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ADHD症状を持つ子どもの心理特性に関する研究

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ADHD症状を持つ子どもの心理特性に関する研究
ADHD症状を持つ子どもの心理特性に関する研究
―自尊心と原因帰属との関係から―
戸田 恵
(1998)によるADHD患者の自己尊重につい
1. 問題と目的
ての研究結果では、ADHD患者に自尊心の
注意欠陥/多動性障害(Attention-Deficit/
低 下 は 見 ら れ な か っ た。 ま た、Hoza,
Hyperactivity Disorder:以下ADHDとする)
Pelham, Milich, Pillow &McBride(1993)は、
症状を持つ子どもの心理面における大きな特
自己評価を測る尺度において、ADHD症状
徴の1つとして、自尊心の低下が挙げられる
を持つ児童はADHD症状を持たない児童と
(Selikowitz,1995)。ADHDの主な症状は、
比べ、行動についての下位尺度では得点が低
注意の散漫、多動性、衝動性であるが、それ
かったものの、学業能力、社会受容、運動能
らによる悪意なき行動が周囲の無理解から反
力、身体的容貌及び全体的自己価値について
社会的な行動と受け取られることが多く、そ
は、必ずしも自己評価が低いとはいえないと
のため、注意や叱責を受けることが多くなり、
いう結果を得ている。このようにADHD症状
また他の子どもに嫌われ、その積み重ねによ
を持つ子どもについて、一般に自尊心が低下
りADHD症状を持つ子どもの自尊心が低下
していることが指摘されるのに対し、ADHD
することが少なくないといわれている(桜井,
症状を持つ子どもの自尊心に関してこれまで
2003)
。
になされた日米の研究では、特に自尊心の低
さらに、ADHD症状を持つ子どもの自尊
下を示すような結果は得られていない。
心の低下には脳の機構の一部が関係している
ま た、Hoza et als.(1993) は、ADHD症
とも考えられている。脳の前頭部の辺縁系に
状を持つ子どもには特有の原因帰属の仕方が
は自己評価をする機構があり、ADHD症状
あ る と い う 結 果 を 示 し て い る。 つ ま り、
を持つ子どもにおいてはその機構が未熟であ
ADHD症状を持つ子どもはその症状を持た
るとされる。自己評価機構が未熟なために、
ない子どもと比べて、成功については自分自
物事がうまくいかないと、非難する対象をみ
身に原因を帰属させ、失敗に関しては外的な
つけて責任をなすりつけたり、自分を厳しく
ものに帰属させる傾向が強いのである。そし
評価したりする。逆に、うまく成し遂げた場
てこのようなADHD症状を持つ子どもに特
合は自分自身の能力のおかげであるとは考え
有の原因帰属様式が、彼らの自尊心が特に低
ない。このようなことの連続で、適切な自己
下していないことに影響しているのではない
評価ができず、自尊心の低下が起こると考え
かとしている。このようなADHD症状を持
られている(Selikowitz, 1995)。
つ子どもにおける自尊心と原因帰属の関係に
このようにADHD症状を持つ子どもに関
しては、一般に彼らの自尊心が低下する傾向
ついて調べた研究は、これまで日本では見ら
れない。
が 指 摘 さ れ て い る が、 増 田・ 福 原・ 望 月
そこで本研究では、ADHD症状を持つ子
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どもの自尊心と、原因帰属様式について調査
問項目は、子どもの衝動性に関する行動特徴
を行い、彼らの心理特性について考察するこ
を尋ねた16項目から成り、各項目とも4件法
とを目的とする。具体的には、ADHD症状
(全くなし、少しある、かなりある、非常に
を持つ子どもの自尊心はその症状を持たない
ある)で評定するものである。この質問紙は、
子どもと比較して低下しているのか、また
ADHD症状を持つ子どもの衝動性を評価す
ADHD症状を持つ子どもと持たない子ども
るものであるが、各因子における衝動性得点
では原因帰属の仕方が異なるのかについて検
のパターンによりADHDのサブタイプが推
討し、さらに原因帰属の仕方によって自尊心
測できるという特徴から、本研究ではADHD
の高さに影響があるのかについても検討を行
のサブタイプに分類するために用いた。
