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創刊号 (January 15, 2010)

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創刊号 (January 15, 2010)
大阪女学院大学国際共生研究所通信 創刊号
RIICC
Newsletter
Osaka Jogakuin (Wilmina) University
Research Institute of International Collaboration and Coexistence
January 15, 2010
大阪女学院大学 国際共生研究所 http://www.wilmina.ac.jp/ojc/edu/RIICC
540-0004 大阪市中央区玉造2-26-54 e-mail: [email protected]
巻頭言.......................................... 1
●特集:開設記念シンポジウム●................. 2
大学院・研究所開設記念シンポジウム
テーマ「女性と人権」
●研究所プロジェクト紹介●
・Project 1 社会的公正に基づく共生の研究 .......... 4
巻頭
言
・Project 2 高等教育における英語教育の方法研究....... 5
・Project 3 外国人児童生徒のための言語教育モデルの研究.6
●連載シリーズ1「世界の潮流:核兵器のない世界」●..... 7
●最近の国際的な研究活動紹介●.................. 8
●書籍紹介●.................................... 8
●大阪女学院の歴史●............................ 8
研究所の設立
所長 黒澤 満
以上のような発展段階を得て、2009 年4月に、16 名の
研究所員からなる国際共生研究所が設置され、研究活動
が開始されました。研究所の活動としては、以下の四つ
研究所の目的
大阪女学院大学国際共生研究所は、グローバルな視野
に基づき、平和 ・ 人権 ・ 環境 ・ 言語 ・ 教育の分野を国際
共生の観点から学際的にとらえ、それらに関わる理論的
・ 実践的研究を主たる研究活動としています。そのめざ
すところは、研究成果に基づき、広く社会に寄与するこ
があります。
1) 学内での設定プロジェクトの研究・調査活動
2) 国内外の教育機関との共同研究・調査活動
3)国 内外の領域専門家を招聘し、研究課題を中心とし
た研究会・講演会・シンポジウム・セミナーの開催
4) ニュースレターの刊行および研究・実践成果の公表
とです。
研究所の活動
大学の使命と研究
大阪女学院は今から 125 年前の 1884 年にミッションス
クールとして創設されたウヰルミナ女学校を母体として
おり、1968 年に大阪女学院短期大学が開学され、2004 年
に四年制の大阪女学院大学が開学されました。このよう
に、伝統的には女性に対する「教育」という側面を中心
に発展してきたものでありますが、大学のもう一つの使
命である「研究」にも徐々に重点を置くようになってき
ました。
研究所の活動としては、以下のページに詳細に示され
ていますように、開設記念シンポジウムを行い、学内で
の設定プロジェクトとして、三つのプロジェクトが積極
的に活動を始めています。これらはともに、「国際共生」
という基本概念を共有しつつ、大阪女学院大学のもつ知
的基盤を生かしつつ進めていくものであります。
各プロジェクトにおける研究会の継続とともに、講演
会やシンポジウムを開催することにより、研究のさまざ
まな成果が今後徐々に公表されていくことが予定されて
います。またこれらの研究成果はさまざまな場所におい
大学院開設と研究
2009 年4月に大阪女学院大学大学院 21 世紀国際共生
研究科が設置されましたが、それは平和システム研究と
人権システム研究が中心となっています。また地球的な
課題に世界の人々と協働して取り組む強い意志と能力を
もつ女性を送りだすことを主たる目的としています。大
学院では「教育」とともに「研究」に大きなウエイトが
置かれることになります。
て議論され、批判的な検討をも経ながら、一層精緻な理
論的かつ実践的な発展をめざしつつ行うことが考えられ
ています。
研究所員一同、これらの目的に向けて誠実に研究を進
め、広く社会に貢献できることをめざしています。
研究所の発展のためには、大学内での研究のみならず、
外部との協力が不可欠であるので、外部からの積極的な
御協力をお願いいたします。
1
大阪女学院大学国際共生研究所通信 創刊号
大学院 21 世紀国際共生研究科「平和・人権システム専攻」および大阪女学院大学国際共生研究所
特 集
開設記念シンポジウム テーマ:「女性と人権」
報告者 香川 孝三
基調講演
「女性の人権―平等・発展・平和をめぐって」
講師 林 陽子(弁護士・女性差別撤廃委員会委員)
女性差別撤廃条約が 1979 年に成立し、現在日本も含め
