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参加選手によるユニバーシアード福岡大会の評価 - Kyushu University

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参加選手によるユニバーシアード福岡大会の評価 - Kyushu University
93
J. Health Sci., 21:93−102, 1999
一研究資料一
参加選手によるユニバーシアード福岡大会の評価
山 本 教 人
吉 田 毅
然 尾 哲 矢*
谷 口 勇 一一**
多々納 秀 雄
Participated Athlete’s Evaluation of The Universiade in Fukuoka
Norihito YAMAMOTO, Tetsuya MATSUO“, Yuichi TANIGUCHI“*,
Takeshi YOSHIDA and Hideo TATANO
はじめに
方
第18回ユニバーシアード福岡大会は,1995年8月23
法
1.調査の対象と方法
日から9月3日にかけての12日間,世界162の国・地
本研究で調査の対象となったのは,「第18回ユニバー
域から5,740人の選手・役員を迎え入れ,盛大に開催
シアード大会1995福岡」への参加選手1,000名であっ
された。「スポーツはかるく国境を越える」を大会ス
た。調査票は日本語によるものの他,英語,ロシア語,
ローガンに掲げた同大会は,冷戦構造の崩壊と,それ
フランス語,中国語,ドイツ語の5ヵ国語に翻訳され
に伴う各地での民族紛争の勃発といった激動の時代の
たもが用意され,ユニバーシアード福岡大会開催期間
なかで,あらためてスポーツのもつ国際交流と平和へ
である1995年8月23日から9月3日にかけて,調査員
の貢献の可能性を問うものであったといえるだろう。
を通じて各選手村に配布され,回収された。合計1,000
また同大会は,「海に開かれたアジアの交流拠点都市」
部の調査票が配布され,562部が回収された(回収率,
づくりをめざす福岡市の都市戦略との関わりでも,重
56.2%)。これらの内の504部が,各種の分析に耐え得
要な大会であった6)。
るものとして今回の分析に用いられた。
このような重要性にも関わらず,ユニバーシアード
福岡大会の評価,わけても参加選手による大会の評価
2.調査の内容
については十分な検討が既になされたというわけでは
今回の調査では,1)選手の基本的属性,2)選手の
ない註D。本稿では,ユニバーシアード福岡大会参加
ユニバーシアード大会に対する評価,3)選手のスポー
選手を対象に,彼らが大会をどのように評価したのか
ツ・キャリア形成過程と,現在と将来のスポーツ生活
を明らかにしょうと思う。このような作業は,ユニバー
について,4)選手が有するスポーツの価値意識や彼
シアード福岡大会がどのような大会であったのかをふ
らが考えるスポーツの効果について,などが明らかに
りかえる意味で重要であるばかりか,今後の国際的な
されるべく質問項目が設定された。本稿においては,
スポーツ・イベントのあり方を考えるEでも重要であ
これらの内1)及び2)を中心に,ユニバーシアード
ろう。
福岡大会参加選手にとってのユニバーシアード大会の
意義と福岡大会への参加目的,ユニバーシアードー般
と福岡大会に対する彼らの評価,福岡大会で催された
イベントや行事への選手たちの参加状況,ホスト国で
Institute of Health Science, Kyushu University 11, Kasuga 816−8580, Japan
“ Faculty of Sports and Health Science, Fukuoka University, Fukuoka 814−0180, Japan
““ Fukuoka City Sports Association, Fukuoka 810−OOOI, Japan
94
健 康 科 学
第21巻
ある日本や福岡に対する彼らの印象などについて順を
育・スポーツ関係」が36%であったが,「その他」と
追って検討を加えていくこととする註2)。いずれの場
する者も38%存在した。専門種目別にサンプルの分布
合にも,まずは全体的な傾向が把握され,続いて性別,
状況をみてみると,「陸上」が全体の27%,「バレーボー
社会体制別,国別,種目別の比較が試みられる。なお
ル」が20%であり,この2種目で全体のほぼ半数を占
国別比較においては,日本,アメリカ合衆国,カナダ,
めている。「体操」や「新体操」はごくごく少数であ
ドイツ,ロシア,中華人民共和国,南アフリカ共和国
