるため,ナノスプリングで薄膜を構成すると縦剛性が Ta2O5 薄膜より 2-3 オー
ダー小さい極めて低剛性の膜ができる.一方,G‫ۥ‬は材料 A で 0.11 GPa,材料 B では 0.06 GPa であり,材料 B
の方が大きい.Ta2O5 薄膜の G は 47 ± 4 GPa であり,横剛性についても 2-3 オーダー低剛性化できる.薄膜
内部を低密度にすることによって,剛性を大きく低下させることができる.
ナノスプリング膜の変形異方性は,材料 A が E’/G’ = 6.2,材料 B では E’/G’ = 3.4 である.ナノスプリングで
薄膜を構成することによって,構造から予想されるとおり垂直方向よりもせん断方向に変形しやすい膜を作製
できる.素線の太さやスプリング径が大きい材料 B の方が高い異方性を示す.このことは,構成要素の構造を
変化させることによって膜の異方性を変えることができることを示している.一方,等方性材料の E と G の比は
2(1+ν)であり,ポアソン比がν = 0.23 の場合で考えると E/G = 2.5 である.ポアソン比は 0.5 以下であるため,等
方性材料では大きくとも E/G = 3.0 である.ナノスプリング膜では,通常の均質膜では実現し得ない大きな変形
異方性を付与できる.
4.2 1 本のナノスプリングの剛性
はりの理論に基づく近似では,らせんスプリングの横剛性と縦剛性の評価式は次式で与えられる[6].
2
Fl
Ed 4 ⎧⎪ 1 ⎛ hs ⎞ ⎛
E ⎞⎫⎪
1
1
kl = =
+
+
⎜
⎟
⎜
⎟⎬
⎨
δ l 64nr 3 ⎪⎩ 12 ⎝ r ⎠ ⎝ 2G ⎠⎪⎭
Fv
Gd 4
kv =
=
δ v 64nr 3
−1
(7)
(8)
実験によって求めた kl と kv は,式(7)と(8)から評価した値よりも大きい(表 2).この相異は,主にナノスプリング
の寸法測定誤差に起因すると考えられる.式(7)と(8)より,kl と kv はらせん半径 r の-3 乗,太さ d の 4 乗に比例
する.したがって,寸法の僅かな相異が,式(7)と(8)から計算される kl と kv に大きな誤差をもたらす.このことは,
精密な寸法測定が困難であるナノオーダーのスプリングに対しては,式(7)と(8)のような理論モデルは,ある程
度の目安にはなるものの剛性の正確な評価は難しいことを示唆している.ナノスプリングの変形特性を評価す
るには,実験に基づいた評価が必要である.
5. まとめ
ナノスプリング膜の変形異方性を評価するための試験方法として,複数のナノスプリングをキャップ層により束
ねた試験片を用いた変形特性評価法を考案した.本評価法を,シリコン基板上に動的斜め蒸着法により作製し
た酸化タンタル(Ta2O5)のらせん状ナノスプリング膜に対して適用した.本手法により,ナノスプリング膜の縦剛
性のみならずせん断剛性を評価することができる.ナノスプリング膜の剛性は,同じ材料(Ta2O5)の均質薄膜と
比べて 2-3 オーダー低い.また,ナノスプリング膜は縦方向に比べてせん断方向に変形しやすい特性を有して
いる(E’/G’ = 3.4(材料 A),6.2(材料 B)).個々のスプリング構造を変えることによって,縦剛性,せん断剛性お
よびそれらの比(変形異方性)を大きく変えることができる.
参考文献
[1] Robbie, K., Brett, M.J. and Lakhtakia, A., First thin film realization of a helicoidal bianisotropic medium,
Journal of Vacuum Science and Technology, A13 (1995), 2991-2993.
[2] Suzuki, M. and Taga, Y., Integrated sculptured thin films, Japanese Journal of Applied Physics, 40(2001),
L358-L359.
[3] Seto, M.W., Robbie, K., Vick, D., Brett, M.J. and Kuhn, L., Mechanical response of thin films with helical
microstructures, Journal of Vacuum Science and Technology, B17(1999), 2172-2177.
[4] Liu, D.-L., Ye, D.-X., Khan, F., Tang, F., Lim, B.-K., Picu, R.C., Wang, G.-C. and Lu, T.-M., Mechanics of
patterned helical Si springs on Si substrate, Journal of Nanoscience and Nanotechnology, 3(2003), 492-495.
[5] Hirakata, H., Matsumoto, S., Takemura, M., Suzuki, M. and Kitamura, T., Anisotropic deformation of thin
films comprised of helical nanosprings, Journal of Solids and Structures, 44(2007), 4030-4038.
[6] Wahl, A.M., Mechanical Springs, second ed., (1963), McGraw-Hill, New York.
水素と転位の相互作用が鉄中のき裂進展挙動に及ぼす影響の検討
工学研究科機械理工学専攻
松本 龍介
Abstract: There are great expectations to hydrogen as a next generation energy or a medium of energy. However,
it is well known that hydrogen weakens the strengths of metals. Despite the extensive investigations concerning
hydrogen related fractures, the mechanisms have not been enough clarified yet. The difficulties to reveal the
essential effects of hydrogen are mainly attributed to the characteristics of hydrogen such as ppm-order extremely
low concentration, high diffusivity and high sensitivity to the defect-densities in metals. In this study, we applied
molecular dynamics (MD) simulations to Mode I crack growth in α-iron single crystals with and without hydrogen,
and analyzed the hydrogen effects from the atomistic viewpoints. We propose the fundamental process of
hydrogen related slip plane fracture based on the interaction between hydrogen atoms and dislocations around the
crack tip.
