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H18年度採択課題 [PDF:5MB] - 国立研究開発法人 医薬基盤・健康

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H18年度採択課題 [PDF:5MB] - 国立研究開発法人 医薬基盤・健康
独立行政法人
医薬基盤研究所
National Institute of Biomedical Innovation
研究振興部 基礎研究推進課
TEL.072-641-9803 直通 FAX.072-641-9831
〒567-0085 大阪府茨木市彩都あさぎ7丁目6番8号 http://www.nibio.go.jp
保 健 医 療 分 野 に お け る
基礎研究推進事業
平成18年度採択課題レポート
ProjectReport
2009
保 健 医 療 分 野 に お け る
c
o
n
t
e
n
t
s
基礎研究推進事業
平成18年度採択課題
医 薬 基 盤 研 究 所 と は ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2
保 健 医 療 分 野 に お け る 基 礎 研 究 推 進 事 業 に つ い て・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3
平成
ProjectReport
ProjectReport
2009
2009
年度採択課題
18
1
HIV-1複製を阻害する低分子化合物の開発とそれをプローブに
用いた分子イメージング技術によるウイルスの動態解析
[独立行政法人理化学研究所]
2
In silico創薬技術を活用した
転写因子阻害作用を有する新規抗がん剤の創製
[静岡県立大学]
3
Rasとその支配するシグナル伝達系の機能阻害を分子標的とした
抗癌剤の開発
[神戸大学]
4
論理的創薬による蛋白質立体構造制御法の確立と
プリオン病治療薬開発への応用
[岐阜大学]
5
HGF-Met受容体系を標的とするインシリコ分子創薬研究
6
組織損傷の分子機構の解明とそれに基づく新たな治療法の開発
7
セマフォリンを標的とした多発性硬化症治療と診断キットの開発
8
インテリジェントナノDDSを利用した急性心筋梗塞に対する
次世代型血栓溶解療法の開発とその臨床応用
9
腎炎治療分子標的医薬の開発
間 陽子
・・・・・・
4
浅井 章良
・・・・・・・・・・・・・・・・
6
片岡 徹
・・・・・・・・・・・・・・・・・
8
桑田 一夫
・・・・・・・・・・・・・・・・ 10
松本 邦夫
・・・・・・・・・・・・・・・・ 12
[金沢大学]
裏出 良博
・ 14
[財団法人大阪バイオサイエンス研究所]
熊ノ郷 淳
・・・・・・・・・・・・・・・・ 16
[大阪大学]
斎藤 能彦
・・・・・・・・・・・・・ 18
[奈良県立医科大学]
辻本 豪三
・・・・・・・・・・・・・・・・ 20
[京都大学]
松岡 正明
10
神経細胞死抑制因子を応用したアルツハイマー病治療法の開発
11
パーキン遺伝子を用いた家族性・孤発性パーキンソン病に対する
遺伝子治療の研究
12
チオレドキシンによる急性呼吸器疾患新規治療法の開発
13
骨質を標的とした骨折予知診断および新規治療薬の開発に関する研究
14
高分解能PET/MRI一体型悪性腫瘍診断装置の開発
15
ジテルペン配糖体をリードとした分化誘導型新規抗がん剤の開発
16
自己免疫性疾患に対する新しい生物製剤の開発の研究
17
アミロイドを伴う希少疾患の新規治療予防薬の開発に関する研究
18
新規低分子NF-kB阻害剤(DHMEQ)による新たな免疫抑制療法の開発
19
コレステロールアシル転移酵素アイソザイム ACAT2 選択的阻害剤の開発
20
脳神経疾患の新しい画像診断法および治療薬の開発
21
人工万能幹細胞の創薬および再生医療への応用
22
がん・循環器領域等における前向き臨床試験を用いた薬剤奏効性・安全性の 宮 田 敏 行
・・・・・・・・・・ 46
[国立循環器病センター]
シグナル
(バイオマーカー)検出大規模データベース構築を目指した研究
・・・・・・・・・・・・・・・・ 22
[東京医科大学]
水野 美邦
[順天堂大学]
・・・・・・・・・・・・・・・・ 24
淀井 淳司
・・・・・・・・・・・・・・・・ 26
[京都大学]
池田 恭治
・・・・・・・・・・ 28
[国立長寿医療センター]
畑澤 順
[大阪大学]
・・・・・・・・・・・・・・・・・ 30
加藤 修雄
・・・・・・・・・・・・・・・・ 32
[大阪大学]
清水 宏
・・・・・・・・・・・・・・・・・ 34
[北海道大学]
堂浦 克美
・・・・・・・・・・・・・・・・ 36
[東北大学]
藤堂 省
・・・・・・・・・・・・・・・・・ 38
[北海道大学]
供田 洋
[北里大学]
・・・・・・・・・・・・・・・・・ 40
橋本 謙二
[千葉大学]
・・・・・・・・・・・・・・・・ 42
山中 伸弥
[京都大学]
・・・・・・・・・・・・・・・・ 44
保 健 医 療 分 野 に お け る 基 礎 研 究 推 進 事 業[ 業 務 の 流 れ ]・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 48
医 薬 基 盤 研 究 所
1
沿 革
国立医薬品食品
衛生研究所
独立行政法人医薬基盤研究所は、
国立医薬品食品衛生研究所大阪支
医薬品・食品等の
試験・検査・研究
所を主な母体に、国立感染症研究所、
細胞バンク
独立行政法人医薬品医療機器総合
これは、平成7年から進められてき
た厚生労働省所管試験研究機関の
再編成の一環として、規制と振興の分
離を図りつつ、創薬支援に関わる組織
を一体化して、医薬品・医療機器の開
発支援をより効果的に進めようとする
国立医薬品食品衛生研究所
大阪支所
医薬品等の基盤研究
※法人の主たる事務所として移管
(独)医薬基盤研究所
1
2 3
国立感染症研究所
医薬品等の
基盤研究
感染症に関する研究
生物学的製剤の
検査、検定、試験的製造
遺伝子バンク、実験動物開発
医学実験用霊長類センター
(独)医薬品医療機器
総合機構
健康被害救済業務
審査関連業務
生物資源の 医薬品等の
研究
研究開発振興
安全対策業務
研究開発振興業務
は、競争的資金制度として、国民の健康の保持
増進に役立つ画期的な医薬品や医療機器の
目 的 と 事 業
などの最新の技術成果を活用した、より有
効で安全な医薬品・医療機器の開発が欠か
せません。また、厳しい国際競争の中で、わ
独立行政法人の柔軟性を生かした連携
いくためには、ゲノム科学、たんぱく質化学
開発につながる可能性の高い基礎的な研究を
(独)医薬基盤研究所
国民の健康を守り、生活の質を改善して
基盤的技術研究
医薬品等の開発に資する
共通的技術の開発
生物資源研究
研究に必要な生物資源の
供給及び研究開発
が国の医薬品・医療機器産業の国際競争力
研究開発振興
を強化することも、産業政策上重要な課題
研究の委託、資金の
提供、成果の普及
となっています。
資源 資金 の
提供による創薬支援
技術
こうした中で、医薬基盤研究所は、創薬
支援に特化した独立行政法人として以下の
公募・採択し、大学や国立試験研究機関など
において研究を実施していただくものです。
企業
産業界の
要請
産学官連携
大学・研究
国民保険の
向上
3
医薬品等の研究開発振興
市販
生物資源研究
審査
2
臨床試験
医薬品等の基盤的技術研究
前臨床試験
1
リード化合物探索・至適化
した研究開発を支援しています。
ターゲット検索・評価
ける新たな医薬品・医療機器の開発を目指
国
行政ニーズ
医学・薬学の
進歩
三つの事業を行い、民間企業、大学等にお
2
基礎研究推進事業
保健医療分野における基礎研究推進事業
ものです。
2
医薬基盤研究所
National Institute of Biomedical Innovation
薬品植物栽培試験場
機構の組織の一部を統合して、平成
17年4月に創設されました。
独立行政法人
とは
国際競争力の
強化
3
平成18年度
[2006年度]
HIV-1複製を阻害する低分子化合物の開発と
それをプローブに用いた分子イメージング技術による
研究期間 平成18年度∼平成22年度(予定)
ウイルスの動態解析
1
研究体制
総括
間 陽子[独立行政法人理化学研究所]
三浦 智行[京都大学]
三城 明[プロテインウエーブ株式会社]
※平成21年度における研究体制
新規エイズ治療薬の開発へ大きく前進
キーワード
Keyword
Project
1
HIV-1Vprの
新規核移行機序
エイズの原因ウイルスであるヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)
を特徴付けている
アクセサリー蛋白質の一つであるVprが核輸送担体Importinαを介して核移行す
る新規核移行機序を有することを発見しました。
核移行を阻害する
新規抗HIV-1薬創製
VprとImpαの結合を阻害し、
さらに核移行過程を阻害する新しい作用点を有する
抗HIV-1薬の開発を進めています。医薬に適した医薬品候補化合物は霊長類モデ
ルにより治療効果を検証します。
分子イメージング技術
の開発
Vpr認識低分子化合物を放射性炭素( 11 C)で標識したPositron Emission
Tomography(PET)
プローブおよび蛍光色素で標識した蛍光プローブを用いた
イメージング技術によるウイルスの細胞内および体内動態解析と診断技術開発
研究の背景・意義
Vprの新規核移行機序とエイズ治療薬の創製
エイズ治療薬の開発と分子イメージング診断
HAART療法の確立によりエイズ発症を遅らせることが可能と
なりましたが、耐性ウイルスの出現を抑えられないことがエイズの
根治を不可能にしています。
エイズを根絶するためには新たな作用
点を標的にした薬剤を開発することによって耐性ウイルス出現を
克服することが必須です。
そこで、HIV-1の特徴であるアクセサリー
蛋白質群の一つVprに焦点を当て、核輸送担体Importinα
(Imp
α)
と結合して核内に移行するVprの新規核移行機序を発見しまし
た。
さらに、Impαとの結合能が消失したVpr変異体は核移行能を
失い、それを組み込んだウイルスはマクロファージにおけるウイル
ス複製が阻害されました。以上の結果は、VprとImpαとの結合を
標的とした新しい抗HIV-1薬の開発への可能性を強く示唆してい
ます。
HAART療法のもう一つの問題は潜伏感染細胞を排除できない
点です。そのためには、
これまで成功していないHIV-1感染細胞の
体内動態およびHIV-1の感染過程を可視的・動的に解析すること
により、HIV-1感染細胞の集積部位、潜伏・再活性化部位を明らか
にすることが必要です。
ウイルス粒子に取り込まれるVprを認識す
る低分子化合物を蛍光色素・短寿命放射性炭素でマーキングした
検出プローブによって、HIV-1の動態をin vitro及びin vivoレベル
で検出できるイメージング技術の開発が望まれます。
新しい作用点を有する抗HIV-1薬の開発を目指し、Vprと核輸
送担体Impαとの結合がマクロファージにおけるHIV-1複製に必
須であるという申請者らが独自に発見した現象を根幹にし、Vprと
Impαの結合を標的にしたウイルス阻害薬を創製します。得られた
ヒット化合物を出発点として、
より一層効果の高い阻害剤を設計す
るために、Vpr-化合物複合体のNMRを用いた立体構造解析およ
びImpα-Vpr 複合体のX線結晶構造解析、ならびに光親和性標
識誘導体によるVprと化合物の結合部位の同定を行ない、その情
報をもとに構造最適化を行います。最終的に、医薬品候補化合物
の治療効果をHIV-1vpr遺伝子を有するサル・ヒト免疫不全組換え
ウイルス
(SHIV)
モデルにより検証します。
潜伏感染細胞の排除を目指したHIV-1の細胞内・体内動態、感
染標的部位、集積部位、潜伏・再活性化部位の検出プローブを開
発します 。V p r を 認 識 する 低 分 子 化 合 物 を 1 1 C で 標 識した
Positron Emission Tomography( PET)
プローブを用いたイ
メージング法により、
これまで不可能であったHIV-1感染細胞の体
内動態解析を世界に先駆けて行います。
さらに、
ウイルス粒子に取
り込まれるVprに強く結合する低分子化合物に蛍光色素を導入し
た蛍光プローブを合成し、蛍光バイオイメージングによりHIV-1感
染過程を可視的かつ動的に解析することを目指します。
◀ 蛍 光 蛋 白 質 を 融 合 させ た
HIV-1Vpr(緑)
を細胞質に注入
すると速やかに核へと移動した。
赤 色 色 素はインジェクション
マーカー。
4
2
研究プロジェクトの目標
◀HIV-1の生活環の中
でVprの新規核移行過
程を標 的にした新しい
作用点を有する阻害薬
の開 発を目指していま
す。
3
研究プロジェクトの成果
4
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
医薬品候補化合物の創製
サルエイズモデルの開発と効果の解析
マクロファージにおけるHIV-1複製に必須なVprとImpαの結合を
阻害するヒット化合物を同定しました。
この化合物はImpαではなく、
HIV-1の株間で高度に保存されたVprの変異の無い領域に結合し、
ウ
イルス複製を核移行過程で阻止する新しい作用機構を有することか
ら、耐性ウイルスの出現を軽減できる可能性が考えられました。分子
内に5つの水酸基を有する天然化合物であったため、数段階の化学
反応を用いて水酸基の除去または修飾反応を行い誘導体を合成した
ところ、細 胞 毒 性が低く、
ナノmolレベルでウイルス
増 殖を阻 害するリード最
適化化合物を得る事に成
功しました。
HIV-1はヒトとチンパンジーにしか感染しません。そこで、モデル動
物として有用なアカゲザルで感染実験を行うため、SIVのゲノムのうち
外皮蛋白
(env)遺伝子を中心とした約4割程度をHIV-1由来のゲノム
に組換えたSHIVを作成し、
エイズの感染実験動物モデル系を開発しま
した。
しかし、本プロジェクトによってこのSHIVはHIV-1のVprを発現し
ないことが判明したため、最近報告された新世代SHIV(gag遺伝子の
一部とvif遺伝子のみがSIV由来であり、ゲノムの9割以上がHIV-1由
来)が、HIV-1のVprを発現することを確認し、モデルとして使用するこ
とにしました。一方、HIV-1のenv遺伝子により決定されるセカンドレセ
プター指向性(CCR5型やCXCR4型)
の違いによって感染個体におけ
る標的細胞や病態が大きく異なることが最近明らかになり、
ヒトのエイ
ズ病態に重要なのはCCR5型であると考えられるようになりました。新
世代SHIVは、
まだサルへの順化が不十分であり、envがCXCR4型であ
ることから、CCR5型HIV-1株のenv遺伝子を新世代SHIVのバック
ボーンに組み込んだものを新規に構築し、
アカゲザルに順化させること
により、有効な新世代SHIVサル感染モデル系を確立し、医薬品候補化
合物の感染個体における薬効評価を行います。
◀天然から得られた物質を化学
反応によって修飾している様子
構造最適化のためのドラッグデザイン研究
医薬品候補化合物の創出を目指して、構造最適化により、
より一層
阻害効果の高い阻害剤の設計を進めています。阻害剤の化学構造を最
適化するために、標的となるVprとImpαの大量発現と精製を行ってい
ます。次にこれらを用いて,阻害剤―蛋白質,蛋白質―蛋白質複合体の
共結晶化とX線結晶構造解析ならびに溶液状態でのNMR解析を行
い、複合体の詳細な三次元立体構造情報を求めます。
また独自に化学
合成された光標識化合
物を用いて、阻害剤の標
的蛋白質への結合部位
の同定を試みています。
▶阻害物質のドラッグデザイ
ンに必要となる標的蛋白質
の大量発現と精製,蛋白質複
合体等の共結晶化と三次元
立体構造解析
分子イメージング技術開発
Vpr認識化合物に蛍光色素を導入した蛍光プローブを合成し、細胞
内に取り込まれたVprを簡便に検出できる蛍光イメージングキットの作
成を試みています。Vprと化合物との結合を阻害しないと思われる位置
に蛍光色素としてフォルオレセインを導入した誘導体を合成し、Vpr発
現細胞に添加すると発現部位での
フォルオレセインの蛍光の検出に成
功しました。次に、関連化合物を放
射性炭素 11 Cで標識したPETプロー
ブを健常なラットとサルに投与した
ところ、投与した化合物は肝臓への
吸着が見られたものの、肝臓から腸
管、腎臓へと排泄され、良好な体内
動態を示しました。
◀蛍光色素を導入したVpr認識化合物
(緑)
の細胞内における動態観察
参考文献
▲感染サルの腸管内視鏡検査。CCR5指向性SHIVは腸管
のメモリーCD4陽性T細胞を主な標的としている。
分子イメージングへの展開
医薬品候補化合物が開発されれば前臨床から臨床段階へと移行し
ますが、ほとんどの化合物はこの過程で脱落してしまいます。それは動
物実験のデータがそのまま人に適用できないことに起因します。
これを
解消するために事前に人での薬物の体内での動きを観察し、その結果
を基に副作用がなく、疾患に選択的に効力を発揮する薬の開発を行う
ことが必要です。それを可能にするのがPETによる分子イメージング
技術です。医薬品候補化合物を厚さ10cmの鉛で囲まれたホットセル
の中でコンピュータ制御の自動合成装置を用いて短寿命放射性化合
物で標識化し、
これを生体内に薬効発現の100分の1以下の極微量
投与し、体内の動きを観察するものです。すでにモデル化合物での標
識化に成功しており、医薬品候補化合物が確定次第、研究を開始する
予定です。
▲ホットセル(銀色の入れ物)
と自動合成装置(扉の中の装
置)。合成開始時には扉を閉めて反応を行う。
Suzuki T., Yamamoto N., Nonaka M., Takeshima S., Hashimoto Y., Matsuda G., Matsuyama M., Igarashi T., Miura T., Tanaka R., Kato S., and Aida Y.
「Inhibition of human
immunodeficiency virus type 1 (HIV-1) nuclear import via Vpr-Importin α interactions as a novel HIV-1 therapy」, Biochem. Biophys. Res. Commun., 380:838-843, 2009.
Nitahara-Kasahara Y., Kamata M., Yamamoto T., Zhang X., Miyamoto Y., Muneta K., Iijima S., Yoneda Y., Tsunetsugu-Yokota Y. and Aida Y.
「Novel nuclear import of Vpr
promoted by importinαis crucial for human immunodeficiency virus type 1 replication in macrophages」, J. Virol., 81:5284-5293, 2007.
Aida Y and Matsuda G.
「Role of Vpr in HIV-1 nuclear import; therapeutic implications」, Current HIV-1 Research, 7:136-143, 2009
5
平成18年度
[2006年度]
In silico創薬技術を活用した
転写因子阻害作用を有する新規抗がん剤の創製
2
研究期間 平成18年度∼平成22年度(予定)
大川原 正[熊本保健科学大学]
古谷 利夫[株式会社ファルマデザイン]
研究体制
総括
浅井 章良[静岡県立大学]
大塚 雅巳[熊本大学]
秋山 靖人[静岡県立静岡がんセンター]
小郷 尚久[静岡県環境衛生科学研究所]
※平成21年度における研究体制
インシリコ創薬による新規抗がん剤の開発
キーワード
Keyword
Project
1
In silico創薬
In silico創薬とは、従来の実験を主体とした創薬手法にIT技術を導入した創薬手
法を言います。従来の創薬手法から得られる結果に比べ、
より理論的な解釈が可
能な研究成果を導き出すことが出来ます。
分子標的抗がん剤
がん細胞の増殖や転移において重要なタンパク質を標的として作用する抗がん剤
であり、
がん細胞を狙って選択的に作用するため、副作用をより低く抑えながら治
療効果を高めることが期待されます。
STAT3
白血病等の各種がん細胞において恒常的に活性化しており、
がん細胞の増殖促進
やアポトーシス耐性獲得に関与することから、新規分子標的抗がん剤のターゲット
として注目されている転写制御因子です。
研究の背景・意義
2
創薬プログラムの開発とがん治療薬の創出
STAT3は乳がん、前立腺がん、白血病等の各種がん細胞で恒
常的に活性化しており、がん細胞の増殖促進やアポトーシス耐性
獲得に関与することから、新規分子抗がん剤のターゲットとして注
目されている転写制御因子です。IL-6等のサイトカインやEGF等の
成長因子が各レセプターに結合すると、
レセプターのチロシン残基
のリン酸化によりJAK、Srcチロシンキナーゼが活性化されます。
こ
れらチロシンキナーゼによりSTAT3のTyr705がリン酸化され、
STAT3のC末端に存在するSH2ドメインを介して二量体を形成し
た後に核内に移行し、Cyclin D1、c-Myc、Survivinなどのがん遺
伝子の転写を促進することが知られています。本研究では、新しい
タイプの S T A T 3 二 量 体 化 阻 害 剤 の 創 製を目指しています。
STAT3二量体化阻害剤としては、
これまでに主にペプチド性阻害
剤が報告されていますが、がん細胞内への透過性や安定性が課題
となっています。従って、STAT3二量体化阻害活性を有する低分
子化合物は、新規分子標的薬として、
さらにはSTAT3の細胞内に
おける機能を解析するためのツールとしても極めて有用です。そこ
で、独自の創薬プログラムを開発することによりフラグメントリンキ
ング法を用いて標的分子であるSTAT3のSH2ドメインに直接作
用することにより、二量体化の形成を阻害する低分子化合物の探
索を計画しました。
本研究では、標的分子であるSTAT3のSH2ドメインに直接作
用することにより、二量体化の形成を阻害する低分子化合物の探
索を計画しました。STAT3の場合、既にそのタンパク質自体の高
次構造が明らかにされており、
その立体構造からは、分子表面に深
く明瞭な薬剤結合ポケットが無いため、従来の構造ベースの創薬
手法(SBDD)が適用しがたい標的と位置付けられます。
そこで、本
標的タンパク質のように浅いポケットに結合するフラグメント分子
を、適当なリンカーで結合することにより、活性の高い分子を設計
するための技術として新規プログラムを開発することによって、効
率的かつ効果的にSTAT3阻害作用を有する新規抗がん剤の創製
が達成され、
さらに、薬物設計分野での大きな波及効果をもたらす
ことが期待されます。従って、in silico創薬手法によりSTAT3阻害
作用を有する新規抗がん剤を創製することを目的とし、以下の2点
を到達目標としました。①STAT3のSH2ドメインのように、深い結
合ポケットが無いような標的タンパク質にも適用できる医薬品デ
ザイン技術とそれに必要なプログラムを開発すること。②STAT3
阻害を作用機序
とする新規抗が
ん剤の臨床開発
候補化合物を5
年以内に見出す
こと。
▲新規なin silico創薬プログラムを活用して効率的かつ
効果的にSTAT3二量化阻害作用を有する分子標的抗が
ん剤を創出する。
6
研究プロジェクトの成果
4
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
2種の新規in silico創薬プログラムを開発
In silico創薬プログラムの応用と改良
近年注目されているフラグメントに基づくリード創出(シンプルな構
造のフラグメントから出発して医薬品候補化合物を設計する方法)に
有用な2種のプログラム「fragmentLinker」
と
「PD-Dock」の開発を
行いました。
「 fragmentLinker」は、2つの異なる結合部位に結合す
るフラグメント同士を別の分子(リンカー)で結合し、
より活性の高い
新たな分子へと導くリンキングと呼ばれる手法を自動的に行うプログ
ラムです。本プログラムは、活性データが既知のアセチルコリンエステ
ラーゼ等の事例の検証で、適切なリンカーを正しく予測する事を確認
しております。
「 PD-Dock」は、
シンプルな構造であるフラグメントの結
合様式も適切に評価可能にするため、汎用的なDockingプログラム
では考慮されていない弱い相互作用もスコア関数に入れた新規ドッ
キングプログラムで、個々の標的毎にパラメーターを最適化し特化し
たスコア関数(ターゲット・フォーカスト スコア)の作成機能を有する
事を特徴とします。
「 PD-Dock」は、複数の複合体構造に対するドッキ
ング精度検証の結果、既存のプログラムと同等もしくはそれ以上の精
度で結合様式を予測し、既知PKB阻害剤のターゲット・フォーカスト
スコア を 用 い た バ ー
チャルスクリーニング
の例で、高い濃縮率で
既 知 阻 害 剤 を選 別し
たことから、その 有 用
性を確認しました。
開発した2種のin silico創薬用プログラム(fragmentLinker,
PD-Dock)は、それぞれ検証を行い、fragmentLinkerについては、
活性データが既知のアセチルコリンエステラーゼ等の事例に対する
適切なリンカーの予測、PD-Dockについては、複数の複合体での結
合様式予測と既知PKB阻害剤を例にターゲット・フォーカスト スコア
を用いたバーチャルスクリーニングで有用性を確認しました。
今後は、本プロジェクトにおける更なる実用化に向け、検証例の追
加とプログラムの改良を行います。fragmentLinkerについては、本
プロジェクトの標的タンパクのSTAT3の2量化を阻害する薬剤の探
索に適用し、評価と検討を繰り返しております。具体的にはバーチャ
ルスクリーニングで見つかったSTAT3阻害剤をフラグメントとし、別
の既知STAT3阻害剤の阻害活性に重要な部分構造をもう一つのフ
ラグメントとして、fragmentLinkerにより適切なリンカーで結合した
化合物をデザインし、化合物合成を行いより活性の高い阻害剤を探
索しております。PD-Dockについては、検証例を更に追加してその有
用性を確認するとともに精度向上のための検討も行い、
フラグメント
に対しての有用性についての検証と改良を行っていく予定です。
▲STAT3阻害剤ヒット化合物の活性向上に向けた
新規in silicoプログラムfragmentLinker適用の模式図
◀新規in silico創薬プログ
ラムfragmentLinkerと
PD-Dockの動作概念図
研究プロジェクトの目標
新しい創薬手法によるがん治療薬開発
◀S T A T 3 は 各 種 チロシンキ
ナーゼにより活性化され、二量
体を形成することにより、
がん遺
伝子などの転写を促進する。
3
経口投与可能なSTAT3二量化阻害剤STX-0119
STAT3-SH2ドメイン構造を用いたバーチャルスクリーニングを
実施し、市販化合物ソースより1)DOCK4、2)Glide、3)既存SH2リ
ガンドとの構造類似性により合計633化合物を選択、収集しました。
一方、生化学的なアッセイ系として、1)STAT3恒常的活性化型がん
細胞株に対して選択的な増殖阻害を指標とした系、2)SPRによる
STAT3-SH2ドメイン相互作用を指標にした系、3)ルシフェラーゼレ
ポーター系による細胞内STAT3転写活性阻害を指標にした系、4)
ア
ルファースクリーン法によるSTAT3選択的二量体化阻害を指標とし
た系を構築しました。これらのアッセイ法を活用し、バーチャルスク
リーニングにより選抜された化合物群からの絞込みを実施し、3種類
の異なる骨格のリード候補化合物を同定し、その合成ルートを確立し
ました。中でもSTX-0119は細胞内においてもSTAT3の二量体化阻
害により、選択的にSTAT3の機能を阻害することが確認されていま
す。
さらにヒトリンパ腫SCC-3のヌードマウス移植固形腫瘍モデルに
おける薬 効 評 価の 結 果 、S T X - 0 1 1 9 は 経 口 投 与( 4 0 m g / k g ∼
160mg/kg、5日間連続投与)
で強力なJAK2阻害剤として知
られているWP-1066と比較し
て、同等またはそれ以上の有意
な抗腫瘍活性を示し、体重減少
などの明らかな副作用は認めら
れませんでした。
▶STAT3のSH2ドメインと
STX-0119の結合モデル
参考文献
活性増強と開発候補の選定
バーチャルスクリーニングによる選抜と、その後の生化学的なアッ
セイ系による絞り込みによって、経口投与で抗腫瘍活性を示すリード
化合物STX-0119を見出してきました。細胞レベルでの生化学的な
解析からSTX-0119は、がん細胞内でSTAT3の二量化を選択的に
阻害する薬剤であることが検証されています。STAT3二量化阻害を
作用機序とする薬剤で経口投与可能な化合物はこれまでに報告があ
りません。今後は上記in silico創薬用プログラムをフルに活用して、
よ
り低投与量で抗腫瘍活性を示す化合物をデザイン、合成していきま
す。既にin vitroでの活性が10倍程度増強した誘導体を数種類得て
おりますので、これら誘 導 体の抗 腫 瘍 活 性 評 価を進めていきます。
リード化合物自身については数十グラムスケールでの効率的な合成
法を既に確立していることから、引き続き、
この化合物の投与形体、投
与スケジュールの最適化、さらには詳細な毒性評価を行っていきま
す。適応がん種に関しても、今のところはSTAT3が恒常的に活性化し
ている各種リンパ腫をひとつのターゲットとしていますが、今後は有用
なバイオマーカーの探索も進めながら乳がんなど固形腫瘍への効果
を検討していく予定です。
▲STX-0119は、
ヌードマウスへの経口投与にてヒトT細胞リンパ腫(SCC3)
の増殖を有意に抑制した
(16Omg/kg/day x 4日間投与)。
H. Yu and R. Jove, “The STATs of Cancer – New Molecular Targets Come of Age.” Nature reviews cancer, 4, 97-105 (2004)
高橋理、”FBDDのためのin silico アプローチ”、SAR News No.15 17-20 (Oct. 2008)
Uehara Y, Mochizuki M, Matsuno K, Haino T, Asai A. “Novel high-throughput screening system for identifying STAT3-SH2 antagonists.” Biochem Biophys Res Commun.
