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パッペンドーフ: レディ・ホワイトと ブランシェ

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パッペンドーフ: レディ・ホワイトと ブランシェ
パッペンドーフ:
レディ・ホワイトと ブランシェ
け
きゃく ま
に もつ
やま
いち ばん
アナベルは ケスラー家の 客 間を のぞいて、あぜんと した。荷物の 山の 一番
うえ
きょだい
はこぶね
じょう ぶ
あ
よこだお
上には 巨大な ノアの 箱舟が、 上 部が 開いたまま 横倒しに なっている。しかも、
なか み
ゆか
お
やま
中身は ほとんど 床に 落ちて 山と なっている。
はや
き
お
「カイラ、早く 来て! シ~ッ、みんなを 起こさないようにね!」 アナベルが さ
さやいた。
なか ま
せ かいじゅう
ぜん ぶ
「うわあ! すごく たくさんの 仲間たちね。まるで、世界 中 の ぬいぐるみが 全部
あつ
い
集まったみたい。だけど、どうして みんな、ねむっているのかしら?」 カイラが 言った。
ふたり
こ
「エリンと ジュリエットと 二人の 子どもたちが、はるばる ヨーロッパから やって
き
む
いま
じ かん
じ
さ
い
来たばかりなの。向こうでは、今 みんな ねむっている 時間なのよ。時差ボケって 言
せつめい
うんですって。」 アナベルが 説明した。
たいない ど けい
かんけい
じ しん
い
「どうやら、体内時計と 関係が あるらしいわ。」 アナベルが 自信ありげに 言った。
な
ごえ
き
おも
「ホー、ホー、わしゃ ねむっておらんぞ。」 フクロウの 鳴き声が 聞こえたかと 思
はね
おと
はこぶね
なか
と
で
うと、羽を バタバタさせる 音が して、箱舟の 中から フクロウが 飛び出てきた。
「わ
しゃ、オリーじゃ。フクロウの オリー。」
さ
だ
にんぎょう
い
あいそう
フクロウが つばさを 差し出すと、人 形 たちは「こんにちは」と 言って 愛想よく
しゅ
あく手を した。
い
ひる
よる
とき
フクロウが 言った。
「ほかの みんなは、昼でも 夜でも、ねたい 時に ねれば いい。
な
ひつよう
よる
お
な
ホーホー 鳴く 必要は ないからな。だが、わしは 夜には 起きていて、ホーホーと 鳴
ひる ま
いま
おな
かねば ならん。そして、昼間に ねむるのじゃ。だが、今は ほかの みんなと 同じく、
め
ち
え
だい な
目を さましておる。これでは わしの 知恵も 台無しじゃ。」
「まあ。どうしてなの?」 アナベルが たずねた。
よる
しず
かえ
みみ
「つまりだな、わしは 夜に しーんと 静まり返っていないと、耳を かたむける こと
つ
じ かん
にっちゅう
が できんのじゃ。ここに 着いてから、まだ 2,3 時間しか たっておらんし、日 中 の
ざつおん
こんらん
じ ぶん
かんが
き
そうぞうしい 雑音と 混乱の せいで、自分が 考 えている ことすら 聞こえん。
」
ふか
かんが
い
なに
て
う
アナベルは 深く 考 えこんで 言った。
「では、何か 手を 打たなければ いけないわね。
そう だん
まい にち
き
きゅう
アンジェラに 相談しましょうよ。アンジェラは いつも、毎日の 決まりごとが 急 に
か
たいへん
にち
しず
お
つ
たす
変わって 大変な 1日に なっても、わたしたちが 静まって 落ち着くのを 助けてくれ
るもの。」
き
たし
よる
「ふむ。わしの 決まりごとは、確かに メチャクチャに されてしまいおった。夜に
しょう き
かしこ
ぜったい
