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平成26年度産業経済研究委託事業 (企業における女性の

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平成26年度産業経済研究委託事業 (企業における女性の
平成26年度産業経済研究委託事業
(企業における女性の活用及び活躍促進の状況に関する調査)
報告書
平成 27 年 3 月
日興フィナンシャル・インテリジェンス株式会社
目 次
1. はじめに ................................................................................................................... 1
2. 各業種・職種における女性の就労状況等に関する調査・分析 ...................................................... 3
2.1
本章の目的 ............................................................................................... 3
2.2
女性の活躍を阻害する要因をめぐる議論 .............................................................. 4
2.2.1
Jaumotte(2003)のサーベイ..................................................................... 4
2.2.2
Credit Suisse Research Institute(2014)のサーベイ ..................................... 5
2.2.3
国内調査のサーベイ ................................................................................ 8
2.2.4
小括 ................................................................................................ 10
2.3
我が国の各業種・職種における女性の就労状況 .................................................... 12
2.4
フォーカスセクターの特定 .............................................................................. 22
2.5
製造業における女性活躍の阻害要因に関する補論 ................................................ 26
2.6
個別企業の取り組み ................................................................................... 30
2.7
結論(まとめ) ............................................................................................ 41
3. 諸外国における女性の活躍推進に向けた諸制度等の調査....................................................... 44
3.1
本章の目的 ............................................................................................. 44
3.2
グローバルアジェンダとしての女性活躍:なぜジェンダーギャップの解消が重要か? ............ 45
3.3
ジェンダーギャップの現在位置:国際比較 ............................................................ 47
3.3.1
ジェンダーギャップ指数(Gender Gap Index) ............................................... 47
3.3.2
ジェンダーギャップ指標(KPI)1:女性の労働参加 ............................................. 53
3.3.3
ジェンダーギャップ指標(KPI)2:(ビジネス)リーダーシップ ................................... 56
3.4
女性の労働参加と公共政策 ........................................................................... 62
3.4.1
女性の労働参加の経済学........................................................................ 62
3.4.2
女性の労働参加率に影響を及ぼす政策 ........................................................ 63
3.4.3
政策効果とポリシーミックスによる類型化 ....................................................... 69
3.4.4
ケーススタディ:20 年間で参加率が伸びた国 .................................................. 70
3.4.5
まとめ(日本へのインプリケーション) ............................................................ 74
3.5
女性のリーダーシップと公共政策、諸制度 ........................................................... 75
3.5.1
女性のビジネスリーダーが少ないのはなぜか .................................................. 75
3.5.2
女性リーダーを増やすための政策 .............................................................. 77
3.5.3
女性の職種業種偏在に対するアプローチ ...................................................... 85
3.5.4
まとめ(日本へのインプリケーション) ............................................................ 91
3.6
結論(まとめ) ............................................................................................ 93
4. 女性の活躍推進と企業経営の関係に関する調査研究 ...........................................................104
4.1
本章の目的 ........................................................................................... 104
4.2
海外における先行研究のサーベイ .................................................................. 105
4.2.1
業界誌による認識 ............................................................................... 105
4.2.2
学術論文における調査 ......................................................................... 111
4.2.3
女性取締役登用の課題 ........................................................................ 116
4.2.4
女性取締役と財務パフォーマンスに関する分析の課題 ..................................... 117
4.2.5
ジェンダー・クオータ制度の議論からの示唆 .................................................. 117
4.2.6
小括 .............................................................................................. 119
4.3
国内における先行研究のサーベイ .................................................................. 120
4.3.1
業界誌による認識 ............................................................................... 120
4.3.2
学術論文における調査 ......................................................................... 121
4.3.3
小括 .............................................................................................. 124
4.4
我が国におけるボードダイバーシティの現状....................................................... 125
4.5
結論(まとめ) .......................................................................................... 130
5. おわりに ................................................................................................................133
1. はじめに
(調査の目的)
本調査は、我が国企業における女性活躍推進の状況に関する調査を実施するものである。我が国において
は、30 歳代の女性の労働参加が低下する、いわゆる「M 字カーブ」の問題が知られている。また、女性の管理職
比率や役員比率が非常に低いことも、またよく知られる事実である。このような状況に対して、政府においても、
女性の活躍推進を重要課題として位置付けており、様々な取り組みが行われている。しかしながら、このような問
題を解決するためには、政策的な取り組みのみならず、企業自身が積極的に課題解決に向けて取り組んでいく
必要がある。
本調査では、上述の課題の解決に向けて、女性の活躍推進を阻害する要因とそれを克服するための取り組
み、及び企業経営に対する効果を明らかにする。具体的には、①我が国企業に対するヒアリング調査、②先進
諸国における政府等の取り組みの事例調査を通じた国際比較、③内外の先行研究における理論的及び実証
的な視点からのサーベイ、の 3 つの観点から調査研究を行う。これらの調査研究を通じて、企業の自発的な取り
組みを促進するようなインセンティブを抽出するとともに、我が国におけるさらなる女性の活躍推進に向けたイン
プリケーションを得ることが本調査の目的である。
(全体の構成)
本報告は以下のように構成される。第 2 章では、我が国における女性活躍推進を阻害する要因とそれを克服
するための取り組みを明らかにする。はじめに、2.2 節では、先行研究をサーベイすることにより、女性の活躍を
阻害する要因に関する標準的な議論を整理する。2.3 節では、労働力調査のデータをもとに分析を行い、我が
国における各職種・業種ごとの女性の労働参加の状況を明らかにする。2.4 節では、前節の分析結果をもとに、
女性の活躍推進の進んでいない業種を特定する。2.5 節では、相対的に女性の就業率が低い製造業において、
女性の労働参加を阻害する要因に関する若干の検討を行う。2.6 節では、2.4 節で特定された業種においても女
性の活躍推進に優れた幾つかの企業にヒアリング調査し、女性の活躍推進を阻害する要因と、阻害要因を克服
するための取り組みを明らかにする。2.7 節では、2 章で得られた調査結果についてまとめる。
第 3 章では、女性の労働参加およびリーダーシップの視点から、国際比較を通じて、我が国の女性活躍推進
の状況を分析する。はじめに、3.2 節において、女性活躍推進が経済成長のドライバーとして、グローバルでも
共有されていることを確認する。3.3 節では、各国のジェンダーギャップの状況を比較することにより、世界におけ
る日本の位置を明らかにする。3.4 節では、女性の労働参加に影響する諸政策を整理した上で、ポリシーミックス
による類型化を示す。さらに、ケーススタディを通じて我が国へのインプリケーションを検討する。3.5 節では、女
性リーダーを増やす政策として、クオータ制、職種業種の偏在解消を取り上げ、我が国へのインプリケーションを
まとめる。3.6 節では、3 章で得られた調査結果についてまとめる。
第 4 章では、女性の活躍推進が企業経営に与える影響について調査する。はじめに、4.2 節において、海外
の業界レポート及び学術論文などの先行研究についてサーベイを行う。4.3 節では、我が国における先行研究
についてサーベイを行い、内外の先行研究から得られる知見について整理を行い、女性役員の登用が企業経
1
営に与える効果および背景にある仮説を明らかにする。4.4 節では、我が国企業における女性役員の登用の現
状について分析を行い、女性役員の有無による企業特性の違いや企業業績との関係を確かめる。4.5 節では、
4 章で得られた調査結果についてまとめる。第 5 章では、第 2 章から第 4 章における調査結果を整理した上で、
本調査から得られたインプリケーションについて述べる。
(調査方法)
第 2 章では、まず、内外の調査研究についてサーベイを行い、女性の活躍推進を阻害する要因に関する標
準的な理論を整理する。次に、平成 25 年の「労働力調査」(総務省統計局)のデータを分析することにより、我が
国の業種・職種ごとの就業率における男女の水準の差や M 字カーブの状況を確かめる。この分析結果をもとに、
女性の活躍推進が進んでいないセクターの特定を試みる。特定されたセクターの中から、女性活躍推進に対し
て優れた取り組みを行っており、女性活躍が進展している企業をヒアリング候補先として選出する。このようにし
て選出された企業に対してヒアリング調査を実施することにより、我が国企業における女性の活躍推進を阻害す
る要因及びそれを克服するための取組みについて明らかにする。
第 3 章では、各国の女性の活躍の状況を確かめるために、ジェンダーギャップインデックスを分析することによ
り国際比較を行う。さらに、OECD や ILO 等、国際機関が公表している国際統計データや金融機関や NPO の調
査データを基に、女性の労働参加や女性のリーダーシップについて国際比較を行い、世界的にみた我が国等
の位置付けを明らかにする。次に、国際機関や各国の調査レポート、学術論文等から女性の労働参加に影響
する諸政策について政策ごとにレビューを行い、ポリシーミックスによる類型化も示す。さらに、20 年間で女性の
就業率が伸びた国として、ドイツ、スペイン、オランダ、アイルランドをケーススタディとしてを取り上げ、それぞれ
の実証分析の結果を紹介する。続いて、女性リーダーを増やす政策として、クオータ制、職種業種の偏在解消
へのアプローチを取り上げる。法規制や政策だけでなく自主的な取組み(イニシアチブ)についてもカバーす
る。
第 4 章では、女性の活躍推進が企業経営に与える影響を確かめるために、内外の先行研究についてサーベ
イを行い、理論的及び実証的な観点から接近を試みる。とりわけ、企業経営に大きな影響を与える意思決定ボ
ードのダイバーシティに注目することにより、企業の株価や企業業績との関係を整理する。次に、我が国におけ
る女性役員の登用に関するデータを用いて分析を行い、女性役員の有無による企業特性や企業業績の違いを
明らかにする。
2
2. 各業種・職種における女性の就労状況等に関する調査・分析
2.1 本章の目的
我が国における労働力人口は今後急速に減少することが予想されており、女性の労働参加が喫緊の課題と
なって久しい(Steinberg and Nakane, 2012; 内閣府, 2014a)。しかしながら、我が国企業における女性の活躍状
況についてみると、役員や管理職における女性の登用が進んでいないばかりでなく、そもそも女性従業員数や
新卒採用者数の水準が低い傾向が続いている。例えば、東洋経済新報社による CSR 企業総覧 2015 年版(以
下、CSR 企業総覧)に掲載される 1,305 社のうち、データを開示する企業についてみると、女性従業員比率の平
均は 22%であり、新卒女性(大卒修士以上)の採用比率の平均は 29%にとどまる。また、よく知られるように、我
が国においては 30 歳代の女性の労働力率(15 歳以上人口に占める労働力人口の比率)が低下する問題(いわ
ゆる「M 字カーブ」)がある。近年はカーブが浅くなっているものの(内閣府, 2014b)、M 字カーブが解消したわけ
ではなく、OECD 諸国と比較した女性の労働力率や就業率の順位は依然として低いものとなっている(Jaumotte,
2003; Steinberg and Nakane, 2012; 内閣府, 2014b)。
以上の状況を踏まえると、我が国企業において女性の労働参加を促進するためには、積極的な採用を通じ
た女性従業員比率の上昇及びワークライフバランス(両立支援)を通じた女性従業員のリテンションの双方が必
要になると考えられる。そこで本章では、各業種・職種における女性の活躍推進に向けた課題を抽出するため
に、各業種・職種によって女性の就労にどのような傾向があるかを分析する。具体的には、平成 25 年の「労働力
調査」(総務省統計局)及び CSR 企業総覧を用いて、女性活躍推進の進んでいない産業(以下、フォーカスセク
ター)の特定を試みる。次に、フォーカスセクターの中から、女性活躍推進に対して優れた取り組みを行っており、
女性活躍が進展している企業を特定する(ヒアリング候補先企業の選出)。ヒアリング調査により、女性活躍推進
を阻害する要因とそれを克服するための取り組みを明らかにすることが本章の目的である。
本章は以下のように構成される。2.2 節では、女性の活躍を阻害する要因に関する標準的な議論を整理する。
2.3 節では、我が国における各職種・業種ごとの女性の労働参加の状況を明らかにした上で、2.4 節において女
性の活躍推進の進んでいない業種を特定する。2.5 節では、相対的に女性の就業率が低い製造業において、
女性の労働参加を阻害する要因に関する若干の検討を行う。2.6 節では、2.4 節で特定された業種においても女
性の活躍推進に優れた幾つかの企業にヒアリング調査し、女性の活躍推進を阻害する要因と、阻害要因を克服
するための取り組みを明らかにする。2.7 節では、本章で得られた調査結果についてまとめる。
3
2.2 女性の活躍を阻害する要因をめぐる議論
分析に先立って、本節では女性の活躍を阻害する要因を整理するために、幾つかの研究についてサーベイ
を行う。2.2.1 項では、子を持つ既婚女性に焦点を当てた Jaumotte(2003)の議論を取り上げる。次に、2.2.2 項で
は、女性のキャリア形成に焦点を当てた Credit Suisse Research Institute(2014)の議論を取り上げる。2.2.3 項では、
国内調査のサーベイを行うことにより、本節での議論が我が国においても阻害要因となり得ることを確認する。
2.2.1 Jaumotte(2003)のサーベイ
はじめに、主として子を持つ既婚女性に焦点を当てることにより、OECD 諸国における制度や施策が労働参
加に与える影響について論じた Jaumotte(2003)のうち、主要な議論を概観する。子を持つ既婚女性が注目され
る背景には、OECD 諸国においては男性(夫)がフルタイムで働く場合において、子を持つ既婚女性がフルタイ
ムで働くことを希望する割合が高いにもかかわらず、実際にフルタイムで働くことができるケースがはるかに少な
いことが挙げられる。
(保育に係る補助金と児童手当)
保育に係る補助金を正当化する議論は多い。とりわけ、正当化されるケースとして、①税や社会保障システム
が女性の労働参加を阻害するケース、②賃金の圧縮構造が手頃な保育サービスの提供を制限するケース、③
金融市場に不完全性があるケース、が挙げられる。①のケースでは、保育費用の一部を負担するような補助金
の支給は、保育コストが低下するため労働インセンティブが促進される。一方、保育費用として一律に現金を給
付するような場合には、母親にとっては労働の対価として得た収入と同等の効果があることを意味する。したがっ
て、現金支給は、労働インセンティブを低下させる点に注意が必要である。②のケースでは、母親に対する保育
コスト削減効果と保育士に対する賃金効果の双方に影響するため、女性の労働参加に与える影響は一意に定
まらない。③のケースでは、貸手が借手の信用力を把握することが難しいため、所得の多寡が貸出基準の 1 つと
なるような場合には、所得の低い家庭における母親ほど保育コストを負担するための借入が困難となる問題が生
じる。このような状況の下で補助金の支給が正当化されるためには、保育サービスを利用し労働市場に参入した
母親が、業務スキルの向上等を通じて当初の借入を上回るキャッシュフローを稼得するという前提条件が必要と
される。
(育児休業)
育児をサポートするための施策として、産前産後の休暇、育児休暇、育児休業が挙げられる。これらの施策は、
仕事と家庭の両立を志向する女性に資するため、女性の労働参加が促進されると考えられており、実証的にも
確かめられている。その一方、育児休暇の取得期間が長い場合には、労働市場におけるスキルの低下や、将来
のキャリアパスや収入を損なう恐れが生じる。また、休暇が長すぎると、女性の労働市場への復帰が困難になる
ことを示す研究がいくつかみられる。
4
(労働時間の柔軟性に関する制度)
労働時間の柔軟な働き方として、パートタイム労働が挙げられる。パートタイム労働は、育児や介護を両立す
るような働き方を許容することによって、労働市場における女性の労働参加を促進する手段とみなされる。すな
わち、育児や介護に直面する女性にとって、パートタイム労働が可能な仕事をみつけられるかどうかが、労働参
加の決定要因になり得る可能性がある。ただし、パートタイム労働に対する女性労働者の選好は国ごとに異なっ
ており、パートタイム労働の機会が女性の労働参加を高めるかどうかは一概にはいえない。この背景には、税制、
育児休業、利用可能な保育サービスによる違いが挙げられるほか、幼児の有無や配偶者の所得によって異なる
ことが指摘されている。
(差別の禁止)
賃金や昇進機会における男女差別がある場合には、女性の労働参加は低下する。しかしながら、理論的に
は、賃金や昇進機会における男女の違いに対して、観察されない様々な要因が影響する可能性があるため、差
別の有無について実証的に確かめることは容易ではない。女性自身が昇進機会の殆どない職業を自発的に選
択する可能性があることも、実証的に確かめることが困難となる要因の 1 つである。なお、OECD 諸国では、殆ど
の国において性別による差別を禁止した法律や最低賃金法の規制があるため、男女の賃金ギャップは小さい。
2.2.2 Credit Suisse Research Institute(2014)のサーベイ
次に、主として女性のキャリア形成の観点から、取締役会や経営幹部における女性の活躍を阻害する要因に
焦点を当てた Credit Suisse Research Institute(2014)の議論を概観する。Credit Suisse Research Institute(2014)は、
主要な阻害要因について、個人的な要因、文化的な要因、職場の要因、構造的/政策的な要因の 4 つの観点
から論じている。ここでは、企業の取り組みと関連する議論を中心に取り上げる。
(学科選択とパイプライン)
個人的な要因として、第 1 に、大学に進学する際に専攻する学科の選択が女性リーダーのキャリア(パイプラ
イン形成)に影響する可能性が考えられる。OECD 諸国においては、男女の大卒者比率における差はなくなっ
ており、STEM 分野(Science, Technology, Engineering, and Mathematics)においても同様である。しかし、STEM
分野の内訳をみると、はっきりとした男女差が存在する。例えば、2010 年の米国と英国の状況をみると、米国で
は、数学もしくはコンピューターサイエンスの卒業生は、男性が 41,000 人であるのに対して、女性は 14,000 人に
とどまる。英国においても、男性が 15,400 人であるのに対して、女性は 5,300 人と少ない。エンジニアリングの卒
業生についても、米国では、男性 57,000 人に対して、女性は 13,000 人である一方、英国では、男性 17,000 人
に対して女性は 3,300 人と同様の傾向がみられる。また、STEM 分野の大卒女性の就業状況についてみると、
40%を超える女性が STEM 分野の企業に就職しないことが明らかとなっている。さらに、米国においては、
STEM 分野に就職した女性の 75%が 10 年以内に離職している(この期間の男性のリテンションは 40%以上)。
この傾向は英国においても同様であり、STEM 分野に継続して就業する比率は 30%に満たない。したがって、
5
STEM 分野に関連する業種においては、要件を満たすようなスキルを有する女性の数が十分でない可能性が
ある1。
(男女におけるリスクテイクや競争心の違い)
個人的な要因として、第 2 に、男女におけるリスク選好の違いが挙げられる。多くの関連研究によると、ギャン
ブル、年金の資産配分、保険料を払うか自己負担とするかなどの意思決定において、男性は女性に比べてリス
ク選好的であることが知られている。このような男性のリスク選好がリーダーシップに適するとみなされてきたこと
が、女性の活躍を阻害する一因として説明されている。しかしながら、リーダーシップの適性を判断する上で、リ
スク選好の違いがパフォーマンスに影響するかどうかについては、ゲームを通じた実験により男性が優れている
ことを実証する研究もあれば、ゲームの性質が性別に中立であるような条件の下では、女性が優れていることを
示す研究もみられるなど、議論の対象となっている。
(男女の固定観念)
文化的な要因として、第 1 に、女性に対する固定観念が女性自身の行動に影響する問題が幾つか指摘され
ている。はじめに、両親や教師の固定観念が子どものキャリアパスに影響を与えることが挙げられる。例えば、英
国においてエンジニアリングに従事する女性が少ない理由として、理系科目に興味をもつ女子学生に対して、
薬学や法学を志望するようにアドバイスするなど、男女の固定観念を強制することが指摘されている。次に、ダブ
ルスタンダードの問題としてよく知られているように、同じ行動であっても男女によって評価が異なることが挙げら
れる。例えば、男性の野心はリーダーシップの資質として評価されるが、女性の場合、協調性の欠如や扱いにく
い人として片づけられてしまう。実際には、女性管理職はより協調的に意思決定を行っているのであるが、こうし
た女性の行動様式やその選好は、指導力不足、自信のなさ、優柔不断として、男性の同僚に誤解されてしまうこ
とが指摘されている。
(配偶者の役割とサポート)
文化的な要因として、第 2 に、配偶者の役割とサポートが挙げられる。通常、女性が労働市場から退出する場
合、自ら選択した結果であると仮定される。しかしながら、この仮定は真実ではなく、実際には配偶者やパートナ
ーのサポートによって変わってくる。米国では、25~39 歳の既婚率が 1970 年には 81%であったのが、2010 年
には 51%に低下した。別のデータによると、2010 年における 18~65 歳の夫婦のうち、妻の収入が夫の収入を上
回るケースは 26%に上る。他方、夫の収入を上回る妻は、幸福度が低下し、離婚率が上昇する傾向がみられる。
すなわち、幸福な結婚生活においては、妻のキャリア形成は夫から望まれるものではないことを示唆する。
次に、母親であることが、男女における昇進ギャップの分岐点になると思われているが、これもまた正しくない。
昇進ギャップは、キャリア形成に注力するために、子供を持つことを遅らせると決めたその日から始まる。子供を
もつ女性社員の割合は、男性社員に比べて、新入社員では 9%少なく、中堅社員でも 8%少ない。女性社員は
1
なお、日本の状況については、2.5 節の 26~28 頁を参照されたい。
6
同僚の男性に比べて、キャリアを築いて昇進機会をうかがう一方で、子供を持つことを遅らせている。すなわち、
昇進ギャップの原因は他にあることを示唆する。
また、ある調査によれば、専業主婦をもつ夫は、共働きの夫に比べて幸福度が高いことが示される。両者の仕
事に対する満足度の差についてみると、子供がいない場合は 17%の差がみられる一方、子供がいる場合の差
は 34%にまで拡大する。ただし、子供の有無にかかわらず、妻が専業主婦であることは、甲斐性のある男性のス
テータスとして解釈される場合もある。この調査では、テクノロジーセクターにおける中堅女性は、同僚の男性に
比べて、仕事、家事、育児の責任に対して、うまく調整しなければならないことも示される。
ワーキングマザーが家事や育児の責任を負う一方で、育児における父親としての関与が当たり前になるにつ
れて、男性はより一層の貢献を求められるようになる。1980~1995 年に生まれた若い世代を対象にした調査に
よると、ワーク・ライフ・バランスに対する男女の期待や要求は、非常によく似たものであることが示される。
(自己 PR と昇進)
職場の要因として、第 1 に、自己 PR と昇進が挙げられる。学術的な調査において、男性の自己 PR は自信過
剰とされる。概して、男性は昇進の手助けとなるような目に見えないルールに従って行動するのが得意である。
例えば、面接の場面において、女性は男性に比べて自分の資質や経験について控えめに話す一方、脚色する
などのアピールが足りない傾向があるため、面接官の印象が悪くなる。昇進や俸給の交渉においても、同様の
傾向が確認される。
女性の特徴として、客観的にはパーフェクトであっても、自分がパーフェクトと感じない限り自信をもたない。女
性は常に自分の能力を過小評価する一方、男性は過大評価するが、実際の結果に違いはない。しかしながら、
そのような傾向があるため、女性は自分には資格がないと感じて昇進や役職を目指さなくなる。また、女性の自
信のなさは、リスクテイクや競争を好まないことを示唆する。このような女性の特性は、昇進の階段を上る抑制と
なる。次のステップへ昇進する機会において、女性は、昇進後に必要なスキルセットを全て備えていることを確
信したいと考えるのに対して、男性は、そのギャップを昇進後に埋められると信じている。このような行動様式の
違いは学童期においてもみられるものであり、例えば、授業で質問をすると、男の子は質問が終わる前に手を挙
げて答えるのに対して、女の子は確実に質問の答えがわかったとき以外は挙手しない。このような昇進の道や要
件に対する狭い理解は、女性の活躍推進における明白な障害となる。
(メンターとスポンサー)
職場の要因として、第 2 に、メンターとスポンサーが挙げられる2。メンターとスポンサーは昇進を手助けするも
のであるが、女性の昇進については必ずしもそうなっていない。ある調査によれば、能動的にメンタリングを受け
た男性の 72%が 2 年以内に 1 回以上の昇進を果たしているのに対して、女性の比率は 65%にとどまる。1 つの
2
Hewlett(2011) によると、スポンサーとは、スポンサーの対象者(プロテジェ)のために手助けする人のことであり、プロテジェを引き上げる
役割を果たす。具体的には、プロテジェの潜在能力を引き出す、上級幹部とのコネクションをつくる、プロテジェの知名度を促進する、昇進
機会を開拓する、外見や幹部向けの振る舞いについて助言する、社外のコネクションをつくる、その他の助言、が挙げられる。これらのうち、
最低 2 つ以上の役割が求められる。メンターは、友人としてのアドバイスを提供するが、スポンサーは、次のキャリアステージに引き上げる
点が異なる。女性には十分なメンターがいるが、男性の同僚に比べると、スポンサーをもつ女性は少ないと言われている。
7
可能性として、男性の場合は CEO やシニアエグゼクティブがメンターとなるなど、メンターの職位が男女で異なる
ことが考えられるが、より重要な点は、女性には女性がメンターとなるケースが多いということである。すなわち、
女性は、メンタリングのベネフィットを公平に享受していない可能性がある。
一方、スポンサーは昇進への近道となる。別の調査によると、英国では、男性従業員の 25%がスポンサーをも
つ傾向があり、上級従業員になると 50%になるという。この点について、INSEAD のイバラ教授は、スポンサーが
ないと、女性は上級職につけないほか、そういったポジションに対するステップアップに前向きにならないと論じ
ている。また、よくみられるメンタリング、女性のリーダシッププログラム、ネットワーキング活動などは、非生産的
であり、女性の能力を開発するアプローチとして、職域拡大を通じた実地学習 7 割、メンタリング 2 割、訓練 1 割
とする「70-20-10 アプローチ」を提唱している。このアプローチは、海外勤務や他の部門に就かせることにより、昇
進のための経験を積ませる点で、男性従業員の育成方法と同等のものである。
2.2.3 国内調査のサーベイ
続いて、我が国において、Jaumotte(2003)および Credit Suisse Research Institute(2014)が指摘するような女性
の活躍を阻害する要因の有無を確認するために国内調査のサーベイを行う。
(男女の固定観念と性別の役割意識)
第 1 の要因として、男女の固定観念を巡る議論を概観する。男女の固定観念と理科系科目の意思決定につ
いて論じた研究として、伊佐・知念(2014)が挙げられる。詳細は、2.5 節で確認するように、我が国における理工
系の女子学生が少ないことはよく知られる事実である。伊佐・知念(2014)は、この事実が性別による学力差のみ
ならず、固定的な性別の役割意識によって説明されることを実証的に確認した。彼らは、小中学生を対象に実
施された学力調査のデータを用いて、小学校段階では、算数・数学に対する学力や意欲には殆ど性差がみら
れないが、中学校段階では、学力も意欲も女子は男子を下回ることを明らかにした。また、家庭環境などの差
(階層)が意欲に及ぼす影響は女子において早い段階で表れ、中学 3 年生になると、数学の意欲を規定する要
因として業績主義的(メリトクラティック)な価値観が影響することを見出した。すなわち、女性が理系進路選択を
行うことは、学力だけでなく、理系科目への意欲と、その背後にある階層の影響や業績主義的な価値観をもつこ
とが求められる。性別の役割意識が根強く残るような状況においては、男性主流の業績主義的な価値体系に接
近することは容易ではない。エントリー段階における理工系の女子学生が少ない要因の 1 つがここにみられる。
このような性別の役割意識は、家庭内の夫婦間家事分担の在り方と密接に関係する。筒井(2014)は、1980 年
代以降の我が国において、女性労働力率が上昇する一方、家庭内の夫婦間家事負担の在り方に変化がないこ
とを明らかにした。具体的には、家事頻度に関する国内のマイクロデータの分析を行い、有配偶女性の労働時
間の増加に伴う家事頻度の減少幅は、有配偶男性の家事頻度の増加幅よりも大きいことを示した。また、国際
比較マイクロデータを分析することにより、我が国では夫婦が対等に仕事をしている状況であっても家事時間は
極端に女性に偏る一方、フルタイム就業における働き方の硬直性は、先進国の中でトップレベルであることを明
8
らかにした。これらの結果は、女性が活躍するためには、企業における働き方の柔軟性が求められるだけでなく、
家庭内における役割分担の変革が求められることを示唆している。
また、企業による性別の役割意識が、管理職割合に反映されている可能性があることを示す研究もみられる。
山口(2014)は、ホワイトカラー正社員における管理職割合の男女格差の決定要因について分析を行い、教育や
就業経験などの人的資本の違いや就業時間の違いによって説明されることを明らかにした。しかしながら、人的
資本や就業時間で説明できるのは 40%程度であり、残りの 60%は、男女で教育、年齢、勤続年数、就業時間が
同じであっても、依然として格差が存在することを意味する。この点について、山口(2014)は、年齢と共に管理職
割合の男女格差が拡大することを踏まえた上で、男性の管理職昇進は年功報酬的に実現されるのに対して、女
性に対しては、一般職・総合職といったコース制を用いることにより管理職昇進トラックから外すような慣行が多
いことを主な原因として指摘する。企業内の管理職という役割において、合理的に説明できない男女格差がみ
られることは、そこに性別の役割意識が存在する可能性を示唆する。
(両立支援施策)
第 2 の要因として、両立支援施策を巡る議論を概観する。女性が活躍するためには、両立支援が必要である
ことは言うまでもないが、一口に両立支援といっても様々な施策があるため、その効果を実証的に確かめておく
ことは重要である。この点について、山本(2014)は、女性活躍を阻害する要因を確かめるために、企業とその企
業に勤務する正規雇用者のマッチパネルデータを用いて、どのような企業で女性が活躍しているかを分析した。
それによると、職場の労働時間の短い企業、雇用の流動性の高い企業、賃金カーブが緩く賃金のばらつきが大
きい企業、ワーク・ライフ・バランス施策の充実している企業において、正社員女性比率や管理職女性比率が高
いことが示される。とりわけワーク・ライフ・バランス施策については、法を上回る育児・介護休業制度、短時間勤
務制度、勤務地限定制度、長時間労働是正の取り組みが重要であることが確かめられる。これらの結果は、長
時間労働、長期雇用、労働の固定費用の大きさ、画一的な職場環境が、女性の活躍を阻害する要因になって
いることを示唆している。
ワーク・ライフ・バランス施策が十分に効果を発揮するためには、単に制度を導入するだけはなく、仕事の特
性を考慮する必要がある。例えば、仕事の要求度が高い場合には、仕事が多忙になり労働負担が大きくなると
考えられることから、ワーク・ライフ・バランスを実現する上では、自らの裁量で仕事の調整を行う必要が生じる。こ
のような視点から、仕事の特性がワーク・ライフ・バランスに与える影響を明らかにした研究として藤本(2009)が挙
げられる。藤本(2009)は、企業調査票と組合員調査票を結合したマッチングデータを用いて分析を行い、仕事
特性が仕事のやりがいや職場満足度といったワーク・ライフ・バランス満足感に与える影響を分析した。その結
果、仕事の要求度が低く、裁量が高い仕事特性において職場満足度が高いことが確認された。一方、仕事のや
りがいは、仕事の要求度が高く、裁量が高い仕事特性において確認された。これらの結果は、従業員のキャリア
形成の方向性によって、望ましい仕事特性が異なることを示唆しているが、少なくともワーク・ライフ・バランス施
策が効果を発揮するためには、仕事の心理的負担や残業時間などの客観的負荷を緩和すると同時に、従業員
個人の裁量権を高めることが重要なポイントとなる(藤本, 2009)ことはいうまでもない。
9
両立支援施策を利用する場合、本人のキャリア形成に不利に働く可能性がある。例えば、短時間勤務制度に
ついていえば、限られた時間の中で成果が求められるため、フルタイム勤務の社員に比べてキャリアアップが難
しくなる可能性がある。また、企業は短時間勤務労働者に対して、キャリアアップに資するような仕事の与え方を
控える可能性もある。その場合、積極的なキャリア形成を望む女性にとっては制度を活用する魅力が感じられな
い可能性がある。この点について、松原(2012)は、事例分析を用いて、短時間勤務労働者とフルタイム勤務者
の業務内容には、緊急性・迅速性とチャレンジ性の有無に違いがあり、これらが中長期的に知識やスキルに格
差をもたらす可能性があることを指摘する。その上で、短時間勤務労働者のキャリアアップをサポートするために
は、仕事の与え方や長時間労働を見直すとともに、管理職と制度利用者がキャリアに形成に関してコンセンサス