った。
の選手の有効回答,283部を分析の対象とした。また
以上のように本研究のサンプルについては,その多
社会体制別の比較においては,これら7ヵ国の内,中
くが大学生であり,男性が女性の約2倍であること,
華人民共和国とロシアを社会主義国として,日本,ア
国別,専門種目別には偏りが大きいことなどを特徴と
メリカ合衆国,カナダ,ドイツ,南アフリカ共和国を
して指摘できよう。したがって,各種の比較分析を試
資本主義国としてそれぞれ分類し,比較分析を行った。
みるには限界があるということを,予め認めておかな
ければならないだろう。このため,国別,種目別の比
結果と考察
較においては,結果に特別な意味があると判断される
1.サンプルの属性
場合を除いては考察を加えないこととする。
本研究のサンプルの属性についてまとめたものが,
表1である。国別にサンプルの分布状況をみてみると,
2.ユニバーシアードの意義と参加目的
「その他」が44%と半数近くを占め,開催国である「日
ここでは,選手たちにとってのユニバーシアード大
本」が全体の20%でそれに続き,残りの6ヵ国がそれ
会の意義と,彼らの福岡大会への競技参加の目的につ
ぞれ5%から6%代を占めている。「その他」のカテ
いて検討してみよう。
ゴリーの割合が高いのは,全体の5%にも満たない回
選手たちにとってのユニバーシアード大会の意義に
答の国が多く,独立に扱うことが困難であったためで
ついて明らかにするために,「大学スポーツ選手にと
ある。性別にみたサンプルの分布状況は,近年,女性
って,ユニバーシアード大会は意義があると思います
のスポーツへの進出が著しくなっているとはいわれつ
か」という質問が設定された。これに対する回答をま
つも,その割合は男性の半分ほどにとどまっているこ
とめたものが表2の左側である。「非常にある」と回
とを示している。ユニバーシアードは大学卒業後2年
答した者は全体の約70%で,「かなりある」をあわせ
までは参加が可能な大会であるが,選手の身分や職業
ると実に93%の者が「ある」と回答している。「大学
に関わる情報は,「大学生」が全体の80%を占め,「そ
生のオリンピック」と形容されるように,ユニバーシ
の他」を除く有職者の割合は,合計しても13%ほどで
アード大会が大学スポーツ選手にとって特別な意味を
あることを示している。選手の大学での専攻は,「体
もっている結果と判断して良かろう。
表1.サンプルの属性
属性
N( 90)
国
日本
28(5.6)
25(5.6)
33(6.5)
ロシア
33(6.5)
ドイツ
34(6.7)
中国
その他
25(5.0)
223(44.2)
性
男性
女性
N( 90)
属性
職業
103(20.4)
南アフリカ
カナダ
アメリカ
属性
大学生
大学院生
大学教職員
農林漁業
会社員
公務員
自営業
その他
専門種目
391(79.1)
19(3.8)
11(2.2)
3(O.6)
41(8.3)
5(1.0)
6(1.2)
18(3.6)
大学での専攻
344(68.3)
160(31.7)
N( 90)
陸上
バスケット
フェンシング
サッカー
新体操
体操
競泳
飛び込み
水球
117(27.1)
41(9.5)
35(8.1)
37(8.6)
2(O.5)
4(O.9)
20(4.6)
13(3.0)
29(6.7)
テニス
16(3.7)
体育・スポーツ関係167(36.0)
バレーボール
85(19.7)
人文・社会科学
自然科学
その他
柔道
野球
16(3.7)
87(18.8)
34(7.3)
176(37.9)
17(3.9)
95
参加選手によるユニバーシアード福岡大会の評価
表2.ユニバーシアード大会の意義と参丁目的
ユニノ、一’ 一
申
非常にある
かなりある
どちらともいえない
あまりない
ほとんどない
N(90)
N(qo)
341(68.6)
120(24.1)
16(3.2)
13(2.6)
7(1.4)
競技に勝つこと・メダル獲得
フェアにプレイすること
ベストを尽くすこと
最高の技術を発揮すること
その他
97(20.4)
62(13.0)
250(525)
50(10.5)
17(3.6)
この質問に対する回答の各種比較分析では,唯一倒
的な参回目的の優位性と,女性のベストを尽くすこと
別の比較において,関係の独立性に関する三無仮説が
という参丁目的の優位性が確認できた。社会体制別の
1%水準の危険率で却下された。先述したように,国
比較では,資本主義諸国において「競技に勝つこと・
別の比較分析は信頼性にかなり問題を含んではいる
メダル獲得」,「ベストを尽くすこと」への回答が社会
が,「非常にある」への回答が86%と比較対象国間で
