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中国のインターネット上におけるコミュニケーション型創作と物語の類型化

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中国のインターネット上におけるコミュニケーション型創作と物語の類型化
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中国のインターネット上におけるコミュニケーション型
創作と物語の類型化 : 穿越小説を例として
邱, 慧鳴
国際広報メディア・観光学ジャーナル = The Journal of
International Media, Communication, and Tourism Studies, 18:
177-194
2014-03-18
DOI
Doc URL
http://hdl.handle.net/2115/55167
Right
Type
bulletin (article)
Additional
Information
File
Information
Jimcts18_10_Qiu.pdf
Instructions for use
Hokkaido University Collection of Scholarly and Academic Papers : HUSCAP
中国のインターネット上における
コミュニケーション型創作と物語の類型化
―穿越小説を例として
北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院博士課程
邱 慧鳴
邱 慧鳴
Qiu, Huiming
abstract
Chuan Yue Xiao Shuo appeared in Chinesewebsite in the late
of 1990’s as a popular fun fiction on the internet, which described
how modern women go back to the ancient times and search for
their truelove. It’s a genre of online novels, the nature of which
always confusing our minds. By reading the categorization of chuan
yue xiao shuo, we can make clear the way of the creative writing
process of online novels. Furthermore, it also helps us to find out the
answer to the question̶how internet has changed narrative?
The Journal of International Media, Communication, and Tourism Studies No.18|177
Qiu, Huiming
The creative writing process in
communication and the categorization
of narrative in Chinese website
̶a case study of chuan yue xiao shuo
中国のインターネット上における コミュニケーション型創作と物語の類型化
―穿越小説を例として
始めに
インターネットの普及とともに、ネットは物語を作る重要な場になりつつ
ある。90年代後半、中国では文学サイトに不定期的に文章を書き込み、読者
のコメントを参照しながら創作する動きが始まった。
「BBSやブログなどのコ
ミュニティに掲載され、ネットで流通し、創作過程に常に読者のコメントを
もらい、いつでも修正できる」ネット小説が現れたのである1。日本の携帯小
≥1
説にも似て、
小説は新しいメディアを媒体に、
新しい方法で読者に届けられる。
CNNIC(中国インターネット情報センター)の統計によると、2010年12月ま
李玉萍、『網絡穿越小説概論』、
南開大学出版社、2011年、p.2
≥2
広義的に言えば、ネット文学は
ネット小説、ネット上の詩、散
でに、中国のネット使用者は4.57億人に達し、内42.6%はネット文学2を読み、
文などを含む文学作品の総称で
1.95億人はネット文学サイトのアカウントを持っているという3。誕生から十
ある。ネット文学サイトの中で、
年間を経て、今やドラマ化、演劇化が相次ぐ中国のネット小説は、日本のラ
ネット小説サイトが「絶対的な
イトノベルのようなサブカルチャー生成の場なのである。しかし、ネット小
中でネット文学の代名詞とも言
優位を占め」、「小説はネットの
える」。 ―『網絡文学発展史』、
説は全体的にどのような特徴を持っているのかはいまだ不明である。インター
欧陽友権、中国広播電視出版社、
ネットが小説の創作に介入することによって、小説の何を変えたのかを考え
2008年。ゆえに、狭義的に言え
る必要がある。この問題はネット上で盛んになってきた創作のあり方にも繋
ば、ネット文学はネット小説を
がっている。これからこの問題意識を持って、ネット小説をめぐる議論を見
指している。
て行きたいと思う。
|
1
邱 慧鳴
Qiu, Huiming
≥3
同上、p.1
≥4
同上、p.23
中国のサイトに広がるネット小説
1-1 中国におけるネット小説の形成
ネットでは紙媒体と違って、読み手と書き手がほぼ同時にコミュニケーショ
ンを取ることができる。ネットのこの性質は物語創作に、独立創作からコミュ
ニケーション創作へと変化する条件を提供した。ネット小説は「チャットの
中で生み出された文学」と言われている4。作者はある段落を入力してまもな
く、それに対してのコメントを読むことができる。サイトの中で、読者は気
に入った文章の作者を誘って(あるいは作者は読者を誘って)コミュニティ
を作り、チャットしながら次の展開を決めていく。読者があまり参加しない
文章づくりは、途中で作者に放棄されることが多い。文章の質と関係なく、
コミュニケーションがうまく取れない文章は淘汰される。コミュニケーショ
ン創作はネット小説の創作動機と深く繋がっている。100人余りの作者を対
象とするアンケートでは、ネット小説の創作動機は「気の合う友達を得たい」
(32.04%)
、
「自分の文才を見せたい」
(21.36%)である5。つまり、ネット小
178|国際広報メディア・観光学ジャーナル No.18
≥5
欧陽友権主編、『網絡文学発展
史 ─ 漢語網絡文学調査紀実』、
中国広播電視出版社、2008年、
p.60
説は芸術のためでもなく、商売のためでもなく、自分と同じ考えを持つ仲間
を探す、あるいは自分を認めてもらうという「自己認定」のために作られる
物語である。コミュニケーションの中で生まれた
「自己認定」
のための物語は、
同じ場所で(ほぼ同時に)語り合い、確認しあう点から見れば、むしろ口承
文芸と一致している。
「自己認定」のために書かれた小説をより検索にかかりやすくするために、
小説サイトはさまざまなカテゴリーを設置している。たとえば、小説閲読網
≥6
http://www.readnovel.com/(2013
年7月3日現在)を参照。なお、
ネット小説が掲載されるウェブ
サイトについては、ウェブサイ
トごとにデザインとカテゴリー
の表示方法がそれぞれ違う。し
に入ると6、最初に男性バージョン、女性バージョン、学園バージョンを選択
する。この区別は物語における男女差、
世代差を大きくさせた。女性バージョ
ンに入ると、
「穿越」
(タイムスリップ)
、
「古代浪漫」
(ロマンス)
、
「都市青春」
、
「魔幻」
(ファンタジー)などさまざまなジャンルが並んでいる。各ジャンル
かも、ホームページのデザイン
に入ると、サブジャンルがたくさんある。サイトによっては、サブジャンル
は変わることもよくある。
の中の小説題名の後ろに来る「内容」
(内容ラベル)を見て、読みたい小説
をクリックすることもある(たとえば、
「穿越」には、
「女尊」
(女尊男卑系)
「
、魔
法」
(魔法系)
、
「古代」
(古代系)などの「内容」がある)
。それぞれのジャン
ルやサブジャンルには決まった創作パターンが存在し、作者たちはまずそう
≥7
検索のために各要素が細分化さ
れ、最終的にデータベースを形
成することは日本のサブカル
したパターンを念頭に置いて小説を書いていく7。ゆえに、同じジャンル、サ
ブジャンルのネット小説の筋はかなりの部分が似かよることになる。個人の