380, 627-631(2009)
7
平成18年度
[2006年度]
Rasとその支配するシグナル伝達系の機能阻害を
分子標的とした抗癌剤の開発
3
研究期間 平成18年度∼平成22年度(予定)
研究体制
総括
片岡 徹[神戸大学]
閨 正博[神戸天然物化学株式会社]
※平成21年度における研究体制
3
研究プロジェクトの成果
インシリコ選抜化合物の生化学的活性検証
Ras-GTPのstate 1のポケットに安定に結合する物質を、250万種
類以上の化合物を含む巨大ライブラリーから、
コンピュータ・ドッキン
グシミュレーションを利用して1200種類以上選抜し、Rasと標的蛋白
質との結合阻害試験(生化学試験)
を実施しました。
この段階で複数の
ヒットが得られたので、構造類縁体を化合物ライブラリーから探索する
とともに、生化学試験を実施したすべての化合物の構造・活性情報を
利用したコンピュータ能動学習法による候補選抜ならびにアッセイに
よって、
さらにヒットを増やす
ことに成功しました。
Ras阻害剤開発に風穴をあける新規方法論
キーワード
Keyword
Project
1
Ras
ras癌遺伝子はヒトの癌において高率に活性化が認められることから、
その産物で
ある低分子量G蛋白質Ras(ヒトではH-Ras,K-Ras,N-Rasの3つのアイソフォーム
が存在)
は抗癌剤開発上の格好の分子標的と言えます。
分子標的薬
疾患の原因をゲノム・分子レベルで解明し、原因分子を特異的に阻害することによ
り疾患治療を可能にする医薬品。医薬品設計の段階から分子レベルの標的を定め
ている点で、従来の医薬品とは異なります。
立体構造遷移
ここでは、GTP型Ras( Ras-GTP)の立体構造の局所的ゆらぎを意味します。
Ras-GTPでは、標的と結合できるstate 2(活性型)
と、
できないstate 1(不活性
型)
の2種類の構造間での相互変換が起こっています。
2
研究の背景・意義
研究プロジェクトの目標
GTP型Rasのポケット構造と分子標的薬
Ras機能阻害剤のインシリコ創薬
ras癌遺伝子産物Rasはヒトの癌において高率に活性化が認
められることから、抗癌剤開発上の格好の分子標的と考えられま
す。Rasの機能阻害薬については、
これまでに多数の製薬会社で
開発研究が行われてきましたが、世界的には未だ成功例がありま
せん。我々は、GTP型Ras( 以下Ras-GTP)における立体構造の
遷移というRasの新たな構造上の特徴に着目し、従来にない全く
新たな方法論を用いた抗癌剤開発を目指しています。長らく活性
型と考えられてきたRas-GTPには、標的との結合能力を有する
との
state 2構造(活性型)
と有さないstate 1構造(不活性型)
間での相互変換(遷移)が存在することが近年の31 P核磁気共鳴
法による構造解析で明らかになってきています。State 2の立体
構造は既に決定されていましたが、state 1については、Ras類
似蛋白質であるM-Rasならびにその変異体のX線結晶解析を通
じて、我々が世界で初めて立体構造決定に成功しました。興味深
いことに、state 1構造にはRasの分子表面に低分子量有機化合
物が十分挿入できるサイズのポケット構造が存在します。
このポ
ケットに選択的に結合し、Rasの構造をstate 1に安定化する物
質(化合物)は、Rasの機能を阻害する抗癌剤として作用する可能
性があります。
このプロジェクトでは、我々が独自に決定したRas-GTPのstate
1構造情報に基づくコンピュータ・ドッキングシミュレーションを利
用したインシリコ創薬技術、
ならびに生化学・分子生物学的検証実
験を組み合わせた独自のアプローチによって、Rasのstate 1のポ
ケットに選択的に結合し、Rasを不活化することで抗癌作用を示す
低分子量有機化合物の効率的なスクリーニングを行います。生化
学試験によってRas機能阻害活性を確認できた化合物について
は、簡易的な代謝安定性評価試験を行います。
これをパスしたヒッ
ト化合物についてはさらに、小型実験モデル動物システムを利用し
て、固形腫瘍に対する抗腫瘍効果を評価します。
これら一連の試験
を全てパスした化合物を基本骨格別に構造分類し、
より高活性で
低毒性の化合物を得るために、誘導体の有機化学合成を構造群ご
とに実施し、構造活性相関解析(構造展開)
を行います。構造展開
における活性評価には、前述の生化学・分子生物学的検証試験な
らびにモデル動物システムを用います。
この過程を繰り返し行うこ
とで、最終的には、
リード化合物を創出することをプロジェクトの到
達目標とします。
これら一連の研究を通じて、Ras-GTPにおける立
体構造遷移というRasの新たな構造上の特徴に着目したRas自身
の活性阻害薬の開発を可能にします。
◀Rasのポケット構造情報に基づ
く候補化合物のインシリコ選抜と
Ras阻害活性の生化学的検証に
よってヒットを得ました。
◀Rasのポケット構造情報
に基づくインシリコスクリー
ニングとウェットアッセイを
組合わせて、Rasの機能阻
害剤を開発する。
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
真のヒット見極めとリード化合物の創製
インシリコ選抜試験→生化学試験→細胞生物学試験→担癌小型モ
デル動物試験の一連の評価をクリアしたヒット化合物は、10種類存在
しました。
これらは、母核構造別に大きく3種類に分類されました。
これ
らの構造・活性情報に基づいて、毒性発現の可能性が高い置換基や代
謝的に不安定な化学構造を生物学的等価体と置換した新たな化合物
(誘導体)を、神戸天然物化学株式会社が中心となって有機化学合成
し、誘導体を用いた前述の一連の活性評価試験を神戸大学内において
繰り返し実施しました。現時点で、真のヒット化合物の見極め作業につ
いてはほぼ完了しており、今後、真のヒットから、創薬化学的手法によっ
て、特許的に構造新規性を有しかつ合成展開性のあるリード化合物を
創製し、
さらにそれを最適化する方向に進みます。最終リード化合物が
具備すべき目標クライテリアとしては、①生化学的・細胞生物学的有効
活性濃度が数10 nMオーダー、②担癌モデル動物での有効活性濃度
が既存薬(Sorafenib等)
と同等以上、③薬物動態評価において既存
薬と同等以上のプロファイルを有する、③副作用に関与する受容体親
和性試験をクリアする、④遺伝毒性、心毒性、
マウス/ラット急性・慢性
毒性試験において重篤な副作用を示さない、
などを設定しています。
選抜化合物の培養癌細胞での抗癌作用検証
生化学試験をパスした化合物については、
まず、細胞毒性試験を実
施しました。毒性を示さない化合物について、活性型Rasで癌化した
培養癌細胞株を使用して、癌化形質の抑制作用を評価しました。
この
段階で10種類以上の化合物がヒットとして残りました。Rasの活性化
が関与しない培養癌細胞株では作用を示さなかったことから、
ヒット
化合物はRasに特異的な癌化抑制作用を示すことが細胞レベルで確
認できました。
ヒットの中には、化合物の活性強度の指標となるIC50
値が20 nM以下の強い活性
を示すものも複 数 含まれて
いました。
▶生化学試験をパスした化合物の
抗癌作用を評価するために、癌細
胞の軟寒天中でのコロニー形成
試験を実施しました。
選抜化合物のモデル動物での抗癌作用検証
培養癌細胞を用いた癌化形質抑制試験をパスした化合物について
は、簡易的な薬物代謝試験(マウス肝ミクロソーム試験)を実施しまし
た。代謝安定性が確認できた化合物は、担癌モデル動物システムで活
性評価を行いました。具体的には、
ヒト大腸癌細胞株(活性型Ras変異
を持つ)
をヌードマウスに皮下接種し固形腫瘍を形成させた後、化合物
を内服投与して腫瘍増殖抑制効果を評価しました。
この試験をパスし
たヒット化合物の中には、市販薬のマルチキナーゼ阻害剤Sorafenib
に匹敵もしくはそれを凌ぐ
抗癌作用を示すものも含
まれました。
◀ヒット化合物を投与したヌー
ドマウスでは、大腸癌細胞由来
の移植腫瘍の顕著な縮小効果
が確認できました。
◀GTP型Rasのstate 1構
造に存在するポケットに結
合し、このポケット構 造を
安定化する物質は、癌化シ
グナルを抑制します。
4
参考文献
◀ヒット化合物の母核構造に
基づいて、有 機 化 学 合 成 に
よって誘導体を多数合成し、
構造活性相関研究を行ってい
ます。
化合物の結合部位の同定とリードデザイン
一連の活性評価試験をパスしたヒット化合物は、31 P核磁気共鳴法
によって、Rasのstate 1構造安定化作用があることが確認できました。
これによって、我々が提唱する作業仮説「Rasのstate 1のポケットに結
合し構造安定化する物質のインシリコスクリーニングを行うことによっ
て、Rasの機能を阻害し抗癌作用を示す低分子量有機化合物の効率的
な探索が可能になる」が正しいことが実際に証明されました。
また、核
オーバーハウザー効果(核磁気共鳴法の一種)
を調べることによって、
ヒット化合物とRasとの直接の結合部位も徐々に明らかになりつつあり
ます。Rasとヒット化合物との結合部位ならびに結合様式が明らかにな
れば、その立体構造情報を利用することによって、
より特異的にRasに
結合し強力な阻害活性を示す化合物の構造デザインが可能になるの
で、
リード化合物創製のための構造展開も、今後より効率的に進むと考
えられます。
これを実現するために、現在我々は、Rasとヒット化合物と
の複合体の結晶化ならびに放射光(SPring-8)
を利用したX線結晶構
造解析についても精力的に進めています。
▶ヒット化合物とRasとの
複合体の結晶化・構造解析
を行い、化合物の結合部位
に関する情報をリードのデ
ザインに役立てます。
Ye M, Shima F, Muraoka S, Liao J, Okamoto H, Yamamoto M, Tamura A, Yagi N, Ueki T, Kataoka T. Crystal structure of M-Ras reveals a GTP-bound "off" state conformation
of Ras family small GTPases. J Biol Chem. 2005, vol. 280, p31267-3175.
Liao J, Shima F, Araki M, Ye M, Muraoka S, Sugimoto T, Kawamura M, Yamamoto N, Tamura A, Kataoka T. Two conformational states of Ras GTPase exhibit differential
GTP-binding kinetics. Biochem Biophys Res Commun. 2008 vol. 369, p327-332.
8
Geyer M, Schweins T, Herrmann C, Prisner T, Wittinghofer A, Kalbitzer HR. Conformational transitions in p21ras and in its complexes with the effector protein Raf-RBD and
the GTPase activating protein GAP. Biochemistry. 1996, vol. 35 p10308-10320. 9
平成18年度
[2006年度]
論理的創薬による蛋白質立体構造制御法の確立と
プリオン病治療薬開発への応用
4
研究期間 平成18年度∼平成22年度(予定)
研究体制
総括
桑田 一夫[岐阜大学]
西田 教行[長崎大学]
※平成21年度における研究体制
プリオン病治療薬の開発へ大きく前進
キーワード
Keyword
Project
1
プリオン病
クロイツフェルト・ヤコブ病、新変異型ヤコブ病、
ゲルストマン・ストロイスラー・シャ
インカー病などの総称で、
プリオンタンパク質が異常構造に変換することにより、発
症します。現時点において、確立された治療法はありません。
論理的創薬
病気の原因となるタンパク質等の構造に基づき、論理的に薬剤構造を決定する手
法です。4つのプロセス
(立体構造決定、創薬計算、有機合成、生物試験)
より構成
され、非経験的に有効な薬剤を創製することができます。
統合創薬ソフト
「NAGARA」
論理的創薬のかなめとなるソフトウエアーで、
リード探索及びリードの最適化が
行えます。複数のモジュールから構成され、一般のユーザーにも使いやすいグラ
フィック・ユーザー・インターフェースを備えています。
2
研究の背景・意義
プリオン病の克服に向けて
プリオン病治療薬の開発
プリオン病は、神経変性疾患のなかでも特に症状の進行が速
く、また感染性が唯一証明されている疾患です。約100万人に1
人という希少疾患ではあるものの、誰もが罹患する可能性があ
り、現時点においては確立された治療法はありません。硬膜移植
やBSE問題にみられるように、医療や食の安全といった国民生活
と密接に関わる疾患でもあります。
これまでの研究より、
プリオン病の病原体は、異常構造に変換
したプリオンタンパク質であることが証明されました(図参照)。
従って、異常構造への変換を抑えるような低分子化合物を創製
できれば、
プリオン病治療薬の開発につながる、
と考えられます。
プリオンタンパク質は、酵素ではないため、従来の酵素阻害剤開
発で使用されてきた手法をそのままでは適用できません。
しかし、
正常型の立体構造は判明しているため、計算機を用いて異常化
を抑制する低分子化合物の設計を行うことは、理論的に可能と
考えられます。有効な抗プリオン物質が発見され、脳への移行性
や安全性を確認できれば、
プリオン病治療薬として実際に臨床の
場で使用することができるようになります。
さらに、論理的創薬手
法が方法論的に確立されれば、
この様な新しいコンセプトに基づ
く難治性疾患治療薬開発への道が開ける、
と期待されます。
◀正 常 型プリオンタン
パク質は、何らかの原因
で異常型構造に変換さ
れます 。異 常 型 が 脳 に
蓄 積 することにより神
経変性が進行します。
10
研究プロジェクトの目標
プリオン病治療薬の開発を、論理的創薬法によって行います。論
理的創薬法は、
4種類のプロセスよりなります。すなわち、
( 1)
プリ
オンタンパク質の立体構造、及びダイナミクスの決定、
( 2)立体構
造に基づく創薬計算、
( 3)計算機が設計した化合物の有機合成、
(4)合成した化合物のバイオアッセイ
(持続感染細胞培養試験、感
染動物治療実験、薬効の確認)です(図参照)。
さらに、バイオアッ
セイで有効な化合物が見つかれば、
( 1)に戻り、
タンパク質との複
合体の立体構造の決定を行います。
これらのプロセスを何度も繰り
返すことにより、
より有効な薬剤を開発するというのが論理的創薬
法です。
プリオンタンパク質の場合、立体構造はNMRを用いて既に決定
されており、詳細なダイナミクス測定を行うことにより、構造的に特
に脆弱な部位を特定することが出来ました。
この部位を標的とし
て、計算機によるスクリーニングを開始しました。
3
研究プロジェクトの成果
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
プリオン病に対する有効性を確認
抗プリオン化合物の最適化及び安全性の検証
プリオンタンパク質は、稀に起きる地震のような立体構造の揺らぎに
より、別の立体構造(例えば異常構造)へと変化します。
この原因になる
脆弱部位を、NMR(核磁気共鳴法)
により特定しました。
これに基づき、
独自の創薬計算により、低分子化合物の設計(リード化合物:GN8)に
成功しました。実際に有機合成を行い、
プリオン持続感染培養細胞に投
与すると、異常型プリオンの減少が認められました
(図参照)。GN8の特
徴は、
どの異常プリオン株に対しても、一様に抑制効果を有するところ
にあります。また、異 常
型構造も、徐々に代謝・
分解されてゆくことが分
かりました。
抗プリオン化合物を細胞実験により最適化した後、動物実験により
実際の治療効果及び安全性を確認します。抗プリオン・リード化合物で
あるGN8を、
プリオン感染マウスに皮下投与すると、生存期間が約2週
間延長しました。従って、GN8は脳血液関門を通過することができ、末
梢投与でも有効であると考えられます。
さらに、正常マウスに皮下投与
し安全性試験(非GLP)
を行った結果、副作用はほとんど認められませ
んでした。
今後、論理的創薬手法によりリード化合物であるGN8の化学構造を
最適化し、薬理効果及び脳内移行の効率を高め、安全性をさらに詳しく
動物実験によって確認する予定です。
これらが成功すれば、臨床研究、
臨床試験などを経て、開発された化合物をプリオン病治療薬として臨
床応用することが可能になる、
と期待されます。
◀プリオン感染細胞に対す
る、抗プリオン薬の効果(ウ
エスタン・ブロット)。GN8を
投与すると、異常型(黒い部
分)が減少します。一方、正
常型には変化がありません。
統合創薬ソフト
「NAGARA」
を開発
論理的創薬を行うための統合創薬ソフト
「NAGARA」を開発しま
した。
「 NAGARA」は、
これまでに抗プリオン化合物の論理的創製のた
めに開発してきたプログラムを、一般のユーザー向けに統合した創薬
計算専用のソフトです。
「 NAGARA」は、グラフィック・ユーザー・イン
ターフェース(DEGRAS)、化合物ライブラリー(DEVOON)、
( 1)古
典計算モジュール、
(2)粗視化モデル計算用ソフト
(MARVIN)、
(3)
量子化学計算用ソフト
(フラグメント分子軌道法、PAICS)
より構成さ
れており、低分子化合物の設計、
最 適 化 、タンパク質 立 体 構 造 安
定化作用の評価を行うことが可
能です。
▶統合創薬ソフト
「NAGARA」は、全原
子分子動力学計算(古典計算モジュー
ル)、粗視化モデル計算、分子軌道計算
より構成されます。
プリオン病治療薬候補化合物の最適化
抗プリオン・リード化合物GN8は、大きく5つの部分に分かれます
(図A)。
( 1)中央のジフェニルメタン骨格は、抗プリオン活性に必須で
す。
( 2)
ビス
(エチレンジアミン)骨格も必須です。
( 3)両端に疎水性の
置換基が必要です。
( 4)
カルボニル基のα位の置換基は、重要ではあり
ません。
(5)ベンジル位に置換基を導入すると、活性が向上します。
これ
らの情報に基づきGN8を図Bのように4つのパートに分け、有機合成可
能な置換を行い、効果が高い化合物を
「NAGARA」
により選定し、
さら
に有 機 合 成した結 果 、当 初 の
リード化合物よりも、現時点で
約4倍活性の高い化合物を合成
出来ました。
◀抗プリオン作用を有するリード化
合物GN8の化学構造とその最適化
方法。GN8を4つの部分に分解し、
それぞれの効果を評価します。
▲論理的創薬法による治療薬開発。①構造決定、②創薬計
算、③有機合成、④生物試験、
の4種類の工程よりなります。
4
参考文献
▲最適化した薬剤を用いて、
プリオン感染マウスの治療実験を行いま
す。
より高い治療効果と安全性試験を動物実験により検証します。
創薬ソフト
「NAGARA」
の製品化
創薬ソフト
「NAGARA」は、抗プリオン化合物の発見及び最適化に
有用であることが分かりました。
このことはプリオン病のみでなく、
タン
パク質のミスフォールディングが原因で起こる他の疾患、例えば、
アル
ツハイマー病などの神経変性疾患、
p53の立体構造異常により生ずる
がんなどの腫瘍性疾患、
アミリンなどの蓄積が原因となるⅡ型糖尿病、
自己免疫疾患、先天性酵素欠損など多くの内科疾患にも
「NAGARA」
が適用可能であることを示唆しています。
従 来の方 法では、酵 素 阻 害 剤の設 計しか行えませんでしたが 、
「NAGARA」
を用いることにより、
このように多くの疾患治療薬の開発
が原理的に可能となります。従って、
「論理的創薬法」
を出来るだけ多く
の研究者にご利用いただき、難病の治療薬を一日でも早く開発するた
めに、創薬ソフト
「NAGARA」
を早期に実用化したいと考えています。
▶創薬ソフト「NAGARA」の
パッケージ
(イメージ図)。
Kazuo Kuwata, Noriyuki Nishida, Tomoharu Matsumoto, Yuji O. Kamatari, Junji Hosokawa-Muto, Kota Kodama, Hironori K. Nakamura, Kiminori Kimura, Makoto
Kawasaki, Yuka Takakura, Susumu Shirabe, Jiro Takata, Yasufumi Kataoka, and Shigeru Katamine
Hot spots in prion protein for pathogenic conversion. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 104, 11921–11926, 2007
Junji Hosokawa-Muto, Yuji O. Kamatari, Hironori K. Nakamura, Kazuo Kuwata
A Variety of Anti-Prion Compounds Discovered through an in silico Screen Based on PrPc Structure: A Correlation Between Anti-Prion Activity and Binding Affinity.
Antimicrobial Agents and Chemotherapy (AAC) 53: 765-771, 2009
Takeshi Ishikawa, Takakazu Ishikura, Kazuo Kuwata
Theoretical study of the prion protein based on the fragment molecular orbital method. Journal of Computational Chemistry, in press
11
平成18年度
[2006年度]
3
HGF-Met受容体系を標的とする
インシリコ分子創薬研究
5
研究期間 平成18年度∼平成22年度(予定)
木下 誉富[大阪府立大学]
研究体制
総括
奥野 恭史[京都大学]
松本 邦夫[金沢大学]
安達 喜一[クリングルファーマ株式会社]
中村 敏一[大阪大学]
※平成21年度における研究体制
インシリコ技術によるがん転移阻害剤開発
Project
インシリコ創薬
キーワード
Keyword
1
In silico、
すなわちコンピュータを用いた計算科学やバーチャル技術を駆使して、
医薬品の候補を見つける技術。
タンパク質や化合物のドッキング予測、化合物の
分類や学習、吸収や毒性予測など多数の技術が開発途上にある。
がん転移
一部のがん細胞は最初にできたがん組織から離脱・浸潤し、離れた組織や臓器で
新たなコロニーを形成する
(がん転移)。がん転移を阻害し、良性腫瘍のごとき状
態に封じ込めることができればがんの治癒率が飛躍的に向上する。
HGF-MET
HGF(肝細胞増殖因子)
は697/692個のアミノ酸からなるタンパク質。HGFは肝
臓や腎臓をはじめとする組織・臓器の再生を支える一方、
がんの浸潤・転移にも関
与。
日本発のHGF医薬の開発も進められている。
2
研究の背景・意義
新しい創薬技術による分子標的抗がん剤開発
HGF-Metを標的とする制がん剤の創成
疾患原因遺伝子の同定や微量タンパク質の解析技術の向上な
どにより、様々な疾患の原因が分子レベルで理解され、新しい医薬
による疾患の克服への期待が高まっている。一方、
タンパク質の構
造解析技術の進展が計算科学の進歩と相まって、分子の構造情報
に基づいて、
インシリコバーチャル技術を使用した創薬手法が進展
している。
このような手法は、従来に比べ短い年月と少ない費用で
医薬開発を可能にするとともに、大学など研究機関における研究
の成果を背景に、研究者自らが医薬シーズの発見に力を注ぐこと
につながる。
従来の抗がん剤の多くは、がん細胞/正常細胞を問わず、非特
異的に細胞増殖を阻害すること、
あるいは細胞死を促すことで抗が
ん作用を発揮する。
これに対して、近年、肺癌に対するイレッサな
ど、分子標的薬と呼ばれる抗がん剤が複数のがんに対して使用さ
れるようになった。分子標的薬はがん細胞の増殖や成長に関与す
る細胞増殖因子やその受容体タンパク質を特異的に阻害すること
で制がん作用を発揮する。
一方、がんが命を脅かす主たる理由が転移(がんが離れた組織
で新たなコロニーを作る)
と再発(抗がん剤に対する耐性)
である。
がんの転移や抗がん剤に対する耐性に関与する分子の働きを特異
的に阻害する分子標的薬は転移や再発を抑制する新しい抗がん
剤となることが 期 待
されている。
がん細胞が原発腫瘍を離れて周辺の組織を浸潤することはがん
細胞が転移する上でカギとなる。
このとき、がん細胞の浸潤を促進
する分子の1つがHGFである。HGFは細胞の増殖促進、遊走促進、
形態形成誘導といった多彩な活性を発揮するゆえに、本来、臓器
の再生・修復を促す分子であるが、がん細胞はHGFのもつダイナ
ミックな活性を浸潤・転移に利用している。
HGFは4個のクリングル構造をもつ特徴的な構造を有してい
る。MET受容体は細胞膜を1回貫通し、細胞外領域と細胞内領域
に区別される。HGFはMET受容体の細胞外領域に特異的に結合
することで、細胞内のチロシンキナーゼが活性化される。HGFをカ
ギとすればMET受容体はカギ穴でありシグナル発信器である。
し
たがって、HGFとMET受容体の細胞外領域との結合構造の解析
や情報に基づき、HGFとMET受容体の相互作用を阻害する低分
子化合物は、がん転移阻止作用や抗がん剤に対する耐性を克服す
る作用をもつ分子標的医薬につながると期待される。
本プロジェクトは、
タンパク質の結晶化と構造解析、構造情報に
基づくインシリコスクリーニング技術、化合物デザイン、化学合成、
HGF-MET系な
ど専門の異なる
研究者が共同し
て、H G F - M E T
系阻害作用をも
つ抗がん剤を探
索・設計・開発す
ることを目的と
している。
◀コンピューターを用い
た計算科学を基盤とす
る創薬手法。研究者自ら
が医薬シーズの発見に
も力を注ぐことにつなが
ると考えられる。
12
研究プロジェクトの目標
▲HGF-MET系阻害剤はがんの浸潤・転移、抗がん剤や
放射線に対する耐性を克服する新しい制がん剤となる。
研究プロジェクトの成果
4
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
インシリコDrug Discovery技術
最適化、前臨床薬効試験、
以下のインシリコ技術は参画研究者によって独自に確立・改善され
た本プロジェクトの中核技術である。MTS 法とDSI法:化合物を複数の
タンパク質にバーチャルドッキングさせることで、
目的タンパク質に最も
強くドッキングする化合物を選択。
カーネルPCAクラスタリング:化合
物の各種特性をベクトル化し、
この多次元特徴空間の中で化合物のク
ラスタリング(分類)
を行う。MMPBSA法:量子力学的計算によりタン
パク質と化合物の結
合エネルギーを精度
高く計 算する手 法 。
ADME WORKS:化
合物の医薬品として
のA D M E( 吸 収・分
布・代謝・排泄)を予
測できる。
最 適 化:結 晶 構 造 解 析によって、タンパク質ポケットにリード化
合 物がどのようにフィットしているかを知ることが最 適 化のために
もっとも高 効 率な手 法である。組 換えタンパク質の調 製を継 続し、
タンパク質 - 化 合 物 複 合 体の結 晶 構 造からドラッグデザイン、化 学
合 成 、アッセイによって最 適 化を進める。これと並 行して、インシリ
コ技術を利用してのポケット構造へのフィッティングと化合物デザ
インを行う。この間 、適 切な特 許出願によって候 補 化 合 物などにつ
いての知的財産の基盤をつくる。薬効評価:化学合成を行い、がん
細胞を移植した実験動物を用いるin vivo評価によって医薬候補
化合物をさらに絞り込むとともに、それらの結果を考慮して最終的
な化 合 物の選 択をする。副 作 用や安 全 性 試 験を実 施する。これら
の前臨床試験の結果を総合して、臨床試験の計画をたてる。
▲タンパク質と化合物のドッキング計算、様々な特性に基づく化合物分類など、複
数のバーチャル技術でヒット率を向上させた。
リード化合物の選択と絞り込み
Multiple Target Screening(MTS)法、Docking Score Index
( D S I )法 、カーネルP C Aクラスタリング 、サポートベクターマシン
(SVM)法、Molecular Mechanics Poisson-Boltzmann Surface
Area(MMPBSA)法、ADME WORKSを用いて3,000,000の化合物
ライブラリーから数百個の候補化合物を選択した。
これら化合物につい
て 、S P R による 結 合
アッセイ、HGF-Met結
合 阻 害アッセイ、バイ
オアッセイなどによって
2つのリード化合物を
得た。
▶約3,000,000化合物からインシリコ技術
による選択とウェットアッセイによって2つの
リード化合物を得た。
SBDDによる最適化とがん細胞の浸潤阻害
通常、
リード化合物の最適化のため数1000種類に及ぶ化学合成展
開が用いられるが、私達はStructure-Based Drug Design(SBDD: 結
晶構造に基づくデザインを用いた。
ターゲットタンパク質の発現・精製、
リード化合物との共結晶化のスクリーニングを行い、最適化のための結
晶を得た。一方、
リード化合物はHGFによって誘導されるMet受容体
の活性化やヒト癌細胞の浸潤を阻害した。
したがって、本プロジェクト
で 見いだされる
HGF-Met阻害
剤は、最適化・薬
効評価を経てが
ん 浸 潤・転 移 阻
止 作用をもつ抗
がん 剤として有
用と考えられる。
▲化合物の最適化、化合物の合成、実験動物での薬効評
価を進め、医薬候補化合物を決定する。安全性・副作用
試験を実施する。
臨床試験・提携
臨床試験:MET阻害剤の開発を進めるメーカーは世界全体で10
社を超える。その多くはMETチロシンキナーゼ阻害剤であり、それら
阻 害 剤は副 作用が発 生するリスクが大きい。これに対して、本プロ
ジェクトで得られる阻害剤は、HGFに依存したMET活性化を阻害す
るもので副作用のリスクは少ない。加えて化合物であることなど、いく
つかの優位点がある。一方、HGF-MET系は抗がん剤に対する耐性に
も関与する。既存の抗がん剤との併用による効果増強や耐性克服が
期待され、臨床試験として抗がん剤との併用が想定される。提携:ス
ピーディーに実用化に至るため、医薬メーカーとのライセンス契約に
入ることが望ましい。抗がん剤としてのHGF-MET系阻害への期待は
大きい。ライセンス契約の決め手となるのは、知的財産権の状況、前
臨床薬効・安全性と考えている。
◀HGF-MET系はがん分子標的
薬開発で注目されるターゲット。
薬効や安全性試験と並行しライセ
ンス契約の可能性を探す。
▲構造解析に基づいて化合物の最適化を進めている。
リード化
合物はHGFによって促進されるがん細胞の浸潤を阻害する。
参考文献
Fukunishi, Y., Kubota, S., Nakamura, H. Noise reduction method for molecular interaction energy: application to in silico drug screening and in silico target protein
screening, Journal of Chemical Information and Modeling, 46: 2071-2084, 2006.