をとり、制度利用者自身がキャリアアップすることを意識することが必要であると述べている。
(女性のキャリア意識)
第 3 の要因として、女性のキャリア意識を巡る議論を概観する。上述のように、企業が女性のキャリアアップを
サポートしたとしても、女性自身のキャリア意識が低い場合には、期待される効果が得られない可能性がある。し
たがって、まず男女のキャリア意識に違いがみられるかを確認することが重要になる。このような観点から、川口
(2012)は、企業、管理職、一般社員に対して行ったアンケート調査を用いて、男女の昇進意欲に影響を及ぼす
要因を分析した。それによると、女性の昇進意欲は男性と比べて非常に低いこと、ポジティブ・アクションを熱心
に実施している企業では男女とも昇進意欲が高いこと、女性管理職が多い企業では女性の昇進意欲が高いこと、
仕事と育児の両立支援施策は女性の昇進意欲と有意な関係がなく、男性の昇進意欲と負の相関関係があるこ
とが明らかとなった。これらの結果は、女性の昇進意欲を高める上では均等化施策が有効であることを示唆して
いる。次に、男女のキャリア意識に違いがみられるとすれば、キャリア意識の違いを生み出す要因を確かめること
が必要である。その要因が個人の preference 以外に見出されるのであれば、改善することが必要だからである。
この点について、武石(2014)は、企業調査データを一般従業員データにマッチングさせて分析を行い、男女の
キャリア意識の違いが職場の要因と関連することを明らかにした。具体的には、企業レベルでの女性活躍推進
や両立支援の施策を実施することの効果は限定的であり、従業員レベルでの施策への理解や上司の部下育成
に係るマネジメントが重要であることが示された。
2.2.4 小括
子を持つ既婚女性に焦点を当てた Jaumotte(2003)の議論を踏まえると、例えば、保育に係る補助金と児童手
当、育児休業、労働時間の柔軟性に関する制度について、企業独自の制度を用意する場合には、女性の労働
インセンティブを阻害しないような適切な制度設計が求められる。また、企業において、賃金や昇進機会に男女
の違いがみられる場合には、女性のキャリア志向にネガティブな影響を及ぼす可能性もあることが予想される。
一方、女性のキャリア形成に焦点を当てた Credit Suisse Research Institute(2014)の議論によると、男女の性別
による違いは、学科選択やリスク選好において現れるものの、必ずしも先天的なものでないことが示される。この
ような性別による違いは、世間に認識されるにつれて女性のみならず男性もその影響を受けるため、結果として
10
女性が活躍しにくい文化が形成される。そのような状況の下では、キャリア形成において決定的に重要となる、
自己 PR や昇進における行動様式の違いや、メンターやスポンサーのアサインメントの違いとなって表われる。
次に、国内調査のサーベイを要約すると、次の 3 点について示唆を得ることができる。第 1 に、性別の固定観
念や役割意識についてみると、10 代における進路選択や家庭内の夫婦間家事負担に影響を与えるほか、企業
においても性別の役割意識が管理職比率に反映される可能性がある。第 2 に、両立支援を推進する上では、長
時間労働、長期雇用、労働の固定費の大きさ、画一的な職場環境の改善が求められる。また、両立支援施策の
効果を高めるためには、仕事に対する心理的負担の緩和や従業員個人の裁量を高めることが重要になる。さら
に、両立支援施策をキャリア形成につなげていくためには、仕事の与え方を見直すとともに、制度利用者が管理
職とキャリア形成に関するコンセンサスを得た上で、キャリアアップを意識することが必要となる。第 3 に、女性の
キャリア意識を高める上では、均等化施策の推進が有効であること、従業員による施策の理解および上司の部
下育成に係るマネジメントが重要になる。
11
2.3 我が国の各業種・職種における女性の就労状況
本節では、我が国の各業種・職種における女性の就労状況を確認する。より具体的には、平成 25 年の「労働
力調査」(総務省統計局)の年齢階級,職業別就業者数を用いて、就業率(就業者数÷15 歳以上の人口)を算
出することにより、業種・職種ごとの就業率における男女の水準の差や M 字カーブの状況を確認する。
図表 2-1 は、全産業における年齢階級別の就業率を示したものである。30 歳代の女性の就業率をみると、30
~34 歳が 67.2%、35~39 歳が 66.9%と、他の年齢階級に比べて低下しており、M 字カーブを描く様子がみてと
れる。
図表 2-1 全産業における年齢階級別就業率
100%
87.2%
91.3%
92.9%
92.8%
92.9%
92.2%
89.1%
90%
72.2%
80%
70%
60%
62.4%
74.9%
67.2%
66.0%
66.9%
70.2%
73.7%
72.8%
64.7%
50%
40%
46.0%
28.6%
30%
20%
男性
女性
10%
0%
13.7%
(出所)「労働力調査」(総務省統計局)
次に、製造業及び非製造業における年齢階級別の就業率を示す(図表 2-2 及び図表 2-3)。製造業における
女性の就業率は、男性に比べて大きく下回っているものの、M 字カーブは生じていないことがわかる。一方、非
製造業についてみると、女性の就業率は男性とほぼ同水準となっているものの、30 歳代の就業率は低下してお
り、M 字カーブが生じている様子がみてとれる。これらの結果は、製造業においては女性の労働参加が課題で
あり、非製造業においては両立支援施策が課題であることが示唆される3。
3
製造業における女性の就業率が低い傾向は我が国に限らない。内閣府(2014c)によると、スウェーデン、ノルウェー、アイスランド、ドイツ
においても、製造業の女性雇用者は 3 割以下であることが示されている。
12
図表 2-2 製造業における年齢階級別の就業率
男性
25.0%
女性
21.1%
20.7%
21.2%
21.7%
19.4%
19.3%
20.0%
15.0%
17.1%
12.2%
10.0%
6.3%
11.9%
7.1%
7.7%
8.4%
9.0%
8.4%
8.5%
7.9%
5.8%
3.5%
5.0%
1.3%
0.0%
(出所)「労働力調査」(総務省統計局)
図表 2-3 非製造業における年齢階級別の就業率
80.0%
67.8%
70.0%
60.0%
70.2%
72.1%
71.6%
71.2%
72.8%
72.0%
60.3%
59.7%
50.2%
67.9%
59.5%
50.0%
58.4%
61.1%
65.3%
64.2%
56.8%
40.0%
40.2%
30.0%
25.1%
20.0%
10.0%
男性
女性
12.4%
0.0%
(出所)「労働力調査」(総務省統計局)
続いて、製造業及び非製造業における、職業別就業者の分布を確かめる。図表 2-4 は、製造業における職業
別就業者数を示したものである。女性の就業状況についてみると、生産工程従事者、事務従事者、運搬・清掃・
包装等従事者に女性就業者がみられるが、男性就業者と同等の水準であるのは事務従事者、運搬・清掃・包
装等従事者であり、生産工程従事者は男性に比べて低い水準となっている。一方、非製造業(図表 2-5)につい
てみると、事務従事者、サービス職業従事者、専門的・技術的職業従事者において男性と同等もしくはそれ以
上の就業者がみられる。管理的職業従事者についてみると、製造業及び非製造業の何れにおいても女性が非
常に少ないことがわかる。
13
図表 2-4 製造業における職業別就業者数(万人)
運搬・清掃・包装等従事者
女性
男性
建設・採掘従事者
輸送・機械運転従事者
生産工程従事者
農林漁業従事者
保安職業従事者
サービス職業従事者
販売従事者
事務従事者
専門的・技術的職業従事者
管理的職業従事者
0
100
200
300
400
500
(出所)「労働力調査」(総務省統計局)
図表 2-5 非製造業における職業別就業者数(万人)
運搬・清掃・包装等従事者
女性
男性
建設・採掘従事者
輸送・機械運転従事者
生産工程従事者
農林漁業従事者
保安職業従事者
サービス職業従事者
販売従事者
事務従事者
専門的・技術的職業従事者
管理的職業従事者
0
200
400
600
800
(出所)「労働力調査」(総務省統計局)
14
最後に、職業固有の要因が女性の就業を阻害する可能性を考慮して、職業別の年齢階級別就業率および
産業、職業別就業者数の分布状況を確認する。ここでは、管理的職業従事者、専門的・技術的職業従事者、事
務従事者、販売従事者、生産工程従事者における、それぞれの年齢階級別の就業比率と産業別の就業者数
を取り上げる(図表 2-6~図表 2-15)。管理的職業従事者は、いわゆる女性のリーダーシップを表す職業として
注目される。専門的・技術的職業従事者、事務従事者、販売従事者、生産工程従事者の 4 つは、製造業及び
非製造業の双方における代表的な職業である反面、それぞれの傾向が異なる点で注目される(図表 2-4、図表
2-5)。より具体的には、専門的・技術的職業従事者及び販売従事者についてみると、非製造業においては男女
共に一定の就業者がみられる一方、製造業においては女性の就業者が殆どいない傾向がみられる。事務従事
者についてみると、製造業及び非製造業ともに、女性の就業者数が男性と同等かそれを上回るものとなってい
る。これとは対照的に、生産工程従事者についてみると、製造業及び非製造業ともに、女性の就業者数が男性
のそれを大きく下回る傾向がみられる。
<管理的職業従事者>
図表 2-6 は、管理的職業従事者における年齢階級別就業率を示したものである。男性の就業率は、30 歳代
以降 50 歳代にかけて経年的に上昇するのに対して、女性は何れの年齢階級においても低い水準にとどまる様
子がみてとれる。産業別就業者数(図表 2-7)についてみると、男性は幅広い業種に就業する様子がみられるの
に対して、女性は非製造業の一部にみられるのみである。また、何れの業種においても、男性の就業者数に比
べて低い水準となっている。
<専門的・技術的職業従事者>
専門的・技術的職業従事者の就業率(図表 2-8)についてみると、女性の就業率は、20 歳代では男性を上回
る一方、30 歳代以降の就業率が大きく低下する傾向がみられる。産業別就業者数(図表 2-9)についてみると、
医療、福祉や教育、学習支援業には女性の就業者が多い一方、製造業には殆ど就業していない状況がみてと
れる。
<事務従事者>
事務従事者の就業率(図表 2-10)についてみると、女性の就業率は、50 歳代半ばまで一貫して男性を上回っ
ており、30 歳代の就業率が低下する傾向もみられない。産業別就業者数(図表 2-11)についてみると、非製造
業を中心に男性を上回る業種が多くみられる一方、製造業においても男性と同程度の就業者がみられる。
<販売従事者>
販売従事者の就業率(図表 2-12)についてみると、男性の就業率は、40 歳代までほぼフラットであるのに対し
て、女性の就業率は 20~30 歳代にかけて大きく低下する傾向がみられる。販売従事者の内訳を産業別にみる
と、男女の殆どが卸売業・小売業であることがわかる(図表 2-13)。その一方、製造業についてみると、男性の就
業者は万遍なくみられるのに対して、女性の就業者は殆どいないことがわかる。この要因の 1 つとして、今でもな
15
お男性中心の業界が存在しており、とりわけ B to B にかかわる営業職に女性が就業できていないことが考えら
れる。また、別の要因として、B to B の営業職には、技術的な知識も必要になると考えられることから、理工系出
身の女性が少ないことが影響している可能性もある。
<生産工程従事者>
生産工程従事者の就業率(図表 2-14)についてみると、女性の就業率が男性を大きく下回る一方、30 歳代以
降における就業率が低下する傾向はみられないことから、製造業の年齢階級別就業率における特徴とよく似た
なものとなっている。産業別就業者数(図表 2-15)についてみると、殆どの業種で男性の就業者数が女性を上回
っているが、女性の就業者がいないわけではない。製造業においても女性の就業者がみられる点が特徴的であ
る。
以上の結果をまとめると、専門的・技術的職業従事者や販売従事者においては、男性に比べて女性の職域
が拡大しておらず、30 歳代以降にかけて就業率が低下する傾向がみられる一方、生産工程従事者においては、
就業者数の水準は相対的に低いものの、男性の職域との違いは殆どなく、30 歳代を中心とする就業率の低下
傾向はみられない。また、管理的職業従事者においては、女性の就業者数はごく僅かである一方、事務従事者
においては、女性の就業者数が男性を上回る傾向がみられる。これらの結果は、産業だけでなく、職業固有の
要因が女性の就業を阻害する可能性があることを示唆している。
16
図表 2-6 管理的職業従事者における年齢階級別の就業比率
5.7%
6.0%
男性
女性
4.8%
4.7%
5.0%
4.0%
3.3%
3.0%
2.4%
2.1%
2.0%
0.5%
1.0%
0.0%
0.3%
0.0%
0.0%
1.3%
0.0%
0.2%
0.2%
0.5%
0.5%
0.5%
0.4%
0.3%
0.0%
(出所)「労働力調査」(総務省統計局)
図表 2-7 管理的職業従事者における産業別就業者数(万人)
公務(他に分類されるものを除く)
サービス業(他に分類されないもの)
複合サービス事業
医療,福祉
教育,学習支援業
生活関連サービス業,娯楽業
宿泊業,飲食サービス業
学術研究,専門・技術サービス業
不動産業,物品賃貸業
金融業,保険業
卸売業,小売業
運輸業,郵便業
情報通信業
電気・ガス・熱供給・水道業
その他の製造業
輸送用機械器具製造業
情報通信機械器具製造業
電気機械器具製造業
電子部品・デバイス・電子回路製造業
業務用機械器具製造業
生産用機械器具製造業
はん用機械器具製造業
金属製品製造業
非鉄金属製造業
鉄鋼業
窯業・土石製品製造業
なめし革・同製品・毛皮製造業
ゴム製品製造業
プラスチック製品製造業(別掲を除く)
石油製品・石炭製品製造業
化学工業
印刷・同関連業
パルプ・紙・紙加工品製造業
家具・装備品製造業
木材・木製品製造業(家具を除く)
繊維工業
飲料・たばこ・飼料製造業
食料品製造業
建設業
鉱業,採石業,砂利採取業
漁業
林業
農業
女性
男性
0
5
10
15
20
25
30
(出所)「労働力調査」(総務省統計局)
17
図表 2-8 専門的・技術的職業従事者における年齢階級別の就業比率
20%
18%
男性
18.0%
女性
17.0%
16.0%
16%
14%
12.2%
12%
15.2%
15.7%
12.7%
15.6% 15.6%
13.7%
13.6%
12.4%
10%
13.2%
10.0%
8%
6%
15.5%
7.5%
6.6%
2.7%
4%
4.4%
2%
0%
0.9%
(出所)「労働力調査」(総務省統計局)
図表 2-9 専門的・技術的職業従事者における産業別就業者数(万人)
公務(他に分類されるものを除く)
サービス業(他に分類されないもの)
複合サービス事業
医療,福祉
教育,学習支援業
生活関連サービス業,娯楽業
宿泊業,飲食サービス業
学術研究,専門・技術サービス業
不動産業,物品賃貸業
金融業,保険業
卸売業,小売業
運輸業,郵便業
情報通信業
電気・ガス・熱供給・水道業
その他の製造業
輸送用機械器具製造業
情報通信機械器具製造業
電気機械器具製造業
電子部品・デバイス・電子回路製造業
業務用機械器具製造業
生産用機械器具製造業
はん用機械器具製造業
金属製品製造業
非鉄金属製造業
鉄鋼業
窯業・土石製品製造業
なめし革・同製品・毛皮製造業
ゴム製品製造業
プラスチック製品製造業(別掲を除く)
石油製品・石炭製品製造業
化学工業
印刷・同関連業
パルプ・紙・紙加工品製造業
家具・装備品製造業
木材・木製品製造業(家具を除く)
繊維工業
飲料・たばこ・飼料製造業
食料品製造業
建設業
鉱業,採石業,砂利採取業
漁業
林業
農業
女性
男性
0
50
100
150
200
250
300
(出所)「労働力調査」(総務省統計局)
18
図表 2-10 事務従事者における年齢階級別の就業比率
30%
男性
25%
21.6%
女性
22.0%
22.9%
23.9%
23.4%
19.9%
20%
15.1%
14.5%
15%
16.9%
15.2%
10%
10.5%
11.6%
16.8%
15.5%
8.8%
13.0%
9.8%
5%
2.0%
5.3%
0%
1.8%
(出所)「労働力調査」(総務省統計局)
図表 2-11 事務従事者における産業別就業者数(万人)
公務(他に分類されるものを除く)
サービス業(他に分類されないもの)
複合サービス事業
医療,福祉
教育,学習支援業
生活関連サービス業,娯楽業
宿泊業,飲食サービス業
学術研究,専門・技術サービス業
不動産業,物品賃貸業
金融業,保険業
卸売業,小売業
運輸業,郵便業
情報通信業
電気・ガス・熱供給・水道業
その他の製造業
輸送用機械器具製造業
情報通信機械器具製造業
電気機械器具製造業
電子部品・デバイス・電子回路製造業
業務用機械器具製造業
生産用機械器具製造業
はん用機械器具製造業
金属製品製造業
非鉄金属製造業
鉄鋼業
窯業・土石製品製造業
なめし革・同製品・毛皮製造業
ゴム製品製造業
プラスチック製品製造業(別掲を除く)
石油製品・石炭製品製造業
化学工業
印刷・同関連業
パルプ・紙・紙加工品製造業
家具・装備品製造業
木材・木製品製造業(家具を除く)
繊維工業
飲料・たばこ・飼料製造業
食料品製造業
建設業
鉱業,採石業,砂利採取業
漁業
林業
農業
女性
男性
0
50
100
150
(出所)「労働力調査」(総務省統計局)
19
図表 2-12 販売従事者における年齢階級別の就業比率
16%
14%
12%
10%
8%
6%
13.5%
13.1%
13.1%
13.8%
14.2%
13.8%
男性
女性
12.2%
10.4%
10.3%
12.1%
9.0%
8.0%
8.4%
9.2%
7.3%
9.1%
8.2%
5.4%
4%
3.0%
2%
1.8%
0%
(出所)「労働力調査」(総務省統計局)
図表 2-13 販売従事者における産業別就業者数(万人)
公務(他に分類されるものを除く)
サービス業(他に分類されないもの)
複合サービス事業
医療,福祉
教育,学習支援業
生活関連サービス業,娯楽業
宿泊業,飲食サービス業
学術研究,専門・技術サービス業
不動産業,物品賃貸業
金融業,保険業
卸売業,小売業
運輸業,郵便業
情報通信業
電気・ガス・熱供給・水道業
その他の製造業
輸送用機械器具製造業
情報通信機械器具製造業
電気機械器具製造業
電子部品・デバイス・電子回路製造業
業務用機械器具製造業
生産用機械器具製造業
はん用機械器具製造業
金属製品製造業
非鉄金属製造業
鉄鋼業
窯業・土石製品製造業
なめし革・同製品・毛皮製造業
ゴム製品製造業
プラスチック製品製造業(別掲を除く)
石油製品・石炭製品製造業
化学工業
印刷・同関連業
パルプ・紙・紙加工品製造業
家具・装備品製造業
木材・木製品製造業(家具を除く)
繊維工業
飲料・たばこ・飼料製造業
食料品製造業
建設業
鉱業,採石業,砂利採取業
漁業
林業
農業
女性
男性
0
50
100
150
200
250
300
(出所)「労働力調査」(総務省統計局)
20
図表 2-14 生産工程従事者における年齢階級別の就業比率
25%
男性
18.8%
20%
15%
19.3%
女性
18.8%
17.3%
16.0%
14.2%
13.5%
13.7%
10.9%
10%
5.3%
5.3%
5.6%
6.2%
7.0%
6.9%
7.5%
7.4%
6.0%
3.6%
5%
1.3%
0%
(出所)「労働力調査」(総務省統計局)
図表 2-15 生産工程従事者における産業別就業者数(万人)
公務(他に分類されるものを除く)
サービス業(他に分類されないもの)
複合サービス事業
医療,福祉
教育,学習支援業
生活関連サービス業,娯楽業
宿泊業,飲食サービス業
学術研究,専門・技術サービス業
不動産業,物品賃貸業
金融業,保険業
卸売業,小売業
運輸業,郵便業
情報通信業
電気・ガス・熱供給・水道業
その他の製造業
輸送用機械器具製造業
情報通信機械器具製造業
電気機械器具製造業
電子部品・デバイス・電子回路製造業
業務用機械器具製造業
生産用機械器具製造業
はん用機械器具製造業
金属製品製造業
非鉄金属製造業
鉄鋼業
窯業・土石製品製造業
なめし革・同製品・毛皮製造業
ゴム製品製造業
プラスチック製品製造業(別掲を除く)
石油製品・石炭製品製造業
化学工業
印刷・同関連業
パルプ・紙・紙加工品製造業
家具・装備品製造業
木材・木製品製造業(家具を除く)
繊維工業
飲料・たばこ・飼料製造業
食料品製造業
建設業
鉱業,採石業,砂利採取業
漁業
林業
農業
女性
男性
0
20
40
60
80
(出所)「労働力調査」(総務省統計局)
21
2.4 フォーカスセクターの特定
前節では、製造業と非製造業における女性の就業傾向が異なることが示された。具体的には、製造業におい
ては、就業率における男女差が大きく、そもそも女性が参入していない可能性があるほか、M 字カーブは生じて
いないことが確認された。その一方、非製造業においては、就業率における男女差は殆どないものの、M 字カ
ーブがみられた。これらの結果は、製造業と非製造業では女性の活躍推進を阻害する要因が異なる可能性が
あることを示していると考えられる。
そこで、製造業及び非製造業にそれぞれ注目して、以下に示すステップによりフォーカスセクターを特定する。
フォーカスセクターの中からヒアリング候補先企業を選出するためには、企業ごとの分析が必要となるため、企業
の人材や雇用に関するデータとして、国内最大規模のデータベースである東洋経済新報社の CSR 企業総覧の
データを用いる。なお、労働力調査における就業率は、正社員のほか非正規、有期雇用、パートタイマーを含
むのに対して、CSR 企業総覧のデータは正社員のみを対象とする点が異なる。従って、前節までの議論が直ち
に正社員の状況に当てはまるとは限らない。この点については、データ利用上の制約の問題であるため、やや
厳密さは欠くものの、就業率の代替として年齢階級別の女性従業員比率を確かめることで対処する。
最初に、CSR 企業総覧に掲載される企業に対して、日本標準産業分類(第 11 回改定)に従ってセクターの割
り当てを行う4。個別企業に対してセクター(日本標準産業分類)を割り当てる際には、①当該企業が有する任意
のセグメントに対して複数のセクターが割り当てられていること、②当該企業が複数のセグメントを有する場合が
あることに注意が必要である。本分析では、当該企業が有するセグメントに対して複数のセクターが割り当てられ
ている場合(前述の①)には、有価証券報告書において最初に表示されるセクターを割り当てる。また、当該企
業が複数セグメントを有する場合(前述の②)には、複数セグメント間でセグメント別売上高を比較することにより、
当該売上高が最も大きいセグメントのセクターを当該企業が属するセクターと判断する。
次に、各企業の年齢階級別の女性従業員比率を算出した上で、セクターごとの中央値と標準偏差を比較す
る。その際、各セクターにおける企業数の多い順に、5 つのセクターを比較対象とする。具体的には、製造業に
おいては、化学工業、一般機械器具製造業、輸送用機械器具製造業、電子部品・デバイス製造業、電気機械
器具製造業が該当する一方、非製造業においては、卸売・小売業、情報通信業、サービス業(他に分類されな
いもの)、金融・保険業、建設業が該当する。これらのセクターについて、様々な観点から比較検討することによ
り、製造業及び非製造業において特徴的な傾向がみられるセクターを 2 つずつ特定し、フォーカスセクターとし
て抽出する。
4
ここで、現行の分類(第 13 回改定)ではなく第 11 回改定を使う理由は、個別企業を割り当てる際に利用する日経セグメントデータが第
11 回改定に基づくためである。なお、セグメントデータがない企業(単一セグメント企業)については、第 13 回改定に基づく分類を第 11 回
分類に振り直す作業を行う。
22
図表 2-16 一般機械器具製造業の状況
男性
4.0%
3.5%
女性
3.13%
3.0%
3.57%
3.02%
2.83%
運搬・清掃・包装等従事者
3.11%
3.09%
男性
2.5%
2.0%
1.5%
女性
2.59%
建設・採掘従事者
1.88%
1.57%
0.99%
0.89%
1.0%
輸送・機械運転従事者
0.79%
0.67%
0.84%
0.72%
0.78%
0.77%
0.60%
0.5%
0.51%
0.11%
生産工程従事者
0.0%
農林漁業従事者
保安職業従事者
サービス職業従事者
30%
sd
p75
p50
p25
販売従事者
20%
事務従事者
専門的・技術的職業従事者
10%
管理的職業従事者
0%
30歳未満
30~39歳
40~49歳
50~59歳
60歳以上
0
20
40
60
80
(出所)「労働力調査」(総務省統計局)、東洋経済新報社・CSR 企業総覧をもとに
日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
図表 2-17 電子部品・デバイス製造業の状況
男性
1.8%
女性
1.67%
1.51%
1.6%
1.55%
1.44%
運搬・清掃・包装等従事者
女性
1.29%
1.4%
男性
1.14%
1.2%
建設・採掘従事者
1.0%
0.8%
0.63%
0.59%
0.6%
0.4%
0.67%
0.63%
0.78%
0.72%
0.53%
0.52%
0.51%
輸送・機械運転従事者
0.33%
0.21%
0.20%
0.07%
0.00%
0.2%
生産工程従事者
0.0%
農林漁業従事者
保安職業従事者
サービス職業従事者
40%
sd
p75
p50
p25
販売従事者
30%
事務従事者
20%
専門的・技術的職業従事者
10%
管理的職業従事者
0%
30歳未満
30~39歳
40~49歳
50~59歳
60歳以上
0
5
10
15
20
25
30
(出所)「労働力調査」(総務省統計局)、東洋経済新報社・CSR 企業総覧をもとに
日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
23
図表 2-18 卸売・小売業の状況
男性
18.0%
16.0%
14.85%
15.38%
13.37% 13.39%
14.0%
女性
運搬・清掃・包装等従事者
女性
13.30%
男性
12.0%
10.0%
14.08% 14.46% 13.99%
13.79%
13.35%
12.67%
12.96%
11.60%
12.86% 12.44%
11.40%
8.0%
建設・採掘従事者
9.04%
8.77%
6.0%
4.12%
輸送・機械運転従事者
4.0%
2.0%
2.49%
生産工程従事者
0.0%
農林漁業従事者
保安職業従事者
サービス職業従事者
60%
sd
p75
p50
p25
50%
販売従事者
40%
事務従事者
30%
20%
専門的・技術的職業従事者
10%
管理的職業従事者
0%
30歳未満
30~39歳
40~49歳
50~59歳
60歳以上
0
100
200
300
400
(出所)「労働力調査」(総務省統計局)、東洋経済新報社・CSR 企業総覧をもとに
日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
図表 2-19 情報通信業の状況
男性
5.11%
6.0%
女性 5.40%
5.66%
5.0%
4.53%
運搬・清掃・包装等従事者
4.52%
女性
男性
3.63%
4.0%
建設・採掘従事者
2.96%
3.0%
2.12%
1.88%
1.0%
2.07%
2.00%
2.0%
1.47%
輸送・機械運転従事者
1.20%
0.78%
1.65%
1.04%
0.51%
0.20%
0.22%
生産工程従事者
0.0%
0.06%
農林漁業従事者
保安職業従事者
サービス職業従事者
50%
sd
p75
p50
p25
販売従事者
40%
30%
事務従事者
20%
専門的・技術的職業従事者
10%
管理的職業従事者
0%
30歳未満
30~39歳
40~49歳
50~59歳
60歳以上
0
20
40
60
80
100
(出所)「労働力調査」(総務省統計局)、東洋経済新報社・CSR 企業総覧をもとに
日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
24
抽出されたフォーカスセクターにおける女性従業員の就業状況を図表 2-16~図表 2-19 に示す。製造業にお
けるフォーカスセクターは、一般機械器具製造業(図表 2-16)及び電子部品・デバイス製造業(図表 2-17)である。
一般機械器具製造業の職業別従事者(女性)は、事務従事者(13 万人)、生産工程従事者(12 万人)のみであ
り、女性の職域拡大が遅れている。また、年齢別女性従業員比率の中央値(p50)をみると、30 歳代までの女性
従業員比率は同水準で推移するものの 40 歳以降は低下する傾向がみられる。電子部品・デバイス製造業の職
業別従事者(女性)は、生産工程従事者(13 万人)、事務従事者(4 万人)、専門的・技術的職業従事者(1 万人)、
運搬・清掃・包装等従事者(1 万人)となっており、製造業の中では比較的職域が拡大している。年齢別従業員
比率の女性・中央値をみると、一般機械器具製造業と同様、30 歳代までの女性従業員比率は同水準で推移す
るものの 40 歳以降は低下する傾向がみられる。
非製造業におけるフォーカスセクターは、卸売・小売業(図表 2-18)及び情報通信業(図表 2-19)である。卸
売・小売業の職業別従事者(女性)は、販売従事者(287 万人)、事務従事者(133 万人) 、生産工程従事者(49
万人) 、運搬・清掃・包装等従事者(47 万人)、専門的・技術的職業従事者(14 万人)、サービス職業従事者(4
万人)、管理的職業従事者(3 万人)となっており、職域だけみると男性との差は殆どない。また、年齢階級別の
就業率(左上図)をみても明らかなように男性と同水準の労働参加がみられる一方で、M 字カーブが生じている
点が特徴的である。一方、年齢別女性従業員比率でみると、中央値(p50)は年齢と共に大きく低下する傾向が
みられる。情報通信業の職業別従事者(女性)は、事務従事者(25 万人)、専門的・技術的職業従事者(18 万
人)、販売従事者(5 万人)、生産工程従事者(1 万人)となっている。30 歳代以降の就業率(左上図)についてみ
ると、M 字カーブではなく一貫して低下する傾向がみられる。また、年齢別女性従業員比率でみても、中央値
(p50)は年齢と共に低下する傾向がみられる。
要約すると、フォーカスセクターの抽出理由は以下のように纏められる。製造業については、女性の就業率が
非常に低い傾向に注目して、①女性の職域が限定的である一般機械器具製造業、②相対的には女性の就業
率が高いものの年齢別従業員比率において 40 歳以降の女性従業員比率に低下傾向がみられる電子部品・デ
バイス製造業、を抽出した。非製造業については、③男女の就業率の水準には差がみられないものの M 字カ
ーブが顕著にみられる卸売・小売業、④男性に比べて専門的・技術的職業従事者数の水準が低く 30 歳以降の
就業率の低下が顕著な情報通信業、を抽出した。なお、2.6 節において、これらのセクターに属する幾つかの企
業に対してヒアリング調査を実施することにより、各社における女性活躍に関する取り組みや成果を明らかにす
る。
25
2.5 製造業における女性活躍の阻害要因に関する補論
本節では、我が国の製造業における女性の就業率が低い傾向に注目して、以下に述べる労働参加を阻害す
る 3 つの要因について若干の検討を行う。
第 1 の要因として、理工系の女子学生が少ないことが考えられる。とりわけ、製造業において女性の就業率が
低いことは、Credit Suisse Research Institute(2014)の指摘と符合する。この点について、平成 26 年度学校基本
調査における専攻分野別学生数(学部・修士)をみると(図表 2-20)、男子は社会科学、工学、人文科学の順と
なっているのに対して、女子は、社会科学、人文科学、保健の順に大きい。理系についてみると、理学では男子
が 70,007 人であるのに対して女子は 24,332 人(男子の 0.35 倍)、工学では男子が 397,074 人であるのに対して、
女子は 57,743 人(男子の 0.15 倍)となっており、理工系の女子学生が少ない様子がみてとれる。
図表 2-20 専攻分野別学生数(学部・修士)
600,000
男子
女子
500,000
400,000
300,000
200,000
100,000
0
(出所)「学校基本調査」(文部科学省)
図表 2-21 専攻分野別にみた女子学生の比率
(女性の比率が 30%未満もしくは 70%を上回るケースのみ表示)
(%)
教育
人文・芸術
保健
社会科学
工学
理学
全学科
100
75
50
0
エストニア
アイスランド
スロベニア
ハンガリー
ポーランド
スロバキア
スウェーデン
ブラジル
フィンランド
ノルウェー
ニュージーラ…
デンマーク
スペイン
カナダ
アイルランド
アルゼンチン
ポルトガル
チェコ
OECD平均
米国
地理
イスラエル
オランダ
オーストラリア
英国
ドイツ
メキシコ
ベルギー
オーストリア
フランス
スイス
韓国
トルコ
日本
25
(出所)OECD(2011)
26
図表 2-21 は、OECD 諸国において 2009 年に卒業した学生に占める女子学生の比率が 30%未満もしくは
70%を上回る専攻分野を示したものである(OECD, 2011)。国際的にみると、教育、保健において女子学生の比
率が 70%を上回る傾向がみられる。その一方、理工系についてみると、工学における女子学生の比率が 30%
を下回るケースが多くみられる一方、理学において 30%を下回るのは、日本とオランダだけである。日本の状況
についてみると、理学における女子学生比率は 25.2%、工学における女子学生比率は 10.8%となっており、相
対的にみても理工系の女子学生比率は低いことが確認できる。この傾向は、卒業生だけでなく、比較的若い層
の雇用者においても確認される。図表 2-22 は、理工系を専攻した 25~34 歳の雇用者を男女別にみたものであ
る。グラフの縦軸は、10 万人当たりの雇用者数を表している。日本の状況についてみると、男性は OECD 平均
(2,312 人)をやや上回る 2,440 人となっているが、女性は 550 人とオランダ(430 人)に次いで 2 番目の低さであ
ることがわかる。
図表 2-22 理工系を専攻した 25~34 歳の男女別雇用者数
(10 万人当たりの雇用者数)
(10万人当たりの
雇用者数)
5,000
合計
女性
男性
4,500
4,000
3,500
3,000
2,500
2,000
1,500
1,000
500
韓国
ニュージーランド
フランス
フィンランド
英国
オーストラリア
スロバキア
アイルランド
カナダ
スイス
ポーランド
OECD平均
ドイツ
チェコ
チリ
デンマーク
オーストリア
日本
エストニア
スウェーデン
ポルトガル
トルコ
スペイン
米国
アイスランド
ベルギー
スロベニア
メキシコ
オランダ
ノルウェー
ハンガリー
0
(出所)OECD(2011)
次に、各学科に所属する就業者(大卒・修士)が製造業に就業した割合を男女別にみると(図表 2-23)、女子
の場合は工学(30.4%)、理学(24.4%)、農学(22.8%)の順(赤い棒グラフ)となる一方、男子の場合は、工学
(38.0%)、理学(26.3%)、農学(26.3%)と何れも女子を上回っており、とりわけ工学における差(-7.6%)が大き
い。また、工学、理学、農学における、製造業就業者の男女比(右図の緑の折れ線)をみると、それぞれ 0.11、
0.37、0.66 となっており、絶対数でみても女性の就業者が少ないことがわかる。これらの事実は、理工系女子が
そもそも少ないことが製造業における女性就業率の低さの要因となり得ることを示唆していると考えられるが、そ
の背景には工学部の女子学生が製造業を志望していない可能性や、志望したとしても就職できなかった可能
性も考えられる。
27
図表 2-23 専攻分野別の製造業就業者比率(学部・修士)
40%
製造業に就業した男性の割
合(左目盛)
8
35%
製造業に就業した女性の割
合(左目盛)
7
30%
製造業就業者・女性÷製造
業就業者・男性(右目盛)
6
25%
5
20%
4
15%
3
10%
2
5%
1
0%
0
(出所)「学校基本調査」(文部科学省)
第 2 の要因として、ペイギャップの存在が考えられる。図表 2-24 は、平成 25 年賃金構造基本統計調査をもと
に、企業規模計(10 人以上)における大学・大学院卒の産業別平均年収(女性)とペイギャップの関係を簡便的
に示したものである。平均年収は、きまって支給する現金給与額を 12 倍した額に年間賞与その他特別給与額を
加えた額として算出している。ペイギャップは、男性と女性の平均年収の比率で定義している。
図表 2-24 をみると、ペイギャップが最も大きいのは金融業、保険業(56%)であることがわかる。次に、製造業
についてみると、ペイギャップは 68%と各産業の平均的な水準(69%)にあり、女性の平均年収も製造業(441 万
円)と各産業の平均(436 万円)は同程度である。したがって、製造業においては相対的に大きなペイギャップは
みられないことから、女性の就業率の低さを説明する要因にはならないと考えられる。
図表 2-24 大学・大学院卒の産業別平均年収(女性)とペイギャップ
600
鉱業,採石業,砂利採取
業
教育,学習支援業
女性の平均年収(万円)
550
電気・ガス・熱供給・水道
業
情報通信業
500
450
金融業,保険業
製造業
医療,福祉
学術研究,専門・技術
サービス業
卸売業,小売業
建設業
400
運輸業,郵便業
不動産業,物品賃貸業
複合サービス事業
生活関連サービス業,娯
楽業
350
サービス業(他に分類さ
れないもの)
宿泊業,飲食サービス業
300
55%
60%
65%
70%
75%
女性の平均年収÷男性の平均年収
(出所)「賃金構造基本統計調査」(厚生労働省)
注:平均年収は、きまって支給する現金給与額を 12 倍した額に年間賞与
その他特別給与額を加えた額として算出
28
第 3 の要因として、労働市場の需給の影響が挙げられる。製造業特有の現象として、人材の過剰感がみられ
る場合には、就業率が低下することが考えられる。この場合、必ずしも女性の就業率が低いことの直接的な説明
にはならないものの、労働市場の需給の影響が男性と女性で異なる場合には、女性の就業率が相対的に低下
する可能性も考えられる。具体的には、過剰感がみられる中でも、製造業では男性中心の採用が行われる場合
やコース別採用が行われる場合、相対的に不足感の高いセクターにおいて女性採用が積極的に行われる場合
などが考えられる。
図表 2-25 は、労働経済動向調査をもとに、正社員等における労働者の過不足状況を示したものである。製造
業における D.I.の推移をみると、平成 21 年 11 月調査時は-15 と過剰感が強かったが、平成 22 年 11 月調査
以降はプラスに転じており人手不足感が強まっている。ただし、他の産業と比較すると、D.I.の水準は相対的に
低く推移しており、この要因が主として若年層(30 歳未満)女性のパーティシペーションの低さの一因となった可
能性がある。
図表 2-25 正社員等における労働者の過不足状況(D.I(不足-過剰)の推移)
D.I.(不足-過剰)
50
40
建設業
30
情報
通信業
製造業
20
卸売業,
小売業
10
金融業,
保険業
0
-10
-20
H21.11
H22.11
H23.11
H24.11
H25.11
H26.11
(出所)「労働経済動向調査」(厚生労働省)
29
2.6 個別企業の取り組み
本節では、フォーカスセクターにおける幾つかの企業に実施したヒアリング調査結果を整理する。調査結果を
もとに、①女性社員の新卒採用、②女性社員の職域拡大、③女性社員の両立支援、④女性社員のマインドセッ
ト、⑤女性社員の登用、において、それぞれ女性の活躍を阻害する要因がどこにあり、どのように克服している
かを明らかにすることが本節の目的である。なお、ヒアリング調査を実施した企業は、一般機械器具製造業 3 社
(A 社、B 社、C 社)、電子部品・デバイス製造業 2 社(D 社、E 社)、卸売・小売業 3 社(F 社、G 社、H 社)、情報
通信業 2 社(I 社、J 社)である。
(女性社員の新卒採用)
図表 2-26 に示すように、製造業や情報通信業を中心とする多くの企業において、理工系の女性採用が課題
となっている。そもそも理工系の女子学生が少ないことに加えて、製造業においては、重量物の取り扱い(A 社、
B 社)や工場での交代勤務(B 社)の存在などが、女性の採用を困難なものとしている。技術系採用に占める女
性比率は、A 社では 5%、B 社では 9%となっている。その一方、C 社や E 社のように、男女の性差を意識した対
応は行わないケースもみられる。C 社の技術系採用に占める女性比率は 31%であり、A 社や B 社に比べると高
