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Page 1 京都大学 京都大学学術情報リポジトリ 紅
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霊長類生態学 : 環境と行動のダイナミズム( 第5章
_chapter5 )
杉山, 幸丸; 三谷, 雅純; 丸橋, 珠樹; 五百部, 裕; ハフマン,マ
イケル A; 小清水, 弘一; 大東, 肇; 山越, 言; 小川, 秀司; 揚
妻, 直樹; 中川, 尚史; 岩本, 俊孝; 室山, 泰之; 大沢, 秀行; 田
中, 伊知郎; 横田, 直人; 井上(村山), 美穂; 松村, 秀一; 森, 明
雄; 山極, 寿一; 岡本, 暁子; 佐倉, 統
京都大学学術出版会. 2000, 498p.
2000-09
http://hdl.handle.net/2433/153981
Right
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Textversion
Book
publisher
Kyoto University
第う章
│ l T H V仮説の現在
ア フ リ カ 類 人 猿 の ソ シ オ エコロジー
口
一
一
仮説﹂はこれまでに何を明らかにしてきたのだろうか。
チンパンジーとボノボの社会は暴力性という点において極めて対照的に描かれ、ヒトの本
性をめぐる論争に影響を与えてきた。この違いを生態学的に説明しようと試みた﹁ T H V
山
越
類人猿とヒトの進化
(羽)
﹁サルを見て人間本性を探る﹂ことは、霊長類学の誕生以来多くの研究者を魅了してきたアプローチである。これまで
にもイモ洗い行動の発見に始まるニホンザルの﹁文化﹂ の研究、初期人類が進化した環境と類似した環境にすむサバン
ナヒヒの乾燥地適応の研究、同じく乾燥地におけるゲラダヒヒの重層社会の研究など、様々な種の研究成果からヒトの
進化の再構成が試みられてきた。このようなアプローチにおいて中心となってきたのは、現生種ではチンパンジー・ボ
ノボ・ゴリラ・オランウータン・テナガザルで構成され、霊長類ノのなかで系統的にヒトに最も近い分類群である類人猿
に関する研究である。
ヒトの直立二足歩行の進化シナリオには、ブラキエ 1 ションやナックルウォ 1クといった類人猿の移動様式の比較研
究が重要な示唆を与え、 ヒトの大脳化や卓越した知性の進化の説明には、類人猿の道具使用や社会学習に関する野外研
究や飼育下での実験研究が大きな影響を与えてきた。これらのトピックと同様、初期人類の社会構造や社会行動を現生
類人猿の社会から推定することにも大きな関心が寄せられてきた。しかし現生類人猿の社会構造は、基本的にテナガザ
ルが一夫一妻、 オランウータンが単独性、 ゴリラが一夫多妻、 チンパンジー・ボノボが複雄複雌の離合集散社会であり、
一つの分類群のなかに極端に多様な社会形態が含まれている。このため系統樹に基づいた分岐学的分析からは、つ雌間の
継続的な結びつきが弱い﹂という共通項を除いて、 ヒトとの共通祖先の社会構造を復元するための十分な情報を得るこ
とはできなかった。
i
唱
ハ
U
14
熱帯林と群集
第 l部
一九八0年代初頭から、霊長類の社会構造を食物・繁殖可能性・捕食者からの安全といった資源をめぐる個体聞の競
争によって説明しようと試みるソシオエコロジーが隆盛となり、 いくつかの強力な理論的枠組みが提出された。類人猿
の多様な社会構造はこれらの理論を適用する格好の対象であると考えられ、 それぞれの種の社会構造について初期の記
述的資料に基づいて個別に説明が試みられた。しかし、 とくに重要な食物資源と社会構造の関係についての定量的な研
究が遅れていたため、近縁な種聞に見られる社会構造の大きな違いやその進化的な成立過程については未解決のままで
あった。
その後八0年代後半から九0年代を通して、 アフリカ類人猿(ゴリラ・チンパンジー・ボノボ)の社会構造を食物資源の
時間的・空間的分布によって説明することを目的にした研究が相次いで行われたが、 そのきっかげとなったのはチンパ
ンジ!とボノボの社会の違いをゴリラとの関係で論じた﹁ T H V仮説﹂の登場であった。本章ではこの仮説が何を説明
しようとし、 それについてどのような検証が行われ、 その結果が﹁人間本性﹂を採るうえでどのような示唆を与えるの
かを見ていく。
チンパンジーとボノボの違い