ねむるだって? 正 気な 賢 い フクロウなら、そんな ことは 絶対に せんぞ。」
2
き
も
き
うし
ほう
こえ
「その 気持ち、わかる 気が するよ。」 後ろの 方から、声が した。
しょうかい
「あら、ブルーノ。こちらは オリーよ。」 アナベルが 紹 介した。
くち
ねったい ち ほう
き
「口を はさんで ごめんよ。だけど、ぼくは クマだって いうのに、熱帯地方に 来て
とうみん
たの
まい
から 冬眠の 楽しみが なくなって、参ってるんだ。」
ふ へい
きんもつ
い
「まあまあ、ブルーノ。不平は 禁物よ。」 カイラが 言った。
はな
よろこ
はなし
き
「そうだね、ごめん。だけど、その ことで 話したかったら、喜 んで 話 を 聞いてあ
げるよ、オリー。」
ひる ま
め
はな
あい て
とき
「ありがとうよ。もし 昼間に 目が さめて、話し相手が ほしい 時には、よろしく
たの
頼むよ。」と オリー。
やま
うご
はな
すると、ぬいぐるみの 山が もそもそと 動き、オリーに、だれと 話してるのと た
こえ
ずねる 声が した。
にんぎょう
で
かお
み
「おとなりさんの クマと 人 形 たちじゃ。出てきて、顔を 見せなされ。」 オリーが
こた
い
答えて 言った。
くび
ま
ゆき
ま
しろ
すると、首に ピンクの リボンを 巻いた、雪のように 真っ白な メスの ホッキョク
こ
で
め
たま
と
で
いき
グマの 子が 出てきた。ブルーノは、目の 玉が 飛び出そうなほど ドキッと して、息を
のんだ。
3
はじ
な まえ
「初 めまして。わたしの 名 前 は、ブランシェ・ホワイト。レディー・コンスタンス・
むすめ
ホワイトの 娘 よ。」 はにかみながら、ホッキョクグマが あいさつした。
はじ
「初めまして、ブランシェ。わたし、アナベルよ。」
「わたしは カイラ。」
「ぼ、ぼく・・・ブ、ブルーノ。」
きょう
にちじゅう
ち
ぱな
「アナベル! カイラ! 今日は 1日 中 ドールハウスが 散らかしっ放しよ!」
い
い
はな
たの
カイラが 言った。
「アンジェラだわ。わたしたち、行かなくちゃ。お話しできて 楽
はや
じ
さ
なお
しかったわ、オリー。そして ブランシェも。みんな、早く 時差ボケが 直ると いい
わね。」
「ありがとう。まあ、
おも
と
思 いっきり 飛 んでく
れば、つかれて ねむ
れるかも しれん。」
な
ホーと 鳴 くと、オ
まど
と
リーは 窓 から 飛 び
た
あと
立 っていった。 後 に
は、ブランシェの か
め
がやく 目 に くぎづ
こと ば
けに なって 言 葉 が
で
のこ
出ない ブルーノが 残
された。
4
しん
はい
「ねえ。あそこに ある バッグには、信じられないくらい おいしい ものが 入ってる
こ
わら
のよ。」 ホッキョクグマの 子は、いたずらっぽく 笑いながら ささやいた。
「はちみつかい?」
た
「もちろん ちがうわよ。クマは みんな、はちみつを 食べるもの。」
「シロップ?」
くび
よこ
き
ブランシェは 首を 横に ふった。
「ちがうわ。もっと いい ものよ。来て。」
かべ
あ
ブルーノは ブランシェと、壁に かたむきかげんに 開いている ダッフルバッグに よ
のぼ
じ登った。
おお
あ
なか
まえあし
ちゃいろ
えきたい
「なめてごらんなさいよ。
」
ブランシェは 大きな ビンの ふたを 開け、中に 前足を
つっこんだ。
した
「う~ん。」 ブルーノは 舌なめずりを した。
い
「おいしいでしょ?」 ブランシェが ほほえんで 言った。
ふたた
まえあし
「うん。これ、なあに?」 ブルーノは 再 び 前足を とろっとした こげ茶色の 液体に
い
ひたしながら 言った。
とうみつ
「糖蜜よ。」
き
「聞いたこと、ないなあ。」
