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貸株取引(株券貸借取引)の課税問題について -その
貸株取引(株券貸借取引)の課税問題について -その契約等の形態と課税要件からの検討を中心に-
貸株取引(株券貸借取引)の課税問題について
-その契約等の形態と課税要件からの検討を中心に-
Consideration of Taxation on Stock Lending
笠原 一郎*
要約
株式市場の本来的な目的は、株式の取引における流動性を提供することにより、公正な価格
形成を図ることにある。株券を貸借する取引(貸株取引)も、この流動性の供給を補完する手
段の一つとなっている。しかしながら、本邦の貸株取引の取引規模は欧米等に比して、相当に
小さい。本邦においてこの取引が広まらない要因として考えられるのは、法令等のインフラス
トラクチャーの未整備、特に、貸株取引にかかる課税関係について、確立された見解がないこ
ともまた事実である。すなわち、課税の法的安定性と予測可能性の欠如が、この貸株取引拡大
の阻害要因の一つとしての挙げられるものではないかと思われる。
本研究では、まず貸株取引の法的構成・法形式を分析し、この取引にかかる課税の実務と行
政通達等で示されている税務の視点から課税関係を検討する。さらに、貸株取引の取引対象た
る「株券」
「株主」について会社法の側面から、その法的性質を検討する。こうした検討をと
おして、貸株取引の課税主体(貸し手と借り手)、すなわち、税法上の帰属に関する整理を行
う。その上で、貸借対象たる株券の支配の所在という経済的な実質を考察することによって、
実質的・最終的なリスク移転と究極的なコントロール権の所在、経済的な支配をもつものを課
税主体とするべきとの考え方を検証を行ってみる。こうした検証から貸株取引における帰属・
主体の実態を租税法の考え方から咀嚼することで、実務における蓋然性の高い課税処理、安定
的な実務に資することを可能としたいと考えた。
さらに、貸株取引の課税関係について、先行的な事例研究また判例等の積み重ねがあり、か
つ、この取引にかかる税法面での整備も進んでいる米国の状況を研究することで、実質的リス
クの所在という側面からみた課税主体・帰属の確定という考え方を補完することが出来るので
はないかと考える。
本稿 ** では、以上の考察を通して、貸株取引における課税処理の法的安定性と予測可能性
を向上させることで、本邦における貸株取引の実務を安定させ、取引の活性化と拡大に少しで
も寄与することができればと考えている。
【目次】
Ⅰ.はじめに
Ⅱ.貸株取引の概要と問題の所在
1.日本の貸株市場と貸株取引の概要
2.米国等の貸株取引の沿革と法的構成
3.貸株取引の法的構成と課税問題の所在
*金融機関執行役員、2012 年青山学院大学修士(ビジネスロー)
。
**本稿は修士論文(2012 年 3 月)を圧縮したうえで、加筆・修正し取りまとめたものである。
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Ⅲ.貸株取引等にかかる課税関係の考察
1.貸株取引の契約形態について
2.貸株取引における配当等権利にかかる課税取扱い
3.実質所得者課税の原則と貸株取引にかかる所得帰属
Ⅳ.米国における株式関係の課税と貸株取引にかかる課税問題について
1.米国における株式等の課税取扱い
2.米国連邦最高裁 Provost 判決
3.米国における貸株取引の課税(内国歳入法 1058 条の整備)
4.貸株取引課税にかかる最近の裁判
Ⅴ.まとめ -結びに代えて-
Ⅰ.はじめに
我が国における株券 1)の貸借取引は、有価証券の貸借契約の形式よる金融取引の一種で
あると言われ、一般的には、民法 587 条を根拠とする消費貸借の契約形態をとる「貸株取
引」2)と呼ばれている。この有価証券の消費貸借契約は、現代社会において重要な消費貸
借契約である金銭の利息付き消費貸借契約と並び、実務的には重要な存在の契約 3)とされ
ている。日本においては、これとは別に、同様の経済効果を持つ「信用取引」と呼ばれる
金融商品取引法等により定められたルール 4)に従って行われる取引がある。
このような株券を貸し借りする取引、特に個別銘柄の株券を指定して貸借する取引は、
市場に流動性 5)を供給し、株券の流通市場 6)の本質的な目的である有価証券の公正な価格
1)
「社債、株式等の振替に関する法律」の一部施行(いわゆる「株券電子化」の実施 2009 年 1 月)
により、株式の有価証券としての有効性を表彰する券面である「株券」は不発行化している。ここで
貸株取引の対象である上場企業が券面に券面発行していた “ 株券 ” そのものの効力は失われてはいるが、
本稿では、特に支障がない限り、一般に通用している「株券」の呼称により表記することとする。
2) 本稿では、株券を対象とする有価証券の貸借契約による取引、買戻し条件付売買契約による取引を
包括して「貸株取引」ということとする。
3) 道垣内弘人『ゼミナール 民法入門』(第 4 版、日本経済新聞社、2009 年)157 頁。
4)
金融商品取引法第 156 条の 24 により定義されるが、取引の形式は同法第 161 条の 2 により、実務上
は証券取引所規程、証券金融会社規程等により制度的にルール化されている。
5) 「市場流動性とは、金融資産の取引が容易であるかどうかの度合いを表すものであり、『流動性が高
い』とは、金融資産が大きな価格変動を伴うことなく、短時間に低コストで大量の取引ができること
を意味する。
」
(王京穂「債券の市場流動性の把握と金融機関のリスク管理への応用」日本銀行ワーキ
ングペーパー(2011 年)1 頁。
6) 「金融商品取引所にその株券が上場されている株式会社のことを一般に「上場会社」という(金融商
品取引法第 24 条 1 項 1 号参照)。上場会社の発行する株券は、金商法における有価証券の一つにすぎ
ない(同法 2 条 1 項 9 号・17 号)ともいえるが、上場会社は経済社会において重要な役割を果たして
いる。」(松尾直彦『金融商品取引法』(有斐閣、2011)9 頁)
。
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貸株取引(株券貸借取引)の課税問題について -その契約等の形態と課税要件からの検討を中心に-
の形成の実現 7)をするための手段の一つと言われている。日本では株券を貸し借りする取
引は、信用取引を中心に行われていたが、国際化の影響など急速に変化する株式市場、金
融市場に適応しつつ、個人取引が中心である信用取引とは別に、いわゆるプロの投資者間
の取引である貸株取引が徐々ではあるが広まっており、その取引の実態は年々変遷してき
ている。一方において、その取引規模は欧米等に比較して小さい。その要因の一つとして、
貸株取引にかかる課税の取扱いに関する見解が確立されていないこと、すなわち、侵害規
範たる税法には不可欠な課税関係の法的安定性と予測可能性の欠如があるのではないかと
思われる。
日本において貸株取引は、消費貸借契約とされ、個別取引の条件は各契約の条項に基づ
き課税の取扱いがなされている。この取引では、議決権の存在に表象される株券の持つ特
殊性、すなわち株券にかかる受取配当金の取り扱い(二重課税の調整)やコーポレート・
アクション(株式分割等)の処理、株券特有の問題が存在する。この問題にかかる課税処
理については行政解釈通達等でも示されていない。なお、貸株取引市場の参加者が主とし
て証券業者、法人投資家等の法人であることから、本稿では、法人税法における課税関係
のアプローチから検討することとしたい。
こうした貸株取引を取り巻く課税問題の存在の根底にあるものは、この取引において誰
が真実の株券の帰属者となるのか、すなわち「オーナーシップ」の識別が「いかにあるべ
きか」との問題があり、「課税に係る明確な取り決めが構築されていない」との指摘もな
されている。この課税に関する問題は日本のみならず、米国においても「貸株取引」にか
かる課税の諸問題における最初の連邦最高裁判決(1926 年)8)以降も、その帰属の在り方
を中心に議論が続いていたが、2005 年にはこの問題に係る内国歳入法による法整備が図
られ、その取扱いは明瞭となったとはされている。
本稿では、侵害規範とされる租税法 9)の基本原則の一つである租税法律主義の、その中
心概念たる予測可能性と法的安定性の観点から、貸株取引の法形式と実務の取り扱いを認
識したうえで、この取引の課税取扱いを明瞭化するため、課税関係をどのように整理して
いけばよいのかという問題意識をもって、貸株取引を取り巻く内外の議論を踏まえ、その
法構成と課税関係のあり方を考察することとしたい。
7)
金融商品取引法第 1 条(法律の目的)は「…有価証券の発行及び金融商品等の取引等を公正にし、
有価証券の流通を円滑にするほか、…金融商品等の公正な価格形成等を図り、もって国民経済の健全
な発展及び投資者の保護に資することを目的とする。
」としている。
8) Provost v.United States, 269 U.S.443 (1926)。
9) 金子宏『租税法』(第 16 版、弘文堂、2011 年)108 頁参照。
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Ⅱ.貸株取引の概要と問題の所在
1.日本の貸株市場と貸株取引の概要
(1)貸株市場の沿革
日本における貸株は、第 2 次大戦後の株式市場の再開後の 1951 年に、米国のマージン
取引(証拠金取引)に範を取って導入された信用取引の制度 10)により供給されるもので
あった。その後も、高度経済成長期を通じて、上場企業の多くは株式の相互持合いがなさ
れており、貸株に出回る株数は少なく、貸株のほとんどは、この信用取引の制度における
「信用売り」から供給されるもの 11)であった。
こうした日本における貸株取引については、この「信用取引」制度の枠組みに納まらな
い貸株ニーズに対応するため、1997 年 6 月、証券取引審議会 12)は『証券市場の総合的改革
-豊かで多様な 21 世紀の実現のために-』を公表し、このなかで株式市場の整備の一環
として「貸株市場の整備」を提言した。この提言を受けて日本証券業協会は、貸株取引の
実務的な取扱いルール 13) として「株券等の貸借取引の取扱いに関する規則(制定 1998
年)
」を定めたことで、従来の個人取引を中心とする「信用取引」制度に加え、証券業
者 14)間において貸株取引が本格的に実施されることとなった。
(2)貸株市場の市場規模と現状
日本における貸株市場の規模は、最近の公表資料 15)によれば、上場銘柄に関しては貸付
10) 「信用取引制度が始まった当初(1951 年)、日本では十分な流動性を供給できる金融・貸株市場も
存在していなかったことから、信用取引供給に伴う証券業者への資金・株券の供給源は、金融商品取
引法第 156 条の 24(現行)による免許を受けた証券金融会社の「貸借取引」に拠っていた。
」
(日本証
券経済研究所編『図説日本の証券市場 2010 年版』
〔金子晶宗〕
(日本証券経済研究所、2010 年)64 頁)
。
11)
1976 年大蔵省(当時)は証券金融会社に対し、遠隔地間売買取引等の受渡しに伴い必要となる株
券にかかる有価証券貸付業務を認可し、限定的な貸株は行われていた。
12) 大蔵大臣の諮問機関。
13) 植月貢『貸株市場入門』(東洋経済新報社、2005 年)37 頁参照。
