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レーダのしくみ

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レーダのしくみ
レーダのしくみ
大阪大学
牛尾知雄
Tomoo Ushio
まえがき
山に登って,ヤッホーと叫んでみる.そうすると,ヤッホー
という声が山肌に反射し,ヤッホー,ヤッホー,ヤッホーと
何重にも聞こえます.こだまです.子どもの頃,大きな声で
叫んだ経験は皆,持っているのではないでしょうか.叫んで
送信機
送受信
アンテナ
電波は光速 c(=3×108 m/s)
で伝搬する
受信機
距離 R
からこだまが返ってくるまでの時間は,隣接する山々との距
離を表し,遠い山からの反射であるほどより遅れて返ってき
ます.すなわち,こだまが返ってくるまでの時間を測ること
によって,その反射を起こした山との距離を測ることができ
ます.この原理を電磁波に応用したのがレーダです.
レーダ技術の歴史は古く,その原理や用途などは良く御存
じの方も多いのではないでしょうか.そもそもレーダ技術の
送信してから受信するまでの時間を T とする.
2R
T= c
R=
cT
2
図 1 レーダの原理を示す模式図
c×T=2R
発展は,軍事的な色彩を強く帯びており,現在においてもレー
となり,ここからターゲットまでの距離を求めることがで
ダを抜きにして軍事技術を語ることはできません.しかし,
きます.なお,
2R の 2 は往復分の距離を表すためのものです.
ここではもう少し違った観点からこの技術を眺めてみたいと
このように伝搬速度が分かっており,そして何かに反射
思います.近年よく話題になる地球温暖化等の地球環境問題
して戻って来さえすれば,何も電波でなくてもよいことに
は,人類の生存にとって大きな脅威となりつつあります.こ
なります.実際,光や音波を用いてもよく,光を用いた場
うした地球環境に関する計測技術として大きな役割を果たし
合 は, ラ イ ダ(LIDAR:Light Detection and Ranging) と 呼
ているのがレーダ技術であり,その代表格が気象レーダです.
ばれ,音波を用いた場合はソーダ(SODAR: Sound Detection
また,気象レーダは近年大きな被害をもたらしているゲリラ
and Ranging)と呼ばれています.
豪雨などの検出や予測にも重要な役割を果たすようになって
得られる情報は何もターゲットまでの距離だけではあり
きています.本稿では,軍事技術を目的としたレーダではな
ません.同じ距離に存在するターゲットであっても,大き
く,我々にとってより身近な問題である地球環境問題の把握
な信号を返してくるものと小さな信号を返してくるものが
に大きな役割を果たす気象レーダを例にとりながらレーダ技
あります.その大きさによって,そのターゲットに関する
術全般について概観したいと思います.
様々な情報を推測することができます.例えば,気象レー
ダの場合,集中豪雨をもたらすような大きな雨粒が多量に
レーダの原理
含まれているときは,その分受信信号強度は大きくなりま
す.このような大きさを測ることによって降雨量の推定が
今や日本語として通常の会話に出てきても通用するレー
可能となります.また,そのターゲットが動いている場合,
ダ
(RADAR)
は,
RAdio Detection And Ranging の略のことです.
同じパルスを何発も続けて同じターゲットに対して照射す
つまり,レーダとは電波を使って対象物を検知したり,対
ることによって,そのパルス間で生ずる受信信号の微妙な
象物までの距離を計測したりするための技術です.その原
差(位相変化といいます)を抽出して移動速度と向きを知
理については図 1 を御覧下さい.ある時刻 t に,アンテナか
ることが可能です.これらの情報を用いることによって,
ら短い持続時間の電磁波(パルスといいます)を放射し,
ター
どの地点にいつその対象物が到達するのか予測をすること
ゲットによって反射,散乱された信号が,時刻 t +T に受信
が可能です.そして,このような機能を有するレーダをドッ
アンテナで受信されたとします.このとき,受信側では T
プラーレーダと呼んでいます.
という時間差を表すパラメータを得ることができます.空
このような原理に基づいて,アンテナをゆっくりと回転
気中を伝搬する電磁波の速度はほぼ光速 c,すなわち,c=
させながら全方位で観測して,最終的に三次元像を得てい
3×10 m/s ですので,
ターゲットまでの距離を R とした場合,
るのが現在のレーダシステムとなっています.