Key words: Hydrogen embrittlement, Hydrogen enhanced localized plasticity, HELP, hydrogen enhanced
decohesion, HEDE, Molecular dynamics, Fracture, Dislocation, Slip plane
1. はじめに
水素によって多くの金属の強度が低下することが広く知られている.地球環境や石油枯渇の問題を背
景に水素をエネルギーまたはエネルギー媒体として利用する水素社会の構築についての模索が行われて
いるが,水素利用機会が増加すれば水素による破壊事故の割合がさらに増えることが懸念される.
金属中の転位と水素原子は強い相互作用効果を持つ.例えば,1970 年代に Beachem は水素による軟化
説を最初に主張した[1].これは HELP (Hydrogen Enhanced Localized Plasticity)と呼ばれ,イリノイ大学の
研究グループを中心に様々な実験が行われている[2].しかしながら,変形の局在化や転位の易動度の上
昇が,何故,材料の破壊強度や疲労寿命の減少をおこすのかという点に関して十分な説明はなされてい
ない.一方,水素原子により原子間の結合力が低下するという HEDE (Hydrogen Enhanced Decohesion)説
が古くから提唱されている[3].水素の影響に関しては多くの説[4]があり,その機構の解明や発現条件の
分類は十分に進んでいない.この原因として,水素分布の可視化の困難さ,極めて低い濃度での影響,
速い拡散速度,欠陥との強い相互作用などが考えられる.
本研究では,分子動力学(MD)シミュレーションにより水素と転位の相互作用がき裂進展挙動に与え
る影響を直接的に明らかにすることが目的である.これまでにも電子・原子モデルを用いて,表面エネル
ギーの低下によるへき開破壊[5]や HELP による破壊促進[6,7]を示した研究はあるが,それらの解析では
水素濃度が現実離れして高いか不自然な初期水素配置になっている.ここでは,より現実的な条件での
解析を実施する.
2. 分子動力学解析
2.1 解析対象と方法 単純な系としてα鉄を対象とする.炭素鋼や高純度鉄において特徴的な水素の
影響は,材料の軟化や硬化[8]に加え,滑り面に沿うき裂の生成である.例えば水素チャージを行った材
料の引っ張り試験では,き裂が介在物などから発生し,その破面が{110}または{112}滑り面に沿ってい
ることが示されている[9-10].また,近年の疲労試験では,水素チャージにより粒内からのき裂生成量が
増えることが示されている[11].
MD シミュレーションに用いる原子間ポテンシャルには,Wen らが Fe-H 系にフィッティングを行っ
た EAM ポテンシャル[7]を用いる.本原子間ポテンシャルは,鉄への水素の溶解熱,転位芯との相互作
用エネルギー,水素の拡散エネルギーを高精度に再現することを確認している.また,時間的・空間的な
解析の規模を拡大するために運動速度の速い水素原子と遅い鉄原子に対して異なる時間ステップを用い
ることができる rRESPA 法[12]を用いる.鉄の時間ステップを∆t=2.0[fs]とし,水素分子の振動周期から
水素の時間ステップをδt=∆t/24 とする.
2.2 解析条件 図 1(a)に示すような結晶方位のき裂モデルに対してモード I 型の変形を加える.以下に
モデルの作成手順を示す.まず,板厚方向に周期境界条件を適用した半径約 9.7nm,厚さ約 2.8nm の円
筒状の単結晶を作成する.次に中央位置にき裂先端位置を仮定し,応力拡大係数 KI=0.9[MPa m1/2]に対応
する変位を全原子に与えることでき裂を導入する.ここで用いる結晶方位では刃状転位が容易にき裂先
端から射出される.
静水応力が働いている部分では水素濃度が高くなることを考慮して乱数を用いて T サイトに水素を導
入する(詳細は文献[13]を参照).静水応力に応じて初期水素濃度を決定することで,き裂先端まわりの水
素が定常分布になってから変形が加わる場合を模擬していることになる.本研究では,き裂先端からの
転位の射出と水素の拡散を促進するために,設定温度を常温よりも少し上げた 400K としている.水素
濃度は x0=10-4 (~2mass ppm)とし,初期条件の影響を見るために用いる乱数を変更した 4 種類の初期条件
を作成する.系に含まれる原子数は鉄原子が約 71,000 個である.水素を含む場合の水素原子数は約 45
個である.水素導入後の解析モデルを図 1(b)に示す.
水素を導入した後に 10ps の緩和計算を行う.その後,円筒の外周部の原子(境界原子と呼ぶ)にき裂弾性
変位場の解に従って強制変位を与える.変形速度は dKI/dt=5.0×109[MPa m1/2/s]とする.応力拡大係数を
用いて境界原子の運動を規定することによって,MD 法で扱える系は極めて小さいが,近似的に無限平
板中のき裂を取り扱っていることになる.変形速度は水素の拡散を捕らえることができるように MD 計
算としては十分に遅く設定している.境界原子の平均変位速度は約 0.4m/s である.き裂進展シミュレー
ション中は解析モデルの板厚方向の寸法を固定する.また,温度制御を実施する場合としない場合の計
算を実施する.