い水準となっている。他方、E 社では、女性総合職採用を本格的に開始したのは、グローバル金融危機後のこと
である。近年の技術進歩に対応するために、男女問わず、技術・開発部門の採用に注力しており、直近の採用
実績のうち 3 割が女性で、その殆どは技術系となっている。情報通信業においても、技術系の女性採用が課題
となっている。I 社の理工系女子学生の採用比率は 15%であるが、「そもそも学生数が少なく限界がある中で健
闘している」とのことである。J 社では、採用全体の男女比率は半々であるものの、開発職(エンジニア)における
女性の採用比率が低い(2 割程度)ことが課題となっている。これに対して、卸売・小売業では、女性の応募が多
いため男性の採用を課題とするケースがみられるほか(G 社、H 社)、現場の受け入れ態勢が伴わないままに女
性の採用数が増加したことで、女性離職者が増加したことから、従前の目標(女性採用比率 20~30%程度)を
撤廃し、自然採用に切り替えるケースがみられる(F 社)。
各社の取り組みについてみると、女性社員の採用について数値目標を掲げるケース(A 社、B 社、D 社)、数
値目標は掲げないもののインプリシットな目標があるケース(E 社、H 社、I 社)、目標そのものを設定しないケー
ス(C 社、F 社、G 社、J 社)に分けられる。ただし、数値目標を掲げるケースであっても、採用によるミスマッチが
起きては意味がないことから、相応の時間をかけて目標(20%)の達成を試みるケースや(B 社)、経験者採用や
非正規を含めた採用全体で 15%と目標を低めに設定するケース(A 社)がみられる。具体的な施策についてみ
ると、業種を問わず、女子学生をターゲットとするセミナーやイベントを実施するケースが多い(A 社、B 社、D 社、
F 社、H 社)。入社後のキャリア形成に対する関心が高まっており(H 社)、説明会や OB 訪問における女性ロー
ルモデルの提示および座談会の実施(H 社)、入社後の不安感の解消を目的とした懇談会の実施(A 社)を行う
ケースがみられる。また、敢えて入社後の働き方についてハードな側面も包み隠さず説明するケースもみられる
が、入社後の働き方に関するイメージが把握できたと好評を得ており、女子学生の応募が逆に増えているという
(F 社)。このほか、技術系や理工系の女性採用を課題とする製造業や情報通信業においては、学年を問わな
い工場見学および学会を通じた学生向け PR(A 社)、女性リクルーターの派遣や女性向けパンフレットの配布
30
(A 社、E 社、I 社)、パンフレット、ウェブサイトでの広告活動や採用ページにおける意識的な女性エンジニアの
インタビュー掲載(E 社、J 社)などに取り組んでいる。
図表 2-26 女性社員の新卒採用における各社の課題と取り組みの内容
課題
取組み
・経験者採用や非正規を含めた採用全体で15%を目標
・入社後の不安感の解消を目的とした懇談会の実施
・国立高専の女子学生向けイベント
・学年を問わない工場見学、学会を通じた学生向けPR
・女性リクルーターの配置、女性向けパンフレットの配布
A社 (一般機械器具製造業)
・技術系の女性採用
・重量物を扱うため女性の採用が困難
B社 (一般機械器具製造業)
・総合職、技術職、技能職において、それぞれ、40%、20%、15%を目
・技術職、技能職における女性採用
標
・交代勤務や重量物を扱うため女性の採用が困難 ・工学系女性のみを対象としたセミナーの実施
・一部の大学における工学部との連携
C社 (一般機械器具製造業)
なし
・男女の性差を意識した対応は行っていない
D社 (電子部品・デバイス製造業) ・女性採用者比率を高めること
・文理合計で50%を目標
・女子学生向けセミナーの実施
E社 (電子部品・デバイス製造業) なし
・新卒採用チームやリクルーターに女性を配置
・技術開発部門の海外派遣女性をパンフレットで紹介
F社 (卸売・小売業)
・新卒女性採用者の離職増加
・人物本位の自然採用(数値目標は撤廃)
・採用後のギャップを解消するための女子学生向け就職セミナーの実施
G社 (卸売・小売業)
・男性の採用
・男性を紹介してもらい、中途で採用
H社 (卸売・小売業)
・男性の採用
・目標設定はしていないが、大卒採用では50:50を目指している
(短大・専門は自然体採用)
・男子学生向けの就職説明会の実施
・(長く働き続けられるかどうかを気にする女子学生が増えていることに
対して)説明会やOB訪問における女性ロールモデルの提示や座談会の
実施
I社
・理工系の女性採用
・リクルーター含め文理合計で2割以上の女性を採用できるよう意識
・大学へのパンフレット配布やリクルーター経由での先輩紹介
・女子大へのアプローチ、女性リクルーターの派遣
・理工系女性の採用強化
・ブランディング戦略の一環としてウエブサイトでの広告活動
・ホームページの採用ページにおける意識的な女性エンジニアのイン
タービュー掲載
・他社と共同でフェア実施
(情報通信業)
J社 (情報通信業)
(出所)日興フィナンシャル・インテリジェンス
(女性社員の職域拡大)
女性社員の職域拡大を直接の課題として挙げた企業は意外にも少ない。図表 2-27 における記載はないもの
の、半数以上が女性社員の職域拡大を課題としていない(C 社、F 社、G 社、H 社、I 社、J 社)。その理由として、
男女を問わずやりたい仕事をさせていく方針(C 社)、個々の特性に配慮(F 社)、男女を区別する概念がない(G
社)、何れの職域においても女性は活躍している(H 社)、女性の活躍を妨げる職域がない(I 社)、特別な配慮
は行わない(J 社)ことが挙げられる。職域の拡大が進展していない製造業においても、女性に対して明示的に
配慮する取り組みが確認できたのは A 社のみであり、むしろ女性社員への配慮を是正するような取り組みがみら
れる(B 社、C 社、D 社)。もっとも、両者は、性差への配慮を優先するか(A 社)、公平性を優先するか(D 社)の
考え方が異なるだけであり、結果として女性社員の職域拡大を促進する点では方向性自体異なるものではない。
E 社では、女性の職域が拡大しないことを課題としているが、部門を超えた人事ローテーションが行われないこと
や、総合職へ転換制度はあるものの、キャリアアップを望む女性社員が殆どいないことなどから、具体的な取り
組みは行っていない。
女性社員の職域拡大を阻害する要因についてみると、転勤や海外勤務を挙げるケースがみられる(A 社、D
社、F 社)。この点について、A 社では、転勤が難しいことを考慮して、海外を含むグローバル拠点で勤務するケ
31
ースと事業所勤務のケースについて、2 つの採用・育成パターンを設けているほか、女性のライフイベントを考慮
して、意識的に早めに海外赴任や転勤を経験させることを検討している。その一方、D 社では、これまで女性を
転勤させないという暗黙の規範があったが、キャリアアップする上では転勤が避けて通れないため、10 年ほど前
から上司との面談の際にあえて意向を確認するようにしているという。また、海外勤務経験が昇進の要件となる
ため、トレーニー制度(部門推薦または自薦により人事面接で合格した者が 1 年間トレーニーとして海外勤務す
る制度)を設けており、現在、女性 1 名を含む 8 名が海外に派遣されている。F 社においても、海外転勤は避け
て通れないため、従前の制度(女性本人が単身赴任するか、家族全員で赴任するかの 2 つの選択肢しか認めら
れなかった)を、女性が単身子連れで海外駐在することも認めるよう制度を改めた。事務職についても、配偶者
転勤制度(配偶者の転勤に伴い同行を希望する社員の休業を認める制度)を廃止し、再雇用制度に切り替える
一方、海外短期派遣制度や総合職へのキャリアチェンジの機会を提供するなど、キャリア形成を志向する女性
社員をサポートする姿勢を鮮明に打ち出している。このほか、男性上司が女性社員に対して変に慮るところがあ
り、男性と同等の仕事を与えていない可能性(B 社)や、男女問わず職域の幅を広げることを挙げるケース(H 社)
がみられた。
昇進の要件として、マネジメント能力(C 社)、海外勤務経験(D 社)や、本社と店舗の業務経験(G 社)を挙げ
るケースがみられたが、特定の職域との関係について言及されるケースはなかった。また、製造業において、技
術系の職域経験を昇進の要件として挙げるケースもみられなかった。
図表 2-27 女性社員の職域拡大における各社の課題と取り組みの内容
課題
取組み
A社 (一般機械器具製造業)
・現業系以外でも、営業、プロダクトサポート、マー
ケティング部門において女性が働きにくい側面があ
る
(職場環境、僻地への赴任、男性中心の業界、取
引先が土日も稼働することが多いなど労働時間が
不規則)
・転勤が困難
・重たいものを持たなくてよいようにする工夫・生産技術の向上、工場の
トイレや更衣室の美化
・グローバルと事業所で2つの採用・育成パターンを用意
・意識的に複数の職場経験を積ませるために、20代後半から海外赴任
(4~5年)や転勤をさせることを検討
B社 (一般機械器具製造業)
・事務職と総合職の一本化に伴う、旧事務職社員
の能力開発
・女性社員に対する男性上司の仕事の与え方
・旧事務職社員を対象としたコーチング研修
・新任役職研修の実施
C社 (一般機械器具製造業)
・男性中心の総合職、女性中心の事務職
・職群転換制度の設置
・転勤、海外勤務
・例えば転勤をさせないなど、暗黙の規範の見直し
D社 (電子部品・デバイス製造業) ・設計、開発部門における、より多くの女性の配置 ・海外勤務の準備のためのトレーニー制度
・理工系の素養のある営業職が少ない
・公平性の観点から、女性に配慮した配置等は行わない
E社 (電子部品・デバイス製造業) ・職域が広がらない
-
F社 (卸売・小売業)
・海外転勤
・単身子連れでの海外駐在を認めるような制度改定
・事務職向けの海外短期派遣制度、総合職へのキャリアチェンジ
G社 (卸売・小売業)
・職域拡大に向けた取り組みは行っていない
-
H社 (卸売・小売業)
・現状では活躍しているものの、男女問わず、さら
に職域の幅を広げること
・店舗と本社・グループ間における横断的な人事異動
・本社、グループの各部門における業務内容を知るためのフォーラム開
催
I社
・女性の活躍推進を妨げるような職域はない
-
(情報通信業)
J社 (情報通信業)
・営業職についていえば男女共に転勤が避けて通
-
れないが、それが問題になるようなことはない
(出所)日興フィナンシャル・インテリジェンス
32
(女性社員の両立支援)
各社とも女性社員の両立支援に注力しており、両立支援施策は充実している(図表 2-28)。データが非開示
の D 社、E 社、店舗勤務を伴う G 社、H 社を除けば、育児休業取得者の復職者比率は 9 割を上回る。製造業に
おいて、女性社員のリテンションが奏功する要因の 1 つとして、短時間勤務制度や所定外労働をさせない制度
により、仕事と育児を両立しやすいことが挙げられる。例えば、短時間勤務制度についてみると、15 分単位で勤
務時間を短縮可能(C 社)であったり、4、6、7 時間の中から半年に 1 回勤務時間を選択(変更)できる(D 社)な
ど、きめ細かな制度が用意される。また、4 月まで待たなければ保育所に入れない、保育所に入れないことによ
って復職できない、といった女性社員の状況を考慮し、事業所内託児所の運営を行う企業もあるなど(A 社、C
社)、短時間勤務制度と託児所を利用することで、復職を促すとともに育児との両立が可能な働き方の選択肢を
用意している。地方の事業所においては、近隣に住む両親による育児サポートがあることも女性が働き続ける上
では大きいようである(A 社、D 社)。このほか、E 社では、社内結婚した夫婦が同社で共働きするケースが多い
ため、夫婦のどちらかが海外赴任で、もう一方が会社を辞めた場合に復職できる制度を設けている。
これに対して、非製造業においては、業界特有の固定的な勤務時間や労働時間の長さが両立の妨げになる
可能性がある。例えば、店舗業務を伴う卸売・小売業においては、土日出勤や遅番勤務への対応が求められる
(G 社、H 社)。この問題を克服するために、G 社では明示的に勤務時間を 6 時間(早番)とする短時間勤務制度
を設ける一方、H 社では子が小学 3 年生まで利用可能な短時間勤務制度の後、いきなりフルタイム勤務に戻る
のではなく、小学 4~6 年生までの間は早番勤務に固定できる制度の導入を検討している。長時間労働の慣習
が根強い業種においても、時間管理を見直す取り組みがみられる。例えば、F 社では、フレックス制度を廃止し、
朝型勤務制度を導入した結果、時間外勤務時間の大幅な削減に成功している。女性社員の反応を聞くと、まだ
子供のいない女性の間では「キャリアのイメージができるようになった」(年をとっても働ける、体力がなくなっても
働ける)と好評であるほか、育児に従事する女性も「早く帰ることへの気兼ねがなくなった」とポジティブな反応を
得ているという。また、J 社の技術開発部門では、従来の日本を拠点とする 24 時間の開発体制を見直し、グロー
バル拠点と交代制にすることで、24 時間体制の効率的な開発体制にシフトした。これに伴い、開発職における
生産性見直しプロジェクトを立ち上げ、30 分~1 時間単位でプロジェクト管理を行うような「見える化」を徹底し、
効率的な開発体制を実現した。例えば、日常行われる会議がどのプロジェクトに関連付けられているかを明らか
にすることにより、無駄な会議を削減した。その結果、現在は長時間労働の問題は改善し、月 30 時間程度の残
業時間になっているという。
33
図表 2-28 各社の両立支援施策の状況
(3 歳~就学前の子を持つ社員利用可能制度)
始業・終業
所定外労 事業所内 育児サービ
社員の再 産休期間(法
育児休業
育児休業 短時間勤 フレックス 時刻の繰り 働をさせな 託児所の ス費用を補
雇用制度 定通りかそれ
復職率・直 務制度 タイム制度 上げ・繰り
い制度
運営
助する制度
下げ
に準じる)
近年度
A社 (一般機械器具製造業)
なし
法定通り
3年
99%
あり
あり
なし
あり
あり
あり
B社 (一般機械器具製造業)
あり
法定通り
子が2歳に達するまで
98%
あり
なし
あり
あり
なし
あり
C社 (一般機械器具製造業)
導入予定
法定通り
子が3歳に達するまで
100%
あり
あり
あり
あり
あり
あり
D社 (電子部品・デバイス製造業)
なし
法定通り
法定通り
n/a
あり
あり
なし
あり
なし
なし
E社 (電子部品・デバイス製造業)
あり
法定通り
保育所待機の場合は2歳まで
n/a
あり
あり
あり
あり
なし
なし
F社 (卸売・小売業)
あり
法定通り
2年
100%
あり
あり
なし
あり
あり
あり
G社 (卸売・小売業)
なし
法定通り
法定通り
76%
あり
なし
あり
なし
なし
なし
H社 (卸売・小売業)
その他
法定通り
3年
82%
あり
なし
あり
あり
なし
あり
I社 (情報通信業)
あり
産前8、産後8
2年
97%
あり
あり
あり
あり
なし
あり
J社 (情報通信業)
その他
法定通り
法定通り
93%
なし
あり
なし
なし
あり
あり
(出所)東洋経済新報社・CSR 企業総覧
一方、両立支援施策の充実に伴い、復職後のキャリア形成を課題として挙げるケースが多くみられる(図表
2-29)。例えば、C 社では、本来は制度利用の有無にかかわらず、平等に昇進するはずであるが、実際には復
職者が昇格していない傾向がみられるという。休業明けに短時間勤務を利用すると、通常勤務の社員との相対
比較において評価が劣る場合があるほか、休職することでこれまで獲得した人事評価ポイントの一部を消失する
場合があることが一因となっている。D 社では、一般的に育児休業期間が長くなるにつれて復職への不安から
職場復帰が困難になることが指摘されている点について、休業取得がキャリアの中断にならないようにすることを
課題として挙げており、育児休業取得者に対してヒアリングしたいと考えている。G 社や H 社では、短時間勤務
労働者に対する仕事の与え方や人事評価が部署ごとに曖昧である問題が指摘されている。具体的には、短時
間勤務労働者に対して広報業務ばかり従事させたり、短時間勤務労働者とフルタイム労働者に同一の売上ノル
マが課されることに不満がみられるという(H 社)。各店舗によって、配慮の度合いや評価方法が変わってしまうこ
とが課題であり、解決に向けては男女問わず店長以上を対象とした評価者研修を検討する(G 社)ほか、目標の
定め方を公平にするような新しい評価制度を検討する(H 社)ことが挙げられている。このほか、子育て後に復職
した女性はキャリアから取り残されたと感じるケースが多く、短時間勤務の下では成果を出せないケースが多い
ため、悩みを抱える復職者に対するフォローが必要という指摘がみられる(I 社)。
34
図表 2-29 女性社員の両立支援における各社の課題と取り組みの内容
課題
取組み
A社 (一般機械器具製造業)
・配偶者の転勤に伴う離職
・配偶者が社内の場合には、運用上、一定の配慮を行う場合あり
B社 (一般機械器具製造業)
・有給の積立を基本とする制度
・長時間労働の是正
・育児休業取得者や短時間勤務制度利用者に対
する男性上司の評価
-
C社 (一般機械器具製造業)
・保育所を利用する際の通勤ラッシュ
-
・両立支援施策を利用することによる昇進への影響
D社 (電子部品・デバイス製造業) ・育児休業の取得によるキャリアの中断
・育児休業取得者へのヒアリングを予定
E社 (電子部品・デバイス製造業) ・配偶者の転勤に伴う離職
・再雇用制度(夫婦どちらかが海外赴任で退職した場合に復職できる)
F社 (卸売・小売業)
・海外駐在および育児へのサポート
・社内分科会を設置、現場の意見をヒアリングして課題を抽出
・海外駐在員の両親を警備会社がモニターするサービスへの全額補助
G社 (卸売・小売業)
・原職復帰、フルタイム勤務労働者と同一の評価制度、短時間勤務制
・店舗業務によって、短時間勤務労働者への配慮
度の検討
や評価方法が変わってしまう
・男女問わず店長以上を対象とした評価者研修の実施
H社 (卸売・小売業)
・短時間勤務からフルタイム勤務に戻った後の離職
・早番勤務に固定できる制度の導入
・短時間勤務労働者への仕事の与え方や人事評
・新しい評価制度の下での公平な目標設定
価
・一定の人数規模の店舗に複数の復職者を配置
・店舗における短時間勤務労働者の適正な配置
I社
(情報通信業)
・制度の活用とキャリア形成のリンク
・短時間勤務労働者のキャリア形成のサポート
・管理職の残業
・制度対象者だけでなく、様々な女性の層に対して制度を活用すること
の意味を伝える
J社 (情報通信業)
・今後、ワーキングマザーが増えた場合の対応
・日本を拠点とする24時間の開発体制見直しおよび開発職における生
産性見直し
(出所)日興フィナンシャル・インテリジェンス
(キャリアアップに向けた女性社員のマインドセット)
女性社員のマインドセットを課題として挙げた企業は約半数にとどまるが、殆どの企業において研修やセミナ
ーなどの取り組みが行われている(図表 2-30)。女性社員のマインドセットの課題についてみると、女性社員の少
ない製造業においては、女性のロールモデルがいない(A 社)または少ない(B 社)ことを挙げるケースがみられ
た。とりわけ、理工系の女性社員が少ないことから、事務系ではロールモデルの候補が育っているが、技術系で
はいない(A 社)という声も聞かれる。A 社では、主任・係長の一歩手前の女性に対するキャリア研修をスタートし、
将来のキャリアパスを考える機会を提供している。この研修では、定期的な研修の対象から漏れてしまうような、
教育機会の少ないキャリア採用者や非正規雇用者についても参加対象としている。B 社では、総合職の女性を
対象とした研修やワークショップを行っており、次の施策として、地方の社員(テクニカル職)への展開を検討して
いる。E 社では、総合職女性が復職後に事務職に職系変更するケースが多いことを課題としている。そのため、
復職前に人事・上司・本人で三者面談を行っている。人事が加わるのは、上司が本人に対して、事務職への職
系変更を勧めるようなネガティブな働きかけを防止する意味合いもあるという。同社のもう 1 つの課題として、男性
管理職のマインドセットが挙げられる。この背景には、女性が働くことには肯定的であっても、よりチャレンジング
な仕事をしたいということに対して否定的な印象を持つ企業文化があるという。この問題を克服するために、全女
性社員を対象としたセミナーなどを開催している。卸売・小売業についてみると、G 社では、女性だけではなく男
性を含めたマインドセットを課題として挙げており、特に課題を克服するための取り組みは行っていないものの、
他社の講習を受講して情報収集に努めているほか、30~40 代の若い男性社員が管理職になる時期を見据えて
働きかけを行っている。H 社では、2013 年から女性の上位職を増やすためのプロジェクトをスタートしており、職
位(グレード)別のワークショップにおいて、同社の女性・社外取締役自ら話をすることにより、女性社員に対して
35
自身のキャリアを考えてもらう機会を提供している。社内では、より職位が低いうちから実施するべきと概ね好意
的な反応を得ているという。I 社では、女性社員に対するマインドセットの取り組みとして、約 20 名の部長以上の
女性管理職有志の会が対話イベントを行っている。そこでは、主任・マネージャークラスを対象に、グループディ
スカッションが行われる。定員 80 名に対して、募集開始 2 日後に定員に達するなど盛況であるという。また、育児
休業から復職する際の不安を解消するために復職支援セミナーを実施しており、復職後のキャリア形成に悩む
社員に対して人事部に設置したキャリアアドバイザーを紹介している。このほか、各配属先の支店の中のみに限
定されがちな女性営業職のネットワーキングを促進するために、全国営業女性交流会を開催している。J 社は、
現状ではキャリア意識の高い中途入社者が管理職の殆どを占めるため、マインドセットを課題として認識してい
ないものの、新卒の大量採用をスタートした世代が管理職になるときには、これまで取り組んだことがないような
施策が必要になると考えている。
一方、女性社員のマインドセットを課題として挙げなかった企業においても、様々な取り組みが行われている。
C 社では、女性のキャリアに関する考え方を提示するためのセミナーとして、「男女で考える女性ライフプラン」を
開催した。同社では、一貫して男女の性差を意識した対応は行っておらず、本セミナーにおいても男性の参加
を前提としている点が特徴的である。この研修への参加状況は盛況であり、関連会社向けセミナーに展開して
いるという。D 社では、男女共通の施策として、①中期のキャリア検討(毎年、自身のキャリア形成に関して上司と
話し合い自己申告の形で提出するもの)、②30 代および 40 代の社員に対する任意のキャリア研修を行っている。
同社では、業務上の様々な場面において男女の性差があるとは認識していないとのことであるが、出産や育児
について考える機会は提供したいと考えている。F 社では、女性総合職を対象とした研修において、ロールモデ
ルを交えた座談会や女性執行役員からのスピーチが行われている。他方、男性社員に対するマインドセットとし
て、新任部長や新任課長を対象とした組織長向けのワークショップを開催しており、両立支援やダイバーシティ
に関する考え方を説明している。また、20 代後半から 30 代前半の若手男性向けのキャリア教育の中でも、両立
支援やダイバーシティの説明を行っている。この年代の男性社員は、共働き世代が多いため、両立支援やダイ
バーシティに対する理解は得やすいとのことである。その一方、シニア層の意識の低さは課題になっており、前
述の G 社では、50~60 代の管理職を中心に古風な考え方が支配的であるため、彼らの考え方を変えるのは困
難という指摘もみられた。
36
図表 2-30 女性社員のマインドセットにおける各社の課題と取り組みの内容
課題
取組み
A社 (一般機械器具製造業)
・女性のロールモデルがいない
・主任・係長の一歩手前の女性に対するキャリア研修をスタートし、将来
のキャリアパスを考える機会を提供
B社 (一般機械器具製造業)
・女性のロールモデルが少ない
・総合職の女性を対象にした研修やワークショップの開催
C社 (一般機械器具製造業)
-
・男女ともに参加する女性のライフプランを考えるセミナーの開催
D社 (電子部品・デバイス製造業) -
・男女共通の①中期のキャリア検討、②30代および40代の社員に対す
る任意のキャリア研修
E社 (電子部品・デバイス製造業)
・復職時に事務職に職系変更するケース多い
・男性管理職のマインドセット
・復職前の人事・上司・本人による三者面談
・女性向けキャリアプラン研修、女性活躍に関する作業部会開催
・女性向けキャリアプラン研修を男性管理職向けに開催
F社 (卸売・小売業)
-
・女性総合職を対象とした研修
・男性社員に対するマインドセットとして、組織長向けのワークショップ
G社 (卸売・小売業)
・女性だけでなく男性を含めたマインドセット
・他社の講習を受講するといった情報収集
・30~40代の男性社員への働きかけ
H社 (卸売・小売業)
・女性の上位職志向が低い
・女性の上位職を増やすためのプロジェクトをスタート
・グレード別のワークショップにおいて、女性社員に対して自身のキャリ
アを考える機会を提供
I社
・復職時への不安解消
・部長以上の女性管理職による有志の会が対話イベント
・育児休業取得者向けの復職支援セミナー
・人事部に設置したキャリアアドバイザーの紹介
・全国営業女性交流会
・今後、マインドセットの施策が必要になる
-
(情報通信業)
J社 (情報通信業)
(出所)日興フィナンシャル・インテリジェンス
(女性社員の登用)
幾つかの例外を除けば、女性社員の登用は、各社に共通する課題となっている(図表 2-31)。ただし、ゴール
は共通であっても、以下の 2 点において各社のアプローチは異なる。第 1 に、女性社員を登用する際の条件や
評価について、女性に配慮した基準を適用するケースと、男女共通の基準とするケースに分けられる。第 2 に、
女性の登用に関する数値目標を設定するケースと、そうでないケースに分けられる。また、女性の登用に取り組
む上では、評価者や職場の同僚としての立場から女性への理解が求められるため、男性社員のマインドセット
が課題となる場合もある。
程度の差はあるものの、登用する際に女性への配慮を優先するケースとして、A 社、B 社、E 社、I 社が挙げら
れる。A 社では、2016 年 4 月までに女性管理職比率を 5%にすることを目標としている。そのための施策として、
管理職登用試験において、男性の登用枠とは別に、追加的な女性枠を設けている。これは、絶対的な評価基
準を変えるものではなく、相対評価で男性に劣ってしまうケースがあることへの対処である。したがって、男性枠
を減らすものではないが、社員からは不公平感が指摘されている。この点については、女性の育成に注力する
上では、女性を特別扱いしてもよいという方向性を打ち出している。また、女性の育成に向けて、普段は両立支
援制度を利用することが殆どない男性社員の理解を高めるために、制度内容に関するセミナーをスタートした。
このほか、新任管理職向けに資料を配布することで制度の周知徹底を図ることにより、女性のマネジメントに役
立てている。B 社では、3 年後の女性管理職比率を 3.5%にすることを目標としている。同社では、男女の区別な
く均等な評価を行っているものの、実際に登用する際には、男女ごとに採用基準を多少変えるように、事業部門
と折衝することも行われるという。また、各事業部門に対してボランタリーなヒアリングを行い、女性の昇進候補者
リストを作成している。このほか、産休中に昇格試験を受けることを可能にしているほか、評価の高い女性につい
ては育休中に昇格させることを検討しており、ライフイベントに伴うキャリア断絶の問題に配慮している。このほか、
37
男性が女性管理職の下で働くという感覚が普通になることや女性の精神疾患が課題として挙げられている。E 社
では、管理職登用のためのグレード要件(等級資格)に影響がないように、育児休業中であってもグレードが昇
格するような人事評価を行っている。また、管理職登用試験の難易度を下げないような形での管理職昇進資格
の緩和を検討している。I 社では、事業ラインでの女性管理職を増やし、事業部長以上の層を増やすこと、さら
には、部長職以上の層を厚くして母集団を強化し、社内出身の役員を輩出することを目標としている。社内では
数値目標を設定しているが、社外には公表していない。これは、数値目標が独り歩きすることにより、社内の取り
組みとギャップが生じる懸念があることによる。昨今、数値目標の公表が社会的要請となっている点については
認識しており、対外的な対応も検討しているとのことである。女性の登用については、男女の能力には差がない
と考えているものの、女性は登用の時期にライフイベントに直面するケースが多いため、年齢要件を緩和してい
る。具体的には、プラスマイナス数年といった形で、管理職研修を受けられる期間を広げるなど、登用の時期を
調整している。また、上位職への登用については、一律に登用候補社員を育成・管理することは難しいと考えて
おり、個別に事業部長にヒアリングするなどして、各部門における育成の状況を把握している。ヒアリング結果は、
事業部長候補者研修などに活用している。
図表 2-31 女性社員の登用における各社の課題と取り組みの内容
課題
取組み
A社 (一般機械器具製造業)
・2016年4月までに女性管理職比率5%を目標
・管理職登用試験において、男性の登用枠とは別にプラスアルファで女
性枠を設けている
・男性向けの施策として、両立支援制度の利用対象者以外の社員向け
の制度内容に関するセミナー、新任管理職向けに資料配布
B社 (一般機械器具製造業)
・3年後の女性管理職比率3.5%を目標
・男性が女性管理職の下で働くという感覚が普通
になること
・女性の精神疾患
・管理職登用の際、事業部門との折衝により登用基準を男女で調整す
る
・産休中の昇格試験、育休中の昇格を認める
・各事業部門に対して、女性のライン長候補をヒアリング
C社 (一般機械器具製造業)
・現状では課題を認識していない
(次のステップとして、プラチナくるみんを取得する際 -
の課題)
D社 (電子部品・デバイス製造業) ・女性登用のための母数の増加
・①キャリア中断の影響を軽減するための施策、②管理職前の女性に
対する仕事の与え方について検討
E社 (電子部品・デバイス製造業) ・女性登用のための母数の増加
・育児休業中のグレード昇級
・女性向けに管理職昇進資格の緩和を検討
(昇進試験の難易度を女性向けに緩和するものではない)
F社 (卸売・小売業)
・女性総合職の中から候補者のロードマップを作成
・部門長にその女性の人となりを知ってもらうための面談機会のアレン
し、役職者を輩出すること
ジ
・男性のロールモデルの創出
G社 (卸売・小売業)
・管理職比率が低い
・育児休業前の人事評価ポイントが評価されない
H社 (卸売・小売業)
・昇進試験にチャレンジさせる
・顧客の多くは女性であるにもかかわらず、意思決
・社外のビジネススクールへの派遣や、社内プロジェクトの公募に対し
定者の多くが男性
て、手を挙げさせることによりチャンスを提供する
I社
・事業ラインでの女性管理職を増やし、事業部長以
上の層を増やす
・年齢要件を緩和し、登用の時期を調整
・部長職以上の層を厚くして母集団を強化し、社内 ・上位職の登用については個別対応
出身の役員を輩出する
(情報通信業)
J社 (情報通信業)
・課題を抽出するには至っていない
・人事評価の見直し、男性の育児休業強制によるキャリア中断の公平
性などを検討
-
(出所)日興フィナンシャル・インテリジェンス
これに対して、男女共通の基準により女性の登用を行うケースとして、F 社、G 社、H 社が挙げられる。F 社で
は、女性総合職の中から、管理職候補者を選んで個々人の育成ロードマップを作成し、役職者を輩出すること
を課題としている。その際、下駄をはかせるようなことはしたくないと考えている。具体的な取り組みとして、その
38
女性本人には敢えて伝えずに、部門長との面談機会をアレンジしている。男性でいえば、たばこ部屋や飲み会
での付き合いの代替に相当するものであり、ポジティブ・アクションの 1 つとして考えている。また、課長職の女性
に「誰が自分を引き上げてくれたか」ヒアリングしたところ、同一の男性を挙げるケースが多かったことから、男性
管理職のロールモデルの創出も必要だと感じている。数値目標に向けた取り組みは行っておらず、個々の人材
を引き上げることに注力しているため、粛々と取り組んでいるのが実態とのことである。G 社では、女性管理職比
率が 10%弱と低いことを課題としている。ただし、数値目標を達成するために、スキルのない人材を登用する恐
れがあることから、数値目標を設定していない。同社の登用は、人事評価の連続性に基づいて行われる。したが
って、例えば、一定の評価を毎期マークし続けることが昇進の要件となる。このような制度の下では、育児休業を
取得してキャリアを中断した女性が評価の対象外となる問題を孕んでおり課題としている。この問題について、
人事評価の要件である連続性基準の見直し、男性の育児休業取得義務化によるキャリア中断の公平性維持な
どの対策を考えていくとのことである。H 社では、顧客の多くが女性であるにもかかわらず、意思決定者の多くは
男性であることを課題としている。この点について、F 社や G 社とは異なり、女性管理職や男性の育休に関する
項目について、数値目標(KPI)の設定状況をホームページに公開している。具体的な取り組みとして、男女で
評価や取扱いは公平にしているものの、昇進試験にチャレンジしない女性に対してはチャレンジさせるよう促し
ているほか、社外のビジネススクールへの派遣や社内プロジェクトの公募に対して手を挙げさせることにより、チ
ャンスを提供している。なお、それでも、女性に比べると、男性の方がそういった機会には積極的であるとのこと
である。
C 社、J 社についてみると、現状では両社とも課題として認識しておらず、次のステップとしてプラチナくるみん
マーク5を取得する際の課題(C 社)とするケースもみられる。D 社では、まず、女性登用のための母数を増やすこ
とを課題としており、女性登用に関する数値目標は設定していない。母数を増やすために、キャリア中断の影響
を軽減するための施策として、休職中の自己啓発支援や託児所を設置することによる育児休業期間の短縮など
を検討している。また、次の管理職登用につながる仕事の与え方をするための人事ローテーションがテーマとな
っており、人事ローテーション前後における成果を丁寧にみることの重要性を指摘している。
(ヒアリング調査結果のまとめ)
以上の調査結果をみると、各社に共通する第 1 の特徴として、女性の登用を課題として挙げていることが明ら
かとなった。この課題に対して、女性に配慮した登用基準を設けるケースと、公平性の観点から男女の区別のな
い基準を設けるケースに大別される。また、女性の登用に関する数値目標についてみると、明確に目標を設定
することによりコミットするケースもあれば、目標の達成が優先されることを懸念して設定しないケースもみられる。
この傾向は、女性を採用する際の目標の有無においても確認される。第 2 の特徴として、女性の登用に向けて、
両立支援からキャリア支援へシフトする傾向が明らかとなった。この背景には、育児休業後の復職者のキャリア
形成が各社の課題となっていることが挙げられる。例えば、復職者は短時間勤務制度を利用するケースが多い
5
「くるみんマーク」は、 次世代法に基づき、企業が従業員の仕事と子育ての両立のための行動計画を策定・実施し、その結果が一定の
要件を満たし厚生労働大臣の認定を受けた場合に、商品などに表示することのできるマークであるのに対して、「プラチナくるみんマーク」
は、くるみんマークを取得している企業のうち、さらに両立支援の取組が進んでいる企業が一定の基準を満たし、特例認定(プラチナくる
みん認定)を受けた場合に表示できるマークを指す(厚生労働省)。
39
ことから、制度利用者に対する人事評価の在り方を検討課題とするケースがみられる。この問題は、そもそも労
働時間の長さで評価されるという、我が国特有の評価方法に根差しており、仕事の成果を重視するような人事評
価へのシフトが求められる。
第 3 の特徴として、女性活躍推進の取り組みは経営戦略の 1 つとして位置付けられていることが明らかとなっ
た。具体的には、競争力強化のために、男女を問わず優秀な人材を確保することや、ダイバーシティ推進の観
点から位置付けられるケースが多い。その一方、ダイバーシティの必要性が明確になっていない点や、まだ社内
で取り組みの目的の共有ができていない点を課題として指摘するケースがみられた。女性活躍推進に向けた取
り組みを加速するためには、経営層のコミットが欠かせないことは、各社共通の認識となっている。経営層が明
確なメッセージを発信するとともに、管理職を含む従業員全員が取り組みの目的を共有することが求められると
いえよう。
40
2.7 結論(まとめ)
本章の主要な結論は以下の通りである。第 1 に、「労働力調査」(総務省統計局)に基づく年齢階級別の女性
の就業率についてみると、製造業と非製造業とでは就業傾向が異なることが明らかとなった。より具体的には、
製造業においては、男性に比べて女性の就業率は低いものの、いわゆる M 字カーブはみられない一方、非製
造業においては 29 歳までの女性の就業率は男性に比べて同水準もしくはそれ以上であるものの、30 歳以降は
低下しており、M 字カーブが生じている様子が確認される。これらの点に関連して、職業別の就業率についてみ
ると、製造業における女性就業者の多くを占める生産工程従事者及び事務従事者の就業率には、M 字カーブ
は生じていないことが確認された。一方、非製造業における女性就業者の多くを占める職業のうち、サービス職
業従事者、専門的・技術的職業従事者、販売従事者の就業率をみると、いずれの職業においても M 字カーブ
もしくは 30~40 歳にかけて就業率が低下する様子がみられた。
第 2 に、製造業と非製造業の就業率において異なる傾向がみられる点を考慮して、製造業においては一般
機械器具製造業及び電子部品・デバイス製造業をフォーカスセクターとする一方、非製造業においては卸売・
小売業及び情報通信業をフォーカスセクターとした。一般機械器具製造業については、女性の職域が限定的
である一方、電子部品・デバイス製造業については、40 歳以降の女性従業員比率に低下傾向がみられる点が
特徴的である。他方、卸売・小売業については、男女の就業率の水準には差がみられないものの M 字カーブが
顕著にみられ、情報通信業については、男性に比べて専門的・技術的職業従事者数の水準が低く、30 歳以降
の就業率の低下が顕著である点が特徴的である。
第 3 に、フォーカスセクターにおける企業 10 社に対してヒアリング調査を行った結果、次の状況が明らかとな
った。女性社員の新卒採用については、技術系の女性採用が困難であることを指摘する企業が多くみられる。
この問題への対処として、女性向けのセミナー、リクルーターの配置、パンフレットの配布といった取り組みを挙
げるケースが多い。女性社員の職域拡大については、それ自体を課題とするケースは少なく、むしろ女性社員
への過度な配慮を是正する取り組みが目立つ。ただし、キャリア形成を行う上で転勤や海外赴任を伴う場合に
は、一定の配慮を行うケースがみられる。女性社員の両立支援については、各社ともに注力する様子がうかがえ
る。働く時間を柔軟にする制度の工夫や時間管理の見直しにより、女性社員のリテンションに奏功しているとい
える。その一方、復職後のキャリア形成が課題となっており、復職者の動機付けや人事評価の在り方が問われて
いる。女性社員のマインドセットについては、ロールモデルの欠如や上位職志向の低さが課題として挙げられた
ほか、男性社員のマインドセットの重要性も指摘されている。具体的な取り組みとしては、研修やワークショップ
を開催するケースが多い。女性のみならず男性に対して、気付きの機会を提供する試みが行われている。女性
社員の登用は、各社共通する課題となっている。ただし、女性社員の登用基準や登用の数値目標の在り方に対
する各社の考え方は異なっており、アプローチは様々である。
以上の結果は、企業が女性活躍推進に取り組む上では、業界ごとに異なるアプローチを行う必要があること
を示している。上述のように、製造業においては女性の労働参加が課題となる一方、非製造業においては女性
社員のリテンションが課題となる。したがって、業界特有の課題を認識することにより、課題解決に取り組むことが
必要である。
41
その一方、個別企業の取り組みについてみると、業種を超えた共通の課題があることが示唆される。例えば、
女性社員の登用は共通の課題である。この点について、女性の活躍推進に優れた企業の取り組みをみると、両
立支援を行うだけではなく、キャリア形成に繋がるような支援に取り組む様子がみてとれる。他社の取り組みを好
事例として、自社の取り組みに活かしていくことが求められるだろう。
42
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Discussion Paper Series 14-J-017.