主義諸国よりも高い割合を占め(それぞれ,社会主義
最も高い値を占めたのが南アフリカ共和国であったこ
諸国の14%に対して28%,34%に対して55%),反対
とは大変に興味深い。国内のアパルトヘイト政策を理
に「フェアにプレイすること」,「最高の技術を発揮す
由に,ながいこと国際大会から閉め出されてきた南ア
ること」への回答は低い値を示した(それぞれ,社会
の選手にとって,「大学生のオリンピック」の意義は
主義諸国の22%に対して5%,28%に対して10%)。
他国の選手以上に大きいといえるのではないだろうか。
しかしながら,これらの結果が何に由来するものであ
福岡大会における選手たちの競技参加の目的につい
るのかを判断することは困難であった。
て明らかにするために,ウエッブ5)がスポーツの価値
国別,種目別の比較においても,どちらも0.1%水
研究に用いた質問項目が・一一一一一部修正して採用された。す
準の危険率で,関係の独立性に関する二巴仮説は却下
なわち,「ベストを尽くすこと」,「競技に勝つこと・
された。これらの結果の解釈は大変困難ではあるが,
メダル獲得」,「フェアにプレイすること」といった既
国別に比較してみると,「競技に勝つこと・メダル獲
になじみの深い項目に,「最高の技術を発揮すること」
得」への回答はアメリカ合衆国において45%と最も高
を加えた4つの選択肢のなかから,選手の競技参加の
く,その値は他国の2倍から3倍を占めていた。多種
目的に最も近いものひとつを選んでもらった。結果は
目でメダルを期待されているような国の選手は,やは
表2の右側に示した。選択肢二二も高い割合の回答を
り勝利という参加目的を選択するのであり,そのチャ
得たものは,「ベストを尽くすこと」の53%であった。
ンスから最初から閉め出されている者は,ベストを尽
国際スポーツ競技大会においては,各種メディアの興
くすことという目的を選択せざるを得ないのだとはい
味・関心が獲得したメダルの色とその個数に集中する
えないだろうか。
のに対して,選手たちにおいては,競技参加の目的が
「競技に勝つこと・メダル獲得」であるとする者は全
3.ユニバーシアードの評価
体の20%と意外にも少なかった。しかしながら,参加
ここでは,大会参加選手たちのユニバーシアードー
選手の競技水準は多様であり,彼らのすべてが自らの
般に対する評価と,福岡大会に対する評価について検
勝利を確信しているわけではないのであるから,この
討してみる。
ように勝利志向的な参加目的を有する者の割合が低
まず,ユニバーシアードー般に対する評価であるが,
く,自己のベストを尽くすという目的を有する者の割
9つの選択肢のなかから今後改革すべきと考えるもの
合が高いという結果は首肯し得るものであろう。
ひとつを選んで答えてもらった。結果は表3の左に示
この質問に対する回答の性別,社会体制別の比較分
すとおりである。「その他」を除く回答で最も割合の
析では,関係の独立性に関する帰無仮説が,それぞれ
高かったものは,「規模の拡大」の17%であり,続い
1%,0.1%水準の危険率で却下された。性別に比較
て「種目」の14%,「開催の方法」,「開催の目的」の10
した場合,「競技に勝つこと・メダル獲得」への回答
%であった。今日のオリンピックでは,巨大化した規
は男性が22%であったのに対して,女性では16%であ
模や競技種目の増大が問題点として指摘されている
が,「規模の縮小」を選択した者はわずか1%であっ
った。また,「ベストを尽くすこと」への回答は男性
の46%に対して女性では65%であり,男性の勝利志向
た。
健 康 科 学
96
第2i巻
表3.ユニバーシアード大会の評価
N(90)
N(90)
開催の目的
開催の方法
種目
対象・参加者
規模の拡大
規模の縮小
競技の方法
競技の目的
その他
42(10.2)
43(10.4)
56(13.6)
34(8.2)
69(16.7)
まったく期待以上
期待を上回った
どちらともいえない
やや期待はずれ
まったく期待はずれ
132(26.8)
250(50.8)
80(16.3)
30(6.1)
o
4(1.4)
31(7.5)
19(4.6)
115(27.8)
性別,社会体制別の比較においては,それぞれ5%
ト政策から自由になり,国際競技大会に参加できたと
と1%水準の危険率で,関係の独、賓性に関する帰無仮
いう選手たちの歓喜する心境が読みとれるかも知れな
説は棄却された。性別の比較では,「規模の拡大」を
い。これとは反対に,大会の雰囲気に対する日本選乎
改革点として指摘する者は男性において多かった(19
の評価が相対的に高くなかったのは,大会前の広報活
%対ll%)。また,社会体制別の比較においてそれを