14)
従来の「証券会社」は、金融商品取引法第 28 条における第一種金融商品取引業者となったが、本
稿では米国におけるそれを含め「証券業者」と表記し、また、金融商品取引法第 5 章における金融商
品取引所は「取引所」と表記する。
15)
日本証券業協会が公表する「株式貸借取引残高(週末)2011 年 9 月 30 日報告分」実績より。当該
データは信用取引制度を伴わない株券貸借取引(相対取引)で、協会員による日本法を準拠した貸借
契約等により行われた取引の週時データである。
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貸株取引(株券貸借取引)の課税問題について -その契約等の形態と課税要件からの検討を中心に-
残高 36,610 億円、借入残高 35,428 億円(2011 年 9 月末、金額ベース)16)となっている 17)。
このような日本の貸株市場規模に比して、米国のそれは、2010 年の報道記事 18)によれば、
貸出実行額ベースでは 1.9 兆ドル(約 140 兆円)規模 19)と報じられている。また、貸株調
査会社 “Data Explorers” の Market Data20)によれば、2011 年 3 月推定で、米国での貸株
可能額ベースで 7 兆ドル(約 600 兆円)であり、貸付実行額は 1.4 兆ドル(約 110 兆円)、
2 万以上の Stock-lending programs を結ぶことで日々の取引は 9 百万件に達しており、欧
州の貸株市場の貸株可能規模は 3.8 兆ドル・貸付実行額は 1.1 兆ドルに達しているとされる。
この米国・欧州の貸株市場の規模は、その絶対額のみならず、日本と米国・欧州の株式
市場時価総額 21)に占める割合からしても、非常に大きな差がある。その根底には、特に、
貸株取引における実務では、配当の二重課税の調整方法 22)に端的に現れる課税の取扱いの
不明瞭さがあるのではないかと思われる。
2.米国等の貸株取引の沿革と法的構成
(1)米国の貸株取引の沿革
米国における貸株取引の歴史としては、1960 年代には、受渡不履行や空売りをサポー
トするバッックオフィスの業務としてレンディング(貸株取引)が行われていた 23)と言わ
れており、また、日本証券経済研究所編『図説 アメリカの証券市場』24)によれば、米国の
貸株市場は企業のヘッジニーズに対応するため、1970 年代には既に取引が始まってお
16) 貸付額と借入額とはその金額が大きく違っているが、ダブルカウント要因以外の差額要因としては、
「借入額から売却(空売り)分および自己保管分を控除」したものと、「貸付額から自己保有分による
貸出分を控除」したものと考えられる。
17) 日本証券業協会の株式貸借取引残高(週末)は、協会員間の貸借取引の繰り返しによるダブルカウ
ントにより、実態のポジション以上に数値上の残高が膨らんでいる可能性を指摘しているとする(宇
野淳他『日本株レンディング市場の実証分析』
(日本証券アナリスト協会、2009 年)24 頁。
)
。一方、
このデータは、海外ブック(国外の貸し手・借り手との国内株券を対象とした貸株取引分)での貸借
分が含まれておらず、また、集計対象が証券会社(協会員)のみであり、信託銀行等のストリートサ
イド以外の数字が含まれておらず、貸株市場の市場規模の正確な捕捉は困難であると言われている。
18) Stock-lending trade body overhauls board, Financial News, Dec. 17, 2010。
19) Financial News・前掲注 18)の記事によれば、2008 年秋のリーマン・ショック以前には、3.6 兆ド
ル(300 兆円)規模であったとされている。
20) Data Explorers 社は、Stock-lending の仲介およびマーケットの専門調査会社。
21) 株式市場時価総額比較(2011 年 3 月 日本経済新聞等より):米国市場 13 兆ドル(日本市場の 5.6
倍)、欧州市場 8 兆ドル(日本市場の 3.5 倍)、日本 2.3 兆ドル。
22) 「配当の二重課税の問題については、金融所得課税の一体化が達成されたとしても解消されるもの
ではなく、依然として、二重課税への配慮は必要である。」(「金融取引税制のあり方に関する検討ワー
キング・グループ報告書」日本証券業協会(2007 年)5 頁)
。
23) 三木まり「機関投資家と株券貸借取引」証研レポート No.1612(2002 年)11 頁参照。
24)
日本証券経済研究所編『図説アメリカの証券市場』
(日本証券経済研究所、2009 年)292 頁〔金子
昌宗〕参照。
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り 25)、その後、1981 年の従業員退職所得補償法(ERISA)26)の改正により米国の年金基金
が有価証券の貸出しを行えるようになったことから市場は拡大し続け、株券の供給量が増
加した 27)ことによる。さらに実務的には、こうした法令改正や規制の緩和を受けて 1998
年に SIFMA 標準契約書が整備されたことで、株券レポ取引を含む貸株取引の市場規模は
一層拡大することとなった。
(2)米国の貸株取引の規制と法形式
米国における貸株取引の方式としては、最近ではオンデマンド(個別銘柄)方式やエク
スクルーシブ(複数銘柄)方式などの取引形態に加え、資金の運用・調達を目的としたエ
クイティ・レポ取引が取引の主流 28)と言われている。
このオンデマンド(個別銘柄)方式・エクスクルーシブ(複数銘柄)方式と呼ばれる取
引形態は、日本における個別の銘柄の貸し借りを行う貸株取引(SC 取引)に相当する取
引であり、エクイティ・レポ取引と呼ばれる取引形態は、日本のそれと同様に資金の運
用・調達を目的とした株券レポ取引(GC 取引)に相当する取引である。この資金調達を
目的としたエクイティ・レポ取引は 1997 年の FRB 証拠金規則である Regulation T の変
更が行われたことで誕生した 29)ものとされる。なお、オンデマンド方式などの個別銘柄取
引のニーズとしては、企業のヘッジニーズへの対応や、いわゆる「Short Sell(空売り)
等のための売却株券の「源泉」としてのものであり、すなわち、借入ニーズがある証券業
者が他の証券業者や機関投資家から当該個別銘柄を調達するために行う貸株取引 30)であり、
Margin Transaction の一つとして、FRB 証拠金規則(Regulation T)および証券取引所
法(The Exchange Law -1934)により規制されている。
3.貸株取引の法的構成と問題の所在
(1)貸株取引の法形式等
日本における貸株取引については、日本証券業協会が雛形とした「株券貸借取引に関す
る基本契約書」をもとに太宗の取引が行われている。この貸株取引の法形式は、貸出者か
ら借入者に貸与の目的物たる貸借対象株券が交付され、借入者はその目的物たる貸借株券
を消費(貸借株券の売却-空売りの決済株券としての利用、他へ転貸にかかる譲渡担保と
して「消費」利用)したうえ、同種・同等・同量の他の代替物を返済すればよいとされる
25) 米国の Short Selling の根拠規則である FRB 証拠金規制(Regulation T)の当初制定が 1933 年、
同じく証券取引所法(The Exchange Act)制定が 1934 年であり、さらに、貸株取引の課税(Stamp
Tax)についての Provost 最高裁判所判決(269 U.S.443 (1926))があったことからすると、米国におい
て貸株取引の課税問題についても、1915 年前後からは存在していたものと考えられる。
26) Employee Retirement Income Security Act of 1974.
27) 三木・前掲注 23)12 頁参照。
28) 『アメリカの証券市場』・前掲注 24)292 頁参照。
29) 三木・前掲注 23)12 頁参照。
30) K.M. Morris &V.R.Morris ,Guide to understanding Money & Investing, Dow Jones 48 (2000)。
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貸株取引(株券貸借取引)の課税問題について -その契約等の形態と課税要件からの検討を中心に-
消費貸借契約 31)と解されている。民法は、消費貸借契約における同種・同等・同量の「同
等」について規定していない。そこで、貸株取引では、株券特有の「権利」である配当金
や株式分割その他の権利については、別途に契約書上に条項を設けて、現実の取扱いを定
めている。貸株取引における課税関係を考える場合、その取引対象物たる株券においてそ
の課税主体がどこにあるのか、すなわち、貸し手と借り手の権利の本質的帰属を考える必
要があると思われる。さらに株券には名義という形式的な要件が存在しており、消費貸借
契約取引の効力と名義と株主そして実質帰属者との関係の整理することで、貸株取引の課
税問題にかかる考察の一助になるものと考える。
(2)配当・分割新株式等の処理
ⅰ)貸株取引における配当等にかかる会計処理
有価証券の消費貸借契約等の会計処理は、日本公認会計士協会「金融商品会計に関する
実務指針」32)27.77.に規定されている。ここでは「有価証券の消費貸借契約等は、借り
手に売却又は担保という方法で自由に処分できる権利を与え、貸し手に貸し付けた有価証
券の使用を拘束するから、貸し手は有価証券を貸し付けている旨及び貸借対照表価額を注
記する」として、「借り手は自由処分権を有するから、自己保有部分と担保差入部分とに
区分し、その旨及び貸借対照日の時価を注記する」としている。この会計処理指針では、
貸し手は貸し付けた有価証券の使用を拘束されるものの、その所有権を完全に移転してい
るとは認識しておらず、貸し手にはこの貸付けた有価証券を貸借対照表上に計上させたま
ま、貸付けの事実等を注記するにとどめている。ここでは貸付有価証券にかかる返還請求
権が貸し手に留保されていることを認識させているものと考えられる。
ⅱ)雛形契約書における配当金・権利処理条項
このような実務指針はあるものの、貸株取引は貸付者と借入者との当事者間の相対の取
引であり、基本的にその取引条件は当事者間での私契約によるものであり、上記の雛形契
約書においては配当金等の権利の授受に関する条項が策定されている。そこでは「借入者
は貸借対象株券につき、その貸借期間中に利益の配当又は新株式の割当てがなされた場合、
当該配当金相当額又は当該割当相当額の新株式(又は相当額の金額)を貸出者に対し返還
するものとする」とされており、株券そのものの貸借はなされていても果実については貸
借されていないという観点 33)から、「その果実」は貸出者に返還するとしている。しかし
ながら、貸出者に返還するものとしては、当該配当金「相当額」又は当該割当「相当額」
の新株式であり、果たして確定的に「果実について貸借されていないという観点」によっ
31) 同契約について民法 587 条は「消費貸借は、当事者の一方が種類、品質及び数量の同じ物をもって
返還することを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、その効力を生ずる」と規
定している。
32)