一九六0年代より本格的に始まった野生チンパンジーを対象にしたフィールドワークは、 それまで人間社会に特有で
あると考えられていた様々な特徴を彼らの社会のなかに見出し、既存の人間観を大きく揺るがした。なかでも﹁堕ちた﹂
サルである人間だけがすると考えられてきた子殺しゃ集団内・集団聞の殺しあいが、ヒトに最も近縁な野生チンパンジー
アフリカ類人猿のソシオエコロジー
1
-T4
第ぅ章
で観察された事実は大きな衝撃をもって迎えられた。子殺しは東アフリカの亜種でこれまで一二回観察されてお加、殺
傷者による肉食が観察されたこともある。雄の順位をめぐる争いはしばしば暴力をともない、タンザニアのマハレでは
同集団の個体によるリンチ的攻撃によって個体が死亡したと推測された例がある。また、チンパンジーの雄はしばしば
集団で遊動域の周辺部を慎重に﹁パトロール﹂するが、タン、ザニアのゴンべではパトロール中に出会った他集団の個体
を 集 団 で 攻 撃 し 、 時 に は 死 に い た ら し め る 。 集 団 サ イ ズ が 縮 小 し た 隣 接 集 団 の 雄 が 次 々 に 攻 撃 さ れ 、 その集団が消滅し
た例がゴンベで報告されており、 マハレでおこった一つの集団の消滅も隣接集団の雄による攻撃のためであったと推測
されている。
ボノボ(あるいはピグミ Iチンパンジー)は外見的にはチンパンジーによく似ており、遺伝的距離から推定するとわずか
二五O万年ほど前にチンパンジーと分岐したと考えられている。﹁最後の類人猿﹂とも呼ばれるボノボの野外研究は他の
類人猿から大きく遅れて一九七三年より開始され、よく似た外見からは意外なほどチンパンジーとはその行動や社会が
異なることが明らかになってき問。前述のチンパンジーによる﹁残虐な﹂行為のほとんどは雄によるものであり、チン
パンジー社会でオトナ雄はすべてのオトナ雌より高順位である。 ところがボノボ社会では雄と雌の聞に優劣の差はなく、
L
と呼ばれる独特の
争いの勝敗は状況しだいである。子殺しはまったく報告されていないし、集団聞の関係にいたっては雄聞に若干の緊張
関係があるものの、雌どうしは出会いの際に毛づくろいや性器どうしをこすりつけあう﹁ホカホカ
社会交渉を行う。雌が白集団の雄の面前で他集団の雄と交尾したという観察例もある。
系統的に非常に近いチンパンジーとボノボの社会行動に、こ仇ような大きな違いが現れるのはなぜだろうか。その鍵
はどうも雌間関係にあるようだ。チンパンジーもボノボも、集団の成員がつねにいっしょに遊動する社会とは異なり、
一つの社会集団(コミュニティーあるいは単位集団)が成員構成が流動的な複数の小集団(パーティーあるいはサブグル 1
qノ
14
可
Tよ
第 l部 熱 帯 林 と 群 集
プ)に分散して遊動する、離合集散社会と呼ばれる社会をもっ。パーティーの成員構成を比べると、ボノボではチンパン
一方ボノボの社会では、雌の集合性が比較的高く雌聞の社会
ジーに比べて平均のパーティーサイズが大きい傾向がある。チンパンジーの雄は集合性が高く頻繁に社会交渉を交わす
が、雌は比較的集合性が低く雌聞の社会交渉も多くない。
交渉も頻繁である。このためか、ボノボでは雌が数頭で協力して雄に対抗することしばしば見られるが、 ゴンベやマハ
レのチンパンジーの雌がこのような協力をすることはまれである。このような観察記録から、ボノボ社会の﹁平和的な﹂
特徴は、雌が集団で対抗して雄の攻撃性を抑制することで成り立っていると説明できる。それでは、ボノボの雌の集合
性が高いのはなぜだろうか。
T H V仮説
(四)
一九八六年にリチャ 1ド・ランガムが提出した T H V仮説は、ボノボとチンパンジーの雌間関係の違いを生態学的に
説明しようと試みている。チンパンジーの雌が分散する生態学的な理由は、多数で遊動することによって高まる採食競
合を避けるためであるという。 つまりこの仮説によると、ボノボの雌の集合性が高いのは、何らかの生態的条件によっ
て採食競合がチンパンジーより激しくないからである。
ボノボもチンパンジーも熟した果実を主要な食物としながら、葉・草本・樹皮・昆虫など多様な食物に依存する雑食
者である。熟した果実は糖分を多く含む質の高い食物だが、森林のなかに分散して分布し、結実の季節変動が激しい不
安定な食物である。このため果実に依存する種における個体聞の採食競合は、果実が少ない時期に厳しくなることが予
アフリカ類人猿のソシオエコロジー
1
司
11
η
t
υ
第ラ章
想される。実際にウガンダのキパレ森林のチンパンジーでは、呆実の利用可能性とパーティーの大きさが有意に相関し