Terasaka, T., Kinoshita, T., Kuno, M., Nakanishi, I. A highly potent non-nucleotide adenosine deaminase inhibitor: efficient drug discovery by
intentional lead hybridization. J. Am. Chem. Soc. 126: 34-35, 2004.
Matsumoto, K., Nakamura, T., Sakai, K., and Nakamura, T. Hepatocyte Growth Factor and Met in Tumor Biology and Therapeutic Approach with NK4. Proteomics, 8:
3360-3370, 2008.
13
平成18年度
[2006年度]
3
組織損傷の分子機構の解明と
それに基づく新たな治療法の開発
6
研究期間 平成18年度∼平成22年度(予定)
研究体制
総括
裏出 良博[財団法人大阪バイオサイエンス研究所]
武田 伸一[国立精神・神経センター]
※平成21年度における研究体制
研究プロジェクトの成果
酵素と阻害薬の複合体のX線結晶構造解析
阻害剤の開発には、対象となるたんぱく質の活性中心の詳しい立体
構造が必要です。そのため、国際宇宙ステーションの無重力環境を利
用してヒト造血器型PGD 2 合成酵素と阻害剤との複合体の高品質の
結晶を作製し、大型放射光施設(SPring-8)
を用いて高分解能の立体
構造を決定しました。その結果、酵素反応部位の微細構造と阻害剤の
結合様式が明らかになりました。そして、製薬企業との共同研究によ
り、選択的かつ強力で、経口投与で有効な複数の阻害剤を作製しまし
た。一部の阻害剤は、既に動物での急性毒性試験を終了し、長期安全
性試験へと移行しています。
筋ジストロフィー治療薬の開発
キーワード
Keyword
Project
1
デュシェンヌ型
筋ジストロフィー
骨格筋細胞の構造を支持するたんぱく質・ジストロフィンの遺伝子異常による進行
性筋疾患。
男児3500人に1人の発症率。命を救う手立てがない重篤な難病です。
安全で長期に使用可能な治療薬の開発が望まれています。
プロスタグランジンD2
(PGD2)
プロスタグランジンD(
2 PGD 2)
は、肥満細胞、Th2リンパ球やマクロファージで活
発に産生される炎症性の脂溶性生理活性物質です。筋壊死や神経変性疾患、脳傷
害などの疾患の2次的な組織傷害の拡大に関与します。
たんぱく質の構造解析
X線結晶構造解析によって、酵素たんぱく質の3次元構造がわかります。
この立体
構造は、反応機構の理解に役立ち、酵素たんぱく質に結合する阻害剤の分子設
計を可能にし、新薬の開発に貢献します。
研究の背景・意義
PGD2は筋壊死の拡大と修復に関与する
デュシェンヌ型筋ジストロフィーは、男児3500人に1人が発症
する進行性の難病で、現時点で命を救う治療法がありません。私
たちは、デュシェンヌ型筋ジストロフィー患者の病理標本や生検
組織を用い、
これらの疾患の組織傷害部位で、慢性炎症の脂質メ
ディエーターとして知られているPGD 2の産生を行う造血器型
PGD 2合成酵素(HPGDS)の発現が亢進して、組織損傷が拡大す
ることを見 出しました。また、世 界 に先 駆けてプロトタイプの
HPGDS阻害薬を開発し、マウス、
ラットやモルモットを用いた実
験で有効性を確認しました。
さらに、
この阻害剤とヒトHPGDSと
の複合体のX線結晶構造解析に成功し、触媒部位の微細構造を
明らかにしました。
これらの情報を基にすれば、
デュシェンヌ型筋ジストロフィーや
多発性筋炎などの難治性疾患に適用できる画期的な治療薬を開
発することが可能です。我々の開発する治療薬は、
これらの難治性
疾 患の 病 状 進 行を軽 減または 大 幅に遅 延させ 、患 者の Q O L
(Quality of life)
を改善します。同時に、患者の自立期間を延長
させて看護のための家族の負担を軽減し、何よりも、患者とその家
族、医療および医薬品開発の関係者に大きな希望をあたえます。
2
研究プロジェクトの目標
病態進行の抑制法や治療薬の開発を目指す
私たちは、デュシェンヌ型筋ジストロフィー、多発性筋炎、外傷
性脳損傷などの治療薬として、造血器型PGD 2合成酵素の阻害薬
が有効であると考えています。
これまでに本酵素のX線結晶構造解
析に基づいて、世界に先駆けてプロトタイプの阻害薬を開発し、
マ
ウス、
ラットやモルモットを用いた実験で有効性を確認しました。
この研究プロジェクトでは、本酵素と阻害薬との複合体の立体
構造に基づいて、
より強力な阻害薬を設計し、筋ジストロフィーの
モデル動物(mdxマウス)
を使って、その効果を評価します。筋ジス
トロフィーの治療には、個々の患者の病態や遺伝的背景、副作用の
状況に応じて、長期にわたり最適治療薬を選択する必要がありま
す。そのために、様々な化学構造の治療薬を用意することが求めら
れます。標的たんぱく質の構造に基づく医薬品の設計は、
この問題
を克服するためにきわめて有効です。
また、阻害薬の効果を評価す
るために、
モデル動物の壊死筋のX線CT装置を用いた撮像方法を
開発し、同時に、尿中のPGD 2代謝物の微量定量法を確立します。
最終的に、既存の治療法と併用、
あるいは代替できる新しい組織損
傷の拡大防止薬の開発を目指します。
▲X線CT装置で造影した筋ジストロフィーマウスの筋壊
死領域(紅色)
は、阻害剤(HQL-79)
を5日間投与すると
(下図)大幅に減少します。
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
構造の異なる複数の阻害薬の必要性
対象疾患である筋ジストロフィーの治療は長期間に及ぶため、個々
の患者の病態や副作用に応じて選択できる、複数の基本骨格の異なる
化合物が必要です。私たちは、既に数種類の阻害薬(図:緑色部分)
とヒ
ト造血器型PGD 2合成酵素の複合体の構造を高分解能(1Å分解能)で
決定しました。その結果、本酵素の触媒部位の揺らぎや、たんぱく質
(図:青色部分)に強固に結合した水(図:ピンク色部分)の分布などを
詳細に決定できました。
この3次元座標を鋳型として用いることで、基本
骨格の異なる新しい阻害剤をin silico(コンピュータ上で)で迅速にス
クリーニングできます。新しい構造の阻害剤は、体内での分解速度や分
解経路が異なり、肝臓や腎臓に対する負荷も異なると予想されます。
さ
らに、壊死筋の周辺において造血器型PGD 2合成酵素の誘導に関与す
る分子や、本酵素の下流で機能するPGD2受容体などの分子も、筋ジス
トロフィーの進行軽減療法を開発するための新しい標的になります。
こ
れらの標的に対する薬を開発することで、個々の患者の遺伝的背景や
副作用の状況に応じて、適当な治療薬を選択したり、
いろんな治療薬を
組み合わせることもできます。
▲酵素と阻害剤(HQL-79)
との複合体の結晶(左図)
を用いたX線結
晶構造解析により、阻害剤の結合様式(右図)
が判ります。
X線CT撮影による非侵襲的な筋壊死測定
筋壊死体積の定量は、治療効果を評価するために重要です。組織
化学染色や色素漏出量の定量などの従来の評価方法では、同一個体
について効果の時間経過を追うことはできません。そこで、私たちはア
ロカ株式会社と共同で、小動物用のX線CT撮影装置を開発しまし
た。
この装置を用いると、同一個体の同じ筋肉の病変部分を、非侵襲
かつ持続的に追跡で
きます。
▶麻酔下の動物に、
X線
造影剤を投与してX線C
T撮影を行うことにより、
筋ジストロフィーマウス
の壊死領域(矢印)を造
影できます。
尿中PGD2代謝物は薬効を正確に反映する
PGD2は体内での半減期が短く血中半減期が1分以内なので、測定が
非常に困難です。
そこで、尿中に排泄されるPGD 2の安定代謝物を同定
し、
その高感度の分析方法を確立しました。
そして、尿中PGD2代謝物の
濃度が、
デュシェンヌ型筋ジストロフィー患者やmdxマウスでは健常人
(動物)
に比べ数倍から数百倍も高く、阻害薬を投与して筋壊死の拡大
が抑制されたmdxマウスでは、溶媒のみの投与に比べ、大幅に低下するこ
とを証明しました。
この尿中PGD 2代謝物の量は筋壊死体積と良く相関
するので、検尿で病
態の進行を把握で
きます。
◀阻 害 剤の投 与によ
り、筋ジストロフィーマ
ウスの壊 死 体 積が 減
少し
(左)、尿中PGD 2
代 謝 物も減 少します
(右)。
▲デュシェンヌ型筋ジストロフィーの壊死筋(左図で薄ピン
ク色に抜けた筋肉繊維:矢印)では造血器型PGD 2 合成酵
素の発現が亢進しています
(右図で茶色に染まる)。
4
参考文献
◀ヒト造血器型PGD 2合成酵
素と阻害剤の正確な結合様
式が判ったので、
コンピュータ
上で新しい阻害剤をスクリー
ニングできます。
臨床試験への発展
治療薬を開発するためには、健康人を使った安全性試験を行い、次
に、動物実験で明らかになった治療効果を人で証明する必要がありま
す。
しかし、筋ジストロフィーの化学療法に対する治験の前例がない
ので、早急に臨床試験の体制を整える必要があります。
さらに、
これら
の試験を問題なく進めた場合でも、認可を受けるまでに数年もの期間
が 必 要です。その間に、患 者の方々に貢 献できる成 果として、尿中
PGD 2 代謝物の測定による筋壊死モニターが考えられます。筋ジスト
ロフィーの進行予防には、筋肉を鍛える運動療法が欠かせません。
し
かし、運動が強すぎると逆効果になります。そこで、運動療法の前後で
尿中PGD 2 代謝物を測定することで、個々の患者の方々にあった運動
メニューを決めることができます。尿中PGD 2 代謝物の免疫測定法の
開発が既に終わっているので、全国のリハビリ施設から尿の検体を集
め、測定結果を送り返すシステムを構築することができるでしょう。
▲筋ジストロフィー患者の尿中PGD2代謝物を分析ロボットを用いて
測定すると、個々の患者にあった運動メニューを知ることができます。
Mohri I., Aritake K., Taniguchi H., Sato Y., Kamauchi S., Nagata N., Maruyama T., Taniike M., Urade Y. Inhibition of prostaglandin D synthase suppresses muscular necrosis.
Am J Pathol. 174: 1735-1744(2009)
Aritake K, Kado Y, Inoue T, Miyano M, Urade Y. Structural and functional characterization of HQL-79, an orally selective inhibitor of human hematopoietic prostaglandin
D synthase. J Biol Chem. 281:15277-15286 (2006)
14
Okinaga T, Mohri I, Fujimura H, Imai K, Ono J, Urade Y, Taniike M. Induction of hematopoietic prostaglandin D synthase in hyalinated necrotic muscle fibers: its implication
in grouped necrosis. Acta Neuropathol. 104:377-384 (2002)
15
平成18年度
[2006年度]
セマフォリンを標的とした多発性硬化症治療と
診断キットの開発
7
研究期間 平成18年度∼平成22年度(予定)
研究体制
総括
熊ノ郷 淳[大阪大学]
※平成21年度における研究体制
多発性硬化症の診断と治療に大きく前進
キーワード
Keyword
Project
1
多発性硬化症
中枢神経系の代表的な炎症性脱髄疾患である。
自己免疫の関与が考えられている
が、現在まで特異的な血清診断マーカーや根本的治療法は存在しない。若年期に
発症し、長期にわたって再燃・寛解を繰り返しながら増悪する。
セマフォリン
神経回路の形成に関与する神経ガイダンス因子として同定されてきた分子群であ
る。研究代表者らの研究により免疫系における役割が明らかとなり、免疫活性を有
するセマフォリンは現在「免疫セマフォリン」
の名称で呼ばれている。
ヘルパーT細胞
免疫系の司令塔ともいうべきCD4陽性のT細胞。
サイトカインの産生能の違いか
らTh1とTh2の二つのサブセットに分類されてきたが、最近Th17と呼ばれる新た
なサブセットも見つかり、種々の免疫疾患への関与が指摘されている。
研究の背景・意義
2
3
研究プロジェクトの成果
多発性硬化症発症へのセマフォリンの関与
セマフォリン分子群の中でクラス7型に分類されるSema7AはGPI
アンカー型の膜タンパクである。細胞外領域にインテグリンと相互作
用することで知られるRGDモチーフを有している。Sema7Aのリコン
ビナントタンパクをヒトの単球やマクロファージに添加すると、
これら
の 細 胞 からの 炎 症 性 サイトカイン 産 生 が 強く誘 導 された 。また
Sema7Aの活性はVLA-1と呼ばれるインテグリン分子によって担わ
れていることも明らかになった。
Sema7A遺伝子欠損マウスを用いて、多発性硬化症動物モデルE
AEで発症実験を行うと、図に示すようにSema7A遺伝子欠損マウス
は野生型マウスに比べて著明な発症抑制を示した。中枢神経由来ペ
プチド特異的T細胞の移入実験を行うと、野生型マウス由来のT細胞
は強い麻痺をレシピエントマウスに発症させたが、Sema7A欠損T細
胞はレシピエントのマウスにそのような麻痺を誘発することが出来な
かった。
このことは、Sema7Aが多発性硬化症発症において臨床上重
要な炎症相に関
与していること、
またSema7Aを
阻 害することで
治療に繋がるこ
とを示 唆してい
る。
▲臨床上重要となる多発性硬化症の炎症相に関与するセマ
フォリンを新たに発見した。
研究プロジェクトの目標
多発性硬化症の克服に向けて
セマフォリンによる多発性硬化症診断・治療
多発性硬化症は中枢神経系の代表的な炎症性脱髄疾患として
知られ、20代から40代に発症した後、長期に渡って再発・寛解を
繰り返しながら増悪する厚生労働省特定疾患に指定される難病
である。欧米で発症頻度が高く
(10万人中30-100人)、わが国で
は頻度が比較的発症頻度は低い(10万人中7-10人)
とされてき
たが(注:統計により値は異なる)、近年増加傾向にあることが指
摘されている。
また働き盛りの世代に発症することから、社会的に
も大きな問題となっている。
病因としては自己免疫機序、
とりわけ免疫系の指令塔役である
ヘルパーT細胞の異常が関与していると考えられているが、
その詳
細な病因は未だ不明な点が多い。診断としては、現在髄液検査で
IgG indexやオリゴクローナルバンドなどが補助診断として用いら
れてはいるが、髄液の採取という侵襲性から疾患特異的な臨床上
有用な診断マーカーが必要とされている。治療としては、予防的治
療としてインターフェロンの自己注射なども行われているが、現在
までのことろ根本的治療法は存在していない。
従って、臨床上有用な診断マーカーと根本的な治療法の開発
が急がれている。
本研究でターゲットなるセマフォリン分子群は1990年代の初頭
から発生過程での神経ガイダンス因子として知られてきたが、研究
代表者である熊ノ郷らの研究により生体内で起こる免疫反応の
様々な局面で重要な役割を果たすことが明らかにされている。現
在、免疫活性を有するセマフォリンは「免疫セマフォリン:immune
semaphorin」
の名称でも呼ばれ、
わが国発の免疫調節分子の新し
いパラダイムとして、
また疾患治療の創薬ターゲットとしても大きな
注目を集めている。
研究代表者は多発性硬化症の患者血清でセマフォリンが高値を
呈する例が存在すること、
また多発性硬化症動物モデルである実験
的自己免疫性脳脊髄炎(通称EAE)において、セマフォリンを阻害
することで発症を抑制できるとの知見を得ていた。
これらの知見に基づき、本研究では、多発性硬化症の診断および
治療法を確立するため、
セマフォリン分子群を標的に、
1)血清セマ
フォリン測定システムの開発とそれを用いた多発性硬化症診断法
の開発、
2)
セマフォリンを標的とした多発性硬化症治療法の開発
を目指している。
血清中セマフォリン測定システムの開発
セマフォリン測定システムを構築するにあたっては、
セマフォリンを特
異的に認識する抗体の樹立が重要である。
しかしながら、
セマフォリンは
種間のアミノ酸レベルの相同性が極めて高く、異種の動物に免疫する通
常の免疫方法では、
セマフォリンタンパクを抗原として免疫しても異物と
認識されずに、特異的な抗体を樹立するのが非常に困難であることが知
られていた。
そこで本研究では研究代表者が樹立したセマフォリンを欠損したセ
マフォリン遺伝子欠損マウスを免疫動物に用いることにより、特異性が
高く、
かつ反応性の高い複数のモノクローナル抗体産生ハイブリドーマ
株の樹立に成功した。
本研究で樹立した抗体のセマフォリン認識部位を検討した後、異な
る部位を認識する抗体を組み合わせることにより、
サンドウィッチELISA
システムを構築した。
さらに一次抗体の固相化、二次抗体のPOD化、
ま
た標準物質の凍結乾燥により、写真のようなセマフォリン測定システム
の試作品を作成した。
セマフォリンが発見されて今年で約20年近く経
つが、
これは世界最初
のセマフォリン測定シ
ステムである。現在こ
のシステムを用いて多
発性硬化症患者血清
中のセマフォリンを測
定している。
4
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
多発性硬化症診断法の実用化に向けて
前述のようにセマフォリンを特異的に認識する抗体の樹立は困難が
予想されたが、本研究により特異性及び反応性に優れたクローンを複
数樹立することができた。
また異なる認識部位を有する抗体を組み合
わせることで、
セマフォリン測定システムも構築できた。今後、試作品作
成セマフォリン測定キットの標準物質として用いるリコンビナントセマ
フォリン蛋白の凍結乾燥品について、乾燥化後溶解液に融解しても測
定可能かどうかを再確認する。
また凍結融解により測定値の変動、凍結
時の保存条件、保存期間の検討も行い、血清セマフォリン測定キットを
完成させる。
セマフォリンの疾患特異性を検証するために、多発性硬化症患者、
コ
ントロール群として他の神経疾患患者および健常者ボランティアの協
力を得て検体数を増やす。それと平行してある病型の多発性硬化症特
異的にセマフォリンが高値を示すという可能性を検討するために、臨床
経過による病型分類(再発寛解型、二次進行型、一次進行型)、病変分
布による病型分類(通常型、視神経脊髄型)、MRI画像上の特徴、HLA
型、血清・髄液検査におけるオリゴクローナルバンド, IgG index、過去
2 年 間の再 発 率 、採 血 時 期と直 近の再 燃 時 期との時 間 差 、重 症 度
(EDSSスコア)、Th1/Th2/Th17サイトカイン/ケモカイン等のパラ
メーターとの相関を調べる。
各症例の詳細なデータベース化を行うとともに、統計学的解析を行
い、疾患感受性・疾患特異性及び疾患活動性と血清中のセマフォリンと
の相関について最終的な結論を得る。
またセマフォリンの多発性硬化症病態における病的意義について
は、セマフォリン高値を呈する多発性硬化症症例の末梢血リンパ球の
セマフォリンの発現をFACSで検討し、血清中のセマフォリンのソース
を同定する。
また写真とでは示していないが、
すでにEAEの系で抗セマフォリン阻
害抗体投与実験を行い発症抑制効果を確認している。今後最良クロー
ンについては、可変領域をハイブリドーマよりクローニングしヒト型抗
体の作成を行う。
▲本研究で開発された多発性硬化症症例管理ソフト。
このシステムを用いて多数の
データを管理しつつ統計学的な解析を行う。
▶本研究により開発され
た血清中セマフォリン測
定システム
▲脱髄病変が大脳、小脳、脳幹、脊髄、視神経といった中枢神経系に
多発し、病変部位によって図に示したような症状が出現する。
▲セマフォリン測定法及びセマフォリンを標的にした多発性硬
化診断・治療法の開発により保健医療への貢献を目指す。
参考文献
Suzuki K. et al. Semaphorins and their receptors in immune cell interactions. Nat Immunol. 9:17-23, 2008.
Suzuki K. et al. Semaphorin 7A initiates T cell-mediated inflammatory responses through α1β1 integrin. Nature 446:680-684, 2007.
Takegahara N.,et al. Plexin-A1 and its interaction with DAP12 in immune responses and bone homeostasis. Nat Cell Biol. 8, 615-622, 2006.
16
17
平成18年度
[2006年度]
インテリジェントナノDDSを利用した
急性心筋梗塞に対する次世代型血栓溶解療法の開発と
研究期間 平成18年度∼平成22年度(予定)
その臨床応用
8
城 和博[アロカ株式会社]
研究体制
総括
斎藤 能彦[奈良県立医科大学]
田畑 泰彦[京都大学]
海北 幸一[熊本大学]
※平成21年度における研究体制
急性心筋梗塞に対する新たな治療法
キーワード
Keyword
Project
1
血栓溶解療法
急性心筋梗塞は、心臓の栄養血管である冠動脈に血栓が詰まってしまうことで心
臓の組織が壊死してしまう疾患です。血栓溶解療法は、血栓溶解剤を血管内に注
入することでその血栓を溶解する治療法です。
ドラッグ・デリバリー・
システム
薬物の送達システムのことであり、
目的とする薬が、必要な時期に、必要な部位へ、
必要な量だけ到達するように工夫された投薬システムのことです。
超音波
超音波とは、振動数が毎秒2万以上、
周波数が16キロヘルツ以上で、人間の耳には
音として感じられない音波です。現在の医療現場においては、超音波は検査や治療
にも応用されています。
研究の背景・意義
急性心筋梗塞の安全かつ迅速な治療
安全、迅速、
かつ確実な血栓溶解療法の開発
我が国の死因の3分の1は循環器病や脳血管病であるが、近年
生活習慣の欧米化にともない急性心筋梗塞の占める割合が増加し
ています。急性心筋梗塞の初期治療は、可及的速やかに血栓により
閉塞した冠動脈を再開通させることにより、心臓の壊死サイズの拡
大を抑制し、生命予後を改善することであります。現在の心筋梗塞
治療では、カテーテルを用いて閉塞した冠動脈を再開通させるカ
テーテル治療が一般的となっています。
しかし、
カテーテル治療で
は、専門病院への搬送と専門医療チームの確保が必要とされるた
めに時間的ロスを生じ、
また、高度の医療チームと高価な医療材料
を使用することによる医療費の高騰を招くことになるため、迅速性
および経済性という点において最良の方法とは言えません。一方、
血栓溶解療法は、迅速性と経済性からはカテーテル治療より優れ
ているものの、治療成功率が低いことや副作用が問題でありまし
た。従って、安全性および確実性の高い血栓溶解療法を開発するこ
とにより、
カテーテル治療と同等もしくはそれ以上の治療成功率を
達成しつつ、迅速性かつ経済性にも優れた急性心筋梗塞治療方法
が確立できる
ものと考えら
れます。
本研究プロジェクトにおいては、血栓溶解剤の活性を抑制する
ように血栓溶解剤を内包する直径100∼200nmの粒子を作製
し、その粒子を血中に投与した後に体表面から超音波を照射する
ことにより目的とする場所でのみ粒子を破壊し、血栓溶解剤の活性
を再発現し得るようなドラッグ・デリバリー・システム(DDS)を開
発することを目的としています。
このシステムが完成すれば、
これま
で血栓溶解療法で懸念された出血などの副作用を予防することが
可能であり、
また、救急車内でも実施可能な簡便かつ迅速な治療
が確立できると考えられます。本研究では、血栓溶解剤を内包する
粒子の材料としては、既に様々な食品や医薬品にも使用され、生体
安全性の確立されたゼラチンを使用します。血栓溶解剤の活性を
十分に抑制できる粒子が作製できれば、
その粒子を破壊し、
かつ活
性を再発現し得る超音波の照射条件(周波数や強度)
を設定し、
そ
の結果をもとに急性心筋梗塞に対する治療を目的として、前胸部
より安定して照射可能な超音波装置を作製します。
このシステムに
よる血栓溶解効果については、
ウサギの動脈に血栓を作製した動
物モデルおよびブタの冠動脈に血栓を作製したブタ急性心筋梗塞
モデルを用い
て検 討を行
います。以 上
の結果をもと
に、臨床研究
を行うことを
最終目標にし
ています。
▲安全かつ迅速な血栓溶解療法を確立することにより、生命
予後の改善のみならず、医療費削減も期待できる。
18
2
研究プロジェクトの目標
▲超音波照射により血栓溶解剤の活性を局所的に発現す
る安全かつ簡便な救急車内でも実施可能な血栓溶解療法
3
研究プロジェクトの成果
4
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
血栓溶解剤内包ゼラチン粒子の作製
大量生産法の確立
本研究では、血栓溶解剤として急性心筋梗塞を適応症として認可さ
れている組織プラスミノーゲンアクチベーターを用い、血栓溶解剤を内
包する粒子材料として生体安全性の確立された豚由来ゼラチンを使用
しています。1mg/mlの血栓溶解剤溶液および20mg/mlのゼラチン溶
液をそれぞれ作製し、同容量で混和することにより血栓溶解剤の活性
を試験管内で約55%抑制し、生体の血液中では約75%抑制し得る直
径100∼150nmの粒子を作
製することに成功しました。
さ
らに、
この粒子に超音波を照
射することにより血栓溶解剤
の活性がほぼ100%回復す
ることも確認しています。
現在、試験管内でのゼラチン粒子による血栓溶解剤の活性抑制効
果については、ゼラチンおよび血栓溶解剤それぞれ少量での検討しか
行えておらず、血栓溶解効果の評価についてもウサギを用いての検討
までしか行えていません。
これまでの結果からは、試験管内での検討に
おいてもウサギを用いた血栓溶解実験においても、
ゼラチンおよび血栓
溶解剤の必要量はそれぞれ約20mgおよび約1mgでありました。
しか
しながら、
ヒト急性心筋梗塞治療を目的とするためには、
ブタなどの大
動物での検討が必要とされますが、
ブタの体重はウサギの約20倍とな
るためゼラチンおよび血栓溶解剤が大量に必要とされます。そのため、
ゼラチン作製に関して少量の作製時と同様に安定した大量生産法を確
立する必要があります。
また、ゼラチンによる血栓溶解剤の内包化に関
しても少量での作製時と同様の結果が得られるかについても検討する
必要があります。現在、
ゼラチンの大量作製を開始しており、今後、大量
作製時のゼラチンを用いて、血栓溶解剤の内包化、つまり血栓溶解剤
の活性抑制率について検討する予定にしています。
◀ゼラチンと血栓溶解剤を混和す
ることにより血栓溶解剤の活性が
抑制され、超音波照射後に活性の
再発現が確認された。
超音波照射装置の開発
周波数が0.5、1、
および2MHzの3種類の超音波探触子を作製し、各
周波数において様々な超音波強度(W/cm2)
を設定して、血栓溶解剤
を内包するゼラチン粒子における血栓溶解剤の活性を再発現するため
に最適な超音波照射条件を検討しました。
その結果、周波数が1MHz、
強度が0.75W/cm2での超音波照射が最適であることを確認しまし
た。
この結果をもとに、急性心筋梗塞治療を目的として、周波数1MHz、
強度0.75W/cm2の超音波探触子を4個組み合わせることにより体表
面 前 胸 部 からの
照 射 が 可 能な超
音 波 照 射 装 置を
作製しました。
▶周波数および強度
が同 一の超 音 波 探
触子を4個組み合わ
せた超音波装置。体
表面前胸部からも安
定した照射が可能。
動物モデルを用いた血栓溶解効果の確認
ウサギの大腿動脈に血栓による閉塞病変を作製し、血栓溶解剤内包
ゼラチン粒子と超音波照射を併用したドラッグ・デリバリー・システムに
よる血栓溶解効果について検討しました。
その結果、血栓溶解剤をその
まま静脈内注射した場合と比較して、体表面から超音波照射を行いな
がら血栓溶解剤内包ゼラチン粒子を静脈内注射した
(ドラッグ・デリバ
リー・システム)場合に有意に高い血栓溶解成功率が得られ、必要とさ
れる血栓溶解剤も減量することができました。現在、冠動脈の血栓に対
する有効性を評価するた
めに、ブタ急性心筋梗塞
モデルを作製して実験を
開始しています。
◀ドラッグ・デリバリー・システ
ムにより血栓溶解効率の向上
と血栓溶解剤の減量が可能
参考文献
▲ヒト急性心筋梗塞に対する治療への実用化を目的とした
ドラッグ・デリバリー・システム用製剤大量生産法
製剤としての安全性の確認
本プロジェクトにおいて使用する血栓溶解剤は既に急性心筋梗塞
における血栓溶解療法に臨床適応があり、超音波に関しても医療診
断・治療において使用されています。
また、豚由来ゼラチンに関しても、
現在、様々な食品や医薬品に使用されており生体安全性が確立された
材料であります。
しかしながら、ゼラチンにより血栓溶解剤を内包した
粒子としては新規薬品となる可能性があります。また、血栓溶解剤の
活性を十分に抑制するためにゼラチンに修飾を加えた場合についても
同様に新規薬品となってしまいますので、実用化のためには、その生体
安全性について厳格に調査する必要があります。
したがって、今後、血栓溶解剤内包ゼラチン粒子、およびゼラチンに
修飾を加えた場合にはその修飾ゼラチンについて、サルやチンパン
ジーなどの霊長類における抗原性試験や毒性試験などの安全性試験
を実施する予定にしています。
▲霊長類を用いてのドラッグ・デリバリー・システム用製剤の新規薬品として
の生体安全性調査
Kushibiki T, Tomoshige R, Fukunaka Y, Kakemi M, Tabata Y. In vivo release and gene expression of plasmid DNA by hydrogels of gelatin with different cationization
extents. Journal of Control Release. 2003;90(2):207-216.