日本公認会計士協会『金融商品会計に関する実務指針』(会計制度委員会報告第 14 号、2011 年最
終改正)参照。
33) 植月・前掲注 13)43 頁参照。
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ても良いものだろうかという疑義が生じる。この果実については、貸借がされてはいない
という観点から問題を考えた場合、所得の帰属がどこにあるのかという議論、すなわち貸
借された株券とその果実の本質的帰属についての検討が必要と考えられる。ここでは貸株
取引における課税関係にかかる議論、その課税要件を明確化の観点からも貸借株券につい
ての税法上の帰属にかかる整理が必要と考えられる。租税法の基本原則としての租税法律
主義の中心的な考慮要素である予測可能性 34)を確保するため、この整理と所得帰属にかか
る関係法令・通達等および判例等を踏まえ考察してみることとする。
Ⅲ.貸株取引等にかかる課税関係の考察
1.貸株取引の契約形態について
(1)雛形契約書の法的性質の検討
ⅰ)消費貸借契約の見方
貸株取引の雛形契約書は、同種・同等・同量の他の代替物を返済すればよいとされる。
この消費貸借契約では目的物は借入者に移転し、借入者の返還債務のみからなる片務契
約 35)であるとされている。これを貸出者からみれば、貸付した物(目的物)と同種・同
等・同量の物の返還を求める権利(返還請求権)を持つ 36)ことになる。この返還請求権―
借入者の返還債務の目的たる同種・同等・同量の他の代替物に対等するものとして、この
雛形契約書は同銘柄・同数量の株券としている。しかしながら上述したように「同等」に
ついて規定されていない。そこで株券特有の「権利」である配当金や株式分割その他の権
利については、別途、条項を設け、実務の取扱い(例えば、金銭換算処理、すなわち新株
権利処理戻し金として貸し手に返還する取扱い等)を規定している。
なお、従前、無記名式有価証券の貸借がなされた場合、これが消費貸借か、賃貸借かが
問題となったことがある 37)。判例 38)は、消費貸借契約とすべき法理・実験則はないとして
借りた物それ自体の返還が必要とされる賃貸借と判じている。一方、学説としては、消費
貸借契約と解するものが有力である。貸株取引では、借入れた株券を空売りの決済に充当
するために利用することや他への貸付け、そして資金調達の担保としての利用が想定され
34)
佐藤英明「租税法律主義と租税公平主義」金子宏編『租税法の基本問題』(有斐閣、2007 年)55 頁、
58 頁参照。
35) 藤岡康宏ほか『民法Ⅳ-債権各論』(第 3 版補訂、有斐閣、2009 年)103 頁参照。
36) 雛形契約書では、貸し手が返還日を指定する “ リコール ” 条項が定められており、このリコールが
行われる場合、通常、返済受渡しの指定日の 5 営業日前の正午までに借り手に対し通知がされること
としている(植月・前掲注 13)157 頁以下参照)
。
37)
能美善久編『論点体系 判例民法5 契約1』(第一法規、2009 年)261 頁 によれば、「有価証券
の貸借を賃貸借と解した場合、所有権は貸出者にあり、貸出者の債権者はこれに強制執行することが
できるが、消費貸借と解した場合、所有権は借入者に移転し、貸出者の債権者による強制執行は認め
られない。」と説明されている。
38)
大審院第二民事部明治 34 年 3 月 13 日判決大審院民事判決録縮小版(新日本法規、1972 年)第 2
巻 1049 頁。
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貸株取引(株券貸借取引)の課税問題について -その契約等の形態と課税要件からの検討を中心に-
ており、借り入れた株券それ自体の返還することは難しい。そのため借り手は、同種・同
等・同量の株券を返還することにより返還債務を履行することから、この取引の法的性質
は消費貸借契約 39)と解することが自然であろうと考える 40)。
ⅱ)譲渡担保の見方
ところで消費貸借契約たる貸株取引で貸借対象株券の帰属を考える場合、貸し手には株
券の返還請求権があり、その効力と名義そして税法上の実質帰属者との関係整理が必要と
なろう。一方において、この貸株取引を資金の融通取引と捉え、取引対象たる株券を資金
取引の担保の目的物とし、その所有権を移転させる形式による譲渡担保取引 41)と捉える 42)
こともできよう。この場合、貸株取引の対象となる譲渡担保財産すなわち担保株券の帰属
(資金取引における債務者〔担保権設定者〕=担保株券の貸し手、債権者〔担保権者〕=
担保株券の借り手)が問題となる。こうした債権担保の目的で財産権を移転する担保方法
は一般的に譲渡担保(いわゆる広義の譲渡担保)と呼ばれる 43)。なお、貸株取引そのもの
ではないが、売買の法形式をとる債券レポ取引の法的性質について、その取引実体や、経
済的実質からみて、その法的性質は譲渡担保取引に似た取引とする見方 44)がある。
このような譲渡担保に供された資産の実質的な所有権の帰属に関しては、国税不服審判
所平成 17 年 1 月 31 日裁決 45)は「法形式上、資産の譲渡とされる譲渡担保契約において債
権が担保権者に移転しているとしても、担保設定者が元利金の収益権を保持し、債務の履
行により債権が復帰することになっている等、その譲渡が担保を目的として形式的になさ
れたことが明らかである場合、所得を生ずべき債権の譲渡はなかったと解すべき。」との
考え方 46)が、譲渡担保の帰属に係る課税関係を整理するための一つの方法と思われる。
39)
我妻栄 = 有泉亨ほか『我妻・有泉コンメンタール民法 総則・物件・債権』
(第 2 版追補版、日本評
論社、2011 年)1084 頁によれば、「消費貸借においては、借主は、目的物の処分機能を取得し―目的
物の所有権は借主に移転し―、これを処分した後に借りた物と同種・同等・同量の物を返還すべき点
にある。」と説明されている。
40)
民法 587 条(消費貸借)では、消費貸借は要物契約として規定されているが、判例・通説では、諾
成による消費貸借契約は成立するとされている。現在、債権法改正議論のなかで、この消費貸借の成
立に関する要物性の見直しが論点とされており、これを法定化(デフォルト・ルール化)した場合、
「消費貸借を諾成契約とすると、契約成立後、目的物の引渡し前の時点で、一方で貸主には貸す権利と
貸す債務が、他方、借り主には借りる義務と借りる権利が発生する」ことに由来する様々な問題が指
摘されている(松尾善紀ほか「連載/債権法改正の争点 12 消費貸借」ジュリスト 1439 号(2012 年)
81 頁)。
41)
水田耕一『銀行員のための民商法入門』(第 3 版、金融財政事情、1990 年)182 頁では「譲渡担保
の設定は、当事者間の契約により効力を生じる(民法 176 条)
」と説明している。
42) 岩原紳作(司会)「金融商品取引法セミナー(第 15 回)不公正取引の規制(1)
」ジュリスト 1410
号(2010 年)81 頁において、三井秀範金融庁企業開示課長は、住友信託銀行レポ訴訟における当該債
券レポ取引を「譲渡担保取引」であるとの認識を示している。
43) 品川孝次「譲渡担保の意義・機能」金融・商事判例 737 号(1986 年)6 頁では、「譲渡担保の内容
等について、法律に何ら規定されているところがないので、当事者は、設定契約において原則として
自由にその内容を定めることができる」としている。
44) ジュリスト「金商法セミナー(第 15 回)」・前掲注 42)
、
〔三井秀範発言〕
。
45) 国税不服審判所平成 17 年 1 月 31 日裁決裁決事例集 69 号 153 頁。
46) 評釈として、三木義一『逆転裁決例 精選 50PART Ⅱ』
(ぎょうせい、2007 年)119 頁参照。
161
青山ビジネスローレビュー
(2)貸株取引のリスクの所在
上述のとおり、貸株取引は一般的には消費貸借契約 47)との認識がされており、取引ごと
の申出・確認と取引の内容を記載した書面である個別取引明細書を交付することによる形
態である。貸株取引の実務では、その取引の目的により SC 取引であるのか、GC 取引で
あるのかを区分して約定管理をしている。貸株取引は貸し手が株券を貸し出し、借り手が
その株券の処分権を取得し、これを消費したうえで、この株券と同種・同等・同量の株券
を返還する取引である。こうした貸借取引において期間中に貸借対象の株券の発行体がデ
フォルト(いわゆる「銘柄破綻」)した場合 48)、借り手が返還すべき「対象」はデフォルト
した発行体の株券である。ここで、銘柄価値の減価に対しては値洗い 49)、すなわちマージ
ン・コールにより基準担保金額と貸し出し株券の価値均等が図られ価格変動リスクはカ
バーされる。一方、貸株取引はその返還「対象」が返される先は貸し手であり、貸株取引
における「対象株券」にかかる究極のリスク所在は貸し手にある取引形態であるといえよ
う。
2.貸株取引における配当等権利にかかる課税取扱い
(1)法人税法第 23 条(受取配当等の益金不算入)
法人税法第 23 条では、内国法人が配当等の額を受けるときは、その配当等の額が株式
等(株式、出資又は受益権)に係る配当等の額の法人税法上の取扱いについて、当該配当
等の額の百分の五十に相当する金額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、
益金の額に算入しない旨《受取配当等の益金不算入》50)を定めている。
この受取配当等の益金不算入は、我が国の法人税法では所得税の前払いとの考えから、
47)
藤岡・前掲注 35)103 頁は、消費貸借意義・法的性格として「借り受けたものの所有権を借主が取
得して消費できる点で、借主が借りたもの自体を一定期間保管して利用できるにすぎない賃貸借や使
用貸借と相違する。」と説明している。
48) 貸株取引におけるリスクは、銘柄破綻リスク以外に相手先破綻(信用リスク)が想定されるが、信
用リスクに対してはマージン・コール、クリアリングシステム等による信用補完のほか「一括清算法」
の制定により当該リスクの軽減措置がなされている。
49)
植月・前掲注 13)88 頁では、「『値洗い』とは、株価の変動で発生する現金担保金額と基準担保金
額の過不足をチェックすること」と説明している。
50) 渡辺淑夫『法人税法(平成 22 年度版)』(中央経済社、2010 年)181 頁以下によれば、この《受取
配当等の益金不算入》の制定趣旨の説明を「制度が法人税法に設けられているのは、もっぱら企業課
税の根本的な思想にかかわりのある問題である。… わが国の法人税制はシャウプ勧告に基づく昭和
25 年(1950 年)の大改正以来、法人は究極のところ個人株主の集合体であって、法人税は株主に課税
されるべき所得税の前取りとして課税するといういわゆる『株主集合体説(=法人擬制説)』の考え方
に立脚しているといわれる」と述べ、「法人税法第 23 条により、法人株主の段階における受取配当金
について非課税とすることによって、配当が法人間を移転している限り、法人税の課税を当初の配当
原資に対するものにとどめ、これにより個人株主段階における最終的な調整が有効に機能するように
している。」と解説している。
162
貸株取引(株券貸借取引)の課税問題について -その契約等の形態と課税要件からの検討を中心に-
同一の所得に対する二重課税 51)を調整する措置 52)として、法人の受取配当等については一