て 187 か国が批准をしている。1999 年成立した選択議定
書は個人通報制度と調査制度を定めているが、批准は 98
か国で、日本はまだ批准をしていない。これは、日本が
先進国のなかで女性の人権が遅れている現状を示してい
る。
2009 年 10 月 21 日 於 ホテルニューオータニ大阪 検討し、さらに武力紛争時の性暴力の加害者への処罰を
きちんと実施することが不可欠である。平等、開発、平
和の局面で宗教や文化の多様性を理解しつつ、異なる文
化との対話を継続していくことによって、今後の課題に
取り組む必要がある。そのために教育の役割が重要であ
る。国連のもとに組織されている女性差別撤廃委員会の
委員として、女性の人権を守るためにはどうすればいい
かという視点からの話であった。
で
み
の
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ン
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ねじれた構図
シンポジウム
2
司会 香川 孝三(大阪女学院大学)
パネリスト 林 陽子
秋林 こずえ(立命館大学)
阿久澤 麻理子(兵庫県立大学)
元 百合子(大阪女学院大学)
この条約の成立から 30 年が経っているが、その間、戦
秋林こずえさんの報告は、「平和と女性―ジェンダーの
時や平時における女性に対する暴力が女性の社会的参画
視点から」という題で行われた。人権の確立は平和な社
への重要な障害であるとされ、差別問題として条約審査
会を達成していることと不可分である。広義の平和とは
の対象となってきている。さらに私的領域での差別に国
紛争がないという状態だけでなく、人権が確立された状
の撤廃義務を重視するようになってきている。この動き
態を意味する。女性の人権は男性と比べて制限を受けて
はドメスティック・バイオレンスやリプロダクティブ・
いるが、武力紛争や戦争の際に女性の人権が性暴力によっ
ヘルスをめぐる個人通報の事案を通じて顕著になってき
ている。
この条約の日本への影響としては、国籍法の改正、男
女雇用機会均等法の成立、DV法の成立、ストーカー禁
止法の成立、男女共同参画基本法の成立、間接差別の導
入などに示されている。しかし、2009 年8月に日本政府
が提出した報告の審査が行われ、きびしい勧告が下され
た。たとえば、民法の改正、間接差別の範囲の狭さの是正、
ポジティブ・アクションの積極的活用などが勧告されて
おり、日本政府はもっと女性の人権に力を入れるべきで
て侵害される。ルワンダや旧ユーゴにおける戦時下の性
暴力がその典型的な事例である。それだけでなく平時に
おいても軍によって女性が性暴力の犠牲になっている。
たとえば沖縄において米軍によってひきおこされる性暴
力の事例がそれである。それらをなくすために、国連安
保理決議 1325 号「女性・平和・安全保障」が 2000 年 10
月 31 日採択された。これは平和構築のためには女性の貢
献が重要であり、平和・安全保障政策への女性の参加と
ジェンダー視点の導入促進を定めている。たとえば具体
ある。そのために、選択議定書の早期批准が期待される。
的には、アフガニスタンにおいてジェンダーの視点を取
これからの課題として、複合差別の視点を持って、よ
り入れて平和維持活動をめざし、女性の役割や貢献の範
り弱い立場の人を支援していくこと、貧困を克服してい
囲を拡大することがありうるであろう。
くためにミレニアム開発目標の達成に先進国として責任
阿久澤麻理子さんの報告は「研究者として、個人とし
を果たすこと、武力紛争後の平和構築に女性の役割を再
て『ジェンダーを生きる』ということ」と題して行われ
大阪女学院大学国際共生研究所通信 創刊号
た。2000 年の京都市人権調査によると、子どもの結婚相
在する。社会的に周縁化されたマイノリティ女性の事例
手として同和地区出身者や在日韓国・朝鮮人であること
として日本軍性奴隷(従軍慰安婦)、先住民族女性、イン
を気にするかという質問に女性の方が気にする割合が高
ドのダリット女性、被差別部落・アイヌ民族・在日コリ
い。これは相手の経済力や職業を重視して生活保障を図
アンの女性などがいる。これらの女性への差別をなくす
るという「男性への依存という生存保障」をめざす傾向
ためには、複合差別という概念が有効である。複数の抑
が女性に強いことの反映であろう。女性が自立して生活
圧要因によって差別を受けるので、その要因や結果の相
していこうとすることとは整合的ではない。女性が男性
互関係を分析するのに有用である。しかし、この概念は
並み、またはそれ以上の力を発揮しなければ評価されな
国際人権保障システムの中でも十分には取り入れられて
い。その事例としてマグレブ刑務所においてリンディー・
いない。これまで個別の差別事由ごとの枠組のなかで扱
イングランド上等兵(女性)が捕虜虐待を行ったという
われており、それだけでは不十分である。そこで積極的
報道があるが、これは
に複合差別の概念を取り入れるよう国連人権機関に働き
!
