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科学技術振興調整費 成果報告書 - 「科学技術振興調整費」等 データベース

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科学技術振興調整費 成果報告書 - 「科学技術振興調整費」等 データベース
科学技術振興調整費
成果報告書
我が国の国際的リーダーシップの確保
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
研究期間:平成 13 年度~
平成 16 年 6 月
政策研究大学院大学
青木 保
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
活動計画の概要
p.1
活動成果の概要
p.5
研究成果の詳細報告
1. 連携可能な研究機関の実態調査および科学技術文化政策の比較に関する活動
1.1. 連携可能なアジアの研究機関・組織等に関する調査研究
p.10
1.2. アジア各国の科学技術政策、文化政策の比較研究
p.20
2. 科学技術の発展と文化のインターフェースに関する研究
p.27
3. 文化の多様性と調和した科学技術振興ルール策定のための基盤形成に関する研究
p.37
4. 多言語情報の流通を支援する分散情報共有システムに関する研究
p.44
5. アジア型 IT 基盤の構築モデルに関する研究
p.49
6. 付録
6.1. 付録 1
p.53
6.2. 付録2:ユビキタス ID センター
p.56
6.3. 付録3:第一回アジアユビキタス会議について
p.61
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
活動計画の概要
■ 活動の趣旨
世界的な高度情報化が進むなかで、今日二つの相反する重要かつ深刻な問題がある。ひとつは情報技術の普及やネ
ットワーク化を進め、情報格差を解消していくという課題である。いま一つは急速に均質化や画一化が進みつつある世界に
おいて、それぞれの国や地域の文化の多様性をどのように守っていくかという課題である。一見相容れないこれらの課題を
両立させ、文化の多様性を尊重する情報技術を開発し、多様な文化的社会的背景をもつアジア諸社会においてその具体
的利用可能性を探ることは、ますます重要かつ緊急の課題となっている。
多様な民族や文化をかかえるだけでなく、歴史と伝統の圧倒的な深さを有するアジア諸国においては、この問題はとり
わけ深刻である。アジア・ユーラシアの諸社会においては文化や知識の「帰属」や「所有」についても欧米とは異なる意識
や慣習があり、情報交流の際のコンテンツについても、個人の「財産権」とされるよりは、民族や伝統の共有物とされる傾向
が強い。先進国に発する知的財産権ルールが伝統的な地域文化と整合しないことは、情報化による交流を進めるうえで大
きな困難となっている。また、先進国主導で進められてきた従前の情報化においては、文化の多様性・多元性が必ずしも
十分に顧慮されず、国や地域、また民族固有の文字をコンピューターで表現することすら難しいという状況がしばしばもた
らされてきた。均質的・画一的な情報化の限界を乗り越え、地域間相互の創造的文化交流を促進するような新たなネットワ
ークを構築するためには、技術的側面、法的側面についても従来の考えかたの組み替えを図る必要がある。
以上の現状認識に基き、本課題は多文化・多民族をかかえるアジア及びユーラシア諸社会特有の文化的・社会的条
件を理解し、文化多元主義に基く多層的情報ネットワーク構築の可能性を追究する。そのために(a)高度ネットワーク社
会に則した文化的ネットワーク構築を主目的としつつ、(b)そのための不可欠な基盤となる知的財産ルールについてアジ
ア諸国とわが国の立場から提言を行い、また(c)「文化の多様性」を包容する情報技術の構築と、その利用可能性を探る。
これにより日本がリーダーシップを発揮しつつ「文化多元主義に基く情報技術」とそれを支える「総合的文化・情報インフ
ラストラクチャー」という新しいアジアそしてユーラシア型のモデル、ならびに期待される将来の社会像を示すことが出来る
と考える。
■ 活動の概要
1.連携可能な研究機関の実態調査および科学技術文化政策の比較に関する活動
情報ネットワーク構築に向けて、アジアおよびユーラシア諸国において連携可能な学術研究機関や組織・人材に関す
るデータを収集する。また、各国の科学技術行政を含む文化政策の現状と重点的取組み課題について情報を収集し、
有効なネットワークづくりのための戦略を構築する。
1.1. 連携可能なアジア及びユーラシアの研究機関・組織等に関する調査研究
アジア各国の拠点研究機関を訪問調査し、ネットワークづくりに必要な情報(研究および人材の現状)の収集を行う。
1.2. アジア・ユーラシア各国の科学技術政策、文化政策の比較調査研究
アジア・ユーラシア各国の科学技術政策、文化政策の内容と重点的取組み課題について実地調査を通して情報を収
集し、有効なネットワークづくりのための課題と戦略を明らかにする。
2.科学技術の発展と文化のインターフェースに関する研究
アジアおよびユーラシア地域の諸社会において、科学技術の発展は文化、とくに宗教や伝統とどのように関わって
いるのか。科学と倫理、科学と価値観の問題など、文化と科学技術のインターフェースで生じている問題について理
1
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
解を深めるとともに、将来の望ましい社会像を探るため、共同研究や討議、国際会議での議論を通して課題の把握と
共有につとめる。
3.文化の多様性と調和した科学技術振興ルール策定のための基盤形成に関する研究
情報ネットワーク構築に向けて、アジアおよびユーラシア各国における科学技術振興のための法的ルールの現状と
認識の差異を把握することを目指す。そのために、わが国と文化的差異の大きい地域を中心に、知的財産権のルー
ルの現状と国際的なルールへの認識について実態調査および意見交換を行う。
4.多言語情報の流通を支援する分散情報共有システムに関する研究
先行研究によって確立されているトロン多言語システムを用いて構築した、多言語文書の分散共有システムを実用
化するために必要となる、多漢字情報システムを構築する。また、多言語文書の共有実験を、さまざまな言語を母語と
する研究者に利用してもらい、多言語情報の流通支援の手法、また多言語情報の流通が文化に与える影響について
研究討議や意見交換を行う。
5.アジア型 IT 基盤の構築モデルに関する研究
アジアおよびユーラシア各国における社会や経済、文化の特質に適合したIT基盤のありかたや、その構築過程、手
段について、共同実験、共同研究討議等を通して明らかにする。更にその手段に関して評価し、現実のアジア諸国
に対する適用可能性について検討する。
2
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
■ 実施体制
活 動 項 目
担当機関等
担当者
1. 連携可能な研究機関の実態調査および科学技術文
政策研究大学院大学 文化政策プ
◎青木保(教授)
化政策の比較に関する活動
ロジェクト
岡本真佐子
坂村健
1-1.連携可能なアジアの研究機関・組織等に関する調
玉井克哉
査研究
足羽與志子
1-2.アジア各国の科学技術政策、文化政策の比較調
春日直樹
査研究
鄭大均
渡辺靖
王敏
2.
科学技術の発展と文化のインターフェースに関する
研究
政策研究大学院大学 文化政策プ
青木保
ロジェクト
坂村健
玉井克哉
猪木武徳
3.
文化の多様性と調和した科学技術振興ルール策定
のための基盤形成に関する活動
東京大学先端科学技術研究センタ
○玉井克哉(教授)
ー 知的財産権大部門
結城貴子
越塚登
岡本真佐子
4.
多言語情報の流通を支援する分散情報共有システ
ムに関する活動
東京大学情報学環・東京大学情報
○坂村健(教授)越
基盤センター
塚登
鵜坂智則
西村健
5.
アジア型 IT 基盤の構築モデルに関する研究
東京大学情報学環・東京大学情報
○坂村健(教授)
基盤センター
越塚登
鵜坂智則
西村健
玉井克哉
6.
進捗管理
政策研究大学院大学 文化政策プ
青木保
ロジェクト
岡本真佐子
(注:◎は代表者、○はサブテーマ責任者)
3
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
■ 推進委員会
氏
名
所
属
[ 実 施 者 ]
◎青木 保
政策研究大学院大学教授
岡本 真佐子
政策研究大学院大学助教授
玉井 克哉
東京大学先端科学技術研究センター教授
結城 貴子
東京大学先端科学技術研究センター助手
坂村 健
東京大学情報学環教授
越塚 登
東京大学情報基盤センター助教授
鵜坂 智則
東京大学総合研究博物館助手
西村 健
東京大学大学院人文社会系研究科助手
足羽 與志子
一橋大学大学院社会学研究科教授
春日 直樹
大阪大学人間科学部教授
鄭大均
東京都立大学人文学部教授
猪木武徳
大阪大学大学院経済学研究所教授
王 敏
法政大学教授
渡辺 靖
慶應義塾大学環境情報学部助教授
黄 平
中国社会科学院社会学研究所副所長
羅紅光
中国社会科学院社会学研究所助教授
ST Nandasara
スリランカ・コロンボ大学 ICT 副所長
[ 外部有識者 ]
小川 是
JT 会長
小島 明
日本経済新聞社論説主幹
高橋恒弘
㈱日立製作所グローバル事業開発本部部長
景天魁
中国社会科学院社会学研究所所長
Ashis Nandy
インド・デリー社会開発研究所教授
Nur Yalman
米・ハーバード大学人類学部教授
Hans-Georg Soeffner
独・コンスタンツ大学社会学部教授
Tong Chee Kiong
シンガポール国立大学教授
A.B. Dissanayaka
スリランカ・コロンボ大学教授
Mary Racelis
フィリピン・アテネオ・デ・マニラ大学教授
Surichai Wun’Gaeo
タイ・チュラロンコン大学社会開発研究所長
◎ 推進委員長
4
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
活動成果の概要
■総 括
アジア・ユーラシアにおける『「文化の多様性」を包容する情報ネットワーク』という研究課題を実施するに当たり本研究調
査では、この地域をグローバル化とローカル化の狭間にある国家と社会からなる地域と位置づけた。現在、この地域では宗
教・民族・地域などの間で対立が生じ紛争や抗争が多発し「文化・文明の衝突」が指摘されている。こうした状況の中で、日
本がいかに中心となって国際的な「学術情報文化ネットワーク」を構築できるか、その可能性を問うことに目標を定めた。結
果として、広大で多様な文化を持つこの地域に 9 カ国 14 研究拠点と 2 カ国 2 地域に 6 協力研究拠点の研究協力ネットワ
ークの形成を見た。さらにそれに基づいて今後日本をベースにする「学術情報文化ネットワーク」として調査研究と研究教
育を継続発展してゆくために「東京コンソーシアム」の結成を行った。「文化の多様性」の擁護はこの地域に属する各国・各
地域にとって最大重要課題の一つであるが、問題の捉え方はそれぞれの国や地域が置かれた状況によって異なり、情報
技術・情報科学についても評価が分かれるところがある。本研究では多言語によるオペレーティングシステムの開発など、
情報技術の側からも「文化の多様性」を支える技術的基盤づくりを行ったが、それらを実際にアジア・ユーラシア各国各地
域で利用していくためには、政治的、経済的条件の違いという困難な問題も含めた「文化の多様性」の理解をさらに進めて
いく必要があり、情報技術と文化の多様性という問題の「共存」をはかるための共通の議論および研究調査の枠組みを作り
出すことが不可欠である。
「東京コンソーシアム」は、このような枠組みとしての可能性をもつ。本コンソーシアムはあくまでも研究者同士の相互理解
を推進させ、信頼関係を醸成することにより、国や地域や民族や宗教を異にする人たちの間でのネットワークとして形成さ
れた。日本のイニシアティブを評価して「東京」を冠することが参加者全員によって提起されたこのネットワークは、本研究課
題のさらなる展開に向けての出発点であり、土台となるものである。
■ 活動項目毎の概要
連携可能な研究機関の実態調査および科学技術文化政策の比較に関する調査研究では、アジア・ユーラシア各国の
大学、研究機関、文化機関に関する訪問調査を実施し、「文化の多様性」に関する比較研究および情報技術研究に関す
る研究調査と人材交流を共同して実施することのできる拠点についての情報を収集するとともに、地域固有の条件を考慮
した連携の可能な形態について検討を行った。その成果として「東京コンソーシアム」という研究者個人を主体とし、その属
する大学・研究機関を含めた「学術文化研究ネットワーク」が形成された。具体的には、11 ヶ国 2 地域 20 拠点(研究拠点 9
カ国 14 箇所、協力研究拠点 2 カ国 2 地域 6 箇所)がこのネットワークを構成している。今後は、この「東京コンソーシアム」
を土台として、科学技術と文化のインターフェースに関する研究において抽出された諸課題に関して多様で多角的なアプ
ローチによる国際研究調査を実施し、国際共同プロジェクト、比較調査研究成果の公表と発信、国際学術文化教育プログ
ラムなどを展開していく。
文化の多様性と調和した科学技術振興ルール策定のための基盤形成に関する研究においては、東南アジア及び中東地
域における知的財産権に関わる制度、政策、認識、国際法整備に対する姿勢、などについての実態調査を行い、地域による
社会的差異を考慮した情報の収集によって、理解を深めることができた。今後は ATRIP(国際知財学会)などの国際会議を
通して得られたネットワークを軸に今後も実態調査を伴う研究を進め、得られた多様な視点を国際法整備に生かしていく。
多言語情報の流通を支援する分散情報共有システムに関する研究では、既に確立されているトロン多言語システムを用
い、多言語コンピュータシステムの基盤構築を行った。各国語システムでは、BTRON3 仕様に基づくパーソナルコンピュー
タを、東アジア圏で主に使われている言語(日本語、中国語(繁体字、台湾語)、中国語(簡体字、北京語)、韓国語(ハン
グル)など)で操作することを可能とした。また、アジア型 IT 基盤の構築モデルに関する研究においては、アジア及びユー
ラシア各国における社会、経済、文化の特質に適合した IT 基盤のあり方やその構築過程、手段について明らかにすること
を目指し、アジア、ユーラシア地域におけるユビキタスコンピューティングの研究開発のありかた、産業育成に関する討議を
5
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
行った。これらの研究を通してアジア型 IT モデルとしても注目されているユビキタスコンピューティングモデルが、アジアに
おいても必要とされているばかりでなく、アジアが発信する世界に貢献していける分野であることも明らかになった。
■ 波及効果、発展方向、改善点等
「文化の多様性を包容する情報ネットワーク」研究では、当初の目的であった学術情報文化ネットワーク拠点を世界各国
に形成し、さらにこの拠点をベースに調査研究と研究教育を継続的に展開するために、「東京コンソーシアム」を結成する
に至った。アジア・ユーラシア各国の多様な地域のメンバーからなる「東京コンソーシアム」は、その研究課題の重要性とメ
ンバーの多様性とにおいて、すでにその形成途上の段階から各地で高く評価され、研究への参加協力の申し出もあった。
プロジェクトの実施、とくに資金的な面での日本のイニシアティブによって実現したこの組織は、その重要性を認識する各
国の研究者が継続的展開のための研究資金の獲得にすでに動いており、今後は資金と研究調査におけるローカルな拠
点のイニシアティブを核に、日本がゆるやかにリーダーシップをとって活動を維持していく。すでに研究教育プログラムの世
界各地での実施という方向での検討にも入っており、将来的には「文化の多様性」というテーマの研究実施、教育、提言に
おいて重要な役割を担う組織を目指していく。
本研究の特徴は文化研究、情報技術、知的財産権という異なる分野のユニークな共同研究というところにもあった。情報
部門の文化の多様性を重視した IT 研究は、ユビキタス技術に支えられた循環型社会という社会モデルの追究へと発展し、
また知的財産部門では、地域に根ざした知的財産に関わる多様な認識を国際法整備に生かしていく方向で、その展開を
はかっている。これらの分野がそれぞれの展開を見せながらも、ゆるやかに連携しながらその知見を相互に生かしていくこ
とができるかどうかは、今後のひとつの課題である。
6
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
東京コンソーシアム
東京を主拠点とする学術文化研究ネットワークの構築
<目的>
21 世紀の世界を真に平和で友好的かつ創造的な世界にするための「国際
学術文化交流ネットワーク」として東京に主拠点を置き、アジア・ユーラシア
地域にまたがる研究者と研究機関が、グローバル化の中での「文化の多様
性」の擁護とそのための「情報技術」の展開という問題に多様で多角的な
アプローチによる研究調査を推進する。
多言語コンピュータ
システムの基盤構築
1. オペレーティングシステ
ムの多言語化
<主な活動>
① 「国際共同プロジェクト」
→具体的な研究課題のもとに学際的多国間協力による調査と研究を
行う。その実施のために各研究課題ごとの「国際共同プロジェクト」
を設け、「比較調査研究」を行う。
② 「比較調査研究」成果の公表と発信
③
2. 多言語文書共有のため
のシステムの構築
「国際学術文化教育プログラム」
→各国・各地域における大学・研究機関との協力による、学生・院生
および社会人を対象とする「国際学術文化教育プログラム」を作成
し、セミナーや講義・講演を実施する。また、「国際文化交流」の専
門従事者育成の補助を行う。
各国・各地域の文化の多様性
に関する研究・調査実施拠点
(個人ないし研究機関)
―― 研究拠点(14)
---- 協力研究拠点(6)
情報技術におけるサポートシステム
大連理工大学日本
学研究所/(中国)
ハーバード大学/
(アメリカ)
北京中国社会科学
院、社会学研究所
/(中国)
香港中文大
学(中国)
ハイデルベルグ
大学(ドイツ)
コンスタンツ大学
(ドイツ)
上海同済大学
アジア太平洋セ
ンター(中国)
日
本
アテネオ・デ・マニラ
大学(フィリピン)
コチュ大学/(トルコ)
インド社会開発
研究所(インド)
コロンボ大学/コロン
ボ大学スクール・オブ・
コンピューティング
(スリランカ)
シンガポール
国立大学・東
南アジア研究
所/(シンガポ
ール)
アカデミアシニカアジア
太平洋研究所(台湾)
チュラロンコン
大学/(タイ)
マレーシア国
民大学/(マ
レーシア)
比較調査研究の実施。会議開催、教育プログラム実施における協力。
7
国立ミャンマー文
化大学/ヤンゴ
ン経済大学/文
化省国立博物館
文化研究所(ミャ
ンマー)
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
■ 所要経費
(単位:千円)
所要経費
活 動 項 目
担当機関等
担当者
H13
H14
H15
年度
年度
年度
合計
1. 連携可能な研究機関の実態
調査および科学技術文化政策
の比較に関する活動
1.1 連携可能な学術研究機関に関
政策研究大学院大学
青木 保
5,372
13,219
4,422
23,013
政策研究大学院大学
青木 保
4,336
2,030
482
6,848
政策研究大学院大学
青木 保
11,122
15,438
27,313
53,873
東京大学先端科学技
玉井 克哉
767
2,605
2,832
6,204
坂村 健
325
11,182
7,283
18,790
坂村 健
2,231
1,271
3,404
6,906
24,153
45,745
45,736
115,634
する調査研究
1.2 科学技術政策、文化政策に関
する比較調査研究
2. 科学技術の発展と文化のイン
ターフェースに関する研究
3. 文化の多様性と調和した科学
技術振興ルール策定のための
術研究センター
基盤形成に関する活動
4.多言語情報の流通を支援する
東京大学情報学環・東
分散情報共有システムに関す
京大学情報基盤セン
る活動
ター
5.アジア型 IT 基盤の構築モデル
に関する研究
東京大学情報学環・東
京大学情報基盤セン
ター
6.進捗管理
所 要 経 費
政策研究大学院大学
(合 計)
8
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
■ 活動成果の発表状況
(1) 活動発表件数
国 内
国 際
合 計
原著論文による発表
左記以外の誌上発表
口頭発表
合
計
第Ⅰ期 0 件
第Ⅰ期 0 件
第Ⅰ期 6 件
第Ⅰ期 6 件
第Ⅱ期 1 件
第Ⅱ期 0 件
第Ⅱ期 8 件
第Ⅱ期 9 件
第Ⅲ期 4 件
第Ⅲ期 0 件
第Ⅲ期 11 件
第Ⅲ期 15 件
第Ⅰ期 0 件
第Ⅰ期 0 件
第Ⅰ期 0 件
第Ⅰ期 0 件
第Ⅱ期 1 件
第Ⅱ期 0 件
第Ⅱ期 8 件
第Ⅱ期 9 件
第Ⅲ期 2 件
第Ⅲ期 0 件
第Ⅲ期 9 件
第Ⅲ期 11 件
第Ⅰ期 0 件
第Ⅰ期 0 件
第Ⅰ期 6 件
第Ⅰ期 6 件
第Ⅱ期 2 件
第Ⅱ期 0 件
第Ⅱ期 16 件
第Ⅱ期 18 件
第Ⅲ期 6 件
第Ⅲ期 0 件
第Ⅲ期 20 件
第Ⅲ期 26 件
(2) 主な原著論文による発表の内訳
1.
青木保:’Aspects of Globlization in Contemporary Japan’, “Many Globalizations –Cultural Diversity in the
Contemporary World”, pp68-88 (2002)
2.
青木保:「アジアで大学はパワーを発揮できるのか」,『アジア新世紀 7 パワー』,岩波書店, pp89-100 (2003)
3.
青木保:「現代アジア都市と「ソフトパワー」」,『アジア太平洋研究』,第 12 号,pp13-20 (2003)
4.
岡本真佐子:『対外文化機関の国際比較研究調査 中間報告』,政策研究大学院大学 (2002)
5.
Shudo, Sachiko: “Trademark Distinctiveness in a Global Context”, Intellectual Property Rights A Global Vision,
ATRIP Papers 2002-2003, 374-384,(2004)
6.
Ono, Nahoko: “Judical Reform for Effective Patent Enforcement,” Intellectual Property Rights A Global Vision,
ATRIP Papers 2002-2003, 530-551,(2004)
7.
越塚登:「文化と IT」, 異文化, 法政大学国際文化学部, 2004 年 5 月号, pp. 11~15, 付録 1 に掲載.
8.