地図参照)を見ると分布域はコンゴ川をはさんで隣接しており、左岸がボノボ、右岸がチンパンジーとなっている。コン
ゴ川は逆U字型に湾曲しており、ボノボとチンパンジーの生息域は緯度の面ではほとんど重なっている。チンパンジー
やボノボにとってコンゴ川は越えることのできない障壁であるが、移動能力の高い鳥・昆虫や風によって種子や花粉が
運ばれるほとんどの植物にとって障壁とはならない。 ラ ン ガ ム は 地 理 的 ・ 植 生 的 な 違 い よ り も 動 物 の 種 間 競 争 に 注 目 し
た。コンゴ川右岸のチンパンジー生息域は、同じ類人猿であるゴリラの生息域を含んでいる(巻頭の調査地地図参照)。採
食内容の八五パーセントを草本の葉や髄に費やすマウンテンゴリラに代表されるように、 ゴリラはチンパンジーに比べ
一方コンゴ川左岸のゴリラのいない森に住むボノボは生息地の草本を独占的に利用できるので、果
て草本の髄を頻繁に利用する。 つ ま り チ ン パ ン ジ ー は 同 所 的 に 生 息 す る ゴ リ ラ と 、 草 本 の 髄 を め ぐ っ て 間 接 的 に 競 合 し
なくてはならない。
実の不足する時期でも食物にあまり困らないということになる。
ゴリラがコンゴ川の右岸にしか生息していない理由として、ランガムは、二()一ニOO万 年 前 の 断 続 的 な 氷 河 期 を 挙 げ
414
44
1
第 1部 熱 帯 林 と 群 集
ている。果実が少なくなると各個体は大きいパーティーに加わることを避け、採食競合を回避していることが示唆され
ている。それではボノボの雌はなぜ、不安定な果実に依存しながら大きいパーティーサイズを維持できるのだろう。研
究初期のころからボノボの採食生態に関しては、生息地に一様分布しているショウガ科やクズウコン科の地上性草本
同
(EESE-ZE2052mggロ一 THV)の髄の消費が重要であることが指摘されていた。もしボノボがチンパンジーより
もこれらの草本の髄を豊富に利用できるなら、果実不足による採食競合の増大が抑えられるとランガムは考えた。
ま
それでは、ボノボはチンパンジーと質的に異なる環境のもとで暮らしているのだろうか。両種の生息地(巻頭の調査地
り、呆実がなくても代わりの食べ物がたくさんあれば大きいパーティーサイズを維持できるのだ。
つ
ている。この時期コンゴ盆地周辺の熱帯林は繰り返し大きく減少と回復を繰り返した。最も減少した時期には、 ゴリラ
の住める森林環境はわずかな山地林に限定された。ところがコンゴ川左岸に広がっているのは平坦なコンゴ盆地であり、
頼みの山地がなかったのでゴリラはこの地域では生きていけなかったに違いない。比較的森林に依存せずとも生き延び
られたチンパンジーとボノボの共通祖先はこの時期以後コンゴ川によって隔離され、 それぞれゴリラのいる森といない
T H V仮説の検証
森で異なる種に分化したというわけである。
してみる。
と生息域を共有しているニシロ l ランドゴリラおよびヒガシロ lランドゴリラは、 ほとんど草本食が中心であるマウン
ゴリラとチンパンジーの採食競合に関する両種の同所的共存域での研究は、仮説検証の重要な柱である。チンパンジー
(叩)(国)(拙)
ゴ リ ラ と チ ン パ ン ジ ー の 聞 に T H Vを め ぐ る 採 食 競 合 が あ る か ?
検証を目的にした生態学的研究が行われてきた。ここではこれらの研究成果を五つのテl マに集約し、 それぞれを概観
一九八六年にTHV仮説のアイデアが提唱されて以来、ボノボ・チンパンジー・ゴリラの各研究地で、THV仮説の
四
テンゴリラとは異なり採食品目の多くを果実が占めている。ゴリラとチンパンジーの共存域であるガボンのロペ・コン
アフリカ類人猿のソシオエコロジー
山│第う章
@
ゴ共和国ンドキ・コンゴ民主共和国(旧ザイ lル)カフジビエガのいずれの研究地でも、 ゴリラとチンパンジーの採食品
目は果実を中心に大きく重複していることが明らかになっている。果実が不足する時期には両種とも糞中のTHV繊維
の頻度が増加したが、繊維性の食物の摂取量はゴリラのほうが圧倒的に多く、チンパンジーは果実に固執する傾向があっ
(捌)
I116
熱帯林と群集
第 1部
た。これらの結果は両種の間にある程度の間接的な採食競合が起こっていることを示唆する。
ボ ノ ボ の 生 息 地 は チ ン パ ン ジ ー の 生 息 地 よ り もT H Vが 豊 富 か ?