い
な
れ
語
では
図、複合差別
かける必要があるし、各国政府に対して、マイノリティ
女性の実態調査、マイノリティ女性の参加による政策・
制度の構築、関連する人権条約の履行監視機関への報告
を要請する必要がある。
以上がシンポジウムの内容であるが、全員女性による、
それぞれの専門領域からの報告であり、女性がこれまで
男性と比べて不利益を受け、さらに人権侵害を受けてき
たことを背景に、それらを排除するにはどうすればいい
かという課題に取り組んだ報告がなされた。不利益や差
別をする側として男性が位置づけられてきたが、複合差
別では女性も女性を差別する側に立つことが指摘されて
いる。女性の人権問題を見るためには男性をどう位置づ
けるかが問題である。男女共同参画という表現が日本で
は用いられているが、女性と男性が共同で取り組む必要
がある。男性を差別する者として批判・攻撃の対象とす
るより、むしろ男性を巻き込んで一緒に、女性の人権問
題に対処することが必要である。これが司会者のまとめ
の言葉であった。
軍隊という男性社会の中で女性が生き残るためには、男
女性大学として女性を社会に送り出している教育機関
性以上に男らしくふるまうことが求められた結果生じた
として、女性が社会でどのように位置づけられているか
悲劇である。つまり、男女平等といっても、女性の場合、
を認識し、女性としての生き方を探っていく上で、今回
男性との平等化をめざさなければ平等を実現できない。
の記念行事は大変有用であったと思われる。多くの学生
しかし、これには無理がある。子どもの成長とともに、
にも聞かせたい内容であった。
それとは違う方向があることに気がついた。男性を含む
他者との競争にはげむのではなく、仲間との出会いや個
人としての権利実現のために他者と連帯することの重要
性に気がついた。男性対女性という枠組でなく、人間と
して自己実現する道を見出したという話であった。その
ためにはワークライフバランスを実現して男女の働き方
を改める必要がある。人権教育を専門としている立場か
らの女性の人権の問題点を指摘された。
元百合子さんは「マイノリティ女性に対する複合差別」
という題で報告を行った。女性の中にも多様性や不均衡
が存在し、女性の中での差別問題が存在する。男性から
差別されるだけでなく、女性からも差別される女性が存
3
大阪女学院大学国際共生研究所通信 創刊号
Project 1
社会的公正に基づく共生の研究
第5回 2009 年 4 月 24 日 報告者 馬渕仁教授
「多文化・異文化リテラシーにおける『文化』のとら
え方」
第6回 2009 年 6 月 26 日 報告者 奥本京子准教授
一つの研究課題は『社会的公正に基づく共生』であ
り、ここでは国際社会における共生の詳細な現状分析
およびあるべき共生の姿を研究する。具体的には、国
「東北アジアにおける平和共同体創造実現に向けて:
芸術アプローチの導入と、『朗読劇プロジェクト』の
提案」
際の平和と安全保障、人権の国際的保障、持続可能な
第7回 2009 年 7 月 24 日 開発の促進、地球環境の保護、多文化共生社会の構築、
報告者 米田信子大阪大学准教授
人間の安全保障など、国際社会に生起する重要課題を
「ヨーロッパ発『多言語主義』とアフリカの多言語状
総合的に研究し、全体としての国際共生の学問的体系
化を志向するものである。これらの研究は個々の研究
者による個別的研究にとどまらず、複数の研究者によ
る共同研究をめざすものであり、研究所のプロジェク
況-言語権の視点から-」 第8回 2009 年 10 月 16 日 報告者 黒澤満教授
「オバマ政権の核軍縮・核不拡散政策の背景
トとしての総合的な研究を行う。これらの活動は 2 ヵ
-国際共生の観点から-」
月ごとに定期的に開催される「平和 ・ 人権研究会」で
第9回 2009 年 12 月 15 日 報告者 香川孝三教授
の研究発表および討論を中心としつつ、国内のみなら
「バングラデシュにおける船舶解体と児童労働」
ず国外からの専門家を招待して、随時開催される研究
会あるいは講演会などを通じて実施される。また国内
および海外に存在する同種の研究所等との連携を図り、
対外的にも横極的に研究活動を進める。
今後の研究計画
プロジェクト1の今後の研究は、「国際共生による新し
い秩序の形成」というテーマのもとに、
「国際共生」の意味・
4
