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2)PCOSに対するインスリン抵抗性改善薬の使い方

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2)PCOSに対するインスリン抵抗性改善薬の使い方
N―62
日産婦誌64巻 3 号
クリニカルカンファランス 3)生殖
生殖・内分泌領域の薬剤の使い方の工夫
2)PCOS に対するインスリン抵抗性改善薬の使い方
札幌医科大学産婦人科
座長:徳島大学
遠藤 俊明
苛原
稔
近年,糖代謝異常に関して,インスリン抵抗性のチェックも欠かせなくなっている.特
に妊娠糖尿病のハイリスクグループでもある多囊胞性卵巣症候群 polycystic ovary syndrome
(PCOS)
は,インスリン抵抗性の合併率が高く,またメタボリック・シンドローム
のハイリスク・グループとしても知られている.われわれ産婦人科医にとって,将来の糖
尿病につながる可能性のある PCOS のインスリン抵抗性を早期に診断し,対策を講じる
のも重要な仕事のひとつである.
そこで,今回国内外の報告から PCOS を対象としたインスリン抵抗性の診断,インス
リン抵抗性と関連する排卵障害,高アンドロゲン血症等に対するインスリン抵抗性改善薬
の応用について概説する.
1.PCOS に対するインスリン抵抗性改善薬の有効性の
エビデンスレベルは?
インスリン抵抗性改善薬の PCOS に対する効果には様々な報告があり,必ずしも一定
していない.ただわれわれが実臨床においてバイブルとすべき「産婦人科診療ガイドライ
ン ―婦人科外来編2011」ではメトフォルミンの投与は推奨レベル(C)
,つまり“行う
ことが考慮される”レベルとされた.つまり保険適応にはなっていないこともあり,現段
階では使用せずとも,まだ非難されることはない.勿論,後述するように,様々な臨床徴
候に有効性があり,うまく投与すれば PCOS 患者にとっては間違いなくメリットがある
薬剤と思われる.
2.PCOS の国内外の治療指針からみたインスリン抵抗性改善薬
(メトフォルミン)
の位置づけ
ESHRE"
ASRM では2007年 の“Consensus on infertility treatment”で は PCOS の
うちで耐糖能異常を合併する症例に限ってメトフォルミンを使用することになっている.
一方日本産科婦人科学会では,2008年に生殖内分泌学会の治療指針では「クロミフェン
抵抗性に対して,肥満,耐糖能異常,インスリン抵抗性のある場合にメトフォルミンを併
用」とより具体的に書かれているのでわかりやすい.共通しているのは,PCOS に対す
る排卵誘発の第一選択とはされていないので,まずはこれまで行われてきたようにクロミ
Insulin Sensitizers for the Treatment of the Polycystic Ovary Syndrome
Toshiaki ENDO, Tsuyoshi BABA, Tsuyoshi SAITO
Department of Obstetrics and Gynecology, Sapporo Medical University
Key words : PCOS・Insulin resistance・Metformin・Pioglitazone
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フェン投与から始めるのが妥当であろう.
3.メトフォルミンの2010年の Cochrane Database
Systemic Review1)から
2.に述べたことと必ずしも一致しない点もあるが,述べているのは,①排卵率と妊娠
率に関して,メトフォルミン単独とプラセボの比較,クロミフェンとクロミフェンとメト
フォルミンの併用は,いずれもメトフォルミンを使用した方が有意に高いと分析している.
②ただ,生産率は,メトフォルミン単独とプラセボ,メトフォルミンとクロミフェンの併
用とクロミフェン単独との比較では有意差はないとしている.③消化器症状は多いが,深
刻な副作用はない.結論として生産率の改善が無いことから,メトフォルミンの使用は限
定されるとしている.
4.インスリン抵抗性の診断法について
インスリン抵抗性の診断法として挙げられるものは①グルコース・クランプ法②
HOMA-IR ③75gOGTT ④グルコース"
インスリン比(G"
I)
⑤血中インスリン値などがあ
る.この中で最も信頼性があるのはグルコース・クランプ法であるが,手技が煩雑で入院
も必要とすることから,日常臨床ではほとんど行われない.日常臨床でよく使用される診
断法とし て の75gOGTT と HOMA-IR の 相 関 を み た 報 告 が あ る が,そ れ に よ る と75
gOGTT では2時間後のインスリン値との相関係数が−0.57で最も高く,HOMA-IR でも
−0.46で簡便さから HOMA-IR が汎用されている2).HOMA-IR=空腹時血糖×インスリ
ン値"
405で計算するが,インスリン抵抗性の基準は HOMA-IR>1.73,>2.0,>2.5な
どがある.どれを使用するかには確定的なものはないので,使用する医師の考え方,経験
から選んでいるのかもしれない.