きた
き
なか
「北ヨーロッパでは、どこにでも あるのよ。気を つけて、バッグの 中の あちこちに、
お
ちゅう い
したたり落ちてるわ。」 ブランシェが 注 意した。
いったいぜんたい
なに
「ブランシェ! 一体全体、何を してるの!」
み
あ
おとな
かお
め
ブランシェと ブルーノが 見上げると、大人の ホッキョクグマの おこった 顔が 目
はい
に 入った。ブランシェは ドキッと した。
5
おも
「マ、ママ! ねてるんだと 思ってたわ。」
み
「そこらじゅうを ベタベタに して。エリンと ジュリエットが 見たら、すごく おこる
わよ。それに、そこに いるのは だれ?」
かれ
かれ
「彼は、ブルーノって いうの。彼も クマよ。」
み
ちゃいろ
はは
ごえ
「そんな こと、見れば わかるわ。だけど 茶色じゃ ないの。
」
母グマは うなり声を
あげた。
「それが どうかしたの、ママ?」
むすめ
ちゃいろ
つ
あ
「 娘 には、茶色い クマとなんか 付き合って ほしくは ないわ。」
はじ
あ
かれ
「だけど ママ、わたしたち、まだ 初めて 会ったばかりよ。それに、彼は とっても
やさしいの。」
6
き
いま
で
まえあし
「そんな こと、聞きたく ないわ。今すぐ、そこの バッグから 出なさい。前足を ふ
ちゃいろ
とも
いて、茶色の 友だちに さよならするのよ。」
なみだ
で
へ
や
で
涙 ぐみながら、ブランシェは バッグから はい出た。そして 部屋を 出ていく ブルー
て
はは
つづ
はこぶね
なか
はい
い
ノに 手を ふると、母グマに 続いて 箱舟の 中に 入って行った。
*
かい
おと
おも
い
2 回ほど ドアを ノックする 音が したかと 思うと、だれかが「どうぞ」と 言う
ま
あ
間も なく、ドアが バタンと 開き、レディー・コンスタンス・ホワイトが どかどかと
はい
まえあし
ちい
かみ き
かお
入ってきた。前足には 小さな 紙切れを つかんでいる。それを、アナベルの 顔に つ
きつけた。
なん
い
「これが 何だか、わかる?」 レディー・ホワイトが 言った。
かみ き
こた
かた
「紙切れでしょ?」 アナベルが わざと とぼけた 答え方を すると、パッペンドーフの
わら
みんなが どっと 笑った。
7
いったい
い
ねむ
こえ
いま
ひる
「一体、どうしたと 言うのよ?」 アンジェラが 眠そうな 声で たずねた。
「今は 昼
ね
じ かん
寝の 時間よ。わたし、つかれてるんだけど。」
ば しょ
せきにんしゃ
けん
き
「あなたが、この しけた 場所の 責任者ね。それなら、この 件は あなたに 聞くべ
い
きね。」 レディー・ホワイトが 言った。
けん
「この 件って?」
よ
「これを 読んでちょうだい。」
かみ き
う
と
みじか
て がみ
よ
アンジェラは 紙切れを 受け取ると、短 い 手紙を 読んで ほほえんだ。
い
「やさしいのね。」 アンジェラが 言った。
あらあら
い
「やさしいですって?」 レディー・ホワイトが 荒々しく 言った。
ひる ね
ひと
「シーッ。お昼寝してる 人が いるの。そうよ、やさしいわ。」 アンジェラが ひそ
ごえ
い
ひそ声で 言った。
ところ
し
あ
かんしょうてき
「あなたの 所 の ヒグマの 知り合いから わたしの ブランシェへの 感 傷 的な ラブ
レターが やさしいですって?」
かれ
かんしゃ
「ラブレターという わけじゃ ないわ。彼は ただ、ブランシェと いられるのを 感謝
じ かん
す
い
していて、もっと いっしょに 時間を 過ごしたいって 言ってるだけじゃ ない。」と ア
ンジェラ。
て がみ
さい ご
か
おお
「それじゃあ、手紙の 最後に 書かれている この X の マークと、大きな ハートは