越塚登:「ユビキタス ID センター」, 情報処理学会学会誌、連載:電子タグより、掲載予定, 付録 2 に掲載
9
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
1. 連携可能な研究機関の実態調査および科学技術文化政策の比較に関する活動
1.1. 連携可能なアジアの研究機関・組織等に関する調査研究
政策研究大学院大学文化政策プロジェクト
青木 保、岡本 真佐子
大阪大学人間科学部
春日 直樹(教授)
慶応義塾大学環境情報学部
渡辺 靖(助教授)
法政大学大学院国際日本学インスティテュート
王 敏(教授)
■要 約
アジア・ユーラシア各国の大学、研究機関、文化機関に関する訪問調査を実施し、「文化の多様性」に関する比較研究
および情報技術研究に関する研究調査と人材交流を共同して実施することのできる拠点についての情報を収集するととも
に、地域固有の条件を考慮した連携の可能な形態について検討を行った。その成果として「東京コンソーシアム」という第
一に研究者個人を主体とし、その属する大学・研究機関を含めた「学術文化研究ネットワーク」が形成された。具体的には
全体で 11 ヶ国 2 地域 20 拠点(研究拠点 9 カ国 14 箇所、協力研究拠点 2 カ国 2 地域 6 箇所)の「ネットワーク」を形づくる。
■目 的
アジア・ユーラシアの多国間多地域間の「学術文化情報ネットワーク」を形成していく際の地域拠点となる機関、およびネッ
トワークに参加しうる研究者について訪問調査等を通して情報を収集し、アジア・ユーラシア地域における「文化の多様性と
情報技術」にかかわる研究者と研究機関の間を有効かつ緊密に結ぶ「ネットワーク」の可能な形態について検討・追究する。
■ 活動方法
大学や研究機関、個人の専門家や政府関係機関などを直接訪問し、資料収集、意見交換を行うとともに、各地で開催
する「共同研究会議・集会、シンポジウム」などを通して多国間多地域間の「学術文化情報ネットワーク」形成の可能性とそ
の形態について議論を重ね検討を行った。(表-1)
表-1 訪問研究機関一覧
年度
2001 年度
訪問先
国名
大連理工大学日本学研究所
中国/大連
北京中国社会科学院社会学研究所
中国/北京
コロンボ大学
スリ・ランカ/コロンボ
10
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
国立シンガポール大学
シンガポール
香港中文大学
香港
上海同済大学アジア太平洋センター
2002 年度
中国/上海
コロンボ大学スクール・オブ・コンピューティング
スリランカ/コロンボ
東南アジア研究所
シンガポール
マレーシア国民大学
コンスタンツ大学
マレーシア/クアラル
ンプール
トルコ/イスタンブー
ル
トルコ/イスタンブー
ル
ドイツ/ハイデルベル
グ
ドイツ/コンスタンツ
文化省国立博物館文化研究所
ミャンマー/ヤンゴン
国立ミャンマー文化大学
ミャンマー/ヤンゴン
ヤンゴン経済大学
ミャンマー/ヤンゴン
チュラロンコン大学
タイ/バンコク
コチュ大学
ボアヂチ大学
2003 年度
ハイデルベルグ大学
■ 活動成果
1.「東京コンソーシアム」の設立
まず第一に成果として挙げられるのは、「東京コンソーシアム」の設立である。2004 年 3 月の東京会議の終わりに際して、
これまで本研究調査に参加してきた各国の研究者からの要望として、今後、この「文化の多様性と情報技術」研究プロジェ
クトを継承発展させるために新たに「東京コンソーシアム」を結成して研究調査活動を展開して行こうとの提案が出され、全
員一致で決議された。主宰者である我々としては、本研究調査の目的にこれほど適う提案もないとの判断のもとに、その設
立をこれ以後全員の協力によってはかることを約束した。
本調査研究の目的の第一は、日本を中心としていかに国際学術協力と国際学術ネットワークを構築できるかということに
あり、そのための 2 年半の努力でもあったわけで、「文化の多様性と情報技術」研究のための「東京コンソーシアム」結成は、
当初の目的をまず達成したことになるかと考えている。その活動はこれからの課題であるし、その資金の調達も課題となる。
しかし、2 年半の間に多国間にわたる研究者の相互理解の深まりと信頼関係が培われたことの結果、日本を中心とする学
術協力ネットワークを構築することに対する賛同を得る事ができた。
「東京コンソーシアム」は、21 世紀の世界を真に平和で友好的かつ創造的な世界にするための「学術文化研究ネットワ
ーク」として東京に主拠点を置き、アジア・ユーラシア地域にまたがる研究者と研究機関が、グローバル化の中での「文化の
多様性」の擁護とそのための「情報技術」の展開という問題に多様で多角的なアプローチによる研究調査を推進することを、
その基本目的とする。その活動は多岐にわたるが、基本的には以下の諸点に集約できる。
1. グローバル化する世界における「文化の多様性」の擁護とその中での「情報技術」の発達の役割に関するアジア・ユ
ーラシア地域における「比較調査研究」の実施とその成果の公表・発信。
2. アジア・ユーラシア地域の多様な国家・文化・社会の間における「相互理解」の推進と 21 世紀の国家と社会が目指す
べき、地域と国家・社会それぞれの独自性と共通性の認識の上に立った新しい「国家・社会」の目標そして人間のあり
方を探求するための学術的文化的討議を様々な課題のもとに行い、その成果を世界に問うこと。
3. 以上のような問題意識を各国の研究者からなるメンバーが共有し、その上で 1 と 2 で述べた活動目的を達成するため
の具体的な研究課題のもとに学際的多国間協力による調査と研究を行う。その実施のために各研究課題のもとに国
際共同プロジェクトを設ける。そのための資金はメンバー協力により集めることとする。
4. メンバーの属する各国・各地域における大学・研究機関と協力して、学生・院生および社会人を対象とする「教育プロ
11
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
グラム」を作成し、「文化の多様性」の擁護と「情報技術」の問題を中心に、グローバル化し多様化する世界における
「国際文化交流」や「アジア・ユーラシア」地域における「科学と文化」また「宗教」の問題、各メンバーの専門研究者と
しての文化人類学・社会学・国際政治・情報科学・知的財産権などについてセミナーや講義・講演を行う。これはネット
ワーク型の「国際学術文化教育プログラム」として企画され実行される。また本コンソーシアムの多国間的国際学術協
力の利点を生かしての「国際文化交流」の専門従事者育成を補助する。
5. 「文化の多様性」の擁護は、国連・ユネスコの最大の課題目標の一つである。すでに本コンソーシアムのメンバーには
ユネスコの関連事業に関わっているものもいるが、本コンソーシアムも今後何らかの積極的な関係を持ってゆきたいと
計画している。
6. 「東京コンソーシアム」の活動資金は、各メンバーがそれぞれの国や社会で出来るかぎり調達する。
以上の諸点を踏まえて、本コンソーシアムは 2004 年度において北京と東京での 2 つの国際会議をいま準備中であり、ま
た 2005 年夏にはシンガポール国立大学創立 100 周年記念事業の一環として「東京コンソーシアム」の大学による招聘と国
際シンポジウムの開催がすでに決まっている。また日本においてもいくつかの大学との「共同プログラム」によるセミナーや
講義・講演の計画が現在進められているところである。
表-2 「東京コンソーシアム」メンバー
「東京コンソーシアム」 メンバー
<設立委員>
名前
ヌール・ヤルマン
所属(役職)/専門分野
ハーバード大学教授・コチュ大学(トルコ)学
本プロジェクトにおける主な担当国・地域
アメリカ、トルコ
術顧問;文化人類学・中東研究
ハンス・ゲオルグ・ゼフ
コンスタンツ大学教授;社会学・文化政策
ドイツ、EU
デリー社会開発研究所所長;社会心理学、
インド
ナー
アシシュ・ナンディ
国家・社会論
景天魁
中国社会科学院社会学研究所所長・中国人
中国
民代表;社会学・社会政策
黄平
中国社会科学院社会学研究所教授・同学術
中国
交流センター長;社会学・農村社会研究
トン・チー・キョン
国立シンガポール大学教授;社会学・文化政
シンガポール
策
メアリー・ラセリス
アテネオ・デ・マニラ大学・同フィリピン文化研
フィリピン
究所;文化人類学・開発社会論
スリチャイ・ワンゲオ
チュラロンコン大学教授・同社会開発研究所
タイ
所長;社会学・社会開発論
JB・ディサナヤカ
コロンボ大学名誉教授;言語学・シンハラ文
スリ・ランカ
化論
岡本真佐子
国士舘大学教授・同国際交流センター長
日本
;文化人類学・文化政策
青木保
代表
日本
政策研究大学院大学教授;文化人類学・文
化政策
12
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
メンバー
<協力委員>
リチャード・ゴンブリッチ
オックスフォード大学教授;仏教学・サンスクリ
イギリス
ット・パーリ学
ダリウス・ジフォヌン
コンスタンツ大学助教授;社会学
ドイツ
ST ナンダサーラ
コロンボ大学教授;情報科学
スリ・ランカ
マイケル・シャオ
台湾大学教授・台湾中央研究院教授・台湾
台湾
政府顧問;社会学・社会政策
ボーズクルト・ギュベン
トルコアカデミー会員、元トルコ政府文化政
チュ
策顧問;文化人類学・文化政策・日本研究
リリー・コン
シンガポール国立大学教授・副学長;社会
トルコ
シンガポール
学・現代文化論
蔡建国
上海同済大学教授、同アジア太平洋研究セ
中国
ンター長;日本研究
春日直樹
大阪大学人間科学部教授;文化人類学;オ
日本
セアニア研究
足羽與志子
一橋大学社会学部教授;文化人類学、紛争
日本
調停論
坪井善明
早稲田大学政治経済学部教授;政治学・ベト
日本
ナム政治史・世界遺産論
王敏
法政大学国際日本学研究所教授;文化交流
中国
研究・日本文学
日本
定期的なフォーラムの継続的実施
各国・各地の研究情報の交換・共有
各国・各地域の文化の多様性
に関する研究・調査実施拠点
(個人ないし研究機関)
日本に関する学術・
文化関連情報の受発信
情報技術利用のための
研究者交流プログラム
各国・各地域の文化の多様
性のありかたに適した情報
技術開発・利用の可能性
図-1 「東京コンソーシアム」概念図
2.各国・各地域におけるネットワーク拠点の形成
1 で述べた「東京コンソーシアム」の形成とも密接に関係することであるが、これまで本調査研究によって関係を築くことの
出来た大学・研究機関に関して述べる。
13
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
1. 中国社会科学院社会学研究所(北京)
この研究院と研究所は「文化の多様性」等に関して大変理解があり、積極的な協力を約束している。国務院管轄の下
でのシンクタンク的機能と文部省下の大学院大学の役割とを兼ね備えており、万事迅速に動く優秀な研究教育機関
である。中国における中心的な研究拠点として最も信頼の置けるところに違いなく、「東京コンソーシアム」の招聘と国
際シンポジウムの開催に意欲的である。研究者もこの研究所だけで 100 名ほどを抱え中国社会・文化研究の国際拠
点としても重要である。とくに本コンソーシアムのメンバーに現在所長で中国人民代表(国会議員)でもある景天魁教
授と社会科学院の国際学術交流センター所長でもある黄平教授の二人が入っていることは今後研究拠点として大い
に期待できる存在である。なお、本研究代表者の青木は、社会学研究所の名誉教授でもある。
2004 年 7 月にこの研究所が主催して行われた大規模国際会議である「世界社会学会」には本研究代表者の青木
が全世界から選ばれた基調講演者の一人として講演を行った。近く、「東京コンソーシアム」との共催の国際シンポジ
ウムをこの研究所で行いたいとの申し出がある。
2. 上海同済大学アジア・太平洋研究センター
この大学はもともと理工系の大学としてドイツの援助で 20 世紀初頭に設立されたが、最近経済や文化の研究を中
心とする地域研究を積極的に行う方針を打ち出し、アジア・太平洋研究センターが 2001 年に設けられた。設立に際し
て、本研究代表者の青木は、当該センターの顧問教授に迎えられた。所長の蔡建国教授は「文化の多様性」の問題
に大変関心を示しており、同センターで行われた本研究調査メンバーとの会議にも上海にある復旦大学、上海交通
大学、上海社会科学院、上海経済大学などの研究者を招き、今後の研究拠点としての協力を約束してくれた。国際
都市上海はそれこそアジアでも随一の拠点都市として巨大に成長しつつあり、本センターを拠点として加えることが
出来るのは大変意味のあることである。情報科学の専門研究者も多数この大学は有している。「文化と情報」は都市と
しての上海が目指すところでもある。
3. 大連理工大学日本学研究所
大連はいうまでもなく日本との因縁深き地域であるが、日本語・日本研究をさらに発展させるべく、杜鳳剛教授を中
心として日本学研究所の活動を活発化させつつある。北東アジアはアジア・ユーラシアにおける最重要地域の一つ
でもあり、日・中・韓・北朝鮮・露・モンゴルなどと関連する地域で日本にとっても重要な地域である。「文化の多様性」
と「情報技術」に関する研究拠点をここにもつ意味は大きい。協力する研究者も多い。
4. シンガポール国立大学文理学部社会学科、政策研究センター、東南アジア研究所(現アジア研究所)
この大学は現在アジアのハブ大学としての存在意義を高めようと盛んに活動しているが、「文化の多様性」問題に
ついても大きな関心を示し、その研究拠点となることを約束している。本コンソーシアムのメンバーであるトン・チーキョ
ン教授(元文理学部長)と協力メンバーであるリリー・コン教授(前文理学部長、現副学長)が積極的な推進者であり、
2005 年の同大学創立 100 周年記念行事の一つとして「東京コンソーシアム」招聘と「国際シンポジウム」開催をすでに
決めている。優秀な社会科学者と情報科学者を擁しており、今後活発な拠点となることが期待される。また東南アジア
研究所(現アジア研究所)と政策研究センターにおいても本調査研究との研究集会を持ったが、いずれも優秀な研究
者を集めての活発な議論が沸き、今後の研究協力を約束してくれた。
5. タイ国立チュラロンコン大学政治学部社会開発研究所
この研究所は「開発問題」の研究で知られるが、本コンソーシアムのメンバーであり、「文化の多様性」問題に大きな関
心を抱く、所長のスリチャイ教授が熱心に研究拠点として共同調査研究を推進したいと協力を約束している。社会学を主
とした研究者と大学院生も優秀でこの問題について関心も深い。「東京コンソーシアム」との共同による国際会議・シンポ
ジウムの開催も提案しており、今後日本とも関係の深いタイにおける研究拠点としての役割に期するものは大きい。
6. アテネオ・デ・マニラ大学フィリピン文化研究所
この研究所はフィリピンきっての学際的研究所として業績を誇っているが、本コンソーシアムのメンバーで、低開発
地域の「開発問題研究」で知られ国連のアナン事務総長のブレーンでもある M.ラセリス教授が長らく所長を務めてい
たこともあって、積極的に研究拠点としての協力を申し出てくれている。この研究所を拠点としてマニラの他大学・研
究機関の研究者とも協力して活動することは重要であり、国際的にもこの研究所と関係を持つことは様々な学術上の
14
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
利点を持つことになる。
7. マレーシア国民大学社会科学・人文学部文化人類学科、同リサーチ・マネジメント・センター
文化人類学科主任で同センター副所長の M.ユーゾフ教授が中心となって本調査研究との共催による研究集会を
開催してくれ、研究拠点としての協力を確約してくれている。文化人類学科の研究者に加え政治学者、情報学者、経
営学者などによる拠点協力と、とくに「文化の多様性」問題に関する深い関心とは、この国が一大多民族多文化国家
であり、この問題が政治的社会的に重要性を有するからでもある。今後研究拠点として「東京コンソーシアム」の活動
に対しても積極的な関与を期待できる。
8. スリ・ランカ国立コロンボ大学シンハラ研究学科、同スクール・オブ・コンピューティング
コロンボ大学シンハラ研究学科とは長年の調査研究協力を持ってきているが、現在、「民族紛争」の渦中にあり、そ
の解決に関しては日本政府も多大の関心を持ち、その平和的解決のための経済援助を決めてもいる。また情報科学
の拠点であるコンピューター研究学科とも「文化の多様性」の擁護と「紛争解決」のために情報技術がいかに役立てら
れるかといった研究集会を持っている。シンハラ研究学科主任教授の A.B.ディサナヤカ教授は積極的な協力を申し
出ており、同名誉教授でシンハラ文化研究の第一人者 J.B.ディサナヤカ博士は本コンソーシアムのメンバーでもあり、
協力メンバーの情報学者ナンダサーラ博士とともに研究拠点としての協力を確約している。スリ・ランカはまさに「文化
の多様性」の擁護を政策的にも緊急の課題としており、「東京コンソーシアム」を招聘して日本とスリ・ランカを中心にし
て多国間でこの問題を研究することの意義には大きいものがある。
9.インド・デリー・社会開発研究所
この研究所は南アジア屈指の開発問題に関する調査研究で知られる研究所である。その代表的な存在であり世界
的な社会心理学者として知られる、前所長の A.ナンディー教授が本コンソーシアムのメンバーであり、研究拠点として
協力したいと申し出ている。博士課程レベルの教育も行うこの研究所には多くのインドだけでなく国際的な研究者の集
まるところともなっており、「文化の多様性」についての関心も大きい。インドは中国と並んで領土的にも人工的にも巨
大な国であるが、それだけに本当の意味で研究協力を期待できる研究機関を選ぶことには困難が付きまとう。ナンデ
ィー教授のような真に有力な研究協力者を得て初めてそれが可能となる。「東京コンソーシアム」の招聘にも熱心であ
り、今後インドにおける研究調査活動にとっての一大拠点となるものと思われる。情報研究者も含めた学際的な研究が
出来る研究環境である。
10.トルコ・イスタンブール・コチュ大学
この大学は本コンソーシアムの発起人でもあるハーバード大学教授 N.ヤルマン教授が学術顧問を務めており、その
推薦によって大学総長のアッティラ・アスカル教授と総長室の全面的な協力によって本研究調査との共催による「国際
シンポジウム」を持つことが出来た。「文化の多様性」と「情報技術」の問題には「情報科学研究」と「文化研究」を大学と
しても重要研究と位置づけていることもあり、ぜひ研究拠点として協力したいと総長自ら申し出ている。ここで行った会
議・シンポジウムにおいてもコンピューターの専門研究者による「多言語・多文化」表現に関する興味深い発表がなさ
れた。総長の理解とヤルマン教授の存在もあり、トルコと中東における研究拠点としてこの大学を活用することには大
きな利点がある。近い内に「東京コンソーシアム」をここと提携・協力して開催したいと考えている。
11.ドイツ・ハイデルベルグ大学民族学研究所およびコンスタンツ大学社会学研究学科
ハイデルベルグ大学において同大学民族学研究所とコンスタンツ大学社会学研究学科と本調査研究との共催によ
る「国際シンポジウム」を 2003 年 10 月に開催した。本コンソーシアムのメンバーであるコンスタンツ大学のゼフナー教
授と協力メンバーのハイデルベルグ大学ケッピング教授の協力によって可能となったのであるが、「文化の多様性」に
ついての関心が深いこととアジアの研究者との共同研究に関心があり、研究拠点として協力したいとの申し出があった。
EU における拠点としては両校共に有力でありすぐれた研究環境を有する。当面、この両校、とくにコンスタンツ大学を
主拠点として EU における「東京コンソーシアム」の活動を行う予定であり、2004 年秋には青木が客員教授として招聘さ
れており、具体的な計画を探ることになっている。更に、2005 年秋には「国際会議」を開催する計画を進めている。
15
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
「協力研究拠点」
上記の研究拠点に加えて、協力拠点として以下の各大学・研究機関がある。いずれも「文化の多様性と情報技術」の問
題に深い関心を示し、将来の研究協力を申し出ている。
1. 香港中文大学人類学科
張展鴻教授を中心として文化研究と情報研究の優れた研究者を集めている。大学の支援も期待できる。「東京コン
ソーシアム」の開催に関心を示している。
2. 台湾・中央研究院アジア・太平洋地域研究センター
所長のマイケル・シャオ教授は本調査研究の東京会議にも参加したことがあり、強い関心を示している。日程の調整が
出来ずに流れたが、この研究センターで本研究グループを招聘しての国際シンポジウムも一度企画されたことがある。
3. ミャンマー国立博物館文化研究所
所長のナンダ博士が「東京コンソーシアム」開催を強く望んでいる。ナンダ氏は東京会議にも参加している。この研
究所はミャンマーの「文化政策」の中心でもあり、優秀な研究員を擁している。
4. 国立ミャンマー文化大学
ミャンマーの芸術文化研究教育の中心であり、「多文化国家」ミャンマーにおける「文化の多様性」の擁護をいかに行
うかは最大の課題に一つである。学長以下大変好意的に本研究調査に協力してくれ研究協力を申し出てくれている。
5. ヤンゴン経済大学
学長をはじめ情報科学と日本などの地域研究者を多数擁しており、研究協力にも「東京コンソーシアム」などの国
際会議・シンポジウムの開催にも意欲的である。
6. ハーバード大学人類学科
ここにはこれまで我々の研究調査に関して強い関心を抱きまた様々な形での研究協力を受けてきた数名の教授が
いるが、とくにヤルマン教授が本調査研究においても大きな役割を果たし、また「東京コンソーシアム」を提案し、その
発展を強く望んでいる。アメリカはいまのところ対象地域に含めてはいないが、ヤルマン教授をはじめとするスタッフと
この大学とは今後より密接な関係を築いていくことになると思われる。
以上に概観したように、アジア・ユーラシアにまたがり、11 の研究拠点都 6 の協力研究拠点を東京を中心として包摂する「学
術文化研究ネットワーク」の形成が過去 2 年半の調査研究の間に可能となった。
とくに「文化の多様性と情報ネットワーク」を掲げる本調査研究において強く重く留意することは、次のような問題点である。
まず今日の「グローバル化・情報化」の急進する世界においては、とかく「人間関係」が希薄になり、現実における人間どうし
の結びつきが軽視される傾向にあることである。それは研究者の間においても見られる傾向である。それに対して、本調査
研究では徹底して研究者間の信頼関係の醸成を重視し、研究拠点の形成に当たってもまず研究者の間の相互理解と信
頼関係の生成を、研究調査面での協力を蜜にするだけでなく、図ってきた。その結果、すでに述べたごとく、国際的研究者
として世界各国から招聘のかかるヤルマン教授やナンディー教授、ゼフナー教授のような大御所とも言うべき人たちから、
これまでの国際共同研究では例を見ない多国間の研究者間の結束と信頼関係のある「研究集団」が生まれたとの高い評
価を得ることが出来た。そして、我々東京における主宰者が提案する前に「東京コンソーシアム」の形成が発案された。日
本が国際学術研究においていかに主体的にイニシアティブを取るかという本調査研究の目的に沿う形での結果を見出す
ことが出来た。
文部科学省による貴重な研究資金援助をいかに生かすかは、実際にはその受給期間が終了した時点からの取り組みが常
に問題となる。とくに本調査研究の対象とするような研究課題においてはそれがむしろ最重要の課題となるといっても過言
ではない。研究の継続と発展をどう図るかは誰しも頭を悩ますことであろう。今回、「東京コンソーシアム」という形で本調査
研究の成果を踏まえ、さらに継続発展させることが、その具体的な提案と共に決められてことは、最大の成果であるといって
よいかと考える。
16
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
大連理工大学日本
学研究所/(中国)
ハーバード大学/
(アメリカ)
北京中国社会科学
院社会学研究所/
(中国)
ハイデルベルグ大学
(ドイツ)
コンスタンツ大学
(ドイツ)
香港中文大
学(中国)
上海同済大学
アジア太平洋セ
ンター(中国)
日
本
アカデミアシニカアジア
太平洋研究所(台湾)
アテネオ・デ・マニラ
大学(フィリピン)
コチュ大学/(トルコ)
国立ミャンマー文化大学/ヤン
ゴン経済大学/文化省国立
博物館文化研究所(ミャンマー)
インド社会開発
研究所(インド)
コロンボ大学/コロン
ボ大学スクール・オ
ブ・コンピューティング
(スリランカ)
シンガポール
国立大学・東
南アジア研究
所/(シンガ
ポール)
チュラロンコン大
学/(タイ)
マレーシア国民大
学/(マレーシア)
図-2 文化の多様性と情報技術の拠点研究機関ネットワーク
■考 察
本調査研究が対象としたアジア・ユーラシア地域は世界でもっとも歴史も古く多様な文化と民族また宗教が存在し、まさ
に「文化の多様性」を絵に描いたような複雑で錯綜するところである。この広大な地域を敢えて研究対象としたのは、「グロ
ーバル化・情報化」が急速に進展する現在、「文化の多様性と情報技術・情報ネットワーク」という研究テーマを展開する必
要性が、現実的な必要性を帯びていると捉えたからに他ならない。アフガニスタン問題、イラク戦争・占領、激発するテロリ
ズム、宗教・民族問題、地域対立、まさに「文明・文化の衝突」といわれるような状態にある。と同時に、資源問題、経済開
発・発展、情報化などがダイナミックに展開される地域である。そして、最も重要な事態は、新世紀に入って加速度的にこの
旧大陸の勢力地図における「再編成」が進行していることである。
2004 年 5 月にヨーロッパ連合(EU)は 10 カ国が新規加入し 25 カ国 4 億 6 千万の巨大連合に発展した。内部的には複
雑困難な問題を多く抱えるとはいえ外部から見れば巨大勢力の誕生であることに変わりはない。中東地域は混乱を極めて
いるがやがていずれは収まるであろう。それよりも中国の台頭とインドの発展が古代文明圏の蘇りのように現在新しい国際
情勢をこの大陸において創り出しており、それは本調査研究によってもはっきりと認識された。米証券金融会社が世界の経
済発展の未来予測において「BRICS」なる言葉を使って経済の新しい世界勢力を挙げたことは注目されたが、それはブラジ
ル、ロシア、インド、中国そしてアメリカが中心となるという予測に他ならない。旧大陸では先に触れた国と連合に加えてロシ
アが入り、この広大な地域は基本的に EU、ロシア、インド、中国の4大勢力の拮抗する世界となるのではないか。そう考える
のは時期尚早であるとの声も聞かれるかもしれないが、それなら5年前に今日の中国の経済発展(日本の対外貿易量の約
33%を占めアメリカを抜いた)を誰が予測できたというのであろうか。
こうした巨大な変動に見舞われつつあるアジア・ユーラシア地域においてはかつてなく様々なレベルでの「ネットワーク」
が求められる。とくに「大国時代」の到来を前にして日本がどのような形で主導的な立場を取れるか、は重要かつ深刻な問
題であろう。それでこそ本研究調査のようなプロジェクトも成立したに違いない。
17
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
「文化の多様性と情報技術・情報ネットワーク」という問題がこの地域の研究者と研究機関に受け止められた背景には「画一
化」をもたらし、変化を強いる「グローバル化」への対応と巨大化する国や地域における多文化・多民族状況に顕在し潜在
する「対立・抗争・紛争」に対する対応をこの地域全体をもカバーするような多国間協力の研究体制の必要性を痛感してい
るからに相違ない。日本がそのイニシアチブを取ることに対する要請も、何よりもこうした問題に関して国内的にあまり軋轢
の無い日本において「客観的」アプローチが出来る研究環境に日本の研究機関があるとの認識が2年半の共同作業を通し
て生まれたからであろう。その点ではそれぞれ問題を深刻に抱える国や地域からの研究者の間で我々に対する強い信頼
感と相互理解が醸成されたことが大きな意味をもつ。「文化の多様性」の擁護に「情報技術」の発達がどれほど役に立つか
という問題提起も、日本の情報科学・技術の発達の高さへの評価があることが、それを受け止める理由となっていよう。
しかし、日本に対してのそうした外部からの期待は同時に日本側の研究者にとっては、この問題の孕む複雑さと深刻さが
必ずしも明確に認識されてはいない面があることを示すことに他ならない。その意味でもこの研究調査はあらためて「文化
の多様性」を擁護する重要性を内外に知らしめたと言えよう。実際、科学・技術といい、知的財産権といい、研究や学問、あ
るいは「民主化」や「人権」といっても、「文化」によってその意味付けや価値付け、評価の仕方は大きく異なる。まさに「文化
の多様性」とは「価値観」「意味づけ」「評価方法」の違いでもあり、それはこの調査研究を通してあらためて実感され経験さ
れたことである。これはアジア・ユーラシアという広大な地域における「多国間・多地域間」の研究協力の成果である。しかも、
この文化による「意味付け」「価値付け」という現象の背後には、もう一つの重要な問題が存在する。それは、シンガポール
国立大学のトン・チーキョン教授が指摘するような「緊張」の存在である。「中心的な問題は、グローバルとナショナル、そし
て文化的知識についての地域社会の持つ知識との間に多くの緊張が存在することである。学術機関のネットワーク構築や
国際化を展開するためのいかなる試みもグローバルとナショナルの間にあるこの緊張を考慮に入れないでは行えない。例
えば、地域社会と国家の間の境界線が希薄になり、集団の結束がより弱くなるに従い、国民国家と民族集団は、時として排
他的に、グローバル化のもたらす文化的意味の繋がりをなくするような作用に対し防御するようにローカルな文化に訴えざ
るを得なくなる。またグローバルな情報ネットワークを発達させようとするいかなる努力も、「我々は境界の無い、非歴史的な、
時間を超越した社会と人間の世界を相手にしているのではないということをよく認識しなければならない。個人も集団も組
織も国家の内部に存在し、独自の感情と政治の歴史を持つ民族的地域集団に属するものであるということを忘れてはなら
ない。」このようにトン教授がシンガポールと東南アジアの「多民族・多文化国家」の現実に基づいて指摘するとき、「普遍
的」「客観的」な科学・技術の「常識」に依拠すると日本では一般的に捉えられている「学術ネットワーク」の構築という作業に
含まれる「文化差」に気づいて愕然とすることがある。さらに、トン教授の指摘には、「いかなるネットワークも、それが中心と
周縁関係に基づくようなものであれば、また影響の強い中心の支配するようなものであれば、それは東南アジアでは西欧の
植民地支配の経験と結びつくものであるが、強い疑念を生じせしめることであろう。この意味において、アジアとヨーロッパ
(アメリカ)の間に情報ネットワークを気づこうとする試みは、最大の注意を払って取り組む必要があり、すべて相互性と平等
な関係をもって作られ、例え先進国がその研究資金を出すにしたところで中心と周縁の関係を作り出そうとしてはならな
い。」(トン・チーキョン「情報化時代におけるアジアとヨーロッパにおけるアカデミックなネットワークの構築について」)
トン教授の指摘は、アジア・ユーラシアにまたがる「学術文化情報ネットワーク」構築は現在焦眉の急を要する事業であって
も、その実現には多くの困難が存在することを改めて認知させ、とかく「先進国」あるいは「学術先進国」中心を「常識」とするこ
とに対して警鐘を鳴らすものであることをはっきりと示すものである。それはまた本調査研究が「文化の多様性と情報技術」そ
して「学術情報ネットワーク」構築という研究課題を、アジア・ユーラシアの「多国間・多地域間」の研究者と研究機関の協力に
よって行うという、これまでにほとんど世界的にも見られないような「試み」に挑戦することによって得られた教訓でもある。
それが結果として「東京コンソーシアム」の結成に集約することが出来たのは、何といってもアジア・ユーラシアの広大な
空間にまたがる「多国間・多地域間」の研究者の間に、2 年半の研究期間の内に「相互理解」の深まりと「信頼関係」の醸成
とが出来たことによる。
ここでとくに強調したいことは、グローバル化と情報化という世界を「同じに」する変化が急速の進展する現在、一見、対面
的な関係を重視する人間の「信頼関係」と「相互理解」とは非常に軽視される傾向があるが、この国と国、地域と地域、民族と
民族、文化と文化、人と人、が近接する時代になって逆にその「差異」もまた明らかとなり、極めて細部にわたる「相互理解」と
「信頼関係」を築く必要があるということである。これは科学者と科学研究にとっても不可欠の重要性を持つことに他ならない。
18
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
イラク戦争や国連での対立を見ても解るように、いま世界は「相互理解」と「信頼関係」の欠如によって不幸と悲惨を経験して
いる。「幸福」といったテーマを本調査研究のシンポジウムの課題としたことには深い意味があるというべきであろう。「文化の
多様性」の擁護の中での「幸福」の学問的追及は、実はこれから 21 世紀の最大の研究課題のひとつになると思われる。
■ 引用文献
1.