43
3. 諸外国における女性の活躍推進に向けた諸制度等の調査
3.1 本章の目的
本章では、OECD 主要先進国を中心に、各国の女性の活躍状況と、活躍支援のための施策について比較調
査を行う。
第 3 章では、女性の労働参加およびリーダーシップの視点から、国際比較を通じて、我が国の女性活躍推進
の状況を分析する。はじめに、3.2 節において、女性活躍推進が経済成長のドライバーとして、グローバルでも
共有されていることを確認する。3.3 節では、各国のジェンダーギャップの状況を、ジェンダーギャップインデック
スで総合的に比較した後、2 つの評価指標(女性の労働参加、女性のリーダーシップ)で国際比較をし、世界に
おける日本の位置を明らかにする。3.4 節では、女性の労働参加に影響する諸政策について政策ごとにみた後、
ポリシーミックスによる類型化を示す。さらに、20 年間で女性の就業率が伸びた国として、ドイツ、スペイン、オラ
ンダ、アイルランドをケーススタディとしてを取り上げ、最後に我が国へのインプリケーションを検討する。3.5 節で
は、女性リーダーを増やす政策として、クオータ制、職種業種の偏在解消を取り上げ、我が国へのインプリケー
ションをまとめる。3.6 節では、3 章で得られた調査結果についてまとめる。
44
3.2 グローバルアジェンダとしての女性活躍:なぜジェンダーギャップの解消が重要か?
「女性の活躍」は、グローバルではジェンダーギャップの解消、すなわちジェンダー平等というアジェンダで共
有されている。ジェンダー平等は女性からみれば社会正義である。1995 年に国連で開催された第4回世界女性
会議において採択された北京宣言では、男女の不平等の存在を認め、その解消に無条件に取り組むとされて
いる。国連においてもジェンダーギャップの解消は最優先課題とされ、「ジェンダー平等と女性のエンパワメント
のため」の国連機関である UN Women のミッションステートメントにおいて、ジェンダー平等は、女性の基本的人
権であるとしている。
しかし、一方で UN Women は、ジェンダー平等は経済開発や生産性向上そして経済成長にとって不可欠で
あると続けている。OECD30 ヵ国の 1960 年から 2008 年までの経済成長は平均年率 2.1%であったが、その要因
の半分は教育水準の向上に求められ、さらにそのうちの半分以上が女性に対する教育であったという。経済開
発や貧困対策にも女性のエンパワメントが効果的とされる (OECD, 2014a)。 また、先進国や新興国においても、
「女性の活躍」は経済成長のドライバーとして期待されている。2014 年 9 月オーストラリア、メルボルンで開催され
た G20 では、ジェンダーギャップの解消を通じて持続的な GDP 成長を達成することが確認された。現状維持か
ら想定される今後 5 年間の経済成長予想カーブから少なくとも 2%以上押し上げる政策の策定を参加国は合意
しているが、多くの高齢化する先進国では労働人口の減少が制約となることから、女性の労働参加の拡大が鍵
であるという。2030 年に女性の就業率が男性に追いついた場合、OECD 平均で 2011 年から 2030 年の平均
GDP 成長率は、現状維持の場合と比較して 0.5%上昇するという (ILO, IMF, OECD, WBG, 2014)。
ジェンダーギャップの解消が経済成長を可能にするという視点は、日本においても重要となっている。2013 年
6 月に公表された日本再興戦略の中で、成長への道筋として「我が国最大の潜在力である女性の労働参加の
拡大」を戦略として挙げている (首相官邸, 2013)。 安倍総理は成長戦略スピーチにおいて、日本が最も活かし
きれていない人材が女性であるとして、女性の活躍は社会政策の文脈より成長戦略の中核をなすものだとして
いる (安倍晋三, 2013)。 同様の視点は海外からも指摘されている。OECD(2014a)において、少子高齢化社会
で労働人口減少が経済成長の抑制要因となる日本においては、持続的成長のためには女性の就業増加が必
要であるとし、現在の男女の就業率の差が 50%解消された場合、GDP 成長率は年率 0.5%増加すると予想され
ている。 ゴールドマンサックスは 2007 年のレポートにおいて、日本の女性の就業率が男性並みになった場合、
他の条件を同じにすれば最大 GDP が 16%増加する可能性があるとしており、女性の労働参加の増加が日本の
経済成長を支えるとしている (Daly, 2007)。
また、個別企業のレベルでも、女性のリーダーシップへの参画は企業の成長戦略の文脈で語られるようにな
ってきている。もちろん、能力の高い女性が適切に配置されること自体、企業経営にプラスであるが、さらに、女
性の経営への参画はダイバーシティ経営やコーポレートガバナンスの強化につながると考えられている。株主と
して企業の持続的成長に関心がある機関投資家も取締役会のダイバーシティに注目しており、女性取締役の
割合をモニタリング項目とする機関投資家も増えている。
したがって、本調査においては、成長戦略としてのジェンダーギャップ解消に焦点を当てる。ジェンダーギャッ
プ解消、すなわち女性活躍は、女性の労働参加(Participation)および女性の経営参加(Leadership)で測定す
45
る。次節以下、最初に各国のジェンダーギャップの状況を確認したあと、女性の労働参加および女性の経営参
加の 2 つの視点から、各国のジェンダーギャップ解消政策や諸制度を取り上げ比較する。
46
3.3 ジェンダーギャップの現在位置:国際比較
グローバル全体および OECD 主要先進国におけるジェンダーギャップの現状を把握する。ジェンダーギャッ
プを測る指標は、ジェンダーギャップ指数、女性の労働参加、女性の経営参加を取り上げる。
3.3.1 ジェンダーギャップ指数(Gender Gap Index)
世界経済フォーラム(通称ダボス会議)は 2006 年より各国の男女の格差を、経済、教育、健康そして政治の 4
つの分野について男女格差をスコア化、ジェンダーギャップ指数(Gender Gap Index、以下、GGI)として各国の
スコアおよびランキングを発表している (World Economic Forum, 2014)。
(1) GGI の計算方法
GGI は、経済、教育、健康そして政治の 4 つの分野について、男女の格差をスコア化している。男性を 1 とし
たときの女性の位置を表しているので、スコアは 0 から 1 の間の数字となる。男性に対して女性がどれくらい劣後
しているかを示しているため、一部、教育分野などでは女性が男性を上回る場合があるが、その場合もスコアは
1 としている。また、GGI のスコアは、絶対的水準ではなく、男女の格差のみを評価している。例えば、教育レベ
ルの高さを評価しているのではなく、教育レベルにおいて男女間の差があるかどうかを評価している。また、評
価項目は、アウトカムの指標であって、インプットの指標は含まれない。例えば、政治的分野では女性議員の数
を計測しており、クオータ制など議員数増加のための政策の有無は評価に含まれない。
各 KPI(評価指標)をスコア化した後、その標準偏差によって加重平均し、各側面のスコアを算出する。4 つの
分野のスコアを単純平均し、総合スコアを計算している。
2014 年の世界平均スコアは 0.676 であり、女性は男性の 7 割弱くらいの距離感にあるということができる。教育
や健康の分野では、世界平均でもスコアは 90%を超えている。多くの先進国では労働力人口における大学レベ
ル以上の学位取得者は女性の方が男性より多いことから、スコア 1(すなわち格差が解消されている状態)を獲
得している。一方、経済的な面では、「国会議員、高級事務官、管理職の人数」以外は 50~60%台にあり、政治
分野および経済分野の「国会議員、高級事務官、管理職の人数」では 20%台と男女格差が依然として大きいこ
とがわかる。
47
図表 3-1 GGI の KPI(評価指標)の項目と世界平均スコア
GGI 世界平均スコア=0.676
世界平均
経済
0.596
労働参加率の男女差
同一労働に対する賃金の男女差
所得の男女差
国会議員、高級事務官、管理職の人数の男女差
専門職・技術職の人数の男女差
0.67
0.61
0.53
0.27
0.65
教育
0.935
識字率の男女差
初等教育の男女差
中等教育の男女差
高等教育の男女差
0.87
0.94
0.62
0.88
健康
0.960
健康寿命男女差
出生率の男女差
0.92
1.04*
政治
0.214
国会議員数の男女差
閣僚の人数の男女差
過去 50 年間の国家元首在位年数の男女差
0.25
0.20
0.20
(出所)World Economic Forum(2014)より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
*健康スコア計算の際は 1 として計算される
図表 3-2 GGI の KPI(評価指標)項目別の世界平均スコア
過去50年間の国家元首在位年
数
労働参加率
1.2
同一労働に対する賃金
1
0.8
閣僚の人数
所得
0.6
0.4
国会議員数
国会議員、高級事務官、管理
職の人数
0.2
0
出生率
専門職・技術職の人数
健康寿命
識字率
高等教育
初等教育
中等教育
(出所)World Economic Forum(2014)より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
48
(2) GGI ランキング
2014 年の GGI スコアのランキングのトップはアイスランド 0.8594 でトップ 5 は北欧諸国が独占している。これら
の北欧諸国のスコアは 80%を超えているが、言い変えれば、トップレベルであっても女性は 10%以上男性に劣
後しており、まだジェンダー平等を達成している国は無いともいえる。北欧勢の次はヨーロッパ大陸、北米とが続
き、やはり男女格差が少ない国は先進国が多いが、先進国以外でもアフリカから 3 ヵ国がトップ 20 にランクインし
ている他、中米のニカラグアが 6 位にランクインし、アジア諸国ではフィリピンのスコアが高い。アジア先進国のシ
ンガポール、韓国、日本のスコアは低く、特に韓国と日本はグローバル平均より低いスコアとなっている。
図表 3-3 GGI ランキングトップ 20(2014 年)
ランキング
国名
GGI
1
アイスランド
0.859
2
フィンランド
0.845
3
ノルウェー
0.837
4
スウェーデン
0.817
5
デンマーク
0.803
6
ニカラグア
0.789
7
ルワンダ
0.785
8
アイルランド
0.785
9
フィリピン
0.781
10
ベルギー
0.781
11
スイス
0.780
12
ドイツ
0.778
13
ニュージーランド
0.777
14
オランダ
0.773
15
ラトビア
0.769
16
フランス
0.759
17
ブルンジ
0.757
18
南アフリカ
0.753
19
カナダ
0.746
20
米国
…
0.746
北欧
59
シンガポール
0.705
アジア
104
日本
0.658
北中米
117
韓国
グローバル平均
(142ヶ国)
0.640
アフリカ
-
欧州
0.676
(出所)World Economic Forum(2014)より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
(3) GGI のスコア推移
GGI は 2006 年からスコア計算を同じカテゴリーで行っているため時系列の比較が可能である。2006 年と 2014
年のスコアの変化をみると、主な先進国で概ねスコアは 6 年間で改善していることがわかる。フランスの伸び率が
最も大きく、スイス、アイスンド、ベルギーが続いている。北欧勢ではデンマークやフィンランドのスコアが伸びて
いる。アジア勢ではシンガポールの伸び率が高い。
49
図表 3-4 2006 年~2014 年の GGI スコア変化
(%)
0.12
0.1
0.08
0.06
0.04
0.02
0
(出所)World Economic Forum(2014)より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
さらに4つの分野毎のスコアの変化をみてみると、OECD 主要先進国ではすべての国で、ここ 8 年間で経済分
野についてスコアが改善していることがわかる。政治分野はスウェーデン、英国、スペイン、日本でマイナスとな
っているが、その他の国ではスコアが大幅に改善しており、総合スコア改善に寄与していることがわかる。これは、
政治分野でのクオータ制の導入が影響していると考えられる。日本は経済分野の改善はみられたものの、政治
分野がマイナスだったため、スコアの改善はわずかであり、ランキングを 30 位以上落とす(79 位から 104 位)結
果となっている。
50
図表 3-5 2006 年~2014 年の GGI スコア変化、分野別
アイスランド
フィンランド
ノルウェー
スウェーデン
デンマーク
ベルギー
スイス
ドイツ
オランダ
フランス
スペイン
イタリア
アイルランド
英国
カナダ
米国
オーストラリア
ニュージーランド
日本
韓国
シンガポール
経済
教育
健康
政治
グローバル平均
-0.2
-0.1
0
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
(出所)World Economic Forum(2014)より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
51
(4) 日本
最後に日本の KPI 別のスコアをみておく。ランキングトップのアイスランドと比較すると、経済分野、政治分野
において劣後していることがわかる。教育分野で日本は高等教育のジェンダーギャップが解消していないが、他
の先進国では労働力人口における学位保有者は男性より女性が上回っているケースが多い。
図表 3-6 GGI,日本の KPI 毎のスコア(2014 年)、世界平均、アイスランド(ランキング 1 位)との比較
過去50年間の国家元首
在位年数
労働参加率
1.2
同一労働に対する賃金
1
0.8
閣僚の人数
所得
0.6
0.4
国会議員数
国会議員、高級事務官、
管理職の人数
0.2
0
出生率
専門職・技術職の人数
健康寿命
識字率
高等教育
初等教育
中等教育
世界平均
日本
アイスランド
(出所)World Economic Forum(2014)より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
52
3.3.2 ジェンダーギャップ指標(KPI)1:女性の労働参加
(1) M 字カーブの現状
日本には、30 代から 40 代前半にかけて女性の就業率が低くなり、40 代後半からまた持ち直すという、いわゆ
る M 字カーブが存在する。第1子目を出産した女性が、子育てのため労働市場から一旦退出するためと考えら
れているが、OECD 主要先進国で比較すると、欧米諸国の M 字カーブは解消している。一方、韓国は日本より
下方に深い M 字カーブを持つことがわかる。
図表 3-7 各国の年齢別女性就業率(M 字カーブ)
(%)
100
90
80
スウェーデン
70
ドイツ
フランス
60
英国
カナダ
50
米国
オーストラリア
40
韓国
日本
30
20
10
0
15-19
20-24
25-29
30-34
35-39
40-44
45-49
50-54
55-59
60-64
65-
(年齢)
(出所)労働政策研究・研修機構(2014)より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
図表 3-8 は、日本とアジア諸国の M 字カーブを見たものであるが、アジア諸国には M 字カーブは観察されな
い。就業率のレベルに差はあるものの、タイとフィリピンは逆 U 字型であり、香港とシンガポールは右に歪んだ V
字型である。タイは北欧諸国と同様に高い位置で U 字型である。フィリピンも M 字カーブは無いが、就業率の水
準自体は低位にある。フィリピンの女性就業率の水準が低いことの理由として、フィリピンではいわゆるメイドや子
守といった家庭内労働者の多くが就業者としてカウントされていないためと考えられる。正式な雇用契約のない
家庭内労働者や香港などでメイドをするフィリピン女性を把握するのは難しいが、フィリピン国内では女性雇用
者の 11.5%が家庭内労働の従事者とみられている (ILO, 2013)。 一方、香港とシンガポールは 20 代後半をピ
ークに山型を描いており、加齢と共に女性は労働市場から退出していくことがわかる。
53
図表 3-8 アジア各国の年齢別女性就業率(M 字カーブ)
(%)
100
90
80
70
香港
60
シンガポール
タイ
50
フィリピン
40
日本
30
20
10
0
15-19
20-24
25-29
30-34
35-39
40-44
45-49
50-54
55-59
60-64
65-
(年齢)
(出所)労働政策研究・研修機構(2014)より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
(2) 女性の就業率(ヒストリカル)
OECD 主要先進国で 1990 年と 2010 年の女性の就業率を比較してみると、ほとんどの国で女性の就業率は
上昇しているが、1990 年の時点ですでに高水準にあった北欧諸国は伸び悩んでおり、スウェーデン、デンマー
ク、フィンランドでは就業率はむしろ低下している。米国はほとんど変化がなかった。1990 年時点では日本より女
性の就業率が低かったドイツ、オランダ、アイルランド、スペインは、大幅に就業率が上昇しており、2010 年では
日本を追い抜いていることがわかる。
54
図表 3-9 各国の女性の就業率、1990 年、2010 年
(%)
90.0
1990
85.0
2010
80.0
75.0
70.0
65.0
60.0
55.0
50.0
45.0
40.0
(出所)OECD(2014a)より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
図表 3-10 各国の女性の就業率の変化(2010 年-1990 年)
スペイン
アイルランド
オランダ
ベルギー
ドイツ
ニュージーランド
スイス
オーストラリア
フランス
イタリア
アイスランド
日本
カナダ
ノルウェー
韓国
英国
米国
フィンランド
デンマーク
スウェーデン
-10
-5
0
5
10
15
20
25
30 (%)
(出所)OECD(2014a) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
55
3.3.3 ジェンダーギャップ指標(KPI)2:(ビジネス)リーダーシップ
(1) 女性取締役比率
株式会社における経営の構成は各国の会社法により異なる。取締役会(Board of Directors)は、いくらか類型
があるものの、世界共通の組織といえる。そのため、ビジネスにおける女性のリーダーシップへの参画状況を測
る KPI として採用されている。また、クオータ制の対象も取締役会である。しかし、データ収集上、女性役員の数
は個社別に数える必要があることや対象の株式会社をどこまで含めるかといった問題があるため、複数の女性
取締役比率が存在する。下図は米国の NPO である Catalyst6の集計による各国の株式インデックスの採用銘柄
で集計した女性取締役比率である。クオータ制導入で有名なノルウェーの女性取締役比率が最も高く、フィンラ
ンド、フランス、スウェーデンが 30%近くにおり、アイルランドを除くその他の欧米諸国が 20%前後に並んでいる。
日本は最下位となっている。
図表 3-11 各国株式市場の上場企業(インデックス採用銘柄)の女性取締役の比率(2014 年)
(%)
40
35.5
35
30
25
20
29.9
29.7
28.8
23.4
22.8
21.9
21
20.8
19.2
19.2
18.5
18.2
17
15
10.3
10.2
10
5
3.1
0
(出所)Catalyst(2014) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
(注)各国のインデックスによって銘柄数が異なることに注意。米国は S&P500、日本は TOPIX Core30 で集計されている。
女性の就業率と女性取締役の比率国別にプロットしたものをみてみると、直線というよりは面で広がっているこ
とがわかる。北欧諸国は右上にあるが、同じ縦線上に複数の国が並んでいる。デンマークとベルギーの間やスイ
スとアイルランドの間に複数の国が並んでおり、同様の取締役比率でも就業率は異なることがわかる。韓国と日
6
ビジネス界の女性活躍を推進する米国の非営利団体。(ウェブページ http://www/catalyst.org/)
56
本も縦に並んでおり、就業率には差があるが、取締役比率には差がない。女性就業率と女性取締役比率は、女
性取締役比率を高めるためには、就業率を上げるのみでは十分ではなく、単純に相関するものではない。
図表 3-12 女性の就業率(2010 年)vs 上場企業の女性取締役の比率(2010 年)
女性就業率
(%)
80.0
スイス
スウェーデン
カナダ
75.0
ドイツ
英国
70.0
ノルウェー
デンマーク
オランダ
フィンランド
米国
スペイン
65.0
日本
60.0
55.0
フランス
ベルギー
アイルランド
韓国
イタリア
50.0
45.0
40.0
0
5
10
15
20
25
30
35
40
女性役員比率(%)
(出所)OECD(2014a), Credit Suisse Research Institute(2014) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
クレディスイスが調査したグローバル企業 3000 社の国別女性取締役比率の 2010 年と 2013 年を比較するとヨ
ーロッパ各国は 3 年間で女性取締役の比率が上昇していることがわかる。特に、フランス、ドイツ、イタリアの伸び
が大きい。一方、米国や日本、韓国は上昇しているものの、ヨーロッパに比べると緩やかである。
57
図表 3-13 グローバル 3000 社の女性取締役の比率の推移(2010 年、2013 年)
(%)
45
40
35
30
25
2010
20
2013
15
10
5
0
(出所)Credit Suisse Research Institute(2014) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
58
(2) 女性執行役員(シニアエグゼクティブ)比率
欧米の取締役会や監査役会(スーパーバイザリーボード)は経営陣を監督するモニタリングボードであり、社
外取締役が過半数を占めている。一方、CEO や執行役員など経営陣は、内外から指名されていることから、企
業内の組織の階段を上ってきたいわゆる「生え抜き」の女性も含まれる。各国で比較すると執行役員の女性比率
は取締役の女性比率より狭い範囲内に収まっている。これは、クオータ制が取締役会を対象としているため、取
締役比率はクオータの影響を受けるが、経営陣にはクオータが影響しないからだと考えられる。やはり北欧諸国
のレベルが高いが、女性取締役比率ほど劇的ではない。
図表 3-14 グローバル 3,000 社の執行役員と取締役会の女性比率(2013 年)
(%)
45
40
35
30
25
20
執行役員
取締役
15
10
5
0
(出所)Credit Suisse Research Institute(2014) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
59
(3) 女性経営トップ(CEO)
さらに、グローバル企業の経営トップとなると、女性比率は極端に少なくなる。クオータ制導入で先行したノル
ウェーでは取締役会の女性比率 4 割を達成しているが、クレディスイス調査のグローバル 3000 社内のノルウェ
ー企業では、CEO はゼロである。前出の Catalyst 調べでは 2015 年 3 月現在で米国株式市場のインデックス
S&P500 のうち、女性 CEO を擁する企業は 24 社(4.8%)となっている。
図表 3-15 グローバル 3,000 社の CEO と取締役会の女性比率(2013 年)
(%)
45
40
35
30
25
20
15
CEO
16.7
取締役
12.5
10
5.3
5.1
5
5
4.5
3.5
2.7
2.6
1.7
0
0
0
0
0
0
0
0
(出所)Credit Suisse Research Institute(2014) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
(4) Managers(管理職)
管理職全体でみると、米国が最も多い。管理職を執行役員や CEO のパイプラインとみれば、米国はパイプラ
インはあるものの、実際にトップに上り詰めるのは女性にとっては狭き門であることがわかる。イタリアを除いてヨ
ーロッパ諸国も、管理職全体ではあまり差がなく 30%台に集中している。日本と韓国は管理職全体の女性比率
でも欧米諸国からは劣後している。
60
図表 3-16 各国の管理職の女性比率(2012 年か直近)と
グローバル 3,000 社の執行役員/CEO の女性比率(2013 年)
(%)
45
40
35
30
25
管理職全体
20
15
執行役員
CEO
10
5
0
(出所)ILO(2015), Credit Suisse Research Institute(2014) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
(注1)各国の管理職は ILO 国際標準職業分類(ISCO-88 または ISCO-08)の管理職項目による集計。
(注2)執行役員/CEO の女性比率は、グローバル 3000 社を対象にしたクレディスイス調査による
61
3.4 女性の労働参加と公共政策
女性の労働参加が女性活躍の量的側面のアウトプットとすれば、女性の労働参加に影響がある制度や政策
はインプットである。本節はインプットとして制度や政策とその効果について考察する。前節でみた通り、過去 20
年でみても OECD 主要先進国では女性の就業率が上昇している国が多い。最初になぜ女性の就業率は上昇
したのか、経済学的な整理を見た後、女性の就業率に影響を及ぼしたと考えられる政策を検討する。実際には
これらの政策は単独ではなく、様々な組み合わせで実行される。ポリシーミックスは各国で異なるが、3 つのグル
ープに分類して整理する。最後にケーススタディとして、最近 20 年間で女性の就業率の上昇が顕著なドイツ、ス
ペイン、オランダ、アイルランドを取り上げ、我が国へのインプリケーションを探る。
3.4.1 女性の労働参加の経済学
第二次大戦後、多くの欧米諸国では女性の就業率が上昇してきた。経済発展により、労働需要があり女性も
外に働きに出ることで収入を得ることが可能となったことが、女性の就労を促進したと考えられる。しかし、経済成
長が緩やかになり、女性の潜在賃金の上昇が鈍化しても、女性の就業率は継続的に上昇してきた。この現象を
Becker(1985)は、Human Capital アプローチで説明を試みている。既婚女性の場合、労働のためには保育が必
要であり、一方、余暇の時間は育児時間に充てられると考えられる。したがって、既婚女性は保育サービスを頼
んで働くか、育児をしながら余暇を過ごすかの選択で効用を最大化するというモデルで考える。この場合、潜在
賃金が上昇すれば、女性はより労働に時間を割く。一方、保育コストはネット所得を下げるため労働参加にマイ
ナスに働く。保育コストが補助金などで下がることは、女性の労働参加を促す。Human Capital アプローチでは、
割り当てる時間に応じて当該労働に対して自己投資を行う。教育は、ここでいう自己投資であり、自己投資により
スキルが向上し、賃金が上昇する。女性の教育水準が上がると賃金が上昇し、賃金の上昇は女性の就業を促
進すると考えられる。したがって、女性の教育水準の向上と保育コストの低下が女性の就業率を上昇させる。
また、自己投資のとき最も有利な(才能のある)ところに特化し、他の労働は市場から購入した方が所得を最
大化できる。したがって人々は専門の職業に特化し、自己投資も集中させる。既婚女性は育児を分担することか
ら、夫ほど労働時間(またはエネルギー)を割り当てない。そのため仕事に自己投資を全投入する夫と、労働へ
の割り当て時間が限定されている妻では、スキル向上に違いが生じその結果、夫の賃金の方が妻より高くなる。
そのため女性の就業率が高まっても、男女の賃金格差は残る。Becker(1985)はこれにより、女性の就業率が上
昇しても、男女の賃金格差が残っている現象を説明しようとした。
マクロ経済的には、女性の就業率は景気や雇用に感応度があると考えられている。一般的に景気が良いと賃
金上昇から、就業率は上昇する。景気が悪く失業率が高いと労働参加をあきらめる傾向があり、就業率を下げる。
一方、配偶者の失業は世帯所得を減らすことから、逆に就業率を増やす方向に働くといわれている。しかし、景
気循環では女性の就業率の一貫した上昇トレンドを説明できないことに留意する必要がある。
62
3.4.2 女性の労働参加率に影響を及ぼす政策
女性の労働参加に影響を及ぼす主要な政策については、女性の就業率の上昇を経験してきた欧米諸国で
の実証研究が進んでいる。これらの研究を参照しながら、実際に OECD 主要先進国の状況を確認しつつ、これ
らの政策がどのようにして女性の労働参加を促進したり、妨げになるのかをみていく。ここでは、各政策が単独で
女性の就業率にどのように影響するかを議論している。実際には政策間で影響し合ったり、各国の個別の要素
など他の要因も複雑に絡み合うと考えられることに注意を要する。
(1) 就労する配偶者に有利または中立な税制
一般に課税は市場を歪め、市場の効率性を下げる。公平性の観点からも、結婚してもしなくても中立的な税
制度が望ましい。一方、既婚女性(就労する配偶者)の労働供給は限界税率に対して感応度が高いため
(Meghir & Phillips, 2008)、既婚女性(就労する配偶者)の税率を男性や単身女性より低くする方が、市場を歪
めないという意味で市場効率性は改善する。
しかし、実際には、多くの国で累進課税が採用されているため、既婚女性(就労する配偶者)の所得への課税
は、夫や単身者に比べてむしろ高い実効税率となっている国が多い。扶養配偶者控除など専業主婦優遇の税
制が残っている国もあり、女性の労働参加に促進的な税制にはなっていない。課税単位では、世帯課税は個人
単位の課税に比べて、専業主婦家庭に有利となる。最近ではほとんどの OECD 諸国は、世帯課税ではなく個人
単位の課税にシフトしてきており、この点中立的になってきている。フィンランドやスウェーデン、韓国では税率
上も、生計者の配偶者も単身者も同率の課税となる中立的な税制を持つ。ただし、フィンランドやスウェーデン
の女性の就業率は高いが、スウェーデンの就業率はここ 20 年で下がり気味であり、韓国の就業率は 54.5%
(2012 年)と OECD の平均よりも低い (Jaumotte, 2003)。 一方、フランスは少子化対策として N 分 N 乗方式7の
世帯課税を採用しており、子どもの数が多いほど所得税が優遇される仕組みになっている。しかし、この世帯課
税は女性の労働参加に対しては専業主婦優遇となりマイナスの影響となる。税制だけが女性の就業率に影響し
ているわけではないが、フランスの就業率は日本とあまり差がない。
図表 3-17 (参考)日仏の女性の就業率
1990 年
2010 年
フランス
58.5%
66.1%
日
57.1%
63.2%
本
(出所)OECD(2014a) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
フランスは世帯課税を導入し、少子化対応への戦略をはっきりさせているが、一方ジェンダーギャップ解消に
も取り組んでいる。
7
世帯所得を合計したものを世帯員数(N)で割り、1人当たりの所得から税額を計算し、それを N 倍して納税額を計算する世帯課税の方
式
63
図表 3-18 (再掲)各国株式市場の上場企業(インデックス採用銘柄)の女性取締役の比率(2014 年)
(%)
40
35.5
35
30
29.9
29.7
25
28.8
23.4
20
22.8
21.9
21
20.8
19.2
19.2
18.5
18.2
17
15
10.3
10.2
10
5
3.1
0
(出所)Catalyst(2014) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
(2) 保育補助金と児童手当
子育てを公的に支援する制度としては、就労のため子どもを預ける際の保育コストの全部または一部を肩代
わりする保育補助金と、育児支援としてすべての子どもに対して支払われる児童手当がある。保育補助金は、働
く親が受け取り、専業主婦には支払われない。一方児童手当は、所得制限がある場合はあるが、働いているか
いないかは関係なく支払われる。
母親が働きに出るインセンティブは、ネットの賃金つまり(賃金-保育コスト)である。したがって、公的支援に
よって保育コストを低減することは母親の労働参加を直接的に促進すると考えられる。米国では、1970 年代から
低所得世帯向けの福祉メニューとして保育補助金が支払われてきた。保育補助金の正当性は以下の 3 点であ
る。まず保育補助金は、母親への実効税率を引き下げ手取り賃金を増やす。前述の通り、母親の労働供給関数
は賃金感応度が高いため、助成金は母親の労働参加を促す。また、保育業界は賃金圧縮(wage compression)
が強く、新規の保育士の賃金は母親の賃金より比較して高くなり、保育コストを押し上げ母親の労働参加の障壁
となる。保育補助金は廉価な保育にアクセスを可能にするため、母親の就業を促すと考えられる。さらに、低所
得の母親達は、ローン市場から締め出されているため、将来の賃金のための投資として現在の保育コストをロー
ンによって負うことは難しく、保育コストが参入障壁となる。したがって、保育補助金は低所得者層が労働参加を
図る上では必要である (Jaumotte, 2003)。
保育補助金が母親の労働参加を促す方向に働くことは実証研究でも明らかになっているが (Blau & Robins,
1988)、政策としての効率性については議論がある。保育補助金がどう影響するかは母親が置かれている状況
や就労した際の期待賃金の水準によって異なると考えられている。保育補助金は、新規に女性の労働参加を期
待しているが、既に就業している女性にも影響を及ぼす可能性がある。米国では家庭内や親戚などの身内に保
64
育を頼んでいるケースが多く、保育補助金は、そういったインフォーマル(多くは無料)の保育から、保育所やプ
レスクールといった公的な保育への代替を促進するだけだという説もある。米国の研究では、女性の就業率アッ
プによる所得増加より、追加的な保育支出が上回ってしまったケースなどが報告されている (Michalopoulos,
Robins, & Garfinkel, 1992)8。
OECD 主要先進国の保育補助金の状況を、公的保育関連支出で比較する。保育関連支出は、生まれてすぐ
から幼稚園までの保育補助支出と就学前教育支出(幼稚園など)9の合計でみている。北欧諸国とフランスは保
育関連支出が大きい。英国、オランダ、ニュージーランドも OECD 平均の 0.8%を上回っており比較的大きな予
算規模を持っている。一方、欧州諸国でもドイツ、スペイン、イタリア、アイルランドなどの保育関連支出は少ない。
米国の予算は GDP 比率でみると最も少ない。韓国の予算は日本より大きいことがわかる。
図表 3-19 保育関連支出と女性の就業率
(%)
2.5
保育補助支出(GDP比率)
就学前教育支出(GDP比率)
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
(出所)OECD(2014b)より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
一方、児童手当は、子どものいる全世帯が対象となる。所得制限がある場合もあるが、単純に世帯所得の増
加となるため、所得効果を通じて、女性の労働参加を減少させる方向に働く (Jaumotte, 2003)。
8
9
しかし、家庭内保育より保育所や幼稚園など公的な保育の方が、子どもの発達や教育にプラスという研究結果もある。
厳密には、就労が条件になっていない場合も含まれる可能性がある。
65
(3) 有給の産休育休制度
有給の産前産後休業や育児休業は女性の仕事と育児の両立を可能にする。したがって、制度の存在は、女
性の労働参加を促す。休業しても雇用が保障されることは、仕事の継続を促す。女性の就業率が高い北欧諸国
は手厚い産休育休制度を持っていることで知られる。1990 年代すでに北欧諸国の就業率は高く、1990 年と
2010 年の比較では就業率にそれほど変化はなく、むしろ就業率が減少している国もある(図表 3-19)。この間も、
父親用の産休育休が加えられるなど、ワーク・ライフ・バランス施策は拡充がすすんだ。したがって、この 20 年で
は、女性の就業率が高いことから、産休育休制度の整備が進んだのか、産休育休制度が就業率の維持に役立
ったのか、因果関係ははっきりしない。
図表 3-20 北欧諸国の女性就業率(1990 年、2010 年)
(%)
100.0
90.0
80.0
70.0
60.0
1990
50.0
2010
40.0
30.0
20.0
10.0
0.0
スウェーデン
デンマーク
アイスランド
フィンランド
ノルウェー
(出所)OECD(2014a) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
一方、長すぎる休業は、仕事のブランクから職場復帰が難しくなる場合がある。公的な制度に加えて最高 3 年
まで育児休業が認められているドイツの大企業のケースを調べた研究では、最初の子ども出産後 3 年間の育休
取得者の復帰はまちまちで、必ずしも復帰する割合は高くなかった。復職しない理由のひとつは 2 人目を出産し