なん
何なのよ?」
「X は キスの ことで、ハートは・・・。」
あい
なに
わ
「そういう こと。つまり、ラブレターじゃ ないの。愛が 何か、まだ 分かってさえ
かれ
いないのに。ところで、彼は どこ?」
8
もり
ひる ね
おも
す
「ブルーノは たぶん、ふしぎの 森で 昼寝をしてると 思うわ。あそこが 好きなのよ。」
こた
アンジェラが 答えた。
とも
おも
「わたし、ブルーノと ブランシェが 友だちに なったら すてきだと 思うわ。」 ドリ
くち
さいきん かれ
スが 口を はさんだ。
「最近 彼は さびしそうだもの。」
かれ
わ
「さびしいですって。彼は さびしいって ことが どんな ことか、分かってないのよ。」
ひく
ごえ
い
レディー・ホワイトは 低い うなり声で 言った。
き
かか
「ちょっと お聞きしますが、ブルーノが ブランシェと 関わる ことを、なぜ そんな
はんたい
に 反対するのかしら?」 アンジェラが たずねた。
かれ
しゃかいてき
ち
い
ひく
むすめ
じゅんすい
「彼は、社会的に 地位の 低い ヒグマよ。だけど うちの 娘 は、 純 粋な ホッキョ
ぜったい
クグマなの。だから そんなの、絶対に だめよ。」
きん じょ
ひと
プリシラが たずねた。
「どうしてなの? 近所に キャサリンと エドガーって 人が
す
はくじん
ちゃいろ
ひと
住んでるけど、キャサリンは 白人で エドガーは 茶色いわ。とっても いい 人たちよ。」
こころ
あい
あ
い
「それに、心 から おたがいに 愛し合っているわ。」 アンジェラも 言った。
けっこん
こ
「ふん。だけど、うちの ブランシェが あなたの とこの ブルーノと 結婚して 子グマ
う
じゅんすい
か けい
た
が 生まれたら、どうなるのよ? うちの 純 粋な ホッキョクグマの 家系が 断たれる
のよ。」
こ
しろ
なに
おお
もんだい
「子グマが 白くないと、何か 大きな 問題にでも なるの?」 ドリスが たずねた。
て
かみ き
レディー・ホワイトは、プンプンしながら アンジェラの 手から 紙切れを つかみ
と
むすめ
とも
取った。
「とにかく わたしは、うちの 娘 が あなたたちの とこの ヒグマ友だちと こ
い じょう かか
だん こ
はんたい
ことわ
れ以 上 関わる ことには、断固として 反対ですからね。きっぱり お 断 りします。」
い
ふんがい
そう 言うと、レディー・コンスタンス・ホワイトは 憤慨しながら、ドアを バタンと
し
で
い
閉めて 出て行った。
*
9
し まい
いえ
まえ
よう い
アンジェラと パッペンドーフの みんなが、ヒルズ姉妹の 家の 前に 用意された お
ちゃ
まわ
あつ
し まい
く ろう
てい
茶の セットの 周りに 集まった。
「ヒルズ姉妹は、わたしたちのために 苦労して 低カ
ゆうしょく
よう い
い
ロリーの すてきな 夕 食 を 用意してくれたのよ、ブルーノ。」と アンジェラが 言った。
くち
あ
たの
「口に 合わないかも しれないけど、せめて 楽しそうに してね。」
い
ふつか
バーバラ・ヒルズも 言った。
「そうね。ここ 2 日ほど、あなたは ふさぎこんでるわ。
あたま
頭 でも いたいの?」
くび
よこ
ブルーノは 首を 横に ふった。
ね
ぶ そく
「じゃあ、寝不足?」 ビバリーが たずねた。
げんいん
「ブルーノは たくさん ねてるわよ。原因は たぶん、あの ことじゃ ないかしら。」 い
カイラが 言った。
ま
あ
「待って。わたしが 当てるわ。えっと・・・、ブランシェの ことでしょ?」 アナベ
い
ルが 言った。
なに
い
ブルーノは うつむいて、何も 言わなかった。
「ブランシェって、だあれ?」 バーバラが たずねた。