Tong Chee Kiong: ”Constructing Academic Information Network in Asia and Europe”, Istanbul (University
Koç),The
Istanbul
Conference
on the
Preservation
of
Diversity
of
Cultures
and
Information
Network,2002.10.18
■ 成果の発表
原著論文による発表
1.
青木保:’Aspects of Globlization in Contemporary Japan’, “Many Globalizations –Cultural Diversity in the
Contemporary World”, pp68-88 (2002)
2.
青木保:「アジアで大学はパワーを発揮できるのか」,『アジア新世紀 7 パワー』,岩波書店, pp89-100 (2003)
口頭発表
応募・主催講演等
1.
Tong Chee Kiong: ”Constructing Academic Information Network in Asia and Europe”, Istanbul (University
Koç),The
Istanbul
Conference
on
the
Preservation
of
Diversity
of
Cultures
and
Information
Network,2002.10.18
2.
Lily Kong: “Globalization and Multicultural Networks: Between Policy and Popular Practice”,東京,「文化の多
様性と情報ネットワーク」国際会議,2003.3.5
3.
Bozkurut Güvenç: “Multicultural Network and the Role of Japan”,東京,「文化の多様性と情報ネットワーク」国
際会議,2003.3.5
4.
Surichai Wun’ Gaeo:”Multicultural Network and the Role of Japan”,東京,「文化の多様性と情報ネットワーク」国
際会議,2003.3.5
5.
岡 本 真佐 子 :”「 多 文 化 ネ ッ トワ ー ク と 日 本 の 役 割 」 ”, 東京 , 「 文化 の 多様 性 と 情報 ネッ ト ワ ー ク 」 国際会
議,2003.3.5
6.
JB Disanayaka and ST Nandasara: “How to Construct Cultural Information Network” ,東京,「文化の多様性と
情報ネットワーク」国際会議,2004.3.10
7.
Nanda Hmun, “How to Construct Cultural Information Network”,東京,「文化の多様性と情報ネットワーク」国際
会議,2004.3.10
19
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
1. 連携可能な研究機関の実態調査および科学技術文化政策の比較に関する活動
1.2. アジア各国の科学技術政策、文化政策の比較研究
政策研究大学院大学文化政策プロジェクト
青木 保、岡本 真佐子
大阪大学人間科学部
春日 直樹(教授)
慶応義塾大学環境情報学部
渡辺 靖(助教授)
■要 約
各国の文化政策および対アジア学術・文化政策の実態や方針、戦略等を把握するため、アジア・ユーラシア各国の文化
関連機関や組織の訪問実態調査を実施し、研究会議を開催した。アジア諸国に展開する文化関連機関について、その概
要や活動内容、重点課題等の情報を広範に得ることができ、学術文化ネットワーク構築において日本が果たしうる役割と、
組織的連携を構築する場合の課題について知見を得ることができた。
■目 的
アジア・ユーラシア各国が自国の社会の「文化の多様性」に対応するために実施している文化関連施策(文化政策)と、世界各
国が主にアジア・ユーラシア地域おいて展開している、文化理解および情報交流のための取り組みについて情報を収集し、学術
文化ネットワークを構築に必要な前提となる各国各地の「文化の多様性」の実態について理解を深めることを目的とした。
■ 活動方法
「文化の多様性」に関心を払いながら情報の受発信と文化間のコミュニケーション活動を展開している、各国の対外文化
機関を研究の対象として選び、その文化外交活動の概要や目的、近年の方針の変化、地域ごとの重点的取り組み課題、
情報収集の体制などについて、訪問調査を実施した。このような活動を歴史的に組織だって展開してきたのはヨーロッパ各
国の対外文化機関であり、調査の重点もまたヨーロッパ諸国、とくに英国、フランス、ドイツの機関が中心となった。しかしこ
のような機関が各地の文化の多様性に対応するために具体的にどのような体制をとり、活動を実施しているのかが関心の
中心であるため、本部の方針や政策だけでなく、アジア・ユーラシア各地に展開しているそれぞれのオフィスを実際に訪問
しながら多様性についての情報把握や情報収集の仕組み等を調査した。
また各国の文化政策については、研究会を実施して各国の専門研究者から情報を得るとともに、資料収集調査を通して
情報の把握を行った。
■ 活動成果
本項目の研究調査において訪問、インタビュー調査を実施した機関・組織、及び開催した関連研究会は下表のとおりである。
20
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
表-1 訪問機関一覧
年度
調査地
2001 年 12 月
中国(上海)
諸外国の対外文化活動
イギリス領事館文化教育部(イギリス)
アリアンス・フランセーズ(フランス)
アメリカ合衆国上海領事館、パブリックアフェアーズセクション
(アメリカ)
香港
ブリティッシュ・カウンシル(イギリス)
アリアンス・フランセーズ(フランス)
2002 年 3 月
ポーランド(ワルシャワ)
ゲーテ・インスティテュート(ドイツ)
ドイツ大使館(ドイツ)
ブリティッシュ・カウンシル(イギリス)
ポーランド文化省(ポーランド)
アダム・ミツキエヴィッチ研究所(ポーランド)
フランス(パリ)
ゲーテ・インスティテュート(ドイツ)
ブリティッシュ・カウンシル(イギリス)
国際交流基金/パリ日本文化会館(日本)
2002 年 8 月
シンガポール
シンガポール国立文化センター、エスプラネード(シンガポー
ル)
シンガポール国立大学文化センター(シンガポール)
日本大使館広報文化センター(日本)
ゲーテ・インスティテュート(ドイツ)
アリアンス・フランセーズ(フランス)
スリ・ランカ(コロンボ)
文化省コロンボ国立美術館館長(スリ・ランカ)
ブリティッシュ・カウンシル(イギリス)
アリアンス・フランセーズ(フランス)
ゲーテ・インスティテュート(ドイツ)
日本大使館広報文化センター(日本)
アメリカン・センター(アメリカ)
ロシア・センター(ロシア)
インド・センター(インド)
JICA(日本)
マレーシア(クアラルンプ
ブリティッシュ・カウンシル(イギリス)
ール)
アリアンス・フランセーズ(フランス)
ゲーテ・インスティテュート(ドイツ)
ロシア・センター(ロシア)
リンカーン・センター(アメリカ)
国際交流基金/クアラルンプールセンター(日本)
日本大使館広報文化センター(日本)
21
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
2002 年 10 月
トルコ(アンカラ)
ブリティッシュ・カウンシル(イギリス)
ゲーテ・インスティテュート(ドイツ)
各政治政党の文化担当官(トルコ)
トルコ(イスタンブール)
フレンチ・インスティテュート(フランス)
ブリティッシュ・カウンシル(イギリス)
セルバンテス・インスティテュート(スペイン)
ゲーテ・インスティテュート(ドイツ)
イスタンブール行政区文化部門(トルコ)
2003 年 3 月
マレーシア(クアラルンプ
元政府文化政策顧問(マレーシア)
ール)
2004 年 1 月
タイ(バンコク)
ゲーテ・インスティテュート(ドイツ)
ブリティッシュ・カウンシル(イギリス)
アリアンス・フランセーズ(フランス)
アメリカン・センター(アメリカ)
ミャンマー
文化省国立博物館文化研究所(ミャンマー)
国立文化大学(ミャンマー)
表-2 文化政策に関する研究会の開催記録
年度
研究会テーマ
報告者
2001 年 11 月
“China-Japan Cultural Exchange since 1980’s”
Huang Ping, Research Professor and Deputy
Director of Institute of Sociology, Chinese
Academy of Social Sciences, China
2002 年 7 月
“Australian Multiculturalism –Challenge and
Klaus-Peter Koepping, Professor, Institute of
Opportunity”
Ethnology,
University
of
Heidelberg,
Germany
これらの訪問調査を通して得られた成果としては、下記の点が挙げられる。
1. 各国の対外文化機関の活動内容についての情報やデータの収集・把握
2. 情報化社会におけるコミュニケーション、情報伝達、文化理解といった活動が直面している新たな状況と、それに対
する対外文化機関の活動方針の変化について知見を得られたこと
3. 訪問実態調査を通しての人的ネットワークの構築
以下ではそれぞれの点について、やや具体的にその内容を記しておく。
1. 各国の対外文化機関の活動内容についての情報やデータの収集・把握
学術文化ネットワークを構築するにあたって、各国各地の具体的な文化や社会の多様性を理解することは重要な前提と
なる。「文化の多様性」というのは、相互に理解し、情報として伝達し、またその擁護に取り組む「対象」であると同時に、もの
ごとの理解やコミュニケーションの可能性がそもそもそれによって大きく影響を受け、規定されてくるような「場」や「条件」そ
のものだといっても過言ではない。歴史的、政治的また社会的文化的に折り重なり複雑に関連しあう多様な文化のありよう
についての十分な理解がなければ、情報は流れてもそれが実際に効果的に伝えたい相手に望ましい形で伝わるとは考え
にくい。「文化の多様性」について理解を深めること、そのための体制を整えることは、情報交流や情報共有を促進するた
22
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
めの学術文化ネットワークという構造的あるいは技術的インフラを構築することと同じ程度の重要性をもつのであり、それが
なければ実効性のあるネットワークを構築することはできない。
異文化間の情報交流やコミュニケーション、とくに情報伝達を政策的取り組みとして実践してきた各国の対外文化機関
は、異なった政治的経済的文化的条件のもとにある社会、や人々に対して、情報を伝達し、コミュニケーションを図ることを
目指して活動してきている。とくにヨーロッパ各国は情報を中心とする文化外交の展開においては、一日の長があり、その
活動内容、方法、方針や組織づくりなどにおいて参考にできる点が多い。
訪問調査では、文化外交の先進諸国である英国、ドイツ、フランスといった国々の対外文化機関が訪問調査対象になる
ことが多かったが、このような機関の本部における政策や方針だけでなく、その基本姿勢が個別各国、各地域のオフィスに
おいて具体的にどのように実践され、あるいは社会条件に応じて変更変容しているのかを現場の状況に即して把握・理解
するために、これらの機関がアジア各国各地に展開しているそれぞれのオフィスをできる限り訪問した。このような方法によ
って、それぞれのオフィスの活動概要に加えて、
①政策方針を基本としながらも、どのような個別の地域条件を考慮してそれぞれに特徴のある活動を展開しているか
②地域ごとの多様性を理解・把握するための仕組みとして、人材、組織、現地のネットワーク形成などがどのように行われて
いるのか
③地域ごとの重点的な取り組み課題、またそのような課題を設定する際の仕組み
などについて、地域に特化した状況を把握することができた。文化外交活動についての研究としてはこれまで、機関全
体の方針や歴史的変遷、その政治的外交的影響の分析を行ったものがあるが、ひとつの機関が各国各地に展開するロー
カルオフィスを回って、その活動実態を把握しようとしたものはなく、これらの聞き取りによって得られたデータそのものも重
要である。が、各機関が個別地域の「文化の多様性」を相手にして、いかに周到な政策や組織的取り組み、また活動方針
の策定や見直しを具体的に実践しているか、その実際のところが経験として理解されたことは、大きな成果であった。
尚、各機関や各オフィスの取り組み実態は、それこそ個別多様であり、ここにそのすべてを記すことはできない。抽象化
一般化したものではあるが、調査を通して理解できた、情報化時代の文化外交活動に見られる共通の傾向については2に
おいて触れることにする。
また訪問調査を行った記録の一部は、「対外文化機関の国際比較研究調査」(中間報告)にまとめた。
2.情報化社会におけるコミュニケーション、情報伝達、文化理解といった活動が直面している新たな状況と、それに対する
対外文化機関の活動方針の変化について知見を得られたこと
各国各地に展開する対外文化機関のオフィスが、個別の地域的多様性に応じた動きを展開していることは1で記した。こ
こでヨーロッパ諸国の文化外交活動を比較の視点から見てみると、英国には英国、ドイツにはドイツなどの固有の戦略や方
針があることは間違いないものの、全体として情報化社会においてコミュニケーションをはかる、あるいは情報伝達を行う場
合に直面する問題については、かなり共通の問題意識と認識を持っていることが理解された。このような問題意識の共通性
と、対応におけるそれぞれの国の個別多様性という特徴の双方を視野に入れることにより、情報化時代の文化間コミュニケ
ーションや情報伝達に関する世界的な共通課題を理解しながらも、その問題に日本としてどのように特色と意味のあるかた
ちで関わることができるのかを考える土台をつくることができる。
2.1
情報化時代の情報発信・伝達
情報化時代には、情報伝達の技術的なインフラが整い、膨大な情報が自在に流れるというだけではなく、その発信者も
受信者も一気に膨大かつ多様なものとなる。自国のさまざまな情報を望ましい形で伝達することを主要な課題としてきた、
文化外交に関わる対外文化機関は、このような世界規模での情報伝達や流通の条件の変化を前にして、文化外交活動の
基本的な政策スタンスを転換してきている。つまり、情報発信や情報伝達は、物理的にはその可能性が大きく開かれたもの
の、内容や意味の伝達という点では逆に非常に難しくなっており、情報伝達の物理的可能性と意味伝達の可能性の間に
非常に大きな乖離が生じていることを強く意識している。そして、情報が実際に「伝わる」こと、願わくば、望む相手に望まし
23
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
いかたちで伝わるようにするための条件を整えることに、非常に大きな力を注いでいる。活動の重点や重心は、情報発信そ
のものよりは、物理的な情報伝達と意味伝達の間のギャップを少しでも埋めるための側面的な取り組みの方にむしろシフト
していると言っても過言ではないかもしれない。
2.1.1 「情報」から「知識」へ
英国の文化機関の表現を借りれば、information into knowledge、いかに単なる「情報」を、受容され理解され行動に影響を
及ぼすような「知識」に変えられるか。これがヨーロッパ諸国の対外文化機関が取り組んでいる課題である。そのためには、
①伝えたい情報が説得力を持つような、具体的な社会条件を整えること
②ステレオタイプの情報を修正するための補完的情報の提供
③情報の説得力を支える条件としての、機関の性格や位置づけへの配慮
④具体的なそれぞれの取り組み内容について、それらを世界的な課題としてどのように理解し、位置づけているか、その姿
勢とメッセージを伝えること
上記各点について英国ブリティッシュ・カウンシルでの取り組みを例に簡単に記すと、①②英国では、かつて BSE が発生
した際にその調査分析結果を発表し、英国産牛肉の輸入再開を諸外国に働きかけたが、その情報はほとんど説得力をも
たなかった。この原因の一端は英国のイメージが伝統や歴史に偏っていたために、科学技術や創造性といった新しい側面
についての理解されていないだけでなく、その水準が低いと見なされていたことにある、と考えられた。そのため、英国の科
学の水準、研究の実情についての情報を積極的に発信するとともに、伝統に偏ったステレオタイプのイメージがネガティブ
に作用しないように、現代英国の姿、とくにその多様性、変化を集中的に伝える政策をとっている。
③情報化時代にはある情報がプロパガンダと見なされた途端にその説得力や情報の信頼性を失う。機関がなんらかの
権力から独立していること、少なくとも活動内容や方針において、それが十分な開放性とアカウンタビリティをもっていること
が必要となる。機関の独立性や開放性は本来目に見えないものだが、自国にとって都合の悪い情報を公開し、議論する、
あるいはオフィスの立地から組織、人材登用にいたるまであらゆる機会をとらえて独立性や開放性を目に見えるものとして
示していくことが必要でありそのような努力をしている。
④遺伝子組み換え作物の問題など、科学に関わるテーマは人々の生活の身近な問題となっている。そのため科学につ
いてのリテラシーを高め、その議論の場を提供する活動を行っている。このような社会における科学理解の下支えという活
動はグローバル時代の今日、いずれの社会にとっても必要な課題である。しかしブリティッシュ・カウンシルとしては、科学
に関する情報提供や共有、知識格差を解消する取り組みを「民主的社会の実現」という観点から追究するという姿勢を示し
ている。英国の民主主義という伝統を背景に、このような問題の捉え方とアプローチによって、「英国の」の特色と強みを発
揮しうると考えているからである。
2.2 「文化の多様性」理解への取り組み
①から④にあげた、情報化時代に情報が「伝わる」ための条件作りを実際に展開していくには、その前提としてかなりの
程度、活動展開地域における個別の状況把握ができていなければならない。①や②の取り組みであれば、そもそも自国や
社会が、どの地域のどのような人々によってどのようなイメージでとらえられているのかを知らなければ、その対策を立てるこ
とはできない。③の場合も、国や地域によってはある機関が公的位置づけを持っているほうが情報への信頼を得やすい場
合もあるし、問題の性格によって情報伝達の可能性に大きな開きがあると言うケースもある。これらの条件のいずれをとって
も、活動を実際に行う地域に密着して、それぞれの多様な社会文化条件をどこまで把握できるかが鍵になる。
現在ヨーロッパ諸国の対外文化機関が、活動方針などについての政策決定プロセスにおいて、地域オフィスの裁量を大
きくし、ローカル重視の方向を打ち出してきているのは、このような事情によるものでもある。ヨーロッパに関して言えばヨー
ロッパ域内はすでに EU がさまざまな相互交流プログラムを設けており、各国は次第にアジア地域に活動の重点を移しつつ
ある。その中で、アジア各国、各地域の地域特性や文化的多様性理解への戦略的取り組みは確実に進んでおり、日本が
アジア地域でなんらかのイニシアティブをとる場合には、アジア各地域個別の多様性のみならず、ヨーロッパ各国がどのよう
24
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
な面で強みを発揮しつつ主導権を握ろうとしているのかについても情報を得ることが必要になるだろう。
3.訪問実態調査を通しての人的ネットワークの構築
本訪問調査を通して得られたもう一つの成果は、対外文化機関を通しての人的ネットワークが形成されたことである。ヨーロ
ッパ諸国の対外文化機関は、上に述べてきたように現地主義を強めているだけでなく、取り組み内容も、従来の狭い「芸術文
化」の枠を超えて、科学やガバナンスなどに広がり、彼ら自身が多様な社会的セクターに広い人脈を築いている。これは現在
のところ調査者個人のネットワークであるが、彼らもまた日本の学術文化ネットワーク構築に向けたこのような取り組みに対し
て関心を払っており、今後研究の成果を発展的に展開していく際には、重要なネットワークになるものと考えられる。
以上、成果について述べてきたが、本項目の中のもうひとつの追究課題であった、各国の国内における文化政策につい
ての情報収集と理解という点について述べておく。この課題は各国の専門研究者からの聞き取りや研究会における議論、
資料調査を通して追究してきた。個別の国についての情報については徐々に集まりつつあるものの、「文化政策」の対象と
してカバーされる範囲やテーマ、民族関係などの微妙な問題についての情報へのアクセス可能性などに、国や地域によっ
て開きがあり、それらを比較の視点の中で整理することのできる枠組みを明確にするところには至らなかった。この点につ
いては、今後「東京コンソーシアム」とう枠組みのなかで、各地域の比較研究を続けることにより追究していくことになる。
■考 察
「文化の多様性」の理解という観点から対外文化機関の活動を見てきたが、ここではとくに科学や情報技術という分野の
活動について、これまでに見てきた文化や情報交流に関わる一般的知見がどのように関わるかを考えておきたい。
遺伝子組み換え食物や BSE 問題、情報管理の問題など、「科学」や「情報技術」が人々の生活にとって身近な問題にな
るにつれて、科学技術に対する取り組みや教育は、政府主導の科学技術政策や研究機関の専門教育という領域を超えて、
ますます官民学あるいは NGO などが協力しながら取り組む課題となってきている。また、やはり科学や情報技術が「身近な
もの」になりつつあるという同じ事情によって、科学や情報技術に関する知識・情報を、人々に「いかに、またどのように伝達
するか」が社会において大きな課題として認識されるようになっており、ここにはこれまで直接的に科学や情報技術を専門
テーマとして扱ってこなかったようなセクター、たとえば対外文化機関や博物館・美術館、図書館などが、積極的に関わりを
持ち始めている。さらに、この効果的な「伝達」は、人々の科学や技術についての理解を深め、関心を高めるという国内的
な問題としてだけでなく、科学水準の現状(とくにその高さ)をアピールすることにより、一国のイメージをよいものとし、優秀
な研究者や企業からの投資を国内に呼び込むという、対外的戦略を含んだ外交問題としても位置づけられている。
日本の科学や情報技術そのものについては、その優秀さと水準の高さに疑問はないものの、後者の「伝達」という側面にお
いては、諸外国における訪問調査を通して把握した限りにおいては、その重要性や必要性が認識されているとは言いがたい。
日本においてこのような側面が重視されない、あるいはあまり関心の対象にならない理由としては、第一に「伝達」に関わ
る部分は純粋な科学や情報技術の問題ではなく、付随的あるいは周辺的な問題だと考えられていることがあげられる。ま
た第二には、科学や情報技術の中立性がかなりの程度前提とされており、これらはその理解や利用だけでなく場合によっ
ては内容に至るまで、それぞれの個別の社会の特殊な条件によって大きな影響を蒙らざるをえないということに十分な意識
が及んでいない面もある。
しかし、ヨーロッパのリベラルで民主的な社会においてさえ、科学研究のテーマ選択の際に、特定の政治政党や教会の
意向が影響を及ぼすことがありうる、という事情を今回の訪問調査でも耳にしており、このような例が端的に示すように科学
研究といえども完全に中立ではありえない。アジア諸国の場合、とくに政治体制や経済状況にも大きな差があるわけで、社
会の条件を勘案することは一層重要となる。
次の例はある対外文化機関の情報セクションの事例であるが、ここでは情報部門のウェブチームがウェブサイトをアクセ
スしやすく、見やすく、また魅力的に見せるために努力するだけでなく、各国各地の人々がどのようなアクセスのしかたをす
るか、といったことまで考慮しながらウェブデザインを考えることすらあるという。また活動項目の違いに応じて、それらの特
25
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
徴にあった表現方法を用いることにも配慮している。まさに「文化の多様性」を実践的に尊重する姿勢を、技術という側面で
示そうとしているのである。
文化の多様性を尊重しうる情報技術というものは、文字表現など技術的開発はもちろんのこと、このような具体的利用や
伝達という実践的側面においても、その力を発揮することができるし、またその必要性が高まっているものと考える。
■ 引用文献
1.
岡本真佐子:『対外文化機関の国際比較研究調査 中間報告』,政策研究大学院大学 (2002)
■ 成果の発表
原著論文による発表
国内誌(国内英文誌を含む)
1.
青木保:「現代アジア都市と「ソフトパワー」」,『アジア太平洋研究』,第 12 号,pp13-20 (2003)
2.
岡本真佐子:『対外文化機関の国際比較研究調査 中間報告』,政策研究大学院大学 (2002)
口頭発表
研究会発表
1.
岡本真佐子:「文化資源としての「国家ブラ ンド」の形成」, 広島,「文化資源の生成と利用」第3回研究
会,2003.2.22
応募・主催講演等
1. William Lim:”Culture of Post Modernity and Urban Spaces”,東京,「文化の多様性と情報ネットワーク」国際会
議,2002.3.7
1.
景天魁:「グローバル化と文化の包容力」,東京,「文化の多様性と情報ネットワーク」国際会議,2002.3.7
2.
Hans-Georg Soeffner:”Cultural Globalization in Germany”,東京,「文化の多様性と情報ネットワーク」国際会
議,2002.3.7
3.
Tong Chee Kiong:”Cultural Policy and Nation-State in a Global Era”, 東京,「文化の多様性と情報ネットワー
ク」国際会議,2002.3.7
4.
坪井善明:”World Cultural Heritage and Preservation of Cultural Diversity” , Istanbul (University Koç),The
Istanbul Conference on the Preservation of Diversity of Cultures and Information Network,2002.10.18
5.
岡 本 真 佐 子 :”Cultural Diplomacy and Information Network” , Istanbul (University Koç),The Istanbul
Conference on the Preservation of Diversity of Cultures and Information Network,2002.10.18
6.
Tong Chee Kiong: “The Politics of Collective Memory in Southeast Asia” ,東京,「文化の多様性と情報ネットワ
ーク」国際会議,2004.3.10
7.
春日直樹:“Outside Fading Out”,東京,「文化の多様性と情報ネットワーク」国際会議,2004.3.10
8.
Huang Ping: “Collective memory and imagined futures: How can ideas contribute to development?”,東京,「文
化の多様性と情報ネットワーク」国際会議,2004.3.10
9.
Surichai Wun’Gaeo:”Collective memory and imagined futures”,東京,「文化の多様性と情報ネットワーク」国際
会議,2004.3.10
10.
Mary Racelis: “Among Manila’s Urban Poor”,東京,「文化の多様性と情報ネットワーク」国際会議,2004.3.10
11.