Fig.1 Analysis model
3. 解析結果と考察
モード I 変形を負荷していったときの典型的なき裂成長プロセスを図 2 に示す.き裂前方から上下斜
め方向に位置する[112](111)滑り系に刃状転位が射出される.変形初期に転位が数個放出されるまでの変
形挙動は,水素の有無にかかわらずほとんど同じである(図 2(a)(ii),(b)(ii)).しかし,その後は水素を含
まない場合には単に転位の放出が続き,き裂の鈍化を生じるだけである(図 2(a)(v)).一方,水素を含む
場合には滑り面でへき開的なき裂進展を生じる(図 2(b)(iii)).この結果は,前述の水素によって滑り面割
れが増加するという実験結果に一致する.本解析では境界条件の影響を強く受けて転位のパイルアップ
を生じているが,一般的にき裂まわりの粒界や介在物によってこのような転位運動の遮蔽を生じると考
えられる.滑り面でのへき開と水素分布の関わりを示すため,図 3 に転位まわりの拡大図を示す.き裂
先端から放出された転位が水素を吸着しているのがわかる(図 3(c)から(f)).変形速度がより遅い場合には,
刃状転位の持つ 1/r のオーダーの遠方まで作用する応力場が水素を引き寄せることが予想され,より多
くの水素がトラップされる.転位芯近傍まで引き寄せられた水素は,コットレル雰囲気に対応する位置
ではなく,転位が存在する滑り面内に平面的に分布するのが確認できる(図 3(c)).これは,結晶構造の乱
れた滑り面においては局所的に隙間の広いサイトが現れ隙間体積の広さとトラップエネルギーが相関を
有するためであると考えられる.
ここで発生したプロセスにおいては,転位芯近傍では水素が滑り面内に平面的に分布するということ
が重要である.この場合には,刃状転位の芯の下部の静水応力集中部に水素が集中する場合[14]に比べ
て,単一面で大きな表面エネルギーの低下を生じるためである.ここで示した素過程は,き裂先端にお
ける滑り面でのへき開破壊のみならず,ギルマン模型[15]等のパイルアップ転位の先頭における滑り面
でのき裂生成を容易にするようにも働く.簡単な見積もりによって,このような平面的な水素分布によ
って表面エネルギーが 20%以上低下する可能性があることがわかった.さらに,水素によって刃状転位
成分が増加すること[16],転位間距離が減少すること[14],転位運動の平面性が増加すること[17]が示さ
れているが,これらによって本機構の発現がより容易になると言える.
初期条件(初期原子速度と水素分布)と解析条件(温度制御の on,off)が異なる場合にも,水素を含
む場合には滑り面でへき開的な割れを生じる傾向が強かった(水素なし:2 ケース/8 ケース,水素あり:
7/8)
.この傾向は温度制御を行った場合に特に顕著であった(水素なし:0/4,水素あり:4/4)がこの原
因は現在のところ明らかではない.また,転位生成を生じず脆性的な破壊を生じる結晶方位に変更した
場合には,き裂進展開始応力拡大係数,成長速度ともに有意な差を生じなかった.水素原子により,本
対象材料の表面エネルギーは低下するが,き裂前方に3次元的にブロードに水素が分布する場合は影響
が小さいためであると考えられる.
ここでの破壊モデルが全ての材料に適用し得る訳ではない.今後,本モデルが適用できる条件につい
ての理解が必要である.また,ここでの結晶方位と原子間ポテンシャルでは,転位射出とき裂進展の臨
界値が非常に近いため,少ない水素によってもその優先度が逆転する可能性があるという点で解析モデ
ルの影響を受けているということを付記しておく.
Fig.2 Crack growth behaviour
Fig.3 Hydrogen distribution during cleavage at slip plane
参考文献
[1] C. D. Beachem, Metal. Trans., 3, (1972), 437-451.
[2] P. Sofronis et al., Philo. Mag. A, 82, (2002), 3405-3413.
[3] E. A. Steigerwald, F. W. Schaller and A. R. Troiano, Trans. Metall. Soc. AIME, 218, (1960), 832-841.
[4] 松山晋作,遅れ破壊,(2003),日刊工業新聞社.
[5] D.E. Jiang, E.A. Carter, Acta Mater., 52, (2004), 4801-4807.
[6] W. Zhon et al., ature, 362, (1993), 435-437.
[7] M.Wen et al., J. of Mat. Res., 16, (2001), 3496-3502.
[8] H. Matsui et al., Mat. Sci. and Eng., 40, (1979), 207-216.
[9] I. M. Bernstein, Metal. Trans, 1, (1970), 3143-3150.
[10] M. Nagumo and K. Miyamoto, J. Japan Inst. Metals, 45-12, (1981), 1309-1317.
[11] H. Uyama et al., Fatigue Fract. Engng. Mater. Struc. 29, (2007), 1066-1074.
[12] M.Tuckerman et al.,J. of Chem. Phys., 97, (1992), 1990-2001.
[13] S. Matsumoto et al., Proceedings of JSME Kansai, (2007), 607.
[14] P. Sofronis et al., J. Mech. Phys. Solids, 43-1, (1995), 49-90.
[15] J. J. Gilman, Trans. Metall. Soc. AIME, 212, (1957), 783-791.
[16] P. J. Ferreira, et al., Acta mater., 47-10, (1999), 2991-2998.
[17] G. Lu, et al., Phys. Rev. Let., 87-9, (2001), 095501.
!