てしまうことだったという (Fitzenberger, Steffes, & Strittmatter, 2010)。 また、長すぎるブランクで仕事のスキルが
落ち、復職が難しくなったり、キャリアパスから外れ、将来の期待所得が下がってしまうことから意欲を失うなどが
考えられる。上記の研究でも、育児休業中に短時間勤務で一部復帰していた女性は復職率が高かった。
育児休業制度がない方が、第1子出産後に早期復帰するという考え方もある。カナダの 1993~1996 年調査
(Marshall, 1999)では、第1子出産後 86%が 1 年内に復職していた。また、人的資本やキャリアにより投資してお
り高い報酬、高い地位を持つ女性ほど第1子出産後早く復職することがわかっている。調査時点のカナダでは
15 週の産休と 10 週の育休制度が有給ながら報酬の 55%と比較的短く収入補完も厳しい条件だった。また、米
国は、現在でも有給の産休育休制度を持たない。米国の就業率は 1990 年時点で北欧に次いで高い率だった
が、2010 年には有給の産休育休制度を持つ多くのヨーロッパ大陸国に追いつかれている。しかし、Blau and
66
Kahn (2013)は、有給の産休育休制度と女性の労働参加にはトレードオフの関係があるとしている。手厚い産休
育休によって、就業率が上昇していても、復職までのブランクが長くなるとスキル低下を招き、女性は短時間労
働やより低い地位で復職することになり、昇進昇級の機会を失うなど質の低下があるという。この傾向によって、
企業が女性に対する統計的差別10をする可能性があるとしている。
(4) 柔軟な働き方(短時間勤務)
短時間勤務が可能ならば、小さい子どものいる母親も子育てと仕事の両立が選択肢になるだろう。短時間勤
務制度は、未就学児を持つ母親を中心に女性の労働参加を促すと考えられる。ヨーロッパでは 1997 年 EU パー
トタイム労働指令により、時間に関して柔軟な雇用形態とフルタイムとの均等待遇が保証されることとなり、短時
間労働が発展してきた。オランダは短時間勤務の比率が高く、そのうちの 7 割以上が女性である。しかし、短時
間労働は英国やオセアニア 2 国でも比率が高い。一方、米国や韓国は短時間勤務の比率は高くない。そして、
すべての国で短時間勤務における女性の占める割合が多い。したがって、短時間勤務のアレンジメントが女性
の労働参加を増加させているかどうかは検証を要するが、いずれの国でも短時間勤務の労働者は女性が中心
であることを考えると、女性の就労に何らかの影響を及ぼしていると考えられる。また、女性の短時間勤務志向
は強い国においては、短時間勤務の制度の整備は女性の就業を促進すると考えられる (Jaumotte, 2003)。
図表 3-21 雇用に占める短時間労働者の比率(2013 年)
(%)
45
40
35
30
25
20
男性
女性
15
10
5
0
(出所)OECD(2015)より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
(注)短時間労働者は主たる仕事について通常の労働時間が週 30 時間未満の者
10
過去の統計データから合理的に行う差別。ここでは女性労働者の育休取得による平均的なスキル低下が統計的に予想されれば、合理
的な判断として企業は女性への人的投資を控えるといった行動を取ることを指す。
67
しかし、短時間勤務が単純に時間の長さの調節ではなく、賃金がフルタイムに比べて低く抑えられている場合
や労働の内容が異なり、低賃金労働が主体の場合、そういったいわゆる「パート」労働が実質的に女性専用とな
っていると、低賃金の予測が女性の労働参加にはマイナスに働く。女性の低い賃金の予想が、ますます人的投
資を遠のかせるため、女性はむしろ家事育児など他のことに時間(またはエネルギー)割くことになる。EU パート
タイム労働指令により、ヨーロッパ諸国では本人が要求すれば会社は短時間勤務を認めなければならないとす
る法制度や同一労働同一賃金の原則によるパートタイム勤務の差別禁止法などがある。しかし、これらの法律の
女性の就業率への影響は検証を要する。供給サイドでは、パートタイム労働の処遇が改善すれば、賃金上昇を
通じて短時間労働者を増やすと考えられるが、一方、こういった労働市場の規制は需要サイドにも影響を及ぼ
す。労働コスト上昇は労働需要を減らす方向に働くため、需要曲線をシフトさせてしまうと、女性の就業が増える
とは限らないのである。
図表 3-22 フルタイム労働者に対する短時間労働者の賃金水準
スウェーデン
83.1
デンマーク
81.1
ドイツ
79.3
オランダ
78.8
フランス
74.3
イタリア
70.8
英国
70.7
日本
56.9
米国
30.3
0
20
40
60
80
100 (%)
(出所)労働政策研究・研修機構(2014)より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
(注)英国、日本、米国は 2012 年のデータ、それ以外は 2010 年のデータ
(5) 男女差別禁止法、その他の法規制
各国の様々な法規制や政策の中には、それ自体は女性の労働参加を政策目標にしていない政策でも、女性
の就労に影響を及ぼすものがある。賃金差別を禁じる法律は、男女の賃金格差を縮め、その結果、女性の賃金
が上昇し、女性の労働参加を促進すると考えられる。また、女性の就業が、低賃金単純労働に偏っている状況
があると、最低賃金が導入されるか最低賃金が引き上げられるかすると、主に女性の賃金上昇となることから、
女性の労働参加を促進する可能性がある。また、サービス産業に女性の就業が偏っている場合、サービス産業
への過度の規制は、女性の就業の機会を減らし女性の労働参加にはマイナスとなる。生産市場の法規制も女
性の労働参加を阻害する効果があるとわかっている。所得補償など福祉関連の補助金を手厚くすると、手元の
68
所得を増やすため、女性の就労にはマイナスの影響となる。移民政策は移民女性が安価な保育の担い手となる
場合は、女性の就労を促進することがある (Jaumotte, 2003)。
3.4.3 政策効果とポリシーミックスによる類型化
Jaumotte( 2003)は、やや限られたサンプル数ではあるが、OECD 各国の 1985 年から 1999 年の間のデータで
実証分析を試み、政策の効果を確認している。
① 就労する配偶者に中立な税制は、女性の就業率にプラスとなる。とりわけフルタイムに影響する。世帯課税は
主にパートタイムに影響する。パートタイムへの減税は可処分所得を増やすことからパートタイムの労働参加
を増やす。
② 公的保育支援支出の増加や有給産休育休制度は、主にフルタイムの労働参加を増加させる。他の実証研究
では、保育補助金は、パートタイムの労働参加増加に対してはわずかな効果しかなかったことが報告されて
いる。児童手当は、女性の労働参加にはマイナスの効果となるが、主にパートタイムに対して、所得効果を通
じてマイナスの効果を及ぼす。したがって、女性の労働参加を増やすためには、児童手当より保育補助が優
れている。
③ 男女差別禁止など法規制は主に、パートタイムにプラスの効果がある。柔軟な仕事の環境があることは女性
の就業率にはプラスの効果がある。各法規制により、短時間労働勤務が認められるようになると女性のパート
タイムを増やすと考えられるが、元々女性のパートタイム希望が高いことが条件となる。
④ 教育水準は女性の就業率とプラスの関係があり、失業率は女性の就業率とマイナスの関係がある。
また、ポリシーミックスにより大きく 3 つのグループに類型化できるとしている。
(1) 北欧諸国など
北欧諸国は高い女性就業率を達成している。働き方の選択に中立な税制、手厚い公的保育支援や産休育
休制度が特徴である。比較的、パートタイム比率は低い。上でみた通り、税制、保育支援、産休育休制度という
いわゆる「フルタイム」政策パッケージが女性の就業率にプラスであった他、教育水準のレベルも就業率に影響
を与えている。
(2) ヨーロッパ大陸諸国と英国、日本、オセアニア 2 国など
就労する配偶者に中立な税制にはなっておらず、公的保育支援は低位で、パートタイム比率が高い。女性の
就業率は北欧ほど高くない。女性の就業率の増加は、主にパートタイムの増加と、有給の産休育休で説明でき
る。女性のパートタイム志向が強い国では、パートタイムの選択肢を充実させることによって女性の就業率の上
昇が期待できる。パートタイムへの優遇税制は、可処分所得を増やすことからパートタイムの就業率を上昇させ
る。またパートタイム差別禁止法などもパートタイムの待遇改善が期待できることからパートタイムを増やすと考え
られている。
69
(3) 北米+低所得国
公的保育支援は低位で、手厚い産休育休制度もないが、フルタイム中心でパートタイム比率が低いのが特徴
である。カナダや米国は、「フルタイム」政策パッケージなしでも、高い就業率を達成している。低い失業率や女
性の教育水準の向上が就業率にプラスに働いたと考えられるが、米国は流動性の高い労働市場や、私的な保
育が可能であったり米国の固有効果が大きい。
3.4.4 ケーススタディ:20 年間で参加率が伸びた国
(1) ドイツ
図表 3-23 ドイツ男女別就業率の推移
(%)
男性
100.0
女性
90.0
82.4
80.0
79.0
78.9
70.8
70.0
63.3
60.0
55.5
50.0
40.0
1990年
2000年
2010年
(出所)OECD(2014a)より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
ドイツでは労働参加率が 2000 年以降は男女とも上昇しているが、女性の就業率の上昇は男性より早いペー
スで上昇している。 Brenke( 2015)によれば、女性の就業率が上昇した要因の 1 つは、教育水準の向上がある。
高い教育を受けると、高スキル労働者となり、高い賃金が得られるようになる。賃金が上昇すると、労働参加率は
高まる。1970 年代、欧州は教育ブームであり、ドイツにおいても大学卒業者が増えた。この世代はそろそろ引退
が近づいているが、以降、全体的な教育水準の向上はあまり見られていない。これは、男性の就業率が 2000 年
まであまり変化がないことと整合的である。一方、女性の教育水準は上昇が続いており、男性にキャッチアップ
する動きが続いている。したがって、女性の高学歴化が女性の就業率の上昇の要因と考えられる。とりわけ若い
年齢のグループの就業率の上昇は、この教育水準の向上で説明できるという。
しかし、女性の就業率の参加を年齢ごとにみると、すべての年齢で増加している。年齢別就業率でみたとき、
40 歳以上のグループでは、教育水準の向上には説明力がない。むしろ、このシニアグループの就業率の増加
は、産業構造の変化が寄与していると考えられる。2000 年以降も女性の就業率は上昇していくが、その間ドイツ
経済のサービス化も一層進行した。ドイツでは、ヘルスケアや教育といったサービスセクターの従事者は女性が
70
大半を占めており、一方、建築や製造業はほとんどが男性である。2000 年から 2008 年に雇用が増えた業種は、
主にビジネスサービス、ヘルスケア・社会サービス、教育サービスの 3 つのサービスセクターであった。これに伴
い女性の就業率がより伸びたと考えられる。一方、建築や製造業など男性中心業種は雇用が減少した。したが
って、経済のサービス化に伴い、サービス産業で雇用が伸びたが、そこで雇い入れられたのは主に女性だった
ということである。
なお、女性の就業率は上昇し、男性に追いつきつつあるが、一方、労働時間でみると男女格差は大きい。
2013 年で平均労働時間は女性が 30.1 時間/週で、男性は 39.5 時間/週である。これは、女性はパートタイムで働
く人が多いためで、2004 年以降女性就業率の上昇と共に女性のパートタイム比率も上昇している。
このように、若い世代は高学歴化によって労働市場へ参加するようになり、中高年の世代は経済のサービス
化によって雇用ニーズが高まったサービスセクターで仕事を得たことが、女性の就業率を上昇させたと考えられ
る。また、パートタイムで働けることも女性の選好と一致し、男性よりは女性の雇用がすすんだと考えられる。また、
景気動向は、女性の就業率の上昇には関係がなかった (Brenke, 2015)。
(2) スペイン
図表 3-24 スペイン男女別就業率の推移
(%)
男性
100
女性
90
81.3
80.4
81.9
80
66.8
70
60
52.9
50
40
42.2
33.8
30
20
1980年
1990年
2000年
2010年
(出所)OECD(2014a)、Bover & Arellano(1995) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
スペインの女性の就業率は、1990 時点で 42.2%と OECD 主要先進国では最下位であり、日本(57.1%)より
14.9 ポイントも低かった。しかし、2010 年まで継続的に女性の就業率の上昇は続いており、2010 年ではスペイン
と日本は逆転している。 Bover & Arellano(1995)によると、1970 年代までは 20%台でほとんど変化がなかったと
いう。その後 1980 年代に入って、女性の就業率が上昇し始めた。1991 年までの実証分析では、主に女性の教
育水準の向上と出生率の低下が関係していることがわかっている。教育水準は高校までの教育には説明力が
なかったが、大学教育は有意に女性の労働参加を上昇させていた。また、子どもの存在は就業率にマイナスの
71
影響がある。失業率で測る景気循環は、就業率にはプラスの影響があり、景気が悪くなり失業率が上昇すると、
職探しは困難と断念する女性が増える。しかし、景気要因はさほど大きな影響を持っているわけではなく、教育
や少子化といった構造変化が女性の労働参加を上昇させているようである (Bover & Arellano, 1995)。
Salido( 2002)は、1988 年から 2000 年まで続いた法改正から実施までの男女機会均等政策、最近のワーク・ラ
イフ・バランス施策、ファミリー施策(持家政策など)と財政政策など、女性の労働参加に影響があったと思われる
施策をまとめている。 Cipollone, Patacchini, & Vallanti( 2013)は、EU15 ヵ国のデータから、ワーク・ライフ・バラン
ス施策や労働市場改革(柔軟な働き方と雇用保障など)が、女性の労働参加にプラスの影響があったと分析し
ている。スペインは、家族主義や男女役割分担意識が強い国とされる。しかし、就業率の上昇は若い世代や 30
歳後半から 40 歳前半のコア世代を中心にみられることから、女性の認識の変化も就業率上昇の理由の 1 つと
考えられる。女性の教育水準の向上も労働参加を促進したと考えられるが、 エステべスーアベ( 2011)は、安価
な保育が利用可能だったことが女性の労働参加を促進した可能性を示唆している。
(3) オランダ
図表 3-25 オランダ男女別就業率の推移
(%)
男性
100%
女性
90%
83.8
83.2
80.0
80%
72.6
70%
65.2
60%
53.1
50%
40%
1990年
2000年
2010年
(出所)OECD(2014a) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
オランダの女性の就業率は 1990 年時点では 53.1%と日本より低かったが、20 年で急速に上昇し 2010 年に
は 72.6%と北欧諸国に次ぐ高さとなっている。また、柔軟な働き方(短時間勤務)のところでみたように、短時間
勤務の比率が高いのが特徴である。1992 年から 2004 年のデータを使った実証分析では、女性の教育水準の
向上や子どもの数の減少が、女性の労働参加を説明することが確認できている。また、女性の認識や社会全体
の認識も夫大黒柱モデルから共働きモデルに変化していったことも女性の労働参加を促進したと考えられる
(Euwals, Knoef, & Vuuren, 2007)。一方、 Cipollone, Patacchini, & Vallanti (2013)の分析では、オランダはドイ
ツなどと同様の保守的な大陸ヨーロッパのグループに分類されているが、とりわけワーク・ライフ・バランス政策と
72
労働市場改革の影響が大きいとしている。労働市場改革は柔軟な働き方と雇用保障の両面があるが、柔軟な働
き方として短時間勤務が認められ、またパートタイムにも社会保障や失業保険などが適用され、仕事の質を落と
すことなくパートタイムが可能になったことが、子育てと仕事を両立させる女性を増やしたと考えられている。ワー
ク・ライフ・バランス施策や労働市場改革は、とりわけ教育水準の高い層の女性の就労意欲を高めた。共働きモ
デルが一般的となり、子どもの存在は女性の労働参加にあまり影響を与えなくなってきているという。
(4) アイルランド
図表 3-26 アイルランド男女別就業率の推移
(%)
男性
100%
女性
90%
80%
77.5
79.8
77.9
70%
62.6
60%
56.4
50%
42.6
40%
1990年
2000年
2010年
(出所)OECD(2014a) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
アイルランドは、ドイツ、フランス同様大陸ヨーロッパの保守的福祉国家のグループに分類されており、夫を唯
一の稼ぎ頭とする大黒柱モデルが選好されており、女性の就業率は 1990 年当時は日本より低かったが、2010
年では北欧に次ぐレベルまで上昇した。
アイルランドでは、1997 年から 2007 年の間に 30 万人の女性が労働市場に参入した。主に増えたのは中高年
の女性、既婚女性、低学歴の女性、5 歳から 15 歳の子どものいる女性、子どものいない女性であった。一方、5
歳より小さい子どものいる母親やシングルマザーの就業率はあまり伸びなかった (Russell, McGinnity, Callan, &
Keane, 2009)。女性の就業率に影響を与えているのは、マクロレベルでは、成人女性の教育水準の向上、人口
動態で女性の就業率上昇の 40%が説明できるという。また、Celtic Tiger といわれる 1995 年から 2000 年のアイ
ルランド経済の高度成長によって労働需要が高まり、賃金が上昇したことがアイルランド固有の要因である。一
方、個人のレベルでは賃金水準、教育、子どもの数と年齢が女性の就業率に影響を与えている。賃金水準は教
育レベルの低い層で感応度が高く、経済環境の良さが賃金上昇に繋がり、女性の労働参加意欲を刺激したが、
個人課税の導入や、産休育休制度などワーク・ライフ・バランス施策による効果は、あまりはっきりしない。就学前
73
の子どもの存在は、依然として女性の就業にはマイナスとなっており、安価な保育など小さい子どもと仕事の両
立は課題となっている (Russell, McGinnity, Callan, & Keane, 2009)。
3.4.5 まとめ(日本へのインプリケーション)
我が国は、 Jaumotte(2003)の類型化にあるように、配偶者控除や年金保険料の負担などに専業主婦優遇が
残り、就労する配偶者に中立な税制になっていない。保育コストを低減させる公的保育関連支出も限定的であ
る。また、待機児童問題など保育が利用可能でないケースもある。有給の産休育休制度も整っているが、パート
タイム労働者が利用できるとは限らない。一方、フルタイム正規社員の柔軟な働き方は難しく、長時間労働もあ
ってワーク・ライフ・バランスは課題である。またパートタイム労働がフルタイムに比較して、労働条件も異なり低賃
金であることも女性の労働参加に促進的でないと考えられる。
労働経済学的に考えれば、女性の予想される賃金が増えれば女性の労働参加は上昇する。保育コストの低
減は女性の手取り所得を増やすので、労働参加は増える。教育は自己投資であり、予想賃金を上昇させるので、
高学歴の女性ほど労働参加意欲は高くなると考えられる。したがって、女性の「稼ぐ力」が強くなれば、女性の労
働参加は高まると考えられる。
一方、有給の産休育休制度の整備や、短時間勤務など柔軟な働き方ができるワーク・ライフ・バランス施策は
子育てと仕事の両立を可能にし、女性の労働参加を上昇させる。また、柔軟な労働市場は女性の参入障壁を緩
和し、雇用保障があることは、女性の労働市場からの退出を思い留まらせる。オランダのケースでは、短時間勤
務が労働の質を落とすことなく可能であったため、短時間勤務が女性の労働参加を促したと考えられる。就業率
が低かった 1980 年代のスペインの実証研究では、就学前の子供の存在は、女性の労働参加にはマイナスの影
響を及ぼしていた。しかし、両立施策が進む北欧やオランダでは、子どもの存在は女性の労働参加に影響を及
ぼさなくなっている。
Cipollone, Patacchini, & Vallanti(2013)は、EU15 ヵ国のデータを調査し、女性の就業率の変化は、人口動態
や景気サイクルなどマクロ経済に影響を受けるのではなく、各国の税制、保育補助や産休育休制度、労働市場
改革など諸政策に影響を受ける部分が大きいとしている。しかし、どの政策が強く影響するかは各国のそれぞれ
の社会構造によって異なる。ドイツでは経済のサービス化に伴い女性の労働参加がサービス産業を中心に進ん
だ。我が国も産業構造の変化を踏まえた政策が求められる。また、最近、大黒柱モデルが強く残る大陸ヨーロッ
パ諸国や、家族主義の強い南欧グループ(スペイン、イタリア、ギリシャ、ポルトガル)でも、女性の就業率が上昇
している。したがって、女性の労働参加を促す政策が浸透するにつれ、社会認識や女性自身の認識自体も変
わっていくと考えられる。
74
3.5 女性のリーダーシップと公共政策、諸制度
3.5.1 女性のビジネスリーダーが少ないのはなぜか
欧米先進国では、女性の労働参加率も高く、また教育レベルでも大学教育レベルでは女性の卒業者の方が
男性より多くなっており、男女の格差は解消している。しかし、管理職や上級管理職など地位が高くなるにつれ、
女性にとっては狭き門となっていく。取締役や CEO といった経営レベルになるとさらに女性の比率は下がる。女
性の労働参加が進み、教育レベルも同等になれば、会社組織の上部レベルも相応に女性が占めるという予想
は裏切られただけでなく、労働参加や教育に比べて増加のペースが遅いことも問題となっている。
図表 3-27 米国 S&P500 職階別女性比率
CEO
取締役会
執行役員/上級管理職
中間管理職
全従業員
(出所)Catalyst(2015b)
図表 3-28 EMEA(ヨーロッパ、中東およびアフリカ)130 社の職階別女性比率
CEO
執行役員
2.0%
9.0%
上級管理職
中間管理職
エントリーレベル
14.0%
22.0%
52.0%
(出所)McKinsey&Company(2012) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
*マッキンゼー社独自調査による
75
図表 3-29 東証一部上場 845 社の職階別女性比率
CEO
0.1%
役員
部長
管理職
1.3%
2.0%
6.0%
従業員
0.0%
20.7%
10.0%
20.0%
30.0%
40.0%
50.0%
(出所)東洋経済新報社・CSR 企業総覧より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
ビジネス界での女性の成功は、高い役職と報酬に反映すると考えられるが、報酬の男女格差についてもここ
20 年のキャッチアップのスピードはかなり遅く、このままのペースでは男女の所得格差が解消するのは 2086 年ま
でかかるといわれている (ILO, 2015a)。 報酬の男女格差については実証分析が進んでおり、格差は学歴、労
働時間、経験、職種の違いなどで説明できる部分と、説明不可能な部分(残差)に分けられる。米国の 2004 年
の統計によれば、フルタイムの男女の賃金格差は、81.6%であり、学歴、経験、職種業種をコントロールすると
83.5%であったという。残りの 16.5%は説明不可能な部分で、賃金格差のほとんどは、説明不可能な部分である
とされ、男女差別の可能性が指摘されている (United States Congress: the Majority Staff of the Joint Economic
Committee, 2010)。
同様に、リーダーシップも、構造的なものと、ステレオタイプ等認識レベルの要因が考えられる。構造的なもの
としては、女性の労働参加を促す諸政策の中には、リーダーシップには逆進的なものが含まれている可能性が
ある。育児休業など手厚いワーク・ライフ・バランス政策は、女性の労働参加を促すが、ワーク・ライフ・バランスを
実行するのは女性ばかりで、男性はワークに専念するため男性の方が女性より昇進へ繋がる評価を得やすいこ
とが考えられる。また柔軟な働き方は、女性の労働参加には重要な施策であるが、柔軟な働き方として短時間勤
務を選ぶのは女性ばかりで、男性はフルタイムが原則であれば、やはり男性の方が労働時間が長く、その分高
い評価を得るチャンスが多いと考えられる。また、女性の就労が特定の職種業種に偏っており、その女性専用の
職種業種が低賃金単純労働に偏っている場合、やはり経験の差などから女性リーダーは生まれにくいと考えら
れる。
一方、男女のステレオタイプの認識も要因だと考えられている。経営判断や意思決定を行い、人を率いるの
は男性的で、細やかな心配りで人をサポートするのは女性的といったステレオタイプへの画一的な当てはめや、
女性はリーダーにそぐわないといったバイアスが、女性のリーダーが選ばれにくくしている可能性がある。こうい
76
ったステレオタイプな認識や男女の役割意識は、社会全体でも共有され、文化や伝統として社会に根付いてお
り、構成員である個人や企業も否応なしにその影響を受ける。個人のレベルでは、女性は、男性と比較するとリ
スク回避的で非競争的だとされ、ポジションを取りに行くオーディションやコンテストで選ばれにくいとされる(The
Why Axis,2014)。企業内でも管理職の選考人事の際、理想的なリーダー像と理想的な男性像は一致する点が
多く、無意識のうちに男性候補に加点してしまうことや、女性がリーダーとして振る舞うと好ましくないと感じる人
が多い(Sandberg,2013) など、人々の認識に埋め込まれたバイアスが、女性に逆風となっているという11。
3.5.2 女性リーダーを増やすための政策
国民の半分が女性ならば、政治において国民を代表する議員もその比率を反映すべきという考え方は、民主
主義的である。先進国、新興国を問わず、政治分野においては女性代議員を増やす直接的な方法としてクオ
ータ制の導入が進んでいる。2011 年現在、世界で政治クオータを採用している国は 87 ヵ国に上る (内閣府男
女共同参画局, 2011)。
一方、ビジネス界ではクオータ制は賛否両論がある。反対意見は主に、社会正義より経営優先を主張する。
資本主義において、株式会社は企業価値最大化を使命としている。そのために経営陣は、あくまでも能力本位
で選ばれるべきという考え方や、民間の自由な経済活動を規制しない方が良いという観点から、クオータ制へ反
対する。また、クオータで選ばれた女性は形式的な平等を満たすためだけのお飾りになるとする意見や、女性も
そういう色眼鏡で見られることを迷惑に感じることからクオータ制に反対する人もいる。クオータを支持する側は、
結果として見たとき、企業の経営レベルの男女格差はあまりにも大きく、能力本位だけでは説明しきれないと主
張する。女性リーダーが少ないのは、ステレオタイプなど社会に根付いたバイアスが原因だとすれば、何かしら
強制力を持って是正しなければ、自然と解消することはないだろうという考えから、クオータが支持される。
また、最近では、取締役会のダイバーシティを高めることにより、経営の判断力を高めることができるという考え
方がある。エンロンやリーマンブラザーズといった企業不祥事による倒産や、さらには金融危機を経て、ダイバー
シティ経営がリスクマネジメントとしても強く意識されるようになってきた。女性取締役がいる会社は、倫理的で
CSR に熱心という調査や、長期的にパフォーマンスが良いという研究もあり、クオータ制でもって積極的に女性
取締役を導入し、ダイバーシティを早期に進めた方が企業経営にプラスだという考え方がある。12
(1) 正式クオータ制(法制化)
法律に基づくクオータ制を正式クオータ制と分類する。2003 年にノルウェーが国内上場企業の取締役会への
クオータ制導入に踏み切った。2006 年よりクオータが適用されたが、ノルウェーの取締役会の女性比率は 2008
年にはクオータである 40%を満たしたことから、法制化によるクオータ制の劇的な効果が認識されることとなった。
ノルウェーのクオータの達成事例に続こうと、ヨーロッパ大陸を中心に法的なクオータを採用する国が増えている。
2011 年にクオータ制を導入したフランスでは、Credit Suisse レポートによれば、2013 年には 29.6%となり、2010
11
12
2.2.2 Credit Suisse Research Institute(2014)のサーベイの議論も参照。
女性取締役の存在と企業パフォーマンスの関係については 4 章参照。
77
年に比べ 13.5 ポイント上昇している。フランスと同年に導入したイタリアでも、5.5%(2010 年)から 17.5%(2013
年)と 3 倍以上になっている。
さらにクオータ制導入の動きはヨーロッパ大陸では続いている。2013 年 11 月に欧州議会は、欧州委員会が
提出したクオータ制の導入法案を賛成多数で可決された。法案は欧州理事会との共同決定手続きに回されて
いる。2020 年を目標に、監査役会(スーパーバイザリーボード)の社外取締役比率の女性比率 40%とするもの
で、EU 内の上場企業の多くが対象となる予定である。 (European Commission, 2013) また、ドイツでも監査役
会(スーパーバイザリーボード)の社外取締役のうち 30%を女性とするクオータ制法案が 2015 年 3 月に可決さ
れた。上場企業 108 社を対象に 2016 年から適応される。また中小企業については、自主的な目標をたてること
が求められる (Reuters, 2015) (正式クオータ採用国リストは Appendix 参照)。
図表 3-30 (再掲)各国株式市場の上場企業(インデックス採用銘柄)の女性取締役の比率(2014 年)
(%)
40
35.5
35
30
25
20
29.9
29.7
28.8
23.4
22.8
21.9
21
20.8
19.2
19.2
18.5
18.2
17
15
10.3
10.2
10
5
3.1
0
(出所)Catalyst(2014) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
78
図表 3-31 女性取締役比率の増加(2010-2013 年)
(%)
16
14
12
10
正式クオータ制
ソフトクオータ
規制無し
8
6
4
2
0
(出所)Credit Suisse Research Institute(2014) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
(注)分類は 2013 年時点、韓国はソフトクオータに分類した。
(2) ソフトクオータ
クオータ制そのものを法制化するのではなく、コーポレートガバナンスコードなど他の規制等でジェンダー・ダ
イバーシティを要求しているものをソフトクオータとして分類する。女性取締役比率など具体的なターゲットを示し
ていないものも含まれる(ソフトクオータ採用国リストは Appendix 参照)。
① 証券取引所の上場基準
上場企業にとっては、基準を満たさない場合は上場を維持できないため上場企業への強制力は強い。し
かし、非上場化すれば、規制は及ばなくなる。
② 証券取引所の開示基準
開示を要求されているだけなので、女性取締役比率自体はいくらでも構わないともいえるが、実際には開
示することによって、株主である機関投資家のモニタリングが効きやすくなる。公的年金など欧米の機関投
資家は、株主として企業の経営陣をモニタリングするが、良きコーポレートガバナンスは長期的な企業価値
にプラスと考えている。そして取締役会のダイバーシティはコーポレートガバナンスの主要なテーマとなって
いる。したがって、開示の強制は、機関投資家のモニタリングを通じて、一定の効果が期待できると考えられ
ている。
79
③ コーポレートガバナンスコードへの記載
コーポレートガバナンスコードは英国をはじめとして現在では各国で策定されているが、主に取締役会に
よる企業経営陣に対する規律付けを目的としており、取締役会の職務と責任を定義している。その中で、取
締役会自身のダイバーシティ、とりわけジェンダー・ダイバーシティへ言及しているケースが多いが、そのトー
ンは様々である。一般的に、コーポレートガバナンスコードは、法律や規則ではなく、フレームワークを示し
ており、コードを受け入れる企業は「Comply or Explain」、すなわち、遵守するか、遵守できない場合はその
理由を説明するというソフトローである。したがって、法律や上場基準に比べると、コード自体の強制力は強
くない。しかし、開示基準同様に、企業の透明性が高まり、株主である機関投資家や企業を巡る様々なステ
ークホルダーによるコーポレートガバナンスコードへの準拠に対してのモニタリングが期待できる。とりわけ機
関投資家によるシェアホルダー・モニタリングおよびエンゲージメントは、スチュワードシップコードによって機
関投資家の責務とされている。また、コード受け入れが上場要件になっている場合は、取引所からもモニタリ
ングされることになる。
図表 3-32 各国のクオータ制導入状況
ソフトクオータ
国名
EU
ノルウェー
正式クオータ制
上場基準
開示基準
コーポレートガバ
ナンスコード
(✔)(注1)
✔
✔
スウェーデン
✔
フィンランド
✔
アイスランド
✔
✔
デンマーク
✔
✔
✔(注2)
✔
フランス
✔
✔
オランダ
✔
✔
ベルギー
✔
✔
スペイン
✔
✔
イタリア
✔
ドイツ
アイルランド
✔
英国
✔
カナダ
自主基準
(✔)
米国
✔
✔
✔
✔
✔
(出所)Catalyst(2014) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
(注1)()は法案がペンディング
(注2) 2015 年 3 月下院通過、2016 年より適用される予定
80
(3) 自主基準(イニシアチブ)
米国や英国などアングロサクソン諸国は法的なクオータ制の導入には反対であり、そのため自主的な活動に
力を入れている。
① 30 Percent Club(英国)
2010 年にできた経営トップマネジメントのジェンダーバランスを目指す自主グループである。ジェンダーバ
ランンスの促進に賛同する企業トップ(会長または CEO)が、サポーターとなる。ワーキンググループは個人
がボランティアメンバーとして活動し、イベントは企業や証券取引所のスポンサーで行う。2015 年までに
FTSE100 に含まれる企業の取締役会の女性比率を 30%にするという目標(ゴール)を立てているが、クオー
タ制に反対しており、30%はこの運動の目標であり、サポーターとなっている会長や CEO に要求しているも
のではないという。ダイバーシティ経営は様々なスキルが補完し合い、また「グループシンク」13を防ぐ効果が
あるとし、経営戦略として取り組むべきものだとしている。
このイニシアチブの特徴として、企業トップが賛同するというスキームでトップコミットメントを「見える化」した
ことや、ワーキンググループとして機関投資家が参加している他、他の団体や公的機関と広く協働して取り
組むというスタイルを取っていることがある。この活動の貢献かどうかは定かではないが、2010 年時点 12.6%
であった女性取締役比率は、2014 年 12 月現在 23.0%まで増加してきており、また FTSE100 のうち唯一女
性取締役がゼロだったグレンコアが 2014 年に女性社外取締役を選任する (Glencore, 2014)などの動きとな
っている。最近では英国外にも広がりつつあり、香港や米国に 30 Percent Club が立ち上がっている。米国の
経営トップサポーターには、バークシャーハサウェイのウォーレン・バフェット氏や、フェイスブックのシェリル・
サンドバーグ氏なども名を連ねている。
2015 年は、FTSE100 企業の女性取締役比率 30%の達成、早期の教育とキャリア開発を通じたパイプライ
ンの強化、グローバルアプローチを目標としているが、機関投資家グループがシェアホルダー・エンゲージメ
ントを通じて、取締役会のジェンダー・ダイバーシティを求めていくとしている。このルートはソフトクオータで
分類している、コーポレートガバナンスコードによる要請の部分と重なっている。したがって、この自主グルー
プは、企業トップが企業経営としてジェンダーバランスに取り組むことを促進すると同時に、ソフトクオータを
側面支援しているといえよう (30% Club, 2015)。
② 2020 Women on Boards(米国)
2020 Women on Boards は 2010 年にボストンで 2 人の女性が設立した「取締役会の女性比率を 2020 年
までに 20%にする」キャンペーンを展開している NPO 団体である。Fortune 1000 の企業の取締役会の女性
比率を調査しており、「2020 Women on Board’ Gender Diversity Index」にまとめて発表している。2014 年の
平均は 17.7%で、2013 年の 16.6%から 1.1%上昇したという。米国は NPO セクターが発達しており、女性の
13
集団で合議を行う場合に不合理あるいは危険な意思決定が容認される現象、集団思考。
81
ビジネスリーダーシップに関する啓蒙啓発団体も多くある。2020 Women on Boards は 57 の NPO と協働して
いる。
図表 3-33 2020 Women on Boards と協働している NPO の例
Catalyst
(http://www.catalyst.org/)
創立
1962 年
Mission
Expanding opportunities for women and business.