チャーにも見られる。東浩紀は
創作性が小説のジャンルの属性に制限され、読者とのコミュニケーションの
『動物化するポストモダン オ
中で解体され、類型化されるのである。各サイトでは、人気を集めるジャン
タクから見た日本社会』(講談
社現代新書、2001年)の中でそ
ルのパターンが多くの作者に模倣されている一方、人気のないジャンルは速
うした消費をデータベース消費
やかに淘汰される。ゆえに、ネット小説のジャンルの生成と消滅は紙媒体の
という。彼が指摘した検索のた
めに置かれたキャラクターの属
文学ジャンルより早い。いずれにせよ、ネットにおける創作は小説を作者の
性はネット小説のパターンと類
権力から解放した。
似している。
ネット小説の作者たちは作者ではなく「写手」
(書き手)と自称し、書いた
文章を小説ではなく「文」と、
読み手を読者ではなく「大家」
(みなさん)
「
、親」
(私の友達)と呼んでいる。彼らは明らかにネット小説を「小説」とは違うも
報』という地方紙の読者アンケート調査によると、51.47%の人はネット文学
≥8
欧陽友権主編、『網絡文学発展
史 ─ 漢語網絡文学調査紀実』、
≥9
李玉萍、前掲書、2011年、p.11
めてネット小説を系統的に研究した蘇暁芳も、ネット文学を、口承文芸、紙
媒体の文学の次に来る「第三文学」だと主張する9。これまでの文学と比べる
と、ネットを媒体として広まるネット小説のコミュニケーション性と類型性
は顕著である。ネットとネットコミュニティが創作に介入することによって、
小説のあり方は大きく変わった。
1-2 ネット小説の代表的なジャンル ─ 穿越小説
そうしたネット小説の流れを大衆文学との関係から見ると、三つの時期に
分けることができる。第一期は1991年から1999年までである。初期のネット
小説は「真のネット小説ではなく、せいぜい広い意味でのネット小説である。
この時期、ネットはただ宣伝の役割を果たすだけである。それは伝統メディ
≥10 同上、p.13
アに付属し、エリート主義の立場を取っている」10。この時期の作者はホワ
The Journal of International Media, Communication, and Tourism Studies No.18|179
Qiu, Huiming
前掲書、p.82
を「媒体から内容までの徹底的な(文学)革命だ」と思っているという8。初
邱 慧鳴
のだと意識している。これはネット小説の作者だけの考えではない。
『羊城晩
中国のインターネット上における コミュニケーション型創作と物語の類型化
―穿越小説を例として
イトカラー、留学生、作家などの限られた人々である。創作はネットという
場に移されたが、都市生活、学校生活といった題材は当時の大衆文学に人気
の高かった題材と同じであり、作者は一人で創作を行う。この時期のネット
小説はまだ大衆文学の支流である。
第二期は2000年から2004年までであり、ネット小説と大衆文学の分離期
である。文学サイトの商業化と、ネットの急速な普及を背景に、限られた一
部ではなく、様々な職業や学歴の人々が創作に参加するようになり、特に女
性作者が増えてきた。コミュニケーション型創作(コミュニティ)はまだ普
及していないが、クリック数を狙うために、作者たちはコメントをより重視
するようになった。ネットは創作の展示場ではなくなり、創作を議論する場
に変化した。作者たちは若者の読者を意識して、青春、恋愛、学校生活など、
若者の好む題材に特化するようになり、更に古典小説のアレンジなどの新た
な形式を作り出した。文体に関しては、若者は小説に動画や音楽をつけるこ
とで、マルチメディア小説を作り出した。ネットは小説の宣伝道具ではなく
なり、物語の内部まで浸透し、結果としてネット小説を大衆文学から分離さ
せた。しかし、生まれたばかりのネット小説のこうした異質性に気づき、
「伝
統的な文学界はネット小説を不快に思い、軽蔑していた」11。
≥11 同上、p.31
「玄幻小説年」12と呼ばれる2005年から今日までがネット小説の第三期であ
≥12 「玄幻小説」は、古代の神秘な
る。この時期には、膨大な量の物語生産、創作過程においては盛んなコミュ
ニケーション型創作、創作主体においては女性作家の大量進出と大衆化、題
力に遡るものを「魔幻」、未来
と関わるのを「科幻」
(SF)と
呼び、「魔幻」と「科幻」の組
材においてはオリジナルなジャンルの出現、産業化においてはメディアミッ
み合わせを「玄幻」という。武
クスなどの現象が見られ、
「真のネット小説」の大量生産期である。文学界
と「科幻」の要素を武侠小説に
もネット小説を拒否する姿勢を変え、これを独立した文学形態と認めるよう
になった。発端が大衆文学にあるにせよ、玄幻小説、盗墓小説13、穿越小説
はネット内でジャンル化され、ネット小説の最初のオリジナルなジャンルに
なった。男女バージョンで多少の差があるが、各サイトの小説ランキング上
位はほぼこの三つのジャンルで占められている。
邱 慧鳴
ネット小説の特徴がもっとも鮮明に現れているのは第三期の小説である。
侠作家の黄易が「魔幻」の要素
織り込み、新たな武侠小説の
ジャンルを確立したことをきっ
かけに、「玄幻小説」は広がり
を見せ始めた。
≥13 「盗墓小説」の母体は冒険小説
であり、古代の墓に埋蔵されて
いる宝蔵を探すために冒険を始
める物語である。
特に圧倒的な影響力を持っているのは穿越小説である。狭義の穿越小説とは、
現代の若者が古代にタイムスリップし、様々な事件を経験していくパターン
Qiu, Huiming
を持つ小説である。
(第3期の現在では、古代に戻るだけでなく、架空の歴史
時代やゲーム空間などさまざまな時空間に行く場合もある)
。
「女性向けのサ
イトやコラムには必ず穿越小説のカテゴリーが設置されている。多くの女性
向けサイトでは、穿越小説はジャンルランキングの第1位である」14。
「晋江
≥14 李玉萍、前掲書、2011年、p.11
文学網」15という小説サイトだけでも、14万編余りの穿越小説が掲載されて
≥15 晋江文学城http://www.jjwxc.net/
いる。中国大手出版社の作家出版社は四大穿越小説(彼らの調査による最も
人気の高い穿越小説)の作者たちと、第1刷が10万冊、12%の著作権使用料
で契約した。この待遇はこれまでのネット小説には前例がない。穿越小説の
ドラマ化、演劇化も相次いでいる。穿越小説はもはや閉ざされたネットコミュ
ニティだけの物語ではなくなり、テレビや劇場を通して大衆に開かれるよう
になった。小説の数、創作過程における読者の参加度、女性作者の割合、内
容ラベルの数と新しい内容ラベルの生産速度、産業化の程度、マルチメディ
180|国際広報メディア・観光学ジャーナル No.18
(2013年12月8日現在)
ア化の程度を考えれば、三つのジャンルの中でそれがもっとも高いのは穿越
小説である。というわけで、穿越小説はネット小説を代表するジャンルとも
言えよう。
今では穿越小説のようにドラマ化や映画化され、ネットという若者文化の
領域を越境していくネット小説も現れ、その影響力はますます高まっている。
ネット小説研究は一部の若者文化やサブカルチャーだけに留まらず、現代中
国文化という一大現象の解明の一翼を担っている。ネットがどのように創作
に浸透し、小説の何をどのように変えたのか、またそうして作られた小説は
どのような性質を持っているのかを明らかにすることは、ネットが文化生産
にどんな影響を与え、どんな文化的な役割を果たしているのかの解明にも繋
がる。スマートフォンを使って、フェイスブックやミクシィに熱心に書き込
む日本の若者たちを見れば、文化生産におけるネットの役割の解明という課
題は中国だけの課題ではなく、この時代全体の課題でもある。
|
2
ネット小説をめぐるこれまでの議論
ネット小説に関するこれまでの研究は、主に四つのカテゴリーに分けるこ
とができる。作家・作品からのアプローチ、媒体からのアプローチ、歴史的
アプローチ、ネット小説の特質研究である。
2-1 作家及び作品からのアプローチ
作家・作品論は、優れたネット小説あるいは作者を対象としている。
『網
≥16 少君:本名は銭建軍、アメリカ
センターの研究員であり、中国
絡小説名篇解読』
(ネット小説名作読解)
「
、論美国華文作家少君16的網絡小説」
(アメリカ在住中国語作家少君のネット小説論)
、
「評慕容雪村17的網絡小説」
厦門大学客員教授、中国上海同
(慕容雪村のネット小説研究)などの論文はこのカテゴリーに属している。
『論
済大学特別研究員である。彼の
美国華文作家少君的網絡小説』は初期ネット小説作者の少君の特徴を、
「ド
小説はアメリカの華人界、台湾、
