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感染対策と例え話 - 株式会社メディコン

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感染対策と例え話 - 株式会社メディコン
May 2016
株式会社メディコン
No.
100
今回、
「 CDC Watch」が100回目を迎えることとなった。CDCは数多くのガイドラインや
勧告を公開しているが、
「CDC Watch」
ではそれらの中から日本の医療機関に有用と思わ
れるものを紹介してきた。1つの原稿を書き上げるには「CDCのホームページから4∼5本
の記事を抽出し、
それらを読み込む」⇒「それらの中から、1本の記事を選択する」⇒「選択
した記事のなかの重要ポイントに印をつける」⇒「そのポイントを支える内容を抜き出す」⇒
「文字数を調整しながら、読みやすい内容に作り替える」
というステップを経ている。所要時
間は1本当たり5∼6時間程度である。読者が興味深く読んでいただければ幸いである。
感染対策と例え話
感染対策を徹底するためには、すべての医療従事者が感染対策を熟知していなくてはならない。形
式的な感染対策をしても、効果が不十分だからである。感染対策を理解してもらうために、講習会や
実技などで説明することになるが、細かく説明すればするほど、受講者は混乱してしまう。
この場合、大
変役立つのは「例え話」である。
これは複雑な判りにくい内容を具体的なものに置き換えることによっ
て、相手に説明する手段である。説明される側は「自分がこれまで経験したことのある事例」や「理解し
たことのある事例」
を
「例え話」
として利用されることから、複雑な内容であっても一気に理解を深める
ことができる。
ここでは感染対策を相手に伝えるための「例え話」
をいくつか提示するので、何かの折に
利用していただければ幸いである。
透析室の環境表面:「和室」と「公衆トイレ」
透析室は病棟ではない。また、外来でもない。血液飛散が頻回にみられる特殊な環境であり、手術室に近い。手術
室では個室にて治療しているが、透析室では数十人の患者が一度に治療されているため、極めて感染対策が難しい。
特に、環境表面には患者の血液が飛び散って付着しているので、十分な感染対策が必要である。CDCは
「透析室で
は患者や透析器材に触れるときはいつでも手袋を装着する。供給器材、器具、薬剤を患者間で共有しない。薬剤トレ
※1
イやカートは使用しない」
としている 。器具や器材の共有やカートの使用によって、環境表面が患者から患者に移動
するからである。しかし、透析室での環境表面への対応の重要性を繰り返して説明しても理解されないことが殆どで
ある。このような場合、
「和室」
と
「公衆トイレ」
を例え話として利用すると良い。
例え話:和室では畳の上に座り込んだりすることができる。また、手のひらや指が畳に直接触れたとしても気にならない。
それは和室では環境表面を介して、病原体が伝播することはないと思っているからである。そのようなことを、公衆トイレの
床や壁などにできるだろうか?公衆トイレの床や壁には触れたくないし、触れざるをえないときには手袋をしたくなる。そこは
尿や糞便に汚染されていると直感できるからである。これと同様に、透析室の環境表面は血液によって汚染されていると
考えるべきである。透析室では環境表面が感染源となりうるので、十分な対応が必要である。
抗菌薬スチュワードシッププログラム:アルコール依存症
最近、
「抗菌薬スチュワードシッププログラム」
という言葉がよく用いられている。
「スチュワードシップ」
などと言われ
ても意味がすぐには理解できないのではないだろうか?用語というのは新人看護師や研修医が聞いたとしても、大凡
の意味が理解できなければ価値がない。そのため、適切な日本語訳が必要と考える。この場合、最も適切な和訳は
「抗菌薬適正使用包括支援プログラム」かもしれない。
抗菌薬は医師が処方するのであるが、それが適正なものになるように、感染対策チーム、看護師、検査技師、薬
剤師などがみんなでサポートしようというものである。例えば、抗菌薬の量が不十分であると薬剤師が認識したら、そ
れを処方医に連絡する。抗菌薬の投与期間が不適切に長いとか短いといった場合には感染対策チームが処方医に
※2
伝えるといったものである。もちろん、届け出制なども重要である 。
ときどき、抗菌薬の不適正な使用を頑固に続ける医師がいる。この場合、医師は
「誤った信念」
をもって抗菌薬を処
