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第9章 民主主義の原点

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第9章 民主主義の原点
第9章 民主主義の原点
星川淳によれば(『小さな国の大いなる知恵』、ポーラ・アンダーウッド/星川淳、1
999年、翔泳社)、アメリカの建国の父といわれる人たちは、初代から第5代の大統領
に到るまで、インディアンのイロコイ族の影響を受けており、アメリカの独立宣言やその
憲法には、イロコイ族の思想が色濃く反映されているという。合衆国憲法制定会議の起草
メンバーたちは、「インディアン・クイーン」という居酒屋で熱い論争を交わしたとい
う。そして、アメリカ建国の足どりはイロコイ族に「手を引かれるようにして」進んだの
である。
「トクヴィル、平等不平等の理論家」(宇野重規、2007年6月、講談社)という本が
ある。それによれば、フランスの偉大な政治家・トクヴィルは、アメリカ建国期のあと大
した政治家がいないのに、アメリカという国がそれにもかかわらず問題なく動いている、
という事実に驚いたらしい。すなわち、アメリカの政治体制は、かならずしも政治家の個
人的有能さに依存せずに運営されているという事実こそ、トクヴィルが着眼したポイント
であった、それが宇野重規の見立てでもある。その原動力は、上記の著書では「タウン
シップ」と呼んでいるが、私の言葉でいえば「地域コミュニティのデモクラシー」にあ
る。アメリカのデモクラシーは、建国の父たちがアメリカインディアンの影響を強く受け
たところに出来上がった。アメリカのデモクラシーはボトムアップで出来上がっているの
である。今でもポートランドでは草の根民主主義が盛んだ。民主主義の原点は草の根民主
主義にある。
ひとつの例を紹介しよう。2011年11月にポートランド市の新総合計画が策定され
たが、1月から6月までの半年にわたる市民による検討期間の間に、計画局のスタッフが
出席する市民との対話集会が80回以上ひらかれた(3人以上の市民からの要請があれば
説明に出向く)。そのほか、各高校の集会所で都市計画委員会主催のタウン集会が9回、
市民総会が2回開催された。このような長期にわたる多様な参加の機会を通じて表明され
た多数の市民の意見をとりいれて、都市計画委員会は新総合計画素案を作成した。この素
案について、都市計画委員会は8回の公聴会を開き、そこでの意見をとりいれて修正案を
つくった。
また、ポートランドエリアにはメトロ(Metro)というまことにユニークな組織がある。
このメトロはアメリカ合衆国オレゴン州ポートランドエリアの住民による直接民主制で運
営される地域政府で、ポートランドメトロポリタンエリア内のクラッカマス郡、マルトノ
マ郡、ワシントン郡の25の市、130万人以上の住民に地域的なアプローチとして、公園の
手入れ、土地の最大活用、ごみの処理の管理とリサイクルなど、開かれた空間を保護する
事業を展開。公共交通システムの調整などのサービスも提供している。連邦政府、オレゴ
ン州政府からも独立した、アメリカ唯一の選挙民に承認された自治憲章をもち、住民の直
接的な投票によって、課税権までも保持するに至った世界でも珍しい先進的な地域政府で
ある。
メトロの本部
ポートランドでは市電(ライトレール)網が発達している。
ポートランドの公共交通機関は、都心部料金ただ。乗り放題。
そのポートランドからポートランド州立大学のスティーブ・ジョンソン教授が日本に来
られて、東京講演をされた。
ポートランド州立大学・・塀のないキャンバス
(娘の卒業した大学)
スティーブ・ジョンソン教授の講演の貴重な記録が環境総合研究所の鷹取敦・調査部長
のブログに掲載されているので、ここにその主な内容を紹介しておきたい。鷹取敦氏には
この場を借りて厚く感謝申し上げる。そして、鷹取敦氏はすばらしいブログをお持ちであ
るので、鷹取敦氏に敬意を表しながら、それをここに紹介させていただく。
http://eritokyo.jp/independent/takatoriatsushi-col1.htm
スティーブ・ジョンソン教授の講演内容(要旨)は以下のとおりである。
社会を安全で安心なものにするためには、政府に依存して「ハードウェア」的な施策で
は税金の支出が増えるばかりで決して快適なものにはならず、市民参加を進めることによ
り政府への依存度を増やして、主体的な社会を作る必要があることが述べられ、全米の市
民参加は近年、特にTVの普及以降、低下しつつあることが紹介された。ボランティアそ
しきの数も、パブリック・ミーティングへの参加者も1960∼70年代をピークに、年々低
下の傾向を示している。これに対して、オレゴン州・ポートランドでは、3000の市民
団体が活動しており、15人に1人が何らかの市民団体に参加して活動を行っており、若い
人、起業家の活動もより行いやすい基盤があるという。
市議会の様子。
ポートランドの市議は市長を含めて5人だけ(前に並んでいる人)。
多数の市民がつめかけて、次々に発言する。
ボランティアも含めて市民参加が一般的なので、議員が少ないのでしょうか?