メンバーシップ
企業(800 社)
センサス:Fortune500、S&P500 の女性 CEO、女性取締役比率、グローバルの市場インデックス採用銘
柄の女性取締役比率等
主な活動
ネットワーキング:表彰制度やセミナーの開催
コンサルティング:会員企業に対してジェンダーバランンスの実施についてコンサルティングを行う。カナダ
では女性取締役候補データベースを管理している。
Inter Organization Network (ION) (http://www.ionwomen.org/)
創立
2004 年
Mission
Advancing Women to the Boardroom
メンバーシップ
17 の地域女性取締役の会(総女性取締役会員数 10,000)
KPMG が創立スポンサー
主な活動
センサス:Russell3000 社の女性取締役と女性執行役員数
ネットワーキング、メディアでの発言、ベストプラクティスの提示など
The Thirty Percent Coalition
創立
2011 年
Mission
2015 年までに上場企業の女性取締役比率を 30%以上にする
メンバーシップ
企業トップ、機関投資家、業界団体、女性関連 NPO など 70 団体の連合
主な活動
機関投資家グループ(加州公務員年金の CalPERs、Calvert や Pax World Fund など運用機関も参加)
が、Russell 1000 の企業に連名レターを出状し、ジェンダー・ダイバーシティを訴える
WomenCorporateDirectors (http://www.womencorporatedirectors.com/)
創立
不明
Mission
Globally accelerating best practices in corporate governance
メンバーシップ
グローバル女性エグゼクティブの会員制クラブ(会員数 3500)
主な活動
女性エグゼクティブのネットワーキング
(出所)各ウェブページより日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
(4) その他
① 韓国の「積極的雇用改善措置」
政治クオータは導入済みの韓国であるが、女性の活躍推進では、「男女雇用平等と仕事・家庭両立支援
に関する法律」の 2006 年の改正法で「積極的雇用改善措置」が追加された。
82
図表 3-34 積極的雇用改善措置の概要
項目
内容
成立年/遵守年
2006/ -
対象企業
従業員 500 人以上の企業、50 人以上の公的企業
対象企業は職種別・職級別男女労働者現況報告書を提出
内容
業種・規模別の平均値の 60%(2015 年から 70%)を基準値とし、これを下回る場合
は、1 年単位で積極的雇用改善措置施行計画書の提出と、計画の実施状況について
積極的雇用改善措置履行実績報告書の提出
罰則
各報告書未提出の場合に過怠金
その他
計画の実施が進まない企業について専門家のコンサルティング有り
(出所)高安 雄一(2014) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
前項でみてきたものはすべて、女性取締役に関するものであったが、韓国の改善措置は役員を対象にし
ていない。女性の労働参加を促進する政策であるが、一方報告する職級は「役員級以上」、「課長級以上役
員級未満」、「非管理職」に分かれており、女性のリーダーシップの情報も含まれている。
韓国雇用労働部によれば、対象企業の女性雇用率は 33.6%(2007 年)から 36.0%(2012 年)に増加、女
性管理職比率は 12.5%(2007 年)から 17.0%(2012 年)と成果があったとしている (高安 雄一, 2014)。
図表 3-35 日韓女性管理職比率の推移
2005 年
2010 年
2012 年
韓国
7.8%
9.4%
11.0%
日本
10.1%
11.1%
11.1%
(出所)労働政策研究・研修機構(2014) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
(注 1)韓国 2005 年と日本は ILO 国際標準職業分類(ISCO-88)、
韓国 2010 年から ILO 国際標準職業分類(ISCO-08)の管理職
② スウェーデン機関投資家(国民年金基金)によるシェアホルダー・エンゲージメント
スウェーデンのコーポレートガバナンスの仕組みの特徴的な点として、主要株主が取締役の指名委員会
に参加する制度がある。スウェーデンの国民年金の積立金を運用している AP4 ファンド(運用残高約 2,400
億クローネ、約 3.6 兆円)はスウェーデン国内ではトップ 10 に入る大口の株主である。また、英国のスチュワ
ードシップコードを採用しており、機関投資家として投資先企業に積極的にエンゲージメント(対話)を行っ
ている。取締役会は株主である機関投資家の代わりに投資先企業の経営陣をモニタリングする。したがって、
高機能の取締役会は、株主利益に繋がるため機関投資家にとって、取締役の選任は重要である。AP4 ファ
ンドも主要株主として、2012-13 年度は 10 社の指名委員として取締役の選任にあたったという。当ファンドは
従来より取締役会のダイバーシティを重視しており、女性取締役の指名を最優先課題としている。スウェー
デンの上場企業の女性取締役比率の平均は 24%であり、指名委員として関わった 10 社の平均は 23%であ
83
った。新しく指名した取締役の女性比率は 43%(7 人中 3 人)となり、市場平均の 30%を上回ったとしている
(AP4, 2013)。
図表 3-36 AP4 が指名委員会に参加した企業(2012-13 年度)の女性取締役比率と新規指名人数
女性取締役
新規指名
比率
(内女性)
Atlas Copco
30%
1(0)
Beijer Electronics
29%
2(0)
0%
-
Intrum Justitia
20%
2(1)
Lundin Petroleum
25%
2(2)
New Wave Group
33%
-
Oriflame
33%
-
Svolder
40%
-
TradeDoubler
17%
-
0%
-
会社名
Concordia Maritime
Transcom
(出所)AP4(2013) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
③ 米国の女性リーダーシップ・ファンド(個人、関投資家向け)
PAX Ellevate Management 社が運用する「グローバル女性インデックスファンド」は女性のリーダーシップ
で先進的な企業に投資するグローバル株式アクティブ運用のファンドである。投資アイディアは、ジェンダー
平等が進んでいる企業や経営レベルに女性リーダーがいる企業の株式のリターンはアウトパフォームすると
いうものである。2014 年 6 月からスタートしたばかりで、運用資産総額は 80 億円程度であるのでファンドとし
ての評価は現時点では下しにくい。合弁を立ち上げた Pax World Managment 社は米国のミューチュアルフ
ァンドの運用機関で、ESG を考慮した責任投資に力を入れている。パートナーを組む Ellevate Asset
Management 社の Sallie Krawcheck 氏は元 Bank of America の資産運用部門の責任者であり、ウォールスト
リートで最も高い地位にいた女性とされている。
図表 3-37 ファンドの概要
ファンド名
Pax Ellevate Gloabal Women’s Index Fund (PXWEX)
運用機関
PAX Ellevate Management
資産クラス
グローバル株式
ベンチマーク
MSCI World
運用資産総額
US$68.60mio (約 82.8 億円)
ポートフォリオ構築
Pax Global Women’s Leadership Index を追従または上回る
(出所)Pax World Investment(2015)
84
 Pax Global Women’s Leadership Index
Pax World Gender Analytics が計算する自社作成のジェンダースコアである。
<ジェンダーレーティング基準>

女性執行役員比率

女性 CFO

女性 CEO

女性エンパワメント原則への署名14
 パフォーマンス
2014/12/31 現在
3 か月
年度来
1年
リテール向けファンド
1.65%
5.95%
5.95%
機関投資家向けファンド
1.71%
6.21%
6.21%
Pax Global Women’s Leadership Index
1.27%
-
-
MSCI World Index
1.01%
4.94%
4.94%
(出所)Pax World Investment(2015)
(注)当ファンドは 2014 年 6 月から運用開始。
それ以前は Pax World Global Women’s Equality Fund のものをつなげている。
 保有銘柄トップ 5
KeyCorp
2.0%
Xerox Corp
2.0%
Lockheed Martin Corp.
2.0%
Procter & Gamble Co.
2.0%
Coca-Cola Enterprises, Inc.
2.0%
(出所)Pax World Investment(2015)
3.5.3 女性の職種業種偏在に対するアプローチ
(1) 職種業種偏在(Occupational Segregation)
女性の就業者が特定の職種や業種に偏っている現象は各国で存在する。これを水平的な偏在といい、同じ
職種や業種において、管理者、責任者など高い地位は男性が占める現象を垂直的な偏在という。女性中心の
職種や業種が低賃金に偏っている場合、職種業種の偏在は男女の所得格差に繋がる。また、垂直的な偏在は
管理職など女性リーダーが生まれにくい構造を形成している。したがって、職種業種偏在を解消することはジェ
14
国連グローバルコンパクトと UN Women のジョイントイニシアチブ(http://weprinciples.org/)で、CEO が女性エンパワメント原則に支持表
明を行う。現在グローバルで 920 社の CEO が支持表明済み。うち、日本企業は 210 社(2015 年 3 月 23 日現在)。
85
ンダーギャップ解消に繋がり、すなわち女性リーダーを増加させると考えられる。また、経済的にみても、職種業
種の偏在は男女全体でみた人材の最適配置を阻むことから偏在を解消することによって人的資本の活用が効
率的となる。日本においても土木建設業での人材不足が深刻化しており、女性に期待が寄せられているように、
女性の進出によって男性中心の職業や業種の労働力不足が緩和されれば経済成長にプラスとなるだろう。
図表 3-38 各国の職業別男女比率の差(2012 年)
男女差(%)
120%
100%
80%
60%
40%
英国
20%
ドイツ
フランス
0%
-20%
-40%
スウェーデン
ノルウェー
韓国
日本
-60%
(出所)労働政策研究・研修機構(2014) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
(注1)韓国と日本は「専門職」が「専門職+技師」となっている。したがってこの 2 国の「技師」はブランク。
(注2)ILO 国際標準職業分類(ISCO-08)の大項目による分類。
偏在が起きる理由の1つは教育であると考えられている。高等教育の段階でそのレベルや専攻に男女差があ
ることが、仕事においても反映しているとされる。いわゆる STEM 分野は稼げる仕事に繋がるとされ、大学教育に
おいてこういった分野の専攻において男女格差が縮小することは、職種業種の偏在が解消する方向に働くと考
えられる。しかし、欧米では高等教育での男女差は、既に解消しており、逆に女子が男子を上回る状況となって
いる。
86
図表 3-39 各国の男女大卒者比率(2011 年)
25-34歳人口における大卒者比率
男子
女子
男子-女子
EU27単純平均
30.2
41.1
-10.9
ドイツ
25.7
29.7
-4
フランス
38.7
47.2
-8.5
スペイン
34.3
44.1
-9.8
イタリア
16.4
25.6
-9.2
英国
45.4
48.5
-3.1
カナダ
48.8
64.6
-15.8
米国
38.2
48.1
-9.9
オーストラリア
38.3
51
-12.7
日本
55.1
62.5
-7.4
韓国
60.6
67.2
-6.6
(出所)ILO, IMF, OECD, WBG(2014) より
日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
専攻についても、米国の大学卒業者では S&E(Science and Engineering)分野においても女子が男子を上回
っている。しかし、さらに細かい専攻をみると情報科学やエンジニアリングについては、女性比率が少ないことが
わかる。情報科学が女性に人気がないのか、逆にシリコンバレーが男性社会で女性が成功することが難しいとさ
れていることが、情報科学の専攻を減らしているのかもしれず、因果関係ははっきりしない。
図表 3-40 米国の大学卒業者の女性比率(2012 年)vs 日本の在学者の女性比率(2014 年)
(%)
70
60
50
40
30
米国
日本
20
10
0
(出所)National Science Foundation(2014)、文部科学省(2014) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
87
偏在のもう1つの理由は、社会通念として男女のステレオタイプであるとされる。女性は優しく思いやりがあり、
ケアに関する仕事に向いているとされる。結果、看護士、先生、ソーシャルケアワーカー、保育士といった職種は
女性優位となっている。一方、男性的な仕事は、体力が要求され、高いリスクを取る、または意思決定を必要と
するものが多いとされる。男性は長時間労働を喜んでやり、人を率いるのを好むことから、管理職に選ばれるとさ
れる。また、女性は高い報酬より安定を好む傾向があり、また家庭的であるべしとする社会通念からの圧力もあ
ってか、パートタイムを選好することなども、職種業種の偏在の原因となっていると考えられている。
図表 3-41 ユーロ圏(EU-25)男女別就業者数の多い職業(2005 年)
女性が多い職業トップ6
ISCO-88
Code
522
男性が多い職業トップ6
ISCO-88
Code
832
1
小売店販売員
1
車両運転手
2
家政婦、家事補助、清掃員、クリーニング
913
2
建設(躯体)関連
712
3
個人介護関連
513
3
中小企業の管理職
131
4
会社の事務員
419
4
ビル設備、住宅設備関連
713
5
管理事務アシスタント
343
5
工業技術士
311
6
客室係、レストラン接客
512
6
機械工、修理工、整備士
723
(出所)Eurostat(2008) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
(2) 偏在解消のための政策
偏在が起きる原因が、教育とステレオタイプにあるとされることから、政策は教育、とりわけ高等教育における
専攻のバイアスを取り除くことや、ステレオタイプ打破のための啓蒙キャンペーンが中心となる。長年、偏在解消
に熱心に取り組んできたのは、北欧諸国および英国、フランス、オランダ、ドイツである。社会通念や人々の認識
に左右されずジェンダー中立的に職業を選択してもらうためには、子ども時代からの刷り込みを変える必要があ
る。北欧を始めとする各国では、典型的な女子に技術系科目や自然科学を奨励するプログラムは盛んに行われ
てきた。従来の男性職場である建築や製造業の他に、女性職種であるサービス業でも労働不足が意識されるよ
うになってきたこともあり、最近の教育プログラムや動機付けイベント(Motivational Events)では、男女関わらず
「男女の型にはまらない(atypical)」な選択を奨励するものに変わってきている。
図表 3-42 偏在解消を目的とした教育プログラムの例
アイスランド
小 学 校 を 巡 回 し て 、 子 ど も 達 に 男 女 の 役 割 意 識 な ど の 改 革 を 説 い て 回 る 専 担 者 を Equal
opportunity Office に置く。
フィンランド
The National Thematic Network for desegretation in the Labour Market 2003-2007
子ども達や若い人達に、「男女の型にはまらない」選択を奨励すること、教師や教育カウンセラーの
ジェンダートレーニングをすることを目的に行われたキャンペーン
ギリシャ
学校のカリキュラムに組み込み、少年少女に型にはまらない選択を奨励している。学校から職場へ
の移行を支援する女子向けトレーニングコースを設けている
(出所)European Commission(2009) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
88
図表 3-43 偏在解消を目的としたモチベーショナルイベントの例
ドイツ
Girls day-future prospects for girls (http://www.girls-day.de/english)
小学校の女子(5 歳クラスから 10 歳クラス)を対象
New pathways for boys
中学生男子対象のジェンダーを意識したキャリア選択の既存のプログラムをまとめたもの。Girls
Day と同じ日に行われる
スイス
Women’s occupation – Men’s occupation
リヒテンシュタイン
1 日、男子は幼稚園へ、女子は最先端技術の企業や大学訪問
Daughters’ Day
小学 4 年生のとき、父親が娘を職場に連れて行く。また父親は小学校を訪問する。2004 年からは
Fathers’ Day となり、娘だけでなく息子も含めて子どもを父親が職場に連れていく日となった。
フランス
フランス建設業連盟(FFB)による女性向け「型にはまらない」職業選択キャンペーン、企業、メディア
が参加。
(出所)European Commission(2009) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
(3) STEM 分野の取り組み
STEM 分野とは Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字を取
ったもので、いわゆる理工系または科学技術科目を指す。米国の研究助成を行う行政機関である National
Science Foundation が、国の経済成長上、競争力の源泉として SETM 分野をあげており、米国では移民政策や
教育プログラムなどで STEM 分野が考慮されている。また STEM 分野の雇用はスキルが高く高所得とされ、現オ
バマ政権においても STEM 分野の教育に重点を置き、スキルのある労働者を供給するとしている (Obama,
2013)。
STEM 分野は、女性の職種業種偏在問題では典型的に男性が大半を占めている分野で、ジェンダーギャッ
プの解消が課題である。前述のように、米国では大学卒業者の専攻の男女格差は、情報科学やエンジニアリン
グを除いてかなり改善しているうえ、女子の成績も遜色ない。しかし、女性の就業でみると 2009 年のデータでは
全体の平均が 48%であるの比べて、STEM 分野では 24%である。エンジニアリングだけでみると、14%であり、
情報科学では 27%だったが、2000 年の 30%から減少している (U.S. Department of Commerce, 2011)。
ジェンダーギャップの改善埋める方法として、米国では従来から Girl Scout や Girls Inc.などでも女子向け
STEM 科目奨励プログラムがあり、学校においても女子に理系科目を奨励することが多く行われているが、最近
では職場におけるいわゆる「Leaky Pipeline(漏れるパイプライン)」が課題となっている。ステレオタイプの払しょく
や女性自身の選好など認識問題にアプローチするため、各女性啓発 NPO では STEM 分野で活躍する女性の
表彰、社会認知を広めるためのイベント、ロールモデルの提示、女子学生向けイベントや奨学金など様々な活
動を行っている。
89
図表 3-44 主な STEM 分野の女性啓蒙啓発団体(米国)
National Science Foundation ADVANCE program (http://www.nsf.gov/crssprgm/advance/)
創立
NSF 1950 年、プログラム開始 2001 年
Mission
STEM 分野の女性研究者を支援することを通じて STEM 分野の女性従事者を増やす
組織/メンバーシップ
National Science Foundation は米国議会が創設した科学工学の基礎研究を助成する連邦機関/ADVANCE Program は、Institutional Transformation(女性活躍)を目指す各大学が推進するプロ
主な活動
ジェクトを助成する。また Institutional Transformation に成功した大学や組織、リーダーなどを表彰す
る。
Association for women in Science (http://www.awis.org/ )
創立
1971 年
Mission
STEM 分野のジェンダー平等や女性活躍を推進
組織/メンバーシップ
NPO/個人会員(20,000)
主な活動
STEM 分野で働く女性の団体
プロフェッショナル啓蒙啓発事業、リサーチ、調査、キャリアサポート(メンタリングなど)
NIOSH Women in Sceince
(http://www.cdc.gov/niosh/topics/women/2013-wis/)
創立
NIOSH 1970 年
Mission
STEM 分野でのジェンダーギャップ解消、女性の STEM 分野での活躍推進
National Institute of Occupational Safety and Health (NIOSH)は、Centers for Disease
組織/メンバーシップ
Control and Prevention (CDC)に所属する業務関連傷害・疾病の防止を目的とした研究および勧告
を行う連邦機関/-
主な活動
NIOSH で働く女性科学者のインタビュービデオである Women in Science ビデオシリーズを公開。
Women in Science ブログも連載している
ACM-W (http://women.acm.org/)
創立
ACM 1947 年 ACM-W 不明
Mission
コンピュータ業界の女性活躍推進
組織/メンバーシップ
Association for Computer Machinery (ACM)は計算機械分野の国際学会の組織 / 個人会員制
コンピュータ業界の女性のネットワーキングイベント開催
主な活動
NSF 助成プロジェクトで Computer Science 業界の女性が減少していく問題に関連する情報を網羅する
データベースを作成、管理している
グーグル、オラクル、マイクロソフトがスポンサー
(出所)各ウェブページより日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
図表 3-45 主な STEM 分野の女性啓蒙啓発団体(欧州)
European Centre for Women and Technology (ECWT) (http://www.womenandtechnology.eu/)
創立
2008 年
Mission
主に ICT 業界の女性活躍推進
組織/メンバーシップ
主な活動
EU のマルチステークホルダーのパートナシップ/欧州各国政府、地方政府、企業、アカデミア、業界団体、
NPOs、女性プロフェッショナル個人
ヨーロッパ 2020 年戦略のデジタルアジェンダとして、ICT 業界の女性をクリティカルマスまで増やすための
プラットフォームを提供する。事務局はノルウェー、ドランメンに置かれている。
90
Women’s Engineering Society (WES) (英国) (http://www.wes.org.uk/)
創立
Mission
組織/メンバーシップ
1919 年
女性科学者やエンジニアの支援、エンジニアリング教育を女子に奨励、エンジニアリングの職場のジェンダ
ーギャップ解消
NPO / 個人会員、法人会員
National Women in Engineering Day(2015 年は 6/23)の主催
主な活動
月刊「The Women Enginieer」の発行
様々な啓発啓蒙活動、キャリアサポートなど
(出所)各ウェブページより日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
3.5.4 まとめ(日本へのインプリケーション)
(1) リーダーシップのジェンダーギャップは各国の共通課題
OECD の主要先進国では女性の労働参加については 70%を超えている国も多く、ジェンダーギャップの解消
はそれなりに進んでいる。また、いわゆる M 字カーブも存在しないが、一方、グローバル企業の女性 CEO は極
めて珍しい存在で、女性の就業率の増加が必ずしも女性リーダーを増やす結果にはなっていない。企業経営
における女性リーダーを増やすことは OECD の主要先進国の目下のジェンダーギャップの課題となっている。経
営の意思決定のレベルにおいてクリティカルマスを超える女性の比率を目標に、クオータ制の導入や様々なイ
ニシアチブに取り組んでいる。
(2) 企業経営におけるジェンダー・ダイバーシティは不可欠との認識の共有
とりわけ取締役会のダイバーシティは、経営の意思決定を改善し、コーポレートガバナンスを強化すると考えら
れている。したがって、機関投資家も取締役会における女性取締役比率に注目している。優秀な経営者が女性
であったというだけでなく、女性取締役が取締役会の有効性や意思決定能力を高めるという経営上の利点に注
目しているからである。
(3) 日本のリーダーシップ目標(KPI)達成のためのアクション: クオータの検討
女性リーダーは自然には増えないため、何等かのアクションが必要である。法的なクオータ制の効果は劇的
である。しかし、コーポレートガバナンスコードなどソフトローベースの規制や自主的なイニシアチブも効果を挙
げている。いくつかの例外はあるが、多くの国では、ソフトクオータを導入した後に法的クオータをさらに重ねて
導入しているケースが目立つ15。我が国は、成長戦略で企業のコーポレートガバナンス強化が謳われ、2014 年
に日本版スチュワードシップコード、2015 年にコーポレートガバナンスコードが策定されたことから、ソフトクオー
タを検討する枠組みが整ったといえよう。
(4) 日本のリーダーシップ目標(KPI)達成のためのアクション:ベースラインの強化
15
図表 3-32 各国のクオータ制導入状況 および Appendix 参照。アイスランド、デンマーク、ドイツ、フランス、オランダ、ベルギー、スペイ
ンの各国はコーポレートガバナンスコードと法的クオータ両方を導入している。
91
GGI スコアの比較のとろこでも見たが、我が国の女性の教育水準は、大学レベルでジェンダーギャップが残っ
ている。今回比較した欧米先進国では、このギャップはすでに解消している。我が国の大学入学の女性比率は
42.7%であり (文部科学省, 2014)、まだジェンダーギャップが完全には解消していない。GGI でこの項目は 105
位のランキングとなっている。また、個別校でみると、さらにジェンダーギャップは深くなる。 Credit Suisse
Research Institute(2014)でも指摘されているが、女性のタレントプールの制約に対応する必要がある。
図表 3-46 日米大学の女子学生比率(2014-2015 年度)
ハーバード大学
48
スタンフォード大学
47
早稲田大学
36
慶応義塾大学
34
京都大学
22
東京大学
19
0
10
20
30
40
50
60 (%)
(出所)各ウェブページより日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
(5) 職種業種偏在の解消
我が国の女性の就業はパートタイム比率が高く、また男女の所得格差も大きいことから低賃金労働に女性が
偏っている可能性がある。したがって、我が国では職種業種偏在解消は、女性のリーダーシップ拡大に効果が
あると考えられる。
92
3.6 結論(まとめ)
女性の活躍支援施策を、労働参加とリーダーシップへの参画の二面から国際比較を行った。女性の労働参
加については、特にヨーロッパ諸国はここ 20 年で女性の就業率が上昇している国が多い。また、この間の実証
分析もすすんでおり、政策効果も評価されているため、先行事例として利用することができるだろう。しかし、どの
国の政策も一様ではなく、また各国の固有の要素も影響していることがわかっている。したがって、我が国にお
いて、役割分担意識や固定観念を取り除き、職種業種の偏在をなくして女性の労働参加を促すことや、また人
口動態も踏まえた経済産業構造の変化に応じた施策を実行していくことが必要だろう。
一方、女性のリーダーシップへの参画は、OECD 主要先進国も目下ジェンダーギャップの課題としてリアルタ
イムで取り組んでいる。また、ジェンダー・ダイバーシティは企業経営の課題としてグローバル企業に共有されて
いることから、もはや日本企業だけが例外ということはないだろう。グローバルで取り組まれている様々なイニシア
チブにボーダレスに参加することによって、日本企業もグローバルと歩調を合わせてダイバーシティ経営の取り
組みを進めることができるのではないだろうか。日本のコーポレートガバナンス改革は、海外の機関投資家も注
目している。この新たに加えられたガバナンスの仕組みを利用して、企業経営におけるジェンダー・ダイバーシ
ティを進めていくことで、グローバルの動きと同調が可能になるだろう。
93
Appendix:クオータ制一覧
(1) 正式クオータ制(法制化)
国
ノルウェー
スペイン
アイスランド
フランス
オランダ
ベルギー
イタリア
項目
内容
成立年/遵守年
2003/2006、
クオータ
取締役会(9 人以上)で女性取締役比率 40%以上
対象
上場企業および公的企業
罰則
有り
政治クオータ制
政党自主クオータ
成立年/遵守年
2007/2015
クオータ
取締役会を男女半々(概ね 40~60%)
対象
従業員が 250 人以上の国内上場企業
罰則
無し、但し補助金や公共入札で考慮される
政治クオータ制
候補クオータ
成立年/遵守年
2010/2013
クオータ
取締役 3 名以上で男女いずれも 40%
対象
従業員 50 人以上の上場企業、非上場企業、公的企業
罰則
無し
政治クオータ制
政党自主クオータ
成立年/遵守年
2011/2017
クオータ
女性取締役比率を 3 年以内に 20%、6 年以内に 40%
(取締役会が同性のみの場合は 2012 年内に最低 1 人の反対性の取締役を任命)
対象
従業員 500 人以上、売上€50 百万以上の上場企業、非上場企業
罰則
有り
政治クオータ制
候補クオータ
成立年/遵守年
2011/2016
クオータ
取締役会および取締役選任時の女性取締役比率 40%
対象
従業員 250 人以上の上場企業
罰則
有り
政治クオータ制
政党自主クオータ
成立年/遵守年
2011/国営企業 2011-2012、上場大企業 2017-2018、上場中企業 2018-2019、
上場小企業 2019-2020
クオータ
執行取締役会において男女いずれも少なくとも 1/3
対象
上場企業、公的企業
罰則
有り
政治クオータ制
候補クオータ
成立年/遵守年
2011/2012
クオータ
取締役会において男女いずれも少なくとも 1/3
対象
上場企業
94
デンマーク
ドイツ
イスラエル
インド
罰則
有り
政治クオータ制
政党自主クオータ
成立年/遵守年
2012/2013
クオータ
各企業で決めた目標
対象
上場大企業、非上場大企業、従業員 50 人以上の公的企業
罰則
無し
政治クオータ制
無し
成立年/遵守年
2015/2016
クオータ
女性社外取締役 30%
対象
DAX Index に含まれる上場企業
罰則
不明
政治クオータ制
候補クオータ
成立年/遵守年
1999/ -
クオータ
女性取締役 1 人以上
対象
上場企業
罰則
無し
政治クオータ制
政党自主クオータ
成立年/遵守年
2013/2015
クオータ
女性取締役 1 人以上
対象
上場企業
罰則
有り
政治クオータ制
無し
(出所)Catalyst, (2015a) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
(注)公的企業のみ対象のクオータ制は載せていない
(2) ソフトクオータ制(上場基準、開示基準、コーポレートガバナンスコード等)
国
項目
内容
策定年
2006
タイプ
コーポレートガバナンスコード
規制レベル
Comply or Explain
内容
・女性取締役がいないか少ない企業では、取締役指名の際、積極的に女性候補
を探すべきである
・女性取締役がいないか少ない企業では、なぜその状況が続いているのかを説明
し、どのような対応を取っているのか説明すべきである。
・指名委員会は指名プロセスに女性へのバイアスがないようにし、また女性候補
を意識的に検討すべきである。
策定年
2008
タイプ
コーポレートガバナンスコード
スペイン
オランダ
95
オーストリア
規制レベル
Comply or Explain
内容
・監査役会(スーパーバイザリーボード)はジェンダーや年齢でダイバーシティのあ
る構成を目指すべきである。
・ダイバーシティに関してのベストプラクティスはダイバーシティに関して具体的な
目標を掲げ、各取締役のジェンダーを含んだプロフィールを監査役会(スーパーバ
イザリーボード)報告書で開示することである。
策定年
2009
タイプ
コーポレートガバナンスコード
規制レベル
Recommendation
内容
監査役会(スーパーバイザリーボード)の構成は、ジェンダー、年齢、国籍などの
ダイバーシティを考慮する
策定年
2012
タイプ
コマーシャルコード
規制レベル
Comply or Explain
内容
企業はマネジメントや監査役会(スーパーバイザリーボード)に女性を増やすため
にどのような施策を行っているかをコーポレートガバナンス報告書に記載する
策定年
2012
タイプ
法的上場基準
規制レベル
Comply
内容
監査役会(スーパーバイザリーボード)の指名においては、ジェンダー、年齢、国
籍などのダイバーシティに配慮する
策定年
2009
タイプ
コーポレートガバナンスガイドライン
規制レベル
Comply or Explain
内容
・指名委員会は取締役会のジェンダー比率に取り組まなければならない。
策定年
2009
タイプ
コーポレートガバナンスコード
規制レベル
Comply or Explain
内容
・取締役会の構成は、ジェンダー・ダイバーシティおよびスキル、経験、知識といっ
た全般的なダイバーシティを考慮する。
策定年
2011
タイプ
コーポレートガバナンス委員会
規制レベル
Recommendation
内容
・2018 年までに男女どちらも 30%以上をターゲットとする
・当初 3 年またはターゲットに達するまで、新指名は少なくとも 50%以上女性にす
る。
・女性比率を上げるため開示をすすめる
・女性取締役を増やすために取締役会の定員を大幅に増やしてはいけない
策定年
2009
タイプ
コーポレートガバナンスコード
アイスランド
ベルギー
南アフリカ
96
規制レベル
Apply or Explain
内容
・すべての取締役会は定員のサイズ、ダイバーシティを効果的にすべきである。
・ダイバーシティとは、学的、知識、ジェンダーが含まれる。
策定年
2010
タイプ
コーポレートガバナンスコード(改正)
規制レベル
Comply or Explain
内容
・最高経営組織の構成や新指名の際には、ジェンダーなどダイバーシティを考慮し
なければならない。
策定年
2008
タイプ
コーポレートガバナンスコード
規制レベル
Comply or Explain
内容
・監査役会(スーパーバイザリーボード)の構成は、ジェンダーなどダイバーシティ
を考慮すべきである。
策定年
2010
タイプ
コーポレートガバナンスコード
規制レベル
Comply or Explain
内容
・取締役会は男女両方で構成されるべきである。
・企業は取締役の経歴と取締役会の構成を記載したコーポレートガバナンスステ
ートメントを公表しなければならない。
策定年
2010
タイプ
コーポレートガバナンスコード
規制レベル
Comply or Explain
内容
・2013 年までに女性取締役比率 20%
・2016 年までに女性取締役比率 40%
・取締役会の定員が 9 人以下のときは、男女差が 2 人以上あってはならない。
・2010 年に女性取締役がゼロの場合は、次回総会までに既存取締役を女性取
締役に交代されるか、女性を新らたに指名するかしなければならない。
策定年
2010
タイプ
コーポレートガバナンスコード
規制レベル
Comply or Explain
内容
・監査役会(スーパーバイザリーボード)は(執行)取締役を指名するときは、ダイ
バーシティ、とりわけ女性を尊重すべきである
・監査役会(スーパーバイザリーボード)はダイバーシティを考慮し、具体的な目標
と女性比率を決め、その実施についてコーポレートガバナンス報告書に記載すべ
きである
策定年
2010
タイプ
コーポレートガバナンスコード
規制レベル
Comply or Explain
内容
・取締役の定員や構成を考えるとき、企業はジェンダー均等になるよう努力すべき
である。
策定年
2010
タイプ
証券取引所の開示基準
デンマーク
フィンランド
フランス
ドイツ
スウェーデン
米国
97
英国
アイルランド
規制レベル
Comply
内容
・取締役指名の際、ダイバーシティを考慮しているかを開示する。
・考慮しているならば、どのようにダイバーシティ政策を実施しているのか、またそ
の評価について開示する
策定年
2010
タイプ
コーポレートガバナンスコード(英国)
規制レベル
Comply or Explain
内容
・取締役指名の際には、ジェンダーを含むダイバーシティを考慮すべきである。
策定年
2012
タイプ
コーポレートガバナンスコード(英国)
規制レベル
Comply or Explain
内容
・取締役指名の際には、ジェンダーを含むダイバーシティを考慮すべきである。
・指名委員会はダイバーシティに関する取締役会の方針と計測可能な目標、その
方針の実施と目標への到達状況について報告すべきである。
・取締役会の評価にはジェンダーを含むダイバーシティの効果が含まれる
策定年
2010
タイプ
コーポレートガバナンスコード(英国)
規制レベル
Comply or Explain
内容
・取締役指名の際には、ジェンダーを含むダイバーシティを考慮すべきである。
策定年
2012
タイプ
コーポレートガバナンスコード(英国)
規制レベル
Comply or Explain
内容
・取締役指名の際には、ジェンダーを含むダイバーシティを考慮すべきである。
・指名委員会はダイバーシティに関する取締役会の方針と計測可能な目標、その
方針の実施と目標への到達状況について報告すべきである。
・取締役会の評価にはジェンダーを含むダイバーシティの効果が含まれる
策定年
2011
タイプ
コーポレートガバナンスコード
規制レベル
Comply or Explain
内容
・取締役会のジェンダー・ダイバーシティについて測定可能な目標を設定しそれを
開示する(含む年次評価)
・取締役会のダイバーシティについての目標を開示する
・従業員、上級管理職、取締役会それぞれの女性比率を開示する
・ダイバーシティは、ジェンダー、年齢、人種や文化的背景その他による多様性と
認識する。
策定年
2011
タイプ
マレーシア証券取引委員会
規制レベル
Recommendation
内容
・2016 年までに女性取締役 30%
策定年
2013
タイプ
コーポレートガバナンスコード
規制レベル
Comply or Explain
内容
・取締役会はスキル、経験、ダイバーシティのバランスを取るべきである。
・指名委員会(または取締役会)はダイバーシティ方針を持ち、その方針(あるいは
オーストラリア
マレーシア
香港
98
方針のサマリー)をコーポレートガバナンス報告書に記載すべきである。
・ダイバーシティには、ジェンダーなど様々な要素が含まれる。
・企業は自身のビジネスモデルや固有のニーズについて考慮した要因についての
根拠を開示すべきである。
策定年
2014
タイプ
証券取引所上場基準
規制レベル
Comply
内容
・すべての上場企業は最低 1 人の女性取締役を任命しなければならない。
インド
(出所)Catalyst(2014) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
(注)規制レベル:Comply>Comply or Explain > Recommendation 、その下に Suggestion(提案)レベルがあるが、表に含めて
いない。
(3) 自主基準(イニシアチブ)
国
オランダ
英国
項目
内容
開始年/目標年
2008/企業ごとに設定
提唱団体
Talent to the Top
対象
企業
ターゲット
6 か月内にベースライン、目標、戦略を決める
内容
・企業はジェンダー・ダイバーシティの重要性を認める憲章に署名し、進捗を毎年開示
することを約束
・違反企業は憲章の署名を削除
・ベストプラクティスとして表彰
開始年/目標年
2010/2015
提唱団体
30% Club
対象
FTSE100
ターゲット
女性取締役比率 30%
内容
・企業の取締役会議長、CEO が公約し、他の議長、CEO をリクルートする。
開始年/目標年
2011/2015
提唱団体
Lord Mervyn Davies’ review of gender equality on boards