むすめ
「ホッキョクグマの レディー・コンスタンス・ホワイトの 娘 よ。」
じょうきゅうしゃかい
かのじょ
「まあ。 上 級 社会のね~。なるほど。ずんぐりして なければ、彼女は きれいなの
にね。」と ビバリー。
げんりょう
なん
「減 量 の ことなら、わたしたちが 何とか してあげられるわ。」と バーバラ。
びょう き
かぎ
「クマは ふつう、ずんぐりしてる ものよ。 病 気でない 限りはね。」 アンジェラが
い
言った。
*
10
あ
め
さ
ドアが 勢いよく バタンと 開き、ねむっていた パッペンドーフの みんなが 目を 覚
こんかい
ました。ただ、みんなの ほっとした ことに、今回は レディー・コンスタンス・ホワイ
むすめ
かのじょ
な
め
トでは なく、娘 の ブランシェだった。彼女は 泣きはらした 目を している。ブルーノ
だん
ばこ
と
だ
に だん
お
ひとばんじゅう ゆか
ころ
は 段ボール箱から 飛び出した。プリシラの 二段ベッドから 落ちて 一晩 中 床に 転
め
がっていた アナベルも、目を こすった。
ねむ
い
「おはよう、ブランシェ。どうしたの?」 アナベルが 眠そうに 言った。
ひとばんじゅう
かえ
き
し
「ママが・・・。一晩 中 、ママが 帰って来てないの。どこに いるか、だれも 知ら
よる
で
ないのよ。夜 出かけたみたいなんだけど、まだ もどってきて ないの。」
たいへん
「あら、大変。」と アナベル。
め
さ
かい わ
このころには、パッペンドーフの みんなも はっきりと 目を 覚まし、この 会話を
き
聞いていた。
い
バーバラ・ヒルズが 言った。
「シュンバに さがしてもらいましょうか。きっと、すぐ
み
に 見つけてくれるわ。」
うたが
ぶか
め
おお
み ひら
シュンバは 疑 い深そうに 目を 大きく 見開いた。
おとな
と
く
あ
「それは どうかな。大人の メスグマと 取っ組み合いを した ことなんて、ないから
なあ。」と シュンバ。
い
と
く
あ
い
み
すると、バーバラが 言った。
「取っ組み合いなんて 言ってないわ。ただ、見つける
さいのう
はっ き
だけよ。きっと、才能が 発揮できるわよ。だって、ジャングル・キングで あなたは・・
・。」
に だん
で
み
い
アンジェラが 二段ベッドから 出てくるのを 見て、アナベルも すかさず 言った。
「ノ
ウジーでも いいんじゃない? やってみたら?」
い
み
ノウジーが 言った。
「においを たどれるよ。きっと 見つかるさ。」
11
ま
「トラブルに 巻きこまれたのかしら?」と ブランシェ。
あた
ま
「この辺りで 巻きこまれる トラブルなんて、あるかしら。ジャングルを うろつくよ
い
うな オスの ホッキョクグマも いないのにね。」 バーバラが いやみを 言った。
い
まった
けいそつ
い
アンジェラが 言った。
「 全 く、バーバラったら。そんな 軽率な ことを 言うもんじゃ
ないわ。」
かた
け
はじ
バーバラは 肩を すくめると、ゆううつそうに かみの毛を ブラッシングし始めた。
い
い
かれ
ちゅうもく
「ぼくが 行くよ。」 そう ブルーノが 言うと、みんなが 彼に 注 目した。
「あなたが?」と ビバリー。
わ
「ぼく、ほかの クマの においは よく 分かるんだ。」と ブルーノ。
「ホッキョクグマでも?」と ブランシェ。
あたま
じょう げ さ ゆう
うご
わ
ブルーノは 頭 を ゆっくりと 上 下左右に 動かした。
「うん。もし 分からなかったら、
かのじょ
み
いの
彼女が 見つかるように 祈ることも できるし。」
い
りっ ぱ
じ ぶん
ち
え
たよ
アンジェラが 言った。