キュメンタリー風、社会各階層の細かい描写、奇怪な出来事」18と纏めている。
る。代表作は『人生自白』であ
一方、
「評慕容雪村的網絡小説」は第2期作家の慕容雪村の「成都、今夜請
る。
≥17 慕容雪村:本名郝郡、第2期の
ネット小説の代表的な書き手で
ある。代表作は『成都、今夜請
将我遺忘』である。
≥18 施建偉、汪義生、「論美国華文
作家少君的網絡小説」、『同済大
学学報(社会科学版)』、第12巻
5期、2001年、pp.72-75
≥19 姜飛、「評慕容雪村的網絡小説
「成都、今夜請将我遺忘」」、『文
芸 理 論 与 批 評 』、2003年02期、
p.57
将我遺忘」
(成都、今夜私を忘れて)が「墜落と放浪」
、
「疑いと反省」という
循環によって展開されていると指摘する。
「墜落と放浪」から「疑いと反省」
までの循環が11回も現れているという。少君のドキュメンタリー小説と正反
対に、慕容雪村の小説には「性的な描写が溢れて」
、
「サラリーマンの性的な
快楽以外の何にも関心を示していない」19。少君の「ドキュメンタリー小説」
と慕容雪村の「快楽の小説」から見ればわかるように、作家論だけでは、ネッ
ト小説はただ様々な矛盾を抱える物語にしか見えない。分析対象が限定され
過ぎているので、これらの小説の芸術的な価値を認めるにしても、それらの
特徴がネット小説全体に通用できるかどうかは判断できない。
ネット小説の作品を分析するときに、よくぶつかる問題は分類である。一
The Journal of International Media, Communication, and Tourism Studies No.18|181
Qiu, Huiming
中国大陸などで広く読まれてい
邱 慧鳴
プリンストン大学現代中国研究
中国のインターネット上における コミュニケーション型創作と物語の類型化
―穿越小説を例として
見するとネット小説は題材によって細分化されているように見えるが、実際
には題材という概念によって分類するのは不可能である。たとえば、女性向
けの晋江文学城の場合、
「武侠浪漫」
(武侠ロマンスカテゴリー)と「穿越」
(穿
越カテゴリー)はジャンルとして並べられている。
「武侠浪漫」は「女尊」
「
、布
衣生活」
(庶民生活系)
、
「古色古香」
(古風系)
、
「異国情縁」などの題材を、
「穿
越」は「女尊」
、
「種田」
(田植え系)
、
「架空歴史」などの題材を派生している。
「女尊」や「古色古香」という互いに共通する題材もあれば、
「異国情縁」や「種
田」
というそれぞれのサブジャンル独自の題材もある。もちろん、
男女バージョ
ン両方を持つサイトでは、バージョンの間の題材の差異は更に激しくなる。
題材によってネット小説の全体図を捉えることは不可能である。
題材以外の分類方法を見つける試みとして、蘇暁芳の『網絡小説論』20が
挙げられる。彼女はネット小説をロマンス小説類、
ファンタジー類、
脱構築類、
≥20 蘇暁芳、『網絡小説論』
、中国文
史出版社、2008年
文体実験類に分けている。ロマンス小説類はさまざまな形を持つ欲望に、
ファ
ンタジー類は多元文化的な武侠世界に、脱構築類はポストモダン的なパロ
ディや組み合わせに、文体実験類は新しい文体によって特徴づけられている。
この分類方法は初めてネット小説全体の輪郭を描いてくれたが、分類基準が
少々混乱している。ロマンス小説類とファンタジー類は小説の題材によって
分類されているが、脱構築類と文体実験類の分類には明らかに題材とは別の
概念が用いられている。ロマンス小説類やファンタジー類に脱構築や実験的
な文体がないというわけではない。たとえば、ロマンス小説類に分類される
穿越小説における歴史の扱い方は、脱構築的なパロディ手法である。この分
類基準はネット小説を中国ポストモダン文化として捉える蘇暁芳の立場と矛
盾している。ネット小説がポストモダン文化の一部であるなら、脱構築類だ
けでなく、ロマンス小説類やファンタジー類にも同じような特徴が見られる
はずである。作家論あるいは作品論だけでは、ネット小説の本質を突き止め
るのは難しい。
邱 慧鳴
2-2 媒体からのアプローチ
ネット小説を作り上げた要素の一つがネットであるため、ネットはかなり
注目されている。媒体論の中で、もっとも有名なのは中南大学ネット文学研
Qiu, Huiming
究グループである。彼らはネットと創作主体、創作過程、小説内容、主題、
言語との関係性をめぐって議論を展開している。ネットの中で、
「文芸の主体
が大衆に」
、
「身分が確定できないバーチャルの主体」に変わった21。創作主
体が大衆になり、その「民間性」22はネット小説の「平凡への崇拝」
、
「感覚
の拡散」という傾向を促した23。特に「身体の消費」
「
、
(各種の)欲望の高調(氾
濫)
」がネット小説の主な関心事と言われている24。それは単なる欲望の氾濫
『数字媒介下的文芸
≥21 欧陽友権、
転型』、中国社会科学出版社、
2011年、p.197
≥22 ここでの「民間性」は非エリー
トである民衆の、アマチュア的
創作を意味する。以下も同様で
ある。
だけでなく、
「欲望の消費」でもある25。つまり、ネット小説においての欲望
≥23 同上、pp.197-205
をめぐる創作行為と読解行為は、大衆社会の欲望の大量生産と大量消費を意
≥24 聶慶璞、『網絡叙事学』
、中国文
味する。
ネット空間で行われる欲望の生産と消費の裏側には、現実空間の「孤独者
の対話と快楽」が存在している26。
「多くの人々がネットで創作を始めた理由
は、孤独やストレスの解消、あるいはだれかとコミュニケーションを取りた
182|国際広報メディア・観光学ジャーナル No.18
連出版社、2004年、p.79
≥25 欧陽友権、
『網絡文学本体論』、
中国文連出版社、2005年、p.103
≥26 同上、p.105
≥27 同上、p.105
いという欲求のためである」27。現実空間において孤独な個人は、ネット空
間で不特定の人々とのバーチャルなコミュニケーションを求め、そのコミュ
ニケーションを通して一時的に欲望は満たされ、孤独感が解消される。しか
し、ほとんどの場合、ネット上のコミュニケーションはそのまま現実の人間
関係を築き上げることができず、現実において彼らは相変わらず孤独で欲望
が満たされない。そうした空虚に終わるバーチャルのコミュニケーションは
「孤独者の対話と快楽」である。
また、欲望生産・消費のためのコミュニケーションに使用される言語は思
想の深さを失い、個人の感情と欲望をそそるツールになった。ゆえに、ネッ
ト小説の言語は「滑稽な誇張」
、
「パターン化」
、
「物語リズムの減速」
(大量
の滑稽な出来事などを使い、
わざと次の展開を遅延させる)という特徴を持っ
≥28 聶慶璞、前掲書、pp.192-203
ている28。一方、主体の「バーチャル性」は、
(創作の際の)
「主体の抹殺」
と(解読の際の)
「主体の再建」を促している。パソコンで創作すると、
「入
力の即時性がパソコンを人間の一部と同化し」
、
「作家の字体の不明」
(パソ
コンの入力は作家の手書きによる個性を抹殺した)
、
「画像などの添加」によっ
て、創作の主体性が曖昧になった。
また読み手は、
「自分の趣味や関心に基づいて物語を検索しなければなら
≥29 同上、pp.225-237
ない」29。検索を行ううちに、読み手の主体性が形成されていく。検索過程
には趣味以外の要素が介在していないゆえ、ネット小説は「自分のための物
語」でもある。創作における主体の抹殺と、解読における主体の再建は、小
説の主体概念を揺るがした。
「ネットにおける創作は間主観性」であり、主体
は確固たる作者ではなく、
「ネット上のコミュニケーションを通して形成され
≥30 欧陽友権、『網絡文学本体論』、
前掲書、p.56
たものである」30。不安定になった主体とは逆に、ネット小説は非常に「身
体感覚を重視する」31。
「技術の進歩につれて、
機械と人間を区別できなくなっ
≥31 同上、p.84
たとすれば」
、
「身体感覚の細かな描写は自然な人間に戻る方法である」32。
≥32 同上、p.99
そして、
「産業社会は人間のステレオタイプ化を促し、都市化は人間と自然と
の関わりを断ち切った……身体は生産の対象と消費の対象に成り下がってし
まった」33。まるでそうした「現代社会の「非身体化」
」と「身体資本合法化」
に対抗するように、バーチャルの主体しか持たないネット小説は異常なほど
身体の感覚に拘っている。
化に、理論的な根拠を提供しようとしている。彼らの論を纏めてみると、ネッ
ト小説の主体は民間性、バーチャル性という特徴を持ち、抹殺と再建を繰り
返しながら、コミュニケーションの中で形成される。民間性とバーチャル性