定の要件のもとで一定割合を所得金額の計算上、益金の額に算入しないこととしている。
このいわゆる二重課税排除のための調整措置では、その対象となる受取配当等とは、法人
が受取る株式等に係る配当等の額とされている。
一方で、法人税法第 23 条は、益金不算入の対象となる法人が受取る株式等に係る配当
等に関して、当該法人が株主たる地位を明示的に示してない。このため「法人税の課税主
体となるべきものが備えるべき要件というきわめて重要な点が課税当局の通達や見解とい
う法令以外のものによって決められて」53)おり、この課税主体となるべきものの要件につ
いても、実務は法人税基本通達 54)による取扱いがなされている。
ⅰ)法人税基本通達3-1-1(名義株式等の配当)
この法人税基本通達3-1-1(名義株式等の配当)は、法人が役員、使用人等の名義
をもって所有している名義株式等の配当も法人税法第 23 条《受取配当等の益金不算入》
に規定する配当等の額に含まれるとされている。この通達の策定経緯として、従前の商法
で規制されていた法人の自己株式の取得制限(平成 13 年改正により撤廃)により、法人
が役員・使用人の借用名義等で自己株式を所有していた実情があり、この名義株に対する
配当の問題に対応するための取扱いがなされたものである。この株主に対してその地位に
基づいて供与されるものは、いわゆる蛸配当や商法(会社法)上違法な配当であっても、
その実質に着目して、従来から法人税法上は配当等として取扱われてきた 55)と説明されて
いる。すなわち、この通達では名義株等について生ずる配当等はその名義人ではなく、そ
の株券の真の所有者であるものに帰属する 56)としている。
こうした法人による役員・使用人への借用名義等にかかる課税処分についての訴訟事案
がある。最高裁判所はその判決 57)において「(増資新株割当の取得による経済的利益とい
51) 武田昌輔『立法趣旨法人税法の解釈』(財経詳報社、1993 年)49 頁参照。
52)
水野忠恒『租税法』(第 5 版、有斐閣、2011 年)315 頁では、「法人税の仕組みのあり方は、法人の
配当政策の決定をも撹乱する。法人利益を留保することにより配当二重課税が回避出来ることになり、
法人税が配当政策にも影響を与えるとされる。」と指摘されている。また、草野耕一『金融課税法講
義』
(商事法務、2010 年)210 頁、217 頁では、期待収益率と二重課税に影響される内部収益率から求
められる数理計算により「(配当二重課税による)非効率な投資を誘発するおそれが実証される。」と
している。
53) 宮崎裕子=岩崎友彦「新会社法下の租税法」商事法務 1774 号(2006 年)50 頁。
54) 伊藤義一『税法の読み方 判例の見方』(改訂新版、TKC 出版、2010 年)28 頁以下では、この法人
税基本通達を含む国税庁における「通達」は、行政庁内部での解釈を示すに留まり、納税者をなんら
拘束するものではないのは当然であり、通達そのものは税法の法源ではないというべきではあるが、
通達に従い、長い間繰り返し採用されてきた取扱いが実際上果たしている役割は、大きいといわざる
を得ない」と課税実務における「通達」の位置づけを示している。
55) 小山真輝編『法人税基本通達逐条解説』(税務研究会出版局、2006 年)331 頁参照。
56)
国税不服審判所平成 6 年 2 月 23 日裁決裁決例集 47 集 97 頁は、所得税法上の裁決であるが「配当
所得とされる法人からの利益の配当、剰余金の分配は、株主である地位に基づいて受ける分配金と解
されている。また、この場合における株主とは、単に株主名簿に登載されている名義株主ではなく株
式を取得した実質上の株主と解されている。」としている。
57) 最高裁昭和 41 年 6 月 24 日判決民集 20 巻 5 号 1146 頁。
163
青山ビジネスローレビュー
う)隠れていた資産価値の計上は、当該事業年度において資産を増加し、その増加資産額
に相当する益金を顕現するものといわなければならない。」と指摘した上で、重役等への
借用名義等を取得先と増資新株割当にかかる経済的利益の帰属が当該会社にあるものと判
示している。さらに、名義貸与者(他人)名義による株式の引受けにおいて、当該新株券
の株主となるのは名義貸与者か名義借用者かを争った裁判では、最高裁判所 58)は「株式の
引受けおよび払込みについては、一般私法上の法律行為と同じく、真に契約の当事者とし
て申込みをした者が引受人としての権利を取得し、義務を負担するものと解するべきであ
る。
」と判示している。
ⅱ)法人税基本通達3-1-2(名義書換え失念株の配当)
一方において、法人税基本通達3-1-2(名義書換え失念株の配当)では、法人が、
その有する株式を譲渡した場合において、譲受人が名義書換えをしなかった失念株にかか
る利益の配当の額は、株主たる地位にもとづいて受けたものでないから、法人税法第 23
条《受取配当等の益金不算入》に規定の適用はないとしている。このような同法第 23 条
にかかる実務の適用を提示する法人税基本通達3-1-2は、名義書換え失念株にかかる
配当については、実態的に「株主たる地位によるものでない」59)ことを事由として、益金
不算入の規定を適用することは出来ないとしており、実質主義的な考え方からのアプロー
チによる解釈をしているものと考えられる。
(2)株主、株主たる地位および配当の検討
上記の基本通達にいう益金不算入の規定の対象とされる利益の配当の「株主、株主たる
地位」とは何か、について同法第 23 条は「内国法人が配当等の額を受ける」としており、
株主、株主たる地位が何であるかは具体的に示されていない。この「株主」の概念は民商
法等の私法(会社法)で用いられているものを借用した概念 60)であると考えられている。
このような租税法における民商法等他の法分野から借用した概念 61)については、おおむ
ね「統一説」
、
「目的適合説」、「独立説」といった学説があり、現在では、統一説が通説と
58) 最高裁昭和 42 年 11 月 17 日判決民集 21 巻 9 号 2448 頁。
59)
小山・前掲注 55)333 頁では、「名義書換えを失念した株式にかかる配当(いわゆる失念配当)は、
もともと一種の不当利得のようなものであって、株主たる地位に基づいて正当に受けた利益の配当と
はいえない」と解説している。
60)
金子・前掲注 9)108 頁では、「租税法が用いている 2 つの概念のうちの一つとして、他の法分野で
用いられている概念を、他の法分野から借用しているという意味でこれを借用概念と呼ぶ。」と説明さ
れている。
61) 借用概念についての論点としては、いわゆる住友信託銀行レポ訴訟において、所得税法 161 条 6 号
の「貸付金(これに準ずるものを含む。)で当該業務に係るものの利子」の概念の捉え方についての議
論となり、裁判所は当該レポ取引を法形式等の観点から「売買」と認識し「貸付金の利子」にあたら
ないとしたが、平成 21 年税制改正においては、利子(政令で定める利子を除き、債券の買戻又は売戻
条件付売買取引として政令で定めるものから生ずる差益として政令で定めるものを含む。)」と、下線
部分が追加変更された。この改正で所得税法本則においては、この訴訟の判決とは全く反対方向の法
改正がなされている。
164
貸株取引(株券貸借取引)の課税問題について -その契約等の形態と課税要件からの検討を中心に-
され、目的適合説が有力説 62)とされている。金子宏教授は「(租税法を)私法との関連で
見ると、納税義務は、各種の経済活動ないし経済現象から生じてくるのであるが、それら
の活動ないし現象は、第一次的には私法によって規律されている」と論じ、「私法上にお
けると同じ意義に解するのが、法的安定性の見地からは好ましい」63)との見解をとってい
る。この見解は、法令趣旨の適合に含みを残しつつ、原則として法的安定性と予測可能性
の見地から、統一説の立場をとっているものとみられる。ここで、具体的に「株主」にか
かる借用概念の適用を考えた場合、そもそも借用されている私法(会社法)における株主
概念にかかる見解が分かれている 64)状況に、この問題の本質が内在している 65)と思われる。
また、民商法等他の法分野における概念とその税法へ適用に関し、宮崎裕子教授の「法
人税の課税が私法上の法律関係に即して行われるべきであるとしても、また租税法の規定
は私的取引法を前提としそれに基礎を置いているとしても、そのことは、課税の対象とな
る所得の範囲、性質、年度帰属などの決定にかかる課税の基本ルールが私法上のルールに
依存して決められることを意味するわけではない。」66)との意見は合理的であろう。この説
を本件の問題にあてはめて考えた場合には、租税法がいわゆる侵害規範にあたるため、法
解釈の厳格性が要請されている 67)こと、すなわち、租税法が国民に対する納税の義務を具
体化する規定であり、法的安定性を確保する必要性が高い 68)法規であることを考慮したう
えで、課税と私法上の法律関係の整理が必要と考える。
そこでまず、この「株主」の概念に関する民商法-会社法における株式と株主の関係を
考察してみる。伊藤靖史教授は「会社は社団法人であり、構成員すなわち社員が存在する。
株式会社の社員は特に株主と呼ばれる」として、さらに「株式会社の特徴は、その社員す
なわち株主の地位が、株式という、細分化された割合的単位の形をとることである」69)と
説明している。また、会社法は株主に関する条項である同法第 105 条にて「株主はその有
する株式につき、剰余金の配当を受ける権利・残余財産の分配を受ける権利・株主総会に
おける議決権その他この法律で定める権利を有する」と、株主の権利について定めてい
る 70)。
62) 酒井克彦『ステップアップ租税法』(財経詳報社、2010 年)13 頁、54 頁参照。
63) 金子・前掲注 9)110 頁以下参照。
64) 酒巻俊雄=龍田節編『逐条解説 会社法 第 2 巻 株式・1』
(中央経済社、2008 年)57 頁参照。
65)
渡辺徹也「税法における配当の概念」商事法務 No.1974、45 頁(2012 年)において、「配当の概念
に関し税法と会社法の関係等について、税法における配当の概念が単に会社法からの借用のみではな
い旨」の整理が示されている。
66) 宮崎=岩崎・前掲注 53)46 頁参照。
67) 金子・前掲注 9)108 頁参照。
68) 木山泰嗣『租税法 重要「規範」ノート』(弘文堂、2011 年)31 頁参照。
69) 伊藤靖史ほか『会社法』(有斐閣、2010 年)62 頁参照。
70) 神田秀樹『会社法入門』(岩波新書、2008 年)36 頁は、
「株主は、会社におけるカネを出すヒトで
あり、事業の所有者でもある。その株主の地位を『株式』と呼ぶが、株式というのは不思議な仕組み
である。株式とは、株式会社における出資者である株主の地位を細分化して割合的地位の形にしたも
のであり、それは、多数の者が株式会社に参加できるようにするためもの法的技術である。」と株主と
株式の関係を説明している。
165
青山ビジネスローレビュー
また、会社法において株主とは、株式会社の社員すなわち株主たる地位が、株式という
細分化された割合的単位の形をとり、会社に対する持分により、会社との関係で様々な権
利(主に「自益権」と「共益権」)を有するもの 71)との説明がされている。そして、貸株
取引等の私法契約における取引により、自益権と共益権の乖離 72)という状況の出現を、会
社法は予定しているものではないのではないかと思われる。その影響は、株主が会社から