内容を明確にする作業から開始し、これが新たな秩序形
成のための有益な概念でありうるとして、広い範囲にお
黒澤 満
いて検討を進めることを計画している。
プロジェクト1においては、国際社会におけるさまざ
まな主体間における共生の問題を検討しており、本学の
教員を中心として研究会を継続し、また別項にあるよう
に、2009 年 10 月 16 日には外部から講師をお招きして講
演会を開催している。
そこでは、
「国際共生」は、国際共存、国際協力、国際協調、
国際共同などこれまでの概念を超えて、「お互いに利益を
得て共に生きる」という意味としてとらえ、国際社会に
おけるさまざまな領域における実際的および理論的検討
を行う。
この研究は総論の部分と各論の部分から成り、総論は
平和・人権研究会
この研究会は研究所の開設以前から活動を開始してお
り、これまで以下のような研究会を実施してきた。ここ
においては、各研究員の個別専門研究を報告し議論する
ことにより、各研究員の専門分野を相互に理解するとと
もに、今後の共同研究のための共通部分の認識を強化す
ることを目的としてきた。
研究員全員で議論するが、各論においては各研究員の専
門分野を以上の観点から研究することになる。各論とし
ては、平和、人権、環境、開発、文化の5分野が考えら
れており、各研究員が分担する。
研究会としては、2カ月に1回開催されている「平和・
人権研究会」における報告と議論をベースとして進めて
いく。またこれに関連して、外部の専門家を招き、講演
会やシンポジウムを開催するとともに、「国際共生」を研
第1回 2008 年 7 月 22 日 報告者 黒澤満教授
「NPT再検討プロセスと核軍縮」
第2回 2008 年 9 月 30 日 報告者 香川孝三教授
「労働CSRの世界的潮流とアジア」
第3回 2008 年 11 月 18 日 報告者 元百合子准教授
「宗教と人権」
第4回 2009 年 1 月 13 日 報告者 前田美子准教授
「途上国における教員養成の現状と課題」
究課題としているさまざまな研究機関との連携を進めて
いくことも予定している。
さらに、中長期的には研究成果を書籍として刊行する
ことを予定している。それはこれからの研究の進捗状況
にも依存するが、一つは「国際共生」に関する一般的な
入門書としての研究成果の発表と、もう一つは国際共生
の個々の側面における高度の専門的な学問的成果として
の発表を予定している。
大阪女学院大学国際共生研究所通信 創刊号
Project 2
国際共生研究所第1回講演会
2009 年 10 月 16 日 於 本学
もと
高等教育における英語教育の方法研究
報告者 元 百合子
「看護師・介護士受け入れ―フィリピンと日本を結ぶ視点」
講師 小ケ谷 千穂 (横浜国立大学)
少子高齢化の進行と医療・介護現
場での労働力不足を背景に、日本は
近年、フィリピンとインドネシアか
らの看護師と介護士の受け入れに踏
み切った。従来、外国人の就労を認め
てこなかった分野における政策転換である。
以来、メディアではサービスの質や日本語能力を懸念す
本 学 で は、21 世 紀 の 社 会 を 担 う 大 学 生 に 対 し
て、コンテンツを伴った『考える』英語教育と、言
語の 4 技能の習得、英語によるプレゼンテーション
や論文作成ができるといった English for Academic
Purposes(EAP) に基づく、英語運用能力の習得を目
標に掲げて英語教育を展開してきた。さらに学部専
門教育においては、EAP を土台として、専門分野お
よび職業分野を英語で学ぶ English for Professional
Purposes(EPP) による英語教育に取り組んでいる。本
る議論、あるいは、試験的に受け入れた施設で働く様子
ブロジェクトでは、大阪女学院が長年培ってきた高等
やサービスを受けた高齢者の感想などが報道されてきた。
教育における英語教育の実践と手法の分析、国際社会
それらは概ね日本人の視点からのものであって、当事者
で必要とされる語学力と専門知識を獲得させる教育方
や送り出し国の社会にとっての意味合いや影響が注目さ
法の開発、国際共通語としての英語の運用能力を高め
れることはほとんどない。
るための EAP・EPP 教授法の研究、ヨーロッバ、アジ
新進気鋭の国際社会学者として労働の国際移動を研究
アの各大学と連携を図った高等教育における英語教育