動などを通じ,選手たちが大会に対するイメージを事
改革点として掲げる者は,社会.セ義諸国において多い
前に作りヒげることができていたためと判断すること
(35%対17%)という結果を示した。しかしながら,
はできないだろうか。種目別の比較の結果については,
これらの結果が何に由来するものなのかを推察するこ
解釈は困難であった。
とは困難であった。
続いて,宇副岡大会に関連のある12の側面についての
国別,種目別の比較では,国とユニバーシアードに
jSE r一たちの評価結果をみてみよう。図1には「どちら
対する評価の関係は独立であるという帰無仮説が,0.1
ともいえない」という中間的回答を除き,「非常によ
%水準の危険率で却下された。「規模の拡大」を改革
い」と「やや良い」をあわせて「良い」,「やや悪い」
点として掲げる者は中国において48%と最も高い値を
と「非常に悪い」をあわせて「悪い」と再分類し直し
示しているが,この結果もその理由を推察することは
た結果を示した。いずれの側面においても大変高い評
困難であった。
価を受けている様了・がうかがえる。なかでも「施設」,
続いて,ユニバーシアード福岡大会に対する選手の
「安全・衛生」,「景観・環境」,「ボランティア」,「選
評価に移ろう。ここでは,福岡大会の全体的な雰囲気
f村」,「競技の運営」に関しては80%以ヒの者が肯定
に対する評価と,施設や交通,宿泊など大会の様々な
的な評価を下しており,福岡大会が成功した大会であ
側面についての評価の結果が検討される。福岡大会の
ったと解釈できそうである。ユニバーシアード大会を
全体的雰囲気に関する参加選手の評価をまとめたもの
契機に国際的なスポーツ・イベントの誘致を積極的に
が,表3の右側である。「まったく期待以h」,「期待
すすめるという計画を有する福岡市にとっては,福岡
をヒ回った」をあわせ肯定的な評価を下した者は全体
大会はそのためのノウハウやソフトを蓄積するという
の78%であり,否定的評価をドした者はわずか6%に
意味で大変重要な大会であった。「施設」や「競技の
過ぎなかった。
運営」が肯定的に評価されているということは,こう
この質問に対する回答の各種比較分析では,国,種
いつた側面での成功を物語るものであろう。また福岡
目と福岡大会の評価との関係が独立であるという帰無
大会は,市民の主体的参加,市民が主役になる参画シ
仮説が,それぞれ0.1%水準の危険率で却下された。
ステムの試行でもあったわけだが,「ボランティア」
国別にみた場合,「まったく期待以L」で高い値を示
や各種の催しやイベントが行われた「選手村」の評価
したのは,南アフリカ共和国とカナダ(それぞれ,54
が高いという結果は,このような側面についても・定
%と46%)であり,逆にこれへの回答が最も低かった
の成果を収めることができたと判断することができよう。
のが開催国日本の6%であった。「やや期待はずれ」
福岡大会に関わる12の側面についての性別の比較で
という否定的回答の割合が高かったのはロシアと日本
は,「競技の運営」,「交通・輸送」,「食事」に関する
で,それぞれ15%と14%であった。南アの選手の大会
比較において,それぞれ1%,1%,5%水準の危険
の雰囲気に対する肯定的な評価からは,アパルトヘイ
率で,関係の独立性に関する帰無仮説が却ドされた。
97
参加選手によるユニバーシアード福岡大会の評価
■良い圏悪い
施設
競技の運営
交通・輸送
宿泊
食事
選手村
大会の盛り上がり
市民との交流
選手間の交流
ボランティア
安全・衛生
景観・環境
。
20
60
40
80
100
o/o
図1.福岡大会の評価
「交通・輸送」に関しては,否定的な回答が女性にお
せて「良い」とする者の割合は,それぞれ資本主義諸
いて高い割合を示している(「やや悪い」と「非常に
国の74%,72%,70%に対して92%,87%,75%),
悪い」をあわせて,男性の12%に対して23%)が,そ
特に「非常に良い」とする者の割合は,資本主義諸国
れがなぜなのかを推察することは困難であった。また,
におけるその割合を大きくL回っている(「大会の盛
「競技の運営」や「食事」に関しても,性別による評
り}二がり」では31%対58%,「市民との交流」では39
価に違いが生じた理由については,解釈が不可能であ
%対65%,「選手間の交流」では22%対35%)。
った。
福岡大会に対する評価の国別の比較では,12の側面
福岡大会の評価に関わる社会体制別の比較では,「宿
すべてにおいて,少なくとも5%水準以下の危険率で,
泊」,「食事」,「大会の盛り上がり」,「市民との交流」,
関係の独立性に関する帰無仮説が却ドされた。国別比