経済的利益を受ける権利を自益権というが、その自益権を規定する会社法第 105 条 1 項、
同第 453 条にいう剰余金の配当 73)(利益の配当)を受ける権利において顕著に現れること
となる。租税法は、株主の意義について、その対象たる自益権(経済的利益を受ける権
利)に着目することは当然であるが、一方で、会社法は株主の意義を自益権と共益権のふ
たつの意味を認識 74)せざるを得ないところに来ているように思える。こうした状況におい
て租税法がこの会社法が新たに持たざるを得ない状況を認識することは難しいであろうし、
株主とその意義から発する議論が混乱することとなる一因があろうと考えられる。
さらに株主の名義に関して会社法は「株主とその持株等に関する事項を記載・記録する
ため、株式会社に作成が義務付けられた帳簿」75)として「株主名簿の意義」76)を定め、
「譲
渡の対抗要件そして権利の推定について株券の占有により株式についての権利を適法に有
するものと推定される」と定めている。ここで龍田節教授は「株主の資格と実質上の権利
が一致しないことがある。名義書換え未了の株主が株主名簿上の株主に対し、配当金や株
主割当の新株などの引渡しを請求することができるか否かについては見解が分かれる」77)
と、そもそも会社法の解釈においても、名義上の株主の資格と実質上の権利の所在にかか
71) 伊藤ほか・前掲注 69)63 頁参照。
72) 議決権行使の観点から共益権と自益権とが乖離している状況における貸株取引の存在については、
井上聡「共益権と自益権との乖離(Empty Voting)」岩原紳作=小松岳志編・会社法施行 5 年 理論と
実務の現状と課題〔ジュリスト増刊〕(有斐閣、2011 年)12 頁以下において、会社法が予定していな
い Empty Voting の問題を論考している。
73) 平成 18 年度税制改正では、「利益の配当」を「剰余金の配当」に変更する等の会社法上の用語およ
び概念の変更に伴う技術的改正がなされている。会社法第 453 条は「株式会社は、その株主に対し剰
余金の配当をすることができる」と定めている。これは「会社法は利益性の未処分利益のみならず、
資本性の会社財産の払戻しが含まれることを明確にするため『利益の配当』ではなく、利益性と資本
性の双方の概念を含む『剰余金の配当』という用語が用いられている。」(小山真輝「配当に関する税
制の在り方」税大論叢 58 号(2009 年)38 頁)とされるが、本稿では、利益性の概念による配当を念
頭に議論を進める。
74)
東京地裁平成 19 年 4 月 17 日判決判例時報 1986 号 23 頁では、「法令の用語の意味について」、まず、
「当該法文自体および関係法令全体から解釈すべき」としているが、それでも「用語の意義を明確に解
釈できない場合には、立法の目的、経緯、法を適用した結果の公平性、相当性等の実質的な事情を検
討の上、解釈するのが相当」とし、それでも「明確に定義されておらず、借用概念であるともいえな
い場合であっても、その用語の意味は、言葉の通常の用法に従って解釈されるべき」と示している。
75) 会社法第 126 条、同法第 133 条。
76) 江頭憲治郎『株式会社法』(第 3 版、有斐閣、2009 年)194 頁。
77) 酒巻=龍田・前掲注 64)16 頁。
166
貸株取引(株券貸借取引)の課税問題について -その契約等の形態と課税要件からの検討を中心に-
る問題 78)の存在が指摘されている 79)。
この名義書換え失念株にかかる利益(株式分割後の株券と配当)の帰属について最高裁
判所 80)は、
「本件(分割)新株式は上場株式であり代替性を有するから,被上告人(株式
の名義人)の得た利益及び上告人(名義書換え失念者)らが受けた損失は,いずれも本件
株式分割により増加した本件新株式と同一の銘柄及び数量の株式である」として、名義書
換え失念者に対して、不当利得制度の趣旨である「法律上の原因ないし正当な理由を欠く
財産取得の場合、公平の観念に基づいて,受益者にその利得の返還義務を負担させる」こ
とから、
「本件新(分割)株式の売却代金及び配当金の合計金相当額を不当利得として返
還すべき義務を負う」と判じて 81)いる。ここで、その法的性質を「売却代金及び配当金の
合計金相当額」としたことからすれば、この対象物は配当金相当額と考えることができる。
他方で「株式の代替性」からもたらされる「同一の銘柄及び数量の株式」による「不当利
得の返還」としていることからすれば、配当そのものと考えうる余地はあろう。
(3)配当の概念の検討
金子宏教授は、配当等の意義にかかる借用概念の解釈について、株主優待金に関する配
当等の該当性に関する裁判から「特に議論が集中し沸騰したのは、租税法と私法との関係
をめぐってであり、借用概念の解釈については、見解は一致していない。判例は、借用概
念という言葉こそ用いていないが、株主優待金に関する一連の裁判以来、私法からの借用
概念について、私法におけると同じ意義に解する傾向がある。」82)と解している。この解釈
に関する田中二郎博士の意見は「租税法の中に利子・配当等の所得について規定している
が、そこに定義的に規定されているもの以外のものであっても、実質的に見て、利子・配
当等に準ずる性質をもつもの(いわゆる株主優待金等)は、その実質的性質に応じて、利
子・配当等として、課税の対象とすべき場合があるであろう。」83)として、統一説に理解を
78)
奥村宏「株主とは誰のことか」証研レポート No.1647(2008)8 頁は、経済的側面(株式所有と会
社支配)から、真の株主についての議論として「究極の所有者としての個人は、(株券を実際運用する
のは機関投資家であり)自分の資産でどのような会社の株式を所有しているのかわからない、このよ
うなものがはたして真の株主か」と指摘している。
79) 株主の意義にかかる租税法と会社法(商法)の違いについて、金子宏、中里実ほか「金子先生に聞
く第 1 回」法律時報 84 巻 4 号(通巻 1045 号)72 頁(2012 年)において金子・竹内論争(準備金の資
本組み入れに伴う 2 項みなし配当課税)が紹介されており、ここで佐藤英明教授は「商法の先生方は、
例えば 100 株のうち 1 株は、会社財産全部のうち 100 分の 1 を持っているとお考えになるので、資本
金か準備金かというような仕切りがどう変わっても 1 株の価値は変わらない…。我々(税法学者)は
1 株を資本金に対して 100 分の 1 を持っていると考えるので、資本金の部分が増えるのは株の価値は
増えましたねと説明する…」と述べている。
80) 最高裁平成 19 年 3 月 8 日判決民集 61 巻 2 号 479 頁。
81)
神田秀樹『会社法』(第 12 版、弘文堂、2010 年)103 頁では、失念株の司法判断に関し、譲渡当事
者間においても譲渡人が株主であるとした判決(最高裁昭和 35 年 9 月 15 日判決民集 14 巻 11 号 2146
頁)について、会社・株主間の関係と譲渡当事者間の関係を混同したものとして、学説の強い批判を
浴び、近時の、最高裁平成 19 年 3 月 8 日判決民集 61 巻 2 号 479 頁に至った経緯が説明されている。
82) 金子宏「租税法と私法」租税法研究第6号(1978 年)3 頁。
83) 田中二郎『租税法』(第 3 版、有斐閣、1990 年)126 頁。
167
青山ビジネスローレビュー
示したうえで実質的な性質に応じて課税の対象とすべきとする目的適合説も包含した見解
を示している。一方において、水野忠恒教授は「租税法と私法における借用概念から導く
解釈からもありうるが、会社法自体、剰余金の配当の定義をおいていないのであるから、
社会通念に従うのが妥当である。…やはり、社会通念として会社法の計算手続きから分配
されるものを配当とみるべきであると思われる。」84)として、会社法において明確な定義が
置かれていない剰余金(利益)の配当について主に社会通念を根拠として説明している。
しかしながら、配当に関する社会通念として、法形式による会社法と経済実態を重視する
金融取引の双方において、果たして、認識を一致することはできるのであろうか。
ここで配当には、「私法上確保とした概念があるわけでなく、配当概念の根本的な問題
として、株式とは何かが自明ではない」85)とされており、さらに租税法において課税の対
象とすべき「配当」の定義と概念については、いくつかの判例で示された見解がある。最
高裁判所昭和 35 年 10 月 7 日判決 86)を検討してみる。この裁判は、いわゆる株主相互金融
会社がその株主に対し優待金名義で支払った金員が所得税法上の利益の配当にあたるか否
かを争った事案であるが、最高裁判所は判決において、利益の配当の概念について「商法
自身が『利益の配当』の概念を実質的に予定しているのであることを前に述べたが、しか
らば商法の予定する利益の配当とはいかなるものであろうか」として、「株式が利益配当
を受けるということは、株式会社において本質的なものである。しかして、株式会社が株
式を発行しこれを株式たらんとする者に引受けさせ払込を受けるということは、企業活動
のための資本を社内に求めたものであって社外から資金を求める借入金等と区別されなけ
ればならない。されば、会社が、株主に対してその出資に対する対価として会社の資産を
交付したときには、その性質は、借入金に対する利子の支払ではなく、常に利益の配当で
あるとされなければならない。…損益取引にもとづかないで会社が株主に対しその株主た
る地位において会社の資産を無償で交付するときは、減資の手続によって資本を払戻し、
または残余財産の分配をする場合を除き、すべて利益の配当であるとされなければならな
い。
」と解し、
「株式会社における利益の配当とは、商法においても『株主が株主たる地位
において資本の払戻によらず会社資産を会社から交付を受けることをいう。』ものと理解
することができ、この概念に、そのまま所得税法上の利益の配当の概念とも一致するもの
である」と判示している。
この判示において、利益の配当について、所得税法上の利益の配当の概念は商法上の株
式会社における利益の配当の概念とも一致するとしている。この商法における利益の配当
の概念に関し、会社と株主との間に会社事業遂行上の取引、いわゆる、損益取引は利益の
84) 水野・前掲注 52)175 頁。
85) 岡村忠生ほか『ベーシック税法』(第 6 版、有斐閣、2011 年)133 頁〔岡村忠生〕
。
86) 最高裁昭和 35 年 10 月 7 日判決民集 14 巻 12 号 2402 頁。
168
貸株取引(株券貸借取引)の課税問題について -その契約等の形態と課税要件からの検討を中心に-
配当でないことは当然ではあるが、これ以外には「株主が株主たる地位において」87)資本
の払戻によらず会社資産を会社から交付を受けることとしている。ここで判示は「株式会
社が株式を発行しこれを株式たらんとする者に引受けさせ払込を受ける」すなわち「資本
主たる」ものを「株主」としているものとされる。
このような配当と株主をめぐる会社法の議論から考えると、租税法における配当の所得
帰属に関する限り、法形式によることも、また、水野教授が指摘する社会通念を根拠に置
くことも難しく、経済上の実質から見る方法にも合理性があるのではないかと思われる。
(4)貸株取引における配当金、株式分割等の権利にかかる検討
貸株取引における配当金等処理の検討を行う前に、信用取引において支払われる配当金