のゆえ、小説は身体の感覚と欲望を重視するが、その創作行為と読解行為は
ゆえに、ただの現実空間での「孤独者の対話と快楽」である。欲望生産と消
費のツールとしての言語は、誇張的、形式的、冗長的なものになってしまった。
彼らの考えでは、主体の抹殺と再建、バーチャル性、理念よりは感覚の重視は、
ネット小説にポストモダンの特徴を与えている。彼らはそうしたネット小説
を、純文学や大衆文学に対抗する新しい文学形式、中国のポストモダン文化
の一部として位置付け、中国のネット小説研究を大きく前進させた。
しかし、
彼らの媒体論には中国ポストモダン論と混交する傾向がある。ネッ
The Journal of International Media, Communication, and Tourism Studies No.18|183
Qiu, Huiming
中南大学ネット文学研究グループの媒体論はネットが文学にもたらした変
邱 慧鳴
≥33 同上、p.100
中国のインターネット上における コミュニケーション型創作と物語の類型化
―穿越小説を例として
ト小説のポストモダン性は非常に特異なものなので、ネット小説を中国ポス
トモダン論と直接に結びつけることには、慎重にならなければならない。た
とえば、ネット小説の主体の民間性とバーチャル性をそのまま中国ポストモ
ダン文学の民間人視点と歴史の架空性に当てはめることはできないだろう。
また、ネット上のコミュニケーションの中でネット小説の類型化が形成され
たと指摘されているが、具体的にどういう類型化が持たされたのかは言及さ
れていない。結果として、ネット小説のコミュニケーション性を、ネット上
の一般的なコミュニケーション性(ブログ、ツイッターなど)と区別できな
くなった。ネット小説の本質を探るために、これらの問題を解決しなければ
ならない。
2-3 ネット小説のジャンル形成をめぐる
歴史的アプローチ
ネット小説について何かを語る際には、まずネット小説の由来から語らな
ければならない。ネット小説はこれまでの文学となんらかの繋がりを持ち、
特定の時代、文化の中で生まれた文学形式である。というわけで、ネット小
説の歴史的研究にも論者たちの関心が寄せられている。主な論点は二つであ
る。一つはネット小説がどのように生まれたのかという問題である。
『網絡与
新世紀文学』では、1991年4月の少君「奮闘与平等」が最初のネット小説、
1991年に創立された「中文詩歌網」
(中国語詩歌サイト)が最初のネット小
説サイト、
「新語糸」が中国最初のネット文学誌とされている34。ネット小説
が流行り始めたきっかけは1998年の『第一次的親密接触』35であるゆえ、
「1998
年はネット小説が本格的に始まる年」になるということもできる36。ネット小
説は題材によって細かく細分化され、わずか20年間に膨大なジャンルを形成
してきた。
多くのジャンルが存在する割には、実際の創作は所属のジャンルやサブ
ジャンルの属性によって厳しく制限されている。創作は「ある一定のパター
邱 慧鳴
ンを持ち、現代社会に適応しながら、読者の期待にも応えている」37。たと
えば、穿越小説は「主人公がある理由で元の時空から離れ、ほかの時空に行
き、その時空で一連の行動を行うというパターンを持つ小説の総称」であ
Qiu, Huiming
る38。穿越小説である以上は、創作はこのパターンに従わなければならない。
≥34 蘇暁芳、『網絡与新世紀文学』、
中国社会科学出版社、2011年、
p.8
≥35 『第一次的親密接触』の書き手
は台湾の蔡智恒であり、大学生
の恋愛、学校生活を描く小説で
ある。この小説はネット小説の
濫觴とされる。知識出版社はそ
の紙媒体の小説を発行した
(1999年)。またドラマ化もされ
ている(2004年)。
≥36 蘇暁芳、『網絡与新世紀文学』、
前掲書、p.8
そのほか、穿越小説は「恋愛小説」という上位ジャンル、いくつかのサブジャ
≥37 同上、pp.9-10
ンル(サブジャンルを省くサイトもある)
、内容ラベルの属性を考慮しなけれ
≥38 同上、p.39
ばならない。彼らはこうしたパターンはジャンルを指して、ジャンルの「類
型化」という言葉を使う。
よって、ネット小説は「類型化小説」とも呼ばれる。
「ネット文学の流れか
ら見れば、ネット文学全体は類型化に向かいながら新しい境界を開いてい
く」39。各パターンのブーム期に基づいて、ネット小説の作者は三世代に分
≥39 同上、pp.9-10
かれている。
「第一世代が90年代の痞子蔡、寧財神、李尋歓、邢育森、安妮
宝貝、第二世代が90年代末から2000年初頭、第三世代が2000年中期から今
日までの作者である」40。穿越小説の作者は第三世代に属している。穿越小
説の背景として、
「名誉や財産への期待」
、
「純粋な愛情への期待」
、
「女性の
184|国際広報メディア・観光学ジャーナル No.18
≥40 歐陽友権主編、『網絡文学発展
史 ─ 漢語網絡文学調査紀実』、
中国広播電視出版社、2008年、
pp.39-53
≥41 曹沁、「从網絡穿越小説看其中
的 現 代 蘊 味 」、『 文 教 資 料 』、
2008.6、pp.23-24
≥42 康 橋、「 論 網 絡 小 説 中 的 穿 越、
重生、架空問題」、『中国現代文
学 研 究 丛 刊 』、2012. 第 10 号、
pp.151-152
迷い」
「
、歴史の偶然性の認識」が挙げられている41。ネット小説の「穿越」
「
、復
活」
「
、架空」のテーマを研究する康橋は「現代人が集団的に「穿越」する際に、
作者の理想社会像と社会問題の解決方法が持ち出されている」と論じてい
る42。
「多くの穿越者が信仰しているのは、科学主義的集権価値観と民族主義
である。つまり、これらの作品は強権と鉄の臭さにまぎれ、90年代以降だん
だん高まってきたナショナリズムの産物である」43。小説の中に描かれたさ
≥43 同上、p.152
まざまな形の「国家」を通して、穿越小説は90年代末の「ナショナリズム」
≥44 康橋、「網絡小説中的民族国家
とも関わっていることが分かった44。ネット小説の発展とともに、最初はこれ
想像」、
『文芸争鳴』、2011.10、p.88 を差別していた文芸批評はネット小説を重視し、熱く議論するようになった。
≥45 同上
議論の焦点は「ネット小説の評価基準」である45。ネット小説を純文学のよ
≥46 曹沁、前掲書、pp.223-24
うに扱えばいいのか、それとも新しい基準を作ればいいのかが議論の中心で
≥47 傳強、
「「穿越」小説熱潮的思考」
、
あり、今でも続いている。
『 湖 北 広 播 電 視 大 学 学 報 』、
2012.5、pp.65-66
≥48 黄菲、李渙征、「浅析網絡穿越
小説成功的原因及其発展前景」、
『時代文学』、2012.2、pp.121-
122
≥49 『交錯時光的愛恋』の作家は有
名な台湾ロマン小説家席絹であ
り、台湾万盛出版社によって初
もうひとつの問題はどうしてネット小説が人気を集めるのかということで
ある。議論はネット小説各時期のブームにそって展開されている。穿越小説
ブームに関しては、観点は一致していない。その流行の原因を現代人の心理
的欲求 ―「名誉や財産への期待」
、
「純粋な愛情への願い」
、
「歴史における
個人の作用の強調」
(
「歴史のパロディ化」とも呼ばれる)に求める論もあれ
ば46、穿越小説の独特な言語スタイル ―「多様な文体」
、
「古典作品の使用」
、
「カメラ式の描写」に求める論もある47。またその流行は90年代大衆小説の「穿
めて発行された(1993年)。内
越」主題の人気と関係していると主張する論もある48。この論によれば、90
容は現代の二人の女性が古代に
年代のロマンス小説の『交錯時光的愛恋』49、冒険小説の『尋秦記』50が穿
タイムスリップし、冒険しなが
ら恋をする話である。この小説
越小説の母体であり、穿越小説流行の基盤を築いたという。穿越を通して、
は2011年にドラマ化された。女
古代は「現実社会を転覆する場」に変わり、現実社会に存在しない「純粋な
性向けの穿越小説の起源とされ
ている。
≥50 『尋秦記』の作家は有名な香港
武侠小説家黄易であり、華芸出
この人気の主題を持つ穿越小説は「サイトの産業化」によって更に人気を集
めていく51。
穿越小説を初めて系統的に研究した李玉萍は流行の理由を四つ挙げてい
(1997年)。内容は現代の警察は
る。まず、青春文学52(若者向けの文学)の急速な発展が流行の時代背景で
意外にタイムマシンに中国の戦
ある。ネット文学の読者は若者である。青春文学である穿越小説は若者の好
国時代に送られ、そこで冒険す
みに応えている。そして、
「穿越」は作者に自由創作の場を提供している。現