してこられた小ケ谷先生は、フィリピンを含むアジア諸
モデルの構築を行う。
国を度々訪問調査して得られた情報に基づく説得力のあ
る分析と考察を展開された。まず問題なのは、
「人の移動」
智原 哲郎
が、他の輸出入品目と同様に「経済連携」の一品目とし
て扱われていることである。労働力を「輸出品目」とす
る送り出し国の国家戦略と日本側の需要が合致したわけ
だが、フィリピンでは看護師協会を含めて、日比 EPA(二
国間の経済連携協定)の不平等性を問題にする人々によ
る反発があった。また、「ケアギバー」(介護士)という
職種は、海外労働市場における需要に応じて創出された
ものであって、急ごしらえの養成学校も出現したという。
看護師も含めて、渡航先としては米国や中東諸国など英
語の通じる国が好まれ、日本は敬遠される傾向がある。
日本語習得の難しさに加えて 3 ~ 4 年以内に国家試験に
合格しないと帰国を義務付けられるという制度の厳しさ
がその理由である。
送り出し国社会にとってさらに問題なのは、家事労働
に加えて介護の担い手が海外流出することによる家事、
育児、ケアの「連鎖」である。途上国と先進国では、医
療労働者の人口比率や保健サービスの利用可能性、乳幼
児死亡率について、すでに大きな開きがある。そこに、
国家間の経済格差に沿って一方向で成立する医療・介護
労働者の大量移動(送り出し国の社会にとっては「流出」)
が加わっている。その現実を前提に「公平さ」の確保は
可能なのか、外国人の労働力がダンピングされず、適正
に処遇される「労働市場における共生」の構築は可能か、
日本社会が誠実に向き合うべき課題が投げかけられた。
アジア太平洋人権情報センターのご協力により、学外
からの参加も得てフロアーからの活発な質問や発言もあ
り、時宜を得た刺激的な講演会であった。
日本のように英語を母語としない国における外国語学
習過程では、異なった英語教育方法が使われる。中等教
育課程での英語は EGP (English for General Purposes)
と呼ばれ、その教授内容は言語についての一般知識、背
景文化、読み物、日常会話などである。他方、EAP (English
for Academic Purposes) は、EGP を土台として大学レベ
ルでの英語能力の習得を目標とする英語で、英語での討
論、論文作成、プレゼンテーション能力を育成すること
を目標にしている。さらに、国際的な専門職業人として
仕事にかかわるといったような場合には、ESP (English
for Specific Purposes) /EPP (English for Professional
Purposes) が必要とされる。
本来、高等教育機関での英語教育は、EAP や ESP/EPP に
則ったものであるべきだが、依然として EGP を中心とし
た英語カリキュラムが構築される場合も少なからず存在
し、このため、専門学術領域や専門職業領域で要求され
る語学力の習得に十分な成果が見られていない。この現
状に対して、2003 年3月の文部科学省による「『仕事で英
語が使える日本人』の育成のための行動計画」を始めと
して、高等教育機関における国際的基準を満たした専門
職業英語指導法の確立がさまざまなところで提言されて
いる。
EAP や ESP/EPP による英語指導法の確立に e-Learning
の役割が注目されている。文部科学省からも e-Learning
の推進が提言され、大学設置基準にも e-Learning の導入
5
大阪女学院大学国際共生研究所通信 創刊号
が組み込まれている。実際、欧米では "Open University"
として数多くの大学がオンラインプログラムを提供して
おり、伝統的な対面式授業から脱却した e-Learning の学
Project 3
外国人児童生徒のための言語教育モデルの研究
習効果が報告されている。
しかしながら、従来の対面式授業からの脱却には利点
と欠点が表裏一体となって付いてまわる。学習者のスケ
ジュールや学習度に応じて学習できる反面、学習者に自
立 • 自律心がなければ学習の持続が困難となる。教員は
必ずしも必要とされないので人件費などのコストは低く
日本政府が 1990 年に行った「出入国管理及び難民認
定法の一部を改訂する法律」の施行により、外国人労働
者の子どもたちが多数、日本で教育を受けることになっ