「選手間の交流」において,それぞれ5%,5%,1
較の結果をみてみると,「施設」,「競技の運営」,「交
%,0.1%,5%水準の危険率で,関係の独立性に関
通・運送」,「宿泊」,「選手村」,「大会の盛り上がり」,
する帰無仮説が棄却された。「宿泊」に関しては,資
「市民との交流」において,「やや」と「非常に」をあ
本主義諸国において肯定的な同答が多く (「非常に」
わせた「悪い」という否定的な回答が,開催国である
と「やや」をあわせて「良い」が,社会主義諸国の37
日本において高い割合を占めているということがわか
%に対して61%),社会主義諸国においては,「どちら
る(それぞれ,6%,13%,27%,28%,16%,24%,16
ともいえない」とする中間的な回答の多さが目立って
%)。その割合がいかに大きなものであるかは,図1
いる(43%)。…方,「食事」に関してはこの関係が逆
の全体的な評価と比較してみるとより明らかとなろ
転し,社会主義諸国では89%が肯定的な評価を下して
う。
いるのに対して,資本主義諸国では「どちらともいえ
ところでユニバーシアード福岡大会は,大会スロー
ない」や「やや悪い」で社会主義諸国の値を一L回って
ガンに「スポーツはかるく国境を越える」を掲げ,「海
る(それぞれ,18%対8%,11%対2%)。しかしな
に開かれたアジアの交流拠点都市」づくりという都市
がら,これらの結果が何を意味しているのかは明らか
戦略の意味も担いながら開催された巨大スポーツ・イ
ではない。「大会の盛り上がり」,「市民との交流」,「選
ベントであった。このような,国際都市福岡のアピー
手間の交流」に関しては,いずれも肯定的評価は社会
ルという目的からすれば,外国選手が大会をどのよう
主義諸国において多く(「非常に」と「やや」をあわ
に評価しているのかを知ることは大変に重要である。
第21巻
健 康 科 学
98
したがって,大会の雰囲気と,福岡大会に関わりのあ
図3に示すように,12の側面に関する評価結果をみて
る12の側面に対する外国選手の評価について一一白して
も,「ボランティア」でわずか0.1%肯定的評価の値が
おきたい。図2に示すように,外国選手の福岡大会の
下がっているのを除いて,すべての項目で外国選手の
雰囲気に対する評価をみてみると,84%が「まったく
肯定的評価は図1に示した全体のそれを上回ってい
期待以一h」あるいは「期待を上回った」と答えており,
る。このような外国選手の福岡大会に対する好評価が,
日本を含めた肯定的評価の78%を上回っている。また,
国際社会における福岡市の知名度,認知度の向上に貢
■まったく期待以上
團期待を上回った
團どちらともいえない
團やや期待はずれ
図2.外国選手による福岡大会の雰囲気の評価
■良い圏悪い
施設
競技の運営
交通・輸送
宿泊
食事
選手村
大会の盛り上がり
市民との交流
選手間の交流
ボランティア
安全・衛生
景観・環境
。
20
40
60
%
図3.外国選手による福岡大会の評価
80
100
99
参加選手によるユニバーシアード福岡大会の評価
献ずるであろうことは間違いなかろう。なお,先にも
社会主義諸国に比べ,「かなり参加した」者の割合が
述べたように,大会の雰囲気や様々な側面に対する日
低く (10%対30%),逆に「全然参加しなかった」者
本選手の評価が低いのは,彼らが大会の行われる施設
の割合が高くなっている(35%対25%)。
や競技の運営方法,選手村など大会に関係のある事柄
国別,種目別の比較では,それぞれ0.1%,1%水
について事前に情報を得ていたためではなかろうか。
準の危険率で,関係の独立性に関する帰無仮説が却下
4.各種イベントや催しへの選手の参加状況
況を比較してみると,たとえば日本では,「非常に多
福岡市の桑原敬一市長は,「単なるスポーツ大会で
く参加した」者は皆無であり,60%の者が「全然参加
終わるのなら,たくさんのお金を投資する意味はない」
しなかった」と答えているように,かなりのばらつき
と語ったとされるDように,ユニバーシアード福岡大
があることが明らかとなった。先に述べたような福岡
会にはこれまでの大会にない様々な意味が付与されて
大会の目的や狙いからすれば,選手村で日本や福岡の
おり,そのための新しい試みがとり入れられた大会で
文化を反映するような催しやイベントに,外国選手が
あった。選手村での各種の催し・教室・イベントや「校
どれだけ参加したのかを明らかにすることが求められ
区ふれあい事業」(小さな地区ごとに,特定の国と交
るであろうため,全体の傾向に少なからぬ影響を及ぼ
流したり応援したりするイベント)の試みは,国際都
していると思われる日本のデータを削除し,全体の傾