Kawata H, Naya N, Takemoto Y, Uemura S, Nakajima T, Horii M, Takeda Y, Fujimoto S, Yamashita A, Asada Y, Saito Y. Ultrasound accelerates thrombolysis of acutely
induced platelet-rich thrombi similar to those in acute myocardial infarction. Circulation Journal. 2007;71(10):1643-1648.
19
平成18年度
[2006年度]
3
腎炎治療分子標的医薬の開発
9
研究期間 平成18年度∼平成22年度(予定)
研究体制
総括
辻本 豪三[京都大学]
※平成21年度における研究体制
腎炎治療分子標的医薬の開発
キーワード
Keyword
Project
1
ゲノム創薬
人の遺伝子情報(ゲノム)
を基に、治療疾患遺伝子を発見し、創薬を行うことで、効
率的な医薬品開発を目指す研究。
分子標的医薬品
体内の特定の分子を狙い撃ちしてその機能を抑えることにより病気を治療する医
薬品のこと。最新の医学・薬学の知見に基づき、創薬段階から分子レベルの標的を
定めています。
腎炎
腎臓に起こる炎症の総称。主に糸球体に炎症反応がみとめられるものを糸球体
腎炎と呼びます。現在、特効薬となる治療法は存在せず、病状の進行を抑える対
症療法的な治療が主流となっています。
2
研究の背景・意義
研究プロジェクトの目標
腎炎の克服に向けて
副作用の無い腎炎治療を目指して
我が国における腎疾患患者は、透析導入以前の約25万人と
透析患者の23万人からなり、毎年約3万4千人が透析治療へ新
規導入されています。腎炎は積極的な早期治療により腎不全へ
の進展を遅延または抑止できることから、その早期発見・早期治
療が最も重要ですが、現在腎炎の薬物治療は免疫抑制剤による
姑息的炎症抑制が主であり、未だ有効な治療法を欠いています。
また、QOL(Quality of Life)や、現在1兆円を超える医療財政と
いう観点からも効果的な腎炎治療法の開発が望まれていました。
近年、腎炎等の 一般的疾患 は単一遺伝子疾患ではなく、環
境因子と遺伝因子の複合的機序により発症する多因子疾患であ
ることが明らかとなってきています。
これまで多因子疾患の病態
解析に有効な方法論がありませんでしたが、近年のゲノム技術の
進展によりマイクロアレイ法やDNAチップなどのトランスクリプ
トーム・スキャニングが登場し、遺伝子機能解析の最有力の技術
となることが期待されています。一方、従来から疾患病態解析や
薬 効 評 価に用いられてきた疾 患 動 物モデルに関する膨 大な生
理、生化学薬理データと大量の網羅的な遺伝子変動との相関を
生物情報学的に解析することにより、病態・治療に関連する遺伝
子の抽出、同定が可能となると考えられます。本研究により病態
ゲノム解析に基づく新たな創薬ストラテジーの展開が期待でき
ます。
本研究の主任研究者は以前、動物病態モデルの発現プロファイ
ル解析に基づく多因子疾患の病態・治療関連遺伝子解析の手法
を腎炎の創薬、新規治療法開発に応用し、腎炎治療標的分子であ
る蛋白質リン酸化酵素CK2(カゼインキナーゼ2)を見いだしてい
ました。CK2は腎炎発症時に腎臓(特に糸球体)
で著しくその発現
量が増大し、その発現の増加は糸球体傷害に密接に関連していま
す。腎炎モデルラットは天然物由来のCK2阻害薬の投与により著
明に腎機能、腎臓障害が改善を示したことから、CK2は腎炎の病
態、治療標的として重要な分子であると考えられました。
しかし、既
存の天然物由来のCK2阻害剤はいずれも動物実験において腎炎
を抑制する一方、CK2活性阻害に共通すると考えられる副作用発
現(精巣アポトーシス反応増強)が観察されています。医薬品とし
ての更なる開発はその副作用を回避することがまず優先されます。
そのため、構造生物学、分子設計、化学合成、生物活性評価、DDS
などの開発に必要な要素項目の専門家集団により、CK2の病態に
於ける機能解析と副作用の無いCK2特異的低分子化合物の創製
を目的とした研究を行いました。本研究により、CK2を標的とした
新たな治療薬の開発を行い、腎炎の有効な治療法を確立すること
が期待さ
れます。
◀ラット腎 臓 切 片
におけるPAS染色
(腎組織病理像)
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
CK2阻害による腎炎治療、精巣毒性発現機構
アイソザイム特異的化合物の分子設計と合成
CK2阻害剤の評価を目的として、数種類の腎炎モデル動物の比較
検討と腎炎進行に伴う腎機能、組織病理学的検索を行う実験系の構
築を行い、in vivoの腎炎治療薬評価系を確立しました。
また、CK2活性
サブユニットにはα、
α 二種のアイソザイムが存在し、腎糸球体ではα
型が、
また精巣での精子形成における毒性発現にはα 型が関与してい
ることを明らかにしました。HTS評価(in vitro並びにin vivo)実験系を
用いて後述するin
silico分子設計・ス
クリーニングの結
果抽出されたCK2
活性阻害候補化
合物群の選択・評
価を行っています。
更に構造最適化を
目指して合成され
た化合物の評価も
▲in silico screeningからの新規CK2阻害化合物の創出 進めています。
精巣毒性の回避を目的として、
これまで、2種のアイソザイムの構造
生物情報に基づきin silicoで低分子化合物の分子設計、
ドッキング実
験、
フォーカスライブラリー合成、HTS活性評価系によるスクリーニン
グを行い、候補化合物の選択を行ってきました。立体構造解析から分
子設計、活性評価へ至る全ての段階の実験系が確立されており、今後
in silicoスクリーニングから選ばれた新規化合物探索システムを用い
て、新規特許性の高いCK2阻害剤の創出が期待されます。
しかしその一方で、CK2αとCK2α は活性部位の2アミノ酸しか異
なっていないため、
α型選択的阻害剤をデザインに困難も予想されてい
ます。そのため、
α型選択的阻害剤以外の方法の検討も行いました。現
在最も強力である高活性CK2阻害剤は極めて脂溶性に富んでおり、
そ
の化学特性により副作用が発現した可能性があることから、PEG修飾
などで親水性を高めたものを作成、検討しています。
これは腎臓で速や
かにエステラーゼにより親化合物へと変換しますが、精巣ではその変換
が最小のものを選択することで精巣毒性を回避しようとしています。
in silico 分子設計に関する研究
これまで見出したCK2阻害剤はいずれも2種のアイソザイムに非選
択的であり、腎炎においてはαアイソザイム選択的阻害剤によって精巣
毒性を回避できる可能性が高いと考えられたため、
アイソザイム特異的
新規CK2標的阻害剤の探索を行いました。各アイソザイムタンパク質
のX線結晶構造情報を収集し、各アイソザイムに対する阻害剤の結合
様式を詳細に解明しました。
この構造生物情報を元に、各種計算化学
的手法を適用し、ATP結合部位を標
的としたCK2α選択的阻害剤のデザ
インを行ない、選択性に差のある化合
物を創出しつつあります。
▶活 性 化 合 物 # 1 2 8 の 推 定 結 合 様 式:
#128と塩橋および水素結合(黄色破線で
表示、数字は原子間距離)
を形成するCk2
αのLYS68とVAL116
CK2阻害剤創薬テンプレートの構築
本研究により得られたCK2阻害剤に関する構造活性相関および共
結晶X線解析情報に基づき、
ジピロロ[3,2-b:2 ,3 -e]
ピリジン
(DPP)
を中心骨格とする創薬テンプレートをデザインしました。DPP骨格の合
成例はこれまで報告されていないため、新規性の高いCK2阻害剤の創
出が期待できます。本テンプレート構築法の検討を行った結果、多成分
カップリング−二環同時構築反応によるDPP誘導体の効率的合成に
成功しました。本反応は様々な官能基を導入した数多くの誘導体を、共
通の化合物から一工程で合成できるため、CK2阻害剤の精密かつ効率
的な構造最適化
研 究を行うことが
可能となります。
◀多成分カップリング
−二環同時構築反応
によるジ ピ ロ ロ
[3,2-b:2 ,3 -e]
ピリ
ジン(青色で表示)誘
導体の合成
参考文献
▲ヒト糸球体腎炎モデル動物のDNAチップ解析による新たな腎
炎治療候補分子CK2の同定
4
研究プロジェクトの成果
▲in silicoグループとの連携によるCK2阻害剤候補化合物の合成
低分子化合物の至適DDS開発
新規化合物の分子設計と並行して、CK2阻害剤の臓器分布特性を
制御できるデリバリーシステムの開発を行っています。低分子化合物の
デリバリーシステムとしては、
リポソーム、
エマルション等の脂質分散系
製剤を用いた剤形修飾のアプローチを試みました。各種リポソームを作
成し、
その組織送達度を検討し、腎臓と精巣への送達比が大きく異なる
方法を見出すことに成功しています。そのカチオニックリポソームを用
い、
コレステロール修飾した高活性CK2阻害剤を封入し、投与する方
法を確立しつつあります。
このDDSを用いることにより腎炎治療効果が
期待でき且つ精巣毒性を回避することが可能と考えられます。現在、精
巣毒性を回避するDDSの基礎検討が終わり、実際に腎炎動物モデルで
実証を行い最終的な候補製剤を絞り込む予定です。
また、図に示すよう
に製剤化を目的としたプロドラッグの合成も進めています。以上のよう
に、低分子化合物の腎炎動物モデルラットにおける有効性・安全性など
を指標に効果の比較・検討を行い、CK2を特異的に阻害する低分子化
合物の腎臓選択的デリバリーシステムの確立を目指しています。
▲既知CK2阻害剤のリポソーム製剤化を目的とした脂溶性エステル型プロドラッ
グの合成
Yamada M, Katsuma S, Adachi T, Hirasawa A, Shiojima S, Kadowaki T, Okuno Y, Koshimizu TA, Fujii S, Sekiya Y, Miyamoto Y, Tamura M, Yumura W, Nihei H, Kobayashi M,
Tsujimoto G.Inhibition of protein kinase CK2 prevents the progression of glomerulonephritis.Proc. Natl. Acad. Sci. U S A.
Suzuki Y, Cluzeau J, Hara T, Hirasawa A, Tsujimoto G, Oishi S, Ohno H, Fujii N. Structure-activity relationships of pyrazine-based CK2 inhibitors: synthesis and evaluation of
2,6-disubstituted pyrazines and 4,6-disubstituted pyrimidines. Arch Pharm (Weinheim). 341(9):554-61,
Nakaniwa T, Kinoshita T, Sekiguchi Y, Tada T, Nakanishi I, Kitaura K, Suzuki Y, Ohno H, Hirasawa A, Tsujimoto G. Structure of human protein kinase CK2alpha2 with a potent
indazole-derivative inhibitor. Acta Crystallogr Sect F Struct Biol Cryst Commun. 65(Pt 2):75-9,2009
20
21
平成18年度
[2006年度]
3
神経細胞死抑制因子を応用した
アルツハイマー病治療法の開発
10
研究期間 平成18年度∼平成22年度(予定)
研究体制
総括
松岡 正明[東京医科大学]
相磯 貞和[慶應義塾大学]
※平成21年度における研究体制
アルツハイマー病の第三世代治療法
キーワード
Keyword
Project
1
アルツハイマー病
全世界で少なくとも1400万人の罹患者がいると推定されている最も頻度の高い
認知症性疾患である。神経変性疾患の一つであり、高齢化を迎えた先進国では社
会問題化しつつある。
神経細胞死
神経細胞が文字通り死滅すること。
アルツハイマー病では海馬や大脳皮質のコ
リン作動性神経細胞が未解明の原因で死滅することが認知症発症の原因とさ
れている。
ヒューマニン・
コリベリン
アルツハイマー病神経細胞死を抑制する内在因子とその高活性誘導体。
コリベリ
ンは神経栄養因子ADNFとヒューマニン誘導体のハイブリッドペプチド。
2
研究の背景・意義
アルツハイマー病克服に向けて
研究プロジェクトの目標
ヒューマニン由来アルツハイマー病治療薬
65歳以上の人口の約5%が罹患するとされる代表的認知性疾
患アルツハイマー病(AD)
の克服は健全で活力のある高齢化社会
実現のための必須の要請事項である。
しかしながら、現在に至るま
で予後を変えうる治療法の開発は世界中の研究者や製薬企業の
多大なる努力にもかかわらず成功していない。
ADの中心症状である進行性の認知症状は、海馬や大脳皮質の
神経細胞が神経細胞死を起すことによって惹起される。現在まで、
特徴的病理所見である老人班の主成分であるアミロイドベータ
(以下Aβと略す)
レベルの上昇が神経細胞死の原因であると考え
るAβ説がその病態仮説として広く信じられていて、
さらにその説
の展開として可溶性Aβ オリゴマーによる神経伝達異常がADに
おける認知症状出現に寄与するという考え方が提唱されている。
そ
の結果、現在まで専らAβの産生低下や脳内Aβレベルをさげるこ
とにAD治療法開発の主眼が置かれてきた。一方、Aβに依存しな
いメカニズムが存在することを支持する研究結果も数多く出され
ており、Aβをターゲットとする治療法のみでは十分ではない可能
性が指摘されている。
我々のグループはAD神経細胞死に着目し、Aβに依存するしな
いにかかわらずADに関連する神経細胞死を直接抑制するヒュー
マニン( H N )の基 礎
研究ならびに展開研
究を行ってきた。
◀著 明な脳 萎 縮をきた
したアルツハイマー 病
と健 常 者 の 大 脳 .脳 萎
縮の主原因は神経細胞
死である。
既に我々のグループは内在性AD関連細胞死抑制因子HNがin
vitroで強力なAD関連細胞死抑制効果をもつこと、
かつin vivoで一
部のADの動物モデルの認知症状に著効することを証明した。本研
究プロジェクトは、HNを臨床応用するための前臨床試験を行うこ
と、
および、
その臨床応用を促進する条件を整えることを目的とする。
具体的な研究計画の第一として、HN誘導体ペプチド、
コリベリン
(CLN)
の前臨床試験を行う。AD動物モデルである家族性AD関連
遺伝子を高発現したマウス
(TG2576など)
を用いてHN誘導体の認
知症状に対する有効性を確認し、種々のペプチド投与方法の有効性
の比較検証、安全性試験及び脳内でのペプチドの代謝過程を検討
する。第二に、経口投与可能なHN受容体を刺激する神経細胞死抑
制小分子のスクリーニングおよび同定作業を行う。第三に、内因性
HNペプチドの精製あるいはその他のHN様分子の同定すること、
な
らびにHN受容体と下流シグナル経路の基本性格を解明する研究を
行い、H Nが 生 理 的な
AD関連神経細胞死抑
制因子であることを確
認する作 業を行う。以
上の研究はHNの臨床
応用に新たな手段と根
拠を与えるのみならず、
治 療 薬としてのH Nの
効果及び副作用の予測
に 重 要 な 情 報 を与 え
る。
▲HNによるAβ42誘導性のSH-SY5Y細胞(神
経芽細胞腫/p75NTR発現)の細胞死抑制と
gp130依存性。
カルセイン陽性生存細胞。
研究プロジェクトの成果
4
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
コリベリンはADマウスモデルに著効する
ペプチド製剤(コリベリン)
の前臨床試験
最強HN誘導体CLNが transgenic mouse(Tg2576)
モデルを含
む全ての形式のADマウスモデルに有効であることを複数の記憶検証
行動試験により示した。
また、投与方法としてCLNの腹腔内投与や静
脈投与に加えて経鼻投与の有効性を確立した。
マウスを用いたCLNの
安全性試験のうち反
復投与試験ならびに
一部の遺伝毒性試験
を行い、C L Nは極め
て毒 性が少ないこと
を示した。
第一にCLNの臨床応用を促進するため、以下のCLN前臨床試験を
継続して行う。
まず、
ごく最近開発された軽度だが脳神経細胞死を伴うと言われて
いるAD関連動物モデルを用いて、CLNによる脳萎縮抑制効果を検証
する。
また、我々が発見したAD関連神経細胞死誘導因子のひとつであ
るTGFbeta2を直接マウス脳内に注入して細胞死を起こす系を用い
て,CLNのin vivoにおける細胞死抑制作用を検証する。
またCLNの安全性試験に関しては、CLNの安全性を検証する前臨
床試験を継続する。
さらに、intactなCLNが脳内移行していることを直接的に示すCLN
の薬物動態研究を複数の方法(アイソトープあるいは経口ラベルあるい
はELISA)等の方法を駆使して行う。
最後に、CLNの有効性を修飾する内在因子の解析をする。
◀ C L N 経 鼻 投 与
(1nmol/day,21days)
によるTg2576(Tg)
マ
ウス(15ヶ月齢)の認知
症状を改善効果。Y迷路
テスト。
ヒューマニン経口薬の開発
HN受容体がgp130/CNTFR/WSX-1の3サブユニットからなる
IL-6 受容体 familyに属することを発見した。
この知見を基礎として、
HNによるサブユニット再構成実験を確立した。
さらにこの技術をもと
にしてin silico検索による選定作業を行い、HN活性検定試験(in
vitro細胞死抑制試験、
及びS T A T 3 活 性 化 試
験)を組み合わせて、い
くつかのHN様作用を示
すヒット化合物を得た。
▶HN受容体。HNが受容体
に結合するとJAK2/STAT3
を介する神経細胞死抑制経
路が活性化される。
ヒューマニン作用発現メカニズムの発見
HN受容体ならびに受容体の亜型を発見した。
さらに、ADモデルに
おいて、神経機能異常による記憶障害をコリベリンがHN受容体を介し
て改善するメカニズムを明らかにした。
この発見はHN/CLNがAD関
連神経細胞死のみならず、ADに関連神経機能異常に対しても効果を
示すことを確立し、本治療法に新たな付加価値を加えた。
またAD神経
細胞死にTGFbeta2が関与することのin vivoにおける証拠の一端を得
た。最後に、HN抗
体 とクロ ス す る
HN類似ペプチド
の精 製 分 離 同 定
を行い、H N 以 外
のHN様活性を示
す内 在 性 蛋 白 質
を同定した。
▲HN/CLNはpresynapseではアセチルコリン放出レベルを
増加させ、postsynapseではM1受容体のシグナルを増強する。
参考文献
▲CLNの構造。Aβによる神経毒性を抑制する因子として同定された神経栄養因子
ADNFと高活性HNであるAGA-C8R-HNG17のハイブリドペプチド。
経口薬の開発ならびに基礎研究
第一に、HN作用を示すヒット化合物の構造変換作業をさらに進め、
前臨床試験が可能な活性レベルに到達することをめざす。現在までの
構造変換実験の結果、
これらヒット化合物において論理的な構造活性
相関が得られており、今後続けて十分な構造改変作業がなされればこ
の試みは成功する可能性が高い。
第二にHNの臨床応用を支える基礎研究をさらに進める。
まず、懸案
のHN以外のHN様作用を持つ内在分子の同定をさらに継続する。
この
発見はより抗体産生の少ないHN様作用を有するペプチド製剤開発に
道を開く可能性を秘めている。
さらに、AD神経細胞死のメカニズム仮
説としてTGBβ2仮説の妥当性を検証する研究をさらに進める。以上の
研究で得られた知見は臨床応用にあたってのヒューマニンに大きな付
加価値をもたらし、本プロジェクトにおける創薬シーズ(CLN,HN小分
子)
の価値をさらに高めることが期待される。
▲HNによるin vitro HN受容体サブユニットの三量体形成誘導。
Hashimoto Y, Kurita M, Aiso S, Nishimoto I, Matsuoka M. Humanin inhibits neuronal cell death by interacting with a cytokine receptor complex or complexes involving
CNTF receptor alfa/WSX-1/gp130 Mol. Biol. Cell 2009, 20:2864-73
Chiba T, Yamada M, Sasabe J, Terashita K, Shimoda M, Matsuoka M, Aiso S. Amyloid-beta causes memory impairment by disturbing the JAK2/STAT3 axis in hippocampal
neurons. Mol Psychiatry. 2009, 14;206-22
Yamada M, Chiba T, Sasabe J, Terashita K, Aiso S, Matsuoka, M. Nasal Colivelin Treatment ameliorates Memory Impairment Related to Alzheimer’s Disease.