説の起源とされている。
実と違うほかの時空の中に、
「歴史、ロマンス、冒険、武侠、SF、戦争物語、
≥51 黄菲、李渙征、前掲書
玄幻、
超能力などの要素を自由に織り込ませる」
。
「このパターン(穿越)はジャ
≥52 中国では、青春文学は10代から
ンルの多様性をもたらした」53。ジャンルの多様化は読者の様々な要求や好
20代までの若者を対象とする娯
楽小説のことを指している。そ
れらの小説は主に大学の恋愛、
学校生活を中心としている。90
年代に若者の間で大きなブーム
を引き起こし、今でも人気がま
だ続いている。
≥53 李玉萍、「網絡穿越小説熱潮原
因解析」、『時代文学』、2009年
第12期、pp.42-44
≥54 同上
みに応えることができる。また、
「穿越」は二つの時空の精神の衝突と交錯を
促し、物語に「ドラマチックさと波乱万丈な展開」をもたらした。それこそ
穿越小説の面白さである。最後、穿越小説の自伝式パターンは作者にも読者
にも、
「自ら夢のような生活を経験する」機会を与えた。
「この魅力に溢れる
夢の世界を作り上げたのは他者ではなく ─ 他の小説では読者はただの部外
者に止まる ─「私」の伝奇的な生涯であり、私のような普通の人が穿越を
通して、奇妙な世界を自ら経験する。この夢の世界には、現代社会を生きる
普通の人々が到達できない理想 ─ 天下を救う英雄、奇跡を起こす天才、天
下一の武侠、夢のような恋、波乱万丈な冒険が潜んでいる」54。
The Journal of International Media, Communication, and Tourism Studies No.18|185
Qiu, Huiming
る話である。男性向けの穿越小
邱 慧鳴
版社によって初めて発行された
愛情」
「
、崇高な身分と権力」
「
、歴史の「後悔」を挽回する機会」が提供される。
中国のインターネット上における コミュニケーション型創作と物語の類型化
―穿越小説を例として
これらの議論は次に述べるネット小説の特質研究に多くの材料を提供して
いる。ネット小説を形成する文化的な状況としては、現代の女性意識、拝金
主義、
現代の歴史観、
ナショナリズムの高まり、
崩壊した理想に対する執着(純
粋な愛情、古代の民族国家像など)
、若者文化の発展が挙げられる。また、ネッ
ト小説やネット小説研究の時代区分を明らかにすることは、ネット小説の時
代性の解明にも繋がっていく。穿越小説ブームの場合、現代人の心理的欲求、
言語スタイル、サイトの産業化、大衆小説や若者文化との関係性が穿越小説
の社会的、文化的な基盤である。特に李玉萍の夢世界論は、各論を纏める集
大成的なものであり、穿越小説に潜む一つの夢空間を指摘してくれた。この
夢空間は蘇暁芳の提起した穿越小説、玄幻小説、盗墓小説に見られる「ほか
の時空に抱く幻想」とも共通している。
2-4 ネット小説の特質研究
最後に取り上げる特質研究では、ネット小説の特徴をめぐる議論がその中
心点である。まず、ネット小説の独特な言葉づかいが特徴的である。ネット
小説の作者はプロの作家ではなく、普通の大学生やサラリーマンであるゆえ、
「創作には規則がなく、自己中心の特色があり」
、高いクリック数を狙うため
に「常に新しさを追及する、作品の主観性が強い」
。
「言葉づかいには作者の
日常会話方式や、
言葉づかいの習慣が深く残っている」55。純文学と比べれば、
ネット小説の用語は「野卑的、俗悪的」
、
「パターン的」であり、
「古典文学の
名作や名句をアレンジし、笑わせるためのネタにする」56。つまり、ネット小
説の言葉づかいは主観的、パターン的、世俗的、滑稽的という特徴を持って
いる。
次に、ネット小説の語りの構造に関しては、人称、語りの視点、語りの方
≥55 梁沛、「網絡小説的虚偽化叙術
語言」、
『小説評論』、2010年第4
号、p.313
≥56 魏天真、
「網絡小説的語言特徴」、
『湖北大学学報』、2003年第5期、
p.8
法から分析が行われている。ネット小説の人称はおおむね一人称であり、一
人称は「より感情を表しやすい」
、
「より読者とのコミュニケーションを取り
やすい」57。語りの視点はもっとも伝統的な「神の視点」である。この場合、
邱 慧鳴
一人称を使用しているにもかかわらず、物語の情報は人称によって制限され
ることはない。主人公の視点によって情報が制限された場合、作者たちは視
≥57 歐陽友権、
「論網絡小説的叙事
情境」
、
『中南大学学報』
、2006.8、
p.401-403
点を変えたり(第三者の視点から一人称で述べる)
、時々三人称を使ったり
Qiu, Huiming
する工夫によって情報を補う。神の視点は「作者たちが全知全能の「私」を
表現するのにもっともふさわしい」58。語りの方法は、客観的な「展開式」よ
≥58 同上
り主観的な「語る式」が好まれる。語る式は「より読者とコミュニケーショ
ンを取りやすい」
、
「より物語の展開をコントロールしやすい」59。
≥59 同上
また、ネット小説の創作方法に関しては『網絡写手論』と『網絡文学的民
間視野』が詳しく論じている。曾繁亭は『網絡写手論』の中で、ネット小説
の創作方法の特徴を三つの側面から論じようとしている。それぞれは「自由
創作とその架空の美学」
、
「ポストモダン性とそのパロディ手法」
、
「民間創作
とその主体性」である60。
『網絡文学的民間視野』もネット小説の民間創作に
注目し、文学の主体(作者も読者も)が一部のエリートから大衆に変わった
と指摘した。サイトの中では、
「文学創作はもはや作者だけの責任ではなくな
り、一人ひとりの参加者が文学創作に責任感を持っている。
(創作時間は)
186|国際広報メディア・観光学ジャーナル No.18
、中国社
≥60 曾繁亭、『網絡写手論』
会科学出版社、2011年、p.263
偉大なあるいは面白い社会生活の時間であり、自分の感覚、体験、悩みある
≥61 同上、p.263
いは怒りが共有され、多種多様な経験と教訓に変わる」61。ネット小説に現
れるセクシアリティ、金銭への欲望、迷いなどは作者だけの感情ではなく、
大衆が共有する感情である。若者たちは「歴史と現実の境を越えて、主観の
趣味によって時間を組み合わせ、自分なりの文化世界を築いた ─ 歴史と現
≥62 何学威、藍愛国、『網絡文学的
民間視野』、中国文連出版社、
2004年、p.213
実の境界を破壊し、……多元的な空間の中に生きている」62。純文学の衰弱
とともに、ネットを拠点とする文学は世俗化され、パターン化されていくが、
小説空間は芸術空間ではなくなり、民間文化空間になりつつある。この意味
では、口承文芸以降、文学は長い時期を経てようやく知識人や専門家の支配
から逃れ、大衆の手に戻されたとも言える。ネット小説の創作過程のもっと
も大きな特徴はこのような民間性である。
多くの論者が指摘したのは「現実と架空の融合」である。ネット小説の中
で「現実と架空」
、
「真実と理想」が混じり合い、
「読み手は真実と架空を判
≥63 同上、p.314
別できなくなる」
という論がある63。真実と架空が単に融合されたのではなく、
「彼ら(作者と読者)の目標は架空を通して現実に触れるのではなく、架空を
通して架空の世界に入り、その世界で自分の理念を実践し、架空空間の構築
≥64 同上、p.202
と修正を完成することである」という指摘がある64。また、それが単なる「現
実と想像が混じり合う」物語空間ではなく、
「作者の創作と読者のコメントが
≥65 張 麗、「 網 絡 小 説 叙 事 結 構 初
探 ─ 試析網絡小説中的叙事空
間」
、
『江西社会科学』
、2008.12、
pp.43-44
混じり合う、組み合わせる」創作空間でもあるという論もある65。
以上の論を纏めてみれば、ネット小説の特徴は「民間性」
、
「世俗化」
、
「主
観性」
、
「パターン化」
、
「現実と架空の融合」
、
「ポストモダン性」
、
「コミュニケー
ション性」である。ネット小説は純文学の創作理念から離れ、大衆を笑わせ
るためのものに成り下がったが、サイトを通して、これまでの文学と異なる、
独特な創作空間と物語空間を形成した。しかし、見方によって、重視するネッ
ト小説の特徴が異なってくるゆえ、
各特徴が統一されていない。たとえば、
ネッ
ト小説のポストモダン性に関しては、それをネット小説の民間性による「パ
ターン化」
、
「主観性」と繋げる論もあれば、それをネット小説の「現実と架
いいかはまだわからない。これらの議論を通して、様々な特徴を持つネット
小説の本質が明らかにされるどころか、更に謎が深まった。
強調されている。李玉萍は穿越小説の「現実と架空の融合」に関して詳しく
論じている。