(却)
(拙)
一方、チンパンジーのほうはキパレ森林で一一パーセントから一七パーセント、ギニアのボツソウで
五パーセントの採食時間をTHVに費やしており、ボノボの値よりむしろ多いが、ゴンベやコ 1トジボワ l ル・タイ森
トとなっている。
ボノボの採食時間に占めるTHVの採食時間は、 コンゴ民主共和国ワンパで約二パーセント、 ロマコでも約二パ 1 セン
ボノボがチンパンジーに比べて実際にTHVを多く食べているかどうかは、仮説検証のもう一つの重要な柱である。
ボ ノ ボ はT H Vを た く さ ん 食 べ て い る か ?
パレとンドキの聞には差がなかった。
(凹)
少ない森林であるキパレと比べて有意にTHVの密度が高かったが、同じ低地林であるロマコとンドキの問、 およびキ
存域であるンドキの三ヵ所の聞で、THV生息密度の比較調査が行われた。低地熱帯林のロマコは高地でやや降水量の
ボノボ研究地であるコンゴ民主共和国のロマコ・チンパンジー研究地であるキパレ森林・ゴリラとチンパンジーの共
@
@
林のチンパンジーではTHVの採食はほとんど見られないという。これら採食時間の数値の比較からは、少なくともボ
ノボがチンパンジーよりもTHVを多く食べているとはいえない。しかしながらTHVの採食は地上で行われ、観察さ
れた採食時間の割合はボノボやチンパンジーがどのくらい観察者に慣れているかに大きく影響されるため、地域間比較
には注意が必要である。
(凹)
人慣れによる偏りがないデ 1タとしては、糞に占める繊維質の割合が挙げられる。 ロマコのボノボとキパレのチンパ
ンジ!の聞で糞中繊維質の湿重量を比べた研究では、 ロマコのボノボのほうが繊維質の量が多かった。この結果は、実
際にはボノボのほうが繊維質の多いTHVをたくさん食べていることを示しているのかもしれない。ただし、採食時間
あるいは糞中繊維質量が調べられたチンパンジー研究地であるキパレとボツソウはいずれもゴリラのいない地域にあり、
そもそも比較の対象として最適ではない。
(国)
糞中繊維質湿重量より精度が悪い指標ではあるが、糞の全サンプルのうち繊維質を含む糞の割合を用いて、 ロマコの
ボノボ・ンドキのゴリラとチンパンジー・キパレのチンパンジーの聞で比較が行われた。THVなどの繊維性食物消費
が多いゴリラと共存するンドキのチンパンジーは、 ゴリラと共存していないキパレのチンパンジーやロマコのボノボに
比べて繊維質を含む糞の割合が少ないことがTHV仮説から予想される。結果はンドキのチンパンジーが四O パi セン
トで、 ンドキのゴリラ(六二パーセント)・ロマコのボノボ(七Oパーセント)・キパレのチンパンジー(九四パーセント)の
それぞれより少なかった。この結果自体はTHV仮説を支持するといえるが、比較に用いられたンドキとロマコのサン
プルサイズが小さいため、 より大きなサンプルでの再検討が必要である。
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円
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唱
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アフリカ類人猿のソシオエコロジー
第ラ章
H Vの 採 食 頻 度 ・パ ー ティ ー サ イ ズ は 相 互 に ど う 関 係 す る の だ ろ う か 。
く パ ー テ ィ ー サ イ ズ の 季 節 変 化 の デ 1 タ は な い の で 、 果 実 不 足 時 に 増加 す
が っ て 増 加 す る 。 し か し こ れ ら の 地 域 で は チ ン パ ン ジ ー の直接観察が難し
(叩)(山)
と ン ド キ で は 、 チ ン パ ン ジ ー の 糞 中 T H V繊 維 は 果 実 量 が 減 少 す る に し た
下支えしているとはいえない。ゴリラとチンパンジーの共存域であるロペ
(加)
変化とは相関しないので、 T H Vが 果 実 不 足 を 補 っ て パ ー ティ ー サ イ ズ を
端 な 縮 小 は な い 。 し か し T H Vの 採 食 頻 度 は 年 聞 を 通 し て 一 定 で 果 実 量 の
ぃ 。 ボ ツ ソ ウ で は パ ー ティ ーサイ ズ は 比 較 的 二 疋 で あ り 、 果実 不 足 期 に極
おり 、 T H Vの 採 食 に よ っ て 採 食 競 合 が 実 際 に 緩 和 さ れ て い る と は い え な
示 唆 さ れ て い る 。 し か し パ ー ティ ーサ イ ズ は 果 実 不 足 期 に 大 き く 縮 小 し て
繊維量が有意に多くなり、 T H Vが 果 実 不 足 を 補 う 形 で 採 食 さ れ る こ と が
パ レ の チ ン パ ン ジ ー では 、 果 実 の 利 用 可 能 性 が 小 さ く な る と 糞 中 のT H V
キ
るT H V採食がパ ー ティ ー構 成 に 影 響 を 与 え て い る か ど う か は わ か ら な い 。
I1
18
第 l部 熱 帯 林 と 群 集
THV は 果 実 の 不 足 を 補 っ て い る か ?