Hans-Georg-Soeffner:”Self Redemption. The Fundamental Features of the Politics of Collective Memory” ,東
京,「文化の多様性と情報ネットワーク」国際会議,2004.3.10
26
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
2. 科学技術の発展と文化のインターフェースに関する研究
政策研究大学院大学文化政策プロジェクト
青木 保、岡本 真佐子
大阪大学人間科学部
春日 直樹(教授)
一橋大学社会学部
足羽 與志子(教授)
早稲田大学政治経済学部
坪井 善明(教授)
慶應義塾大学環境情報学部
渡辺 靖(助教授)
■要 約
文化と科学技術・情報技術のインターフェースで生じている問題について、各国が直面している課題を理解し共有する
ため、国内外での研究会と 5 回の国際シンポジウムを開催して多様な側面から「文化の多様性」について議論を行った。科
学や技術、また「文化の多様性」についてのさまざまなアプローチの可能性を、これらの会議を通して探ることができ、「東
京コンソーシアム」(項目 1.1 参照)を土台として研究、検討するべき課題が明らかになった。
■目 的
アジア・ユーラシア地域の諸社会において、科学技術の発展が文化とどのようにかかわっているのか、科学と価値観や
科学と倫理の問題など、文化と科学技術のインターフェースで生じている問題について課題を抽出し、相互の理解を深め
て問題を共有し、将来の望ましい社会像を探ることを目指した。
■ 活動方法
アジア各国の研究機関における研究討議、および国際シンポジウムを国内外で開催し、そこでの報告と議論を通して、
本テーマを追究した。とくに研究討議やシンポジウムの開催は学術文化ネットワーク拠点となりうる各地・各研究機関で開
催することにつとめ、会議の開催を通して地域ネットワーク形成の可能性を探ることとした。
表-1 シンポジウムの開催記録と目次
<第一回東京会議:2002 年 3 月>
第一部
<基調講演>
テロリズムと「文化の多様性」の問題
1.ヌール・ヤルマン (ハーバード大学・教授)
2.アシシュ・ナンディ(デリー社会開発研究所・教授)
<討論者>
27
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
ST ナンダサーラ(コロンボ大学 ICT・教授)
山下晋司(東京大学大学院総合文化研究科・教授)
第二部
都市と公共文化空間
<基調講演>
1.ウイリアム・リム(建築家)
2.景天魁(中国社会科学院社会学研究所所長)
<討論者>
梶原景昭(国士舘大学・教授)
倉澤愛子(慶應大学・教授)
第三部
<基調講演>
グローバル化の中の「国家と文化政策」
1.ハンス・ゲオルグ・ゼフナー(コンスタンツ大学・教授)
2.トン・チー・キョン(シンガポール国立大学・教授)
<討論者>
羅紅光 (中国社会科学院社会学研究所・助教授)
岡本真佐子(政策研究大学院大学・助教授)
<トルコ・イスタンブール会議:2002 年 10 月、於:トルコ・コチュ大学>
The Istanbul Conference on the Preservation of Diversity of Cultures and Information Network
Welcoming
Attila ASKAR, President of Koc University
Opening Remarks
Tamotsu AOKI, National Graduate Institute for Policy
Studies
First Session:
Multicultural Computer and
Information Network
Noboru KOSHIZUKA, The University of Tokyo
‘Information Technology –Stat-of-the Art and Cultures’
Bozkurt GUVENC, Turkish Academy of Science
‘Cultural Diversity and Communication Technology, Case of Turkey’
ST NANDASARA, Colombo University
‘Cultural Diversity and Communication Technology, Case of Sri Lanka’
Second Session:
Preservation of Diversity of Cultures
Yoshiharu TSUBOI, Waseda University
‘World Cultural Heritage and Preservation of Cultural Diversity’
Selcuk ESENBEL, Bogazici University
‘The Introduction of Modern Science and Technology to Turkey and
Japan’
Cigdem KAGITCIBASI, Koc University
‘Global Changes in Family-Human Patterns’
Reha CIVANLAR, Koc University
‘Role of Internet Multimedia Technology in Preservation of Cultural
Diversity’
Masako OKAMOTO, National Graduate Institute for Policy Studies
‘Cultural Diplomacy and Information Network’
Concluding Session:
Information and Academic Network
TONG Chee Kiong, The National University of Singapore
‘Constructing Academic Information Network in Asia and Europe’
<Commentator and Discussant>
Attila Askar, President of Koc University
Hans-Georg Soeffner, Professor of Konstanz University
28
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
Selcuk Esenbel, Professor of Bogazici University
Nur Yalman, Professor of Harvard Universtiy
Tamotsu Aoki, Professor of GRIPS
<第二回東京会議:2003 年 3 月>
第一部
司会:ハンス・ゲオルグ・ゼフナー(コンスタンツ大学教授、ドイツ)
経済開発と文化の多様性の問題
発表者:アシス・ナンディー(社会開発研究所教授、インド)
メアリー・ラセリス(アテネオ・デ・マニラ大学教授、同大フィリピン文化研
究センター所長、フィリピン)
黄 平 (中国社会科学院教授、同社会科学研究所副所長、中国)
コメンテーター:マイケル・シャオ(アカデミアシニカアジア太
平洋地域研究センター所長、台湾大学教授、台湾)
STナンダサーラ(コロンボ大学教授、スリランカ)
佐伯啓思(京都大学教授)
春日直樹(大阪大学教授)
第二部
司会:ヌール・ヤルマン(ハーバード大学教授、アメリカ)
多文化ネットワークと日本の役割
発表者:リリー・コン(シンガポール国立大学文理学部長、同大教授、シンガポ
ール)
ボーズクルト・ギュベンチュ(トルコアカデミー名誉会員、トルコ)
スリチャイ・ワンゲオ(チュラロンコン大学社会開発研究所所長、タイ)
鄭大均(東京都立大学教授)
王敏(東京成徳大学教授)
岡本真佐子(政策研究大学院大学助教授)
コメンテーター:ハンス・ゲオルグ・ゼフナー(コンスタンツ大学教授、ドイツ)
アシス・ナンディー(社会開発研究所教授、インド)
トン・チーキョン(シンガポール国立大学教授、シンガポール)
マイケル・シャオ(アカデミアシニカアジア太平洋地域研究センター
所長、台湾大学教授、台湾)
黄平(中国社会科学院教授、同社会学研究所副所長、中国)
青木保(政策研究大学院大学教授)
<ドイツ・ハイデルベルグ会議:2003 年 10 月、於:ハイデルベルグ大学>
Culture and Hegemony: Politics of Culture in the Age of Globalization
第一日
第1部: PROCESSING CULTURE(S) CULTURE(S) IN PROCESS. PRAXIS
AND
PERFORMANCE
CULTURAL
IDENTITY
INTERCULTURAL SPACES
OF
IN
Morning Session Chair: Prof. Tamotsu Aoki
Prof. Dr. Klaus-Peter Koepping:
'Quest for authenticity in a globalising world: Ritual performances in Japan'
Dr. Akira Nishimura:
'Symbiosis or segregation? Dealing with the ‘foreign’ in Nagasaki'
Comments by Prof. Peter Clarke, Prof. Vincent Crapanzano
Discussion
Afternoon Session Chair: Prof. Ashis Nandy
Dr. Mani Shekar Singh:
'Journeys into distant lands: Poetics and politics of Maithil paintings'
29
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
PD Dr. Alexander Henn:
'Distinctive commonalities: Syncretic religiosity in Goa'
Alito Siqueira M.A.:
'Representation and Performance: Place Community and Identity in Goa'
Comments by Prof. Veena Das, Prof. Akhil Gupta, Prof. John Hutnyk
第二日
第 2 部:COLLECTIVE UTOPIAS AND
IMAGES OF HAPPINESS IN HISTORY,
PRESENT TIME, AND MODERN MASS
MEDIA
Discussion
Morning Session Chair I: Prof. Tong Chee Kiong
Prof. Dr. Hans-Georg Soeffner:
'Collective utopias and images of happiness in history, present time and
modern mass media'
Dr. Darius Zifonun:
'Happily Integrated? Notions of Harmony and Social Unity in Present-Day
Germany'
Comments: Dr. Ursula Rao / Discussion
Morning Session Chair II: Prof. Mary Racelis
Dr. Dirk Tänzler/ Dr. Jürgen Raab:
"Ostalgie". The German Reunification and the medial construction of
Happiness'
Comments: Dr. Ursula Rao / Discussion
第 3 部 : EXPORTING CULTURE:
WINDOWS TO THE INSIDE AND
OUTSIDE
第三日
第 4 部 : CULTURE AND THE
PURSUIT OF HAPPINESS: FOR A
‘GOOD SOCIETY’ IN THE 21ST
CENTURY
Afternoon Session Chair: Prof. Dr. Hans-Georg Soeffner
Dr. Antje Gunsenheimer, VW-Foundation Hannover:
'About the advancement of intercultural research: Objectives, obstacles and
preliminary results'
Dr. Irene Jansen, German Academic Exchange Service (DAAD):
‘Guiding Principle: Internationalisation’
Comments / Discussion
Dr. Angelika Eder, Goethe-Institut München:
'Dialogue and Exchange.Principles of foreign cultural policy at the
Goethe-Institute'
Prof. Nguyen Tri Nguyen, guest-speaker, Vietnam Institute of Culture and
Arts Studies, Hanoi (VICAS):
'Cultural Tradition in the Present Vietnam Society'
Comments / Discussion
‘Cultural Diversity and Information Network’ Project Group coordinated by
Prof. Dr. Tamotsu Aoki
Morning Session Chair: Prof. Masako Okamoto
Opening Remarks: Prof. Tamotsu Aoki
Prof. Ashis Nandy: 'Happiness: Its Pursuit and Objectification'
Prof. Naoki Kasuga: 'Public-Private Relations in the Pursuit of Happiness in
Post-war Japan'
Prof. Tong Chee Kiong: 'Materialism, Pragmatism and the Pursuit of
Happiness: A Case Study of Singapore Society'
Prof. Yoshiko Ashiwa: 'Happiness in an Uncertainty'
Prof. Turrance Nandasara: 'What Role does ICTs play in the Pursuit of
Happiness in Sri Lanka'
Discussion
Afternoon Session Chair: Prof. Masako Okamoto
Prof. Mary Racelis: 'Well-Being, Participation, and Dignity: the Meaning of
Happiness to Asia's Urban Poor'
Prof. Huang Ping: 'Cultural Diversities and Multiple Modernity: The
30
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
Chinese Experiences in Searching for Development'
Prof. Yoshiharu Tsuboi: 'What is Happiness? A Case of Vietnam'
Prof. Tamotsu Aoki: 'Culture and the Pursuit of Happiness in Post-war
Japan'
Concluding Remarks: Prof. Hans-Georg Soeffner / Discussion
<第三回東京会議:2004 年 3 月>
第 1 部 Power of Cultural Diversity
司会: ハンス・ゲオルグ・ゼフナー(コンスタンツ大学教授:ドイツ)
発表者:ヌール・ヤルマン(ハーバード大学教授:アメリカ)
アシス・ナンディ(インド社会開発研究所教授:インド)
青木保(政策研究大学院大学教授)
第 2 部 Collective Memory and
司会: アシス・ナンディ(インド社会開発研究所教授:インド)
Imagined Futures
発表者:トン・チーキョン(シンガポール国立大学教授:シンガポール)
春日直樹(大阪大学教授)
黄平(中国社会科学院教授:中国)
足羽與志子(一橋大学教授)
スリチャイ・ワン・ゲオ(チュラロンコン大学教授、社会開発
研究所所長:タイ)
メアリー・ラセリス(アテネオ・デ・マニラ大学教授:フィリピン)
ハンス・ゲオルグ・ゼフナー(コンスタンツ大学教授:ドイツ)
第 3 部 How to Construct Cultural
Information Network
司会: 岡本真佐子(政策研究大学院大学助教授)
発表者:JB ディサナヤカ/ST ナンダサーラ(コロンボ大学教授:スリランカ)
ナンダ・フム(文化省国立博物館文化研究所所長、アセアン文化情報
委員会ミャンマー委員長:ミャンマー)
閉会挨拶 ヌール・ヤルマン(ハーバード大学教授:アメリカ)
表-2 研究会の開催記録
年度
研究会テーマ
報告者
2002 年 1 月
「テロリズムと異文化理解―第 100 回アメリカ人類
山下晋司(東京大学大学院総合文化研究科
学会年次大会とマーガレット・ミード生誕 100 年
教授)
記念シンポジウムに出席して」
2002 年 3 月
“Cultural Diversity and Information Technology”
ST Nandasara, ICT, University of Colombo,
Sri Lanka
2003 年 3 月
“Globalization, Popular Culture, and NGO
Lily Kong, Professor and Dean, Faulty of Arts
activities.”
and Social Sciences, National University of
Singapore, Singapore
Mary
Racelis,
Professor
and
Director,
Institute of Philippine Culture, Ateneo de
Manila University, Philippines
Surichai Wun’Gaeo, Director, Center for
Social Development Studies, Chulalongkorn
University, Thailand
“Globalization and Cultural Dynamism.”
Hsin-Huang
Director,
Michael
Center
for
Hsiao,
Exective
Asia-Pacific
Area
Studies, Academia Sinica, and Professor of
31
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
National Taiwan University, Taiwan
Bozkurt Guvenc, Honoray Member, Turkish
Academy of Sciences
Ashis Nandy, Professor, Centre for the Study
of Developing Societies, India
2004 年 3 月
“Cultural Diversity and Social Integration.”
Darius
Zifonun,
Associate
Professor,
Konstanz University, Germany
JB
Disanayaka,
Professor,
Colombo
University, Sri Lanka
Nanda Hmun, Director, Library Museum and
Research Dept, Department of Cultural
Institute, Ministry of Culture, Myanmar
■ 活動成果
グローバル化時代の今日、「文化の多様性」は、大きく二分化の傾向をたどらざるを得ない面がある。一方で情報機器の
発達を中心に情報と生活の利便の共通化による文化の「グローバル化」の進展が顕著に見られ、特に世界の大都市にお
ける「画一化」現象が目立つようになっている。これを指して「グローバル文化」の出現と指摘することも可能である。他方、そ
うした文化の「グローバル化」に対して、ローカルな文化を守り伝えようとするだけでなくさらにとかく現代において埋没しが
ちなローカルな文化の新たな発見をしようとの積極的な動きも見られるようになっている。
「文化の多様性」は、極めてアクティブで現代的な問題をそれ自体に内包しており、時代の動きに敏感に反応する。2002
年 9 月アメリカでの同時多発テロ事件を経た 2003 年 3 月の東京でのシンポジウムでは「テロリズムと文化の多様性」と題す
るⅠセクションが設けられたが、これは国際的なアジア・ユーラシア地域からの参加者の要望でもあり、この問題を政治の面か
らだけでなく文化の面からも捉える必要があることを示すものであった。参加者の誰一人としてテロリズムを認めるものはいな
かったが、こうした事件が起こる背後には文化におけるグローバルとローカルの対立がどこかで影響を与えているとの指摘が
インドや中東からの参加者によってなされた。そこには世界的に国の内外における「多数者」と「少数者」の文化的対立が政
治や経済においても見られ、その対立がグローバル化の中で複雑に絡み合い衝突を招く。こうした対立を可能な限り解消す
るためには「グローバル文化」の一方的な押し付けに陥ることを避け、かつローカルな文化の主張を対立的にするのでもなく、
いわばグローバルとローカルの狭間に各地の現代文化がそれぞれ異なる位相のもとに存在するとの認識をはっきりと持つこ
とが必要である。アジア・ユーラシア地域においては特に古来文化は異種混交を繰り返してきており、「混成化」している。そ
れは当然の現象ではあるが、といってすべての文化が同じになるわけではない。各地において文化の「混成化」は歴史を通
し時代の変化を受けて生成してきたものであり、「混成文化」として互いに異質性を持つとともに類似性をも示す。その「混成
化」の仕方の違いに各地の文化の違いが表現されているわけであり、これは現代においても変わらない。このことをはっきりと
認めた上で、「文化の多様性」を擁護することがいま求められている。それはグローバル化を積極的に進展させようとする先進
国にとってもそれ以外の国や地域にとっても等しく当てはまる問題である。何よりも避けなければならないことは、「自文化」を
あたかも絶対純粋な存在であるかのように主張して他の文化を排するような方向に走り、そのような態度や主張を示そうとす
ることである。これは「文化の多様性」を主張するようでいて実際には逆にそれを否定することになる。
また現在大きな問題となっている「都市の公共文化空間」に関しても都市のグローバル化の中で一律にそれを決めてよ
いものではなく、ローカルな文化の価値を尊びながら「グローカル」な形でのその位置づけを決めることが求められる。しか
し、アジア・ユーラシアにおいては特にその位置づけをいかに決めるかに関する議論がなされないでグローバル化を優先
させる傾向が見られる。シンガポールからの参加者は建築家でもあり、この点を強調し他の参加者の賛同を得た。
こうした問題意識は「国家と文化政策」に関しても同じくいえる部分があり、国家が文化を扱う場合、定まったものとしての
文化評価が固定した文化遺産や伝統芸術などに集中するのに対して、もっと文化の動的で「混成化」する面に注目し、さら
32
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
に「文化の多様性」を擁護する方向に政策を向けるべきであるとの見解が出され支持された。いずれもスリランカや中国の
例や経験などに基づく見解である。テロリズムの問題から都市の公共文化空間、さらには国家と文化政策の問題まで「文化
の多様性」の擁護を基礎においてグローバルとローカルのせめぎ合う狭間に今日の重要な問題が存在するとの一致した認
識が生まれたことは大きな成果であると考えられる。
こうした問題把握は、現代において科学・技術と文化が置かれた状況にも対応することである。一方で、科学と技術の発
達による「普遍的・グローバル」な世界があり、それに対し各地の文化の「個別的・地域的」世界がある。この二つの世界は
一見別のようでいて社会においてはどこにおいても程度の差はあるが重なり合って現実を構成している。科学・技術の与え
る「普遍的」な恩恵と利便なしには生活できないし、と同時に文化による価値付けや意味づけを欠いては生きてゆけない。
それとともにアジアの現実から見れば、欧・米の先進国で発達した現在の科学・技術は決して「中立的・客観的」なもので
はない。それは常に過去においては「植民地支配」の手段であり、今でも経済的政治的軍事的な支配と容易に結びつくも
のと受け止められる傾向がある。かつて国連が情報機器を使っての「新国際情報秩序」を作ろうと図ったことがあるが、ほと
んどの「発展途上国」は反対した。それが「先進国」による「文化支配」につながるという理由からである。この例を持ち出して
科学・技術の「中立性・客観性」への疑問、それとともに「グローバル化」の偏向を指摘したのはシンガポールやインドの参加
者である。ここにも「文化の多様性と情報技術」に関する困難な問題があることが解る。
グローバルとローカル、普遍性と個別性、客観性と主観性、そしてこうした二分的な見方が今日のアジア・ユーラシアに
おける現実の動きの中から生まれてきたことは、同時に科学、技術と文化の関係を捉えるときにも有効である。しかも、こうし
て理論的に二分化されて捉えられた現実は互いに依存し合う関係を示し、その関係の中に多様で広大なアジア・ユーラシ
ア地域の各国・各地域が存在している。このことをはっきりといま認識すべきであるとの見方は参加者全員の一致をみた。
さて、科学と文化の接触面を以上見たような「文化の多様性」の認識の上に立って捉えようとすると、20 世紀から新世紀に
かけて正面から論じられてこなかった本質的問題として人間にとっての「幸福」とは何か、という問題がある。
近代科学・技術の発達が人間の生活に与えた恩恵は計り知れない。また 20 世紀において世界に半分を支配した「イデ
オロギー」もまた人間を隷属的な常態から解放して「幸福」にする試みに違いはなかった。しかし、恩恵の反面、核兵器から
大気汚染などの原因についても科学・技術に対する負の面の指摘も強くなされ、また「イデオロギー」も逆に反人間的であ
るとの批判にさらされ、現実に「イデオロギー」国家体制を敷き、「抑圧的政治」を行ったソ連や東欧は崩壊してしまった。
「幸福」を主題とするハイデルベルグでのシンポジウムでは、これまでのイデオロギーや科学に欠けていた問題の捉え方
として「幸福」の二つの面、すなわち「大きな幸福」の追求と「小さな幸福の追求」をいかにバランスよく融合させるかという議
論がなされた。「大きな幸福」はいわば国家や社会集団全体の幸福の追求である。それは様々な「理想の追求」として行わ
れてきた。個人の幸福を犠牲にしても全体の幸福を優先させる。多くの宗教もイデオロギーもこう説いて「大きな幸福」のた
めに「小さな幸福」を犠牲にした。過度の「理想の追求」が人間と社会に災いをもたらすとは現代英国の思想家故アイザイ
ア・バーリンが指摘したことであるが、それは 20 世紀の負の教訓から学んだことでもあった。
反対に個人が自分の「小さな幸福」を追求しようとするあまり他人のことなど「どうなってもいい」と自己中心の利益主義に走
ることもまた「私利私欲」に明け暮れる「エゴイズム」の「弱肉強食」社会を作り出す。現代の資本主義が示す冷酷無慈悲な
負の面である。いずれの選択も偏った方向に社会と人間を導く。いま「文化の多様性」を機軸にこの問題を改めて捉えてみ
る必要がある。それは人間にとっての基本的な価値とは何かを「文化の多様性」を踏まえて見定め、いわば個人が生きてい
くための「価値」あるいは「生きるに値すること」の追求を尊重しつつ人間の基本的価値を尊重することになる。実際、こう言
葉で言うのは容易であるが、問題はそれをアジア・ユーラシアの現実の中で極めて具体的に確かめつつ明らかにすること
である。時間がかかっても、これは継続して調査研究を重ね議論を続けていくことに 21 世紀の国家と社会のあり方がかかっ
ている。いま資本主義の行き詰まりと「共産主義的イデオロギー」の崩壊を見た後に、一体いかなる社会を作り出せばよい
のか、先進・途上を問わず世界は達するべき目標のないままその日暮の波の中を漂うばかりである。「科学・技術と文化のイ
ンターフェイス」にとって最大に課題の一つがここにあることが確認された。
2002 年 10 月に開催されたイスタンブール会議では、情報技術の開発に携わる専門研究者と、文化や教育、歴史等を専
門とする研究者が一同に会し、「文化の多様性」を支える情報技術開発の現状が報告され、その利用可能性や社会的意
味について、より具体的な議論が行われた。まったく専門を異にする参加メンバーによる討議を通して、技術開発の問題と、
33
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
文化や社会の問題とがクロスする領域にある本テーマにさまざまな角度から光が当てられ、双方の研究者が問題の広がり
や困難さとともに、課題の重要性を認識できたことは会議の一つの大きな成果でもある。
情報技術、とくに日本の技術である TRON システムを基盤とした多言語情報システムの構築に携わっている研究者のプ
レゼンテーションと報告に対しては、諸分野の研究者から極めて強い関心が寄せられた。とくにこのシステムが、膨大な数
の漢字をはじめとして、多様な言語の文字を表現することのできるシステムだということ、またそれが非常に「軽い」システム
であることも注目される点だった。アジア各国での技術の利用可能性には、常に経済的格差の問題がつきまとう。システム
がバージョンアップされ、容量が巨大になるたびにハードも買い換えなければならないとなれば、経済的に厳しい状況にあ
る各国にはとうてい手が出せない。しかし、多様なエスニック集団や言語集団を抱え、潜在的には利用の要求が高い社会
ほど、経済的困難に直面しているという状況もみられる。多言語表記という技術的問題と、そのシステムの容量などが関わ
る経済的問題は、とくにアジアの諸地域においては同時にとらえられる必要のある課題である。
また単に多様な文字の表記ではなく、オペレーティングシステムの多言語化という取り組みについても報告がなされたが、
これには歴史研究者からその重要性と必要性について強い関心と期待が寄せられた。オペレーティングシステムが多言語
であってもそれを使いこなせる多言語使用者がどの程度いるのかといった議論も確かにあるが、歴史文書を扱う研究者の
間では、単なる表記を超えた、多言語で動かせるシステムが現実に必要とされているという指摘であった。
しかしここでもまた経済的ファクターが問題になる。少数民族の言語や文字の場合と同様、仮にシステムを開発してもそ
の利用者、すなわち購買者の数が少なければ商品としては成立しない。このようなシステムの「必要性」の大きさを、購入者
の数といった経済的尺度以外の、どのような尺度ではかり示すことができるのか、またそれが可能なのかどうか。この点は多
文化社会の将来像をどのように描くのかという問題とも密接に関わってくる課題である。
異なる言語間の翻訳という面での情報技術開発の可能性は、言語の多義性や解釈の多様性という問題からして、実際
に利用可能な技術が構築されるまでには、相当な時間がかかる。しかし、問題は言語的コミュニケーションが容易にはかれ
るようになることが、どの程度「相互理解」に貢献するのか、という問題である。「文化」の違いは困難な問題を生むきっかけ
になることはありうるものの、「文化」そのものが紛争の「原因」ではないように、言語の違いそのものが必ずしも誤解やそれ
に発する困難な問題の「原因」というわけでもない。世界で起きている紛争や衝突の多くが同じ言語を話すか、あるいは問
題なくコミュニケーションが互いにできるような集団の間で生じていることを考えれば、言語によるコミュニケーションに過大
な期待を寄せることはできないのである。
とはいえ、多言語システムの構築や翻訳可能性の追求といった課題は、これからますます e-learning などが発達していく
と思われる今日の世界において、どのような言語を母語にもつ子供でも、自分の母語でコンピューターを利用することがで
きるという、非常に基本的でありながら、現在の状況では極めて困難な状況を変えていくための重要な取り組みになること
は了解された。
本課題の研究では、国際会議や検討会議を通して「文化の多様性」と科学や情報技術の接点にあるさまざまな問題が
多様な立場や角度から提起された。それらの問題は今後「東京コンソーシアム」や研究拠点における共同研究・調査を通し
て取り組まれることになるが、アジア・ユーラシア各国の、異なる分野の研究者の議論を通して共通に議論すべき課題が明
らかになったことは重要な成果であった。
■考 察
科学技術や情報技術と文化のインターフェースにおいて生じる問題は、グローバルとローカル、普遍的な世界と個別地
域的世界、大きな幸福の追求と小さな幸福の追求、といった二つの世界の狭間にある問題としても捉えることのできるテー
マである。情報技術の利用可能性と、そこに関わってくる文化的社会的要素や条件を考える場合、分かりやすい枠組みは、
技術的な開発可能性と経済的な実現可能性、あるいは、技術の必要性と個別社会の政治的条件による制約、といった二
つの課題の間に問題を位置づけて議論することである。しかし、問題はそのような枠組みに納まりきるものではなく、科学技
術や情報技術の可能性を、どのような将来的社会像の中で探るのか、というもうひとつの軸をあわせて考えていく必要があ
り、それが本研究のタイトル「文化の多様性を包容する情報ネットワーク」の構築という学的作業を通して、明らかにされる可
34
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
能性があることに、これまでにない画期的で独自な意味がある、ということは、一連の会議から得られた知見でもある。
「東京コンソーシアム」と、世界各地において形成した拠点研究機関はこれらの課題を共同で研究し議論するための土台
を提供するものであるが、ここに見てきたように議論すべき問題領域が専門分野を超えた広がりをもつだけに、その有効な活
用に向けては、個別地域の具体的研究体制、比較調査のすり合わせ、さらには将来における共通の社会像といった問題を
議論するような組織やメンバーを具体的にどのように相関させるのか、「文化の多様性と情報ネットワーク」という基本的な問
題を共通の問題意識として深め合いながら、具体的研究を進めながらより一層組織についての検討を進める必要がある。
■ 成果の発表
口頭発表
応募・主催講演等
1.