「歴史要素を小説創作に織り込むことによって、小説にリアルな
≥66 李玉萍、「論歴史元素在網絡穿
越小説中的運用」、『小説評論』、
2009年s2期、pp.112-113
≥67 同上
感覚を与えるとともに、小説の構成と背景をより自由に操作できる」66。歴史
と夢の融合によって、
「自ら経験できる幻想的な歴史空間が形成され、それが
現実から離れた「詩的空間」でもあり」
、
「若者たちはゲームクリアの気持ち
で歴史を模倣する架空の空間を経験していく」67。この空間の中で、
「パロディ
の手法を使って歴史の神聖さを解消し、主観の体験が英雄主義の崇高を解消
し、理性主体が感性主体に変わる」
、
「歴史背景を歴史体験の場に、英雄主義
≥68 同上
を個人の感情物語に変えた」68。
「もっとも「非我」の形式(筆者注:私では
ない ─ 時空も身分も徹底的に変わった「私」
)を通して、
もっとも「真我」
(筆
者注:本当の私 ─ 現実社会の一切の縛りから解放されたもっとも現実的な、
The Journal of International Media, Communication, and Tourism Studies No.18|187
Qiu, Huiming
穿越小説研究の場合、
「現実と架空の融合」と「ポストモダン性」が特に
邱 慧鳴
空の融合」と繋げる論もある。どのような観点でこれらの特徴を統一すれば
中国のインターネット上における コミュニケーション型創作と物語の類型化
―穿越小説を例として
もっとも純粋な「私」
)を表現し、作者と読者に感情のはけ口や理想的な自己
を実現する機会を与えた」69。
≥69 同上
現実と架空がどのように融合されているかについて、彼女は時間から見れ
ば、
「現代の時間軸に対して、一つの架空の時間軸を設定し、二つの時空を
交錯しながら物語を進める」と述べ、穿越小説の面白みは「物語が歴史ある
いは架空の歴史の時間の中で展開されているが、一方で、現代の穿越者の視
点に基づいて、現代空間の中でその物語を語る」ところにあるとする70。こ
の交錯は穿越小説の現実空間と架空空間に対しても言える。小説の中で架空
の占める分量が現実のそれよりはるかに多く見えるにもかかわらず、穿越小
≥70 李玉萍、「試論網絡穿越小説的
「虚偽性」審美特質」、『小説評
論』、2000年第5期、pp.67-69
説は架空的なものではない。
「穿越小説のテクストはネット空間の中で、作者
と読者の協力によって完成されている」71。ゆえに、穿越小説の架空は作者
≥71 同上
だけの妄想ではなく、
「真実の現実社会及び現実社会を生きる人間の感情、
欲望と夢」であり、それらが「現代穿越者とともにバーチャルな時代に入り、
個人の経験によって表現されている」72。この意味では、穿越小説の半分は
≥72 同上、p.69
真実とも言える。その後、李玉萍は『網絡穿越小説概論』の中で、穿越小説
≥73 李玉萍、「試析「劇倣」手法在
はネットコミュニティが再構築する「タイムスリップ」の類型化小説だと論
じている。彼女は穿越小説の現状、発展、各ジャンルと分類、言語スタイル、
網絡穿越小説中的運用」、『小説
評論』、2001年第5号、pp.75-79
女性意識などを詳しく紹介し、ネット小説全般にそう言われることがあるよ
≥74 同上
うに、穿越小説を中国ポストモダン文化の一環と位置付けている。
≥75 ここではミハイル・バフチンの
穿越小説のポストモダン性は多くの論者のもう一つの関心点である。歴史
要素の運用について、李玉萍は「パロディ」の概念を使用し、穿越小説の歴
史の記号化を分析している。彼女の考えでは、穿越小説の脱英雄化、脱神聖
化された歴史人物はパロディである。
「
(穿越小説は)民間価値観に基づいて、
大きな物語を放棄し、日常生活に注目する。物語の中心は登場人物の感情で
あり、ロマンスであり、人間や愛情への理解と解釈でもある。こうした個人
化された物語の中で、周知の歴史人物が玉座から降りて、大きな物語と歴史
の理性から離れ、普通の人のように泣いたり怒ったりする」73。パロディの
邱 慧鳴
使用は、
「穿越小説の鮮明なポストモダン性を形成し、また穿越小説の民間
性も表している」74。
一方、そうした個人の感情への執着、歴史の解消と青春の夢の描写、時空
Qiu, Huiming
の交錯を穿越小説の「カーニバル性」75と捉える論もある76。あるいは、歴史
の扱い方のポストモダン性を直接に「パロディ」や、
「カーニバル性」と解
釈するのではなく、中国ポストモダン小説の一ジャンルである新歴史主義小
説77と比較する陶春軍の論がある。両者は「歴史の脱構築」
、
「大きな物語の
崩壊」
、
「時空の脱構築」という点で共通している78。それでは、穿越小説の
ポストモダン性を純文学のポストモダン小説と同じものと見なしてもいいだ
ろうか。彼の考えでは、同じく歴史、大きな物語、時空という概念を脱構築
したが、両者のやり方はところどころ微妙に違う。同じ歴史の脱構築といっ
ても、新歴史主義小説が目指しているのは「歴史の転覆」であるが、穿越小
説の目標は「歴史の幻想」である。同じ大きな物語の崩壊と言っても、新歴
史主義小説は人間性を重視する個人の小さな物語を作ろうとしている。それ
に対して、穿越小説が描きたいのは青春物語だけである。同じ時空の脱構築
188|国際広報メディア・観光学ジャーナル No.18
「カーニバル性」と言う概念を
使用している。
≥76 方燕姉、「解読穿越小説的狂歓
化色彩」、『名作欣賞』
、2012年
第6期、pp.148-150
≥77 新 歴 史 主 義 小 説 の 始 ま り は
1986年に出版された莫言の『紅
高粱』、乔良の『霊旗』である。
80年 代 の 中 期 か ら90年 代 の 初
期に形成された中国現代文学の
一流派である。この流派は歴史
の転覆と脱構築を目指し、歴史
を脱神聖化し、曖昧不明で個人
の記憶にすり替える。「これら
の 歴 史 小 説( 新 歴 史 主 義 小
説 ─ 筆者注)はこれまでの文
学歴史言説の客観的なリアリ
ティと違って、伝統的な歴史精
神を崩壊させた。輝く歴史の物
語を構築するのではなく、歴史
への反省にもその深みがなくし
ている。家族の思い出、途切れ
た伝説、稗官野史、民族、宗教、
人情などは歴史の幕の裂け目か
ら溢れてきた」─ 王凌、「浅談
新歴史主義小説」、『山東教育学
院学報』2005年第5期
≥78 陶春軍、「解構歴史:新歴史小
説与穿越小説」、『広西社会科
学』、2010年第5号、pp.89-94
と言っても、新歴史主義小説は新たな架空の時空を構築しようとするが、穿
越小説はただ時空を交錯させるだけである。いずれにせよ、脱神聖化、個人
の感情へのこだわりという点では一致しているが、穿越小説のポストモダン
性への解釈はそれぞれ違う。
|
3 ネットが作り出すネット小説の特徴
3-1 ネットのコミュニケーション性とネット小説の
ポストモダン性
いずれにしても、ネットを拠点とする物語の創作行為と消費行為は、特別
な物語空間を形成した。創作主体の民間性とバーチャル性は創作の主体性を
抹殺し、小説をエリートの物語から、世俗の物語に変えた。創作動機の「自
己認定」
、主体の「民間性」
、創作過程のコミュニケーション性から見ても、
物語内容の「共有された感情」
、物語形態の「パターン化」から見ても、ネッ
ト小説は口承文芸に近い性質を持っている。ネット小説の物語空間は文学空
間というより、現代の民俗文芸空間というほうが妥当である。このことは『網
絡文学的民間視野』の中でも言及されている。
しかし、
ネットの特質は、
ネット小説の物語空間に特殊な性質を与えた。ネッ
ト小説の物語空間は、民俗文芸と同じように共同体の中で形成されたが、地
縁関係から解放されている。語り手は誰に対して語っているのかわからない
し、読み手は誰が語っているのかわからない。特に、年配者から若い世代に
語りかける口承文芸と違って、ネット小説は若者同士の語り合いである。ゆ
価値観や権力などに縛られることはない。それどころか、コミュニケーショ
ン型創作過程が作者の主体性を抹殺したゆえ、ネット小説には創作理念さえ
者は理念にこだわっていれば、コミュニケーションが取りにくくなり、逆に
コミュニティに見捨てられることになる。ネット小説は創作理念を必要とし
ないどころか、むしろ理念を回避している。というわけで、理念や作者の主
体性を持たないネット小説の作者を特徴づけることも、作品の分類も極めて
難しい。作者の理念を含めて、一切の「大きな物語」に縛られていないゆえ、
ネット小説はポストモダン的な色彩を強く帯びている。
また、口承文芸は村落共同体の文化的な求心力を作り上げ、人々を統一す
る役割を果たしてきたのに対して、ネット小説は若者を統一したどころか、