写真う 1 チンパンジーの糞分析の様子.
点 が 重 要 な の で あ り 、 採 食 総 量 が 少 な い こ と は 必 ず し も 致 命 的 で は な い 。 そ れ で は 、 果 実 の 利 用 可 能 性 の 季 節 変 化 ・T
仮説の本質からすると、 T H Vが 果 実 の 不 足 を 補 う 形 で 採 食 さ れ る こ と に よ っ て パ ー ティ ー サ イ ズ が 一 定 に 保 た れ る
。
(制)
ボノボについては、 ロマコでは果実量とパーティーサイズは有意な相関をするが、性別で比べると果実量に対応して
(凹)(捌)
変化しているのは雄の数であり、雌の数は果実量とは関係なかった。ボノボの雌が果実不足にもかかわらず集合性を維
持していることが示唆される。しかしTHVの採食頻度は、糞中のTHV繊維量、観察された採食時間のいずれで見て
も果実量の変化とは無関係であった。THVの総採食時聞がさほどの量ではなかったことも考え合わせると、パーティー
内の雌の数が果実且一旦の変化と関係がなかったのは、THVによって果実の不足が補われたからだとはいえない。
T H Vの 栄 養 組 成 に 違 い が あ る か
同所的に共存するゴリラとチンパンジーの間にはTHVなどの繊維性食物について競合がありそうだ。
以上の結果を簡、単にまとめてみる。
質摂取のために利用されており、果実不足(カロリー不足)を補うには不適当だったからなのかもしれない。
パクではない。 ロマコでTHVの採食頻度が果実量と関係がなかったのは、ここの高タンパクTHVがおもにタンパク
果実は基本的にカロリー源であり、 タンパク質は少ない。 つまり果実不足期に必要となるのはカロリーであってタン
りもタンパク質が少なくカロリーは多かった。
(凶)
ロマコのTHVはタンパク質を多く含むが、 カロリーは少なかった。反対にキパレのTHVは、 ロマコのTHVよ
キパレ(チンパンジー)とロマコ(ボノボ)のTHVを栄養分析したところ、両者の聞に大きな差があることがわかっ
@
ボノボの生息地はチンパンジーの生息地よりもTHVが豊富だとはいえない。
アフリカ類人猿のソシオエコロジー
I第 3章
1
1
9
た
2
ボ ノ ボ ・ チ ン パ ン ジ ー の い ず れ に お い て も T H V採 食 に よ っ て 果 実 不 足 期 の パ ー テ ィ ー サ イ ズ が 高 く 保 た れ る 傾 向
ボ ノ ボ は ゴ リ ラ と 共 存 す る チ ン パ ン ジ ー よ り た く さ ん T H Vを食べているかもしれない。
p-0
ロマコの T H Vは 栄 養 分 析 の 結 果 、 果 実 の 不 足 を 補 う に は 不 向 き な 栄 養 組 成 を し て い る こ と も わ か っ た 。 そ れ
ランガムらはこれらのデ1タ を 再 解 釈 し 、 黒 田 ら の 分 類 に し た が っ て T H Vを 高 栄 養T H V ( H T H V )と低栄養T
(加)
にもかかわらず雌の集合性や社会性は高く保たれており、 T H V仮説の予測はことごとく外れているようだ。
3
、局、ノ
刀て半九
コでもワンパでも T H Vの 採 食 頻 度 は 低 く 、 果 実 の 不 足 時 に T H Vが 選 択 的 に 採 食 さ れ る 明 ら か な 傾 向 は 見 出 さ れ な
それでは肝心のボノボに関してはどうだろうか。 ロマコにおける T H Vの密度はンドキと有意な差はなかった。 ロマ
ため T H Vがあまり利用できず大きいパーティーサイズを維持できない、 という T H V仮説の予測と矛盾しない。
パ ン ジ ー や ボ ノ ボ よ り T H Vの採食頻度が低い可能性を示唆した。これらの結果は、 チンパンジーがゴリラとの競合の
れている可能性が示唆された。糞分析による予備的な比較は、 ゴ リ ラ と 共 存 す る チ ン パ ン ジ ー が 、 共 存 し て い な い チ ン
ロペ・ンドキ・カフジビエガといったゴリラとの共存地域では、 T H Vの利用可能性がゴリラとの競合によって制限さ