Nur Yalman:”Terror and Cultural Diversity in Times of Adversity”,東京,「文化の多様性と情報ネットワーク」国
際会議,2002.3.7
2.
Ashis Nandy:”Terror and Cultural Diversity”, 東京,「文化の多様性と情報ネットワーク」国際会議,2002.3.7
3.
Bozkurt Guvenc:”Cultural Diversity and Communication Technology, Case of Turkey”,Istanbul (University
Koç),The
Istanbul
Conference
on
the
Preservation
of
Diversity
of
Cultures
and
Information
Network,2002.10.18
4.
ST Nandasara:”Cultural Diversity and Communication Technology, Case of Sri Lanka”,Istanbul (University
Koç),The
Istanbul
Conference
on
the
Preservation
of
Diversity
of
Cultures
and
Information
Network,2002.10.18
5.
Selcuk Esenbel,”The Introduction of Modern Science and Technology to Turkey and Japan” ,Istanbul
(University Koç),The Istanbul Conference on the Preservation of Diversity of Cultures and Information
Network,2002.10.18
6.
Reha Civanlar,”Role of Internet Multimedia Technology in Preservation of Cultural Diversity”, Istanbul
(University Koç),The Istanbul Conference on the Preservation of Diversity of Cultures and Information
Network,2002.10.18
7.
Ashis Nandy:”Economic Development and Cultural Diversity in India”,東京,「文化の多様性と情報ネットワーク」
国際会議,2003.3.5
8.
Mary Racelis, ”Economic Development and Cultural Diversity in Phillioines”,東京,「文化の多様性と情報ネット
ワーク」国際会議,2003.3.5
9.
Huang Ping, ”Economic Development and Cultural Diversity in China”,東京,国際会議「文化の多様性と情報ネ
ットワーク」国際会議,2003.3.5
10.
Ashis Nandy,'Happiness: Its Pursuit and Objectification', Heidelberg, International Conference ”Culture and
Hegemony: Politics of Culture in the Age of Globalisation”,2003.10.10
11.
Naoki Kasuga: 'Public-Private Relations in the Pursuit of Happiness in Post-war Japan', Heidelberg,
International Conference ”Culture and Hegemony: Politics of Culture in the Age of Globalisation”,2003.10.10
12.
Tong Chee Kiong: 'Materialism, Pragmatism and the Pursuit of Happiness: A Case Study of Singapore Society',
Heidelberg, International Conference ”Culture and Hegemony: Politics of Culture in the Age of
Globalisation”,2003.10.10
13.
Yoshiko Ashiwa: 'Happiness in an Uncertainty', Heidelberg, International Conference ”Culture and Hegemony:
Politics of Culture in the Age of Globalisation”,2003.10.10
14.
ST Nandasara: 'What Role does ICTs play in the Pursuit of Happiness in Sri Lanka', Heidelberg, International
Conference ”Culture and Hegemony: Politics of Culture in the Age of Globalisation”,2003.10.10
35
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
15.
Mary Racelis: 'Well-Being, Participation, and Dignity: the Meaning of Happiness to Asia's Urban Poor',
Heidelberg, International Conference ”Culture and Hegemony: Politics of Culture in the Age of
Globalisation”,2003.10.10
16.
Huang Ping: 'Cultural Diversities and Multiple Modernity: The Chinese Experiences in Searching for
Development', Heidelberg, International Conference ”Culture and Hegemony: Politics of Culture in the Age of
Globalisation”,2003.10.10
17.
Yoshiharu Tsuboi: 'What is Happiness? A Case of Vietnam', Heidelberg, International Conference ”Culture
and Hegemony: Politics of Culture in the Age of Globalisation”,2003.10.10
18.
Tamotsu Aoki: 'Culture and the Pursuit of Happiness in Post-war Japan', Heidelberg, International
Conference ”Culture and Hegemony: Politics of Culture in the Age of Globalisation”,2003.10.10
19.
Nur Yalman: ”Diversity and Power”,東京,「文化の多様性と情報ネットワーク」国際会議,2004.3.10
20.
Ashis Nandy: “The Diversity Within” ,東京,「文化の多様性と情報ネットワーク」国際会議,2004.3.10
21.
青木保: 「グローバル化の中の「記憶と忘却」―文化の多様性の擁護から多文化世界の創造へ」,東京,「文化
の多様性と情報ネットワーク」国際会議,2004.3.10
36
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
3. 文化の多様性と調和した科学技術振興ルール策定のための基盤形成に関する研究
東京大学先端科学技術研究センター知的財産権大部門
玉井 克哉
結城 貴子、西村 由希子、小野 奈穂子、首藤 佐智子、ハオミン、加藤 篤
■要 約
アジア諸国において国際的ルールと整合的な知的財産権制度を整えることは、創造的な学術文化ネットワークを構築す
るために不可欠であると考えられる。知的財産権の国際的ルールには TRIPS 協定があるが、現在各国で通用しているルー
ル間の差は大きく、TRIPS 交渉の際の途上国による不十分な参加の問題もあいまって、その提示する条件に途上国がいか
に適応できるかは重大な問題である。これまで優勢であった欧州大陸型か合衆国型の法制度の普及のみを一方的に支援
するだけではく、国際的な意見交換の場を増やし、その成果をルール形成過程に反映されるようなメカニズムづくりにも日
本が果たしえる役割は大きいと考える。
■目 的
「文化の多様性」と調和する情報技術の開発と、その利用可能性を探ることは、アジアにおける科学技術政策の方向性
を追究するうえで、極めて重要な課題である。先進諸国における情報技術の発展を強く刺激したのは、コンピュータ・プログラ
ムを含む無形の技術が、アメリカのイニシアティヴによって知的財産権の対象とされたことである。しかし、技術を個人の創作
と見る知的財産権の基本的発想と異なり、アジア諸国においては、文化や知識の「帰属」や「所有」についても、情報交流の
際のコンテンツについても、個人の「財産権」とされるよりは、民族などの文化的共同体が担う一種の共有物だとする意識や
慣習がある。それを単純に否定し、技術的成果からの経済的価値の回収を専ら個人に委ねる仕組みを異なる文化に押しつ
けるだけでは、情報化に伴う知識の交流も所詮一方的な押しつけに過ぎないこととなり、相互の社会に等しく利益をもたらす
ような知的・文化的な交流ネットワークを構築することはできない。また、アジア諸国にとっては、先進国に発する知的財産権
ルールが伝統的な地域文化と整合しないことが、情報化による交流を進めていく上で大きな困難となっている。
本調査研究は、以上のような問題意識に基づき、情報ネットワーク構築に向けて、アジア各国における科学技術振興の
ための法的ルールの現状と認識の差異を把握することを目指す。そのため、わが国と文化的差異の大きい地域を中心に
知的財産権のルールの現状と国際的なルールへの認識について実態調査を行うほか、必要な意見交換を行い、文化の
多様性を包容しうる新たな知的財産権ルール形成のために必要な条件の提案を試みる。
■ 活動方法
調査活動は主に次の4つの方法によって行われた。(1)アジアの大学および政府機関を訪問し、知的財産権の現状と
認識について、地域の文化を考慮しながら調査する。(2)国際共同研究討議に参加し、多様な文化間の知的財産権ルー
ルに対する認識の共通点および相違点を調査する。(3)アジア諸国の知的財産政策と教育・研究機関における情報ネット
ワークについての資料・情報収集を行う。(4)国際機関などを訪問し、アジアにおける情報ネットワーク構築への援助に際
する法的側面への配慮について実態調査を行う。
37
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
■ 活動成果
表 1 は本研究課題のために主に訪問した国や主催した国際会議を提示している。これらを通じて、アジア各国における
知的財産権ルールの現状と国際的ルールへの認識に関する課題整理を行った。
表-1 訪問実態調査・国際会議一覧
時期
訪問国・会議開催国
主な研究会合
H14年 1月
イエメン
高等教育科学研究省
H14年10月
イエメン
サナア大学
H15年 2―3月
アメリカ
ジョージワシントン大学
H15年 8月
日本
ATRIP(国際知財学会)年次会議
H15年 8月
中国
北京大学知的財産権学院
H15年 12月
シンガポール
IP(知財)アカデミー、
H16年 1月
アメリカ
世界銀行
H16年 3月
アメリカ
AUTM(大学技術管理協会)年次会議、ニューヨーク大学CAT
まず国際的な法制度の概観と課題としては次のようにまとめられよう。アジア諸国において、国際的ルールと整合的な知
的財産権制度、特にソフトウェアとデジタルコンテンツに関する著作権についての法制度と実施体制を整えることは、創造
的な学術文化ネットワークを構築するために不可欠であると考えられる。
そもそも、知的財産権の国際的ルールには、「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(以下、TRIPS 協定)という
1995 年の WTO 発足とともに発行した協定がある。各国が独自に採用する知的財産権制度の相違に起因する国際貿易・
投資への障害を改善し、通商の側面から知的財産の保護を強化するものを目指したものである。TRIPS 協定は WTO の全
加盟国(2002 年1月現在 144 加盟国)によって実施されなくてはいけないものとされている。コンピュータ・プログラムについ
ては、ソフトウェアのコードが文字表記であるという原則の下、少なくとも著作権によって守られることを要求している。
しかし、現在までに各国で通用しているルールは欧州大陸型と合衆国型のいずれかであり、その間の偏差は大きいが、
TRIPS 協定はその間の差異を通約して最低限の保障を各国に強制した。そのため、それらの条件に途上国がいかに適応
するかということが大きな問題である。そうしたある意味で一方的な欧米型モデルの普及推進に対しては、途上国の側から
異議申立がなされつつある。そもそも、TRIPS 交渉の際に、途上国はしばしば参加しておらず、情報へのアクセスにも不足
していた (Drahos 2001)。生物多様性や感染症治療薬に関わる特許の問題ほどには注目されていないが、文化の多様性
に関わる著作権問題もそれらと同根の問題であり、今後のWTO協定改定交渉に関しては、並行して課題とされる可能性
がある。情報・人・技術のグローバル化が進む上で、無視できない問題となりつつある。
次に、アジア諸国や国際的課題といっても国によっての差異が大きいことを鑑み、幾つかの訪問国や国際機関での調査
結果を整理する。
シンガポール:知財関連法律については、イギリスの法体制を基本としたヨーロッパコンチネンタルスタイルを基本として
制定されている。しかしながら、国の人口が約 410 万人と非常に少ないことから、知財関連職に従事する人の数は決して多
くはない。そのため、特許出願の際には、シンガポール現地法律事務所を通じて、イギリス・オーストラリアといった海外法
律事務所へ外注することが多い。加えて、シンガポールは主に中国系・マレー系・インド系の人種が大半を占めており、公
用語に英語も含まれている。以上の理由により、国際的ルールに対する理解・適応は非常に早いと考えられる。また、経済
的市場としてのアメリカの魅力は非常に大きく、経済発展目標国としてアメリカを挙げている。そのため、法律自体はヨーロ
ッパを参考にしているものの、知財を生かす国としてのアメリカ市場に対する期待は大きい。
しかしながら、シンガポール国の知財及び経済発展政策は、当然自国の発展も念頭において立案されている。参加した
国際会議(Intellectual Property and Biological Resources –law and policy-2003 年 12 月 1 日-12 月 3 日)、及びその後の
訪問場所は、情報技術だけにとどまらず、広範囲な科学技術知財政策によるものではなかったが、バイオ関連政策につい
38
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
ては、明らかに自国の利益を念頭に置いたものであった。例えば、Singapore Institute of Molecular Biology では積極的に
海外研究者を招致して優れた研究活動をおこなっており、日本の著名な研究者も複数所属している。しかし、彼らは 5 年後
には、スタッフの過半数をシンガポール人(もしくは帰化を表明している外国人)にすることを命じられている(現在は基幹研
究者(教授・グループリーダー相当)の中でシンガポール人は 2 名であり、研究所構成員の 3 分の 1 が米英国系である)。
また、優秀な学生は積極的に海外留学を奨励しており、奨学金も授与されている。しかしながら、授与条件は自国に戻って
くることが第一であり、そのための職業も用意されている。このような、海外知識を生かして自国発展を目指す意識は、分野
を超えたものだと考えられる。
SIMB 基幹研究者である伊藤前京都大学教授は、世界的に著名な生物関連の学術団体である EMBO(European
Molecular Biology Organization)と同様な科学技術機関をアジアにも作るべきであると話した。理由のひとつとして、評価の
高い科学技術雑誌にアメリカから投稿された論文の筆頭筆者の 3 分の 1 がアジア系(主に中国系)であることを挙げた。こ
のことからも、アジア系研究者の科学技術に対する貢献度は計り知れないことから、一日も早くアジアに国を超えた科学技
術拠点を設立するべきであると述べた。
また、シンガポールをアジアの中心と位置づけ、意見や政策をより国際社会に反映させるための活動も活発におこなわ
れている。今回訪問したシンガポール技術移転機関である Exploit Technologies Pte Ltd.を例に挙げる。この機関は民間
会社であるが、A-STAR(日本における経済産業省)の職員が出向で来ており、国策の一部として設立されたと考えられる。
50 名強のアソシエイトが在籍しており、シンガポール国立大学等の様々な科学技術の技術移転やライセンシング、インキュ
ベーション等をおこなっている。また、シンガポール内だけでなく、海外への技術移転をも念頭に置いている。2003 年初頭
に Colombia University(米国)及び Imperial College London(英国)の技術移転機関と戦略的パートナーシップ協定を締結
し、各機関の技術をより強力かつ広範囲に移転するための枠組みを構築した。
Exploit Tech.のアソシエイトである William Chong 氏は、日本の機関と提携する可能性について、魅力的な市場ではある
が、コミュニケーションの問題(日本人の英語力不足)から、現段階で早急な提携は考えていないと話した。つまりシンガポ
ールは、アジアという経済市場にとどまらず、世界を見据えた技術移転をおこなうことで、アジアの中心としての自国の発展
を目指していると考えられる。
また 2003 年には IP アカデミーを設立し、(1)知的財産関連の教育講座の実施(1年間の長期コース、数日間の短期コー
スなどニーズに合わせた多様なコース設定)(2)国際会議の実施、WIPO 関連会議への参加、IP 関連調査を行い、国策と
して知的財産の国民への普及、啓蒙に努めると共に、シンガポールの研究結果を国際社会に発表することを目指している。
国際的ルールづくりに自らの意見を反映し得るキャパシティ強化が進んでいると考えられる。
イエメン: 司法制度はイスラム法の現代的解釈に基づいている。但し、全般的に司法制度は、制度面及び実施能力に
おいて弱いと指摘されている。司法制度の改革は、2000 年からは「司法開発プロジェクト(Legal and Judicial Development
Project)」として世界銀行の支援も受けてきた。プロジェクトは、法務省が経済、商業、投資に関する法令を作成するキャパ
シティの強化や法律や裁判の役割についての意識改革キャンペーンなどを行うことを目的としている。
知的財産に関する法令としては、「知的権利法」(1994 年第 19 号法)があり、著者、発見者、発明家の創造の自由を確保
する権利を保護し、その成果の活用を規制し、そして文化、科学的な恩恵を享受する社会の利益を保護することを目的と
している。但し、著作権、特許、商標など具体的に知的財産を保護するための条例はなく、ソフトの著作権取締りなどへの
行政責任を実施している政府機関もない。
国際法整備への参加については、イエメンは、世界知的所有権機関(WIPO)の加盟国で、世界貿易機関(WTO)ではオ
ブザーバー国である。アデン・フリーゾーンの開設など、貿易のグローバル化は、ゆっくりと進んでいる。アデン大学には
WIPO とのコーデネータがおり、WIPO のイタリア人専門家を受け入れたりしている。いわゆる低所得国における知的所有権
についてのキャパシティ・ビルディング(知識や技術の理解と習得など)の必要性は、イエメン代表団も WIPO の会議におい
て主張しているように、不可欠であると思われる。
知的財産権への認識、サナア大学や高等教育省関係者へのインタビューによると、「著作権など著者や発明者の知的
成果を尊重する価値観は、イスラムの伝統に根ざしている」など、基本的には、知的財産権はイエメンの文化にとって新し
い考えでも、相反するものでもないという認識が強いという。しかしながら、その成果を活用する際、その第一人者に対し、
39
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
名声や高い評価を与えるだけでなく、実際に対価を支払わなければならないということになると、その価格の程度によって、
人々の対応は変わってくるという。つまり、著作権保護の侵害などの行為は、文化的というよりも経済的な動機と考えうる。
但し、大学など公的機関においては、そうした法制度の履行に抵抗を感じるとは思われないという意見が多かった。
そもそも、イエメンにおける情報技術とネットワークの普及率は、他国と比べて大変低い。国際電気通信連合のレポート
(2000/2001)によると、インターネットのホストへの加入は 53 件で、これは一万人の居住者につきたった 0.03 の加入率とな
る。インターネット・ユーザ率も一万人につき 8.6 人というほどである。OSは、大半、ウィンドウズのアラビア語版が使用され
ている。インターネットのプロバイダーは、「テレ・イエメン」一社の独占状態から 2002 年に競争を導入する方針を政府は打
ち出した状況である。サナア大学やアデン大学においては、コンピュータセンターがまだ小規模であるものの、学生の一般
使用に開かれている。高等教育科学研究省は、国立 7 大学全てに、学内 LAN の普及と大学間を結ぶ情報ネットワークや
電子図書館の計画を策定中である。この計画およびその実施は、世界銀行や日本などの先進国の支援を受け始めている。
残念ながら、インタビューを行った大学や行政機関のコンピュータ専門家に TRON に関する知識はなかった。これはアラビ
ア語圏で TRON 開発がおそらくなされていないためであると思われる。
これまでの、学術ネットワークは人的交流が中心で、主にアラブ諸国や欧米諸国への教官・学生の派遣と受け入れ、及
び研究者や教官の国際会議への出席などを通じてネットワークの構築が行われている。米国、イギリス、ドイツについては、
各国、大学交流を促す担当機関や担当者をサナアにおき、大学間の教育・研究の情報交換に貢献している。アラブの主
要大学とは、大学出版物の交換なども行われている。オープン大学や他国の大学とサテライトを使った教育や研究面での
協力は今後の課題のようである。
新たな情報技術をイエメン独自に開発する可能性は、現在の大学の研究開発費の希少さや産業力を考慮すると、極め
て低いと考えられる。新しい動きとしては、高等教育科学研究省が、研究活動の活性化のため、世界銀行の融資によるイノ
ベティブな分野の研究ファンドのパイロットを行うことを検討している。例えば、このファンドが情報技術に関する他国の研究
機関との共同研究開発のシーズファンドになることも考えられよう。
Franda (2001)によると、中東地域におけるほとんど全ての IT 関係企業は、政府が著作権侵害や他の知的財産の違反行
為--主にその違法行為ゆえにアラビア語の製品や他のソフトウェアを効果的に製造することができないと広く認識されてい
る--に対して効果的な行動を取るよう、ロビー活動を行ってきた。イエメンが大学の質を高め国際的学術ネットワークを強め
るためにも IT 技術の開発と普及は不可欠であり、そのためにも知的財産法整備を、国際的パートナー(WIPO、日本など他
国の政府や研究機関など)と協力して進めていくことが必要であろう。
アメリカでの国際的ネットワーキング:米国における知財教育とトレーニングは、アジア諸国でのより焦点を絞ったプログ
ラムに比べて、広範な法務実務拠点での体験機会を学生に与える傾向にあった。アメリカの科学者やエンジニアらが特許
法を学ぶよう会社から奨励されてきたことで、国内には様々な分野出身の知財プロフェッショナルが生まれた。彼らは、企
業の中で得た経験、もしくは企業との共同研究から、研究-開発-商業化が不可分の関係にあることを理解し、法律と知
財分野において自らの土台となる戦略的枠組みを培うのである。
ニューヨーク大学の CAT(学内教員と外部の学術コミュニティーおよび産業界のリーダー間のパートナーシップにおける
中心的役割)は、独自の役割を担っており、その活動は3つの支柱から成り立っている:(1)幾つかの研究機関の活動を促
進すること;(2)テクノロジーとその影響力に関する議論の機会を提供すること;(3)ニューヨーク周辺の広域エリアにおける
経済発展を促進することであった。
AUTM の年次総会では、産業界の考え方を大学に伝えられる人物が報告者として招聘され、産業界と大学の異なる観
点や目標に関し白熱した議論が継続して交わされた。会議の参加者は約700人という大規模であり、アメリカのみならず、
日本、台湾、中国、EU からの研究者や実務担当者らが含まれていた。アメリカの機関は情報ブースで各自の活動を宣伝し、
国際的なネットワーク構築への意識の高さを示した。
例えば、例として非常に印象深いのが国立衛生研究所(NIH)で、研究所内の技術移転室(OTT)は NIH と FDA(国立医
薬品食品研究所)の研究者がなした発明の評価、特許化、マーケティングおよびライセンシングを行なっている。過去4年
の間には、記録管理技術の改善により技術移転の円滑化を図る目的で意欲的なプログラムが行なわれている。OTT の副
室長ボニー・ハービンガー氏によると、OTT はこれまで東アジア諸国との共同研究は行なっていないが、日本と中国の大
40
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
学に関してはかなり興味を示しているようである。マーケティング・グループのグループ長キシュナ・バラクリシャン氏は、近
い将来日本の大学との間にフェローシッププログラムを設立してより緊密な協力と情報交換を行なっていきたい、と述べた。
また、“International Tech Transfer cross cultural Negotiation”といったワークショップでは、オーストリア、南アフリカ、アメ
リカなど数カ国の研究者がクロス文化的な交渉についてどのように効果的に合意に達することができるかといった議論を交
わしていた。TRIPS などひとつの国際的な枠組みのもとで、個別の国家法が調整されることが一つの方向性であるという意
見が出された。調整の過程での多様な文化の考慮が課題であると思われた。
ATRIP CONGRESS 2003:正式には、”International Association for the Advancement of Teaching and Research in
Intellectual Property (ATRIP) Congress 2003”で、2003 年 8 月 4 日から 7 日にわたって本研究チームの所属機関である東
京大学先端科学技術研究センターが事務局となって東京にて開催した。ATRIP (国際知財学会)は、知的財産権の分野に
おける世界的な教育者、研究者が集まる最大の国際団体である。各国の知財研究者・教育者間のネットワーキング、当該
分野における教育・研究の向上にむけた関連諸問題の解決、各国の最新情報の共有を達成することを目的に、年に一度
の総会の開催をその主要な活動としている。
ATRIP CONGRESS 2003 には、欧米のみならず、インドネシア、南アフリカ、ガーナといった途上国からの研究者が参加
した。これは、大きくは、WIPO の後援により途上国代表者の旅費への支援が可能になったためと思われる。国際機関との
パートナーシップで、このような国際的会議を東京で開催し、各国のバランスのよりとれた会議にできたことは貴重な成果の
一つであろう。主要題目には、遺伝子学における生命倫理、特許権の公共的制限-強制実施権~TRIPS 協定の文脈より
~、伝統的知識と「南」への配分、商標、ブランド・マネジメントと地理的表示~近年の進歩~、音楽・印刷業界における著
作権の保護と実施、各国の「今」~TRIPS 協定をめぐって~、知財の研究と教育の新時代が含まれた。
世界銀行:世界銀行の途上国支援の最優先目標は貧困削減である。その目標を達成するためには途上国の経済成長
は不可欠であり、成長と貧困削減を支援すべく投入される援助資金の効果を高めるためには、当該国のガバナンス改善へ
の支援が必要であるという認識が高まってきた。そのため途上国における全般的な司法制度面の改革への技術支援や資
金援助も近年増える傾向にあると、世銀の法務部職員は指摘する。例えば、2003 年に世銀は、”The World Bank Legal
Review: Law and Justice for Development”の第一巻を刊行し、今後も年一回の刊行を予定している。第一巻には、インター
ネットに関する法整備、途上国知的財産と公衆衛生、ユーゴスラビアの法整備に対する世銀支援の事例研究など広範囲
にわたる興味深い論文が掲載されている。
開発経済研究局、特に貿易問題チームは知的財産制度が途上国の貿易や産業に与える影響についてなど研究してき
た(例、Saggi 2000; Fink and Braga 1999)。また、知的財産権を専門とする経済学者(Professor Keith E. Maskus)を客員とし
て招くなど、知的財産法と経済開発との関係について研究を強化する動きがみられた。Maskus 教授によると、同局は、研
究のみならず直接、タイ政府などに対して知財法を含む貿易に関する法整備についてのセミナーなどを開催していたとい
うことであった。
実践レベル(貸付案件=プロジェクトの形成・管理)を担う世銀の地域局でも、司法の専門家がリーダーシップをとり数年
にわたる途上国の司法改革を支援するプロジェクト(例、上述のイエメンの司法プロジェクト)や、産業や科学技術振興のプ
ロジェクトの一部として知的財産制度の確立を目指す(例、ブラジル-科学技術改革支援プロジェクト 1999-01)など、法整
備改善への支援に力を注いでいる。
その他:日本政府による途上国技術協力の中心的役割を担う国際協力機構(通称 JICA)も、知的財産法整備支援への
必要性について認識を高めている傾向が見受けられる。例えば、情報技術に関する最近の報告書(国際協力事業団 2001)
では、「ICT 促進にあたって知的財産権を整理して必要がある」ということが留意点に挙げられている。また、WTO 協定実
施のために、TRIPS 協定発行により途上国が直面している問題点(国内法体制を国際基準と整合性のあるものにし、実施
していくための障壁)を克服するために、わが国がより効率的に貿易関連の法制度整備などに支援していく方針を打ち出
している(国際協力事業団 2002)。ほかにも、不正商品対策協議会が、2004 年3月12日(金)に第6回目となる「アジア知
的財産権シンポジウム」を開催し、「知財立国をめざして~コンテンツビジネスの挑戦~」をテーマに日本そしてアジアの知
的財産保護に関する日本国内の専門家の意見交換を奨励している。アジア各国における知的財産権ルールの現状と国
際的ルールへの認識把握と課題整理
41
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
■考 察
アジア諸国において文化の多様性を包容しうる新たな知的財産権ルール形成していくには、各国の努力とその文化を尊
重する民官学による国際協力のアプローチが不可欠と思われる。これまで優勢であった欧州大陸型か合衆国型の法制度
の普及のみをアジア諸国の行政官にトレーニングをしたり、明文化を支援したりするだけ(一方通行であり一面的)では不
十分であろう。より具体的に考えられる留意事項は次のとおりである。
製作物の作者や内容への価値観の相違:著作権法のルールは一見価値中立的に見えるが、そうではない。民間伝承やフ
ォーク・ロアなど、作者を特定せずに成立した作品には権利者が存在しないことになり、結果として何らの保護もされないこと
になってしまう。一つの作品に必ず特定の作者がいるというのは、産業社会を成立させた欧米の近代的伝統に過ぎない。ま
た、著作権の対象となる著作物は、特許発明と異なり、同じものに対しても受け取り側の解釈の差違がより大きくなりうる(意味
や価値の判断)。その差違は文化的な背景を色濃く反映する。よって、国際的な共通ルールを作成する際に、特許制度より
も国による文化・伝統の違いを考慮すべきであろう。また、ネットワークに関する技術は自然独占的なので、その著作権が特
定人に帰属するということは、必ずしも技術革新に得策であるとは言えなくなっている。ここに、TRIPS を見直す意義がある。
そうしなければ、既存の IT 技術の普及や応用開発による情報ネットワークの発展が阻害されかねないのである。
意識改革へのアプローチ:意識改革は必要だけれども、IP 先進国からの支援というアプローチで一方的に行うのではな
く、対話を重ねる努力が必要である。例えば、2003 年 8 月に開催された ATRIP のように IP に関する国際会議の開催地な
らびに報告者・参加者について、アジア諸国のプレゼンスを高める。
アジア諸国の意見を国際的ルール形成に反映:アジア諸国の議論の場となった国際会議の知的アウトプットを WIPO な
どを通じて、積極的に国際的なルール形成過程に反映できるようなメカニズムを活性化させることが望まれる。我が国は、
日米欧の行政のワーキンググループなど、アジア諸国の中でも TRIPS の改定に向けた国際的共通ルール確立に向けての
協議への参加機会に恵まれている。よって、日本単独の意見としてではなく、例えばシンガポールなどと協力してアジア諸
国の意見の反映に寄与すべく国際的リーダーシップを発揮することが期待される。
国内法整備の改善:TRIPS を、各国の事情に反映させる努力する。IP 関連法令の明文化、並びに裁判所や司法制度の
状況に応じて、そのエンフォースメントに必要な条件整備(行政のキャパシティビルディング)を平行して実施する。
知的財産権についての教育:ソフトウェアの IP は、権利の「貸与」(ライセンシング:使用許諾権)という契約に基づいてい
る。ソウトウェアは大量の複製が同時に多地域で容易である。当該国の状況に応じた、国民に対する知的財産権について
の教育への協力が望まれる。大学教員やソフトウェアの民間への教育も、各国で行うもしくは、ドミナントな国の内容を単に
実施するのではなく、より文化的な背景などを共有する地域的な教育カリキュラムの作成やその実施への支援というのが望
まれる。例えば、日本でも特許庁及び日本発明協会が小中学校のカリキュラムの 1 部として試みを検討中であるが、他国に
おける同時カリキュラム開発の際には、慎重にその国の文化・伝統を反映すべきであろう。また、公的目的の利用ニーズの
高いソフトウェアについては、権利は確保しつつ、入手しやいようなルート(価格やアクセス・分配経路などにおいて)の確
立への支援も、違法なコピー行為を防ぐための協力案となり得る。
最後に、本研究計画を振り返って一つ大変残念であったのは、平成 15 年度に当初予定していた海外での国際会議へ
の参加や訪問を、新型肺炎(SARS)の発生やイラク戦争という外的要因によって一部変更せざるを得なかったことである。そ
れゆえに、同年度中に東京において ATRIP という大規模な国際会議の開催を無事成功できたことは感慨深い。こうした国
際的ネットワークを軸に今後も海外の情勢に応じてさらなる実態調査を伴う国際的な研究を進め、より多様な視点を国際法
整備に生かすことの一翼を担えれば幸いである。アジア諸国間における「知的財産権」の問題への共同の取り組みをさら
に強化し、将来の地域内における共通の法的整備をも視野に入れた制度的基盤をつくることが、創造的な学術文化ネット
ワークを構築するために不可欠であり、アジアで唯一の先進国である日本は、それをリードしうる立場にあると考える。
42
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
■ 引用文献
1.