細かいジャンル分けを通して若者を細分化した。物語消費における激しい男
女差はネット小説の消費行為のもっとも顕著な特徴であり、若者細分化の証
拠でもある。若者たちは男女バージョン、各ジャンル、サブジャンル、内容
The Journal of International Media, Communication, and Tourism Studies No.18|189
Qiu, Huiming
もない。コミュニケーションの中で、だれも作者の理念を気にしないし、作
邱 慧鳴
えに、物語創作は村落共同体の慣習や規則、あるいは代々受け継がれてきた
中国のインターネット上における コミュニケーション型創作と物語の類型化
―穿越小説を例として
ラベルの下で気の合う仲間を探し、共通の物語空間を作り出していく。社会
背景も学歴も地域もまったく違う若者が共有しているのは「大きな物語」で
はなく、
「個人の感情」である。媒体からのアプローチで既に指摘されたよう
に、ネット小説は「孤独者の対話と快楽」であり、個人の感情がネット小説
の物語空間を生む原動力である。それが「身体の感覚」
、
「拝金主義」
、
「架空
の美学」などであり、
穿越小説の場合は「女性意識」
「
、若者の歴史観」
「
、ナショ
ナリズム」
、
「純粋な愛情への期待」などとされている。そうした個人の感情
は物語の背後に潜み、李玉萍の話を借りれば、歴史と夢、現実と架空の融合
によって、若者たちに「自ら夢のような生活を経験する」機会を与えた。そ
の夢の生活の中身は「現実社会を生きる人間の感情、欲望と夢」である。
大きな物語に縛られていないゆえ、ネット小説はポストモダン的に見える。
ネット小説の個人の感情とポストモダン性は、主体と理念を持つ新歴史主義
小説のそれと非常に異なっている。なぜならネット小説の創作理念を解体さ
せ、ポストモダンの色彩を与えたのも、感情に委ねさせたのも、若者作者と
いうよりネットという媒体のコミュニケーション性であるからである。特に、
その独特なコミュニケーションは他者が含まれていない「孤独者の対話と快
楽」
である。媒体からのアプローチで指摘されたように、
ネットでコミュニケー
ションを取る個人は現実空間においては孤独のままである。
それだけでなく、個人はバーチャルのネット空間においても同じく孤独で
ある。ネット上のコミュニケーションにおいては、
話し相手がだれでもいいし、
だれも話し相手のことを気にしない。
「掲示板を見るかどうかは私だけの楽し
みで、ほかの人に言われたくない。書き込むかどうかは私自身の意志で、ほ
かの人に指図されたくない。掲示板でだれかと喧嘩するかどうかは私自身の
選択で、ほかの人には止める権利がない……」というユーザの発言さえもあ
る79。この異質なコミュニケーションは語り手と聴き手の間で行われる交流よ
り、自己中心的で自己満足な発信である。ネット小説におけるコミュニケー
ションもまた開かれた空間で行われる交流というより、閉ざされたコミュニ
邱 慧鳴
ティで気の合う友達を探してだれかに認めてもらいたいための話し合いであ
る。このコミュニケーションは一方で「仲間」
(承認してくれる人)には開か
≥79 白雲「随便説説」、劉学紅編集『網
上 江 湖 』、 湖 南 人 民 出 版 社、
2002年、p.142
≥80 外に開かれているように見える
が実は固く閉ざされているのは
情報社会の若者たちのコミュニ
ケーションの現状である。その
Qiu, Huiming
れているが、一方「仲間」以外の人々には閉ざされている80。新歴史主義小
コミュニケーションの異質さに
説は作家が意識的に大きな物語としての歴史を脱構築し、個人の記憶に委ね
る。たとえば、野田正彰は『都
る物語であるのに対して、ネット小説はただそうしたコミュニケーションの
中で生まれた「孤独者の対話と快楽」なのである。
3-2 ネット検索とネット小説の類型化
媒体からのアプローチについて見たように、ネット小説の本質を作り上げ
たのはネットの性質だと指摘されている。ネット小説は独特なコミュニケー
ションの中で形成された「孤独者の対話と快楽」であり、
そのコミュニケーショ
ン性はまたネット小説の内容や言葉のパターン化をもたらしたという。また、
そうしたネット小説にはポストモダン性が顕著である。しかし、ネット小説
のポストモダン性は純文学のポストモダン性と異なると同様に、ネット小説
のコミュニケーション性もまたネットにおける一般的なコミュニケーション
190|国際広報メディア・観光学ジャーナル No.18
ついては日本でも指摘されてい
市人類の心のゆくえ ─ 文化精
神科学の視点から』(NHKブッ
クス、1986年)で情報社会の若
者たちが自閉した情報空間を創
造し、そこで情報の選択と組み
合わせを楽しみ、満足と自閉を
得る「個室内自我」を論じ、
「個
室内自我」は外に開かれ、だれ
でも見られるが、他者に閉ざさ
れて中に入ることが非常に難し
いと論じている。また宇野常寛
は『ゼロ年代の想像力』(早川
書房、2008年)で、こうしたコ
ミュニティ内のやり取りを「島
宇宙」と呼んでいる。
性(ブログ、ツイッターなど)と異なる。ネットではブログやツイッターな
どは一般的に見られるコミュニケーションである。ブログを書くことにも理
念は必要とされない。個人の日々の心境が書かれているだけである。
ブログやツイッターと同じくネット上のコミュニケーションであっても、
ネット小説のコミュニケーションだけが物語の類型化をもたらしている。そ
れはネット小説だけは創作過程において既にコミュニティに関与されている
からである。ブログ、ツイッターのコメントは提供された話題に対するコメ
ントであるのに対して、ネット小説のコメントは書かれているうちに出され
たコメントである。そのコメントや読み手とのチャットは物語の進行に大き
な影響を与えている、そうしたコミュニケーションは書き手の特権的な主体
性を突き崩していると同時に、物語の類型化をもたらしている。感情中心的
な「孤独者の対話と快楽」は、各ジャンルの「類型化」を通して表出される。
ネット小説の言葉づかいも文体もパターン化されがちであるが、それはこ
こで考える、ネット小説をほかの文学作品から差異化する「類型化」なので
はない。肝心な類型化は言葉づかいでもなく、文体でもなく、ジャンルとし
て識別可能なストーリの「類型化」である。ネット小説のジャンル化は、
散文、
詩、小説などの表現形式によるジャンル化ではなく、純文学で言うロマン主
義、自然主義、リアリズムなどの理念によるジャンル化でもなく、大衆文学
のミステリー、武侠、SFなどの素材によるジャンル化でもない。ネット小説
のジャンル化はジャンルの筋の「類型化」によって行われている。ネット上
の類型化の運動を通して、ジャンルとしての強固な物語の類型と、それに付
属するさまざまなサブジャンルの類型が生み出された。各時期にサブジャン
ルの生成と消滅が繰り返されているにもかかわらず、ジャンルとしての類型
は常に保たれている。
ネット小説を代表する穿越小説を例に、その「類型化」を見ていきたい。
穿越小説というジャンルには、筋のパターンが存在し、それが穿越小説のサ
ブジャンルの筋を大きく制限している。既に述べたように、穿越小説は「主
≥81 穿越小説の類型についての具体
的な分析は筆者の「穿越小説と
いう物語の構造」(『国際広報メ
ンルとして、初期の「清穿」ブーム(清の時代に戻る、2003年頃から流行り
始めた)
「
、女尊」ブーム(2005年頃から流行り始めた)
「
、種田」ブーム(2009
年頃から流行り始めた)などが挙げられる。
「清穿」は、主人公がある理由
で現代から離れ、清の時代(主に康熙帝時期)に戻り、王家の歴史を経験し
ながら王子(あるいは皇帝)と恋愛するパターンを持っている。主人公は主
に歴史の傍観者として振る舞う。
「女尊」は、主人公がある理由で現代から
離れ、
女尊男卑の時空(主に中国古代と類似する架空の時空)に行き、
権力(政
治権力、武術流派の権力、経済的権力)を争いながら美男子と恋愛するパター
ンを持っている。主人公は主に歴史の創造者という役割を果たしている。
「種
田」は、主人公がある理由で現代から離れ、古代(あるいは古代に類似する
時空)に戻り、普通の農耕生活を送りながら家庭を経営していくパターンを
持っている。主人公は歴史と関わらず、穏やかな庶民生活を送る。作者たち
は穿越小説というジャンルのさまざまなパターンに従属しながら各自の感情
The Journal of International Media, Communication, and Tourism Studies No.18|191
Qiu, Huiming
ディア・観光学ジャーナル16』、
2013年)の中で行われている。