対象
FTSE100 & FTSE250
ターゲット
女性取締役比率 25%
内容
・アニュアルレポートで公表
その他の推奨(一部)
・FTSE350 の取締役会議長は 2015 年までに達成する目標を定めるべきである。
・ FTSE350 の CEO は執行役員、上級管理職の女性比率について 2013 年までに
2015 年の目標を定め、公表すべきである。
・執行役員は、経験のために他社の社外取締役への就任を許可されるべきである。
開始年/目標年
2010/2020
提唱団体
2020 Women on Boards
米国
99
EU
カナダ
対象
上場企業、非上場企業
ターゲット
女性取締役比率 20%
内容
・企業が公約に署名する。
・署名してから 2 年以内に取締役会に 1 人女性役員を任命する。
開始年/目標年
2011/2020
提唱団体
欧州委員会副委員長(司法、基本的人権、市民権担当)
対象
欧州上場企業
ターゲット
女性取締役比率 40% (中間目標 2015 年までに 30%)
内容
・企業が公約に署名
・目標に向けて進捗がない場合は、別の手段(クオータ)を検討する
開始年/目標年
2012/2017
提唱団体
Catalyst Canada
対象
FP500 の上場企業
ターゲット
内容
日本
各企業の自主目標
全体では Financial Post(FP)500 の女性取締役比率を 2017 年までに 25%
・企業は Catalyst Accord に署名して公約をする。中間目標は Catalyst に報告(公
表しなくてよい)
・Catalyst Accord 署名企業は Catalyst Canada アドバイザリーボードはメンバー
がスポンサーとなっている女性取締役候補の名簿を提供する
・Catalyst Canada は隔年ごとに FP500 女性取締役の調査を発表しモニタリングす
る
開始年/目標年
2014/ -
提唱団体
内閣府男女共同参画局
対象
上場企業
ターゲット
取締役会の女性比率を公表する(提案)
内容
・企業の同意を得て、内閣府のウェブサイトで公表し、女性の見える化を推進
(出所)Catalyst(2014) より日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
100
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103
4. 女性の活躍推進と企業経営の関係に関する調査研究
4.1 本章の目的
本章では、内外の先行研究についてサーベイを行うことにより、女性の活躍推進が企業経営に与える影響
について調査する。とりわけ、女性の活躍が企業経営にプラスの効果をもたらすのか、もたらすとすれば、その
メカニズムはどのようなものであるかを明らかにすることが本章の目的である。
前章でみてきたように、海外では女性リーダーを増やすことが課題となっており、女性活躍と企業経営に関
する先行研究の殆どは、ボードダイバーシティを分析対象としている。そこで、本章では主として女性役員を登
用することによる取締役会のダイバーシティ効果に焦点を当てる。
本章は以下のように構成される。4.2 節および 4.3 節では内外の先行研究から得られる知見について整理を
行い、女性役員の登用が企業経営に与える効果および背景にある仮説を明らかにする。4.4 節では、我が国
企業における女性役員の登用状況について分析を行い、女性役員の有無による企業特性の違いや企業業績
との関係について分析を行う。4.5 節では本章のまとめを行う。
104
4.2 海外における先行研究のサーベイ
女性取締役比率と企業の財務パフォーマンスの関係は、業界レポートとともに学術論文でも重要なテーマに
なっている。ここでは、まず、業界誌で現状を認識するとともに企業の対応を概観し、学術論文で理論的背景
について整理する。
4.2.1 業界誌による認識
以下の 4 つの業界レポートによると、いずれも女性取締役と企業の財務パフォーマンスにはプラスの関係が
あることが示される。
(1) コーン・フェリーと NUS の調査
米国ヘッドハント大手のコーン・フェリーとシンガポール国立大学(NUS)経営大学院は、アジア 10 か国の大
手 1,000 企業の女性取締役比率と財務パフォーマンスの関係を調査し、2015 年 3 月 6 日に調査結果を公表し
た。女性取締役が全体の 10%未満以上の企業は ROA が 5.6%、ROE が 11.8%であったのに対して、10%以
上の企業はそれぞれ、6.9%、15.4%と、いずれも高いパフォーマンスであった。図表 4-1 に示すように、ROE に
ついて国ごとにみると、マレーシアを除く 9 か国でこの傾向が確認されている。
図表 4-1 女性取締役比率と ROE
(女性取締役 10%未満 vs. 女性取締役 10%以上)
女性取締役10%未満(左目盛)
女性取締役10%以上(左目盛)
差(右目盛)
25%
6%
21.2%
20%
15%
10%
18.8%
18.6%
16.1%
13.7%
14.0%
4%
15.5%
15.3%
14.2%
13.1%
9.8%
7.4%
5%
0%
17.1%
14.8%
2%
12.7%
7.8%
6.4%
15.6% 16.0%
5.1%
0%
-2%
-4%
(出所)KORN FERRY, NUS(2015)
(2) マッキンゼーの調査
McKinsey&Company(2007)は、231 企業の従業員 115,000 人に対して行ったアンケート調査をもとに、9 つの
クライテリア(リーダーシップ、方向性、説明責任、協調と管理、イノベーション、ステークホルダーとの関係、能
105
力、モチベーション、労働環境と価値)によって企業の組織的な卓越度を計測するツール(組織パフォーマン
スのプロフィールを把握するためのクライテリア)を使って企業評価を行った。その評価結果を上位、中位、下
位の 3 つにランク分けして、企業の財務パフォーマンスを比較したところ、上位 1/3 の企業グループは EBITDA
(利払い・税金・償却前利益)が平均を上回った企業が 68%あったのに対して、下位 1/3 の企業グループは
31%であり、37%ポイントの差があることが明らかとなった。また、企業価値(時価簿価比率)についてみると、
上位 1/3 の企業グループは平均を上回った企業が 62%あったのに対して、下位 1/3 の企業グループは 31%
であり、31%ポイントの差があることが明らかとなった(図表 4-2)。
図表 4-2 企業の組織的な卓越度と財務パフォーマンス
時価簿価比率
EBITDA
68%
上位1/3
62%
48%
中位1/3
52%
31%
下位1/3
31%
0%
20%
40%
60%
80%
(出所)McKinsey&Company(2007)
上述の結果を受けて、Mckinsey&Company(2007)は、以下に示す 2 つの分析を行うことにより、取締役会に
おける女性取締役の人数が企業の組織的な卓越度と相関する可能性があることを見出した。
はじめに、上記で分析した企業の中から取締役構成のデータが開示されている、ヨーロッパ、アメリカ、アジ
アの様々な業種の大手企業 101 社を選定し、上述のアンケート調査結果を分析したところ、トップマネジメント
に女性取締役が 3 人以上いる企業では、9 つのクライテリアにおける評価が高いことが明らかとなった(図表
4-3)。
次に、トップマネジメントにおけるジェンダー・ダイバーシティの優れた企業の中から時価総額が 1.5 億ユーロ
以上のヨーロッパの大手上場企業 89 社について、財務パフォーマンスとの関係を分析した。分析の結果、ジェ
ンダー・ダイバーシティの優れた企業の 2003~2005 年の平均 ROE は 11.4%であったのに対して、産業平均
は 10.3%であり、1.1%ポイント高いものとなった。同様に、EBIT(利払い・税引前利益)についてみると、ジェン
ダー・ダイバーシティの優れた企業は 2003~2005 年の平均が 11.1%であったのに対して、産業平均は 5.8%
であり、5.3%ポイント高いものとなった。また、株式リターンについてみると、ジェンダー・ダイバーシティの優れ
106
た企業は 2005~2007 年の増加率が 64%であるのに対して、産業平均(Eurostoxx600 sectorial indexes16)は
47%であり、17%ポイントアウトパフォームした(図表 4-4)。
これらの結果は、必ずしも因果関係を示すわけではないものの、女性取締役の多い企業は、組織的な卓越
度に優れており、財務パフォーマンスが高いという関係があることを示唆している。
図表 4-3 トップマネジメントにおける女性役員の有無と従業員の評価
Companies with 3 or more women (n=13)
Companies with no women (n=45)
Work environment and values
55
48
Direction
57
51
Coordination and control
61
56
Leadership
68
External orientation
67
64
Motivation
63
72
66
71
70
Capability
65
64
Accountability
53
52
Innovation
40
50
60
70
80
(出所)McKinsey&Company(2007)
図表 4-4 トップマネジメントにおけるジェンダー・ダイバーシティが優れた企業のパフォーマンス
Companies with most gender-diverse management teams
Industry average
11.4%
11.1%
64%
10.3%
47%
5.8%
Average ROE
2003-2005
Average EBIT
2003-2005
Stock price growth 2005-2007
compared with Eurostoxx 600
sectorial indexes
(出所)McKinsey&Company(2007)
16
欧州を代表する指数計算会社 STOXX が算出・公表する株式指数で、ヨーロッパ 18 カ国の大型株、中型株、小型株の 600 銘柄から
構成される。
107
McKinsey&Company(2010)は、女性の労働参加として女性取締役の比率を選び、また、対象企業を BRICs
の企業にも適用し、業種ごとに企業の財務パフォーマンスを分析した。分析の結果、女性取締役比率が高い
企業グループの 2007~2009 年の平均 ROE は 22%であったのに対して、女性取締役が 1 人もいない企業グ
ループでは 15%であり、7%ポイント高いことが明らかとなった。また、女性取締役比率が高い企業グループの
EBIT margin(EBIT 売上高比率)は 2007~2009 年の平均が 17%であったのに対して、女性取締役が 1 人も
いない企業グループでは 11%であり、6%ポイント高いことが明らかとなった。
図表 4-5 エグゼクティブ・コミッティーにおける女性役員比率と財務パフォーマンス
Companies in the top quartile for the women representation in executive committee vs. sector
Companies with 0 women in executive committee in that specific sector
25%
22%
20%
17%
15%
15%
11%
10%
5%
0%
Average ROE
2007-2009
Average EBIT margin
2007-2009
(出所)McKinsey&Company(2010)
(3) クレディスイスの調査
Credit Suisse Research Institute(2012)は、MSCI-ACWI17に採用されている 2,360 企業について、女性取締
役と企業の財務パフォーマンスの関係を分析した。その結果、少なくとも 1 名の女性取締役がいる企業の ROE
は、2005 年~2011 年の 6 年間の平均で 16%であったのに対して、女性取締役が一人もいない企業の ROE
は 12%であり、4%ポイントの差があることが明らかになった。また、少なくとも 1 名の女性取締役がいる企業の
PBR と収益成長率は、それぞれ 2.4 倍、14%であったのに対して、女性取締役が一人もいない企業では、それ
ぞれ 1.8 倍、10%であり、女性取締役の有無と企業財務パフォーマンスにはプラスの関係があることが示される
(図表 4-6)。
17
MSCI(モルガン・スタンレー・キャピタル・インターナショナル)社が算出する世界株式指数のうち、先進国 23 カ国、エマージング 23 カ
国の計 46 カ国から任意の基準で選ばれた企業で構成される株式指数。
108
図表 4-6 女性取締役の有無と財務パフォーマンス
1 or more women on the board
16%
0 women on the board
2.4
14%
12%
1.8
Average ROE
2005-2011
Average P/BV
2005-2011
10%
Average Net income growth
2006-2011
(出所)Credit Suisse Research Institute(2012)
(4) カタリストの調査
Catalyst(2007)は、Fortune500 企業について、2001 年~2004 年の 4 年間のデータを用いて女性取締役の比
率で企業を 4 分割し、財務パフォーマンスに差があるかを調査した。その結果、下位 1/4 の企業と上位 1/4 の
企業の ROE は、それぞれ 9.1%、13.9%、ROS(売上高利益率)は、それぞれ 9.7%、13.7%、ROIC(投下資本
利益率)は、それぞれ 4.7%、7.7%と計算され、女性取締役の比率と財務パフォーマンスにプラスの関係がある
とした(図表 4-7)。
図表 4-7 女性取締役比率と財務パフォーマンスの関係
botom quartile
top quartile
16%
13.9%
13.7%
12%
9.7%
9.1%
7.7%
8%
4.7%
4%
0%
ROE
ROS
ROIC
(出所)Catalyst(2007)
109
Catalyst(2011)は、2004 年~2008 年の 5 年間について、Catalyst(2007)と同様の調査を行った。その結果、
下位 1/4 の企業と上位 1/4 の企業の ROS は、それぞれ 11.6%、13.4%、ROIC は、それぞれ 7.2%、9.1%と
Catalyst(2007)と同様にプラスの関係が確認されたのに対して、ROE は、それぞれ、13.7%、12.9%とマイナス
の関係がみられた。そこで、女性取締役の人数に注目して、同様の分析を行ったところ、女性取締役がいない
企業と 3 人以上女性取締役がいる企業の ROE は、それぞれ、10.5%、15.3%とプラスの関係にあることが確か
められた(図表 4-8)。同様に、ROS については、それぞれ 7.6%、14.0%、ROIC については、それぞれ、6.5%、
10.4%であり、プラスの関係が確かめられた。
図表 4-8 女性取締役の人数と財務パフォーマンスの関係
0 women board directors
3 or more women board directors
20%
15.3%
16%
12%
14.0%
10.5%
10.4%
7.6%
8%
6.5%
4%
0%
ROE
ROS
ROIC
(出所)Catalyst(2011)
110
4.2.2 学術論文における調査
前項で取り上げた業界レポートでは、必ずしも統計的な観点や因果関係について議論されているわけでは
ない。そこで、学術論文をサーベイすることにより、女性活躍が企業経営に与える影響について整理する。
図表 4-9 は、取締役会のダイバーシティに関する海外の学術先行論文 74 本の中から、特に女性取締役の
数や取締役会に占める比率と企業パフォーマンスの関係を分析している 10 本を抽出し、分析内容と分析結果
を整理したものである。対象企業は、S&P1500 や S&P500、Fortune のサーベイ企業といった米国企業が中心
であるが、スペインとデンマークの企業を対象にした論文もある。分析期間は、1990 年代後半から 2000 年代前
半が多い。以下では、これら論文で女性取締役と企業パフォーマンスの関係をどのように分析しているかを整
理するとともに、分析結果を概観する。
図表 4-9 女性取締役と企業パフォーマンスに関する代表文献例
No.
著者
分析内容
対象企業
分析期間
結果
タイトル
雑誌名
1
Adams, R. B. and
Ferreira, D(2009)
女性取締役の数とトービンのQ,ROA S&P1500に採用されている
の関係を分析
企業
19962003
マイナス(平均的)
Women in the Boardroom and
Journal of Financial
プラス(ガバナンスが弱 Their Impact on Governance and
Economics
い企業)
Performance
2
Kevin Campbell,
Antonio MínguezVera(2010)
女性取締役就任の公表と超過リター
ンに関するイベントスタディによる短
期的な市場の反応と、女性取締役の
有無とトービンのQの回帰分析によ
る長期的な市場の反応を分析
スペインの株式市場
(Barcelona, Bilbao, Madrid,
Valencia)に上場している企
業の中で、女性取締役就任
を公表した68企業
19892001
プラス(イベントスタディ
による短期的なアブノー Female board appointments and
マルリターン)
firm valuation: short and longプラス(回帰分析による term effects
長期的な企業価値)
3
Carter, D. A., Simkins, 取締役会に占める女性とマイノリティ
Fortune 1000の中から分析
B. J. and Simpson, W. の存在および比率と、トービンのQ、
可能な638企業
G.(2003)
ROAの関係を分析
1999
4
Carter, D. A., D'Souza, 女性と人種マイノリティの役員数およ
S&P500に採用されている企
F. Simkins, B. J. and
び取締役会における人数とROA、
業
Simpson, W. G.(2010) トービンのQの関係を分析
Journal of
Management &
Governance
巻、号
ページ
Vol.94
No.2
291-309
Volume
14
37-59
Vol.38 No.1
33-53
Volume18.
Number5
396-414
プラス
Corporate Governance, Board
Diversity, and Firm Value
19982002
ニュートラル
The Gender and Ethnic Diversity
Corporate
of US Boards and Board
Governance: An
Committees and Firm Financial
international Review
Performance
5
トップマネジメントにおける女性の有
無が、社内管理職の機能と女性中
Dezso, C. L. and Ross,
S&P1500に採用されている
間管理職のモチベーションを高め、
D. G(2012)
企業
その結果、トービンのQ、ROA,ROEも
向上するかを分析
19922006
プラス(企業戦略がイノ Does femail representation in top
Strategic
ベーションに向かってい management improve firm
Management Jorunal
る場合)
performance?
6
Niclas L. Erhardt,
James D. Werbel and
Charles B. Shrader
(2003)
女性と人種マイノリティの役員数と
ROA、ROIの関係を分析
Fortuneのサーベイデータか
ら分析可能な127の米国企
業
19931998
プラス
Board of Director Diversity and
Firm Financial Performanc
Corporate
Governance: An
International Review
Volume
11, Issue
2
102–111
7
Luis Rodríguez-Domí
nguez, Isabel-María
García-Sánchez,
Isabel Gallego-Á
lvarez(2012)
女性役員の比率、業種ごとの比率と マドリード証券取引所の上
トービンのQ、ROA、ROE等の関係を 場株の内の117企業(スペイ
分析
ンの企業)
20042006
プラス
Explanatory factors of the
relationship between gender
diversity and corporate
performance
European Journal of
Law and Economics
Volume
33, Issue
3
603-620
8
Shams Pathan and
Robert Faff(2013)
女性取締役の比率と、ROA、ROE、
トービンのQの関係を銀行セクターに
212の米国の銀行保有企業
ついて、SOXの導入前後、市場混乱
期で分析
19972011
プラス(SOX導入後、市 Does board structure in banks
場混乱期は効果低下) really affect their performance?
Journal of Banking &
Finance
Volume
37, Issue
5
1573–1589
9
Sheila Simsarian
Webber and Lisa M.
Donahue(2001)
業務関連性の高い集団と、低い集団
について、ダイバーシティが集団の
1980結束とパフォーマンスに影響するか 24の研究、45の相関を分析
1999の ニュートラル
を、過去の研究データより分析
文献データ
(meta-analysis)
Impact of highly and less jobrelated diversity on work group
cohesion and performance: a
meta-analysis
vol. 27
no. 2
141-162
10
Smith, N., Smith, V.
and Verner, M.(2005)
女性CEOの存在および取締役会に
占める女性の比率と、企業パフォー
デンマークの大企業2500社
マンス(粗付加価値/売上高、経常
利益等)の関係を分析
Do women in top management
affect firm performance? A panel IZA Discussion Papers No. 1708
study of 2500 Danish firms
19932001
プラス
Financial Review
Journal of
Management
Volume33 1072-1089
pp34
(出所)日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
111
(1) 調査方法と結果の概要
図表 4-9 の分析内容から明らかなように、女性取締役と企業パフォーマンスの関係を分析する方法としては、
回帰分析が一般的であるが、イベントスタディ、メタ分析を用いた論文もある。以下、これらの分析方法と得られ
た結果を整理する。
(a)回帰分析
回帰分析では、被説明変数として企業価値の代理変数であるトービンの Q、企業の生産性の代理変数
である ROA や ROE を用い、説明変数として女性取締役の有無や人数、比率をコントロール変数とともに用
い、説明変数が統計的に有意であるかを分析する方法である。すなわち、以下の式①に示すような分析を
行う。
n
l
j 1
k 1
CFPi ,t      j FFi ,t    k X i ,t   i ,t
ここで、
式①
CFP :企業の財務パフォーマンス(トービンの Q、ROA,ROE 等)
FF
:女性取締役の数、比率、存在等
X
:コントロール変数(企業の規模、負債比率、ガバナンス構造、業種、分析期間等)
式①において、右辺第 2 項の FF の係数がプラス(βj>0)で統計的に有意であれば、女性取締役が企
業の財務パフォーマンスにプラスの効果があると判断する。逆に、βj <0 で統計的に有意であれば、マイ
ナスの効果があることになる。また、βj>0、βj<0であっても統計的に有意でなければ、女性取締役の財
務パフォーマンスに及ぼす影響はどちらとも言えない、つまり、ニュートラルということになる。
図表 4-2 で取り上げた論文では、女性取締役の企業財務パフォーマンスに及ぼす効果は、プラスと判断
されたものが 7 本、マイナスとニュートラルがそれぞれ 1 本ずつである。ここで、FF の説明変数として、女性
取締役の数、比率、存在を業種毎に分けたり、企業の意思決定に重要な影響を及ぼす委員会等に分ける
かは、それぞれの論文の関心事による。同様に、X のコントロール変数として、一般的な規模や負債比率
の他に何を追加的に用いるかは、それぞれの論文の関心事に依存する。
説明変数としては、Rodriguez-Dominguez et al.(2012)は、企業のビジネス構造とダイバーシティに関心
があるため、FF の変数を業種ごとに分けて分析している。一方、Carter et al.(2010)は、企業の意思決定の
構造に関心があるため、FF の変数を監査委員会や報酬委員会ごとに分けて分析している。また、コントロ
ール変数としては、Carter et al.(2010)や Adams and Ferreira(2009)は企業のガバナンスとの関係に注目す
るため、X の変数に取締役会の特徴として取締役の人数、独立取締役の人数、取締役の報酬、年齢、
CEO と議長の兼職などを追加している。
112
(b)イベントスタディ
図表 4-9 の No.2 の Campbell and Minguez-Vera(2010)は、企業が女性取締役就任の公表が株式市場か
らプラスに評価されるのかについて当該銘柄の株式のアブノーマルリターンを計算するイベントスタディを
行っている。これは、式②に示すようなアブノーマルリターンの累積リターンをイベント前後で計算し、イベ
ント発生後のアブノーマルリターンが、発生前に計算したアブノーマルリターンを統計的に上回れば、プラ
スの効果があると判断する方法である。分析期間は通常、イベント前の 100~300 日程度で平均的なアブノ
ーマルリターンを計算し、イベント日を挟んだ 21~121 日程度でイベントの効果を分析する。このように、分
析期間が短いので、短期的に株式市場がどのように評価するかを見る分析といえよう。
Cambell and Minguez-Vera(2010)がスペインの株式市場を対象に行った分析結果は、女性取締役就任
の公表後のアブノーマルリターンが有意に高いことを示し、投資家は女性取締役の追加によって平均的に
は企業価値が向上すると信じているとした。
T2
CAR(T1 ,T2 )
1 N
  (  ( Ri ,t  E ( Ri ,t )))
t T1 N i 1
式②
ここで、CAR :アブノーマルリターンの累積リターン
Ri,t
:銘柄 i の株式リターン
E(Ri,t) :銘柄 i の株式リターンの期待値(マーケットモデルより推計)
N
:サンプル数
(c)メタ分析
メタ分析とは、多数の先行研究の結果を分析して、それらの共通点を明らかにする研究のことで、もとも
とは自然科学では広く使われてきたが、最近社会科学の分野でも行われつつある。メタ分析では既存研究
の中の統計分析で用いられた定量的データが用いられる。図表 4-9 の No.9 の Webber and Donahue(2001)
は、業務関連性の高い集団と、低い集団について、ダイバーシティが集団の結束とパフォーマンスに影響
するかを、過去の研究データより分析した。メタ分析に利用可能な既存研究を精査した結果、24 の研究を
抽出し、ダイバーシティとパフォーマンスに関する 45 の相関係数をメタ分析に用いた。分析の結果、業務
関連性の高い集団と低い集団とも、ダイバーシティと集団の結束、パフォーマンスの間には有意な関係が
得られなかったとしている。
(2) 女性の労働参加と企業価値の関係に関する理論
Carter et al.(2010)は、取締役会のダイバーシティと企業パフォーマンスの関係の理論を整理している。それ
ぞれの理論を概観した上で、先行研究の分析内容、分析結果をまとめる。
113
・資源依存理論(Resource Dependence Theory)
Pfeffer and Salancik(1978)は、企業の取締役には外部組織と企業を結び付けるための役割があるとした。具
体的には、外部組織と結びつけることに以下の 4 つの利点があると述べている。①情報と実務に関する資
源の提供、②企業にとって重要な内容のコミュニケーションのチャネルを作ること、③外部の重要な組織や
グループからの協力約束を取り付けること、④外部環境における企業の正当性を作ること。 Hillman et
al.(2000)は、この考え方を拡張し、異なるタイプの取締役は、企業に異なる収益源をもたらすとした。つまり、
取締役構成が多様化するほど、価値ある資源を提供することになり、企業パフォーマンスが向上することが
期待される。しかし、国や地域文化によって重要なダイバーシティには違いがあり、女性取締役の導入とい
ったジェンダー・ダイバーシティよりも、人種的なダイバーシティが重要な場合がある。従って、企業パフォー
マンスへの効果も国や地域文化によって結果が異なる可能性があると考えられている。
・人的資本理論(Human Capital Theory)
Terjesen, Sealy and Singh(2009)によると、人的資本理論は、Becker(1964)が指摘した組織の利益のために
利用可能な教育、経験、スキルの人的蓄積が重要だとした研究から派生した。さらに、取締役の性差はユニ
ークな人的資本を持つとした。また、女性の能力は教育レベル等では男性とほとんど変わらないが、ビジネ
スのエキスパートとしての経験では男性より劣るという。人的資本理論は多様でユニークな人的資本は取締
役の多様性に影響を及ぼすが、財務パフォーマンスの観点からはプラスとマイナスの両方の効果が考えら
れるとしている。
・エージェンシー理論(Agency Theory)
Jensen & Meckling(1976) は、エージェンシー理論の基本的なコンセプトは、取締役の管理とモニタリング機
能であるとした。Carter, et al.(2003)は、取締役構成の多様化は取締役の独立性を増すことになるので、管理
者をモニターするには良いと考えられる一方、財務パフォーマンスとの関連性は明らかではないとしている。
・社会心理理論(Social Psychological Theory)
Westphal and Milton(2000)は、取締役におけるマイノリティの存在は企業のステークホルダーには好ましいと
みられることがしばしばあるが、学術的にはマイノリティの取締役が意思決定にうまくかかわれていないことを
示しているとした。むしろ、取締役構成が人口構成と異なることはグループ間の結束を弱めること、また、社会
的な障壁がグループの意思決定におけるマイノリティの影響を減らしているとした。そして、マイノリティ状態
に あ る 個 人 は グ ル ー プ の 意 思 決 定 に 相 応 し く な い 影 響 を 及 ぼ す 可 能 性 が あ る と い う 。 Lau and
Murnighan(1998)は、ジェンダー・ダイバーシティは、意思決定に色々な考え方を提供するものの、時間がか
かるので非効率だとした。このように、マイノリティについての社会心理的な考察の結果、取締役会のダイバ
ーシティは企業の財務パフォーマンスに対して、プラスとマイナスの両方の効果が考えられるという。
114
以上の取締役会のダイバーシティと企業パフォーマンスの関係の理論的な考察を踏まえて、Carter et
al.(2010)は、統計的な分析結果がニュートラルになった理由を、取締役の性的、人種的なダイバーシティは、
分析期間や対象とする企業環境が異なるため、その影響を受けて異なる結果となり、プラスの効果とマイナス
の効果がオフセットされた結果であると解釈している。
(3) 影響経路に関する分析
Carter et al.(2010)の理論的な考察とは別に、Dezso and Ross(2012)は、企業の組織論的なアプローチから分
析を行った。すなわち、トップマネジメントにおける女性の存在が、社内管理職の機能と女性中間管理職のモ
チベーションを高め、その結果、トービンの Q、ROA,ROE も向上するかを分析し、プラスの効果を報告している。
具体的には、図表 4-10 のように、トップマネジメントに女性取締役が存在することによって、トップマネジメントの
業務パフォーマンスが向上するだけではなく、女性中間管理職のモチベーションの向上をもたらし、中間管理
職の業務パフォーマンスが向上することを通して、企業全体のパフォーマンスが向上するとした。この経路をイ
ノベーションやマーケティング戦略との関係で分析するため、回帰式①のコントロール変数として資産に占める
研究開発費の伸び率や、広告宣伝費の伸び率を加えて分析した。その結果、戦略がイノベーションに注力し
ている場合に、女性取締役の存在が企業パフォーマンスとの間で有意な関係が得られた。
このように、女性取締役と企業パフォーマンスの関係は、企業の組織論的なアプローチによって関係経路を
明らかにすることを試みているものもある。
図表 4-10 女性取締役の存在と企業パフォーマンスの関係経路
情報、社会的なダイ
バーシティ
性差による管理者
行動の違い
トップマネジメント
の業務パフォーマ
ンス
戦略がイノベーシ
ョンに注力している
場合
トップマネジメント
における女性取締
役の存在
女性中間管理職の
モチベーション
管理者行動の性に
関連した規範
企業の
パフォーマンス
中間管理の業務
パフォーマンス
(出所)Dezso and Ross(2012) をもとに日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
115
4.2.3 女性取締役登用の課題
McKinsey&Company(2008)は、2007 年の結果を受けて、女性の労働参加と企業の財務パフォーマンスの因
果関係を分析した。具体的には、組織パフォーマンスのプロフィールを把握するための 9 つのクライテリアにお
いて、女性管理職のリーダーシップが男性とどのように異なるのかを分析した。その結果、女性は「人材開発」、
「希望金額と実際の報酬」、「ロールモデル」、「インスピレーション」、「全員参加型意思決定」において男性より
も頻繁にリーダーシップ行動をとっていた。一方、男性は「管理調整行動」と「個人主義的意思決定」において、
女性よりも頻繁にリーダーシップ行動をとっていた。従って、女性管理職を増やすことによって、組織におけるリ
ーダーシップ行動が相互補完および多様化され、財務パフォーマンスが向上することが期待されるとした。
図表 4-11 男女のリーダーシップ行動の違いと企業の組織パフォーマンスへの影響
リーダーシップ行動
組織的なパフォーマンスの改善
方向性
●人材開発
女性の取り組み
が多い
●インスピレーション
●希望金額と実際
の報酬
●ロールモデル
●効果的なコミュニケー
ション
説明責任
女性の取り組み
が多少多い
●インスピレーション
●全員参加型意思決定
協同と管理
●希望金額と実際の報
酬
ステークホルダーとの関係
●個人主義的意思決定
●管理調整行動
リーダーシップ・チーム
●ロールモデル
イノベーション
●知的刺激
●人材開発
●知的刺激
女性と男性の取
り組みが同程度
●効果的なコミュニケー
ション
モチベーション
能力
●人材開発
男性の取り組み
が多い
●個人主義的意思決定
●管理調整行動
●インスピレーション
労働環境と価値
●人材開発
●全員参加型意思決定
(出所)McKinsey&Company(2008)をもとに日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
McKinsey&Company(2010)は、女性の労働参加として女性取締役の比率を選び、また、対象企業を BRICs
(ブラジル、ロシア、インド、中国)の企業にも適用し、業種ごとに企業の財務パフォーマンスとの関係を分析し
た。その結果は 2007年の結果と同様、プラスの効果があるというものであったが、現実に企業は女性取締役を
増やす行動には至っていない。そこで、企業の女性取締役をどのように増やして、取締役構成を多様化させる
かが課題だとした。McKinsey&Company(2012)では、企業の女性取締役の登用が進んでいない状況を確認し、
McKinsey&Company(2013)では、その理由を分析して企業文化が女性取締役の登用を阻んでいるとした。具
体的には、世界中の企業から広範に選んだ 1,400 人以上のマネージャーを対象としたサーベイを用いて、昇
進意欲のある女性(C-suite ambition)について、実際にポジションに就く自信の有無に応じて 2 つのサンプル
に分割した。それぞれの特徴について分析した結果、自信の差は、個人の内面に起因するファクターというよ
116
りもむしろ、企業文化に起因するファクターによって規定されることを明らかにした。そして、企業は今こそ女性
の取締役への意欲をサポートするとともに、女性が取締役になるために直面している特別な障壁を男性は認
識するべきだとしている。
4.2.4 女性取締役と財務パフォーマンスに関する分析の課題
前述のように、女性取締役の登用が進まない背景には、トークニズムがある。トークニズムとは、企業に女性
取締役が一人存在すると、さらに女性取締役を増やす企業はほとんどないという状況を説明する際に用いられ
る。女性はマイノリティの代表という位置づけであり、トークン(象徴)として既に女性取締役を採用している企業
では、さらに追加的に女性取締役を採用するインセンティブは働かない。Patrrotta and Smith(2013)は、デンマ
ークの企業について分析したところ、既に女性取締役が存在する企業では追加的な採用を控える傾向にある
ことを明らかにしている。
Cater et al.(2003)は、トークニズムによって企業が女性取締役を採用することを「見せかけ( Window
Dressing)」と呼び、女性取締役として成功するように導かない企業文化があるとした。そこで、女性取締役比率
と財務パフォーマンスの関係を分析する際に、女性取締役が一人いる企業を除いて、一人もいない企業と複
数いる企業を比較した。この両グループについてトービンのQを比較すると、複数の女性取締役がいる企業の
トービンのQは一人もいない企業よりも統計的に有意に高かった。
4.2.5 ジェンダー・クオータ制度の議論からの示唆
ボードダイバーシティを実現する方法の 1 つとして、ジェンダー・クオータ制度が挙げられる。ここでは、ノルウ
ェーのクオータ制度導入による企業価値への影響を分析した 2 つの論文(Ahern and Dittmar,2012; Nygaard,
2011)を概観する。一般に、ジェンダー・クオータ制度の議論は、政策評価の観点から行われるケースが多い
が、ここでは、企業レベルで積極的に女性取締役の登用を推進する際の示唆とする。したがって、クオータ制
度の内容に関する議論は捨象する。
Ahern and Dittmar(2012)は、クオータ制度によって、平均すると取締役の 30%を入れ替えなければな
らないような急速な変革が起きた際の企業価値への影響について、以下の 3 つの仮説を設定した。
(1) 制度施行以前に任命された取締役が、企業価値を高めるように選ばれている場合、ジェンダー・クオータ
制度は、企業価値を高める上での制約となり、企業価値を低下させる。
(2) これまで経営者にとって都合のよい取締役が任命されていた場合、ジェンダー・クオータ制度は、そのよう
な選択を排除できるため、企業価値を高めることが可能である。
(3) そもそも取締役会が見せかけの存在(window-dressing)であるため、ジェンダー・クオータ制度は、企業価
値に影響しない。
117
彼らは、248 社の上場企業について分析を行った。まず、ジェンダー・クオータ制度を導入する可能性がある
ことを公表した日の投資家の反応を確認するため、イベントスタディ分析を行った。この分析から、ジェンダー・
クオータ制度施行以前に、女性取締役が 1 人もいない企業群の CAR は-3.55%下落し、1 人以上いる企業群
では、-0.02%と大きな下落はなかった。したがって投資家は、女性取締役が急激に増加することに対して、ネ
ガティブな認識を持っていたと考えられる。次に、女性取締役の増加と企業価値(産業調整済みトービンの Q)
との関係について、ジェンダー・クオータ制度施行後、女性取締役を 10%増やした場合、企業価値は 12.4%低
下するという分析結果を得た。これらの分析結果から、クオータ制度は、企業価値に対してネガティブな影響を
与えると考えた Ahern and Dittmar(2012)は、制度施行後の取締役会の特徴を分析した。その結果、制度施行
後に就任した女性取締役は、よりよい教育を受けているものの、経験が浅く(前職にて CEO の経験をしている
女性が少ない)、年齢が若いという特徴を見出した。また、女性取締役をより多く登用した企業の資金調達や投
資政策についてみると、パフォーマンスの低い買収を行っていることが明らかとなった。これらの分析結果から、
ジェンダー・クオータ制度の導入によって、企業は急速に取締役を交代せざるをえなかったため、経験の浅い
取締役が増え、取締役会全体のパフォーマンスが低下したと結論付けている。
これに対して、Nygaard(2011)は、クオータ制度による女性取締役登用の効果は、社外取締役を登用するこ