市福岡の知名度を上げるために企画されたものであっ
向について再検討を試みた。結果は表5の上欄に示し
た。またそこでは,異文化の体験と理解を通じた福岡
た。外国選手に限ってみると,各種催しやイベントに
された。国別に選手村での催しやイベントへの参加状
市民の国際化が狙いとされてもいた。ここでは,この
「非常に多く」と「かなり」をあわせ「参加した」者
ような各種催しやイベントへの選手たちの参加状況に
は37%おり,少なくとも1度は参加した経験をもつ者
ついて検討してみよう。
は82%ほどに達している。国際都市福岡の世界に向け
表4の最上部には,選手が選手村での催しやイベン
てのアピールと,福岡市民の異文化交流を通した国際
トにどの程度参加したかが示されている。回答で最も
化にとって,この数値のもつ意味は大きいといえよう。
多かったのが「少しは参加した」の43%であり,「非
福岡大会では,小さな地区別に,特定の国と交流し
常に多く参加した」,あるいは「かなり参加した」者
たりその国の選手を応援したりする「校区ふれあい事
は,全体の30%であった。70%以上の者は,少なくと
業」というイベントが企画された。次に,これらのイ
も1度は選手村における催しやイベントへの参加経験
ベントへの選手の参加状況について検討してみよう。
を有しているということになる。
結果は,表4の中段と下段に示した。全体の傾向は,
選手村での催しやイベントへの参加状況についての
約半数の者が「校区ふれあい事業」への参加経験をも
性別比較では,性と参加状況との関係が独立であると
ち,そのうち「非常に多く参加した」,あるいは「か
の帰無仮説は棄却されなかったが,社会体制別の比較
なり参加した」者は25%ほどいることが理解できる。
においては,両者の関係が独立であるとする帰無仮説
選手村での催しやイベントへの参加状況と比較すると
が1%水準の危険率で却下された。資本主義諸国では
参加経験者の割合は減るものの,その印象をみてみる
表4.イベントや催しへの参加状況
ベン
非常に多く参加した
68(13.8)
tsuawwL1L>$1
N(qo)
かなり参加した
少しは参加した
全然参加しなかった
80(16.3)
212(43.2)
131(26.7)
N(90)
非常に多く参加した
かなり参加した
少しは参加した
全然参加しなかった
69(14.4)
52(10.9)
113(23.6)
244(51.0)
N(90)
非常に良かった
かなり良かった 余り良くなかった
105(46.3)
114(50.2)
7(3.1)
良くなかった
1(O.4)
第21巻
健 康 科 学
100
表5.イベントや催しへの外国選手の参加状況
非常に多く参加した かなり参加した 少しは参加した 全然参加しなかった
選手村での催しやイベント 68(17.4)
77(19.7)
174(44.6)
71(18.2)
「校区ふれあい事業」 69(18,3)
50(13.3)
107(28.4)
151(40.1)
註)カッコ内は%
と97%が「非常に良かった」,あるいは「かなり良か
たいかという質問に対する回答結果について検討して
った」と同答しており,評価が高かったということが
みることにしよう。これらの検討もまた,「海に開か
理解できよう。
れたアジアの交流拠点都市」をめざす福岡市の,国際
性と「校区ふれあい事業」への参加傾向に関係はな
社会における知名度や認知度の向.しという都市戦略の
いとする帰無仮説は却下されなかったが,社会体制別
観点から重要であることはいうまでもない。
の比較においては,5%水準の危険率で関係の独立性
表6には,福岡に対する参加選手の印象を左側に,
に関する帰無仮説が棄却された。「全然参加しなかっ
福岡あるいは日本を再訪したいかどうかについての質
た」者の割合は,資本主義諸国において67%を占め,
問結果を右側に示した。福岡に対する参加選手の印象
社会主義諸国の58%をヒ回った。
は,60%もの者が「非常に良い」と答えており,「や
国,種目と「校区ふれあい事業」への参加傾向との
や良い」を含めると「良い」印象をもつ者は全体の94
関係が独立であるとする帰無仮説は,いずれも0.1%
%にも達している。また,福岡あるいは日本を再訪し
水準の危険率で却下された。国別の比較結果を検討し
てみたいかどうかについては,「非常に思う」者は47
てみると,先に選手村での催しやイベントへの日本選
%であり,「かなり思う」を含めると再訪の希望をも
手の参加率が低かったのと同様に,「校区ふれあい事
つ者は85%となる。このような結果がどの程度ユニ
業」へ「全然参加しなかった」日本選手の割合は,実
バーシアード開催ということに関連づけて説明できる