抑えられるが、学習者と教員間や学習者同士のインタラ
た。この 10 数年、外国人児童生徒の抱える問題につい
クションが取りづらい。成績管理が自動的に行われるの
て多くの研究がなされてきた。例えば、不就学、学習の
で教員の仕事量は軽減されるが、学習者の学習プロセス
権利、日本語教育といった分野である。しかし、母語に
を把握できなくなるなどである。今後、これらの問題を
よる教育、母語と日本語を使用したバイリンガル教育は、
踏まえて、専門学術領域や専門職業領域で要求される語
外国人学校での実施にとどまり、ほとんどの公立学校で
学力の習得に e-Learning の導入を図った新たな英語教育
は実施されていない。本プロジェクトでは、外国人児童
方法を確立することが本プロジェクトの目標である。
生徒の母語を保持 ・ 発展させ、日本語の習得及び教科学
習の理解を促す言語教育モテルを研究する。
第1回研究会報告
2009 年 11 月 18 日 於 本学
報告者 智原 哲郎
「英語教育の方法論を模索する:e-Learning とジャンル分析」
6
加藤 映子
発表者 東條 加寿子教授
【e-Learning】
e-Learning とは、情報技術によるコミュニケーショ
ン・ネットワークなどを活用した主体的な学習であり、
対面授業を補うものと対面授業に取って代わるものが
ある。英語教育における e-Learning 導入の目的には、
学習効率の改善、学習の利便性の向上、新規性・新効
果、学生の満足度のアップなどが挙げられ、導入によ
り、1)個々の学生が、基本的英語力の伸長に取り組
める、2)リメディアルが必要な学生に対応できる、3)
Contents-based の英語教育を効率的に推進できるよう
になる。このようにマルチメディアを活用し英語4技
能とコンテンツを融合することにより、きめ細かな教
育と e-Learning とのブレンド型教育が期待できるであ
ろう。
【ジャンル分析】
プロジェクト3では、年々増加傾向にある外国人・帰国児
童生徒の教育の問題について取り組みます。まず、プロジェ
クトのキックオフとして、朝鮮半島にルーツを持つ児童生徒
に、大阪市立北鶴橋小学校で 35 年間にわたり民族学級担当
講師として子どもたちを指導してこられた金容海先生にご講
演を頂きます。当時、在日の教育に奔走していた人々は、政
府の政策に翻弄され、差別や偏見と戦いながら、在日の子ど
もたちのための教育に多大な努力をはらい、民族学級を公立
学校に設置されました。この一連の歴史を最もよくご存知の
金容海先生のお話を聞く事は、増加傾向にある外国人労働者
や児童生徒と共生していく社会を形成していく上で大切なこ
とだと思います。金容海先生は、北鶴橋小学校での教育の目
標を「差別をしない、させないための人間教育」とされまし
た。これは、日本人児童生徒が差別をしないということのみ
ならず、在日の子どもたちが誇り高い人格を持って生きてい
くことをめざしています。どのような取り組み、工夫、苦労
ジャンル分析とは、ジャンルに特有な言語的パター
があったのかをお話し頂き、共生する社会について共に考え
ンを分析することである。ジャンル分析は学習者中心
たいと思います。
のアプローチであり、自律した学習者を育成し、学習
効果を格段に高める。ジャンルについて読むことや特
有な語彙を学ぶことをその目標にするのではなく、例
えば、「特許はどのように書かれているか」「学術論文
国際共生研究所第2回講演会予定
「本名は民族の誇り - 在日の子どもたちの民族学級から
学ぶ外国人児童生徒の教育」
はどのように書かれているか」「ビジネスの企画書はど
講師 金 容海先生
のように書かれているか」など、学習者がジャンル内
日時:2010 年 1 月 29 日(金)18:00-19:30
の情報を的確・迅速に理解し、発信できる能力を培う
場所:本学 1F 会議室
ことである。本学の英語教育にジャンル分析の手法を
対象:一般 , 大阪女学院学生・教職員
取り入れれば、従来とは別の角度で効果的なコミュニ
参加費無料 事前申し込み要 [email protected]
ケーション能力を育成することができるであろう。
大阪女学院大学国際共生研究所通信 創刊号
連載シリーズ1
「世界の潮流:核兵器のない世界」
黒澤 満
オバマ大統領にノーベル平和賞
を、軍事力ではなく外交を重視すべきだという一般的な