うことによって、ADHD症状を持つ子ども
の心理特性を明らかにしていきたい。
②子ども用質問紙
自尊心を測定するために、井上(1984)の
自尊心尺度を使用した。項目は肯定的項目23
2.方法
項目および否定的項目18項目から成る41項目
(1)
調査対象および調査時期
であり、各項目とも3件法(はい、いいえ、
ADHD群として、関西地区にあるADHD
わからない)で評定するものである。また、
親の会に所属する保護者の子どものうち、小
原因帰属様式を測定するために、樋口・鎌
学4年生から中学3年生の児童および生徒、
原・大塚(1983)の原因帰属質問紙を使用し
さらにその保護者を対象とした。2004年10月
た。質問項目は、学業達成領域における事態
から12月にかけて、郵送によって調査用紙を
(原因帰属事態)と、それを引き起こすと考
配布および回収をした。回答不備を除いた有
えられる原因(帰属因)から成り、そのよう
効データ数は、男子24名、女子6名の合計30
な原因帰属事態が起こったと仮定した時に、
名 で あ っ た。 年 齢 は9−15歳、 平 均 年 齢 は
その帰属因がどの程度自分にあてはまるかを
11.33歳であった。
尋ねる50項目で、5件法(そう思う、ややそ
対照群としては、関西地区にある公立A小
学校の5年生1クラスの児童、公立B小学校
う思う、どちらでもない、ややそう思わない、
そう思わない)で評定するものである。
の4年生から6年生までの各学年1クラスの
児童、および公立C中学校の1年生から3年
3.結果と考察
生までの各学年1クラスの生徒を対象にした。
2004年10月から12月にかけて、クラス担任を
通じて調査用紙を配布し、回収を行った。回
(1)ADHD群と対照群における自尊心の差
①自尊心総得点に関する差の検定 答不備を除いた有効データ数は、男子95名、
自尊心尺度について、項目ごとに自尊心レ
女子122名の合計217名であった。年齢は9−
ベルの高い順に3−1点を与えて得点化を行
15歳、平均年齢は12.03歳であった。
った。得点が高いほど自尊心が高いことを意
味する。
(2)手続き 自尊心総得点における対照群の性差を確か
①保護者用質問紙
めるために、男女別に自尊心総得点の平均値
ADHDのサブタイプの分類を行うために、
とSDを求め、t 検定を行った(表1)
。その
荒 牧・ 宇 野(2004) のADHD症 状 を 持 つ 子
結果、男女の平均の差は有意でなかった。し
どもの親用衝動性評価質問紙を使用した。質
たがって、特に男女を分けずに分析を進める
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表1 対照群における自尊心尺度得点の平均値(SD)と性差
表2 自尊心総得点の平均値(SD)と各群の差
ことにした。
先行研究と相違した結果が得られた点につい
次に、自尊心総得点におけるADHD群と
ては、日米の文化差の影響やADHDのサブ
対照群の差を確かめるために、各群の自尊心
タイプに関する違いについても考慮する必要
総得点の平均値とSDを求め、t検定を行った
があると指摘できる。
(表2)。その結果、ADHD群と対照群の平
均の差は有意であった(両側検定:t(245)
②自尊心尺度の因子構造の検討 =2.588, p<.05)。したがって、この結果は、
さらに、自尊心尺度の因子構造を見るため
ADHD症状を持つ子どもの自尊心はADHD
に、対照群217名について、各項目の得点を
症状を持たない子どもの自尊心より低いとい
もとに主成分法、Varimax回転の因子分析を
うことを示している。
行った。固有値の減衰状況と解釈可能性から、
一般にADHD症状を持つ子どもについて
6因子解を採択した。各因子の解釈にあたっ
は、彼らの自尊心の低下がよく指摘されるが、
ては、原則として因子負荷量の絶対値が.40
先述のようにADHD症状を持つ子どもの自
以上の項目を採用した。
因子分析の結果は、付表1に示した。なお、
尊心に関する先行研究においては、自尊心の
低下は見られないという結果が得られていた。
この6因子で全分散の39.56%を説明する。
しかし、本研究の結果は、一般に経験的に言
第1因子は、[5. いろんなことを自分できめ
われている見解を支持し、ADHD症状を持
て、きめたことをがんばりきれる]など、自
つ子どもの自尊心はADHD症状を持たない
分のやるべきことをやり遂げようとすること
子どものそれと比較して低いということが示
を表す項目から構成されているため、
[F1.