等の処理の課税実務を見てみる。基本的に当該処理では、法人税基本通達3-1-7(信
用取引に係る配当落調整額)によっており、「信用取引において支払われる配当金等は、
配当落調整額として法人税法第 23 条《受取配当等の益金不算入》に規定する配当等の額
には含まれない」として、実務上、信用取引における配当金等の処理は、原則としては配
当落調整額による調整をおこない、投資者の選択により配当金相当額による処理をおこな
うことでルール付けされている。これは信用取引における譲渡損益の計算が、原則として、
配当等の権利価値相当分を価格(信用建値)に含めて調整(加減算)することで処理する
方法に拠っていること 88)に由来するものと考えられる。
一方において、貸株取引に関しては、法人税法第 23 条にかかる株式に係る配当等の権
利処理等について通達等の実務的な指針は出されておらず、原則的には個別の貸借契約に
おいての取り決めに拠っている。ただし、実務上は、貸株取引における配当金の処理につ
いては、上記の信用取引における配当金相当額による処理を援用している。
ここで、信用取引における配当金の処理が、その根底に信用取引は売買類型であり、そ
の損益計算は売買差額(譲渡所得)であり、配当金の処理もこれに含めて計算しているこ
とを論拠としていることを考えれば、貸株取引については、これが消費貸借契約であり、
そこには売買による譲渡損益を生じさせるものではないものである。このため貸株取引の
配当等処理について、現行の実務として慣習化している信用取引の取扱い援用に関しては、
疑問が残るところである。
さらに、貸株取引では株券に関する権利、所謂、コーポレートアクションのうち、株式
87)
酒井克彦『所得税法の論点研究』(財経詳報社、2011 年)93 頁は、
「利益の配当と株主等の地位」
について、東京地裁昭和 25 年 4 月 25 日判決の「本来ならば一時所得を構成するような所得であって
も、株主等が法人からその株主等たる地位に基づいて供与を受けた利益は、配当所得と解すべき」と
の判旨を、「妥当な判断」としたうえで、「株主等たる地位に基づいて分配されるということこそ強調
すべき」としているが、ここでは「株主等の地位」が何を根拠にしたものであるかを示した説明はさ
れていない。
88) 法人税法第 61 条の 2 第 20 項は、信用取引にかかる株式の売付けまたは買付けの決済にかかる損益
は、〈信用建値〉と〈対価の額〉の差額により処理する取扱いを定めている。
169
青山ビジネスローレビュー
の分割等新株に係る処理が必須となるが、従前(平成 13 年法改正まで)は、株式の分割
は株式配当とされ、これにかかる税務の処理に関しては、利益の配当に含まれるか否かの
問題として学説上の争い 89)があった。しかしながら、現在では、会社法第 183 条および同
法第 184 条にいう株式の分割(以下、
「株式分割」という。)90)は、会社財産には変動を来
たさないことから、課税関係も生じないとされている。
ここで、課税関係を生じないとされる株式分割が、貸株取引が行われている途中で行わ
れた場合の当該株式分割による新株にかかる実務処理と課税との関係で見ると、貸付期間
中に新株式の割当がなされた場合、貸出者は権利期末日に当該株券を「売却したことと同
じ経済効果となり、当然損益の発生と簿価の変動を計上しなければならない」されいるこ
とに対し、他方において、税法における定着した解釈である株式分割は、各株主の持分
(割合的利益)に変動を与えない限り、課税関係を生じないとされていることで、実務と
租税の解釈との間にズレの顕在化をもたらしているのが現状であろう。
3.実質所得者課税の原則と貸株取引にかかる所得帰属
法人にかかる課税における実質課税主義の原則については、法人税法第 11 条 91)におい
て「資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属」について「単なる名義人であつて、その
収益を享受せず、その者以外の法人がその収益を享受する場合には、その収益は、これを
享受する法人に帰属する」と定めている。一方において、租税法律主義の原則すなわち課
税にかかる法規定の形式性の観点からすれば、実質課税の原則を過度に重視することには
問題があるとも言われており、現実に実質所得者課税の適用について幾多の裁判例がある。
本稿では、貸株取引における課税対象者の帰属の問題を考えるため、所得の帰属に関す
る学説と判例、また、振替法下における有価証券の消費貸借である貸株取引と類似した法
構成となる預金債権、具体的には、その名義と実質所有者にかかる利子所得の帰属に関す
る判例を考察する。さらに貸株取引における所得の帰属を整理する前提となる株主の名義
と株主の地位についての会社法等における検討をしたうえで、これらの検討の射程の範囲
の整理を含め、貸株取引における実質所得者の課税関係について検討してみる。
89)
この争いについて、金子・前掲注 9)195 頁は、「平成 2 年の商法改正によって、株式配当の制度が
廃止されるまで、それ(株式配当)は配当として課税された(平成 13 年の年度改正までは、利益積立
金額の資本等への組み入れがみなし配当として課税されたため、結果的には同じであった。現行法の
もとでは、株式分割からは配当所得は生じないと解されている)。なお、株式の分割(会社法第 183 条、
同第 184 条)は、各株主の持分(割合的利益)に変動を与えない限り、課税関係を生じないというの
が、現行所得税法の定着した解釈である。」と説明している。
90)
会社法第 183 条 1 項は「株式会社は、株式の分割をすることができる」としており、伊藤ほか・前
掲注 69)119 頁は、「株式の分割とは、既発行の株式を分割してそれよりを多い数の株式にすることで
あり、各株主の保有株式数を一律・按分比例的に増加させる行為であり、会社財産には変動を生じさ
せない。」と述べている。
91) 所得税法においては、法人税法第 11 条と同趣旨規定が同第 12 条にて定められている。
170
貸株取引(株券貸借取引)の課税問題について -その契約等の形態と課税要件からの検討を中心に-
(1)実質所得者課税の原則
法人税法における実質所得者課税の原則について、金子宏教授は同法第 11 条と同旨の
規定を定めている所得税法第 12 条における問題として「課税物件の帰属について特に問
題になるのは、名義と実体、形式と実質とが一致しない場合である」と指摘している。さ
らに株式の帰属における名義とその実質保有の判断について「旧行政裁判所の判例におい
ても、所得の帰属について名義より実体を重視しようとする考え方の現れである」92)と述
べている。このような実質課税主義の基本原則について、酒井克彦教授は「所得が誰に帰
属するかを定めるに当たっては、名義の如何を問わずその実質に従って判断すべきである
という所謂『実質課税主義の原則』は、従来から所得税課税に当たってとられてきた基本
原則であった」93)と説明している。こうした実質課税の原則の法理が機能するのは、実質
的な租税負担能力に応じた課税による租税負担の公平を実現すべく、立法上の考慮はもと
より、税法の解釈適用においても、外見上の法形式にとらわれることなく、法的・経済的
実質に即した課税関係を構築することにある 94)とされる。
一方、北野弘久教授は、この実質所得者課税の原則について「租税の公平負担という見
地からすれば、課税の対象となる課税物件の実現又は帰属に関し、その形式又は名義に捉
われることなく、その経済的実質に着目し、現実に担税力を有するものと認められる者に
対して課税するのが当然の原則でなければならない」として「『実質課税の原則』なる概
念は、理論的には租税負担公平原則の特殊税法学的表現である」95)と解している。さらに
北野教授は「いわれるところの『実質課税の原則』の具体的内容が科学的につきとめられ
なければならない。つまり、いかなる『形式』に対し、いかなる『実質』が、この原則の
具体的内容を構成するかを論定することなしに、単に抽象論的に一般論的にこの原則のあ
れこれを論じても生産的な成果を引き出すことが出来ない」96)と、実質課税の検討につい
て課税事案にかかる具体内容の科学的な分析と議論の必要性を説諭している。
ここで実質所得者にかかる課税実務については、所得税法では同法第 12 条にかかる所
得税基本通達 12 - 1《資産から生ずる収益を享受する者の判定》によりその適用の範囲
が示されていると思われる。この行政による解釈通達は、「(所得税)法第 12 条の適用上、
資産から生ずる収益を享受する者が誰であるかは、その収益の基因となる資産の真実の権
利者がだれであるかにより判定すべきである」として、「それが明らかでない場合には、
その資産の名義人が真実の権利者であるものと推定する」としている。すなわちこの通達
においては、第一義的に「収益を享受する者」とは「その収益の基因となる資産の真実の
権利者」をもって判断することとしているものの、その真実の権利者を「法律的な権利
92) 金子・前掲注 9)161 頁。
93) 酒井・前掲注 62)13 頁。
94) 大淵博義『法人税法解釈の検証と実践的展開』
(税務経理協会、2009 年)113 頁参照。
95) 北野弘文『税法学原論』(第 6 版、青林書院、2007 年)125 頁。
96) 北野・前掲注 95)126 頁。
171
青山ビジネスローレビュー
者」であるのか「経済的な権利者」であるかを示してはいない。そして、これが不明な場
合、初めて「資産の名義人」を「権利者であるものと推定する」としており、この通達は
「所得の帰属について、名義より実体を重視しよう」とする課税庁の考え方を映したもの
であろうかと思われる。
実質所得者課税の原則にかかる要件事実に関して、谷口勢津夫教授は「実際に所得の人
的帰属を判定する場合、法律的な事実であれ経済的な事実であれ、できるだけ客観的かつ
明白な事実に即して事実認定を行わなければならない」として、「税務上の事実認定規範
ないし手続法の観点からみた私法の意味を踏まえ、実際の事実認定に即して所得の人的帰
属の判定について考察してくると、実質所得者課税規定の文理解釈としては、「単なる名
義人」は法律上(私法上)の名義においてのみ権利の主体として表明されている者を意味
し、
「収益を享受する者」は法律上(私法上)真実に収益を収受する権利を有する者とし
て蓋然的様相を呈している者を意味すると解すべきである」97)と解し、所得の帰属に関す
る事実認定に際する、名義においてのみの権利と真実に収益を収受する権利とに整理にし
ている。
実質所得者課税にかかる所得の帰属の関係にかかる裁判所の判断として、「誠備グルー
プ脱税事件」の控訴審判決 98)が出されている。本件では、証券外務員たる被告人に顧客が
資金を提供して、その資金を株式売買等で運用して利殖して貰い、提供した資金の一割の
金員を貰う契約をし、その約定どおりの金員が支払われている。東京高等裁判所は、この
取引を「売買一任勘定取引ではなく出資契約ではないかと解される余地がある」取引と見
ている。さらにこうした取引について、裁判所は「所得税法一二条、法人税法一一条は、
『資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、
その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これ
を享受する者に帰属するものとして、この法律を適用する』と規定し、いわゆる実質所得