そもそもアメリカの民主主義は、 Wisdom of Commons(集合智)、すなわち 市民の
智恵を集めることにより人々が協働することができればうまくいくのだという考えに立脚
しており、それがうまくいかなければ規則依存、官僚依存、税金依存に陥ってしまうとい
う。
政治的なリーダーシップは必要だが、そこで求められるのは独善的なリーダーシップで
はなく、市民参加を促すようなものでなければならないということである。多くの市民、
数千人、数万人が参加するのはこれまでは困難だったが、ICT=情報通信技術によって全
員参加による意志決定が可能となる。ジョンソン氏の表現によると、ここで重要になるの
はハードウェアではなくソフトウェアである。政府・行政がなにからなにまでやるのは
ハードウェアによるものであり、政府は市民参加のための意志決定の交通整理を行うだけ
で、実際の意志決定は市民が行うのがソフトウェアによるものである。
治安の分野でいえば、ハードウェアが警察力に頼ったものであり、ソフトウェアは地域
社会を充実させるものである。またごみ問題では、焼却によって何でも燃やしてしまいま
すよというのがハードウェアであり、市民が自分たちの問題としてごみ問題をとらえリサ
イクルをしていくのがソフトウェアによる解決であるという。
注:鷹取敦氏は、ごみ問題に関するソフトウェアによる解決方法として、ノバスコシア
州の取り組みを次のように紹介されている。
http://gomibenren.jp/novascotia/nova-summary-2006.html
情報通信技術(ICT)が市民参加のための重要なツールであるといっても、もちろん現
状では課題がある。インターネット、ブロードバンドの普及率は、年代、所得、教育によ
り、米国内では大きな格差(いわゆる「デジタル・デバイド」)があり、これを埋めるた
めの活動も行われている。また、教育環境が恵まれてない人は、同じインターネット環境
を手に入れていても市民参加のツールにするのではなく、チャットのようなものにしか使
わない傾向があるという。一方で、NGOがインターネットを活用する割合は近年急激に
伸びており、その有用性は明らかである。
もう1つの課題として示されたのが、インターネットは「両刃の剣」であるということ
である。すなわち、インターネットが物理的な境界を取り除き、広く世界へ関心を広げる
一方、利用者が得る情報は利用者の価値観による選択的なものになりがちである。また、
自分たちの地域・コミュニティへの関心が薄れ、インターネットを通じてのみ世界と接し
がちな、ある種の「ひきこもり」となる危険性も指摘された。グローバルな問題への関心
が広まっても、ローカルなことへの関心が薄れ、隣家の人との絆を弱めてしまっては、コ
ミュニティに取って逆効果となってしまう。(注:この問題が「コミュニティーのパラ
ドックス」であるが、これについては次章でとりあげる。)
これまで発表の場を持たなかった人々がインターネットによって、意思表明をすること
が出来るようになった。また、NGOなどの組織の構成はより緩やかとなっていく。
(注:グローバル化するのである。)例えばインドネシアの津波被害に対しては、救済の
ための組織が急速に増加し、組織間のつながり・ネットワークも増えた。組織というより
むしろネットワーク化された個人が増えるだろうという。インターネットによる意思表明
は発表することで対話を怠る傾向はあるものの、8才のガンに苦しんだ少女のサイトによ
り、半年で6億円もの資金がガン研究のための基金として集まったというのはインター
ネット無くしては有り得ない。ブロードバンドの普及率が上がっていけば、インターネッ
トによるコミュニケーションの質そのものが変化する。(注:これがコミュニティーパラ
ドックスを生むのである。)
Wisdom of Commons(集合智)のツールとして、Wikipedia、RSS feeds等が紹介さ
れ、インターネットがロングテールへの到達を可能にしたことなどにも言及された。ロン
グテールへの到達は、amazon などの物品販売だけでない。同じ変化を志す人とつながる
ことが出来るオープンで緩い連携も可能とするという。
スティーブ・ジョンソン教授の講演(要旨)は以上であるが、それを聞いた鷹取敦氏
は、『「市民参加」とは民主主義のあり方そのものであろう。「市民参加」とは単に制度
の問題ではないし、当然、ICT(情報通信技術)の「ハードウェア」的な仕組みの問題で
もない。参加する意志のない市民、すなわち主体的な市民のいない社会には「市民参加」
は存在しないし、本当の意味での民主主義は存在しないことになる。』・・・と言ってお
られる。そうなのだ。ここがいちばん肝心なところである。
私たちは、今こそ、ポートランドの草の根民主主義に習って、本当の意味での民主主義
を育てていかなければならない。ポートランドは私の憧れの地である。そのポートランド
の草の根民主主義を取り上げていただき、こういう正論を吐いていただいた鷹取敦氏に重
ねて御礼を申し上げる。
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