Drahos, Peter. “Negotiating Intellectual Property Rights: Between Coercion and Dialogue.” Presented to the Ninth
Annual Conference on International Intellectual Property Law and Policy, Fordham University School of Law, New
York. (2001)
2.
Fink, Carsten, Braga, Carlos A. Primo. “How Stronger Protection of Intellectual Property Rights Affects International
Trade Flows,” World Bank Policy Research Working Paper.(1999).
3.
Franda, Marcus. Launching into Cyberspace: Internet Development and Politics in Five World Regions. Lynne Rienner
Pub. (2001)
4.
Saggi, Kamal. “Trade, Foreign Direct Investment, and International Technology Transfer : a Survey,” World Bank
Policy Research Working Paper, (2000)
5.
国際協力事業団「WTO 協定実施のためのキャパシティ・ビルディングに関する委員会報告書」(2002)
■ 成果の発表
原著論文による発表
国内誌(国内英文誌を含む)
国外誌
1.
Shudo, Sachiko: “Trademark Distinctiveness in a Global Context”, Intellectual Property Rights A Global Vision,
ATRIP Papers 2002-2003, 374-384,(2004)
2.
Ono, Nahoko: “Judical Reform for Effective Patent Enforcement,” Intellectual Property Rights A Global Vision,
ATRIP Papers 2002-2003, 530-551,(2004)
43
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
4. 多言語情報の流通を支援する分散情報共有システムに関する研究
東京大学大学院情報学環坂村研究室
坂村 健(東京大学大学院情報学環学際情報学府教授)
東京大学情報基盤センター
越塚 登(助教授)
■要 約
先行研究によって確立されているトロン多言語システムを用いて構築した、多言語文書の分散共有システムを実用化す
るために必要となる、多漢字情報システムを構築する。また、多言語文書の共有実験を、さまざまな言語を母語とする研究
者に利用してもらい、多言語情報の流通支援の手法、また多言語情報の流通が文化に与える影響について研究討議や
意見交換を行う。
■目 的
アジアにおける多様な文化をもった人々が、その多様性を保ちながら交流、および活動する場合の基本となる、多様な
情報を互いに交換・流通させるシステムの新しい構築方法を確立する。特に、先行研究により確立されているトロン多言語
システムを用いて、分散型の多言語文書の共有システムを実験的に構築し、本研究の活動自体をそのシステムを用いて推
進することによって、多言語文書を共有するシステムを利用した時の様々な問題点やその解決手法に関する実践的な知
見を得る。
■ 活動方法
基本的には、先行研究の成果を発展させ、多言語情報を流通させるために必要な技術要求を分析し、その分析に基づ
いてシステム設計を行い、実装・評価を実施した。
■ 活動成果
平成 13~14 年度「多言語文書流通システムの構築」
平成 13~14 年度の主な研究成果は、多言語コンピュータシステムの基盤システムを構築し、それを用いて多言語流通
システムを構築したことである。
以下の図1に示した各国語システムは、BTRON3 仕様に基づくパーソナルコンピュータを、日本語、中国語(繁体字、台
湾語)、中国語(簡体字、北京語)、韓国語(ハングル)、エスペラント語、英語という6ヶ国語で扱うことを可能にし、しかもこ
れらの言語切り替えを非常に短時間で行うことができる。このシステムを使うことで、一つのパーソナルコンピュータを、東ア
ジア圏で主に使われている言語で操作することが可能になる。本研究で目指すべきところは、アジア各国で IT を導入する
ときに付随する文化的影響、例えば英語でなければコンピュータが操作できないので英語を使う文化的均質化を極力排除
し、自国の言葉でコンピュータを利用し、そういった情報技術によってアジア各国間で共同作業を推進することである。つま
り、文化の多様性を保持しつつ IT システムを利用するためのシステム的な基盤つくりであり、本システムはその最もベース
となる、オペレーティングシステムの多言語化である。我々の先行研究として、すでに、交換するデータコンテンツの多国語
化には、トロン多国語コードによって実現されており(以下の図-1の、文書ウィンドウ内を参照、様々な言語での挨拶文が記
44
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
述されている)、これと組み合わせることによって、多言語による情報共有のための基盤となるものである。
更に、こうした多言語に対応した端末と、既に既存システムとしてある、超漢字をサーバとした多言語対応型の Web サー
バーを利用することで多言語文書流通システムを構築した。
日本語システム
中国語システム(繁体字、台湾語)
中国語システム(簡体字、北京語)
韓国語システム
エスペラント語システム
英語システム
図-1 BTRON 各国語システム
平成 15 年度「東アジアにおける多言語文書共有のための、外字埋め込みシステムの構築」
平成 13~14 年度は、BTRON3 の超漢字システムをベースとして、基盤的な多文字・多言語システムの構築を行い、実際
に、文書共有の実験などを行ってきた。それを通じて得られた知見として、既存システムとの互換性の問題が残った。多く
のユーザは、Windows や Macintosh、Linux といった非多漢字システムを利用しており、これを変更することは、易しいことで
はない。なぜならば、文字処理構造を多言語化するためには、オペレーティングシステムの基本的部分からの構築が必要
であることがわかっている。既に、大量のソフトウエア資産とコンテンツ資産が既存のコンピュータシステムの上に構築され
ており、こうした資産をすべて改良することや、新規に作りなおすことは、根本的に困難である。
45
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
例えば、多くの文字を混在させ、かつ正確に文字を扱わなければならない大規模システムの代表には、行政システムや
DTP(Desk Top Publishing)システムなどがある。これらは極めて大規模なソフトウェアでありかつ、長い歴史を持つアプリケ
ーションソフトウェアである。これらは、OS をも含めて一つの閉じたシステムを形成しており、それを as is で利用する以外は
困難であると考えられる。
そこで、こうした問題点を解決するために、平成 15 年度には、東アジア地域においてトロンの多漢字環境をする際のメリ
ットを、そのまま既存のソフトウェアシステムでも利用可能にするためのメカニズム、「外字埋め込みシステム」、の研究開発
を実施した。
外字埋め込みシステムの方式を以下に説明する。
1. 既存システムにおける多文字利用の現状の分析
我々は、既存システムにおいて、多文字利用をするためのメカニズムを確立するために、以下の分析を行った。
!
既存の文字システムは、数千文字程度の文字セットしかも備えていないため、特に漢字などの多文字を扱う
際に、表現できない文字が生じることが多い。そこで、こうした小さい文字セットシステムは、「外字」といったユ
ーザによる文字セットの拡張メカニズムを備えている。
!
一つのコンテンツの中で、小さな文字セット、例えば JIS 漢字セット、に含まれない文字は、さほど多くない。従
って、ある小説や記事一編に含まれる拡張文字だけであれば、ほぼ外字拡張用に予約されている領域に収
まることが経験的に知られている。
!
しかし、コンテンツによって用いている拡張文字が異なるため、すべてのコンテンツの拡張文字が外字領域に
収まるわけではない。
こうしたことから、この外字メカニズムを以下のように利用することで、多文字・多漢字コンテンツの表示に関しては行うこと
ができる。
1.
そのコンテンツで必要な外字セットを求める。
2.
その外字セットに含まれる文字のフォントを合成する。
3.
コンテンツの拡張文字部分は、外字文字の文字コードにしてコンテンツを作成する。
4.
コンテンツを扱うコンピュータにその外字フォントをロードする。
5.
コンテンツを表示するときには、その外字フォントを指定する。
2. 問題点
上記のような状況だと、コンテンツ Cn に対して、JIS 文字セットに含まれない外字文字セットを Extn とする。すると、コンテ
ンツ C1~CN に対して、外字セットが Ext1, …, ExtN と N セット生じる。ここで、すべての外字セットを包含しうる巨大な文字
セットが利用されていないため、例えば、ある文字 Chp が Extq に含まれるかどうかを自動的に判別できない。こういったこと
が、外字セットの管理、またその再利用を困難にすることが予想される。
3. 外字埋め込みシステムのアプローチ
「外字埋め込みシステム」は、トロンの多言語コンピュータで構築された多言語コンテンツを、既存のコンピュータシステム
で閲覧・表示可能にすることを目標とする。
そのための手順は以下の通りである。
1.
トロンの多言語コンピュータ上で、文書コンテンツ(C)を作成・編集する。
2.
文書コンテンツ C をトロン上の「外字埋め込みシステム」に処理させると、自動的に、JIS や ISO などの指定した小型
文字セット(CS)に含まれない文字セット(つまり外字セット Ext)を自動生成する。
※
このとき、既存の外字セットデータベースに問い合わせて、外字セット Ext を包含する外字セットが既に存在す
れば、それを再利用する。なければ、新規に生成する。
46
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
3.
文書コンテンツ C に含まれる文字のうち、文字セット CS に含まれる文字は、CS の文字コードに変換する。外字セッ
ト Ext 側に含まれる残りの文字セットは、Ext の文字コードに変換する。こうして得られた文書コンテンツを C’とする。
4.
外字セット Ext に対応する、外字フォント FntExt を生成する。
5.
既存のコンピュータシステムに、(C’, Ext, FntExt)を送信する。
6.
既存のコンピュータシステム上で、C’を、次の二つの文字(フォント)セット(CS, FntCS)、(Ext, FntExt)を使うことで、
正しく閲覧・表示することができる。
※
この処理を「外字」に対し150万文字を吸収できる TRON 文字コードを使った統一番号を付与して、外字セット
を管理する。これによって、ExtM に含まれている外字と ExtN に含まれている外字を自動的に比較することが
できる。それによって、外字セットやそのフォントセットの再利用性を高めることができる。
ただしこのシステムの限界は、一つのコンテンツに含まれる外字数が、外字文字セットの枠組みて提供されている数千文
字の範囲に収まる場合にしか適用することができない。
図2:外字埋め込みシステムの処理の概要
図3:外字埋め込みシステムにおける外字セット作成方式の概要
47
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
こうしたシステムを「外字埋め込みシステム」として考案した。
4. 本システムのメリット
本システムを利用することによって、以下のメリットがある。
"
BTRON の多国語機能を使った強力なテキスト編集機能と、Windows や Macintosh 上の強力な DTP 機能との最
強ベストマッチしたシステムが可能となる。
"
各 OS の得意分野を活かした効率的な多言語印刷システム環境が実現できる。例えば、多言語の入力、検索、
多言語を使ったコンテンツの元原稿作成・管理に、TRON 仕様 OS「超漢字」を利用し、DTP 処理や印刷作業に
は、DTP 業界で実績のある Windows/Macintosh アプリケーションをそのまま利用することが可能となる。
"
本システムのメリットのある応用分野としては、多言語を使った文書共有や、共同作業だけでなく、より広く、顧客
名簿、電話帳、辞書など、外字の多い印刷物の分野、学術的、専門分野を扱う出版物、印刷業界、出版業界等
でも有効である。
■考 察
トロン OS の多言語機能を用い、それを発展させることを通じて、当初の研究目標にあった多言語文書共有を可能にするシ
ステムを構築できた。更に平成 15 年度には、外字埋め込みシステムに発展させ、トロンの多言語機能にとどまらず、他のプラ
ットフォームシステムとの相互運用可能なメカニズムを提案することができ、当初の予定を超えた成果を得ることができた。
■ 成果の発表
口頭発表
応募・主催講演等
1.
"Information Technology -State of the Art- and Culture", October 17, 2002, Istanbul, Turkey.
48
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
5. アジア型 IT 基盤の構築モデルに関する研究
東京大学大学院情報学環坂村研究室
坂村 健(東京大学大学院情報学環学際情報学府教授)
東京大学情報基盤センター
越塚 登(助教授)
■要 約
アジアおよびユーラシア各国における社会や経済、文化の特質に適合した IT 基盤のありかたや、その構築過程、手段
について、共同実験、共同研究討議等を通して明らかにする。更にその手段に関して評価し、現実のアジア諸国に対する
適用可能性について検討する。
■目 的
本研究テーマの目的は、アジアの社会や経済、文化の特質に適合した IT インフラのありかたや、その構築過程、手段を
明らかにすることである。
■ 活動方法
この3年間では、メンバーが中心となって進めているユビキタスコンピューティング分野の世界的な研究開発プロジェクト
における実践や、本研究を通じた他のアジアの研究者との討議を通して、これらのテーマに対する知見を得ていく。
本研究テーマに対しては、平成 13 年度~15 年度に賭けて、以下の経過をもって研究を進めていった。
平成 13 年度:アジア型 IT インフラのあり方に関する文献を中心とした研究調査(坂村、丸山、越塚)
アジア型 IT インフラのあり方に関する調査を、主に文献を中心として実施した。
平成 14 年度:トルコ・コチェ大学におけるシンポジウム(越塚)
平成 14 年 10 月に、本研究プロジェクトによって開催された、トルコ・コチェ大学で開催した国際シンポジウムに参加し(越
塚)、平成 13 年度の調査をベースとしてまとめたアジア型の IT インフラのあり方に関する考察を発表し、それに関する討
議・議論を行い、検討を深めた。そこれ得られた知見に関しては、1.の文献で発表した。(本文献は、付録1に転載する)
平成 15 年度:第一回アジアユビキタス会議の開催(坂村、越塚)
平成 13 年度、14 年度における討議や検討によって得られて知見を、坂村・越塚が実施しているユビキタスコンピューティ
ング技術の研究開発に実践的に適用し、アジアに適合したユビキタスコンピューティングの研究開発のありかた、産業育成
に関する討議を行った。この討議を通して得られたユビキタスコンピューティングのベースとなる社会的あり方に関しては、
文献 2 で発表した(本文献は、付録 2 に転載する)。また、アジアユビキタス会議における討議の概要は、会議録の原稿を
付録 3 に転載した。
49
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
■ 活動成果
ここでは、まず、アジア型の IT という命題を考えたときに、本当に「アジア型 IT」という考え方が成立するのかということが
重要である。なぜならば、IT 分野では世界規模でのグローバルさ、いわゆるグローバルスタンダードの重要性が強く言われ
ており、「アジア型」といったローカルな IT のタイプが成立するのだろうか、という疑問が起きるからである。結論から言えば、
以下のような論旨により、IT は世界をグローバルに均質化するという単純な認識は誤りであり、今後の IT はそれを適用する
社会や文化に応じたローカリティを反映させることが不可欠であることを述べる。
そうした場合に、アジア型 IT モデルとしては、ユビキタスコンピューテングが注目されている。その第一に理由として、特
にアジアは、この分野の産業が強いことがある。第二に、今後の世界の経済発展において、特にアジア地区の発展は、地
球環境への影響が懸念されており、そこから循環型社会の実現といった理念が強く言われている。ユビキタスコンピューテ
ィングは循環型社会を実現するための鍵となる技術としても期待されている。こうした観点から、今後のアジアにとって、ユビ
キタス技術とは、重要なアジア型 IT のモデルの一つとなると考えられる。
インターネットがもたらす世界の均質化について
インターネット上を流れているコンテンツは、英語で書かれたものが圧倒的に多い。世界中からインターネットを使って情
報を収集したり、逆に世界的に情報を流通させようとする場合は、英語を使うことは、ほぼ必須となっている。つまり、インタ
ーネットという技術・情報基盤の恩恵を得ようする世界中の人々は英語を学び、それが世界共通語としての英語の地位を
確立する方向へと作用しているというのだ。これは、IT という技術の普及が、言語という文化に強い影響を与え、世界を「文
化的に均質化する」例として、しばしば取り上げられる。この例だけからすると、インターネットというメディアの普及が、世界
的な文化の均質化をもたらす方向へ作用していることが感じられる。
しかし、インターネットの普及が、文化的に多様化させる方向に作用する実感もある。例えば、インターネットは、マスコミ
ュニケーションや各種出版メディアとは異なり、Web のような、ミニコミュニケーションをグローバルに配信できるメカニズムも
もっている。
実は、インターネットの普及は、単に多様性が増えるとか減るとかいったことではなく、多様性の軸が変わるといえる。つま
り、インターネットというグローバルなメディアがもたらす文化的多様性への影響として、従来的な地理的距離の隔たりに基
づく多様性が薄まる反面、同じ場所における多様性は強まるのであろう。つまり、地理的な水平方向の多様性は薄まり、人
に基づく垂直方向の多様性が強まっていると考えられる。
IT 産業におけるグローバルとローカルについて
IT の世界では、しばしばグローバリズムの重要性が叫ばれる。その代表がインターネットである。グローバルスタンダード
は、米国流の IT ビジネス戦略の中心である。このグローバルスタンダードという概念は、自国の標準を世界市場に送りだす
ときに使われる、都合のよいキャッチフレーズであるという皮肉な言い方も可能である。もう少し真面目に言えば、その最大
の利点は、恐らく「生産効率」と「コスト」である。
IT 産業は、大量生産効果が極めて高い。例えば、集積回路(超 LSI)は中でも最も大量生産効果が高く、1 万個生産する
のか、1,000 万個生産するかにより、価格や大きさ、性能が大きく異なってくる。ソフトウェアも同様に大量生産効果が高い。
なぜならば、一度コーディングしてしまえば、その後何セット生産しても生産原価はかからない。ソフトウェアの開発経費を
回収するだけであれば、販売数に反比例して価格を下げられる。
しかし、このグローバルスタンダードに経済的合理性があったのは、IT が実現するアプリケーションが、文化や社会、習
俗との関係性が薄い分野を扱ってきたからではないかと感じている。例えば、今日の IT の主な適用分野、ビジネス、科学、
芸術は、汎用性が高く、国際的にグローバル性の高い分野である。もともとグローバルな分野であるから、それをサポートす
る IT システムは、グローバルシステムであることが有利でもあった。
逆に、失敗した IT を分析すると、ローカリティーに合致しないことが原因と思われるものがいくつもある。典型的には、米
国で成功した IT を、日本のローカリティを考慮せずそのまま日本に持ち込んで、うまくいかないものであり、ローカリティーと
のミスマッチが原因となっている。
50
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
我が国で IT について語るときは、「先進的」な米国にできるだけ近づくべきであるとか、または「グローバルスタンダード」
に従えばよいと、単純に語られることが多い。しかし、何かの製品を他国に輸出するとき、また様々なところでビジネスプラン
をたてるとき、利用者の社会や文化に合わせることは、いわば「常識」であろう。なぜか、我が国の IT ではこの「常識」が通用
しない。そうした「常識」に対して、IT も決して例外ではない。
IT のユビキタス化と言われるように、いつでも・どこでもユーザから情報・通信サービスが自然に利用できることが期待さ
れている。まさに、社会全体が情報化し、IT が社会基盤を強力にサポートする。本当に社会の根底を支えるためには、ロー
カリティーの重要性が高まると考えられる。つまり、グローバルスタンダードに基いただけの IT システムは、逆に社会とのミス
マッチが大きくなり、そのミスマッチを埋めるコストが、むしろグローバルのメリットをうわまわるのである。
一方、社会の国際化、移動技術が向上し、地球全体が小さくなるため、グローバリズムも重要である。今後の IT は、こうし
たグローバルな状況を基本に、ローカリティーを重要し、ローカリティをより低いコストで実現した者が成功を収めるのではな
いだろうか。多様性を重視した IT、各社会のローカリティーを重視するビジネスの「常識」をしっかりとわきまえた IT が、今後
重要である。
ユビキタス型 IT モデルが目指す社会
ユビキタス技術の究極目標は、身の回りのあらゆるところにコンピュータを埋め込み、社会インフラ全体を柔軟に制御で
きるようにすることである。別の言い方をすると、ネットワークで相互接続された遍在するコンピュータによって、社会インフラ
をソフトウェア化することである。それにより、例えば、TRON 電脳住宅が実験したように、人が通れば電燈をつけ、いなくな
れば消す、部屋の温度が高いときも闇雲に空調をつけるのではなく、屋外が十分涼しければ窓を開けるといった制御を行
う。こうした「こまめな最適化」制御により、省資源・省エネルギーに貢献しようとしているのである。更に、場所にくくりつけら
れた情報を多様な形態に変換してユーザに提供することにより、本来的にハードな社会インフラと多様な人間との間のミス
マッチを減らそうと試みている。つまり人間が社会インフラにあわせるのではなく、社会インフラが人間にあわせる技術を確
立することで、多様な人間の生活を応援するのである。
こうしたユビキタスコンピューティング技術による、社会インフラのソフトウェア化、こまやかな環境制御、こまめな最適化と
いった技術が、どういった社会貢献を目指すのか、ここで典型的な二つのことを述べたい。一つは、低成長を定常的に持
続する循環型社会の実現[4]、もう一つは人々の多様性を大切にする社会の実現である。
戦後、西欧諸国や我が日本など地球上の一部の国は高度経済成長をとげた。その一方で、大量の資源・エネルギーの
消費も生み出している。地球全体の人口も指数的に増加し、現在は 60 億人を突破した。今後全地球規模で従来と同様の
やり方で経済成長を行うことは、地球環境や資源の観点から困難であろうと言われている。そこで近年、あらゆる分野で環
境保全に対応し、資源エネルギーを無駄なく有効に活用する社会として、循環型経済社会という考え方が注目されている。
廃棄物の再利用による資源消費を低減し、その低減分に相当する分の発展を行う、言い換えれば、地球環境への負荷を
増大させずに除々に発展するという、21 世紀型の社会発展モデルである。
もう一つの目標は、人々の多様性を尊重する社会の実現である。物質的に十分豊かになった先には、それ以上の物質
的豊かさよりも、自らの個性が発揮できる多様な社会が重要に思える。物質的な欠乏感がある時代は、生産性を向上させ、
大量の物資を安価に供給することが、各個人のメリットに貢献した。特に IT 分野は大量生産効果が最も如実に現れる分野
で、特定のハードウェアやソフトウェアを安価に大量流通させるための究極的な手法が、グローバルスタンダードともいう全
世界的な均質市場であろう。生産者の立場からは、最も合理的である。ところが、豊かさの享受後、今後の循環型低成長
社会では、むしろグローバル化された均質な技術と人々の多様性との間のズレが摩擦となり、より個人に適応した技術が必
要とされるのではないだろうか。今後、IT はグローバルを目指すことよりも、各個人の個性や風俗、社会、文化に根ざした、
ローカルな価値観を実現することが重要に思える。
こうした社会の実現の鍵は、まさに情報技術である。電脳住宅のこまめな環境制御や、食品のトレーサビリティによるこま
やかな安全対策技術、多様な適応型のユーザインタフェース技術といった、ユビキタスコンピューティングの基盤技術が、
こうした未来社会を実現するためのキーテクノロジーの一つであることは間違えない。
このユビキタス技術は、以下の二つの観点から、アジアと関係の深い IT モデルと考えられる。まず第一に、ユビキタスコ
51
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
ンピューティングはアジア地区が強い分野であり、それゆえ高い技術力を持っていることから、アジアから世界に貢献してい
ける分野である。第二に、ユビキタス技術が循環型社会に貢献するといった場合、もっともその要求が必要とされているの
が、アジア地区である。今後、アジア地区は恐らく急速に経済発展することが予測されており、人口も爆発的に増大する中
で、地球環境に負荷をかけずに発展するためには、循環型社会という考え方が極めて重要であり、逆にそれが実現でき名
ければ、アジア地区の経済発展もままならないからである。
■考 察
本研究を通して、以下のことが明らかになった。
!