方しているので、なかなか容易には改善しない。このときに思い浮かべてほしいのはアルコール依存症治療プログラ
ムである。
例え話:アルコール依存症の患者がいたとする。一部の患者は自力で依存症を克服できるかもしれない。しかし、自力では
どうしてもアルコールの魅力に負けてしまう患者もいる。そのような場合、家族や周囲の人々が協力して患者をサポートす
る必要がある。そして、依存症を克服するまで、忍耐強く対応することが大切である。アルコール依存症を克服することな
く、彼らの求めに応じて良質のブランディーを提供すれば、依存症はさらに増悪することになる。
抗菌薬の適正使用を保証する機構を持たずして、新しい抗菌薬を病院に導入することはアルコール依存症患者に良質
のブランディーを提供するようなものである。すなわち、抗菌薬スチュワードシップとは
「アルコール漬け
(抗菌薬漬け)
の医
師」
を
「適度なアルコール
(抗菌薬)使用の医師」
に改善するための機構である。そして、
「安心してブランディーが飲める環
境(安心して抗菌薬が使用できる環境)」
「アルコール中毒になりにくい環境(抗菌薬漬けになりにくい環境)」
を確保するた
めの機構でもである。
洗浄・消毒・滅菌:犬の糞
院内感染対策において、滅菌や消毒を成功させるためには、その前に器具に付着している汚れを十分に洗い流す
※3
ことが不可欠である 。汚れが残っている状態での滅菌や消毒は必ず失敗する。過去には、HBV,HCV,HIVに感染し
ている患者の血液が付着したメスや攝子をそのまま消毒薬に漬けるという一次消毒がなされていた。しかし、消毒の
前の洗浄がなされていなければ形式的な消毒となってしまう。最近は一次消毒をしている病院は殆どなくなったが、ノ
ロウイルスや多剤耐性菌対策などにおいて、次亜塩素酸ナトリウム溶液をドアノブなどに噴霧したり、靴裏に噴霧した
りしている施設はある。このような対応が今も存在するのは洗浄の重要性が理解されていないからであろう。このとき
思い浮かべてほしいのは
「犬の糞」
の例え話である。
例え話:週末の早朝、天気もよいので散歩をした。昨日は雨だったせいか、草木の緑は鮮やかで、花も咲き乱れていた。
景色を楽しみながら歩いていたところ、石につまづいて転んでしまった。転倒する時、地面に手をついて顔面を守ったが、
不運にも道路に犬の糞が落ちていた。その上に手をついてしまったため、糞がグシャっと手に付いてしまった。このあと、ど
うするのであろうか?糞が手についたまま、その上からアルコール手指消毒をすれば細菌は殺菌されるので安心だろうか?
そうではない。まず、帰宅して、流水と石鹸にて手の糞便を十分に洗い流すであろう。そこで、念のためにアルコール手
指消毒をするかもしれない。糞を手から洗い流すという洗浄が極めて大切であり、アルコール消毒のみでは不十分なこと
は明らかである。
すなわち、消毒薬を使用する前には対象となる器具を十分に洗浄すべきである。さもなければ、犬の糞が手指に付着し
た場合は流水と石鹸による洗浄をせずに、アルコールをふりかけて満足してほしい。
[文献]
※1 ) CDC. Recommendations for preventing transmission of infections among chronic hemodialysis patients. http://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/rr5005a1.htm
※2 ) CDC. Core elements of hospital antibiotic stewardship programs. http://www.cdc.gov/getsmart/healthcare/pdfs/core-elements.pdf
※3 ) CDC. Guideline for disinfection and sterilization in healthcare facilities, 2008. http://www.cdc.gov/hicpac/pdf/guidelines/Disinfection_Nov_2008.pdf
CDC Watchは、お陰様をもちまして、今 回で100号を迎えることができました。これまでご購読頂き、支えて
頂きました皆 様に心より御 礼 申し上げます。今 後とも、
「 人々のクオリティ オブ ライフの向 上と、医 療 技 術の
発展に貢献する」
という、当社の企業理念に沿って、医療現場に役立つ情報の発信に努めてまいります。
株式会社メディコン
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