2009 年 10 月ノーベル賞委員会は、
「国際的な外交と
意見が支配的になったことである。
諸国民の協力を強めることに並はずれた努力をしたとし
第2は、核兵器の使用の可能性が高まっているという
て、特に『核兵器のない世界』をめざすとした理念と取
一般的な認識である。まずテロリストが核兵器や核分裂
り組みを重視する」と述べ、オバマ大統領にノーベル平
性物質を入手する可能性が増大しており、テロリストに
和賞を授与した。
は抑止はまったく効かないし、彼らは核兵器の使用を躊
これに対しては被爆者をはじめ多くの人々が称賛の拍
躇しないであろうという考えである。またパキスタンの
手を送ったが、米国内では特にまだ何も成果を生み出し
核兵器の管理が十分ではなく、テロリストに渡ったり、
ていないのにという懐疑的な意見も存在した。私自身も
間違って使用される可能性が危惧されるようになった。
少し早いのではないか、せめてロシアとの新しい核兵器
第3は、2007 年1月にウォールストリートジャーナ
削減条約を締結してからと最初は感じたが、オバマ大統
ル紙に掲載された「核兵器のない世界に向けて」と題す
領の「チェンジ」が高く評価され、それに対する高い期
る論文である。これはキッシンジャー、シュルツなど冷
待感の表れであると考えられる。
戦時代に米国の核政策に携わっていた4人の重鎮が、米
国にとって核兵器のない世界の方が安全であると主張し
オバマ大統領のプラハ演説
た。オバマ大統領は選挙運動開始時には「核兵器のない
オバマ大統領の核政策は、2009 年4月5日にチェコ
世界」を主張しておらず、この主張から大きな影響を受
のプラハで行った演説の中に凝集されている。彼はそこ
け、それを主張するようになったのである。
で、
「米国は、核兵器を使用した唯一の国として、行動
する道義的責任がある」と述べ、
「核兵器のない世界に
核兵器廃絶のその他の提案
おける平和と安全保障を追求するという米国のコミット
世界平和市長会議は、ヒロシマ・ナガサキ議定書を採
メントを、明確にかつ確信を持って」述べた。
択し、2020 年までに核兵器を廃絶すべきであることを
さらに、冷戦思考を終わらせるため、国家安全保障戦
提案している。
略における核兵器の役割を低下させるとし、ロシアとの
また世界の元政治家や元政府高官からなる「グローバ
新たな戦略核兵器削減条約の本年中の締結、包括的核実
ル・ゼロ」委員会は、2030 年までに核兵器を廃絶すべ
験禁止条約(CTBT)の米国による批准の追求、兵器用核
きことを提案している。
分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の追求を約束した。ま
日本とオーストラリアのイニシアティブによる「国際
た、国際的な核不拡散体制の強化および核テロリズムへ
核不拡散軍縮委員会(ICNND)
」は、2025 年までに核兵
の対応に関しても、核兵器や核分裂性物質の厳重な管理
器を最低限度まで削減し、その後期限は定めないが核兵
などを強調した。
器を廃絶するよう提案している。
オバマ提案の背景
オバマ提案の意義
「核兵器のない世界」の追求という目標が米国の国家
オバマ大統領自身「私の生きているうちには不可能で
戦略としてこれほど前面に出てきていることは、これま
あろう」と述べているように、近い将来に核廃絶の可能
での歴史でもないことである。もちろんオバマ大統領自
性はないとしても、
「核兵器のない世界」という大胆な
身の考え、哲学、価値観などが基盤となっているが、そ
ビジョンを明確に定めて具体的核軍縮措置を取っていく
の背景として以下のことが考えられる。
ことがきわめて重要である。米ロ間の核削減、CTBT の
第1は、前任のブッシュ大統領の安全保障政策であり、
批准と発効、FMCT の締結などの措置を、大胆なビジョ
それは米国単独行動主義であり、武力を含む力の政治で
ンの追求と組みわせることにより、核軍縮の進展がより
あり、核兵器の使用の可能性を威嚇として使用するもの
可能になると考えられる。
であった。これに対して国際的にはもちろん、米国内に
2010 年5月に開催される核不拡散条約(NPT)再検討
おいても、国際協調主義を、力の支配ではなく法の支配
会議が、この進展に寄与するであろう。
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大阪女学院大学国際共生研究所通信 創刊号