者課税の原則を定めているところ、前記のとおり所得が何人に帰属するかは、それが何人
の収支計算の下に行われたか、すなわち、その取引によって得られる利益は誰が収受し、
生じた損失は誰が負担するのかということを基準として判断すべきである」と判じている。
すなわち、課税上の所得の帰属は、利益の収受先と生じた損失が負担は誰が負担するのか
ということを基準にすべき 99)との考え方、ここでは、収益と損失「リスク」の所在先にあ
るとの見解を示しているものと考えられる。
(2)実質所得者課税原則からの考え方の整理
所得概念の捉え方の方法論として、所得の意義の実質的・経済的な捕捉の方法、すなわ
ち所得概念の経済的把握という考え方…自由に処分しうる経済的利得の取得ないし発生を
97) 谷口勢津夫「所得の帰属」金子宏編『租税法の基本問題』
(有斐閣、2007 年)193 頁。
98) 東京高裁平成 2 年 4 月 20 日判決判例時報 1352 号 3 頁。
99) 水野・前掲注 52)298 頁参照。
172
貸株取引(株券貸借取引)の課税問題について -その契約等の形態と課税要件からの検討を中心に-
もって所得の実現があったものとする考え方がある。そして、行政通達における名義より
実体を重視しようとする考え方、判例における課税上の所得の帰属についての考えの一つ
である利益の収受先と損失が生じた場合の負担先、すなわちリスクの所在先にあるという
見解もある。このように考えると実質所得者の判断においては、法律的帰属を主体としつ
つ、支配・占有そして経済的結果による所得の実現とその実現のためのリスクの所在を視
野に入れることも考えるべきであろう。
貸株取引について、株式の貸し手と借り手との間において、その貸借対象株式の経済的
利益と損失が生じた場合のリスクの所在がいずれにあるのでろうか。それは貸株取引の法
形式と取引実態における実質的なリスクの留保状況、さらに株式の名義(議決権)の移転
と株主の概念という様式状況を踏まえれば、帰属の主体は最終的なリスクの保持者、すな
わち、蓋然的には貸し手の側にあるという様相になるのではないかと整理できる。
Ⅳ.米国における株式関係の課税と貸株取引にかかる課税問題について
1.米国における株式等の課税取扱い
米国における法人の有価証券取引-有価証券の売却または交換-の課税関係については、
「投資目的で保有されている株式、債券等の有価証券は、資本資産に分類され、それら資
産の売却または交換に伴い認識する損益は、資本損益(キャピタルゲインもしくはロス)
として扱われ、損益の実現は、証券取引所における取引については、実際の取引日
(transaction date= 約定日)」100)とされている。ここで「この株式等有価証券の売却等処分
に伴い実現された損失は、通常、認識し控除をとることができるが、売却日の前後 30 日
間に実質的に同一の株式等有価証券を再取得した場合には、損失の認識は認められ」ない
こととされ 101)、これは買換え(wash sales)の特例といわれている。
また、法人の受取配当金に係る税法上の取扱いとしては、法人が法人に対して株主の地
位に基づく資産の分配を行う場合、基本的には、a. 配当金とされる分配額は総益金に算入
する。b. 配当金とされない分配額は、資産の売却または交換から生じる利益とする等。と
されている。ここで配当金の意義として、配当金とは、法人が株主に対して行う資産の分
配のうち、(a)1913 年 2 月末以降に蓄積された E&P(earning and profit)、(b) 当該年度の
E&P で、当該年度の E&P の金額は問わないものとされ、その年度の E&P がその年度で
行われる分配額以上の場合の分配額全額は受取配当金とされる。
この法人が受領する受取配当金に関しては、日本と同様に、法人間配当おける二重課税
の調整措置が取られている。具体的には、受取配当金の特別控除として、配当受領法人は
米国で課税対象となる米国内法人からの配当を受領し、配当受領法人による配当支払い法
100) 伊藤公哉『アメリカ連邦税法』(第 3 版、中央経済社、2005 年)161 頁。
101) 伊藤・前掲注 100)162 頁。
173
青山ビジネスローレビュー
人の株式の所有株比率に応じて益金不算入割合が決められている 102)。当該措置の概略とし
ては、保有期間 46 日以上の株式からの配当で、①株式保有率が 20%未満の場合は 70%、
②同比率 80%未満の場合は 80%、③同比率が 80%以上の場合は 100%が、それぞれ益金
不算入 103)とされている。
これら受取配当金の益金への算入時期については、「株主の要求により現金またはその
他の資産が無制限に株主に属しえる時期」であるとされており、従って、配当決議日では
なく配当支払開始日に受取配当金は益金に算入 104)されることとなるとされているが、例
えば、株式が配当金議決日および配当支払開始日以降に売却された場合は売り手の益金に
算入される。また、買い手が配当込みの価額で株式を購入する場合でも、配当金に相当す
る金額を配当受領時に株式の取得価額から控除できない。株式の買い手が配当を受領する
法的権利もなく、また実際に受領していない場合でも、配当の受領者とされる場合があ
る 105)とされることから、配当の帰属時期である「株主の要求により現金またはその他の
資産が無制限に株主に属しえる時期」の問題が必然的に潜在するものと考えられる。すな
わち、ラスコーリニコフ教授が、2005 年の論文 106)(以下、「ラスコーリニコフ論文」とい
う。
)の冒頭において「Tax Owner-ship(租税上の帰属)は税法における最も基本的概念
の一つであるものの、そこには著しい混乱が存していた」と述べている問題であろう。
このような米国における課税主体の帰属に係る問題について、米国における貸株取引に
かかる租税上の帰属について問題となった最初の最高裁判決である Provost 判決(貸株取
引に係る印紙税負担の帰属をめぐるもの)と、現状の取扱いを定めた内国歳入法 1058 条
(以下、
「I.R.C.§ 1058」と表記する。)107)、そして最近の裁判例を簡単に概観し、その示唆
するところを考えてみたい。
2.米国連邦最高裁 Provost 判決 108)
(1)事案の概要
この裁判は貸株取引に係る印紙税負担の帰属をめぐる訴訟であるが、その概要は次の通
りである。
ⅰ)NYSE(ニューヨーク証券取引所)における、株式の「貸出し(lending)」と「借
入れた(borrowed)」株式の「返済(return)」にかかる移転(transfers)は、1917 年と
1918 年の内国歳入法典の規定が意味するところを包含した税務上の移転である。この規
102) 白須信弘『新版 アメリカ法人税法詳解』(中央経済社、2002 年)183 頁以下。
103) 『図説 アメリカの証券市場』・前掲注 24)306 頁以下、なお同書によれば、個人に関しては、株式
会社の段階と株主の段階で二重に課税されることが原則とされており、1986 年以前には受取配当を
$100 まで所得控除が可能とされたが、現在この調整措置はなくなっている。
104) 白須・前掲注 102)190 頁参照。
105) 白須・前掲注 102)190 頁参照。
106) Alex Raskolnikov, Contextual Analysis of Tax Ownership, 85 B.U. L.Rev.431 (2005).
107) I.R.C.§ 1058(Transfers of securities under certain agreements).
108) 269 U.S. 443(前掲注 8)参照)。
174
貸株取引(株券貸借取引)の課税問題について -その契約等の形態と課税要件からの検討を中心に-
定は、
「すべての売却、売却予約もしくは売却に関する決済の覚書、または法令上の株式、
株券の移転」については、1 株あたり 2 セントの印紙税を課税するものとされていた 109)。
ⅱ)NYSE の実務ルールの下においては、ブローカーには空売り(short sale)を行う
に際して、それらの(空売りした)現物株券の引渡し決済が求められており、それらの現
物株券については、「借入れ」に関する保証金の規定により、他のブローカーからの「借
入れ」により充当しなければならない。
ここで、借入者と貸出者との間では、金利は払われるものの、借入者は、両者において
締結された契約書(借入者が貸出者に差入れる契約)により、株式の「貸出し」にかかる
プレミア(品貸料もしくは差額)を支払うこととなる。さらに、この契約書に基づく取引
では、
「借入者は貸出者に、ローンが継続している間、(配当金のような)全ての利得を与
える取決めをしている。そして、貸出者は(課税評価のような経済的な)負荷の全てを負
う契約となっており、ここで貸出者には(貸出し株式の)オーナーシップは残る。」こと
になる。
一般的に、ブローカー同士の需給においては、彼ら相互の義務は借入れられた株式の貸
出者への「返済」、すなわち同種・同量の株式返還により充足される。それらの株券は、
借入者が買付けをしたり、借入れをしたり、もしくは、そのために調達したものである、
とされている。
(2)判決の要旨
ⅰ)貸出者による現物証券の物理的引渡しに関しては、借入者が空売り取引契約にかかる
受渡決済に充当する株券、それは買付者が受取ることになるが、その株券の権利と根
拠のすべてについて認識している。
ⅱ)この事案において、借入者は、質権者、受託者でもなく、貸出者からの受寄者でもな
い、また、但書きの範疇として、現物株式について税務上の保証金から免除される条
項のある取引は、資金融資のための担保有価証券となるものではない。
ⅲ)借入れられた株式の「返還」とは、すべてのオーナーシップにかかる付帯義務を貸出
者に移転することである。そのオーナーシップには、貸付者に引渡された証券により
表象される株式持分が含まれている。
ⅳ)その結果、「貸付(ローン)」と「返還」の双方に、「株式持分についての法的根源の
移転」という意味での税務上の地位にかかる条項が含まれている。
ⅴ)そして、移転と認識される同一株券の引渡しとは、法令の定めに則った「株式持分も
109) 米国歳入法(1917/1918)では、株式の売却(売却等の株式の移転契約を含む)には 1 株当たり 2
セントの印紙税(Stamp tax)が課されていた。貸株取引において、この Stamp tax を負担するのは、
貸し手または借り手のどちらか?が問題となった訴訟である。米国 Stamp tax は、1981 年までにすべ
て廃止されている。ちなみに、日本の有価証券取引税は、1998 年に金融グローバル化推進のため廃止
され、有価証券の移転に係る課税は、譲渡課税に集約された。
175
青山ビジネスローレビュー
しくは株券の引渡し」である。
上記の判決要旨からすると、1926 年当時においては、既に米国最高裁で争われたように、
貸株取引における取引実態を踏まえ、株券が貸出されている間も、帰属すなわち株券所有
にかかるリスクは貸出者に残されていることから、配当等の権利についても貸出者に留保
したままとすることを認めた取引であったものと考えられる。
3.米国における貸株取引の課税(I.R.C.§1058)
前述のように、米国における貸株取引については Tax Ownership をめぐっては長い議
論と多くの判決例があった。しかしながら、現在では内国歳入法第 1058 条(以下、I.