されたことになる。このようなこれまでの先
目標達成意欲](7項目)と命名した。第2
行研究の結果とは異なる結果が得られたこと
因子は、
[24. 自分なんてたいしたことないと
から、今後、ADHD症状を持つ子どもの自
思う(逆転項目)]など、自分自身に対する
尊心に低下が見られるかどうかという問題に
肯定的な評価を表す項目から構成されている
ついて、さらに研究を積み重ねることが必要
ため、
[F2. 自己肯定感]
(7項目)と命名した。
であるといえる。特に、本研究においては、
第3因子は、
[22. きらいな人がすばらしいこ
研究対象者の数が十分とは言えないため、今
とをしてもすなおに喜べる]など、さまざま
後もデータを積み重ねて検討を進める必要が
な対人関係の中で起こる出来事にかかわらず、
ある。その他にも、本研究の結果において、
自己が安定していることを表す項目から構成
ADHD症状を持つ子どもの自尊心に関する
されているため、[F3. 対人関係における安
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表3 自尊心尺度における各下位尺度の内的一貫性( n = 217 )
表4 自尊心尺度における各下位尺度の平均値(SD)と各群の差
定性]
(8項目)と命名した。第4因子は、
ごとにCronbachのα係数を求めた(表3)
。
[36. どんな不幸にであってもくじけないと
その結果、[障害との対峙][家族関係におけ
思う]など、困難な状況へ立ち向かうことを
る安定性][現在の自分に対する自信]にお
表す項目から構成されているため、[F4. 障
いては、高いとはいえないα係数が得られた
害への対峙](6項目)と命名した。第5因
が、これは項目数が少ないことも一因と考え
子は、
[25. おとうさんやおかあさんは私の気
られる。
持ちを考えてくれる]など、家庭や家族との
関係の中で、自己が安定していることを表す
③自尊心下位尺度に関する差の検定 項目から構成されているため、[F5. 家族関
自尊心の下位尺度得点におけるADHD群
係における安定性](4項目)と命名した。
と対照群の差を確かめるために、群ごとに各
第6因子は、[8. 友だちが自分のことをどん
下位尺度得点の平均値とSDを求め、t検定を
なふうにうわさしているか気にかかる(逆転
行った(表4)。その結果、ADHD群と対照
項目)
]など、現在の自分自身に自信があり、
群の平均の差は、[目標達成意欲]得点(両
他人からの評価を気にしないことを表す項目
側検定:t(245)=3.298, p<.01)、
[対人関係
から構成されているため、[F6. 現在の自分
における安定性]得点(両側検定:t(245)
に対する自信](4項目)と命名した。
=2.647, p<.01)および[家族関係における安
また、各因子をその項目数をもつ下位尺度
定 性 ] 得 点( 両 側 検 定:t(245)=2.444,
とみなして得点化を行った。次に、各下位尺
p<.05)において、有意であった。したがっ
度の内的一貫性を検討するために、下位尺度
てこの結果から、ADHD症状を持つ子ども
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はADHD症状を持たない子どもに比べて目
達成領域における成功事態の原因を自分自身
標達成意欲が低く、友人を中心としたさまざ
が努力したことに帰属させることを表す
まな対人関係の中で、また家庭や家族との関
[F1. 正−努力]、失敗事態の原因を自分が努
係の中での自己の安定性が低いということが
力しなかったことに帰属させることを表す
示されたことになる。また、その他の自尊心
[F2. 負−努力]、成功事態の原因を自分の能
力があることに帰属させることを表す[F3.