とと同様の効果(モニタリング効果)があると仮定した。しかしながら、モニタリング効果が発揮されるためには、
登用された女性取締役にとって、内部出身者の取締役と同様に社内の情報にアクセスしやすい環境が必要で
ある。このような環境は、企業の情報開示に対する姿勢と相関すると考え、情報開示の優れた企業においては、
女性取締役の登用が企業価値に対してプラスの影響を与えるという仮説を設定した。
図表 4-12 男女のリーダーシップ行動の違いと企業の組織パフォーマンスへの影響
(劣、多)
(優、多)
多
情報の非対称性が小さく、制度
施行前の女性役員の数が少な
いほどCARは大きい
+1.0%
制
度
施
行
前
女
性
役
員
数
+0.3%
(劣、少)
(優、少)
+0.8%
+3.3%
少
劣
制度前の女性取締役数が同程
度でも、情報の非対称性が小さ
いほど、CARは大きい。
情報開示の優劣
優
※丸枠内は前営業日から翌営業日までのCAR
(出所)Nygaard(2011)をもとに日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
118
具体的には、情報開示の程度と女性取締役の登用による影響を検証するため、図表 4-12 のようにサンプル
を 4 つに分類して、各グループの CAR を比較した。分析の結果、制度施行前の女性取締役の人数が少なく
情報開示が優れているグループの CAR は、+3.3%と、他グループの CAR よりも大きいことを明らかにした。
Nygaard(2011)は、企業パフォーマンスに与える影響についても分析を行い、情報開示が優れており、女性
取締役を多く登用するほど、ROA を上昇させる効果が高いことを確認した。これらの結果から、情報開示が優
れている企業では、女性取締役によるモニタリング効果が強く表れ、企業価値が向上したと結論付けている。
このように、2 つの研究において異なる分析結果が得られた背景には、両者の分析方法の違いによる影響が
あるものの、以下の示唆を得ることができよう。すなわち、望ましい取締役構成が実現されている場合には、拙
速に女性取締役を登用することは、企業経営にネガティブな影響を与える可能性がある。ただし、その要因の
1 つは情報格差に起因するものであるため、取締役会の運営を工夫することにより、マイナスの効果を上回るよ
うなベネフィットが得られる可能性がある。したがって、企業が積極的に女性取締役の登用を推進する際には、
男女の性差に関係なく能力を基準に登用することが求められるのはもちろんのこと、情報共有の面で格差が生
じないような工夫が求められよう。
4.2.6 小括
以上のサーベイ結果から、次のようにまとめることができる。第 1 に、業界レポートによると、いずれも女性取
締役と企業の財務パフォーマンスにはプラスの関係があることが示される。また、学術論文でもプラスの効果が
あるとする研究が多数存在する。その背景として最も有力な理論は、資源依存理論(Resource Dependence
Theory)である。すなわち、取締役構成の多様化は、異なる価値の資源を企業に供給することになり、企業のパ
フォーマンスが向上することが期待される。しかし、企業を取り巻く環境は複雑かつ多様であり、企業のパフォ
ーマンスに影響を及ぼす重要なダイバーシティは国や地域によって異なるため、プラスとマイナスの効果がオ
フセットして明確な結果を得にくい可能性が指摘されている。
第 2 に、女性取締役が企業の財務パフォーマンスに効果があることを明確にするため、企業の組織論の観
点からその影響経路について分析が行われつつある。現実には女性取締役登用が進んでおらず、この背景
には、トークニズムとして説明されるように、企業の見栄えを良くするために企業は女性取締役を一人だけ採用
し、女性が取締役として成功するように導かない企業文化がある。女性取締役と企業の財務パフォーマンスを
分析する際には、この影響を考慮する必要がある。
第 3 に、女性を取締役に登用して企業の財務パフォーマンスを向上させるためには、企業は女性の意欲を
サポートし、男性は女性が取締役になるには特別な障壁があることを認識するべきである。他方、拙速に女性
取締役を登用することは企業経営にマイナスの影響を及ぼす可能性があるため、男女公平な基準により登用
することが求められる。また、登用された女性取締役がパフォーマンスを発揮するためには、自社に関する情
報格差が生じないようにするなどの配慮が重要である。
119
4.3 国内における先行研究のサーベイ
次に、我が国における女性取締役比率と企業の財務パフォーマンスの関係について調査する。前節と同様
に業界誌と学術論文に分類した上でサーベイを行う。
4.3.1 業界誌による認識
(1)大和総研のレポート
伊藤(2015)は、2015 年 1 月 9 日時点でデータが取得可能な 1,870 社について、株式パフォーマンスおよび
ROE と女性役員の登用との関係について分析を行っている。
図表 4-13 は、2010 年初から 2014 年末までの 5 年間の株式パフォーマンスを比較したものである。TOPIX
配当込指数の年率リターンが 11.5%であるのに対して、女性取締役比率 10%以上のポートフォリオの年率リタ
ーンは 12.7%と市場を上回ることが確認される。一方、女性取締役比率が 0%超 10%未満のポートフォリオの
年率リターンは 7.8%と市場を大きく下回ることが確認される。また、ポートフォリオのリスクについてみると、
TOPIX 配当込指数の年率換算後のリスクは 17.7%であるのに対して、女性取締役比率 10%以上のポートフォ
リオは 17.4%となっており、リスクの高さがリターンの源泉になっているわけではないことを確認している。なお、
女性取締役比率が 0%超 10%未満のポートフォリオのリスクは 19.7%と、他のポートフォリオに比べて高いこと
が確認されている。
図表 4-13 女性取締役と株式パフォーマンス
リスク
パフォーマンス
17.4%
女性取締役
10%以上
12.7%
19.7%
女性取締役
0%超10%未満
7.8%
17.7%
TOPIX配当込指数
11.5%
0%
5%
10%
15%
20%
25%
(出所)伊藤(2015)
図表 4-14 は、2014 年末時点において、各グループの実績 ROE と予想 ROE の平均を比較したものである。
分析対象全体の実績 ROE は 7.6%、予想 ROE は 8.2%であるのに対して、女性取締役比率が 10%以上の実
績 ROE は 8.5%、予想 ROE は 8.6%となっており、相対的に高い水準であることがわかる。一方、女性取締役
120
比率 0%超 10%未満についてみると、実績 ROE は 6.5%、予想 ROE は 7.7%となっており、女性取締役なし
のケース(実績 ROE:7.6%、予想 ROE:8.2%)よりも低い水準となっている。
これらの結果について、伊藤(2015)は、女性取締役比率 10%以上の企業は、女性の活躍を推進することが
企業業績に好影響を与える可能性あると指摘する一方、女性取締役比率 0%超 10%未満の企業については、
女性取締役の登用による効果が発揮できていない企業が存在する可能性を挙げている。
図表 4-14 女性取締役と ROE
社数
分析対象企業全体
実績ROE
予想ROE
1,845
7.6%
8.2%
女性取締役あり
197
7.9%
8.3%
女性取締役なし
1,648
7.6%
8.2%
140
8.5%
8.6%
57
6.5%
7.7%
女性取締役比率10%以上
女性取締役比率0%超10%未満
(出所)伊藤(2015)
4.3.2 学術論文における調査
(1) 女性取締役を登用する企業の特徴
森川(2014)は、2011 年 12 月から 2012 年 2 月にかけて行った「企業経営と経済政策に関する調査」(2012
年)のデータに、同じ年の「企業活動基本調査」(経済産業省)を企業レベルでマッチさせた 3,198 社のデータ
を用いて分析を行っている。このデータを用いて、女性取締役および女性社長の有無、女性取締役比率につ
いて分析を行うことにより決定要因を確かめている。
図表 4-15 女性取締役の登用に与える決定要因(5%水準)
女性取締役あり 女性取締役比率
女性社長
企業規模(対数従業者数)
企業年齢
-
-
子会社ダミー
-
-
上場企業ダミー
-
-
オーナー経営ダミー
+
+
労働組合ダミー
-
-
取締役数
+
+
外資比率
+
(出所)森川(2014)をもとに日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
121
図表 4-15 は、森川(2014)の主要な分析結果について推計された係数の符号(5%水準)を掲載したものであ
る。女性取締役がいる企業もしくは女性取締役比率が高い企業の特徴として、企業年齢が若い、親会社がな
い、未上場、オーナー経営、労働組合がない、取締役数が多い、ことが挙げられる。女性社長である企業は、
オーナー経営以外は有意な結果が得られておらず、前述のケースに比べてやや異なる傾向が示される。
この結果について、森川(2014)は、歴史の長い上場大企業やその子会社では女性が役員になるのが難し
い傾向があることを示しており、「ガラスの天井(glass ceiling)」の存在を示唆していると述べている。
辻本(2013)は、全上場企業を対象に、2007~2010 年をサンプル期間として 2 つの実証分析を行った。1 つ
は、株式所有構造と女性役員の登用であり、いま 1 つは女性役員比率と企業パフォーマンスの関係について
である。ここでは、前者について取り上げる。後者については、この後の企業パフォーマンスとの関係の中で取
り上げる。
辻本(2013)は、CSR 企業総覧と NEEDS-Cges からデータが取得可能な企業をもとに分析しており、firm-year
サンプルは 3,095 社となる。図表 4-16 は、辻本(2013)の主要な分析結果における推計値の符号(5%水準)を
掲載したものである。各年の分析結果にはバラつきはあるものの、推計された符号をみると一貫する傾向が得
られている。女性役員がいる企業の特徴として、外国人持株比率が高く、株式持合比率が低いことが挙げられ
る。機関投資家持株比率や ROA は女性役員の登用に影響を与えない様子がみてとれる。
図表 4-16 株主所有構造と女性役員の登用との関係(5%水準)
2007年
2008年
2009年
2010年
全サンプル
+
+
+
-
-
機関投資家持株比率
外国人持株比率
+
株式持合比率
-
-
ROA
(出所)辻本(2013)をもとに日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
(2) 企業業績との関係
辻本(2013)は、前述の結果を確かめた上で、企業パフォーマンスの代理変数として ROA およびトービンの Q
と女性役員比率の関係について分析した。その際、内生性の問題への対処として、1 期前の女性役員比率が
企業パフォーマンスに与える影響についても分析したほか、トービンの Q を用いる際には説明変数に ROA を
加えることにより業績の影響をコントロールした。図表 4-17 は、主要な分析結果における推計値の符号を示し
たものである。Panel C,D は 1 期ラグを適用した分析であるため、2010 年の分析結果は得られない。分析結果
をみると、ROA に対する影響は殆どみられないが、トービンの Q に対してはプラスの影響があることがみてとれ
る。この結果は、女性役員を登用することで企業価値が高まる可能性を示唆するものと考えられる。なお、辻本
(2013)は、前述の結果に対して、女性役員が株式所有者構造と相関している可能性を考慮した追加分析を行
っており、分析結果の頑健性を確かめている。
122
図表 4-17 企業パフォーマンスと女性役員の登用との関係(5%水準)
2007年
2008年
2009年
2010年
全サンプル
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
n/a
+
+
n/a
n/a
Panel A:ROA
女性役員比率
Panel B:トービンのQ
女性役員比率
ROA
Panel C:ROA(1期ラグ)
女性役員比率
Panel D:トービンのQ(1期ラグ)
女性役員比率
ROA
+
+
+
+
+
+
(出所)辻本(2013)をもとに日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
辻本(2013)の分析結果は、女性役員を登用することにより企業経営に対してプラスの効果があることを示唆
するものであるが、そのメカニズムは明らかではない。この点について接近を試みるために、Siegel・児玉(2011)、
乾ほか(2014)の 2 つの研究を概観する。
Siegel・児玉(2011)は、2001 年、2004 年、20006 年の 3 時点における事業所・企業統計調査、企業活動基本
統計調査、賃金構造基本統計調査のパネルデータを用いてマッチングを行ったデータを用いることにより、従
来の研究では考慮されなかった、リーダー的地位にある女性を雇う効果と一般労働者による効果の峻別およ
びパートタイム労働者を雇用することによる人件費の節約効果をコントロールすることに成功した。
Siegel・児玉(2011)は、サンプルを製造業とサービス業に分類した上で、ROA や生産性への影響を推定する
とともに、労働者の賃金関数や女性役職者の登用について推定を行った。その結果、日本の製造業は、女性
役員や女性管理職を雇うことによって利益を得ており、その利益の大部分が人件費節約にあることを明らかに
した。すなわち、彼らの結果は、Becker の「差別的嗜好」を持つ企業が存在することを示唆している。ただし、賃
金格差だけで全てが説明されるわけではなく、高い収益性の一部は、女性の経営参画が企業の生産性を高
める効果によるものであることが示される。他方、この結果はサービス業には当てはまらない。この点について、
彼らは、サービス業においては、製造業に比べて女性を雇うことによる競争上の差別化の機会が少ない可能
性を指摘している。
これに対して、乾ほか(2014)は、企業業績を直接の分析対象とするのではなく、取締役会のダイバーシティ
がイノベーション活動に与える影響について分析している。彼らは、先行研究の示唆に依拠して、デモグラフィ
ー型とタスク型の、2 つのダイバーシティのタイプに注目した。具体的には、デモグラフィー型ダイバーシティの
変数として、役員の性別や年齢を取り上げる一方、タスク型ダイバーシティの変数として、就業年数、在職年数、
教育年数、専攻、を取り上げた。また、イノベーション活動の代理変数として、研究開発投資集約度(研究開発
費/売上高)と特許出願件数に注目した。彼らは、役員四季報(東洋経済新報社)と日経 NEEDS 企業財務
(日本経済新聞社)から得られるデータのうち、有価証券報告書を提出する一般事業会社の 2000~2012 年度
のパネルデータを用いて分析を行った。
123
分析の結果、企業の固有の要因をコントロールすると、ダイバーシティは何れも統計的に有意な影響をもた
らさないことが明らかとなった。ただし、幾つかのサブサンプルに分類した分析によると、外資比率の高い企業
や、国際化が進展している産業に属する企業においては、女性役員比率が企業のイノベーション活動の一部
にプラスの影響を与えることが示された。この結果について、彼らは、取締役会のダイバーシティがイノベーショ
ン・インセンティブを高めるためには、ダイバーシティ・マネジメント能力の蓄積が必要であると述べている。
以上の 2 つの研究結果は、女性役員を登用することのダイバーシティ効果として、生産性の上昇やイノベー
ション活動の促進を示唆するものであり、互いに矛盾するものではないと考えられる。しかしながら、我が国に
おける女性役員の登用に関する議論は緒に就いたばかりであり、海外に比べると、女性役員を登用することの
効果について十分な研究が行われているとは言い難い。今後、多くの実証研究の蓄積が望まれるところであ
る。
4.3.3 小括
4.3 節のサーベイ結果について、次のようにまとめることができる。第 1 に、業界レポートや学術論文によると、
いずれも女性取締役と企業の財務パフォーマンスにはプラスの関係があることが示される。第 2 に、財務パフォ
ーマンスを高める要因として、製造業では女性役員や女性管理職を雇うことによる人件費節約の効果とともに、
女性の経営参画が企業の生産性を高める効果があることを指摘する研究がみられた。また、外資比率の高い
企業や国際化が進展している産業に属する企業において、女性役員比率が企業のイノベーション活動にプラ
スの影響を与えることを指摘する研究がみられた。以上のサーベイ結果は、女性取締役と企業の財務パフォー
マンスにはプラスの関係があることを明らかにした海外の先行研究と整合的なものであると考えられる。ただし、
海外に比べると、日本における先行研究は少ないため、ここで得られた知見をさらに検証していくことが求めら
れるだろう。
124
4.4 我が国におけるボードダイバーシティの現状
我が国企業においては、女性役員の登用に関する議論は緒に就いたばかりであり、女性役員の数は徐々
に増えているものの、国際的にみると登用水準は低いものとなっている。したがって、ボードダイバーシティが
企業業績に与える影響について詳細な分析を行うためには、データの蓄積を待って検証する必要があると考
えられる。
そこで本節では、詳細な分析は将来の課題とした上で、まず、女性役員の有無による企業特性の違いや企
業業績との関係について分析することにより、我が国における現状を把握する。分析に際しては、Siegel・児玉
(2011)に依拠して、製造業と非製造業にサンプルを分類するほか、乾ほか(2014)の示唆を援用して、企業の多
角化度合との関係に注目する。この点について、企業経営が複雑になるほど取締役会のアドバイザーとしての
役割が重要になることを指摘した Coles et al.(2008)の議論を踏まえると、事業領域の複雑性が高いと考えられ
る多角化企業においても、アドバイザーとしての機能がより重要になると思われる。乾ほか(2014)が示唆するよ
うに、女性役員比率とイノベーション活動の間に相関関係がみられる点を考慮すれば、多角化が進展する企
業ほど、イノベーションにつながるようなアドバイザー機能を期待して女性役員を登用する可能性が考えられ
る。
(分析データ)
本節では、CSR 企業総覧 2015 年版に掲載される役員(執行役員を除く)の男女別人数を用いる。女性役員
の登用と企業特性の関係を分析する際には、各変数(設立年数を除く)における 2011~2013 年度までの 3 年
間の平均値を用いる。他方、企業業績との関係を分析する際には、経常 ROE を用いる。分析に使用する財務
変数の実績値は、日経 NEEDS のデータを用いる。分析対象となるサンプルは、CSR 企業総覧 2015 年版に掲
載される企業のうち、女性役員の人数が開示されている一般事業会社 827 社である。なお、異常値への対処と
して、企業特性と企業業績を表す変数のうち上下 1%の値を超える場合には、1%の閾値で置き換える処理
(winsorization)を行う。
各変数の定義を図表 4-18 に示す。Panel A はボードダイバーシティに関する変数である。本節では、主とし
て女性役員数に注目した分析結果を報告するが、女性役員比率による分析も行い、分析結果に違いがみられ
ないことを確かめている。Panel B は、企業特性を表す変数であり、女性役員の登用と企業特性の関係を分析
する際に分析対象となる。設立年数を除く、全ての変数について、2011~2013 年度における平均を用いてお
り、女性役員の登用に影響を与える変数としてみるものである。ここでは、企業財務や企業収益などの標準的
な変数の以外に、企業の多角化の程度を表す指標として、セグメント数、コア企業ダミー、ハーフィンダール指
数18、海外売上高比率に注目する。多角化が進展するほど、セグメント数やハーフィンダール指数は大きくなる。
コア企業ダミーは、多角化の質が関連的なものである場合には 1 をとり、そうでない場合には 0 をとる変数であ
る。海外売上高比率は、グローバル化の程度を表すと考えられることから、広義の意味では多角化と捉えられ
る変数である。Panel C は、企業の業績を表す変数であり、2013 年度の実績ベースの経常 ROE と、2014 年度
18
ハーフィンダール指数は、市場の集中度を測る指標であり、ここでは、企業のセグメント別売上高の集中度を測る指標として用
いる。企業における多角化が進展するほど集中度は低下する。なお、計算定義は図表 4-18 を参照。
125
の予想ベースの経常 ROE を取り上げる。なお、後者については、東洋経済新報社が予想する経常利益につ
いて、2015 年 2 月末現在で取得できる直近の予想値をもとに算出する。
次に、各変数の記述統計を図表 4-19 に示す。Panel A は、分析対象企業のうち製造業の統計量を示すのに
対して、Panel B は非製造業の統計量を示している。企業数は、それぞれ 432 社、395 社となっている。役員数
合計のオブザベーションが女性役員数を下回るのは、女性役員数のみ開示されるケースがあるためである。
製造業における女性役員の状況についてみると、女性役員数の平均は 0.21 人となっており、中央値は 0 人
である。同様に、女性役員比率は 1.8%と低い水準であることがわかる。一方、非製造業においても、女性役員
数の平均は 0.30 人、中央値は 0 人と、製造業と同様の傾向が示される。また、女性役員比率は 2.6%と殆ど同
程度の水準になっている。役員数合計の平均値をみると、製造業と非製造業で、それぞれ 11.02 人、10.78 人と
なっているほか、標準偏差や中央値は殆ど同程度となっており、両者の水準に違いはみられない。その他の
変数については、後述する女性役員の登用と企業特性の関係においてみていくことにする。
図表 4-18 変数の定義
Panel A:ボードダイバーシティ
女性役員数
役員数合計
女性役員比率
Panel B:企業特性
外国人持株比率
*
経常ROE
*
ROA
*
売上成長率
*
有利子負債比率
*
研究開発費率
*
総資産
*
設立年数
セグメント数
*
コア企業ダミー
*
ハーフィンダール指数
*
海外売上高比率
*
Panel C:企業業績
経常ROE(実績)
経常ROE(予想)
女性役員数
男性役員数+女性役員数
女性役員数/役員数合計
外国人持株数/発行済株式数
経常利益/自己資本
事業利益/総資産
売上高/前期の売上高-1
(借入金+社債+転換社債)/総資産
研究開発費/売上高
総資産の対数
社齢
セグメント情報として報告される事業の数
任意のセグメントの売上高が売上高合計の80%以上を占める場合に1、他の場合は0
1-Σ (セグメント別売上高/売上高)2
海外売上高/売上高
2013年度の実績経常ROE
2014年度の予想経常ROE
注:*の表記がある変数は 2011~2013 年度の平均値
(出所) 日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
126
図表 4-19 変数の記述統計
オブザベー
ション
Panel A:製造業
女性役員数
役員数合計
女性役員比率
外国人持株比率
経常ROE
ROA
売上成長率
有利子負債比率
研究開発費率
総資産
設立年数
セグメント数
コア企業ダミー
ハーフィンダール指数
海外売上高比率
経常ROE(実績)
経常ROE(予想)
Panel B:非製造業
女性役員数
役員数合計
女性役員比率
外国人持株比率
経常ROE
ROA
売上成長率
有利子負債比率
研究開発費率
総資産
設立年数
セグメント数
コア企業ダミー
ハーフィンダール指数
海外売上高比率
経常ROE(実績)
経常ROE(予想)
平均
標準偏差
最小値
中央値
最大値
432
428
428
565
565
565
556
565
565
565
565
565
565
565
565
559
559
0.21
11.02
1.8%
16.0%
11.4%
5.5%
9.5%
17.7%
3.3%
11.6
68.4
2.61
0.45
0.35
31.5%
11.5%
12.4%
0.63
5.28
5.0%
13.8%
9.7%
4.8%
12.7%
14.6%
3.8%
1.8
22.1
1.49
0.50
0.28
27.0%
9.3%
10.5%
0
2
0
0
-50.0%
-24.3%
-33.9%
0
0
6.8
1
1
0
0
0
-27.6%
-20.2%
0
10
0
13.2%
11.1%
5.2%
8.5%
15.6%
2.3%
11.5
67
2
0
0.38
28.7%
11.1%
11.2%
7
34
31.3%
50.3%
56.3%
26.5%
88.0%
69.3%
22.5%
15.3
133
7
1
0.79
84.3%
53.7%
63.9%
395
388
388
591
591
591
574
591
591
591
591
591
591
590
591
585
585
0.30
10.78
2.6%
10.6%
13.0%
5.8%
8.6%
18.6%
0.3%
10.8
48.8
2.64
0.52
0.31
5.0%
13.2%
14.8%
0.80
5.24
6.2%
12.8%
12.9%
6.0%
14.4%
17.6%
1.6%
2.0
25.2
1.52
0.50
0.27
13.4%
11.8%
13.1%
0
2
0
0
-56.0%
-24.3%
-33.9%
0
0
6.8
3
1
0
0
0
-27.6%
-20.2%
0
10
0
4.3%
11.8%
4.8%
6.4%
14.4%
0.0%
10.5
48
2
1
0.30
0.0%
11.8%
12.5%
10
34
31.3%
50.3%
56.3%
26.5%
88.0%
69.3%
22.5%
15.3
129
7
1
0.79
84.3%
53.7%
63.9%
(出所) 日経 NEEDS、東洋経済新報社、東洋経済新報社・CSR 企業総覧をもとに
日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
127
(女性役員の有無による企業特性の違い)
図表 4-20 は、サンプルを製造業(Panel A)と非製造業(Panel B)に分類した上で、さらに女性役員がいない
企業(図表 4-20 の①)、女性役員が 1 名の企業(同②)、女性役員が 2 名以上の企業(同③)、にそれぞれ分
類した場合の各変数の平均値を示したものである。また、女性役員がいない企業に対して、1 名および 2 名以
上の企業における企業特性の違いを明らかにするために、それぞれ平均の差を算出し、統計的な有意性を確
かめる。
図表 4-20 女性役員の有無による企業特性の違い
女性役員なし 女性役員1名
①
②
Panel A:製造業
外国人持株比率
経常ROE
ROA
売上成長率
有利子負債比率
研究開発費率
総資産
設立年数
セグメント数
コア企業ダミー
ハーフィンダール指数
海外売上高比率
(企業数)
Panel B:非製造業
外国人持株比率
経常ROE
ROA
売上成長率
有利子負債比率
研究開発費率
総資産
設立年数
セグメント数
コア企業ダミー
ハーフィンダール指数
海外売上高比率
(企業数)
差
②-①
女性役員2名以上
③
14.5%
11.2%
5.5%
9.2%
17.7%
3.1%
11.4
68.4
2.5
0.46
0.34
30.8%
349
22.8%
12.1%
5.2%
9.0%
19.8%
4.1%
12.5
70.2
3.2
0.34
0.43
37.4%
60
8.3%
0.8%
-0.3%
-0.2%
2.1%
1.0%
1.1
1.9
0.7
-0.12
0.09
6.6%
***
9.4%
13.2%
5.9%
8.6%
18.1%
0.3%
10.5
49.2
2.6
0.51
0.31
4.8%
298
16.0%
12.3%
5.6%
8.2%
23.0%
0.3%
11.7
46.3
2.7
0.61
0.29
4.3%
65
6.7% ***
-0.9%
-0.2%
-0.4%
4.9%
0.0%
1.1 ***
-2.9
0.1
0.10
-0.02
-0.6%
***
***
**
**
差
③-①
28.8%
14.4%
8.0%
10.8%
10.1%
4.7%
12.8
64.8
2.6
0.52
0.35
29.5%
23
14.3%
3.2%
2.5%
1.6%
-7.6%
1.5%
1.4
-3.5
0.1
0.06
0.01
-1.3%
***
**
***
17.4%
16.7%
7.7%
9.1%
16.2%
0.1%
12.1
44.1
2.9
0.49
0.37
6.8%
32
8.1% ***
3.5%
1.8%
0.5%
-1.9%
-0.1%
1.5 ***
-5.1
0.3
-0.03
0.06
1.9%
***
***
注:有意水準 1%(***)、5%(**)に応じてアスタリスクを付与
(出所) 日経 NEEDS、東洋経済新報社、東洋経済新報社・CSR 企業総覧をもとに
日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
分析の結果、製造業と非製造業に共通する傾向として、女性役員がいない企業に比べて、女性役員が 1 名
もしくは 2 名以上いる企業は、外国人持株比率が高く、総資産が大きい傾向がみてとれる。外国人持株比率が
高い点については、辻本(2013)の分析結果と整合的なものとなっており、外国人投資家の存在が女性登用の
ドライバーとなる可能性を示唆している。次に、製造業特有の傾向として、女性役員が 1 名いる企業では、セグ
メント数が多く、非関連多角化の傾向が強く、ハーフィンダール指数が大きい傾向がみてとれる。すなわち、女
性役員の登用と企業の多角化には相関関係があることが示唆される。ただし、女性役員が 2 名以上いる企業
では、このような傾向はみられないことから、上述の仮説(多角化が進展する企業ほど、イノベーションにつなが
128
るようなアドバイザー機能を期待して女性役員を登用する可能性)が示唆されると判断するのは早計である19。
consistent な結果が得られなかった要因として、女性役員が 2 名以上いる企業は 23 社と少ないため検出力が
低下した可能性があるほか、1 名を登用する企業と、2 名以上登用する企業では、女性役員を登用する動機が
異なる可能性が考えられる。その一方、女性役員が 2 名以上いる企業では、経常 ROE や ROA が高く、有利
子負債比率が低い傾向がみられる。
(女性役員の有無による企業業績の違い)
次に、女性役員の有無と企業業績の関係について分析する。まず、女性役員が 1 名いる企業と女性役員が
いない企業について比較したところ、女性役員が 1 名いる企業の企業業績がよいという傾向は見出せなかった。
そこで、女性役員が 2 名以上いる企業について分析したところ、製造業および非製造業の何れにおいても企
業業績がよい傾向が確認された(図表 4-21)。とりわけ、製造業における経常 ROE(実績)は 14.4%となってお
り、女性役員がいない企業に比べて 3.2%ポイント高いものとなっている。この差は 5%水準で有意である。また、
非製造業における経常 ROE(実績)は 16.7%と、同様に 3.5%ポイント高いものである(ただし、有意水準は
10%に低下)。これらの分析結果は、あくまで予備的な分析であり、因果関係を示すものではない。しかしなが
ら、女性役員が複数いることの重要性を指摘した海外の先行研究と整合的な結果となっており、女性役員を登
用することにベネフィットがある可能性を示唆するものと思われる。
図表 4-21 女性役員の有無による企業業績の違い
(女性役員なし vs. 女性役員 2 名以上)
女性役員なし(製造業)
女性役員2名以上(製造業)
女性役員なし(非製造業)
18%
20%
16%
18%
17.6%
16.7%*
14.4%**
14%
16%
12.4%
12%
女性役員2名以上(非製造業)
14.9%
12.7%
14%
11.2%
10%
13.2%
12%
経常ROE(実績)
経常ROE(予想)
経常ROE(実績)
経常ROE(予想)
注:有意水準 1%(***)、5%(**)、10%(*)に応じて、女性役員が 2 名以上いる企業のラベルにアスタリスクを付与
(出所) 日経 NEEDS、東洋経済新報社、東洋経済新報社・CSR 企業総覧をもとに日興フィナンシャル・インテリジェンス作成
19
このほか、一般に多角化の程度は企業規模と相関するため、このような他の要因をコントロールすることが必要である。
129
4.5 結論(まとめ)
本章では、ボードダイバーシティの効果に注目して、女性役員の登用が企業経営に与える影響に関するサ
ーベイを行った。海外の先行研究によると、多くの論文において、女性役員を登用することは、企業業績にプ
ラスの影響を与える可能性があることが報告されている。この結果を説明する有力な理論として、資源依存理
論(取締役構成の多様化が異なる価値の資源を企業に供給するため、企業のパフォーマンスが向上する)が
挙げられる。ただし、ダイバーシティの効果は国や地域によって異なるため、無条件にプラスに働くわけではな
い。また、トークニズムとして説明されるような企業行動もみられるなど、女性役員が十分に活躍できないケース
も報告されている。
国内の先行研究についてみると、女性役員の登用と株価や企業業績の間にはプラスの相関関係があること
が報告されている。この要因として、差別的嗜好をもつ企業の存在、女性役員が経営に参画することによる生
産性向上やイノベーション活動の促進などが示唆される。
次に、我が国企業における女性役員の登用と企業特性および企業業績との関係を確かめた。分析の結果、
製造業および非製造業に共通する傾向として、女性役員がいない企業に比べて、女性役員が 1 名もしくは 2
名以上いる企業は、外国人持株比率が高く、総資産が大きい傾向が明らかとなった。製造業の特徴として、女
性役員が 1 名いる企業では、多角化の程度が高く、女性役員が 2 名以上いる企業では、経常 ROE や ROA が
高く、有利子負債比率が低い傾向がみられた。
企業業績との関係についてみると、女性役員がいない企業と 1 名いる企業との比較では、明確な傾向は見
出せなかったが、女性役員が 2 名以上いる企業との比較では、一部の分析結果において企業業績が優れて
いる様子が確認された。これらの分析結果は、因果関係を確かめたものではないものの、女性役員が複数いる
ことは、企業経営にプラスの影響を与える可能性があることを示唆している。この点を確認することは、今後の
課題であろう。
130
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Discussion Paper Series 14-J-025.
132
5. おわりに
本報告では、企業における女性活躍推進の状況を明らかにするために、次の 3 つの観点から調査・分析を
行った。第 1 に、我が国において女性活躍推進を阻害する要因を明らかにするために、課題解決に取り組む
企業に対してヒアリング調査を行った(第 2 章)。第 2 に、女性の労働参加およびリーダーシップの視点から、国
際比較を通じて、我が国の女性活躍推進の状況を分析した(第 3 章)。第 3 に、女性の活躍推進と企業経営と
の関係について確かめるために、先行研究の調査を行った(第 4 章)。分析の結果、各章で得られた結論は以
下の通りである。
第 2 章における分析の結果、製造業においては、男性に比べて女性の就業率は低いものの、M 字カーブは
みられないことが明らかとなった。その一方、非製造業においては 29 歳までの女性の就業率は男性に比べて
同水準もしくはそれ以上であるものの、30 歳以降は低下しており、M 字カーブが生じている様子が確認された。
そこで、製造業と非製造業の特徴の違いを考慮して、製造業からは、女性の職域が限定的である一般機械器
具製造業および 40 歳以降の女性従業員比率に低下傾向がみられる電子部品・デバイス製造業を抽出した。
非製造業からは、男女の就業率の水準には差がみられないものの M 字カーブが顕著にみられる卸売・小売業
および男性に比べて専門的・技術的職業従事者数の水準が低く、30 歳以降の就業率の低下が顕著な情報通
信業を抽出した。続いて、各フォーカスセクターにおける企業に対してヒアリング調査を行った結果、次の状況
が明らかとなった。女性社員の新卒採用については、技術系の女性採用が困難であることが指摘されており、
女性向けのセミナー、リクルーターの配置、パンフレットの配布といった取り組みが行われている。女性社員の
職域拡大については、それ自体を課題とするケースは少なく、むしろ女性社員への過度な配慮を是正する取
り組みが目立つ。女性社員の両立支援については、各社ともに注力しており、復職後のキャリア形成が課題と
なっている。女性社員のマインドセットについては、ロールモデルの欠如や上位職志向の低さが課題として挙
げられたほか、男性社員のマインドセットの重要性も指摘されており、研修やワークショップの開催を通じて女
性のみならず男性に対して気付きの機会を提供する試みが行われている。女性社員の登用は、各社共通する
課題となっている。この課題に対して、女性に配慮した登用基準を設けるケースと、公平性の観点から男女の
区別のない基準を設けるケースがみられるほか、女性登用の目標を設定することによりコミットするケースもあ
れば、目標の達成が優先されることを懸念して設定しないケースもみられる。以上のような女性活躍推進の取り
組みは、競争力強化の観点から、経営戦略の 1 つとして位置付けられるケースが多くみられる。取り組みを加
速するために、経営層のコミットが欠かせないことは共通の認識となっており、経営層が明確なメッセージを発
信するとともに、管理職を含む従業員全員が取り組みの目的を共有することが重要である。
第 3 章における国際比較の結果、多くの欧米先進国の女性の就業率は高い水準にあるものの、それに比較
してリーダーシップにおける女性比率が少ないことが明らかとなった。我が国の女性の活躍推進は労働参加と
リーダーシップの 2 面を政策課題としている。女性の労働参加を高めるためには、女性の期待賃金が上昇する
ような施策や子育てと仕事の両立を可能とするようなワーク・ライフ・バランス施策が求められる。女性の労働参
加については、とくにヨーロッパ諸国において直近 20 年で女性の就業率が上昇している国が多くみられる。政
策効果も実証的な観点から評価されていることから、先行事例として利用することは検討に値するが、我が国
の社会構造や認識を考慮した政策ミックスが求められる。
133
一方、女性のリーダーシップについては、各国共通の課題となっていることが示される。とりわけ、企業経営
の意思決定を改善し、コーポレートガバナンスを強化すると考えられることから、企業の取締役会におけるダイ
バーシティが注目されている。これに対する取り組みとして、クオータ制の導入や様々なイニシアチブによる取
り組みが行われている。例えば、法的なクオータ制を入れるケースでは劇的な効果がみられるほか、ソフトロー
ベースの規制や自主的なイニシアチブにおいても効果がみられる。このほか、我が国における課題として、大
学レベルにおけるジェンダーギャップの存在、職種業種偏在の問題が挙げられる。女性のリーダーシップを拡
大するためには、これらの問題についても解決することが求められる。
第 4 章における分析の結果、海外の先行研究において、女性取締役と企業の財務パフォーマンスにはプラ
スの関係がある可能性が示唆された。この背景には、取締役構成の多様化が価値の源泉となり、企業業績が
向上することを説明した資源依存理論が有力な仮説として示唆される。ただし、現実には女性取締役の登用
は進んでいないことから、企業の見栄えを良くするために女性取締役を一人だけ登用するようなトークニズムが
成り立っている可能性もあるため注意が必要である。一方、国内の研究についてみると、研究の数は少ないも
のの、女性取締役と企業の財務パフォーマンスにはプラスの関係がある可能性が示唆された。財務パフォーマ
ンスを高める要因として、女性が経営参画することによる生産性を高める効果やイノベーション活動にプラスの
影響を与える可能性がることが示唆された。次に、我が国企業における女性役員の登用と企業業績との関係
を分析した結果、女性役員がいない企業と 1 名いる企業との比較では、明確な傾向は見出せなかったが、女
性役員が 2 名以上いる企業との比較では、一部の分析結果において企業業績が優れている様子が確認され
た。
以上の分析結果から、次の示唆を得ることができよう。第 4 章で述べたように、先行研究の多くは、女性取締
役を登用することによって、企業価値が高まる可能性があることを示唆している。したがって、女性活躍推進に
向けた取り組みは、経済的な観点からみても合理的なものと考えられる。しかしながら、第 2 章で示したように、
我が国企業の状況をみると、登用以前の問題として、女性の労働参加が遅れている様子が示される。この傾向
は、国際的にみるとより顕著である。特に製造業では男女の性差に起因する固定概念から、女性の労働参加
の基礎数が少ない。ヒアリング調査から明らかになったように、女性活躍を推進する上では、業種特有の課題
がみられることから、自社にフィットするような取り組みが求められる。一方、第 3 章で述べたように、女性のリー
ダーは自然には増えないため、何らかの支援施策が必要になる。この点は、企業においても同様である。女性
の労働参加と登用が進まないことは、我が国全体の成長の阻害要因になる可能性がある。今後は、女性の労
働参加を高める取り組みだけではなく、登用につなげていくような取り組みが重要になってこよう。
134
本報告書は、経済産業省からの委託により、日興フィナンシャル・インテリジェンスが作成したも
のです。本報告書は、信頼性の高いデータから作成されておりますが、日興フィナンシャル・イン
テリジェンスはデータの正確性・確実性に関し、いかなる保証をするものではございません。
135
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