最近の国
際的な研 究活動 紹 介
大阪女学院の歴史
【The ALTE Framework of Language Examinations】
ヨーロッパにおける多言語政策を推進するために設立
8
された ALTE (The Association of Language Testers in
大阪女学院は、米国カンバーランド長老教会によっ
Europe:http://www.alte.org/index.php)は、EU 諸国が実
て 1884( 明治 17) 年に創設されたウヰルミナ女学校を
施している多様な言語テストにおける言語能力レベル
母体としています。創設者たちが力を注いだ教育は、
の 共 通 尺 度 と し て "The ALTE Framework of Language
人格を柱とする人間の内面的な自己形成と、社会的な
Examinations" を開発した。これは、学習者がそれぞれ
変革のエネルギーを併せもつプロテスタンティズムの
のレベルで当該言語を使用して何ができるかを記述した
影響を色濃く持っていました。
ものである。他の国への就職や大学への入学などに要す
その伝統を受け継ぎ、1968 年に短期大学 ( 英語科 )
る言語能力を証明するものとして利用されており、受験
を開学。コンテンツ ・ ベースの教授法による独自の英
者は年間 200 万人を超える。日本の大学においても、海
語カリキュラムを確立し、徹底した教養教育と英語教
外を含む大学間で様々な連携が盛んになっており、今後、
育の組み合わせにより、学生のアイデンティティ形成
各大学では、学生の英語能力を客観的に記述し、学生間
を促し、社会に積極的に関わる意欲を育てるなど、新
や大学間の英語レベルの比較が可能になるような装置が
しい英語教育の姿を生み出してきました。
必要となってくると予想される。大学で実施される教育
2004 年には四年制大学 ( 国際 ・ 英語学部 ) を開学。
課程や使用するテストが異なっても「〜ができる」とい
グローバルなレベルでの英語によるコミュニケーショ
うような共通の「英語能力測定尺度」があれば、各大学
ン能力と専門的能力を駆使し、国際社会や地域社会を
が求める英語到達能力を共通尺度で定量化できることに
舞台に多くの人々と協働しつつ、現代文明が崩壊しか
なり、各大学にとっても大きなメリットになる。これに
ねない危機と課題の認識、それらの諸課題に積極的に
より、必要とされる教授法やカリキュラムの構築も容易
コミットしうるリーダーシップの担い手となる人材の
になると考えられる。 (智原 哲郎)
育成をめざしています。
2009 年には大学院「21 世紀国際共生研究科平和 ・ 人
書籍
紹介
権システム専攻」を開設。人権に対する認識と社会的
使命への自覚に深く根ざし、世界的なネットワークを
国際共生研究所叢書 1 通じて、21 世紀の世界が抱える困難な諸課題の解決、
『国際社会への日本教育の新次元 今、知らねばならな
国際平和の実現に貢献できる女性の育成に取り組んで
いこと』関根 秀和編 (東信堂 ,2009 年 10 月刊 , 四六判
います。
192 ページ , ¥1,200)
本書は、国際通用性を厳しく
求められている我が国の学校教
育と大学教育の在り方について
ウヰルミナの教育
モルガン校長
理解を深める機会として 2008 年
戦後、焼野原からの
再出発
10 月と 11 月の 2 回にわたり開催
した本学国際研究所開設記念講
座を収録したものである。筆者
ウヰルミナの森 ( 現在)
は、日本および国際的教育行政
に関する第一人者 4 氏。
編集後記
このたび、本学国際共生研究所ニュースレター創刊号
はじめに 関根 秀和
第 1 章 世界と日本の教育改革 鳥居 泰彦
を発行いたしました。このニュースレターでは、本学研
第 2 章 中央教育行政の視点と課題 合田 隆史
究所の三つのプロジェクト研究の動向や、国際共生に関
第 3 章 学校教育評価の動向と課題 木村 孟
する研究や話題を紹介・提供していきます。4月と 10 月
第 4 章 初等・中等教育が立つべき視点 田村 哲夫
の年2回発行する予定です。
おわりに 関根 秀和
次回は 10 月に発行します。 (く・て・た・な)
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