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12)自己抗体検査(抗リン脂質抗体)

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12)自己抗体検査(抗リン脂質抗体)
2007年4月
N―51
垂体からの LH サージを惹起し2),LH サージ開始後34∼42時間後に排卵が起こる.血中
エストラジオールや LH 濃度を測定すれば排卵日を推定できるが,頻回の採血は患者の負
担となり実用的でないため,尿中エストロゲン濃度と LH 濃度を半定量的に測定するキッ
トを用いた排卵日推定が行われる.
《参考文献》
1.小田高久.女性不妊.中村幸雄,武谷雄二,編 内分泌検査法 図説産婦人科 view
6東京:メジカルビュー社,1994 ; 116―136
2.Rondell P. Role of steroid synthesis in the process of ovulation. Biol Reprod
1970 ; 2 : 64―68
〈岩下 光利*〉
12)自己抗体検査
(抗リン脂質抗体)
(1)抗リン脂質抗体とは
抗リン脂質抗体とはリン脂質に対する自己抗体であり,具体的には電気的陰性のリン脂
質(カルジオリピン,フォスファチジルセリン,フォスファチジルグリセロール,フォス
ファチジルイノシトール,フォスファチジン酸)
や,電気的中性のリン脂質(フォスファチ
ジルエタノールアミン,フォスファチジルコリン)
に対する抗体である(表 C-1-5)
.フォ
スファチジルエタノールアミンはセファリン,フォスファチジルコリンはレシチンと呼ば
れることもある.
歴史的には,抗リン脂質抗体は梅毒血清反応陽性として検出されてきた.梅毒血清反応
の測定系では,抗原としてカルジオリピンが使用されており,したがって陽性とはカルジ
オリピンに対する抗体の存在を示している.梅毒患者が抗カルジオリピン抗体陽性になる
ことを利用した訳である.一方,梅毒ではないのに抗カルジオリピン抗体をもつ患者の場
合,梅毒血清反応の生物学的偽陽性として抗リン脂質抗体が検出された訳である.
近年,抗リン脂質抗体と不育症,血栓症との関係は広く知られており,注目を浴びてい
る.抗リン脂質抗体は特に,後天的な血栓傾向の原因としては,最も重要なものの一つで
あると位置付けられるようになった.以前より SLE 患者に流産が多い事は知られていた
が,その理由は長いこと不明であった.その後,SLE で抗リン脂質抗体陽性の場合,流
産しやすいこと,また SLE であっても抗リン脂質抗体が陰性であれば流産率は高くない
ことなどが明らかとなった.さらに,SLE などの基礎疾患がなくても抗リン脂質抗体が
陽性ならば流産しやすいことが解明され,抗リン脂質抗体は流産の原因として広く認知さ
れるに至った.
抗リン脂質抗体と一言で言っても,その実体は実は以前考えられていたほど単純ではな
い.従来は名前どおりリン脂質を認識する抗体であると思われてきたが,最近,病原性の
ある抗体の多くは,実はリン脂質そのものを認識する抗体ではなく,リン脂質に結合する
血漿蛋白に対する抗体であるということが分かってきた(図 C-1-14)
.一番最初に発見さ
れた抗原は β 2-glycoprotein(
I β 2GPI)であり,当初はコファクターと称されたが,その後
は抗カルジオリピン抗体の事実上の目標抗原ということでコンセンサスが得られている.
*
Mitsutoshi IWASHITA
Department of Obstetrics and Gynecology, Kyorin University School of Medicine, Tokyo
Key words : BBT・Cervical mucus・Ovarian follicle
索引語:基礎体温,頸管粘液,卵胞径測定
*
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日産婦誌59巻4号
次いで,プロトロンビンが報告された.これらは,カルジオリピンやフォスファチジルセ
リンなど,電気的陰性のリン脂質に対する抗体の対応抗原である.その後,中性のリン脂
質であるフォスファチジルエタノールアミンに対する抗体も同様にリン脂質結合蛋白を認
識することが分かり,それがキニノーゲンであることが報告された1).したがって,厳密
にいえばこれらの抗体を抗リン脂質抗体と呼ぶのは誤りであり, それぞれ抗 β 2GPI 抗体,
抗プロトロンビン抗体,抗キニノーゲン抗体などと呼ぶべきである.しかしながら,歴史
的に抗リン脂質抗体と呼ばれていたため
に,現在もそのままになっている.