"$#&%('$)+*-,/.("#-021
35476&8
Abstract: Atomistic and electronic structures of the 90◦ domain wall (DW) in PbTiO3 are investigated
using ab initio (first-principles) calculations based on the density-functional theory (DFT). At the domain
wall, the magnitude of polarization decreases by 20% from that of bulk and the polarization direction rotates
by 90 degrees. Furthermore, we have studied the domain switching which is an abrupt movement of the
domain wall induced by shear stress. Our simulation demonstrates that the domain wall begins to move in
the normal direction to the wall when the stress reaches at the critical value of 152 MPa. During the domain
switching, a covalent Pb-O bond at the center of DW breaks and another Pb-O bond is newly constrcuted.
Key words: Ab initio, Ferroelectricity, Domain wall, Stress, Switching behavior
? 9;
/
@BAD:=CF<-EH> GJILKNMPOHQSRNTVUSWYX[Z$\H]_^&`Vacbed&`Va$fhg2ikj_T=lPmPnoaqpsrut (FeRAM)
v MEMS/NEMS WPwxzyS{}|H~2=€Nƒ‚[„=…H†$GHCPWh‡NˆN‰FŠŒ‹_jŽ[iok‘Z(’_“z]ƒ^&`_”o•$–
—o˜ RSTƒ™Œš=€œ›n&žFŸo D¡FfY¢N£[¤S¥o¦o§F¨/j=TPUŽZ©s¦FªH«€_¬o­o‡S®fƒ¯HˆŒjƒoD’_“2°
WŒ›±nNžVŸo ¡z¦²o³B¤H¥fYž[¥ (Domain) ThžPŸF $¡_W=´S€µ’¶ž[¥2Wƒ·o¸2fŽžP¥[¹ (Domain Wall;
‹Žºz»-T[¼P µ½oW PbTiO R&To¾(¿ÀÂÁÞF¥µW[žPŸN D¡Ž¦Ä_ÅNÆ&ÇNW[žF¥F¹S¦HÈ2ÉNÊV§F¨oË
DW)
’=“ƒÌHÍTŽÎ2Ï&Ð_ÑNÒ$f[ÓµÔµ’N‹ŽTƒ¹NÆ&Ç[ D¡VÊ žP¥H¹S¦PÕSÖFËq’&×FpƒGNØHCoGkÙBy2ØPÚ[¦
Û °o’V°&‹Ü¦HÝPÞNÊ$ßµ¿Üà$sáoÊH€HâY\ [1] “&×=pYGF90ØHCPGÙãy&Ø=ÚHʃäåÁLæ2烀PžV¥P‡o®HèVONRNT
”N•Vé2ê2WVëHO vSìVíkî_ïð ‹z€k’zñPêFaN¦µò’Ž\&óFTPUHWVô&õ îVö Ö$fY÷SøDù}úPû2áqýüDàYË
’V°&‹¶RHþ[õ î ÊVÿH‰ ˜ ò2’_“ŽU° ˜ T ˜ R =
÷ µfƒiHP PbTiO W 90 žP¥[¹µW
‡S®f NË/’S‹N‹ ƒÊNTŽÎ2Ï&Ð[èF¯Fü kf &ST-×PpYGNØoCHG-Ùsy2Ø[Ú HWƒ÷&ø ö Ö$fHàk¶á
Ê_˜’=“
1.
3
◦
3
◦
!#"
$#%'&
RoT ◦ ž[¥P¹&WYüFrY…oû-f0/PËN“ WVÝ322R
4#5Ü{Fùz~
4#6ýØ87_ûDf
2.1 ()*,+,/-j_T9: P RFUNWV. žP1 ¥ ˜ 90W[žPŸo k¡Ff8/HËN“,;<,=
>?2W.1 [÷ ˜ R,@
AF·S¸BCq‹z€
’z\SóFT4z5 {oùŽ~4Ds6 Ø[7 û$W,E — ‹ 1F — ÊPG £NW 90◦ žP¥F¹ DW-A ‹ DW-B f_UƒZH[ZJI
K ˜’=“P€LNTM[ÑNÒ
NO ˜ RST
‹ DW-B RPoNÊQ,€_‡&® ˜ ò’ƒ“Yüqß¿SRµóP\[¼
S½ PbTiO3 †Pû(xYW,;UToV øHÉ,W DW-A
T
fƒiHNT x T y T z k¡
a=0.3867 nm c=0.4034 nm (c/a=1.043)
WU=7 û'HX GHY RFUYZVH Z 18c/p1 + (c/a)2 T a T ap1 + (c/a)2 ‹ãˌ’=“_€,oL T4#B5 {oùz~4s6 Ø87