「立派ね。自分の 知恵に 頼るよりも いいじゃない。あなた
まか
に 任せるわ。」
かい かつ
ふか
いき
むね
は
快活そうに ほほえむと、ブルーノは 深く 息を すいこみ、胸を 張った。そして、
まえあし
さ
だ
しんらい
まえあし
と
前足を ブランシェに 差し出した。ブランシェも 信頼して ブルーノの 前足を 取ると、
に とう
にん む
は
へ
や
で
い
二頭は 任務を 果たすために、ゆっくりと 部屋を 出て行った。
い
ち
か しつ
む
「どこへ 行くの?」 地下室へ 向かいながら、ブランシェが たずねた。
きゅう
くう き
なか
い
急 に、ブルーノは 空気の 中に ただよっている においを かいで 言った。
「・・
・やっ
たし
ま
ぱり、確かに クマの においだ。だけど、ほかの においも 混ざっている。」
くら
ふ あん
「暗いわね。」 ブランシェが 不安そうに ブルーノに しがみついた。
12
しんぱい
ち
か しつ
にんげん
おとこ
ひと
もの
なお
「心配ないよ。ただの 地下室さ。ここで 人間の 男 の 人たちは、物を 直したり、
だい く
し ごと
どう ぐ
ひつじゅひん
大工仕事を したり するんだ。だから、ここには いろんな 道具や 必需品が あるんだ。
」
ところ
いったい なに
「だけど、ママが こんな 所 で、一体 何を するかしら?」
かた
ブルーノは「わからない」と いうように、肩を すくめた。そして、においを かぎ
つづ
とつぜん
い
む
はい
続けた。
「そこだ!」 突然 そう 言うと、ブルーノは すみに 向かって ずんずん 入って
い
れい
はい
おお
とうみつ
行った。
「あそこに あるの、例の バッグに 入っていた 大きな 糖蜜の びんじゃ ない?」
まわ
ゆか
かた
ちゃいろ
ブランシェは うなずいた。そして、周りの 床に こぼれて 固まっている 茶色の か
み
たまりの においを かいだ。
「そうは 見えるけど、においが ちがうわ。」
きゅう
ち
か しつ
あ
すると、急 に 地下室の 明かりが ついた。ブルーノと ブランシェは、セメントの
ふくろ
袋 の かげに かくれた。
ぼう ふ ざい
も
は
け
「そこの 防腐剤の びんを 持ってきておくれ。わしは、刷毛が きれいに なっている
かくにん
ねんぱい
おとこ
ひと
こえ
か どうかを 確認しておくから。」と、年配の 男 の 人の 声が した。
13
わか
こえ
こ
すると、若 い ほうの 声 が した。
「よしきた。・・・おい! 子 どもの だれかが、
お
ここに テディベアを 落としたみたいだぞ!」
たいへん
ごえ
い
「大変! ママだわ!」 ブランシェが ひそひそ声で 言った。
ばこ
い
わか
おとこ
い
「こりゃ ダメだな。ゴミ箱に 入れとくよ。」 若い 男 が 言った。
な
はじ
あい ず
ブランシェは わっと 泣き始めたが、ブルーノが こらえるようにと 合図した。
お
す
あと
きょう
「ドアの そばに 置いとけや。捨てるのは 後で いい。今日は まず、あの さくの ペ
お
ねんぱい
おとこ
ひと
かんだん
あが
ンキぬりを 終えなきゃ いけないからな。」 年配の 男 の 人が、階段を 上りながら
い
言った。
おとこ
ひと
こえ
き
男 の 人たちの 声が 聞こえなくなると、ブルーノと ブランシェは ぼうっと してい
もと
かのじょ
とう
き
よわよわ
る レディー・ホワイトの 元へ かけつけた。彼女は 2頭だと 気づくと、弱々しく ほ
ほえんだ。
いったい
「ママ! そんな べたべたな ものに ひたっちゃって。一体 どうしたの?」
かのじょ
じ ぶん
せ なか
ひ
あ
い
あと
おし
ブルーノは 彼女を 自分の 背中に 引きずり上げて 言った。