Neuropsychopharmacology 2008 33; 2020-2033
22
23
平成18年度
[2006年度]
パーキン遺伝子を用いた家族性・
孤発性パーキンソン病に対する遺伝子治療の研究
11
研究期間 平成18年度∼平成22年度(予定)
島田 隆[日本医科大学]
研究体制
総括
水野 美邦[順天堂大学]
小澤 敬也[自治医科大学]
高田 昌彦[京都大学]
※平成21年度における研究体制
パーキンソン病に対する新たな遺伝子治療法
キーワード
Keyword
Project
1
パーキンソン病
加齢に伴い発症頻度の高くなる神経変性疾患の一つで、
アルツハイマー病に次い
で患者数が多い。脳内の黒質ドパミン産生神経細胞の選択的な脱落が発症原因と
される。現時点で進行を抑止する根本的な治療法は無い。
遺伝子治療
人体に対する毒性を欠失させたウイルスベクターを用いて、治療遺伝子を生体内
の特別な細胞に導入する治療方法。現在までパーキンソン病に対して3種類の遺
伝子により治療効果の検証が行われている。
パーキン遺伝子
神経細胞内などで不要な蛋白質を除去するユビキチンプロテアソームシステムの
構成因子・パーキン蛋白質をコードしている。
パーキンソン病に対する新たな治療
候補遺伝子として期待されている。
2
研究の背景・意義
パーキンソン病における遺伝子治療の現状
パーキンによる遺伝子治療法の確立
パーキンソン病の主な症状は、運動機能が障害されることであ
り、運動の調節に関わる黒質ドパミン神経細胞が死滅することが
発症原因とされる。
ドパミン神経細胞死の原因の一つとして、細胞
内での異常蛋白質の蓄積が考えられている。現在治療の主流と
なっているのはドパミン合成前駆体であるレボドパの服用による対
症療法であるが、治療の長期化に伴う不随運動の出現などが大き
な問題となっている。
これまで重度のパーキンソン病患者に対して施された遺伝子治
療には3種類ある。何れの場合も人体に害の少ないアデノ随伴ウイ
ルス
(AAV)ベクターを用いている。①視床下核からの興奮出力を
抑えるためグルタミン酸脱炭酸酵素を導入するというもの、②ドパ
ミン合成を触媒する芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素(AADC)を補
充するものであり、
これらは対症的なコンセプトに基づいている。
も
う一つは③細胞外に遊離される神経保護因子ニュートリンを線条
体に充填する方法で、残存するドパミン神経を死滅から防ぐ目的で
行われるものである。
本研究プロジェクト
では、神経細胞の内側
から 死 滅 を 防ぐ目 的
で、不要蛋白質の除去
に関わるパーキン
(図)
をAAVベクターにより
補充して遺伝子治療効
果を得られるか否か検
討した。
パーキンソン病には、
ごく稀ではあるが、単一の遺伝子変異によ
り発症する遺伝性パーキンソン病の存在が知られており、
その原因
遺伝子がこれまでにいくつか同定されている。パーキン遺伝子はそ
の一つで、蛋白質分解に関わる因子をコードしている。遺伝子変異
によるパーキン蛋白質の機能損失が発症の引き金になると言われ
ている。
また家族歴のない孤発型のパーキンソン病患者において
も、パーキン蛋白質の不活性化が起こっていると考えられている。
そのため正常パーキンを補充することにより、遺伝型のみならず
パーキンソン病患者の病態進行遅延・抑止が可能になると期待さ
れる。
これまで培養細胞や小動物モデルを用いた検討により、パー
キンが神経保護作用を有するという研究結果が、我々のグループ
を含め世界中から報告されている。
本研究プロジェクトの目標は、①新規パーキンソン病モデルマウ
スやカニクイザルにおけるAAV-パーキンの遺伝子治療効果の検
証、②カニクイザルにおけるAAV-パーキン導入の安全性の検証、
③臨床応用グレードのAAV-パーキンの調製、及びこれらに基づく
④パーキンソン病患者に対する遺伝子治療法の確立である。
◀ユビキチンプロテアソー
ムシステムの概略。連続的
な反応によりユビキチンが
付加され、不要な蛋白質の
分解が引き起こされる。
24
研究プロジェクトの目標
◀マウスやカニクイザル
モ デ ル の 脳 黒 質 に
A A V - パ ー キン を 導 入
し、ドパミン 神 経 細 胞 の
機 能 改 善や細 胞 死 抑 制
効 果を調べる。
3
研究プロジェクトの成果
4
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
新規マウスモデルでのパーキン遺伝子治療
サルモデルでのパーキン遺伝子治療効果
マウスやサルにおいてパーキンソン病モデルの作製に広く用いられ
ているMPTPという薬剤を使用した。事前にAAV-パーキン、対照として
オワンクラゲの緑色蛍光蛋白質GFPを搭載するAAVをマウス黒質に投
与しておき、2週間後に腹腔内埋め込み型の浸透圧ポンプにより約1ヶ
月間、持続投与して慢性MPTPモデルを作製した。
それぞれの対照とし
て、生理食塩水を浸透圧ポンプで持続投与したものを用いた。その結
果、AAV-パーキン自体の毒性は見られず、
またMPTP神経毒性に対す
る保護効果が行動学的、病理学的に確認できた。図は黒質ドパミン神
経 細 胞 数( A A V 非 投 与
対照側に対する割合)を
示している。
今後の研究計画では、AAV-αシヌクレインを用いたカニクイザルモ
デルにおいて、AAV-パーキンの遺伝子治療効果の検証を行う。AAVαシヌクレイン+AAV-GFPを片側黒質に、AAV-αシヌクレイン+
AAV-パーキンを反対側黒質に投与して、同一個体内での治療効果を
行動学的、及び病理学的に解析する。現在少数のサルにおいて保護効
果が確認されつつあり、検体数を増やして検討を継続する。
また、浸透圧ポンプによるMPTP慢性投与モデルサルを確立し、
AAV-パーキン投与後のMPTP投与モデル、さらにMPTP投与中の
AAV-パーキン投与モデルについて遺伝子治療効果を検証する。
一方でAAVベクターを用いたRNAi法によりパーキン発現抑制を行
い、パーキン欠損モデルマウスやサルの作製を試みる。
これらのモデル
におけるパーキン遺伝子治療実験を計画する。
治療効果の確認と同時に安全性の確認が必要不可欠であり、
カニク
イザルへのAAV-パーキン単独投与後の長期観察を行う。また、上記
パーキンソン病モデルにおける検討を基準としてAAV-パーキンの至適
濃度・投与量・投与箇所数などプロトコルを確立する。
◀浸透圧ポンプによりMPTP
を慢性投与したマウスモデル
において、AAV-パーキンによ
る遺伝子治療効果が確認で
きた。
カニクイザルのパーキンソン病モデル作製
パーキンソン病患者のドパミン神経細胞に蓄積するαシヌクレイン
をウイルスベクターを用いて黒質内で過剰発現することにより、パー
キンソン病動物モデルを作製出来ることが報告されている。
ここでは
カニクイザルに対してAAV-αシヌクレインを投与してモデル作製を
試みた。核磁気共鳴画像法(MRI)に基づいたナビゲーションシステム
により、カニクイザルなどの大型動物に対する正確な脳内ベクター注
入が可能となった(図)。AAV-αシヌクレイン注入後、運動機能の低
下が認められ、
また病理学的にもドパミン神経細胞の脱落が見られた
ことから、有
用なパ ーキ
ンソン 病 モ
デルが 作 製
できた。
▲ナビゲーションシステムによるウイルスベクター注入。注入針を
MRI画像と重ね合わせリアルタイムなモニタリングが可能となった。
カニクイザルにおけるAAV-パーキンの安全性
AAV-パーキン投与自体の安全性確認のため、
カニクイザル黒質へ
のAAV-パーキン投与後にパーキンの分布、及び黒質神経細胞の生存
度への影響を調べた。注入9週間後まで行動異常は認められず、また
パーキンに対する免疫組織染色を行ったところ、黒質ドパミン神経細胞
内でのパーキン過剰発現が確認できた。図下側ではパーキンを緑色、
ド
パミン神経のマーカーであるチロシン水酸化酵素を赤で示し、両者が
重なった場合に黄色で確認することが出来る。
またドパミン神経細胞の
生存度に対する大きな影
響 は 見られ なかった 。今
後、
より長期的な検討を行
い、AAV-パーキンの安全
性をさらに検証する予定で
ある。
◀AAV-パーキン投与により、
カニクイザルの黒質ドパミン神
経細胞でパーキンの発現が確
認された。
参考文献
▲カニクイザルモデルにおけるAAV-パーキン治療効果の検証方法。
臨床品質のベクター作製や今後の研究方針
臨床応用グレードのAAV-パーキンベクターの開発を行う。企業と
の共同開発により現在試作中であり、カニクイザルを用いて投与実験
を計画している。
国内外の遺伝子治療関連学会や科学雑誌において本研究成果を
公表し、治療方法やPET計測法による効果の判定方法などについて有
識者や専門家などと意見を交換し、倫理面や法律的側面についても配
慮しながら慎重に計画を進める必要がある。
2007年5月、我が国で初めて自治医科大学においてパーキンソン
病に対する遺伝子治療(AAV-AADC)が行われたが、
これを規範とし
て倫理委員会の設置、臨床プロトコルの作製、厚生労働省への申請、
対象患者の選定などを順次計画していく予定である。
また脳内のグリア細胞にαシヌクレインが蓄積し、現在治療法の存
在しない難病である多系統萎縮症に対しても、AAV-パーキンによる
遺伝子導入治療が
応用できるか否かに
ついて検討を行う。
マ
ウスモデルやカニク
イザルモデルの作製
を試 み 、また 様 々な
血 清 型 の A A V ベク
ターを用いてグリア
細胞への遺伝子導入
法を確立する。
▲パーキンソン病患者への遺伝子治療のための今後の
研究計画について。
Yamada M, Mizuno Y, Mochizuki H. (2005) Parkin gene therapy for alpha-synucleinopathy: a rat model of Parkinson’s disease. Hum Gene Ther 16(2):262-270.
Yasuda T, Miyachi S, Kitagawa R, Wada K, Nihira T, Ren YR, Hirai Y, Ageyama N, Terao K, Shimada T, Takada M, Mizuno Y, Mochizuki H. (2007) Neuronal specificity of
alpha-synuclein toxicity and effect of Parkin co-expression in primates. Neuroscience 144(2):743-753.
Mochizuki H, Yasuda T, Mouradian MM. (2008) Advances in gene therapy for movement disorders. Neurotherapeutics 5(2):260-269.
25
平成18年度
[2006年度]
3
チオレドキシンによる
急性呼吸器疾患新規治療法の開発
12
研究期間 平成18年度∼平成22年度(予定)
研究体制
総括
淀井 淳司[京都大学]
※平成21年度における研究体制
抗炎症蛋白チオレドキシンの医薬品化
キーワード
Keyword
Project
1
MIF
マクロファージ遊走阻害因子(macrophage migration inhibitory factor: MIF)
は、
あらゆる細胞や組織に発現して炎症性サイトカインとして作用するのみならず
多彩な機能をもつことが知られている。
ARDS
急性呼吸促迫症候群(ARDS)
は重症感染、外傷、手術等様々な原因により急性呼
吸不全を呈する疾患である。人口10万人当たり年間6人例程度と稀少な疾患であ
るが、有効な治療薬がなく、救命率は50%前後である。
COPD急性増悪
慢性閉塞性肺疾患(COPD)は慢性進行性の呼吸困難を呈する疾患で、喫煙が主た
る原因である。喫煙者の15-20%が発症するといわれ、我が国の推定症例数は530万
人。、
そのうち感冒などを契機に急性の呼吸困難を呈するものを急性増悪と称する。
研究の背景・意義
2
研究プロジェクトの目標
急性呼吸器疾患の新規抗炎症治療薬の開発
ARDS・COPD急性増悪等の新規治療法の開発
チオレドキシンは105個のアミノ酸からなる分子量12kDaの蛋
白で、細胞内外の酸化還元(レドックス)環境を調節するレドックス
制御分子である。総括研究代表者の淀井淳司らは1989年にヒト
チオレドキシンを遺伝子クローニングし、
その物質特許を保有して
いる。
これまでの研究により、
チオレドキシンは種々の酸化ストレス
により誘導・放出され、抗酸化作用・抗アポトーシス作用を示すほ
か、好中球の炎症部位への遊走を阻止する抗炎症作用を示すこと
が明らかにされている。
一方、様々なストレスにより体液中のチオレドキシンレベルが上
昇すること、
チオレドキシン過剰発現マウスが種々な疾患モデルに
おいて抵抗性であることから、
チオレドキシン蛋白の投与が炎症性
疾患の治療法として有望であると考えられる。
以上のような背景に基づき、我々は様々な炎症性疾患モデルで
チオレドキシン蛋白の有効性を示してきたが、
とりわけ重篤で確立
した治療法のないARDSのような疾患に対して、
チオレドキシンを
医薬品化することの意義は大きいと考える。
薬剤開発の進歩により、多くの呼吸器疾患は、抗菌薬・抗炎症薬
で治療可能となった。
しかしながら、ARDS、新型インフルエンザを
含むウイルス性肺炎などの重症疾患は未だに有効な治療薬がなく、
またCOPDの気道炎症に有効な抗炎症薬は確立されていない。
そこで、
このような疾患をターゲットに、
チオレドキシンを
「ステロ
イド等既存の抗炎症薬に抵抗性、若しくはその副作用を克服する
新規抗炎症薬」
として医薬品化するための基盤研究を行うことが本
研究の目的である。
具体的には、ARDSを対象として、遺伝子組み換えヒトチオレド
キシンの有効性を検証する医師主導治験遂行の準備(疾患モデル
を用いた処 方 検 討・非 臨 床 安 全 性 試 験 等 )を進めるとともに、
COPD急性増悪など、
より市場性の高い領域への適応拡大を目指
すため、新たなDDSの開発、作用機序の解明等基礎医学的なエビ
デンスの強化を行う。即ち、静注以外の投与法、及び次世代製剤と
して長時間作用型の開発、更に作用メカニズムの解明のため、細胞
膜上のチオレドキシン結合物質の同定、炎症性サイトカインMIFと
の相互作用
に関する検
討を行う。
4
研究プロジェクトの成果
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
ARDS臨床試験へ向けた基礎検討
医薬品化へ向けた今後の取り組み
これまでに遺伝子組換えヒトチオレドキシン原薬の製造法を確立し、薬
物動態試験、GLP基準を満たす毒性安全性試験などの非臨床試験行っ
た。
また、凍結乾燥品製剤化を検討し、薬剤の安定性試験を行った。様々な
急性肺傷害モデルにおいて有効性を検討し、至適投与法に関してはブレ
オマイシン気管内投与モデルにて検討を行った。同時に治験薬概要書・Ⅰ
相試験臨床プロト
コールを作成し、治
験 相 談・倫 理 委員
会などの諸手続を
行った。現在GMP
原薬の調達を待っ
て臨床試験に臨む
体制にある。
従来の第一世代製剤静注投与というフォーマットに加え、新たに吸
入投与法、及び長時間作用型の第二世代製剤を開発中である。
これま
でに、
これらの投与法によりチオレドキシンが肺局所に効率的に沈着す
ること、及び第一世代製剤に比べ長い半減期を持つことを検証し得た
が、今後は、従来の投与法と同等若しくはそれを上回る有効性が得られ
るかどうか、疾患モデルにて検証する必要がある。
一方医薬品化へ最も近い状態にあるのは第一世代製剤であり、企業
へのGMP蛋白製造委託が可能となれば、
これまでのGLPタンパク製造
元からの技術移転の後、速やかに臨床試験へと向かう予定である。
◀臨床試験へむけた産
官学連携の取り組み
COPD急性増悪への適応拡大に向けた検討
ヒトCOPD症例で重症度と喀痰中チオレドキシン値が相関するこ
と、チオレドキシン過剰発現マウスが喫煙肺気腫(COPD)発症抵抗
性であることを証明した。
また急性増悪の治療薬として臨床で頻繁に
用いられるグルココルチコイドの作用メカニズムとその限界に関して
疾患モデルを用いて確認した。チオレドキシンの血中半減期は短いた
め、最も効率的な投与法の一つである経気道投与法に関して検討を
行い、静脈投与を上回る肺への移行及び肺炎症の抑制効果を証明し
た。
また血中半減期延長を目指した次世代型製剤を試作し、静脈投与
での血中半減期延長効果を確認した。
▲チオレドキシン過剰発現マウスは肺気腫(COPD)発症抵抗性である。
(図は喫煙マウスの肺の二値化イメージ)
▲非侵襲的なネブライザー吸入などの投与形態での有効性を検証する。
抗炎症メカニズムの更なる検討
チオレドキシンの抗炎症作用として、特にMIF抑制のメカニズムに関
し基礎検討を行ってきた。今後はこれまで有効性を確立してきた様々な
疾患モデルにおいて、in vivoでのMIF抑制効果の有無を検証する。in
vivoにおいてもMIF抑制効果を認めるようであれば、MIFを臨床試験の
エンドポイントの一つにすることも可能である。
また新たな抗炎症メカニズムの探究のため、
これまで同定してきた細
胞膜上のチオレドキシン結合物質との相互作用に関して更なる検討を
進める。
また、
これまでの改変体に比べより安定した蛋白結合性を示す
改変体を用い、新たな膜上結合蛋白の同定を試みる。
作用メカニズム解明へ向けた検討
チオレドキシンの抗炎症作用の新たなメカニズムとして、炎症性サイト
カインMIFとチオレドキシンの結合をBiacoreシステム及び結晶解析にて
証明した。
また、MIFによるステロイド抵抗性炎症において、細胞から放出
される炎症性サイトカイン
(TNF-α)
はチオレドキシンの添加により抑制さ
れた。
これらの結果は、
チオレドキシンが抗炎症薬としてもステロイドと共
存しうる可能性、即ちステロイド耐性の症例への適応を示唆している。
その他、血中のチオレドキ
シン結合蛋白を同定し、その
うち補体制御H因子との相互
作用に基づいた補体活性の
抑制を、抗MIF以外の抗炎症
メカニズムの一つとして証明
した。
▲ジスルフィド基を介した血漿タンパクとの結合は一過性であり、
より強固な結合
をする改変体を用いて結合タンパクを検出する。
▶チオレドキシンとマクロファー
ジ遊走阻害因子の結合を免疫沈
降法、ビアコア解析法により確
認した。
▲チオレドキシンの生体内での主な作用
26
▲急性呼吸器疾患をターゲットとしたチオレドキシンの医薬品
化構想
参考文献
Nakamura T, Hoshino Y, Yamada A, Teratani A, Furukawa S, Okuyama H, Ueda S, Wada H, Yodoi J, Nakamura H. Recombinant human thioredoxin-1 becomes oxidized in
circulation and suppresses bleomycin-induced neutrophil recruitment in the rat airway. Free Radic Res. 2007;41(10):1089-98.
Sato A, Hoshino Y, Hara T, Muro S, Nakamura H, Mishima M, Yodoi J. Thioredoxin-1 ameliorates cigarette smoke-induced lung inflammation and emphysema in mice. J
Pharmacol Exp Ther. 2008;325(2):380-8.
Son A, Kato N, Horibe T, Matsuo Y, Mochizuki M, Mitsui A, Kawakami K, Nakamura H, Yodoi J. Direct association of thioredoxin-1 (TRX) with macrophage migration
inhibitory factor (MIF); Regulatory role of TRX on MIF internalization and signaling. Antioxid Redox Signal. 2009 Oct;11(10):2595-605.
27
平成18年度
[2006年度]
3
骨質を標的とした骨折予知診断および
新規治療薬の開発に関する研究
13
研究期間 平成18年度∼平成22年度(予定)
藤原 佐枝子[財団法人放射線影響研究所]
研究体制
総括
池田 恭治[国立長寿医療センター]
島津 光伸[三菱化学メディエンス株式会社]
伊東 昌子[長崎大学]
※平成21年度における研究体制
骨の自己再生力を高めて骨折を防ぐ
キーワード
Keyword
Project
1
高血圧症や糖尿病と並んで、生活習慣病の代表。骨の代謝疾患で、患者数は
1,200万人以上。
骨折
骨への外力が、骨強度を超えると起こる。寝たきりに直結する大腿骨の頸部骨折の
新規発生件数は、年間10万件を超え増加の一途。
骨質
加齢に伴う骨強度の低下には、骨量(骨密度で代用)
の低下と骨質の劣化がある。
後者には、骨の構造と材質が大きく関わる。
2
4
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
破骨細胞が分泌するタンパクの同定
機能増強薬のスクリーニング
我々は、骨吸収から形成へのカップリングに関わる因子を探索する
にあたり、破骨細胞が分泌または膜上に提示して、骨芽細胞の分化や
増殖、遊走を促進することにより、骨形成を促進する因子と定義した。
破骨細胞が発現する遺伝子の網羅的解析から、
ひとつの分泌タンパク
を同定しカップリンと名づけた。
いろいろな検討結果から、カップリンは、骨でのみ発現し、骨のなか
でもおもに破骨細胞でのみ産生
されて、細胞外へと分泌される
タンパクであることが判明して
いる。
カップリンの発現が加齢によって低下すること、
この低下を回避する
ことで、加齢に伴う骨量減少が防止されるという成績から、我々は、
カップリンの産生を増やすことで、骨の生理的な自己再生力を高め健
全な骨格を維持することが可能になると考えている。
そこで、
カップリング機能を高めるような薬物の開発に向けて、
まず
カップリンの発現を刺激するような物質の探索を行っている。培養液
中に分泌された酵素の活性を測定することで、
カップリンの産生を高め
る化合物を簡易にスクリーニングできる系を開発し、現在、
この系を用
いて一次スクリーニングを行っている最中である。
リード化合物が同定
できれば、
さらに最適化を行って前臨床試験において検証する計画で
ある。
◀破骨細胞から分泌されるタンパク、
カップリン
骨粗鬆症
研究の背景・意義
研究プロジェクトの成果
研究プロジェクトの目標
骨折・寝たきりの克服に向けて
骨質改善薬の開発
骨粗鬆症による骨折は、寝たきりや要介護の大きな原因である。
ちなみに要介護者の第一位は脳血管障害であるが、麻痺などで転
倒しやすいので、ベースに骨粗鬆症があると容易に骨折してしま
う。
骨粗鬆症および骨折予防の代表的な治療薬であるビスフォス
フォネートは、服用方法が煩雑でコンプライアンスが悪いのが難点
で、骨折防止効果も最大40-50%にとどまる。欧米では、
アナボリッ
ク作用のあるペプチドホルモンの投与も実用化されているが、毎日
の注射が必要となる上に高価である。
こうした従来の骨吸収抑制
薬、骨形成促進薬は、継続によって効果が徐々に弱まり、服用を停
止するとすみやかにもとの代謝状態に戻るのが特徴である。骨折予
防のためには薬 物 治 療 が 必 要であることは論を待たないが 、
60-70歳以降に急激に発生頻度が増え、平均寿命の90歳に至る
までに起こる骨折をターゲットに、
いつから投与をはじめ、
いつまで
継続すればいいのか、
については定説がない。
このような背景から、骨の代謝状態を健全にするような、新しい
メカニズムに
基づいた治
療法の開発
が待ち望まれ
ている。
骨は、
ミクロの区域単位で絶え間なく代謝している。骨の代謝サ
イクルは、破骨細胞による骨吸収にはじまり、
2週間程度続いた後
に、骨芽細胞による骨形成へとリレーする。
このように、数ヶ月の周
期で、古い骨が新しい骨に置き換えられる。骨の代謝速度および吸
収と形成のバランスは、健全な骨格を保つ上できわめて重要であ
り、閉経後骨粗鬆症に見られるように、骨の吸収が異常に高まった
り、老人性骨粗鬆症で見られるように、骨が代謝される速度が著し
く遅くなると、骨の更新が滞り、質の悪い骨が増えて強度が損なわ
れる。
いずれの場合にも、骨は脆弱となり、骨折のリスクが一段と高
まる結果になる。
骨代謝の基本原理は、ある区域のなかで骨吸収が終了すると、
必ず骨形成への連携が起こり、吸収された骨とほぼ同じ量の新し
い骨が付加されるというメカニズムである。我々の目標は、
この吸
収から形成へのカップリングを制御する因子を同定しそのメカニズ
ムを解明することにより、生理的なカップリング機能を維持し、高齢
になっても健全な骨を保つことができるような治療法の開発へと
応用することである。
骨芽細胞への分化を促進
カップリン遺伝子を骨髄ストローマ細胞に導入したり、あるいは、
カップリンのリコンビナントタンパクを作製してストローマ細胞に投与
すると、脂肪細胞への分化が抑制され、骨芽細胞への分化が促進され
ることがわかった。
また、
ストローマ細胞の走化性をも高めることが判明
している。
以上から、
カップリンというタンパクは、骨吸収を行う破骨細胞から
分泌され、骨髄スト
ローマ細 胞に働い
て、骨芽細胞への分
化 や骨 形 成 機 能を
高める働きがあり、
まさにカップリング
因子の候補であると
考えられる。
▲カップリンは、骨吸収から骨形成へのカップリングに機
能する。
この機能を刺激することによって、骨の自己再生を
促進することができる。
加齢による骨量減少に防止効果
▲96穴プレートを使った化合物スクリーニング
受容体から創薬へ
カップリング機能を増強するもうひとつの手立ては、
カップリンのシ
グナルを受ける細胞側にある。細胞外に分泌されたカップリンタンパク
は安定であり、破骨細胞から分泌されたカップリンは、細胞が掘った穴
に マーク として蓄積し、骨芽細胞の骨形成軍団を呼び寄せるシグナ
ルとして機能している可能性が考えられる。
我々は、
カップリンの特異的抗体を用いたFACS解析によって、
カッ
プリンと結合する受容体タンパクを骨髄ストローマ細胞上に同定して
いる。
また、生化学的にも、結合活性のあるカップリン分子と特異的に
共沈するタンパクが同定されている。
この受容体の構造を決定し、細胞
内シグナルのメカニズムを解明することにより、カップリング作用をミ
ミックするような薬物の開発も可能になる。
骨は20歳で完成されたあとも、代謝を繰り返し40歳代までは、量・
質ともにほぼ保たれる。50歳以降になると骨の代謝バランスは乱れ、骨
粗鬆症として顕在化する。
骨でのカップリンの産生は加齢とともに減少することがわかってき
た。
カップリング機能が低下するために、吸収された骨に見合った量の
新しい骨が付加されていないと考えられる。我々の検討では、
カップリン
の産生を高めたマウスを作成すると、加齢に伴う骨粗鬆症から防止さ
れていた。加齢に伴うカップリンの産生低下を防ぐことで、骨の正常な
代謝状態が維
持されることを
示している。 ▲プレートリーダーによる、化合物活性の測定。
分泌された酵素の活性を測定することによって、化合物をスクリーニング
している。
▲カップリンは、骨量増加作用がある
▲脊椎骨折を持つ人の割合
70歳の日本人女性では、4人に1人の割合ですでに脊椎の骨
折がある。
28
▲臨床用CTでみた骨内部の構造
左が骨粗鬆症で、内部が粗な状態になっている。
参考文献
石井清朗、池田恭治:” HOT PRESS” PGC-1βと鉄の協調作用による破骨細胞の活性化、細胞工学 28: 584-585, 2009
池田恭治:骨粗鬆症の治療法の限界と将来への展望、別冊・医学のあゆみ“骨粗鬆症—臨床と研究の最新動向”p124-127, 2008
池田恭治:骨粗鬆症の成因、骨粗鬆症の予防と治療のガイドライン2006年版、
ライフサイエンス出版(東京)、p7-8、2006
29
平成18年度
[2006年度]
高分解能PET/MRI一体型悪性腫瘍診断装置の開発
14
研究期間 平成18年度∼平成22年度(予定)
研究体制
総括
[日立金属株式会社
NEOMAXカンパニー]
金清 裕和
畑澤 順[大阪大学]
山本 誠一[神戸市立工業高等専門学校]
※平成21年度における研究体制
世界初の一体型PET/MRIを開発
Project
分子イメージング
キーワード
Keyword
1
3
研究プロジェクトの成果
陽電子放出核種で標識した分子を投与し、体内分布を画像化する手法です。
ブド
ウ糖、
アミノ酸、神経伝達物質などの代謝を定量的に測定し、画像化します。最近で
は、医薬品の体内動態の評価にも利用されています。
Magnetic Resonance
Imaging(MRI)
生体内の水素原子に由来する信号をもとに、形態だけではなく、血流、代謝、温度、
脂肪の分布、微量金属の分布を画像化します。造影剤を利用し、特定の遺伝子の
発現、再生組織、細胞動態を評価することが可能です。
研究の背景・意義
分子イメージング−画像による病態研究
ヒト遺伝子(ゲノム)の全塩基配列が決定されて以降、ゲノムを
起点とした生命現象・疾患の再体系化、分子レベルでの生体機能・
病態解析が行われています。分子イメージングはその主要な研究
方法です。生体内の分子の挙動を定量的に画像化し、生理機能や
病態を観察することが可能です。疾患モデル動物、遺伝子改変動