ûŒ–=Ê[Z]¶\ ZJ’^U_2` W[&W R 18 ˜ ò(¿ T x k¡=WUP7 û'SX G,oY RPž[¥F¹b[a WUcdPoe iP¦[M ­ ˜ 絒
ß/ÁgPf žNæ2çhS&i ÉjŽH$’=“V\ \oT Pb-Ti-O fZdj (101) o< Ê . WßqÁ Ê<3kd2l f8©
m ¿oœ
n ’ƒ“4
5}{Sùz~4p6BØ7[ûqµW<SÊ[£ooNR −x $¡VÊ[rJjs&Ê “−1” T “−2” T . . . <Œ‹ÜË/’V“3@Ao·N¸
B
C fUo
t iDjŽok’Y\SóFT&°BZJhRFUƒZP
H Z “N ” T “N − 1” T . . . Œ
< ‹uQ, ˜ ò’_“
P
÷
S
ÊL
x ’yo
= Ö'z8S
W RST[;
<=>$
? fƒioo{
[
| Ë/’_“z÷Nø,} ‹Y–~
2.2 ()vw
`[øNWU€$f Projector Augmented Wave (PAW[2]) ‚ƒ Ø,4„ýû ˜ {$j_T Pb ˜ R 5d T 6s T 6p T Ti
˜ R 3s T 3p T 3d T 4s T O ˜ R 2s T 2p …† WV`Fø&W[$
‡ fzü
o
ˌ’=“[ˆ‰cz8&
Š RoT Perdew-Zunger
ÊßH’Œ‹Žo Ì[ (Local Density Approximation; LDA[3]) fYioF,o ˌ’_“;<,&= WHEDÙI’‘
” ûH
• ~PRNT eV ‹ Ë-’_“ k – RHT Monkhorst-Pack Wƒ — [4] ÊU>,$
˜ çVT
š É_Ë
“ |=
™ f8o
’_“Y÷Nø[‡&®SW[›500
œ&ÊHRžŸI—µf_iSHTV÷oø&Ê3 ¡hýô&W,¢Næ,£N¦ 2.5×10−31×4×3
‹h€&â
eV/Å ¤¥
\ – ˜ ›œµ f[¦Y§ ˜’_“J ˜ RNT_žF¥P¹J< ˜ ò’ (101) N< Ê2¨ ⃍ xz $¡=ʃÎ&ÏSÐ[è
¯µf8 Á “ÜÎ&ÏSÐ_èF¯[ü ˜ RoT}¬©[ª«‡ ∆γ f­D
¬ Ô[Th÷oøV‡N®SWU›2
œ f8&
FTYÈNÉH€_÷oøI
2.
xz
P
P
DW−A
DW−B
P
DW−A
P
Pb
Ti
z
x
... (−1) 1
O
2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 1617 18
Shear strain
a 1+ (c/a )2
z
y
a
x
18 c
.
1: 90◦
Shear strain
1+ (c/a )2
ž[¥H¹µW45h{NùŽ~4!6B؃r=…oû-“
K f3R2óµ’_“VUHW2Tƒ»S¬©ª«‡2f¬DÔ=,›œPˌ’e2f ¿FËS“zü&ÊHR
Ab-initio Simulation Package[5])
f
NiFˌ’=“
VASP (Vienna
"$
ž[¥H¹NÌ# ˜ WP]=^S`!$Pakf8/FË%!& ‹_jƒNT('NÊ[/FË
3.1 90 !"
‹,Hž[ŸfƒiHk’ƒ“U\Œ«2TBüPrƒ…oû-–=Ê Pb ÷oø2f) – ‹ãˌ’+*!,d^8_`$fiSÉ_Ë/’ƒ“.-q‹ƒjYoT
<3kl “5” ˜ W*!d
, ^8_`f0/
2 ˜ /PËN“ Pb-Ti-O <[kl “j” ˜ W[‹,HžVŸ P RHT
.UoW11 Ê*d
Pb-Ti-O
, ^U_`D–=ÊLx$’¶žFŸ ˜ òq¿T
3.
◦
(j)
P (j) =
e X
wi Z ∗i ui ,
Ωc i
(1)
ßµ¿ 2±Z ’ƒ“H°P° ˜ T u R[!,
VHø[_ K ጐhWƒ÷NøPè3_kT e R^8_µ`[Ò2T Ω R^_`&W34T
R Born W56o`FÒ ƒ Ø87ýûŒfU/HËS“ w R[‚F÷Sø&W[ÿ
‡ ˜ òq¿±TPUSW=÷Nøf[5P˜’^_`
W
Z
1f 9:DjƒNT Pb ˜ R 1/8 T Ti ˜ R 1 T O ˜ R 1/2 ‹Ü˜’=“ . 2 RoT!; (1) fƒiNH< ZD\‹Nž
Ÿ&(W =>,£ |P | ‹sžVŸH ¡ φ Wƒž?kf/FËN“P°F° ˜ TzžVŸo ¡ φ R‹,ožVŸ P W x @ WƒˆPËA2T
i
c
∗
φ = tan−1 (Pz /Px ),
(2)
˜ µò ’_“.B @ R Pb-Ti-O fZdj (101) <oW<,kl ˜ òq¿ T . 1 Ê3/-jƒ\'ŽWŒ‹+>CHË/’=“zžPŸH k¡
RST “−1” ‹ “1” <a ˜ 27 ᜐ −28 ÊD!EµÊVèPOHË/’_“N°BZRST “−1” ‹ “1” <HÊ[žP¥F¹µW 1
φ
¦ _ K ˌ’P°&‹ƒf8/FËN“\V\oT[‹ož[Ÿ2W(=>£ |P | R “−1” ‹ “1” < ˜ ¢