の側面では、特に差は認められなかった。
ADHD群は、対照群と比較して[目標達
正−能力]、失敗事態の原因を自分の能力の
成意欲]において、有意に低かった。つまり、
なさに帰属させることを表す[F4. 負−能力]
、
ADHD症状を持つ子どもは、自分のやるべ
成功事態の原因を自分の体調や気分がよかっ
きことをやり遂げようとする意欲が低いとい
たことに帰属させることを表す[F5. 正−体
うことになるが、これには彼らが本質的に持
調]、失敗事態の原因を自分の体調や気分が
っている注意集中の困難さが影響している面
悪かったことに帰属させることを表す[F6.
があるのではないかと考えられる。つまり、
負−体調]、成功および失敗事態を課題の難
ADHD症状を持つ子どもは、自分の興味あ
易度に帰属させることを表す[F7. 課題]
、
るものへの集中力は持続するが、それ以外の
成功および失敗事態を運の良し悪しに帰属さ
ものへの注意集中を持続することが難しい。
せることを表す[F8. 運]の8因子から成る。
またそのことが原因で、実際に何かをやり遂
この8因子について、項目ごとに[そう思
げた経験が得にくく、やり遂げることへの自
う]と回答した方向から5−1点を与えて得
信が低下し、さらに何かを達成しようとする
点化を行った。次に、各下位尺度の内的一貫
意欲の低下につながるといった悪循環が、こ
性 を 検 討 す る た め に、 下 位 尺 度 ご と に
のような結果の1つの要因として想定される。
Cronbachのα係数を求めた(表5)
。その結
[対人関係における安定性]得点および[家
果、いずれの下位尺度も十分な内的一貫性を
族関係における安定性]得点で、ADHD群
有していることが示された。
が有意に低いという結果は、友達を中心とし
たさまざまな対人関係の中で、また家庭や家
②原因帰属下位尺度に関する差の検定 族との関係の中で、彼らが葛藤を持っている
それぞれの下位尺度得点におけるADHD
ことを示していると考えられる。これは、
群と対照群の差を確かめるために、群ごとに
ADHDの症状から起こるさまざまな行動に
各下位尺度の平均値とSDを求め、t検定を行
より、彼らが注意や叱責を受けることが多い
った(表6)。その結果、いずれの下位尺度
こと、また他の子どもに嫌われがちになるこ
においても、ADHD群と対照群の平均の差
となどにより、彼らが持つようになる自己評
は有意でなかった。したがって、学業達成領
価の低さや対人的な不安といったものを反映
域における成功事態および失敗事態の原因帰
していることが推測される。
属の仕方には、ADHD症状を持つ子どもと
ADHD症状を持たない子どもにおいて、特
(2)ADHD群と対照群における原因帰属様
に違いはないことになる。本研究の第2の目
式の差
的であった、ADHD症状を持つ子どもの原
①原因帰属尺度の下位因子について 因帰属様式の特徴を明らかにすることについ
本研究で用いた樋口他(1983)の原因帰属
ては、学業達成領域における成功事態および
尺度は、8つの因子から構成されている。項
失敗事態の原因帰属の仕方には、ADHD症
目と因子については、付表2に示した。学業
状を持つ子どもとその症状を持たない子ども
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表5 原因帰属尺度における各下位尺度の内的一貫性( n = 217 )
表6 原因帰属様式の平均値(SD)と各群の差
に特に違いはないということが示唆されたこ
うち個人的特性とは、個人の性格特性に限っ
とになる。
たものであり、これに対応する帰属因は、本
Hoza et al.(1993)においては、ADHD症
研究で用いた尺度には含まれていない。そこ
状を持つ子どもはADHD症状を持たない子
で、その他の帰属因について見てみると、成
どもと比較して、肯定的な結果の原因を自分
功事態に関する帰属において、本研究の結果
自身の個人的特性に帰属させるという結果が
は、ADHD症状を持つ子どもとADHD症状
見られた。また、否定的な結果の原因につい
を持たない子どもに差がないというHoza et
ては、ADHD症状を持つ子どもはその症状
als.(1993)の結果と一致する。失敗事態に