上 述 し た 様 々 な 結 果 に よ っ て T H V仮説はどの程度に支持あるいは反証されたのだろうか。チンパンジーに関して、
T H V仮説の問題点
ボノボ生息地の T H Vはチンパンジー生息地のものより高タンパク低カロリーであった。
はなかった。
3
五
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熱帯林と群集
第 l部
4
ラ
(旧)
HV(LlTHV)とに分類することで仮説の修正を試みた。黒田らによれば、 ンドキにあるTHVは、旦弘、。町宮、な号・や
問
、
提
言
一
ミ
ミ bp
ミ門主話量足言といったミネラル分やタンパク質に富んだ草本類と、ショウガ科やクズワゴン科のような低栄養
の 草 木 類 に 大 別 で き る 。 H T H V は 季 節 に か か わ ら ず 採 食 さ れ る が 、 LITHVは果実不足期にのみ選択的に採食さ
れる。量的にはたくさん消費されていながら、 パ ー テ ィ ー サ イ ズ を 下 支 え す る 機 能 が な か っ た キ パ レ の T H V は L T
H V、 タンパク質含有量一が高かったロマコのTHVはH│THVだと考えられるので、THV仮説をH│THV仮説に
置き換え、高栄養のTHVだけを考慮するべきであるとランガムは述べた。しかしながらHITHVはタンパク源とし
ては重要となりえても、果実不足を補うためのカロリー源としての栄養組成を持たないため、修正THV仮説は論理的
に整合性を欠いている。実際、前述のとおり、 ロ マ コ で は H T H V が 果 実 を 補 う の で は な く タ ン パ ク 源 と し て 季 節 に
かかわらず消費されている。
もしTHV仮説が不適当だとするなら、ボノボとチンパンジーの聞のパーティーサイズと雌の集合性の違いを説明す
る他の仮説はあるだろうか。ボノボの生息地では、食物パッチの大きさ(果実をつけた木の大きさなど)がチンパンジー生
息地のものより大きく、 その分、採食競合がゆるやかになっているという食物資源の空間的分布に注目した仮説がある。
ところがキパレのチンパンジーとロマコのボノボが採食した木の胸高直径を比較したところ、有意な違いはなかった。
また、ボノボの生息域では果実生産の季節性がゆるやかで果実不足になる期間が短いので、 その分、採食競合が緩和さ
れているという資源の時間的分布に注目した仮説もある。 ワンパ、 ロマコの両研究地とも、この仮説が検証できるほど
厳密な植生フェノロジ 1調査が行われていないので、現在のところこの仮説に対して評価を下すことはできない。
要約すると、THV仮説はゴリラ・チンパンジーからの資料とは矛盾しないが、ボノボの生態については支持された
とはいえない。もっともゴリラ・チンパンジー共存域の三研究地とボノボの生態について唯一の情報椋であるロマコで
アフリカ類人猿のソシオエコロジー
I第ぅ章
1
2
1
は 、 観 察 対 象 の 類 人 猿 が あ ま り 人 慣 れ し て い な い 。 こ の た め 直 接 観 察 に よ る デ 1タ は ほ と ん ど 利 用 さ れ て お ら ず 、 結 論
を出すのは早計であろう。ボノボの野外研究は、短期間の予備調査を除けばワンパとロマコだけで行われてきており、
コンゴ民主共和国のリルングやルクルといった新しい調査地での観察が可能になったのはようやく近年のことである。
(拙)
一般的にみた食物資源の変動とそれに
(醐)
。﹄ミの果実、ボツソウでは
UHHF
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1よ
熱帯林と群集
第 1部
T H V仮説の検証のためには、今後これら新しい調査地や、行動・社会に関するデ 1タの蓄積があるワンパからの情報
が必要不可欠だろう。
チンパンジーの種内変異
(捌)
まで様々な植生のもとで生息しているため、結果的に各調査地で多様な植物種に依存していることがわかる。 いくつか
巨苫なの果実とアブラヤシの葉髄と種子にそれぞれ依存していた。チンパンジーは熱帯林からサバンナ・ウッドランド
﹀向hnh
ヤシの果肉・ 3sらも室、さの果実・イチジクと 3ミミ芯さの果実、ンドキではイチジクと