©œ‹h€(¿ TF/2 ˜ /
[
FËV†F
û ux £œß$¿ 0G 20% HJILKJMONQPLR(S!TUWVXY(Z\[]L^L_J`baMJc1defLK
◦
◦
ghJi!j!klWmnoWp8q.rWst u 3 PR0v\wLx1yz -{|\}~€udFefWK.yzWP‚„ƒ+……
† W
~ ‡Wˆ‰Š‹1RŒv\wWxyLz τ =152 MPa ˆŽ„‹1JR‘!’bˆ“!”faKu 4 PR DW-A •(–
ˆ¨ —W˜ba0™!šS›œ„ φ ž(S(Ÿbž ¡„d¢efWKOvWwWx( ‡^£¤!faLcc¥FˆLR “1” ¦ž φ ^J§
‰Š‹RyLz^‘“f©a γ = 0.007 XPª 25 ˆŽ!f©a(K “1” ¦ˆ!—W˜„a.‘!’8S!›œQ(ž ¡Jˆ„«8¬­R(®¯°±²LXP “−1” ¦c “1” ¦\³ˆL´µ!S!T!U¶·(^!yLz‘“LP “1” ¦c “2” ¦
³ˆ1¸W¹!fa(K
3.2
c
xz
◦
85
80
75
70
65
60
−3
−2
−1
1
2
Pb−Ti−O plane number
u
2: DW-A
3
Polarization direction φ (degree)
Magnitude of polarization P (µC/cm2)
90 domain wall in PbTiO 3
90
Ab initio, LDA
45
30
15
0
−15
−30
−45
−3
−2
−1
1
2
Pb−Ti−O plane number
3
•–bž!™!šS!›LSŸK
MONQPRFv\wWx( ‡W^Zˆ„«8¬N€R8M\cXd
8efuf©Ka ˆR DW-B •1–\ž “9” ¦!Xb¥RO v$wx¢{(|
}ˆ%—I
‘ ’bS›œ„ ¡^!"R#
^!Z& N a1K‹F…Q‹R1STUbž¸L¹œQP')(
X
*  ¬ R DW-A X!P +x œb1ˆ!R DW-B X!P −x œ
(ˆ1¸W¹!f©a(K+J
, PR{|\}-.0/10!2 X¤Qµ
IQa\‚!R(STUbž¸\¹WP DW-A R DW-B c¥ˆ
Pb-Ti-O ¦ 1 ¦\³(SWXJ´8a(K\‹…€‹(R°3-./1
(2 XPR.$Œ1vwLxy6z τ d45 ({|W}!P(‘‰
u 3: v\w\x1yLz -{|W}€K
‹1R
d$7 ¬9€
8 ‹1(^ ƒFx:<;
ˆST!UL^¸L¹!f©a(K‹=^8µ >R?ŒL@ v\wWxyLz
τ =152 MPa PR
! žA1B v
w\xyWzXJ´ba(K
u 5 PLR DW-A ƒDQ
C ˆ DW-B •–\XWžEFG6Hc0[FI6JSŸd PbO (010) ¦ˆ † I efLK
Q c%E6LF ?RJ^ !#"S v€RYZ\[]„ž
PbTiO XLPWR Pb-O ³ˆ‡KL­
@6T ˆ=3WU )V8W dbX f [6] YN ZSa[ MXLNRO\P 2 ^WX8P!§!S! Tc/a
UW•–bž Pb-O ] ( uJ¶1ž_^ ~ ) ˆ?`ba
facY ®¯°±²LXPRSTU\ž)dW
e XP?fS2 ¬œ8(ˆRfWe XPcfg ¬ œQ(ˆ Pb-O ] ž)h
 ¬ ^0
i ƒ N acY! ƒ¢ˆLRdbf ž Pb-O ] F žc\h  ¬ ^jP fa “−1” ¦c “1” ¦\³(X62 ˆk 
] lGH ^6
i ƒ­NRSO[ Nb^STU¶1· XJ´ba=b[ c+^S…©ac1Y yz‘“mWn ž γ = 0.006 XPWR
F ^ −z œ„ˆ R ‹R?] α Xž![FIJ ^L®¯W°
o cQp “”fa?Yq œbR
“1” ¦ž O E
uL¶1ž?] β XLž[=F?I6
J P‰Šf©a?Y0 $<% )@ ! \ž γ = 0.007 XPR α V
F?I6J P(‘’\ˆ“”Q‹(R)FZ N€ˆ?r\s µ Y(t  Pb-O ] β ^‡=K N a)Y[ ž α … ƒ β
uXžž [Pb-O
] F ž?vwrs ¬ ˆ„«€¬ R®!¯°S!o ˆP “−1”
] %¦©c“1”^!¦W£³!¤ˆLf©´Wacµ(!Y `(!2 ˆ6R kDW-B
GH (DW-A)^ x“1”
¦
c
•(–
“2” ¦W³ˆ1¸L¹€‹R
=
y
<
z
{
u
(α …ƒ β
X„¥b
ž
ž Pb-O ] F žv=wrs ¬ ) ^=|\
} Xb§WaY
4. ~€
#„6 d)…qE†6‡=ˆbd)‰Š ‹Œ
PbTiO ž 90 ST!U„ž)EFG6H\Rƒ‚CQˆƒ
1.0 nm \
‹6
YS!<TU
1
¶
·
X
P
(
Y
\
Z
(
[
W
]
^
\
_
`
¬
R
S
›
Q
œ


P
J
)
ž
Ž
L
L
T
X
‘
b
’
ˆ
!