「それは 後で 教えてく
いま
だっしゅつ
ださい。今は とにかく ここから 脱 出 しないと。」
こえ
じ ごく
くる
レディー・ホワイトが かれた 声で ささやいた。
「どうしましょう。あの 地獄の 苦
せんたく き
なか
はい
す
しみみたいな 洗濯機の 中に 入らないで 済むかしら。」
ばこ
す
み
ほんとう
「ゴミ箱に 捨てられてしまうよりは いいわ。ママが 見つかって、本当に よかった。
い
そこで おぼれてしまったかも しれないのよ。」 ブランシェが 言った。
*
み
なか
け
ぼう ふ ざい
のこ
あら
お
パッペンドーフの みんなが 見ている 中で、毛に ついた 防腐剤の 残りを 洗い落
あいだ
あわ
め
とそうと プリシラが ゴシゴシ やっている 間、シャンプーの 泡が 目に しみるなどと
い
レディー・コンスタンス・ホワイトは ぶつぶつ 言っていた。
14
かわ
せんたく
「わたしを 乾かすために、洗濯ばさみで つるしたりなんかは しないでしょうね? く
まえ にんげん
せんたく き
ほう
あと
ほんとう
ここに 来る 前、人間たちは わたしを 洗濯機に 放りこんだ後、つるしたのよ。本当に、
じ ごく
くる
地獄の 苦しみみたいだったわ。」
い
す
プリシラが おだやかに 言った。
「タオルで ふけば、そうしなくて 済むかも しれな
いわ。」
せんたく き
あら
か
も
「だけど、
『洗濯機で 洗えます』とか 書いた ラベルは 持ってないんですか?」 ブ
ルーノが たずねた。
まえ
き
と
にんげん
せんたく き
「前は あったわ。だけど、ブランシェに 切り取ってもらったの。人間に、洗濯機で
あら
かんが
もんだい
洗おうなんて 考 えてほしくなかったもの。問題は、そんな ラベルが あっても なくて
にんげん
せんたく き
ほう
も、人間は とにかく わたしを 洗濯機に 放りこんだって ことよ。」
い
まいにち
あら
アナベルが 言った。
「もし 毎日 こまめに 洗っていたら、そんな おおごとに ならな
す
くて 済むわ。」
15
しろ
け
すこ
「わたしは、いつも 白い 毛に 少しも よごれが ないように していたのよ。しみの
まった
はじ
むすめ
ついた ホッキョクグマなんて、
全 く 恥さらしですからね。
ここにいる 娘 の ブランシェ
せいけつ
ちゅう い
にも、清潔さを おこたるたびに、 注 意しなければ ならなかったのよ。」
「 ママ~。」 ブランシェが うなった。
だい ぶ ぶん
お
と
みだ
「とにかく、大部分は 落ちたわ。
」 取り乱した クマを タオルで ゴシゴシ ふくと、
い
いろ
すこ
お
ちゃいろ
ドリスが 言った。
「だけど、色が 少しずつ 落ちていくまでは、茶色の ままで いなく
ちゃ いけないようね。」
なん
ちゃいろ
「まあ、何てこと! 茶色ですって?」 レディー・ホワイトは ぎょっと した。
ざんねん
い じょう
む
り
あか
ちゃいろ
「残念だけど、これ以 上は 無理よ。でも、すてきな 明るい 茶色よ。」と アンジェラ。
に
あ
おも
き
「ぼくは、とっても 似 合 うと 思 いますけど。きっと、ロード・ホワイトも、気 に
い
おも
い
入ってくれると 思います。」 ブルーノが 言った。
め
かな
「ロード ・ ホワイトは、こんなの 目にも くれないわ。」 レディー・ホワイトが 悲し
げに つぶやいた。
き
やぶ
い
ぼう ふ ざい
気づまりな ちんもくを 破って、アンジェラが 言った。
「それにしても、防腐剤って、
きょうれつ
なん
おも
強 烈ね。それが 何だと 思ったんですって?」
とうみつ
こた
「糖蜜よ。」 レディー・ホワイトは おどおどしながら 答えた。
なに
「それ、何?」 ドリスが たずねた。