果実不足時に依存する食物については、 キパレが第一にイチジク類の呆実・第二に T H V、ロべでは T H V ・アブラ
果実不足時の対応の仕方は調査地によって様々であった。
ンパンジーの食性が果実中心であることと生息地の果実利用可能性にある程度の季節変化があることは共通していたが、
ともなう行動や社会の変化については、 いくつかの重要な研究成果が提出されてきた。これらの資料を比較すると、チ
H Vの重要性については仮説の予測どおり積極的な意義は見出されなかったが、
ボノボに比べるとチンパンジーでは、複数の調査地から長期の観察に基づく系統だった研究成果が得られている。 T
一
'
/、
の研究地でイチジクとアブラヤシが重要な役割を果たしているが、 イ チ ジ ク 類 と ヤ シ 類 は 一 般 に 果 実 生 産 の 季 節 性 が 弱
いことで知られており、例えば南米の各種霊長類も、全般的な果実不足期にはこれらの種に依存することが報告されて
い λν。
果 実 の 利 用 可 能 性 な ど の 生 態 学 的 変 数 と パ ー テ ィ ー サイズなど社会学的変数との関係については、 キ パ レ と ボ ツ ソ ウ
ノ
ン
チ
の
川ノ
ウ
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ボ
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べ
食
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髄
葉
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写真 5-3
アフリカ類人猿のソシオエコロジー
I第う章
1
2
3
で 非 常 に 対 照 的 な 結 果 が 得 ら れ て い る ( 表 3 1 )。 両 調 査 地 と も 果 実 量 の 大 き い 季 節 変 化 が 見 ら れ る 。 そ の 結 果 、 果 実 の
写真ぅ -2 イチジクを食べるチンパンジー .
様子に近い。
(瑚)
不足時には、 キ パ レ の チ ン パ ン ジ ー は数少ないイチジクの果実に固執し、
パ ー ティ ー サ イ ズ を 縮 め て 採 食 競 合 を 回 避 す る よ う に 振 る 舞 う 。 対 し て
ボツソウでは、 キ パ レ と 同 様 に 数 少 な い 注 ミ
gな の 果 実 に 依 存 す る と 同 時
ロ
熱帯林と群集│
第 l部
に、遊動域内に豊富に存在するが植物体の物理的防御によって利用が困難
(拙)
なアブラヤシの葉髄と種子を、﹁杵っき行動﹂と﹁ナッツ割り行動﹂という
道具使用によって利用し、果実の不足期を乗り切っていた。また、ボツソ
ウにおけるパ ー ティ ー サ イ ズ の 季 節 変 動 は 非 常 に ゆ る や か で 、 果 実 量 の 変
動との相聞はなかった。
(出)
一
方
、 ボツソウでは、雌雌間
雌間の社会交渉については、 キ パ レ で は ほ と ん ど お 互 い に 交 渉 を 交 わ す
﹂とがなく、毛ゃつくろいもほとんどしない。
の毛づくろいは頻繁で雄雌間よりも多く、雄雄間と変わらない。また、ボツ
ソウでは雌が単独あるいは集団で雄を攻撃することもよく見られる。ボツ
ソ ウ の こ の 傾 向 は 、 他 の チ ン パ ン ジ ー集 団 よ り も む し ろ ワ ン パ の ボ ノ ボ の
は、確かに毛づくろいなどの社会交渉の増加の必要条件ではあるが、 そ の 条 件 の な か で 実 際 に 雌 聞 の 社 会 交 渉 が 行 わ れ
パーティーサイズと雌の毛づくろい頻度が因果関係で結ぼれているかどうかは明らかでない。パーティーサイズの拡大
れ て い る な ら ば 、 こ れ は ま さ に T H V仮説が予測するボノボの雌間関係の論理そのものである。しかし、 とくに最後の
このボツソウとキパレの違いは何を意味しているのだろうか。もしも表う ll の 各 変 数 が 左 か ら 右 へ と 因 果 関 係 で 結 ば
写真 5
4 雌どうしの毛づくろい(ボッソウ).