を持たない子どもより、自分自身の能力や個
関する帰属においては、本研究の結果は、
人的特性、および気分に帰属させる傾向が低
ADHD症状を持つ子どもがADHD症状を持
いという結果が見られた。その他の帰属因に
たない子どもより、自身の能力や気分に帰属
ついては、ADHD症状を持つ子どもとその
させる傾向が低いというHoza et al.(1993)
症状を持たない子どもの間に有意な差は認め
の結果と異なるものであった。
られないという結果が報告されている。ここ
しかし、このような結果の違いには、質問
で、Hoza et als.(1993)における帰属因の
紙で扱っている場面の領域の相違が影響して
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表7 ADHD群における自尊心と原因帰属の相関係数( n = 30 )
表8 対照群における自尊心と原因帰属の相関係数( n = 217 )
い る こ と も 考 え ら れ る。 例 え ば、Hoza et
[自尊心]得点と[正−体調]得点の相関係
als.(1993)においては、対人関係領域にお
数は−.491であり、有意であった(F(1,28)
ける原因帰属様式について尋ねている。一方、
=8.895, p<.01)。説明率は24.1%であり、両得
本研究においては、学業達成領域についての
点の間には中程度の相関があるといえる。
原因帰属様式を尋ねている。このような場面
[自尊心]得点と[運]得点の相関係数は
の違いによって、原因帰属様式に関する結果
−.410 で あ り、 有 意 で あ っ た(F(1,28)
が違うといったことも考えられよう。ADHD
=5.658, p<.05)。説明率は16.8%であり、両得
症状を持つ子どもの心理特性をより深く理解
点の間には中程度の相関があるといえる。
するために、質問内容を工夫して、さまざま
このことから、ADHD症状を持つ子ども
な領域における原因帰属様式をさらに検討し
では、自尊心が低いほど、学業達成領域にお
て い く こ と が 必 要 で あ る と 考 え ら れ る。
ける成功事態の原因を体調がよかったことや
ADHDの症状を持つ子どもの原因帰属様式
運のよさに帰属させる傾向があり、失敗事態
に、何らかの特有の傾向があるのかという点
の原因を自身の能力のなさや運の悪さに帰属
については、今後、男女差やサブタイプ間の
させる傾向があるといえる。このように、
差という点も考慮しながら、検討を進める必
ADHD症状を持つ子どもにおいては、自尊
要がある。
心が低いほど、学業達成領域における成功事
態も失敗事態も、自分には統制不可能なもの、
(3)自尊心と原因帰属の相関
つまり自分にはどうしようもないものと捉え
ADHD群および対照群における自尊心の
る傾向があることが示唆された。
高さと原因帰属様式にどのような関連がある
一方、対照群においては、[自尊心]得点
のかを明らかにするために、Pearsonの相関
と[正−努力]得点における相関係数は.272
係数を求めた(表7、表8)。
であり、有意であった(F(1,215)=17.178,
その結果、ADHD群においては、
[自尊心]
p<.01)。説明率は7.4%であり、両得点の間
得点と[負−能力]得点における相関係数は
には弱い相関があるといえる。また、
[自尊
−.403で あ り、 有 意 で あ っ た(F(1, 28)
心]得点と[負−能力]得点の相関係数は
=5.429, p<.05)。説明率は16.2%であり、両得
−.410で あ り、 有 意 で あ っ た(F(1,215)
点の間には中程度の相関があるといえる。
=43.448, p<.01)。説明率は16.81%であり、両
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得点の間には中程度の相関があるといえる。
さと原因帰属様式の全体的な相関関係に大き
[自尊心]得点と[課題]得点における相関
な相違はなかった。ただし、対照群において
係 数 は −.357で あ り、 有 意 で あ っ た(F
は、自尊心の高さと成功事態の体調や気分の