¡
©
f
?
a
#
Y
6 žA)B(v\wWx1yzWP 152 MPa XL´ ¬R #%6 ž)WX!STU¶·ž Pb-O
] O ^vwrQ
s a=\[ c.^SQ
 ƒ+…\ˆbµY
Shear stress τxz (MPa)
200
90 Domain wall in PbTiO3
N=18
Ab initio, LDA
150
100
50
0
0.000
0.002
0.004
Shear strain γxz
c
c
3
xz
xz
0
3
◦
0
0.006
0.008
30
15
0
−15
−30
−45
−3
−2
−1
1
2
3
4
Pb−Ti−O plane number
u
(a)
γ xz =0.000
4:
Pb−Ti−O plane number
−4 −3 −2 −1 1 2 3
Polarization direction φ (degree)
Polarization direction φ (degree)
(a) DW−A
45
45
45
30
30
15
15
0
0
−15
−15
−30
−30
−45
−45
6
(b) DW−B
γ xz = 0.000
γ xz = 0.004
γ xz = 0.006
γ xz = 0.007
7
8
4
(b)
6
7
Pb−Ti−O plane number
8
9 10 11 12
α
α’
α
α’
u
5:
12
3
4
DW−B
13
0.30
0.25
0.20
α
β
α’
β’
0.15
α
β
α’
β’
0.10
0.05
β
β’
β
β’
DW−A
x
11
S›œ€SŸ8ž ¡Y
γ xz =0.007
z
10
Pb−Ti−O plane number
DW−A
γ xz =0.006
9
−3Pb−Ti−O
−2 plane
−1 number
1
2
0.00
( 103 nm−3 )
DW−B
v\wJx( ‡2ˆ—\˜8aE6F=GH\€ƒ‚C€ˆ[F?IJSŸ8ž ¡#Y
[1] J. K. Shang and X. Tan, Acta Mater., 49, 2993 (2001).
[2] P. E. Blöchl, Phys. Rev. B 50, 17953 (1994).
[3] J. P. Perdew and A. Zunger, Phys. Rev. B 23, 5046 (1981).
[4] H.J. Monkhorst and J.D. Pack, Phys. Rev. B 13, 5188 (1976).
[5] G. Kreese and J. Hafner, Phys.Rev., B 54, 558 (1993).
[6] R. E. Cohen, Nature, 358, 205426 (2001).
Properties of Zinc Oxide Doped Indium, Magnesium and
Aluminum Oxide films used on Flexible substrates
工学研究科機械理工学専攻 Hsiao Shih Hsiu
MRS 2007 Fall Meeting: The 21st century COE program supported me to join the Materials
Research Society 2007 Fall Meeting hold at Boston, USA from November 26 to 30, 2007. I
made a poster presentation as the title of “properties of zinc oxide doped indium, magnesium
and aluminum oxide films used on flexible substrates”. In the conference, we exchanged the
different points of view related to the various materials could be used for transparent
conductive oxide films. They focused on the transmittance and the resistivity of transparent
conductive oxides, especially when it was deposited at room temperature without any heat
treatment. The content of presentation is as followings:
1. Introduction
The flexible display means the display constructed of thin substrates can be bent to a radius
of curvature without losing functionality. The transparent conductive oxides (TCOs) behave
as electrodes and deposited on glass substrate for flat panel display industry. Consequently, it
is demanded to coat the TCOs material on the flexible substrates as electrodes for the flexible
display. For the selection of TCOs materials currently, indium tin oxide (ITO) is entirely used
in the majority material due to its superior combination of environmental stability, relatively
low electrical resisitivity and high light transmission, However, indium is a rare metal and
expensive. The alternative metal oxides like zinc oxide (ZnO) and a few metal oxides doping
ZnO have been experimented. The polymer substrates are flexible and lightweight compared
to glass substrates, but they have the additional restrictions on their sensitivity to heat
treatment and suffer from dimensional and structural instability. The almost polymer based
substrates are melted at the common 300 ℃ deposition process for TCOs films in industry.
To achieve the suitable optical and electrical properties at low process temperature plays a
important role for flexible display. In this study, polyethylene terephthalate (PET) was used as
the main substrate. The ITO, ZnO and In2O3, MgO, Al2O3 doped ZnO were used as the target
materials deposited by sputtering method in the various conditions.
2. Experiments
RF magnetron sputtering was used to deposit TCOs thin films on the untreated, optical
grade commercial PET with 125um thickness. The glass slides, silicon and carbon substrates
were deposited at the same condition for the thin films properties measurement. The distance
between sputtering targets to deposited substrate was 260 mm. The flow rate of sputtering gas
was 10.4 ccm argon and sputtering in 3.7 W/cm2 RF power. There were six types of TCOs
materials used shown in table 1, ITO was 2 wt % SnO2 doped In2O3, ZnO, IZO was 40 mol %
In2O3 doped ZnO, MZO was 5 mol % MgO doped ZnO, AZO was 2wt % Al2O3 doped ZnO,
AMZO was 2wt % Al2O3 doped MZO (MgO 2 mol %). An investigation of the quantitative
elemental analysis of TCOs thin film was performed by using Rutherford backscatter
spectroscopy (RBS). The crystalline structure was detected by X-ray diffraction (XRD) using
50 KV, 300 mA Cu X-radiation. The thickness of TCOs layer was measured using Tencor
Alpha-Step 500 Surface Profiler, Spectral transmittance and reflectance of TCOs layers were
measured in wavelength from 200 nm to 900 nm by JASCO spectrophotometer V-560.
Surface resistivity was detected by 4-pin probe method using resistivity-meter of MCP-T360.
Table 1. Deposition conditions and sample types.