表ラ 1 キパレとボッソウのチンパンジーにおける生態学・社会学的変数の比較
貧弱
大
豊富
大
大
大
キバレ
ボッソウ
るかどうかは、雌間交渉の社会的なコストとベネフィットを現場の社会・生態的条件のもとで査
定することが必要であろう。またボツソウでは、道具使用によるアブラヤシの利用に加えてオト
ナ雄の数が少ないこと、集中利用域を重複させた隣接集団がないことなど、 いくつかの特殊条件
がある。とくに隣接集団との遺伝交流の少なさのため、雌聞の近縁度が高いという可能性は検討
すべき課題である。
興味深いことにボッソウと同じ西アフリカのタイ森林でも、 パ ー テ ィ ー サ イ ズ が 大 き く 雌 聞 社
会交渉の多いことが報告されている。また、ボツソウでもタイ森林でも子殺しはこれまで報告さ
れていない。キパレとボツソウの違いは、あるいは東アフリカのチンパンジー百主主 hPR
吐き hSE3
・
Hま
F た)と西アフリカのチンパンジー百戸号、富)の違いなのかもしれない。最近の遺伝学的研究に
よ れ ば 、 チ ン パ ン ジ ー と ボ ノ ボ が 分 岐 し た 年 代 を 二 五O 万 年 前 と す る と 、 チ ン パ ン ジ ー の 東 西 の
(回)
亜 種 が 分 岐 し た 年 代 は 一 六O 万 年 前 に な る と い う 。 過 去 の ゴ リ ラ の 分 布 域 は 明 ら か で な い が 、 現
在西アフリカのチンパンジー生息地にゴリラがまったく生息していない(巻頭の地図参照)ことを
考えると、西アフリカのチンパンジーがかなり長い間ゴリラのいない環境で暮らしてきた可能性
は高いだろう。今後、ボノボとチンパンジーの比較研究とともに、 チ ン パ ン ジ ー の 亜 種 聞 の 比 較
研究をいっそう進める必要がありそうだ。
アフリカ類人猿のソシオエコロジー
│第ラ章
国
不足を補う食物 パ ー テ ィ ー サ イ ズ 雌 雌 聞 の
の季節変化
毛づくろい頻度
果実量の季節変化
調査地
﹁人間本性﹂ への遠い道のり
﹁攻撃的﹂なチンパンジー社会と﹁平和的﹂なボノボ社会という対称的なイメージは、過度に強調されてきたという批
判もある前ヒトの遺伝的本性についての進化的議論に格好の話題を提供してきた。極端な例では、戦争や殺人といった
ヒトの現代社会に見られる攻撃性の進化的起源をチンパンジー雄の攻撃性に求め、 その克服のためには平和的な女性の
政治参加が必要だ、 という趣旨のいささか短絡的な提案が著名な政治学者によってなされている。しかしながらボノボ
とチンパンジーの社会がこのように異なる理由については、 ほとんど明らかになっていない。
本章が注目した T H V仮説は、季節的に安定した資源を利用できるかどうかが両種の雌の集合性が異なる理由である
と説明するが、現在までのところ実証的なデータによって支持されたとはいえないようだ。その最大の理由はボノボの
生態に関する資料不足にあり、仮説が否定されたともいえない状況であるので、これまでと同様のアプローチで資料を
蓄積していくことは必要だろう。加えて、これまでの研究で明らかになった西アフリカと東アフリカのチンパンジー亜
種間の違いが T H V仮説と同様の論理で説明できるのかどうかを知ることも、雌の集合性を生じさせる生態的条件の理
解を深めるうえで重要である。
注意しておかなければならないのは、 T H V仮説によって説明されうるのは、雌の集合性にとどまることである。チ
ンパンジーとボノボの﹁攻撃性﹂ の違いに迫るには、雌の集合性が雌聞の社会交渉や雄による攻撃行動の頻度とどのよ
うな関係をもつのか、 またこれらの特徴がどのような進化的過程をへて両種で異なってきたのかといった点を明らかに
I126
熱帯林と群集
第 1部
七
していく必要があるが、 いずれも未解決の問題である。
ここ一 O年ほどの問、 T H V仮説の主要な舞台であるコンゴ民主共和国で内戦が相次ぎ、ボノボ研究が断続的な休止
を余儀なくされている。 ヒトの﹁攻撃性﹂理解について重要な知見をもたらすことが期待されるボノボ研究が、 まさに
その﹁攻撃性﹂ の最大の発露である戦争によって不可能になっている現状は皮肉というよりほかはない。ただでさえア
フリカ各地で類人猿の生息数が大幅に減少している現在、国立公園等の保護区でさえも機能不全に陥ってしまう戦争は、
まさに﹁最大の自然破壊﹂であるといえる。当該国の人々の平和な暮らしが戻り、彼らに野生生物や森林のことを考え
る余裕が生まれる状況を心待ちにするのみである。
アフリカ類人猿のソシオエコロジー
11ム
Q4
ワ
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第ぅ章
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