R.C.§1058 と引用。)においてその取扱いが示されている。その内容としては、この条文
が示すとおり、貸株取引により Tax Ownership は移転するが(一定の要件が満たされる
限り)その損益は不認識の扱い(Unrecognized)110)を受ける。すなわち、取引が決済され
るまでは Tax Ownership の移転についての認識はなされてはおらず、認識が繰り延べら
れる、いわゆる Open Transaction の手当てがされている。
I.R.C.§ 1058 は次のように規定する。
(a)一般原則(General rule)
本条(b)項の要件を充足する契約書に従い(1236 条(c)項に定義される)有価証
券を移転した納税者の場合には、このような契約書に基づく義務のために納税者が当該
有価証券を交換するとき、または、当該納税者が移転した有価証券と同一の有価証券の
ために当該納税者がそのような契約書に基づく権利を交換するときは、いかなる利得ま
たは損失も認識されないものとする。
(b)契約要件(Agreement requirements)
本項の要件を充足するために、契約書は以下の各号((1)から(4))の所定事項を定
めるものとする。
⑴ 移転した有価証券と同種・同量の有価証券の譲渡人への返還を定めること。
⑵ すべての金利、配当、その他諸権利に相当する金額については譲渡人に支払がなさ
れるべきことを要すること。そして、このような金額については、有価証券の所有
者が譲渡人による有価証券の移転を開始し、譲渡人に同一の有価証券を返還して終
了するまでの期間において、これを受け取る権利を与えられているものである。
⑶ 移転された有価証券における有価証券の譲渡人の、損失のリスク若しくは利得の機
会を減少させないこと。
⑷ 財務長官が規則によって規定するその他の要件を充足すること。
110) 渕・前掲注 106)194 頁。
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貸株取引(株券貸借取引)の課税問題について -その契約等の形態と課税要件からの検討を中心に-
(c)基準価額(Basis)
(a)項において規定される納税者が取得している所有権は、この(a)項により規定
されている取引においては、当該納税者によって移転された所有権と同じ基準価額を持
つものとする。
こ の I.R.C.§ 1058 に つ い て の 課 税 当 局 の 説 明 か ら す る と、 貸 株 取 引 の 実 務 で は
I.R.C.§ 1058 が要求する条件に適合し、不認識が適用される範囲は相当に限定されている
と見られることから、如何に契約条項を適切に整理するかが問題となると思われる。
4.貸株取引課税にかかる最近の裁判等
2005 年の I.R.C.§ 1058 制定以降においても、貸株取引にかかる課税の問題は、幾つか
の裁判で争われている。特に、I.R.C.§ 1058 における「貸株取引におけるオーナーシップ
と不認識」がその争点となっている租税裁判例として、Samueli 判決 111)と Anschutz112)判
決があり、その他にも、I.R.C.§ 1058 に適合した貸株取引であるのか、真性の売却である
かを争った裁判例として Calloway 判決 113)がある。
これら最近の3つの貸株取引にかかる課税に関する裁判において、申立人(納税者)も
課税庁もともに貸株取引の存在と Tax Ownership の判断にかかる論拠として、Provost
判決およびラスコーリニコフ論文を引用している。例えば、Samueli 判決においては、貸
し手は貸株取引により移転する株券のすべての利得と負荷の Ownership を保持し、そし
て必要に応じて契約を締結できる。こうした確立された法的取り扱いは、Provost 判決に
おいて判示されたものであるとしている。すなわち「株券の貸出・返済の取引において、
株券の所有にかかるリスクは貸出者に残したまま、配当等については借入者に移転する」
ことを内容とする貸株取引契約書の場合、
「借入れられた株式の『返還』とは、すべての
オーナーシップにかかる付帯義務を貸付者に移転されるもの」として、その論証を構成し
ている。
こうした最近の米国における裁判の判示から考えれば、貸株取引の Tax Ownership に
ついて直接的に言及はされていないとされる I.R.C.§ 1058 の現実の取引における適用範
囲は定まってくるものであろう。例えば、貸株取引契約では①いつでも株券の返還が可能
であり②配当等は直接に貸し手に払われ③時価の一定額以上の現金担保を受け入れ④一定
以上の利率の利息を定期的に支払われることが契約条項に明示され、現実に取引が行われ
ている場合、その取引は I.R.C.§1058 に適合したものであれば、そこに帰属主体は必然的
に定まるものと思われる。
111) Samueli v. Commissioner, 132 USTC 4(2009).
112) Anschutz v. Commissioner, 135 USTC 5(2010).
113) Calloway v. Commissioner, 135 USTC 3(2010).
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青山ビジネスローレビュー
Ⅳ.まとめ -結びに代えて- 貸株取引の問題を検討するうえでの前提としては、貸株取引が消費貸借契約の法形式に
より成立しており、この取引における課税取扱い(受取配当等)が不明瞭な現状がある。
その根底には、貸借対象株券にかかる税法上の帰属整理が明確にされていない状況が考え
られる。本稿では、貸株取引の法的構成と租税における関係について、関係法令・通達等
および判例等を踏まえ考察した。
考察のアプローチの一つとして、貸株取引(消費貸借契約)における株券の受取配当等
にかかる法人税法上(貸株取引の主体はプロ投資者:法人)の取扱い、すなわち受取配当
等にかかる益金不算入の取扱いの整理から考えてみたところである。ここでは、その益金
不算入の対象となる受取配当等の「受け手」は、概念的には「株主」であろうと考えうる
が、租税法はその「株主とは何か」を明確には定めてはいない。判例、行政解釈通達等に
おいても、会社法の概念を借用して「株主」「株主たる地位」としている。他方において、
貸株取引など現実取引においては民商法領域の契約によって、株券の経済的利益とリスク
を留保したままで株式の名義の移転取引(形式と実質の分離・相違)が行われてきている。
ここで租税法上の所得帰属の問題、すなわち株主の地位についての不透明性は、表面的
には、近年の貸株取引など会社法が予定していない株券にかかる経済取引行為による「自
益権」と「共益権」の乖離事象の出現による顕在化とも考えうるところである。そしてこ
のような現状を勘案すると、その根底にあるのは、株主の意義についての租税法と会社法
の概念の違い、すなわち株主および株主の地位に関し、租税法からのアプローチである
「資本主たるもの」と、会社法におけるその概念である「割合的単位の持分で権利を有す
るもの」との違いが、貸株取引における所得の帰属に関する議論においても、その本質を
構成する概念に由来しているのでないかと思える。
この取引においては実質所得者課税の問題が顕在化してくることになる。実質所得者課
税の原則については、課税物件の法律上の帰属につき、その形式と実質が相違している場
合には、法形式に則って帰属(実質所得者の判断)を判定すべきであるとする考え方と、
経済上の帰属に即して課税物件の帰属を判定すべきと解する考え方がある。ここでは、所
得概念の捉え方として、所得の意義の実質的・経済的な捕捉の方法、すなわち所得概念の
経済的把握という見方、すなわち自由に処分しうる経済的利得の経済的な取得ないし発生
をもって所得の実現があったものとする考え方は、課税上の所得の帰属は、リスクの所在
先にあるという見解をもってできる。実質所得者の帰属の判断は、法律的帰属を主体とし
つつ、経済的効果による所得の実現と損失リスクの所在を視野に入れられるべきものであ
ろう。
貸株取引のみならず民事法にもとづく取引においては法構成の形式性と経済的実質が相
違する場面は様々に想定される。こうした場面において取引を租税がその取引を阻害させ
ないためには、租税法律主義による納税者の予測可能性と法的安定性の確保が不可欠と考
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貸株取引(株券貸借取引)の課税問題について -その契約等の形態と課税要件からの検討を中心に-
えられる。ここでは取引とその実務を構成する前提としての課税要件の明確化が必要では
ないかと思われるところである。この課税要件を明確にするための考え方の基礎として、
民法等の私法により規律される私法上の法取引を前提に構成される課税要件をもって、法
律上(私法上)真実に収益を収受する権利を有する者、リスクを負担する者として契約に
より当事者間の意思が明確に示されているものについて、租税法上の所得の帰属に関する
事実の認定にかかる判断をすべきであろうと考える。すなわち、貸株取引においては、株
式の貸し手と借り手とにおける貸借対象株券の経済的利益と損失が生じた場合のリスクの
所在がいずれにあるのか、そして、貸株取引の法形式と取引実態における実質的な支配権
の留保状況と、株式の名義(議決権)の移転と株主の概念という様式状況においても、私
法上の契約における帰属に関する取決めをもってすれば、蓋然的に判断されてくるのもの
ではないかと考える。
米国においても Provost 判決以来、貸株取引に係る Tax Ownership の議論があったが、
現状では I.R.C.§1058 により、貸株取引における Tax Ownership は、一定の要件が満た
される限り-契約書にその旨が記載されている限り-移転はするが、その果実については
「不認識」の扱いを受けるとして一応の決着を得ているとされている。実務においては近
年の裁判例のように依然として混乱が少なくない。
日本においては、消費貸借の法形式により行われる貸株取引においては、特有(債券レ
ポ取引等には無い「名義」の問題の存在等)の受取配当等の権利の帰属の判断、すなわち
株主の地位たるものが、単に共益権の確保手段としての名義を論拠とするものであるのか、
リスクの留保(私法契約による経済的利益の移転を含め)を論拠とするものであるのか、
実質的所有等の議論を踏まえた整理が必要であろう。特に、貸株取引における実質的なリ
スクの所在が貸し手に留保されてこと、そして誰が究極的にコントロールしているか、経
済的な支配の主体の実態をも勘案することで、例えば、一定の条件すなわち当事者間の意
思の表示たる契約上の明記を条件として、税法上の帰属が貸し手にあることを前提に、課
税処理がなされるべきであると考える。そして、こうした課税関係の明瞭性を求める試み、
すなわち、貸株取引にかかる帰属と課税関係の整理は、金融取引の課税処理における法的
安定性・予測可能性の高める観点からしても、合理性があるものと思われる。
こうした貸株取引における課税取扱いを明らかにしていくこと、すなわち、日本におい
て貸株取引をとりまく法令環境の整備の一つとして、この取引の課税処理にかかる予測可
能性と法的安定性を高めることが出来るのであれば、貸株取引の一層の拡大を促すことに
つながろう。そして、この貸株取引の拡大によるマーケットへの株券の供与(流動性供
給)が、地位の低下が危惧される日本の株式市場における流動性の向上、すなわち円滑な
株式売買取引の活性化へ、延いては、株式市場の本来の目的である公正なる価格の発見性
向上にいくらか寄与することになるものと考える。
以上
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