(1,215)=31.407, p<.01)。説明率は12.74%で
よさへの帰属にほとんど相関がなかったのに
あり、両得点の間には弱い相関があるといえ
対し、ADHD群においては、有意な負の相
る。さらに、[自尊心]得点と[運]得点に
関が見られた。つまり、ADHD症状を持つ
おける相関係数は−.225であり、有意であっ
子どもにおいては、自尊心が低いほど、成功
た(F(1,215)=11.464, p<.01)。 説 明 率 は
という結果の原因を自身の体調や気分がよか
5.06%であり、両得点の間には弱い相関があ
ったからと考える傾向があるということが示
るといえる。
された。
このことから、ADHD症状を持たない子
成功事態を、体調や気分という、不安定で
どもでは、自尊心が高い者ほど、成功事態を
統制不可能なものに帰属させるということは、
自身の努力の結果だと捉える傾向があるとい
たとえ成功という結果を得ても、そのような
える。また、自尊心が低いほど、成功事態の
帰属の仕方のために自信につながりにくく、
原因を課題の易しさや運のよさに帰属させ、
自尊心の低下につながりやすいということが
失敗事態の原因を自身の能力のなさや課題の
推測される。このことが、ADHD症状を持
難しさ、および運の悪さに帰属させる傾向が
つ子どもがADHD症状を持たない子どもと
あるといえる。つまり、ADHD症状を持た
比較して、自尊心が低下していることの要因
ない子どもでは、自尊心が高い人ほど、学業
の1つとして考えられるのではないだろうか。
達成領域における成功事態を自分次第でなん
また、ADHD群においても対照群におい
とかできる統制可能なものと捉え、失敗事態
ても、自尊心の高さと成功事態の能力への帰
は自分にはどうにもならないものとして捉え
属 に は、 ほ と ん ど 相 関 が 見 ら れ な か っ た
る傾向があるということがいえることになる。 (ADHD群;r=−.045, 対 照 群;r=−.001)
。
本研究の第3の目的であった、自尊心と原
一般に自尊心が高い人ほど、成功を自身の能
因帰属の関連について明らかにすることにつ
力に帰属させる傾向がある(鹿内, 1978)と
いては、ADHD症状を持つ子どもにおいて、
考えられるが、自尊心の高さと成功事態の自
自尊心が低い人ほど、学業達成領域における
身の能力への帰属に相関が見られないという
成功事態の原因を体調や気分がよかったこと
本研究の結果は、このような見解とは相違す
および運のよさに帰属させ、一方、失敗事態
る結果を示したことになる。
の原因は、自身の能力のなさや運の悪さに帰
属させる傾向があるということが示唆された
4.総合的考察
ことになる。ADHD症状を持たない子ども
については、自尊心が高い人ほど、成功事態
本研究では、ADHD症状を持つ子どもの
を自身の努力の結果だと捉える傾向が高いこ
心理特性について考察することを目的に、自
とが見いだされた。また、自尊心が低い人ほ
尊心と原因帰属様式、ADHDのサブタイプ
ど、成功事態を課題の易しさや運のよさに帰
について調査を行った。
属させ、失敗事態の原因を自身の能力のなさ
その結果、ADHD症状を持つ子どもの全
や課題の難しさ、および運の悪さに帰属させ
体的な自尊心はADHD症状を持たない子ど
る傾向があることが示唆されたことになる。
もに比べ、低いことが示された。さらに自尊
ADHD群と対照群において、自尊心の高
心尺度の下位尺度についての検討からは、
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ADHD症状を持つ子どもは、自分のやるべ
れた。つまり、ADHD症状を持たない子ど
きことをやり遂げようとする目標達成意欲や、
もにおいては、自尊心の高さと成功事態の体
友人を中心としたさまざまな対人関係の中、
調や気分のよさへの帰属との間にはほとんど
および家庭や家族との関係の中での自己の安
相関がなかったのに対し、ADHD症状を持
定性において、対照群の児童と比較して、低
つ子どもにおいては、自尊心が低い人ほど、
いことが明らかになった。一方、自己肯定感、
成功という結果の原因を自身の体調や気分が
障害との対峙、現在の自分に対する自信につ
よかったからと考える傾向があるということ