8
50
通信ソサイエティマガジン No.16[春号]2011
気象レーダ
15
45
40
さて,ターゲットとして有名なのが航空機などの飛しょう
35
体で,実際多くのレーダが飛行場などで活躍しています.こ
30
のようなターゲットは比較的大きなものの例ですが,雨粒な
25
20
どの小さなターゲットの集合体に電波が入射しても,微弱で
15
はありますがその信号を捉えることが可能です.飛しょう体
などを対象としたレーダでは,そこにあるかないかという 2
meridional(km)
50
Reflectivity(dBZ)@100mAGL
10
5
0
−5
−10
−15
−15 −10 −5 0
5
zonal(km)
10
15
値的な情報が重要であるのに対して,気象レーダではどの程
図 2 小形高分解能レーダの外観図(左)と観測例(右)
度の大きさの信号が返ってくるのかという信号の大きさに大
右図は高度約 100 m における半径 15 km 以内の降雨の平面分布で
あり,色が赤くなるにつれて降雨強度が大きいことを示している.
きな関心があるのが特徴となっています.捉えている領域に
どの程度の雨量が含まれているかは,特に梅雨時など豪雨被
得られるその原理は分かって頂けたと思います.ここで少
害が頻発するような時期において,避難勧告を出すか出さな
し目を違う方向に向けてみたいと思います.レーダは基本
いかなどの判断に重要な情報となっています.
的にパルス状の電波を空気中に放射させることによって動
一般に,レーダではパルスを送信してから受信モードに
作しますが,このパルス状の電波は電界が縦方向に振動す
切り換えるので,送信してからしばらくは受信信号を待っ
る成分と横方向に振動する成分に分けることが可能です.
ていることになります.したがって,遠くの対象物を見る
縦方向に振動する成分は,縦長の物体により良く反射し,
ような大形レーダの場合,受信時間を長く取って,次のパ
横方向の電波は横方向に長い物体に良く反応します.この
ルスを照射するまでの時間を遅らせる必要があります.例
性質を用いて,降雨粒子の識別などが可能となります.当
えば,半径 200 km を観測範囲とした場合,200 km 先から散
たり前ですが,雲は高度方向にもよく発達します.高度が
乱波が返ってくるには,往復 400 km なので,光の速度 3×
上がれば上がるほど気温は下がるので,雲の上の方では雨
10 m/s を考慮すると,約 1.3 ms かかることになります.こ
粒は液体ではなく,固体として存在します.要するに,雪
れで一方向当たり 100 発のパルスを繰り返し照射すると一
やあられのような状態です.このような固体では雨粒のよ
方向だけの観測で約 130 ms です.一瞬のようですが,これ
うに球形に近い形状ではなく,でこぼこした形状を示して
を 1 度ごとに 360 度行うと,約 50 s かかることになります.
います.もっと厳密なことを言いますと,雨粒も落下する
三次元像を得るために,縦方向にも更に 10 度程度間隔で移
過程で空気抵抗を受けて,大きな雨粒ほど球形から鏡餅の
動させ,らせん状に観測すると 10 分弱になります.そう,
ような形状を示すようになります.このような球形でない
8
1 回の三次元観測には結局 10 分もの時間がかかってしまう
物体からの散乱波は,電波の縦方向成分と横方向成分では,
ことになるのです.レーダによる降雨情報が 10 分程度ご
その大きさは同じではなく少し異なる特徴を示すようにな
とに更新されているのは,データ転送や処理時間等の問題
ります.この微妙な差を用いて,今見ている箇所に存在し
もありますが,このようなパルス照射の繰り返しと広範囲
ている物体が雨なのか,雪なのか,あるいはあられなのか
を見るためのレーダの原理上の問題点も大きいのです.も
という情報を得ることができるようになってきました.こ
はや大形レーダでは竜巻や突風,短い時間に急速に発達し
のような機能をもったレーダを偏波レーダと呼んでいます.
て限られた地域に甚大な被害をもたらすゲリラ豪雨のよう
な現象を立体的に短時間で捉えるのは原理的に難しいこと
む す び
が分かります.それでは,竜巻や突風などの持続時間が短
くかつ,空間的にも小さい現象を三次元的に捉えるにはど
以上のように,レーダのしくみ,制約,それから偏波レー
うしたらよいのでしょうか? 回転速度の速い小形の近距離
ダに関して,簡単ではありますが,気象レーダを例にして
レーダを多数配置することが一つの解です.このような試
見てきました.冒頭にも書かせて頂きましたように,近年,
みが近年開始されており,その一例の写真を図 2(左)に示
地球環境問題がこれまでになく大きな関心を呼んでいます.
します.このような直径約 1.5 m 程度の小形の構成はこれま
このような地球環境問題の把握と監視にレーダ技術の果た
でにないものです.また,図 2(右)に示すように,実際こ
す役割は大きく,また社会的には集中豪雨の被害低減など
のような小形レーダを用いることで,非常に狭い範囲の降
防災用途にもその意義は大きいと思います.ビルの屋上や
雨強度を判別できていることが分かります.
飛行場で白いドームを見る機会がありましたら,本稿の内
ここまでの説明でレーダによって降雨強度が三次元的に
子どもに教えたい通信のしくみ
容を少しでも思い出して頂けたら望外の喜びです.
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