くろ
こた
「モラセスみたいなもの。黒っぽい シロップみたいな ものよ。」 プリシラが 答えた。
「とにかく それが、ものすごく おいしいらしいのよ。そうでしょ?」
レディー・ホワイトが うなずいた。
*
16
へ
や
おと
へん じ
き
パッペンドーフの 部屋の ドアを ノックする 音が した。
「どうぞ。」と 返事が 聞こ
あ
えると、ドアが ゆっくりと 開いた。レディー・コンスタンス・ホワイトだ。
いま
「今、おじゃまして よろしいかしら?」
よ
ざっ し
お
「ええ、もちろんよ。」 アンジェラは 読んでいた 雑誌を 置くと、すみの いすから
た
あ
ごえ
立ち上がった。
「みんな ねているから、ひそひそ声でね。」
レ ディー・ホワイトと アンジェラ
ひ
で
き ごと
は その日の 出来事について ちょっと
はな
あ
話 し合 ったが、レディー・ホワイトが
い
ぼう ふ ざい じ
言 った。
「とにかく わたし、防 腐 剤 事
けん
じん せい
きょう くん
まな
件から、人生の 教 訓を たくさん 学
げん だい ふう
め
ばされたわ。現 代 風 に いうと、目 を
さ
い
覚まさせられたって 言うのかしら。」
アンジェラが うなずいた。
はな
つづ
レディー・ホワイトは 話 し続 けた。
ふ とう
わる
「わたし、ブルーノの ことを 不当に 悪
き
かれ
く 決めつけて いたわ。彼は とうとい
こん かい
じ けん
かれ
クマなのにね。今 回 の 事 件 で、彼 は
じつ
りっ ぱ
しょう さん
あたい
実に 立派だった。 賞 賛に 値する ふ
るまいだったわ。」
め
レディー・ホワイトの 目に、なみだ
かれ
が あふれた。
「クラレンス・・・つまり、ロード・ホワイトの ことなんだけど、彼は ブ
ほこ
おも
おも
むすめ
ルーノの ことを とても 誇りに 思ってくれると 思うわ。そして きっと、娘 と ブルーノ
とも
しゅくふく
おも
が 友だちに なるのを 祝 福してくれると 思うわ。」
17
い
ほんとう
「そんな ことを 言ってくれるなんて、本当に やさしいのね。」 アンジェラは ティ
さ
だ
い
シューを 差し出しながら 言った。
とも
い
「だから、ブランシェが ブルーノと 友だちになって いいって いうことを、言いたかった
はこぶね
なん
かんげい
つた
の。それに、箱舟で やることは 何でも、いつでも 歓迎するわって 伝えたかったのよ。
」
ほんとう
「本当に ありがとうございます。ブルーノにとって、それが どんなに うれしいことか、
そうぞう
かれ
もっと
たよ
いちいん
想像できないでしょうね。彼は パッペンドーフでは 最 も 頼りがいの ある 一員なん
い
ですよ。」と アンジェラが 言った。
たし
しゅくふく
き
も
つた
「それは 確かね。どうか、わたしの 祝 福と おわびの 気持ちを お伝えくださいな。」
と レディー・ホワイト。
とう みつ
糖蜜
ちゃかい
かんげい
「もちろんよ。そして あなたも もちろん、いつでも わたしたちの お茶会に 歓迎す
とうみつ
るわ。エリンと ジュリエットの おかげで、糖蜜も たくさん ありますから。」
文:ギルバート・フェンタン 絵:ジェレミー
Copyright © 2011 年、ファミリーインターナショナル "Puppendorf: Lady White & Blanche"--Japanese
http://www.mywonderstudio.com/level-1/2011/12/28/puppendorf-lady-white-and-blanche.html
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