なお PCOS と HOMA-IR に関して2007年の日本産科婦人科学会生殖・内分泌委員会
のアンケート調査によれば,HOMA-IR≧2.5が32.8%で HOMA-IR≦1.6が50.1%である
が,HOMA-IR≧2.5のうち21.6%が非肥満であったと興味深いデータが得られている.
5.日本で使用可能なインスリン抵抗性改善薬について
日本で投与可能なインスリン抵抗性改善薬にはビグアナイド系のメトフォルミンとチア
ゾリジン系のピオグリタゾンがある.ただ,PCOS に限って言えば,国内外において,
圧倒的にメトフォルミンの使用が多く,ピオグリタゾンの使用は一部で行われているのに
過ぎないのが現状である.これは,メトフォルミンが妊婦への投与に関して FDA のカテ
ゴリー(B)
であるのに対し,ピオグリタゾンはカテゴリー(C)
であることも起因している
と思われる.ただメトフォルミンの方は,妊娠中の継続の報告も少なくない.
メトフォルミンの薬理作用は肝臓での糖新生の抑制,末梢組織での糖利用の促進,腸管
での糖吸収の抑制が挙げられている.一方ピオグリタゾンは大型化した脂肪細胞の減少,
小型脂肪細胞の増加,脂肪酸の取り込みの増強,またアディポサイトカインの変化として
adiponectin の増加,resitin の減少,TNFα の低下作用がある.
なお作用機序としては,メトフォルミンには AMPK のリン酸化による活性化作用があ
り,ピオグリタゾンは PPARγ のアゴニストとして作用する.
副作用としては,メトフォルミンの場合消化器系の副作用が約4%の頻度でみとめられ
る.稀な重大な副作用として乳酸アシドーシスが報告されているが,年間10万人あたり3∼
4人で,1∼3g"
日の投与ではそのリスクは上昇しないという.妊娠初期投与に関するメ
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日産婦誌64巻 3 号
(表 1) PCOS に対するインスリン抵抗性改善薬投与前の留意事項
1.インスリン抵抗性の診断は,HOMA-IR あるいは 75gOGTT でインスリンの 2 時間値が実際的
2.PCOS の場合は肥満が無くてもインスリン抵抗性を合併していることが少なくないことに留意
3.インスリン抵抗性改善薬としてメトフォルミンは世界的に広く投与されている.そのほか日本で
投与可能なものにはピオグリタゾンがある
4.PCOS に対するインスリン抵抗性改善薬投与は保険適応となっていないため,副作用を含めて十
分なインフォームド・コンセントが必要
5.メトフォルミンの投与は最初の 2 週間は 500mg/日から始め,その後消化器系の副作用の有無を
みながら増量し,通常は 750mg/日まで
6.PCOS に対する排卵誘発の第一選択はクロミフェンで,効果がないときにインスリン抵抗性改善
薬を併用する
7.PCOS に対する FSH 製剤投与に際して,メトフォルミンの併用効果が期待できる
8.PCOS に対するインスリン抵抗性改善薬投与にはアンドロゲン低下作用がある程度期待できる
(特にピオグリタゾン)
9.妊娠症例に対しメトフォルミンは FDA のカテゴリー
(B)であるが,PCOS に対する流産防止効果
や GDM に対する効果は現時点ではまだ明らかになっていない
10.ピオグリタゾンの基本投与量は 7.5mg/日の連日投与で,基礎体温の高温相 2 週目で一旦投与を中
止する(FDA のカテゴリー(C)
)
タ解析の結果は,先天奇形との関連はなかった3).一方ピオグリタゾンは FDA のカテゴ
リー(C)
であり,その使用は限定される.われわれは,投与は基礎体温上高温相が2週ま
でとしており,月経が来ればそのまま継続している.副作用として比較的多いのは浮腫で
あるが,当科・関連病院ではこれまで200例以上に投与しているが,4∼5例である.副
作用には男女差があるようで,女性では男性のような重大な副作用は報告されていない.
メトフォルミンの投与法は,海外の報告とは異なり,本邦では副作用の軽減のため最初
の2週間は500mg"
日を投与し, その後750mg"
日まで増量する方法が広く行われている.