(表 C15) リン脂質の種類
(2)抗リン脂質抗体症候群
以前より SLE をはじめとする自己免
電気的陰性のリン脂質
疫疾患の患者に流産,子宮内胎児死亡が
カルジオリピン
フォスファチジルセリン
多いことが知られ,母体の免疫能の異常
フォスファチジルグリセロール
が妊娠維持に障害を起こす可能性が指摘
フォスファチジルイノシトール
されてきた.最近になって,それが抗リ
フォスファチジン酸
ン脂質抗体という自己抗体によって惹き
電気的中性のリン脂質
起こされるという説が注目されるように
フォスファチジルエタノールアミン(セファ
なり,抗リン脂質抗体と関連する不育症,
リン)
血栓症をまとめて抗リン脂質抗体症候群
フォスファチジルコリン(レシチン)
リン脂質
結合蛋白
リン脂質
リン脂質結合蛋白を認識する抗リン脂質抗体
β2-GPI
プロトロンビン
キニノーゲン
リン脂質そのものを認識する抗リン脂質抗体
梅毒
(図 C114) 抗リン脂質抗体の schema
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2007年4月
N―53
(表 C16) 抗リン脂質抗体症候群にみられる臨床所見
静脈系
四 肢:静脈血栓症,血栓性静脈炎
肝 :BuddChi
ar
i症候群,肝腫大,血清酵素上昇
腎 :腎静脈血栓症
副 腎:副腎機能低下症
肺 :肺梗塞,肺高血圧症
皮 膚:網状皮斑,血管炎様皮疹,皮膚結節
眼 :網膜静脈血栓症
動脈系
四 肢:虚血,壊疽
脳血管:脳梗塞,多発性脳硬塞,一過性脳虚血発作,Sneddon症候群
心 臓:心筋梗塞,弁膜症,心筋症,血栓症,不整脈,徐脈
腎 :腎動脈血栓症,r
enalt
hr
ombot
i
cmi
cr
oangi
opat
hy
肝 :肝梗塞
大動脈:大動脈弓症候群,跛行
皮 膚:指尖潰瘍
眼 :網膜動脈血栓症
その他
不育症
血小板減少
と称し,広く認知されるようになった(表 C-1-6)
.抗リン脂質抗体症候群は,関連する
全身疾患をもたない primary 抗リン脂質抗体症候群と,SLE やその他の膠原病を伴う
secondary 抗リン脂質抗体症候群に分けられる.
表 C-1-7は抗リン脂質抗体症候群診断基準を示したものである2).表 C-1-7に示したも
のは,1998年に札幌で開催された国際抗リン脂質抗体学会のワークショップでまとめら
れた診断基準案(Sapporo Criteria)
を2006に改訂したものである.この診断基準は,内
科主導で作られたものであり,実際不育症患者でこの診断基準を満たす患者はほとんど存
在しない.今後,産婦人科領域に適した診断基準を検討するべきかも知れない.
(3)スクリーニング法
抗リン脂質抗体の測定はその方法から分類すると,血液凝固能検査より測定されるルー
プスアンチコアグラント(LA)
と ELISA 法に分けられる.LA は in vitro の血液凝固時間の
延長として捉えられる.しかしながら,LA は in vivo では出血傾向ではなく,血栓傾向を
示す.長い間標準的な LA のスクリーニング法は aPTT であったが,改良されて最近で
は希釈 Russell viper venom time
(dRVVT)
や Kaolin clotting time
(KCT)
なども行 わ れ
ている.しかしながら,LA として検出される抗リン脂質抗体もその対応抗原によって種
類があり,これらの各測定方法は,それぞれ異なる抗原(すなわち β 2GPI やプロトロンビ
ン)
を認識する LA を検出するという報告もあり,偽陰性をなくすためには複数の方法を
併用するのが望ましい.また,確認試験としては過剰のリン脂質を加えることによって中
和されるかどうかを確かめる.以上のように,LA の測定系は新鮮な血漿を用いて凝固時