物での分子レベルの変化を画像化します。PETは放射性同位元素
で目印をつけた特定の分子を生体に投与し、分子の動態を体外計
測します。医薬品の体内動態の探索に用いることができます
(図参
照)。悪性腫瘍ではブドウ糖の代謝が盛んなことから、
ブドウ糖に目
印をつけて撮像することにより がん の診断に利用されています。
MRIは水素原子からの信号をもとに1cm以下の がん を検出する
ことができます。両者を一体化し、病態特異性の高い代謝画像
(PET)
と組織識別能の高い微細な形態画像(MRI)
を同時に撮像
することによって、分子レベルの病態解析に寄与することが可能で
す。
しかし、PET検出器部は磁場中では作動せず、MRIは磁場内に
金属が存在すると偽像が生じるので、PET-MRI一体型装置の開発
はこれまで困難とされていました。
2
研究プロジェクトの目標
一体型PET/MRI装置の開発
研究プロジェクトの目標は、
日本国内に蓄積された磁気回路設
計技術、精密光計測技術、電子回路設計製作技術、画像再構成技
術を集約し、
これまで困難とされていたPET-MRI一体型分子イ
メージング装置を製作することです。
これまでの基礎的研究から、
PET検出器部をシンチレーターと光電子増倍管に分離し、
これらを
光ガイドで連結する光ファイバー型PET検出器を用いることによっ
て、静磁場内の対象からPET画像を得ることができました。
また、永
久磁石型MRIでは光ファイバー型PETシンチレーター部分による
偽像なしのMRI画像を得ることができました。光ファイバー型PET
と永久磁石型MRIを組合せ、PET-MRI一体型装置を世界で初め
て製作し実験用小動物の分子イメージング機器としての有用性を
検証します。直径2mm程度の微小な悪性腫瘍が検出可能な性能
を目指します。PET画像とMRI画像を重ね合わせ解析するための
画像統合解析ソフトウェアを開発します。同時に、PET-MRI一体型
装置に最適な悪性腫瘍用化合物の標識生成法の開発を目指しま
す。小動物用装置での問題点を検証し、次の段階である臨床用
PET-MRI装置の概念設計を行います。
分子イメージング研究のための高性能化
はじめに、永久磁石型MRIの磁場回路の設計を新たに行いました。
回路のヨーク部に開口を設けると、撮像中心部から1m以内のヨーク
背側に5ガウス以下の低磁場領域を設けることができることが予測さ
れました。NdFeBを素材とするOpen MRI型永久磁石磁気回路(静磁
場強度0.3T)
を製作しヨーク背側に実測で5ガウス以下の磁場領域を
確認しました。光ファイバー型PET検出器にとって、低磁場領域がMRI
本体に近いところにあることが極めて重要です。光ファイバー内での信
号減衰を少なくし、PETシ
ンチレーターの信 号を光
電 子 増 倍 管まで効 率よく
輸送することができるから
です。
本研究プロジェクトで製作しているPET-MRI一体型画像装置は、生
きたままの小動物を対象とする分子イメージング研究のための次世代
画像解析機器です。本装置ではT1強調画像、T2強調画像、
プロトン密
度画像、MR血管撮影など基本的な形態画像の撮像は可能ですが、エ
コープラナー法による拡散強調画像やMRスペクトロスコピーを行うこ
とはできません。BOLD法によるラット脳機能検査を行うためには、磁
場強度が不足しています。
これらの機能を有する装置を製作するために
は、超伝導型MRIと光ファイバー型PET、
または超伝導型MRIと半導体
型PETの組合せによる一体型装置が必要になります。
また、本装置によ
る計測には、静磁場に影響を与えない麻酔維持装置、体温維持装置、
生体モニタリングシステム
(血圧、脈拍、呼吸など)、微量の血液放射能
濃度測定装置を開発する必要があります。
さらに、小動物に投与可能
な放射性検査薬は少量(0.5ml以下)
に制限されるため、比放射能の高
い標識合成法が必要です。PET-MRI一体型装置を分子イメージング
研究に役立てるためには、撮像装置以外の周辺機器の最適化も同時に
行う必 要 が
あります。
◀永久磁石型MRI装置の概観。
正面像(左)ではヨーク中央の
開口部がわかる。背面の低磁場
領域に光電子増倍管を設置し
ている。
光ファイバー型PETの開発
次に、
リング状に構成されたLGSOシンチレーターを光信号伝導性
の高い光ガイド束と接着し開口部を貫通させ、低磁場領域に設置され
た光電子増倍管に接続しました。光ガイドの長さは70cmです。光信号
の減衰は約50%でした。軸方向の視野は2.5cm、撮像ベッドを移動す
ることにより約30分でラットの全身の撮像が可能です。なお、PET検出
器部シンチレーターは2層の位置感応型配列になっており、信号源の
位置情報の精度を高め
ています。
ノイズ信号を
大 幅に減 少させていま
す。
▶右からシンチレーター、光
ガイド、光電子増倍管を接
続し、PET検出器部を構成。
一体型PET/MRIの基本性能
永久磁石型MRIと光ファイバー型PET装置を一体化し、ファント
ムによる性能評価を行いました。MRI画像、PET画像ともに偽像やゆ
がみなしに撮像可能であることを確認しました。PETの空間分解能は
平 面内で2 . 5 m m 、M R Iの空 間 分 解 能は0 . 4 m mを達 成しました。
PETの絶対感度は1.5%です。F-18 fluoro- deoxy-glucose、C-11
methionine、F-18 NaF
をラットに投与し麻酔下
でPETとMRIの同時撮像
を行いました。M R I 形 態
画像とPET代謝画像を重
ね合わせ表示し、生体内
の形態・代謝同時計測が
可能になりました。
▲一体化装置によるラット胸部のイメージング。
F-18 fluoro-doxy-glucose投与後心筋への集積
が撮像されています。
▲ラットに投与されたフェニトイン
(抗てんかん薬)
の動態を経
時的に追跡したPET画像です。
30
▲ラットの頭部PET画像(左)、MRI画像(中央)、PETとMRIの
重ね合わせ画像(右)。PETとMRIは概念設計用装置で撮像。
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
PET対応型MRIの開発
生きたままの状態で生体内部を画像化し、分子レベルの病態を研究する手法です。
遺伝子発現、
タンパク質合成、細胞間情報伝達、組織・臓器特異的代謝を定量的に
解析することにより、疾患の成因、病態、薬物動態を解明します。
Positron Emission
Tomography(PET)
4
参考文献
▲左から、
マウス移植腫瘍イメージング、
ラット心筋イメージング、
ラット膵臓イメージング。
臨床用PET/MRI画像診断装置の開発
PET-MRI装置は大型化することにより次世代臨床用画像診断機器
となります。現在、
日本国内では悪性腫瘍診断のためにPET-CT装置が
普及し広く用いられるようになりました(2009年には全国で200台、
90%は外国製品)。
しかし、CTは組織コントラストに限界があるため、
頭頚部、腹部、骨盤腔内の悪性腫瘍診断にはMRIの方が優れています。
また、MRIは被験者の放射線被曝がありません。PETとCTの一体型装
置と比較して、PETとMRIの一体型装置は臨床装置としてこのような優
れた特性を持っています。国際的には、半導体PETとMRIの組合せによ
るPET-MRI臨床装置の開発が行われましたが、実用装置はまだ完成し
ていません。半導体検出器の感度は温度依存性が極めて高いため、安
定的に画像を得ることができません。
また、半導体は極めて高額です。
し
たがって、臨床用
に広く普 及させ
ることを前 提 に
考 えた 場 合 、永
久磁石型MRIと
光ファイバ ー 型
PETの組合せは
臨床上の要求を
満 たすよりよい
方 式であると考
えられます。
▲臨床用PET-MRI完成予想図。F-18 FDGが子宮がん原発巣、
周囲リンパ節転移巣に集積していることが明瞭に診断可能。
Imaizumi M, Yamamoto S, Aoki M, et al. Simultaneous Imaging of Magnetic Resonance Imaging and Positron Emission Tomography by Means of MRI-Compatible Optic
Fiber Based PET: a Validation Study in ex vivo Rat Brain (2009 in press)
Pichler BJ, Judenhofer MS, Catana C, Walton JH, Kneilling M, Nutt RE, et al. Performance test of an LSO-APD detector in a 7-T MRI scanner for simultaneous PET/MRI. J Nucl
Med. 2006 Apr; 47(4):639-647
Yamamoto S, Kuroda K, Senda M. Scintillator selection for MR- compatible gamma detectors. I EEE Trans Nucl Sci. 2003; 50(5):1683-5
31
平成18年度
[2006年度]
3
ジテルペン配糖体をリードとした
分化誘導型新規抗がん剤の開発
15
研究期間 平成18年度∼平成22年度(予定)
研究体制
総括
本間 良夫[島根大学]
加藤 修雄[大阪大学]
大利 徹[富山県立大学]
※平成21年度における研究体制
植物病原菌代謝産物を抗がん剤へ
キーワード
Keyword
Project
1
分化誘導型抗がん剤
がんは、細胞が脱分化して増殖能のみを発揮させている状態と言え、
したがって、
再び分化させることで、増殖抑制やアポトーシスへ導くことが可能となるため、分化
誘導剤には抗腫瘍効果を期待することができます。
ハイポキシア
がん細胞が低酸素(ハイポキシア)
・飢餓状態に対して抵抗性を獲得すると、難治
性となります。逆にハイポキシアはがん特有の環境であり、
ハイポキシアでの抗がん
効果は、正常細胞にダメージを与えない利点があります。
ジテルペン配糖体
炭素20個のイソプレノイド骨格に糖鎖が連結した天然有機化合物の総称であり、
生理活性を有する化合物が多いです。生合成関連遺伝子を特定できれば、
それを
改変することで、
目的に適った化学構造賦与も可能となります。
研究の背景・意義
シード化合物・コチレニンの抗腫瘍活性
ジテルペン配糖体・コチレニン(CN)は、子葉伸長物質として
Cladosporium属の1菌株の代謝産物として単離され、化学構造的
に類縁で植物病原菌(Phomopsis amygdali)
の代謝産物であるフ
シコクシン
(FC)
と同様、強力な植物ホルモン様活性を有すること
で知られてきました。植物細胞膜上のH + -ATPaseは、そのC末部
がリン酸化され、14-3-3たんぱく質と会合することによって活性化
されますが、C N / F C 類は、この会 合 状 態を安 定 化することで、
H+-ATPaseを永続的に活性化するとされています。
リン酸化たんぱく質と14-3-3たんぱく質の会合は、真核細胞に
おける多様な細胞内信号伝達経路の制御に広範かつ普遍的に係
わっており、
したがって、CN/FC類が動物細胞に対しても何らかの
活性を持つことが期待されてきます。
分 担 研 究 代 表 者・本 間らは 、C N が 前 骨 髄 性 白 血 病 細 胞
(HL-60)
に対して分化誘導活性を有することを明らかにしました。
さらに、
インターフェロンα
(IFNα)
と併用することにより、種々の固
形がん細胞に対してアポトーシスを誘起し、腫瘍増殖抑制効果を
示すことも明らかにしました。
この効果は in vivo においても見ら
れ、担癌マウスの腫瘍増殖を顕著に抑制します。薬剤投与期間中、
マウスに異常は見られず、
したがって、CNは新規な抗がん化学療
法剤となりう
るものと期待
されました。
▲ヒト肺癌細胞(PC-14)
を移植したマウスに対するCN+IFN
αの併用効果。腫瘍増殖をほぼ完全に抑制します。
32
2
研究プロジェクトの目標
フシコクシンを抗がん剤へ
CNとIFNαとの併用は良好な腫瘍増殖抑制効果を示しました
が、未登録のCN産生菌の増殖能が消失し、CNの供給の道が閉ざ
されるという問題が生じました。そこで、本プロジェクトにおいて
は、CNと化学構造が類似しており、植物病原菌の代謝産物として
将来に亙り供給可能なFC類を原料とし、CN様の活性を有する医
薬候補化合物を創出することを目的としました。
しかしながら、植物に対してはCNと同等の活性を有するFCであ
りますが、HL-60に対する分化誘導活性は持ちません。
当然両者の
活性の相違は、両者の化学構造の相違に帰結します。
そこで、構造
活性相関研究を展開し、
ジテルペン骨格12位の水酸基の有無が
活性発現に大きく関与していることを明らかにしました。
そして、天
然FC類に存在する12位水酸基を除去した12-デオキシFC誘導
体・ISIR-005がHL-60に対してCNに匹敵する分化誘導活性を持
つことを見出しました。
本プロジェクトでは、ISIR-005を分化誘導型新規抗がん剤の
リード化合物として位
置づけ、さらなる構造
最適化を経て最終医
薬候補化合物を創出
するとともに、その治
療 効 果 の 評 価 、毒 性
評 価 、作 用 機 序 の 解
明研究等を展開し、
ト
ランスレーショナル・リ
サーチへ結びつけるこ
とを目標としています。
▲CNとFCの化学構造の相違と第一世代リード・
ISIR-005。分化誘導活性の発現には、12位水酸基
のないことが必須です。
研究プロジェクトの成果
リード化合物の治療効果
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
FC生合成遺伝子の特定とその応用
リード化合物・ISIR-005は、HL-60に対する分化誘導活性を示すと
ともに、CN同様、IFNαとの併用により、固形がんに対しても in vivo (担癌マウス)
で良好な腫瘍増殖抑制効果を示しました。
また、単剤でも
ヒト肺癌細胞(A549)
に対して遊走阻害活性を示し、細胞接着喪失に
よるアポトーシス
(anoikis)
を誘
導することも明らかになりまし
た。
したがって、ISIR-005にはが
んの転移を抑制する効果を持つ
ことを期待できます。
ただ、脂溶性が高く水に難溶
であり、非結晶性であるなど、物
性には改良の余地が残りました。
◀ヒト肺 癌 細 胞( A 5 4 9 )に対する
ISIR-005単剤の遊走阻害活性。10μ
g/mLの濃度でほぼ完全に遊走を阻
害します。
最終医薬候補化合物の創出
ISIR-005の治療効果は確認できましたが、特に物性改善を意図し、
構造最適化を行いました。
その結果、
グルコース骨格の転位反応によっ
て得られるISIR-040がHL-60に対してCNを凌駕する分化誘導活性を
示すことを見出し、第二世代のリード化合物と位置づけました。転位反
応によって、多様な官能化側鎖を導入できる利点を活かし、側鎖末端に
アミノ基を有するISIR-042を得
ました。単剤での分化誘導活性、
IFNαとの併用によるマウスに対
する治療効果も確認し、水溶性
が向上を確認するとともに、
クエ
ン酸塩として結晶化できることか
ら、最終医薬候補化合物として
位置づけました。
▶第二世代リード・ISIR-040と最終医
薬 化 合 物・I S I R - 0 4 2 の 構 造 。
ISIR-042は、クエン酸塩として水溶
性・結晶性を持ちます。
Hypoxia選択的腫瘍増殖抑制活性
抗腫瘍活性の評価の過程で、最終医薬候補化合物・ISIR-042が、
単剤で、低酸素状態(Hypoxia)に置かれたがん細胞の増殖を顕著
に抑制することを見出しました。
この活性は、CNやISIR-005には見
られず、ISIR-042に特有の活
性です。がん細胞が、低酸素・
飢餓状態に抵抗性を獲得する
と、難治性となります。一方で、
低酸素状態はがん細胞に特有
の環境であり、ISIR-042に見
られる活 性は、通 常の酸 素 濃
度状態にある正常細胞にはほ
とんど影 響を及 ぼさないこと
が 期 待できます。ヒト膵 臓 癌
細胞(MiaPaCa-2)を、マウス
上で大きく成長させた異種移
▲ヒト乳癌細胞(MCF-7、
ギムザ染色)
に対す 植片への治療効果も確認しま
る増殖抑制効果。ISIR-042(単剤)のみ、した。
Hypoxia選択的に増殖抑制効果を示します。
参考文献
4
トランスレーショナル・リサーチへの展開のためには、ISIR-042を大
量に供給する必要があります。天然FC類は、植物病原菌・ P. amygdali
の大量培養によって、十分量取得することは可能ですが、不要な12位
水酸基の除去に多段階の化学変換を要します。
そこで不要な12位水酸化を担う酵素を特定し、その欠損株を創出
すべく検討しています。
しかし、既に見出していたフシコッカン骨格合成
酵素(PaFS)周辺に、全ての生合成遺伝子を見出すことはできず、生合
成クラスターが断片化していることが判明しました。
残りのクラスターの特定を容易にするため、類縁化合物の産生菌で
あるAlternaria brassicicolaの生合成遺伝子クラスターの取得を試みま
した。その結 果 、P a F Sと相同性の高いフシコッカン骨 格 合 成 酵 素
(AbFS)周辺に生合成遺伝子クラスターが存在することを見出しまし
た。
6種存在する水酸化酵素のうちの3種については、既にその機能解
析を完了しています。
現在、P. amygdaliの全遺伝子配列の解析を進めており、今後、A.
brassicicolaで得られた情報を参考に、12位水酸化酵素を特定していま
す。
そして、
その欠損株を取得し、直接12-デオキシFC類を生産させるこ
とで、効率良くISIR-042を供給する手法を確立したいと考えています。
▲P. amygdaliおよびA. brassicicolaのフシコッカン骨格合成酵素
(PaFS/AbFS)
周辺の生合成関連遺伝子クラスター。
作用機序の解明
本プロジェクトにおいてはCNをシード化合物とし、同等の活性を有
する化合物をFCから誘導することを目指してきました。
そして、少なくと
も現象論的にはCNと同等の活性を有するISIR-042を見出すに至りま
した。CNとIFNαの併用がDR5(Death Receptor 5)
とそのリガンド
であるTRAIL(TNF-related apoptosis inducing factor)
の発現を誘
起 し 、ア ポ ト ー シ ス へ 導 くこと が 判 明 し て い ま す 。そ こ で 、
ISIR-005/ISIR-042とIFNαの併用が同様の効果を与えるかを検証した
所、予想に反し、全くDR5の発現を誘起していないことが判明しました。
したがって、異なる作用機序を有すると考えるのが妥当ですので、その
解明を検討する必要があります。
また、Hypoxiaでの活性もISIR-042に特有のものでありました。
この
作用機 序 解 明も必 要であります。既に、C NとI F Nαの併用効 果が
14-3-3ζ依存的であることは確
認しましたが、他の活性に対して
も14-3-3たんぱく質が関与して
いるかを含め、作用機序の全容
解明に取組む計画です。
一 方 、医 薬 開 発 の 観 点 から
は、治療効果と毒性評価の詳細
な検討も必要です。
これらの諸問
題を克服し、
トランスレーショナ
ル・リサーチへの展開を実現した
いと考えています。
▲CN/モデルリン酸化ペプチド/14-3-3た
んぱく質3者会合体の結晶構造。同様の安
定化機構が作用機序に介在していると想定
しています。
Horie A, Akimoto M, Tsumura H, Makishima M, Taketani T, Yamaguchi S, Honma Y.Induction of differentiation of myeloid leukemia cells in primary culture in response to
lithocholic acid acetate, a bile derivative, and cooperative effects with another differentiation inducer, cotylenin A Leukemia Research 32: 1112-1123, 2008
Ottmann C, Wayand M, Sassa T, Inoue T, Kato N, Wittinghofer A, Oecking C.A structural rationale for selective stabilization of anti-tumor interactions of 14-3-3 proteins by
cotylenin A J. Mol. Biol. 386: 913-919, 2009
Minami A, Tajima N, Higuchi Y, Toyomasu T, Sassa T, Kato N, Dairi T.Identification and Functional Analysis of Brassicicene C Biosynthetic Gene Cluster in Alternaria
brassicicola Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters 19: 870–874, 2009
33
平成18年度
[2006年度]
3
自己免疫性疾患に対する
新しい生物製剤の開発の研究
16
研究期間 平成18年度∼平成22年度(予定)
研究体制
総括
清水 宏[北海道大学]
※平成21年度における研究体制
自己免疫疾患に対する疾患特異的治療法開発
キーワード
Keyword
Project
1
自己免疫疾患
人間は免疫という生体防御システムにより、病原微生物など生体にとって有害な物
質による侵襲から守られています。
この免疫システムに破綻が生じ、
自分自身に対
して異常な反応が生じると自己免疫疾患が生じます。
モノクローナル抗体
免疫反応では、抗体とよばれる蛋白が中心になって働きます。抗体には多様な病原
体を認識できるよう、様々な種類がありますが、特定の分子だけに反応する人工的
に作成した1種類の抗体をモノクローナル抗体と呼びます。
Fab抗体
抗体のなかで中心的な役割を果たしているIgG抗体は、蛋白分解酵素で処理する
と、病原体などの抗原と呼ばれる標的部位に結合するFab領域と、IgG受容体に
結合するFc領域とに分けることができます。
研究の背景・意義
2
研究プロジェクトの成果
4
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
モノクローナルFab抗体の樹立
モノクローナルFab抗体の安全性試験
高力価の自己抗体を有することが確認された水疱性類天疱瘡患者
2名から血液を採取し、単核球分画からRT-PCR法にて抗体Fab領域
遺伝子cDNAを調整し、
ファージ抗体ライブラリーを作成しました。作
成したファージ抗 体ライブラリーから1 7 型コラーゲンを認 識する
ファージ抗体をリコンビナント蛋白を用いたELISA法にてスクリーニン
グし、17型コラーゲンを特異的に認識する3種類のモノクローナル
Fab抗体を樹立しました。3種類のモノクローナルFab抗体についてヒ
ト17型コラーゲンに対する特異性を蛍光抗体法、
ウェスタンブロット
法にて検討したところ、いずれの抗体もヒト17型コラーゲンに対して
特異的に結合しましたが、コントロールであるマウス17型コラーゲ
ン、GSTタンパクには結合しなかったことから、
これら3種類のモノク
ローナルFab抗体はヒト17型コラーゲンに高い特異性を有すること
が明らかになりました。
これまでの研究により、水疱性類天疱瘡患者血液からヒト17型コ
ラーゲンを特異的に認識する3種類のモノクローナルFab抗体を作成
し、in vitroとin vivoの両実験系で水疱性類天疱瘡患者自己抗体に対
する阻害効果が確認できた2種類の抗17型コラーゲンモノクローナル
Fab抗体を樹立しました。今後これら抗17型コラーゲンモノクローナル
Fab抗体を臨床応用していくにあたって、
モノクローナルFab抗体の生
体内における安定性、安全性について検証していくことが必要になりま
す。そのため、現在Fab抗体の大量生産に向けて、大腸菌ではなく哺乳
類の細胞(CHO細胞)
を用いた発現系への変更を行っています。
また、
非齧歯類を用いた安全性試験に先立って、
マウスを用いたモノクロー
ナルFab抗体の体内動態、安全性についての検証を行っています。
▲マウスを用いたモノクローナルFab抗体の体内動態、安全性の検討
研究プロジェクトの目標
自己免疫性皮膚疾患の克服に向けて
水疱性類天疱瘡に対する特異的治療法の開発
自己免疫疾患は、様々な遺伝的要因や環境因子の影響下で、
自
分自身に対して異常な免疫反応が生じることによって発症すると
考えられています。水疱性類天疱瘡は、最も頻度が高く患者数の
多い自己免疫性皮膚疾患で、適切な治療が施されないと死に至る
可能性のある重篤な疾患です。水疱性類天疱瘡の治療法として
は、副腎皮質ステロイドの全身投与が第一選択として用いられます
が、長期間にわたる治療により高血圧や糖尿病の発症など様々な
合併症が生じるため、治療に難渋するケースも数多くみられます。
一方で、
これまでの研究により、水疱性類天疱瘡の発症メカニズム
が明らかにされつつあります。水疱性類天疱瘡では、皮膚に存在す
る17型コラーゲンという分子を標的とした自己抗体が患者に生
じ、
この自己抗体によっ
て補体とよばれる分子
の活性化が生じること
により、水 疱 形 成が起
こると考えられていま
す。そこで、本研究では
総 括 研 究 代 表 者 のグ
ループが新たに開発し
た水疱性類天疱瘡モデ
ルマウスを治療効果の
判 定に用いることによ
り、自己抗 体の沈 着と
補体の活性化を特異的
に抑制する疾患特異的
治療法の開発を行いま
した。
本研究では最も頻度の高い自己免疫性皮膚疾患である水疱
性類天疱瘡をターゲット疾患として、
ファージディスプレイ法と、
EBウィルスによる自己抗体産生B細胞のクローン化の2つの異
なった手法を平行して用い、水疱性類天疱瘡患者末梢血より17
型コラーゲンに対するモノクローナルF a b 抗 体を作 成します。
Fab抗体は補体活性化能を持たないため、患者にモノクローナル
Fab抗体を投与することで、病的な自己抗体と17型コラーゲン分
子との結合を競合的に阻害し、水疱性類天疱瘡の発症を抑制す
ることが可能と考えられます。モノクローナルFab抗体の治療効
果と安全性は、水疱性類天疱瘡モデルマウスを用いて判定し、具
体的な投与法、投与量の設定を行うことで、
より副作用が少なく、
高い治療効果を有するモノクローナルFab抗体の開発を行い、臨
床応用の早期実現につなげます。
▲ファージディスプレイ法による抗17型コラーゲンFab抗体の樹立
水疱性類天疱瘡に対する有効性を確認
3種類のモノクローナルFab抗体について患者自己抗体に対する阻
害効果をリコンビナント蛋白を用いたELISA法にて検討したところ、2
種類のFab抗体で濃度依存的に患者自己抗体に対する阻害効果が確
認されました。一方1種類の抗体は特異的に17型コラーゲンに結合し
ましたが、患者自己抗体に対する明らかな阻害効果を示しませんでし
た。次に、皮膚にヒト17型コラーゲン蛋白を発現する、水疱性類天疱瘡
モデルマウスを用いたin vivoの実験系で各モノクローナルFab抗体の
効果について検討しました。水疱性類天疱瘡モデルマウスでは、患者自
己抗体を投与することにより、水疱病変を生じますが、in vitroの実験
系で阻害効果が認められた2種類のモノクローナルFab抗体を投与し
たところ、患者自己抗体による水疱形成が著明に抑制されました。in
vitroの実験系で阻害効果の認められなかったFab抗体は水疱性類天
疱瘡モデルマウスに対しても有意な効果を示しませんでした。
より安定性の高い抗体製剤の作成にむけて
本研究では患者から高親和性の抗17型コラーゲンモノクローナル
Fab抗体を樹立し、水疱性類天疱瘡患者自己抗体に対する競合的阻
害作用による新規治療法の開発をおこなっていますが、モノクローナ
ルFab抗体の問題点として生体内における安定性が挙げられます。モ
ノクローナルFab抗体は標的抗原である17型コラーゲン分子と結合
した際に、その生体内における安定性が高まると考えられますが、実
際に臨床応用を目指すにあたりより安定性の高い製剤を開発すること
が望ましいと考えらます。そこで、
これまでに樹立した2種類のモノク
ローナルFab抗体の遺伝子をクローニングし、
さらに遺伝子変異を導
入した組み換えIgGタンパクの作成を行っています。遺伝子変異を導
入することで治療効果と抗体の安定性を両立させた抗体の作成およ
び解析を行っています。
▲抗17型コラーゲンモノクローナルFab抗体による治療メカニズム
▲水疱性類天疱瘡モデルマウスを用いた評価系にて、
モノクローナルFab抗体の有
効性が確認された
▲水疱性類天疱瘡の臨床、検査所見と、想定さ
れる発症メカニズム
参考文献
▲作成したモノクローナルFab抗体遺伝子を用いて組み換え抗17型コラーゲ
ンモノクローナル抗体を作成する
Nishie W, et al: Humanization of autoantigen, Nat Med, 13: 378-383, 2007.
Yancey KB: The pathophysiology of autoimmune blistering diseases, J Clin Invest, 115: 825-828, 2005.