メトフォルミンの効果として,Velazquez らはインスリン抵抗性の改善,血中アンドロ
ゲンの低下,フリーアンドロゲン・インデックスの低下,体重減少,月経の回復,排卵の
回復などを初めて報告した4).
当科でのピオグリタゾンの投与方法は,7.5mg"
日を基本としている.これは通常量の
半錠であるが,糖尿病ではないためか,この量で大半の症例に有効である.ただ,体重が
80kg 以上でマーカーの下がりが悪い場合は,15mg"
日に増量した例もあるが,インスリ
ン抵抗性合併の PCOS の場合は,この量が投与量の上限と考えている.効果としては,
当科での経験では,インスリン抵抗性の改善は勿論,テストステロンの低下,アンドロス
テンジオンの低下をはじめインスリン感受性アディポサイトカインであるアディポネクチ
ンの有意な増加作用など,複合効果として排卵の回復がある.
6.メトフォルミンが効きやすいタイプは?
これは報告によって,必ずしも一定していない.ただ一例を挙げると Moghetti らの報
告では,BMI が大きい,空腹時血糖が高め,総コレステロール値が高め,血圧も高め,
月経異常の程度が軽い,アンドロステンジオンが低めの症例が効きやすいと報告してい
る5).
これまでのメタ解析では,クロミフェン+メトフォルミン併用とクロミフェン単独と比
較すると,排卵率は76.4%,26.4%6),累積妊娠率は27.4%,3.8%,生残率15.4%,1.8%
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とメトフォルミン併用が極めて有用と報告されている7).
ただ,メトフォルミン単独投与がクロミフェン単独と同等の効果もあるとする報告が散
見するが RCT ではそのような効果は認められていない8).
7.クロミフェン抵抗性に対するメトフォルミン投与についての
日本での報告
松崎らの報告9)では,メトフォルミン750mg"
日の併用では71.4%との排卵率が得られ
ている.また倉林らの報告10)では500mg"
日投与で58.6%,中村らの報告11)では500∼750
mg"
日で36.8%といずれもメトフォルミン併用の有用性を報告している.
8.HMG
(FSH)
投与症例に対するメトフォルミンの併用効果は?
メタ解析では FSH 投与日数の短縮,FSH 総投与量の減量,排卵期の血中エストラジオー
ル濃度の低下,結果として IVF の際の OHSS 発症率が低くなる.ただ排卵率,妊娠率へ
の効果は不明としている12).また同じくメタ解析で,ゴナドトロピン単独よりも,メトフォ
ルミンを併用した方が妊娠率が上昇し,OHSS の発症率が低下する.ただ生産率には変
化がなかったという報告もある13).
9.流産防止目的でのメトフォルミンの効果は?
後方視的研究では,流産率が73%から10%に劇的に低下したとする Glueck らの報告14)
がある.ただ17の RCT 研究のメタ解析ではクロミフェン+メトフォルミンに流産予防効
果はないという否定的報告がある15).
10.GDM に対するメトフォルミンの効果は?
大規模 RCT:Metformin in Gestational Diabetes Trial
(MiG)
では,新生児合併症,
母体血糖,母体高血圧,産褥耐糖能において,メトフォルミンとインスリン治療に効果の
差はないが,メトフォルミンの方が母体の受け入れは良好であった.ただ,メトフォルミ
ン投与例の半数はインスリンの追加投与を要し,早産率もメトフォルミンが12.1%でイ
ンスリン投与例で7.6%16)であった.
11.ピオグリタゾン投与とメトフォルミン投与の比較
最新のメタ解析では,PCOS にチアゾリジン誘導体(チアゾリネジオン,ロシグリタゾ
ン,ピオグリタゾン)
を投与すると遊離テストステロン,DHEA が有意に低下した.ただ
排卵率,アンドロステンジオン,LH,FSH,に関してはメトフォルミンの効果に明らか
な差はなかった17).
以上のようにインスリン抵抗性改善薬は,PCOS の排卵障害に対して有用であること
は間違いない.ただ,メトフォルミンもピオグリタゾンも PCOS そのものに対しては保
険適応になっていないため,IRB を通すことや投与に当たっては十分な説明と同意が必
要である.
メトフォルミンは世界的にも広く使用され,安全性も問題ないと思われ,その特徴を考
慮して使用すれば PCOS にとっては極めて有用な治療薬である.
一方ピオグリタゾンはまだデータの蓄積が少ないが,今後臨床研究が進めば,メトフォ
ルミンとは違った有用な治療薬となる可能性が期待される.
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