行動を行うというパターンを持つ小説の総称」である81。穿越小説のサブジャ
邱 慧鳴
人公がある理由で元の時空から離れ、ほかの時空に行き、その時空で一連の
中国のインターネット上における コミュニケーション型創作と物語の類型化
―穿越小説を例として
に合わせて物語をアレンジしている。
「清穿」は権力者との純粋な恋、
「女尊」
の場合は明らかに権力そのものへの執着、
「種田」になると、失われた穏や
かな農耕生活への憧れが、物語のパターンの背後に潜んでいる。
だが、どのサブジャンルの筋のパターンも同じ類型の中で機能するので、
穿越小説というジャンルに収斂される。それぞれの感情は穿越小説という
ジャンルの類型を通して表出されるのである。逆に、ジャンルの類型を持っ
ている以上、サブジャンルの具体的な内容や内容ラベルがどれほど異なって
も、物語にどれほど武侠、ミステリー、SFなどの素材を組み込んでも、穿越
小説であることには変わりがない。しかも、新たなサブジャンルが絶えず形
成され、混合されているにもかかわらず、ジャンルの類型は変わらない。た
とえば、以上の三つのサブジャンルの中で、
「清穿」と「種田」は穿越小説
の独自なサブジャンルであるが、
「女尊」は女尊小説というジャンルの類型
を借りて形成された混合型である(女尊小説は穿越小説とともに、恋愛小説
のジャンルの一つ)
。多くのサブジャンル(あるいは内容ラベル)が「穿越」
という名前で統一されうるのは、ジャンルの類型が常に機能しているからで
ある。ジャンルの類型化は、サブジャンルの生成と消滅は速いが、穿越小説
という一ジャンルは長く存在し続けている原因でもあるだろう。この状態が
ネット小説の「類型化」なのである82。
類型化を作り上げたのもアマチュアの若者作者というより、ネットそのも
≥82 類型とパターンの関係に関して
は、絶えずに生成、消滅するパ
ターンは出来事の連鎖に関する
概念であるのに対して、それら
のである。関心のあるネット小説を便利に検索するために、小説サイトは男
のパターンを支え、安定してい
女バージョン、ジャンル、サブジャンル、内容ラベルなどの細かいカテゴリー
概念である。プロップの言葉を
を設置している。読者はカテゴリーの中で自分の興味のあるネット小説を探
す。一方、作者は書こうとするネット小説をどのカテゴリーに入れるかを最
初に設定しなければならない。検索にかからないネット小説はそれでコミュ
ニケーションを取ろうとしてもできないからである。ジャンル分けの目次と
その類型は読者の中にも作者の中にも存在し、共通しているからこそ、気に
入るネット小説の検索が成立する。小説サイトのジャンル分けはネット小説
邱 慧鳴
のジャンルの類型化を促した。もし穿越小説の本質を突き止めたいなら、表
される感情、歴史の扱い方、架空性、女性作者などより、ジャンルの類型に
注目すべきである。なぜなら、これらの要素はすべて類型に付着しているか
Qiu, Huiming
らである。
こうしてネット上の若者コミュニティは無数の小説を作りだしていく。ネッ
ト空間の中で、彼らは理念なき物語作りと物語消費を行い、物語を通して抱
える感情を語り合い、確認し合っている。検索をしやすくするために、個人
の感情はジャンルの類型を通して表出されている。一方、類型が異なってい
ると、ジャンルは異なってくる。物語には内容が変わっても変わらない類型
があることは、プロップの昔話研究83によって既に明らかにされた。後になる
と、グレマス84はそうした類型を物語構造と呼び、物語内容が物語構造を通
して表出されると指摘した。ネット小説の類型はネット小説という物語の構
造と言える。ただし、その構造は、昔話のように自然発生的な構造ではなく、
検索のために作られた人工物である。読者と作者が共有するジャンル分けの
目次は、ネット小説の構造を非常に強化し、いわば過剰な構造化をもたらし
192|国際広報メディア・観光学ジャーナル No.18
る類型は筋=プロットに関する
借りれば、パターンは「生きた
物語」であり、類型は「生きた
物語の文法」である。また、ジョ
ナサン・カラーも出来事とプ
ロットとの関係を論じていた。
「プロットとは読者がテクスト
から推測するしかない何かであ
り、このプロットの材料となる
基本的な出来事にしても、読者
が推測したり構築したりするも
のである。」(折島正司訳、『文
学と文学理論』岩波書店、2011
年、p.127)出来事をプロット
に組み込むことによってストー
リが生成する。それらの一連の
出来事のパターンは「パターン」
であり、出来事を組み込むプ
ロットの類型は「類型」である。
≥83 プロップの昔話研究に関して
は、『昔話の形態学』、岡誠司、
福田美智代訳、水声社、1987年
≥84 グレマスの物語構造に関して
は、『構造意味論 ─ 方法の探
求』、田島宏、鳥居正文訳、紀
伊國屋書店、1988年、『意味に
ついて』、赤羽研三訳、水声社、
1992年
ている。ネット小説の本質を探る際には、表出される感情とそれを表出する
過剰な構造化とを合わせて考えなければならない。
終わりに
以上のように、ネットのコミュニケーションの特質は物語の動機や創作行
為から内容まで隅々に浸透してきた。その浸透によって、ネット小説は他の
文学より構造の類型に非常に拘っている。その独特な、自己満足的で自己中
心的なコミュニケーションは、一方でネット小説を一人ひとりの欲望と快楽
の物語にした。しかも、歴史、主体を脱構築し、大きな物語に縛られていな
いゆえ、ネット小説はポストモダン的に見えるが、そのポストモダン性は純
文学のポストモダン性とは違う。一方、ブログ、ツイッタ―のような一般的
なコミュニケーション性とも違うネット小説のコミュニケーション性は、物
語の過剰な類型化をもたらした。欲望は物語の類型を通して表出される。そ
の際に、特に言葉づかいあるいは文体のパターンではなく、ジャンルの筋の
類型がネット小説の本質と関わっている。
すべてのジャンルの類型を抽出することは非常に難しいが、ジャンルの類
型がもっとも鮮明に現われている代表的なジャンル ─ 穿越小説から着手し
たほうがいいであろう。穿越小説はネット小説の成熟期に形成されたオリジ
ナルのジャンルであり、もっとも人気の高い、メディアミックスが進んでい
るジャンルでもある。その類型の過剰な構造化はほかのジャンルよりも典型
的と思われる。穿越小説のような同じジャンルの複数の物語に共通の類型を
≥85 筆者は「穿越小説という物語の
光 学 ジ ャ ー ナ ル16』、2013年 )
見出す際に、プロップ・グレマスの物語論モデルが有効である85。穿越小説
の過剰な構造化は、穿越小説だけの問題ではなく、膨大なジャンルと数量を
の中で、プロップ・グレマスの
持ち、無数の感情によって支えられているネット小説のほかの類型を考える
物語論モデルを用いて穿越小説
ための手がかりになる。更に、それらの類型を通して、最終的にネット小説
類型の抽出を試みた。
参考文献
李玉萍、『網絡穿越小説概論』、南開大学出版社、2011年
、中国広播電視出版社、2008年
欧陽友権主編、
『網絡文学発展史 ─ 漢語網絡文学調査紀実』
欧陽友権、『数字媒介下的文芸転型』、中国社会科学出版社、2011年
欧陽友権、『網絡文学本体論』、中国文連出版社、2005年
歐陽友権 主編、
『網絡文学発展史:漢語網絡文学調査紀実』
、中国広播電視出版、2008年
聶慶璞、『網絡叙事学』、中国文連出版社、2004年
蘇暁芳、『網絡与新世紀文学』、中国社会科学出版社、2011年
蘇暁芳、『網絡小説論』、中国文史出版社、2008年
曾繁亭、『網絡写手論』、中国社会科学出版社、2011年
何学威、藍愛国、『網絡文学的民間視野』、中国文連出版社、2004年
The Journal of International Media, Communication, and Tourism Studies No.18|193
Qiu, Huiming
の本質が見えてくるであろう。
邱 慧鳴
構造」(『国際広報メディア・観
中国のインターネット上における コミュニケーション型創作と物語の類型化
ウラジーミル・プロップ(北岡誠司、福田美智代訳)
、
『昔話の形態学』
、白馬書房、1978年
A.J.グレマス(田島宏、鳥居正文訳)、『構造意味論』、紀伊国屋書店、1988年
A.J.グレマス(赤羽研三訳)、『意味について』、水声社、1992年
(平成25年10月18日受理、平成25年12月12日採択)
邱 慧鳴
Qiu, Huiming
194|国際広報メディア・観光学ジャーナル No.18
―穿越小説を例として
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