34
35
平成18年度
[2006年度]
アミロイドを伴う希少疾患の新規治療予防薬の
開発に関する研究
17
研究期間 平成18年度∼平成22年度(予定)
研究体制
総括
堂浦 克美[東北大学]
※平成21年度における研究体制
プリオン病克服への扉を開く
キーワード
Keyword
Project
1
プリオン
ヒトプリオン病(クロイツフェルト・ヤコブ病など)
や動物プリオン病(ウシ海綿状脳
症、
スクレイピー、鹿消耗性疾患など)
の病原因子。異常な立体構造をもつプリオン
蛋白質からなりますが、増殖のメカニズムは不明です。
キャリアー
プリオンを体内に保有しているものの、発病していない状態。
プリオン病では生涯に
わたり発症せずキャリアー状態となることがあります。英国では、変異型ヤコブ病の
キャリアーのヒトが多数いることが指摘されています。
疾患抵抗性因子
プリオンに感染したヒトが全て発病するわけではないことが知られています。
これ
は、体内に疾患抵抗性因子が存在し、外的要因(食物・環境)などの影響を受けな
がら発病に抑制的に働いているためと考えられます。
2
研究の背景・意義
プリオン病の脅威とその克服
プリオン病克服に向けた2つの研究テーマ
わが国では変異型クロイツフェルト・ヤコブ病、硬膜移植後ク
ロイツフェルト・ヤコブ病、遺伝性プリオン病などのヒトプリオン
病の発症リスク保因者は数万人の規模に達し、その治療薬や発
症予防薬の開発は社会的に強く要請されていますが、十分な有
効性を持つ治療予防薬はなく、安全で予防的効果に優れた治療
薬の開発が求められています。また、動物プリオン病では、ウシ海
綿状脳症やスクレイピーにおいて非典型例(サーベイランス調査
により最近確認されるようになった新規タイプのプリオン病)が
発生し、鹿消耗性疾患が多発しています。
これらの動物プリオン
病が人類への新たな脅威となる可能性が指摘されており、動物
プリオン病に対する予防薬の開発も望まれています。一方、プリ
オン病には生涯にわたり発症せずキャリアー状態となることがあ
り、体内でプリオンの増殖を抑え発病を防ぐ疾患抵抗性因子の存
在が示唆されています。疾患抵抗性因子が機能しないヒトでは発
病しやすく、疾患感受性があることになりますので疾患感受性因
子とも呼ばれますが、
これらの因子はこれまでに全く解明されて
いません。
したがって、
プリオン病に対する治療予防薬の開発とと
もに、疾患抵抗性因子の解明が、多数のリスク保因者に対して、
各人の発病しやすさを考慮したプリオン病の治療・予防に貢献す
ると考えられます。
この研究プロジェクトにおいては、
2つの研究テーマがあります。
一つは、
「多糖誘導体Aの開発研究」
です。
プリオン病に対して優れ
た発症予防効果と治療効果を発揮する多糖誘導体Aに関して、そ
の実用化に向けて、治療予防効果の評価研究、化合物最適化研
究、安全性評価研究などを実施して、患者さんでの臨床試験を始
めるために必要な前臨床試験データを整備することが、
この研究
テーマの目標です。
もう一つの研究テーマは、
「 次世代型治療薬の開発研究」
です。
多糖誘導体Aは食品添加物などとして多様な分野で使用され、
日
常少なからず経口摂取している化合物ですから、
プリオン病を発病
した患者さんの中には、多糖誘導体Aを毎日摂取していたにもかか
わらず発病した患者さんがおられるはずです。
このような患者さん
では多糖誘導体Aを介した疾患抵抗性因子群の機能が上手く働
かなかった可能性があります。
その原因を明らかにするとともに、
プ
リオン病の新たな創薬標的分子群を同定するため、多糖誘導体A
がどのようにして治療予防効果を発揮するのか、
そのメカニズムを
解き明かすことが、
この研究テーマの目標です。
◀プリオン病の発病動
物と生涯キャリアー状
態であった動物の脳組
織。発病した脳では赤
褐色に染まるプリオン
の蓄積がみられます。
36
研究プロジェクトの目標
▲プリオン病の発病に影響する疾患抵抗性因子群の存在。疾患
抵抗性因子群が有効に働くと、発病せずにキャリアー状態にな
ります。
3
研究プロジェクトの成果
4
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
すぐれた発症遅延効果を確認
長期間にわたる安全性の検討
多糖誘導体Aをプリオン感染動物の皮下、腹腔内、脳室内あるいは静
脈内に単回投与、
または経口で連日投与すると、劇的な発症遅延効果が
見られることを確認しました。特に、
プリオンを腹腔内感染させた動物で
は、感染早期に多糖誘導体Aを皮下に単回投与した場合に、
ほぼ生涯に
わたり発症が抑えられました。
また、驚くべきことですが、多糖誘導体Aを
皮下に単回投与した半年後や1年後に、
プリオンに感染させた場合であっ
ても、感染早期に投与した場合と同程度の劇的な発症遅延効果が観察さ
れました。多糖誘導体A
の発症遅延効果は、調べ
たいずれの種類のプリオ
ンでも観察されました。
大量に多糖誘導体Aを投与すると、投与後一過性に血球減少や血
清脂質低下が観察されましたが、
これらの異常は2∼4週間で正常に回
復しました。
しかし、単回投与した場合に3日以内に投与量の約85%が
低分子化されて尿便中に排泄されますが、その後の排泄は極めて緩徐
となり、多糖誘導体Aはリンパ節・脾臓などの組織に長期間滞留しま
す。
したがって、多糖誘導体Aの安全性についての検討は、長期間にわ
たり実施する必要があり、今後も継続しなければならない研究です。
ま
た、
どの程度の間隔をおいてどれだけの量を投与すれば、副作用発現を
抑え治療予防効果を最大限に引き出すことができるのか、
これまでの研
究では結論は得られていません。最適な投与法を見つけ出すために、
様々な投与プロトコールについて長期間にわたって安全性と治療予防
効果を評価しながら検討を続けなければなりません。さらに、効果を
保ったままで、投与量を減らし副作用出現の可能性を減らすためには、
多糖誘導体Aのドラッグデリバリーを工夫する必要があります。
これま
での研究で多糖誘導体Aがマクロファージに作用することがわかって
いますので、
マクロファージに選択的に多糖誘導体Aが送達されるよう
な方法を検討してきましたが、今後もこの研究を継続しなければなりま
せん。
◀腹腔内感染後の単回皮下
投与の効果。
プリオン感染動
物の大半は、ほぼ生涯にわた
り発病せずキャリアー状態と
なります。
最適な化合物の条件を確認
多糖誘導体Aの構造活性相関研究から、多糖誘導体Aの分子サイ
ズが治療予防効果に最も大きく影響することが明らかになりました。分
子サイズが約100 kDaの多糖誘導体Aが最も優れた治療予防効果を
もっていました。分子サイズ以外にも、多糖誘導体Aの側鎖構造や末端
構造も効果の発現に重要な働きをもっていることがわかりました。例え
ば、側鎖のコレステロール修飾により、多糖誘導体Aの効果が格段に高
まりました。
また、様々な類似の多糖誘導体を調べましたが、多糖誘導
体A以外に有効なものはな
く、
プリオン病に対する治療
予 防 効 果は多 糖 誘 導 体A
に特異的なものです。
▶分子サイズ(粘度)
と発症遅延
効果との関係。ある一定の分子
サイズ
(粘度)
を持つ多糖誘導体
Aが、最も高い効果を示します。
作用メカニズムの手掛りを発見
多糖誘導体Aやその分解産物は直接プリオンに作用しませんし、
ワク
チンのような抗体応答を介して作用していません。体内のマクロファージ
を増減する処置を行うと、多糖誘導体Aの効果も増減することから、
マク
ロファージが多糖誘導体Aの作用メカニズムに関与することを発見しま
した。
さらに、多糖誘導体Aの治療予防効果を全く認めないマウスの系統
を見つけ、
このマウスではTリンパ球の発生に異常があることを発見しま
した。
これらのことから、
マクロファージとTリンパ球との相互作用が多糖
誘導体Aの作用メカニズムに関与していると考えています。
▲効果を発揮しないマウスの発見。多糖誘導体Aが効かないマウスでは、感
染経路や投与経路に関係なく効果が観察されません。
▲多糖誘導体Aの体内分布。放射性同位元素で標識した多糖誘導体
Aを背部皮下に単回投与後2週間目の放射能分布を示しています。
作用メカニズムの解明
これまでの研究で、マクロファージとTリンパ球との相互作用が多
糖誘導体Aの作用メカニズムに関与する可能性があることを発見して
おりますが、効果を発揮している実効因子を具体的に解明することが
重要です。実効因子が解明できれば、実効因子およびそれを制御して
いる因子群を標的とした新たな創薬が可能となります。また、多糖誘
導体Aを同程度に経口摂取していても発病するヒトがいると想定され
ることより、疾患抵抗性因子群が機能しないメカニズムを解き明かす
ことも可能となります。
プリオン病ではプリオンが増殖して傷害をあた
えるのは脳であることから、実効因子は脳内で働いています。発症遅
延効果は長期間に及ぶものの、発病を完全に阻止できないことから、
長期間にわたり持続的に低濃度の実効因子が脳内で誘導されている
可能性があります。そこで、多糖誘導体Aを体内に投与した際に脳内
で誘導される因子群をつぶさに調べてきました。
これまでのところ実
効因子に結びつくデータは得られておりませんが、引き続き実効因子
解明研究を継続し、実効因子を同定しなければなりません。
また、多糖
誘導体Aの投与により実効因子が誘導されるメカニズムや、実効因子
がプリオンの増殖を抑制し発症遅延効果をもたらすメカニズムも解明
しなければなりません。
▲作用メカニズム解明に向けての作業仮説。
マクロファージとTリ
ンパ球の相互作用が、実効因子産生に必要と考えられます。
37
平成18年度
[2006年度]
新規低分子NF-kB阻害剤(DHMEQ)による
新たな免疫抑制療法の開発
18
研究期間 平成18年度∼平成22年度(予定)
金内 徹[北日本化学株式会社]
研究体制
総括
藤堂 省[北海道大学]
岸野 吏志[明治薬科大学]
梅澤 一夫[慶應義塾大学 ]
※平成21年度における研究体制
分子標的薬による新たな免疫抑制療法の開発
キーワード
Keyword
Project
1
NFkB
転写因子NFkBは、様々な組織にて細胞の生存・増殖に重要な遺伝子の発現を調
節しています。免疫担当細胞においては、NFkBの活性化により種々のサイトカイン
を産生・分泌し、組織の炎症(拒絶反応など)
を引き起こしています。
臓器・細胞移植
種々の原因で不可逆的な機能不全に陥った臓器の機能を回復させるには、現在臓
器・細胞移植による治療しかありません。移植医療には様々な問題がありますが、
臓器・細胞の保存、拒絶反応の制御が依然として大きな問題です。
拒絶反応
研究の背景・意義
2
研究プロジェクトの目標
移植における新規免疫抑制療法の必要性
NFkB阻害による新規免疫抑制療法の開発
臓器移植は拒絶反応の主体となるIL-2産生において中心的役割
を果たすカルシニューリン-NFAT経路を阻害するシクロスポリンや
タクロリムス
(カルシウム阻害剤)
の開発により急速に発展・普及し
てきました。
しかし現在でもこれら免疫抑制剤を用いても克服できな
い急性拒絶や慢性拒絶が臨床上重要な問題となっています。NFkB
は、1980年代後半に発見された転写因子の一つであり、様々な細
胞にユビキタスに存在し、様々な生理的状態・病態において重要な
役割を果たしていることが知られており、細胞の生存、増殖などに深
く関わっています。近年、NFkBはTリンパ球活性化における副刺激
経路(CD28)
を通じたIL-2産生、CD40刺激によるBリンパ球活性
化、TLRを介する自然免疫活性化及び抗原提示細胞である樹状細
胞の活性化などに主要な役割を果たしていることが明らかとなりま
した。図に示すように、免疫担当細胞におけるカルシニューリン
-NFAT経路とNFkB経路の主要経路は、
それぞれ独立した経路です
が、
ともに炎症性サイトカインの産生に重要です。
NFkB経路阻害
による免疫抑制効果研究を進め、
また既存の薬剤との併用効果を研
究することに
より、より有
効な新たな移
植免疫療法
の開発が期
待されます。
本研究では安全で有効なNFkB阻害剤が臨床薬剤として未だ
開発されていない現状を鑑みて、新しく開発された低分子NFkB阻
害剤DHMEQ(dehydroxymethyl epoxyquinomicin)
の細胞・
臓器レベルでの移植実験を通して、免疫抑制効果に対する作用機
序を系統的に研究・検討します。DHMEQは、
これまでにない機序
で特異的にNFkB分子の活性化を抑えることが知られていますの
で(図参照)、免疫抑制に向けたより特異的・効果的な作用が期待
されます。
これまでの動物実験でも副作用が認められていません
が、将来有効な薬剤となることが期待される薬剤です。本研究で
は、血液中・組織内濃度測定法の確立および体内薬物動態の解
析、生体内での代謝・排泄の解析(薬物動態の解析)、毒性試験な
ど、生体内における本薬剤の動態・作用を具体的に検討します。
DHMEQの製剤化にむけては、難溶性DHMEQの水溶製剤化ある
いは外用剤としての開発を試み、多様な用途に対応できる薬剤の
開発を目指します。
また、薬剤の高収率で経済的な合成方法および
安価で効率的な薬剤(キラル体)合成法を検討し、具体的な前臨床
試験までの研究・検討を進めることを目的とします。最終的に、臨床
応用に向けた疾患
を定め、臨 床 使用
における具体的な
薬剤投与法の検
討を行なう予定で
す。
▲カルシニューリン/NFAT阻害剤の開発により移植成績は
急速に向上しましたが、転写因子NFkB経路の抑制も免疫抑
制には重要です。
38
臓器・細胞移植により他人の組織・細胞が移植された場合に、
自己の組織はそれを
排除しようとします
(拒絶反応)。
それを効果的・持続的に抑制することで、移植され
た臓器は生着し、機能します。
▲新規NFkB阻害剤DHMEQは、低分子の化合物で、
転写因子であるNFkB分子に直接結合し特異的に
NFkBの活性化を阻害します。
3
研究プロジェクトの成果
4
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
DHMEQの作用機序の解析
リポソームを用いた水溶化DHMEQ製剤の作製
DHMEQは動物実験で強力な抗炎症作用、抗癌作用を示しますが、
今までどの分子に結合してNF-kBの活性を阻害するのかわかっていま
せんでした。最近になって標的分子がNF-kBそのものであることがわか
りました。
マススペクトルや化学合成を用いた方法でDHMEQがNF-kB
構成因子であるp65などの特定のアミノ酸に直接共有結合し、その
DNA結合活性を阻害することが解明されました(図)。
このように特異
的な標的分子への結合が
化学で証明されている阻
害剤はDHMEQだけで、
DHMEQがどうして毒性
が 少 な く 、特 異 的 に
NF-kBを阻害できるのか
がわかりました。
リポソームは脂質二重膜で構成され、内部に水相を有する閉鎖小胞
です。
リポソームはその性質上、脂溶性物質および水溶性物質を搭載
することが可能であり、
さらに脂質の種類やリガンド等の機能素子を修
飾することで体内動態を制御することも可能と考えられます。
そのため、
様々な物質の
「運び屋」
として研究・臨床で使われています。本研究で開
発を進めているDHMEQはそれ自体難水溶性であり、種々の臨床的な
応用に向けて対応するために、水溶製剤化を試みます
(図)。我々は、
リ
ポソームにDHMEQを搭載することで水溶化を試みますが、様々な組
成を持つリポソームに対してDHMEQを搭載し、
もっとも有効な製剤を
スクリーニングし、最適なものをDHMEQ水溶製剤として開発します。
すでに予備実験により種々のリポソーム組成を検討しており、
このリポ
ソーム化DMHEQ製剤はin vitro細胞系におけるリンパ球混合試験に
おいて強力に免疫反応を抑制し、
さらにin vivoのマウス臓器移植実験
においても、効果的に免疫反応を抑制する可能性が示唆されています。
今後、
リポソームからのDHMEQのコントロール・リリースをさらに検討
し、
より臨床に即した製剤の開発を目指しています。
▲DHMEQはNF-kBの構成因子であるp65と
p50の特定のシステインに結合してDNAへの結
合を特異的に阻害します。
DHMEQの拒絶反応抑制効果の解析
DHMEQは、臓器・細胞移植に関わるリンパ球のサイトカイン分泌、
増殖活性(MLR)
を有意に抑制しました。
マウスを用いた異所性心移植
モデルでは、移植後急性・慢性拒絶反応に対する抑制効果を検討しま
したが、急性および慢性拒絶反応に対して、共に明らかな拒絶反応抑
制効果を認めました(図)。
また、従来の免疫抑制剤との併用により、
よ
り有効に拒絶反応を抑制しました。
マウス糖尿病モデルにおける膵島
移植実験においても、DHMEQ
投与はドナー投与あるいはレシ
ピエント投与、細胞保存液への
投与にて、移植膵島の機能の有
意な延長と血糖正常化が得ら
れました。
▶マウス心移植実験(bm12 → B6;
移植後28日目)
では、DHMEQ投与
により、慢性拒絶反応による血管病
変が抑制されていました。
DHMEQの皮膚アレルギー疾患抑制効果の解析
DHMEQ軟膏(1%含有、
プラスチベース)
を作成し、
アトピー性皮膚
炎モデルマウス
(Nc/Nga)
に対する皮膚炎症状の抑制効果を検討しま
した。DHMEQ軟膏連日2週間外用にて、
コントロール
(プラスチベース
のみ)に比べ皮膚炎症状は著明に改善しました。臨床症状および掻破
行動などに基づき評価する重症度スコアも、
コントロールではスコアの
上昇が続くのに対し、DHMEQ外用によりスコアは有意に低下しまし
た。
さらに、その改善効果は現
在臨床で用いられているアト
ピー性皮膚炎治療薬とほぼ同
等の効果でした
(図)。
◀DHMEQ軟膏外用にて、
アトピー
性皮膚炎モデルマウス
(Nc/Nga)
の皮膚炎症状は著明に改善し、重
症度スコアも有意に低下しました。
参考文献
▲難水溶性のDHMEQをリポソームに搭載することで、水溶化
DHMEQ製剤の作製を目指します。
臨床薬剤の開発に向けた実験
臨床応用に向けた具体的な研究開発として、
「膵島移植」
および
「皮膚
アレルギー疾患」
を目指しています。多くの糖尿病患者さんを救う有効な
手段でありますが、膵島移植が成功すれば毎日のインシュリン投与・内服
治療、頻回に行なう血液検査などから患者さんは開放されます。膵島移
植には、細胞採取から移植までの種々のプロセスにて多くの問題があり
ますが、DHMEQの採取細胞への投与、
レシピエントへの投与により、膵
島移植の効果の向上が期待されます。私たちは、
こういった臨床における
問題を大動物実験にてシュミレートし、臨床応用に向けた問題解決を目
指します。同時に、臓器移植(腎移植、肝移植など)
に対しても、同様に臨
床応用を目指した大動物での実験を行なう予定です。
また、大動物実験を
通して、
この薬剤の急性・慢性毒性の有無についても検討を開始します。
皮 膚アレル
ギー疾患に関して
は、既にその有効
性・メカニズムの
解析も終了してお
り、今後より具体
的 な用 法 の 確 立
に向けた緻密な検
討を進めていく予
定です。
▲膵島移植では、移植までに種々の問題がありますが、DHMEQは移
植後のダメージを抑制し、膵島移植の効率を高めると考えられます。
Ariga A, Namekawa J, Matsumoto N, Inoue J, Umezawa K. Inhibition of tumor necrosis factor-alpha -induced nuclear translocation and activation of NF-kappa B by
dehydroxymethylepoxyquinomicin.J Biol Chem. 2002 Jul 5;277(27):24625-30. Epub 2002 Apr 30.
S. Ueki, K. Yamashita, T. Aoyagi, S. Haga, T. Suzuki, T. Itoh, M. Taniguchi, T. Shimamura, H. Furukawa, M. Ozaki, K. Umezawa and S. Todo: Control of allograft rejection by
applying a novel NF-kB inhibitor, dehydroxymethylepoxyquinomicin. Transplantation 82: 1720-1727, 2006.
Watanabe E, Mochizuki N, Ajima H, Ohno K, Shiino M, Umezawa K, Fukai M, Ozaki M, Furukawa H, Todo S, Kishino S. A simple and reliable method for determining plasma
concentration of dehydroxymethylepoxyquinomicin by high performance liquid chromatography with mass spectrometry. J Chromatogr B Analyt Technol Biomed Life
Sci. 871: 32–36, 2008 39
平成18年度
[2006年度]
コレステロールアシル転移酵素アイソザイム ACAT2
選択的阻害剤の開発
19
研究期間 平成18年度∼平成22年度(予定)
研究体制
総括
菅原 徹[株式会社ケムジェネシス]
供田 洋[北里大学 ]
石橋 俊[自治医科大学]
※平成21年度における研究体制
3
研究プロジェクトの成果
キーワード
Keyword
Project
1
日本人の死因の第二位と第三位である心疾患と脳血管疾患の主な原因が動脈硬
化症です。
スタチン系と呼ばれる医薬品が使用されていますが、30%程の患者にし
か効かないことから、新しい予防治療薬が求められています。
コレステロールアシル
転移酵素2
コレステロールと脂肪酸から中性脂質(コレステリルエステル)
を生成する酵素で、
ACAT2と略します。小腸では食餌由来のコレステロールの吸収に、肝臓では低密
度リポタンパク質(悪玉コレステロールの一種)などの分泌に関与します。
ピリピロペンA
我々がカビ(真菌)
の培養液中から発見した化合物(PPAと略)
で、世界で唯一の
ACAT2選択的阻害剤と考えられます。ACAT2と動脈硬化との関連をPPAを用い
て立証し、
さらにPPAをリードとして誘導体の医薬品への発展をめざします。
研究の背景・意義
古くて新しい薬剤標的ACAT
今日、動脈硬化症の予防治療薬は、生体内でのコレステロール
生合成の律速酵素(HMG-CoA還元酵素)
を特異的に阻害するス
タチン系医薬品が主流です。
しかし、約30%の患者さんにしか効果
が得られない等の問題があり、新しい医薬品の開発が求められて
います。本プロジェクトでは、新しい薬剤標的として、
コレステロー
ルにアシル基を導入するアシルCoA:コレステロールアシル転移酵
素(ACAT)に焦点をあてています。ACATは理想的な薬剤標的と
して製薬会社を中心に数多くの合成阻害剤が研究されてきました
が、毒性の問題やヒトでの効果への疑問から、ほとんどの製薬会社
でその開 発は断 念された状 況にあります。しかし最 近になり、
ACATには2種類のアイソザイムが存在すること、ACAT1は全身
の組織に、ACAT2は小腸と肝臓特異的に発現しその機能が異
なっていることがわかってきました。
しかし、過去の阻害剤について
はこれらアイソザイムに対する選択性の研究はほとんど行われてお
らず、調べられたものはACAT1選択的か、ACAT1と2の両方を阻
害する薬剤かのいずれかと思われます。最近の遺伝子からの研究
成果を考えあわせると、ACAT2は動脈硬化予防治療につながる
創薬ターゲットとしての可能性があるものの(図参照)、選択的阻
害剤からの検討は全くされていなかったと言えます。
▲ACAT2は、小腸では食餌中のコレステロールの吸収に、肝臓
では悪玉コレステロールの分泌に関与すると考えられています。
2
研究プロジェクトの目標
ACAT2を選択的に阻害するピリピロペン
このような背景のもと、我々はまずACAT1と2に対する薬剤の阻
害活性を調べる評価系を構築しました。
自分たちの有するACAT阻
害剤を評価したところ、
カビ
(真菌)
より発見していたピリピロペンA
(PPA)がACAT2を選択的に阻害することが明らかとなりました
(図参照)。最近の合成ACAT阻害剤の報告を考慮しても、
このよう
な特色を示すものは他に見当たりません。既に化学合成していた約
300種類のPPA誘導体についても阻害活性を測定したところ、驚い
たことに、PPAが最も優れた選択性(ACAT1阻害との差が1000倍
以上)
を示しました。
そこで、本研究の目標として、
まず、1)ACAT2
選択的阻害剤の有効性は明らかとなっていないことから、動脈硬化
発症マウスを用いてPPAが動脈硬化抑制効果を示すのかどうかを
明らかにする、
もし効果が認められた場合は、2)PPAは薬物代謝酵
素によって加水分解されると予想される3つのエステル結合をその
構造中に有することから、肝臓や血中でのPPAの代謝がどのように
進むか明らかにする、
さらに、3)得られたPPA代謝を考慮して、薬物
代謝酵素によって分解されにくく、なおかつACAT2に対する選択
性や阻害活性がPPAよりも優れた誘導体を創製することです。
この
ようなプロセスから、PPAをリードとしたACAT2阻害剤を創製し、
新しい 動 脈 硬
化予防治療薬
への 応 用を最
終 的 に目 指し
たいと思ってい
ます。
▲ピリピロペンAを生産するカビの電子顕微鏡写真像
(左)
と構造式(右)
です。写真内の白線は1億分の1メート
ルを表します。
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
ピリピロペンAは小腸と肝臓で効果を発揮
ピリピロペンAより優れた誘導体の選別
細胞や酵素を用いた実験では理想的な阻害活性を示しても、実際
に動物に投与すると全く効果を示さない場合も多くあります。そこで、
PPAがマウスレベルでも小腸と肝臓でACAT2を阻害するかを調べま
した。その結果、図に示したように、PPAを投与したマウスでは小腸か
らのコレステロール吸収は顕著に抑制され、約半分にまで減少してい
ました。また、血中の悪玉コレステロールを構成する中性脂質の分子
種の解析から、PPAは肝臓においても効果を示していることが示唆さ
れました。以上のように、PPAはマウスレベルでもACAT2の機能を阻
害していることが明らかとなりました。
次世代誘導体の中から次のステップに進める化合物をどのようにし
て選別するかは非常に重要なポイントです。我々は、PPAを経口投与し
た動脈硬化モデルマウスはわずか2週間で血中コレステロール値が減
少し、その変動は動脈硬化病巣の進展と相関することを見いだしまし
た。
そこでまず、代謝酵素に安定でACAT2に対する選択性と阻害活性
を示した化合物を選び、それらをマウスに2週間投与して血中コレステ
ロール量を定期的にモニターしてその変動をチェックすることにより、
有望な次世代誘導体を選別しました。
その結果、PPAより優れた血中コ
レステロール低下作用を示す約10種類の誘導体を選別することができ
ました
(表参照)。試験管レベルで解析した代謝酵素に対する安定性と
細胞レベルで解析したACAT2阻害活性のデータは、
マウスにおける血
中コレステロール量の低下作用と非常に良く相関していたことから、
我々のこの絞り込みの戦略が、
とてもよく機能していると判断していま
す。
すでに、
いくつかの誘導体はマウスへの投与を開始し3ヶ月間にわた
る解析を進めておりますが、動脈硬化抑制効果がPPAよりもはるかに
優 れているこ
とを示すデ ー
タが 得られて
きており、今後
の成果が期待
されておりま
す。
新しい動脈硬化症予防治療薬開発への挑戦
動脈硬化症
4
◀PPA未投与群と投与
群のコレステロール吸収
量です。グラフの右の濃
度は、体重1kgあたりに
換算したPPA投与量で
す。
ピリピロペンAは動脈硬化症を予防した!