IT は世界をグローバルに均質化するという単純な認識は誤りであり、今後の IT はそれを適用する社会や文化
に応じたローカリティを反映させることが不可欠である。
!
アジア型 IT モデルとしては、ユビキタスコンピューテングモデルが鍵である。
"
ユビキタスコンピューティングはアジア地区が強い分野であり、それゆえ高い技術力を持っていることから、
アジアから世界に貢献していける分野である。
"
ユビキタス技術が循環型社会に貢献するといった場合、もっともその要求が必要とされているのが、アジア
地区である。。
■ 引用文献
1.
越塚登:「文化と IT」, 異文化, 法政大学国際文化学部, 2004 年 5 月号, pp. 11~15.
2.
越塚登:「ユビキタス ID センター」, 情報処理学会学会誌、連載:電子タグより、掲載予定.
■ 成果の発表
原著論文による発表
国内誌(国内英文誌を含む)
1.
越塚登:「文化と IT」, 異文化, 法政大学国際文化学部, 2004 年 5 月号, pp. 11~15, 付録 1 に掲載.
2.
越塚登:「ユビキタス ID センター」, 情報処理学会学会誌、連載:電子タグより、掲載予定, 付録 2 に掲載.
■ 成果の発表
口頭発表
応募・主催講演等
1.
"Information Technology -State of the Art- and Culture", October 17, 2002, Istanbul, Turkey.
52
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
6. 付録
6.1. 付録 1
はじめに
現在、我々は IT と文化の多様性に関する、学際的な研究プロジェクトを行っている。研究内容を一言で言えば、世界的
な IT の普及が、世界各地における多様な文化に対して、どのような影響を与えるかを議論することである。
例えば、インターネット上を流れているコンテンツは、英語で書かれたものが圧倒的に多い。世界中からインターネットを
使って情報を収集したり、逆に世界的に情報を流通させようとする場合は、英語を使うことは、ほぼ必須となっている。つまり、
インターネットという技術・情報基盤の恩恵を得ようする世界中の人々は英語を学び、それが世界共通語としての英語の地
位を確立する方向へと作用しているというのだ。これは、IT という技術の普及が、言語という文化に強い影響を与え、世界を
「文化的に均質化する」例として、しばしば取り上げられる。本稿では、こうした問題提起から筆者が考えたいくつかのポイン
トを述べたい。
インターネットがもたらす均質化と多様化
先ほどの英語の例から、インターネットというメディアの普及が、世界的な文化の均質化をもたらす方向へ作用しているこ
とが感じられる。逆に、インターネットの普及が、文化的に多様化させる方向に作用する実感もある。
例えば、インターネットは、マスコミュニケーションや各種出版メディアとは異なり、Web のような、ミニコミュニケーションを
グローバルに配信できるメカニズムももっている。中には、ディープな趣向をもった人を満足させうる多様な情報もある。今ま
では、例えば、カリブ海音楽のサルサやバリ島のガムランといった民族音楽を愛好していても、日本で手に入る情報や、レ
コード、CD などは大変限定されていた。現在では、世界各地の正に本場のインターネットサイトから、大量の情報を得るこ
とができる。インターネットには、多様なコンテンツがあり、これはむしろ人々の多様性を増長しているように思え、先ほどの
英語による均質化とは逆の作用を感じる。
インターネットがもたらす文化的な多様化作用を少し真面目に考えると、二つの特徴を見い出すことができる。一つは、
世界的規模で進行すること。もう一つは、場所に依存しないことである。つまり、インターネットの音楽サイトは、カリブ海やバ
リ島の音楽を聞く人を東京にも生み出し、多様な音楽趣味を持った人をサポートする。この作用は、世界中どこでも恐らく
同様であり、東京でも北京でも、ニューヨークでもパリでも共通のはずである。ということは、例えば、「東京」という場所だけ
みれば、今まではなかったような、珍しい音楽を聴く人間が増えるわけであるから、多様化は進んだように思える。しかし、
東京でも北京でも、ニューヨークでもパリでも同様の多様化が進むのである。つまり世界中どこへ行ってもカリブ海やバリ島
の音楽を聴く人がいるという、別の意味で均質な状況を生み出している。
従って、単にインターネットの普及によって、多様性が増えるとか減るとかいったことではなく、多様性の軸が変わるのだ。
つまり、インターネットというグローバルなメディアがもたらす文化的多様性への影響として、従来的な地理的距離の隔たり
に基づく多様性が薄まる反面、同じ場所における多様性は強まるのであろう。つまり、地理的な水平方向の多様性は薄まり、
人に基づく垂直方向の多様性が強まるのだ。
これと類似して、都市における共同体の議論がある。農村社会における共同体とは、血縁や地縁が基盤となっており、い
わば「ご近所さん」との間で、緊密な共同体ができる。都市では、それこそ隣近所に誰が住んでいるかも知らず、こうした共
同体はほぼ存在しない。これは共同体が破壊されたということではない。都市でも、農村以上に強い共同体は存在する。そ
れは、会社や学校であったり、または趣味を同じくする人たちの同好の場であったりと、地縁とは関係なく形成される。従っ
て、農村時代よりも共同体自身が弱まったわけではない。私がインターネット文化を考えていると、この共同体論を想起する。
いわば、インターネットとは、都市という社会インフラを作ることなく、世界を一つの仮想都市化していると感じる。
53
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
グローバル vs. ローカル
IT の世界では、しばしばグローバリズムの重要性が叫ばれる。その代表がインターネットである。グローバルスタンダード
は、米国流の IT ビジネス戦略の中心である。このグローバルスタンダードという概念は、自国の標準を世界市場に送りだす
ときに使われる、都合のよいキャッチフレーズであるという皮肉な言い方も可能である。もう少し真面目に言えば、その最大
の利点は、恐らく「生産効率」と「コスト」である。
IT 産業は、大量生産効果が極めて高い。例えば、集積回路(超 LSI)は中でも最も大量生産効果が高く、1 万個生産する
のか、1,000 万個生産するかにより、価格や大きさ、性能が大きく異なってくる。ソフトウェアも同様に大量生産効果が高い。
なぜならば、一度コーディングしてしまえば、その後何セット生産しても生産原価はかからない。ソフトウェアの開発経費を
回収するだけであれば、販売数に反比例して価格を下げられる。
従って、多くの IT 企業は、より広い市場を求めて国際化し、グローバルスタンダードの確立によって世界市場を握り、大量生
産効果に基いたビジネス戦略をとろうとする。グローバルスタンダードの確立は、効率的な IT 産業の展開には不可欠である。通
信ネットワークにおけるインターネット、パーソナルコンピュータにおける"Wintel"(Windows + Intel)、古くはメインフレームコンピ
ュータにおける IBM 360 といった「グローバルスタンダード」は、効率的な生産という観点から非常に大きなメリットがある。
しかし、このグローバルスタンダードに経済的合理性があったのは、IT が実現するアプリケーションが、文化や社会、習
俗との関係性が薄い分野を扱ってきたからではないかと、筆者は感じている。例えば、今日の IT の主な適用分野、ビジネ
ス、科学、芸術は、汎用性が高く、国際的にグローバル性の高い分野である。もともとグローバルな分野であるから、それを
サポートする IT システムは、グローバルシステムであることが有利でもあった。
逆に、失敗した IT を分析すると、ローカリティーに合致しないことが原因と思われるものもある。典型的には、米国で成功
した IT を、日本のローカリティを考慮せずそのまま日本に持ち込んで、うまくいかないものであり、ローカリティーとのミスマッ
チが原因となっている。
ブロードバンド・マルチメディアからの教訓
ブロードバンドネットワークを使ったビデオオンデマンドシステムや、ケーブルテレビシステム。米国ではそれなりに期待さ
れ、一定の成果があがっていると考えられる。米国の場合、全般的に治安が悪く、夜中に映画ビデオを借りにいくことはか
なりの危険がある。これと比べ、日本は格段に治安が良く、女性が深夜に一人でビデオを借りにいくことは十分可能である。
であるなら、日本であれば、ビデオを借りに行く方がいい。大きなコストを払って、光ケーブルをひき、ルータを設置しても経
済的に合致しない。
しかも日本では、ブロードバンドのインフラの上を流れる、コンテンツ、ソフト産業が大きくない。日本の音楽や映画産業の
売り上げの合計は、「お豆腐」程度だという[坂村, 2001]。よく、ブロードバンド・マルチメディアを日本の IT の目玉にしようとい
う話があるが、その基幹であるコンテンツ・ソフト産業は、お豆腐産業程度の経済規模しかない。そこに日本の IT の命運をか
けるのは、かなりリスキーである。米国は状況が違い、ハリウッドのように、ショービジネスが国を代表しうる産業となっている。
この違いに対して、メディアディレクターの高城剛氏が面白い指摘をしている。そもそも日本の成人男性は、ショービジネ
スに対してお金を投下してないそうなのだ。なぜなら、成人男性のお小遣いの主な使い道は、パチンコと風俗産業だからだ
[高城, 1997]。統計は少し古いが、日本のパチンコ産業と風俗産業の合計が 25 兆円、これは日本のマルチメディアソフト産
業の 250 倍、ハリウッドの総売上の 4 倍だという。成人男性は自身の遊興費を、パチンコと風俗産業に使い、メディアやソフ
トにはあまり使わないのである。私は、こうした成人男性の趣味が悪いといっているのではない。良し悪し抜きに、これは日
本の文化であり習俗、つまり日本のローカリティーである。このローカリティーを考慮に入れず、米国モデルのブロードバン
ド、マルチメディアを単純にそのまま導入しても、恐らく成功を得ることはないだろう。
電子商取引(Electronic Commerce: EC)
インターネットショッピングや電子マネーなどの電子商取引に関しては、日本のローカリティーに合致している部分と合致
していない部分がある。電子マネーによる電子決済やインターネット決済のメリットは、手間が減り、省力化することだという
のが、日本における大半の見方だ。私が思うに、恐らくそれだけでは EC を導入する動機が弱すぎる。逆にインターネットを
54
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
クラックしたり盗聴することによる被害のデメリットが大きい。
海外での事情を聞くと、EC の主たるメリットはそれではないようだ。海外では、またここで治安の問題に帰結するのだが、
店員がレジから現金を盗む、クレジットカード決済の不正を行うといったことが日常的に行われ、大きな被害となっている。
EC や電子決済の導入のメリットは、単なる省力化だけでなく、内部犯罪の被害を減らすことにこそあるというわけだ。つまり、
海外では、「実世界」より「IT 仮想世界」の方が相対的に安全なため電子商取引に合理性がある。しかし、日本では、恐らく
「実世界」の方が「IT 仮想世界」よりも相対的に安全なようだ。一方、インターネットショッピングで不可欠なものが、個人に対
する宅配流通機構である。日本には、よく発達した宅配機構がある。この意味では、日本にはインターネットショッピングの
ような個別流通に適したローカリティーがあるとも言える。従って、EC に対して、他国とは違うアプローチをとらない限り、我
が国で EC が普及するのは難しいだろう。
電波の周波数利用の割り当て
最後の例は、電波である。これは、グローバリズムとローカリズムがせめぎあうところで、当事者には微妙で難しい判断が
要求される分野である。複数の通信が相互に混信しないために、通信毎に異なる周波数を利用する。そこで、どの周波数
をどのサービスに使うかを、周波数割り当てといい、どの国も政府が調整している。例えば、テレビにはこの周波数、携帯電
話にはこの周波数というように決めている。ある周波数をテレビにつかったら、同じところを携帯電話で使うことはできない。
そこで、しばしば、どの周波数をどの通信サービスが利用するのか、またそれを誰が仕切って決めるのかといったことが社
会問題、政治問題となっている。
電波は周波数により、様々な技術的特性がある。作ることが簡単な周波数、回り込みが可能であるとか直進性が高いと
か、アンテナが小さくてすむか大きくなるか、など、様々な特性がある。従って、サービスや目的により、使いやすい周波数
や使いにくい周波数がある。使いやすい周波数は誰もが使いたいはずで、それを何の用途に割り当てるかは正に政治判
断である。その国や社会にとって、重要性なサービスを優先させるのが、その国や社会のローカリティーという観点からは合
理性が高い。一方、電波は世界的に同じサービスには同じ周波数を使いたいという要求もある。そうでなければ、国境付近
では電波が混信したり、また、海外に移動した時に、電波利用機器を取り替えるコストが発生するのだ。
ユビキタス時代にむけた IT のローカル化の重要性
我が国で IT について語るときは、「先進的」な米国にできるだけ近づくべきであるとか、または「グローバルスタンダー
ド」に従えばよいと、単純に語られることが多い。しかし、何かの製品を他国に輸出するとき、また様々なところでビジネスプ
ランをたてるとき、利用者の社会や文化に合わせることは、いわば「常識」であろう。なぜか、我が国の IT ではこの「常識」が
通用しない。本稿では、そうした「常識」に対して、IT も決して例外ではないということを、いくつもみてきた。
これから、IT のユビキタス化と言われるように、いつでも・どこでもユーザから情報・通信サービスが自然に利用できること
が期待されている。まさに、社会全体が情報化し、IT が社会基盤を強力にサポートする。本当に社会の根底を支えるため
には、ローカリティーの重要性が高まると考えられる。つまり、グローバルスタンダードに基いただけの IT システムは、逆に
社会とのミスマッチが大きくなり、そのミスマッチを埋めるコストが、むしろグローバルのメリットをうわまわるのである。
一方、社会の国際化、移動技術が向上し、地球全体が小さくなるため、グローバリズムも重要である。今後の IT は、こうし
たグローバルな状況を基本に、ローカリティーを重要し、ローカリティをより低いコストで実現した者が成功を収めるのではな
いだろうか。多様性を重視した IT、各社会のローカリティーを重視するビジネスの「常識」をしっかりとわきまえた IT が、今後
重要である。
参考文献
・
[坂村, 2001] 坂村健, 「情報文明の日本モデル」, PHP 新書, 2001.
・
[高城, 1997] 高城剛, 「デジタル日本人」, 講談社, 1997, p. 154-155.
55
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
6. 付録
6.2. 付録2:ユビキタス ID センター
ユビキタスコンピューティング技術やユビキタスネットワーキング技術の研究開発、標準化、普及を推進する、国際的な技
術フォーラムとして、2003 年 3 月にユビキタス ID センター(uID センター、代表:坂村健・東京大学教授) を設立した[1]。uID
センターの主な活動は、ユビキタスコンピューティング技術の研究開発やその運用、実験である。具体的にはユビキタスコン
ピューティング環境の処理対象の実体に付与する個体識別子であるユビキタスコード(ucode)の管理や、ucode を格納する
RFID などの ucode タグの技術開発や標準化、ucode データベースの運用、ユビキタスコンピューティング環境におけるセキュ
ア通信のための認証局の運営等を行っている。また多くの実証実験も手がけ、既に自律移動支援プロジェクト、食品や薬品
のトレーサビリティ、港湾における物流支援、デジタルミュージアム、ショッピングモールなどに取り組んでいる。代表的なもの
は以下で詳述したい。uID センターは、組込システムアーキテクチャの研究開発・標準化・普及を行っている T-Engine フォー
ラム と一体化して活動している。現在、世界各国の約 350 社の企業等が会員となっている(2004 年 4 月)。
TRON とユビキタス
uID センターの原点は、今年で 20 年目を迎えた TRON プロジェクト でのユビキタスコンピューティング研究である。1987
年の TRON プロジェクトの基調論文[2]に記されているように、「私達をとりまく環境にあるあらゆる機械から家具といったもの
にまでコンピュータは使われ、いわば、一人に 100 個のコンピュータが仕える」ことの実現である(図1)。
例えば TRON 電脳住宅は、家中にセンサーとアクチュエータを張り巡らせたスマートハウスである。部屋の気温が高けれ
ば、自動的に窓を開ける。降雨センサーが雨を検知すれば、窓を閉じて空調をつけるといった、住環境における「こまめな
最適制御」を実現した。また、柔軟なヒューマンインタフェースをもったコンピュータの研究開発も進めた。コンピュータが人
間と社会インフラの間を取り持ち、社会インフラと多様な人々との間の摩擦を極力減らそうとした。例えば、Enableware プロ
ジェクトでは、身体に障害を持つ人とのインタフェースを開発し、TRON 多国語コンピュータプロジェクトでは、多様なことば
の仲立ちをする機構の研究を行った。その後の Digital Museum では、こうしたインタフェース技術を適用し、来館者の属性
に応じて、様々な形態で情報を提供する機構を研究した(図2)。
自律移動支援プロジェクト
こうした技術の集大成として、2004 年から uID センターは YRP ユビキタスネットワーキング研究所 や国土交通省とともに、
自律移動支援プロジェクトを開始した。自律移動支援プロジェクトでは、場所に情報をくくりつけるというコンセプトの実現が
目標である(図3)。そのベースとして、場所にユニークな識別子(ucode)を持たせるために、現実世界の様々な場所に
ucode が格納された RFID や赤外線発信機などを設置する。ユーザは、これらの機器から様々な方法で ucode を獲得し、そ
れをキーとしてデータベースに格納されている場所の情報を取り出す。更に、情報を取り出す実世界のコンテキストに応じ
て最適な情報やサービスを選別して提供する(図4)。例えば、目の不自由な人には音声でサービスし、米国人には英語で
サービスするといった、「こまやかな適応化」を施す。こうした場所にくくりつけられた情報を活用することで、どのような人で
も自律して都市を快適に移動することを支援する技術の確立を目指している。
トレーサビリティ
RFID を使った重要なユビキタスコンピューティング応用の一つとして、uID センターでは食品や医薬品などのトレーサビリ
ティにも取り組んでいる。食品のトレーサビリティとは「生産・処理・加工、流通・販売のフードチェーンの各段階で、食品とそ
の情報を追跡し遡及できること」であり、そのための「『識別』、『データの作成』、『データの蓄積・保管』、『データの照合』を
行う一連の仕組み」のことをトレーサビリティシステムと呼ぶ。現在、BSE 問題や食肉の偽装、輸入食品の残留農薬の問題
の顕在化等により、食品への信頼がゆらぎ、その安全性確保が国民的な課題となっている。それらを解決する手段として注
56
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
目されているのが、トレーサビリティシステムである。ユビキタスコンピューティングの技術の利用が期待されているのは、特
にこの『識別』、『データの作成』、『データの照合』を行う部分である。
こうした技術の確立を目指して、uID センターは、2003 年 7 月~2004 年の 2 月にかけて、大根やキャベツなどの青果物
を対象とした、食品トレーサビリティの実証実験を実施した(図6)[3]。この実験では、流通する野菜の箱に RFID を取り付け、
野菜の流通ロット単位の識別や、その識別に基づいたデータの入力の効率化を試みた。更に農薬や肥料にも RFID を貼り
付け、ユビキタスコミュニケータ(以下 UC、図5)という携帯型端末で RFID を読み込ませることで、農薬や肥料の散布記録
などの生産情報の入力も効率化した。最終的に、店舗で売られる野菜単体に安価な RFID を装着し、消費者が店舗または
自宅で直接 UC を使ってフードチェーン情報の追跡遡及し、食品の安全性を確かめた上で安心して消費することができき
る。万が一食品事故がおきたときにも、こうした情報を追跡遡及可能な情報システムを完備しておくことにより、事故の原因
追及、被害範囲の特定、迅速な回収が可能となる。
社会インフラのソフトウェア化
2004 年は、ユビキタスコンピューティングの実現の元年として期待されている。特に RFID を使った応用は、uID センター
で多くの研究開発、実験を展開することを今年度も予定している。このように実用化が眼前になると、とかくその技術の収益
性や事業的な観点の論調があふれがちである。そうした今だからこそ、本稿では逆に私達が目指すユビキタスコンピューテ
ィングの「原点」、思想的なよりどころに立ち返りたい。
TRON や uID センターの技術的な究極目標は、身の回りのあらゆるところにコンピュータを埋め込み、社会インフラ全体
を柔軟に制御できるようにすることである。別の言い方をすると、ネットワークで相互接続された遍在するコンピュータによっ
て、社会インフラをソフトウェア化することである。それにより、例えば、TRON 電脳住宅で実験したように、人が通れば電燈
をつけ、いなくなれば消す、部屋の温度が高いときも闇雲に空調をつけるのではなく、屋外が十分涼しければ窓を開けると
いった制御を行う。こうした「こまめな最適化」制御により、省資源・省エネルギーに貢献しようとしているのである。更に、自
律移動支援プロジェクトでは、場所にくくりつけられた情報を多様な形態に変換してユーザに提供することにより、本来的に
ハードな社会インフラと多様な人間との間のミスマッチを減らそうと試みている。つまり人間が社会インフラにあわせるのでは
なく、社会インフラが人間にあわせる技術を確立することで、多様な人間の生活を応援するのである。
先に述べた食品のトレーサビリティも、いわば安全管理手法の「こまめな最適化」だとも言える。現在は、トレース情報の
管理が十分でなく、危険な食品の回収が遅れたり、逆に危険な食品よりもはるかに多くの安全な食品を破棄せざるをえな
い風評被害をもたらしている。例えば、輸入野菜の一部に残留農薬が検出されると、他のの安全な輸入野菜までも売れな
くなり、必要をはるかに超えた大量破棄という無駄が生じる。つまり、事故がおきたら大量破棄といった、こまやかさを欠いた
安全対応である。今や力づくの大量循環の時代ではない。安全確保の手法においても、事故原因と範囲を正確に求めて、
危険なものだけを破棄する最適化が求められている。
技術思想としてのユビキタス
しばしば科学技術それ自体には、善悪がない無色透明なものであると言われる。それを社会にどう適用するかによって、
人を助ける道具にも殺す道具にもなる。ユビキタスコンピューティング技術による、社会インフラのソフトウェア化、こまやか
な環境制御、こまめな最適化といった技術が、どういった社会貢献を目指すのか、ここで典型的な二つのことを述べたい。
一つは、低成長を定常的に持続する循環型社会の実現[4]、もう一つは人々の多様性を大切にする社会の実現である。
戦後、西欧諸国や我が日本など地球上の一部の国は高度経済成長をとげた。その一方で、大量の資源・エネルギーの
消費も生み出している。地球全体の人口も指数的に増加し、現在は 60 億人を突破した。今後全地球規模で従来と同様の
やり方で経済成長を行うことは、地球環境や資源の観点から困難であろうと言われている。そこで近年、あらゆる分野で環
境保全に対応し、資源エネルギーを無駄なく有効に活用する社会として、循環型経済社会という考え方が注目されている。
廃棄物の再利用による資源消費を低減し、その低減分に相当する分の発展を行う、言い換えれば、地球環境への負荷を
増大させずに除々に発展するという、21 世紀型の社会発展モデルである。
もう一つの目標は、人々の多様性を尊重する社会の実現である。物質的に十分豊かになった先には、それ以上の物質
57
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
的豊かさよりも、自らの個性が発揮できる多様な社会が重要に思える。物質的な欠乏感がある時代は、生産性を向上させ、
大量の物資を安価に供給することが、各個人のメリットに貢献した。特に IT 分野は大量生産効果が最も如実に現れる分野
で、特定のハードウェアやソフトウェアを安価に大量流通させるための究極的な手法が、グローバルスタンダードともいう全
世界的な均質市場であろう。生産者の立場からは、最も合理的である。ところが、豊かさの享受後、今後の循環型低成長
社会では、むしろグローバル化された均質な技術と人々の多様性との間のズレが摩擦となり、より個人に適応した技術が必
要とされるのではないだろうか。今後、IT はグローバルを目指すことよりも、各個人の個性や風俗、社会、文化に根ざした、
ローカルな価値観を実現することが重要に思える。
こうした社会の実現の鍵は、まさに情報技術である。今まで述べてきたような、電脳住宅のこまめな環境制御や、食品のト
レーサビリティによるこまやかな安全対策技術、多様な適応型のユーザインタフェース技術といった、ユビキタスコンピュー
ティングの基盤技術が、こうした未来社会を実現するためのキーテクノロジーの一つであることは間違えない。
uID センターからの提案
uID センターが目指しているものは、単に RFID の標準化や技術開発だけではない。それよりも、私達のような学の側の
人間の社会における重要な役割は、技術のあり方を思想レベルにまで昇華させて提案することであると思っている。繰り返
しになるが、私達がユビキタスコンピューテングの技術によって目指していることは、人々の多様性を尊重する循環型社会
の実現に資することである。そのために研究開発を実施し、社会インフラのソフトウェア化、こまめな最適制御を可能し、社
会インフラと多様な人間の間の摩擦や、社会インフラの無駄を極小化しようとしている。
ユビキタスコンピューティングの範疇に分類される技術や応用には様々なものがあるが、私達のこうした価値観とすべて
が呼応するわけではない。例えば、パッシブな使い捨て RFID を商品につけ、大出力電波を放出して大量同時読み取りを
する応用、大量のセンサーノードをフィールドにばら撒いて利用する応用などは、有効な場面があるのは理解できるが、や
はりどこかちょっと違う。
また、本連載でも指摘されている RFID のセキュリティーの問題に対し、販売後に RFID を取り外すという簡便な解決策は、
RFID を製品の動脈流通だけに制約してしまう。循環型社会において重要な課題は、むしろリサイクルなどの静脈流通であ
り、私達はそこへの RFID の活用に技術的意欲を強く感じる。そうした価値観にたてば、RFID のセキュリティー確保をする技
術を開発し、消費者にも安全な RFID 付の商品を渡すことに成功し、更にそれを破棄・リサイクルするまで RFID の情報を活
用することを可能にする技術を、なんとしても確立したいという意欲に燃えるのである。
結局のところ、uID センターはこうした、情報技術・計算機科学における一種の技術思想を提案しているつもりである。SF
映画の“Minority Report”や “Blade Runner”、“1984”などでみられるような、人々を抑圧する監視社会を目指すのではな
い。CASPIAN といった運動を必然化する背景に、こうしたネガティブなイメージの影響がないとはいえない。多様な人々に
やさしく、環境にやさしく、こまめな制御が利く柔軟な社会インフラがもたらす社会、それも、ユートピアというほど非現実的
な理想形ではなく、少なくとも今よりは少しでも良い社会を目指し、またそれを励みとして、情報技術や計算機科学の研究
開発をしていこうというのが、uID センターからの提案なのである。
参考文献
1.