Sample
Substrates
Substrate temp. (℃)
Annealing (℃)
Ambient Gas
RF power
ITO
PET/glass
RT, 100
Without / 150
Ar (10.4ccm)
3.7
ZnO
PET/glass
RT, 100
Without /150
Ar (10.4ccm)
3.7
IZO
PET/glass
RT, 100
Without /150
Ar (10.4ccm)
3.7
MZO
PET/glass
RT, 100
Without / 150
Ar (10.4ccm)
3.7
AZO
PET/glass
RT, 100
Without / 150
Ar (10.4ccm)
3.7
AMZO
PET/glass
RT, 100
Without / 150
Ar (10.4ccm)
3.7
3. Discussion
For the measurement results of light transmission and surface resistivity, ITO had the
surface resistivity 27 Ω/cm2, and 22 Ω/cm2 after annealing process. It was very close to the
ITO thin films used in display industry with 20 Ω/cm2. Figure 1 and Figure 2 show the surface
resistivity and light transmission measured of the thin films with glass substrates. The ZnO
and MZO had high surface resistivity and it was out of the measurement range of the four pin
detector. IZO had very low surface resistivity 52 Ω/cm2 compared to other ZnO doping thin
films and near to the value to ITO. The ZnO and MZO thin films had the worse conductivity.
Except ITO and IZO had the premium low surface resistivity below 60 Ω/cm2 averagely, ZnO,
MZO had the extra high surface resisitivity. AZO, AMZO had the surface resistivity in the
range of 103 to 104 range.
Figure 1. Surface resistivity of samples
Figure 2. Light transmission at 550 nm
Figure 3 shows the transmittance of ZnO, MZO, and it is clearly to observe the MgO
doping can improve the transmittance spectrum in low wavelength side. The transmittance at
380 nm of ZnO was 37.3 %, and it was obviously lower than MZO at 72 %. Moreover, the
average transmittance of the visible wavelength from 380 nm to 780 nm, MZO was 92.3 % in
average better than ZnO 89.4 %. The MgO doping indeed improved the light transmittance
for optical property, however, it degraded the electrical property of ZnO thin film.
The band gap can be calculated from transmittance and reflectivity. When we plotted (αhv)2
and (hv) profile of each TCOs films, the straight line cross to x axis is the point of the band
gap value. Figure 4 shows the straight line cross to x axis at 3.26 eV for the band gap of ZnO.
And it can be applied to other TCOs thin films, the ZnO, MZO, IZO, ITO, AZO, AMZO had
the cross points as the band gap of 3.26 eV, 3.54 eV, 3.58 eV, 3.65 eV, 3.38 eV, and 3.44 eV,
respectively. The band gap of ZnO was increased from 3.26 eV to 3.54 eV by doping MgO, it
also effective at AZO and AMZO from 3.38 to 3.44. Not only the MgO doping, Al2O3 and
In2O3 single doping or Al2O3 and MgO double doping also enlarged the band gap of ZnO, and
In2O3 doping achieved the biggest value.
Haacke provides a useful tool for comparing the performance of transparent conductive
layer when the electrical surface resistivity and optical transmission are known: a figure of
merit Φ= T10 / Rs, where T is transmission and Rs is surface resistivity. Because we cannot
detect the surface resistivity of ZnO and MZO, so we assume they are 105 as the calculation
of figure of merit. For the figure of merit of each TCOs thin films used in this study, ITO and
IZO had good value of 5 x 10-3 and 6 x 10-3, Then AZO, AMZO, MZO and ZnO were located
at range of 10-5 to 10-6. The values were much worse than ITO and IZO. ITO is the general
TCO material used in current display industry, and IZO is expected to be next good materials
for TCOs.
Figure 3. Light transmission of ZnO/MZO
Figure 4. Band gap calculation of ZnO
4. Conclusions
The sputtering deposition is the common deposition for transparent conductive electrodes
in industry. In this study, the ITO thin films deposited at room temperature by sputtering
method had the premium optical properties near 90 % light transmittance average in visible
wavelength and the surface resistivity at 27 Ω/cm2. It is very close to the specification used in
display industry. Compared to indium oxide, zinc oxide is much cheaper, and has the wide
band gap (about 3.37 eV). It is expected to be the potential material for transparent conductive
oxide. However, the zinc oxide cannot achieve the proper optical and electrical properties.
The zinc oxide deposited at room temperature had the good light transmission of an average
of over 90 %, but its electrical conductivity was not good enough and was out of the
measurement range. The suitable metal oxide doping in zinc oxide was considered to enhance
the properties of zinc oxide thin films. The In2O3, MgO, Al2O3 doping in ZnO at room
temperature and 100 ℃ substrate temperature and 150 ℃ post-annealing were experimented.
For the effect of various doping in ZnO, the properties improved depending on the
characteristic doping. MgO doping increased the band gap of ZnO, it was observed either in
ZnO or in AZO. The band gap increase resulted in the light transmittance becoming better at
low wavelength range. However, the MgO doping worsened the electrical conductivity. Al2O3
doping improved the electrical properties of ZnO thin film. In2O3 doping has the best optical
and electrical properties in all metal oxides doping ZnO samples. Specifically, its surface
resistivity of 52 Ω/cm2 was very close to the ITO. Except IZO, the electrical properties of
other metal oxides doping ZnO deposited at room temperature or low temperature thermal
process were not good enough compared to ITO. It needs additional and conditional
deposition process designed for improving the property, particular in the electrical
conductivity.
Fly UP