動脈硬化発症マウスを用い、高脂肪食を与えながらPPAを3ヶ月間
にわたって毎日経口投与しました。驚いたことに、投与を開始してすぐに
血中コレステロール値の減少が観察されました。
また、3ヶ月の投与の
間、過去の合成剤で問題となったような下痢や肝障害等の副作用は全
く認められませんでした。投与後に動脈硬化病巣の面積を定量したとこ
ろ、図に示したようにその面積は約半分にまで減少していました。以上
のように、ACAT2選択的阻害剤は動脈硬化症の予防治療薬となりう
ることを世界で初めて証明しました。
医薬品への発展をめざして
▶PPA未投与群と投与
群のマウスの動脈硬化
病巣の面積です。グラフ
の右の濃度は、体重1kg
あたりに換算したPPA投
与量です。
次世代のピリピロペン誘導体
PPAには、代謝酵素によって分解されてしまう可能性が高いエステル
結合が3ヶ所あります。肝ミクロソームを用いて代謝酵素に対する影響
を調べたところ、2カ所は加水分解されやすく、1カ所はほとんど代謝さ
れないことが明らかとなりました。そこで、分解されやすい2カ所には代
謝酵素に対して安定な置換基を検討し、安定な1カ所にはACAT2選択
的阻害活性を高める置換基を探索しました
(図参照)。170種類の誘導
体を合成した結果、代謝され難く、
かつACAT2選択的阻害活性が優れ
た次世代誘導
体を見いだす
ことが できま
した。
▲ピリピロペンAをスタートとして誘導体を合成しました。丸で示
した部分に種々の置換基を導入しました。
参考文献
▲阻害活性の比は、ACAT2阻害活性がPPAより何倍強いかを意
味し、選択性はACAT1とACAT2の阻害活性の差です。
PPA及びマウスで効果を示した約10種のPPA誘導体について、今後
医薬品として発展させていくためにはまだまだ解決しなければいけない
問題があります。1)
まずこれら誘導体についてマウスを用いた前臨床試
験を行い、安全性を明らかにしていかなければなりません。
すでに、PPA
および一部の誘導体に関して、
マウスを用いた急性毒性試験や亜急性毒
性試験等について解析を始めておりますが、現在までのところ、致死的毒
性、肝毒性や腎毒性等の顕著な毒性は認められません。今後は、変異原
性試験等のさらに詳細な毒性試験についても解析を進めようと考えてお
ります。
そして、2)薬物の体内動態についても解析を進める必要がありま
す。肝臓での代謝に関しては、肝ミクロソームを用いた試験管レベルでの
解析によって、代謝酵素に対する安定性や生じる代謝産物の構造などが
明らかになってきております。今後は、
それらのデータを足がかりとし、
マ
ウスを用いた生体レベルでの代謝の解析を進め、
さらに、吸収、分布、排
泄等の体内動態も調べていく予定です。3)将来的には、
ウサギやサル等
のより高等な動物を用いてその効果を調べていく予定です
(図参照)。
こ
れらの研究を展開しながら製
薬企業との連携も視野に入
れ、医薬品へ向けた研究を展
開したいと考えております。
▶今後の研究予定。
ピリピロペン
Aをリードとして用いた種々の実
験を行い、臨床試験へ進めたいと
考えております。
Tomoda H., Ōmura S. Pharmacol. Ther. 115, 375-389 (2007)
Ohshiro T., Matsuda D., Nagai K., Doi T., Sunazuka T., Takahashi T., Rudel L.L., Ōmura S., Tomoda H. Chem. Pharm. Bull. 57, 377-381 (2009)
Ohshiro T., Ohte S., Matsuda D., Ohtawa M., Nagamitsu T., Sunazuka T., Harigaya Y., Rudel L.L., Ōmura S., Tomoda H. J. Antibiot. 61, 503-508 (2008)
40
41
平成18年度
[2006年度]
脳神経疾患の新しい画像診断法および治療薬の開発
20
研究期間 平成18年度∼平成22年度(予定)
研究体制
総括
[地方独立行政法人
東京都健康長寿医療センター]
橋本 謙二[千葉大学]
石渡 喜一
※平成21年度における研究体制
脳内α7ニコチン受容体の画像化へ前進
キーワード
Keyword
Project
1
α7ニコチン受容体
煙草の主成分であるニコチンが作用する受容体の一つ。
アルツハイマー病や統合
失調症などの多くの脳神経疾患の病因・病態に関与していることが判ってきてお
り、
この受容体に作用する薬剤が新規治療薬として期待されている。
アルツハイマー病
認知機能の低下、人格の変化を主な症状とする認知症の一種。病理学的には脳組
織の委縮、
βアミロイドの沈着による老人班の出現が見られる。現在、PETを用いて
ヒト脳内βアミロイドの画像化が可能になった。
統合失調症
生涯有病率は1%弱と非常に高い代表的な精神疾患である。主に、思春期・青年
期に発症する場合が多く、症状は幻覚や妄想などの陽性症状、社会的引きこもり
などの陰性症状、認知機能障害などがある。病因・病態は未だ不明である。
研究の背景・意義
研究プロジェクトの成果
新規放射性薬剤[11C]CHIBA-1001の開発
本研究プロジェクトにおいて、臨床応用可能な新規PET放射性薬
剤[ 11 C]CHIBA-1001を創製した。覚醒サルを用いたPET研究より、
[ 11 C]CHIBA-1001の脳内分布は選択的なα7ニコチン受容体薬剤
で減少するが、別のサブタイプであるα4β2ニコチン受容体薬剤では
影響を受けなかった。
また受容体結合試験の結果より、CHIBA-1001
はα7ニコチン受容体以外の受容体等にはほとんど結合しなかった。
新規PET放射性薬剤[ 11 C]CHIBA-1001の前臨床試験(毒性試
験、復帰変異原性試験、被ばく線量など)
を行った。
[11C]CHIBA-1001
注射用製剤を用いたPET臨床研究については、東京都老人総合研究所
および千葉大学における倫理委員会での承認後、健常者を対象としたP
CHIBA-1001の安全性を確認した。
ET臨床研究を開始し、
本薬剤
[11C]
さらに
[ 11C]CHIBA-1001の有用性を確認するために、健常者を対
象としたα7ニコチン受容体作動薬の服用前後の受容体占拠率の測
定に関する研究を行った。
α7ニコチン受容体作動薬服用により、脳内
[ 1 1 C]CHIBA-1001
結合が減少することよ
り、
α7ニコチン受容体
占拠 率の測 定に有用
であることが判った。
▲健常男性(20歳)における[ 11 C]CHIBA-1001の
脳内分布。投与90分間のSUV(Standard Uptake
Value)画像と対応するMRI画像。
研究プロジェクトの目標
脳神経疾患の克服に向けて
新規PET放射性薬剤の開発と臨床応用
高齢化社会に伴い増加しているアルツハイマー病型認知症や
代表的な精神疾患である統合失調症の病因・病態は、未だ解明
されていない。最近の研究より、ニコチン受容体のα7サブタイプ
がこれらの二つの疾患の病因・病態に重要な役割を果たしている
ことが判ってきた。例えば、
アルツハイマー病の原因タンパクの一
つであるβアミロイドがα7ニコチン受容体に高い親和性で結合
する事、さらにアルツハイマー病患者の死後脳を用いた研究か
ら、
βアミロイドがα7ニコチン受容体に結合している事などが報
告されている。
このように、脳内α7ニコチン受容体はアルツハイ
マー病患者の脳におけるβアミロイドの沈着・神経毒性に関与し
ており、患者の認知機能障害にも関係していることが推測されて
いる。一方、
α7ニコチン受容体が統合失調症の中間表現系の一
つである聴覚誘発電位P50の異常に関係していることが知られ
ており、
α7ニコチン受容体アゴニスト作用を有する薬剤が、統合
失調症患者のP50の異常を改善する事ことから、新しい治療薬
のターゲットとして期待されている。現在のところ、生体内の脳内
α7ニコチン受容体を画像化するPET放射性薬剤は開発されて
いない。本研究プロジェクトの意義は、脳内α7ニコチン受容体に
対する新 規 P E T 放 射 性
薬剤を創製し、臨床研究
に応用することである。
脳には主に、
ニコチン受容体に対する二つのサブタイプ(α4β2
とα7)
が存在し、前者はニコチンの報酬・依存などに関係しており、
後者は認知機能などに関係していることが判ってきている。
α4β2
サブタイプに対するPET放射性薬剤は既に開発され、現在、臨床
研究が精力的に進められている。例えば、重度の喫煙者の脳では、
終日脳内α4β2ニコチン受容体がニコチンで占拠されていること
がPET研究から明らかになった。
一方、
α7ニコチン受容体に対するPET放射性薬剤の開発は
国内外で競争が激しく、未だヒトでの臨床研究は開始されていない
のが現状である。
α7ニコチン受容体に作用する薬剤は、
アルツハ
イマー病や統合失調症などの新規治療薬として期待されており、
国内外の製薬企業が開発に凌ぎを削っている。
またα7ニコチン受
容体に対するPET放射性薬剤は、
これらの候補薬剤の脳内受容
体占拠率の測定にも応用可能であり、候補薬剤の投与量選定に利
用できる。
本研究プロジェクトの目標は、
α7ニコチン受容体に対する新規
PET放射性薬剤を開発し、
ヒトへの臨床応用を行い、
アルツハイ
マー病や統合失調症の病因・病態におけるα7ニコチン受容体の
役 割を調 べることである。さらに、実 用 化に向けた新 規PET
/SPECT放射性薬剤を開発する。
◀α7ニコチン受 容 体 。α7
サブユニットの5量体として
形 成されており、C a 2 + を細
胞内に取り込むことにより、
中枢神経系において重要な
生理作用に関わっている。
42
2
3
◀ヒト脳内α7ニコチン受
容 体 の 画 像 化を目的とし
て、千葉大学で開発された
新規PET放射性薬剤[11 C]
CHIBA-1001の構造式。
統合失調症のモデル動物における有効性
統合失調症のNMDA受容体機能低下仮説の基づき、NMDA受容
体拮抗薬フェンサイクリジン
(PCP)
をマウスに投与して作成した認知
機能障害モデルにおけるα7ニコチン受容体アゴニストの効果を調べ
た。
α7ニコチン受容体アゴニスト
(トロピセトロン、SSR180711)は、
PCP誘発認知機能障害を有意に改善し、その改善作用はα7ニコチン
受容体アンタゴニストの同時投与によって拮抗された。
またPCPの繰り
返し投与により、
マウス脳内α7ニコチン受容体の密度が有意に減少す
る事を見出し、統合失調症の死後脳を用いた研究報告の結果と合致し
た。
さらに、
サルにPCPを繰り返し投与すると、前頭皮質における
[ 11C]
CHIBA-1001の結合が減少する事を覚醒サルを用いたPET研究で確
認した。
これらの結果は、統合失調症の脳ではα7ニコチン受容体密度が減
少しており、
α7ニコチン受容体アゴニストが治療薬として期待される
事 が 強く示 唆
された。
4
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
実用化に向けた新規放射性薬剤の開発
上述したように、脳内α7ニコチン受容体はアルツハイマー病、統合失
調症などの多くの精神神経疾患の病因・病態に関わっている可能性が高
く、実用化に向けたα7ニコチン受容体に対する新規PET/SPECT診断
用放射性薬剤の開発は、
これらの疾患の早期診断にも応用可能であると
期待されている。現在臨床研究に使用している
[11C]CHIBA-1001は短
半減期(20分)
であるため、実用化として適していない。今後、実用化に
や123Ⅰ
(13時間)
向けた試みとして、11 Cより半減期が長い18 F(110分)
などの核種による標識合成および基礎的な実験、覚醒サルを用いたP
ET/SPECT検査等を実施する
事により、実用化可能な新規放
射製薬剤を創製することが可能
になる。さらに、実用化の課題と
して、多施設間における新規放
射製薬剤の有効性を検証する事
があげられる。
▲実用化に向けた新規放射性薬剤のデザ
イン戦略。
トロピセトロンのプラセボ対象二重盲検試験
上述したように、
α7ニコチン受容体はアルツハイマー病および統合
失調症の病因・病態に深くかかわっている事より、現在、
アルツハイマー
病患者および統合失調症患者を対象とした[ 11 C]CHIBA-1001の臨
床研究試験を実施している。
また脳内α7ニコチン受容体はアルツハイマー病、統合失調症などの
多くの精神神経疾患の治療ターゲットとして期待されている。脳神経疾
患の新しい治療法の開発を目的として、
α7ニコチン受容体アゴニスト
であるトロピセトロン
(セロトニン5-HT3受容体拮抗薬)
の統合失調症
患者を対象とした臨床研究試験(プラセボ対照二重盲検)
を千葉大学
で実施している。
本薬剤(トロピセトロン)の実用化にあたっての課題として、統合失
調症患者やアルツハイマー病患者を対象とした、多施設間における大
規模なプラセボ対象二重盲検試験を実施する必要がある。
▶α7ニコチン受容体アゴ
ニストであるトロピセトロン
の構造式。抗がん剤治療の
副作用(悪心、嘔吐など)の
治療薬として使用されてい
るセロトニン5-HT3受容体
拮抗薬。
▲脳内NMDA受容体。
フェンサイクリジン
(PCP)
はNMDA受容
体のPCP結合部位に作用し、
ヒトにおいて統合失調症と酷似し
た症状(陽性症状、陰性症状、認知機能障害)
を引き起こす。
参考文献
Hashimoto K, et al.: [11C]CHIBA-1001 as a novel PET ligand for α7 nicotinic receptors in the brain: A PET study in conscious monkeys. PLoS ONE 3:e3231, 2008.
Toyohara J, et al.: Preclinical and the first clinical studies on [11C]CHIBA-1001 for mapping α7 nicotinic receptors by positron emission tomography. Ann. Nucl. Med.
23:301-309, 2009.
Hashimoto K, et al.: Phencyclidine-induced cognitive deficits in mice are improved by subsequent subchronic administration of the novel selective α7 nicotinic receptor
agonist SSR180711. Biol. Psychiatry 63: 92-97, 2008.
43
平成18年度
[2006年度]
人工万能幹細胞の創薬および再生医療への応用
21
研究期間 平成18年度∼平成22年度(予定)
研究体制
総括
山中 伸弥[京都大学]
※平成21年度における研究体制
既知因子による体細胞からの多能性細胞作製
リプログラミング
(初期化)
分化した細胞を、脱分化し未分化な状態に変化させることで、
メチル化などのDNA
修飾の変化を伴います。
これまで卵への核移植や、ES細胞との細胞融合によりリプ
ログラミングが可能であることが知られていました。
4因子
(リプログラミング因子)
当研究室では、
マウス線維芽細胞にES細胞で発現する24個の遺伝子を導入す
ることで、
リプログラミングが可能であることを見出し、
さらなる検討により、その
うちの4つの因子だけでiPS細胞を樹立できることを報告しました。
キーワード
Keyword
Project
人工多能性幹細胞
(iPS細胞)
2006年当研究室において、
マウス線維芽細胞に特定の遺伝子を導入することによ
り、ES細胞に似た分化多能性と自己増殖能をもつ細胞を誘導することに成功し、人
工多能性幹細胞(iPS細胞)
と名付けました。
1
研究の背景・意義
2
研究プロジェクトの目標
多能性幹細胞の臨床応用に向けて
iPS細胞の実用化
胚性幹(ES)細胞は、様々な細胞へと分化できる多能性を維
持したままほぼ無限に増殖することから、神経細胞や心筋細胞
などを大量に準備し、創薬や再生医療に応用することが期待さ
れています。しかしヒトの胚から樹立するES細胞の利用に関し
ては、倫理的な問題もあり、慎重な運用が求められています。ま
た再生医療においては患者自身の細胞ではないため、拒絶反応
の問題もあります。当研究室では最近、マウスの線維芽細胞に4
因子(Oct3/4、Sox2、c-Myc、Klf4)を導入することにより、胚
性幹(ES)細胞に類似した人工多能幹細胞(iPS細胞)を樹立す
ることに成功しました。また、
ヒトiPS細胞の樹立にも成功したこ
とから、患者自身の多能性幹細胞を作成することができ、疾患の
メカニズムの解明や治療薬のスクリーニング、副作用試験、さら
にiPS細胞より誘導した細胞による再生医療の実現が期待でき
ます。
この研究プロジェクトは、各種疾患モデル動物や、さまざまな
遺伝的背景、疾患背景を有するヒト細胞からiPS細胞を効率良
く樹立する方法を確立し、また、iPS細胞から分化させた神経細
胞、心筋細胞、肝細胞などの細胞を、薬効および毒性の評価に利
用し、さらに安全性を確保することにより、各種疾患への移植療
法に利用することを目的とします。そのために、
ヒトやマウスの体
細胞からより効率よく質の高いiPS細胞を作製する方法、および
iPS細胞の質や安全性を評価する方法を確立するための研究を
行います。またiPS細胞から分化誘導した細胞を用いた薬剤の
スクリーニングや、毒 性の判 定のための技 術を開 発するととも
に、細胞移植治療の実現のための研究を、疾患モデル動物など
を用いて行います。
3
研究プロジェクトの成果
4
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
生殖細胞系列に寄与するiPS細胞の樹立
iPS細胞の標準化
当初作製されたFbx遺伝子マーカーにより選別されたiPS細胞は、
in vitroおよびin vivoにて分化多能性を示していました。
しかし、
マウ
スの胚盤胞にインジェクションすると、
キメラ胎仔はできましたが、
これ
らのキメラは胎生致死でした。そこで、
より分化多能性の高いiPS細胞
を作製するために、
より厳しい多能性幹細胞のマーカーであるNanog
遺伝子をマーカーとしてiPS細胞を樹立しました。作製されたNanog
iPS細胞は、キメラマウスが誕生し、
これらのキメラマウスからiPS細胞
由来の子が生まれ、生殖細胞
系列にも寄与するES細胞と
ほぼ同等の分化多能性を持
つことがわかりました。
他のグループの報告も含め、
これまで、
マウスにおいてプラスミドベ
クターや精製タンパク質によりゲノム挿入のないiPS細胞が樹立され、
またヒトにおいても、エピソーマルベクターや精製タンパクなどにより、
ゲノム挿入のないiPS細胞の樹立が報告されています。
さまざまな樹立
方法が開発され、
さまざまな細胞からiPS細胞が作製できるようになり
ました。
これらのiPS細胞を分化誘導し細胞移植を行うときに、分化抵
抗性で未分化な細胞が残存すると奇形腫などの発生の原因となりま
す。当研究室での検討により、起源となる細胞のタイプにより分化抵抗
性の細胞の頻度が異なることが明らかになりました
(Miura et al. Nat
biotech. 2009)。iPS細胞の実用化のために、
どのようなiPS細胞が最
適であるのかを、iPS細
胞の様々な評価法を通
して明らかにし、iPS細
胞の標準化を進めてい
く必要があります。その
ため、iP S 細 胞の治 療
効果や、腫瘍形成など
の安全面の評価のため
に、疾患モデル動物へ
の移植実験を進めてい
きます。
Nature, Vol 448,316,2007
◀Nanog-iPS細胞から生殖系列
への伝承が起こりiPS細胞だけか
らなるマウスが誕生した(茶色い
毛色のマウス)。
ヒト皮膚線維芽細胞からのiPS細胞の樹立
マウス体細胞から、ES細胞とほぼ同等の性質をもつiPS細胞を作
成することが可能なことが明らかになりましたが、
ヒト体細胞でも同様
のリプログラミングが可能かどうかはわかりませんでした。当研究室で
は成人ヒト皮膚線維芽細胞にマウスと同じ4つの遺伝子(OCT3/4,
SOX2, KLF4, c-MYC)
を導入することにより、
ヒトiPS細胞を樹立す
ることに成功しました。
ヒトiPS細胞はES細胞とほぼ同等の遺伝子発
現パターンを示し、in vitroおよびin vivoにてES細胞と同様に三胚葉
の細 胞に分 化する能力を持
つことを明らかにしました。
▶ヒトiPS細胞の樹立。
ヒトiPS細
胞を用いてテラトーマの形成にも
成功し、
さまざまな組織に分化し
たことを確認した。
Cell, Vol 131,882,2007
ウィルスを使用しないiPS細胞の樹立
レトロウイルスを用いて樹立されたiPS細胞のゲノムには、
ウイルス
由来の遺伝子の挿入があり、腫瘍化の原因にもなることがわかってきま
した。ゲノムへの 遺 伝 子 挿 入 のない i P S 細 胞を作 成 するために、
Oct3/4、SOX2、Klf4とc-Mycのプラスミド発現ベクターを交互に、
リ
ポフェクション法により一過性に遺伝子導入することにより、
マウス胎
仔線維芽細胞よりiPS細胞を誘導することに成功しました。得られた
iPS細胞は、
ゲノムに外来遺伝
子の挿入は確認されず、また
これらの細胞は、ES細胞と同
様の遺伝子発現パターンを示
し、
キメラマウスは生殖系列へ
の伝承が確認されました。
◀プラスミドの導入による一過性
遺伝子発現により、
ゲノムへの遺伝
子挿入のないiPS細胞を樹立。上段
は従来のレトロウイルスを用いた
方法。
▲マウスの体細胞に4つの遺伝子の導入を行うことにより、ES細胞用の形
態をしたiPS細胞が樹立される。
▲マウスiPS細胞を用いた分化誘導実験。誘導された神
経細胞(βⅢ-tubulinによる免疫染色)。
参考文献
Nature Biotechnology, Vol 27,744,2009
◀分化抵抗性の細胞の多
いiPS細胞のクローンから
誘導した神経細胞を移植
したマウスに発生した腫瘍
(奇形腫)。
高効率で高品質なiPS細胞の樹立法の開発
マウスおよびヒトにおいて、プラスミドや精製タンパクなどにより、
外来遺伝子のゲノム挿入のないiPS細胞の樹立が可能であることが
報告されましたが、その効率は大変低いものです。そのため、さらに
i P S 樹 立 効 率を上げる方 法の開 発は重 要と考えられます。そこで
我々は、遺伝子や化合物天然物ライブラリーのハイスループットスク
リーニングを行い、遺伝子導入を用いずに、より高いリプログラミン
グ効率でiPS細胞を誘導する技術の開発をめざします。また、iPS細
胞の実用化のためには、iPS細胞の誘導効率だけではなく、質の高い
iPS細胞の誘導法を開発することも重要であると考えられます。遺伝
子や化合物天然物のスクリーニングや、様々な樹立方法を検討する
ことにより、より良質な
iPS細胞の誘導法の開
発をめざします。
▶ハイスループットスクリー
ニングシステムを用いて、遺
伝子や化合物天然物から、
リプログラミング効率を上
げるものを探索する。
Takahashi K, Yamanaka S. Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors. Cell. 2006 Aug 25: 126(4):663-676.
Okita K, Ichisaka T, Yamanaka S.
Generation of germline-competent induced pluripotent stem cells. Nature. 2007 Jul 19: 448(7151):313-317.
44
Takahashi K, Tanabe K, Ohnuki M, Narita M, Ichisaka T, Tomoda K, Yamanaka S. Induction of pluripotent stem cells from adult human fibroblasts by defined factors. Cell.
2007 Nov 30: 131(5):861-872.
45
平成18年度
[2006年度]
がん・循環器領域等における前向き臨床試験を用いた薬剤奏効性・
安全性のシグナル(バイオマーカー)検出大規模データベース
研究期間 平成18年度∼平成22年度(予定)
構築を目指した研究
22
研究体制
総括
坂本 裕美[国立がんセンター]
宮田 敏行[国立循環器病センター]
[大学共同利用機関法人情報・
藤田 利治 システム研究機構]
※平成21年度における研究体制
がん・循環器領域のシグナル検出の開発
キーワード
Keyword
Project
1
アスピリン抵抗性
アスピリンは心血管系疾患の二次予防に広く用いられる抗血小板薬である。
アスピ
リンの抗血小板効果には個人差があり、服薬しているにもかかわらずイベントを発
症する患者がみられ、
これをアスピリン抵抗性とよぶ。
乳がん遺伝子発現
プロファイル
乳がん前向き臨床試験において、
マイクロアレイを用いて、術前化学療法の奏効
性、安全性を予測するマーカーを確立する。臨床情報・遺伝子発現等のバイオマー
カー情報はGeMDBJと連携し、
データベース化され公開される。
安全確保のための
データベース
欧米諸国では医薬品の安全確保に活用できる大規模データベースの構築が
1990年代以降に盛んに行なわれ、数十万人∼数千万人規模のデータベースが現
在稼動し、医薬品の安全確保に活用されている。
研究の背景・意義
データマイニング技術の確立に向けて
がん・循環器病領域等の疾患克服は、我が国のみならず先進諸
国の焦眉の課題となっているが、多くの薬剤が開発され、市場に出
ているにもかかわらず、期待された有効性が十分に発揮されず、治
癒あるいは疾患コントロールに至らない症例は多い。欧米では公
的医療保障(Medicaid)、健康保険組織(HMO)、一般医師の協
力を基礎とした地域や病院の医療データが数多くデータベース
(DB)化されている。
これらのDBを利用することにより、自発報告
等から得られた知見を作業仮説とした観察研究が短期間、低コス
トで行われ、多くの重要な知見をもたらしてきた。薬剤の使用実態
をよく反映するDBを注意深く扱うことにより介入のない観察研究
が実施可能となる。
しかし、
日本ではデータマイニング(シグナル検
出)
の方法が未発達であり、
ケース・コントロール研究やコホート研
究を中心とする観察研究によるエビデンスの検証もほとんど行わ
れてこなかった。
こういった背景から、
シグナル検出技術の開発・導
入を進め、大規模DBのプロトタイプの実証的構築を行う必要があ
る。
これにより、創薬・育薬に資する有効性・安全性の基礎的情報
の提供等が可能となる。
2
3
研究プロジェクトの成果
実用化にあたっての
今後の課題及び研究方針
アスピリン抵抗性のデータマイニング
循環器領域におけるデータマイニング
国立循環器病センターを中心に、全国23施設の前向き観察研究とし
て、心血管系疾患の二次予防としてアスピリンを服用している患者約
600名の登録を進め、
アラキドン酸およびコラーゲン惹起血小板凝集
能、血清中および尿中トロンボキサン代謝産物量、
ずり応力下血小板血
栓形成能、
ゲノム網羅的および候補遺伝子アプローチによる遺伝子多型
解析を行った。心血管イベント発症、併用薬等に関し患者の追跡調査を
進めた。
また、降圧薬の効果に関連する遺伝子多型をゲノム網羅的解析
で同定する多施設前
向き研究、およびヘ
パリン起因性血小板
減少症全国登録調
査を進めた。
二次イベントの予防のためにアスピリンを服薬している患者を対象
にしたアスピリン抵抗性の多施設前向き観察研究は、患者登録時の臨
床情報を固定した。
この患者登録時の臨床情報には、血小板凝集能や
トロンボキサン代謝産物量などの診断学的パラメーターがある。登録
時の診断学的パラメーター間の関連解析、
および、登録時の診断学的
パラメーターと遺伝子多型(ゲノム網羅的および候補遺伝子)
との間の
関連解析を開始した。現在、
2年間の追跡期間中の心血管系イベント
を収集している。
この二次イベント情報の収集が完了すると、二次イベ
ントの発症、即ち臨床学的アスピリン抵抗性の背景を明らかにできると
考えている。私達は、二次イベントの発症と登録時の診断学的パラメー
ターを含む臨床情報との関連解析、および二次イベントの発症と遺伝
子多型との間の関連解析を進める。本研究により、
アスピリン抵抗性の
実態が明らかとなり、
アスピリン抵抗性の診断を可能とするバイオマー
カーの開発への道を開く。遺伝子多型情報については、個人情報や知
的 所 有 権 確 保 などを 考 慮 した 上 で 、一 般 公 開 可 能 な デ ー タを
GeMDBJ上で公開することとする。
◀二次イベント予防とし
てアスピリンを服薬して
いる患者のバイオマー
カー情報および遺伝子
多型情報を収集した。
乳がん治療のデータマイニング
先行する臨床研究から、本研究と同一の治療レジメンが施行された症
例を選択し、生検組織、末梢血単核球から抽出したRNAを用いて遺伝子
発現解析を施行し、薬剤の効果(病理学的完全奏効)
と関連する遺伝子
群を選択した。
また選択した遺伝子群を用いて、治療効果予測式を構築
し、別検体を用いて検証したところ高い予測能を持つことが示された。現
在76例が登録され、各種バイオマーカー情報の集積を継続中である。
▲アスピリン抵抗性の診断を可能とするバイオマーカーの開
発と一般公開可能なデータの公開を目指す。
研究プロジェクトの目標
データマイニング技術の開発・導入
がん領域におけるデータマイニング
具体的研究目標は、設定する3つのサブテーマ毎に以下の通
り。①「循環器領域等における前向き臨床試験に基づく、薬剤奏効
性・安全性に関わる臨床及び分子情報の解析」
においては、脳梗塞
ならびに急性冠症候群に対する二次予防としてアスピリン投与を
受けている患者群を対象に、多施設共同前向きコホート研究とし
て、
アスピリン抵抗性の発症頻度、予後、遺伝子多型情報を明らか
にする。
これらの情報に基づいてアスピリン療法の反応性を予測す
る指標を同定する。②「がんにおける前向き臨床試験に基づく、薬
剤奏効性・安全性に関わる臨床及び分子情報の解析」
においては、
臨床情報に加えて乳がん生検組織、末梢血単核球遺伝子発現プ
ロファイル情報や腫瘍血管情報などを用いて、手術可能乳がんに
対する術前化学療法の奏効性、安全性を予測する指標の確立を行
う。③「前向き臨床研究等のデータを用いた薬剤奏効性・安全性の
シグナル検出のための技術開発と、それに必要な大規模データ
ベースの実証的構築」においては、上記①・②の研究の実データ、
及び他の調査・研究から得られるデータを用いて、DB構築及びシ
グナル検出技術の調査・開発と、
プロトタイプDB構築を実証的に
行い、他の疾患や薬剤にも汎用性のある系を確立する。
22年度の前半までに150例の症例登録を目指す。現在の登録数は
76例であり、今後も滞ることなく症例登録を進め、
目標症例数に到達し
たい。各種バイオマーカー解析はすみやかに施行し、臨床情報は順次入
手する。収集するバイオマーカーは、血液、腫瘍生検組織の遺伝子発現
情報、血管関連因子情報、既知予後因子情報であるが、先行研究と本研
究の一部を併せた症例において、
これらのバイオマーカー情報を用いて、
今年度中に術前化学療法の病理学的完全奏効を予測するアルゴリズム
を確立する予定である。残りの症例において、得られた知見・仮説の検討
と新しいアルゴリズムの最終的な検証を行う。乳がん術前化学療法の効
果予測(病理学的完全奏効)
システムの臨床実用化にむけて、予測の正
確性、効率性を考慮し、遺伝子を最終選択し、他のバイオマーカー情報
を組み合わせた予測式を構築することが、今後の最大の課題となる。遺
伝子発現解析
情報、臨床情報
については 、個
人情報や知的
所有権確保など
を 考 慮した 上
で、一般公開可
能 な デ ー タを
G e M D B J 上で
公 開することと
する。
▲先行研究のサンプルで施行したマイクロアレイデータを用いた、乳がん
術前化学療法効果予測アルゴリズムの構築と検証結果
シグナル検出の技術開発とデータベース構築
1)市販後の使用成績調査の2つの薬効群のDBを構築し、市販前臨
床試験の降圧薬(56試験)
と高脂血症薬(17試験)
のDBを構築した。
2)
構築した大規模データのDBに基づき、ACE阻害薬に伴う咳嗽発生の関
連要因や降圧薬治療下におけるNSAIDsによる降圧作用減弱などの研
究結果を公表した。
3)大量データからの統計的シグナル検出の統計手
法として局所ブースティング法を開発した。降圧薬の奏功性について、
ゲ
ノムデータの網羅
的なスクリーニン
グを行い、
スクリー
ニング後のS N P s
の連 鎖 不 平 衡ブ
ロックを考 慮した
ハプロタイプ関連
解析を実施した。
▲降圧効果についての連鎖不平衡(LD)
およびハプロタイプ
関連解析による2番染色体におけるLDマップとLDブロック
の解析結果
▲がん・循環器領域の薬剤の有効性・安全性に関してシグナ
ル検出技術の開発・導入を進める。
4
▲国立循環器病センターと国立がんセンターは前向き研究により臨床およ
び分子情報を収集し、統計数理研究所はシグナル検出を行う。
参考文献
▲臨床応用を見据えた正確性と簡便性を併せ持つ効果予測シ
ステムの構築とDBの一般公開を目指す。
Antithrombotic Trialist’ Collaboration. Collaborative meta-analysis of randomised trials of antiplatelet therapy for prevention of death, myocardial infarction, and stroke
in high risk patients, BMJ, 324(7329), 2002, 71-86.
Sotiriou C., et al.Gene-expression signatures in breast cancer.N Engl J Med. 360(8), 2009, 790-800.
Platt R, Wilson M, Chan KA, et al. The new Sentinel network: Improving the evidence of medical-product safety. N Engl J Med, 361(7): 2009, 645-647.
46
47
保健医療分野における
基礎研究推進事業
業務の流れ
国
厚生労働省
❶運営費交付金
❷
❹
医薬基盤研究所
公
募
❸
応
実
施
募
プ
ロ
ジ
ェ
クト
❺
決
定
研
究
契
約
❻
締
研
結
究
費
の
交
付
❼
❽
評
基礎的研究
評価委員会
報
告
価
研究プロジェクト
総括研究代表者
研究代表者
研究者
研究代表者
研究者
研究者
研究機関 A
研究機関 B
発表
主催
48
研究者
成果の普及のための
セミナー・シンポジウム
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