に92%にも及んでいる。社会体制別の比較で資本主義
のかは分からないが,福岡市が国内外の選手に都市と
諸国における不参加者の割合が高かった原因は,ここ
しての好印象を与えたことは間違いなかろう。
にあるように思われる。したがって,ここでも日本の
福岡の印象についての比較分析では,国別の比較に
データを削除し,外国選手の参加傾向について再検討
おいてのみ,関係の独立性の悉無仮説が0.1%水準の
を試みた。結果は表5のド欄に示した。これをみると,
危険率で棄却された。国別比較の結果から興味深いの
参加経験を有する者の割合は60%に及んでおり,その
は,日本選手においても,「非常に良い」あるいは「や
うち32%が「非常に多く参加した」,あるいは「かな
や良い」とする者の割合が大変高いことである(両者
り参加した」ことが理解できる。60%という数字は決
をあわせ85%)。
して小さなものではないが,それ以ヒに,参加した選
福岡あるいは日本を再訪してみたいかどうかについ
手の事業に対する印象が大変良かったことが「校区ふ
ての比較分析では,社会体制別,国別の比較において,
れあい事業」の成功を物語っていよう。
関係の独立性に関する帰無仮説が,それぞれ5%と0.1
5.日本や福岡に対する参加選手の印象
みると,訪ねてみたいと「非常に思う」者の割合は社
最後に,ユニバーシアードの開催された福岡に対す
会主義諸国において多かった(資本主義諸国の41%に
る参加選手の印象と,福岡あるいは日本を再訪してみ
対して64%)。また,国別比較の結果をみてみると,
%水準の危険率で棄却された。社会体制別に比較して
表6.福岡あるいは日本に対する印象
N(qo)
非常に良い
やや良い
どちらともいえない
やや悪い
まったく悪い
2 95 (5 9.6)
169(34.1)
29(5.9)
2(O.4)
o
’い 黒〉 》
非常に思う
かなり思う
どちらともいえない
あまり思わない
全く思わない
N(qo)
232(47.1)
187(37.9)
55(11.2)
13(2.6)
6(1.2)
iOl
参加選手によるユニバーシアード福岡大会の評価
日本選手においてさえ再訪したいと「非常に思う」,「か
運営に関する評価の高さは,福岡市が掲げる国際的な
なり思う」者の割合はそれぞれ38%であった。いずれ
スポーツ・イベントの誘致という将来目標に肯定的に
も,福岡の魅力を証明するような結果であると解釈さ
作用するように思われた。また,ボランティアや選手
れた。
村に関する評価の高さは,今大会の目的であった福岡
ま と め
市の国際社会での認知度,知名度の向上や,福岡市民
の異文化体験を通じた国際化にとって意味のあること
本稿における…一連の分析を通じて明らかになったこ
と判断された。
とを,箇条書き的にまとめておこう。
福岡大会の雰囲気に対する評価,関連する12の側面
1)ユニバーシアード大会の意義について
についての評価において,日本選手の肯定的評価は他
「大学生のオリンピック」と形容されるように,福
国選手に比べ低かった。そこで,日本選手のデータを
岡大会への参加選手のほとんどにとって,ユニバーシ
削除し,外国選手の反応について再検討を試みたとこ
アード大会は意義のあるものとして認知されていた。
ろ,福岡大会の雰囲気に対する肯定的評価は84%に上
このことは特に,過去において国内のアパルトヘイト
昇し,また12の側面のうちの11側面において肯定的評
政策を理由に,国際的なスポーツ大会への参加を拒ま
価の値が.h起した。これらの結果は,「海に開かれた
れてきた南アフリカ共和国の選手たちにとってそうで
アジアの交流拠点都市」づくりという福岡市の都市戦
あった。
略にとって,ユニバーシアード福岡大会が少なからぬ
2)選手の競技参加の目的について
貢献をしたことを物語っているように思われた。
参加選手の約半数が,ベストを尽くすことという目
5)催しやイベントへの参加状況について
的を選択しており,勝利志向の参加目的をもつ者は全
選手村や地区での催しやイベントへの選手の参加状
体の20%ほどであった。勝利志向の参加目的を有する
況と,その印象について検討が加えられた。選手村で
選手がそれほど多くないことは一見奇異に思えるが,
のイベントには全体の70%以上が参加した経験を有
すべての参加選手が自らの勝利を確信しているのでは
し,地域のイベントである「校区ふれあい事業」への
ないことの反映として解釈された。多くの種目でメダ
参区経験を有する者は,全体の約半分ほどであった。
ルの期待がかかっているアメリカ合衆国の選手におい
ここにおいても,日本選手の催しやイベントへの参加
ては,約半数が勝利志向的な参加目的を有していたが,