越塚登,坂村健: 「ユビキタス ID 技術とその応用」, 電子情報通信学会誌, 2004 年 5 月, 掲載予定.
2.
Ken Sakamura: “The Objectives of the TRON Project”, in TRON Project 1987, Springer-Verlag, 1987, pp. 3
~16.
3.
越塚登:「ユビキタス ID アーキテクチャ:ユビキタス情報システムのインターオペラビリティに向けて」, 第 16 回食・
農・環境の情報ネットワーク全国大会「食の安全要求に応える情報通信技術」, 農業情報学会・食品トレーサビ
リティシステム標準化推進協議会, 2004 年 2 月, pp. 32~38.
4.
坂村健:「ユビキタスコンピュータ革命―次世代社会の世界標準」, 角川 one テーマ 21, 角川書店, 2002 年.
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文化の多様性を包容する情報ネットワーク
図 1:超機能分散システム(坂村, 1987)[1]
図 2:人に合わせた多様なインタフェース
ユーザのもつ RFID に格納された属性情報に応じて、表示メッセージの言語を切り替える
図 3:自律移動支援プロジェクト
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文化の多様性を包容する情報ネットワーク
図 4:自律移動支援のデモンストレーション
左:白杖が点字ブロックに仕組まれた RFID から情報をよみとる、
中:UC と自動販売機が非接触通信で交信、
右:番地表示に埋め込まれた RFID から場所情報を取得している
街のあちこちに RFID や赤外線発信機が設置されており、
その場所の ucode を取得し、それに基づいた情報サービスを享受できる
図 5:ユビキタスコミュニケータ(左)と UC-Phone(右)
ユビキタスコンピューティング環境と人間のインタフェースとなるコミュニケーションマシン、
複数の電波周波数とプロトコルの RFID に対応したインタフェースを備えている
図 6:青果物トレーサビリティ実証実験
左:散布農薬の情報を、農薬に貼られた RFID のデータを読み込むことで入力、
中:小売店舗に設置した KIOSK 型端末による RFID つき食品情報の照合、
右:ユビキタスコミュニケータ端末による RFID つき食品情報の照合
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文化の多様性を包容する情報ネットワーク
6. 付録
6.3. 付録3:第一回アジアユビキタス会議について
開催概要
会期
2003 年 12 月 10 日(水)
10:00~15:40
会場
パークタワーホール(東京都新宿区西新宿 3-7-1)
主催
アジアユビキタス会議 実行委員会
共催
T-Engine フォーラム
ユビキタスネットワーキングフォーラム
独立行政法人 通信総合研究所
後援・協力
総務省
YRP ユビキタスネットワーキング研究所
ユビキタス ID センター
プログラム
10:00~10:10 あいさつ
鬼頭 達男(総務省 大臣官房技術総括審議官)
10:10~11:00 基調講演 「Welcome to the world of Ubiquitous Computing and Networking」
坂村 健(東京大学大学院情報学環教授、T-Engine フォーラム会長)
11:00~11:30 招待講演(1) 「ユビキタスネットワークの実現に向けて」
青山 友紀(ユビキタスネットワーキングフォーラム副会長、東京大学大学院情報理工学系研究科教授)
概要
どこでも、だれでも、あらゆるものがネットワークに接続できるユビキタスネットワーク社会の実現は、新たな産業・市
場の創出、国民生活の利便性の向上及び我が国の技術の国際競争力の確保等に寄与できるものと考えられます。
このようなユビキタスネットワーク技術の将来展望とユビキタスネットワーク実現に向けて産学官で精力的な活動を展
開しているユビキタスネットワーキングフォーラムの活動内容等について紹介いたします。
11:30~12:00 招待講演(2)
塩見 正(独立行政法人通信総合研究所理事)
概要
独立行政法人通信総合研究所(CRL)では、ユビキタスネットワーク社会実現に向けて、安心して暮らしやすい国民
生活のために、情報通信分野の総合的な研究開発を中心に先端的・先導的な研究開発を推進しています。ユビキタ
スネットワーク社会への展望、これら CRL におけるユビキタスネットワーク関連技術の研究開発動向を紹介し、また、
来年度に発足する情報通信研究機構(NICT)について紹介いたします。
13:30~15:30 パネルディスカッション
【コーディネータ】
坂村 健(東京大学教授)
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文化の多様性を包容する情報ネットワーク
【パネリスト1】
Thambipillai Srikanthan
Director, Centre for High Performance Embedded Systems School of Computer Engineering, Nanyang Technological
University, Singapore
概要
“Customizable Computing Platforms for Ubiquitous Computing”
Successful large-scale deployment of ubiquitous computing devices will rely on the ability to create customizable
computing platforms without violating unit cost, NRE cost and TTM constraints.
performance issues as well issues such as energy consumption.
Efficiency, in the future, will cover
While use of COTS product is attractive to address
NRE and TTM concerns, efficiency and unit cost are often traded off.
In this talk, we shall look at customization at
three different levels – software (selection of components to include), hardware/software (hardware-software
partitioning) and hardware (instruction set customization) and examine its likely impact on ubiquitous computing in
the future.
【パネリスト2】
Albert Hanyong Yuhan
Executive Vice President, Samsung Advanced Institute of Technology, Korea
概要
“Ubiquitous Computing and its Network Requirements”
‘Ubiquitous Computing’ is understood as a key attribute of a dream environment for future living in which people will
find computing available everywhere for everything they want to do. It is thus to be recognized that Ubiquitous
Computing in and of itself refers to no particular computing methodology. It is rather a technological campaign for an
IT-flourished society and a visionary description of such a utopia. Ubiquitous Computing, a concept about infinity, is
in practice realized as varying degrees of computing dispersions adequately and sufficiently permeating the sphere of
the ‘dream services’ that are to be implemented utilizing the virtually unlimited computing resources available. We find
that comprehensive networking technology, especially with wireless solutions, is a crucial enabler of Ubiquitous
Computing.
【パネリスト3】
柳 翔 (Liu Xiang)
北京大学 軟件学院 嵌入式系統系 系主任・教授、中国
概要
In the framework of ubiquitous computing, this lecture deals with research thrusts from embedded system
engineering. In the first part, we will give a brief introduction of the past, present, and the view of the future of
ubiquitous computing in China. In the second part, we will discuss of challenges particular for embedded system
designers to build pervasive computing devices.
【パネリスト4】
Rajiv Ranjan Tewari
Professor, Allahabad University, India
概要
“ROLE OF TRON IN EMBEDDED SYSTEM DESIGN: INDIAN PERSPECTIVE”
TRON has a big role in the design of embedded systems. TRON is based upon some unique concepts. The two
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文化の多様性を包容する情報ネットワーク
such features worth mentioning are the incorporation of multilingual processing and the provision for usage by the
handicapped and elderly person. With the incorporation of JAVA and CORBA it has been ensured that it can be used
for the implementation of any kind of embedded system. TRON is an answer to the design of distributed,
reconfigurable fault-tolerant system to provide real time response. Such systems are in great demand in India and with
ubiquitous computing this demand is bound to increase.
【パネリスト5】
渡辺 克也
独立行政法人通信総合研究所主管(企画戦略担当)、日本
【パネリスト6】
青山 友紀
ユビキタスネットワーキングフォーラム副会長、東京大学教授、日本
15:30~15:40 全体総括
坂村 健(東京大学教授 )
会議録
第一回アジアユビキタス会議は、12 月 10 日(水)にパークタワーホール(東京新宿)で開催された。本国際会議は、
ユビキタスコンピューティングおよびユビキタスネットワーキングをテーマにした新しい国際会議であり、組み込み機器
技術を中心とするユビキタス技術に関する情報発信源となるべく開催された会議である。アジアユビキタス会議では、
日本はもちろんのこと、インド、中国、韓国、シンガポールからも講演者を招き、今日における問題点や課題、将来な
どをテーマに話し合われた。
アジアユビキタス会議開催
会議の冒頭、総務省の鬼頭技術統括審議官より挨拶で、政府の立場からの e-Japan 戦略の取り組みにより、インフ
ラ整備の基盤整備から利活用の拡大へと新たなフェーズへの移行の時期に差し掛かっており、これを受け総務省で
もユビキタスネットワーク社会の実現を目的とした取り組みを開始したとの説明があった。
基調講演 Welcome to the World of Ubiquitous Computing and Networking
坂村 健:東京大学教授/T-Engine フォーラム会長/ユビキタスネットワーキングフォーラム副会長
もう夢ではない電子タグ
挨拶の後、会議は坂村教授の基調講演から始まった。まず、ユビキタスコンピューティングはアジア地区が強い分
野であり、それゆえ高い技術力を持っていることから、アジアから世界に貢献していける分野であるとの説明があり、ア
ジア各国でどのように協力・連携をしていけるかを話し合う場として本会議を開催したとの主旨説明がなされた。そし
て、ユビキタスコンピューティングおよびユビキタスネットワーキングの具体的なイメージとして、坂村教授が所長を勤
める YRP ユビキタス・ネットワーキング研究所の成果がビデオを使って紹介された。
このビデオでは、商品に取りつけられた電子タグをユビキタスコミュニケータと呼ばれる小型端末で読み取り、モノ
の情報を得る様子が紹介された。この情報は、単なる文字だけではなく、映像も写し出すことが可能であり、例えば消
費者が大根につけたチップを読み取ることで生産者である農家からのメッセージを直接受け取ることが可能になるの
である。ビデオの中では、他にも電子タグを利用した数多くの興味深い活用例が紹介された。こういった電子タグを利
用した応用例のいくつかは以前から話題になっているものではあるが、ここで注目すべきところはこれが近い将来の
63
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
事ではなく既に現在の技術で可能となっており、実現されているという事である。
チップだけでは実現できないユビキタス社会
また、ユビキタス社会の実現にはこのチップの開発だけでは不十分であり、どうやって広め、そして運用していくか
も重要な課題であることを強調していた。確かに、世の中に広く普及・浸透していかなければ、電子タグの能力を十分
に活用されず、真のユビキタス社会は実現不可能である。そこで、坂村教授はユビキタスコンピューティング環境を実
現するためのプラットフォームとして T-Engine フォーラムを主催し、オープンアーキテクチャに基づく組込み型リアル
タイムシステムの開発プラットフォームの普及を目指している。
またチップで利用する ID 番号の管理・運用を行なうことためにユビキタス ID センタを立ち上げている。このユビキタ
ス ID センタは、番号を新規に振るのではなくバーコードなどの既存の番号体系もそのまま取り込むことも考えているこ
とから、将来的にスムーズな移行が行なわれることが期待される。そして、ユビキタス ID センタでは番号を一括管理す
るのではなく、例えば国ごとに権限を委譲するといった仕組みも考えられているなど実際の運用を考慮にいれた、とて
も現実的な枠組みとなっているように感じられる。
招待講演 ユビキタスネットワークの実現に向けて
青山 友紀:東京大学教授/ユビキタスネットワーキングフォーラム副会長
ユビキタスネットワーキングフォーラム
坂村教授の次には、同じく東京大学の教授でもあり、ユビキタスネットワーキングフォーラム副会長を勤める青山教
授の講演があった。青山教授からは、まずユビキタスネットワーキングフォーラムの活動紹介があった。ユビキタスネッ
トワーク社会の実現により社会のあらゆる分野に波及効果をもたらすことが予想され、現在はその実現に向けた実証
実験や標準化を行なっていることが紹介された。
5 年後のユビキタス社会
続いて、Small Stories in 2008 と題した、5 年後のユビキタス社会を想定し作成したビデオが上映された。ビデオは
三つの小さなストーリで構成されておりどれも興味深いものであったが、中でもビデオの冒頭にでてくる舌ピアス型の
RF ID はインパクトが大きい。商品購入や運賃代わりの代用硬貨としての利用を想定しているのだが、RF ID を舌ピア
スという形で肌身離さず持ち歩く事は私自身も考えたこともなかったが、あくまで一つの携帯方法ではあるが、誤って
紛失する危険性も低く、他人に知らない間に使われる事もないと思われる点では優れているかも知れない。しかし、
自分では実践はしたくないと感じる人も多いかも知れない。
招待講演 ユビキタスネットワーク実現に向けた CRL の取り組みについて
塩見 正:独立行政法人通信総合研究所理事
ユビキタスネットワークへの取り組み
青山教授につづいて、塩見理事からユビキタスネットワークに関する CRL の取り組みについて紹介がなされた。そ
の一つである「新世代モバイル研究開発プロジェクト」は、第 4 世代携帯電話を含む多種多様な無線通信サービスを
利用者が意識せずにシームレスに利用できる事を目指した技術で、「どこでもネットワーク」を実現するための要となる
技術である。最近では、無線 LAN も普及し身近に複数のアクセス手段が利用できる場合も珍しくなくなったが、各々
が独立したものであり協調動作をすることはなく、利用者が明示的にどの回線を利用するか意識しなければならない。
状況に応じた最適な回線を利用することで、ユーザの利便性が向上するだけではなく、通信費の削減も実現できる
可能性があり、個人的にも興味がある分野であり今後の成果に期待したい。
64
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
また、これらの通信そのものとは若干趣向が異なる、ネットワークロボット技術の研究開発も行なっているとの紹介が
あった。現在のロボット技術にネットワーク技術を組み合わせることで、将来的に多機能なロボットを目指す研究であり、
本年 9 月にネットワーク・ロボットフォーラムが設立されたばかりとのことである。人間の生活環境にロボットが進出して
くることで、環境の認識や人やモノとのコミュニケーション手段にロボットにも通信が必要となるのは必然的な流れであ
ると言える。将来的にはロボット同士が通信をして協調動作を行なうようになったり、ロボットの行動範囲もどんどん広
がっていくのかも知れないと感じられた。
パネルディスカッション
昼食を挟み、午後は坂村教授によるコーディネータのもと、パネルディスカッションが行なわれた。パネルラーとして、
インドから Tewari 先生、中国から柳先生、シンガポールから Srikanthan 先生、韓国から Yuhan 先生のアジア各国から
の代表による講演があり、その後に東京大学の青山教授と CRL の渡辺さんを加えたディスカッションが行なわれた。
“ROLE OF TRON IN EMBEDDED SYSTEM DESIGN: INDIAN PERSPECTIVE”
Rajav Ranjan Tewari(インド)
J.K. Institute of Applied Physics & Technology, University of Allahabad
インドにおけるユビキタスの動向
アルバート大学の Tewari 先生は、大学ではコンピュータサイエンスを専門とし、実際に TRON も使用しているとのこ
とである。実際に TRON を使用している立場から、ユビキタスにまつわるインドの現状と将来の方向性について紹介が
あった。
インドでもパーベイシブコンピューティング(日本で言うところのユビキタスコンピューティング)に高い関心を集めて
いるが、現時点では大学や政府などの限られた範囲にとどまっており、これらの技術のメリットを一般の人が享受でき
るところには至っていないとの事であり、ユビキタスという言葉が理解されるようになってきた日本とそれほど大きな差
は内容に感じられた。
オープンソース化の流れ
また、日本を含む世界の流れに従うように、企業や政府もオープンソースの流れへ移りつつあり急速に広まってい
くことが予想されるとの事である。現時点では、オープンソースのプラットフォームとして Linux が取り上げられる事が多
いようであるが、これは日本でも同じような傾向が見られるように、ひとえに Linux に関する情報が多いという点に根拠
があるようで、今後インドで TRON に関する情報が増え、TRON の技術が知られ使われるようになれば同様に広まって
くると思われるとの事である。
そのためには、TRON に関する情報を文章として様々な言語で公開し誰にでも利用できる状態にならなければなら
ず、そうなればさらに多くのユーザに受け入れられるようになるであろうと語っていた。また、インドは人的資源も豊富
であり、ソフトウェア開発では強い競争力をつけてきている事や、インド政府もこの業界を重要視しており、教育にも力
を入れているなど非常に積極的な姿勢が見受けられる。近い将来、インドが力をつけユビキタス社会の実現に大きな
役割を果たしてくれる事に期待したい。
Pervasive(Ubiquitous) Computing: Challenges to Embedded System Enginnering
柳 翔 (中国)
Professor and Chair, Department of Embedded System Engineering,
School of Software, Peking University
続いて、中国の柳先生からユビキタス(パーベイシブ)コンピューティングについて、幅広い分野から紹介があり、ま
65
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
たそのなかで北京大学での取り組みについての講演があった。Mark Weiser の論文の話などユビキタスコンピューテ
ィングの過去話に始まり、現在そしてポスト PC の世界である未来について語った。
ユビキタス社会の実現へ向けて
既に身の回りに多くのコンピュータが存在する環境になりつつあるが、まだユビキタスコンピューティング環境には
到達しておらず、Invisibility,Mobility, Smartness, Security という側面から将来のユビキタス社会が説明された。ユー
ザからの目に見えないところにコンピュータが組み込まれると言った事や、様々な通信メディアを統合したシームレス
通信環境と言ったものは良く知られているが、これに加えてセキュリティについても気を配る必要が出てくる。柳先生
の講演でも触れられていたように、単に高いセキュリティを実現するだけではなく、ユーザの利便性を損なうことなく実
現できてこそ真のユビキタス社会と言えるのではないかと思われる。
また、このような世界を実現するための技術的な課題について、ハードウェア・ソフトウェア的な側面からの解説があ
り、CPU やメモリチップのトレンド、それらを駆動するバッテリ技術や通信に不可欠な無線 LAN や UWB などの技術ト
レンドの紹介もなされた。
中国・北京大学の取り組み
そして最後に、ユビキタスコンピューティングに向けての中国および北京大学の取り組みとしていくつかのプロジェ
クトが紹介された。中国では政府がサポートする形でユビキタスコンピューティングの基礎研究や生体認証に基づく
個人認証などの研究プロジェクトが実施されているとの事である。
同様に、北京大学でも人の日常生活に溶け込んだスマートスペースのビジョンを掲げて、組込み機器プラットフォ
ームやセンサーネットワークの研究を実施しているとの紹介があった。講演時間が限られており、これらのプロジェクト
の詳しい紹介まではなかったが、日本でも同様な取り組みもあり、興味深いところである。
“Customizable Computing Platforms for Ubiquitous Computing”
Thambipillai Srikanthan (シンガポール)
Centre for High Performance Embedded System(CHiPES), School of Computer Engineering, Nanyan Technological
University
シンガポールの Srikanthan 先生からは、CHiPES の紹介と再構成可能についての講演があった。
再構成可能なシステム
まず、ユビキタスコンピューティングにおけるコンピュータは、大きく二つ「使い捨て可能なコンピュータ」と「携帯可
能なコンピュータ」があると説明し、前者はその用途に応じ作られるもので低消費電力で高度に最適化されているが、
後者は市販の CPU をベースとしたものになるであろうとの事である。特に後者の携帯可能なコンピュータについては、
再構成可能なコンピュータで実現することで大きな利点があると語った。
再構成可能であることが重要になる理由として、身の回りに数多くのコンピュータが存在することからこれらのコスト
をいかに低く押さえるかという課題をあげていた。また競争も激化していくことが予想されることからもいかに早く市場
の要求に応えていくかという重要な側面もあることから、これらを満たすために再構成可能なコンピュータを考えてい
るのである。ここで言う再構成可能なコンピュータとは、多くの要求を満たすであろう機能を備えているものではあるが、
それをユーザの要求に応じてさらに微調整を行ない最終的な形に作り上げることが出来るものを指している。具体的
には FPGA のようなプログラム可能なハードウェアなどがその一種である。
大きなメリット
このような再構成可能なハードウェアを用いることで、開発期間を短縮できるだけではなく、多額の開発費を削減でき
るのである。また、ハードウェアが再構成可能になることで、製品として寿命も長くなる可能性を秘めている。従来であれ
ば一度完成したものは変更が出来ないのだが、再構成することで機能向上などを図ることが可能となるのである。
66
文化の多様性を包容する情報ネットワーク
そして、同一機能をソフトウェアで実装するよりもハードウェアで実装する事で消費電力を減らせる例をあげ、何を
ハードウェアにのせ、何をソフトウェアで動かす必要があるかをうまく使い分けるパーティショニングが重要になってくる
との説明があった。また、リアルタイムオペレーティングシステムにもこのようなパーティショニングが可能なのか、
CHiPES においても研究プロジェクトが立ち上がっているようである。
シンガポールでの取り組み
最後に、シンガポール政府の主導により、組み込みソフトウェアの研究開発活動を連携して行なうために T-Engine
Application Development Centre を立ち上げたとの報告があった。今後、産業界とも連携をしていき多くの情報発信を
していきたいとの事である。詳しい話は聞けなかったが、国をあげての取り組みがなされるなど、非常に活発に活動を
行なっている事を感じさせる内容で、今後のシンガポールにおけるユビキタス技術の発展には多いに期待ができそう
である。
“Ubiquitous Computing and its Network Requirements”
Albert Hanyong Yuhan (韓国)
Executive Vice President Samsung Advanced Institute of Technology
Yuhan 先生からはユビキタスコンピューティングがどういうものであるかという事についての詳しい説明がなされた。
「ユビキタス」とは?
現在、「ユビキタス」という言葉が広く使われるようになっているが、ユビキタスコンピューティングが何であるか、その
全体が見えている人が少ないということで、そのコンセプトを明確にすべく説明が始まった。
大きな誤解としては「ユビキタスコンピューティング」をコンピュータテクノロジと思っている人がいるとの指摘があっ
た。例えば、グリッドコンピューティングやパラレルコンピューティングなどがあげられ、これらは演算の方法に関する技
術であり、「ユビキタスコンピューティング」ではないとの事である。「ユビキタスコンピューティング」とは、「コンピューテ
ィングがあらゆる所で使える」事であり、「コンピュータあらゆるところにある」事を指しているわけではないのである。こ
の点について非常に力を入れ、ある種の哲学的ともおもえる説明していた。確かに、私自身も「ユビキタス」という言葉
を聞いた当初には、きちんと区別が出来ない事もあったので納得できる。
そして、ユビキタスを実現するためのコアテクノロジにおける課題や、ユビキタスコンピューティングを活用するキラ
ーアプリケーションの必要性などが説かれた。このような課題を解決し、あらゆる分野にコンピュータテクノロジが行き
届くユビキタスコンピューティングの一日も早い実現が期待される。
第四のパラダイム
青山 友紀
東京大学教授/ユビキタスネットワーキングフォーラム副会長
アジア各国の先生方の講演の後、青山教授からユビキタスネットワークが電信、電話、インターネットに次ぐ第四の
パラダイムになるであろうとの話があった。
ユビキタスコンピューティングを実現するユビキタスネットワーキングにおいて、その通信がインターネットの延長線
上にあるとは限らないとの事である。これは、インターネットの通信で用いられる IP アドレスが、ネットワーク上の位置を
示しているだけに過ぎず、モノの識別には必ずしも最適ではないという事である。そこで、インターネットとは異なる視
点からの新しいネットワークの研究が必要になってくるだろうとの事である。
キーワードは『ユビキタス』
渡辺 克也
独立行政法人通信総合研究所主管(企画戦略担当)
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文化の多様性を包容する情報ネットワーク
そして、CRL の渡辺さんからは、日本でも二年前には「ユビキタス」の概念すら理解されない状況だったことを指摘し、
これから実現していくために「ユーザ視点での実証実験」「ビジネスモデルの検証」「キーテクノロジー、キラーアプリケー
ション」「タッグをどう組んでいくのか」「スタンダード(標準化)」と言った五つの「ユビキタス」キーワードが示された。
まとめ
このように、ユビキタスコンピューティングやユビキタスネットワーキングに関して日本はもちろん、インド、中国、シン
ガポール、韓国の現状や課題についての情報を得ることができる貴重な機会であった。
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