間を測定するので,より生理的状態に近い測定法と言え,これによって見い出された抗体
はかなりの信頼性で血液凝固系に影響を与え得るといえるが,感度が悪い事や,血清では
測定出来ないなどの問題もある.そこで,ELISA 法が開発された.ELISA 法は感度も良
く,精製したリン脂質やリン脂質結合蛋白を使用することにより,より特異的な抗体のみ
を測定することも可能である.例えば,抗カルジオリピン抗体なども,ELISA の系に精
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日産婦誌59巻4号
(表 C17) 抗リン脂質抗体症候群診断基準
(2006年改訂)
臨床所見
血栓症:1回またはそれ以上の
・動脈血栓
・静脈血栓
・小血管の血栓症(組織,臓器を問わない)
妊娠の異常:
・3回以上の連続した原因不明の妊娠 10週未満の流産(本人
の解剖学的,内分泌学的原因,夫婦の染色体異常を除く)
・1回以上の胎児形態異常のない妊娠 10週以上の原因不明子
宮内胎児死亡
・1回以上の新生児形態異常のない妊娠 34週未満の重症妊娠
高血圧腎症,子癇または胎盤機能不全に関連した早産
検査所見
抗カルジオリピン抗体
・I
gGまたは I
gM
・中,高抗体価(> 40GPLまたは MPL,または> 99
per
cent
i
l
e)
・12週間以上の間隔をあけて,2回以上陽性
・標準化された ELI
SAで測定
ループスアンチコアグラント
・12週間以上の間隔をあけて,2回以上陽性
・I
nt
er
nat
i
onalSoci
et
yonThr
ombosi
sandHemost
asi
sの
ガイドラインに従って検出
抗 β2gl
ycopr
ot
ei
nⅠ抗体
・I
gGまたは I
gM
・抗体価> 99per
cent
i
l
e
・12週間以上の間隔をあけて,2回以上陽性
・標準化された ELI
SAで測定
臨床所見が 1つ以上,検査所見が 1つ以上存在した場合,抗リン脂質抗体
症候群と診断する
製またはリコンビナントの β 2GPI を加
えることにより,β 2GPI 依存性の抗カル
ジオリピン抗体のみを測定することが可
能である.
血栓症や妊娠中後期子宮内胎児死亡の
リスクが一番高いのは,抗カルジオリピ
ン-β 2GPI 複合体抗体と希釈ラッセル蛇
毒時間(dRVVT)
で測定した LA が両者
とも陽性の場合であるといわれている.
最低この 2 種類の測定は押さえたいも
のである.
流産,子宮内胎児死亡以外にも抗リン
脂質抗体のスクリーニングを考慮すべき
疾患は表 C-1-8に示した通りである.
(表 C18) 産科患者において抗リン脂質
抗体の存在を疑うべき状況
反復流産,習慣流産
原因不明妊娠中・後期の子宮内胎児死亡
早期発症,重篤な妊娠高血圧症候群
妊娠に関連した血栓症
子宮内胎児発育遅延
自己免疫疾患または膠原病合併妊娠(SLE,
I
TP,橋本病,バセドー氏病など)
梅毒血清反応の生物学的偽陽性
aPTTの延長
血小板減少
自己抗体陽性
常位胎盤早期剥離
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2007年4月
N―55
これらに該当する症例は,抗リン脂質抗体症候群の可能性を念頭において管理する必要が
ある.
(4)治療
いまだ不明な点の多い症候群であり,治療方針も確立してはいないが,何らかの治療を
施行した場合の奏効率は約70∼80%と報告されている.特にヘパリンが有効であり,ス
タンダードな治療法になりつつある.
抗リン脂質抗体の不育症に対する治療法は,以前はステロイドによる免疫抑制療法が主
流であった.大量のプレドニンが必要であるが,有効性が報告されている.ヘパリン療法
に匹敵するプレドニンの量は40mg"
日であり,妊娠成功率は約75%と報告されている.