率が他国の選手と比較して低かったため,日本選手の
このような結果はh記の解釈を支持しているように思
データを削除し再検討を試みた。その結果,選手村で
われた。
の催しやイベントへの参加経験者は全体の80%以上を
3)ユニバーシアードー般に対する評価について
占め,「校区ふれあい事業」への参加者も60%に及ん
ユニバーシアード大会一一般に対する参加選手の評価
でいた。また,同事業へ参加した選手の実に97%が好
を,今後の改革点の観点から検討した結果,規模の拡
印象を抱いていた。
大をそれとして掲げる者が全体の17%を占めた。反対
6)福岡や日本に対する印象について
に規模の縮小を掲げる者はほとんどいなかったが,参
最後に,大会の開催された福岡に対する印象と,福
加選手の意見としては当然のことのように思われた。
岡あるいは日本を再訪してみたいかどうかについての
4)福岡大会に対する評価について
即答結果が検討された。開催地域である福岡に対して
まず,ユニバーシアード福岡大会の雰囲気に対する
は,94%の者が好印象を抱いており,85%が再訪の希
評価について検討してみたところ,80%近くの者が肯
望を有していた。注目すべきことに,日本選手におい
定的な評価を下しており,否定的な評価は10%に満た
ても85%が福岡に対して好印象をもっており,76%が
なかった。非常に肯定的な評価を下した国は南アとカ
再訪の希望を述べていた。
ナダであり,やや否定的な評価は,日本,ロシアなど
に多かった。南アの肯定的な評価傾向からは,アパル
付
記
トヘイト政策からの自由と,国際大会参加への自由を
本研究は,故多々納秀雄九州大学教授の提案によっ
勝ち取った選手たちの歓喜が読みとれそうであった。
て始められたものであったが,調査が一一通り修了した
次に,福岡大会に関連のある12の側面についての評
平成7年9月9日,先生は突然帰らぬ人となった。最
価結果を検討したところ,すべての項目で肯定的評価
後の最後まで研究に自らの生命を捧げ続けた人生であ
が否定的な評価を圧倒した。なかでも,施設や競技の
った。無念にして他界された先生に対して,本稿が幾
102
健 康 科 学
ばくかの慰めとなれば望外の喜びである。調査にあた
っては,ユニバーシアード福岡大会組織委員会の方々
にお世話になった。感謝申し上げたい。
第21巻
査委員会:第18回ユニバーシアード大会1995福岡参
加選手に関する調査報告書.1997.Pp.45.
3) Tokunaga, M., Tatano, H., Hashimoto, K. and
Yamamoto, N.: World−wide survey on sport and
註
physical education in colleges and universities
1)世界各国の保健体育教育の動向を調査・分析した
1995. FISU/CESU Conference, The 18th
報告はある3)・4)が,大会の評価を目的としたものは
Universiade 1995 Fukuoka, The Organizing
管見ながらない。
Committee for the Universiade 1995, Fukuoka,
2)本稿ではふれることができなかった,3)選手の
1995. Pp. 118.
スポーツ・キャリア形成過程と,現在と将来のス
4)徳永幹雄,多々納秀雄,橋本公雄,山本教人:諸
ポーツ生活について,4)選手が有するスポーツの
外国及び日本における大学保健体育教育の動向.健
価値意識や彼らが考えるスポーツの効果については
康科学,18:93−107,1996.
文献2)を参照されたい。
文
5) Webb, H.: Professionalization of attitude towards
献
1)千代島隆利,佐藤靖典:「生涯スポーツ社会に至
play among adolescents. ln Kenyon, G.S. (Ed.),
Aspects of contemporary sport sociology, The
Athletic lnstitute, Chicago, 1969, pp.161−178.
る過程一福岡市のスポーツ振興施策を通して一」.
6)財団法人1995年ユニバーシアード福岡大会組織委
厨 義弘監修,生涯スポーツの社会学,学術図書出
員会:暑く燃えた夏福岡第18回ユニバーシアード
版社,1997.p.158.
2)第18回ユニバーシアード大会1995福岡参加選手調
大会1995福岡公式報告書.1996.pp.12−32.
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