いては、ADHD症状を持つ子どもとADHD
が示された。この成功事態を体調や気分へ帰
症状を持たない子どもには、明らかな差は見
属させるという傾向は、ADHD症状を持つ
られなかった。したがって、本研究によって、
子どもの自尊心が低下していることの要因の
実証的に自尊心の低下が認められ、さらに、
1つとして考えられるであろう。
自尊心の中でも特に低下している側面と低下
本研究の結果からは、ADHD症状を持つ
していない側面があることが示唆された。特
子どもに自尊心の低下が見られることが示唆
に低下している側面には、ADHD症状を持
された。したがって、今後のADHD症状を
つ子どもが本質的に持っている症状の影響が
持つ子どもへの支援には、低下した自尊心を
あるのではないかと考えられる。つまり、注
高めるという視点がより一層必要となるであ
意集中の困難さや、多動・衝動性による対人
ろう。特に、何かを達成しようという意欲や、
関係面における葛藤が、自尊心の低下に影響
友人や家族を中心とした対人関係における自
していることが推測される。
己安定性に関する自尊心に働きかける必要が
学業達成領域における原因帰属様式につい
あることが示唆された。また、ADHD症状
ては、いずれの帰属因についても、ADHD
を持つ子どもにおいて、自尊心と原因帰属様
症状を持つ子どもとADHD症状を持たない
式に相関が見られたことから、今後、低下し
子どもとの間に違いは見られなかった。Hoza
た自尊心を高めるため、あるいは自尊心を低
et als.(1993)は、対人関係領域における原
下させないための支援の1つとして、原因帰
因帰属様式について検討しており、ADHD
属様式を考慮に入れたかかわりを検討する必
症状を持つ子どもとその症状を持たない子ど
要性があると考えられる。
ところで、ADHDは行動特徴から、3つ
もとの間に相違があるという結果を得ている。
児童・生徒を取り巻く環境は、主に学業領域
のサブタイプ(ADD-C、ADD-I、ADD-H)
と友人を中心とした対人関係領域であると考
に分類されるが、これまでのADHD児の自
えられるため、本研究によってその1つの領
尊心に関する研究では、これらのサブタイプ
域の原因帰属様式について、検討することが
との関連についてはほとんど触れられていな
できた。本研究の結果は、先行研究の結果と
い。本研究においては、荒牧・宇野(2004)
は異なるものであったが、その相違が領域の
の衝動性評価尺度を用いてサブタイプの分類
違いによるものなのか、さらに検討が必要と
を試みたが、各サブタイプの人数が少ないた
なるであろう。
め、サブタイプによる自尊心や原因帰属様式
最 後 に、ADHD症 状 を 持 つ 子 ど も と
の相違を明らかにするための分析は行わなか
ADHD症状を持たない子どもにおける自尊
った。ADHD症状を持つ子どもの心理特性
心の高さと原因帰属様式の相関関係を検討し
をより理解していくために、サブタイプによ
たところ、大きな違いは認められなかったが、
る違いの検討をしていくことが今後の課題で
成功事態の体調への帰属に関して相違が見ら
ある。また、本研究においては各群のデータ
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の収集方法に違いがあった。より正確に比較
していくために、調査方法の検討も今後の課
題として挙げられる。
文献
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付記
本研究に際し,ご指導を賜りました追手門
学院大学人間学部心理学科辻潔先生に心より
お礼申し上げます。
また、調査にご協力いただきました皆様に
深く感謝いたします。
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付表1 自尊心尺度の項目と因子分析結果( n = 217 )
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付表2 原因帰属尺度の因子と項目(樋口他,1983)
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