しかしながら,プレドニンはヘパリンと比べて早産,低出生体重児,妊娠高血圧症候群,
妊娠糖尿病など副作用が多いので注意が必要である.プレドニンはヘパリンと比較して有
用性に差は無いものの副作用が多いので,最近では世界的に SLE などを合併した secondary 抗リン脂質抗体症候群の症例を除き,使用されなくなった.特にプレドニンとヘパ
リンを同時に使用すると,各々単独で使った場合に比べて有益性に差が無いにもかかわら
ず骨粗鬆症による骨折の危険が劇的に高まるので,なるべく併用するべきではない.最近,
自己抗体陽性(抗核抗体,抗 DNA 抗体など)の原因不明反復流産患者に対してプレドニン
と低用量アスピリン併用療法を施行したところ,無治療群と比較して妊娠成功率に差を認
めなかったにもかかわらず早産,妊娠高血圧症候群,糖尿病などの副作用が治療群で有意
に多かったという報告があり,注目されている.抗リン脂質抗体は陰性で,抗核抗体など
病原性の確認されていない自己抗体が陽性というだけで反復流産患者にアスピリンやプレ
ドニンを処方する臨床医を最近多く見かけるが,根拠の無い治療をしても何の効果もない
うえに,副作用も報告されたとなると,このような安易な治療は厳重に慎まなければなら
ない.
抗リン脂質抗体陽性患者における妊娠中の低用量アスピリン単独療法の役割は依然とし
て不明である.確かにその抗血小板作用は動脈血栓を予防するかもしれないが,妊娠中に
おける低用量アスピリン療法が不育症に対して臨床的に有効かというデータはほとんどな
い.いくつかの報告によると,アスピリン単独療法を受けた不育症群の生児獲得率は約
50%であったのに対し,ヘパリンとアスピリンの併用療法群では約80%であった.これ
らの報告には無治療対照群が無いため,50%という数字が効果ありといえるかは不明で
ある.しかしながら,アスピリンは患者と胎児に比較的危険がないので依然として広く処
方されているのが現実である.アスピリンを妊娠中に投与する場合は,妊娠初期より81∼
100mg"
日を開始し,妊娠中を通して投与するのが一般的である.海外では分娩時まで投
与するのが一般的であり,母体,胎児に対する副作用は報告されていないが,日本では妊
娠28週以後は禁忌とされている.
ヘパリン療法の有効性は多く報告されており,抗リン脂質抗体症候群の不育症の治療と
してはスタンダードになりつつある.いくつかの信頼性の高い研究によると,ヘパリンと
低用量アスピリン併用療法は妊娠成功率を約50%から80%に向上させると報告されてい
る.また,最近は低分子ヘパリンの使用例も多く報告され,海外では低分子ヘパリンがス
タンダードな治療法になりつつある.最近になって,妊娠中の低分子ヘパリンの安全性が
綜説としてまとめられたが,何故か日本では低分子ヘパリンの妊娠中の投与は禁忌であり,
世界の流れに逆行した決定に首をかしげざるを得ない.ヘパリンの投与方法としては,多
くの海外の報告が5,000単位を12時間毎に皮下注となっている.ヘパリンは妊娠を通し
て投与し,分娩の 1 日前には中止する.もし緊急帝王切開など,ヘパリン投与中に分娩
の必要がある場合,硫酸プロタミン(ヘパリン1,000単位に対し2.5mg)
を希釈して10分以
上かけて静注し,中和する(50mg を超えてはならない)
ことが可能である.ヘパリンの副
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日産婦誌59巻4号
作用としては骨粗鬆症が重要である.平均して骨密度は妊娠を通して3.7%失われると言
われている.ヘパリンのもう一つの重要な副作用はヘパリン惹起性血小板減少症であるが,
その頻度は 1%未満であると報告されている.ヘパリン投与開始後約 3 週間は,頻回に血
小板数を測定するべきである.
《参考文献》
1.Sugi T, McIntyre JA. Autoantibodies to phosphatidylethanolamine( PE)recognize a kininogen-PE complex. Blood 1995 ; 86 : 3083―3089
2.Miyakis S, Lockshin MD, Atsumi T, Branch DW, Brey RL, Cervera R, Derksen
RHWM, De Groot PG, Koike T, Meroni PL, Reber G, Shoenfeld Y, Tincani A,
Vlachoyiannopoulos PG, Krilis A. International consensus statement on an update of the classification criteria for definite antiphospholipid syndrome(APS).
J Thromb Haemost 2006 ; 4 : 295―306
〈杉
俊隆*〉
*
Toshitaka SUGI
Department of Obstetrics and Gynecology, Tokai University School of Medicine, Kanagawa
Key words : Antiphospholipid antibody・Anticardiolipin antibody・
Lupus anticoagulant・Habitual abortion・Thromobosis
索引語:抗リン脂質抗体,抗カルジオリピン抗体,ループスアンチコアグラント,習慣流産,
血栓症
*
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